月夜に閃く二振りの野太刀 (刀馬鹿)
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日常
???


ソロモンよ……私は帰ってきた!!!!


わ~いにじファンの方の消さなくても投稿が可能になった~!



「いたいた、じいさん」

「ん? どうした?」

 

日が高く登っている。

気温は暖かく、そんな晴れやかな午後の風景。

縁側に腰を掛けている老人に話しかける男がいた。

 

「いや、特にないけども……あいつを見かけないのですが知りませんか? そろそろ帰ってもいいころだと思うんですが」

 

老人へと疑問をぶつける男。

その問いに対して、老人の返事は実に簡潔だった。

 

「あぁ、あいつなら今行ってるよ」

 

たった一言……。

それだけだ。

だがそれだけで全てを理解したらしい男は……

 

「……あ~もうそんな時期でしたか。隣座っても?」

「あぁ」

 

老人の許可を貰い、男は老人の隣に腰掛ける。

腰掛けてから、老人は隣にあった急須から湯飲みへとお茶を注いで男に渡す。

それに礼を受け取って男は茶をすすった。

 

「いやぁ~。時間が経つのは早いですね~。まさかあいつもそんな時期とは」

「お前の時は何処へ行ったんだったか?」

「いやぁすごい所って言うか……すごい状況でしたよ? 何せ迷い込んだ世界に魔王がいて、そいつを倒せばすむと思っていたらそいつの上に……っていうか下? に大魔王とかいうのがいて……はっきり言ってあの時死ななかったのが不思議でした。いやぁ彼らがいなかったら俺はきっと今ここにいなかったでしょうね」

 

笑いながら話す男。

だがその笑みには深い感情が刻まれていた……。

 

【友よ……】

 

そこで、二人に掛けられる言葉……。

だがその言葉は耳に聞こえるものではない。

しかし二人は明敏にそれを感じ取っていた……。

 

【感謝する……。お主のおかげで我の世界はとりあえず難を逃れた】

「何の何の。こちらこそ感謝する。修行の場を与えてもらって……」

 

それと会話をする老人。

親しげに会話をするその姿は、間違いなく友人との会話だった。

 

【今そちらに送っているところだ。重々礼を……】

「待て」

 

言葉を遮る老人。

その反応に訝しむ見えない相手と隣の男。

それを気づきながらも、老人は何か考え事をする仕草をして……顔を上げた。

 

「済まないが軌跡を送ってもらってもいいか?」

【……わかった】

 

老人のその言葉に素直に頷く相手。

そして少しの間顔をうつむけて目を閉じる。

深く瞑想しているその姿は……どこか浮世離れしたものを見ている感じだった……。

 

「……だめだな」

 

しばらく……といっても十数秒にも満たないであろう時間目を閉じていた老人が突然そう言いながら顔を上げた。

その言葉に、男が反応した。

 

「……そんなにだめでしたか?」

「落第ではないが……お粗末な点が多い」

「見せてもらっても?」

「構わぬよ。これだ」

 

当たり前のように、意味のわからない会話を繰り広げる二人。

先ほどの老人と同じように、男が目を閉じる。

そしてしばらく経って目を開けて一言……。

 

「これは確かに……」

「救えたから良かったがそれでも色々とだめなところが多い。友よ、頼みがある」

【なんだ?】

 

 

 

「奴の操作を、私に回してくれ」

 

 

 

【わかった】

 

戸惑いながらも、見えない何かは老人の言葉に反応する。

そして老人と男は言った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「修行が足りん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「同感だ。もう一件行ってこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

と、それだけを言って、二人は再び茶をすすった。

 

 

【……いいのか?】

「構わぬよ。もともと修行のために送り出したのだ。この程度で帰ってきては意味がない」

【……そ、そうか】

「ではな友よ。また今度会おう」

【あぁ。またな】

 

そうして消える見えない存在。

それを確認し、二人は再び茶をすすった。

 

「今度はどこへおくったんですか?」

「あいつにはちょうどいい場所だ」

 

二人で意味深な会話を繰り広げる。

そこへ……

 

「お父さん、おじいちゃん」

 

黒い髪をした少女が、二人に歩み寄ってきた。

 

「ん? どうした?」

「お兄ちゃん、まだ帰ってこないの? そろそろ帰ってくる予定だよね?」

 

 

 

「「さぁな~」」

 

 

 

「知らないの?」

「またぞろ寄り道しているのかもしれないぞ?」

「え~。まだ帰ってこないの? 勉強教えてもらおうと思ったのに~」

 

父、祖父と呼んだ人物に頭を下げて、その少女はぶつぶつと文句を言いながら去っていく。

その様子を父と呼ばれていたほうが心配そうに見つめていた。

 

「あの子もそろそろ兄離れしてもいいと思うのですが……」

「いいんじゃないか? 私の知り合いでは親兄弟で結婚するのは普通だよ?」

 

老人のそのあまりにもすごい言葉に、男は深い溜息を吐いていた……。

 

「あのねぇ……人間は近親相姦はしちゃいけないんですよ?」

「しかしだな。それはあくまでも法律が駄目と言っているだけだろう? しかし人の愛の形は千差万別であってだな……」

「あのね! あなたの感覚ではそれでもいいかもしれませんけど、私たちは人間なんですよ? いい加減人間としての感性を身につけて下さいよ」

 

ぎゃーぎゃーと、騒ぎながら、二人は縁側でくだらない話を繰り広げていく。

 

 

 

そんなとある家の……昼下がりの午後……。

 

 

 

 



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出会い

「はぁ~~~~~~~疲れたわ」

 

私は、仕事帰りに、弟分の家に原付を走らせながら、そう一人でぼやいた。

新学期が始まったばかりでまだ授業が始まっていないので、ある意味では楽だけど、その分クラス替えなどの書類仕事をこなさなければいけないので、結局いつもよりも忙しい。

 

「これはもう今日士郎にマッサージさせるしかないなぁ」

 

士郎のマッサージは実に心地がいい。

ご飯を食べた後のマッサージとなればまた格別だった。

 

そう言えば今日のご飯なんだろうな~?

 

士郎と桜ちゃんの料理に思いを馳せながら、私はさらに住宅街を走っていた。

その時……

 

 

パッ

 

 

と突然前方に人が現れた。

 

 

「え?」

 

 

と行った瞬間には遅かった。

そこそこの速度で走っていた私の原付はその人と激突し……私は宙を舞った。

 

 

「ノォオオオオオオ!?」

 

 

バキッ……グシャ ドサ

 

 

盛大に吹き飛んで、私は運良く植木の分部に突っ込んだ。

そして直ぐに起き上がる。

 

「やばい! 人引いちゃった!?」

 

突然の出来事ながらも、私は盛大に折れてしまった植木の木の幹を踏みつけながら先ほど音場所へと戻る。

 

 

 

※ちなみに普通の人間なら死ぬような勢いで吹っ飛んでいた……

 

 

 

私は決してよそ見運転をしていなかった。

だけどそれはいいわけにならないので私はその人へと駆け寄った。

 

「だ……」

「あいててて。ったくなんなんだ? 今の声は」

 

アレ? 無傷?

 

先ほど私が引いた事故現場へと戻ると……びっくりなことにその人は引かれたはずのに……というか私の原付がまっぷたつ!? だというのにその人は……。

 

全く何も感じていなかった。

 

 

……この辺では見かけない人ね?

 

典型的な日本人的な身長と体型。

だけどその服の下には相当に鍛え込まれた体をしているのが何となく感じられた。

今も地面にあぐらで座っているというのに、この人に斬りかかれる光景を浮かべることすら出来なかった。

所持品も普通だったけど……一つだけ普通じゃない物を手にしていた。

 

長く、長く……それこそ本人よりも遙かに長い湾曲した木の棒を……

 

って! 観察してる場合じゃねぇー!

 

「あの、だいじょ……」

「おぉ!?」

 

私の問いかけに気づかずに、その人は勢いよく立ち上がると、辺りを見渡し始めた。

キョロキョロと忙しなく……。

そして懐かしい物を見るような目で……。

 

「電灯だと!?」

 

……なんか変な単語を口にした。

 

特に何の変哲もない。電柱の中間当たりにある電灯を目にして驚愕していた。

また近くの家の塀や屋根を見て一喜一憂したり、新都の方の夜景を見て感涙に噎びいていた。

 

……頭うっちゃった?

 

見かけは今時の若者だって言うのに……。

私はおそるおそると、その人に声を掛ける。

 

「あの~。もしもし?」

「? はい?」

「……大丈夫ですか?」

 

なんか余り大丈夫そうじゃない気がしたけど……。

でも見た感じ本当に怪我をしている様子は見られなかった。

 

「え? 何がですか?」

「いやその……私のバイクでひいた」

「バイクだと!?」

 

私のその言葉に、男の人は先ほど引かれた場所付近に、真っ二つになっている私のバイクへと近寄った。

そしてそれにも感動していた……。

 

「おぉ、文明の利器だ……。ってちょっと待て? 今の日本語?」

「え? えぇ。日本ですから」

「日本だと!?」

 

なんかいろいろと当たり前の事に驚きすぎな気がするんだけど……。

 

本当に危ないところをうっちゃったのかしら?

 

「つかぬ事をお聞きしますが、ここはどこですか?」

「? えっと冬木市ですけど?」

「……冬木市?」

 

冬木市に何か引っかかりを覚えたのか、男の人はなんか考える素振りを見せるたけど、すぐに考えるのをやめた。

 

「まぁいい。何とかしよう。色々と教えて下さってありがとうございました」

 

そう言ってそのまま、立ち去ろうとしてしまった。

 

「ちょ!? ちょっとちょっと!?」

 

その人の袖を、私は大急ぎで掴んだ。

 

「何か?」

「何かって……その……私引いちゃったんですよ? どこか怪我とかないんですか!?」

「え? 引かれてたんですか俺?」

 

気づいてなかった!?

 

その事実に本格的に危ないと思えてしまう私だけど……でも見た目危なそうに見えないし、何よりどこにも異常は見られなかった。

だけど引いてしまったのは事実な訳で……。

 

「と、とりあえずここだと埒が明かないので私の家にきて下さい! 治療します!」

「え、しかし……」

「い~から! 男の子が遠慮なんてしないで!」

 

そう言って半ば強引に連れて行く。

それに観念したのか、男の人が私に自己紹介をしてくれた。

 

「ご親切にありがとうございます。俺の名前は鉄刃夜です。あなたは?」

 

お。最近の若者にしては礼儀を知ってる

 

先に自分の名前を告げてきたこの人に好感を持つ。

実際最近の学生はひどい子が多い。

けどこの人には何か、礼節というか礼儀があった。

それに嬉しくなった私は元気よくこうしゃべった。

 

 

 

「私の名前は藤村大河。この近くで先生やってます」

 

 

 

 

 

 




口調がおかしい気がするが……気にするな!!!!!


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ダイジェスト

リアル?モンスターハンター 異世界に飛んだ男の帰宅物語

を読むのが面倒な人のためのドゥゥゥゥァァァァァィィィィジェェェェェスッゥゥゥゥトオォォぉぉぉ!
読んだ人は飛ばしてもおkよ!




現実世界にて刀鍛冶士と悪人殺しの家業を営む家の息子、鉄刃夜(くろがねじんや)18歳。

海外にて刀を鍛造してタンカーに揺られて帰国していると、何故か起きたらそこは森の中。

戸惑いつつも辺りを散策していると未知の生物の恐竜モドキ(ランポス)に襲われている少女を発見。

ランポスを討伐して女の子を救うも、言葉が全く通じなかった。

それに悲観視ながらも女の子の村に案内されて、紆余曲折……戦闘とか……あって村に住む許可をもらった。

ちなみに女の子の名前はレーファである。

黒板なんかで意思疎通を行い、言語を少しずつ覚え、ランポスを百頭素手で狩ったりして暮らしていると、鳥竜種の怪鳥イャンクックを討伐してくれと頼まれた。

その時後に弟子の一人になるリーメという子犬のような男の子と一緒に怪鳥討伐へ。

普通ならばモンスターの首なんて一刀で切断できないのにそれをして驚かれる刃夜。

そうして二人でほのぼのしてたらリオレウス襲来。

油断してたら刀を一本折られた。

だがその刀はまだ死んでいなかった!

その刀を全て拾い集め、レーファの父親が営んでいる鍛冶屋で、親父さんに頼み込んで武器を鍛造した。

対飛竜用の野太刀、「狩竜」を……。

そしてリーメと一緒にドンドルマに赴いてハンターとなった。

それから直ぐに刀を折ったにっくきリオレウスを、後に弟子二号になるギルドナイトで姉御肌なフィーア、そしてリーメとともに討伐。

そして討伐すると、尻尾から紅玉を入手。

それがしきりに巣を気にするから言ってみたら卵が合った。

壊すには忍びないので持ち帰ると卵が孵化してリオレウスが……。

それが原因で村の外に追い出された刃夜は、日本家屋を作り上げてそこで生活をする。

家畜用餌として扱われていた米を正しく調理し、さらには大豆をしようして米味噌醤油という日本人には欠かせない物……作者の持論……を農作する。

それを元手に村に和食屋を開いた。

↑第一部終了

 

料理人としてハンターとして生活してたらまた村長に依頼を受ける。

今度は村の近辺の渓流調査。

そこで雷狼と戦って碧玉ゲット!

のちにこれを使って打刀を制作する。

そうしていたらギルドナイトの隊長が来てギルドナイトに入隊してくれと言われる。

卵から孵ったリオレウス……名前をムーナ……の身の安全を暗に脅されて仕方なく加入。

それからモンスター討伐にいそしんでいるとなんと魔力(マナ)を扱える飛竜、蒼リオレウスが登場。

魔力(マナ)を扱えるその強さは格別だったが、何とか倒した刃夜。

だがその時、魔力(マナ)の塊で造られた蒼リオレウスの紅玉をもらった……と同時に呪いを掛けられた。

そんな時貴族が、人になつく竜と言うことでムーナを狙ってきたが貴族をたたきつぶしてやったwww

↑第二部終了

 

貴族をぶっとばした罰としてドンドルマで1ヶ月間の謹慎生活。

日々モンスターを討伐していると、太古の生物、老山龍ラオシャンロンが登場。

魔力(マナ)の塊そのもののその巨体に、他の大勢のハンターと協力して何とか撃退。

そのラオシャンロンより、魔をもって魔を切り裂く、「神器」をもらう。

そして村で世話になっていたレーファの父親が、刃夜に助力を請うて、二人で日本刀を元にモンスターハンターの世界に適した形の新たな武器を作り上げた。

名を太刀。

ゲームに出てくるあの太刀……現実世界の太刀とは色々と違う設定……である。

そんな生活してたら古龍種霞龍オオナズチが襲来。

神器を奪いに来たというそれは姿が全く見えなくて死ぬ一歩手前まで追い詰められるが、その時桜火竜が刃夜を救う。

オオナズチを討伐して「霞皮の護り」入手。

オオナズチに人質に取られていたレーファも無事に村へと帰還した。

その夜告白された刃夜!

ちなみに相手のレーファは14歳だ!

受けたら犯罪だった刃夜君!!!!www

結局人殺しの罪があるということと、己の世界に帰りたいがために断るが、レーファが刃夜が逃げていることを諭した。

その事に衝撃を受けるが、そのおかげで罪の意識が軽くなり、一歩踏み出せた刃夜。

そして番外篇を挟んで終了

↑第三部終了

 

ここから先は普通の人間ではついてこれないぜ!

幻獣キリンと雪山でバトル! 勝負にはなんとか勝ったが、鋼龍クシャルダオラが襲来。

キリンの力を借りるもぼろ負けして死にかけたら、神器の力が都合良く目覚めて龍刀【朧火】が顕現。

狩竜に顕現したその力にて鋼龍を討伐して「鋼殻の護り」を手に入れる。

それによって火山に生身でいけるようになった……クーラドリンク? 何それおいしいの? まずいの?……刃夜は火山調査中にテオテスカトルとナナテスカトリに襲撃される。

またまた絶体絶命のピンチに陥ったとき刃夜を救ったのは、刃夜を乗せて飛べるまでに成長していたリオレウスのムーナだった。

ムーナのおかげで辛くもナナテスカトリを討伐する。

後にドンドルマの広間にて生き残ったテオテスカトルと激闘を繰り広げて勝利。

このとき炎を操る力の「炎妃の護り」、炎を力に変える「炎王の護り」を入手。

この力のおかげでマグマにも入れるようになった。

そして登場、神竜破壊神アカムトルム。

全く攻撃が通じなくて呆然としているとムーナが特攻。

そして撃ち落とされて瀕死になった。

見捨てるつもりはさらさら無いので何とか敵の攻撃をしのいでいたが限界が来て今度こそ死にかけたその時、一番の愛刀である夜月が光った!

敵の空間破砕砲ソニックブラストを霧散させた。

そしてそれに呆気にとられていたらムーナが銀リオレウスに進化した!

魔力(マナ)で覆われたその姿は銀の太陽であり、神竜だった。

そしてムーナのおかげでアカムトルム討伐。

その時、破の力「力の爪」を入手。

↑四部終わり

 

そしてその後ウカムルバスに腕試しをされて崩の守「守りの爪」を入手。

そして武器を造っていたら文字通り、龍の神様降臨。

アマツマガツチとやらに挑むも、体が軽い刃夜は敵が起こした嵐に吹き飛ばされて1回戦敗北。

それを回避するため、アカムトルムとウカムルバスの素材で造った日本風の鎧を制作、装備!

普通の人間では色んな意味で着用できないその鎧は、鎧単体で切れ味が白ゲージというあり得ない防具であり、それを纏って再討伐。

このとき村人と協力し、何とか荒天神龍を撃退した。

ちなみにその時飛翔能力を有する力「風雲の羽衣」を手に入れた。

そしてついにラスボス登場!

煌黒邪神アルバトリオン。通称、ス・ネ・○www

世界が暗雲と嵐に包まれてしまった中、自分を好いてくれていたフィーアが刃夜に告白するも、それを振って、刃夜は煌黒邪神討伐へと向かった。

そして神域にて死闘を繰り広げる!

が、結局殺されかけた。

命のともしびが尽きようとしたその時……この世界で自分を支えてくれた人間の声が聞こえた……。

その声を力にして立ち上がる。

そして魔力(マナ)が力を貸してくれたことで、龍刀【朧火】が龍刀【却火】に進化し、さらに媒介物なしで顕現が可能だった。

風雲の羽衣で空を舞い、狩竜と龍刀【却火】二振りの、野太刀二刀流というあり得ない戦闘方法で煌黒邪神を討伐した。

こうして刃夜は世界を救ったのだ……

 

がそんな生物が人間であると思えず、また英雄と言うよりも恐怖を感じてしまうのが人間という物。

露骨な迫害はされないものの化け物扱いをされているような雰囲気になってしまう。

そんなことは屁とも思っていなかった刃夜www

 

そして時は満ちた!!!!

モンスターハンターの世界の絶対神、祖龍、紅龍、黒龍に呼ばれて古塔へとムーナで向かう。

その時レーファ、リーメ、フィーアも一緒だった。

全員が帰って欲しくないと思いつつも、止まると思っていなかったのでリーメとフィーアは何とか別れを言えた。

だがレーファは違った。

本気で好いていた男がいなくなってしまうことに耐えきれずに涙を流してしまう。

「刃夜が己の世界に帰る方法を見つける前に、帰りたくなくなるような女になる。その時は……」

そう言う約束があったから割り切れなかった。

だがそんな少女の思いに後ろ髪を引かれつつも、刃夜は己の世界へと帰還した。

 

 

 

編集者のHM氏に外道といわれてしまったwwww

 

 

 

それから何十年の時が流れた……

 

刃夜という存在が伝説となり、刃夜と縁の深かった人間も伝説となっていた。

ユクモ村は刃夜のおかげで栄えた。

その村長を務めていた老婆は刃夜と直に接触したことのある最後の人間だった《竜人族》。

その人は残りの生涯を、村の英雄の語り部として過ごしたという……。

 

そして帰っている最中に、どこかからか声が聞こえて刃夜はステイナイトの世界へと迷い込んだのだった!!!!

 

え? いつ帰宅するかって?

 

………………さぁ?www

 

 

 

 

 




以上!!!!

超ダイジェスト版でした!
色々と飛ばしているエピソードもあります。
ダイジェストに鳴っていない気がしないでもないですが……

70万字以上の小説をまとめるとこれぐらいの文章には行くと……思いますのでご了承下さいw


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現状確認

ごめん、一万字のつもりが1.7倍になった……


予定では一万字で納めるつもりだったんですよ……
まぁできてないけどねwww


「突然ごめんね、おじいちゃん。わがまま言って」

「別に構わんよ。大事な孫の頼みだ。無下にはせぬよ」

 

そう言って私は正座をしていた腰を折って、目の前の人物に頭を下げた。

藤村雷画(ふじむららいが)

この深山町一帯に顔を利かせることのできる……言ってしまえば極道の親分で私の祖父である。

老人といっても差し支えない年齢であるにもかかわらず、おじいちゃんの昔を知る人は「未だに現役時代の雰囲気を持ち合わせている」らしい。

私にとっては大切なおじちゃんだ。

 

「ところで……大河」

「うん?」

「あの兄ちゃんに、何か身の上に関しては聞いたのか?」

 

おじいちゃんとしてではなく、藤村組組長としての顔で聞いてくる。

それがわかったので私も真面目に答える。

 

「特に聞いてないよ。だけど、とりあえず私が本気を出しても勝てない気がする」

「……だろうなぁ」

 

おじいちゃんは私の言葉を聞いて納得すると、カンッと音を立ててキセルの灰を、煙草盆の竹筒に捨てた。

その目は鋭く細まっており、異様な眼光を虚空……私が原付でひいたと思われる人がいる離れへと向けていた。

 

「色んな意味で無駄だろうが……まぁとりあえずあまり離れには行かないようにな」

「うん」

 

色んな意味で無駄……という意味は何となくわかった。

私よりも歳下……おそらく士郎と同じくらいの年齢であの隙のないたたずまいは異様の一言であり、恐らく普通の人生を歩んでいないことは容易に想像できた。

そしてそれと同時に、あの人は凶人でないということは、少しでも会話をしたらわかることで……つまり

 

普通通り接していれば問題ないでしょ

 

と結論づけて私はおじいちゃんにお茶を注ぐのだった。

 

 

 

心身供に特に異常はない……か

 

バイクにひかれたらしい俺は、その治療と言われて藤村大河さんの家であるお屋敷へと案内され、一通り身体を確認された後離れへと案内されていた。

 

俺の名前は鉄刃夜。

年齢は……現実世界というか、俺の世界では18歳で後半年ほどしたら19歳になる。

身長体重は平均よりもどちらも少し上。

家業として刀の鍛造、裏家業として悪人殺しを営む家に生まれた。

「気」を使用してのある種超人的な身体能力とそれを併用した剣技での戦闘方法を用いる。

家族構成は祖父、父親、母親、妹がいる。

 

今頃どうしてんのかねぇ……

 

海外の顧客に刀を鍛造してくれと依頼をもらい、その依頼の帰り道に俺はタンカーに揺られて帰宅していると……何故か異世界へと迷い込んだのだ。

 

現実世界は考えられないようなモンスターが溢れた世界。

その世界では鳥竜種、獣竜種、牙獣種、などなど、様々なモンスターがおり、さらに巨大恐竜や、飛竜種(ワイバーン)、挙げ句の果てには龍種まで出てきて……そしてそれを越えて神様まで出てきました。

人々はそれを狩猟する存在の人間をハンターと言っていた(後半の龍種、および神様は除く)。

そんな世界で俺は何とかハンター兼料理人として半年ほど過ごした。

その間に忘れられない出来事も多々あったのだが……とにかく俺はその世界における神様にあって俺の世界へと帰っているはずだった……が、その帰り道になんか声が聞こえて気が付いたらこの世界にいた。

そしてその時にバイクでひかれたらしく、その治療としてこの家へと案内されて一通り検診を受け……客間にいた。

俺と出会った、というか俺を引いた張本人だという藤村大河さんに聞いた、冬木市という単語に違和感を覚えたのだが……それは見事に的中していた。

 

……やはり俺が知らない市だったか。正しく言えば俺の世界にはない市か

 

知らないのは当たり前だ。

俺は日本全国の市の名前を覚えているわけではないのだ。

だが地図を借りて己の記憶にある、日本の地図と照らし合わせたのだが……予想通り俺の実家周辺の地図と違いがあった。

つまりは……この世界は俺の世界ではないらしい。

それを知って俺は激しく落胆して……今に至る。

 

まぁ前回と違ってまだ日本だし、ほとんど文明っていうか文化も相違ないからまだ楽だが……

 

モンスターがはびこった世界よりもよほど過ごしやすいのは間違いない。

があの世界はあの世界で、見ることなす事全てが新鮮だったので面白かったことは面白かったが。

 

どうしたものか……

 

これからどうするべきか考えるが……当然すぐに思いつくわけもないので……俺はとりあえず武器、道具の確認を……現実逃避……することにした。

 

まず細長い四角い金属製の刀入れを『気』で解錠し、己の得物を取り出す。

 

打刀 夜月(よづき)

打刀 雷月(らいげつ)

打刀 蒼月(あおづき)

脇差し 花月(かげつ)

 

の四本が、刀入れに収納されている。

 

夜月と花月は俺の世界で祖父と父親に鍛造された武器であり鉄の刀だが、雷月と蒼月は全てが鉄で出来た武器ではない。

 

雷月はモンスターがはびこる世界で遭遇した、雷の狼のようなモンスターと戦って勝利し、その尻尾から剥ぎ取った碧玉(へきぎょく)と素材を使用して作られた刀である。

意匠を凝らした造りをしているので、そのモンスター雷狼の見た目が結構残っている。

気を柄頭に埋め込んだ碧玉へと注ぎ、それより発せられた電磁の力を用いて電磁抜刀が使用可能の特殊武器である。

そして蒼月は、モンスターワールドでも特殊な存在だった、魔力(マナ)を操る飛竜、蒼リオレウスから作られたもので、これは大気に満ちる魔力(マナ)を用いて、発火刀剣として使用可能だ。

今の俺の魔力の扱いではその程度が限界だが、元が異常なモンスターだったので恐らくそれ以上の力を発することも可能だろう。

また柄頭には雷月と同じく、蒼リオレウスの尻尾より剥ぎ取った呪われた紅玉(こうぎょく)を埋め込んでいる。

紅玉に気を注ぐことで別の刀剣を宇宙世紀のMS(モビルスーツ)よろしく炎熱剣(ヒートソード)のように使用することも可能だ。

夜月は俺が生まれた直後に鍛造された打刀であり、一番の愛刀だ。

 

これら三振りの打刀が、俺がもっとも得意とする打刀一刀流で使用される武器達である。

 

元はこの刀入れに収まっていた短刀 水月(すいげつ)は腰に装備するように……数が増えたために小さなサイズの刀を入れる余裕がないのだ……なった。

 

軽五本の刀は特に問題なし。お次はこいつか……

 

刀入れ、そして腰に装備している短刀 水月(すいげつ)の様子を確認し特に異常がないとわかると、俺はあらゆる意味で特殊な武器といえる一対の剣を布のシースから取りだした。

 

刃渡りは打刀ほどの長さの剣で、柄頭まで伸びたフィンガーガードの役割も果たしている刃が特徴的な剣であり、側面にある模様が禍々しい。

剣先辺りに、まるで目のような黄色い装飾が施されており、それが柄辺りまで伸びている。

(しのぎ)から峰へと向かって、いくつもの青緑色の筋のような物が伸びていて、それが剣をより一層妖しく飾る。

そして何よりも、その武器はただの鉱石から出来た物ではなく……何か特殊な力が込められているような……そんな雰囲気を醸し出している、そんな武器。

 

というか怨霊が取り憑いている剣なのだが……

 

『失礼だな、仕手よ』

 

俺がそう内心で独白すると、それを感じ取れたのか、一対の魔剣が思念を俺へと送ってくる。

 

『封龍剣【超絶一門】よ。今更だがお前は俺に付いてきてよかったのか?』

 

モンスターワールドの世界で、特殊な存在である古龍という、意志を持ち、そして意思疎通の出来る魔力(マナ)を扱う最強種の生物に、家族と友を殺されて己が鍛えた剣に怨霊としてとりついてまで仇を取ろうとした男の怨霊。

そしてその復讐は俺とともにその古龍を討ち取ることで果たした。

そこから雰囲気に険がとれて、普通に怨霊というよりも剣の意志として、今も封龍剣【超絶一門】に宿っていた。

復讐を果たすまでは完全に魔剣の類だったが、今は意志を持つ特殊な双剣となっている。

 

まぁ……自然だと言うべきか、剣その物から魔力を発するので魔剣に変わりはないか……

 

特殊な鉱石で作られていること、そして意志が籠もっているからか、こいつからは魔力が発せられている。

手持ちの武器の中でもトップクラスの強さを誇っていることは間違いなかった。

 

そんな封龍剣【超絶一門】は俺と供に別世界である、今のこの場所まで来ていた。

 

『仕手のおかげで復讐を成し遂げることが出来たのだ。ならばもうあの世界に未練はない。むしろ仕手の力量も十全なのだ。別の世界にも行って見識を広げるのも悪くはない』

『見識って……お前……』

 

とっくに死んでいるというのにまるで生きた人間のようなその言葉に俺は思わず呆れてしまった。

ほとんど生きている剣だと言っても過言じゃないこの封龍剣【超絶一門】は、手入れをする必要性はあまりない。

刃こぼれ一つしておらず、さらには妖気っていうかなんか危なげなオーラを放っているので本当に手入れの必要性はなさそうだった。

が、折角取り出したのでとりあえず布で丁寧に拭いてシースへとしまう。

またスローイングナイフの残りや、全く使用されなかったコンバットナイフ二本も布でふく程度の手入れだけは行った。

 

次に所持品の確認をしている。

現実世界より別世界へと移行したので、刀の鍛造道具も一式ある。

が、現実世界というか銃刀法違反があるこの世界では勝手に刀を鍛造しては違法になる。

それに造る機会もないだろうし、見た目が完璧に若造の俺に鍛冶場を貸してくれる人がいるとも思えない。

とりあえずこれは鍛造士としての俺の命なので厳重に封印しておく……。

 

「ありゃま」

 

俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

モンスターワールドで、モンスター討伐をしに行くときに支給される支給品という物を、丸ごと持ってきてしまった。

ペイントボールや渓流の地図、回復薬、解毒薬などなど。

他にも支給品だけではなく、栄養剤グレートといった使える薬系列や、モンスターの素材もいくつも持って来ているが、それはまぁ割愛しよう。

とりあえず使う予定もないので、こちらも厳重に保管する。

荷物、得物供に問題ないことを確認すると、俺は最後に規格外な物体を手に取った。

 

長さ3mはある湾曲した木の棒を……

 

モンスターワールドでのモンスター討伐で、朱色の怪鳥討伐を行っていたときに、乱入してきた赤い火竜のリオレウスに、俺は一振りの刀を砕かれてしまった。

打刀 銘を夕月。

夜月と供に生を受けた、親父が鍛造した打刀だったのだが、その時砕かれてしまったのだ。

だがそれでも……砕かれてなお、気を放つ夕月は生きていた。

だから俺はそれを全て回収し溶かして玉鋼とし、その世界の砂鉄で生成した玉鋼を使用して、一振りの対『飛竜』用の太刀を鍛造したのだ。

 

刃渡り七尺四寸《約222cm》。

柄長さは二尺《約60cm》

全長九尺四寸という、規格外にも程がある野太刀である。

 

銘を狩竜(しゅりゅう)という。

 

これで数多くのモンスターを葬った……のだが……。

 

刀身の色が……なんか危ないよな?

 

刀身の色……つまり鋼鉄部分の色が鋼色じゃないのだ。

何というか、血のような色をしているというのが一番しっくりするだろう。

赤黒い色をしているその刀身。

その原因は、モンスターワールドで最後に死闘を繰り広げた……煌黒邪神アルバトリオンという……冗談でも酔狂でもなく、邪神との激闘にて、魔力(マナ)の塊の武器として顕現可能な「老山龍」の力、龍刀【却火】とともに野太刀二刀流というあり得ない剣技で邪神を討伐した。

その時邪神にとどめを刺すときに使用したのが、狩竜だった。

そして邪神を構成したと思われる粒子?全てを吸収したのだ。

それによって刀身の色が赤黒くなってしまった。

邪神全てを吸収していると言っても過言ではないというのに、狩竜にあまり変化はない。

見た目には無論変化があるのだが……それしか変化がない。

曲がりなりにも神を吸収したと言うには雰囲気にも特に変化がないのだ。

それが不気味ではあったのだが……

 

……捨てるつもりはないし……様子見だろうな

 

半ば無理矢理納得して、狩竜もとりあえず簡単な手入れをする。

 

他に物体としてあるのは、たてがみの首飾りだろう。

モンスターワールドの世界で麒麟の形をした雷の精霊……の化身である。

 

あまりアクセサリーの類は、俺は好きではないのだが……しょうがないか

 

装備している効果として「精霊の加護」というダメージ軽減のスキルがある。

 

だが……この魔力(マナ)の少ない世界だと効果あるのかね? まぁ、別になくてもいいけど

 

魔力(マナ)が少ないからか、キリンからも返答がない。

かといって死んでいるようには思えないので、おそらく休眠中みたいな物なのだろう。

効果があろうがなかろうが、こいつはただの首飾りにしか見えない以上、たいした問題にはならない。

道具、得物ともに特に問題なくこちらの世界に持ってこれた。

 

まぁいくつか置いてきた武器防具はあるが……まぁいいや

 

置いてきた武器たちはきっと何かしらに使われるだろう……と勝手に思っておくことにする。

欲を言えば鎧だけは持ってきたかったが……重すぎたし、俺が世話になった村を救った装備でもあるので記念として置いてきたのだ。

とりあえずまぁ装備自体に関しては問題ないが……装備に一つだけ問題があった……。

 

何を隠そう、超野太刀、狩竜の存在である。

 

この長さで湾曲しているこの刀は……危ないな

 

何度も言うが、この世界は現実世界っていうか、今いる日本は法治国家である。

理由もなく刀剣を持ち歩くのは違法である。

当然刀であるこの狩竜を持ち歩けば捕まること必至だ。

さらには登録されてない刀剣なので、捕まれば《絶対に逃げられるが》ほぼ一発で没収される。

 

 

刀を鍛造する場合はその鍛造する刀を登録してから……つまりは鍛造することを申請……でないと鍛造してはいけない法律なのだ。

↑これは現実(リアル)の世界でもある歴とした法律です by作者

 

 

だがこいつはどこかに捨てるとか置いていくというのはあり得ない。

基本いつでも持ち出せるようにしたいので、俺はその対策のために、藤村さんにお願いして和紙と筆を借りていた。

 

認識阻害の術を掛ける……のが一番無難だろうな

 

俺は気と魔力を扱う家に生まれたのでちょっとした術の類も使用できる。

といっても本当に入門の術が使えるだけで、その道のプロが見たら鼻で笑えるレベルだ。

だが結界を展開すれば気を扱えない人間には絶対の領域になる。

今から使う認識阻害の術もそれの応用である。

そのためこれも素人しか通用しないが……警察は余裕でごまかせる。

 

夕月に使用されていた紐などを結い合わせて作った柄巻きを外し、白木の柄にする。

鞘の折りたたみギミックだけがちょっと目立つがそれに目をつぶれば湾曲した木の棒になる。

切羽はあるが鍔は取り付けていないからなおさらだった。

折りたたみギミックの節目と鯉口の箇所に、俺は筆で気を込めながら呪文を書いた札を貼り付ける。

さらに気を込めて認識阻害の術を展開する。

そしてそれは特に問題なく発動した。

 

よし、これで一般人には湾曲した木刀にしか見えない

 

持ち運ぶ以上、見る人にただの木であると認識してもらわないと通報されかねない。

俺が使う全ての刀は、俺の『気』にしか反応せず、抜刀できないので特に問題はない。

刀入れも俺の『気』でのみ解錠できるので……封龍剣【超絶一門】だけは例外なので隠さないとまずいが……とりあえずは一通り問題がなくなった。

 

コンコン

 

「お客人、よろしいですか?」

「はい。どうぞ」

 

荷物を整理し終えた直後、襖をノックされた俺は返事をする。

というか気配で部屋に近づいてくるのは分かっていたし、先ほどから見張られている……直接の監視はされていない。監視カメラもなかった……のはわかっていた。

 

まぁ怪しい人間だよな

 

やはり狩竜が在る意味でネックだ。

現実世界ではとてもではないが3mもある木の棒は、違和感が在りまくる。

またこの家もどうやら普通の家ではないようなので、客人とはいえ完全にフリーにすることはないだろう。

静かに襖を開けて礼儀正しく入ってきたのは、俺よりも少し年上の男だった。

黒いスーツでばっちりと決めている。

 

「お食事の用意が調いました。申し訳ありませんがご足労願いますか?」

「これはご丁寧に。というか本当にお食事まで頂いてしまってもよろしかったのでしょうか?」

「お嬢の客人です。遠慮する必要性はございません。それではこちらへ」

 

先導するそいつの案内に従い、俺は後ろをついていくと、大広間へと通された。

そこには……ズラーッ! と床の間の前に座った老骨のご老人の脇に、幾人もの屈強な男達が並び、その老人へと向かうように二列で一直線に、皆が正座して鎮座している。

普通の人間なら軽く引きそうな光景ではあるが……俺として何とも思わなかったりする。

それよりもこの広間の広さに興味があった。

 

広いな~。何畳あるんだ?

 

確実に二桁は畳がある。

それほどの広間にびっちりとうめつくすほどの人間がいる。

しかも全員黒いスーツ着用だ。

末恐ろしい。

一人だけ例外として俺を原付でひいたらしい……感じなかったので引かれなかったも同然だが……藤村大河さんが私服でいるのが浮いていた。

俺に笑顔で呑気にパタパタと手を振っている。

他にも衣服が違うという意味では真ん中の老人もそうだったが、黒色の和服なので色的にはで浮いていない。

しかし逆の意味で……目立つ人が老人だった。

この中で間違いなく一番年を取っているというのに、その身から発せられる雰囲気は強烈だった。

間違いなくこの中で一番偉い人間だ。

正直、この状況で飯なんぞ普通の人間なら全力で辞退するだろう。

が……俺の場合……

 

こいつらが束になってかかってきても一分と経たずに勝つだろうが

 

というわけで別に怖くなかったりする。

またこいつらはヤクザじゃないことはすぐにわかったのでそう言う意味でも恐れる必要もない。

俺は案内された席……藤村大河さんの正面へと座らされた。

目の前には膳が置かれており、その上にいくつかの食器が置かれている。

 

「よく来てくれた、鉄刃夜殿」

 

俺が席に着くと、藤村大河さんの隣に腰掛けている老人が俺へと言葉を掛けてくれる。

その言葉にも当然気迫が込められた。

 

……間違いなく一級品の気迫だ

 

他の連中も相当な気迫を持っているが、この人の気迫はより洗練されていた。

 

「特に異常もないというのに、お食事までごちそうになり、さらにはご一緒させていただきまして恐縮です」

「いやなに。孫があなたを引いたというのだから謝るのはこちらの方だ」

「孫? というとあなたは藤村……」

雷画(らいが)という。以後よろしく頼む」

 

快活に笑いながら、俺へと笑顔を向けてくる雷画さん。

だがその瞳の奥に、俺を見抜かんとする鋭い光があるのを俺は感じた。

そんなことを思っていると膳に料理が運ばれてくる。

完全なる純和食の料理だった。

人が作った和食……というかアレンジの入っていない完璧な和食というのは純粋に嬉しかった。

 

「では頂こう」

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

「いただきま~す♪」(大河)

「頂きます」(刃夜)

 

厳かに会食……というには言い過ぎかもしれないが、とりあえず夕食をいただく。

そして一口、口に入れて……俺は心で唸った……。

 

……あぁ、なんか帰ってきた気がする

 

世界こそ違うが、ほとんど相違ない日本であることを、和食を食したことで俺はようやく実感した。

好みの問題はあれど、今口にした和食……この藤村組かな?……の和食はかなり高レベルの食事だった。

一切の妥協もなく、しっかりとした手順で料理を行ったのがよくわかる。

すばらしい味だった。

 

……出来れば家でこれを味わいたかったが

 

しかしここまで料理の味も同じな日本に帰ってきたというのに、俺の世界ではないという事実に途端に沈みそうになるが……今はどうしようもない。

 

しかし、何を思って俺をこの世界に送ったんだ……?

 

あの時……次元の狭間とでも言うような場所で聞こえてきたあの声。

あれは恐らく俺の予想通りの相手だろう。

色々と突っ込むところは満載だが、突っ込む相手がいないのでは意味がないので色々と胸中に宿っている疑問に関しては割愛する。

だが一つだけわからないことがある。

 

この世界に来た意味……ないし理由……

 

それが不思議だった。

というかもしもモンスターワールドに行ったのもあの人の画策だとすれば、何か意味があるのかもしれない。

前回の世界で、俺は貴重な経験をした。

俺に何かしらの経験をさせるのは間違いないだろう。

だがその過程で俺は相当な試練を乗り越えた。

この世界でも何かしらの経験をさせることが目的だとすれば、この世界にもそれ相応の試練が待っていると言うことだろうか?

 

「何か考え事かい?」

 

俺が黙っていると、雷画さんが俺へと声を掛けてくれる。

どうやら観察されていたようだ。

なるべく外に漏らさないようにしていたつもりだったのだが……人生経験の塊である老人相手……しかも間違いなく相当な手練れ、老獪ともいってもいい人物を相手にはまだ分が悪いようだった。

ので俺は素直に頷いた。

 

「ちょっと……まぁ色々と」

「ふむ? 随分と身体がしっかりとしているようだが……何かスポーツでもしてるのかい?」

「え、えぇまぁ。剣道……かな?」

「ほほぉ……?」

 

俺の言葉に、対面でひたすら食事をしていた大河さんがにやりと笑いながらかっこんでいたお茶碗から俺へと視線を投じてくる。

口周りに一粒ごはんがくっついているのを……お茶目と言うべきか行儀が悪いと言うべきか……そんなくだらないことを考えてしまう。

 

「立ち振る舞いから、ただ者ではないというか、実力者と思ってたけど……。段位とかは所得したのかな?」

「……あ~」

 

どうやら腕に自信があるのか、大河さんが嬉々としながら俺へと問いかけてくる。

なんかこのままにじり寄ってきそうな勢いだった。

が、こちらとしてはその質問に対して返答するのに窮してしまう。

 

剣道って言うか、剣術だからなぁ……

 

なんか言うのが憚られて剣道といってしまった自分。

そしてその答えに窮している俺を、雷画さんがそれとなく油断なく見据えていた。

 

「すいません……剣道よりも剣術です」

「剣術……。となると真剣を使った古武術とかですか?」

「……そうなる……でしょうか?」

 

古武術というか……家に伝わる剣術なので、古いというべきなのか……

 

それが判断しづらいが、まぁ少なくとも最近出来た剣術でないことだけは確かだ。

正式な段位なんかはない上に、判断基準が実戦で使えるレベルかどうかなので、自分がどれほどの腕前かは不明だったりする。

そしてそこで俺は一つ、衝撃の真実に気づいた……。

 

……というか、最近まともな対人戦をしていない

 

今更ながら、俺は対人戦の実戦をほとんどしていないことに気がついたのだ。

 

怪物相手に関しては結構な経験値を習得したが……

 

モンスターワールドで約半年生活した。

その間に相当数のモンスターを狩ったので、自分よりも巨大な相手と戦闘するのはだいぶ慣れた。

得物もそれ……巨大な相手を対するために鍛造した狩竜がある。

狩竜はリオレウスという飛竜を真正面から一刀両断することも可能な得物だ。

が……その半年の間に俺は人と戦うと言うことを全く行っていなかった。

修行のために弟子一号と弟子二号とは戦ったが……稽古をつけるためなので命を賭けた死闘を行っていたわけではない。

そしてモンスターワールドには人が持てる巨大な銃槍はあっても……

 

銃器の類がなかった……

 

拳銃、マシンガンなどの銃器。

これらと対峙し、間合いでは圧倒的に不利な刀で戦うという感覚を、果たしてどれほど覚えているかは……はっきり言って謎だ。

これは致命的とも言えるだろう。

別に気壁があるために死ぬことはないし、食らうようなヘマはしないが……それでも対人戦、現代戦の腕前が落ちていることだけは確かだった。

 

……どうやって感覚を戻すべきか

なかなか厄介な問題が浮上してしまった。

ことが銃撃戦のために、日本ではあまり経験をすることはないだろう。

 

どうしたものか……

 

「となると、刃夜殿が持っていたあの偉く長いのは木刀かい? 斬馬刀よりも長かったが」

 

俺がそうして内心で唸っていると、雷画さんが話を続ける。

それで俺は思考を一旦切り上げた。

斬馬刀とは本来、古代中国で使用されていた武器の名前。

武士を馬ごと斬る等の描写が漫画なんかで見受けられるが、本来はその長さで馬の足を切って転倒させるのが目的の武器だ。

大太刀に分類されるような得物だが……当然狩竜の長さには届かない。

 

……まぁ目立つよね

 

「あ~あれはそうですね。……はい」

 

嘘を吐くことになるが、本当のことを言うわけにもいかないだろう。

まぁ数名には通用しないだろうが。

 

「あの長さで修練してるの? というかアレを使う剣術って相当特殊よね? 流派は?」

「え~……聞かないでくれると。一応」

「あらそう? でもすご~い。あれを振り回すんだ! 技とか……」

「やめろ大河。あまり聞いてばかりでは刃夜殿を困らせるだけだ」

 

これ以上聞かれると面倒なことになりそうなので、俺は曖昧に言うことしかできない。

そして幸いなことにそれがわかっているのか、雷画さんがこれ以上突っ込むなと孫娘に釘を刺してくれた。

祖父の言う言葉に渋々と従う大河さん。

何というか……天真爛漫な方のようである。

そしてそれからは静かに会食が進む。

が、それでも雷画さん他数名が、俺から目を離すことはなかった。

 

見極めるつもりかな?

 

組の親分として、俺がどんな人間かを見極めようとしたのだろう。

若輩故に、このご老人の目を完璧にごまかすことは出来ないが……俺の人生を語っても理解できないだろう。

 

主に異世界に飛んだこととかな……

 

自分の奇妙な状況に改めて溜め息を吐たくなる俺であった。

そして食事を終える。

 

「ごちそうさまでした」

「どうだった? うちの料理は?」

「大変おいしかったです。和食の造り方に一切の妥協もなく完璧でした」

 

素直な感想を述べる。

実際料理はものすごくうまかったのでその点に文句はなかった。

雰囲気は余りうまくなかったが。

 

「そうか」

「はい、料理を作った方にお礼を言っておいて下さい」

 

そう言って俺は雷画さんに深々と頭を下げた。

実際今晩の飯を心配しなくて良かったので助かったのだ。

俺の世界でない以上、当然俺の口座はないわけで……手持ちの大して多くもない金が俺の今の全財産となる。

 

大切に使わなければ……

 

しかもこの現金だって……この世界では使えない可能性だってあるのだ。

また、モンスターワールドの世界と違い、どっかの森に勝手に家を建てる事も出来ない……。

身分証……もっと言えば戸籍もない人間がどうやって職に就くのか……問題は山積みだった。

 

あ~……めんどくせ

 

「あの……」

「はい?」

 

そうして俺が今後の自分に関して暗い気分になっていると……何故か遠慮がちに大河さんが声を掛けてきた。

 

「こんなこと聞くのもなんだけど……怖くなかったの?」

 

 

 

私は思わず、疑問を口に出してしまった。

確かにこの目の前の青年、鉄刃夜さんは普通じゃない感じはする。

少なくとも普通の人生を送っていないことだけは確かだった。

だけど、それを差し引いてもこの状況での……周囲全てを組の構成員に囲まれたこの状況下……食事は怖い物があると思う。

私は昔からの事だし、構成員の人たちがいい人だって事を知っている。

だけど初めてきた鉄刃夜さんは当然その事を知らないし、それに今日は客人とはいえ初めて招いた人だったからみんな警戒していたから相当危ない雰囲気だった。

なのに目の前の人は……

 

「はい?」

 

言っている意味がわからない、とでもいうように間抜けな言葉を出していた。

 

「怖い……とは?」

「だって……その。わかってると思うけど、私の家って普通じゃないし」

 

この広間を見渡しただけで直ぐにわかる。

普通の家はこんなにビシッと家でスーツを着て、懐に危ない物を持つ理由もないし、そもそもこんなに人がいない。

外見は普通だけど、雰囲気で直ぐにわかる。

堅気じゃないって。

そうだというのに目の前の人物はさも平然としながら食事をし……それどころかしっかりと味わって食事を終えたのだ。

 

「……あぁ。そう言うことですか」

 

私の不思議そうな顔を見て得心がいったのか、鉄刃夜さんが言葉を上げた。

 

 

 

「確かにここは堅気じゃない……いわゆる裏の世界にも通じている家からもしれませんが……ヤクザじゃないでしょ?」

 

 

 

「……え?」

 

その言葉に、私だけでなく隣に座ったおじいちゃんも不思議そうにする。

そんな私たちを見つめつつ、鉄刃夜さんはさらに言葉を続けた。

 

 

 

「え~っとどういえばいいですかね? ……つまりここはヤクザみたいないわゆる腐った組織じゃなくてきちんとした極道だ。そして任侠もある。そして孫娘……組にとってはお嬢様かな? を心配してみんなで食事を取ると言うことすらもする極道なのですから、変なことをしない限り恐れる理由はないでしょ?」

 

 

 

……すごい

 

今食事をしただけで、そこまでのことを認識したこの青年に私は驚かされてしまった。

しかも恐れる理由がないという、その言葉に全くの偽りがなかった。

構成員の何人かが間違いなくあまり客人に向けるべきじゃない物を向けたというのに、全く動揺していなかった。

 

それはつまり……

 

 

 

この人数を前にしても、恐れる理由がないという事で……

 

 

 

「それではこれで失礼させていただきます」

 

そう言って鉄刃夜さんは席を立った。

その雰囲気は……何か無理矢理にでも通ってみせるという……そんな雰囲気を醸し出していた。

そしてそんな彼を止めることは……私には出来なかった。

 

 

 

「……待て坊主」

 

私には……だけど……

 

 

 

 

 

 

「……何か?」

 

立ち上がり、これ以上ぼろを出す前に逃げようと思っていたのだが、その前に雷画さんに呼び止められてしまった。

 

よりによってもっとも厄介な人物に

 

このご老人相手に舌戦は避けたかった。

文字通り経験値が違うのだ。

人生経験の塊である老人……しかも裏の世界の住人であり、組のトップである雷画さん相手ではとてもではないが歯が立たないだろう。

 

「お前さん……どうやら人に知られたくない事があるみたいだな」

 

……まぁそれぐらいわかるよな

 

これに関してはまぁ……だれにでもわかるだろう。

武術を使うとか言いながら流派すら言わないのだから《まぁ言うなれば鉄家剣術という所だろうが……言っても誰もわからないだろうし》。

さらには俺の普通じゃない雰囲気も合わさっているし、その雰囲気に違わず俺も堅気ではない。

 

「それを聞くつもりはないが……それでお前さん、行く宛はあるのかい?」

 

……え?

 

しかし問いかけられたその言葉は……あまりにも予想外な物だった。

 

「……えっと」

 

そしてそれに返答する言葉を……俺は持っていなかった。

 

「……え~」

「お前さんがどんな人生を歩んできたのかはわからんよ。だがお前さんが悪人ではないことはわかる」

 

……それ以上のこともわかってそうだな

 

このご老人……底が知れない。

おそらく俺がどんなことをしてきたのかも何となく察してそうだった。

 

「……そうだな、お前さん何が出来る?」

 

……素直に言うかぁ

 

なんか取り繕ったところでどうしようもないし、嘘を吐く理由もない。

仮に襲いかかられても全員を蹴散らすことが出来るのだから、怖くもない。

という事で俺は素直に言った。

 

「……人を捌くのと食材を捌くのが得意ですね」

「……ほぉ」

 

少しぼかして伝えた、俺の言葉。

ぼかしたところで全く意味はないだろうが。

俺の言葉を聞いて何か考える仕草をする雷画さん。

別に無視して帰る……というか出て行ってもいいのだが、その表情が余りにも真剣だったので、俺は思わず固まってしまった。

 

「よし、坊主。何か造ってみろ」

「……はい?」

「何か料理を」

 

……何故そうなる?

 

何を思ったのか、または何を考えたのか謎だが……突然のその申し出に俺は頭が回らなかった。

だが、その言葉と表情は真剣その物だったので、俺は素直に頷いた。

 

「……はい。では申し訳ありませんが台所をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「家の台所で良ければ好きに使え。食材もある物を好きに使っていい」

「じゃ~私が案内して上げる!」

 

元気にそう言って、大河さんが立ち上がった。

そのまま俺の手を引いて……台所へと向かっていく。

そしてその後に付いてくる……一人の黒いスーツの男。

 

そらぁ……料理作らせるのに見張り一人もいないわけないわな

 

俺がもしも別の組織の鉄砲玉なら、今から作る料理に毒物盛ることだって出来るわけで。

もちろん鉄砲玉ではない俺は普通に料理を作るが。

 

さて……何作るか……

 

手早く作れて、重くなく……かつ料理の腕前がわかるものというのは……

 

「何作るの? おいしい物なら何でも食べるよ!」

 

……あ、メイン作っても問題なさげ?

 

どうやら一品物でなくても腹に溜まるような炭水化物でも良さそうだった。

……少なくともこの女性は。

そうなると、手軽に作れる料理は……。

 

うむ……決めた

 

 

 

……ほぇ~

 

私は目の前で料理をしている人物のその料理負受けにびっくりした。

 

というか……普通の調理じゃない?

 

「え~肉は角切りにして~。野菜は刻んで~」

 

……食材が宙を舞う度に、一瞬にして細切れになっていく。

しかもひとつ一つがかなり綺麗だった。

しかしその包丁というか……切っているのが……

 

短刀って……

 

食材を切るのに使用されているのが、鉄刃夜さんが持ち出した短刀だった。

しかも食材を刻むのにまな板を使用していない……。

漫画でありそうな……宙に食材を浮かせてそれを宙にある状態で細切れにしているのだ。

そのおかげで食材さばきが速い速い……。

 

「っていうか……何故日本の一軒家に中華料理で使うような本格的なコンロが……。助かるけど」

 

あ、中華料理なんだ

 

鉄刃夜さんの独り言で、どうやら中華料理を作るつもりだというのがわかった。

材料は豚肉細切れ、ごはん、卵、長ネギ……

 

これって……

 

 

 

「へいお待ち! チャーハンです」

 

俺は手早く作った料理、炒飯という名のチャーハン(意味不明)を盛りつけた器を、ご老人……雷画さんの膳の上へと置いた。

無論老人だけでなく、ものごっつ食べたそうにしている、孫娘の大河さんの膳、そして他上の地位にいそうな数名の男の前に料理を置く。

 

「一切の妥協もなく、また余分(・・)な物も一切入れずに、愛情込めて作らせていただきました。お味見を、お願いいたします」

 

「余分」の言葉に少し力を込めて俺は言った。

余分な物というのは当然劇物、毒物といった暗殺の意図がないと言うことを言うためだ。

 

料理に関して妥協はせぬ

 

「……では頂こう」

「組長。お客人を疑うわけではありませんが……しかしやはり我らが毒――」

 

 

 

 

 

 

「うめぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!? なんじゃこりゃぁぁぁっぁぁ!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

「……お嬢」

 

自分たちの組長が食する物を、先に食べて問題がないか確認したかったのだろうが……それを一人の女性らしくない叫び声が遮った。

しかも毒味前にチャーハン食ってるし。

 

……空気読め!

 

さすがに今のは俺も唖然としてしまう。

 

というかこの人も一応……重要人物の一人なんじゃ?

 

組長の孫娘なのだからそれも当然なのだが、その重要人物は子分達の危機意識も空しく……盛大に俺の作ったチャーハンをかっこっていた。

無論毒など入っていないので……死ぬことなんぞあるわけもないのだが。

 

……なんかこの人……獣みたいだな

 

もはやこの野生児のような人間に……「さん」はいらない気がしてきた。

さすがに祖父であるご老人の前では言わないが……。

そんな半ば微妙な雰囲気になっているにもかかわらず、大河は食事を続けて……1分と経たずにチャーハン一人前を平らげてしまった。

 

「あれ? みんなどうして食べないの? おいしいよ? というか食べないならちょ~だい♪」

「……大河」

 

さすがに孫かわいさでカバーできる物ではなかったらしく……雷画さんも呆れていていた。

 

「……最初から疑ってはいなかったが。まぁいい。食べようか」

 

そう言って雷画さんは苦笑しながらレンゲを取った。

そして口へと運び……。

 

「……ほぉ」

 

満足げに頷いていた。

 

「……おぉ」

「うまいな」

 

側近達もおおむね好評価をくれた。

そして俺を見る目が変わる。

ここまで来たらさすがに俺を鉄砲玉と見る奴はいなかった。

 

「……なかなかうまい炒飯だ」

「……光栄です」

 

どうやらお眼鏡に叶ったようである。

 

「しかもこれ。老人のわしに気をつかって少々薄味にしているだろう」

 

おぉ。すごいな

 

炒飯の欠点としては少々濃い味というか……まぁ余りご老人に出して言い食事ではない。

無論中華料理をバカにするつもりは毛頭無いが……。

 

おいしいし、好きだしな……

 

「ふむ……炒飯にしたのは手早くできて、かつ炒め物の腕前を見るのに適した料理だからか?」

「……お見事です」

 

雷画さんの言うとおりだった。

チャーハンと言うのは炒め物の技術を見るのに適した料理なのだ。

単純故に味にごまかしがきかない。

中華料理の基本は炒め物だ。

つまりチャーハンが満足に作れない者は中華料理の基本が出来ていないとも言えるのだ。

そして俺はそれの最低条件を満たしている。

 

「え? 味薄めなの? 私的にはちょうどいいんだけど?」

「無論、食べる人によって味の濃さは変えています。それぞれの好みがわからないので基本的な味付けに仕上げましたが」

 

大食漢の大河には十分な味と量……全く足りなかったようだが……を、雷画さんには薄味で少なめの量を、他の側近の方々には普通の量を盛った。

 

「……ふむ」

 

……ていうか何をするつもりなんだ?

 

言われるままに一品作ってしまったが……どういうつもりなのか全くわかっていない。

思わずノリノリで「へいおまち!」と……ドラマでも聞きそうにない掛け声を挙げてしまったが。

 

「……おい。野宮」

「はっ」

 

雷画さんが誰かの名を呼ぶ。

それに即応する、一人の男。

雷画さんの近くに座っており、しかも結構な気迫を醸し出しているので、おそらく側近の一人だろう。

 

「確か……最近潰れた店があったよな?」

「はい。深山町の一軒家で、店主が腰を痛めて店をたたんだのがまだ残っています。調理道具なんかもほとんど残っていますね。店主が何も持って行かなかったので」

 

……何の話をしているんだろう?

 

「ふむ……坊主」

「はい」

「調理師免許もっているか?」

 

……調理師免許?

 

突然の申し出に俺は思わずきょとんとしてしまう。

が、俺の世界での調理師免許はもちろんのこと、この世界の調理師免許も持っている訳がない。

 

「いえ……持ってませんが」

「……野宮」

「はっ」

「確か調理師試験が近々あったな……」

「はい、五日後に……」

 

「よし決まったな……」

 

何が!?

 

もう話の展開に全くついて行けない。

 

というかこのご老人、俺に一体何をさせるつもりなのか!?

 

「坊主、後日その試験受けて調理師免許を取ってこい。そしてわしの土地で店主が辞めたばかりで余っている店がある。そこで料理人として働いてみろ」

「……はい?」

 

まぁ正直半分ほどは読めていた展開ではあるが……何故料理人?

 

料理を作らせ、最近潰れてそのままになっている店の話をする。

料理を作らせたのが俺の腕前を見るためのものだったのだろう。

 

あとは俺の真剣さを見るため……か? というかちょっと待て

 

「あの……調理師免許って、どこかの料理期間に二年間はつとめないと受験の資格がないですよね?」

 

そう、調理師免許は歴とした資格であり、その取得……というか試験を受験するには二年間どこかの調理機関(学校の給食調理場など)に二年間つとめないといけない。

二年間と言う期間は別世界のために少々違うかもしれないが、それでも全く期間がないとは思えない。

 

「うむ、その通りだ。だがそれはこちらが何とかしよう」

 

何とかって……おいおい

 

「お主の腕なら受かること自体は難しくないだろう。それでその腕で食事屋の主として生計を立てればいい。それに伴って戸籍もこちらで用意しよう」

 

……やはり読まれていたか

 

似ているとはいえ別の多重世界(パラレルワールド)の住人である俺には戸籍というものがない。

当然試験どころか警察に普通に掴まる問題である。

それすらも読まれていた。

 

「戸籍や二年間の期間免除なんかは気にしなくていい。詫びの印と、お前さん自身をわしが気に入ったからな。どうだ?」

「……願ってもないことですが……しかし」

「……それとも……人裁きを手伝ってくれるのか? こうしてわざわざ言い回しを変えている所を見ると、乗り気ではないのだろう?」

 

雷画さんの言うとおりだった。

人裁き……要するに悪人殺しの裏家業だが……別にそれ自体を嫌っていない。

むしろカス共をのさばらせておくのは俺の本意ではない。

だがここは俺の世界ではない。

モンスターワールドから俺が帰ると誓っていたのは、俺が受けるべき恨みを受け止めるためだ。

だからこの世界でも悪人殺しを行ってしまっては、その誓いに矛盾が生じてしまう。

というかこの世界から自分の世界へと帰ることが出来なくなってしまう。

そのためにぼかして伝えたのだ。

 

……ご厚意に甘えるしかないか

 

好条件なんてものじゃない……破格だ。

戸籍を用意するだけでも相当の額がいるというのに……しかも借地代までまけてくれる、生きるための仕事も斡旋してくれた。

正直喉から手が出るほど好条件だ。

全てを見抜かれた悔しさもあったが……

 

背に腹は代えられぬ

 

俺は悔しさや嬉しさを全て飲み込み……静かに雷画さんの前に正座し、深く頭を下げた。

 

「……申し訳ありませんが、そのご厚意に甘えさせていただきます」

「なぁに、いいって事よ」

 

ニヤリと、その深い歴史がありそうな皺を歪ませながら、雷画さんが笑う。

俺はそれに対して静かに頷いた。

 

……必ず、このご恩はお返しさせていただきます

 

「試験まですこしあるから……それまでは家の仕事を手伝ってもらおう。心配するな。カチコミとかじゃなく、街の警備みたいなもんだ」

「はい、よろしくお願いします」

 

ちなみにこの言葉に全くの嘘はなかったが……俺は少々「街の警備」というものを甘く見ていたことを、後に知る。

 

戸籍に仕事、さらには住家まで……はっきりいって相当稼がないとこの恩は返せそうにないが……返せるように努力してみよう。

 

「話が終わったなら……他にもなんか作って!!!!」

 

空気を読んだのか……読んでなさそうだ、本能で察したのか大河がそう吼える。

しかしその無邪気さは裏表もない本物で……俺は思わず笑った。

 

「了解」

 

 

 

俺は苦笑しつつ、再び台所へと向かった。

 

 

 

こうして俺は、異世界の法治国家日本で、何とか生きる糧と術を得たのだった。

 

 

 

 

 

 




いかがでした!?!?!?

ひっさしぶりの投稿だぜい!
この導入部……というかステイナイトの世界での生きる糧と家を得る案は友人達が考えてくれました……。
物語よろしく多少ご都合は言ってますが……あまり強く突っ込まんといて……。

ふ……なんか最近自分の物語書いているのか、あいつらの物語を書いているのかわからなくなってきたぜ……
違うんだよ、感謝してるんだ。ただの……愚痴だよ……。自分のアイディアのなさを嘆いているのさ……

まぁそれはさておき~。
とりあえず刃夜君の状況はざっと説明しましたがいかがでしょう?
封龍剣【超絶一門】や、雷月、蒼月といった物体は持ってきてますよ~と言う感じのお話と相成りました~

今後ヒロインが誰になるとか、ルートはどこに行くかなどはお楽しみにしていただけると嬉しいです!

これは友人達と頑張って考えたものだからな、気合いを入れねば!!!!
皆様のご期待と、友人達のためにも頑張りまっす!

……もしも読者様で、ホロウアタラクシアのマップ移動の画像が載っているサイトなどをご存じの方はご一報下さい……

もう覚えてねえよ……




次回は、舞台の冬木市なる物がどのような場所かを説明します。

こうご期待!



あ、でも執筆速度は大して変わらないかも……



あっはっは~www



ハーメルンにて追記
誤字脱字などの修正などを行いました!
楽しんでいただければ幸いです
まぁ「にじファン」で掲載した後の話ってシナリオはできてても、新話ってほっとんどできてないんだけどねwwww


あはははははっはは!!!!www
もう笑うしかねぇwwww


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開店準備中の出会い

ヒロイン登場!
誰かは明言しませんが……とりあえずヒロインの一人が登場します!
一応、分からない人向けにも書いたつもりです。
話の都合上、まだ全部を明かしきっていないので分からないところもあるかもしれませんが……読んでみてください!






「はっ はっ はっ ……ふぅ、さすがにまだ朝は寒いか」

 

日課であるランニングを行いながら、吸い込む空気の冷たさにそう呟いた。

何せまだ春先なのだ。

さすがに早朝の空気はまだ寒いままだ。

この地域……まぁ低いとはいえ山の上でもあるから寒くても不思議ではないのだけど……。

冬の空気よりは当然ましなのだけど……寒いことに変わりはなかった。

 

ガシャーン

 

「ぎゃー。鍋ガァァ」

 

「……あれ?」

 

そろそろ切り上げて朝練へと向かおうかと思っていたその時に……何かあまり朝にそぐわない音を聞いて、私は思わず足を止めた。

その音の元を探してみると少し先の一軒家……元々定食屋だったはずの場所からだった。

 

って……ここって潰れたって言うか、店じまいしたはずじゃ?

 

結構年老いた人がやっていた店で、快活な人が店主だった。

たまに行っていたのでそこそこ親しかったけど……でも腰を痛めて店じまいをしたはず。

だからここに今人がいるのは意外だった……。

 

またお店が出来るのかな?

 

それともただ引っ越してきただけ……いや、それはない。

中がどうなっているのかわからないけど、特に建て建て替えなんかをしていなかった以上、中身はお店としてのままだろう。

となるとまた料理のお店となる可能性は高いだろう。

 

「今度来てみようかな?」

 

いつものランニングで、楽しみを一つ見つけられた事を喜びつつ、私は家へと足を向けた。

 

 

 

「あ~……あぶなかった」

 

俺は上から取ろうとした鍋をうっかりと落としてしまって、盛大な音を響かせたことに顔をしかめた。

鉄製の鍋なので少しへこんだ程度で済んだが……如何せん音がすごかった。

早朝のためか特に喧噪もないこの状況では相当外にも響いたと思われたが……まぁ早朝ということで文句が飛んでくることはなかった。

その事にほっとしつつ……俺は店の清掃を続ける。

 

……疲れてるんだろうなぁ

 

別に清掃自体はそこまで大変な物ではない。

誰が掃除したのかは謎だが……とりあえず店自体はそんなに汚れていなかった。

確かに雷画さんから聞いた通り、そんなに長い期間ほったらかしにしてはいなかったようだ。

まぁだが飯屋として機能する以上清掃は徹底的に行わなければいけないだろう。

と言うわけで、俺は一睡もせずに清掃中だった。

 

昨夜の仕事というか、何というか……とにかく疲れた……

 

ちなみに調理師免許の試験はすでに受験済みで、合格しているらしい。

普通は数日で結果がわかるわけはないのだが……そこら辺は雷画さんがどうにかしてくれたそうだ。

何でも子分が一人そこそこ偉い立場の人間がいるらしくて……。

 

あまり突っ込んではいけない話だし、ありがたいから何も言わないが……

 

ともかくそう言うわけで近々この店で開店することが出来そうだった。

食材を扱ういい店も紹介してもらって、本当に雷画さんには頭が上がらない。

少しでも恩を返したくて開店するまでの間は、雷画さんのお仕事を手伝うことになったのだが……。

 

その仕事がなぁ……

 

……あまり一般人が関わらないようなお仕事だった。

具体的には麻薬組織の取引現場を押さえたりとか……、人さらいをしようとしていた連中の取り締まりとか……、なんというか藤村組って極道というよりも……犯罪取り締まり組織みたいなことだった。

まぁ自分の土地を荒らすくそ野郎共を仲裁しているらしいが。

そして俺はそれのバックアップ要員に任命されたのだが、拳銃が出張ってきたので好都合になったのでこれ幸いにと、悪党共を蹴散らすのを手伝った。

まかり間違っても殺すわけにも行かないので、もっぱら認識阻害で封印している狩竜での打撃か……借りた木刀や徒手空拳でだ。

そしたらなんか「長木刀の鉄砲玉」とかいう……変なあだ名をつけられた。

しかもその制圧の仕方が圧倒的だったというか……面白かったらしく、藤村組の構成員から偉く慕われた。

しかし敵にとっては悪魔というか人外の化け物にしか見えないらしく、もうすげ~恐れられてしまった。

 

まぁ……何もせずに弾丸弾いたら驚くわな

 

銃撃戦になったとき、何発か体に命中してしまったのだ。

別に気壁があるので痛くもかゆくもないのだが……それによって現代戦闘の腕前が鈍っていることは確実となった。

避けたつもりが避けきれずに命中した、もしくは目測なんかを誤ったのだ。

そのため率先して突っ走るというか……勘を取り戻すために突っ込んでいった。

だから異名というかをつけられるのも仕方がないのだが……だからといって好きこのんでつけられたいとは思わない。

 

……ふぅまぁいい

 

とりあえずそんなことは後回しだ。

さっさと掃除を済ませて食材とかを見に行かないとまずい。

それと……

 

地形の確認だな

 

優先順位の高い、やらねばならないこと。

まず自分がどの場所にいてどのような地形があるのかを確認しないといけない。

この辺を散歩しつつ、とりあえず地形確認を行うとしよう。

 

となると……

 

「さっさと終わらせてしまおう!」

 

再度気合いを入れ直して、俺は力の限り掃除を行った。

 

 

 

ふむ……なるほど。大体こんな感じか……

 

手元にある地図を見ながら、俺は登った山の頂上にある木に登り、俺がいる冬木市の全景を眺めていた。

掃除を終えた俺は、自分がいた山の頂上部へと登って地形確認を行っていた。

 

冬木市。

西日本の日本海に面している街だ。

中央にある未遠川を境界線として、東側が再開発中の都市街「新都」、西側で今俺がいるほうの古くからの町並みの住宅地が「深山町」となっている。

新都はそれこそ近代都市として発展しているようで、結構な活気があった。

また高く聳える高層ビルもいくつかある。

中央の冬木大橋は、片側二車線で歩道と車道は別の弾に備えられて完全に別の所にある。

その橋を渡り、こちら側の深山町はというと……その名の通り……山の斜面にあり、そして山がいくつか存在している。

住宅も結構な数があり、そこそこの人工がありそうだった。

商店街もあり、普通に生活する分には困らないようだ。

山の中腹部に、学園の姿があった。

穂群原(ほむらばら)学園という学園で、大河が勤めている学園だ。

山の中腹にあるので上り下りが大変そう……つまりは通学がなかなかハードであろうと思われる学園。

他にも山を切り開いた町であるためか、伐採されずに残っている木々が森や林を形成している箇所もある。

 

ちなみに俺が経営することになるお店兼住居は、藤村組と学園の中間当たりにある。

 

そして一つの山の頂点に……柳桐寺(りゅうどうじ)という寺が、鎮座している。

 

そしてその寺……

 

龍脈の上にあるか……

 

寺は龍脈……大地の力の巡りとでも言うべき根源的な力……その上に建築されていた。

寺なんかは神聖な場所であるためにそう言う場所に建てられているのはある意味で当然なのだが……龍脈の桁が違うというか……この地域の龍脈は相当な規模を誇っているようだった。

正面口である山門へと続く長い石段があるのが特徴といえる。

アレを毎日上り下りしたら相当体が鍛えられるだろう。

 

新都、深山町ともにまだ大体の一を把握しただけなので、新都の方の店や商店街にどのような種類の店舗が入っているのかを後々調べなければならないだろう。

 

が、とりあえず大体の地形は把握したな

 

住宅地もあるのであまり戦闘なんかは行いたくはないが……それでも最悪の事態を想定しておくのに超したことはない。

といってもこの世界に本来俺はいないので、当然俺を知っている人間なんかいるわけもない。

当然誰かに怨まれているということもあり得ないので、戦闘事に発展する事はないだろう。

まだ開店準備中の店兼住居に置いてきた狩竜の認識阻害の封印が解かれないことを祈るばかりだ。

 

『何もないとは思えんがな』

 

その俺の心の声に……反応する意志。

封龍剣【超絶一門】だ。

この世界を見てみたいということで、俺は布のシースに入れたまま俺は背中に装備していた。

こちらにも簡易の認識阻害の呪術を使用しているが……それでも注視されたらばれるので、取っ手を含めた全ての部分を布で覆っている。

 

『まぁ俺も何事もなく終わるとは思っていないが……狩竜は如何せん大きすぎる。あれはこの住宅がひしめくこの現代の日本ではあまりにも不向きな得物だ』

 

実際狩竜を振り回すのは容易ではない。

別に周囲に障害物があってもそれ事ぶった切ればいいのだが……しかしそれで電柱や家の壁や外壁を壊してしまっては問題が生じる。

電柱が折れれば当然電気の供給が危なくなるし、壁や外壁を斬ったら家主に迷惑がかかる。

ある程度の広さがなければそう言う意味で振るうのも辛いだろう。

出来れば封印したままでいたい。

 

『確かにその通りだが……。ここには何か不思議な気配がある』

『気配……?』

『気づいていないわけではなかろう? あの家を』

 

封龍剣【超絶一門】が、どの家のことを言っているのかは、俺は直ぐにわかった。

俺がいる、深山町の丘の頂上……俺が今いる頂上よりも少し低いところにある、西洋建築の館。

それだけ言えばただの西洋風の家でしかないのだが……その家には何か呪術というか……何かしらの結界が張られているのが見えた。

一般人にはわからないだろうが、少なくとも俺には使えず、またどれほどすごいのかもわからないほどの高度な結界が張られていた。

明確に言えば「結界」と言うわけではないかもしれないが……外敵の侵入を阻むという意味では一緒なはずだった。

 

何があるのかわからんし、誰が住んでいるのも謎だが……一筋縄ではいかないだろうな

 

『戦闘することが前提なのだな?』

『アレはどう見たって侵入者妨害用の術式だ。となると中に何か見られたくない物が入っていると言うことだ。別に侵入するつもりはないが、術を使って……しかも高度と思われる術を使用しての結界だ。何か事が起こっても不思議はない』

『あぁ。この地はどうやら普通の土地ではないらしい。あの龍脈の大きさがそれを物語っている』

 

……確かにな

 

俺は封龍剣【超絶一門】の意見に同意した。

あの龍脈は相当の規模だ。

この世界……裏がどうなっているのかは知らないが、裏の規模によっては……何かが起こるかもしれない。

 

……平穏に暮らしたいのだがな

 

それも儚い願いと言うことだろうか。

それはまだわからないが……とりあえず覚悟だけはしておくことにした。

 

『今日はこれくらいにして一旦帰ろう』

『む、もうか? もう少し探索はしなくて良いのか?』

『したいのは山々だが……とりあえず地盤を固めよう。家と店の掃除は終わったが、後は生活用品の買い出しだな』

 

俺は封龍剣【超絶一門】にそう言うと、木から一息に飛び降りた。

そして日用品……歯ブラシ、タオルなど……の買い出しへと向かう。

幸いと言うべきなのか、型が古くはあったがテレビもあったので、そう言った電化製品は買う必要性がなかった。

さらに言えば生活用品の布団なんかもあった。

 

グゥ~

 

俺の腹から実に気の抜けた音が鳴った。

俗に言う腹の虫という奴だ。

 

『うん、腹も減ったし、飯を食べに行こう』

『……私もいるのだが?』

『全体を覆っているから大丈夫だろう。ちょっとした認識阻害も掛けているからそうそうばれはしない』

 

封龍剣【超絶一門】の不安を俺は否定した。

認識阻害を掛けているのでよほどのことがない限りはばれない。

しかも俺が背負っている黒い布で包まれた板状の物体が、よもや巨大な双剣だと思う者はいないはずだ。

昼間の人通りがある商店街で、堂々と歩いているので職質を掛けられることもないだろう。

見た目は俺はまだ若者に分類されるし。

数日働いた藤村組の雷画さんより、好意で結構なお金を頂いたので、豪勢は出来ないが普通に食事をすることは出来る。

 

……マジでどうやってご恩を返すか

 

働いて稼いで恩返しするしかないのだが、戸籍、調理師免許、住居……それだけで一生掛けても返せないような恩を受けてしまっている。

 

……考え出したらきりがないか

 

とりあえず死ぬ気で頑張るしかないので、一旦考えるのをやめる(現実逃避)。

そして生活用品も買わないといけないので、とりあえず下見もかねて商店街「マウント深山」へと向かった。

 

 

 

「だぁ~~~~~。とりあえず終了~」

 

私はとりあえず本日の仕事を一通り終えて自分に割り当てられた机に突っ伏した。

やはり新学期というのは……というか新年度の新学期である四月は本当に忙しい。

入学式に始業式、発育測定、保護者会といった大変な行事が多数並ぶ。

それに伴って新しくなったクラスメイトや、授業なども考えないといけない。

生徒だけでなく、教師にとってもクラス替えというのは結構大変なのだ。

とりあえず最初の課題として、自分が受け持つクラスの子達を覚えないといけない。

私はクラス名簿を手に取り開いた。

 

えっと、よく知っている子は……間桐(まとう)君、柳桐(りゅうどう)君、それに……士郎(しろう)

 

衛宮士郎(えみやしろう)

私の家、藤村組の親分である私のおじいちゃんと親しかった、切嗣(きりつぐ)さんが十年前に起きた、冬木市の大火災で唯一生き残った子を引き取った。

その大火災の唯一の生き残りが士郎だったのだ。

私とも親しくしてくれた切嗣さん。

五年前に他界したときに、私は切嗣さんに誓ったのだ……。

士郎が立派な男の子に育つまで親代わりになるって。

 

そっかぁ……切嗣さんが死んでからもう五年も経つんだぁ……

 

養父だった切嗣さんが死んでも士郎は泣かなかった。

悲しかったら泣いてもいいのに。

そんなどこか頑なに見える士郎を見守ってきた。

そんな士郎もついに高校二年生になった。

何年も見守ってきたけど……体つきは随分と立派になっていた。

毎日鍛錬も行っているみたいだし。

 

だけどね~。もうちょっと他の事にも目を向けてもいいと思うんだけど……

 

何というか……士郎はどこか危うく見えて仕方がなかった。

別に素行が悪かったり、不良というわけじゃない。

どちらかと言えば優等生……学業はそこまで優秀というわけではないけど……の部類に入るだろう。

そういった書類上のではない、内面がどこか危なっかしいのだ。

でも具体的にはどこが危ないかは……私にもよくわからない。

 

まぁ……あんな災害の被害者じゃ無理もないの……かな……

 

でもそれにしたってもう少し周り……もっと具体的に言えば桜ちゃんの事をもっと気に掛けるというか……のことにも気づいてもいいと思うのだけれど。

 

士郎にはまだ速いのかな?

 

色恋沙汰に関しては、私もそんなに経験があるわけではないのでよくわからない。

けどあそこまで……それこそ通い妻のように毎日食事を作りに、あるいは一緒に作って食卓を供にしている異性の事を、もっと気にしてもいいと思う。

 

まぁ異性と言ったら私も入っちゃうけど……

 

私、藤村大河、士郎、そして士郎の後輩の桜ちゃんとの三人で、朝ご飯と夕食を食べるのが、衛宮家の定番だった。

 

「藤村先生」

「あ、はい」

 

クラス名簿を見て物思いにふけってしまっていた。

私は呼ばれて慌ててその私を呼んだ人へと顔を向けた。

 

「授業のことで話があるのですが、よろしいですか?」

「はい、葛木先生」

 

私に話しかけてきていたのは、社会科教師で生徒会顧問の葛木宗一郎(くずきそういちろう)先生だった。

とても寡黙な人だけど、悪い人じゃないっていうのは私には何となくわかるし、授業もしっかりとこなすので私にとっては好感の持てる人だった。

またよく相談事にも乗ってくれる。

私は葛木先生と今後の授業方針を話し合い、そしてその後やっと弓道場へと向かった。

 

「やっほ~。美綴ちゃん。今日はどんな感じかね?」

「あ、遅いですよ藤村先生。今日は今年の方針とかを決めるって言ったの先生ですよ?」

 

弓道場へと入って、私が真っ先に声を掛けたのは、正規練習前の準備運動を行っている姉御のような美人の女の子だった。

名前を美綴綾子(みつづりあやこ)

弓道部の一年……いやもう二年生だった……二年生の中でも結構な腕前を持っている。

なんでも結構な数の武道を経験済みで一番得意なのは薙刀だという。

唯一弓に関しては全くの素人だったために、入学当時進んで弓道部に入部した初心者だったんだけど……今では部長候補の一人で文武両道の美人さんだ。

面倒見なんかもすごくよくて部活ないだけでなく、運動部全般で信頼を勝ち取っている。

 

「いやぁ~、ごめんね。授業方針でちょっと話し合ってたからさ。新入生とか見学に来た?」

「入学したばかりだからか、見学にくるやつはいないですね」

 

ふ~む。今年はどれくらい入るのかなぁ?

 

美綴ちゃんが結構な美人さんなので、入ってくる生徒は多いと思っていたのだけれど。

 

……まぁでも桜ちゃんを引っ張ってくればいいかな?

 

そこで私は少し引っ込み思案と言えなくもない、士朗の家の通い妻とも言える、間桐桜(まとうさくら)ちゃんのことを思い浮かべた。

士郎の事を好いているのは直ぐにわかるのに……あの子は全く気づいた様子もない。

そこらをどうにかしないといけないとは思いつつも結構難しかったり。

 

とりあえず何か部活動した方が桜ちゃんにもいいだろうし。今度提案してみよう

 

具体的には今晩辺りに……。

私はそんなことを考えながら道着へと着替えるのだった。

 

 

 

「……ここがマウント深山か」

 

山の頂上より普通に歩いて数分後無事到着。

そこそこ活気があるようで、買い物客……主に主婦……でにぎわっていた。

どうやら食事関係が主なようで、娯楽施設はないようだ。

他にも花屋や、骨董品などがあるようだ。

また、ちょうど下校時刻だからか、学生もちらほらと見受けられる。

確かに学園からそう遠くない場所にあるので、帰り道に買い食いをして帰るのが普通なのだろう。

 

時刻は……三時か

 

腹が減ったのでここに来たのだが……中途半端な時間に来てしまった。

だが腹も減っていることは事実なので、俺はとりあえず中華料理屋に入り、ラーメンを食することにした。

店の名前は「泰山」。

どうやらなかなか本格的な中華料理屋なようだ。

そこにてひとまずラーメンを食す。

半年ぶりに食ったラーメンはなかなかうまい物であった。

そして小腹を満たした俺は、色々と食材屋を見て回る。

嬉しいことに、精肉屋、魚屋、八百屋と……スーパーなどと違い、専門店とも言える店が多数合ったのは嬉しい誤算だった。

ある程度は食材を見分けて、いい食材ばかり厳選して買ってやった。

その際店主達が苦笑しつつもニヤリと、「やるな坊主」みたいな笑みをしていたので、俺もニヤリと返した。

 

そのやりとりで、店の店主達に魂を感じた俺は、後日食材仕入れの関係の話をさせてもらおうと心の中で思ったのだった。

その後己の開店前の店へと帰宅。

食材関係を店の巨大冷蔵庫にぶち込み、店の開店準備を進める。

そしてこれも幸いなのか……はたまた雷画さんが気を遣ってくれたのかはわからないが……食器類や机にイス、といったものも特に問題がある物はなかった。

のでやることがなく手持ちぶさたになってしまう。

 

そうだ……。暖簾でも作るか……

 

暖簾は以前の店主が記念品として持ち帰ったのか、はたまた棄てたのかどうかは謎だが、暖簾はなかった。

ので俺は早速布を取り出し、暖簾にちょうどいいサイズに切る。

色は黒。

次に文字を型抜きする。

紙に筆で店の名前を書いて、それを元に白い生地の物体に下書きを行いそれに沿ってハサミで切断。

そしてその文字を下地である黒い布に縫いつけていく。

文字と下地に空洞が出来ないように、糊なんかで下地と文字の布を貼り付けておくのも忘れない。

そしてそれをしばらく放置する。

糊が乾いたら完成だった。

 

「……ま、こんなもんか?」

 

『よいのではないか?』

 

そばに置いておいた封龍剣【超絶一門】が賛同の意を示してくれる。

俺はそれに礼を言いつつ、完成した暖簾を広げた。

もちろん、店の名前は……

 

『和食屋』

 

だった。

モンスターワールドでも俺が経営していた店の名前だ。

俺がこの世界でも飲食店をやると決まった時点で、この名前以外考えられなかった。

 

定食屋だけど……まぁいいか

 

しかしそこで気づく事実が一つあった。

 

「……暖簾を掛ける棒がねぇ」

 

てっきりあると思っていた暖簾を通すための棒が存在しなかった。

結構想定外の出来事だった。

が、すでに外は夜。

そこまで遅い時間ではないが、おそらく商店街はすでに閉まっているだろう。

また閉まっていなくても暖簾に使えるような棒が商店街に売っているかどうかも謎だった。

新都まで行けばあるだろうが……今から出かけるのも正直面倒だった。

 

「……明日でいいや」

 

と、俺は暖簾に関してはとりあえず放置することにした。

そして晩飯の時間になったので、俺は軽く食べられる料理を作るのだった。

それを食し、久しぶりに気兼ねなく就寝……藤村組では人が多いこともあってあまり熟睡できなかったのだ……する。

久しぶりに布団に入ったので、その感触を楽しんでいたのだが……疲れたのか俺は直ぐに眠りについた。

 

 

 

次の日。

まだ日も昇りきってない早朝に俺は目を覚ました。

そして一通り修練を行い終えた俺は、朝飯を作ろうとした。

がその前に……。

 

暖簾作ったし掛けてみるか

 

昨夜作り終えた暖簾を、せっかくなので掛けてみることにしたのだ。

だがそこで問題が起こった……というか問題を忘れていた。

 

……暖簾の棒がないんだった

 

暖簾の棒がないことを思い出した。

今日買いに行こうと思っていたのだが……それをすっかり失念していた。

だがこうして掛けようと表に出てきたにもかかわらず、このまま何もせずに終わるのはなんか納得が出来なかった。

 

う~ん。どうするかぁ~。棒……棒……。………………あ

 

そこで俺はふと、棒であって棒でない存在のことを思い出した。

そしてそれを取りに行く。

認識阻害の呪符を貼り付けた湾曲した長い木の棒。

 

全長3mあまりの、超野太刀「狩竜」である。

 

こいつでいいかな~?

 

とあり得ないほど馬鹿げた事を考えてみる。

そして皮肉にも試しにつけてみたら……反り具合がちょうどいいというか……なんか俺的にぴったりだったのでそのまま採用しようと思ってしまったのだった。

 

まぁ暖簾棒盗もうとする奴もいないだろうし……

 

「あれ? こんな早い時間からお店やってるんですか?」

「ん?」

 

狩竜に掛けられた「和食屋」という暖簾を見つめている俺に、声が掛けられた。

訓練後なので少し時間は経っているがまだ六時位だ。

しかも休日の早朝である。

声からして若い女の子だった。

 

こんな朝早くに一体誰が……

 

俺は声がした方へと振り返った。

 

快活そうに見える、短めに着られた髪の毛。

特に変にいじっている様子……髪の毛を染める、ピアス等……は見受けられなかった。

 

というか……随分と綺麗な子だな

 

年齢がいくつかはわからないが……大学生と言うことはないだろう。

どこか……成長し切れていない感じがする。

あまりじろじろ見るのも何だったので、俺は直ぐに相手の分析をやめた。

 

「何かご用でしょうか?」

「え、いやご用って言うか……こんな早い時間にお店を開くんですか?」

 

あぁなるほど。暖簾掛けてたらそら勘違いするわな

 

暖簾がかかっていればその店は営業中、逆に言えばのれんが掛かっていなければ営業してない、といえる。

確かに俺は作った暖簾がどんな感じになるのかを確かめるために、暖簾を掛けたのだが……それを見ていなければ確かに俺が開店のために暖簾を掛けたと勘違いしても仕方がないだろう。

 

「申し訳ありません。まだ開店準備が整っていないのですよ。昨夜暖簾を作ったのでその具合を確認していただけでして……」

「そうなんですか。残念です。ここ、私のランニングコースなんで前のお店が閉まっちゃったことも知ってて。新しいお店が入ると思ったら嬉しかったので」

「ランニング? 何か……部活でも?」

 

一瞬言い淀んだのは、聞いていいのかと言うことと、この女性が学生かどうか測りかねたからだった。

さすがに俺も女性に年齢を聞くのはまずい程度の認識はある。

 

「はい。弓道部に所属してて。その体力作りです」

 

こんな朝早くに感心だな。しかも休日だというのに

 

俺はこんな朝早くからランニングをしているこの少女のことを素直に感心した。

しかもどうやらその身のこなしから弓道だけじゃなく……他にも武道を嗜んでいるようだった。

意識的にしたのか……それとも無意識なのか謎だが、間合いの取り方がすごく自然だった。

 

この間合いは……長巻……いやどちらかというと……薙刀……か?

 

明確なところは聞いてみないとわからないが、そこそこの長さを有する得物を使うような間合いの取り方だった。

少なくとも剣道ではない。

けっこう出来るようだった。

まぁそれでも俺が負けることはないだろうが……おそらくは一般人だろう。

 

大した物だ……その若さで

 

部活と言うからにはおそらく高校生だろう。

高校何年生かは謎だが、相当修練したのは直ぐにわかった。

そしてこんな朝早くにランニングをしているこの女性を好ましく思ったのだ。

 

「……この後予定は?」

「? ないですけど」

「ならちょうどいい。入ってください」

 

俺は有無を言わさずにそう言うと、暖簾が掛かったままの狩竜を手に持ち、店内へと入っていく。

出会ったばかりの男に、店に入れと言われて警戒されると心配したが、俺にそんな思惑はないと理解してくれのか、はたまた危機意識がないだけか……おそらくは前者……少女は俺に続いて店内へと足を踏み入れる。

そんな少女にカウンターの席を進め、俺は厨房へと入る。

 

「申し遅れました。俺の名前は鉄刃夜、もうそろそろで十九の若造です」

「こ、これはご丁寧に。私は美綴綾子。この近くの穂群原学園に通ってます。というか私よりも二つ年上ですから敬語はいいですよ」

 

互いに軽く自己紹介を済ませる。

俺はそれを行いながら手を洗い、食材を取り出した。

 

「あの、まだ開店してないって……」

「まぁまだ開店前なんだが、若者の意見を聞きたくてね。試食でもしてもらおうかと思ってな」

「若者って……。もしかして……この店の主人なんですか?」

「あぁ」

 

俺は美綴さんに返答しつつ、俺はネギを細切れにする。

包丁は雷画さんの伝手でいいのを扱っている刃物屋を紹介してもらい、満足のいく包丁を手に入れていた。

中華だしの汁を温めて、その中に刻んだネギと戻しておいたワカメを投入する。

それと平行して、トマトと卵をフライパンで炒める。

そして最後に、少なめにご飯を茶碗によそう。

 

所要時間は十分くらいだ。

出し汁はすでに自分の朝食のために作ってあった。

ごはんも同様だ。

 

「ヘイお待ち」

 

そう言ってカウンターに俺は今作った物を並べる。

少なめのご飯と、卵とトマトの炒め物、そしてネギとワカメの中華スープだ。

まだ早朝だと言うことと、あまり女の子に朝からがっつりした物を食べさせるのもアレだと思ったので、俺はさっぱりした……低カロリーな……朝食を作った。

そしてそれを出された少女美綴さんは……。

 

「えっと……これって?」

 

戸惑っていた。

まぁ何も言わずに飯を出したのでそれも当然だろうが。

 

「開店前なのは事実なんだが、感想を聞きたくって」

「……いいんですか?」

「構わないさ。遠慮無く食ってくれ。それに朝早くから修練を行っている感心な若者に対するご褒美だ。早起きは三文の得ってね」

「……そう言いつつ、お得意様にしようとしてません?」

「……ばれたか」

 

あっさりと俺の目的の一つを見抜かれた俺は苦笑した。

実際、穂群原学園に通っているというのならば、口コミで評判が広がると嬉しい。

近くに学園があるというのならばそれをターゲットにしないのはバカのすることだ。

雷画さんに借りが大量にあるので、少しでも返したい。

 

まぁこの感心な若者に対するご褒美というのも嘘じゃないのだが

 

「それじゃ遠慮無く。頂きます」

 

手を合わせ、美綴さんが食事を開始した。

俺はそれを横目で眺めつつ、水をコップに注ぎカウンターに置いた。

 

「あ……おいしい」

「お? そうか? それはよかった」

 

どうやら予想以上においしかったのか、美綴さんは思わずといったように感想を漏らしていた。

そしてそう言った思わず口から出た言葉というのは往々にして嘘がない。

腕に自信はあったが、どうやらこの美綴さんの口にもあったようだった。

そのまま箸が進むままに、綺麗に平らげてくれた。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さん」

 

あまり時間も掛けずに、美綴さんは食事を終えた。

俺はその気持ちのいい食べっぷりに苦笑しつつ、暖かいお茶を注いだ湯飲みを置く。

 

「どうだった?」

「いやぁ、すごくおいしかったですよ! これならまた来させて欲しいですね」

「ならよかった」

 

嬉しそうに笑みを浮かべながら話すこの姉御肌の少女に、俺はさらに好感を覚えた。

美綴さんも満足だったのか、嬉しそうに話してくれた。

 

「また来ますね」

「あぁ、近いうちに開店するから是非来てくれ」

 

少しばかり話をして、美綴さんは帰宅すると言ったので表まで見送った。

よほどお気に召してくれたのか、終始ご機嫌だった。

 

「今度は出来たら友達なんかも連れてきてくれ。美綴さん」

「さ、さん……?」

「? 何かまずかったか?」

「え、イヤ……。あまりさん付けで呼ばれたことないので違和感が……。出来たらやめて欲しいかなって……。年上なんですから」

「そうか? なら……美綴、でいいのか?」

「……う。はい。そう呼んでもらえると」

 

照れくさいのか、若干頬を赤らめつつ美綴さ……美綴がそう言った。

 

「なら俺のことも好きに読んでくれ。呼び捨てでも構わない」

「年上の人にそれはさすがに……。鉄さんと、呼ばせてもらいます」

「分かった」

 

俺はそれを承諾し、そのまま別れた。

 

……これで少しでも広まるといいが

 

が、肝心の店がまだ開店していないのでは間抜けにもほどがある。

俺は急いで準備を行うのだが……。

 

 

 

「たのも~~~~~!!!!!」

 

 

 

美綴が帰ってからひたすら料理の研究をしていて時刻はすでに夕方を超えて夜の七時。

必死になって食事を造っていると突然店の引き戸が開けられた。

それも激しく荒々しく。

その言動で俺は直ぐに……いや気配ですでにわかっていたけども……開いた相手を認識した。

 

「……何のようでしょう? 藤村大河さん」

 

鍋の前で火の様子を見ながら俺は顔も向けずに話す。

それを見て大河がぶ~ぶ~と文句を言ってくる。

 

「扱いがぞんざいだ~! やり直し! やり直しを要求する!!!!」

「何をやってんだ藤ねえ」

 

その藤村大河に続き、一人の青年が店へと足を踏み入れつつ、藤村大河を叱っている。

俺よりも少し低めの身長。

だが体はそこそこに引き締まっているのがTシャツ越しでもわかった。

そしてそれ以上に……何か雰囲気に違和感があった。

だがそれが何かは……わからない。

 

中に何か、とんでもない物を眠らせているような……俺の龍刀【朧火】のような……そんな感じがした。

 

……何だ?

 

だが見ただけではわからない

俺の修行不足もあるだろうが、それ以上にこの男と一体化している感じだ……。

 

「藤村先生。あの、ここって勝手に入ってもいいんですか?」

 

そしてその次に入ってきたのは……少女だった。

肩当たりまでかかっている癖のないストレートな髪。

向かって右側……つまり左側の髪をリボンでまとめている。

おしとやかと言うか……穏やかな雰囲気の少女。

何というか、女性らしい体格をしている。

ようするに出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。

 

そんな女の子なのだが……俺は何か強烈な違和感を感じていた。

 

この少女に、得体の知れない何かがあると……、俺の本能が告げていた。

 

……なんだ?

 

だがその違和感の出所というか……何に違和感を感じているのかがわからなかった。

無理矢理な上に失礼な例えだが、まるで強烈な腐敗物に蓋をして、その周りにその匂いを隠すために大量に芳香剤を置いている……本当に失礼極まりないが……ような、そんな感じだった。

 

あるはずの物をないとするために……何かをしている……そんな感じだった。

 

「大丈夫よ桜ちゃん。ここ元々お店で、おじいちゃんと知り合った人が近々開店するからその下見もかねてるの」

「そうなんですか?」

「そ~なの。だから気にしなくていいの!」

「確かに気にしてはいないが……事前に連絡くらいはして欲しかったな」

 

天真爛漫というか……もう子供のようにはしゃぐ大河に俺は呆れながら鍋の火を止めた。

そしてとりあえず三人を四人がすわれる机に促した。

 

「いつごろ開店できそうなの?」

「それよりもまず連れてきたお二人の事を紹介して欲しいのだが……。まぁいい。先に言おうか。俺の名前は鉄刃夜だ。そろそろ十九になる。雷画さんの恩恵で、ここで店を構えることになった」

「雷画じいさんの?」

 

まぁ大河が連れてきたんなら、雷画さんと知り合いでも不思議はないな

 

少年の反応で雷画さんと縁がある事がわかる。

 

「そう、雷画じいさんの。出来たら名前を教えてくれないか?」

「あ、すいません。俺の名前は衛宮士郎です。藤ねえとは……まぁ小さい頃からの付き合いです」

「そう、私の弟分。それでこっちのかわいい女の子が士郎の後輩の間桐桜ちゃん」

「は、初めまして」

 

大河に紹介されて緊張しつつも、俺に頭を下げながら挨拶をしてくる間桐桜さん。

衛宮士郎君も同時に頭を下げた。

 

「ところで藤ねえ。今日は一体どういうつもりなんだ? いきなり夕方突然電話してきたと思ったら、晩ご飯作らなくていいなんて」

「いやぁ~。桜ちゃんには申し訳ないと思ったんだけどね。士郎と料理が出来なくなるから。でもそれでも士郎のことを鉄さんに紹介したかったのよ」

「ふ、藤村先生! 私……別に残念だなんて思ってません!」

「何が残念なんだ? 料理なんて面倒なだけだろう? 俺は好きだからいいけど」

 

あ~そう言う関係ね

 

今のやりとりで何となくこの三人のことを把握した。

大河の弟分である衛宮士郎のことを、間桐桜という少女は好いていてそれに衛宮士郎は気づいていない。

そんな間桐桜を、大河は応援しているというわけだ。

 

料理を作るとか言っているが……まぁいい

 

そこまで重要なことではない。

とりあえずこの三人の立ち位置さえわかれば他はある程度どうでも良かった。

 

「ひょっとしなくても、この人に飯をたかりに来たのか?」

「違うよ~。私はね、士郎にもっともっと料理の腕を上げて欲しいから、こうして身近な場所で、しかも大して年も離れていないのに、お店を開こうとしている人の元に案内したんじゃない! お姉ちゃんの愛に感謝するべきだぞ」

「ふ、藤村先生。言っていることはその通りかもしれないですけど、その……たかっているのは間違ってないと思いますよ?」

「全くだな。まぁ……雷画さんの孫娘の大河が来たなら無下には断らないが。感想も聞きたいしな」

 

すでに自分の分の食事兼、メニュー研究を行っていたので料理自体は豊富にあった。

それをでかい皿に盛り、それぞれを机の上に持って行く。

和洋中に別れた三つの大皿と、それを取り分けるための小皿、そしてご飯を茶碗に盛る。

 

「きたきた~! さすが鉄さん! もう料理作ってたんだ!」

「別に大河が来るのを予想していた訳じゃないのだが……。メニュー研究のために作っていただけだ。まぁ遠慮無く食ってくれ」

 

そう言いつつ、俺はコップに水を注ぎそれぞれの前に置いた。

そんな俺に礼を言いつつ、衛宮士郎と間桐桜が食事を始める。

……ちなみに、とっくに大河は箸をつけて飯をかっ込んでいた。

 

いただきますときちんと言っていたのは評価しておこう……

 

「!? う、うまい」

「……おいしい」

 

合格点……かな?

 

それぞれが料理を口に入れると、ぽろっとそんなことを口にしていた。

二人とも味わう以上に、どこか真剣な面持ちで料理を口に運んでいる。

どうやら二人とも料理にはそこそこ腕に自信があったようだった。

 

「どう士郎? おいしいでしょ?」

「あぁ……悔しいが完敗だ」

 

口惜しそうに、衛宮士郎が口にしている。

実際本当に悔しいのか、本当に悔しそうにしていた。

 

「せ、先輩。私は先輩の料理……大好きですよ」

 

おいおい……これで気づかないのかよ

 

驚くべき鈍感っぷりに俺は驚きを隠せなかった。

だがそれでもうまくやっているようなので、部外者の俺が口を挟むことでもないだろう。

 

「どう? おいしいでしょ~」

「あぁ……うまい」

「本当においしいです」

「っていうか何でお前が偉そうなんだ? 大河」

 

俺は何故か偉そうにしている大河に呆れつつ、自分の分も飯をよそった。

そしてまぁ初対面と言うこともあり、若干ぎくしゃくしつつも、穏やかに食事を続ける。

それによって俺たちは知り合いになり、まぁ……そこそこ親しくなった。

 

衛宮士郎のことは呼び捨てで士郎と呼び、士郎は俺のことは刃夜と呼ぶ。

間桐桜ちゃんは、間桐さんと呼ぶことにした。

さすがにあそこまで露骨に好意を向けている……恋心を抱いている女の子の名前を呼ぶ気にはなれなかったのだが……。

 

「あの……鉄さん」

「ん?」

「できたらその……名字で呼ぶのはやめてくれませんか?」

 

あれま

 

帰り際にこういわれてしまった。

俺としては呼ばない方が良かったと思ったのだが……どうやら本人はイヤだったらしい。

本人がイヤだというのならば、無理に呼ぶこともない。

 

なので俺は……

 

「ならば俺も大河と一緒で桜ちゃん、でいいかな?」

「はい」

 

笑顔で桜ちゃんがそう返事をする。

そうして三人は帰って行った。

何でか一人でなくなった食事を終え、俺はとりあえず店を閉めることにした。

 

まぁ元々開店していなかったが……

 

大河に振り回されてしまった。

まぁそのおかげで宣伝してくれそうな人間も増えたのでよしとしておく。

 

さて……とりあえずもう少し作業を続けるか

 

まだ時間が早いので、俺はこのままメニューをどうするかを考えることにした。

 

 

 

どうすれば俺は己の世界に帰ることが出来るのか……それはわからないままだが、ともかく拠点が手に入ったのは嬉しい誤算だろう。

 

とにかく……何とか見つけなければならないだろう……。

 

俺が真に帰りたい家への……帰り道を……。

 

 

 




はいとりあえず終了!
今回は舞台となる「冬木市」というものがどんな地形なのか、どんな施設なんかがあるのかを解説する回となりました。
一応、原作を知らない方にもわかるように書いたのですが……いかがでした?
わかりにくいとか、もしくは足りない物があったりとかありましたらご一報いただけると嬉しいです。
作者自身、そして友人達もステイナイトはもう数年前の作品でして……(誰だってそうだろうけど。大好きだが)ぶっちゃけ細かいところは覚えていないんですよ。
具体的には桜が弓道部に入部した時期とか……どうして弓道部に入部したのとか……。
だからもうね……

忘れてるし、この話って刃夜の物語だから別にいいや!

と思ってて、多分桜の弓道部入部うんぬんかんぬんは多分描写しません。
そこらへんは突っ込まないでくれると嬉しいです!

あ、でも、明確な理由とかご存じの方は教えて下さると嬉しいです!

設定など感想などに書き込んでくれると非情に助かります!

ステイナイトは人気の作品なので、モンハンのようなミスは許されないと思いますので……

とにかく! こんな話となりました!
次は「あかいあくま」「うっかり娘」のあの方が登場です!

こうご期待!


ハーメルンにて追記
久しぶりにPS2起動してプレイしたぜ!?
結構忘れているもんですね~


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うっかり娘

キャラ崩壊していないかが心配だよ……







キャラ崩壊していないかが心配だよ……

 

 

 

 

私がその人を見たのは偶然だった。

学園からの帰り道に、深山町の商店街で偶然目にしたのだ。

私はまだ外にいるにもかかわらず、思わず驚愕の声を上げそうになったくらいだった。

 

……何……あいつ?

 

商店街にいた……一人の男。

別段、目立っていた訳じゃない。

身長は普通だし、特に太っているというわけでもない。

だが、その服の下には鍛えられた無駄のない体躯をしているのは、何となくわかってしまった。

私よりもすこし年上だろうか……。

私から見た外見上のその男はその程度の存在だった。

 

だけど……すこしでも内面を……その内側にある物を感じ取ることが出来るのならば、その男の特異性に気づいてしまう。

 

……何、あいつの中にある物体

 

物体と言うよりも力その物と言っていいかもしれない。

何が在るのかまではわからないけど……少なくとも普通の人間が手にするような物ではないと思える。

しかも規模が大きすぎて……遠目で見ただけでは私にはそれが何なのかわからなかった。

 

まるで体内に、弾のない巨大な砲台を有しているような……そんな人間。

 

しかもこの男はそれだけで終わらなかった。

帰宅中の学生が買い食いや寄り道で数多くいて、さらに主婦達でにぎわうマウント深山の商店街で、相手ははっきりと……それとなく観察していた私に目を向けたのだ。

数十mは離れている私に、迷うことなく視線を向けていた。

その瞬間に悪寒が走る。

 

……やっば

 

一瞬、本当に一瞬だけ私に殺意を向けてきたのだ。

それだけで、もう私はこいつに勝てないというのがわかってしまった。

そんな私をどう見たのかはわからないけど、その男はすぐに視線を逸らして雑踏の中へと消えていった。

 

……何なの? あの男

 

あまり長い時間、観察することは出来なかったし、距離もあったから確定も出来ないけど……魔術師には見えなかった。

だけどかといって……普通の人間であるとも思えない。

そう思って後をつけようとか思うのだけれど、あの男に興味本位でついて行くのは得策ではないと……私の本能が告げていた。

 

 

 

朝。

日も昇りきらないうちに俺、鉄刃夜は起床し、とりあえずそこらをひたすらかけずり回る。

体力強化を行った後に、ひたすら森で刀を振るう。

都合のいいことに、俺が住んでいる店の近くにそこそこの広さに森があったので、俺はそこで夜月を振るっていた。

ちなみに狩竜も持って行き、素振りを行う。

また封龍剣【超絶一門】も連れてきていた。

 

『しかしこの世界は随分と魔力(マナ)が希薄だな』

『そうだな。まぁ……俺から言わせれば比較対象のお前が生きていた世界が異常なんだが』

 

モンスターワールドは正に生命に満ちあふれた、世界。

基本的に人の手が入っていない場所が多いのだからそれだけでも生物の数の差は歴然としていた。

 

虫のでかさも異常だったしな……

 

ランゴスタ、カンタロスといった、人の身の丈ほど在るでかい蜂と、子供くらいのサイズをしている巨大なカブトムシ。

それを食す生物や、飛竜種など……俺だから生きていけたものの、もしも何の力もないただの一般人が行っていたら余裕で死ねただろう。

最初の恐竜もどきのランポスでリタイアだ。

 

ランポス……か……

 

初めてであったモンスター、ランポス。

そしてそれに襲われていた少女のことを、ふと思い出してしまった……。

だがそれをすぐに首を振って、思考を打ち切った。

 

考えたところでどうしようもなく、何もできはしないのだ。

ただ……あいつらと出会ったこと、俺を前へと進ませてくれことの感謝さえ忘れなければそれでいい。

 

……素晴らしく自分勝手だがな

 

人によっては最低と思われても不思議じゃなかったが……まぁいい。

考えることをやめて、止まっていた体を俺は再度動かした。

 

『ところで仕手よ』

『なんだ?』

『先日目にしたおなご。放置していていいのか?』

『あぁ……あの子か』

 

封龍剣【超絶一門】が思念を送って話してきた話題は、先日、商店街で見かけた赤いコートを着込んだ女の子の事だった。

制服から言って穂群原学園の生徒だろう。

ウェーブがかかっている黒い髪の毛を頭の両サイドで縛っているツインテール。

身長は平均よりも少し高い程度だ。

そして綺麗な女の子であった。

 

まぁ俺の好みではないが……

 

そんなことはどうでもいい。

ここで重要なのは、彼女が明らかに普通の人間に見えないことだった。

俺を訝しげに見ている視線を感じたので、その先にいたのが、その少女だった。

俺が少しだけ殺気を送ると、彼女は反応したのだ。

一瞬身構えるような仕草をした。

そしてそれ以外にも、気の巡りのような物を彼女の体内に感じた。

 

俺が使う気を用いた力……

 

それに似た何かだった。

だがあくまでも似ている気がしただけで、全てが一緒という感じではなかった。

 

『どうするんだ?』

『別に互いに明確に敵対している訳じゃないんだ。まだ情報不足のこの状況で動くのは避けたい』

『話を聞くのにはうってつけだと思うが?』

『確かに』

 

封龍剣【超絶一門】の言うとおり、彼女から話を聞くのが一番だと思っていた。

だが知り合いでもない人間が、いきなり話しかけるのは余り褒められた物じゃない。

ましてや互いに互いが普通じゃないと思っているのだ。

下手に接触すれば最悪戦闘になるかもしれない。

負けないとは思うが……情報が少ないのでまだ動きたくはなかった。

それに明確な敵対行動を起こしていない以上、彼女としてもこちらを測りかねているのだろう。

ならばこちらから事を荒立てる必要はない。

そう結論づけると俺は修行を再開し、それが終えると俺は朝食の準備と店の下ごしらえを行うために、自分の住居兼店へと足を向ける。

そして店に入ろうとすると……。

 

「鉄さん。お早うございます」

「お早う。今朝もお疲れ様」

 

早朝ランニングの美綴が、俺の店の前へとやってきて挨拶を交わす。

そして休憩がてらに店でお茶を一杯飲んでいくのが最近の日常となっていた。

 

「最近お客さんの入り具合はどうですか?」

「まぁまぁってところか? 一応二十日ほどやってみたが、黒字にはなった」

 

今日から五月。

口コミの成果かどうかは謎だが、とりあえずそこそこの集客の効果があり、なんとか黒字にはなった。

忙しくはあったが、黒字になって良かったと思う。

 

まぁ従業員俺だけだしな

 

修行で鍛えた身体能力等を駆使して、俺は一人で店のお客さんを捌いていた。

軽く発狂しそうになるが。

雷画さんは借地代のことは気にしなくていいとまで仰って下さったのだが、そんなわけにも行かないので何とか売り上げの一部を受け取ってもらった。

当然これで終わるわけもないので、たまに藤村組の荒事にも参加させてもらうことにした。

荒事は当然裏のお仕事に連なる物である。

あちらとしても俺の力は戦力になるらしく歓迎された。

 

「ほんとですか! おめでとうございます!」

「それもこれも美綴のお陰だよ。ありがとう」

 

感謝の意を込めて、俺は美綴に礼を述べた。

お客の入りがよかったのは広めてくれた美綴にも少なからずあるからだ。

が、それに対して美綴はうっ、と一瞬あまり女の子らしくない呻き声を上げる。

俺はそれに首を傾げた。

 

「どした?」

「え? ……えっとその、じ、実はあまり広めてないんですよ」

「そうなのか?」

 

美綴が言いにくそうに明かした言葉に、俺は驚きを禁じ得なかった。

別に怒るようなことはしないが、意外だった。

 

「え、えっと……自分のお気に入りって、あんまり人に知られたくないじゃないですか?隠れ家みたいな?」

 

あぁ、そういうことか

 

それを聞いてなんとなく美綴の言いたいことがわかった。

自分が見つけた店や秘密の場所……それらはとても魅力的な響きがあり「自分だけが知っている」「他の人は知らない場所」というのを感じたのだろう。

ひどい言い方をすれば独占欲と言えるが……俺はそれを聞いて嬉しくなった。

 

……独占したいと思ってくれたわけだ

 

当然それを許容するわけにはいかないが、俺はそれが微笑ましく思った。それが顔に出ていたらしい。

美綴が不思議そうにしていた。

 

「安心しろ美綴」

「? 何がですか?」

「当店の最初の客は間違いなく美綴だし、この時間は美綴しかこないし、入れないさ」

「っ!?」

 

その一言に美綴は驚き、次いで顔を真っ赤にしてしまった。

そして……その反応を見て俺は自分の愚かさを悟った。

 

……やばい

 

そんなつもりは微塵もなかったのだが……これは……

 

「…………ひょっとして口説いてます?」

 

だよなぁ

 

そう思われても不思議ではなかった。

美綴が今の俺の言葉でどう判断したのかは謎だが……放置するわけにはいかなかった。

 

「すまない。そんなつもりは全くなかったのだが……軟派なことをしてしまって失礼した」

 

即座に誠心誠意謝る。

カウンター越しに頭を下げた。

そんな俺に届く声……。

 

『軟派だな、仕手よ』

『やかましい!!!!』

 

感情豊かな封龍剣【超絶一門】が俺をからかってくる。

それに対して俺は呪詛を乗せて反論したのだが……元々恨みにて怨霊と化して魔剣となった封龍剣【超絶一門】に、俺のこの程度の呪詛など、効果があるはずもなかった。

そんな俺と封龍剣【超絶一門】のやりとりがわかるはずもない美綴は、俺が頭を下げたことで慌てていた。

 

「や、そんな頭を下げなくても! 別に気にしてないですよ」

 

からからと笑いながら美綴がそう言ってくれる。

その言葉、そしてその表情に陰りというか……含みは全くなかった。

それに俺はほっとした。

 

「そう言ってくれると助かる。だが、出来たら広めてくれると嬉しいな。……家に帰るために金が必要だからさ」

 

別段、帰ること自体に金はびた一文必要ないが……雷画さんへの恩返しに必要なので嘘は言っていない。

俺のその言葉に美綴が疑問を口にした。

 

「帰るって……日本にお住まいじゃないんですか?」

 

俺の言葉に驚いた美綴が疑問を口にしてくる。

 

モンスターワールドなんかと違って日本なら北海道から九州に飛行機で行ってもそんなに掛からないもんな~

 

電車、新幹線、船、飛行機……移動手段は様々だが、飛行機を使っても5万くらいだろう。

となると俺が帰ろうとしている家は海外にあると考えても不思議じゃない。

 

「そんな感じだ。後、この店を貸してくれた人にも恩を返さないと行けないしさ」

 

曖昧な言葉で俺はごまかしておいた。

俺の帰宅手段は特殊すぎるので説明できない。

 

まぁモンスターワールドの人間よりは、俺の事情は理解しやすい世界だろうが

 

目の前の美綴が多重世界(パラレルワールド)のことを知っているかは謎だが、モンスターワールドの人達よりは俺の状況を捉えやすいはずだ《モンスターワールドの連中をバカにしたわけじゃない》。

ちなみに余談だが、俺の家は、俺の世界の日本の関東に存在している。

 

「すごいですね! 私とほとんど年に差がないのに家を出て独力で店を切り盛りするなんて!」

「……ほめてくれてありがとう」

 

明確な嘘は言ってないが、誤魔化していることに変わりはないので、なけなしの良心が痛む。

しばし談笑した後、美綴が帰宅した。

俺はそれを見送る。

 

まぁそんなこんなで一ヶ月が経過しました。

当然……この法治国家で生きていくので必死なので、帰る道というか……帰る方法は見つからないまま、毎日刀と包丁を振るっている。

 

……何も手がかりは見つからず、もう一ヶ月……俺どうやったら……いやどうすればいいのか?

 

全く帰る術が見つかっていない。

それに焦りつつも、仕事をしないでそこら中をかけずり回ったところで見つかるとも思えない。

それに金だって必要だ。

俺自身金に執着は全くないが……雷画さんに恩を少しでも返さなければいけないという俺自身に課した義務がある。

何より雑念は料理に出てしまう。

少しでもおいしい料理を出すために、仕事中は何も考えない……というか考える暇もないが……ようにしている。

だからこそ、こういった空いた時間が出来てしまうと、俺は自分の今の状況を思い出して……気落ちしてしまう。

このままだと鬱になりそうだったので……俺は顔をはたいて活を入れると、本格的な開店作業へと写るのだった。

 

 

 

「食事?」

「そ、そうなんです。一緒にどうですか!?」

 

帰宅の支度をしていた私に、三人のクラスメイトが声を掛けてくる。

午後に大事な会議があると言うことで午後の授業、そして部活も今日はお休みだ。

蒔寺楓(まきでらかえで)氷室鐘(ひむろかね)三枝由紀香(さえぐさゆきか)の三人組。

三人は陸上部に所属しているので、クラス替えになったばかりでもすでに仲良くしていた。

 

「そ、そ~何ですよ!? 私、町でいい匂いをかいで、匂いの元を辿ってたら一件いいお店を見つけたんですよ!」

「に、匂いって……蒔ちゃん」

「蒔の字落ち着け。口調がちょっと変だぞ」

 

三人の会話を聞く限りでは……暴走役が蒔寺楓さん、ストッパー役が氷室鐘さんという感じだった。

そして最後の三枝由紀香さんなんだけど……。

 

この人……なんか余りにもほんわかしてて素が出ちゃいそう……

 

私、遠坂凜は家訓である「常に優雅であれ」というのを守っているので……頑張って優等生を演じているのだけれど……、この子の余りにも和やかな雰囲気に私自身が和んでしまって、素が出てしまいそうで怖かった。

だけど、クラス替えが行われたばかりのこの状況で、せっかく誘ってくれたのを無下に断るのは得策じゃない。

 

「えぇ、ご一緒させていただくわね」

 

にこりと、笑顔で答える。

美綴も連れて行こうかと思ったのだけれど、あの子はすでに姿が見えなかった。

どこに行ったのかは謎だけど、部活がないからどこかに出かけたのかもしれない。

そしてそのまま談笑しつつ、蒔寺さんが見つけたという店を向かうのだけれど。

 

? 新都の方じゃないのね?

 

意外な事に新都には向かわず、深山町にある店へと向かっているようだった。

思わず拍子抜けしてしまう私なのだけれど……向かう先が見覚えのある道……そして店だと知って、内心で溜め息を吐いてしまった。

 

……あの男の店じゃない

 

あの男……先日マウント深山の商店街で見かけた、明らかに一般人じゃない男の店だった。

直接的にではなく……魔術なんかを用いて調査して……存在自体は知っていたけど……。

 

まさか目的地がここだったなんて……

 

迂闊だった。

まだ敵か味方かもわからない男の店に行くのは正直気が引けた。

だけどここまで来てしまった以上後には引けないし、それに遠坂家の長である私がどうしてたかだか飲食店で気後れしなければならないのか? と考えると腹が据わった。

 

ふん……たかが定食屋じゃない。入って定食を食べるくらいどうってことないわ!

 

そうして店に近づくのだけれど……それ(・・)を見た瞬間に、私は目を見開いてしまった。

 

……な、何なのこれ!?

 

お店の正面玄関に掛けられている暖簾……そしてそれに通っている、湾曲した棒。

何かしらの術が掛けられているけど……私……魔術師たる私は直ぐに看破した。

 

が……概念武装!?

 

その棒は、何か特殊な術を掛けられていたけど、大した術じゃない。

問題は中身の棒だった。

明らかに……普通じゃない雰囲気を醸し出している。

眠っているのか、それほど危ない雰囲気はない。

だけどランクとしては間違いなく一級品だ。

これほどの概念武装を……まさか暖簾棒に使うようなバカがいるなんて!?

 

ダッ!

 

「え?」

「遠坂さん?」

「ほぇ」

 

このとき、私は冷静じゃなかった。

一緒に来ていた三人組のクラスメイトを置いて全力疾走してしまうくらいに。

そして引き戸を荒々しく開けて……吼えた。

 

「ちょっとどういうつもり!? こんな物騒な物を暖簾棒にするなんて!」

 

お昼時だと言うにもかかわらず、数名しかお客さんがいない店内に、私の声が響き渡る。

誰もが呆然と、突然入って大声を上げた私に視線が注がれている。

 

「と、遠坂?」

 

この場合、数が少なかったのを喜ぶべきか……それともライバルに見られてしまったのを嘆くべきか……。

 

「あ……綾子」

 

カウンターの席に座ってこちらを見ているのは、私のライバルの美綴だった。

 

「……お客様? 他の客様のご迷惑になりますので大声を上げるのはご遠慮願います」

 

そして店主と思われる、白い板前服を着て鍋を振るっている若い男が呆れ気味に声を上げる。

そいつは間違いなく、先日見かけた男だった。

 

「何々?」

「ど、どうしたんですか?」

「なにがあった?」

 

そして三人組が私の後に続いて店内へと入ってくる。

それでやっと自分が犯した過ちを自覚した。

 

「……四人なんですけど、席空いてますか?」

 

これ以上失策しないために……私は努めて冷静になって、声を上げた。

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

夜十時。

最後の客を見送り、俺は一息ついた。

 

いや~~~~今日も疲れた

 

一人で店をこなすのは生半可な作業量ではなかった。

バイトを雇おうかとも思わなくもないが、いつこの店を閉めることになるのか分からないのでそう簡単に雇えないという事情もある。

バイトを雇わない利点としては、人件費がいらないことだろう。

そのおかげでこうして定食屋としては遅い時間までやることができる。

さすがにこの時間になると数えるほどしか客は来ないが……それでも人件費がかからないので気兼ねなく仕事をすることが出来る。

お客さんが出ていき、それを確認してから暖簾をしまうために外に出て暖簾を外す。

暖簾というか……狩竜を店の入り口のそばに立てかけて、最後の客の食器を片付ける。

その時、俺は店に近づく一人の気配を感じ取っていた。

普通じゃない……人が近づいてくるのを。

 

ガラッ

 

何のためらいもなく開けられる、店のドア。

一応用心のために、腰に備えている水月に手を添えていたが、入ってきた人物を見てそれは杞憂に終わった。

 

「こんばんは。鉄……刃夜さんだったかしら?」

 

入ってきたのは予想通りの人物だった。

昼間店に来て、何かよく意味のわからないことを口走っていた少女。

美綴が互いに共通の知り合いだったこともあり、自己紹介したのだ。

名前を……遠坂凜。

 

「……申し訳ありません、もう閉店時間なのですが?」

「だったら好都合だわ。余り人に聞かせられる話でもないもの」

 

……意地でも話を聞くつもりか

 

不適に……だが一切の油断もなく俺へと語りかけてくるその表情には不退転の文字が浮かんでいた。

まるで敵地、死地へと赴いてきたかのような……そんな気迫を携えていた。

さすがにそこまでの物を見せられてしまっては、俺としても無下にすることは出来なかった。

とりあえずカウンターの席に座らせて水を注ぐ。

 

「それで? 何のようだ?」

「何の? それは私を冬木の管理者と知っての言葉かしら?」

 

……冬木の管理者?

 

その言葉に俺は内心で首を傾げるしかなかった。

雷画さんがここら辺一帯の大地主だったはず。

そうなると雷画さんがこの辺の管理者と言えなくもないが……この目の前の少女がいうのは、それとは違うのは明確だった。

となると、何の管理者なのかさっぱりわからない。

 

「あなたがどこに所属しているのかはわからないけど……この冬木に来たのならばまず私に挨拶をしに来るのが礼儀って物じゃないかしら?」

「……すまない、話が見えないんだが?」

 

だから俺は素直に少女にそう告げた。

仮のこの少女が言っていることが本当で、冬木の管理者だったとして……何故この目の前の少女に挨拶に行かねばならないのか?

俺の疑問の言葉にカチンと来たのか……目の前の少女が眉をひそめる。

 

「だから……どうして挨拶にこないのって言ってるの。そんなに腕があるようには見えないけど……あれほどの概念武装を持っているんだもの。ただの人間だとはとても思えないわ」

 

……ガイネンブソウ?

 

全く意味のわからない単語に、俺は首を傾げるしかなかった。

故に少女がさらに何かを言うのを待っているのだが……その沈黙がいけなかったのか……少女が切れ気味にこちらに向けた言葉を続けた。

 

「何? 冬木の監督者の私が直々に来て、挨拶をしろって言うのに……正体を明かすことすらしないの?」

「いや……正体と言われても」

 

まぁ確かに普通じゃない所は多々あるが……正体と言われても俺はそれが一体俺の何を指すのかわからなかった。

誓って言うが、はぐらかした訳じゃないのだ。

が……

 

「ちょっと! さっきから要領得ないわね! 私は! 冬木の魔術師の管理者として、ここに訪れたって言っているのよ!」

 

……魔術師?

 

今度の単語は漢字変換が行うことが出来た。

俺が使う術とは違う……西洋などでもっともポピュラーとされている術式だろう。

そしてこの少女の言葉から推測するのならば……この目の前の遠坂凜という少女は、「冬木の魔術師の管理者」ということになる。

さらに推理していたのが良くなかったのか……目の前の少女のこめかみに青筋が走った。

 

「……そう、ここまで言ってもまだ明かす気にならないのね。なら、実力行使もありかしら?」

 

ゆらりと幽鬼的に立ち上がった少女は……オーラを立ち上らせながら俺へと指を銃の形にして向けてくる。

そして少女の力が、指先へと収束していくのが感じられた。

別段食らっても俺は平気そうだったが……暴れられても困るので、俺は素直に疑問を口にした。

 

「魔術師って……どういう事だ?」

「……え?」

 

その言葉が意外だったのか、怒気に染まって睨みつけていたその表情に驚きの感情が刻まれる。

それと同時に遠坂凜が纏っていたオーラが、減少した。

 

「……どういう事って……あなた魔術師でしょう!? あんな規格外な概念武装を持っているし、アレにだって何か見慣れない術式が掛けられているじゃない!?」

「確かにアレには認識阻害の術を掛けたが……俺は魔術師ってのじゃないぞ。そもそもガイネンブソウ? ってのは何なんだ? 「ガイネン」は「概念」でいいのか?」

「………………概念武装を知らない?」

 

その俺の言葉はあまりにも衝撃的だったのか……遠坂凜が呆然としていた。

それに伴って纏っていた力も霧散した。

 

「……」

「……」

 

沈黙が俺の店を支配した。

 

「……どうやら裏の事情に精通していそうだな」

 

聞き慣れない単語、そして使い魔を使役していた少女。

おそらく普通とは違う裏の事情に精通していると予想が出来る。

その俺の言葉を聞いて、遠坂凜が露骨に「しまった」と言った表情を浮かべている。

俺はそれに内心苦笑しつつ、着席を促した。

 

「俺もある程度自分のことも語ろう。だから教えて欲しい。裏の世界の事情を」

 

強制的に吐かせることも可能だが、いくら不躾にも閉店後に殴り込みのようになってきたとはいえ、年下の女にそんなことをするつもりはなかった。

実際実害はないので問題もない。

だが、誤解をしていたとはいえ不躾には変わりないので、多少は教えてくれても罰は当たらないだろう。

こちらも全ての事を教えるつもりもない。

俺が考えていることがある程度伝わったのか……ストンとイスに腰を下ろして、遠坂凜もこくりと頷いた。

 

 

 

「ほぉ、つまり魔術師というのは様々な術を使える人間で、その魔術師というのは「根源」というアカシックレコードのようなものを求めていて、その技術……「神秘」を秘匿することが暗黙の了解であり、それを破ると魔術協会とやらから粛清者、つまり暗殺者を放たれると……」

「……まぁ大まかに言えばそんな感じでしょうね」

 

私は自分の迂闊さに内心で溜め息を吐いていた。

まさかあれほどの概念武装を持ち得ている人間が、魔術師でないどころか魔術師という存在すら知らないとは思わなかった。

 

魔術師。

「根源」へと至ることを渇望し、そのために魔術を用いる物。

根源に興味が無く、他のことのために魔術を使う物を魔術使いと称する。

魔術師は根源へと至るための飽くなき挑戦をするもので、あり得ないことに挑むのが魔術という学問の本質だ。

 

根源

世界のあらゆる事象の出発点となったもので、ゼロ、始まりの大元、全ての原因とも言われる。

語弊もあるが「究極の知識」とも呼ばれる。

 

「魔術師その物の強さを測るには、魔術刻印なんかでも測れるわ。魔術師の後継者に伝わる遺産ね」

「刻印……ねぇ」

 

魔術師の話をしているときの目の前の男、鉄刃夜という人間は熱心に私の言葉を来ていたところを見ると、魔術師の事情を知らないのは間違いないだろう。

そして今話した刻印の事もまったくしらないようだった。

私も父に託された魔術刻印をこの身に刻んで、一族の遺産を受け取っている。

 

魔術刻印。

魔術師の家系が持つ遺産で、代々が生涯を掛けて鍛え上げた神秘を固定化、安定化して刻印にして、子孫に残す物なのだ。

血統全ての神秘の塊だ。

式に魔力を走らせれば本人が習得していない魔術でも使用できる。

刻印その物に自律意志が備わっており、持ち主の魔術に連動して独自に補助詠唱を行ったり、意識を失っても、自動的に発動する物もある。

 

 

確かにこの態度を見る限り魔術師のことは知らないのだろう。

嘘を吐いているようにも、わざと知らない振りをしているようには思えない。

だけど、それで納得は出来なかった。

 

……あんな武装と、ちょっとしたこととはいえ魔術のような物を使える人間が、一般人なわけないじゃない

 

表の暖簾棒になっている湾曲した棒。

アレは間違いなく一級品の武装だ。

下手をすれば、封印指定執行者が来たっておかしくはない。

 

封印指定執行者。

封印指定を行うための執行者。

封印指定は、魔術協会が判断した希少価値の高い魔術師に与えられる栄誉であり、厄介ごとだ。

希少価値をなくさないために、その封印指定に指定された魔術師を幽閉などの手段で封印して、純度を保つと言う事なのだから。

そうなってしまっては、魔術師は自分の研究を進めることが出来ない。

当然逃げ出すのが当たり前だ。

逃げ出しても魔術協会は静観するが、逃亡先で神秘を暴露したり、一般人を巻き込むような実験を行った場合、聖堂教会……全ての異端を消し去ることを目的とした組織で、魔術師も例外ではない……が黙っていない。

聖堂教会より派遣された代行者に、その魔術師が殺される前に、強制的に封印指定を行うのが封印指定執行者なのだ。

その性質上、代行者よりも先に封印指定を行う必然性があるため、封印指定執行者に求められるのは「いかに戦闘向きであるか」に集約する。

封印指定と判断された魔術師を力づくで封印指定を行うのだから……その実力は文字通り化け物だ。

 

……いったい何なのあの武器は?

 

認識阻害の術を掛けているというその武器は……湾曲していてしかもその形状から太刀に見えるのだけれど……あんな長い太刀は見たことがない。

普通の人間ならば振るどころか構えることすら出来ないはずだ。

それを振るうという……目の前の男。

今こうして普通に話していても……時折悪寒が私の体を走る。

そしてどんなに強くイメージしても……この目の前の男を倒す想像が出来ない。

 

魔術を使用しても……勝てる気がしなかった。

 

「そしてその魔術師が魔術を使用するために必要な物が、魔術回路と呼ばれる疑似神経で、その数が多いほど優秀であり、強力な魔術が使えると……」

「えぇ。そういうことになるわ」

 

魔術回路。

魔術師が体内の宿す、生命力を魔力に変換するための炉で、魔術を扱うための疑似神経だ。

魔術基盤という……各門派によって取り仕切られている基盤であり、各々の魔術師が魔術回路を通じて命令を送り、それによってあらかじめ作られている機能が実行される。

故に魔術回路の数が多いほど基盤とのコンタクトが容易になり、その魔術師が使える術が多くなり、出力が高まるのは当然だった。

魔力を電気とするのなら、魔術回路は電気を生み出すための炉だ。

また内界である、体内に宿る魔力のことを魔力(オド)、そして外界である自然界に存在する、魔力のことを魔力(マナ)と呼称している。

 

「その説明を聞く限りでは……「魔力(オド)」というのは俺の「気」という概念と一緒か……」

「……気?」

「あぁ。俺が使うのは主に気功術……体内に宿した体力とかのエネルギーを燃焼し、身体強化や、武器の強化なんかを行う。魔力(マナ)も使用できるが……俺は未熟なのでそこまでの量の魔力(マナ)は扱えない」

 

そう言いながらちょっとだけ実演してくれた。

手の先だけをその身体強化の「気壁」というものを行ってもらった。

 

ふ~ん。確かに似てるけど違うみたいね

 

目の前の男が語るその言葉に私は真剣に耳を傾けていた。

ギブアンドテイクと、互いに理解していたからだ。

でも私は内心で驚愕していた。

 

「強化」の魔術に似たものを、魔術回路なしで……しかも何の挙動も見せずに行うなんて!?

 

「強化」とは、マイナーな魔術で、物質などに魔力を通してその物質を文字通り「強化」する魔術だ。

「強化」を使うことは別段驚くことではない。

私でも簡単に行える。

けど驚くべき事はほとんど一瞬で、それも何の前動作も見せずに行ったことだった。

普通なら少し魔術を扱う前兆のような物があってもいいというのに……。

 

末恐ろしい男ね……

 

今のところ敵対関係にはなりそうにないけど……出来ることなら今後も進んで、目の前の男と敵同士になりたいとは思わなかった。

 

「ところで、本当にあの物体は何なの? 概念武装を知らないっていうけど、アレは普通の武器じゃないわよ?」

「あ~アレね。なんと言えば言いかね。とりあえず俺が鍛造した超野太刀だ」

「野太刀? ってことは……刀なの!? あの長さで!? しかも鍛造って!?」

 

目の前の男のその言葉はにわかには信じられない物だった。

あれほどの長さの物体を振ると言うことがどれほどの力を要するのか……?

 

いや……それを魔力……気功術で補っているのね……

 

あの武器をどれほどの速度で振るうのかまではわからないけど……この男と戦うのは避けた方が良さそうだった。

互いにまだ戦闘方法……手の内は明かしていないのだから、まだどちらが優勢かなどはわからないけど……。

 

「刀の鍛造は俺の特技でもある。顧客もいるからな」

「まぁあれに関してはもういいけど。……あなた、体内に何を内包しているの? ものすごくやばい雰囲気を感じるんだけど。それにその首飾り……それも普通の首飾りじゃないわよね?」

 

体内にある謎の力……。

そして首飾りなのか……首にある物も普通じゃなかった。

特に左右にある、赤色と青白い色の爪のような物が……。

 

「体内? あぁこれか。これは……言ってもわからんさ。首飾りも……同様で」

 

……複雑な事情があるのかしら?

 

言い淀んだその顔には、何か色々な感情がない交ぜになっていて……言いたくないというか、言えない事情があるのが容易に想像できた。

言いたくないのなら言わなければいいので、私はそれ以上聞かなかった。

それからも少しの時間、互いの情報を交換し合った。

まだ互いに敵となってないので表面上こそ穏やかだったが、味方でもないので互いにそこまで深いことは聞かなかった。

とりあえずこの鉄刃夜という男が、私と敵対する気もなく、魔術師でもないのでここで料理屋の店主として働く事しかしないという事がしれただけでも……収穫だった。

 

 

 

魔術師……ねぇ……

 

突然の来訪者、遠坂凜が帰宅した後、俺は店じまいをしながら先ほどまでの会話を思い出していた。

余りにも違いすぎる裏の事情……魔術師、魔術協会、聖堂教会……。

魔術が「神秘」で、それの秘匿に躍起になっているのがわかったのは助かった。

 

まぁ魔術回路のない俺が魔術師となるわけもないのだが……

 

しかしかといって余りおおっぴらに俺の術を使用していたらそれから刺客が送られてくるかもしれない。

魔術師を葬るための荒事専門の刺客と考えるならば、相当の手練れがいると考えて差し支えないだろう。

別段派手に術を使う必要性もなければ、使うことも出来ないのでおおっぴらに使用することはないだろう。

せいぜい認識阻害の術と、防犯対策の結界くらいだ。

だが最初に彼女が言ったのだ……。

 

何の? それは私を冬木の管理者と知っての言葉かしら?

 

冬木の管理者。

そして魔術師という単語。

彼女自身魔術師であることは間違いないのだから、冬木の管理者というのは魔術師の管理者と考えて問題ないだろう。

つまり彼女以外にもこの町には魔術師がいることになる。

そして巨大な龍脈……。

 

『どうやら、本当に何か事が起こっても不思議はないようだな?』

『……残念ながらそうらしい』

 

居住区に置いている封龍剣【超絶一門】よりそんな言葉が贈られてくる。

煌黒邪神アルバトリオンを封じた狩竜が目立つのは仕方がなかったかもしれないが……それにしたって封龍剣【超絶一門】の気配を見逃すとは……。

 

『……天然?』

『いや、どちらかというと「うっかり」じゃないか?』

 

すでに見えなくなった遠坂凜の事を、封龍剣【超絶一門】と供に話し合う。

そこそこに優秀なようだが、俺を魔術師と断定して話をしに来たり、挙げ句の果てに暴走したりと……。

存外かわいらしいところが合ったようである。

 

猫かぶってるようだし……

 

昼に友人と来たときの態度と、今の態度は全くの別物だった。

遠坂凜以外の三人はなんか緊張してたし、遠坂凜はいかにもお姫様というか……ご令嬢みたいな雰囲気を醸し出していた。

そんな遠坂凜を、美綴は必死に笑いをかみ殺しながらニヤニヤしていたが……。

 

明日にでも聞いてみるか?

 

美綴が遠坂凜と知り合いのようなので俺は明日にでも話を聞いてみようと思った。

とりあえずもう夜も更けているので、俺は明日の仕込みを終えて、風呂に入って、就寝した。

 

 

 

 

 




うっかり娘こと遠坂凜登場~



うっかり娘、凜



うっかり凜



うっかり~ん♪www



ザワッ!



「殺気!?」



バッ! ←勢いよく後ろへと振り向く



「何もいな……うわ、何するやめ――!?」



後日病院にてインタビュー ←何のだよwww



「強い殺気を感じて振り向いたがそこには誰もいなかった。いなかったはずなのに俺は突然背後からガンドで襲われたんだ! 今までの敵とは何かが違う! 気をつけろよ!」



「うっかりん……なんて恐ろし――」



ドドドドドドド! 黒い球体がガトリングのように刀馬鹿を襲った



効果は絶大だ!



その後、刀馬鹿の姿を見た者はどこにもいなかった……








と、死ぬほどくだらないことを仕事中に思いついてクスリと笑ってしまったwww
ちなみに本編ではでないのでご安心をwww






こっちがほんと~次回予告~



最初に言っておく。

遠坂凜はヒロインじゃない。

いいか? もう一度言うぞ?



遠坂凜は……刃夜のヒロインではない!



大事なことだからな。二度言っておいたぜ。
それに伴って凜が刃夜を好くことは合っても、異性として好きになったり愛したりすることはあり得ないから!!!!
凜ファンの皆様! ご安心を!www

ま、そんなこんなで遠坂凜と刃夜君の出会いでした。
狩竜を暖簾棒にして凜が暴走というのはずっとかきたかったんですよね~
いやぁかいてて楽しかったわw
三人娘の口調が少々心配ですが……多分大して出てこないし物語上重要じゃないので気にしてないで下さい!

次回は……料理屋が行うことをするぜ!


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出前一丁

出前って取ったことないんだよね……
ピザとかはあるけど、ラーメンとか中華とかはないな……
ちなみにワカメ君は欠席です。
デートでもしてるんじゃないんですかねwww汗





「ライバル?」

「はい。とある賭をしてるんですよ。いわゆる宿敵みたいな感じです」

 

遠坂凜が俺の店へとやってきた次の日。

俺は早速とばかりに早朝ランニングの寄り道で、俺の店へとよってくれた美綴に、遠坂凜の話を聞いていた。

 

「私が遠坂と知り合ったのは、弓道部の練習をあいつが覗いてたのがきっかけで……なんか見た瞬間にわかっちゃったんですよね。こいつは私のライバルだって。それこそ殺す殺さないまでの関係にまでいきそう……だって」

「……それはすごいな」

 

その時のことを思い出しながら話しているのか、美綴が興奮気味に話していている。

話している言葉の端々にも感情がこもっていて、さらには言った言葉が過激的。

しかもその表情には不敵な笑みとでも言うべき者が浮かんでおり、肩に掛かるか掛からない位で切られている髪の毛の長さとあわさって……すごく少年のように見えてしまった。

美少女といっても差し支えない美綴がすごく少年のような感じになっていたのは……結構面白かった。

 

「? 何で笑ってるんですか?」

 

それが顔に出ていたらしい。

俺が突然笑みを浮かべたことに美綴が不思議そうにしている。

それに対してこう答えた。

 

「いや、なんか子供みたいだなって思ってさ」

「? 私がですか?」

「いや、どっちもかな?」

「?」

 

俺のその言葉にあまり納得していないようだったが、かといってそこまで不機嫌になっていないのか、不思議そうにしているだけだった。

 

「ところで賭ってのは? 金品……なわけがないか。二人の性格上」

「二人? ってことは遠坂が猫かぶってるの知ってるんですか?」

「知ってるというか……昨日の昼間見ただろう? あれと美綴の仕草で何となくね」

 

一瞬昨夜の事を話しそうになったが、すぐに方向転換した。

昨日話したことを美綴が知っているのかどうかは謎だが……この子にはあまり身体に違和感がないので恐らく普通の人間だろう。

といっても、違和感を覚えたのは今のところたった三人しかいないわけだが。

 

衛宮士郎、間桐桜、遠坂凜……

 

この三人……遠坂凜は確定だから二人になるが……は間違いなく一般人ではない。

魔術回路なるものが在るか否かはわからないが、体内の気……この世界では魔力(オド)か……が循環しているか否かでだいたい把握できた。

だが……遠坂凜をのぞいた二人には……何か特殊なものを感じたが……。

 

『闘ってみたいのか?』

『……どうだろうな? というか人がいるときは極力話しかけないでくれ』

 

突然思念で話しかけてきた封龍剣【超絶一門】に文句を言うが……悪びれる様子もなかった。

それどころか嬉々として俺に話しかけてくる。

 

『実力的には間違いなく仕手の方が上だろう。何せ古龍を相手してきた仕手だ。いくら奇妙な術が使えるとは普通の人間に負ける要素はないからな。だがそれでも未知の世界、未知の相手を見つけて、闘いたいのだろう?』

『……否定はしないが進んでしたいとも思えないな』

 

封龍剣【超絶一門】の言うとおりで、闘ってみたいという欲求はない、とは言えなかった。

正直な話、遠坂凜とやらも魔術だけでなく何かしらの体術を身につけているのは間違いなかったが……だからといって「魔術+体術」程度の力がモンスターワールドにいた古龍種関係に勝るとは思えない。

俺自身も、龍刀【朧火】が使えないという欠点と、ほかの古龍種の力を使用できないという欠点があるが……それらがなくても勝てる自信は大いにあった。

ほぼ勝つ事はわかっていたが……この世界の裏の力、魔術という物を触れてみたいという欲求は抑えようがなかった。

 

……いつから戦闘狂になったんだか

 

だが欲求の赴くまま戦うほどバカでもない。

と言うか、俺は何とかして自分の世界に帰りたいので別に戦う必要性もないのだ。

 

「そういえば今日は定休日ですね。何かするんですか?」

「少し昼寝することしか考えてないな」

 

本日土曜日は我が「和食屋」の定休日。

俺だけで回している店なので別に年中無休にしてもよかったのだが……さすが疲れるので一週間に一度は休みをもうけていた。

 

まぁそれも、食材仕入れ先への挨拶とかでだいたいつぶれるのだが……。

しかし今回はさすがに休もうとしていたのだ。

 

が……それは一人の女性によって儚くも崩れ去ってしまうのだった……。

 

「なら今日は鉄さんの料理食べられないですね」

「奢ってやるよ。何がいい?」

 

残念そうに言う美綴に、俺はそう問うた。

美綴としてはそんな意図は全くなかったのだろうが、俺はいぢわるでそんなことを言ってみる。

それに美綴が慌てた。

 

「え!? そ、そんなつもりでいったんじゃないでしゅよ!」

「でしゅ?」

 

目の前の美少女から放たれる……驚愕の言葉。

一瞬沈黙が店内に降りるが……すぐに美綴が慌てた。

 

「いっ!? 今のは!」

「わかってるって。噛んだだけだろ?」

 

真っ赤になりながら訂正する美綴に俺は苦笑しながら返した。

さすがにこれをからかったらかわいそうだったので、追求しなかった。

 

「バイト代みたいなもんだ。定休日だから大したものは出せないが」

「……この前頂いたトマトと卵の炒めもので」

「そんなんでいいのか? 原価恐ろしく安いぞ?」

「いえ、このあと部活もあるんで、あまり重たいもの食べてもよくないので」

 

弓道とはいえ運動するからいいんじゃないか?

 

と思うが、そこは悩み大きな十代乙女。

食事には色々気を使うのだろう。

 

「了解」

 

俺は笑顔で頷き鍋を振るった。

 

 

 

「えぇ~! 士朗……お弁当作ってきてくれなかったの?」

「作れって……言ってたか? 聞いた覚えないぞ俺は?」

「うそ~。じゃあお姉ちゃんは今日のお昼どうすればいいの!?」

「知らないよ。っていうか昼飯までたからないでくれよ」

「う、うぅ~。じゃあ士郎食べる」

「なんでさ!」

 

今日は土曜日。

弓道部の練習があるから今朝士郎にお弁当作って持って来てって頼んだのに……。

作ってくれるかわからなかったけど、士郎がこうして弓道部近くに来たので捕獲したって言うのに……。

 

「……実は作ってきたりしてない?」

「だから、作ってないって」

「おぉぅ……」

 

一縷の望みを掛けて最後に聞いても士郎からの答えは変わらなかった。

がっくりと大きく肩を落としたけど……それでおなかが膨れるわけもない。

最後の希望が断たれて、私は地面に突っ伏した。

 

わ、わたしの生きる糧が

 

「大げさだなぁ。コンビニにでもいってくればいいじゃないか」

「あ! 士郎ひどい! お姉ちゃんに冷えたご飯を食べろっていうの!?」

「コンビニ弁当は刑務所のご飯かよ」

 

 

 

昼飯抜くのがデフォ(大学時代は)な作者ですが(金なくて、というか昼飯代を漫画にまわす)コンビニ当結構好きです。決してバカにしたつもりはない!

 

By作者

 

 

 

私の言葉に呆れる士郎。

後方では桜ちゃんがこちらを心配そうに見つめている。

お弁当を手にしているのを見ると、私に半分くれるのか考えてくれているのかもしれない。

が、さすがにそれをもらうわけにはいかなかった。

 

朝、二人でご飯作ってたしね

 

そう思うと桜ちゃんの好意に甘えるわけにはいかなかった。

ちなみに桜ちゃんは弓道部に所属している。

結構頑張り屋さんでめきめきと上達していた。

 

う~どうしよう。食べないとお腹空……はっ!?

 

そこで私は一つの事実に気がついた!

 

「今日何曜日!?」

「土曜日ですよ藤村先生」

 

突然吼えた私に半ば呆れながら美綴ちゃんが答えてくれた。

だが今の私にそんなことは瑣末なことだった!

更衣室へと急いで言って、自分の荷物をあさり携帯電話を取り出す。

 

携帯を取り出し番号プッシュァァァァ!

 

かつてないほどの高速で押された番号キー。

 

プルルルルガチャ

 

『はい、も……』

「穂郡原学園弓道場まで出前お願い! 大至急!」

 

それだけいうと私は有無を言わさず携帯を切った。

電話を終えて意気揚々としながら、私は更衣室を出てくる。

その様子を士郎や桜ちゃんが不思議そうに見ていた。

 

「……いきなり更衣室に駆け込んだと思ったらどうしたんだ?」

「あの……私のお弁当半分あげますよ?」

「いやいや桜ちゃん。桜ちゃんのお弁当はもらえないよ。それに、もう頼んだし」

「頼んだ?」

 

私の台詞に士郎が首を傾げるけど……明言はしなかった。

ただどれぐらいで出前が来るのかわからないので……ちょっと心配だったのだけれど……色んな意味で。

ちなみに士郎は桜ちゃんに拘束されて弓の整備や、体配(たいはい)(弓の射形)を指導してもらっていた。

 

そして電話より数十分後……

 

コンコン

 

「は~い?」

 

入り口がノックされて、身近にいた桜ちゃんが声を上げてドアを開けた……。

そこには白い板前の衣装を着ている鉄刃夜さんの姿があった。

 

「こんにちは。出前を届けに参りました」

「く、鉄さん!?」

「刃夜!?」

「鉄さん!? 今日は休みだって……」

 

そんな刃夜さんの来訪に桜ちゃんと士郎……そして意外な事に美綴ちゃんが驚いていた。

でも今の私には……そんなことどうでもよかった!

 

「待ってたよ~! ごはん!」

 

 

 

「あのねぇ大河。俺の店は出前はやってないんだぞ?」

「いいじゃない別に! こうしてきてくれたんだから感謝感激雨あられ! ともかくお腹減って死にそうなの! はやく出して!」

「いや、だから……はぁ。もういいわ」

 

俺はこの猛獣にも等しい存在に、諭すというか……説得するのを諦めて、渋々と出前の箱から作ってきた料理を取りだした。

ちなみにこの料理……

 

俺の昼飯なんだけどな……

 

定休日だったので、大した物を仕込んでいなかったのだが……新メニュー開発というか……まぁ試しに料理を作っていたら大河から電話がかかってきたわけで……。

断る暇もなく切りやがったので、仕方なく追加分を調理して持ってきたのだが……。

 

「全く。俺は大河の料理人じゃないんだぞ? 出前なんかはこれっきりにしてくれ。俺一人で出前までこなせない」

「だって今日は定休日でしょ? だったらいいじゃない!」

「……もう何も言う気になれん」

 

料理を出しながら会話をしていると、その大河の言い分に俺は呆れざるを得なかった。

だが……

 

「いっただっきま~す♪」

 

まぁここまで嬉しそうに食ってくれたら料理人としては嬉しいが……

 

食すその姿は野獣その物だったが……、満面の笑みで食べてくれるのだから俺としては嬉しい物だった。

 

まぁ金輪際ごめんだがな

 

「刃夜お疲れ」

 

そうして俺が苦笑していると士郎が俺に話しかけてくる。

大河を横目に見つつ、俺は士郎へと向き直った。

 

「まぁ……これだけ喜んでくれたらいいさ。後でちゃんと料金はもらうが」

「っていうか、量多くないか?」

「あぁ。弓道部って事で人が多いだろうから多めに作ってきたんだ。みなさん」

 

そこで俺は士郎と会話を区切って、弓道部全体に聞こえるように声を上げた。

突然の来訪者で奇妙な目を向けられていたので大きな声を出す必要性もなかったかもしれないが……まぁそこは気分で。

 

「深山町で「和食屋」という定食の店を営んでいる鉄刃夜と申します。皆さんの分も作ってきたので、よろしかったらどうぞ」

 

俺のその言葉におそるおそる、弓道部の人間達が大河の周りに群がる。

 

「これは私のお昼だぁぁぁぁ!!!!」

「独り占めはよくないですよ、藤村先生」

「私が出前を頼んだんだから私に食べる権利がある!」

「なら俺は料理を作った人間として、料理を大河以外の人間に提供する権利があるぞ?」

「料理人にそんな権利はない!」

「なんでだよ?」

「っていうか作ってきてくれた人が食べていいって言ってるんだから意地でも食うぞ! うまそうだし!」

「そうだぞタイガー。っていうかそんなに食ったら太るぞ?」

 

 

 

「タイガーいうなぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

「太るという単語よりもそっちに切れた!?」

「……さすがだ大河先生」

「藤村先生って呼ばなきゃ先生本気で怒るよ!!!!」

 

……なんかすごい状況に

 

餌に群がる……何だろうね?……ともかくなんかすごい状況になってしまった。

これで少しはお客さんが増えるといいのだが。

そう願いつつ、俺はこの場で唯一の男の知り合い、衛宮士郎に声を掛ける。

 

「っていうか士郎。お前弓道部だったのか? でも……何で格好が制服?」

「元だな。一年前に怪我してしまって、それで退部したんだ」

「そんなにひどい怪我したのか?」

「大したことは無いんだけど。弓道で礼射っていう……和服で上半身をはだけさせるのがあるんだが、その時火傷痕が見えるからさ。見苦しかったし、バイトも忙しかったからやめたんだ」

 

そういいながら右肩をさする。

どうやらそこが負傷した箇所のようだった。

 

「? なら何故ここに?」

「今日は一成……俺の友人に頼まれて雑用してたんだ。その帰り道に藤ねえに捕まった」

「雑用か。随分とまぁ。弓道はうまかったのか?」

「すごいうまかったですよ」

 

俺と士郎が会話をしていると、俺の料理に群がっていない数少ない人間の一人……美綴が俺たちへと近づいてきた。

 

「こいつ、文字通り百発百中の腕前を持っているのに、それだけでやめちゃったんですよ。もったいなくって」

「いや美綴。別に惜しくはないだろ?」

「あんたにまけっぱなしてのがイヤなんだよ私は。というか鉄さんと知り合い……藤村先生?」

「そう言うことだ」

 

美綴からの疑問に、俺は苦笑しながら頷いた。

意外……学園が一緒だからそうでもないかもしれないが……如何せん自分の知り合いが、互いに知り合っていると出会い方が気になる物だが……まぁ俺の場合大河で片付いてしまう。

 

「そう言えば藤ねえから聞いたけど、刃夜って剣術やってるんだろ? 弓も出来るのか?」

「弓は出来るな。弓道はあまり出来ないが」

「弓道は? ってことは当てることは出来るんですか?」

「まぁ確率は半々って所だが」

 

日本の弓というのは無駄に長い。

長ければ長いほど威力が高くなる……と思う人も多いかもしれないが、逆なのだ。

弓は短い方が威力が出やすい。

何故かというと短い方がより引き絞ることが出来て、張力が強くなるからだ。

また短いと弓を引いたとき矢全体を見ることは出来るが、日本の弓だと矢の中間から的を狙うことになるので命中率が極端に下がる。

拳銃で例えるならばリアサイトがあるかないかといっていいほどの違いがある。

簡単に言ってしまえば短い弓はフロントサイト……銃口の上にあるサイト……とリアサイト……撃鉄近くのサイト……を使って照準を合わせるが、日本の弓だと片方のサイトのみで狙いを定めることになるのだ。

要するに……欠点だらけとも言えるのだ。

まぁ長いので一種の長物の打撃武器として使えなくもないが……大して効果はないだろう。

これだけ長いのはいわゆる「日本の美徳」的な考えに起因しているのだが……。

 

こういった諸々の事情から、弓道は

 

「当たればうまい」

 

と言われる。

といっても本当にうまい奴は九割九分とか……化け物じみた的中率をたたき出すのだが……

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 

「射法八節も知っている程度だから少なくとも型は綺麗じゃない」

 

 

 

※ 射法八節(しゃほうはっせつ) 

弓を構えてから射って、弓を納めるまでの動作の総称

 

 

 

そう言いながら射法八節のまねごとをする鉄さん。

だけど見る限りそこまで下手な物でもなかった。

けど本人の言うとおり型に少し変なところがあるので私はそれを指摘する。

 

「鉄さん、妻手(めて)を引きすぎです。肘から先で引くんじゃなくて、もっと肘を落とす感じで構えるんですよ」

 

 

 

※ 妻手(めて)

矢と(つる)(弓に張る紐)を引く方の腕。つまり右手

 

 

 

「ん? こうか?」

 

そう言いながら変えてみるんだけど……それでもやっぱりおかしいので私は後ろに立って矯正していく。

 

「こんなのです」

「ほぉ。確かに肘の先で引くんじゃないんだな」

 

私が解説すると鉄さんは納得したように、何度も頷いていた。

そして触れてみると、改めてこの人のすごさが分かった。

 

うわ……すごい筋肉

 

無駄にある訳じゃなく、きちんと絞り込まれた……まさに運動するための理想的な筋肉だった。

上腕しか触れてないから何とも言えないけど腕でこれなのだから、他の箇所もきっと同じような筋肉であるに違いない。

 

剣術やってるって衛宮も言ってたしね

 

どれほどの腕なのかわからないけど、店の立ち回り……っていうか動きがおかしいし……を見る限りでは、相当の実力を持っているのだろうけど。

そうして鉄さんに弓道の指導をすこし行った。

 

「どうせだったらすこし見学していきます?」

「いいのか?」

「あ、でも、疲れているんだったらいいですよ?」

 

つい嬉しくて、お店がお休みのせっかくの休日だと言うことを忘れて、そんなことを言ってしまう。

慌ててそういったのだけれど、鉄さんがその気になってしまった。

 

「そうだな。折角だしすこし弓道の方も学んでおくか」

 

と言って、すこしの間見学することになったのだった。

見知った人に……しかも尊敬している人の前で弓を引くのは少し緊張したけど、いつも通り引けたと思う。

 

 

 

ちなみに

 

 

 

「出前も行ったらさらに儲かるんじゃない?」

「いやだから俺しかいないから不可能だって……」

「土曜日の休日だけ行えばいいじゃない! 試験として学園だけ出前してみたら!?」

「……そう言いながら自分の食い扶持確保しようとしてるだろ…………?」

「そ、そ~んなことないって~。疑り深いなぁ!」

「……ならしない」

「!? せっかくのおいしいご飯が!」

「……お前おだてればいいと思ってるだろ?」

 

 

 

その間鉄さんは、もっぱら藤村先生の相手をすることになったので、ゆっくり見学することも出来なかったのだけれど……。

 

 

 

 




刀馬鹿にしては珍しく、かなり短めの……っていうか文字が二万字に定着してからこんなにきっかり自分でも納得できた短いのってこれが始めてかもしれんwww

日常編結構短めを連続で行って速く戦闘に行きたいですね~

というか久しぶりに弓を引きたくなってきた。
元々弓道部なんですよね~段位は取得してないけど
弓買っておけばよかったなぁ……


次はウェイター○○さんとデートとなりま~す


2018.5.28 追記
N-N-N様 誤字報告ありがとうございました!



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ウェイター

うん。
美綴無双が続いているなw
まぁそれ以外に出す予定ナインだけどwwww






ある日……

 

 

 

ダダダダダダ!!!!!

 

まな板と包丁が奏でる……小刻みな音。

 

秘技! 分身もどき!

 

※↑高速で動いているだけ

 

 

 

俺の店は……

 

 

 

「サバ味噌煮定食一つ」

「じゃあ俺は唐揚げ定食で」

「はい、サバ一、唐揚げ一ですね。ありがとうございます!」

 

 

 

……俺の店は修羅場と化していた……。

 

 

 

季節はもうじき夏になろうかと言うとき……だんだんと熱くなってきたこの気候の中……ちなみに天気は快晴……何故か謎だが、今日は客の入りが半端なかった。

具体的に言えば……店の外にまで列が出来てしまうほどに……。

 

何故!?

 

客が入ることは純粋に嬉しい。

それは間違いない。

だがいかんせん従業員が俺しかいないのでは、正直辛い物があった。

別に回せないことはないのだが……果てしなく続くようなこの調理&接客&皿洗い&レジでは……一人でこなすのはぶっちゃけきつい。

だが異世界人の俺がいつこの世界から消えるかもわからないので……バイトを雇うわけにも行かなかった。

下手をすればバイトを雇った次の日に突然消えているかもしれないのだ。

いや、それはまだいい。

月末の賃金受け渡し期間の時に俺が消えることになったら……その人は事実上のただ働きとなってしまう。

それだけは避けなければならない。

 

まぁ……多分それはないだろうが

 

俺が考えていることが正しければ俺をこの状況に追いやっているのは……あの二人だ。

ならばそこらは加味しているとは思うのだが……確証がないしそれに甘えるわけにも行かなかった。

 

「すいません水下さい~」

「はい今行きます!」

 

ビュン! 

 

トポポポポ

 

「こっち取り皿もらえますか?」

「はい少々お待ちを!」

 

パパッ

カチャン

 

「お待たせしました! チャーハンセットと、なす味噌炒め定食です!」

 

まぁそんなわけで……修羅場だった。

泣き言を言う暇もなく……ただひたすらに仕事を行う!

 

うぉぉぉぉぉぉ!!!!

 

 

 

「……何この行列?」

 

私は日曜日に出かけたついでに……といってもすこし寄り道になるけど……鉄さんが経営している和食屋でお昼を食べようと足を運んだのだけれど、店の外にまで伸びる行列を見て目を見開いた。

外に並んでいると行っても、長蛇の列が出来ている訳じゃない。

せいぜい数人の行列だ。

だけどこの店の従業員は……

 

……鉄さんだけだのはず

 

そう私が入ろうと思っていたお店……和食屋は従業員が店主である鉄さんだけしかいないはずだ。

それなのにこの人数を捌くというのは……はっきり言って相当きついはずだった。

 

……何でバイト雇わないんだろねぇ?

 

それが不思議だった。

何故か鉄さんはたった一人で自分のお店を切り盛りしていた。

確かにそこまで大きな店ではないけど、一人で捌くのはかなり厳しい……というか何で回せているのか不思議でしょうがない。

ちらっと……中の様子を見てみると……。

 

うわ、すごい人……

 

今まで私が見たことがないほどにお店が混雑していた。

そんな中ただ一人の店員である鉄さんが、それはもう……高速で動き回っていた。

埃をまき散らさないように動きその物は小さい。

そんな体勢で動けば普通は転んでしまうはずなのに……そんな危うさは微塵もなかった。

 

相変わらずすごいなぁ……

 

あんな奇怪とも言える動きで、よく転ばない物だと感心してしまう。

それだけ見ても技量がすごいのは直ぐに理解できる。

 

そしてそんなすごい動きでひたすら仕事をしている……鉄さん

 

必死に走り回るその姿は真剣その物で……その姿を見ていたら放っておけなくなってしまった。

 

しょ~がない。手伝おう

 

普段、朝のお茶なんかで楽しい時間を過ごさせてもらっているから、それくらいの恩返しをしたって罰は当たらないだろう。

私はそう決めると店のドアを開けた。

 

 

 

ガラッ

 

必死になって料理を造り、客をさばいていた俺の耳に、店の引き戸が開けられる音が入ってくる。

まだ空席がないにも関わらず入ってきたその客に、謝罪の言葉を述べようとしたが……その前に先に言葉を紡がれた。

 

「遅くなってすいません!」

 

元気よくそう言い放ちながら、店の奥……居住区へと向かっていくのは美綴だった。

 

「はい?」

 

何を言っているのかわからない俺は、一瞬……本当に刹那の時間呆けてしまった。

その隙に美綴は奥へと進み……どこからかエプロンを取り出して、伝票を手に取った。

 

「すいません、お待たせしました! ご注文は?」

「え……えっと、焼き魚定食」

「俺はレバ野菜炒めで」

 

突然やってきた美女に面食らいながらも、注文を聞かれて応える客人たち。

それに機器と笑顔を振りまきながら、美綴りはこう言った。

 

「はい、かしこまりました! 注文入ります! 焼き魚とレバ野菜一つずつ」

 

注文を取ってきて、嬉々としながら俺に注文を伝えてくる美綴に、俺はぼそりと小さな声で話しかける。

 

「……おい美綴。どういうつもりだ?」

「手伝いますよ。この数を一人で捌くのはきついでしょ?」

「しかし……」

「対応が悪いと評判が落ちますよ?」

 

ぐっ……痛いところを

 

確かに、味が良かろうが悪かろうが、接客態度が悪ければ評判が落ちてしまう。

そうすると集客効果が減ってしまう。

俺としても最強レベルで料理がうまくても、店員が偉そうだったり、店主がいかにも「食わせてやってる」みたいな態度の店には二度と行かないだろう。

そうならないように注意しているが……今の状況はそれが出来ていないだろう。

 

「別にいいですって。いつもお茶をごちそうになっているお礼です」

「……すまん」

 

どうやら意地でもやるつもりらしい。

それに困っているのも事実だったので、俺は仕方なく承諾した。

己の未熟さに歯がみする思いだったが……そんなことをしている場合でもないので、俺は一心不乱に鉄鍋を振るった。

 

 

 

「つ……疲れた」

 

私はピークが過ぎ、店にお客さんが誰もいなくなった瞬間に崩れ落ちた。

あれからも結構な数のお客さんが足を運んで、数え切れないほどの注文を捌いていた。

これをいつも一人で行っている鉄さんには頭が下がる思いだった。

 

「お疲れ様」 

 

そんな私を苦笑しながら、鉄さんがお茶を差し出してくれる。

その顔にはほとんど疲労がなく、また汗一つかいていなかった。

 

「助かった。正直言ってだいぶかつかつだったからな。ありがとう」

 

でも笑顔でそう言われると、毒気が抜けてしまうのだけれど……。

なんか色々と負けた気がして悔しかった。

けどそれ以上に、鉄さんの力になれて言うれしかった。

 

「いえいえ。普段お世話になってますし」

「といっても普段お茶をごちそうにしているだけだが」

「それでも嬉しいですよ」

「ま、とりあえず一旦休憩にしよう。飯も食ってないしな」

 

普段は休憩というのはしないのだけれど、疲れた私を気遣ってか鉄さんが暖簾をしまう。

そして厨房に引っ込んで包丁を手に取った。

鉄さんだって疲れているはずなのに……そんな気配は微塵も見せなかった。

 

「ほいお待ち。和定食」

 

コト、と、小さく音を立ててカウンターに置かれたその料理。

それを見てお昼を食べていなかったことを思い出して……

 

クゥ~

 

とお腹が鳴ってしまった。

それに気づいて顔が真っ赤になるのがわかった。

 

「済まない。本当に助かったよ」

 

それに気づいていないはずないのに、鉄さんは快活に笑いながらさらに鍋を振るっていた。

自分の分を作っているのだろう。

それを私と同じ机に置いて、イスに座った。

 

「頂きます」

「頂きます……」

 

二人で食物に感謝しつつ、手を合わせてから料理を食べる。

相変わらずおいしかった。

 

「しかし本当に助かった。回せなくもなかっただろうが、美綴の言うとおり評判は落ちていたかもしれない」

「別にいいですって。いつものお礼ですよ」

「だがさすがにバイト代なしというのはまずいだろう。二時間だから……二千円でいいか?」

「いや、だからいいですって」

「しかし……」

 

確かにウェイターとして働いたのは事実なんだけど……それでバイト代をもらうのはなんか違う気がした。

それに二時間二千円って……ここらではバイト代としてはかなり高額に入る。

家に帰るために独力で店を開いて頑張っている鉄さんにそんな額を払わせたくなかった。

 

「本当にいいですよ。こうしてお昼だってごちそうになっているんですし」

「だがこれほどのことをしてもらって何もしないというのはだな……」

 

何かお礼を使用としてくれる鉄さんと、それを頑なに断る私。

このままだとずっと平行線で終わりそうだった。

 

……そうだなぁ

 

そこで私は一つ思いついた。

 

「なら、今度買い物に付き合って下さいよ」

「買い物?」

「そ、買い物です。別に何か買って欲しいとそういうのじゃなくて、純粋に買い物に付き合って下さい。お礼はそれでいいですよ」

 

深い意味も、他意もなかった。

だって、ただ本当にそれだけだったから。

意識なんてしないないし、何も感じてなんていなかった。

 

鉄さんがすごいことはよく理解していたけど……

 

けど何も知らなかったから、もっと知ってみたいと思った。

ただそれだけだ。

買い物に誘ったのはそんな理由。

 

「そんなのでいいのか?」

 

すごく不思議そうにしている鉄さんの顔はとても面白い物で……。

どうやら本当に予想外だったみたいだ。

これを見られただけでも、誘った甲斐があったかもしれない。

 

「そんなのでいいんですよ。今度の休日で大丈夫ですか?」

「あぁ。構わない」

「なら、約束ですよ」

 

まだ若干渋っていたけど、私がいいという条件を呑んでくれる。

こうして、鉄さんと後日買い物に行くことになったのだった。

 

 

 

約束の時間には……まだ早いか

 

日が経って、本日土曜日。

約束していた美綴との買い物の日となった。

店を手伝ってくれたお礼が買い物に付き合うだけ、というのは俺としては若干安すぎる気がしないでもないのだが……。

 

本人がいいといっているのだからいい……のか?

 

はっきり言ってよくわからないが……年頃の女の子の心情など俺には理解できるわけもない。

それでよく妹にも怒られたものだった。

 

元気……だろうな

 

これは他の家族と違って断言できた。

快活な奴で、根暗とかそう言った言葉とは無縁の女の子だ。

ある意味で元気というか、そう言った言葉と縁がないと言う意味では美綴と似ているかもしれない。

 

まぁ美綴はあんまり女の子という感じはしないが……

 

別段バカにした訳じゃないが……あまり女の子という気がしないとは思っていた。

ボーイッシュと言うべきか……とりあえず付き合いやすいので俺としてはありがたかった。

 

さて……どうした物か……

 

新都の駅前が待ち合わせ場所だったので、俺はとりあえず近くの茶店でコーヒーをカップで購入して、待ち合わせ場所の駅前のベンチに腰掛ける。

春には遅く、夏にはまだ早い……そんな微妙とも言える季節。

穏やかな午前だった。

駅前と言うだけ合って人通りが多く、また休日だからか、カップルや家族連れをよく見かけた。

ふと、遠くを見れば、母親に甘えている子供がいて、すごく穏やかな気持になった。

 

……平和だ

 

実に全く……これ以上ないほどに平和だった。

これでもしも何の憂いもなければのんびりと読書でもしていたかもしれない。

 

何やってんだろうなぁ……俺

 

モンスターワールドでは毎日が忙しくて……そして目新しいことばかりでとてもじゃないが自分の状況を顧みている場合じゃなかった。

この世界でだって、仕事中は忙しいから何も考えなくて済むが……今みたいに暇な時間はどうしても考えてしまう。

 

モンスターワールドでは休日も色々と忙しかったからな

 

というか、あまり明確な休日という物はなかった気がする。

時間があったら大体鉄を打っていた。

そしてふと、最近鉄を打っていないことを思い出した。

道具はあるが鍛造場所がなく、また材料もない、あげくに免許はあってもこの世界の免許ではないので出来るわけもないのだが……しかし全く頭に思い浮かんでいないことが俺としては意外だった。

 

……そう考えるとこの世界でも忙しいと感じているのか? 俺は?

 

鉄を打つことを考える暇がないほどに忙しかったのか……はたまたそれ以外のことを考えていたからか……明確な理由はわからない。

だが正直どうでもいいことだろう。

 

その程度で落ちるほど未熟じゃないしな

 

と考えて一口コーヒーをすすった。

暖かいその飲み物を嚥下して、空を見上げる。

 

「いい天気だ」

「そうですね。絶好の行楽日和だ」

 

そんな俺に掛けられる声。

気配ですでに近づいていたことはわかっていたので、俺は慌てずにそちらへと向き直った。

 

「お待たせしました」

 

そこには快活に笑いながらそう言ってくる美少女、美綴がいた。

普段と同じ格好の、ピンクのパーカーに紺色のGパン。

そして笑みを浮かべている美綴。

 

「いやぁ、早いですね鉄さん。これでも約束の時間より早く来たんですけど」

「恩人を待たせるわけにはいくまい」

 

立ち上がりながらそう言うと、俺は残っていたコーヒーを一気に煽る。

そして空になったそれを少し離れたくずかごへと放り捨てると、美綴へと向き直った。

 

「そんじゃ、いきますか」

「はい。お付き合いありがとうございます」

 

そうして二人で並んで歩き、買い物をした。

美綴の言うとおり、本当に大したことのない買い物だった。

というよりも明確に買う物を決めていないのでウィンドウショッピングと言った方が正しいかもしれない。

これと言って明確な買い物はせず、店を冷やかす。

具体的にはCDショップや携帯電話のショップだ。

美綴におすすめのCDを聞いて、それを視聴したり……

 

「あれ? これも知らないんですか? 結構有名なアーティストですよ?」

「あ~うん。あまりテレビ見ないからなぁ……」

 

こんなコトを言われて正直少し困った。

異世界人である俺がこの世界の有名なアーティストなんて知るはずもないからだ。

まぁそう言うわけでテレビをほとんど見ない……実際大して見ないが……という理由で押し切った。

 

「携帯電話は持ってるんですか?」

「あ~持ってるけどそう言えば更新してなかったな。となると今は持ってないかな?」

 

これも異世界人以下略。

 

途中で茶店により軽く昼食を取って休憩した。

 

「いや~私思うんですよ。どうしたら衛宮が弓道部に戻ってくるのか」

「難しいな。あいつ結構頑固っぽい所ありそうに思えたが?」

「そうなんですよね~。それにあいつ人助けを性分としてて」

「人助け?」

「えぇ。あいつのあだ名に「偽校務員」、「弓道部の掃除機」なんてあだ名が付くくらいですよ」

 

美綴の話だと、士郎はそれこそバカみたいに人からの頼み事を引き受けるらしい。

美綴から見た感じ、「断れない」ではなく「断らない」らしい。

またその内容が主に壊れたがらくたの修繕などで……「彼ほどスパナが似合う人間はいない」とか……。

人助け自体はいいことだが……俺はそれが少し気にかかった。

 

「頼み事を断らないってのは、悪いコトじゃないんですけど、もう少し……何というかですね」

「まぁ言いたいことは大体わかる」

 

美綴の言うとおりだ。

今の話だけでは何とも言えないが、衛宮士郎というのには「個」がなかった。

人のために献身的に尽くすというのはいいかもしれないが……それにしても。

 

まぁいい

 

どんなことがあるかは謎だが、よほどの事が起こらない限りそれを気に掛ける必要性はないだろう。

平和な世界(・・・・・)平和な日常(・・・・・)ならば、それは別に致命的なことにはなり得ない。

 

「そんなに士郎のことを話すなんて、美綴の好きな男は士郎か?」

「なっ!? ち、違いますよ!」

 

熱心に語る美綴をいぢめたりもする。

その初な反応に俺は苦笑したり、それに頬を赤らめながら美綴がふてくされる。

そうして昼食時は過ぎていく……。

会計は当然俺持ちだ。

 

「あ、割り勘で……」

「こういうときは年上がおごるって相場が決まってるんだよ」

 

渋る美綴を無理矢理納得させて、俺は会計を済ませた。

次にゲームセンターに行ったりして、パンチ力を測ったりした。

ここで困ったことが一つ。

 

……本気で殴ったら確実に壊れるよな~

 

気功術を使わずとも壊れそうな気がする……。

使えば確実におじゃんだし、魔力も使えば木っ端微塵になりそうだ。

のでだいぶ抑えたのだが、結局最高得点を記録してしまった。

 

「おぉ、さすが!」

「……あはは」

 

驚く美綴に苦笑しつつ、俺は美綴と変わる。

当然俺の記憶に届くわけもないのだが、それでも女の子としてはすごい高得点……というか俺の次って事実上の一位では?……をたたき出した。

 

「おぉ。私も棄てたもんじゃないですね!」

「いや、純粋にすごいと思うぞ」

 

ガッツポーズをしながら俺に笑顔を向けてくる美綴に、俺は苦笑しながら答えた。

ゲーム全般が得意という美綴の言に嘘はないらしく、様々なゲームをしてその腕を遺憾なく発揮してくれた。

大体上位に入るのだからその腕前は凄まじいものだろう。

ちなみに俺も何とか食い下がったが、全敗してしまった。

こういった類のゲームは余りしてこなかったからだ。

まだ将棋の方が得意だ。

が、それは逆に美綴が苦手らしい。

 

 

 

久しぶりに……何も考えずに頭を空っぽにして楽しめた……

 

きっとそれはすごく幸せなことで……

 

お返しのつもりが俺の方がよほど楽しんでいた気がする……

 

俺を怨む人間がいないから……それを考えることもなく……

 

ひどく平和な時間が過ぎていく……

 

 

 

「それじゃ、記念に一枚で今日は終わりですかね?」

「いいんじゃないか?」

 

鉄さんの返答に、私は笑みを浮かべて答えた。

時刻はすでに夕方。

日がすでに沈みきろうとしているそんな時間帯。

私と鉄さんは最後に散歩をして、大橋そばの公園に来ていた。

待ち合わせをして、買い物をして食事をして……今日はすごく楽しい一日だった。

鉄さんのことを知ることが出来たから、よりそう思えたのかもしれない。

 

「それにしても本当に俗世に疎いんですね。なんか別の世界の人間みたい」

「……そう思うか?」

 

私の突拍子もない言葉に、鉄さんは今にも吹き出しそうにしていた。

確かに言っていることがあまりにも変なことだったので、呆れてしまったのかもしれない。

 

「冗談ですって。本気にしないで下さいよ」

「……冗談だったらどれだけ良かったか」

 

? 何か言った?

 

何かぼそりと呟いた気がしたけど、夕焼け空を見ている鉄さんの顔を見ることは出来なくて……何を言ったのか知ることは出来なかった。

 

「それじゃ取りますよ~。はいポ~ズ!」

 

パシャ

 

間抜けな音と供にシャッターが切られ、私の携帯に画像が表示される。

鉄さんと出歩いた記念……携帯で写真を撮ったのだ。

 

 

 

この時は何も意識していなかった……

 

 

 

「これでこの間の手伝いはチャラですね~」

「本当にこんなので良かったのか?」

「問題ないですよ。むしろこれでも安すぎるくらいです」

 

 

 

ただ……自分が親しい人と仲良くなりたかった……

 

 

 

「それじゃ今日はお開きにしますか」

「そうだな」

「それじゃ、また明日。早朝にお邪魔しますね」

「おうよ。お待ちしているぞ」

 

鉄さんはまだ用事があるらしいので、この公園で別れる。

けど直ぐにまた明日会うから。

そう遠くない……短い時間の別れでしかない。

私は満ち足りた気持ちで自宅へと足を向ける。

 

「……見てたわよ綾子」

「……遠坂?」

 

そんな上機嫌な私に、声が掛けられる。

そこにいたのは、私のライバルの遠坂凜だった。

 

「ありゃ。見られてたのに気づかないなんて私も落ちたね」

「別に。ずっと監視してたわけじゃないわ。たまたま見かけたからこうして声を掛けただけよ」

 

そう言いながら、遠坂は新都の方へと向かっていく鉄さんの方へと油断なく目を向けていた。

まるで敵でも見るような……そんな鋭い目で。

 

「しかし趣味が悪いね遠坂も。声かけてくれても良かったのに」

「……あなたがあの男の事をどう思っているのか知らないけど、あれはやめておいた方がいいわよ」

「……あれって、鉄さんのこと?」

「あの男……どこか違う気がするの。別に賭けに負けるかもしれないって思ってるからじゃなくて純粋に友達として忠告しているのであって……」

「賭け……って!?」

 

遠坂が何を言っているのか理解した瞬間に……私は爆発した。

 

な、賭って……

 

遠坂との賭け……それは「どちらが先に彼氏を作るか?」という賭で……遠坂は鉄さんと私の関係がそれになりつつあると言っているのだ。

誓って言うけど、私にそんな気はなかった。

ただただ尊敬する人と買い物がしたかった……その人のことをもっと知りたかったというそれだけの知的好奇心の探求だったのだ……。

 

 

 

けど、この一言で……変わってしまった……

 

 

 

 

 

 

意識してしまった……

 

 

 

 

 

 

え……えぇ……!? わ、私……

 

 

 

遠坂が何か言っているけどまるで頭に入ってこない。

ただ自分の感情が、自分の思いは何なのかを考えるので精一杯で……。

 

 

 

そんな休日の、買い物での出来事だった。

 

 

 

 




はい買い物終了!
美綴無双はまだまだ続くぜ? 


「……ついてこれるか?」


という感じw
後二話くらいででしょうかね~
作者と編集者、アイディア提供者三人組の自己満足にもう少しおつきあい願いますw


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縁日

短め話継続中~
今回は縁日のお話です~






「以上が、私の店での集客……そして売り上げの状況です」

「ふむ」

 

俺は現在、藤村組組長こと藤村雷画さんの前で、現在の店の状況を話していた。

別に問題が起こったわけでもない。

順調に黒字をたたき出している。

だがそれでも中間報告と言うことで雷画さんに時間を割いてもらったのだ。

借地代やらその他諸々別に構わないと言って下さっているのだが……いくら何でもそれに甘えるわけには行かないからだ。

 

「あいわかった。特に問題はなさそうだな」

「はっ、特に問題ありません。そして今月の借地代になります。お納め下さい」

 

そう言いながら近寄り、俺は封筒に入れた現金を受け渡す。

それを雷画さんは苦笑しながら受け取った。

 

「本当にいいんだぞ? 孫がお前さんを引いた詫びみたいな物なのだから」

「いえ、実害はないのですから引いたとは言えませんし、それではいくら何でも自分の気が済みません」

 

困っていないのだから本当にいらないのかもしれないが……それでは俺の気が済まない。

それがわかっているからこそ雷画さんもこうしてお金を受け取ってくれるのだろうが。

 

「しかし……まさか本当に一人で店を回しきるとは……。若いくせに大した物だ。お主のお父上、そして武芸なんかの師匠はよほどお主を厳しく鍛えられたのだな」

「……はいそれはもう…………」

 

臨死体験は文字通り、星の数ほどしたよ……

 

いくら手を抜いているとはいえ、ある一定の状態まで手加減したら、後はどんなに俺が血反吐まみれになろうが手加減しない。

つまりその一定の強さまで手加減したら、それを越える強さをさっさと身につけなければ殺される回数が増えるだけなのだ。

当時五歳児の俺相手にである……。

 

鬼だった……

 

「まぁそれ故にそれほどの力なんかを有したのだろうが……末恐ろしい奴だよ刃夜殿」

「……恐縮です」

 

経験の差があるとはいえ、俺から言わせればそれを見抜くあなたの方が末恐ろしいのですが……。

 

「おっ、そうだ」

 

そこで雷画さんが閃いたように、手を打ちつつ声を上げた。

俺はそれを訝しみつつ、雷画さんの言葉を待つ。

 

「話は変わるが刃夜殿よ」

「? 何でしょう?」

「出店に興味はないか?」

 

「……はい?」

 

青天の霹靂……とまでは言わないが、その報せは俺にとっては結構驚く物だった。

 

 

 

「ふぇ~いいほわいい。ひゅってんできふなふてはへっほうふほいほとほわない?」

↑へぇ、いいじゃない。出店できるなんて結構すごいことじゃない?

 

「……口の物をきちんと飲み込んでからしゃべれ」

 

夜八時。

普段よりも仕事に時間を取られてしまった大河が、俺の店に食事を取りに来ていた。

孫娘なのですでに事情を知っているかと思ったが、意外な事に知らなかったようだった。

飯を咀嚼しながら頷く様は汚いこときわまりなく……俺は溜め息を吐きながら大河に水を注いだコップを渡した。

 

「ありふぁふぉ」

↑ありがと

 

ゴッゴッゴッ

 

凄まじい勢いで水を嚥下し、口の中の食物もろとも飲み込んでいく。

 

「ぷっはぁ! 別にいいんじゃない? 出店するのも楽しいそうだし。宣伝にもなるし」

「……まぁ確かに断る理由もないのだが」

「そうなると何で出店するの!? 定食?」

「出店で定食出してどうするよ?」

 

目を爛々と輝かせて俺に何を出店するのか聞いてくる大河だが……ぶっちゃけほとんど出店内容は決まっていた。

 

普段とは違った物を作ってみたいしな……

 

舞台……というには少々大げさかもしれないが……は夏祭りの縁日だ。

そこでの出店となれば……気軽に食える物が一番である。

となれば自然と答えは出てくるという物……。

 

 

 

今年もこの時期がきたね~

 

そう言いながら私は早速とばかりに、買ったリンゴ飴を口に含みつつ歩いていた。

冬木市の海浜公園で毎年開かれる縁日だ。

結構大きなお祭りで花火も上がることから、近隣の見物客も来るので結構な人で賑わいを見せている。

そんな中を……一人で歩く私こと美綴綾子。

鉄さんが出店するというので来てみたのだ。

他の連中と一緒に来るという選択肢は……生まれなかった。

 

こんな格好見られても恥ずかしいしね

 

こんな格好……私は今浴衣だった。

アサガオをあしらった落ち着いた雰囲気のある着物だ。

結構自分としても似合っていると思っているのだけれど……客観的に見てくれたのが自分の両親なのでそこまで参考にならない。

 

はぁ~らしくないなぁ……

 

何故こんな気合いの入った格好をしたのかというと……先日の買い物の最後で遠坂に言われた一言が原因だった。

 

賭けねぇ……

 

私と遠坂が互いに賭けた事……「互いにどちらが先に彼氏を作るか」と言う賭け。

全く意識していなかった。

純粋に尊敬していたから。

私とほとんど歳に差がないのに独力でお店を切り盛りして……それだけじゃなく尋常ならざる実力を持っていて……。

本当にそれだけだったのだ。

だけど遠坂の一言で妙に意識してしまって……。

 

遠坂の奴……

 

忠告だったらしいけど……私としては逆効果だった。

それ以来……鉄さんのことを意識してしまって、まともに会話すらも出来ない状態に陥っていた。

 

たは~……私らしくないね

 

恋愛事に興味がないって言うか……あまり自分が惚れるような男と出会ったことがないとか、理由は多々あるけど……とりあえず恋愛なんてしたことがなかった。

ゲームは好きだし、そういう類のゲームも……そう言う類のゲームばかりやってるけど……していた。

 

※ そう言う類のゲーム=乙女ゲーム

 

だから別にそう言うことを否定している訳じゃない。

だけど……今まで恋愛をしたことはなかった。

 

何でだろうね~

 

惚れる男がいなかった。

それはある。

唯一の例を挙げるとしたら……衛宮だろうか?

だけどあいつは弓のライバルとして見ていたからほとんど男と意識することもなかったし。

他にまともに武芸者としての男性は……担任の葛木先生。

けどあそこまで……何というか……感情がない人というのも珍しいし……。

他にはいない。

 

慎二、あれは論外だし……

 

 

 

哀れワカメ……合掌……チーン By作者

 

 

 

実際に実力を目の当たりにしたことはないけど……相当できる人だと思う。

そこに行き着くまでにどれほどの試練と修練を積んできたのかはわからないけど……あの年齢であの佇まいは圧巻だった。

 

……って鉄さんのこと考えすぎ

 

思わず没頭していた思考を無理矢理停止させて私は止まっていた足を進ませる。

自分でもよくわかっていないその感情をはっきりさせるために、私はここまで気合いを入れてきたのだ。

鉄さんに対するこの思いがただの尊敬なのか……はたまた別の何かなのかを知りたくて……。

 

まぁ……でも直ぐには向かわないけど……

 

気合いを入れはした……。

だけど、直ぐに行く勇気もなくて……。

私はとりあえず色々と見て周りながら気を紛らわせる。

 

けどそれも直ぐに無駄なことだったと知る……

 

「たこ焼き三人前」

「へい毎度!」

「さっき頼んだのまだですか?」

「焼きたてお持ちしますんでもう少しお待ちを!」

 

……この声って

 

縁日だから結構な喧噪がある。

そうであるにもかかわらず、その声は他の声と違ってとても通る声で……私の耳に届いた。

声がした方へと目を向けて見ると……そこには……。

 

いつものように板前服を着て……頭にねじりはちまきをしていたけど……必死にキリ(たこ焼きをひっくり返す鉄製の串みたいなやつ)を縦横無尽に振るっている鉄さんがいた。

 

「く、鉄さん!?」

「お。美綴じゃないか? 本当に来てくれたんだな」

 

一切手を休ませずにこちらを向きながら笑顔を向けてくる……鉄さん。

その間に数十個のたこ焼きをひっくり返していた。

きつね色に焼けたたこ焼きの匂いが、すこし離れた私の場所にまで漂ってきていた。

突然の出会いで咄嗟に何も考えずに会話できたけど……直ぐに遠坂の言葉が蘇ってしまって慌ててそれを打ち消した。

 

「来ましたよ~。約束ですからね」

 

何とか笑顔を作りながらそう鉄さんに話しかける。

先日朝のランニングでお店に寄らせてもらったときに、出店の告知を張り出していたから。

何を出すのか秘密にされていたけど、たこ焼きや……しかも明石焼きのたこ焼きだとは思わなかった。

 

すごくおいしそうだけど

 

今は縁日で出店、たこ焼きの出店で汗を……流していない鉄さん。

この真夏の夜というこの暑い中で、たこ焼きの熱気に当てられているにもかかわらず汗一つ欠いていない。

 

……無汗症?

 

病気なんて全く縁がなさそうだけど……ここまでそうだとつい心配してしまう。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか……鉄さんは陽気に私に話しかけてくる。

 

「遠坂辺りときたのか?」

「いえ、あの子こういった人混みが嫌いで一人なんですよ」

 

そもそも誘っていないので若干嘘になるかもしれない。

まぁ実際人混みが嫌いなので完璧に嘘って訳じゃない。

 

「そうなのか? 彼氏とかはいないのか? 士郎とか?」

「だから違いますって」

 

本気か冗談かわからないけど……そう言ってからかってくる。

そのおかげでまた意識してしまった……。

 

けどそれと同時にわからないことが一つ……

 

『あれはやめといたほうがいいわよ』

 

遠坂がそう言った理由。

遠坂の性格上揺さぶりを掛けてきただけかもしれないけど……けどそれにしたってあの時の表情は普通じゃなかった。

 

まぁあの時気が動転していて余り私自身が平常じゃなかったんだけど……

 

「美綴も食うか?」

「いいんですか?」

「あぁ。構わないよ。まぁ特別扱いするわけにはいかないから順番は最後になっちゃうけど」

「それは当然ですね。楽しみにしてます。というか手伝いますよ」

「いやしかし」

「一人で暇だったからいいですって。のぞきに来ただけですから」

 

再び断られてしまう前に、私は半ば強引に腕まくりをして接客を始めた。

そうなると鉄さんも観念して私に接客を任せてくれた。

 

しかし相変わらずと言うべきか……出店であるにもかかわらず鉄さんの腕前はすごかった。

別段普通の明石焼きだというのに……何か出し汁に工夫があるのかすごくおいしそうな香りを漂わせていて食欲をそそられた。

しかも特徴と言うべきか、ものすごい量の刻んだネギを入れるので香ばしいネギの香りが……。

それだけじゃなくなんと、たこの変わりにベーコンとチーズを入れた……たこ焼き?……もあって、思いの外好評だった。

 

何より良かったのは……

 

「へいおまち!」

 

楽しそうに接客をしている鉄さんだった……。

 

……何考えてるんだろう。本当に、らしくないなぁ

 

思わず鉄さんに見とれてしまいそうになった自分に呆れつつ接客した。

そんな状況だったからか……私は忘れていた。

今の状況と……この場所がどういうところかを……

 

「……み、みつづりん?」

「え?」

 

聞き覚えのある声。

その声に反応したことを……私は激しく後悔した。

 

「げっ!?」

 

思わずそんな声が出てしまう。

そんな私を……その三人組は三者三様の表情をして、見つめていた。

 

一人は、驚愕に震えて……、もう一人は何が恥ずかしいのか頬を赤くして、そして最後の一人は……ニヤリと、ほくそ笑んでいた……。

 

「これはこれは美綴嬢。こんな場所で会うとは奇遇だな?」

 

実に芝居がかった口調で……そのニヤニヤと笑みを浮かべている女……氷室は私に話しかけてくる。

その声でようやく驚愕から復活したのか……蒔寺が大声を上げる。

 

「な、なにしてんだぁ~!?」

「ま、蒔ちゃん。大声出さなくても」

 

未だに頬を真っ赤にした三枝が蒔寺に言う。

穂群原学園陸上部三人娘だ。

 

厄介な奴らに……

 

見つかってしまったと、私は内心で己の不覚さを呪った。

三人とも浴衣を着ていた。

三枝は雰囲気と同じような穏やかなオレンジの色合いをした浴衣、氷室は紺地に菊の花が綺麗にあしらわれている。

そしてある意味で一番似合っているのが……というか普段のイメージと違いすぎる……蒔き寺だった。

見るからに高級そうな浴衣で、淡い青地にサクラの花が柄の浴衣だった。

さすが老舗の呉服屋「詠鳥庵(えいちょうあん)」の一人娘だけあって、その浴衣の着こなし、佇まいは完璧だった。

 

 

 

詠鳥庵(エイドリアン)ではない…… 念のため

 

 

 

嫌々着ているのに似合ってるのが……こいつはむかつくんだよね……

 

もちろん本気で……思っている。

まぁでも子供の頃から和服を着て飽きているのかもしれないけど……。

というよりもそんなことを思っている場合ではなかった……。

 

「……ふ」

 

逃げ出す前に……というか見つかった時点でアウトだけど……氷室の眼鏡が、夜で灯りが大してないにもかかわらず、キラリと光った。

 

「いやこれ……」

「蒔の字よ、そう騒ぐな。我ら美綴嬢が男にうつつを抜かす光景など、滅多に見られる物ではないぞ? 騒ぎ立てるのではなく、暖かく見守ろう」

「人の話を聞け!」

 

予想通りの反応に、私は頭が痛くなる思いだった。

遠坂に見られるのもアレだが、三人娘……時に氷室に見られたのは面倒だったかもしれない。

 

「あのなぁ、これは別にそう言う事じゃなくて……」

「でも美綴さん……私たちが誘っても断ったし……」

「……えっと」

 

三枝にそう言われて、固まるしかなかった。

確かに誘われた。

だが断った理由は主に蒔寺と行くと騒がしくなりそうだし、三人と一緒に行動して鉄さんの所に行けるわけがないからだったし……。

 

やばい、どうも言えない

 

「どうした美綴、友達か? っていうか蒔寺じゃないか?」

 

そうして三人と漫才をしていると、鉄さんから声が掛けられる。

一切手を止めずに(高速で動く、キリ)、鉄さんが蒔寺と話をし出す。

 

「あ、どうもこんにちは。そう言えば縁日で出店やるって言ってましたね」

「あぁ。まぁまぁ好評のようで何よりだ」

 

仲がいい事に一瞬目が点になってしまった。

だが直ぐに納得した。

 

そう言えば、蒔寺も結構鉄さんの店にいってるんだっけ?

 

陸上部故に、運動をよく行う蒔寺は結構な頻度で食べに行っているようだった。

私はあまり行かない……客としては……ので、鉄さんのお店で一緒になったことはあまりないのだけど。

 

「安心しろ、美綴嬢」

「……何をだ?」

 

二人を見ながら考えていると、そんな私を格好のからかい材料と判断した氷室が、ポンと肩に手を乗せながら話しかけてくる。

からかわれることはわかりきっていたけど、放置しても面倒なのはわかりきっていたので、私は嫌々ではあったが反応する。

 

「蒔の字に恋愛感情がないのは見ていればわかる。お前さんが熱を入れている鉄店主が取られることはないから安心しろ」

「……」

 

未だに勘違いしている氷室に、一言言おうとするのだが……その前に逃げられてしまった。

ちゃっかりたこ焼きだけ買っていっていた……。

 

別に熱をいれているわけじゃ……。それを確かめにきたってだけで……

 

「相変わらず元気な子だったな」

 

全く作業を止めずに、鉄さんがからからと笑いながらそうこぼす。

その笑顔に心がうずいてしまう自分がいて……

 

ほんと~にわからない……

 

自分の心が……自分の思いが。

 

鉄さんは、そのうち帰っちゃうらしいし

 

海外に住んでいるという、鉄さんの実家。

どういった事情で日本に来たのかはわからないけど、その内日本からいなくなってしまうのは事実で……。

 

「しかし、さすが縁日だな。浴衣を着てるのが多い」

「そら、縁日ですからね」

「美綴が着ているのはちょっとびっくりしたな」

「……それは似合わないって事ですか?」

「違う違う。いつも男勝りだから、浴衣なんて着てられるか! とか言うような気がしてたからさ。すごい似合ってるぞ。そこらの女の子の中でも断トツだ」

「!?」

 

満面の笑みでそう言われて……思わず停止してしまった。

ぼっ、と顔が赤くなったのが直ぐにわかった。

幸い今は夜なので余り表情を見られることはないだろうし、それに鉄さんはたこ焼き焼くのに忙しくて、あまり注視できないはず……。

 

「はいお待ちどうさま」

「え?」

「美綴の分だよ。ようやく順番が回ってきたから遠慮せずに食ってくれ」

 

休憩のために持ち込んだのか、出店の中には小さなイスと机があって……そこに座ることを進めてくれた。

鉄さんの出店の場所は、結構人通りの激しい場所だったので、落ち着いて食べるには座った方がいいので、私は遠慮なくお店の中に入れさせてもらった。

 

あ、おいしい……

 

別段明石焼きはこの地方じゃ珍しくないのだけれど、それでも初めて食べた……そう思えるほどの新鮮な味だった。

かといって奇抜というわけでもなく……とにかくすごくおいしかった。

それに何より……

 

「はい、五人前ですね。毎度あり!」

 

嬉しそうに接客する鉄さんの笑顔が……綺麗だった。

ゆっくりと咀嚼して、たこ焼きを嚥下する。

ひどくゆっくりとたこ焼きを食した……。

そうすれば長い時間こうして……鉄さんの笑顔を見ることが出来るから……。

 

私自身の気持ちを……はっきりさせたかったから……

 

 

 

けどその前に……

 

 

 

完売!

 

 

 

「いやぁ……思ったよりも早く売り切れたなぁ……」

「そうですね」

 

汗ばんでしまった体に風を送りつつ、私は鉄さんの言葉に頷いた。

時刻はまだ八時前だ。

出店が売りきれるにはまだまだ時間的に早い時間帯といえる。

それであるにもかかわらずサクラとかもなしに、直ぐに売り切れてしまうのは鉄さんの料理の腕がいい証拠なんだろう。

 

……どうしようかなぁ

 

確かに……そこらの男よりもよほどかっこいいと思うのだけれど……正直今まで全く意識して接触してこなかったから、自分が鉄さんをどう意識しているのかもわからない。

だから知りたくなった。

 

いや知りたかったのかもしれない。

 

「これで終わりですか?」

「そうだな。これから雷画さんに報告したらそのまま飲み会に巻き込まれそうだが……」

 

そうか……そうだよね

 

考えてみれば出店しているのだから上の人間がいるわけで……。

だから誘うのは悪いかなと思って一歩引いてしまいそうになる。

だけどその前に先手を打たれる。

 

「どうせだったら一緒に来るか? 暇なんだろ? それとも少し回るか?」

「……え?」

 

予想外な言葉だった。

まさか誘われるなんて思って無くって。

だから思わず頷いてしまったのだ……。

 

「いいですね。行きますか」

 

思わずじゃないかもしれないけど……そうしてみたくなったから……。

 

というかこのままもやもやしているのも実に私らしくないから……。

 

だから……

 

 

 

さて、雷画さんにお金も渡したし……美綴はこっちか……

 

出店の売り物が無くなってすぐに、俺は雷画さんにお金を渡して待たせている美綴を探す。

と言っても気配で大体の位置がわかるし、待ち合わせ場所もわかりやすい場所にしていた。

しかしそれ故に目立ってしまったのか……

 

……周りに複数の気配があるな

 

美綴の周りに複数の気配を感じ取って、俺は直ぐにそれがナンパであることを理解した。

今日の美綴の出で立ちは浴衣だった。

元がいい美綴が浴衣を着たら映えること請け合い……実際なかなか綺麗だった……で、しかも一人で待っていたらそらぁこんな浮かれた状況でバカ共が寄ってこないわけがない。

 

まぁ……美綴の実力を考えればあまり心配はないかもしれないが……

 

大丈夫だとは思うのだが……俺は少し急ぐ。

 

が本当に杞憂だった……

 

「ふん!」

「アピャ!?」

 

アピャ?

 

奇妙な断末魔を挙げて崩れ落ちるちゃらちゃらした格好の男。

味方が一人やられたのを見て、他の連中も動き出した。

 

「な、なにしやがんだてめぇ!」

 

大きく振りかぶるその拳……。

後ろに振り切ってそれが自分へと振り抜かれるその前に、敵の力が溜まりきったその瞬間を狙って、正確無比の左の当て身。

たったそれだけで敵を一匹無力化。

 

……ほぉ

 

さらに後方より自分に蹴りを放っていた相手のその蹴り足を受け止めて軸足を足で払い、転倒。

最後の一人が放ってきた拳は空手の回し受けで流し、そのまま流れるように体重を乗せた手刀を敵のがら空きの顎にたたき込んだ。

 

都合四人の相手を一瞬で無効化……すごいな

 

間合いのはかり方から長物の使い手だと言うことはわかっていたが、よもや徒手空拳もここまで出来るとは思ってもみなかった。

浴衣だけ合って余り派手に立ち回っていないようだが、少し浴衣が着崩れている。

それを直す仕草が……なんというかすごく格好良かった。

 

……ほぉ

 

まさに姉御といった感じの仕草だ。

艶めかしいと言っても過言でない仕草だったが、美綴のその持ち前の気迫がそれを昇華させており、そういった感じが全くしない。

むしろその男勝りな仕草が、すばらしく格好良く見える。

しかし浴衣という動きにくいその格好で、四人ほどの馬鹿な男達を圧倒したのは圧巻だった。

周りの人間も遠巻きに見つめているが、その顔には驚きの表情が刻まれていた。

 

「あんたらみたいなちゃらい男と一緒してやるほど、私は安くないんだよ」

 

うわぉ、なんという姉御的な言葉

 

普段から男勝りな言動をしていたが、何というかそれがここに極まれり、といった感じだった。

崩れ落ちる男達を見下ろすその目には明らかに侮蔑の色が混じっていたが……多勢に無勢で女の子一人を襲うような馬鹿共に同情の余地は皆無だった。

 

「やるじゃねぇか嬢ちゃん!」

 

そうして俺が遠目に見ていると、近くで出店をしている中年の男が美綴に笑いながら近寄っていた。

それでようやく自分が何をしたのか認識したのか、美綴が顔を赤く染める。

 

「男四人相手に浴衣で大立ち回りなんざてえしたもんだ! いいもん見せてもらったからこれやる!」

 

そう言って差し出されるお好み焼き。

咄嗟のことで受け取ってしまったことに自分で困っていた。

その後ろで、じわじわと回復したのか、立ち上がって報復しようとしているバカが一人。

 

やれやれ

 

瞬時に近寄り息の根を……命的な意味ではなく、意識的な意味で……止める。

そしてそれを悟られないように直ぐに美綴に話しかける。

 

「よっ。待ったか?」

「く、鉄さん!?」

 

突然後ろから話しかけられて驚きながら俺へと振り返る。

そして直ぐに顔を真っ赤に染めた。

 

? 何で羞恥する……あぁそう言うことか?

 

浴衣姿で男をぶっ飛ばしたのを気にしているのかもしれない。

確かにあの大立ち回りは見事だった。

だがそれが恥ずかしいと思っているのかもしれない。

俺はそんな見当違いな不安を抱いている美綴にこういった。

 

「やるじゃん。出来ると思っていたがよもやこれほどとは思わなかったぞ?」

「?!」

 

俺の言葉で真っ赤になってしまった。

普通に褒めたのだが……あまり良くなかったのかもしれない。

 

というか色んな意味で逆効果だったか?

 

……色恋沙汰は苦手なのだが……何かむだに変な物を立てたかもしれない。

だがそれでも今の立ち回りが見事だったのは事実だったので、そう言うしかなかったので後悔はしていないが。

 

ヒュ~~~~

 

「おっ?」

 

それを遮る見事なタイミングで……打ち上げ花火が上がる。

夏の風物詩の一つであるそれは……様々な火花を打ち上げて、虚空へと消えていく……。

まさに一瞬の煌めき。

 

「綺麗だな」

「……そうですね」

 

いくつも上がる打ち上げ花火……。

それを見つめる俺と美綴。

ただそれだけの事が、随分と幸せというか……平和なことを知ることが出来る……。

それから二人で色々と見て回って、笑っていた。

楽しく、笑いながら……。

 

そこに何の陰りもなく……実に楽しい、平和な、縁日で……。

 

 

 

そんな縁日での出来事だった。

 

 

 

 

 




ちょっと内容薄いかねぇ……
まぁそんなこんなで縁日でのお話でありました。
とりあえず日常編、最終話は明後日で~す



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応援

季節は巡って秋……
十月辺りって一応秋だよな?
まぁ別に秋じゃなくてもいいけどw
今回頑張ってみた~



十月……。

まだ残暑が残る季節だが……それでも山の方にあるこの町ではすでに秋の気配を感じることが出来る。

そんなまだ暑さが残る日に、いつものようにランニングをしている美綴に感心しながら店へと招き入れて氷をいっぱいに入れた水を差し出す。

 

「大会?」

「えぇ。近々弓道の大会があるんですよ」

 

それを聞いたのはいつものように美綴が早朝のランニングを終えて俺の店に寄ったときのこと。

いつもよりも息を荒くしていたから気になった俺はそれを聞いてみたら、帰ってきた言葉がそれだった。

弓道部の大会が近々あるというのだ。

 

「主将になって初めての大会ですから緊張してて……」

「あ~そう言えば主将になったって言ってたものなぁ」

 

先日夏の大会にて引退した三年生に変わり、美綴が部長として穂群原学園弓道部を引っ張っていっているようだ。

姉御肌な美綴がなるのだからうまく言っているようだが……普段の練習ならばともかく大会はさすがに普段通りとは行かないようだった。

 

「余り気負いすぎるな。普段の美綴の腕前なら大丈夫だって」

「……そうだといいんですけど」

 

あれま、本当に気弱だな……

 

珍しく意気消沈としている。

弓道の練習自体は滅多にみれないので、もしかしたら最近弓道の成績が良くないのかもしれない。

弓はそこまで得意じゃない故に、あまりアドバイスすることが出来ないのだが……、それでももう少し心を和らげてあげたかった。

かといって弓道の練習に直接赴くのは論外だし、仮に赴いたとしても……弓道のことで的確なアドバイスが出来るとは思えない。

 

となると……俺が出来ることと言えば……

 

 

 

 

 

 

……惨敗

 

休日に行われる団体戦、予選一回戦目の結果に、私は沈んでいた。

五人一組で団体を組み、一人四射、合計二十射の当たった本数で優劣を競うのが弓道の大会だ。

的のどこに当たろうが、当たった数が多い方が勝つのだ。

 

 

 

 

 

 

※ど真ん中に二本当たったのと、枠の端の方に当たったのが三本の場合、後者の方が勝者になる。

同数の場合は当たった場所を考慮するが基本は当たった本数で優劣を決める。

 

 

 

 

 

 

普段ならば九割とまでは言わないまでも、八割を越える的中率を誇っているのに……今の試合は羽分け(はわけ)だった。

 

 

 

 

 

 

※羽分け 四本中二本当たること

以前にも説明したが、弓道は当たればうまいと言われるので、八割の的中率と言えば相当の腕前になる

 

 

 

 

 

 

部長として落ち(おち)を預かる身だというのに……まさか後輩達よりも結果が芳しくないとは……。

 

我ながら情けない……

 

 

 

 

 

 

※落ち 団体戦で最後に弓を引く人 今回の五人組の場合五番目(三人組とかだと三人目)。

落ちは最後に引く重要なポジションであるので大体部長や副部長なんかが勤める

 

 

 

 

 

 

「美綴先輩大丈夫ですよ! 予選は突破したじゃないですか!」

「うん予選は突破したね~。でもね~あまりにもね~」

 

間桐(桜)が励ましてくれたけど、それですまされる話でもなかった。

まだ弓を引き始めて一ヶ月くらいしか立っていないにもかかわらず、間桐が選手を勤めているというのに……。

しかも三中(さんちゅう)したのに……。

 

 

 

 

 

 

※基本的に弓道初心者は入部して夏までは射法八節を練習する。

何もなし→矢を持って→ゴム弓(弓を引く力を鍛えるような物)→弓を持って矢をつがえないで引く

といった順に練習を行い、これを終えて巻藁(まきわら)という練習物体の前で初めて矢をつがえて弓を引き、矢を放つ(といっても一メートルくらい先に巻藁があるので直ぐに刺さるが)。

これを終えて問題がないならようやく弓道場で的前(まとまえ)で弓を引くことが出来るのだ。

 

的前(まとまえ) 道場で的に向かって立つこと 要するに的に向かって弓を引くこと

 

結構地味な期間(射法八節練習)が長い。

初心者の場合うまくても夏休み前後にようやく的前で矢をつがえて弓を引ける。

基本的な型がもっとも当たる(ようするに我流はない)のでみっちりと練習するのだ!

つまり夏からようやく的前で引き始めたにもかかわらず、すでに選手として大会に出ている桜の弓の腕前は相当な物である。

弓は一番軽い張力でも結構重いので筋トレにもなる。

実は結構筋肉(背筋、二の腕の後ろとか)を使う。

当たると楽しいが、動きその物は派手ではない。

施設その物にも金と場所を取るため、近場に弓道場がないといった理由で、経験できる機会はあまりないかもしれないが面白いのでやってみよう……

 

By元弓道部の作者(大してうまくなかった)より 

 

 

 

 

 

 

はぁ……

 

「なんだ美綴? 部長なのに羽分けかい?」

 

気落ちしている私に、そんな声が掛けられる。

別段その程度で沈みきるほど柔な精神をしていないけど、今のこの状況でこいつの相手をするのは面倒だった。

 

……よりによって面倒な奴に

 

内心で愚痴りながら……だけど何の反応も返さないとまたぞろ面倒なので私は振り返る。

 

「……なんのようだい慎二」

 

くせっ毛のある髪、衛宮と一緒で身長はそこまで高くない。

だけどその高飛車な雰囲気は衛宮とは正反対だった。

ニヤニヤと嫌らしく笑いながらさらに慎二が言葉を続ける。

 

「いやいや。部長なのに羽分けなんて、情けないじゃないか? 柄にも無く緊張しているのか?」

「……だったらなんなのさ?」

 

この程度の挑発を買うなんて、私らしくなかったけど今の私には目障りな指摘だった。

選民思想が強いこいつは自分が特別だと思って仕方がない人間だから。

実際副部長を務めるだけあって弓の腕前はいい。

ルックスだってまぁまぁ……ちなみに私の好みではない……だし、頭だっていい方だけど、私から言わせればその性格が全てを台無しにしている。

それでもいつも取り巻きとでも言うように女の子を侍らせているのだから、そう言う意味でも私は好きになれなかった。

 

「何? 予選は突破したんだからおめでとうと思ってさ。いつでも立場の交代はして上げるから頑張ってきなよ」

「そらどうも。激しく余計なお世話だ」

 

徹底的にむかつく言葉を言ってくるけど、実際羽分けの結果だったのだから強く出ることは出来なかった。

そのまま高笑いしながらお昼を買いに行く。

それを歯がみしながら私は見送った。

 

……むかつく

 

「あの……先輩すいません。兄さんが」

 

そんな私に声を掛けてくるのは慎二の妹の間桐だった。

しゅんとしながら私に謝ってくる。

別段間桐が悪いわけでもないというのに。

 

「気にするなって。実際あいつの言うとおりで羽分けなのは事実なんだし」

 

努めて明るく言うけど、慎二の言うことにも一理あった。

羽分けだから最低限のプライドは守れたけど、それではだめなのだ。

落ちに任命された人間として、もっと絞めていかなければならない。

確かに部長になって最初の大会で緊張はしている。

だけどそれ以上に練習してきたというのに……

 

これじゃ……

 

 

 

「考えすぎだ」

 

 

 

えっ?

 

そんな声が真後ろから聞こえてきた……。

それに振り向く前に、頭に衝撃が走る……。

 

ごっ!

 

「いたっ!?」

 

思わずその場にうずくまった。

 

「あ~でもない、こ~でもないと考えすぎなんだよ」

 

痛みに耐えながらその声がした方へと目を向けて……私は飛び上がるほどに驚いた。

 

「く、鉄さん!?」

「よう。応援に来たぜ」

 

でっかいお重を左手に持ち、普段とは違う私服の格好をしている鉄さんが、そこにいた。

 

 

 

無駄に考えすぎていた美綴にとりあえず右手で軽くチョップをかまし、思考を停止させる。

うずくまった美綴が、怨めがましい目線を向けてくるが俺はそれを黙殺する。

 

「ほら。大会ということで応援だ。差し入れ」

「差し入れ……ですか?」

 

うずくまっている美綴の変わりに桜ちゃんが俺にそう返してくる。

俺はそれにはっきりと頷いた。

そしてお重を突き出す。

 

「店で今作ってきた昼飯だ。みんなで食ってくれ」

 

最初こそ何が何だかわかっていなかったようだが、それでも何度か弓道場に出入りしていた……結局何度か出前をやらされた……ので顔見知り程度の認識は出来ている。

俺に気づいた連中が群がってくる。

 

「鉄さん、来てたんですね」

「今来たばかりだ」

「そのお重ってやっぱり……」

「適当に作ってきた物を詰めてきた。みんなで仲良く分けてくれ。無論金を取るなんて野暮なことはしないから」

 

そう言いながら穂群原学園弓道部待機場所になっているビニールシートの上にお重を置く。

すると現金な物で皆嬉々としながら俺のお重を開いていく。

 

「……本当に来てくれたんですね」

 

ようやく復活した美綴が、頭をさすりながらそう言ってくる。

そこまで強くしたつもりはなかったのだが、やり過ぎたのかもしれない、と内心反省する。

 

「だいぶ緊張していたようだからな。様子見だ」

 

様子見と言っているが、実際来ることは確定していた。

先日の様子……そして今の様子を見る限りでは明らかに実力を出し切っていないのは明白だからだ。

それにその結果に満足していないのも。

 

考えすぎるってのも……考え物だな……。まるであいつみたいだ。まぁあいつは美綴と違って年上だったが……

 

まるでどこぞのバカ弟子を見ている気分だった。

そんなどうでもいいことを考えてしまう。

 

「とりあえず飯にしようぜ?」

 

自分の考えに苦笑しつつ、俺は美綴に飯を食うことを促した。

 

 

 

「自信がない?」

「……とまではいいませんけど、ちょっと自信がぐらついちゃいました」

 

鉄さんと一緒に、お昼を食べた後、他校の射を見学場所で座りながら、私はそうこぼしていた。

弓道を見学するための施設のために見学席の後ろの方は高さが高くなっている。

けどやはり遠いと見にくいので前列に人が集中する。

そのため私と鉄さんは、後方の人気があまりないほうで固まっていた。

気を遣われたのか……それとも勘違いしているのか知らないけど、他にうちの部員はいない。

間桐辺りが勝手に気を遣っているのかもしれない。

 

ったくあいつは……

 

別段必要なかったかもしれないけど……ちょっと沈んでいたのも事実だったので、一応感謝しておくことにした。

 

「私今まで色んな武道をやってきたんですけど、唯一弓だけ心得が無くって……。穂群原にちょうど弓道部があったから進んで弓道部に入部したんです」

「……それで部長か。恐れ入る」

「そんなんじゃないですって」

 

鉄さんに褒められて一瞬顔が赤くなりそうになったけど、それ以上に沈んでいたからあまり反応しなかった。

このときはそれにすら気づかなかった。

 

「まぁそれだからですかね。腕に自信はあったんですけど……やっぱりまだ他のに比べたら浅くって……」

 

何を言っているのか、何を言いたいのか自分でもわからなかった。

けど何故か口から自然と出てしまって。

 

パンッ!

 

誰かが放った矢が、的に命中して小気味のいい音が響く。

そしてそれと同時に広がる歓声。

見てみると今のところ全部当てている人がいて、次の一射で皆中(かいちゅう)かそうでないかが決まる状況だった。

 

 

 

 

 

 

※皆中 皆中(みんなあたる)と書いて皆中。つまり四射全てが的に命中すること

 

 

 

 

 

 

おぉ、すごいなぁ

 

それを見つつ、私は自分が羽分けだったことを思い出して、がっくりとしそうになったけど、……それはなかった。

 

鉄さんの一言によって……

 

「……俺の話だが」

「?」

「料理屋を営む前は……まぁ護衛なんかもやっててな」

「……SPですか?」

「そんなもんだな」

 

突如自分のことを話す鉄さん。

人の過去のことを詮索するのは余り言い趣味とは言えないので、今まで聞きたいとは思っても、聞けずにいた鉄さんの過去。

 

まさかSPをやっているとは思わなかったけど……

 

年齢的に考えれば冗談に聞こえてきそうだけど、冗談とは思えなかった。

その横顔からかいま見える感情も、そして口から紡がれる言葉も……真剣その物だったから。

 

「まぁ……色々あるわけだ。まぁ護衛だけじゃないんだが。今までしてきた仕事は」

 

……それが何なのか聞きたい気持ちになった。

だけどそれ以上に……口を開くことが出来なかった。

 

「それで成功と……失敗を繰り返して今の俺があるわけだが……」

 

失敗……。

一瞬間が開き、その時の声には何か複雑な何かが込められていたけど……それを聞くことも出来なかった。

触れちゃいけないのが……何となくわかったから。

 

「失敗はした。それはいい。それをどう生かすか? どう生かすために動くのか? それが大事だ」

「失敗を生かす……ですか?」

「あぁ。失敗だけなら猿でも出来る。ならばそれをどうバネにするかだ……」

 

その声と供に、鉄さんがスッと手を挙げてとある場所を指さす。

そちらへと目を向けると、そこには今まさに弓を打起しを行い、最後の射を行おうとしている選手がいた。

 

「あの選手の胸中……今どんな気持が渦巻いていると思う?」

「え?」

 

指さした選手。

それは今最後の射を……皆中になるか否かの射を行おうとしている選手。

その人を指さして、何を思っているのか……という問い。

 

……皆中になるかどうかの事だし、落ちだからきっと当てるように念じているは…………

 

「当たるように念じている……と思っているだろうし実際そうだろう」

 

心を読まれた!?

 

最後の方だけだけど、一字一句間違えずに言い当てられて思わず驚愕しながら鉄さんへと顔を向けてしまう。

けど鉄さんの表情は変わらず、無表情のままだった。

 

「俺は弓道にそこまで詳しくないのでわからないが……同じ日本の武道を行う物として、多少は真剣勝負の時の心理がわかるつもりだ」

 

……剣術

 

衛宮が言っていた、鉄さんが剣術を行うと言うこと。

確かに得物は違えど、古来より日本に伝わる武術を学んでいる。

その台詞には説得力があった。

 

「……何も考えちゃいないんだよ」

「……へ?」

 

たった今「当たるように念じている」と言ったばかりだというのに手の平返したように、「何も考えていない」とは?

 

「俺は剣を振って何かを行うとき……その剣を振ったその瞬間……頭の中は空っぽだよ」

 

……空っぽ?

 

言っている意味がよくわからない。

そんな私の心情を知ってか、さらに鉄さんは言葉を続けた。

 

「剣を振ったその結果……どうなるのか? あるいはどうなったのか? ……なんてことは関係ないのさ。それはあくまでも結果(・・)であって、剣を振っているとき……弓を引いているときに考える事じゃないのさ」

 

…………

 

「当たろうが当たるまいが……結果は結果。まずはそれを受け入れることだ。…………例えそれが、どんなに望まない結果だったとしても……」

 

この台詞を言ったときの鉄さんは……どこか寂しげな表情をしていた。

だけど何故だろう……すごく晴れやかにも思えて……。

 

ドクン

 

「だからまずは受け入れろ。そして次に生かすんだ。それが人間ってもんだ」

「受け入れる……」

 

その言葉は、誰もが聞き慣れている言葉のはずなのに……鉄さんから聞くとひどく重く感じられた。

誰よりも、その言葉の意味を理解している……そんな気がした。

 

「お前は主将だろ?」

「へ? は、はい」

 

突然の話題変換に、思わず面を食らってしまったけど、私は返事をする。

それにはっきりと頷いて、鉄さんが言葉を続ける。

 

「では主将になったのは何故だ?」

「え、それはその……う、うまかったからですか?」

「それもある。だが人の上に立つには実力だけじゃだめだ。人望とかが必要だ」

「はぁ……」

 

確かに実力だけじゃだめかもしれない。

人望が必要なのは確かにそうだ。

けど……それが一体……

 

「そして部長を指名するのは基本的に上級生……つまりは先輩方だ」

「そうですね」

「では聞こう。美綴の先輩は尊敬できた人間だったか?」

「……突然ですね」

「まぁな」

 

突然すぎるというか、脈絡のないその質問に軽く非難を込めて返した言葉だというのに、軽く流されてしまった。

全く動じるどころか歯牙にも掛けないその態度に一瞬悔しくなったけど、私はそれを飲み込んで言う。

 

「尊敬できましたよ。うまかったですし性格も良かった」

「ふむ。ならばその先輩に見る目は無かったのか?」

「……どういう事ですか?」

「簡単なことだ。部長というのは基本的に先輩が決める。そしてその先輩を美綴は尊敬できた。ならばその尊敬する先輩には、次期部長を(・・・・・・)見る目がなかった(・・・・・・・・)のか?」

 

!?

 

その言葉で鉄さんの質問に真意がようやくわかった。

 

つまり鉄さんはこう言いたいのだ……。

 

 

 

尊敬した先輩方は、自分たちの後輩の中から美綴(わたし)という部長を選んだのだが、その選択は誤っていたのか? と……。

 

 

 

そう言いたいのだ……。

 

少し悩んだけど、私ははっきりと……答えた。

 

 

 

「……そんなことはないです」

 

 

 

自画自賛になるかもしれない。

けど、これを否定することは出来なかった。

だってもしもこれを否定してしまっては、私だけでなく先輩達も否定することになってしまうから。

 

私が尊敬した先輩達に、見る目が無かったと……言ってしまうことになるから……。

 

その返答を受けて鉄さんがしっかりと頷いてくれた。

 

それが正しいとでも言うように。

 

その確固たる態度が……その顔に刻まれた、確かな信頼の証が……

 

 

 

ドクン

 

 

 

私の鼓動を早くさせる。

 

「ほれ」

 

そんな私に何かを差し出してくる。

それは鉄さんが持っていた鞄に収まっていたと思われる小さな包み。

 

「開けてみろ」

 

言われるがままに私はその包みを開いた。

そこには『勝』と彫られたお守りサイズの小さな板と、小さなお弁当箱が入っていた。

 

「これは?」

「……お守りみたいなものだよ」

 

板を手に取り、見つめてみる。

手作り感満載の、本当にお守りだった。

もしかしたら鉄さんがわざわざ作ってくれたのかもしれない。

 

……仕事で忙しいはずなのに

 

こんな私のためにわざわざ作ってくれたことが、ひどく嬉しかった。

内心で激しく感謝しつつ、それを懐に入れてお弁当の蓋を開けると……

 

「……サンドイッチ?」

「正しくはカツサンドだ」

 

私の言葉を訂正してくれる。

確かに鉄さんの言うとおり、そのサンドイッチには千切りキャベツの他に、とてもおいしそうなカツが挟まれていた。

お昼の後に食べることを考慮したのか……結構小さめのサイズだった。

 

「こういう時の定番でカツサンドにしたが……別に勝たなくてもいいのさ」

「……へ?」

 

余りにも意外……というか矛盾に私は思わず間抜けな声を上げる。

 

というかお守りにも「勝」って書いてあるじゃないですか……

 

そう言いたかったけど……何故か言えなかった。

まだ言葉の続きがあると思ったから……。

鉄さんは立ち上がりながら、背伸びをして空を見上げる。

 

「何かにつけて勝て、勝て……って人は言うけど、別に勝たなくてもいいのさ。負けなきゃいいんだ」

「負けなければ……いい?」

 

言っている意味がよくわからない。

相手に勝たないと言うことは負けていると言うことで……。

 

「単一に考えるな。何もあの弓道場で戦う相手は対戦相手ってだけじゃない。自分も入る」

「……自分ですか?」

「あぁ。もっとも身近にいる敵は己自身さ」

 

トントンと、自分の胸を軽く叩きながら鉄さんが私を見下ろしながらそう言う。

 

 

 

 

 

 

その顔には……今まで見たこともないほどの、晴れやかな笑みが刻まれていた……

 

 

 

 

 

 

ドクン!!!!

 

 

 

 

 

 

それを見て、今までで一番大きく……心臓が鼓動した。

 

顔が赤くなっているのが……感じられるほどに……。

 

 

 

 

 

 

「相手が誰だろうが関係ない。怪物(モンスター)だろうが、天災だろうが、化け物だろうが、神様だろうが……対戦相手だろうが、緊張だろうが、自分だろうが……負けなきゃいい。負けなきゃいいんだ。人間ってのはそう言う生き物だ。負けるな……」

 

 

 

 

 

 

「…………負けるな、美綴」

 

 

 

 

 

 

日が一番高く昇るお昼の時間……。

 

その日を背に受けながら……紡がれる鉄さんの言葉……。

 

それは何故かすっ、と、私の胸に入ってきて……。

 

そうしてその言葉を反芻していると、頭に鉄さんの手が降りてきて……

 

ワシャワシャ

 

と……軽く撫でられた……。

 

それが嬉しいと同時に……すごく恥ずかしくて……。

 

 

 

「く、……鉄さん?」

 

「負けるな。己にも、相手にも。先輩の信頼の重さにも、自分の結果にも……負けるなよ」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

頭を撫でられて真っ赤になっている頬。

だけどその鉄さんの信頼に応えたくて、私ははっきりと頷いておいた。

そして手にしているカツサンドを口に入れた。

 

 

 

「説教くさくなってしまったな。済まない。これは作者の病気みたいなものでな」

 

 

 

やかましいわ!! By作者

 

 

 

「がんばれよ。ちゃんと見てるからさ」

 

 

 

そう言ってそのままどこかへと行ってしまう。

見てくれるというのは何となくわかったけど……今もどうしてわざわざ席を外したのかわからない。

その時……

 

 

 

パンッ!

 

 

 

私の耳に入る、軽快な音。

その音の元はもちろん的で……。

 

皆中……

 

見事落ちの人が皆中をたたき出していた。

決して短くない時間鉄さんと話していたというのに、今になってようやく放たれた矢。

よほど(かい)の時間が長かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

(かい) 弓を目一杯引き絞っている状態のこと。矢を放す寸前の体勢

 

 

 

 

 

 

その音を聞いて……負けていられないと思った。

 

 

 

私だって負けてないよ!

 

 

 

カツサンドを胃に納めて力強く立ち上がった。

先ほどのような失敗はもうごめんだったので、私は気合いを入れ直した。

 

腹も満ちた、気合いも十分入った……鉄さんが入れてくれた! 足りない物は何もない!

 

 

 

後は……射るだけだ!

 

 

 

よぉし!

 

 

 

気合いを入れて、私は穂群原学園の待合い場所までとって返す。

自分の弓の点検を一応行って、巻藁練習をするために……。

 

 

そして心身ともに充実して、私は試合に臨めたのだった。

 

 

 




結果がどうなったのかはあえていいましぇ~んw

まぁこの様子ならきっと良かったんじゃないでしょうかねwww



さてさて今回の話は一応「秋」……の、お話でございます。

「出会い」~「開店準備中の出会い」 までが「春」

「うっかり娘」~「縁日で出店」 までが「夏」

そして今回のお話 「応援」 までが「秋」


四季巡る日本の次の季節はもちろん……「冬」!

ちなみに作者の一番好きな季節だったり……え? どうでもいい?www



ステイナイトの季節で冬と言えば!!!!!





次話、いよいよ始まるぜ!!!!!




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戦争
開幕


ついに開幕!!!!!

ようやく始まる聖杯戦争!

この戦いに刃夜はどう生きていくのか!

誰と組むのか!?

そして何のルートに行くのかは……これから次第だぜ!!!!

頑張りますんで応援よろしく!!!!

一応忠告

ハッピーエンドで終わらせるつもりですから、そこらをご了承の上でお読み下さい。
ご都合過ぎる展開にはならないつもりですが、そう感じられたら無理に読む必要はないと思います。

あ、ごめんまた空白の描写があるけど許してね!?

さらについでに言えば文字量復活祭!!!!!

指が暴走してなんと文字数19000以上だぜ!

刀馬鹿の本領発揮だぁ!!!!!



それでも良ければお読み下さい&応援よろ!








体は剣で出来ている。

I am the bone of my sword.

 

血潮は鉄で 心は硝子。

Steel is my body, and fire is my blood.  

 

幾たびの戦場を越えて不敗。

I have created over a thousand blades.  

ただの一度も敗走はなく、

Unknown to Death.

 

ただの一度も理解されない。

Nor known to Life.

 

彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。

Have withstood pain to create many weapons.

 

故に、生涯に意味はなく。

Yet, those hands will never hold anything.

 

その体は、きっと剣で出来ていた。

So as I pray, unlimited blade works.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争

 

手にした者の望みを叶えるという、万能の願望機聖杯を巡り、七人のマスターが七人のサーヴァントを用いて繰り広げられる争奪戦

 

聖杯は自らを持つにふさわしい人間を選び、競わせ、殺し合い、ただ一人の持ち主を選定する

 

サーヴァントとは、伝説の英雄が聖杯によって受肉化されたもの

 

彼らは基本的に霊体として、マスターのそばにいる

 

必要とあらば実体化させ、戦わせることが出来る

 

これだけの奇跡を起こす聖杯ならば持ち主に無限の力を

 

 

 

 

 

 

与えよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

カチャカチャ

 

食器を洗い、それを水で流す作業の過程で鳴り響く、食器同士がこすれる音。

 

『冬木市の災害から十年が経った本日、冬木中央公園で追悼式が行われました』

 

後方の居間で流れるテレビから流れるニュースの内容を音楽に、青年は食器を洗う。

優しそうな青年だ。

腕まくりをして、露出しているその前腕は、無駄なく引き締まっており、鍛えていることを如実に語っていた。

そのそばで、制服姿の少女が、エプロンをたたんで自分の鞄にそれをしまっていた。

肩よりも少し下に伸ばされた髪。

その綺麗な髪を、左側はリボンで一つにまとめているのが、特徴的だった。

 

「少し遅くなりました。私、そろそろ失礼します」

 

少女が、はにかんだ笑顔を浮かべながら、食器を洗う青年に、声を掛けた……。

少女の名前は間桐桜。

数年前からこの家に、朝食と夕食を作りに来ており、この家の家主である青年、衛宮士郎、そしてその青年の保護者とも言える存在の、藤村大河という女性教師と供に食卓を囲んでいる。

その言葉を聞いて、青年……衛宮士郎は水道の蛇口を閉めて、手に付いた水を切る。

エプロンで手を拭きながら振り返った。

 

「送っていくよ。近頃は物騒だし……」

「でも、先輩に悪いですし……」

 

士郎の申し出に、桜は遠慮深そうに、そう返す。

実際そう思っているのだ。

桜という少女は。

恩人でもある士郎の手を煩わせるのを、彼女はとことん嫌っていた。

 

「だめよ~桜ちゃん。送ってもらいなさい。最近本当に物騒なんだから」

 

そんな桜に後方……居間でテレビを見ながら食後のお茶をすすっていた女性が声を掛ける。

黄色地に、緑の線が入った縞模様の服を着た女性。

優しげでありながらも、元気さが身体から溢れて出ているその女性が、藤村大河だった。

 

「でも、藤村先生……」

「だ~め。送ってもらいなさい。桜ちゃんはかわいいんだから、標的にされやすいと思うな~先生」

「そ、そんな……かわいいだなんて」

「俺もそう思うぞ桜。別に迷惑って訳じゃないから、送っていくって」

 

士郎の言葉に、桜は俯いて顔を真っ赤にしてしまう。

それを見て士郎は首を傾げ、そしてそんな士郎と桜を見て、大河はニヤニヤと、笑っていた。

 

 

 

「済みません先輩。わざわざ送ってもらって……」

「いや、謝るのはこっちだよ桜。こんな遅くまで、家のこと手伝わせてしまって」

 

夜の住宅街を、士郎と桜が並んで歩く。

その間は、僅かながらも空いており、二人が恋仲でないことを、暗に語っていた。

だが、親しげに語りながら並んで歩くその姿は……とても微笑ましい光景だった。

 

この時間が……永遠に続けばいいのに……

 

そう、桜は思っていた。

だがそれを表に出さずに、桜は言葉を返す。

 

「気にしないで下さい。大勢で楽しく食事が出来て、私も嬉しいですし」

「……そっか」

 

その言葉に、何を思ったのか、士郎が微笑みながら前を向く。

そこで会話が途切れてしまう……。

だがそこに気まずさは全くない……。

穏やかな沈黙。

桜はその時間さえも……愛おしかった。

前を向く士郎を見つめるその目には……淡い恋心が見え隠れしていた。

 

 

 

だがその時間を……悪夢にも等しい物が……引き裂いた……

 

 

 

……えっ?

 

 

 

ふと目線を下げると、右隣で並んで歩く青年の左腕……長袖から出ている手の甲に、赤い線が走っていた。

 

「先輩! その手……」

 

思わず桜はその手を掴んだ。

滴った赤い血が、己の手を汚すのもいとわずに。

 

「え?」

 

握られた手、そして己の左手に走った血を見て、士郎も目を見開いた。

 

「何だこれ? がらくたでもいじってる時に切ったのかな?」

 

士郎の趣味の一つにガラクタをいじることである。

壊れた、もしくは壊れかけている機械の修理などを行っている。

それはある種の歪んだ行為と言えなくもないが……本人はその事に気づいていない。

血が出ることなど全く身に覚えのなかった。

そして何よりも全く痛みを感じない。

痛覚が壊れているわけでもない士郎には、当然痛みがある。

それ故に突然流れた血を見ても、首を傾げることしかできなかった。

 

 

 

士郎は……だが……

 

 

 

先輩……もしかして……

 

 

 

桜の心に去来する、不安……。

 

そうでないと信じたい……。

 

そうであるはずがない……。

 

ただ、そう思っても、胸の不安は消えることがなく……。

 

先ほどの穏やかな雰囲気が一変し……気まずいとも言える雰囲気のまま、二人は再び歩き出した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「素に銀と鉄。」

 

「礎に石と契約の大公。」

 

「祖には我が大師シュバインオーグ――」

 

 

 

薄暗い……空間だった……。

 

 

 

「降り立つ風には壁を。」

 

 

 

薄暗い、閉じられたその空間は、石壁に囲まれていた。

 

 

 

「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 

窓が見えないところを見ると、そこは地下の空間なのかもしれない……。

 

 

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

 

 

その薄暗い空間の中……血のような赤い紋様を描く……まるで魔法陣のような……その絵の中心に……赤い、朱い、紅い……服を着た少女が、いた……。

 

 

 

「繰り返すつどに五度。」

 

 

 

閉じられたはずのその空間に、どこからか吹いてくる風が、軽くウェーブしている黒髪をなびかせている……。

 

 

 

「ただ、満たされる刻を破却する。」

 

 

 

その表情は真剣その物であり……そしてその思いに答えるかのように……床の紋様が光り輝き、部屋を照らしていく……。

 

 

 

 

 

 

紅い紅い……光で……

 

 

 

 

 

 

「――――告げる!!!! 」

 

 

 

 

 

 

吼えた……

 

決して大きな声だったわけじゃない……

 

だがその声には吼えたと思えるほどの気迫が込められていた……

 

 

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」

 

 

 

それは……誓いの言葉?

 

 

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

 

 

 

それとも……死の宣告?

 

 

 

「誓いを此処に。」

 

 

 

応える者はいない……

 

 

 

「我は常世総ての善と成る者、」

 

 

 

ただそれは明確な意志を持って紡がれていく……

 

 

 

「我は常世総ての悪を敷く者。」

 

 

 

戦いの儀式へと赴き、逝く(・・)ための言の葉……

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、」

 

 

 

それを行うは常人にあらず……

 

 

 

「抑止の輪より来たれ、」

 

 

 

根源というものを目指す探求者にして渇望者……

 

 

 

「天秤の守り手よ―――!」

 

 

 

それを主として、付き従うは……

 

 

 

 

 

 

!!!!!!

 

 

 

 

 

 

「な、何!?」

 

轟音と供に、地響きが薄暗い空間を揺らした。

それは確実に地震ではない。

 

では、その揺れは何だというのか?

 

それを確かめるために、少女は走った。

薄暗い空間から唯一外へと繋がる階段を駆け上がる。

その速度は常人のそれではない。

僅かな隙間から見える、その無駄なく引き締まった脚部を見れば、鍛えられていることは一目瞭然だった。

 

「な、あかない!?」

 

眼前のドアを……居間へと通ずるはずのそのドアノブへと手を伸ばし回すが、一向にドアが開く気配がない。

普段では無いはずの何かが、ドアを塞いでいるようだった。

 

「ええい!」

 

何に焦っているのかわからない。

だがその少女は間違いなく焦っていた……。

 

間違いなく完璧な儀式だった。

 

「こんっの!」

 

だが結果は眼前に現れず、結果の代わりとでもいうように、轟音が鳴り響いた……

 

「一体」

 

それが何なのか?

 

「全体……」

 

それを確かめるために急いでいるのか?

 

それが決定的なものになるとも知らずに?

 

 

 

「なんだってのよ!!!!!」

 

 

 

ドアより数歩離れて足、膝、腰……全ての回転エネルギーを乗せた蹴りが、眼前のドアをぶち抜かんと放たれる。

いや実際ぶち抜くために放ったのだろう。

そしてそれは見事に……居間へと続くドアを吹き飛ばした……。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

眼前の光景……。

 

それを見て絶句する少女。

 

少女が見た光景を一言で表すならば……

 

 

 

「……何これ?」

 

 

 

悲惨……だった……。

 

 

 

天井どころか、二階の床をも貫き、屋根さえもぶち抜かれて、深夜の星空がぽっかりと覗いている。

 

それだけではなく、骨董品(アンティーク)といっても差し支えない……だがそれを感じさせない手入れと掃除の行き届いた……まさに芸術と思しき家具が吹き飛び、散乱し、まるで廃墟のような有様になっている。

 

家具だけではなく、天井だけじゃない……。

 

壁さえも一部が倒壊している。

 

先刻まで確かに健在だった自身の家の自慢の居間には……一人の不法者がいるだけだった。

 

 

 

「!?」

 

 

 

一瞬部屋の様相に気を取られた自分を戒めて、少女はその廃墟ともいえる空間の中央……というよりもそれが原因でこのような有様になったのだが……へと目を向ける……。

 

 

 

そこにいたのは……

 

 

 

「……やれやれ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

ニヒルに笑う……不敵とも言える……白髪褐色肌の、屈強な男……

 

 

 

「こんな乱暴な召喚は初めてだ……」

 

 

 

壊れたイス、散乱した家具が積み重なったその中央に寝そべる男……

 

赤い外套に黒いズボン……

 

足先は頑健そうなブーツを履いている……

 

その隙だらけに見える姿勢からは想像も出来ないほどの気迫を放っている……

 

そんな不敵な態度のまま……眼前に呆けている少女へと向かって……男はこういった……

 

 

 

 

 

 

「これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~」

 

いつものように店を開き、いつものように最後の客を元気よく見送って、俺の今日の業務は終了した。

俺こと、鉄刃夜。

年齢はついに十九歳になってしまった青年で、自分の後方にある店「和食屋」という定食屋の店主にして家主である。

家主と言っても、この店はとある人からのご好意で借りさせてもらっている店で決して俺のものと言うことではないが……。

 

……もう冬か

 

季節は冬……。

俺がこの世界に来たのは春先だった四月だ……。

それから約十ヶ月……。

いつの間にやら春が過ぎ、夏が暑く、秋は郷愁を漂わせ……冬が訪れた。

年の瀬は雷画さんが気を使ってくれて、藤村組の宴会に招待してくれた。

まぁ料理人として呼び出された意味合いもあったが……俺としては雷画さんに俺の料理を食べてもらえて嬉しかった。

俺が打った年越しそば(そば打ち練習中)を食し……正月も藤村組で迎えて今に至る……。

 

っていうかいつの間にか年越えてんじゃねぇか!!!!

 

時間の経つ早さに怒ればいいのか……嘆けばいいのかわからないこの状況……。

俺は未だに自分の家に帰れないことに、がっくりと内心でうなだれるしかなかった。

ちなみに俺は今いるこの世界の住人ではない。

多重世界(パラレルワールド)の自分が生まれ育った世界より、何故かモンスターが溢れる世界へといつの間にか移動し、それから帰る途中にこの世界へとやってきてしまったのだ……。

帰る方法がわからないので……とりあえず現地であるここ、冬木市でお世話になっている方への恩返しとしてこうしてお店を構えて金を稼いでいるのだが……。

 

そうこうしてたらもう二月かよ!!!!!

 

二月に入る数日前でございます。

いつの間にかここで毎日定食作っているのが普通……というか日常になってしまった。

一瞬忘れかけたが、忘れるわけがない。

 

「……俺はいつになったら自分の世界に帰れるのだろうか…………」

 

一人ぼそっとそんな言葉を漏らしてみるが……それで解決したら苦労はしない……。

いつ帰ることが出来るのかわからないこの状況で、俺は必死に生きていた。

 

まぁ俺がこの世界に来ることになったのはおそらく……あの二人が原因なんだろうが……

 

あの二人……。

いつまで経っても俺が剣でも、格闘術でも、鍛造でも勝つ事の出来ない怪物にして師匠。

モンスターワールドからここに来る直前に聞いた声は間違いなくあの二人のものだった。

ならばこの世界に来たのはあの二人の差し金と見て間違いないないのだろうが。

 

となるとモンスターワールドに行ったのもあいつらの差し金だろうか?

 

推論は出来る。

逆に言えば推論しかできない。

問いただすべき人物がこの世界にいないのだから……。

だから日々復讐の牙を研ぎつつ、俺は毎日必死になって包丁を振るっていた……。

 

まぁ帰る方法はあるんだろうけどな……

 

モンスターワールドでの出来事……。

流されるままの生活だったが、今思い返してみれば……意味があったのだ。

 

蒼リオレウス襲来より始まった、古龍種達との激闘。

おそらく俺はアレを討伐するためにあの二人によってあの世界へと飛ばされたのだ。

それを無事にくぐり抜けたのならば、帰ることが出来たのだ。

実際一度は帰りかけたが、帰ることは出来なかった。

おそらく何か問題があったのだろう。

 

神秘という、魔術がらみなんだろうな……

 

この世界の神秘……魔術……

 

魔力(オド)、と魔力(マナ)と魔術回路という物を用いて使用される神秘の技術。

前回の世界でも神秘の塊だった古龍種関係と事を構えたのだから、その可能性は高い。

おそらく魔術が絡まる何かをすれば、この世界での俺の課題は達成されるのだろう。

 

という推論は出来たが……何も起きないままここまで時間が経ちましたが……

 

そう言う予測は立てたが……結局魔術がらみで問題が起こったのは五月頃、遠坂凜が俺の店に俺を魔術師と断定して怒鳴り込んできたときだけ。

他は魔術の魔の字すらでてきはしない。

 

まぁ……なにか起こりそうな雰囲気ではあるけどな……

 

現在時刻は夜の十時。

確かに今俺がいる、和食屋は深山町の住宅街にある。

当然夜になれば静まりかえるのは普通なのだが……それにしたって静かすぎる。

眠りにつくのが早いと言うわけでもないと言うのに……この静けさは不気味に感じてしまう。

最近、特に夜が異様な雰囲気に満たされていた。

 

 

 

それがいいことなのか悪いことなのか……

 

それは今をもってしてもわからない……

 

だが俺はこれが続くと思っていた……

 

少なくとも荒事に巻き込まれたくはなかったし、当事者になりたくもなかった……

 

なるのがわかっていたとしてもだ……

 

だがあの二人が、そんなぬるい状況に俺を置くはずがないのだ……

 

それを……俺は知ることになる……

 

 

 

 

 

 

一人の小さな、小さな……雪の妖精のような少女によって……

 

 

 

 

 

 

ぞわっ!!!!

 

 

 

 

 

 

身体を駆けめぐる、凄まじいまでの悪寒……。

それは殺気の奔流を浴びたときの感覚に似ていた。

それが来た方向へと……俺は瞬時に戦闘態勢に移行しつつ振り返った。

 

するとそこには……

 

 

 

「……フフッ」

 

 

 

一人の……少女が佇んでいた……

 

 

 

夜闇に浮かぶ月の光に輝く……長い銀髪の髪。

 

濃い紫の帽子をかぶり、帽子と同じ色のコートを羽織った……見た目十歳前後の小さな少女……。

 

だがその見た目にだまされてはいけなかった。

 

その身に宿す……何かが俺の警戒を解かせなかった。

 

身体の気を……魔力(オド)を、循環させ炉に回し、力に帰る機関……魔術回路。

 

その気配が確かに少女の身体には合った……

 

 

 

だが……桁外れだった……

 

 

 

距離があるとはいえ、視界に収まる小さな少女の身体中にそれこそ蜘蛛の巣のように張り巡らされている感覚……

 

はっきりと見たわけではないからわからないが……おそらく、大きな的外れはしていないはずだ……

 

それは間違いない……が、しかし……

 

 

 

……なんか常時使用してる?

 

 

 

体内の力、魔力(オド)がなんか身体の表面……蜘蛛の巣のように隙間なく張り巡らされたそれから常時微細な魔力(オド)が発散されていた……

 

よくわからないが、しかしそんなことなど瑣末事だった……

 

 

 

 

 

 

なぜなら……その背後に、見えない何か(・・)がいるのが感じられたからだ……。

 

 

 

 

 

 

強大で、兇悪な、何かが……

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、お兄さん」

 

 

 

「……こんばんは」

 

 

 

挨拶をされて俺は一応挨拶を返す。

だがそれどころじゃなかった。

さっきから頭の中で警鐘が鳴り響いている。

おそらく……本気を出せば死ぬことはないだろう。

それこそ戦わずに逃げれば逃げ切れる自信があった。

だが……警戒を解いてはだめだと、本能が告げていた。

 

 

 

「すごい気配につられて来てみれば……お兄さんはマスターなの?」

 

「……すごい気配? マスター?」

 

 

 

何を言っているのかわからない。

すごい気配がなんなのかも、マスターと言う単語も。

 

いや、気配はなんとなくわかるが……多分朧火だろうし……っていうかこの世界の住人は俺がなんなのかを勝手に断定してから会話するよね?

 

遠坂しかり、眼前の少女しかり……。

何故か俺がどういう立場の人間なのかを勝手に断定する。

少し先……上り坂の上にいる少女は、どう見ても日本人ではない。

その割には流暢な日本語だが……まぁこの際それはいいだろう。

 

……まぁいい

 

とりあえず問われてもずっと黙っているのは年下の少女とはいえ失礼なので、俺は警戒を解かないように姿勢を変え、応えた。

 

 

 

 

 

 

「そうだ。俺が店主(マスター)だが?」

 

 

 

 

 

 

きっぱりと、はっきりと聞こえるように、近所迷惑にならない程度の大きさで、俺は少女に向かって応えた。

日本人に見えない少女が俺のことをマスターと言うのならば答えは一つだ……。

 

マスターって……店主(マスター)のことだろう……な

 

自信満々で応えたが……少々不安になってくる。

まぁ言ってしまった以上、撤回は出来ないのでどうでもいいが。

 

 

 

「ふぅん……そう。ならサーヴァントはどこにいるのかしら?」

 

 

 

……サーヴァント?

 

 

 

また出てきた、意味のわからない単語。

いや意味自体は十全にわかっているが……。

 

Servant  英語で召し使い

 

 

 

つまりは……従者? 店員ってことか?

 

 

 

店主(マスター)である俺だけでなく、店員はどこにいるのかという質問……。

不躾と言うよりも……何というか意味がわからない。

突然店の店主かどうか聞かれて次に聞かれたのが店員がいるか否か……。

 

少女の幻想的な風景と相まって……余計に意味がわからない。

 

「いや……あいにく店員(サーヴァント)はいないんだが……」

「……マスターなのに? それとも逃げられたの?」

 

逃げられた?

 

店員に逃げられるというのは果たしてどういう状況なのか?

 

正直な話少女が言っている意味がわからなかった。

 

店員がいないとわかると、少女……の後方からの威圧が消えた。

どうやら背後にいた守護霊のような物が戦闘態勢を解いたらしい。

 

「サーヴァントがいないんならしょうがないよね。お兄ちゃんと一緒だね……。早く再契約しないと死んじゃうよ……お兄さん……」

 

……お兄ちゃん? 再契約? 死ぬ?

 

余り穏やかじゃない言葉を残して……少女が去っていく……。

その少女に追随するかのように……彼女の背後の巨大な重圧からも解放される。

少女の姿が視界より消える瞬間まで……俺は油断せずに少女から目線を外さなかった。

やがて夜闇へと消えていった少女がようやく視界から消えて、俺はため込んでいた空気を吐き出していた。

 

『凄まじい気配を感じたが……無事か仕手よ?』

『あぁ。どうやら当てが外れたから帰ったみたいだ』

 

心配で話しかけてきてくれた封龍剣【超絶一門】に礼を言いつつ、俺は思考を巡らせる。

 

……なんだったんだ?

 

何の用事出来たのか全くわからない。

口調から言っておそらく俺が目当てで来たことは間違いないのだろうが、それにしたって言っていることはほとんど意味不明。

であるにもかかわらず少女は断定口調で俺に質問してくる。

 

……あの気の循環の仕方は、魔術回路と見ていい……だろうな?

 

少女の体内……もっと正確に言えば身体全体を張り巡らす……それこそ皮膚という皮膚全てに張り巡らされ、循環していた気……いやこの世界での魔力(オド)

常時発散していたのがよく意味がわからなかったが……これだけは言えた。

 

 

 

はっきり言う……今の少女の魔力(オド)の量は半端じゃなかった。

 

 

 

それこそ出力だけで言えば魔力(マナ)をも使用した俺と匹敵するかもしれない。

気と魔力(マナ)を使用した俺がようやく出力で互角になれるとは……。

 

まぁ彼女自身と戦えば一瞬で勝てそうだったが……

 

出力があっても、彼女自身にはそれ以外に何も感じなかった。

魔術回路がある以上、何かしらの魔術があることを警戒すべきだが、きっと大丈夫だろう。

問題は彼女の後方に控えていた……謎の重圧だ。

アレは……戦うことが出来て倒すことが可能だとも判断できなくもなかった。

だが俺の本能が……身に宿った力達が教えてくれた……。

 

 

 

少なくとも今の俺では、殺すことは……殺しきる(・・・・)ことは出来ないと……

 

 

 

何を引き連れていたんだあの少女は……

 

薄ら寒い物を感じながら、何とか無事にいられたことにほっとしつつ、俺は店内へと暖簾棒である狩竜を外しつつ中へ入り、ドアを閉めて鍵を掛ける。

皆目見当も付かないが……どうやら、平和な日常というのは終わりを告げたようだった……。

先日より冬木に流れる不穏な気配。

夜ごとに何か巨大な何かが生じ、一瞬で消える異常事態。

先ほどの少女。

 

そして、龍脈の活発化……

 

柳桐寺直下を流れる……巨大な大地の動脈……龍脈。

根源的な力が宿るそこが……活発に活動を行っている。

これだけの異常が重なれば……

 

 

 

もはや異常な何かが起きているとしか考えられない……

 

 

 

どういうつもりであの二人が俺をこの世界に運んだのかは知らないが……これが帰るための手段というか……何かだというのならば……

 

「……またぞろ命を賭けるようなことをさせられそうだが……修行にもなる。力の限りを尽くすだけだ。お前にも力を貸してもらうぞ。封龍剣【超絶一門】」

『随意に。我が仕手よ。仕手の思うままに我を振るうがいい。我も仕手同様、力の限りを尽くし、仕手を助けよう……』

「よろしく頼む」

 

意志ある魔剣、封龍剣【超絶一門】と再度ちぎりを交わす。

といっても、いきなり日常を変えるわけにも行かないので……。

 

……とりあえず仕込みだな……明日の

 

『……しまらないな仕手よ』

『やかましい』

 

ずっこけていそうな封龍剣【超絶一門】に俺は苦笑しつつ、明日の料理の仕込みを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「どうアーチャー? 見える?」

「ふむ……おおよその地形は把握した」

 

深夜……それこそ普通の人間ならば眠りについているような深い帳の降りた夜……。

だが再開発の進んだ新都は、電光によって照らされた……それこそ自らが灯りを持たなくてもいいほどの……歪んだ夜を、迎えている。

その最上……新都の高層ビルの屋上に、二人の人間がいた。

 

どちらも赤い衣を羽織っている。

だが決定的に違うのは、二人が男女であること……そして片方はおよそ人間ではあり得ないほどの気配を漂わせていることだった。

 

「ここから見えるのは街の全景だけ。今から街を出歩いて、どこに何があるのか、そう言ったことを把握してもらうわよ」

「……あまりサーヴァントを……アーチャーを見くびらないで欲しいな、凜。さすがに隣町までは無理だが……あの橋」

 

すっと、手を伸ばされる深紅の男の右腕。

その指先を目で追う少女……。

見た目から言えば、間違いなく男の方が年上だというのに、少女の方が上であると言うのが……何となく感じられる。

 

歪な二人組だった。

 

「あの大橋のボルトの数くらいならば、わざわざ出向かなくても把握できる」

「嘘!? だってあんなのだいぶ距離があるのよ!?」

「何。私の力を持ってすれば造作もない……」

 

不遜に笑うその男に、少女は半ば呆れながら溜め息を吐く。

だがそのため息には、それ以外の感情も含まれており……。

 

「何だそのため息は? 何か問題でもしたか、私は?」

「いえ。ただやっぱりサーヴァントってすごいんだなって」

「ふん。この程度の事で驚かれたら困るのだが……」

「悪かったわね」

 

再び不敵に笑う男に若干苛立ち混じりに言葉を返す。

だがそれを歯牙にも掛けず、男は笑ったままだった。

そんな男を放置して、少女はなんと……屋上の縁から飛び降りた……。

 

 

 

否……跳んだ……

 

 

 

ゆったりと、まるで滑空するかのように、ゆっくりと宙を横へと移動していく。

それに寄り添うようにする男。

まるで二人して空を飛んでいるかのような、そんな現象だった。

 

「悪くはない。だが、この程度の事で驚かれたら、これからこの街で起こることには到底ついて行けず……戦闘どころでは無いぞ?」

「覚悟は出来てるわよ。それこそ……十年前からね」

 

真冬の星空を舞う少女が、凜とした表情をしながら笑い、男にそう返す。

それを聞いて男はその想いに応えるかのように、屹然とした笑みを浮かべた。

 

「それを聞いて安心したよ。凜」

 

それから会話は途切れ……二人は新都の夜景へと飲み込まれて……消えていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

呼気を鋭く吐きつつ、俺は手にした愛刀、夜月を閃かせる。

木々から漏れる、朝焼けの木漏れ日が、夜月の閃きをより鮮やかな物にしていた。

まだ日が昇り始めたばかりで暁模様の空だったが、そんなことは関係なかった。

この地で何かが起きようとしているのは明白だったので、いつもよりもさらに早起きをして、俺はひたすらに剣を振っていたのだ。

 

『精が出るな』

『用心に越したことはない。訓練は毎日欠かさず行ったが、如何せん実戦を全く経験していない。ならば練習だけでも行って感覚を少しでも取り戻さなければ危ない。まだ死にたくはないからな』

 

封龍剣【超絶一門】にそう返しつつ、俺はひたすらに剣を振るう。

それこそどれほどの素振りを行ったのかわからないほどに。

一応狩竜も持ってきたが、もっぱら素振りを行うのは夜月と双剣、封龍剣【超絶一門】だった。

 

やはり狩竜は現代社会……日本には余りにも不向きな得物だ

 

如何せん長い。

それがこれほどまでに問題になるとは思わなかった。

緊急時であれば、例えどんな弊害が起ころうが……人死にが出るようなら考えるが……関係なく狩竜を振るうのだが、そう言うわけにも行かない。

何せ長い……。

これを道路で振ろう物ならば……確実になんかにぶつかる。

別にぶつかっても、抜刀してようが納刀してようが、切り裂き、ぶっ壊して狩竜を振るうことは可能だが……それをすれば被害総額がとんでもないことになる。

いくら何でも人様の家を傷つけて知らん顔しているほど俺は図太くない。

本当に命の危機に瀕したらその限りではないが……。

 

というか対飛竜用に鍛造したこの得物を……何に振るえと?

 

対飛竜用超野太刀、銘を狩竜。

刃渡り七尺四寸のその長大な攻撃力は、大型の相手と戦うことで遺憾なく発揮される。

別に人間相手にも使用しても間合いがあり得ないほど広くなるので問題はないが、不向きすぎる。

対人相手であるならば打刀である夜月と、打刀とほぼ同じサイズの封龍剣【超絶一門】で十分である。

他にも雷月、蒼月、花月などもいるが……まずは基本形と言うことでこの二つの訓練を激化させていた。

 

『だが残念ながら仕手よ。そろそろ時間だ』

「何?」

 

封龍剣【超絶一門】の忠告で時計を見ると、いつの間にかいつも訓練を終了している時間だった。

無我夢中でひたすらに振るっていたらあっという間に時間が経ってしまった。

俺はそれに驚きつつ、持ってきた水を飲み干した。

 

『やはり対人ないし、実戦を体感しないとやった気にならんな』

『実戦感覚を取り戻そうとしているのならばそれはそうだろう。だが相手がいないだろう?』

 

封龍剣【超絶一門】の言うとおりで相手がおらず、実戦がないのであれば仕方がない。

だからこそがむしゃらに素振りをしていたというのに……もう時間が来てしまった。

荷物をまとめて森から出て店へと向かう。

少し山の上の方まで登ってきているために、冬木市の深山町を一望することが出来る。

そして一望できるが故に……感じられる違和感。

夜ほどではないにせよ、四月の朝と比べれば明確な違和感が生じていた。

 

『魔力が充溢しているせいだろう。当然私の世界に比べることも出来ないが……この世界にしては十分に驚異的な量だ』

『……それだけではないだろうがな』

 

俺以外の意見が聞けるというのは実にありがたいことだった。

おかげでこれが気のせいだという、自分にとって都合のいい答えを用意しなくて済むのだから。

 

何が起こっているのかは謎だが……用心だけはしないとな

 

何かが始まっている……何かが起こっているのは間違いない。

それに巻き込まれるのはもはや必定。

絶対と言ってもいい。

ならばそれに巻き込まれ、当事者となったときに問題なくそれに関われるように、常に気を張り巡らせておかなければ危うい。

巻き込まれた瞬間に四肢を失ってしまっては、その先に待つのは明確な「死」だけなのだから。

 

「おはようございます!」

「……おぉ、お早う」

 

だがその警戒も、美綴と合うと霧散してしまう。

実に情けないことだが、俺としてもこの朝のお茶は心地いいものだったのだ。

 

「相も変わらずご苦労さん」

「それは鉄さんもですよ。今日は……真剣で稽古ですか?」

「あぁ」

 

すでに封龍剣【超絶一門】は、シースと黒い布で完全に覆って認識阻害の術を掛けているので、美綴にはただの荷物としか認識できない。

狩竜はただの木刀なので、もっとも目を引くのは鞘に収まっているとはいえ、何にも覆われていない夜月だろう。

美綴も俺が武芸者だというのは何となくわかっているようなので特に何も言ってこないが。

美綴にお茶を出して、いつものように少し会話をして、いつものように見送った。

そして始まる和食屋店主としての俺の一日……。

 

 

 

何かが起こることはわかりきっていた……

 

あの二人が俺を送ったのだから何かが起こり、そして帰る手段があると……

 

十ヶ月ほどの長い時間を掛けてようやく変化が訪れたこの町で……

 

言い訳になるかもしれないが一応言わせて欲しい……

 

覚悟は出来ていた……

 

それこそとっくの昔に覚悟なんてものは固めている……

 

剣を振るのも、命を奪うことも……

 

だが……

 

だがな……

 

 

 

何かが起こると認識し、何かがあるとわかった次の日いきなり……

 

 

 

 

 

 

自分の身に何かが起こるなんて……だれが思う?

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

「わざわざ外まで出てこなくても」

「いや大事なお客さんだからな。最近物騒だし……」

 

本日の業務も終了した、和食屋。

本日は珍しいことに最後の客は美綴だった。

何でも両親が仕事の都合で出かけてしまったらしく、晩ご飯を作るのが面倒だったので俺の店までわざわざ食べに来てくれたらしい。

お礼として結構なサービスを行った。

そしてそれを食べ終えて他に客もいないことで、二人で談笑していたのだ……。

だがさすがに閉店時間間際になると、美綴も帰ると言い席を立ったのだ。

俺はそれを見送っていた。

最近物騒な事件が起こしそうなこんな夜更けに、女の子を一人で帰らせるのは不安だったが……。

 

「大丈夫ですって。そんなに遠くないですし。それに鉄さんしかいないのにお店開けておくわけにはいかないでしょ」

「……確かにそうだが」

「本当に大丈夫ですって。夜道とはいえ満月も近いですし、雲もないから結構明るいですし」

 

からからと笑いながら美綴がそう言う。

確かに美綴の言うとおり、今日の夜空にはほぼ満月と言っていい月が、浮かび上がっていた。

冬の澄んだ空気が、月光を地上へと降り注いでいる。

それ故に普段よりは明るいだろう。

これ以上言っても平行線で終わりそうだし、余りしつこく言ってもストーカーと思われてしまうかもしれない。

 

「わかった、気をつけてな」

「はい。ごちそうさまでした。また来ますね……」

 

手を振りながら去っていく美綴を見送る。

せめて道を曲がるまでは見送った……。

 

 

 

そして……それが俺の明暗を分かつ行動だった……

 

 

 

 

 

 

ぞわっ!!!!

 

 

 

 

 

 

先日の少女の背後より発せられた殺意とは、比べものにならない殺意。

 

否、規模は少女の方が上だった……

 

大きさも、圧力も……

 

だが、今感じた殺意は……鋭敏だった……

 

鋭く、疾く……

 

まるで突き刺ささるかのような、殺意……

 

それを浴びた瞬間に、俺は動いていた……

 

 

 

「っぁ!!!!」

 

 

 

回避行動を取って一点に向けられる殺意より身を躱しつつ、懐へと手を伸ばす……

 

先日より懐に忍ばせているスローイングナイフに気を込めて、俺は殺意の先へと亜音速で飛ばす……

 

必殺の意志を込めたナイフは、至極あっさりと、躱されてしまった……

 

 

 

!? 出来る!?

 

 

 

相当の速度で飛ばされたナイフを避けたのだ……

 

生半可の相手ではなかった……

 

 

 

「ほぉ。なかなか出来そうな奴がいたから気まぐれに殺気を向けてみたら、反応しやがった」

 

 

 

声がした……

 

野太い、だがよく通る男の声……

 

それは、先ほど俺がナイフを投げた場所の少し離れた場所から発せられていた……

 

そちらへと、一切の油断無く、隙を見せずに目を向けると……

 

 

 

そこにいた……

 

 

 

青い装束を着た男が……

 

 

 

腕を組みながら、民家の屋根に佇むその姿は、夜闇と最近の夜の物騒さもあって、より不気味に感じる……

 

何より、先ほどまで確かに屋根の上に()の気配など微塵もなかったというのに、男は俺のその感覚を否定するかのように、そこにいる……

 

 

 

 

 

 

まるで突然顕れた……出現したとでも言うように……

 

 

 

 

 

 

「結界を張るやつだからお前も魔術師か? 体内に奇妙な物を持っているようだが……マスターではないのか? その棒も、ただの棒じゃなさそうだな」

 

 

 

 

 

 

一目で見抜くか!?

 

初歩中の初歩とはいえ、認識阻害と店に掛けた結界を見抜かれた……

 

その気配もあり、間違いなくこいつは普通の人間ではない!!!!

 

 

 

「別段魔術師でもマスターでなければ放置してもかまわねえんだが……俺の殺気に反応し、反撃にナイフを投げてきたお前を放置するわけにはいかねえな!!!!」

 

 

 

ブン、と不思議な音が俺の耳に届く……

 

それと同時に敵の手に、深紅の槍が握られる……

 

それは余りにも禍々しい装飾をしており……何よりその槍の雰囲気は……

 

 

 

その装飾以上に禍々しい物だった……

 

 

 

槍!? だと!?

 

 

 

瞬時に出現した全長六尺あまりの槍……

 

おそらく魔力で現界した敵の得物……

 

どれほどの力量を持つか謎だが……

 

殺意の奔流から鑑みて……

 

 

 

生半可な相手でないことだけは間違いない!!!!

 

 

 

対して今の俺の装備は、腰に忍ばせる短刀水月と、スローイングナイフが数点……

 

これでは……負けるのは確実だった……

 

だが店内に入って夜月や封龍剣【超絶一門】を、取り出している暇を与えてくれるほど優しい相手でもない……

 

 

 

しからば!!!!

 

 

 

瞬時に思考し、俺はそばにある暖簾を……刃渡り七尺四寸の狩竜をひったくる!

 

 

 

「行くぜおらぁ!!!!」

 

 

 

怒号と供に、敵が飛翔し、俺へと突貫してくる……

 

俺はそれを……

 

 

 

「くっ!?」

 

 

 

両手で持った狩竜で、受け止めて流していた……

 

 

 

「……ほぉ。俺の一撃をしのぐか。やるな坊主」

 

 

 

眼前の敵から、にたりと……好戦的な笑みが浮かぶ……

 

それと同時に、俺は横っ飛びに駆けだしていた……

 

 

 

こいつ相手に長大な狩竜で拮抗できるとは思えないが……それでも十全に振るえる場所に行かなければ勝機はない!!!!

 

 

 

敵から繰り出される突きの速度は常軌を逸していた……

 

間違いなく最強の速度の突きである……

 

その豪快な動きに惑わされそうになるが、練度、的確に狙われる急所……

 

全てを鑑みれば、間違いなく最強クラスの槍の使い手である……

 

俺は狩竜を両手で中間当たりを持つ、杖術のような構えで受け止めて流していた……

 

認識阻害の術を強固にするために、呪符を貼り付けているために一息に抜けないという欠点もある……

 

それに……

 

 

 

いくら間合いの利があるとはいえ……この速度で繰り出される突きを狩竜で捌けるとは思えない!!!!

 

 

 

対飛竜用の超野太刀狩竜……

 

飛竜相手にはその長さによる絶対的な間合いの長さと、圧倒的攻撃力で敵を切り裂いてきたが……対人相手ではこれほど扱いづらい武器もない……

 

しかも相手がこれだけの手練れであればなおさらだ……

 

 

 

「おらぁ!!!!」

 

 

 

そう考えている俺の鼓膜を叩く、敵の怒号……

 

槍ではなく、俺の腹部へと凄まじい蹴りが放たれていた……

 

俺はそれを膝で受け止めたが……勢いを受け止めきれずに、俺は後方の森へと吹き飛ばされた……

 

 

 

げっ、やばい!

 

 

 

振りやすい場所どころか……木々が乱立して、より狩竜を振ることが困難な場所へとたたき込まれてしまった……

 

木々をぶった切りながら振ることも出来るが……木々を切りながらでは当然速度が落ちる……

 

それが通用するような相手でないことだけは直ぐにわかる……

 

何とか木々に激突しないようにうまく避けながら、俺は地面へと着地した……

 

 

 

「……解せねえな。お前本当に人間か?」

 

「……失礼だな。俺は歴とした人間だぞ?」

 

「ほざけ!!!! たかが人間が最速のサーヴァントである俺の攻撃を完全に避けきれるか!!!!」

 

 

 

サーヴァントだと?

 

 

 

先日聞いたばかりのその言葉に驚きながら、再度突貫しつつ突き出された槍を避ける……

 

だが周りに木々があるせいでより回避が困難になってしまった……

 

敵も条件は同じであるはずなのに、それを感じさせないほどに槍の突きは鋭かった……

 

 

 

やばい……相当出来る!

 

 

 

はっきり言って夜月で相対しても勝てるかどうか謎だった……

 

もっとも得意とする打刀一刀流での戦闘……

 

それを持ってしても勝てるか謎だった……

 

 

 

しかもこれほどの対人戦は……実に一年以上振りでブランクが!!!!

 

 

 

体力は十全に付いている……

 

むしろ対人戦をもっとも頻繁に行っていた、俺の世界の時よりも体力や膂力は向上した……

 

だがそれと引き替えに対人戦を長い間行っていなかったつけが……如実に表れ始めた……

 

 

 

「おら!」

 

「っ!?」

 

 

 

繰り出された敵の槍に一瞬触れる……

 

うまく穂先の刃の部分は回避できたが、これほどの速度で繰り出されれば、例え刃がなかろうとも怪我をする……

 

触れた箇所は摩擦で焦げ付いていた……

 

木々が邪魔であると言うこと、ブランク、相手と相性の悪い得物……

 

これだけの条件が揃ってしまえば、いくら気力だけでなく……

 

 

 

魔力(マナ)を用いて五感と第六感を研ぎ澄まし、身体能力をブーストしても避けきれない……!!!!

 

 

 

不利な条件が重なりすぎた……

 

だがこの状況に追い込んでしまったのは己が不覚……

 

泣き言を言うつもりはないが……

 

 

 

ちょっときつい!!!!!

 

 

 

実際はちょっとどころではないのだが……

 

魔力(マナ)によるブーストとて一時的なブーストでしかない、ただの時間稼ぎ……

 

このままでは……

 

 

 

「隙あり!!!!」

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

声と供に放たれる……一閃……

 

それはゆっくりと……俺の意識上でゆっくりと近づいてきて……

 

 

 

俺の右手の甲を切り裂いた……

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

途端に灼熱の痛みが、手の甲へと走る……

 

だがそれに気を取られているわけにはいかない……

 

敵は槍を突き込むのと同時に身体事接近してきている……

 

腕を引かずに身体を俺の方へと寄せてきたのだ……

 

ならば考えられるのはただ一つ……

 

己の肉体を武器として……

 

 

 

「らぁっ!」

 

 

 

「っが!」

 

 

 

鋭い蹴りが、俺の腹部に突き刺さった……

 

腹筋に力を込める事が出来たが、出来た抵抗はそれだけだ……

 

腹部を突き刺したその蹴りは、俺を遙か後方へと吹き飛ばす……

 

一瞬意識が飛びそうになったが……意地でも意識と狩竜を放さなかった……

 

十数メートル吹き飛ばされると、途端に森が開けた……

 

森を抜けたわけではなく、木々が乱立していない、広い空間へと出たのだ……

 

古く大きな日本家屋が鎮座していた……

 

だが相当の年月放置されていたのか、もともと荘厳だったと思われるその姿に見る影もない……

 

俺はその廃墟とも言える家の屋根に激突し、その腐敗した屋根を貫き畳みの上に叩きつけられた……

 

 

 

「がっはっ……」

 

 

 

内臓を痛めたのか、肺に溜まっていた空気以外にも口内に血が逆流し、鉄の味が口いっぱいに広がった……

 

そんなことに気を回しているわけにはいかないので……俺は必死になって立ち上がる……

 

立ち上がりながら血にまみれた右手で呪符を剥がし、何とか狩竜を抜刀できる状況に持って行く……

 

手と狩竜に滴った血が床へと落ちて……この生活感が皆無の廃墟に、埃以外の匂いが混じる……

 

 

 

ここで抜いても、結果は同じか……

 

 

 

床一面に畳が広がり、そこそこの広さを誇っているこの建物はおそらく道場だったのだろう……

 

道場故に普通よりも天井までの高さはあったが、それでも狩竜を振るうには狭い……

 

正しく言えば狩竜が圧倒的に長いのだが……

 

時間があれば屋根を支える支柱である、四方の柱をぶった切ることも出来たが……

 

 

 

「……手こずらせるな」

 

 

 

敵がそれほどの時間を与えてくれない……

 

否それは当然のこと……

 

命の奪い合いに情け容赦は不要……

 

そんな余裕、油断をしてくれるほど甘い相手ではない……

 

先ほどからの突きも、一切の呵責のない、鋭く研ぎ澄まされた殺意を俺の急所に的確に突き出していたのだ……

 

逆に正確すぎる故に、何とか躱せていたのだが……

 

 

 

「お前が手にした武器……それは野太刀か? そんな長い得物をよくぞまぁ振るえる物だな……」

 

 

 

……野太刀を知っている?

 

 

 

敵の言葉に俺は意外性を覚えた……

 

見た目どう見ても日本人に見えない……もっと言えば人間ですらないと思えるのだが……男が、俺が手にした得物の種類を的確に言い当てた……

 

偏見かもしれないが、日本人ですら明確な分類を知らない刀剣の種類を、外人が的確に見抜くとは思えなかった……

 

 

 

「だが相手が悪い……というよりもまだまだその武器での練度が低いようだな。身体はできあがっていて実力その物はだいぶあるようだが、その武器で俺に挑んだのは愚かな選択だったな……」

 

「なら、もしも武器を交換したいと言ったら……変えさせてくれるのか?」

 

「俺自身としては全力で戦えればそれでいいんだが……あいにくマスターの方針でな。さっさと目撃者は殺して仕事に戻れとほざきやがる……」

 

 

 

マスターの方針?

 

 

 

サーヴァントに続いて、少女が言っていたマスターという単語……

 

それが何を意味するのかは謎だが……こいつが俺を襲うのはこいつだけの意志ではないと言うことだけは理解できた……

 

笑いそうになる膝に必死になって力を入れ、狩竜を構えながら立ち上がる……

 

それを見て相手がヒュ~、と軽く口笛を吹いた……

 

 

 

「本当にやるな、坊主。さっきの蹴りは間違いなく殺すつもりの力を込めて放ったんだがな……。食らった瞬間に力を入れて少しは威力を反射させたようだが、それでも直ぐに立ち上がれるとは。しかもそれほどの長さの得物を構えるか……」

 

 

 

ほとんどはったりだったが……それでも相手は驚嘆する……

 

その僅かな時間を利用して、俺は内臓に集中的に気を回して治療を行うが……いくら何でもこれほどの僅かな時間ではとてもではないが全快にはなり得ない……

 

右手の手の甲も切られてはいるが内臓に比べれば遙かに軽傷で、無視できる程度の傷だ……

 

ほっとけるが、腹部の怪我は動きに支障を来す……

 

時間を稼ごうにも、唯一の退路は敵にふさがれてしまっている……

 

 

 

屋根を突き破って逃げようにも……敵の得物が長物ではその間に突き刺されて殺られるな……

 

 

 

打刀や剣なんかでは間合いが狭いので、それでいったんは逃げられたが、槍が相手ではそれも叶わない……

 

 

 

はっきり言って……詰んでいた……

 

 

 

 

 

 

「残念だ。せっかく全力で殺り合える相手と巡り会えたというのに……。済まないが坊主、死んでもらうぜ?」

 

 

 

 

 

 

敵が四方にぶちまけていた殺気を一旦納める……

 

それは敵が挙動を起こす前の合図に他ならず……

 

それに違えず、敵は今までよりもさら速く……それこそ目で捕らえきれずに霞みそうなほどの速度で……突きが放たれた……

 

 

 

俺の心臓へと……

 

 

 

!!?? 回避!!!!

 

 

 

思考は動く……

 

だがその思考に身体がついてこれない……

 

意識のみが覚醒し、身体が言うことを聞かない……

 

これほどの実力を持った相手に、この思考と身体のずれは致命的だ……

 

ブランクがあるとはいまさかこれほどまでに腕が鈍っているとは……

 

 

 

十ヶ月ってのは短いようで長い!!!!

 

 

 

そんなどうでもいい思考が頭をよぎる……

 

その間にも、敵の槍の穂先は飛来してきて……

 

何とか心臓への突きは回避できて、即死は回避できそうだが……重傷になることは間違いない……

 

そして重傷で放っておいても死ぬとはいえ、目の前の相手がそんな奴を放っておくとは思えない……

 

 

 

……死が迫っていた……

 

 

 

これ以上も、これ以下もなく……明確な死が……

 

 

 

 

 

 

……死ぬのか?

 

 

 

 

 

 

全てを棄ててまで己の願いを叶えることを優先したというのに……

 

 

 

それを叶えることも出来ずに……この場で……それこそ自分の世界でもないこの世界で……

 

 

 

俺は朽ち果てるというのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

イヤだね……

 

 

 

 

 

 

素直にそう思う……

 

 

 

まだやるべき事も為すべき事も果たさないまま、俺は死ぬのか?

 

 

 

あいつらを斬り捨ててまで俺はここにやってきたのだ……

 

 

 

ある目的……己の信念を完遂するために……

 

 

 

しかもそれ以外にも俺が望むことすらも果たしていない……

 

 

 

 

 

 

俺がしたいこと、しなければいけないことを、果たしていない……

 

 

 

 

 

 

ならばまだ死ぬわけにはいかない……

 

 

 

重傷になることは間違いないが、即死でないならばまだ動くことは出来るはずだ……

 

 

 

今以上に劣勢になるのは目に見えているが……それでも諦めることだけは俺はしちゃいけない……

 

 

 

四肢が十全であるならば……這ってでも生きるために行動しなければならない……

 

 

 

 

 

 

かつて、四肢の一部を損傷しても、生きるために必死になって生きた、彼女を見習え!

 

 

 

 

 

 

俺はまだ生きている……

 

 

 

ならば絶望に抗い、それを食い破ってでも生きなければならない!

 

 

 

それをしなければ、俺はただの大馬鹿野郎だ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

面白い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと……

 

 

 

声が聞こえた……

 

 

 

 

 

 

そして、それが聞こえたと同時に……俺の右腕の手の甲に、何かが走った……

 

 

 

 

 

 

「がっ!? 何――」

 

 

 

痛みに顔をしかめ、何だと、叫ぼうとしたその瞬間……

 

 

 

 

 

 

手の甲と、俺の足下が光り輝いた……

 

 

 

 

 

 

赤く……朱く……紅く……

 

 

 

 

 

 

血のような赤い色で……

 

 

 

 

 

 

「何!?」

 

 

 

 

 

 

それより巻き上がる……突風……

 

 

 

凄まじいその突風は……魔力が荒れ狂うことで生じた、力を持つ風……

 

 

 

敵の最速の突きを吹き飛ばし、俺だけでなく敵さえも吹き飛ばさんと荒れ狂う……

 

 

 

その突風で、埃が……俺の手の甲より滴った血が舞い上がる……

 

 

 

その血が紋様を描いているかのように……床に赤い紋様が描かれていく……

 

 

 

明確にはそれがなんなのかはわからない……

 

 

 

だがそれ自体が何であるかは直ぐにわかった……

 

 

 

 

 

 

「魔法陣!?」

 

 

 

 

 

 

それは何らかの儀式を行うための魔法陣……

 

 

 

それを裏付けるように……魔力が視覚出来るほどの渦を巻き……

 

 

 

 

 

 

それが顕れた……

 

 

 

 

 

 

「な、まさか……!?」

 

 

 

 

 

 

敵が驚愕の声を上げる……

 

 

 

それに呼応するかのように……それは背中にある剣を……野太刀を抜刀し、敵へと斬りかかった……

 

 

 

徐々に収まる紅い光……

 

 

 

それとは別に、硬質な音を響かせて、一瞬だけこの薄暗い道場を、火花の光が一瞬照らした……

 

 

 

「ちぃっ!!!!」

 

 

 

敵は自分の不利を悟ったのか……大きく飛び退いて外へと引いていく……

 

 

 

だがそんなことは俺にとっては瑣末事だった……

 

 

 

満月の夜空より降り注ぐ月光を受けて、毅然と立つその姿はひどく美しく見えた……

 

 

 

声も上げず、それどころか呼吸さえも忘れて、見入ってしまいそうになるほどに……

 

 

 

 

 

 

「この世に私以外に、野太刀を使う人間がいるとはな。それも私以上に長い野太刀を」

 

 

 

 

 

 

よく通る声で、男はそう言った……

 

 

 

そしてそれと供に俺へと振り向いてくる……

 

 

 

床に描かれた謎の魔法陣から出現したかに見えたそいつは、ひどく幽鬼的な雰囲気を漂わせる……

 

 

 

だがそれを感じさせないほどに凜とした仕草、精悍な表情、耽美とも言える容姿をした青年……

 

 

 

青紫の袴に青紫の陣羽織……

 

 

 

 

 

 

そして手に持つのは、身の丈はあろうかというほどの、長い、長い、野太刀……

 

 

 

 

 

 

青紫の柄、金色のはばき……そして美しく弧を描く……金属の刀剣……

 

 

 

 

 

 

俺が開けた屋根の穴より降り注ぐ月光に反射する、絹のような長髪をなびかせて……

 

 

 

 

 

 

「問おう……」

 

 

 

 

 

 

男が……こう言った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お主が、私の(マスター)か……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と……

 

 

 

 

 

 

咄嗟に返答することができなかった……

 

 

 

月の光を浴びたそいつが……とても綺麗だったから……

 

 

 

容姿だけの話じゃない……

 

 

 

身にまとうその気配も……

 

 

 

身体から発せられるその気迫も……

 

 

 

静かでありながら、決して弱いわけではない……

 

 

 

まるで風に揺れる柳のように、穏やかな鋭さを持ったその気迫……

 

 

 

それら全てが合わさって、男の雰囲気を、神秘的な物にしていた……

 

 

 

それを感じ取れてしまって、俺はただ……

 

 

 

 

 

 

それを呆けて見つめることしか……出来なかった……

 

 

 

 




知らない人のためのパラメーター

ランサー

筋力B
魔力C
耐久C
幸運E
敏捷A
宝具B

保有スキル
対魔力 ランクC
第二節以下の詠唱による魔術を無効化できる。大魔術や、儀礼呪法など大がかりな魔術は無力化不可能



他にもスキルあるけどとりあえずこれだけw
(おとこ)の一人。
今回出番はなかったが、その槍には凄まじい能力がある。
気になる方は調べてみてちょw



書いた!!!!!

ついに書いた!!!!!

ステイナイトの名台詞の一つだぜ!!!!!

書いてて超興奮したね!!!!!



ついに始まりました! 聖杯戦争! 刃夜君はそれをどう切り抜けていくのか!



非情に興奮し、楽しみな展開だぜ!!!!!

実は地味にチートなこいつと供に、聖杯戦争を駆け抜けていくぜ!!!!


ご期待下さい~!!!!


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斬り合い

わーい始まった始まったwww

もうね、これが本当に書きたくてしょうがなかったよ!!!!
編集者とアイディア提供者三人で話し合って、日常編をつらつらと書いていたけど、そのとき本当に書くのが暴走しそうだった!!!!

ようやく本編いけてうれしいね~。


ま、そう言うわけで刃夜の聖杯戦争始まり始まり~www






「……マスター……だと?」

 

目の前に突然出現した男の言葉に、俺は首を傾げることしかできなかった。

 

いきなり(マスター)と言われてもな……

 

それが正直な感想である。

しかも文字通り出現したのだ、この男は。

下にある、魔法陣のような紋様より突然に……。

 

だがそれを悠長に話し合っている場合ではなかった……

 

「らぁっ!!!!」

 

一本の引き絞った矢のように、突貫してくる……青い槍兵。

その高速の突きを、男は風に吹かれるように、ふわりと軽く避けた……。

 

「やれやれ、随分と無粋な男よな……」

「ごちゃごちゃとうるせえ!」

 

侍といえる格好をしている男に、槍兵が怒号を放つ。

それには気が込められているのかと思えるほど、裂帛の気迫を込められており、圧力を物質的に感じるほどだった。

 

「てめぇはその気配から言ってどうやらサーヴァントのようだな。マスターは状況が掴めていないようだが、かといってお前らほどの手練れを見逃すほど、俺はお人好しじゃないぜ?」

「ふむ……好戦的だな。まぁ気持ちはわからんでもないが……ランサーよ」

「そう言うてめぇは、何のクラスだ? ……得物から言ってセイバーに見えるが……それにしては……」

 

マスター? サーヴァント? ランサー?

 

正体不明の気配(・・)達が話し合い、意味のわからない単語が飛び交っている。

いや単語自体(・・・・)の意味はわかるが……。

 

その単語が、何を意味し、何を指すのかが……全くわからない……

 

完全に置いてけぼりの状態だ……。

 

「ふむ……拙者のクラスはどうやらアサシンのようだぞ?」

「……なにぃ? アサシン……だと?」

 

全身蒼い装束を着込み、血にも見紛うほどの紅い槍を両手で構えて、男が不思議そうにする。

しかしそれ以上に俺の方が不思議だった……。

 

 

 

……とりあえず、どういう状況だ……これ?

 

 

 

 

 

 

『ふむ、あっちの方でどうやら一悶着起こっているようだな……』

「本当? アーチャー」

 

深山町の山の上層部にある、西洋の館の一室でのんびりと優雅に紅茶を飲んでいた少女が、誰もいないはずの一室で何かを確認するかのような言葉を放つ。

それに呼応するように……今までその少女以外に誰もいなかったはずの室内に、突然赤い男が出現した。

怪奇現象とも言えるはずのその事象に、少女は眉一つ動かさず、その存在に質問する。

 

「どこの辺りかしら?」

 

卓上に広げられた地図を指さしつつ、少女がそう問う。

それに対して男の返答は簡潔だった。

すっと、音もなく指を動かしてその少女が問うてきた内容に答える。

 

「……少し距離があるわね」

「どうする? 凜?」

 

腕を組み、考える仕草をする少女に端的に訪ねる男。

しばしそのまま黙考していた少女が、ふっと緊張をゆるめる。

 

「ここからだと直ぐに出てもその何かが終わってしまっている可能性が高いわ。偵察とはいえ余りまだ大きく動く段階じゃないわ」

「ではこのまま静観……すると?」

 

問い詰めるかのような口調の男に、少女は……遠坂凜は簡潔に答えた。

 

「冗談。何か動きが起こっているって言うのなら、情勢にも変化が起こっているのかもしれない。アーチャー、霊体化して直ぐに偵察に」

「了解した」

 

少女の返答に、ニヤリと自信ありげな笑みを浮かべて、男が消えた。

出現したときと同じように、忽然と……。

顕れたときと同じように、凜はそれに全くうろたえなかった。

それはつまり、突然顕れて消える男がいることがすでに当たり前という事なのだろう。

凜は、そっと立ち上がり窓辺による。

そして先ほど男が示した方角へと、窓越しに視線を投じた……。

 

「何が起こっているのかわからないけど……何かは起こっているはず……」

 

何かが起こって欲しくない……そう思っているのと同時に、何かが起こっていて欲しいと、そう願っているかのようだった……。

相反する二つの思いを胸に秘めて……凜は鋭い眼光を、窓の外へと向け続けていた……。

 

 

 

 

 

 

じっと……まるで獲物の前で息を潜めた獣のように、敵は……ランサーと言うその眼前の敵は、低い姿勢のまま動かなかった。

対して俺の前に歩み出ている男……アサシンのクラスとか言う男は、悠然と直立に佇むだけだった。

何の構えもなく、右手に持った野太刀を肩に乗せて、敵を見つめるだけ。

それだけだ。

 

だがそれだけで……敵が動けていないとわかるのにさして時間はかからなかった。

動かないのではない、動けないのだ……。

 

……何という隙のなさ

 

野太刀を持ってただ佇んでいるだけのはずのその男には……文字通り一寸たりとも隙がなかった。

ただ佇むというそれだけで、全ての攻撃に対応できるという……あり得ないほどの技量。

実際に見なくてもわかる。

その手にした野太刀で、払い、流し、そして何の音もなく斬り捨てる……。

それが容易に想像できてしまう。

それを肌で感じ取っているのだろう……だからこそ、槍兵はじっと伏せる事しかできないのだ。

 

「……」

「……」

 

風も吹かない今宵では音もなく……ただ無言で相手を睨みつけることしかしない……。

呼気すらもするのをはばかれるような……それほどの静けさ。

だが静けさとは裏腹に、この場は張り詰めた空気に包まれている。

完全に静寂が、この場を支配していた……。

が、それも直ぐに終わりを告げた。

 

「……ふぅ」

 

突如として、息を吐き捨てたかと思うと、槍兵が構えを解いて立ち上がった。

そして顕れたときと同じように、槍が忽然と姿を消す。

 

「……退くのか?」

「あぁ。俺のマスターの指示でな。攻めきれないというのならばさっさと帰ってこいと宣いやがる」

 

指示……だと?

 

指示を受けたと言うが、何かと交信している気配は見られなかった。

となると考えられるのは念話……つまりは意識を共有した相手と交信したと言うこと……。

 

……何なんだ? この状況?

 

先ほどから渦巻く疑念……疑問……。

目の前の存在達もそうだが、自身が一体何の状況に巻き込まれたのかがわからない。

 

何が何だかわからないが……厄介な状況になったようだな……

 

一体どういう状況に巻き込まれたのか知らないが……敵の力を鑑みるに、生半可な状況でないことだけは確かだった。

 

「おい坊主」

 

敵が退く間際、俺に声を掛けてくる。

敵に殺気はなかったが、それでも油断しきるわけにはいかないので、俺は一応戦闘態勢を取りつつ、敵に言葉を放った。

 

「何だ?」

「どうやらお前とは今後とも付き合いがありそうだな……。お前と真に死合えるのを……楽しみにしておくぜ?」

「……」

 

敵の実力と俺の実力は拮抗してはいた。

といっても、俺はほぼ全力を出していたが、敵はそうじゃない感じがした。

確かに得物の不利はあったが、果たして夜月でも拮抗できるかどうか……。

 

正直……難しくはあるだろうな

 

不可能ではないだろうが……どちらにしろ文字通り殺し合い、命の取り合いの真剣勝負になることだけは間違いない。

どう返答したものか考えていると、敵は風景と同化するように、ふっと透明になり姿を消した。

そこでようやく俺は敵の不可思議さに合点がいった。

 

なるほど……。突然顕れたと思った俺の考えは正しかったのか

 

ナイフを投げる寸前まで、確かに実体(・・)としての気配は感じ取れなかった。

突如として顕れたという俺の考えは間違っていなかったらしい。

 

勘までは鈍っていないようだな……

 

どうやって突如として顕れたのかは謎だ。

だがこれで生きている人間でないことだけはわかった。

そしておそらく、俺の目の前にいる男……。

こいつも同じような存在だろう。

 

ならばこいつに聞くか……

 

「……一応礼を言うべきだろうな」

 

こいつが完全に味方と言いきれない以上、警戒を解くのは迂闊。

そのため一応の用心として腰の水月に手を伸ばしておく。

が、はっきり言ってほとんど意味がない。

理由はいくつかある。

一つ目はこの侍といえるような格好をしている男から全くと言っていいほど殺気を感じず、それどころか俺を友好的に見ているらしいような感じを醸し出している。

 

そしてもう一つ……これが決定的だった。

こいつ相手に、水月だけでは絶対に勝てない……。

 

 

 

絶対(・・)にだ……。

 

 

 

……夜月でも勝てるかどうかわからんな

 

気力による力、モンスターワールドにて習得した、僅かながらも魔力(マナ)を扱い事が可能になったこの俺が、絶対に勝てないと……。

それほどの実力差が眼前の男と俺にはあった。

といっても水月だけではという条件が付くので、フル装備ならばわからず、モンスターワールドにて最後の死闘で使用できた究極の状態……魔力(マナ)が俺に進んで力を貸してくれた、究極の戦闘状態ならば勝つ事は可能だろう。

だがフル装備はともかく、究極の戦闘状態はあくまでもその世界にとって害意であった煌黒邪神を倒すために魔力(マナ)が協力してくれたためなので、この世界であの状態になることはよほどのことがない限りないだろう。

眼前の男は確かに強いが、煌黒邪神ほど絶望するほどに圧倒的ではない。

 

「……そう警戒するな。主よ。お主が殺気立つのは致し方ないかもしれないが、拙者にまで殺気を向けるな」

「……お前は()だ?」

 

それが一番聞きたかった……。

いやそれを言うのならば先ほどのランサーとか言う男にもだが。

顕れたり消えたりする、それはいい。

別段不思議でも何でもない。

いや、普通の現象ではないが家柄故にか……そう言ったことで別段不思議とは思わない。

それが一つだけならば別に問題はない。

だがこれほどの戦闘能力を有している幽体だが精霊だかの類が、同じ場に二つ以上存在しているというのは……あまりにも不可解だ。

間違いなく自然に発生したものではない。

そこで思い出される、まるで体中に気の循環を巡らせている、雪の妖精のような少女……。

 

……先日の少女の背後にいたのも……同じ類か?

 

こいつに先ほどのランサーという奴が幽体……精霊の類だというのならば、少女の背後から感じたあの威圧も納得が出来る。

こいつと同じように幽体ないし精霊が背後から俺を威圧していたと言うのならば、あの違和感……少女から感じなかったが、確実に俺を圧していたこと……がうなずける。

 

「ふむ……拙者が何であるかと聞くか。となるとまずは名乗らねばならんだろう」

「……それもそうだな。失礼した。俺の名前は鉄刃夜だ」

 

人に名乗らせる前に、己の名前を言うのは至極当然のことだ。

俺はそれに気づいて素直に己の名前を言った。

それに対して相手は頷くと、こういった……。

 

 

 

 

 

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」

 

 

 

 

 

 

そう……名乗ったのだ……。

 

……ささきこじろう……って、「佐々木小次郎」か?

 

佐々木小次郎。

身長とほぼ同じ長さの野太刀……「物干し竿」という長刀を操り、「燕返し」という剣技を振るうという男。

二天一流という二刀流の使い手、宮本武蔵との巌流島での決闘で知られる剣客……のはずだ。

 

少なくとも俺の世界では……

 

俺の世界においても実在していたのか実在していないのかわからない、謎の存在。

宮本武蔵は確かに存在していたという証拠はあるのだが、佐々木小次郎にはそれがない。

故に人々が作り出した偶像だと考えられているのだが……。

 

……その存在を名乗るこいつは何だ?

 

「……偽名か?」

「ふむ……偽名か……。偽名と言えば偽名と言えなくもないのだろうが……此度の戦にはこの名、そしてアサシンというクラスで現界している」

「……現界? つまりお前は人間ではないと?」

「人間ではあるが、生きてはいない。亡霊のようなものだ」

「……戦? というかアサシンって何だ?」

 

何故かいつの間にか問答になってしまっている。

といっても俺が一方的に聞いているだけだが……。

だが、今のところ事情を知っていると思えるのは間違いなくこいつだけだ。

だから聞かざるを得ないのだが……

 

 

 

「知らぬ」

 

 

 

それがこの男からの返答だった……。

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

その返答に俺は……間抜けな響きを返すことしかできなかった……。

 

 

 

「……ならマスターってのは?」

「知らぬ」

「……サーヴァントってのは?」

「知らぬ」

 

 

 

「……うぉい」

 

 

 

男の返答に……俺は若干切れ気味になりながら声を上げる。

問答をしていたはずなのに……答えられたのは一つだけだった……。

 

「アサシンってことと、自分の名前しかわからないじゃねぇか!!!!」

「そうなのだ。実は拙者もそう思っていた……」

 

 

 

「そう思っていた……じゃねぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

張り詰めていた空気が俺の怒号で一気に吹き飛んでしまった……。

何を問うても答えられない目の前の存在に俺は吼えた……。

だがそれで状況が改善されるわけもない……。

俺は吐き出した空気を補給し、改めて男に聞いた。

 

「……つまりどういった状況にあるのかわからないと言うことか?」

「そう言うことになるな。まぁ、少なくともお主が拙者の(マスター)であるということはかわらんよ」

「何故そう言いきれる?」

「それだ」

 

男が……佐々木小次郎が俺の右手を……正しく言えば右手の甲を指さす。

俺はそこに目をやって……目を見開いた。

 

「……これは?」

 

先ほど槍で切られたはずの傷がなく、代わりに……何か形容しがたい刺青のような絵が……あった……。

血のように赤い色で彩られた……そんな紋章が……。

 

「それは令呪(れいじゅ)

「令呪?」

「そう、お主と拙者との契約を表す印。それがある限り拙者はお主に付き従い、剣を振るおう」

 

………それだけ?

 

さらなる説明を待ってみるが、それ以上令呪とやらの説明はなかった。

だが、この紋章がただそれだけの存在であるとは思えなかった。

しかし唯一事情を知ってそうな存在がわからない以上、これ以上のことは知れそうになかった。

 

まぁそこまで重要なものでもなさそうだし

 

いうなれば幽霊だか精霊だかの存在を使役している証なのだろう。

とりあえず最低限聞きたいことは聞けたのでこの件はこれでいいだろう。

 

この目の前の幽霊みたいな存在の名前、そしてこいつが敵じゃないのであればそれでいい……

 

「とりあえず帰ろう。まだ店を開けっ放しにしたまんまだ」

 

そう言って俺はようやく、自分の店を空けたままにしていることを思い出した。

一応結界を張っているとはいえ、店を長い間無人にしておくのはよくない。

 

「承知した」

 

その言葉とともに、俺は男とともに歩き出した。

蹴られた腹部がまだ完全に癒えきっていないので普通に歩く。

大した距離でもないし、なんとか無防備に食らうことは避けられたので、歩きながら気を回して治療すれば店に帰る位には完治するだろう。

 

「ところで主よ」

「ん?」

「店というのは?」

「俺が開いている定食屋だ。近くでそこの店主として毎日料理作って生活している」

「ほぉ。料亭の店主か?」

「料亭って……そんなに大したものじゃない」

「となるとその布切れは暖簾……か?」

「布切れ?」

 

佐々木小次郎の言葉に気付いて、狩竜に取り付けていた暖簾を改めて見てみたら……ボロボロになっていた。

あの槍兵との斬り合いで、敵の槍を狩竜で受け止めて、流していたら暖簾は見る影もなくなっていた……。

辛うじて文字が読みとれるか否かくらいになってしまっている。

 

「うっわ、暖簾がボロボロに」

「気付いていなかったのか?」

「……そんな余裕はなかったよ」

 

ここまでぼろぼろになっては修復も再利用も不可能だ。

仕方なく俺はそれを完全に取っ払った。

夜なべして新しい暖簾を作ろうか考えたが……どっと疲れたので今日はもう作らないことにした。

そんなやりとりをしつつ、夜道を歩いていく。

佐々木小次郎が背負う野太刀と、俺が手に持っている認識阻害の術が解除されてしまった超野太刀狩竜。

これらが警察官に見られるんじゃないかと少々ビクビクしながら歩いていたが、なんとか問題なく帰れた。

 

まぁ仮に見つかっても速攻逃げるだろうが

 

俺は確実に、それに佐々木小次郎とやらもそう簡単には捕まることはないだろう。

たかだか警察官ごとき止められるほど柔な人間だとは思えない。

それだけの実力は有しているはずだ。

だがかといって殺人鬼には見えないし……まだ断定は出来ないが生粋の剣客だろう。

 

「……ただいまっと」

 

無人だが、挨拶を返してくれる存在がいるこの家に、俺の帰宅の声が響く。

 

『!? 無事だったか仕手よ!!!!』

「……封龍剣【超絶一門】。済まない、心配を掛けたな」

『敵の気配がしたとほぼ同時に戦端が開かれてしまっては、注意を促すことも出来なかった。済まない、私のミスだ』

「気にするな、とりあえず命はあるからよ」

『……その隣りにいる男は何だ?』

 

若干の警戒をしつつ、封龍剣【超絶一門】が俺に説明を求めてくる。

もうほとんど生きているんじゃないかと言うほどに感情豊かなこの剣の意志は、やはり優秀らしい。

佐々木小次郎が、普通の人間でないと言うことを一瞬で見抜いていた。

 

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎と申す。姿の見えぬ者よ、以後よろしく頼む」

『アサシン? サーヴァント?』

「こいつに命を助けられたのだが……。封龍剣【超絶一門】、お前は何かわからないか?」

 

封龍剣【超絶一門】に宿っている意志は、元々はモンスターワールドにて知識に長けた種族、竜人族だ。

世界が違うので望みが薄いとは思っていたが、それでも聞かずにはいかなかった。

 

『さすがに別世界のこの世界の事象までは……。すまない』

「まぁそうだよな。こちらこそ済まなかった」

 

自身は全く悪くないというのに、律儀に謝ってくる封龍剣【超絶一門】にこちらからも謝罪する。

そしてその封龍剣【超絶一門】を居住区より引っ張り出してきて、シースより抜剣し、小次郎に見せる。

 

「こいつがさっきから念話で話しかけてきている存在、封龍剣【超絶一門】だ」

「なんと、剣が話しているというのか? それはまた面妖な」

『……お前も十分に怪しいぞ?』

「いやいや、バカにしたわけではないのだ、剣の意志よ。妖刀の類を見るのは初めてでな。少し驚いただけだ」

 

俺が手にしている封龍剣【超絶一門】をしげしげと見つめながら、佐々木小次郎がそう答えた。

それで会話が途切れてしまい、俺の店に静寂が降りる……。

 

「……」

「……」

『……』

 

……何でこんなに気まずい?

 

おそらく、まだこの佐々木小次郎という男が完全に味方かわかっていないからだろう。

封龍剣【超絶一門】はともかく、俺はもうそこまで疑っていなかったが。

当の本人は何も感じていないというか、気まずいとさえ思っていないらしく、イスに座ってあちこちを見回していた。

 

さきほどの状況……殺ろうと思えば簡単に殺れたはずなのだから……

 

「先送りしちゃいけない気がするが、とりあえずこれ以上わからない以上、一旦放置だ。飯にしよう。お前は……飯食うのか?」

「食べないでも問題はないが……せっかく主が料亭の主というのならば頂こう」

「だから料亭じゃないって。了解。余り物が主になるが文句言うなよ」

「うむ」

『……いいのか?』

「ま、しょうがあるまい」

 

何が起こっているのか激しく謎だが……それでもこれ以上わかることがないのならば考えても仕方がない。

ならば飯を食って寝て、特訓に精を出すことにすればいい。

そうして微妙な空気の中、佐々木小次郎と飯を食った。

 

「ほぉ……」

「ん? どうした?」

「いや、予想以上に美味かったのでな。それに、これほど豪華な食事というのは初めてだ……」

「そらよかった……」

 

会話は余り弾まなかった。

しかし令呪というのがあるからか……はたまた意味のわからない親近感からか……雰囲気はそんなに悪いものではなかった……。

 

 

 

 

 

 

「帰ったぞ、凜」

「どうだった、アーチャー。何が起こっていたの?」

「済まない、後れたようですでにその場には誰もいなかった」

 

帰還した己の赤き男、アーチャーに、凜が詰め寄る。

だがそのアーチャーより帰ってきた言葉に、凜は落胆を禁じ得なかった。

 

「……そう」

「痕跡はあったが有益な情報はほとんどなかった」

「……まぁいいわ」

 

実際余りいいことでもなかったが、まだ聖杯戦争は序盤なのだ。

ならば慌てることはないと、凜は己を律した。

だがそれでも気になることはあった。

 

まだ全員のサーヴァントとマスターが現れていないと言うこと

 

聖杯戦争とは全部で七人のマスターと七人のサーヴァントによって繰り広げられるのだ。

だが現時点ではまだ数が出そろっていない。

果たして誰がマスターになるのか?

それを考えてもしょうがないのだが……気が急いてしまうのか、凜はその思考から抜け出すことが出来なかった。

そんな凜を気遣ってか、アーチャーが紅茶の用意をし出す。

そのアーチャーを見て、凜は呆れながらも紅茶を飲む事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!」

 

昨夜……あの青い槍兵に襲われた翌日……。

昨日よりもさらに早起きをして、俺はまだ夜ともいえる時間に、昨夜俺が襲われた廃墟と化している武家屋敷へと来ていた。

まさかこれほど太刀を振るいやすく、人目に付きにくい場所があるとは思わなかったので、棚からぼた餅という感覚でやってきたのだ。

そして昨日ひょんな事から解呪してしまった、抜刀状態の狩竜の訓練も再開していた。

他に夜月、封龍剣【超絶一門】、水月も一緒だ。

 

そして……

 

「いやはやすばらしいな。主よ。まさかと思わなくもなかったが……よもやそれほどの長さの野太刀を軽々と、それも恐ろしい速度で振るうとは……」

「……お褒めいただきありがとうよ」

 

昨日までと違い、今日からはこの佐々木小次郎を名乗る霊体も一緒だった。

佐々木小次郎は俺が縦横無尽に狩竜を振るうのを、少し離れた道場の縁側で、呑気に座りながら眺めていた。

 

「しかし……実に面妖な得物だな。黒い刃紋か? それは? 何か普通ではないようだが」

「……まぁ普通じゃないことは確かだろうな」

 

一旦狩竜を振るうのをやめて、俺は佐々木小次郎へと向き直る。

狩竜の刀身にある……いや、刀身全てが赤黒く変色している。

煌黒邪神を吸収したと思われるのだが……それでも見た目以外に変化が見られなかった。

不吉ではあるが、それでも棄てる訳がないし、何となくわかっていた……。

 

 

 

不吉ではあるが……俺を不幸にするための存在ではないと言うことを……

 

 

 

ちなみに槍兵と同じように霊体化出来るか聞いてみたら出来たので、基本的には霊体として俺のそばにいてもらうことにした。

常に実体化していても良かったのだが、俺の店にいきなり同居人がいたら周りの人間が不審に思う。

別段思われても構わないのだが、攻め込まれても面倒だし、雷画さんあたりが事情説明を要求してきた場合、うまく答えられる自信がない。

雷画さんは俺の恩人だ。

その人にいくら方便とはいえ嘘を吐くことはしたくないからだ。

 

「佐々木小次郎。お前は……」

「待て、主よ」

「……なんだ?」

「佐々木小次郎とわざわざ姓名をいう必要性はない。姓か名、もしくはクラス名で呼んでくれないか?」

 

……一理あるな

 

どういった関係なのか未だ謎な俺と佐々木小次郎の関係だが……しかし敵でないことは確かであり、また佐々木小次郎が俺を主と呼び、俺もこいつの主であるのが別にイヤというわけではない。

ならば戦友と言えなくもない関係の間柄で、フルネーム呼ばわりは確かに良くないかもしれない。

 

「……どれがいい?」

「別に構わぬよ。どれであっても。だが姓名をいちいち口に出しているのはな……」

「……ならば、小次郎でいいか?」

「委細承知した。私はなんと呼べばいい?」

「主……っていうのは俺としてもむずがゆいからな。名前で呼んでくれ」

「了解した。ならば刃夜、と……呼ばせてもらおう」

 

互いに互いの呼び名を決め、俺たちの距離が少しは縮まった……かもしれない。

別段この佐々木小次郎という男が怪しいといっているわけではない。

だが如何せん不可思議な現象の塊であるこいつを、そこまで瞬時に信じていい物かわからないのだ。

 

……いや、ごちゃごちゃ考え過ぎか

 

俺は確かに人間だが……それと同時に剣士でもある。

そして佐々木小次郎……小次郎も野太刀を背負っているのならばやるべき事は一つ……。

 

「……小次郎よ」

「……何だ?」

 

俺の雰囲気の変化を察してか、小次郎が俺に鋭い眼光を向けてくる。

その鋭さは、まさに日本刀のように鋭利で鋭い視線だった。

それに身体がゾクリと……興奮し高揚したが、それを抑えて俺は言葉を続ける。

 

「昨夜言っていた、佐々木小次郎という名は、偽名と言えなくもないといっていたな?」

「いかにも。私は佐々木小次郎であって佐々木小次郎ではない。あくまでも佐々木小次郎という存在の殻をかぶった人間に過ぎん」

「だが、佐々木小次郎を名乗り、そして得物に野太刀を持っている以上、相当できるんだろう?」

 

おそらく小次郎自身も、ここまで言えば俺が何を言いたいのかわかっていただろう。

だがそれでも小次郎は、俺をバカにするのでもなく、悠然と腰掛けたまま、俺に鋭い目を向け続ける。

 

「俺は今日も店の仕事がある故に、長時間は不可能だが……夜明けまでまだ時間がある。どうだ? 互いに剣士として、口で語るのは無粋だと思わないか?」

「……なるほど。まさしくその通り」

 

その言葉で、小次郎は静かに立ち上がり、俺へと近づいてくる。

狩竜の間合いよりも数歩離れた場所で、停止した。

距離にしておよそ一丈(いちじょう)程(約3m)。

そして静かに、背中に背負う鞘から、野太刀を抜き放った。

 

「私はどうやら幸運だったようだ。私よりも長い野太刀を使う男に興味を持ち、それの召喚に応じたのは半ば気まぐれだったのだが……よもやこれほどの使い手だとは思わなんだ……」

 

切っ先を一度直上へと向けて、静かにそれを俺へと向けてくる。

小さくはあるが、決して弱くはない……当然軽くもない殺意を、同時に向けて……。

 

「さぁ……果たし合おうぞ……。刃夜……」

「期待に応えられるか謎だが……。おそらく俺の方が弱い上に、これほどの相手の対人戦は久方ぶりでな。少し手加減してくれると助かる」

「ふふふ……その必要性は、あまり感じないがな……」

 

小さく笑い……そして直ぐに互いに口を閉じ、お互いを見つめる……。

 

 

 

 

俺が手にし、構えるは……刃渡り七尺四寸の超野太刀、狩竜……

 

それとは別にいつものように左腰に打刀夜月を、後ろ腰には水月を差す……

 

 

 

対するは……

 

 

 

刃渡り五尺の野太刀を持つ、侍……佐々木小次郎……

 

 

 

構えている俺と違い、小次郎は自然体……直立のまま構えを取らなかった……

 

どうやら無形……つまり構えを取らないのが、佐々木小次郎のスタイルらしい……

 

しかしその姿を見ればわかる……

 

決して俺を舐めて、構えていないのではないと言うことを……

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

互いに言葉を発しない……

 

発しえない……

 

今、この場に置いて言葉は不要にして、不純なもの……

 

互いに刀剣を携えて、互いに斬り合いを求めるならば、語るのは言の葉ではなく、剣戟にて……血と技で語る……

 

だが直ぐに斬り合うのも無粋というもの……

 

互いにどう手を出し合うのか……

 

いかに敵の剣を躱し、懐に入りて敵を切り裂くのか……

 

気当たりによる、殺意と殺意の鬩ぎ合い……

 

敵の隙を、攻め気を誘い、己が有利になるために、殺意をぶつけ合う……

 

だがこれの勝負は直ぐに決着が付いてしまった……

 

 

 

……やばい

 

 

 

昨夜の様子から間違いなく一級品だと思っていたが誤りだった……

 

一級ですら収まらない、否、それどころか特級でも収まるか怪しい……

 

規格外だ……

 

測定不能でもいい……

 

目の前で野太刀を手に佇む相手の実力を推し量るのは、俺の未熟な眼力では不可能だった……

 

 

 

ならば……

 

 

 

気迫の勝負で負けても、剣戟にて勝利すれば問題はない……

 

正直言えばそちらも、対人戦のブランクが長い今の俺では勝てるとは思わなかったが……

 

だがそれでもやりもしないで敗北を認めるなどあり得ない……

 

ましてやこれは互いが互いを知るための儀式……

 

斬り合いもせずに終わるという選択肢はあり得ない……

 

 

 

「……どうやら殺意のやり合いでは足下にも及ばないようだ」

 

「そうか? なかなかに心地いい殺気を放ってくるが……。巨大であり、強大な殺意を……」

 

「お褒めいただきありがとう……」

 

「……」

 

 

 

殺意を膨らませ、それを徐々に徐々にすぼめ、鋭くし、鋭敏へと変化させる……

 

それを感じ取ってか……小次郎の眼光がより鋭くなった……

 

冬の冷え切った夜気とは違う……冷たい何かが……俺の身体を震わせた……

 

 

 

殺意という……冷気が……

 

 

 

それを感じ取り……俺は気力にて強化した身体能力にて一歩進み……狩竜を薙ぎ払った……

 

開始の合図は、必要はない……

 

そんなものはあり得ない……

 

元来真剣による斬り合いとは、そんなものなどないのだから……

 

ただだた……互いに互いの隙を、切り込むべき場所を見つけて刀を振るうのみ……

 

そこに一切の容赦はなく……刀による呵責ない斬撃を繰り出すだけの単純にして明快な……殺しの意志……

 

 

 

「!?」

 

 

 

一瞬予想外の速度に驚いたのか、小次郎が驚愕の表情を浮かべたが、それはまさしく刹那の時間のみ……

 

直ぐに俺の剣戟に備えて、静かに刀を移動させる……

 

夜と言ってもまだ差し支えない時間に、硬質な音が響き渡る……

 

それ以外に音はしない……

 

戦闘が始まる前より、虫も、鳥も、音を発していなかった……

 

むしろこの場にいるのは俺と小次郎だけかもしれない……

 

殺意の奔流を感じ取って、ここら一帯の生物全てが軒並み移動してしまったかのような感じがする……

 

 

 

二人だけの空間で……二振りだけの、殺し合い……

 

 

 

!!!!

 

 

 

敵の剣が移動し、硬質な音が響きかせながら、俺の狩竜を流すようにして斬撃が回避される……

 

そして技後硬直の俺に……明確な殺意が迫り来る……

 

瞬時の踏み込みで……一足にて一丈もの距離を駆け抜ける小次郎……

 

ぞわりと……肌が粟立つのが感じられる……

 

狩竜での迎撃は不可能なので……俺は精神を研ぎ澄まし、肌で敵の攻撃を感じ取って、大幅に動いて避ける……

 

余りにも鋭すぎたその閃きを、完全に見切ることは不可能だと……悟ったからだ……

 

初撃による奇襲が失敗し、あげく狩竜の重き斬撃をいとも容易く流した敵の技量は計り知れない……

 

だが、これで負けるわけがない……

 

俺は必死になって身体を動かし、距離を離す……

 

小次郎も、狩竜の間合いより一歩離れた位置に移動する……

 

そして、互いに静止する……

 

無論視線だけでなく、五感全ての感覚を……第六感すらも相手に向けたままだ……

 

 

 

「驚いたな……」

 

 

 

その静止の状況で、小次郎がぼそりと言葉を漏らす……

 

俺はそれに意識を傾けつつ、一切の油断をしない……

 

 

 

こいつを相手に……出来るわけがなかった……

 

 

 

「先ほども驚異的な速度だったが……今の斬撃はより恐ろしかったぞ……。お主……先ほどまで力を抑えて太刀筋を読まれないようにしていたな?」

 

「……卑怯だったか? お前ほどの相手を前にして、全ての手の内をのっけから晒すのは危ないと判断したのでな。そういうお前も俺の特訓を見るだけで、自分の剣は全く見せていないのだからな……おあいこだろう? 俺の特訓を見ているときも舐めるように俺の動きを観察していたしな」

 

「いやいや……感心したよ。本当に私は幸運だったようだ……」

 

 

 

味方であり、明確にわかってはいないが……主従の関係であるはずだというのに、俺たちは、互いに互いを、まるで好敵手のように見ていたのだ……

 

 

 

 

 

 

まるで初めから……こうして斬り合いを望んでいたかのようだった……

 

 

 

 

 

 

「さて……続きを……」

 

 

 

「……しようか!!!!」

 

 

 

ぼっと、空気を押しのけて、俺の殺意をはねのけて、小次郎が突貫してくる……

 

得物の間合いで負ける野太刀を持つ小次郎がその間合いを潰し、自分の刃圏に潜り込もうと……

 

それを黙って見ているわけにはいかない……

 

俺は狩竜を全力で……気だけでなく、魔力さえも行使して、最強の斬撃を繰り出す……

 

 

 

「!? さらに剣速と威力が増したか!!!!」

 

 

 

歓喜に震える……小次郎の声……

 

狩竜の長さに重さ……

 

それに気と魔力が合わさって、最強の一撃を放った……

 

だが敵も恐ろしき男……

 

その狩竜の斬撃を、小次郎はその野太刀で流した……

 

普通であれば、刹那の時間で迫るこの薙ぎ払いの野太刀を躱すことは叶わず……ましてや剣で捌くことなど、出来る物ではない……

 

だが敵は凄まじかった……

 

避けるのではなく、己が得物で俺の狩竜を流したのだ……

 

 

 

 

 

 

その技量は……もはやあり得ないといってもなんら問題はない……

 

 

 

 

 

 

これほどの技量を持ち得た存在がこの世に存在していたのか!?

 

 

 

そう思えてしまうほどに、俺は内心で驚愕する……

 

それと同時に、手が、背中が、脳が、心が……沸騰した……

 

肌が泡立ち、歓喜に身体と心が震えた……

 

狩竜は威力があり間合いがある分、取り回しに難がある……

 

一度防がれてしまっては、容易に敵の侵入を許してしまう……

 

先ほどとは違い、敵の剣撃を避けるのは難しかった……

 

それを防ぐために、俺は咄嗟に左手で腰の水月へと手を伸ばし、即座に抜刀した……

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

 

 

硬質な音が……俺たちの腕を、心を震わせる……

 

目と鼻の先で、朱い花が散って、俺たちを一瞬照らした……

 

水月には鍔がないが、根本で受けたその剣戟は、そのまま鍔迫り合いへと移行した……

 

防いでいなければ、間違いなく命を絶っていたと思われるほどの、鋭い一撃だった……

 

 

 

「……咄嗟に腰の物を抜くとは……。先ほどのさらなる剣撃といい……お主、本当に人間か?」

 

「昨日の槍兵にもそう言われたよ……。確かに普通とは色々と言い難いだろうが……俺は……」

 

 

 

その言葉と供に力を込める……

 

するとあっという間に力の均衡が崩れる……

 

どうやら技量はともかく、身体能力及び筋力では、俺に分があるようだった……

 

 

 

「人間だ!!!!」

 

 

 

そう吼えると同時に、左手に力を込めて水月を敵事薙ぎ払い、鍔迫り合いを終わらせる……

 

さらにそのまま体当たりを刊行し、身体事相手へとぶつかる……

 

が、それもひらりと、至極あっさりと避けられてしまった……

 

さらに俺の狩竜が襲うが……それも紙一重ですっと、躱されてしまう……

 

俺の得物が得物だからか、互いにヒット&アウェイのような戦闘になってしまう……

 

再び一丈ほどの距離が……俺たちの間に生まれた……

 

これほどの間合いを持った相手とやり合うのは、小次郎自身初めてなのだろう……

 

攻めあぐねているような感覚がある……

 

だからこそ俺がこうして拮抗できているのだろうが……

 

 

 

 

く、クククク

 

 

 

 

笑った……

 

心の底から……

 

それこそ身体の奥底から絞り出した……俺の穏やかならざる笑み……

 

敵も俺と同じなのか……

 

その精悍な表情が笑みで歪んだ……

 

互いに、互いを斬り合うという……穏やかでない、その行為を……

 

 

 

 

 

 

俺たち二人は……至上の喜びで行っていた……

 

 

 

 

 

 

愉しかった……

 

愉快であり痛快であり爽快であり壮快だった……

 

愉しいと……心の底からはき出せるほどに、愉しかった……

 

これほどの力量を持った相手との斬り合いは……至高であり至宝だった……

 

さらに、互いの得物が……冷え切った空気を斬り裂いた……

 

 

 

一合……

 

 

 

二合……

 

 

 

三合……

 

 

 

何合斬り合ったのかもわからない……

 

 

 

そんな事は些細なこと……

 

 

 

ただ、ただ……斬り合い、太刀を振るう度に、衝撃が、感触が……俺たちの肌を振るわせ、気分を高揚させた……

 

 

 

己の顔を見ることは出来ないが……間違いなく俺の顔は歓喜で満たされていたはずだ……

 

 

 

それは相手……小次郎の表情を見れば一目瞭然……

 

 

 

なぜなら、佐々木小次郎も……笑っていたからだ……

 

 

 

「……ふ、ふふふふ」

 

「……く、くくくく」

 

 

 

低く、低く……笑った……

 

 

 

ありのままに笑えば、感情のままに笑えば、隙が出来てしまうから……

 

 

 

それで勝負が終わってしまうから……

 

 

 

そんなことは許されない……

 

 

 

 

夜明けが近づき、森の木々の上の方が、赤く染まっている……

 

 

 

夜と朝の境界線……

 

 

 

その狭間の時間とでも言うべき時間に、響き渡る……俺と小次郎の剣戟の音……

 

 

 

心地よく響く……澄んだ音……

 

 

 

 

 

 

二人で奏でる……死の……剣の旋律……

 

 

 

 

 

 

まだだ……

 

 

 

まだ、足りない……

 

 

 

もっと……もっと……

 

 

 

可能であれば永遠に……これを続けていたい……

 

 

 

だがそれは当然出来るわけもない……

 

 

 

だからこそ、今のこの時間が……ひどく……狂おしいほどに愛おしい……

 

 

 

まだまだこの時間を……

 

 

 

 

 

 

続けていたい……

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

「づぁっ!」

 

 

 

!!!!

 

 

 

小次郎に流されそうになった狩竜の軌道を一瞬で無理矢理変えることによって、俺は小次郎との野太刀と鍔迫り合いを行う……

 

 

 

互いの顔が間近に迫り……俺たちは互いに笑んでいた……

 

 

 

互いに、どれほどこの時間を愛おしいと感じているのか……

 

 

 

それを見ただけでわかるし、仮に見えなくても関係なかった……

 

 

 

一合、一合……

 

 

 

刀を振るう度に、刀が交差する度に、わかるからだ……

 

 

 

まさに剣による、剣のための……語り合いだった……

 

 

 

一瞬の均衡を崩し、俺が小次郎を吹き飛ばす……

 

 

 

吹き飛ばすと同時に間合いを詰めて、俺は狩竜で小次郎を薙ぎ払わんと薙いだ……

 

 

 

だがそれを小次郎は紙一重で避けて……

 

 

 

俺へと突貫した……

 

 

 

今度も水月を抜こうとしたが、その前に……直ぐに結果が訪れてしまった……

 

 

 

「私の勝ちだな……刃夜」

 

 

 

「……そうだな。まいった」

 

 

 

狩竜の攻撃を躱され、懐に入られてしまった俺の首筋に、小次郎の野太刀がひたと当てられていた。

それで俺たちの朝の斬り合いは終了した。

そしてこれでわかったことがあった。

 

この佐々木小次郎という人物は……間違いなく最強クラスの剣士であると言うこと

 

何よりも、信頼に足る人物であると言うこと

 

これだけわかれば十分だった。

元々敵ではなかったが、今回の斬り合いで確定したのだ。

それを喜ぶべきだろう。

それに何より、これほどの対人戦を出来る相手というのは俺としてはかなり貴重だった。

 

「また明日も付き合ってくれるか?」

「無論だ。むしろ私からお願いしたいくらいだ、刃夜」

 

互いに互いをライバルとして認識した瞬間だった。

そしてそれと供に、俺たちは信頼に値する人物であると、互いに認識したのだった。

別に俺が主だと言い張るつもりはさらさらないが、それでも俺たちはこのときやっと主従となり、仲間となったのだ。

俺と小次郎は朝焼けに染まりつつある冬木の深山町を供に歩いて、店へと帰還したのだった。

 

 

 

 

 

アーチャー

筋力D

魔力B

耐久C

幸運E

敏捷C

宝具???

 

単独行動B

マスターが存在しなくても活動できる能力。Bならば二日間は存命可能

 

対魔力D

一工程による魔術を無効化。魔術避けが施されたアミュレット程度の能力。要するに気休め程度

 

 

 

 

 




はい終了~
なんか1.5万字使ってもこれだろ?
果たしてこの作品終わるのにどれほどの時間がかかるやら……

もうすこし短く書いた方がいいかな?



後一応忠告しておく
私、刀馬鹿は基本遅筆ですので、今は奇跡的にすごい短いスパンで掲載してるけど、四月になったら私も忙しくなるので一ヶ月に一話とかが普通になるかもしれないのでそこを注意しておいて下さいね?
実際モンハンの話は一時期一ヶ月に一話だった


ともかく終了~
次はようやく最優のサーヴァントが登場しますよ~www


ハーメルンにて追記
実際にじファン停止してから早二ヶ月以上が経過してますが・・・・・・
新しい話はたったの二話しかかけていません・・・・・・
遅筆だ・・・・・・
涙が出るね


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運命

今回刃夜成分薄めです。
タイトル通りゲーム主人公の士郎がメインとなります。
となると……何のお話だかわかりますよね!?
わからない方にも無論わかるように書いたので、大丈夫だと思います!

それではどうぞ!






「あれ? お店が開いてない?」

 

日課の早朝ランニングの途中にあるお店、和食屋のドアが開かないことに、私は驚きを隠せなかった。

時刻は早朝なので、お店が開いていないことは別段普通ならば不思議じゃない。

だけど、この和食屋だけはそれが当てはまらない。

 

鉄さん……まだ修練から戻ってきてない?

 

この和食屋の店主である、鉄刃夜さんとは去年の四月からの付き合いで、すでに知り合ってから十ヶ月ほど時間が経っている。

その間、一度たりとも早朝ランニングでお店が開いていなかったことはなかったのに……。

休日の時すら、わざわざ私のために開けてくれていた。

 

そんな私の第六感が、不穏な気配を捉えた。

 

バッ

 

思わず身構えながら振り向いたその先には……いつものように訓練をしてきたと思われる鉄さんがいた。

だけど、今までと違って……すごく高揚しているのが雰囲気だけでなく、見た目にもわかった。

 

「……よぉ美綴」

 

その声はよく知っている声で……いつもなら、その声に胸の鼓動が高鳴ってしまうのだけど、今日は別の意味で高鳴った。

 

「……今日は訓練遅くまでやってたんですね」

「……まぁ色々とあってな」

 

いろいろって……?

 

歯切れが悪いとまでは言わないけど、いつもはっきりする鉄さんらしくなかった。

しかもこれほど……それこそ今まさに試合を行ってきたと言うほどの気配を漂わせながらのこの台詞は、とても意味深に聞こえてしまう。

 

「……とりあえず中入ろうか? 寒いだろ?」

「……それもそうですね」

 

もうそろそろ立春とはいえ、まだ気温は十分冬と行って差し支えない。

鉄さんが襲ってくるなんて全く思わないけど……あまりにもいつもと違う雰囲気に警戒しながら私はドアから一歩引いて鉄さんに道をゆずる。

鉄さんが鍵を開けるのを待っていると、ふと気づいたことがあった……。

 

……あれ? この湾曲したのって……

 

鉄さんが手に持つ長い長い湾曲した棒。

今まではただの暖簾棒だったはずなのに……所々に、切れ目があるのに私は気がついた。

だけどそれを聞く前に、鉄さんから声を掛けられた。

 

「……すまん、とりあえずシャワー浴びてくるわ」

「あ、そうですね」

「適当にお茶入れてくつろいでてくれ。行水するだけだからそんなに時間はかからないから」

「了解です」

 

汗に濡れたままだと風邪を引いてしまうので、私はそれに頷く。

結局それで、鉄さんが手にしている新しく見た気の棒のことを私はすっかりと忘れてしまうのだった。

 

 

 

実に心震える特訓だったな

 

先ほどの小次郎との斬り合いを思い出して、俺は心から震えていた。

まだ本気を出していない……もしくは切り札(・・・)を隠している素振りだったが……それは俺とて同じこと。

長く対人戦を行っていなかったから負けたと思いたいが……間違いなく今の俺ではそう簡単に勝てる相手ではない。

 

興奮したのは確かだったが……ちょっと気が抜けすぎたな

 

その興奮冷めやらぬまま店まで戻ってきたら美綴に警戒されてしまった。

別段いきなり斬りかかるようなことをするつもりは当然無いが……いくら武芸者とはいえ一般人に気取られるほどに高揚してしまったのはいただけなかった。

 

心頭滅却……

 

昂った気持を抑えるために、俺はこの時期に冷水にて汗を流した。

どうすれば勝てるか考えながら板前服を着て店に出ると……信じがたい光景が広がっていた……。

 

「可憐な小鳥よ、茶はいかがかな?」

「か、可憐……? そ、そんな大した物じゃないですよ」

「いやいや、そう自分を卑下するな。コマドリのような可憐さを持ち合わせつつ、菊の花のような凜とした雰囲気を併せ持っていて、実に見ていてすがすがしい気分にさせてくれる」

「……え、えっと、その」

 

「……おい、小次郎?」

 

一瞬我が目を疑ったが……それで事態が好転するわけもない。

俺は怒鳴りたくなるのを必死に抑えながら、小次郎に声を掛ける。

 

「何かな? 刃夜よ?」

「……どうして出ている?」

 

出ているというのはいくつかの意味がある。

一つは現界していること。

帰りながら小次郎と念話して、いくつかお願いをしたのだ。

その一つが、基本的に現界せずに霊体として俺のそばにいること。

急な来訪者……それもずっと俺と行動を共にする存在が出てきたら周囲の人間が訝しむからだ。

別段怪しまれてもいいのだが、それでも急激な変化はどうしても目に付いてしまう。

それを防ぎたかったのだ。

そしてもう一つは、それを破り現界し、あげく美綴を口説いているのはどういう事なのか? と言う意味だった。

 

「えっと……鉄さん? この人は?」

 

当然の質問。

今まで俺しかいなかった店に、突然の和服姿の男がいたのは意外だったのだろう。

しかも話を聞く限り……どう考えても口説いているようにしか見えない。

 

……軟派なのか?

 

いまいちよくわからない奴である。

だがバカではないらしく、さすがに野太刀を現界してはいなかった。

色々と溜め息を吐きたくなったが……俺は仕方がないので、呆れつつ美綴に紹介する。

 

「……そいつは佐々木小次郎。俺の友人だ」

「友人、というよりも戦友だな。宿敵でも構わない」

「……はぁ? 宿敵ですか?」

『何でわざわざそんな説明するのに面倒な補足するんだ?』

『おもしろいからだ主よ』

 

後半は念話で美綴に聞き取られないように会話をしたが……あまり意味はない気がする。

どちらにしろ、今まで俺個人の知り合いなどいなかったというのに、突然知り合いが何の脈絡もなく来たら怪しいこと請け合いだろう。

 

「友人で戦友で宿敵……ライバル?」

「……そんな感じかな?」

 

もう面倒だったのでどうでも良くなってしまった俺は、それに頷いておいた。

美綴は最初こそ訝しんでいたが、それも直ぐに消えた。

小次郎自身の雰囲気は別段怪しくはない……妖しくはある……ので、そこまで危険ではないと思ったのかもしれない。

後は俺の友人と言うことが大きいかもしれない。

 

「それにしてもお名前が佐々木小次郎ですか? 宮本武蔵の相手の名前と同じですね」

「同じなだけだ、可憐な小鳥よ。それと、出来ればお主の名前を教えてはくれないだろうか?」

「おっと、こりゃ失礼しました。私の名前は美綴綾子って言います」

 

小次郎と美綴が互いに自己紹介するのを、俺は見ながら、思考は別のことを考えていた。

 

……この世界にも『佐々木小次郎』は存在しているのか

 

存在、というよりも伝承が伝わっているといった方が正しいかもしれない。

この世界でも俺の世界と一緒で、佐々木小次郎という存在は架空の人物と言うことでいいのだろう。

 

じゃあ、こいつが自分のことを佐々木小次郎と名乗る理由は何なんだ?

 

偽物であって偽物ではない。

小次郎自身が、己のことをそう言った。

よく意味はわからないが、それでもそう名乗ると言うことは、名乗るに足る理由が存在するはずだが……。

 

「こうして出会ったのも何かの縁だ。今宵、私と一緒に月を愛でながら食事でもどうかな?」

「え、えっと。お誘いは嬉しいですけど夜はさすがに……」

「……おいこら」

 

考えようとする度に、小次郎が俺の思考を停止させる。

自分のこともほとんどわかっていないようだし、こいつには困った物だった。

 

「ナンパなんかしてるんじゃない。どうせいるなら仕込みを手伝え」

「あ、そう言えばもうこんな時間ですね。そろそろおいとまします」

「それは残念だ。小鳥よ。気をつけるのだぞ」

「はい、失礼します」

 

小次郎の言葉をどう受け取ったのかは謎だが……美綴が苦笑しながら店を出て行く。

美綴の気配が遠ざかっていくのを感じながら……やがて声が聞き取れない距離まで遠ざかったとき、俺は小次郎に詰め寄った。

 

「……何で出てきてんだお前は!?」

「……見目麗しい可憐な花を見たら、つい……な」

「ついじゃねえよ! これで美綴にはお前がこの店にいるって知られてしまったじゃないか!」

 

小次郎がこの店にいると言うことを知られてしまっては、雷画さんの耳に届いても不思議じゃない。

勝手に同居人……実際は霊体なのだが……を増やすというのは余り好ましくない。

だからこそ霊体のままでいて欲しかったのだが……

 

「まぁ良いではないか。常に実体化している必要性は確かにないが、咄嗟の時には実体化している時間差も惜しい」

「そうかもしれないが……」

「それにそうすれば私としても小鳥を愛でることが出来……」

「俺の店でナンパをするな!」

 

なんか、思ったよりも軽い奴のようだ……。

いや、これだけで判断するのは早計かもしれないが……。

ともかく俺は開店準備を始めた。

 

 

 

そして開店……する少し前……

 

 

 

「ちょうどいい。常に実体化するなら働け」

「……何?」

「注文とるのと皿洗いをしてくれ。後は客が帰った後の机の片付けと拭き掃除」

「いや……刃夜? 私は……」

「働かざる者食うべからずだ。飯食っただろ? これからも食べるんだろ?」

「そうだが……」

 

 

 

「軽はずみに実体化したから自業自得だ。ほら、働け!」

 

 

 

「……了解した」

 

 

 

こうして、ひょんな事から小次郎が俺の店の店員として働くことになった。

 

 

 

まさに

Survant(召使いという名の店員)である。

 

 

 

女子高生とかを必ずと言っていいほどナンパするので、そのたびに仕事をしろとせっつくので、少々面倒なこともあるが……それでも俺一人だけで回していたのを分担できるのはありがたかった。

 

……結果オーライ?

 

その内雷画さんに呼び出されて事情を聞かれそうだが……その時になったらというか、今は料理作るのに集中するために、後回しにした(現実逃避)。

 

「注文入るぞ刃夜」

「おうよ!」

 

こうして和食屋に俺と小次郎のコンビが誕生したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

十年前……それは起こった……

 

後に「冬木大災害」と呼ばれる火災……

 

それは冬木市の新都で起こり、甚大な被害をもたらした……

 

火災の原因は不明で、あっという間に燃え広がったその大災害は……多くの家屋、人命を奪い、今もその爪痕を残している……

 

その大災害の中心部……その地区に住んでいた少年……

 

名を……「■■■士郎」と言った……

 

その少年はその災害、もっとも被害の大きなその猛火の中で……生き延びた唯一の存在だった……

 

身の回りの物を全て犠牲にして……

 

家を、家族を……

 

 

 

心を……犠牲にして……

 

 

 

その少年は、自身を助け出してくれた存在の養子として、身元を引き取られた……

 

そしてその日よりその少年は、その存在のようになりたいと願った……

 

だが恩人は自分がそんな存在ではないという……

 

少年は言った……

 

自分のことを救ってくれたじゃないか……と……

 

それでもその恩人は、自分はそうでないと答え、こう言った……

 

自分もそうなりたかったのだと……

 

だから少年は言ったのだ……

 

 

 

命の恩人がなりたくてもなれなかった存在へと……自分がなると……

 

 

 

それを聞いて恩人は逝ってしまった……

 

 

 

穏やかな顔をして……本当にただ眠るように……

 

 

 

ただ一言……言葉を遺して……

 

 

 

そしてその少年は命の恩人の後継者になることを誓ったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は、自身が人々を救う「正義の味方」になると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが十年前に決定された……少年の……「衛宮士郎」という人間のあり方だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「どうだ衛宮?」

「う~ん。見てみないとわからないけど……」

 

朝。

まだ夜露の冷たさが残るこの時間帯、穂群原学園の生徒会室でそんな会話が行われていた。

片方は、眼鏡を掛けた青年だ。

手にした書類を整理しながら、もう一人の青年へと声を掛けている。

その声を掛けられた方の青年は、自分の目の前にあるストーブを色んな角度で観察していた。

 

「うちの学校は部活の予算配分に問題があってな。文化系の部活はいつも不遇の扱いで、特に冬のストーブ不足は深刻だ。治りそうか?」

 

真剣に書類を見つめるその眼光は力強い物だった。

容姿も整っており、頭脳も明晰な青年だ。

名を柳桐一成(りゅうどういっせい)と言った。

穂群原学園の生徒会長で、カリスマがある優秀な存在だ。

 

「多分配線の問題だから、なんとなると思う」

「やるな衛宮……お前が頼りになると極めて嬉しいぞ」

 

ストーブの様子を見ている青年にそう返す。

工具箱を開いているその青年の名は衛宮士郎。

二人は友人同士であり、士郎が備品の修理に長けているので、朝や放課後など、こうして二人で備品の修繕などで出歩くことが多々ある。

 

「一成……。お前時々変な日本語使うよな。それと悪いんだが、集中したいから席を外してくれないか?」

「ふむ……デリケートな作業かな? わかった衛宮の邪魔はせん」

 

士郎の言葉をどう受け取ったのかは謎だが、嫌な顔一つせずに一成は生徒会室より出て行った。

 

(デリケートと言えばデリケートなんだけど……)

 

一成の言葉に内心苦笑しつつ、士郎はストーブにそっと右手で触れた。

そして意識を集中させる。

 

ただそれだけだ……。

 

分解したわけでもない。

加えて言えば士郎は確かによく備品の修理を行っているが、今手で触れているストーブの修理は今回が初めてだった。

 

 

 

要するに、今士郎が行っているのは普通ではないやり方だった……。

 

 

 

(断線しかかっている電熱線が二つ……、電源コードは絶縁テープで何とかなるな……)

 

 

 

意識を集中して、身体に少しだけ魔力(オド)を通す。

それによって、士郎はこのストーブの構造を完全に把握していた。

士郎の特殊な才能で、物の構造、設計を把握することに特化していた。

 

(そう言えば親父が言ってたっけ。構造把握能力だけは大した物だって……)

 

士郎にとっては恩人の言葉。

だが彼としてもっと別の物が欲しかったのも事実だった。

 

魔術……という名の才能を

 

恩人でもあり、師でもあった衛宮切嗣(えみやきりつぐ)は魔術使いだった。

魔術とは、体内に宿る魔術回路と魔力(オド)を用いて行う神秘の技。

それ故に、士郎は厳密に言えば一般人ではない。

さらに言えば士郎は魔術使いであり、魔術師ではないのだ。

魔術の究極の目的は「根源への到達」を目指す者であり、それ以外の用途で魔術を行使する者を「魔術使い」と称するのだ。

故に、人を救うための力として魔術を使用する士郎は、魔術使いに他ならなかった。

 

「よし」

 

全ての構造を把握し、士郎はスパナを手に取った。

 

 

 

人々を救うと言っても、現実は厳しい。

一介の学生である士郎には魔術があるとはいえ、大した力を持ち得ていないのだから……。

だからこそ、士郎は出来ることをやっていこうと思い、こうして日々、人助けのために動いていた……。

 

 

 

 

 

 

己の願いの歪んだ事実に……気がつかない振りをして……

 

 

 

 

 

 

放課後。

士郎は弓道部の人間に頼まれて弓道場の掃除や、備品の整備を行っていた。

これも人助けの一環であり、士郎にとっては日常茶飯事だった。

掃除を徹底的に行い、それどころか弓の整備も行い、すでに時刻は夜になっていた。

 

 

 

この日は……まさに士郎にとって運命の日だった……

 

 

 

もしもこの日、掃除を行わずに直ぐに帰っていたら?

 

 

 

もしくはバイトで早い時間に学校を出ていたら?

 

 

 

仮定の話は出来る……

 

 

 

だが実際に衛宮士郎という青年は、夜のこの時間に、学校にいてしまったのだ……

 

 

 

「大体こんなものかな?」

 

もはや大掃除と言っても差し支えないほどの掃除を行った士郎は、自分の仕事に満足しつつそう呟いた。

預かっていた鍵で弓道場の鍵を閉めて、外へと出る。

夜になってしまったために、すでに明るさはなく、人影も皆無だった。

そしてそのまま、校庭を横切ろうとした……。

 

 

 

その時……

 

 

 

ギィン!

 

 

 

(何だ?)

 

 

 

硬質な音を、耳が捉えていた。

それに誘われるように、士郎は校庭へと足を踏み入れてしまう……。

そこには……

 

 

 

青と赤……

 

 

 

二つの存在がいた……

 

 

 

片方は槍を、片方は双剣を携えて、鎬を削り合っていた。

いやもしかしたら、削っているのは命かもしれない。

ともかく、そいつらは普通ではなかった。

一目見ただけでわかる。

人間の形をしているが、人間でないと言うことなど。

 

「な……なんなん……」

 

何なんだ。

そう言うことは出来なかった。

そのタイミングで、斬り合いが止まり、剣戟がやんだのだ……。

そして片方……青い方がその鋭い……鋭すぎる眼光を士郎へと向けた。

青い装束に深紅の槍……。

そして何よりもその鋭き眼光は、先日刃夜が邂逅した青き槍兵、ランサーに他ならなかった。

 

「誰だ!」

 

粗野とも言えるその声は、すでに静まりかえってしまっている学園の校庭に響き渡った。

それは明確に、限りなく明確に……士郎へと向けられた言葉。

ただ遠くから見ているだけで、ひりひりと肌に感じていた殺気を、直に浴びて……士郎は悲鳴を上げた。

 

「ひっ!?」

 

そしてそのまま駆けだした。

その行為を、誰が笑うことが出来ようか?

普段はほとんど機能しない、人間としての本能に従ったまでなのだから……。

 

 

 

逃げなければ……殺されると……。

 

 

 

 

 

 

恐怖と逃亡という、本能に……

 

 

 

 

 

 

否、逃げても殺されるといった方が正しいだろう。

こちらを標的へと見据えたランサーは、普通の人間が……とある技術を持っているだけで後は何ら普通の人間と変わらない青年が、逃げおおせる事の出来る存在ではない。

だがかといってそれで直ぐに諦めるわけがない。

士郎は走った……。

がむしゃらに……。

そしてその後方……校庭の真ん中で赤い騎士、赤い外套を纏った男、アーチャーに駆け寄る少女がいた。

 

「うそ! まだ人が残っていたなんて!」

 

予想外の事態に遭遇し、その少女……遠坂凜は悲鳴に近い声を上げる。

己のサーヴァント、アーチャーが敵のサーヴァント、ランサーとの一騎打ちになり、その様子を見守っていた。

見惚れていたといった方が正しいかもしれない。

眼前で繰り広げられた戦闘は、間違いなく至高であり、究極の一騎打ちだった。

 

サーヴァント。

使い魔としては最高ランクを誇る存在であり、魔術よりも上にある。

使い魔と称しているが、その正体は使い魔とは完全に別格である。

その正体は英霊……神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰を持って人間霊である彼らを精霊の域にまで達する人間サイドの守護者である。

彼ら英雄は、生前の偉業により英雄と世界に認められた存在が受肉した者であり、死亡時の姿ではなく、全盛期の姿で召喚される。

本来ならば位が高すぎるために人間が使役するには不可能な存在であり、「魔法使い」であっても御し得るのは難しい。

聖杯の力を借り、令呪という絶対の命令権を得ることで初めてマスターとなることが出来るのだ。

サーヴァントは、聖杯に叶えたい願いがあるからこそ、現世の人間に使役されることを許し、マスターと協力して聖杯を巡って争っているのだ。

 

サーヴァントは聖杯によって、七つのクラスを当てはめることでこの世に召喚することを可能とした存在だ。

 

剣使い(セイバー)

 

槍使い(ランサー)

 

弓使い(アーチャー)

 

騎乗兵(ライダー)

 

魔法使い(キャスター)

 

狂戦士(バーサーカー)

 

暗殺者(アサシン)

 

それぞれのクラスは、そのクラス名に特化した能力に適合する英雄がサーヴァントとして召喚される。

剣使い(セイバー)であるならば、剣技に秀でた英雄が……。

槍使い(ランサー)ならば、槍術に特化した英雄が……と言った具合に。

そのため、クラス名でその英雄がどのような戦闘を行うのかがわかる。

無論それはあくまでも普通ではという前書きがつくために例外が存在する。

 

 

 

少女、遠坂凜が召喚したサーヴァント、アーチャーのように……

 

 

 

遠坂凜が召喚したアーチャーは、ランサーとの一騎打ちで使用したのは弓でも矢でもなく……一対の剣だった。

その一対の剣を縦横無尽に振るい、ランサーの槍を適格に捌いていたのだ。

 

 

 

それはある種の美しさを湛えていた……

 

 

 

かつての英雄達の人智を越えた闘い。

魔術師でなくとも、それは目を奪われるものだった。

故に、凜も目を奪われてしまい、可能性を忘れてしまったのだ。

 

 

 

まだ学園に人がいるという可能性を……

 

 

 

魔術とは神秘であり、秘匿される物……

 

それを不用意に第三者に見られてしまった場合は、速やかに口封じのために抹殺するのが魔術師の鉄則だった。

故に、ランサーの行動は考えるまでもなく……士郎の口封じへと移ったのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

その士郎は、必死になって走り校舎の中の廊下でへたり込んでいた。

重圧にも等しい殺気を向けられての逃避行動は、彼の身体から著しく体力を削り取っていた。

全力で走ったことは間違いない。

だが当然、たったそれだけのことで逃げおおせることが出来るとは、士郎とて思っていなかった。

 

「よぉ?」

「!?」

 

そんな士郎へと、ドスの聞いた声が掛けられる。

顔を上げた士郎の瞳に……ニヤリと、笑みを浮かべたランサーの姿があった。

 

「悪いな坊主。死んでくれや!」

「!!!!」

 

その声と供に突き出された槍……。

それは狙いがずれることもなく、士郎の心臓へと突き立てられた。

言うまでもなく、それは致命傷であり……士郎はそのまま声を発することもなく、意識が途絶えた。

士郎を殺したランサーは特に何も感じておらず、一つ鼻を鳴らすと姿を消した。

さすがに興がそがれたのか、アーチャーとの再戦は考えなかったようだ。

 

タッタッタッタ

 

そんな暗闇の校舎に響く足音。

それは凜の足音だった。

 

「一体だれが!?」

 

ランサーの後を追ってきたのだ。

そして、倒れた青年……士郎の顔を見て絶句した。

 

「嘘……やめてよね……。何であんたが!?」

 

その口調には親愛は一切込められていなかった。

それもそのはずで、衛宮士郎と遠坂凜との間柄を一言で表すならば顔見知りだった。

遠坂凜は学園で容姿端麗、文武両道、才色兼備の優等生……能力はあるが優等生を演じている……であり、衛宮士郎はその遠坂凜に憧れに近い感情を持っていた。

同学年である二人は、会えば言葉も交わす程度の間柄だった。

そのはずなのだが、凜の反応は過剰だった。

人が死んだことで動揺しているのもあっただろう。

だがそれ以上に……その言葉に驚愕があり、悲しみを大きく上回っていた。

 

「どうする凜?」

「今すぐランサーを追ってアーチャー! 相手のマスターでも判明させなきゃ割に合わない!」

 

己がマスターの指示に従い、アーチャーは姿を消した。

霊体化してランサーの後を追ったのだろう。

それを確認し、凜は懐から少し大きめな宝石を取り出した。

 

 

 

赤い……凜が羽織る、コートのような赤い宝石を……。

 

 

 

そして凜は念じた。

その宝石に。

もしもこの場に第三者がおり、それが魔術師であったのならば……仮に魔術師でなくてもわかっただろう……その宝石に膨大な魔力が込められていることを一目で見抜けただろう。

一瞬、それこそ刹那の時間、その宝石を見ただけでわかるほどの魔力量だった。

血で手が汚れるのも構わずに、凜は左手を士郎の胸に当てて、その上に右手で吊した宝石を近づけていた。

していたことと言えばそれだけだった。

その膨大な魔力で、強引に心臓を治癒しているのだ……。

膨大、と言えば一言で終わってしまうが、それこそ凄まじいほどの量だった。

具体的に言えば、たかだか十数年で蓄積できる量の魔力ではなかった。

 

 

 

数代の人間が、それを溜めていたのだからそれも当然だった……。

 

 

 

やがて宝石に残っていた魔力が空っぽになり、それを廊下の床へと落とす。

魔力のコントロールを行っていたのは凜自身のために、多少の疲労はあった。

だがそれ以上に……心の疲労の方が遙かに大きかったのだ。

 

(……使っちゃった)

 

足下に転がる、士郎のそばにある宝石を見て内心でそう愚痴る。

その宝石は凜の父、時臣(ときおみ)の遺品。

十年前(・・・)、第四次聖杯戦争でマスターとして戦争に望み、そのまま帰らぬ人となってしまった父から受け継いだ宝石だった。

父が何年もの年月を掛けて溜めた魔力。

遠坂の人間は、魔力の移動、蓄積に特化した家系で、方法は様々だが、自身の日々の余剰魔力を別の物に移すことが出来るのだ。

凜の魔力移動物体は宝石だった。

その宝石に魔力を写し、必要とあれば呪文と供にその宝石を相手へと投げつける。

溜め込まれた魔力を使用して行われるその攻撃は、凄まじい程の威力を生み出すことが出来るのだ。

そして父より託されたその宝石は、凜にとってまさに切り札(ジョーカー)だったのだ。

 

(いくらあの子のためだからって……私って……)

 

その胸に去来するのは、自分に取って大切な存在。

その子のために士郎を蘇らせたのは間違いないが、彼女はそれが僅かながらも自分のためでもあったと……気づいてはいない。

嘆息をつきつつ、士郎の口元へと手を添える。

その口から吐息があるのを確認して、凜は苦笑し、宝石はそのままにして凜は学園を出た。

そしてそのまま自宅へと向かっていく。

 

 

 

切り札(ジョーカー)とも言える宝石を消費したのだから、彼女を責めることは出来ない……

 

だがそれでも彼女は甘かったのだ……

 

目撃者から神秘を隠すために人をあっさりと殺すことの出来る存在が……

 

 

 

 

 

 

仕留め損なった存在を放置するわけがないのだから……

 

 

 

 

 

 

「おらっ!」

「がぁぁぁぁ!」

 

目を覚ました士郎が、とりあえず自身の身に起こったことを考えつつ帰路についた。

随分とくたびれていたその疲労感が、先ほど自分が体験した殺意、そして殺害が嘘じゃないと教えてくれていた。

そして、自身が何故生きているかという疑問と供に……最悪の答えを自分で導き出してしまったのだ。

 

 

 

自分を殺した存在が……生きている自分事を放って置くはずがない……と……

 

 

 

そして、士郎が気づいたとほぼ同時に……ランサーは士郎の眼前へと顕れたのだ。

 

「がは!」

 

確かに殺したはずの存在が生きていた。

そのために再び士郎を殺しに来たランサーに士郎は必死に抵抗した。

一日に二回も死ぬということは誰しもごめんだろう。

己が使える魔術「強化」を用いて急造した新聞紙を丸めた剣で、ランサーの槍と戦ったのだ。

いや、それは闘いとは言えないだろう。

士郎は普通の人間であり、相手はサーヴァントだった。

善戦はしたものの、それはあくまでも士郎からの視点であって、サーヴァント、ランサーからの視点ではない。

自分の武家屋敷の庭へとたたき出されて、さらにそこから強烈な蹴りで、己の魔術鍛錬場所の土蔵へとたたき込まれた。

 

「全く奇妙な夜だ。同じ人間を二度も殺すことになるとは」

 

至極つまらなさそうにランサーがそう言う。

痛む身体に鞭を打ちながら、士郎は必死になって打開策を思案していたが……そんな物、出るはずがなかった。

さも作業をこなすかのように……士郎へと溜め息混じりにランサーが近寄り、その穂先を士郎へと向けた。

 

 

 

「じゃあな。もう迷うなよ?」

 

 

 

そして繰り出される……刺突……

 

 

 

当然、それは避けることなど到底出来る物ではなかった……

 

 

 

 

 

 

(死ぬ?)

 

 

 

 

 

 

士郎の胸に生まれた思い……

 

 

 

それは生への渇望でもなく、死への恐怖でもない……

 

 

 

 

 

 

(冗談じゃない!)

 

 

 

 

 

 

正義の味方……

 

 

 

ある意味で士郎はそれを満たしているのかもしれない……

 

 

 

今際の際でさえも己のことではなく……

 

 

 

 

 

 

(俺はまだ誰一人として救っていない!)

 

 

 

 

 

 

他者のために、働こうとする自分の想い……

 

 

 

己の信念……己のあり方……

 

 

 

士郎が抱いた想いは……その一言に尽きたのだから……

 

 

 

それは士郎にとっては当然だったのかもしれない……

 

 

 

幼少時……養父との約束より生まれ出でた己のあり方……

 

 

 

本人は恥ずかしいとも、無理とも思っていない……

 

 

 

それはすでに決まっていることなのだ……

 

 

 

衛宮士郎は、衛宮切嗣の後を継ぐ……と……

 

 

 

 

 

 

(俺はまだ正義の味方になれていない!)

 

 

 

 

 

 

死の瞬間までも他者のために動く……想い……

 

 

 

それはこの世でもっとも尊い想いであり……

 

 

 

この世でもっとも歪んだ想い……

 

 

 

 

 

 

(俺はまだ、死ぬわけにはいかない!!!!)

 

 

 

 

 

 

その想いが……叶った……

 

 

 

 

 

 

ゴッ!

 

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

 

 

士郎とランサーの間に突然生じた……風……

 

 

 

否それはもはや台風だった……

 

 

 

小型の台風が突如として士郎の自宅の土蔵に出現したのだ……

 

 

 

だがそれが吹き荒れるのはただの風にあらず……

 

 

 

余りにも膨大な魔力が吹き荒れることによって生じた……力の旋律……

 

 

 

そしてその台風の目に……金の粒子がどこからともなく舞い降りていた……

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!」

 

 

 

 

 

 

その金の粒子が徐々に実体と化し……風が吹き止み頃に、それは顕れていた……

 

 

 

月夜に輝く、金の髪……

 

 

 

身に纏う銀の甲冑は質実剛健でありながら、どこか気品を漂わせている……

 

 

 

身体を青い法衣に包まれており、その表情は見目麗しかった……

 

 

 

何も持たぬはずのその腕を振りかざし……

 

 

 

それはランサーへと斬りかかった……

 

 

 

 

 

 

「だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

唸りを上げて迫るそれを、ランサーは槍で受け止めて吹き飛ばされた……

 

 

 

土蔵の外へと……

 

 

 

己の身長よりも遙かに小柄な者に吹き飛ばされたことにランサーが驚愕する……

 

 

 

そして、それを士郎は呆然と……見つめていた……

 

 

 

 

 

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した」

 

 

 

 

 

 

可憐な声だった……

 

 

 

その小ささと相まって、少女のように思えてしまうその声……

 

 

 

だがその身に漂う雰囲気と、その凜とした気迫は……

 

 

 

その少女が騎士であることを物語っていた……

 

 

 

 

 

 

「問おう……」

 

 

 

 

 

 

その鋭い目を士郎へと向けて……その少女はこう告げた……

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

その日……運命と出会う……

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

「あなたが、私のマスターか?」

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「うん?」

「どうした刃夜?」

 

違和感を感じて、俺は振っていた鍋を停止させた。

そんな俺を、オーダーを伝えに来た小次郎が訝しむ。

 

「いや、何でもない。オーダーは?」

「鶏の唐揚げ定食が一つだ」

「了解」

『残念ながら何でもないというわけにはいかないんだがな』

『ふむ。何が起こっている?』

 

言葉ではなく念話で、仕事の作業をしながら小次郎と意思疎通を図る。

小次郎も手を止めずに仕事をしながら俺の言葉を聞いてくれた。

 

『近くで何か莫大な魔力が生じていた。何かあった、と見るべきだろう』

『で、あろうな』

『まだ仕事中だから直ぐにいくことは出来ないが、いつでもいけるように心構えはしておいてくれ』

『了解した……』

 

少し営業時間を短縮することも考えないといけないかもしれないな……

 

今この街で起こっていることがまだ明確にわかっていない俺にとっては、情報は大変に貴重である。

それを収集するためにも少し閉店時間を早くして、行動できる時間を増やした方がいいかもしれない。

まだ決定事項ではないが、半ばせざるを得ないなと思いつつ、俺は鍋を振るった……。

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「マスター? サーヴァントだって?」

 

目の前の少女に、士郎は疑問の声を上げる。

突然出現したことも不思議だし、その存在が告げた内容も意味がわからなかったからだ。

 

「はい。その令呪がマスターである何よりの証」

 

そうして指さされるのは、士郎の左手の甲。

それを目で追って士郎は驚いた。

先ほどまで確かになかったはずの紋章が浮かんでいたからだ。

 

赤い紋章が……。

 

「これより私の剣はあなたと供にあり、あなたの運命は私と供にある」

 

無表情でつづられるその言葉。

だがその表情とは裏腹に、顕れて少女が静かに燃えるような闘志を胸に抱いているのに……士郎は気づいただろうか?

 

「ここに契約は完了した」

 

騎士の礼を行い、その少女は土蔵の外へと向かった。

それもものすごい速さでだ……。

 

 

 

まるで風の精霊のようだった……。

 

 

 

「な……何なんだ!?」

 

 

 

士郎はそう叫ぶと、その少女へと続いて外へと出る。

余りにも現実とかけ離れすぎていたこの状況は……士郎の頭をかき乱すのには十分すぎた。

 

(何が起こっているんだ!?)

 

先ほどから頭に浮かぶことは疑念と疑問の渦ばかりだった。

校庭で斬り合っていた人ならざる者。

死んだはずの自分が何故か生き返っていること。

そして再び殺されそうになったときに……自身を守ってくれた、少女……名をセイバー。

 

 

 

これのどこが現実なんだろうか?

 

 

 

だがこれは紛れもない現実……

 

 

 

今宵より士郎の戦争は始まったのだ……

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争が……

 

 

 

 

 

 

「よぉ……この勝負、預けるつもりはないか?」

 

士郎が少女を追って外へと出ると、そこには自身を襲った存在のランサーと、自身を救ってくれた華奢で可憐な騎士がいた。

互いに鋭い眼光を相手へと向けている。

何よりもその空気が……ピンと張り詰めていた。

 

「お前のマスターも訳がわかってないようだ。別にそれでも戦えれば俺としてはいいんだが……二日連続で同じような状況に陥ったら辟易する……」

 

(……同じ状況?)

 

ランサーが言う同じ状況……。

士郎は知る由もないが……目撃者を殺そうとして、その相手がサーヴァントを召喚するというのは、刃夜ですでに体験済みなのでランサーはこの状況がこれで二度目になるのだ。

二日も興をそがれるようなことになってしまえば、辟易するのも仕方がないことだろう。

だが、セイバーの言葉は簡潔で……明確だった。

 

「断ります。サーヴァント同士が顔を合わせた以上、次はない……」

 

その言葉はこれ以上ないほど明確であり……「自身は負けるはずがない」と、言う意味だった。

聞かなくてもわかる……。

なぜならばセイバーの表情に一切の気負いも恐怖もなく……あるのはただ、明確な戦意と己を信じた鋭い目のみだった。

 

「……ほぉ。ならば……その覚悟、見せてもらおうか!!!!」

 

風が唸った。

ランサーより放たれた、猛烈な刺突が空気を押し分けてセイバーへと迫る。

セイバーはただ、佇んでいるだけだった……。

甲冑はあれど、セイバーに得物はない……。

このままではなすすべもなく槍に刺し貫かれるだけだったが……

 

「はっ!」

 

なんとセイバーはそれを受けたのだ。

その意外すぎた光景にランサーも士郎も、度肝を抜かれた。

 

「受けただと!? ちっ! 不可視の得物か!!!!」

 

瞬時にセイバーが見えない武器を持っていると見抜き、ランサーが己の身体を動かして完全ある防御の構えを取った。

数合斬り合うが、ランサー全て受けの構えでセイバーの攻撃を防御していた。

何せ見ることが出来ないのだから、間合いがわからないのでどう攻めればいいのかわからないのだ。

不可視の武器である以上、セイバーが振るう得物が何かわからないからだ。

そして轟音が響いて、セイバーが振るった得物をランサーが受け止め、吹き飛ばされた……。

 

(な、何だあの力は!?)

 

それを見て驚いたのは士郎だった。

あれほど小さな身体で目にもとまらぬ速度で動き、そしてその手にした見えない何かを振るって自身よりも遙かに大きな男を圧倒したのだ。

ランサーを吹き飛ばしたことで二人の間に距離が出来る。

ランサーが注意深くセイバーを見つめた。

一度受けて、ある程度セイバーが手にする得物が何であるのか、掴めたのかもしれない。

 

「……一つ聞かせろ。てめぇが持っている宝具……剣だろう?」

 

 

 

宝具……。

 

それはサーヴァント……つまり元々英雄、英霊である存在たちを英雄たらしめる武器であり、生前の偉業を元に形を為した「物質化した奇跡」。

 

ケルトの光神、ルーが所持する槍、轟く五星(ブリューナク)

 

北欧の主神、オーディンの槍、大神宣言(グングニル)

 

等がそれに該当する。

剣、弓、槍といった武器が多くを占めるが、武器に限らず、盾、指輪などの宝具も存在する。

また物体としての宝具だけでなく、その英霊が有する伝説上の能力なども宝具として該当される。

多くの宝具は、真名を詠唱する「真名解放」により、その能力を発揮して、伝説における力を再現する。

また中には真名解放を行わなくても、武器は英霊自身の属性や特殊能力が宝具としての力を帯びている、常時発動型の宝具も存在する。

つまり英霊であるサーヴァントに取って宝具とは、己にとっての究極の得物であり、最強の武器であり、己の半身と言っても過言ではない。

 

 

 

「さぁ、どうかな? 戦斧かもしれぬし、槍かもしれない。いや……もしかしたら弓かもしれんぞ?」

「……言ってくれる」

 

返ってきたその言葉に、ランサーはにんまりと笑みを浮かべた。

その挑発とも言える言葉が、ある意味で心地よかったからだ。

数合斬り合っただけで互いに実力が伯仲していることに気づいているのだ。

 

「最優と名高い剣使いのサーヴァント……。まさか直ぐにお目にかかれるとは思えなかった……」

 

ランサーの口から出る言葉の端々には……。

 

「いけすかねぇマスターに、しみったれた偵察任務」

 

嬉々とした感情が……漏れ出ていた。

 

「この聖杯戦争……外れを引いたと諦めかけていたのだが……こういう展開なら悪くねぇな」

 

証拠とでも言うように、ランサーの表情には好戦的な笑みが浮かんでいる。

その言葉と言葉を、セイバーがどう受け取ったのかはわからないが……。

 

「あなたもサーヴァントだというのならば、口ではなく槍で語ったらどうですか?」

 

一応は敬語だ。

だがこの言葉は……挑発以外の何物でもなかった。

 

「……いいだろう」

 

その挑発を受けて、ランサーの殺意が一瞬緩む。

それを感じて士郎は、敵が逃げていくのかと期待したのだが……そんなことは微塵もなかった。

 

 

 

手にした槍を静かに構え直し……雰囲気が一変した。

 

 

 

周囲に無尽蔵に向けられていたその殺気は一旦納められたが、その全てがランサー自身の膨大な魔力と供に、赤い槍へと蓄積され……槍先へと集中していった。

周囲が凍り付いてしまったのか? そう錯覚してしまうほどに……寒く感じる。

 

「……じゃあな」

 

それは錯覚でも何でもなく、身体が震えているのだ……。

敵の……ランサーの殺意が余りにも鋭すぎて……寒さすら感じることが出来なかったくらいだ。

 

 

 

「その心臓……貰い受ける!!!!」

 

 

 

ランサーが大地を蹴る。

そして……その不吉の塊とも言える槍を突き出した。

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

低い……刺突だった。

足下を狙うにしてもそれでもなお低いと思えてしまう、突き。

それを証明するかのように、セイバーがそれを踏み越えて斬りかかろうと……身を低くした……。

 

 

 

 

 

 

その時だった……

 

 

 

 

 

 

「――――――刺し穿つ(ゲイ)――」

 

 

 

 

 

 

ランサーの口より紡がれる、その言葉自身が魔力で充溢した言葉……

 

それと供に、槍の軌道が変化した……

 

 

 

 

 

 

「――――――死棘の槍(ボルグ)――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

文字通り、変化だった。

 

それこそ人力では……それどころか英雄、英霊といった、人間以外の存在ですら不可能と言うほどの急激な軌道の変化。

 

あり得ないと表記してもいいかもしれない。

 

それは、セイバーの心臓へと迫っていた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

一瞬驚き、その瞬間には死が迫った……。

セイバーの身体が突き出された槍によって吹き飛ばされて宙に浮いた。

命中したと思われたその攻撃によって、セイバーが落下すると……この場にいる誰もが予想したが……それはセイバー自身の行動によって否定された。

 

着地したのだ……。

 

セイバーが。

 

「は……ぐっ……」

 

血が流れている……。

今まで傷を負うことのなかったセイバーは、胸を貫かれて夥しいまでの出血をしているのだ。

 

「呪詛……いや、因果の逆転!」

 

セイバーの言葉が響き渡る。

その声は驚愕に震えていたが、その槍を受けた本人よりも周囲の人間の方が驚きだった。

 

 

 

(躱した、だと!!??)

 

 

 

そして当然……必殺の想いを込めて放った本人、ランサーが最も驚いていた。

 

 

 

仮定の話をしよう……。

もしも先ほど放たれた槍が、すでにセイバーの心臓に刺さっていたという結果がすでに決定された物だとしたら?

「槍を放つ」という原因よりも「心臓に槍が突き刺さる」という結果がすでに決定づけられていたとしたら?

もしもそれが可能であれば、どのように槍を振るっても関係はない。

槍を放った瞬間……いや放つ前から「心臓が貫かれる」ことが決まっているのであれば、どのように槍を振るっても結果は同じなのだから。

 

 

 

言うなれば……槍が軌道を変えたのではない……

 

 

 

そうなるように過程(じじつ)を変化させたのだ……

 

 

 

文字通りの「必殺」だった……

 

 

 

だがそれを……

 

 

 

「は、くぅ……」

 

 

 

紙一重とはいえ、少女は「心臓に刺さると決定づけられた槍」を回避したのだ。

確かに攻撃自体は命中した。

セイバーの胸は槍によって深くえぐられている。

だがそれだけだ。

本来ならば死んでいたはずの少女は、どのような理屈かは不明だが……その必殺を避けたのだ……。

ある意味で、槍よりも少女の行動の方が不可思議かもしれない。

幸運が、呪いを上回ったのかもしれない。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

乱れた呼吸を整える。

そしてそれに追従するように、胸の傷が塞がっていく。

もはやその光景を見ただけで、普通ということは絶対にあり得ない。

 

 

 

「躱したなセイバー……我が必殺の刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)を」

 

 

 

ゲイボルグ……。

因果の(ことわり)を曲げる事が可能な槍。

それは「心臓を穿つ」という結果を、「槍を放つ」という原因よりも先に生じさせてしまう呪いの棘。

故に放てば絶対に敵の心臓を捉えて避けることは出来ないのだ……。

普通ならば……。

 

 

 

「!? ゲイボルグ!? 御身はアイルランドの光の御子か!」

 

 

 

ランサーの言葉にセイバーが言葉を返した。

それは決定的な言葉であり、確信した響きを持っていた。

それを聞いてランサーの顔が曇った。

忌々しげに舌打ちをする。

 

「ドジッたぜ。こいつを出すからには必殺でなければならないというのに……有名すぎるというのも考え物だな」

 

 

 

宝具とはその英霊に取っての半身である。

故に武器の名前が判明すれば、そのサーヴァントがどこの英霊であったのか直ぐにわかってしまう。

 

真名がばれてしまうのだ……

 

故に宝具の全力使用の「真名解放」は、ランサーの言うように必殺必中を持って放たなければならない。

 

 

 

しかしそれを持ってしてもセイバーを殺すには至らなかったのだ。

その事実に憤りながらも、ランサーは心躍る自身の思いを、否定する気にはなれなかった。

 

(俺の願いも……叶えられそうだな……)

 

内心でそうこぼしながら、ランサーはその名を表す槍を消した。

そして圧倒的有利な状況であるにもかかわらず、背を向けて庭の隅へと移動する。

 

「本来なら、正体が知られた以上、殺し尽くすまで斬り合うのがセオリーだが……俺のマスターが臆病でな。槍が躱されたのならさっさと帰ってこいといってきやがった」

「逃げるのか!? ランサー!」

 

己の傷が癒えきっていないにもかかわらず、セイバーが声を張り上げる。

その勇猛果敢とも、蛮勇とも取れる態度を見て、ランサーが笑みを浮かべる。

 

「追ってくるのなら構わんぞセイバー。だがその場合、決死の覚悟をしておくんだな」

 

その言葉と供に……ランサーは苦もなく塀を一息で跳び越えて、消えていってしまった。

それを追おうと一瞬身構えるセイバーだったが、直ぐにそれを停止した。

停止を余儀なくされたのだ。

胸の傷によって。

 

「!?」

 

一瞬傷に顔をしかめたセイバーを見て、士郎が走り寄るが、再び言葉を失った。

すでに傷がなかったこと。

それどころか破損したはずの鎧、服にも損傷がなく、まるで傷を受けたのが嘘だったかのような状態になっていたのだ。

そして何よりも……間近で見たそのセイバーの美貌に、心を一瞬奪われてしまったからだ。

 

だが直ぐに思考を切り替えた……。

 

「……一体何者なんだ?」

「? この聖杯戦争のために呼び出されたセイバーのクラスのサーヴァントです。あなたが呼び出したのですから、聞くまでもないと思うのですが?」

「聖杯戦争……セイバー……サーヴァント? それはいったい何なんだ!?」

「なるほど……。あなたは本当に何も知らないのですね」

 

 

 

そしてセイバーの口より、聖杯戦争の事が語られる。

 

聖杯戦争

聖杯という所有者のあらゆる願いを叶える存在をかけて繰り広げられる殺し合いだ……と

 

 

 

それを聞いて士郎が絶句した。

彼にとって、……普通の人間であれば「殺害」という行為は御法度だからだ。

士郎が驚いている隙も、セイバーは周囲を警戒しており、見つけた……。

 

新たに来た敵の存在を……

 

「話は後ですマスター。新手が来ました」

「な……」

 

その言葉を問いただす前に、セイバーが駆けた。

戸惑いながらも、その少女を放っておけるわけもないので、士郎も駆けた。

そして着いた時には……

 

「だぁぁ!!!」

「ぐっ!」

 

すでにセイバーが赤き敵……アーチャーへと斬りかかった後だった。

それがかなりの重傷だったらしく、アーチャーは直ぐに姿を消す。

そうしなければ消滅してしまうほどの一撃だったのだ。

そしてその後方……赤き敵のマスターへとセイバーが斬りかかろうとした瞬間に、士郎が吼えた。

 

 

 

「やめろ、頼むからやめてくれ! セイバー!」

 

 

 

その声には懇願だけがあり……何か特殊な力があったわけではない。

逆にその懇願が良かったのか、セイバーは振り上げた剣を停止した。

顔だけで振り返る。

 

「何故止めるのですか? 敵であるサーヴァントのマスターである以上、ここで仕留めておかなければ」

 

その言葉と、月光に写るその顔を見れば一目瞭然だった。

やめたのではない、ただ止めただけだ……と。

それを感じ取って士郎はさらに言葉を続けた。

 

「俺はまだ納得していない。俺はまだお前がどういった存在なのかも、聖杯戦争って言うのがなんなのかもわかっていないんだ」

「……」

「……」

 

沈黙。

青年と少女が、互いに一歩も引かずに……にらみ合いを続けていた。

が、直ぐにセイバーが構えを解いて身体から力を抜いた。

どうやら士郎の言うことを聞くことにしたようだった。

 

「そ……。なら立ってもいいのね、私」

 

尻餅をついていた腰を上げて、ぱんぱんと音を立てながら埃を払っていた。

その仕草は何というか……ひどくふてぶてしかった。

その人物の顔を見て……士郎は驚愕した。

 

「お前……遠坂!?」

「えぇ。こんばんは。衛宮君」

 

にっこりと、極上な笑みを浮かべるのは、遠坂凜その人であった。

先刻、ランサーが士郎を再び殺しに行くかもしれないと思った凜は、士郎の家へと足を向けていたのだ。

そして家に着いた瞬間に……己のサーヴァントを斬られてしまった。

 

命を助けた上にもう一度様子を見に来た相手に随分と傲慢な返しだが……士郎の命を救ったことを明かしていない……明かさない凜が、その事で言及できるわけもなかった。

 

そんな内心穏やかでない凜の雰囲気を察したのか、凜に士郎が絶句するのもある種無理からぬ事であった。

 

「助けてくれたお礼に感謝もするし、教えて上げるわ。あなたの状況を。どうせ何もわかってないんでしょ?」

 

疑問形で聞いてきたのはあくまでも、念のためで会って遠坂凜はすでに内心で確定していた。

衛宮士郎が聖杯戦争について詳しくないと言うことを……。

セイバーも己のマスターが何も知らないと言うことでは勝手が悪い。

セイバーが賛同の意を示したことで士郎も同意し、遠坂凜を自身の家へと招き入れた。

そこで士郎は知ったのだ……。

己が今どういった状況の渦中にいるのかと言うことを……。

 

聖杯戦争

マスターに選ばれた魔術師七人が、同じく聖杯に選ばれた七人のサーヴァント供に闘い、あらゆる望みを叶えるという「聖杯」を巡る魔術師による争奪戦。

マスターとサーヴァントを繋ぐのは「令呪」という、サーヴァントに対する三度限りの絶対命令権であること。

これは魔法にも近い効力をも可能とする物であり切り札であるとも言える。

例えるならば、仮にマスターが危険に及んだときに令呪に願えば、空間転移を行って瞬時に己のサーヴァントを召喚することも可能である。

そう言ったとりあえず最低限「絶対に知っておかなければならないこと」を教えられた。

そして、そのまま士郎、セイバー、凜の三人組でこの聖杯戦争の監督役へと会うために新都へと赴くことになったのだった。

 

 

 

ちなみにその過程で士郎の「遠坂凜は優等生でアイドルである」というイメージががらがらと崩れたのだが……余り関係のないことだろう。

 

 

 

さらに加えるならば、セイバーが何故か霊体化出来なかったために、鎧を隠すために全身を覆い隠す黄色い色の雨合羽姿で夜の街を出歩くことになって……若干屈辱を覚えていたのも大して関係はない。

 

 

 

 

 

 

冬木教会

新都にあるそれは、名前の通り教会であり、孤児院としても機能しているが、それだけではなく、聖杯戦争の監督役を務める人物の拠点であり、サーヴァントを失ったマスターが保護を求める場所でもある。

 

 

 

サーヴァントを失っても令呪がある限りまだ聖杯戦争に関与できるチャンスがある。

逆にマスターを失ったサーヴァントが出現するかもしれないからだ。

故にマスターを殺すということをいう輩も存在する。

命が惜しい人間は、自身に宿った令呪を監督役の人間に譲り渡すことを条件に、監督役に自身の命を保護してもらえるのだ。

 

 

 

セイバーは敵に備えると中に入らず、外での警護を買って出た。

それに頷いて凜と士郎は教会へと入った。

そして衛宮士郎は出会ったのだ……

 

 

 

この教会の主……言峰綺礼(ことみねきれい)と……

 

 

 

身長は士郎よりも遙かに高い。

180はある。

教会の神父でもあることから神父の服を着ているが……どこかうさんくさい雰囲気を醸し出している。

 

 

 

「俺はマスターにはならない」

「ほぉ……?」

 

入って互いの名前を言い合った後に言った言葉は、綺礼としても予想外だった。

ちらりと凜へと目を向ける綺礼だが、それに対して凜は無言で首を振るだけだった。

二人は十年来の旧知の仲であり、魔術師として師弟関係でもあった。

そんな士郎に綺礼は淡々と説明をするだけだった。

そしてその過程で……士郎は知ってしまったのだ……。

 

 

 

自身に関係する……二つの事実を……

 

 

 

「繰り返される……聖杯戦争?」

「そうだ。私は繰り返される聖杯戦争を監督するために、派遣されたのだ。第三度目の聖杯戦争より監督しているが……前回の戦争、十年前の第四次聖杯戦争にて、聖杯に触れたマスターが原因で大規模な災害が起きてしまった」

 

聖杯戦争に選ばれるのは何も善人の魔術師だけではないのだ。

むしろ、あらゆる望みを叶えてくれる聖杯を手に入れるのならば、私利私欲が混じるのは当然のこととも言えるのだ。

そしてその私利私欲が……邪悪とも取れる人間も存在する。

そんな人間が何を望むのか……考えたくもないことだが、士郎は考えることを余儀なくされた。

なぜならば自身は十年前(・・・)に正義の味方であると、決めた人間なのだから……。

 

「……十年前……だって?」

 

十年前という単語に、士郎は驚きを隠せなかった。

 

一次よりずっと、この冬木にて行われたという聖杯戦争。

 

第四次は十年前に行われた。

 

最後に……未曾有の大火災が起こったのだ。

 

その被害者の一人に……「  士郎」という少年がいた……。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

士郎の脳裏に、一瞬地獄の光景が蘇った……。

 

 

 

「ま……まさか……」

「そのまさかだ、衛宮士郎。死傷者五百名、焼け落ちた建物は実に百三十を越えた未だに原因不明とされているあの火災こそが、聖杯戦争による爪痕だ」

 

 

 

ドクン……

 

 

 

士郎の心臓が高鳴った……

 

興奮ではなく……

 

怒りによって……

 

 

 

「ふざけるな……」

 

 

 

説明を聞いた今を持ってしても、士郎にとって聖杯戦争とはくだらない、それこそ馬鹿げた儀式であることに代わりはなかった。

だがそれでも、今の話を聞いて士郎はマスターとして聖杯戦争に参加することを余儀なくされたのだ。

 

「十年前の悲劇を繰り返させる物か! あんな出来事を二度も起こさせるわけにはいかない。そのためなら俺はマスターになってやる!」

 

迷いを断ち切り、士郎はそう口にした。

それを綺礼が、凜が見つめていた。

双方供にそれぞれの思いを秘めた表情をしながら……。

 

 

 

そして帰る間際に、士郎は言われたのだ……

 

 

 

 

 

 

「喜べ少年。君の願いはようやく叶う……」

 

 

 

 

 

 

と……

 

 

 

「……何をいきなり」

 

 

 

「わかっていたはずだ。明確な悪が(・・・・・)存在しなければ君の望みは叶えられない。例えそれが君にとって容認し得ぬ物であろうとも、正義の味方には……」

 

 

 

 

 

 

「倒すべき……、悪が必要だ……」

 

 

 

 

 

 

そう、正義の味方というのはまだいい

 

だが、士郎の願い「誰かを救う」という行為は尊いことであると同時に、歪んでいるとも取れるのだ

 

 

 

なぜならば、他者が危険にならなければ、救う必要などないのだから……

 

 

 

「皮肉な物だ、誰かを救うと言うことは、その誰かの危機を望むこととも取れるのだからな……」

 

 

 

その言葉は、ぐさりと……士郎の胸を突き刺した

 

視界が歪み、気分が急激に悪化していく

 

だがそれでも立っていられるのは何故か?

 

わかっていたからだ

 

士郎自身も

 

己の願いの矛盾に……

 

 

 

「なに、取り繕うことはない。君の葛藤は人間としてとても正しい」

 

 

 

それを知ってか知らずか……綺礼がさらに言葉を続けた。

 

 

 

「さらばだ衛宮士郎。これより君の世界は一変する。君は殺し、殺される側の人間になった。その身はすでに……マスターなのだから」

 

 

 

 

 

 

綺礼の言葉に動揺しつつも、動揺し続けている場合ではなかった。

なぜならばすでに聖杯戦争は始まっているのだから。

 

「セイバー」

「はい」

 

ひょんなことから眼前の少女、セイバーと主従関係になってしまった士郎だったが、だがそれでも先ほどとは違い、明確な戦うべき理由が生まれたのだ。

 

「俺はこの戦いを見過ごせない。だからマスターとして頑張っていく」

「……では!」

「あぁ、こんなマスターで頼りないかもしれないけど……よろしく頼む」

「えぇ」

「それと俺のことは名前で呼んでくれ。マスターとか言われてもむずがゆいから」

「はい、わかりましたシロウ」

 

士郎の言葉に、セイバーははっきりと頷いた。

ここに、一組のマスターとサーヴァントが明確に成立したのだった。

 

「ならここで私の役目は終わりね。義理は果たしたんだから次にあったときは敵同士よ」

 

深山町の交差点で凜がそう言った。

確かに、士郎が正式なマスターとして参戦を決意した以上、士郎と凜は互いにライバルであると言うことになる。

だがもしも冷酷な魔術師ならば、そもそも士郎にわざわざ状況を説明することすら必要ないのだ。

なぜならばサーヴァントを殺すよりも、ただの人間であるマスターを殺した方がより簡単だからだ。

だがそれでも、遠坂凜というのは冷酷になりきれずに、衛宮士郎へと肩入れしてしまったのだ。

それを断ち切るために、わざわざ自身に言い聞かせるような言葉を口にしたのだ。

士郎もそれがわかったのか、ふっと笑みを浮かべた。

 

「俺、お前みたいな奴……好きだ」

 

それこそ、「優等生」の遠坂凜ではなく、ありのままの遠坂凜が好きだと……士郎は言ったのだ。

そのありのままの感情を向けられて……いくら魔術師としては優秀とはいえ、多感な年頃の凜が何も感じないわけがなく。

 

ボッ

 

と顔を赤くする。

だがすでに夜であるためにろくな光源はなく、士郎がそれを見ることはなかった。

 

 

 

そしてそれ以外にも見れない……見ている場合ではない理由があった。

 

 

 

真っ先に気づいたのはサーヴァントであるセイバーだった。

鋭い眼光を道路の先……なだらかな上り坂になっているその先へと向けていた。

 

 

 

「ねぇ……お話は終わり?」

 

 

 

幼い声だった。

歌っているようにも聞こえるその声は、三人の耳にしっかりと聞き取れた。

弾かれるように士郎と凜もそちらへと目を向けると……そこに、白い妖精のような少女がいた。

 

 

 

黒き巨人と供に……

 

 

 

(な……なんだアレ?)

 

 

 

士郎は内心でそう呟いた。

まさに異形だった。

確かに少女は小さい。

それこそ男としては高い方ではない士郎より遙かに小さいはずだ。

だがそれでも……

 

 

 

少女とそのそばに佇んでいる異形の大男は、桁外れの巨大さだった。

2mを軽々と越えている。

その巨体さも相まって、3mはあろうかと思えるほどの高さだった。

手には剣なのか、斧なのか……はっきりと判別の聞かない無骨な何かを手にしていた。

だがその身に纏う気配と、こちらを見つめる目を見ればわかった……。

 

 

 

敵である……と……

 

 

 

「バーサーカー」

 

 

 

凜が緊張に震えながらも、そう言葉を口にした。

それを聞いてセイバーは目を細めて見えない武器を構える。

まだ完全に理解しきっていない士郎にはどういったことだか完全に把握することは出来なかったが……その雰囲気を見ただけでわかった。

 

サーヴァントでありその中でもなお、普通ではないと……

 

狂戦士(バーサーカー)

セイバーが最優のサーヴァントであるならば、バーサーカーは最強のサーヴァントと呼ばれる存在である。

「狂化」という物を英霊に付加して使役するサーヴァント。

「狂化」によって理性を失いながらもその恩恵は凄まじく、パラメータを全てランクアップさせることが出来る。

しかし、理性を失うことが厄介であること、またその理性を失った戦闘は莫大な魔力を消費することから、本来であれば「弱い」英霊を「狂化」によって能力の底上げをして使役するのが普通であるが……見ただけでわかった。

 

 

 

 

 

 

目の前の存在は、そんな生やさしい物ではない……と……

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

 

 

微笑みながらそう笑いかけてくる少女。

それを聞いて、衛宮士郎の背筋……それどころか魂までもが凍り付いてしまうかのようだった。

少女の背後にいる存在が……余りにも恐ろしくて。

多少の違いはあれど、凜も一緒で……二人してまともに身動きが取れない状況だった。

 

「あれ? あなたのサーヴァントはお休みなんだ。せっかく二匹一緒に潰して上げようと思ってたのに……。つまんないの」

 

クスクスと、小さく笑いながら坂の上の少女が笑った。

そしてスッと、少女は行儀良く、コートの裾を手にとって、綺礼にお辞儀をした。

それに一瞬面を食らう一同だった。

 

「初めまして。リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

「アインツベルン……」

 

その凜の声の響きには肯定の意志と……絶望が含まれていた。

それを感じ取り、凜の反応が気に入ったのか、少女……イリヤは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあいくね。やっちゃえ……」

 

 

 

 

 

 

少女が浮かべる……甘くかわいらしいほほえみとは裏腹に……

 

 

 

 

 

 

「バーサーカー」

 

 

 

 

 

 

その言葉は……明確な死を……孕んでいた……

 

 

 

 

 

 

 

 




セイバー
筋力B
魔力B
耐久C
幸運B
敏捷C
宝具C

保有スキル
対魔力A
Aランクの魔力すらも無効化できる。事実上現代の魔術ではセイバーを傷つけることは出来ない。ただし、令呪を一画使用しての命令ならば抵抗は出来る。ただし龍殺しの魔術ならばダメージを与えることも可能。

騎乗B
あらゆる乗り物を乗りこなす能力。Bならば魔獣、聖獣以外の物ならば乗りこなすことが出来る



バーサーカー
筋力 A+
耐久 A
敏捷 A
魔力 A
幸運 B
宝具 A

保有スキル
狂化B
パラメータをランクアップさせるが理性をほとんど失う

戦闘続行A
瀕死の傷でも戦闘可能。決定的な致命傷を受けない限り生き延びる

心眼(偽)B
視覚妨害による補正への耐性。天性の才能による危険予知。要は第六感、虫の報せ。



アニヲタより引用~


今回は普通に士郎がメインでしたね~
結構とびとびでしたが……わかりにくかったらご一報願います。
次は~皆様お待ちかね!


狂戦士VS刃夜&小次郎コンビ


の展開です!


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状況

バーサーカー
イリヤの父親 これは半ば公式見解と考えてもいいだろう
とにかく巌のようにかっこいい……

そんな存在とどう戦うのか……

まぁ予想してる人もいるだろうけどw

そして今回でようやく刃夜も聖杯戦争の概要を知りますよ~


それではどうぞ!







「ん?」

 

それを感じたのは店を閉店してからしばらく時間がたってからの、日付が変わるころだった。

 

「動いたのか?」

「どうやらそうらしい」

 

後片付けやら明日の店の仕込みを行ないながら、俺と小次郎の感覚はずっと、外へと向けたままだった。

そしてようやくとらえたのだ……。

 

 

 

戦いの気配を……

 

 

 

「これはまた随分と強大な気配だな……どうなってるんだここは。いや……これはひょっとして」

「覚えがあるのか? 粗野、もしくは兇悪とも言えると思うぞ」

 

二人して戦闘準備を行いながら、口々に自分の思いを口にする。

少女の背後にいたのと……似ていると思ったのだ。

板前服から着替えつつ、俺は戦闘服へと着替え、得物達を装備する。

小次郎は直ぐに済むが俺は少し時間がかかった。

 

とりあえず手始めに……スタンダードで行くか……

 

手にした得物は左腰に夜月、後ろ腰に水月、背中に封龍剣【超絶一門】を入れた黒いシース。

そして右手に持つのは、長大な得物である狩竜だった。

 

「それも持って行くのか?」

「自慢の得物だからな。何が出てくるかわからない以上、大体の物に対応できて損はない」

 

自慢の得物というのは本当だ。

元々打刀であり、二番目の相棒だった夕月の生まれ変わり。

そして、モンスターワールドにて俺の最後の敵だった煌黒邪神を刺し殺した……得物。

 

「さて、何が起こっているのかわからないが……気配から察するに穏やかではないだろうな」

『凄まじい闘気だ。下手をすれば古龍にも匹敵するぞ? どうにかなるのか?』

 

そんな俺に封龍剣【超絶一門】が語りかけてきた。

というかその内容に俺は驚いた。

 

古龍に匹敵するのかよ……どんな化け物だ?

 

「古龍とは? またぞろ聞き慣れない単語だが」

「……とりあえず化け物だって思っておけばいい」

 

モンスターワールドのことを話すべきか一瞬悩んだが、時間がかかりそうだったので簡潔に説明しておいた。

 

「ふむ。単純にして明快な言葉だな。了解した」

「封絶も頼んだぜ? お前の知恵と力に期待しているぜ」

『了解だ仕手よ。というかその封絶というのは?』

「あぁ、お前のあだ名だよ。封龍剣【超絶一門】だと長いし、なんか略称というか、あだ名はないものかとずっと考えていたんだ。小次郎ですら愛称で呼ぶのだからお前にあってもいいだろう? イヤだったか?」

『いや、突然だから驚いただけだ。別に構わぬ』

 

小次郎との呼び名が決まってからずっと考えていたことだった。

封龍剣【超絶一門】という名前はすごいかっこいいと思うのだが、如何せん長い。

それに愛称みたいな物があってもいいだろうと思い、略称したのだ。

それの許可を貰い、俺と小次郎は店の外へと出た。

 

「では……ゆくとしようか……小次郎、封絶」

「了解した」

『随意に、仕手よ』

 

幽霊の相棒と、剣の相棒ともに挨拶を交わし……俺たちは夜の街を駆け抜けた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「やっちゃえ……。バーサーカー」

 

その声と供に……巨体が宙を飛んだ。

坂の上から士郎達との距離までおよそ数十メートル。

それをその巨人は……一足にして突貫してきた。

 

「シロウ! 下がって!!!!」

 

敵との交戦になり、唯一対抗しうる存在であるセイバーが、自身を隠していた雨合羽を放り投げて、四肢に力を込めて迎え撃った。

 

そして互いの得物が激突し……

 

 

 

轟音が響き……空気が震えた。

 

 

 

剣なのか斧なのかわからないその巨人が持つ岩のような物体を……セイバーが受け止めている。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

顔を歪めるセイバー。

そのセイバーに巨人が……容赦なくその得物を振るった……。

もはやその岩剣は暴力その物だった。

何合か切り結ぶが、その体格差故に直ぐに結果が生まれる。

セイバーが受け止めた剣事、吹き飛ばされたのだ。

 

 

 

「くっ!!!」

 

 

 

剣で受けたためにダメージその物は軽微だろう。

だがそれでも圧されているのは目に見えていた。

その少女を追い詰める……黒き巨人。

手にした岩剣を振ることしか知らぬかのように……それを振り回し、叩きつける。

それを剣で受け流して、何とか直撃を避けるセイバーだが……それでも劣勢であることに代わりはない。

故にセイバーの勝機とは、巨人の隙を見いだしてのカウンターしかない。

 

だがそれも直ぐに無駄だと悟るのに、さして時間はかからなかった。

 

 

 

!!!

 

 

 

唸りを上げて迫るその剣戟は嵐その物であり……隙はあるが、その嵐でその隙を突くことが叶わないからだ。

辺りの物を吹き飛ばして行われる……破壊と殺戮の嵐。

 

そしてそれをセイバーは……もろに受けてしまった。

 

その小柄な身体がものすごい速度で宙を舞った。

だが意識は失っていないらしく、宙で身を翻して何とか地面に足から着地した。

しかし……それだけだった。

 

「ぐ……っ!」

 

その胸の鎧に赤い色が混じっていた。

それを見て士郎が絶句した。

 

(そうだ……あいつはこれで三戦目で……まだランサーの傷が治りきってない!)

 

そのセイバーに追従を仕掛ける狂戦士。

それを見て、凜が動いた……。

 

「Vier Stil ErschieBung!!!!」

 

呪文と供に、凜の左腕から魔力の力が迸る。

ほぼノータイムで放たれたにもかかわらず、その威力は大口径の拳銃に近い威力を誇っていた。

 

が……それも無意味だった。

 

セイバーのように無効化したわけではなく、ただ狂戦士は受け止めただけだった。

しかしそれでも何事もなかったかのようにそれは吼えた。

狂戦士のその身体はその程度の攻撃では何とも感じていないようだった。

だがそれでも何もしないわけにはいかない。

凜はさらに追撃を仕掛けるが、効果はない。

それは当然だった。

バーサーカーには究極とも言える護りがある。

それを破るのは、それこそ強大な力が必要だった。

凜の攻撃は確かに人間としては強大だが、サーヴァントからしたら……焼け石に水どころではなく……極熱の巨岩に水滴だった……。

 

「……くっ!」

 

セイバーの顔が歪む。

だがそれでもその目に宿る光が、戦意を失っていないことを物語っている。

そのセイバーに……さらに巨人の狂戦士が剣を振るった。

 

 

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

 

 

吠える……。

黒き巨人が。

 

 

 

!!!!

 

 

 

轟音。

それと供にセイバーが吹き飛ばされ……士郎達の近くに激突した。

 

「セイバー!」

 

士郎の絶叫が夜の空気を震わせる。

それが聞こえたのか否か……ゆらりと、まるで力が入らないはずのセイバーが立ち上がった。

鮮血まみれで、先ほどまで美しいと感じていたその姿に見る影はない。

何より、意志の感じられぬその仕草が……セイバーがすでに限界であることを如実に語っている。

それでも立ち上がったのは、このまま自分が倒れれば、己のマスターが死ぬという絶対の事実があるからだった。

 

見えない何かを地面へと突き立てて、それを杖に立ち上がる……

 

先ほどまで充溢していた戦意も霧散し、立ち上がる力さえも失っている……

 

見えないはずのその剣に……彼女自身の赤い血が滴っている……

 

一瞬の沈黙……。

それを破ったのは、坂の上にいる小さな少女だった。

 

「あは、勝てるわけないじゃない。私のバーサーカーはギリシャ最大の英雄なんだから」

「ギリシャ最大の英雄ですって!? まさか……」

「そう、そこにいるのはヘラクレスって言う魔物。それがどういうことを意味するのか……わかるわよね?」

 

少女イリヤの台詞に、凜は歯がみをした。

それが紛れもない事実だとしたら、生半可な存在がつとまる相手ではないのだから。

 

 

 

サーヴァントは、過去の英雄たちが現世へと召喚された存在。

霊体である彼らはそこに住む人々の認知度によってその性能、能力に影響が現れる。

そのため、認知度が多ければ多いほど、そのサーヴァントは強力な存在へとなっていくのだ。

そのため、ヘラクレスという日本に置いても知らぬ者はほとんどいないといっても過言でない大英雄のサーヴァントというのは……桁外れな能力を有しても何ら不思議はなく……

 

 

 

この通り、実際兇悪なまでの力を有していた……。

 

 

 

イリヤが愉しげに瞳を細めた。

それは敵の止めを刺そうとする愉悦と余裕の笑み。

その相手が誰かなど……考えるまでもない。

 

普通ならばそれがわかっても動けないのが普通だった。

 

なぜなら相手は文字通りの化け物なのだ……。

ただの人間でしかない存在が……対抗しうる存在であるはずがない……。

 

しかしここでもここにいるのはただの人間ではなく……

 

 

 

「こ――のぉぉぉ!!!!!」

 

 

 

正義の味方を目指す……青年だった……

 

 

 

駆けた。

敵が剣を振り上げるのを見て、士郎は全力で駆けた。

己のために力を尽くしてくれた存在が、このままやられるのを黙って見ていることなど出来るはずがないからだ。

だがかといって士郎が、セイバーの代わりにバーサーカーと戦うことなど出来るはずもない。

故に士郎が取った行動は、今まさに殺されようとしている少女を突き飛ばして、その死から救うことだった。

 

 

 

だがそれを……

 

 

 

 

 

 

「何考えてんだぼけ!!!!」

 

 

 

 

 

 

余りにも不釣り合いな罵倒が……遮った……

 

 

 

そして少女へと走り寄っていた士郎を蹴り飛ばした。

 

 

 

「がっ!」

 

 

 

急なことでそれを避けることが出来るわけもなく、士郎は吹き飛ばされた。

誰が吹き飛ばしたのかそれを見ようとするが、その前に他の人物から答えが教えられた。

 

「あんた!? 定食屋の!?」

「あん? 遠坂凜か。士郎といい、顔見知りが多いな」

 

互いに意外な出会いに戸惑う人間。

さらにもう一つの影が、バーサーカーが剣をセイバーへ振り切る前に、そのバーサーカーへと斬りかかっていた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

その剣に何を感じたのか、咄嗟にバーサーカーが剣を振り降ろすのをやめて、その剣を迎撃した。

その巨大な剣を、ひらりと……その男は華麗に躱した。

 

「なんと恐ろしき剛剣よ……。これは受けたらひとたまりもないな。よくぞこれを受けていたものだな……可憐な小鳥よ」

「あなたは!?」

「何、通りすがりの者よ」

 

青紫の陣羽織に、長い絹のような長髪。

そして手にした、長い野太刀……。

そしてその男以上に長い野太刀を右手に持った……男。

 

 

 

供に、野太刀を携えた二人の男達……

 

 

 

アサシンのサーヴァント佐々木小次郎と、そのマスター鉄刃夜の二人組だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

な~んかすごい状況だな

 

無謀にも、知り合いが死のうとしているのでそれを妨害するために蹴り飛ばしたのだが……士郎だけなく、まさか遠坂凜までいるとは思わなかった。

そして何よりも……明らかに人間じゃない黒い巨人が、この異質な状況をさらに異質と言うことを強調していた。

 

「……お兄さん、来たんだ。やっぱりマスターだったのね」

「だから俺は店主(マスター)だと前から言っただろう……」

 

あ、そう言うことだったのか……

 

店主としてではなく、サーヴァントとかいう霊体との主従関係のことを指していたのだと、今気づいた。

ちょっと恥ずかしかったが……まぁ今はマスターとか言う存在なので結果オーライと言うことにしておこう。

 

それに……そんな場合じゃなさそうだしな

 

少女と俺との間に存在する……巨大な壁。

黒き巨人……サーヴァント。

後方で小次郎が救ったのも気配が独特なので、おそらくサーヴァントとか言う存在だろう。

これで少なくともサーヴァントとか言う存在は小次郎、先日の槍兵、目の前の巨人、そして華奢な少女で、合わせて四人は存在することになった。

 

一体何が起こっているのやら……

 

だがそれを確認する事は出来そうになかった。

なぜなら……。

 

 

 

黒き巨人が俺のことを鋭く睨みつけているからだった。

 

 

 

「逃げる……訳にはいかないようだな」

『古龍に匹敵する力を持っていそうだが……大丈夫か?』

『心配ない。確かに凄まじいほどの殺気だが……それで動きが固まるほど柔じゃない』

 

封絶の言葉に、俺は素直な感想を述べた。

確かにこの目の前の巨人は古龍に匹敵する強さを持っていそうだった。

だがそれだけだ。

先ほど接近するときに見ていたが、特殊な攻撃は特になさそうだった。

そう言う意味では古龍種達よりよほど戦いやすい。

その代わりと言うべきか……俺も古龍と戦ったときに使用していた龍刀【朧火】を使用できないが……それでも十分に戦うことは可能そうだった。

 

「行くぞ小次郎? 準備はいいか?」

「問題ない。では参ろうか」

「行くって……ちょっとあんた!? 生身でサーヴァントに立ち向かうつもり!?」

 

そんな俺に、呆れきった声で凜が俺に声を掛けてきた。

それはどうやら士郎、そして騎士然とした少女も同じらしく、俺に妙な目線を向けてきている。

大体どんな意味で言ってきたのかわかったが……別に問題はなさそうだった。

 

「別に問題ないだろう」

「問題ありまくりよ! 普通の人間がサーヴァントに……それもあのバーサーカーに立ち向かうなんて正気の沙汰じゃないわよ!?」

「正気だが」

「どこがよ!?」

 

 

 

「……俺は人間だが……少なくとも普通の人間じゃないからよ」

 

 

 

「……え?」

 

きょとんと……俺の返答に遠坂凜が呆然とした。

説明するのも面倒だし、そんな暇もなさそうだったので、俺は再度バーサーカーへと向き直った。

そして目線を、少し先にいる子供へと向けた。

 

「……引く気はないかお嬢ちゃん?」

「……何で引かなきゃいけないのかしら? 私の目的の一つは、お兄ちゃんを殺すことにあるの。それを邪魔するなんて許さないんだから」

「穏やかじゃないな……」

 

その言葉に嘘がないことは、俺に邪魔されたことによってゆがめられている表情を見れば一目瞭然だった。

だが運良く知人が俺と同じような状況に陥っているのだ。

ならば何か情報をもらえると考えてもいいだろう。

その情報源を死なせるわけにはいかない。

 

「行くぞ小次郎」

「うむ」

 

そして俺たちは圧倒的存在へと、無謀にも己が持つ得物で突貫した。

 

 

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

 

 

凄まじい咆吼と供に、巨人から巨大な斧のような剣が振りかぶられる。

これほどの速度で迫り来る剣を紙一重で避けるわけにはいかないので、俺は大きく避けてそれを回避。

 

確かに怖いが……俺が今まで戦ってきた化け物よりすごいってことはなさそうだな!

 

モンスターワールドで相対してきた連中より下ではないだろうが、それでも上と言うことはなさそうだった。

その分こちらも古龍種達と戦っているときよりスペックは低いが、どうとでもなる。

 

あの経験も、無駄ではないってことだな!

 

がら空きになった銅へと俺は狩竜を気、魔力で強化し、その力の限りに振るった。

 

「ずあっ!」

 

 

 

 

 

 

な……何これ?

 

私……遠坂凜は、眼前の光景を見て呆気にとられていた。

 

「■■■■■■■■!!!!」

「はっ!」

 

圧倒的な存在であるバーサーカーへと、無謀にも生身の人間が突進したのだ。

直ぐに消し飛ばされるかと思ったけど……それは直ぐに否定された。

 

ギィン!

 

その手に握られた、野太刀の圧倒的な長さを頼りにして遠くから、あり得ないほどの速度で振るってバーサーカーへと生身で斬りかかっていた。

しかもその動きも……生身の人間でありながら、サーヴァントとほとんど拮抗しうる速度を有している。

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

だけど、その長大な長さから繰り出される野太刀の一撃を持ってしても、バーサーカーの身体を突破するには及ばなかった。

しかもその長さが邪魔をして、直ぐに剣を戻すことが出来てない。

それでもあり得ないほどの速度で切り返しを行っているけど……。

そのピンチを……

 

「私を忘れてもらっては困る」

 

鉄刃夜のサーヴァントがいつのまにかバーサーカーの懐に忍び込んでおり、振り上げた野太刀を振り下ろす。

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

それをバーサーカーは腕で受け止めていた。

さすがにサーヴァントの攻撃を受けるのは得策ではないと判断したのかもしれない。

 

遠距離より、その圧倒的な長さを持って攻撃を仕掛ける鉄刃夜と、その長さ故に切り返しが後れてしまう隙を、懐へと潜り込んだサーヴァントがカバーする。

ほとんど完璧と言ってもいい連携だった。

 

何なの……あいつら……

 

わからないことだらけだった。

生身でサーヴァントと拮抗するあいつも、そのサーヴァントも……はっきり言って意味がわからない。

 

特に……鉄刃夜……

 

その存在が私にとってはさっぱりと言っていいほどわからない。

あいつが魔術師でないことは本人の口からも、そして私自身も何度も観察してわかったことだ。

これに関しては間違いない。

だというのに、現実としてあの男はマスターとしてこの場にいる。

マスターになれないはずの男がマスターになっているのが……意味がわからなかった。

マスターには誰でもなれるわけではないのだ。

最低にして、絶対の条件がある……。

マスターになる絶対の条件……それは……。

 

 

 

魔術回路がなければ、令呪が宿らないという、条件だった……

 

 

 

「ふっ!」

 

それを否定するように……鉄刃夜のサーヴァントの侍が、剣を振るってひとまず距離を離した。

相方であるサーヴァントが一旦引いたことで、鉄刃夜も距離を離す。

 

「……お兄さん、何者なの? 本当に人間?」

「……昨日から色んな奴に聞かれるな……。俺は歴とした人間だぞ?」

「でも、それで私のバーサーカーと斬り合えるなんて……おかしいわよ?」

「……まぁ色々と普通じゃないからな俺は」

 

 

 

「それだけで片付けるな!」

 

 

 

思わずその余りにも馬鹿げた鉄刃夜の台詞に、私は吼えてしまった。

確かに普通じゃないだろう。

だからといって、生身でサーヴァントとやり合える存在をそれで片付けていいはずがないのだから。

 

 

 

 

 

 

ゴォッ!

 

「くっ!」

 

唸りを上げて迫る剛剣……剣? 岩の塊のような剣だが……を何とか避けて、俺は内心で冷や汗をかいていた。

どれほどの重さかわからないが……決して軽くはないはずのその巨岩を、黒い巨人は縦横無尽に振るっていた。

しかもそれが完全なる力任せという訳でもなく、確かな技量を感じさせる剣だったのだ。

 

気と魔力で強化したとはいえ……これをまともに受けたら武器が砕けるな

 

さすがにこれをもろに受けてしまっては、狩竜や封龍剣【超絶一門】が砕けてしまうだろう。

そのために基本的に敵の剣は避けるしか方法がない。

それは別に問題なく行えるが……攻撃が通じていないのが歯がゆかった。

 

硬すぎだろ……

 

気と魔力で強化された狩竜の一撃を、すでに幾度も食らっているというのに、巨人は全く意に介していなかった。

まるで巨大な鉄板ないし鉄の塊を叩いているかのようである。

実際身体が強固なのは間違いないだろう。

しかしそれ以外にも、この身体の固さには何か秘密がありそうだが……。

 

龍刀【朧火】があればな……

 

アレは全ての魔力の現象を切り裂く究極の神器。

予想だが、あれを顕現して斬りかかれば、この巨人とてただでは済まないだろう。

だがこの世界は余りにも魔力(マナ)が希薄すぎる。

そのため、身体能力は強化できても龍刀【朧火】を狩竜に顕現するほどの力はなかった。

だがかといってなくなっているわけではない。

俺の未熟さもあるだろうが、この世界での龍刀【朧火】の顕現は不可能そうだった。

 

まぁ無い物ねだりしても仕方がないが……

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

咆吼を上げて、振るわれる巨岩。

それを俺は避けて、狩竜の圧倒的長さに物を言わせて、多少の間合いを空けて野太刀を振るった。

 

ギィン!

 

だがそれも弾かれてしまう。

赤黒い刀身が弾かれたことによって宙を舞い、俺に一瞬隙が出来るが、それを懐に入っている小次郎がカバーする。

 

「そうはさせぬ」

 

俺の攻撃とは違い、巨人はその一撃を斧剣で受け止めている。

そしてそのまま吹き飛ばし、追撃を仕掛けるが……巨人の斧剣ですらも、小次郎はあっさりと避け、もしくはその野太刀で流していた。

 

……マヂでこいつが最も化け物だな

 

巨人も十分……というか一番化け物っぽいが、小次郎は別の意味で化け物だった。

確かに日本刀というのは刀を受け止めるのではなく、流すことを前提に作られた物ではなるが、はっきり言ってそれは至難の業だ。

しかもその相手がこの黒き巨人というのだから、流すことは至難という言葉ですらも収まりきらないほどの難度だというのに。

 

 

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

 

 

さらに敵が吼える。

自身の周囲を根こそぎ吹き飛ばすように剣を振るって、俺たちを強制的に自身の間合いから遠ざけた。

俺はそれを気壁を使用した二段ジャンプで、小次郎はひらりと舞うようにして回避した。

巨人はそのまま突っ込もうとしたのだが……突然構えを解いた。

そして自身のマスターのそばへと歩み寄る。

マスター、イリヤはクスクスとおかしそうに笑っていた。

 

「負けることもなさそうだけど、面白いから見逃して上げるね。バイバイ……お兄ちゃんに、お兄さん」

 

そう言って自身のそばにバーサーカーを近寄らせて、ふわりと……飛び上がってその巨大な肩へと座った。

そのイリヤを慈しむように……バーサーカーがその手で彼女を支えて、歩いていった。

 

……ふぅ。どうやら難は去ったかな

 

敵が引き上げたことで、俺はようやく身体から力を抜く。

一応戦闘が終わったので俺は狩竜の鞘を組立てて、狩竜を納刀した。

 

確かに圧倒的だったが……まぁ何とかなったな

 

敵の巨人は確かに圧倒的な強さを誇っていたが……それでも俺が相手をしてきた怪物に比べればまだかわいいところがあった。

剣を振るう速度は確かに驚異的だし、その巨大な剣から繰り出される威力は掠りでもすればそれだけで御陀仏だろうがそれだけだ。

古龍種関係と違ってやはり特殊攻撃がないのが非常に助かった。

 

「ふむ……手に汗を握る状況だったが、何とかしのげたようだな」

「あぁ。紙一重で死んでたかもな……俺」

「何を言う。その巨大な野太刀で大盤振る舞いであったではないか」

 

 

 

「バカにしてんのかぁぁぁぁ!」

 

 

 

「「うん?」」

 

背後からの怒号に、俺と小次郎は揃って訝しい声を上げて、振り返る。

そこには拳を握りしめている遠坂凜の姿があった。

 

「あんたら……いったい何なの!?」

 

ものすごい剣幕で近寄られて、俺も小次郎も互いに顔を見合わせるしかなかった。

いったい何なの? と言う言葉が何を指しているのかわからないし、仮に何を指しているのかわかっても、俺と小次郎には答えようがなかったからだ。

 

「ちょうどいい。事情わかっているんだろ? 出来たら教えてくれないか?」

「……何が?」

「いやぁ、こいつな」

 

そう言いながら俺は小次郎を指さした。

 

「自分のことがアサシンのサーヴァントっていう意味のわからない存在であることと、佐々木小次郎ってことしかわかってないんだよ」

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎と申す。以後お見知りおきを。可憐な小鳥たちよ。して……月を愛でながら私と一緒にみたらし団子などを一串いかが……」

「出会い頭にナンパをするな」

 

こいつは……全く……

 

内心呆れていたが、ある意味で無理からぬ事かもしれなかった。

騎士の格好をした子も見た感じ女の子のようだし、遠坂凜だって黙っていれば普通に美人だ。

小次郎がナンパしないわけがなかった。

今日も店での接客中にナンパをしまくるからそれをわざわざ仲裁するのが大変だった。

しかも幾人かの女性は本当に見惚れていたし……。

 

まぁ実際美青年だもんな

 

悔しいが……容姿では勝てそうにない。

別にそこまで不細工だと思っていないが、顔ですらも別次元の存在が目の前にいたら自信をなくす。

まぁそこまで容姿に気を遣ってないのでどうでもいいと言えばどうでもいいのだが。

 

 

 

「「なっ!?」」

 

 

 

俺の言葉と、小次郎の言葉に遠坂凜と絶句した。

しかし俺と小次郎……そして士郎もその驚愕の意味がわかっていなかった。

 

「……とりあえず教えてくれないか? どういった状況になっているのか?」

 

 

 

 

 

 

場所は変わって衛宮士郎家。

最も近かったと言うこともあって、士郎の家へとお邪魔していた。

随分と大きな武家屋敷である。

母屋、離れ、道場、土蔵、そして広い庭……。

結構な資産を持っているようだった。

その家の居間でお茶を頂きながら、俺と小次郎は話を聞いていた。

 

「……聖杯戦争?」

「そう、あなたの横にいる……アサシンのサーヴァントは、その戦争のために存在しているの」

 

呆れながらも、机の対面に座っている遠坂凜に、俺と小次郎は興味深く話を聞いていた。

何でも七人のサーヴァントという英雄の霊体を使役して、他のサーヴァントとマスターをぶっ飛ばして、何でも望を叶えることが出来る聖杯とやらを入手するための戦争だという。

ついでに言うとサーヴァントとか言うのはマスターが常時魔力(オド)を供給しなければ存在できないらしい。

仮にマスターが死んだりしたら数時間程度しか存在できない。

そして俺が小次郎との繋がりを探してみたら……余りにも意外なところから気が流出しているのがわかった。

 

……狩竜から? だと?

 

意外と言うべきかなんというか……狩竜に溜められているはずの俺の刃気から本当に微細な量がなくなっているのがわかった。

ちなみに刃気は俺の愛刀達の刀身に俺の余剰の「気」を込めて蓄えておくことだ。

どうやらマスターの証たる令呪は、俺の身体に宿っているが、本来であればその令呪から魔力(オド)が供給されるはずだというのに随分と変則的な状況になっているようだ。

 

まぁ、俺自身がイレギュラーな存在だしな

 

それで片付けてはいけないような気がするが……別に構わない。

繋がりがないというのであれば問題であったが、普通とは違うとはいえあるのであれば問題はない。

 

しかし……大そうなものだな

 

それが聖杯戦争に対する素直な俺の感想である。

またこの場にはいないらしいが、遠坂凜にもサーヴァントがいるらしい。

なお何故わざわざサーヴァントのことをクラス名で呼ぶのかというと、敵に真名を知られないためであるらしい。

 

 

 

真名

つまりはサーヴァントが生きていた頃に名乗っていた己の本当の名前。

率直に言ってしまえば「正体」である。

何故わざわざ正体を隠すのかというと、名を知られてしまうとその英雄の伝承、伝説を知られると言うことであり、弱点に繋がる情報をさらけ出すことになってしまうのだ。

 

召喚したのがアキレスであると知られてしまうと、アキレスの伝承より「かかと」が弱点であると知られてしまう

不死の身体にするために母親が冥府を流れる川の水にアキレスを浸したとき、母親がかかとを掴んでいたためにそこだけ不死にならなかったため

 

 

 

つまり俺はすでに俺のアサシンのサーヴァントが「佐々木小次郎」だと知られているのだが……。

 

佐々木小次郎の弱点って……なんだ?

 

佐々木小次郎は巌流島での宮本武蔵との決闘が有名で、武蔵がわざと遅れることで小次郎を怒らせて明確な判断力をなくさせて倒したという逸話がある……のだが隣りに座って呑気に茶をすすっている小次郎はそんな風には見えなかった。

ちなみにその小次郎のことを、少し離れた位置からセイバーとやらがものすごい勢いで睨みつけていた。

己の主人と俺が知り合いと言うことで、一応同じ空間にいることは許したものの、やはり直ぐに信用することは出来ないようだった。

 

ま、賢明な判断だな。敵を直ぐ信用することは下策だからな

 

別段ここで刀を振るうつもりはない。

その証拠として俺は刀を左にではなく右に置いているからだ。

ちなみに狩竜は壁に立てかけている。

刀を左右どちらかに置くことによって、その持ち主の腹がわかるのだ。

左に置けば、直ぐに抜刀して斬りかかることが出来る。

これは基本的に日本刀が右で扱うことを想定して作られているからである。

右に置けば左に置くよりも抜くまでにタイムラグが生じる……持ち直す必要性があるため……ので「交戦の意志はない」という意味があるのだ。

しかしそれを逆手にとって、左利きの剣士を使用して暗殺なんかも行ったらしいが……。

 

まぁ俺、両方とも使えるけどな

 

俺はどちらの手であっても問題なく振るえるのだが……それでも左に置かないことに意義があった。

実際この二人を倒すつもりはなかったからだ……。

 

 

 

数分前までは……だが……

 

 

 

 

 

 

「刃夜、良ければ一緒に戦わないか?」

「シロウ!?」

「俺自身に聖杯に望む願いはない。だけど無関係な人が傷つくことだけは許せない。だから……」

 

俺はセイバーの静止を無視して、刃夜にそう話しかけた。

事情を全く知らなかったことから、刃夜もこの聖杯戦争に無理矢理参加させられてしまっていると思ったからだ。

拒否できない以上戦うしかない。

それにもしもあらゆる望を叶えるという聖杯が悪人の手に渡ってしまったことを考えると……俺の心はきしんだ。

 

十年前のあの光景を思い出して……一瞬吐き気を催したが、俺はそれを飲み込んだ。

 

アレを再び起こさないためにも、俺は何とかしてこの聖杯戦争を正義の味方として戦わないといけない。

関係ない人が被害に合わないために……。

刃夜も同じだと思っていた。

だがその刃夜の答えは……

 

 

 

「済まないな士郎。それは出来ない」

 

 

 

え……?

 

 

 

意外とも言える言葉に、俺は思わず固まってしまった。

それは遠坂も同じらしく、鋭い眼光を刃夜に向けていた。

 

「俺も先ほどまではこの戦争に興味はなかったんだが……景品が「何でも望みを叶える」っていうのならば話は別だ」

「!? 刃夜には叶えたい願いがあるって言うのか!?」

「あぁ。激しく私的なことだが……一つあるんだ、俺には」

 

そう言って立ち上がりながら、刃夜は隣に座る己のサーヴァントにも席を立つことを促した。

だけどその前に俺はどうしても聞かなければいけないことがあった。

 

「何を望むんだ!?」

「……俺の故郷へと帰ることだ」

「故郷?」

「そうだ。まぁ俺も色々あってな。この冬木市が故郷というわけじゃないんだ。叶えられるかどうかは謎だが……賭けてみる価値はあるだろう。……まぁ最も、その程度で解決出来るような状況にあの二人がするとは思えないが」

 

……なんだって?

 

後半だけよく聞き取れなかったが、それでも刃夜が聖杯に賭ける望みがあると、わかってしまった。

 

「……私は別にあなたが聖杯戦争に参加しようとしまいと構わないのだけど……一つ聞かせてくれるかしら?」

「……なんだ?」

 

じっと、鋭い目で遠坂が刃夜へと睨みつけながら言葉を発した。

それを明確に感じ取っているのか、刃夜もある程度身構えつつ、言葉を促した。

 

「あなた……何でマスターになれたの? マスターになる最低条件は体内に魔術回路があるのが条件のなのよ。あなた前に言ったわよね? 自分は魔術師じゃないって」

「あ~……それかぁ……。正直言って俺もはっきりしたことはわからん」

「……本気で言ってるの?」

「あぁ。俺は魔術師じゃない、これは確かだ。だがマスターとやらが魔術師でしかなれないと言うのに俺がマスターになったのは……多分俺と小次郎が普通じゃないからだろう」

「……普通じゃないですって?」

 

刃夜の言葉に、遠坂が疑問を浮かべる。

それは俺も同様だった。

 

「これを言って信じるかどうかは任せるが……俺はこの世界の住人じゃない」

「?」

「!?」

 

その刃夜の言葉に俺は首を傾げ、遠坂は絶句していた。

遠坂の反応を見て、刃夜が話を続ける。

 

「この世界にはやはりそう言った概念はあるか……。そしてそれは小次郎も同じ……いや明確には違うが、少なくともこいつは佐々木小次郎であって佐々木小次郎ではないと言っている」

「……どういうこと?」

「俺もよくわからんが……ともかく俺と小次郎は互いにイレギュラーといえる存在なのだろう。その存在同士だからこそ、似たもの同士というか……そう言うことで召喚が可能だったんじゃないかと思う」

「……それだけで納得しろっていうの!?」

 

遠坂が激昂した。

遠坂は聖杯戦争に詳しいので、刃夜がどれだけ異質な存在なのかわかっているのだろう。

 

「神おろしってしってるか? 神からの言葉、つまりは神託を俗世の連中に伝えるための技術だが……神秘を信じていたからと言ってそれが可能って訳じゃない。明確な意志というものが必要だ。俺には神秘、つまりは魔術を知っていたし、それを信じていたし帰りたい目的があった。だから召喚できたんじゃないのか? と愚考するが……正しいことはわからない」

「確かに聖杯は求める者を選定すると言うけど……」

「実際はわからないさ。だが俺に令呪が宿ったことは事実であり、その聖杯とやらを手に入れる権利を得たと言うのであれば……俺は戦うさ」

 

ぐっ、と……手にした刀を握る力を込めて、刃夜がそう明言した。

俺としては刃夜がその願いのために聖杯を使うというのであれば構わなかった。

正義の味方として、俺が最も恐れるのは聖杯を悪事に使うことなのだから。

だけどセイバーは俺と違って目的があるはずだ。

聖杯に願うことがあるはずなのだ。

だから……俺と刃夜は敵になるしかなかった。

 

「……ではここの家の敷地から出たら敵でいいかな?」

「……そうね、私も行くわ」

 

俺の言葉に何も言わないと言うことは、遠坂凜もわかっているのだろう。

見送ろうと一瞬腰を上げたが……だが自身でもどうしていいのかわからず、そのまま遠坂と刃夜を見送った。

 

 

 

 

 

 

「……さっきの話だけど」

「んあ?」

「……この世界の住人じゃないって言うのは本当なの?」

 

帰り道、遠坂凜から聞かれた言葉。

その言葉には今までの比ではない重さを含んでいた。

どうやら何か思うところがあるようだ。

 

「あぁ。俺はこの世界の住人ではない。俺の世界にも日本があり、俺は日本の関東で育ったんだが……、俺の世界の関西に、冬木市という市は存在しなかった。それに俺の家が地図に載っていない」

「……平行世界の存在がこんな身近にいたなんて」

「? どうした?」

「なんでもないわよ!」

 

……何なんだ?

 

よくわからないが……どうやら余り穏やかではないらしい。

それを自ら触るほどバカではないので俺は無言のまま歩く。

 

そして、分かれ道で……遠坂凜のサーヴァントと呼ばれる存在が、登場した。

 

「戻ったか、凜」

「アーチャー!? 大丈夫なの?」

「あまり大丈夫と言えなくもないが……それでもマスターを放置するわけにはいかないだろう?」

 

どうやら間違いなく遠坂凜がマスターのようだった。

だが俺はそれどころじゃなかった。

 

……この気配……どういうことだ?

 

ある疑念が渦巻いていたからだ。

だがそれを聞くことははばかれたし、あり得ないと自分で自分を納得させようとしたが……しかし無理だった。

信じがたいことだが……俺が感じ取ったのは嘘ではないと、本能が告げていた。

 

「ほぉ、それがお主のサーヴァントか……」

「……やると言うのか、侍?」

 

と俺が思案していたら何故か一触即発に近い雰囲気になってしまっている。

だがどちらもここで斬り合うつもりはないようだった。

雰囲気こそぎすぎすしているが、剣呑さはそこまでない。

 

「じゃあな遠坂凜」

「えぇ。今度会ったら容赦はしないわよ」

 

互いに宣戦布告をして、俺たちは己の帰るべき場所へと帰路についた。

いつの間にやらよく意味のわからない状況へとなってしまったようだが……それでも状況が動いたのは俺としてはとてもありがたい物だった。

 

「しかしよもや刃夜が異世界の人間であるとは思わなんだ……」

「違う世界といってもこの世界とそう大差はないみたいだがな」

「それでもこの世界の住人ではないのであろう?」

「がっかりしたか?」

「いや、むしろ神に感謝したい気分だ。これほどの強敵と出会えたのだからな。実に戦い甲斐のある状況だ」

 

どうやらこの様子を見る限りでは、小次郎は本当に戦うために召喚に応じたようだった。

聖杯に願うことはないようだ。

 

聖杯……ねぇ

 

今思い返しても笑い話に近い感覚だ。

万能の願望機であるという聖杯。

手に入れた者の望みを何でも叶えるという物体を巡って争うという聖杯戦争……。

予想通り神秘がらみの事件がようやく巡ってきた。

おそらくこれを切り抜けることが出来れば俺は帰ることが出来るのだろう。

だが……

 

……聖杯を手に入れてそれで帰ることを願うというのは……何か違う気がする

 

それが今の俺の心境である。

あの二人が絡んでいる以上もう少し何かあってもいいような気がするからだ。

あまりにも導き出される答えが簡単すぎると言ってもいいだろう。

確かにサーヴァントとかいう連中がすごいのはわかるが……煌黒邪神に比べれば微生物レベルだ。

確かに俺にもあの時使用した得物が使えそうにないが……それにしたって何か違う気がしてならなかった。

そんなことを考えながら帰宅した。

 

 

 

 

 

 

「どう思うアーチャー? あの二人」

「……どうとは? はっきりと言ってもらわねば返答に窮するのだが」

 

ちっ、こいつは……

 

あえてはぐらかすような口調のアーチャーに、私は内心で舌打ちした。

このサーヴァントは私が召喚してからほとんど変わっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが私のサーヴァントでいいのかしら?」

 

眼前で廃墟のような有様になってしまっている居間に偉そうに居座っている男に、遠坂凜は問いかけた。

そしてその問いかけた存在は……ニヒルに笑っていた笑みをやめてこう答えた。

 

「それはこちらも聞きたい。魔術師のようだが、本当に君が私のマスターなのかね?」

 

その声には、嘲りにも近い感情が混じっていた。

それを感じ取ったのか、それとも偉そうなその態度に苛立ちを覚えたのか……凜は自身の右腕の袖をまくってそれを見せた。

 

 

 

弧を描く線が二つに一本の赤い線で描かれている……紋章を……

 

 

 

「令呪よ。文句あるかしら」

 

見た目と目線が実に脅迫じみているが、凜は別段偉そうにするつもりはなかった。

過去の英雄達を召喚すると言うことで尊敬の念すら抱いていたことも、凜にとって嘘ではなかった。

だが顕れたその英雄の余りにもふてぶてしい態度に、いらだっているのも事実だった。

 

「ふむ、確かに令呪だが、私が言いたかったのはそう言うことではないんだがね」

「? ……どういう意味よ?」

「君が本当に忠誠するに値する人物かを聞いたのだ。令呪などサーヴァントを縛るための道具に過ぎないだろう?」

「なっ!?」

 

その言動に、文字通り凜は絶句した。

不遜にも程があるその態度と、帰ってきた言葉で、凜の怒りが沸騰していく……。

 

「まぁ令呪があるのであれば仕方がない。君を私のマスターと認めよう。だが、戦いは私に任せてもらうぞ」

「……どういうこと?」

 

(苦労して召喚したって言うのに……なんなのこいつ!?)

 

現在の時刻は深夜二時。

遠坂凜が最も調子が良くなる時間であり、しかも体調も準備も万端でサーヴァントの召喚に望んだのだ。

さらにいえば凜としては召喚の儀式は完璧にこなしたし、手応えもこれ以上ないほどだったのだ。

であるにもかかわらず、出てきた英雄はこのような余りにも偉そうなサーヴァントであれば……少しはカチンとしてしまうのも無理からぬことだろう。

 

「どうせ戦いの経験などないのだろう? 素人に余計な口出しをされてはたまらない。君はおとなしくこの家で隠れていればいい」

 

 

 

ブチッ

 

 

 

その台詞で……凜の理性が切れた……。

 

 

 

 

 

 

「あったまきた~~~!!!! 何よ! さっきから来てれば偉そうに言ってきて! そんなに言うならやってやろうじゃない! あんたは誰に従うべきか教えて上げるわ!」

 

 

 

 

 

 

その台詞は鬼気迫るものだった。

さしものそのサーヴァント……アーチャーも驚いていた。

だが次の行動で度肝を抜かれることになった。

なんと、凜が右手をかざしたのだ。

その行為に何の意味もないのだが……何をしようとしているのかわかったアーチャーは今度こそ驚愕した。

 

「ま、待て! まさか令呪を使うつもりか!? わかっているのか!? 令呪がどれほど重要なのか!!!!」

 

 

 

「うるさい! うるさい! うるさい!!!! おとなしく私の言うことを聞け――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

その言葉と供に……暗闇に閉ざされていた遠坂邸に一瞬、深紅の輝きが迸った。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……とんでもないことになったな」

 

それから十数分後。

ほとんど廃墟と言っても言い居間に甘やかな香りが漂っていた。

気持ちを落ち着かせるために、アーチャーが凜のために紅茶を煎れたのだ。

その仕草に一切の迷いはなく、また危なっかしさもなかった。

給仕……というよりも家事にとても慣れているような感じの所作だった。

紅茶を煎れる手順はほぼ完璧だったので、味は口に含めるまでもなかった。

 

(随分……何というか庶民的なサーヴァントね)

 

それが凜の胸中に宿った思いだったが……それを言うことはしなかった。

 

「うるさいわね。私だってこんなことに令呪を使うなんて思ってなかったわよ」

 

令呪。

三度限りの絶対命令権。

サーヴァントの空間転移すらも可能なこの切り札とも言える存在を、サーヴァント召喚より数十分と経たずにすでに凜は一つ消費してしまったのだ。

普通ならばそれは憂慮すべき事態であり、はっきり言ってしまえばふざけた命令で消費していい物ではないが故に、失策と言っても良かった。

 

「いや、案外無駄ではなかった」

「どういうこと?」

「令呪とはサーヴァントに行動を強制するためのものだ」

 

切り札と言うが、戦闘に関することでなくても命令できるのだ。

サーヴァント自身が拒むようなことであっても、令呪を使用することによって強制的にそれを執行させることが出来るのが令呪なのだ。

 

「聖杯からのバックアップ、令呪の使用によってサーヴァントは一時的に実力以上の力を発揮できるが……これにはいくつかの条件がある」

 

令呪の条件。

それは命令内容と実行する期間が定まっていなければいけないと言うことだ。

この条件を満たさなければ令呪が発動しないことがほとんどであるのだ。

 

「普通ならば「私に逆らうな」という命令など令呪が作動しないのだが……私は君の言葉に強い強制力を感じている。令呪が一画なくっていることからも先ほどの命令が施行されたのは間違いない」

 

アーチャーの言うとおり、凜の令呪はすでに一画が消費されている。

またその令呪による効果を、アーチャーは自ら感じ取っていた。

 

「これはつまり君の魔術師としての能力は優秀だと言うことだ」

「あ……」

 

ようやく己のサーヴァント、アーチャーが言いたいことを理解して、凜は笑みを浮かべた。

 

「それじゃ認めるのね? 私があなたのマスターだって言うこと」

「あぁ、前言を撤回しよう。私は君をマスターとして認め、その指示に従おう」

 

(やれやれ……ようやく相方が誕生したわ……)

 

内心そうぼやくが……またぞろ蒸し返すのも時間の無駄と思い、凜はそれを飲み込んで笑みを浮かべた。

 

「そう。ならこれからよろしくね。それとあなたのクラスは?」

「私はアーチャーのクラスに割り振られたようだ」

 

(アーチャー……か)

 

自身のサーヴァントがアーチャーと知り、少しとはいえ落胆してしまう凜だった。

叶うことならば自身との連携がしやすい前衛タイプのセイバーとの契約を望んでいたのだが……結果としてアーチャーが召喚されてしまった。

だがやり直すことが出来ない以上、それを受け入れるしかなかった。

 

(まぁ……何の触媒も用意できなかったんだからしょうがないか……)

 

 

 

触媒

サーヴァントを指定して召喚するために使用される物体のことである。

簡単に知ってしまえば生前に英雄が使っていた物……マントや剣の破片、鞘など……を用いてその英雄を強引に召喚するための物だ。

元来、つまり触媒を使わずに使用すれば、そのマスターにふさわしい……もしくは相性がいい……サーヴァントが召喚されるのだが、触媒を使用することで目当ての英雄を召喚することが出来るのだ。

 

 

 

金銭的な理由からか……どういった事情かは謎だが、凜が触媒を使用しなかったのは事実であり、その結果として眼前のアーチャーが召喚されたのだ。

文句のつけようがなかった。

 

 

 

これが遠坂凜とそのサーヴァント、アーチャーの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「正直に話すのであれば、あまりぶつかりたくない相手だな」

「……やっぱり?」

「あぁ。家の屋上から眺めていたのだが……まさかあのバーサーカーに生身で斬り合うことの出来る人間がいるとは思いもしなかった。しかも蛮勇というわけではなく、きちんとバーサーカーの剣を見切っていた」

「!? それ本当!?」

「あぁ。あのサーヴァントも相当の技量を誇っているようだし……二人で行動している状態で正面から挑むのは得策ではない」

 

私はアーチャーの台詞に驚きを隠せなかった。

実際に目にしたのだが、まさかサーヴァントであるアーチャーまでそう評価するとは思ってもいなかったからだ。

てっきりあの佐々木小次郎とか言うサーヴァントがよほどすごいと思っていたのだが……当てが外れてしまったことに私は歯がみした。

 

けどだからって……引き下がるなんてことはしないわ

 

アインツベルンのバーサーカー、素人に召喚されてしまったセイバー、そして魔術師でないにもかかわらずマスターへとなってしまった男。

色々と想像すると頭が痛くなってしまうことが多かったが……それでもすでに聖杯戦争は始まっているのだから泣き言言うつもりはなかった。

 

「まぁあのコンビ、どうやら遠距離武器はなさそうだから、奴の店に私がアーチャーとしての力を使用して遠距離で射殺せばいいだけのはな……」

「そんな無様な勝ち方は絶対に許さないわよ? いい、遠坂家の家訓は「常に優雅たれ」なんだから、無様に、しかも無関係な人間まで巻き込んでの勝利なんて認めないわよ」

「やれやれ……そんなことを言っているようでは、まだこの戦いの厳しさを理解していないようだ。だが、黙って言うことを聞こう。また令呪を使われてはたまらないからな」

「……ふんっ!」

 

偉そうに言ってくる自分のサーヴァントに返答はしなかった。

 

「とりあえず帰って休眠を取って作戦を考えるわよ」

「了解した」

「私たちで聖杯を手に入れるんだからね!」

「無論だ凜」

 

考えるべき事は山ほどあるけど……でも負けるなんて考えることすらしたくない。

遠坂の魔術師として、私はこの聖杯戦争に勝つのだ。

密かに気合いを入れて、私とアーチャーは、自分たちの拠点である私の家へと、帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日……。

俺が小次郎を召喚した廃屋の武家屋敷……。

 

「はっ!!!」

「おぉ!!!」

 

今日も昨日と同じような時間に起きて、小次郎と斬り合いという名の訓練を行っていた。

狩竜の斬り合いでは今日も敗北したが、時間があったので第二戦目として、夜月を使用しての訓練を行っていた。

無論封絶も持ってきている。

装備しているのは封絶ではなく夜月だが……右腰に俺は今回使用しようと思っている刀も携えていた。

互いに鎬を削り合い、命すらも削り合うかのように、刀を振るった。

夜月で戦ってわかったことが一つあった。

 

……化け物だ! こいつは!!

 

昨日の狩竜での戦闘でも思っていたことだし、すでにわかっていたことだが、それでもこの実力は常軌を逸していた。

昨日は自身よりも遙かに長い野太刀を使う俺を相手にやりにくそうにしていたが、今回は俺が打刀の夜月のために、本来のスタイルに戻れたようだった。

 

つまりは……野太刀の圧倒的なリーチを言わせての、斬撃攻撃だ……

 

「っ!」

 

鋭い呼気と供に、迫り来る野太刀の一撃。

俺はそれを夜月で払い、懐に入ろうとするのだが……その一歩が踏み込めなかった。

目測でおよそ刃渡り五尺ほどの野太刀を、それこそ縦横無尽に振るい、俺が最後の一歩を踏み出すのを阻止されていた。

 

確かに俺の狩竜よりは軽いだろう……。だが完全に技術のみで長い野太刀を己の手のように振るとは!!!?

 

驚くべき事は、小次郎が気や魔力を用いている気配が全くないことだろう。

であるにも関わらずそれらを用いた俺と互角……いやそれどころか俺がほとんど防戦一方に追い込まれているのだから相当な腕前だ。

確かに主観時間で一年以上もの間、まともな対人戦を行ってこなかったとはいえ……魔力を用いる俺をここまで押し切るとは……。

 

「だぁっ!」

「ふ!」

 

首筋を狙っていた剣を夜月で弾き、その勢いのまま俺は飛び退いて距離を離した。

「技量」に置いて敵が上回るのは事実だが、しかしそれでも身体能力、筋力……つまりは「力」は気と魔力を有する俺の方が有利なのだ。

敵の懐に入ろうとして戦うのは不利であるならば……速度と力に任せたヒット&アウェイを行うのが上策であった。

 

「卑怯とののしられるかもしれないが……戦法を変えるぜ?」

「ほぉ……、それは楽しみだ。卑怯などと言わぬ。それにお主がこういった場で真に卑怯なことを行わないというのは……直ぐにわかる」

 

それはどうも……

 

悔しいが完敗だった。

技量に置いてこいつに勝てることは出来ないだろう。

だがこれはあくまでも訓練であり、勝負である。

技量に負けたからと言ってそれで敗北するわけではない。

敵よりも秀でた力があるというのならば、それを用いた戦いをすればいいだけの話だ。

右手を夜月から離して、俺は左手のみで夜月を持つ。

 

「うん? 降参か?」

「まさか」

 

片手で夜月を持つ俺を見て、小次郎が訝しんだ声を上げるが、俺はそれに笑いながら応えた。

そして、空いた右手を……右腰に差している打刀の柄へと伸ばした。

 

 

 

碧い……碧い……碧玉が埋め込まれている、その刀へと。

 

 

 

「磁波鍍装、蒐窮」

 

 

 

その言葉と供に……気を碧玉へと込めていく。

それに伴って……その碧玉から生じた電磁が、この薄暗い朝焼け色に染まる木々を、白き電磁の稲光で染まった。

 

 

 

「ほぉ……これはまた不可思議な……」

 

 

 

右腰に差した打刀雷月から発生した電磁を見て、小次郎が嬉しそうに笑った。

未知の剣を見れると言うことで小次郎も興奮しているようだった。

その顔に嬉々とした笑みが刻まれる。

 

行くぜ……雷月

 

モンスターワールドにて鍛造した……特殊な打刀へと念じて、俺は全力で飛び出した。

気と魔力で強化された身体での突進。

そしてその勢いも合わせて全力で俺は夜月を振り抜く。

ちなみに右手は雷月を持ち、電磁を抑えたままだ。

 

「があぁっ!!!」

 

だがあっさりと避けられてしまう。

小次郎が、俺が横から通り過ぎようとするときに、野太刀で追撃する。

しかしそれを、俺は気壁によって作った足場を蹴って強引に下に落ちてスライディングした。

 

「!?」

 

そのまま滑りつつ、俺は夜月で小次郎の足を振り払う。

だがそれも読まれていたのか、飛び上がった小次郎がそんな俺の頭を斬りかからんと、頭上から野太刀で振り下ろしてくる。

滑りながら俺はその野太刀を、振り切った夜月をその勢いのまま振りかぶって、野太刀を迎撃した。

 

!!!!

 

金属同士がぶつかり合う音が響く。

飛び上がった小次郎が着地し、流された野太刀で俺へと袈裟斬りを行う。

俺はそれを立ち上がりつつ、斜めにした夜月でそれを滑らせて回避。

流しきったことで隙が出来た小次郎のがら空きの胴へと、払った夜月をそのまま振り上げて左切上(ひだりきりあげ)をするが……それはあっさりと体捌きで回避される。

 

 

 

ここ!!!!

 

 

 

体捌きで回避された。

しかもその俺の胴に右薙の野太刀が振るわれようとしているが……俺にはまだ手があった。

 

切り上げの勢いそのままに……夜月を宙へと放り投げ、空いた左手を雷月の柄へと添えた。

 

そして……

 

 

 

鯉口を切った……

 

 

 

 

 

 

「電磁抜刀、禍!!!!」

 

 

 

 

 

 

磁場によって加速された、音速の刀が……小次郎へと迫った。

 

 

 

「!?」

 

 

 

さすがの小次郎も一瞬目を見開いたが……そこからは俺が驚いた。

 

なんと……右薙に振るっていた野太刀をそのまま雷月の剣閃上へと持って行きそれを流したのだ……。

 

 

 

なっ!?!?!?

 

 

 

電磁の光と金属が激しく擦過したことによる火花で……一瞬目がくらむがそれ以上に驚いた。

 

 

 

音速の電磁抜刀を見切り、受けたあげくに流しただと!?

 

 

 

正気の沙汰どころではなく、そしてその行動はあり得なかった。

 

流されたことでがら空きとなった俺の首筋へと……小次郎の野太刀を当てられる。

 

「また私の勝ちだな」

「……完敗だ」

 

俺は悔しさでうちひしがれながら、言葉を返した。

 

……まさか電磁抜刀を流すとは

 

驚愕なんて言葉ではすまされなかった。

何せ俺の最速の剣だったのだ。

それこそ真に音速を越えた電磁の刀を、まさか流されるとは思ってもいなかったのだ。

 

……なんとまぁ……でたらめな

 

ここまで明確に技量差があると、笑いしか出てこない。

内心悔しさでいっぱいだったが、それ以上に充溢感があった。

何せこれほどの力量を誇った相手と毎日訓練が出来るというのは興奮以外の何物でもなかったからだ。

 

「しかしすごいなお主も。よもや宙で再度飛び跳ねるとは思わなかったぞ?」

「あれはまぁ、俺の一つの特技というか……、簡単に言うと体内に宿る「気」という力を体外に足場として固定してその気の足場を蹴ったんだ」

「しかも今の剣は何だ? 恐ろしい速度だったな」

「電磁……といってわかるか? 電磁の反発作用で刀を音速の域にまで高めたんだ」

「ほぉ……」

 

俺の説明を真剣に聞く小次郎。

見知らぬ技であるために興味があるようだった。

俺は宙から降ってきた夜月をキャッチし、納刀しながらも言葉を続けていた。

親父とではわからんし、じいさんには確実に勝てないだろうが……気も魔力も為しにこれほどの腕を要しているのは本当に驚嘆だった。

 

しかし……わからないこともある

 

サーヴァントという生きた人間ではない存在だというのは最初からわかっていた。

未だにわからないのはこいつの正体だった。

すでに俺とは敵になりえないし、頼れる相棒なのだが……それでも正体が分かりきっていないのは不安でもあった。

 

しかも遠坂凜の言の通りならば、こいつの真名は「佐々木小次郎」というので間違いないんだろう。だがこいつは言っていた……。佐々木小次郎であって佐々木小次郎ではないとならば一体どういうことなのか?

伝承に伝わる佐々木小次郎ではないというのは間違いないのだろう。

だがこいつが佐々木小次郎と名乗るには、それに足る理由が存在するはず。

 

「ん? どうした刃夜よ。神妙な顔をして」

「……お前が佐々木小次郎を名乗る理由は何なんだ?」

 

かねてより疑問だったが……何か色々とごたごたのせいで聞けなかったことを俺は聞いてみた。

それを聞いて、小次郎がきょとんと頭に?マークを浮かべた。

 

「……言っておらなんだか? 私が何故佐々木小次郎を名乗るのかを」

「聞いてないな。別に信用してない訳じゃないんだが……出来れば聞かせてくれないか?」

『それは私も知りたい物だな』

 

別段この世界の歴史に詳しくないだろうに、封絶が俺に同意を示した。

別段封絶も疑ってはいないのだろうが、昨日の遠坂凜の話も聞いていたので興味が湧いたのかもしれない。

 

「……ふむ。そうだな。お主もお主独特の技を私に見せてくれたのだから、それの返礼に見せるのも礼儀……か」

 

俺の言葉に頷いて、小次郎は少し距離を離し……背中の鞘に収めた野太刀を再度抜刀した。

 

「離れていろ刃夜……。我が秘剣の間合いに入れば、いかに刃夜とはいえ……避けることは叶わんぞ……」

「……」

 

余りにも鋭い殺気故に、俺は思わず本能的に一歩後ろへと下がっていた。

小次郎がミスをするとは思わなかったが、俺は夜月を普通に構えて小次郎の動向を見守った。

特殊な装備を持っているとは思えない小次郎と一丈以上の距離を離してなお、夜月を構えずにはいられないほどの……恐ろしく冷えた殺気だった。

 

一体……何を!?

 

何をするのかと見ていると、俺に驚きの光景が写った。

なんと小次郎が構えを取ったのだ。

おそらく遠く離れた俺へと放つことを想定しているはずだというのに……自ら背中を俺へと向けた。

一番近いのは……柳の構えだろう。

刀を頭上よりも上へと斜めに上げ、剣を受け流すのが本来だが……小次郎の構えはそれに似て非なる物だった。

そもそもにしてこの殺気が、受けの構えでないことを如実に語っている。

対面している俺から見て、刀を左へと構えてほぼ目線と同じ所へと上げ、背中を俺に見せている。

何をするのかわからないが……今まで構えらしい構えを取っていなかった小次郎が構えるのだから相当だろう。

何よりもこの殺気が……

 

 

 

普通じゃないことを教えてくれる……

 

 

 

 

 

 

「秘剣……」

 

 

 

 

 

 

ゆらりと……その剣が一瞬ぶれる……

 

 

 

そして……それが放たれた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「燕返し!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉と供に……刀が分裂した……

 

「!?」

 

いや、分裂したわけではないようだった。

実際振り終えた小次郎の野太刀は技を打つ前と同じで一本のままだ。

 

だが……今のは見間違いではないはず……

 

『……何だ……今のは?』

「……俺の見間違いじゃないんだな封絶。確かに今……」

『あぁ……確かに今、小次郎の剣が三つになった……』

 

振るったのは確かに一本の野太刀だったのだ。

だがしかし振るったと同時に小次郎の刃圏に三本の剣が閃いたのだ。

もしもあの間合いにいたら……三本の同時の剣撃故に、避けることも防ぐことも叶わなかっただろう。

 

「私がこの剣を編み出したのは偶然だった」

 

封絶と供に度肝を抜かれていると、小次郎から解説が始まった。

未だに興奮冷めやらぬ……というよりも驚きが大きかったが、聞かないわけにはいかないので、俺は小次郎の言葉に耳を傾けた。

 

「ある日暇つぶしに燕を切ろうと戯れた時のことだ。だが燕は大気の震えを感じ取り飛ぶ方向を変える。故に刀をただ振るってもその空気の流れを読まれて何度も避けられた。それを考えて工夫していった結果こうなったのだ」

「……今、三つに見えたんだが」

「そう、三つだ。それが結論だった。三つの剣撃を同時に放つことによって燕を封じる檻を作り、断ち切った……」

「……な」

 

何というバカだ……

 

俺は驚愕で言葉も出なかった。

バカとは言ったが、完全に褒め言葉だ。

今俺が目にしたのは間違いなく、完全に同一時間(・・・・・・・)に三つの剣撃が宙を舞ったのだ。

完全に同時にだった。

一本の剣が一瞬にして三つになり襲ってくるのだ。

 

 

一 頭上から股下まで振るわれる唐竹斬り

 

 

二 一の太刀を回避する敵の逃げ道を防ぐための閃き

 

 

三 左右への離脱を阻むための剣閃

 

 

僅かだが見えた軌跡……。

これら三つの剣閃が間違いなく「同時」に振るわれるのだ。

燕だって斬り捨てられるのも仕方がないという物だろう。

それを会得したことにも十分驚くことが……もっとも恐ろしいのはそんな物ではなかった。

 

……一切何の力も感じ取れなかった

 

そう、それが最も恐ろしかった。

普段から気も魔力も使用しないのが小次郎の戦闘スタイルだ。

それはわかっていた。

だが今の技……断言してもいい、「普通ではない」「ありえない」と言い切れる技を、気も魔力もなしにこいつは放ったのだ。

力任せではなく、純粋な剣技……「技術」のみで今の技を放ったのだ。

絶技なんていう言葉ですら収まりきらない……究極の剣技だった。

何せ放てば当たるのだ。

よほど強固な盾を装備しない限り防ぐことは叶わないだろう。

いや、盾を装備してもそれすらも斬り捨てて敵を断絶しそうな剣の冴えだった。

 

 

 

 

 

 

…………何を言えばいい?

 

 

 

 

 

 

あまりのすごさに、俺は寒さとは別に身体全身に鳥肌が立ち、しかも心が震えていた。

恐怖ではなく……余りにもすばらしい物を見た、感動で……。

 

「これが私が自身を佐々木小次郎と名乗っている理由だ。燕返しを使える……ただその一点でいないはずの英雄として、佐々木小次郎を名乗り、この戦争に参加させてもらった」

 

この小次郎は佐々木小次郎ではないが、燕返しが使えると言うことで佐々木小次郎を名乗っているのだ。

つまりはそう言うことらしい。

 

だが……今の俺にとってもはやどうでもいいと言って良かった。

 

「……幸運だと言ったよな小次郎? 俺と会えて」

「うん? 言ったな。お主ほどの相手と(まみ)えたことは間違いなく幸運であろう」

「……俺もだ」

「うむ?」

 

 

 

「俺もだ、小次郎……。お前ほどの相手をあえて……訓練を行えて、供に背中を預けることが出来るような状況の今の戦争に……俺は心から感謝したい……」

 

 

 

「……それはよかった」

 

俺の言葉から何を感じ取ったのかはわからなかった。

だがそれでもその笑顔を見れば、小次郎も喜んでくれているのがわかった。

 

「……どうすれば今の技を撃てるようになる?」

「容易い道ではないぞ? 私も一生を掛けてこれを習得したのだ。といってもこれに命をかけていたわけではないのだが」

「そんなことは百も承知だ。だが教えて欲しい。直ぐには出来ないだろう。だが出来るようになってみたい」

「了解した。ではまずは……」

 

こうして朝の特訓に、新たな訓練事項が加わったのだ。

俺も振るえるようになるかはわからない。

ひょっとしたら一生研鑽しても無駄かもしれない。

 

だが……見てみたかった……

 

小次郎と同じ物を……

 

小次郎と同じ境地へと……たどり着きたかった……

 

一生を掛けても無理かもしれない……

 

それほどの技だったから……

 

だから無駄かもしれないけど……俺はこの訓練を必死になって行った……

 

そんな俺に何を見たのかはわからない……

 

だが小次郎は笑顔で俺に指導をしてくれた……。

 

 

 

こうして俺と小次郎は、仕込みの時間いっぱいまで、燕返しの練習を行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アサシン 
真名 佐々木小次郎(佐々木小次郎の殻をかぶった剣士)

筋力 C
耐久 E
敏捷 A+
魔力 E
幸運 A
宝具 ×

保有スキル
気配遮断D
サーヴァントとしての気配を断つ。本来ならばアサシンクラスのために最高クラスの気配遮断を持つのだが、イレギュラーな存在のためランクダウン

心眼(偽)A
視覚妨害による補正への耐性。天性の才能による危険予知。要は第六感、虫の報せ。

透化B+
明鏡止水。精神面への干渉を無効化する精神防御。

宗和の心得B
同じ相手に同じ技を何度使用しても命中精度が下がらない特殊な技能。攻撃が見切られなくなる。



宝具
燕返し
正しくは宝具ではなくスキル。
修練を重ねた結果編み出した技。かつて暇つぶしにツバメを斬ろうとした際、空気の流れを読まれてことごとく避けられた結果、それでもなお打ち落とそうとして編み出した。
無形を旨とする彼が唯一決まった構えを取る。
相手を三つの円で同時に断ち切る絶技。
三つの異なる剣筋が同時に(わずかな時間差もなく、完全に同一の時間に)相手を襲う。
魔術ではなく魔剣。
人の業のみでたどり着いた武術の極地であり、「分身」の魔技。円弧を描く三つの軌跡と、愛用する太刀の長さが生み出す回避不能の必殺剣。
多重次元屈折現象、と呼ばれるものの一つ、らしい。



↑の説明文は全て「公式設定」です
公式なので、私の小説で作り出したご都合設定ではない
気づいている人も多いかもしれないが、この小次郎、実は地味に最強クラスの実力者なのだ……(実際原作者奈須キノコも「五次なら剣技において最強」と言っている)
そんな男のマスターとなってしまった刃夜は、日々小次郎との斬り合いを楽しむのであった……


みたいな感じの話でした~

ここから先は基本的に刃夜が余り介入できないので士郎がメインになるかも?

え? 主役は刃夜じゃないかって?

大丈夫!

最後の方はきちんと活躍するから!!!!


当分先だけどね!!!!

普通にモンハンより長くなりそうだわ!!!!





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収集

士郎メインは継続中……
いかん……社会人という立場がまさかここまで物語の介入を邪魔するものだとは予想外だった!?
料理人として金を稼いで雷画に返さないといけないからそんなに休日を作ることが出来ない!
刃夜がね!!

今回もそう言うわけで士郎がメインだ。
今回はそうね……タッグを組む話?
誰と誰かって? それは本編読んでのお楽しみw


またわからない人向けに書いたつもりですがわかりにくかったりおかしかったらご一報願います







「え? 営業時間の縮小……ですか?」

「うむ。最近物騒だしな」

 

私がそれを聞いたのは、いつものように朝のランニングで鉄さんのお店に寄ったときのことだった。

入り口の引き戸に紙を張り出そうとしている鉄さんに何を張り出しているのか聞いて、返ってきた答えがこれだった。

 

「確かにそうかもしれませんけど……っていうか何読んでるんですか?」

 

私と会話しながら鉄さんは何か分厚い本を手にとってそれを流し読みしていた。

 

「西洋英雄辞典」

「西洋英雄辞典?」

「成り行きで必要になってな」

 

成り行きで……なんで西洋英雄辞典?

 

よくわからないけど……別段本を読むのが悪いわけでもないので不思議に思いつつも、私はそれについては聞かなかった。

そんな私を気遣ってか、パタンと本を閉じて鉄さんが、私に微笑を向ける。

 

「営業時間を短くするのは少々痛いが……まぁやむなしだ。俺の店の帰り道に襲われても気分が悪いからな。実際にあんなニュースも流れているしな」

 

そう言って指さした先はお店にある備え付けのテレビ。

早朝からやっているニュースには、冬木市郊外の住宅街で起きた殺人事件の報道が流れていた。

 

「結構近くだからな。美綴も気をつけろよ」

「私は大丈夫ですって」

 

大丈夫という意味にはいくつかの意味があった。

一つは体外の暴漢なら返り討ちに出来ること。

そして私は襲われると思っていないからだ。

 

「油断大敵……というだろう、美綴よ。まだ咲かせていない可憐な花弁が傷ついては大事だ。十分に注意するといい」

 

そんな私に随分と時代がかった言葉を掛けてくるのは、先日から鉄さんの店で見るようになった小次郎さんだった。

いつもビシッと袴を着こなしてて、しかも仕草から相当できるのがわかるのだけど、ある意味でよくわからない人だった。

 

「え、えっと、別に私はそんなに大層な物じゃ……」

「だぁほ。もちっと鏡を見ろ。十分かわいいんだから夜道には気をつけろよ? 仲のいい奴が痛い目に遭うなんてのはごめんだぞ」

「……!? 鉄さんって、結構自然に口説きますよね?」

「口説いてない。事実を言ったまでだ」

 

若干顔が赤くなったのを自覚しながらそう言って反撃するのだけれど……全く慌てずに返されてしまった。

 

これを「私のことなんてどうでもいい」と取るべきか「本当のことを言っているのは本当」と取るべきか……

 

「なに、もしもの時は私が夜道を送ろう。私も少しは武道に心得がある故に、きちんと送り届けよう」

「お前は仕事があるし、送り狼になりそうだからだめだ」

「……嫉妬か、刃夜よ?」

「違うわ」

「……違うんですか?」

「……え?」

 

……思わずすごいこと口走っちゃった

 

というよりもよもや聞こえるとは思っていなかった。

口の中で呟いたと言っていいほどに小声だったのに……。

 

「ふむ……若いというのはいい物だな」

 

そんな私たち二人を見て、小次郎さんがおかしそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

……やっちまった

 

先ほどの会話で、またやってしまった自分を俺は呪った。

心配しているのも事実だし、かわいいとも思っている。

不幸な目にあって欲しくないというのも紛れもなく本当なのだが……言い方が悪いというのか何というか……。

 

「いやいや、なかなかの口説き方だったぞ刃夜。出来うるならあのまま逢い引きの約束を取り付けたら満点であったと思うぞ?」

「だから、俺は別世界の住人だからここで永住するつもりはないんだって」

『何というか……仕手も大変だな』

「お前に慰められてもなぁ」

 

美綴が帰って三人でくだらない話を繰り広げる。

だがそれも直ぐにやめて、俺は本題へと入った。

 

「さて、本題だが……今後の聖杯戦争における俺たちの方針を決めよう」

 

俺のその言葉に、小次郎と封絶が言葉をやめて思案をする。

とりあえずまず確認しなければいけないのが、小次郎の気持ちだった。

 

「小次郎。聖杯には望みを叶えることが出来るという力があるんだが……お前に願いはないのか?」

 

 

 

「あるわけがない。元々この戦争が終われば霞のごとく消ゆるが定め……。私が生涯でやり残したことはただ一つ……全力での果たし合い。これだけだ。それさえ叶うのならば私に願うことなどない……」

 

 

 

……本当に生粋の剣客だな

 

間違いなく……いっぺんの曇りもない想いだった。

それこそ蒼穹の空のような、それほど透き通っているかのような想い。

純粋無垢に限りなく近い、恐ろしく……綺麗な想いだった。

 

……すげぇな

 

ここまで剣の道まっしぐらというのは一種の才能だろう。

こいつがどんな一生を送ったのか……興味が湧いた。

が聞くのもなんかアレだし、しかも今は話の場が違うのでとりあえずは放置。

 

「封絶は俺と一緒に帰る……でいいんだよな?」

『無論だ仕手よ。お主の行く末を見せて欲しい』

 

実に嬉しいことを言ってくれる封絶だった。

となるとこの聖杯戦争に望むのはほとんど俺のためと言っても過言ではなさそうだったが……それでもやらなければいけない理由がある。

 

「一応強者と戦えるとはいえ、ほとんど俺のために命を賭けてもらうことになるが……いいんだな?」

「愚問だ、刃夜」

『随意に……我が仕手よ』

 

一瞬の遅滞もないその言葉に嬉しくて一瞬目頭が熱くなったが、俺はそれをこらえて宣言した。

 

 

 

 

 

 

「では今日この日、この瞬間を持って、俺たちも聖杯戦争へと挑む。聖杯の力で俺が故郷へと帰るために、力を貸して欲しい」

 

 

 

 

 

 

俺の宣言に、二人は沈黙で答えた。

だが二人ともそれが拒絶の意志ではないと言うことは聞かなくてもわかった。

それを頼もしく思いつつも……俺の胸から疑念が消えることはなかった。

 

 

 

本当にこれでいいのか……という疑念が……。

 

 

 

これで本当に帰れるのか?

 

 

 

 

今でも飲み込み切れてない疑問だった。

前回のモンスターワールドと同じような状況になった。

神秘が渦巻くこの状況で戦うことは、間違いなくあの二人の差し金だろう。

だがこの闘争に勝利し、聖杯というのを手に入れて願って……それで本当に帰れるとは思えなかった。

余りにも図式が簡単すぎるからだ……。

 

なんかあるんかなぁ……

 

またぞろ面倒事に巻き込まれそうな予感がした。

だがそれでも僅かでも意味があるのならば……俺はそれを信じて進むしかないのだ。

目を閉じて瞑想し、思考を切り替えた。

 

「よし、店開く準備するぞ~」

「了解した」

 

結局、社会人である俺には仕事をしないわけにはいかないので昼間の探索は絶望的だ。

その分終了時間を早めたが……他の連中に後れを取っているのは否めないだろう。

 

……俺の口座があれば

 

俺の世界にある俺の口座さえあれば問題なかったのだが……どうしようもないので意味がない。

とりあえず雑念が料理に出るのを阻止するために完全に思考を切り替えて、俺は仕込みを行うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「なるほど、シロウが使えるのは強化の魔術だけということですね」

「そうなんだ。といっても滅多に成功しないんだけど」

 

衛宮家。

早朝であるにもかかわらず、衛宮士郎とセイバーは起床し、今後の作戦を練っていた。

といってもほとんど互いの戦力確認が主である。

普通ならば召喚して直ぐに行うのだが、二人は昨夜色々とそれどころではなかったので今行っていた。

 

「俺は、魔術師だった親父に頼み込んで半ば無理矢理弟子入りさせてもらったから、本当に半人前もいい所なんだ。強化だってまだまだ失敗ばかりだ」

 

実際、士郎は魔術師としてはかなりの半人前だった。

だがそれもある種仕方がないといえる。

師である衛宮切嗣は士郎を養子として引き取りながらも、海外によく出かけていたのだ。

大事な大事な……用事のために。

だがそれもいつしかなくなり、家にいることが多くなったとき……。

切嗣は士郎を引き取って五年の月日で……逝ってしまったのだ。

 

 

 

ただ一言の言葉を遺して……

 

 

 

 

 

 

あぁ――安心した……

 

 

 

 

 

 

それより士郎はただひたすらに独学で魔術の鍛錬を行った。

誰も導いてくれる存在がいなくとも、士郎はそれを毎日欠かさず続けた。

その継続力は驚嘆に値するが……しかし正しきやり方ではない上に導いてくれる師がいない鍛錬では、未熟なのも致し方のないことだった。

 

「それでも俺はこの聖杯戦争を戦わないといけないんだ。だからこんな未熟なマスターで済まないけど、力を貸してくれ」

「はい。私の剣はあなたと供にあるのですから、私はマスター……シロウを勝利へと導きます」

 

その言葉と供に笑みを浮かべたセイバーに、士郎がぼっと顔を赤くする。

それも無理からぬことであった。

セイバーは十分に可憐であり、美少女なのだから、そんな存在に微笑まれては初な士郎が緊張しないはずがなかった。

 

「シロウ。今のうちに相談しておきたいことが二つあります」

 

それに気づかぬセイバーが話を続ける。

そんな相方に士郎は若干戸惑いつつも、とりあえず真面目な話しであるので一旦咳払いをして答えた。

 

「ん? 何をだ?」

「本来であればサーヴァントはマスターに自分の真名を明かすのですが……あなたには私の真名を明かさずにおきたいのです」

「えっと……なんでだ?」

 

真名とはサーヴァントの生前の名前。

己のサーヴァントが何の英霊であるかを知って初めてサーヴァントの能力を知ることが出来る。

だがそれを士郎には明かしたくないというセイバー。

これではセイバーにどのような能力があり、どれほどの力をもつのかわからないので戦略を立てることが出来ない。

しかし、これには当然のように明確な理由があった。

 

「真名を敵に知られてしまえば弱点を知られてしまうからです。ですがシロウは魔術師として未熟なために、精神魔術を使用され操られてしまうかもしれない」

「あぁなるほど。つまり俺が真名を知らなければ……」

「はい。シロウが知らないことを引き出すのは不可能ですから。ですからあなたに真名を明かさないことを許して下さい」

 

魔術とは何も物理的効果の物だけではない。

精神に干渉し人を操ったり、その人の記憶を探るような魔術もあるのだ。

未熟なシロウにそれを防ぐ術はない。

だがセイバーの言うように最初から知らなければ引き出しようがない。

 

「わかった。俺も賛成だ」

「はい、次に……」

 

ギラリ

 

このとき、士郎はセイバーの目が一瞬細まったのを見逃さなかった。

 

(……嫌な予感が)

 

「あなたが学校に行くという件についてです」

 

(……やっぱり)

 

予想通り過ぎた話でシロウは内心で笑うしかなかった。

いつも通り学校に行くというシロウと、それに賛成できないというセイバーで昨夜、刃夜と凜が帰った後に一悶着起こったのだ。

だが夜も更けていると言うことで一旦その会話は持ち越しになったのだが……心構えをする前に持ち込まれてしまった士郎だった。

 

(どうしようかなぁ……)

 

どうしてセイバーを言いくるめるのか考えるのに……士郎は桜と大河が来る寸前まで頭を悩ませる羽目になった。

 

 

 

 

 

 

(やれやれ……まだ納得してないみたいだったけど、何とか言いくるめたか……)

 

穂群原学園に登校した士郎は内心でそうこぼした。

頑なに学園まで着いてこようとするセイバーを、士郎が懐柔した手段はこうだった。

 

魔術とは秘匿される物である……。

 

これは魔術師に置いては暗黙の了解であり、これを破った物には魔術協会から暗殺者を差し向けられることもある。

つまり人が集まる学園という一種の閉鎖空間で魔術を行使した戦闘……つまりは聖杯戦争には発展しないと言い張って、士郎はセイバーを言いくるめて学園へとセイバーがいない状態で登校した。

確かに無理からぬことでもあった。

何せセイバーには霊体……つまり実体を解いて浮遊霊として士郎のそばにいることが出来ないのだ。

故に付いてくるとしたら普通に人間としてそばに寄り添うことしかできないのだ。

部外者を入れることが出来ないので不可能なのは当然だった。

 

 

 

だが……これははっきり言って「甘い」と言わざるを得なかった。

 

危機感が足りないと言ってもいいかもしれない。

 

何せ今この場……冬木市という舞台で戦争が行われているのだ。

 

確かに魔術とは神秘であり秘匿される物だが、それでもやりいようはいくらでもある。

 

であるにも関わらず普通に……心構えはしていようとも……登校したのは愚かであると言うしかなかった。

 

 

 

(うん……? な……なんだいまの?)

 

校門……正しく言えば学園の正門を通り抜けたとき、士郎は違和感を覚えた。

昨日まで感じられなかった、違和感。

突然正門で突っ立つ士郎に訝しい目を向けつつも、他の生徒は何も感じていないように通り過ぎていく。

だが士郎は確かに感じていた。

 

(この甘ったるい……感じは、一体……)

 

だが感じたのは一瞬だった。

他の生徒が何も感じていないこともあり、士郎は自身が疲れていたから感じただけだと、納得させた。

 

「どうしたんだ衛宮? ぼ~っと突っ立て」

 

そんな士郎へと後ろから声が掛けられる。

士郎とほとんど身長差がない、青年。

間桐慎二。

士郎とは中学二年生の頃より付き合いがある友人だった。

 

「あぁ、慎二。イヤ、ちょっと立ちくらみが」

「へ~。そうなんだ? 顔色悪いぜ?」

「いや、大丈夫だ」

「心配させんなよ……。今にも死にそうな顔してるぜ?」

 

ふっと、微笑みながら歩き、士郎よりも先に玄関へと向かっていく。

そして通り過ぎたその時……彼が邪悪に顔を歪めたのを、士郎は見ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

人は……脅威に鈍感である……

 

長く平和な時間を生きてきた人間というのは得てしてそう言う物だ……

 

故にそれを感じても、鈍ってしまった感覚が危険はないと麻痺してしまうのだ……

 

サーヴァントもつれず出歩く愚かさ、悪意にも鈍感であること……

 

 

 

 

 

 

それを士郎は……身近な人物から教えられることになる。

 

 

 

 

 

 

放課後……。

殺人事件が起きた穂群原学園では対策として、部活動を短縮しグループでの下校を推奨した。

学園側としては当然の処置だろう。

普通の教師であれば自分の学校へと通う若者を、危険な目になど遭わせるのは本意ではない。

 

(そうか……こうなるのも当然だよな……)

 

自分にとって保護者のような担任、藤村大河の説明を聞きながら、士郎は最近の己の現状を振り返った。

ランサーに襲われたことにより始まった、聖杯戦争。

それのことで慌ただしく、また余りにも現実離れした状況で日常を感じることが出来なくなっていたのだ。

それ故の弛緩なのか……士郎は最大に近い失態をした。

いや、失態と言うよりは義務感なのだろう。

 

(俺みたいに巻き込まれたら災難だから見回りでもして帰ろう……)

 

正義の味方として、人が死ぬことは看過できない。

故に見回りを初めた。

 

 

 

人気がほとんどなくなった……校舎内を……単身で……。

 

 

 

「……呆れたわ。まさかここまでバカだと思わなかった。サーヴァントもつれずに出歩くなんて」

 

 

 

士郎が階段へと差し掛かったとき、そんな声が上から掛けられた。

そちらへと目を向けると……夕日が差し込む階段踊り場の窓のそばに佇む凜がいた。

逆光のため士郎にはその表情を伺うことは出来ないが……その顔に表情はなかった。

 

「む、バカってなにさ。遠坂だって知っているだろう? セイバーは霊体化できないんだから」

「そうね、確かにセイバーは霊体化できないわ。だからあなたは学校になんて来ないで家にいれば良かったのよ。他のマスターから見たら、自分がどれだけ無防備に見えるか理解してる?」

 

サーヴァントがそばにいない。

それは聖杯戦争に参加している者であれば、目を疑うかもしれない。

人間であれば対抗できないサーヴァントを相手に生身でぶつかることなど、普通の人間には出来るはずがないのだから。

つまり、今の士郎は丸裸も同然なのだ。

 

「そうは言うけど、魔術師は人目のあるところで騒ぎを起こすことは出来ないだろ? だったら学園で仕掛けてくることなんて出来ないさ」

「そうね……その人気があればね。衛宮君……今、この学園に何人の生徒が残っているのかしらね?」

 

(え……?)

 

その言葉で士郎はようやく気づいた……。

校舎にほとんど人が残っていないことを……。

がらんとした教室、人影が全くない廊下、静まりかえった校庭。

確かに探せばいるだろう。

だが今この学園にいる人間の数は、最も多い昼休みなどと比べれば、雲泥の差なのは明白だった。

 

「あなたを教会へと連れて行ったのは自覚して欲しかったからなの。確かにあなたは望んでこの戦争に参加したんじゃないと思う。けどそれでも自分の現状を把握しないと、あなたは直ぐに死んでしまいそうだったから……。けど、それも無駄だったようね」

 

 

 

コッ コッ コッ

 

 

 

凜が階段を下りる。

静かに……ゆったりと仕草で。

人気のない校舎でのその行動は……静けさもあってひどく士郎の耳に響く。

 

 

 

「あの男、鉄刃夜が言ったはずよね? あなたの家を出たら敵だって……。私はそれに同意したわ。そしてあなたもそれに同意は示さないまでも何も言わなかった」

 

 

 

凜が左腕の袖をまくり上げた。

その腕は、夕日を浴びてひどく綺麗に見えた。

もしもそれが今のように張り詰めた空気でなければ……士郎も頬を赤くしたかもしれない。

だがそれはそんな微笑ましい行為では断じてない。

その無表情な顔を見ればわかる。

 

 

 

今から行われることが……何であるかを……。

 

 

 

ブゥン

 

鈍い音がした……。

その音と供に凜のまくった左腕の前腕が薄緑色の模様が走った。

 

「他の奴に苦しめられる前に……私が引導を渡して上げる。苦しまないようにね!」

 

その言葉と供に……凜の左腕が光り輝いた。

 

(!?)

 

さすがに明確な殺意を向けられては、士郎も気づかないわけがなかった。

咄嗟に回避したその瞬間に……つい先ほどまで士郎がいた場所に、魔力の塊が飛来する。

 

ガンッ!

 

鈍い音を響かせて、廊下にそれが激突した。

それを見て士郎が絶句する。

いくら半人前とはいえ、今のが濃密な魔力を纏っているとわかったからだ。

 

「待て遠坂! お前本気か!? 俺はお前と戦う気なんて……」

「……あなたになくても、私にはあるのよ!」

 

ブゥン

 

右手の人差し指を士郎へと向けた。

奇っ怪な音を響かせながら、凜の指先に黒い球体が生まれる。

そしてそれは拳ほどの大きさになると、高速で目標……士郎へと向かった。

 

「く!」

 

咄嗟に身を翻しつつ、士郎がそれを避けて駆けだした。

黒い球体は目標物から外れ、教室のドアへとぶつかり……それの一部を破損させた。

 

凜が使用した魔術は北欧のもので、「ガンド」といった。

この魔術は呪術であり、相手を指さすことで身体活動を低下させて体調を崩させるという間接的な呪いであり、しかも対象を視界に収めなければいけないという欠点もありそこまで実践的とは言えない。

だが凜のそれは違う。

本来ならば相手を呪うことしか出来ないガンドが、高密度な魔力を纏ったことで物理的な破壊を伴っているのだ。

普通に拳銃以上の威力を誇っていた。

 

しかもそれが……。

 

 

 

ドドドドドドドド!!!!

 

 

 

もはや拳銃ではない、ガトリングのごとく士郎へと襲いかかっていた。

これを見ただけでも、遠坂凜の魔術師としての才能は別格だった。

 

同調開始(トレースオン)!)

 

それを食らってはひとたまりもない士郎は、ひとまず手にした鞄に強化の魔術を掛けて文字通り盾と化した。

それによって辛うじて防ぐが……劣勢なのは明らかだった。

 

(くっそ!)

 

強化を掛けた鞄を放り捨てて、士郎は走った。

戦う気はないが、このままやられるわけにもいかない。

体勢を立て直すために、駆け出すが……。

 

「逃がすとでも思ってるの!」

 

それを凜が追う。

しかもかなりの速度だった。

 

「くっ!」

 

即座に追いつかれてしまった士郎が慌てるが、それで手を緩めるほど凜は甘くない。

今の状況だけを見ても、凜と士郎との技量差は明白だった。

それこそ大人と子供ほどの差があった。

 

普通なら、諦めて降参して命乞いした方がまだ生きることが出来そうだった。

 

引導を渡すと言っていても、凜に本当に殺す気はない。

 

無論殺すつもりがないということはなく、言葉その物が全て嘘と言うことはない。

 

それでも……凜の奥底には殺したくないという思いが確かにあった。

 

なぜなら本当に……それこそ完膚無きまでに殺すのならば何も凜が手を出す必要はない。

 

そばにいるサーヴァント、アーチャーを実体化させて士郎を殺させればいい。

 

それこそ刹那の時間で決着が付く。

 

それをしないのは、己の手で殺すことによって士郎に辛い思いをさせないようにしていると同時に、自身をも納得させるためだった。

 

 

 

だが……相手が普通ではないのだ……

 

 

 

凜の相手は……正義の味方を目指す、青年なのだ……

 

 

 

 

 

 

正義の味方になると誓った青年……衛宮士郎だった……

 

 

 

 

 

 

(くっ……何とか振り切れた……)

 

まさに文字通り死ぬ気で走って何とか凜を撒いた。

だがしかし逃げることに成功しただけで、何の解決にもなっていない。

だが士郎にとって相手を倒すという考えはなかった。

 

(何とかして……遠坂を止めないと……)

 

彼はどこまで行っても正義の味方なのだ。

士郎の聖杯戦争のスタンスは単純明快で、「無意味な犠牲者を出さない」ことである。

故に必要とあれば戦うが、必要がなければとことん戦うつもりはないのだ。

そして今回の遠坂との戦闘は後者に該当される。

 

 

 

故に、士郎がすることは遠坂凜の打倒ではなく、説得だった……。

 

 

 

(だが……話を聞いてくれる状況じゃない……どうすればいい?)

 

 

 

当然だが、話し合いとは対等の立場、ないしそれに近い形でなければ成立しない。

だが今の士郎の状況は格下だ。

士郎には見えないし、感じることも出来ないが、アーチャーが凜のそばに付いているのだ。

さすがにそれくらいは士郎もわかった。

となると、凜に完全に敗北と認めさせなければこれは終わらない。

 

(どうする!?)

 

だがそれを考える時間を……今の状況は与えてはくれなかった……。

 

 

 

「っ~~~~!!!!」

 

 

 

「っ!? 今の声は!?」

 

へたり込んでいた士郎の耳に届いたのは遠くより木霊した……誰かの断末魔のような悲鳴。

それを聞いた瞬間に……士郎は何も考えずにただ走り出した。

 

(どこだ!?)

 

今の状況……聖杯戦争のただ中であるこの状況では考えて考えすぎと言うことにはなり得ない。

それでも士郎としては無事であって欲しかった。

誰かは知らないが……そんなことは士郎にとっては関係ない。

人を救うと決めたのだから、己の状況も顧みずに士郎は駆けた。

一階の外へと通じるドアのそばで……一人の女子生徒が倒れていた。

士郎は慌てて外傷を確認する。

だが見たところ、特に傷は見られなかった。

 

「よかった、気を失っているだけか」

「そんなわけないでしょう! その子、今のままだったら危ないわ」

「へ?」

 

突然自分の後ろから声が上がって士郎は驚いた。

振り返ることによってさらに驚愕した。

そこには険しい表情をした凜がそこにいた。

 

「と、遠坂!?」

「その子、魔力の源とも言える生命力をギリギリまで抜き取られているわ。ちょっとどいて」

「ど、どうする気だ!?」

「警戒してどうするの! 治療するのよ! それとも何? 衛宮君が代わりにこの子を治療してくれるの?」

「い、いや。頼む」

 

先ほどまで自身を殺すと息巻いていた相手を前にして警戒してしまう士郎だったが、今はそんな場合ではない。

士郎は直ぐに場所を譲った。

そして凜がそこに座り、呪文を唱えた。

 

フォン

 

音が鳴り、凜の左腕が淡く発光する。

その左腕を倒れた少女の顔に色が戻ってきた。

その事でほっと息を吐く二人だったが、他にも犠牲者がいるのでは?と考えて探索してみたら他にも複数人数の生徒が襲われて生命力を奪われていた。

幸い凜の治療が間に合って大事には至らなかったが……士郎と凜は憤慨した。

 

「一体誰が……何だってこんなことを……」

「サーヴァントに人の霊魂を食わせているんだわ。サーヴァントは霊体だから餌である霊魂を食べればそれだけ力が増すの」

「……そ!? そんなことをしたのか。……じゃ、じゃあまさか」

「えぇ。どうやらいるみたいね。この学校の関係者で、もう一人のマスターが」

 

士郎は無関係な人間を襲うようなことをしない、無論それは凜も一緒である。

ならばこの二人以外のマスターがこの学校で暗躍していると見て間違いないのだ。

無関係な人間から力をもらうという行為を行う……人間が。

 

 

 

 

 

 

「……良いのですかマスター? こんな杜撰(ずさん)とも言える行為を行ってしまっては、相手に気づかれるのも時間の問題ですよ?」

 

遠くより、生徒を治療して回っている士郎と凜を見つめながら……そんな言葉を発する存在がいた。

そいつを見た瞬間に、誰もが普通ではないとわかるだろう。

何せ格好が普通じゃない。

ぴっちりと……黒いレザースーツのような物を着込んでいるが、ぴったりと肌に張り付くような服であるにも関わらず、その身体の起伏を隠すことは出来ていない。

肩もほとんど露出している。

頭髪も凄まじく長く、直立しても地に着いてしまうかと言うほどの長さだ。

また何よりも、両目をバイザーのような物で覆っており、その下にある目を見ることは出来ない。

 

「構わないさ。これであいつら二人を足止めすることが出来た」

 

そしてもう一人。

その女性に偉そうに言葉を発するのは士郎と同じ穂群原学園の制服を身につけた青年だった。

愉快そうに笑むその表情は、負の感情が露骨ににじみ出ていて、見る物を不快にさせるような笑い方だった。

名を間桐慎二。

付き従う女性のサーヴァント、ライダーのマスターとして、聖杯戦争に参加している青年だった。

 

「どうだ? 少しは力が溜まったか?」

「はい。ですが気休め程度です、マスター」

 

マスター。

もしもこの場に第三者がいれば気づいたかもしれない。

彼女……ライダーがマスターと言ったその言葉に、何の感情も込められていないことに。

だがそのマスター、間桐慎二はそれに気づかない。

傍目にも浮かれているのが目に見えた。

 

「ちっ。気休め程度か。なら夜も行うぞ」

「……わかりました」

「それと、今衛宮のそばにサーヴァントはいないんだろう?」

「えぇ。霊体になっているのはアーチャーのサーヴァントだけです」

 

それを聞いて、慎二はニヤリと……ものすごく歪んだ笑みを浮かべる。

そこに刻まれているのは憎悪と……嫉妬にも近い妄執だった。

 

「ならあいつにちょっかいかけてこい。でも殺すなよ? あいつをいたぶる楽しみがなくなっちゃうしさ」

「……わかりました」

その言葉と供にライダーが姿を消した。

霊体になったのだろう。

そして慎二は何もなかったとでもいうように、颯爽と歩いていった。

その顔に、愉悦に歪んだ笑みを浮かべて……。

 

 

 

自分が指示したこと……無関係の人間を傷つけたことなど何も感じてないようだった。

 

 

 

 

 

 

「間違いないわ……。これは魂食いね」

「……今まで治療してきた人みんなか?」

 

士郎と凜は、怒りを露わに言葉を交わしてた。

一通り見回ってすでに犠牲者がいないことは確認したが、魂食いの犠牲者の数は二桁近くにまで登った。

しかも生きるか死ぬかのギリギリの瀬戸際だったのだ。

これを見て、何も感じないのはある意味で普通ではない証拠だった。

 

「結界が張ってあるから、まだ動かないものと思っていたのに……油断してたわ」

「結界だって?」

「えぇ。この学園に張り巡らされた悪趣味な結界よ。気づかなかった?」

「そう言えば、今朝なんか甘ったるい感じを正門で感じたが……」

「どこの敵か知らないけど学園に張った結界は悪趣味よ。中にいる人間をどろどろに溶かして吸収しようっていうえげつない代物だから」

「な、何だって!?」

 

凜の言葉に士郎は激昂した。

中にいる人間……つまりは学生達を皆殺しにしてサーヴァントを強化しようとする、そのマスターの考えが許せなかったからだ。

 

「とりあえずこの子が最後ね……。ったく、ほとんど魔力使っちゃったじゃない」

 

苛立たしげに言葉を吐き捨てているが、ただ文句を言っただけで決して目の前で倒れている生徒の治療を渋っているわけではなかった。

士郎もそれを感じ取ったのだろう。

 

(やっぱり……いいやつなんだな……)

 

そう思った。

その時だった……。

 

 

 

ジャララララ

 

 

 

そんな場違いとも言える、金属の音が聞こえたのは。

その音が……凜の方へと迫っていることに気づき、そばのドアから何かが放り込まれたのを見た瞬間に、士郎は動いていた。

 

(間に合え!)

 

右手を咄嗟にその何かの軌道上に出したのだ。

その瞬間に……。

 

 

 

ドッ

 

 

 

鈍く、不快な音が響いて士郎の腕に突き刺さった。

 

「ぐあぁぁぁぁ!」

「!? 衛宮君!?」

 

治療していた凜もその声で何かが起こったことに気づいて上げたその先に……腕に何か鎖の付いた杭のような物が刺さっている士郎の右腕があった。

 

(私を庇ったの!?)

 

先ほどまで自分のことを殺そうとしていた相手を、何の躊躇もなく救ったのだ。

凜が驚くのも無理はなかった。

その事で一瞬驚くが……そんな場合ではないことは直ぐにわかる。

 

「衛宮君その腕!」

「大丈夫だ! 遠坂、その子を頼む!」

 

ただ一言だけ残して、士郎は自らの腕を突き刺した何かを投げた存在へと向かっていく。

明らかに普通の得物ではないというのに、その動作に全くためらいはなかった。

それを勇気と見るべきか……蛮勇と見るべきなのか……。

 

「ちょ、ちょっと衛宮君!?」

 

凜も咄嗟に追おうとするが、しかし目の前の生徒を放っておく訳にはいかない。

なぜならば放っておけば確実に死ぬからだ。

一瞬だけ迷い、優先度の高い方を凜は選択した。

すなわち倒れた生徒の治療だった。

しかし優先度の高さは僅差でしかない。

 

 

 

放っておけば、どちらも死ぬことは明白なのだから……。

 

 

 

凛が治療したのを確認して、士郎は外へと向かっていく。

 

(この武器を投げた奴が……魂食いのサーヴァントか!?)

 

多くの人間を食らい、あげくに凜に杭を投げて殺そうとした相手を、士郎は許すつもりはなかった。

その怒り故に、サーヴァント相手に生身で刃向かうということを行っている……訳ではない。

なぜなら士郎は正義の味方だから……。

弱気を助け強きをくじく……まさに典型的な正義の味方。

例え己に力がなくても、今この場でその相手を打倒しなければ犠牲者が増えてしまうと言う……強迫観念に近い感情が、士郎を駆り立てていることに彼は気づいているのだろうか?

 

「どこだ! 出てこい!」

 

人気のない校舎裏に、士郎の声が響く。

そして辺りを見渡して、士郎は何かがすごい速度で走っていくのを見つけた。

 

「逃がすか!」

 

それは弓道場裏にある、林へと向かっていく。

腕の痛みに葉を食いしばりながら、士郎はそれを追って走った。

その時……士郎の鼻が何かをかぎ取った。

 

「? これは……?」

 

林に入って直ぐに、士郎は奇妙な匂いを鼻がかぎ取っていた。

今朝も感じた、妙に甘ったるい感じに酷似した匂い。

その匂いの元を辿っていくと……何か見えない力が込められた物を見つけた。

物と言っても目に見えている訳じゃない。

だが確かに何か異質な物があると、士郎は感じ取った。

それは結界の魔法陣。

結界を発動させるための、発動器具の起点。

 

 

 

「驚いた。マスターに言われたからちょっかいを出しただけだったのに、まさか結界の起点を見つけるなんて。それも念入りに隠した起点をこうもあっさりと」

 

 

 

「誰だ!?」

 

裏からした声……。

そしてその声と同時に……ふっ、何もなかったはずの虚空に人が現れた。

 

 

 

長い長い髪の女の騎乗兵……ライダーが……。

 

 

 

「そのご褒美に、あなたは優しく殺して上げましょう……」

 

 

 

ゾクリ

 

 

 

士郎の背に悪寒が走った。

突然出現したことで、それがただの人間でないことは士郎にも直ぐにわかる。

何よりもその巨大すぎる殺意……先ほどの凜の物とは比べものにならないそれが、ただの人間でないことを教えてくれる。

止まっていてはまずいと、動くが……右手に刺さった杭の鎖が引っ張られた。

 

「ぐあっ!?」

 

激痛と供に、地面へと転倒し士郎が痛みに悲鳴を上げた。

だがそれで手を抜くはずもなく……ライダーはさらに鎖付きの杭を引っ張り、士郎を宙へと浮かせる。

 

「っぁぁ!?」

 

腕に刺さった杭で全体重を支えた激痛に、士郎は声にならぬ悲鳴を上げる。

宙にぶら下げられた士郎になすすべもなく……ただぶら下がるしかなかった。

 

(く、くそっ!!)

 

痛みに顔をしかめつつも、何とか腕から杭を抜こうとするが……その力んだ身体で抜けるはずもなかった。

その滑稽な様を見て、ライダーが笑う。

 

「マスターからちょっかいを出せと言われて出したのですが……起点を発見されたのは予想外でした。いっそここで殺しておく方がいいでしょうか……?」

「そうはさせないわ!」

「!?」

 

ライダーの言葉に反応したのは当然士郎ではない。

その声がした方へと、二人して顔を向けると、凜が全力で走り寄ってきている。

そして右腕からガンドを放ち、鎖を断ち切った。

当然ぶら下がっている士郎は支えていた鎖がなくなって地面へと落下した。

 

「あ、ありがとう遠坂」

「やれやれ。面倒なことになってしまったようですね。引き上げるとしましょう」

 

そんな言葉を残して、ライダーが木々の上から上へと移っていって遙か遠くへと消えていった。

まだ襲ってくるかもしれないと臨戦態勢を解かなかった凜が、完全にライダーが去ったことでようやく警戒を解いた。

 

「アーチャー? いるんでしょ?」

『何かな凜?』

「今すぐ追って。マスターを突き止められたら突き止めてきて」

『了解した』

 

姿は見えないが、アーチャーの声が響いた。

アーチャーが偵察に行くのを確認してから直ぐに、士郎の腕の治療を始めた。

前腕を貫かんばかりに突き刺さった傷跡は、見た目にも痛々しく、出血もひどかった。

 

「治療したけど……応急処置みたいな物だから帰ったらきちんと治療しなさい」

「あ、あぁ。ありがとう助かった」

「お礼を言うのはこっちよ。さっきの……庇ってくれたんでしょ?」

 

そう笑いかける凜の顔に険はなかった。

どうやら二回戦を行うつもりはないらしい。

それを感じ取って士郎はほっとした。

そして直ぐに先ほど自分が見つけた物を、凜に教えた。

 

「遠坂、これなんだけど……」

「? これ……って?」

 

士郎が案内したその場所に巧妙に隠された物を見抜いて、凜は目を見開いた。

 

(これは……結界発動のための魔法陣?)

 

余りにも高度なそれは一体どんな術式なのかさすがの凜も完全に見抜くことは出来なかったが、それでもそれ自体が何であるのかは直ぐに見抜けた。

今朝からそれとなく休み時間に結界の起点やそれを補助する魔法陣を探していたというのに一向に見つかっていなかったのだ。

だが士郎は至極あっさりとそれを見つけて見せたのだ。

 

(……半人前だけど使えることは使えるのね)

 

自分には見つけることの出来なかった魔法陣を意図も容易く見つけたその能力は、この結界を阻止したい凜としては得難い能力だった。

敵が強くなるのを指をくわえてみていることなど性に合わない上に、無関係ない人間を殺してまで強くなろうとするその根性が気にくわなかったのだ。

 

「衛宮君、相談なんだけど共闘しない?」

「……へ?」

 

突然の申し出に、士郎は首を傾げる。

だが直ぐに凜から説明があった。

 

魔法陣は破壊できるが起点を見つけられない凜が、士郎の能力をほしがる。

 

魔法陣などは発見できるが、破壊する術を持たない士郎は凜の力が頼りになる。

 

そして当然、互いにこの結界を張った相手が許せない。

 

結界を発動させないために敵を妨害する……そのための共闘だった。

 

しかし凜にはそれだけではなく、他にも二つ理由があった……。

 

「とりあえず一旦解散しましょう。もう被害者もいないみたいだし……後で衛宮君の家にお邪魔させてもらうわ。色々と面倒見るのもかねてね」

「あぁ、わかった」

 

 

 

ちなみにこの台詞……特に最後の言葉……を士郎は単に少し話をするために自分の家に来るのだと思っていたのだが、実際は違ったりする。

 

 

 

 

 

 

そして互いに学校の正門で別れ、自分の家へと帰ってきた士郎だったのだが……。

 

(……どう説明すべきだ?)

 

家にいる自分の秘密の同居人……やらしい意味ではない……セイバーに何の相談もせずに凜との共闘を決めたことをどう説明すべきか何も考えていなかった。

加えて言うのならば右腕の傷のこともある。

 

そのため……

 

 

 

「だから言ったではないですか!? サーヴァントもつれずに街を出歩くなど言語道断だと! 魔術とは確かに秘匿される物かもしれませんがそれでもやろうと思えばいくらでも手段はあるのですよ!? しかも敵のマスターとの共闘など……どうして私に一言も相談せずに決めるのですか!?」

 

 

 

このように……セイバーが怒り狂うのも無理のないことだった。

 

(……失敗した)

 

「落ち着いてくれセイバー。互いに利害が一致したから共闘って形になったんだ」

「しかしそれでも敵であることに代わりはないのですよ!? あくまでも共闘だ! いつ寝首をかかれるかもしれないというのに!」

「む。それは遠坂に失礼だぞセイバー。確かに最終的には敵かもしれないけど、今まで共闘関係だった遠坂が、いきなり俺たちの裏をかくなんてことはしないさ」

 

その言葉に、セイバーは一瞬口を閉じて考える仕草をする。

凜がどのような人間であるかを思い出しているのだ。

半日も供に活動をしていない相手ではあるが、それでもある程度の人となりは昨夜に入手しているのだから、考えるのに問題はなかった。

 

「……そうですね、彼女は信用できるかもしれません。ですがサーヴァントも同じとは限らない」

「確かにそうだけど、それを言ってしまったら可能性の話になってしまってきりがないだろう? そうだな……とりあえず万一遠坂達が仕掛けてきたら応戦しよう。これでいいだろう?」

「……そうですね。その覚悟があれば構いません」

 

まだ完全に納得はしていない様子だったが、それでもセイバーは頷いた。

確かに戦力不足なことはセイバー自身も自覚していたからだ。

自身が弱いと思ってはいないセイバーだが、それでもあのバーサーカーは圧倒的だった。

まさに暴力の塊であるといってもいいとセイバー自身思っていた。

故に共闘自体に反対する要素はそこまでなかった。

 

「それで……敵のサーヴァントの情報は……」

「それは私から説明するわ、セイバー」

「へ?」

 

突然の第三者の声に……士郎は飛び上がるほど驚いた。

その声のした方……廊下へと繋がる引き戸へと目を向けると、私服姿で大きなボストンバックを持った凜がそこにいた。

 

「と、遠坂!?」

「ごめんなさい。呼び鈴鳴らしたんだけど返事がなかったから勝手に上がらせてもらったわ」

「そ、それはまぁ構わないけど……その荷物は?」

「? さっき言ったでしょ? 後で行くって」

「そ、それはそうだけど……」

 

ちょっと話をしに来ただけと思っていた。

そう思っていたがそれは士郎の大きな誤解である。

凜はちょっと話をするために来た程度ではないのだ。

 

 

 

なぜなら……同居する気満々だったのだから……。

 

 

 

 

 

 

「今日からここでお世話になるから……よろしくね衛宮君?」

 

 

 

 

 

 

「……!!!!?????」

 

 

 

「同居まですることになっていたのですか?」

 

 

 

そんな士郎に対して、きょとんと不思議そうにセイバーが問いかけるが……脳がフリーズしてしまった士郎には応えることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~」

 

夜九時にお客様を見送って俺はようやく一息を付いた。

ちなみに営業時間を一時間短くした。

さらには明日から昼休みをかねてPM2:00~PM5:00まで中休みを設けることにした。

つまりAM10:00~PM2:00、PM5:00~PM09:00 が営業時間となる。

そうしないと全くと言っていいほど調査なんかが行えないからだ。

店員が増えたにもかかわらずどうして休み時間を設けたのか? と何人かのお得意様に聞かれたが、何とか納得してもらった。

 

まぁ事情は言えないからな……

 

聖杯戦争の情報収集のために営業時間を短くしました。

こんなこと言えもしなければ言ったところで誰が信じる?

とりあえず俺は自身をそう納得させて戦闘準備を行う。

 

狩竜は……街中だと目立ちすぎるか。水月と夜月……後は封絶かな?

 

封絶も目立つと言えば目立つが……狩竜に比べたら遙かに目立たない。

本日は戦闘ではなく探索、情報収集なので戦闘の選択肢はそこまで多くなくても構わない。

それにシースに入れるので遠目で見れば普通の荷物に見える。

 

「む。今宵はあの野太刀は持って行かないのか?」

「あぁ。探索には不向きだろ、あの武器は?」

 

背中にシースを結びつけながら、俺は小次郎にそう返した。

得物を装備したことを確認し、立ち上がる。

 

「では今宵より本格的に行動を開始しよう~」

「……何をするのだ?」

「とりあえず偵察だな。まだ俺たちは七人のマスターが誰であるのか? そしてそのサーヴァントがどのような力を持っているのか知らない」

「ふむ……」

 

戦場に置いてもっとも大切なのは正しい情報だ。

まずはそれを入手することを大前提として動くことにした。

 

剣使い(セイバー)槍使い(ランサー)弓使い(アーチャー)、狂戦士《バーサーカー》はすでに対峙している。残った知らないサーヴァントは騎乗兵(ライダー)魔法使い(キャスター)だな』

「そう言うことになる。キャスターという名前から魔法とかを使ってくるのは予想でき、ライダーはなんかに乗っているのだろう。だがどこにいるかもわからないのでは攻めようがない」

「確かに」

「だからとりあえずそれぞれのサーヴァントの偵察を行う。ついでにマスターも知ることが出来たら御の字だ。ランサーのマスターもわかっていないしな」

 

最も効率的なのはマスターを殺すことだが……それは俺には出来ない。

自身につけた枷……不殺を貫かねばならないからだ。

 

まぁ不殺と言ってもあくまでも別世界の場合はだけどな……

 

今更人殺しが怖くなったなんて事は言わないが……人を殺して恨みの連鎖を作ることは阻止しなければならない。

そうでなければ、俺はあの子に嘘を吐いたことになり、しかも彼女の信頼を裏切ることになる。

 

「あまり動くのも得策ではないのだが……とりあえず情報収集に向かおう。聖杯戦争が起こってから何か状況が変わっているかもしれない」

 

聖杯戦争で何か地形にも変化が起こっているかもしれないからだ。

見た目に変化はなくても何かが変わっているかもしれない。

 

「足下を固めるために、とりあえずこの深山町辺りから探索を開始するぞ~」

「了解した」

「お前の力も頼りにしてるぞ封絶」

『了解した』

 

こうして二人と剣が夜闇へととけ込む。

と言っても小次郎は有事以外は霊体化して俺のそばにいるので事実上俺一人だが……。

 

とりあえず……ぐるりと回るか……

 

見た目は一人で出歩く不審者として、俺は深山町をぐるりと回り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「へぇ~。おうちが全面改装? しかもそんな忙しいときに外国から親類がきちゃったの? 大変だったのね、遠坂さん」

「しばらく休学をして、ホテル住まいをするつもりでしたが……つい衛宮君のご厚意に甘えてしまって……」

 

衛宮家夕食時の会話……。

普段ならば士郎、桜、大河の三人の食事風景なのだが、本日は二人の異分子とも言える存在がいた。

アーチャーのマスター遠坂凜と、士郎のサーヴァント、セイバーである。

凜は大河に事情を説明がてらに「優等生」として談笑、セイバーは一切言葉を話さず、黙々と料理を口に運んでいた。

見た目には無表情なのでわかりづらいが、士郎と桜の作った料理がおいしいので、丁寧に味わいながら食していたりする。

 

(……なんなんだこの状況は?)

 

それが士郎の正直な感想だった。

ちなみに現在時刻は午後八時である。

七時頃よりいつものように桜と大河がやってきた衛宮家は……文字通り修羅場と化した。

それはそうだろう。

いつの間にか同じ年頃の娘が二人も同居することになってしまったことは……教師でなくとも説明が欲しくなる。

忘れているかもしれないが、大河の職業は教師である。

普通であれば同棲に近い形の同居……しかも年頃の男女が住まうなど許されるはずもないのだが、そこは優等生である遠坂凜と、幼少より見てきた衛宮士郎の人柄を知っている大河だからこそ許可が出せたのだった。

また凜の説明もうまかった。

 

自宅の全面改装のため……実際アーチャー召喚の際に起こった自宅崩壊の修理を行うので嘘ではない……それによって家に住めない。

そしてセイバーを凜の親類にすることで、士郎が大河や桜にセイバーのことを説明することもなくなった。

そして幸か不幸か……腕の傷は……。

 

 

 

 

 

 

~一時間ほど前~

 

「嘘……傷が治ってる?」

「……そう言えば痛みがなかったな」

 

全治一ヶ月以上かかりそうだった、サーヴァントの杭を刺された右腕が、凜が再度治療を行おうとした時にはすでに全快していたのだ。

 

 

 

まるで……最初からその傷などなかったかのように……

 

 

 

はっきり言って異常である。

それを喜ぶべきかは微妙だったが……それでも今後とも戦闘を行う上で傷がないことはメリットしかなく、また謎を解明できそうにもなかったので放置するしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

~現在~

 

そのため、腕の傷に関しては言及されること……そもそもすでになくなっているのだから言及しようがないが……もなく、問題は凜とセイバーの処遇というか立場をどう説明した物かと士郎が思案したのだが、凜があっさりと片付けてしまったのだ。

 

 

 

家主である士郎には一言も相談しないままに……である……。

 

 

 

(……遠坂って……何というか……優秀なんだろうけど……「猫の皮をかぶった悪魔」だったんだな)

 

実際優等生を学園では演じている凜と、素の凜というのは結構……優秀であるという面では一緒だが……違う。

先日も気づいたことではあったが……憧れだった清楚な遠坂が遙か遠くへと逝く(・・)のを完全に自覚した士郎だった。

 

 

 

「さて、それじゃ作戦会議を始めるけど……」

 

夕食後に、大河と桜が帰宅した後、残された三人で……アーチャーもいるが、見張りに立っているので居間にいない……の作戦会議が始まった。

 

「まず確認するわ。私たちは学園の結界をどうにかするために共闘することになったんだけど、それ以外でも共闘した方がいいと思うの」

「それ以外?」

 

凜の言葉の意味がわからず士郎が疑問の声を上げたが、それに頷いて凜が言葉を続けた。

 

「まずはバーサーカー。あれをどうにかしないと私たちが聖杯を手に入れるのは難しいわ」

「勝算ならあります。私にはまだ奥の手がありますので」

 

凜の言葉を遮ったのは、サーヴァントであるセイバーだ。

実際彼女には最強クラスの秘めた力を有しているのだが……。

 

「それでも手強い相手に代わりはないわ。一人よりも二人、二人よりもより多くの人間がいても損はないわ」

 

その言葉には士郎は当然として、セイバーも頷かざるを得なかった。

イリヤスフィールのサーヴァント、バーサーカー。

まさに狂戦士の名にふさわしい戦い振りを見せたあの巨人は、完全に別格だった。

確かにサーヴァントと言うだけ合ってサーヴァントは全てが上位の存在であることは間違いないが……それでもその強さはサーヴァントの中でも異質である。

まだバーサーカーの宝具もわかっていないので、隠し球がある可能性だってぬぐい去れない。

 

「それに……あの鉄刃夜とそのサーヴァント。あいつらも相当やばいわ」

「……刃夜か」

 

刃夜という言葉に、士郎は複雑な思いの表情を浮かべた。

知り合ってまだ一年経っていないとはいえ、大河より紹介された刃夜とは知り合いであり友人と言っても言い関係だったからだ。

刃夜も士郎のことを憎からず思っているし、仲もいいと思っていた。

 

「生身の人間がバーサーカーに立ち向かえるなんて普通に考えてあり得ないわ。確かにあいつの攻撃はあまり効いていなかったみたいだし、サーヴァントのおかげもあったことは確かだけど……人間が相手にそんなこと関係ない。あの二人組と出会ったときに、私たち……私と衛宮君だけではあいつに対抗できない」

 

攻撃が通用しなかったとはいえバーサーカーの剣を見切り、あまつさえサーヴァントと協力して立ち回りをした刃夜が普通ではないことなど、あの光景を見た者であれば誰しもが理解できることだ。

バーサーカーとの立ち回りしか見ていないために、他のサーヴァントとの対戦はどうなるのかは二人にとっては未知数だが、士郎と凜の二人が力を合わせても刃夜に対抗するのは難しいと考えが至るのにさして時間はかからなかった。

故にあの二人組には自分たちのサーヴァント、セイバーにアーチャーを差し向けるのが一番の安全策なのである。

 

「あいつのサーヴァントの真名が割れているけど……佐々木小次郎ってあまり目立った弱点がない上に、それがあのサーヴァントに当てはまるかどうかも謎だから、ぶっちゃけそこまで明確な弱点はなさそうだから、真名がわかってても意味はない」

「……でも刃夜なら話し合えば」

「甘い。あいつはきっぱりと自分の願いを言ったのよ。まさか私も平行世界の住人だとは思わなかったけど」

 

明確な願いがある以上、どんなに話し合ったところで最終目的が一緒な以上、和解すると言うことはあり得ない。

この聖杯戦争で士郎とは違い、聖杯を求める理由があると言った以上……単純にして明快な答えしか出てこないのだ……。

 

 

 

相手を倒すしかないという……答えが。

 

 

 

「だから当面はライダーのことだけじゃなく、共同戦線になるからよろしく頼むわね」

 

にっこりと笑うその笑顔には、よろしく以外にも以下の意図が含まれていた。

 

反論は認めず、逆らうことは許さない

 

である。

それを感じ取ったのかどうかは不明だが……士郎は力なく笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「くっそ! 何だっての!?」

 

私は、必死になって走りながらそうこぼしていた。

弓道部の後輩で学校で倒れていた子の見舞いに行った帰り道に、私は何か得体の知れない何かに終われてしまった。

姿を見た時は、何かとても浮いた格好をした人だと思った。

地面に付くのではないかと言うほどの長い髪と、何か……ライダースーツのようなもので身を包み、目を何かバイザーのような物で隠している……。

けど直ぐにそんなことを考えている場合じゃないと……本能が察した。

 

目の前にいる人物は……普通ではないと。

 

ゾクリと……身体に恐怖が走った瞬間に私は走り出していた。

これでも武術をならっていたから腕に少しは自信があったのだけれど……そんな生やさしい相手じゃないことを身体が理解したのだ。

絶対に勝てそうにない。

それどころか逃げ切れるかも怪しかった。

実際先ほどから全力で逃げているというのに、全く振り切れる気がしない。

 

ジャララララ!!!!

 

「あっ!?」

 

そんな恐怖に満ちた私の足に、何かが絡まって転倒する。

鞄が飛び跳ねて少し先に転がってしまった。

だけどそれを気にしている場合じゃない。

 

「……な、何者よあんた!」

「……」

 

その私の言葉にも……その女は無反応だった。

暗くてよく見えないけど……私より少し年上に見える。

でも背が高いからそう見えるだけかもしれない。

そしてそんなことは関係ないほどに……何もかもが普通じゃなかった。

格好も……雰囲気も……何もかもが……。

 

「な、何とか言っ……!?」

 

全てを言い切る前に、私の身体は鎖に絡め取られてしまい、壁へと叩きつけられる。

衝撃に先ほど転倒したときにどこかすりむいたのかそこら中が痛かった。

 

「ふふ……気丈ですね」

「……」

 

その声は……妖艶とも取れたけど……今の私にそれを気に掛けている余裕なんてなくって……。

 

「恐怖に怯えながらも必死に抵抗するその心。実に気丈でかわいらしい。しかも、私好みの顔と……身体です……」

 

すっと……私の下腹部に手をやる相手……。

その仕草が気色悪いと供に……すごく怖かった。

 

!?

 

さらにそれだけじゃなく……私の首に相手の口が……。

 

 

 

「綺麗な赤い血ですね……」

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

や……やめて……

 

 

 

声が出ない……

 

 

 

あまりの恐怖で……身体が麻痺して……言うことを効かない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたのその身体に宿す魂の象徴……その血を捧げていただきます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

それを感じ取ったのは探索を初めてしばらく経ってからだった。

 

『どうした刃夜?』

「これは……お守りの反応?」

 

俺は小次郎の言葉に帰すこともせずに……独白のように言葉を呟いていた。

 

 

 

お守り。

俺が美綴に弓道の大会の時に渡した、自作の木の板に気を込めながら「勝」と彫った奴だ。

もしもの時のために、本人が危機的状況に陥ったときに、それを俺に知らせるだけの機能しかない物体。

 

 

 

それが……反応したのを俺は感じ取ったのだ……

 

 

 

「ちっ! 小次郎付いてこい!」

『了解した』

 

俺のただならぬ雰囲気を感じ取ってか、小次郎が何も聞かずに実体化し俺へと追随する。

あのお守りは本当に……それこそ「命の危機」に直面する位の状況にならなければ発動しないはずなのだ。

つまり今美綴は……かなり危機的な状況になっているのだ。

 

まさか……聖杯戦争がらみか?

 

ただの事故かもしれないが……それでもどちらにしろ危ない事に直面しているのは間違いない。

急がなければ命が危ないかもしれない。

そう考えると俺は気が急いてしまう。

 

 

 

間に合え!

 

 

 

俺は祈るような気持ちで、そう念じた。

 

もうあんな思いはごめんだったからだ……。

 

力を手にしても、間に合わなければ何の意味もない。

 

だから全ての力を駆使して……俺は走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ライダー
筋力C
耐久E
敏捷B
魔力B
幸運D
宝具A+

保有スキル
対魔力B
詠唱が三節以下の魔術を無効化。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても傷つけるのは難しい。
騎乗A+
獣であるならば幻獣・神獣まで乗りこなせる。ただし竜種は該当しない。

単独行動C
マスター不在でも1日だけ存命出来る。

怪力B
一時的に筋力を1ランク上昇させる。







ライダー!!!!

この人結構人気あるよ
かくいう作者も好きなキャラですね
ちなみにレズであるwww ←本当

あ~長い長い……
自分の文章もそうだが先が長い……


いつ終わるんでしょうねこれ?w


自問自答してもわからない日々……
頑張るけど……刃夜の出番が少ない上に原作をわかるようにアレンジして書くから結構大変だったりする……

がんばりま~す




っていうか親知らず抜いてそれが痛くてマジデ書く気力が……


みんなの元気《感想》を、オラに分けてくれ!


半ば切実に……お願いしたいです……




ハーメルンにて追記
親知らずは今年(2012)の三月中盤に抜いたなぁ・・・・・・
仕事始まると抜きに逝くのも大変だろうから結構あわてていったんだよねwww
懐かしいw

ぶっちゃけ感想ないと、二次創作作家とかネット小説家って生きていけない(執筆が続かない)生き物ですから、まじめに感想とかいただけるとうれしいです


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結界

刃夜が出番少ないな……
もう少し増やさないと主人公っぽくないな
今更?
まぁいい
今回戦闘はほとんどないです
それではどうぞ~




刃夜が出番少ないな……

もう少し増やさないと主人公っぽくないな

今更?

まぁいい

今回戦闘はほとんどないです

それではどうぞ~

 

 

 

 

 

 

「ひっ!?」

 

一歩……ただ踏み出して近寄ってきただけなのに、それは確かな恐怖を持ち合わせていて……私は悲鳴を上げた。

 

……怖い

 

何をされるのかわからない……。

 

だけど何もされないという、余りにも都合のいい考えは出てこない……出てきようがない……。

 

 

 

その身に纏う雰囲気が……すごく怖いから……。

 

 

 

 

 

 

「た、助け……」

 

 

 

 

 

 

叫びそうになってしまった。

 

だけど恐怖で喉が震えていて、声を出すことも出来なくなっていた。

 

バイザーのような物で隠された顔が……私の顔の目の前に来て、暗がりであることも手伝って、相手の顔をほとんど見ることが出来なくて……より恐怖に感じてしまう。

 

それがゆっくりと、降りてきて私の首元へと口が持って行かれる。

 

首に暖かい吐息を感じて……その暖かさもどこか恐怖を覚えてしまう。

 

倒れそうになるほどに膝が笑っているのに、鎖で縛られているからそれも出来なくって……。

 

 

 

『夜道には気をつけろよ? 仲のいい奴が痛い目に遭うなんてのはごめんだぞ?』

 

 

 

今朝……鉄さんにそう言われたことが思い出されて、私は涙を流した。

 

 

 

せっかく気に掛けてくれたのに……

 

 

 

自分はならないって……もしも遭遇しても多少の相手なら迎撃できるって豪語してたらこんな事になってしまって……。

 

今朝の自分を殴りたくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

そんな私に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の大事な友人に何していやがる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな声が……耳に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「俺の大事な友人に何していやがる!」

 

 

 

気と魔力を纏い、それらを放出させての加速は生半可な速度ではなかったために、俺は何とかそう時間を掛けずに美綴の近くへとやってこれた。

そして美綴に撓垂れかかるように何かをしている存在を見た瞬間に、俺は吼えていた。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

さらに出力を上げて、俺は超速で進むが……距離がある。

 

ちっ!? 今のままじゃ間に合わん!

 

気付くのが遅かった。

このままではとてもではないが間に合わない。

しかし、間に合わないと言ってもあくまでも……接近戦が出来ないと言う意味でだ。

妨害手段はある。

遠距離における……

 

 

 

「封絶! 行ってこい!!!!」

 

 

 

『!?』

 

 

 

気力と魔力をふんだんに込め……背中のシースから封絶を抜剣し、盛大にぶん投げた。

目標は、美綴に襲い掛かっている長い長い髪の毛を持つ存在と、その近くで楽しげにしている男だった。

 

 

 

「!?」

 

 

 

美綴に撓垂れかかっていた相手がこちらに振り返り、封絶に斬られる前に直ぐに身を離して回避した。

さらに何か武器を顕現し、青年の顔の直前まで迫っていた封絶をはじき飛ばしていた。

 

 

 

ゴガッ!!!!

 

 

 

双方の封絶が凄まじい音を立てて壁に突き刺さった。

そしてそれを見て青年が悲鳴を上げる。

 

「ひ、引くぞライダー!」

 

? 今の声は?

 

今の声には聞き覚えがあったが、直ぐに長身で髪が長く、顔をバイザーのような物で隠しているやつと供に引いてしまった。

逃げられた以上どうもでも良くなって、俺は直ぐに美綴へとかっとんだ。

そして倒れる美綴を、地面へと倒れきる前にキャッチする。

 

「美綴!? 無事か!?」

「あ……く、鉄さん……」

 

よほど恐ろしかったのか、声に全く力が込められておらず、身体も震えていた。

横抱きに抱えたが、その身体にも一切力が入っていなかった。

完全に腰が抜けているようだった。

 

「大丈夫か?」

「え……えっと……わ、私……」

 

よほど恐ろしかったのか、軽いパニック状態になってしまっている。

それを見て、これ以上起きたままにしておくのも酷と思い、俺は美綴の頭を優しく撫でて……気を送った。

 

「……あ」

「しばし眠れ……。直ぐに病院に連れて行ってやる」

 

少しだけ脳内へと気を送って、苦しまないように安らかに眠らせる。

言い方があれだから一応言っておくが、殺したわけではない……というか殺すわけがない。

ふっと静かに呼吸を立てて眠る美綴を見て、俺はとりあえず安堵の溜め息を吐いた後、軽く触診をしてみるが……ちなみにセクハラでは断じてない!!!!……特に異常は見られそうになかった。

 

だが俺も素人だからな。医者に診せるべきだな……

 

「小次郎済まないが、俺の得物を全て持って店に戻っていてくれ」

 

本日の装備、夜月、水月、そして回収した封龍剣【超絶一門】を身体より外し、小次郎へと渡す。

それを受け取りつつも、小次郎が言葉を返してきた。

 

「む? 何故だ?」

「美綴を病院に連れて行くんだが、第一発見者が俺になる。怪しまれる可能性はぬぐえない以上、得物を持っていたら没収される可能性がある。それは避けたい」

「なるほど……了解した」

 

俺の言葉に小次郎は素直に頷き、大事そうに俺の得物を抱えてくれた。

 

「封絶も済まない。あまり偵察が出来なかった」

『何を言う。友人を守った仕手を誰が攻めよう? さすがは我が仕手だ』

「サンキュ」

『だが……投げるときはもっと前もって言ってくれ。欲を言えば投げて欲しくないな』

「……善処しよう」

 

封絶の言葉に俺は苦笑し、一応頷いておいた。

そして小次郎と封絶を店へと帰させて、俺は美綴を抱きかかえて病院へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

プルルルルル

 

 

「うん? 電話か」

 

夕食後の衛宮家。

大河と桜が帰宅し、三人で作戦会議を行っているときに衛宮家の電話が鳴り響いた。

時刻はすでに九時を過ぎている。

こんな時間に電話が来ることに訝しみつつ、士郎は電話を手に取った。

 

「はい衛宮……って藤ねえ? どうしたんだ?」

『士郎大変! 美綴さんが!』

「? 美綴がどうかしたのか?」

『病院に担ぎ込まれたって!』

「な、何だって!?」

 

受話器から聞こえてきた大河の声に、士郎は驚きの声を上げる。

さらに話を聞けば美綴が倒れた弓道部の後輩の見舞いの帰り道に倒れたのを刃夜が発見したという。

実際は若干違うのだが……刃夜が病院に担ぎ込んだのは本当だった。

 

「それで美綴は!?」

『多少の打撲みたいな物もあるけど……ほとんど軽傷で、頭も脳波とかも見たけど異常は全くないって。それで鉄さんの身元引き受けに行くんだけど……』

「? 身元引き受け?」

『鉄さんが第一発見者で警察が一応話を聞いたみたいでそれの引き取りに行くの。日本に親類いないらしくて。だから見舞いついでに士郎も行く?』

「……あぁ、行くよ」

 

胸中に宿った自身の疑念を抑えつけて、士郎は大河にそう返した。

震えそうになる手を押さえながら、士郎は受話器を置いた。

 

「衛宮君、綾子の名前が出てたみたいだけど……」

「……美綴が下校途中に倒れたみたいだ。それを……刃夜が保護したらしくて」

「!? それで!?」

 

友人が倒れ、そしてそれを保護したのが刃夜であっては、さすがに凜も冷静になることは出来なかった。

二人が胸中に宿した考えはほとんど一緒だった。

 

……刃夜が手に掛けたのかもしれないと

 

だがもしもそうなら病院に運ぶ理由が見つからないので、それは二人とも直ぐに自分で否定した。

確かに敵ではあるが、刃夜がそんなことをするような人間ではないとわかっているからだ。

しかし……ならばどうして美綴は倒れたのか?

今この冬木市で聖杯戦争が起こっている以上、考えても考えすぎということはない。

 

「遠坂、今から出るけどどうする?」

「もちろん行くわ。何かあったと見るべきだし、そこにあの男が絡んでいるならそれは確実だわ」

 

凜の言葉はすでに断定された言葉だった。

聖杯に関係する人間の名前が挙がった以上、何かあったのは間違いないのは事実だった。

事実、刃夜は襲われていた美綴を救ったのだから。

 

士郎、凜、セイバー、そして姿は見えないがアーチャーが冬木の病院へと向かった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「だから……暴漢に襲われていた彼女を助けただけですよ。そいつにはあいにくと逃げられましたけど」

「ふ~ん。なるほど。ではあなたはこんな夜に一人で何も持たずに何をしていたんですか?」

「散歩です」

「散歩……ねぇ」

 

うわ~、完全に怪しまれてる~

 

半ば予想したことではあったが、警察に普通に事情聴取されています。

と言ってもさすがに第一発見者と言うだけではそこまでの拘束力はない。

病院で簡単に調書を取られているだけだ。

だが警察は「親類が日本にいない」と言った途端に俺をものすごく怪しいと思い始めた。

身元引き受け人がいると言うことで、仕方なく俺は大河を指名したのだ。

 

雷画さんは……ちょっとな

 

こんな程度で雷画さんの手を煩わせるのは気が引ける。

その孫娘の大河にも気を使わなければいけないのだが……出前を何度もさせられた、それに成人していて親しいのは大河しかいなかったので頼らざるを得ない。

ちなみに美綴はよほど恐ろしかったのか、まだ意識が戻っていない。

 

……力加減誤ったか?

 

恐怖で目が覚めないのではなく……俺の気が原因だったらちょっと悪いことをしたかもしれない。

別に後遺症とかはないが……それでも仲のいい友人を苦しめるのは本意ではない。

 

「鉄さん! 来たよ~!」

 

すでに消灯時間も差し迫っている病院に、大河の元気な声が響く。

 

「来てくれたのはありがたいのだが、もう夜だから声を抑えようぜ大河?」

 

それに呆れつつ、俺はその大河の背後にいる複数の人間を一瞥する。

 

これはこれは、お揃いで……

 

大河に連絡した以上来るとは思っていたが……まさか全員で来るとは思わなかった。

士郎に遠坂凜、サーヴァントのセイバー。

しかも姿は見えないが気配がある以上、遠坂凜のサーヴァントもいると見るべきだろう。

 

ここで襲われたら一巻の終わりだな

 

サーヴァント二人が相手でしかもこちらは丸腰。

財布も携帯もないので文字通り何も持っていない。

さすがにこれでは……負ける。

 

「これは夜分にご足労頂きすいません。私は冬木警察署の石垣と申します」

「はい、穂群原学園教師の藤村大河です。それで、身元引き受けが必要と言うことでしたが?」

「はい、身分証も持っていないのではさすがにそのまま帰すわけにはいかず」

「身分証がない? 鉄さん財布は持ってなかったの?」

「散歩だったからな。持たなくてもいいと思って手ぶらだった」

 

きょとんとしながら俺へと疑問を向けてくる大河に、そう返す。

そして話を進めていると獣の嗅覚か……はたまた本能か……俺のことを警察が怪しんでいると勘づいた大河が激昂した。

俺と美綴は知人であり、しかも大河とも知り合いであること。

また背後にいる士郎とも知り合いであり、そんなことは絶対にしない人物であるということを文字通り吼えながら言っていた。

警察もさすがにそれを聞いて俺への疑念を少し薄れさせたようだった。

それでなんとか俺は帰ることが出来るようになった。

その間士郎と凜は美綴の見舞いに行っていた。

すでに面会時間も過ぎていたが、友人と言うことで一目見ることは許されていた。

ちなみにその美綴は、ほとんど問題はないそうだが、目覚めないことを考慮して念のため明日一日入院するらしい。

 

人が多いところなら動きにくいだろう……

 

あのサーヴァント、そして……あいつがそれでも動く可能性はあるが……病院にも気を配っておくべきだろう。

大河は美綴の親御さんとも少し話をするらしいのでまだ残ると言い、俺と士郎、セイバー、遠坂凜とそのサーヴァントは先に帰宅することになった。

 

 

 

「それで……何であなたが綾子を保護したのか教えてくれないかしら?」

 

病院を出てしばらくして、人気が完全になくなったところで遠坂凜が話しかけてくる。

士郎も同じ気持ちなのか、俺に聞きたそうな顔を向けていた。

 

「聞いてなかったのか? 暴漢に襲われていた美綴を守っただけなんだが?」

「そんな言葉信じると思うの? あんたは襲ってはいないんでしょうけど」

 

さすがにそれは疑ってないか……

 

いくら敵とはいえ俺が美綴を襲ったとは思っていないようだった。

だが正直俺としてもよくわかっていないのが本音だった。

あの長身でマスクで表情を隠していたのは間違いなくサーヴァントだろう。

そのサーヴァントが美綴を襲って何かをしようとしているのはわかったが……何をしようとしていたのかはわからない。

後はサーヴァントのマスター……気配と声から行っておそらくだが……間桐慎二がライダーと呼んでいたのであれがライダーなのだろう。

 

騎乗兵(ライダー)のわりには何も乗ってなかったな……

 

しかしそれを言ったら俺の暗殺者(アサシン)である小次郎も、全く暗殺者らしくないので人のことを言えないが。

 

「ライダーに襲われそうになっていたから。何とか助けた。それだけだ」

「!? ライダー!? それってどんなサーヴァントだった!?」

 

反応が過激だな? すでに一戦交えたのか?

 

士郎が反応したのが意外だったが……しかし遠坂凜も聞きたいらしい。

別段話してもいいといえばいいのだが……。

 

……この状況……話せと脅しているような物だよな?

 

霊体化出来ないから仕方ないとはいえセイバーがそばにおり、さらには霊体で遠坂凜のサーヴァントもいる。

そして二人が一緒に行動していることから鑑みるに、共同戦線を取ったのかもしれない。

それに対して俺は丸腰で小次郎もいない。

 

一対四。……サーヴァントがいなければ楽勝だったが

 

さすがにサーヴァント相手に丸腰はあり得ない。

まぁ殺るならとっくに殺っているだろうし、そのつもりはないのだろうが……この状況を自覚してない分、むかつくのも事実だった。

 

「サーヴァント二体を横に置いた状態で丸裸の人間に話せと言うか? ほとんど脅迫だぞ? 随分と横柄だな?」

「な!? そんなつもりはない!」

「つもりはなくてもそう受け取れる状況を作っている時点でアウトだ。加えて言うのならば何で俺が敵であるお前達に情報を渡さないといけないんだ?」

 

まぁそれを言うならば俺をこの時点で殺さないという時点で情報くらい教えてもいいのだが……。

まぁ本当に俺を殺そうとし始めたら、小次郎を呼んだ上で全力で逃げるが。

 

「……それもそうね」

 

さすがに魔術師として長年生きてきただけはあるのか、遠坂凜は今の状況が俺に取って危ない状況であるとわかっているらしい。

 

「アーチャー、実体化して少し距離を離して」

「ふむ? 大丈夫か?」

「こいつがそんなことするわけもないし、したとしてもあなたがいるから大丈夫でしょ? だからあなたも何もしないで」

「ふ、言ってくれる」

 

遠坂凜の言葉で釘を刺されたサーヴァント、アーチャーは不敵に笑いながら俺たちと距離を取った。

今の会話を聞く限り、なかなかにいいコンビを組めているようだ。

それを見習って士郎もセイバーを引かせていた。

セイバーはアーチャー以上に自身とマスターが離れるのを渋っていたが、それでも士郎の指示に従っている。

 

「……これでいいかしら?」

「言われるまで気づかなかったのは減点だが……まぁいい」

「それで刃夜。美綴を襲おうとしていたサーヴァントってのは、何かすごく長い髪の女のサーヴァントだったか!?」

 

食いつかんばかりに詰め寄ってくる士郎に、俺は顔をしかめた。

この反応から出会い、戦ったというのはわかるが、外見は知っていても、どうやらクラス名まではわかっていないようだ。

 

「あぁそれで合ってるよ。顔にマスクみたいな物で眼を隠していたな」

「!? ならあいつが……」

「えぇ。ライダーみたいね」

 

どうやら二人とも会ったみたいだった。

むしろライダーとの接触でこの二人が共闘するようになったと考えるのが妥当だろう。

 

……間桐慎二のことを話すべきか?

 

穂群原学園の生徒である上に、あいつは弓道部に所属している。

元弓道部の士郎は確実に知っているだろうし、遠坂凜も知っている可能性があった。

そして先ほど俺が襲撃したサーヴァントが、ライダーであることを知らなかった以上、マスターがわかってないと思われる。

そしてそれは次の士郎の言葉で証明された。

 

「後は何か知らないのか? マスターとかは?」

 

……やっぱり

 

予想通りで俺は内心で苦笑した。

同じ学園に通っているのだから間桐慎二の始末を任せてもいいかと思ったが……士郎のために少し冷たいことを口にした。

 

「あまり馴れ馴れしくするなよ士郎?」

「……え?」

「お前と俺は敵なんだぞ? 何故俺がお前にそこまで情報を与えないといけない」

「なっ!?」

 

俺の言葉に士郎が絶句した。

だが直ぐにそんな自分を戒めて口を結ぶ。

その士郎をさらに畳み掛けてやる。

 

「まぁ、今のこの場で殺しにかかってこなかった礼として、ライダーの外見は教えたが……それで十分だろう?」

「だ、だけど! ライダーがまだ魂食いを行うかもしれないんだぞ!?」

「……魂食い?」

 

聞き慣れない単語を口にされて、俺は思わず疑問の声を上げてしまった。

 

「霊体であるサーヴァントは人の魂を吸収して強くなるの。だから人を襲わせてそれを食らおうとしていたのよ、ライダーは」

「そんな事も出来るのか? ありがたいが……いいのか俺に情報を与えて?」

「あんたがそんなことしないのはわかってるからいいわ。それに友人を助けてもくれたしね」

 

ほぉ。どうやら人情家ではあるみたいだな

 

遠坂凜の言葉に俺は意外性を覚えつつ……だがそれでもある意味で納得できた。

士郎と組んでいるのだから残虐な人間と言うことはあり得ない。

 

「俺の友人だったから助けただけだ。お前のだからって訳じゃない」

「だから私も気にしてないわ。それに、あなたをここで襲わないのは私の主義に反するからよ。誤解しないで欲しいわ」

 

俺の言葉にそう返す遠坂凜は、なかなかに高潔な人物であるようだった。

冬木の監督者というのもあながち嘘ではないようだった。

 

「そうか、ではこれで失礼する」

 

俺はライダーの情報を送り、そして遠坂凜は俺に魂食いの情報を与える。

と言っても魂食いを行う気がない俺としては不要な情報だったが……実際命を助けてもらったのも事実なので俺はそれに関しては何も言えない。

それに、そんなくだらない情報でなくても、俺の今宵の目的は達成しているのだ。

 

ライダーの戦闘能力の片鱗を知り、そのマスターも判明。さらには士郎と遠坂凜が共闘しているとしれたら上出来だ……

 

まだ俺が表立って行動を起こすつもりはないが……それでも情報が手に入って損はない。

それも敵が共闘をし始めたと言う情報はかなりの収穫だった。

美綴も病院にいることで少しは安全が確保できそうなので俺はほっとした。

 

しかし……ここで俺を襲わなかったのも主義に反するとはいえ、見逃していることに代わりはないのだから、少し俺の方が有利すぎるか?

 

別段紳士でもないので見逃してくれるというのであれば放置しても良かったのだが……同じ学園にいるのだから俺よりもよほど始末がしやすいだろう。

そう言う打算もあるが、全てを教えてもあれだったので、俺は首だけで振り返り二人にこういった。

 

「それとライダーのマスターだがな、士郎……お前がよく知っている弓道部の人間だったぞ?」

「!? な、なんだって!?」

「弓道部……ですって?」

「服装もお前達と同じ穂群原の学生服だった。これを信じるか否かは……お前らに任せる」

 

あえて混乱させるような言葉を言い残して、俺は今度こそ振り返りもせずに帰路へと着いた。

とりあえず命があることにほっとしつつ、俺は明日の予定を考える。

 

明日見舞いに行って新たなお守りを私に行くか……

 

美綴の見舞いもかねて、新しくお守りを作ることにした。

店に帰って無事に帰れた事に脱力しつつ、俺は少し夜遅くまで起きて、新たなお守りを制作する。

少しは気壁が発動するように仕込みをしたお守りを。

 

まぁ気休めにしかならないが……

 

相手がサーヴァントだったらそれこそ紙程度の防御にしかならないだろう。

だがないよりはましだ。

情勢が早くも動いたことを知りつつ……俺はさらに気を込めながら、お守りの板を彫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「くそ、くそ、くそ!!!!」

 

 

 

深夜。

間桐家の間桐慎二の私室の中で声を荒げている青年がいた

その私室の主……間桐慎二は、自身の部屋で呪詛を吐き、心の中で敵を……刃夜を罵倒することで少しでも溜飲を下げようとしたが……ほとんど効果はないようだった。

 

 

 

(何であいつにまで令呪が宿ってマスターになってるんだよ!!??)

 

 

 

その負の感情が、今の慎二の心を完全に支配していた。

帰ってからライダーに教えられた、刃夜がマスターであること。

自身がなりたくてもなることが出来なかった魔術師……。

そして今まで深山町という住宅街で、ほそぼそと定食屋を営む刃夜が魔術師であると知って激しく憎悪した。

自身の前に高速で剣を投擲し、恐怖へと陥れた存在……定食屋の主鉄刃夜は魔術師(マスター)として聖杯戦争に参加している。

それが慎二には許せなかった。

実際はマスター、サーヴァント共にイレギュラーな存在として、魔術回路がなくとも小次郎をサーヴァントとして使役できる存在であるだけであって、魔術師ではないのだが……慎二がそれを知っているはずがなかった。

 

 

 

(僕は、始まりの御三家……間桐の正当後継者なんだぞ!!!!)

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争。

始まり……聖杯戦争が開始された時ではなく、その前段階。

つまりは聖杯戦争を作り上げた者達がいた……。

「始まりの御三家」と今でも言われている者達であり、聖杯戦争を作り上げたのは、遠坂、アインツベルン、そして……()()()の三つの家だった。

この御三家が全ての始まりだった。

遠坂は冬木の監督者として代々冬木にいた。

何故、冬木という日本の土地を聖杯の召喚場所へと選んだのかというと、聖堂教会の眼が届かない極東の地であったからだった。

遠坂は冬木という場所を提供し、アインツベルンは聖杯の器を提供し、マキリは聖杯戦争のシステム……英霊をマスターの使い魔「サーヴァント」として成立させるシステム、そしてそれらを縛る「令呪」……を造り上げて、提供した……。

数百年前から存在するこの御三家は、これら聖杯戦争を造り上げたことからもわかるようにその道……魔術師としての名家だった。

 

 

 

マキリは使い魔に関して優れた技法を持っており、令呪もこの能力を応用して造り上げたのだ。

そして今より二百年前、聖杯戦争のために冬木に移り住んだ。

名を……「|間桐(まとう)」と変えて……。

ちなみにこのとき、遠坂と間桐は盟約を結んでいる。

だが外国の家系であるマキリは日本の土地が身体に合わなかったのか……どんどんと衰退していってしまった。

代を重ねる事に徐々に徐々に、魔術師としての証……体内に宿す魔術回路が減っていき、ついに間桐慎二の代で完全に魔術回路がなくなってしまったのだ。

 

だが幼少時の間桐慎二がそんなことを知るわけもない。

幼少時に間桐の当主のみが入ることを許された部屋へと忍び込んで、自身の家が魔術の家系であると知り、彼は胸を躍らせた。

神秘というものに触れる事を許された、|特別(・・)な人間であると知ったからだ。

それから彼はほぼ独学で、間桐の家に納められている魔術書を読み漁り、当主になるために努力をした。

 

だが現実は当然のように残酷だった……。

 

 

 

魔術回路がない彼が魔術師になれるはずがないのだから……。

 

 

 

特別であると信じていた自分が実は特別ではないと知って……間桐慎二は呆然とし、怒り狂った。

 

 

 

特別な人間であるはずの自分が……特別ではないことに……

 

 

 

故に彼が聖杯戦争へと参戦し、望む願いはただ一つだった……

 

 

 

 

 

 

死者蘇生すらも軽くやってのけるという万能の願望機「聖杯」の力で、今度こそ自分は特別な存在……「魔術師」になるのだと……

 

 

 

 

 

 

だからこそ許せなかったのだ……

 

 

 

 

 

 

特別な自分を邪魔した相手……鉄刃夜……

 

 

 

今まで侮辱していた相手が、まさか自分とは違ってすでに|特別(マスター)であったことが……

 

 

 

「おいライダー! まだ他のサーヴァントに勝つまでには魔力が溜まらないのか!?」

 

自身のそばで直立不動で佇む女性……ライダーに荒立たしげにそう怒鳴り散らした。

それは詰問でもあったが、ほとんど八つ当たりだった。

 

「はい。まだそこまでの魔力は溜まっていません。ですが今の状態でも相手を倒すことは不可能ではありません」

 

いくら数を重ねているとはいえ、魔力の面で言ってしまえばあまり上等とも言えない一般人からの吸収だ。

確かに吸収しないよりはましだが、劇的な変化など望むべくもない。

それは事実なのだが……ライダーの返答が余りにも平坦だった。

それが慎二を怒らせる要員の一つになる。

そしてその怒りに逆らわずに、慎二はライダーを殴りつけた。

それで少しでも怒りを下げようと思ったのだが……効果はほとんどなかった。

 

「不可能ではない……だって!? 僕のサーヴァントなら、あんな半端物のサーヴァントくらい軽く倒して見せろ!」

「慎二、さすがにそれは難しい。相手()まっとうなサーヴァントでないとはいえ、サーヴァントに違いない。しかもあのタイプは私と相性が悪い。そう簡単には倒せません」

 

相手も……。

それはつまり自身も普通のサーヴァントではないと言っているのだが……怒り心頭の慎二はそれに気づかない。

 

「それでも僕のサーヴァントなら、僕を勝たせるために勝って見せろ! 僕は、聖杯戦争に勝たないといけないんだ!」

 

なおもいい募る慎二の言葉を、ライダーは黙って聞いていた。

無反応の相手を殴っても意味がないと思ったのか、もしくは何の発散にもならないと思ったのか、それ以上慎二がライダーに暴力をは振るうことはしなかった。

というよりも、ほかの方法を思い浮かんだのだ。

 

(難しいなら……簡単にすればいい)

 

こちらが強くなって、相手を圧倒すればいいのだ……と。

 

「倒すのが難しいなら、お前が強くなればいい。明日、結界を発動させろ」

 

結界。

ライダーの固有の力で宝具の一つ。

それは結界内部へと入った人間を融解し、血液の形で魔力へと還元する能力。

広範囲展開に適したその結界は、学園生徒全員から魔力を吸収することが可能だ。

それだけの魔力を吸収すれば、確かに強力な力を持つのは事実だった。

だが……ライダーはそれを拒否した。

 

「余り薦められません。まだ魔法陣の構築が終わっていませんし、それにあなたがマスターであることを、あなたの知り合いに知られてしまった。この状況で大きく動くのは推奨できません」

「そんなの、お前があいつを倒せば関係ないだろう! そしてお前が強くなってあいつを倒すために結界を使うんだ! それのどこに問題がある!?」

 

自分の言うことを聞かないサーヴァントに、慎二は怒鳴り散らした。

それを聞いてライダーもそれ以上何も言う気になれなかったのか、何も言わずに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

その日……俺は不思議な夢を見た……

 

森の中だった……

 

深い深い山奥の森の中に……木々しかないようなそんな場所に……そいつは立っていた……

 

 

 

たった一振りの……野太刀を持って……

 

 

 

そいつがすることはただ一つ……その野太刀を振っていた……

 

それだけだった……

 

来る日も来る日も……

 

それこそそれしかやることがない……とでも言うように……

 

否、それは違った……

 

それしかやることがないのではない……それ以外にやらないのだ……

 

それこそ睡眠食事なども最低限こなして、後はひたすらに剣を振るっていた……

 

そいつが行っていたのは……()()すばやく剣を振るうこと……

 

それだけだ……

 

最初こそ普通だったその剣撃は、やがて徐々に徐々に洗練されていった……

 

そして最晩年に……彼はついに辿り着いたのだ……

 

 

 

 

 

 

剣を三度……「同時に」振るう剣技に……

 

 

 

 

 

 

だがそれも彼にとってはそこまでの感動ではなかった……

 

彼の目的……燕を斬ることを目的とし、それを叶えるためにたどり着いた境地でしかないのでそのあり得ない剣技を会得しても、彼はただ、出来た……としか思わなかった……

 

そしてその直後に……彼は死亡した……

 

ただただ……剣を振るだけの生を全うして……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

……何だ今の夢?

 

起きて思ったことがそれだった。

何というか……その場に自分がいるんではないかと思えるほどリアルな夢だった。

さらに言えば主観ではなく……まるで他人の生を見ていたかのような違和感があった。

自身が体験していない事を、見せられたという感じだろうか?

そして内容から言ってほぼ間違いなく……

 

小次郎が生きていたときの記憶……か?

 

姿が少しみすぼらしい感じがしたので余り今の……というかサーヴァントの佐々木小次郎としての特長はそこまで見られなかったが、最後に見せた「同時」に放たれた秘剣が、小次郎であることの何よりの証拠だった。

 

……まさかこれほどだったとは

 

やることと言えばただ剣を振るだけ……それだけだった。

だがそれが彼の全てだった……。

そしておよそ普通ではたどり着けないような境地に……己の身体のみでたどり着いてしまたったのだ。

 

……そら強いわけだ

 

無窮……と言う言葉では収まりきらないほどの修練だった。

何せ剣を振っていた……立ったその一言で自分の人生を語ることが出来るほどに、それしか行っていないのだ。

あれほど剣が鋭いのも納得だった。

そしてその最後に会得した……剣閃三撃同時の秘剣「燕返し」。

 

……確かに小次郎の言うとおりだ。簡単に出せる技じゃない

 

小次郎がいくつで死んだかはわからないが、それでも俺より年下で死んだということはなさそうだった。

それだけの時間を掛け、小次郎がようやくたどり着いたのだ。

はっきり言ってしまえば……絶対に出せないだろう。

だがそれでも……

 

最高峰と言えるものを見せられた以上……それに追いついてみたい……

 

追いつくと言うよりも、別の方法で行うかもしれないから明確には追いつく訳じゃないだろう。

俺の気と魔力を使用してそれを目指すのだから。

だがそれでも追いつけるかわからない。

だから俺は……

 

今日も張り切って特訓するか!

 

追いつけるかどうかもわからず、それ自体も困難だ。

だがそれでもたどり着いてみたい……。

 

一目惚れした技を撃ってみたい……

 

その純粋な想いで、俺は小次郎と供に今朝も訓練に励むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ここはどうだ?」

「……ビンゴね。下がってて」

 

早朝……。

まだ朝練にも早い時間に士郎と凜の二人が学園へとやってきて、学校中を回っていた。

ライダーの結界の魔法陣を破壊し、少しでも結界の発動を遅らせて時間を稼ぐためだ。

時間を稼ぐだけでなく、結界での被害を防ぐことも理由の一つだ。

しかし学校中と言ってもそこまでの時間もなく、またさすがにサーヴァントの魔法陣と言うだけ合って、魔法陣の頑健さもそれ相応だった。

それ故に凜の実力があっても、一つ破壊するのにも時間がかかった。

というか……いくら時間がかかるとはいえサーヴァントが作り出した結界の魔法陣を自身の力だけで破壊することの出来る遠坂凜の方がすごいのだが。

 

「壊せたわ。なんとかなりそうね」

「……それにしても弓道部の人間が」

 

士郎の顔にはライダーの魔法陣を壊せた嬉しさは微塵もなかった。

刃夜の言葉……「弓道部の人間がマスターである」という言葉。

それが士郎の心を重くしていた。

自身の知人が聖杯戦争に関わり、あまつさえそれで人を襲ったという事が信じられなかったのだ。

自身で見ていなかったことも手伝って、士郎は未だに信じていなかった。

 

「まだ言ってるの? 弓道部の人間かもしれないし、そうじゃないかもしれないわ。けど今はそれは関係ないわ。ライダーのマスターが学園の生徒達を魔力として利用しているのを黙ってみているわけにはいかないわ」

「……あぁ」

 

それは事実だった。

正義の味方として、しないわけにはいかなかった。

……士郎は正義の味方として戦うと決めたのだから。

 

例え誰であろうと……それが明確な悪意ある行動をしていると言うのならば、戦わなければいけないのだ……。

 

「あぁ、わかってる。すまない遠坂、次に行こう」

「えぇ」

 

迷いつつもとりあえず行動に移す士郎に、凜が微笑を浮かべた。

だがその表情とは裏腹に、凜の心の内は疑念だらけだった。

 

(弓道部の人間がマスター……)

 

魔術回路がなければ令呪が宿らない。

これは本来ならば絶対の条件であるはずなのだ。

刃夜という例外はあるが、本来であればその通りなのである。

ある程度の実力のある魔術師ならば魔術回路があるのかないのか、見ればわかるのだ。

それは当然凜も同じである。

そして凜は、学園の関係者には魔術師がいないことはすでにその能力で調べていたのだ。

 

(……こいつのことはわからなかったけど)

 

ちなみに凜は、士郎も魔術師であることを知らなかった。

本人に言わせればへっぽこすぎるので気づかなかったらしい。

まぁそれも事実ではある。

魔術師は自身の子供に自分の魔術刻印を移植することも出来るのだが、士郎と切嗣は刻印の移植は出来なかったのだ。

血の繋がりがないので、不可能なのだ。

故に一代目である士郎がへっぽこなのはある意味で無理からぬ事である。

また間違った方法で鍛錬も行っているので、未熟なのは仕方がない。

 

 

 

しかしそれでも気づかなかったのは……遠坂凜の「うっかり」が絡んでいることは否定しきれない。

 

 

 

(……他の人間に魔術回路がないのは間違いないはずなのに)

 

といっても、士郎のことも見逃しているのでその言葉に信頼性はない気がしないでもない。

 

(あいつは……まぁ実力があるから……理解は出来ないけど、納得は出来る)

 

刃夜は色んな意味で普通ではない。

異世界人であり、自身の世界でも色々と普通の人生を歩んではいない。

そしてモンスターワールドにて特殊な力を得た。

それを魔術師として何となく凜は察しているのだ。

 

(あいつは本当に一体……)

 

凜にとっては刃夜は不思議の塊だった。

ちなみに凜が何故ここまで「平行世界」の事を気にするかというと、遠坂家は「根源の到達」の他にも、先祖の師匠キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが課した課題……。

 

平行世界の運営

 

という宿願があった。

 

 

 

キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ

現存する四人の魔法使いの一人である、第二魔法「平行世界の運営」の使い手。

宝石剣を持ち、宝石をシンボルとする魔法使いであるため「宝石翁」「万華鏡」「魔道元帥」とも呼ばれる。

悪に義憤し善を笑うという性格。

彼に弟子入りする場合は二択しか弟子に結末はない。

「廃人になる」か「大成するか」の二つであるらしい。

 

 

 

 

 

 

ちなみに仮に優秀であっても、ほぼ99%の確率で廃人になるので滅多なことでは自身の弟子をゼルレッチの元にはいかさないらしいが……。

 

 

 

 

 

 

とまぁ、そんな課題が残されている凜に取っては刃夜の存在は文字通り驚愕だった。

自分の身近な場所にそれの体現者がいるとは思わなかったのだ。

 

 

 

ちなみに、凜は刃夜がそう言った力(平行世界への移動)を持っていて、失敗とかをしたために聖杯を求めていると思っているが、実際は某二人組の力によって強制的に送還されただけだが……。

 

 

 

(……あんな概念武装持ってるんだから、その可能性もなくはなかったのね。見込みが甘かったわ)

 

士郎と二人で歩きながら自身の愚かさを呪っていた。

今となっては完全に敵対関係となってしまった以上、話を聞くのも難しい。

もう少し話を聞いておくべきだったと……後悔する凜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「よぉ美綴。元気してるか?」

「お邪魔するぞ、美綴よ」

「あ、鉄さんに小次郎さん」

 

昨夜襲われた私は、今冬木総合病院の病室で暇を持て余していた。

そんなときに来てくれたのが、私を昨夜救ってくれた鉄さんに小次郎さんだった。

時刻は午後二時半頃で、板前服の格好で何かお見舞いの品……風呂敷に包まれたお重を……持ってきてくれた。

他にも、朝の訓練でよく手にしている黒い包みと竹刀袋を持っていて、時間からも、格好からも、お仕事のお昼休みに来てくれたのは明白だった。

それに恐縮しつつも、暇だった私としては話し相手ができただけでも嬉しいし、何よりもお見舞いに来てくれた事がすごく嬉しかった。

 

……来てくれた

 

実際、来ないと思いつつもやっぱり期待してしまっていたので……すごく嬉しかった。

 

「どうだ? 大丈夫か?」

「身体には何の問題もなかったんですから大丈夫ですよ」

 

備え付けのイスに腰掛けながら、鉄さんがそう言ってくれるのを、私は苦笑しながら返した。

ちなみに、病室はなんか余っている部屋がICUしかなかったらしく、ほとんど個室みたいな状態で、周りに他の患者さんはいなかった。

 

「個室か。まぁ良かったな。女の子だし」

「まぁ~そうかもしれませんけど、暇なことに代わりはないからどっちでも良かったですね」

 

実際……暇だった。

一応とはいえ検査されたけど、異常は一切見あたらなかった。

正直今すぐ帰ってもいいのだけれど、それでもだめらしいので仕方がない。

 

「何、今日で退院出来るのだろう? ならばそれでなによりだ。どれ、茶でも入れようか」

「あ、すいません! 私がやりま……」

「だぁほ。病人は座ってろ。これ、見舞いの品だ。摘める物を適当に食ってきたから食べてくれ」

「あ、すいません。ありがとうございます」

「後、これだ」

「?」

 

そう言って差し出されたのは、手作り感溢れるお守りだった。

でも以前の「勝」と彫られた木の板のお守りと違って、実にお守りっぽい感じの作りになっている。

それになんか……不思議な力を感じるっていうか……。

 

「正直思い出させたくなかったが……念のためにな」

「……あ」

 

それを聞いて、昨夜の記憶が蘇る。

何か得体の知れない……人の形をした何かが私に何かをしようとして……。

あの時はわからなかったけど……首もとに口を持って行ったことから噛みつこうとしていたんではないかと思う。

マスクのような物で顔を隠していたから、全然表情が読み取れなくって。

 

後一歩……鉄さんが来るのが遅かったら……

 

そんな最悪な想像もしてしまって。

その時……

 

ポン

 

 

 

「大丈夫。大丈夫だ……。もうあんな事は起きないし……起こさせやしない」

 

 

 

「……あ」

 

その声に……頭を撫でてくれるその手の温かさに、恐怖に飲み込まれそうになっていた私の心が少し落ち着いた。

それに……鉄さんの言葉が嬉しくって……。

 

 

 

起こさせやしない、って……すごく感情がにじみ出てた……

 

 

 

それは、鉄さんの本心であることが、何となく感じられた……

 

 

 

「ったく」

 

ピン!

 

「あたっ!?」

 

そうして、優しく撫でられる手の感触に心癒されていたら、撫でるのをやめて隙だらけの額にデコピンをされてしまった。

それに対して不満げな顔を鉄さんに向けるけど……それを一蹴されてしまった。

 

「まったく……油断しているからこうなるのだ。いいか? 今度からは気をつけろよ?」

「それには激しく同意だぞ美綴よ。だから申したであろう? 可憐な花弁を傷つけては大事だと。養生しなされ」

「……はい」

 

飴を与えたらちゃんと鞭もするところが……実に鉄さんらしかった。

小次郎さんも一緒だから二人に叱られてしまったけど……二人がすごく私のことを心配してくれているのがわかって……むずがゆかった。

鞭を与えている今も、なんか、すごく朗らかな笑顔で……私もつられて笑ってしまった。

病院だから、余り大きな声で笑うことは出来ないけど、その時間がひどく心地よかった。

 

でもまず……

 

まず、と言うにはもう遅いかもしれないけど、それでも言わなきゃいけないことが……。

 

「鉄さん」

「ん?」

「昨夜は……ありがとうございました」

「気にするな。今度から気をつけてくれたらそれでいいよ」

「でも!!!!」

 

何とでもないと言うように言ってくれる鉄さんに、私は詰め寄る。

だってあの時……本当に怖かったから。

もしも鉄さんが来てくれなかったら……どうなっていたかわからない。

それを考えて、あの時のあの目を隠した人の恐ろしさを思い出すと今でも身体が震えてしまう。

怖くて記憶が曖昧だからよく覚えてないけど、鉄さんが助けてくれたことだけは覚えてた。

 

「だ~か~ら~。気にしなくていい。俺がお前を助けるのは当たり前のことだろう?」

「……!?」

「口説いてるぞ刃夜?」

「……そういうつもりじゃない」

「ならばどういうつもりなのだ? たぶらかすような下衆ではなかろう?」

 

二人が何か言い争いをしているけど、私の耳にはほとんど入ってこなかった。

だって……あまりにもはっきりと言ってくれた言葉と、その時の表情があまりにも格好良かったから……。

 

……病院で暇だったけど……それに見合う時間は取れた……かな

 

おもわずらしくない、そんなことを思ってしまう。

だけど、それでもこの時間が心地よく、愛おしかったので私は何も考えずにただ……鉄さんと小次郎さんとの会話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

(……ここもですか)

 

慎二が魂食いを行っていたのを刃夜に邪魔された翌日の朝。

穂群原学園の各所にて暗躍する影があった。

その名はライダー。

昨夜の慎二の指示、結界を発動させるためにその魔法陣の確認を行っている最中だった。

だが結果として魔法陣は破壊されてしまっていた。

破壊されたと言っても全てが破壊されたわけではない。

だがそれでも、元々完全に準備が出来ていなかった結界の魔法陣が破壊されてしまったのは、痛い物があった。

今朝、朝早くに魔法陣を破壊するために士郎と凜が学園へとやってきて破壊したのだ。

無論姿は見えないがアーチャーも一緒である。

時間が限られていたためにそこまでの数は破壊されてないが、それでもいくつかは破壊されてしまった。

これでは完全な結界を作動させることは不可能だろう。

だがそれでもマスターの指示である以上、それを遂行しないわけにはいかない。

ちなみにその指示を出した慎二は本日穂群原学園には来ていない。

魔術師ではない慎二までが結界に入ると、自身までも影響を及ぼしてしまうからだ。

 

(少々問題はありますが……)

 

少々どころではなく、はっきりいって問題だらけと言っても良かった。

元々魔法陣が完全に敷き終わっていなかった上に、ライダーが全力出せないと言う理由もあり、挙げ句の果てに士郎と凜の破壊工作まで加わってしまっては、とてもではないが全力の力を出すことは難しいのも当然だった。

 

(……マスターの命令とあっては断るわけにもいかないですね)

 

別段、ライダーは士郎や凜と違って、結界で生徒達を魔力に変換することをためらっている理由は全くなかった。

むしろ力を少しでも手に入れられるのならば問題はなかった。

 

 

 

 

 

 

自身の目的のために……

 

 

 

 

 

 

ライダーは結界の起点……弓道場の裏の林で跪いて念を送る。

 

 

 

「他者封印……」

 

 

 

起点とライダーから凄まじいほどの魔力が迸る。

それが渦を巻くようにして……ライダーの周りに漂う。

さらに起点から地面を這うようにして、地面を血のような赤い線が走り……さらにそれが学園の敷地を駆けめぐる。

それが地を這う事に徐々に徐々に肥大化していき……学園全体を包むように球場の形をしていく。

線が球場を形成し、それが頂上で集まり……さらに巨大化していく。

 

 

 

そしてその中に……何か巨大な眼のような物が、出現した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉がライダーの口より紡がれた瞬間に……穂群原学園は、文字通り異界となってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

!!!!

 

 

 

「なっ!? これは!?」

 

凄まじい重圧が身体を抑えつけるようなそれを感じ取り、士郎はその瞬間に倒れそうなほどの虚脱感に見舞われた。

ライダーの結界の能力で、生態エネルギーや肉体を魔力に変換し吸収されているのだ。

 

(くっ!? こういうときは……)

 

魔術師としての本能で士郎は身体全体に魔力を巡らせる。

それによって何とか虚脱感がなくなったが、状況が好転したわけではない。

周りを見渡せば、クラスメイトが全員倒れていた。

それを見て士郎の顔が一瞬青ざめる。

だがそんな場合ではないことを思いだし、直ぐに行動する。

 

「みんな!?」

 

呼びかけても特に反応がない。

反応が出来ない。

一般人である学生達が、サーヴァントの結界に耐えきれるわけがない。

 

「う……うぅ」

「!?」

 

声一つなく、不気味に静まりかえった教室にうめき声が聞こえた。

それは士郎がよく知る声……藤村大河の声だった。

 

「藤ねえ! 大丈夫か!?」

「……ぅ……ぁ」

 

大河を介抱していたが特に意味はなく、うめき声を返してくるだけだった。

普段無駄に元気な大河のその余りにも見慣れぬ反応に、士郎が絶句する。

その時教室のドアが勢いよく開き、凜が入り込んできた。

 

「衛宮君!? 無事!?」

「遠坂、これは!?」

「間違いないわ、ライダーの結界よ。あれだけ妨害したのにまさか発動させるなんて!?」

 

凜としても予想外だったらしくその表情には焦りが出ていた。

それは当然士郎も同じであり……いや、それ以上だった。

正義の味方としてこの状況は許される物じゃなかった。

教室……学園中の生徒を吸収せんと発動してしまった結界は、今も発動しており学生達から魔力を吸収しているのだ。

 

「遠坂! 急いで結界を解かせないと!」

「わかってる! アーチャー!」

「了解した。行くぞ凜!」

 

凜の掛け声と供にアーチャーが現界し、その手に一対の剣を握る。

アーチャーが先行し、それを凜と士郎が追った。

必死に二人を追いかけつつ……士郎は令呪で繋がっているセイバーへと念を送った。

 

(セイバー! 来てくれ!)

 

まだ非常事態ではないので慌てる必要はない……と自身を必死に自制して、令呪を使うのを抑えた。

士郎としては今すぐ召喚してもいいのだが、さすがにまだ状況が動ききっていないので、無駄に使うことはないと、思っていた。

 

「アーチャー! ライダーはどこにいるの!?」

「下の林から気配を感じる。おそらく結界の起点だろう」

 

もちろん、凜も焦っていた。

冬木の監督者として現場にいながら、この最悪の事態を引き起こしてしまった自分の情けなさに歯がみしていた。

罪もない人々を吸収してまで聖杯戦争を勝ち上がろうとしている輩も許せなかったが……それ以上に自分のことが、許せなかった。

だが後悔に苛まれてばかりではない。

直ぐに思考を切り替えて、凜はやるべき事を優先する。

 

(直ぐに結界を解除させれば!!!!)

 

それしか学生全てを救うことは出来ないのは事実だった。

規模が大きいので他者がそう簡単に破壊できるわけがないのだ。

ならば術者を倒すしか方法はない。

不幸中の幸いと言うべきか……士郎と凜の妨害により、結界の出力は弱まっているのだが、あまり悠長なことを言っている余裕はなかった。

 

 

 

結界が発動し、学園全てが死地と化してしまった校舎の中を、三人の駆け足が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……うん?」

『どうした仕手よ?』

「何かあったか?」

 

美綴の病院の見舞いの帰り道。

俺は強烈な龍脈の乱れを感じ取り、思わず足を止めていた。

今から午後の部の仕込みを始める時間まで、俺の大事な友人美綴を襲おうとしたライダーとやらの情報入手をするつもりだったのが……それを停止させざるをえなくなった。

そんな俺に小次郎と封絶が言葉を掛けてくるが、今の俺にそれに反応する余裕はなかった。

ひどく……むかつく感じの何かを、俺の感覚が捉えていた。

 

いや……感じたのはこいつか……

 

左腕前腕が熱く感じられる。

内部に収められた老山龍の神器が龍脈の乱れを明確に察知していた。

 

……これは穂群原学園か?

 

龍脈の乱れの発生源を明確に感じ取り、俺は直ぐに移動を開始する。

それに小次郎が追随する。

すぐに穂群原学園に到着するのだが……外見上に何ら異常がなかった。

 

「……学園がどうかしたのか?」

『何の異常も見られなさそうだが……。いや、これは?』

 

さすがと言うべきか……封絶は気づいたようだった。

 

結界……だと?

 

学園をすっぽりと覆うように張り巡らされた、血のような色の結界。

龍脈を使用するタイプのようで、かなり頑健さを誇っているようだ。

その上地脈と繊細に結合しているらしく……ほとんど外に力が漏れ出ていない。

ここまできてようやく封絶が感じ取れた事がそれを証明していた。

 

どんなタイプかは謎だが……この雰囲気と見た目から察していい物でないことだけは確かだな

 

学園が何か邪悪な結界に飲み込まれたとなると……中の人間はただではすまないだろう……。

そしてその中には、俺の親しい人間であり、恩人の孫娘がいるわけであり……。

 

……大河が!?

 

「小次郎! この結界……何とか出来ないか!?」

「む……。どうにかしたいが……私は呪術の類などは全くわからん。そもそも学園には何も異常がないように思えるのだが?」

 

生粋の剣士である小次郎は、学園に結界が張り巡らされたこともわかっていないようだった。

否、小次郎だからと言うわけではないのだろう。

周囲の人間……道を行き交う人々は誰も学園を気にしていない。

何かしらの能力で隠遁したのか……はたまた龍脈と結びついているが故に気づかないのかは謎だが、普通の人間は気づかないようだ。

 

『封絶! お前は!?』

『……残念だが、私には』

 

唯一気づいた封絶に望みを託すが、芳しい答えは返ってこなかった。

だがそれで諦めるわけにはいかないので、俺は封絶を抜き結界の壁に斬りかかってみるが……。

 

 

 

シュン

 

 

 

何!?

 

渾身の力を込めた封絶が空を切った。

確かに結界を切り裂くことは出来たのだが……切った瞬間に修復されてしまったのだ。

これでは手の出しようがない。

魔を引き裂き吸収する封龍剣【超絶一門】ですらこれだと……今の俺では手の出しようがない。

 

……どうする!?

 

気持は焦るが、何も出来そうにない……。

恩人である大河が危ない目に遭っているというのに……。

 

 

 

 

 

 

あれだけ強大な力を入手したというのに……俺は無力だった……

 

 

 

 

 

 

美綴さんは安全のために避難させたってかんじだねw

一日入院はそう言うわけなのだw

身も蓋もないかもしれないがwwwww

 

され次回辺りに見せ場があるよ~

誰の見せ場かはあえて言わないw

一応、宝具が三つ登場しますw

次回はばりばりの戦闘だよ~

頑張って書いたから期待しててね!

 

 




美綴さんは安全のために避難させたってかんじだねw
一日入院はそう言うわけなのだw
身も蓋もないかもしれないがwwwww

され次回辺りに見せ場があるよ~
誰の見せ場かはあえて言わないw
一応、宝具が三つ登場しますw
次回はばりばりの戦闘だよ~
頑張って書いたから期待しててね!



ハーメルンにて追記
私明日(10/4)からゾンビ狩りにいそしみますので連休明けまでは続きをあげられません
感想はできうる限り読ませていただくようにしますが遅れるかもしれませんのでそこんとこよろしく!!!!



2018/5/14 追記
S(人格16人)様 誤字報告ありがとうございました!
修正しました!


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聖剣

タイトルで話しの落ちがわかるという……
出オチ……ではないな


タイトルオチ? 名オチ? ネームオチ?



タイオチ!!!!



……わからんわ!!!!

ともかく知っている人にとっては見ただけでわかるよね!!!!

もちろん知らない人向けにも書いたら問題ないですよ!!!!

ちなみに本文はびっくりの24000字数以上だ!!!!


それじゃどうぞ!!!!







それは全てを吸収する、檻だった……。

魔法陣が完全ではないとはいえ、英霊であるサーヴァントが使用する魔法陣だ。

それは現代の魔術師であるならば、単身で執行するには困難ものだった。

それをあっさりとやってのけたライダーは、裏の林にて無感動にその結果を受け入れていた。

 

 

 

(……こんな物でしょうか?)

 

 

 

とりあえず結界が発動したことを確認し、徐々に徐々に自身に魔力が集まってくるのを感じつつ、彼女はそれを淡々と喰らっていた。

彼女は殺人鬼でもなければ殺人快楽者でもない。

人間が死んでいくことに対して何も感じないと言うわけではない。

だがそれでも……ライダーにとってはどうでもいいことだった。

 

 

 

(私は……)

 

 

 

!!!!

 

 

 

「!?」

 

自身へと飛来する何かを感じ取り、ライダーは咄嗟に避ける。

それは先ほどまでライダーがいた場所に正確に突き刺さった……一本の矢だった。

 

「これは……」

「そこまでよライダー!」

 

声がした方へと目を向けた。

そこには三人の男女がいた。

先頭にアーチャー、凜、士郎がおり、それぞれがそれぞれの思いを乗せた視線を、ライダーへと向けていた。

 

「今すぐ結界を解除しなさい」

「……マスターでもないあなたの命令に従えと?」

 

凜の命令に当然のごとくライダーは拒否をした。

凜もまさかそれでライダーが止めるとは思ってはいなかった。

故に自身のサーヴァント、アーチャーに視線を投じた。

それを明確に感じ取ったアーチャーは……。

 

ブォン

 

一対の剣を出現させて、答えた。

それを見てライダーも己の得物……鎖で繋がれた杭のような短剣を出現させる。

一触即発。

そう言っても差し支えのない状況で……士郎が言葉を放った。

 

「ライダー……なんだよな?」

「……」

 

クラス名の確認ですら、ライダーは士郎の問いに答えなかった。

答える必要性がないからだ。

サーヴァントがそばにいないとはいえマスターである以上敵であることに代わりはない。

だがそれでも……士郎は問う言葉を止めることは出来なかった。

 

「お前の……お前のマスターは本当に弓道部の人間なのか!?」

「……」

 

再度の問い。

ライダーのマスターが誰であるかという言葉。

当然ながらそれは答えられるはずもなかった。

自身のマスターが誰であるかなど、話して特になるわけがない。

マスターの魔力なしでは存在できないサーヴァントを、一番簡単に始末するならばそのマスターを殺せばいいのだ。

同じようにサーヴァントを失ったマスターがいないとは言い切れないので再契約されてしまう可能性はあるが……それでも間違いなく一番簡単な方法だった。

 

「……」

 

故に……ライダーは当然のように答えなかった。

その反応に、知り合いがマスターであるかが知りたかった士郎が、さらに言葉を放とうとしたが……。

 

「衛宮君。今はそんな場合じゃないわ」

「遠坂……」

 

凜が止め、そして今学園がどういった状況であるかを思い出させた。

確かに今はそんなことよりも、優先すべき事があると。

 

「もう話すことはありませんか?」

「ほぉ? 随分と優しいんだなライダー? いや、それとも余裕か?」

 

ライダーの言葉に返答したのはアーチャーだった。

これ以上時間を取らせるわけにはいかないので、士郎と凜の言葉を言外に封じているのだ。

士郎はそれに気づかなかったが、凜はさすがに察していた。

だが、自分の従者に状況が状況とはいえ指図されるのに若干カチンとしたのは……彼女が子供だからだろうか?

 

「時間稼ぎでしょうか? まだ魔力が集まりきっていませんし……それでもあなたたちを倒せばそれでいいのですから問題はありません」

「……言ってくれるな、ライダー!!!!」

 

アーチャーの怒号を皮切りに……戦端が開かれた。

鎖と杭の投擲の連携で、ライダーだがアーチャーに襲いかかる。

それを切り払い、アーチャーが自身の間合い……剣の間合いへと踏み込みその両手の剣を振るう。

ここに至っては……人間である士郎と凜に何も為すべき事はない。

何もすることが出来ない。

ただ、ただ……アーチャーがライダーを倒すのを待つか、それとも結界を維持するのが不可能なほどの打撃を与えるまで待つしかなかった。

 

(……何も出来ないのか!?)

 

ただ突っ立っていることしかできない自分が……士郎は歯を噛み砕かんばかりに食いしばることで耐えた。

周りで生徒が、教師が……無実の人々が死にかけているというのに何も出来ない自分が、悲しかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふん!」

 

渾身の力を込めても当然結果は同じであり……それは気と魔力を込めた封絶でも一緒だった。

この結界を破壊ないし切り裂くには圧倒的に出力が足りないようだった。

 

「ちっ!?」

 

俺は焦った。

何かの結界が発動したのは穂群原学園……大河の勤め先だ。

この時間……三時頃に学園にいないはずがなく、この中にいるのは間違いない。

故に何とか入ろうと試みているのだが……外界からの介入をこの結界は完全に拒んでいた。

 

『仕手よ……この結界は私の力だけでは』

「黙っていろ」

 

親切心から俺に話しかけてくれた封絶に、俺は低い声でそう答えた。

はっきり言ってわかりきっていた。

だけどそれでも何もしないわけにはいかず……俺はがむしゃらに封絶を振るっていた。

その俺に……小さな気配が近寄ってきていることにも気づかずに……。

 

「こんにちは、お兄さん……」

「!?」

 

そう声を掛けられて俺は心臓が飛び上がるほどに驚いた。

小次郎が俺とその声を掛けてきた存在の中間に立つ。

その小次郎の先……声を掛けてきた存在を視認して俺は驚いた。

 

「……お前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

「どうしたの? こんなところで」

 

???? 殺意なし?

 

俺に向けられたその視線、声にも全くといっていいほど負の感情が込められていなかった。

負の感情……怒りや殺意といった感情。

 

まるで戦うつもりはないとでも言うというように……。

 

その証拠に……あの圧倒的な存在の気配が感じられなかった。

あれほどの存在を完全に隠しきるのは不可能だろう。

故にこの少女は、自分のサーヴァントを連れていないと言うことなのだろう。

 

「……小次郎、霊体になれ」

「? 何故だ?」

「……サーヴァントをつれていない以上、この子は今ここでやるつもりはないのだろう。ならば俺もサーヴァントをそばに置いておくのは本意ではない」

「ふむ……。それもそうさな。童女とはいえ、女人を傷つけるのは私の本意ではない」

 

俺の願いを聞き届けて……台詞が少し危なげだったが……、小次郎が実体化を解いて霊体に戻った。

いくらこの子を斬るために出したわけではないとはいえ、俺は封絶をシースへとしまった。

そして一応油断はしないまま少女……イリヤスフィール・フォン・アインツベルンへと声を掛ける。

昨夜の殺気立った雰囲気は皆無だった。

何か意図があるのかないのか……それがわからない以上気を許すわけにはいかなかった。

 

「……どう言うつもりだ?」

「? どういうって?」

 

きょとんと……それはもうこれ以上ないほどに不思議そうにしているイリヤがいた。

それを見てさらに俺はよくわからなくなるが……これを聞かないわけにはいかなかった。

 

「ここでやる気はないと言うことか? サーヴァントもつれずに」

「……何? お兄さんは今ここで戦いたいの?」

 

俺の台詞を聞いた瞬間に、イリヤの雰囲気が一変した。

先ほどまでの親しげ……いや何で親しげだったんだ?……な雰囲気が霧散し、即座に俺に殺意を向けてくる。

その変わりようが……ひどく変な感じがして、俺は違和感を覚えた。

 

「戦いたいって言うのなら私は構わないわ……。私のバーサーカーは無敵だもの……」

「……いや、やる気がないとわかればそれでいいんだ」

 

やる気がないと言うことを示唆するために、俺は両手を挙げる。

それを見て、イリヤはにぱっと笑顔になった。

 

「……それなら俺にどういった用件だろうか? イリヤスフィ――」

「フルネームで呼ぶのやめてくれる? 長いし、イリヤって呼んで欲しいな」

 

ぴょんぴょんと跳ねながら、俺へと近づいて来る。

その仕草がものすごく……見た目相応の子供のような仕草で、俺は戸惑ってしまった。

サーヴァントをつれていないことからも今この場でやる気はないのだろうが……。

 

「えっと、イリヤ……でいいのか?」

「うん! それでいいよお兄さん! お兄さんお名前は?」

 

俺の手を取って、嬉しそうに跳ねるイリヤス……イリヤに俺の戸惑いは加速した。

はっきり言って意味がわからないからだ。

だが戦う気がないというのであれば別に構わないだろう。

 

「これは失礼した。俺の名前は鉄刃夜だ」

 

 

 

 

 

 

「クロガネジーヤ? 変な名前だね」

 

 

 

 

 

 

ドクン

 

 

 

 

 

 

ジーヤ

 

 

 

 

 

 

その言葉が……俺の脳裏に過去を思い起こさせた……

 

 

 

 

 

 

「済まない。出来たらジーヤはやめてくれないか?」

「? ジーヤはイヤ? ならなんて呼べばいい?」

「ジンヤって呼んで欲しいが……呼びにくいか?」

「ジンヤ? ジンヤ、ジンヤ……う~ん、特に呼びにくいって事はないよ?」

「そうか、ならそれでいいかな?」

「うん!」

 

名前の交換が嬉しいのか……それとも単に人と触れ合うのが面白いのか、すごく喜んでいた。

だが俺はある意味でそれどころではない。

少女が普通ではないことを何となく察したからだ。

何というか……普通の人間ではない感じだった。

 

まぁ魔力(オド)の量が半端なかったからそれもある意味で当然か……

 

どういった存在かわからないが……それでもこの子に害がないというのであれば構わないだろう。

 

「それでどうしたんだ? 散歩?」

「うん! そうだよ。私は冬木を見て回ってたの」

「ほぉ~……ってそれどころじゃなかった!」

 

イリヤとの接触で一瞬優先事項が変わってしまって、忘れてしまっていたが今はこの子に構っているわけにはいかなかった。

何とか結界の内部に入る方法を探さなければ……。

イリヤから離れ、俺は再度結界をどうにかしようと向き直るが……どうすればいいのかわからなかった。

 

封絶も匙を投げたこの結界をどうにか出来るとは思えないが……何もしないというわけには……

 

「何? この結界がどうかしたの?」

「む? 気づいているのか?」

「そらそうよ。これが規模の大きさはともかく魔術であるのなら、私がわからないわけないもの」

 

……わからないわけがない?

 

何か意味深なことを言っているが……それの本意はわからない。

だがそれでもあまり関係はないので俺は再度封絶を抜いて結界へと斬りかかるという……無謀なことをしようとしたのだが……。

 

「何? お兄さんは結界の中に入りたいの?」

「あぁ」

「なら教えて上げようか? この結界の切れ目」

 

何!?

 

余りにも意外なその言葉に、俺は勢いよく顔を向けた。

俺の反応が面白かったのか、それともそれを知っていることが誇らしいのかは俺には測りかねるが……それでも少女のその言葉が嘘でないことは俺には直ぐにわかった。

 

「教えてくれないか?」

「いいよ。お兄さん私のバーサーカーと戦っててすごかったから教えて上げる!」

 

価値基準はよくわからないが……すごいと認識したから教えて上げると言うことでいいのだろう。

早速とばかりに俺はイリヤに案内されて何の変哲もない、ちょうど学園の端……四隅の一つの場所だった。

だが……。

 

『確かに……切れ目ではありそうだな』

「……あぁ」

 

力と力がぶつかり合っているような……そんな感じのする場所だった。

どうやら結界の切れ目というのは間違いなさそうだった。

 

「え? 今……その剣がしゃべったの?」

『……あぁ、よろしく頼む少女よ』

「すご~い! 見た目的に普通の剣ではないと思っていたけど……意志を持つ魔剣だったんだぁ!」

 

……魔剣ねぇ

 

実際魔剣なので何とも言えないが……何というかすごく人間くさい封絶が、最近魔剣と思えなくなっている自分がいる。

まぁ正直些細なことなのでどうでもいいが……。

 

「イリヤ、下がっていてくれ」

「? どうするの? 言っておくけどこの結界は地脈と綿密に結びついて発動するタイプだから外から破壊するのは困難だよ?」

「それでも……何もせずに諦めるのはしたくない」

 

イリヤを少し下げ、俺は封絶を収めた。

その代わりに……竹刀袋へと収めていた夜月を出した。

そして一歩前へと出て……静かに目を閉じる。

 

簡単に破壊できないことはわかっていたが……

 

 

 

 

 

 

「それだけで、恩人を見捨てる理由にはならない!」

 

 

 

 

 

 

ゴワッ!

 

 

 

 

 

 

閉じていた目を見開き……それと供に左腕前腕を、夜月の柄頭へと持って行く。

 

「魔力解放……」

 

そこらの魔力と、自身の気力と魔力をありったけかき集めて、俺はそれを左腕前腕に眠る力へと……注いでいく。

 

 

 

目覚めろ……紅炎王龍よ!!!!

 

 

 

左腕前腕が燃えるような力を醸しだし……それが俺が手にした夜月へと注がれていく。

 

紅い……紅い……炎熱の力が徐々に徐々に纏われていく……。

 

やがてそれが渦を巻き、夜月全てを覆い尽くしたとき……それが顕現した。

 

 

 

 

 

 

魔紅獅刀(まこうしとう)炎王(えんおう)】!!!!」

 

 

 

 

 

 

プレートのような刀身となり、中に鍔元から剣先へと二本の線がある。

 

先は尖らずに、四角くなっていて、まるで鉈のような形状だ。

 

鍔はなく、その付近が刀身よりも厚く、そして幅広になっていることで指を保護している。

 

色は先の方ほど濃く紅く、鍔辺りの色は若干紫がかっている。

 

突きよりも斬ることに特化した刀剣となった……。

 

刀身に紅きオーラを纏い……それがここら一帯の冬の気候を一気に夏へと変化させる……。

 

それほどの力を有している。

 

そしてそれを俺は大上段に振りかぶり……

 

 

 

 

 

 

「縦閃……炎!!!!」

 

 

 

 

 

 

凄まじい威力を有するそれを……思いっきり振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

「ふっとべ!!!!! 結界!!!!」

 

 

 

 

 

 

紅きオーラが刀と供に剣閃を描き……結界へと激突した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

!!!!!!!

 

 

 

「!?」

 

自身が張った結界が外部から凄まじい衝撃を受けて、それを感じ取ったライダーは一瞬動きを止めてしまった。

刃夜の一撃をライダーだけでなく、アーチャーや士郎、凜も感じ取っていた。

何せ凄まじい衝撃と音が結界で覆われた穂群原学園に走ったからだ。

士郎と凜は何が起こったのかはわからなかったが、結界を張ったライダーは外から何物かが攻撃を仕掛けたものだと理解していた。

 

(今のは一体!?)

 

「戦闘中に考え事は……感心しないな!」

「!?」

 

思考を遮る声で、今がどんな状況かを思い出したライダーだったが、その時にはすでに遅かった。

何とか咄嗟に回避行動だけは行ったので、致命傷を受けることだけは避けられたが、それでも右腕を深く切られてしまった。

 

(……油断しました)

 

予想よりも相手が強かったこともそうだが、外部からの攻撃に気を取られてしまったことが最大のミスだった。

ライダーの結界は地脈と結びついて発動するタイプのために、そう簡単には破壊できない。

さらに地脈との結びつきによって外部からはほとんど察知されることがない。

発動に手間がかかったりするなどのデメリットも多数あるが……これを発動させることはなかなかに理にかなっているのだ。

しかしそれ故にライダーが驚くのも無理はなかった。

発動してもほとんど気取られるはずのない結界を感知し、あげくこの場にいる全員が感じ取れるほどの衝撃を加えてきたのだから。

確かに切れ目に攻撃されたがために、普通よりも強烈な衝撃が加わった。

しかし衝撃によって結界の発動に齟齬を来す……などと言ったことは全くない。

だがそれでも一瞬、バーサーカーが来たのではないかと、思ってしまったのだ。

 

 

 

それほどの衝撃だったのだ。

 

 

 

「くっ!?」

 

それで油断して腕を切られてしまい、ライダーは戦力が半減した。

それを確認し、ライダーがさらに斬りかかろうと接近するが……ライダーはそれを何とか避けて距離を取った。

 

「逃がすか!!!!」

 

さらに追撃するアーチャー。

そのため……アーチャーと士郎、凜との間に、少しの距離が開いてしまった。

 

 

 

「……何でも仕掛けておく物ですね」

 

 

 

距離が開いたことを確認して、ライダーがそんな声を上げた。

その声に不吉な気配を感じ取ったアーチャーが、咄嗟に背後を……士郎と凜の方へと振り向いた……。

 

 

 

その二人に向かって……鎖の付いた杭が迫っていた。

 

 

 

「ちぃっ!?」

 

自身のマスターの危機にアーチャーは一瞬で弓矢を投影し、士郎と凜に迫っていた杭を撃ち落とした。

そしてそのアーチャーを……鎖が縛りつける。

 

「くっ!?」

 

拘束が甘かったそれを、アーチャーは一対の剣を投影させて断ち切って振り返るが……相手はすでに姿を消して、遠ざかっていった。

それから少しして、結界が収まった。

その事で士郎と凜にかかっていた重圧が霧散する。

それに伴って、学園を覆っていた血のような色の結界が消え、頂点にあった眼のような模様も消失した。

 

「……とりあえず結界だけは解除できたようね。アーチャー」

「わかっている、直ぐに追おう」

 

凜が結界がなくなったことでほっと安堵の溜め息を吐き、すぐにアーチャーへと指示を飛ばした。

それに即応し、アーチャーが霊体化しつつライダーの後を追った。

 

「遠坂! 直ぐにみんなを!」

「わかってる!」

 

だが、危機が去ったからといってこれでやることがなくなったわけではない。

結界によって倒れてしまった学生、教師達を放っておけるわけがない。

士郎と凜は、直ぐにとって返して生徒達と教師陣の様子を見に行った。

 

 

 

ほぼ全ての学生と教師が昏睡状態にあったが……それでも何とか命に別条はなかった。

 

士郎と凜は直ぐに救急車などを手配した。

 

結界を阻止することは叶わなかったが、それでも人を救えたことに、誰も死人が出なかったことに……士郎は心から安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

!!!!

 

 

 

……だめか?

 

魔紅獅刀【炎王】を振り終え、ぶつかった炎熱が結界へと衝突し、凄まじい音と衝撃を生み出したが……結界に変化はなかった。

さすがに地脈と結びついているだけ合って、その強固さは一筋縄ではいかなそうだった。

 

ちっ……もう弾切れだというのに……

 

振り終えた魔紅獅刀【炎王】が、形成していた魔力の分散と供に姿を消し……元の夜月へと戻っていく。

纏っていた炎を衝撃としてぶつけたとはいえ……一振りしか振るうことが出来なかった。

おまけに……

 

溜め込んでいた魔力全部使ってこれか……

 

俺は多少……本当に少し……だが、魔力を体内に蓄積できて、それとともに俺が扱えるだけ大気の魔力を使用して魔紅獅刀【炎王】を顕現したのだが……一振りで終わってしまった。

しかも蓄積していた魔力は再度の蓄積に丸一日近くかかり、さらには顕現まで若干のタイムラグがあるので……あまり実戦向きではない。

 

……手を尽くしたが……今の俺ではここまでか

 

己の未熟さに歯がみする思いだったが……その未熟さとは裏腹に、結果が訪れた。

 

「お?」

 

手応えをほとんど感じていなかったというのに、結界が解除され、学園を覆っていた重圧が姿を消した。

左腕前腕にある老山龍も異変を感じないことから、結界は解除されたと考えていいだろう。

俺はそれで一安心できた。

 

……気配も感じ取れるし、死んでいるって事はなさそうだな

 

学園内部に大河の気配があり、それとは別に士郎と凜の気配が走り回っているので……おそらく大事には至らないだろう。

それを確認して夜月を収めて、イリヤへと振り返った。

 

「すまない、助かった」

「……すごいねジンヤ。今の……宝具?」

「あ~……まぁ古龍からもらった能力を発現したからな。宝具で……合っているような……違うような……」

「コリュウ? 聞き慣れない単語だけど……龍からもらったの?」

「あぁ」

 

紅炎王龍……テオテスカトルには失礼かもしれないが、あれを「龍」というのは少し納得が出来ないのだが……

 

紅炎王龍テオテスカトル。

モンスターワールドにおいて俺が倒した古龍の一匹。

炎を操り、炎を膂力へと変換するという……生粋の前衛タイプの魔龍。

後衛タイプにして妻だった、紫炎王龍ナナテスカトリとのタッグは今思い出しても冷や汗をかく。

強さは間違いなく一級品で、性格もかなり良かったし、俺としても好きだったのだが……見た目が「龍」というよりも「獅子」にしかみえない。

 

まぁあくまでも私見だがな……

 

見た目はともかくあり得ないほど強かったし、そいつの能力をもらったに等しいので、俺の力とはっきりと言い切ることが出来ない。

龍刀【朧火】がなければ絶対に倒せなかったからだ。

 

まぁ……いい……

 

俺の魔紅獅刀【炎王】の攻撃で結界が壊れた訳ではないだろう。

だがタイムラグがそれほどないにもかかわらず結界が解除されたと言うことは、何かしらの意味があったのだろう。

無駄にならなかったことにほっとしつつ、俺は夜月を収めて再び竹刀袋へと収めた。

 

礼をしないとな

 

「ありがとうイリヤ。お前のおかげで何とかなったみたいだ。何か礼をさせてくれ」

「別にいいよ。私が教えたかったから教えただけだし」

「ならそれと同じだ。俺がお礼をしたいだけだからお礼をさせてくれ」

 

自分の台詞をそっくりそのまま返されたことが面白かったのか、一瞬イリヤが目を見開き、おかしそうに微笑した。

 

「うん、なら付き合って上げる!」

 

嬉しそうに笑いながら、両手を振りかげてイリヤが飛び跳ねていた。

了承を取れたことで、俺は時計を見た。

まだ五時までは十分に時間があるので、店に帰って何か料理を作る時間は十全にあった。

 

「イリヤ、失礼するぞ?」

「え?」

 

先に断りを入れて、俺はイリヤを横抱きに抱えた。

いきなり抱きかかえられて眼をぱちくりとさせるイリヤだったが……懐かしそうに眼を細めた。

 

「すまないな。ちょっと人目に付きそうだったから急いで帰らせてもらうぜ? しっかりと捕まっていてくれ!」

 

その表情は懐かしそうであり、悲しそうな表情だったので……俺はあえて触れずに自分の都合だけを言った。

実際……人目に付いていないとは言えないだろう。

小次郎が姿を消したときに人目はなかったが先ほどの衝撃は中だけではなく、当然外……つまりは俺がいる住宅街にも広がったわけで……。

加えて言うならば救急車や警察のパトカーなどが迫ってきている音が聞こえていたのだ。

別段、俺は悪いことはしていないが、昏睡事件の起きた学園のそばにいるのは怪しまれる上に、この世界で登録されていない夜月もあるので捕まる理由はあったりする。

故に、俺は今すぐここから離れた方が賢明だった。

 

「……いいよ。レディをエスコートするのは男の人の責任なんだからしっかりしてね」

「了解」

 

まだ若干表情は晴れなかったが、それでも寂しげな表情が少し消えたのを確認して……俺は疾風のごとく駆け抜けた。

おそらく死ぬことはないだろうが、それでも大河無事であることを願いつつ。

 

……そう言えば美綴は病院だったから結界内部には入っていないのか?

 

先ほど美綴とは病院で会ったばかりだ。

故に結界による悪影響はほぼ確実に受けていない。

それを喜ぶべきかどうかは謎だが……それでもとりあえず安堵しておくべきだろう。

そんなことを考えながら数分。

 

「ほい到着」

 

我が家兼職場の「和食屋」の前へと到着する。

とりあえずイリヤを降ろして俺は店の鍵を取り出した。

そんな俺を興味深そうに見つつ……イリヤがこう言った。

 

 

 

「……物置?」

 

 

 

 

 

 

「ちょっとまてい!」

 

 

 

 

 

 

いろいろと聞き捨てならない単語に、俺は思わず声を上げながらイリヤへと振り返った。

 

「人の家(借家だが)に対してなんて言うこと宣いやがりますか!?」

「え!? うそよ! こんな物置みたいな建物に人なんて住めないんだから!」

「いや、俺が住んでるっていうの……」

 

……いいとこのお嬢様か?

 

そう言えば今更かもしれないが、身に纏った濃い紫色のコートもどう見ても安物に見えない。

仕草は見た目相応だが……ひょっとしたらかなりお嬢様なのかもしれない。

そして外国の子であることから察するに……お城とかに住んでいたのかもしれない。

 

「……まぁいいや。入ってくれ。掃除は行き届いているから汚くないから」

 

相手が日本のことを知らないのだから、その程度で腹を立てていても仕方がない。

失礼かもしれないが、まぁ別段そこまでひどい物でもないので、俺は特に気にしないことにした。

 

「……お、おじゃまします」

 

おっかなびっくり入ってきたイリヤを苦笑しつつ、俺はイリヤを温かく迎えた。

イリヤから戦闘の意志がないことを告げてきているので、そう言った警戒ではないのだろうが、未知の物に触れるのは誰だって怖い物だ。

 

「よく来たな……少女よ」

「? あなたはさっきもいたサーヴァント」

「小次郎と申す。以後よろしく頼むぞ、可憐な雛鳥よ」

「……おい。さすがに犯罪だぞ?」

 

霊体で俺たちのそばにいたにもかかわらず、店に入った途端に現界し、イリヤを口説き始めた。

しかし俺の言いつけは守っているのか、背中にいつもの野太刀はなかった。

 

「む、失礼だな刃夜。私に童女趣味はないぞ?」

「……そうなのか?」

「っていうか……レディーに対して童女は失礼だよジンヤ!?」

「いや、俺が言った訳じゃないだろ」

 

何故か童女と明確に発言したのは小次郎だというのに俺が言ったみたいにされてしまった。

イリヤも最初こそむ~っとかわいらしく顔を歪めていたが、しかし直ぐに店の中を色々と見始めた。

そんなイリヤを店のカウンターに案内し、俺は手を洗う。

 

「何が食べたい?」

「食べたいって……ジンヤ、料理作れるの?」

「ここは料理屋だ。何が食べたい?」

「……えっと、私ニッポンの料理のことはよく知らないから、ジンヤの得意な物食べさせて!」

「俺の得意料理か?」

 

得意ねぇ……。大概の物は得意だが……

 

勝手がわからないのもあるのだろうが……それでも期待に満ちた目を向けられては、それに応えないわけにはいかない。

何が好きで何が嫌いかわからないが……とりあえずスタンダードに。

 

 

 

~十数分後~

 

「へいお待ち! 唐揚げ定食(小盛り)だ」

 

おそらく、余り嫌いな人間はいないであろう、唐揚げをチョイスした。

身体も余り大きくないことから、そこまで食べないだろうと思い、全体的に盛り方は少なめだ。

仮に大食いで全然足りなかったとしても、作り足せばいい。

 

「カラアゲ?」

「知らないのか? 鳥を衣で包んで上げた肉料理だ。嫌いだったか?」

「え、うぅん。ただ初めて見る料理だったから。それに、なんかすごく種類が少ないのね?」

「量じゃなくて種類?」

「うん。だって、お城で食べるときってもっとすごい色んな種類が合って、好きなのを食べるから」

 

あぁ……俺の大嫌いな貴族式の食い方か……

 

仕事上、王族というか貴族の連中に食事会に誘われたことがあったときの話だ。

広いテーブルに所狭しと……だが下品にならない配置で凄まじい数の種類の料理が置かれていて、そこから好きな物を好きなだけつまんで食べるという、残すことが前提の料理を食ったことがあった。

確かに貴族の食事だけあって味は最高なのだが……それでも残すことが前提であると言うことが俺には許せなかった。

食い物の命を侮辱し、そして作ったり、取った人々の苦労が水泡に帰しているからだ。

しかもそう言う連中に限って誰もそう言ったことを考えていない。

まさに金に飽かせての食事だ。

ついでに言えば作法が細かいというか色々と合って面倒なので肩肘を張ってしまう。

 

食い物は大事にしようぜ……

 

料理屋を営んでいるとつくづく思う。

食い物を作ると言うことの大変さという物を……。

 

まぁこっちでは……作物というか農耕はしてないんだがな……

 

モンスターワールドでは最初米がなくて発狂しかけた物だった。

 

「悪いがそんな大層なものは出せないぞ? 俺の店は」

「あ、気にしたらごめん。別にいやだって言ってるわけじゃないの。ジンヤが造った料理なんだから食べてみたいし」

 

ほぉ……

 

どうやら文句ではなく純粋に感想だったようだ。

早とちりしたことを心の中で詫びつつ、俺はイリヤに食事を促した。

そして食べて……

 

「!? おいしい!」

「そらよかった」

 

満面の笑みでおいしそうに食べてくれた。

どうやらお嬢様であるイリヤの口にもあってくれたみたいだった。

ナイフとフォーク、そしてスプーンで和食を食べているために若干手間取っているようだが、それでも残さず食べてくれたのは嬉しかった。

 

「おいしかったよ!」

「そいつは何より」

 

夜営業のための仕込みを行っていた手を止めて、俺はイリヤへと食後のお茶を出した。

紅茶があれば良かったのだが……あいにくないので麦茶を出した。

緑茶よりは飲みやすいと思って出したのがよかったのか、熱いお茶を飲んでいた。

それからしばし談笑した。

聖杯戦争とは何の関係もない話……この冬木市や互いの事について。

どういったところで育ったのか? 暑いのが苦手だとか、寒いのが嫌いだとか……。

ひどく平和な時間だった。

 

そして……それも程なくして終わりを告げる。

 

夕方五時前。

 

「そろそろ帰るね」

「……あぁ」

 

俺の店が始まる前に、イリヤが身支度をして店を出て行く。

その仕草……それになによりその声と雰囲気に、先ほどまで合った親しげな物は全くない。

互いにわかっているからだ……。

 

 

 

ここを出れば……また敵であ……

 

 

 

「すごくおいしかったよジンヤ。また来るね」

「……へっ?」

 

聞こえてきた単語の意外性に、俺は思わずアホみたいな声を上げた。

てっきり出た瞬間に敵であると言い出すかと思ったのだが……

 

「おじいさまが言ってたわ。お日様が出ているときは戦っちゃだめなんだって。だから夜はだめだけど、また来たっていいでしょ?」

「……あぁそういうこと」

 

日が出ているとき……つまりは人目に付きやすい状況下ではだめという意味だろう。

魔術とは秘匿される物であるという暗黙の了解をきちんと守るようにおじいさまとやらから言われているようだ。

 

「私に敵なんていない。他のマスターなんてそこらの害虫だもの。でも、ジンヤがいい子にしてくれるなら見逃して上げてもいいよ?」

「見逃すって……まぁありがとうとだけ言っておこうか」

 

確かにあのバーサーカーが強力なために、最強と自負するのも無理はない。

実際、俺と小次郎ではかなり厳しい。

俺が今使える魔力武器で、バーサーカーの鋼鉄のような身体を突破できるかどうかは謎だが……。

 

宝具もわかっていないしな……

 

宝具という、切り札がわかっていない以上、余り博打を打つのはよくない。

もう少し情報を収集してから当たるのが無難だろう。

だが……

 

正直……やりにくいな……

 

今知ってしまった、イリヤという少女。

この子はただ世間知らずというか、あまり日常という物を知らないだけの子供のようだった。

とてもいい子なのだ。

それに……子供を殺したくないというのが俺の本音だ。

この世界で自身に戒めた不殺ということを抜きにしても……。

子供とは文字通り未来なのだ……。

この子がいくつなのかは知らない。

何か特殊な身体をしているようなので、普通とは違う身体であり、普通じゃない生活を送ってきたのだろう。

だがそれでも俺よりも年上と言うことはないはずだ。

 

そんな子に……俺は剣を向ける気にはならない

 

それも……何も悪いことをしてない、この少女を……

 

「それじゃ行くね。バイバイ……また会おうね、ジンヤ」

 

そんな俺に何を思ったのか……イリヤはそのまま店の入り口から外へと行ってしまった。

どこか悲しげな微笑を……浮かべながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「それでシロウ。ライダーの行方にどこか心当たりがあるのですか?」

「遠坂と相談した結果、おそらく新都であると思うんだ」

 

時刻はすでに日も暮れ、深夜と言っても差し支えのない夜。

結界による学園の集団昏睡事件の事情聴取などを何とか振り切り、士郎と凜、そのサーヴァントであるセイバーとアーチャーは、新都を中心に二手に分かれてライダーを探していた。

結界が半ば不発に終わってしまったので、まだ魔力を集める可能性が高いと判断して士郎と凜は、夜に人が多い新都に狙いをつけて見回りと探索を行っていた。

魂食いを行うのならば獲物である人が必要であり、夜でも人通りが多い新都はまさにうってつけと言えた。

逆に深山町は住宅街であるために、夜になると人通りが少ない。

必然的な考えであるといえる。

 

「新都で魂食いを行わせるわけにはいかない。仮にもしも他のサーヴァントと出会っても極力戦闘は行わないでライダーの探索に専念することになる」

 

他のサーヴァント。

それはほとんどバーサーカーを指していると言っても過言ではない。

一対一では基本的に分が悪いと言うことはすでにわかっている。

だからこそ凜との共闘を承諾したというのに今は互いに必要とはいえ別行動を行っている。

最悪出会ってしまった場合は逃亡することを最優先とする。

そういう考えで士郎と凜は見回りを行っていた。

 

「はい、わかりました。魂食いという行為を、許すわけにはいきません」

 

バーサーカーは確かに越えなければいけないが、今はそれはいい。

魂食いという無関係な罪もない人間達から甘い汁を吸うライダーとそれを指示したであろうマスターにセイバーも怒りを覚えていたので、その返答に淀みはなかった。

 

「彼女の宝具が未だわかっていない状況下で戦いたくはありませんでしたが……」

「確かにそうだけど……そうも言ってられない」

 

ライダーの宝具がわからないというのは、かなりの痛手だ。

敵がどの程度の力を持つ存在であるかわからないからだ。

宝具がどのようなタイプの物なのか?

ランサーのゲイボルグのように、敵に直接作用するタイプなのか、もしくは何か火力があるタイプの宝具なのか……。

それがわからないのではあまり有効な戦術を立てることが出来ない。

結界もライダーの固有宝具の一つではあるのだが……士郎と凜はあの結界でライダーの正体を突き止めることは出来なかった。

 

「出来ればマスターを突き止めてそいつに魂食いをやめさせたかったけど……結界を発動されてしまった以上、もうそんなことも言ってられない。もしも他の……新都でアレを発動されたら……」

 

先ほどまで自分が介抱していた同じ学園に通う生徒達。

魔力として生気を吸い取られてしまった彼らの冷たく、弱々しい身体にいくつも触れたときに、士郎は己の無力さを噛みしめた。

 

(もう一度同じ事をさせるわけには行かない)

 

静かに心にそう誓い、セイバーと士郎は夜の新都を歩いていた。

二人とも周囲を注意深く観察し、ライダーを捜しているが……二人ともある意味で見当違いな所を探していた。

見当違いと言うよりも……見るべき目線が違うと言うべきか……。

 

 

 

頭上とは、人間に取って最大の死角である……。

 

 

 

サーヴァントであるセイバーでも、人間として存在している以上、それは逃れられぬ運命だったようだ。

二人を……遙か上空より見下ろす存在がいた。

二人の標的……ライダーである。

 

(……セイバーですか)

 

ライダーは遙か上空……新都にそびえ立つ高層ビルの屋上の航空障害灯の上に立っていた。

普通の人間ならば卒倒するほどの高さであるが、サーヴァントである彼女は平然としていた。

夜風が吹く冬木の空で、そのあまりにも長い髪をなびかせて眼下の相手を見つめていた……。

 

(……アーチャーよりはやりやすいですね)

 

遠距離攻撃が可能なアーチャーと当たるのを危惧していたが、ちょうどよくセイバーとマスターである士郎の二人で行動しているのは……彼女にとって好都合でしかなかった。

 

「行きます……」

 

ぼそりと……そう呟いてライダーは一人、眼下の敵へと急速に落下した……。

 

ゴッ!

 

夜気の冷たい空気を裂き、猛烈な速度で落下していくライダー。

彼女の凄まじい長さの長髪が、激しくなびいていた……。

 

「!? シロウ!!!!」

 

頭上からの殺気を明確に感じ取り、すんでの所で士郎を突き飛ばして、セイバーは自分のマスターを危機から遠ざけた。

それと同時に鎧を顕現し、さらに自身の二つ名ともいえる見えない剣を顕現し、飛来した杭を吹き飛ばした。

 

ギィン!!!!

 

新都とはいえ、すでに夜。

薄暗い夜の暗闇を、一瞬だけ照らす火花の光。

それが向かってきた方向へと、士郎とセイバーが同時に向けた。

新都のビルの壁面……ガラス張りのその壁に張り付いていた。

ぬらりと……舌なめずりをしながら……。

それを見て士郎の背筋が震えた。

 

(な!? まさか屋上から降りてきたのか!?)

 

頭上という死角を付くためとはいえ、普通ならば落ちて死ぬような高さの場所から落ちてきたことに士郎は絶句した。

しかしそれが人ではなく、頂上足る存在であるサーヴァントであれば不可能ではない。

 

「ふふ……」

 

不敵に笑い、ライダーがそのまま姿勢を変えて、ビルの上へと向かっていった。

 

「追います! 士郎はここにいて下さい!」

「な!? 追うって……!?」

 

どう追うんだ? そう問いかけようとしたその言葉が士郎の口より出るより前に、セイバーは一瞬で士郎の視界より消え去った。

 

「へ!?」

 

ビルの屋上より落下してきたライダーに驚き……そしてそれを跳躍だけで追いかけたセイバーに士郎が度肝を抜かれていた。

そんな状況でも当然状況は進むわけであり……ビルの谷間にいくつもの銀閃と赤い花が散っていた。

 

「な!? 何を考えているんだあいつは!」

 

猪突猛進……とまでは言わないまでも、それに近い形で飛び出したセイバーに、士郎は声を荒げて二人の後を追った。

 

(どんな罠が仕掛けられているかもわからないのに!!!!)

 

ライダーが魂食いではなく、こちらに攻撃を仕掛けてきたことで、士郎の心に暗い影が落ちていた。

結界の目的は魔力を蒐集することだった。

人間一人一人やるのではなく、結界という宝具を用いてより効率的に、より強力に魂食い……つまりは魔力を集めるのが目的だったはずなのだ。

それが失敗したために敵はさらに魔力蒐集を行う可能性が高い。

被害者が増えるのを防ぐために士郎と凜は別行動を取ってまで新都へと赴いた。

だが二人に取っては追い詰めるべき敵であったライダーが、魂食いを行わずにこちらへと攻撃してきた。

そのある種矛盾したと言える行動が、士郎の脳裏に最悪の未来を思い起こさせた。

 

 

 

もしかして……追い詰めようとして焦ってしまった自分たちは、ライダーの罠にはまってしまったのではないかと……。

 

 

 

「くっそ!!!!」

 

だが遙か上空へと行ってしまったセイバーにすでにそれを伝えるのは難しい。

士郎は何とかビルへと侵入して、セイバーが向かっている屋上へと走っていく。

 

 

 

 

 

 

その士郎の頭上を……二つの影が駆け上がっていた……。

すでに地上は遙か下にある。

互いに壁面を蹴り上げて高みへと進み、疾走しながらその剣を閃かせ、短剣を投げ飛ばして相手へと攻撃していた。

頂上へと向かいながら二人とも幾度となく互いに攻撃を行った。

その速度はもはや、常人では見ることも叶わず、それどころか夢想することすらも叶わない、超人同士の戦いだった。

 

(くっ!?)

 

ライダーの短剣を吹き飛ばしながら、セイバーは内心で焦っていた。

いくらサーヴァントとはいえ、彼女は生身で空を飛ぶことが出来ない。

故にもしもビルの壁を駆け上がるのに失敗すれば真っ逆さまに地面へと落ちていくだけだ。

そうすればいかなサーヴァントとはいえ無事では済まない。

だがライダーはそうではなかった。

魔術を使用しているのか謎だが、ライダーは縦横無尽にビルの壁面を駆けていた。

自在に動き回りながら頂上へと登りつつ、ライダーはセイバーへと攻撃を仕掛ける。

それを何とか避ける。

しかし、それでも跳躍を行う以上、壁面を蹴るその隙をライダーが見逃すわけもなく……そのたびに足下へと攻撃されて、セイバーの精神はかなり疲弊させられていた。

 

「ふふ、随分と粘りますね。このまま落ちてしまえば楽になると言うのに……」

「世迷い言を!」

 

そう返しながらさらに高みへと登っていくが、両者には決定的な違いがあった。

セイバーは焦っていた。

先ほどよりもさらに。

 

(……この先に何が)

 

魂食いを行わずにこちらを仕掛けてきた。

それを追ったときに気づくべきだったと、セイバーは自身の迂闊さに歯がみした。

明らかにライダーが頂上へとセイバーを誘っているのはわかりきっていた。

つまり屋上での戦闘は死闘になることは確実と言っていい。

屋上という、周りに遮蔽物のない状況を選択していることが、ライダーの宝具(きりふだ)はそう簡単に使えないことを物語っている。

つまり、それほどの強力な宝具であることが予想される。

だがそれでも引き返すことは出来ない。

セイバーとしてもライダーとそのマスターを放っておくことはしたくなかった。

だからこそここで決着をつけたいと……思っていた。

 

(……最悪これを使ってでも)

 

自身の手の平の中にある、見えない剣の柄を握りしめながら、セイバーは飛来したライダーの剣を弾いていた……。

 

セイバーの持つ剣は彼女の複数ある宝具の能力うちの一つで不可視にしているのだ。

 

余りにも有名すぎるが故に、弱点を……真名を知られないために剣を見えなくした。

 

剣を使うとき……それは剣を白日の下にさらすということであり、敵に自身の正体を悟られてしまう。

 

故に、出来れば剣の力を使いたくないというのがセイバーの本音だったが……出し惜しみで死ぬわけにはいかない。

 

あらゆる事を想定しつつ……セイバーはさらにライダーとの剣戟を行いながら、屋上という死地へと赴いていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「む……」

 

閉店後の見回りを開始して直ぐに、俺は明確な戦いの気配を感じ取り、そちらへと目を向けていた。

ちなみに今夜の俺の装備は昨夜と同じように探索のために狩竜を置いてきたので、夜月と封絶、水月となっている。

 

「ふむ。すでに戦端が開かれているようだな」

「誰と誰だろうか?」

「それはわからぬ。だがそれでも……行ってみるべきであろうな」

 

小次郎がそう言いながら、ニヤリと笑みを浮かべていた。

それに苦笑しつつ、俺と小次郎は新都へと向かったのだが……。

 

「え? あんた……」

 

その途中でばったりと……遠坂凜と接触してしまった。

当然こんな夜中にサーヴァントをつれていないわけがないのでアーチャーも一緒である。

 

「鉄刃夜!」

「遠坂凜か」

 

厄介なのに……

 

今宵の目的は探索なので戦闘ではない。

だが何故か知らないが殺気立っている遠坂凜と遭遇してしまった。

そして話をする前に戦闘態勢へと移行されてしまった。

 

 

 

いくら探索がメインであり、加えて言うならばあまり戦いたくないと考えている俺としては不本意だったが……それでも殺意を向けられて黙っているわけにはいかなかった。

 

 

 

互いに即座に戦闘態勢へと移行し、俺は遠坂凜へと……小次郎はアーチャーへと躍りかかっていた。

もしもこの場に士郎がいたのならば、戦う気がないとか言って戦端を開くのを拒否したのだろうが、あの甘ちゃんともいえる士郎と違って、遠坂凜はさすが魔術師といったところだろうか?

接近してくる俺から距離を離しつつ、人差し指を向けてくる。

その右手に込められた魔力を感じることが出来れば……それがただ俺を指さしているだけではないことが如実にわかった。

 

「凜!!!! 戦うことを考えるな! 逃げろ!!!!」

「人の心配をしている余裕があるかな?」

「ちぃ!!!!」

 

俺に交戦の意志を向けている自身のマスターへと戒めの言葉を放つが、それを小次郎が野太刀を振るったことで強制的にその言葉を封じていた。

それをアーチャーが一対の剣を顕現して迎え撃つ。

そのまま剣戟の音が、新都の夜に響いた。

 

「ガンド!!!!」

 

夜の闇にとけ込むかのように、漆黒の球体が凜の指先から俺へと放たれた。

魔術の一つなのだろうが……俺は回避を取らずに背中のシースより封絶を抜剣し、盾にしてそれを防いだ。

遠坂凜の球体は、封絶が弾くこともなく、逆に封絶が弾かれることもなかった。

なぜなら……敵の魔術を封絶が吸収したからだ。

 

「うそ!? ガンドを吸収した!?」

 

その事に遠坂凜が絶句する。

だが俺としてはわかりきっていたことなので構わずに進む。

 

古龍という……伝説のモンスターすら切り裂き、あげくに敵から魔力を吸収したこいつが、いくら天才と言えるような相手とはいえ、普通の人間の魔力程度に負けるわけがない……

 

『その通りだ我が仕手よ。この程度の魔力でやられるような私ではない』

『さすがだ……』

 

いくつも……それこそガトリングのように繰り出されるガンドとかいう魔術を、俺は封絶で全て吸収する。

遠坂凜もおそらくなにがしかの武術なんかを習得しているのだろう。

その体つきから何となく想像できた。

後ろに下がりながらも、かなりの速度で走っているのがそれを裏付けていた。

だがそれでも……気と魔を併用して戦う俺から逃げ切れるわけもない。

 

「邪魔をするな! 侍!!!!」

「それは出来ない相談だ。私が邪魔をしなければお主は我が主の元へ行くだろう?」

 

後方で小次郎とアーチャーの剣戟の音が響いている。

それを音楽として耳に入れつつ……体当たりで尻餅をつかせた遠坂凜へとその剣先を向けていた。

 

「チェックメイトだ。遠坂凜」

「……あんた……本当に人間なの!?」

「くどい。その問いは聞き飽きた。遠坂凜のサーヴァント……アーチャーだったか? お前も手を止めろ。主を殺されたくなかったらな」

「くっ!?」

 

俺の言葉に、アーチャーは悔しそうにしながら一対の剣を消失させた。

だがそれでもまだ襲ってくるかもしれないので、小次郎が俺とアーチャーとの間に入り、咄嗟の時に迎撃できるような立ち位置へと移動してくれた。

 

相も変わらず……律儀というか、まめというか……

 

すばらしい相方に感謝しつつ、俺は遠坂凜へと鋭い目を向けていた。

その俺へと、遠坂凜が悔しそうに顔を歪めながら下から俺を睨みつけている。

 

「いくつか聞かせろ……」

「……何かしら?」

 

俺の言葉が命令であることを状況から察した遠坂凜は、逆らうことなく俺に先を促した。

 

「……大河は無事か?」

「……へ?」

 

しかしその内容が余りにも意外だったのか……遠坂凜が思わずといったように目を丸くしている。

だが直ぐに状況を思い出したのか、訝しみながらも言葉を放った。

 

「……藤村先生なら無事よ。少し衰弱してしまったけど……でもあの人は入院と言うほどひどい状態にはなってないはず」

「ふむ……そうか……次に、学園に張られた結界は何だ?」

「……やっぱりあんただったのね。あの時の衝撃の原因って」

 

ほぉ、中にも衝撃が伝わっていたのか?

 

士郎と遠坂凜が、結界発動時に学園にいたことは気配で感じ取っていた。

その当人が言うのであれば、衝撃が伝わったことは間違いないのだろう。

そうなると、魔紅獅刀【炎王】の衝撃は中の人間にまで音が聞こえるほどの威力を有していたということになる。

 

まぁ不思議でもないが……

 

「余計なことはいい。質問に答えろ」

「あの結界は魂食いを広範囲で行うための結界よ。ライダーが仕掛けていたのを発動したの」

「ふむ……」

 

大体予想通りだな……

 

必要な情報を聞き終えた俺は、封絶を収めた。

そんな俺を見て、遠坂凜が訝しんでいた表情をさらに歪める。

 

「……どういうつもり?」

「情報を教えてくれたから……この場はこれで終わりだ」

「なっ!?」

 

俺の言葉に絶句する遠坂凜。

これで納得できるかどうかは謎だが……それでも俺はこう言うしかなかった。

確かにある種傲慢と言えるかもしれない。

生殺与奪を完全に掌握しておいて、ポイッ、と捨てたような物だからだ。

しかしそれでも、俺には守らなければいけない枷があった。

 

 

 

不殺の戒め

 

 

 

別世界の存在として、恨みの連鎖を作るのを恐れている俺としてはこの世界(・・・・)の住人を殺すことはしたくなかった。

何度も言うが別に人を殺すのが嫌になった訳じゃない。

しかし敵であるとはいえ、善良とも言える遠坂凜を殺すのは……俺の主義に反する。

故に俺は情報を提供してもらった交換条件として……命を見逃すという形を作り出した。

 

「どういうつもり……ひょっとして情けを掛けてるんじゃないでしょうね?」

 

先ほどとはまた違った目線を向けてくる遠坂凜。

情けを掛けている訳ではなく、完全に俺の事情なのだが……。

しかしそれで納得するわけもないので、俺は俺のわがままを貫き通すために……遠坂凜に畳み掛けた。

 

「情けを掛けてはいない。情報提供料の代金だ」

「そんなもの! あんただったらそんなこと調べれば直ぐにわかるでしょ!? それなのにこれで命を対価にされたら……」

「あまり甘えるなよ? 遠坂凜。殺そうと思えば今この場で一秒と立たずに殺せるんだぞ? つまり貴様は敗者であり俺は勝者だ。それの意味するところは……わかるな?」

「……!?」

 

ギリッと、悔しさで歯を噛みしめる音が聞こえてくる。

おそらく遠坂凜の胸中は俺に対する憎悪なんかで渦巻いていることだろう。

契約を破棄させると言うことも考えなくもなかったが、それでも俺はそれを実行せずにここで遠坂凜を……、アーチャーを仕留める気にはならなかった。

日々、時間が経つ事に強くなる考えと予感が、それを許さなかったのだ。

 

 

 

……何かがある

 

 

 

この戦争には何かがある。

それが頭から決して離れることがなかったのだ。

だからこそまだ状況が変わっていない、わかりきっていないこの時に、アーチャーを消すべきではないと思ったのだ。

当然、俺の事情の不殺ということも絡んでいるが、それでも殺して……アーチャーを消してはだめだと、俺の本能が告げていた。

 

まぁでも殺そうと思えば殺せたのも事実であり、勝者であることもまた事実。

 

敗者は勝者に従うべき……

 

ある種野蛮とも言えるその考えも、俺は場合によってはありけりだと思っているので……ここは遠坂凜に我慢してもらおう、そう思ったときだった。

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

 

 

「ん?」

「ほぉ?」

「え……」

「あれは……」

 

俺が気づき、続いて小次郎が、遠坂凜、アーチャーの順に、爆音が鳴り響いた場所……遙か上空へと目を向けた。

 

そこには……

 

 

 

「これはこれは……まさかモンスターワールドでもないこの世界で、あんな物を見ることになろうとは……」

 

 

 

そこにいたのは遠目でわかりづらいが……

 

 

 

真白色の体毛……

 

 

 

体毛と同じ白の蹄を響かせて……

 

 

 

その雄々しき天使のような翼を持った存在遙か上空で嘶いていた……

 

 

 

天駆ける馬……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天馬(ペガサス)が……宙を駆けていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「くっ……はっ、はっ―――」

 

士郎は途中でなくなってしまったエレベーターに呪詛を心の中で吐きながら、さらに最上階目掛けて階段を駆け上っていた。

すでにライダーとセイバーの戦闘が始まって十分近くの時間が経過していた。

サーヴァントという頂上の存在の戦いとなると何が起こるのかわからない。

自身に何かが出来るかわからないし、おそらく何も出来ないだろうとわかっていながらも、士郎は嫌な予感を振り切るように……必死になって足を動かしていた。

 

(くっそ! まだなのか!?)

 

先ほどから感じている、「罠」という単語。

それが士郎をより慌てさせた。

それに何より、普通ならば振動しないはずのビルが地震以外の影響で今も振動しているのだ。

しかも一度ではなく何度も何度も。

それだけで士郎にも、何かが起こっているとわかるのにさして時間はかからなかった。

 

ガチャ

 

階段を上りきり、屋上へと繋がる扉を開けた。

普段は固く閉ざされているはずのその扉は、何故か士郎の手に逆らうこともなく、その先へと士郎を進ませる。

 

風が強い夜だ。

 

屋上に位置しているために風の影響がよりあるのかもしれないがそれにしても強かった。

 

 

 

まるで、自然ではない物が……風を巻き上げているかのように……

 

 

 

そしてその風が士郎の鼻に異臭を届けていた……。

 

(これは?)

 

暗くてよく見えないが、それでも熱気があり、さらにはその匂いが今屋上がどのようになっているのかを教えてくれた……。

 

(コンクリートが焦げている?)

 

屋上のコンクリートが、あり得ぬことに所々焼けこげていた。

 

そしてその中心……。

 

焼け付き、削られてしまっているその屋上の中央に……膝を突く騎士の姿があった……。

 

「セイバー!」

「!? シロウ、どうしてここへ!?」

 

肩を上下させているセイバーに士郎が駆け寄る。

いや寄ろうとした……。

 

「な……あれは!?」

 

士郎も気づいた……気づいてしまった。

 

地上よりも遙か上へと来たこの屋上よりも遙か高く……。

 

その真っ白な翼をはためかせる……白馬がいた……。

 

 

 

「ぺ、ペガサス!?」

 

 

 

士郎の間抜けとも言える驚きの声が響くと供にその天馬が、上から下へと……士郎とセイバーを襲おうと、凄まじい速度で迫ってきた。

 

闇夜を貫いて行くその姿はまさに閃光だった……。

 

 

 

「!? シロウ!!!!」

 

 

 

自身のある事吹き飛ばしかねないその攻撃を、士郎から遠ざけるために、セイバーは士郎から遠ざかった。

そのセイバーへと天馬が……閃光が襲いかかる。

 

「くっ!?」

 

セイバーは剣を前方へと突き出し、自身が操ることの出来る剣に纏わせた風で見えない壁を作って盾として、跳躍しながらそれを避ける。

 

 

 

!!!!

 

 

 

ありえないほどの衝撃が身体を叩き、完全とは言えないまでも大半を避け、風の盾を貫いてセイバーに衝撃を与える。

 

本来であればその風が、あらゆる衝撃を削減するのだが……天馬のその凄まじい速度を緩めることすらも出来なかった。

 

「ぐ!!!!」

 

その事に驚き呆けることも、休む暇も、倒れ込んでいる暇も、セイバーにはなかった。

 

あるわけがない。

 

敵は罠へとまんまと引っかかった愚かな相手(セイバー)を……ライダーが手を緩めるわけがないからだ。

 

その証拠に……天馬は空中で旋回し、滑空を開始して再びその閃光をセイバーへと向ける。

 

受け止めることは出来ない。

 

出来るわけがない。

 

セイバーに出来ることは跳躍と風の盾による回避と敵の攻撃を少しでも受け流すことのみ。

 

だがそれでも避けきれず、防ぎきれないその衝撃の余波は、確実にセイバーの体力と魔力を奪っていく。

 

このままでは完全にジリ貧だった。

 

 

 

「それがあなたの宝具か……ライダー。まさか幻想種を持ち出してくるとは……」

 

 

 

幻想種。

その名の通り幻想の中に存在知るモノ。

妖精や巨人などの亜人、鬼や竜などの魔獣。

その存在その物が「神秘」である幻想種は、それだけで魔術を軽々と越える存在だった。

神秘とはより強力な神秘に打ち消される定めにある。

 

 

 

故に存在その物が神秘であり、その長い長い生涯の中で強力な存在となっていく幻想種に……いくらサーヴァントとはいえ、人間が立ち向かえるわけがなかった。

 

 

 

「私のかわいい子です。しかしこの子の突進をここまで受けて……見かけによらずに頑丈ですね貴女は」

 

 

 

ライダーのその言葉には間違いなく驚きの感情が混じっていた。

 

だがそれ以上に驚いているのがセイバーだった。

 

 

 

(……ただの天馬ではない)

 

 

 

それがライダーが駆る天馬への、セイバーの思いだった。

 

天馬自体はそんなに強い幻想種ではない。

普通の天馬は成長しても魔獣程度の力しか得ないが、ライダーが駆る天馬はそれ以上……それこそ幻想種の頂点と言われる「竜種」に近い力を持っていた。

つまりライダーの駆る天馬は、最強の竜に等しい力を有している。

 

 

その身からあふれ出す膨大な魔力を放出し、飛翔、滑空を行っての閃光のような突進。

それは城壁が突進してくるようなものだ。

 

それをいくらギリギリとはいえ何とか躱し、防ぎ、直撃を避けているセイバーも驚きだが……それ以上に驚くべき事があった。

 

天馬はライダーが呼び出したモノ。

 

その召喚にライダーは真名を叫ばず、ただ無の空間から膨大な魔力のみで天馬を召喚したのだ。

 

それは、ライダーにとって天馬は、瞬時に顕現させる短剣とほぼ同じものであると言うこと……。

 

 

 

 

 

つまり……ライダーは未だに最強の切り札たる宝具を使用していないのだ……

 

 

 

 

 

 

(まさかこれほどの切り札を持っていたとは……)

 

 

 

ライダーの宝具はその威力を出すために飛翔、滑空する空間が必要だった。

だからこそライダーはビルの屋上という、それを飛べるモノにとっては広大なフィールドを死闘の戦場へと選んだのだ。

 

 

 

「私の宝具は強力であるがために、地上では使うのに適していない。それにどうしても人目に付いてしまう。だからまだどのサーヴァントも脱落してないこの状況で使うのは好ましくなかった。けれど、ここならばのぞき見される心配もない。だからセイバー……貴女はここで潔く散りなさい……」

 

 

 

ライダーのその声は冷静ではあったが、それでも微かな愉悦が混じっていた。

 

 

 

罠を掛け、それに獲物がまんまとかかったのだからそれも無理からぬ事であった。

 

 

 

確かに……並のサーヴァントであるならばこの天馬の攻撃を防ぐことは出来なかっただろう。

 

 

 

並のサーヴァントであれば……だが……

 

 

 

(……このままではいずれやられてしまう)

 

 

 

ライダーは一つ勘違いをしていた。

 

 

 

確かにここ屋上という空間は彼女にとっても都合のいい空間であるのだろう。

 

 

 

天馬を召喚するという、破格とも言える切り札を存分に振るうことが出来る空間だ。

 

 

 

だがそれは彼女……セイバーも同じだった。

 

 

 

 

 

 

セイバーもまた……ライダーと同じように、威力がありすぎるが故に、人目に付いてしまうような宝具を有している……。

 

 

 

 

 

 

「……終わりにしましょう」

 

 

 

 

 

遙か上空より、ライダーの声が届けられる。

 

その声と同時に、ライダーと天馬の魔力放出量が桁違いに膨れあがった。

 

 

 

そしてその手元に……黄金に輝く縄が形成されていく。

 

 

 

 

 

 

(来る!?)

 

 

 

 

 

 

「!? セイバー!!!!」

 

 

 

 

 

 

自身を心配してくれる……青年の声……

 

セイバーの主である、士郎の声……

 

その声には自身のサーヴァントが負けてしまうのかもしれないという悲嘆も、悲哀も……落胆もない……

 

あるのはただ、自分の(しもべ)であるはずのセイバーを……一人の少女を気遣い、心配をする悲痛の叫び……

 

一度たりともセイバーのことを(しもべ)だと見ていなかった……

 

自身よりも遙かに強大で優れていると理解しながらも……

 

一度たりともセイバーを騎士として扱わず……自分の大事なパートナーであり、か弱い女の子だと思っていた青年の声……

 

今この場で彼女の剣を使うのは得策ではない……。

 

だが今のままでは戦いの余波が、士郎にまで及んでしまう……

 

今からでは逃げることも叶わない……

 

そんなことは士郎もわかっていた……

 

 

 

だがそれでも……彼は愚直であり、自分に正直だった……

 

 

 

 

 

 

(このままじゃだめだ!!!!)

 

 

 

 

 

 

その思いと供に士郎は駆けた……

 

自身が出たところで、何が出来るわけでもない……

 

だがそれでも今のこの状況で何もしないわけにはいかなかった……

 

己を守るために奮闘してくれている小さな女の子のことを……放っておけるわけがなかったからだ……

 

ライダーの突進が直撃をしなくても余波で自身を滅ぼせる威力があること……

 

そしてセイバーに駆け寄り、盾となったところで紙にもなりはしないこともわかっていた……

 

だがそれでも……彼は駆けた……

 

この自身の命の窮地に際してもなお……セイバーに駆け寄る……

 

あの時のように……バーサーカーに斬られそうになったあの時と同じように……

 

セイバーを救うまいとその非力な身体でセイバーを突き飛ばそうとしていた……

 

 

 

その自身を省みない態度が……

 

 

 

自分を徹底的に殺して……人のために尽くすその態度が……

 

 

 

 

 

 

過去の彼女を……セイバーの過去を呼び起こした……

 

 

 

 

 

 

(この人を……シロウを死なせるわけにはいかない!)

 

 

 

 

 

 

マスターとしてでもなく……サーヴァントとしてでもない……

 

一己の存在として……

 

サーヴァントとしてではなく、セイバー自身として……

 

 

 

 

 

 

士郎を救わなければと思ったのだった……

 

 

 

 

 

 

駆ける天馬……

 

遙か彼方……それこそ天まで届くのではないかと言うほどの天上までも駆け上がっていく……

 

月まで昇らんと駆けたその勢いのままにそれは弧を描き……地上へと翼をはためかせた……

 

舞い降りてくる一筋の閃光……

 

 

 

それはまさに彗星だった……

 

 

 

 

 

 

騎英の(ベルレ)――――」

 

 

 

 

 

 

名が紡がれていく……

 

宝具とは、真実の名を解きはなってこそその真価が発揮される……

 

故に、その真名が天を駆ける馬上より、天からの裁きの雷であるかのように……轟いた……

 

 

 

 

 

 

「――――手綱(フォーン)!!!!」

 

 

 

 

 

 

一筋の光が閃く……

 

それは一直線に……屋上へといるセイバーと士郎を貫き滅ぼすために駆けていた……

 

 

 

しかしそこにいるのはただのサーヴァントではない……

 

 

 

 

 

 

「……この場所ならば人目につかないと言ったな……ライダー」

 

 

 

 

 

 

風が生じた……

 

夜風でも、天馬の突進によって生じた突風でもない……

 

セイバーを中心に巻き起こり、荒れ狂うかのようなその突風は、セイバーを突き飛ばさんと駆けていた士郎を遠ざけた……

 

それは拒絶ではなく、彼を救うための風……

 

剣に纏わせていたその風を……セイバーは解きはなっていた……

 

 

 

 

 

 

「同感だ。ここならば……地上を吹き飛ばす心配はない!!!!」

 

 

 

 

 

 

封印が解かれていく……

 

自らの魔術で作られた風の鞘を解く……

 

白兵戦においては敵に間合いを悟らせないという効果が大きいために、そちらに意識を奪われがちだが……これは剣その物を、敵に知られないための第二の鞘……

 

その幾十、幾百も纏っていた風の鞘を払い……

 

 

 

 

 

 

その剣が姿を現した……

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

自身を吹き飛ばす風よりも……迫り来るその強大な力であるライダーの天馬に寄る突進ですらも……

 

今この瞬間……

 

士郎がセイバーの剣を目にしたその瞬間に……

 

 

 

頭の中から綺麗に消し飛んでいた……

 

 

 

(あれは!?)

 

 

 

見えないはずの剣が見えていること……

 

その剣を中心として吹き荒れる突風のことも気になったが……それでも彼にとってそんなことは瑣末だった……

 

 

 

「黄金の……剣……」

 

 

 

闇夜に閉ざされたその天を照らす、光……

 

その光を発する剣を……士郎は呆然と見つめていた……

 

屋上へと迫るライダーの天馬より放たれる光が一筋の閃光であるとしたら……

 

 

 

 

 

 

セイバーのそれは光の柱だった……

 

 

 

 

 

 

その光が剣へと収束されていく……

 

その光から発せられる魔力は、遙か上空より飛来したライダーの天馬の魔力をも軽く上回っていた……

 

 

 

それも当然といえた……

 

 

 

確かにライダーの駆る天馬は最強の幻獣種の頂点に立つ竜種に迫る力……

 

 

 

単身が持つには余りにも強力すぎるその力だが、それでもセイバーが手にした剣に比べれば劣ってしまう……

 

 

 

なぜならばセイバーが持つその剣は、星の光を集め、人々の想念が星の内部で結晶化され、生成された、星が……神が造りし剣……

 

神造兵装……

 

その中でも最強と謳われる最強の幻想……

 

無駄な装飾はないが、そんなモノは関係がない……

 

その剣は美しさを遙かに超越し……ただ、ただ、ひたすらに尊かった……

 

所有者の魔力を光に変換し、それを収束、加速させたそれを放つ……

 

 

 

光という究極の斬撃……

 

 

 

 

 

その真名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)……!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その名と供に……光の柱が冬木市の上空を引き裂いた……

 

 

 

それは狙いがはずれることはなく……ライダーの天馬と激突し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを貫いて……冬木の空を切り裂いたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖剣の光が、ライダーの天馬を貫くその刹那の時間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だけライダーが光り輝いた事に気づいた者は……誰一人としていなかった……

 

 

 

 

 

 

 




風王結界(インビジブル・エア)
ランク:C
種別:対人宝具
セイバーの剣を覆う、風で作られた第二の鞘。厳密には宝具というよりも魔術である。幾重にも風の層が屈折率を変えることで剣を透明化させ、不可視の剣へと変える。敵に間合いを把握させない白兵戦で効果を発揮するが、最大の利点はセイバーのあまりにも有名すぎる剣を隠すためである。風で覆う対象は剣に限らず、自身に纏わせて身体能力をアップさせたり、風を前面へと展開して風の楯とすることも可能である。また、纏わせた風を解放することで破壊力を伴った暴風として撃ち出す「風王鉄槌(ストライク・エア)」という技ともなる。


約束された勝利の剣(エクスカリバー)
ランク:A++
種別:対城宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:1000人
由来:アーサー王の聖剣エクスカリバー
生前のアーサー王が、一時的に妖精「湖の乙女」から授かった聖剣。人ではなく星に鍛えられた神造兵装であり、人々の「こうあって欲しい」という願いが地上に蓄えられ、星の内部で結晶・精製された「最強の幻想(ラスト・ファンタズム)」。あまりに有名であるため、普段は「風王結界」で覆って隠している。神霊レベルの魔術行使を可能とし、所有者の魔力を光に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による「究極の斬撃」として放つ。攻撃判定があるのは光の斬撃の先端のみだが、その莫大な魔力の斬撃が通り過ぎた後には膨大な熱が発生するため、結果的に光の帯のように見える。威力・攻撃範囲ともに大きい。聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置し、「空想の身でありながら最強」とも称される。アーサー王の死に際では、ベディヴィエールの手によって湖の乙女へ返還された。



↑TYPE-MOON wikiより引用



はい終わったよ~

いや~疲れたわ
やはり最後のほうの真名解放は書いてて興奮しましたね!
今回のシーンはステイナイトでも屈指の名シーンだからね!!!!
まぁライダーが完全に噛ませ犬扱いなのが個人的にいやなんだけど……

今回は多少とはいえ刃夜の出番があって良かったね!
魔紅獅刀【炎王】は本当に一瞬しかつかえませんね。
他のとかはどうなっているのかって? それはそうですね~次か、次の次辺りでびっくりな情報を公開しますよ~www
何かはお楽しみにしてて下さいね~



次はとりあえずまだ出てきてない存在を出しますよ~

問い 七人のうち残っているサーヴァントと言えば?

A魔法使い(キャスター) Bローブ姿の女性 Cかわいい者が大好きな女性


答え A、B、C全部www

ようやく登場しますよ!!!

あのHAで完全に崩壊したあの人が!!!


お楽しみに~



下記重要報告


といってもペースが劇的に落ちることは間違いないです
ついに私も社会人となるわけでして……しょ~じき来月は余り書けないと思うんですよ
一応多少はストックがありますが、四月は一話ないし二話上げられたらいい方だと思います
そこらをご了承下さい



ハーメルンにて追記

もうね……
本当に社会人になると自分の時間がないわ……
学生の皆さん?
勉強して遊んで……
ちゃんと青春を謳歌した方がいいですよ~
少なくとも学生じゃなかったら「一ヶ月まるまる休み」なんてことはあり得ませんから
特殊な仕事だとあるかもしれないけど無条件でくれるわけがないから

ゾンビ狩りは順調っちゃ順調
一部システムは5の方がよかったなぁ……と思う


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魔法使い

今回結構刃夜が外道wwww
外道というか卑怯?
意味は同じかwww
戦闘はほとんどないです
でもその分ネタは満載ですのでお楽しみいただけるかと思いますw
ちなみに今回びっくりするぐらい長いからw

本文約30000字以上(携帯で大体28ページ)、後書きは大長編で……何文字でしょう!?


あまりヒントにならないが(空白多いから)……携帯において6ページですね
機種によって誤差はあるかもしれませんが、そこはご容赦ください



当てたらすごいけど、特にプレゼントとかはないですよ?www



当てる人いるかね?
そんなくだらないことを考えながら、もしくは考えずに(後者の方が圧倒的に多いでしょうがw)読んでくれたら嬉しいですwww



ハーメルンにて追記
まぁ数えないでしょうけど、とりあえず後書きは渾身の出来です





エクスカリバー

 

数多の聖剣の一つであり、最も有名と言っても過言ではないその剣は、常に一人の英雄と供にあり、語り継がれた存在である。

その英雄は、英国史上屈指の大英雄のアーサー王のことである。

異国の侵攻や乱発する内乱で混乱していた時代、アーサー王は王たる資格を試すという「選別の剣」を岩より引き抜いて、ブリテンの王となった。

しかしその「選別の剣」がとある戦闘で折れたとき、泉の精霊が「エクスカリバー」をアーサー王に授けたという。

その剣と魔術師マーリン、円卓の騎士らと供に長い年月の多くの戦を、アーサー王は勝利へと導いてきた。

やがて王は実の息子、モードレットの反逆によって命を奪われる。

命を落とす間際に、アーサー王は自分の部下に命じて、聖剣を元の所有者である泉の精霊へと元へと返却させた……。

 

 

 

 

 

 

これがアーサー王とエクスカリバーの物語の終焉だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ほぉ……これはまたすごい光景だな」

 

夜を切り裂く一条の光を、さらに強烈な光の柱が切り裂く光景を見て、小次郎が感嘆の声を漏らしていた。

そう言った知識がない小次郎としてはあれが何なのか全くわかっていないのだろう。

正直な話、俺としても明確にわかっているわけではない。

だがそれでも……細かいことはわからないでも問題はなかった。

 

……なんとまぁ

 

恐ろしい威力を有しているのがわかる。

アレではあの光を受けたサーヴァントは間違いなく消滅しているはずだ。

 

『凄まじいな』

『アレが何かわかるのか?』

『明確にはわからない。だがおそらくアレは魔力を光に変換しそれを射出しているのだろう。この距離からも見えることを考えれば……相当な規模の攻撃だ』

『だぁな』

 

封絶の予想を聞いて、俺も納得していた。

魔力を光に変換しているという封絶の予想が本当ならば相当に厄介な攻撃手段だ。

何せ光だ。

紛う事なき光であるかどうかは謎だが……それでもあれの速度は一瞬で夜空を横切ったことを鑑みても、光に近い速度を有していそうだった。

それはわかる。

わかるのだが……。

 

……っていうか何が起こってるんだ?

 

あの屋上で何が起こっているのか……見当が付かなかった。

さすがにこれほどの距離があっては気配を感じ取ることもできない。

戦闘が起こっていることはわかるのだが……何と何が戦っているのか……。

 

聞いてみるか?

 

「なぁ遠坂凜?」

「……何かしら?」

「あれ、何と何が戦ってるんだ?」

「……何で私が教えないといけないのよ。あんたはさっきこの場はこれで終わりと言ったから、もうあんたに何かを教える義理はないわよ?」

「……その通りだな」

 

実に刺々しい……純度120%の嫌がらせで出来ている言葉を受け取って、俺は苦笑することしかできなかった。

確かに「生かしておいてやるよ」と言われて腹立たない奴はいないだろう。

俺自身傲慢なことを言ったという自覚はあるのだが……それでもこうまで嫌われてしまっては、ちょっと傷ついてしまう。

そうさせたのは俺だが。

 

まぁ別に遠坂凜に嫌われても正直どうでもいいが……

 

この態度、そして士郎がこの場にいないことから、あの宝具はセイバーの物だと予想できるが。

ビルの屋上から光が溢れているアレは、セイバーの宝具なのだろう。

宝具という単語は何度か聞いていたが……実際目の当たりにしたのは初めてだった。

しかもライダーの宝具よりも派手だ。

無論派手と言うだけではないだろうが……。

 

今の俺では……一瞬で消し飛ぶだろうな……

 

気壁程度で防げるとは思えなかった。

全ての得物達の刃気を一斉に解放したとしても、俺の実力ではあれを防ぐことは無理だろう。

 

例外としては夜月が破壊神との戦いの時に見せた、あの気壁……

 

あれならば間違いなく防げるだろう。

あの光は確かに強大な力を有しているようだが、それでも「空間」までも破壊していない。

破壊神のあの力の奔流は空間すらも破砕していた。

その空間破砕の力を難なく受け止め、挙げ句の果てにはそれを押し返して霧散させた夜月の究極の気壁が負けるわけがない。

が……

 

任意に発動できないがな……

 

未だ夜月のあの気壁の発動条件はわかっていない。

何となくわかっているが……仮に俺が予想した通りの発動条件だとしたら、任意に発動することはほとんど不可能と言っても良かった。

 

まぁあれを撃たせなければいいだけの話だから対策はいくらでも立てられ――

 

 

 

そう思案していたその時……

 

 

 

 

 

 

左腕前腕が何かを捉えたのを……俺は感じていた……

 

 

 

 

 

 

……何だ?

 

 

 

左腕前腕の力、龍脈と魔力(マナ)を自在に操り、それの管理をしていた老山龍が地脈の乱れを捉えていた。

俺はそばにいる遠坂凜とアーチャーに悟られないように注意しながら、それを探った。

 

……これは乱れと言うよりも……一部が肥大化? いや……何か地脈ではない何かがどこかに移動している?

 

地脈の乱れではなく、俺が見つけたのは地脈の流れに沿って何かを運搬している感じだった。

地脈というものは大地の力の脈動だ。

そこで何かを運搬するというのならばそれは大地の力でしかないはず。

 

いや、これは……龍脈その物ではなく、なんかを運んでいる……これは……気?

 

その運搬してる物が何かに似ていると感じて、それに該当する物を探していたのだが……それに心当たりがあった。

俺が最も扱う……体力という気の力。

しかし何というか……混合物のような気である。

それがどこかに運ばれていく……。

 

いや……龍脈を経由する以上、終着点は……

 

 

 

この辺り一帯の龍脈の大元……

 

 

 

 

 

柳洞寺

 

 

 

 

 

 

ふむ……。これは調べてみる必要性がありそうだな……

 

「小次郎。行くぞ……。探索を続ける」

「……うん? いいのか? アレを見に行かなくて?」

「もうすでに終わっている。今更行ったところで無意味だ」

「……ふむ。承知した」

 

俺の何かを察してか、何も聞かずに小次郎が俺に追随した。

それを訝しく思いつつも、それでも士郎とセイバーを放っておく訳にはいかないと判断したのか、遠坂凜があの屋上へと向かっていく。

俺たちを睨みつけながら……アーチャーが安全のために先行していた。

 

さて……

 

『参るぞ小次郎。何か起こっているようだ』

『どこでだ?』

『柳洞寺だ……』

『ほぉ……懐かしい単語だな』

 

柳洞寺という単語に珍しく小次郎が知っているような仕草の言葉を漏らした。

 

『? 懐かしい?』

『以前……生前か。星を見に柳洞寺まで出向いたことがあってな』

『ほぉ……』

 

そんな会話を行いつつ、俺たちは夜の深山町へと向かっていく。

俺は柳洞寺へと直ぐに向かいたいところを必死に抑えて、探索しているふりをした。

直ぐに向かってしまっては何かが起こっていることを他の連中に悟られてしまう。

そうして長い時間を掛けて、俺は柳洞寺へと続く長い長い……石畳の階段へと来た。

そして……そこで俺は気がついた。

 

……これは?

 

長い長い階段へと続く石畳の道……参道。

それ以外の場所、つまり森木々が連立している所……つまりは森に強固な結界が張られていた。

否、別段それは不思議でもない。

以前から結界その物はあった。

寺という空間のために、悪霊と言った類を入れさせないためのものだと勝手に解釈していたのだが……。

 

それだけじゃなさそうだな……

 

しかしよくよく観察してみると、ある種の特徴があるようだった。

人間である俺にはそこまでの弊害はなさそうだが、それでもサーヴァントである小次郎にはきついと感じるような結界だ。

 

 

 

何というか……自然ではない霊体の侵入を拒むような結界である感じだ……

 

 

 

以前はこの結界がどういった類の物を排除するのかわからなかったが、傍らにいる小次郎のおかげで俺ははっきりとわかった

 

 

 

この結界は自然(・・)霊以外の不自然な霊体を排除するための結界なのだ……

 

 

 

小次郎……つまりはサーヴァントのような……

 

 

 

空気がよどむ都合上、一時的にではなく永続的に結界を張る場合は逃げ道が必要なので、正門へと続くその道には張り巡らされていない。

それも以前と同じままだが……以前には感じ得なかった違和感がある。

 

罠……だろうな……

 

もしもここに何かがいるというのならば、唯一の侵入口となる場所を放置するわけがない。

故にこの参道にはいくつかの罠なんかが張り巡らされていても何ら不思議はない。

俺の今の装備は軽装備……何が起こるかわからない上に、敵の本拠地に攻め入る以上、選択肢は多いに越したことはない。

 

……とりあえず何かがいることは間違いないな

 

山門へと続く参道に罠が仕掛けられていること。

以前になかったそれがあるだけで、この柳洞寺に何かがいることがわかった。

しかしそれだけでは張り巡らされた結界の特異性がよくわからないが。

 

……なんかきなくさいな?

 

そう思うのだが……材料が少なすぎて結論が出せない。

面倒になったので考えるのをすっぱりとやめた。

柳洞寺に何かしらの変化があったこと。

正体がわからないまでも、セイバーの切り札を知ることが出来たこと。

情報収集としては十分すぎるほどの収穫だ。

柳洞寺をさらっと流しながら見て……帰ろうと思ったのだがその時、視線を感じた。

 

!? 何だ!?

 

遙か彼方から俺を見つめる視線に気づいた。

俺から見ることは叶わないが……この視線は知っている。

 

 

 

……アーチャーか!!!!

 

 

 

まさに射貫くかのようなその目線は……弓兵のものに他ならない。

 

……なるほど『弓使い(アーチャー)』のクラス名は伊達ではないと言うことだ

 

視線が発せられているのは、大橋のアーチの上……

まさか大橋からここまで距離がある俺を見るとは……。

 

ちっ!? どうやら何かあると悟られたようだな……

 

注意深く行動したのが、返って裏目に出たかもしれない。

何かがあると知られてしまったために、明日やつらもこの柳洞寺へと来る可能性がある。

まだ動くべき状況ではないが……それでも明日、何かあると考えてもいいだろう。

 

面倒なことになったな……

 

もうすでに夜も更けている。

俺の装備も今宵は準備万端とは言い難い……。

今宵の活動はもうこれでいいだろう……。

 

「ちっ、帰るぞ小次郎」

「ふむ、やられたな?」

「あぁ」

 

さすが小次郎。

アーチャーの視線に気づいていたようだ。

クラス名からもっと相手の能力を考えなかった、俺の甘さに敗北感を味わいながら……夜の深山町を歩いて、店へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

(気づかれた!?)

 

薄暗い空間。

おそらく中心にあるであろう、浮遊している球体が発する光だけが、この空間の光源だった。

その球体には、何か映像が映し出されていており……そこには店へと帰還している刃夜と小次郎の姿があった。

それを覗き込んでいる人物は、フードで顔を隠しているためにその顔を見ることは叶わない。

だがその細い、華奢とも言える体つきを見れば、その人物が女性であることがよくわかる。

 

魔法使い(キャスター)』のクラスのサーヴァント、キャスターである。

彼女は刃夜が怪しいと感じ、偵察に来た柳洞寺の一室に自身の私室を構えており、そこで使い魔による視覚情報から刃夜と小次郎を監視していた。

 

(……失敗したわね)

 

新都にて、莫大な魔力の奔流を検知したキャスターは、それを隠れ蓑にして今までよりも多めな量の魔力を吸い上げて地脈に乗せて、この柳洞寺まで運んでいたのだが……それに気づいたのが刃夜だったのだ。

 

(まさか、気づくだなんて)

 

 

 

魔術師の英霊であるキャスターは当然魔力に特化したタイプなのだが……相性の問題もあり、聖杯戦争では最弱と言われている存在である。

それはクラス特製のスキル影響によるもので、大半のサーヴァントが「対魔力」というスキルを有しているからだ。

これは魔術攻撃を無効化する能力のことである。

ランクによって魔術の無効化が当然異なるが、最高クラスの対魔力を有する『剣使い(セイバー)』には魔術ではダメージを与えられないと断言してもいい。

むろん対魔力を超えるほどの魔術を行使すればいいのだが……彼女にはそれが出来なかった。

否、今の状況では出来ないといった方がいいだろう。

キャスター自身は非情に優秀な魔術師であり、その実力ははっきり言って「魔術師」という枠組みの中……いやそれどころかその分野の中では最強の実力を有している。

そのため、彼女は最優のサーヴァント『剣使い(セイバー)』であっても勝てなくはない(無論策を張り巡らせてだが)。

 

(……見つかることは覚悟していたけど、よりによってなんて厄介な存在に)

 

使い魔を設置した場所より、遠ざかっていく二人組を水晶玉の物から見送りつつ、キャスターは憎しみで歯がみしていた。

彼女自身は最強クラスの魔術師であることは間違いない。

だが……彼女、キャスターには魔力がないのだ。

ないといっても別段すぐさま消滅するほど少ないわけではない。

彼女が実力を発揮するほどの魔力の蓄えがないのだ。

「陣地作成」という固有スキルを使用し、柳洞寺に擬似的な「神殿」を造り上げて、龍脈より少しずつ魔力を吸収していた。

しかしいくら彼女が優秀とは言え、龍脈から直接魔力を吸い上げることは難しく、また生きているわけではない彼女には龍脈の力を自身の糧にするのは難しい。

故に彼女は龍脈という「運搬路」に、自身の力で吸収した生きた人間達の生気……「生命力」を乗せて、この辺りの龍脈の大元である柳洞寺へと運び、それを糧にしていた。

敵である他のサーヴァントに気づかれぬように、吸い出された本人でさえもほとんど体調不良にしか思わないほどの微細な量を、数え切れないほどの人間から吸い上げていた。

 

(あの人間……)

 

本来ならば、彼女の行っている行為はばれるはずがなかった。

何せ超優秀と断言できるキャスターが、細心の注意を払って行っていた魔力の吸い上げは、例えサーヴァントであろうとも気づけないほど自然な物だったのだ。

確かに今回、いつもよりも多めに吸い上げたことは事実だ。

だがそれでもセイバーやアーチャー、ライダーは全く気づいていなかった。

 

(……本当に人間なの?)

 

つまりこれはキャスターの失策ではないのだ。

 

 

 

気づいた人間……鉄刃夜という存在が普通じゃないのだ……

 

 

 

しかしそれもある意味で当然といえた。

 

龍脈や生命の魔力(マナ)を蓄え使役し、自在に使用し、従わせることの出来る老山龍の力を宿した刃夜が、世界が異なるとはいえ龍脈の異変に気づかないわけがなかった。

 

むしろそんな存在である刃夜が今まで気づかなかったことこそ、キャスターの実力を物語っている。

 

 

 

(……明日奴はここに来るはず)

 

それが恐ろしかった。

何せバーサーカーに普通に斬りかかることの出来た存在だ。

しかもサーヴァントまで従えている。

 

自身が従えるべきだったはずの……サーヴァントを……

 

それを思うとさらに憎念が彼女の心に渦巻くが、そんな場合ではなかった。

 

(……あまり魔力は使えないけど)

 

それでも、自身の望みのために生きていたい。

そのためにキャスターは、あまり多くない魔力を使用して、必死に対策を練った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「う~ん……うまくいかないな?」

 

日が昇り始めた早朝。

まだほとんどの人間が眠りについているだろうその時刻に……廃墟のような武家屋敷でそんな声が上がった。

武家屋敷の広い中庭。

その場にいるのは腰に打刀を差して唸っている刃夜と、その後方で野太刀を振るっている小次郎だった。

今朝方の訓練という名の斬り合い……ちなみに刃夜の負け……を終えた後だ。

後方で野太刀を振るっていた腕を止めて、小次郎が不思議そうに刃夜へと向き直る。

 

「何がうまくいかないんだ? 先ほどから軽業師のように飛び跳ねているが?」

「いや……多分今の俺なら出来ると思ってやってるんだが……うまくいかなくてな……」

「何をだ?」

 

再度小次郎が問いかけるが、集中しているのか刃夜から反応がない。

付き合いが短いとはいえ、刃夜が武術に置いて無駄なことをしないと、小次郎もすでにわかっていた。

それに刃夜は小次郎では知りもせず、わかりもしない不思議な力を有していることも知っていた。

そのため小次郎が取った行動は……。

 

(ふむ。見学するか)

 

何をするのか興味が湧いた小次郎は、野太刀を鞘に収めて武家屋敷の道場縁側へと腰掛けて、刃夜の行動を見守ることにした。

その刃夜は、そんな小次郎に気づかずにただひたすらにジャンプを繰り返していた。

 

 

 

もしもこの場にわかる人がいたら……まるで青い格好の右腕バスター野郎がダッ○ュジャンプを練習しているような光景に見えたかもしれない。

 

 

 

もしくは鳥人族の赤いパワードスーツのスクリュージャンプだろうか?

 

 

 

それほどまでに刃夜は無駄に飛び跳ねては着地して思考し、跳んでは思考するを繰り返してた。

それをのんびりと小次郎は面白い物を見るように、眺めていた。

 

(相も変わらず……面白い奴だ)

 

それが刃夜に対する小次郎の感想だった。

確かに自分はその生涯のほとんどを、剣を振るうことのみに費やした。

それ故に一般的な世俗にも疎く、そしてそれ以上に裏のことはほとんど知らないといっても良かった。

 

ただ自分の剣技さえ磨ければそれで良かった……。

 

それは死後、正規ではないとはいえ英霊として祭り上げられても、その考えは変わらなかった……。

 

 

 

だがそんな彼が興味を惹かれたのが、刃夜だった。

 

 

 

確かに小次郎の野太刀は長い。

 

だが、彼以上の野太刀を所有し、それを振るっていた武人は数多く存在した。

 

しかしそれは彼にとってはどうでも良かった。

 

自分の剣技さえ磨ければそれでいい存在である小次郎が、自分よりも長い野太刀を扱う人間に、興味を引かれるはずがないのだ。

 

だが……それでも、刃夜の存在は見過ごせなかった。

 

 

 

刃夜の持つ、七尺四寸の野太刀、狩竜に……そしてなにより、刃夜に惹かれたのだ……

 

 

 

何故かは小次郎自身にもわかっていない。

 

だがそれでも小次郎は見たいと思ったのだ……。

 

 

 

あまりにも異質で異常な……刃夜の事を……

 

 

 

そして気がついたら現界して、刃夜のそばに佇んでいたのだ……。

 

サーヴァントという異質な存在となって……。

 

それもあり得ないクラスでサーヴァントとして現界したのだ……。

 

 

 

「マスターの天敵」と言われる、『暗殺者(アサシン)』。

最高クラスの「気配遮断」スキルを有しているために、常に気を張っていなければいけない相手である。

何せ気配遮断のスキルを用いた『暗殺者(アサシン)』には、おなじサーヴァントでも気配を捉えるのは難しい。。

サーヴァントが気づかないのであれば、必然的に性能で劣っている人間が気づくわけがない。

気配遮断を行ってマスターに近寄り、息の根を止める。

 

故にマスターの天敵。

 

だが、攻撃に転ずればその分気配を察知できるために、返り討ちに遇うこともままあり、そこまで優秀といえるサーヴァントではない。

実際マスター相手には天敵だが、同じサーヴァントと普通に白兵戦を行った場合、ほとんど勝機はないと言っていい。

そもそも『暗殺者(アサシン)』に、斬り合いを望むべくもないのだ。

この『暗殺者(アサシン)』のクラスは本来ならば、「暗殺者」の語源となった暗殺教団の歴代頭首「ハサン・サッバーハ」のみが呼ばれるクラスである。

歴代頭首、全19人の中から一名が選ばれて召喚されるのだ。

 

 

 

しかしそれに全く当てはまらないのが小次郎だった。

暗殺者(アサシン)』でありながら、侍である彼は暗殺者ではない。

だが、それは彼にとっても……刃夜にとってもどうでも良かった。

 

 

 

自分たちが心から惹かれあい、さらには己の技量を試すにはこれ以上ないほどの好敵手である二人にとっては……クラスなんていうものは全くもってどうでもよかった。

 

 

 

(……刃夜……か)

 

 

 

まるで恋いこがれる女子(おなご)のように、小次郎は刃夜に好意を抱いていた。

 

その気持ちは全く持って嘘ではない。

 

これ以上ないほどに純粋であり、互いに互いを認めて背中を預け合うにふさわしいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

だが、本人も気づかないほどの心の奥深くに……黒い感情が芽生えているのを、小次郎は気づいていなかった……

 

 

 

 

 

 

一人の敵として……

 

 

 

一人の剣士として……

 

 

 

一人の……好敵手として……

 

 

 

 

 

 

小次郎は、刃夜との死合いを望んでいた……

 

 

 

 

 

 

二人してそれに気づかず……刃夜が気づくわけもないが……に、刃夜は軽業師のように飛び跳ね、小次郎はそれを道場の縁側で眺めている。

 

「よし……」

 

その刃夜が、何かを掴んだように目を閉じて……見開いて再び宙へと跳ぶ。

 

そして何もないはずの空を蹴り、再び空へと舞い上がる。

 

これまではいつも通りだった……。

 

 

 

だが……今回は違った……

 

 

 

「……こうだ!」

 

 

 

その声と供に、再び刃夜が宙へと跳ねた。

 

地を蹴り、空を二回蹴った……。

 

それを、小次郎は呆れるとも驚くともしない……実に曖昧な表情を浮かべている。

 

 

 

(全く……こやつは……)

 

 

 

小次郎としては苦笑を禁じ得なかった。

 

常人では振るうどころか持つことも出来ない長大な野太刀を軽々と振るい、それだけではなく様々な力を内包し、そして今は人間業ではない三段跳びという……意味のわからないことをしている。

 

その刃夜が宙から地面へと着地する。

 

顔には何かをやりきったような……達成した時の満面の笑みを浮かべていた。

 

その表情が余りにもすがすがしくて、思わず声を上げて小次郎が笑った。

 

 

 

「ふははははは。よもや三段も宙を跳ねようとは。一体どういった原理だ?」

 

「いや、以前に説明しただろ? 気の足場を造って跳んでいるって。二度目はそれとは別に魔力の足場を形成して跳んだんだ。今の俺なら出来ると踏んでいてな」

 

 

 

嬉々として語る刃夜の言葉を、小次郎は感心しながら聞いていた。

正直いって小次郎は刃夜の言っている意味がよくわかっているわけではない。

だがそれでも自分の戦友にして宿敵が、何かを成し遂げたことは簡単に理解できている。

新たな技を会得した刃夜を褒めつつ、小次郎は話を聞いた。

 

 

 

こうしてどんどんと人間離れしていく刃夜。

魔力壁だけでなく、それを足場として再度飛び事の出来るエ○ハイク(魔力の足場バージョン)を身につけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「追い出された?」

「はい、鉄さんが帰った後直ぐにです。うちの学校で何かあったみたいで」

 

翌日。

いつものようにやってきた美綴に体調のことを聞いてみた。

身体自体は見舞いの時に異常がないことを知っていたので、どちらかというとその後のことが知りたかったのだが……追い出されたというのは少しだけ驚いた。

 

まぁ学園で昏睡事件起きたらな

 

美綴の話では、学園で全校生徒並びに教師が一成に昏睡してしまうという事件が起こったらしい。

結界が発動したこと自体は知っていたが、それがどのような効果をもたらすのかわかっていなかったので、それを知ることが出来た。

 

衰弱した状態で一部の例外を除く人間が運ばれたと言うことは……魂食いとか言う奴の広範囲版か……

 

どうやらあの結界は魂食いとおなじ作用を、結界内部の人間全員に食らわせるための物だったようだ。

遠坂凜に聞いていたが、それでも信頼できる人間……敵であるが故に完全には信用できない……から聞くとまた違う物がある。

程度の具合は人それぞれらしいが、死人は出ていないことからそこまで大事には至らなかったようだ。

 

「なんかベッドが足りなくなりそうだから帰ってくれって言われちゃって。まぁ暇だったからちょうど良かったんですけど」

「ふぅむ。何というか……運が良かったな」

「私は運が良かったかもしれないけど……知り合いがほとんど倒れちゃったから、あまり素直に喜べないんですけどね」

 

ライダーに襲われかけて意識を失って学園に行かずに済んだ美綴が良かったのか、ライダーに襲われずに学園で吸収された方が良かったのか……どちらがいいのかは謎だが、それでも俺としては美綴が無事なのは喜ばしかった。

 

「ふむ、友に気遣って心を痛める必要はない。運が良かったのは事実かもしらんが、それでもお主が無事なのは喜ばしいことだ。それでも気になるのならば、お主が元気な分、他の者を見舞ってやればいい」

「……そうですね」

 

小次郎の言葉にしばし考える仕草をしていたが、それでもそれが一番だと美綴自身も思ったのか、決意を新たに頷いていた。

その二人の会話を見つめつつ……俺は美綴に心の中で詫びていた。

 

今情報収集のために利用している感じがするのがいやだな……

 

だがそれでも情報収集と言う意味でも美綴の存在は貴重だった。

学園というのは一種の閉鎖空間だ。

外から内部の様子を探るのは難しい。

学園の人間で士郎と凜、二人のマスターがいるために、放置しておくわけにはいかない。

 

まぁあの二人は学校で暗躍するとか、学園を利用して何かを企むとかそう言うタイプじゃないけどね……

 

士郎は人助けのために生きているような物なので、人を襲うと言うことはほぼあり得ない。

遠坂凜は冬木の管理者として頑張っている人間だし、それになによりそう言った暗鬱とした行為を行うような人間とは思えない。

だから放置してもあまり問題はないが、何が起こるのかわからないので情報は収集しておくべきだ。

という言い訳の元、俺は毎朝美綴とのお話を楽しむのである……。

 

『何というか……言い訳にも程があるな。会話を楽しんでいること自体は嘘ではないのだろう? ならば素直に楽しみきれば良かろうに』

『やかましいぞ封絶』

 

的確なつっこみをしてきた封絶を切って捨てて、俺は美綴にさらに話しかける。

 

「となると学園はしばらく休校か?」

「そうですね。また暇になっちゃいました」

 

たはは、と苦笑しながら美綴が笑っている。

学園のほぼ全員が昏睡してしまっては、いくらなんでも二、三日は休日にするしかないだろう。

いくら途中で終わり、死者が出なくても全員が一斉に倒れたのだ。

学園側に責任がないとはいえ、それを無視するわけにはいかないだろう。

 

教師陣大変だな~。大河に出前でもしてやるか?

 

本来ならば学園に全く非はないのだが、それでも管理がどうとかなんか言ってくる輩もいるだろう。

教師はそれの対応に追われることになる。

故に大河も大変な目に遭っているはずだ。

自身も倒れたというにもかかわらず、走り回っているのが容易に想像できた。

 

大河は生徒思いなのは間違いないからな。普段のふざけた言動に目を奪われがちだが……

 

実は大河……教師とはしては結構優秀であるらしい。

まぁ若干25歳にして、すでにクラス担任をしていることを鑑みれば優秀なのは当然だろう。

しかも剣道五段らしく、武道も強い。

美綴は武道を習得し、それをきちんとした使い方をしている人間には敬意を払うような子なので、大河には最終的には頭が上がらないらしい。

 

ここで「最終的には」という単語が付くところが大河らしいな……

 

普段はやはり普段の大河らしいので、尊敬しているが困ってもいると言っていた。

 

「そう言うわけ何で、鉄さん。またお手伝いさせてくれませんか?」

「え、いやいいよ。っていうかこういった事情の時は基本的に自宅待機じゃないのか?」

 

いくらやむにやまれぬ事情があるとはいえ、平日に休みを設ける場合は、生徒は自宅待機のはずだ。

 

と、わかっていながら、こうしてランニングしている美綴を招き入れている俺がいえたことではないかもしれないが……

 

「そうなんですけど、家にいても暇っていうか……それに、お礼だってしたいですし」

「お礼って……。だから俺がお前を助けたのは別に……」

「そ・れ・で・も・で・す!」

 

……不退転だなぁ

 

もう手伝わせてもらうまで帰る気がないようだ。

そんな美綴と俺を見て、小次郎がクツクツと愉快そうに笑っていた。

 

『笑ってないで助けろよ?』

『いやなに。美綴がもしも働いてくれると言うのであれば、私としても愛でる対象が増え……』

『あ~はいはい』

 

何を言うのかわかったので、俺は念話を一方的に終わらせた。

そしてもう一方の相手に助言を頼むことにする。

 

『封絶。この場合どうすればいい? 竜人族の英知で助けてくれ』

『そう言ったくだらないと言えなくもないことで私を頼られてもだな……まぁ構わぬが。しかし仕手よ。それで美綴の気が済むというのであればさせてやってはどうだ? どこかに出かけるよりもよほど安全だと思うぞ?』

 

お前も(ブルータス)か!?

 

意外や意外。

まさか封絶までもそちらに回るとは……思わなかった。

 

まぁ確かにその通りか……

 

俺の店にいる分には、そんなに危険な目には遭わないだろう。

ならば手伝ってもらうという名目で、保護しておくのも悪くはない。

 

「わかった。頼んだ」

「!!?? はい! わかりました!」

「といっても、今日は夜の部ないんだけどな」

「? 何でですか?」

「ちょっと気になることがあってな……。調べ物にな」

 

お礼として頑張ろうと意気込んでいた美綴には申し訳なかったが、それでも夜の部をやるつもりはなかった。

夜になる前に、武装のチェックを行いたかったからだ。

他にも柳洞寺を遠目から観察して、何か変化がないか見たかったのだ。

 

『わかっていると思うが、今宵は敵の陣地に乗り込むぞ?』

『ふむ。何が出てくるか見物よな……』

『了解した。仕手よ』

 

相方達に念話でそう伝えておき、俺はそれとは全く違うことを、口にする。

 

「よ~し。んじゃ今日は美綴にも料理を作ってもらおうかな?」

「え!? む、無理ですよ! 私そんなに料理できないです」

「そんなにって事は少しは出来るんだろ? ならそれをやってくれ」

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

そんな談笑をしつつ、俺たちは開店の準備を行う。

普段よりも人数が一人増えて騒がしいというか……和気藹々といった感じに作業を行う。

 

 

 

ちなみに余談だが……

美綴は確かに料理が余り出来なかった。

名誉のために言うが、美綴が造った料理は好評だった。

何というか、凝る料理よりも大量に造れるような料理……今回はお好み焼きを作ってもらった……が得意なようだ。

しかも量を造れば造るほど美味かった。

ある種不思議な才能である。

かわいい女の子がいるからか男性陣には好評であり、しかも女性側からも何人か学生が昼食を食べに来たときに、熱視線を送っていた。

 

……あなどれんな、この子

 

改めて、美綴のハイスペックぶりを認識した俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

思わぬ休日なってしまったとある日の昼食後。

作戦会議と言い出した士郎に凜が同意し、衛宮家の居間にて、士郎、セイバー、凜で今後の作戦会議が開かれていた。

ちなみに例によって例のごとく、アーチャーは見張りに立っているためにいなかったりする。

 

「刃夜が柳洞寺に偵察に行っていただって?」

「……えぇ、そうよ」

 

(何でそんなに不機嫌なんだ? 遠坂)

 

そして会議が始まって刃夜の動きを士郎が聞いて返ってきた答えがそれだった。

何故か刃夜の事で苛立ちを覚えていると見抜いた士郎は、あえてそれを聞くような愚かなことはしなかったが、その原因がわからないので困惑した。

士郎もまさか凜が、自分が死ぬ気で屋上へと上っているときに、刃夜に敗北して屈辱的な思いをさせられたとは思うまい。

 

「アーチャーが、あいつが何気ない仕草を装いつつも、柳洞寺に探索に行ったのを見ていたらしいの。あいつが何かを感じ取ったのだとしたら、きっと何かあるはずよ」

「しかし凜。一体何があるというのですか?」

「一晩あったからそれは考えておいたわ。でもね、正直考えるまでもなかったのよ。残ったサーヴァントを考えれば、あそこに何がいるのかは自然とわかるわ」

「残ったサーヴァント?」

 

凜の言葉に、士郎が残りのサーヴァントを思い浮かべてみた。

 

刃夜のサーヴァント、アサシン。

士郎のサーヴァント、セイバー。

凜のサーヴァント、アーチャー。

イリヤのサーヴァント、バーサーカー。

ゲイボルグを使用するランサー。

昨夜セイバーが戦ったライダー。

残るクラスは……。

 

「残りは……キャスターか」

「えぇ。きっとあそこにはキャスターがいるわ。ランサーの線もなくはないけど……。でも不思議なのは、一体どうしてあんな場所にいるのかってことなの」

「確かにそうか……」

 

凜の言葉に、士郎が同意を示す。

確かに柳洞寺は、冬木市でも結構へんぴなところに立っている。

寺に行くにも相当長い階段を上らなければいけないこともあるのだ。

まぁ霊体の存在であるサーヴァントに、階段なんぞ意味はないだろうが……。

そんなその二人の言葉を、真っ向から否定する存在がいた。

 

 

 

「いえ、別段不思議でもありません。柳洞寺を拠点にするのは都合がいい」

 

 

 

今まで黙って聞いていたセイバーである。

 

「都合がいいって……セイバー、どうして柳洞寺のこと何で知ってるんだ? 俺はまだ連れて行ったことないぞ?」

 

セイバーの言葉に、士郎が疑問を口にする。

士郎がセイバーを召喚してからまだそんなに日数が経っていない。

その間にも色々と合ったこともあり、セイバーにこの冬木市の事を案内しなければいけないと思いつつも、士郎にそんな時間も精神的余裕もなかった。

 

 

 

確かにサーヴァントは、時代の違う世界へと赴くために、生活などに支障を来さないために、その時代の知識などは聖杯より与えられている。

しかしそれはあくまでも一般的な知識であるために、地形や、霊脈と言った戦術及び戦略に直接関わりのある事まで詳細に教えられることはない。

 

 

 

「……そう言えばまだ話していなかったですね」

「何をさ?」

 

セイバーが何か重大な事を話すと思い、身構える士郎と凜。

しかし身構えた程度ではどうにもならないほどの爆弾だった。

 

 

 

「私がこの聖杯戦争に参加したのはこれで二回目です。前回の戦争に参加したので、この町の事は熟知しています」

 

 

 

「え?」

「へ?」

 

恐るべき事実に……二人は揃って固まった。

前回の聖杯戦争。

それは士郎が災害に巻き込まれた、冬木大災害の直接の原因となっていた、第四次の聖杯戦争のことを示している。

 

「ちょ、ちょっと待てセイバー! ぜ、前回の聖杯戦争って……十年前のやつにか!?」

「えぇ。正直な話、それほど時間の経たない今回の戦争に参加することになるとは私も予想外でした」

「……十年前に」

 

士郎は驚愕し、凜は呆然と言葉を発していた。

その言葉には……寂しげな感情が込められていた。

凜の様子に気づきつつも、聞くべきではないと察したセイバーが、言葉を続けた。

 

「それで柳洞寺なのですが、あそこは落ちた霊脈なのです」

「落ちた霊脈!? それって遠坂邸(うち)のはずよ!?」

 

落ちた霊脈。

つまりは龍脈の大元であるという意味。

冬木の管理者として代々この町で生きてきた遠坂は、当然ながらそれだけの権利を有している。

そのために、魔術師としては見逃すことの出来ない、龍脈の大元の上に家を建てて、この町の管理を行って来た。

そのために、凜の言葉は当然のように正しかった。

だが……それだけで、この冬木市に大元が一つ限りであるということにはならないのだ。

 

「私も詳しいことは知りませんが、この町には二つの落ちた霊脈が存在しているのです。そしてそれのおかげか、あの土地は魔術にとっては神殿に等しい。この地域の霊脈の大元とも言える場所だそうですから、魂を集めるのには絶好の拠点となるはずです」

 

魂を食らうことによって強化することが可能なサーヴァント。

それの強化には魂という代価が必要だが、それは当然リスクを伴う。

ライダーが行っていたのを考えれば当然だろう。

個々を狙い、夜に実行したとしても人目がないとは言い切れず、結界を発動させた場合、いくら外に漏れないと言っても、完全に情報が漏れないと言うことはないのだ。

しかしそれを龍脈の元締めとも言える柳洞寺を占拠することによって、そこから龍脈の力と本人の力量によって、遠隔地からの魂食いが可能となる。

今回の聖杯戦争がいつ始まったのか、明確にはわからない。

最初に呼び出されたサーヴァントが誰だかわからないからだ。

しかしもしも仮にキャスターが早期に召喚され、そしてそれとほとんど同じ時期に柳洞寺を占拠し、龍脈を利用しての魔力吸収を行っていたら、相当量の魔力を有している事になるのだ。

 

「知らなかったわ。それが本当だとすると、確かにうってつけの土地ね」

 

自身が知らなかったことに嘆きつつも、それを感情にまかせて否定するほど凜は子供ではなかった。

むしろ彼女にとっても有益な情報といえた。

しかしそうなると次なる疑問が浮上するのだ。

 

「でもそうなるとどうして真っ先にあそこを制圧しないの? 修行僧はいるけど、魔術師じゃないから何とでも出来るはずでしょ?」

「確かに霊脈だけをみればいいのですが、サーヴァントにとっては都合が悪い場所なのです」

「サーヴァントにとっては?」

 

今まで半ばついて行けなくなっていた士郎が、率先して疑問の声を上げる。

このままだと取り残されると思ったのかもしれない。

 

「あの山には自然霊以外を排除する法術が作用しているのです。生身の人間なら問題ないのですが、サーヴァントにとっては鬼門です。と言っても寺院の中は問題ありません。そして正門へと通じる参道だけはその結界がないみたいです」

 

龍脈の大元である寺院を密閉してしまってはどんな不具合が起こるかわからない。

故に一本道だけではあるが、柳洞寺に通ずる道が存在している。

それが正門である山門へと通ずる、参道だった。

 

「なるほどね~。だから陣地にしないのね。それにそれを知ってないとそもそも拠点にしようとしないんだから、それもある意味で仕方がないことか」

「それで、どうするのですか? サーヴァントはまだ確定していませんが、それでもマスターがいるのは明白です。このまま指をくわえて敵が強大になるのを見ているだけなのですか?」

 

一応疑問形で聞いてはいるがセイバー自身、行うことは決定しているような響きだった。

セイバーには自負があるからだ。

 

大概の敵には負けないという……自身という名の自負が……。

 

今の会議の結果、柳洞寺にいるのはキャスターである可能性が高いことがわかっている。

実際、残ったサーヴァントであるランサーにライダーは柳洞寺に潜伏していない。

ランサーはアーチャーが追跡したときも、柳洞寺には戻っていなかった。

こちらに潜伏先を知られないためという事も考えられなくもないが、ランサーの性格上それはない。

ライダーに至ってはセイバー自身が滅ぼした。

故に残ったサーヴァントと、今セイバーより語られた柳洞寺の特製を鑑みればキャスター以外にあり得ない。

だが……。

 

「待って、セイバー。それは賛成できないわ」

 

凜が、それに反対する。

その凜の言葉に、セイバーは驚いた。

 

「意外ですね。凜ならば即座に戦いに挑むというと思っていたのですが」

「それ、どういう意味かしら……? まぁいいけど。いくら何でも情報が少なすぎるし、仮にもしもキャスターが霊脈を使って魔力を蓄えているのならば相当手強い相手になっているはずよ? それに敵の本拠地に行くのなら、それ相応の準備が必要でしょ?」

 

実際情報が少なすぎる。

士郎と凜の生活圏内に入ってはいるものの、普段寺に用事があるわけもなく、また参道の長い長い階段がさらに行く気をそいでしまう。

士郎にはまだ凜よりも行く理由はある……柳洞一成の家のために……が、それでもここ最近柳洞寺に行く事はなかった。

 

「なるほど……。ではシロウ。我々だけでも行きましょう」

 

凜が断ったが、それで止まるセイバーではなかった。

すぐさまに自身の主である士郎へと言葉を向ける。

だがその士郎も……。

 

「俺も遠坂の意見と同感だ。まだあそこには手を出さない方がいい」

 

凜と同じように、セイバーの意見を却下した。

 

「なっ!? 貴方まで戦わないというのですか!?」

「そうはいってない。遠坂の言うとおり情報があまりにも少ない。しかも本拠地であるなら罠だってあるのは当然だ。だからもう少し情報を入手してからじゃないと危険だ」

 

士郎も凜とほとんど同じ意見だった。

実際そうだ。

何せ士郎と凜は人間なのだから。

確かに二人とも一般人とは言えないだろう。

魔術師と魔術使いの違いはあれど、ふたりとも魔術という力を有している。

使い方によっては人なんて簡単に殺せるほどの力なのだ。

だが……それでも二人はどこまでいっても人間なのだ。

故に慎重にならざるのも当然といえる。

だが……セイバーが違った。

 

「そのような危険は当たり前です。無傷での勝利などほとんどあり得ない。だが、敵の罠に身体を貫かれたとしても、この首と心臓さえ渡さなければ戦える。どのような傷を負おうとも、マスターさえ倒せばそれで終わるのです」

 

彼女は……人間にして人間でない存在、サーヴァントなのだ。

彼女の剣撃は常人では防ぐことも避けることも叶わない。

身体能力も、その小柄な身体であるにも関わらず、凄まじいほどの力を有している。

さらには自身の宝具に、自身のスキル……それらが合わさっているために、セイバーには苦戦を強いられたとしても、負けるという考えは頭には浮かばなかった。

 

 

 

その二つの……二人の決定的なまでの存在としての違いが、士郎とセイバーの間に齟齬を生じさせる。

 

 

 

それになによりも、士郎には断じて許せることではなかった……

 

 

 

自身のために戦ってくれている彼女が……無意味に傷つくのを……

 

 

 

 

「バカを言うな! 無茶をして怪我をして……そもそもこの前の傷だってまだ癒えきってないんだろう!?」

「ほとんど癒えていますし、戦闘に支障はありません。傷のことで私を気遣うなど無用です」

 

 

 

セイバーは相手を倒すといい、士郎はセイバーに無理をさせたくないという。

 

完全な平行線の言い合いは……やがてどんどんと感情が入り交じる。

 

故に士郎にも当然のごとく感情が入り……。

 

 

 

 

 

 

最悪の一言を口にしてしまう……

 

 

 

 

 

 

「無茶をして無理をして……それでバーサーカーの時みたいになったらどうするんだ!? 無理を承知で戦って、あの時は刃夜が助けてくれたから良かったけど、あのままだったら俺もお前も共倒れだったんだぞ!?」

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

士郎の言葉……。

それは確かにセイバーを止めるのに足る言葉だった。

何せセイバーにとっては失策とも言える、バーサーカーとの戦闘。

自身のマスターを守りきれずに敗北した。

それは例え表に出さなくとも……彼女の心をえぐっていたのだ。

 

(あちゃ~)

 

成り行きを見守っていた凜が、思わず内心で嘆いていた。

止めるべきだったかもしれないというのは……セイバーの俯いた表情を見れば一目瞭然だった。

 

「……それを言うのは卑怯です」

「卑怯でもいい。ともかく、まだ仕掛けない」

 

そう言って士郎は口を閉ざした。

もうすでに語るべき事は語り尽くしたというように。

セイバーも一言だけ口にして、後は黙り込んだ。

 

「……わかりました。マスターがそう言うのならば」

 

微妙な空気のまま、話し合いは終わり、凜とセイバーは自室へと戻っていった。

それを居間で見届けながら……士郎の胸中では後悔が渦巻いていた。

 

(……なんだって俺はあんな言い方を)

 

去り際に見せたセイバーの表情を見せて、自分が失策したことを自覚した。

自分のためにあんなにも懸命になってくれている彼女を傷つけてしまったことで自己嫌悪に陥るが……それを止めてくれる存在は、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「到着だな」

「……ふむ、久しいな。この参道を見るのも」

 

時刻はすでに夜。

もうじき日付が変わろうかという時間に、俺と小次郎に封絶は、柳洞寺の山門へと続く参道前に来ていた。

昼の部のみ店を開いて、午後の部は手伝ってくれた美綴へのお礼と退院祝い、得物達の整備を行った。

といっても、手入れはいつもきちんと行っているので、あまり必要性もなかったのだが。

ちなみに俺の本日の装備はほぼフル装備である。

 

狩竜、夜月、雷月、蒼月、花月、水月、封絶こと封龍剣【超絶一門】、スローイングナイフ数点。

一人の人間では扱いきれないほどの凄まじい数の得物達である。

 

「しかしすごいな、刃夜よ。よもやそれ全部を扱えるとは」

「多いかもしれないが全部刃物だしな。扱いには慣れている」

 

小次郎の感想に俺は言葉を返しながら、得物達の位置を調整していた。

ポジションというか装備している箇所はいつものように、夜月、花月が左腰、雷月、蒼月が右腰、水月は後ろ腰、封絶は背中にシースを縛り付けている。

身体に固定できない規格外な長さの狩竜は当然、右手に握りしめている。

 

選択肢を多くするためにフル装備できたが……果たして使いどころがあるのだろうか?

 

「とりあえず向かうが……罠の場所とかはわかるか?」

『少々難しい。どうやらかなりの相手のようだ。ほどんど力を検知できない』

 

ほぉ、封絶すらも欺くか……。やるな……

 

封絶は元々、モンスターワールドの竜人族だ。

それが恨みと怨念で自身が鍛造した剣に宿り、俺と供にいる。

竜人族はかなり知識に長けていた存在だった。

魔剣としてなり得たからか、はたまた竜人族としての名残なのか、こういった類のことは得意だったのだ。

 

まぁ仮にそれがなくても食い破るがな……

 

「強行突破しかなさそうだ。小次郎準備はいいか?」

「無論だ。何がいるのかわからんが……力の限りを尽くそう」

 

撃ち出すようにして狩竜を抜き、狩竜が宙にいる間に手に残っている鞘を折りたたみ、背中の封絶のシースに結びつける。

ついでに左手で封絶を片方だけ抜き取り、俺は右肩に狩竜を乗せる。

小次郎も背中の鞘から愛用の野太刀を抜刀していた。

 

「では……」

「参ろうか!!!!」

 

参拝にはあまりにも常識外れな時間と格好で……俺たちは参道へと足を踏み入れる。

その瞬間に……影より幾重もの影が伸びる……。

そちらの方……影の元へと目を向ける。

階段の踊り場や階段に、大量の骸骨兵が骨で出来ている剣を携えていた。

 

「何だあれは? 骸の剣士というのはこれはまた奇怪よな」

「強くもなさそうだが……弱くもなさそうだな。が……俺たちならば問題はあるまい!」

 

気力にて強化された脚力で、俺は一気に階段へと躍り出て、狩竜で文字通り薙ぎ払った。

 

ゴシャッ!!!!

 

狩竜の間合いにあった骸骨兵が全て吹き飛び、粉々に砕けて吹っ飛んでいく。

狩竜を振り抜いた隙に、敵が殺到するが……。

 

「残念だが……刃夜には触れさせぬ」

 

その隙を、小次郎がカバーしてくれる。

狩竜ほどではないにせよ、野太刀という圧倒的な間合いで、敵は自身の間合いに入ることすら叶わずに、次々と斬り捨てられていく。

また、虚空に顕れた魔力溜まりから、魔力が球状に形成されたこちらへと目掛けて飛んでくる。

小次郎が魔力関係に強くないことはわかりきっているので、俺はそれらの飛んできた魔力弾を封絶にて斬り捨てたり、吸収させたりする。

 

「どうやら……」

「大したことはなさそうだな」

 

もう少し骨があると思っていたのだが……本拠地の割には余り歯ごたえがなかった。

俺の中の推論がますます現実味を帯びていくが、一切の油断をせずに俺たちはどんどんと参道を突き進んでいく。

罠を全て食い破り、やがて山門へとたどり着くが、山門自体には一切何かが仕掛けられている様子はなかった。

 

罠か?

 

てっきりこの辺りで門番でも出現するのかと思っていたのだが……随分と杜撰な警備体制である。

それともこれほど杜撰になってしまった理由があるのだろうか?

 

まぁいい……

 

「では、開けるぞ?」

「あぁ。頼む」

 

小次郎とタイミングを合わせて山門を開ける。

そして開ききり、中へと入った瞬間に……

 

 

 

 

 

 

極大の魔力弾が飛来する……

 

 

 

 

 

 

なっ!?

 

先ほどまでの参道の所々に配置されていた魔力弾の比じゃない大きさだった。

俺の身長と同等の直径がある。

それを見た瞬間に……俺は動いていた。

 

刃気、魔力解放!!!!

 

狩竜に溜め込まれている刃気と魔力を解放し、俺は狩竜でそれを……打った……。

 

 

 

 

 

 

「バッター四番……鉄刃夜! 第二打席!! ウッチマ~ス!!!!」

 

 

 

 

 

 

バッキ~~~ン!

 

振り切ったときに狩竜の腹で殴れるようにして俺は、正面から飛来した魔力弾を撃ち返した。

 

「大砲の弾すら打ち返した俺が、こんな物で怯むかよ」

「……とんでもないことをするな」

 

小次郎が呆れたようにぼやいている。

それは遙か彼方へと飛んで行く前に……黒い大きな羽の中に吸収された。

 

「……でたな」

 

俺は宙に浮いているその存在へと視線を投じる。

 

四角く尖った羽のような形状……。

羽には奇怪な紋様が左右対称で描かれており、その紋章が鈍く光っている。

羽の中心部には、ローブのような物を着込んでいる華奢な女性がいる。

右手には何か巨大な杖が握られており、上の方に巨大な円の飾りが付いている。

フードを目深にかぶっているために表情は伺えないが……口元が歪んでいるのを見れば俺たちをどう思っているのかは簡単にわかった。

 

 

 

 

 

 

「こんばんはと……言うべきかしら? 招かれざるお客様にして異様な主従さん」

 

 

 

 

 

 

体つきでなんとなくわかっていたが、どうやら女のようだ。

寺よりも高い位置にローブを羽のように広げたそれは……宙に浮いていた。

 

「異様な主従?」

「私と刃夜のことか?」

「えぇ。私が従えようと画策していたというのに……頑なに召喚に応じなかった存在を従えていている。しかも主の方も異常なのね……。あなた、どうしてサーヴァントでもないのにステータスが見えるの? しかもクラス名……『開拓者(フロンティア)』?」

「……開拓者ぁ? なんだそりゃ? しかもステータス?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ステータス情報が更新されました】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書きをチェックだぜ! By作者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵のサーヴァントからの言葉に、俺の表情は歪んだ。

言っている意味が全くわからないからだ。

 

「知らないの? マスターにはサーヴァントのステータスを読み取る能力が聖杯から付加されるの。私はサーヴァントだけど、そう言ったことは得意だから見ることが出来るわ」

 

ステータスが見えると言われても、俺にはそんな物は見えたことがない。

しかしそれに関しては自分の中で直ぐに結論が出た。

簡単だ……俺は正規のマスターじゃないからだ。

もしくは小次郎は狩竜とラインが繋がっているために、狩竜にその能力が付与されているのかもしれない。

 

……激しく意味がないが

 

「ほぉ~。んで『開拓者(フロンティア)』ってなんだ?」

「さぁ? 私が聞きたい位よ。こんな巫山戯たクラス名。まぁ……あなたの存在も随分と巫山戯ているけどね」

「……出会い頭に随分な言いぐさだな?」

「竜牙兵は人間の達人程度なら軽く倒せる力を持っているのよ? それをあり得ないほど長い剣で倒しておいて人間面するのかしら? しかも……あなたから発せられる異様な威圧感は何? 一体身体に何を宿しているのかしら?」

 

……ひでぇ言われようだ

 

「加えて言うなら人の陣地に土足で上がり込んできてよく言えるわね。私は私の目的のために、あなたをなんとしても叩くわよ」

 

どうやらその言葉に嘘偽りはないらしい。

敵の身体に魔力が満ちるのと同時に、そこらから先ほどの骸骨兵が地中より次々と出現する。

まさに一触即発な状況だったのだが……。

 

「まぁ待て」

 

それを俺は構えを解くことで自ら戦う意志がないことを示した。

その態度に、敵だけでなく小次郎までもいぶかしんだ目を俺に向ける。

 

「どういうつもりかしら?」

「どういうつもりだ刃夜?」

 

敵だけでなく小次郎までも俺に疑問をぶつけてきた。

小次郎には悪かったが、とりあえず俺はキャスターへと視線を投じて言葉を投げかける。

 

「確かに土足で上がり込んだのは認めよう。すまなかった。だがどうしてもお前に聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?」

 

杖を俺へと向けながら、敵が睨みつけてくる。

俺はそれを軽く受け流しつつ、言葉をつづけた。

 

「お前が龍脈を利用して魔力を集めていることは知っている。そこで質問だが……それは何のためだ?」

「……それを貴方にいう意味はあるのかしら?」

「大いにあるな。まぁ言わせてもらうとだ……。今のお前では俺たちには勝てないだろうよ」

 

俺たちに勝てないと言うことは、半ば確信を持っていた。

なぜならば、相手は実力を発揮し切れていないからだ。

というよりもおそらく発揮できないのだろう。

 

本拠地の割には、罠も雑魚兵の数も少ない……

 

今までの攻撃方法、そしてなによりもその出で立ちは間違いなくキャスターのそれだ。

まぁ残ったサーヴァントはキャスターのみで、俺が見ていないサーヴァントもキャスターだけなので間違いないだろう。

であるにも関わらず罠が余りにも貧弱だった。

魔術師という物が果たしてどれほどのことが行えるのか俺にはわからないが、それでもこの程度ではないことは確かだろう。

しかも人間の魔術師ならばともかく、英霊として招かれるサーヴァントの『魔法使い(キャスター)』がこの程度というのは非常におかしい。

骸骨兵……竜牙兵といったかな?……も数はそこそこいるが、それでも俺と小次郎にかかれば一分と経たずに全滅させられる程度の数しかいない。

無論キャスターの妨害を考慮に入れての所要時間だ。

そして最後……これが決定打なのだが……。

 

龍脈の大元に溜められている魔力が余りにも少ない……

 

地面の下……地下に眠るはずの龍脈。

魔力を集めたのはいいが、それを貯蓄できる空間がなければ意味がないが……貯蓄に関しては何の心配もいらない。

何せ足下に絶好の保管場所である……龍脈があるからだ。

だが、さきほどから老山龍の能力でそれとなく探りを入れたが……集めていると思われる魔力がかなり少なかった。

それこそ……俺が昨日使用した魔紅獅刀【炎王】が、三~四回しか使用できないほどの少なさだ。

これでは大した魔術は使用できないだろう。

その証拠に、キャスターは宙に浮いているのと、最初に放ってきたでかい魔力弾しか魔術らしい魔術を使用していない。

しかも魔力弾は俺が撃ち返したそれを、そのまま吸収したにもかかわらずこの貯蓄。

はっきり言って負ける要素がほとんどない。

宝具という隠し球がある以上油断は禁物だが……それでも負ける気はしなかった。

 

「魔力が相当少ないな? これで本当に集めていたのか?」

「!? ……そうね。そういえばあなたは霊脈のことを探れたのだったわね。確かに少ないかもしれないわ。けど……それだけで負ける要因にはならないわ」

「探れるというか……まぁいい。負ける要因と言うが……その自信は俺たちに密かに近づいている達人がいるからか?」

「!?」

 

今度こそキャスターが絶句した。

俺はもちろん、小次郎も気づいていた。

壁伝いに、俺たちへと無感情、殺意の欠片もなく忍び寄ってきている男が。

 

 

 

眼鏡を掛け、こんな夜中にもかかわらずスーツを着込んでいる。

目には全く色がない……。

何というか……人間味を感じない人間である。

だが……こいつを俺は知っていた。

 

 

 

「ふむ。確かに侮れない相手のようだぞ刃夜? 佇まいに一分の隙もない」

「あぁ。確かに以前からただ者ではないと思ってはいたが……まさかマスターだったとは思いませんでしたよ? 葛木先生」

 

そちらへと視線を投じながら……俺はそう口にした。

そう……大河の出前で何度か見たことがあり、大河を呼びに来たことで互いに面識もあった、葛木宗一郎先生だった。

面識と言っても、顔を合わせたくらいで互いに自己紹介はしていないのだが、俺は大河が名前を呼んでいるので知っていた。

 

「……出前の青年か」

 

ぼそりと……あまり話さない葛木先生から声が発せられる。

実に平坦で淡々とした声だった。

 

「私達に何のようだ?」

「確認したいことがあっただけです。そしてそれはほとんど終わったような物ですよ」

 

戦うつもりがないと意思表示のために、とりあえず俺は諸手を挙げる。

しかし狩竜は握ったままなので、あまり説得力はない。

 

「……戦うというのかしら?」

「あまり強がるなキャスター。確かに葛木先生は結構やるようだが……それでも俺たち二人がかりで戦えば直ぐに殺せる」

「……それを私が黙ってみているとでも思っているのかしら?」

 

おぉ……圧力が増えたな

 

どうやら葛木先生というマスターを大切に思っているようだ。

まぁマスターというわりには……ライン的な物が全く見えないのだが……。

 

「話は最後まで聞け。お前魔力がほとんどないんだろ?」

「……」

「加えて言うならば……葛木先生を慕っているようだが正式なマスターではないな? ラインのような物がまったく見あたらない」

「……あなた本当に何者なの?」

 

わからんでもないが……いつものような質問がキャスターの口から放たれる。

俺は半ばそれにうんざりしながら……言葉を続ける。

 

「もう本当に聞き飽きたなその台詞。まぁいい。そこで相談なんだが……」

「……何かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と手を組まないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「手を組む……ですって?」

 

手を組む、と言う言葉を聞いて、キャスターの胸中に疑念が渦巻いていく。

それも当然だろう。

認めたくないことだが、刃夜の言うことはほとんど正解だったからだ。

魔力は集めていると言っても、ほとんど溜まっていないのが現実だ。

人々から集めたと言っても質が良くない上に量も少ない。

他のサーヴァントに知られないために少しずつ集めていたからだ。

葛木が正規のマスターでないことも事実だ。

何しろ葛木宗一郎という人間は魔術師ではない。

故にキャスターに魔力を与えることは出来ないので、当然キャスターは実力を発揮することは出来ないのだ。

 

 

 

ちなみに彼女だけではなく、サーヴァント全員に言えることだが……サーヴァントに魔力を生成する能力がないわけではないのだ。

魔力を生成するための機関などをエンジンに例えるならば、サーヴァントにはそれこそ巨大なエンジンが備えられているのだ。

だがそれでも魔力を生成できないのは、エンジンの一分……それこそ小さな歯車程度の部品が欠けている状態なのだ。

この欠けた部分を補填し、歯車を動かす動力として、マスターからの魔力供給によってそれがまかなわれているのである。

「英霊」という、莫大な魔力を有し、圧倒的な戦闘力を誇る存在を、マスターの力だけで現界させているわけではないのだ。

 

 

 

故に正式なマスターのいないキャスターは、存在するだけで魔力を消耗してしまう。

だからこそ人々から魔力を吸い上げていかなければいけない。

何もしなければ消滅してしまうからだ。

だがかといって敵に自分がここにいることを知られるわけにはいかなかった。

上記にも説明したようにサーヴァントには魔力を生成することが出来ない。

仮にマスターがいない状況でも、他のサーヴァントであればまだ何とか出来るかもしれない。

いくら魔力を使用するとはいえ、武器になる宝具があり、それがなくても圧倒的な身体能力がある。

自分が持ち得ている魔力の蓄えによっては、戦闘を行うことも可能だろう。

しかし……彼女にはそれらが全てなかった。

直接的な攻撃をすることの出来る武器も、圧倒的な身体能力も、そして……魔力の蓄えも。

そのために少ない魔力を使用して罠も仕掛けたのだが、それはあくまで人間……つまりはマスターのために設置したものだ。

マスターさえ殺せばサーヴァントも存在を維持できなくなる。

マスターが死んだ瞬間に消えてなくなるわけではないが、それでも現界に支障を来すのは事実だ。

だからこそ少ない魔力で効率的に敵を撃退するのならば、マスターを倒すしかない……。

そのためにキャスターは少ない魔力で人間を殺す罠を参道に張り巡らした。

仮に士郎が、罠があるとわかった上で参道を通ったとしても、軽く殺せるぐらいの罠をだ。

 

 

 

しかしその罠が……刃夜に通ずるわけもなかったのだ……

 

 

 

そして今キャスターを窮地へと陥れているのだが、圧倒的有利な状況であるにもかかわらず、戦闘を自ら中止してキャスターに同盟を持ちかけている。

 

 

 

これを疑わない人間が……いないわけがなかった。

 

 

 

「一体どういうつもりなのかしら?」

「怪しむのはわかるが聞いてくれ。まず聞くがキャスター……。この聖杯戦争に疑問を感じたことはなかったか?」

 

(!?)

 

その意外な投げかけに、キャスターは思わず動揺してしまった。

いくら夜で暗く、ローブで顔を隠しているとはいえ、それに刃夜が気づかないわけがなかった。

思わずニヤリと笑みを浮かべながら、刃夜は言葉を続ける。

 

「やはりあるか?」

「……少しでも考えればわかる事よ」

 

キャスターは吐き捨てるように、そう口にした。

それは刃夜のいう疑問に対する答えだった。

 

 

 

七人の英霊を召喚し、聖杯の所有権を得るための殺し合い。

聖杯によって選ばれた魔術師(マスター)は英霊の依り代となって最後の一人になるまで殺し合う。

 

 

 

これは本当であって本当ではない。

 

 

 

サーヴァントは聖杯に呼び出される存在であり、聖杯を得る人間がふさわしいかどうかを選定するための道具として英霊を召喚する。

 

呼び出された英霊は聖杯を手に入れるために、令呪という縛りを受けながらも『魔術師(マスター)』と契約して自分たち以外の存在を殺す。

 

倒され、殺された英霊は消え去らずに聖杯に取り込まれる。

 

英霊は聖杯にふさわしいマスターを選定するための道具でしかない。

 

そのはずなのだが、用済みになったはずのサーヴァントが何故聖杯に取り込まれるのか?

 

 

 

 

 

 

ちなみに余談ではあるが、刃夜が言っているのはこのことではなく、限りなく個人的な予測と推論からの言葉であるが……それをキャスターが知るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

「何をするのかもわからないけど……それでも私はそれを呑んでこの戦争に参加したわ」

「サーヴァントはそうだろうな。だが俺たちマスターは違う奴だっている。俺は正直聖杯なんて物自体に興味はない。願望機の能力で俺の故郷に帰れることを願っているが……おそらく無理だろう。聖杯戦争のルールもきちんとしているようできちんとしていない。それに加えて……俺の事情も相まって、俺はこの聖杯戦争には何か裏があるんではないかと思っているんだ。それも何か、尋常ではない最悪な裏が」

「……なるほど」

 

刃夜の言葉に、キャスターは頷かざるを得なかった。

確かに自分はサーヴァントとしてこの世界に現界し、聖杯を求める争いに参加した。

だがルールの矛盾もあり、またこの地の不吉な物を感じ取って、キャスターも何かきな臭い物を感じ取っていたのだ。

 

「だから俺はその裏がわかるまでは極力サーヴァントを殺したいと思っていないのだ。それこそ敵であってもだ。何が起こるのかわからない以上、切り札は多いに越したことはない」

「……それがどうして同盟に繋がるのかしら?」

「わからないのか? 切り札というのは英霊であるサーヴァントに他ならない。だが今のままではキャスター……お前が一番危ない。故に協力して欲しいと言っているんだ」

「……それは脅しかしら?」

「……何故そう思う?」

 

平然としたその切り返しに、キャスターは苛立ち混じりに怒鳴りつける。

 

「とぼけるんじゃないわよ。あなた……わざと大事にしながらここへ来たでしょう? 同盟が目的なら最初に何か言っても罰が当たらないんじゃないかしら? あなたなら使い魔の存在だって気づいていたはずよ」

 

そう、刃夜がこうして今晩こうしてキャスターの陣営にいち早く来たのには理由があったのだ。

理由は簡単だ……。

アーチャーに見られてしまったためだ。

 

「本当ならこっそり来るつもりだったんだがな。だがアーチャーに知られてしまったためにこうすることにした。なぜならこの同盟を断れば……」

「セイバーとアーチャーがこの寺に押しかけてくるかもしれない……ということね」

 

もしも刃夜との同盟を断った後に、士郎と凜が柳洞寺へとやってきた場合、キャスターは天敵を二人を同時に相手しなければならなくなるのだ。

 

 

 

剣使い(セイバー)』、『槍使い(ランサー)』、『弓使い(アーチャー)』は三騎士と呼ばれており、その三騎士には基本的にクラス別スキルの固有スキルに置いて、対魔力スキルが付与……というよりもその能力を有している英霊が召喚される場合が多い……する場合が多い。

今回の聖杯戦争においても、セイバー、アーチャーはともに……セイバーとアーチャーの対魔力スキルの性能は雲泥の差だが……対魔力スキルを有している。

 

 

 

そんな天敵を二体も同時に相手することなど……今のキャスターに出来るはずもなかった。

 

「あなた……自分が最低なことをしていると理解してる?」

「理解はしている。だがそれでも必要だと思ったからしたまでだ。この聖杯戦争には何かがある。これは間違いない。だからこそ切り札は多い方がいいから、俺は昨夜もアーチャーを消すことはしなかった。それにこれは俺の勘だが……魔術がらみであればキャスターが必要になると思ったからだ」

「魔術がらみ?」

「今回の聖杯戦争も、元をただせば魔術による儀式だ。故にあんたの力は何かの役に立つと踏んでいるんだ。つ~かあの二人が絡んでいる以上絶対に何かあるのは間違いないからな……」

 

(? 何をぼそぼそと?)

 

最後の方はキャスターには聞こえていなかったが……それは別段キャスターにとってはどうでもいいことだった。

この聖杯戦争には何かがあることはキャスターも気づいていた。

しかし今は存在することに必死でそこまで頭を回す余裕がなかったのだ。

どこまで本気かキャスターにはわからなかったが……それでも刃夜との共闘はメリットがあった。

確かに今回、脅迫以外の何物でもない話を持ちかけてきているが、仮に共闘するのならばキャスターは防衛に関しての心配事が減るのだ。

何せ異端とはいえ剣術の腕が相当いいアサシン(サーヴァント)と、バーサーカー相手に生身で斬りかかってかすり傷一つ負わなかった刃夜(マスター)の二人組だ。

そうそう負けることはない。

加えてキャスターも微細とはいえ援護をし、柳洞寺に立てこもった場合……これほど厄介な陣営はないだろう。

何せ柳洞寺には初めから強力な結界が張り巡らされているので、正門である山門以外に道がない。

人間には結界は関係ないために森の中を突っ切ることも可能だが、それは刃夜も同じである。

そして刃夜という存在がいる以上、サーヴァントと別行動をするのは自殺行為に等しい。

必然的にキャスターや刃夜を倒すためには正門を通るしか手段がないことになるのだ。

しかし……そこには当然のように刃夜と小次郎、さらには竜牙兵という数の暴力……。

 

はっきり言って……城塞にも等しい拠点と化すのだ。

 

これならばさすがにバーサーカーとはいえ容易に迫ることは出来ない。

何せマスターを殺されてしまっては現界するのが難しいのだ。

マスターが来ないという選択肢もあるが……それはそれで問題がある。

仮にその状態で攻めてきても小次郎とキャスターが奮闘している間に、刃夜がイリヤを始末しに行くことだって出来る……もっとも、刃夜はそれを行わないだろうが……のだ。

そのため、バーサーカーは自分のそばにマスターを連れているのがもっとも安全だが……、上記の通りイリヤを伴って攻め入れば、イリヤを護りながらの戦闘となってしまうので苦戦は必至だ。

つまり……メリットの方が大きいのだ。

刃夜としては別段、キャスターの能力が絶対に必要という訳ではない。

ただまだ状況が完全に把握して切れていない以上、選択肢を減らしたくないというためにキャスターを生かしておきたいという事なのだ。

が……キャスターも言っていたが、脅しや脅迫と思えるような状況でその話を持ちかけたのはあまり褒められた物ではなかった。

確かにアーチャーに見られたがためにそうせざるを得なかったという事もある。

だがそれでももう少し誠意という物を見せた方が、キャスターも信じることが出来ただろう。

しかしそれも刃夜としては、断られて戦闘に発展したらデメリットしかないから、半ばそうせざるを得ない状況に追い込んだというのもあった。

 

 

 

戦闘に発展することはないが……というか発展したらそう時間がかからずに刃夜と小次郎が勝利する……険悪ともいえる状況に、キャスターに取っては招かれざる、刃夜にとってはある意味で好都合な存在が来訪した。

 

 

 

金紗の髪を邪魔にならないように後ろでまとめており、鋭い目線で辺りを見回し……こちらへと目を向けてくる。

 

銀の甲冑に、青い法衣。

 

銀の手甲が何かを握っているような形をしていた。

 

おそらく、相手の見えない得物……そのクラス名にふさわしい、見えない剣を手にしているはずだ。

 

 

 

最優と言われる……『剣使い(セイバー)』のサーヴァント。

 

 

 

 

 

 

セイバー

 

 

 

 

 

 

が来訪した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

余り風の吹かない……夜。

すでに時刻は深夜と言って差し支えがない。

大地にも空にも、すでに生き物の姿はほとんどなく、住宅街である深山町は、深い眠りについている。

その一角……大きな武家屋敷の庭に、一人の少女が立っていた。

 

(風が出るな)

 

風がほとんど吹いていないが、それでも遙か上空の雲は大きく流動している。

それを感じ取ったのか……はたまたそれを見たのか定かではないが、セイバーのその思いには確信に似た何かが込められていた。

澄んだ緑の瞳を空へと向けながら、その目を月へと移す。

綺麗な満月が浮かぶ……月へと。

その目線をおろし、武家屋敷の土蔵へと視線を投じる。

土蔵には士郎がいつものように眠っている。

彼女の主は、柳洞寺にいる敵のサーヴァントと戦わないと言った。

まだ情報が少ないからだと。

士郎は聖杯に願う願いがない。

故に焦る必要性もない。

だが……彼女は……セイバーは違った。

彼女には叶えたい……それこそ聖杯でしか叶わないような願いがあった。

 

「貴方が戦わないというのならば……それでいい。だが……」

 

瞳を閉じて……まるで過去を思い出しているかのようだった。

その胸中に去来するのは……かつての自分。

かつての自分の国、戦友。

 

そして……国の崩壊……。

 

それをただ、屍で築かれた丘の上から眺めることしか出来なかった……自分。

 

(私は……)

 

自分が聖杯に望むことを確認し、セイバーは閉じていた瞳を力強く開く。

その時……彼女の姿は一変した。

銀に輝く甲冑を纏い、青い法衣を包んだその姿は、すでに格好も気配も……少女ではなかった。

圧倒的な魔力を有して編み上げられた鉄壁の護りと、人を凌駕する魔力で第二の鞘に纏われた不可視の剣。

戦場に置いて不敗であり、最強とも謳われた彼女は、この現代に置いてもなお、その圧倒的な強さは健在だった。

 

七人のサーヴァント中、最優であり、最強と言われる剣士。

 

実際彼女は……セイバーは優秀だ。

見えない剣という間合いを計らせない剣技を用いて敵の攻め気をくじき、その圧倒的な魔力によるブーストで常人を遙かに凌駕した身体能力で敵を圧倒する。

剣技だけでなく、その見えない剣の中……彼女の象徴とも言える剣は、圧倒的な力を昨日目の当たりにしたばかりだ。

あれほどの破壊の力を用いたにもかかわらず、彼女に疲労の色は全くなかった。

それどころか、わかる人間が見れば一目で見ぬいただろう。

 

彼女を包む魔力が、全く減っていないことを……

 

むしろ昨夜で消費された魔力を補うために、竜の因子がうごめいているのか……昨夜以上に魔力で溢れていた。

 

 

 

セイバーは彼女が生まれるときに、魔術師マーリンの計らいで、人の身でありながら竜の因子を持って生まれたために、魔術回路を用いなくてもただ生きているだけで魔力を生成することが出来る。

それが彼女の力の根底を支えている。

 

 

 

「貴方は甘い。そのままでは敵に殺されてしまうかもしれない」

 

 

 

実際、士郎は甘い。

敵が襲ってこなければこちらから戦いを仕掛けることはない。

無論正義の味方を目指す彼は、被害者を出さないための戦いには無条件で首を突っ込むだろう。

理想であり、理想論である彼の戦闘姿勢は……端から見たら甘すぎる。

 

自分の身さえも守れない小僧でしかない……

 

だがそんな士郎を、セイバーは好いていた。

 

全てを救う……。

 

そんな理想が……自分にもあったから……

 

彼のひたむきなまでのその姿勢が……自分は正しかったと、思わせてくれるから……

 

確かにセイバーは聖杯が欲しい。

 

だがそれでも……自分の主君のために聖杯を捧げたいと思っていることもまた事実だった。

 

聖杯戦争に望んでいるにもかかわらず、聖杯に願う望みはないという彼が……心配だったから。

 

自分のためにも、士郎のためにも……セイバーはこの聖杯戦争を勝ち抜かねばならなかった。

 

故に……主君に対する裏切りと知りながら、彼女はその視線を遙か先、柳洞寺へと向ける。

 

 

 

(本来ならば、サーヴァントに従わなければならない……けれど……)

 

 

 

主君の命に背くことを、セイバー自身、すごくためらいがあった。

 

礼節をわきまえ、主の意志を代行する騎士の中の騎士とも言える彼女は、本来であれば命令に背くことなどよしとはしない。

 

だが決して士郎を裏切ったわけではないのだ。

 

セイバーはセイバーなりに考えを下して、主である士郎を勝たすために……何よりも生かすために、この決断を下したのだ。

 

彼女は、士郎が今のままでは危ういと判断したのだ。

 

サーヴァントであるはずの自分を、人間である自分自身よりも尊重し、自分の命も省みずに救おうとするその行動。

 

尊いが、それ故に歪んでいた。

 

それを彼女は危惧したのだ。

 

だからこそ、命令に背いてまでこうして今宵、単身乗り込もうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

士郎とセイバーの関係は良好と言えるが、当然のように相容れないサーヴァントとマスターというのももちろん存在した。

どちらも、相手が死ねば代役がいることもあり、時にはマスターが、逆にサーヴァントが、お互いを殺して別の存在と契約を結ぼうとすることもある。

そのために、令呪という物が存在するのだ。

令呪が手にある限り、マスターの安全はある程度……といっても本当にある程度だが……保証される。

キャスターにマスターがいないのはこれの典型的な例である。

あまりに自分をぞんざいに扱うマスターに嫌気がさしたキャスターは、自分を召喚したマスターを殺したのだ。

そのために彼女はマスターが不在の状態となっている。

 

 

 

 

 

 

「……行こう」

 

 

 

そして……一足で塀を越えて、闇を駆けた。

彼女とて、寺に閉じこもっているキャスターを討つのが容易でないことはわかっていた。

だがそれでも彼女には絶対的な力と、培ってきた力があった。

英雄としての誇りを胸に……セイバーは駆けていく。

そして参道へとたどり着き……拍子抜けした。

 

 

 

(何もない?)

 

 

 

彼女は魔術師ではないために、完全に魔術の気配を辿ることは出来ないが、危険があるか否かは経験で察知できる。

その彼女の経験と勘が、この参道に何も罠がないことを教えていた。

否……なくなっているといった方が正しいだろう。

何せ、刃夜と小次郎が少し前にこの参道を圧し通ったのだから。

何物かが駆け抜けた後だと気づいたセイバーが……用心しつつも最速で石段を駆け上る。

そして開かれている山門をくぐり抜けて……その場へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「……鉄刃夜にアサシンのサーヴァント!?」

「ほぉ、セイバーが来るとは……」

 

突然の来訪者に、全員がその来訪した少女……セイバーへと視線を投じる。

小次郎は血が騒いだのか……好戦的な気迫を身体から発露させていた。

俺は誰かしら来ることはわかっていたし、気配も捉えていたので驚きはしなかったが……。

 

てっきり、四人で来ると思っていたのだが……

 

セイバーだけでなく士郎に、遠坂凜&アーチャーの四人で来ると思っていたが……どうやら違ったらしい。

どちらにしろ、都合がいいことに代わりはない。

セイバーの出で立ち、さらにはその総身からあふれ出す気配は戦闘時に出すそれに他ならない。

つまり……セイバーはキャスターを討伐するために来たのだ。

そして当然、それを俺が黙ってみているわけがない。

 

なかなかに最低なことをしているが構いやしない……

 

これでほとんどキャスターは俺の提案を受けざるを得なくなる。

ここでもしも俺と小次郎が消えた場合、セイバーの相手を葛木先生が行うことになる。

葛木先生がどの程度の実力を有しているのかわからないが、それでもセイバーが負けることはないだろう。

何せ小娘とはいえ最優と名高いセイバーのサーヴァントなのだから。

だが、だからといってキャスターが敗北することはない。

 

俺と小次郎が、それを阻止しないわけがない。

 

仮に同盟を結ぶことが出来なくても、みすみす優秀な存在であるキャスターを放って置くわけがない。

あの二人が俺をこの世界に送り込んだときに言われた言葉。

修行不足。

あの二人が何の意味もなくこの世界に俺を送ったとは思えない。

故に……キャスターを死なせるわけにはいかなかった。

 

ったく……何を企んでいるのやら……

 

何があるのかわからないが、手札不足で敗北するわけにはいかない。

故に俺は全力を持ってキャスターを援護する。

 

……戦闘開始かな?

 

気取られることのないように静かに心身を戦闘態勢へと移行させる。

小次郎もセイバーの気迫につられて、野太刀を静かに抜刀していた。

それを見て、セイバーも俺たちが邪魔な存在であると理解したようだ。

先ほどよりもさらに睨みつけて、その見えない剣を構えた。

 

 

 

半ば混沌の様相を呈しているこの柳洞寺。

 

 

 

静かに……戦闘が始まろうとしていた……。

 

 

 

 




サーヴァント 開拓者(フロンティア)
真名 鉄刃夜
特技 刀の鍛造、料理
好きな物 刀、料理、読書
嫌いな物 人に迷惑を掛けて平然としているクズ
天敵 祖父、親父
属性 混沌、多重(パラレル)



ステータス

筋力 B
耐久 C+
敏捷 B+
魔力 B+++
幸運 C
宝具 EX+++



スキル

単独行動EX
生きているので単独行動もくそもない。ある意味でバグのスキル。生きているが故にマスターからの魔力供給の必要性は皆無。また宝具も普通に使用可能だが、本人の力量に大きく依存する

故郷の料理A
モンスターワールドにて作り上げた一つのジャンル和食。和食のみ味が最強の領域に達している。また他の洋風、中華もかなりのレベルの物を作ることが可能。しかし元々の腕がいいのであまりこのスキルは効果がない

温泉探知A
匂いさえ出ていれば、どこに温泉があるのか直ぐにわかる。武装があれば、掘ることも可能。が、この世界で発掘する機会はない

刀鍛造A
普通の鍛造と違い気を注ぎながらの鍛造のため、普通の刀よりもより強力な刀の鍛造が可能。が、この世界で鍛造する機会はない

農作業A
米、大豆などの農作業を行うとすばらしい実力を発揮、スキルの恩恵でほぼ確実に豊作になる。がこの世界で農作業を行う機会はない

鎧鍛造A
新たな鎧を作り上げたことに寄る恩恵。が、この世界で鎧鍛造の機会はない

外道B-
己の願いのために数々の女性を棄てた男。理由を知らない人間が聞けば嫌われること間違いなし

陣地作成D 
運があるのかないのか……行く先々で己の生活拠点を得る能力。当然拠点を手に入れるだけで特に効果はない



宝具

夜月
ランク 測定不能
種別 対人宝具
最大補足 不明
刃夜の祖父が、刃夜が誕生したのと同時に造り上げた一振りの打刀。ただの打刀だが、守護者としてのアーチャーの力を持ってしても完全なる投影は不可能。上っ面は投影できるが、それはただの打刀であって夜月では絶対になり得ない。究極の防御壁を展開可能だが、持ち主であり主である刃夜の意志で発動することは不可能で、何かしらの発動条件があるが以前として不明のままである。つまり刃夜にとっては超頑丈な打刀でしかない。だが、一番の武器であり相棒である。


雷月
ランクC
種別 対人宝具
レンジ 1~30
モンスターワールドの雷狼の素材を用いて作られた打刀。そのモンスターの性質と、碧玉に気を注ぎ込むことで電磁を用いた高速の斬撃「電磁抜刀」が可能。それの応用で鞘や他の得物を飛ばすことも出来る。モンスターの素材を用いているため普通のよりは強いが、それほど頑健というわけではない《気も注がずにエクスカリバーなどと打ち合えば普通に破壊される》。だが目に見えぬほどの速度で繰り出される剣速は脅威の一言。現在の刃夜の最速の剣撃。他の武器に電磁を纏わせることも可能。


蒼月
ランクC++
種別 対人宝具
モンスターワールドの魔力(マナ)を扱う蒼い火竜の素材で作られた打刀。呪いの塊である、蒼い紅玉に気と魔力を注ぎ込むことで炎熱を操る事が可能である。炎熱を刀身に宿し、焼き切る事の出来る「炎熱剣(ヒートソード)」が使用可能。他の武器に炎熱を纏わせることも可能。雷月よりは遙かに頑健。が、これも宝具としてのランクは低い。また今の刃夜の実力では炎熱剣程度の力しか使えないが、実力が上がればさらに強くなる可能性がある。


封龍剣【超絶一門】
ランクB+++
種別 対龍宝具
モンスターワールドで手に入れた武器。不思議な鉱石で作られている。魔力(マナ)を切り裂きそれを吸収する性質を持ち、意志が込められた生きた魔剣。魔力(オド)で作られたものも同様に切断、吸収するが魔力(マナ)と比較すれば精度や量が落ちる。刃先にのみではなく、剣全体にその効果を持つ。発動された魔術も切り裂くことが可能。だがどれだけの規模の魔術を切り裂き吸収するかは仕手の力量に大きく左右される。呪いなどの解除も行えるが、これも仕手の力量次第。またその出自、剣に宿った意志の働きで、強力な「龍殺し(ドラゴンキラー)」の性質を備えている。龍だけでなく、龍の因子をもつ存在に対してもその能力が発動する。恨みを果たしたことで効果が薄れているが、微々たる量しか違いがない。斬られればかなりのダメージを及ぼす。


龍刀【朧火】
ランク測定不能
種別 対魔獣、魔龍、神獣、神龍宝具
レンジ 不明
最大補足 不明
モンスターワールドの魔力(マナ)を管理する老山龍より授かった神器。封龍剣【超絶一門】と同じような効果を持つが桁違いの力を持つ。また封龍剣【超絶一門】と違い、魔力壁なども使用でき、顕現する武器によって形を変えることが出来る。また全ての魔力(マナ)が力を貸してくれれば龍刀【却火】に進化可能。ほぼ全ての魔力(マナ)を用いた現象を切り裂くことが出来るが……魔力(マナ)が少なく、刃夜の未熟な腕では顕現はほぼ不可能に近い。
登場予定なしw


炎王の護り
ランクC
種別 対人宝具
紅炎王龍テオテスカトルの力の結晶炎属性を完全無効。また炎熱、呪い、腐敗から身を守る。マグマでスイミングも可能。炎を膂力に変える力を持つ。その力は意志と力量に比例する。この世界での魔力(マナ)容量、そして刃夜の未熟な腕により、炎属性無効、呪い、腐敗防御、炎を少し吸収して膂力に還元する程度まで能力がダウンしている。龍刀【朧火】同様、武器に顕現できるが、魔力(マナ)が少なく、刃夜の未熟な腕では能力だけでの顕現はほぼ不可能。だが、何か媒介物があれば刃夜が貯蓄した魔力を全て解放し、武器に注げば武器の顕現は可能。


魔紅獅刀【炎王】
ランクA
種別 大軍宝具
炎王の護りを使用して夜月に顕現した得物。炎を自在に操る能力と、炎王の力を具現化した剣。本来であれば炎という暴力で衝撃と炎熱で対象を破壊する能力を有しているが……刃夜の今の力量では一振り、しかも出力も一割程度までしか発揮できない。




















少女はただ、願った……

純粋に……

切実に……

助けて欲しい……

と……

本来であればそれは叶わないはずだった……

少女は、心が摩耗し疲弊し、壊れてしまうほどの艱難辛苦の日々を歩む運命(Fate)だった……



それを……



運命(Fate)を……






原点(Zero)






一人の青年が切り裂いた……






一振りの超野太刀を持って……













「おにいさん……だれ?」


意志の全く籠もらない瞳を向けてくる……全裸の少女が、そう俺に問いかけてくる
いつも以上に意味のわからない状態にも驚きだがそれ以上に……これほどの小さな子供がまったく意志の感じられない瞳をするのが、俺には許せなかった
俺はその子に上着を掛けつつ、返事を返す


「いや、俺は呼ばれたから来ただけなんだが……君は?」


いつものように……そうそれこそいつものように流されていた状況で、少女の声が聞こえた
助けてと……
それに呼応した結果が……これだった


「私? 私は……」


色彩の籠もらない目を向けて、少女は自分の名前を口にした
当然だが……知らない名前だった













「今すぐここから逃げてくれ! あいつが来る前に!」


とある洋館の入り口に悲痛な声が木霊する。
左目が完全に潰れてしまっており、顔色もなく、死相を完全に浮かべたその人間に対して……上着を掛けた少女を庇いながら、青年が言葉を返した。


「事情説明をしてくれ。意味がわからないのはいつものことだが……それでも今回のはなかなかに切実そうだ」


いつもと違って最初から怒濤の展開であることを青年は明確に感じ取っていた。
それもそうだろう。
呼び出された場所があまりにも異質な空間だった。
常人ならば吐いていたかもしれない。
それを見て青年も、今回はせっぱ詰まった状況であると瞬時に理解した。


「……信用していいのか?」


突然の出現。
あり得なくもない状況かもしれないが、それでもその男にとって、青年はあり得ない存在だった。
だが……彼にはそれでも縋るしかなかった。
自分の救いたい……青年が庇っている、少女のために。


「少なくとも訳もわからないまま子供を殺すほど、とち狂っちゃいない」


嘘偽りのない言葉。
それだけはない感情が込められていることを感じた男は……その青年に事情だけでも説明することにした。


「……わかった。俺の名前は間桐雁夜だ。君は?」

「俺か? 俺の名前は……」






「おい……征服王……」


見渡す限りの荒野。
青年と巨漢の男が居並び……その背後には数百を超える兵士が群れをなしていた。


「何だ?」


青年の言葉に、巨漢の男が声を返す。
その響きには愉快そうな感情があった。


「どうして俺まで結界の中にいるんだ?」

「何、貴様に我が軍団を見せたくてな。これが我の魂の力。王の軍勢(アイオニオ・ヘタイロイ)!!!!」


己の自慢の兵士達を青年へと見せつける。
背後の兵士達の個人の力は青年よりは劣る。
だが……それでも数という暴力は単純故に恐ろしいことを、青年は十分に理解していた。


「数による攻撃……。単純故に最強の力だな。恐れ入った」

「そこで相談なのだが? 余の軍勢に入らんか?」

「……これほどの力を見せて貰い、さらには、かの征服王から勧誘の言葉を賜って至極光栄だが……遠慮しておこう。俺には……やらねばならないことがある」


自身の願い、自分がなしえなければならないこと。
そのために……青年は今まで戦ってきたのだから。


「ふぅむ……待遇は弾むぞ?」

「というかあの怪物を前にしてそんな馬鹿なこと言っている場合じゃないだろう? 行こうぜ? 怪物退治に!!!!」


眼前の巨大なたこのような真っ黒い生物へと自慢の得物を向けつつ……青年は吼えた。






「それをよこせ、雑種」

「何?」


出会い頭に偉そうな事を行ってくる金色の鎧を纏った男の言動に、青年が眉をひそめる。
が、相手はそれに構わず話を続けた。


「この世の全ては我が宝物。しかれば貴様の持つその剣も当然私のものだと言うことだ」

「傲慢だな。だが残念ながらこれはお前の物じゃないぞ?」

「……何?」


世界全てが自分の物。
それが完全に嘘ではないと言い切れないのがこの男の恐ろしいところ。
だがそれも……青年には絶対に当てはまらなかった。


「何せ俺は……異世界の住人でこの世界の存在じゃない。故にこの剣とかも全てお前の物ではない」






「ランサーとセイバーの決闘を妨害するというのならば……容赦はしないぞ、衛宮切嗣」


刀を抜刀し、その剣先を相手へ……真白色のコートを着込んだ、長い銀髪の女性へと向けながら、青年は少し先の黒いコートの男へと声を上げる。


「……お前はいったい何なんだ?」


黒いコートの男……衛宮切嗣は、鋭く目を青年へと向けつつ、質問をした。
だが、青年としてもそれを明確に答えられる訳じゃなかった。


「サーヴァントとかいう存在らしいぞ? なんかよく知らんが正直どうでもいい。聖杯とやらの万能の願望機にも興味もなければ欲しいとも思わない」

「ならば何故僕の邪魔をする?」

「邪魔をするさ。自身の妻を戦場に立たせて自身は暗殺に走るような輩相手には。俺も同業者みたいな物だがな。それでも自分に取って大切な者を矢面に立たせるのは感心しない」






「ふ……イレギュラーなサーヴァントも粋なことをする物」


小さな体躯だが、その総身から発せられる気迫を感じ取れれば、その存在がただちいさいだけではないことが直ぐにわかる。
銀の甲冑を着込んだ少女が……握っている見えない何かを、相手へと向ける。

「あぁ……これで我らの決闘に対する憂いはなくなった! では……死合おうぞセイバー! 我が主の名にかけて……私は全力でお前を止めてみせる!」


赤き槍を持つその男の顔には、言葉以上に晴れやかな表情が浮かんでいる。
それを見て、相対する人間も……セイバーも、朗らかに笑みを浮かべた。


「……いいだろうランサー。この剣の名にかけて……貴方と全力の決闘をしよう!」






見えない剣と漆黒の剣が、交差している。
そのたびに澄んだ剣戟の音が……辺りの空気を震わせていた。

力任せに振るっては……感情にまかせたまま振るっては絶対に出せない……本当に綺麗で澄んだ音だった……。

全身を真っ黒なプレートアーマーで包んだ男が、その剣技を遺憾なく振るい、本能任せではない確かな技量の剣を振るう。



そこに……その剣に、狂気は微塵もなかった……



それを感じ取って、その少女は心を震わせる。

斬り合いをしている二人以外にはわからない……二人だけの時間が行われている。

それぞれのマスターは、ただそれを見つめることしかできなかった。

至高とも言える剣戟を……皆が黙って見つめていた……。













「これを防ぐか小僧!? ならば今度こそ……全身全霊を持って貴様を倒そう!!!!」



凄まじい力を有する物を振り上げながら、遙か先の敵が吼える。



薄暗い地下の空間という場所ですらも、そいつが着込んだ黄金の鎧は燦然と輝いていた。



そして右手に持った奇怪な剣が、その輝きすらも飲み込む膨大な魔力というその暴力が、赫く輝いていた……



それを見て……俺は腹を据えた。



右手の野太刀へと俺は手を添えて握り直し……吼えた。






「……全力を持ってあいつを倒すぞ!!!! 相棒よ!!!!」













「セイバー……聖杯を破壊しろ」


静かに衛宮切嗣より紡がれる……言葉。
まだ逡巡もあったのだろう。
その声には重い感情が込められている。
だがそれでもそれを口にし……それを眼前の少女は受け入れた。

言葉ではなく……剣を掲げることで……。


「いいのか?」

「……はい」


確認のために、青年が言葉を投げかける。
仮の主君同様に、セイバーにも重い感情があった。
だけど……それだけじゃないとわかったのだ。


「今際の際で望んだんじゃなかったのか? それでもか?」

「礼を言おう開拓者。だが……私にはもう、聖杯は必要ない」


後ろへと振り向きながら、セイバーが青年へと笑いかける。
その顔には……悲しげでありながらも、吹っ切った感じのする……朗らかな微笑が浮かんでいた。
それを眼前のそれへと向けて……気を引き締めて、彼女は吼えた。



高らかに……清らかに……そして何よりも尊い……手に執る真名を謳う。



その剣の真名は……












約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!!」












それが……聖杯戦争の終焉を告げる……最後の言葉だった……













――――――――――――












Fate Zero






超野太刀を持つ開拓者(フロンティア)













At least one year later writing






はいネタ満載な後書きでした~www
いやぁ書いてて楽しかったわw

最初はただ、「生きている人間なのにステータスが見える」というネタから始まった

そう……本当に最初はそれだけだったんだよね~

それがいつからか、本当にサーヴァントとして行かせようという話になって……

五次にいかせようとしたが、ほとんどパクリみたいな話になってしまうので断念

しかしここでアイディア提供者が

「五次がだめなら四次に行けばいいじゃない」

という、マリーでアントワネットな逆転の発想にて考え出されたお話

まぁ開拓者(フロンティア)だけでなく、刃夜自身のスキルはまだあるし、宝具もまだいっぱいあるのですがw
それはおいおい登場次第出していきますね~w

ちなみに予告だから、それこそ予告なく変更《本編を執筆するかどうかも含むwww》するかもしれませんのでご容赦願います~






ではここから本編の事に少し触れましょう



一応言っておきますが

暗殺者(アサシン)のクラス解説の時に

暗殺者の語源となった~

みたいな事が書いてありましたが、あれはあくまでも「原作においては」という前書きがつきます。
「原作=Fate stay Night」に置いてはアサシンの語源が暗殺教団となっているだけで、現実世界に置いてはその限りではないことをご注意願います。



次回は……ついに刃夜&小次郎タッグの恐ろしさを皆様にお見せできそうだ!
ようやく刃夜にスポットライトが当たります!

剣VS野太刀、双剣VS双剣

だぜ!!!!
お楽しみに~



あ、忘れてた

前書きの正解はですね?ww


後書きはルビなんかの文字数も含めて全部で6358でした~www


バカじゃないの?

バカじゃないのwww




ハーメルンにて追記
この後書きはにじファン時代から内容には一切手入れしてません!
誤字脱字程度だから内容はマジで変わってないです

故に……





書くかどうかも謎www


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魔法使い 分割版1/2

要望にて分割版を掲載
誠に申し訳ありませんが特にないように変化はないです

続き?




いつあげるかなぁ・・・・・・




エクスカリバー

 

数多の聖剣の一つであり、最も有名と言っても過言ではないその剣は、常に一人の英雄と供にあり、語り継がれた存在である。

その英雄は、英国史上屈指の大英雄のアーサー王のことである。

異国の侵攻や乱発する内乱で混乱していた時代、アーサー王は王たる資格を試すという「選別の剣」を岩より引き抜いて、ブリテンの王となった。

しかしその「選別の剣」がとある戦闘で折れたとき、泉の精霊が「エクスカリバー」をアーサー王に授けたという。

その剣と魔術師マーリン、円卓の騎士らと供に長い年月の多くの戦を、アーサー王は勝利へと導いてきた。

やがて王は実の息子、モードレットの反逆によって命を奪われる。

命を落とす間際に、アーサー王は自分の部下に命じて、聖剣を元の所有者である泉の精霊へと元へと返却させた……。

 

 

 

 

 

 

これがアーサー王とエクスカリバーの物語の終焉だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ほぉ……これはまたすごい光景だな」

 

夜を切り裂く一条の光を、さらに強烈な光の柱が切り裂く光景を見て、小次郎が感嘆の声を漏らしていた。

そう言った知識がない小次郎としてはあれが何なのか全くわかっていないのだろう。

正直な話、俺としても明確にわかっているわけではない。

だがそれでも……細かいことはわからないでも問題はなかった。

 

……なんとまぁ

 

恐ろしい威力を有しているのがわかる。

アレではあの光を受けたサーヴァントは間違いなく消滅しているはずだ。

 

『凄まじいな』

『アレが何かわかるのか?』

『明確にはわからない。だがおそらくアレは魔力を光に変換しそれを射出しているのだろう。この距離からも見えることを考えれば……相当な規模の攻撃だ』

『だぁな』

 

封絶の予想を聞いて、俺も納得していた。

魔力を光に変換しているという封絶の予想が本当ならば相当に厄介な攻撃手段だ。

何せ光だ。

紛う事なき光であるかどうかは謎だが……それでもあれの速度は一瞬で夜空を横切ったことを鑑みても、光に近い速度を有していそうだった。

それはわかる。

わかるのだが……。

 

……っていうか何が起こってるんだ?

 

あの屋上で何が起こっているのか……見当が付かなかった。

さすがにこれほどの距離があっては気配を感じ取ることもできない。

戦闘が起こっていることはわかるのだが……何と何が戦っているのか……。

 

聞いてみるか?

 

「なぁ遠坂凜?」

「……何かしら?」

「あれ、何と何が戦ってるんだ?」

「……何で私が教えないといけないのよ。あんたはさっきこの場はこれで終わりと言ったから、もうあんたに何かを教える義理はないわよ?」

「……その通りだな」

 

実に刺々しい……純度120%の嫌がらせで出来ている言葉を受け取って、俺は苦笑することしかできなかった。

確かに「生かしておいてやるよ」と言われて腹立たない奴はいないだろう。

俺自身傲慢なことを言ったという自覚はあるのだが……それでもこうまで嫌われてしまっては、ちょっと傷ついてしまう。

そうさせたのは俺だが。

 

まぁ別に遠坂凜に嫌われても正直どうでもいいが……

 

それにこの態度、そして士郎がこの場にいないことから、あの宝具はセイバーの物だと予想できるが。

ビルの屋上から光が溢れているアレは、セイバーの宝具なのだろう。

宝具という単語は何度か聞いていたが……実際目の当たりにしたのは初めてだった。

しかもライダーの宝具よりも派手だ。

無論派手と言うだけではないだろうが……。

 

今の俺では……一瞬で消し飛ぶだろうな……

 

気壁程度で防げるとは思えなかった。

全ての得物達の刃気を一斉に解放したとしても、俺の実力ではあれを防ぐことは無理だろう。

 

例外としては夜月が破壊神との戦いの時に見せた、あの気壁……

 

あれならば間違いなく防げるだろう。

あの光は確かに強大な力を有しているようだが、それでも「空間」までも破壊していない。

破壊神のあの力の奔流は空間すらも破砕していた。

その空間破砕の力を難なく受け止め、挙げ句の果てにはそれを押し返して霧散させた夜月の究極の気壁が負けるわけがない。

が……

 

任意に発動できないがな……

 

未だ夜月のあの気壁の発動条件はわかっていない。

何となくわかっているが……仮に俺が予想した通りの発動条件だとしたら、任意に発動することはほとんど不可能と言っても良かった。

 

まぁあれを撃たせなければいいだけの話だから対策はいくらでも立てられ……

 

 

 

そう思案していたその時……

 

 

 

 

 

 

左腕前腕が何かを捉えたのを……俺は感じていた……

 

 

 

 

 

 

……何だ?

 

 

 

左腕前腕の力、龍脈と|魔力(マナ)を自在に操り、それの管理をしていた老山龍が地脈の乱れを捉えていた。

俺はそばにいる遠坂凜とアーチャーに悟られないように注意しながら、それを探った。

 

……これは乱れと言うよりも……一部が肥大化? いや……何か地脈ではない何かがどこかに移動している?

 

地脈の乱れではなく、俺が見つけたのは地脈の流れに沿って何かを運搬している感じだった。

地脈というものは大地の力の脈動だ。

そこで何かを運搬するというのならばそれは大地の力でしかないはず。

 

いや……これは……龍脈その物ではなく、なんかを運んでいる……これは……気?

 

その運搬してる物が何かに似ていると感じて、それに該当する物を探していたのだが……それに心当たりがあった。

俺が最も扱う……体力という気の力。

しかし何というか……混合物のような気である。

それがどこかに運ばれていく……。

 

いや……龍脈を経由する以上、終着点は……

 

 

 

この辺り一帯の龍脈の大元……

 

 

 

 

 

柳洞寺

 

 

 

 

 

 

ふむ……。これは調べてみる必要性がありそうだな……

 

「小次郎。行くぞ……。探索を続ける」

「……うん? いいのか? アレを見に行かなくて?」

「もうすでに終わっている。今更行ったところで無意味だ」

「……ふむ。承知した」

 

俺の何かを察してか、何も聞かずに小次郎が俺に追随した。

それを訝しく思いつつも、それでも士郎とセイバーを放っておく訳にはいかないと判断したのか、遠坂凜があの屋上へと向かっていく。

俺たちを睨みつけながら……アーチャーが安全のために先行していた。

 

さて……

 

『参るぞ小次郎。何か起こっているようだ』

『どこでだ?』

『柳洞寺だ……』

『ほぉ……懐かしい単語だな』

 

柳洞寺という単語に珍しく小次郎が知っているような仕草の言葉を漏らした。

 

『? 懐かしい?』

『以前……生前か。星を見に柳洞寺まで出向いたことがあってな』

『ほぉ……』

 

そんな会話を行いつつ、俺たちは夜の深山町へと向かっていく。

俺は柳洞寺へと直ぐに向かいたいところを必死に抑えて、探索しているふりをした。

直ぐに向かってしまっては何かが起こっていることを他の連中に悟られてしまう。

そうして長い時間を掛けて、俺は柳洞寺へと続く長い長い……石畳の階段へと来た。

そして……そこで俺は気がついた。

 

……これは?

 

長い長い階段へと続く石畳の道……参道。

それ以外の場所、つまり森木々が連立している所……つまりは森に強固な結界が張られていた。

否、別段それは不思議でもない。

以前から結界その物はあった。

寺という空間のために、悪霊と言った類を入れさせないためのものだと勝手に解釈していたのだが……。

 

それだけじゃなさそうだな……

 

しかしよくよく観察してみると、ある種の特徴があるようだった。

人間である俺にはそこまでの弊害はなさそうだが、それでもサーヴァントである小次郎にはきついと感じるような結界だ。

 

 

 

何というか……自然ではない霊体の侵入を拒むような結界である感じだ……

 

 

 

以前はこの結界がどういった類の物を排除するのかわからなかったが、傍らにいる小次郎のおかげで俺ははっきりとわかった

 

 

 

この結界は|自然(・・)霊以外の不自然な霊体を排除するための結界なのだ……

 

 

 

小次郎……つまりはサーヴァントのような……

 

 

 

空気がよどむ都合上、一時的に出はなく永続的に結界を張る場合は逃げ道が必要なので、正門へと続くその道には張り巡らされていない。

それも以前と同じままだが……以前には感じ得なかった違和感がある。

 

罠……だろうな……

 

もしもここに何かがいるというのならば、唯一の侵入口となる場所を放置するわけがない。

故にこの参道にはいくつかの罠なんかが張り巡らされていても何ら不思議はない。

俺の今の装備は軽装備……何が起こるかわからない上に、敵の本拠地に攻め入る以上、選択肢は多いに越したことはない。

 

……とりあえず何かがいることは間違いないな

 

山門へと続く参道に罠が仕掛けられていること。

以前になかったそれがあるだけで、この柳洞寺に何かがいることがわかった。

しかしそれだけでは張り巡らされた結界の特異性がよくわからないが。

 

……なんかきなくさいな?

 

そう思うのだが……材料が少なすぎて結論が出せない。

面倒になったので考えるのをすっぱりとやめた。

柳洞寺に何かしらの変化があったこと。

正体がわからないまでも、セイバーの切り札を知ることが出来たこと。

情報収集としては十分すぎるほどの収穫だ。

柳洞寺をさらっと流しながら見て……帰ろうと思ったのだがその時、視線を感じた。

 

!? 何だ!?

 

遙か彼方から俺を見つめる視線に気づいた。

俺から見ることは叶わないが……この視線は知っている。

 

 

 

……アーチャーか!!!!

 

 

 

まさに射貫くかのようなその目線は……弓兵のものに他ならない。

 

……なるほど『|弓使い(アーチャー)』のクラス名は伊達ではないと言うことだ

 

視線が発せられているのは、大橋のアーチの上……

まさか大橋からここまでの俺を見るとは……。

 

ちっ!? どうやら何かあると悟られたようだな……

 

注意深く行動したのが、返って裏目に出たかもしれない。

何かがあると知られてしまったために、明日やつらもこの柳洞寺へと来る可能性がある。

まだ動くべき状況ではないが……それでも明日、何かあると考えてもいいだろう。

 

面倒なことになったな……

 

もうすでに夜も更けている。

俺の装備も今宵は準備万端とは言い難い……。

今宵の活動はもうこれでいいだろう……。

 

「ちっ、帰るぞ小次郎」

「ふむ、やられたな?」

「あぁ」

 

さすが小次郎。

アーチャーの視線に気づいていたようだ。

クラス名からもっと相手の能力を考えなかった、俺の甘さに敗北感を味わいながら……夜の深山町を歩いて、店へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

(気づかれた!?)

 

薄暗い空間。

おそらく中心にあるであろう、浮遊している球体が発する光だけが、この空間の光源だった。

その球体には、何か映像が映し出されていており……そこには店へと帰還している刃夜と小次郎の姿があった。

それを覗き込んでいる人物は、フードで顔を隠しているためにその顔を見ることは叶わない。

だがその細い、華奢とも言える体つきを見れば、その人物が女性であることがよくわかる。

 

『|魔法使い(キャスター)』のクラスのサーヴァント、キャスターである。

彼女は刃夜が怪しいと感じ、偵察に来た柳洞寺の一室に自身の私室を構えており、そこで使い魔による視覚情報から刃夜と小次郎を監視していた。

 

(……失敗したわね)

 

新都にて、莫大な魔力の奔流を検知したキャスターは、それを隠れ蓑にして今までよりも多めな量の魔力を吸い上げて地脈に乗せて、この柳洞寺まで運んでいたのだが……それに気づいたのが刃夜だったのだ。

 

(まさか、気づくだなんて)

 

 

 

魔術師の英霊であるキャスターは当然魔力に特化したタイプなのだが……相性の問題もあり、聖杯戦争では最弱と言われている存在である。

それはクラス特製のスキル影響によるもので、大半のサーヴァントが「対魔力」というスキルを有しているからだ。

これは魔術攻撃を無効化する能力のことである。

ランクによって魔術の無効化が当然異なるが、最高クラスの対魔力を有する『|剣使い(セイバー)』には魔術ではダメージを与えられないと断言してもいい。

むろん対魔力を超えるほどの魔術を行使すればいいのだが……彼女にはそれが出来なかった。

否、今の状況では出来ないといった方がいいだろう。

キャスター自身は非情に優秀な魔術師であり、その実力ははっきり言って「魔術師」という枠組みの中……いやそれどころかその分野の中では最強の実力を有している。

そのため、彼女は最優のサーヴァント『|剣使い(セイバー)』であっても勝てなくはない(無論策を張り巡らせてだが)。

 

(……見つかることは覚悟していたけど、よりによってなんて厄介な存在に)

 

使い魔を設置した場所より、遠ざかっていく二人組を水晶玉の物から見送りつつ、キャスターは憎しみで歯がみしていた。

彼女自身は最強クラスの魔術師であることは間違いない。

だが……彼女、キャスターには魔力がないのだ。

ないといっても別段すぐさま消滅するほど少ないわけではない。

彼女が実力を発揮するほどの魔力の蓄えがないのだ。

「陣地作成」という固有スキルを使用し、柳洞寺に擬似的な「神殿」を造り上げて、龍脈より少しずつ魔力を吸収していた。

しかしいくら彼女が優秀とは言え、龍脈から直接魔力を吸い上げることは難しく、また生きているわけではない彼女には龍脈の力を自身の糧にするのは難しい。

故に彼女は龍脈という「運搬路」に、自身の力で吸収した生きた人間達の生気……「生命力」を乗せて、この辺りの龍脈の大元である柳洞寺へと運び、それを糧にしていた。

敵である他のサーヴァントに気づかれぬように、吸い出された本人でさえもほとんど体調不良にしか思わないほどの微細な量を、数え切れないほどの人間から吸い上げていた。

 

(あの人間……)

 

本来ならば、彼女の行っている行為はばれるはずがなかった。

何せ超優秀と断言できるキャスターが、細心の注意を払って行っていた魔力の吸い上げは、例えサーヴァントであろうとも気づけないほど自然な物だったのだ。

確かに今回、いつもよりも多めに吸い上げたことは事実だ。

だがそれでもセイバーやアーチャー、ライダーは全く気づいていなかった。

 

(……本当に人間なの?)

 

つまりこれはキャスターの失策ではないのだ。

 

 

 

気づいた人間……鉄刃夜という存在が普通じゃないのだ……

 

 

 

しかしそれもある意味で当然といえた。

 

龍脈や生命の|魔力(マナ)を蓄え使役し、自在に使用し、従わせることの出来る老山龍の力を宿した刃夜が、世界が異なるとはいえ龍脈の異変に気づかないわけがなかった。

 

むしろそんな存在である刃夜が今まで気づかなかったことこそ、キャスターの実力を物語っている。

 

 

 

(……明日奴はここに来るはず)

 

それが恐ろしかった。

何せバーサーカーに普通に斬りかかることの出来た存在だ。

しかもサーヴァントまで従えている。

 

自身が従えるべきだったはずの……サーヴァントを……

 

それを思うとさらに憎念が彼女の心に渦巻くが、そんな場合ではなかった。

 

(……あまり魔力は使えないけど)

 

それでも、自身の望みのために生きていたい。

そのためにキャスターは、あまり多くない魔力を使用して、必死に対策を練った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「う~ん……うまくいかないな?」

 

日が昇り始めた早朝。

まだほとんどの人間が眠りについているだろうその時刻に……廃墟のような武家屋敷でそんな声が上がった。

武家屋敷の広い中庭。

その場にいるのは腰に打刀を差して唸っている刃夜と、その後方で野太刀を振るっている小次郎だった。

今朝方の訓練という名の斬り合い……ちなみに刃夜の負け……を終えた後だ。

後方で野太刀を振るっていた腕を止めて、小次郎が不思議そうに刃夜へと向き直る。

 

「何がうまくいかないんだ? 先ほどから軽業師のように飛び跳ねているが?」

「いや……多分今の俺なら出来ると思ってやってるんだが……うまくいかなくてな……」

「何をだ?」

 

再度小次郎が問いかけるが、集中しているのか刃夜から反応がない。

付き合いが短いとはいえ、刃夜が武術に置いて無駄なことをしないと、小次郎もすでにわかっていた。

それに刃夜は小次郎では知りもせず、わかりもしない不思議な力を有していることも知っていた。

そのため小次郎が取った行動は……。

 

(ふむ。見学するか)

 

何をするのか興味が湧いた小次郎は、野太刀を鞘に収めて武家屋敷の道場縁側へと腰掛けて、刃夜の行動を見守ることにした。

その刃夜は、そんな小次郎に気づかずにただひたすらにジャンプを繰り返していた。

 

 

 

もしもこの場にわかる人がいたら……まるで青い格好の右腕バスター野郎がダッ○ュジャンプを練習しているような光景に見えたかもしれない。

 

 

 

それほどまでに刃夜は無駄に飛び跳ねては着地して思考し、跳んでは思考するを繰り返してた。

それをのんびりと小次郎は面白い物を見るように、のんびりと眺めていた。

 

(相も変わらず……面白い奴だ)

 

それが刃夜に対する小次郎の感想だった。

確かに自分はその生涯のほとんどを、剣を振るうことのみに費やした。

それ故に一般的な世俗にも疎く、そしてそれ以上に裏のことはほとんど知らないといっても良かった。

 

ただ自分の剣技さえ磨ければそれで良かった……。

 

それは死後、正規ではないとはいえ英霊として祭り上げられてもその考えは変わらなかった……。

 

 

 

だがそんな彼が興味を惹かれたのが、刃夜だった。

 

 

 

確かに小次郎の野太刀は長い。

 

だが、彼以上の野太刀を所有し、それを振るっていた武人は数多く存在した。

 

しかしそれは彼にとってはどうでも良かった。

 

自分の剣技さえ磨ければそれでいい存在である小次郎が、自分よりも長い野太刀を扱う人間に興味を引かれるはずがないのだ。

 

だが……それでも、刃夜の存在は見過ごせなかった。

 

 

 

刃夜の持つ、七尺四寸の野太刀、狩竜に……そしてなにより、刃夜に惹かれたのだ……

 

 

 

何故かは小次郎自身にもわかっていない。

 

だがそれでも小次郎は見たいと思ったのだ……。

 

 

 

あまりにも異質で異常な……刃夜の事を……

 

 

 

そして気がついたら現界して、刃夜のそばに佇んでいたのだ……。

 

サーヴァントという異質な存在となって……。

 

それもあり得ないクラスでサーヴァントとして現界したのだ……。

 

 

 

「マスターの天敵」と言われる、『|暗殺者(アサシン)』。

最高クラスの「気配遮断」スキルを有しているために、常に気を張っていなければいけない相手である。

何せ気配遮断のスキルを用いた『|暗殺者(アサシン)』には、おなじサーヴァントでも気配を捉えるのは難しい。。

サーヴァントが気づかないのであれば、必然的に性能で劣っている人間が気づくわけがない。

気配遮断を行ってマスターに近寄り、息の根を止める。

 

故にマスターの天敵。

 

だが、攻撃に転ずればその分気配を察知できるために、返り討ちに遇うこともままあり、そこまで優秀といえるサーヴァントではない。

実際マスター相手には天敵だが、同じサーヴァントと普通に白兵戦を行った場合、ほとんど勝機はないと言っていい。

そもそも『|暗殺者(アサシン)』に、斬り合いを望むべくもないのだ。

この『|暗殺者(アサシン)』のクラスは本来ならば、「暗殺者」の語源となった暗殺教団の歴代頭首「ハサン・サッバーハ」のみが呼ばれるクラスである。

歴代頭首、全19人の中から一名が選ばれて召喚されるのだ。

 

 

 

しかしそれに全く当てはまらないのが小次郎だった。

『|暗殺者(アサシン)』でありながら、侍である彼は暗殺者ではない。

だが、それは彼にとっても……刃夜にとってもどうでも良かった。

 

 

 

自分たちが心から惹かれあい、さらには己の技量を試すにはこれ以上ないほどの好敵手である二人にとっては……クラスなんていうものは全くもってどうでもよかった。

 

 

 

(……刃夜……か)

 

 

 

まるで恋いこがれる|女子(おなご)のように、小次郎は刃夜に好意を抱いていた。

 

その気持ちは全く持って嘘ではない。

 

これ以上ないほどに純粋であり、互いに互いを認めて背中を預け合うにふさわしいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

だが、本人も気づかないほどの心の奥深くに……黒い感情が芽生えているのを、小次郎は気づいていなかった……

 

 

 

 

 

 

一人の敵として……

 

 

 

一人の剣士として……

 

 

 

一人の……好敵手として……

 

 

 

 

 

 

小次郎は、刃夜との死合いを望んでいた……

 

 

 

 

 

 

二人してそれに気づかず……刃夜が気づくわけもないが……、刃夜は軽業師のように飛び跳ね、小次郎はそれを道場の縁側で眺めている。

 

「よし……」

 

その刃夜が、何かを掴んだように目を閉じて……見開いて再び宙へと跳ぶ。

 

そして何もないはずの空を蹴り、再び空へと舞い上がる。

 

これまではいつも通りだった……。

 

 

 

だが……今回は違った……

 

 

 

「……こうだ!」

 

 

 

その声と供に、再び刃夜が宙へと跳ねた。

 

地を蹴り、空を二回蹴った……。

 

それを、小次郎は呆れるとも驚くともしない……実に曖昧な表情を浮かべている。

 

 

 

(全く……こやつは……)

 

 

 

小次郎としては苦笑を禁じ得なかった。

 

常人では振るうどころか持つことも出来ない長大な野太刀を軽々と振るい、それだけではなく様々な力を内包し、そして今は人間業ではない三段跳びという……意味のわからないことをしている。

 

その刃夜が宙から地面へと着地する。

 

顔には何かをやりきったような……達成した時の満面の笑みを浮かべていた。

 

その表情が余りにもすがすがしくて、思わず声を上げて小次郎が笑った。

 

 

 

「ふははははは。よもや三段も宙を跳ねようとは。一体どういった原理だ?」

 

「いや、以前に説明しただろ? 気の足場を造って跳んでいるって。二度目はそれとは別に魔力の足場を形成して跳んだんだ。今の俺なら出来ると踏んでいてな」

 

 

 

嬉々として語る刃夜の言葉を、小次郎は感心しながら聞いていた。

正直いって小次郎は刃夜の言っている意味がよくわかっているわけではない。

だがそれでも自分の戦友にして宿敵が、何かを成し遂げたことは簡単に理解できている。

新たな技を会得した刃夜を褒めつつ、小次郎は話を聞いた。

 

 

 

こうしてどんどんと人間離れしていく刃夜。

魔力壁だけでなく、それを足場として再度飛び事の出来るエ○ハイク(魔力の足場バージョン)を身につけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「追い出された?」

「はい、鉄さんが帰った後直ぐにです。うちの学校で何かあったみたいで」

 

翌日。

いつものようにやってきた美綴に体調のことを聞いてみた。

身体自体は見舞いの時に異常がないことを知っていたので、どちらかというとその後のことが知りたかったのだが……追い出されたというのは少しだけ驚いた。

 

まぁ学園で昏睡事件起きたらな

 

美綴の話では、学園で全校生徒並びに教師が一成に昏睡してしまうという事件が起こったらしい。

結界が発動したこと自体は知っていたが、それがどのような効果をもたらすのかわかっていなかったので、それを知ることが出来た。

 

衰弱した状態で一部の例外を除く人間が運ばれたと言うことは……魂食いとか言う奴の広範囲版か……

 

どうやらあの結界は魂食いとおなじ作用を、結界内部の人間全員に食らわせるための物だったようだ。

程度の具合は人それぞれらしいが、死人は出ていないことからそこまで大事には至らなかったようだ。

 

「なんかベッドが足りなくなりそうだから帰ってくれって言われちゃって。まぁ暇だったからちょうど良かったんですけど」

「ふぅむ。何というか……運が良かったな」

「私は運が良かったかもしれないけど……知り合いがほとんど倒れちゃったから、あまり素直に喜べないんですけどね」

 

ライダーに襲われかけて意識を失って学園に行かずに済んだ美綴が良かったのか、ライダーに襲われずに学園で吸収された方が良かったのか……どちらがいいのかは謎だが、それでも俺としては美綴が無事なのは喜ばしかった。

 

「ふむ、友に気遣って心を痛める必要はない。運が良かったのは事実かもしらんが、それでもお主が無事なのは喜ばしいことだ。それでも気になるのならば、お主が元気な分、他の者を見舞ってやればいい」

「……そうですね」

 

小次郎の言葉にしばし考える仕草をしていたが、それでもそれが一番だと美綴自身も思ったのか、決意を新たに頷いていた。

その二人の会話を見つめつつ……俺は美綴に心の中で詫びていた。

 

今情報収集のために利用している感じがするのがいやだな……

 

だがそれでも情報収集と言う意味でも美綴の存在は貴重だった。

学園というのは一種の閉鎖空間だ。

外から内部の様子を探るのは難しい。

学園の人間で士郎と凜、二人のマスターがいるために、放置しておくわけにはいかない。

 

まぁあの二人は学校で暗躍するとか、学園を利用して何かを企むとかそう言うタイプじゃないけどね……

 

士郎は人助けのために生きているような物なので、人を襲うと言うことはほぼあり得ない。

遠坂凜は冬木の管理者として頑張っている人間だし、それになによりそう言った暗鬱とした行為を行うような人間とは思えない。

だから放置してもあまり問題はないが、何が起こるのかわからないので情報は収集しておくべきだ。

という言い訳の元、俺は毎朝美綴とのお話を楽しむのである……。

 

『何というか……言い訳にも程があるな。会話を楽しんでいること自体は嘘ではないのだろう? ならば素直に楽しみきれば良かろうに』

『やかましいぞ封絶』

 

的確なつっこみをしてきた封絶を切って捨てて、俺は美綴にさらに話しかける。

 

「となると学園はしばらく休校か?」

「そうですね。また暇になっちゃいました」

 

たはは、と苦笑しながら美綴が笑っている。

学園のほぼ全員が昏睡してしまっては、いくらなんでも二、三日は休日にするしかないだろう。

いくら途中で終わり、死者が出なくても全員が一斉に倒れたのだ。

学園側に責任がないとはいえ、それを無視するわけにはいかないだろう。

 

教師陣大変だな~。大河に出前でもしてやるか?

 

本来ならば学園に全く非はないのだが、それでも管理がどうとかなんか言ってくる輩もいるだろう。

教師はそれの対応に追われることになる。

故に大河も大変な目に遭っているはずだ。

自身も倒れたというにもかかわらず、走り回っているのが容易に想像できた。

 

大河は生徒思いなのは間違いないからな。普段のふざけた言動に目を奪われがちだが……

 

そう実は大河……教師とはしては結構優秀であるらしい。

まぁ若干25歳にして、すでにクラス担任をしていることを鑑みれば優秀なのは当然だろう。

しかも剣道五段らしく、武道も強い。

美綴は武道を習得し、それをきちんとした使い方をしている人間には敬意を払うような子なので、大河には最終的には頭が上がらないらしい。

 

ここで「最終的には」という単語が付くところが大河らしいな……

 

普段はやはり普段の大河らしいので、尊敬しているが困ってもいると言っていた。

 

「そう言うわけ何で、鉄さん。またお手伝いさせてくれませんか?」

「え、いやいいよ。っていうかこういった事情の時は基本的に自宅待機じゃないのか?」

 

いくらやむにやまれぬ事情があるとはいえ、平日に休みを設ける場合は、生徒は自宅待機のはずだ。

 

「そうなんですけど、家にいても暇っていうか……それに、お礼だってしたいですし」

「お礼って……。だから俺がお前を助けたのは別に……」

「そ・れ・で・も・で・す!」

 

……不退転だなぁ

 

もう手伝わせてもらうまで帰る気がないようだ。

そんな美綴と俺を見て、小次郎がクツクツと愉快そうに笑っていた。

 

『笑ってないで助けろよ?』

『いやなに。美綴がもしも働いてくれると言うのであれば、私としても愛でる対象が増え……』

『あ~はいはい』

 

何を言うのかわかったので、俺は念話を一方的に終わらせた。

そしてもう一方の相手に助言を頼むことにする。

 

『封絶。この場合どうすればいい? 竜人族の英知で助けてくれ』

『そう言ったくだらないと言えなくもないことで私を頼られてもだな……まぁ構わぬが。しかし仕手よ。それで美綴の気が済むというのであればさせてやってはどうだ? どこかに出かけるよりもよほど安全だと思うぞ?』

 

|お前も(ブルータス)か!?

 

意外や意外。

まさか封絶までもそちらに回るとは……思わなかった。

 

まぁ確かにその通りか……

 

俺の店にいる分には、そんなに危険な目には遭わないだろう。

ならば手伝ってもらうという名目で、保護しておくのも悪くはない。

 

「わかった。頼んだ」

「!!?? はい! わかりました!」

「といっても、今日は夜の部ないんだけどな」

「? 何でですか?」

「ちょっと気になることがあってな……。調べ物にな」

 

お礼として頑張ろうと意気込んでいた美綴には申し訳なかったが、それでも夜の部をやるつもりはなかった。

夜になる前に、武装のチェックを行いたかったからだ。

他にも柳洞寺を遠目から観察して、何か変化がないか見たかったのだ。

 

『わかっていると思うが今宵は敵の陣地に乗り込むぞ?』

『ふむ。何が出てくるか見物よな……』

『了解した。仕手よ』

 

相方達に念話でそう伝えておき、俺はそれとは全く違うことを、口にする。

 

「よ~し。んじゃ今日は美綴にも料理を作ってもらおうかな?」

「え!? む、無理ですよ! 私そんなに料理できないです」

「そんなにって事は少しは出来るんだろ? ならそれをやってくれ」

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

そんな談笑をしつつ、俺たちは開店の準備を行う。

普段よりも人数が一人増えて騒がしいというか……和気藹々といった感じに作業を行う。

 

 

 

ちなみに余談だが……

美綴は確かに料理が余り出来なかった。

名誉のために言うが、美綴が造った料理は好評だった。

何というか、凝る料理よりも大量に造れるような料理……今回はお好み焼きを作ってもらった……が得意なようだ。

しかも量を造れば造るほど美味かった。

ある種不思議な才能である。

かわいい女の子がいるからか男性陣には好評であり、しかも女性側からも何人か学生が昼食を食べに来たときに、熱視線を送っていた。

 

……あなどれんな、この子

 

改めて、美綴のハイスペックぶりを認識した俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

思わぬ休日なってしまったとある日の昼食後。

作戦会議と言い出した士郎に凜が同意し、衛宮家の居間にて、士郎、セイバー、凜で今後の作戦会議が開かれていた。

ちなみに例によって例のごとく、アーチャーは見張りに立っているためにいなかったりする。

 

「刃夜が柳洞寺に偵察に行っていただって?」

「……えぇ、そうよ」

 

(何でそんなに不機嫌なんだ? 遠坂)

 

そして会議が始まって刃夜の動きを士郎が聞いて返ってきた答えがそれだった。

何故か刃夜の事で苛立ちを覚えていると見抜いた士郎は、あえてそれを聞くような愚かなことはしなかったが、その原因がわからないので困惑した。

士郎もまさか凜が、自分が死ぬ気で屋上へと上っているときに、刃夜に敗北して屈辱的な思いをさせられたとは思うまい。

 

「アーチャーが、あいつが何気ない仕草を装いつつも、柳洞寺に探索に行ったのを見ていたらしいの。あいつが何かを感じ取ったのだとしたら、きっと何かあるはずよ」

「しかし凜。一体何があるというのですか?」

「一晩あったからそれは考えておいたわ。でもね、正直考えるまでもなかったのよ。残ったサーヴァントを考えれば、あそこに何がいるのかは自然とわかるわ」

「残ったサーヴァント?」

 

凜の言葉に、士郎が残りのサーヴァントを思い浮かべてみた。

 

刃夜のサーヴァント、アサシン。

士郎のサーヴァント、セイバー。

凜のサーヴァント、アーチャー。

イリヤのサーヴァント、バーサーカー。

ゲイボルグを使用するランサー。

昨夜セイバーが戦ったライダー。

残るクラスは……。

 

「残りは……キャスターか」

「えぇ。きっとあそこにはキャスターがいるわ。ランサー、ライダーの線もなくはないけど……。でも不思議なのは、一体どうしてあんな場所にいるのかってことなの」

「確かにそうか……」

 

凜の言葉に、士郎が同意を示す。

確かに柳洞寺は、冬木市でも結構へんぴなところに立っている。

寺に行くにも相当長い階段を上らなければいけないこともあるのだ。

まぁ霊体の存在であるサーヴァントに、階段なんぞ意味はないだろうが……。

そんなその二人の言葉を、真っ向から否定する存在がいた。

 

 

 

「いえ、別段不思議でもありません。柳洞寺を拠点にするのは都合がいい」

 

 

 

今まで黙って聞いていたセイバーである。

 

「都合がいいって……セイバー、どうして柳洞寺のこと何で知ってるんだ? 俺はまだ連れて行ったことないぞ?」

 

セイバーの言葉に、士郎が疑問を口にする。

士郎がセイバーを召喚してからまだそんなに日数が経っていない。

その間にも色々と合ったこともあり、セイバーにこの冬木市の事を案内しなければいけないと思いつつも、士郎にそんな時間も精神的余裕もなかった。

 

 

 

確かにサーヴァントは、時代の違う世界へと赴くために、生活などに支障を来さないために、その時代の知識などは聖杯より与えられている。

しかしそれはあくまでも一般的な知識であるために、地形や、霊脈と言った戦術及び戦略に直接関わりのある事まで詳細に教えられることはない。

 

 

 

「……そう言えばまだ話していなかったですね」

「何をさ?」

 

セイバーが何か重大な事を話すと思い、身構える士郎と凜。

しかし身構えた程度ではどうにもならないほどの爆弾だった。

 

 

 

「私がこの聖杯戦争に参加したのはこれで二回目です。前回の戦争に参加したので、この町の事は熟知しています」

 

 

 

「え?」

「へ?」

 

恐るべき事実に……二人は揃って固まった。

前回の聖杯戦争。

それは士郎が災害に巻き込まれた、冬木大災害の直接の原因となっていた、第四次の聖杯戦争のことを示している。

 

「ちょ、ちょっと待てセイバー! ぜ、前回の聖杯戦争って……十年前のやつにか!?」

「えぇ。正直な話、それほど時間の経たない今回の戦争に参加することになるとは私も予想外でした」

「……十年前に」

 

士郎は驚愕し、凜は呆然と言葉を発していた。

その言葉には……寂しげな感情が込められていた。

凜の様子に気づきつつも、聞くべきではないと察したセイバーが、言葉を続けた。

 

「それで柳洞寺なのですが、あそこは落ちた霊脈なのです」

「落ちた霊脈!? それって|遠坂邸(うち)のはずよ!?」

 

落ちた霊脈。

つまりは龍脈の大元であるという意味。

冬木の管理者として代々この町で生きてきた遠坂は、当然ながらそれだけの権利を有している。

そのために、魔術師としては見逃すことの出来ない、龍脈の大元の上に家を建てて、この町の管理を行って来た。

そのために、凜の言葉は当然のように正しかった。

だが……それだけで、この冬木市に大元が一つ限りであるということにはならないのだ。

 

「私も詳しいことは知りませんが、この町には二つの落ちた霊脈が存在しているのです。そしてそれのおかげか、あの土地は魔術にとっては神殿に等しい。この地域の霊脈の大元とも言える場所だそうですから、魂を集めるのには絶好の拠点となるはずです」

 

魂を食らうことによって強化することが可能なサーヴァント。

それの強化には魂という代価が必要だが、それは当然リスクを伴う。

ライダーが行っていたのを考えれば当然だろう。

個々を狙い、夜に実行したとしても人目がないとは言い切れず、結界を発動させた場合、いくら外に漏れないと言っても、完全に情報が漏れないと言うことはないのだ。

しかしそれを龍脈の元締めとも言える柳洞寺を占拠することによって、そこから龍脈の力と本人の力量によって、遠隔地からの魂食いが可能となる。

今回の聖杯戦争がいつ始まったのか、明確にはわからない。

最初に呼び出されたサーヴァントが誰だかわからないからだ。

しかしもしも仮にキャスターが早期に召喚され、そしてそれとほとんど同じ時期に柳洞寺を占拠し、龍脈を利用しての魔力吸収を行っていたら、相当量の魔力を有している事になるのだ。

 

「知らなかったわ。それが本当だとすると、確かにうってつけの土地ね」

 

自身が知らなかったことに嘆きつつも、それを感情にまかせて否定するほど凜は子供ではなかった。

むしろ彼女にとっても有益な情報といえた。

しかしそうなると次なる疑問が浮上するのだ。

 

「でもそうなるとどうして真っ先にあそこを制圧しないの? 修行僧はいるけど、魔術師じゃないから何とでも出来るはずでしょ?」

「確かに霊脈だけをみればいいのですが、サーヴァントにとっては都合が悪い場所なのです」

「サーヴァントにとっては?」

 

今まで半ばついて行けなくなっていた士郎が、率先して疑問の声を上げる。

このままだと取り残されると思ったのかもしれない。

 

「あの山には自然霊以外を排除する法術が作用しているのです。生身の人間なら問題ないのですが、サーヴァントにとっては鬼門です。と言っても寺院の中は問題ありません。そして正門へと通じる参道だけはその結界がないみたいです」

 

龍脈の大元である寺院を密閉してしまってはどんな不具合が起こるかわからない。

故に一本道だけではあるが、柳洞寺に通ずる道が存在している。

それが正門である山門へと通ずる、参道だった。

 

「なるほどね~。だから陣地にしないのね。それにそれを知ってないとそもそも拠点にしようとしないんだから、それもある意味で仕方がないことか」

「それで、どうするのですか? サーヴァントはまだ確定していませんが、それでもマスターがいるのは明白です。このまま指をくわえて敵が強大になるのを見ているだけなのですか?」

 

一応疑問形で聞いてはいるがセイバー自身、行うことは決定しているような響きだった。

セイバーには自負があるからだ。

 

大概の敵には負けないという……自身という名の自負が……。

 

今の会議の結果、柳洞寺にいるのはキャスターである可能性が高いことがわかっている。

実際、残ったサーヴァントであるランサーにライダーは柳洞寺に潜伏していない。

ランサーはアーチャーが追跡したときも、柳洞寺には戻っていなかった。

こちらに潜伏先を知られないためという事も考えられなくもないが、ランサーの性格上それはない。

ライダーに至ってはセイバー自身が滅ぼした。

故に残ったサーヴァントと、今セイバーより語られた柳洞寺の特製を鑑みればキャスター以外にあり得ない。

だが……。

 

「待って、セイバー。それは賛成できないわ」

 

凜が、それに反対する。

その凜の言葉に、セイバーは驚いた。

 

「意外ですね。凜ならば即座に戦いに挑むというと思っていたのですが」

「それ、どういう意味かしら……? まぁいいけど。いくら何でも情報が少なすぎるし、仮にもしもキャスターが霊脈を使って魔力を蓄えているのならば相当手強い相手になっているはずよ? それに敵の本拠地に行くのなら、それ相応の準備が必要でしょ?」

 

実際情報が少なすぎる。

士郎と凜の生活圏内に入ってはいるものの、普段寺に用事があるわけもなく、また参道の長い長い階段がさらに行く気をそいでしまう。

士郎にはまだ凜よりも行く理由はあるが……柳洞一成の家のために……それでもここ最近柳洞寺に行く事はなかった。

 

「なるほど……。ではシロウ。我々だけでも行きましょう」

 

凜が断ったが、それで止まるセイバーではなかった。

すぐさまに自身の主である士郎へと言葉を向ける。

だがその士郎も……。

 

「俺も遠坂の意見と同感だ。まだあそこには手を出さない方がいい」

 

凜と同じように、セイバーの意見を却下した。

 

「なっ!? 貴方まで戦わないというのですか!?」

「そうはいってない。遠坂の言うとおり情報があまりにも少ない。しかも本拠地であるなら罠だってあるのは事実だ。だからもう少し情報を入手してからじゃないと危険だ」

 

士郎も凜とほとんど同じ意見だった。

実際そうだ。

何せ士郎と凜は人間なのだから。

確かに二人とも一般人とは言えないだろう。

魔術師と魔術使いの違いはあれど、ふたりとも魔術という力を有している。

使い方によっては人なんて簡単に殺せるほどの力なのだ。

だが……それでも二人はどこまでいっても人間なのだ。

故に慎重にならざるのも当然といえる。

だが……セイバーが違った。

 

「そのような危険は当たり前です。無傷での勝利などほとんどあり得ない。だが、敵の罠に身体を貫かれたとしても、この首と心臓さえ渡さなければ戦える。どのような傷を負おうとも、マスターさえ倒せばそれで終わるのです」

 

彼女は……人間にして人間でない存在、サーヴァントなのだ。

彼女の剣撃は常人では防ぐことも避けることも叶わない。

身体能力も、その小柄な身体であるにも関わらず、凄まじいほどの力を有している。

さらには自身の宝具に、自身のスキル……それらが合わさっているために、セイバーには苦戦を強いられたとしても、負けるという考えは頭には浮かばなかった。

 

 

 

その二つの……二人の決定的なまでの存在としての違いが、士郎とセイバーの間に齟齬を生じさせる。

 

 

 

それになによりも、士郎には断じて許せることではなかった……

 

 

 

自身のために戦ってくれている彼女が……無意味に傷つくのを……

 

 

 

 

「バカを言うな! 無茶をして怪我をして……そもそもこの前の傷だってまだ癒えきってないんだろう!?」

「ほとんど癒えていますし、戦闘に支障はありません。傷のことで私を気遣うなど無用です」

 

 

 

セイバーは相手を倒すといい、士郎はセイバーに無理をさせたくないという。

 

完全な平行線の言い合いは……やがてどんどんと感情が入り交じる。

 

故に士郎にも当然のごとく感情が入り……。

 

 

 

 

 

 

最悪の一言を口にしてしまう……

 

 

 

 

 

 

「無茶をして無理をして……それでバーサーカーの時みたいになったらどうするんだ!? 無理を承知で戦って、あの時は刃夜が助けてくれたから良かったけど、あのままだったら俺もお前も共倒れだったんだぞ!?」

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

士郎の言葉……。

それは確かにセイバーを止めるのに足る言葉だった。

何せセイバーにとっては失策とも言える、バーサーカーとの戦闘。

自身のマスターを守りきれずに敗北した。

それは例え表に出さなくとも……彼女の心をえぐっていたのだ。

 

(あちゃ~)

 

成り行きを見守っていた凜が、思わず内心で嘆いていた。

止めるべきだったかもしれないというのは……セイバーの俯いた表情を見れば一目瞭然だった。

 

「……それを言うのは卑怯です」

「卑怯でもいい。ともかく、まだ仕掛けない」

 

そう言って士郎は口を閉ざした。

もうすでに語るべき事は語り尽くしたというように。

セイバーも一言だけ口にして、後は黙り込んだ。

 

「……わかりました。マスターがそう言うのならば」

 

微妙な空気のまま、話し合いは終わり、凜とセイバーは自室へと戻っていった。

それを居間で見届けながら……士郎の胸中では後悔が渦巻いていた。

 

(……なんだって俺はあんな言い方を)

 

去り際に見せたセイバーの表情を見せて、自分が失策したことを自覚した。

自分のためにあんなにも懸命になってくれている彼女を傷つけてしまったことで自己嫌悪に陥るが……それを止めてくれる存在は、いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 



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魔法使い 分割版2/2

後編~


「到着だな」

「……ふむ、久しいな。この参道を見るのも」

 

時刻はすでに夜。

もうじき日付が変わろうかという時間に、俺と小次郎に封絶は、柳洞寺の山門へと続く参道前に来ていた。

昼の部のみ店を開いて、午後の部は手伝ってくれた美綴へのお礼と退院祝い、得物達の整備を行った。

といっても、手入れはいつもきちんと行っているので、あまり必要性もなかったのだが。

ちなみに俺の本日の装備はほぼフル装備である。

 

狩竜、夜月、雷月、蒼月、花月、水月、封絶こと封龍剣【超絶一門】、スローイングナイフ数点。

一人の人間では扱いきれないほどの凄まじい数の得物達である。

 

「しかしすごいな、刃夜よ。よもやそれ全部を扱えるとは」

「多いかもしれないが全部刃物だしな。扱いには慣れている」

 

小次郎の感想に俺は言葉を返しながら、得物達の位置を調整していた。

ポジションというか装備している箇所はいつものように、夜月、花月が左腰、雷月、蒼月が右腰、水月は後ろ腰、封絶は背中にシースを縛り付けている。

身体に固定できない規格外な長さの狩竜は当然、右手に握りしめている。

 

選択肢を多くするためにフル装備できたが……果たして使いどころがあるのだろうか?

 

「とりあえず向かうが……罠の場所とかはわかるか?」

『少々難しい。どうやらかなりの相手のようだ。ほどんど力を検知できない』

 

ほぉ、封絶すらも欺くか……。やるな……

 

封絶は元々、モンスターワールドの竜人族だ。

それが恨みと怨念で自身が鍛造した剣に宿り、俺と供にいる。

竜人族はかなり知識に長けていた存在だった。

魔剣としてなり得たからか、はたまた竜人族としての名残なのか、こういった類のことは得意だったのだ。

 

まぁ仮にそれがなくても食い破るがな……

 

「強行突破しかなさそうだ。小次郎準備はいいか?」

「無論だ。何がいるのかわからんが……力の限りを尽くそう」

 

撃ち出すようにして狩竜を抜き、狩竜が宙にいる間に手に残っている鞘を折りたたみ、背中の封絶のシースに結びつける。

ついでに左手で封絶を片方だけ抜き取り、俺は右肩に狩竜を乗せる。

小次郎も背中の鞘から愛用の野太刀を抜刀していた。

 

「では……」

「参ろうか!!!!」

 

参拝にはあまりにも常識外れな時間と格好で……俺たちは参道へと足を踏み入れる。

その瞬間に……影より幾重もの影が伸びる……。

そちらの方……影の元へと目を向ける。

階段の踊り場や階段に、大量の骸骨兵が骨で出来ている剣を携えていた。

 

「何だあれは? 骸の剣士というのはこれはまた奇怪よな」

「強くもなさそうだが……弱くもなさそうだな。が……俺たちならば問題はあるまい!」

 

気力にて強化された脚力で、俺は一気に階段へと躍り出て、狩竜で文字通り薙ぎ払った。

 

ゴシャッ!!!!

 

狩竜の間合いにあった骸骨兵が全て吹き飛び、粉々に砕けて吹っ飛んでいく。

狩竜を振り抜いた隙に、敵が殺到するが……。

 

「残念だが……刃夜には触れさせぬ」

 

その隙を、小次郎がカバーしてくれる。

狩竜ほどではないにせよ、野太刀という圧倒的な間合いで、敵は自身の間合いに入ることすら叶わずに、次々と斬り捨てられていく。

また、虚空に顕れた魔力溜まりから、魔力が球状に形成されたこちらへと目掛けて飛んでくる。

小次郎が魔力関係に強くないことはわかりきっているので、俺はそれらの飛んできた魔力弾を封絶にて斬り捨てたり、吸収させたりする。

 

「どうやら……」

「大したことはなさそうだな」

 

もう少し骨があると思っていたのだが……本拠地の割には余り歯ごたえがなかった。

俺の中の推論がますます現実味を帯びていくが、一切の油断をせずに俺たちはどんどんと参道を突き進んでいく。

罠を全て食い破り、やがて山門へとたどり着くが、山門自体には一切何かが仕掛けられている様子はなかった。

 

罠か?

 

てっきりこの辺りで門番でも出現するのかと思っていたのだが……随分と杜撰な警備体制である。

それともこれほど杜撰になってしまった理由があるのだろうか?

 

まぁいい……

 

「では、開けるぞ?」

「あぁ。頼む」

 

小次郎とタイミングを合わせて山門を開ける。

そして開ききり、中へと入った瞬間に……

 

 

 

 

 

 

極大の魔力弾が飛来する……

 

 

 

 

 

 

なっ!?

 

先ほどまでの参道の所々に配置されていた魔力弾の比じゃない大きさだった。

俺の身長と同等の直径がある。

それを見た瞬間に……俺は動いていた。

 

刃気、魔力解放!!!!

 

狩竜に溜め込まれている刃気と魔力を解放し、俺は狩竜でそれを……打った……。

 

 

 

 

 

 

「バッター四番……鉄刃夜! 第二打席!! ウッチマ~ス!!!!」

 

 

 

 

 

 

バッキ~~~ン!

 

振り切ったときに狩竜の腹で殴れるようにして俺は、正面から飛来した魔力弾を撃ち返した。

 

「大砲の弾すら打ち返した俺が、こんな物で怯むかよ」

「……とんでもないことをするな」

 

小次郎が呆れたようにぼやいている。

それは遙か彼方へと飛んで行く前に……黒い大きな羽の中に吸収された。

 

「……でたな」

 

俺は宙に浮いているその存在へと視線を投じる。

 

四角く尖った羽のような形状……。

羽には奇怪な紋様が左右対称で描かれており、その紋章が鈍く光っている。

羽の中心部には、ローブのような物を着込んでいる華奢な女性がいる。

右手には何か巨大な杖が握られており、上の方に巨大な円の飾りが付いている。

フードを目深にかぶっているために表情は伺えないが……口元が歪んでいるのを見れば俺たちをどう思っているのかは簡単にわかった。

 

 

 

 

 

 

「こんばんはと……言うべきかしら? 招かれざるお客様にして異様な主従さん」

 

 

 

 

 

 

体つきでなんとなくわかっていたが、どうやら女のようだ。

寺よりも高い位置にローブを羽のように広げたそれは……宙に浮いていた。

 

「異様な主従?」

「私と刃夜のことか?」

「えぇ。私が従えようと画策していたというのに……頑なに召喚に応じなかった存在を従えていている。しかも主の方も異常なのね……。あなた、どうしてサーヴァントでもないのにステータスが見えるの? しかもクラス名……『|開拓者(フロンティア)』?」

「……開拓者ぁ? なんだそりゃ? しかもステータス?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ステータス情報が更新されました】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書きをチェックだぜ! By作者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵のサーヴァントからの言葉に、俺の表情は歪んだ。

言っている意味が全くわからないからだ。

 

「知らないの? マスターにはサーヴァントのステータスを読み取る能力が聖杯から付加されるの。私はサーヴァントだけど、そう言ったことは得意だから見ることが出来るわ」

 

ステータスが見えると言われても、俺にはそんな物は見えたことがない。

しかしそれに関しては自分の中で直ぐに結論が出た。

簡単だ……俺は正規のマスターじゃないからだ。

もしくは小次郎は狩竜とラインが繋がっているために、狩竜にその能力が付与されているのかもしれない。

 

……激しく意味がないが

 

「ほぉ~。んで『|開拓者(フロンティア)』ってなんだ?」

「さぁ? 私が聞きたい位よ。こんな巫山戯たクラス名。まぁ……あなたの存在も随分と巫山戯ているけどね」

「……出会い頭に随分な言いぐさだな?」

「竜牙兵は人間の達人程度なら軽く倒せる力を持っているのよ? それをあり得ないほど長い剣で倒しておいて人間面するのかしら? しかも……あなたから発せられる異様な威圧感は何? 一体身体に何を宿しているのかしら?」

 

……ひでぇ言われようだ

 

「加えて言うなら人の陣地に土足で上がり込んできてよく言えるわね。私は私の目的のために、あなたをなんとしても叩くわよ」

 

どうやらその言葉に嘘偽りはないらしい。

敵の身体に魔力が満ちるのと同時に、そこらから先ほどの骸骨兵が地中より次々と出現する。

まさに一触即発な状況だったのだが……。

 

「まぁ待て」

 

それを俺は構えを解くことで自ら戦う意志がないことを示した。

その態度に、敵だけでなく小次郎までもいぶかしんだ目を俺に向ける。

 

「どういうつもりかしら?」

「どういうつもりだ刃夜?」

 

敵だけでなく小次郎までも俺に疑問をぶつけてきた。

小次郎には悪かったが、とりあえず俺はキャスターへと視線を投じて言葉を投げかける。

 

「確かに土足で上がり込んだのは認めよう。すまなかった。だがどうしてもお前に聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?」

 

杖を俺へと向けながら、敵が睨みつけてくる。

俺はそれを軽く受け流しつつ、言葉をつづけた。

 

「お前が龍脈を利用して魔力を集めていることは知っている。そこで質問だが……それは何のためだ?」

「……それを貴方にいう意味はあるのかしら?」

「大いにあるな。まぁ言わせてもらうとだ……。今のお前では俺たちには勝てないだろうよ」

 

俺たちに勝てないと言うことは、半ば確信を持っていた。

なぜならば、相手は実力を発揮し切れていないからだ。

というよりもおそらく発揮できないのだろう。

 

本拠地の割には、罠も雑魚兵の数も少ない……

 

今までの攻撃方法、そしてなによりもその出で立ちは間違いなくキャスターのそれだ。

まぁ残ったサーヴァントはキャスターのみで、俺が見ていないサーヴァントもキャスターだけなので間違いないだろう。

であるにも関わらず罠が余りにも貧弱だった。

魔術師という物が果たしてどれほどのことが行えるのか俺にはわからないが、それでもこの程度ではないことは確かだろう。

しかも人間の魔術師ならばともかく、英霊として招かれるサーヴァントの『|魔法使い(キャスター)』がこの程度というのは非常におかしい。

骸骨兵……竜牙兵といったかな?……も数はそこそこいるがそれでも俺と小次郎にかかれば一分と経たずに全滅させられる程度の数しかいない。

無論キャスターの妨害を考慮に入れての所要時間だ。

そして最後……これが決定打なのだが……。

 

龍脈の大元に溜められている魔力が余りにも少ない……

 

地面の下……地下に眠るはずの龍脈。

魔力を集めたのはいいが、それを貯蓄できる空間がなければ意味がないが……貯蓄に関しては何の心配もいらない。

何せ足下に絶好の保管場所である……龍脈があるからだ。

だが、さきほどから老山龍の能力でそれとなく探りを入れたが……集めていると思われる魔力がかなり少なかった。

それこそ……俺が昨日使用した魔紅獅刀【炎王】が、三~四回しか使用できないほどの少なさだ。

これでは大した魔術は使用できないだろう。

その証拠に、キャスターは宙に浮いているのと、最初に放ってきたでかい魔力弾しか魔術らしい魔術を使用していない。

しかも魔力弾は俺が撃ち返したそれを、そのまま吸収したにもかかわらずこの貯蓄。

はっきり言って負ける要素がほとんどない。

宝具という隠し球がある以上油断は禁物だが……それでも負ける気はしなかった。

 

「魔力が相当少ないな? これで本当に集めていたのか?」

「!? ……そうね。そういえばあなたは霊脈のことを探れたのだったわね。確かに少ないかもしれないわ。けど……それだけで負ける要因にはならないわ」

「探れるというか……まぁいい。負ける要因と言うが……その自信は俺たちに密かに近づいている達人がいるからか?」

「!?」

 

今度こそキャスターが絶句した。

俺はもちろん、小次郎も気づいていた。

壁伝いに、俺たちへと無感情、殺意の欠片もなく忍び寄ってきている男が。

 

 

 

眼鏡を掛け、こんな夜中にもかかわらずスーツを着込んでいる。

目には全く色がない……。

何というか……人間味を感じない人間である。

だが……こいつを俺は知っていた。

 

 

 

「ふむ。確かに侮れない相手のようだぞ刃夜? 佇まいに一分の隙もない」

「あぁ。確かに以前からただ者ではないと思ってはいたが……まさかマスターだったとは思いませんでしたよ? 葛木先生」

 

そちらへと視線を投じながら……俺はそう口にした。

そう……大河の出前で何度か見たことがあり、大河を呼びに来たことで互いに面識もあった、葛木宗一郎先生だった。

面識と言っても、顔を合わせたくらいで互いに自己紹介はしていないのだが、俺は大河が名前を呼んでいるので知っていた。

 

「……出前の青年か」

 

ぼそりと……あまり話さない葛木先生から声が発せられる。

実に平坦で淡々とした声だった。

 

「私達に何のようだ?」

「確認したいことがあっただけです。そしてそれはほとんど終わったような物ですよ」

 

戦うつもりがないと意思表示のために、とりあえず俺は諸手を挙げる。

しかし狩竜は握ったままなので、あまり説得力はない。

 

「……戦うというのかしら?」

「あまり強がるなキャスター。確かに葛木先生は結構やるようだが……それでも俺たち二人がかりで戦えば直ぐに殺せる」

「……それを私が黙ってみているとでも思っているのかしら?」

 

おぉ……圧力が増えたな

 

どうやら葛木先生というマスターを大切に思っているようだ。

まぁマスターというわりには……ライン的な物が全く見えないのだが……。

 

「話は最後まで聞け。お前魔力がほとんどないんだろ?」

「……」

「加えて言うならば……葛木先生を慕っているようだが正式なマスターではないな? ラインのような物がまったく見あたらない」

「……あなた本当に何者なの?」

 

わからんでもないが……いつものような質問がキャスターの口から放たれる。

俺は半ばそれにうんざりしながら……言葉を続ける。

 

「もう本当に聞き飽きたなその台詞。まぁいい。そこで相談なんだが……」

「……何かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と手を組まないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「手を組む……ですって?」

 

手を組む、と言う言葉を聞いて、キャスターの胸中に疑念が渦巻いていく。

それも当然だろう。

認めたくないことだが、刃夜の言うことはほとんど正解だったからだ。

魔力は集めていると言っても、ほとんど溜まっていないのが現実だ。

人々から集めたと言っても質が良くない上に量も少ない。

他のサーヴァントに知られないために少しずつ集めていたからだ。

葛木が正規のマスターでないことも事実だ。

何しろ葛木宗一郎という人間は魔術師ではない。

故にキャスターに魔力を与えることは出来ないので、当然キャスターは実力を発揮することは出来ないのだ。

 

 

 

ちなみに彼女だけではなく、サーヴァント全員に言えることだが……サーヴァントに魔力を生成する能力がないわけではないのだ。

魔力を生成するための機関などをエンジンに例えるならば、サーヴァントにはそれこそ巨大なエンジンが備えられているのだ。

だがそれでも魔力を生成できないのは、エンジンの一分……それこそ小さな歯車程度の部品が欠けている状態なのだ。

この欠けた部分を補填し、歯車を動かす動力として、マスターからの魔力供給によってそれがまかなわれているのである。

「英霊」という、莫大な魔力を有し、圧倒的な戦闘力を誇る存在を、マスターの力だけで現界させているわけではないのだ。

 

 

 

故に正式なマスターのいないキャスターは、存在するだけで魔力を消耗してしまう。

だからこそ人々から魔力を吸い上げていかなければいけない。

何もしなければ消滅してしまうからだ。

だがかといって敵に自分がここにいることを知られるわけにはいかなかった。

上記にも説明したようにサーヴァントには魔力を生成することが出来ない。

仮にマスターがいない状況でも、他のサーヴァントであればまだ何とか出来るかもしれない。

いくら魔力を使用するとはいえ、武器になる宝具があり、それがなくても圧倒的な身体能力がある。

自分が持ち得ている魔力の蓄えによっては、戦闘を行うことも可能だろう。

しかし……彼女にはそれらが全てなかった。

直接的な攻撃をすることの出来る武器も、圧倒的な身体能力も、そして……魔力の蓄えも。

そのために少ない魔力を使用して罠も仕掛けたのだが、それはあくまで人間……つまりはマスターのために設置したものだ。

マスターさえ殺せばサーヴァントも存在を維持できなくなる。

マスターが死んだ瞬間に消えてなくなるわけではないが、それでも現界に支障を来すのは事実だ。

だからこそ少ない魔力で効率的に敵を撃退するのならば、マスターを倒すしかない……。

そのためにキャスターは少ない魔力で人間を殺す罠を参道に張り巡らした。

仮に士郎が、罠があるとわかった上で参道を通ったとしても、軽く殺せるぐらいの罠をだ。

 

 

 

しかしその罠が……刃夜に通ずるわけもなかったのだ……

 

 

 

そして今キャスターを窮地へと陥れているのだが、圧倒的有利な状況であるにもかかわらず、戦闘を自ら中止してキャスターに同盟を持ちかけている。

 

 

 

これを疑わない人間が……いないわけがなかった。

 

 

 

「一体どういうつもりなのかしら?」

「怪しむのはわかるが聞いてくれ。まず聞くがキャスター……。この聖杯戦争に疑問を感じたことはなかったか?」

 

(!?)

 

その意外な投げかけに、キャスターは思わず動揺してしまった。

いくら夜で暗く、ローブで顔を隠しているとはいえ、それに刃夜が気づかないわけがなかった。

思わずニヤリと笑みを浮かべながら、刃夜は言葉を続ける。

 

「やはりあるか?」

「……少しでも考えればわかる事よ」

 

キャスターは吐き捨てるように、そう口にした。

それは刃夜のいう疑問に対する答えだった。

 

 

 

七人の英霊を召喚し、聖杯の所有権を得るための殺し合い。

聖杯によって選ばれた|魔術師(マスター)は英霊の依り代となって最後の一人になるまで殺し合う。

 

 

 

これは本当であって本当ではない。

 

 

 

サーヴァントは聖杯に呼び出される存在であり、聖杯を得る人間がふさわしいかどうかを選定するための道具として英霊を召喚する。

 

呼び出された英霊は聖杯を手に入れるために、令呪という縛りを受けながらも『|魔術師(マスター)』と契約して自分たち以外の存在を殺す。

 

倒され、殺された英霊は消え去らずに聖杯に取り込まれる。

 

英霊は聖杯にふさわしいマスターを選定するための道具でしかない。

 

そのはずなのだが、ようずみになったはずのサーヴァントが何故聖杯に取り込まれるのか?

 

 

 

 

 

 

ちなみに余談ではあるが、刃夜が言っているのはこのことではなく、限りなく個人的な予測と推論からの言葉であるが……それをキャスターが知るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

「何をするのかもわからないけど……それでも私はそれを呑んでこの戦争に参加したわ」

「サーヴァントはそうだろうな。だが俺たちマスターは違う奴だっている。俺は正直聖杯なんて物自体に興味はない。願望機の能力で俺の故郷に帰れることを願っているが……おそらく無理だろう。聖杯戦争のルールもきちんとしているようできちんとしていない。それに加えて……俺の事情も相まって、俺はこの聖杯戦争には何か裏があるんではないかと思っているんだ。それも何か、尋常ではない最悪な裏が」

「……なるほど」

 

刃夜の言葉に、キャスターは頷かざるを得なかった。

確かに自分はサーヴァントとしてこの世界に現界し、聖杯を求める争いに参加した。

だがルールの矛盾もあり、またこの地の不吉な物を感じ取って、キャスターも何かきな臭い物を感じ取っていたのだ。

 

「だから俺はその裏がわかるまでは極力サーヴァントを殺したいと思っていないのだ。それこそ敵であってもだ。何が起こるのかわからない以上、切り札は多いに越したことはない」

「……それがどうして同盟に繋がるのかしら?」

「わからないのか? 切り札というのは英霊であるサーヴァントに他ならない。だが今のままではキャスター……お前が一番危ない。故に協力して欲しいと言っているんだ」

「……それは脅しかしら?」

「……何故そう思う?」

 

平然としたその切り返しに、キャスターは苛立ち混じりに怒鳴りつける。

 

「とぼけるんじゃないわよ。あなた……わざと大事にしながらここへ来たでしょう? 同盟が目的なら最初に何か言っても罰が当たらないんじゃないかしら? あなたなら使い魔の存在だって気づいていたはずよ」

 

そう、刃夜がこうして今晩こうしてキャスターの陣営にいち早く来たのには理由があったのだ。

理由は簡単だ……。

アーチャーに見られてしまったためだ。

 

「本当ならこっそり来るつもりだったんだがな。だがアーチャーに知られてしまったためにこうすることにした。なぜならこの同盟を断れば……」

「セイバーとアーチャーがこの寺に押しかけてくるかもしれない……ということね」

 

もしも刃夜との同盟を断った後に、士郎と凜が柳洞寺へとやってきた場合、キャスターは天敵を二人を同時に相手しなければならなくなるのだ。

 

 

 

『|剣使い(セイバー)』、『|槍使い(ランサー)』、『|弓使い(アーチャー)』は三騎士と呼ばれており、その三騎士には基本的にクラス別スキルの固有スキルに置いて、対魔力スキルが付与する場合が多い(というよりもその能力を有している英霊が召喚される場合が多い)。

今回の聖杯戦争においても、セイバー、アーチャーはともに対魔力スキルを有している(セイバーとアーチャーの対魔力スキルの性能は雲泥の差だが……)。

 

 

 

そんな天敵を二体も同時に相手することなど……今のキャスターに出来るはずもなかった。

 

「あなた……自分が最低なことをしていると理解してる?」

「理解はしている。だがそれでも必要だと思ったからしたまでだ。この聖杯戦争には何かがある。これは間違いない。だからこそ切り札は多い方がいいから、俺は昨夜もアーチャーを消すことはしなかった。それにこれは俺の勘だが……魔術がらみであればキャスターが必要になると思ったからだ」

「魔術がらみ?」

「今回の聖杯戦争も、元をただせば魔術による儀式だ。故にあんたの力は何かの役に立つと踏んでいるんだ。つ~かあの二人が絡んでいる以上絶対に何かあるのは間違いないからな……」

 

(? 何をぼそぼそと?)

 

最後の方はキャスターには聞こえていなかったが……それは別段キャスターにとってはどうでもいいことだった。

この聖杯戦争には何かがあることはキャスターも気づいていた。

しかし今は存在することに必死でそこまで頭を回す余裕がなかったのだ。

どこまで本気かキャスターにはわからなかったが……それでも刃夜との共闘はメリットがあった。

確かに今回、脅迫以外の何物でもない話を持ちかけてきているが、仮に共闘するのならばキャスターは防衛に関しての心配事が減るのだ。

何せ異端とはいえ剣術の腕が相当いい|アサシン(サーヴァント)と、バーサーカー相手に生身で斬りかかってかすり傷一つ負わなかった|刃夜(マスター)の二人組だ。

そうそう負けることはない。

加えてキャスターも微細とはいえ援護をし、柳洞寺に立てこもった場合……これほど厄介な陣営はないだろう。

何せ柳洞寺には初めから強力な結界が張り巡らされているので、正門である山門以外に道がない。

人間には結界は関係ないために森の中を突っ切ることも可能だが、それは刃夜も同じである。

そして刃夜という存在がいる以上、サーヴァントと別行動をするのは自殺行為に等しい。

必然的にキャスターや刃夜を倒すためには正門を通るしか手段がないことになるのだ。

しかし……そこには当然のように刃夜と小次郎、さらには竜牙兵という数の暴力……。

 

はっきり言って……城塞にも等しい拠点と化すのだ。

 

これならばさすがにバーサーカーとはいえ容易に迫ることは出来ない。

何せマスターを殺されてしまっては現界するのが難しいのだ。

マスターが来ないという選択肢もあるが……それはそれで問題がある。

仮にその状態で攻めてきても小次郎とキャスターが奮闘している間に、刃夜がイリヤを始末しに行くことだって出来るのだ(もっとも、刃夜はそれを行わないだろうが)。

そのため、バーサーカーは自分のそばにマスターを連れているのがもっとも安全だが……、上記の通りイリヤを伴って攻め入れば、イリヤを護りながらの戦闘となってしまうので苦戦は必至だ。

つまり……メリットの方が大きいのだ。

刃夜としては別段、キャスターの能力が絶対に必要という訳ではない。

ただまだ状況が完全に把握して切れていない以上、選択肢を減らしたくないというためにキャスターを生かしておきたいという事なのだ。

が……キャスターも言っていたが、脅しや脅迫と思えるような状況でその話を持ちかけたのはあまり褒められた物ではなかった。

確かにアーチャーに見られたがためにそうせざるを得なかったという事もある。

だがそれでももう少し誠意という物を見せた方が、キャスターも信じることが出来ただろう。

しかしそれも刃夜としては、断られて戦闘に発展したらデメリットしかないから、半ばそうせざるを得ない状況に追い込んだというのもあった。

 

 

 

戦闘に発展することはないが……というか発展したらそう時間がかからずに刃夜と小次郎が勝利する……険悪ともいえる状況に、キャスターに取っては招かれざる、刃夜にとってはある意味で好都合な存在が来訪した。

 

 

 

金紗の髪を邪魔にならないように後ろでまとめており、鋭い目線で辺りを見回し……こちらへと目を向けてくる。

 

銀の甲冑に、青い法衣。

 

銀の手甲が何かを握っているような形をしていた。

 

おそらく、相手の見えない得物……そのクラス名にふさわしい、見えない剣を手にしているはずだ。

 

 

 

最優と言われる……『|剣使い(セイバー)』のサーヴァント。

 

 

 

 

 

 

セイバー

 

 

 

 

 

 

が来訪した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

余り風の吹かない……夜。

すでに時刻は深夜と言って差し支えがない。

大地にも空にも、すでに生き物の姿はほとんどなく、住宅街である深山町は、深い眠りについている。

その一角……大きな武家屋敷の庭に、一人の少女が立っていた。

 

(風が出るな)

 

風がほとんど吹いていないが、それでも遙か上空の雲は大きく流動している。

それを感じ取ったのか……はたまたそれを見たのか定かではないが、セイバーのその声には確信に似た何かが込められていた。

澄んだ緑の瞳を空へと向けながら、その目を月へと移す。

綺麗な満月が浮かぶ……月へと。

その目線をおろし、武家屋敷の土蔵へと視線を投じる。

土蔵には士郎がいつものように眠っている。

彼女の主は、柳洞寺にいる敵のサーヴァントと戦わないと言った。

まだ情報が少ないからだと。

士郎は聖杯に願う願いがない。

故に焦る必要性もない。

だが……彼女は……セイバーは違った。

彼女には叶えたい……それこそ聖杯でしか叶わないような願いがあった。

 

「貴方が戦わないというのならば……それでいい。だが……」

 

瞳を閉じて……まるで過去を思い出しているかのようだった。

その胸中に去来するのは……かつての自分。

かつての自分の国、戦友。

 

そして……国の崩壊……。

 

それをただ、屍で築かれた丘の上から眺めることしか出来なかった……自分。

 

(私は……)

 

自分が聖杯に望むことを確認し、セイバーは閉じていた瞳を力強く開く。

その時……彼女の姿は一変した。

銀に輝く甲冑を纏い、青い法衣を包んだその姿は、すでに格好も気配も……少女ではなかった。

圧倒的な魔力を有して編み上げられた鉄壁の護りと、人を凌駕する魔力で第二の鞘に纏われた不可視の剣。

戦場に置いて不敗であり、最強とも謳われた彼女は、この現代に置いてもなお、その圧倒的な強さは健在だった。

 

七人のサーヴァント中、最優であり、最強と言われる剣士。

 

実際彼女は……セイバーは優秀だ。

見えない剣という間合いを計らせない剣技を用いて敵の攻め気をくじき、その圧倒的な魔力によるブーストで常人を遙かに凌駕した身体能力で敵を圧倒する。

剣技だけでなく、その見えない剣の中……彼女の象徴とも言える剣は、圧倒的な力を昨日目の当たりにしたばかりだ。

あれほどの破壊の力を用いたにもかかわらず、彼女に疲労の色は全くなかった。

それどころか、わかる人間が見れば一目で見ぬいただろう。

 

彼女を包む魔力が、全く減っていないことを

 

むしろ昨夜で消費された魔力を補うために、竜の因子がうごめいているのか……昨夜以上に魔力で溢れていた。

 

 

 

セイバーは彼女が生まれるときに、魔術師マーリンの計らいで、人の身でありながら竜の因子を持って生まれたために、魔術回路を用いなくてもただ生きているだけで魔力を生成することが出来る。

それが彼女の力の根底を支えている。

 

 

 

「貴方は甘い。そのままでは敵に殺されてしまうかもしれない」

 

 

 

実際、士郎は甘い。

敵が襲ってこなければこちらから戦いを仕掛けることはない。

無論正義の味方を目指す彼は、被害者を出さないための戦いには無条件で首を突っ込むだろう。

理想であり、理想論である彼の戦闘姿勢は……端から見たら甘すぎる。

 

自分の身さえも守れない小僧でしかない……

 

だがそんな士郎を、セイバーは好いていた。

 

全てを救う……。

 

そんな理想が……自分にもあったから……

 

彼のひたむきなまでのその姿勢が……自分は正しかったと、思わせてくれるから……

 

確かにセイバーは聖杯が欲しい。

 

だがそれでも……自分の主君のために聖杯を捧げたいと思っていることもまた事実だった。

 

聖杯戦争に望んでいるにもかかわらず、聖杯に願う望みはないという彼が……心配だったから。

 

自分のためにも、士郎のためにも……セイバーはこの聖杯戦争を勝ち抜かねばならなかった。

 

故に……主君に対する裏切りと知りながら、彼女はその視線を遙か先、柳洞寺へと向ける。

 

 

 

(本来ならば、サーヴァントに従わなければならない……けれど……)

 

 

 

主君の命に背くことを、セイバー自身、すごくためらいがあった。

 

礼節をわきまえ、主の意志を代行する騎士の中の騎士とも言える彼女は、本来であれば命令に背くことなどよしとはしない。

 

だが決して士郎を裏切ったわけではないのだ。

 

セイバーはセイバーなりに考えを下して、主である士郎を勝たすために……何よりも生かすために、この決断を下したのだ。

 

彼女は、士郎が今のままでは危ういと判断したのだ。

 

サーヴァントであるはずの自分を、人間である自分自身よりも尊重し、自分の命も省みずに救おうとするその行動。

 

尊いが、それ故に歪んでいた。

 

それを彼女は危惧したのだ。

 

だからこそ、命令に背いてまでこうして今宵、単身乗り込もうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

士郎とセイバーの関係は良好と言えるが、当然のように相容れないサーヴァントとマスターというのももちろん存在した。

どちらも、相手が死ねば代役がいることもあり、時にはマスターが、逆にサーヴァントが、お互いを殺して別の存在と契約を結ぼうとすることもある。

そのために、令呪という物が存在するのだ。

令呪が手にある限り、マスターの安全はある程度保証される(といっても本当にある程度だが)。

キャスターにマスターがいないのはこれの典型的な例である。

あまりに自分をぞんざいに扱うマスターに嫌気がさしたキャスターは、自分を召喚したマスターを殺したのだ。

そのために彼女はマスターが不在の状態となっている。

 

 

 

 

 

 

「……行こう」

 

 

 

そして……一足で塀を越えて、闇を駆けた。

彼女とて、寺に閉じこもっているキャスターを討つのが容易でないことはわかっていた。

だがそれでも彼女には絶対的な力と、培ってきた力があった。

英雄としての誇りを胸に……セイバーは駆けていく。

そして参道へとたどり着き……拍子抜けした。

 

 

 

(何もない?)

 

 

 

彼女は魔術師ではないために、完全に魔術の気配を辿ることは出来ないが、危険があるか否かは経験で察知できる。

その彼女の経験と勘が、この参道に何も罠がないことを教えていた。

否……なくなっているといった方が正しいだろう。

何せ、刃夜と小次郎が少し前にこの参道を圧し通ったのだから。

何物かが駆け抜けた後だと気づいたセイバーが……用心しつつも最速で石段を駆け上る。

そして開かれている山門をくぐり抜けて……その場へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「……鉄刃夜にアサシンのサーヴァント!?」

「ほぉ、セイバーが来るとは……」

 

突然の来訪者に、全員がその来訪した少女……セイバーへと視線を投じる。

小次郎は血が騒いだのか……好戦的な気迫を身体から発露させていた。

俺は誰かしら来ることはわかっていたし、気配も捉えていたので驚きはしなかったが……。

 

てっきり、四人で来ると思っていたのだが……

 

セイバーだけでなく士郎に、遠坂凜&アーチャーの四人で来ると思っていたが……どうやら違ったらしい。

どちらにしろ、都合がいいことに代わりはない。

セイバーの出で立ち、さらにはその総身からあふれ出す気配は戦闘時に出すそれに他ならない。

つまり……セイバーはキャスターを討伐するために来たのだ。

そして当然、それを俺が黙ってみているわけがない。

 

なかなかに最低なことをしているが構いやしない……

 

これでほとんどキャスターは俺の提案を受けざるを得なくなる。

ここでもしも俺と小次郎が消えた場合、セイバーの相手を葛木先生が行うことになる。

葛木先生がどの程度の実力を有しているのかわからないが、それでもセイバーが負けることはないだろう。

何せ小娘とはいえ最優と名高いセイバーのサーヴァントなのだから。

だが、だからといってキャスターが敗北することはない。

 

俺と小次郎が、それを阻止しないわけがない。

 

仮に同盟を結ぶことが出来なくても、みすみす優秀な存在であるキャスターを放って置くわけがない。

あの二人が俺をこの世界に送り込んだときに言われた言葉。

修行不足。

あの二人が何の意味もなくこの世界に俺を送ったとは思えない。

故に……キャスターを死なせるわけにはいかなかった。

 

ったく……何を企んでいるのやら……

 

何があるのかわからないが、手札不足で敗北するわけにはいかない。

故に俺は全力を持ってキャスターを援護する。

 

……戦闘開始かな?

 

気取られることのないように静かに心身を戦闘態勢へと移行させる。

小次郎もセイバーの気迫につられて、野太刀を静かに抜刀していた。

それを見て、セイバーも俺たちが邪魔な存在であると理解したようだ。

先ほどよりもさらに睨みつけて、その見えない剣を構えた。

 

 

 

半ば混沌の様相を呈しているこの柳洞寺。

 

 

 

静かに……戦闘が始まろうとしていた……。

 

 

 

 




サーヴァント 開拓者(フロンティア)
真名 鉄刃夜
特技 刀の鍛造、料理
好きな物 刀、料理、読書
嫌いな物 人に迷惑を掛けて平然としているクズ
天敵 祖父、親父
属性 混沌、多重(パラレル)



ステータス

筋力 B
耐久 C+
敏捷 B+
魔力 B+++
幸運 C
宝具 EX+++



スキル

単独行動EX
生きているので単独行動もくそもない。ある意味でバグのスキル。生きているが故にマスターからの魔力供給の必要性は皆無。また宝具も普通に使用可能だが、本人の力量に大きく依存する

故郷の料理A
モンスターワールドにて作り上げた一つのジャンル和食。和食のみ味が最強の領域に達している。また他の洋風、中華もかなりのレベルの物を作ることが可能。しかし元々の腕がいいのであまりこのスキルは効果がない

温泉探知A
匂いさえ出ていれば、どこに温泉があるのか直ぐにわかる。武装があれば、掘ることも可能。が、この世界で発掘する機会はない

刀鍛造A
普通の鍛造と違い気を注ぎながらの鍛造のため、普通の刀よりもより強力な刀の鍛造が可能。が、この世界で鍛造する機会はない

農作業A
米、大豆などの農作業を行うとすばらしい実力を発揮、スキルの恩恵でほぼ確実に豊作になる。がこの世界で農作業を行う機会はない

鎧鍛造A
新たな鎧を作り上げたことに寄る恩恵。が、この世界で鎧鍛造の機会はない

外道B-
己の願いのために数々の女性を棄てた男。理由を知らない人間が聞けば嫌われること間違いなし

陣地作成D 
運があるのかないのか……行く先々で己の生活拠点を得る能力。当然拠点を手に入れるだけで特に効果はない



宝具

夜月
ランク 測定不能
種別 対人宝具
最大補足 不明
刃夜の祖父が、刃夜が誕生したのと同時に造り上げた一振りの打刀。ただの打刀だが、守護者としてのアーチャーの力を持ってしても完全なる投影は不可能。上っ面は投影できるが、それはただの打刀であって夜月では絶対になり得ない。究極の防御壁を展開可能だが、持ち主であり主である刃夜の意志で発動することは不可能で、何かしらの発動条件があるが以前として不明のままである。つまり刃夜にとっては超頑丈な打刀でしかない。だが、一番の武器であり相棒である。


雷月
ランクC
種別 対人宝具
レンジ 1~30
モンスターワールドの雷狼の素材を用いて作られた打刀。そのモンスターの性質と、碧玉に気を注ぎ込むことで電磁を用いた高速の斬撃「電磁抜刀」が可能。それの応用で鞘や他の得物を飛ばすことも出来る。モンスターの素材を用いているため普通のよりは強いが、それほど頑健というわけではない《気も注がずにエクスカリバーなどと打ち合えば普通に破壊される》。だが目に見えぬほどの速度で繰り出される剣速は脅威の一言。現在の刃夜の最速の剣撃。他の武器に電磁を纏わせることも可能。


蒼月
ランクC++
種別 対人宝具
モンスターワールドの魔力(マナ)を扱う蒼い火竜の素材で作られた打刀。呪いの塊である、蒼い紅玉に気と魔力を注ぎ込むことで炎熱を操る事が可能である。炎熱を刀身に宿し、焼き切る事の出来る「炎熱剣(ヒートソード)」が使用可能。他の武器に炎熱を纏わせることも可能。雷月よりは遙かに頑健。が、これも宝具としてのランクは低い。また今の刃夜の実力では炎熱剣程度の力しか使えないが、実力が上がればさらに強くなる可能性がある。


封龍剣【超絶一門】
ランクB+++
種別 対龍宝具
モンスターワールドで手に入れた武器。不思議な鉱石で作られている。魔力(マナ)を切り裂きそれを吸収する性質を持ち、意志が込められた生きた魔剣。魔力(オド)で作られたものも同様に切断、吸収するが魔力(マナ)と比較すれば精度や量が落ちる。刃先にのみではなく、剣全体にその効果を持つ。発動された魔術も切り裂くことが可能。だがどれだけの規模の魔術を切り裂き吸収するかは仕手の力量に大きく左右される。呪いなどの解除も行えるが、これも仕手の力量次第。またその出自、剣に宿った意志の働きで、強力な「龍殺し(ドラゴンキラー)」の性質を備えている。龍だけでなく、龍の因子をもつ存在に対してもその能力が発動する。恨みを果たしたことで効果が薄れているが、微々たる量しか違いがない。斬られればかなりのダメージを及ぼす。


龍刀【朧火】
ランク測定不能
種別 対魔獣、魔龍、神獣、神龍宝具
レンジ 不明
最大補足 不明
モンスターワールドの魔力(マナ)を管理する老山龍より授かった神器。封龍剣【超絶一門】と同じような効果を持つが桁違いの力を持つ。また封龍剣【超絶一門】と違い、魔力壁なども使用でき、顕現する武器によって形を変えることが出来る。また全ての魔力(マナ)が力を貸してくれれば龍刀【却火】に進化可能。ほぼ全ての魔力(マナ)を用いた現象を切り裂くことが出来るが……魔力(マナ)が少なく、刃夜の未熟な腕では顕現はほぼ不可能に近い。
登場予定なしw


炎王の護り
ランクC
種別 対人宝具
紅炎王龍テオテスカトルの力の結晶炎属性を完全無効。また炎熱、呪い、腐敗から身を守る。マグマでスイミングも可能。炎を膂力に変える力を持つ。その力は意志と力量に比例する。この世界での魔力(マナ)容量、そして刃夜の未熟な腕により、炎属性無効、呪い、腐敗防御、炎を少し吸収して膂力に還元する程度まで能力がダウンしている。龍刀【朧火】同様、武器に顕現できるが、魔力(マナ)が少なく、刃夜の未熟な腕では能力だけでの顕現はほぼ不可能。だが、何か媒介物があれば刃夜が貯蓄した魔力を全て解放し、武器に注げば武器の顕現は可能。


魔紅獅刀【炎王】
ランクA
種別 大軍宝具
炎王の護りを使用して夜月に顕現した得物。炎を自在に操る能力と、炎王の力を具現化した剣。本来であれば炎という暴力で衝撃と炎熱で対象を破壊する能力を有しているが……刃夜の今の力量では一振り、しかも出力も一割程度までしか発揮できない。




















少女はただ、願った……

純粋に……

切実に……

助けて欲しい……

と……

本来であればそれは叶わないはずだった……

少女は、心が摩耗し疲弊し、壊れてしまうほどの艱難辛苦の日々を歩む運命《Fate》だった……



それを……



運命(Fate)を……






原点(Zero)






一人の青年が切り裂いた……






一振りの超野太刀を持って……













「おにいさん……だれ?」


意志の全く籠もらない瞳を向けてくる……全裸の少女が、そう俺に問いかけてくる
いつも以上に意味のわからない状態にも驚きだがそれ以上に……これほどの小さな子供がまったく意志の感じられない瞳をするのが、俺には許せなかった
俺はその子に上着を掛けつつ、返事を返す


「いや、俺は呼ばれたから来ただけなんだが……君は?」


いつものように……そうそれこそいつものように流されていた状況で、少女の声が聞こえた
助けてと……
それに呼応した結果が……これだった


「私? 私は……」


色彩の籠もらない目を向けて、少女は自分の名前を口にした
当然だが……知らない名前だった













「今すぐここから逃げてくれ! あいつが来る前に!」


とある洋館の入り口に悲痛な声が木霊する。
左目が完全に潰れてしまっており、顔色もなく、死相を完全に浮かべたその人間に対して……上着を掛けた少女を庇いながら、青年が言葉を返した。


「事情説明をしてくれ。意味がわからないのはいつものことだが……それでも今回のはなかなかに切実そうだ」


いつもと違って最初から怒濤の展開であることを青年は明確に感じ取っていた。
それもそうだろう。
呼び出された場所があまりにも異質な空間だった。
常人ならば吐いていたかもしれない。
それを見て青年も、今回はせっぱ詰まった状況であると瞬時に理解した。


「……信用していいのか?」


突然の出現。
あり得なくもない状況かもしれないが、それでもその男にとって、青年はあり得ない存在だった。
だが……彼にはそれでも縋るしかなかった。
自分の救いたい……青年が庇っている、少女のために。


「少なくとも訳もわからないまま子供を殺すほど、とち狂っちゃいない」


嘘偽りのない言葉。
それだけはない感情が込められていることを感じた男は……その青年に事情だけでも説明することにした。


「……わかった。俺の名前は間桐雁夜だ。君は?」

「俺か? 俺の名前は……」






「おい……征服王……」


見渡す限りの荒野。
青年と巨漢の男が居並び……その背後には数百を超える兵士が群れをなしていた。


「何だ?」


青年の言葉に、巨漢の男が声を返す。
その響きには愉快そうな感情があった。


「どうして俺まで結界の中にいるんだ?」

「何、貴様に我が軍団を見せたくてな。これが我の魂の力。王の軍勢(アイオニオ・ヘタイロイ)!!!!」


己の自慢の兵士達を青年へと見せつける。
背後の兵士達の個人の力は青年よりは劣る。
だが……それでも数という暴力は単純故に恐ろしいことを、青年は十分に理解していた。


「数による攻撃……。単純故に最強の力だな。恐れ入った」

「そこで相談なのだが? 余の軍勢に入らんか?」

「……これほどの力を見せて貰い、さらには、かの征服王から勧誘の言葉を賜って至極光栄だが……遠慮しておこう。俺には……やらねばならないことがある」


自身の願い、自分がなしえなければならないこと。
そのために……青年は今まで戦ってきたのだから。


「ふぅむ……待遇は弾むぞ?」

「というかあの怪物を前にしてそんな馬鹿なこと言っている場合じゃないだろう? 行こうぜ? 怪物退治に!!!!」


眼前の巨大なたこのような真っ黒い生物へと自慢の得物を向けつつ……青年は吼えた。






「それをよこせ、雑種」

「何?」


出会い頭に偉そうな事を行ってくる金色の鎧を纏った男の言動に、青年が眉をひそめる。
が、相手はそれに構わず話を続けた。


「この世の全ては我が宝物。しかれば貴様の持つその剣も当然私のものだと言うことだ」

「傲慢だな。だが残念ながらこれはお前の物じゃないぞ?」

「……何?」


世界全てが自分の物。
それが完全に嘘ではないと言い切れないのがこの男の恐ろしいところ。
だがそれも……青年には絶対に当てはまらなかった。


「何せ俺は……異世界の住人でこの世界の存在じゃない。故にこの剣とかも全てお前の物ではない」






「ランサーとセイバーの決闘を妨害するというのならば……容赦はしないぞ、衛宮切嗣」


刀を抜刀し、その剣先を相手へ……真白色のコートを着込んだ、長い銀髪の女性へと向けながら、青年は少し先の黒いコートの男へと声を上げる。


「……お前はいったい何なんだ?」


黒いコートの男……衛宮切嗣は、鋭く目を青年へと向けつつ、質問をした。
だが、青年としてもそれを明確に答えられる訳じゃなかった。


「サーヴァントとかいう存在らしいぞ? なんかよく知らんが正直どうでもいい。聖杯とやらの万能の願望機にも興味もなければ欲しいとも思わない」

「ならば何故僕の邪魔をする?」

「邪魔をするさ。自身の妻を戦場に立たせて自身は暗殺に走るような輩相手には。俺も同業者みたいな物だがな。それでも自分に取って大切な者を矢面に立たせるのは感心しない」






「ふ……イレギュラーなサーヴァントも粋なことをする物」


小さな体躯だが、その総身から発せられる気迫を感じ取れれば、その存在がただちいさいだけではないことが直ぐにわかる。
銀の甲冑を着込んだ少女が……握っている見えない何かを、相手へと向ける。

「あぁ……これで我らの決闘に対する憂いはなくなった! では……死合おうぞセイバー! 我が主の名にかけて……私は全力でお前を止めてみせる!」


赤き槍を持つその男の顔には、言葉以上に晴れやかな表情が浮かんでいる。
それを見て、相対する人間も……セイバーも、朗らかに笑みを浮かべた。


「……いいだろうランサー。この剣の名にかけて……貴方と全力の決闘をしよう!」






見えない剣と漆黒の剣が、交差している。
そのたびに澄んだ剣戟の音が……辺りの空気を震わせていた。

力任せに振るっては……感情にまかせたまま振るっては絶対に出せない……本当に綺麗で澄んだ音だった……。

全身を真っ黒なプレートアーマーで包んだ男が、その剣技を遺憾なく振るい、本能任せではない確かな技量の剣を振るう。



そこに……その剣に、狂気は微塵もなかった……



それを感じ取って、その少女は心を震わせる。

斬り合いをしている二人以外にはわからない……二人だけの時間が行われている。

それぞれのマスターは、ただそれを見つめることしかできなかった。

至高とも言える剣戟を……皆が黙って見つめていた……。













「これを防ぐか小僧!? ならば今度こそ……全身全霊を持って貴様を倒そう!!!!」



凄まじい力を有する物を振り上げながら、遙か先の敵が吼える。



薄暗い地下の空間という場所ですらも、そいつが着込んだ黄金の鎧は燦然と輝いていた。



そして右手に持った奇怪な剣が、その輝きすらも飲み込む膨大な魔力というその暴力が、赫く輝いていた……



それを見て……俺は腹を据えた。



右手の野太刀へと俺は手を添えて握り直し……吼えた。






「……全力を持ってあいつを倒すぞ!!!! 相棒よ!!!!」













「セイバー……聖杯を破壊しろ」


静かに衛宮切嗣より紡がれる……言葉。
まだ逡巡もあったのだろう。
その声には重い感情が込められている。
だがそれでもそれを口にし……それを眼前の少女は受け入れた。

言葉ではなく……剣を掲げることで……。


「いいのか?」

「……はい」


確認のために、青年が言葉を投げかける。
仮の主君同様に、セイバーにも重い感情があった。
だけど……それだけじゃないとわかったのだ。


「今際の際で望んだんじゃなかったのか? それでもか?」

「礼を言おう開拓者。だが……私にはもう、聖杯は必要ない」


後ろへと振り向きながら、セイバーが青年へと笑いかける。
その顔には……悲しげでありながらも、吹っ切った感じのする……朗らかな微笑が浮かんでいた。
それを眼前のそれへと向けて……気を引き締めて、彼女は吼えた。



高らかに……清らかに……そして何よりも尊い……手に執る真名を謳う。



その剣の真名は……












約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!!!」












それが……聖杯戦争の終焉を告げる……最後の言葉だった……













――――――――――――












Fate Zero






超野太刀を持つ開拓者(フロンティア)













At least one year later writing






はいネタ満載な後書きでした~www
いやぁ書いてて楽しかったわw

最初はただ、「生きている人間なのにステータスが見える」というネタから始まった

そう……本当に最初はそれだけだったんだよね~

それがいつからか、本当にサーヴァントとして行かせようという話になって……

五次にいかせようとしたが、ほとんどパクリみたいな話になってしまうので断念

しかしここでアイディア提供者が

「五次がだめなら四次に行けばいいじゃない」

という、マリーでアントワネットな逆転の発想にて考え出されたお話

まぁ開拓者(フロンティア)だけでなく、刃夜自身のスキルはまだあるし、宝具もまだいっぱいあるのですがw
それはおいおい登場次第出していきますね~w

ちなみに予告だから、それこそ予告なく変更《本編を執筆するかどうかも含むwww》するかもしれませんのでご容赦願います~






ではここから本編の事に少し触れましょう



一応言っておきますが

暗殺者(アサシン)のクラス解説の時に

暗殺者の語源となった~

みたいな事が書いてありましたが、あれはあくまでも「原作においては」という前書きがつきます。
「原作=Fate stay Night」に置いてはアサシンの語源が暗殺教団となっているだけで、現実世界に置いてはその限りではないことをご注意願います。



次回は……ついに刃夜&小次郎タッグの恐ろしさを皆様にお見せできそうだ!
ようやく刃夜にスポットライトが当たります!

剣VS野太刀、双剣VS双剣

だぜ!!!!
お楽しみに~



あ、忘れてた

前書きの正解はですね?ww


後書きはルビなんかの文字数も含めて全部で6358でした~www


バカじゃないの?

バカじゃないのwww




ハーメルンにて追記
この後書きはにじファン時代から内容には一切手入れしてません!
誤字脱字程度だから内容はマジで変わってないです

故に……





書くかどうかも謎www


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双剣VS双剣 野太刀VS見えない剣

二話構成だよ~
タイトル違うけどね~
今回も多いよ26000字以上だぜ!!w
それでも読んでくれたら嬉しいです~






「――!?」

 

突然の激痛に、士郎は深い眠りから目を覚ます。

土蔵で寝ていた士郎は、跳ね起きてその痛みの出所を探す。

その痛みの元は……

 

「令呪……から?」

 

左手の甲にある令呪から激しい痛みを発していた。

まるで令呪その物が脈動しているかのように。

 

(いったい何――!?)

 

それが何かを考えた瞬間に回答へと行き着いて……士郎は今度こそ跳ね起きて。

 

「セイバー!?」

 

普段ならば絶対にしない……女性の私室へと通じる襖を躊躇なく開けた。

そんな度胸もなければ、そんなに軽い人間でもないからだ。

だが今はそんなことをいっている場合ではないと思い、開けたその襖の先に……士郎が探し求めている存在であるセイバーはいなかった。

 

「あいつ!?」

 

普段ならば……といっても士郎はセイバーが布団で寝ている姿を見たことはないが……寝ているはずの時間にいないこと。

そして令呪に痛みが走ったことで士郎はセイバーがどこにいるのか確信した。

部屋に不在のセイバーがどこに行ったのかは考えるまでもなかった。

 

(あいつまさか柳洞寺に単身で行ったのか!?)

 

先ほどの言い争いの原因となった柳洞寺。

罠があり、敵の本拠地であることを理由にしばらくは様子を見ると結論を出したはずだ。

しかしその時渋っていたセイバーの表情を見て、士郎は嫌な予感がよぎっていたのだ。

そして士郎の想像の通り、セイバーは柳洞寺へと向かっていた。

 

「……遠坂!」

 

とてもではないが自分一人ではどうにもならない自体になっていると自覚した士郎は、すぐさま自分の共闘関係の凜へと助けを求めて部屋へと向かった。

その時余りにも慌てていたために……彼はノックという、人類の偉大な発明を行うことはしなかった。

 

結果……

 

 

 

「え?」

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

開けはなった扉の先……そこには……

 

 

 

霰もない、上半身が下着姿の凜が士郎の視界に広がった。

 

 

 

下が猫柄のかわいい寝間着だったことを考えると……どうやら着替え中だったようだ。

 

 

 

普段は服で隠されている凜の肢体を見て、士郎は硬直した。

 

 

 

実際、凜の外見は美少女と称しても何ら問題ないレベルである。

 

 

 

学園でも男子生徒ならば誰もが凜を特別視しているとも言われている。

 

 

 

性格は知られていないが……。

 

 

 

しかし残念なことに……無駄が一切ないために、本人にとっては残念なことに、胸は全くと言っていいほどなかった。

 

 

 

ちなみに凜が身につけている下着は、ごくごく普通の白いブラジャーであった事を明記しておく。

 

 

 

「……」

 

「……衛宮君? あんたねぇ……!!!!」

 

 

 

最初こそ互いに停止していたが……直ぐに再起動した凜がこめかみに青筋を走らせる。

それを見て士郎が、自分が今どういった状況にあるのかを確認したのだが……時すでに遅し。

 

 

 

「なに許可もなく入ってきてるのよ!!!!」

 

 

 

鋭い踏み込みを行い、その格好のまま攻撃を仕掛ける。

 

右掌を上に向けて肘を前へと打ち上げながら一歩進む。

このとき自身の右足を敵……この場合は士郎……の足の間に潜り込ませる。

そのまま体重を乗せた肘打ちを、ぼけっと突っ立っている士郎の腹へと突き刺さる。

 

 

 

八極拳の裡門頂肘(りもんちょうちゅう)という技である。

 

 

 

凜は知り合いに八極拳の使い手がいるのでそいつから幼少時よりならっているので、そんじょそこらの男よりも強く、仮に素手……魔術は当然使用しない……であっても軽くいなす程度の実力は有していた。

といっても、あくまでもかじった程度であるが故に、本当の達人には叶うわけもない。

 

 

 

が、いくら鍛えているとはいえ、格闘術の心得のない士郎に天誅を下すには十分だった。

 

 

 

「!?!?!?!?」

 

 

 

いくら女の子とはいえ、全体重を乗せた衝撃というのは結構な物がある。

しかも士郎は突発的なことと、憧れていた凜の下着姿を見て硬直しており……しばし意識を失うこととなった。

 

 

 

士郎は突然の事で記憶が飛んでいるかもしれないが……セイバーが単身で柳洞寺に向かったのを伝えることも出来ずに倒れ伏したために、大幅なタイムロスを食らうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

(もっとも来て欲しくない相手に!)

 

キャスターは現れたセイバーを見て心で悪態を吐いた。

何せ魔法使い(キャスター)にとって、聖杯戦争におけるサーヴァントの中で完全な天敵と称してもいいほどの相手が剣使い(セイバー)なのだ。

対魔力スキルを有し、絶対的な身体能力も有したサーヴァント。。

三騎士の筆頭と言える剣使い(セイバー)

今回の聖杯戦争に置いてもそのご多分に漏れず、今回の聖杯戦争のセイバーも相応に強力なサーヴァントである。

絶対的な魔力を有して、最強の聖剣を持つセイバーが弱いはずがなかった。

 

 

 

しかし完全な天敵と言っても、イレギュラーなサーヴァントであるアサシンも普段とは違い普通に強いので、魔力がほとんどないキャスターに取って、他のサーヴァント全てが天敵になりうるのだが……。

 

 

 

どちらにせよ、セイバーと戦うには準備がほとんど終えていないキャスターがまともに戦えるわけはなかった。

そして……そのキャスターにとって最悪な状況は、刃夜にとっては好都合でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

よし、んじゃまいくか

 

都合良くやってきてくれたセイバーに、俺は心から感謝しつつキャスターへと視線を投じる。

キャスターは案の定……宙に浮きながら表情を歪めていた。

わかっていたことではあるが、どうやら本当に魔力がないようだ。

キャスター単体ないし、葛木先生の援護があってもセイバーを倒すのは難しいのだろう。

俺としては好都合だった。

 

セイバーも当然、消す訳にはいかないからな……

 

最優のサーヴァントと言われる『剣使い(セイバー)』の戦闘能力は是非にでも置いておきたい存在だった。

昨夜のあの光の柱……あれの威力は計り知れない。

今後のことを考えて、高火力な存在を消すわけにはいかない。

となると、捕獲ないし撤退させるのが条件となる。

本来であれば、敵を殺すよりも敵を生かす方が遙かに難しいのだが……セイバー自身がそこまで強敵だとは思えなかった。

無論俺単体で挑むのは無理がある。

いくら普通じゃないとはいえ俺は人間だ。

英霊と言われる存在に対して立ち向かうことは可能だろうが、打倒ないし討伐は難しいだろう。

 

斬り合いは出来るがとどめを刺しきれない感じだろうな……

 

必殺技がない。

俺の弱点は主にこれにつきた。

電磁抜刀は必殺技に分類されるが……如何せん範囲が少ない。

戦争に置いて、最終的に行き着くのは数か範囲だ。

数は一人よりも二人、二人よりも三人なのは当然だ。

範囲に関しては単純な話、例え一人であろうとも半径一キロ位を吹き飛ばす力を持っていたら数も必要ない。

あの光の柱は空を舞っていた天馬を吹き飛ばしていた。

範囲に数という意味ではセイバーの宝具もそう大差がなかったが、遠距離攻撃が可能と言うことは大きかった。

おまけに威力もある。

風に乗ってきたあの熱量を考えれば、あれが通った場所は何も残らないだろう。

それに対して……俺は遠距離攻撃はない。

あるにはあるが、少し使用するまでに時間がかかる。

さらに言えば人を殺しきる威力はあるが、人を消し飛ばすないし消滅させるほどの威力はない。

高火力かつ射程の長く、さらには範囲の広い武装がないのがネックな俺である。

 

まぁそれはともかく……

 

この状況は俺が望んでいた状況なので、動くことにする。

勝手に戦闘を開始されても困る。

 

「キャスター。かなり卑怯だが、前払いとしてこいつは俺と小次郎が何とかしよう」

「……何ですって?」

「今のお前ではセイバーには勝てないだろう? だが俺と小次郎ならおそらく勝てる。ここで契約の証として、退ける」

「……それで既成事実にしようというのかしら?」

 

あれまばれてら……

 

まぁ正直直ぐにバレるとは思っていたが。

ここでセイバーを撃退してキャスターを護衛したという事実を作り、半ば強制的に手を組むのを実行させるという……ヤクザのような手法である。

すでに外道な手法だとは思っているが、そうしなければこいつは遠からず死んでしまう可能性がある。

それに、俺のミスで見つかってしまった以上、キャスターを死なせる訳にはいかない。

 

未熟な俺の責任だな……

 

もう少しクラス名から能力を予想して然るべきだったが……時すでに遅し。

ならばサーヴァントが減らないように尽力するのが俺のつとめであろう。

 

「そう取ってくれて構わない。それにどちらにしろ……今の状況で俺たちが出張らないとお前死ぬだろ?」

「……くっ」

 

悔しげに声を漏らすキャスター。

わかっていたことだが、キャスターではセイバーに太刀打ちできないのだろう。

だから俺と小次郎が出る。

卑怯だと思われても構わない。

 

自分の世界に帰るために必要ならば、外道にも鬼にもなろう……

 

「行くぞ小次郎。出番だ」

「うむ」

 

戦意が高揚している小次郎に声を掛け、俺たちはキャスターと葛木先生を庇うように前に出て、セイバーへと立ちふさがった。

俺たちのその行動、そして戦意に当然気づいているのだろう。

セイバーが鋭くこちらを見据えてくる。

 

「ここから先には行かさないぞセイバー」

「……邪魔をすると言うのか?」

 

風を纏わせた剣をこちらへと向けてきながら、鋭く問うてきた。

最優というだけあって、なかなかに鋭い殺気と気迫を向けてくるが……それでも俺は怖いと思わなかった。

前回のモンスターワールドで戦ってきた連中に比べれば、セイバーの殺気など屁のカッパだからだ。

しかしあの光の柱にだけは用心しなければいけないだろう。

 

まぁ打たせなければいい……

 

どんな強大な弾も、撃てなければ意味もない。

それは当然のことである。

故にぴったりと張り付いて戦えば問題はない。

 

「刃夜よ、私に行かせてはくれまいか?」

「……何でだ?」

「何、西洋の騎士とやらと死合いたくなってな。刀との死合いはお主とよくやっているため満足しているが……」

「OK。行ってこい」

 

小次郎の戦意をくみ取り、俺は特に反論はしなかった。

だがしかし……これだけは言っておかなければいけなかった。

 

「生かさず殺さず……そして小次郎、お前が死ぬことは絶対に許さなんだぞ?」

「無論だ」

 

出力というか、身体能力はセイバーの方が上だろうが、技量は間違いなく……ぶっちぎりで小次郎の方が上だ。

 

というか……気と魔力で強化した狩竜だけでなく、雷月の電磁抜刀さえも技量だけで捌いた小次郎が負けるわけがねぇ……

 

今思い出しても震える……。

あの時の電磁抜刀は間違いなく最高の状況で撃ったのだ。

それをまさか野太刀の剣捌きだけで躱されるとは思わなかった。

電磁抜刀は間違いなく最速の剣だ。

アレを躱せた馬鹿だから心配する必要性はない。

 

 

 

だが、もう少し釘を刺しておくべきだったと……後に思うことになる俺だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

(……先に来ていたか)

 

セイバーは、出遅れたことに臍を噛む想いだった。

どういった状況下わかっていないが、この場に自身を含めてサーヴァントが三体、そしてサーヴァントと生身で斬り合うことの出来る出鱈目な存在の人間(マスター)がいる。

他にも人間が一人いるが、セイバーにとっては障害とは認識されなかった。

 

 

 

もっとも、油断して葛木宗一郎と戦った場合、セイバーはボコボコにされるのだが……それをセイバーが知るはずもない……

 

 

 

(……どうする?)

 

相手は二人。

どちらにもそう簡単に負ける事はないと思っているセイバーだが、さすがに二対一で戦って勝てると思うほど馬鹿ではなかった。

何せ二人でとはいえ、あのバーサーカーと互角に戦った二人組だ。

二人でかかられては敗北は必至だ。

傷つくことをおそれはしないが、それでも敗北し、死ぬことは許されなかった。

 

(……これが『暗殺者(アサシン)』だと?)

 

小次郎と再び対峙して、その存在を再認識し、セイバーは思わず内心で愚痴ってしまう。

暗殺者(アサシン)』。

普通であれば『暗殺者(アサシン)』のサーヴァントは闇討ちないしその名の通り暗殺でマスターを殺して聖杯戦争を勝ち上がっていくのが基本だが……その基本が全く当てはまらないのが小次郎だった。

セイバーとしてはそれ以上に、この小次郎と言う存在が全く持って謎だらけだった。

サーヴァントは真名を隠す物。

弱点に繋がる生前の名は、彼らサーヴァントにとっては敵に最も知られたくない情報の一つだ。

であるにも関わらず、小次郎はあっさりと出会い頭の軽い自己紹介で、それを敵であるセイバーに晒した。

それが不思議でならなかった。

後のやりとりで、サーヴァントとしては色々とイレギュラーな存在とわかったが、それでも謎だらけだ。

西洋の英霊しか召喚されないはずの聖杯戦争に参加した侍。

その野太刀の剣撃はバーサーカーですらも防がねばならないほどの剣。

おまけに、その時のやりとりを見ていたセイバーは、はっきりとわかっていた。

 

 

 

この侍……佐々木小次郎というサーヴァントは、間違いなく最強クラスの敵であると……

 

 

 

セイバーの騎士としての勘が、そしてなによりも本能が……それを告げていた。

身体能力も、そして剣の威力も凌駕しているはずの自分が、その存在に警戒せざるを得ない。

セイバーでなくとも、小次郎の存在は極めて異質だった。

そう攻めあぐねているとセイバーに、小次郎が歩み寄った。

ただ歩み寄ってきただけというのは、野太刀を構えていない上に、殺意がないことからセイバーも容易に想像できたが……それでも用心のために、見えない剣先を小次郎へと向ける。

 

「刃夜よ、私に行かせてはくれまいか?」

「……何でだ?」

「何、西洋の侍と死合いたくなってな。刀との死合いはお主とよくやっているため満足しているが……」

「OK。行ってこい」

 

その二人のやりとりを、セイバーは黙って聞いた。

どちらにしろこの二人を打倒せねば自身の標的であるキャスターにはいけないのだ。

二人がかりで襲われてしまっては、負けることは間違いない。

いくらセイバーには切り札である『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』があるとはいえ、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』には力を収束し、放つまでには少々の時間が必要である。

その間……刃夜と小次郎が何もしないわけがない。

正直な話、刃夜と小次郎を前にして『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を放つのは難しい。

 

 

 

だが……次の言葉で、セイバーはそれらが全て無駄な考えであり、しかも侮辱に近い目を向けられていたことを知る。

 

 

 

「生かさず殺さず……そして小次郎、お前が死ぬことは絶対に許さなんぞ?」

「無論だ」

「なっ!?」

 

刃夜から己のサーヴァントに出された指示を聞かされて、セイバーは一瞬驚き、そして直ぐに怒りがこみ上げてきた。

何せ生かさず殺さずという言葉は、相手を……つまりは自身(セイバー)……侮辱している。

そこまでの感情(侮辱)を刃夜自身は抱いていないが……小次郎が負ける訳がないと思っている事は事実なので侮蔑に取られても刃夜としても何ら問題はなかった。

 

「私を愚弄するのか、アサシンのマスター!」

「愚弄したつもりはないが……お前程度では小次郎一人で十分だ。それとも、お前には自殺願望でもあるのか? 二人がかりで襲われたなら直ぐに俺と小次郎はお前を殺せるぞ?」

「くっ!?」

 

実際刃夜の言う通りに小次郎と刃夜二人組に襲われたらそう時間がかからずに殺されるだろう。

最優のサーヴァントである『剣使い(セイバー)』のサーヴァントが、戦闘に置いては最弱レベルの『暗殺者(アサシン)』と、戦いにもならないはずの人間のマスターの二人組に敗れる。

それほどまでに刃夜と小次郎の二人組は異質だった。

 

 

 

実際には、刃夜にセイバーを殺すつもりはなく、もちろん侮辱したのでもないのだが……セイバーが引かない以上戦うしか選択肢がないので、別にその誤解を訂正するつもりはなかった。

 

 

 

「さらに言えば……風で剣を不可視にしているような軟弱物に……小次郎が負けるかよ」

「!?」

 

その言葉はセイバーを驚愕させるには十分な威力を持っていた。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を不可視にしている、『風王結界(インビジブル・エア)』。

それが風の物によることは、現段階ではまだセイバーしか知り得ていない事実である。

しかし、たった今……セイバー以外にも『風王結界(インビジブル・エア)』の秘密を知ってしまった。

 

 

 

鉄刃夜という……人間が……

 

 

 

 

「……貴様、どうやって」

「ほぉ? アレが見えるのか刃夜? 私には何もわからんのだが」

「風の影響によるものならば、俺がわからないわけがない。というか見た瞬間にそれが何なのかわかってたしな。……大体刀身三尺余り、厚さ四寸って所か?」

「っ!?」

 

見事ぴしゃりと、エクスカリバーの剣の長さを言い当てられて、セイバーが瞠目した。

高度な魔術である『風王結界(インビジブル・エア)』を一目で見ぬく人間がこの世にいるとは思っていなかったのだ。

実際、一目で見抜くことはほとんど不可能と言ってもいい。

魔術師の中では歴代に置いても最強と謳われても過言でないキャスターも、たった一目で見ぬくことは難しい。

しばしの時間が必要だ。

キャスターですら見ぬけないはずの物を刃夜が一目で見ぬいたことに、セイバーとキャスターは驚愕している。

 

 

 

しかしそれも当然だ。

 

「風」による魔術ならば、刃夜の言うとおり、刃夜がわからないわけがなかった。

 

 

 

風翔龍

 

 

 

天候すらも操り、大砲すらも凌駕する威力を秘めた風の弾を放てる風翔の力。

 

それを手にした刃夜が……その程度のものを見抜けないわけがなかった。

 

 

 

「ほぉ、どうやら当たりらしいぞ刃夜? 全く……お主は本当に飽きさせぬ男だな」

「お褒めにあずかり光栄だ。では、よろしく頼む。くれぐれも負けるなよ?」

「了解した」

「……まだ愚弄するか?」

「そう憤るなセイバー。二人がかりだろうとなかろうと、我らサーヴァントは戦う宿命……。言の葉よりも剣で語ろうぞ……」

 

その言葉を放つと供に、鋭い殺気が小次郎よりあふれ出す。

それを感じ……未だ刃夜に対する怒りは収まっていなかったが、小次郎を無視できるわけもない。

セイバーも剣を構えた。

 

「……それでいい。では果たし合おうぞセイバー。サーヴァント随一と言われるその剣技……我が身を持って体験させてもらおう!」

「……アサシン。良かろう……望むところだ!」

 

 

 

風の吹く夜。

 

月光が照るその月夜の山頂の寺にて……。

 

 

 

死闘が……始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「全く……緊急事態なら緊急事態だって先に言いなさいよ」

 

(言える状況じゃなかったぞ……遠坂)

 

アーチャーが先行し、その後ろを士郎と凜がついて行きながら、三人は柳洞寺へと向かっていた。

先ほど凜の八極拳で吹き飛ばされた士郎は、再び普段着に着替えて、ある程度怒りの吸引をした凜のに叩き起こされた(文字通り凜が叩き起こした)。

二重の攻撃で未だ身体の一部が痛んでいる士郎だったが……それでも自体は急を要することを思い出して、凜に伝えて今現在こうして深夜の深山町を走っていた。

 

「というかなんで知らせなかったのアーチャー?」

「先ほど知らせようとしたら、魔力の移動中だから話しかけるなと言ったのは君だろう?」

 

先行する自分のサーヴァントであるアーチャーに文句を言うが、アーチャーはそれに対して悪びれもせず、しれっと返答をする。

余りにも不遜というか、とりつく島もない自分のサーヴァントにさらに言葉を投げかけようとするが……そんな場合ではないことを思い出して、凜は自重する。

 

 

 

魔力の移動。

遠坂家の家系は魔力の移動に特化した家系であり、凜の魔力移動の方法は、自身の魔力が多分にとけ込んだ血を抜き取り、それを魔術の術式を施した宝石に垂らし、魔力を移動させるという物だ。

ちょうどセイバーが移動していたその時間に、凜は士郎の客間の中で、注射器で自分の腕から血液を抜いている最中だったのだ。

 

 

 

故に報告が後れたと弁明するのだが……正直どうでもいい事ではあった。

 

(何やってるんだあいつは!!!)

 

自分の命令を背いてまで単身で柳洞寺に向かったと思われるセイバーに、士郎は内心で怒っていた。

別に、命令を背いたことを怒っているわけではないのだ。

ただ、怪我をして傷つくかもしれない事を危惧している。

ことここに至っても……彼はまだセイバーを少女としてみていた。

それに罪があるわけではない。

セイバーが少女なのは事実だから。

 

 

 

 

 

 

彼女は、とある剣を抜いたときに、身体の成長が停止したのだ。

故に精神年齢は生きてきた年月と同じだが、身体は僅か14歳の時から止まったままだった。

それでも生まれ持った力を用いて、彼女は最強の騎士たり得た。

 

 

 

 

 

 

自分よりも遙かに強い存在であるセイバーを、過剰なまでに心配する士郎の根底はここにあった。

無論、未だそこまで語っていないセイバーの事情を、士郎が知りうるはずもないが。

サーヴァントは戦うための武器であり、ひどいことを言ってしまえば道具である。

それは士郎も理解はしていた。

だがそれでも士郎は、セイバーに傷ついて欲しくなかったのだ。

それ故に士郎は焦る。

令呪の痛みが、その士郎の不安をさらに加速させる。

自分の足がもっと速く走れないことをこれほど呪ったことは、彼の人生において初めてだった。

そしてたどり着いた柳洞寺へと続く参道。

そこに付いて、凜とアーチャーは直ぐに気がついた。

 

「……罠が破壊されているわ」

「罠が?」

「えぇ。どっちが壊したのかわからないけど……柳洞寺で何かが起こっているのは間違いなさそうね」

 

その凜の言葉を聞いて、ようやく士郎も気がついた。

参道の所々があれていることに。

それだけではなく、何か骨のような物がいくつか散乱しているのが月に照らされて辛うじて見えた。

そして、凜の言葉……どっちがという言葉に、士郎は刃夜を思い出した。

 

(……いるのか刃夜!?)

 

昨夜偵察に来ていたというアーチャーの言葉。

それを信じたくない気持ちは当然のようにあった。

だがそれでも……行かなければいけない。

例え刃夜がいたとしても、戦うことを決意して、士郎は凜へと視線を投じる。

それを感じ取り、凜はアーチャーに先へと行くように促した。

罠が破壊されているとわかりながらも、それで用心を怠るわけにはいかないので、三人は注意しながら石段を登る。

そして登り切ったその先で……

 

 

 

すでに戦端は開かれていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「だぁぁぁぁ!!」

 

唸りを上げて、セイバーの剣が小次郎へと迫る。

不可視の剣。

それは近接戦闘に置いて、間合いを計らせないという、圧倒的なアドバンテージを有している。

しかしそれを……

 

「ふむ……」

 

するりと……まるで風に揺れる柳のように、小次郎は力まず、緊張すらもせずに、軽々と身のこなしだけで回避していた。

そして振り終えたセイバーに、小次郎の野太刀「物干し竿」が襲いかかる。

 

「くっ!?」

 

それを振り終えた体勢から無理矢理に、その魔力のブーストによる力業で、セイバーは恐ろしいほどに冷ややかな殺気の塊である野太刀を回避する。

セイバーがつっこんで斬りかかり、小次郎がそれをいなす。

もしくはその野太刀でセイバーの剣を受けて流す……。

戦闘が始まってから、そのやりとりがすでに何回と行われていた。

セイバーの剣が稲妻のならば、小次郎の野太刀はまさに疾風だった。

魔力のブーストによる膂力と速度上昇で、セイバーの剣よりも速さと重さに劣りながらも、しなやかといえた剣の閃きは、セイバーの一撃を悉く防ぎ反撃をしていた。

そして反撃の時……小次郎の剣は疾風から突風へと姿を変えて、セイバーの首に襲いかかっていた。

野太刀というのは長くしたために重さと攻撃範囲が増える代償に、小回りがきかないその剣は、懐に入り込まれてしまっては致命的だ。

長物相手のセオリーとして当然のように、セイバーは懐に入り込もうと必至になっているのだが……最後の一歩を踏み込むことが出来ずにいた。

 

(……出来る)

 

改めて小次郎と対決し、セイバーは冷や汗をかいた。

強いとは思っていたが、改めて対峙し直に剣を交えて理解した。

 

 

 

バーサーカーとは違った意味で……最強の敵であると……。

 

 

 

だが……。

 

「……何故攻めてこないアサシン」

 

攻めてこずに、ほとんど受けに回っている小次郎に、セイバーは怒りに染まった目を向ける。

セイバーの持つ剣と、小次郎がもつ野太刀は、間合いに置いて圧倒的に小次郎の野太刀の方が上だった。

何せ刃渡り五尺だ。

刀身……つまりは刃渡り三尺余りのセイバーの剣よりも、遙かに広範囲に剣を閃かせることが出来る。

故に、セイバーは疑問を感じていた。

何せ敵である小次郎は自分の攻撃範囲よりも広いために、先に攻撃を届かせることの出来る得物を持っている。

つまり、一方的な戦闘に持ち込むことも不可能ではないのだ。

 

長さに物を言わせて、セイバーの剣を届かせないままに、縦横無尽に野太刀を振るわれては、さすがのセイバーも防ぐ以外にほかなかった。

 

無論、やられっぱなしのセイバーでないことは間違いないが……それでも間合いの広さに置いては小次郎が勝っている。

 

 

 

であるにもかかわらず、何故小次郎はその攻撃を行おうとしないのか……?

 

 

 

「何……貴様の剣を見切っているまでだ。全容は刃夜より聞いたが……知識と経験は違う物だ。それを終えるまでは過信せぬ事よ……だが、嬉しいぞセイバー。我が邪剣をここまで受けて立っているとは。さらに言えば打ち込みもすばらしい。その小躯でこれほどの剣を振るうとは……さぞ、鍛え抜いた剣であろう」

 

そう、小次郎は刃夜の言葉に頼り切らずに、ひたすらにセイバーの剣の間合いを計っていた。

だが小次郎の言うとおり、間合いを計るだけと言いながら、並の物であればすでに十数回は死んでいるほど鋭い剣閃をセイバーに見舞っていた。

その慎重な態度と確かな技量が、セイバーの警戒心を最大レベルにまで上昇させるのだが……。

次の小次郎の動作で度肝を抜かれることになる。

 

「なっ!?」

 

セイバーの眼前……小次郎が取った行動は、構えだけでなく、その殺意すらも解いてしまった。

これでは降参と取られても不思議ではない。

だがその小次郎の表情を見る限り……そんな気が微塵もないことを、セイバーは感じ取った。

それ故に、侮られたのかと思い斬りかかるが……その寸前に小次郎が目を瞑った。

 

(!?)

 

さらなる衝撃がセイバーを襲ったが……そんなことは瑣末だった。

何せ次の瞬間……。

 

フワッ

 

まるで風に吹かれて軽く飛んだ一枚の木の葉のように……見ないでセイバーの剣を回避したのだ。

 

「ふむ……。これで完全にお主の剣は見切ったな」

「ぐ……」

 

確かにその通りだった。

刃夜の助言があったとはいえ、よもやこれほどの短時間で見ぬかれるとはセイバーも思っていなかったのか、その口から漏れる言葉には重い響きがあった。

見えない剣を前に果敢に攻めることなど出来るはずもない小次郎は、ひたすらに受けに回った。

無論反撃だけでなく自分から仕掛けもしたが、それはごく少ない。

逆に言えばそのためにセイバーは追い込まれていないとも言えた。

剣の間合いを計り切れていないがために攻勢に出れなかった小次郎。

しかし今は間合いを測りきった。

故に小次郎はもう攻勢に転じることが出来る。

おまけに避けたときに目を瞑って避けたということは……

 

 

 

間合いだけではなく、その所作や、体運びまでも見ぬかれていることに他ならなかった……

 

 

 

加えて言うのならば小次郎の得物は野太刀……つまりは日本刀だ。

セイバーの生前の戦闘は主に剣の戦いが主だった。

当然のように刀との戦いなど、経験があるわけがない。

 

「……信じられない。いくらマスターの助言があったとはいえ、この短時間で魔術も使わずに、私の剣を見ぬくなど」

「何、私が使うのは邪剣故にな。こういった大道芸のような物ばかりうまくなる」

 

その表情には涼しげな微笑が浮かんでいるだけだ。

だがその表情の下に、恐ろしいまでの凄烈な気迫があることは、セイバーにははっきりと感じ取ることが出来ていた。

 

「大道芸。なるほど。私の一撃をまともに受けずただ流すだけが貴方の戦いだった。邪剣扱いとは、その逃げ腰から来た呼び名ですか?」

「ははっ、そう憤るな。まともに打ち合えるわけもない。この長刀故に打ち合えば折れるのは必至。お主としては撃ち合いの力勝負が本領なのだろうが、こちらはそうはいかん」

 

基本、刀というのは受けて流すことを前提に作られている。

さらに言えば、真剣勝負というのは元来一瞬のうちに決まる物だ。

日本刀というものはそう言う物だ。

重さと力で叩ききる西洋の剣と違い、速さと技で断ち切るのが刀。

その刃は触れるだけで肉を斬り、骨を断つ。

故に一撃で勝負が決まる。

セイバーと小次郎の勝負は、正反対の刃物の頂上決戦と言えなくもなかった。

 

「剣と刀は生まれた場所も時代も違う。戦いがかみ合わぬのも道理であろう?」

「……」

「さて語り合いはここまでだ……。そちらの剣の間合いは把握した。ここからは……攻勢に転じさせてもらう!」

 

涼しげな微笑を浮かべたまま、小次郎が一足でセイバーへと近寄り襲いかかる。

今までただ受けて払うだけだった剣が疾風となって、セイバーの首を切らんと襲いかかる。

それをセイバーは受けるが……自分の剣が敵へと襲いかかる前に、小次郎の野太刀がセイバーを襲った。

 

(くっ!? (はや)い!)

 

野太刀の圧倒的なリーチだけではセイバーは圧されない。

その程度で負けるようでは、槍を相手にまともに戦えるわけがない。

だが……槍よりも御しやすいはずの小次郎の野太刀は、セイバーの予想の遙か上をいっていた。

間合いの長さだけではない、その技量から繰り出される一撃は、防がねば間違いなく命を絶つほどの剣。

ただの線ではなく、奇怪とも言える曲線を描くそれを、セイバーは躱すことが出来なかった。

紙一重で躱すことは難しいために、受けるしかない。

だがその後に攻撃に転じようとしても、自分の得物が届く前にさらに敵の野太刀がセイバーを襲う。

長さ故に小次郎の野太刀の方が、セイバーよりも打ち込みの数が少なくなるはずだというのに、その疾風のような剣閃はセイバーの接近を許さなかった。

セイバーの剣と違い、その疾風のような閃きは優雅ではあるが、セイバーの一撃よりも遅い。

であるにもかかわらず、何故か小次郎の剣撃は、セイバーの返す剣よりも速くセイバーの首へと迫る。

そのために懐に潜る込むどころか、剣が間に合わないので引くことでしか、野太刀を避ける術がセイバーには残されていなかった。

故に下がるしかないセイバーは、徐々に徐々に下がっていくしかない。

 

 

 

長さと技量……たった二つのこの要因で、最優のはずのセイバーは一方的に攻められている。

 

 

 

しかも洋の東西の違いはあれど同じ剣での勝負でだ……

 

竜の因子を有し、莫大な魔力を用いての最強クラスの身体能力で数多の敵を圧倒してきたセイバーが……

 

気も魔力もない……

 

それどころか技しかないと言ってもいい一人の男に、防戦一方の状態にされてしまっていた……

 

 

 

それを見れば考えるまでもない……

 

 

 

 

 

 

剣技に置いて、小次郎は間違いなく「最強」の人間だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

相も変わらず化け物だ……

 

小次郎とセイバーの斬り合いを見た感想がそれだった。

あれほどの魔力を有し、それを用いたブーストで戦うセイバーを、こうもあっさりと封じ込めることの出来る力量……というよりも技量だな……には、「天晴れ」というしかなかった。

 

手を抜いていた訳じゃないのだろうが……俺とやるときとはまた違った立ち会いだな……

 

身体能力はあれど、魔力ブーストで俺よりも少し上のセイバーが、ああもあっさりと封じ込められていては……俺との朝の訓練の時に手を抜いていると思わなくもなかったが、狩竜という存在がやはりネックなのかもしれない。

 

もしくは……令呪か……

 

右手に刻まれた、赤い血のような紋様を見つめる。

これがあるために、小次郎は俺との全力の勝負が出来ないのかもしれない。

無論本人も手を抜いているわけではないはずだ。

だが……令呪という存在がある以上、気づかないところで剣を引いてしまっているのかもしれない。

 

……口惜しいな

 

聖杯戦争のおかげで小次郎と知り合えたのは事実だが……それでもこれほどの達人と、心からの斬り合いが出来ないというのは、口惜しかった。

 

「……末恐ろしいわね。あなたのサーヴァント」

 

俺が自問していると、宙を飛ぶのをやめたキャスターが俺の近くへと着陸した。

警戒しているのか、おそよ一間(約1.8m)ほどの距離を離しているが……俺にとってはあってないような距離だが、警戒させるだけなので、あえて触れないことにした。

 

「あぁ、俺もびっくりしてる」

「その程度で済む話じゃないわよ? セイバーは間違いなく最優であり、最強のサーヴァントであるはずなのに、あのセイバーを魔術もなしにあっさりと封じ込めるなんて」

 

同じサーヴァントであり、さらに言えば天敵であるセイバーをこうもあっさりと封じ込める人間がいるのが驚きなのだろう。

小次郎もサーヴァントであるが、特殊な能力は何一つとして持っていないのだから、それが最強性能のセイバーを封じ込めれば、だれもが驚くところだろう。

 

ま、俺はそこまで驚かないが……

 

毎日の訓練で、小次郎がどれだけ化け物かわかっている俺としては、これは当然の結果だったので感心こそすれ、感嘆はしなかった。

そうして俺とキャスター、さらにはキャスターに寄り添うように葛木先生が二人の決闘を見守っていると……後方から複数の気配がやってきた。

 

数は三……ということは……

 

気配の種類が二つ、そして人数が三人。

その時点で、相手が誰かなど考えるまでもなかった。

 

「セイバー!!!!」

 

罠があるかもしれない……といってもアーチャーと遠坂凜が見ぬいただろうが……というのに、無防備にも士郎が山門よりなだれ込んできた。

少し警戒心を持たせるためにナイフでも投げてやろうかと、一瞬考えたが……アーチャーがいるので弾かれて終わる。

ので、ナイフの無駄なので俺は中止した。

 

ただじゃね~からな……

 

無論回収できる物は回収しているが……それでも大体がスローイングナイフは使い捨てだ。

故に、結構なお金がかかってしまう。

 

節約節約……

 

妙にけちくさいが……雷画さんに恩を返すために無駄金は使うわけにはいかない。

俺はそんな馬鹿なことを考える自分に苦笑しつつ……三人へと向き直った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「セイバー!」

 

山門より、柳洞寺へと入り当たりを見渡し、自分の相方であるセイバーの姿を探す。

しかし探すまでもなく、直ぐに見つける。

金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響き、それが遠く離れた山門へと届いてくる。

そちらへと目を向けると……そこには青紫の袴を羽織った小次郎に、セイバーが一方的に追い込まれている光景だった。

 

(!? 無事か!?)

 

暗がりではあるが、月光がある以上真っ暗闇ではない。

何とか目をこらせば、怪我をしているようには見えなかった。

当然それは士郎だけではなく、凜にも見えている訳であり……士郎とは違った意味で、凜は驚愕していた。

 

(セイバーが押されてる!?)

 

なまじ、まともな聖杯戦争の知識があるだけに、凜の内心は驚愕なんて言葉では片付けられないほどに渦巻き、もはや混沌の様相を呈していた。

 

(さ、最優のサーヴァントで、しかもその名に恥じぬ力を持っているセイバーが……白兵戦最弱のアサシンに……)

 

先にも説明したが、白兵戦に置いて『暗殺者(アサシン)』は最弱である。

それがまさか白兵戦最強クラスの『剣使い(セイバー)』が、最弱の小次郎(アサシン)に追い込まれるなど、普通ならばあり得ることではなかった。

その思いはアーチャーも同じなのか、凜と同じように信じられないような物を見る目を、小次郎へと向けていた。

しかしそんな知識がない故か、はたまた別の要因か……セイバーが追い込まれているのを見た士郎が何の策もなく、また何の意味もなく駆け寄ろうとするが……。

 

 

 

「どこへ行こうというのかね?」

 

 

 

どこか巫山戯た響きで声を上げながら……刃夜が士郎の前へと立ちふさがった。

道をふさがれ……何より、刃夜の身体からあふれ出す殺気を士郎も感じ取り、足を止める。

軽く身構えながら、士郎は刃夜へと話しかける。

 

「……そこをどいてくれ、刃夜」

「それは出来ない相談だ。俺はキャスターと手を組むからな。お前を先に行かせてしまってはそれを破棄するというような物。故に無理だな」

「「「!?」」」

 

その刃夜の言葉に、士郎だけでなく凜もアーチャーも驚きの表情を浮かべた。

昨夜、アーチャーが柳洞寺を偵察していたという情報で、刃夜がここにいること自体はわかっていたことだが、その目的までもわかっていたわけではない。

だが、今その目的が明らかとなって、三人は……特に士郎が驚愕した。

 

「本当なのか!? キャスターと手を組むっているのは?」

「あぁ。何かとキャスターの能力は使えそうだからな。俺が聖杯戦争を勝ち上がるために、手を組んだ。それだけの話だ」

「キャスターは魂食いを行っていると知った上で言っているのか!?」

 

キャスターが柳洞寺の地形を利用して魂食いを行っている。

未だ推論の域を出ていなかったが、それでも僅かでも可能性があるのならば疑ってかかるべきだと、士郎もそう思っていた。

そしてその事を、刃夜が知らないが故にキャスターと手を組むのだと思い、そう言葉を投げかけたのだが……。

 

「知ってるぞ?」

 

それは脆くも崩れてしまった。

 

「……知ってて手を組むって言うのか!?」

「何か問題でもあるのか? 戦争に勝つために民から力を得るというのは常套手段だぞ? 己の願いのために他者を退けるのは至極当然のこと。まぁやりすぎたらあれだが、それでもやりすぎなければいいと俺は思っている」

「――っ!?」

 

刃夜の言葉を聞いて、士郎は驚きの余りに声を上げることすらも出来なかった。

何の関係もない人々から魂食いを行うことは当然のように士郎に取っては許せないことだった。

だがそれをいってもなお、刃夜はキャスターと手を組むと言い、あまつさえ己の願いのために他者を退ける……つまりは利用し、捨てるということを言ったのだ。

まだ一年に満たない時間の付き合いではあったが、まさか刃夜がそんなことをいうと思っていなかったのか、士郎はショックで言葉もなかった。

無論刃夜も全ての手段を肯定しているわけではない。

キャスターが無関係な人間の命を根こそぎ奪い、大量の人間を死に至らしめようとするのならば止めに入る。

だがそれでも、今のキャスターの方針ならばまだ許せたのだ。

キャスターの現世での目的が何となくわかり、それを応援したい気持ちにもなったのだ。

そのため、士郎や凜の標的が自分へと向かうように突き放すような言葉を投げかけていた。

そしてそれは狙い通りとなり……。

 

「……キャスターに操られているわけではないのね?」

「無論だ。俺は俺の意志でここにいて、キャスターと手を組むことを持ちかけた」

「……そう」

 

低く紡がれたその言葉と供に、アーチャーが両手に一対の剣を顕現しながら、前へと……刃夜へと躍り出る。

月光に照らされて鋭く光るその刃と同じように、鋭い目を刃夜へと向けながら。

冬木の監督者でもある凜は当然として、アーチャーも士郎ほどではないにしろ、キャスターの行いを由とはしていなかった。

サーヴァントとしてマスターである凜を勝たせたいと思う気持ちもあったが、それとは別にキャスターの行いを止めようとしているのもまた事実だった。

 

「……どけ」

「先にも言ったはずだ。行かさぬと……」

 

言葉を返しつつ、刃夜は狩竜を遙か上空へと打ち上げる。

そして自由になった両手が、背中のシースの取っ手へと伸びて……封絶を抜剣した。

その行動を見て、士郎と凜が再び驚愕した。

いくら強いとはいえ、サーヴァントと一対一での勝負を行うとは思わなかったからだ。

だがその行動にアーチャーは動揺せず、逆に目をさらに鋭くした。

サーヴァントとしての直感が気づき、なによりも彼の歴戦の戦での経験でわかっているのだ……。

 

相手が生半可では勝てる相手ではないということに……

 

「では……お相手願おうか!」

 

そう叫ぶと同時に、刃夜が両手に持つ封龍剣【超絶一門】を振るいながら、アーチャーへと襲いかかる。

気と魔力で強化された身体能力は常人のそれを遙かに超越した速度を有しており、アーチャーも一瞬その速度に驚いたが……それで倒されるほど弱い相手ではなかった。

 

 

 

!!!!

 

 

 

封龍剣【超絶一門】と、アーチャーの双剣、干将莫耶が交差し火花を散らす。

その交差した剣同士が反発しあい……アーチャーの干将莫耶を、振るった腕事吹き飛ばした。

 

 

 

干将莫耶。

白と黒の対の夫婦剣であり、アーチャーを象徴する宝具とも言えた。

アーチャーは、『弓使い(アーチャー)』でありながら、弓での遠距離線よりも、この一対の剣による白兵戦が主な戦闘方法だった。

干将莫邪は古代中国の呉の刀匠、干将と妻の莫耶二人で制作された短剣である。

黒い刀身の陽剣・干将、白い刀身の陰剣・莫耶となっており、互いに引き合う性質を持つ。

その剣を持つということで、本来であればアーチャーは中国に由来する英霊と考えるのが本来であれば打倒だった。

だが、アーチャーに普通の考えは当てはまらなかった。

 

 

 

それが刃夜との剣撃での撃ち合いで負けたのだ。

確かに刃夜の封龍剣【超絶一門】は長く身幅もあるために重い。

打刀と同じくらいの長さのある封龍剣【超絶一門】と短剣サイズの干将莫耶とでは、ある意味で当然といえるかもしれない。

だが振るっている存在が、その結果をあり得ない物にしていた。

何せ刃夜は人間であり、相手はサーヴァントなのだ。

いくら力比べが得意ではないアーチャーとはいえ、サーヴァントが人間に負けるなど……本来であればあり得ないことだった。

そもそもにしていくら先に振るったとはいえ、剣速に置いてサーヴァントが負けるなど、普通ではない。

 

(……馬鹿力め)

 

予想はしていたが、それでもその力が余りにも人間離れしていて、アーチャーは内心で呪詛を吐いた。

少し距離がありはしたが、それでもその能力で刃夜が生身でバーサーカーへと斬りかかった時点である程度の力はわかっていたが、実際に体験してみるのと想像では天と地ほども差があった。

 

「ずぁっ!」

 

そのアーチャーの驚きをよそに、刃夜がさらに封絶を振るう。

身体能力で負けていることを直ぐに見ぬき、アーチャーは封龍剣【超絶一門】による攻撃を流すように干将莫耶を振るうのだが……それに合わせて刃夜もその干将莫耶をおうようにして攻撃を行っていた。

さらに言えば衝突の瞬間に力を抜くことである程度衝撃を緩和して、武器破壊を防ぐように奮闘するアーチャーだったが、それすらも刃夜は力を抜く瞬間にさらに力を込める事でそれを防いでいた。

 

その技量が……どれほど馬鹿げた物であるかなど、考えるまでもない。

 

 

 

(こいつ!)

 

 

 

あまりに巫山戯た人間といえる刃夜に内心で悪態を吐くが、当然効果があるわけがなかった。

アーチャーが持つ干将莫耶よりも大型の封龍剣【超絶一門】を、アーチャーよりも重さと速度を兼ね備えて振るう。

そのために、アーチャーはセイバーと同じように後退を余儀なくされた。

小次郎の時とは違い、相手の武器を破壊するために斬り合い振るう、あまりにも無骨な金属音が当たりの空気を震わせる。

 

 

 

!!!!

 

 

 

凄まじいまでの金属音。

交差させた干将莫耶を砕かんばかりに振るわれぶつかり合った音に、アーチャーは顔をしかめた。

 

「本当に人間とは思えない力だな」

「全てのサーヴァントとかいう存在から聞かれるな……。だが俺は歴とした人間だが? と、いうかだな……」

「この問答も……聞き飽きたというのか?」

「あぁ……その通りだよ!」

 

刃夜が再び吼え、交差し受け止めている干将莫耶に重圧がのしかかる。

刃夜が力を加えたのだ。

アーチャーはなんとかそれを流して、敵との距離をとる。

それをどう見たのかは謎だが、刃夜が吼える。

 

「逃がすか!」

 

弾き出されるように動き、瞬く間に間合いを詰められる。

あまりの身体能力の高さに、さらに度肝を抜かれる。

しかしそれを態度に出さずに、アーチャーはその剣を受け止めた。

否、受け止めようとしたのだが……

 

ゴッ!

 

唸りを上げて迫る、敵の双剣……。

それを受け止めた干将莫耶が……

 

 

 

粉々に砕け散った……

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

その結果……剣が粉々に砕け散るのを目の当たりにして……アーチャーは普段は上げないような驚愕の言葉を、無自覚のうちに漏らしていた。

 

 

 

己が投影した得物……干将莫耶。

 

 

 

投影とは、自己のイメージからそれに沿ったオリジナルの鏡像を魔力によって生成する魔術。

イメージが完璧でなければ投影できず、術者の知識が本物に近いほどに完璧な物になるが……少しでもほころびが生じれば存在することが出来ず霧散する。

はっきり言ってしまえば……これほど効率の悪い魔術もない。

無駄に複雑な工程を要するくせに、効果は一瞬であり、また完璧に投影しても本物には遠く及ばない。

投影を行うならば、物質などの既存の物体に魔力を通して使用する「強化」の方が効率がいい。

「投影」はどんなに完璧でも10の魔力で3、4程度の力の物しか作れないが、「強化」ならば元々存在している物を強化するので、10の魔力+元々の物体の力、となるのだ。

故に、普通の人間は投影を使用するという選択肢を選ぶどころか選択肢にすることすらしない。

 

 

 

あくまでも普通の投影ならば……であるが……。

 

 

 

アーチャーの投影は特別な技法であり……厳密に言えば投影ではない。

そして普通とは違う投影とはいえ、投影によって作られた彼の干将莫耶も当然本物ではない。

贋作だ。

しかし彼の特性上、剣に限れば、それは限りなく本物に迫り……もしくは本物すらも越える偽物を作り出すことが出来る。

言うなれば真に迫る贋作なのだ。

 

 

 

その真に迫る偽物を……数々の戦場をくぐり抜けた自分のもっとも手になじんだ武器を、よもやただの人間に破壊されるとは、アーチャーも予想外だった。

 

「くっ!」

 

アーチャーは、己の失策に歯がみしつつ、さらに干将莫耶を投影した。

だが正攻法では叶わないと判断し、先ほどとは戦法を変える。

投影したのは確かに干将莫耶だったが……用途が違った。

 

 

 

一組の干将莫耶を、投影し……それを敵に向かって投げ放つ。

 

 

 

『留意せよ仕手よ。この短剣から、ただならぬ魔力を感じる』

「了解した! その前に叩き斬る!」

 

封龍剣【超絶一門】の言葉に頷き、刃夜はその言葉通りに干将莫耶を、その剣に宿る魔力ごと叩き斬った。

 

 

 

ギィン!

 

 

 

甲高い音を立てて、干将莫耶が宙で飛散した。

そしてそれと同時に、剣に宿っていた魔力すらも吸収し、文字通り鉄くずとなってしまった。

だがそれはアーチャーには予想していたことだった。

それは囮。

封龍剣【超絶一門】が普通の剣ではないことを一目で見ぬいたアーチャーは、時間稼ぎのためにそれを行ったのだ。

時間稼ぎと言っても僅か一瞬の時間でしかない。

だがその時間さえあれば、アーチャーには十分だった。

その一瞬で投影したそれを……

 

 

 

三組の干将莫耶を……刃夜へ向けて投擲したのだ……。

 

 

 

「むっ!?」

 

先ほどと同じ攻撃ではあるが、数が違い、さらには込められた魔力の質と量が違うことを一目で見ぬき、刃夜が唸り声を上げた。

 

『仕手よ、先ほどよりも魔力を感じる。おそらくこれは……』

『言われなくてもわかっている!』

 

封絶と心でそんなやりとりをしつつ、刃夜は向かってくる剣を迎撃すらもせずに、ひたすら後退する。

そして手にしている双剣を地面へと突き刺して、腰の夜月を抜刀。

さらに宙から落ちてきた、超野太刀狩竜を手に取る。

そのまま二振りの刀で身構える仕草を取った瞬間。

 

「おそい!!!!」

 

アーチャーの声が響き渡り……

 

 

 

 

 

 

爆音が辺りを揺らした……

 

 

 

 

 

 

(……やったか?)

 

爆風が自分の衣服を、髪を揺らし、目を見開くのも困難な風を生じさせていたが、アーチャーはその両の眼をしっかりと、相手のいるであろう場所へと向けたままだった。

爆発はアーチャーが投擲した三組の干将莫耶が魔力を暴走させて四散して生じた物だった。

 

 

 

己の宝具に眠る魔力を暴走させて爆発させる技法……『壊れた(ブロークン)幻想(ファンタズム)』。

壊れた(ブロークン)幻想(ファンタズム)』はその宝具に宿った魔力を暴走させて爆発させる……つまりは爆弾……技法だ。

唯一無二ないし、僅かしか持たない切り札の破壊ということで、普通は使用されないし、仮に使用したとしても己の半身をなくすに等しいので、その身を引き裂くほどの精神的苦痛を味わう……。

また当然壊してしまえば修復は困難であり、しかも切り札ないし武器を失うのでその後の戦闘を考えると得策ではないどころか悪手にも等しい。

だがアーチャーは、彼自身の特殊能力ともいえる投影があるために剣の宝具は無限にあり、そして……英雄そのものに絶望している彼には、そんな躊躇いは存在していない。

壊れた(ブロークン)幻想(ファンタズム)』は彼の得意技の一つだった。

 

 

 

 

この攻撃は魔力爆発の広範囲による攻撃だ。

避けるのは至難の業である。

戦争とは最終的には数と範囲だ。

士郎と凜に、そしてキャスターの魔術で眠らされている寺の住人達の事を考慮し、範囲こそそこまで広くはないが……一足で逃げることの出来るほど狭い範囲ではない。

しかもこれは相当強い部類に入る攻撃である。

威力について具体的に言おう。

 

 

 

 

 

 

仮に今のを……アーチャーが行った三組の干将莫耶の『壊れた(ブロークン)幻想(ファンタズム)』が、無防備に直撃した場合……バーサーカーですら殺すことが出来る。

 

 

 

 

 

 

セイバーに、刃夜、そして小次郎。

その三人の剣を受けてもびくともしなかったバーサーカーを殺すことが出来るのを鑑みれば破格の威力である。

しかしそこで注意すべきなのは、バーサーカーを殺すことは出来るが、殺しきれない(・・・・・・)ことである。

それはバーサーカーの宝具による恩恵だが……この場にいる彼らが、その事実を知るわけもない。

 

「刃夜!?」

 

その爆発を見て、士郎が悲鳴を上げる。

いくら敵になったとはいえ、さらにいえば自分とは相容れなかった思考を持っていたとしても、士郎にとって知り合いが死んだことに代わりはない。

故に、士郎は悲鳴を上げる。

凜の表情も、苦痛に似た表情が刻まれていた。

いくら自分を負かし、敵であるとはいえ人間を殺すことになるとを、彼女もいいとは思っていなかったのだ。

 

 

 

しかしその二人の悲痛を……真っ向から否定する者がいた。

 

 

 

 

 

 

「出てこい、アサシンのマスター。……私の目をごまかせると思っているのか?」

 

 

 

 

 

 

そう言葉を放ったのは、攻撃を行ったアーチャー本人だった。

彼としても文字通り必殺の攻撃だった。

アーチャーの投影は確かに普通ではない。

普通の投影よりも遙かに高度であり、効率もいい。

さらに言えば干将莫耶の投影も、彼自身にとっては投影するのに効率のいい媒体ではある。

 

 

 

だが……それでも全く持って疲弊しないと言うことはあり得ない。

 

 

 

アーチャーの戦闘の技術は、才能で裏付けされた物ではない。

彼の弛まぬ努力で磨き上げられてきた、これ以上ないほどの努力の結晶。

故に彼は無駄な事はしない。

彼は……アーチャーは間違いなく必殺の一撃を、刃夜へと放ったのだ。

しかしその自らの行為を、彼は否定する。

 

 

 

それが不思議でならない士郎と凜だったが、直ぐに回答を……爆風の中から鋭い突風が生じたことで、それを知ることになる。

 

 

 

「……な」

「――嘘……でしょ?」

 

揃って士郎と凜が絶句する。

 

その視線の先……そこは干将莫耶の爆発の中心地。

 

バーサーカーすらも殺すことの出来る、人間よりも上位存在であるはずのサーヴァントの一撃。

 

それを受けてなお立ち上がるとするのならば……本来であればそれと同じ存在か、さらなる上の存在であることが普通である。

 

 

 

 

 

 

であるにも関わらず、サーヴァントよりも下位の存在の人間が受けて無事な場合……それは果たして、本当に人間なのか?

 

 

 

 

 

 

爆風の中心地より鋭く吹き荒れたその突風は、刃渡り七尺四寸の()尺の刀が振るわれて生じた人為的な風。

 

 

 

狩猟の世界に置いて、数々の怪物(モンスター)達の血で染まる、呪われた血のような色の刀身と刃。

 

 

 

銘を……狩竜。

 

 

 

それを振るうのは当然のごとく……その狩竜を鍛造し、錬鉄し、刃を造り、刃を為す者。

 

 

 

己が刀に命を込め、眼前の敵を斬り捨てる。

 

 

 

 

 

 

鉄刃夜だった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……どうやらお前から距離を離すのは、得策ではないな。名は体を表すと言うが……まさにその通りのようだ」

 

 

 

 

 

 

「……ほざけ。アサシンのマスター。化け物め」

 

 

 

 

 

 

「化け物ね。それは少し心が痛むが故に、出来たらこう読んでくれ。『モンスター』とな。そちらの方が馴染みがあるんだよ。俺にはな」

 

 

 

 

 

 

先ほど道を塞いだときと同じように巫山戯ながら、さらには嘲笑混じりにアーチャーへと向けられるその言葉。

敵意だけでなく……憎悪に近い感情を抱き、それを顔に刻みながらアーチャーは刃夜を睨みつける。

 

右手に夜月を、左手に狩竜を持ちながら、爆心地に悠然と佇むその姿は……

 

 

 

 

 

 

間違いなく、普通の人間ではなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

マジデシヌカトオモッタ……

 

内心で冷や汗どころではない……正直本当にデッドエンドかと思った。

肝を冷やしてしまったがそれをおくびにも出さずに、俺は挑発的な言葉と態度で、相手に話しかけた。

 

挑発しておかないと、キャスターへと向かわれたら面倒だからだ……

 

幸いと言うべきか、士郎と遠坂凜も俺とアーチャーの戦いを見届けていてそちらへと向かうつもりはないようだ。

 

まぁ最も、その場合葛木先生が黙ってないだろうが……

 

魔術が使えないというハンデがあっても、軽くあしらうだろう。

あの人にはそれだけの実力がありだそうだった。

まぁそれはともかくとして……実際危なかった。

もしも狩竜が落ちてくるのが後一瞬でも遅ければ、刃気と魔力解放が間に合わずに、俺は木っ端微塵に吹っ飛んでいたことだろう。

何とか間に合って事なきを得たが……そのおかげで、溜め込んでいた少ない魔力がスッカラカンになってしまった。

つまり、切り札になりうるかもしれない手札がなくなってしまったのだ。

時間がかかるとはいえ、可能性が多いだけ相手は混乱する物だ。

その手段が減ったのは……失策といえなくもない。

 

本当に距離を取らせるわけにはいかないな……

 

 

 

とそうして、アーチャーへの対策を考えていたその時……静寂がこの柳洞寺の空間を支配した。

 

 

 

 

 

 

……ちょっとまて? 何で静寂?

 

 

 

 

 

 

この場にいるのは、俺とアーチャーを除いて、士郎に遠坂凜、キャスターと葛木先生、セイバーに我が相棒……小次郎だ。

俺とアーチャーは一旦小休止というか……とりあえず手を止めており、士郎と凜は呆然と佇み、キャスターも同様だが葛木先生は無感動な目を俺へと向けている。

これはまだいい。

全員何もせずに佇んでいるのだから音がするわけがない。

しかし……静寂がこの空間を支配するのがおかしい。

何せ俺とアーチャーの他に、戦いを行っている奴がいるはずなのだ……。

 

であるにも関わらず静寂なのは……

 

その俺の嫌な予感を裏付けするように……夜空を切り裂く一条の光が、俺の背後から燦然と輝きだした。

すでにわかっていたが、それを否定したくて俺はそちらへと目を向ける。

 

するとそこには当然のように……

 

 

 

 

 

 

風の鞘を抜きはなつ……光という力を解放しようとしているセイバーがいた……

 

 

 

 

 

 

な……

 

 

 

な……

 

 

 

 

 

 

何させてんだあいつはぁぁぁぁぁぁ!?!?!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

時間は少しさかのぼり……アーチャーとの斬り合いが始まって少しした時間……。

 

 

 

!!!!

 

 

 

金属がぶつかり、流れていく音が葉に付いた夜露を振るわせて、地面へと落ちていく。

金属同士の硬質であり、高質なその音は……とてもすばらしく綺麗な音だった。

 

 

 

最も……

 

 

 

!!!!

 

 

 

こんなにも……それこそ息を吐く暇もないほどに連続していなければだが……。

 

 

 

(くっ!?)

 

 

 

その長尺の野太刀の絶え間ない連続の剣撃を受け手、セイバーはその連続の剣を受け、捌きながら後退することを永遠に感じるほどの時間、繰り返していた。

もっとも、それは当人の認識であって、それほど長い時間ではない。

 

 

 

しかし死闘であり、命のやりとりの剣戟は……長時間に感じてしまうのも仕方のないことだった。

 

 

 

 

 

 

ましてや……一方的に攻撃されてしまっては、当然だった……

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ……」

 

セイバーを追い詰めていた小次郎……。

その手を休め、少しばかり距離を離す。

小次郎のその動作に……セイバーは当然のようにそれが何を意味するのか、理解できずに顔をしかめる。

 

「何故手を止める、アサシン?」

「いや何……さすがにこのまま続けても意味はないと思ってな。些か興も削がれた。もうよい頃合いだろう? セイバー。いい加減、手の内を隠すのは止めにしろ」

 

その言葉は、小次郎の微笑も相まって余り迫力はなかったが、それでもその言葉はセイバーを驚かすには十分な物だった。

 

「手加減? 私が手加減をしていると言うのですか?」

「していないとでも言うつもりか? 剣を鞘に収めたまま立ち会いとは舐められた物だ。それとも……私程度ではそれで十分という意味か?」

「……」

 

その小次郎の言葉に、セイバーは黙るしかなかった。

確かにセイバーは風王結界にて、風の鞘を纏っていると表現しても問題はない。

そのままでも十分に相手を断絶するだけの切れ味を誇ってはいた。

だが、相手に間合いを計らせないと言う意味が要しなくなった以上、それをいつまでも使用している意味がないのもまた事実だった。

 

 

 

だがそれでも……彼女はそれを解くのをためらった。

 

 

 

人間ならばともかく、英霊として存在している者ならば、アーサー王が持ち得た聖剣を知らぬ者はいない。

昨夜は遙か頭上にて誰にもその聖剣の姿を晒すことはなかったが……剣を見られてしまっては気づかれる可能性が高い。

眼前の英霊がまっとうではないにしても、彼女としてはそれは避けたかった。

 

「……」

 

故に、彼女は黙る。

そのセイバーの対応を見て、小次郎は少しばかりの失望を交えた嘆息を吐いた。

 

 

 

「ほぉ、あくまでも応じぬつもりか……。よかろう、ならばここまでだ」

 

 

 

ゾクリ!!!

 

 

 

小次郎の口より紡がれたその言葉は……冬の夜気すらも凌駕するほどの寒さを誇った。

否、その恐怖が、自然の力をも超越し、セイバーの身体に悪寒を走らせたのだ。

咄嗟に剣を構えるが、それは何の意味もない。

 

 

 

「お主が出し惜しみをするのならば……先に我が秘剣をお見せしよう」

 

 

 

小次郎の秘剣。

 

「燕返し」

 

長大な野太刀から完全に同時に振るわれる三つの斬撃。

この剣を避けることは事実上不可能だ。

それこそ瞬間移動でもできない限り。

確かにセイバーには魔力ブーストがあり、鎧や風の鞘を解除し、それを回すことでさらなる推力を得ることは可能だった。

だがそれでも……小次郎の燕返しは回避できない。

 

(……どうする!?)

 

敵が何かしらの切り札を……宝具を使用していることはセイバーもわかっていた。

といっても、「燕返し」は厳密には純粋な「技」であるために「宝具」ではないのだが……セイバーがそれを知っているわけもなかった。

 

 

 

真名を知られると言うことは……弱点を知られると言うこと……

 

 

 

 

昨夜は状況が状況だった……

 

 

 

 

宝具を使用するしか、士郎を救う手だてはなく、さらに言えば気休めではあったが、間近で宝具を使用しているのを見ている者はいなかった……

 

 

 

だが、今は何もかもが昨夜とは違った……

 

 

 

宝具を使う必然があるわけではない……

 

 

 

だが……騎士として……

 

 

 

小次郎に対して無礼を働いたままでいることを……

 

 

 

セイバーは、由とはしなかった……

 

 

 

 

 

 

ダッ!

 

 

 

 

 

 

突如詰めるのに躍起になっていた間合いを離して、セイバーが遙か後方へと跳躍した。

二人の距離がちょうど三メートルと少しに差し掛かる前だった。

小次郎に燕返しにほとんど間合いは関係なかったが、最大範囲が三メートル弱だった。

セイバーは直感だけで、小次郎の燕返しの間合いの本当に少し手前でその危機を回避したのだ。

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

ゴォッ!!!!

 

 

 

 

 

 

「む……?」

 

突如として吹き荒れた暴風に、小次郎は思わず声を漏らす。

その身に追従して穏やかに流れていた彼の後ろで束ねた長髪が、その風に煽られて激しくたなびいていた。

 

「貴方の言うとおりだ、アサシン。手加減など……出来る相手ではなかった」

「ほぉ……ようやくその気になったか、セイバー」

 

自らの枷を解き放つ彼女を、小次郎は歓喜に満ちた目で見据えている。

 

大気が震える。

見えない剣は……セイバーの意志に呼応して、大量の風を吐き出す。

 

「ぬ!?」

 

その突風に耐えきれず、小次郎は踏ん張るも僅かに後退した。

しかしそれも無理からぬ事で、セイバーの剣から放出された風は、もはや突風すらも超えて台風だった。

小次郎だけでなく、山門、寺の屋根瓦までもが風に煽られてきしみ、音を立てている。

人間すらも吹き飛ばす程の暴風が、セイバーの剣からあふれ出している。

 

 

 

その風を物ともせず……そのセイバーへと接近する人間がいた。

 

 

 

 

 

 

「させるかぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

当然のごとくというべきか……刃夜だった。

風翔龍の風の加護で、突風程度では吹き飛ばない。

その能力を生かして、刃夜はセイバーへと斬りかかった。

セイバーのこの行動が、宝具の使用だと言うことは誰の目にも明らかだ。

敵の攻撃が発動される前に潰そうと考えるのだが……。

 

「させん!」

 

その刃夜の邪魔を、アーチャーが行う。

弓を投影し、矢をつがえて跳躍して接近している刃夜へと矢を放つ。

弓使い(アーチャー)』から放たれた故か、はたまたアーチャー独自のスキルの恩恵なのかは謎だが……この暴風の中それは狙い違わずに、刃夜へと迫る。

 

「ちっ!?」

 

それを明確に察知し、刃夜は気壁を足場に展開し、二段ジャンプを行って避けて、さらにセイバーへと接近するが……さらにその刃夜をアーチャーの弓矢が追求する。

 

(くっそ!?)

 

さらに魔力壁を用いて三段ジャンプを披露した。

そのあまりに人間離れした所業に、士郎に凜だけでなく、攻撃を回避されたアーチャーも驚愕していた。

だが刃夜は今それどころではなかった。

この突風と本能からの警鐘が、セイバーが宝具を使用しようとしていることを教えてくれている。

セイバーのエクスカリバーはセイバー自身の魔力を光へと変換、収束し加速させることで絶大な威力を発揮する。

だがその魔力の収束に若干の時間を要する。

本来であればその際、風王結界を解いた事の反動で暴風が吹き荒れて、普通の人間どころか、サーヴァントでさえも動きが阻害されるので、その隙をカバーしているのだが……刃夜にはそれが通用しない。

それでどうにかセイバーを潰そうと考えるのだが……アーチャーの妨害に遭い、難しい物となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

黄金に輝くその西洋剣。

凄まじい暴風を吐き出しながら、それは昨夜とほぼ同等の光をあふれ出させていた。

先ほどまで見えなかったその剣は、燦然とした輝きを放ちその身を覆う全ての魔力がそこに集結していた。

 

 

 

全てを……まるで城さえも引き飛ばすような恐ろしい一撃を。

 

 

 

つ~か昨夜使ったから少しは減っている物じゃないのかよ!?

 

 

 

ほとんど昨夜の光量と変わらないことに驚く。

よほど魔力タンクが巨大なのか、もしくは一晩で全ての魔力を回復したのか……はたまたその両方か……。

技量に置いては小次郎に完敗したが故に、そこまで脅威と感じていなかったのだが……この魔力量は確かに桁違いだった。

 

っていうか……

 

「じょ、冗談だろ?」

「おやおや……小鳥と思っていたらその実、獅子の類だったとは……」

「呑気に冗談言っている場合か!?  というか何させてんだお前は!?」

 

呑気に冗談を宣っている相棒に叫ぶ。

というよりも死ぬことは許さないと念入りに釘を刺していたつもりだったのだが……何故こいつはセイバーに宝具を発動させる時間を与えたのか?

 

バカじゃないの……バカじゃないの!?

 

「そう憤るな刃夜。一人の剣士として、セイバーの真の実力を体験したかったのだ」

「それで死んだら元も子もないでしょうに!?」

 

しかしこの絶体絶命とも言えるこの状況下でも、相棒はいつも通り泰然としていた。

それが俄然腹が立つ原因となる。

そんな俺たちの漫才を、セイバーとアーチャーは鋭く見据えていた。

俺を殺すことになるのを気にしているのか、士郎がセイバーに向かって大声を上げていたが、この突風では意味をなさない。

令呪を使うという手もあるのだろうが……さすがにそこまでバカではなかろう。

遠坂凜は俺に何か複雑な目を向けていた。

 

まぁ結構ひどいこともしたしな……

 

というか今はそんな冷静に周りを観察している余裕はない。

距離があるため、すでに発動前に潰すというのも難しくなっている。

このままではセイバーの宝具を使われてジ・エンドだ。

 

 

 

 

 

 

【……】

 

 

 

 

 

 

どうする!?

 

このまま突進しても、アーチャーの怒濤の矢の攻撃は捌けないだろう。

今も俺が一歩でも前に進めば射殺す準備万全だ。

封絶を投げたとしても、この暴風ではどうなるかわからないし、アーチャーが迎撃する。

同様に電磁抜刀も無理だ。

魔力解放しての古龍種武器顕現も、先ほどの魔力壁で魔力を使い切ったために使用不可能。

仮に使用できたとしても果たして有効な攻撃が出来たかどうか……。

 

 

 

 

 

 

【……――】

 

 

 

 

 

 

どうす――……

 

 

 

 

 

 

【―――――!!】

 

 

 

 

 

 

――――ん?

 

 

 

最初こそ空耳かと思った。

 

どこかから聞こえてきたその言葉。

 

それはまるで頭に直接響くかのような声で……。

 

そして俺に取って大事なやつの声であった。

 

しかしその声を聞くことはもうないと確定していたと言ってもいいはずだったのに。

 

 

 

 

 

 

【―――――――!!!!】

 

 

 

 

 

 

「呼ぶ? ってどういう意味だ?」

「どうした刃夜? 突然変なことを言い出して?」

「いや、頭に直接声が……」

 

 

 

 

 

 

約束された(エクス)……」

 

 

 

 

 

 

そうして俺が頭に響く声に戸惑っていると、敵の攻撃準備が整ったのか、今の俺たちにとっては不吉とも言えるその声で、自分の得物の名前を叫ぼうとしている。

 

 

 

 

 

 

【―――――!!!!!!!!】

 

 

 

 

 

 

俺のその焦りがわかるのか、その声も俺に急かすようにそう言ってくる。

どうして声が聞こえたのか? そもそも呼ぶって何だ? とか、お前はどうして俺の状況がわかっている? か聞きたいことは山ほどあったが、そんな場合でもなかった。

 

 

 

「ええい!! 色々と言いたいことも聞きたいこともあるがそんななのは後回しだ! お前に全てを掛けるぞ!」

 

 

 

俺がある種の覚悟を決めると、俺の胸から紅炎に輝く玉が出てきて、俺の眼前へと浮かびあがる。

 

 

 

 

 

 

「こい!!!」

 

 

 

 

 

 

勝利の剣(カリバー)!!!!」

 

 

 

 

 

 

「―――!!!!」

 

 

 

 

 

 

同時に叫んだために俺の声はかき消されたが、それに構わずその玉から溢れんばかりの紅銀に輝く炎が宙に燃え広がって、俺の視界を覆った。

 

 

 

 



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咆哮

2018/5/14 追記
S(人格16人)様 誤字報告ありがとうございました!
修正しました!


約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

聖剣より放たれたその光は、夜が昼になるほどの光量が迸っていた。

セイバーの魔力が光へと変換されて究極の斬撃となって、刃夜と小次郎を襲う。

 

(やった――!!)

 

サーヴァントだけでなく、人間である刃夜さえも殺すことになってしまった。

そのことにためらいを覚えたセイバーだったが、それでも彼女は自分自身が振り上げ、振り下ろした剣を止めることはしなかった。

 

 

 

聖杯戦争。

 

「何でも願いが叶う」というのは誰もが一度は欲しいと、あるいは考えることだろう。

欲しいという欲求。

金であったり、地位であったり、名誉であったり……。

もしくは誰かを生き返らせたり、歴史を変えたり……。

願いは人それぞれ、千差万別だろう。

だがそれが当然のように叶わないことだとわかっている。

何でも願いが叶うなど本来はあり得ない。

 

 

 

だが、この聖杯戦争の聖杯は違った。

 

この聖杯戦争の聖杯という物は、万能の願望機と確かに何でも叶う正真正銘の本物だった。

故にサーヴァント達も、自分の叶わなかった望みを叶えるために、人間という自分たちとは格下の存在の下にいることを許しながらも戦争に望む。

当然のようにセイバーには願いがあった。

 

それを叶えるために彼女はこの戦争を勝利へと導かなければならなかった。

 

だから……彼女は敵に対して容赦はしない。

最強の伝説を振りかぶり、相手を消滅させる光の力を振りかぶり、振り下ろした。

 

 

 

それを受けることは、小次郎にも刃夜にも不可能だ。

 

刃夜も考えたことだが、彼が持つ「夜月」のあの壁ならば、セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』をも防げた。

 

だが当然と言うべきか、それが反応することはなかった。

 

何故か?

 

確かに夜月の発動条件は特殊だった。

 

それでも主の危機に反応しないのは何故なのか?

 

 

 

 

 

 

答えは簡単だ。

 

 

 

 

 

 

必要がなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

仮に必要だったとしても、この条件下では発動はしなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

だがそれでも必要がないという理由で、夜月は反応しなかった。

 

 

 

 

 

 

自分が何かをしなくても、自分の主は大丈夫だという事がわかっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

それを……この場にいる全員が知ることになる。

 

 

 

 

 

 

(? 何だ?)

 

 

 

 

 

 

刃夜の胸より生まれ出でる炎を見て、セイバーが訝しんだ表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

(? 紅いに輝く炎?)

 

 

 

 

 

 

刃夜の胸から生じたそれは、最初こそ紅い、紅い……玉だった。

 

紅玉と呼ぶにふさわしいそれより……紅に光り輝く炎があふれ出した。

 

たったそれだけだ……。

 

たったそれだけで……セイバーの宝具は止められた。

 

 

 

 

 

 

(!? 馬鹿な!?)

 

 

 

 

 

 

間違いなく最強の一振り、文字通り城を吹き飛ばせる最強の一撃だった。

 

断言してもいい。

 

 

 

セイバーの宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は、今回(・・)召喚されたサーヴァントの中では最強の宝具だ。

 

 

 

一撃の威力……火力においては、セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を越える物は存在しなかった。

 

 

 

それを受け止めたその紅銀の炎は……果たしてなんなのか?

 

 

 

当然のようにセイバーの胸中に驚きと同時に、そう言った疑問が生じた。

 

 

 

 

 

 

それはその想いに応えるかのように……徐々に形を成していった。

 

 

 

 

 

 

まず翼が生まれた。

 

 

 

大空を羽ばたく……王者のようなその風格は、正に天翔る翼だった。

 

 

 

次に全てを凪払う、鋭い棘のある尻尾が生える。

 

 

 

触れた物全てを、存在その物を否定するかのように切り刻む、鋭いかぎ爪を生やす足が出来る。

 

 

 

最後に……全てをかみ砕くかのような牙を生やし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが出現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴアァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎が形を成し、そこに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀の太陽が生まれた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀に輝く鱗を纏うそれは、ただそこに……刃夜の前にいるだけで、セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の斬撃を弾いた。

 

 

 

一度ではなく、放ち続けているそれを、平然と弾き続ける。

 

 

 

ただ立っているだけで、それはセイバーの……最強の幻想を圧倒していた。

 

 

 

 

 

 

 

(竜だと!?)

 

 

 

 

 

 

それを見て、セイバーが絶句した。

 

幻想種の頂点に立つ、最強の存在「竜」。

 

未だかつて見たことのないそれを、目の当たりにして驚く。

 

だがそれだけではなかった。

 

竜の因子を持つ彼女には……在る程度ではあるが、それがどれほど凄まじい存在であるか、直感で感じることが出来た。

 

周りの人間達も、「竜」が出現したことで動転していたが、どれほどの凄まじいかと言うことはわからなかった。

 

「竜」がすごいことは知識として知っていた。

 

……それがどれだけすごいかわからない。

 

 

 

 

 

 

だが……すぐにそれを知ることになった。

 

 

 

 

 

 

その竜が首を振りかぶり、自身に纏ったそれを一部へと……口内へと収束していく。

 

 

 

 

 

 

それがまずいとわかり、行動できたのはセイバーのみ。

 

 

 

 

 

 

しかし、まずいとわかったところで彼女にはそれを止める術もなく……

 

 

 

 

 

 

そして……新たな太陽が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

「ゴォォォォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

竜より放たれた火球。

 

竜の火球(ドラゴン・ブレス)」はセイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を易々と貫き通す……。

 

 

 

確かに彼女は昨夜消耗した。

 

 

 

城を吹き飛ばすことの出来るということは、それ相応にエネルギーが必要である。

 

 

 

だが彼女は竜の因子を持つ人間を完全に超越した存在だ。

 

 

 

その剣も、人間が鍛えし物ではない……「究極の幻想(ラスト・ファンタズム)」の名に恥じぬ、究極の剣。

 

 

 

 

 

 

その剣が負けることに……士郎はもとより、凛も、アーチャーも、キャスターも、驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

だがそれも無理からぬ事だった。

 

 

 

神より授かりしその剣を易々と吹き飛ばすそれは……確かに最強だった。

 

 

 

セイバーも人間を超越した存在だ。

 

 

 

 

 

 

だが……それでも……

 

 

 

 

 

 

祖の力を持つ「銀火竜」に、勝ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

(!? ぐっ!?)

 

 

 

 

 

 

その火球がセイバーへと迫る。

 

それは全てを……空間すらも燃やし尽くす、太陽を超えた『銀の太陽(シルバーソル)』。

 

故に彼女は、消滅するのも覚悟で自分の魔力をさらに剣へと注ぎ、それを迎撃する。

 

空間すらも消滅させるそれを喰らっては、当然のように無事では済まない。

 

それどころか死ぬだけでは飽きたらずに、存在その物が消滅してしまうかもしれない。

 

その恐怖が……彼女を駆り立てた。

 

 

 

 

 

 

「……だぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

吼えた……。

 

力の限りに吼え、セイバーはありったけの魔力を注ぎ……さらなる光がセイバーのエクスカリバーよりあふれ出した。

 

一瞬で貫いていた火球がそれによって徐々に速度が落ちていき……最終的には互いに相殺された。

 

 

 

その結果だけを見れば、相殺したと言ってもいいだろう。

 

 

 

だが……それで喜んでいられるほど状況は甘くなかった。

 

 

 

 

 

 

(……まずい!!)

 

 

 

 

 

 

肉体を保つのが難しくなるほどに、セイバーは魔力を消費した。

 

昨夜使用した『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を二発撃てるほどの魔力量まで回復していたそれが、ほとんど空になってしまったのだ。

 

だが敵は……刃夜は違った。

 

セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を消失させたのはあくまでも銀火竜である。

 

「竜」という最強の幻想種を……それすらも超えた存在を召喚したので、少しは消耗していると信じたいセイバーだったが、それも叶わぬ願いだった。

 

刃夜には召喚スキルは存在しないのだ。

 

いや召喚自体は出来る。

 

だがそれはあくまでも刃夜が行うのではないために出来るのであって、刃夜個人でそれを行うことは不可能だった。

 

仮に召喚で刃夜が消耗したとしても、小次郎がいることを忘れることは出来ない。

 

白兵戦最強と謳われる『剣使い(セイバー)』。

 

その名に恥じぬ力を持ち得ていたセイバーを圧倒していた存在だ。

 

 

 

(今来られれば……やられる!?)

 

 

 

その危機を感じ取り、アーチャーが急いで干将莫耶を投影しながら、セイバーを庇うように前に躍り出る。

それだけではなく、士郎と凜も一緒で、必至になってセイバーの元へと走った。

 

 

 

「なんなんだあれは!?」

「見てわからないの!? アレはどう見ても竜でしょ!?」

「そんなことはわかってるさ遠坂! けど……なんで……」

「いいえ、凜……アレは竜ですらも超えています」

 

 

 

駆け寄ってきた士郎と凜が、余りにも突飛な状況について行けずに、疑問を口から吐き出していた。

だがそれを真っ向から否定するセイバー。

それを聞いて、士郎が、凜が……そしてアーチャーも耳をセイバーの言葉へと傾ける。

消えてしまいそうな程消耗しながら、セイバーはその余りにも重々しい言葉を……口にした。

 

 

 

 

 

 

「アレは……神竜クラスです……」

 

 

 

 

 

 

「!? …………嘘でしょう?」

 

 

 

セイバーの言葉に凜が驚きの声を上げる。

 

 

 

 

 

 

陳腐に聞こえるかもしれないがこの世界に置いて、神話の神と言うのは実際に存在していた。

 

半神半人のヘラクレス(バーサーカー)

光の神ルーの息子である半神半人のクー・フーリン(ランサー)

 

がその存在を証明している。

当然「神」という言葉を持っている存在としての格もあり、なによりもそれ相応の力を有している。

 

故にその言葉は相応の重さを持って、セイバー達の意識の上にのしかかる。

 

「神竜」

 

実際には神の力を分け与えられた「祖」の神の使いであるために、厳密には「神」ではないのだが……それ相応の力を持っているのであれば全く関係がなかった。

 

 

 

(……どうする!?)

 

 

 

ある意味で一番知識のある凜が、脳みそをフル回転させて考える。

 

(相手は……まだ埃と風で見えないけど、死んでいるなんて甘い考えは出来ない。ほとんど確実に二人とも無傷のはず!!!!)

 

それに対して凜……つまりはセイバー側……はもはや使い物にならないセイバーと、全力を出すことは叶わないアーチャーのみ。

劣勢だった。

だがそんなに数が集まったところで、そしていくら思考を巡らせても意味はなかった。

 

刃夜も小次郎も無傷であり、さらに言えば何の消耗もしていない。

 

刃夜と小次郎が四人を殺す気であったならば、おそらくこの瞬間に瞬殺出来ただろう。

 

小次郎が前に躍り出るか、それとも刃夜が前衛を務めるのかの違い程度しか変わらず、結果は同じであっただろう。

 

殺す気がないために、そんな心配は無用だったことは事実だった。

 

 

 

だが今の刃夜にとって、そんなことなど……それこそセイバーを生かすこと、キャスターとの同盟……

 

 

 

 

 

 

さらに言えば、この世界に来てからずっと感じていた、あの二人組が何を企んでいるのかという事すらも……

 

 

 

 

 

 

今のこの瞬間……刃夜の頭から綺麗に消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムーーーーーーーーーーナーーーーーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

ガッシッ!

 

 

 

そんな擬音が聞こえてきそうな程に、刃夜が銀火竜の頭に力強く抱きついていた。

 

それが嬉しいのか、甘えたような声を出して、そのムーナと呼ばれた銀火竜は、自分の頭を刃夜に押しつけるようにして、甘えたように声を漏らしていた。

 

それどころか……舌を出して刃夜を舐めてまでいた。

 

「よしよしよしよし!」

 

そんな竜に対して、刃夜はそれはもう嬉しそうにその銀の鱗の頭を優しく撫でていた。

 

 

 

 

 

 

これが風が止み、視界が晴れたことによって見えた光景だった。

 

 

 

 

 

 

あまりにも異常すぎる状況に……セイバー陣営はおろか、キャスターに、相棒の小次郎まで驚いていた。

 

 

 

その周囲の様子が全くわかっていないのか……話題というか、興味の中心にいるというのに、刃夜とムーナは全く気にせずに会話を続ける。

 

 

 

「おいおいおいおい! まさか本当にお前だったとは!? 元気にしてたか!?」

 

「クォルル!」

 

 

 

完全に人の言葉を……刃夜の言っていることがわかるのか、その銀火竜は嬉しそうに鳴いて頷いていた。

 

もうその場にいる誰もが……言葉も発せない状況に陥った。

 

だがこの中でも、「竜」の存在がどれほど凄まじいかということを、完全に理解していない人物が、刃夜へと驚きながらも近づいた。

 

 

 

「これは……竜とやらか? 初めて見たが凄まじいものだな……」

 

 

 

言わずもがな……東洋の侍だった小次郎である。

 

日本には当時、西洋の竜は伝えられていないので、ほとんど形程度しか小次郎は知らなかった。

 

小次郎は今のまか不思議な現状を引き起こしているマスターのそばへと寄る。

 

それでようやく、周りを完全に置いてけぼりにしている事を自覚した刃夜だが、それでも嬉しそうに竜の頭を撫で続けていた。

 

 

 

「お主に竜を召喚できる能力があったとはな。この竜は……お主にとって何なんだ?」

 

 

 

小次郎はそれこそ話題の種として聞いた程度だが……他の人間達はそれはもう耳を皿のようにして刃夜の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

そして……衝撃の言葉が紡がれる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の息子だ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはもう……これ以上ないほどの晴れやかな笑みで、刃夜はそう答えた。

 

その言葉に嬉しそうに鳴く……竜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あほかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の静寂が寺を支配したが……それを直ぐに切り裂いたのは、凜のつっこみだった。

 

 

 

しかしほとんどの人間が同じ事を思っていたのか……小次郎と葛木先生を除く誰もが、怪しい物を見る目を刃夜へと向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

失礼な奴だな、何でアホと言われねばならんのだ?

 

自慢の息子を紹介したというのに、何故かアホかと言われて腹が立ってしまった。

だがまぁ……いきなり竜が出てきたら驚くのも無理はないのだろう。

 

 

 

 

 

 

※ちなみに刃夜はこの世界においての竜の存在価値がよくわかっていないので、他の連中がそれこそ驚天動地並に驚いていることがわかっていない

 

 

 

 

 

 

飛竜種 リオレウス 名前はムーナである。

モンスターワールドにて、俺の愛刀にして第二の相棒だった打刀「夕月」を砕いた存在、気をも操るリオレウスの巣にあった卵。

それを破壊する気になれなかったので回収し、そのまま孵ってしまったために俺が育てることにしたのだ。

ちなみに砕かれた夕月を玉鋼にして打ち直した物が「狩竜」である。

卵を暖めると言うことはしなかったが、孵ってから成長させたのは間違いなく俺である。

 

 

 

まぁ……こいつを育てたのは俺だけではないがな……

 

 

 

こいつの母親になってくれた子の顔を思い出したが……直ぐに意識から追い出した。

それから何度か俺の命を助けてもらった。

 

 

 

紫炎妃龍、紅炎王龍のコンビに殺されそうになったとき……。

 

 

 

そして破壊神との戦いで……俺は本当に殺され掛けた……。

 

 

 

その時どういったことだかわからないが、ムーナが俺を庇って死にかけていたら発光しだして銀火竜になったのである。

 

 

 

……そう言えば未だに銀色になったのはわかっていないな?

 

 

 

まぁ何となく察しは付くし、こいつが生きているのであれば問題はないだろう。

 

「クォルルル?」

 

俺がそうして思案していると、ムーナがどうしたの? と、俺のことを心配してくれる。

そんな相も変わらず心優しいムーナが嬉しくて、俺はさらに頭を撫でる。

 

「相変わらず優しいなムーナ。どうよ? 古塔の生活は?」

「クォルルル」

「へ? 俺がいないから寂しい? 嬉しいことを言ってくれる!」

 

ガシッ!

 

と再度俺はムーナの頭を抱きしめた。

相変わらずこの子はいい子である。

 

 

 

そうしていると……俺の足下に何か巨大な威圧感が突然生じていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

(……竜を育てただと!? 神竜クラスのアレを!?)

 

ほとんど意味はないと思いつつも、それでも警戒を解くわけにはいかないセイバーは、だるい身体に鞭を打って、必至に剣先を刃夜へと向けていた。

アーチャーも同様で、なんとかこの場を収めようと頭を回転させていたが、妙案は思い浮かばなかった。

 

 

 

それに何より、竜という存在とその親という刃夜の存在に興味が湧いていることを、四人は否定しきれなかった。

 

 

 

そうしていると、再び刃夜から……正確には刃夜の足下……巨大な威圧感が生じた。

稚拙ではあったが……それが凄まじいほどに強大である事が、この場にいる誰もが感じた。

 

 

 

しかし……それらの予想を斜め上の方向で、遙かに上回る存在が顔を出した。

 

 

 

 

 

 

モコモコモコモコ

 

 

 

ボコッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャギャーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな声と供に出てきたのは……抱きかかえるくらいに小さな、黒い棘を持った存在だった。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

一体何が出てきたのか理解できない……そんな感情が満載している言葉が、凜の口より吐き出される。

それは当然他のメンバーも同様であり、銀火竜と違って明確な情報を知る者は、この場には一人を除いて存在しなかった。

 

 

 

下顎から天へと聳えるかのような牙に、黒い棘が満載の身体。

四足の四肢にはそれぞれ鋭い爪が生えているが……子供なのかそれは鋭さが甘かった。

黒々とした甲殻をしており、目は緑色をしている……。

 

 

 

「……何あれ?」

「……何だろうな……アレは。ただ、普通でないことだけしかわからん」

 

 

 

赤の主従コンビが揃って疑問を口にするが、当然わかるわけもなかった。

無論セイバー、士郎も同様である。

だが、雰囲気や見た目、そしてその無垢とも言えるその仕草が、幼いと言うことを象徴していたが……だからといって直ぐに近づける訳もなかった。

発している雰囲気は、そばにいる銀火竜に勝るとも劣らないものだったからだ。

 

 

 

トクン!

 

 

 

(……何だあの生物は!?)

 

 

 

しかし、そんな中でも何故かセイバーは胸がときめいていたりした。

 

 

 

実はセイバー……かわいい物が好きという、意外な一面があったりする。

特に獅子のぬいぐるみなんかはストライクである。

もらった場合は大層喜んだりする。

 

その性格故か、少し先にいる存在が果てしない存在であると理解しても、その愛くるしい見た目が、セイバーの心をかきむしっていたりする。

が、皆その愛くるしい存在に目を奪われていて……ちなみに当然のように他の連中は愛くるしいなんぞ思っていない……気づいていなかったりする。

 

 

 

「……これってアカムトルム?」

 

 

 

「シャギャー」

 

 

 

そんな中、やはりと言うべきなのか……刃夜だけは当然のようにその存在がなんなのかわかっていた。

 

 

 

 

 

 

アカムトルム。

モンスターワールドにおける獄炎の破壊神である。

その爪は全てを破り、その尾は全ての物を壊す。

そしてなにより空間さえも破砕する、究極の砲撃空間破砕砲を放てる。

紛う事なき「神」であり、刃夜を死の淵まで追い込んだ相手である。

 

 

 

 

 

 

本来は、小さな山と言えるほどの巨体を誇っている……はずなのだが、何故か抱きかかえるサイズになって登場した。

 

 

 

 

 

 

「クォルルル」

「ハァ? 火山で一人で生活してたから保護したぁ? おま……育てられるのか?」

「クォ!」

「自信満々だが……その自信はどこから出てくるんだ?」

 

 

 

ちなみに、刃夜がムーナと会話できるのは親子愛のためであったりする。

そのため当然と言うべきか……他の連中にはどうして会話が成立しているのか謎だったりする。

 

 

 

【まぁよいではないか……】

 

 

 

そんな思念が、この場にいる全員に届き……再び刃夜の足下が膨らみ、再度何かが出てきた。

 

 

 

ボコッ

 

 

 

【お主の息子がこういっているのだ。それを信じるのも親の役目という物だろう?】

 

 

 

そんな思念と供に……白い怪物が地面から盛り上がり出現した。

 

アカムトルムとほとんど同じサイズで、色は正反対の真っ白な色だった。

アカムトルムとは違い、ほとんど棘のない体格。

だが、アカムとは違い背びれのようなものが背中にある。

ちなみに小さいためによく見えないが、体表には恐ろしく切れ味のいい小さな棘がある。

 

 

 

そして何よりも特徴的なのは、その下あごにある……

 

 

 

 

 

 

「シャベル?」

 

 

 

 

 

 

ぼそりと……思ったことをそのまま凜が口にした。

それは皆が思っていたことだったのか、一斉にその白い生物のその下あご……シャベルのようなそこへと視線が集まる。

 

 

 

(シャベル……ですね)

(シャベルだな)

(シャベルだな)

(シャベルね)

 

 

 

セイバー、士郎、アーチャー、キャスターの順である。

ちなみにアカムとほとんど同じ感じのする白い方に対しては……セイバーのアンテナは反応していなかった。

 

 

 

それはともかく……。

そしてその視線をいっぺんに浴びたその存在の……雰囲気が一変する。

その瞬間……

 

 

 

場の空間が、崩れかける……。

 

 

 

 

 

 

【いい度胸だな……】

 

 

 

 

 

 

ただ一言……それだけしか言っていないにもかかわらず、それだけでこの場の空間が軋み、歪んだ。

場ではなく、空間が軋むほどの圧力を……その白い物体は放出していた。

 

 

 

(――くっ!?)

 

 

 

それを受けて……凜は感覚が麻痺した。

余りにも恐ろしすぎて……人間が感じる恐怖の限界をも超えた強烈な気迫を浴びせられてたのだ。

それも無理はない。

 

 

 

身体が震えているのに……それどころか腰を抜かしているのにも気づかなかった。

 

 

 

普段の凜ならば絶対にあり得ないことだが、無理からぬ事だろう。

むしろ失神もしないで意識を保っていたことは賞賛に値するだろう。

当然それはこの場にいる全員に言えた。

 

 

 

そして例によって例のごとく……

 

 

 

 

 

 

「ヤマツカミもそうだったが……」

 

 

 

 

 

 

刃夜は例外だった。

 

 

 

 

 

 

「お前らは身体的特徴をけなすとすごい怒るな?」

 

【……いい気分はしないだろう】

 

「まぁそれは確かに。というか……何でそんなミニマムサイズになってるんだウカムルバス?」

 

 

 

 

(((((普通に会話してる!?)))))

 

 

 

 

突然乱入してきた白き存在との会話を行っている刃夜。

葛木と小次郎以外が驚愕していたが……当然のように刃夜はスルーした。

 

 

 

 

 

 

ウカムルバス。

モンスターワールドにて破壊神アカムトルムの対となる存在であり、同じ神であり崩壊神と呼ばれている。

アカムトルムと違い棘はないので余り攻撃的なイメージはない。

その身体の頑健さも相まって「守」という感じがする。

空間さえも凍らせ崩壊させる、絶対零度の氷の光線を吐く。

 

 

 

 

 

 

破壊神を倒した刃夜の実力を試し、その力と素材を渡して消えたはずだったのだが……。

 

 

 

「と、いうか何故お前も小さいんだ?」

【前に言っただろう? アカムと私は表裏一体。アカムが小さくなるのならば私も小さくならざるを得ない】

「あ~なるほど。で? ……なんでお前もいるんだ?」

【アカムの教育をしているだけだ。何故か私もムーナに拉致されてな。アカムが一人では寂しいだろうと】

「一人? ムーナがそばにいるんじゃないのか?」

【我らは三界の神とは違う存在だ。古塔に入ることは出来ない。故に古塔付近にムーナがアカムを隠していてな】

「……まさに捨て犬を勝手に拾ってきた子供の行動だな」

 

 

 

(((((捨て犬!? アレが!?)))))

 

 

 

再度驚愕の言葉。

余りにも価値観というか……とらえ方が違いすぎて半ば引き始めていたりする。

幼いとはいえ曲がりなりにも「神」を捕まえての言葉としては……あまりにもアレだったりする。

 

 

 

が、文字通り「神殺し」を行ってきた刃夜であり、「神をも食らう」力を体内に宿しているために、そこらの感覚が少しおかしくなっていたりした。

 

 

 

周囲を完全に置いてけぼりにしつつ、刃夜がムーナを半眼で見据える。

 

「三界の神に許可とってないんだろ? 大丈夫なのか?」

【クォォ……】

 

自分でもあまり褒められたことをしていると思っていないのか、ムーナがそれで悲しそうに頭を下げるが……その頭を刃夜が優しく撫でる。

 

「まぁ一人なのは寂しいからな。きちんと育てるんだぞ?」

「クォルルル!」

 

捨て犬を無断で拾ってきて、親が仕方なく許可を出したという……普通に微笑ましい光景が目の前で繰り広げられている。

 

 

 

微笑ましいと言うには、子供と捨て犬が余りにも異質だったりするが……。

 

 

 

【まぁそういうわけで、私とアカムは今古塔付近でのんびり暮らしている】

「クォォ!」

「へ~。まぁ頑張ってな、ムーナ」

「クォ!」

「へ? こいつに名前をつけろって?」

 

 

 

アグアグ、と刃夜のズボンを甘噛みしているミニマムサイズのアカムトルムを指さしながら、刃夜がムーナへと言葉を向ける。

その言葉に、ムーナははっきりと頷いた。

 

 

 

もはや……まぁ今更かもしれないが……誰一人として、ついてこれない展開となっていた。

 

 

 

 

 

 

そして……今度こそ誰もが(読者も)驚愕する言葉を口にする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラヴォスだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時……「時の引き金」が動いた……

 

 

 

 

 

 

♪~~~

 

 

 

 

 

 

※クロノ・トリガー(BGM)を流してご覧下さい

 

 

 

 

 

 

By作者

 

 

 

 

 

 

「シャギャ?」

 

自分のことだと思っていないのか、刃夜のズボンに甘噛みをしていたアカムがきょとんとしながら、顔を上げる。

そのアカムトルムに苦笑しつつ、刃夜はそのアカムトルムを抱き上げた。

 

 

 

「ラヴォス。お前の名前はラヴォスだ」

 

「シャギャ!」

 

 

 

気に入ったのか……刃夜の首元に頭を押しつけるようにして甘えていた。

首にある前アカムトルムの力を宿した「力の爪」があるために、安心しているのかもしれない。

 

 

【ラヴォスか……良い名だな】

「そうだろ? なんか見た目と登場の仕方でふと頭に浮かんでな。ほとんど直感というか……まぁそんな感じのネーミングだがな」

【本人も気に入っているのだ。特に問題はあるまい】

「クォ!」

 

ムーナもウカムも、刃夜のネーミングを褒める。

どこか「孫の名付け親」

 

 

 

(祖父・「刃夜」 息子・「ムーナ」 孫・アカムトルム改め「ラヴォス」 叔父・「ウカムルバス」)

 

 

 

みたいな……ほのぼのとした家族のドラマが繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

当然と言うべきか、それを引き裂いたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な・め・て・ん・の・かぁ・ぁ・ぁ・ぁ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凜だった。

 

もはやツッコミ役が定着してしまったような感じになってしまった。

 

 

 

「失礼な奴だな、遠坂凜。俺のネーミングセンスに文句があるのか?」

 

「ネーミングその物とかそう言ったことの前に……他にも色々と突っ込むところがたくさんあるわよ!!?? 何なの? あんた本当に一体なんなの!?」

 

「何なのと言われてもだな……。ただ俺は俺としかいえないし、こいつは俺の息子だと言うしかないのだが?」

 

「……もう……なんかもう……ぶっ飛ばしたい。無性にあいつをぶっ飛ばしたいわ」

 

「お、落ち着け凜! 変な方向に行っているぞ!?」

 

 

 

感情の整理が出来なくて半ば発狂しかけている主を戒めるアーチャー。

それを行うことで何とかアーチャーも感情を保っている感じだった。

 

 

 

 

 

 

そうしていると……時間が訪れる。

 

 

 

 

 

 

「クォルルルル」

 

 

 

残念そうにムーナが鳴いた。

それに伴って、ラヴォスも悲しそうになき刃夜から降りたそうに、刃夜の腕の中で暴れる。

 

「? どうしたんだ?」

 

それを訝しみつつも、刃夜はラヴォスをおろし、ムーナへと視線を投じた。

しかしそれに対しても、ムーナは悲しそうに視線を落としただけだった。

 

【時間が来たのだ】

「時間?」

【あぁ。我らがこの世界にいられる時間だ。私が何とか時間を延ばしていたのだが……これが精一杯だ】

「あ~……言われてみれば確かにそうだな」

「クォルルル」

「? 世界の修正力がうるさい? よくわからんが……帰るのか」

 

神竜に双璧の神、完全なる神を三体も内包してはこの世界は持たない。

異質な存在である別世界の存在を……世界は拒むのは必定である。

それが巨大であれば強大であるほどに、それも大きくなっていくのだ。

 

【我らが交わす言葉は余りあるまい。死ぬなよ、刃夜よ】

「あぁ。そうそう煌黒邪神に上回る存在がいるとは思えないよ」

 

まるで旧来の友のように、ウカムと言葉を交わす。

刃夜はしゃがみ込んで、ラヴォスの頭を優しく撫でた。

 

「……元気に育てよ?」

「シャギャー」

 

まるで頷くようにラヴォスはそう鳴いた。

それに苦笑しながら……刃夜はムーナへと向き直った。

 

 

 

そのムーナの身体が薄れ始めていく。

 

 

 

ムーナの頭を寂しそうに撫でて、再度ムーナを抱きしめた。

 

 

 

「僅かな時間とはいえ……お前に出会えて嬉しかったぞ……」

「クォルルル」

 

 

 

互いに本当に喜び、そして本当に哀しんでいた。

今の刃夜は間違いなく隙だらけだっただろう。

 

 

 

だが……何故か邪魔をする気には、誰もならなかった。

 

 

 

「三界の神に虐められたら言うんだぞ? ……何か出来るとは思えないが、それでも文句を言いに行ってやる。直ぐに吹き飛ばされそうだがな」

「クォォォォ」

 

 

 

だんだんと薄れていくムーナの頭を、ぎゅっと力強く抱きしめた後に……身体を離し、目を見つめる刃夜。

 

 

 

 

 

 

「じゃあなムーナ。また……な……」

 

 

 

 

 

 

「またな」

 

それがどれほどの時間が経った後かは、言った本人も全くわかっていないだろう。

 

異世界の存在。

 

異世界の家族。

 

異世界への移動という物が出来ない刃夜から行くことは不可能だ。

 

ムーナも気軽にいける物ではなかった。

 

今回もかなり無理をして来ているのだ。

 

 

 

だが……刃夜もムーナもこれが最後だとは微塵たりとも思っていなかった……。

 

 

 

 

 

 

「捨てるように、帰ることを選択した俺が言える事ではないが……お前は生きている限り俺の自慢の息子だ。それだけは忘れないでくれ」

 

 

 

 

 

 

「クォ!」

 

 

 

その言葉に、ムーナは力強く頷いた。

 

それを見て……刃夜は自然と笑みを浮かべる。

 

そしてその存在が消える間際に……。

 

 

 

 

 

 

「またな……」

 

 

 

 

 

 

それに頷くように、笑みを浮かべながら……三つの異常な存在がこの世界より消失した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……帰ったか

 

息子が帰り……その存在が完全に消えて、俺の胸に悲しみが渦巻いたが、俺はそれを封じ込めた。

 

会えただけでもラッキーだったんだし……哀しむべきではないな

 

ひょんな事で息子に……ムーナに出会えたのだ。

哀しむよりも喜ぶべきだろう。

 

それに今は……やることが残っているしな……

 

俺を気遣って静かに佇んで俺を庇ってくれていた小次郎に心の中で礼を言いつつ、俺は未だに警戒している四人へと向き直る。

 

「さてどうする? 俺の都合で少し待ってもらっていたが……まだ続けるか?」

「……くっ!!」

 

遠坂凜が口惜しそうに言葉の端を歪ませる。

主を庇うように、アーチャーが遠坂凜の前へと躍り出る。

その後方では、自分のサーヴァントを庇うようにして前に出て、士郎が身構えていた。

 

戦いにもならないことはわかっているだろうに……こいつは全く……

 

危うさを感じてはいたが……本当にある意味で壊れているみたいだ。

そんな士郎に溜め息を吐きつつ、俺は狩竜を上へと放り投げ、その間に背中にくくりつけた狩竜の鞘を組み立てて、そのまま落ちてきた狩竜を納刀した。

 

「……どういうつもりだ?」

「別に? どう考えても勝敗はついただろ?」

 

まぁムーナが来なかったら消し飛んでいただろうが……

 

それでも結果的に、俺と小次郎は無傷。

それに対して相手側は片方が完全に戦闘不可能。

俺たち二人が本気を出して襲いかかれば……まぁそう時間がかからずに勝てるだろう。

 

殺すのが目的ではないが……

 

そもそもにして、殺すつもりなら士郎、遠坂凜、アーチャーがこの寺へと入って来た時点で殺していた。

アーチャーがいたためにそう簡単には殺せなかっただろうが、それでも士郎か凜、どちらかは殺せたのだから……。

 

「勝者として敗者に命令をする。キャスターと葛木先生に手を出すな」

「なんだって!?」

 

俺のその言葉に、予想通りの人物が……士郎が食って掛かってくる。

そんな士郎に嘆息しつつ、俺は言葉を続けた。

 

「キャスターが町の人間に魂食いを行っているのは事実だろう。だがそれがどうした? 俺が感じた感じだと、ほとんど対象者に負担を掛けていない。無論それをしなければならない理由があったんだろうが……キャスターには聖杯とは違った願いがある」

「聖杯とは違った願い?」

「あなた……何を言って……」

 

話の話題にされてキャスターがそれを止めようとするが……その前に俺は決定的な一言を発した。

 

 

 

 

 

 

「葛木先生と一緒に暮らしたいだけなんだよ、こいつは……」

 

 

 

 

 

 

「は?」

「へ?」

「……何?」

「何だと?」

「ほぉ?」

 

余りにも予想外な願いを聞いて四人が一斉に固まり、小次郎は興味深そうに呟き……直ぐにその視線をキャスターへと向ける。

そこには……

 

 

 

口をわなわなと震えさせてる……キャスターがいた。

それだけではなく、若干除いている頬も紅くなっていることがわかった。

月が出ているとはいえ、夜にそれを認識できたのだ。

よほど真っ赤になっていることだろう。

 

 

 

その動揺が、俺の推論が正しかったことを教えてくれる。

 

 

 

「ほぉ? 顔は見えぬが……何とも初な女よ」

 

 

 

小次郎がある意味で空気を読まずにそんなことを言っていたが……あえて無視した。

 

 

 

俺が葛木先生を殺すかのような言葉を仄めかしたとき、キャスターから発せられた殺意は、感情が剥き出しだった。

余り感情制御に長けているように見えないが、それでもあれだけ純粋な敵意と憎悪を向けられたら……イヤでもわかった。

 

 

 

下衆な言い方になるかもしれないが……簡単な話だ……。

 

 

 

 

 

 

キャスターはただ「一人の女」として、葛木先生と一緒にいたいだけなのだ……。

 

 

 

 

 

 

故に誰にも気づかれないようにひっそりと、微々たる量を町の人間から生命力を集めていた。

余りにもおおっぴらに集めると他のサーヴァントに気づかれてしまうから。

もしも……たとえば強力な門番などが山門にいたならばその必要性もなかったのかもしれないが、たらればの話には何の意味もない。

 

「一人の女としての幸せを教授したいと思っているだけだ。そのためには魔力が必要だからこそ、町の人間から生命力を集めているんだ」

「だ、だからって……そんなことが許されるのか!? 何の関係もない……罪もない人が苦しんでいるんだぞ!?」

「頭固いな士郎。別にいいだろう? 本当に微々たる量なのだから、吸い取られた本人も少し疲れた程度にしか思っていないはずだ」

 

実際そんな感じだった。

吸い取った人間を直接見ないと何とも言えないが……それでもそう的外れではないはずだ。

 

「それでも、キャスターが行っているのは事実だろう!」

 

ここまで言ってもわからない小僧に……さすがに耐えかねて、俺は士郎を半ば睨みつけつつ、言葉を放った。

 

「……これがだめというか小僧? 人間は……まぁキャスターはサーヴァントだが……人間が生きていく上で他の生物から命をすわねば生きていけぬ存在だぞ? それはお前も同じだろう? お前が言っているのは「人間だからだめ」という……半ば感情論に近いぞ?」

「!? だ、だけど……」

「それ以上ごねるというのならば仕方がない……」

 

俺は脅しをかねて狩竜を宙へと放り投げた。

そして空いた右腕を……夜月の柄へと伸ばす。

 

 

 

「ここで消すのも……やぶさかではないか?」

 

 

 

そこそこの殺意を出しつつ……俺は士郎へと睨みつける。

俺の意図がすでにわかっている小次郎は、クツクツと愉快そうに笑っていた。

 

『人が悪いな刃夜? あまり青年をいぢめる物ではないぞ?』

『うるせぇ。俺も青年だよ』

 

くだらない思念を小次郎とおこなう。

俺の言葉と、俺の殺気……。

どちらがより聞いたのかは謎だが、士郎が怯む。

その士郎に……俺はさらに畳み掛けた。

 

「お前には大切な人がいないのか士郎?」

「……いるさ」

「だったら……どうして想像を働かせない? 強引かもしれないが……お前は大河と、桜ちゃんをも否定していることになるんだぞ?」

「!?」

 

激しく強引な話だ。

人から吸い上げた生命力を食い物に例えるならば……誰もが俺たちはキャスターと同じと言うことになる。

まぁ当たり前の話だ。

食物というのは元々生きていた物なのだから。

それらの命を食して生きている俺たちは……どんなに足掻いても、他の生物を殺して生きている罪深い存在なのだ。

 

ま~かなり強引だがな……

 

だがそれでもこれで押すことにする。

しかし士郎も、大河と桜ちゃんを出されては何もいえなかったらしい。

何か考えるような仕草をしている。

 

 

 

それと同時に……そんな自分に愕然としているようだった……

 

 

 

それを確認して、俺は夜月から手を離した。

 

「冗談だ。まぁ落ち着け。これは俺の勘だがな? この聖杯戦争には何か裏の意図があると見ているんだ」

「……裏の意図ですって?」

「キャスターは気づいていたが……遠坂凜、お前は気づいていないのか?」

 

あえて挑発するような言葉を選んで俺は遠坂凜へと話しかける。

すると案の定……カチンと来たのか、遠坂凜の表情が歪んだ。

 

「……それぐらい気づいていたわよ。何となくだけどね」

「お前はどうだ士郎?」

「……」

 

ふむ、気づいているみたいで……

 

ならば話は早い。

俺の真意を伝えるとしよう。

 

 

 

「俺は何かが起こると考えている。それこそ……町の人から微少な魔力を吸い上げるなんてのが軽く見えるほど、重く暗い何かが……」

 

 

 

半分皮肉を込めて言葉を紡いだ。

その俺の言葉に、遠坂凜が何かを言おうとするが、その前に畳み掛けるようにして言葉をかぶせる。

 

 

 

「その何かが起こったときに、戦力不足、力不足、手札不足……まぁ言い方はいろいろだが、ともかく『手も足も出ない状況』にはしたくないんだよ俺は。そのためにキャスターを生かす、無論お前達もだ」

 

 

 

その言葉に士郎とセイバーはともかく、遠坂凜とアーチャーはあまり驚いていなかった。

昨夜も見逃したのでうすうすは俺がどういう意図で行動をしているのか気づいているのかもしれない。

 

「まぁそういうわけだ。だからもうキャスターには手を出すな。これは俺からの願いでもあり……」

「命令だって言うんでしょ?」

「ほぉ? よくわかったな」

「わかるわよ。昨夜と同じ状況じゃない。まぁこの状況に至るまでにあり得ないことがいくつもあったけどね」

 

そんなにすごかったのか?

 

確かに神が三つも同時に出てきたような物だから、驚くのも無理はないのかもしれない。

聞こえてはいたがそれでもどう返せばいいのかわからないので、俺は話を進めた。

 

「まぁそう言うわけだから、状況が変わるまで少し様子を見よう。俺からの提案だ」

「命令なんでしょ?」

「つっかかるなよ遠坂凜。まぁ確かにお前達から見たらそうかもしれないが、そう思っていることも事実だぞ?」

「そう思っていること()事実……ね……。いいわ。実際命を救われているのは事実だし、乗るわその提案」

「凜! 正気ですか!?」

「正気って……失礼な言い方ねセイバー? これは色んな意味で断れないでしょ? 私も、少し聖杯戦争に関して調べ直すわ……。こいつの言いぐさじゃないけど……何かありそうだし」

「ですが、それでは聖杯は!? それに……人から力を吸い上げるキャスターを放っておくなど、出来るわけがない!」

 

やれやれ……主が石頭なら僕も石頭か……

 

セイバーの頭の固さと融通の気かなさに辟易する。

どうやって説得した物か考えるのだが……妙案が浮かばない。

 

「ふむ……ならばこういうのはどうだセイバー?」

 

そう考えていると、俺の前に歩み出ながら、小次郎がそんな言葉をセイバーへと投げかける。

 

「もしもキャスターがその本来の目的を逸脱した行為を行った場合、責任を持って私と刃夜がキャスターを討とう。これでどうだ?」

「……」

 

……妙案と言えなくもない……かな?

 

共闘相手が暴走したらそいつを俺たちだけ(・・)で倒す。

普通ならば信じないような提案ではあるが……小次郎と剣を交わしたからか、セイバーは渋い顔をしつつも、小さく頷いた。

 

「いいでしょう……。約束は守ってもらうぞ……アサシン」

 

本気を出したキャスターの始末がどれほど大変か何となくわかっているのだろう。

セイバーは渋々と頷いた。

それから少し話し合い、士郎たちは帰還する。

セイバーは宝具を使用した反動か、かなり辛そうだった。

 

しかしそれならば霊体になればいいだけだと思うのだが……

 

霊体になればどれだけ楽になるかはわからないが、現界にも魔力を消費しているはずだから、楽にはなるはずだが……それでもならないというのであれば、理由は一つ。

どうやら霊体になれないようだ。

 

まぁどうでもいいが……

 

「全く……本当に巫山戯た存在だったわね。貴方」

 

そうして士郎達を見送っていると、後ろから声を掛けられた。

願いを暴露されたのが腹立たしいのか、その言葉には少しばかりの憎しみが込められていたが俺はそれを黙殺する。

 

「まぁとりあえずこんな感じでいいだろう? 俺たちも今夜はこれで失礼しよう」

「!? 待ちなさい!」

「?」

 

とりあえず目的は達したので帰ろうとしたらキャスターに呼び止められた。

俺と小次郎は、すこし不思議に思いながら後ろへと振り向いた。

 

「……本当にたす…………」

 

しかし言葉を言い切る前に、少し不安そうに言葉を切った。

言い切らなかったとはいえその言葉とその態度で、俺は何が言いたいのかがわかった。

 

あぁ、なるほどね……

 

「安心しろキャスター。状況がどのように移行するかは謎だが……少なくとも完全に状況を把握するまでは俺はお前を守ろう。だが……期待させすぎないために言っておくが……」

「……えぇ、わかってるわ」

「……ならいい」

 

状況が変わり……互いに互いを殺さねばならない状況に陥ったとき、俺たちは互いを殺すだろう。

なかなか矛盾した感じのある契約だが……それでいいだろう。

そして今度こそ去ろうとするのだが……その前に再度声を掛けられる。

 

「貴方……料理人だったわよね?」

「? そうだが?」

「……なら、今度料理を教えてくれないかしら?」

「……はい?」

 

 

 

 

……余りにも意外なその申し出に、一瞬思考が停止した。

 

 

 

「料理って……お前、どういう事だ?」

「……料理したいからそう言っているだけよ。悪いかしら?」

 

どこか強がるようにして言ってくる。

そしてふいと視線を外したその先に……葛木先生がいた。

 

あぁ……そう言う事ね……

 

その意図に気づき、俺は葛木先生へと声を掛けた。

 

「飯……まずいんですか?」

「いや、私は別にあれでいいと思っているだがな……」

「そ、宗一郎様! それでは私の気が済まないのです!」

 

……関係自体は良好なんだな?

 

そうして……何故か俺は料理を教えることになってしまったりした……。

 

 

 

 

 

 

こうして、とりあえず俺の聖杯戦争は一旦幕を閉じる。

幕を閉じると言っても……本当に幕間でしかない。

 

 

 

セイバー

 

アーチャー

 

ランサー

 

ライダー

 

キャスター

 

バーサーカー

 

アサシン

 

 

 

これらの手札をいかにして生かしておくかという難題を、何とか乗り越えた……気がしないでもない。

ともかく俺は状況が一段落して一息吐く猶予を与えられたのだ。

 

「とりあえず……帰ったら寝るか?」

「……そうだな。朝になったらまたお相手願おうか?」

「それはこちらとしても願ったり叶ったりだ。と言うかお前、セイバーに真名解放させる状況にするなよ? 本気で焦ったぞ?」

 

 

 

こうしてぎゃーぎゃーと言い合いながら、俺と小次郎は今度こそ、帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

こうして聖杯戦争の序章は幕を閉じる……。

 

そしてついに始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

この物語の終焉が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鋼殻の護り
ランクC
種別 対人宝具
風翔龍クシャルダオラの力の結晶。風属性の攻撃を完全無効。また炎熱から身を守る。台風だろうが暴風だろうが、何も感じない。普通に動ける。逆に風を起こすことも可能。龍刀【朧火】同様、武器に顕現できるが、魔力(マナ)が少なく、刃夜の未熟な腕では顕現はほぼ不可能。この世界では炎熱から身を守り、風属性無効。ただし刃夜が貯蓄した魔力を全て解放し、何か武器に注げば武器の顕現は可能。


火竜の紅玉
ランクA
種別 召喚宝具
文字通り召喚するための宝具。刃夜の魂の相棒にして息子である神竜、銀火竜ムーナを召喚可能。しかし刃夜の腕が未熟であるため、ほとんどムーナ自身の手によって召喚されている。そのため回数に制限があり、また身に纏ったほとんどの魔力を異世界移動に使うため、最大にして最強の魔力火球「銀の太陽(シルバーソル)紅火(プロミネンス)」は使用不可能。ただし、元々が格の高い神竜なので普通のブレスでも超常の威力を発揮する。宝具単体としては、気を注いで炎熱を操れるが、同じ効果を持つ蒼火竜の紅玉の方が威力は高い。が、気を用いることに特化している刃夜にとってはこちらの方が扱いやすい。しかしサイズの関係もあり、武器に装着するのは難しく、また刃夜にとっては大事な物に分類されるので戦闘に用いるつもりはない。またこれがなくても召喚は出来るが、その場合は魂でつながっている刃夜の傍に召喚される。紅玉があることで、ムーナがわざわざ出入り口を探さなくて済むので楽になり、魔力消費量も少なくて済む。




刀「次回作どこ(何の作品)にするかぁ?」
TT「そうねぇ……どこにするかぁ……」

今でも覚えている。
大学の帰り道。
京成線の青砥駅にて、特急を待っている時に会話したのだ。
卒業が差し迫った2011の冬だっただろう。
もしくは2012の1、2月だったかもしれない。
とりあえず冬だ。



刀「俺、ムーナ召喚したいんだよね~」
TT「神様レベルにまで強くなるんだろ? それだしたらまずくね?」
刀「そうだねぇ……」



とりあえずすぐに結論は出ずに、以前から考えていたのだが……この日は違った。






TT「竜だせる作品となると……ステイナイトじゃないか?」






刀「……確かにそうだな」














『月夜に閃く二振りの野太刀』誕生の瞬間である。














「技編で、野太刀って事はサーヴァントはアサシンしかねぇだろう!」
刀「俺は絶対にイリヤは救うぞ!?」
「住居というか生活はどうするか!? 日本だから家とか勝手に建築するわけにはいかないし」
「そうねぇ……料理屋開いたらいいんじゃないか?」
「雷画に頼むしかねぇ!」



他諸々……






まぁ正直ほとんどアイディアは編集者HMとアイディア提供者TTに頼んだんだけどね~



駄目な子だからw 私w






いやぁ……

本当にこのシーンが書きたくて頑張ってきたのだよ!

本当にねぇ……R?MHの第二部「変化」すらも書き終えていなかった状況で次回作の話考えていたんだからお笑いぐさだw

ぶっちゃけいおう!

このシーンが書きたいがために今まで頑張ってきたのだ!

お待たせしました諸君! ←地面に突き刺した剣の上でポーズ取りながら

え? 誰も待ってない?
まぁそれもそうかwww
この展開が予想できた人は……まぁ少なからずいるでしょうねw
でもそれでもラヴォスに関しては誰もが予想外だったはずだ!

まぁ作者も予想外だったけどねwww

ちなみに例によって例のごとくこのネタはアイディア提供者様からのプレゼントだぜ!?



ラヴォスがわからない人はスクウェアエニックスから出ている「クロノトリガー」(RPG)を参照してくれ!



まぁ名作だから知っている人多いでしょうが。
RPG嫌いな作者も結構はまったなぁ……。
レベル引き継いで初めから始めるをやりまくっての無双が楽しかったwww



ま、それはともかく……






え~一応言っておきますが……まぁ宝具の解説でも書いたけど念のため






ムーナを自由に召喚できる訳じゃないからね?






何せ神竜だからね
自由に召喚できちゃうともう……冬木の空を飛び回りながら高笑い(ムーナと夜の散歩が嬉しくて)している刃夜しか想像出来ん!!!!
それに世界の修正力とかいろいろあるからね~
まぁ自由ではないとはいえまだ召喚する予定だからたのしみにしててねw

と……言いたいところなのだが……



済まない

当分無理



何故かって?



ストック皆無だから!

マジデ!

今回に関しては本当にストックないから!

せいぜい1000行かないくらいしかない

まぁ日常編みたいなのを書く予定だが……それでもきつい!

それに他の作品も書きたいし……



申し訳ないが……今月は多分もう上げられないと思う



それをご了承下さい





次から本格的に誰のルート行くかわかりますよ~

いや次の次か?

まぁともかく次から新章開始です~







ハーメルンにて追記
……最後に書いてからもう半年近く経ってるんだね……
やべぇ本格的に執筆するかぁ……一応二話くらいはできてるんだけど……かたっぽは個人的傑作なんだが……



何故かあげる気にならない?



何故?



と怠惰な作者はそんな感じで逃亡するwww


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黒化
正義の味方


お久しぶりです
半年以上も開けてしまいまして、続きを執筆いたしました。
社会人となって、やっと少しは役に立ってきたかなぁと思いつつも、自分のくだらないミスで日々凹む毎日であります。
だがそれでも……俺はがんばって書かねばいけないのだ!!!!

何故か!?

書きたいからだ!!!!

そしてその反応なんかがみたい!

後は四次聖杯とそれの番外編!

さらには刃夜の旅の終着点である(刃夜話が一応完結する)第三作品目を書きたいのです!!!!

だから書きたいです!!!!

先生、小説が書きたいです……・

まぁそんなこと言いながらも時間もなければ暇もなく、ネタもないんだけどね~www



あ、重要事項ですが



今回で原作においてどのルートに行くのかわかりますが(まぁ結構露骨な複線引いてたんでわかる人にはわかったでしょうが……)



原作をやってないと、もうこれ以上ないほどにネタバレになります



それをご承知でお読みいただけると嬉しいです……

ちなみに本文短めで14000なので~


2018/5/14 追記
S(人格16人)様 誤字報告ありがとうございました!
修正しました!


 

 

 

体■剣■■■ている……

 

 

 

血潮■鉄■、■は■■……

 

 

 

それは幾た■の戦■を越■て■敗……

 

 

 

■だ■一度も■■は■く……

 

 

 

た■の一■も■■され■い……

 

 

 

■の者■■に■人……

 

 

 

剣の■で■■に■う……

 

 

 

故■その生涯■意■は■■……

 

 

 

その■はきっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【■い■■で出来■い■……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い、暗い……。

 

それしかないと思えるほどに光のない空間。

 

ずるずると……不快な音がする。

 

鳴き声なのか、何かがはいずり回る音なのか……どちらか判別は出来ない。

 

だが、それが精神的にも生理的にも、不快感を催す物だと言うことは考えるまでもなかった。

 

腐食しながら蠢き、はいずり回る。

 

それを見れば、誰もが悲鳴を上げる……もしくは絶句する……それほどの物だった。

 

それだけじゃなく、その部屋を構成する物全てが腐食していた。

 

堅牢な石畳も、頑健なはずの石の階段も。

 

壁には無数の……まるで人が一人、収まりそうな……穴が、整然と壁一面に並んでいた。

 

まるで、という仮定ではないかのように……その穴には不思議な重みがあった。

 

呪いが凝り固まったかのように。

 

その穴に存在はしていないが……まるでその穴は墓穴のようだった。

 

そして当然のように……物体だけではなく、気体である空気もひどく腐っていた。

 

空気はそれから()分泌された液が蒸発でもしているのか、ひどく湿り、ぬめり……そして甘かった。

 

そしてそれ故か……もしくはそれ以外に原因があるのか……

 

 

 

 

 

 

その空気はひどく……重かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。しばらく留守にしておる間に随分と愉快なことになったようじゃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、誰もがこの場にいることを不快と思う場所に……一人の老人が立っていた……

 

この場に余りにも不釣り合いな老人だった……

 

部屋の作りが洋風と言うのに和服を着込み、そして枯れ木の杖を手にしている……

 

着物から出ている手と首、そして顔には、その老人の年月を刻んだ皺が存在していた……

 

それはごく当たり前の事なのかもしれない……

 

だがその皺はあまりに異常すぎた……

 

 

 

自らうごめく皺が……どこにあるというのか?

 

 

 

否、皺が蠢いているのではない……

 

体そのものが、蠢いているのだ……

 

 

 

まるで、生きた蟲が内部からはいずり回っているかのように……

 

 

 

 

 

 

「今回の状況はあまりにも不条理であり、不平等じゃ。よもやサーヴァントと生身で斬り合うバカがおろうとは……」

 

 

 

 

 

 

それが当たり前のように、何の興味も持たず、老人はさらに口を開く……

 

いくら自分の体であろうと……これほど泰然としているのは異常だった……

 

何の感慨も持たず、何の興味も持たない……

 

否、もしかすればそれをすでに通り越してしまったのかもしれない……

 

あるいは……

 

 

 

その老人は……|それ(・・)と同じ|物(・)であるのかもしれない……

 

 

 

 

 

 

「それを加えても、あまり状況はよくはない……」

 

 

 

 

 

 

それは冷静に……分析していた……

 

まるで、全てを知り得ているかのように……

 

全ての状況を……マスターとサーヴァントを、知っていた……

 

その上で、老人は思案する……

 

 

 

 

 

 

「本来であれば静観すべきなのだろうが……困ったことに手駒が適しておる……」

 

 

 

 

 

 

ニヤリと……まるで壊れた人形のようにその老人は笑った……

 

醜く……醜悪に……

 

 

 

それは人間が出すことの出来る……表情なのか?

 

 

 

それは生物が出すことの出来る……感情なのか?

 

 

 

 

 

 

もしもこの場に第三者が……まっとうな精神を持つ人間がいれば思わず漏らしたかもしれない……

 

 

 

 

 

 

老人(アレ)は、人間ではないと……

 

 

 

 

 

 

「さて……どうした物か?」

 

 

 

 

 

 

その表情のまま、老人(ソレ)は笑った……

 

実に愉快そうに……

 

今から行うことを……

 

 

 

少女を壊すと言うことを……

 

 

 

 

 

 

少女の意志を壊すことを……

 

 

 

 

 

 

それは心の底から楽しんでいた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「こんなもんかな?」

 

深山町、商店街にそんな声が上げられる。

だがその声は直ぐに買い物客で溢れているこの場の雑踏にかき消される。

穂群原学園の制服に身を包んだ青年。

名を衛宮士郎と言った。

魔術使いとして、この冬木市を舞台にして行われている聖杯戦争に参加している青年だ。

 

 

 

聖杯戦争。

何でも願いが叶うという、万能の願望機を巡って繰り広げられる殺し合い。

七人の魔術師(マスター)が、聖杯を媒介にして召喚した、過去の英霊達(サーヴァント)を使役し、戦わせて最後の一人を選定する。

 

 

 

だが士郎にそれで叶えたい願いがあるわけではない。

ただ、己の願いと信念を……正義の味方としてあるために、彼はこの聖杯戦争に参加していた。

だがそれも先日の柳洞寺の戦闘を境に小休止のような状態となっていた。

故に、暗殺されても不思議ではないほどに無防備に、買い物を行っている。

指折り数えながら、士郎は買い物袋の中身をざっと見つめていた。

夕飯の買い出しを終えて、脳内にある買い物リストと照らし合わせているのだ。

買い物に買い漏らしが無いと判断したのか、満足そうに頷いて、青年は帰路へと付こうとした。

が……

 

クイ、クイ

 

(? 何だ?)

 

己が着ている服の裾を引かれている感覚。

不思議に思いつつ士郎は後ろへと振り向いた。

そこに……

 

「こんにちは、お兄ちゃん」

 

銀髪の少女が笑みを浮かべて士郎を見上げていた。

 

「な、えぇ!?」

 

突然の事で半ば反射的に、士郎は飛び退いていた。

いくら外国人とはいえ、自分よりも遙かに小さな少女から、青年が飛び引く様は非常に滑稽だったが……そんなことに構っている余裕は士郎になかった。

 

(何でここに!?)

 

疑念が士郎の胸中を渦巻いていく。

少女……イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、士郎と同じマスターだった。

本来であれば殺し合う存在であるはずのその少女は……飛び退いた士郎に不思議そうな目を向けているだけだった。

 

(?)

 

それに気づいて、士郎も不思議そう眉をひそめた。

それに気づいていないのか…………少女はにこやかな笑みを浮かべた。

そこにはみじんも殺気はなく、それどころか敵意すらもなかった。

 

「よかった。生きてたんだね、お兄ちゃん」

 

頬をゆるめ、見た目のかわいらしさ、そして銀髪の美しさと相まって、非常に浮世離れしたといえてしまうほどの笑顔だった。

先日……あの夜見せた冷酷ともいえる笑みとは正反対な笑みだ。

そのあまりのギャップに……士郎は半ば思考が停止しそうになってしまう。

しかしここで思考を停止するのはあまりにも危険だということは、戦闘に置いて素人である士郎にもわかることだった。

 

……どうする!?

 

今の状況を再確認する士郎。

場所は深山の商店街であり、当然のように買い物客にあふれている。

ここで開戦された場合のことを……士郎は考えたくもなかった。

しかも都合の悪いことに士郎に相手の攻撃を防ぐすべは一切ないのだ。

 

 

 

つまりは……セイバーがいない。

 

 

 

これは士郎の油断しているところだと言わざるを得ない。

人数規模が二人組の七組しかいないと言うことで、麻痺してしまうのは無理からぬことなのかもしれないが、それでも殺し合いをしているのだ。

であるにも関わらず……単身で買い物など愚の骨頂だった。

自分のみを自分で守れるのであれば話は別かもしれないが……サーヴァンとというのは、人間が少し力を得た程度でどうにかなる存在ではないのだ。

それに対抗しうるのは当然のように、サーヴァンとのみだ。

セイバーが霊体化できないが故に、つれて回るのを躊躇するのはわかるが、それでもとてつもなく無防備であることに代わりはない。

 

「……まさかここでやるつもりなのか?」

 

声を押し殺して……周りの人間が注目しない程度に士郎はそう問うた。

命の危機を感じているという理由も確かにある。

仮にこの場にバーサーカーが出現すれば……それこそ士郎は瞬殺されるだろう。

 

しかし……悪運が強いと言うべきなのだろうか?……その心配は杞憂に終わった。

 

 

 

「? おかしなことを言うのね? お日様が出ているうちは戦っちゃいけないんだから」

 

 

 

むーと不満そうに口をとがらせて……少女、イリヤス・フィール・フォン・アインツベルンはそういった。

その年相応の幼い少女の仕草に……士郎は思わず面を食らってしまった。

 

「……えっと?」

 

目の前の少女から殺気が感じ取れない、その口から出た言葉から、士郎もイリヤがこの場で戦うことを望んでいないことはすぐにわかった。

 

「イリヤだよ」

「は?」

「イリヤス・フィール・フォン・アインツベルンだよ。長いからイリヤって呼んでいいよ。それでお兄ちゃんはなんて名前?」

 

士郎が言いよどんだのが、名前を知らないからだと感じたのか、イリヤは先に名乗った。

先に名乗られ、さらには名前を聞かれれば、それに答えない士郎ではなかった。

とまどいつつも、士郎は名乗る。

 

「俺? 俺は衛宮士郎だけど?」

「エミヤシロ? なんか言いにくい名前だね? まるでジンヤみたい」

「刃夜だって?」

 

少女の口から、自分の知り合いの名前が出ると思っていなかった士郎は、思わず聞き返してしまった。

その問いに、イリヤはこくりと小さくうなずいた。

 

「定食屋のお兄さんだよ。エミヤシロは知り合いじゃなかった?」

「あ、あぁそうだけど……というかその呼び方はやめてほしい。すっごい違和感が」

 

もはや戦闘に発展しそうにない空気になりかけていることに、安堵すべきなのか、とまどうべきなのかわからないが、それでも士郎にとっては都合がいいのでこのまま話を続けることにした。

 

「覚えにくいのなら士郎でいい。そっちが名前だ」

「シロウ? 何だ、思ったより簡単な名前なんだね。でも孤高な感じがするし、響きもいいから合格ってことにしてあげる」

 

腰をかがめて見つめてくるその視線に、士郎はとっさにいつでも動けるように腰を落としていた。

だがそれを見て、イリヤがクスクスと、おかしそうに笑った。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫だよシロウ。バーサーカーはおいてきたから」

「? そう……なのか?」

 

それが本当かどうかを確かめるすべがないというのに、士郎はそれを素直に信じた。

人を助けたいという願いはあっても、血なまぐさいことや争いごとを好まない士郎ならばそれも無理からぬことだが……それでも甘いだろう。

しかし実際にイリヤのそばにバーサーカーはおらず、イリヤにも戦う気はなかった。

 

「だから安心していいよ」

「そ、そうか。それで刃夜とはどういう経緯で知り合ったんだ?」

 

それが士郎には気になるところだった。

鉄刃夜。

大河の紹介によって知り合った、不思議な男。

それが士郎の認識だった。

そして先日、柳洞寺にてほぼ完全に敵対することになってしまった人間だった。

 

 

 

柳洞寺のキャスターと手を組むこと。

それが士郎にとっては許されざることだった。

聖杯戦争とは無関係な人間から魔力を吸い上げているキャスターを、正義の味方たる士郎が許せるはずもなかった。

だが様々なハプニングを経て、結局は敗北してしまった士郎と凜、それにセイバーにアーチャー。

それでもなお、納得がいかなかった士郎に、刃夜がこういったのだ。

 

 

 

『お前は大河と桜ちゃんをも否定していることになるんだぞ?』

 

 

 

この言葉はかなり強引だったことは、言った本人である刃夜だけでなく、その場にいた誰もが思えるほど強引だった。

魂食い。

人の生命力を吸収してしまうこの行為で、霊体であるサーヴァンとの強化が行える。

それを行う原因が、己の強化ならばそれは悪となりうるが……もしもそれがただ生きる、霊体であるサーヴァントならば存在するために、行っていたとすればどうなのか?

人が食物を摂取して生きているのと……何ら代わりがなかったというかなり強引な言葉を刃夜は口にしたのだ。

確かに理屈ではその通りなのかもしれない。

だがそれでも、無辜の民から搾取していることに代わりはない以上、士郎は戦わなければならなかった。

 

 

 

正義の味方を目指している青年であれば、それはなおさらだった……。

 

 

 

例えそれが生きるための……存在するための行為だとはいえ、人に害なすものであるのならばそれを止めなければいけないはずだ。

確かに存在するために、人の生命力を吸収している。

だがそれを吸収しているのが誰なのか?

遙か昔に死んだはずの存在である、霊体が吸収しているのだ。

死んでいるから……すでにそれが存在してはいないから、魂食いが許せないと言うわけではないだろう。

だがそれでも……それを看過していい問題ではない。

 

 

 

 

 

 

それでも士郎は、刃夜の言葉を言い返すことができなかった。

 

 

 

 

 

 

できなかったのだ……

 

 

 

 

 

 

「? どうしたのシロウ? 考え事?」

「!? い、いや……」

 

イリヤに声をかけられて思考の海から引き戻される士郎。

いぶかしい視線を向けられながらも、士郎はとりあえず思考を切り替える。

 

「それで、戦うためじゃなかったのならどうして声をかけてきたんだ?」

「お話したいことがいっぱいあったんだ! だからお話ししよう!」

「へ!?」

 

そういって、イリヤは士郎の腕に抱きついた。

まるで、小さな子供が父親に甘えているかのように……。

その行動に士郎はあわてた。

 

「待て待て! 本当にどういうつもりだ!?」

「どういうつもりって……だからお話だよ?」

「いやそうかもしれないが俺とお前は敵同士だぞ!?」

 

マスターとして聖杯戦争に赴いている青年と少女。

共闘関係すらも結んでいないのであれば敵であると考えるのが必然だ。

だが、少女は違った。

 

「それは違うわ。私のバーサーカーは無敵だもの。ほかのマスターはただの害虫。ジンヤは害虫じゃないし、手こずりそうだけど、バーサーカーが本気を出したら誰も勝てないもの。それはシロウのセイバーだって同じことだよ?」

 

相手を馬鹿にしているわけでもなく、挑発しているわけでもない。

心の底からそう思っており、そして己のサーヴァントを信じているのだ。

狂化によって底上げされた能力値による圧倒的な性能と、その宝具による恩恵による防御力で、間違いなく今回召喚されたサーヴァントの中で最強だった。

その圧倒的な力を目の当たりにしながらも、己の大事な相方を馬鹿にされて一瞬かちんとする士郎だったが……それでも少女の邪気のない笑顔を見ると、そんな気分はそがれてしまっていた。

 

「ジンヤは私と友達だし、シロウも友達になってくれるのなら見逃してあげてもいいよ?」

 

その言葉にも当然のように殺意もなければ邪気もなく……士郎は思わず溜息をついてしまった。

 

「友達になれるかどうかはわからないけど……ともかく話をするんだろう? なら行こう」

「うん! あのね、あっちの方に公園があるからいこっ! 見てきたんだけどね、ちょうど誰もいなかったんだよ」

 

笑顔でそう言って、少女は踊るようにしながら先導していく。

うれしくて仕方がないと……体全体で顕していた。

 

「ほ~ら! 早くして! 早く来ないとおいていっちゃうんだからね!」

 

くるくると、まるで妖精のようなその銀髪をたなびかせてイリヤはかけていった。

それを士郎は、呆然と見送ってしまっていた。

 

……俺が逃げると考えないのか?

 

名門であるが故に、イリヤにも当然のように魔術が使用できる。

それを何となく感じ取っていたが故に、特に抵抗のそぶりも見せなかった士郎だったが……それでもここまで何もされないとびっくりしてしまうのも無理はなかった。

逃げるのではなく、もしも士郎に悪意があるのならばその首を掻き切ることも不可能ではないのだ。

そうなると商店街のために目撃者が多い状況になってしまうが、凜レベルの魔術が使用できるのならばそれも隠蔽できなくもない。

当然のように凜はそんな姑息な手段を使うこともなければ、士郎にはそれほどの魔術を使用する腕もないわけではあるのだが……。

 

「……何なんだあの子?」

 

それが士郎のこれ以上ないほどに素直な感想である。

何度も言うようだが聖杯戦争は、殺し合いという戦争を行っているのである。

この無防備さは士郎、そしてイリヤともに致命的であったと言ってもいい。

正直な話、この場でセイバーを令呪による力で召喚してイリヤを殺したとしても、それは戦略であり、隙を見せたイリヤが問題だったと言ってしまって何ら問題はない。

だがそれでも……

 

だけどもまぁ……

 

士郎は当然のようにそんなことはしなかった。

凜ならばプライドのために、士郎はイリヤのために……。

これほど……それこそ少女の銀髪のように真っ白な信頼を裏切るほど、士郎は外道ではなかったからだ……。

 

 

 

 

 

 

「刃夜よ、追加注文だ。ホイコーロとやらだ」

「回鍋肉ね。了解した」

 

小次郎からのオーダーを受けて、俺はさらに鍋の振る力によりいっそう勢いをつける。

「和食屋(二号店)」は、本日もずいぶんとお客様でにぎわっていた。

実に喜ばしいことである。

 

『まぁその分忙しさは半端がないわけだが……』

『確かに……』

 

念話にて愚痴を言い合いながら、俺と小次郎は必死になって働いていた。

ちなみに役割分担だが、俺は当然のようにもっぱら料理と食器洗い、小次郎はフロアの接客全般……注文取り、食膳運び、レジ、後片付け、等々……である。

ほぼ完全に厨房とフロアで役割分担がなされている感じだ。

 

「ほい、野菜塩炒めあがったぞ」

「了解した」

 

俺が作り終えた料理を、小次郎が持って行く。

小次郎がフロア担当をするようになってから女性客もずいぶんと増えた。

小次郎が普通に美形であり、しかも仕草も様になっているから結構人気があるようである。

そのために、女性客も手軽に入れてカロリー低めの料理を作ったりもした。

 

というよりも栄養バランスのいい食事だな……

 

ダイエット中でも手軽に食べられるように超低カロリー食事などを作ったらそれが偉く大ヒットした。

 

まぁ低カロリー料理だけじゃないけどね……。秘密メニューは……

 

うれしいのだが……こう女性だらけだと……。

 

「小次郎さんってかっこいいですよね! 何というか、すごく流麗で」

「ありがたくその賛辞、いただいておこう。小鳥よ。だいえっととやらもいいがきちんと食べねば体をこわすぞ。食べるのを我慢するのではなく運動をすればいい。して、どうかな? 今宵にでも私とともに月を愛でつつ散歩など」

「え、それって……ナンパですか?」

「ふむ、軟派なつもりはないのだがな……。美しき花たちが、私を狂わせてしまうのだよ」

「仕事しろ~」

 

という具合に小次郎が軟派というか……まぁ声をかけまくってて精神的にも疲れてしまう。

小次郎とて疲れていないわけではないだろうに、女子高生達を目にすると偉く元気になる。

何というか……

 

『困った武人だな……』

『お前もそう思うか……封絶』

 

もはや思念体として剣に宿っている魔剣、封龍剣【超絶一門】とともに、心の中で深々と溜息をつきながらも、俺は必死になって鍋を振るい、菜箸を動かしていた。

 

「こんにちわ~」

 

そうこうしていると、引き戸がひかれ、新たな客が入ってくるが、気配に声で俺はすでに誰がきたのかわかっていた。

中身がこぼれないように注意しつつ、俺は顔を出入り口の方へと向ける。

 

「いらっしゃい、美綴」

「鉄さんこんにちわ。小次郎さんもお疲れ様です」

「ふむ、これはまた綺麗な華がきたな。喜ばしいことだな? 刃夜?」

「いいからマジで仕事しろ!」

 

悩ましいとでも言うように大げさに顔に手をやっている阿呆に渇を入れつつ、俺は美綴に対して苦笑した。

美綴も小次郎のこの軟派なことは知っているで、苦笑いしていた。

 

「今日は両親がいないんで食事をとらせてもらいに来ましたよ」

「おなご一人での夜歩きは危険だぞ。私が送ってゆこう」

 

 

 

「仕事しろ!」

 

 

 

 

手元の菜箸を棒手裏剣で投げつけてやりたかったが、ここは飯屋。

客商売であるこの空間で、物を投げるなどということは当然のごとくできるはずもなく、俺は檄を飛ばす。

そんな俺たちのやりとりに苦笑しつつ、美綴はいつもの席へと腰掛けた。

 

「忙しかったら手伝ってまた裏メニューでも食べさせてもらおうと思ったんですけど……そこまでではないみたいですね」

「そうだな」

 

冗談交じりにそんなことを言ってくる美綴に苦笑しつつ、俺は美綴の注文を聞き、調理へと取りかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い、空間の中でずるずると蟲がうごめいている。

それはとある魔術師が作った、この世に存在しないはずの蟲だった。

男の骨髄と脳髄を喰らい、女の子宮と精神を蝕み喰らう、腐肉の蟲。

腐った空気に、腐った壁、腐った床……腐った蟲。

ここはすべてが腐っている。

そう形容してもいいほどの空間だ。

誰も入りたがらないようなそんな空間に、一組の男女が降りてきた。

男の形相は険しく、引きずられる女の表情は……暗かった。

その形相にふさわしいと言うべきなのか……男は引きずってきた女をその腐った蟲のただ中へと放り投げた。

 

 

 

「……始めろよ」

 

 

 

その声は荒い。

怒りの感情も、如実にあふれ出ていた。

 

 

 

「本を作れ。まだ残っているはずだ」

 

 

 

周りの蟲がうごめく。

まるでその命令が正しいとでも言うように……。

意志という物が感じられないはずのその蟲には……どこか薄暗い意志のような物があった。

 

 

 

「さっさとしろよ! お前が戦いたくないから、僕が代わりにしてやるっていってるんだ! お前だってその方が楽だろう!?」

 

 

 

半ば狂気じみたその表情から言葉を発する。

彼は半ば錯乱しているような様子だった。

実際に錯乱している。

己の願いのために……目的のためならば例え相手が誰であろうとも敵と見なして攻撃する。

そんな危なっかしさがあった。

一瞬口を開こうと女がしたが……しかしそれが無意味だと判断したのか、少女はさらにうつむいて、口を小さく動かした。

 

 

 

それは呪いの言葉なのか?

 

 

 

それとも祝福の言葉なのか?

 

 

 

前者であればこの上もなく適切ともいえるが、後者であればあまりにも場違いな言葉だった。

 

そしてその言葉とともに、この腐った部屋に変化が生まれる。

一瞬の閃光とともに、人影が少女の眼前へと……まるで少女を守るかのように……出現した。

それと同時に蟲たちが我先にと、その人影から遠のいていく。

腐った蟲でさえも、それがどれほど恐ろしい物であるのかわかるほど、強大な何かをそれは秘めていた。

 

 

 

「……お前は俺の言うことを聞いていればいいんだよ」

 

 

 

吐き捨てるように、青年はそうつぶやいた。

まるで汚物でも見るかのような目を少女へと向けて……。

 

 

 

「今一度聞きましょう。私を使役するのは、自らの身を守るためですね?」

 

 

 

「あぁ。近頃この街は物騒だろ? 聖杯戦争なんてことが起きてるんだからそれも当たり前だけどさ。だからほしかったんだよ、頼りになる護衛がね……」

 

 

 

暗い笑みを浮かべながらそう言葉を返しているが……男の心には黒い歓喜が渦巻いていた。

 

 

 

これでようやくまた目指せる……!

 

 

 

薄暗い空間の中で、青年は陰湿に笑った。

そしてそれと同時に歓喜が彼を満たしていた。

 

 

 

再び……特別(マスター)となり、特別な存在(魔術師)へとなりうるための儀式が……

 

 

 

嘘で塗り固めた言葉と態度を見せて……青年は薄暗い部屋で、静かに笑っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ごちそうさまでした。というかこんなに長居してしまってすいません」

 

そういいながら笑顔で席を立つ美綴。

本日の業務が終了し、それでもカウンターの席でのんびりと会話をしていたのだが、さすがに遅くなってきたので、帰ることにしたのだ。

 

「お粗末様でした。別に構わぬよ。こちらこそ試食につきあわせてしまってすまない」

「というか……あんなにいただいてしまってよかったんですか?」

「女性客が多くなったのでな。学園も近いことだからより女の子とかにも受ける料理がどんな物か聞けて俺としてもいい取材になった」

 

実際、年頃の女の子の気持ちというのはいかんせんよくわからない。

 

妹によく怒られた物だ……

 

「お、女の子って……私はそこまでそういうのに気を遣ってないですよ?」

「美綴も十分に女の子だぞ? しかも美人の。自信を持て」

 

どうしてこうこの子は自分のことを卑下するのか。

まぁ男勝りの女の子だからそういうことを言われなれてないのかもしれない。

そのため俺は半ば強引にだが、話を先へと進めた。

 

「それに老若男女に対応できる料理も作れないのでは、料理人失格だ。料理にて人を幸せにするのが料理人の仕事だからな」

「そういえば結構カロリーに気を使ったの多かったですね?」

「客の心をつかむように努力しているだけだ」

 

どれほど豪華で豪勢な料理でも、肩肘張っていたり、雰囲気がまずければ、そこらの人情あふれる屋台の料理にすらも劣る……と俺は思っている。

食物を調理し、「料理」となして、人を喜ばせるのが料理の原点なのだ。

故に俺は仮にこの道を極めて、高級料理店などにも入れるような腕になったとしても、こういったお店を開く。

 

まぁ……今のところ「生涯の仕事」として、料理を選択する予定はないが……

 

「ともかくありがとうな。遅くなってしまったから送っていこうか?」

「大丈夫……とは言い切れないですけど、今度こそ大丈夫です」

「その自信はどこから出てくるやら? 油断大敵の言葉の意味を身をもって知ったばかりだろう?」

「う、それを言われたら何も言い返せないですけど……」

 

実際、夜になってしまったこの状況で、美綴を一人で返すのは少し抵抗があった。

ならば美綴に気づかれないようにストーキングのように護衛することも可能ではあったが……いくら護衛のためとはいえ、それをするのはちょっといやだった。

 

「やはりここは武芸に覚えのある私が送るべきだろう。私も今宵の月を見ながら散歩でもしたいと思っていたからちょうどいい」

「送り狼になるつもりか? いいからお前は仕事をしておいてくれ」

「ならばどうする? この(・・)月夜に可憐な小鳥だけで返すと?」

 

……たしかになぁ

 

「この」を強調した小次郎の意図は、当然と言うべきか俺にはわかった。

聖杯戦争が未だ集結していない冬木の街。

おそらくもうないとは思うが……以前にも美綴は襲われたことがある。

超常の存在であるサーヴァント、ライダーに……。

 

まぁ一応セイバーが宝具で吹っ飛ばしていたから、大丈夫だと思うが……

 

残ったマスター&サーヴァントのコンビを考えると、ライダーが行っていた魂食いの行為を行いそうな奴らはいない。

俺&小次郎は当然のようにしない。

士郎&セイバー、遠坂凜&アーチャー組もしないだろう。

ランサーは未だマスターが不明だが、あの実直ともいえる性格のランサーがそんなことをするとは思えない。

イリヤはそもそも魂食いの必要性すらも感じていないだろう。

そしてもっとも行う可能性が強いであろうキャスターは……

 

まぁ……俺がさせないしな……

 

同盟と言いつつ、一応牽制となるような立ち位置にいるようにしている。

そこまで狂人な感じはしなかったが、人間というのは追い詰められたり、気が触れてしまえば何でもしてしまうようになるのだ……。

 

良くも悪くも、人間というのは感情的な生物なのだ……

 

今のところそういった気配もないので安心しているが。

現にここ数日は平和な日々が続いているが、以前と変わらない程度の魔力しか、俺は関知していなかった。

 

 

 

しかし、そうであるにも関わらず何故か俺の左腕がうずいていた。

 

 

 

魔力(マナ)の力を宿している老山龍の力がうずいているのをはっきりと感じ取れていた。

キャスターの魔力吸収とは違った何かを感じ取っているのだ。

何故かはわからない。

今自分で否定したにもかかわらず、魔力食いを行う存在がいるのかもしれない。

そう考えるがそれは少々考えにくいことだった。

何せ今この冬木市には化け物が6体以上存在しているのである。

それらが戦争を行っているところにわざわざ魔力食いを行いにくるような、命知らずがいるとは思えない。

しかし現に、左腕はうずきを発し続けていた……。

 

 

 

これはいったい……

 

 

 

「本当に大丈夫ですって。今度こそ……」

「そうはいってもやはりおなごが一人夜道でいるというのはな。やはり私が送っていこう」

 

考えに没頭していたら、さすがに帰る状況へとなっていた。

そして俺は思考を中断せざるを得なくなった。

軟派な相棒のおかげで……。

 

「だからお前は……」

「本当に大丈夫ですよ小次郎さん。それじゃ鉄さん。ごちそうさまでした」

 

そういって俺たちに笑顔で別れの挨拶を交わして、美綴は夜道を歩いていった。

実際のところ、例え聖杯戦争がらみでなくとも、女の子の夜道一人歩きは非常に危ないのだが……あまりしつこく言っても仕方がないことなので美綴を信じておくことにする。

 

お守りも渡したから、まぁ最悪な状況だけは何とかなるだろう……

 

一応ライダーに襲われたときに渡しておいた手製のお守りもあるので、一般人の男相手ならば十分に時間を稼いでくれるだろう。

その間に俺が救いに行けばいい。

 

「さて、最後の仕事に戻るか?」

「そうさな。店じまいをするかな」

 

とりあえず営業時間が終了したことを簡素に伝えるために、狩竜にかかっている暖簾(二号)をしまう。

そして皿洗いや店の衛生管理、最後に明日の仕込みを行いながらも、俺は……俺たちはそれを敏感に感じ取っていた。

 

 

 

……何か変だな

 

 

 

冬木市の夜。

店を閉め、俺が夜の見回りのための準備をしている間も、それをずっと感じていた。

その名にふさわしいほどの冷気を感じさせる、実に冬らしい冬なのだが……それにしてもここ最近の寒さは異常だった。

 

いや……気候的に寒いのではなく、これは魂がそう感じているのだ。

 

 

 

この心が恐怖する感覚が……寒いと認識しているだけなんだ……

 

 

 

漠然だが、俺はそう感じていた。

ここ最近、どうも夜になるとどこかで……もしくは冬木市全域で……弱々しくも恐ろしい波動を感じるようになっていた。

俺自身は恐怖を感じるほどのものではないのだが、しかし多少なりとはいえ驚異と感じてしまうものだった。

この波動に似ているものを……俺は知っていた。

 

……煌黒邪神の、負の力

 

煌黒邪神。

モンスターワールドにて俺が最後に相手をした、文字通りの邪神。

そいつ以外にも様々な化け物と相対し、死闘を繰り広げたが……やつとの戦いは正直死ななかった方が不思議なくらいだった。

俺が今生きているのはひとえに「魔」の力のおかげだが……。

 

まぁそれはともかく……

 

この負の感情はとてつもなく煌黒邪神のそれと似ていた。

むろん似ているだけで、とてもではないが出力というか……規模と純度が段違いなのは間違いない。

だがそれはあくまでも俺が異常なだけなのだ。

 

まぎれもない邪神と相対したことのある生身の人間ってのは……おそらく俺だけだろうしな

 

間違いなく、煌黒邪神は最強の敵だった。

この経験を得ている俺は……幸福なのだろうか?

それとも不幸なのか?

 

よくわからんし、どうでもいいな……

 

「どうした刃夜? まだ見回りには行かぬのか?」

 

ぼけっとしていた俺の背後から小次郎が声をかけてくる。

その小次郎に振り向かずに……俺は質問に質問で返答した。

 

「どう思う小次郎?」

「……ふむ」

 

令呪でつながっているからか……。

はたまた相棒としての何かか?

 

 

 

それとも……剣士としての直感なのか……

 

 

 

明確な質問をしなくとも、小次郎は俺の質問の意図を正確に読み取っていた。

 

「何かよくない感じがするな……」

「……やはりか?」

「うむ。明確に何かまでは私にはわからぬが、よからぬものがこの街に満ちている……あるいは満ちようとしているのは間違いないだろうよ」

 

その鋭き視線を、闇夜に沈んでいる冬木市へと向けていた。

腕を組み、睨むその気迫は……見えない敵へと向けているほどに、すさまじいものだった。

その殺気を体に浴びつつ、俺は自分の思い過ごしでないことを確認した。

 

「……何が起きているんだろうな?」

「おぬしがわからない以上、私にはわかりかねる。だが……確かに刃夜の言うとおり何かが起きていることは間違いあるまい」

 

小次郎にそういったことが……まぁそれを言えばこいつは剣技以外興味ないからな……わかるわけがない。

だからこうして毎晩見回りをしているのだが……これといった変化の出所かとが全く掴めていなかった。

俺には確かに、小次郎とは比べものにならないほど魔術的のようなものを感じ取る力はあるのだが……俺自身もそこまでできる訳じゃない。

 

俺も小次郎ほどではないにしろ……剣技とか体術とか料理とかに力を注いでいたからな……

 

しかも俺が使える魔術的なものといえばせいぜい認識阻害の術程度……。

魔術合戦を行えば俺は間違いなく遠坂凜に敗北するだろう。

 

まぁ負ける戦をする趣味はないが……

 

しかし実際に単独での戦闘をすれば俺は遠坂凜を圧倒できる。

それに魔術みたいなものを極めようと思っている訳じゃない。

俺の目的はあくまでも剣技を極めることと、俺の世界に帰ることだ。

 

そのために……がんばるとするか

 

自分の世界に帰るためにやらなければならないことは……間違いなくこの聖杯戦争にある。

この聖杯戦争を勝ち取るだけで終わるような簡単なものではないだろうが……それでもなさねばならない理由が俺にはある。

 

「……では行くか。いつも通りとりあえず柳洞寺から行くとしようか」

 

キャスターと共同戦線を張って以来、まず最初に状況に異常がないか確認しに行くのが俺の日課となっていた。

キャスターがどれほどの実力を有しているのか、実際に見ていないのでわからないが、ほかのサーヴァンと達がどれも常軌を逸しているところから鑑みて、少なくともそれ相応の実力を有していたもおかしくはない。

 

まぁ何事にも例外があるが故に……実は使えない可能性がなきにしもあらずだが……

 

しかしそれを否定する材料もあるにはある。

龍脈を利用したとはいえ、誰にも気づかれずに密かに魔力(オド)を蓄えていたことだ。

おそらく龍脈そのものの力を有している俺でなければ気づかれることはなかっただろう。

それはつまりそれだけキャスターの実力を裏付けていることになる。

しかも俺が最初に侵入したときに放ってきた魔力玉は結構な威力があった。

あれが最大と言うことはないだろうから間違いなく相当な巨砲であるはずだ。

残念ながら(魔力)がないのだが……。

 

「さて……それではいきますか」

「うむ」

 

見回りと行っているが、正直たいした戦果を上げているわけではない。

逆に言うとそれが少し違和感を感じるのだ。

 

なぜ誰も行動しない?

 

俺と小次郎、そして士郎にセイバー、遠坂凜にアーチャー、葛木先生にキャスターが動かないのはわからないでもない。

イリヤもまぁ……わからんでもないと言っていいだろう。

 

だがあのランサーが全く動かないというのは……どういうことだ?

 

俺たちとイリヤのバーサーカーをのぞけば、残るクラスはランサーのみ。

未だにマスターも判明していない、ある意味で一番やっかいな相手だが、あの好戦的なランサーをあの日……俺が小次郎を召喚したあの夜……以来全く目にしていない。

俺が強制的に休戦協定を結ばせたことで確かに大きな動きが発生していないのは事実だが……それにしても静かすぎた。

ランサーだけじゃなく……この町も。

 

どう考えても嵐の前の静けさ……なんだろうな……

 

この聖杯戦争を片付けなければ俺は帰ることができない。

これはほぼ確定事項だろう。

この異様な寒さ、そして左腕のうずき。

確実に何かが起こる。

 

それがわかっていても……

 

それでも……起きてほしくないと思う自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

そう思っていたからだろうか……?

 

それとも単に腑抜けていたのか……?

 

考えてみるが理由はわからない……

 

そのとき俺は見逃していたのだ……

 

この暗き夜に隠された黒き鼓動を……

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

それに呼応するかのように……

 

 

 

 

 

 

芽生え、脈動していた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狩竜の存在に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほっとんど進みませんでしたがいかがでしたでしょうか?
わかっていたことかもしれませんがあえて言いましょう

ぶっちゃけた話、原作でも、そして二次創作においてもほっとんど人気のない「桜ルート」へと、この物語は進んでいきますw

何でこのルートに進んだかって?

逆に言うとこのルートしか行けなかったんですよねwww
まだ煮詰められてないところもありますが、がんばります!!!!



最後の話で書きたいところがてんこ盛りだぜ!!!



がんばります!


追伸
無駄に休日いろいろと予定があって、四話ほっとんどかけなかったよ・・・・・・
がんばる、おいらがんばる


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最後の日常

個人的傑作

お楽しみいただければ幸いです
ちなみに長い
本文だけで31000字以上……
だというのに全くと言っていいほど物語は進みません……
それをご了承の上でお読みください






「はっ!」

 

迫りくる……銀閃。

俺の得物よりも長いその間合いの剣を、俺は下がりつつ捌くことしかできなかった。

 

(はや)い!

 

振る姿も見えず、体がぶれたと思った瞬間には殺意を乗せたその剣が俺を両断せんと迫っている。

それを遮二無二避けて距離を離す。

 

……強い

 

敵の強さに……技量に舌を巻く。

だが巻いてばかりはいられない。

今は果たし合いの最中。

悠長に考え、感動している暇などありはしない。

 

やってみるか……

 

モンスターワールドで苦戦した、蒼き魔を操る火竜。

そいつ相手に苦戦したときに、対処として行った戦闘方法を選択する。

 

「――――ふぅ~」

 

ゆっくりと、呼気を吐く。

手にした得物を握る力を調整。

相手を見据える……思わず一カ所に止めそうになる視線を、全体へと移行する。

 

……全体を見る

 

腕が動く前に肩が、肩が動く前に腰が、足が動く。

それをもってして先読みし、相手の攻撃を予見する。

そうでもしなければ戦えない。

相手の得物は俺が持っている物よりも長い。

間合いにおいては圧倒的に相手の方が有利なのだ。

そしてそれを行っても容易に勝てる相手ではない。

 

……参る

 

以前から考えていた行動を……実行に移す。

 

「ふっ!」

 

鋭い呼気とともに……それ以上に鋭い剣が俺へと向かってくる。

それに対して俺は……あえて懐に飛び込んだ。

 

不向きな格好だが……致し方なし……

 

静かに緩やかに……だがそう見えて究極の斬撃を躱すに足る動きを行いながら、俺は敵の懐へと進む。

敵の剣も受けるのではなく、手にした刀で流すように避けた……。

 

「むっ!?」

 

相手が驚きの声を上げる。

それを持って、俺は自分の選択が半ば正解だと思ったのだが……

直ぐに無意味であったと悟る……。

 

「なっ!?」

 

今度は相手ではなく、俺の驚きの声。

懐へと入り込む一歩手前……。

一撃を捌き、なんとか相手へと接近しようと試みたのだが……懐へと入りきる前に敵の第二の攻撃が俺を襲った。

長物の扱いに長けているとかそう言うレベルではない。

五尺の得物を、いくら俺が気力で強化していないとはいえ、よもや懐に入りきる前に第二撃が来るなど……普通ならばあり得ない。

もはや異次元の攻撃と言っても過言ではない。

 

異次元……だな!

 

だがそれが不思議ではない相手であったことを思い出した。

次元すらも切り裂き、一撃を三撃へと変化させて、絶対に躱すことの出来ない剣撃を放つ男。

それが俺の相手なのだ。

俺はそれを何とか防ごうと思ったのだが……気壁を全力展開する余裕も、手にした夜月を軌跡上へと持っていくことは当然のようにできず……

 

「私の勝ちだな……刃夜」

 

「……くっそ」

 

この言葉で……本日の訓練が終了した。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「全戦全敗とか……どんだけ強いんだお前は?」

「ふふ、そう褒めるな。私とて照れるのだぞ?」

 

廃道場の縁側へと腰掛けて、私と刃夜はようやく昇ってきた冬の朝日を拝みつつ、のんびりと持ってきた暖かい茶をすすっていた。

 

ふむ……だいぶ前に入れたはずだというのに暖かいな……

 

金属製の竹筒に入れた飲み物は、だいぶ時間が経ったというのに今飲んでも温かいままだった。

その事に驚きつつ、私はその茶をすすった。

 

知識としては知っていたが……やはり体感すると違う物だな……

 

私が死してより数百年。

当然のように人は進歩し、この辺りの景色は当然のように変わっていた。

地面はほとんど露出しておらず、こんくりぃと……とやらが地面を固く覆っていた。

 

……まぁ変わるのも当然なのだがな

 

死霊ではないが、それに近い存在として存在している私が物思いにふけるというのも……奇妙な物だった。

そんな間抜けなことを考えている自分がおかしくて、思わず小さく笑ってしまった。

 

「? どうした? 急に笑い出して?」

「いや、なに、ちょっと考え事をな。大したことではない」

 

突如として笑い出した私に不思議そうな目を向けてくる刃夜に、私は手で何でもないと伝える。

 

剣のみで良かったはずなのだがな……

 

これが……この時間が心地いいと思っている自分がいることに苦笑した。

極めたとは思っていない。

剣の道を。

それでも一つのことを成し遂げて……まぁあれに命を賭けていたわけではないのだが……死に絶えた自分の生が愚かだったとは思っていない。

だが、もしもこんな人生もあったのかもしれないと思うと……少し心が痛んだ。

それほどまでにこいつとの……刃夜との時間は心地いい物だった。

 

 

 

 

 

 

■■■■本当■■■■に?

 

 

 

 

 

 

まだまだ荒削りと言える所もあるが……それでも私が惹かれたこの男はすごい奴だった。

 

まさか……柔術を使ってくるとはな……

 

「しかし驚いたぞ刃夜? よもや柔術の歩法まで身につけているとは」

「嗜む程度だが……一応子供の頃からやっているからな。少々の自信はある。まぁそれもあっさり破られたわけだが……」

 

それほど多彩なことをやってのけるこいつは……末恐ろしい男よな

 

数多くの刀を……奇っっっ怪な刀が非常に多いが……自在に操り、それどころか人間とは思えないような所作と動作を体得しておきながら、まだこいつは上を行こうとしている。

ある意味で……馬鹿な男だろう。

 

いや……それは私も同じか……

 

道が違うだけなのだ。

私とこいつは……。

そして……それを究める物も当然違うわけであり……。

 

「お主のその人間とは思えぬ動きを可能としている技術……何と言ったか?」

「? 気と魔力のことか?」

「そう、それだ。それは誰にでも体得が可能なのか?」

 

突然の話題転換に、刃夜が訝しげな顔をするが……私の質問に答えてくれる。

 

「まぁ不可能じゃないな。戦闘時に使う用途によってだいぶ難易度が変化するが」

「用途?」

「気力なら自分の身体に付与するのはそこまで難しくはない。ただ物体に付与するとなると話が違ってくる。何せ自分の身体とは違う物に自分の体力という名のエネルギーを注ぐわけだからな。これを会得するのは結構大変だ」

「その割には使っているのだな?」

「……まぁそれだけの修練はしているからな」

 

そう言いながら朝焼けの空を見つめる刃夜の目は……何か思い出したくないことを思い出しているような、そんな遠い目をしていた。

どうやらあまり触れていい内容ではないようだ。

 

「どうしたんだ急に? 興味が沸いたのか?」

 

その考えを肯定するかのように、刃夜が早々に話を進める。

別に触れて欲しくない中身を聞くことが目的ではないので、それを追求するようなことはしない。

 

「興味は湧いたが、使いたいとは思わんな……」

「?」

 

私の言いたいことがなんなのかわかっていないようだ。

まぁそれも無理からぬ事だろう。

全てを極めようとしている刃夜なのだから。

 

「何、私には合わぬであろうからな。それに私が極めるべき物はすでに決まっている、純粋な剣よ……」

「俺のは純粋ではないと?」

「そうは言ってはおらぬ。要するに私は剣のみを極めようとしている、それだけの話だ」

「?」

「つまりだ……」

 

全てを極めるのが可能なのかどうかはわからない。

特に刃夜に対しては……。

この年齢でこれだけの技術を身につけた刃夜ならば……全てを極めることが可能かもしれない。

だがそれでも……私は自分が思ったことを口にした。

 

 

 

「人にはそれぞれ、その者自身にあった物がある。それを極めるのがいいと、私は言いたいだけだ」

 

 

 

「……」

 

さすがに刃夜もバカではない。

これだけ言えば、私が言いたいこともわかってくれたようだった。

 

「俺にあった……戦闘方法ね……」

「そうだ。お主がもっとも凄まじいのは間違いなく気力と魔力を用いた戦闘方法だ。それをがむしゃらなまでに極めてみるのもいいのではないか?」

「……これでも体捌きとかにも自信があるんだがな」

「そうであろうな。だから私としても無理強いはせぬよ。お主の人生だ。どう生きるのかは……刃夜が決めればいい」

 

これで話は終わりと、私は再度茶をすする。

この会話で刃夜がどう進むかはわからない。

だがそれでも……一つの可能性を示唆した。

これでどうするかは……刃夜自身の問題だろう。

 

……まぁどちらに進んでも……宿敵であることに代わりはないのだがな

 

隣りで思い悩む刃夜を横目に見つつ、手にしている器から茶をすすった。

しかし今度は……注いでから時間が経ってしまったために、茶は冷め切っていた……。

 

 

 

このとき……私は気づかなかった。

 

最初はただ漠然とした思いを胸に、召喚に応じただけだった。

 

極めるために生きた生前の自分。

 

その生前で出来なかった全力の果たし合いを行うために。

 

そして幾人かの存在と……私が望んでいた果たし合いを行った。

 

 

 

だが……それで満たされていなかった。

 

 

 

相手にした誰もが……全てに置いて私と同等の力量を有し、そして果たし合うにふさわしい力量を持っていた。

 

だが満足しなかった。

 

全く私の想いは……餓えは満たされなかった……。

 

そして、私としては助言として言ったつもりでいったこの言葉は……

 

 

 

 

 

 

本当は――――――私が刃夜との果たし合いを……殺し合いを……望んでの、言葉だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

俺にあった戦闘方法……ね……

 

朝の日課の果たし合いにて言われた、言葉。

気力と魔力の運用による、圧倒的出力……つまりは力による攻撃。

狩竜なんかがそれをもっとも体現しているだろう。

一般人では振るどころか持つことも出来ない、七尺四寸の刃渡りを持つ、長大な野太刀。

あれを気力も魔力もなしに振るのは、俺でも厳しい。

振ることは出来ても、ほとんどスローな速度でしか振ることは出来ない。

そんな俺が小次郎すらも驚愕させる速度で振ることが出来るのは、気力にて身体能力を強化しているからだ。

 

……もはや気力を使用しないでの戦闘というのは、ほとんどしないだろう

 

そんじょそこらの連中には気力も魔力もなしで勝つのは簡単だ。

それこそ不良程度ならば百人が束になってかかってきても全く怖くない。

鍛え上げたこの体だけで簡単に勝てる。

だが……サーヴァント相手となると気力も魔力もなしでは死ににいくような物だ。

 

まぁ小次郎はあまりサーヴァントという感じはしないんだがな……

 

相方と言うこともあるかもしれないが……それでも小次郎は他のサーヴァントとは色々と違った点が多い。

まず一つとして、明らかに洋の東西が違うと言うこと。

他の連中は見た目的にも得物的にも、明らかに西洋の英雄達なのだが……バーサーカーは除外……小次郎は完全に侍だ。

また魔力を一切使用していないところが大きく違った点だろう。

他のサーヴァントは宝具の使用に多大な魔力を使用する。

他にも戦闘時に置いて、身体能力の強化に魔力を使用している。

しかし小次郎には宝具もなく、身体能力強化の魔力使用も行っていない。

というかそもそも使えない可能性の方が高い。

 

であるにも関わらず全敗しているわけだが……

 

気力と魔力を併用した俺が、全く持って歯が立たないのだが……。

技術のみでここまで上り詰めた化け物が平行世界とはいえ存在していたとは……。

 

世界ってのは広い……

 

電磁抜刀すらも防いだこいつを倒すには……果たしてどうすればい――

 

「鉄さん? どうしたんですか?」

 

一人思案にふけっていると、目の前の存在……美綴から疑問の声が上がった。

小次郎との訓練を終えていつものように仕込みをしていたら、早朝ランニングの休憩で店へとやってきたのだ。

早朝ランニングの休憩もいつものことだ。

その最中に考え事をして、対応がおろそかになってしまったようだ。

 

「すまない、ちょっと考え事をな」

「いっつも考え事してますね。私がいるときくらい考え事はやめて下さい」

 

……意味深だな?

 

あっけらかんとそんなことを言っているが……果たして……。

 

『考えるまでも無いと思うがなぁ?』

『……』

 

小次郎からのツッコミが入るが……まぁシカトの方向で……

 

俺の立場を忘れてはいけない。

俺は異世界人でこの世界の住人ではないのだ。

帰る以外の事にうつつを抜かしていられるような立派なご身分ではない。

 

「済まなかった」

「いえ、そんな本気で謝られても困るんですけど……」

 

余りにも神妙に言い過ぎたかもしれない。

それに反省しつつも俺は再度軽い感じで謝りつつ、俺は美綴に話の続きを促した。

 

「弓の方の調子はどうよ? うまくいってるか?」

「絶好調! と、までは行かないまでも、普通に好調ではありますね」

 

相も変わらずこの子は文武ともに両道であるらしい。

普通にハイスペックだ。

姉御肌で何とも頼りがいのある子ではあるが……。

 

そこが逆に危ないんだよな

 

普通ならば早々危ない目に遭うことは無いのだが、今の冬木市の状況が状況である。

実際にこの前もライダーに襲われていたのだ。

 

もう少しこの子は自分がどういう存在か理解した方がいいと思うのだが……

 

「それにしても……もう2月も半ばなんですね~」

「……そうだな」

 

今はもう二月中旬と言っていい日付へとなっている。

柳洞寺へと乗り込んでから数日が経過していた。

その間特に変化は起きておらず、夜も毎晩念のため見回りと偵察を行ったが、特に動きは無かった。

それは俺も同様で、ほとんど戦闘らしい戦闘は行っていなかった。

 

現時点で残っているのは……ライダーを除く全クラスか……

 

聖杯戦争が始まってより一週間以上の日数が経過しているが、まだほとんど進んでいないと言っていいだろう。

何せまだ一人しかサーヴァントが脱落していないのだから。

そうして俺が冷静に戦況を判断していた時も、美綴は言葉を続けていた。

 

「そろそろ鉄さんと出会って、一年が経つんですね」

「……確かにそうだな?」

 

最近、ようやく状況が動き出したことで他の事を余り考えていなかった……というよりも考えている余裕はなかった……が美綴の言うとおり、あと二ヶ月ほどでこの世界に来て一年が経過してしまう。

ようやく動いたとはいえ……まさかここまでの長時間、異世界に居座る羽目になろうとは思わなかった。

 

「覚えてます? 出会ったときのこと?」

「一年も経ってないだろう? 忘れるわけもないさ」

 

早朝……俺がこの店を開く準備をしていたときに、ランニングを行っていた美綴が声を掛けてきたのが出会いだった。

この世界に来て大河に出会い、そして雷画さんに出会って生活の場と、生きるための術を恵んでもらった。

そして店を開こうとして準備していたときだろう。

あの時はそう……

 

「なっがい暖簾棒ですよね、あれ」

「……そうだな」

 

まぁ暖簾棒であって暖簾棒じゃないんだがな……

 

前日のうちに作っておいた暖簾をつける棒が無くて途方に暮れていたら、狩竜がちょうど良かったからそれをつけていた時に声を掛けられたのだ。

早朝からランニングをしていた、美綴に。

その日、店を開く前だったと言うことで、訓練を行っている美綴に意見を聞くために、店に招き入れたのがこの朝の日課ともいえる……朝のお茶の始まりだった。

 

それからもう十ヶ月か……

 

なんとまぁ……平和な時間を過ごした物である。

血なまぐさいことからだいぶ離れていた。

そのために最初は現代戦闘……銃器などを用いた戦闘……の感覚を忘れていて少々焦った物だった。

 

だいぶトーシローな戦闘だったがな。麻薬売買組織の末端なんて仮○ライダーの戦闘員A、B、Cにもなりゃしねぇ……

 

雷画さんに調理師免許をどうにかしてもらっている間の数日間で、くだらないあだ名をつけられた物である。

それから店を開いてからはだいぶ忙しい毎日だった……。

 

一人で飲食店なんぞ開くもんじゃないな……

 

これはしみじみ思ったことだった。

教訓になったといえよう。

 

「応援来てくれたときとか、すごく嬉しかったですよ」

 

その後秋の大会にて初めて主将として、弓を引く美綴の応援にも行ったりした。

それだけではなく、縁日で売り子の手伝いをしてもらったり、買い物に行ったり、店を手伝ってもらったことも何度もある。

俺がこの世界で、一番接した人間は間違いなく美綴だろう。

ほとんど毎日会っているのだから、それも当たり前かもしれないが。

 

「……いつ頃帰るんですか?」

 

……そう言えば一応仄めかしてはいたのだったか?

 

この世界の住人では無いと言うことは、余りにも荒唐無稽過ぎて理解されないかもしれないが、それでも俺がその内いなくなると言うこと自体は、遠回しに話していた。

 

……俺も最低だな

 

人は……人と接せずに生きていくことは出来ない。

しかし、ある意味で死という別れよりもひどい別れ方をする俺が、人と余り親しくなりすぎるのは、一種の傲慢なのかもしれない。

俺としても、美綴は親しみやすく、話しやすい子だったが故にここまで親しくなったが……必ずいなくなる存在として、ここまで仲良くなって良かったのか、わからなくなってしまった。

 

人を殺した罪……

 

俺の正義の名の下に、俺が悪人と断じた人間たちを殺してきた。

その恨みを受け止めるべき義務が俺にはある

 

それに許してくれたといえ……忘れていい訳ではないあの子もいる……

 

片足が不自由になっても俺を怨まなかったあの子。

あの子は救うことも出来なかった俺を許してくれた。

だけど、忘れない。

許してくれたとしても……俺はあの子の墓に花を添えるだろう。

彼女が喜んでくれた料理を供えるだろう。

だから俺は帰らなければならない。

 

 

 

そしてそれだけではない……

 

 

 

恨みを受け止める……。

その理由の名の下に、俺は息子を……弟子達を……。

 

そしてあの娘を……モンスターワールドで初めてであったあの娘を……。

 

あいつらを捨ててきたのだから……。

そうしてまで帰ると誓った俺が……帰らないわけにはいかなかった……。

 

「そろそろだろうな……」

 

それがどれだけ身勝手であっても、俺は帰らなければいけない……。

だから、ここで……美綴の言葉を否定するわけにはいかなかった……。

 

「……そうで、すか」

 

今の美綴にどんな思いが去来しているのか考えるまでもない。

しかしそれでも俺は……帰ることを選択する。

 

例え外道であろうとも……俺は……

 

『因果な物よな?』

『……小次郎』

 

そんな俺の言葉をどう受け取ったのか……それとも今のこの状況からの推測か小次郎から思念が届く。

 

『お主にはお主の事情がある。それはわからぬし、聞く気もない。全ての(・・・)事情を知り得ているわけもない。だがそれでも……』

 

泰然と、壁に寄り添いながら佇んでいる小次郎が……朝の訓練時のような鋭き眼光を向けてくる。

だがその鋭さはいつもの鬼気迫る物ではなく……どこか諭すような物であって……。

そして言葉を紡がれる。

 

 

 

『それでも……目の前の娘を傷つけたままでいることが、善行であるとは思わんぞ?』

 

 

 

……言われなくてもわかっている

 

ぐうの音も出ないほどに、小次郎の言うとおりだった。

しかしここで言葉を撤回したり……確証もなく、確信すらも出来ないことを言うのは、ただ罪を重ねることだとしか思わなかった。

 

だけど……

 

いつものからっとした、頼れる姉御のような面影が全く見えず、悲しみに染まっているであろうその表情を見せまいと、カウンターにうつ伏せになっている美綴を見ていたら……俺は……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

わかってたことだけど……

 

 

 

わかっていた。

鉄さんがそのうちいなくなるって。

言われていたからっていうのもある。

けど……なんとなく感じていたことだった。

 

何というか……一線を引いているのが、わかってたから……

 

明確にわかっている訳じゃない。

けど、それでもどこか一歩引いている感じがしてならなかった……鉄さんの態度は。

きっと、その内いなくなってしまうと思っているから、距離を置いているのかもしれない。

確かにいなくなってしまうのは事実なんだろう。

私も、自分の家から出たとしたら、帰りたいと思うのは当然だと思う。

 

それを……見送るしかないのかな……

 

いつか行ってしまうから。

いつかいなくなってしまうから……それを理由にしてしまっていいのか私にはわからない。

 

鉄さんが……私は……

 

最初は武術的に、そして私と大して変わらない年なのに自立して、一人でお店を切り盛りしている人と言うことで、注目しているだけだった。

 

 

 

料理もおいしいし……

 

 

 

朝の日課の自主トレで……この人と出会った……

 

料理を食べさせてもらっておいしいと言ったときに、嬉しそうに微笑んだその顔が……

 

藤村先生のわがままで出前で道場にきて、弓を教えたときの真剣に聞くその姿が……

 

ウェイターとして手伝ったときに、本当に心からお礼を言うその感情が……

 

 

 

ウェイターをしたお礼に買い物に付き合ってもらったあの日から、二人で出かけたその時から、意識していた……

 

 

 

縁日で……私が軟派男達を一蹴したときに、空手の腕を褒めたくれた時のその仕草が……

 

そして私が初めて主将の立場として、大会で緊張してたかっこわるい自分を、優しく応援してくれたあの時の言葉が……

 

 

 

私には……すごく大きな贈り物だった……

 

 

 

あれだけの事をしてもらって……こんなにもすごい人なら、誰だって好きになってしまうのかもしれない。

 

だけど、そんなこと私には関係なかった。

 

確かに私は鉄さんのかっこよさに……その強さに憧れた。

 

けど、この気持ちがそれだけが起因じゃないって……私は自信を持って言える。

 

 

 

鉄さんが……好きだって……

 

 

 

でも言えるのは胸の内だからで……

 

帰ることも相まって……私はそれを伝えることが出来ずにいた……

 

それに……鉄さんが困らせたくないから……

 

 

 

 

 

 

だけど……本当にそれで……いいのかな?

 

 

 

 

 

 

ふと……そんな気持ちが芽生えた……

 

今更かもしれない……

 

この気持ちを自覚したのは……もうずいぶん前のことで……

 

今まで時間はだいぶあったのに……打ち明ける時間があったのに……

 

いつかいなくなってしまうからという理由で……打ち明けなかった……

 

 

 

だけど何故かこの瞬間……「それでいいのか?」という、ものすごい敗北感が押し寄せてきた……

 

 

 

何故かはわからない……

 

だけど、あまりにも自分のこの行動が普段の自分らしくなくて、思ってしまったのかもしれない……

 

 

 

……私はこんなに臆病だったのか?

 

 

 

臆病なのは当然だ……

 

私にだって怖いのはいくらでもある……

 

人を傷つけたりすることも、自分が傷つくことも……

 

自分の全力を出せないことも……

 

人に……人ならざる物に、襲われることも……

 

 

 

……そう言えば、もうかっこわるいところは見られているんだっけ?

 

 

 

自分は大丈夫だと豪語しておきながら、その日の晩に襲われたのを助けてくれのが、鉄さんだった……

 

恐怖で声を出すことも出来なくて……

 

余りにも怖くて腰を抜かすことすらも出来なかった……

 

武道をしていた私ならわかった……

 

あれは、普通の人間が相手していい存在(相手)じゃないって……

 

だけどそんな強大すぎる存在(相手)を……撤退させたのが鉄さんだった……

 

私を、救うために……

 

 

 

俺の大事な友人に何していやがる……かぁ~

 

 

 

あの時叫んでいた言葉……

 

少しあやふやだけど……そんな感じの言葉だったのは間違いない……

 

それが鉄さんの私に対する思いなんだろう……

 

だけどあの時はその言葉の意味を考えている余裕もなくて……

 

横抱きに私を抱えてくれた、その腕がたくましかったことをよく覚えている……

 

そして、震える私の頭を優しく撫でてくれた……

 

 

 

恐怖で震えたのを見られるだけじゃなく、触れられて実感させられちゃってるんだよね……

 

 

 

私だって女の……子だ……

 

お姫様のように横抱きにされて、恥ずかしい気持ちだってある……

 

だけど、今思い返してみても……鉄さんのあの必至な言葉と行動、そして優しさが嬉しかった……

 

お見舞いにも来てくれたし……

 

そして……大切なお守りをくれた……

 

そのお礼は当然のように言ったけど……それだけでいいのか?

 

 

 

いいわけが……ないじゃない!

 

 

 

何故か……ここに来て私の中の負けん気が非常に活発になった……

 

このまま、帰って行くのを見送るだけの自分を想像するのすらもしたくなくなった……

 

確かに帰ってしまうのかもしれない……

 

だけど、それで諦めてしまっていいわけがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の恋愛を……自分で諦めてどうするんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がすごく損をしていたことに気づいた……

 

ぬるま湯に浸かって、それで満足していた自分を殴り飛ばしたくなった……

 

 

 

「……美綴」

 

 

 

そんな私に声が掛けられる……

 

その声の響き、そしてこの雰囲気で何となくだけど……鉄さんが私に何かを言おうとしているのがわかった……

 

きっと私に優しい言葉を掛けてくれようとしているのだと思う……

 

それを受け取るわけには……行かなかった……

 

 

 

よしっ!

 

 

 

ガバッ!

 

 

 

鉄さんが言葉を発する前に、私はうつ伏せていた顔を思いきり上げた……

 

それだけでは抑えきれず、私は思いっきりイスから立ち上がった……

 

イスをはねのけるように立ち上がったので、イスが後方へと倒れて大きな音を立てている……

 

その音に驚いたのか、それとも私が突然立ち上がったのが驚いたのか……鉄さんが固まっていた……

 

 

 

らしくない……私らしくもなく考えることはやめた!

 

 

 

うだうだと考えていた自分に渇を入れる……

 

そして、大切なことを口にした……

 

 

 

「鉄さん」

 

 

 

「……何だ?」

 

 

 

私の思いを感じ取ったのか、鉄さんが顔を引き締める……

 

そして……そんな鉄さんに向かって、私は言葉を放った……

 

 

 

「……また今度買い物いきましょう!」

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

私の言葉に鉄さんが素っ頓狂な声を上げる……

 

自分の遙か高みにいる鉄さんの意表を突けたことが、何故か無性に嬉しかった……

 

 

 

すぐに言えないし……それに、私は鉄さんを止める理由にはなりたくない……

 

 

 

帰らなきゃいけない理由がある……

 

これが一番大きな理由なんだろう……

 

自分の家に帰ろうとしている鉄さんの理由は……

 

それがどんな理由なのかはわからない……

 

私は鉄さんが好きだから、その想いの重荷になりたくなかった……

 

言い訳になるかもしれない……

 

けど、尊敬している人である鉄さんの足を止めるわけにはいかなかったから……

 

だから、私は自分で覚悟を決めよう……

 

 

 

別れるときが……必ず来るって……

 

 

 

告白に振られることも……

 

もしも振られなかったとしても……つきあえたとしても、私は鉄さんを引き留める原因にはならないことを……

 

その覚悟を決めるために……少し時間が欲しい……

 

その時になってみないとわからないけど……それでも私は……

 

 

 

 

 

 

自分の気持ちに、正直になりたいから……

 

 

 

 

 

 

「また買い物につきあって下さい……」

 

 

 

鉄さんを意識するようになったのは、ウェイターをやったお礼として、買い物に付き合ってもらった日からだ……

 

だから……この気持ちを伝えるのなら、またあの日と同じように、一緒に買い物をして伝えたい……

 

 

 

きっと、以前と違ってまともに話せないだろうけど……

 

 

 

我ながら随分と乙女みたいなことを言ってて、これこそ自分らしくないと思う……

 

一緒に買い物をしてても、きっと緊張してまともに話すことも出来ないと思う……

 

それだけじゃなく、話したらこの関係が壊れてしまうのではないかという恐怖もある……

 

それでも……その行為に意味があるって思うから……

 

 

 

「その時……私の話を聞いて下さい」

 

 

 

震えそうになる声を必至になって抑えた……

 

 

 

かっこわるいところは、もう見せてるけど……

 

こんな時にまでかっこわるいのはイヤだから……

 

すごく緊張したけど……何故かその緊張が心地よかった……

 

 

 

震えるほど緊張するけど……なんかすっきりしたね……

 

 

 

指先が震えそうになる……

 

顔が引きつりそうになる……

 

けど……それ以上に清々しかった……

 

だから、声の震えを抑える必要もなく、無理に笑顔を浮かべることもなく……

 

 

 

自然と笑って、小指を差し出した……

 

 

 

「……いいですか?」

 

 

 

それでもやっぱり怖かった……

 

突き出した右小指を……差し出した小指を、思わず握ってしまいそうになる……

 

その小指を……鉄さんが自分の小指を絡めて、止めてくれた……

 

 

 

「……あ」

 

 

 

「……わかった。約束だ」

 

 

 

 

 

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

私が何を言おうとしているのか、気づいているのかもしれない……

 

帰るって言ったのはこうならないためだってわかってる……

 

だけどそれでも応えてくれた鉄さんのその優しさが嬉しくて……

 

 

 

私は早朝であるにもかかわらずに、大声で返事を上げてしまったのだった……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……Oh My God」

 

それが美綴が帰って行って、女の子がいなくなった店で、俺が心の底から吐き出した第一声だった。

もうこれ以上無いほどに、自然と出てきた言葉だった。

 

……何と言うことだ

 

美綴のあの覚悟を決めたその表情と声。

それに何よりも……俺がそれに応えたときのあの嬉しそうな表情……それはあのときのレーファの表情を思い起こさせていた。

もう悪い予感しか……普通なら嬉しいことだが……しなかった。

 

どうしてこう俺は……

 

自意識過剰であれば……いい。

しかしそう考えるのは美綴に対しても失礼なわけであり……しかしかといってそれを許容するわけにはいかない立場であり……。

 

 

 

俺って奴は……本当に……

 

 

 

【ステータス情報が更新されました】

 

 

 

「!? 何だ今の言葉!?」

「……何を言っているんだ刃夜?」

 

突然脳内に響いたように感じた言葉だったが……小次郎は全く感知していないようだ。

幻聴を感じてしまうほどに精神が危なくなったらしい。

とりあえずそれを放置して、俺は努めて別のことを考えた。

 

まかり間違って現実逃避ではない……きっと……

 

『全速全進、全力全開で現実逃避だと思うが?』

『黙れ封絶! お前はどこぞの社長か、魔砲少女か!?』

 

思念に割り込んできた封絶に、八つ当たりにも等しい思念を返す。

何か意味のわからない言葉を発した気がするが……気にしない。

大人な封絶は何も言って返してこなかったが、呆れている風な感じではあった。

 

「難儀よな、刃夜よ」

「やかましいわ!」

 

相方二人から揃って呆れられてしまった。

まぁそれも無理からぬ事だろう。

 

しかし……まぁ……

 

それを一旦放置して、俺は先ほどの美綴の言葉と態度を、思い出していた。

見事に先を取られて、俺は一瞬呆気にとられてしまった。

しかも、俺が根拠のない言葉を放とうとしたのを感じ取ったかのように……いや実際にわかったのだろう……彼女は俺の言葉を封じるようにして立ち上がった。

外見も、性格も……あれほどまでにできあがった子を俺はほとんど知らなかった。

 

自分のことを知らなさすぎだな……あの娘は……

 

冗談抜きにして、俺にはもったいない女の子だ。

快活で清々しい……とてもいい女の子だ。

 

こんな俺よりも、もっといい男がいるだろうに……

 

素直にそう思ってしまう。

そして……俺の無責任な言葉を先んじて止めてくれた美綴に、俺は心からお礼を言っておいた。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……いっちゃった

 

お店を出て少しして走りながら、私は先ほどの自分の行動を思い出していた。

 

……ものすごく恥ずかしいことを言っちゃった……気がする

 

気がするではなく間違いなくものすごく恥ずかしいことだと思う。

というよりも、普段なら全く考え事をしないランニングの最中だというのに……私は全く集中できていなかった。

 

……いや全く考え事をしないなんて……ことはないけど

 

息の時は鉄さんとどんなことを話すのか考えたり……。

帰るときは会話を思い出しながら……。

また今度ウェイターを手伝ったりしようかな~とか考えたりしていたけど……集中出来ないと言うことはなかった……。

 

というか……

 

集中できるわけがない!

 

先ほどの自分の行動を思い返すと……もうこの真冬で寒々しい早朝の気温ですらも涼しく感じてしまうほどに、体中が熱かった。

後悔はしていない……後悔はしてないんだけど……。

 

あんまりにも恥ずかしすぎる!!!!????

 

私らしくなくうじうじ考えるのが自分らしくなかったから、思いの丈をぶちまけてきた。

だけど、それも過ぎてから考えてみれば、あの行動こそが自分らしくないと自覚するのにそう時間はかからないわけで……。

 

顔から火が出そう……

 

走りながらふれてみると、頬は当然のように熱くて……。

ランニングの最中だからそれも当たり前なのかもしれないけど、それでも冬の寒さを全く感じないほどに体が熱くなっているのは、事実で……。

 

恥ずかしい……恥ずかしいけど……

 

それでもこの気持ちも、そして感情も決して不快な物ではなかった。

だって……恥ずかしいことをしたってことよりも、私らしくなくただうじうじと考え事をしているよりも……

 

 

 

さっきの行動が、一番自分らしいって……思えるから……

 

 

 

だから後悔しない……

 

恥ずかしいけど、後悔だけは絶対にしない……

 

行動しないままで終わるなんて……したくないから……

 

そして……迷ったりも、もうしない……

 

 

 

やるって決めたからには全力!ってのがあたしだからね!

 

 

 

手を抜くなんて考えない……

 

考えたくもない……

 

この行動の結果がどうなるかはわからない……

 

あっけなく振られてしまうかもしれない……

 

もっとひどい結果に終わってしまうかもしれない……

 

だけど……がんばる……

 

 

 

恥ずかしさも、恐怖も、そして……一歩踏み出せた喜びも全部私の物だから……

 

 

 

その上でがんばる!

 

 

 

がんばってみせる!!!!

 

 

 

 

 

 

「よしっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

早朝だというのに思わず大きな声で気合いを入れた……

 

いろんな想いが入り交じって……

 

それをすべてはき出したくなって……

 

迷惑なことだってわかっていた……

 

でもそれが……伝えられたことがすごく気持ちよくて……

 

すごく嬉しくって……

 

私は握った手を逆の手にたたきつけていた……

 

 

 

パンッ!

 

 

乾いた音が、さらに私の気合いを入れてくれた……

 

 

 

「どうせなら惚れさせてみますか!? そっちのほうが私らしいしね!」

 

 

 

大それたことかもしれない……

 

だけどそれぐらいの気持ちで行かなきゃいけない気がして……

 

私は決意を新たにしながら家へと帰宅して、朝練へと向かった……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……仕事しよ」

 

美綴からの約束は正直かなりの問題だったが……それでもいつまでもそれにとらえられているわけにも行かない。

美綴が帰宅したと言うことは、もうすでにあまり時間的余裕はないということになる。

休もうと思えば簡単に休めるのが個人営業店の利点ではあるが……雷画さんに恩を返さなければいけない俺に、そんなわがままが許されるわけもない。

店の開店準備を整えつつ、俺は思考を180度回転させた。

 

 

 

人はそれを現実逃避という by作者

 

 

 

聖杯戦争……か……

 

聖杯という、万能の願望機を奪い合うための戦争。

サーヴァントという、あり得ないほどの強さを持ち得た存在を使役してその戦争を勝ち抜くこの戦……。

 

あの二人が絡んでいるのだから絶対にそれで終わらないだろうがな……

 

俺がモンスターワールドから帰るときに聞こえてきた声。

あの二人の声で間違いがない。

仮にあの二人がこの世界に来た原因であるとするならば……ただ聖杯を手に入れただけでどうにかなる問題ではないだろう。

 

となると、モンスターワールドに言った原因もあの二人の仕業なんだろうな……

 

タンカーのゆられて寝ていて……気づいたら森の中だ。

あの時の驚愕は今でも忘れん。

というか余りにも状況が違いすぎててついて行けてなかったな。

 

そもそもにしてどうして俺を異世界に飛ばすのか……飛ばしさえしなければこんな事で悩まなくて済むというのに!

 

異世界移動というのがすごく軽く感じられてしまうが……絶対にそんなことはない。

では何故に俺はこんなにも移動させられているのか?

まぁそれは考えてから聞き出すとして、現状を再確認する。

 

セイバーは宝具も割れたが故に、そこまで恐れる理由はないが……他がまだ恐ろしいな……

 

宝具。

伝説の英雄達であるサーヴァントを、英雄たらしめているといってもいい究極の武具。

武具に限らず能力もそれに入る見たいだが……ともかく一発逆転可能なその存在が割れるまで動くのは正直危険だ。

 

ランサーは間違いなくあの槍が最強の得物だろうな。キャスターは……弾が無いが故に恐れる理由もない。バーサーカーの得物は宝具らしい感じがしなかったし……だが、一番わからないのはアーチャーだな……

 

ランサーはあの禍々しい槍。

キャスターは不明だが、魔力がほとんど無いあの状態で発動できるとは思わない。

アーチャーは、マスターが魔術師として優秀な遠坂凜のサーヴァントだ。

それ相応の力を有していると考えて不思議はない。

あの剣を具現化させる能力がそうかもしれないが……断言は出来ない。

だが……

 

やはり最大級で厄介なのはバーサーカーだろう……

 

アーチャーの宝具は確かに謎であり、士郎とセイバーと組まれているのでそう易々と勝てる相手でないことだけは確かだ。

しかし、俺は何とかサーヴァントと戦えるだけの力量があり、小次郎は技量に置いては他を圧倒している。

どちらか片方を倒せば倒すのはそう難しいことではない。

だが……あの圧倒的な存在のバーサーカーだけは対処しようがない。

小次郎と俺の同時攻撃ですらも対応してきた相手だ。

しかも俺たちの剣は敵に血を流させることが出来なかった。

こちらの攻撃はほとんど通用していないのだ。

それに宝具もわかっていない。

 

こいつは……龍刀【朧火】でないと勝てる気がしない……

 

しかしその龍刀【朧火】も、この世界の魔力(マナ)では使用不可能と来ている。

おそらく聖杯は必要は無いのだろうが……それでもこの戦いを終わらせなければどうしようもない。

 

アレを倒すにはどうすれば……

 

そんな事を考えて……イリヤ陣営(バーサーカー)の事……いたからだろうか?

少々意外な客が来店した。

 

 

 

「ジ~ンヤ!」

 

 

 

昼休憩の時間。

昼食を取っていた俺と小次郎……生前ろくな物を食べていなかったらしく、色んな料理を作らされてはそのたびに料理の味に感動している……の耳にそんな声が飛び込んでくる。

扉をかわいらしく開けながら……なんとイリヤがやってきた。

 

「イリヤ? どうしたんだ急に?」

「急にって……前に言ったよね? また来るね、って。だから来たんだよ?」

 

あぁ、去り際言ってたね、そんなこと……

 

以前結界の裂け目を教えてくれたときに、お礼として店に案内し定食をごちそうしたのだ。

最初こそ物置と言って入るのをためらっていたのに、今度は一瞬の躊躇もなく楽しそうに入ってきた。

真っ白な銀髪がイリヤの動きに追従するように、嬉しそうに跳ねていた。

 

「一応今は閉店しているから余り店側の出入り口から入られたら困るのだが……」

「? どうして? この前もこのドアから入ったよ?」

「いやまぁそうなんだけど……」

 

昼休憩の時間故に、出入り口から入られてしまうとまだ店がやっていると勘違いされそうで少し怖かったり……。

 

まぁ別にいいんだけど……言ってみただけって気分だしな……

 

イリヤの言っていることは事実であり、実際入ってこられてもそこまで困らない。

俺は不思議そうに小首を傾げているイリヤに笑顔を向けつつ、来訪を歓迎した。

 

「何か食べてきたか? 良ければお昼をごちそうするが?」

 

別段今回俺がお礼などをする理由は何もないのだが……しかし客ではなく「友人」として来た小さなかわいらしい友人から、金を取るような野暮なことをするほど、俺も無粋ではなかった。

 

「うん! ジンヤ! というかそれが食べたくて来たんだよ!」

「そいつは光栄だ」

 

はじけるような笑顔で、諸手を挙げながら喜ぶ少女に笑みを浮かべつつ、残りの飯を瞬時にかっこんで、俺は食器を片付けるのと同時に、調理場に立った。

そして外していた調理帽を被り、リクエストを聞いた。

 

「何がいい? あんまり豪華すぎる料理は作れないぞ?」

「そんなのいらない! 食べたければ自分のお城で食べられるもの。前と同じでジンヤの得意料理がいいな!」

「オ~ライ」

 

さらっとお嬢様発言をしたイリヤに苦笑しつつ、俺は包丁を手に取って調理をすすめる。

 

前回は肉だったので今回は魚~

 

心の中で激しくどうでもいい歌を歌いながら、俺は包丁を縦横無尽に動かす。

魚と言うよりも魚貝類といった方が正しいだろう。

 

「茶だ。日本茶で良かったかな?」

「紅茶とだいぶ違うのね? ちょっと渋く感じるけど……暖かくておいしい」

 

おれが調理をしている間は、以前と同じように小次郎が相手をしてくれている。

小次郎は野太刀を現界させていないから安心しているのかもしれないが……だが、それ以上にこの二人には不思議な信頼のような物がある気がする。

 

そうじゃないといくら知り合いとはいえ敵のサーヴァントと話せないよな?

 

まぁそれ以外にも、あの巌のようなサーヴァントがいるという自負もあるのだろうが……。

今朝水揚げされたばかりの物を保存していた物を取り出し、殻を取ってそれを衣につけて、からっと揚げる。

キャベツの千切りに、ご飯、ワカメと油揚げをいれて自家製味噌をといた味噌汁。

最後に揚げた物のそばにタルタルソースを添える。

 

何故か揚げ物ばかりだが……気にしない!

 

前回も唐揚げで揚げ物料理だったが……美味い物は美味いのだよ……。

後はたまに無性にラーメン食べたくなるよね。

あれも決して体にいいとはいえないラーメンも多いのに。

 

どうしてこう人間ってのは体に悪いってわかっていながらも食うんだろうね?

 

揚げ物はとりすぎると肥満などになったりするが……それでも気にせずに調理する。

おいしい物はおいしくありがたくいただくのが筋という物だ。

というわけで俺は自信を持って、イリヤへとそれを提供した。

 

「へい、おまち~。牡蠣フライだ」

 

二月が旬のカキのフライである。

冬木市は海沿いの街であるために、大変すばらしい魚貝類が毎日上がる。

それを朝市で見にいくのも、楽しかったりするのだ……。

今回は顔見知りの方からのご厚意で、思わず歓声を上げてしまうほどすばらしいカキを頂いたのだ。

一級品で、しかも大量に頂いたのですでに雷画さんにも献上済みである。

 

「今晩はいい酒が飲めそうだ」

 

と恵比寿顔で受け取ってくれた。

他にも素材を見繕って今晩にでも夕食のつまみを作りに行く約束もあったりする。

 

まだ未熟なこの腕で、雷画さんが喜んでくれるの言うのならば……俺は決死の覚悟で包丁を振るおう……

その時余興として俺と小次郎の演武もあったりする……。

ちなみに小次郎のことは雷画さんも承知済みであり……俺の知り合いということであっさりと許可をもらえた。

もう少し怪しんでいい物だったが……何か俺を信頼してくれている以外にもなにか要因(・・)があるような態度だった。

が、それを聞くことは叶わなかった。

 

まぁ……いい……

 

あまり突っ込まれても返せないのは間違いない。

故にそのなにがしかにも……礼を言っておくべきなのだろう……。

 

何かまでは……わからないがな……

 

「!? あっつい!?」

「んぁ?」

 

悲鳴にも似た声で俺は思考の海から引っ張り出される。

声のした方へと目を向けると、イリヤがばたばたと……かわいらしく少しだけ暴れていた。

必至に水を飲んでいるところを見ると、口内でも火傷したのかもしれない。

 

あぁ……中のおつゆが熱かったのか……

 

フライにしたので熱いのは間違いないだろう。

カキはうまみ成分でもあるつゆが結構多いために、それがかかってしまってはそれは熱いだろう。

俺はそんなイリヤに一応氷をひとかけらあげた。

 

「うぅ~いたかった」

「大丈夫か?」

 

見た目相応なその反応に、俺は苦笑を禁じ得なかった。

だがその苦笑には……別の感情も入り乱れていることを否定できなかった。

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 

第五次の聖杯戦争のバーサーカーのマスターとして来日している少女。

長い銀髪が映える、とてもかわいらしい女の子だが、この子は明らかに普通じゃない。

気配に、宿すその異様に膨れあがった魔力(オド)

それに体が何か違う……。

構成されている感じが違うというか……なんというか……。

言い方がひどいかもしれないが、構成しているものが何か違う。

 

率直に言えば……人間ではない……

 

最初に会ったのは、冬の坂の上で……その時はわからなかったが、霊体のバーサーカーを従えて。

次に会ったのは次の日の夜に、士郎と遠坂凜を襲っていたとき。

この二つの状況ではじっくりと観察をしているような余裕はなかったが……先日の結界騒ぎでこの俺の家へと……しつこいようだが借家だ……食事に招いたときに少し観察する余裕があった。

それと今日。

こうして改めて観察しても、違和感がぬぐえない。

 

「? どうしたの顔をしかめて?」

 

夢中に食べていたイリヤが、いつの間にか食べ終えて俺の顔を覗き込んでいた。

どうやらあまりにも考えに没頭しすぎたらしい。

不意打ちだったからか……それとも俺が知りたかったからか……。

俺は率直に聞いた。

否、聞こうとした……。

 

別にいいな……

 

聞こうとしてなんだが……それを聞いた、聞いてない、と言うことで俺とイリヤの間に何かが起こるわけでもない。

 

まぁ……この子に何か起ころう物なら俺は全力で力になるがな……

 

「あの子」と重ねているのかもしれない……。

それともモンスターワールドで出会った……あの娘か……。

正直重ねていないとは言い切れない。

だがそれでも……この子のために何かをして上げたいと思う気持ちに、嘘はなかった。

 

「……一応聞くんだが、少し無防備過ぎないか?」

 

だからか……俺はするりと言葉をだす事が出来た。

最初に聞こうとしていたことを言い換えたのだが、特に違和感はなかったようだった。

イリヤは俺が言っている意味がわからないというように、首を傾げてみせる。

 

「? どういう意味?」

「いや、まぁ俺はイリヤを襲う気はさらさら無いんだが、それでも他の連中がそうだとは限らないと思うのだが?」

「ふむ……それもそうだな。私としても童女とはいえおなごを襲うなどしないが、少し危ういのではないか?」

「大丈夫よ」

 

この言葉……。

俺と小次郎の問いに対する時に返しただけの言葉なのだが……どこか空々しいと言うか、あまりにも無機質な感じがした。

 

「私のバーサーカーは無敵だもの」

「……」

 

無表情のままにそう言いきるイリヤ。

確かにバーサーカーは無敵並の強さを誇っているが……それでもこの少女を殺すよりは簡単だろう。

 

……この子単体でも結構強そうだが

 

まぁマスターと言うことはこの子も魔術を使えるのだろうから、一般人相手では負けることは無いだろう。

だが……それにしたって無防備な気がしてならなかった。

 

……大丈夫だろうか?

 

そうして心配していると、何故かイリヤが先ほどの無機質な表情から一転して、ニヤリと……悪戯っ子の笑みを浮かべる。

 

「? 何? ジンヤは私のことを心配してくれてるの?」

「まぁ……大事な友人だしな……」

 

この言葉に嘘偽りは全くなかった。

最終的には敵になるかもしれない存在だし、あのバーサーカーが相手では下手をすれば俺が逆に殺されかねない。

だがそれでも、俺はこの子と明確に敵対かはしたくなかった。

 

まぁ完全に俺のエゴだが……

 

やはりどうしても子供相手には躊躇してしまう。

あの子の事を思い出すのもあるが……やはり子供が相手というのは気が引ける。

そんなこといったら高校生である士郎とか遠坂凜、間桐桜ちゃんも子供になるのだが……

 

年端もいかないとはいわないが……まぁまだガキだな……

 

といっても俺と一つ二つしか違わないのだが。

遠坂凜は多少裏の社会の事を知っているが……あまり血なまぐさい事をしたことがないような気がする。

これも勘だが……自分では信頼できる感覚なので全否定はしない。

 

まっ、それはともかく……

 

「もし良かったら……昼時だけでも出前をしようか?」

 

今思いついたのが、俺がイリヤの拠点まで出前をすることだった。

イリヤがバーサーカーを霊体で連れ回さないのは少々謎だが……それでもこうして連れ回していない以上何か理由があるのかもしれない。

ならば俺が出前でイリヤを危険から遠ざけるのも手だと思ったのだ。

イリヤの拠点を知っておきたいという下心も無くはなかったが……それでもイリヤの身を案じているという事に嘘はなかった。

そしてこれを言われたイリヤはと言うと……。

 

「? デマエってなに?」

 

意味がわかっていなかったらしい……。

これは俺の配慮が足らなかった。

セレブ……だと俺が勝手に予測している……のイリヤが、出前というシステムを理解しているわけがなかった。

 

「出前っていうのは、俺がここで飯を作ってイリヤの家に届けるというサービスだよ」

「そんなのあるの?」

「まぁこの店では出前のサービスはやってないが……友人の家にお裾分けするのに理由は必要ないだろう」

 

半ばこじつけに近いが……それでも無防備に外を出歩くよりはいいだろう。

が、イリヤは考えるような仕草をする。

 

まぁそれはそうか……

 

いくら仲がいいとはいえ、敵に本拠地を教えるのは少しいきすぎている。

 

あれ? 俺イリヤに教えてるよな?

 

……考えなかったことにしよう。

 

「やっぱり俺に教えるのは無理か?」

「え、うぅん。そんなことないよ。別にジンヤだったら教えてもいいんだけど……私がいる所、ここから遠いし……」

 

口元にかわいらしく人差し指を添えて、考える銀髪の少女。

その言葉に、俺は少し違和感を覚えた。

 

「遠い?」

「うん。私のお城、この街の外にあるから結構遠いの。ジンヤならそんなの問題ないかもしれないけど……料理が冷めちゃうし」

「……ちょっと待て。そんな遠いのか? っていうかだとしたらイリヤは一体どうやってここまで来てるんだ?」

 

俺ならば問題はないが、料理に問題がある。

となると確かにそこそこの距離があるということになる。

ならばイリヤは一体どうやってそのイリヤのいるお城……っていうかこの辺りには城があるのか?……から来ているというのか?

 

 

 

そして驚きの真実が明かされる……。

 

 

 

「? 車でだよ」

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

※車。

自動車とは、原動機の動力によって陸上を走行する車両のうち、軌条によらずに運転者の操作で進路と速度を変えることができる乗り物である。英語ではautomobile、motorcarなどと言う。

 

↑ウィキペディアから引用 by作者

 

 

 

「くるまって……運転する、あの?」

「? それ以外にあるの?」

「細かく定義しないとそれこそいくらでもあるが……ってじゃなくてだな。送ってもらってるのか?」

「うぅん。自分で運転してるよ?」

「免許持ってるのか!?」

「? うん。はいこれ」

 

ごそごそと、紫色のコートから取り出されたそれには……確かにイリヤの顔写真が。

ものすごく無表情なのが面白い……。

 

年齢は……18!? 俺より一つ年下ってだけ!?

 

この身長でこの年齢……。

この事実が、俺の考えを裏付けてしまう。

 

「本当に免許だな」

「そんなに驚くこと?」

 

表を見ても裏を見ても当然それが変わるわけもなく……。

この見た目からは想像も出来ない年齢だった。

 

士郎よりも年上かよ……

 

ものすごくびっくりな出来事であった……。

ちなみに車種はメルセデス・ベンツェ 300SLらしい。

間違いなく高級車である。

 

「……驚いた?」

 

ほとんど変化がなかったが……だがそれでもイリヤの声に陰りがあることに俺は気がついた。

多分……普通の人間なら気がつかないだろう。

本人も気づいていないかもしれないほどに、か細い物だったから。

それを聞いたからというわけではない。

そもそもイリヤの年を知っていようが知っていまいが関係なかった。

 

イリヤはイリヤだしな……

 

正直かなり驚きの真実だったが……だがそれでイリヤに対する態度が変わるような事はない。

確かにイリヤは普通の人間ではないのだろうし、年齢と外見が全く比例していないが……それでもイリヤがイリヤであることに代わりはないのだ。

ならば年齢と外見が比例しないということで態度を変えることもない。

 

「別に? 驚きはしたが、それでもイリヤが俺の友人であることに代わりはないさ」

 

態度を取り繕う必要性はない。

聞く前と聞いた後で態度を変えるということは、多かれ少なかれイリヤの年齢のことで俺の中でイリヤに対する心情が変化したと言うことになる。

故に……というかそもそも何とも思ってないのだからこんなこという必要も無いが……俺は普通にイリヤに笑いかける。

 

「イリヤはイリヤだろ? ならそれで十分だ」

 

多くは語らない。

語る必要性もない。

俺は見せてもらっていた免許をイリヤへと差し出した。

 

「事故にだけは気をつけろよ? そんなことで死んだらただの間抜けだからな」

 

どんな運転をしているのかは謎だが、事故というのはどれだけ注意してても起こる物だ。

だから俺はそれだけを注意して、話を終わらせる。

 

まぁ最悪バーサーカー召喚してどうにか出来るだろうが……

 

その俺の台詞にきょとんとしていたイリヤだったが……直ぐに満面の笑みを浮かべて、俺に抱きついてきた。

 

 

 

「やっぱりジンヤはお兄さんだね!!!!」

 

 

 

お兄さん? 意味がわからぬ……

 

はっきり言って意味不明だが……それでもこれだけ喜んでくれている少女の気分を害することはしない。

何故か抱きついて来た少女を拒むことはせず、俺はその綺麗な銀髪を優しく撫でた。

 

『……なかなかに危ない絵図よな』

『やかましいわ』

 

くつくつくつと、愉快そうに笑いながら思念を送ってきた小次郎に思念を返していた、その時だった。

 

ザワッ!!!

 

!? 何だ!?

 

唐突に、体がざわつく感覚が思考を遮る。

それに呼応するかのように、たてがみの首飾りが一瞬光り輝いた。

しかしそれは一瞬であり……まるで防衛本能のようなもののように、直ぐに収まった。

 

これは一体?

 

 

 

料理もごちそうしてくれたし、私のこと、友人だって言ってくれたから、ジンヤには特別に教えて上げる

 

 

 

!? イリヤ!?

 

 

 

俺の脳に直接響くようなイリヤの声。

それでわかった。

イリヤが何か魔術のような物で俺に何かをしようとしている。

最初こそそれをたてがみの首飾り、キリンが防ごうとしたのだろう。

しかしそれが俺に害意のある物ではないと言うこと認識し、防衛を停止したのだ。

 

……生きているんだな

 

まぁ魔力の固まりとも言える首飾りが存在している以上、死んでいるわけではないと思っていたが……。

そうして何の関係もないことを考えていると、俺の脳内にイメージが流れてきた。

それは冬木の街を越えて山へと入り、深い森を複雑な道順で歩んでいく。

イリヤからのイメージではあったがわかった。

この森には複雑な結界が張り巡らされていることに。

その結界が発動しないような道順を辿っているのだろう。

言うなれば裏道のようなものだ。

そしてそれを越えると……日本には似つかわしくないいかにもな西洋の城が鎮座しているだだっ広い空間に出た。

その城自体にはそこまで複雑な術はなさそうだった。

必要性が無いからだろう。

 

バーサーカーがいるからな……

 

森の結界はあくまでも一般人を入れないための物。

それを越えてくると言うことは一般人ではないと言うことであり……つまりは魔術師とそのサーヴァントが勝負を挑みに来たと言うことになるのだ。

ならばそれを相手に小細工は無用。

圧倒的たる存在のバーサーカーで鏖殺ないし撃殺するのみなのだろう。

そして正門を抜けて大広間に入った時に……イメージの流入が終わった。

 

「どう? 見えた? これが私のお城。ジンヤには特別に結界の抜け道教えて上げたよ」

「それは光栄だ。これでいつでも出前にいけるな」

「うん! 待ってるね!」

 

満面の笑みでそう言ってくるイリヤ。

 

だがそれは叶わぬ願いだったのかもしれない。

 

ようやく状況が動き出した。

 

聖杯戦争というこの状況で。

 

しかしそれも一段落を終えたかのように、数日は平和に過ごせていた。

 

それが噴火の前に作られるタメのための静寂であったと……

 

 

 

 

 

 

俺は後に知ることになるのだった……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「遠坂~」

 

夜。

衛宮家の夕食が終えた後、士郎は凜を探していた。

先日の柳洞寺の一件にて、キャスターには手を出すことは難しくなってしまったが、それで止まっているわけにはいかない。

聖杯戦争は合計で七組で行われている。

先日セイバーが吹き飛ばしたライダーをのぞけばまだ合計で六組。

殺し合いを行っている割にはずいぶんと進行が遅いといえなくもない。

 

……早くこの戦争を終わらせないと

 

正義の味方として、この戦いを終わらせるために参加した士郎。

その想いは今でも変わっていない……本人(・・)はそう思っていた。

 

だが、それが揺らいでしまっていることは……先日の柳洞寺にて、刃夜に言われた一言で発覚している。

 

正義の味方としての責務を果たそうとすらもしなかった己自身。

命の恩人であり、自分の今のあり方を示してくれた切嗣(養父)との約束。

それが揺らいでいることに本人は気づいていない。

だからこそ士郎は焦っていた。

何か行動を起こしていなければ不安に思ってしまうほどに……。

 

 

 

そしてその焦りこそが……彼が変わり始めている兆候だった……

 

 

 

後は遠坂の部屋だけど……

 

一通り自分の家を探し終えて最後にきたのは当然のように凜が寝泊まりしている部屋だった。

客間の一室。

純和風と言っても差し支えない衛宮家で、唯一フローリングの部屋であり、一応ベッドもある部屋だ。

彼女は来訪した瞬間にめざとくその部屋を占領……自宅から自前の魔術道具も一式持ってきていた……していた。

そして先日……士郎が手痛い目に遭った場所である。

 

……綺麗だったな

 

憧れていた遠坂凜という存在。

凜は街を歩けば十人中九人は振り向くと言ってもいいほどの美少女だ。

対して接点のなかった士郎にとっても、凜の容姿にひかれたことは否定できなかった。

だがふたを開けてみればびっくり……凜はものすごいほどに猫をかぶっていた。

聖杯戦争にて知った「優等生」としての遠坂凜ではなく、「魔術師」としての遠坂凜は、全くと言っていいほどに別人だった。

それによって士郎が抱いていたあこがれが木っ端みじんに吹っ飛んだことは想像に難くない。

だがしかし、それとは別に凜というのはなんだかんだで人情家というよりも、「いいやつ」なのである。

魔術師として冷酷であろうとしている凜にとってはその評価は納得のいかない物であるだろうが、それでもそれは事実であり、士郎もそんな凜にひかれていた。

 

そして初めて見る……生々しい女体が初と言ってもいい士郎の脳裏に刻まれてしまうのはある意味で当然といえた。

 

な、何を思いだして居るんだ俺は!?

 

一瞬凜の下着姿を思い出しそうになって士郎はそれを勢いよく首を振ることでかき消した。

凜の部屋……一時的ではあるが……の前でうんうんうなりながら顔を赤くして首を振るっているのは怪しいことこの上なかったが、誠に残念ながらそれを見ている人間は誰一人としておらず、士郎が赤っ恥を知ることはなかった。

 

それよりもまずは相談を……

 

当初の目的を思い出して、士郎は煩悩を追い出して扉をノックした。

 

 

 

さすがに先日痛い目にあったばかりなので再度同じミスをすることはなかったようだ。

 

 

 

「遠坂? いるか?」

「……なに?」

 

不機嫌、とは言わないまでも少々素っ気ない感じの声が扉から帰ってくる。

というよりも何かを集中して行っているような感じの声だった。

それを感じ取り、士郎は静かに相手の作業が終わるまで待った。

そしてそう時間を待たずに……

 

「いいわよ衛宮君。入ってきて」

 

という許しが出た。

が、それでも一瞬だけ躊躇する士郎。

 

……女の子の部屋にはいるのは少し気が引けるな

 

しつこいかもしれないが士郎は初心である。

良くも悪くも正義の味方になることを目指して生きてきた青年が、恋愛沙汰の出来事なんぞあったわけがない。

故に今の状況……セイバーと凜が同じ屋根の下で寝泊まりしている……は、士郎にとって少々刺激の強い物である。

だが許しが出ているのにもかかわらず、いつまでも立ちつくしているわけにも行かないので、士郎は勇気を出して、そのドアを開けて……

 

 

 

別の意味で驚愕した。

 

 

 

「……何やってるんだ遠坂?」

 

それが士郎の正直な感想だった。

凜が私室として利用しているその部屋の机に凜は座っていた。

その机と椅子に腰掛けて、凜が手にしていた物は……真っ赤な液体が入った注射器だった。

 

「? 何って見てわからない?」

 

見てわからないからこそ聞いているのは士郎の呆けて顔を見ればわかりそうなものだが、凜がそう返す。

凜の常識が当てはまるのならばそれも不思議ではなかったが、残念ながら士郎は凜の常識には当てはまらない存在だった。

 

 

 

「まっとうな魔術師」ではない、士郎には。

 

 

 

「わからないから聞いてるんだけど……」

 

血を抜いた後と思われる、赤い液体が充填された注射器を若干引きながら見て、士郎はそう言葉を返す。

それに取り合わずに凜は何か呪文のような言葉を口にして、その赤い液体を右手に持っている一粒大の宝石へと垂らした。

それは普通であれば宝石を伝い、申し訳程度におかれている机へと垂れるはずだった。

だがそれは垂れることなく、まるで宝石が吸収したかのように消失した。

それを見て士郎が驚きに目を見張った。

行っている行為が魔術行為であることはわかっているが、逆に言うとそれだけしかわかっていなかった。

 

これが遠坂家の魔術移動だった。

血液はまさに命そのものといっても過言ではない。

神秘的なことを言えば、そこに魔力(オド)があっても不思議ではない。

普段のその余剰の魔力(オド)を、こうして宝石へと蓄積しているのが凜の日課だった。

欠点としては……移動させる物体が「宝石」であるためにものすごく金を喰うことである。

何せ、親指と人差し指で○を作れるほどの大きさだ。

その値段は押してしかるべしである。

それを少しでも安く仕入れるため、凜は宝石を主に中古の骨董屋から買い取っている。

安くするためだけではなく、人の手から離れた宝石の方が魔力をいれやすいという理由もあるが。

また宝石に魔力を移すという行為を十七年間、たゆまなく続けてきた十の宝石が、凜にとっての切り札だった。

ちなみにその宝石……凜が十七年間、魔力充填した宝石……は、円単位で八桁ほどするらしい。

 

「こんなの基礎中の基礎だと思うんだけど……。って、そういえば衛宮君の工房ってどこにあるの?」

 

工房とは、その魔術師独自の魔術の研究するための場所である。

遠坂家においては、凜がアーチャーを召喚したときに使用した、地下室がそれに該当する。

工房とは当然他人に見せる物ではない。

それは凜もわかっていて、それを確認することで間違って侵入してしまうことを回避するための質問だったのだが……結論から言うとそれは無意味だった。

 

「ないぞ、工房なんて」

 

士郎からの言葉はそれだけだった。

 

「え?」

「いやだから工房なんてな……あ、でも土蔵がそれに近いかな?」

「工房がないって……どういうこと?」

「? 言ってなかったっけ? 俺まともな訓練を受けてないんだよ」

 

工房がないことの理由は、それだった。

本来であれば、一子相伝の技術である魔術。

仮に姉妹(・・)だったとしても、実の子供二人に教えるわけにはいかなかった。

その場合は養子に出したりもする。

しかし士郎にはそれが当てはまらない。

切嗣の養子である士郎に、切嗣が魔術を教えることは本来あり得ないことなのだが……切嗣自身が魔術師としては異端だったこと、そして士郎が頼みに頼んで強引に教えてもらったことで、自分の工房すらも持たない……普通では考えられないような魔術師が誕生していた。

 

パートナーの戦力を把握していないというのは、結構抜けていると言わざるを得ないだろう。

確かに聖杯戦争が始まってからの数日は、めまぐるしい状況だったことは間違いない。

だがそれを差し引いても士郎も凜も甘い。

士郎はまだいいかもしれない。

何せ自分が凜のいうへっぽこだというのは重々承知しているし、士郎は凜がすごいことは身にしみて理解している。

だが凜はどうだろうか?

自分よりも劣っているのがパートナーであるというのならば、相手のことを知っておかなければ自身の命が危ない。

何せ下手をすれば命を預けることになる相手なのだ。

それがどの程度のことが出来るのか、知っておくというのは命の掛け合いにおいては非常に重要になる。

 

が、これを行っているのは間違いなく遠坂凜の「うっかり」と言っていいだろう。

 

そしてそれを聞いた今現在……凜はこめかみを指で押さえて気むずかしい顔をしていた。

 

「気づくべきだったわね。あんたがへっぽこだったんだから、それも当然なのかもしれないけど……」

「へっぽこって……」

 

ずいぶんな言いぐさにさすがの士郎も少し凹んでしまうが……それも事実なので士郎も強く言い返せなかった。

そして簡単な事情を説明する。

別段話すこともないと思ったため、士郎は深い事情……切嗣の養子であること、つまりは冬木の大災害の被災者だと言うこと、魔術を教わった経緯など……までは説明せずに、自分が出来る魔術のみを教えた。

 

「強化だけ!?」

「あ、あぁ」

 

凜の驚愕の声が、客間に響き渡る。

士郎が主に使えるのは「強化」という魔術のみだった。

それも失敗だらけでとてもではないが信頼の置ける力ではない。

強化とは文字通りの魔術で、存在している物体に自分の魔力を通すことで飛躍的に耐久力を上げる魔術である。

しかし、強化はそれ以上のことは出来ず、また物体がなければ使用できないため、「ないよりはあったほうがいい」程度の存在でしかないといえる。

凜のように優秀な魔術師であれば、驚愕の声を上げてしまうのもある意味で無理からぬことだった。

だがしかしそこで終わらなかったのは、凜にしては珍しく「うっかり」をしなかったと言っていいだろう。

 

「あなたって本当に強化の魔術しか使えないの?」

「? どういう意味だ?」

「系統の中にある別の魔術が使えるんじゃないの?」

 

系統とはその言葉通りの意味だ。

炎を使用した魔術でも様々な系統の異なる魔術が存在する。

簡単な話だが、単発の炎なのか、爆発するたぐいの魔術なのか……という具合に。

そしてそれらに得手不得手があっても不思議ではない。

凜が言っているのは「強化」の系統の魔術の中に別に使える物があるのではないか?と聞いているのだ。

 

「確か変化と投影(・・)だったよな?」

 

その程度ならば士郎も切嗣から話を聞いていた。

しかし残念なことに士郎はどちらも不得手だった。

切嗣も、対して使い道のない魔術を、得意でもないのに学ぶ必要はないと言って、協会外はほとんど使用していない。

 

「まぁそうよね。普通の投影(・・・・・)じゃ使い道はないものね……」

 

以前にも説明したが、「投影」は術者のイメージが完璧でなければ使用も出来ず、効果は一瞬。

さらには燃費も非常に悪いためにほとんど好まれない、使い道のない魔術である。

「変化」も物体に本来と異なる性質を与えるだけであり、元の物体とかけ離れた変化は不可能なので、扱いづらいものだ。

故に強化だけに修練を行ってきたのは別段問題はない。

 

 

 

ここまでならば全く問題はなかったのだが、ここから先が士郎は問題だらけだったのだが……それは凜という優秀な人間であっても、そう簡単に見抜くことの出来ないほどの問題だった。

 

 

 

本人も、そして指導者(切嗣)も、凜も……

 

 

 

気づかない。

故に、凜が行う指導はごく普通の指導であった。

 

「わかったわ。なら実際に強化の魔術を使ってくれる?」

 

凜も指導できるほどの腕前……あくまでも強化の魔術ならば……であるがそれでも士郎よりも優れていることは疑いの余地がない。

故に、凜は士郎にとって唯一の得物である「強化」をどうすればいいのか考えるために、士郎に実演させるのだが……

 

……何これ?

 

実演を見た凜の感想がこれだった。

そう思われている当の士郎はというと、座禅を組んで目をつむって、真剣に自己流(・・・)の強化を起こっている最中だった。

玉の汗を浮かべているその表情は真剣そのものであり、とてもふざけている様子には思えなかった。

 

……まさかこいつ、ずっとこれを続けてきたわけ?

 

これを見た凜は内心で士郎の師に対しての怒りを覚えたが……怒ったところでどうしようもないので、一つ溜息を吐いて士郎の魔術を終了させた。

 

「何だよ遠坂。まだ終わってな――」

「あんたのそれは強化って以前の話よ! ちょっと口開けて」

「? こうか?」

 

何故起こっているのかわからない士郎は、理不尽に思いながら……すでに逆らっても無駄だとわかっているのだ……も、言われるがままに口を開ける。

その口内へと、凜は問答無用で宝石をぶち込んだ。

 

――なっ!?

 

突然のことでそれをはき出すことも出来ず、士郎はそれを飲み込んでしまった。

そしてその瞬間……

 

ドクン!

 

「がっ……」

 

すさまじいほどの苦痛が士郎を襲った。

 

「いい、衛宮君。あなたは根本的なところから間違っているわ。魔術回路ってのは毎回一から作り出す物じゃないの。それは切り替える物なのよ」

 

凜の言うとおりで、士郎が行っているのは強化の魔術ではなく、なんと魔術回路の生成だった。

一度作ればそれですむ物を、士郎は毎日のように生成したのだ。

指導してくれる人間がいなかったとはいえ……一歩間違えれば死に至ることがありえる行為である。

しかしそれでも士郎は毎日その命を掛けてそれを行っていた。

 

 

 

正義の味方になるために……

 

 

 

「まったく、正気の沙汰じゃないわ。あんたの回路は長い習慣で変な癖がついちゃってる。今飲ませた宝石の魔力で体内から魔力を活性化させて矯正できるわ。少し辛いかもしれないけど、我慢しなさい」

「つっても……これは洒落になって……な……」

「死ぬことほどじゃないわよ。荒療治だけど我慢しなさい」

 

そして士郎の意識は闇へと飲まれた。

その後なんだかんだで倒れてしまった士郎の看病をしたり、セイバーを呼びに言って看病を手伝ってもらうなどを行う凜。

いくら相方とはいえ、やすくはない宝石を躊躇なく飲み込ませて士郎の間違いを正してあげたり、なんだかんだで看病してしまう凜は、やはりお人好しなのだろう……。

 

 

 

ちなみにその後、セイバーが看病している最中に士郎は目を覚ました。

時間にしてほんの数時間しか倒れていなかったことになる。

本来であればまる一日前後は動けないと予想していた凜は、偉く驚いていた。

その後、強化を一瞬にして行うほどに上達した士郎が喜んでいたのだが……

 

「まぁ、木の棒から粗末な剣に変わったくらいよ。過信はしないことね」

 

と、さらりと毒舌を言われ……実際その程度のレベルでしかない……て涙する士郎だった。

 

 

 

これはセイバーと士郎の関係に大きく原因があるのだが、それを見抜くことが出来ない……というよりもそれがどういった原因かを考えなかった……のが、やはりうっかりの「遠坂家の血」なのだろう……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「刃夜さん! おつとめご苦労様です!」

「……あなた方にそれを言われると、まるで俺が刑務所に入ってたみたいだからやめてもらえませんかねぇ?」

 

そしてイリヤが帰って夕刻。

俺は小次郎と供に愛用の道具と材料を持って藤村組へと足を運んでいた。

そしてひたすらに包丁を振る……えなかった。

一通りつまみを作らされたら、なんと俺を囲んでの宴会に移行してしまったのだ。

と言うか雷画さん、大河的にはそれが本来の目的だったみたいだ。

大河がすげ~暴走して大変だったことは、言わなくてもわかってくれるだろうと思う。

 

「相も変わらずうまかったぞ刃夜殿。さすがというべきかな」

「喜んでいただけて何よりです。若輩の身ながらこうして雷画さんに少しでもおいしいと思っていただけるのならば、作った甲斐があるというものです」

「謙遜せんでいい。すばらしい料理だったぞ」

 

そしてそれも終わり、俺は雷画さんに謁見の許可をもらい、こうして雷画さんの部屋にて二人で対面していた。

深夜といってもいい時間であるにも関わらずこうして時間をいただいていること、そして二人きりでこうして話をしてくださる雷画さんに、俺は心から感謝した。

 

「して……今日はどういった趣だ? また借地代とかいうのならば断るぞ? 今月分はもういただいているからな。それどころか今日の出張費を払おうとしても断りおって」

「こちらとしては、お世話になっている雷画さんからこれ以上のご厚意をいただくわけには……ってそうじゃなくてですね」

 

見事に話をそらされそうになってしまったが、俺はそれを普通に方向修正した。

そして、正座していた姿勢を再度改めて、俺は雷画さんの目をまっすぐと見つめた……。

 

「一つ……お願いがあります」

「何だ?」

「……少し、それこそ十日程でかまいません。旅行にでも行ってくれませんか?」

「理由は?」

「……いえません」

 

 

平行世界の住人である俺に戸籍をくれた、すむための家を与えてくれた、職すらも与えてもらった。

そんな大恩人に、事情を伝えることができないのが、すごく心苦しかった。

だけどそれでも、この複雑怪奇ともいえるこの状況を一般人に説明するのは難しいから。

だが……それでも……

 

「ふむ……そうか」

 

事情を説明もせず、無礼きわまりないことをお願いしているにもかかわらず、雷画さんは決して機嫌を損ねることも、怒ることもしなかった。

そして、当然のように……

 

「出て行くわけには行かぬよ、刃夜殿」

 

首を縦には振らなかった……。

 

 

 

 

 

 

「勘違いをするな、刃夜殿。別に事情を説明しないからここをでないと行っているわけではない」

 

きちんと正座をし、頭を下げていた刃夜君に頭を上げるように行って、私は言葉を続けた。

できれば事情を知りたいとは思うが……それでも刃夜君が事情を説明しない以上、わしがどうにかできることでも、理解できることでもないのだろう。

この今時にしては珍しい若者が事情を言わないと言うことはそういうことだ。

だから別に怒っているわけでも何でもないのだ。

 

「では……何故?」

 

「ここがわしの土地だからよ」

 

疑問をぶつけてきた刃夜君に返した言葉は、たったそれだけだった。

それをきて幾分か考えたようだったが……刃夜君はすぐにわしの考えに思い至ったようだった。

 

「ここは先祖代々、わしの血族が支えし土地よ。故にわしがここを離れることはあり得ない。それも……逃げるという理由でこの場を離れるなどもってのほかだ」

 

先祖代々よりこの土地を支配し、支え、街を守ってきたのがわしの……藤村組の目的であり願いだった。

 

その血族の末裔にして、現組長であるわしが、いくら手も足も出せないことであろうとも、逃げるわけにはいかなかった。

 

「で……ですが……」

 

「何、死ぬことになってもわしは老人よ。まだやるべきことはあるが……まぁお前さんよりはすくないわな」

 

目の前の青年は、それこそわしでも想像もできないような世界で生きているのだろう。

そういった世界で生きているというのならば、やることはそれこそ山積みだろう。

 

生きていくと言うこと……

 

罪を償っていくと言うこと……

 

きっと、わしよりも重かろうよ……

 

 

 

「故にわしは逃げぬ。それに……」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

何を言うのかわからない。

そういった表情の刃夜君に、わしは心の中で苦笑した。

 

まだまだ……子供よのう……

 

二十歳前の青年であるのだからそれも当然なのかもしれないが。

そんな刃夜君の年相応なところを発見したことを嬉しく思いつつ、わしはさらに言葉を放った。

 

 

 

「おぬしが何とかしてくれるのだろう? その状況を……」

 

 

 

渦中の人物であろう刃夜君が、身命を賭して物事に当たっているのは想像に難くない

 

ならば、この目の前の人物がきっと……何とかしてくれるだろう

 

訳ありなのは考えるまでもなかったこの青年のために、身分を与えた、職を与えた

 

別段そういった算段があったわけでもない

 

孫がひいてしまったということ

 

ただ土地にある店を腐らせるのももったいないと思ったから与えただけのこと

 

頼まれていたことでもあったこと

 

だから刃夜君がそこまで恩義に感じることはない

 

わしとしてはこちらから礼を言いたいくらいなのだ

 

それでもこの青年の心がそれで軽くなるのであれば、わしはこの青年のためにそれを与えよう

 

 

 

それをしてくれさえすれば……わしはもう何も言わぬよ……

 

 

 

言葉にはしない

 

それでもわかるであろうから

 

刃夜君はすぐにわしの意図に気づき……一瞬だけ目を見開いた……

 

そしてすぐに、顔を引き締めた……

 

 

 

「御意に……。この命に代えましても……」

 

 

 

「若者がすぐに死ぬなんて言うもんじゃないぞ刃夜君。生きてお主の国に帰るがいい」

 

 

 

若者にすべてを任せるというのがすこし心苦しかったが……素人がしゃしゃりでる物ではないので、わしは刃夜君に、わしの命を預けた。

 

 

 

 

 

 

そして刃夜君は一度うなずくと、大河に呼ばれてすぐに部屋を出ていった。

それを見届けると、わしは隣の部屋の襖を開ける。

 

「……あれで本当によかったのですか?」

「十分じゃな」

 

襖を閉めて、その部屋に鎮座している人物の前へとわしは座った。

西洋風の服装がこの和室にずいぶんと浮いていたが……それでもそんなことなど些末なことでしかなかった。

 

この人自身が、明らかに浮いているからだ……。

 

雰囲気に浮いていると言うよりも……もはや「世界から浮いている」と言う感じである。

 

「えらく面倒なことを頼んですまなかったな雷画坊主」

「いえ、全く持ってたいしたことはしておりませんが……あの青年とはどういった関係で?」

「別にあの小僧と直接面識があるわけではない。ただ昔お世話になった方のお孫さんでな。少し協力してほしいと言われたからな」

「ほぉ、あなたほどの方が世話になったとは……。刃夜君の祖父の方はよほどすごいと言うことですかな?」

「そういうことになるな」

 

そう一言いうと、席を立った。

いつものように……それこそわしが子供の頃からまったく変わっていないそのままの感じで……。

 

「どちらへ?」

「何、話にでたら久しぶりにお会いしたくなってな。ちょっと行ってこようと思ってのう。わしとおなじことを剣技のみで至った馬鹿者もおるからもっと見ていたかったが……まぁ別に構わぬだろう。あの人に見せてもらえばいい」

 

意味のわからないことを言っている。

が、それはいつものことで今に始まったことじゃない。

そもそもこの人を理解できるはずもない。

そうしてわしが考えていると襖を開けて外へと出た。

それに続いて出たはずなのに……もうそこには姿がなかった。

 

……相も変わらず不思議なじじいだ

 

それですませていいことではない気がするが……それでもその程度でどうこうできる存在ではないので、そう思うしかないのだ。

 

後は君次第だ……。刃夜君……

 

彼が何を思ってこの状況に身を投じているのかはわからないが……それでも彼が懸命に何かをしているのは事実だ。

だから……

 

「わしは、応援しておるよ」

 

月夜を眺めながら、そんなことをつぶやいた。

 

 

 




外道B
B-よりランクアップ
ステイナイトの世界においても外道の道を歩もうとしている刃夜。
ある意味で必然のランクアップ。
少女の純粋な想いを、踏みにじることになるであろう青年に捧ぐ。
当然戦闘行為に対して影響力はないwww




ステータスがランクアップしたね! 良かったじゃん刃夜www
外道刃夜の快進撃は止まらない!!!!
まぁもっとも外道になるのは第三作の話なんだけどね~
書くか謎だし、書けるかも謎だが……


さてさて、個人的恋愛面での傑作でしたが、いかがだったでしょうか?
こんなの美綴さんじゃない!
って思う方もいらっしゃるでしょうが、私としては結構な力作です。

あぁ……こんな恋愛がしたかった……

と思うのは密かに内緒ですwww
あ、でもこんな恋愛となると、刃夜みたいな目に遭うのか?
ならやっぱりいいやwww

対価なくして、結果は得られない……

と名言っぽいことをいってみるぜ!?

そして激しく今更ですが……



祝、月夜に閃く二振りの野太刀 一周年~~~~



2011/11/19に、R?MH終了と同時に開始したこの作品は、先日一周年を迎えました~
これもひとえに呼んでくださっている皆様のおかげです!
あれ? 一周年? ……一年経っちゃった?

半分も進んでないのに……(遠い目)

前回のエヴァの感想ぶちまけた日だったんだよね~
馬鹿だった……
高校時代の友人がその日にエヴァ見に行ったから電話してきて話してたらそれで完全に逃してしまった……俺の馬鹿

まぁいい

そしていつも世話になっている編集者HM様とアイディア提供者TT様のおかげでもあります!
先日もね!
飲み会でとんでもないことになっちゃったwww
主に外伝とか番外編とかそんなところがwww
それを書くためにも、R?MHの時に比べたらもうカタツムリ以下の速度となっておりますが、がんばる所存でありますが故に、これからもお読みくださると嬉しいです!


と、風邪でのどがやられた馬鹿が言ってみるwww

皆さんも風邪には気をつけましょう!



次回はまぁ……正月以降かな~

速くいろいろと書かないとね!!!
ではでは~


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追憶

進むたびに刃夜の出番が減るんだけど……

なんかこのまま「主人公(笑)」とか「主人公空気」とかになりかねん……

まっいっかww

今回短め15000字くらい





月の綺麗な夜だった……

 

己はただ、何をするのでもなく、自分を引き取った存在である、養父の衛宮切嗣と月を眺めていた……

 

冬だというのに、あまり肌寒くなかったことを……よく覚えていた……

 

自分を引き取ってからも、頻繁にそして長期にわたって外出をしていた切嗣は、この頃あまり外に出ず、家にこもってのんびりとしていることが多かった……

 

 

 

 

 

 

まるで何かを諦めたかのように……

 

 

 

 

 

 

今でも思い出すと後悔する(・・・・)……

 

それが己の死期を悟ったからだということに……何故自分は気づかなかったのだろう……

 

冬の夜闇を淡く照らす月を、本当に綺麗だと思っているのか……それともすべてを諦めたからなのか……

 

 

 

切嗣の横顔はただ、ただ……穏やかだった……

 

 

 

 

 

 

「子供の頃……僕は正義の味方にあこがれていた……」

 

 

 

 

 

 

自分の命を救ってくれた「正義の味方」そのものの養父は、懐かしむようにそんな言葉を口にした……

 

それに対して自分は、むっとして言い返していた……

 

自分にとって正義の味方だった切嗣が、それを口にしたのが、悲しかったから……

 

 

 

「残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと……もっと早くに気がつけばよかった」

 

 

 

自嘲気味に笑う……養父……

 

それを言われて何故か納得していた……

 

 

 

その言葉に込められた感情にも……気づかずに……

 

 

 

何でそうなのかわからなかった……

 

だけど切嗣が言うことなのだから間違いがないと思ったのだ……

 

自分を救ってくれた存在を追いかけた……

 

少しでも近づきたくて魔術も教わった……

 

そんな存在が口にするのだから……間違いないのだと……

 

「そっか。それじゃしょうがない」

 

 

 

 

 

 

「そうだね……。本当に……しょうがない」

 

 

 

 

 

 

苦笑しながら、切嗣は相づちを打った……

 

見上げるその先にある月を……本当に穏やかな笑みで見つめながら……

 

だからこそ……次の自分の台詞は決まっていた……

 

 

 

 

 

 

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんはもう大人だから無理だけど、俺なら大丈夫だろ? まかせろって。爺さんの夢は……」

 

 

 

 

 

 

――――――俺がちゃんと、かたちにしてやっから

 

 

 

 

 

 

そう言い切る前に、養父は……切嗣は微笑(わら)った……

 

続きなんて聞くまでもないって言う、顔をしていた……

 

切嗣はそうか、と長く息を吸って……

 

 

 

 

 

 

「あぁ――――――安心した……」

 

 

 

 

 

 

静かにまぶたを閉じて……その人生を終えていた……

 

それを見ても自分は騒がなかった……

 

あまりにも穏やかだったから……

 

 

 

そしてそれ以上に……死に見慣れていたから……

 

 

 

何をするでもなく、満月を見て……

 

 

 

 

 

 

そして(士郎)を見て……

 

 

 

 

 

 

父親だった人は、長い眠りへと入ったのだ……

 

 

 

 

 

 

冬だからか、庭にも虫の声はなく、辺りはただただ……静かだった……

 

 

 

だけど月夜に照らされた明るい闇の中、両目だけが熱かったことを、覚えていた(・・・・・)……

 

 

 

それが、五年前の冬の……月が美しかった夜の話……

 

 

 

当時の自分はあまりにも幼くて……

 

 

 

その言葉の意味を考えられず、感情もとらえることが出来なくて……

 

 

 

 

 

 

だけど、切嗣からもらった確かな物があって……

 

 

 

 

 

 

藤ねえの親父さんに葬儀の段取りをしてもらって、この屋敷に一人で住むようになった……

 

 

 

切嗣のような正義の味方になると誓ったのだから、のんびりしている余裕はなかった……

 

 

 

それ以来、自分なりに研鑽を続けていた……

 

 

 

口にしたことはなかったけど覚えていた……

 

 

 

十年前、燃えさかった火事場の中で自分を助け出してくれた男の姿を……

 

 

 

火傷で、死にかけていたからか……そのときの表情はとてもよく残っていた……

 

 

 

そして助けられたという以上に……印象的な表情だったのだ……

 

 

 

助けてもらったのは自分のはずなのに……

 

 

 

『生きていてくれてありがとう』

 

 

 

『生きていて本当によかった』

 

 

 

表情がそう語っていて……

 

 

 

目に涙を流しながら……

 

 

 

 

 

 

まるで助けてもらったのは『自分である』とでも言うように……

 

 

 

 

 

 

それがすごく綺麗だったから……

 

 

 

そしてその人はそのときから……俺の憧れになった……

 

 

 

誰も助けてくれなかった……

 

 

 

誰も助けられなかった……

 

 

 

そんな中で、ただ一人助けられた自分と……助けてくれた人がいて……

 

 

 

 

 

 

だからそういう人間になろうと誓ったのだ……

 

 

 

 

 

 

なのに……

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

俺は……

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……ぅ」

 

ゆっくりと浮上した意識は、日頃の鍛錬のおかげなのか、それに逆らうことなく士郎は目を覚ました。

夢を直前まで見ていたせいなのか、目は覚めてもぼんやりとしたままだった。

まともな布団すらもろくにない土蔵で寝てしまったために、体の節々が痛かったが、士郎はそんなことなど気にしなかった。

 

……久しぶりに見たな

 

今見ていた夢を、再度思う。

 

 

 

何故気づかなかった(・・・・・・・)のだろうと……

 

 

 

だが今となってはすべてが遅い。

 

切嗣はとっくに鬼籍へと入ってしまった。

 

命を救われて、なくなってしまった帰る場所と……家族を与えて、逝ってしまった人だった……。

 

士郎はそれが寂しいとは思わない。

 

最後に見た切嗣の横顔は、本当に安らかだったから……

 

 

 

そして何かを思い出したかのように……懐かしそうに微笑を浮かべていたから……。

 

 

 

何か見失っていた物を……見つけたかのように……。

 

そのときの微笑が、士郎には偽りだと……嘘だとは、思えなかった。

 

 

 

それが例え、その生涯において何も成し遂げられず、何も勝ち取れなかった男の……最後の微笑みだったとしても……

 

 

 

その笑みに嘘がないと知っていた……だからこそ士郎は寂しいと思ったことは一度もない。

養父(切嗣)は安心して眠ったのだから……。

養父と二人でも相当に広かったこの屋敷は、たった一人になってしまったがためにさらに広々と感じてしまう。

だけどそれに不満を言うことは当然無く、士郎はただひたすらに日々努力していた。

 

 

 

切嗣から託された……この胸に宿した、想い(正義の味方)を成し遂げるために……

 

 

 

 

 

 

なのに……

 

 

 

 

 

 

それを果たせなかった……否、それを果たそうともしなかった自分を見て、切嗣はなんと言うだろう?

刃夜の言っていたことに一理はあったかもしれない。

だがそれでも、士郎は正義の味方として反論しなければならなかった。

そして、例え無謀であろうとも、戦わなければならなかった……。

絶対勝てないという意味では同じだが、それでもバーサーカーにつっこむことと、刃夜につっこんでいくことでは、圧倒的に後者の方がまだ行いやすい。

士郎はもとより、凜もセイバーもアーチャーも知らないことだが、仮に刃夜に襲いかかっても、刃夜は士郎や凜を殺すことはしない。

不殺という己に課した枷があるからだ。

恨みの連鎖を止めるために、刃夜はこの世界(・・・・)の人間を殺すことはほとんどあり得ないと言ってもいい。

仮に殺されることになっても……それをするのが正義の味方として正しいあり方かもしれない。

 

 

 

だが、士郎にはそれができなかった……

 

 

 

……何でだ?

 

 

 

冬の夜気によって冷やされた空気の冷たさが……そんなことを思い起こさせているのかもしれない。

そしてそれを悩んでいたとき……彼女が土蔵へと入ってきた。

 

「先輩? 起きてるんですか?」

「あ、あぁ桜。起きてるよ」

 

自分を呼ぶ声に、士郎は思考を中断して立ち上がった。

入ってきたのは、朝夕に衛宮家の食事の手伝いをしにきている桜だった。

桜が家にきたと言うことで、いつまでも思考にふけっているわけにはいかなかった。

何せ朝は忙しい。

これから朝食の用意をしなければいけないからだ。

 

「参ったな、少し寝坊した。桜、朝練だろ? すぐに飯の支度するな」

「あ、じゃあ私も手伝いますね。でもその前に顔洗ってきてくださいね先輩。先に行ってますから」

 

土蔵の小さな窓から差し込む朝日に照らされながら、桜は笑った。

朝ご飯を作るのを手伝うのが嬉しいと、そういうかのように。

 

 

 

朝日に照らされた、桜の笑みが視界に写った……

 

 

 

それを見て、士郎は思わずといったように、少しだけ声を漏らしてしまった。

 

「……ぁ」

「? どうしたんですか先輩?」

「い、いや何でもない。わかった」

 

それを言葉にすることが出来なくて、士郎はごまかして桜を先に行かせた。

その後ろ姿を見て、最初の頃と……あの頃と変わったことを思い出していた。

 

 

 

何故だろう? 自問するが当然のように答えが出るわけもない。

 

養父の夢を見たからか、それとも場所が同じだったからか……。

 

しかしそんなことはどうでもよかった。

 

士郎はもう一つの、忘れられない……忘れてはならない……出来事を思い出していた。

 

二年前……。

 

いや正確には一年半前……。

 

一昨年の夏の話。

 

怪我をした士郎の手伝いをするために……桜は衛宮家へ訪れていた。

 

うちに手伝いに来たいと言っていた桜に対して、士郎は何度もそれを断っていた。

 

それでも桜はあきらめず、強引であり、強情と言ってもいいほどに通い続けていた。

 

その根気に負けて、士郎は桜を土蔵へと呼びつけて、降伏宣言をしたのだ。

 

 

 

『桜には負けた。だからこれをやる』

 

 

 

そう言って士郎が取り出したのは、古い鍵だった。

 

土蔵にしまっておいた切嗣が使っていた家の鍵を、士郎はそこで桜へと手渡したのだ。

 

それを渡されそうになった瞬間、今までの強引さはどこへ行ったのか? 桜は驚いてしまい、恐縮してそれを断った。

 

自分は他人なのだから、合い鍵なんて物は受け取れないと、そういって……。

 

今でこそ普通となっている、毎朝毎晩の手伝いに。

 

 

 

それをしに来ると言っていたにもかかわらず、断ってしまったそんな素っ頓狂な桜に……

 

 

 

 

 

 

士郎はこういった……

 

 

 

 

 

 

『あのな、毎日手伝いに来るくせに他人も何もあるか? これからは好きにうちを使ってくれ』

 

 

 

 

 

その言葉に驚いている桜を見ないようにそっぽを向きながら、士郎はさらに言葉を続けた……

 

 

 

 

 

 

『その……その方が俺も助かる』

 

 

 

 

 

 

ひょっとしたら、士郎はうれしかったのかもしれない……

 

 

 

切嗣が逝ってしまって以来、ほとんど誰も来なかったこの家に、人が増えたのだから……

 

 

 

そして強引に鍵を押しつけたのだ……

 

 

 

 

 

 

そのときに……士郎は見たのだ……

 

 

 

 

 

 

『はい、ありがとうございます、先輩! 大切な人から物をもらったのは、これで二度目です!』

 

 

 

 

 

 

幸せそうにうなずき、満面の笑みを浮かべた桜を……

 

 

 

 

 

 

あぁ……そうか

 

 

 

 

 

普段はあまり気にしていなかった……

 

だけれども、心のどこかで思っていたのかもしれない……

 

それが……引っかかっていた物がとれた思いだった……

 

桜はいつも一生懸命で、柔らかく微笑むことは士郎もよく知っていた……

 

 

 

だけれども、あんなにも満ち足りた笑顔を浮かべたのは……

 

 

 

 

 

 

士郎が知る限りで、それっきりだったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は忘却していく生き物である……

 

 

 

嬉しかったことも……

 

 

 

悲しかったことも……

 

 

 

辛かったことも……

 

 

 

苦しかったことも……

 

 

 

悔しかったことも……

 

 

 

くだらないことも……

 

 

 

忘れてしまいたいことも……

 

 

 

覚えておきたいことも……

 

 

 

覚えておかなければならないことも……

 

 

 

 

 

 

そして……大切なことも……

 

 

 

 

 

 

それは人間の本能といってもいい……

 

 

 

すべてのことを覚えておけるわけもない……

 

 

 

脳に蓄積された情報(記憶)を整理し、思い出という枠へとくくり……

 

 

 

そして最後には忘れてしまう……

 

 

 

時間とともに……忘却されていく……

 

 

 

それが罪なのかどうかはわからない……

 

 

 

だがそれでも……士郎は忘れてしまっていたのだ……

 

 

 

 

 

 

それが……失ってはならない(感情)だということに……

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

トントントン

 

士郎が顔を洗って身支度を整えてから台所へと行くと、すでに桜が朝食の準備を始めていた。

その姿はずいぶんと様になっており、そして風景になじんでいた。

この朝と夜の食事を作りに来るという生活が始まってすでに一年以上経っている。

それも当然(・・)のことだった。

そしてそれが(・・・)……この光景が……当たり前だと言わんばかりに、士郎はいつものように自分も桜と同じようにエプロンを着けて桜に並んだ。

 

「もうほとんど終わっちゃってるな。悪い、ほとんどやらせて」

「いえ、大丈夫です。私が勝手におじゃましてるんだから気にしないでください」

 

仲むつまじく、朝食の準備をすませていく。

一年以上こういった生活をしているのだから、それもある意味で当然だった。

今では互いに何をどうすればいいのか、一言二言言葉を交わせばわかってしまう。

この台所にある物は、士郎だけでなく桜も当然のように熟知していた。

とても心温まる風景だと言っていいだろう。

 

 

 

だが、それをあらゆる意味でぶちこわす存在がきていた。

 

 

 

「……ぉはよ~」

 

 

 

入ってきたのは、成績優秀品行方正眉目秀麗な凜だった。

しかし普段のその、「高嶺の花」という言葉が服を着て闊歩しているかのような人間とは思えぬほどに、目が死んでいる。

死んでいると言うよりも、まだ目が覚めきっていないのか焦点が微妙にあっていない。

雰囲気と相まって、ぬぼ~っ、というような擬音が似合いそうな面構えである。

そのあまりにもあまりな姿に、士郎だけじゃなく桜さえもぎょっとしていた。

先日から居候……ということになっている……しており、共同生活をしてすでに数日の日数が経っているが、未だに慣れない物は慣れない士郎と桜だった。

 

「あ、あぁオハヨウ」

 

加えて言うのならば、士郎は凜にあこがれを抱いていたために……その思いは一入だった。

 

「……牛乳もらうわよ」

「あ、あぁ。遠坂、コッ――」

 

コップ、と言いかけて士郎の言葉は止まった。

コップを取り出して差し出す前に、腰に手を当ててパックのままぐいっと直接口をつけて、実におっさんのような仕草で飲んでいる凜に絶句したからだ。

もはや言葉にならない思いを抱きながら、それを何ともいえない目で見つめていると、それに凜が気づいた。

 

「……ん? あぁ、ごめんなさい。私、朝は弱いから気にしないで」

 

牛乳を飲んで少しは目が覚めたのか、先ほどよりはまだましな口調で言葉を発する凜だが……おっさんくさい飲み方の弁明をするつもりはなかったようだった。

 

「……まぁいいけど」

 

何を言っても無駄だとわかったのか……はたまたすでにそれを学習しているのか……内心で苦笑しつつ士郎は取り出したコップをしまった。

そして再度朝食の準備へと戻った。

 

 

 

そんな自分を見ていた視線に気づかないままに……

 

 

 

 

 

 

「「「「いただきます」」」」

「いっただっきま~す!」

 

朝食の準備が出来て、衛宮家の食卓に食事のあいさつの合唱が響いていた。

一人は元気すぎるほどに元気に、残りの四人は普通……隠してはいるが、一人未だに若干眠そうにしているが……に感謝の言葉を言って、食事を始めた。

 

「はぐ、むぐ、うぐ、むぐ!」

「藤ねえ、少しは落ち着いて食ったらどうだ?」

 

盛大にかっ込みながら、あれよこれよと様々なおかずに手を伸ばし、まるで獣のようにむさぼる大河にさすがに士郎がそれをいさめる。

だがしかしその程度で止まるような存在が、大河であるはずがなかった。

 

「ふぁって! おいすんだもん!」

「わかった、俺が悪かった」

 

もはや言っても無駄だとわかったのか……というよりもすでにわかりきっていることなのだが……士郎はいさめるのを諦めて自分の食事を再開した。

 

「ふふふ、この食事風景も見慣れたものだけど、賑やかよね」

 

そんな二人の会話を、凜が微笑みながら……ちなみにすでに悪魔の皮を装着済み……そんなことを言っていた。

そんな凜に苦笑を返す士郎。

ちなみにセイバーは会話に参加せずに一心不乱……大河ほど荒れ狂っておらず、粛々と……に箸を動かしていた。

そしてセイバーがとろうとしていたおかずの卵焼きを、横から勢いよく伸びてきた大河の箸が強奪した。

 

「卵焼きもっらい~!」

「! 大河! それは私の卵焼―――」

「あんぐ」

「むっ!?」

 

セイバーの言葉に全く耳を傾けずに、大河が卵焼きを口に含み、それを一瞬で咀嚼して飲み込んだ。

 

 

 

それが……竜の逆鱗に触れるともしらずに……

 

 

 

「人の糧食を横取りとは……いい度胸です!」

 

戦場でもないというのに、それに近い激情を振りかざし、セイバーが大河へと斬りかからんと……ちなみに得物は当然のように不可視の剣ではなく、手にした箸である……襲いかかる。

ちなみにセイバーは士郎の食事が大好物である。

というよりも、昔の人間であるセイバーは食事に対しての思い入れが深い。

そしてそれ以上に、本人がきめ細かな食事を好む……彼女の宮廷では雑な食事を作る人間しかいなかった反動のようだ……ので、士郎の食事は至極彼女の嗜好にマッチしていた。

 

 

 

もしも仮にどっかの誰かさんが断食とかいって訓練を優先しよう物なら、完全武装……得物は竹刀だが、鎧装着&怒りによって手加減無し……でその誰かさんをフルぼっこにする位はする……。

 

 

 

「わぁ~よせセイバー! 追加で作るから藤ねえを倒すな!」

「離してください士郎!」

「離したら朝の食事風景がとんでもないことになるだろ!」

「……衛宮君も大変ね」

「傍観してないで手伝ってくれ遠坂!」

 

実にどたばたと騒がしく、冬の静かな朝の風景が一瞬にしてぶち壊れた。

大河が騒がしいことは以前と代わりがないのだが、それでも知る者がいればそれが今まで以上に騒がしいということがわかっただろう。

士郎、大河、桜の三人の頃であれば想像すらも出来ない……しつこいかもしれないが、大河が騒がしいことを想像するのはあまりにも容易だが……だろう。

切嗣が死んでしまってから、大河が一人の知り士郎を気遣ってこまめに足を運ぶだけでなく、保護者の代わりをしていたのも事実だった。

それが切嗣が死んでしまってからの……良くも悪くもそれが新しい衛宮家の日常だった。

そこに桜が増えた。

 

それから一年ほど……3人の食事風景が、衛宮家の日常だった。

 

永遠というものは当然のように存在しない。

だがそれでも、それが当たり前に……居場所だと思っていたのは確かだった。

そこに……衛宮家に再び新しい存在が登場した。

セイバーと凜である。

それは士郎にとっては嬉しいことだった。

 

 

 

例えそれが……殺し合いの協力関係にある人間だとしても……

 

 

 

別段寂しいことがいやだとは言わない。

平気といってもよかった。

だが、それがいやでなくても、平気であっても……喜ばしいことでもなかったのだ。

 

 

 

しかし……それを喜ばしいと思わない人間もいたのだ……

 

 

 

例えそれが……

 

深い、深い……

 

本人すらも気づいていない……

 

 

 

 

 

 

心の奥底にあった……感情であったとしても……

 

 

 

 

 

 

カチャン

 

「「「「?」」」」

 

それはあまり大きな音でもなく、当然のようにわざと立てた音でもなかった。

しかし何故かその音はぎゃーぎゃーと騒いでいた人々の耳に入った。

そしてその音の発生場所へと、皆が一斉に目を向けた。

その先にいたのは……

 

「ご、ごめんなさい」

 

茶碗を落とした桜がいた。

一斉に注目を浴びてしまったことで、恥ずかしかったのかもしれない。

その頬は若干の赤みを帯びていた。

それがよかったのか、セイバーもこれ以上不毛な争いを続けようとはせずにおとなしく席に着いた。

大河は、あまりにも恐ろしかったセイバーの気迫を浴びて、今後は手を出さないと誓ったのだった。

それからと言うもの、桜はミスの連発だった。

食器を片付けようとしてこけて食器破損。

食器洗いの洗剤を使い過ぎて空に……残量約七割が空に……する。

挙げ句の果てには玄関先でこけて士郎にパンツを見られそう……神速で士郎が顔をそらした……になった。

 

「す、すみません先輩!」

「いや、謝る必要はないけど……」

 

どうしたんだ桜のやつ?

 

それに首をかしげる士郎ほか数名。

衛宮家に生活してまだ日が浅いセイバーと凜も、朝晩の夕食の手伝いの手際の良さを見ているので首をかしげていた。

そんな桜を大河が心配して声をかける。

 

「桜ちゃん大丈夫? 朝練休んだ方がいいんじゃない?」

「だ、大丈夫です、藤村先生。ちょっとつまずいただけですから」

 

つまずいただけ。

とてもではないがそうは思えないような感じではある。

だが桜は意外に頑固だった。

自分がこうだと決めると、がんとして譲らないところも多々あるのだ。

 

 

 

そのことを、士郎はよく知っていた……。

 

 

 

だからこそ、心配ではあったが朝練をでることを止めはしなかった。

弓道部には大河のほかにも、頼りになる部長の美綴に、実の兄である慎二も居る。

だからこそ何かあっても対処できると思ったのだ。

そうして皆に心配されつつも、本人の言葉を信じて皆学園へと登校した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「……よし」

 

昨晩研いで清水に浸しておいた愛用の包丁の仕上がり具合を確認し、俺は鋭く包丁を振るって水を切った。

 

研ぎ具合にぬかりなし……

 

時間はすでに朝の七時。

いつものように朝早く起きて訓練の後、小次郎と試合を……ちなみに俺が負けた。全敗記録更新中……行い、俺はもう一つの戦装束である板前の服を着て開店準備を行っていた。

美綴もすでに帰宅……というか朝練をするために弓道部へと行った。

最近物騒なので朝練しかできなくなっているらしく、嘆いていたがまぁ妥当と言わざるを得ないだろう。

 

昏睡事件も起きちゃったからなぁ……

 

学園の責任でないことはわかりきっているんだが……そこらを一般人に理解しろと言うのは無理があるだろう。

サーヴァントの宝具とやらが発動して、生徒全員が昏睡するなんて言うのは普通の人間に理解できるわけもない。

しかし理解できないからと行って何も対策を講じないのはいくら何でも無責任すぎる。

だからこそ放課後部活禁止と言うことになったのだろう。

 

まぁ部活が大好きな美綴にとっては悲しいだろうが……

 

「戦闘装束だけでなく、板前姿も様になるのだからお主はおもしろいやつだな、刃夜」

 

そうして戦闘準備を行っていると、準備をしている小次郎……野太刀の代わりに前掛け装備……が、俺へとそんなことを言ってきた。

 

「お前も結構似合っているぞ。野太刀なくても結構いけるな」

「ありがたく頂戴しておこう」

「さらに進化したいなら軟派をや――」

「おっと、それは聞けぬ相談だ」

 

言いたいことを先回りで回避されてしまった。

それに内心で溜息をしつつも、仕方がないと思うことにした。

 

言ったところで聞かないことはわかりきっていたのでまぁ割り切っておくことにした。

そして俺たちはそこで無駄話を終え、本格的に準備を開始した。

小次郎は食器類を出したり、お冷や、箸などの補充、テーブルの水拭き。

俺は料理の下準備、食材の確認などだ。

すでにこの程度の役割分担はすでに完全に分かれている。

 

まぁ小次郎はたいした料理できないしな……

 

以前に見た夢が真実ならば、料理などどうでもいいと考えていたことは想像に難くない。

そうでもしなければ剣技があれほどの腕前にはなっていないだろう。

ルックスもいいことも相まって、小次郎の接客は結構好評である。

 

まぁ女性客だけというのが少し複雑だが……

 

しかし正直な話、ここの立地では女性客に受けがよくなければ終わりである。

 

住宅街のただ中にある以上、主な客は女性……さらに言うのならば主婦が一番多くなるのは致し方ないことなのだ。

学生も結構くるが、それでも時間が限られる……主に放課後が主体になる……ので、そうなってしまうと一番多いのは間違いなく主婦だ。

平日の明るい時間は主婦同士のお茶会などで結構にぎわってたりする。

 

まぁ井戸端会議というか……会話主体になるからあまり注文自体は入らないが……

 

しかしそれでも閑古鳥がなくよりは遙かにましだ。

その主婦達の相手をしているのが主に……ちなみに俺も会話のタネにされる……小次郎だった。

 

人妻に手を出しそうで何度か怖くなったがな……

 

さすがにそれはしないし、俺がさせない。

人妻に手を出して問題にならないわけがない。

そんな激しくくだらないことで問題が起こってはたまらない。

そのときは令呪を使ってでも止めるだろう。

 

まぁそういった危うさは、あるようで……ないような……

 

【まぁ至極判断に悩むな】

 

そんな俺の自問自答に、封絶が入ってくる。

その言葉に俺はものすごく同意しながら……開店するのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

今日も終わった……

 

本日の授業が終了し、士郎はのびをしながら廊下を歩いていた。

日がだんだんと伸びてきたとはいえ、季節はまだ冬と言っても差し支えない。

廊下はあかね色に染まっていた。

 

今日はどうするかな……

 

聖杯戦争が始まって以来、あわただしい毎日を送っている士郎だったが、現在は半ば停滞期間に入ったと言ってもいいほどに、表面上(・・・)は平和だった。

それで気がゆるむほどさすがにおろかではないが……それでも学園の生徒が昏睡するような自体にもう陥らないと信じている(・・・・・)ためか、士郎は普段通りに過ごしていた。

 

否すごそうとしたといった方が正しいかもしれない。

 

……桜はどうしてる?

 

今朝の桜の様子は少しおかしかったことが頭から離れなかったのだ。

心配したところでどうにかなるわけでもないことは、士郎としてもわかっていたが、それでも様子を見にきていたのだ。

最初は弓道場へと顔を出したが、そこでも見あたらないので四階へと足を運んでいた。

すでに夕刻となっており、部活も禁止されてしまったので、廊下にも教室にもほとんど生徒の姿はなかった。

教師としても先日の昏睡事件の後のため、早めに学園を出たいのが本心なのかもしれない。

一心不乱に仕事をこなしていた。

 

「あ、シロー!」

 

しかしそんな仕草を見せずに、大河は見回りを行っていた。

放課後部活が禁止になっても居残っていては意味がないし、また念のためまた誰かが倒れていないのか見回りを率先して行っていた。

 

「藤ねぇ。桜を見なかったか?」

「桜ちゃん? 見回りし始めたばっかだからまだ見てないよ?」

「そっか」

「なになに~? 気になるの?」

 

獣の嗅覚か、はたまた獣の本能……どちらにしろ獣であることに代わりはない……か、ほとんど的確に士郎の気持ちを言い当てていた。

そしてまだ子供である士郎は、ものの見事に当てられてしまったがために、一瞬にして頬を廊下に負けないほどに赤らめた。

それをいたずら好きな獣が放置するわけもなく。

 

「おやおや~? 顔が赤いよシロー? どうしたのかな~?」

「な、何でもない!」

 

分が悪いと感じた士郎は何とか逃げようとしたが……しかし回り込まれた!

 

 

 

ドゥルドゥルドューッン♪(効果音)

 

 

 

タイガー(獣)に回り込まれた!

 

 

 

コマンド

戦う    タイガーの先制攻撃のため不可

魔術    タイガーの先制攻撃のため不可

アイテム  タイガーの先制攻撃のため不可

逃げる   タイガーの先制攻撃のため不可

 

 

 

未熟魔術使い(シロウ)は破れた……

 

 

 

「なんでさっ!?」

 

 

 

士郎の叫びがこだまする。

が結局奮闘むなしく少々遊ばれる士郎だった。

 

 

 

 

 

 

まったく、藤ねえめ……

 

ひとしきりからかわれたことで少々体力を奪われてしまった。

しかしからかうだけでなく最後にはきちんと「部活もないんだから早めに帰りなさいよ~」言っていたことにはうなずいておいた。

さんざんからかいながらも、教師としてはまじめに仕事をしているのは大河らしいといえるだろう。

大河に早く帰れと言われてしまったが、しかしそれですぐに帰ることはしなかった。

ここまできてしまった以上、このまま桜の様子を見ないままに変えるわけにも行かない。

そう思って士郎は桜のクラスをのぞいてみた。

 

どれ?

 

ひょい、っと一年B組の教室をのぞいてみた。

西日に染められた教室に、人の気配を感じさせないほどに静かだった。

人の気配はほとんどないにも関わらず……一人残された人影があった。

 

「桜」

 

人気のない教室に唯一残っていたのは、士郎が探していた間桐桜だった。

 

「……先輩?」

 

ぽつんと、おそらくそこが自分の座席なのだろう場所に座っていた少女がいた。

長い髪で夕日が照らされていないその表情には、あまりにも色がなかった。

 

「どうしたんですか? うちのクラスに何か用事でも?」

「いや、桜の様子が気になったから様子を見に来たんだけど……」

 

その言葉を聞いてさらに桜が表情を曇らせる。

朝から元気がなかったのがさらに容態が悪化したように士郎には感じられた。

 

「気分が悪いなら帰ろう、桜。今日はもう手伝いにも来なくていいから」

 

部活が禁止になってしまって以来、基本的に桜も部活を行わずに衛宮家へと直行して、晩ご飯の準備を手伝っていた。

しかし、今の様子を見る限りではとてもそんなことが出来ないだろう。

そう思った士郎はそう提案するのだが……。

 

「いえ大丈夫です。部活は今禁止ですけど、先輩のところで夕ご飯をごちそうになるんです。体調は大丈夫ですから……気にしないでください……」

 

この通り頑固だった。

彼女にとってはそれが支えだったから……。

 

 

 

その行動のすべてが自分の思いだけでなかったとしても……。

 

 

 

そして桜は逃げるように鞄をとって席を立とうとした。

だがその瞬間に桜がバランスを崩して倒れそうになった。

 

「!? 桜!」

 

とっさではあったが、士郎がのばした手はどうにか間に合い桜が倒れるのを防いだ。

しかしある意味で、士郎はそんな場合ではなかった。

 

軽い!?

 

思わず声を上げそうになってしまうところだった。

それほどまでに桜の体は軽かったのだ。

一年以上も接しているというのに、それを知らないかったことに、士郎は驚いた。

そしてそれ以上に心配になった。

 

「ほんとに体調悪いんだな桜。送っていくからもう帰ろう」

「……」

 

心配しているから、士郎はそう提案した。

だがそれでも桜は表情を曇らせるだけで、帰るとは言わなかった。

何が桜をそこまで駆り立てているのかはわからない。

だがこのまま続けていても、桜が意見を変えないことが、士郎にはわかった。

士郎は桜を座らせると自分も桜の前の席へと腰掛けた。

当然のように、桜がきょとんとしてしまう。

 

「あの、先輩?」

「わかったよ。どうしても手伝いに来るんだろ? それはもう止めないから少し休んでいこう。今のままだとうちにくる前に倒れるかもしれないだろう」

 

本来であれば止めるべきなのかもしれない。

だがこれ以上問答しても無駄だと思った士郎は、それをやめた。

早く帰れと言われながら、こうして校内に残るのはいいことではないのかもしれない。

それでも士郎は桜の主張を止めることはしなかった。

 

今朝の回想のせいかもな……

 

思い起こされた、正義の味方の始まりと、桜の家事手伝いのはじまり。

 

何故思い出したのだろう?

 

聖杯戦争という、殺し合いの最中で……。

士郎自身は気づいていなかったが、もしかしたら気づいていたのかもしれない。

 

 

 

どちらもが……聖杯戦争に関わっていたことに……。

 

 

 

「……」

「……」

 

静かな時間が過ぎていく。

すでに夕暮れの時間であり、教室は真っ赤に染まっている。

部活が禁止になったこともあって、辺りはすっかりと静まりかえっている。

二人は特に話すこともなく、ただじっと夕焼けを眺めていた。

 

……静かだな

 

桜はあまりおしゃべりな方ではなく、風景を眺めていることも多かった。

それだけではなく、一人の方が落ち着くのか、よく一人でいた。

教室に一人で残っていたのもそれが理由なのかもしれない。

元来として、桜は人と積極的に関わろうとしなかった。

士郎と大河は、彼女にとって特別なのだ……。

 

「……」

 

何気なく、士郎が桜の横顔を盗み見る。

士郎と桜の出会いは四年前。

慎二から紹介された時は、年齢のせいもあって少女と言うよりも女の子という印象だった。

しかし月日が経った今では、幼い面影もだんだんと消えつつあった。

 

……綺麗になったな

 

それが素直な士郎の感想だった。

前々から美人だったが、最近はそれ以上に美しくなっていた。

加えて気がよく利いて、性格も穏やかだった。

その上料理も一級品だ。

美点が多い桜は、学園の美少女である凜と並び称されていると言うことは、あまり噂に強くない士郎でも知っていたことだった。

 

……けど

 

逆を言えば士郎はそれしか知らなかった。

桜が普段学校でどう過ごしているのか?

弓道部でどう過ごしているのか?

そして間桐家で桜がどう過ごしているのか?

これだけ近くにいるのに知らないことだらけだったのだ……。

 

体の軽さにもびっくりしたし……

 

しかしだからといって馬鹿正直に女の子相手に体重を聞くような馬鹿なことはしないようだが。

 

「……先輩、覚えてますか?」

 

自問自答している士郎に、桜は窓の外を見つめながらそう問うた。

その声には、どこか懐かしむような響きがった。

 

「……覚えているかって何をさ?」

 

一瞬間が開いたのは、桜を見つめていたのに照れたからだった。

それに気づいているのかいないのか、士郎へと問いかけた桜は夕焼けに染まった校庭を、ただ眺めているだけだった。

 

「ずっと昔の話です。私がまだ、先輩を知らないときの話です」

「? ……つまり桜と知り合う前の話か?」

 

その質問の意図が士郎にはわからなかった。

覚えているのか?と聞いておきながら、知り合う前の話をする桜に。

しかしそれに取り合わずに、桜は話を続けた。

 

「はい。四年前、私が進学したばかりの頃です。まだ新しい学校になじめなくて、廊下を歩いているときに、不思議な人を見たんです」

 

懐かしむように微笑む桜。

それに何故かむっとしながら、士郎は桜の言葉を待った。

 

「あれは、どういう経緯だったんでしょうね。もう放課後で、グランドには陸上部の人もいない中、誰かが一人で走っていたんです。何をしているのか気になって見てみたら、その人、一人で走り高飛びをしていたんです」

 

くすりと、桜が小さく笑った。

それがどんな思い出なのかは、その笑顔を見ればすぐにわかった。

きっと桜にとっては印象深い思い出なのだろう。

 

「ちょうど今みたいに真っ赤な夕焼けだったんです。校庭も廊下も……グラウンドも真っ赤になってて。けどそれが寂しかった。そんな中に、一人でずっと走ってたんです。走って飛んで、棒を落としては戻してを繰り返して。周りには誰もいなくて、端から見ててもそれが無理な高さだってわかってるのに、ずっと飛んでたんです」

 

校庭を見続ける桜が浮かべる笑みがより深くなった。

きっと、今見ているその視線の先には、そのときの情景が浮かび上がっているのだろう。

 

「何とかできるような高さじゃないんです。だって棒の高さがその人の身長よりもずっと高かったんです」

 

それを黙って聞きつつも、士郎は不思議だった。

 

……それがどうしたんだ? 居残りなんて珍しくもないと思うんだけど

 

「私、そのときいやな子だったんです。いやなことがあって、八つ当たりしたかった。だから失敗しちゃえ、諦めちゃえって念じて、その人がくじける瞬間が見たかったから最後まで見てたんです。けどその人なかなか諦めようとしませんでした。そうしてずっと見てたら、こっちが怖くなっちゃいました。だって、何度も何度も、泣き言も言わずに繰り返してやるから……」

「よっぽどせっぱ詰まってたんじゃないのか? 次の日がレギュラー選定の日だったとか」

 

そういってきた士郎に、桜はおかしそうに笑いながら首を振った。

校庭へと向けていた顔を士郎へと向けて、微笑を浮かべる。

 

「いいえ、違います。だってその人、陸上部でも何でもない人だから、そんなことは関係ないんです」

「そうなのか?」

 

何故笑われたのかわからない士郎は一瞬むっとしたが、それを顔に出すようなことはしなかった。

そんな士郎に知ってかしらずか、桜の話は続いた。

 

「それでですね、私気がついたんです。その人、飛ぶことが目的じゃないんだって。その日たまたま自分の出来ないことがあったから、なら負けないぞってただそれだけでがんばってただけなんだって……。それからしばらくして日が落ちたら、その人は平然としてたんです。結局飛べなかったのに、それに納得して帰ったんです」

「うわ、落ちがないな、この話」

「はい、あんまりにもまっすぐすぎて心配になっちゃいました。その人はきっと、すごく頼りがいのある人なんです。けどそれが不安で、寂しかった……」

 

そうつぶやいた桜の声こそが寂しさに満ちあふれていて、この寂しい教室であってもなお飲み込まれそうだった。

そしてここまで話を聞いて士郎はようやく気がついた。

 

記憶にないけど……俺のことか……

 

桜が見たという、校庭で一人高跳びを必死にしていた人物に心当たりはなかったが、こんな話題を士郎と二人でいるときに言うということはきっと自分のことなのだろうと、士郎もさすがに気がついた。

四年前は切嗣が死んでからそう日が経たない時期であったために、士郎も不安定だった。

毎日むちゃくちゃなことばかりしていたと、士郎自身自覚している時期でもあるので、そういうこともあったのだろう、と士郎はそう認識した。

それを桜が見ていたと……ただそれだけの話だった。

 

「えっと……そいつってのはつまり」

 

この言葉で桜も士郎が気づいたことがわかったのだろう。

桜がさらに笑みを浮かべて声を返した。

 

「はい、今私の目の前にいる上級生さんでした。あの頃は小柄だったから、同学年かなって勘違いしちゃいました」

「ぐっ」

 

背のことを言われて士郎が思わず声を漏らした。

167cmと、あまり長身とは言い難い士郎にとって、自分の背の低さはちょっとしたコンプレックスだった。

 

「そういうことです。私、そのときから先輩のことは知ってたんです」

「……そうか。それは初耳だな」

 

どうしてそんなことをしたのか士郎もわからない。

何せもう覚えていないのだから。

むちゃくちゃをしていた頃の自分を、近しい人に見られていたことが恥ずかしかったのか、士郎が目をそらした。

 

 

 

だから、士郎は見るのがかなわなかった……

 

 

 

 

 

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

桜が浮かべた、深い深い……笑みを……。

 

 

 

 

 

 

「わたしたち、同じものをみたんです……」

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

小声でつぶやかれたそれがなんなのか聞こうとして振り向くが……そのときちょうどチャイムが鳴り響いた。

その音で、士郎は時刻がだいぶ遅くなっていることに気づいて、あわてた。

 

「っと、もうこんな時間か。さすがにそろそろ帰るか。体調は大丈夫か?」

 

すでに教室の時刻は四時半を指している。

部活が禁止となっている今、そろそろ校内から出ておかなければまずい刻限になってしまっている。

 

「はい、もう元気いっぱいです。夕ご飯、楽しみにしていてくださいね」

「意地でもくるんだな……」

 

そう力強く言いながら桜が席を立った。

そんな桜に苦笑しつつ、士郎も桜と同じように席を立った。

そうして二人は並んで歩いて、同じ場所へ……衛宮家へと向かった。

昨日多めに買っておいたので食材を買い足す必要性はなかった。

二人で本日の夕飯の献立を考えながら歩いていく。

先ほどの元気のなさはどこに行ったのか、桜は幸せそうに会話をしながら歩いていた。

 

 

 

本当に楽しそうに……歩いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




没にした刃夜と小次郎のやりとり

「私の方が美しいからな。鏡を見れば一目瞭然だろう? 美とは絶対的な物。個人の見解など関係ないところに真の華人は存在する物だ」
「……そらお前の方が美形だが」
「男の嫉妬は見苦しいぞ? 刃夜」
「いや、嫉妬してないし。俺は親からもらった普通にそこそこかっこいい自分の顔で十二分だ」


↑主にタイガーコロシアムの小次郎の言葉を少し改変した物

タイガーコロシアム自体がパロディー的な作品なので完全に「ナンパ」な男になってしまっている
※作者的に「軟派」と「ナンパ」はだいぶ違う感じがするんだけど……皆さんはどう思います?


お久しぶりです、そして開けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします
活動報告にも上げましたが……完結できたらいいなぁ……
と思っている刀馬鹿でございますwww

さてさて、今回は主に下記のことについてお話しさせていただきます



以前一人の読者様に感想にて問い合わせのありました、小次郎の強さについてです

あまりにも原作の小次郎と性能が違いすぎなくね?

とのこと
二次創作として執筆している作品の後書きに、原作のステータスを完全に原作通りに載せてしまったのがあまりほめられたことではありませんでしたね汗々
他の皆様も同じようにお思いかと思い、また後日話し合うと言っていたので、アイディア提供者TT氏、編集者HM、そして私刀馬鹿三人で話し合った結果、このような結論に至りました、というのを後書きに添えさせていただきます



まぁといってもほっとんどアイディア提供者TT様のおかげなんですけどねwww

作者は相も変わらず役立たずwっw



ま、それは置いておいて



まず原作との主な違いについて

1 マスターの違い
2 小次郎のやる気(セイバーとの戦いが余興レベルだった)



といったところ
1については簡単ですねw
山門と人間のマスターでは基本性能が違うのは当然のこと

2は単純に小次郎の戦闘に対する心構えです
山門からろくに動けず、さらに言えばいけ好かないといっていいキャスターに無理やり召喚されたということではっきり言ってやる気0
しかしそこにセイバーが訪れてようやく「余興が出来た」、といっている存在です

ここからはアイディア提供者TT様の理論です
まぁそこまで的外れではないかと思われます、と編集者HMと刀馬鹿は思いました

上記1,2の他にも、原作ではキャスターから二十日間現界出来るだけの魔力しか与えられていなかったとのこと(これは原作での設定のようです)
現界するだけでも魔力の消費をするサーヴァントのため、小次郎は戦闘に置いても魔力温存のために、かなりセーブして戦っていた可能性は十二分に考えられます
またその上に上記のやる気のなさ、そしてセイバーとの一回戦目の戦いにて、ようやく余興が出来たと言い切っていることを鑑みれば、原作の小次郎が「全力」を出していないという可能性は非常に高いと思う……とのこと
凜ルートで本気を出している感じではありましたが、消えかけということとやはりどうあっても地の利が気にくわなかったんじゃないかなぁ……。どうせなら平地で正々堂々と戦いたかったのではないかと思います

そして原作と違ってこの作品の小次郎は、まず半分人間でなくなっている刃夜がマスターになっている
設定上、すでに人間から遠のいて言っている刃夜がマスター
刃夜自身魔力の扱いはまだまだ未熟ですが、サーヴァントを従えるだけの魔力を蓄えることは可能です(といっても、仮にセイバーと契約した場合は、エクスカリバーを打たせるのは厳しいでしょうが……)
他のサーヴァントであれば宝具の使用には躊躇するでしょうが、小次郎の魔力消費は現界のみですので、刃夜ならば余裕です

次いで小次郎のやる気
刃夜に召喚されたというよりも、自ら刃夜に会うために召喚に応じたといってもいいので、やる気に関しては十二分
刃夜も小次郎も互いに互いのことを快く思っていますし、朝の訓練は二人の至福の時間www
また山門がマスターの時と違い、ステータス補正が当然のようにかかっています(これを考慮して原作とは違う、この作品小次郎のステータスを考えるべきでした……)


等々の理由から、元々強かった小次郎(我々三人としては原作であっても、小次郎は他のサーヴァントに十分に互角以上に渡り合えると思っているのですが……。まぁそれでもアーチャーから遠距離でブロークンファンタズムの連発や、ランサーの突き穿つ死翔の槍(ゲイボルグ)、ライダーの天馬で突進されたら原作の小次郎は手も足も出ないでしょうがwww あくまでも原作で平地にいた場合ですが……。キャスターの結界があるからブロークンファンタズムも大して効果ないらしいしね)が、この作品においては宝具無しならば無双出来ても全くおかしくない!
という結論になります

ご忠告、ご申告いただきまして誠にありがとうございました!


ということで……作者なりに小次郎のステータスを考えてみる……

※これは作者の独断で考えましたので、後日三人で話し合って修正が加えられる可能性が十二分にあり得ます!



月夜に閃く二振りの野太刀版、小次郎ステータス

アサシン
真名 佐々木小次郎

筋力C+
耐久E
敏捷A++
魔力E
幸運B
宝具×


こんな感じかなぁ?
基本性能がちょっと上がった程度だと思うんですよね~
主に筋力と敏捷に+がついただけwww
耐久と魔力が上がるとは思えないし、そして幸運は下がるwww
だって異世界でろくな目に遭ってない刃夜がマスターだしwww

スキルに関してはいじる必要性は感じない……かな?

まぁそこらを後日三人で話し合ってきます!



ということで、これが俺たち三人の結論だぜ!? キリッ



ではでは今年もよろしく、そして来月にでもまたお会いしましょう~


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■の味方

二周年~
を記念して掲載
一周年目は完璧に忘れていたのでで、今回はきちんと上げてみました!

空気主人公は健在……

本文だいたい24000字です







「ごちそうさまでした」

「ごちそうさん!」

 

例によって例のごとく、ものすごく元気な挨拶をしている大河をのぞくほかの四人は普通に挨拶を行って、衛宮家の夕食は終わりを告げた。

だが今朝と違うのは、若干ではあるが元気がない桜が居ることだった。

 

「桜、大丈夫か?」

「大丈夫です、先輩」

 

その桜が心配で何度声をかけたかわからないが、それでも士郎は声をかけずにはいられなかった。

だがどれだけ声をかけても、桜の回答は変わらなかった。

少々危なっかしげでありながらも、士郎とともに夕食をこしらえたのだ。

体調が悪いことで辛そうでありながらも、それでも調理……士郎とともに……すること自体は全く苦でない。

そう言っていたし、実際そのように感じられる程に嬉しそうにしていた。

今朝の思い出せいなのか、士郎はそれを止めようとはしなかった。

だが止めないのと心配をしないというのでは話が違う。

桜の体調が心配ではあった。

だから……

 

 

 

「桜。今日は泊まっていけ」

 

 

 

という言葉を放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

幕間(まくあい)って知ってるか?」

「何だ藪から棒に?」

「演劇なんかで一幕終わって、次の幕が上がるまでの間のことを言うんだ」

「ふむ。……してそれが?」

「いや、言ってみただけだ」

 

突然電波を受信した俺が不思議なことを口走って、小次郎が頭にはてなマークを浮かべていたが、俺自身も何故そんな豆知識にもならないようなことを口走ったのかはわからない。

 

まぁそれでもあえて理由を述べるとするのならば……

 

「……暇だな」

「あぁ」

『それだけ、地球(冬木)は平和だということだ。ちなみに()立体映像(念話)だ。ヴェ○ダ()に一人でいるのも、暇なのでな』(神○ヴォイス)

「きいておらぬよ、そんなこと」

「誰に言ってるんだ封絶? というか何を言ってるんだ?」

 

夜ということも相まってか……客足がぱったりと途絶えていた。

確かに時刻はすでに夕食というには遅い時間となっている。

が、それにしてもこの静けさは異常だった。

 

『何かを感じているのだろう。鈍っているとはいえ人間も生物であることに代わりはない』

「……確かにな」

 

封絶の言葉に、俺はうなずかざるを得なかった。

先日より感じている黒い気配が大きくなっている感じがする。

大きくなっていると言っても、元々も小さいことも相まってまだほとんど感じ取れないほどだ。

 

だがそれでも……恐怖を抱けるものだった……。

 

 

 

またぞろ面倒なことになりそうだな……

 

 

 

先日から感じているこの気配は……実に煌黒邪神の気配と似ていた。

最初こそ気のせいかと思っていたのだが……日に日にそれを感じるようになってしまい、気のせいと思えることが不可能になってしまった。

感じる脅威に関しては雲泥の差ではあるが……対抗手段がなくなってしまっている以上、相手が弱かろうが強かろうが関係なかった。

 

俺に朧火を召喚できるだけの技量はまだ備わっていない……

 

魔力(マナ)の担い手にして支配者、老山龍の力。

これを己の力量だけで使うのは絶対に不可能だった。

威力が高いと言うことはそれだけエネルギーを必要とするといえるのだ。

そしてそれだけのエネルギーをまかなえるだけの力量を、俺はまだ会得していない。

 

刹那の時間も召喚は無理だろうな……

 

現在総動員できるだけの魔力では、一瞬でも召喚は出来そうにない。

現在の手持ちの武器だけで、あの邪悪の固まりのような敵を相手にするには無理があるが……それでも逃げるという選択肢は、俺にはなかった。

 

帰って……俺は己の願いを叶えるんだ……

 

悪人殺しの恨みを受けること……。

あの子の墓に見舞うこと……。

そして……

 

 

 

あの二人組をぶっ飛ばす!

 

 

 

最近それが一番の理由になっている気がしてならない。

俺の父と爺さんをぶっ飛ばさない限り、俺は俺の怒りを静めるすべを知らなかった。

そしてそう考え始めたら……いてもたっても居られなくなってしまった。

 

座して待つのは性に合わん!

 

そう思った瞬間には、俺は調理帽をはぎ取っていた。

 

「これ以上暇だといいながらないし、暇だと思っているのも非生産的だ。今日は早々に店じまいして探索にのりだそう」

「む? よいのか?」

「良いも悪いもない。客を放り出してならば問題だが、客が居ないのでは話にならん」

 

小次郎の確認に、俺はそう返した。

だがそれでも明日の仕込みだけは一通り行っておいた。

俺にならって小次郎も、明日の開店の準備を行う。

そして喜ぶべきか、悲しむべきか……早めの店じまいが終わるまでの間、店の扉が開くことはなかった。

明日の準備が終えたと同時に暖簾になっている狩竜をしまい、閉店の看板を掛ける。

それからシャワーで汗を流し、着替えをすませた。

 

非常に不安ではあるが、狩竜も持って行くか……

 

不安に思っているのは単に目立つという意味でである。

全長3mあまりのこの得物はあまりにも大きい。

常人では持つことすらも不可能なこの得物は、現代社会の現実世界においては非常に異質な存在だ。

刀という存在すらもすでに異質となってしまっているこの現代日本では、それすらも楽々と超越してしまった存在の超野太刀では、より目立つのは当然である。

普通の生活を送っているのであれば、刀を入れられるような細長い包みを持っていることなど皆無といってもいいだろう。

実際に、この世界でもそんな細長い包みを持っている人間を頻繁に見ることはない。

学園に剣道部があるこの町ではまだ見かけた方だが、新都の方ではあまり見かけなかった。

しかもそれはあくまでも竹刀を入れるための物なので、当然のように反りがない。

狩竜はその長さの都合上、確かに反りを少なめにしているが、皆無ではない。

これほど長さの得物が沿っていてはどうしても目立つ。

極めつけが……

 

認識阻害の術は今現在かけてないんだよね~

 

しかも対処能力を上げるために今現在、狩竜には認識阻害の術をかけていない。

その道の熟練者ならば一瞬で出来ることだろうが、俺にはそれが出来ない。

気を込めた筆で紙に呪文を書き上げ、それをさらに気を込めて術をかけなければ俺には認識阻害の術は使えない。

ぶっちゃけ覚えていれば便利な物をいくつか習っただけなのだ。

入門編の業しか使えないのはそういう理由である。

 

まぁ俺があまりそうした術を好んでいないというのも大きな理由の一つだが……

 

俺は魔法使いにはなれないタイプなのは間違いない。

勉強は別に嫌いではないが、それでも体を動かしていた方が性に合っているのは間違いなかった。

言ってしまえば前衛、ないし戦士タイプなのだ。

と、くだらないことを考えている内に着替えも終わり、武装の装備も終わった。

 

スタンダードな装備で行こう……

 

と思い立ち、夜月に花月、水月にスローイングナイフ、そして狩竜。

特殊武器……属性などが付いていないという意味で……なしの、ある意味で俺がもっとも使用してきた装備である。

 

っと……

 

属性無し……と思ったがそれはある意味で違った。

魔力を帯びている封絶を忘れることはしない。

 

まぁ魔力が付与されているだけで明確っていうかわかりやすい属性はないが……

 

「む? 今宵はその野太刀を持って行くのか?」

「あぁ……」

 

目立つという理由であまり率先して装備してこなかった狩竜を今夜は持って行くと言うことで、小次郎にそう声をかけられるが、俺はそれに対してあまり言葉は返さなかった。

 

煌黒邪神を倒したこいつの力が……なんかの役に立つかもしれない……

 

特殊な武装を装備しないと先には述べたが、それは本当に属性が付いていないという意味だけである。

夜月には神の空間破砕の力をはじき飛ばす防壁があり、狩竜は煌黒邪神を吸い取ったといっても過言じゃない。

夜月に対してはその防壁の発動条件は明確ではなく、狩竜は刀身が赤黒く変色しただけで特に主だった変化はまだ目の当たりにしていないが、刀身が変化した以上、何かが変化しているのは間違いない。

 

それが果たして吉と出るか凶と出るかは謎だが……

 

呪いの武器……F○6における血塗られた盾……になってないことを祈るばかりではあるが……そういった感じがしない。

それにこの夜の黒い感覚は、実に煌黒邪神のあの負の力に酷似しているので、この刀が役に立つときがくる……。

 

 

 

絶対に……

 

 

 

それが喜ばしいことなのか?

 

そう問われれば当然「否」と答えざるを得ないだろう。

 

狩竜にいったいどんな変化が訪れたのかはわからない。

 

だがあれほどの憎念を吸収した狩竜が普通でないことだけは確かだった……。

 

だがそれでも、この力が必要であるのならば……。

 

それが誰かを傷つける結果になったとても……。

 

 

 

俺はその時、その場所で……

 

 

 

 

 

 

この禍々しくもすさまじい、愛刀を振るうだろう……

 

 

 

 

 

 

己が世界に帰るために……

 

 

 

 

 

 

「……刃夜」

『……仕手よ』

 

俺の変化を感じ取ってか小次郎と封絶、二人から気遣うような言葉をかけられる。

だがそれを受け取るわけにはいかない。

俺は、俺の目的のために進んでいるだけなのだから。

だからとまるわけにはいかない。

ためらうわけにはいかない。

一つ息を吐いて雑念と、沈んでしまった気持ちをさらに奥底へと沈めた。

 

浮き上がらせることも、捨てることもかなわぬ物だから……

 

そして、扉のそばに立てかけてある、狩竜へと手を伸ばし、それをつかんだ……。

 

 

 

「よし、行こう」

 

 

 

そして俺たちは暗い……黒い夜の中、疾走した。

 

 

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

場所は戻って衛宮邸。

士郎が夕食後に放った爆弾発言は……。

 

 

 

「……ぇ」

「いきなりですね、シロウ」

「ちょ、なに言い出すのよ衛宮君!?」

「何をいきなりいいやがるんですかこの子はぁぁぁぁ!?」

 

 

 

と、一瞬にして団欒を団乱へと変えた。

 

※言うまでもないが「団乱」という単語はない

 

「どういうことよ衛宮君!? 桜にいきなり泊まっていけなんて……」

 

凜が語気を強めるのも無理はなかった。

表向きは自宅の改装のために衛宮家へと泊まっていることになっているが、実際は聖杯戦争の協力のためである。

魔術とは秘匿が原則なので、当然のように大きな戦闘などは夜ないし深夜といった、人目に付かない宵闇に紛れたその時間が主な戦闘となる。

先日までならば聖杯戦争に直接(・・)関係のない桜と大河は、夕食後はそれぞれの家へと帰宅するために、夜に行動するのは容易だった。

だがもしも桜が泊まることになれば、当然夜に外へと繰り出していることに気づかれてしまう可能性が出来てしまう。

夜といっても深夜といって差し支えない時間故に、桜が寝ている可能性は十分に高いが、それでもリスクが生まれてしまうことは間違いなかった。

それは士郎にも重々承知のことだった。

だがそれでも……

 

……桜が心配だ

 

今日の放課後。

桜の教室で聞いた桜から見た自分の話。

気恥ずかしい話だったが、それはほんの些細なことでしかない。

ただその話を聞いて改めて気づいたのだ。

自分が桜のことをほとんど知らないことに。

そして思い出したのだ。

慎二との確執を……。

 

……結局誰がマスターだかわからなかった

 

先日、新都の屋上にてセイバーが倒したライダーのサーヴァント。

刃夜からの情報によって、ライダーのマスターが自分たちと同じ学園の生徒である可能性、そして弓道部の人間がマスターであるという可能性は極めて高かった。

刃夜が嘘を吐いているのかもしれないと、士郎も凜も考えたが刃夜自身にメリットが全くなかったので、その考えは二人とも捨てていた。

確かに刃夜が聖杯を求めているのは事実だが、そんなすぐにわかってしまうような嘘を吐くとも考えられなかったからだ。

そして弓道部で、士郎がよく知る人物。

その言い方からして考えられるのは……

 

……慎二……なのか?

 

間桐慎二。

間桐桜の兄だった。

これに関しては凜が否定していたが、士郎はそれでも少しでも可能性があるのならば疑ってかかるべきだと思ったのだ。

慎二のことを信じたい気持ちはもちろんあった。

だがそれでも……桜のことを考えたら、いてもたっても居られなかったのだ。

普段の行動から鑑みても、慎二が自宅で桜のことをまともに扱っているとは考えにくいと考えたのだ。

そしてそれは事実であり、士郎は知らないが、慎二は桜に当たり前のように暴力を振るっていた。

慎二のことをのぞいたとしても、聖杯戦争という殺し合いの真っ直中にあるこの冬木市では、事実上安全な場所はないと言ってもいいかもしれないが、それでも有事の際に即座に行動することが可能というのは大きな利点ともいえる。

それを考えてのその言葉だったが……それだけでないことを、もっと考えるべきだった。

 

 

 

刃夜の言葉で、自分(正義の味方)が止まってしまったことを……止まってしまったという事実を……

 

 

 

深く考えるべきだった……

 

 

 

士郎の「桜を宿泊させる」宣言は、当然のように教師である大河に相当の口撃と攻撃を被ったが……それでも士郎は頑として譲ろうとしなかった。

その頑固さと言ったら……大河さえも反撃できないほどに強固な意志であり……

 

「あなた、そんなに強引な性格だった?」

 

と凜に言わせるほどだった。

 

「まぁ確かにね~。桜ちゃん朝から体調悪そうだったし、それに今もあまり元気に見えないしね~。しかももう夜だし。最近物騒だし……」

 

夕ご飯後なので日はもう暮れているのは当然のことである。

そして今の冬木市は聖杯戦争の真っ直中である。

それを大河も感じ取っているのだろう。

最初こそ突然のことで大河も咆吼していたが、しかし一度爆発すると冷静になるのもまた大河であった。

 

 

 

まさしく獣である……

 

 

 

「まぁ衛宮君がそういうのなら……反対はしないけど。私も居候の身だし……」

 

それはさておき、凜としても桜の体調不良が心配だったのか、やむを得ないとは考えていたようだった。

凜としても、動きにくくなることがわかりきっていた。

士郎もそれがわかっていたが、とっさに言ってしまったこともあり、凜が怒濤の勢いで反対してくると思っていた。

だがそれがなくてある意味で肩すかしを食らってしまった。

 

 

 

それは、凜と桜の関係が主な原因なのだが……それを士郎が知るわけもなかった。

 

 

 

シロウ(マスター)がそういうのならば仕方ありません」

 

そしてセイバーも特に反対はしなかった。

彼女としてはそれが障害……直接的に邪魔をしたり、邪魔になったりする……にならないのであれば、別段問題はなかったのだ。

確かに彼女は聖杯を欲しているのは事実だったが、それでも情がないわけではない。

彼女も桜のことは嫌いではないので反対する理由もなかった。

 

 

 

 

 

 

人間、一番奥深い感情というのは、気づきにくい……

 

それが善し悪しにかかわらず……

 

本能的に気づかないようにしているのか……

 

それとも本人が知らぬうちに閉ざしてしまった物であるかはわからない……

 

自分を守るためなのか……

 

それとも何か理由があるのか……

 

そしてその例に漏れず、士郎も自分の奥底の気持ちには気づいていなかった……

 

否、気づきかけていたのかもしれない……

 

それはいいことなのかもしれない……

 

 

 

亡くして(・・・・)から気づいたのではすべてが遅いのだから……

 

 

 

 

 

 

だがそれでも……

 

 

 

遅すぎた……

 

 

 

士郎はそれに気づくのに……あまりにも時間をかけすぎてしまった……

 

 

 

 

 

 

手遅れ(・・・)だったと……

 

 

 

 

 

 

そういってもよかった……

 

 

 

 

 

 

「藤村先生。ちょっと相談があるんですけど……」

「ん? どったのどったの?」

 

食後の居間にてせんべいをばりばりとかじりながら……というか、まだ喰うのか大河よ……大河は相談といって話しかけてきた桜の方へと顔を向ける。

が、それでもすぐに話し始めない桜にぴんときたのか、先に答えを言った。

 

「あ、そっか~。着替えの問題があったわね。普段着は私のでよければあげるよ。それとも一度家に帰ってとってくる?」

「いえ……うちには出来れば帰りたくないです。兄さんに見つかったら、その……」

 

戻ってこれなくなる。

そう言葉を発する前に大河が言葉をかぶせた。

 

「それなら大丈夫。さっき桜ちゃんのおうちに電話しておいたから。おじいさまにちゃんと許可とってあるわよ。先生の家なら安心だ。ご指導よろしくお願いしますっていわれたわよ~」

 

教師としての責務をきちんと行っているところは実に大河らしいといえるだろう。

毎朝遅刻したり、朝のHRに遅刻しまくったりと……普段の言動で忘れがちだが、大河は立派な教師だった。

そしてその言葉を聞いて、未だ気分が悪いのか沈んだ顔をしていた桜の顔に驚きが走り……

 

「そ、そうなんですか!? ならわたし、ほんとにここに泊まっていいんですね!」

 

と、小躍りするほど嬉しそうに笑みを浮かべていた。

その笑みにかき消されてしまったが、そのまえに浮かべていた暗い表情の意味に気づいた人物が……果たしてこの場にいたのだろうか?

 

「そうだよ。で着替えの話だけど、私のでいいよね? 下着はどうする?」

「え、えっと……その、先生のだと、きついと思います……」

「むっ。そっか~、桜ちゃん胸おっきいもんね~。…………………………その肉をワケロ」

 

突然大河が奇妙な発音になると同時に、桜の背後へと回り込もうとするが、それを事前に察知した桜が緊急回避を行った。

喜ぶ桜を見て、大河も喜んでいるのかもしれない。

 

「きゃーーーー! せ、先生! 何するんですか!?」

「あっっはっは。冗談よ冗談。けど困ったわね。さすがに桜ちゃんのサイズはもってないなぁ。桜ちゃんはつけて寝る派?」

 

……おい

 

「え、えっと……はぃ」

「だよね~。おっきい人はそういう人多いらしいしね~。けど苦しくないの? と疑問をぶつけてみる」

 

………………おい

 

「…………く、苦しいですけど、そういうときは……ごにょごにょ」

 

さすがに聞かせられない(・・・・・・・)と判断したのか、桜が大河の耳へと顔を近づけて内緒話をする。

それを聞いて大河はにんまりと愉快そうに笑った。

 

「なるほどね~。若いっていいなー! それじゃあ、明日の朝までに若い衆にそろえさせておくね。それじゃ~桜ちゃん、お風呂にいってらっさい」

 

それで心配事が一通り片付いたのか、桜は顔を赤く染めながらしずしずと風呂へと向かうために居間を去った。

そして遅ればせながら言うのならば、この場には大河と桜のほかにも士郎とセイバーがおり……士郎はものすごく気まずそうに黙っていた。

 

何でそういう話を目の前でするんだってんだ馬鹿藤ねえ!

 

聞き耳を立てまいと必死に自制してはいたのだが、それをあざ笑うかのよう……というよりもおもしろがって……大河は士郎にも聞こえる位の声量で話していた。

というよりも、同室でこたつを囲んでいる格好なのだから、普通に会話していればそれが耳にはいるのも当然という物だった。

ちなみにセイバーは大して興味なさそうに食後のお茶をすすりながら、どら焼きを小さな口でほおばっていた。

凜は日課の宝石へと魔力の蓄積を行うために席を立っている。

話し相手がいない士郎は必然として、二人の会話が気になってしまう状況になってしまった。

 

 

 

席を立てばいいという発想は浮かんでこないようである。

 

 

 

 

俺だって男だぞ!? そんな話をされたら意識しちまうだろう! 桜とどう接すれば――

 

「あれ~? 士郎、顔が赤いぞ~? なになに? やっぱり桜ちゃんのことが気になる?」

 

長年の勘と言うべきなのか、悶々として……本人はそうではないと断固として言うだろうが……いる士郎をめざとく見つけてはからかっていた。

ここで反応しなければいい物を、士郎は……

 

「っ! ふ、ふん! 何言ってんのさ。内緒話だから俺には聞こえなかったんだから気になりようがない」

 

普通、聞こえないから気になると思うのだが……士郎も少し冷静ではなくなっているためか、若干言葉が意味不明になっている。

そこにとどめを刺すタイガー……、もとい大河。

 

「あれ? そうなんだ。ならいいこと教えてあげる。桜ちゃん、85のEカップなんだって~。すごいよね~。大きいとは思ってたけどまさかEとは。実に去年から13cmも大きくなってるんだって~」

 

ゴブッ!

 

あまりにもドストレートな攻撃に、士郎は思わずむせてしまった。

だがタイガーの猛攻はこれで終わらなかった……。

 

「士郎も気づいてた? 胸が大きくなってたってことぐらいはわかってたでしょ? 最近、桜の体が柔らかそうだな~、とか、抱きしめたいな~とか」

「なっ、なっ――」

 

同姓だからこそ許される……許される?……、セクハラ発言の連続&大暴露。

当然のようにこの言葉と驚異的な事実に、士郎が顔を真っ赤にする。

そして

 

 

ドタドタドタドタ!

 

 

 

「藤村先生!」

 

 

 

スパーン!

 

 

 

「先輩に聞かれたくないから内緒話したのに、どうしてそういうことするんですかーーーーー!!!!」

 

 

 

風呂に言ったはずの桜が戻ってきて、襖をそれはもう勢いよく開け放ち、顔を真っ赤にしながらそう叫ぶと、それだけでは飽きたらずになんと大河へと躍りかかった。

 

 

 

というよりもよく聞こえたな……。

 

 

 

「え? えぇっ!? きゃーーーーーーー!?」

「……何いってんだよー」

 

ぼそりと自分が先ほど続けようとした言葉をいう士郎。

さすがに天誅と見たのか、士郎もセイバーも桜を止めようとはしなかった。

ちなみに必死になって口を押さえようとしているだけなのだが……口どころか鼻も押さえてしまっているので、下手をすれば呼吸困難に陥る可能性があった。

が、それでも止めない士郎とセイバー。

 

 

 

ちなみにこれっぽっちも関係ない話だが、この場に凜がいないのは運がよかったといえる。

自身のことをこれっぽっちも恥ずかしいなどと思っていない彼女だが、スレンダーすぎる己の体のことをすこし気にしていたりする。

もしもこの場にいたら、桜と大河がどたばたやっている横で、己の胸を見下ろす凜の姿が見えたかもしれないが……それはこの場には全く持って関係のない話である。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

「は~、は~。あ~びっくりした。桜ちゃん、結構武闘派なのね。まさかいきなり呼吸を止めにくるとは……」

「知りません! 藤村先生は少し反省してください!!!!」

 

顔を真っ赤にして、桜がそう吼えるとぷいっと大河から離れる桜。

するとうっかりと、士郎と目が合ってしまい……。

 

「~~!?」

「バ、バスタオルは風呂場にあるぞ?」

 

さすがに話題にすることはしなかった士郎は、あからさまに別の話をして、桜をこの場から脱出させようとする。

といっても、自分自身もまともに桜の顔を見れないという理由も多分にあったりするのだが……まぁそこはご愛敬だろう。

 

「は、はいっ! それじゃお先に失礼します!」

 

桜は士郎以上に士郎の顔を見れないのか、普段の物静かな雰囲気からは考えられないような速度で部屋から出ようとする。

だがあまりにも急ぎすぎたためか……

 

「!? 桜そっ――」

 

ガンッ!

 

とまでは響かないまでも、そんな擬音が聞こえてきそうな勢いで、桜は壁に激突してしまった。

鼻をぶつけたのかひどく痛そうに顔をゆがめていた。

実際そこそこの勢いでぶつかったので痛いのは道理という物である。

 

「あ、ぅ…………鼻を、ぶつけちゃいましたぁ」

「だ、大丈夫か?」

 

これを無視するわけにも行かないので、士郎はそう声を掛けるが、桜はそれにうなずいて答えた。

 

「は、はい……。だいじょぶです。お風呂にいってきますね……」

 

ふらふらと、若干危なっかしげな足取りで廊下へと出て行く。

それを見届けて、士郎はいろんな意味でほっとしていた。

 

……いまはちょっと桜と顔を合わせづらい

 

先ほどの大河の暴言で士郎と桜は少々ダメージを受けたといっていいだろう。

その大河へと士郎は恨めしい目線を向けるのだが……。

 

「ふふふ……」

「なんだ、その言いたげな表情は、不良教師め」

「桜ちゃんも大変だな~って思ってさ~。士郎がいつもより意地っ張りなもんだから、桜ちゃんも余計にはずかしかったんじゃないのかな~?」

 

この状況下においてもなお、からかうところ……といっても全部が全部からかっているわけではないだろうが……はさすがは大河。

 

「なっ!? 赤くなってなんてない! 桜は家族みたいな存在で、ご飯も一緒に作ってくれて食卓を囲んできた後輩じゃんか!? そ、そういう後輩に照れてたら先輩失格だろう!?」

 

そこで意地にならなければいいものの……そこで意地になって反論してしまうのはやはり士郎も「坊やだからさ」なのだろう。

しかしこの台詞に、どれだけの意味が内包されているのか、本人自身が気づいていなかった。

それに気づいた大河は、にやけていた顔を一瞬驚きに変えて、再度言葉を放った。

 

「ふ~ん。なら士郎は失格したくないんだ?」

「当たり前だろう。慎二の妹を預かっているんだからちゃんと監督しないとダメだろう」

「あ、そっち? 気づいてないくせに余計なことには気を回してるんだね~。こりゃ桜ちゃんも大変だ……」

 

そんなことを言いながら深々と溜息を吐く。

それにむっとする士郎だったが、立ち上がった大河を見て不思議そうに首をかしげる。

むっとするよりもその言葉の意味を考えた方がいいと思うのだが……。

 

「どこ行くんだ藤ねえ?」

「脱衣所よ。桜ちゃんの着替え用意しないと。士郎は余っている部屋で布団の用意してあげなさい。きちんと新しいシーツ使うのよ~」

 

言いたい放題、やりたい放題のことを行って、大河は居間から出て行った。

 

……どういう意味さ?

 

大河の言葉に首をかしげる士郎だったが、考えたところでわかるわけもなかった。

この程度でわかる問題ならば……とっくに士郎は普通になっていただろう。

わからないからこそ、士郎は士郎だといえるのだ。

寝具の準備が終えてないのは確かにまずいと思った士郎も、大河と同じように席を立った。

 

「すまんセイバー。ちょっと準備してくるからここにいてくれ」

「はい」

 

もきゅもきゅと、二つ目のどら焼きをほおばりながらセイバーがそう答えた。

そのかわいさに少し笑みを浮かべながら、士郎は余っている部屋へと向かった。

 

「よいしょ」

 

布団を敷き、新しく出したシーツを布団にかぶせた。

またそれだけではなく、備品などのチェックも行った。

和室であるが故に鍵が掛けられないことが少々問題かと思った士郎だったが。

 

……俺が土蔵で寝ればいいか

 

がらくたいじりや、鍛錬の後、土蔵で寝てしまうことが多々ある士郎は、そっちの方が桜が安心できるだろうという理由からそれを選択することにした。

真冬ともなると少々寒い季節なのであまり歓迎すべきことではなかったが、自分のことよりも桜を優先することにしたのだ。

そして一通りの準備を終えて、布団を見下ろしたとたん……

 

 

 

……今夜桜がこれに寝るんだよな

 

 

 

という、思わなければよかったことを思い浮かべ……

 

 

 

『士郎も気づいてた?』

 

 

 

先ほどの大河の言葉を思い出してしまった。

余計な邪念と本人は思っていたが……思春期の男が同じ年頃の女の子のことを思っても全く問題ない。

むしろ正常といえるだろう。

 

 

 

そう……正常なのだ……

 

 

 

それを思ったのだ……

 

 

 

 

 

 

正義の味方(異常)を目指していた……青年が……

 

 

 

 

 

 

……そんなこと、今更言われなくても

 

成長期になってから、より女らしくなっていく桜を間近で見ていた士郎は、それを喜ぶと同時に、決して意識しないように自らに言い聞かせていたのだ。

桜がこの家にきた理由が理由だったから、そう見るわけにはいかないと、本人はそう思っているのだ。

 

……もう一年半前か。別に気にしなくてもいいのにな

 

士郎が部活をやめることになったことと、桜がこの家に来るようになったのは一応つながっていた。

バイト先で肩を痛めてしまい、火傷の跡が出来てしまったのだ。

弓道には射礼というものがあり、それをする際はきちんとした和服を着込み、それを半分はだけさせて弓を射るのだが……このときに火傷跡が見えて見苦しいと、慎二が言い出したのだ。

それを言われた士郎もその通りだと素直に思い、バイトも忙しかったので弓道部を辞めたのだ。

士郎はそのことを別に気にしなかったのだが、桜が「怪我が治るまで手伝いをしたい」といいだしたのが、今の関係の始まりだった。

当時はまだ幼さが残っていたが、とにかく一生懸命な子だった。

家の前でずっと士郎の帰りを待ち、顔を合わしたら会わせたでずっと黙り込んでしまい、手伝いをしたいという言葉を伝えるのに一時間以上の時間がかかってしまったほどである。

 

「あの引っ込み思案な桜が今は弓道部の期待の星か。変わるもんだなぁ」

 

桜が明るくなったことは、当時の桜を知っていれば驚くほどのレベルだった。

 

 

 

現実逃避をしているのは明白なのだが……それに気づいていないのが士郎らしい。

 

 

 

初めての出会いは慎二の家に遊びに行ったときだった。

桜は無口であり、髪の毛で顔を隠す癖があった。

それは今も残っているが、今の桜と当時の桜には雲泥の差がある。

元気がなかったのだ。

暗い目と表情をして、ぼんやりとしている。

それが先ほどまで大河を討伐しようとしていた少女と、同一人物とは思わないだろう。

 

 

 

『桜の体が柔らかそうだな~、とか、抱きしめたいな~とか』

 

 

 

……実際よくわからないよな

 

つい最近まではただの後輩としか思っていなかった士郎。

それが崩れたのはつい最近だと本人は自覚していた。

そして……

 

 

 

『お前は大河と、桜ちゃんをも否定していることになるんだぞ?』

 

 

 

刃夜から言われたその言葉に言い返せなかったことが、士郎にとってはすごく衝撃的なことだった。

それがあったからこそ気づいたのか……?

もしくは身近すぎたのか……?

考えてもわかるわけもない。

 

「……今まで問題なくやってきたのに、どうして」

 

桜が泊まることで少しおかしくなっている。

士郎はそう思っていた。

 

 

 

それは間違いないが、仮に以前の……聖杯戦争が始まる前に桜が泊まる機会があったら果たしてこうなっていたのだろうか?

 

 

 

非日常的な状況でようやく気づいた、日常の大切さ。

 

 

 

もしも非日常が訪れなかったのならば、気づかなかった可能性は高い。

 

 

 

人は、得てして安定を望む存在だから……

 

 

 

相手がその安定(日常)を望んでいなかったとしても……

 

 

 

平和(変化のしない日常)というのは……甘美だから……

 

 

 

きっと気づかない……

 

 

 

気づけない……

 

 

 

良くも悪くも、変化は人を狂わせる……

 

 

 

良い方向にも……

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

当然のように、悪い方向にも……

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

一通り準備を終えて居間へと戻ってきた士郎は、そんな声を上げていた。

そして居間を見渡し、それでも見つからなかったのか台所ものぞいたのだが、お目当ての人物は見あたらなかった。

 

桜が居ない?

 

「セイバー。桜は?」

「こちらにはまだきていませんが……。まだ入浴しているのではないでしょうか?」

「入浴って……もう一時間以上経ってるんだぞ?」

 

セイバーが急須より入れたお茶をすすりながらまだ入浴中だという。

それに反論する士郎だったが……だからといって女性の風呂場に突撃できる訳がない。

そんなことをすれば即座にほかの女性陣……セイバー、凜、大河……にフルぼっこにされてしまう。

セイバーは何もしないかもしれない……女性と言うよりも彼女は「騎士」なので、裸を見られても特に動じない……が、敵に回したが最後だ。

 

……女の子だから風呂が長いのかな?

 

放課後の教室にて気づいた、自分の知らない桜。

食事を作りに来ても入浴をしたことがないため、風呂にどれだけ入るのか、士郎は当然のように知らなかった。

 

きっと男の自分とは違って、洗うところが多い(・・)んだろうな……

 

そう思考した瞬間に、士郎はまたもやもやと妄想しかけた。

 

あぁもう! 変な想像はしない!!!!

 

ドカッと、テーブルに陣取り、熱めのお茶を飲み干して心を落ち着かせる。

のどを一瞬、思わず悲鳴を上げてしまいそうな熱が通り過ぎていたが、それでどうにか妄想を振り払って、士郎は一息を吐いた。

 

そんな士郎に掛けられる、セイバーからの言葉……。

 

 

 

「シロウ。桜は目が悪いのでしょうか?」

 

 

 

と。

その言葉に士郎は思わず首をかしげてしまった。

 

「桜は目がいいはずだぞ。確か両目を会わせたら1.5はあったはずだ」

「そうなのですか? しかしそれにしては入り口と壁を間違えていましたが……。私見ですが、先ほど壁に衝突したのは目測を誤った感じでした。桜は今朝から疲れているみたいでしたし、疲労しているのではないでしょうか?」

 

……言われてみれば確かにそうだな

 

先ほどの衝突が緊張と恥ずかしさからではなく、純粋に疲れていたのだとしたら?

確かにいくら恥ずかしかったとはいえ、一年以上もこの家のこの居間で食事をしているのだ。

どこが出入り口なのかぐらいはもう熟知しているだろう。

では何故先ほどぶつかってしまったのか?

そう思った瞬間に士郎はいてもたってもいられなくなり、席を立った。

 

一時間はやっぱり長い!

 

一時間程度では女性の長風呂では短い部類に入る……と思われる(by作者)……が、それでも全く音がしないのは確かにおかしかった。

別段耳を立てているわけではないので、音が聞こえないのは当たり前かもしれないが、何故か胸騒ぎに近いものを感じた士郎は、風呂場へと急行した。

 

このとき性別としては女性であるセイバーを連れて行くという行動をしていれば……

 

 

 

士郎はあんな目には遭わなかっただろう……。

 

 

 

今朝から体調悪そうだったのに、風呂に普通に入れるわけがない!

 

と思い、士郎は焦るのだが……

 

「桜?」

 

脱衣所の扉越しに声を掛けるくらいの理性は残っていた。

というよりも先日の凜の事件で失敗したばかりなので、いくら何でも早々簡単には同じ失敗はしないだろう。

仮に凜の失敗がなかったとしても、さすがに脱衣所に突入するほど愚か者ではないだろうが。

 

あくまでも同じ(・・)失敗は……だが……

 

「桜? いるか?」

 

こんこんと、最初は普通のノックだった者が、だんだんと荒々しいものへと変貌していく。

だが、それでも桜から返事は返ってこない。

それどころか人の気配も感じられないほどに、脱衣所のドアからは音がしなかった。

 

!!! 俺の馬鹿!

 

何故今朝から体調の悪そうだった桜を風呂に入れたのか?

女の子だから風呂に入らないのはいやなのかもしれないが、壁にぶつかってしまうほどに疲労していたのならば、それに気づいて寝かせるべきだった。

そう思うのだが、それはすでに過ぎてしまったことだ。

だから士郎はいったん思考を打ち切って、凜かセイバーを呼ぼうとした。

 

「あ、あれ? 先輩? どうしたんですか……? あわてて」

 

!? 居たのか!?

 

先ほどまで帰ってこなかった、桜の声がドア越しの士郎へと掛けられる。

安堵よりも、驚きの方が強かった士郎は、一瞬飛び上がりそうになってしまうが、それをどうにか押さえた。

しかしその驚愕のせいなのか……それとも脳裏で桜の風呂上がり姿を想像してしまったからなのか……士郎は桜の声が弱々しく、とぎれそうにか細かったことに気がつかなかった。

 

「さ、桜!? いや、時間がかかっているみたいだから大丈夫かなと思って!?」

「じ……かん? おかしいな……。私、そんなに長く入ってました?」

「?」

 

その声はうつろといっていいほどに、ぼんやりとしていた。

それだけではなく、とぎれとぎれに返ってきてもいる。

そこでようやく気づく士郎。

 

「ひょっとして、寝てたのか?」

「……みたいです」

「ばっか。脅かすなよ……」

 

冬の風呂で寝るというのもあまりいいことではないが、それでも最悪の事態に発展していなかったことがわかって、士郎はずるずると廊下に膝をついてしまった。

先ほどまでの焦りは完全に消え去り、安堵していた。

 

 

 

果たしてその安堵が……友人の後輩という人間に向ける(感情)なのだろうか?

 

 

 

全く……桜め……

 

ここまで心配している自分に気づかず、士郎は嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、男である自分が脱衣所の外にいては桜も着替えるに着替えられないだろうと思い、腰を上げる。

そしてその安堵を抱いたまま、士郎は居間へと戻ろうとしたのだが……

 

ゴトッ!

 

「!?」

 

突如として響いた、重たい物が倒れた音。

だがその音には一切硬質的な音が含まれていなかった。

まるで何か柔らかい……肉質的な……ものが倒れたとでも言うような生々しい音だった。

 

「!?」

 

安堵が再び吹き飛び、士郎は居間へと戻ろうとしていた体制を急転換させて、再度脱衣所の扉の前に張り付いた。

 

「桜っ!」

 

声をかけるが返事はない。

先ほどと同じように人の気配すらも感じられなくなってしまった。

 

 

 

確かにそこに居るはずなのに、あまりにも桜の存在は弱々しかった……

 

 

 

一瞬躊躇するも、しかし緊急事態と判断した士郎は……

 

「っ……入るぞ桜!」

 

脱衣所の扉を開けた。

そしてそこには予想通り……ぐったりと横たわっている桜の姿があった。

うつぶせになってしまって倒れている桜を、士郎は優しく抱き起こした。

 

「桜! しっかりしろ桜!」

 

初めてまともにふれた……ふれてしまった……桜という女性の体。

指に触れたその感触は、思わず驚いてしまうほど柔らかで、そしてそれ以上に熱かった。

風呂上がりということを差し引いても異様に熱い。

それを感じながらも、士郎はそれどころではなかった。

 

「……ぁ……ん……」

 

意識がないらしい桜の苦しげな吐息。

それはあまりにも……扇情的で甘やかだった……。

肌に張り付いた何かをはがしとるように、その手は胸の中心をつかもうともがいていた。

 

「あっ……はぁ……ぅ……」

「!?!?!!?!?!?」

 

もはや艶めかしいと称してもいいほどに、桜は艶めいていた。

目の毒という生半可な物ではない。

シャツ一枚という、薄切れにも満たないようなその薄布は、水と汗にぬれてしまってとても危険な状況になってしまっている。

さらに濡れそぼった髪の毛や、その上気した頬、そして苦しげなその呼吸は、士郎の心を大いに揺さぶり、かきむしった。

 

 

 

それこそ、この場で桜を襲ってしまいたいと思うほどに……

 

 

 

このままではまずい……

 

 

 

そうは思うが、その意志に反して士郎の指は全く動こうとせず、それどころか目線はその豊かな胸に釘付けだった。

先ほどの大河の衝撃的告白も相まって、より意識してしまっているのだろう。

そこに救世主……もしくは悪魔……が舞い降りる。

 

「ちょっと衛宮君? さっきから何を騒いで……」

 

魔力充填の終わった凜だ。

先ほどから声を上げたり、桜が倒れたり、荒々しくドアを開けたことで、凜が居る客間にも音が聞こえていたのだ。

なのでとりあえず凜は様子を見に来たのだが……脱衣所の状況を見た瞬間、一瞬だけ停止してしまった。

 

「あ、と、遠坂……」

「……あ、あんた」

 

遠坂がきてくれて助かった! そういうつもりだった士郎は、凜のその顔が、驚愕から憤怒の形相へと化してしまったのを見て、そんな安堵は一瞬で消え去る。

 

「――何してんのよ!!!!」

 

容赦一切無しの脳天かかと落とし。

以前にも説明したが、凜は八極拳を習っているので、普通の男よりもよほど戦闘力がある。

スレンダーと言うことで平均値よりは軽いが、成人に近い体格をしている女性の体重というのは当然のようにそれ相応にある。

それをすべて乗せた一撃というのは相当の威力を有している。

さらにはしなやかと表していいその肉体から繰り出されたそのかかと落としは……破壊力抜群であり、士郎の意識を一瞬で刈り取った。

 

 

 

足を大きく振り上げたことで凜のパンツが見えたのかどうかは、士郎が目が覚めた時に、かかと落としを喰らわされた前後の記憶が吹き飛んでいたので、永遠の謎となってしまった。

 

 

 

ちなみに桜が倒れたのはのぼせたからだと、看病した大河(・・)は診断していた。

 

 

 

ついでに言えばいくら不可抗力とはいえ、風呂上がり直後の女性が居る脱衣所に侵入したことで、それはもうえらい怒られた士郎だった。

確かに一刻を争う自体だったかもしれないが、それでもデリカシーがないと、女性陣3人から非難囂々だった。

 

※獣とはいえタイガーは一応メスである

 

女性の中に一人だけ男……アーチャーは実体化していないので省く……が居るというのも、なかなかに大変なことなのだろう。

さんざん居間にてしかられた士郎は罰として、当分の間土蔵で寝ることを言い渡された。

最初からそのつもりだった士郎としては別段そのことに文句は言わなかった。

もしもこの場に桜がいたのならば、変わっていたのかもしれないが、そんな仮定は瑣末ごとだろう。

 

俺のわがままだもんな……

 

聖杯戦争という、殺し合いの渦中にある冬木市。

普通の人間よりは能力のある士郎、普通の人間を圧倒できる凜、普通の人間では対峙することすら不可能な存在であるセイバーとアーチャー(サーヴァント)

その四人がいる衛宮家ならば、冬木市の中では比較的安全かもしれない。

 

だが逆に……そんな存在が居るからこそより危険な状況になりうる可能性も孕んでいる……

 

そうなる可能性があると言うことは、士郎もわかっていた。

だがそれでも、士郎は自分のわがままを押し通したのだ。

友人の後輩という人間(存在)を護ることを優先したのだ。

 

 

 

……俺は

 

 

 

土蔵にて、なおしたばかりのストーブに火を入れて、士郎は布団に横になる。

厳冬……とまでは言わないまでも、山間にある衛宮家は土蔵ともなるとずいぶんと冷え込む。

 

 

 

言葉を選ばすに厳しいことを言うのなら……ぶっちゃけこんなところで冬に寝るのは正気の沙汰じゃない。

 

 

 

が、しかし士郎の体が頑丈なのか、もしくは寒さに気づかないほど馬鹿なのか、もっと言えば自分の体が異常を来しても……例えるなら風邪……気づかないだけなのか……。

 

※注 ひどいことを言っているのにはかわらない……

 

そんな寒い土蔵で士郎は横になるのだが、寒いとは本人は思っていなかった。

というよりも、先ほどの状況と見てしまった光景があまりにも衝撃的で、そんなことを考えている……感じる……余裕はなかったのだ。

 

……本当に変わってたんだな

 

変わっていたと、そう考えるが、士郎が桜にまともにふれたのはこれが初めてだった。

ふれた、というよりも腕に抱いたのが初めてなのだ。

士郎にとって桜というのはどうしても年下の子であり、イメージが始めてであったときのものが強い。

だがそのイメージとは裏腹に……体つきは少女から女へと変化していたのだ。

毎日見ていたからこそ……変化に気づきにくかったのだろう。

 

……寝れないな

 

すでに時刻は零時を回っている。

大河はひとしきり士郎を絞めた後に帰宅した。

セイバー、そして凜も眠りについている。

アーチャーはほとんど姿を現していない。

セイバーが斬った傷がまだ癒えていないのか、それとも監視に徹しているのか……アーチャーはそのほとんどを霊体として存在していた。

士郎はあずかり知らぬことではあるが、一応衛宮家の屋根の上から監視と警護をしていた。

 

いつ終わるんだろう……

 

聖杯戦争。

七人のマスターと七人のサーヴァントによる殺し合い。

それに巻き込まれる形で、士郎は聖杯戦争へと参加した。

そして知った……十年前の災害の原因。

第四次聖杯戦争の終焉の爪痕。

 

そのとき見た地獄を……

 

そのとき味わった絶望を……

 

 

 

そしてそのときもらった……命を……

 

 

 

それを使って……士郎はこの聖杯戦争を早期終結させて、二度と同じようなことが起きないようにするつもりだった。

だがすでに数日が経過したが、聖杯戦争は遅々として進んでいない。

未だ一組しか脱落していない。

日数だけが経ち、終わりの兆しは遙か先だった。

 

 

 

それに不安を感じたからこそ、士郎は桜を家に泊めた……と、本人は思っていた。

 

 

 

カチャッ

 

「?」

 

寝っ転がった士郎の耳に、そんな音が届いていた。

場所はすぐそばの土蔵の扉。

夜風をしのぐために閉めていた土蔵が、わずかに開かれてそこから顔のぞかせたのは、桜だった。

 

「……先輩?」

 

小さく……もしも仮に士郎が寝ていたとしても起きないように……けれども聞き取れる程度の声量でささやかれたその言葉は、士郎の理性を破壊するには十分だった。

先ほどの状況と光景を思い出した……それだけではなく、大河のお下がりとはいえ、制服姿ではない桜の姿を見るのは初めてで、士郎は一瞬息をのんだ。

 

「……先輩、起きてますか?」

「……あ……あぁ。起きてる。どうしたんだ? こんな夜更けに」

 

必死に理性を動員し、士郎は努めて平静を装って桜に言葉を返す。

のぼせただけなのだから特に問題はないだろうが、それでも倒れたのだからすぐに部屋に戻すのが最適といえた。

だが士郎はそれをしなかった。

 

「眠れなくなったのか? 目がさえてるんなら、話し相手になるぞ」

「……はい、それじゃおじゃましちゃいます」

 

暗がりでも、ストーブの火と、月明かりのおかげで、桜が確かな足取りで士郎のそばへと腰掛ける。

それを見て、士郎も特に心配がないと判断した。

 

「このストーブちゃんと動いてますね。直せたんですね」

「あ、あぁ。さじ投げそうになったけどな」

 

二人が今当たっているストーブは、以前に士郎が拾って直したストーブだった。

拾ってきた当初はあまりにもおんぼろだったのだが、直る見込みがあったために、士郎が最後まで投げずに修復してしまったものだった。

 

「そうですね。でも、結局直しちゃいましたね」

「まぁ……俺も往生際が悪いんだよ」

「そうですよ。先輩って結構頑固なんですよ? 気づいてました?」

「……頑固か? 俺」

 

そういわれて自身を振り返ってみる士郎だが、それで自覚できれば苦労はしない。

というよりも、隣の桜のことが気になってそれどころではなかったのだ。

先ほど意識が蒙昧としていたからか、桜は脱衣所のことを一切口にしようとはしなかった。

だからだろう……最初は固まってしまいそうだった士郎も、だんだんと普段通りにはなせるようになった。

そしてそうやって注意していたからか、普段と違うところにも気づいていた。

 

……すごく安心してる?

 

すごく穏やかだった。

普段から桜は何事にも頑張ろうとしていることを、士郎は知っていた。

だがそれが今はなかった。

これが本当の桜なのかもしれない……士郎はそんなことを思った。

そんな穏やかな桜を見たからかもしれない。

士郎も自然と落ち着けていた。

それから二人はいろんなことを話した。

放課後の続きであるかのように。

互いの子供の頃のことを、話した……。

そんな中、士郎の恥ずかしい過去が桜の興味を引いた。

 

「町中を走り回っていたんですか?」

「うん。パトロールと思ってたんだけど……。正義の味方って言うか、弱きを助け強きをくじくって言うのに憧れてた」

 

それは少し昔の話。

正義の味方を目指している……とはさすがに恥ずかしくていえなかった士郎だが、それでもその気持ちに嘘はなかった。

切嗣に拾われてから、自身もそうありたいと思った士郎はパトロールといって、町中を走り回っていたのだ。

とは言っても所詮は子供というべきなのか、戦場は主に公園であり、相手はそのほとんどが少し年上の同級生だった。

つまり……

 

「いぢめられっこを護っていたんですね」

「恥ずかしいからあまりほめないでくれ……」

「どうしてですか? 私がもしも子供の頃に会ってたら子分にしてもらってました。私、引っ込み思案だから、引っ張っていってくれるような人がいないとダメだと思うんです」

 

女の子相手に子分と言われて少し考えた士郎だったが、すぐに打ち消した。

当時の士郎は結構無鉄砲というか、計画性がないというのかともかく後先を考えていないので、仮に桜と出会っていたら毎日のように特訓と称して、道場に連れ込んだり、河原を走っていた可能性は高い。

それは子分そのもので、それによって鍛えられてしまった桜はたくましく……食欲といたずら心の化身のタイガーや、赤い皮をかぶった悪魔みたいに……なっていた可能性はある。

それを想像して身震いする士郎だった。

 

よかった……桜がおしとやかなで本当によかった……

 

「その……先輩。聞きにくいことを聞いてもいいですか?」

「? 何をだ?」

 

くだらない自分の妄想を振り払って安堵していた士郎に、先ほどまでとは打って変わって不安そうな桜の言葉が士郎の耳に入る。

 

「藤村先生から聞いたんですけど……先輩がこの家に引き取られた養子だって話……」

 

養子。

それは確かに人によってデリケートな問題を含んでしまうために、非常に聞きにくい話かもしれないが……士郎には関係がなかった。

それは、士郎にとっては誇りであると言っても良かったからだ。

別段士郎は本当の両親と折り合いが悪かったわけでもない。

ただ……あのとき一度死んだ身であると思っていた士郎にとっては、切嗣(オヤジ)の養子であるというのは、彼にとって非常に大きな意味を持っていたのだ。

 

「あれ? 言ってなかったか? 藤ねえの言うとおりで、俺は切嗣(オヤジ)の養子だけど……」

 

あっけらかんと返されて固まる桜。

固まってしまった桜に気づきながらも、その質問の意図も、意味もわからない士郎はただ首を傾げるしかない。

 

「その通りだし隠し事じゃないから別に気にしてないんだけど……それがどうしたんだ?」

「気にして……ない? い、嫌じゃなかったんですか? だって今まで全く知らなかった人と一緒に暮らすんですよ?」

 

養子。

今まで全く面識のなかった人間と一緒に暮らすと言うこと。

これがどれほどのストレスを与えるのか想像もつかない。

だが、士郎は違った。

あの極限状態から救ってくれた、切嗣のことを……士郎は心の底から尊敬していた。

 

「藤ねえの入れ知恵かな? 確かにはじめの内はそう見えたかもしれない。だけど、別に辛くはなかったし、嫌でもなかったよ」

 

命の恩人。

言葉にしてしまえばそれだけのことなのかもしれない。

だが、それがどれほど重い物なのか……本人(士郎)にしかわからなかった。

命を救ってくれて……そして道筋まで残していった、養父だったのだ。

 

「じゃあ……楽しかったんですか?」

 

だが、楽しかったのかと問われたら、士郎としても考えざるを得なかった。

冬木の大災害によって両親が他界してしまったことは当然のように悲しかった。

そして火事によってすべてを失ってしまった。

辛くもなければ楽しくもない。

ただ……その傷をいやすための日々だったのだと、士郎はそう思った。

 

 

 

その後はただひたすらに走り続けた日々だった……

 

魔術を習って自分の養父に……正義の味方を目指して……

 

一人(・・)助かった意味を求め探し……町中を駆け抜けていた。

 

それが精一杯で……ほかのことを考えている余裕なんぞありはしなかったのだ。

 

 

 

「楽しかったかって言われたらわからないけど……ただ俺はオヤジみたいになりたかったんだ(・・・・・・・)

 

 

 

なりたかった……

 

そう答えた士郎の胸中に、どれほどの想いがよぎったのかはわからない……

 

だがそのときそう言った、そのときの士郎の表情は……わずかながらも苦渋に満ちていたのだ……

 

 

 

「それって……藤村先生が言っていたような正義の味方になるためにですか?」

 

 

 

しかしそれに気づいたのか気づかないのか……桜はうつむきがちにそうつぶやいていた。

 

その表情と声が、そう答えてほしいと言っている気がして……士郎は自然とこう、口にしていた……。

 

 

 

「うん……。おかしいか?」

 

 

 

正義の味方になりたいと思ったことに嘘はなかった。

 

だからこそ、今のこの場でそう言葉を返したことに嘘はなかった。

 

その言葉を聞いて、桜は……

 

 

 

「そんなことないです。すごく、かっこいいです」

 

 

 

落ち着いた、静かな言葉。

 

いつもなら恥ずかしくて目を合わさずに言うであろうその言葉は、すごくまっすぐな物で……

 

思わずありがとうと……言いたくなってしまうほどに、士郎の心に届いていた。

 

その後、少しだけ暗い表情をして……桜はこういった……

 

 

 

「先輩……。もし、私が悪いことしたら、どうしますか?」

 

 

 

質問の意図がわからないと、士郎の表情が語っていた。

 

だがそういった桜の表情はとても綺麗で……士郎も真剣になって考えて……

 

 

 

こう言った……

 

 

 

 

 

 

「あぁ。桜が悪いことをしたら怒るぞ。他のヤツよりも何倍も怒るさ」

 

 

 

 

 

 

他のヤツよりも……

 

それは、親しいという意味だからだけではなく……

 

その人が特別であるという証だった……

 

それがその人間が望んでいなかった特別だったとしても……

 

その特別な存在だと言うことが……嬉しかったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よかった。なら……いいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひどく安心したかのように、桜はそう言ってうなずいていた……

 

その穏やかさが、最後に見た切嗣の穏やかさと同じに見えた気がして……

 

それだけではなく……今朝思い出した、土蔵での出来事の笑みにも似ていた……

 

それに気づいた士郎の先手を打つように……桜が腰を上げた……

 

 

 

「それじゃ、部屋に戻りますね、先輩。お休みなさい」

 

 

 

そう言って、土蔵から去っていったのだ……。

 

それを引き留めようとしたが、それを桜が望んでいないことがわかった士郎は、素直にお休みと声を掛けて、桜が土蔵から出て行くのを見守った。

 

桜と二人きりで話したこの時間が……

 

士郎はとても楽しかった。

 

そして士郎の心の奥底にも、変化が生じていた。

 

今まで決して見ようとしていなかった……女の子を……

 

一人の女性として、見てしまったのだ……

 

それが……どれほどの激変だったのか……

 

 

 

本人は、気づいていなかった……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「幕の内弁当とは?」

「なんだまた雑学か? 刃夜よ?」

「幕間の内に観客が食べるものなので、幕の内弁当と言われるんだ」

 

※諸説あり

 

「ほぉ? してそれが?」

「幕間だったからそれにちなんだことを言っただけだ。他意はない」

『なんと無意味な……』

 

早めに閉店して、冬木中を駆けめぐったのだが……収穫なし!

 

あまりにもすかしを喰らった感じで……非常に遺憾であった。

が、憤ったところでどうにもならない。

深々と溜息を吐く。

 

「……月が綺麗だな」

「……そうよな」

 

冬木の山間にて、小次郎とともに光り輝く月を眺めてそんなことをつぶやいた。

実にむなしい時間と言っていい。

ものすごく行き込んでおきながら、まったく収穫がないのだから。

 

はぁ……なんかもう面倒になってきた……

 

いろいろと……もうなんかいろいろと。

しかしだからといって状況が好転するわけもないので、俺は溜息を再度吐くとそれで暗い感情を全部出し切って、気分転換を図ることにした。

 

「やむを得ん。弁当でも食おう」

「む? 何か包みを持っているとは思ったが、弁当だったのか?」

「なんか作りたくなってな。枯れた木々の合間から見える月を見ながら弁当というのも乙な物だろう?」

 

にやりと笑いながら、俺は即興で作った余り物弁当の包みを開く。

余り物といっても客に出す物なので、調理自体に手抜きは一切していない。

十二分に味はいいはずである。

それを証明するかのように、小次郎は表面上はいつも通りだったが、それでも実に嬉しそうに箸を運んでくれた。

というよりも弁当持参という時点で自らやる気がないということを言っている気がしたが……もう終わってしまったのでどうでもいいだろう。

 

「茶もあるぞ」

「かたじけない。月夜と刃夜の料理を肴に一献交わしたかったが……」

「あ~それは考えてなかったな。確かにこの月夜を眺めながらの酒ってのもよかったかもな」

 

※お酒は二十歳になってから by作者

 

魔法瓶から注いだ、熱い緑茶を口に含みそれを嚥下する。

のどが一瞬焼けるこの感触というのは、何ともいえない安堵感を生み出す。

寒さは魔力にて風翔龍の力を用いて緩和しているのでそこまで寒くはない。

 

「この唐揚げもらってもよいか?」

「いいぞ~。俺は里芋のあんかけ焼きもらうぞ?」

「卵焼きはもうないのか?」

「お前あれだけ食ってただろ! 俺、一切れしか食ってないぞ。大根おろしも余さず食いやがって。あんかけに入れる分がほっとんどなくなってんじゃねぇか」

「わかってないな……刃夜よ?」

「……何が?」

 

もぐもぐと、大量に食いやがった卵焼きを噛みながら、そんなことを言ってくる。

俺はそれに半ば呆れつつ、小次郎の言葉を待った。

すると噛んでいた卵焼きを飲み込んで……何故か異様に決顔になった。

そしてフッと、顔をほころばせる。

 

「……食べられるというのは大変ありがたいことなんだぞ?」

「……いやそんなあたりまえ――」

「知識と経験が違――」

「お前も俺をあまりなめるなよ? 俺は丸一週間、雑草しか食わなかったことがあるぞ?」

 

厳冬の地、じじいの修行にて……。

基本は曇りで、寒すぎて毎日雪が降ってたり、吹雪いたり。

必死になって雪かき分けて食えそうな植物を探した。

当然それだけではなく定期的に敵が……じじいとオヤジ……襲ってくる。

あっちはスナイパーライフルまで用いてくるのにこっちの得物は夜月と夕月のみ。

極めつけが……

 

人間相手にAM(対物)ライフルとか……頭トチ狂ってるだろ……

 

他にも装備なしの徒手空拳で砂漠横断、水を吸収する特殊なスポンジ装備して真冬の服装で真冬に太平洋海水浴……ちなみに行き先は沖ノ鳥島……等々、盛りだくさん。

 

……思い出すのやめよ

 

一瞬はき出しそうになったのを俺は飲み込んだ。

そんな俺を見て、小次郎が苦笑していた。

 

「お主も苦労したのだな……」

「うん……」

『なんとまぁ……』

 

小次郎と封絶の哀れみの言葉が俺へと掛けられて、小次郎が俺の方を優しくたたいてくれた。俺はそれに心の中で礼を言って、小次郎と自分のコップに茶を注いだ。

熱々の緑茶で口の中の味の余韻と、暗い思い出を流し、俺たちは深く息を吐いた。

 

奇妙な物だ……

 

直前にしていた話を完全に忘れて……俺はそんなくだらないことを思考する。

異世界でこうして、遙か昔に死に消えたはずの存在とこうして弁当を食い、茶を飲んでいるという経験は当然だが初めてだ。

というよりも普通ではあり得ない経験と言っていい。

 

幽霊ないし、亡霊だしなぁ……

 

佐々木小次郎という、いたのかも定かではない侍の名を名乗るこの男。

超絶的な剣技で現在全敗完敗中。

幽霊だから強いというわけではなく、こいつ自身の力で俺は圧倒されている。

それも気力も魔力も無しに……。

 

圧倒的に上にいる人間だってのはわかってる……。

だが……。

 

霊体化できるくせして飯は食うわ、女の子はナンパするわ……本当になんなんだか……

 

卵焼きを残らず平らげた俺の隣の男はすごく満足そうに茶をすすっている。

本当に実に……

 

奇妙な関係だな……

 

 

 

そう考えた俺の背後に……何か普通ではない物の視線と気配を感じた。

 

 

 

その瞬間に俺は動いていた。

 

「ふっ!」

 

手近にあった使われた菜箸を気と魔力を込めて投擲していた。

棒手裏剣という技法である。

それは狙い違わず俺が感じ取った何かへと……突き刺さっていた。

 

「ギィ!?」

 

ギィ?

 

何というか、形容しがたい声を上げてそれが息絶える。

俺はそれに素早く近寄って……嫌な物を見たことによって顔を盛大にしかめることになった。

 

……なんだこの奇っ怪な生物?

 

実に奇妙な形状をしている、虫のような存在がべったりと葉の枯れた木で貼り付けになっていた。

芋虫のようだが、月光に照らされたその体は実に人間の肉体らしい質感をしている。

先から少ししたところでより太くなっており、一番先には口なのか鋭そうな牙が並んでいた。

そして最後の方は何というかしっぽなのか……ひょろっとした紐みたいな物が会った。

率直に言うのならば……

 

 

 

……男性器?

 

 

 

※18禁版である原作PCゲームを元に制作します……気分が悪くなってしまった方ごめんなさい

 

by 作者

 

 

 

もうそれとしか表現がしようがないほどに、それはそれ(・・)だった。

楽しい食事が終えた後に、下の物としか思えないほど生々しい物を見て、気分が台無しだった。

しかしこれが悲しいことに……

 

本日の唯一の収穫か……

 

明らかに自然に生まれた生物ではない。

別段俺は生物博士ではないし、詳しいわけでもない。

だがそれでもいろいろと歪な感じがしたし、それに何より気の放ち方がおかしい。

それらを鑑みれば確実に普通の生物ではない。

言うなれば使い魔だろう。

 

 

 

この予想は、半分正解であり、半分外れだったことに俺は後に知ることになるのだが……それはまた別の話。

 

 

 

運がいいのか悪いのか、じっくりと観察する……いや正直したくなかったが……ことは出来なかった。

一瞬にしてそれが消えたのだ。

証拠隠滅のために何かをしたと言うことだろう。

物的証拠がなくなったのはおしい……いや惜しくないか?……が、まぁ亡くなった物はしょうがない。

しかし気になるところが一つ。

 

……あの牙……血のにおいがした……

 

夜風に吹き飛ばされそうだったが、あの虫からの嫌なにおいと混じって……赤い液体の鉄のにおいがしたのだ。

サイズだけで見ればそんなことは不可能だろうが、自然な存在でない以上、人肉を食い千切ることは出来るかもしれない。

そしてあのサイズと使い魔という観点から考えて……

 

数があるかもな……

 

もしもこの虫みたいな存在の使い魔が人を殺せるだけの力があって、そして数が大量いたとしたら……

 

巡回を増やした方がいいかもな……

 

再び少し……本当に少しだったが、動き出した聖杯戦争。

しかしどこかきな臭い感じがしてきた。

血のにおいがしたと言うことは人を襲った可能性があるということ。

性格から考えて士郎と遠坂凜、イリヤは除外。

キャスターもあんな下品ともいえる使い魔を使役するとは思えないし、そんな余力もないだろう。

ライダーのマスターが間桐慎二だとすれば、そんな力量があるとは思えない。

最後に残ったランサーのマスターが使った可能性が一番高いが……あのランサーが一般人を襲うといった卑劣ともいえる行為を許すとは思えない。

ならば……第三者の可能性が高い。

 

……やれやれ、面倒ごとになったなぁ

 

「実に奇っ怪な虫であったな?」

 

小次郎も食後の穏やかな時間の後に見るのは嫌だったのか、顔をしかめている。

それに激しく同意しつつ、俺は使用不可能になってしまった菜箸を紫炎の炎で灰も残らず焼却した。

 

「ほぉ、そんなことも出来るのか?」

「まだ不慣れだがな」

 

刀にまとわせたり、ちょっとした爆発を起こすことは出来るが、こういった小手先というか……神経使うような使い方がまだ未熟だ。

ある程度は出来るが……残念ながら戦闘時に使えるほど瞬時に使用できる力量には達していない。

もっと魔法的、呪術的な腕前も上昇すれば、戦闘中に霞をまとっての透明化や、風、炎、水などの能力の使用も可能だろうが……魔法とか魔術的なことは苦手である。

 

練習の場もないしな……

 

いつも小次郎と勝負をしているあの林の中の幽霊武家屋敷でしようものなら……辺り一帯火事になりかねない。

かといって、あまり人目に付くような場所ですることは出来ない。

 

……今後の課題だな

 

自分の不器用さに苦笑しつつ、俺は一つ大きく息を吐いた。

 

「夜の夜食も終了だ。疲れたし嫌な物も見たしもう帰るか」

「うむ、そうだな」

 

二人して苦笑しながら、俺たちは弁当の後片付けをして帰路についた。

 

 

 

 

 




NGシーン


「これ以上暇だといいながらないし、暇だと思っているのも非生産的だ。行こう。夜の冬木へ……。俺たちは探索の必要がある」
『……よいのか?』
「言いも悪いもない。ただ俺には……料理人をやっている意味があった。みんな同じだ。食っている」
『食べようとしている』
「だが……何故こうもすれ違う(客が来ない)
『なまじ味覚があるから、些細な味の違いが気にくわない』
「それが評価となり、料理を区別し……」
『客が来なくなる』



刃夜とだってわかり合えた! お前らとだって!!!!



↑乱れ斬ってる、アサ次郎の声が……



『ただ、気づいていないだけなんだ』
「だから示さなければならない……」



「料理はこんなにも……簡単だということを……!!!!」



BGMはあえて「FINAL MISSI○N ~ ○UANTUM BURST」でwww!!!!




NGシーン自分で執筆しながら笑っちゃったよwww





お風呂上がりの女の子と土蔵で二人っきりで会話!?
てめぇ……・
これで○わないとか聖人君子か!?

ったっく……これだからリア充は……

いつか妖精になって世界を呪ってやる……・wwww

約一年ぶりの更新ですね
なのに話は全く進まない
いや本当に申し訳ありません
一応有る程度のストックは出来ましたが……・やっぱり書いてみると結構問題点って言うかどうすればいいのか考えない問題が結構出てきてそのたびにつまずくという……・
見切り発車? まぁその通りなんだが……
ともかく桜ルートを終わらせるのは結構骨がおれます
まぁ作者が堕落してゲームしてるってのが一番の理由かも知れませんが……
GODEATER2とかね……
が、頑張ります



あ、最後に

二周年続きました(続いたっていうか不明だけど……)
未だ半分も来ていないという状況ですが、暇なときにでも読んでいただければ幸いです
何とか終わらせたいなぁ……

「刀馬鹿先生の次回作にご期待ください!」

みたいな打ち切りじゃなく・・・・・


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黒い陰

「部活が休止?」

「そうなんですよ。おかげでなんか張り合いがなくなったって言うか……」

 

いつものように……そう、いつものようにだ……美綴が店へとやってきて朝のお茶を入れての言葉がそれだった。

昨日、あんなことがあったばかりなので、こないかもしれないなと思っていたら意外にもきてくれたのだ。

最初こそ、美綴は居心地悪そうと言うか……少し恥ずかしがっていたが、それでも俺は美綴がきてくれたことが嬉しくて、ごく自然に接していた。

話を聞くのは今度休日が出来たときに買い物に行ってからだ。

ならばそれをするまでは、今まで通りに接しようと俺は思ったのだ。

 

こんないい娘が……そうまでしてくれたのだから……

 

この朝のお茶会が楽しかったのは当然だし、美綴もそう思ってくれているはずだ。

だから、この朝のお茶会は今まで通りにしたかったのだ。

結論を先延ばしにしているただの言い訳なのかもしれない。

だがそれでも、あの話の回答が、俺のこの態度だった。

 

 

 

話を聞いたそのときは……どうなるかわからないが……

 

 

 

「絶好調だったんですけどね~」

「そうか。まぁ残念だなと言うしかないが……」

 

ぐでぇ~っと、机に突っ伏す美綴に苦笑する。

実際の裏の事情を知っているがそれを言うわけにもいかないので、俺は空になった美綴の急須に新たにお茶を注いだ。

そして小次郎が、小さな取り皿に入れた和菓子を添える。

 

「これは?」

「これはわらび餅だ。刃夜の知り合いの方からお裾分けをいただいてな。美綴に振る舞おうと思って置いておいたのだ」

 

雷画さんより昨夜いただいた、和菓子の老舗のわらび餅があまりにもうまかったので、朝のお茶会用に置いておいたのだ。

わらび餅ならばのどごしもいいので、ランニング後で疲れた体でも食べやすいだろう。

 

全力で走った後でのどがからからなのにどら焼きとかは、ちょっときついし……

 

全力で運動した後で唾液すらもでないほどに水分がない状態でぱさぱさした食べ物は拷問に等しい。

もしくは高熱でうなされているときに固いフランスパンでもいい。

 

ちなみにどら焼きにフランスパン、どっちも大好きだけどな……

 

俺も小次郎もどら焼きは大好きである。

ちなみに異世界の食い物を食せないことを、封絶はものすごく残念がっていたりする。

 

異世界ねぇ……

 

そう考えると、モンスターワールドで食した料理が食えないというのは、俺としても少々残念と感じてしまう。

 

奇っ怪な食材が多々あったが……だがうまかったなぁ……

 

至極最低なこと……自ら帰ることを望んでおきながら……を言っているかもしれないが、あの味を味わえないのは残念だ。

 

「うん、おいしいです」

「……それはよかった」

 

本当においしそうにわらび餅を食べている美綴を見たら、俺も嬉しくなって自然と笑っていた。

そんな俺を見て、美綴が一瞬で顔を真っ赤にする。

 

……むぅ

 

『お主も罪作りな男よな』

 

くつくつと、そんな俺と美綴を見て小次郎がニヤニヤと笑っていた。

それが異常にしゃくに障ったが、かといって現段階で攻撃するわけにもいかないので、俺はそれを飲み込んでおいた。

 

……ったく……こういったときはどうすりゃいいんだ?

 

全く対処方法がわからないので、俺と美綴は互いに苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

これが……この朝のお茶会の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の光景だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「相撲で腰をやっちゃった?」

「そう。お父さん年甲斐もなく、相撲を若い人とやって腰をやっちゃったんだって」

 

早朝。

朝の食卓の話でも、大河はおもしろおかしく、そして賑やかな食卓を作り出す。

暴走しすぎなければそれはそれでとてもいいことなのだが……そこで止まらないのが大河なのだろう。

 

「スモウ? それはどんな競技なのですか?」

「あ、そっかセイバーちゃんは外国の子か。えっとね、スモウって言うのはとにかく押す、引かば押せ、押せば押せっていう競技でね。張り手はいいけどげんこつと蹴りはダメ。裸で体ごとぶつかって相手を地面にたたき伏せるって競技」

「は、裸でですか?」

「そ。あ、でも裸っていってもちゃんと急所はまわしで隠してるよ。あ、ふんどしって言うのは……難しいなぁ? 士郎が詳しいから聞いてみて~」

 

ニヤニヤと笑いつつ、ずず~っとアサリの味噌汁をすすりだす。

さも「食べてる最中だから口が使えません」とでも言いたいのか、長~くすすっていた。

 

「シロウ。ふんどしとは?」

 

そして、素直とでも言えばいいのか、セイバーはその誘導に見事に乗っかり士郎へと質問を投じる。

 

……何が悲しくて朝飯時にふんどしの話をしきゃいけないのさ

 

士郎の思いはもっともだといえよう。

というよりも、朝飯でなくても食事時であれば下の話はご遠慮願いたい……と、思うのは自然といえよう。

 

「知らない。スモウは専門外だから他当たってくれ」

「嘘だ~。士郎はまわし持ってるでしょ~」

 

自然に、しかし実に計算的に汁をすすっていた大河からの攻撃。

おもしろいこと、人をいたずらに掛けることにおいては天下一品といえよう。

 

「持ってない! 相撲は雷画じいさんにやらされただけで、回しだって借り物だっただろ!?」

 

切嗣のことを気に入った雷画は、その養子である士郎の面倒もよく見ていた。

雷画の影響力が会ったからこそ、士郎は学生の身でありながらこれだけ大きな武家屋敷……広大な母屋に離れ、小さいながらも立派な道場に広い中庭、極めつけが士郎の鍛錬場所である古い土蔵がある……に一人ですんでいることが出来るのだ。

 

「そうだったね~。士郎、子供の頃はちっちゃかったから相撲も負け続きだったしねー。おじいさまが違う競技にしなさいっていって、勝つまで往生際悪く諦めなかった士郎に弓持たせたんだっけ……」

 

……なんかおかしい

 

そこでようやく士郎は大河の異変に気づいた。

いつもよりもより賑やかにしようとしているのを感じ取った。

 

「藤村先生。そろそろ時間が危ないんじゃないですか?」

 

士郎のおもしろおかしい対応に内心で爆笑しながらも、そこはしっかりと悪魔の皮をかぶっている凜は、優等生の顔のまま大河にいつもの時間が迫っていることを教える。

だがそれに対しての大河の返答は……

 

「ん? ありがとう遠坂さん。でも大丈夫。今日から朝練も部活禁止になったから」

「部活が休止ですか?」

 

その言葉に驚いたのは桜だった。

弓道部に所属している桜が、部活動休止のことを知らないのはおかしいのかもしれないが……彼女は昨日部活をせずに衛宮家にきたために、それを知らなくても無理はなかった。

ちなみに桜は昨夜早く寝たのが功を奏したのか、普通に動ける分には回復していた。

それでももし、部活に行こうとしたら止める気だった士郎はそれをせずにほっと出来た……ら良かったのだが、部活休止の理由を聞いてそれは出来なかった。

 

「あ、そっか。桜ちゃんに伝えるの忘れてたね。陸上部の子が怪我しちゃってね。保健室の先生が診断したら寝不足っていうから」

「寝不足?」

 

寝不足という理由……個人によるところが大きい理由……だけで、果たして全体の部活が休みになるのか? そう考えた瞬間に士郎は鋭くも回答にたどり着いていた。

 

「その怪我人って……まさか一人だけじゃないのか?」

 

一人だけならば自己管理を怠ったことになるが、同じ理由で同時に、それも大量に怪我人が出れば……。

そう考えたのは士郎だけでなく、この場にいる聖杯戦争関係者……士郎、セイバー、凜、アーチャー……は気づいた。

そして士郎の疑問の言葉に、大河は一瞬だけ悲しそうに目を伏せた。

 

「ん~。だいたい二十人くらい」

 

そんなに!?

 

この数には凜も驚きを隠せなかったのか、柔和に微笑んでいた笑みが一瞬だけ消えて鋭く目線を細めていた。

その凜の変化に気づかずに……というよりも凜が気づかせていない……大河は話を続けた。

 

「倒れた子の他にも、なんだか疲れた顔の子がちらほらいてね。最近物騒でしょ? 美綴ちゃんも襲われたってのもあったし、この間の昏睡事件もあるから、当面の間部活は禁止することにしたの。負担ってわけじゃないけど、体が疲れるってのは間違いないしね。それに夜遅くなっちゃうし……」

 

はぁ~と、最後に盛大に溜息を吐いて大河は話を打ち切った。

話は紛れもない事実なのだろうが、朝から気が滅入るような話を長く続けたいとは思わないのだろう。

だが、士郎と凜は違った。

 

……疲れた顔か

 

疲れたというのは精神的疲れではなく、生命力を抜き取られたからでは? と、そこまで思考して、士郎は真っ先に柳洞寺にいるキャスターを思い浮かべたのだが……。

 

……刃夜がさせないか?

 

生命力を生活に支障が出るほどに吸い取ったのならば、刃夜がキャスターのことを放っておかない。

あのとき小次郎が言った言葉が嘘だったとは思えないからだ。

それにそうなると学園の生徒だけというのもおかしい。

大河の話だけではまだ判断が出来ないが……学園の生徒と言うのが、士郎は気がかりだった。

 

ライダーの結界の効力がまだ残っているのか?

 

結界内部にいる人間を根こそぎ溶かし、吸収する結界を発動させたライダー。

そのライダーはセイバーが倒したはずなのだが、まだ何らかの形で効力が残っているのかもしれない。

何にしても情報を整理して、状況を推理しなければいけない。

そう考えた士郎は、凜へと目を向ける。

すると、凜も同感だったのかわずかに首肯した。

 

 

 

 

 

 

それを見ている……一人の目線に気づかずに……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ナンデ?

 

 

 

ドウシテ?

 

 

 

ドウシテ……■サントメヲアワセルノ?

 

 

 

ワタシハ……

 

 

 

センパイサエミテクレテイタラ……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

けが人が同時に二桁か……。これは何かあるんだろうな……

 

今朝のお茶会にて、美綴からもたらされたこの情報。

利用しているみたいで少し気が引けたが……ここはまぁ割り切っておこう。

怪我人が出たと言うが、同時に二十人近くが寝不足という理由でなったのはおかしい。

 

寝不足というよりも……生気を吸い取られたか……

 

生気、生命力……言い方はいろいろあるが、それを抜きとられてしまったかのような感じだ。

そうでなければ二十人が同時に怪我をするなどとは考えにくい。

寝不足って言うのがずいぶんとそれっぽい感じだ。

しかも場所が穂群原学園……。

疑ってかかるべき理由は十二分だ。

ライダーの結界がまだ生きているのかどうかは謎だが、それが原因と言うことも考えられる。

 

さてと……そうなると是が非でも内部に侵入したいのだが……

 

場所が学園というのは実にやっかいだった。

学校という場所は一種の閉じられた場だ。

一般人がそう簡単に出入りできる場所じゃない。

まぁ非合法な手段を使えばいくらでも侵入は出来るが……リスクは可能な限り避けたい。

 

場所が学園だしな……

 

青年達に、あまり無駄に怖い思いをさせるのは本意ではない。

ただでさえ、先日結界でかなりひどい目にあったばかりだ。

 

さてそうなると……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

昼休み。

全体的に活気がない穂群原学園の屋上にて、士郎と凜は作戦会議をしていた。

冬のこの時期に、屋上で昼食をとろうとする人物は他におらず、密会の場所としては悪くない場所だった。

密室では逆に聞き耳を立てられる可能性があるため、開けた場所での会話はある意味で理にかなっているといえる。

また、実体化こそしていないがアーチャーも哨戒に当たっているので、早々問題が起こることもない。

冬の屋上で男女二人きりの昼食というのは……目立つには目立つが、そうも言ってられない状況だった。

そしてその場にてもたらされた、凜からの言葉。

 

「ライダーらしき人物を見た……だって?」

「えぇ。昨夜、アーチャーがね」

 

凜から伝えられたその情報に、士郎は目を丸くした。

 

そんな馬鹿な……確かにあのとき、セイバーが……

 

新都のビルの屋上にて行われた死闘。

その時、セイバーの聖剣より放たれた金色の光。

天馬にて突進してきたライダーをその黄金の光が貫いたのを、士郎は確かにこの目で見ていたのだ。

 

「あんたが驚くのも無理はないわ。私も今朝起きてアーチャーに報告を受けて驚いたから」

 

驚いた、という割には大して驚いた様子を見せていない。

しかし実際問題、驚いてばかりも居られない士郎は、落ち着いた様子の凜を見て、その驚きをいったん封印した。

 

「それで、あいつが見たって言うのは……」

「深夜の二時過ぎだったみたい。あまりにも遠すぎてアーチャーのスキルでも、はっきりと見た訳じゃなかったらしいけど」

 

サーヴァント、アーチャーのスキル。

弓使いというクラスとしての利点として、視力が異様といってもいいほどに高い。

それこそ数キロ先の道ばたの小石をはっきりと見れるほどに……。

そのスキルによって昨夜見た……ライダーらしき人影。

それが意味するところは……

 

「じゃあやっぱり……まだ学園の結界は……」

「壊れてない……かもしれないわね」

 

ライダーがまだ脱落していない。

そして昨日起きたという二十人以上の怪我人。

これらを結びつけるのはある意味で必然だった。

 

「仮にライダーがまだ残っていたんだとしたら、そこそこの日数が経っているにもかかわらず誰も脱落してないのね。全く、面倒なんだから……」

 

ジュルジュルジュルと、下品にパックのジュースを吸いながら、凜は顔をしかめた。

それをいさめようと思った士郎だったが、凜の顔があまりにも不機嫌そうだったので、ふれてはやぶ蛇だったと思い、あえて言及しないことにした。

しかしそれと同時にわかったこともあった。

 

やっぱり刃夜は関係なかったんだな……

 

刃夜が、というよりもキャスターが行っていなかったと言うことに、士郎はほっとしていた。

キャスターが行っていたとすれば、刃夜が先日の約束を反古したことになるからだ。

最初からそこまで疑っていなかったとしても、それが確実となって嬉しいと思ってしまう。

士郎は、敵となった今でも刃夜のことは嫌いではなかったのだ。

それを、凜はめざとく悟った。

 

「あんた、まさかキャスターが行ってないからよかった~とか思ってないでしょうね?」

「え!?」

 

過剰に反応してしまったことで凜が質問したことは事実であると言ったような物である。

それによって、凜の不機嫌さは最高潮となった。

 

「甘い! あんたまだそんな甘いこと考えてるの!? あいつは敵なんだから、今度会ったらぶちのめしてやらないと!」

 

俺は一言も刃夜のことは言ってないんだけど……

 

そう思う士郎であったが、しかし半ば激高している凜に口答えするのはまずいと言うことはすでに身にしみて理解しているので、特に言い返すことはしなかった。

刃夜には結構痛い目を……というよりも負けっ放しなのが許せないのだろう……あわされている凜にとっては、刃夜は憎き敵であることに代わりはなかった。

しかし、それで冷静さを失うほど、凜は愚か者ではなかった。

 

「それにしても……おかしいわね」

「……なにがさ?」

「何で倒したはずのライダーがまだ現界しているの?」

 

……それは確かに

 

超常の存在であるはずのサーヴァントは、実体なき存在として、この世に存在している。

故に、いかに常軌を逸した存在とはいえ、完全に消滅すれば死という結果から逃れることは出来ない。

それを受けたはずのライダーが何故生きているのか?

それによって二人の胸中に、この戦争に対する疑問が浮かびあがったのだ。

そして先日の刃夜からの言葉……

 

 

 

『これは俺の勘だがな? この聖杯戦争には何か裏の意図があると見ているんだ』

 

 

 

その言葉を聞いてから、凜は文献をあさって聖杯戦争のことに関して調べ直していた。

まだ現段階では彼女も納得のいく回答を見つけていないが、それでもその言葉、そして今回のことで、この聖杯戦争に関して少々考えを改めていた。

 

 

 

といっても、「そこに山があったから」と同じレベルの理由で聖杯戦争に参加している……そこに戦い(聖杯戦争)があったから……といってもいいので、ある意味考えるのが遅いといえなくもない……。

 

ちなみに彼女の尊厳のために付け加えておくが、父からの言いつけ「聖杯を手に入れるのは遠坂の義務である」もあって参加していることは事実である。

他にもいろいろ理由はあるのだが……理由の一つに『そこに戦い(聖杯戦争)があったから参加した』があるのは間違いない……。

 

 

 

まぁそれはともかくとして……

 

 

 

「あいつらの存在といい、お父様から聞いていた物とはずいぶんと違う感じがするの。どうもきな臭いって言うか……。なんて言うか……私たちが知らないところで何かが動いているって感じがするわ」

 

何かが動いているというのはある意味で当たり前だ。

七組の存在は互いに知り合いというわけではないのだから。

裏を掻き、画策をして、相手をおとしめて聖杯を勝ち取る。

聖杯戦争とは……戦争とは……、殺し合いとはそう言う物だ。

 

だが、そうは感じない……第三者が暗躍しているかのようだと、凜は言ったのだ。

 

凜がそんな当たり前のことを言っていないとわかっていたからこそ、士郎は特に何も言わず、うなずくだけにとどめた。

というよりも、士郎の本音はよくわかっていない……だった。

 

聖杯戦争すらも理解の範疇を超えているのに……

 

魔術使いとして生きていたが故に、神秘があることは知っていた。

だが士郎が知っていたのはそれだけであって、聖杯戦争の「せ」の字も知らなかった。

それが偶然(・・)にも……セイバーを召喚し、士郎は聖杯戦争へと身を投じることになったので、聖杯戦争の知識など皆無といってよかった。

だから凜の考えに完全に同意は出来なかったが、それでもここ数日の町のおかしな雰囲気は察していた。

 

「まぁ令呪の可能性もあり得るけどね……」

 

しかしそれをすべてぶった切る凜の言葉に、士郎は思わずずっこけそうになったが……どうにかこらえていた。

だがその可能性を考えていなかったわけでもなかった士郎は、特に何も言わずにただ苦笑いを受かべる。

 

 

 

令呪。

三度のみ使用することの出来る、切り札と同時にサーヴァントを縛るための道具でもある。

三度のみなら、常軌を逸したことも行うことの出来るその令呪を使用したということも、十分に考えられた。

令呪は、空間転移すらも可能なのだから……。

 

 

 

セイバーの勝利すべき黄金の剣(エクスカリバー)で消し飛ぶ前に令呪を使用していたのならば……あるいは……。

 

「……何にしても夜から本格的に見回りをした方がいいわね」

「……そうだな」

 

昨夜までも当然のように夜に冬木の街を見て回っていた士郎達だったが、それでも刃夜という存在のせいで動きにくかったのは事実だった。

刃夜と小次郎のコンビは非常にやっかいだった。

何せ刃夜はサーヴァントと斬り合えることの出来る人間だ。

実質、サーヴァントが二人で行動しているような物である。

そうなると士郎と凜が身の安全を確保するためには、己のサーヴァントをぶつけるしかない。

故に二手に分かれるという行動を行っていなかったのだが……。

 

「二手に分かれて行動するわ」

「……わかった」

 

少しでも情報を得るために、凜は苦渋の決断を選択した。

下手をすれば命を失いかねないその決断に……士郎は異を唱えなかった。

その士郎の覚悟が嬉しかったのか……凜は笑顔を浮かべると手を差し出した。

 

「なら頑張っていきましょう。他人に利用されるのなんて、まっぴらごめんだからね」

 

嘘偽りのない笑顔。

それこそ、凜が常にかぶっている「優等生」という悪魔の皮すらもない、遠坂凜そのものの笑顔。

それがあまりにもまぶしすぎて、士郎は思わずすぐに握り返せずに、顔を赤くした。

 

……その笑顔は反則だろう遠坂

 

そう思いつつも士郎はどうにか平静を装って握手するが……わずかな時間とはいえ、凜にそれを見せてしまったのは致命的だった。

 

「―――あら?」

 

少し前までの屈託のない笑顔はどこへやら……ニヤニヤと実にいたずら心が見える笑いを浮かべる。

……いや、もはやいたずら心では生やさしい。

邪悪な笑みと言ってもよかった。

 

「慣れているって言うか、あんまり興味なさそうに見えるけど、そうでもないのね。外見通りって言うか……ふーん。ふ~~~~ん、ふ~~~~ん」

 

じろじろニヤニヤと、士郎の顔をそれはもうおかしそうに上から下まで見る凜。

それに薄ら寒い予感を……予感と言うよりももはや確定事項だが……覚えた士郎は、それを努めて見ないようにして、購買で買ってきたパンを口にした。

 

「な、なにさ? 言いたいことがあったらはっきりいったらどうだ?」

「べっつに~。あんたのことがすこしわかっておもしろいだけだから気にしないで。口にするつもりはないけど……言っていいなら言ってもいいのかしら?」

 

余裕たっぷりに慈母のように微笑むその笑顔からは、想像も出来ないほどの邪悪なオーラを発っしていた。

それに恐れをなした士郎は、前言を撤回しようとしたのだが……。

 

 

 

「衛宮君。好きな子のリコーダーが気になるタイプでしょ?」

 

 

 

「って! 言ってんじゃねぇぇぇぇぇかぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!」

 

自分の悲しき衝動を暴露されて思わず叫ぶが……それは木霊することもなく、冬の寒空へとむなしく吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

好きな子のリコーダーと言われて……無意識のうちに桜を思い浮かべていたことにも、気づかずに……。

 

 

 

 

 

 

※いや、それもどうなんだろうか?

 

 

 

 

 

 

「それで夜の見回りなんだけど……」

 

昼休み終了間近になって、士郎と凜は屋上から各々の教室へと向かうために階段を下りる。

ちなみに二人の教室は別々である。

さらに言えば性癖に等しい物を暴露……というよりも自らが隠していたかった物を暴露されて少しナーバスになっていた。

 

そこに訪れる……意外な人物達の声……

 

 

 

「よう士郎? ずいぶんと景気の悪そうな顔をしているな」

 

 

 

「凜とした雰囲気の少女よ。久しいな」

 

 

 

「「!?」」

 

階段の踊り場から降りて二階へと下りてきたそのとき……そんな声が廊下から二人へと掛けられた。

その声があまりにも聞き慣れた物であり……そしてこの場ではもっとも聞きたくない声だった。

士郎と凜……二人が同時にその方向へと視線を投じると……

 

 

 

「学生してるなぁ~。それとも青春か?」

 

 

 

板前姿の刃夜と、和服姿で前掛けを装備している小次郎の姿があった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

屋上で女子と二人きりでお昼とは……青春だなぁ……

 

実におっさんくさいことを考えていることに苦笑しつつ、俺は少し先にいる二人……士郎と凜へと話しかける。

学園内部と、二人の姿が制服と言うことで……俺はふと自分の立場というか、表の俺の社会的立場を思い出す。

 

ちなみに俺も高校生です……。今はどうなるのかわからないが……

 

 

 

夏至を越え 刀を鍛え 異世界へ それから未だ 帰宅できない~

 

 

 

適当短歌風、By鉄刃夜

 

 

 

どちらもまさか俺が学園に堂々とくるとは思ってもいなかったんだろう。

かなり驚いている様子だった。

 

かなり無理矢理な理由で侵入したしな……

 

大河の携帯へと電話して、出前を頼むようにお願いしたのだ。

出前といっても、完全にサービスなので一円も取ってないのだが。

魔術という一般人では全くわからないことで、教師が苦労するのもかわいそうに思えたので、教師陣に差し入れを持ってきたのだ。

 

ま、学園に侵入するための言い訳だけどね……

 

むろんそれだけが目的ではないが……大半がそれを占めていることは否定できない。

普通に学校に潜入しよう物なら完全に警察沙汰だ。

まぁ数百人単位で相手にたかられようとも警察程度では楽勝だが……そう言う問題じゃないしな。

 

大河の様子を見に来たってのもあるがな……

 

恩人である大河が心配だったのも当然のようにあった。

あいつにも死なれたら寝覚めが悪すぎる。

俺の恩人であることに間違いはないからだ。

 

まぁそう言った言い訳はいいとして……

 

さてこの状況は、前回俺が夜の病院にて直面した危機の立場が逆転したといえるだろう。

学園においては、アーチャーを現界させることは厳しいと言わざるを得ない。

セイバーはいないみたいなので、もしも戦闘が開始されれば士郎と凜を、この場で容易に殺せる。

板前服の都合上、現在装備しているのは水月と数点のナイフのみだが……どっちもたやすく殺せる……。

 

まぁ殺さないが……

 

そもそも殺す気ならば声なんぞ掛けずに、首を掻き斬っている。

それもこの場にいる全員に俺が殺したと悟られずに殺害することも不可能ではない。

 

サーチアンドキル

 

デストロイ? 人を殺すのに破壊は必要ない。

殺ろうと思えば指一本で事足りる。

俺でなくとも、一般人でもだ。

 

まぁその気になればの話だがね……

 

「そう警戒するなよ。俺はただ出前をしにきただけだぞ?」

 

そう言って空になった出前箱を掲げて見せる。

昼の学園という関係上、アーチャーを召喚できない。

それをみこして、俺は交戦の意志はないと態度で語った。

少ないとはいえ周りにも生徒が居る以上、こちらの言い分を信じざるを得ないだろう。

ここで戦闘になったら大変なことになる。

 

まぁ俺は魔術が秘匿されようがされなかろうがどうでもいいんだけど……

 

だが……聖杯戦争がどうこうなるのはまずい。

聖杯に願いを叶える能力があったとしても、それで帰れるとは思えない。

その程度でどうにかなるとは思えない。

だが、かといってそれすらも手に入れないというへまを犯してしまったら、それでアウトというのはなんとなく察しが付く。

 

どう終わらせればいいのかは謎だがな……

 

「職員室の出前にきたんだよ。そのついでに美綴の忘れものを渡そうと思ってきたらお前らを見かけたんでな」

 

その言葉は半分嘘で半分は本当だった。

だが、それをこの二人にいう必要性はないので説明しない。

適当にごまかしておく。

 

「ふぅむ。これが今日の学舎か。ずいぶんと高いのだなぁ」

 

コンクリート構造物はもとより、三階建ての建築物も珍しかったであろう時代に生きていた小次郎がしきりに辺りを見ている。

寺子屋に小次郎が通ったかは激しく疑問ではあるが。

そして当然のように理由としてはそれだけではなく……

 

「あれ? 小次郎さん! どうして学園に?」

「菜々美よ。そなたが恋しくなってな。こうして会いに来たのだ……」

「学園内部で堂々とナンパをするな、たわけが」

 

通りがかった顔見知りの女子生徒に、ナンパをする小次郎をこづきつつ、俺は二人へと近寄った。

それで体を硬くする二人だったが、それも無視する。

あちらとしてもこちらがここで何かをするとは思ってないのだろうが、それでも敵である以上身構えてしまうのだろう。

俺も逆の立場だったら……俺よりも強いやつ二人と相対したならばだ……警戒せざるを得ないだろう。

だからそこは気にせず近寄って……言葉を放つ。

 

『情報交換といかないか?』

 

風翔の力を用いて、二人にだけ聞こえるように空気の震えを調整した。

完全に二人だけにしか聞こえないようなことはまだ出来ないが、しないとするとでは雲泥の差がある。

それを魔術も用いずに行ったことを驚いたのか、それとも会話の内容が驚いたのか、凜が驚愕の表情を浮かべた。

士郎にも聞こえていたのだろうが、どういう物かよくわかっていないのかそこまで驚愕していなかった。

そっちのことよりも、俺がいることのほうが驚きなのだろう。

 

「鉄さん。出前とはいえ学園の関係者じゃない人が、校内をうろつくのはあまりほめられたことはありませんよ?」

 

外面をかぶっているが故に、優等生としての遠坂凜を演じる遠坂凜。

これはつまりここで一戦を交えるつもりはないというあちら側からの了承なのだろう。

それを理解し、俺は二人に近寄った。

内緒話が出来る程度に、そして不自然でない程度に……。

 

「……虫みたいな使い魔を使うヤツに心当たりは?」

 

先手必勝……ではないが、有利な状況と言うことでこちらから先に情報を提供した。

それに驚いて一瞬だけ優等生の顔から魔術師の顔に変化する遠坂凜だったが……すぐに元の優等生としての皮をかぶった。

 

「どんなのかはわかるかしら? さすがに虫ってだけじゃわからないわ」

「……まぁそうだろうな」

 

俺が何かをしているとわかっていても、念のために小声でそう言ってくる。

人がいるこの空間での内緒話というのは、ある意味で人の虚偽をついている。

こんな人の多い場所でやばい話をするとは普通は考えないからだ。

だからといってそれで聞かれないということにはならないので、小声になるのはしょうがないだろう。

そしてその小声によってもたらされた情報は……まぁ俺の予想通りだった。

 

まぁそうだよな……

 

物があるのならばそれを分析したりも出来ただろうが、使い魔の死骸もなくただ虫という情報だけでは無理があるだろう。

使い魔を消失させられてしまった以上それは仕方のないことである。

これに関しては俺に非があると言っていいだろう。

 

しかし……かといってあれを持ってきたいとは思わないが……

 

あんな18禁みたいな物体を手にしたいとは思わない。

それもよりによって男性器の形をした使い魔。

進んでふれたいとは思わない。

 

しかしこうなると俺がこいつらを脅しているだけになるな……

 

状況は相手にとっては最悪と言っていい。

アーチャーがいるとはいえ、こっちの方が戦力的には優位なのだから。

令呪はあるが、それは俺も同じこと。

このままでは前回俺がぶちぎれた状況……病院に美綴が運ばれたあの夜に……のまま終わってしまうことになる。

それはちょっといただけない。

 

先に情報与えたっていっても、くさった情報だったしなぁ……

 

有用性で言えばゴミクズみたいな情報だったために、ほとんど意味がないだろう。

さらに上乗せしないと意味がなくなる。

ならば……

 

「使い魔を使ってくるやつが誰なのかわかるまで、様子見から停戦にしないか?」

 

その言葉を発して、士郎や遠坂凜だけではなく、小次郎も後方で少し驚いていた。

というよりも俺も少々驚いていた。

虫のよすぎる話だとは思う。

使い魔が虫なだけに……。

 

しかしこの状況だとね~

 

学園にまで乗り込んできて、しかもこちらから声を掛けたのだ。

何かあると考えられても不思議ではない。

大河の様子見と美綴へと渡す物……これだけだったのだが、収穫は……

 

「ん……あれ? 鉄さん!?」

 

あっちから来たか……

 

聞き慣れた声が俺の耳朶を打った。

気配ですでにわかっていたので、俺は特に驚くこともなく、その声がした方へと振り向いた。

 

「よっ、美綴」

「今朝方ぶりだな、美綴よ」

 

俺の目当てでもある美綴だ。

士郎と遠坂凜からとりあえず言いたいことは言ったので、俺は美綴へと近寄った。

何度か出前にはこさせられたので、学園に出前にくること自体はあまり驚いていないようだが、しかしそれでも俺がこうして学園を出歩いていることは今までなかったので驚いているようだった。

俺も正直非常識だとは思っていた。

だがいてもたってもいられなかったのだ。

 

一人よがなりなのかもしれない……。わがままかもしれない。だが……

 

今話題にした、虫の使い魔が気がかりだったのだ。

血の匂いがした、あの鋭い牙が生えた口が……。

だから俺は非常識とわかりながらも、こうしていろいろな手を使って学園へと忍び込んだのだ。

 

「美綴、忘れ物だ」

「? 忘れ物って」

 

俺の言葉に美綴が首を傾げた。

それはそうだ。

何せ美綴は忘れ物などしていないのだから。

ランニングの最中にいらない物をじゃらじゃら持っていても効率が下がるだけだ。

故に美綴は朝のランニング時は手ぶらである。

 

よって俺が言ったことは嘘である……

 

周りに人がいる以上、あまり注意を引くわけにはいかなかった。

注意を引くと言ってもあくまでも会話の内容だけであって、別段見られること自体は問題じゃない。

忘れ物と言うことであればあまり注意を引くことはない。

と思ったが、俺の店に入り浸っていることを知っている人間からは、結構注目されてしまった。

 

……ミスったか? まぁいい

 

「忘れ物って」

「これだ……」

 

そう言って差し出したのは小さい鉄板。

厚さは3mmほどの物だ。

中には大きく「守」と掘ってある。

 

「……これは?」

「お守りだな。可能であれば……これは四六時中持っておいてくれ」

 

余っていた玉鋼を熱し、板状にした物だ。

ストラップになるように、上の方に穴も開けてあった。

紐も通してあって、これは余っていたリオレウスの毛を、気を込めながら編んだ。

 

木材よりも玉鋼の方が気も魔力も込めやすいからな……

 

あの使い魔を見て、俺はこれをどうしても美綴に渡したくなったのだ。

木のお守りよりも、より強く守護の力を込めたこれを……。

 

これなら、おそらく大丈夫だ

 

サーヴァントが相手ではきついだろうが、使い魔程度なら何とか数分は持ちこたえてくれるはずだ。

それも数によるが……三桁近くにたかられても何とか大丈夫な程の気と魔力を込めた。

特に魔力。

未熟な俺が、一日分体内にため込める魔力量をすべて注ぎ込んだ。

三桁を超えては厳しいが、三桁手前程度なら大丈夫だ。

 

こいつを死なせるわけにはいかない……

 

もう二度と……自分にとって大事な人が死んでしまうのは嫌だから……。

モンスターワールドにて……振っておき、挙げ句の果てには二度と会えない状況にした俺が、言うべきではないのかもしれない。

独りよがりでも……わがままでも構わない。

俺はこいつに生きていてほしいのだ……。

その俺の感情が表に出ていたのかもしれない。

最初こそ顔を赤らめてとまどっていた美綴が、一瞬だけはっとした表情をすると、すぐに力強くうなずいてくれた。

 

「わかりました」

「サンキュ」

 

わかってくれたことが嬉しくて、俺は思わず礼を言っていた。

図式……というか流れで考えれば忘れ物をしたことになっている美綴が礼を言うべきだろう。

端から見れば滑稽に見えるだろうが、それでもそこは気にしないことにした。

 

さてと、最大の目的は達したので……

 

「小次郎、帰るぞ~」

「む、もうか?」

「出前と用事が終わったんだ。これ以上治外法権区に長居してたら通報されてしまうかもしれない」

 

というよりもすでにされていても不思議じゃないくらい程度の長居はしている。

怪しいことをするつもりはさらさらないが、通報されてもやっかいなので用事がすんだのならば早々に帰還しよう。

 

夜の部の仕込みもあることだしな

 

「それじゃな。美綴に士郎に遠坂凜。勉強しろよ~」

「さらばだ美綴。また明日な……」

 

ひらひらと、ぞんざいに背を向けた三人に俺は手を振りながらさっさと帰宅していく。

小次郎はてっきり渋ると思ったが、どうやらあちらも俺を抜きで行動するということをする気はないらしく、すんなりと俺についてきた。

しかしそれはどうやら……

 

「遠回りな逢瀬の時だな刃夜よ? もっと直接的に行けばよいのではないか?」

「……からかうな」

 

どうやら俺をからかうためだったらしい。

念話ですむことをわざわざ直接口頭で言ってきやがった。

ささやかな反撃として、俺はこの日帰ってからの昼食は激辛麻婆にしてやった。

俺も辛かったが、小次郎はそう言った刺激物には慣れてなかったようですごく効果があって、恨めしそうな目線を俺に向けていた。

 

「刃夜……兵糧攻めとは卑怯だぞ」

「相手がもっとも何をいやがるか。それを考えるのが戦いだ! 食べ残しは許さぬ。どうしても無理というなら首から下を地面に埋めて口から麻婆を流し込んでやるが?」

「……外道めぇ」

「そりゃステータス(褒め言葉)だ」

 

豆腐など飾りだ、麻婆の海の底に申し訳程度に沈んでいる……という神父感激の昼食をスタッフがおいしくいただきました。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「深山町の見回りですか?」

「そうだ、今夜から遠坂と二手に分かれて行動する」

 

それが深夜になって寝静まった家からこっそりと抜け出そうとしている、士郎とセイバーの最初の会話だった。

すでに凜とアーチャーは出陣していた。

 

「家の改装で少し問題があったらしいの。それの打ち合わせに言ってくるわ。帰りは遅くなると思うから」

 

誰もが納得できると言えなくもない嘘の理由を、さらりと言ってのけながら。

そして現界していないアーチャーを引き連れて、新都方面へと見回りを敢行していた。

それに対して、今現在半ば同居中の桜がいるため、桜が寝た後でなければ家を出ることの出来ない士郎とセイバーは手近な場所、衛宮家も存在している深山町の方を探索する方針となったのだ。

 

「確かに、ここ最近夜になると不穏な気配を感じますのでそれには賛成ですが……しかしいいのですか?」

 

明確に表現こそしなかった者の、それは桜のことを気遣っての言葉だった。

昨日も風呂場にて倒れたばかりだった桜。

今日様子を見た限りでは特に問題がなさそうだと判断したからこそ、こうしてセイバーに見回りを提案した士郎ではあったが……当然のように心配でないと言えば嘘になった。

だがそれでも……

 

「……あぁ。今日の様子を見る限りでは大丈夫だと思う」

 

士郎は見回りを選んだ。

桜のことは心配だが、それでも聖杯戦争による被害を恐れたのだ。

特にまだ存在していると判ったライダー。

ライダーが発動させた「鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)」。

それは、彼の最悪の記憶を呼び覚ました。

 

 

 

生命力を奪われて力なく倒れている同じ学舎の人間達。

 

 

 

それが……あの日の地獄の日々を呼び起こす。

 

 

 

それを思い出してしまっては……いてもたってもいられなくなったのだ。

故に士郎は桜の身を案じながらも、探索へと乗り出したのだ。

 

「それで、どの辺りに行くのですか?」

「……とりあえず足下を固めよう。足下をすくわれるのは避けたい」

「なるほど、確かに。注意深く観察すれば、何か判ることがあるかも知れない」

 

士郎の意見にセイバーも納得した。

彼女も無辜の民が被害を被るのを快くは思わない。

以前も見回りに行くことは彼女自身心の中で思っていたことだったが、それでも桜の体調、そして刃夜と小次郎の存在のせいであまり表だって行動をすることは出来なかったのだ。

少し前に辛酸をなめさせられたことを、彼女は忘れてはいなかった。

ちなみに見回りへと行く際に、刃夜と一時休戦を行った事をセイバーには伝えていた。

そうして見回りを開始する。

最初は順調に捜査が終わった。

聖杯戦争の真っ直中であり、夜と言うことも相まってかひどく不気味だった。

 

……何かあっても不思議じゃないな

 

士郎がそう思ってしまう、それほどまでに……。

 

 

 

そう言うのは……往々にして悪い物を引き寄せてしまう。

 

否、この場合は幸運と言うべきなのだろうか?

 

 

 

人を助けたいと思う……青年には……

 

 

 

 

 

 

「――――――っ!?」

 

 

 

 

 

 

その時、士郎の体内に走る魔術回路が魔力の波動を感じ取っていた。

その波動があまりにも大きな物だったが故に、彼にも感じ取ることが出来た。

 

「セイバー、これって!?」

 

そうしてセイバーを見ると、セイバーは鋭い目を、新都の方へと向けていた。

士郎よりも明確に感じ取っているのだろう。

己の勘違いでないことがわかり、一瞬だけ頭が真っ白になった。

 

こうなることを望んでいたはずなのに……

 

とっさのこととなると頭の中が一瞬だけ真っ白になってしまったのだ……

 

はじめからこうなることを……

 

 

 

正義の味方として戦えることを……

 

 

 

望んでいたはずなのに……

 

だが、士郎の頭は思考を停止し、体が動かなかった……

 

 

 

そのとき、先日見た切嗣の顔を思い出した……。

 

 

 

「いこうセイバー!」

「はい!」

 

その言葉と共に、一瞬にして魔力の鎧をセイバーが纏った。

そして士郎を抱きかかえて宙を舞った。

己だけの力では決して出せない速度に揺られながら、士郎は必至になって覚悟を決めていた。

 

戦場へと向かい、場合によっては相手を殺すための覚悟を……

 

そしてもしも相手がライダーだった場合……

 

 

 

自分の知り合いを殺すことになるかもしれないということを……

 

 

 

結局判明しなかったライダーのマスター。

それの存在が、士郎の友人である可能性を……刃夜から示唆されてから、ずっと考えていたのだ。

 

その友人と……自分は戦うことが出来るのだろうか?

 

と。

戦う覚悟が出来ていないわけではない。

だがそれでも……知り合いと戦うというのは勇気がいる。

 

 

 

相手を殺すかも知れないという……覚悟がいる。

 

 

 

それが出来るのか?

そう自問自答しながら……士郎はセイバーとともに現場へと向かっていった。

 

そして……その現場へと到着する。

 

その場所にいたのは、予想通りの一組の男女と……その女に抱きかかえられている存在。

その女は、抱きかかえている女の首筋に歯を当てていた。

それはまるで……伝説に登場する吸血鬼のようなものだった。

黒い装束を身に纏い、長い長い髪を垂れ流させているその女性は……

 

間違いなく、セイバーのエクスカリバーでとどめを刺されたはずのライダーだった。

 

最初こそ痙攣していたその女性は……今となってはぴくりとも動かなくなっていた。

それからすぐに食事が終わった……そう言うかのように、ライダーは女性の首から口を離した。

だが……士郎の目はその女性のことを見てはいなかった。

彼の瞳は……血を飲み終えたそのライダーの後ろにたたずんでいる……

 

一人の青年へと注がれていた。

 

 

 

「衛宮じゃないか? もしかしてライダーが行っているのに気づいて来たのか? それともただの偶然かな? それならおまえもずいぶんと運がないな」

 

 

 

その言葉を聞くのを、士郎の頭は拒否していた。

予想していなかった訳じゃない。

だがそれでも……自分の友人がマスターであることなど信じたくはなかったのだ。

 

それもそのマスターが……

 

 

 

間桐慎二だということを……。

 

 

 

「し……慎二」

 

 

 

そうつぶやき、相手を正確に認識しながらも……士郎の頭は未だに冷静ではなかった。

慎二が手にしたその本のような物が何なのか、それすらも魔術使いの彼には判っているのに必死になってそれを否定しようとしていた。

 

 

 

慎二が手にしたその書物……それは「偽臣(ぎしん)の書」といった。

他者(・・)の契約下にある従僕を一時的に従わせることの出来る書物だった。

さらにはこれを使用することで、ライダーの魔力も使用することが出来るという、素人には便利な代物だった。

 

 

 

つまりこの本を手にしているのは明確に……そして確実にライダーのマスターが慎二であることを物語っている。

それが判っているはずだというのに……士郎はそれを拒否した。

拒否していた。

 

それを……

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

女性からこぼれた、断末魔というにはあまりにか細い声が、冷静さを取り戻させた。

暗いこの状況でも判る、女性の表情。

そして力なく垂れいているその四肢。

それが士郎の……正義の味方の意識を強制的にたたき起こした。

 

「むかつくことに、お前に僕の役に立たないライダーが破れちゃったから、こうしてお姉さんに協力してもらってたんだよ。魂食いを行ってさ」

 

まるで新しい遊びを見つけたとでもいうかのようにそう語る慎二。

その慎二を見て、士郎は先ほどまでの同様とは一変して厳しい目でにらみつけていた。

 

「……殺したのか、慎二?」

「あぁ? 何言ってんだよ。元々はお前が僕のサーヴァントを殺そうとしたんだからだろ!?」

 

士郎のその質問が心底不愉快だったのだろう。

慎二は顔を憎悪にゆがませながらそう怒鳴っていた。

その脇にたたずむ……ライダー。

その姿はまさに主人の命令を待つ忠実な僕だった。

主人の命令がなければ動こうとしない……。

そのライダーの姿を見て士郎は、はっとした。

己の意志では動こうとしないライダー。

そのライダーが先日、穂群原学園で……何を行ったのかを……。

 

 

 

生徒全員を喰らいつくすという悪魔のような結界を使用したのだ……。

 

 

 

それが誰の指示であるかなど……今のこの状況では考えるまでもなかった。

 

 

 

それを思い出して、士郎の心は決まった。

決意のこもった眼差しを……慎二へと向ける。

それで慎二も気づいたのか、にやりと……実に邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

「意趣返しって言うのが癪だけど……以前のままだと思うなよ! ライダー!」

 

 

 

慎二がライダーの名を叫ぶ。

それが開戦の狼煙となった。

ライダーの体が一瞬で沈み……十メートル以上もの距離を一瞬にして縮めてくる。

その前に……

 

「シロウ下がって!」

 

士郎の後ろに控えていたセイバーが躍り出た。

そして戦闘が開始された。

 

ギィン!

 

鉄鎖のついた杭と見えない剣が火花を散らす。

前回とは違い、ライダーはセイバーから離れようとはしなかった。

発動にどれほどの時間がかかるのか判ってはいないが、それでもセイバーの宝具を浴びてしまったのでその威力は身にしみてわかっている。

故にライダーは、開けすぎず近すぎずの中距離を保っている。

今は風を纏っているためにセイバーのエクスカリバーの姿は見えないが、遠目とはいえ一度目にした剣の間合いを計り損ねるほど……ライダーは愚かではない。

 

速い!

 

その機敏とも言える動きに、セイバーは翻弄される。

ライダーの武器は長い鉄鎖のついた杭。

故に中距離でも十分に攻撃が出来る。

だがセイバーの武器は剣。

刃夜の狩竜ほどの長さがないのは当然として、西洋剣でも長い部類に入るセイバーのエクスカリバーだが、それでもライダーの杭ほどの長さは当然のようにない。

半ば防戦一方になってしまった。

 

「く、くくく。アハハハハハハ!!!!」

 

防戦一方へと追い込まれたセイバーを見て、慎二が実に愉快そうな笑みと声を上げた。

その表情にはただただ、いたぶることに愉悦を感じている狂った感情だけがあった。

 

その笑顔はもはや士郎の知っている慎二の表情ではなかった。

 

「なんだよ! お前のサーヴァントはたいした事ないな! 僕のライダーに一方的にやられているだけじゃないか!」

 

狂気に満ちたその笑みを浮かべながら、慎二は高らかに哄笑した。

それは完全に相手を舐めきった証。

サーヴァントはサーヴァント同士で戦っている。

故にマスター同士で戦うことも不可能ではないのだが……そうであるにもかかわらず、士郎は動かなかった。

 

「そうだよ、本当はこれが正しいんだよ! 衛宮のくせに、僕にたてつこうとするから」

 

ただ……士郎はその目線を自分の友人へと向けていた。

あまりにも変わってしまった……自分の友人に対して。

 

……慎二

 

確かに以前から慎二は少し自尊が強すぎるきらいがあった。

だがそれは慎二の味であるということは……士郎がよく知っていた。

確かに士郎は性格が破綻していると言えなくもない。

だがそれでも、本当に嫌なヤツならば友人と言うことを言いはしない。

だからこそ……士郎は信じたくなかったのだ。

弓道部の人間がマスターだと教えられたとき……

 

慎二だけは違うと……

 

そう思っていたのだ。

なんだかんだで優しいところもある男だと知っていた。

だが……現実は目の前の男の笑みだった。

 

「これなら魂食いしなくても良かったかもな。この前やられちゃったから、今度はこっちがぼこぼこにしてやろうと思って、結構な数襲ったんだけどな」

 

!?

 

その言葉が……さらに士郎に追い打ちをかける。

一瞬それを否定したくなった士郎だったが……それを許すわけにはいかなかった。

 

正義の味方の……士郎が。

 

 

 

「今……なんて言った慎二?」

 

 

 

そばで剣戟の音が響いているにもかかわらず、その声は慎二の耳に届いていた。

そしてその声に、何かを感じ取ったのか哄笑をやめて、いぶかしげな顔をした。

 

「あ? 魂食いを行ったのは無駄だったっていったんだよ。楽勝じゃないか」

 

無駄だった。

慎二はそう言ったのだ。

そばに息も絶え絶えに倒れている……犠牲者を何人も産み出したというのに……。

その瞬間、士郎の怒りが頂点へと達しかけた。

が……その一瞬前に……。

 

ドッ

 

重たい何かが地面へと落ちる音がした。

その音にはっとして、士郎と慎二はほぼ同時に目線をそちらへと投じる。

そこには……

 

「……ぐっ」

 

倒れ伏しているライダーがいた。

見ればその体を大きな剣の傷が出来ており、そこから真っ赤な血を流していた。

そしてそれを斬ったその剣は、今はその姿をさらしていて……再び風を纏って不可視へとなった。

ライダーにはすでにみれている以上、剣を晒すことにはそこまで躊躇がない。

故にセイバーは、不可視にしている風を身体の方へと回して一時的に加速したのだ。

その加速に反応できずに……ライダーは体を切られたのだ。

 

「……な、何してるんだよ!? おまえは!?」

 

罵声が飛んだ。

セイバーを恐れているために動かないのか……それともただの道具が倒れただけとしか思っていないのか。

慎二はその場から動かずに叫んでいた。

 

「誰がやられていいなんて言ったんだよ! この僕がマスターなんだぞ! 無様な姿をさらして、しかも衛宮のサーヴァントに二度もやられるなんて!」

「っ……ぅ……」

 

自らの血の海に沈むライダーは、それを受けて必死になって体を起こそうとするが、起き上がれない。

明らかな致命傷だ。

このまま放置してしまっては力尽きてしまう。

だが……慎二にはライダーを癒す術がなかった。

魔術師ではない……彼には……。

 

「この、さっさと戦えよ! どうせ死んでいるんだから怪我なんて大丈夫なはずだろ!」

 

ひたすらにライダーを罵倒し続ける。

それでどうにかなると思っているのだろうか?

その光景を見かねたのか、セイバーが慎二へと言葉を放つ。

 

「ライダーを責める前に己を責めるがいい。いかに優れた英霊だとしても、主に腕がなければ実力を発揮させることは出来ない」

 

たった今己のサーヴァントを切り伏せたセイバーからの言葉は、威圧という意味では十分だった。

 

「ば、バカバカ早く立てよ! マスターを守るのがお前の役目なんだろ! だったらさっさと立ち上がって戦えよ!」

「今のライダーに戦闘は不可能だ。降伏しろライダーのマスター。我が主の言葉に従って敗北を認めて令呪を放棄しろ」

「!?」

 

その言葉は絶対に言ってはいけない一言だった。

だがそれをセイバーが……ましてや士郎が知っているはずがない。

それ故に慎二は最悪の一言を口にしようとするのだが……。

 

 

 

「そこまでだ。やはりお前では無理だったようじゃな慎二よ」

 

 

 

しわがれた老人の声が……その行動を牽制した。

そしてその言葉と同時に、ライダーの体が透けていく。

士郎とセイバー、そして慎二が弾かれるようにその声の方へと視線を投じる。

そこには……

 

 

 

杖をついた、和服を身に纏う老人が立っていた。

 

 

 

「やれやれ。見込みがないとはわかっておったのだが……これほどとは。孫かわいさにさせてみたが、これではもう諦めざるを得んな」

 

 

 

今までどこにいたのか?

その老人……間桐臓硯は、まるで夜の闇から出てきたかのように突然に出現した。

その存在があまりにも異質すぎて……セイバーが士郎の前へと歩みでた。

それは……主人を守護する騎士の姿だった。

セイバーはわかっていたのだろう。

 

間桐臓硯が……危険なことを……。

 

「お、おじいさま。まさか……ライダーを」

「わし以外に誰がおる。愚か者めが。ライダーを殺す気か? それでも貴様はわしの後継者か?」

 

ライダーは姿を消していた。

臓硯の言動を信じるのならば、ライダーを消したのは臓硯なのだろう。

手負いとはいえサーヴァントであるライダーを消した。

この事実は、臓硯が相当の腕前を持っているのを有していることを如実に語っていた。

 

おじいさま? 後継者? ってことは……慎二と桜の肉親か!?

 

だが士郎はそんなことよりも、目の前の老人の存在が驚きだった。

数年間、間桐兄妹と親交を深めていた士郎だったが、慎二の父親がいることは知っていても、祖父がいることまでは知らなかったのだ。

そして……目の前で行われた魔術行為。

それが士郎の中で、最悪の未来を想像させるには十分だった。

 

「な、ならなんで邪魔をしたんだよおじいさま! 僕は間桐の跡継ぎなんだ! こんなヤツに……衛宮なんかに負けたりはしない!」

 

そういって慎二は士郎をにらみつける。

そこには……ただそう言う言葉よりも、より深い憎悪が込められた視線だった。

だが老人はそれを一蹴する。

 

「痴れ者めが。お前程度の出来損ないに勝利など求めておらぬわ。貴様に求めたのは無力でありながらも挑んでいく一族の誇りよ。にもかかわらずそれすらも満足にこなせぬか。親子共々に一族の面汚しめ」

「なっ……僕がオヤジと同じだって」

「たわけ、それ以下じゃ。無能であったお主の父はさらなる不良品を作りおったか。間桐の血筋ももう終わりよな」

 

己の血統が終わりと言う臓硯に感慨はないのか、吐き捨てるようにそう言っていた。

そしてセイバーへと歩み寄っていく。

さきほどから油断していなかったセイバーだが、近寄ってきたことで更に警戒を強めて、その剣の切っ先を臓硯へと向ける。

 

「ほぉ。これではライダーが負けるのは致し方ないと言ったところかの。さぞかし名のある精霊とお見受けした。さて、そうなるとわしは死ななくてはならんようじゃな。あんなのでも孫であることには変わりない。しかしかといってただ逃がして欲しいというのではあまりにも虫が良すぎるというもの。この身に変えねばならんようじゃ」

 

その言葉と言動に、士郎は驚いた。

初めてあったこの老人が、よもや慎二を助けるために出てきたと思ったのだ。

だが実際は違う。

聖杯へと至るために駒がなくなるのを防ぐためだった。

だがあまりの憎悪で頭がおかしくなりそうだった慎二には……そんなことは関係がなかった。

しかしかといってこのまま飛び出していけば殺されるのはわかりきっている。

故に慎二は……かなり屈辱的な事であったが、それでも撤退した。

セイバーも士郎もそれに関しては何もしなかった。

セイバーの場合はそれどころではない。

慎二を斬りかかった瞬間にこの目の前の存在が何をするのかわからないために、士郎のそばから離れるわけにはいかなかった。

 

「ほ、見逃してくれるのかの? おぉそうか。あのような小物を斬っても得ではないとわかっておったか」

 

自らの孫をさげすむような言葉を言うが、それはあくまでも言葉のみ。

口調には、すくなからずの親愛の情が込められているように聞こえる。

しかしセイバーはそんなことに反応はしない。

ただひたすらに……臓硯へと視線を向けて、警戒していた。

セイバーの警戒もむなしく……士郎は臓硯へと話しかけようと歩みよった。

その前にセイバーが止める。

 

「士郎、何をする気ですか?」

「セイバーすまない。少しでいいから話をさせてくれないか?」

「いけません。この老人は人間ではない。話すこともなければ聞くこともない」

 

人間じゃない?

 

そう言われて士郎は臓硯へと視線を向けるが……そこまで変わったところは見受けられなかった。

だが普通ではないことは十分にわかっていた。

否、本能がそう告げているのだ。

 

あれは普通ではない……と。

 

だがそれでも、士郎には聞かねばならないことがあった。

 

「でも、それでも聞きたいことがあるんだ。頼む。すぐに終わらせる。それにもしもの時はセイバーがいるから大丈夫だろ?」

 

実際その通りだろう。

セイバーがいれば早々まずい事態には陥りがたい。

何せサーヴァントだ。

いくら普通ではないとはいえ、臓硯には正面からセイバーと戦う術を持っていない。

主の意志は固いと見たのか……セイバーは何も言わずに士郎へと背を向けて、臓硯の姿を注意深く見つめている。

それが話をする許可だと理解して、士郎は臓硯へと声を掛ける。

 

「あんたは……慎二と桜の祖父なのか?」

「その通りだ、衛宮の跡継ぎよ。聖杯が現れると言うことでわしも参戦しようと考えたがいかんせんもう歳じゃ。故に孫に檜の舞台を譲ったのだ。お主も魔道に連なるものならば、後継者に継いで欲しいと思うのは道理じゃろう?」

 

!?

 

次に掛けようと思っていた質問を先制されて士郎が息をのんだ。

だがそれでも聞かないわけにはいかず……言葉を続ける。

 

「魔術師……の家系なのか?」

「む、知らなんだか? 遠坂の小娘より聞いておると思っておったが……。遠坂と間桐はこの冬木に根付いておる。とはいえ……お主からも見ての通り、間桐の血筋はもはや完全に廃れておるのじゃがな」

 

その言葉で少し不安が安らぐ士郎だったが、それでもこれを聞かないわけにはいかなかった。

 

 

 

「なら、桜は!? 桜もマスターなのか!?」

 

 

 

これが士郎の聞きたかった事。

自分にとって家族に等しい少女の存在。

慎二と桜は兄妹だ。

故に慎二が、そして目の前の二人の祖父が魔術師であるというのならば桜も魔術師たり得る。

故にそれが聞きたくて、士郎はセイバーを説得してまで話をしたのだ。

それを……

 

「これは異な事を。桜がマスターとな? そんなことはあり得まい。どうやらお主の父親はまともに教育をせんかったようじゃの。魔術師の家系は一子相伝が基本(・・)。よほどの大家でなければ後継者以外に魔術を教えることはない。兄妹など最たるもの。跡継ぎは二人もおらぬ。間桐が廃れておらぬのであれば養子にも出しようがあったが魔術回路がないのでは話にもなるまい」

 

これがどれほどの虚偽と真実を織り交ぜた言葉であるのか……それを知る者はこの場にはいなかった。

士郎はそれを見抜く術を知らず……甘い、甘い果実(甘い嘘)へと食らいつく。

 

「なら桜は……」

「兄がマスターである以上、妹はマスターではない。間桐が魔道であることも知らぬであろうよ」

 

この回答にどれほど士郎が安堵したか。

慎二がマスターであったこと、間桐が魔術師家系であったということに問題は残るが、それでももっとも心配していたことに比べれば問題はなかった。

それほど心配する存在のことを、果たしてただの妹だと思っているのだろうか?

 

「さて、長々と話をしたがこれでよいかの? ライダーはもはや戦えまいて。慎二も明確に敗北した。今回の聖杯戦争は我が間桐は早々に敗退したということになるのじゃが、それでもこの老体を斬るかな? セイバーのサーヴァントよ」

「……そうであるのならば――」

 

戦いはしない。

そう言う矢先だった。

 

ボッ!

 

あらゆる存在を否定して、この場へと瞬時に近寄り……臓硯の胴体に巨大な風穴を開ける。

そしてその威力のあまりに、臓硯の体は分断された。

 

「「!?」」

 

いくら自分たちが標的になっていなかったとはいえ、攻撃が敢行されるまで気づかなかったことに士郎とセイバーは驚きを禁じ得なかった。

そしてその攻撃……凄まじい威力を秘めた矢が放たれた方向へと目線を向けると。

 

「衛宮君!」

「遠坂!?」

 

当たり前といえば当たり前だろう。

凜とアーチャーのコンビだった。

知覚できないほどの遠距離から放たれたその矢が、臓硯の体を分断したのだ。

凜は先行して士郎の元へと向かってきたのか、アーチャーの姿はない。

 

「遠坂、どうして!?」

「私もよくはわかってないわ。だけど……遠目から見てもこいつが異常がなのがわかったから攻撃したのよ」

「ぐ、ぬぅ……遠坂の小娘……」

 

その凜の言葉を決定づけるように……臓硯は上半身とか半身を分断されながらも生きていた。

普通ならばショック死していても不思議ではない衝撃だったというのに。

更に言えばその断面……血と内臓が飛び散っている中に、何かそれ以外の異質なものが地面へとまき散らされていた。

人体の構造に詳しくなくてもわかるほどに、異常なもの。

まるで人肉で出来た芋虫のようなものが……そこにはあった。

 

あれは……一体……

 

「同感だ」

 

あれはいったい何なのか?

そう考え終える前に士郎の耳に第三者の言葉が入ってくる。

それは頭上より聞こえたもので……士郎がそちらへと顔を向けるその前に、士郎の目の前にその存在が着地した。

 

「何を人外の化け物みたいなヤツと話している。こいつは生かしておくと必ずやっかいな罠を仕掛けてくるタイプだ。さっさとご退場願った方が無難だ。それにこいつは……おそらく使い魔の大本だ」

 

異様にながら木の棒を……狩竜を肩に携えながら現れた刃夜だった。

使い魔の大元……。

その言葉を聞いて士郎は臓硯の体の断面を見る。

断面は確かに人の臓器のようなものが見て取れたが……それ以外にも明らかに普通ではない虫のような物体があった。

普通であれば生きた人間の体の断面など、見れたものではない。

だがそれでも士郎は見れた。

見ることが出来た。

 

死を見慣れたこの青年には……

 

すらりと、刃夜は夜月を抜き放ち、臓硯へと油断なく視線を投じている。

その刃夜を守るように小次郎が刃夜の目の前へと現界した。

野太刀をすでに鞘から抜きはなっており、戦闘準備は万全だった。

 

「私にはあまりよくわかっていないが……体の断面を見れば一目瞭然だな。すまんなご老体。私もお主を斬っておいた方が無難だと思うので斬らせてもらう」

 

小次郎が野太刀の切っ先を向けて死の宣告を放つ。

更に弓を射ったアーチャーも凜に追いついて彼女の前に立って双剣を構える。

周りにはサーヴァントが三体に、サーヴァントに匹敵しうる人間の刃夜。

さらには魔術方面では天才と言っても過言ではない凜がそこにいる。

はっきり言って状況は絶望的だ。

しかしそれでも、臓硯は必至になって逃げようとする。

その体が両断されてなお、這っていく。

そこには間違えようのない執念があった。

 

孫に檜舞台を送ったと言い、間桐は敗北したと言った人間の執念ではなかった。

 

その執念を見て、ようやく士郎も相手があらゆる意味で普通ではないと悟ったそのとき……

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

今この場を……

 

 

 

闇が支配した……。

 

 

 

この場にいる全員がそれを感じ取り、動きを止めた……。

 

 

 

止めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

その気配があまりにも禍々しかったから……

 

 

 

 

 

 

間桐臓硯すらも、死にかけている己の状況を忘れて愕然とする。

 

何か良くないものがそこにいる。

 

それを見ただけでも無事では済まない。

 

そうわかっているにもかかわらず……皆がそちらへと目線を向けた。

 

 

 

 

 

 

闇の陰がそこにいた……。

 

 

 

 

 

 

 

それは見たことのない何かだった。

 

何か禍々しい何かがそのまま陰として立体化したかのような……そんな存在。

 

だがそれでもそれはこの場において空間を支配していた。

 

生物であるはずがない。

 

しかしどこか人間を彷彿とさせるものだった。

 

それを見て士郎の脳裏には何故か……

 

 

あの日(八年前の火事の日)の光景がよぎっていた……。

 

 

 

月の光に電灯がともっているはずなのに……そこだけがまるで深海の闇のように静まりかえり、沈んでいた。

 

 

 

ゾクリ……

 

 

 

それが現れたと同時に、ひどく寒気を感じる事に、士郎は気づいていなかった。

 

ただその黒い陰だけが……揺らめくように揺れている。

 

目も口も……手も足もなく、体らしきものも見あたらない。

 

まるでおとぎ話に出てくる怪物のようだった……。

 

 

 

しかしこれはおとぎ話ではない……。

 

 

 

また怪物のよう(・・・)でもない……。

 

 

 

それは正真正銘の怪物だった……。

 

 

 

誰もが動くことの出来ない状況だった。

それがあまりにも異質な存在であったために。

士郎は己の中に浮かんだイメージと恐怖で、凜は戦慄で……。

セイバーとアーチャー、そして小次郎は魅入られたかのように固まってしまった。

しかしそれの存在を恐れつつも、それが原因でこの場において動いていない……動けていない訳ではない存在の人間が一人だけいた。

 

 

 

 

 

 

リィィィィィィィィィンンンンン

 

 

 

 

 

 

……狩竜が……嘶いている?

 

 

 

刃夜であった。

 

刃夜が動いていないのはその闇の陰が現れてより、嘶き始めた狩竜の存在に気を取られていたからだ。

 

 

 

嘶いているというよりも……共振……? ……憤り?

 

 

 

モンスターワールドにて煌黒邪神を突き穿ち、喰らった超野太刀狩竜。

 

それがまるでその闇の陰と共鳴しているかのように嘶いていたのだ。

 

それによって刃夜はそれがなんなのかおおよその予想がついてしまった。

 

 

 

思考に気を取られて油断していた……。

 

 

 

そう言ってよかった。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

ただその場にいた。

そう言っても良かったその存在が何に反応したのか、いままでただ突っ立っていたその状態から唐突に、何か触手のようなものをのばして、それを刃夜へと放っていた。

それに気づくのが一瞬だけ刃夜は遅れた。

避けようと体を沈めようとする一瞬前に……自分の前に誰かが躍り出た。

そして……

 

 

 

ズリュ……

 

 

 

霊体とはいえ、およそ人体に接触したとは思えない……何か奇妙な音がその箇所より響いた。

そしてその接触した部分より……闇がその体を支配していく。

 

 

 

「……小次郎?」

 

 

 

そう、刃夜を庇ったのは……同じく野太刀を携えた……

 

 

 

 

 

 

小次郎だった。

 

 

 

 

 

 





再始動、するつもりで上げる、最新話

どうもあけましておめでとうございます
刀馬鹿です
一年間時間をいただいたにもかかわらず完結出来ず、さらにはほとんど話が進んでいないにも関わらず再始動します
目指せ完結!
可能であれば今年中に!

今日から仕事なんだ
だから感想という力を俺に与えて欲しい……

あ~仕事だよ
やだなぁ……

ご意見ご感想待ってます


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離別

節分ですね~
今日テレビで見ましたが節分って年に四回あるんですってね
ちょっとびっくりした
日本の歴史ももっと勉強した方がいいかもなぁと思いつつ
仕事と自分したいことで日々はつぶれていくw
何でもそうだけど、学生時代にもっと勉強し説けばよかったなぁ……と後悔したりしてしまうw

さてそんなくだらないことはともかく楽しんでいただければ~

と思うんだが当分戦闘ってほとんどないんだよ
ペースあげないとまずいんだわ
がんばります


む、これは……

 

夜。

一通り見回りを行い、さらには柳洞寺にて少しの間キャスターと会議を行ってとある屋上へと陣取っていた。

動かずにただじっと……立ち入り禁止の屋上にて鎮座していた俺の感覚が、戦闘の気配を捕らえた。

小次郎もそれを感じ取ったのだろう。

魔法瓶に入れていた熱いお茶……魔法瓶を異様に気に入っている……を飲み干し、戦闘態勢へと移行している。

 

「なにやらあったようだな」

「みたいだな」

『新都の方のようだが』

 

封絶も感じ取っているらしく、大方の方角を示してくれる。

ちなみに本日の俺の装備はスタンダードに狩竜、夜月、花月、水月、封絶である。

戦闘の気配を感じた方角へと、俺と小次郎は目を向ける。

新都の方角。

おそらく戦闘をしているであろうその場所に強烈な気配が二つ。

戦闘が行なわれていない状態では敵の気配は掴めないが、それでも先端が開かれたのならば話は別だった。

 

この苛烈な気配とセイバーと……あぁ? これって……ライダーか?

 

遠くとも左腕に内包している老山龍のおかげで魔力には人一倍に鋭敏になっている。

その感覚が言っていた……。

ライダーの気配だと。

 

「ほぉ? あの天馬のサーヴァント、生きておったのか。なかなかどうして、おもしろい戦場よな」

『同感だ。だがそれで止まる訳がなかろう。どうする仕手よ?』

「言うまでもないだろ?」

 

俺は屋上の地面へとおいていた武器達を手にすることで応えた。

それをしなくても当然俺がどうするかはわかっていたのだろう。

小次郎も封絶も気合いを入れた。

 

「行くか」

「うむ」

『随意に、仕手よ』

 

そうして俺と小次郎はマンションの屋上より飛翔した。

といっても小次郎は霊体化していなくなったし、俺も魔力を使用しての荒天の力で滑空してだが。

そして途中同じように戦闘を察知したアーチャーと遠坂凜と出会い、少しだけ話した結果二組で現場へと向かった。

 

 

 

状況がどう動くのかはわからないが……それでもこうなるとは……

 

 

 

思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

なんで……お前……

 

 

 

 

 

 

先ほどまで普通だった。

普段と変わらなかったはずなのに……それでも一瞬だけ油断したせいなのだろう。

 

この……状況は……

 

 

 

「……ふ、そう……落ち込むな」

 

 

 

誰もが動けない、動けていないこの状況下でただ一人だけ、小次郎だけが行動を……俺に言葉を向ける。

いつも通りに振る舞っているのに……その口から流れ出る一筋の赤い血が……

 

 

 

全てを物語っていた。

 

 

 

「……主を死なせるわけにはいくまいて」

 

 

 

その言葉だけを残して……小次郎が己の影へと飲み込まれていく。

否……違った。

影に潜んだその黒い陰が喰らっているのだ。

それに気づいた瞬間に……

 

何故か固まっていた俺の意志が……

 

 

 

俺の体が……動いていた。

 

 

 

「てめぇ!」

 

 

 

叫んだと同時に鞘から狩竜を抜き放つ。

今まで眠っていたかのように、血のような真っ赤な色をしていたその刀身が……脈打ち紅く光り輝いていた。

だがこのとき、俺はそれに気づかず……ただ手にした狩竜を敵へと向かって振り下ろしていた。

この黒い陰がなんなのかはわからない。

だがそれでも……何もしないと言うことはあり得ない。

気を総動員しての足運び、さらには体裁き、そして何よりも腕の振り方に刀の振るい方……。

 

全てが力任せだった。

 

それほどまでに一瞬にして血が上っていた。

 

 

 

その感情の起因が……何だったのかをこのときは正確には把握していなかったが……。

 

 

 

脈打つその狩竜を振るったが……その黒い陰はただその場に突っ立っているだけで、避けようともしなかった。

その体なき体に狩竜が触れたその瞬間に……

 

 

 

パシャ

 

 

 

まるで水風船がはじけるかのように、その黒い陰が小さく破裂した。

通過したはずの狩竜の外見には何の変化もない。

しかしそんなことはどうでもよかった。

手応えのなかった攻撃に意味などない。

すぐに索敵を行ったが、それらしい気配はない。

まるで、その陰に沈んだとでも言うように。

 

それは……先ほどまでその場にいたはずの小次郎も一緒だった。

 

 

 

……バカな!

 

 

 

そう考えたそのとき……俺は小次郎がいなくなったことで気が回っていなかった。

はじけたその黒い陰。

その飛沫は俺の体へと降りかかっていたがそれは全く問題じゃなかった。

何せ……こんな程度ではない存在の力をあびたことがあったから。

しかし周りはそうじゃなかった。

その飛沫が……士郎へと一滴だけかかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

刃夜が振るったそのあまりにも長大な野太刀。

それを受けてその黒い陰が飛散した。

黒い陰より飛散した黒いしずくが、士郎へと降りかかった。

ただそれだけだった。

しかしそれだけの事で……士郎は意識が暗転しかけた。

 

 

 

……ぁ

 

 

 

まるで夜の海に潜ったようだ……。

激痛で意識が飛びそうになっているにもかかわらず、士郎はそんなことを思っていた。

もはや痛みが強すぎて感覚の許容範囲を超えているのだろう。

ただ熱いと……。

 

その熱さが……

 

 

 

 

 

 

あの日の惨劇を思い起こさせる。

 

 

 

 

 

 

熱い……

 

 

 

熱い……

 

 

 

その熱と同時に様々な光景と感情が……士郎へと流れ込んでくる。

 

あの日の火災……

 

焼けただれていく人々……

 

もはや原型もとどめていない人の残骸……

 

赤い炎とは違う……地面に所々彩られている紅い液体……

 

地面が……建物が……

 

人が焼ける臭い……

 

 

 

アツイヨ

 

 

 

空気がひどく重い……

 

新鮮な空気などどこにもなく……

 

死の臭いの充満したその空気が、必至になって駆けている少年(■■士郎)の肺へと流れ込んでくる……

 

 

 

音が聞こえる……

 

 

 

 

 

 

タスケテ……

 

 

 

 

 

 

炎が焼ける音……

 

何かがはじける音……

 

 

 

誰かが泣いている……声……

 

 

 

 

 

 

イタイ……

 

 

 

 

 

 

必至になって逃げていた……

 

そうしなければ自分が死んでしまうから……

 

誰かに助けて欲しく……

 

ただがむしゃらに駆けていく……

 

 

 

こんな地獄のような状況で……

 

 

 

ただ一人、満足に動くことの出来た少年……

 

その少年に助けを求めない人間が……いなかったのだろうか?

 

少年が人に助けを求めているように……

 

その少年に……士郎に……

 

 

 

助けを求めた人間は大勢いた……

 

 

 

タスケテ……

 

 

 

がれきに押しつぶされて動けなくなった人の声を……

 

炎に巻かれている人の声を……

 

幼い子供が黒こげになった人に向かって泣きわめいていた声を……

 

 

 

シニタクナイ……

 

 

 

悲痛な声も……

 

その場に罪人は一人もおらず……

 

その地獄にいたのは等しく善良な人間だった……

 

その平等の中ただ一人だけ生きている……無事に今までの人生を謳歌した自分……

 

駆けている間にどれほどの人間の死体を見たのか?

 

耳を塞いで……

 

目を塞いで……

 

逃げるために……

 

生きるために……

 

同じように生きたいと願った人間を置き去りにして……

 

 

 

少年(■■士郎)は走っていた……

 

 

 

気づいていないわけがない……

 

だがそれでもどうにも出来ない……

 

どうせ死んでしまう……

 

 

 

すでに……死んでいる……

 

 

 

そう思って、少年(■■士郎)は無視してひた走る……

 

それはいっぺんの疑いもないほどに……

 

 

 

真実だった……

 

 

 

少年だった士郎に死にかけた人々を助ける手段などあるはずもない……

 

がれきを撤去できる腕力もなく……

 

仮に自分よりも小さな子供を担いで逃げたところで体力が尽きて果てるだけだ……

 

自己生存本能……

 

それを遂行しようとする人間に罪はない……

 

 

 

だが……

 

 

 

 

 

 

どうしようもないほどの罪悪感は残る……

 

 

 

 

 

 

何度くじけそうになったのだろうか?

 

何度もう全てを諦めてしまおうと思ったのだろうか?

 

それでも少年(■■士郎)は走った。

 

そして……望み通り……

 

 

 

少年(■■士郎)は生き残ることが出来た……

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい……

 

 

 

 

 

 

そう謝ってしまえば楽になるだろうに……

 

仕方がないことだったと……

 

自分は子供だったから、何も出来なくて当たりまえだと……

 

そう思ってしまえば楽になれるはずなのだ……

 

しかしその罪悪感がそれをさせなかった……

 

その罪悪感を真っ向から受け止めていた……

 

少年(■■士郎)は……衛宮士郎は……

 

 

 

それ故に正義の味方を求めたのかも知れない……

 

 

 

何も出来なかった自分が悔しくて……

 

あまたの人間の命を無視して生き残った自分が許せなくて……

 

助けを呼ぶ声を無視して……無視し続けた事で……

 

 

 

少年(■■士郎)はもう壊れてしまったのかも知れない……

 

 

 

壊れてしまったが……壊れきってはいなかった……

 

 

 

しかしこのままではこの(・・)士郎はあの存在(・・・・)へとなってしまう可能性が高かった……

 

 

 

 

 

 

「がっ!?」

 

内の底に沈められていた感覚と記憶……

 

罪悪と後悔……

 

それが一度にあふれだし、士郎の精神に多大な負荷を駆けた……

 

しかし士郎にはそれよりも……気になる光景が浮かび上がっていた……

 

まるで第三者の視点のように見えるその地獄の情景……

 

そのときはただ熱いと思っていなかったその状況下……

 

それを掘り起こされて、士郎は違和感を覚えた……

 

否……思い出した……

 

 

 

寒い……

 

 

 

これほどの炎に巻かれたこの街がどうして寒いのか?

 

その場に立っているだけで肌が焼きただれて行くであろうこの状況で……

 

士郎は何故か寒いと……感じていた……

 

 

 

そして……それを見つけた…………

 

 

 

 

 

 

空に浮かぶ、黒い太陽を……

 

 

 

 

 

 

夜だというのに太陽があることが不思議に思ったが、そんなことなど瑣末ごとだった……

 

そしてこじ開けられた事で士郎はようやく思い出した……

 

 

 

自分が逃げていた理由を……

 

 

 

子供心にわかったのだろう……

 

 

 

それとも生命としての本能なのか……

 

 

 

 

 

 

その黒い太陽が……よくないものだと言うことに……

 

 

 

 

 

 

「!? シロウ!」

「衛宮君! しっかりして……!!!!」

 

二人の声が、士郎を回想から意識を呼び戻す。

しかし体は憔悴しきっていた。

吐き気は治まらず、頭痛がひどく、一人では立っていることさえ厳しいほどに足下がおぼつかなかった。

その士郎に……

 

「大丈夫!? 私が誰だかわかる!?」

 

パン!

 

手加減は十分にしてるのだろうが、夜と言うことを考慮しても相当にいい音が士郎の頬から発せられた。

凜が容赦なく士郎の頬を平手打ちした音だ。

その音とその遠坂凜らしい行動に、ようやく士郎の意識が覚醒し出す。

 

「わかる。遠坂だろ? こんな時に平手打ちするのは」

「……! はぁ、冗談言えるのなら大丈夫ね」

 

いや……冗談じゃないんだけど……

 

そう思うのだが、今はそんなことをしている場合ではないことを思い出して、士郎は周りを見渡した。

そばには凜とセイバーがおり、少し遠くでアーチャーが辺りを警戒している。

そして……セイバーと凜の外から士郎を見下ろす存在に気がついた。

 

「……刃夜? あの黒い陰は?」

「……いなくなった」

 

いなくなった。

そう言う刃夜の苦渋に満ちた表情を見て、士郎は違和感を覚える。

先ほどまでここにいたのは士郎、セイバー、凜、アーチャー、刃夜に小次郎、臓硯に黒い陰。

だがこの場には臓硯と黒い陰がいない。

それは当たり前といってもいいだろう。

明確な共同状態ではないとはいえ、ほぼ完璧に敵対状態である臓硯がこの場にいるわけがない。

いるとすればそれは死体としてでしかない。

 

ならば……小次郎は?

 

「……まさか」

 

その先を言おうとして、士郎は口をつぐんだ。

どうなったかなど、刃夜の表情が物語っていたから。

故に追い打ちのように、再度現実を突きつけたりはしなかった。

 

……あいつ……一体何を考えて?

 

しかし刃夜にとって士郎の気遣いに全く気付いていなかった。

胸に去来した想い……。

それを整理していたから……。

 

「……ぞう……けん、は?」

 

それが限界だったのかも知れない。

士郎が苦しそうに表情をゆがめた。

吐き気と悪寒が更にひどくなっていくのを感じて、必至になってそれを持ちこたえようとしている。

士郎の容態に気づいてセイバーが駆け寄って体を支えた。

セイバーの介抱に気づかないほどに、士郎は憔悴しきっていた。

 

「助かったか。まあ本体と接触したわけでもない。そのうち治まるだろう」

 

周りの警戒を行っていたアーチャーがゆっくりと士郎の元へとやってくる。

その表情にはひどい諦観の想いが隠れていたが……それに気づいたものは誰もいなかった。

黒い陰(異質なもの)が現れたというのにもかかわらず、冷静さを失わずしかもこの言葉。

誰もがアーチャーへと驚きの目線を向ける。

 

「アーチャー? あんたあれがなんなのかわかってるの?」

「さてな……。だがこれでこの街の雰囲気の正体がわかったな」

 

マスターである凜の言葉を軽くあしらってそうつぶやいた。

それには誰もが納得し、そしてその姿を思い出して恐怖した。

あまりにも禍々しい……その黒さに。

 

「全く……サーヴァントとして召喚されたというのに、またあれの相手をさせられるとは……。皮肉なものだな」

「あなたは……一体……」

「そうか。君はまだ守護者ではなかったなセイバー。ではあのような存在とはまだ対峙したことはないだろう。全く……いずこにいようとやることが変わらないとは」

「お取り込み中すまないんだが?」

 

誰もがアーチャーに注目している最中にそれを遮る声。

その声を発したのは、倒れた女性を横抱きに抱えた刃夜だった。

 

「こいつ放っておくと死ぬぞ? 一応俺もそれなりに回復させることは出来るんだが、ここまで体力がなくなっている人間はどうしようもない。治療できる人間はいないのか?」

「!? そうね、衛宮君の事もあるし教会に行きましょう」

 

真っ先に凜がそう告げる。

教会の言峰のことを言っているのだ。

苦手意識を覚えている士郎がそれは嫌だと反論しようとするのだが……言葉を発した瞬間にはきそうになるので口をきくことも難しくそんな余裕はなかった。

故にぞろぞろと……大人数で教会へと向かうことになった。

刃夜はこの場で脱しても良かったのだが……さすがに目の前で倒れている人間を放っておくことは出来なかったのか、半ば仕方なくそれに同行する羽目になった。

 

その最中……

 

 

 

「……そう悲観したものでもないか。まだ事が起きていない。後始末にとどまるか……それともそれを防ぐのか……。今回はまだ選択できる余地がある……」

 

 

 

誰とも知れずにただぼそりと……アーチャーがそんなことをつぶやいていた。

揺れ動く意識の中で……何故かその言葉だけが……。

 

 

 

士郎の頭の中に残っていた……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

真夜中だというのに教会には明かりがともっていた。

それに違和感を感じつつも、俺はとりあえず教会の神父であるという言峰綺礼とかいう男に襲われていた女性を預けた。

そして治療はそいつの私室で行うと言うことで俺たちは教会の礼拝堂にて待機している。

この場には俺、遠坂凜、士郎の三人だけがいた。

サーヴァント二人は外にて待機中である。

何でもここは聖杯戦争の監督役の拠点だそうで、よほどの事情がない限りサーヴァントを教会に入れることは出来ないらしい。

 

監督役なんていたんだな

 

その割には学園に結界を発動させたりと、あまりしっかりと監督していない気がする。

その辺を遠坂凜に聞いてみたところ、教会の監督役というのはあくまでも神秘が白日の下に晒されてしまいそうになったときのみ動くらしい。

 

まぁそう言う連中にとってはそれが大事だろうしな……

 

と、そう言った会話をしている最中でも、士郎は全く会話に入ろうとせずにただじっとしていた。

じっとしていたというよりも……どうやら何か考え事をしているようだった。

その表情があまりにも真剣だったために俺と遠坂凜は声を掛けることは出来なかった。

士郎を見つめる遠坂凜の目を見る限りはその理由はわかっているようだった。

 

まぁ俺にはあまり関係ないか……

 

どうでもいい……とまでは言わないが何を考えているのかわからない以上、考えるだけ無駄である。

故に俺たちは黙って、言峰綺礼とやらの治療を終えるのを待った。

 

「治療を終えたぞ。大事には至らないだろう」

 

そうして言峰が私室へとつながる通路より出てきた。

その言葉に安堵しつつも、俺はこの言峰とやらの存在が気になってしょうがなかった。

 

……これが神父だと?

 

俺よりも身長はだいぶ高い。

しかし問題はそこではなく神父服に包まれたその体躯だ。

明らかに尋常じゃない鍛え方をしている。

今の俺でも勝てるかどうか自信がない。

気と魔力を使用すればあるいは……といえるレベルだ。

 

まぁ……監督役ということはそう言うことも兼ねているのだろうな……

 

「さて、初めましてと言っておこうか? 最後のマスターよ」

「……どうも」

 

それとなく観察していた人物へと声をかけらられてとりあえず無難な返事をしておく。

その一言で挨拶は終わったというのだろう。

運び込んだ女性の容態を聞いてみればどうやら無事に完治したようだった。

事後処理は教会の方で行ってくれると言うことらしい。

 

「しかし……衛宮士郎だけではなくお前のような存在にも令呪が宿るとはな。本来であれば聖杯の存在を知らぬものに令呪は宿らないのだが……衛宮士郎といい、お前といい……今回の聖杯戦争は実に興味深い」

 

俺と士郎を交互に見てそんなことをつぶやいていた。

令呪の宿り方に俺は少なからず驚いていたが……そんなことはもう関係がなかった。

 

小次郎は……死んだんだろうな……

 

右手に宿っていた令呪へと手を添える。

しかしそこにはもはや何もなく、ただ己の肌を感じるだけとなっていた。

あの黒い陰に襲われそうになった時に俺を庇って死んでしまった小次郎。

だがそれがどうにも俺は納得できなかった。

確かに反応は遅れたが……あの攻撃を避けられなかったわけではなかったからだ……。

 

 

 

……さて

 

 

 

「用が終わったのならば帰ってもらおうか? こちらとしても貴様達に構っているほど暇ではないのだ」

「ふん。こっちとしてもあんたには頼りたくなかったわよ」

 

腕を組んでそう言い捨てて、遠坂凜が外へと向かっていく。

今の態度を見るにこの二人は知り合いのようだった。

遠坂凜に続くように……俺と士郎も外へと向かった。

 

が……

 

「ところで最後のマスターよ。名前は何というのかな?」

 

去り際……俺へと声を掛けてきた。

俺はそれにいぶかしく思いながらも……振り向き答える。

 

「鉄刃夜だ」

「なるほど。手にしたその長い棒は何だ?」

「……答える義理があるだろうか?」

 

答える義理もなければ、監督役ということでおそらくこれがなんなのかは把握しているはずだ。

ならば答える意味はないだろうし、この男の興味深そうにこちらを見つめるその視線に……俺は警戒を抱いた。

 

こいつ……やる気か?

 

「それもそうだな。呼び止めてすまなかった。気をつけて帰るがいい」

「……どうも」

 

再度無難な言葉を返して俺は教会より外へと出る。

そして一つ大きく溜め息を吐いた。

 

……なんともまぁ、心臓に悪いおっさんだ

 

戦闘に発展していないというのに気疲れしてしまった。

あの油断なく人を観察する目……。

それもこちらの奥底をのぞいてくるかのような……。

あんなに相対するのに気を遣う人間も珍しい。

 

まぁ……どうでもいい……

 

とりあえずもう大して会うことはないであろう存在のことはすっぱりと忘れて、俺は今後のことを考える。

しかし……考えるまでもなかったのだ。

 

やることは一つ……だしな……

 

帰ると言うことを大前提に、俺は動くのだ。

それに代わりはない。

変えてしまってはあいつらに対する最低限の義務すらも俺は放棄したことになる。

そして外でセイバー、アーチャーと合流した。

しかしどうしたことか、少し気まずそうにしている雰囲気だった。

が、それも俺にとってはどうでも言い。

 

「さて、それではこれでいいな? 俺は帰るぞ」

「待ちなさい。まさかあんた、まだ聖杯戦争を続ける気じゃないでしょうね?」

 

そのまま別れようとする俺に何かを感じ取ったのか、遠坂凜がそんな言葉をかけてくる。

その行為はまるでこの後の話を避けるために、俺にあえてふっかけてきた感じだった。

別段無視しても良かったのだが……俺は内心で嘆息しつつ、振り向き答えた。

 

「そのつもりだが?」

「……あんた正気なの? 確かにあんたは人間なのにサーヴァントに対抗できるのかも知れない。だけど仮にあなたが他の全てのサーヴァントを倒したとしても、あなたが聖杯を手にすることは出来ないのよ?」

「? そうなのか?」

 

別段興味はなかったがそれでも理由を聞いてみたら……聖杯というのは霊体であるサーヴァントしか触れることが出来ないらしい。

そしてそのサーヴァントは現界のためにはマスターとの契約が必要不可欠。

つまり完全に利害関係であり、相互関係にあったようだ。

しかしそんなことは俺には関係がない。

 

「別に聖杯そのものが欲しい訳じゃない。それにある程度わかったんでな」

「? わかったって?」

「それこそお前には関係ないだろう」

 

本日現れたあの黒い陰。

あの気配に近しいものと……といっても規模は桁違い、段違いに小規模な存在だったが……俺は戦ったことがある。

故に、前回と同じように何かこの世界でなすべき事があるのだとすれば……

 

あれの討伐なのだろうな……

 

当たらずとも遠からず……と考えていいだろう。

あれは間違いなく普通ではない何かだ。

きっと、あれに付随することを行えば帰ることが出来るのだろう。

俺がずっぱりと切り捨てて、挙げ句の果てに相手にもせずに思案したのが良くなかったのか……遠坂凜から殺気に近いものを込めた視線を送られた。

 

「確かにその通りかも知れないわね。まぁ勝手にしなさい」

 

しかしあちらにはサーヴァントがいるという余裕なのか、このままほっぽって帰って行った。

士郎は最初こそこちらを見ていたが、あいつにも何か考えたいことでもあるのか、そのまま帰って行った。

そうして俺も帰路につく。

その横に……小次郎はいなかった……。

 

『大丈夫か仕手よ?』

「……何がだ?」

 

そんな俺を心配したのか、今までずっと沈黙していた封絶が俺へと声を掛けてくる。

何を心配してるのか、考えるまでもないというのに……俺は封絶に問いを返した。

それをどう取ったのかはわからない。

少し黙った後……こう言った。

 

 

 

『小次郎がいなくなって……大丈夫なのか?』

 

 

 

大丈夫なのか?

それが単純な戦力の減少などや、聖杯戦争に参加できなくなってしまったことではないとわかっていた。

時間は短いかも知れない。

 

だが……あれほど斬り合った相手……。

 

あの斬り合いは……時間以上に互いに互いのことを知ることが出来た……。

 

至福の時だった。

 

これ以上ないほどの信頼と互いを知っていた相方を亡くしたのだ。

封絶が心配するのも無理はないといえた。

 

 

 

だが……その心配とは別のことで、俺は考え込んでいたのだ。

 

 

 

「大丈夫だ。まぁどうとでもなる」

 

それを聞いて俺が強がりで言っていないことはわかったのかも知れない。

だがそれでもこいつは心配しているようだった。

それに感謝しつつも、それでも俺はただただ一つの事だけを考えて……帰路についていた。

 

 

 

だからこそだろう。

 

否……仮にそれに気づいていたとしても動いたかどうかはわからない。

 

それでも俺は気が抜けていたのだ……。

 

 

 

あの虫が……動いていたことを……。

 

 

 

それの大本がどうなったのかを……。

 

 

 

 

 

 

考えていなかった……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

もう深夜と言っていいほどの時間にさしかかった新都。

駅前であるここにはある程度飲み屋などの店もあるが、さすがに店の外に出れば人通りは皆無と言っていいほどに静まりかえっている。

その新都の駅前のロータリーを千鳥足で歩いている一人の女性がいた。

千鳥足といっても、泥酔までしているわけではない。

多少危なっかしくても、彼女はきちんと状況を把握して帰宅していた。

マンション住まいの彼女の家はそう遠くはない。

深夜と言うことで少し不安はあったが、それでも普段通りに彼女は歩いて帰ることを選択した。

 

それが、彼女の人生を散らす選択になるとは知らずに。

 

? 何……

 

それに気づいた……否気づいたとは言えないだろう。

彼女はただの善良な一般市民でしかない。

見られることで視線を感じ取ることもない、つけられたからと言って危険とは気づけない。

動物としての本能がほとんど退化してしまっているただの人間だった。

それでも彼女は不安を覚えた。

何か……言いようのない恐怖を感じて。

そのために彼女は必至になって歩を早めて……気づいたときには走っていた。

だがそれでも彼女の不安は取り除かれず。

まるで導かれるように……その場所へとたどり着いてしまった……。

 

「あれ……ここって……」

 

新都にある……十年前の火災によって全てがなくなってしまった場所に作られた記念公園。

眠りについた人々が安らかに眠れるようにと……そう願いを込めて作られた公園だった。

自分の家のマンションと別の方向に進んできたことに苦笑したそのとき……

 

それが動き出した。

 

ザッ!

 

そんな彼女へと這い寄り、飛びつくもの達。

それはあまりにも醜悪な存在だった。

その先端の口を使って、それはその女を喰らった。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

 

絶叫があがった。

だがその絶叫を上げた口内へとそれは入り込み……その女性の体内を内から喰らう。

その痛みがどれほどのものなのかなど想像できるわけもない。

そして数分と立たずに……その女性が虫に食らいつくされた。

それと同時に先ほどまでいた女性の場所に……一人の老人が倒れていた。

それが喰らうと同時に溶け、混ざり合い……老人となったのだ。

虫の集合体とでも言うのだろうか?

 

それが間桐臓硯の正体だった。

 

 

 

「むぅ。やはりこればかりは慣れぬものだな」

 

 

 

虫の集合体とでもいうべき臓硯の肉体はまさに虫だった。

つまりは臓硯は人間ではない。

だがそれでも元は魔術師という立派な人間だった。

その立派な魔術師にはかなえたい願いがあった。

それを叶えるために……そこへと至るために己の体を作り替えたのだ。

寄生し、寄生し……寄生して生きている。

 

しかしそれが果たして生きていると言うのだろうか?

 

だがそれでも老人は……臓硯は半ば不死と言っても過言ではない。

何せ材料が……寄生できる存在さえあればサーヴァントに吹き飛ばされた怪我すらも治せるのだ。

いや、新しいものになるのだから治癒とは言わない。

だがそれでも手段と方法さえ間違わなければ臓硯は不死に近いと言っていい。

しかしそれも万能ではない。

 

何故臓硯は老人にわざわざ変化したのか?

 

これが疑問に残る。

喰らったはずの女性は若かった。

ならばそれを宿したはずの臓硯は何故老人へとなるのか?

あるべきものを別物ものへと変換したから……ではない。

肉体が別物でありながら臓硯を臓硯たらしめているのは何なのか?

 

それは魂。

 

五百年という長い年月を生きてきた存在である臓硯。

肉体を失って待っているが故に……臓硯という存在を定義づけているのは魂のみである。

しかし人間の魂が五百年という年月を耐えられるわけがないのだ。

五百年生きてきたという年月のために……魂そのものが限界に近づいていた。

故に臓硯は老人へと変化する……そうならざるを得ない。

自分の体を歪に変え、五百年という長い年月を掛けてまで存在するのは……何故なのか?

 

「急がねばならんようじゃな。あれが出てきた以上……事は慎重に運ばねばならん。だが……」

 

狂気じみた笑みを浮かべて臓硯が笑う。

その凄惨とも言える笑みは……夜の雰囲気も相まって……ひどく不気味だった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

仄かに石の匂いがする、そんな一室だった。

下品でない程度に豪奢なソファーがいくつも並べられ、さらにはワインを収納することの出来る棚のある部屋だ。

明かりは蝋燭に火をともすという……古めかしいものだった。

その蝋燭の揺らめく光に照らされた羊皮紙の報告書を……熱心に見つめている男がいた。

 

「……」

 

言峰綺礼だ。

彼は協会の使いとしてこの街に滞在している。

故に今はその報告書を仕上げているところだった。

 

「何をしているのだ言峰?」

 

そんな綺礼のそばに……突如として声が降りかかり、一人の青年が現れる。

そこにいるだけだというのに、異様な威圧感を感じる青年だった。

背格好は特別大きいわけでもない。

しかしその青年に睨まれただけで体が萎縮するかのような……それほどの気迫を備えていた。

 

「報告書か? あぁ、あの簒奪者についてか。餌になったのは五十七名。うち五人は死んだか。これはどうなのだ?」

「……この程度ならば問題はない。どちらの組織も承知の上だ。だが」

「今のままなら……か? 気づいているのだろう言峰? このままだとこの街は無人になるぞ?」

 

その言葉に言峰は応えず沈黙したままだった。

そんなことは彼自信も十分に理解していたからだ。

刃夜達が遭遇した黒い陰の存在は、言峰はとっくに知っていた。

 

「問題なかろう。さすがにそこまでバカではあるまい」

「そうかな? こういった輩は放っておくと後々で問題になるぞ? (オレ)としてもあれは看過できん」

 

その言葉で初めて驚きを見せた言峰が後ろへと振り向いた。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

 

言峰は青年の性格を知っている。

有象無象などどうでもいい……己以外の存在など歯牙にも掛けないにも関わらず、街の人間の安否を気遣うかのような言葉を口にするとは思わなかったのだ。

 

「驚くことはない。(オレ)以外の存在が……人が人を殺せばつまらぬ罪罰で迷うだろう。そんなのを見てもおもしろくも何ともないからな」

 

それを聞いて言峰は納得した。

そして再度理解した。

 

 

 

この青年は……間違いなく人間ではなく、英霊なのだと。

 

 

 

「……なるほど。やはりお前は英霊だ。ならば好きにするといい。私に聖杯は必要ない」

 

その言葉に、今度は青年の方が驚いた。

聖杯に選ばれていながら(・・・・・・・・・・・)も、この男は聖杯を望まないと言ったのだから。

 

「ほぉ? お前には望みはないのか? 聖杯に選ばれた身でありながら」

「明確な望むなどない。私にあるのは……」

 

 

 

そこで区切ったのはどういった意味だったのか?

しかしこの言峰という男はやはり……狂っているのだ。

 

十年前の災禍。

 

その元凶の一部とも言える……この男は。

 

 

 

「明確な快楽を欲する己のみだ……」

 

 

 

明確な快楽。

己の望みを叶えるという願望機、聖杯。

その聖杯に触れた事によって起きた十年前の火災。

己の望みを叶えるという聖杯。

願望機に触れて起きた災禍。

 

つまり……この男の望みは……

 

 

 

「く、ククククク、クハハハハハ! そうか。快楽のみを欲するか!」

 

 

 

その回答に、青年は笑った。

心底楽しいと……自らのパートナーである言峰を褒めそやすかのように。

言峰はそれを聞きながら淡々と、仕事を続けていた。

 

「よい、よいではないか! (オレ)はおぞましいから殺し、お前は楽しみ、愉悦のために殺し、その苦痛を賞味する! 望むものこそ多少の違いはあれどその本質は同じ! だからこそ(オレ)をここまでつなぎ止めたということか!」

 

つなぎ止めた。

それはただ単に、この二人の関係を表しただけの言葉ではない。

ただそばにいるとう意味だけではなく、文字通りこの世界につなぎ止めていた存在だった。

 

 

 

その力の源が……言峰だけではなくとも……

 

 

 

青年は、人間ではないからだ。

故に彼は言ったのだ。

 

人が人を殺せば……

 

その言葉の真意は……己が人間とは別次元の存在だと言うことを明確に物語っている。

それが青年の正体。

 

「よかろう。お前が動かぬと言うのならば(オレ)は好きにさせてもらうぞ」

 

そう言って忽然と……現れたときと同じように青年は消えた。

青年の気配が消えて、静寂が戻り言峰は顔を上げて、出口を見つめる。

 

「……芯は正気のままとは。あの泥も、さすがにあれの魂までは汚染できなかったようだな」

 

十年前の火災の日に降り注いだ、泥。

それを一身に浴びた青年。

黒い泥によって受肉した存在。

 

英雄王ギルガメッシュ

 

それが青年の正体だった。

断言できる。

この存在は最強であると……。

だが……

 

 

 

「無価値ではあるが……無意味ではない。注意するのだな、英雄王。お前が敗北を知るとなると、その一点のみだ」

 

 

 

その言葉には何が込められていたのかはわからない。

しかしその独白は誰にも届くこともなく……部屋の空気を振るわせて消える。

すぐに言峰は新たな報告書を仕上げる。

 

そしてできあがった報告書。

 

それを興味深そうに見つめていた。

 

 

 

料理屋を営み、バーサーカーとも斬り合うことの出来る、超野太刀を持った男の事を……。

 

 

 

お前は……何なのだ?

 

 

 

不思議な存在と思いつつも、それのことを思うと言峰は笑いが止まらなかった。

これほどに心が躍ったのはいつぶりだろうか?

これほどおもしろい存在と出会ったのも。

しかもそれがおもしろいことに聖杯戦争にまで参戦している。

しかしサーヴァントは今夜失われてしまった。

だがその程度で止まる存在だとは、言峰はどうしても思えなかった。

 

どう動く……? 鉄刃夜よ

 

どう動くのか?

どのような結末を望むのか?

故に……言峰は暗く、暗く……笑っていた。

 

 

 

「……果たして何をするのかな? この青年は」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ここは?

 

赤い……。

紅い空間。

暗い眠りについたはずだというのに、士郎はどこか……何かで塗りたくられたかのような場所にいた。

全てが静かな場所。

そこに士郎はただ一人……立っていた。

 

何だ……これ?

 

これが変だということに気づいていたのだが……変だと気付かなくなりつつある自分がいることに、士郎は気づいていなかった。

そしてぼんやりと前方を見つめる。

すると……そこに髪をなびかせて歩いていく人物を見かけた。

 

「……遠坂?」

 

紅いコートを身に纏った凜へと声を掛けるが、それを無視して凜は歩いていく。

地面に突きそうなほどの長い髪をなびかせて……。

恰好が制服だったので、士郎は凜が学園へ行くのだと判断した。

 

あぁ……学園に行くのか

 

そう納得して士郎も同じように学園へと歩いていく。

だがそれでも奇妙な状況だった。

何せこの場所には……歩いていく道に士郎と凜以外に人の姿がない。

それを不思議に思っているのかいないのか……凜はきちんとした足取りで、士郎は少しふらふらとしながら学園へと歩いていく。

そうして……彼女の教室へと向かっていった。

その教室から少女の笑い声が響いてくる。

数は二人。

双子のようにうり二つの美しい女の子の幻影を見た。

 

何故追いかけたんだろう?

 

それが不思議なはずなのに……それを頭が認識しない。

まるで普通ではない感覚だった。

そして士郎は……その笑い声のする扉を開ける。

 

そこには……

 

 

 

「っ……ぁぁん……。ふぅ……んむ」

「はぁ……あっ……あん……」

 

 

 

二人の影が一つに重なっていた。

一人は凜。

もう一人は美綴綾子。

二人はまるで恋人のように寄り添って……互いの唇を貪っていた。

唇だけでなく舌も絡ませて……相手の全てを味わっている。

二人とも制服を開き……その肢体のほとんどを白日の下にさらしている。

あまりにも欲情と欲望に満ちた光景だった。

だがそれすらも士郎は不思議に思えない。

驚きもしなければ嫌悪すらも抱かない。

性別を超えた愛というものを見ていた。

だがしかし……よくよく見れば……

 

 

 

凜が美綴を押し倒そうとしているかのように、その唇を貪り、その手を美綴の肢体へと這わしているのがわかっただろう。

 

 

 

そしてその白い首筋を一つなでると……

 

 

 

「ぁっ!?」

 

 

 

びくんと、美綴が快感に耐えられなかったかのように震えた。

露わになったその白い美しい首筋へと……

 

 

 

凜が口を当てて……かみついた。

 

 

 

「ん……ふぅん、……ぁぁ」

 

恍惚とした表情で美綴が歓喜の笑みを浮かべる。

だがそれは徐々に徐々に生気をなくしていくような笑顔で……。

そこで士郎は間違いに気づいた。

 

今までの行為が、捕食であることに……。

 

凜がのどを鳴らしている。

何を嚥下しているのかなど……考えるまでもない。

徐々にだらりと下がっていく美綴の手。

そして膝が砕けていくのを、士郎はただ呆然と見つめていた。

 

「……ぁ」

 

やがて食事を終えたのか、美綴がぐったりと座っていた机の上に倒れていった。

凜はそれを見届けながら、食事の余韻を楽しむかのように、赤く染まった指を舐めていた。

赤い指にゆっくりと……舌で舐め取るその行為はあまりにも扇情的で艶めかしく、蠱惑的だった。

 

「ふふふ……ぅん」

 

ぴちゃりと……そんな水の音が士郎の耳を打った。

そして、それを終えてようやく気づいたのか……凜が視線を士郎へと向ける。

 

「良かった……。衛宮君来てくれたのね……」

 

艶めかしい。

あまりにも欲情を刺激する声が、凜の口から発せられる。

それを聞いて、士郎の体は動けない。

いや、もともと固まるようにして二人の行為を見つめていたのだ。

とっくに体の自由はきかなくなっていたのだ。

ただそれに士郎が気づいていなかっただけだった。

 

その声があまりにも……扇情的で……。

士郎は思わずのどを鳴らそうとした。

だが出来なかった。

それすらも出来ないほどに体の自由がきかなくなっていたのだ。

 

「どうしたの……? 何を怖がっているの? 衛宮君」

 

首を縦にも横にも、士郎は振ることが出来なかった。

妖艶な笑みを受け部手己へと近づいてくるその少女の開いた胸元を……見つめていた。

その視線に気づいて……凜が妖しく笑った。

そしてその両手を首に回された。

二人の顔の距離はもはや拳一つ分ほどもない……。

互いの息づかいすらも感じ取ることの出来るほどの至近距離。

女性らしい甘やかな香りとは別に……メスの匂いが鼻をついていた。

 

 

 

「次は……あなたの番よ……」

 

 

 

そう言って凜が士郎の足の間へと己の足を入れる。

見ていたことを責めているのか、からかっているのか……凜は士郎へとその胸部を押しつけている。

それがあまりにも甘美な感触で……凜の匂いと相まって、士郎は頭が飛びそうなほどの刺激を感じていた。

その小さな口が……首筋へと、添えられた。

 

 

 

「衛宮君を……食べてあげるわ」

 

 

 

スゥ……と舌が士郎の首筋を舐める。

それだけで士郎は腰が砕けそうになるほどの刺激が体中を走っていた。

体中に力が入らなくなる。

もしもこれで噛まれてしまったらどうなるのか?

そんな甘やかながらも危険な状況に……期待してしまっている。

 

 

 

「ふふ……」

 

 

 

一つ甘やかに笑みを受かべて……凜が士郎の首へとかみついた。

 

 

 

「……ぁ」

 

首筋へと侵入してくる凜の牙。

だがそれに痛みを感じなかった。

それどころかあまい、耐え難い快感が士郎に恍惚をもたらした。

首筋に感じる、柔らかな唇とその牙のわずかな刺激。

そして血を吸われていく感覚。

吸われていくたびに……士郎の体から力が抜けていく。

 

 

 

「はぁん……、んむ……。ふふっ、熱いのね……衛宮君」

 

 

 

だがそれでも、それがあまりにも気持ちが良くて。

聞こえるはずのない声を聞かされながら、士郎の血は吸われていく。

ふらりと体が倒れそうになる。

しかしそれを抱きついている凜が押しとどめている。

そして体中から血がなくなっているかのように体が空っぽになっても……

 

 

 

凜は飲み続けていた。

 

 

 

まるで……生命そのものを、吸っているかのように……。

 

 

 

「ふふ……素敵。これなら……全てもらってあげる……」

 

 

 

獲物を味わい尽くすことに愉悦を感じている……そんな悪戯をしているかのような声を聞いて……。

 

 

 

士郎の意識は……途絶えた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「実家に帰った?」

「実家というか……俺の親戚の家だな。なんかそれに呼ばれてしまって、小次郎はいったんそっちに戻っている」

 

早朝。

いつものようにやってきてくれた美綴へと、俺はあまりにも苦しい言い訳をしていた。

昨夜……おそらく死んでしまったであろう小次郎のことをどうするべきか? それを封絶にも助言をもらって考えた結論だった。

助言といってもたいしたものではなかったが、誰かに相談できて互いに意見を交換できるのではだいぶ違う。

 

『いや、だからその程度で頼りにされても困るのだが? そもそも私の専門はモンスターと鉱物の知識だぞ?』

『それでも十分だ』

 

美綴をだましているのに少し罪悪感を覚えつつも、しかしかといって本当のことを言うわけにもいかないので、俺は無難に小次郎は俺の親戚の家に呼ばれたと言っておいた。

あまりにも急なことで少し不思議に思っていた様子だったが……それでも疑ってはいないようだった。

 

突然現れて……

 

突然にいなくなってしまった……

 

まだ全てを出し切っていないというのに……

 

 

 

それが少しだけ心残りだった……

 

 

 

「残念です。せっかく仲良くなれたのに」

「……そのうち戻ってくるかも知れないさ」

 

もう戻ってこないことはわかっているのに……俺は嘘を吐く。

それを言うのならば……俺ははじめから嘘を吐いている。

しかし今回の嘘はそれ以上にひどい嘘を吐いている。

美綴も、小次郎も……互いに互いのことを好ましく思っていた間柄だった。

純粋に尊敬したこともあったのだろう。

何せあのたたずまいは見事なものだった。

ある程度武道をやっている人間なら……小次郎の軸のぶれのなさに気づけたはずだ。

更に流れるようなその動きは……普段から行っているもので……。

 

あれほどの使い手に……俺はまた会えるのだろうか?

 

小次郎は目指すべき目標の一つだ。

俺がもっとも得意とする戦闘は打刀での戦闘だし、気と魔力を用いたスタイルのため、小次郎とはだいぶ戦闘方法が違う。

だが得物の長さが違うだけ……といっても野太刀と打刀では雲泥と言っていいほどに違いがあるが……なので、見習うべき点は多い。

体裁きや腕の振り方……全てをとっても俺にはない流麗さがあった。

 

もっと見ておきたかった……な……

 

悔やんでも悔やみきれないが、過ぎてしまったことは詮無きこと……と言いたいが言い切れない自分がいる。

しかしそれでも……死んでしまった以上は仕方がない。

 

 

 

そう……思っているつもりだった……

 

 

 

「……寂しいですか?」

 

少しの間黙っていたのだろう。

そんな俺に対して美綴が優しげな目線で俺にそう言ってくる。

俺は一瞬それにむっとしたが……ほぼ図星だったので、苦笑せざるを得なかった。

 

「……そうだな」

 

素直にそう言った。

それが少し寂しげだったのかもしれない。

美綴はからかうことはせず、笑みを浮かべてくれた。

 

 

 

あれほど心躍った斬り合いは……もう経験することが出来ないだろう……

 

あんな化け物じみた使い手に……しかも刀の使い手だ……会うことはないのだろうから……

 

技術のみで……あの魔法じみた剣を放った男……

 

もっと学ぶべき点は会っただろうに……

 

 

 

『人にはそれぞれ、その者自身にあった物がある。それを極めるのがいいと、私は言いたいだけだ』

 

 

 

まぁ……助言はもらったか……

 

 

 

確かに小次郎の言うとおりだった。

俺が目指すべきは、気と魔力を用いての戦闘方法。

そして打刀と野太刀……普通の野太刀と狩竜だが……さらには二刀流だ。

双剣なんかもそれにはいるが……これは二刀流の派生系と考えればいいだろう。

 

ぶっ飛んだ得物が多いが……これらを過不足なく使えるようにならないと

 

超野太刀の狩竜は言わずもがな、雷月に蒼月、封絶……封龍剣【超絶一門】。

さらに俺の一番の愛刀、夜月。

これらは全て普通の武器ではない。

雷月に蒼月は雷と炎を出し、封絶は魔を蓄え魔を絶つ。

夜月は……普通の刀と思っていたがなんかすごすぎる防壁を張れる。

狩竜に関しては未知数だが……普通の野太刀でないことだけは確かだろう。

ただ長いと言うだけではなく、何かが。

 

脈打ってたしな……

 

あの黒い陰と対峙したときに狩竜は間違いなく嘶いて……反応していた。

そしてその黒い陰の気配には……俺は覚えがあった。

故に狩竜の中には間違いなく、あの黒い邪神龍の力を得ていると考えていいだろう。

 

予想通り、こいつが役に立つわけだ……

 

狩竜がどう必要になるのかはわからない。

だがそれでも……この狩竜を持って、俺はこの戦局を切り抜けなければならない。

 

「……何かあったんですか?」

 

知らず知らずのうちにまた考え事に没頭してしまっていたようだ。

美綴に心配されてしまった。

小次郎がいなくなってしまったことも相まって、とても意味深になってしまった。

というよりも、これでは小次郎が実家に帰っただけというのは嘘と言っているようなものだった。

 

『……失策だな』

『だな』

 

自分の未熟さにあきれかえるが、それでも話すわけにはいかないので俺は曖昧に笑うしかなかった。

そんな俺に対して美綴は……。

 

「……何かあったら相談してくださいね? 私だって、鉄さんの役に立ちたいんですから」

 

それら全てを押し殺して……俺の心配をしてくれた。

 

……なんとまぁ

 

なんと気丈と言うべきか……肝の据わった少女なのだろう。

普通なら気になって仕方がないところを、嘘でも偽りでも……下心でもなく、俺のことが本当に心配であるという想いだけで、この子は今俺に向けてそう言ったのだ。

これほど神経ができあがっているとは……普通では考えられない。

これこそ間違いなく、いい女と……言うのだろう。

 

いや、元々だったか……

 

そんな子に対して俺は一体何をしているのだろう。

いくつかピンチを助けたことは会ったが、それは俺がこの子に対してして上げたかったことであるために恩に着せるつもりはない。

この子がもっとも望んでいることを……俺はどうすれば……

 

『それがどのような結果になろうとも、嘘だけは言わぬことだ……』

『……封絶』

 

 

 

『お主の事情をこの娘が知っているわけもない。だがそれを知っていたとしても、この子はお主に対して恋心を抱いていただろう。それほどの覚悟と想いをこの子は間違いなく持っている。だからそれに対して誠実に対応すれば……例えそれがこの娘を傷つけることになってもそれは間違いではない。罪ではあるだろうが……嘘を吐くのだけはいけない』

 

 

 

『……あぁ、そうだな』

 

それも言い訳だと言いたくなったが、それでもそう思うしかない。

例えどれだけ人を傷つけようとも……俺にはなさねばならない事があるのだから。

だから俺は……美綴に対して、こういった。

 

「……ありがとうな」

 

相談に乗ってもらうわけにも行かないので、これしか言うことが出来なかった。

逃げているだけかも知れない。

ただこの感謝の気持ちに……嘘はなかった。

 

「……はい」

 

俺の言葉をどう受け取ったのかはわからない。

だがそれでも美綴はにっこりと……笑顔でうなずいてくれた。

そんなこの子の笑顔をまぶしくて……俺は優しい気持ちで笑った。

 

 

 

 

 

 

 




仕事でミスってテンション下がってます~
元気をください~


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以前にアンケートとらせてもらいました、4万字超えたものの後編ですw
まぁこの次の話も分割した者になるのですがw
長いですが楽しんでいただければ何よりです


意識が覚醒して、士郎はゆっくりと目を開けた。

時計を見れば時刻はいつも起きる時間よりも少しだけ早い時間だった。

時計を見つつ……士郎はぼんやりと、昨夜起こった出来事を思い起こしていた。

 

……慎二

 

未だ心の整理が出来ていなかった。

何せ慎二がマスターだったのだから。

士郎としてはそこそこ仲がいいと思っていた。

確かに慎二は学校の連中には余り好かれていないのかも知れない。

だけどそれでも士郎は慎二のことは嫌いではなかったし、それが慎二の味であると思っていた。

だが聖杯戦争に関わった慎二は……士郎が知っている慎二ではなかった。

当たり前だ。

友人とはいえ全てをさらけ出す人間はそうは居ない。

士郎が自分が魔術師だったことを慎二に隠していたように……。

慎二も間桐が魔道の家系であることを隠していたのだから。

 

間桐……

 

それが士郎の目下もっとも心配していることだった。

そして臓硯がこうも言ったのだ……。

 

『遠坂の小娘より聞いておると思っておったが……』

 

それはつまり、凜は知っていたことを意味する。

故に……それを問いただそうとしたのだが……

 

「……明日にしてくれないかしら」

 

昨夜、帰路につきながら凜がそう言ってきたのだ。

いらだっていたこと、そして……それが何か重大なことに気づいて……士郎もそれ以上追求するのをやめた。

 

覚悟を決めなければならないのかも知れない

 

それが何の覚悟なのかまでは士郎もわかっていなかった。

それでも士郎は聞かなければならないと思ったのだ。

だが……

 

それは出来なかった……

 

あ……れ?

 

何故か汗だくだった体にも気づかずに……士郎は腕に力を入れて体制を崩した。

体の感覚が危うく、頭もふわりと……まるで何かに漂っているかのように不安定だった。

体がすごく気怠い。

それどころか力があまり入らず、起き上がることすらもできない。

そして体をよくよく意識してみれば……のども痛く、また熱かった。

だるい体を必至になって動かし、士郎は手を額へとやった。

 

あついな……

 

普段よりも熱くなっている己の額。

それで士郎はようやく今自分がどのような体調になったのかを理解した。

 

「風邪……か?」

 

疑問系になったのは士郎が今まで一度も風邪を引いたことがなかったからだ。

故に経験がないために、己の身体状況を鑑みてそう思ったのだ。

 

「だから……あんな夢――!?」

 

そこまで言ってようやく……士郎は自分が昨夜何を見たのかを思い出した。

体が熱くなるのは当然だと士郎は思った。

何せあんな夢を見たのだ……。

それこそ今顔が真っ赤であったとしても士郎は全く驚かなかっただろう。

 

何だってあんな夢を!?

 

あまりの事で士郎は気が動転していた。

当たり前だろう。

どちらの女子ともそれなりに親しい士郎だ。

それなりに親しい友人をそう言う目で見ていたということはないが、それでも綺麗だと思ったのは本当なのだ。

というよりも遠坂凜と美綴綾子はそんじょそこらの美少女という枠では治まらない。

それほどの……下衆な言い方をすれば上物である。

そう見てしまったのも別段不思議ではないし、この年頃の男の子であればそれも当然なのだが……士郎はそう思えなかった。

 

ふぅ~……落ち着け俺

 

自分に言い聞かせながら士郎はゆっくりと深呼吸を繰り返す。

するとその気配を……士郎が起きたのを感じ取ったのか……。

 

「シロウ、目が覚めたのですか?」

 

控えめに襖をノックして声を掛けてくる、隣室のセイバー。

護衛上、士郎の隣の部屋にはセイバーが寝室として使っている。

何せ今は殺し合いの真っ直中なのだ。

むしろ同室でないことのほうが驚きなのだ。

しかしそこは悲しいかな……思春期の男の子。

いくらセイバーがサーヴァントと言い張っても、セイバーはとても綺麗な女の子にしか見えないのだ。

士郎には。

 

「? どうしたのですかシロウ。寝っ転がったままで」

「……おはようセイバー」

 

安堵すると同時にやってきた、体のけだるさ。

そのため士郎は体を起こすこともせずに己を見下ろしてくるセイバーへと声を掛ける。

それに違和感を感じたセイバーがいつものように朝食を取りに来た大河へと知らせて……。

 

「……三十七度六分ね。士郎が風邪を引くなんてね~」

 

持ってきた体温計を片手に、大河は心配そうに溜め息を吐いた。

それに申し訳なく思いつつも、士郎はただじっと横になっているしかなかった。

何せ初めて経験した風邪はとてつもなく辛かったことを知ったのだから。

ちなみにこの場……士郎の寝室……には今現在衛宮家に連なる人物全員が集結していた。

セイバー、桜、凜に大河である。

事情を知っているセイバーと凜は心配そうに顔をゆがめ、事情を知らずとも士郎を慕っている桜が、それはもう心配そうに士郎の表情を見つめている。

 

「体はだるいだけ? 痛いところとかはないの?」

「……特には」

「あ~でも士郎は我慢しちゃうからなぁ……。薬もだしときましょうか」

 

ばたばたと、救急箱をひっくり返したりしている大河。

自分が剣道をやっていることもあって怪我などの手入れ等には慣れているのだろうが……こういった病気のたぐいにはどう対応していいのかわからないのだろう。

何せ大河自身、大して風邪を引いたことがないからだ。

といっても普通の風邪ならば対処方法など決まっている。

とりあえずひたすら寝ることだ。

 

「さんきゅ、藤ねえ。ごめんな。飯作れなくて」

 

しかしさすがは士郎。

こんな時にまでそんなことを考えていた。

その言葉を聞いた瞬間に、大河は動き……

 

ペチ

 

と、軽く士郎の額を叩いていた。

 

「バカを言わない。病人は休むのが仕事。だから士郎は寝てなさい」

 

本気でいっっているのは誰の目から見ても明らかだった。

だから士郎は心の中だけでわびて……この話を終わらせた。

 

「まぁともかく寝ていること。またいつものように鍛錬とかしてたら本当に怒るよ」

「わかってる」

「どうだか。それとご飯なら心配いらないから。桜ちゃんがおかゆ作ってくれたから」

 

桜が?

 

それには士郎は驚いた。

何せ一昨日とはいえ倒れてしまうほどに体が消耗していたのだ。

それなのに料理をするというのは……。

 

「はい、大丈夫です。心配いりません」

 

そう言って微笑む桜の顔に嘘はないように見受けられた。

しかしそれでも心配で、士郎は凜へと視線を投じる。

それを受けて……

 

「大丈夫みたいよ。私も最初は止めたんだけど……料理するって聞かないから。様子を見てたけど、きちんと出来てたから心配ないと思うわ」

 

それを聞いてようやく士郎は安堵した。

その行動をどう見られるのかも考えず……。

 

「とりあえず念のために今日は休みなさい。大事になっても困るし」

「え……と……」

 

その大河の言葉に士郎は思わず考えてしまった。

昨夜新都にて行った慎二とのやりとり。

あれによって慎二がどう出てくるのかわからないので警戒だけは緩めないと昨夜話したばかりなのだ。

それに士郎としてはどうしても……凜に聞きたいことが会ったのだが……。

 

「藤村先生の言う通りよ衛宮君。今日は休んだ方がいいわ。大丈夫。今日手伝ってもらう予定だったものはまた明日でいいわ」

 

凜が猫をかぶった状態でさも「心配しています」という慈愛に満ちた表情でそう言ってくる。

その言葉の内容はつまりは……慎二のことは任せろと言うことなのだ。

実際……凜は士郎にも伝えていなかったことを、本日行う予定だった。

この言葉を言った凜の内心がわかるはずもない士郎には……ただ慎二の事を任せることしかできない歯がゆさを噛みしめながら、うなずくしかなかった。

実際体がだるかったのも事実なのだ。

 

「それじゃ欠席届は出しておくからきちんと休むこと。セイバーちゃん、士郎が何かしないか見張っておいてね? この子、ほっとくと何でもしちゃうから」

「はい、そのつもりです。シロウを監視して食事を与えれば良いのですね?」

「……その通りなんだけど……物騒な物言いだね」

 

俺は囚人なのか?

 

思わずそう思ってしまう士郎だが……実際そうなることは士郎自身否定できなかったので何も言うことが出来なかった。

 

「それじゃ晩ご飯は精のつくものを買ってきた上げるからそれまでに体を治しておくように!」

「……」

 

 

張り切ってそういう大河の後ろで、桜がもの言いたげな視線をこちらに向けていることに士郎はようやく気がついた。

そしてそれに気づかぬまま、大河は話を締めくくって出勤していく。

 

「それじゃね~。おみやげを期待しているように!」

 

無駄に元気な大河を見送った士郎は再び自室へと戻ってすぐに倒れた。

縁側から見送ったというのに、体は思った以上に動かないことに士郎本人が驚いていた。

何かするだろうと大河に言われたが、この体調では結局も出来ないだろうと思って再び布団に入ろうとした。

しかしその前に、桜が士郎の自室へと入ってくる。

それに士郎は首を傾げた。

 

? もう七時半なんだけど?

 

七時半では部活がないとはいえもうでなければ遅刻してしまう時間なのだ。

 

「桜どうしたんだ? もうでないとまずい時間だろ?」

「……」

 

そう言うが何も言葉を返さず、桜はただ黙っていたままだった。

もの言いたげな表情のまま。

 

? どうしたんだ?

 

このままでは本当に遅刻してしまう。

そう思って再度声を掛けようとした矢先に……

 

「あの、先輩。私も残っちゃいけませんか?」

 

そう言ってきた。

残ると言うことは学校を休むと言うこと。

そこで士郎は一昨日の桜の容態を思い出した。

 

「もしかして桜もまだ熱があるのか?」

「そういうわけじゃ……ないです」

 

だったらなにさ?

 

士郎の見る限りではそこまで顔色も悪くないように見えた。

しかし桜はここに残りたいと言っている。

士郎の見る限りでは顔色も悪いようには見えない。

 

「その……ずる休みしちゃおうかなって……」

 

ずる?

 

何故ずる休みという単語が出てくるのか? 更に言えば何故ずる休みをするのか士郎にはわかっていなかった。

 

 

 

ここでそれがわからないところが……士郎が士郎たる由縁なのだろう。

 

 

 

「なんでさ? 体はもう大丈夫なんだろ?」

「……私のことはいいんです」

 

いや、よくないだろ?

 

「その……先輩が風邪をひいてしまったのって私の性だと思うんです」

「そうかな? 別にそんなことないと思うけど。俺最近夜に散歩しててさ。それで勝手に風邪ひいたんだよ」

 

夜の散歩。

あながち間違ってはいない。

まぁ目的にはだいぶ違いがあるが……。

 

「それでもいいんです! い、いぇっ! よくはないですけど……。私にその……先輩の看病をしたいんです。だから!」

 

ずる休みがしたい

 

その言葉こそ言葉にはならなかったが、さすがにそこまで言えば士郎も桜が何故突然そんなことを言い出したのかはわかった。

しかしそれでも桜にずる休みをしてまで看病してもらうのは気が引けた。

だがそれ以上に……内心で喜んでいる自分がいることに士郎は気づいていなかった。

気づいていなかったが……桜に看病を頼むのに士郎はあまり抵抗しなかった。

 

それは風邪を引いて弱っているからか?

 

 

 

それとも……――

 

 

 

「なら……頼んでいいか?」

「や、やっぱりダメですよね。ずるしてまで――」

 

断られると思っていたのだろう。

だが途中で士郎が何を言ったのかに気づいて、桜がうつむけていた顔を上げて士郎へと視線を投じた。

その瞳には確かな喜びの感情が見えていた。

 

「ほ……本当ですか?」

「あぁ。情けないんだけどこのままだと昼飯も作れないから……。桜が看病してくれたら助かる」

 

自分事を頼りにしてくれた。

その事実が桜の表情をぱっと明るくさせて、満面の笑みを浮かべる。

それこそ飛び跳ねるかというほどに。

 

「は、はい! 私、精一杯頑張っちゃいます!」

 

小躍りしながら桜が台所へと消えていく。

まだ準備には速いんじゃないだろうか? そう思った士郎だったが、あそこまで笑みを受かべている桜にそれを言うのは野暮だと思い、苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

桜がずる休みをしたことで登校したのは凜のみだった。

 

はずだった。

 

しかし彼女は……登校した振りをして、目的の場所へとたどり着く。

深山町にそびえる洋館の一つ、間桐家。

聖杯のために二百年前にこの町へと移り住み、同盟という関係を結んでいた古い魔術師の家系。

協力者という名目はあったが、それでも交友と呼べる存在ではなかった。

互いに互いが不可侵という盟約を持っているからだ。

 

「……」

 

しかし盟約を無視して凜は家へと足を踏み入れる。

互いに関わらないという盟約は十一年前に破られている。

更に言えば二百年以上前の盟約など、理由も内容も定かではないのだ。

 

それに……どうしても確かめなければいけないことが出来たから

 

だから……彼女はこの場へと足を運び、言いつけを破って侵入した。

堂々と玄関から突入する。

魔術の罠を警戒してはいたが、凜が見た限りそれはなさそうだった。

仮にあったとしてもこちらには超常の存在であるサーヴァント(アーチャー)がいるのだ。

そうそうまずいことにはならない。

しかし……そうは思っても長年の習慣というのはなかなか変わらなかった。

 

「……そっか。お父様の言いつけ破ったの、初めてなんだ。私」

 

十年前に帰らぬ人となった己の父親にして師。

大好きだった父の言いつけを破ったことにそこまでの後悔はなかった。

だが、それでも……後悔が消えることはない。

 

「破るんだったら……もっと早く……」

 

その先の言葉を、凜はかみ殺した。

様々な感情がない交ぜになったまま、凜は間桐家を探索する。

そして、アーチャーが目的のものを見つける。

 

「凜、見つけたぞ。おそらく二階だ」

「二階?」

「あぁ。階段にしては狭いがおそらく地下へと通じているはずだ。ところで……」

 

気づいているか?

そう問おうとする相棒の言葉を凜は首を振って答える。

否定ではない。

そんな小物に相手をしている時間もなければ、そんな気分でもなかったからだ。

故に、彼女は話題を変えて気分を少しでも良くしようとした。

 

「あなたって、どうしてそんなに構造とかに詳しいの?」

 

屋敷を少し回っただけでその屋敷の正確な設計図を脳内へと描き、異質な空間である地下室への階段を見つける。

アーチャーの物の設計や、構造を把握する能力はずば抜けていた。

戦いの備えとして連れてきたというのに、それ以外のことでも十分に戦力となる存在である。

 

この場では恰好のからかい材料となってしまったが……

 

「なんて無駄な能力なんでしょうね?」

「減らず口はそこまでだ。暗くなっているから気をつけろ」

「……えぇ」

 

二人して口数が少なくなる。

それはただこの場の空気を余り吸いたくなかったからだ。

地下室へと通じているであろう通路を越えて……その場へとたどり着く。

湿った空気が、二人を包む。

その空気は……おぞましいほどに湿り、不快な腐臭だった。

蠢く闇。

その闇の中で……うごめいているおぞましい存在。

それを……凜はただただ無表情にそれを見つめていた。

 

「これが間桐の……マキリの修練場」

 

その声には……あらん限りの感情が込められていた。

腐った空気、それを更に腐敗させる死臭。

有象無象とうごめく虫たち。

壁面に埋め尽くされたその穴には怨念と憎念が込められている。

これが……彼女に与えられた部屋だった。

 

修練……ね

 

自分の考えに当てはめてしまった自分を凜は嗤った。

ここは鍛える物が根本的に異なっている。

人を鍛えるのではなく……有象無象の虫たちがその対象なのだ。

そしてその虫が……後継者を鍛え上げる。

貪るように……絡むつくように……。

 

それは自分とどれほど違う世界だったのだろう……

 

魔術師としての修練。

課題の困難さ。

刻まれた……魔術刻印の痛み。

後継者としての修練の厳しさで言えば、この部屋の後継者は凜の足下にも及ばない。

五大元素使い(アベレージ・ワン)

魔術協会が特待生として迎え入れようとしているほどの若き天才魔術師。

それが凜の実力を証明している。

彼女はそれに見合った努力と修練を行っている。

この部屋に巣くった虫たちを、彼女ならば半年も掛けずに統率できる。

それをしたいかどうかをは別だが……。

だが今のこの修練の仕方。

 

同じ修練の仕方を……虫にたかられ、まとわりつかれる、慰みものの修練を凜には耐えられない。

 

しかしこれを修練と呼ぶには無理があった。

 

むしろ拷問と言っていい。

 

肉体と魂に直接刻み、教え込む。

 

それが間桐の……マキリの継承。

 

間桐臓硯の嗜好。

 

その後継者になるということは、その責め苦を甘んじて受け入れなけれならない。

 

 

 

「……凜」

「わかってる。臓硯がいるわけがないわ。私が来る前からいなかったでしょうね。正体を表した相手がいつまでも同じ場所にいるわけがないもの。他に拠点もあるんでしょうね。とりあえず……ここには用済みね」

 

怒鳴り散らしたい……八つ当たりの衝動を抑えて、凜はその場を後にする。

不快さに耐えきれず……彼女が戻した物に虫が群がる。

地上へと戻った彼女は、こらえきれない衝動をぶつけるかのように、その人物へと声を掛けた。

 

「慎二。隠れても無駄よ。出てくるなら出てきなさい」

 

リビングの奥。

もう一つの隠し部屋にいた慎二。

 

「遠坂……お前!」

 

不法侵入といって差し支えない凜に慎二は怯えた。

自分が今絶体絶命の状況だと理解しているからだ。

アーチャーの有無だけではない。

仮にアーチャーがいなくても、凜だけでも殺すことも出来る。

普段の彼女ならばこの状況で慎二に声を掛けることはなかっただろう。

しかしそれでも……あまりにたまってしまったこの心の中の憎悪を、はき出したかったのだ。

凜に……自分に対して恐怖を抱いている少年に、凜は気づいていなかった。

 

「ふ、ふざけるなよ遠坂……。僕には話なんてない」

「あら? 同じ学校の同級生じゃない。遊びに来ても別にいいでしょ? それに……」

 

その先の言葉を、凜は必至になって呑み込んだ。

それに気づかずに……慎二は必至になって言葉を発した。

 

「笑わせるなよ。鍵を壊して入ってきて遊びに来た? 強盗だろ? ふん、父親が死んでから礼儀も何もないみたいだな」

 

それは精一杯の虚勢。

慎二にしては頑張ったと言っていいだろう……。

それが最悪の選択だったとしても。

 

「……そう見えた? それも悪くはないわ。盗む物なんてないけど……強盗って暴れ回ることでしょ? 今それをしてもいい気分よ……。私」

 

紛れもない冗談。

だがそれを発する笑いもしない凜の顔と雰囲気、そして怒りが、それを冗談ではなくしていた。

 

「ぼ、僕は関係ない! あの爺さんが何をしているなんて知らない!」

「……ならなんでマスターになったの?」

「それは……」

 

歯を噛みしめる音が慎二の口から漏れた。

それは絶対に言いたくない……知られたくない彼の秘事。

臓硯のことを知っていたのならば彼はすぐにでも教えただろう。

アーチャーだけでなく、今の凜は非常に危険だった。

それこそ……本当に殺しかねないほどに。

しかし……その秘密は、凜から見たらあまりにもちっぽけな事でしかなかった。

 

命を……それこそ本当に死の淵をのぞき込んでいる、凜にとっては……。

 

 

 

「言ってあげるわ。あなたは単に魔術師のまねをしたかっただけ。だから聖杯を望んだ。魔術師になるために。それ以外に目的もなく、あなたはただ自分の無力な姿を隠したくて、手に入れることも出来ない証をほしがった小物よ」

 

 

 

そう、断言した。

 

「おまえ!?」

「あら違った? 間桐の家に生まれながら魔術回路を持たなかった。でもそれはあなたのせいじゃない。冬木の街に根付いてからだんだんと魔術師としての力を失っていった。だけどそれを受け入れずにあなたはソレに固執した。特別であることを望んで、自分に与えられるべきだった特権にすがるしかなかった。それが小物でなくてなんだというの?」

 

それはどうしようもないほどの事実であり、それ故に残酷だった。

 

「知ったような口を! 僕が魔術師になれないだって!? なんでそんなことがわかるんだよ!」

 

自分の望みを否定されて慎二は恐れも忘れて声を荒げた。

その醜さが……だだをこねているだけにしか見えず、更に彼女の怒りを加速させる。

それ故に……慎二にとって耐え難い事実を……彼女は言葉にした。

 

「才能がないもの。衛宮君と違ってね」

「――ぇ?」

 

突然の名前に、慎二は一瞬だけ怒りも忘れた。

あまりにも予想外だったからだ。

ここで衛宮士郎の名前が出てくると言うことが。

魔術師の……特別な家系でもない、マスターとしてもふさわしくないはずの存在。

だが現実は違い、士郎はセイバーを従えている。

それだけでも度し難く、許せないというのに、遠坂凜の口から衛宮士郎の名前が出ることは許せなかった。

 

「彼は強い。悔しいけど……私よりもある意味で強いわ。魔術師としては才能があるとは言えない。だけどそれ以上に大切な物が彼にはある。自分以外のために先を目指し、他者を顧みる。そして……自分が嫌いな者」

 

凜もうすうすと、士郎がどこか壊れているということを察していた。

だがそれでも彼女はそれに触れず、共に過ごしていた。

聖杯戦争を勝ち抜くために。

 

だがそんなことを知らない慎二にとっては、不快でしかない言葉だった。

 

「あ、あいつよりも僕が劣るだって!? あいつにあって僕にないものなんてありはしない!」

 

激昂して紡がれたその言葉。

それを聞いて凜は怒りを通り越して呆れてしまった。

怒りの余り彼女も冷静ではなかったのだ。

この場で……慎二を相手するべきでは……

 

 

 

なかったのだ。

 

 

 

「言っても無駄だったみたいね。少しは責任を取ってもらおうかと思ったけど……その価値すらないわね。悪いことは言わないから、早く協会に行きなさい」

 

 

 

そう言い残して、凜はリビングを去っていく。

間桐慎二というマスターを敵とすら認識せずに……。

その凜の態度、そして言われてしまった言葉が、慎二の胸中に渦巻いていた。

 

僕が……衛宮に劣る?

 

内心で繰り返す言葉には、憎悪しかない。

だがそれでもここで凜を追いかけて襲いかかるほど慎二は愚かではなかった。

そして……その怒りの矛先は、この場にいない人物へと向けられる。

 

「クックック、アハハハハハ」

 

暗く、暗く、笑う。

哄笑を上げ続けて……ゆがんだ笑みで慎二は笑った。

それは暴かれてしまった……閉じこめていた感情を暴露された者の憎しみの笑み。

恐怖によって乾いていた唇を舐めて……彼はこういった。

 

 

 

「ようするに……あいつがいなくなればいいんだろう?」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

時間が経過し、すでにお昼と言っていい時間にさしかかった。

一度も風邪を引いたことがなかった士郎としては非常に珍しい経験……昼まで寝ているという状況に、さすがに飽きて来た頃だった。

 

……暇だ

 

桜お手製のおかゆを食べ、さらにはほとんど寝ていたこともあり体はだいぶ回復した。

激しい運動は難しいかも知れないが、それでも普段通りの生活を送るのには何ら支障のない程度まで体は元気になっていた。

故に暇をもてあますのも何なので……士郎が布団から起き上がろうとすると……。

 

『ダメです! 先輩は熱が下がるまで安静にしていてください!』

 

と、どうやって察知したのか台所から桜が飛んできて士郎を布団へと縛り付けていた。

桜のやる気満々さ、朝飯と昼飯を作ってもらったこと、それにまだ体も本調子ではないことからこうしてまだ布団に横になっている。

ちなみにセイバーも居間にいる。

警護という名目で最初こそ部屋の片隅にいることを主張していたのだが、桜もいる状況で部屋に二人きりというのは危ない誤解を招きかねない。

 

「先輩、入っても大丈夫ですか?」

「あぁ、桜。大丈夫だよ」

 

部屋の前で桜から声を掛けられて、士郎は身を起こした。

その手には念のためなのか薬と水の入ったコップを持っていた。

 

「体の方は大丈夫ですか?」

「あぁ、桜のおかげで熱は下がったみたいだ。体はまだだるいけど、この分ならもう大丈夫だと思う」

「良かった。ならもう薬はいりませんね。後はご飯をしっかりと食べてちゃんと寝れば大丈夫です」

 

持ってきた薬とコップをおいて、桜は隣室へと足を運んで新しい布団を敷いた。

その行動に、士郎は首を傾げる。

 

「なにしてんだ?」

「新しいお布団に変えないと。先輩ずっと汗をかいていたんですからそろそろ変えないと気持ち悪いかなって」

 

布団を手際よく敷きながらそう言ってくる。

さらには布団の他にも新しい寝間着を用意した。

布団の場所も寝間着の場所も把握しているというのは……正直どうなんだろうか?

 

「でもその前に着替えた方がいいですね。私はお布団干してきますからそれまでに汗を拭いて着替えておいてくださいね」

 

そのあまりにも手慣れた行動に士郎は驚くしかない。

完璧な看護ぶりだった。

手慣れてる、気が利くとかいうレベルの事ではなかった。

しかもそれを自然と行っている。

 

「遺伝子だ。きっと遺伝子にそう言った能力が備わっていたんだな」

「? 先輩、何か言いました?」

「言った。その……不謹慎かも知れないけど、桜に看病してもらって良かった。見直しちまった」

 

普段料理をしているだけではわからない、気遣いと優しさ。

今、桜が士郎に対してしている看護には確かにそれがあった。

士郎からの言葉に一瞬だけ顔を赤らめて……だけどそれを見せないようにして桜は胸を張った。

 

「当然です! だって一年半もここに通ってるんですから。先輩のおうちの事は全部わかってます」

 

ふふーんと、鼻歌でも歌いそうな陽気さだった。

その表情がかわいらしくて、士郎も思わずにやけてしまいそうだった。

 

「そっか。なら任せた。ご厚意に甘えて病人らしくしてるよ」

「はい、任されちゃいます。布団干し終わったらリンゴを剥きますんでちゃんと寝ててくださいね」

 

今まで士郎が寝ていた布団一式を全て抱えて、桜は廊下へと出て行く。

それを見て、再度驚く。

 

「うわ……力あるんだなぁ」

 

冬用の布団一式なので決して軽くはない。

それを全て持って行ったのだからその腕力は押してしかるべきだろう。

張り切ってくれていることにくすぐったさを覚えながら、士郎は用意してくれたタオルで寝汗を拭いてから寝間着を手にとって着替え始める。

それから程なくしてリンゴを持って戻ってきた桜からありがたくリンゴをいただいた。

そしてさすがに暇になって身を起こそうとしたら……

 

『無理しちゃダメです先輩』

 

そう言って怒られて、未だに士郎は布団に寝っ転がっていた。

しかしある意味で考えるのには都合のいい時間だった。

 

……桜

 

魔術師の家系だった間桐。

その家の娘である桜。

切嗣よりまともな教育を受けていない士郎では、桜が魔術師であるかどうかなど、見た目で判断することはかなわなかった。

だからこそ凜と話がしたかったのだが……その凜は今間桐家へと足を踏み入れている。

携帯に電話することも一瞬だけ考えたが……凜が登校したと思っている士郎には、授業中だったことも考えて電話をすることはできなかった。

また桜に会話を聞かれても困る。

故に……思考の論点は、あの黒い陰へとなるのにさして時間はかからなかった。

 

何故……俺はあれを懐かしいと思ったんだ?

 

あの黒い陰を見てふと胸に去来した……懐かしいという感情。

それが何を意味するのか……士郎にはわからなかった。

そして、あのときの回想で出てきた……黒い太陽。

あれを見た覚えを、士郎はなかった。

だが……それはあくまでもパニックに陥った当時の自分が覚えていないだけで、見ていないという保証にはならない。

だが……それがわかったところでどうにもならない。

ただわかることはただ一つ……

 

 

 

あれを……放っておくわけにはいかないよな

 

 

 

「先輩? どうしたんですか?」

 

そうして考え込んでいると、桜が再びやってきた。

考え込んでいた頭を軽く振って士郎は思考を中断した。

聖杯戦争と関係がないはずの……桜に心配を掛けたくなかったのだ。

 

「なんでもないよ。掃除は終わったのか?」

 

先ほどリンゴを持ってきたあと掃除をすると言って掃除をしてくれていた。

客人扱いである桜にそんなことをさせるわけにはいかないと思ったのだが……押し切られてしまった。

 

「ごめんな桜。桜だって病み上がりなのに。掃除まですることないぞ」

「そんなことありません。ここで朝ご飯も夕ご飯も食べさせてもらっているんです。お掃除するのだって当然です。私だって……」

 

この家の一員なんですから……

 

遠慮がちに……そうでありたいと願うように、小さな声で桜はそうつぶやいた。

それを聞いて、士郎ははっとした……。

 

「そうだった。俺も桜も藤ねえも家族みたいなもんだよな」

「え?」

「……遠慮して悪かった。その……助かるよ」

 

すまんと、そう謝って反省する。

その姿勢を見て、桜はわずかに驚いたが……すぐに嬉しそうに微笑した。

 

「はい。先輩は少し人のことを大切にしすぎだと思います。もっと頼ってくれてもいいんです」

 

そう言いながら、乱れた布団をかけ直す。

そこでようやく士郎は普段使ってないはずの布団から、ほこりが余り立たないことに気がついた。

いつもこの家が綺麗だったこと。

使わない部屋も多数あるというのに、それは気がつけば掃除や手入れがされ、まるで……切嗣がいた頃のように生活感があった理由。

学校の後輩であり、友人の妹。

きっかけはほんの些細なことでしかなかったこの少女は、自分に以上に家を守ってくれていたのだ。

当たり前すぎて……そしてあまりにも自然にやるものだから気づくことが出来なかった。

大河と士郎だけでは作れない者を……この少女は持ってきていたのだと、士郎は気づいた。

 

「……」

 

ぼんやりと、桜の顔を見上げる。

幸せそうに看病してくれる桜の笑顔が、士郎の胸を暖かくしてくれて、眠気を誘ってくる。

このまま眠ってしまおう……そう思ってまぶたを閉じて意識を手放しそうになったそのとき……

 

 

 

「けど……そんな先輩が私は大好きです」

 

 

 

そんな言葉が士郎の耳に入って意識が一瞬にして覚醒した。

寝ぼけていたが故に、しっかりと聞いていたが、それが本当であるかどうかわからなかった。

故に驚きの声を上げる。

 

「ぇっ?」

「せ!? 先輩!? 起きてたんですか!?」

 

ダダダダと、よくぞ転ばないなというほどの勢いで桜が下がっていく。

その反応が、先ほど聞いた言葉が嘘ではなかったと証明しているもので……。

士郎と桜、二人そろって顔を赤くする。

 

「な、何も言ってないですよ!? 私は何も言ってません! た、ただその熱を測ろうかなって! ただそれだけで……」

 

あたふたと体温計を取り出して、士郎へとがばっと襲いかかるように覆い被さってくる。

突然のあまりの行動だったのだろうが……それが墓穴を掘ることになる。

 

「せ、先輩! 熱を測りますよ!」

 

片方の手で士郎を押さえ、もう片方の手で体温計を持っている。

その体制では当然密着と言っていいほどの物になり……

 

ふにゃん

 

と、男にはない女性独特の感触が、士郎の腕に伝わってくる。

 

「……ぁ」

 

その感触が……あまりにも甘美で柔らかく……

 

 

 

昨夜の夢を思い起こさせる。

 

 

 

……!?!?!?

 

一瞬にして士郎の脳が沸騰した。

思い出してはいけないはずのその夢を、あまりにも生々しい桜の胸の感触によって呼び起こされ、理性が吹き飛びそうになった。

それを回避すべく……

 

「わ、待った! 桜待って!」

「え? きゃっ!?」

 

少々乱暴ではあったがそれを気にしていられるほど士郎に余裕はなかった。

ごろごろと体ごと転がって、部屋の壁にぶつかるほどの勢いで転がって桜から離脱する。

 

「あの……先輩?」

「桜、すまん熱を測るのは自分でやる! だからこっちに来ないでくれ! でないと昨日の夢が――!」

 

そう言っていると更に記憶が鮮明によみがえってしまう。

それによって更に士郎の顔が真っ赤になり、体温も急上昇する。

すると……

 

「昨日の夢?」

 

これほどおかしな態度を取られてしかも夢と言われれば、その内容が気になってしまうのは仕方のないことだろう。

そして未だ冷静さが戻っていない士郎は、夢がどのようなものかを話してしまう。

 

「あ……ぅ、そ、そのだな? たちの悪い夢を見たんだ。出来れば思い出したくないっていうか思い出しちゃいけないっていうか……。と、ともかく今はそっとしておいてくれ。別に桜が悪い訳じゃない。単に俺が修行不足ってだけだ」

「修行不足……ですか?」

 

首を傾げながら桜がぽかんとする。

まぁそれも仕方ないことだろう。

支離滅裂……とまでは言わないが、一連の動作はあまりにも変である。

そして……そんなことを言われたら気になってしまう。

 

「その……どんな夢を見たんですか?」

 

さすがに少し心配したのだろう。

桜が真剣に夢の内容を聞いてくる。

だがそれに答えるわけにも行かない訳なのだが……自分の身を案じてくれている相手を邪険に出来る程、士郎はまだ人として終わっていなかった。

 

……事実だけ述べて終わりにしよう

 

「夢に誰か出てきたんですか?」

「いや……その……と、遠坂が出てきて」

 

焦っていた……そして羞恥にもだえていた士郎は桜の表情を見ていなかった。

故に気づかなかった……。

 

凜の名前が出てきた瞬間に……冷たく、無表情になった桜の顔を。

 

「そうですか……遠坂先輩が」

「あ、あぁ。最近うちの家の女性比率が多くなったから変な夢を見ちゃったんだと思う」

 

見ていないから、ありのままとは言わないまでも、言わなくていいことまで言ってしまう。

桜に対しては誠実でいたいと考えての回答だったが……それが間違いだったということは、桜のこの能面のような表情を見ていれば気づけたことだった。

だが、それでも士郎は見なかった。

見ることが出来なかった。

 

「わかりました……。ならとりあえず体温だけでも測っておいてください。失礼します」

 

そして、その表情と暗い感情を胸に抱いて、桜は士郎の自室から出て行く。

その足音は……先ほどまでの暖かさは消えて、ひどく冷たく重い足音だった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ドウシテナンダロウ?

 

ドウシテ……ワタシヲミテクレナインダロウ?

 

 

 

ドウシテ……トオサカセンパイヲ……■サンヲミルンダロウ?

 

 

 

ドウシテ……

 

 

 

ナンデ……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「「ごちそうさま」」

「はい、お粗末様でした。二人とも綺麗に食べてくれましたね」

 

昼食のうどんを食べ終えて、士郎とセイバーがごちそうさまを唱和する。

それを聞いて調理人である桜は嬉しそうに微笑んでいた。

そしてそのまま昼食の後片付けを行う。

 

「シロウ、体は大丈夫ですか? 顔色がまだ悪いようですが? 昨夜の戦闘であなたに負担を強いるような行動を取った覚えはないのですが、魔力がほとんど枯渇しています」

 

桜が離れたことでひそひそと内緒話をするセイバーと士郎。

内容が聖杯戦争の内容なのでそれもある意味で仕方のないことだが……かなり近づいての会話なので、士郎としては少し気恥ずかしかった。

 

「魔術師にとって生命線とも言える魔力が不足している。あの黒い陰に触れたことで魔力を根こそぎ持って行かれたのかも知れません」

 

……そうなのか?

 

確かにあの黒い陰に触れたことで体調がおかしくなったのは事実だった。

だが少なくとも半日寝ていることで回復できたことで士郎としてはそこまで深刻視していなかった。

故に、セイバーの心配に対して士郎は士郎らしい返答をする。

 

「体は元気なったし問題ないさ。魔力だってきちんと飯を食ってれば直る。俺の魔力量なんて大してないけど……夕飯も食べれば大丈夫だ」

 

実に楽天的というか……自分を蔑ろにした回答である。

それを聞いてセイバーが呆れていた。

 

「はぁ……。あなたは本当に。桜の言うとおりですね。シロウはどうも自分を蔑ろにしている」

 

再度溜め息を吐いて、セイバーが食器を片付け始めた。

 

「桜に渡せばいいのでしょう? シロウはテーブルを拭いていてください」

「あ、あぁ。頼む」

 

そのまま台所へ持って行く。

 

「桜。食器はここでいいですか?」

「あ、セイバーさん。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ感謝します。今の昼食も朝食も美味でした」

「そんなことないですよ~。おかゆとおうどんはまだ先輩の独壇場ですし」

 

二人で和気藹々と言うべきなのか、仲が良さそうに話す。

それを見て士郎は少し意外に感じていた。

 

……仲悪くはないんだな?

 

昼食に話はでたが、どうやら掃除を二人で行ったらしい。

それを聞いて士郎は少しだけ安心していた。

あまりにも唐突にセイバーがやってきたので桜がどう思っているのか不安に思っていなくもなかったのだ。

だが今の様子を見ればそこまで心配することはなかったと思えた。

 

……食後のお茶でも入れるか

 

少しだけジェラシーを感じながら、士郎はこの後の食後のひとときを考える。

といっても、仮にこの状況でセイバーがおらず桜と二人きりだったならば、それはそれで困った状況だっただろうが。

 

……食後の運動にでも和菓子でも買ってくるか

 

さすがに一日何もしないというのは、士郎としてあまりにも今までの生活とかけ離れていた。

故に……一言で言えば馬鹿なことに……士郎は商店街へと繰り出してしまう。

さすがに二人にばれたらまずいと思っているのか……こっそりと抜け出す。

一応書き置きだけはおいていく。

そして商店街へと繰り出して偶然大判焼きの屋台を見つけて、士郎はそれを少し多めに購入した。

ちなみに桜の好物だったりする。

大河もいるから数は多かった方がいいと思ったのだが……それ以外にも理由はあった。

 

「……いない……か」

 

士郎が大判焼きを購入し、そして更に暖かいペットボトルのお茶を購入して、公園へと足を運んだ時の言葉だった。

団地の中にある、というよりも団地に囲まれている小さなその公園。

そこで士郎は、冬の妖精のような少女と……言葉を交わしたのだ。

 

マスターと同士としてではなく、人間として……

 

……おみやげが無駄になっちゃったな

 

それがもう一度出来ればと思い、こうして足を運んだのだが無駄足だったようだった。

このままここに居座っても意味がない。

そう思って士郎が立ち上がろうとしたとき……ようやく士郎は気がついた。

 

「あれ……?」

 

足が動かないことに。

それどころか視界もおかしな事になった。

世界と切り離された、というべきなのか。

これが人為的なものであり……最悪な事態だと言うことはさすがの士郎もすぐに理解した。

だが理解が出来ただけで士郎にはどうすることも出来ない。

令呪へと願い、セイバーを召喚するその一歩手前で……

 

 

 

「な~んて? びっくりした? シロウったらすきだらけなんだも。おもしろかったからからかっちゃった」

 

 

 

その壊れかけた視界に銀髪の妖精が飛び出してくる。

そしてそれと同時に一瞬で世界が元に戻った。

犯人がぴょこりと、士郎の後ろから出てきた。

 

「内界だけで解呪できないようじゃだめなんだから。これだとまだまだ先は長いよ、シロウ」

 

その表情は悪戯を成功させて喜んでいる子供と、おねえさんぶって得意げになっている二つの感情が込められていた。

が、一瞬本当に命の危機を感じた士郎としてはそれどころではない。

 

「イリヤ! いきなり何を!? 後ろから不意打ちは卑怯だろ!」

「む、いきなりじゃないもん。さっきから隣に座ってたよ。なのに気づきもしないで帰ろうとするから今のはシロウがわるいわ」

「いたのか!?」

「隠れてたけど、そこまで強力な魔術は使ってないわ。いくら何でも油断しすぎ。魔力をぶつけただけのお粗末な呪縛でとらわれて、もっと周囲に気を配りなさい」

 

まったくと、むくれながらそんな忠告を告げられる。

が、それに関しては全く持ってその通りだろう。

言っていることはもっともだったので……というよりももしもイリヤ以外のマスターだったらこの場で死んでいることになるのだが……士郎は素直にうなずいていた。

 

「わかればいいわ。でも、どうしたの? 体の中はからっぽなのに出歩いて。休むなら家でいた方がいいと思うけど」

「いやここにいたのは、イリヤに会おうともおもったんだ」

 

 

 

「――――――――――ぇ?」

 

 

 

その言葉に、イリヤは心底驚いていた。

何故驚くのだろう? そう思いながらも士郎は話を続けた。

 

「友達になったんだよ……な? だからまたここに来たら会えるかなって思って」

 

実際士郎に戦う気はなかった。

たったさっき、それこそ殺そうと思えばイリヤは士郎のことを殺すことが出来たのだ。

士郎もさすがにそれは理解していた。

なのにイリヤはしなかった。

そして先日同じようにここで話すときに、彼女が言った言葉。

友達。

その言葉が嘘には思えなかったので、士郎はここに来たのだ。

真っ白な……それこそ雪よりも純白と言っていい……

 

この少女に会いに……。

 

「ほら、お菓子も用意したし」

 

そう言って士郎は半ば強引に大判焼きをイリヤに差し出した。

何故か驚き、そして苦しそうにしている少女を見ていられなくなったのだ。

だから……何のとりとめもない事を話をしたいと思ったのだ。

イリヤもお菓子を差し出されて、そして士郎の邪気のない笑みで安心したのか、二人は少しだけ、この公園で話をした。

 

 

 

ちなみに余談が……

 

 

 

帰宅したときに二人の女性に激怒され、こっぴどくしかられたのは言うまでもないことだろう……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……よし」

 

俺は……自分の思いにけじめをつけるために、あえて言葉を出して、それをしまった。

俺が手にしてしまったもの……それは暖簾だった。

 

……慣れないものだな

 

約一年。

この冬木という街で俺は料理を作っていたのだ。

まさかここまで時間がかかるとは俺自身予想もしていなかったが……それでもここで料理人として働けたことは嬉しかった。

本日の夜……つまりはこの時間より、俺は和食屋(二号店)をたたんだ。

雷画さんにも直々に説明に伺い……許可をいただいた。

突然の謁見でありながらもそれを許してくださり、さらには店を畳むことを心よく快諾してくれた。

さらにはありがたいことに……店として使用しなくてもそのまま家として必要なだけ使っていいというお言葉までいただいた。

 

……何が何でも果たさなければならない

 

この地にてやるべき事を。

それが最大の恩返しになるということを、すでに雷画さんから承っている。

ならば……それをしない理由はない。

 

約一年……どれだけの料理をここで作ったのやら……

 

一日の大半をここで料理人として過ごした。

料理を作った量で言えば……モンスターワールドとでは比べものにならないだろう。

 

まぁ……その分と言うべきか、鉄を打つことが全く出来ていないのが痛いが……

 

モンスターワールドでは好き勝手に打てたものだが……別世界とはいえ法治国家の日本で登録もしてないで鉄を打てばそれだけで違法だ。

即刻逮捕。

むろん逃げ切れる自信はあるが……それで逃げても意味はなし!

 

あ~……意識したら鉄打ちたくなってきた……

 

日頃の忙しさがそれを忘れさせてくれていたというのに……

 

だが、悲しきことに今はその日頃の忙しさも……

 

鉄を打つという欲求も……

 

 

 

今の俺にはかすんで見える……

 

 

 

 

 

 

……それは言い過ぎだな

 

 

 

 

 

 

かすんで見えるとまでは言わない。

だがそれでも……やるべき事が出来たのだ。

やるべき事がついにわかったのだ。

ならば……俺がすべきことはただ一つ。

 

どうにかしてあの黒いのをぶった斬る!

 

もはや二度とこの土地では暖簾棒にならないであろう……というかもともと暖簾棒にするべきものではないのだが……狩竜を握りしめる。

今宵も……こいつは嘶き、うずくように震えていた。

 

……果たして一体何が相手やら

 

まぁこいつが嘶いている時点でどんな存在かはある程度はわかっているのだが。

それに一度対面している。

それだけで、あれがどういうものなのかはすでにわかっていると言っていい。

しかしここで問題が一つ。

 

……どうしたものかな

 

どんなものかはわかっているのだが……こちらには対処の方法がない。

というよりも有効打がないといっていい。

さらに言うのならば弱点がわかっていない。

龍刀【劫火】は当然のこと、龍刀【朧火】だって使えないこの状況で……俺は果たして煌黒邪神のミニチュア版? のような存在にどうやって対抗するべきなのか?

 

……充当に考えれば狩竜でどうにか出来るんだろうが……未だにこいつがどうなったのかは未知数だ

 

煌黒邪神を吸収したことによって変化したこの超野太刀。

出来れば狩竜にどういった変化が起きたのかを知りたいところだが……それを知ることは出来そうにない。

なにせようやく反応したのだから。

そして反応したというのならば、これが切り札になる可能性は大いにあり得る。

 

余りぶっつけ本番ってのは好きじゃないのだが……

 

まぁそれを言えば龍刀を使用したのは間違いなくぶっつけ本番だったのだが……。

しかし少しでも勝利=帰宅を確実にするためにも、不安要素は取り除いておきたいことが本音である。

 

黒い陰も大事だが……先にやるべき事をしておこう

 

黒い陰が出現し、小次郎を失ってしまった。

皮肉にも小次郎がいなくなったのとほぼ同時に狩竜が覚醒したが……戦力比は大きくマイナスになっているだろう。

そしてあの虫の大本とも言える臓硯の存在もあるのだ。

放置しておく訳にはいかなかった。

 

さて、うまくいくといいのだが……

 

何とか丸め込まなければいけないので、俺は必死に頭を巡らせて、柳洞寺へと向かった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「あの黒い陰を打倒する」

 

それが帰ってきた凜と士郎の間で決まった出来事だった。

あれが明らかに普通ではないことは士郎にもわかっていた。

故に士郎としてもそれを反対する理由はなかったのだが……士郎としてはどうしても聞きたいことがあった。

 

『遠坂の小娘より聞いておると思っておったが……』

 

昨夜臓硯の言った言葉。

そこに出てきた遠坂と間桐の関係。

昨夜は状況が状況だったために聞くことがかなわなかった。

だからこそ、今夜……聞こうと思っていたのだが、下校してきた時凜の機嫌があまりにも悪かったのだ。

思わず声を掛けるのをためらってしまうほどに。

それは夕食時には少し落ち着いていたが……それでも大河は獣の本能で察したのか、凜には極力声を掛けていなかった。

更に夕食が終わってさっさと探索……表向きは改装工事の相談……に言ってしまったのだ。

故に、今日話したかったことのほとんどを、士郎はすることが出来なかった。

 

「シロウ? 今日はどうしますか?」

「……ごめん、セイバー。呆けてた。とりあえずこっちを見回ろう」

 

深夜といってもいい時間帯になった冬木の街。

新都は前回同様凜が見回りを行う事になっているので、士郎は住宅街である深山町を見回ることを提案した。

セイバーはそれにうなずいた。

恰好こそまだ鎧甲冑を纏っていない状態だが、それでもセイバーの気迫は鬼気迫るものがあった。

セイバーとしても、あの黒い陰はどうにかしなければならないほど危険な存在だと言うことを察しているのだろう。

 

それはそうだ。

 

何せあの黒い陰は……

 

 

 

サーヴァントの天敵といってもいい存在なのだから……

 

 

 

深山町を見回る二人。

その姿は夜の散歩と称するには無理があるほどに、真剣な歩みだった。

あの黒い陰のことをほとんど理解していない二人だったが、危険すぎる存在だと言うことは十分に理解していた。

更に言えば完全に討伐したとは言えない、あの老人の存在もある。

用心に越したことはないのだ。

だが……それも……

 

 

 

「ほぉ? 昨日の今日でもう動くか。なかなかに頑張るの、衛宮の跡継ぎは」

 

 

 

老獪……。

 

その言葉の前には無意味だった。

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

確かに聞こえた敵の言葉。

それはあまりにも不快であり……そして同時に不吉だった。

弾かれたように、二人は同じ方向を見て……そして警戒した。

 

「臓硯!」

「生きていたのか」

 

二人の視線の先にたたずむ老人。

間桐臓硯は昨夜話したときと、全く同じ状態でそこにたたずんでいた。

昨夜アーチャーに吹き飛ばされたはずの下半身も、完全に回復している。

それを見て、士郎は完全に確信した。

 

こいつ……やっぱり人間じゃないのか……

 

「生きていたとな? 全くこれでも苦労したのだぞ?」

 

士郎のそばにセイバーがいるこの状況。

これがどれほどの危機であるかなど考えるまでもないはずだというのに、臓硯は特にあわてることもなく話を続けていた。

この余裕が……サーヴァントを丸腰で前にしても余裕のこの態度を見て……

 

何かあるのか?

 

士郎も罠の危険をすぐに理解できた。

しかしそれがわかったところで、対処をどうすればいいのかなどわかるはずもない。

 

「セイバー」

「わかっています」

 

セイバーがわかっていないわけがないとわかっていながら、相手が不気味であったために、士郎は念のため相棒であるセイバーに注意を呼びかける。

言われるまでもないだろう。

セイバーは油断なく構える。

 

「……いったい何のようだ」

 

道ばたであるが故に、セイバーはまだ鎧を纏ってはいなかった。

だがそれでも、その手には見えない剣が握られており、戦闘態勢も万全だ。

故に、油断さえしなければ早々やられることはない。

そう考える二人だったが……甘かった。

 

気を抜く、油断する……

 

それが戦闘に置いて注意しなければならないことであり、またそれがもっとも危険な行為であることは知っており、理解もしていた……

 

だが戦闘において、注意しなければいけないことは他にも会ったのだ……

 

 

という、敵の術を……

 

 

 

ガリッ

 

 

 

「いたっ!?」

 

突然走った指からの痛みに、士郎は思わずそう声を出していた。

痛みの場所に目を向けるとそこには……

 

一匹の虫が、士郎の掌にかみついていた。

 

そして噛まれたその瞬間に……士郎の視界がゆがんだ。

 

「ぁ?」

 

毒か何かか?

そう思ったときにはもう士郎は立つことすらも出来ず、膝をついていた。

 

「シロウ!」

「ほっ。サーヴァントが優秀でもそのマスターはどうやら優秀ではないようじゃな」

「貴様!」

 

マスターである士郎を危機にさらし、さらには己の主を侮辱された事で、セイバーは冷静さをなくした。

過信がなかったとは言えないだろう。

何せサーヴァントだ。

相手がいくら普通の人間ではないとはいえ、所詮は己の身の足下にも及ばない存在なのだ。

しかし……残念ながらそれを埋めるものが、臓硯にはあった。

 

……かかった!

 

ニヤリと……邪悪な笑みを浮かべた臓硯。

セイバーがそれに気づいたときには……

 

遅かった……

 

 

 

■■■■■■■■■■■■

 

 

 

どぷんと……地面の一部が黒い泥へと変化した。

そこから伸びた触手のような物が……セイバーへとからみついた。

そしてそれと同時に……セイバーの感触と感覚が狂った。

 

「がっ!?」

 

薄れていく意識。

己に叱咤して何とか己の状況を鑑みて……セイバーは絶句した。

 

「カカッ! 飛んで火に入る夏の虫とはお主の事よなセイバー。名のある英霊といえども所詮は小娘か?」

 

陰湿な笑みを浮かべて臓硯が笑う。

 

「ぞう……けん……。貴、様……」

「カカカカカカ、そう睨むな。わしの望みのためにも、セイバーには早めにご退場願った方が得策でのう。といっても……今のセイバーはという意味じゃがの」

 

目の前の老人が何かを言っている。

声すら聞こえず、さらには感覚すらもなくなってきていた。

このままではあと幾ばくかも持たないということは十分に理解できた。

この泥は、(サーヴァント)を喰らい、呑み込むもの。

意識と本能よりも、己の体がこの泥と影を嫌っていた。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

なりふりなど構っていられないことは十分に理解できた。

故にセイバーは残された全ての魔力を消費するつもりで脱出を試みる。

影はまだ足下を喰らっただけだ。

まだ間に合う。

 

 

 

幾人の人を斬ったのか……

 

人を……人肉を斬るときの感触……

 

返り血の味と匂い……

 

果たしてどれほどの嫌悪感を抱かせるものなのかわからない……

 

だがそれでも彼女は耐えた

 

耐えられた

 

己の国を救うと誓った彼女は……

 

王として個を捨てた彼女……

 

その力と聖剣で、彼女は戦った……

 

そんな彼女にも……この感覚は耐えられそうになかった。

 

 

 

己の体が……

 

 

 

己の足が……

 

 

 

 

 

 

腐っていくのを生きたまま経験するなどごめん被ったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ほ、ずいぶんと粘るの。ならば……邪魔はさせてもらおうかの」

 

当然、セイバーが脱出するのを黙ってみているほど臓硯は愚かではない。

どこにいたのか……大量の虫が臓硯の周りからあふれてくる。

それは集るための虫。

泥と敵サーヴァントと共に消えていく定めにあるが……それでも虫は主の意志を優先した。

士郎はそれを……毒を注がれた体で必至になって意識を保っていた。

見ることしかできなかったのだ。

目の前の状況を看過するわけにはいかない。

そう思っていても体はどうにも動かすことが出来ない。

それは士郎が構うべき事もない羽虫程度としか思っていないことであると同時に……己のサーヴァントが消えていくところを見せつけるための、臓硯の陰湿な行為だった。

 

動いてくれ!!!!

 

必至に願った。

必至に体を動かす。

だがそれでも士郎の意志に反して……まるで己の体が人形になってしまったかのように……。

 

士郎の体は……動いてくれなかった。

 

足に力を入れても……

 

膝に力を入れても……

 

腕に力を入れても……

 

指に力を入れても……

 

士郎の体は動けない。

 

動かせない。

 

何せそれだけの猛毒を浴びたのだ。

 

バーサーカーの攻撃すらも癒すことの出来た士郎の体は、士郎の望みむなしく毒を癒すこともなく……

 

士郎はセイバーが腐っていくのを……呑まれていくのを見ることしかできない。

 

 

 

まだセイバーがいるんだ! 令呪を使ってでも……セイバーを!

 

 

 

令呪に力を込めようとする。

 

だがセイバー同様、臓硯がそれを見逃すはずもない。

 

こちらは虫の動きが顕著だった。

何せセイバーと違いこちらは完全に弱り切っており、更に男であれど餌だ。

さらには死ぬこともなく、喰らうことが出来る。

一斉に集っていく。

セイバーを助けるどころか自分すらも守れないことに士郎は絶望しかけた……。

 

 

 

そのとき……

 

 

 

 

 

 

「動けと念じて動けたら苦労はしない!」

 

 

 

 

 

 

そんな場違いの声と共に、士郎の眼前へと人物が踊り立つ。

そして集って来た虫をその左手に握った夜月で払った。

 

 

 

「……今の状況ってあれだよな? 俺も桜火竜からそう思われてたって訳か……。修行がたりないな」

 

 

 

右手に超野太刀を持った刃夜だった。

 

「貴様!?」

 

突然の登場に臓硯は驚愕した。

何せここら一帯に虫を放っていたのだ。

なのにも関わらずそれに検知されずに、刃夜はこの場に躍り出たのだ。

セイバーも同様に驚きの表情をしている。

刃夜も多少は隠密の心得がある。

だがそれはあくまでもある程度の達人レベルの人間を欺ける程度の隠形でしかない。

セイバーのような一級の戦闘能力を有した人間を欺くことは出来なかった。

 

 

 

だが、それを可能とする力を、刃夜は左腕に宿しているのだ。

 

 

 

【霞皮の護り】

 

 

 

その力の幾ばくかの魔力を込めて、完全なる気配遮断を行ったのだ。

その力を……いくら力を有した存在とはいえ、元が人間の人外の存在と、人を超越したと言っても所詮は人間であるセイバーが気づけないわけがなかった。

 

「封絶! 力を借りるぞ!」

『……この状況ではやむを得ないだろう』

 

左手に手にしていた打刀を投げると同時に……誰かへと話しかける刃夜。

その一連の流れに遅滞はなく、そして時間もまた短い。

ほとんど数瞬の時間でしかない。

その間驚きで体制を取り戻した臓硯が新たに刃夜へと虫を仕掛けようと動いた。

だがそれに対して刃夜は……

 

 

 

その背中へと装備されていた二振りの双剣を投げつけることで答えた。

 

 

 

一つはセイバーの前に……

 

そしてもう一つは臓硯へと……

 

セイバーの前に守るように剣が弧を描いて飛翔し……

 

殺意を込めて直線で放った剣が、臓硯へと突き刺さったと同時に……

 

 

 

それを解放した……

 

 

 

 

 

 

「刃魔【紫炎】解放!」

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

突き刺さった剣よりあふれ出た凄まじい力が、臓硯の体を文字通り吹き飛ばす。

そしてそれとは対照的に、力を持った熱がセイバーを守るように展開していた。

 

「じ……」

「しゃべるな愚か者。というかお前は後」

 

話しかけようと、力を振り絞った士郎をばっさりと切り捨てて、刃夜はセイバーへと歩み寄る。

一応休戦状態とはいえ、この状況ではセイバーも少なからず警戒してしまう。

何せ気づけなかったのだ。

それが一番セイバーにとっては驚きであり、恐ろしいことだった。

 

「じっとしてろ。抜け出すことも出来ないだろう」

 

空から振ってきた夜月を左手で回収して、刃夜は鞘に収めた。

そして……右手に持っていたその超野太刀を構える。

そこでセイバーはようやく気がついた。

 

 

 

ドクン

 

 

 

人間であるはずの刃夜が持っている、その赤い血のような色の刀身をした剣が……脈打っており……

 

夜闇に溶けているが……何か黒いもやのようなものがその剣からあふれている……

 

 

 

その剣とも思えぬ姿と……それから発せられる禍々しさが……

 

 

 

 

 

 

泥の比ではないということに……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……出番だ。目覚めてもらうぞ

 

 

 

右手に力を込める……

 

それは何の意味のない行為でしかないだろう……

 

だが……

 

結果が伴えば……

 

それは意味ある行為へと変化する……

 

 

 

ドクン!

 

 

 

荒れ狂うように脈打つ狩竜……

 

その中に内包された力が、一年近くの時を経て……

 

 

 

ここによみがえる……

 

 

 

■■■■■■■■■■■■!!!

 

 

 

解放したその瞬間……手にした俺の手に激痛が走り、憎悪の塊が俺の体へと流れ込んでくる……

 

完全に封じられいるこの狩竜からほんの少し漏れ出ただけだというのに……

 

それだけで俺は意識が吹き飛びそうになった……

 

 

 

――っ!? ぐっ、これほどとは!?

 

 

 

数十億年に及んだであろう、世界中の憎悪や悪意などを内包していると言って過言でないのだ……

 

耐性がついているとはいえ、解放して俺が意識を保っていられるほうがおかしいのだろう……

 

はっきり言って今すぐ再度封印したいくらいだ……

 

長い間解放すれば俺も無事では済まないだろう……

 

わずかなこの時間ですらも、手にしている手の前腕が半ばほど黒い何かで覆われようとしている……

 

黒い部分で覆われた部分に感覚がない……

 

 

 

だが……それでも……

 

 

 

「……き、さ……ま」

 

 

 

放っておく訳にはいなかい!

 

 

 

今にも呑み込まれようとしている、この剣の英霊を捨て置くわけにはいかない。

故に……俺は封じられた力を解放し、俺すらも呑み込もうとしているこの狩竜を……

 

 

 

振った

 

 

 

足下から喰われようとしているので、俺はセイバーの足を払うようにして狩竜を一閃させる。

そのとき……

 

ズリュ

 

ん?

 

とても……形容しがたい感触が手に返ってきた。

ほとんど触覚がいかれている状況なので、気のせいかも知れないが、それが何故か気になった。

しかしそれに気づいても何もせず……俺は狩竜を振り抜いた。

そしてそれによって足下の呪縛が解放されたセイバーが転がり落ちる。

それでもなお、セイバーを喰らおうとする黒い泥へと……俺は狩竜を突き刺した。

 

「――消えろ!」

 

その言葉と共に……狩竜がその泥を逆に喰らった。

そうしてその場に満ちていた、暗い雰囲気は霧散した。

その瞬間に俺は狩竜の封印を大急ぎで再度行った。

といっても魔力注入をやめただけなのだが……。

そしてその瞬間、俺はどっと汗を掻いていた。

 

……予想以上にきついな

 

時間にしておそらく五秒と封印を解除していないはずなのだ。

なのにじいさんと父さんとの同時修行を全力で行ったなみに疲労している。

煌黒邪神を封じている力を一部とはいえ解放したのだから、当然といえば当然かも知れないが……、軽々しく使える物ではない。

 

「貴様……なにを……」

 

俺が初めて解放した狩竜を分析していると、どうやら少し元に戻ったらしいセイバーがそう声を掛けてきた。

魔力が相当量吸われたのか、鎧すらも顕現していない完全に無防備な状態だったが……俺にも今セイバーを倒すほどの余力はなかった。

 

というか、殺す気ならばムーナが出てきた時点で殺している……

 

とりあえず無事を確認したのでセイバーは放置。

また当然のように……あの妖怪じじいも姿を消していた。

あのしぶとさから言って仕留められていないだろう。

こっちとしては切り札の一つを使用したと言っても過言ではないというのに……。

 

『……紫炎の力は?』

『大して使っていない。何せ古龍の力だ。それに仕手の右腕に力の大本がある。少しずつ回復もするだろう』

 

直接切り裂き、体内にて血と魔力を直接吸収したその力の一部を開放したのだ。

それは相当な威力を誇っている。

であるにもかかわらず仕留めきれなかった。

 

これは……何かあると思っていいかもな……

 

俺が未熟なだけかも知れないが……それでもそれとは少し違う気がする。

いくら肉体を改造して人間をやめているとはいえ……それにしても不死身すぎる。

むろん回復にはそれ相応の対価が必要となっているだろうが……それにしてもこうまで仕留め損なうのは……何か理由があるのだろう。

 

『それよりも大丈夫か?』

『……大丈夫だが、蓄積した魔力はほぼ根こそぎ持ってかれたうえにこの疲労だ。余り簡単には使えない力だ』

 

俺の容態を心配してくれる封絶に感謝しつつ、俺は何とか狩竜を鞘へと納刀した。

 

「セ……バ……」

 

そうして俺が思考に浸っていると虫の息の士郎が息絶え絶えに己のサーヴァントを呼んでいた。

そこで俺は思考を中断し士郎へと近寄って、右手を心臓のそばへと置いた。

 

「少し熱いかも知れないが……我慢しろ」

 

そして気を送る。

毒によって衰弱している体を活性化させる。

自分の体ならば直ぐに毒なんぞ消えるのだが……といっても今の俺を毒で殺すのは不可能に近いだろうが……さすがに他人の体だとうまくいかない。

ついでに言えば、他人に渡すほど俺も今はほとんど余力はなかった。

多少気分が楽になった程度だっただろう。

だがそれでも士郎は何とか話せる位にはなっていた。

 

「じ……刃夜……」

「無理しなくていい」

 

声を絞り出そうとしている士郎の言葉を遮る。

ともかく俺ではどうにも出来そうにないので、俺は仕方なくそのまま二人を介抱しながら士郎の家へと向かっていった。

途中遠坂凜とアーチャーのコンビがやってきて、回復は二人に任せた。

 

が……その士郎の家で俺は衝撃の事実を知ることになった……。

 

 

 

 




人付き合い
面倒すぎて
もういやだ
仕事の上なら
なおのことです

いやぁ……社会人って面倒だわw


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歪んだ憎悪

どこでもそうだろうけど、年末と年度末は忙しいよね?


 

「はぃ? 魔力と剣がなくなった?」

「……どうやらそうみたいです」

 

それが士郎の治療を終えて聞いた……セイバーからの衝撃の言葉だった。

セイバーが泥に呑まれそうになっており、士郎が虫に噛まれたことによって毒を帯びていたので乱入した俺。

臓硯を吹っ飛ばしてセイバーを狩竜によって救出した後、そのまま二人の介抱をし、途中で合流した遠坂凜とアーチャーコンビと共に……といってもアーチャーは直ぐに霊体化したが……士郎の家へとやってきた。

桜ちゃんは深夜と言うことも相まってか寝ていると士郎は言っていた。

現在士郎の家には士郎、セイバー、遠坂凜、桜ちゃんが寝食共にしているらしい。

 

……一気に住人が増えたな

 

と、呑気なことを考えていたら治療を終えたセイバー達に、冒頭の言葉を聞かされたわけだが……。

 

……魔力と聖剣がなくなったって……つまり……

 

 

 

ピンポ~ン セイバーは戦力外通告を受けました♪

 

 

 

ということだろう……。

 

……なんてことだ

 

何が起きるのかわからない状況だからこそ、手札不足にならないようにと思って、殺せる状況にあったにもかかわらず、敵サーヴァントでも出来うる限り殺さないようにしていたというのに……。

それがよもやたった二日で二体のサーヴァントが退場することになるとは……。

 

しかも接近戦においては最強クラスだったセイバーと、小次郎を失うとは……

 

これは正直痛かった。

まだ三騎士と呼ばれているサーヴァントが二騎残っている。

アーチャーとランサー。

アーチャーはまだ致命的に敵対化してはいないが……それでもいつ敵になっても不思議ではない。

即死および、即敗北ということはないだろうが……簡単に勝つことは出来ない。

しかも宝具もまだどのようなものなのかもわかっていない状況では、宝具によって戦力がひっくり返る可能性は大いにあり得る。

またランサーが非常に厄介だ。

あのクラスの槍兵とやり合うのは実に一年以上ぶりだ。

兵器の王とまで謳われた槍、しかもあれほどの手練れ相手でははっきり言って勝つのは難しい。

そしてランサーに至っては現段階では完全に敵対化している。

最近出てきていないが……果たしてどうなるやら……。

 

……所詮、予定は未定……か……

 

泣きたくなってきた。

 

だがあのとき完全に狩竜を制御できなかった俺がどうこう言える立場じゃない……か……

 

あのとき、狩竜を完全に制御できていたらどうなったかはわからない。

所謂たられば等に意味はない。

これからの事を考えるほうが建設的である。

 

まぁ、騎士としてのセイバーは救えなかったが、セイバーを救えたからよしとしよう

 

自分をそう無理矢理納得させて俺は席を立った。

 

「わかった。まぁともかく大人しくしていたほうがいいだろう」

「ちょっと待って。まさかあんた本当にまだ戦うつもりなの?」

「お前には関係ない……と言ったと思うが?」

「確かに言ったわ。でもそう言う場合じゃないでしょ? あなた……セイバーの話だとあの黒い陰の一部をその野太刀で斬った上に吸収したんでしょ? 何をしたの?」

 

……そら不思議にも思うか

 

昨夜見たあの黒い陰の存在。

それを一部とはいえ斬って吸収したのだ。

遠坂凜だけでなく、士郎やセイバーも聞きたそうにしていた。

そして何よりもアーチャーから放たれている……この場に霊体でいるのだろう……警戒心がびしびしと伝わってくる。

以前にも戦ったみたいなことを言っていたので、あれがどんな存在か骨身にしみているのだろう。

故にそれをあっさりと片付けた俺を警戒するのは無理もないことだった。

 

……言って信じるかね?

 

ここまで来た以上、そこまで隠し立てすることでもないが……というよりも言っても信じない可能性の方が高い。

故に……俺は素直にこういった。

 

 

 

「あの黒い陰の神様版と戦ったと言えば信じるかな?」

 

 

 

「「……はい?」」

「なに……?」

「っ!?」

 

四者四様の反応を返してくれる。

特にアーチャーは劇的な反応をしている。

姿こそ見えないが、俺が言っている言葉が嘘でないことを感じ取ったようだった。

それに気づかなかったふりをして、俺は一番訳がわからないという反応をしている士郎と遠坂凜に言葉を返した。

 

「まぁ信じる信じないは任せるが……あれなんぞ比べものにならないやばいのと戦ったことがあってな。そしてなんの因果か……狩竜にはその力が宿ったみたいだ」

「みたい?」

「最近ようやく覚醒したみたいでな。俺自身も狩竜が今一体どういう状態なのかわかっていないんだ」

 

おおよそ予想通りの力を有しているようだったが……それでもそれだけではないだろう。

あの煌黒邪神の力が、あの程度の訳がない。

しかしそれを解放するにはリスクが高いことは先刻味わったばかりだ。

余り気軽に使える訳がない。

 

「その神様が煌黒邪神龍と言ったんだが、そいつと戦って俺は勝利した。とはいえ、あのときより俺もずいぶんと弱体化しているが……まぁ恐怖で動きが鈍ると言うことはそうそうないだろう」

「……それがあんたがサーヴァントを失ってもまだ戦う理由と自信なのかしら?」

「それだけではないが、まぁ理由の一部ではある。俺の目的は変わらず、帰宅すること……己の世界に帰ることだけだ」

 

状況はどんどんと悪化していくが、それでも止まらない。

止まるわけもない。

 

「あなた……本当に何者なの?」

「平行世界からやってきた人間では不満か?」

「……それにしたって異常よ」

 

まぁ普通ではないだろうな……

 

自分が普通だと思っていた日常生活から一転、モンスターが蔓延る世界へと何故かいて、さらにはそこから帰る途中にすごく似ている異世界へと流された。

これが普通の人生とは……俺は思わない。

 

まぁ元々普通の生活とは言えなかっただろうが

 

考えてもきりがないことはとりあえずシャットダウンし、俺は腰を上げた。

 

「状況がだいぶ変わってしまったが……まだ休戦協定は有効でいいか?」

「……何をするの?」

「それはさっきも言ったぞ。自分の世界に帰るために奔走するさ」

 

聖杯戦争に付随する何かだとは思っていたが……まさかあの黒い陰の討伐だとは思わなかった。

いくら相手が煌黒邪神よりも弱いとはいえ俺もモンスターワールドの時ほどの力を有していない。

どうなるかは謎だが……頑張るしかなさそうだった。

 

「その申し出はこちらとしてもありがたいから有効にしてもらえるかしら。セイバーが戦えなくなってしまった今、あなたなら衛宮君もセイバーも倒すのは簡単でしょ?」

「リン! 私は……」

「セイバー。気持ちがわかるなんて言わないけど、無理でしょ? まずはどうにかして力を取り戻すことを考えないと」

 

遠坂凜の事実上の戦力外通告を受けて、セイバーが反論しようとしたがそれを許すわけにはいかなかったのだろう。

何せ魔力も剣もないとなると……セイバーは見た目通りの非力な少女だ。

実際、以前は感じていた圧倒的な強さと威圧感が、今のセイバーからは全く感じられない。

これでは下手をすればまだ、魔術が使えて男の士郎の方がましかも知れない。

 

……まぁ、ぽん、と力が戻るかも知れないし……様子見だな

 

ともかく俺がやることは決まった以上長居は無用だった。

壁に立てかけていた狩竜を手に取りそのままあいさつだけをして、俺は外へと出て行く。

 

……さて……殺すわけにもいかないが、それでも放置するわけにはいかないだろう

 

目標はただ一つ……あの爺さんだ。

だがみつけて追い詰めても……不殺という戒めを持っている以上、俺にはどうすることも出来ない気がする。

 

ぶっちゃけ……やることがないから無理矢理やること作って自分の無力感と焦りを封じ込めているに過ぎない……

 

正直……自分の能力のなさに泣けてくる。

少しでいいから狩竜の煌黒邪神の力の解放を、扱えるようにしておかなければならないだろう。

あの泥を吸収したという事実……まぁその結果に関しては考えるまでもなかったが……から鑑みても、狩竜が切り札になるのは間違いない。

だがそれでも軽はずみに使えば能力を晒してしまう。

余り他の連中に知られるわけにはいかない力だ。

 

特に……あの妖怪じじいには

 

問題は山積みだが、それでもどうにかするしかないのだ。

溜め息をつきつつ、俺は帰路へとついていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

翌朝。

 

「先輩……すみません」

「……気にするな桜。昨日は俺の世話を見てもらったんだから、今度は俺の番だ」

 

そう言って士郎は寝ている桜へと笑いかけた。

だが内心でほぞをかむ思いだった。

しかしそれを表に出さず、士郎は桜の看病を続けた。

 

……桜がまた体調崩すなんてな

 

昨夜の……セイバーが戦力となり得なくなってしまった晩から一夜が明けた今朝。

昨日とは違い、今度は桜が風邪を引いてしまったのだ。

士郎と入れ替わるかのように……。

しかしそれにしては高熱だった。

高熱であるため、さすがに誰かが看病しなければまずいという話になり、士郎がその任を担っている。

セイバーが最初こそ世話をすると言ったのだが……現代日本の生活に少しは慣れたとはいえさすがに病人の看病をさせるのは心許なかったのだ。

 

主に……料理が出来ないという点で……。

 

そのため、昨日本当に体調が悪かった士郎が様子見という名目で二日連続で学校を休み、こうして桜の看病をしていた。

最初こそすごく恐縮していた桜だったが、それでも体調が悪いのが辛かったのか、素直に士郎の看病を受けていた。

 

 

 

しかし……これはただの風邪ではないのだが……。

 

 

 

それに士郎は気づけなかった。

 

 

 

気づかない。

気づけるわけもない。

二年もの間……全く気づかなかった士郎には。

また、桜のことを心配しつつも……士郎の内心は穏やかではなかったからだ。

 

 

 

……セイバー

 

 

 

今自室の隣室で寝ているセイバーのことが気がかりだった。

昨夜の泥のせいで、セイバーの能力は激減した。

戦力にならなくなった……ということではなく、士郎はセイバーのことを純粋に心配しているのだ。

そして……それはどうしようもないことだと言っても良かった。

 

俺には……

 

何も出来ない。

その無力さが士郎は歯がゆかった。

一応同盟を結んでいる凜には……

 

『ちょうどいいから休んで桜の看病をしてあげて。セイバーがああなってしまった以上、あなたはもう戦えない。だから……もう戦わなくていいわ』

 

それが今朝凜から告げられた、優しいけれど……残酷な言葉。

正義の味方を目指し、聖杯戦争という一般人は知り得ない戦争によって人の命と平穏が崩されるのは許せない……その一心で参加したこの戦い。

だが士郎にはもう戦う手段がない。

サーヴァントという参加資格()をなくしてしまった士郎には……それをなすことができない。

何せ士郎は壊れているとはいえ普通の人間だ。

普通とは言えない刃夜とは……違う。

 

だけど……

 

それでも士郎は諦めない。

確かにセイバーがああなってしまっては、士郎にはどうすることも出来ず、またサーヴァントの戦いに参加できるわけもない。

だがそれでも……彼にはまだ戦うための武器があった。

 

魔術使い……

 

それが士郎の武器。

あまりにも貧弱だが……何もないわけではない。

その力で……士郎は何とか聖杯戦争を終わらせようと思うのだが……

 

どうすればいい?

 

手段はあっても、それを模索するための力がない士郎ではどうしようもなく……買い物に出かけることしかできなかった。

 

 

 

それが……最悪の結果を招き……

 

 

 

そして……この生活が壊れることを……

 

 

 

士郎は知らなかった……。

 

 

 

いや、元々壊れていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ただその瞬間は刻一刻と近づいていた……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……冷えるわね

 

屋上にて凜はそんな当たり前のことを思っていた。

ただ一人……生徒ではという意味でだが……登校した凜はお昼休み屋上にて昼食を取っていた。

二月前半はまだ冷える。

それを承知で彼女はここでお昼を取っていた。

 

『……一つ聞いていいかな凜?』

『何かしら?』

 

アーチャーとの会話をするためだった。

念話で話すことは当然可能だったが、それでもそちらに意識を集中してしまうと、周りの反応を気にする必要性が出てくる。

それを防ぐためだ。

 

『まさかとは思うが……まだあの男と同盟を続けるつもりか?』

『……そうよ、悪い?』

 

アーチャーの問いに、凜はぶすっとした態度と声……といっても念話なので外には出ていないが……で返事をする。

その言葉に……アーチャーは呆れていた

 

『本気なのか? セイバーもああなってしまった以上、足手まといだろう。さっさと――』

『それでもよ!』

 

その反感の言葉は……かなり感情的だった。

そのあまりの激情に……アーチャーもひるんで言葉を閉ざした。

彼女には理由があったのだ……。

 

ランサーによって殺された士郎を助けた理由……

 

士郎と休戦協定を結び、戦っていた理由……

 

そして今現在……同盟を続けている理由……

 

彼女にとってもっともネックとも言えた存在であるセイバーが昨夜力を失った。

それは凜にとっては不幸でもあり、幸いでもあった。

士郎には悪いと思っていたが……それでも凜にとっては好都合だった。

 

士郎を……聖杯戦争から遠ざけることが出来るのだから。

 

同盟を破棄して監視を外そうものなら、士郎がどういった行動に移るのかわかったものではない。

そう言う意味があるにもあったのだが、それでも士郎との同盟を続けるのは……凜がやはりお人好しだからなのだろう。

 

『凜……。昨日君がさんざんいぢめた青年についてだが……』

『……その言い方やめてくれる?』

『事実だろうに。まさかその自覚がないというのか?』

『……あのときはむしゃくしゃしてたのよ』

 

昨日間桐家へと押し入った凜とアーチャー。

そのときの最悪の気分と感情は……彼女が暴走させるには十分な理由だった。

こうなるまで放置してしまった自分が許せなくて……。

何も出来なかった自分が……悔しかったのだ。

天才の凜も、まだ若者なのだ。

感情が爆発するのも……致し方ないことだった。

 

『見た限り学園にはきていないようだが……』

『……だから何?』

『……いや、なんでもない』

 

考えを口にしなかったアーチャーが何を言わんとしたのか、凜も何となく察しがついた。

昨日自分が言ったことは間違いなく本心であり……事実だった。

魔術刻印という、魔術師が魔術師たる証であるとも言えるそれが宿っていない慎二には、どうあがいても慎二の言う特別になることは不可能だ。

しかしあの狂気、妄執とも言える執念と憎念に染まったその表情は……狂った感じのするものだった。

 

……素直に普通に生きていればいいのに

 

魔術師の家系に生まれてしまったのが慎二の不幸といえただろう。

実際慎二は普通の世界で生きていくのならば十分に特別な存在といえた。

女子生徒の大半が好意を抱くことの出来るルックス。

勉強もスポーツも並以上だ。

歪んでしまっていると言えなくもないその性格も……もしかしたら魔術師とは無縁の普通の家で生まれたいたのならば歪まなかったかも知れない。

 

特別な存在である私にはわからないことなのかも知れないけど……

 

特別な存在であり、そしてそれ以上に優秀な存在の凜は、慎二の悩みを真に理解してやることは無理だろう。

だが……それでも士郎を見ているとそんなことはないと思えてくる。

慎二に語った言葉……。

それは自分の本心でもあったのだ。

魔術師としての才能は確かに士郎にもない。

だが士郎には魔術師たる資格が備わっていて……そしてそれ以上に彼には確固たる信念が会った。

魔術をただの便利な道具としか捉えていない魔術使いである士郎は……仮に魔術回路全てを失ったとしても士郎自身の信念を貫いていくだろう。

凜には……それが自分には出来ないとわかっていた。

魔術回路全てを失っても生きていくことなど……考えただけでも寒気がする。

幼少時より……否、生まれたときから特殊な力を持っていた存在が、それをなくしてしまえばそうなってしまうのも無理はない。

だけど士郎なら……魔術の家系に生まれながらも魔術回路を失っても気にもしないだろうと……彼女は思っていた。

それがすごいと……思ってしまうのだ。

 

彼の特殊な生い立ちを知らない……凜には……

 

 

 

士郎のことを思い浮かべて……彼女は苦笑した……。

 

 

 

私も慎二のこと……言えないわね……

 

 

 

特別な存在にあこがれにも似た想いを描く。

それは人間の性と言っていいのかも知れない。

ありもしないはずの空想の存在に胸を躍らせるということ。

それが凜にとっては……悔しかった。

 

なんであんなヤツに……!

 

ここ数日の急激な情勢の変化。

ライダーのマスターが慎二であったということ。

士郎と接することで知った……士郎のすごさ。

 

それが過去の記憶を……あのとき二人(・・)で見たものを思い起こさせて、弱気になったのかも知れない。

 

だが弱音を吐いている場合ではないことは凜は十分に理解していた。

間桐臓硯の暗躍。

それによって変化しつつある聖杯戦争。

あの老人が何をするのかは凜にも皆目検討もつかなかったが……それでもろくな事はしないだろうと言うことだけはわかっていた。

 

『何をしてくると思う?』

『どちらがだ?』

『あの妖怪じじいの事よ』

『さて……目的がわかるほど接していないので何とも言えないが……。あの体の構成具合からして、聖杯を求める心は並大抵のことではあるまい』

『……そうね』

 

一目見てわかった、臓硯の体の異常さ。

そしてその体を構成している虫達。

凜ならば単体でも何とか防ぎようもあるだろうが……それでも数が多ければ不利になってしまうのはぬぐえなかった。

慎二に関しては憎悪の視線が異様に強かったとはいえ、そう脅威ではないだろう。

ビルでの戦いで宝具の使用、セイバーの宝具から脱出するために令呪を使用し、さらには先のセイバーとの戦いで深傷を負った。

とても動ける状態ではない。

 

 

 

今はまともに動けないでしょうね……

 

 

 

そう判断してしまった凜は正しいとは言える。

だが……それは正常な相手であればの話だが。

 

『とにもかくにもあの妖怪じじいをどうにかした方がいいわね』

『同感だ』

 

放課後、そして夜の行動が決まる。

その際士郎を連れて回ることを彼女は考えていなかった。

数の多さでこられた場合、士郎を守りきることが出来ない……。

そういう言い訳をつけて、凜は士郎を聖杯戦争から遠ざけるつもりだった。

 

士郎の身を案じて……

 

そして何よりも……

 

 

 

ある少女のために……

 

 

 

慎二が持っていたという書物……。

それがなんなのか凜ははっきりと認識していた。

その書物が……偽臣の書が……

 

凜の不安を……確固たるものへと変えてしまった……

 

そうでないと願っていたのに。

関係がないはずだと信じていたというのに。

それでも現実は残酷に……凜の願いを否定した。

ならば……少しでも早く終わらせないといけない。

少しでも長く……幸せでいて欲しい。

その想いが、凜を焦らせた。

 

早く終わらせないと……このままじゃ……

 

平和が終わってしまう。

否……彼女が望んだ平穏がなくなってしまう。

それがどれほど悲しいことかなど……凜には想像も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

自室にてベッドに横になりながら、彼女は何をするもなく、ただ部屋に備え付けられている秒針の音を聞いていた。

学校を休んでまで自分の看病をしてくれた士郎は、セイバーとともに買い物に出かけている。

だが風邪を引いているからか……まだそんなに時間が経っていないにもかかわらず、もう何時間も経過したかのように彼女は感じていた。

 

「……先輩、おそいなぁ」

 

風邪でふらふらになりながらも、彼女はぼんやりとつぶやいていた。

風邪はいっこうによくならず、視界も定まっていない。

それすらも高熱でぼんやりとしてしまって、自己を完全に把握できていなかった。

だが……それでものどが渇き、士郎が用意してくれた魔法瓶へと手を伸ばすが、それはすでにからになっていた。

故に仕方がなく……何とか体を起こして桜は台所へと向かった。

 

トン トン トン

 

自分の歩く音がすごく大きく聞こえている。

一歩一歩動くたびに、体から力が抜けていくかのようだった。

 

おかしいな……。どうして……直らないの?

 

桜の体そのものは弱っていなかった。

ただただ……活力である力が足りなくなっているだけなのだ。

 

活力を求めて……それらは桜の体を動き回っていた……。

 

みっちりと詰まった体の中をはいずり、うごめくもの。

それらは役割を果たしているだけだということは桜自身が一番よく知っていた。

 

大丈夫……。こんなの、慣れっこだから……

 

幼少時……。

桜にとっての転機となった十年前(・・・)

その頃より躾けられた、改造された……。

十年前から……改造されてから生きてきた年月の中で、このような事態に陥ったのは何度もあったのだ。

 

チックタック チックタック チックタック 

 

集中しようにも、この高熱でぼんやりとしている頭ではどうしようもなく、また秒針の音が邪魔をした。

その秒針の音の中で……

 

カラカラカラカラカラ

 

屋敷に備えられた、侵入者を知らせる警告音が鳴っていることに、彼女は気づいていなかった。

 

 

 

「なぁんだ。衛宮いないのか? そりゃ好都合だ!」

 

 

 

嫌らしい感情が込められた声が居間に響き渡った。

そちらの方へと顔を向けるとそこには……彼女がよく知っている人物がいた。

 

「にい……さん」

「ん? なるほど。衛宮がいないから一人で盛ってたわけ? 爺さんの言うとおり、ライダーを使いすぎた反動か?」

 

慎二は土足のまま不法侵入をした。

慎二の表情をみるまでもなく、何か妖しげな事をしにきたの明白だというのに……彼女は逃げなかった……。

 

 

 

否……逃げる気力はとうの昔になくなっている。

 

 

 

逃げ切ることは出来ないと……諦めている。

 

 

 

諦めきってしまったのだ。

 

 

 

だけど……ここだけはそれを忘れることが出来た……。

 

 

 

だから桜にとってこの場所は……大切だったのだ。

 

 

 

「やめて……にいさん……」

「なんだよ? 逆らう気か? お前は僕の言うことを……聞いてればいいんだよ!」

 

そこで慎二は言葉を区切って桜へと歩み寄って……拳をおなかへとたたき込んだ。

 

「っかは……。うぐ……ぇ」

「僕って優しいなぁ……。爺さんから預かった薬を使わないであげてるんだから」

 

ニンマリと、邪悪な笑みを浮かべ床へと転がっている桜をけりつけて、慎二は笑う。

咳き込み、痛みに顔を歪ませている桜には、その表情を見ることは出来ない。

その桜を無理矢理立たせて……慎二は嗤う。

 

「安心しろよ。衛宮を殺すつもりはないしお前の事だって黙っててやるって。僕は優しいからさ。でも……衛宮に痛い目にあってもらわないと気が狂いそうなんだよ」

 

首を捕まれたまま間近で睨まれて、桜は口を閉ざした。

何度も味わった。

何度も思い知っているこの事実を……受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

こんなものか……

 

深山町の商店街にて買い物を終えた士郎は、買った食材を確認しながら帰路についた。

桜が結構な風邪を引いたことで、暖かいうどんか鍋、もしくはおじやを作るためだ。

先日、初めて風邪を経験した士郎に取っては、それがどれほど強烈だったのかということは身をもって知っている。

故に桜が少しでも良くなるように、彼は精一杯看護をする……つもりだった。

 

「これで全部でしょうか? シロウ」

「あぁ。それにしてもごめんなセイバー。買い物につきあわせて」

 

そして珍しいことに、今日はセイバーが買い物につきあっていた。

といってもこれが本来は正しい……いや厳密に言えば買い物に行くこと自体がNGなのだろうが……姿と言えなくもない。

サーヴァントもつれずに買い物に行くのは……殺して欲しいと言っているようなものだ。

 

「……力を失ってしまった私ですが、それでも危険を察知することは出来ます。最悪、令呪を使用してもらった力を無理矢理使用してでも、あなたを守ります」

「……サンキュ」

 

力を失ってしまった……その言葉を言うときにセイバーの顔が一瞬ゆがんだことを、士郎は見逃さなかった。

あれほどの戦闘能力を有していた力を失った今のセイバーの気持ちを推し量ることは、士郎には当然出来ず……気づかなかったことをすることしか出来なかった。

 

「でも大丈夫だって。魔術は秘匿されるものって言ってるんだから。こんな町中で仕掛けてくることはそうそうないはずさ」

「……はぁ。シロウ。やはりあなたは甘い。まだ露見していない可能性は高いですが、それでも私の力が失った事が知られれば、ランサー、そしてバーサーカーが攻めてくる可能性は十分に考えられます。そのとき……私はシロウを守ることは出来ない」

 

……そうかな?

 

シロウはセイバーの言葉に、ランサーとバーサーカーを思い起こす。

ランサーはともかくとして、バーサーカー……というよりもイリヤがそこまでしてくるとはどうしても士郎には思えないのだ。

何度か公園で話したあの小さな女の子のことが、士郎は敵と認識することが出来ずにいた。

友達と言ったときも、それがまるで初めて言われたといわんばかりの態度だったことも気がかりだったのだ。

 

が、士郎は甘い。

 

イリヤは確かに優しいが、魔術師として相対すれば士郎を容赦なく殺す事が出来る少女である。

 

が、それはまた別の話。

 

 

 

「? 衛宮君?」

「? あれ、遠坂? そうか、もう放課後だったか」

「だったかって……。あんたねぇ……」

 

フレンドリーに話しかけたにもかかわらず急にこめかみに青筋を刻み込む凜。

それを見て……

 

なんで怒ってるんだ遠坂?

 

と思ってしまう辺り、彼はやはりどこか間抜けなのだろう。

怒った理由など……考えるまでもない。

丸腰で戦場に出てきているのだ。

これを阿呆と言わずになんというのか。

さらにいえば……

 

「桜を放っておいて何をしているのよ!?」

 

そう。

これが凜が大激怒する理由。

それこそ……猫の皮をかぶっている状態すらも忘れてしまうほどの。

しかしすでにそれを知っている士郎としては、そこは別段怒るべきところではない。

どちらかというと士郎には何故凜が怒ったのかがまだわかっていなかった。

 

「と、遠坂落ち着いて。晩飯の食材を買いに来たんだ。ほら……桜に精のつくもの作ろうと思って」

「それなら私が買って帰ったわよ! あんたってヤツは……本当に……」

 

ある程度は士郎の性格というものを理解しているのだろう。

だがそれでも彼女には少々許されざる事だった。

だが士郎にも士郎の気持ちがある。

一応士郎は桜に料理を教えた師匠である。

それなりに料理には自信があり、士郎にとっては桜においしいものを食べさせてあげたかったのだ。

 

「はぁ……。ともかく早く帰りましょ。今桜一人でしょ?」

「……そうだな」

 

三人で深山町の商店街を歩いていく。

セイバーと凜。

二人とも美少女をいって過言でない女の子を二人侍らせて歩く姿は周りから見たら非常に気になる情景だっただろう。

しかし現実は違う。

三人は殺し合いの協力者なのだ。

そして……もう一人……

 

いたのだ……

 

 

 

それを士郎は……知ることになる。

 

 

 

もっとも知って欲しくなかった……その真実を。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……見つからん!

 

冬木中を駆けめぐったというのに、俺はあの妖怪じじいも、あの黒い陰の片鱗すらも見つけることが出来ずにいた。

といっても……それは半ばわかりきっていたことだった。

ちなみに昼間であることを考慮して、今の装備は封絶(認識阻害を施したシースに入れている)、竹刀袋に入れた夜月、後ろ腰に装備している水月、スローイングナイフ数点のみであった。

 

……戦闘以外の技術で本気で磨いたのは、料理と鍛造だからなぁ

 

結界や認識阻害の術なども使えるので多少はそういった事も出来るのだが……それはあくまでも素人に毛が生えた程度。

探索の術も使えなくはないが……それよりも気で人を探知した方が楽なので余り真剣にやらなかったのだ。

 

余りそう言った方面が得意ではなかったと言うのもあるが

 

というよりもそれが本当の理由。

得意ではないというよりも……余り好きになれないのだ。

術って言うのが。

便利なのだが、そう言うのよりも体を動かす方が性に合っている。

物を切断するのにわざわざ術を使わなくても、俺の場合木刀でもあればそれで十分切断が可能だからだ。

 

話がそれたな……。さて、どうしたも――

 

どうした物か? そう考えようと思っていたときだった。

俺の視界に、桜ちゃんを連れて……というよりも半ば強引に引きずっている、男の姿を目にしたのは。

 

……あの男、確かライダーの

 

名前は覚えていない。

だがそれでも何度か弓道部で見たことのある顔だったし、美綴を襲ったときにもいた男の顔を忘れるわけもない。

となると、直ぐそばにライダーもいるのだろう。

 

……どこへむかっている?

 

歩いていく進路を先読みして……俺は桜ちゃんを連れてあの男がどこに向かっているのか予想をつけた。

 

……穂群原学園?

 

制服を着たままということを鑑みても、それは間違いないように思えた。

更に言えばライダーの結界が張り巡らされた場所……つまりはヤツにとってのホーム、他の連中にとってはアウェイだ。

 

……どれ、先回りしておくか

 

体内にため込まれている残存魔力の容量を確認し、魔力がそこそこあることを確認した。

昨夜根こそぎ吸収されてしまったが、それでも何とか多少は使えるくらいには回復した。

手の感覚も多少はおかしいが、支障がないレベルだ。

 

これならば……霞皮の力も多少は使えるはずだ。ならば……

 

結界が発動されてからでは入ることが困難になる。

ならば先に内部へと侵入しておけば問題はない。

 

そうと決まれば善は急げ……

 

学園にほとんど生徒がいない以上、結界を発動させることはおそらく内だろうが……それでも前回のように、結界を発動されたら手も足も出なくなってしまう。

そうと決まれば……

 

不法侵入開始~

 

といいつつも、俺も一応学生……出席日数が足りなくて必然的に留年だこんちくしょう!……なんだけど。

そう言えばまだ自分が学生だったことを思い出して苦笑しながら、俺は学園へと先に侵入し暗躍すべく、疾走した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ただいま~」

 

普段と変わらない様子で士郎は自分の家へと……桜が待っている家の扉を開けた。

だが……その瞬間に違和感を感じ取っていた。

違和感を如実に語る……廊下の足跡。

 

「……衛宮君。これ」

「……」

 

当然誰もがその足跡に気づいていた。

そしてそれを見て、皆がそれぞれの反応を示す。

 

凜は静かに目を細め、セイバーは外敵の侵入に警戒した。

 

 

 

だが士郎は……何も考えられていなかった。

 

 

 

靴は桜の物だけが残っている。

故にいるかもしれない。

そう考えて、三人が全員で衛宮家の捜索を行う。

だが広いと言っても三人で探せば直ぐに探す場所はなくなり……どの部屋にも桜の姿は見あたらなかった。

 

予感が確信へと変わっていく。

 

そして今に足を踏み入れて……士郎の頭は完全に沸騰した。

 

廊下から続いていた足跡は、居間でなくなっていた。

その時点で……考えるまでもなかったのだ。

桜がここにいて……そしてここから連れ去られたことを……。

 

「衛宮君、そこの床……。赤いのって……」

「わかってる……」

 

その声は驚くほど平坦だった。

普段は感情がでやすい士郎からは考えられないほどに。

その声を聞いて凜は少し驚いた表情を浮かべた。

それに気づかないほど……士郎の頭は単調になっていた。

 

怒っていたのだ……。誰よりも何よりも……

 

 

 

自分の甘さに……

 

 

 

もっと早く帰るべきだった。

もっと真剣に考えるべきだった。

もっと……思考するべきだった。

こうなることを恐れたからこそ……自分は桜をこの家に招き入れたのではないのかと?

そう繰り返し頭の中で反芻していた。

桜が無関係だと間桐臓硯は言っていた。

だがそんなこと最初からあり得ないのだ。

何せ桜は間桐家の人間だ。

故に……絶対に無関係ということはあり得ないのだ。

 

ジリリリリリ

 

沸騰して爆発しかけた士郎の脳内に……そんな音が響いてくる。

電話の呼び鈴だった。

誰もが黙り込んでしまったその状況で、士郎はセイバーと凜にうなずいて、受話器を取った。

 

『もしもし? ようやく帰ってきたのか? 衛宮』

 

電話の相手は間桐慎二……。

桜の兄からだった。

声を聞き間違えるはずもなく、そして桜がいなくなった事でそうではないかと士郎はわかっていた。

何とか怒りをかみ殺して……士郎は言葉を紡ぐ。

 

「桜は?」

『あ? なんだ偉そうに? 返してもらったに決まってるだろう? あいつは僕のなんだから。いつまでも赤の他人の家においておけないだろ?』

「慎二!」

『はっ! いいね、怒ってるのが電話越しでもわかるよ。桜を取られたのがそんなに悔しいんだ!?』

 

その神経を逆なでする慎二の声と内容。

それが凜にも聞こえているのか、凜が受話器を奪おうとするが、士郎はそれを制した。

凜がこの場にいると知られては面倒になりかねないからだ。

 

「用件をいえ。一体なんでこんなことをしたんだ?」

『カタをつけようと思ってさ? お前だってこの間の一件で終わったなんて思ってないだろ?』

「いや思ってる。ライダーが負けてお前は逃げただろう。それで勝負はついてるはずだ」

 

それは純然たる事実なのだが……それを言っていい場面ではない。

それがわかっていないのは士郎の未熟さ故か?

それとも……大事な存在を取られてしまって怒っている事による物なのか?

 

『違う! あれはサーヴァントの差だ! お前の力じゃない! セイバーさえいなければ僕が負けるはずないだろう!』

 

いろいろと矛盾している言葉だった。

サーヴァントの能力の違いは主にクラスとマスターの実力、相性に依存する。

ライダーは十分に強力なサーヴァントだ。

しかし、今はそれを話している時ではなかった。

 

「桜をどうする気だ?」

『どうもしないさ。けどそれもお前次第だな。学園まで一人で来いよ。でないとどうなるかなっ!!』

 

ガッ

 

『っぅ……!』

 

何かを蹴るような音と、それに苦悶する声。

遠かったとはいえ聞き間違えるわけもない。

一瞬切れそうになった自分を抑えて、士郎は言葉を紡いだ。

 

「要するにセイバー抜きで行けばいいんだな?」

『わかってるじゃないか。学園には結界が張ってあるからお前以外がきたら直ぐにわかるぜ?』

「直ぐに行くから待ってろ。それと……念のために聞いておく。お前はマスターなのか? それとも桜の兄貴なのか?」

 

それは士郎の根幹をなす言葉。

士郎にしかわかり得ない……わかるはずもない言葉。

その言葉に大して慎二は……

 

『はっ!? 嗤わせるなよ。こいつの兄貴なわけないだろう? お前をおびき出すための餌だよ』

「わかった……。マスターとしていってやる」

『あぁ。さっさとこいよ』

 

嘲笑が聞こえていた受話器を置いて、士郎は一つだけ息を吐いた。

そしてはき出した息を吸ったときには……玄関へと向かっていた。

それに対してあわてたのはセイバーと凜だった。

 

「落ち着いてくださいシロウ! 明らかに罠です」

「セイバーの言う通りよ! 本当に一人で行くつもり!?」

「そう言う指定だ。話は後にしてくれないか?」

 

セイバーと凜からの言葉を、士郎はたったその一言で切り捨てた。

普段の士郎からは考えられないほどに短絡的だ。

 

「少し落ち着きなさい! 桜を連れて行ったのは人質のつもりなのよ? あんた一人で行っても殺されるだけよ? あんたが死ぬの見たら桜がどう思うと思う? 作戦を考えて行くべきよ」

「リンの言うとおりです、シロウ。相手にはライダーがいると見て間違いない。今の私では力になれない。令呪を使用してもそう持たないでしょう。作戦を考えなければ危険です」

 

さすがに士郎もそれぐらいのことはわかっていた。

このまま言っても無事ではすまないことなどわかりきっていた。

だがそれでも、止まることは出来なかった。

 

耳にこびりついた……うめき声が士郎の脳みそを沸騰させる。

 

「……桜の前で殺されるかな?」

「……それはわからないけど、無事では済まないでしょうね。前々から慎二は少し普通じゃなかったし、桜に対してもきつかった。でも今回のは度が過ぎている。そんなあいつの前にのこのこ行ったら死にに行くような物よ? というか冷静に見えるけどひょっとして怒ってるの?」

 

……そうかも知れない

 

凜の言葉に、士郎はようやく自分が切れそうになっていることに気がついた。

今士郎の頭の中には、慎二を一発ぶん殴ってやることしか考えていなかった。

本気で……怒っていたのだ。

それを自覚して……そして自分にも怒りがわいていた。

 

「あぁ、怒ってる。慎二もそうだけど、今まで兄妹だからって口出ししなかった自分にも怒ってる。あいつは……桜の兄貴じゃないって言った。そんなヤツが……桜を取ったんだ」

 

取った。

それは明確な言葉。

自分に取って桜という少女がどれほど大切かという事と……

 

桜は自分の物だという、欲望。

 

正義の味方と目指していた青年は、ただそのあり方だけでなく……そう言う意味でも壊れていたのだ。

だがそれでも……それはまだ正常だ。

独占欲というのは……誰にでもあるのだから……。

 

()れたから()り返してくる。二人とも手を出さないでくれ」

 

その言葉と共に、士郎は文字通り家を飛び出した。

猪突猛進といって差し支えないほどに短絡的であり感情的、直情的だった。

ただ、今の士郎のは慎二を殴り飛ばすことしか頭になかったのだ。

 

「あぁ! もうっ! セイバー、士郎は私がどうにかするからあなたはここにいて!」

「しかしリン! 私も……」

「ひどいこと言うけど今のあなたじゃ逆に危険だわ! いいから大人しく待ってて!」

 

士郎のフォローをするために、凜も士郎と同様に衛宮家から飛び出した。

姿こそ見えない物の、アーチャーも一緒である。

そんな中、ただ一人自分だけが役に立てずに衛宮家にいることしかできないことに……セイバーは歯がみするしかなかった。

そうとは知らず、士郎はひたすら学園を目指して歩いていた。

空はすでに暗く、また夜にでも一雨来るかのように暗く曇っていた。

それにすら気づかず……士郎はただ学園へと向かっていく。

そして……学園へとたどり着く。

 

……慎二!

 

校門から見た校舎はひどく静まりかえっていた。

部活動が休止になったために、活気は少ない。

人気がなくなっているその学園へと足を踏み入れるその瞬間……。

 

「待てって言ってるでしょ!? あなた一人じゃ助けられないでしょ!? 私も助けるから少し落ち着きなさい! それに協力するから私たちは同盟を組んだんでしょ!?」

 

同盟。

その言葉で士郎は聖杯戦争当初にて凜と結んだ協力関係のことを思い出した。

そして……今どれだけ危機的状況かということをようやく再認識できた。

だがそれが認識できたところで……状況は変わらない。

 

「ごめん、遠坂。でも……今のままじゃ桜が……」

「そんなことはわかってるわ。桜が人質にいる以上、私もおいそれと手が出せないわ。けど……逆に言えば、あなたが桜を取り戻してくれさえすれば後はどうとでもなるわ」

「どうとでもなる?」

「ライダーがいる以上、こっちはアーチャーで対抗するしかないわ。でも桜という人質がいなければ慎二自身はそこまで恐れる相手ではないわ。私は直ぐに行動できる場所に隠れているから何とかして桜を助けてあげて……後は私が何とかするわ」

 

何とかする。

足手まといが二人もいる状態というのは果たしてどれほど困難な状況なのか?

しかしそれがわかっていながらも、士郎には凜にすがるしか方法がなかった。

そして……その凜の優しさで士郎も覚悟を決める。

 

なんとしてでも……桜を……

 

助けてみせると。

そう士郎はいまこの場で誓ったのだ。

 

「わかった……。後は任せた」

「えぇ。けどあなたが無事でいるっていう条件付きよ? 桜を守るのはあなたの役目。アーチャーはライダーの相手で手一杯なんだから」

 

桜を守る役目。

それを再認識して士郎は校舎へと目を向ける。

まだ18時前だというのに人気はない。

昏睡事件の影響で下校時刻を早め、教師もほとんどが帰宅しているのだ。

 

「……慎二はどこにいるかな?」

「あいつの性格から考えて自分の教室でしょ? 馴染みがあって高いところ」

「……わかった。先に行く」

「えぇ。私も少ししたら行くわ。ここは相手の陣地よ。結界がある以上、入った時点でばれてしまうから、何とかして注意を引きつけて」

 

一つうなずいて、士郎は駆けだした。

今度は激情に任せず、怒りを内包しながらも冷静に……。

魔術回路はすでに発動している。

この力を……(慎二)を倒すためではなく、桜を守るためだと必至になって暗示した。

そうでもしなければ……今の士郎は自分が何をやらかすかわかったものではないと、本人も自覚しているのだ。

 

 

 

見慣れた校舎に入り、階段を駆け上がる。

そしてその光景を見て……士郎は再び目の前が真っ白になりかけた。

妹を前面に押しだして楯にしたまま、慎二はナイフを首筋へと突きつけていた。

そしてその直ぐそばに寡黙なままのライダーがたたずむ。

瞬殺されても不思議じゃないこの状況下にあっても、士郎は自分が殺されることを全く恐れていなかった。

むしろ……自分がライダーに殺されることなど思い浮かんでいなかった……。

 

「慎二……」

「あはっ! やっぱり直ぐにきたな衛宮。お前の事だからああいえば直ぐにくると思ってたよ」

 

命知らずなことに、士郎はその言葉で再度頭が沸騰し、思わず足に力を込めた。

その前に踊り出す……長髪のサーヴァント。

 

「止まりなさい。これ以上近づけばマスターは彼女を傷つけます」

「っ……!」

 

状況を忘れていた士郎に、半ば強制的に今の状況を教えたライダー。

その言葉の真意に気づかずに……士郎はギリッと歯を噛みしめる。

 

どうして!?

 

前に進むことも許されない士郎には、ただただ慎二をにらみつけることしかできなかった。

妹にナイフを突きつけている慎二。

肉親ならば……兄妹ならば助け合って、一緒に笑うものであるはずだ。

 

俺が失ってしまったその温もり(家族)を……

 

どうしてそれがわからない!?

 

思わず再度進もうとしてしまったその瞬間に……

 

「わからない人ですね、あなたも。この場に一人で訪れたというのならばマスターの意に従ったと言うこと。戦う気であったならば、一人では来なかったはず」

 

……その通りだ

 

再度沸騰しかけたその士郎に浴びせられる忠告。

これが果たして……敵であるはずの青年に向けられる言葉なのだろうか?

 

落ち着け……落ち着くんだ……

 

一つ息を吐いて冷静になって、再度慎二を……桜を見た。

うつむいたままの桜は、顔を上げる様子がなかった。

意識を失ってはいないはずだ。

自分の足で立っているのだから。

ならば……顔を上げないのは一体どういう事なのだろうか?

 

「俺たちの事を話したのか?」

 

少し濁したその言葉。

何を言っているのか? そう思った慎二だったが直ぐにその意味を察して嗤った。

 

「くはっ!? あぁそう言うこと? 安心しろよ衛宮。お前が黙ってるから僕がきちんと説明してやったよ。僕たちがマスターで殺し合いをしてたって!」

「っ!」

「隠しておきたかったのか? バカだなぁ。ばれてるに決まってるだろそんなの。こいつもうすうす気づいてたみたいだぜ? だけどそれでも自分はただの後輩だから聞けないって言ってたぜ?」

「っぅ!?」

 

ただの後輩。

それが何故か自分の事が知られたことよりも……隠し事をしていた事がばれてしまったことよりも深く、士郎の心を抉っていた。

 

「ほら今ならなんだって聞けるぜ? 聞いてみろよ? 自分のことを衛宮がどう思っているのかとか、お前が間桐の人間だって知られて嫌われているのかどうかも聞けるはずだ? 何せあいつに拒否権なんてないんだからさぁ?」

 

嗤いながら、慎二はそう桜に問いかける。

だがそれでも……桜はうつむいたままだった。

まるでそれが謝っているかのように見えてしまった士郎には、これ以上そんな姿の桜を見るのは耐えられなかった。

 

「もういいだろう。お前の言うとおりここまできたんだ。桜を解放しろ」

「はぁ? いつ約束したんだよ? あれは命令だぜ? 一人で来れば桜には手を出さないって言っただけだぜ?」

「……!」

 

確かに嘘は言ってない。

一人で来れば桜を解放すると言うことを……この青年がするわけがないのだから。

 

「そう睨むなよ衛宮。お前がきちんと誠意を見せればこいつはちゃんと家に帰してやるよ」

「……それは約束するんだな?」

「あぁ。お前が僕の言うことを聞くのならね。これは必ず守るよ」

 

それが嘘かどうかはわからない。

だが人質がいる以上、士郎にはそれを信じるしかなく、また従うしかなかった。

 

「わかった。なら俺は何をすればいいんだ?」

「お前も大概頭が悪いね衛宮。僕はカタをつけようって言ったんだぜ?」

 

その言葉と共に、ライダーが一歩前へと躍り出た。

そのたたずまいに殺意も敵意もなく……ただ純粋に命令に従って、ライダーは士郎へと歩み寄った。

 

「けどただやり合ってもつまらない。僕は魔術師じゃないから不公平だ。ただのケンカだったら僕が勝つ。ならここは公平を期して、そいつの相手をしてもらう」

 

それのどこが公平だというのか?

確かにセイバーに敗れたとはいえライダーはサーヴァントだ。

そんな存在を相手に……ただの人間である士郎がまともに戦えるわけもない。

それはもはや死刑宣告に等しかった。

 

「安心しろよ、何も殺そうとはしてないさ。手加減はきちんとさせるって。でも、これから先邪魔されても目障りだから、両手両足はつぶさせてもらおうかな?」

 

手加減をさせる。

確かにその言葉に嘘はないのだろう。

ライダーの手には得物がない。

それ以外は知らない……そう言うことなのだろう。

 

「簡単な話さ。ただサンドバックになればいいだけさ。あぁでも直ぐに倒れるなよ? 僕が満足する前に倒れたらこいつがどうなるかな?」

 

その言葉を最後に……慎二が口を紡いだ。

そしてそれと同時に……ライダーが士郎に向かって歩き出した。

ゆっくりと……。

そして……その体が沈んだ。

咄嗟に士郎が両手を構えたその瞬間……

 

!!!!

 

腕そのものが吹き飛びかねないほどのの衝撃がその手を襲った。

 

「がっ!?」

 

あまりの痛みに一瞬だけ頭が飛びかけて士郎はあわてて再度構えを取った

首から上をやられるわけにはいかないからだ。

右腕の感覚が完全に消失していたが、そんなことは構っていられなかった。

 

同調、開始(トレース。オン)!!!!

 

直ぐに魔術を……強化を衣服へと施した。

そうでもしなければ下手をすれば手足が吹き飛ぶ可能性があるからだ。

衣服を、体に魔力を通して少しでも防御力を上げた。

 

だがそれを……

 

 

 

!!!!

 

 

 

ライダーの足蹴りが吹き飛ばす。

多少ましになった物の、所詮は多少でしかない。

その一撃は完全に士郎を壊しにかかっていた。

だがそれでも手加減というのは真実なのだろう。

いくらクラスがライダー……膂力にそこまで特化していないとはいえ、サーヴァントの一撃だ。

ガードしているとはいえ、殺す気であるのならば人間ごときに耐えられる物ではない。

だがそれでも士郎は耐えた。

耐えざるを得なかった。

動きが鈍っていく……もはやただ体に付いているだけの肉塊と化してきているその腕で必至になって顔と頭をガードする。

ライダーはその士郎に大してただただ、無機質に無感情にその力を振るっていた。

反応することの出来ない速度で迫るそれを、士郎はただ耐える。

それをどう取ったのか……ライダーは士郎がガードしている箇所(顔と頭)には攻撃してこなかった。

腕と胴を……攻撃してくる。

 

……おかしい

 

そこで士郎はようやくライダーのおかしさに気がついた。

先にも言ったが相手はサーヴァント。

人外の存在である。

ライダーのことを詳しく知らない士郎だが、それでもセイバーと互角に戦っていた存在が、人間ごときを殺すのに手間取るということはあり得ない。

殺すことが目的でない以上、殺すことはないだろう。

だが先ほど慎二は言ったのだ。

 

『両手両足はつぶさせてもらおうかな?』

 

そう言っていた。

それがマスターの命令であるのならば両手を破壊されても士郎にはどうしようもない。

だがこれはチャンスだった……。

 

「ははっ!? ざまぁないな衛宮。もっとがんばれよ! 桜の前なんだぜ?」

 

慎二は士郎がやられているのを見ているのが愉快だからか、そのことに気づいていなかった。

ライダーが手加減しているということに……。

士郎も当然それには気づいていなかったが、それでもこれがチャンスであると信じた。

だがそれを打ち砕くかのように……

 

「ふっ……」

 

ライダーの強力な回し蹴りが、士郎の腹に直撃した。

 

「っぐ……」

 

胃液が逆流しそうになり、はき出しそうになった。

だがそれを必至になってこらえた。

だが体はそうも行かず前のめりに倒れそうになった。

 

倒れたら……

 

起き上がれなくなる。

そう直感した士郎は、目の前の存在の腕を……ライダーの腕を手にとって何とか持ちこたえる。

 

「はっ!? いいね頑張るね! ゴキブリって感じでお前らしいよ。けどもう飽きてきた。このままだと同じ事の繰り返しだから、そろそろ終わりにしようか」

 

同じ……だって?

 

そのとき、士郎は気づき、慎二は気づいていなかった。

チャンスであると信じた士郎は、ライダーに寄りかかってから立ち上がったとき……ライダーの腕を引いて立ち位置を逆にしていたのだ。

ライダーと慎二の間に……士郎は位置取った。

つまり……慎二との間にあるのは距離だけだった。

その距離を……縮める手段が……

 

「距離は五メートルほどです。我慢強いあなたの勝ちです……」

 

え……?

 

耳元に届いたその言葉を聞いて……士郎は耳を疑った。

それを確認する前に……

 

「さて第二ラウンドにして最終ラウンドの開始だ。もう終わりにしろ、ライダー」

 

ライダーが士郎の手を振り払い、そして構えた。

急所以外を狙われたおかげで、士郎には避けることはおろか、構えることすらも億劫になっていた。

体はもはや痛覚を認識しないほどに痛んでいた。

熱を持った体のおかげで意識が飛びそうになっている。

しかし……

 

「……お覚悟を」

 

ライダーのその声が、それを許さなかった。

だが覚悟を決めるために言葉を掛ける意味は果たしてあったのか?

 

まさか……

 

完全に士郎は理解した。

顔を狙わず、急所を狙わず……それ故に士郎の体がまだ動かせる。

手加減したわけでも、ない。

それが慎二の意志ではなく……目の前のサーヴァントの意志であると言うことに……。

そして放たれる……一撃。

 

「がっ!?」

 

その一撃は、士郎は吹き飛ばすに十分な威力を秘めていた。

おかげで士郎は口内で吐血した。

内臓が一部痛んだのかも知れない。

だがそんなことは瑣末ごとだった。

距離だけだった。

桜までの障害は。

完全な体ならばともかく、今の体では慎二へと肉薄するのは難しい。

 

はは……

 

終わりにしろと言った慎二の言葉を明確に遂行していたのならば、士郎はこの時点で死んでいただろう。

だがそうはならなかった。

士郎はタイミングを合わせて後ろに跳ぶことで衝撃を緩和していたのだから。

 

そう、タイミングを合わせて……だ。

 

吹き飛んでいく最中……士郎は何とか体を動かして体を反転させた。

そして……眼前へと下りたって……

 

 

 

「……え?」

 

 

 

目の前にあるナイフを……左手でつかみ取っていた。

 

ザシュ

 

白刃を生身の手で触れたことで士郎の手から血が流れる。

だがその痛みは感じなかった。

ライダーに殴られた麻痺のためにそれを感じることが出来なかったからだ。

 

「え? え?」

 

まだ状況が理解できていない慎二。

士郎は左手でナイフをつかんだまま右手を振り上げる。

麻痺していたはずだった。

だがその麻痺すらも忘れさせる怒りが……士郎の体を突き動かす。

 

 

 

 

 

 

「慎二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

そして振り上げた拳を、慎二の顔面へとたたきつけた。

 




ラノベ読む暇がないよ~

仕事なんて嫌いだ~


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真実

ストレスで最近心身ともにきつい
世の中のお父さんがすげぇ……と俺はまじめに思います




強化が施されているからか……それとも怒り故にか?

振りかぶった士郎の拳は慎二を殴打し、数メートル吹き飛ばしていた。

それには目もくれずに……士郎は桜へと駆け寄った。

 

「桜!」

「先……輩……」

 

助かった今になっても、桜は顔もあげずに力なく床に座っていた。

それが会話を避けてるのだと言うことに、士郎は気づいた。

だがそんなことよりも……桜の高熱の方がよほど士郎にとっては問題だった。

 

「今すぐに家に戻ろう。それで……」

 

ガチャン

 

窓を破砕する音が響き渡り、第三者がこの場へと乱入した。

言わずもがな凜とアーチャーのコンビである。

しかも抜け目ないと言うべきなのか……登場と同時にライダーを切り伏せて、戦闘不可能な状態へとしていた。

 

「勝負あったわね。観念しなさい、慎二」

「が、ぐ……、と、遠坂!? 卑怯者! 約束を破ったな衛宮!」

 

殴られた慎二が立ち上がりながらそう罵倒する。

だがそんな無意味な主張に、凜は歯牙にも掛けなかった。

 

「そうかも知れないわね。それが約束だったならね? 命令だったんでしょ? なら衛宮君を卑怯呼ばわりするのはおかしいと思うけど?」

 

それは紛れもない真実。

自らが言ったその言葉を、慎二は約束と言う。

そんなことを信じる人間は、この場には当然いない。

 

「詭弁だ! 衛宮は一人で来るって言っただろ!?」

 

しかし今窮状に陥っている慎二には、冷静に判断することも出来ず、そんなことを言っている場合ではない。

何せ……文字通り絶体絶命なのだから。

 

「あなたには言うだけ無駄だったわね。衛宮君と一緒に来たのは事実だけど、私が今この場にいるのは……私の意志よ」

その声には……静かながらも明確に怒気が含まれていた。

 

「桜に手を出した以上、私が黙っているわけないでしょう? あんたは衛宮君をおびき寄せる代わりに私を完全に敵に回したのよ」

 

桜に手を出した以上?

 

今の言葉に、士郎は若干の引っかかりを覚えた。

だが、それは慎二の呪詛にも似た言葉にかき消された。

 

「お前も桜か!? 桜桜桜桜桜桜……。お前はまだこんなヤツに執着があるのかよ!? 黙っていじけてるだけの陰険なヤツに!」

「……言いたいことはそれだけかしら?」

 

凜の言葉に更に怒りが込められる。

さすがにそれを聞いて慎二も焦ったのだろう。

懐から一冊の本を取り出した。

 

あれは……

 

先日の夜の公園で慎二が手にしていた書物、偽臣の書。

それがまだ残っていたことに驚いた。

その本を手に、慎二はライダーへと命令を送る。

 

「立てライダー! マスターの命令だ! 立って僕を助けろ!」

 

そう命じるも、ライダーは動けない。

それも当然だ。

魔術師でもない慎二には、偽臣の書でライダーを使役することは出来ても、ライダーの傷を治癒することは出来ないのだから。

むしろこのままでは傷が原因で死滅するだけだ。

 

こんなの!

 

士郎はそれを見ていることは出来なかった。

先ほど自分を助けてくれたライダー。

その彼女が苦しむ様を、見たくなかったのだ。

 

「やめろ慎二! このままだとライダーが死んじまう!」

 

それは紛れもない真実。

いくら超常の存在とはいえ、致命に近い傷を負ったままでいれば死んでしまうのは道理である。

しかし……ただの道具としてしか見ていない慎二にはそれがわからない。

 

「は!? こいつがそんな簡単に死ぬかよ! お前は黙ってろ!」

 

慎二は命令をゆるめず、ただ己のサーヴァントを罵倒した。

それを見かねて士郎が慎二へと再び殴りかかろうとした時……

 

 

 

「これ以上は……ダメ!」

 

 

 

そんな声が、後ろから……桜からあがった。

そしてそれと同時に……

 

ボッ

 

偽臣の書が燃え上がる。

それと同時に……学園の廊下に突風が吹き荒れた。

その発生源は……

 

「何!?」

 

倒れ伏していたはずだというのに立ち上がったライダーと、うずくまったままの桜からだった。

敵の変化を明白に感じ取って、アーチャーは凜の前に立った。

 

「嘘……? これがライダー!?」

 

驚愕しつつも身構える凜と、双剣を具現化して戦闘に備えるアーチャー。

立ち上がったライダーに傷跡は見あたらない。

それどころか体から発せられる威圧感と重圧は今までの比ではなかった。

そして次の瞬間に消えた。

 

え……?

 

「衛宮君伏せて!」

 

咄嗟にしゃがんだ士郎の真上を、長い髪をたなびかせてライダーが飛翔する。

その腕に、桜を抱えて。

 

「!? 桜!」

 

一瞬の隙を突いて、ライダーは桜を抱えて跳んだ。

慎二がいる少し前の場所。

士郎達と慎二の中間地点へと着地した。

 

「な、なんだよお前。誰が桜を連れてこいだなんて……」

「私はサーヴァントとして主の身を守るだけです」

 

抱えていた桜を優しくおろして、ライダーは慎二にそう冷たく言った。

見えないはずのその視線は……おそらくもっと冷たかっただろう。

 

「ば、バカ言うな! お前の主は僕だろう!」

「シンジ。令呪を宿さないあなたを、マスターだと認めた事は一度もありません」

「な……お前……」

「あなたは偽物です。偽臣の書がなくなった今、あなたの命令に従う理由はありません」

 

そうしてライダーは士郎達へと向き直る。

その態度に……慎二は呆然とするしかなかった。

 

ことここに至ってはわかっていたはずだ。

 

だがそれでも信じたくない一心が、士郎の思考回路を停止させていた。

 

そんなわけがない。

 

そんなはずがない。

 

そう思うも現実は残酷で……

 

 

 

「そう……。そういうことだったのね」

 

「推測通りです。アーチャーのマスター。ですがあなたはとっくに気づいていたのではないですか?」

 

「えぇおかしいとは思ってたわ。間桐の人間からマスターがでるはずがない。魔術を使えない……魔術回路を持たない人間が、令呪を宿すわけがない。魔術回路を持たない慎二がマスターになれるわけがない。でも現実にライダーは召喚されている」

 

何……をいって……?

 

思考が停止していても耳から情報が……声が入ってくる。

耳を塞ぐことすらも出来ず……士郎はただ黙って凜の言葉を聞いていた。

 

「私は間桐臓硯が召喚して慎二に預けているのだと思ってた。だけど……臓硯自身が手を出すまでもなく、間桐家において、もっともマスターにふさわしい人間がいたわね」

 

 

 

待ってくれ……

 

 

 

それを聞いては事実になってしまう。

 

それを知っては戻れなくなってしまう。

 

だがそれでも……止めることも出来ず……

 

 

 

「間桐の正当な後継者。今代の魔術師であるあなたなのね、桜」

 

 

 

その視線はただ一点を……桜を見ていた。

それを聞いてもなお、士郎にはそれが信じられなかった。

だが……それ以上に信じられない存在がこの場にはいた。

 

「桜! もう一度だ!」

 

金切り声を上げて、慎二が桜へと詰め寄ろうした。

だがそれをライダーが阻んだ。

 

「お前……僕に逆らって……」

「もうあなたは私のマスターではありません。サクラに手を挙げるというのならば、排除するだけです」

 

偽りの配下。

偽りの忠臣。

それが二人の関係だった。

そしてその二人の関係が壊れたと同時に……慎二の夢は閉ざされたのだ。

 

魔術師になるという……その夢を……。

 

 

 

「……兄さん」

 

 

 

人質にされてまでまだ慎二を兄と呼ぶ桜。

それは優しくもあり、残酷でもあった。

ライダーの冷徹さと、桜の哀れみにも似た優しさが……慎二に現実を突きつける。

それを悟ってか……慎二は壊れたような笑みを浮かべていた。

 

「そうだよな。僕は魔術師にはなれないんだよな。魔術回路はないし、そもそもにして間桐の正当な後継者は今じゃ桜だ」

 

深い憎悪。

嫉妬だけでしかないその憎悪はどす黒く、そして重かった。

 

「だから……お前がやれよ」

「……え?」

「だからお前が僕の代わりにこいつらを倒せって言ってるんだ! 衛宮も遠坂も敵だろう!? なら間桐の後継者としてきちんと敵を倒せ!」

 

言っていることは全く持って正論だった。

確かに聖杯戦争を行う上で、他のマスターなどただの敵でしかない。

故に、それが知り合いであろうとも敵を倒すのを躊躇していては聖杯には届かない。

だがそれでも……桜には二人を倒すことは出来なかった。

 

したくなかった……。

 

「……嫌です。もうやめましょう兄さん」

 

背を向けて、その手で自分を抱きしめるようにして……だけれどはっきりと聞こえる声で、桜は慎二の言葉を拒絶した。

 

「……なんて言った?」

「嫌です! 兄さんは約束を破りました! 先輩は殺さないって言ったのに……。だからもう!」

 

慎二に振り向かずに声を荒げる。

それは初めての反抗といって良かった。

今まで諦めて、従うだけだった少女の反抗。

それは、慎二に最後の手段を使わせるのに十分だった。

 

ニヤァ

 

笑みを浮かべる慎二。

それはこの上ないほどに乾いていて……

 

悪寒を感じるほどに醜悪だった。

 

 

 

「なら……死んじゃえ」

 

 

 

パキンと……割れる音が響く。

それは桜の耳につけられた耳飾りからだった。

それからあふれ出た液体が、桜の体を濡らす。

 

「あっ!?」

 

その液体を浴びただけで、桜が力なく倒れてうずくまる。

 

「じゃあな桜! 恨むんならあの爺さんを恨め! どうせいつか(・・・・・・)はそうなってたんだ! これは僕なりの慈悲ってものさ!」

 

その言葉を最後に、慎二が逃げていった。

慎二を追いかける者はなく、また追いかけようともしない。

追いかけることなど出来なかった。

 

「あ……ぅ……ぃぁ!?」

 

膝をつき、胸をかきむしっていた。

その動作は、液体を必至になって取ろうとしているようにも見えた。

 

「! 桜!?」

 

ただ桜の身を案じて士郎は桜へと駆け寄ろうとした。

それを……

 

「たわけ! 今の状況がわからんのか!」

 

凜の前で警戒していたアーチャーが、士郎へといつの間にか近寄っていてその肩をつかんでいた。

そしてそのまま突き飛ばし、桜とライダーから引き離す。

 

「離れろ! 下手に魔力を得てしまうと戻れなくなる!」

 

何を言っているのかわからない……そう考えたその瞬間に。

学園の雰囲気が変わった。

変えられたのだ。

 

これは!?

 

それが何かなど、少し前に経験したばかりなので直ぐにわかった。

ライダーの能力の一つが再び発動したのだ。

だが以前とその効果は比べものにならないほど強力だった。

 

「これ……は……」

 

魔力を体に巡らせてもまともに話せないほどに。

だが何とか力を振り絞って、士郎は体の自由を幾分か取り戻した。

 

「学園に張られていた結界ね。桜にマスターが変わったから、威力が段違いになってるわね」

 

桜という言葉に、士郎は視線を向けた。

そこにはうずくまって必至になって胸をかきむしっている桜と、アーチャーと対峙しているライダーの姿があった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「はっ! ざまあみろ!」

 

必至になって逃げている慎二。

もはや襲ってくることはない状況だったが、それでも慎二はがむしゃらになって逃げていた。

すでにサーヴァントもいなくなってしまった状態では、慎二には対抗できる手段があるはずもない。

逃げるのも当然だった。

だがそれを……

 

「待てよ」

 

ドガッ!

 

誰もいないはずの裏の林で、どこからか声が聞こえたと同時に、慎二は衝撃を受けて……横へと飛ばされた。

 

「がっ!?」

 

そこそこの衝撃であったため、そして身構えることもなく喰らったために慎二は痛みのあまりにむせていた。

 

「ぐっ……あがっ」

「この程度で咳き込むなよ? 今のは魔力の強化はおろか気力による強化もしておらず、挙げ句の果てにはかなり手加減したんだぞ?」

 

声は聞こえる。

だが声が聞こえるだけで姿も気配も感じ取れない。

それは慎二を恐怖させるのに十分な効果をもたらしていた。

 

「だ……誰だ!?」

「誰だぁ? お前こそ何様のつもりだこのくそ野郎」

 

殺意すらも孕んだ明確な怒気。

慎二はそこまで感覚が鋭いわけではない。

逆だ。

鈍くても感じてしまうほどの怒気を相手が放っているのだ。

 

鉄刃夜が……。

 

「さすがに今回はつらかった。というよりもよくぞ飛び出さなかったと自分をほめてやりたい気分だ」

「ど、どこだ!? どこにいるんだよ!?」

 

刃夜の声はするのに姿が見えないことで、慎二は恐ろしいほどの恐怖を感じていた。

幻聴とは言えないほどはっきりと聞こえていて、更にその怒気が相手の存在を告げている。

なのに姿が見えないのだ。

恐慌しても不思議はない。

【霞皮の護り】を使用しているのだから、見えるはずもないのだが……。

 

少しでも恐怖を……与えるために……

 

「何を怖がっている? お前にその権利があるとでも?」

「な、何を言って……」

 

 

 

「あいつは……一言も泣き言を言わなかったぞ」

 

 

 

あいつ。

そう称した相手が誰であるか慎二は直ぐにわかった。

その士郎の姿を思い浮かべて……一瞬だけ怒りが恐怖を越える。

 

「人質を取られた状態で、己では絶対にかなわないはずの存在であるサーヴァントを前にして、あいつは泣き言一つも言わず、ただその体に与えられた打撃に歯を食いしばって耐えていたぞ?」

「そ、それがどうした!? あいつにはお似合いだろう!」

 

その言葉に、刃夜はもはや呆れるしかなかった。

そしてそれと同時に……この目の前の男に大して沸々と怒りがわいてきていた。

 

「正直言って俺は士郎を見直した。あれだけのことをされて、まだ耐えて桜ちゃんを助けるなんてすげぇと思う」

 

あれほどの状況下で最後まで立っていた士郎に刃夜は紛れもない敬意を抱いた。

自分よりも圧倒的に強い存在に大してあれだけの事をして見せたのだ。

それに比べて目の前の青年の姿には呆れた。

その姿が……恐怖で震えているその姿を見て思い出す……。

この男が襲った少女のことを……。

 

 

 

「あぁ……そうだったな。そう言えば思い出したわ……」

 

 

 

その一言で……周りの温度が一段と冷えた。

 

刃夜の凄まじいほどの殺気で……

 

それを感じないほど……慎二もバカでもない。

 

 

 

「お前……ライダーに美綴襲わせたよな?」

 

 

 

「ひっ!?」

 

【霞皮の護り】を解除した事で、刃夜が眼前に現れる。

蹴飛ばされた状態のまま地面に座り込んでいる慎二は、目の前に突然現れた刃夜に恐怖し、そして震えた。

 

こ、殺される……

 

失禁すらもしてしまうほどに、その体から怒気と殺気がにじみ出している。

そして手に持っているのは一振りの刀。

まだ抜かれていないが、それでもそれが偽物か本物であるかなどうかなど……考えるまでもない。

むしろ仮に偽物だったとしても、刃夜ならば造作もなく慎二を殺すことが出来るだろう。

 

「立て」

 

それは否応なく震え上がらせる言葉だった。

だがそれをすることが出来ない。

恐怖で震えている慎二には。

 

「お前のいう特別ではない美綴は、ライダーに襲われた状態でも立っていたぞ?」

 

それは挑発でもあり情けでもあった。

これで反抗して立ち上がることを期待した。

それぐらいの気骨はあるのだと。

だがそれを慎二に求めるのは無理があった。

 

……この程度か

 

刃夜としてもさすがに落胆せざるを得なかった。

故に、これ以上何をしても無駄だと悟って、引導を渡す。

 

「はじけろくそ野郎!」

 

身体強化抜きの、純粋な刺突。

もちろん不殺の戒めを忘れてはいないので鞘から抜いてはいない。

だが、それでも十分な威力を有していた。

 

「――――――――っ!?」

 

腹にめり込んできたその攻撃で悲鳴を上げることも出来ず、慎二は気絶した。

そしてそれと同時に……学園が赤く染まった。

 

「あぁ?」

 

これが一体どういった物なのか、刃夜は直ぐに察した。

学園に再度張られた、内部にいる人間をどろどろに溶かしてそれを養分(魔力)として吸収する術。

そして……これは相当まずいと言うことも。

あくまでも刃夜に取ってではないが……。

 

……放っておいたら死ぬな

 

もちろん刃夜自身ではなく慎二のことである。

元々魔術師ではない慎二では、魔力を張り巡らせることも出来ず、そう時間をおかずに溶けて消えるだろう。

刃夜としてはいけ好かない人間ではあるし、正直放っておきたいというのも山々だったが……それをすることはなかった。

 

というかやっぱり桜ちゃんも普通じゃなかったわけだ……

 

士郎が魔術師というのはすでに知っているが、桜ちゃんも魔術師だったわけであることは、今の状況を鑑みれば明らかだった。

初めてであったときに感じた違和感がまだなんなのかはまだ刃夜にもわかってはいない。

そして慎二と桜ちゃんの祖父は間桐臓硯だった。

 

こいつも、普通に過ごしていれば違ったかもなぁ……

 

刃夜にとっては憎たらしいことこの上なく、このまま吸収されて死ねば、苦しむこともなく死ねることになるのだが……

 

まぁ士郎の友人だしなぁ……

 

そして血縁がないとはいえ桜の兄でもある。

今はどう考えても、仲が良好であるとは言えないがそれでもこのまま放っておく訳にはいかなかった。

そして家族が全員普通ではない以上、保険は掛けておく必要があることも、刃夜は理解していた。

 

やれやれ、俺も優しいことだな……

 

自分にとってなんの特にもならないことを行って、刃夜は自身に苦笑しながら、気を失っている慎二を担ぐ。

 

入ることは出来ずともでることなら……

 

気絶した慎二を抱えて、刃夜は外へと向かって疾走した。

今回の件は完全に自分は関係者ではない。

ならば当事者に全てを任せてもいいだろう、と刃夜は思ったのだ。

 

あれだけの責め苦を耐えた士郎がいるのだから……。

 

 

 

後は任せたぜ? 士郎

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

静寂。

ただただ痛々しく……苦しげにうめく桜の声だけが響く廊下。

結界が発動したことで身動きすらも、士郎と凜は億劫になっている。

故にこの状況をどうにか出来るのはサーヴァント(アーチャー)しかいない……。

 

そのアーチャーに対峙しているライダー。

 

一触即発。

そう言っていいほどに空気は張り詰めていた。

 

「どけライダー。お前のマスターは暴走している。他人の魔力の味を覚えてしまえばもう戻れなくなるぞ?」

「お断りします。マスターを守護するのが私の役目。あなたがサクラを殺そうとしている以上、行かせるわけにはいきません」

 

殺す……って……

 

二人が何を言っているのか士郎にはわからない……わかりたくない。

桜が死んでしまう……いなくなってしまうと言うことを考えたこともなかったからだ。

 

「ほぉ? みすみすマスターを殺すのか? 著しい魔力を消費しているぞ? 今のままでは確実に魔力が枯渇する」

「ならば失うよりも多くの魔力を得ればいいだけの話。ここには魔術師が二人いる。サクラが虫に食われてしまう前に、あなたのマスターとそこの青年をもらい受けます」

「ふんっ。性根は変わらず……か……。他人の命よりも自分が大事か」

「それはあなたも同じ事では?」

 

桜の命を優先するライダー。

凜を守ろうとするアーチャー。

 

同じ願い(自身のマスターの命)を望み、手に入れる手段が一つしかないのならば……答えは直ぐに決まる。

 

 

 

「確かにな……。ならばお互い、気兼ねする理由はないというわけだ!」

 

 

 

その言葉と共にアーチャーが突撃する。

この全てを溶かしてしまう結界の中でもその動きに遅滞はなかった。

そのアーチャーに……ライダーが衝突する。

 

「おい、いいのか遠坂!?」

「いいも悪いも、もう戦うしかないわ。このままだと私もあなたも死んでしまう。それに桜が外道になってしまうのは防がないと」

 

外道に……なる?

 

外道。

道を外れたという言葉。

もう人として戻れないところまで堕ちてしまった人間の総称。

それに桜がなると言うことが、士郎には理解できなかった。

 

「待て。そんなはず……」

「暴走しているからしょうがないわよ。結界はライダーが作った物だけど、今使用しているのは桜よ。慎二が何をしたのかわからないけど、今の桜は獰猛な獣と同じよ。自分のために、人の魔力()を欲している。冬木の管理者として、そんなの放っておけないわ」

 

放っておけない。

それが何を意味するかなど、今の状況下では考えるまでもない。

 

「待て!? 遠坂、桜をどうする気だ!?」

「それはアーチャー次第ね。こうなった以上、私には一つの方法しか思い浮かばないけど、あいつだったら何か知ってるかも知れない。でも……それも難しいかも」

 

難しい?

 

そこでようやく士郎は、アーチャーとライダーの戦闘の変化に気づいた。

先ほどまでは優勢を保って戦闘をしていたアーチャーが、逆に劣勢に陥り防戦一方になっているのだ。

そもそもにしてライダーの武器は敏捷性にある。

誰かを護りながらと言った、自由に行動できないという状況は不得手のはずだ。

場所も開けた地形ではない廊下という閉鎖空間。

だというのに、アーチャーが攻め切れていないというのは……どういうことか?

 

そうか、この結界で……

 

結界が作用するのは何も生身の人間だけではない。

サーヴァントも例外ではなかった。

故にアーチャーも徐々に体力を奪われていっている。

そしてそれは……生身の人間の方が消耗が早いのは道理であり。

士郎と凜は、もう限界に近かった。

 

「ちっ」

 

憎々しげにアーチャーが舌打ちした。

倒せるはずの相手を倒せないのでは、そう感じてしまうのも無理はない。

 

「なるほど、今のあなたの力はわかりました」

「なんだと?」

 

一度停止した戦闘。

その最中で言葉を交わすライダー。

 

「あなたでは勝てないと言うことです。宝具を使用しないのが、サクラを気遣っているのがあなたの意志なのか、マスターからの命令なのかはわかりません。ただ使わないと言うのであれば、あなたは私には勝てない」

「……ふん。気遣い理由がどこにある? お前とて同じだろう? 先ほどまで間桐慎二がマスターだったのでは宝具を使うほど魔力がたまっていないからな」

 

それは事実だった。

魔力は魔術回路によって生成される。

故にそれを持たない慎二が魔力を供給できるわけもない。

互いに言葉をこれ以上交わす必要はないと感じているのか、二人が構えた。

 

「だめ……ライダー!」

 

しかしそれを桜が止める。

先ほどまでただ苦しみにもがいていた桜が必至になって声を上げる。

それはライダーを止めるのには十分だった。

 

「やめて! もうやめて! 私はこんな事がしたくて……こんなことをさせたくてあなたを呼んだんじゃ……ない!」

「その命令は聞けません。私はあなたの命を優先します」

 

その言葉と共に、ライダーの腕が上がった。

それは自らの眼帯へと手を伸ばしていた。

 

何を?

 

それが何か意味がある行為であることは誰にでもわかった。

しかしそれ以上に気になった言葉が……士郎の耳を打った。

 

「それに……。これはあなたが望んだことです。サクラ」

 

その言葉と共に黒い眼帯を……封印を解除する。

その眼帯の下が白日の下にさらされたその瞬間……

 

 

 

全てが停止した。

 

 

 

今まで封じられていたその眼球。

光を宿さず、外界をのぞくのは四角い瞳孔。

それは数多ある魔眼と呼ばれる中でも最高位と呼ばれるにふさわしい物だった。

神の芸術か、もしくは神を呪う天性か……。

その目に見つめられたとたんに……三人は停止を余儀なくされた。

アーチャーはそれどころではなく、体そのものが変質し停止していた。

足が半ばから石化しているのだ。

距離が近かったことも相まって、それを防ぐことがかなわなかったのだ。

 

「せ、石化の魔眼!?」

 

悲鳴を上げる凜。

そう叫んだ凜の顔を見ようにも、士郎も顔どころか視線すらも動かすことが出来なかった。

距離が多少なりともあったために何とか体そのものは石化していないが、体の制御がきかなかった。

いや、現在進行形で石化は進行しているのだ。

 

強力な魔眼は基本的に生まれつきとなる。

後天的に得ることも可能だがはっきり言ってしまえば、お粗末と言っていいレベルの物しか効果を持ち得ない。

それらを圧倒的に超越する魔眼の代表格は八つ。

束縛、強制、契約、炎焼、幻覚、凶運。

他者の運命に勧誘する魔眼。

その中で最高位とされる石化の魔眼。

 

視線だけで人を石にする、英霊メドゥーサのシンボル。

 

 

 

「凜! 離れろ!!!! 本命がくるぞ!」

 

 

 

腰まで石化したアーチャーが声を上げる。

アーチャーの言うとおり、ライダーの背後に何か赤黒い紋様が浮かび上がっている。

 

「そ、そんな、こと言われて……も!」

 

忠告されても士郎も凜も防ぐことも逃げることも出来ない。

見た目が石化していなくても、それは確かに進行しているからだ。

紋様は槍のような形を形成して、遠坂へと向けられる。

 

何とかしないと!?

 

何故か多少は動くことの出来る士郎は必至になって頭を巡らせる。

だがそれでも未熟な彼に手段はそう多くない。

標的とされたからか石化の魔眼はより強く向けられたのだろう。

凜は本当に一歩も動くことが出来ないようだった。

それを防ぐために……

 

「遠坂!!!」

 

士郎は走った。

半ば動かなくなっている体を必死になって突き動かして。

そしてその勢いのまま凜を突き飛ばし……

 

ドスッ

 

そんな不吉な音を、士郎は体の内部から聞いていた。

 

「ばっ!? あんた何して!?」

「――――――――――ぁ?」

 

凜が何か吼えていたが、それを士郎は聞き取ることが出来ない。

だがそれでも……

 

 

 

「……先輩?」

 

 

 

何故かその声だけははっきりと聞こえていた。

だがそれに返事をする余裕もなく……士郎はその場に倒れた。

 

 

 

「や……ぃゃ……、いやぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

まるで断末魔のように……桜はそのまま倒れていった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

ずいぶんとまぁ……疲労困憊というか……

 

それが教会の椅子にて治療を待っている俺の素直な感想だった。

慎二をなんとか学園の外へと放って捨てた俺は、直ぐにとって返して学園へと再び不法侵入。

しかしそのときには全て終わった後だった。

廊下へと急行してみればそこには士郎と桜ちゃんが倒れており、それの救助に当たっていた。

何でも槍のような物を桜ちゃんが凜へと向けて放ったのだが、それを士郎が庇ってしまったらしい。

聞くところによるとそれは吸収する魔術であり、桜ちゃんが無意識のうちに放った物だったようだ。

 

確かに……かなり枯渇した様子だったしな

 

殺し合いの状態だったために、士郎を俺が、桜ちゃんを同姓ということも会って遠坂凜が運んだ。

サーヴァントに運ばせようにも、片方だけが運ぼうとすれば隙が出来てしまう。

そうでなければサーヴァント同士が何をするのかわかったものではないからだ。

ちなみに俺がどうしているのかと聞かれたので……

 

「お前らがくる前から学園に潜んでいたぞ? んで慎二を俺がぶっ飛ばした後、結界が発動したから仕方なく助けてやった」

 

そこでようやく士郎と遠坂凜は、慎二が結界に巻き込まれたかもしれないということに行き着いたらしい。

そのため、俺は慎二は結界の外に出してほっぽったと伝えた。

 

……その後? しらんがな

 

武士の情けで命だけは助けてやったがその後は知らん、というかどうでもいい。

あんなクズには風邪程度では贖罪にもならないが、それでも多少なりとも罰をくれてやるのがあいつのためだ。

結界が発動しなかったおかげで気配遮断のみ……簡単に言えば透明化していない……使用したために、魔力消費量はそこまで多くない。

そうして俺たちは怪我人を何とかするために教会へと足を運んだのだ。

 

……こんなに早くまたここにお世話になるとはな

 

もう大して会うことはないであろう……そう思っていたはずだったのに、よもやこんな早く再会するとは……。

 

あの心臓に悪い神父に……

 

ちなみにその神父が桜ちゃんの治療を行っている。

士郎は魔力を根こそぎ持って行かれたので命に別状はなかったが、それでもライダーとの戦闘とナイフを握ったことで出来た左手の治療を遠坂凜がしていた。

サーヴァント二体は教会の外にて待機中であるため、この場にいるのは俺と士郎と遠坂凜だけだった。

 

「遠坂……」

 

治療を終えて、椅子にじっと座っていた士郎が口を開く。

遠坂凜はそれを聞いて……静かに士郎へと目を向ける。

 

「聞きたいことがある」

「……そうね。いいわ。話してあげる。隠す理由ももうないし。聞きたいのは桜のことでしょ?」

「……席を外そうか?」

 

明らかに重い話……他人に聞かせるような話ではない……と判断して俺は気を使った。

しかしそれに対して……遠坂凜は首を振った。

 

「ここまできたら構わないわ。吹聴するなんてこと、あなたはしないだろうし」

「それはどうも」

 

聞いていい物か謎だったが、どうしてあんな状態になったのか気になったのも事実だったので、俺は姿勢を正して座り直して、遠坂凜の言葉を待った。

それは士郎も同じなのだろう。

必死になって……覚悟を決めているようだった。

 

「発端はずいぶん昔。間桐の血が薄れてしまったことが起因だった。元々間桐は海外の魔術の家系だから、冬木……つまり日本の土が会わなかったんでしょうね。生まれてくる子供に魔術刻印が少なくなっていった。そしてついに、慎二の代になって魔術回路そのものがなくなってしまった」

 

魔術回路。

この世界における魔術を発動させるために必要な物。

何でも話を聞く限りではそれを何代にもわたって継承していく物らしく、いわば一族の誇りと結晶と言っていい物らしい。

それがどんどんとなくなっていってしまうのは……耐え難い事実だろう。

 

「間桐の歴史はそこで終わってしまうはずだった。間桐は名門だからよその人間を弟子に取るのは拒否し続けた。だけど慎二の代になってあわてたんでしょうね。その頃から弟子を取ろうとしたみたいだけど、落ちぶれてしまった家系に来る人間なんてそうはいない」

 

没落貴族……ね

 

ちなみに俺の実家……元はそこそこ有名な家柄だったらしい。

が今は普通の……普通?……一般家庭だ。

没落と言うよりも、貴族としての責務云々が面倒になって一般家庭になったらしいが。

 

「それでも諦められなかった。だから慎二のお父さんは養子を取ってその子に間桐の魔術を伝えた……」

 

……あまりいい予感はしないな

 

「衛宮君の家は特殊みたいだから知らないかも知れないけど、魔術師の家系は一子相伝。跡継ぎの子供だけに魔術を教える。姉妹なんかだった場合は後継者だけに教えて、もう一人の子供は普通に育てるか養子にするの」

 

後継者……か……

 

いつの世、いつの時代、どこの家にどこの平行世界でも、その問題には頭を抱えるわけだ。

養子に出すというのは一応親なりの配慮なのだろう。

魔術回路という……生まれる前からすでに確定している才能という贈り物があるのだ。

それをただそのままにしてしまうのはもったいないと考えてしまうのも無理はない。

 

「……ってことは」

「そうよ。私には一つ年下の妹がいたの。衰退して養子をもらえなかった間桐が頼ってきたのが同盟関係だった遠坂だったってことね。父さんがどっちを後継者にするつもりだったのかわからないけど、現実として私は遠坂に残って、あの子は間桐の養子になった。それが十一年前。それ以来あの子とはまともに会ってないわ。間桐からの取り決めでね。むやみに会うなって言われてた」

「なら遠坂と桜は……」

「実の姉妹になるわ。まぁ……養子にもらわれてからはそんな風に呼び合ってないけどね」

 

その言葉にどれだけの感情が込められていたのかはわからない。

だがそれでもその平坦な言葉が……平坦にしようとしているその言葉が、どれほどの物かは多少なりとも感じることが出来た。

 

「なら遠坂は桜の味方なんだな」

 

遠坂凜の思いを感じながらも、それでも士郎に取ってはそのことの方が重要だったようだ。

何せ姉妹……家族という血縁者。

それをそう簡単に切ることなど、普通であるのならばそうそう出来る物ではない。

あくまでも……普通であるのならば、だが……。

 

「いいえ。私はあの子の味方じゃないわ」

 

それをばっさりと、遠坂凜は切り捨てた。

 

「なんだって?」

「このまま桜が治らなかったら狂ったマスターとして処分するわ。冬木の管理者として。無差別に人を襲う魔術師なんて放っておけるわけないわ」

「処分……って……。お前!? 何を言っているのかわかってるのか!? 妹なんだろう!? 間違っても殺すなんて事――!?」

「……桜は間桐の娘。十一年前から私に妹なんていないわ」

 

明らかに冷静ではない士郎と、見た目は平静だがその胸中でどれだけの思いが渦巻いているのか、容易に想像できる遠坂凜。

互いに熱くなってしまっているのだろう。

士郎にとっては家族同然。

遠坂凜にとってはよそにもらわれたとはいえ姉妹と感じてはいるのだろう……それを言うことが出来なくても。

 

「落ち着け二人とも」

 

二人の頭が冷えるよう、ほんの少しだけ殺気も混ぜた声を放つ。

そこでようやく第三者()がいることを思い出したのだろう。

二人の視線が一斉にこちらへと向けられる。

 

「士郎も気持ちはわかるが落ち着け。遠坂凜も、言っていることは物騒だぞ? とりあえずあの神父の治療が終えるまで結論は後回しにしても良かろう」

「だけど刃夜!?」

「落ち着け。治療が気になって落ち着かないなら、治療が終わるまで気を失わせてもいいんだぞ?」

 

言ってることは遙かに俺の方が物騒であるが、そこらは気にしない。

落とすことも可能だというのは二人ともわかっているのだろう。

お互いにまだ言うこともあれば、思うこともあるだろうがひとまず黙った。

そしてそう時間も経たずに……神父が戻ってきた。

 

「何を騒いでいる。手術はすんだが患者は未だ危険な状態だ。騒ぐなら外でしろ」

 

教会の奥より神父、言峰綺礼がやってきた。

そのときの二人の反応は早かった。

 

「言峰!? 桜は!?」

「綺礼!! 桜は!!?」

 

最初が士郎、次が遠坂……といってもほぼ同時にそう吼えていた。

 

「いがみ合っているのか、息があっているのか、はっきりしたらどうだ?」

 

言峰綺礼が的確に二人の事を表現して苦笑する。

それが二人とも恥ずかしかったのだろう、言峰綺礼に促されて大人しく椅子へと座り直した。

 

「簡単に説明すると、間桐桜の体内には毒物()が混入している。これは刻印虫と呼ばれる物で、人為的に作られた三戸(さんし)のようなものだ」

 

三戸。

人間の体に棲み着いて寄生した人間の悪行を閻魔大王へと伝えるという虫のことだ。

それはわかったが俺はもちろん士郎も、刻印虫とやらの存在はわかっていないようだった。

 

……あの虫か?

 

虫と言われて思いつくのはあの臓硯が使役していた虫だった。

 

「本来はただの寄生虫で魔力を喰らって活動を続けるだけの使い魔だ。宿主の命を知らせるだけしか出来ない最低位の使い魔といえる」

 

……それはつまり

 

「なるほどね。魔術で作った監視装置かしら? 臓硯がそれで桜を監視しているのね」

「おや? 刻印虫がどうして間桐臓硯の物だということになる?」

 

わかりきったことだろうに、神父はそう言って話をはぐらかす。

それにいらだったのだろう。

遠坂凜がいらだたしげに声を上げる。

 

「今あんたの長話につきあってるような気分じゃないの。あいつ以外にそんな物植え付ける人間がいるわけないでしょ」

「確かにな」

「早く結論を言いなさい。桜はどうなの?」

「せっかちだな凜。お前は彼女の容態を把握しているのだろうが、そこの二人は別だ。説明はすべきだろう」

「っ……」

 

遠坂凜が忌々しげに舌打ちをした。

それは結論を先延ばしにした神父に対してか?

それとも……容態を知られてしまうことに対してだろうか?

 

「では続けよう。この刻印虫は間桐桜の神経に密接に絡み合い、全身に行き渡っている。魔術回路に似た神経となっており、普段ならばなんの影響も及ぼさない。だが……一度活動を始めると魔力を糧に活動する。先ほどの状態はそれだ。体内の刻印虫が徘徊して生命力たる魔力を吸い取り続けていた」

 

監視装置という……本人にはなんの益もないそれらの虫は巣くった宿主の命を糧に動き続ける。

それは監視装置と言うよりも……枷だった。

 

……下衆なことを

 

「あの状態が半日も続いていたならば間桐桜は死んでいた。魔力が枯渇しても刻印虫は動き続ける。そのとき喰らうのは間桐桜の体そのものだ。つまり、魔力がなくなれば間桐桜は内側から虫に食われると言うことだ」

「なっ……」

「その傷みがどれほどの物か……魔術刻印を持つ衛宮士郎ならばわかるだろう。人間は爪の先ほどの異物が混入しても不快感を訴える。下手をすればそれだけで死んでしまうこともある。その点、先ほどまで間桐桜が意識を保っていたのは正直驚いた。意思が強いのか、それとも刻印虫の発動になれているのか……どちらかだろうな」

 

……なるほど……な

 

神父の言葉は残酷だった。

意思が強いはずがないとは言い切れないが……なれていると考えるのが自然だからだ。

何せ桜ちゃんが間桐の家に養子に行ったのが十一年前。

その間……何もなかったと考えるのはあまりにも不自然だ。

 

「ちょっと待って。普段は影響がないっていったわね? それってつまり……」

「そう言うことだ。かけられた薬物は刻印虫を目覚めさせる物だったようだ。刻印虫は監視であり、宿主である間桐桜が『ある条件』を破ったときのみ制裁として活動を始める」

 

……本当に下衆だな。あの虫のじじい

 

「それは……どんな条件なんだ?」

 

必死になって自制しているのだろう。

だがそれでもその体が小刻みに震えていることに……士郎は気づいているだろうか?

 

「間桐桜が倒れ、凜は救おうとした。しかしライダーはそれを拒んだ。ならば簡単だ。マスターとして戦いをしなければ発動する。そう言う仕組みなのだろう。今までは間桐慎二がそれを肩代わりしていたことで賛同していた事になっていたが、それを拒否してしまった以上、刻印虫は間桐桜を攻め続けるだろう。今は治療によって間桐桜も虫も落ち着いているが、そう長くは大人しくしていないだろう」

 

ギリッ

 

そんな音が、静まりかえった教会になった。

その音は……士郎が歯を噛んでいるからだろう。

必死になって……耐えているのだ。

 

……何に耐えているのかが……問題だがな

 

「それが条件だって言うのなら……令呪を放棄して契約を解除すれば――」

「それは、無理だろう。マスターとして戦わなければいけないというのなら、自発的に契約を放棄すればどうなるかわかったものじゃない」

「鉄刃夜の言うとおりだな」

 

……名前覚えてやがる

 

一度自己紹介した故に、覚えていてもおかしくないのだが……それが俺にはどこかゾクリと、嫌な悪寒を覚えさせた。

 

「戦って生き残るか、戦わずに刻印虫に食いつぶされるのか……。今の桜にはそれしかないわ」

 

……何も言えないな

 

普通とは言えない人生ではあるだろう。

魔術師というのは間違いなく裏の世界の住人達なのだから。

だがそれでも……その普通ではない中でも更に普通ではないのが桜ちゃんの状態だ。

今まではまだ普通に暮らすことはそんなに難しくはなかっただろう。

だが……聖杯戦争がそれを困難にさせている。

サーヴァントを従えるには魔力を与えなければいけない。

桜ちゃんにも当然魔力を生み出す力はあるのだろうがそれでも、サーヴァントに刻印虫の二つがいるために、消費量は激しい。

しかも全身に蝕んでいるという刻印虫が発動した時の痛みというのは……どれほどの物なのだろうか?

 

「相当危険な状態と言っていい。後何日持つかはわからんが、日増しに刻印虫の浸食は進んでいくだろう。おそらく体が持つまい」

 

全身に虫に食われた状態。

それらが食うのは魔力と己の肉体。

それがどれほどの責め苦なのか?

それを士郎も想像しているのだろう。

歯をかみ砕かんばかりに必死になって怒りを抑えていた。

 

「私が行ったのは毒物の洗浄のみだ。魔力と精神を呼び戻す手術は今から行うが、それも成功するかははっきり言ってしまえばかなり難しい。結論を言えば、このままでは間桐桜は助からない」

 

はっきりと告げられる……言葉。

今までの話を聞いていればある程度は予測できたことだろう。

だがそれでも士郎はよくわからないといった感じの表情をしていた。

それだけ彼女のことが大事だったのだろう。

 

「けどいきなりすぎるわ。刻印虫はもう何年も前に桜の体に植え付けられたはずなのに、ここ最近でいきなり限界がくるなんて」

 

……なんだかんだでこの子も優しい子なんだな

 

どうやら遠坂凜も少々冷静ではないようだった。

冷静さを欠いている理由を考えれば、こいつはやはり優しい人間なのだろう。

ここ最近で変わったことなど……それこそその変化のただ中にいるはずの人間であるというのに。

 

「最近変化したと考えるのが簡単だろう?」

「どういうこと?」

「お前もその関係者だろ?」

 

それでようやく理解できたのか、遠坂凜は口惜しげに顔を歪ませていた。

士郎も今の問答で気づいたようだったが、念のために俺は言った。

 

「聖杯戦争が始まり、サーヴァントと契約した。それによって常に魔力を消費するようになった。虫の分まで魔力が行き渡らなくなったってことだろう」

「そう言うことだな。先ほどの手術でわかったことだが、間桐桜は戦闘向きではない。その間桐桜を今回の戦争で間桐臓硯が使用することにしたのは、何か理由と条件があるのだろうな」

「何? 桜に何か変化が訪れたってこと?」

 

聖杯戦争以外にも、何か桜ちゃんに変化が訪れたという。

それがいったい何なのかは、俺にもわからない。

再び聞き役に徹する。

 

「そう考えるのが妥当だろう。間桐臓硯ですらも予期せぬ事が間桐桜の身に起きたのだろう」

「マスターとして戦えなんて条件がなくても、足りない魔力が桜の体を傷つけるのね……。でもそれならライダーを使役しなければ……」

「多少はましになるだろう。だが、あの老人がこのまま間桐桜を放っておくとは思えないがな」

「そうね、そもそも自由にする気があるのなら監視(刻印虫)なんて植え付けないでしょうね。戦わなければ虫に喰われ、戦えば魔力を消費して更に体を削って……。最悪、刻印虫で桜のことを自由に操れるのね……あの妖怪じじいは」

 

……悪魔だな

 

八方ふさがりにも程がある。

老獪という言葉が実によく似合う妖怪老人のようだ。

 

……それにしてはいくら何でも気の感じが異常だったがな

 

「好きに……操れる?」

「桜の命を握っているのよ? それくらいは出来るわ。だから臓硯を倒さなければ桜は救えない。だけど……その間桜が何をしてくるのかわからない。臓硯の操り人形である桜を利用することが出来るから」

「そう言うことだ。臓硯に取って間桐桜は都合のいい駒でしかない……。だがこのまま老人の思惑通りに事が運んでいくのも歯がゆいからな。刻印虫の摘出も行おう」

 

……ほぉ

 

精神に密接に結びついているという刻印虫を取り除くというのはどれほど難題なのだろうか?

話を聞く限りでは疑似神経と言っていいほどに体に密接な物となっているはずだ。

それをやってのけると言った神父に皆が驚きを隠せないようだった。

 

「言峰……あんた……」

「かなり成功する確率は低いだろうが努力はしよう。最悪聖杯に頼るというのも一つの手段だが……神父が聖杯(奇跡)に頼るというのも体裁が悪い」

「……どういうつもり?」

 

遠坂凜のその言葉には俺も同意だった。

今の言葉に嘘はない。

つまりは本気でこの神父は桜ちゃんを助けようとしているのだ。

 

「死なすには惜しかろう? まぁお前達三人に取っては、いなくなった方が都合がいいのかも知れないがな」

「……わかったわ。手術が終わった頃にまたくるわ」

 

いろいろと様々なことが起こっており、それを知ってしまったので遠坂凜も少し冷静になりたいのだろう。

手術を邪魔しないというのもあるだろうが、率先して外へと出て行く。

俺もこの場にいても仕方がないので、外へと出ようとしたが……いつまで経っても士郎が立ち上がろうとしないので声を掛ける。

 

「士郎、俺たちも外に出るぞ」

「だけど……刃夜」

「何をするのかはわからないが、疑似神経にまで発達してしまった虫の駆除というのはそれこそ大手術のはずだ。ここでいたところでお前に出来ることはない」

 

ある程度やんわりと、言葉を選んで席を立つことを促した。

だがそれを、神父が穿った。

 

「衛宮士郎。お前がここにいては間桐桜にとって害悪でしかない。凜と同じように早々に消えるがいい」

「な……害悪だって」

 

自分にとってそれほどまでに大切なのだろう。

だからこそ桜にとって邪魔であると言われたのが我慢できなかった。

故に士郎は怒りも露わに立ち上がっていた。

 

「何も出来いならせめて……桜の無事を祈っちゃ――」

「それはお前の傲慢だ。衛宮士郎、お前に間桐桜を同情する資格はない」

 

これ以上ないほどに苛烈な言葉だった。

残酷といってもいいかもしれない。

その意味がまだわかっていないのだろう。

士郎は愕然としていた。

 

「あの娘に施された継承という名の行為がどのような物か、容易に想像できるだろう? 何せ女性なのだからな」

 

女。

それを鍛えるのに手っ取り早いのはなんなのか?

房中術もあることを考えれば……答えは簡単だった。

それ自体は士郎もわかっていたのだろう。

そこに驚きはない。

 

「あの娘にとってお前にだけはそれを知られたくはなかっただろう。だがそれでも常に救いを求めていたはずだ。魔術継承という陵辱がどれほどの期間続いていたのかは間桐桜にしかわからないことだ。だが十一年前に養子に出された事も考えれば短期間ではあるまい。その救いを身近にいながら気づけなかったお前に何が出来る? 傲慢というのはそう言うことだ。わかったのならば席を外せ」

 

それはどうしようもない真実。

大切な家族と思っていながら……その家族が抱えていた最大の悩みに気づくことの出来なかった。

隠されていたこともあるだろう。

知られたくなかった最大の秘密なのだから。

だがそれでも……桜ちゃんは救って欲しいと思っていただろう。

それがわかったのか、士郎は無言で立ち上がっていた。

 

その士郎へと……追い打ちを掛ける神父。

 

 

 

「お前が以前にここへ運んできた女性だが、無事に回復したぞ」

 

 

 

「っ!」

 

出て行けと促されていながら、その足を止める神父。

今の士郎には残酷なことかも知れない。

だがそれでも知っておかなければいけないことだ。

俺はそれを止めなかった。

 

「女性を助けたお前は正しい。それは間違いない。だが今後どうなる? 間桐桜が回復してもいずれは訪れることだ」

 

魔力切れによって正気を失ったしまった桜ちゃん。

それが今後も起きないと言うことはあり得ないと言っていい。

三つの要素がある以上、桜ちゃんが我慢すればどうこうできるレベルではないからだ。

 

故に……決めなければならない……

 

 

 

「そのとき……お前はどちらを守るのだ?」

 

 

 

それがどれだけ残酷で苦渋の決断であろうとも……

 

 

 

「衛宮士郎。お前がマスターになった理由はなんだ?」

 

 

 

二つを選ぶなんて事は……出来ないのだから……

 

 

 

「お前は正義の味方になるといい、マスターになった」

 

 

 

どんなに望んでも……過去には戻れないように……

 

 

 

「ならば決断しなければならない」

 

 

 

決めるべきなのだ……

 

 

 

 

「己の理想を取るのか……間桐桜を取るのかをな……」

 

 

 

どちらを取るのかを……

 

 

 

 

 

 

決めなければならない……

 

 

 

 

 

 




「やめろ慎二! このままだとライダーが死んじまう!」



「やめろ慎二! このままだとライダーが慎二舞う!」


執筆中にでた誤変換で思わずクスリと笑ってしまったwww
まぁ実際士郎にぶん殴られて宙を舞ったしなww



ステータス 
ライダー
真名 メデゥーサ

偽臣の書=慎二
筋力C
耐久E
敏捷B
魔力B
幸運D
宝具A+


本来のマスター=桜
筋力B
耐久D
敏捷A
魔力B
幸運E
宝具A+



保有スキル
魔眼:A+
最高レベルの魔眼である石化の魔眼を所持。
魔力Aにはパラメーターを1ランク下げる「重圧」
魔力Bは判定次第で「石化」
魔力C以下は無条件で「石化」する。


軒並み上がっているが幸運だけ下がっている点に注目www
さすがだぜ……桜www


バディ・コンプレックスが最高でした!
これこそ2クールやるべきだろう!
革命なんていらないやい!
来期のアニメはどんなのがあるかな~

ストレス解消が筋トレとアニメとラノベwww
我ながら変なやつよのうw



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悲しみ

忙しさにかまけていたら更新するのを忘れていたでござる
読んでくれたら嬉しいです


「……何故止めなかった? 直接的な言葉を投げかけなかったお前が」

 

それが士郎が出て行った後、残っていた神父……言峰綺礼から放たれた俺への言葉だった。

俺も同じように退室しようとしていた中、声を掛けられてはさすがに無視するわけにはいかなかった。

首だけで振り返り、その男を見据える。

 

言峰綺礼。

 

聖杯戦争の監督役として教会から派遣されたという……男。

以前にもこいつを見て思ったことだが、こいつにはどこか浮世離れた……現実感のない感覚を覚える。

そして狩竜が少しながらもうずくのが気になるところではあった。

 

そして……明らかにただの神父ではないのは見ただけでわかっていた。

 

相当できるとみて間違いない。

だが今は(・・)敵対関係にない。

警戒だけは怠るつもりはないが、臨戦態勢になる理由はない。

黙っていても仕方がないので、俺は仕方がなく言葉を放った。

 

「……どうせ知らなければいけないことだ。ならばそれが遅いか早いかだけの違いに過ぎない」

「その割には最初それを止めたようにも見えたが?」

 

遅いか早いか……そう言いながらもこいつの言うとおり俺は士郎に少しだけ時間を与えるために、さっさと退席を促した。

言動が一致していないので、不思議に思われても無理はない。

 

何せ俺にはこいつの言葉を止めることが出来たのだ。

 

だが俺はそれをしようとはしなかった。

 

「少しだけ同情しただけだ。確かに気づけなかったのはあいつの責任だろう。だがしかしあいつが対象だったならば少し話は違ってくる。あそこまで壊れてしまった人間が普通なわけがないし、気づけなかったのも無理はない」

「ほぉ? 普通ではないというのか? 衛宮士郎が?」

 

言うまでもなく、あいつは普通じゃない。

いくら正義感が強くても、いくら優しくても、自分の命を天秤に賭けてたやすく別の何かが、自分の命より重くなるなんてことは普通あり得ない。

確かに対象によるだろう。

自分の子供であったり、自分の恋人、肉親……。

だが士郎にとってのセイバーは違う。

状況から考えて、セイバーと契約したのは俺が小次郎と行動を共にすることになった日からそう大差はないはずだ。

だというのに、あいつはそれでもセイバーを助けるためにバーサーカーに突進し、命を投げ出した。

 

出会ってから数日しか共にしていない人間のために命を投げ出す行為……これを異常といわないわけがない。

 

あいつはきっと、普通ではない何かの体験をしているはずだ。

そうでなければ壊れる理由がない。

それを……この目の前の男は知っているはずだ。

 

「俺は詳しいいきさつは知らないがお前は知っているんじゃないのか? ならお前の方が俺が何を言いたいのかはわかるはずだ」

「……確かにな」

 

苦笑する神父。

俺にはそれが薄ら寒い物に見えて仕方がない。

しかし……その笑みをどこかで見た気がしないでもない。

それを見たくないからか、俺はさらに言葉を続けた。

 

「これであいつがどうでるかはわからない。だが……もしもあいつが桜ちゃんのために行動し、それが俺の邪魔にならないというのであれば、俺はあいつを助ける」

「……ほぉ?」

 

実に興味深そうに、神父が声を上げた。

その顔には確かに興味や興奮といった物が浮かんでいた。

それに気づきながらも、俺は神父をにらみ据えて言った。

 

 

 

「最終的に人間なんてのは自分の目的が大事だ。俺がそうであるように……。だから利害が一致し、あいつが変わっていくのならば、俺はあいつを支持するさ」

 

 

 

実際に俺はあいつを見直したのだ。

あいつでは絶対に勝てないはずだった。

それこそ会った瞬間に死んでいても不思議ではない状況だっただろう。

士郎(魔術が使えるとはいえただの人間)ライダー(サーヴァント)と一騎打ちするというのはそう言うことだ。

だがそれでも士郎は桜ちゃんのために命を賭けて救ったのだ。

遠目から見てもライダーが手加減していたのは間違いない。

だがそれはあくまでも一要因に過ぎない。

普通ならばあのいけ好かない間桐慎二のように、腰を抜かしてもおかしくはない。

だがそれでも士郎は歯を食いしばって耐えたのだ。

そして桜ちゃんを救った。

 

これを評価しないわけがない。

 

あれだけの覚悟があるのならば……俺はあいつを手助けしたい。

むろん、神父にも言ったように俺の目的と一致するのならばだ。

 

士郎には悪いが……俺は俺の目的を優先させてもらう……

 

それを最後にして、俺は今度こそ退席のために神父に背を向けた。

 

 

 

そのときだった……

 

 

 

背を向けてすでに俺は出入り口へと向かっていた。

だが俺にはわかった……。

一瞬だけ空気が変わった教会。

そこで笑っていた……神父の姿を。

背を向けた俺が見れるわけでもないし、実際に笑みを浮かべていたわけではないだろう。

だがそれでも笑っていたと……断言できる。

一目見たときからわかっていたことではある……。

だがそれでも覚悟せざるを得ないようだった。

 

 

 

この神父と……いずれぶつかることになる……と……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

雨の匂い……

 

教会へと出た士郎は、益体もなくそう考えた。

確かに空は曇天と言っていいほどに曇っており、今にも降り出しそうだった。

その眼前に……士郎を待っていた存在がいた。

 

「……アーチャー」

 

何故待っていたのか?

主である凜の元を離れて。

それはわからない。

だがアーチャーは無言で士郎を見据え、一度だけ目を閉じた。

 

まるで何かと決別するかのように……

 

そして、わずかな時間を経て言葉を紡ぐ。

 

 

 

「わかっているな。衛宮士郎。お前が何をすべきなのか? お前が誰を殺すべきなのか?」

 

 

 

無意識に逃げてしまいそうになっていたその考えるべき事を、これ以上ないほど的確に、アーチャーは出すべき答えを言い放つ。

それに即答することは士郎には出来なかった。

 

……戦いを止めるために、無関係な人を巻き込まないためにマスターになったんだ

 

そのために、セイバーにも力を借りて、ここまで聖杯戦争を戦ってきたのだ。

ならば取るべき行動は考えるまでもない。

今の桜が……真っ先に止めなければいけないマスターであるということを。

だがそれでも士郎は声を出すことが出来なかった。

赤い騎士は何も言わずに士郎を見据えていた。

 

「好きにするがいい。私の目的は変えざるを得ない。あれが出てきてしまっては、私怨で動いている場合ではないからな」

「……え?」

 

赤い騎士がそう言った。

それは何かを諦観した響きが混じっていた。

だが士郎はそれに気づけなかった。

 

「これは忠告だ。今までの信念を捨てて生きるというのならば……衛宮士郎に未来はない」

「……俺が死ぬって事か?」

「自らを閉ざすことを死であるというのならな……。そうだろう? 衛宮士郎(オマエ)は今まで人を生かすために生きてきた。その誓いを曲げ、一人を生かすためにその他の人間を切り捨てるというのが出来るのか?」

 

そう語る言葉に嘲りはなく、ただ決意とむなしさだけがこもっていた。

それだけは士郎も感じることが出来た。

 

「衛宮士郎がこれからどう生きていくのかは知らん。だが今までの自分を否定して一人のために生きるというのなら……それは必ずお前自身に返ってくる」

 

そう言い残して、アーチャーは姿を消した。

士郎はそれを引き留めることも出来ず、迷いを抱えたまま坂道を下る。

あてどなく士郎はただ歩いていた。

その間、何も考えることも出来ず、ただひたすらに歩いている。

そうしていつのまにか公園へとやってきて、ベンチへと腰掛けている。

家に帰ろうとも一瞬考えたが、そんな気にはなれなかった。

 

答えをださなきゃ……

 

今の士郎にはそれしか頭になかった。

だがどちらも選べない。

選べるわけもない。

 

 

 

『あの娘に施された継承という名の行為がどのような物か、容易に想像できるだろう? 何せ女性なのだからな』

 

 

 

そんなこと、考えるまでもない。

士郎も、まともな教育を切嗣から施されてはいないとはいえ、それがどんな物なのか想像は出来た。

それがどのようなことで、どんな目に桜が遭ってきたのかを……

 

 

 

『あの娘にとってお前にだけはそれを知られたくはなかっただろう。だがそれでも常に救いを求めていたはずだ。魔術継承という陵辱がどれほどの期間続いていたのかは間桐桜にしかわからないことだ。だが十一年前に養子に出された事も考えれば短期間ではあるまい。その救いを身近にいながら気づけなかったお前に何が出来る? 傲慢というのはそう言うことだ。わかったのならば席を外せ』

 

 

 

「っ……そんなこと!」

 

わかっている。

そう叫ぼうとして……それをすることが出来なかった

 

どうして……そんなことに気づけなかったんだ

 

思い出すのは数日前……聖杯戦争が始まりながらも、平穏だった日常。

その中で見せていた桜の笑みだった。

 

しかし、その笑みがどれほどの物を隠していたのかを知った今となっては……その記憶はただ劇薬にしかなり得なかった。

 

いつも穏やかに笑っていた桜。

それを甘受していた自分。

もっとも身近な存在と言って良かった桜のことを全く知らなかった自分に、士郎は憎悪を抱くほどだった。

笑みが本物だったのか、偽物だったのか?

そんなことはどうだっていいと思える程に。

 

ただ……

 

どれほどの痛みを隠していたのか?

それだけだった。

 

間桐……臓硯!

 

そしてその痛みを与えた張本人である存在へと怒りの矛先が向く。

今すぐに殺してやりたい……素直にそう思った。

 

あいつさえいなければ!!!!

 

確かにその通りかもしれない。

間桐臓硯がいなければそもそもにして養子に行かずにすんだ桜。

普通の女の子らしい生活をしていただろう。

刻印虫という得体の知れない物を体に植え付けられることもなく、マスターになる必要もない。

慎二が狂ってしまったのも、間桐の後継者が自分ではなく桜からだと知ってしまったが故だった。

 

しかし……それはただの現時逃避で、責任転嫁だった。

 

 

 

「……あいつがいなかったら、どうだっていうのさ」

 

 

 

大事にしていた物を奪われた……とっくの昔に奪われていたという事実を知って取り乱し、嫉妬した己が死ぬほどに醜いと思えた。

それで士郎の罪が……咎が薄れるわけでも、なくなるわけもない。

 

気づかなかった事は、士郎自身なのだから。

 

 

 

違う……。気づこうとしなかったんだ……

 

 

 

慎二とマスターとして出会った深夜の公園。

あのとき臓硯に言われて信じてしまった自分。

慎二が間桐の人間であるのに、どうして桜が全く関係がないと思ったのか?

それは自分にとって都合がいいからだ。

無関係ならば……いつも通りの日常が迎えられる。

だが、心の奥底では士郎もそれが違うとわかっていたのだ。

だがそれでも士郎は気づかないふりをした。

それだけ大切だったのだ。

桜という少女が。

 

しかし目の前の問題が、その先の行為を決断することを、鈍らせる。

 

このままでは見境無しに桜が人を襲ってしまう。

それこそマスターだろうと一般人だろうとお構いなしだろう。

ならば戦わなければいけない。

正義の味方である士郎は……。

理不尽な災厄から人々を守る。

 

そう心に決めたからこそ……士郎はあのとき見捨てて生きた自分を肯定して来れたのだ。

 

 

 

『先輩……。もし、私が悪いことしたら、どうしますか?』

 

 

 

桜を傷つけたくない。

それは士郎の本心だった。

だがそれでも今まで生きてきた士郎という人間にはそれをすることが出来ない。

 

 

 

『――よかった。なら……いいです』

 

 

 

ならば戦わなければいけない……殺さなければいけない。

そう考える。

しかし考えただけで、士郎は吐き気を催し必死になってそれを抑えていた。

 

……なんで!?

 

考えるまでもない。

しかしそれを自分の生き方が否定する。

それを決断させまいとする。

そうして必死になってそれをこらえていた。

 

……そろそろか

 

どれぐらいそうしていたのかはわからない。

だがそれなりに時間が経過していた。

雨の匂いがする。

結論を出せていなかったが、遅れるわけにはいかない。

何とか立ち上がろうとしたそのとき……。

 

「シロウあそぼ!」

 

無邪気な声と共に、士郎に抱きつく小柄な影。

それが誰かなど……士郎は直ぐにわかった。

 

「……イリヤ」

 

しかしそれに言葉を返す気力を士郎は持ち合わせていない。

ただうつむいたままだ。

 

「シロウ? 話しかけてるのに無視するのは女の子に失礼だよ?」

 

そう声を掛けられるも、今の士郎にはそんな余力はない。

それがわかっていないのだろう。

イリヤはただ無邪気に、士郎に声を掛ける。

 

「今はそんな余裕がないんだ。それに……夜は殺し合うんじゃなかったのか?」

 

殺し合い。

今はその一言が限りなく士郎には重かった。

吐き気も再度こみ上げてくる。

それは先ほどとは少し意味合いが違った。

ただ楽になりたくて、イリヤを……友達を追い返そうとしている自分に対してだった。

 

「なんで? セイバーは力をなくしたんでしょ? だから見逃してあげてるんだよ?」

「!? イリヤなんで……」

 

それを知ってる?

そう問おうとする士郎に、イリヤは自慢げな顔をする。

 

「私は知ってるよ? セイバーがなんだか抜け殻みたいになっちゃってたよね? ライダーのマスターは遠からず自滅するだろうし、アーチャーだってたいしたことないわ。セイバーが使い物にならなくなった以上、私のバーサーカーに勝てるサーヴァントはいなくなった。だから遊ぼっ!」

 

楽しげにそして自慢げにそう言ってくるその姿が、今の士郎には桜の容態を笑っているようにしてか見えなかった。

そんなことはないと、普段の士郎ならばわかっていただろう。

だが今の士郎にそんな余裕はない。

 

「うるさいっ! そんな余裕はないんだ!」

 

こみ上げてきた怒りに逆らうことなく、士郎はイリヤを突き飛ばす。

 

「きゃっ!?」

 

悲鳴を上げてイリヤが突き飛ばされる。

その姿を見て悲鳴を聞いて、ようやく我に返るがすでに遅かった。

イリヤはただ呆然と立ちつくし、無感情の表情を浮かべて士郎を見つめている。

裏表のない純粋な行為をはねのけた。

友達だと自らが言ったというのに……士郎はそれを自らの手で壊していた。

イリヤからのその目に耐えることが出来ず、士郎が頭を下げたそのとき……

 

 

 

「ごめんね……シロウ」

 

 

 

そう言って、イリヤはその小さな手で、士郎の頭をなでていた。

 

「どう……して?」

「だって、シロウ泣きそうなんだもん。何があったか知らないけど、私まで嫌っちゃったらかわいそうだもん。だから、シロウが何をしたってシロウの味方でいてあげる」

 

その言葉は……今までグチャグチャと考えていた士郎にガツンと、衝撃を与えていた。

 

「俺の……味方?」

「そうよ。好きな子のことを守るのは当然でしょ? 私だって、それぐらい知ってるんだから」

 

誰かの味方。

味方になるという行為の動機を、イリヤは至極あっさりと口にしていた。

その言葉が……きっかけだった。

 

それはきっかけであっただけで、答えでもなければ原因でもない。

 

だが……本人が気づいていないだけでわかっていたのだ。

 

だから士郎は選択した。

 

今まで守ってきたもの。

 

今、守りたいもの。

 

その二つの選択を迫られた今……

 

 

 

士郎は……

 

 

 

 

 

 

俺は……桜の味方になりたいんだ……

 

 

 

 

 

 

自然にすっと……頭に、心に浮かんだ想いと言葉だった。

自分に嘘を吐いてまで前に進んでも、その先には後悔という結果が待っているだけだろう。

今まで自分を生かしてきた想い。

善悪の所在。

しかしそれを押し殺して……捨ててでも、士郎にとって桜を失うことの方が重かったのだ。

ただ桜を守りたいと、士郎は思ったのだ。

 

「そうだな……。好きな女の子を守るのは当然だよな。俺だって知ってるよ……イリヤ」

「そうでしょ? シロウがそう言う子だから、私はシロウの味方だよ?」

 

無邪気に、そして嬉しそうにイリヤが笑った。

その笑顔が……士郎に勇気を与えてくれる。

間違っているかもしれない。

だがそれでも、後悔だけはしたくないから……。

決意を固めた。

 

「ごめんイリヤ。俺……そろそろ行くよ」

「……そうだね、そんな顔をしてる。だから許してあげる。またね、お兄ちゃん」

「あぁ……またな。それと……ありがとう」

 

その言葉と共に士郎は走り出す。

迷いを振り払うように全力で教会へと駆けていく。

答えを得たのだ。

切嗣が死んでから支えてきてくれた桜という存在。

どれだけ自分が桜に頼っていたのか、支えてくれていたのかはわからない。

ずっと後輩だと……異性ではないと意識していた少女。

そばにいて欲しかったから、そんな嘘を自分につき続けていた。

だけど……もうそれが通用する状況ではない。

 

(衛宮士郎)は……桜を失いたくない

 

その確かな気持ちが、士郎を突き動かす。

しかしそれでも……アーチャーの言葉だけは振り払うことが出来なかった。

 

『だが今までの自分を否定して一人のために生きるというのなら……それは必ずお前自身に返ってくる』

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

昔話をしよう。

そもそもにして何故、桜が士郎の家に……衛宮(・・)の家に通い続けたのか?

いくら親しいとはいえ赤の他人だ。

更に言えばいくら壊れた人間とはいえ、士郎は青年である。

恋人でもない若い男と女が一つ屋根の下にいるのは……余り普通とは言えない。

では何故、桜は士郎の家へと通い続けていたのか?

それは……監視のためだった。

 

十年前。

 

第四次聖杯戦争にてマスターの一人に選ばれた衛宮士郎の養父、衛宮切嗣。

その一人息子である士郎の監視のために、桜は臓硯に衛宮家へと向かうように命じられたのだ。

しかしそれは直ぐに不要だと判明する。

マスターとしての適性もなく、聖杯戦争の知識もない。

聖杯を知らない者には令呪は宿らないという。

だから直ぐに監視の必要はなくなった。

しかし、それでも桜は監視役という名目で、衛宮士郎の家に通い続けた。

それが彼女にとって癒しであり救いだったからだ。

 

では何故……それが壊れるかも知れないというのに、彼女はライダーのマスターであり続けたのか?

 

間桐臓硯の魔手があった。

それは間違いない。

だが彼女が戦いを決めたのはそれだけではない。

 

未だ誰も知らない……

 

彼女だけが知る、暗闇の想い。

 

桜にとって……ある人物に……

 

 

 

彼女にだけは……負けたくなかったのだ。

 

 

 

別に勝ち負けではないのだ。

ただ、その勝敗の結果、自分が全てを失ってしまう姿を想像してしまったのだ。

 

 

 

だから……私……

 

 

 

そのとき、ちくりと……胸に痛みが走り、桜は目を覚ました。

ゆっくりと目を開ければそこは薄暗い部屋だった。

その暗さの中で辺りを見ると石造りの部屋で、治療台のようなものに寝かされているのだと、桜は気づく。

そして目の前に……黒い衣服を着込んだ、言峰綺礼が立っていた。

 

「目が覚めたか。状況の説明は必要かね?」

「……大丈夫です」

 

すでにこの体になって長い時間が経過している桜には、自分の体を正確に知ることはそう難しいことではなかった。

神父を……言峰を見ないまま体を起こした。

 

「ならば結構だ。早く服を着たまえ。隣では遠坂凜、衛宮士郎に鉄刃夜が待っている。彼らには君の状態を説明する。その後裸では、逃げることも叶わないだろう」

「……逃げていいんですか?」

 

それは純粋な疑問。

今の自分がどれだけ危ないかは彼女自身が重々理解していた。

だから逃がしてもらえない事だって十分にあり得た。

 

「それは君の自由にしたまえ。私はただ助けただけだ。その後のことは私には決められない。まぁ、助けた事もあるので早々に死なれても困る。それに君には生きていて欲しいと思うがね」

「……どうしてですか?」

「その方がおもしろかろう? 君が生きているのは間違いなく凜も衛宮士郎も苦しむことになる。苦悩する者が増えるというのは、私にとっては喜ばしいことなのだよ」

 

人のいい笑みを浮かべながら、言峰ははっきりとそう言った。

この男も歪んでいるのだ。

否、元々歪んでいたのが覚醒したと言っていいのかも知れない。

 

十年前に……。

 

言峰はその後何も言わずに背を向けて礼拝堂へと向かった。

治療を終えたばかりであり、自分を抱きしめている桜には見向きもせずに……。

しかし出入り口でふと立ち止まった。

 

「彼らが君を生かすのか殺すのか? その答えを知りたいのならばここで待っていたまえ。ここにいれば礼拝堂の会話を聞くことが出来る」

 

背を向けたまま陰湿に笑い、言峰は中庭へと出て、礼拝堂へと向かっていく。

完全に言峰が外へと出て……桜は体に回した自分の腕に、少しだけ力を込めた。

 

「……私……どうしたらいいんですか? 先輩」

 

膝を抱えて震えていた。

先輩と呼ぶ声も震えていて……それはすでに降り出した雨音にかき消されて、本人の耳にすら届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

密かな決意を秘めて、士郎は礼拝堂への扉を開いた。

礼拝堂にはすでに凜と刃夜の姿があった。

凜は隅に立って壁に背中を預けている。

刃夜は何をするでもなく、長いすに座ってぼんやりと、上を眺めていた。

その二人の姿は対照的だった。

密かな決意を胸にしている様子が、凜にはあった。

もしも……桜の状況が変わらなければ冬木の管理者として手を下すという覚悟をしているようだった。

刃夜は何を考えているのかもわからないほどに、隙だらけに見えた。

士郎はその二人に特に言うこともなく、ただ黙って礼拝堂へと入り、刃夜と同じように椅子に腰掛けた。

だが刃夜のように無気力には座らず、きつく拳を握りしめていた。

 

その様子を……密かに刃夜が観察していることに士郎は気づかなかった。

 

ただ雨音だけが聞こえている。

そして……しばらくして

 

「手術は終了した。これ以上、私に出来ることは何もない」

 

悲痛な沈黙を破って、言峰綺礼が礼拝堂へと入ってくる。

その姿を見て、凜はぎょっと目を見開いた。

 

「え? ……ちょっとあんた、魔術刻印はどうしたのよ?」

「ほぉ、やはりわかるか。見ての通りだ。間桐桜の治療に必要だったので全て使用した」

「……し、使用したって……」

「「?」」

 

言峰の言葉を聞いて絶句する凜とは対照的に、残りの男二人は会話の内容をよく理解していなかった。

まぁ士郎はまともな教育を受けず、刃夜はそもそも魔術師ではないのでそれも当然かも知れないが。

 

「魔術刻印なのよ!? 代々積み重ねてきた魔術刻印が……一体どうやったらたった数時間でなくなるのよ!?」

「仕方があるまい。私が父から受け継いだ魔術刻印は恒久的なものではなく、使用すればなくなってしまう消費型だ。私の家はもともと魔術師の家系ではない。簡単に言ってしまえば格の落ちた令呪と思えばよかろう」

 

令呪と言うことで男二人もある程度のことは察したようだった。

そしてそれ故に二人はそれぞれの反応を言峰へと向ける。

士郎は驚き、刃夜……警戒していた。

 

「なら……本当に?」

 

それに気づかず、凜は言葉を続けた。

凜も桜のことが気になって周りに目を向けている余裕はないのだろう。

 

「あんたがそこまでしたってことは桜の容態は……」

「その場凌ぎだ。大部分は取り除くことが出来たが、深く入り込んでいるものまで摘出することは出来なかった。心臓にまで入り込んでいる刻印虫もいたのでな。さすがにそれを取り除いては間桐桜が死んでしまう」

 

心臓に入り込んでいる。

それを聞いて三人はそれぞれ同じような表情を浮かべていた。

 

「私に出来たのは神経と同化していない刻印虫を取り除いて痛みを和らげただけだ。それによって臓硯からの圧力は弱めることには成功しただろう。だがそれだけだ」

 

つまり、延命できただけで根本的な解決には至っていないと言うこと。

それはつまり……

 

「なら桜の容態は……」

「変化がないということだな。普通に生活を送ることは出来るかも知れないが間桐臓硯がいる以上それは難しいだろう。あの老人の出方次第でどうなるかわからない」

 

その言葉を……士郎はただ黙って聞いていた。

だが先ほどまでの感情の起伏はなく、緩やかだった。

士郎も覚悟はしたのだ。

動揺は当然のようにしたが、それでも迷うことはなかった。

 

桜の味方になると……。

 

覚悟を決めたのだから。

 

「……そう。刻印を使い切ってまで桜を救ってくれた綺礼には悪いけど……」

 

そう言って凜は静かに動き出した。

その声にも、その動作にも感情らしき感情は何一つ見て取れなかった。

だからこそ……本気だというのが士郎にもわかった。

 

「待て遠坂!」

「何? 話なら後にしてくれないかしら?」

「桜を殺すのか?」

「それしかないでしょう? あなたもそう覚悟したからこそ、ここにいるんじゃないの?」

 

 

 

「そんな覚悟はしていない。俺は桜のために戻ってきたんだ。遠坂が桜を殺すっていうのなら、俺はそれを止める」

 

 

 

一切震えのない声。

そして確かな意思の込められた言葉だった。

それを聞いて凜は顔をゆがめた。

先ほどまで必死になって押し殺していた感情があふれ出した。

 

「そんなこと簡単に言うけどどうするって言うの? マスターとして戦わないと生きていけない。だけどマスターである限り魔力は減っていくし、他から持ってこないと持たない体。どんなに考えても、どんなに手を尽くしても結果はすでにわかっているのよ!? ならせめてここで殺してあげた方が……」

「そんなのわからない! まだ何もしていないのに、結論を出してどうするんだ」

「出すわよ! 桜だけだったらそんなに問題じゃないし、希望だってある。だけどあの妖怪じじいが桜の命を握っている以上、桜は臓硯の操り人形でしかないのよ!? あの妖怪じじいが桜を手放すわけがないじゃない」

 

互いに言葉を重ねていくごとに、どんどんと声が荒くなっていく。

必死になって抑えている希望を……言ってしまいたくなるからだ。

だがそれを言うわけにはいかない。

実際、八方ふさがりと言っていい状態なのだから。

 

「それ……は……」

「答えられないじゃない。ならわかってるって事でしょう? このまま苦しんでいくだけなら、結局逃げられないって言うなら……せめてここで終わらせた方が犠牲も出ないわ。私はあなたみたいに一縷の希望にすがって被害を広げるわけにはいかないの。それは逆にあの子を苦しめることにもなるわ」

 

それを士郎はただ黙って聞いてた。

士郎自身もわかっていた。

凜の言い分が完全に正しいことに。

実際暴走する可能性が高い……というよりも確定しているといっていい。

放置すれば大勢の人間が死んでしまう。

ならばそれが起こる前に一人の人間を殺せばいい。

 

だが……

 

 

 

「違う、遠坂」

「? 衛宮……君?」

「俺は犠牲なんて出させない。お前だって……やりもせずに諦めるなんて、それこそ逃げているだけだろう」

 

一瞬だけ凜の顔が固まった。

だがそれでも、凜には無視できない問題(立場)がある。

 

「あの子を助けて、他の犠牲も出させないってこと? そんなことがあなたに出来るわけがないわ」

「……わかってる。だけど……それでも俺は桜を守る。その結果どうなってしまうのかは、これから考える」

 

それは矛盾した言葉だった。

自分では出来ないとわかっていながら、これからのことを考えると言うこと。

無責任と言えなくもない。

それがわかっていながらも……士郎は桜を捨てることはしなかった。

 

そのとき……

 

ガチャン

 

雨音に混じって、何かが破砕する音が礼拝堂へと聞こえてきた。

その音に、士郎と凜が一瞬驚きを浮かべた。

 

「衛宮君、今の音って……」

「たぶん、窓の割れる音だろうな。それと……」

「誰かが走って逃げていった音だろうな」

 

特に驚いた様子も見せず、刃夜が士郎の言葉の続きを言った。

その後に、奇妙な笑みを浮かべている言峰が続いた。

 

「この教会の窓はほとんどが嵌め殺しだからな。窓硝子を割るしか外に出る方法がなかったのだろう。何せ出口はここと裏口だけだからな」

「まさか……桜!?」

 

教会に常駐している人物は言峰のみ。

故に、今この場にいる以外の人間で教会におり、逃げるように教会から出て行く人物は、桜以外に存在しなかった。

 

「礼拝堂の会話が聞こえたのだろう。殺す殺さないと物騒なことを言っているから逃走したのだろうな」

「!? このインチキ神父!」

 

そう罵倒して凜は教会の外へと走り出す。

それを士郎が呼び止める。

 

「まて遠坂!」

「話は後よ! 桜を捕まえなきゃ。あの子は……あんな体でどこに行くのよ!」

 

殺すといいながら、桜を捕まえるという。

殺すのではなく、捕まえる。

それが凜の迷いを如実に表している。

士郎もあわててそれを追うように外へと向かうが。

 

「待て。間桐桜の容態に関して話すことがある」

「!?」

 

その言葉に士郎は止まらざるを得ない。

にらみつけながら振り返り、言峰の言葉を待った。

 

「はっきり言って間桐桜の命はそう長くない。刻印虫は今なお彼女の体を蝕んでいる。無理に引き抜いては痛みに彼女の体が耐えられない。神経の4割を引き抜いては人として生きてはおれまい」

 

それは残酷だが真実だった。

半ば神経と同化してしまっている虫を摘出すれば、当然神経にも多大な傷を残す。

それが4割ともなれば……人として機能しなくなっても不思議ではない。

 

「だが放置しても同じこと。魔力がなくなっていけば理性を失い、間桐桜の自我が破壊されるだろう。そうなってしまってはただの餌を求めて徘徊するだけの獣に過ぎん。つまり……衛宮士郎がどれほど努力しようとも彼女はもう助からん」

 

!?

 

本当に一瞬だけ、士郎の頭が明滅したかのように真っ白になった。

だがそれに構わず言峰は話を続けた。

 

「壊れてしまったものはもう治らない。失ったものも当然のように返ってはこない。それでも間桐桜を救うのか衛宮士郎。何をしようとも数日中には死ぬだろう女を助ける意味があるのか?」

 

正直言って、士郎に考えがあるわけではない。

実力も知識も……何もないと言っていいのだ。

だがそれでも……覚悟だけはあった。

 

「そんなのわからない。だけど、桜を助けたいんだ! お前だってそうじゃないのか!? そうじゃなきゃ魔術刻印を使い切るなんて事はしないだろう!」

「さて。私はただ助けを求められたから治療したに過ぎん」

「嘘付け。理由はわからないけど、お前だって桜を助けたかったんだろう?」

 

士郎の言葉に、言峰は静かに首を傾けた。

納得がいったのだろう。

そしてひどく穏やかな笑みを士郎へと向けた。

 

「それもそうだな。急いだ方がいい。凜が先に見つけてはどうなるかわからんぞ?」

 

それには返答せずに、士郎は行動で返事をする。

凜にだいぶ遅れてしまった分を取り戻すために、全力で雨の中へと駆けだしていった。

 

残されたのは……言峰と刃夜のみ。

 

「……」

「……」

 

二人はまるで互いを牽制するかのように、無言でその場にいた。

互いを見ているわけでもない。

だがそれでも、二人は間違いなく互いに互いを、これ以上ないほどに警戒していた。

 

「さて……」

 

それを霧散させながら、刃夜が立ち上がった。

言峰もそれに対して特に何をするでもなく、ただ静かにその場に立っていただけだった。

 

「行くのか?」

「桜ちゃんを捜すのは士郎に任せる。俺は他の事をしに行くだけだ」

 

士郎に任せる。

凜を入れていないのは、つまりはそう言うことなのだろう。

それを言峰もわかっているのか、愉快そうに笑みを浮かべる。

 

「お前も衛宮士郎の用に間桐桜を助けると?」

「直接助ける訳じゃない。それは士郎の役目だ」

 

礼拝堂にはあまりに不釣り合いな長い狩竜を肩に担いで、刃夜も教会の外へと向かう。

言峰はただ黙って刃夜を見送った。

 

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ」

 

吐く息は白く、それも直ぐに夜の闇へと溶けて消える。

降り続けている雨は容赦なく士郎の体温を奪っていくが、そんなことは関係がなく、士郎はただがむしゃらになって走っていた。

 

どこに行ったんだ?

 

すでに深夜近い時間にある街は静まりかえり、雨も相まってより冷たく暗かった。

早く見つけなければ取り返しの付かないことが起こるかも知れないという恐怖。

そして何よりも……ただ桜に会いたい……。

桜の手を取りたくて、士郎は走っていた。

どこにいるかもわからず、ただ走り続けた。

事実上、桜には今帰ることが出来る場所はどこにもない。

間桐家はもとより、衛宮家にも帰ることが出来なくなってしまった以上、それはある意味で当然だった。

ならば街のどこかにいるはずだった。

 

そう遠くには行けないはず。雨がしのげて、人気のない場所か……

 

特に当てがあるわけもなくひたすらに走って桜を探した。

 

まだ制服姿だとすれば……

 

学生が出歩くには遅い時間だ。

人目に付くのがまずいというのは間違いなかった。

そうして深山町と新都を繫ぐ橋を渡っているときだった……。

 

士郎は足を止めた。

 

「……桜」

 

橋の下の公園に、桜はただ一人雨に打たれるままにたたずんでいた。

その場から動く様子が見られなかったため、士郎はゆっくりと公園に下りて……桜と相対した。

 

「……」

 

無言。

桜から声を掛けることはなく、士郎には掛ける言葉さえ見つけられなかった。

ただ自分がするべきこと……、出来ることだけをするために、士郎はここにいた。

 

そのため、桜へと歩み寄ろうと足を動かした……。

 

 

 

「こないでください!」

 

 

 

これ以上ないほどに悲痛な言葉だった。

今まで見たこともないほど必死な様子で、桜は士郎を拒絶する。

その言葉と姿を見て、士郎は足を止めるしかなかった。

 

雨にぬれて髪が張り付き、うつむいたままで顔を見ることは叶わない。

ぎゅっと……スカートを握りしめたその手は、ひどく見ていて悲しい姿だった。

まるで己が恥じるべき罪人であるとでも言うように……。

 

「桜……」

 

これ以上は近づくことが出来ない。

そう感じ取った士郎は、ただ普段通りに声を掛けることしか出来なかった。

 

「帰って……ください。私……何をするのかわからない」

 

声は震え、体も震えていた。

それは寒さだけではなく、罪悪感も含めた痛み。

それをぬぐってやることは、士郎には出来なかった。

ただ、言葉を掛けて……

 

「帰ろう。まだ熱が下がってないだろう?」

 

手をさしのべることしかできない。

そんな自分が、士郎は歯がゆかった。

 

「……今更……どこに帰れって言うんです?」

 

憎しみを込めた言葉で……桜はそう言い捨てていた。

 

「私になんかに……構わないでください。もう知ってるんですよね? 私の体がどうなってて……何をされていたのか? だったら……」

 

もう終わり。

言葉にしなくても士郎にはその言葉の続きがなんなのかを理解した。

故に士郎は……

 

「バカをいうな。そんなことはどうだっていい。俺が知っている桜は、今まで一緒にいた桜だ。それがどうしてもう終わりだなんて思うんだ?」

 

「終わりだって……思います」

 

桜は泣いていた。

涙を流さず……耐えるように心で泣いている。

救って欲しいが、知られたくはない。

そんなあり得ない都合のいいことを願っていた少女は……知られてしまったその事実があまりにも辛くて……泣いていた。

 

「私……処女じゃないんですよ? 小さい頃に養子に出された先で襲われて……初体験なんてとっくに終わっちゃってるんです。それからはずっと……ずっと訳のわからないものに体をいじられ続けていました」

 

体を抱きしめた

己の体を抱きしめるその指が、腕に爪を突き立てていた。

まるで自分を罰するかのように。

その痛みと血で……何かが流れていくのを願っているように。

 

「それだけじゃない。私は間桐の魔術師だって事を、先輩にずっと隠していました。マスターになったことも、先輩が何をしているのかわかっていたことも……。ずっと隠していたんです。だって……私が知っているって知ったら……先輩に怒られます」

「――桜」

 

もういいと。

もう言わなくていいんだと、そう伝えてあげたかった。

自分で自分を責めるようなことをしなくていいのだと……。

だが、それが出来ない。

今まで知らなかった桜の一面を……士郎はただ黙って聞いていた。

 

「それでごまかせるって思ってたんです。自分の体におじいさまの虫がいても大丈夫、自分が気をしっかり持っていれば大丈夫だって、思ってたんです。でも……あっさり負けちゃいました」

 

虫に攻められるのはどれぐらいの苦痛を伴うのか?

それがわからない士郎には、桜がいうあっさりという事が、どの程度のものなのかはわからない。

だがそれでも、そんなことはないと……思った。

 

「廊下で掛けられたのは、媚薬なんです。毒じゃない、ただだ感覚を鋭くするためのもの。それを掛けられただけで、私は負けて……先輩を傷つけました。遠坂先輩は正しい。私は臆病で泣き虫で卑怯者です。こうなるってわかってた。わかっていたのに……おじいさまに逆らうこともせず、自分を終わらせることも出来なかった」

 

それがどうしたんだ? そんなこと俺は全然気にしていない……

 

それが本心であったが、それを言うことすらも許されない。

それが士郎の贖罪。

今まで目を背けて知ることも見ようともしなかった桜の思いをただただ聞いていた。

ただ静かに……桜の言葉を聞いていた。

 

 

 

「痛いのが嫌で! 怖いのも嫌で! みんなよりも自分が大切で……死ぬことも出来なかった!」

 

 

 

泣き叫ぶ。

どうしてそれ()を選ぶことが出来ないのかと……自分で自分を憎んでいるかのように。

泣き叫んでいた。

それを見て士郎は気付いた。

笑顔だけじゃない。

桜が泣いていることを見たことがなかったということに。

普通ならば持っているはずの感情らしい感情の一つを見たことがなかったと……どうしてそれにもっと早く気付けなかったのだろう?

そう自問自答するが、それはもうすでに遅かった。

 

「おじいさまの操り人形でいつかまた取り乱す! いつか取り返しの付かないことをします! そんな私が……どこに帰るんですか……!?」

 

自らを責め続ける。

誰も桜を責めないから。

自分が悪人であるとそう言い続ける。

 

あぁ……そう言うことか……

 

 

 

『私、引っ込み思案だから、引っ張っていってくれるような人がいないとダメだと思うんです』

 

 

 

先日、夜の土蔵で交わされた言葉。

その意味を……士郎はようやく本当の意味で理解した。

 

「ずっとだましていたんです。だから思ってました……。私みたいな人間が先輩のそばにいちゃいけないって。だから……明日からは他人になろうって……。廊下であってもすれ違うだけで、放課後は他人みたいに挨拶もせず……夜はまっすぐ一人で家に帰る……って……!」

 

……そんなことされたら、俺がどうにかしてたな

 

士郎が守りたいと想った。

失うことすら思いつかなかった。

それになによりも……これ以上泣いて欲しくなかった。

 

「でも出来なかった! そう思っただけで体が震えて……。死のうって思ってナイフを手首に当てた時よりもずっと怖くて……先輩の家に通い続けてました。先輩をだましているってわかっているのに、でも止められなくて! もうどうしていいのかわからなかった!」

 

知られなかった方が良かったと桜はいい、泣いていた。

だけど士郎はそれで良かったと思っていた。

 

心の中で泣いていた桜に、気付くことが出来たのだから……。

 

 

 

「先輩との時間が大切だった……守っていたかった! 私に……私にとってはそれだけが意味のあることだったのに……。なのにどうして!?」

 

 

 

だから……

 

 

 

これ以上泣かせたくない。

誰も桜を責めない。

だから桜は自分を責め続ける。

 

それなら……俺が……

 

 

 

他の誰がなんと言おうとも、桜のことを許し続ける。

 

 

 

そのとき、士郎の中で何かが壊れただろう。

 

正義の味方として生きていくと誓った少年。

 

その誓いを……士郎は捨てたのだ。

 

それ以上に大切な存在のために……。

 

 

 

その大切な存在を……桜を士郎はただ黙って抱きしめた。

 

 

 

「――――――――ぁ」

 

冷え切ったその体は、服越しにも士郎の体に伝わってきた。

背中に回したその腕はひどく頼りない。

強く抱きしめることも、抱き寄せることも出来ない。

 

士郎には桜を救うことが出来ないのだから……

 

だからこうして……それでもそばにいて欲しくて、そばにいたくて……。

こうしてただ抱きしめることしかできなかった。

 

だがそれでも……桜の味方になると決めたその心だけは、士郎にとって本物(・・)だった。

 

 

 

「わかった。もうわかったから……。桜が悪いヤツだってのはよくわかった。だからもう泣くな」

 

 

 

「……」

 

その言葉に、一瞬だけ桜は体を震わせる。

だましていたという事実。

士郎を傷つけてしまった罪悪感。

それを否定するために……士郎は、今自分に出来るただ一つのことを精一杯告白する。

 

「だから……俺が守る。何があっても……桜が自分を殺そうとしても、俺が守る」

「……せん……ぱい」

 

 

 

「約束する。俺は、桜の味方になるって……」

 

 

 

背中に回した腕にほんの少しだけ力を込めた。

その言葉が嘘ではないと言いたくて。

今はただ、ふれあうことすらもためらってしまうほどの関係でしかないのかも知れない。

だけど……この約束だけは何よりも固いと、そう伝えるために士郎は桜を抱きしめ続けた。

 

「……」

 

それが少しは桜の心に響いたのかも知れない。

全てを拒むかのように、かたくなにしていた桜の体から力が抜けていた。

士郎にとって、桜という存在は何一つ変わっていなかった。

抱き留めた感触、肌の温もり。

互いの吐息は同じように白く、降りしきる雨はいつの間にか少しだけ勢いを弱めていた。

 

雨の中、凍えるような夜闇の中で……

 

 

 

 

 

 

「ダメです……。そんなの……先輩を傷つける」

 

 

 

 

 

 

懺悔するように……桜はぽつりとそうつぶやいていた。

 

 

 

その言葉にどれほどの葛藤があったのだろう?

 

養子としてもらわれた先での陵辱という名の後継者としての修行。

 

その最中で監視という名目で手伝いに行っていた家に住む一人の少年。

 

監視という役目で通い続けて、ずっと嘘をつき続けていた。

 

更に聖杯戦争に関わっていたことすらも隠していた。

 

でも、その少年との……士郎との生活のみが意味であったと語った。

 

だが自分は汚れている、だましている……。

 

そう言う懺悔と罪が、桜を決して前に進ませようとはしなかった。

 

その距離を……自ら埋めてくれた士郎。

 

決して手にはいることがないと思っていた……自分に取って大切な人。

 

その人は……士郎はただ、桜を抱き留めていた。

 

その腕を振り払うべきだ。

 

心ではそう思っているのに……。

 

 

 

「……先輩を……傷つけるのに――――――」

 

 

 

桜はふりほどくことが出来なかった。

 

 

 

「――――こうしていたい」

 

 

 

涙を一筋だけまた流して……桜はそう言っていた。

 

 

 

雨に打たれるままに、二人はただ……静かに抱き合っていた。

 

 

 

こうして、一つにして決定的な選択が終える。

これが果たして恋なのか……? 愛なのか……?

 

 

 

そして……罪なのか?

 

 

 

それを知る者はいない。

だが報われるものではないのかも知れない。

 

そんな確信めいた予感が……士郎の胸に渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

その二人を……橋の上から静かに見守っている人間がいた。

 

「……どうやら大丈夫みたいだな」

 

刃夜だった。

傘も差していないというのに雨に濡れた様子は見られない。

ただ静かに橋の上に立ち……二人を見下ろしていた。

そして何持たないその左手を、二人へと向けた。

 

せめてもの手向けだ……

 

目的のためには手段を選ばない。

士郎の今の行動はこれに近いと言っていいのかも知れない。

だがそれでも刃夜は……士郎の取った行動を否定する気にはなれなかった。

そしてその左手に宿る力で……二人の周囲の温度を少しだけ上げる。

 

絶対零度すらも超える極低温を生み出す風翔の力で……。

 

二人が気付かない程度の……出力で。

そうしてそれが終えると、刃夜は微笑み……そして苦笑した。

 

 

 

「さて……士郎は決断したようだが、シロウ(・・・)はどうするのかね?」

 

 

 

そうつぶやく刃夜の視線は、ただの一点……山の中腹へと向けられていた。

 

とりあえず……やるべき事をやるかね……

 

あいつと戦う前に下準備をするべき事があるというのは刃夜は重々承知していた。

これをやらないといろいろと問題が出来てしまう。

 

……どう説明しよう

 

目下それが一番の問題だった。

しかしそれをしないわけにはいかないので、溜め息をつきながら、刃夜は覚悟を決めた。

 

……また説明なしで無理難題いうのかぁ

 

溜め息をつきながら、刃夜は雨の中をぬれもせずに歩いていった。

 

 

 

 

 

 

士郎と桜が衛宮家へと戻ってくる頃には、完全に雨がやんでいた。

二人はただずっと手を繫いだまま、歩いてきていた。

桜も、歩いているうちに落ち着いてきている様子だった。

今では手を繫いでいるのが、互いに少し気恥ずかしいと思っているが、それでも結局二人はふりほどけず家についてしまった。

 

……どうするか?

 

事ここにいたってようやく自分が今どんな状況に身を置いているのかを、士郎は思いだした。

まずセイバーの存在。

彼女は確かに士郎のサーヴァントである。

だがさすがに、無辜の民を襲うかも知れない存在である桜を守ろうとする士郎に、付いてくるわけもない。

また士郎は知らないことだが、セイバーは士郎に期待していた。

己が出来なかったことを、してくれるかもしれない人間であると思ったのだから。

しかし今回士郎が取った行動は、それを完全に裏切っている。

互いに信頼できるだけの関係を築いてきたと、士郎自身も思っていたがそれでもさすがに桜を救うという行為が、セイバーに対しての裏切り行為だというのは士郎もわかっていた。

確かにセイバーは、もはや戦闘能力を失っていると言ってもいいだろう。

だがそれでも士郎にとっては自分のことを幾度も救い、そして共に戦ってくれた存在だった。

だから……そんな存在であるセイバーにどう説明すべきか、そう悩んでいたのだが……士郎は一つ忘れていた。

 

今の衛宮家には……桜、セイバーの他にもう一人……

 

 

 

同居人がいることを……

 

 

 

「おかえりなさい」

 

 

 

玄関に……深紅のコートを身に纏った遠坂凜がいた。

その表情は、何を思っているのかわからない、感情が全くでていない無表情だった。

 

「と、遠坂」

「遠坂先輩」

「まぁあなたの家なのだから、最後にはここに戻ってくるのは当然なのかも知れないけど、それにしたって早すぎない? 殺そうと思えば今殺せたかも知れないわよ?」

 

それは事実。

共にサーヴァントがいると言ってもライダーは全力を出すことは叶わない。

さらには凜自身も十分に人を殺すことが可能な力量を有している。

故に、殺そうと思えば殺せただろう。

 

 

 

では何故それをしなかったのか?

 

 

 

「お前、まさかまだ!?」

「当たり前でしょう? いつ暴走するかもわからない魔術師を、遠坂の魔術師である私が見逃すわけがないでしょう。協会に目をつけられるわけにもいかないしね」

「そんなことどうだっていいだろう! 桜はまだなにもしちゃいない! それでも手を出すって言うのか!?」

「……聞くまでもないことでしょう?」

 

一触即発、そう言って良い状況だった。

士郎は桜を庇うように前に出ていて、凜をにらみつけている。

その視線を真っ向から受けて、凜は静かにたたずんでいた。

そして……その凜の指が動くその瞬間……

 

 

 

「やめて……やめてください!」

 

 

 

士郎を押しのけて、桜が躍り出た。

その桜を目にしても、凜は一切表情と感情を動かすことはなかった。

 

「……桜」

「せ、先輩の言うとおりです。私は……私はまだ先輩しか傷つけてません。もし先輩が許してくれるのなら、私はまだ罪を問われるいわれはないはずです」

 

その言葉にようやく凜の感情が動く。

その感情は当然のように……いらだちだった。

 

「あなた、きちんと自覚しているの? そんな体で……」

「言え……ます。私はまだ大丈夫です。それよりも遠坂先輩こそ本気ですか? 先輩のサーヴァントのセイバーさんはもう戦えないのに、手をあげるんですか?」

 

セイバー? そう言えばセイバーがいない?

 

そこでようやく士郎は衛宮家にセイバーがいないことを認識した。

意識が異様に興奮していたので無理からぬ事かも知れない。

しかし、それを無視して姉妹は話を続けていた。

 

「それが必要ならそうするわ。私の邪魔をするなら情けなんてものは無用だから」

「そう……ですか」

 

十数年ぶりに姉妹として認識し、そして会話した。

だというのに……こんな血なまぐさいことしか会話が出来ないこの状況は……あまりにも悲しいことだった。

しかし、それでも……桜は屹然と声を上げる。

 

 

 

「……なら、私はライダーのマスターとして、遠坂先輩と戦います」

 

 

 

怯えながら、悲しみながら……それでもなお桜は声を上げた。

自分大切な人を、守るために。

今まではただ流され、従わされ……それだけだった桜が自らの意思で遠坂凜と対峙すると。

その言葉には驚いたのだろう。

だが直ぐに冷静さを取り戻し、凜は表情を殺す。

 

「そうね、そう言えば助かる方法があったわね。聖杯という希望が」

 

そう言い放つと、凜は二人の横を通り過ぎて外へと向かう。

その行動を二人は睨みながら見つめていた。

 

「別に見逃してあげる訳じゃないわ。聖杯を奪いあうっていうのなら別に構わないわ。でもそれは今この場ではふさわしくないわね」

 

背を向けてたまま、凜はそう語った。

二人には見えないその顔には……今どんな表情が刻まれているのだろうか?

 

「さすがに今のまんまじゃ共同戦線はできそうもないわね。だから今日限りで共同生活は終わり。荷物はすでに片付けておいたわ」

 

刃夜と小次郎、そしてバーサーカー。

これらの存在をどうにかするために共同生活を始めたが、両方ともその意味をなくしていた。

刃夜のそばにすでに小次郎はおらず、セイバーはすでに戦力になり得ない。

故に共闘している意味はない。

 

「それとセイバーだけど私が引き取るわ。今のままこの家に置いておいたんじゃ、どうなるかわらないからね」

 

そこでようやくセイバーがすでにこの家におらず、いなくなってしまった理由を二人は知った。

確かに凜の言うとおり、今のセイバーは桜にとって恰好の餌でしかない。

万全の状態ならば相手にもならない桜だが、力を失ってしまったセイバーではどうすることも出来ない。

 

「桜がいつ暴走するかわからないことだけは忘れない事ね。そのときあなたが死ぬかどうかなんて知らないし、あなたの勝手だけど……責任は取りなさい。犠牲者は一人っていう形でね」

 

その言葉を最後に振り返って二人を睨み、凜は今度こそ衛宮家から去っていった。

それを二人は黙ってただ見ていることしか出来なかった。

 

「……先輩、私……」

「バカ、そんな不安になるな。今のはあいつの皮肉だ。大丈夫さ」

「……」

 

やっと二人心を通わせていた事で高揚していた気分を落ち込ませ、桜は黙り込んでしまう。

それを元気づけながら、とにもかくにも士郎は家へとあがった。

二人して体は冷え切ってしまっている。

早く着替えようと思ったのだ。

 

犠牲者は一人。

 

それはつまり、最悪桜が暴走した場合、最低でも桜を殺してから死ねと言っているのだ。

つまりは相打ち。

ようやく自分に気持ちに気がつき、ようやく自分がもっとも欲しかった者が手に入った者達同士が殺し合う。

 

……そんなことにはならない

 

そう信じて、士郎はただ、自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 

士郎が先に風呂へと入り、ざっとシャワーで体を暖め、直ぐに桜と交代した。

少し寒かったが、そんなことは気にならないほどに、今の士郎は充実感を感じていた。

 

「……怒濤の一日だった」

 

それが士郎の素直な感想であった。

しかし過去形にしている場合ではない。

まだ聖杯戦争は続いているのだ。

 

「そう言えばライダーのマスターなんだっけ? 桜は」

 

情報を整理する。

何せこちらの切り札……というよりも頼りになるのはライダーのみ。

しかもそのライダーもリミットがあると言って差し支えない。

マスターである桜が万全でない以上、どうしても足かせが出来てしまう。

となるとライダーに頼るのは最終手段と言うことになる。

しかしそれでも、頼らざるを得ない。

サーヴァントだけではなく、刃夜がどう動くかも士郎にはわからないのだ。

多少は鍛えており、さらに魔術という武器を持っていても、士郎だけでは刃夜に瞬殺される。

 

「明日桜に頼んでライダーを紹介してもらおう。これから一緒に桜を守ることになるんだし」

 

何となく、呑気なことを考えている気がしないでもない。

そのとき……部屋の襖の先から音がしたのを、士郎は聞き逃さなかった。

 

「誰だ!?」

「!?」

 

あぐらを掻いて座っていた士郎はすぐさま中腰になって戦闘態勢へと移行した。

そして咄嗟に周りに目を向けるが……手の届く範囲に武器は見あたらなかった。

 

っ! くそっ!

 

一体だれがきたのかわからないが、何とかして桜と合流して脱出しなければならない。

そう考えていると……

 

「先輩……あの……」

「へ? なんだ、桜か」

 

襖の先から響いた声が桜だったことで士郎は安堵の息を吐いてぺたりと床に腰を下ろした。

そしてそれと同時にいぶかしんだ。

 

なんで声を掛けてこなかったんだ?

 

「先輩……あの……。入って、いいですか?」

「? いいけど、なにさ? 改まって」

 

士郎の許可を得て、桜は襖を開けて入ってきた。

入ってきた桜は私服に着替えていたが、それ以上にどこかおかしいと思わせられる様子だった。

それがなんなのかわからず、何故かごくりと生唾を呑み込んで、士郎は来た理由を聞いてみる。

 

「ど……どうしたんだ?」

「……どうして……助けてくれたんですか?」

 

ただ普通に聞いてきたはずなのだ。

だがそうだというのに、士郎は何故かその声が、仕草が……異様に色っぽく見えてしまう桜にとまどっていた。

だが、今問われたその問いが、重要なものであるかなど考えるまでもない。

 

「私はとっくに……汚されています。間桐の家で後継者となるために調教されました。おじいさまが……私の体をいじって」

 

体をいじったということ。

それがどういう行為かなど、容易に想像できる。

まだあんなヤツのことを様付けで呼んでいるのか? そう思うが、それを押し殺して士郎は桜の言葉を聞き続けた。

 

「なのにどうして……私を守ってくれるんですか?」

 

必死になって自制している頭に響く声。

何を自制しているのか? そう考えるが、それすらも考えられないほどに、士郎の頭は熱くなっていた。

だがその問いは考えるまでもないことだった。

故に、何故か高揚している自分であったが、士郎は自然と言葉を口にしていた。

 

「あれは庇ったんじゃない。俺が桜にいて欲しかったんだ。俺には桜が必要で、大切で……離れるなんて考えたくもなかったんだ。だから……遠坂が相手でも、引く気はない」

 

 

 

「それは……家族としてですか? それとも……一人の女の子として、私のことを見てくれているんですか?」

 

 

 

それが一番知りたかったこと。

さんざん家族として接し続けていた士郎が相手では、そう思うのは無理もない。

だが士郎にとっては、己の正義を捨ててまで、桜を守りたかったのだ。

桜が大事だと思ったのだ。

最近気付いてしまった、女性としての桜。

それを知ってしまっては、もう家族になど戻れるわけもない。

必死になってごまかそうとしていたのだが……それももう限界だった。

だからこそ……この言葉も自然と、士郎は口にしていた。

 

 

 

「あぁ。俺、桜のことが好きだ」

 

 

 

今まさに魅入られていた。

おそらく風呂上がりであろう桜のほてったその体から香るその匂いに、頭がくらくらするのを感じていた。

その士郎の告白を耳にして……桜は顔を真っ赤にしてうつむかせた。

 

そうして二人は互いに互いの温もりを感じながら……床についた。

 

初めて知った桜の女性としての温もり。

 

それを全身で感じながら、士郎はしっかりと……だが先に寝てしまった桜を起こさないように優しく……

 

抱きしめていた。

 

 

 

この温もりを……なくしてたまるか……

 

 

 

飛びそうになる感覚。

 

吸収されてしまった魔力の影響で、体力がほとんど皆無と言っていいほどに体力はもう、士郎には残されていなかった。

 

しかし、その今にも飛んでしまいそうな意識をかろうじてつなぎ止めて、士郎は桜を抱きしめる。

 

自分の腕の中に眠る桜を抱きしめながら、士郎は改めて誓っていた。

 

この温もりを……なくしたくないと。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

……風があるな

 

山の中腹に一人、たたずみながら静かに眼下を見下ろす男がいた。

外套をたなびかせて、ただ静かに……その鋭い鷹の目のような視線を、とある一点へと向けていた。

 

その視線に……殺意を込めながら……

 

ブォン

 

その彼の手に、一対の弓矢が虚空より出現した。

歪な矢だった。

先端から螺旋を描いて渦を巻き、それがまるで剣の鍔のような箇所まで続いている。

 

まるで、剣身の部分を、無理矢理ねじ曲げて螺旋を描いているかのような……

 

そんな矢だった。

それをつがえて、その視線の先へと……放とうとしたその時だった。

 

 

 

「やっぱりここだったか……」

 

 

 

そんな声が背後から聞こえたのは。

 

「!?」

 

全く気配がないというのに背後からの声に驚愕した赤い外套を身に纏ったその男は、その視線を一点……衛宮家から外して、背後へと振り向いた。

その先に……

 

 

 

「まぁ、あいつの家を狙うには最良のポイントだよな。得物にもよるが、俺もそうする」

 

 

 

刃夜だった。

魔力を昼間に使用したために、透明化は出来なかったのだろう。

その姿ははっきりと見て取れるが、それでも気配は皆無と言って良かった。

 

目を離したら……一瞬でも見逃せば捉えることが出来ないほどの存在感のなさ。

 

その手に握られているのは、狩竜ではなく……対の双剣、封龍剣【超絶一門】。

抜き身のその剣を見る限り、どう考えても友好的に話をしに来たわけではないと言うことはわかりきっている。

くるくると、器用に手元で回しているその姿から想像も出来ないほどに……その総身からは戦意があふれ出ていた。

 

「あいつの家には確かに大層な結界はない。何をするのかわからないが……それでもその弓矢でこのポイントから殺すことが出来るほどの攻撃が出来るって事だな?」

「……だとしたら?」

 

「それを邪魔させてもらう!」

 

「霞皮の護り」の気配遮断を解除し、刃夜が気力と魔力の双方を身体能力へと回して突貫した。

咄嗟のことで投影が間に合わず、アーチャーはその螺旋の剣を用いて、刃夜の初撃を迎え撃った。

 

その剣の名を、偽・螺旋剣(カラドボルグII)といった。

アルスターの伝説の名剣である。

しかしこの剣はアーチャー自身の工夫が施されており、投影による武器なので当然本物ではない。

真命解放し、……『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』にて放たれた場合の威力はバーサーカすらも殺すことが出来る。

その威力にアーチャーの狙撃の能力が加われば、遠く隔てたこの場所からでも、衛宮家を吹き飛ばすことは十分に可能だった。

ライダーがいる故に、一撃で吹き飛ばすのは難しいかも知れないが、それでも連続して放てば十分に、そして一方的に殺すことが出来るだろう。

 

 

 

しかしそこで一つ奇妙な点が出てくる。

 

凜は少なくとも今夜は襲撃しないことを公言した。

 

であるというのに彼女のサーヴァントは、士郎と桜を殺害しようと攻撃を敢行しようとしている。

 

その……理由とは?

 

 

 

ギィン!!!!

 

ガギャ!

 

 

 

夜の深山町で、激しい剣戟の音と火花が散っていた。

もはや不要となってしまった偽・螺旋剣(カラドボルグII)を捨て、アーチャーは干将莫耶に持ち替えて、刃夜と剣戟を繰り返す。

 

 

 

!!!!

 

 

 

ひときわ大きな音が響いたと同時に、互いに全力の力によって振るわれたその剣に押されて、二人は互いに距離を取った。

それによって静寂が辺りを支配した。

互いが互いをにらみつけながら、敵の隙を探っていた。

一触即発であり、少しの隙すらも出せないほどの緊迫した、ぎりぎりの状況。

だというのに刃夜はニヤッと、嫌らしく笑みを浮かべた。

それが気になったのだろう、はたまたその笑みに何かを感じたのか……アーチャーは睨んだまま口を開いた。

 

「何がおかしい?」

「いやなに……ひどく滑稽に思えてな。嫉妬……か?」

 

嫉妬。

その言葉の対象が自分であることに気付いたアーチャーは、その表情を険しく歪ませる。

 

「なんだと?」

「俺の勘が多分に含まれているんだが……というか普通に考えてあり得ないことかも知れない。だが、自分の存在と状況、そして聖杯という存在にサーヴァントという英霊。それらを加味すれば……当たらずとも遠からずと思っている」

「何がだ?」

「だから嫉妬がだよ。アーチャー」

 

いまいち要領を得ない、というよりも遠回しに、そしてアーチャーをいらだたせることを考えての嫌らしい言い方だった。

それにいらだちを覚えた時だった。

 

 

 

自分(・・)とは違う選択を行った、己への嫉妬じゃないかと思って……な」

 

 

 

そんな言葉が、刃夜の口からそう紡がれていた。

 

 

 

っ!?

 

 

 

その言葉にアーチャーは内心で瞠目したが、それは一切表に出さず、刃夜を睨み続ける。

隙だらけとは言えない。

だがそれでも言葉を紡いでいる刃夜には、ほんのわずかな隙があったこと確かだった。

だというのに攻撃しない。

 

「お前がどういう人生を歩んだのかは知らん。だが少なくとも今の士郎とは違う道を選んだというのは何となくわかる」

「……」

「その過程で何があったのか? 何を見たのかは俺にはわからんし、はっきり言ってしまえばどうでもいい」

「……」

「だがそれでも、お前が直接士郎を殺すことを……俺は許さない」

「……何故お前があいつの味方をする?」

 

それは今の問答とは関係のない言葉。

その問いに、刃夜は鼻を鳴らして答えた。

 

「はっ……。別に味方している訳じゃない。ただ手助けしているだけだ。以前のあいつならそれこそどうでもいいと思っただろうよ。だがあいつは選択した。己に取っての願いというものを。だから俺は手助けしよう。あいつがそれを実行する限り」

 

 

 

 

 

 

アーチャーへと向けた言葉。

それが俺の正直な気持ちだった。

己の願いを優先して、他者を退ける。

俺がそうしてきたように、あいつもそれを実行したのだ。

むしろ、もしも桜ちゃんを殺そうとするのならば俺はあいつを止めただろう。

それは決してやってはいけないことの一つだからだ。

 

まぁ……全面的に味方をする訳じゃないが……

 

むろん、俺にも俺の目的がある以上全面的に協力はしないが。

それを目の前の相手へと伝える。

 

……おそらくあっていると思うのだが

 

この世界に来て聖杯戦争が始まった。

今もってなお、魔術という神秘とやら開催しているこの騒動は、俺には理解しきれないところが多い。

だが……この赤い外套を纏った肌黒い男が、士郎だというのは確信にも似た気持ちがあった。

 

最初に気付いたのは初めてこいつを目の当たりにしたとき。

あまりにも士郎と気配が酷似していた。

完全に同一だったと思えたのだ。

むろんそれだけでは士郎とアーチャーを結びつけるのは無理がある。

しばらく気配のことは忘れていたのだが……それを思い出したのはライダーと戦っていたアーチャーの違和感だった。

何故マスターを攻撃しないのか?

それが不思議だったのだ。

あの状況でアーチャーにとって士郎はどうでもいいとしても、遠坂凜がいるというのにアーチャーの攻撃は決定的な攻撃……桜ちゃんへの攻撃を避けている様子だった。

ここから衛宮家を吹き飛ばすだけの力を持っているのに、あの場でそれをしなかったのだ。

確かに遠坂凜にも被害があったかも知れない。

だがあのままでは死んでいた可能性が高かった。

なのにアーチャーはそれをしなかった。

 

その行動が……気配が同一と言う、本来であればあり得ない状態の裏付けに思えた。

 

気配が同一、そして桜ちゃんに対する行動。

それでカマを掛けてみたのだが……やはり当たらずとも遠からずだったらしい。

 

おそらくこいつが士郎ということに間違いはなさそうだ

 

更に決定的な事を言えば、先ほどの士郎とこいつの会話がそれとなく聞こえてきたのだ。

全部聞いたわけではない。

だがそれでも、一部でも話を聞いていれば答えは得たも同然だった。

 

士郎の存在理由を知っている上に、あれだけ感情が隠れている言葉を吐いていれば……な……

 

が、こいつが今ここにいる事に関して……理由についてはぶっちゃけ適当に言っているだけである。

士郎がアーチャーであるという推論の元に成り立ってしまうが……士郎だとすれば、この実力はおかしい。

今の士郎と実力が隔絶しすぎてしまっているからだ。

ならば今の士郎の未来の存在である士郎であればどうだろうか?

そう考えればまぁ納得出来なくもない。

髪の毛が真っ白だし、さらには肌も黒くなっているが……それは何か理由があるのだろう。

 

魔術がらみと考えれば、まぁ……

 

魔術というものが体にどう変化を及ぼすのかはわからない。

だがそれでも、普通とは違うことをすれば、当然どんどんと普通とは離れて言ってしまうものだ。

俺がそうであるように。

 

狩竜を持てるって時点で普通ではないしな……

 

話がそれたが、それが俺の推論だった。

穴だらけにも程があるが……まぁ聖杯戦争という普通に考えてあり得ないことが起こっているのだ。

未来の英雄が召喚されても不思議ではない。

 

そう英雄……だ……

 

英雄。

才知や武勇などがすぐれ、普通の人にはできないようなことをする人を指す言葉。

となると、こいつ……士郎は英霊として認められるだけの何かをしたと言うことになる。

遠坂凜に以前説明してもらった話では、生前の遺業を認められた英雄は、英霊として死後「英霊の座」へと迎えられるらしい。

そこに迎えられたのだろう。

 

正義の味方を目指した……衛宮士郎は……。

 

 

 

……バカだな

 

 

 

何をしたのかはわからない。

だがそれでも……衛宮士郎は普通ではない何かをしたのだ。

正義の味方という……普通の人間ではあり得ない感情で!

おそらくそれの果てがこいつなのだろう。

もちろん違う可能性もあり得る。

桜ちゃんの味方をした……己の願いよりも他者を優先することを捨てた士郎が、目の前のこいつになった可能性もある。

しかしそうなると士郎を殺す理由が見あたらなくなってしまう。

故に俺はこいつが今の……桜ちゃんの味方になった士郎に嫉妬しての行動だと睨んだの。

 

外れてないことを……祈るが……

 

『気配云々は私にはわかりかねるが……。一応動きを止めているのだからそれなりに正解なのではないだろうか?』

 

元頭のいい竜人族の封絶でも、推理の材料がないため推論も出来ず、俺のことを励ましてくれることしかできない。

 

 

 

 

 

 

※外れていますが……まぁ当たらずとも遠からず

 

 

 

 

 

 

俺の言葉により、戦闘の空気が一瞬だけ霧散した。

だが……それも直ぐに終わり、今度はアーチャーから仕掛けてきた。

 

!?

 

少しだけ対応が遅れてしまったが、何とか双剣の攻撃を受ける。

が、体制が少し整っていなかったため、吹き飛ばされてしまった。

 

ちっ!

 

若干の距離が開いたことで、アーチャーが狙撃をするのではないかと肝を冷やしたが、それをさせまいと、俺は爆発的な疾走で再度アーチャーとの距離を詰める。

その勢いを乗せたまま……封絶を振るう。

最初の戦闘開始から、すでに数分が経過している。

このままでは下手をすれば他のサーヴァントがやってくるかも知れない。

それを警戒しつつ、俺は手にした剣と、言葉の剣を振るう。

 

「今のあいつを殺したところでなんになる!?」

「……っ」

「あいつはあいつなりの答えを出して桜ちゃんを選んだ。その選択がお前は間違っているというのか!? 遠坂凜と同じように!」

「……」

 

叫びながら俺は封絶を振るう。

殺すつもりも倒すつもりもないこいつが……馬鹿なことを止めるために。

もはや普通の聖杯戦争を行える状況ではないはずだ。

暗躍している臓硯が何をするのかも気になるところだが、あの黒い陰も気になる。

嫌な推論があがっているが、別にそこまで問題ではない。

 

「仮に間違っていたとしても、英霊のお前がこの世界とは……この時間では関係のないお前がするべき事ではない!」

「……」

 

!!!!

 

今までで一番大きな金属音が響き、再度戦いが停止する。

何とか背後に士郎の家を取った俺は、いろんな感情を込めた視線を、アーチャーへと向ける。

すると……

 

ブォン

 

奇っ怪な音が聞こえたと思うと、アーチャーがその双剣を消した。

どういう原理でいるのかはわからないが。

 

相変わらず便利で……むかつくな

 

と思うのが俺の素直な思いだった。

 

「……」

「……」

 

そんな場違いというか、今思うべきではないことを思いつつ、アーチャーは俺を睨んでいた。

俺も構えを解いて剣を納めたが、まだシースには入れていなかった。

だがそれも直ぐに終わり、アーチャーが俺に……衛宮家に背を向ける。

 

「……諦めたのか?」

「……私がいないことに気付いた凜から至急戻ってこいと言われた。それだけだ」

 

マスターとして戦闘の気配を感じ取ったのだろう。

だというのに自分のサーヴァントがそばにいないのがおかしいと思ったのかも知れない。

だが理由はそれだけではないだろう。

 

「アーチャー……」

「貴様があれの味方をするのは構わん。だが覚えておけ……」

 

首だけで振り返って俺を射貫くその視線には……はっきりとした憎悪が備わっていた。

それを向けたのは俺なのか? それとも……

 

 

 

「あれは……お前の手に負えるものではない」

 

 

 

それだけを言い残して、アーチャーは去っていった。

その背中に……幾ばくかの後悔と、羨望を刻みながら……。

 

 

 

 




全てをぶっ壊すNGシーンという名のネタ後書き

士郎の家を狙撃できるポイントから強制的に場所を墓地へと変更~


「やらせはしない!」

だっ! ←アーチャーに接近する足音
ぶん! ←アーチャーに刃夜の右パンチ!
ガン! ←アーチャーにパンチ命中~

「いたたた、何故殴打する?」

「殴打もするわ!」

「墓地の裏手でもみ合った際、誤って三メートル後ろの墓石へと激突! 頭部を強く打って病院に運ばれましたが間もなく死亡! したらどうするんだ!?」

「その程度でお前は死なんだろう?」



解る人には解るネタ
↑ほっとんどの人が解らないと思うっていうか何故やったのか自分でも不明w
出来たら本編も墓地でやらせたかったが……無理だった・・・・・


日本語:悲しみ
英 語:sorrow
PS2版の原作にて、雨の中桜を抱きしめたところで流れたBGM 「sorrow」
ステイナイトで一番好きなBGMでございます
たぶんPC版では流れてないと思うんだけど……どうだろう?
であるにも関わらず桜の出来事とかなんかはPC版を遵守してお送りしましたがいかがだったでしょうか?
いやだって、魔術師うんぬん置いたとしてもね、魔術の訓練の教官があの妖怪じじいならどう考えても○○○しながらの訓練になると思うし?
そして互いにようやくわかり合えた年頃の若い男女が○○○しないとか普通に考えてあり得ないでしょ?
という言い訳の元PC版を元にお送りしました~





あ~もうわかっている人も多いと思いますが、正直当分戦闘描写は出来そうにありません
説明と状況確認の話が当分続きます
しかもまだ原作遵守の流れのため、目新しいこともまだ出来ません
最後の方は期待してもらえる物になると思うのですが……
ので暇つぶしになれれば幸いですので、気長に読んでやってくれたら……orz


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共同戦線その2

……あの二人は今どうしているかしらね

 

久しぶりに帰ってきた我が家の空間は、ひどく冷たく感じられた。

それが凜にとっては少々意外に感じられた。

父が第四次聖杯戦争で帰らぬ人となり、母もすでに他界して長い。

妹はいてもそれはあくまでも血縁だけの意味で家族ではなく、彼女はそのほとんどを一人で過ごしてきたのだ。

だというのに久しぶりに帰ってきた遠坂邸はひどく寂しかった。

それがどうしてなのかを考えて……彼女は無理矢理に思考を絶った。

 

朝だからかしらね……。変なこと考えちゃった

 

自分の体質……低血圧のせいにした。

そうして一人で物思いにふけっていると……

 

「リン……。どうしたのですか?」

 

今までこの家では聞いたことのなかった人物の声を聞いて、凜は我に返った。

声がした方へと目を向ければ、そこには同じようにソファーに腰掛けている金髪の少女の姿があった。

 

「なんでもないわ、セイバー。朝だから少し寝ぼけていただけ」

 

曖昧な笑顔を浮かべて、凜はそうセイバーに対してごまかした。

セイバーもそこまで追求する気はなかったのだろう。

それ以上追求することなく、二人ともアーチャーが入れた紅茶を口にする。

ちなみに昨夜の罰としてアーチャーは一夜を明かして執事の役目として、家中を掃除させられていた。

 

「それで……これからどうするのですか?」

 

それがもっとも重要なことであった。

桜がああなってしまった以上、セイバーを衛宮家においておくわけにもいかないためセイバーはこうして連れてきたのだが、それ以外考えていなかった。

むしろ考えられなかったというのが凜の本音だろう。

だがそれでもこれ以上このままというわけにもいかない。

凜は思考を再稼働させて、今後どのように動くのか……そして士郎がどう動くのかを予想する。

 

桜を諦めないってことは……狙いは聖杯だって考えていい。だけどそれを目指すためには衛宮君だけでは出来ない……

 

何でも願いが叶うという万能の願望機、聖杯。

聖杯に願いを託し、桜の体をどうにかするのが一番確実な手段である。

しかし今の士郎にサーヴァント(戦力)がないのは、ここにセイバーがいる事で証明している。

力を失ったとはいえ、聖杯を実際に手にすることが出来るのはサーヴァントなのだ。

ライダーがいるとはいえ、ライダーを使役すればその分桜の体に負担を掛ける。

となれば、桜とライダー以外の存在に頼ることになる。

そして、昨夜のアーチャーと刃夜の戦闘。

 

「アーチャー」

「なんだ?」

 

マスターの呼びかけに、アーチャーはすぐさま現界しリビングへと姿を現した。

昨夜の独断行動を行っても、全く悪びれないその態度に内心でいらだちを覚えた凜だったが、それはひとまずおいておくことにした。

 

「あの男が衛宮君の味方をするって言っていたのね?」

「そうだ。確かにあの男はそう口にしていた」

 

刃夜が士郎の味方をすると言っていた、それを確認して再度凜は思考を巡らせる。

刃夜が味方につけば最低限サーヴァントから身を守る事の出来る戦力は完成する。

しかしそれでも不十分と言えなくもない。

それに士郎の性格を考えて、凜は回答へと行き着いた。

 

 

 

チチチ、チュン、チュン

 

日差しが入ってきた部屋の明るさと鳥の鳴き声が、士郎の意識を覚醒させる。

普段ならば直ぐに身を起こして朝食の準備に向かっただろう。

だが今はそれが出来ない理由があった。

 

……気だるい、な

 

何故か異様に疲れていた。

全身が気だるく、腕に力が入らない。

そのせいか頭はまだ覚醒しておらず、体も休息を訴えている。

もう朝になっているというのに、全く起き上がろうとしなかった。

 

なんでこんなに疲れてるんだ?

 

横になったまま、ぼんやりと思考を巡らせた。

寝ぼけていたのだろう。

そして……昨夜の出来事を思い出す。

 

……

 

それを思い出して士郎は顔を真っ赤にした。

というよりも自分と同じ布団に桜がいるのだから、それでわかりそうなものだったが……。

なんとか桜を起こさないように起き上がり……そのとたんに軽いめまいを士郎は覚えた。

倒れそうなる体を咄嗟に腕で床をついて支えた。

 

……なんだ……これ?

 

かつてないほどに気力がわいていなかった。

なんとか体を起こしたものの、今すぐにでも体を休めたくなってしまっている。

だが……

 

「……すぅ、すぅ」

 

隣で寝ている桜を見ていると、そんな気持ちにすらならなかった。

というよりも顔を合わせづらいので今すぐ部屋を出て行くことにした。

 

動いていれば、元気もでるだろ

 

動いても元気が出るわけがない。

なぜなら昨夜根こそぎ持って行かれたのだから。

だがそれを士郎は知らない。

そうして居間へと続く廊下を歩いているときだった。

 

トントントントン

 

台所と一緒になっている居間から、まな板を使用している音が聞こえてきたのは。

 

……なに?

 

さすがの士郎も、その音には違和感を覚えた。

普段ならば何も気にせず桜が料理をしていると思って、居間へと入っていっただろう。

だが桜は未だに士郎の部屋にいる。

昨日までいた同居人だった凜とセイバーは、昨夜よりいなくなっている。

ライダーが調理をしている可能性もなくはなかったが、マスターで有る桜の体のこともあるため、そんな馬鹿なことを主人思いのライダーがするわけもない。

残る人間の選択肢としては大河だが……士郎は大河が料理をしているのを見たことがない。

 

……一体誰が?

 

桜がいる以上この家にはライダーがいる。

敵であれば容赦なく襲いかかっているはずだ。

だが油断は出来ない。

 

……武器になりそうなものは

 

唯一使用できる強化で特攻をしようにも、廊下にはそんな都合のいい物はなかった。

だがそれでも自分が来ている服を強化することは出来る。

 

……同調、開始

 

魔術を使用して、士郎なりに戦闘態勢を整えたのだが……それは無駄だった。

 

「その度胸は買おう」

 

そんな声が、自分の背後から聞こえてきたのだ。

背後から聞こえてきたその声に、咄嗟ながらも反応して士郎は後ろを振り返るが……。

 

トン

 

そのときにはすでに遅く、士郎の心臓に敵が持っていた菜箸が当てられていた。

殺そうと思えば今の一撃で殺されていたのは、士郎にもわかった。

それを行った人物は……

 

「しかし勇敢と無謀は違う。今の場合桜ちゃんを起こしてライダーを呼び出すのが正解だ」

 

案の定というべきか……刃夜だった。

 

 

 

 

 

 

「どうした? 食べないのか?」

 

早朝の衛宮家の居間にて。

何度かおじゃましたことはあったが、それでもこの家で料理を振る舞ったことはなかった。

そのため調味料を探すのに少し手間取ったりしたが、少なくとも手抜きはしていない料理を前にしても、士郎と桜ちゃんは箸をつけようとしなかった。

 

まぁ無理もないけど……

 

「あぁ、毒とかは入れてないぞ? そんな回りくどいことする必要ないしな」

 

自らが食べることで毒はないとアピールしながら二人にそう言った。

といっても俺自身毒はほぼ効かない体になっているのであまり意味のない行動だったが、それでもしないよりはましだろう。

 

「違う……なんのつもりなんだ刃夜?」

 

当然といえば当然に質問を士郎から向けられる。

魔力消費を少しでも抑えるために現界はしていないのだろうが、ライダーは居間にいるようだった。

桜ちゃんが話に加わらないのは、ライダーとの念話で忙しいのかも知れない。

 

まぁ……少し話した程度で和解できたら争いなんて起きないよな

 

参加人数という意味で規模こそ小さいが、戦争を行っているのだ。

用心に越したことはない……特にこの二人の護衛となっては……ので、俺はそれを気にせず食事を続ける。

 

「疲れているみたいだったから代わりに朝食を作っただけだが?」

「違う。ここにいる理由を聞いているんだ」

「二人の味方をするためだが?」

 

なんのことはない、と言うつもりで俺はあっけらかんとそう言った。

その言葉に二人は面食らっていた。

まぁ確かに普通はそう思わないだろう。

 

というかさっきも言ったが、そのつもりならとっくに戦闘しているって……

 

おそらくライダーと激しい戦闘を行っていただろう。

サーヴァント相手に霞皮の護りを使用したまま戦闘は出来ない。

そして戦闘が始まれば結界が発動している……士郎の家は警告音が発動するだけっぽい……ので二人とも起きているだろう。

 

まぁ当のライダーは怪しみながらも俺を家に入れてくれたが

 

いくら霞皮の護りが優秀とはいえ、気配遮断しか行っていないのだから当然家に入ろうとすれば丸見えである。

しかも食材が入ったビニール袋を下げているのだから戦闘しようにも出来ない。

 

夜月と狩竜と封絶は持ってきたが

 

持ってきた得物達はこの居間の壁に立てかけている。

直ぐに使用できない状況ではあるが……必要となればいつでも使用できる状態である事が、俺の心の心理を表している。

 

「そ、それってどういう事ですか?」

 

少し警戒しながらも、桜ちゃんが気になって話を続ける。

警戒しているようだが、それでもどういうことか気になるのだろう。

故に俺はまじめな話をするために、箸を置いて二人に向きなおった。

 

「俺の目的のために協力したくて、そして協力して欲しくてここに来た」

 

 

 

 

 

 

その言葉は嬉しいと同時に、強い疑念をもたらすものだった。

確かに士郎と刃夜は明確な敵対行動をしていない。

セイバーと小次郎がやり合ったこともあったが、それでも士郎は刃夜を敵だと思っていなかった。

そもそもにしてセイバーと小次郎が戦ったあの夜のことにしても、刃夜がその気ならば自分が今この場にいないことも士郎にはわかっていた。

だがそれでも、士郎と刃夜は敵であることに他ならない。

確かに明確な敵対はしていないし、命を救われたことは何度もある。

だがそれでも聖杯を求めていると言ったのだ。

今では士郎の目的自体が変わっているのもあるが、最悪聖杯に望みを託すしかないというのが士郎の現状である。

 

「まぁいきなり味方になるといっても、相手が俺ではいぶかしむ気持ちも十分わかる」

 

それがわかっているのかいないのか?

少なくとも自分がどういう目で見られているのかは十分に理解しているのだろう。

刃夜が更に言葉を続けた。

 

「桜ちゃんには言ってなかったが……俺はこの世界の人間じゃない。士郎は知っているな?」

 

突然の告白に、桜ちゃんが目を点にした。

以前に話を聞いたことのある士郎は驚きはしなかった物の、どうして今それを話すのかわからないといった表情をしていた。

それに苦笑しながらも話がわからない桜、ライダーに説明するため、刃夜は言葉を続けた。

 

「平行世界って概念はわかるだろ? まぁその平行世界から来てな。最初は自分の世界に戻るためには、聖杯を手に入れるのが条件だと思ったんだ」

「条件?」

 

聖杯に願いを託して平行世界に帰るのではなく、条件といった。

それはつまり聖杯以外にも己の世界に帰ることが出来ることを意味している。

 

では何故聖杯を求めているのか?

 

そんな当然とも言える疑念が士郎の脳裏をよぎる。

そのことを刃夜もわかっているのだろう。

士郎にうなずきながら言葉を続けた。

 

「まぁ聖杯に頼んでそれで終わりだったらまだ楽だった……というよりも話が簡単だったんだが、そう行かない事情があってな」

 

どういう事情だ?

 

と思うも、それを口にするのははばかられて士郎は口をつぐんだ。

 

「んでようやく何をするのかわかってきたのでな。それに影響が及ばないのならば、俺は君たち二人をどうにかしたいと思っている」

「……なんでさ?」

 

何が条件かまだ語られていない以上、それが一体どういうものなのかはわからない。

それにしても自分たちに味方する理由がわからない。

だが、サーヴァントと相対できる刃夜が味方になれば心強いことは間違いない。

そんな疑念と期待が入り交じった表情を向けてくる士郎に、刃夜は苦笑しながらこういった。

 

「お前が桜ちゃんを選んだんだ。少し異常だったお前がそんな人並みの願いを持ったというのなら、俺は支援する」

「「!?」」

 

その台詞がどういう意味なのかはわかりきっている。

そしてその意味するところを正確に理解して、二人は同時に赤面した。

 

要するに……刃夜はこういっているのだ。

 

士郎が桜のことを大切に思い、桜がもっと自分としての願いを大切に思い……二人が互いを思い合うのならば……刃夜は二人を手助けると……。

 

だが……

 

「しかし……」

 

それが全てでないこともまた事実だった。

 

「全面協力じゃないことは当然わかっているよな?」

 

上げて落とすとでも言うのか……。

一度希望的なことを言ってから、掌返すかのように逆のことをいう。

それは残酷な行為であると……言えなくもなかった。

 

だが、明確な線引きをするというのは、互いになれ合いにならないために必要なことでもある。

 

 

 

「藤村組の連中、雷画さんと大河、そして……美綴に手を出したら、俺は全力でお前達に敵対する」

 

 

 

それが俺の最低にして絶対の条件だった。

俺は別段……博愛主義者ではない。

もちろん被害が無駄に広がらないように努力はするが、俺も一人の人間に過ぎない。

守ることの出来る存在というのは限られている。

桜ちゃんがそこらの赤の他人でしかない存在達を喰らう場合、努力はするが全力で止めはしない……まぁ魔力を吸収しすぎて死に至らしめたりしたら話は別だが……が、藤村組の人間達、雷画さん、大河、美綴といった俺にとって大切な存在達に、例え髪の毛一筋ほどの傷でも負わせようものなら俺は二人を潰しにかかる。

ライダーが黙ってはいないだろうが、それでも護衛対象が二人いる状況+桜ちゃんの体からみて、力を十全に発揮できないだろう。

それが二人もわかっているのだろう。

こちらから条件を出した事で、敵になりうる可能性もあると言うことを再認識して、緊張していた。

少しだけ殺気を込める。

むろん……ライダーが出てこない程度の出力でだ。

 

戦いにでもなったら面倒だしな……

 

といっても、先ほどこの家に入るときにある程度話はしたので出てくるとは思えないが。

少しだけ二人を脅した後、殺気を霧散させて俺は息を一つ吐いて苦笑した。

 

「あぁそれとその大河に関してだが、しばらくの間この家には来ないように言いくるめてきた。さすがに今の状況でこの家に来たら、まずいなんてもんじゃないだろう」

「藤ねえだって?」

 

そこでようやく今の時間を見て、大河がまだ来ていないことに気付いたのだろう。

しかしいるわけもない。

大河に関しては雷画さんに頼んでしばらくこの家にこないようにすること、そして士郎はしばらく学校を休むことを伝えておいたのだ。

ほとんど訳も伝えていないにもかかわらず、雷画さんは快く引き受けてくれた。

 

……マジでどう恩返しするか

 

この問題を解決すれば良いと言ってくれたが、それに甘えていいレベルではない気がする。

今頃大河が藤村組で暴れているのが目に浮かぶようだった。

 

「まぁそう気負うこともあるまい。要するにそれさえしなければ協力し合うのが吉だと考えたからそう提案したまでだ」

「け、けど……」

「そもそも美綴とか特定の存在じゃなくても、襲わないことが二人に取っての最低条件だろ? ならば俺の条件など、ないような物だろう?」

 

それが出来れば……だがな……

 

詳しいことはわからないが……それでも桜ちゃんがそこまで耐えられるとは俺も思えない。

あの明らかにおかしな神父が言うことも、ほとんどが真実だろう。

だが不思議な事に昨日よりは桜ちゃんの顔色が良かった。

何があったのかはわからないが……まぁ元気ならばそれだけ襲う確率が減るのだからそれはそれでいいだろう。

問題はこれからのことだ。

 

「さて、とりあえず協力関係になった……と認識していいかな?」

 

確認のためそう声を掛けると、二人は互いに目配せしてうなずいた。

戦力は多い方がいいと思ったのだろう。

そして先ほど俺が言ったように、桜ちゃんが人を襲うような事態を防ぐのが目的なのだ。

それがうまくいくのならば俺が敵対する理由も少ない。

そう思っていたら、士郎から質問があった。

 

「刃夜……キャスターとの協力関係はまだ続いているのか?」

「あぁ、続いている。一応臓硯が出てきて以来は、柳洞寺に毎晩行くようにして相手に警戒させている」

 

臓硯がどれほどのやり手かは謎だが……いくら弱体化しているとはいえサーヴァントであるキャスター+相当やり手の葛木先生のコンビ相手ではそう簡単に手が出せないはずだ。

だが相手は老獪を絵に描いたような存在。

サーヴァントを従えていないとはいえ油断は出来ない。

故に定期的に柳洞寺へと赴いて相手を牽制していた。

そしてそれとは別にキャスターとは別の契約を結んだのだが……切り札は取っておいた方がいいため、俺はそれをあえて黙っておくことにした。

 

相手に秘密を持ったまま同盟ってのも……俺もなかなかに腹黒いなぁ……

 

と、素直に思うのだが、それでも構わなかった。

相手がどんな手を使ってくるのかわからない以上、警戒するのに越したことはない。

 

「そこで思うんだけど……出来ればキャスターが桜に……」

「それは俺も考えた。だが、それを行うには龍脈の上である柳洞寺に行くか、キャスター本人が桜ちゃんのそばにこなければいけない。さすがにライダーがいる以上、キャスターをそばに来させるわけには行かない」

 

士郎のすがるような目線を俺は一蹴した。

ライダーを言い訳をしたが、本音は桜ちゃんのそばにキャスターを連れてくるわけにはいかない、が本当である。

キャスターが行っている魔力吸収を桜ちゃんにも譲渡すること。

それは確かに魅力的だが、それを行うのは少々危ない。

何せサーヴァントで元々接近戦に弱いキャスターだ。

さらには弱体化しているおまけ付き。

俺と葛木先生がいるといっても、ライダーがいる場所に連れてこれるわけもない。

キャスターの力も絶対に役に立つはずなのだ。

何せ魔術師のサーヴァントだ。

現代の魔術師では知り得ないことも知っている可能性は十分にあり得る。

最終的に必要になるのは力ではない……。

争うだけなら獣だって出来るのだ。

 

まぁその理屈になると俺は完璧に獣なのだがな……

 

知将タイプでないことは間違いないが。

猪武者と言われても何も言えない……言い返せない。

 

「それは……」

 

さすがに言わなくても、自分が言ったことが甘ったれているとわかっているのだろう。

それ以上士郎が言葉を発することはなかった。

桜ちゃんも非常に気まずそうにしている。

場の空気が少し悪くなったことは理解したが……それでも俺はそれを取り払おうとはしなかった。

それだけせっぱ詰まっているのだ。

このチームは。

 

同盟直後から前途多難とは……

 

しかしそれと同時に少し嬉しい言葉でもあったのは事実だった。

 

それだけ大切なんだな……桜ちゃんが……

 

キャスターの魔力吸収を阻止しようとした士郎。

それをして欲しいと言うにはそれなりに葛藤があったはずだ。

だがそれでも士郎は桜ちゃんのために他人を利用したいと言ったのだ。

それは己を顧みずに他者を救おうとしていた士郎から見れば、ずいぶんと変わったことになる。

 

まぁ桜ちゃんがどう思っているのかは……わからないがな……

 

少し気まずそうにしているのは、士郎の変化に桜ちゃんとしては少し考えるところがあるのだろう。

だがそれでも俺はそれを知らないことのように扱うことにした。

桜ちゃんのことは全て士郎がどうにかしなければならない。

むろん手伝うが……それはあくまでも内面以外でだ。

内面は二人でどうにかしてもらわないとどうしようもない。

 

それに気付くかが肝要なんだが……それまで求めるのは酷だな……

 

若干周りが見えてないのかも知れない。

まぁ今までの人生観を根底から覆したばかりなのだからそれはしょうがない。

そこらはフォローするとしよう。

 

「それでどうする? この家にいないことでわかっているのだが、遠坂凜、セイバーとは事実上決別したんだろう? そうなるともう頼れる存在ってのはだいぶ絞られるわけだが?」

 

今のところ脱落したサーヴァントは小次郎のみ。

事実上脱落したと言えなくもないセイバーも、小次郎と違って存在している以上、完全に脱落したとは言えないが、二人の事情により決別。

アーチャーと、キャスターもおおっぴらに頼ることは出来ない。

他のサーヴァントはランサーとバーサーカーのみ。

そしてランサーは未だにマスターの存在が誰だかわかっていない。

故に……頼ろうとなると一つしかないわけで……。

 

「……イリヤに助力を頼もう」

 

まぁそうなるわな

 

残った候補はそれしかいない。

だからイリヤの名前を挙げるのは当然なのだが……果たして相手がうなずくかどうかは謎である。

 

「居場所はわかるのか?」

 

念のために聞いておく。

俺は一度以前にイリヤに森の中の道筋を覚えているから行くことは出来なくはない。

ただ、士郎が言い出したのが完全な無計画なのかどうかを知りたかったのだ。

 

「大丈夫だ刃夜。イリヤに道は教えてもらっているから行くことは出来る。何とか助けてもらわないと」

「了解した。俺も知っているし、それなら鬼に金棒だな」

「刃夜もか?」

「まぁ、俺もイリヤとはそこそこ親しいんだよ」

 

どうやら無用な心配だったようだ。

それにほっとしていると……

 

「まだ……戦うんですか?」

 

戦闘するのを望んでいない桜ちゃんが、小さくだがはっきりとそう声を上げていた。

一番状況が逼迫しているのはわかっているだろうに、それでも戦うことを望んでいないようだった。

 

……元々の性根が争いごとに向く子じゃなかったからな

 

一年近く接してきたが、余り争いごとを好む人間ではない。

しかしそれでも自分の体の事はわかっているだろうに。

 

……まぁこれはいいとしようか

 

直ぐに変わる物でもないし、一応士郎は戦う気があるのだ。

士郎にも影響を与えるのならば考えるが、これはしばらく放置するしかない。

それに桜ちゃん自身が戦いに参加しないことは大いに意味がある。

積極的すぎるとまずいのだから。

 

「あぁ、戦いは続ける。話し合いですめば一番いいけど、それは無理だ。臓硯が桜を手放すわけがない。あいつに聖杯を渡したら一体何に使うのか……。それに桜のために、聖杯は桜が手に入れるべきだ」

 

何でも叶うという万能の願望器。

それが聖杯のうたい文句だが……それがうさんくさく感じてしまうのは俺だけだろうか?

士郎はもうそれしかすがる物がないが故に視野狭窄になっているのかも知れない。

しかし俺は違う。

聖杯が必要でないことはもうわかっている。

故に、少し考え直す事が出来る。

 

あの黒いのが果たしてなんの原因もなく、そして発生する理由もなく出てくるだろうか?

 

煌黒邪神の小型版とでも言うべき、黒い陰。

あれは確かに聖杯戦争が始まるまでは感じられなかった。

故に……そう思ってしまう。

 

が、それは言えないな

 

言えないことだらけで参ってしまいそうだ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいです。だけど……先輩は戦えるんですか?」

 

誰と……とは言わなかったが、それが誰を差しているのかは、俺にも直ぐにわかった。

少し前まで士郎と協力関係だった、紅いコートを着た猫かぶり娘。

 

「……邪魔をするのなら戦う。でも正直言うと聖杯はあいつに任せたい。俺は魔術は素人でしかないから、聖杯なんて物は手に余る。それに……遠坂なら桜を助けてくれると思うんだ」

 

あまいなぁ

 

「そう……でしょうか? あの人は魔術師で、弱虫な私の事なんて……考えてくれるとは思えません」

 

……ずいぶんと感情を押し殺しているな

 

何を隠したのかはわからないが、それでも遠坂凜に……姉に対して何かしら思うところはあるようだ。

それに気付いているのかいないのか、士郎は話を続ける。

 

「……そうかもしれない。だけど……大丈夫だと思う」

「……どうしてですか?」

「いや、確証はないけど、あいつ……根っこはすごくいいやつだから。あいつはきっと誰かを見捨てるような選択をしないと思うんだ」

 

……どうだろうな

 

確かに根がいいヤツというのに同感だが、それだけでどうにかなる物か?

疑いすぎな気がもしないでもないが、それでも俺が疑わなければ士郎は自分にとって好ましいヤツなら全員を信じてしまいそうなので、俺が警戒することにしよう。

 

「……その、先輩は」

「?」

 

何かを問いかけようとして黙り込む桜ちゃん。

これでわからないからこそ、士郎は士郎なのだろう。

生き方を変えたと言っても、そう簡単に人間性まで変わるわけがない。

だがそれは口にしない。

先にも行ったがこれは士郎が乗り越えるべき事なのだ。

 

「……いえ、何でもありません。私も、先輩がそう言うなら信じてみようと思います」

「あぁ。だけどあいつに任せっぱなしにはしたくない。譲りたくない。桜を守るのは俺なんだから」

 

心意気は立派だが、こいつは自分の力量をもう少し考慮に入れた方がいい気がする……

 

士郎の腕では相手がサーヴァントでは話にもならない。

俺もサーヴァント相手に本気を出されてはどうなるかわからない。

というよりも宝具が厄介すぎる。

こちらとしても宝具に相当する物があるが、修行不足な俺では使えない物が多い。

使用できる物もあるが、あのレベルの連中を相手に使うにはリスクが高い。

だがそれでもどうにかするしかない。

そうでなければ……帰れないのだから。

 

「その気持ちは嬉しいです。だけど私は……私のせいで先輩に傷ついて欲しくないんです」

「ばか。桜のせいじゃない。俺が守りたいからだ。それに今聖杯戦争を降りるわけにはいかないだろう?」

「その通りだな」

 

このままでは堂々巡りになりそうだったので、俺はそれを断ち切るために二人の会話に入った。

忘れていたわけではないだろうが、それでも二人の視線が一度こちらへと向いた。

 

「桜ちゃんの気持ちもわからんでもないが、士郎の気持ちも考えてあげてくれ。何せこいつは桜ちゃんだけの守護者(ガーディアン)なんだ。守らせてやってくれ」

 

存外まじめな顔をして、俺は桜ちゃんにほほえみかけた。

男二人からそう言われては何も言い返せないのだろう。

元々余り気の強い子ではないのだ。

まだ言いたいことはあるだろうが、押し黙ってしまった。

 

まぁいい……。さて……

 

外に出るのならば、その前にまだやることがある。

一応二人の同意が得たとはいえ、ここでもう一人の人物とも協力関係を締結しておかなければならない。

 

「ライダーさん。いるんだろう?」

「……なんでしょう?」

 

さすがに話しかけては現界せざるを得ないのだろう。

話しかけてきた俺に不信感を抱きながらも、ライダーがこの場に実体化した。

家にいることはわかっていたのだろうし、俺がいる以上当然に居間にいることはわかっていたのだろうが、突然の現界に士郎が少し驚いていた。

 

「話は聞いていただろう? 俺と士郎はこれからイリヤの城へと向かう。俺も士郎も道筋を知っているからおそらく迷うことはないだろう。士郎の護衛は俺がするから、桜ちゃんを守ってあげてくれ」

「……本当に任せても構わないのですか?」

 

いろんな意味を含んだ言葉だろう。

話して何とか多少は信じてもらえたのだろうが、それでも全部信じ切っているわけではないのだろう。

それは正しい。

例え俺が本当に二人と敵対する意思がないとしてもだ。

 

「信じてもらうしかないが……あんたとしても士郎の護衛はいたほうがいいんじゃないのか?」

 

桜ちゃんから離れられないのは間違いない。

あの結界が発動した状況で戦闘を続けていたところから見て、ライダーの最優先対象は桜ちゃんだ。

だがその桜ちゃんが必要としているのが士郎だ。

桜ちゃんから離れられないにしても、士郎の護衛はいた方が好ましいだろう。

故に、信じるしかない。

 

存外に、俺もなかなかどうして……

 

あくどいというか……手段を選ばない人間だ。

だが、それでもこの二人のことを救いたいのは本当だ。

何があったのかは知らないし、知り得るはずもない。

だがそれでも……士郎があのような傷だらけの姿になるのは、正直避けたい。

 

そこまで親しいわけではないが……大河の弟分だしな

 

ともかくライダーもこの提案を呑むしかない。

しかしそれだけでは俺があまりにも外道になってしまう。

 

さて……どうするか……

 

あまりしたくはないが……こちらからも人質を差し出すのが筋だろう。

しかしかといって得物を渡すわけにはいかない。

今持ってきているのは狩竜と夜月に封絶だ。

これらはかなりまずい。

 

故に……持ってきたこれを渡そう

 

苦渋の決断。

そう言っても言い。

それどころかはっきりってしまえば絶対にやりたくない行動だった。

俺にとっては。

だがそれでも……信頼を得るためには選ばねばならんだろう。

それに、今朝方話した限りでは少なくともこちらが裏切らなければ、ライダー自身が裏切ることはないだろう。

そう決意して、俺はポーチへと手を伸ばした。

 

 

 

「……まぁ言葉だけで信じてもらえるとは俺も思っていない」

 

……刃夜?

 

何故かとても言いにくそうに言葉を発した刃夜に対して、士郎は不思議そうな目を向ける。

そうしていると、刃夜はだいぶ迷いながらも……小さな小物入れ(ポーチ)からそれを取り出した。

 

真っ赤な……燃えるような紅い光彩を放っている、不思議な紅玉を。

 

「これは俺にとって息子との絆の証」

「息子?」

 

そんなに歳も離れていないはずなのに息子?と、不思議に思った士郎の脳裏に閃く衝撃的な記憶。

『約束された勝利の剣』(エクスカリバー)すらもはじき返し、火球によって全てを吹き飛ばそうとした、超常の存在のことを。

 

「!? それって!?」

「? 先輩?」

 

この場でその言葉の意味がわかったのは士郎だけだった。

故に驚くことが出来たのも、それがどれだけ驚異的な物であるのか理解できたのも、士郎だけだった。

 

「……これは神の元で暮らす、俺の息子……銀竜の父親の飛竜よりはぎ取った紅玉」

 

竜?

 

あまりにも突飛な事をいう刃夜の言葉に、思わず桜もライダーも咄嗟にはそれが本当のことなのかどうかは判断できなかった。

だが士郎の尋常でない驚き方が、それが嘘でないということを二人に否が応でも教えていた。

 

「セイバーの『約束された勝利の剣』(エクスカリバー)すらもはじき返すことの出来た、もはや神竜となっていると言っていい存在である俺の息子、ムーナとの絆の証」

 

『約束された勝利の剣』(エクスカリバー)をはじき返した。

それは、銀火竜を実際に見ていない二人にも、そのすさまじさを理解させた。

特にライダーはこの中でそれがどれだけすごいことなのかを一番理解していた。

令呪で途中で抜けたとはいえ、多少なりともその力で我が身を焦がされたのだ。

知らないはずがない。

 

その威力を。

 

だというのに……

 

……それを、はじき返した?

 

ライダーの頭は、そのあまりにもおかしい事実に支配されていた。

あれを防ぐなど出来るはずがないのだ。

そう思えるほどの威力を備えていた。

当たり前だ。

あれは人間が作った物ではなく、星が作り上げた神造兵装。

間違いなく最強の武器の一つなのだ。

それをはじき返した竜との絆の証というその紅玉には、どれほどの価値があるのか想像も出来ない。

それを担保として差し出すと言っているのだ。

刃夜は。

 

「言葉では信じないだろうから、これを渡しておく。いいか? 一応言っておくがあくまでも渡しておくだけであって決して譲渡した訳じゃないからな? 最後には返してもらうぞ? 返さなければ実力を持って返してもらうぞ。あと粗末に扱わないでな」

 

本当は相当いやがっているのだろう。

かなり真剣な表情でそう捲し立てている。

まぁそれもそうだろう。

何せこの紅玉がなければムーナが生まれなかった可能性があるのだから。

しかしそれを知らない三人は……

 

なら、貸さなきゃいいのに……

 

と思ってしまうのだった。

 

 

 

「話を戻そう。当面の事になるが、桜ちゃんは事が終わるまでは外出禁止だ。なるべく動かない方が心配も少ない。ただし、臓硯が攻めてきた場合は逃げた方が無難だ。ライダーがつれて逃げること。落ち合うのはどこでもいい。逃げることを最優先だ。あれを倒すのは俺と士郎の役目だな」

 

自ら話をずらしてしまった自覚があるので、俺は半ば強引に話の方向を修正する。

 

「それが一番でしょう。ですがどうやってあの魔術師を倒すのですか? 何か考えでもあるのですか?」

「……すまんが即答できそうにない。相手は老獪そのものと言っていい。俺も二人よりは経験があるとはいえまだ未熟者だ。それに、そう簡単にしっぽを出すとも思えない」

 

正面から戦えば勝てるかも知れない。

だが相手は妖怪のあのじじいだ。

策謀を巡らせて裏から攻めてくるのは自然の理。

特にあいつにはサーヴァントがいない。

サーヴァントという、超常という存在が敵にはいるのに自分にはいない。

それがどれほどのハンデか考えるまでもない。

そのハンデをひっくり返すための知識などは十分にあるだろう。

何せ妖怪と言っても差し支えないほどに、経験と時間を蓄えているのだ。

油断できる相手ではない。

 

用心してしすぎることはない……どうしようもない状況になるのだけは避けなければ

 

「それで、バーサーカーのマスターの元へと言って説得できる保証はあるのですか?」

「……それは」

「あるとは断言できないが、それでも可能性はある。それに最近見かけないから会っておきたい気持ちもある」

 

言いよどむ士郎の続きを俺は自分の意見にすり替えた。

ここは今でなければこのまままた会話でずるずると時間を使ってしまうことになる。

余裕があるわけではないのだ。

夜になると敵も動きやすくなる。

イリヤの城まで俺だけで行けばそう時間はかからないだろうが、士郎がいる以上無理がある。

担いでいってもいいが……それはそれで俺が疲れてしまう。

戦闘に発展する可能性がある以上、それは避けたい。

 

「ともかく遅くなる前に出よう。行くぞ士郎。準備はいいか?」

「ま、待ってくれ刃夜。直ぐに準備する」

 

これ以上話を長引かせないために俺は刀を手に取り、士郎をせかす。

それがわかっているのかわかっていないのか、士郎もばたばたと準備をし出した。

土蔵なり自分の部屋に行って得物になりそうな物を探すのだろう。

 

あいつが使える魔術は、なんだろうな?

 

そこで今更ながらにきちんと士郎のステータスを把握してないことに気がついた。

戦闘能力が高くないことは十分に理解しているが、士郎の魔術の腕前がどの程度かは把握しておかないとまずいことになるだろう。

普通の魔術師ならば教えるのを渋るだろうが、士郎ならば聞けば素直に教えてくれるだろう。

そう思っていたら……

 

「……本当に信用してもいいんですか?」

 

ぼそりと、そんな不安な声が漏れ聞こえてきた。

そちらへと目を向けると、桜ちゃんが不安そうにこちらを見ていた。

しかし声が聞こえるとは思っていなかったのだろう。

自分が言ったことが聞かれたと理解したのか、少し驚きの表情をしている。

 

まぁ耳はいいしな

 

「信じられない気持ちは大いにわかる。だからこそ俺にとって大事な物を渡したんだ。少しは信用してくれ」

「でも……」

「まぁそれで直ぐに信用できれば苦労はしないわな。だが……まぁさきほど言ったことは紛れもない本心だよ」

 

信じられるわけがない。

この子は今までどれだけの悪意を向けられてきたのかわからないのだから。

歳はずいぶんと離れているというのに、この子はあの子よりも幼く見えてしまった。

 

ジーヤ

 

ふとあの子の顔を思い浮かべて、俺は頭を振った。

あいつはもう逝ったのだ。

それも……俺の夢かも知れないが、赦してくれた。

ならば、悲しむことはない。

寂しくはあるが、それでも悲しむ理由はないのだ。

 

「? あの……」

「あぁ、すまない」

 

話の途中で頭を横に振った俺がいったい何なのか気になったようだ。

俺はそれに苦笑しながら話を切り上げた。

話で信頼できないのならば、イリヤの本拠地へと赴いて士郎を無事に連れて帰れば多少は信頼されるだろう。

そうして俺と士郎は、各々がそれぞれの準備をしてイリヤの城へと向かっていったのだった。

 

 

 

そうして桜は、衛宮家に残された。

戦う意味もなく、そして戦うための力さえ持ち得ないはずの士郎。

その士郎が危険を冒してまで、原因である自分が安全なこの家でいる事実が、桜に取っては悲しかった。

 

「二人は森へと向かいました。後悔していますか? サクラ」

 

自らの従者が主である自分へとそう問いかけてくる。

どう答えるべきかはわかりきっていたので、彼女はただ静かに首を振っていた。

 

「後悔なんて意味がないでしょう、ライダー。後悔しても、もう全部が遅いんだから」

「そうですね。その通りです」

「でもね、不謹慎だってわかっているけど嬉しい。だって先輩が私のために私だけ(・・・)のために頑張ってくれるのは、純粋に嬉しい」

 

それは紛れもない彼女の本心の一部ではあった。

だが当然全てではない。

自分のために何かをしてくれるというのは嬉しいが、それでもその行為が危険を伴うことだというのは、わかりきっていることなのだから。

 

「おじいさまが容赦なんてするはずがない。先輩が戦うって事は、常に危険にさらされると言うこと。それに……」

 

これ以上戦いに参加しては死んでしまうかも知れない。

それが怖かった。

良くない未来はそれだけではない。

ありとあらゆる可能性が彼女と士郎に流れ込んでくるだろう。

自分の身が綱渡りよりもか細い希望にすがっている事はわかっていた。

だからこそ、その短い時間を二人で過ごし……士郎には生きていて欲しいと桜は願っていた。

しかし……そう願う反面で希望にすがる自分がいることもわかっていた。

それと同時に醜い感情が巡っていることも理解していた。

愛する物が、自分ために傷を負うのをいとわずに、命を賭してまで戦ってくれることが……ひどく悦ばしいことだった。

そして……その感情が時間を追うごとに肥大化していくことがわかっていた。

長くないとわかっているのに……。

このままでは士郎が死ぬ可能性がどんどんと高くなっていくというのに。

それでも桜は、自分を助けて欲しいと……今まで見てくれなかった分以上に、自分の想いに応えて欲しいと、そう思っていた。

 

だから、それならば……

 

 

 

士郎が傷ついてもいいと……

 

 

 

そう思ってしまった。

暗い感情がこみ上げてしまったのだ。

その瞬間……

 

「はっ、……っ」

 

痛みに胸を押さえる。

一瞬。

刹那にすら満たないようなそのわずかな時間、士郎が傷つく姿を想像しただけで、体内の虫が桜の体をうごめき、侵していく。

虫が起因した感情がどういう物なのかを、桜は十分に理解していた。

 

しかし……それを邪魔する存在が出来てしまった。

 

そう思考して……桜はそれを必死になって思考から追い出そうとした。

だが出来なかった。

どうしても出来なかった。

 

「サクラ」

「大丈夫……。私はまだ大丈夫。だからライダー……。先輩についてあげて」

「命令ならば従いますが、いいのですか? あの人もいることですので、早々危ない目にはあわないと思いますが」

 

自らの従者の言葉に桜は驚いた。

寡黙で余り感情を表さないライダーが、刃夜のことを信用していると言っているのだから。

この寡黙なサーヴァントが己の意見を口にしたのは、桜の知る限り初めてだった。

 

「ライダー、あなた……」

「信頼に足る人物ではあると思います。敵に回せば少々厄介ですが、それでも彼はこちらが裏切らない限り敵対することはないでしょう。戦力は多い方がいいはずです」

 

はぐらかされている。

そう思うが、ライダーのいうことももっともなので桜はそれ以上言葉を続けなかった。

だがそれ以上に、桜は思ってしまったのだ。

自分と士郎を助けると言っていることは間違いない。

だがそれ以上に……

 

監視されている……

 

と、思ったのだ。

 

 

 

整備された国道より離れて数分。

初めて訪れるはずの場所だというのに見覚えがあるという……既視感に少し違和感を覚えつつも、俺と士郎は森の中へとやってきていた。

二人して同じ場所に来たのだから、ここがイリヤが住む城の入り口に間違いはないのだろう。

山の中だからか……朝靄で林が白ばんでいる。

が……問題はそこではなかった。

 

「うわ……これ、迷わずにいけるのか」

 

それに気付かず……士郎はある意味で呑気なことを言っていた。

しかし……俺はそれどころではなかった。

時刻は正午あたり。

俺の足であればそこまで時間はかからないが……士郎がいるとなるとそれなりに時間がかかるだろう。

 

……これはまずいな

 

生き物の気配が薄いのはある意味で仕方がないことだろう。

何せ魔術師が今本拠地としている土地なのだ。

そんな場所にいくらたいした害がないとはいえ、野生動物が存在できるわけがない。

 

それに何より……これが通った後に、生きていられる野生動物など存在するわけがない。

 

これは予定変更だな……

 

「刃夜?」

「のんびりしている場合じゃなくなった。この腐敗臭……。間違いない、あのじじいが来ているぞ」

 

一度しか嗅いでいない匂いだが忘れるわけがない。

というよりも、この腐った匂いを忘れる方が難しいだろう。

これこそ醜悪、これこそ醜怪。

生きとし生けるものを食い千切り、喰らい……そうしている存在の固まりが、清浄なはずがない。

 

「!? なんだって!?」

「しかもそれだけじゃない……。事は一刻を争うぞ。ついてこい!」

 

そしてあの妖怪じじいとは違う……もっと不吉な気配を俺は感じ取っていた。

だが、先日のあの黒い陰とはまた別の、よく似た気配だった。

その先日とは違う何かが……俺の心を不安にした。

 

……ったく、急激に変化しすぎだ!

 

数日前のあの戦争中とはとても思えない日々が懐かしい。

あの日々も俺がほとんど当事者となり得なかったための平穏だったが……今ほど深刻な事態ではなかった。

士郎に会わせての速度になるが、それなりの速度で走る。

道中……紅い悪魔へと出会った。

 

「……やっぱりこっちに来ていたわね」

「!? 遠坂!」

 

気配ですでに接近のことは気付いていたので俺は驚きはしない。

それとなく手を封絶へと伸ばしていたのだが、俺がいるということはアーチャーの眼力を持ってすれば遠くからでも見逃すはずもない。

だというのにアーチャーを現界させずにこの場に現れたというのは……すなわち敵対する気はとりあえずないと言うこと。

ならば……

 

「詳しい説明は後だ! 戦う気がないのならついてこい!」

「な!? なに?」

 

遠坂凜の登場に驚く士郎と、俺の態度に驚く遠坂凜を置き去りにして俺はイリヤの城までの道筋を走っていく。

その俺の横に、併走する紅い弓兵、エミヤシロウ。

胸に去来する物は果たしてどのような想いなのか……?

だが、それでもこうして俺に攻撃してこない以上、もう士郎を狙ってはないのだろう。

二人が後ろで言い合いをしているのが聞こえてくる。

 

「遠坂? どうしてここに?」

「……あんたの行動を考えたらここだと思ったのよ。まったく単純よね、あんたって」

「なんでさ? そう言う遠坂だって昨日の態度はどこいったんだよ?」

「あれは……あんたがあまりにも甘い考えだから少し渇を入れてあげただけよ」

 

その声がけんか腰になってはいるが、それでも悪意なんかが感じられない以上、士郎の見る目もそう悪くはないのだろう。

まぁ確かに遠坂凜は悪人にはなれないタイプだろう。

 

ズォン!

 

しかしそんななごやかとも言える思考は、突如森に響いた重低音がかき消した。

後方の二人もそれに気付いたのだろう、顔を引き締めた。

 

「アーチャー、俺が先導する。二人を頼む」

「……良かろう」

 

後ろから殺されることも考えたが……それは今の状況では無用な心配だろう。

本心でどう思っているのかわからないが、それでもアーチャーは俺の提案に乗り、遠坂凜と士郎を抱きかかえた。

 

ちなみに士郎の扱いが雑だった……遠坂凜は抱きかかえて、士郎は肩に担がれていた……そこはご愛敬だろう。

 

「よし! いくぞ!」

 

速度を抑える必要性がなくなったため、俺はアーチャーがついてこれる程度の速度で先を急いだ。

しかし、少しでも抑えないと今すぐにでも三人を置き去りにしての全力疾走を敢行しそうなくらいに、俺は焦っていた。

 

……無事でいてくれ

 

ジ~ンヤ!

 

笑顔で俺の定食を食べてくれた、冬の……雪の妖精のようなイリヤのことを思う。

歳は俺とほとんど変わらないというのに、あの小さな体が……あの子を思い起こさせてしまう。

 

あのときとは違う! まだだ……俺は今ここにいる!

 

焦燥感が胸をこみ上げてくる。

左手に握った狩竜を握りしめる。

おそらく唯一の対抗兵装となるであろう、この大事な愛刀を握りしめて……俺は先を急ぐ。

 

『勝機はあるのか? あの黒い陰に』

『あれはこいつ(狩竜)があれば討伐はそう難しくない。俺が扱えればの話になる上に、あの幼体のままでいればだが。しかし……おそらく今この場にいるのはあれではない』

 

封絶の問いかけに、俺はそう返した。

そう、狩竜があれば黒い陰の討伐は出来る。

前回あの黒い泥のような物を吸収したことがそれを証明している。

扱いに関しては、何とかするしかない。

しかし……あれがただそのままの姿でいるとは思えない。

そしてこの

 

ズズゥン!

 

重圧な音が、バーサーカーと何かが戦っている音だとすれば……。

 

……間に合ってくれ

 

いやな予感を振り払うように速度を上げる。

ただ、俺の不安をかき乱すかのように……狩竜が左手の中で嘶いていた。

 

 

 

黒い巨人を共として、少女は自らの城から逃げ出した。

本来であればそれは不可解とも言える行動だっただろう。

城はイリヤの一族がこの冬木の聖杯戦争のために用意したものだ。

なればこそ、敵が攻めてくることも考慮してそれ相応の罠なども仕掛けられている。

更に少女のそばには最強と言われるバーサーカーがそばにいる。

負けるなどあり得ない。

だがそれでも少女は逃げることを選択した。

 

危険が迫っている

 

それも尋常ではない何かが迫っているのだ。

それが迫る恐怖なのか? それとも別の何かなのか……。

そのときイリヤの不安がなんであるのかは本人にもわかっていなかった。

だが……その不安を確信させたのは、以外にも黒き巨人だった。

 

逃げろ……

 

クラス特性によって理性を奪われ、口を閉ざしているはずの狂戦士が、そう口にしたのだ。

目前に迫るそれには、狂戦士ですら勝てないことがわかったのだ。

それを聞いた瞬間にイリヤは走った。

そして同時に気付いていた。

自分が恐れていたのはあの黒い陰に負けることはでなく……

 

己の半身とも言えるサーヴァントが、己のサーヴァントでなくなること……

 

それを恐れていたのだ。

黒き巨人はイリヤを抱えて、森を走った。

たくましいその腕に……全てを吹き飛ばすはずのその豪腕に抱かれても、イリヤの不安は消えなかった。

そして……森に出てしばらくして……巨人は足を止めていた。

 

「ほぉ? 懸命じゃの。勝てぬと悟り、逃げてきおったわ」

 

一体どこから現れたのか?

そこには一人の、枯れた樹木のような老人がいた。

間桐臓硯。

それがイリヤが故郷の城を出るときに教えられた、同盟者の魔術師であることを直ぐに理解した。

 

「マトウゾウケン。聖杯に選ばれていない存在が、マスターの真似事をしているのね」

 

間桐臓硯のことを「存在」と、イリヤは断言した。

それは一目でその存在が普通ではないことを看破したことを意味している。

そして、先ほど感じた恐怖が、目の前の存在でないことも理解していた。

 

「聖杯に選ばれると、つまらぬことを言う。聖杯はマスターなど選ばぬわ。聖杯とは受け皿に過ぎぬ。その器が意思を持ち、聖別するなどと……よもやお主まで教会の触れ込みに毒されおったのか?」

 

愉快そうに笑うその存在に対して、イリヤはただ冷淡な瞳で見つめるだけだった。

間桐臓硯の言うとおり、聖杯に意思はない。

聖杯に選ばれたマスターが、聖杯によって形を与えられたサーヴァントを使役し、マスターの力によって現世にとどまって聖杯戦争を勝ち抜く。

これは意図的にゆがめて伝えられたもの。

聖杯戦争の真の目的は……別にあった。

それをイリヤは……知っていた。

 

「ふん。あなたこそ毒されたのかしら? ゾウケン。マスターを選び出す大聖杯には意思がある。もともとこの土地にその原型があったからこそ、英霊を呼び出して聖杯を満たそうとした。まぁ……当事者(・・・)であるあなたがそれを忘れるのだから、間桐の血の衰退も仕方のないことなのかしら」

 

冷淡な表情と、冷たい言葉。

その嘲りとしか取れないその言葉を、間桐臓硯は笑ったまま聞いていた。

 

「なに、それもここまでよ。事はなりつつある。予定では今回は見送る予定じゃったが、手駒が優秀での。わしの悲願まであと少しよ」

「そう? なら勝手にすればいいわ。私はあなたに興味なんてない。私以外の器は気に入らないけど、失敗するのは目に見えているもの。さっさと地の底にもどったら?」

「ほ、言われるまでもない。この体に日の光は少々辛い。事が済めばさっさと古巣へと戻らせてもらうわい。だが……こうも事がうまく進むと心配になってきおっての。念のためにお主の体をもらい受けようと思っておこうと思っての」

「……そんなにしてまで何を望むの?」

 

その声は……イリヤの口から紡がれた言葉にもかかわらず、どこか違って聞こえた。

しかしそれには気付かずに、イリヤに問われた臓硯は嬉々として語った。

 

「我が望みは不老不死! 見よこの体を。刻一刻と腐っていき、骨も、脳髄すらも腐敗していく。生きながらに腐る苦しみがお主にわかるというのか? わかるまい、千年続けて同じ思想しか持たぬ物達よ。人形の貴様はどうあっても人間には近づけん! わしは違う。このまま死ぬわけにはいかんのだ。永久不滅の肉体を得て、生き続けるために聖杯を求めるのだ。いかな真理、いかな境地にたどり着こうと無駄なのだ。自己の消滅を克服せぬ限りは。知っておくがいい、人形よ。目の前に生き延びる手段がある、手を伸ばせば届くかも知れぬと知ったのならば……例え何者をも、世界そのものを犠牲にしてでも手にいれるのが人間という物だ!」

 

狂気。

まさに狂気だった。

己が生きるために全てを犠牲にしてもいいと、この目の前の妖怪は本気で言っているのだ。

イリヤはそれを驚きの目で見つめた後に……

 

 

 

「あきれたわ。そこまで見失ってしまったの、マキリ」

 

 

 

そう、口にした。

先ほどよりもイリヤとは違った雰囲気があった。

今度はさすがに、臓硯も気付いたようだった。

奇妙な表情を浮かべている。

 

「な……に?」

「思い出しなさい。奇跡に至ろうとした切望がなんだったのか? 私たちはなんのために人のみであることにこだわり、人の身のままで、人あらざる地点へと到達しようとしたのか……」

 

哄笑が止まった。

老魔術師は、どこか遠くを見つめるように目をこらしたが……それも直ぐに終わった。

 

「……人形風情がようもゆうた。先祖(ユスティーツァ)の真似事をしよるとはの」

 

一瞬だけ澄んだような表情を浮かべたというのに……それは直ぐに醜悪な形相へと変わった。

それに再度不安を覚えたそのとき……

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

黒き巨人が、老人へと突貫した。

 

「!? だめ! 戻ってバーサーカー!」

 

少女のその悲痛な願いは届かず……黒き巨人はその豪腕を振り下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

ズゥン!

 

重い地鳴りが更に大きくなっていく。

それだけでなくても、圧倒的な気配に近づいているのがわかっていた。

もうすぐその中心地へとたどり着くだろう。

そして近づけば近づくだけ……俺のいやな予感は更に巨大になっていった。

近づくほどに、気配がより鮮明に伝わってくるのだからいやでもわかってしまう。

 

『仕手よ……これは……』

『気のせいってわけじゃない……か……』

 

封絶も感じ取ったようだった。

そうして俺はいやな予感が現実になることを覚悟して……その戦場へとたどり着いた。

 

爆心源にして、一番強大な気配を放っていたのはバーサーカーだった。

その背中に守られるように、目当ての銀髪の少女がいた。

 

……とりあえず無事か

 

その姿にほっと内心で息を吐いたそのときだった。

巨体な影に隠れていた……それを見たのは。

 

「「「!?」」」

 

俺をのぞく、三人が驚いているのが気配で感じられた。

ある程度わかっていた俺は……もう内心で溜め息をつくことしかできなかった。

 

「……くそったれ」

 

思わず悪態をついてしまった。

つきたくもなる。

あの妖怪じじいがいるがそれすらもそこまで気にならなかった。

巨大な地響き、轟音。

それを発生させていた……発生する原因がなんだったのか?

あの強大な存在であるバーサーカーと刃を交える存在など、そうそういるわけがない。

巨大な暴風を物ともせず、それは手にした得物でバーサーカーの剣を受けて流し、反撃していた。

 

幾筋もの赤い筋を走らせた、漆黒の仮面。

 

同じように赤い筋がいくつも走る、重装化した漆黒の鎧と黒い装束。

 

肌すらも死人のように青白くなっている。

 

ただ一つだけ変わらないのが、その頭部を覆う金髪だった。

 

だがその金髪も、以前ほど金砂と言えるほどの輝きは失っていた。

 

その存在が、手にするのは、漆黒の剣。

 

 

 

全てが黒づくめとなった、セイバーの姿がそこにあった。

 




あ~よく死ななかったな俺
アレはパワハラって言うのかなぁ? まぁもう何とかなったから良いんだけど


過去最低レベルまで精神が崩壊しまして、何もする気が起きませんでした
が何とか復活しまして帰ってきました
三ヶ月も放置していたとは思わなかった
まぁまだ続きはかけていないのですががんばっていく所存ですので気が向いたらでかまいませんので読んでください



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漆黒

討鬼伝
二日やりすぎ
目が真っ赤
一日ゲームは
やりすぎだよねぇ

適当な短歌

8/28に発売した討鬼伝極を土日ほとんどやってました
睡眠はいつも通りとりましたが、ほかはほとんどそれしかしてない
日曜日は日課の筋トレとジョギングで少し休憩になったけど、ほかはほとんどゲーム
今夜目が真っ赤になっていたことに、鏡を見て気づきましたw


バカのキワミ! アーーーーーー!!!!


早朝。

まだ鳥の鳴き声すらもしないほどに早い朝だった。

よほどの早起きでもない限り、誰もが眠りについている、夜明けと言っていい時間だった。

現にこの屋敷の主である青年も、今は自室で自分にとってもっとも大切な存在と共に眠りについていた。

その屋敷の屋根の上に……人ならざる物が、静かに力の塊として存在していた。

今は姿が見えないが、それでももし現界しているのならば、長い髪をなびかせて直立不動で立っていただろう。

その胸中は、己がマスターのことでほとんど埋まっていた。

 

……サクラ、よかった

 

呪われているといって差し支えないほどの強力な魔眼を有したライダーは、屋根の下で安らかに寝息を立てている己のマスターがしばらくは大丈夫そうであることを、つながったパスで確認してほっとしていた。

普段はほとんど感情を表に出さないだけで、ライダーにも当然のように感情があった。

己と同じように怪物へとなりかけている少女の身を、彼女はいつも案じていた。

故に、その障害となるべき存在が現れた場合、ライダーは何をしてでも己のマスターを守るつもりだった。

その結果マスターを……、桜を傷つけることになっても。

故に……敵に容赦する理由はなかった。

 

私は……

 

覚悟を新たにしていたそのときだった。

結界としてはお粗末といえる程度の力しか持たないが、代わりに侵入者探知の能力は群を抜いている衛宮家の結界を、全く発動させることなく侵入してきた男がいた。

右手に提げた物は長大な木の棒と、竹刀袋。

背中には何か板状の物を入れた袋を背負っている。

そして左手には……大量のビニール袋を下げていた。

 

……何をしに来たのでしょうか?

 

大量のビニール袋の中身は食材が多数入っていた。

その時点で考えるまでもないのだが……。

しかし気になったのは結界が発動していないことだった。

侵入者探知の能力に特化した結界が発動していない。

それはつまり相手が何かしらの力を使っていると言うこと。

だというのに姿を堂々とさらし、さらには戦うつもりがないとでもいうように気配も露骨に放っている。

一応得物を持っているために油断は出来ないが、はっきり言って意味不明だった。

結界が発動しないように何かしらの力を使用しているというのに、堂々としたその姿。

意味不明ながら、警戒するには十分だった。

 

フッ

 

屋根の上から姿を現さないままライダーは地面へと降り立った。

そのとき何を感じたのか、その男は……鉄刃夜は足を止めた。

 

「姿は見えないが……今一瞬だけ戦意を感じたな。いるんだろ? あ~姿は現さなくていいぞ? 魔力減るだろ」

 

降り立ち、一瞬だけ発露した警戒心を捉えた。

それほどの鋭敏な感覚と腕を持ち、結界を感知させないだけの能力を所持している。

暗殺も容易のはずだ。

しかし目の前の人間はそれをしなかった。

 

……何故?

 

「何故って思ってるだろうな? 俺としても結界を発動させないために貴重な魔力を使ってまで何やってんだろうな俺……ってのが正直なところだ」

 

肩をすくめて、目の前の男が苦笑する。

その笑みに嘘はなく、本当のことを言っているのが感じられた。

しかしそれでも警戒を緩めるわけにはいかず、姿を現さないままライダーはいつでも戦えるように意識を切り替えていた。

それを感じ取れたのか、刃夜は手にした物を持ったまま、両手を挙げた。

 

「わかっているとは思うが戦いに来た訳じゃない。どっちかというのならば二人の手助けに来たんだよ」

 

……?

 

刃夜が言ったことがライダーには理解できなかった。

ライダーに取っては桜が全てと言っても過言ではないため、他の人間がどうなってもいいと思っていた。

だがそれが一般的に好ましくないことはライダーにもわかっている。

それでもライダーは桜を優先する。

そして目の前の男もそうすると言っているのだ。

自分ほどではないにしろ、(獣になりうる存在)を手助けすると。

それを理解してるのだろう、刃夜は苦笑しつつ言葉を続ける。

 

「自分自身が……もしくは自分にとって大切な物が大事というのが生物として当たり前のことだろう? 人間ならばなおのことだ。以前の士郎ならば俺は手を貸すことはおそらくしなかっただろう。だが今は違う。あいつは選択した。己にとって大切な存在()を。しかもそれが女という、実に俗物的な理由だ。だがそれ故に実に男であり……人間らしい」

「……」

「わからないか? 生物として当たり前の感情を優先した人間……というよりも自分の事をしっかりと認識している人が、俺は好きなんだよ。むろんそれが他者を傷つけてまで退けるのが大前提になっている場合は論外だが……あいつはそれをさせまいとしている。まぁ計画性がないうえに、あまりにも綱渡りの状態だが……。それでもあいつは劇的な変化をしないまでも、あいつのままで人間になったんだ。だから……救いたくなったのさ? それじゃ不満か?」

 

刃夜の言っていることを、ライダーは完璧に理解できたわけではない。

マスターである桜の視界越し程度でしか、ライダーは士郎のことを知らない。

だが……その士郎が有る程度普通ではないことはライダーにもわかっていた。

ついさっきまで命を奪われ掛けていた人間を平気で庇う。

己の手足として、道具として扱うサーヴァントのために命を投げ出す。

ある意味で言えば無謀なだけの青年だ。

しかし……刃夜の言葉は何故かライダーの胸にすっと入ってきたのだ。

 

そして思い出す……

 

何故桜のことが大事なのか……

 

そして……自分と同じ末路をたどって欲しくないという思いを……

 

 

 

確かに……今の二人では……

 

 

 

自分が弱いとは決して思っていないライダーだが、自分の正体はすでに晒されている。

宝具を使用し、そして宝具よりも有名な切り札を使用したのだ。

他のマスターがライダーの正体を知るのも時間の問題だろう。

また全力で戦うことの出来ないライダーには、とてもではないが他のサーヴァントを倒すことは困難だ。

外からの助力は願ってもないことである。

 

信じていいのでしょうか?

 

「俺にとっては自分の世界に帰ること、そして藤村組の連中全員と……美綴が最優先だ。これが俺の理由だ。どうだ? なかなかに俺自身も俗物だろう?」

「それを信じろと?」

 

会話をするためにライダーは現界した。

念話が出来ない相手のためにはそうするしかなかった。

姿を現してでも真意を確かめなければいけない状況だった。

 

「信じる信じないは言葉だけでは難しいだろう? それに関しては今後の俺の行動で判断してくれ。俺が今言えることは、俺の目的が最優先だが、その上で二人の手助けしたいってことさ」

 

 

 

 

 

 

それは圧倒的だった。

何せあのバーサーカーの剣を真っ向から受けてその力に勝っているのだ。

むろん実力だけでバーサーカーを圧倒しているわけではない。

黒いセイバーの足下が真っ黒だった。

枯れ葉で覆われているはずの地面が見えず、ただただ闇が広がり……そしてそれは今もなお広がり続け、バーサーカーの足下から少しずつ、その巨人を浸食していた。

 

「あれって……なんで!?」

 

遠坂凜の声が震えていた。

士郎も同じような感想なのだろう。

愕然としているのが感じられた。

それはまさに絶対の力だった。

確かに足場が悪く、徐々に浸食されていくことによって力をそがれているのは間違いない。

だがそれでも、以前冬木の街で戦ったときとは完全に形勢が逆転している。

一方的にバーサーカーがやられていた。

 

どういうからくりかはわからないが……士郎がマスターの時とは段違いの強さだな

 

最悪に近い状況だが、事態はどうあれ現実から目をそらすわけにはいかない。

黒き闇にとらわれたところを助けた時になくした力は、いまこうしてあの黒い陰に使役されているようだった。

その証明とでも言うかのように、あのセイバーには意思のような物が感じられず、ただの純粋な戦闘騎兵のようだった。

しかし最大の違いは、セイバーの力が増していることだ。

バーサーカーを圧倒できることからもそれは簡単に伺うことができる。

そしてこちらを見ている臓硯に、広がっていく足下の黒い闇。

 

「む、招かれざる客が来たか。のんびりとしている……」

「暇をやると思うのか妖怪じじい!」

 

妖怪じじいが言葉を言い終える前に俺は行動を起こす。

気力と魔力を注いだナイフを全力で妖怪じじい、間桐臓硯へと投げつける。

それは命中するも、しかし手応えはなかった。

 

『ふむ、またしても邪魔されたか。まぁよい。聖杯を手に入れることは出来なんだが、無力化には成功した、いつでも奪うことが出来るわい。それまで預けておこう。もっとも、その黒い剣士から逃げられればの話だがの。カカカカカ!』

 

聖杯、だと?

 

捨て台詞に疑問を覚えつつも、そんな場合ではなかった。

広がりつつある黒い闇に、このままではイリヤでとらわれてしまう。

あれを浴びて無事に済むとは思えない。

 

「だめ! 逃げてバーサーカー! そいつにやられたら戻れない! もう戦わなくていいから! お願い早く!」

 

悲痛な声を、泣きそうな声を上げるイリヤ。

だがそれももう……無理だろう。

足下にからみつく泥を、狩竜で払うことは可能だ。

だが、その隙をあの黒い剣士が許すとは思えない。

 

とりあえず……イリヤを!

 

俺はイリヤの元へと走って、その小柄な体を抱きしめて、黒い闇から遠ざける。

 

「!? ジンヤ!」

「すまないが、とりあえずイリヤを最優先だ。逃げるぞ!」

 

俺としてもバーサーカーを死なせるのは痛かった。

狂戦士という割には完全にイリヤの支配下にあるために、イリヤを味方につければそのままバーサーカーもついてくる可能性があったためだ。

だがもうそんなことを言っている場合ではなかった。

何せ黒いセイバーは完全に規格外の強さを誇っている。

それに対抗するのは……そう簡単なことではない。

当然俺があの黒いセイバーに勝てるわけもなくバーサーカーを囮にしてその間に逃げるしかない。

 

……バーサーカーには悪いが、俺はバーサーカーよりもイリヤを優先する

 

「離して! バーサーカーが……、だめ! そんなの……バーサーカーでも死んじゃう! だからもう逃げて!」

 

バーサーカーから遠ざけようとする俺から必死に離脱を試みるが、それを成功させるわけにはいかなかった。

だからイリヤは必死になって叫んだ。

それだけバーサーカーが大事なのだろう。

それを感じたのか……黒い巨人は、巨大な咆吼を上げて前進した。

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

「なに!?」

 

はっきり言って出鱈目だった。

その巨大な岩の固まりのような剣を縦横無尽に……嵐のように振り回して、バーサーカーは、足下の黒い闇を蹴散らせながら突進していく。

己の体にからみついた黒い闇の触手を無理矢理引きはがし、大量の鮮血が舞う。

己の足ごと黒い闇の触手を切り裂いて、黒い巨人は最後の一撃を繰り出した。

 

間違いなく、その一刀は最強だった。

 

命を賭して放った、まさに必殺の剣撃。

 

だが、目の前の黒い戦闘騎士は、最強の一撃を持って迎え撃った。

 

 

 

「やだ! やめて! バーサーカー!!!!」

 

 

 

剣より放たれた、黒い極光。

それは周囲の全てを否定して、その黒き光の剣撃で、巨人を吹き飛ばしていく。

その爆発の余波がこちらにもやってくる。

何とか暴風に耐えるが……耐えているだけではダメだった。

 

……くる!!!!

 

 

 

 

 

「ガハッ!」

 

無防備に立っていた士郎の体に、強烈な熱量を含んだ暴風がたたきつけられる。

それをもろに受けて、士郎は倒れて、体をしたたかに打った。

そしてその痛みでようやく少しだけ思考がよみがえっていた。

 

……なんだ、アレ?

 

目にした者に対する感想はそれだった。

熱風に晒された目によって視界も定かではない。

更に体の中も熱かった。

衛宮士郎の中に眠ったそれが、今の黒き極光に共鳴していたからなのだが……それに気付けるはずもなく、また体の熱すら感じられないほどに、士郎は動揺していた。

 

その剣はまさに幻想だった。

 

数ある宝具の中でも頂点に君臨すると言っても過言ではなく、美しいという言葉では、その剣を汚すと言ってもいいほどだった。

 

ただひたすらに尊い物。

 

人々の想念、希望で編み出された伝説の剣。

 

だというのに……

 

 

 

アレは……一体……

 

 

 

先ほどみた同じ形をした剣は、あまりにも醜かった。

 

姿形はほとんど変わってはいなかった。

 

だが、その有りようが……あまりにも醜かったのだ。

 

その死人のような肌の色も、輝くかのように陽光に煌めいていた金紗の髪さえもが……

 

醜く、黒く汚れてしまっていた。

 

 

 

そうして、士郎が途方に暮れているとき……

 

 

 

!!!!

 

 

 

先ほどの轟音にて麻痺した鼓膜にすら届き、体全体を震わせる金属音が響いていた。

その音が呼び水のようになり、士郎の五感が何とか再起動を行い始める。

 

「イリヤをつれて逃げろ! こいつは俺が引きつける」

 

そしてがなり立てるようなその声。

今は自分(士郎)と、自分(士郎)にとって大事な存在を守るために共闘してくれると言った、刃夜の声だった。

そちらへと目を向けると、双剣、封龍剣【超絶一門】を交差させて漆黒の剣を受け止めている、刃夜の姿があった。

 

「じ、刃夜?」

「あんた……何言って」

 

その言葉が凜にも聞こえたのだろう。

正気の沙汰とは思えない。

何せ相手は地の利があるとはいえ、あのバーサーカーに勝った敵。

それを生身で戦うなど……

 

「いいからいけ! やっこさんの目当てはこの俺みたいだしな」

 

手にした双剣に力を込めて、敵からの攻撃を受け止めながら刃夜はそう声を絞り出す。

 

双剣?

 

刃夜が持っている得物が双剣であり、刀でないことに違和感を覚えて、士郎は敵の狙いが何故刃夜なのかを悟った。

 

あの刀か!?

 

刃夜のそばに落ちている、あまりにも長いその巨大な刀に目をやった。

その刀は先日あの黒い泥を吸収した異常な刀。

敵の足下にある泥もそのときのものと同質に感じられた。

己の力を吸い取る異様な刀の使い手を警戒しているのだろう。

実際、敵は他には目もくれずに、刃夜にのみ意識を集中している。

 

「~~~~ふぅ~~、づあっ!」

 

一瞬短く呼気をすると、刃夜は総身の力を込めて敵を押し返し、強引に距離を取らせた。

その間隙をついて、言葉を放った。

 

「俺も足止めしかできん! 残念だがこいつを倒すことはできない! さっさと逃げろ!」

 

そしてようやく加速する状況に思考が追いついた。

状況はまさに絶体絶命と言って差し支えない状況だった。

敵はバーサーカーすらも倒した黒い戦闘騎士。

そして辺りを包もうとする、黒い泥。

姿は見えないが、間桐臓硯がいることは大いにあり得る。

この状況で楽観視できる訳がない。

だが……

 

「だけど、それじゃ刃夜が!」

「だぁほ! そんなことに気を取られている場合か!? 俺は己の身くらい守れるわ! お前は守れるのかこの状況で! 桜ちゃんのことはどうなるんだ!?」

「!?」

「アーチャー! その二人とイリヤを頼む!」

「……」

 

埒が明かないと思ったのだろう。

刃夜はアーチャーへと頼んだ。

この状況を冷静に見ているのはおそらく、アーチャーのみだろう。

刃夜も今はまさに生死の境目にいるために、周りを気に掛けている余裕がなかった。

 

くそっ!

 

この状況下で自分が出来ることなどアリはしないことは、士郎も十分にわかっていた。

ただ、今手の中にいる少女を……守るのは自分だと言うことは理解していた。

 

「バーサーカー……」

 

その少女は……イリヤは周りの状況など目に映らず、ただ黒き泥に呑み込まれていく巨人の亡骸を見つめていた。

その表情があまりにも悲痛で……士郎はこの少女を守ると固く誓った。

 

「すまない! 刃夜」

 

茫然自失のイリヤを抱いて、士郎は森の出口へと向かって走った。

それが口を開けた虎へと向かったことに……まだ誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

あれほどの破壊の光を放ったにもかかわらず、それに疲労の気配一切感じられなかった。

むしろ、一部の力を解放したことによって、ようやく体が温まったとでもいうかのような速度で……こちらへと迫り、漆黒の剣で斬りかかってくる。

俺は何とか地面へと放り投げた得物を拾いあげて、相手へと警戒させつつ、後退してその剣を防いでいた。

 

……なんて神経を削られる戦闘だ

 

相手は最強レベルの剣士だというのに、地の利も最悪だった。

あの黒い泥に触れて無事でいられる保証などありはしない。

 

多少は耐性は有るだろうが……

 

何度もいうが、この黒い泥は煌黒邪神のミニチュアだ。

あの神話より蓄積された怨念の固まりを浴びた俺ならば……他の連中よりは問題ないだろう。

しかし、あれを浴びたのは俺が俺であって俺でない(世界中の魔力によって強化された)ときだ。

多少強化された程度(魔力が扱えるようになった)で、無事に済むはずもない。

が、不幸中の幸いと言うべきか……相手は俺の狩竜を警戒して余り派手に攻めてくる様子はない。

いつでも抜くことが出来るというのが功を奏しているのだろう。

更に言えば泥も吸収されることを警戒して俺の周りから一定の距離を保っている。

 

何とかなるか……?

 

俺がこの黒い戦闘騎士を引きつければ何とか他の連中を逃がすことが出来るか?

それは浅はかな考えだった。

黒い泥が目の前にいたのだ。

 

本体がいないはずがないなどと……考えた俺がバカだったのだ。

 

 

 

!? この気配は!?

 

 

 

後方より突如出現した、呪いの固まりのような気配。

それが以前に公園にて見たあの黒い陰であることは直ぐにわかった。

その黒い陰が……士郎達の目の前に現れたことも。

だが……今の俺にはどうしようもない。

眼前の戦闘機械のような黒い戦闘騎士を前にして、士郎達に手助けをする余裕など、有るはずもない。

 

「……」

 

最初からそれが狙いか!

 

どうやら意識をこの黒い戦闘騎士に集中させすぎたらしい。

なまじ最強レベルの戦闘能力を有しているから、警戒しすぎてしまった。

 

どうす―――!?

 

打つ手がなく、このままでは桜ちゃんとの約束が守れない。

そう危機感を抱いた俺の第六感に、捉えた気配が有った。

それを感じ取った瞬間に俺は動いていた。

 

『封絶!』

『承知!』

 

念のため、封絶を宙へととどめて、魔壁を展開。

そして振り向きつつ、狩竜の鞘を投げ捨てる。

その背に迫る、漆黒の刃。

陽光すら反射しない漆黒の剣は、一瞬だけ封絶の魔壁に阻まれるが、それを易々と切り裂いて、俺の背へと迫っていた。

だが……

 

 

 

!!!!

 

 

 

その刃を阻む者が、俺の背後に降り立った。

長い長い髪をなびかせて、それと同じように長い鉄鎖の杭で、敵の剣を受け止めてくれた。

それを背後で感じながら……俺は陽光に照らされた、血のような刀身を持つ狩竜を……

 

 

 

「させるかぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

全力で黒い陰へと投擲していた。

解放していないが、それでもあの黒い陰に反応している狩竜ならば、何かしらの効果は有るはずだ。

それは狙い違わず黒い陰へと迫っていた。

あちらとしても予想外だったのだろう。

泥に沈むように避けようとしていたが、全ては避け切れていなかった。

かすめて狩竜が突き刺さっていた。

だが黒い陰はトカゲのしっぽ切りのように、突き刺さった黒い陰の部分を捨てて消えていった。

半ば液体のような物なのか、一部とは突き刺さった狩竜はそれほど勢いを失わずに、先にある木に深々と突き刺さった。

 

そして、泥の沼に逃げる際に飛び散った黒い陰の一部が……士郎の左ほほへとかかっていた。

 

 

 

 

 

 

っ!?

 

 

 

それがかかった瞬間、士郎は先日とは比べものにならないほどの灼熱の中へと来ていた。

否、もはや何も感じ取れていなかった。

 

 

 

 

 

 

先日初めて邂逅したときとは量は少ない。

 

だが、飛沫として飛び散ったのは何も頬だけではなかった。

 

咄嗟にイリヤを体を使って庇った士郎の全身にいくつもかかり、降り注いでいた。

 

 

 

―――ぁ?

 

 

 

自分という認識すらも吹き飛びそうな状況であり、感覚だった。

 

憎悪という魔力を浴びたのだ。

 

むしろ自分という感覚を少しでも残っている士郎の方が異常だった。

 

自分という物が希薄だった(正義の味方を目指していた)からこそ……。

 

自分という自我を保てたのか?

 

ほとんどが飛びかけているその脳で何とか自分の腕の中にいる存在を抱きしめた。

 

 

 

……よかった

 

 

 

腕の感触が有ることでようやく少し感覚が戻ってきた。

 

必死になって目を動かして、士郎は辺りを見渡した。

 

凜を庇っていたアーチャーが弱っているのが見られた。

 

しかしそれだけだった。

 

凜に傷ついた様子は見られず、刃夜も相当憔悴しているのが見られたが、五体満足だった。

 

士郎(自分)に駆け寄りつつ、厳しい表情のままだったがそれでも士郎は安心した。

 

だが、その視線の先に見た物を見て……疑問に思った。

 

 

 

……あれ? なんでここに?

 

 

 

長い髪をした妖艶なサーヴァント。

 

桜の守護者であるはずの彼女が何故ここにいるのか?

 

そう不思議に思いながら……士郎は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

!?

 

その光景はサーヴァント(ライダー)との視覚を共有している、桜も見ていた。

夢を見るかのようにして、その景色を見た桜は黒い陰が貫かれ、そしてその飛沫が士郎へとかかり、焼けただれたかのように変質してしまった物を見て、夢から覚めるように現実に引き戻された。

 

「……ぁ……っぅ」

 

士郎の体が相当重度の火傷のようになってしまったのを見て、桜は吐き気を催した。

半ば強引に視覚を元に戻した影響もあるだろう。

そのせいで視覚はかなり曖昧な状態で、まともに物を見ることが出来ないほどだった。

だがそれ以上に吐き気があった。

朦朧とした頭とぼやけた視界で必死になって脱衣所へと向かった。

 

「ぅ……っ……」

 

呆然としながら先ほどの悪夢のような現実を思い起こす。

視覚を共有していたため実際に自分で見たわけではない。

しかしどんなに否定しても実際に起こりえたことだった。

命に別状はない。

確かに重度の火傷ではあるが、それでも命に別状はない。

しかしそれがどれほどの痛みを伴ったもので有るかなど考えるまでもない。

 

だというのに……

 

その痛みを追った士郎を思う気持ちの悪寒とは裏腹に……妙な高揚感が有ったことも、桜はしっかりと理解していた。

 

 

 

これでもう……士郎が外にでることはない(危険な目に遭うことはない)……と。

 

 

 

外に出なければ家にいる。

 

自分が独り占め出来る……と。

 

 

 

だが、それとは別に怪我を負ったという事実は変わらない。

 

一瞬しか見ていないが、それでも重傷を負ったのだ。

 

 

 

それが幸せなこと(自分の望み)だと……思い、願ったのか。

 

 

 

そのおぞましいとも取れる感情が自分よりわき出したことが、恐ろしく、醜くて……

 

更に嫌いになって(黒く沈んで)いく……

 

 

 

どれぐらいそうしていたのか……。

桜は胃の中の物を全てはき出して、肩で息をしていた。

荒々しく呼吸を繰り返し、苦しげにうめいていた。

だが……桜は気付いていなかった……。

目の前の鏡に映った自分の表情。

 

その苦しげに歪んだ顔の中に……確かに恍惚とした笑みが浮かんでいることに。

 

 

 

 

 

 

暗い

 

暗い

 

暗い

 

暗い(黒い)

 

そんな中にいた。

 

何も見えない。

 

何も聞こえない。

 

目も耳も正常だというのに。

 

周り全てを覆う何かが……その全てを塞いでいた。

 

全ての悪意をつぎ込んだかのような、そんな中に……

 

 

 

何故か自分(士郎)はいた……

 

 

 

これは?

 

 

 

突然のことでわからなかった。

 

あまりにも濃密な憎悪に頭が混乱していた。

 

だが、何故か……その闇が怖いと思わない自分がいた。

 

 

 

なんでさ?

 

 

 

そう思おう自分がわからずに、士郎は意識を更に深く沈めようとした。

 

そのときに……

 

 

 

「死ぬ気かお前は!?」

 

 

 

スパーン!!!

 

 

 

と小気味いい音と共に、そんな声が響いていた。

 

「っ!?」

 

そうして士郎は意識を取り戻す。

しかし視界は安定せずにぼやけていた。

何故か猛烈な虚脱感に襲われており、士郎は声を上げることも出来ず、ただ視線を巡らせることしかできなかった。

一部が倒壊していたが屋根があり、空を見ることが出来なかった。

更に言えば地面の固さがないことに気付いて、ようやく士郎は自分がベッドに寝かされていることに気がついた。

そのベッドのそばにいるのは刃夜と凜。

そして少し先にイリヤが椅子に腰掛けており心配そうに見つめていた。

アーチャーの姿は見えないが、霊体化して辺りを哨戒している。

 

良かった……。無事だった……

 

イリヤが心配そうにしながらも、無事でいてくれたことが嬉しかった。

そう思い、士郎は何とか微笑んだ。

 

「人の心配をしている場合か」

「良かった……。相変わらず無茶をするんだから」

 

そんな士郎を見て、治療を行っていた刃夜と凜は溜め息をついた。

気力を送ることで自然回復力を向上させる刃夜と、魔力(オド)によって外傷を治癒していた凜。

呆れながらも、安心したように顔をゆるませているところを見ると、どうやらまずい状況に至っていることはないようだと、士郎は判断した。

 

「く……黒……」

「まだしゃべるな。もう少し待っていろ」

 

声を上げようと必死になって口を動かしたが、それでもまともに士郎の口は動かなかった。

また士郎自身気付いていなかったが、頬が焼けただれたようになってしまったのだ。

まともに話すことは出来ないのは当然だった。

その士郎を問答無用で黙らせて、刃夜は治療を続けた。

 

 

 

 

……かなりの重度の火傷……のような状態になってしまったな

 

それが間近で士郎の傷を見た俺の感想だった。

何とか治療を終えたがかなりの重傷といって良かった。

しかもその重度の火傷のような物を起こしたのがあの黒い陰の飛沫だ。

いい影響が有るとは思えない。

更に言えば士郎を守りきることが出来なかった。

言い訳は出来る。

だがそれは所詮いいわけであり、結果として士郎は深い傷を負ってしまった。

 

あれだけ大口叩いておいて結果がこれか……我ながらなんとまぁ

 

とりあえず治療を終えたが……気分はそう明るい物ではなかった。

士郎を無事に桜ちゃんの元へとかえしてあげないこともそうだが……目下最大の問題はあの黒い戦闘騎士だった。

黒い陰と何かしら関係があるのは間違いなさそうだった。

あの黒い陰が引いたと同時にいなくなるには不自然だからだ。

 

ほぼ完全にセイバーそのものだったな

 

完全にといっているが、それはあくまでも体躯と戦闘方法だ。

他は完全に別物だった。

前はあそこまで出力が強大ではなかった。

あの黒い陰から魔力を常時もらっているのか……ともかく士郎という枷(魔力不足)がなくなってしまった以上、あの状態の黒い戦闘騎士を倒すのは容易ではない。

かといってアレが生来のセイバーだとは思えない。

他にも何か要因が有るのだろうが……

 

黒いセイバー……ね……

 

冷静に黒い戦闘騎士のセイバーのことを考察していたが、それはほとんど意味がなかった

というよりも俺の意識は別に行っていたのだ。

意思を感じられない戦闘機械のような戦闘は、理性(戦闘力をなくした抜け殻のようなセイバー)戦闘能力(漆黒のセイバー)に分離した結果なのだろう。

あの黒い陰はサーヴァントを喰らっていると見せかけて、中に蓄えて自分の手駒にしたのだ。

 

ならば……理性も戦闘能力も、全てを喰らった存在がどうなっているかなど……

 

 

 

考えるまでもない……よ、な……

 

 

 

……ふぅ

 

そこで俺は考えるのを一旦停止した。

士郎に対する状況確認と今後の方針に関しては遠坂凜に丸投げする。

士郎の気力治療によって疲れていたのも事実だった。

一度撤退した以上、黒い陰も臓硯もいないだろうが、人に触れさせてもまずい物なので、全ての得物を持って俺は廃屋の外へと出た。

そして周囲の気配を探ってみると、二つの気配が有ったので、まず俺は一番話をしたい人物へと話しかけた。

 

「ライダー。いるんだろう?」

「なんでしょうか?」

 

俺の呼びかけに素直に出てきてくれる。

魔力消費が有る以上、余り時間を掛けるわけにはいかないだろう。

とりあえず端的にまず言うべきことを言った。

 

「すまない。先ほどは助かった」

 

狩竜を壁へと立てかけて、俺は素直に頭を下げた。

先ほどの黒い戦闘騎士との戦いで気を取られていた俺は、危うく士郎達を死なせるところだった。

まぁアーチャーがいた以上、本当に最悪な事態にはならなかっただろうが、それでも今の状況よりも悪化していただろう。

 

……俺がもっと狩竜を扱えれば

 

正しくは狩竜に宿した煌黒邪神の力をだが……。

しかし邪神とはいえそういった神の力を、今の俺が扱えるわけもない。

使えるには使えるが、状況は限られるだろう。

ともかく手持ちの選択肢だけは違えないように気をつけるべきだ。

 

「……構いません。それが最善だと思ったからそうしたまでです」

 

相も変わらず感情の読み取れない声と仕草だが、嘘を言っていることはなさそうだった。

とりあえず、もっとも言わなきゃいけないことを伝えたので、次に聞くべき事を訪ねる。

 

「では次だ。何故ここにいるんだ?」

 

先ほどの礼とは別の意味で、もっとも聞かなければいけないことだった。

あれほど弱っている、そして力を使うわけにも行かない桜ちゃんのそばから離れて何故ここにいるのか?

しかしそれも答えはないようであるものだった。

 

士郎が心配というのと……信用されてないって事だな

 

おおむねこの二つに集約されるだろう。

そらそうだ。

正直言って俺は簡単に士郎を殺すことができるのだ。

いくら今朝方の話と、担保として紅玉をおいてきたとはいえそれだけ信じられたら人間苦労はしない。

 

頑張るかぁ……

 

自分自身わかっていないことが多い以上、他の人間の支援は不可欠だ。

最初に知り得たとおり、ただ単純に最後の一人まで戦い抜いて勝てばいいという状況だったならば話は簡単だったが、それももう過去の話だ。

ならばどう考えても普通に思えない人間の自分が、他の人間に信頼されるように頑張るしかなかった。

そう考えていたのが表に出ていたのか、俺の問いかけにライダーは特に反応をかえすことはなく霊体へと戻っていた。

おそらく士郎の護衛についたのだろう。

 

 

「……ふぅ」

 

短く吐息をする。

それには大した意味はなかった。

だがそれでも隠しきれない様々な感情が込められた物だった。

このとき、俺はそれには気付かずに……いや、気付かないようにして、ただこの木々の中に、立っていた。

 

 

 

「そうか、とりあえず無事だったんだな……」

「無事って……あんた自分の体のことわかってないでしょ?」

 

刃夜が投擲した狩竜によって貫かれた余波で、黒い陰はまるで水風船が割れるかのようにして、黒い飛沫を辺りへとまき散らした。

いくつか飛沫を体に浴びた士郎は、重傷といっていい負傷だった。

だがそれでも、他の人間が全員無事であるということが、士郎にとっては一番重要なことであった。

それが嘘偽りなく、心の底から思っていることを感じ取って、凜は内心で溜息をついてしまう。

 

本当に……こいつ……

 

士郎に呆れる気持ちと、悔しいと思ってしまう自分にも凜は溜め息をついてしまう。

慎二に言った言葉。

自分にすらも向けていたその言葉を、凜はただ噛みしめるしかなかった。

 

まぁ、そうは言っても、こいつになりたいとは思わないけどね……

 

今も己の体よりも人を心配するその行動。

自分の体のことをきちんと認識していないからかも知れないが、それでもここまで人を心配するという行動は少しおかしかった。

ただそれを言ったところでどうしようもないと思い、凜は溜め息をついて話を進めた。

 

「とりあえず……としか言えないところが悔しいけど、今すぐ襲われるって事はなくなったわ」

 

目を背けていたことを、凜は口にする。

そのとたんに場の空気は少し重くなった。

何せ最強のサーヴァントだったバーサーカーを、地の利があったとはいえほとんど奇策無しで一騎打ちにて打倒した存在である、黒い戦闘騎士が存在するのだ。

黒い戦闘騎士は間違いなく最強だ。

自分たちにもサーヴァントがいるとはいえ、戦闘力という意味ではかなりの劣勢であるはずだ。

しかも臓硯がいるというおまけ付きだ。

 

それでも……

 

相手にセイバーがいることが士郎には辛かった。

むろんセイバーの体躯をしているだけの戦闘騎士でしかないが、それでもその姿形はうり二つだったのだ。

あの姿におとしめてしまった自分を思うと、はらわたが煮えくり返る思いだった。

だがそれでも士郎は止まらなかった。

止まれなかった。

桜を守ると……誓ったのだから。

それでも……桜だけ(・・・)を守るという事にはならない。

 

……イリヤ

 

今、サーヴァントという言葉だけでは片付けられない存在だった、バーサーカーを失ったイリヤの横顔を、士郎は盗み見見た。

目を伏せて、複雑な表情を浮かべているのをみて、放っておくことは士郎には出来なかった。

 

昨夜、自分を助けてくれたこの少女を放っておくことなど、士郎にはできなかった。

 

 

 

少し話題を変えよう

 

 

 

皆進んで口を開こうとしなかった。

故に士郎は自ら話題を振ることにした。

そのとき……頬が痛んだが、そんなことに構っていられなかった。

 

「……イリヤはこれからどうする? 行くところは有るのか?」

「? セラもリーゼも呼べば出てくるし、城に戻ればいいけど……どうしてそんなこと聞くの? シロウ」

「いや、危ないと思ってさ。良ければ俺の家に来ないか? その方が便利だと思うし」

 

士郎が話題転換に振ったのはこれからのことだった。

確かに相手は脅威だがそれでも止まるわけにはいかないのだ。

かといってこの少女を放って置くことも出来ないため、士郎はそう提案した。

しかし……

 

「……いいけど、いかない。シロウの家にはあの女がいるもの」

 

イリヤの回答はこれだった。

 

……いいけど、行かない?

 

言っている意味がよくわからなかった。

どう返答していいかわからず、士郎は視線を凜へと向けて聞いてみたが……。

 

あ、こっちに振るなって言ってる……

 

凜が渋面を作っているの見て士郎はそう判断した。

いいけど、行かない。

いいという理由と行かないという理由。

それを聞くか聞くまいか悩んでいると……

 

「ならどうする? 俺の家にでも来るか? 物置のように狭いがな」

 

ちょうどいいタイミングで、まるで見計らっていたかのように刃夜が廃屋へと入ってきた。

否、実際に狙っていたのだろう。

あまりにも絶妙なタイミングだった。

 

「お断りするわ。私は自分の居場所は自分で決められるし、他のマスターに世話になるつもりもないもの。私の工房はお城だもの。バーサーカーがいなくたって、私は一人でやってくんだから」

「あら?」

 

そのとき、凜が邪悪な笑みを浮かべた。

悪戯を思いついた実に、邪な笑みといえた。

何か企み事を考えたと士郎が警戒し、止めようとするが……間に合わなかった。

 

「聞いた衛宮君? ひどいわね、一度は殺そうとした衛宮君に助けてもらいながら、恩知らずなことに自分のお城に帰っちゃうんですって? 狭い家はいやなんだ~?」

 

……優しいけどひどいヤツだな

 

今の一言に対する刃夜の感想だった。

士郎はそこまで深読みできていないのか、驚きに目を見開いていた。

そして驚き、慌てているのは、当然言われたイリヤも一緒だった。

 

「な、何をいうのよリン! 私そんなこといってな……」

「言ってるでしょう? 衛宮君がわざわざ誘ってくれているのに、自分の城に戻るっていうのはそう言う事よ。それとも頼りないからかしら?」

 

頼りにならないって何さ? ……そうかもだけど

 

凜に頼りにならないと言われて、一瞬むっとする士郎だったが、その評価が間違ってないことは自分でもよくわかっていた。

実際に今の士郎は頼りないといえる。

何せ強化程度の魔術しか使えず、サーヴァントのセイバーも今ではほとんど力を発揮できないのは、先ほどの黒い戦闘騎士を見ればわかりきっている。

体躯がイリヤよりも大きいが、イリヤには士郎とは比べものにならないほどの魔力(オド)と魔術がある。

 

「それは、そうだけど……でもわたしが城に戻るのは、シロウと一緒にいちゃいけないからで……」

 

? 一緒にいちゃいけない?

 

その言葉は、マスターとしてとは別の意味で有ることは、この場にいる全員がわかった。

だが、それを聞くのははばかられた。

何せ今のイリヤの表情は、バーサーカーがいなくなってしまったと再確認したときと、同じくらいに、とまどっていたからだ。

 

……放置するわけにもいかんか

 

内心で溜め息をついて、刃夜は仕方なく助け船を出した。

このまま凜に任すことも考えないでもなかったが、ニヤニヤと表情をゆがめているところを見ると、ろくな事になりそうにないと、判断したからだった。

 

「イリヤにもいろいろと事情はあるのだろう。だがそれでも今のこの状況下では集団でいた方が対策もしやすい。それにあの妖怪じじいがいるとなると一人では対処しきれない可能性もあるぞ? 何をいやがっているのかはわからないが、どうしてもまずいということでなければ一緒に来てくれないか? 頼む」

 

臓硯が言っていた、聖杯を手に入れられなかったという言葉。

それがどうしても刃夜の頭の中に引っかかっていた。

聖杯がどのような形で現れるのか刃夜は把握していなかったので、それらの詳細な話も知っておきたいという理由もあった。

 

「……ジンヤがそういうなら」

 

まだ完全には納得しきっていない、というよりも自分としても迷っているのだろう。

だがそれでも刃夜の言うこともわかっているために、イリヤは仕方なくおれた。

そうしてこの場で更に話を詰めて、この場にいる全員が黒い戦闘騎士と間桐臓硯を妥当するために、共同戦線を張ることになった。

 

「時間もないし、敵にあんな化け物が回ったとなると、回りくどいことをしている場合じゃないわね。事は深刻みたいだし、別々だと各個撃破されるおそれがあるわ。だから……本当にしゃくだけど、昨日のことは水に流してあげる」

 

今後の方針を決めた時の凜からの言葉だった。

これに異を唱えるほど、みんな状況に余裕がないことはわかっていたので誰も文句を言う物はいなかった。

そして約1名、文句を言うどころか大喜びをした人間もいた。

 

「ありがとう遠坂! 恩に着る! お前がいてくれるっていうのならこれ以上の救いはない!」

 

そのときの士郎の喜びようはまさに子供だった。

実際本当に嬉しいのだろう。

何よりも女性がもう一人いるというのは、士郎にとって大助かりだった。

男の自分ではわからない事も、凜ならばわかってくれるので、桜を助けてくれると思ったからだ。

 

「すまんねぇ~、頼りにならなくて」

「わたしもいくんだけど、シロウ?」

 

そのはしゃぎっぷりを片方はニヤニヤと笑いながら、もう片方はふてくされながらそう士郎にかえしていた。

むろん刃夜はわかっていっているのだが……それでも士郎はあわててしまうのだった。

その士郎のはしゃぎ方とあわて方を見て、みんな少しだけ表情が明るくなったのだった。

 

 

そうして打倒黒い戦闘騎士&間桐臓硯のために結成された一行は、とりあえず士郎の家へと行くことになった。

というよりも正直な話、それしかなかった。

……宅地面積的な意味で。

 

「俺の店はせいぜい俺ともう二人くらいしか入れないしなぁ……」

「私の家は多少は人数が入れるけど……余り人に工房を見せたくはないわね」

 

イリヤの城は利便性的な意味で無理……街まで遠い……があった。

また今は遠坂邸で一人でいるセイバーも行くこととなった。

桜と二人きりにならないように注意する必要性があるが、遠坂邸に一人で置いておくわけにも行かないからだ。

凜がアーチャーとイリヤをつれて先に戻り、ライダーは桜の護衛のために直ぐに戻ることになった。

 

「イリヤにはまず私の家に来てもらうわ。出来れば見つけたくないって言うのが本音だけど、そうも言ってられない状況だから、こっちも切り札を用意するわ。大師父の置きみやげが想像通りの物だとすると、今の私じゃどうにも出来ない」

「リンが手を貸して欲しいって言うから助けてあげるね。だからシロウは先に行ってて」

 

未だ見た目通りのことしか想像できない士郎には、イリヤが凜を助ける姿というのが想像できなかったが、自分では力になれないことは重々承知しているので、素直にうなずいた。

残されたのは士郎とで刃夜あり、二人は行きと同じように連れ立って帰った。

 

「すまない刃夜」

「いや、別にいいんだが……」

 

まだ完全に復帰したわけではない士郎に肩を貸しながらのために、だいぶ時間がかかってしまいそうだったので、刃夜は器用にも士郎を負ぶさり、イリヤを抱きかかえて士郎の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

「……大丈夫だ。だけど少しだけ待ってくれ」

 

衛宮邸の少し手前にて、俺と士郎はこうして立ち止まって、士郎の容態の回復に努めていた。

というのも、どうやら桜ちゃんに余り心配を掛けたくないみたいだ。

故に何とか元通りに動けるぐらいになってから戻りたいらしい。

 

といっても、顔の焼けただれのような痕がある上に、ライダーから聞いていると思うがなぁ……

 

ライダーが先行して衛宮邸に戻ったのだから、桜ちゃんが聞いていないとは思えない。

しかしそれでも元通りの状態になるように努力したいというのが士郎の思いなのだろう。

つまり、無自覚なように見えてきちんと自覚……というよりも認識できていると言うことなのだろう。

 

このあまりにも危うい、日常を……

 

「待たせたな刃夜。帰ろう」

「……あぁ」

 

何とか呼吸を整えて、ある程度は回復したようだったので、俺と士郎は普通に歩き出した。

並んで歩いても特に問題はなさそうだったので、俺も少しはほっとした。

それ以上に桜ちゃんを心配させたくないという理由もあるのだろうが……それでもどうしても思ってしまうのは仕方がないだろう。

何せ、今の状況はあまりにも危ういからだ。

 

敵はどれだけの戦力を備えている?

 

それが俺の一番心配なところだった。

黒い戦闘騎士が出てきたとなると、あの黒い泥に吸収されてしまったサーヴァントは敵になる可能性が極めて高い。

バーサーカーも遺体となって吸収されていたが、それでも黒いセイバーという特殊な個体がいる以上、悪い方へと考えられてしまう。

最近ランサーを見かけないのは、もしかしたら潜伏してるのではなく、すでに黒い泥に吸収されてしまったからかも知れない。

 

最悪残っているのはアーチャーとライダーのみってことか……

 

キャスターもいるが、魔力切れがほとんどでどうしようもない。

最悪、町中の人間から魔力を吸収するという手段も考慮しなければいけなくなるかも知れない。

 

それで命が助かるなら安いもんだろう……

 

事はそれぐらいに深刻だった。

何せ戦力の大半を敵は所有しているのだ。

とてもではないが、正攻法だけで戦って勝てる戦力比ではなくなった。

奇策も弄しなければまずいだろう。

 

奇策っていうか、作戦とか考えるのそこまで得意じゃないんだがなぁ……

 

しかも自分の常識とは違う、非常識な魔術がらみの作戦だ。

果たしてどうやって俺はこの状況でどうやればうまく立ち回れるだろうか。

 

本当に、前途多難だな

 

 

 

そうは思うが、心の高揚は隠しきれていないという自覚が俺にはあった。

 

いや、実際にはほとんど外には漏れていなかっただろう。

 

少なくとも士郎は気付いていないようだった。

 

心躍る戦闘は確かに今までもあった。

 

だがそれでも……不殺の戒めやこのきな臭い聖杯戦争を無事に終わらせるために、相手を殺す事はしないようにしてきた。

 

故に、俺が本当の意味で本気を出したことは今のところなかった。

 

 

 

いや……言い訳はやめよう……

 

 

 

本気を出していないのは本当だった。

 

だがその動機は、不殺の戒めがもっとも絡んでいた。

 

しかしそれを気にしなくてもいいかもしれない。

 

思わず不敵に笑いそうになってしまう自分の表情を制御した。

 

だがそれでも高揚だけは抑えきれなかった。

 

 

 

何せ、心からやりたいと思える事が、出来たのだから。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

門をくぐり玄関の引き戸を開ける士郎。

するとそこには待っていたのか、桜の姿があった。

 

「ぁ……お帰りなさい。先輩」

 

見た目にもかなり変わってしまっている士郎の姿を見ても、桜はほとんど驚いていなかった。

それはそうだ。

何せライダーの視覚を共有して怪我をしている現場を、ほとんど生に近い感覚で見ていたのだから。

だがそれを知らない士郎は……

 

「待っててくれた……ってどうしたんだ元気ないぞ? 出迎えは嬉しいけど、そんな顔じゃ喜べないぞ?」

「……」

 

それでも今まで通りでいたいと思うからか、士郎は普段通りの様子で話を進める。

靴を脱いで廊下へとあがった。

その様子を桜ちゃんはただじっと見つめていた。

 

今は少し休みたい……

 

話をしなければいけないと思いつつも、それでも士郎はまだ体が本調子とは言えないものだから、休息を優先しようとした。

だがしかし、直ぐに刃夜の他にも同居人が再び増えることを思い出した。

さすがにそれを話さないわけにはいかない……というよりもそれを言わずに鉢合わせたときの被害を想像できたのだろう。

士郎は桜へと向き直って口を開く。

 

「と、そうだ桜。これからのことで相談……というか報告なんだけど」

「……何も言ってくれないんですか」

 

ぼそりと、桜はそんな言葉を口にした。

視線の先は当然のように……頬へと向けられている。

その表情は、とても沈んでいた。

それはそうだろう。

何せ大けがをしたにも関わらず、士郎はそれを言おうとしないのだから。

 

「何もって、なにをさ?」

 

その気持ちに気付いていないのか、士郎はそれでも普段通りに振る舞おうとする。

二人は玄関でじっと、しばらくの間見つめ合った。

 

「あぁこれか? ちょっと怪我をした。でも大丈夫だ。問題なく動くし何ともない」

 

さすがの士郎も何を言われているのか理解はしているらしい。

言われている真意に気付かないところがダメかも知れないが。

おっかなびっくり頬に少しだけ触れて、無事と言うことを証明していた。

 

「いや、桜? 本当に大丈夫だぞ。ただのかすり傷でしかないんだからさ。直ぐに治るし、桜が気にするような事じゃな――」

「そんな訳ないじゃないですか! こんなに焼けただれてしまっているのに、どうしてそんなこと言うんですか!? 私には話しても無駄だって言うんですか!?」

 

とても珍しく桜が本当に怒っていた。

ここまで明らかに大けがをしているにもかかわらず、それを説明すらもしようとしないのだから。

その桜の怒りで、ようやく士郎は自分の馬鹿さ加減に気付いていた。

一人でこの屋敷で士郎の帰りを待ち続けていた桜の気持ちを、全く考えていなかったことに。

 

「……ごめん」

「ぁ……先輩を責めてる訳じゃないんです。だけど、あまりにも無茶をする先輩が心配で……。先輩自身が自分のことを大切にしないと……その……」

「あぁ……そうだな、反省した」

 

桜が本気で怒るという、非常に珍しいことを目にして、ようやく士郎も反省した。

士郎自身もまだ変わっている最中なのだ。

一人の青年として……。

 

「反省した……ですか?」

「あぁ、桜にかっこわるいところを見せたくなくて強がったけど、良くなかった。桜が怒るのも当然だ」

「かっこわるいなんて……そんなことはないです!」

 

先ほどとは打って変わって士郎を養護する桜だったが、それでも士郎のその思いに代わりはなかった。

桜を相手に見栄を張ってしまったことは事実だったからだ。

 

「ごめんな、桜。俺、なんの役にも立てなかった」

 

先ほどの戦闘。

あのとき士郎に出来たことはイリヤをただ守ることだけだった。

むろんそれも相当意味があるのだが、しかし仇敵が目の前にいたにもかかわらず、己が何一つ臓硯に対して出来なかったことが悔しかったのだ。

 

「そ、そんなことないです! 先輩は立派でした!」

「いや、それがそうでもないんだ。ただイリヤを庇っただけでそれ以外はただ逃げてることしかできなくて……」

「それでも生きて帰ってきてくれました。約束をちゃんと守ってくれて嬉しいです。かっこいい先輩に私、惚れ直しちゃいました」

 

!?

 

先ほどの態度から一変して、満面の笑みでそう士郎へとんでもないことを口にした。

当然、互いに好き合っており、その好きな女性からそんなことを言われたら士郎は顔を真っ赤にするしかなかった。

そしてこの場合どうかえせばいいのかわからず……。

 

「こ……こういう場合ってどう返答すればいいんだ?」

「今まで空気扱いしてたくせに聞くか普通? 自分で考えろ、たわけ」

 

後方に控えていた刃夜へと質問していた。

しかしすげなく刃夜はそうかえす。

さらに……

 

「さぁ? 私の意見としては玄関先でいちゃいちゃされると迷惑だからしないで欲しいんだけど?」

 

いつのまにやら来ていたのか、凜もその場にいてその問答を目にしていた。

 

「「え?」」

 

士郎はまさか凜までいると思っているとは思っていなかったのだろう。

桜は純粋に凜がいることに驚き二人して声を上げて、同時に下がり……。

 

「と、遠坂!? もう来たのか!?」

「なんで、遠坂先輩が!?」

 

同じようなリアクションをして同じような言葉を発していた。

その様子にそろって二人は呆れてしまっていた。

 

「もう来たのか? じゃないわよ。桜に話をしているようには見えないし……それなのに二人で仲良く痴話げんかして……。今どういう状況かわかっているわよね?」

「怪我をさせてしまった負い目が有るために俺は余り強くは言えないが……まぁいちゃつくのは二人きりの時にやってくれ」

 

凜はそれなりに重そうなボストンバックを床へと置きながら、刃夜は大げさに肩をすくめながら半ば本気で辟易しているようだった。

更にその後ろには、どこか緊張した様子の見れるイリヤと、気まずそうに表情をゆがめているセイバーがいた。

しかし桜も直ぐに再起動を果たし、顔を緊張で引き締めて凜を睨んだ。

 

「と、遠坂先輩。昨夜の続きをしに来たのなら私は構いません。先輩が私のそばにいてくれるなら、私は全力で遠坂先輩と戦います」

 

昨夜と違い刃夜がいるから……ではなく、一個の存在として桜は凜に対してそう言った。

それだけの覚悟が有るのは事実なのだろうが……それでもまだ緊張した様子だった。

本人としても必死なのだろう。

しかしそれは当然無意味なことである。

というよりも本当に昨夜の続きとして、桜を殺しに来たのならボストンバッグなどもってこない。

 

「やっぱり、その話もしてないのね。いい桜、とりあえずあなたの処理は保留よ。最優先時効は間桐臓硯を倒すことだわ。だからあなたが決着をつけるって言うのならその後になるわ。ま、臓硯さえ倒せば戦う理由もなくなるからそんな必要ないでしょうけど」

「……え?」

 

言っていることは理解できているのだろうが、それでも驚きで頭が追いついていないのだろう。

きょとんと、桜は間の抜けた顔をする。

 

「衛宮君とここにいる鉄刃夜と協力して臓硯を退治するわ。そうなると同じところにいた方が何かと都合がいいでしょ? あなたとしても戦力が増えるのはいい事じゃないの?」

 

昨夜とは比べものにならないほどの戦力比だった。

魔術師として優秀であり格闘術もそれなりにこなす凜、接近戦もすることが可能なオールラウンダーのアーチャー。

そしてサーヴァントと普通に戦うことの出来る人外の刃夜。

ライダーとへっぽこ魔術使いの士郎しかいなかった戦力が一変していた。

それだけならば喜べたが……

 

「けどそれだけじゃ不安だから衛宮君を鍛えるわ。こいつにもやってもらわないと困るしね。だからしばらく衛宮君を借りるわ。問題ないわよね二人とも?」

 

 

これには二人とも反論するしかなかった。

 

「ちょっとまて遠さ――」

 

 

 

「だ、ダメです!!!! そんなのダメです! ね……遠坂先輩になんでそんな権利が有るんですか!?」

 

 

 

普段の物静かな雰囲気からは考えられないほどの声量で、桜はそう声を上げた。

そのためそれよりも小さな声で話していた士郎の声はかき消されてしまった。

 

「あら? 権利さえ有ればいいの? ならそうね、命を何度も助けてあげてるってでどうかしら?」

 

士郎すらも知らないことだが、ランサーに殺された時の蘇生。

聖杯戦争が始まって直ぐに学園にて殺人未遂。

確かに一度蘇生したことを考えればその程度の権利があっても不思議ではないだろう。

 

例えそれが、士郎の命を助けたのに別の理由があったとしても……

 

まぁそれは誰にも明かすことなく、凜の胸の中にしまわれる事になるのだが。

 

「その借りを返すまではこき使わせてもらうわよ?」

 

他にも士郎としては魔術を師事したり、戦闘などでも大いに助けてもらっている手前、余り反論することが出来なかった。

そして驚きつつも、特に反論しようとしない士郎を見て……

 

「ほ、本当なんですか?」

 

桜が不安げな目で士郎を見るのは仕方のないことだろう。

 

「あぁ、何度も助けてもらってるし、余り大きく反論できない。それに、味方は多い方がいい。後で話すけど、敵はすごく強大な力を手にしてしまっているんだ。サーヴァント相手でも勝てるかどうか……。そんな状況だから刃夜以外にも協力が必要になったんだ」

 

確かにそれが大きな理由だったが、しかし士郎としては桜と凜が一緒にいた方がいいと思っていた。

十年前に別れてしまった……別れさせられてしまった姉妹(・・)が一つ屋根の上で暮らす。

それは彼にとってもう叶わぬ願いなのだから。

それが叶うのならば、士郎としてはそれを叶えてあげたかった。

しかしそれを桜が望んでいるのかは……桜にしかわからないことだった。

 

「……わかりました。先輩がそういうなら……」

「OK。それじゃあ決まりね。前と同じ部屋をつかわせてもらうわ。まだ一日しか立ってないからそんなに手を加えてないでしょ? イリヤはどうする?」

「どこでもいいわ。でもその女の近くはいやよ」

「あ~俺は夜いくところあるから気にしなくていい。荷物だけは置かせてもらうが」

 

一応桜の了承を得たことでこれからこの家でどうするかが有る程度決められた。

凜とセイバーは同じ部屋で寝泊まりをすることになった。

セイバーはほとんど力を失いつつも、多少なりとも魔力を備えているため、桜が暴走した時に襲う可能性があるからだ。

 

「……セイバー」

「……シロウ。残念ですが、あなたと話す事は有りません」

 

桜を救いに行った昨日の昼から一度もあってなかった、自分自身のサーヴァント。

しかし昨日まであった信頼はそのほとんどがなくなってしまっていた。

自己を捨ててまで他者を救おうとした士郎の信念。

それにひかれ、過去の自分に重ねたからこそセイバーは士郎の剣となると誓っていた。

だが士郎は昨夜、己の願いのために他者を危険にさらすという選択を行ってしまった。

故に、セイバーはほとんど無表情のまま士郎へと挨拶を告げた。

だがその瞳にはどこか、迷いのようなものがあった。

それに気落ちしつつも、士郎はイリヤを桜に紹介する。

 

「桜、この子がイリヤ。バーサーカーはやられちゃったけどイリヤは助けられた。これからうちで暮らすことになるから仲良くしてな」

「……よろしく。マキリの娘らしいけど軽蔑はしないわ。シロウとジンヤの知り合いみたいだし、特別に人間として接するわ」

「……なら私も同じようにします」

 

……?

 

あまりにも非友好的な態度で交わされた挨拶に士郎は疑問を抱いた。

だがそれを訪ねるのは当然はばかられ、そのままイリヤは凜の後についていった。

その背中を、桜がどこか冷たい目で見つめていた。

 

「疲れてるだろ? 台所の食材使って適当に料理作るから休んでろ。あぁ、俺は作ったら適当に食べて出かけるから。後は頼んだぞ家主さん」

 

刃夜はそれだけを告げて、勝手知ったる他人の家という言葉がぴったりな感じで、堂々と台所へと向かい、適当に料理をつくってそのまま夜の闇に消えていった。

そして各々が一段落した後に、居間にて一同が介した食事が行われたのだが。

 

……き、気まずい

 

少し前までのメンバーにイリヤが加わっただけだというのに、とても静かな夕食が終わった。

特に士郎とセイバー、桜とイリヤ。

この間での緊張感がとてつもなくあり、とても余分な動きも出来ず、軽口の一つもたたけないという食事だった。

 

「それじゃ私はもう寝るわ。明日の朝に今後のことは説明するから早く休みなさい。というか、あの男はどこに行ったのよ? あいつにも仕事してもらわないといけないのに」

「わたしも寝るわ。森にいた人は疲れているんだから早く寝た方がいいわ」

 

唯一の不在者で有る刃夜に文句を言いながら凜は別室へと引き上げていた。

イリヤの言い分は桜のことを揶揄している。

何故ここまで二人の中が悪いのか士郎にはわからなかった。

だが関係を悪化させるわけにはいかないのでフォローに徹する。

 

「桜と初対面のはずなのになんであんなに突っかかるんだ? アインツベルンとマキリの間柄でか?」

 

遠坂とアインツベルン、そしてマキリ。

この地にて聖杯戦争を始めた御三家の後継者達が一同に集うこの家は、ある意味で異質な空間だろう。

しかし士郎にとってはそんなことはどうでもいいことだった。

 

「ごめんな桜。イリヤは本当はすごいいいやつなんだ。だから直ぐに仲良くなれると思う。だから嫌わないでやって……って桜?」

 

話しかけてもいっこうに返事をしない桜へと目を向ける。

すると、うつらうつらと頭を揺らした桜の姿があり、そのまま後方へと倒れそうになった。

 

「!? 桜!?」

 

咄嗟に肩を抱いて士郎は桜を抱きしめる。

するとそれでようやく桜から反応があった。

 

「アレ? どうしたんですか先輩? 怖い顔をしてますけど……」

 

己が倒れかけた事に桜は気付いていなかった。

それに内心で驚きつつも、自分が倒れかけた事に気付かれまいとしようとする士郎だったが……

 

「ぁ……ごめんなさい。少し疲れちゃったから眠っちゃったみたいです」

「そんなこと気にするな。桜もずっと待っててくれたから疲れただろう? 遠坂もああいっていたし今日はもう寝よう」

 

「そ、そうですね! お言葉に甘えてもう寝ちゃいます。今晩ぐっすり寝れば明日にはきっと元気になってます!」

 

空元気に見えるその笑顔だったが、嘘には見えなかったので士郎はあえてそのまま見送った。

足取りもしっかりしていたこともあったが、それ以上に桜が普段通りに振る舞おうとしているのだから、こちらもそれを信じることにしたのだ。

 

「あの……でもさっきのことは遠坂先輩には黙っていてください」

 

だがそれでも本人は不安なのだろう。

自分がいままで通りでないこと、そして昨夜自分が殺されそうになったこと。

だが今の関係をどうにかして改善したいと、士郎は思ったのだ。

 

……先輩……か

 

確かに養子に出されてしまった以上、姉と呼ぶことはもう出来ないのかも知れない。

だがそれでも二人は血のつながった姉妹なのだ。

お互いがぎくしゃくしているのをどうにかする方法はないか?

そう考えながら士郎も同じように席を立ち、自室へと向かったのだが……

 

……寝付けない

 

自室にて布団へ入った士郎だったが、寝ることが出来ず寝返りを打ってばかりだった。

ここのところ連続で急激な状況の変化は、士郎の処理能力を遙かに超えていた。

敵になったり味方になったりと実にめまぐるしく状況は変化しているのだ。

何より決定的なのは桜との関係。

昨日は考える余力がなかったために直ぐに眠りについたが、本日は多少なりとも余力があったので、つい考え事をしてしまう。

だが考えて事態が好転するわけもない。

 

……散歩でもするか

 

散歩といってもさすがに夜の街に出かけるほど、士郎もバカではなかった。

家の庭にでて外の空気を吸うことにしたのだ。

他の人間を起こさないように気をつけながら士郎は外へと出た。

 

寒い……な……

 

冬の夜の気候は士郎の体を存分に冷やす。

そして何よりも、その雰囲気がもの悲しかった。

まるで死んだかのように静かに眠りについた町。

それが直接知らないとはいえ、あの黒い陰に怯えた人々の恐怖であることは、士郎にも何となくわかった。

 

くそ……何とかしないと……

 

黒い陰の打倒と間桐臓硯の排除。

そして聖杯を勝ち取っての桜の救出。

はっきり言って無理難題に近いものだ。

だがそれでも士郎はどうにかそれを成し遂げなければいけない。

傷ついた……その体で。

 

「っ……」

 

夜気によって冷やされたことで、体の傷が熱を持ち士郎の痛覚を刺激する。

それによって再度自分が怪我を負ったことを再確認した。

 

……何も出来なかった

 

森に黒い陰に遭遇した時、士郎は無力だった。

当然士郎だけではなく凜もイリヤも無力だったが、自分が何も出来なかったことを嘆いている士郎にそんな事実は関係なかった。

 

ザッ……

 

!?

 

そんな士郎の背後に突然足音がした。

しかしわざわざ足音を立てたことで、後ろにいる人物が誰なのかは士郎にも直ぐにわかった。

 

「ライダー」

 

黒い装束に長い長い髪のサーヴァントは相も変わらず無口だった。

そして無言のままに見下ろしてくることで、そのときようやく気付いたことが士郎にはあった。

 

そう言えば背が高いよな……ライダーって

 

男として決して身長が高い方ではない士郎が見上げる身長だった。

今までライダーを目にしたのはいずれも緊急時や、戦闘時であるためにそんなことに気をさく余裕がなかったために、今更ながらに気付いたことだった。

 

俺もどうかしてるな……

 

そんなくだらない事実に気付いて士郎は思わず笑ってしまった。

突然笑い出したことがかんに障ったのだろう。

ライダーの無表情に少しだけ不機嫌な感情が漏れ出ていた。

 

「……何がおかしいのですか士郎? こちらはまだ何もしていないのですが?」

「あ、あぁすまないライダー。俺より背が高いって事に今更気付いてさ。そんな間抜けな自分に笑ったんだ」

「……そうですか。先ほど傷を気にしているように見受けられたのですが、心配はいらないみたいですね」

 

……怒ってる?

 

その声は明らかに怒っていることがわかるものであったために、士郎もライダーが怒っていることがわかった。

しかし今の問答で何故怒るのかわからない士郎は首をひねるしかなかった。

 

ちなみに怒った理由は彼女の体型の理想にある。

自分の理想とは正反対のボンキュボンで背が高くスレンダーなことに、ライダーはコンプレックスを抱いているのだが……当然士郎はそれを知るはずもなかった。

 

「っと、そうだライダー。刃夜と一緒に助けてくれてありがとうな」

「構いません。あなたの護衛を桜から命じられていましたから。それに刃夜を助けるのは合理的に考えてのことです」

「そう……か。でもそうなると桜の魔力は……」

「えぇ。多少なりとも減ったことになります。幸い刃夜のおかげでそこまで消費しませんでしたが、それでも使ったことに代わりは有りません」

 

その言葉はひどく淡々とした者だった。

サーヴァントとして己の責務を果たしていると、士郎にはそう感じられた。

故に士郎はどうしても聞かなければいけないことがあった。

 

「ライダー。ライダーは桜の令呪がなくなったら、桜を殺すのか?」

 

令呪。

この絶対命令権の令呪があることで、人間よりも高次の存在であるサーヴァントはマスターに隷属している。

しかしそれがなくなると隷属する理由もなくなり、サーヴァントに殺されるマスターもいる。

今のライダーの淡々とした態度が、そんな不安を士郎へと抱かせるのだが……。

 

「私は彼女の生存を望んでいます。それに令呪はすでに失われている」

「……え?」

 

それはいろんな意味で衝撃的な告白だった。

 

「なら、ライダーはなんで!?」

「令呪の縛りは関係有りません。私はサクラがマスターである限り、私の意思でサクラを守ります。私は彼女のことが好きですから」

「そう……なのか?」

 

余り友好的な関係に見えない桜とライダーのために、士郎は驚きを隠せなかった。

それをライダー自身も理解しているのだろう。

 

「驚くのも仕方がないことでしょう。私はサクラとまともに話したことが有りません。ですが士郎、サーヴァントは自分と近しい者に喚ばれるのです。元々私もサクラも饒舌ではありませんので、会話がないのは仕方のないことなのかも知れません。ですが私たちは互いのことをよく理解しているつもりです」

 

その声には確かに感情らしいものが含まれていた。

魔眼を封じるために目を隠している彼女の表情は読み取りづらいために、酷薄なイメージを抱いてしまうかも知れないが、ライダーは決して冷たい存在ではなかった。

 

「そっか……。それなら心強い。ライダーが桜の味方でいてくれて嬉しいよ」

「そうですか。ではこちらからも問いましょう。士郎。あなたはサクラがどのような苦痛に耐えてきたのかわかりますか?」

 

突然の質問に士郎は面を食らいそうになったが、質問の内容がそれをさせないでいた。

どういった内容かは士郎にも容易に想像できた。

言峰の助言と、桜自身がどのような責め苦を受けてきたのかを告白し、泣いていた。

さらには間桐臓硯を多少なりとも知ってしまったので、想像に難くない。

しかし……

 

「解らない……。解るなんてことを言っちゃいけない……そう思う」

 

魔術使いとはいえ魔道を多少なりとも使える士郎にも、その程度の事は解った。

何よりも士郎にとってはそれを過去のものとするべく動いているのだ。

桜を幸せにするために。

だが、早く気付いてあげられなかったことは悔やんでいた。

その悔しさが声ににじみ出てしまっていた。

 

「……なるほど、あなたは未熟で不器用ですが、信用に足る人物では有るのですね。だからこそサクラに取ってあなたは救いになったのでしょう」

 

その悔しさを感じ取ったのか、ライダーからはっきりと感じるほどに暖かな感情が漏れ出ていた。

そう言う意味でこの場で話したことは決して無駄ではなかったのだろう。

だが……問いただすべき事が、まだライダーにはあった。

 

「士郎。あなたはサクラを幸せにするといった。だけどサクラにとって、この二年間こそが、幸せでした」

 

士郎の家に監視という名目で始まった、家事手伝いの日々。

それによってただ諦めるだけだった桜に感情というものが戻っていった。

ただただ延々と繰り返される魔道の修練という名の陵辱と責め苦。

壊れかけていた心をなおした士郎との生活。

それは異常な生活を送っていた桜にとって紛れもない幸福だった。

 

近しい者が召喚されるというサーヴァント。

 

つまりこの言葉は桜の言葉に他ならず……

 

それがわかった士郎は、ただ黙って聞くことしかできない……

 

 

 

「……あなたはサクラの味方ですか、士郎? 例え……何があったとしても」

 

 

 

これに応える義務が士郎にはある。

 

正義の味方を目指して歩いてきた十年。

 

しかしそれを捨ててまで……戦いを止める存在から自ら戦い、聖杯を勝ち取ると決めた士郎。

 

 

 

間桐桜の味方になると……。

 

 

 

ならば迷いなくライダーの問いに肯定しなくてはいけない。

 

だが……

 

 

 

例え……何があったとしても

 

 

 

その言葉の意味をわずかながらも理解してしまい、士郎は応えることが出来なかった。

 

 

 

「……別に今この場で応える必要は有りません。まだ多少なりとも時間はあるでしょう。そのときまでに決めておくことです」

 

 

 

言うべき事を言い、問いかけるべき問いをしたライダーは、宵闇に溶けるようにして姿を消した。

それをただ黙って見送って、士郎はどうすることも出来ずに空を見上げる。

 

くそっ……

 

未だ正体の掴めない黒い陰。

間桐臓硯の暗躍。

そして……切り捨てたはずの自分の理想と正義の味方。

ない交ぜになってしまってもう士郎にはどうしていいか解らない。

だが現実は待ってくれない。

今こうしている間も桜の魔力は失われていき、正気でいられる時間は減っていく。

 

 

 

責任は取りなさい。犠牲者は一人っていう形でね

 

 

 

昨夜決別したときの凜の言葉。

その状況が目の前に迫ったとき、果たして士郎はそのとき……

 

 

 

どのような選択を、するのだろうか?

 

 

 

 

 




NGシーン

テイク1
「足止めはするが、別にアレを倒してしまってもかまわないだろ?」

泥に呑まれてあっさり敗北!
タイガー道場行き!

虎師匠 「自信を持つのは良いけどうぬぼれたらだめだぞー!」
弟子一号「そうだぞ~! ジンヤのうぬぼれさんめ!」
幽体刃夜「おっしゃるとおりで」


テイク2
「足止めはするが、別にアレを倒してしまってもかまわないだろ?」

ご都合主義で狩竜が完全解放!
黒い影を丸ごと食らいつくす!
聖杯戦争終了!
それにともない帰る道がたたれました!

「あれ? 俺どう帰ればいいの?」

永住エンド!


後は……うん、面倒だからもういいやw



刃夜の言葉は少し意識して書きました
まぁ、だからなにって話なんだけどねw


近況?報告
TOKIO城島リーダー
私大好きなんですよねぇ
ケチケチシゲ子のコーナー好きだったなぁ
とっさの親父ギャグとかよくできるよね
そう言う意味で尊敬する
だが、今日は本当にすごいことをやり遂げてマジで尊敬しました
101kmマラソンお疲れ様でした!
43歳にしてよくぞまぁ、やり遂げてくれました!

長い長い道のりになりそうですが、人生およびこの小説もシゲ子を見習って完走させたいです!

説明ばっかでいやになってきたんだけどね!w
桜ルートもういやw
説明ばっかで退屈です!
はやく戦闘シーンが書きたいです!
でもそう言いながら映画は見に行く予定なんですがね!
桜ルートがまさかの映画化!?
初めて知った瞬間若干吹きかけたw
でも見に行くw
sorrowがどんな感じでアレンジされるかな~
それだけを見に行く感じになりそうですがw
後は桜の中の人ですね~
下屋則子様大好きなんですよ
あの声と山田先生のキャラがマッチしてマジでドツボでした……
いつになるかはわかりませんが、有給とってでも見に行こうw


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捕食

やはり俺は人としてどこか足りないものがあるのだろう
友人と失ったかもしれないことが、それを証明づけている気がする
職場の上司に言われた言葉がマジできつい

が、きついと思えてしまうのはつまりそれが真実だからと言うことだろうか?

人として常識がないのかもしれない
人付き合いが苦手な自分
仕事のできない自分……
勇気のない自分……

う~ん
なんかいろいろと面倒だなぁおいw


あ~さむい

 

それが柳洞寺へと向かって、キャスターと意見交換および作戦会議を行ってからこの場へ……屋上へと陣取る俺の素直な感想だった。

防寒着をきちんと着込み、それとは別に体に毛布を巻いているが……寒いものは寒いのだ。

 

『こんな高い建物の屋上にいれば寒いのは至極当然だろう』

『確かにな』

 

俺の思考を読んだ封絶にそう返して、俺は改めて今の自分の状況を確認する。

俺は今マンションの屋上に鎮座していた。

当然マンションの屋上など普通は立ち入り禁止なのだが……そこらはどうとでもなるので、普通に不法侵入をしていたりする。

マンションの屋上のため、当然平地よりも高いところにあり、さらには風を遮る物もほとんどないため、夜で冷えた海風がもろに当たります。

ちなみに魔力温存のためにほとんど風翔龍の力は使っていない。

 

こないわけにも行かないしな……

 

先日、黒い陰が出現して以来俺はこうしてこのマンションの屋上にいるようにしていた。

あの黒い陰は俺の狩竜を警戒しているのは、今日の森の一件でもはっきりと解った。

故に、俺は威嚇の意味をかねてこうして屋上に鎮座しているのだ。

当然俺だけいても意味がないので、狩竜はいつでも抜けるように手に持った状態だった。

そして夜長のお供が一人では悲しいので……

 

『仕手もよくやる。確かに今世界で仕手ともっとも接しているとはいえ、あれから毎夜ここにくるとは』

 

封絶も一緒だった。

こいつは意思が普通にあるので、置いていったらそれはそれでひどいだろう。

こっちとしても話し相手がいるのは嬉しいので、封絶を置いていく理由は全くない。

が……

 

『いいよなお前は。寒さを感じなくて』

 

寒さを少しでも緩和するために、魔法瓶に入っているしょうが入りの緑茶をすする。

 

『もう人間でないのだから五感がないのは当然だろう。五感がないということは、今仕手がのんでいる茶の味を味わうことも出来なんだぞ?』

『……すいません』

 

そう言えばこいつ異世界の食事を食べられないことを偉く気にしていた。

そんなこいつに対してこの言い分はきついだろう。

しかしそこでくだらないことを疑問に思う。

 

『そう言えば生前のお前ってどういう生活を送っていたんだ? 余り話したことなかったな?』

『生前の私か? ……そうさな、普通に鍛治士として鍛造をしていた。竜人族は余り鍛造士にならないのだが、私は鍛造にすごくひかれてな。努力してなんとか鍛造士になったのだ』

『ほぉ? 俺と同じような感じか?』

『お主ほど技術と腕はなかったが食うに困るほどではなかった。親友もいたな。そいつとよく競ったものだ。それから妻をめとり、子をもうけて……古龍に襲われて家族を失った』

『……紅炎王龍との戦闘の時の記憶だな』

 

もうずいぶんと前のことのように感じる。

モンスターワールドにて戦ったあの紅炎王龍と紫炎妃龍との戦いにて見た、封絶の記憶。

古龍に家族を奪われた憎しみを糧に、封絶は……封龍剣【超絶一門】に眠りし竜人族は、「封龍剣【超絶一門】」を作り上げたのだ。

 

『その通りだ。古龍を傷を与える武器を得ても、我らは奴らを倒すことはできなんだ。お主のおかげだ……仕手よ。今私がこうして普通でいられるのは』

『最初は殺す殺すってうるさかったしな。まぁ……普通っていう定義がいろいろとおかしい感じがするがな』

 

自分から振っておいてなんだが、重い話になってしまったので俺は努めてふざけたようにそう返す。

封絶としても続けたい話題ではなかったのだろう。

それを察して話題を変えた。

 

『妻が料理上手でな。私自身に調理の腕はほとんどなかったが、舌は肥えていてな。故にこの世界の料理を食せないのは本当に残念だ』

『どこぞの美食倶楽部の芸術美食家きどりかお前は』

 

そんなくだらないことを話しながら俺は護衛を続けていた。

先日からいるこの屋上……マンションの屋上は美綴が居住しているマンションの屋上だったりする。

差別と言うべきか、下衆と言うべきか……俺はあの黒い陰が出てきて、狩竜が有効、もしくは相手が興味を引いていると知ってから毎夜毎夜、美綴が住んでいるマンションの屋上に可能な限りいるようにしていた。

理由は言うまでもない。

美綴を死なせたくなかったからだ。

 

狩竜を嫌うのであればここに来ることはないだろう……

 

という半ば楽観的な考えだが、まぁ当たらず遠からずというところだろう。

むしろ俺がここにいることであの黒い陰がここに出現するかも知れない。

と思ったりもするのだが……俺はそれでもこの屋上へと足を運んでしまう。

 

なんかストーカーみたいだなぁ……

 

行動はまさにそれだが、動機は全く別のことなので多めに見てくれたら嬉しいなぁ……と誰に許しを請うでもなく、俺はそんなことを思いながらそのまま半分寝ることにする。

熟睡すると有事の際に動けないので困るが、それでも夜明けまでずっと起きているのもまずいので、半分寝る事にしていた。

 

『大丈夫だとは思うが万が一のために、もしもの事態になったら声かけてくれ』

『随意に。我が仕手よ』

 

封絶にそう頼んで俺は少しだけ眠りにつく。

そのとき川を挟んだ反対方向で……恐ろしい事が起こっていること自体には(・・・・)、俺は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

夜の暗闇に紛れて

 

それは町を動いていた

 

ゆらめくように、蠢くように

 

ただただゆらゆらと揺れる暗闇よりも、更に深い黒い陰が

 

きちんとした目的などなく

 

あてどなく蠢いていく

 

 

 

「な■■~? 今■■どこい■■?」

 

「あ■■どう■? ま■■持ちよく■■そうじゃ■い?」

 

「い■■! そ■■こうか? き■と今日■■い娘いる■■ょ?」

 

「お■■たやる■■よ? ■ろそ■■重しな■■いろい■と危■■んじゃね?」

 

 

 

夜の()にいる人間が、それに気付くことなく黒く蠢く闇へと近づいていく

 

 

 

 

 

げらげらと笑いながら男数人がそれにさらに近づいていく

 

それは自らによってくるそれらを認識しながらも、特に気にすることなく蠢いていった

 

 

 

ナンデダロウ?

 

 

 

「それ■■ぁいきま■かぁ? 今日■■スリでき■■■て遊■■■?」

 

「おま■■当に好■■なぁ……。本■■捕ま■■■っても■■■いぞ?」

 

「な■■前は家■帰れ■?」

 

「お■■いの独り■■しよ■■て■?」

 

「結■■るんじゃ■」

 

 

 

何がそんなにおかしいのか、それらはげらげらと笑っていた

 

それを煩わしく思いながらも何もせずにそれはただ蠢く

 

ゆらゆらと揺れる足取りのはずなのに

 

導かれるように

 

あの野原へと

 

行き先が一緒だったのが運の尽きだったのかも知れない

 

いい加減うるさく喚くのにうんざりしたそれは

 

 

 

 

 

 

くぅくぅおなかがなりました

 

 

 

 

 

 

自らの内にわき出た欲求に逆らうことなく……

 

それを実行した……

 

 

 

「!?  ■、な■■■こ■!?」

 

「ちょ、■れ■……ぎぃ■―――!!!??」

 

「■、ひゃっ!?  ■■■これ、助■―――!?」

 

「ち■、待て■俺を置い■■■な!?  ■■■■■■■―――!?」

 

「い、■たいい■いいた■いたい■たい!? な、なん■よこ■■ん―――!?」

 

 

 

楽しそうに狂気じみて笑っていた一瞬にして表情が一変したそれらを、それは……

 

 

 

今夜は虫が多いなぁ……

 

 

 

それらを……虫を潰し……

 

 

 

 

 

 

喰らっていた……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

そこは……ただひたすらに黒かった

 

光などなく、ただただ異様な数と密度の黒い何かがうごめいている

 

そんな黒い……ひたすらに黒いところに、士郎の意識はあった

 

 

 

―――ぁ?

 

 

 

何故こんなところにいるのか?

 

そもそもにしてここはなんなのか?

 

それすらも解らない状況だった

 

 

しかしそこが現実ではなく、あり得ない場所であることは十分に理解できた

 

そして……そんな場所に意識があって、士郎が無事でいるわけもなかった

 

漆黒のこの空間に人のみでいていいはずもなく

 

容赦なく異物である士郎の意識を侵し始める

 

侵されはじめた士郎の意識は徐々にかすれていく

 

だがそれでも士郎はこの場所にとどまらなければいけない気がした

 

わずかな時間すらもいることが出来ないはずの空間で、それでも士郎はこの場にいるのが正しいと思ってしまったのだ

 

このどこかに……

 

漆黒の黒い何かに閉ざされたこの中で……

 

 

 

大切な何かを感じ取ったから……

 

 

 

自らを削りとられている感覚を味わいながらも、士郎はそれを探そうとする

 

だが探す速度以上に漆黒の黒い何かによる浸食が圧倒的に早かった

 

それでも士郎は探そうとした

 

そしてそれを見つけて手を伸ばすが……

 

 

 

「ダメだよ、シロウ」

 

 

 

ぇ?

 

己の名前を呼ばれて急速に意識が浮上する

 

そう、それはまさに浮上だった

 

深いそこに沈み、消えかけていた意識を浮上させるその声は……

 

 

 

「……イリヤ?」

「ダメよ。それは行っちゃいけないところ。それ以上潜っちゃったら死んじゃうんだから」

 

浮上し、目の前にいたイリヤを士郎は呆然と見つめた。

そして自室で寝たはずの士郎の部屋に、イリヤがいる事実に気付く。

 

「なんで俺の部屋にいるんだ?」

「なんでって、わたしが寝た部屋はこの部屋のそばだもん。先に目が覚めちゃったからシロウを観察しにきたの」

「観察って、俺なんか観察しても楽し―――」

 

楽しくないだろう。

そう言おうとしたがそれが全部でないことに士郎は気がついた。

 

「もしかして、魘されてたのか、俺?」

「そうよ。わたしを助けてくれたときに黒い飛沫がかかっていたでしょ? 何か良くない感じがするから念のために様子を見に来たの。シロウが寝ているときに傷の治療もしといてあげたから見た目もだいぶ良くなってるし、痛みも引いたでしょ?」

 

言われた初めて士郎は自分の体へと意識を向ける。

目で見ることの出来る範囲での傷跡を見てみると、確かにイリヤのいうように傷跡が少し薄くなっていた。

 

「あの黒い飛沫にかかってリンクが出来た可能性があるわ。だからシロウが見ていたのは夢じゃなくてあの黒い陰の内部。だから潜っちゃダメ。次からは何とかして意識を強引に浮上させて。魔力を体に巡らせれば私がそれに気付くから、そうしてくれてもいいわ」

「……そっか」

 

先ほどの夢だと思っていた空間が黒い陰の内部であると聞いて驚くよりも、何故か士郎は直ぐに納得できた。

飛沫がかかったときに同じようなものを見ていたからだろう。

しかしそれ以上に不思議な事もあった。

 

……あれは一体

 

黒い陰の胎内にて感じ取った何か。

アレがいったい何だったのか?

そうは思うが解るはずもなかった。

 

っと……そう言えば

 

わかりもしない考察は一度捨てて、士郎はイリヤに向き直って礼を言った。

 

「朝からありがとう。イリヤ」

「お礼なんていいわよ。わたしとシロウの仲でしょ? 約束もしたんだから。シロウが苦しいときはわたしが助けてあげるって」

 

それはまさに天使の笑顔と言って良かったかも知れない。

それほどにそう言ったイリヤの表情は好意に満ちており、無邪気だった。

その笑顔に思わず士郎は赤面しそうになった。

が……

 

「それにシロウの可愛い寝顔もみれたしね。苦しいのにいっしょうけんめい我慢して、強がってて。可愛かったよシロウ」

 

赤面するどころか真っ青になってしまうほどに、感情がダウンした。

助けてくれたのは事実だが、それでもここまで動機が不純であればそれも当然だろう。

 

「イリヤ。人の部屋に、それも男の部屋に入ってくるなんてしちゃいけません。朝と夜なんてもっともいけない時間だ。俺としてもいろいろと困るから」

 

至極当然のことを言っているのだが、最後の一言が余計である。

助ける理由が大部分を占めているものの、悪戯をした相手に恰好の餌をやっただけである。

 

「そうなの? どうして困るのか教えて? 詳しく教えてくれないとわたしにはわからないから」

 

一件真顔だが、絶対に純粋な意味で聞いていないことは間違いないだろう。

 

「ぅ……いやだから困るのさ。それにイリヤは女の子だろう? 朝から男の寝ている部屋になんて来ちゃダメだ。イリヤ本人が危ないし……思春期の少年の俺も危ない」

 

だから最後の一言が――以下略。

 

「そうなの? でもそれじゃ全然解らないんだから。なんで来ちゃダメなの? どうして危ないの? それを言ってくれないと、また明日もシロウの寝顔を見に来るわ」

 

そう笑いながらイリヤはそのまま士郎の前で四つんばいになり、更に士郎との距離を縮めていく。

 

「もっと近くに寄っちゃうよ? それで? どうしてシロウの部屋に入っちゃダメなの?」

 

そして息がかかるほどの距離に来てようやく士郎が危険信号を出した。

 

「ばっ!? ばばばばば!?」

 

かかっていた毛布を握ったまま後方へと転がることで距離を置く。

毛布は当然男の生理現象を見せないための下らない意地(プライド)だった。

そして重要なことが一つ。

衛宮家は平屋作りで武家屋敷といってもいいので総面積は広く、敷地面積も広い。

しかしそれでも士郎の自室は普通程度の広さしかない。

つまりそんななかで、でんぐり返しなどしようものなら……

 

 

 

ゴン!

 

 

 

「っづ!?」

「ぁ」

 

となってしまうのも当然のことであった。

ふざけていた自覚は有るのだろう。

イリヤが笑みから一変して気まずそうに顔を伏せている。

士郎もそんなイリヤを見て怒ることはしなかったが、それでも言っておくことは言っておいた。

 

「……だ、だから言ったろ? 危ないって」

「う……うん。ごめんねシロウ。痛かった?」

 

目の前で自分が原因で痛い目に遭わせてしまったので、イリヤはすごく気まずそうにしている。

性根は間違いなくいい子なのだ。

そして士郎はそんな子を見て強がってしまいたくなったのだ。

 

「いや、いい目覚ましになった。だから気にしなくていい。それじゃ遅くなる前に朝飯を作るか」

 

頭を振って完全に意識を覚醒させる。

痛みにて強制的に意識が別のところに行ったので、士郎の生理現象も治まっていた。

 

「え? 士郎もご飯作れるの?」

 

も?

 

「も」という複数系の接続詞に疑問を抱くも、刃夜であると士郎は推測した。

 

「残念ながら刃夜には負けるけど、作れるぞ? イリヤにはホットケーキとかの方がいいかな? それともなんだったら一緒に作るか?」

「うん! シロウのエプロン姿見てみたい!」

 

嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるイリヤと一緒に部屋の出口へと向かっていく。

だが、料理を作るのは何も士郎だけではない。

 

「わかった。桜も一緒だから三人力だな」

 

料理を多人数で作るという行為は士郎にとっては珍しいことではなく、しかも相手が桜なのだからなおのことだった。

だが桜がいるという事実で……

 

「やめるわ。サクラがいるならわたしはいかない」

 

先ほどまでの嬉しそうな表情が一瞬にして、完全な無表情へと変わる。

その急変ぶりと、昨夜からのイリヤの桜に対する態度が士郎は気になった。

 

「な、なんでさ? イリヤは桜が嫌いなのか?」

「いいえ。どちらかといえば好きな部類に入るわ。だけど、あの子はシロウに合わないから、認めてないだけ」

 

……俺に合わない?

 

「ほんとのことよ。シロウも気付いているんでしょう? でもそれでも逸らそうと必死になってる。だからわたしが言っても意味がないわ」

 

そう言い残してイリヤは部屋を出ようと戸へと手を伸ばす。

だがまだ言い残したことがあってイリヤはその手を一度止め、振り返った。

 

「それと、今の夢は夢であって夢じゃないわ。さっきシロウの意識は別のところに行っていた。パスが出来てしまった状態だからそれも仕方がないけど、進んじゃダメ。アレは人が触れていい物じゃない。だから進んだらシロウは意識を呑まれて精神的に死んでしまう。だから次また見たときは逃げて。……キリツグみたいに勝手に死ぬなんてわたしは許さないんだから」

 

じいさんみたいに……?

 

何故ここでいきなり切嗣の名前が出てくるのか?

忠告よりもそちらの方が遙かに気になった。

 

衛宮切嗣。

 

自分の命を救ってくれた。

 

あの燃えさかる、地獄の中から。

 

自分に力を与えてくれた。

 

魔術という、自分を救ってくれた魔法使いの養父のようになりたくて。

 

 

 

自分に夢を……与えてくれた。

 

 

 

夢を継ぐと約束した。

 

養父がなれなった正義の味方になると。

 

五年前……あの月の綺麗な夜に。

 

自分の言葉を受けて、ただ一言を言い残して眠りについた存在。

 

 

 

そして……己が裏切ってしまった、養父。

 

 

 

正義の味方になると約束したのに……己は桜の味方になると誓った。

 

自分の命の恩人であり、師であり、夢を与えてくれた人物。

 

切嗣は士郎にとってそんな存在だった。

 

何故切嗣のことをイリヤが知っているのか?

 

一瞬停滞してしまった思考を動かし、疑問を口にしようとする。

 

「なかなかどうして、いろいろと朝から重い話をしているな。だがそれでもまずは朝飯にしよう。腹が減っている状況だと脳に栄養がいかないから考えもまとまらないぞ?」

 

疑問を口にする前に、刃夜が戸を開けつつそう言った。

相変わらず神出鬼没……というよりもどこにいるのか解らない男である。

 

「じ、刃夜!?」

「何を朝からどたばた劇場しているんだ? それと残念だが飯の準備は出来ている。早く来い。イリヤもだ。飯は全員で食べるようにしよう。それにそのあとどうせ直ぐに作戦会議になるだろう」

 

有無を言わさない雰囲気のまま刃夜はそう告げる。

そう言われてはイリヤも桜と食べるのはいやだということも出来ないのだろう。

少し渋っていたが、それでも刃夜の後についていく。

士郎も今更聞くことは出来ず、その後についていくことにした。

だがそれでも疑問は消えないままだった。

 

「先輩?」

 

刃夜について行っているつもりで、廊下に立ちつくしていた士郎に、後ろから声を掛けられる。

後ろへと向きなおると、そこには一晩寝て体調がよくなったのか、顔色もよくなっている桜がいた。

 

「どうしたんですか? 廊下に立って」

「あぁ……いや」

 

切嗣とイリヤの関係。

桜とイリヤの関係。

わからないことだらけだったために、思わず立ちつくして考え込んでしまっていたのだった。

故に無防備になってしまっていたために表情にでていたのだが、それに士郎は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

居間にて、今現在衛宮家にいる人間が一堂に会していた。

士郎、桜、刃夜、凜、セイバー、イリヤ。

姿を現していないがアーチャーとライダーも敷地内に待機している。

昨夜同様に、奇妙な緊迫感に包まれている食事だった。

テレビから流れるニュースをBGMに食事は静かに進む。

しかし、そのニュースの中で、どうしても気になる話題が、この沈黙の空気を打ち破らせた。

 

「……あれ?」

 

それに真っ先に気付いたのは士郎だった。

見知った風景がテレビに映っていたので、気付かないわけがない。

新都の公園が移されたその画面の中で、ニュースキャスターが原稿を読み上げていく。

 

「中央公園で身元不明の死体に夥しい血痕?」

 

ニュースの内容はこうだった。

日課のランニングをこなしていた初老の男性が、公園で血痕を発見して警察に通報。

通報を受けて現場検証をした警察が見つけたのは、人間一人分と思われる血痕と被害者の死体の一部。

その死体の一部というのも、肉片がほとんどでありかき集めても重さが50kgに満たないという。

断定は出来ないが、被害者は四人の可能性が高い……ということだった。

 

「なんで四人なんだ?」

「死体の一部ってのが四人分あったからじゃない? 右手首が四つとかね。食べ残しみたいだから一部しかないはずだけど、そんな感じに判断したんじゃないかしら?」

 

士郎の独り言に凜はそう返す。

他の人間も、そのニュースを見て、各々で分析しているようだった。

 

「食べ残しって……。これは臓硯の仕業なのか?」

「臓硯の仕業かは解らないけど、犯人はわかるわ。あの黒い陰でしょうね。画面の端に写っている雑草が黒く変色しているでしょ? あれ、森で黒い陰が出てきたときと同じ現象だわ」

 

皆の疑問を凜は淡々と解析する。

確かに画面の端の雑草が異様に黒く変色しているのが確認できた。

しかし疑問はどうしても残ってしまう。

 

「なんでさ? あの黒い陰がなんだかはまだ解ってないけど、こんな風に……直接殺すなんてこと、今までなかったはずだろう?」

「そうね。理由はわからない。でも魔力を吸収して力がより強大になったかも知れない。だから好き放題にやっても問題ないレベルまで成長したのかも知れない」

「それは……見境がなくなってるって事か?」

 

見境がなくなってくるとなると、犠牲者はそれ以上に増えてしまうことになる。

正義の味方をやめたとはいえ、士郎は人間《・・》をやめたわけではない。

無為な犠牲をよしとはしなかった。

 

「さぁどうかしら? 計画的な行動とは思えない。臓硯が犯人なら食い残しなんて残さないだろうし、これはきっと予期せぬ事故だったんじゃない?」

「確かに」

 

予期せぬ事故というのはすんなりと士郎の中に入ってきた。

確かに遺体の一部が残っているのは明らかにおかしい。

あの虫の大群に襲われたとしたなら一部とはいえ残るわけがない。

となるとこの場には臓硯がいなかった可能性が高い。

そうして全ての分析が終わるころには、ニュースは他の話題へと写っていた。

 

「分析ご苦労様と言いたいが……食事時って事を忘れちゃいないか?」

 

そう言われて、士郎と凜は自ら食欲を失せさせる会話をしていたことに気付いた。

確かに食事時に話すことではなかっただろう。

実際、桜とイリヤは少し顔を曇らせていた。

しかし忠告した刃夜、そしてセイバーは気にせずに、黙々と食事を食べていた。

そうして食事を終えて、本題へと入ることになった。

 

「さて、今後のことを話し合いましょう」

 

食器を下げ終えて、食後のお茶で一服した後、凜はそう宣言した。

しかし先ほどのニュースのことはみんな頭に離れていなかった。

さすがに無関係の被害者が出てしまっては、悠長にしている余裕はなかった。

 

「まずは戦力の確認……というよりもはっきり言って一つだけ知りたいことがあるわ」

 

その一言が、この会議の始まりだった。

といっても凜の言うとおり、そもそも確認すべき事はそこまで多くなかった。

実際に戦えるサーヴァントはアーチャーのみ。

魔力をそこまで消費できないという制限がつくライダー。

セイバーは力を失ったために戦うことは出来ない。

凜は魔術師として傑物であり、多少なりとも八極拳が使えるが、サーヴァントに拮抗できるわけもない。

士郎は魔術使いとして多少は戦えるが、一般人よりも強い程度であり、サーヴァントはおろか、真の武芸者や達人にも勝つことが出来ない。

桜は格闘など出来ない上に、魔術師とはいえ魔力が常に枯渇しているので戦力外。

イリヤは魔術師として魔力は桁違いに有ることは間違いないが、余り戦闘技術が有るわけではない。

これはすでに誰もが解っている事実。

故に……

 

「あなた……本当にあの刀はなんなの?」

 

当然謎の多い存在である刃夜が対象になっていた……というよりも狩竜が。

それも至極当然といえた。

何せ漆黒の黒い戦闘騎士がバーサーカーを葬った直後。

そのとき、あの森には刃夜、アーチャー、士郎、凜、イリヤ、隠れていたがライダーがいたのだ。

この中で通常で考えれば一番脅威度が高いのは、間違いなくサーヴァントのアーチャーだ。

しかも言ってしまえばアーチャーは、バーサーカーよりも総合的に考えれば弱いはずなのだ。

故に漆黒の戦闘騎士であればそう時間を掛けず、倒すことが出来たはずなのだ。

弱い相手を倒して数を減らすのは戦場での基本だ。

サーヴァントがいなくなってしまった士郎とイリヤでは、漆黒の戦闘騎士から見ればもはや雑魚でしかない。

にも関わらず、数を減らすという常套手段を捨てて、漆黒の戦闘騎士は刃夜へと襲いかかった。

それはつまり刃夜が……刃夜が持つ得物をそれほどまでに恐れていることに他ならない。

一瞬だけ場が沈黙した。

誰もが刃夜の説明を待っていた。

 

……あまり手の内晒したくないんだがなぁ

 

狩竜がどれほどの力を有しているのかは、刃夜にも正確にはわかっていなかったが、それでも黒い陰に対して絶大な力を持っているのはわかりきっていたこと。

だがこの狩竜の発動などに時間がかかり、刃夜自身に負荷がかかることはまだ完全な事実として、この場にいる人間には明かしていない。

おそらくアーチャー等はそれとなく推測しているだろうが、それを事実としてしまうのは刃夜としては痛かったが……

 

……手助けするって決めたしな

 

己の生き方を変えて、人間へと戻ろうとしている士郎。

同情すべき身の上に有る桜。

そして白い妖精のような少女。

これらを救うために、刃夜は内心で溜め息をつきつつ、説明を始める。

 

「前に少し話したと思うが、俺は平行世界……俺自身はその世界のことをモンスターワールドと呼んでいた。その世界での煌黒邪神龍という邪神と戦った。そしてそいつにとどめを刺したのがこの野太刀だ」

 

衛宮家の居間に寝かされている、超野太刀、狩竜。

日常的な居間にはあまりに不釣り合いであり、超大な長さを持つ野太刀を見つつ、刃夜は言葉を続ける。

 

「世界の全てを暗雲で包み、炎と雷と氷を操る邪神と戦って、俺は何とか勝利した。そのとき血を吸った上に、敵の魔力をほとんど吸収したのだろう。それがこの狩竜だ。はっきりいってあの邪神と比較すれば黒い陰は赤子同然だ。といっても、俺自身も世界中の魔力(マナ)によって強化されていたから、そのときの俺と今の俺自身では、黒い陰同様に赤子同然だが」

 

皆信じられない視線を刃夜へと向けていた。

特にアーチャーなど瞠目して、信じられない存在を見ている感じだった。

守護者として直に戦ったことのあるアーチャーだからその思いは一入なのだろう。

嘘のような話であるが、嘘を言っている様子は見られず、さらにはそれが嘘ではないという事を裏付ける実力と能力を、刃夜が有していることを知っているからだ。

 

「その煌黒邪神龍の力を得ている狩竜は、敵にとって天敵なのだろう。何せサーヴァントにとっての天敵という……半ばどうしようもないほどの怪物から見ても、更に凶悪な邪神を宿しているのだから」

 

泥に触れたことで浸食し、捕食吸収されてしまうことは、セイバーとバーサーカーの状況から見ても誰もがわかりきったことだった。

 

「故に、相手にとってどうにかしたいのは間違いなくこの刀だ。それのおまけとして俺を殺そうとしたのだろう。もしくはこいつを俺しか使えないことがわかっていて、俺を殺しにかかったのかも知れない」

「となると、やっぱりあんたが……」

 

皆の意見を代表して、凜が確認を取る。

それに力強くうなずき、刃夜はこういった。

 

「あの黒い陰をどうにかすることは可能だろう。殺すのか、それとも黒いものを全て吸収してどうにかするかは状況によるが……ともかく対処自体は可能だろう」

 

それはまさに、半ば絶望的な状況へと陥っている一同にとって、一筋の光明となりうる情報だった。

 

「ほ、本当なのか刃夜!?」

「たぶん……な。しかし勘違いしないで欲しいのが、こいつを解放すると俺にも相当負荷がかかるってことだ。制御には俺自身命を賭けなければいけないレベルだ。故に発動するのに時間がかかる上に長時間は使えない」

「それでも十分だわ。相手のサーヴァント全部倒してそれをぶち込んでやればいいわ」

 

己の監督地を荒らされて凜も相当たまっているのだろう。

言葉がすごく過激的だった。

そして同時に……現状を正しく把握する言葉でもあった。

 

「サーヴァント全部って事はやっぱり……」

「そう考えるのが普通でしょう? 森で戦った存在がいたこと……忘れている訳じゃないでしょう?」

 

森にて戦った、漆黒の戦闘騎士。

それはまさにセイバーそのものだった。

漆黒の戦闘騎士のことを、凜に聞いているのだろう。

セイバーは口惜しそうに、歯を噛みしめて屈辱に耐えていた。

 

「残念……というか最悪な事だけど、あの黒い泥に吸収されてしまったサーヴァントは敵に回ったと考えた方が良さそうだわ。それも……強化された状態でね」

 

そう、それがこの場にいる人間にとって、どれほど重い事実かなど、考えるまでもない。

現時点で吸収されてしまったサーヴァントは小次郎、セイバー、バーサーカー。

姿を現していないため、ランサーも吸収されて敵対している可能性もある。

つまり万全に動くことの出来るサーヴァントがアーチャーのみの士郎達に対して、相手は……黒い陰は実に半分以上のサーヴァントを従えている可能性があるのだ。

それも通常時よりもより黒い泥によって強化(汚染)された状態で。

はっきり言って「詰んでいる」といってよい状況だ。

それを一番理解しているであろう凜は、心の底から溜息を吐いた。

 

「本当にどうなっているのかしらね、この聖杯戦争は。あの黒い陰がなんなのかは未だ不明だけど……こんな状況だと正直どうしていいかわからないわね」

 

諦めるという言葉は凜の中にはないのだろう。

だがそれでも状況は控えめに見ても絶望的だった。

圧倒的に戦力が足りていなかった。

仮に桜の状態が万全でライダーが十全に動けたとしてもそれでも圧倒されて士郎達が敗北することは間違いない。

しかしそれでも凜には……諦めるつもりはなかった。

 

……やれやれ。わたしも損な役回りだこと

 

凜はそれとなく士郎と……桜を盗み見た。

二人とも状況が最悪なことで表情は優れなかった。

しかしそれでも桜に取ってこの状況はそう悪いものではなかった。

十年前に養子に行ってしまった妹。

その妹とこうして一つ屋根の下で生活できる事が……ぎこちないながらも純粋に嬉しかったから。

 

まぁそうはいっても厳しい状況だけどね

 

問題は何も聖杯戦争だけの事ではなく、桜の体のこともある。

余り悠長にしている時間はなかった。

しかしそれでも状況が完全に解っていない今の段階では……余り有効な対策を立てることも出来なかった。

 

「とりあえずまずはこちらの戦力の底上げが必要ね。衛宮君、あんたはあとで道場に来なさい」

「道場って……なんでさ?」

「以前からあなたの魔術の講義してたけど、本格化するわ。特にあなたが一体何が出来るのかを、もう一度確認させてもらうから」

 

確認って……。

 

確認させてもらうと言われても、士郎としては以前にこの家の凜が使用している部屋にて、強化の魔術をしたのがほとんど全てなのでこれ以上見せる物はないと思っている。

しかしそれは本人の大きな誤りだが……それは後に直ぐに解ることになる。

 

「ならば俺は得物の手入れでもさせてもらうかな。最近少しさぼり気味だしな」

 

そう言いながら刃夜が腰を上げたことで、とりあえずこの場はお開きになった。

なったはず……だったのだが……。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、わたしが呼んだのは衛宮君だけよ? なんだって全員道場に来てるのよ!?」

 

食後それぞれ準備や片付けなどをして……何故か全員が道場へとやってきていた。

凜に呼ばれた士郎と士郎を呼んだ凜は当然として。

 

「……遠坂先輩が妙に殺気立ってるから、先輩の身が危ないと思って」

 

と若干声が小さくなりながらも、しっかりと士郎のためにこの場へとやってきた桜。

 

「あなたがどんな方法でやるのかわからないから、監視のために来たのよ。シロウに変なことしたら許さないんだから」

 

士郎の保護者のような言葉をいうイリヤ。

ここまでは凜もまだ納得が出来た。

桜は言わずもがなだが、イリヤも何故か士郎のことを気に掛けているのを凜は知っていたからだ。

理由まではわからないが、イリヤに好感を抱いている程度の物と思っていた。

そしてもう一人。

凜が始める前にさっさと自分の作業を行っている男へと目を向ける。

 

「……なんであんたもここにいるのよ?」

「武器の手入れには道場がちょうどいいと思っただけのことだ。気にしないでくれ」

 

そう言いながら白い布で、黒いシースより抜いた封絶を拭いている刃夜がいた。

封絶と布の上に並べたナイフ関係を中心に手入れを行っていた。

この状況下に陥っても、刃夜はまだこの場にいる人間には別の得物は隠しておくつもりだった。

 

いつ敵になるかもわからんし、それに虫の事もあるしな

 

敵をだますにはまず味方からという。

それを刃夜は実行しているだけだった。

無言だがセイバーも刃夜の少し離れたところに腰掛けており、それとなく刃夜の得物の手入れを見ていた。

力を失ったとはいえ騎士として、見慣れない剣を手入れしている刃夜が、少し気になるようだった。

 

神秘(魔術)とは秘匿されるもの……

 

今からその神秘(魔術)に関わることを行うというのに、この人数は凜にとって少し頭痛がする物だった。

刃夜をのぞけば全員が、魔術に関連する人間ではある。

しかし他者の魔術をこうも堂々と見に来るという行為が……まっとうな魔術師で名家の生まれである凜には少し頭痛のする物だった。

 

まぁ……そうも言ってられないしね

 

こうして和気藹々などという雰囲気にはほど遠いが、大人数の中で士郎の魔術特性とそれを伸ばすための講義は開かれた。

といっても特にやることはほとんどが地味だった。

何せ士郎は素人に毛が生えた程度のことしかできないので、魔力の効率化などしかすることがなかったのだ。

 

凜がこの一言を放つまでは……

 

 

 

「どうも能率が良くない……というよりも調子が出ないわね。衛宮君、他の魔術も試してみてくれる?」

 

 

 

これが、後の士郎の人生を変える一言になり得たのだが……それを知る者は今当然この場にはいなかった。

 

「他のって?」

「前にも言ったでしょ? 魔術にはそれぞれ系統があるって。だから強化以外にも出来るあなたの魔術を、実際にやってもらっていいかしら」

 

士郎が唯一使える魔術は強化。

物質などに魔力を通し、その名の通りに強化する事の出来る魔術である。

特に難易度が高いわけでもなく、実際に無強化の物と比べると強度は格段に上がるために利用価値はそれなりにあった。

だが使い勝手が言い分、強力な魔術でないのも確かだった。

そして強化の系統で他に士郎が使える魔術が……

 

変化と

 

 

 

投影だった……

 

 

 

変化とは、例えるならば刃物などに発火の能力を付与するといった、変化の魔術を行う対象に対して本来持ち得ない能力などを付与させる能力のことである。

実際にそれを行って見たが、使えると言うだけで、なんの役にも立たないとわかり、この変化の講義は直ぐに終えた。

だが……次の投影の講義にて、状況は変化した。

士郎が行った投影は特に失敗することもなく無事に成功し、その場に姿を現した。

 

それは一本のシンプルな剣だった。

 

投影。

それは0から魔力のみで物体を想像し、創造すること。

強化、変化の上位に位置づけられる。

しかし投影を行う人間のイメージであるために、穴だらけの人間のイメージでは投影したとしても、オリジナルの性能にはとうてい及ぶわけもない。

また魔力のみで構成するため、当然魔力がきれれば物質化した物は気化するかのように、消えていく。

魔力の消費量が多い……仮に剣を投影するのならば、投影に必要な魔力は10必要とすると、物体の剣を用意した上で2~3ほどの魔力で強化を施した剣の方がよほど効率がよく、強力な武器となる……上に、消えてしまうことから投影というのは基本的にその場限りの代用品を用意する程度でしか使われない。

 

しかし……

 

 

 

士郎が投影した剣は違った……。

 

 

 

「戦闘の意気込みなのかしら? なんで剣を投影したの? ……まぁ別にいいんだけど。ところでこの投影はどれぐらい持つの?」

「……もつってどういうことさ?」

「どういうことって……。投影なら時間が経てば消えるでしょ? もしもそれなりに持つのなら多少は使えるかも知れないけど……」

「消えるのか? 壊さない限り残るだろう普通」

 

この言葉を聞いた凜は一瞬我が耳を疑った。

しかし、士郎がきょとんと心底不思議そうにしているのをみて、念のためもう一度聞いた。

 

「投影したら……消えるわよね?」

「だからなんでさ? 壊さないと消えないだろう?」

 

自分の聞き間違いじゃないことを悟り、凜は一瞬脳がフリーズしかけた。

再起動して直ぐに、凜は士郎が投影した剣を手に取った。

 

……なにこれ!?

 

そしてその精巧(・・)さに目を剥く。

何せその剣はまさに「剣」そのものだったからだ。

お世辞にも出来のいい剣とは言えず、はっきり言ってしまえばなまくらだった。

だがそれは魔術で……投影で作られた物とは凜には検知できないほどに「剣」だった。

 

これが……投影!?

 

あまりの驚きに凜は言葉も出なかった。

思わず目を向けたそこには、自分がどれだけいかれたことを行ったのか理解もしていない、きょとんとしている士郎がいた。

それはつまり、先ほど言った「壊れなければ消えない」ということが、事実で有ることを物語っていた。

 

まっとうで優秀な魔術師である凜には理解不能な存在だった。

 

この異常さを鑑みれば考えるまでもない。

士郎の本来の(魔術)は投影だ。

強化するための得物を用意しなければいけない強化。

魔力さえ持つのならば無限に得物を出現させることの出来る士郎の投影。

どちらが戦闘に置いて有利かなど……わかりきった事だった。

どれほど頑張ろうと、一度に所持できる得物には限度がある。

 

 

 

だが士郎の投影ならば……それこそ魔力さえ持てば無限の剣を手にすることが出来るのだ。

 

 

 

それがわかってもあまりに異常なこの魔術を、凜はどうすべきか判断に悩んでしまった。

 

「ほぉ? 剣そのものを魔力のみで作るか? 呪術なんかが苦手な俺にはまねできない芸当だ。だが……」

 

そんな声が凜の耳に入り、手にしていた投影した剣が半ばから綺麗におれた。

否、切断された。

持っていたはずの凜の手に、何の感触を与えていないにもかかわらず、士郎が投影した剣は綺麗に斬られ……消えていった。

 

「こんななまくらじゃ何も斬れやしないぞ? どうせ投影ってのをするのなら最低限剣として使える物を出した方がいい」

 

手入れを行っていたはずの双剣、封龍剣【超絶一門】を手にした刃夜は投影した士郎の剣を切り捨てて、士郎に対してニヤリと笑った。

そこでようやく凜も冷静さを取り戻す。

確かに士郎の投影が異常だというのは直ぐに解った。

だが刃夜の言うとおり、投影された剣はお粗末な物でしかなかった。

しかし士郎の投影は間違いなく使える魔術だった。

そうなると

 

……ひたすら投影を鍛えさせるのが無難かしら?

 

あまりに異質なために直ぐに判断できなかったが、刃夜の言うとおり確かに今のままでは使い物にならないほどの物だった。

刃夜の腕が異常だったとしても、ああも簡単に壊されてしまっては、実戦で使えるわけもない。

これで士郎の特訓の方向性は固まった。

ひたすらに投影を繰り返しての反復練習。

スポ根そのものだったが、一番の近道ではあった。

そうして昼までの時間、士郎はただひたすらに投影を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

昼食をみんなで食べ終えて、それぞれがそれぞれすべきことを行って、その日の午後は終わりを告げる。

桜は魔力の消費を少しでも抑えるために休み、凜はイリヤに助力を頼んで秘密兵器の作成の準備を、刃夜は夜の寝不足を解消するために仮眠を取っていた。

そして士郎は土蔵にて、ひたすらに投影と強化を繰り返して、練度の強化を行っていた。

凜が驚いていた通り、士郎の投影は強力な武器となる。

だが士郎の腕がまだ未熟なために、脅威になり得ていないのが現状だった。

故にひたすらに、士郎は投影を繰り返して、自分の中に有るイメージの強化をしていく。

そんな士郎を、士郎自身に気付かれないように見ている存在がいた。

 

……シロウ

 

縁側から直接姿を見ずに、気配と魔力の動きによって士郎を見ているセイバーだった。

力を失い、そして士郎が全よりも個をとったために、違えてしまった存在。

しかしそれでも未だ令呪によって二人はつながっており、その令呪より士郎の思いがセイバーへと流れ込んでくる。

 

セイバー……アーサー王は実に優秀な王だった。

絶対的な魔力と最強の剣、そして最強の護り()を有していた彼女に、敵う者はほとんどいなかった。

アーサー王という絶対の強者の元に集う、円卓の騎士に稀代の魔術師。

ブリテンは平和になる……はずだった。

だがアーサー王はあまりにも優秀で、そして王としてありすぎた。

他国の軍勢がブリテンを攻めてきたとき、進路上の村が襲われることを伝令より聞いたアーサー王は、迷わずその村を切り捨てた。

数百の命のために、国全体を危機にさらすわけにはいかない。

その判断は王として至極正しかった。

しかし、部下たちは王とは違い、まだ人間としての感情を持っていた存在だった。

部下達も心ではわかっていた。

少数のために国全体を危機にさらすのは愚かであると。

だがその切り捨てる行為を、何の躊躇もなく行えてしまうアーサー王を見て、迷ってしまうのだ。

この王についていっていいのかと。

そうして完全な王としてあろうとした彼女から一人、また一人と心が離れていった部下達と、息子の内乱によってアーサー王は命を落とした。

だからこそ士郎に対して、アーサー王は……セイバーは期待していた。

()よりも他者(全体)を取ろうとする士郎に。

 

自らの行為が間違いではなかったという答えを……見たかった。

 

だが士郎は己の願いを優先した。

期待していた分だけ、セイバーには落胆が大きかった。

だからこそ、衛宮家に戻ってきたが士郎とはほとんど会話をしていなかった。

しかしどうしても嫌いになりきれなかった。

 

……どうして

 

「気になるなら話しかけたらどうだ?」

 

背後よりの声に、セイバーは勢いよく振り向いて警戒する。

セイバーの視界に写ったのは、眠そうにあくびをしながら立っていた刃夜だった。

 

「士郎のことが気になるんだろう? まぁ確かに仲違いしたとはいえ契約者だもんな。気にはなるか」

「……なにがいいたい?」

 

力を失ってしまったセイバーは非力な少女でしかない。

今この場で戦ったのならば、瞬時に決着がつくだろう。

それでも騎士の誇りとして、セイバーは隙だけは見せないように、警戒を怠らなかった。

 

「なんでお前が士郎のことを嫌いになったのかは知らない。お前の過去が関係あるのかも知れないが、それも正直言ってどうでもいい話だ」

 

ぼりぼりと、緊張感のかけらもなく頭を掻いているその姿は、はっきり言ってケンカを売っているとしか思えない。

そんな態度の存在刃夜から、言葉を聞く必要性もないだろう。

しかし、セイバーはどうしてか聞かなければいけない気がして、黙って聞いてしまった。

 

「仲違いする前と今でお前ら二人の何が変わったのか? そう考えるとお前も生前は全体のために頑張っていた存在なんだろうな。だから正義の味方をやめてしまった士郎が、許せないのかも知れない」

 

刃夜も直接見ることの出来ない、土蔵の中で必死になって訓練を行っている士郎の魔力へ、感覚を向けていた。

セイバーも、視線こそ刃夜に向けつつも、同じように士郎の魔力へ意識を向けている。

 

「話したらいい……と思いもするが、それで簡単に理解し合えたら苦労はしない。故に……俺個人の意見を述べておこう」

「あなたの意見?」

 

思わずそうつぶやくセイバーに小さくうなずいて、刃夜は土蔵へと目を向ける。

それを横で見ていたセイバーは、何故かその視線が……土蔵に向かっていながらどこか別のものを見ている気がしてならなかった。

 

「俺もお前も……士郎も、ただの人間に過ぎない。それを忘れちゃいけないんだ。どんなに強い力を持とうとも、どんなに人間離れしてようとも、俺たちは人だ。人間なんだ」

 

ズキン

 

刃夜の言葉を聞いて胸に去来した痛み。

その痛みがなんなのか、セイバーにはわからなかった。

だがどうしてかその痛みが……どうしても気になり、消えることがない。

 

「人の間と書いて人間。まぁこれは漢字圏に住んでいる人間だからこその考え方だが……。よほどの変人とか、傑物とかじゃない限り、人間ってのは一人じゃ生きていけないんだろうな、きっと……だからさ……」

 

そこでいったん区切り、刃夜はセイバーに正面と向き合った。

向けられる眼差しにはただただ、真摯であり、真剣な瞳だった。

 

「ちゃんと見てやれよ。違えたとはいえ元は自分の主人だろ? いや、パートナーか。見てみればいい。人間ってのを。そうすればきっと何かが見えてくるさ」

 

そう言い残して、刃夜はセイバーの返事も待たずに背を向けた。

おそらく再度仮眠を取りに行くのだろう。

あくびをしながら去る姿は、人をバカにしているようにしか思えない。

セイバーはその言葉を無視することも出来た。

だが、刃夜の表情と言葉は、セイバーの脳裏にひどく残っていた。

 

 

 

 

 

 

仲介役というか……間を取り持つって結構大変だなぁ……

 

嫌われても構わないから敵を殺さないようにしていた俺が、どの面下げてこんなことしてるんだろうなぁと思うも、それをせねばならないために俺は仕方なく、この歪すぎる協力関係のフォローをしていた。

ここまでややこしい状況になってしまった一端が、俺にも原因が有るのでそれも仕方のないことなのだが、それでも面倒ごとに違いなかった。

 

「人間か……。本当に、俺がどうしてそんなことを言うのやら」

 

さんざん人間離れした俺が言うのだから、滑稽に写っていること請け合いだろう。

どでかい大剣や、ハンマー、銃の機構をそなえたガンランスとどでかい楯を持った上に、非常に重い鎧を身に纏ってた連中だった。

ゲームに出てきそうな、普通に考えておかしい人間達からみても、俺は異常だったのだから。

 

人間……か……

 

モンスターワールドでは余り人間扱いされていなかったためなのだろうか、そんな言葉がすっと出てきたのは。

竜種を一刀両断し、どんな堅牢な鱗なんかも易々と切り裂いた夜月と狩竜。

それを扱う人外の俺を、尊敬と畏怖と恐怖で見ていた人間は多かった。

 

それでも……あいつらは俺と共にいてくれたんだよな……

 

人の間にいてこそ人間。

この言葉がするりと出てきた。

それはつまり、俺は今まで人の間にいていたことを自分自身が気付かないながらも、実感していたと言うことだろう。

 

ムーナを理由で追い出されたあのとき……もしも本当に一人で発っていたらどうなっていただろうな……

 

あのとき恐怖の対象だったリオレウスの赤ん坊を、抱いていた俺に抱きついてきた二人。

そしてその二人の姉貴分だったあいつ。

騒がしくも愛おしい時間だった。

だからこそ、俺は……

 

「あぁ……そうか……」

 

そこで俺は自分自身で気付いていない自分の感情に気付いた。

こんな事を思っていいはずもない、こんな事を思う資格もない。

だけど……

 

「……俺は寂しかったのか……?」

 

この世界にきて、ほとんどが一人だった。

士郎もいた、大河もいた、美綴がいた。

だがそれでもそれぞれに帰るべき家があり、場所があった。

それはあいつらも一緒だった。

鍛冶場のある家や、各々の家を持っていた。

だから歪な形とはいえ……

 

 

 

今朝も行くのだろう刃夜? あの林に。また斬り結ぼうぞ

 

 

 

朝、目を覚ましてすぐに言葉を交わす相手がいる。

それがどれほど嬉しかったのかを、俺はようやく自覚した。

だから、こんな他人から見れば最低なことをしていると解っているにもかかわらず、俺はここにいるのかも知れない。

 

自分のためにも、そして、俺と同じ思いをさせないために……

 

 

 

なぁ……そうだろう……

 

 

 

もういなくなってしまったあの子のことを思う。

 

平行世界とは可能性の世界だって聞いたことがある。

 

もしかしたらあの子が、この世界にいるのかも知れない。

 

だがそんなことはどうでもいい。

 

ただ、そう呼びかけただけだった。

 

あの子はもう逝ってしまったのだから。

 

だが、俺の心から消えることはない。

 

だから再度俺は誓った。

 

 

 

こんな思い、させるわけにはいかないよな

 

 

 

あの二人に……

 

そして何よりも、俺がすべきことをするために。

 

俺は二人を助けることの決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

その後夕食も特に問題がなく終わりを告げるのだが……一つだけ異変があった。

 

「先輩……この肉じゃが、味付け変じゃないですか?」

 

異変と言えばそれだけ。

普通においしい肉じゃがに対して、桜が言ったその言葉。

朝は刃夜、昼は凜と桜が作ったために、家主として人に任せ切りは出来ないと言って、士郎が作ったのだ。

桜の味付けに対してのコメントで一瞬慌てる士郎だったが、しかし直ぐに桜自身が否定してそれは終わった。

誰もが首を傾げたがそれだけだった。

そして深夜。

士郎は小さな音を聞いて、意識を覚醒させる。

部屋の外にそれとなく気配を感じて、士郎は廊下へと声を掛けた。

 

「起きてるよ、桜」

 

入ってきていいと意思表示をして、桜が襖を開ける。

薄暗い部屋の中においてもなおわかるくらいに頬を赤くした桜がそこにいた。

 

「ごめんなさい先輩……。わたし……」

 

それを聞いて士郎は自分を殴りたくなった。

桜がこんな夜更けに来る理由。

それは(魔力)を吸収しなければいけないからだ。

故に、士郎は謝った。

 

「ごめん桜。もっと気を回すべきだった」

 

女の子が必要とは言え夜ばいに来るというのは、ひどく恥ずかしい行為だろう事は、さすがの士郎も想像できる。

だから桜が言葉を発する前に、士郎は桜を抱きしめた。

そうして二人は同じ布団で眠りにつく。

互いを愛し、互いに支え合うために。

性という魔力を吸収し、性という魔力を与える。

それは愛情というには、あまりにも明確な理由があった。

しかしそれでも互いに引き合っている二人は、互いをむさぼり、愛しみ合う。

 

例えそれが……

 

 

 

餌を与える事になっていると……周りはもちろん

 

 

 

 

 

 

当人(・・)も気付かないままに。

 

 

 

 

 

 

寒いな……

 

今日も今日とて、俺は美綴のマンションの屋上で、寒さに震えていた。

理由はもちろん言うまでもなく……

 

『美綴のストーカーとやらだな。仕手もよくやる』

『お前、わかってて言ってるだろ?』

 

冗談を飛ばしてくる封絶をこづきながら、俺は暖めたお茶をすすった。

本日はほとんど外に出なかったためか、しゃべる機会も少なかったので饒舌な封絶と共に、俺はいつものように美綴の護衛に当たっていた。

そう、本来ならばそれで終わるはずだったのだが……。

 

 

 

投影ねぇ……。なんというかよくわからんなぁ……

 

 

 

昼間道場で始めてみた、士郎の魔術。

 

その魔術……投影によって生み出された一本の剣。

 

あれを見た瞬間に俺は、一瞬殺意と嫉妬を覚えた。

俺の今までの人生とは、鍛治士、そして剣の人生がほとんどだ。

幼少時……それこそ立って歩ける程度の自意識が確立したくらいからは、もう修行に入っていた。

鍛冶場で焼ける鉄の熱、焼けた鉄を叩く音を……。

子供用に鍛え上げられた、人を殺すことが出来る剣を振るっての感覚を……。

血反吐をはいたという生やさしい物ではない。

それこそ何度も本当に死にかけ、秘薬や気力の活性で半ば無理矢理生き返らせられたことも多々ある。

そんな生活を二十年近く続けて、今の俺が存在する。

狩竜、雷月、蒼月。

今手持ちの中では俺が打ち、鍛え上げた刀はどこに出しても恥ずかしくない物だ。

俺の大切な刀で、大事な相棒だ。

 

だからだろうか?

 

魔力のみで一瞬で得物を生成してしまう技を見て、俺は迷わずに切り捨てていた。

 

士郎が増長しない……そもそもあいつはそんなことしないだろうが……ためにというのもあったが、それでも理由の大半は怒りと嫉妬だった。

 

俺も修行が足りないなぁ……

 

遠坂凜が驚いていたと言うことは、間違いなくアレは異常なことであり、士郎にとっての才能と言うことになるのだろう。

だがそれでも鍛造士として、俺はあの剣を許せなかった。

 

一本の剣を鍛え上げるのに、どれだけの気力を注ぐと思って……

 

と、そこまで思考して、俺は無駄な事だとようやく少し冷静になって、思考を外へと追いやった。

俺の怒りと嫉妬は置いておくとしても、あの能力は大いに役立つことだろう。

士郎の魔力総量がどれほどかはわからないが、昼間の様子を見る限りではそこまで魔力を必要としないのだろう。

故に後は士郎の魔術の技量と剣の技量次第で、あの能力は存外に化けることになるだろう。

 

俺が手伝えることは……

 

手伝えることは有るか?

そう思ったとき、俺のそばに強烈な気配が舞い降りる。

念のために封絶へと手を伸ばしたが……その必要がないことを悟り、俺はその手を元の位置へと戻した。

ここに張ってから数日経つ。

そのときになって初めての客がやってきた。

 

といっても、ここ、俺の家でもなんでもないけどな

 

「出てきたらどうだ? 話しも出来ないぞ?」

 

俺の呼びかけに応えて、赤い弓兵が……士郎のなれの果てが姿を表す。

得物を出してはいないが、とても友好的とは思えない目を向けてくる。

士郎=アーチャーという図式を考えれば、アーチャーが剣を虚空より出現させる力も……

 

投影だったということだ……

 

前から間違いないとは思っていたが、先ほどの投影の剣で確信した。

この赤い弓兵は間違いなく士郎のなれの果てであるということを。

練度、というよりも完成度が格段に違ったが、それでも根っこというよりも感触が間違いなく、アーチャーが持っていた剣と同じ物だったからだ。

 

「……何故黙っていた?」

「別に。そのうち遠坂凜あたりが気付くだろうしな。言うまでもないと思っただけのことだ」

 

やはり聞きたいことはそれだったらしい。

士郎を殺そうとしている理由は今を持ってしても謎だが、それでも一度引いたのならば、俺がこいつが士郎のなれの果てであることをばらす必要性はない。

実際、遠からずばれるのは事実だ。

何せ遠坂凜が驚愕に目を剥くほどに異常な能力だったのだ。

ならばそれと同じようなことをしている存在の事を、疑わないわけがない。

 

「マスターの命令が有るからなのかどうかは知らないが、お前が行動に移さないのがどういう事かは解らない……。が、少しでも桜ちゃんがかわいそうだと、罪悪感を覚えるならば……手伝ってもらうぞ?」

 

壊れたままの士郎がこうなってしまったというのが、目の前にいるアーチャーという存在なのだろう。

だがあいつは少しずつだが戻ろうとしている。

正義の味方から、ただの人間に。

もしかしたら、今の人間に戻ろうとしている士郎のなれの果てが、アーチャーなのかも知れない。

だがそれは何となく違う気がした。

 

そう会話をしていたとき……

 

 

 

俺の左腕の中の老山龍の力が、龍脈の乱れを検知していた。

 

 

 

 

「むっ、これは!?」

「お、気付いたか?」

 

そばで現界下赤い弓兵が、鋭い目線を新都へと向ける。

どうやらアーチャーも感じ取ったようだった。

それに対して驚いた俺に、アーチャーは更に驚いた視線を俺へと投じた。

 

「貴様!? 気付いて……」

「気付いていたさ。だが……今の俺ではどうしようもない」

 

拳を握りしめながら俺はそう答えた。

そう、どうしようもないのだ、今の俺と俺たちでは。

だからなんとしても早々に動かなければいけない。

藤村組の連中と雷画さん、大河、そして美綴。

それらが最優先時効だが、他の無実な一般人も見捨てる理由はないのだから。

 

……間に合うといいのだが

 

この街が、無人の廃墟になる前に……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

真っ赤な……まるで血の海のような中に、それはいた。

 

生け簀の中にいる……。

 

それはそう感じていた。

 

 

 

だって……こんなに苦しいのに……

 

 

 

息苦しさを覚えて、それを解消するために息を吸う。

 

だが空気を吸っても吸っても、息苦しさが解消されない。

 

故に生け簀からでるために、それは必死になって上を目指した。

 

道行く途中で、いくつもの羽虫を殺して……

 

 

 

そうしてそれは一番高い塔へと上り詰めた。

 

 

 

その体を、黒から赤へと変色させて。

 

 

 

そして歪なその体を変化させて天へと手を伸ばす……。

 

しかしその高い塔よりも更に高いその頂へと往くことは出来ず……

 

その手をのばしても届かずに……

 

そしてその手が高さに耐えきれずに落ちていく……

 

 

 

それはまるで街を覆い尽くすかのように広がって……

 

 

 

 

 

 

「!? ぁっ!?」

 

そこで意識を覚醒させる。

寝汗はひどく、そしてその夢がまるで現実で合ったとでも言うかのように、息苦しさは夢から目が覚めても続いていた。

妙に現実感のある夢とその内容に愕然として……熱くほてっている体を抱きしめた。

 

そのとき……両手にぬるりとした感触と、鼻をつく血の臭いを感じ取った。

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

手野の感触があまりにもリアルで……少女は必死になってその手を体から遠ざけた。

しかし目にしたその手にはなんの変化もない、ただのいつもの自分の手だった。

錯覚というにはあまりに生々しい感触に、少女の体は震えていた。

 

「顔……顔を洗いに……」

 

そうすれば少しはさっぱりとするかも知れない。

そう思い体を起こそうとするも、体は全くいうことを聞いてくれず、そのまま崩れ落ちる。

夢の内容と同じように息は苦しいままだった。

 

それが現実であると言うかのように……。

 

 

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

 

 

熱のせいか思考はまとまらず、頭にあるのはただ壊れている感覚と。愛欲と飢えだった。

欲求は性と精と優しい言葉と気持ち。

先ほどあれほど貪ったというのに、未だ満ち足りていない自分に愕然とした。

 

 

 

どうして……

 

 

 

あれほど求めたというのに……

あれほど乱れたというのに……

体は精をほしがった。

今までからっぽだった反動なのだろうか?

だから一人では足りないのか?

だが彼以外の人間にそれを求めることなど考えたくもない。

だからもっと長く……もっとずっと彼と、いつまでもどこまでも一緒にいたかった。

 

 

 

いつでもどこでも……自分のことだけを考えてくれる……

 

 

 

そんな彼が欲しいと……

 

 

 

そう思った。

 

思ってしまった。

 

 

 

それが実現したらどれほど自分に取って幸せなのかと……

 

 

 

ただただ、相手を自分にとって都合のいい存在としてしまいかねない自分の心と想い。

 

 

 

それが普通であるわけがない……。

 

 

 

壊れていってしまう。

 

 

 

「ぅ……ぁぁ……」

 

いつのまにか起きて机に寄りかかっていた。

崩れそうになっている体を机に預ける。

夢は日に日に明瞭に……そしておかしくなっていく。

夢が日に日に……怖いことと、おかしいものだと思わなくなっていっている。

 

壊れていく、崩れていく。

 

体だけではなく……心までも。

 

 

 

「いぁ……」

 

 

 

自分が壊れていくのが、崩れていくのは構わなかった。

だがそれ以上に、彼がいなくなってしまうことが恐ろしかった。

こんなにも醜い自分を、こんなにも汚れてしまった自分を愛してくれている彼に、嫌われ疎まれ、いなくなってしまうのが心底恐ろしかった。

自分以外の人と幸せになるべきだと想っていた。

だけどもうそれは出来ない。

 

 

 

だって先輩は……もうわたしのものなんだから……

 

 

 

その思考がおかしいと想うことはなく……

 

少女は……桜は……

 

 

 

必死になって自分の心を保っていた。

 

 

 

もう壊れて言っていることを自覚しながらも、それがどんどんとおかしな方向に向かっていることに、気付かないままに……。

 

 

 

 




最近何もする気力がおきません

パワハラに近いかもしれない行為(いや、俺が悪いところも多々あるんだけど)

精神的にもろい自分

……モンハン4Gで少しは回復すると良いんだけどねぇ

まだ死にたくはないしなぁ

だが胸が苦しくてしょうがない今日この頃

生きるって……面倒だねぇ


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滲む暗闇

現実に押しつぶされていて、何もする気が起きなかった
まぁいつものことかも知れませんが、二ヶ月ほど放置してしまった
このままだといつ終わるのやら
というよりも戦闘シーンとかがなくてマジで面倒だぜ!

くそぉ!

BGMも大好きなのがあるし、ある意味一番納得の出来るルートだから桜ルート結構隙なんだけど!

心がおれそうだぜ!





 

 

 

「……ぅ」

 

朝、ぼんやりとした意識が覚醒して、士郎は目を覚ました。

 

……眠い

 

はっきりと意識が覚醒しないことに疑問を覚えつつ、士郎は身を起こす。

妙に気だるい体が何故だろうと思いながら……頭を掻いている。

 

似たようなことが……最近合ったような……

 

そこまで思考して、士郎は先日の初めての時と、昨夜の行為を思い出す。

それによって一気に意識が覚醒し、顔が真っ赤になった。

 

そう言えば昨日も……

 

昨夜の出来事を明瞭に回想して、士郎は掛け布団に突っ伏した。

文字通り搾り取られて落ちるように眠ったのだ。

それが前回とは違うこと。

互いに互いを求め合い、貪るようにして、果てた結果だった。

 

そう言えば桜は……

 

前回は自分の腕の中で眠っていた存在が、今朝は見あたらない。

それを不思議に思い咄嗟に部屋の中を見回すと、時計が目に入る。

その時計に刻まれていた時刻は……

 

「うわ、完全に遅刻だな」

 

時刻はすでに八時を過ぎていた。

遅いとは言わないが、普段早起きの士郎から見れば当然のように寝坊だった。

遅刻とは学校に遅刻という意味であるが、今聖杯戦争の真っ直中で、しかも相当切羽詰まっている状況ではのんびりと学校に行っている場合ではない。

だが学校に行くことは出来ないとはいえ、普段の習慣というのはそう簡単に抜けるものではなかった。

 

朝飯どうしたかな?

 

昨日、一昨日と刃夜が作っていた上に、他にも料理をすることの出来る人間はいるので、特に心配はないと思いつつも、それでも家主として、今まで一家の台所を一人で切り盛りしていた自負がある士郎としては、完全に人任せにしてしまうのは抵抗があった。

急いで今へと向かうその途中、縁側にて……

 

「ぁ、先輩」

 

ばったりと居間から出てきた桜と鉢合わせをする士郎。

 

……大丈夫そうかな?

 

ぱっと見た限りでは特に体調が悪そうには見えない桜の様子を確認して、士郎は内心でほっと息を吐いた。

しかしそれも一瞬のことで、寝坊したことの謝罪を直ぐに行う。

 

「おはよう……っていうにはいつもより遅いか? ともかく今朝は悪い。寝過ごしてさっき起きたばっかなんだ」

「……」

 

そう謝罪するも特になんの反応も示さない桜に、士郎は首を傾げる。

どこか夢見心地とでもいうのか……そんな感じに桜はぼーっと士郎の顔を見つめていた。

 

「お、オハヨウございます先輩!」

 

熱でもぶり返したのだろうか? そう思い手を伸ばしたそのときになってようやく、桜は再起動し、元気いっぱいに挨拶を返してきた。

若干イントネーションがおかしかったが、特に心配はいらなさそうだった。

 

「よかった、元気いっぱいって感じだな。その分だと体調も大丈夫そうか?」

 

それは何気ない会話の中で出した一言。

しかしそれの意味するところは……

 

「は、はい! せ、先輩のおかげで元気いっぱいです! げ、元気を先輩に分けてもらいましたから!」

 

士郎の何気ない一言で顔を真っ赤にする桜。

 

元気を分けた? それになんで顔を赤く……っ!?

 

そこまでいきついて、ようやく士郎はその意味するところを理解した。

ここに至るまでにここまで時間がかかったと言うことは、まだ士郎は寝ぼけていたのだろう。

自分自身も、顔が一気に熱くなり、赤くなっていることを士郎は十分に自覚した。

そして恥ずかしそうに顔を伏せている桜を見れば、昨夜の出来事が夢でも幻でもないことを教えてくれる。

そして 昨夜の情事の最中の、自分のあまりにも粗野で獣じみた行動を思い出す。

 

「その……桜。昨日は、乱暴だったな、ごめん」

 

昨夜の記憶と行為で頭がくらくらしながらも、士郎は何とか桜に対して謝罪した。

それに対して桜は……

 

 

 

「はい。でも……わたしは嬉しかったです、先輩」

 

 

 

と、朝からとんでもない爆弾を士郎に対して投下した。

その言葉は、まごう事なき喜びが満ちた言葉だった。

恥ずかしいが、それ以上に喜びを感じている。

そんな声だった。

そして桜の表情は、真っ赤になりながらも優しい微笑を浮かべている。

桜の言葉と笑みは、士郎の理性を破壊するのに十分な威力を兼ね備えていた。

 

それこそいまこの場で押し倒してしまいそうになるほどに。

 

しかし幸か不幸か……。

 

「士郎起きてるんだろう? さっさと飯食いに来い! いつまでも食器が片付かないだろ!? 俺はお前の母親じゃないんだぞ!?」

 

居間からの怒号が縁側まで響いてくる。

別段決まりがあるわけではないが、朝食担当になりつつある刃夜だった。

その声は述べた言葉以外にも、怒らせる原因が有るようだった。

おそらく昨夜も美綴のマンションの屋上に行っていたので余り寝ていないのだろう。

もしも刃夜からの怒号がなければ本当に桜を襲っていたかも知れない。

それほどまでに桜が愛おしく思えてしまった。

 

「ご、ごめん桜! 刃夜が怒ってるから飯食ってくる!」

 

恥ずかしさのあまりに、右手と右足を同時に出しながらもこけずに器用に居間へと体を向けた。

何とか欲情を抑えて、士郎はまるでロボットのように機械的に足を運ぶ。

そのとき……

 

……

 

桜の表情が一変して暗くなったことに、体を反転させた士郎は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

そして居間へとやってきた士郎を迎えたのは、意外なことに刃夜ではなく凜の怒鳴り声だった。

腕を組んで仁王立ちして出迎えた凜の表情は当然のように「怒」のマークが浮かび上がっていた。

その後ろでは、食卓に温め直した朝食を並べている刃夜。

この家に居候し始めてからまだ日は浅いというのに、その動作は実に様になっていた。

 

「呑気に寝入っている場合じゃないのは衛宮君もわかっているわよね?」

 

仁王立ちのまま凜は首をクイッと、テレビへと動かした。

その動作は「テレビを見ろ!」と命令していることに他ならない。

 

なんでそんなに怒ってるんだ遠坂?

 

それを不思議に思いつつ、士郎はテレビへと目を向けて……今度こそ完全に意識が覚醒した。

 

これは……

 

それは昨日の朝もニュースに流れた光景の巻き戻しのようだった。

だが内容は全く違った。

昨夜新都で起きた昏睡事件。

一夜にして何故か大量の昏睡者が続出した。

そしてその範囲は実に50mに及んだ。

しかしそれが全てではなかった。

報道の最後に映し出された光景。

病院に運ばれている三桁以上の被害者達を移しながら、横に名前が映し出されており、その表題は行方不明者とかかれていた。

 

「行方不明者が14名。調べればもっと出てくるでしょうね。全体の10分の1に治まったのは不幸中の幸いかも知れないけど……」

 

先ほどまでの怒気はなりを潜めて、凜は実に淡々と事実を述べた。

さすがにここまでの情報を目にしてのんびりと寝ぼけているほど士郎もバカではなかった。

 

「これは……」

「そういうことよ。これが臓硯なのか、あの黒い陰が原因なのかは不明だけど、そんなことは関係ないわ。一夜にしてこれだけの犠牲者が出たって言う事実。この分だと数日後にどれだけの犠牲者が出るのかわかったものじゃないわ」

 

行方不明者。

それがまだ日常的なものであれば、まだ希望は合ったかも知れない。

だが今この都市で起こっているのは日常とはかけ離れた、魔術を使用した戦争だ。

そしてその魔術という神秘よりも更に謎の存在の黒い陰。

今のこの状況で、これがただの行方不明であると思う者は、この家には存在しなかった。

 

「遠坂……行方不明者ってのは……」

 

だがそれでも一縷の希望にすがり、士郎は思わず凜へと確認を取る。

しかし凜は現実をきちんと見据えて、その士郎の疑問に首を振った。

 

「あいつらは今、この街でやりたい放題やっているわ。私たちにまだサーヴァントがいるにも関わらずにね。それはつまりそれだけこっちが舐められている証拠。なら、見下されている私たちがやるべき事は、罪悪感に落ち込む事じゃないわ。そうでしょう?」

 

未だ臓硯の行方は掴めず、黒い陰の対抗策はなんとか出来たが、それでも敵のサーヴァントへの対応策はない。

軽く見積もっても6:4程の割合で敵に軍配が上がっている。

それも人間を喰らったということは、敵は以前よりもより強大になっているということ。

余り時間的猶予はなかった。

が……

 

「話はわかるんだが、それでも飯を用意したにもかかわらず、食卓にも着かずに立ったままテレビを見ているのはシュールだぞ? この後やることもあるんだろう? ならさっさと飯を食え、寝坊助。食器が片付かないだろう?」

 

シリアスな空気を、刃夜が一蹴する。

それでようやく二人は自分たちが考え込み重くなっていたことに気付く。

そして慌てて二人は動き出した。

確かに刃夜の言うとおり飯を食わない訳にはいかないので、士郎はありがたく飯をいただきつつも少し急いで朝食を食べる。

凜はその士郎の訓練のためと、秘密兵器のための準備を進める。

そんなちょっとあわただしい朝の風景を見つつ……

 

……不安だ

 

魔術という領分ではほとんど役に立てない刃夜は、不安を抱かずにはいられない。

 

それに俺自身のこともある

 

日々強大になっていく敵の怨念。

それらを吸収する事の出来る得物、狩竜。

だがそれを扱うのは刃夜自身に他ならず、そしてその狩竜を今の自分が扱いきれるとは……刃夜自身信じられていなかった。

 

間に合うのか……

 

敵が強大になりすぎて、倒しきれなってしまうかも知れない。

仮に倒しても、あの黒い怨念のような物をどうにかしなければならない。

そのとき、自らの得物を万全に振るうことが出来るのか……。

 

本当にやることは山積みだ……

 

刃夜も心の中で嘆息する。

だがそれで問題は解決しない。

故に刃夜自身ものんびりしている場合ではないと……気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

「衛宮君、あなたにお願いと、命令をするわ」

 

普段よりも遅めの朝食後に道場に集まったのは士郎、凜、イリヤの三人。

昨日とは打って変わり人数が半分になったこの道場で、凜が放った一言がそれだった。

桜は未だ体調が思わしくないのでとりあえず寝かしつけ、刃夜も用事があるということで昼寝もせずに出かけた。

そんな状況で呼び出された存在である士郎には、凜の言葉の意味がわからなかった。

 

てっきりまた投影の強化訓練を行うのかと思っていたんだけど……

 

「どういう意味さ?」

「そのままの意味よ。これ(・・)を作られるのは正直わたしとしては納得したくないことなのだけど……それでも今はこれしか方法がないわ」

 

……本当にどういう意味さ?

 

お願いでもあり命令をされる身であるというのに、士郎には凜の言っていることが全く理解できていなかった。

だが今朝から機嫌が悪かったのが、さらに怒りゲージが上昇していることから鑑みても、触れない方が得策だと学習している士郎は、なんの反論もせずに凜の言葉を待った。

 

「イリヤと一緒に材料を準備しているわ。それを用いて、あなたには秘密兵器を投影してもらうわ」

 

材料?

 

秘密兵器。

材料。

意味がわからない事を言っている事は、士郎にもよく理解できたが、その中でもっとも意味がわからないのが材料という単語だった。

投影は士郎の中に有るイメージを魔力を用いて現世に出現させる魔術。

 

まるで虚空から剣を取り出すように……

 

故に士郎の投影には材料は必要がない。

だが凜はあえてその材料を用意しているといった。

 

「まだ準備が整ってないけど、それまでに何とかして精度を上げてもらうわ。あなたのその投影で形だけでも大師父の護符を複製してくれたら……」

 

秘密兵器と言い、複製してくれたら……そこまで言ったにもかかわらず凜はその先の言葉を紡ごうとしない。

何故言葉を途中で切ったのかわからない士郎は、首を傾げることしかできない。

しかしそんな士郎の事を構っている余裕は凜にはなかった。

 

衛宮君が投影に成功したら……勝てるの?

 

自らが口にした希望的観測に過ぎない言葉を自問自答していた。

確かに士郎の投影は異常の中の異常だ。

だがそれはあくまでも異常と言うだけであって、今現時点では一つ手札が加わった程度の物でしかない。

だからこそ凜はイリヤの協力も得て、切り札の準備を進めていた。

士郎のイメージのみでは危ういため、それを補完、補助するために元々その剣の材料を用意しておく。

それによって後は中身のみにイメージを集中させることが出来る。

しかし……それでもどうしても不安は払拭できなかった。

 

大師父の課題が……そんな簡単な物の訳が……

 

「遠坂~?」

 

怖い顔をしてじっと考え込む凜を見て、さすがに見かねた士郎が声を掛ける。

そこでようやく凜は考え込みすぎている自分を戒める。

 

……やらせるしかないわ!

 

そう。

もはや今の状況は一刻の猶予もなく、戦力不足は否めない。

故に、やってもらうではなく、やらせるという命令になるのだ。

 

「ともかく、設計図を用意したわ。これをまず見なさい!」

 

そうして一枚の図面を見せ、それを補完として、徹底的なしごきが始まった。

ひたすら投影を繰り返す。

士郎自身も、凜が必死になっている理由はわかっている。

だからこそ、それに応えようと投影を繰り返すが……今の士郎の力量で、凜の納得できる物が生成できるはずもなかった。

 

「もういいでしょう、リン」

 

事ここにいたってようやく、今までずっと黙っていたイリヤが声を上げた。

ちょうど士郎の集中力がとぎれ、凜もこれではダメかも知れないと諦めかけた、そのときだった。

 

「今のシロウじゃ、宝石剣は作れない。それはあなただってわかってるでしょう?」

 

宝石剣?

 

聞き慣れない単語を耳にして疑問が浮かぶ士郎だったが、何となく納得している自分がいた。

何せ設計図を見る限りでは、どう考えても剣としては機能しない物だったからだ。

剣と言うことで、何かを切断すると言うことは間違いないと思われるが、その切断の対象が果たしていったい何なのかは、士郎には想像も出来なかった。

凜も半ばわかっていたことだった。

だからイリヤに反論もせずに顔を伏せる。

 

「なっていないな」

 

重い沈黙が降りた道場に、虚空より声が漏れ出す。

三人が一斉に声の主を探すがその姿はどこにも見られなかった。

そして二度三度、首を巡らせてようやく、その声の主が姿を現した。

凜のサーヴァント、アーチャーが。

 

「アーチャー?」

 

いきなり現れて何を言っているのか?

そう思うも、アーチャーの瞳を見て、凜は何も言えなくなった。

その瞳に宿した色は、とても一言では言い表せない感情を孕んでいた。

後悔、悲哀、諦観、嫉妬、悔恨……

 

 

 

そして、わずかな嫉妬……

 

 

 

だがそれに気付いたときには、すでに普段通りのアーチャーに戻っていた。

苛烈な戦闘の意思を宿した瞳に。

 

「凜、それを」

 

突然の登場に困惑している凜は、アーチャーに言われるがままに手にしていた宝石剣の設計図を渡した。

アーチャーはそれを一瞥した。

それだけで、アーチャーはその設計図を凜へと返却した。

そして……

 

ブゥン

 

鈍い音と共に、その場に一本の不可思議な剣が姿を表した。

巨大な宝石を削りだし、短い剣の形にした。

そんな形の物だった。

普通の刃物であれば刃に相当する部分である刃先は、荒々しく削り出されてそのままで、とてもではないが物を切断する能力がないのは明らかだった。

この剣が切断する物は普通の物ではないのだ。

そんな明らかに普通ではない形状の剣。

士郎はその「剣」目にした瞬間に悟った。

 

己が投影した物よりも遙かに精度の高い代物であることに。

 

「!? それって……」

 

凜にもそれはわかったのだろう。

今アーチャーが投影して見せた宝石剣が、士郎のよりもより本物に等しい贋作であることに。

それほどまでに、士郎とアーチャーの腕前は別次元の物だった。

 

「……貴様はまだまだ基本骨子の想定が甘い」

 

アーチャーその言葉は、まだ迷っているかのようにひどく重い物だった。

だがそれでも、その声によどみはなく、はっきりとその事実を士郎へと突きつける。

 

「……ぇ?」

「凜、この剣の生成、わたしが受け持とう」

「アーチャー……あんた……」

 

士郎とアーチャーが目の前で同じような物を生成した。

それは異常な魔術を扱う物が二人も存在するということ。

しかしアーチャーはサーヴァントだ。

今この現世に生きている存在ではない。

そして凜は思い出す。

 

未だアーチャーの真名を聞いていない事を……。

 

アーチャー……あなた、まさか……

 

「……やっぱりそうなのね」

 

驚愕に目を剥く二人をよそに、ただ一人この三人のやりとりを、悲しい瞳で見つめている少女がいた。

それに二人は気付かなかった。

二人の疑問をよそに、アーチャーは更に言葉を紡いだ。

 

 

 

「……貴様に出来るのはたったひとつだけだ。その一つを極めて見せろ」

 

 

 

その言葉はあまりに重く、そして全てを理解できる者はこの場には誰一人としていなかった。

 

しかし士郎だけは、その言葉を理解しないまでも、何故か心に重く響いていた。

 

「こいつには投影の特訓をひたすら繰り返させればいい」

「……え、えぇ」

 

話はすでに終わったとばかりに、アーチャーは士郎に背を向けて完全無視の姿勢を見せる。

その態度を見てかちんと来る士郎だったが、しかしその背中があまりにも大きく見えて、言い返す言葉は出てこなかった。

その間も凜とアーチャーの会話は続けられていた。

そうして士郎はお払い箱となった。

とりあえず士郎は引き続き投影の修行。

そしてそこに追加されたのが……

 

「秘密兵器を準備する手間が省けたから、あなたは戦闘技術を身につけなさい。剣がまともに投影できても、それを持っているのが凡人じゃ意味がないわ」

 

と、ありがたい凜の忠告で士郎の特訓項目は投影と剣術となった。

しかし教える人間が今現在いない……セイバーとは仲違い、アーチャーは教える気無し、消去法の刃夜は現在出かけている……ため、とりあえず午前はお開きとなり、イリヤと士郎が連れ立って買い物に行くこととなった。

 

人数増えたし、多めに買わないと

 

大食漢の大河がいなくなったとはいえ、それ以上に人数が増えている今の衛宮家では、今までの感覚で買い物をしては、直ぐに食材がなくなってしまうのは明白だった。

資金はそこまで多くないが、それに構っている場合ではなかった。

 

「よし、それじゃドカッと買うかぁ。イリヤ何か昼飯とかのリクエストはあるか?」

「うーん、そうね。シチューがいい!」

 

笑顔でそう言われては、士郎は断ることは出来なかった。

そのためまず向かったのは精肉店だった。

三日分の食材となると量もそれなりになってしまう。

故に少しでも安く仕入れようと、足を運ぼうとしたのだが。

 

「無防備だなぁ……」

 

そう後ろから声を掛けられて、士郎は一瞬固まりすぐに後ろへと振り向いたが、それは無駄なことだった。

 

「せめて誰かに護衛を頼めよ」

 

いくつも日常にそぐわない物……狩竜、竹刀袋、封絶を入れたシース……を持った刃夜だった。

竹刀袋と黒い布はともかく、狩竜はこの商店街のただ中と合っては偉く目立つはずなのだが、気にとめる人間はほとんどいなかった。

 

「じ、刃夜。脅かさないでくれ」

「脅しもするわ。とかいいながらまだ用事が済んでないから俺は護衛できないんだが。っとそうそうこれ」

 

用事がなんなのかを聞く前に、刃夜は懐へと手を伸ばして封筒を取り出して、それを士郎へと手渡した。

受け取った士郎はそれがなんなのかを確認するために中を開くと……

 

……札束!?

 

結構な金額が納められている封筒だった。

ぎょっと剥いた目を、刃夜へと向けて疑問を投げかける。

 

「それは雷画さんからの預かり物だ。渡すの忘れてた。以前に言っただろ? 大河が士郎の家に来ないようにしたって。そのとき預かった」

「雷画爺さんから?」

 

雷画、そして大河。

その二人の名を聞いて、士郎は最近合っていない、自分にとって家族のような人たちの事を思い出す。

五年前の冬木の大火災より失った血のつながった家族。

そしてその代わりとでもいうように、孤児の自分を引き取って亡くなってしまった切嗣。

広い衛宮家の武家屋敷でも、寂しさを感じなかったのは大河と雷画という、士郎にとって家族同然の存在がいたからこそだった。

 

「雷画さんから伝言だ」

「……え?」

「『その金は軍資金として渡す。好きに使えばいい。ただしそれを使うのならばやるべき事を成し遂げた後、きちんと生きてわしの前に顔を出すこと。理由は刃夜同様詳しくは聞きはしない』……だそうだ」

 

刃夜はそう伝言を残して、士郎の胸を軽くこづく。

士郎はその言葉をしかと受け止めて、その封筒を受け取った。

 

「んじゃ俺は行くな。イリヤ。もしもの時は町中だろうと関係ない。魔力を放出してくれ。直ぐに駆けつける」

「うん。ジンヤも気をつけてね」

 

イリヤにほほえみかけて、刃夜は二人とは別の方向へと歩いていった。

さすがに商店街という人目が多いところで跳躍して移動などはしないらしかった。

軍資金は入ったが、それでも日頃の習慣のために士郎は普段通りに少しでも安く食材を大量に手に入れる。

買い物途中こそつまらなさそうにしていたイリヤは、買い物を終え帰ることとなると嬉々として士郎の先を歩き出す。

 

「ほらシロウ! 早く帰ろう!」

「ちょ、まっててばイリヤ! 荷物は重くないけど食材がつぶれるかも知れないから余り走れないんだよ」

 

男の意地と言うべきか……ほとんど重たい物を持っている士郎だったが、さすがに六つも食材たっぷりの買い物袋を下げては走ることはできなかった。

しかしイリヤは走って移動しているため、何とかイリヤにおいて行かれないように早足で進んで行く。

走ることは出来ない。

卵と豆腐がつぶれてしまっては、食材が無駄になってしまうからだ。

そんな士郎の努力が嬉しかったのか、おもしろかったのか……イリヤは最初こそ笑顔で先へ先へと走っていたが、商店街を抜けて衛宮家最寄りの交差点へとさしかかると、士郎と歩調を合わせてぴったりと二人並んで歩いていた。

 

「~♪」

 

買い物袋を下げながら、イリヤは楽しそうに唄を口ずさむ。

士郎には何を歌っているのかわからなかったがどこか聞き覚えのある音楽だった。

幼少時、どこかで聞いたことがあるような、そんな優しい歌だった。

 

「~♪」

 

並んで歩きながら歌われるその歌。

イリヤの故国の言語なのだろう。

士郎にはさっぱり意味がわからなかったし、イリヤがどんな思いで、どんな表情で歌っているのかも士郎にはわからなかった。

 

「~♪」

 

言語も表情もわからなかったが、その声は明るかった。

素朴でありながらもどこか優しげな歌を口ずさみながら歩くイリヤは、きっと喜んでいると、士郎はそう思った。

 

「~♪」

 

交差点に設置されたカーブミラーをのぞくと、そこには目をつむって楽しげに歌う銀髪の妖精のような少女と、士郎の姿が映っていた。

端から見れば兄妹のように見えてしまうほどに、その光景は優しかった。

だからだろうか?

士郎は思わず夢想する。

もしも自分たちの間に、じいさん(切嗣)がいたのならば、それはどれだけ幸せな光景になったのだろうかと……。

士郎は切嗣とイリヤの関係を知らない。

士郎とは違い、血のつながった実の親子だと言うことを。

だが、切嗣の事を知っており、先日の朝に切嗣の話をした時のイリヤの表情で、浅からぬ関係であることは士郎もそれとなく気付いていた。

 

「なぁ……イリヤ」

「なに? シロウ?」

 

思わず呼び止めてしまった自分に、士郎は内心で苦笑した。

今のこの関係は、互いに嘘をつきそれを言及していないからこその関係なのだ。

切嗣とイリヤの関係のために、イリヤは士郎の討伐を命じられている。

当然士郎はそれも知らなかった。

しかしイリヤはふれあった士郎のことが嫌いになれなかった。

だからこうして嘘をつき続けている。

士郎も理解していた。

この終わりへの道にイリヤつきあってくれていることに。

 

あの夜の約束を……この銀髪の妖精が守ってくれていることに

 

だから……その気持ちに応えるために、士郎はこう言った。

 

 

 

「もし……この戦いが終わって帰るところがないなら、このまま俺の家で暮らさないか?」

 

 

 

 

そう、問いかける。

その一言で、今まで笑顔だったイリヤの表情に一切の感情が消える。

 

「それは、キリツグの息子として?」

 

その表情のままにイリヤは、そう問いかけた。

 

「……イリヤと切嗣(オヤジ)の関係がどんな物だったのかわからない。話してくれたら嬉しいけど、無理強いはしない。それに俺はイリヤが好きだから、一緒に暮らしたいって思うんだ」

「キリツグの代わりになるの?」

「それはできない。俺は切嗣(オヤジ)じゃないし、切嗣(オヤジ)の代わりも出来ない」

 

イリヤと切嗣の関係。

切嗣は第四次聖杯戦争にてアインツベルンの切り札として用意された、部外者の魔術使いだった。

魔術を用いる暗殺者。

士郎が決して知ることのない衛宮切嗣のもう一つの顔。

魔術師であるにもかかわらず、魔術を暗殺の道具の一つとして認識し、数々の魔術師を魔術と近代兵器で葬ってきた『魔術師殺し』の異名を持った人物であり、世界中を歩いてきた。

そんな彼をアインツベルンは自らの陣営に迎え、妻と第四次聖杯のサーヴァント召喚のための、宝具を与えた。

その妻との間に出来たのがイリヤだった。

仲の良い親子だった。

最優のサーヴァント(セイバー)と、魔術殺し(衛宮切嗣)の二人は聖杯に後一歩のところまでたどり着いた。

だがそれは切嗣の裏切りによって引き裂かれてしまう。

裏切り者(切嗣)とその養子である士郎の抹殺を命じられた、イリヤ。

 

それが士郎が知ることのない、イリヤの事情。

 

そう、本来ならばイリヤが士郎に協力していることはおかしいことなのだ。

協力するのが裏を掻くためであるということであれば不思議はないが、イリヤは純粋な気持ちで、士郎を手助けしていた。

それは彼女自身の小さな、気持ち。

その気持ちがこの提案が素敵なことで、嬉しいことだと感じていた。

だが……

 

 

 

「それは無理だよ。わたしは長生きできないから。一緒に暮らすことは出来ないわ」

 

 

 

綺麗な笑顔で、イリヤは士郎の提案を拒絶した。

 

「長生きできない?」

「そう。わたしにはわたしがしなければいけない使命がある。それは間違いなくわたしが身命を捧げなければ成しえないこと。だからわたしは一緒に暮らすことができない」

 

イリヤの使命。

それは聖杯戦争とは別の使命で有ることは、さすがの士郎も理解できた。

だがそれだけだった。

イリヤの身命を賭しての使命がどんな物なのか、理解することは出来なかった。

 

「ちょっと残念。もう少し早く言ってくれたら……運命が変わっていたのかも知れない。でも嬉しかったよ、シロウ」

 

寂しげな笑顔を浮かべていた。

そしてその言葉は、士郎に深い罪悪感を覚えさせてしまう。

 

また……俺は気付けなかったのか?

 

もう少し早く言っていれば運命が変わったかも知れない。

桜も、イリヤも。

こうしてまた、失ってしまうかも知れないという状況になってしまった、しまっていた。

寂しげに笑う少女の言葉は、確信に満ちていた。

つまり、己が死ぬという運命を……不吉な予言のような運命を、少女は受け入れていると言うこと。

それを否定しようとするが、イリヤはその前に背を向けて歩き出していた。

先ほどの歌は歌わずに……。

冬空のした、先ほどまで二人で聞いていた暖かな歌は流れず、寒い風邪だけが音を奏でていた。

だけど、士郎の耳には、イリヤの言葉と歌が残っていた。

 

 

 

 

 

 

夜十時。

静まりかえった夜に、士郎と凜は深山町の中を歩いていた。

姿は見えないが、アーチャーもこの場に存在していた。

ある程度対策手段を得たために、臓硯探索を開始したのだ。

アーチャーしかいない布陣というのは、少々危なっかしい状況ではあったが、万が一の事を考えるとライダーを桜から離すことは出来なかった。

刃夜も用事があると言うことで、早くにでてしまっていた。

 

刃夜は何をしてるんだろうな?

 

不思議に思うが、それを問いただすのはためらわれた。

いつもでる前に挨拶をしていく刃夜の表情は真剣そのものだったからだ。

 

「ちょっと衛宮君。ぼ~っとしてたら危ないわよ」

 

先導する凜にそう注意されて士郎はいったん思考を中止して、見回りに専念しようとした。

だが、直ぐに異常に気付いてそれどころではなくなっていた。

 

町があまりにも静かすぎるのだ

 

夜といってもまだ十時。

寝静まるには早い時間だと言っていい。

聖杯戦争が始まって以来、人が出歩くことを控えているので、外に人がいないのはそこまで不思議ではない。

 

「ねぇ、あそこ街頭もついてないんだけど、前からそうだった?」

 

家にも灯りはなく、それどころか街頭すらも明かりがともっていなかった。

警戒を強めるために、アーチャーが現界して凜の前に立つ。

そうして三人は歩いて状況を確かめる。

否、確かめるまでもないだろう。

だがそれでも確認しなければならなかった。

しかしそれすらも確認する必要がなかったのだ。

 

何せこの一帯に人の気配すらもなかったのだから。

 

不法侵入を承知で、三人はとある民家に立ち寄った。

だがそこには誰もいる気配がなかった。

 

 

 

ドクン

 

 

 

荒らされた様子はなく、窓が割られると言った強盗まがいの不法侵入の形跡もない。

あるのはところどころにある黒いしみ。

ただそれだけだった。

そのシミを見ると……

 

 

 

ドクン

 

 

 

何故か全く関係のない映像(桜との情事)が、士郎の頭がよぎっていく。

初めて黒い陰を目にしたとき。

森で黒い陰を見たとき。

その気配と匂いが、何故か桜へと結びついてしまう。

 

 

 

『先輩……。もし、私が悪いことしたら、どうしますか?』

 

 

 

「衛宮君? どうしたの? 他に気になるところでもあった」

 

否定したくて、否定して欲しくて、士郎は必死になって思考を中断した。

黒いシミに呑まれたことにして、士郎達は分析を続けた。

 

「この辺一帯をすっぽりと覆って有機物だけ溶かして消化した。そんなところかしらね。救いというのもいやだけど、痛みも恐怖も感じなかったのは不幸中の幸い……なのかしら」

 

それはつまり痛みも恐怖も感じないほどの一瞬の時間で、あの黒い陰は捕食を終えたということに他ならない。

 

「問題なのはこれだけの規模の行為だって言うのに、魔力を感知できなかったってことね。これがあの黒い陰の仕業なら、この捕食の行為はあいつにとって本当にただの食事って事になるわ」

 

もはやただの人がどうにか出来るレベルの範疇を超え始めてしまっている。

敵は捕食を繰り返すたびにより強大になっていく。

それも捕食を止めようにも感知できないのであれば、対処することすらできない。

完全な静寂となった町中を、三人は歩いていた。

 

 

 

その三人を、遠目から見つめる一つの存在がいた。

 

「ふぅむ。加減を知らぬのも問題よな。よかれと思って放置しておったが……そろそろ手を出さねばならんようだのう」

 

完全な静寂の町を眺めて、老人は嗤った。

それは心が壊れている証。

これほど凄惨な町をみて嗤うことが出来るなど、人であるはずもない。

 

「それにそろそろ、仕上げに取りかからねばならんのう」

 

嘲笑。

これから自らが行うことを心の底から楽しんでいる。

そんな表情だった。

 

 

 

三人はもはや何もすることが出来ず、早々に探索を打ち切った。

どれほどの範囲を黒い陰が吸収しているのか確かめる事も重要だったかも知れないが、それ以上に黒い陰の残滓に当てられて体力を消耗しないように努めることにした。

 

「お帰りなさい。町の様子はどうだった?」

 

衛宮家へと帰り三人を出迎えたのは、居間に残っていたイリヤだった。

その場に桜の姿はない。

 

……桜は……客間で寝ているはずだ!

 

先ほどの最悪な想像を捨てるように、士郎は必死になってそう自らを言い聞かせた。

そんな士郎に気付かずに、イリヤと凜は会話を続ける。

 

「もう手遅れだったわ。桜は?」

「ちゃんとベッドで寝てるし、起きた様子もないわ。ライダーを使役していないから、魔力も温存できているんじゃないかしら?」

「そう、だといいけど。でも警戒だけは解かないで。あの子、次に暴走するとしたらそのときはもう最後になるはずよ」

 

淡々と、凜は実の妹の死刑宣告を刻んでいく。

あれほどの廃墟を見ても、凜は必死になって普段通りの自分を演じていた。

むしろ実の妹を殺すという冷徹な魔術師としての自分を出すことで、自分を保っているのかも知れない。

 

「それとあいつは?」

「ジンヤならまだ帰ってきてないわ。どこで何をしているのか聞いてないけど」

「またか。あの男、今の状況がどれだけやばいか理解してないわけないはずなのに」

 

唯一あの黒い陰をどうにか出来るであろう刃夜は、協力体制を取った後も基本的に一人で行動を行っている。

何も手が出せない状況のために、より刃夜に対するいらだちを隠せない凜だった。

だが、それでどうにか出来ない相手であることを凜も理解できているのだろう。

溜め息と共に怒りをはき出した。

 

「もう寝るわ。イリヤは?」

「わたしも休むわ。何かをするって気分でもないし」

 

おやすみなさいと言い残して、イリヤは和室へと戻っていく。

 

「今夜はこれでお開きって事ね。衛宮君も休みなさい……って衛宮君? どうしたの? 顔真っ青よ」

「な……なんでもない」

 

必死になって振り払おうとしているのに、士郎にはどうしても振り払うことが出来なかった。

それを表に出さないように必死になっているのだが、うまくできていなかった。

それでもどうにかごまかして、凜と士郎は別れてそれぞれの寝室へと向かっていく。

 

体が重い……

 

障気に当てられたか、体がひどく重かったために、士郎は欲求に逆らうことなく布団に倒れ込んだ。

目を閉じて眠ろうとするも、目をつむればどうしても思考の隙間に割り込んでくる……最悪の想像。

 

くそっ!

 

イリヤのこと。

黒い陰のこと。

 

そして……桜のこと。

 

日に日に自由がきかなくなり、日常生活にも支障を来し始めてしまった桜。

刻印虫によって体を蝕まれていき、体の魔力を失っていく。

 

だから……桜のせいじゃない

 

刻印虫を植え付けたのは間桐臓硯。

故に桜のせいではない。

間桐臓硯さえ倒せば桜は自由になるが、そう簡単にしっぽを出す存在ではない。

今の士郎に出来ることは、魔力を与えることだけだった。

何度も、何度も……何度でも桜を抱いて魔力を与え続ければ……

 

大丈夫……な、はずだ……

 

なんの確証もない言葉。

その「大丈夫」という言葉が、どういった意味での言葉なのか、士郎は自分でもよくわかっていなかった。

 

「先輩……起きてますか?」

 

そんな士郎の思考を遮るかのタイミングで、廊下から声が掛けられる。

 

「起きてる。入ってくれ、桜」

 

横たえていた体を起こしてそう声を掛ける。

まともに働いていない頭も疲労も棚に上げても、今は桜の顔を見たかった。

襖を開けて入ってきた桜は、いつも通りの桜だった。

 

「ごめんなさい、物音がしたから先輩が帰ってきたと思って、来ちゃいました」

 

そう控えめに入ってきた桜の様子はいつも通りだった。

引っ込み思案で気が利き、言いたいことを我慢して、それでも一生懸命に笑っている……士郎にとって大事な存在。

高校に入ってから急に綺麗になって、二人で向かい合っていると抱きしめたいほどに可愛く、守りきると誓った少女。

 

「その……ただお休みなさいって言いに来ただけなんです。先輩のおかげで調子もいいのでよく眠れそうです」

 

いつも通りの……桜だ

 

士郎から見て、桜は本当にいつも通りの桜だった。

だが、どうしても不安をぬぐい去ることが出来ずに……士郎は思わずこう問うた。

 

「桜……ちゃんと寝てたか?」

 

己の無力さと、町の状況。

それらがない交ぜになって心も体も疲れていた。

そんな弱さがこぼれて出てきた言葉。

それに対して桜はかげりのない穏やかな笑みで……

 

「はい、ぐっすり眠れました。怖い夢を見ちゃったけど、寝付くまで先輩がいてくれたので、我慢できました」

 

怖い夢。

それはどういう内容で怖い夢なのか?

本来で有ればそれを聞かなければいけない。

だがどうしても士郎は聞くことが出来なかった。

その代償……代用行為とでも言うものか、士郎は桜の手を取って抱きしめて、そのまま抱いた。

 

それは今までの互いを大切に思うが故の行為ではなく

 

獣じみたように荒々しい物だった

 

魔力を与えるという名目で、不安をごまかすかのように

 

そうして不安をぬぐおうとすればするほどに何度も何度も

 

その行為が逆に、自らの考えが正しいと認めてしまっているということに気付いたのは、桜の重さを感じながら落ちるように眠ったそのときだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

出来た……

 

深夜、俺はいつもの習慣として柳洞寺へと赴いてから、小次郎と剣の練習と仕合を行っていた、武家屋敷跡に訪れてとある剣技を開発していた。

 

野太刀を相手に勝つための剣技……というよりも技である

 

 

 

間違いなく……あたることになるだろう

 

 

 

もはや確定事項と言っていい。

そしてそれを他の連中に任せるつもりはない。

 

本当に、おもしろい展開というかなんというか……

 

波瀾万丈ってのが実にぴったりな状況と言っていいだろう。

料理屋で一年近く呑気な生活を行っていたのが本当に遠い昔のようだ。

 

そう思うほどに……

 

 

 

俺はそのときを心待ちにしていた……

 

 

 

これが今の俺に出来る精一杯……だな……

 

何とか形は出来たので、後は練度を増すだけなのだが、()がいる可能性がある以上、夜とはいえ余り手の内を見せるのは好ましくない。

 

一応成功したからよしとするか……

 

とりあえずそう結論づけて、俺は振ったままの姿勢で固まっていた体を戻し、狩竜を宙へと放り投げる。

その間に普段とは違い、帯で腰に装備していた夜月と雷月を取り外し、帯も取る。

更に狩竜の鞘を組み立てて、落ちてきた狩竜を納刀した。

 

『相も変わらず、おもしろいことを考えるというか、実行するというか……』

「おもしろいか? 俺から言わせればモンスターワールドのモンスターの方がよほど興味深かったぞ?」

 

俺の練習風景を見学していた封絶からの言葉に、俺は俺の素直な感想を述べる。

火を吹いたりする竜や、雷をはく獅子がいるのだからよほど笑えた物だったが……。

 

まぁ俺の場合は人間の戦闘に置いてはキチガイじみた人間を結構知っているしな……

 

『それもそうかもしれないな。この世界には獣はいてもモンスターはいないようだしな』

「いたら大騒ぎというか、それこそ軍隊が何度出動していることになるか……」

『軍隊?』

「銃ってのはすでに知っているよな? といっても粗悪なトカレフとかしか知らないだろうが。銃の使用や、装甲車や戦車の使用を前提とし、集団での行動を主とする国家防衛のための機関のことだ」

 

全ての武装をしまい、俺は武家屋敷の縁側で封絶を会話を楽しんだ。

その胸の内に宿した、どす黒い感情を隠すかのように……。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

また、怖い夢を見ている……

 

士郎の腕の中で眠っている桜は、そんな他人事のような感覚で、その夢を第三者のように見つめていた。

ひたひたと歩いていくそれは、歩くたびに人を捕食し喰らっていく怖い物だった。

見たくないと思いながらも、何故か目を背けることも出来ず、桜はその夢を見続ける。

それはまっすぐに導かれるように、新都へと向かっていった。

 

ドコヘ向かっているんだろう?

 

行き先も定まらずに歩いているようには見受けられなかった。

そうして見ていると、何故か親近感を抱き、恐怖が薄らいでいっていた。

毎日見ていたために見慣れてきたのだろう。

だがそれ以上に桜はこう思ったのだ。

その黒い何かは悪い心を持っておらず……

 

食事の仕方が私たちと違うだけ……

 

だと。

 

「       」

「       」

「       」

 

道を歩いていると、夜中にもかかわらずバカ騒ぎをしている若者を見かけた。

そちらの方へと……食べ物の方へとそれは向かっていき、喰らった。

ここ最近で食事のこつをつかんだのだろう。

その手際は実に無駄のない物であり、無駄なく食すように……心も体も余すことなく食していた。

その食事風景に、普段とは違い喜びの感情が強く表れていたことに、桜は気付いていた。

喜ばしいことがあったのは桜自身も同じであり、そんなところにも親近感を覚えてしまう。

 

初めて……先輩から求めてきてくれた……

 

士郎から必要とされること、士郎の望みを叶えること。

それが桜の幸せの一部だから。

だから桜にとって今夜はとても喜ばしいことだった。

その喜びを……

 

 

 

「ほぉ、精が出るな? 今夜は普段の倍を食す気か?」

 

 

 

とても恐ろしく、怖い人に出会ってしまった。

それが恐ろしいことは黒い何かにもわかったのだろう。

黒い何かが怯えているはずなのに、何故かその夢を見ている桜も恐怖を覚えていた。

そして怯えながら逃げる。

その姿には桜は見覚えがあった。

 

『いまのうちに死んでおけ、娘。なじめば死ぬことも叶わなくなるぞ?』

 

自殺をしろと忠告しにきた、金髪と赤目の青年だった。

ひたすらに逃げる。

夢を見ているはずなのに、何故か桜は恐怖し、逃げるたびに息苦しくなっていく。

だがそれは逃げているのではなく、誘い込まれたが故の逃走劇。

その逃走劇も路地裏に追い込まれたことで終わりを告げた。

 

「聖杯の出来損ないになるのではないかと期待したのだが、よもやアレに至るほどになるとはな。惜しいと言えば惜しいが……」

 

降り注ぐ、死の雨。

降り注いだその滴は全てを切り裂くほどの威力を有し、黒い何かをずたずたに引き裂いた。

 

「選別は(オレ)が行う。適合しすぎた己の不運を呪うがいい」

 

青年がそう口にする。

だが黒い何かは……夢を見ているはずの桜は激痛に思考を奪われていた。

夢のはずなのに。

その場にいないはずなのに……。

まるでその黒いなにかとつながっているかのように……。

 

 

 

「どうして……?」

 

 

 

夢の中で声を出す。

その声は、黒い何かのどこかから、発せられたかのように思えた。

 

「まだ生きているのか? 醜いぞ娘。(オレ)が直々に手を下すのだ。疾く消え去るのが礼であろう」

 

容赦なくその青年は巨大な刃物を用いて、黒い何かを両断しにかかる。

死ぬのは黒い何かのはずなのに……何故か夢を見ている桜の脳裏に、走馬燈のように日々の情景が流れ出す。

ずっと閉じこめられて来た。

衛宮家にいてもそれは同じこと。

だがそれでも桜は幸せだった。

士郎が自分を見てくれなくても、それでも衛宮家にいれば、自分でいられる気がした。

騒がしい大河と、大好きな士郎と自分がいる。

士郎と二人で作った料理が並ぶ朝食と夕食の時間。

それが何よりも愛おしかった。

そのはずだった。

 

それなのに……

 

ここ数日で激変した衛宮家の状況。

先輩と自分以外にも大勢人間がいて、誰もが士郎との時間を邪魔をする。

そして士郎も人がいいというか、無視できない人間のために、自分以外の存在にも目を配る。

 

そして少女は……口にしてはいけない言葉を口にした……

 

 

 

 

 

 

「わたしは……――――」

 

 

 

 

 

 

その言葉は風に乗って本人にさえ聞こえていなかった。

だがそれを望み、それを渇望した……。

 

そして……目覚めた……。

 

 

 

「ぬ?」

 

金髪の青年が異変に気付いたが、そのときにはすでに遅かった。

足下より急速に広がった黒い泥沼に、足を取られていた。

 

「貴様!? まさかここまで!?」

 

足を取られたときにすでに終わっていた。

逃げ場もなく、一瞬にして呑み込まれていく。

その様子を……痛みが少し引いた桜は、呆けたように見つめている。

そして先ほどの食事よりも少し時間を掛けて捕食を終える。

だが今の傷で空腹を覚えたのか、それは再度歩き出した。

 

クゥクゥおなかがすきました……

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ぅ……」

 

眠りから目を覚まし、士郎はまぶたを開いた。

時計を見れば時刻はすでに七時を少し過ぎたところ。

昨日は寝坊してしまったが、今日はほとんどいつも通りの時間に起きることが出来ていた。

だが体のけだるさは最近感じる物よりも重いものだった。

その体の重さの原因を直ぐに思い出して……士郎は自己嫌悪に陥った。

 

……いくら何でも、あんなあたるかのように

 

不安を紛らわせるために行った行為。

不安が理性を破壊して、本当に獣じみた行為となってしまった。

桜のことをほとんど気遣わず、ただ己のしたいようにしてそのまま果ててしまった。

 

……はぁ

 

さすがにまずいというのは鈍感な士郎にも直ぐにわかった。

しかしそれで時間が巻き戻れば苦労はしない。

 

トントントントン

 

更に居間の方から包丁を入れる音が聞こえてくれば、起きないわけにはいかなくなってしまう。

 

「桜、そろそろ朝飯が出来るから起きよう」

 

隣で寝ている桜の体に手で触れたときだった……。

まだ寝ているために冷えているはずの桜の体が、異様に熱く感じられたのだ。

 

「桜?」

 

寝ている桜へと目を向ける。

何故今まで気付かなかったのかと思えてしまうほどに、桜の体は異常に熱を帯びていた。

 

「桜!?」

 

昨夜の罪悪感は吹き飛び急いで桜の容態を確かめる。

そして布団をはぎ取り……絶句した。

 

「……な」

 

桜の体。

昨夜何度も触れたその体が……まるで剣に貫かれたかのような痕が、体中に浮き出ていたからだ。

いくら力尽きたと言っても、桜が布団からでていないことは知っていた。

 

なら、この赤い痕は一体……

 

「桜!?」

 

思考を中断し、士郎は桜の意識を確かめる。

だが、その表情は苦しそうにうめくだけで、目を開こうとはせず……士郎を見ようとはしなかった。

熱をはかってみても、かなりの高熱であることが伺えた。

いてもたってもいられず、士郎は直ぐに着替えて居間へと急ぐ。

 

「じ――!」

「はい氷枕。それと氷嚢。体拭いたりする新品のタオル数枚一式」

 

そう言って扉を開けた瞬間に刃夜から袋が投げられる。

一瞬驚くがそれでもそのままではまずいので直ぐに立て直して、士郎は何とか刃夜から投げられた物を受け取った。

 

「反射神経が甘いぞ~。剣を磨くならその辺も磨け」

 

料理の盛りつけをしながら、刃夜はそんなことを言う。

何故桜の容態がまずいことを知っているのか? 氷枕と氷嚢の準備が終えているのか? 聞きたいことはいくらでもあったが、それは今の状況ではどうでもいいことだった。

 

「おかゆは後でつくる。まず桜ちゃんの容態をきちんと把握してこい。体も拭いた方がいいんじゃないか?」

「! すまない刃夜!」

 

もっともなことを言われて士郎は慌てながら自室へと戻っていく。

刃夜のことよりも桜の方がよほど重要なことだった。

この騒ぎで凜も低血圧ながら起き出して、刃夜に言われて士郎の援護へと向かった。

士郎と凜は二人で桜の看病を行った。

体に出来た、無数の傷のような赤い痕。

それがいったい何なのかわからなかった。

それを見ないようにするためか……士郎は必死になって桜の看病を行った。

 

が……

 

 

 

『あのね衛宮君。桜が心配なのはわかるけど、今から着替えさせるんだけど? 男のあんたがいたらいつまで経っても着替えが出来ないでしょ?』

 

 

 

という、至極当然のことを言われて、士郎は桜の寝室である客間からたたき出された……文字通り。

 

……遠坂のやつ

 

遠坂の乱暴な退去方法に少し不満を覚えながらも、士郎は納得していた。

確かに士郎と桜は恋人関係であり、夜の営みもするほど深い関係にある。

が……

 

勝手に着替えさせるのは、まずいよな

 

意識がない、つまりは相手の承諾が取れない状況で、勝手に着替えさせるのはまずいという至極当たり前の回答へと至る。

さすがに士郎もそこまでバカではなかった。

だが、それを言われるまで気付けないほどに士郎は動揺していたのだ。

 

落ち着け……状況を整理するんだ

 

深呼吸して、士郎は心を落ち着かせる。

しかし状況が急変したわけではない。

敵の捕食は規模が拡大はしたが、行動そのものに変化はない。

昨夜一緒に寝ていたはずの桜が、体中に赤い痣を残していることぐらいだった。

 

どうしてあんなのが……

 

体中に刻まれているのか?

桜の心配をしている。

ただそれだけが士郎の頭を支配していた。

否、支配させていた。

他の事を……考えないですむように。

 

そうしてどれほどの時間が経過しただろうか?

時計が十時の時刻を刻もうとする最中……

 

「お待たせ、桜が目を覚ましたわ」

 

なんでもないことだというように、凜が居間へと入ってくる。

 

「遠坂、桜の容態は?」

「それは直接本人に聞けば? 目も覚ましているんだから会話くらいは出来るでしょ」

 

何故か不機嫌にしている凜には気付かず、士郎は席を立ち桜の待つ客間へと足を向ける。

そうして桜の容態を確認すると、意識ははっきりとしており、そこまで問題が有るようには見受けられなかった。

昨夜の行いもあって、桜が言うには体内の魔力容量にも余裕が有るらしい。

ならば栄養のあるものを食べれば問題はないだろう。

そう言い残して士郎は居間へと戻りテレビをつけて……

 

 

 

深い暗闇を知ることになった。

 

 

 

 

 

 




途中で出てきたイリヤが歌いましたが、著作権関係が怖かったので歌詞に関しては全カットしました
ドイツの民謡の歌とかなのかなぁ? よく知らないのだが……
Die Jungfrau auf der Lorelei調べてみたらこれが曲のタイトルっぽいが……
無学な作者には全く解りません

暇つぶしになれば幸いです

あ、一時間後におまけがありますので朝になったらまたみてくださいw


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正体

気づけば半年近くたっておりました

正直……つらい

ストレスでのどと胸が壊れるってこともあり得るみたいだ

まぁ死ぬ気はないのだが、心よりも体が持たないかもw

それでも書いていたい

故にがんばるよw

いつもどおり説明会ですが、それでも読んでいただければ、うれしいなぁ



何気なしに入れたスイッチだった。

昨夜の状況をニュースで把握でせねばならないと思いつけたその画面には……想像以上に恐ろしい惨状として、報道されていた。

チャンネルはどこを回してもそれしか報道されていなかった。

原因不明の失踪事件として、それは大々的に報道されていた。

居住者の行方が確認できない建物四十人を超えていた。

運良く捕食されなかった近隣の住民達は、誰一人としていなくなってしまった隣人の最後を知らなかった。

六十人を超えるその人間達は、捕食されたが故に当然二度と帰ってくることはない。

 

「……」

 

行方不明とされている人々の名前が画面に映し出されていた。

その名前を、士郎は胸に刻んでいった。

そしてその名前を……己にとって身近な存在の人々へと置き換えて……

 

「――っ!?」

 

一瞬吐き気を覚えて士郎は口を押さえた。

 

許せるのか?

 

自分に近しい人間が……大河が、雷画が、一成が、美綴が……捕食され行方不明として死んでしまう。

 

行ったあの黒い陰を……

 

過去の記憶で死んでいく人々の情景が、そのときの絶望に染まった表情が、脳裏に浮かぶ。

 

それを見過ごしてしまった己を……

 

だが、その苦しみすらも感じずに、行方不明の人間達は消えていった。

一瞬にして呑み込まれて、存在そのものを消化されたのだから。

 

 

 

本当に許すことが出来るのか?

 

 

 

そう、己に問うていたそのとき……

 

 

 

ブツン

 

 

 

少し大きな音を残して、テレビの電源が落とされる。

 

「馬鹿なことしてるんじゃないわよ。私たちに後悔をする資格があるとでも?」

 

先ほどまでは居間にいなかった凜がやってきて、テレビの電源を落としていた。

容赦なく、そして苛烈で逃れようのない事実を突きつける。

 

「……遠坂」

「ほら、お茶入れたわよ。イリヤが一人で作業するって言うから時間が出来たの」

 

そう言いながら凜はテーブルに湯飲みに注がれたお茶を置いた。

別に今それを呑む理由はなかったが、それでも頭を冷やしたかった士郎にはちょうどいいタイミングだったので、士郎はテーブルに着いた。

 

「ありがとう。いただくよ」

「ふん、別に構わないわよ。仕切り直しにはちょうど良かったからね」

 

鼻を鳴らして強気に横を向くその頬は少しだけ赤かった。

あまりにも不器用に気を遣う凜がおかしくて、士郎は思わず笑いそうになってしまった。

そのまましばらくは無言で時間が過ぎていく。

だがそこに居心地の悪さは感じられず、ひどく穏やかだった。

聖杯戦争の真っ直中であり、間桐臓硯の暗躍によって窮地に立たされているといっても差し支えない状況であるにもかかわらず、穏やかな時間が過ぎていく。

しかもこの場に同席しているのは士郎が憧れていた遠坂凜だった。

この状況がおもしろくて、士郎は思わず静かに笑ってしまった。

 

「何よ急に笑って? 言いたいことが有るならはっきりと言いなさいよ」

「いや、ごめん。ふと思ったんだけど、遠坂とこんな風に何もせずにいるなんて今までなかっただろ? ここまで話すようになったのも聖杯戦争がらみだったから、殺伐としているって言うか……」

「しょ、しょうがないでしょ、そう言う始まりだったじゃない。それとも今のこの状況で、次の試験の範囲とか、お気に入りの店の話しでもするの?」

「いや無理して話すことはないだろう。なんというか、油断ならない関係って思ってるし」

 

同士でありながら、最終的には敵になってしまう間柄。

そしてそれ以上に無関係な人々を守りたかったのだ。

だからこそ必死になって動いていた。

だというのに、こんなにもくつろいでいた自分たちに、士郎はおかしくなってしまったのだ。

 

「まぁでもそういう始まりだからこそ遠坂と知り合えたんだしな。そういう意味では良かったかもな」

 

心がゆるんでいるからか、聖杯戦争を言い意味で捉えていた。

聖杯戦争によってマスターとなった士郎と凜は、必要に迫られたとはいえこうして同盟を組んだ。

ただ遠くから憧れていただけの存在だった凜とこうして肩を並べられるのは、聖杯戦争によって知り得たからだった。

そう思っていたのだが……

 

「……それは違うわ。あなたはどうだか知らないけど、わたしは衛宮君のこと、ずいぶん前から知ってた」

 

驚きの告白に、士郎は目を点にする。

何故か照れくさそうにしている凜は、士郎から目をそらす。

 

「し、知っていた? 俺をか? なんでさ? もしかして一年の時にでも話したことがあったか?」

 

まさか凜が自分事を知っているとは思ってもいなかった士郎は当然のように、そう疑問を口にした。

すると凜は、更に照れくさそうにしながらうなずき、話を続けた。

 

「知ってたってのはわたしが一方的に知ってたってこと。……わたしにとっては衛宮士郎っていうあんたは、トラウマの一つになっているの」

「と、トラウマ!? なんでさ!?」

 

最後の一言に、士郎は本当に驚く。

あこがれの存在のトラウマになってしまっているのは、ショックだった。

更に言えば、聖杯戦争で知った凜の性格……三倍返しは当たり前、ケンカ上等……から鑑みても精神衛生上余りいいことではない。

 

「わたしが言いたいわよ、その台詞。……今から四年前のちょうど今頃だったかしら? あんた、どうしてだか理由はさっぱりわからないけど学校に残って、日が落ちるまでずっと走り高跳びしていた事があったでしょ?」

「……はい?」

 

あまりにも意外な話に士郎は先ほどとは別の意味で驚いた。

まったく同じ内容の話を、ついこの間したばかりだったからだ。

 

「あるけど……それがどうしたってのさ?」

「それを見てたのよ、わたし。ちょうど昇降口からでて直ぐのところでね。校庭の端の方でバカみたいに跳べないってわかりきってる高飛びを繰り返しているヤツを……わたしもバカみたいに眺めてたの」

 

そこで士郎は思わず疑問を抱く。

何故別の学校にいたはずの凜がそれを見ていたのかがわからないからだ。

それを察したのか、凜は慌てて言葉を続けた。

 

「いっとくけど偶然よ。生徒会の用事があって士郎の学校に行った日だったわ」

「なるほど、そう言うことか。一成と同じ学校だったって聞いてたし」

「そう、あいつとは小学校の頃から腐れ縁よ。そのときはわたしが副会長で、あいつが会長だったわ。四年間も顔を合わせて言い合っててわかったのは、どっちも気にくわない天敵同士だって事かしら」

 

……なるほど

 

この話でようやく士郎は凜と一成の間柄を理解した。

これだけ長い時間を共有していればそういう風になってしまうのも致し方のないのかも知れない。

 

「とにかく、あんたがバカみたいに跳べない高飛びをしているところをみちゃったのよ、偶然。話はそれだけ。わたしがあなたを知ったのそのときだけど、名前は知らないし、顔だって忘れてた。桜がこの家に通っているのを知ったのももっと後よ」

「どうしてそれでトラウマになるのさ?」

 

ただ士郎が跳べないはずの高飛びをみただけという、たわいもない日常の話だった。

それがどうして凜のトラウマになり得たのか?

 

「四年越しの復讐かしら? 一年前、桜が弓道部に入部したから、暇さえあれば弓道場をのぞいてたの。そしたらたまたま部員でもないヤツがやってきて顔を見て直ぐにわかったわ。あのときの大馬鹿野郎だって」

「……」

 

確認の仕方に非常にもの申したい士郎だったが、不機嫌になり始めた凜の言葉を遮るのは気が引けたため、黙っていた。

 

「見て直ぐにわかったことにショックを受けたのよ、わたし。学校は違う、名前も知らない……それにバカだってずっと思ってた見知らぬ他人を、三年越しでも直ぐに判別できたことに。そこでようやくわかったの。わたしはあいつにダメージを喰らってたんだって……三年経ってようやくね」

 

一度、遠目で見ただけの存在を一目で判別できたこと。

それはすなわち印象に残っていたからに他ならず、それが自分が傷ついたと言うことで有ればなおさらだった。

 

 

 

「わたしは……あのバカみたいにずっと走ってた誰かを羨ましいって思ってたのね……」

 

 

 

それは……心からの言葉だったのかも知れない。

ただただ、ひたすらにがむしゃらに……走り続けることをした少年のことが、凜は羨ましいと思ったのだ。

 

「なんでさ? そいつバカだったんだろ? 遠坂がうらやましがる理由なんてあるのか?」

「そうね、羨ましいって言うのは語弊があるかも知れないわね。負けたって思ったの。そいつが少しでも跳べるかも知れないって思って走ってたなら良かったんだけど……そいつは自分でも無理だって言うことを理解してた。何をしたって跳べない、無駄だってわかってるのに、ずっとそれを繰り返してたの。まるで無駄でも挑むことに何か意味があるんだって、信じてるみたいに……ね」

 

何かに挑み、破れるのか打ち勝つのかはわからない。

だが、そのときの士郎は敗れるとわかっていながら、ただひたすらに飛び続けたのだ。

 

「そんな無駄なこと、わたしには出来ないわ。昔からでね。事の正否を測って、出来ないことだってわかったらすっぱりと手を引くのよ。出来ないことはやらないし、力不足で残念だって思うこともないわ。冷めてるって言うのかしらね。ひどい人間なのよ、わたし。綺礼は非道ではなく機械的だって言ってたけどね」

 

そういう表情に陰りはなく、己を卑下している様子はなかった。

そうして冷静に自分を測ることの出来る己に自信と誇りを持っているのだ。

 

「でもできないからかしら、時々思うの。事の正否なんて考えないでただひたすらに何かに打ち込むって事が出来たら……それはどんなに純粋な事なんだろうって。だから、そんな風に迷っている子供の頃に、自分とは正反対のヤツといきなり出会ったらショックでしょ? だから、トラウマ。あの日、真っ赤な夕暮れの仲でバカみたいに走ってそいつはわたしにとって……」

 

もはや凜の顔は真っ赤だった。

頬が赤くなっているのは凜も自覚していたが、それでも話したい気分だった。

凜自身も気付いていないだけで疲弊していたのだ。

だからかもしれない。

普段は決して口にすることはないような言葉を、口にする。

 

「敵とかじゃなくて、そういうのがいてくれて嬉しかったわ」

 

夢見るような表情で、そうつぶやいていた。

思わず、士郎はその表情に一瞬見とれてしまう。

しかしそれも直ぐになりを潜めた。

 

「はぁ、つまらない話したなぁ。いろいろあったから弱気になっているのかしら」

 

休憩は終わりというように、凜は席を立つ。

そのまま自分の湯飲みを片付けて、居間をでる。

 

「部屋に戻るわ。あなたも万が一に備えてほどほどに修練しといて」

 

居間をでる出口で、凜は立ち止まり士郎へと振り返った。

 

「……桜の様子はどうだった?」

 

小さく、しかし確かに聞こえる声で、凜はつぶやいた。

魔術師としては優秀であっても、まだ魔術師にはなりきれていないのがはっきりとわかる言葉だった。

 

「大丈夫そうだ。熱はあるようだけど、前に比べたときに比べれば大丈夫だ。それに桜も大人しくしてるし……前は無理して家事をしようとしてたけど、大人しく寝ているみたいだし、あれなら直ぐに治るはずだ」

 

桜の様子を見に行っても、魔術的な診察の出来ない士郎の言葉だった。

しかしその士郎の希望は、凜から直ぐに否定されてしまった。

 

「それは当然よ。あの子、もう自分じゃ立つことも出来ないんだから」

「……ぇ?」

 

自分じゃ……立てない?

 

凜の立てないという言葉に、士郎は言葉を失ってしまう。

心の整理がつく前に、凜は更に言葉を続けた。

 

「魔力も体力も普段よりはかなり多めにある。だけど体はひどいものだったわ。昨夜何があったのかはわからないけど、手足の筋肉がずたずたになってたわ。それこそ……一度死んでるんじゃないかって思うくらいにね」

「でも……外傷はなかったはずだ」

 

いくら士郎が素人といっても、外傷があるかないかは見れば判断できる。

しかしそれも凜は否定した。

 

「外見だけは綺麗にしてあるだけよ。体内の刻印虫が食い千切ったのか、他に原因があるのかはわからないけど……もしかしたら心まで壊れているのかも知れない。一応聞いておくけど……桜、あなたのことはわかった?」

 

最後に紡がれた言葉は、まるで自分は桜にわかってもらえなかったという言葉に取れた。

確認するのを一瞬恐れた士郎だが、それでも聞かないわけにはいかず……。

 

「まさか、遠坂のこと、わからなかったのか?」

「いいえ、ちゃんとわたしだってわかってたし、姉さんとも呼んだわ。でも、あの子が見ていたのはわたしじゃなくてあの子にとっての遠坂凜だった。初めましてとか、もっと早く合いたかったとか、本音を立て続けに言われたときにはさすがに殺気立ったわ」

 

顔を逸らしながら、凜はそう冷たく言い切った。

その言葉には、本当に殺そうと思えるほどに、感情がなかった。

 

「つまり、わたしは士郎と違って最後まであの子を守ってあげることは出来ないし、その気もないわ。今話した通り、わたし出来ないことはしない主義なの。わたしが遠坂凜である以上、無理だと判断したら桜を殺す。はじめからそう言う約束だったから念を押す必要もないと思うけど、一応宣言しておくわ」

 

冬木の監督者として、人を襲う獣のような魔術師は排除する。

それは桜が助からないかも知れないと知ったときに、凜が紡いだ言葉。

 

「感想はいいわ。あなたの考えはわかってる。言われたところでわたしも自分の考えを曲げる気はないの。臓硯を倒すと言うことにおいては私たちは味方だけど、桜に関しての意見は真逆のまま。臓硯を倒せばそんな必要もなくなるしね」

 

臓硯によって命を握られている桜。

桜が自由になるには、間桐臓硯を殺して桜を自由にするしか方法がなかった。

だが……

 

「でも衛宮君。もしも臓硯とあの黒い陰が全く関係のないものだったら……あなた、どうするの?」

「……」

 

何も言えず、士郎は口を閉ざすしかなかった。

それは、凜の眼光があまりにも鋭くて、甘い考えは言葉にすることが出来なかったからだ。

 

「いよいよとなったらわたしは桜を殺す。それがわたしにとってもあなたにとっても、最良の方法。それを……よく考えておきなさい」

 

本当にそれは最良の方法なのか?

今までの生き方を捨ててまで守りたいと思った女性も守ることができず、自分だけが生きていく生に、士郎は耐えきれることが出来るのか?

だが……それ以上に士郎は恐れていた。

 

自分の今の考えが、真実であるかも知れないことに。

 

何も言葉を返さない士郎を無視して、凜は居間を去っていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

体はぼろぼろで、頭もぼんやりとしているはずなのに、どうしてか桜には声がよく聞こえていた。

聞きたい事ではなかったというのに……。

 

 

 

「……それは違うわ。あなたはどうだか知らないけど、わたしは衛宮君のこと、ずいぶん前から知ってた」

 

 

 

今桜が横になっている部屋と居間はそれなりに距離があり、またドアなどの隔たりも有るため、通常であれば聞こえるはずもない。

だが何故か居間の会話を桜は聞けていた。

そもそも居間の会話が聞こえてくることの不思議な事などどうでも良かったのだ。

 

ただ聞いていたくなかった。

 

手を動かすことも出来ないため耳を塞げず、足も動かないため居間に言って会話を止めることも出来ず、ただ聞くことしかできなかった。

 

 

 

「それを見てたのよ、わたし。ちょうど昇降口からでて直ぐのところでね。校庭の端の方でバカみたいに跳べないってわかりきってる高飛びを繰り返しているヤツを……わたしもバカみたいに眺めてたの」

 

 

 

唇を噛みしめる。

満足に動かすことも出来ない指で、シーツを掻き毟る。

淡々と語られる思い出。

四年も前の話……夕暮れの校庭であった、何気ない日常。

その思い出を、凜はさも自分だけの思い出であるかのように語っていた。

自分だけが知っていたことであると……。

そこに別の人間がいることすらも気付くことはなかったというのに、凜はただ過去の思い出に……美しい思い出に浸るかのように語っていた。

 

「やめて……お願い、やめて……」

 

自分にとって大切な物を取らないで欲しかった。

だが当然その声は居間に届くはずもなく、自らも聞こえない程度の声量で、絞り出すかのように言うしかできなかった。

凜の思い出話は続いていた。

桜にとってもっとも恐れていた事を、凜は何気なしに行っていく。

桜を置き去りにして……。

唯一姉より勝っていたはずの希少品(おもいで)さえも、ただの記憶というくくりの思い出へと変換されてしまっていく。

 

いやだ……こんなの望んでない!

 

桜の想いの強さ故か……はたまた別の何かか?

動かすことは出来ないはずだった両手を動かして耳を塞いだ。

これ以上聞いてしまえばおかしくなってしまう。

思ってはいけないことを思ってしまう。

 

戻れなくなってしまう……

 

そう直感しての行動だったのかも知れない。

しかしその行動には意味はなく、耳を塞いでも声は届いてしまう。

そして……

 

 

 

「いよいよとなったらわたしは桜を殺す。それがわたしにとってもあなたにとっても、最良の方法。それを……よく考えておきなさい」

 

 

 

一番聞きたくない言葉を、一番言ってほしくなかった(士郎)に、凜は冷たく突きつけた。

 

 

 

そうして静かになった。

だが決して静まりかえってはいなかった。

桜の嗚咽の声が暗い、暗い部屋に響いていた。

悲しくて、悔しくて。

 

卑怯だ……

 

泣きながら桜はそう思っていた。

そんなわかりきった事を、士郎に押しつけてしまうのか?

冬木の管理人である遠坂の人間としての責任というのであれば、一人で行えば良いはずではないのか?

たった一人の味方である士郎までも凜は自らと同じ立場にしようとしている。

だがそれは致し方ないことだった。

それほどまでに桜の体は限界だった。

それこそ少しでもたがが外れてしまえば堕ちて行ってしまうほどに。

 

憎い……

 

身勝手とわかっていた。

だけどそれでも桜は抑えられなかった。

士郎に桜を見捨てさせようとしているその行動を行う凜が、桜は本当に憎く思ってしまった。

そして、それに対してなんの反応も起こさなかった、士郎にさえも。

 

「姉さん……」

 

当初こそ死んでしまえばいいと思っていた自分の気持ち。

間桐桜が死ねば衛宮士郎が救われることは桜もわかっていたことだった。

だが、それでも憎いと思い、涙を流す。

 

いやだ……こんなのいやだ……

 

もう何かを諦めることは出来なかった。

一人になることも耐えられそうにない。

 

わたしは消えたくない……

 

暖かさを……士郎の温もりを知ってしまった。

温もりを知ってしまったからこそ、他人がそれを当たり前のように享受しているのが憎かった。

 

だから……

 

 

 

「だって……わたしは何も悪くないんだから」

 

 

 

桜自身もこんな状況を望んでいたわけではない。

 

 

 

悪いのは他の人たち……

 

 

 

誰も助けてくれなかったから、こうなってしまったと、自分を肯定してしまう。

 

 

 

誰も何もしてくれないのなら、それは肯定と同じこと……

 

 

 

養子として出され、過ごしてきた長い間に、心が歪になってしまった。

 

 

 

誰もわたしを罰する事なんて、出来るはずない……

 

 

 

だがそれも致し方ないのかも知れない。

 

人は……決してそんなに強くはないのだから。

 

 

「死なない……。姉さんの思い通りになんて……」

 

 

 

実際に桜は強大になっていた。

油断や慢心があったとはいえ、英雄王ギルガメッシュを屠り喰らったのは事実なのだ。

実際問題として、桜を殺すことは困難だった。

しかし本人が戦闘に向かない性格だったが故に、その力を使えていない制御装置のような者となっていた。

だが……

 

 

 

殺されるぐらいなら……わたしが逆に……。相手が誰であろうと……

 

 

 

凜だけではない。

その黒き感情の矛先は……。

 

 

 

たとえ、先輩でも……わたしを殺そうとするならもう我慢しない……

 

 

 

わたしの■■■りにならない先輩なんて……

 

 

 

このまま遠くに行ってしまうなら……

 

 

 

いっそこの手で……

 

 

 

「っか、はぁ……」

 

おぞましき想像を血に変えて、桜は何度もはき出した。

いいこともわるいことも曖昧になってきている自分がいることには気付いていた。

だがそれでも桜にはもうわからなかった。

己が誰なのか、己がいつまで正気でいられるのか、あやふやで気が狂いそうだった。

 

「こんにちは。まだ自分は残ってるサクラ?」

 

気がつけば、サクラのベッドのそばに、銀髪の少女がいた。

奇しくも同じ場所、同じ時間に人でありながら人でない二人の少女がいた。

器となるべく育てられた少女。

 

「セイバー、バーサーカー、アサシン。まだ全員取り込んでいないのにもう満ち足りてる。どこでそんな魂を取り込んだのサクラ?」

 

魂の器。

それは聖杯へといたる……否、聖杯その物になる器。

イリヤと自分が、サーヴァントの魂を取り込み頂へと至るためへの器であると、桜は祖父に聞いていた。

 

「あなた、これから自分がどうなるかわかってる?」

「……どうなるんですか?」

 

なんの感情も表さない表情。

その表情が、桜の頭をさまさせた。

己とは違い、最初から器として作られ育てられた少女。

イリヤは……わずかな間だけ、口を閉ざして……こういった。

 

 

 

「死ぬわ。絶対に助からない」

 

 

 

二人の少女は、同じ運命をたどることになってしまう。

逃れ得ぬ死という結末に。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「はぁ」

 

士郎は外を歩きながら小さく溜め息をついていた。

体はまだだるく重かった。

寝込んでしまっている桜のために昼食を作り始めなければいけない時間だったが、頭を休めるため、少し散歩を行うことにしたのだ。

あまりにも無防備な状況だったが、食材の買い出しもかねてと理由をつけて出てきたのだ。

護衛を頼もうと思った刃夜は何故かどこにもおらず、一人で出歩くことになっていた。

わかっていたことだった。

猶予なんてものは、もとより雨が降っていた日からなかったことを。

問題を先送りにすることは出来ないと言うことを、士郎も重々承知していた。

 

どうすればいい……

 

当てもなく歩いていると向いた先は公園だった。

桜の味方になると覚悟を決めて、桜を抱きしめた公園。

あのときから決めたはずだった。

桜だけの味方になると。

だが……それが揺らいでしまっている自分がいることに、士郎は気付いていた。

 

 

 

「衛宮士郎。話がある」

 

 

 

「!?」

 

突然の声。

一瞬辺りを見渡そうと首を巡らせかけるが、士郎はそれを行うことが出来なかった。

己の首筋に、小さな小さな……虫がついていることに気付いたからだ。

むろんただの虫ではないことは、士郎も直ぐに気付くことが出来た。

そしてその虫の正体……つまり裏にいる存在を士郎は当然のように、直ぐに理解した。

だというのに、その虫から発せられた言葉は、あまりにも意外な言葉だった。

 

「お主に話がある」

「何?」

 

意外な言葉だったが、話があるという言葉を信用することは出来た。

何せ今士郎の首元には虫がいるのだ。

殺そうと思えばすでに死んでいることは士郎も理解できた。

しかし話し合いの場が罠でないという保証はどこにもない。

 

どうする……

 

今この状況に陥って、士郎は自分の愚かさに唇を噛んだ。

無理をしてでも刃夜に護衛を頼むべきであったと。

だが、刃夜がいた場合臓硯はこのように接してこなかっただろうことは想像に難くない。

何が出てくるかはわかないが、士郎はあえてその提案を受けることにした。

 

罠であることは間違いないが……それでも臓硯と一対一で話し合える機会はもうないはず

 

更に士郎達には余裕がない。

すでに桜は限界が近い。

むしろ限界を超えているかも知れないのだ。

ならば一対一の状況でなんとしても臓硯に刻印虫を取り除かせなければならない。

 

「わかった」

 

そう告げると、虫は何もすることなく小さな羽を動かして士郎から離れていった。

道案内も兼ねているのかも知れない。

その虫は士郎の視線の高さでゆっくりと道を進んでいく。

士郎はなるべく自然体を装いながら虫の後をついていく。

だが、ある程度道が進めば目的地がどこなのか、士郎にも理解できた。

 

間桐邸。

 

魔術の名門であり、聖杯戦争を始めた始まりの御三家の一つ。

慎二と桜の家であり、間桐臓硯の本拠地。

その家を見上げる士郎の瞳には、確かな決意があった。

一面の曇天の薄暗い空の下で不吉な気配を放つその家に、士郎は臆さずに足を踏み入れる。

一年ぶりの来訪だった。

あの頃は士郎も間桐家が……桜が魔術師だと知らずに平和に暮らしているときだった。

うろ覚えの記憶で廊下を歩き、居間へと向かった。

 

「来たか衛宮の小倅」

 

踏み入れた居間にいたのは間桐臓硯ただ一人。

だが油断は出来ない。

どこに虫が潜んでいるかもわからない状態だからだ。

更に言えば黒い戦闘騎兵(セイバーオルタ)も霊体化して潜んでいる可能性も0ではない。

さすがにこの状態で無策に飛びかかるほど、士郎もバカではなかった。

だがこの場に虫も黒いセイバーも見あたらないと言うことは……

 

話があるってのは本当なんだな

 

「む? なんじゃ、わしとは挨拶もするきにならんのか? ずいぶんと嫌われてしまったようじゃのう」

 

士郎が静かに部屋を見渡して状況を確認していると、臓硯はそんなことをつぶやいていた。

殺意がないことはその態度でわかったが、同時にバカにされていることもわかった。

それもそのはず、臓硯にとって士郎は文字通り小僧以下でしかない。

油断こそすれ、本気になる理由など一つもないのだ。

 

「話し合いに応じたのであればおぬしからも話があるのだろう? ならば座るがいい。立ち話ですませることでもなかろうて」

「何を言ってるんだ? おまえとの話なんてそれこそ立ち話ですませる程度だろう」

 

理性を総動員して、士郎は必死になって飛びかかりたい衝動を抑えた。

今この場で本能に従って動いてメリットはない。

むしろ犬死にするだけだ。

だから敵意をむき出しにしながらも、決して軽はずみな行動はしなかった。

 

桜の体をあんなふうに変えてしまったヤツを相手に……気を許せるわけがない!

 

臓硯が行った話し合いという言葉。

だが話し合いにならないのは士郎が一番よくわかっていた。

何せ士郎の要求はただ一つ……

 

「臓硯。話し合いになんてならない。俺から言うことは一つだけだ。今すぐ刻印虫を取り除いて、桜を解放しろ!」

 

臓硯が断るのは明白だった。

だがそれでも言わずにはいられなかった。

戦力的に劣っているわけではない士郎達だが、いかんせん時間がなかった。

桜の命も心も……もう長くない。

だからどうしても言わずにはいられなかったのだ。

 

臓硯が桜を解放しさえすれば……

 

解放すればそれで士郎にとっての願いは叶う。

そう思っていた。

だが……

 

「開放か。ふむ……。いやそうしたいのはわしとしても山々なのじゃがな。残念じゃがもはやわしではどうにもできんのだ」

 

そんな士郎の希望を打ち砕く言葉を、臓硯は無念そうに口にしていた。

 

「……何?」

「わしがどうしたところであそこまで育ってしまってはどうしようもない。桜はすでに聖杯と成ってしまった。今すぐ刻印虫を取り除いたところで、アレが自滅することは避けられぬ」

 

どうにも出来ないという事実。

それは桜があまりにも成長しすぎてしまったと言うこと。

聖杯として。

だがそれをまだ完全に理解していない士郎には臓硯の言っている意味がわからなかった。

 

「桜が……聖杯だって?」

「さよう。全ては我らマキリの悲願にして、真の不老不死たる魂の物質化のため。十年前の戦いの折、わしは(アレ)に聖杯を埋め込んだ」

「埋め込んだ?」

「十年前の聖杯戦争の終わり。お前の父、衛宮切嗣が聖杯戦争によって完成した聖杯を破壊した。戦いはそこで終わった。だが一時とはいえ聖杯と完成したのだ。その破片をわしが拾い、桜に埋め込んだのよ。砕けたとはいえ完成した聖杯をそのまま捨て置くのは惜しかろう」

 

怒りを超えた驚愕が、士郎の頭を冷やしていく。

つまり桜は桜であって聖杯でもあるという事実。

養子とはいえ、孫である桜に臓硯は聖杯のかけらを埋め込んだのだ。

 

「だがわしもそこまで外道ではない。(アレ)が人間として機能できるように工夫はした。無機物をそのまま埋め込んでも拒絶するからの。聖杯のかけらを生物に変えて埋め込んだ」

 

生物として埋め込んだ聖杯のかけら。

マキリの悲願として用意された桜という聖杯。

その聖杯に埋め込んだかけらというのは……

 

「生き物……。それってまさか」

「そうよ、聖杯を触媒にして生み出したのだ。元が聖杯の刻印虫を埋め込んだ肉体は魂を受け入れるための聖杯となった。故に儀式が完成されたとき門となって道をつなげる道具。アインツベルンが作り上げる聖杯の真似たが、いかんせんわしには彼奴らほどの技術はない。そのほとんどが自己流となってしまった」

 

カカッと臓硯は愉快そうに笑っていた。

その仕草が、己のしたことを……桜をただの道具と断定した老人に士郎は虫酸が走った。

 

アインツベルンの……真似事だって?

 

「てめぇ。桜の体を聖杯に仕立てて……人間を材料にして聖杯の模造物を作ったって言うのか!?」

「実験……そうさな、言うなれば実験じゃよ、小僧。次につなげるための実験であり、更に言えば(アレ)は何十年という長い年月を掛けて聖杯へと変貌する予定だった。魂を納める器であり、人間として生きながら天寿を全うするように調整されたマキリの聖杯の試作品になる予定だったのじゃ」

 

臓硯の言葉に嘘はない。

嘘がないが故に、士郎は全身の毛が逆立つほどの憎悪を臓硯へと抱いた。

自分にとって大切な存在を、臓硯は本当に道具としか見ていないのだから。

 

「試作品……だって?」

「左様。桜はそのために捧げられた娘。間桐に娘をやるというがどういう事を意味するかなど、遠坂とて承知のはずよ。彼奴もわしも目的は同じじゃからな。不老不死を手に入れるのであれば、鬼にもなろう」

「不老不死だって? そんな馬鹿な理由で桜にそんな物(聖杯の欠片)を植え付けたってのか!?」

「無論だ。もとより聖杯戦争はその(不老不死)に至るための儀式。(不老不死)へといたるために我ら御三家は手を組み、わしだけが無様に生き続けておる。間桐の後継者を使い、遙か先になるであろう悲願達成のために」

 

悲願。

何かを望むと言うこと。

御三家が目指したと、臓硯がいう不老不死。

遠坂凜が言っていた根源への到達とは果たして本当に不老不死なのか?

だがそんなことは士郎にとっては本当にどうでもいいことだった。

 

「だが運命とは皮肉なものよ。はじめから適応しない聖杯だったはずの(アレ)は、急激に聖杯として成長した。わしも老いたものよ。(アレ)がこれほどの素質をもっていたことを見抜けなんだとは。多くのサーヴァントを取り込みながらも精神が自滅することなく間桐桜として生きながらえておる。まさに聖杯そのもの。アインツベルンが作った聖杯にも引けを取らんだろうて」

 

勝てるはずがない、勝てるはずもない。

そうわかっていても士郎は我慢ができなかった。

臓硯の戯れ言につきあうほどの精神力は今の士郎にはなかった。

 

「ふざけるな! 何が聖杯だ! 人間を犠牲にしただけのものを偉そうに聖杯なんて――」

 

殺されても不思議じゃない状況だというのに、士郎はために溜めた怒りを拳に乗せて、臓硯へと踏み込んだ。

だが、それを止めたのは残酷なまでの現実だった。

 

「いや聖杯だとも。そもそもにして聖杯を作ることを役目としているアインツベルンからして、今回の聖杯には人間を使っておるわ」

 

にたりと妖しく笑いながら、臓硯はたった一言で、士郎の動きを封じてしまった。

 

「人間を……使っている?」

 

アインツベルン、聖杯、人間。

その要素がそろい、最後の一押しとなった臓硯の言葉。

わかりたくもないというのに、その人間というのが誰なのかがわかってしまった己自身が、憎らしく思えた。

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

聖杯として作られたアインツベルンのマスター。

母体の中にいたときに、魔術的に改良された人間であって人間でない存在。

 

「そうよ、おぬしが今匿っておるイリヤスフィールが聖杯そのものよ。しかし同類にされてはわしとて困るぞ? 何しろアインツベルンはわしよりも遙かに質が悪い。アインツベルンの聖杯がどのようなものなのかは本人に聞くがよい」

 

振り上げた拳が静かにおろされていく。

後悔の念が怒りを超えてしまったために、士郎は臓硯に対して何もすることが出来なかった。

 

「さて今度はこちらの番よ。おぬしを呼んだのは他でもない、あの陰について相談したい」

 

小僧でしかない士郎の言葉に対して臓硯が何故相手をしたのか?

それは協力を仰ぎたいという姿勢からでた物だった。

士郎の話に最後までつきあった後で己の欲求を口にした。

だがその臓硯の言葉を聞いて、士郎は疑問を浮かべた。

 

陰について、相談だって?

 

陰と臓硯が言ったのは、黒い陰のことであると理解できた。

だが言っている意味が理解できなかった。

 

「何を言ってやがる? アレはあんたの仲間だろう? 俺たちに仲間を倒せって言うのか?」

「そうよ! そのとおりよ! 話が早くて助かるわ。あの陰をどうにかしてもらいたいのよ。そのためにはおぬしの力が必要なのだ、衛宮士郎」

「本気か!? 仲間なんだろう?」

 

アインツベルンの森にて遭遇した黒い陰と黒い戦闘騎兵(セイバーオルタ)

同じ目的で同じ場所にいたためにそう誤解してしまうのも無理はない。

だが……実体は違う。

 

「仲間というが、手を貸しこそすれアレから手を貸してもらったことなどありはせぬ。第一意思疎通が出来るものか。わしはただアレが暴走せぬよう道を整えていただけに過ぎぬ……がそれも昨夜までよ。先も申したであろう? もはやわしではどうにも出来なくなってしまった、と」

 

 

 

ドクン

 

 

 

先も申したであろう?

 

 

 

その言葉の対象が誰だったのか?

 

 

 

もはやわしではどうにも出来なくなってしまった

 

 

 

ついいましがたの会話のため、士郎も覚えていたが……頭が理解を拒んでしまう。

 

「おぉすまんのう、説明がたらんかった。まずあの陰が何で有るかを説明せねばな。アレは聖杯の中身……といって差し支えなかろう。願いを叶える願望機と言われておるが、我らが目指したのはそんなものではない。聖杯もまた手段よ。御三家が目指したのは完成された聖杯によって外に通じる【(もん)】が開くこと。完成した聖杯は【あらゆる望みが叶う場所】とこちらをつなげるための門よ」

「……まて、つまり聖杯って」

「知れた事よ。魔術師にとって根源に通じることが目的じゃろう? だがわしはそんなものに興味はない。アインツベルンと手、聖杯の完成を目指した者どもよ。魔術師として根源を目指しているのは遠坂ぐらいのものじゃろう。まぁよい。聖杯とは願望機へとつながる孔よ。あの陰はそこから漏れてしまっているものよ。本来の聖杯……イリヤスフィールならばこのような事態は起こらなかっただろうよ。あの陰は模造品の責任よ」

 

臓硯が言葉を……真実を口にするたびに士郎の胸が締め付けられていく。

知りたくもない、真実を……明かしてしまう。

 

「身内の恥を晒すのははばかられるが致し方あるまい? 聖杯として成長したまでは良かった物の門を閉めることができんようだ。その不始末で己が壊れるのは構わぬが、人様に迷惑を掛けてしまうのはいただけまいて。困った物じゃ。これではわしが作った聖杯が原因で、町中の人間を殺してしまいかねん」

 

身内の恥といいながら、まるで人ごとのように臓硯は首を振っていた。

それに怒りを覚えても何ら不思議はないというのに……相反する二つの思いで、士郎の頭は支配されていた。

 

真実を知りたいと思う気持ちと。

 

真実を知りたくないという気持ちで。

 

「なら……あの黒い陰は……」

 

言葉にしたつもりはなかった。

だがそれは現実として空気を振るわせて、臓硯の耳へと届いた。

 

「気付いておったのだろう? なにしろアレは桜の陰。身近にいたおぬしならば、アレと桜が似ていることに気付いておらんはずはない」

 

告げられてしまう、残酷なまでの真実。

目眩がする。

だが、それを……その残酷なまでの真実から目を背けるわけにはいかなかった。

とうに気付いていた。

だが否定していた……否定していたかったのだ。

なぜならそれを認めてしまえば……

 

無辜の民を夜な夜な喰らい続ける、絶対の悪であるとなってしまう。

 

「桜は……それを……」

「いや桜は知るまい。アレは桜という孔を通して現れておる。あのような形を得るはずはないのだが、孔を通してこちらに出現するときに桜を原型にしておるのだろう。聖杯は桜が封じておる無意識(イド)を借り受けて、現界したのじゃろう。しかしこういってはなんじゃがアレはわしにも予想外じゃった。あり得ぬ言じゃがアレは日に日に力を増しておる。意思を持った聖杯として自らを完成させるために人の魂を喰らい続ける」

 

桜自身が知らないというのは士郎にとって幸運であり不幸でもあった。

桜に罪が及ばないわけではない。

だがそれでも本人が知らないということは、本人が意図してやっている訳ではないということ。

だがそれは慰めにもならなかった。

 

 

 

「止める方法はただ一つ。桜の無意識を利用して聖杯がこちらへと来ているのであれば、桜自身を止めればよい」

 

 

 

単純にして明快な手段。

そしてなによりも確実な方法。

しかし止めると言うことはつまり……

 

「桜を説得しようと試みたのだが、あの陰はわしが近寄ることをどうもよく思っていないようでな。意思こそないもののあの陰は桜でもある。桜が嫌悪している対象はあの陰も嫌うのは道理じゃ。わしでは桜に近寄ることさえ出来ん」

「……じゃああんたは桜に近寄れないのか?」

「そうよ。おぬしは桜がわしの手駒と考えておろうがそれは違う。(アレ)はもはやお主の物よ。桜と離れた上に近寄ることさえ出来ないわしでは、アレをどうすることも出来ん」

 

今の臓硯が桜に手出しできないと言うことは朗報といって良かった。

それが真実であればだが。

ならば後は体内の刻印虫さえどうにかすれば何とかなる……そう一瞬思考するが……。

 

「……まて、今あんたは桜に何もしてないってのか?」

「うむ。しておらんが?」

「なら……今桜が苦しんでいるのは……」

「それは(アレ)自身の問題じゃろう。刻印虫を使ってはいない。(アレ)は聖杯であるために、聖杯からの力の流入によって壊れていっておる。考えれば直ぐにわかることであろう? あらゆる願いを叶えるという膨大な魔力の渦。その渦を人の身で受けているのだぞ? (アレ)の脆弱な精神がその力に耐えられるわけもなかろうて」

「な……ならこのままだと……」

「聖杯であることに耐えきれず壊れるであろう。いや、桜の意識がなくなれば無意識(イド)が浮上して聖杯が誕生する。(アレ)は自身の陰に呑み込まれる」

 

あらゆる願いを叶える聖杯。

それを可能とするエネルギー。

その膨大な力を受けるというのがどういう事なのか?

 

「理解したか? わしを倒しても無駄なのだ。聖杯が起動すれば桜の精神はたやすく呑み込まる。(アレ)を救うのであれば聖杯戦争の期限切れまで耐えるのみ。大聖杯の完成……門を開く時期はそう長くはない。開始よりすでに十日が経っておる。過去の例からいけば、あと四日ほどで此度の聖杯戦争は終わりを告げよう」

「……四日だって?」

「それでたすかるか同化を判断するのはおぬしだがな。わしは今の桜がどういった容態かを知らぬ。今朝の(アレ)の容態はどうであったかの?」

 

持つわけがない。

いや、体が持っても心が持たないかも知れない。

そして今の話が本当であれば体も持つかも怪しい容態だった。

無言でいる士郎の苦渋に満ちた表情からだいたいのことはわかったのだろう。

臓硯は士郎の言葉を待たずに話を続ける。

 

「なるほどのぉ。しかしその間に他の人間がどうなるかの? 昨夜消えたのは……いや食われたのは果たして何人か? 今宵食われるのは何人になるかの? 否、この町全ての人間が食われるまで、後何日あると思うかね?」

 

臓硯の言葉は士郎の頭に入ってこなかった。

相手が愉しんでいるのか、嘆いているのか……その判別さえも出来ず、士郎の頭は動いていなかった。

臓硯の刻印虫さえどうにか出来れば問題が解決できると信じていた。

だがそれももはや不可能であると目の前の妖怪は言った。

聖杯戦争が終えるまで耐えるのも手であると代替案を出されたが、それまで桜が耐えられるわけがない。

黒い陰が桜の分身とも言える以上、殺してしまっては桜にどのような影響が有るかわからない。

 

何より……聖杯戦争が続く限り、町の人々は食われ続ける。

 

「どうすれば……」

 

桜を救えるのか?

動かない頭で必死になって士郎は考える。

しかし、考えるまでもなかったのだ。

 

 

 

「簡単な話よ。おぬしが桜を殺せばよいのだ」

 

 

 

一つの明確な事実を、臓硯ははっきりと士郎に突きつける。

 

必死になって考えないようにしていた方法。

それを臓硯はなんのためらいも無しに口にする。

 

「そうじゃろう? 先もない(アレ)を生かしておいてなんになる? 黒い陰は今宵もまた人を喰らうじゃろう。それを防ぐにはあの娘を殺すしかない。わしの用件とはそれよ。おぬしに今の状況がどういう物なのかを理解させてやろうと思っての。衛宮士郎、おぬしは最大の厄災を保護しているのだ……と」

 

頭の次は視界が歪み、何も見えなくなってくる。

 

「わしや遠坂の娘では感づかれよう。だがおぬしならば(アレ)は喜んで命を捧げるじゃろう」

 

肺が麻痺したのか、息苦しくなってくる。

 

「万人のために悪を滅ぼす。わかっているのだろう? おぬしが衛宮切嗣(その意思)を継ぐのであれば、間桐桜こそが滅ぼすべき悪であり……おぬしの敵だ」

 

もはや考えることさえ、出来なくなってしまっていた。

その後士郎はまるで力の入らぬ木偶人形のよう足取りで、部屋を後にした。

床を踏む足も、壁に寄りかかる手も、確かな感触など何一つとしてなかった。

まるで出口のない悪夢の中にいるかのように。

 

「おぬしならば間違えることはあるまい。残念じゃが運命であったと諦めるしかあるまいて」

 

まるで幽体のように、気力のない体と、まったく考えと思いが定まらぬ状況で、士郎はただ歩くしかなかった。

 

「しかし小僧。おぬしには礼を言わねばならんじゃろう。(アレ)は生涯何一つ自分のための行為をしたことはなかった。父親に捨てられた己が身を呪うこともなく、姉のように万能を望むこともなった。ただそこにあるだけの人形でしかなかった。その人形が愛おしいと自らが愛した男に抱かれたのだ。本望といって差し支えなかろう。自身を攻めんでもよかろう。おぬしは最後に哀れな孫に贈り物をしてくれたのじゃからの」

 

家を出て、士郎は無意識のうちに家路についていた。

桜の待つ家へ、崩れ落ちてそのままうずくまってしまいそうな体を無理矢理動かす。

 

交差点にさしかかり、後は坂を上れば衛宮の家に着いてしまうところまでさしかかった。

 

いつまでも家を留守にするわけにはいかなかった。

臓硯との密会という行為は事情があったとはいえ、あまり褒められたことではない。

故に他の人物に気付かれる前に帰る必要があった。

しかしそれでも士郎の足取りは重かった。

家に帰ると言うことは決断しなければいけないと言うこと。

その決断というのが……

 

『否、この町全ての人間が食われるまで、後何日あると思うかね?』

 

決断の内容が頭をよぎり、士郎は口元を抑えて吐き気をこらえた。

桜の味方であると決めた士郎。

どんな風になっても桜を守ると決めた。

養父との約束も捨てて、正義の味方ではなく、桜の味方になる。

だがそれはすなわち……

 

多くの命が失われてしまった、十年前の地獄を繰り返すと言うこと。

 

 

 

それだけは……出来ない……

 

 

 

衛宮士郎ではなく、士郎(・・)として、誓いだけは破ることが出来なかった。

 

 

 

それは、自身を否定することに他ならないことだからだ。

 

 

 

あの日見た悪夢を覚えている。

 

 

 

あの日見捨てた人々を……忘れるわけがない。

 

 

 

あの惨劇の中、他の全ての人間を見捨ててただ一人生き残った士郎。

 

 

 

知りながら何もしないというのは黙認に他ならない。

 

 

 

『今宵食われるのは何人になるかの?』

 

 

 

知っていてなお、原因を放置するというのであれば、それは見殺しにすることと何ら変わりない。

 

 

 

『だが今までの自分を否定して一人のために生きるというのなら……それは必ずお前自身に返ってくる』

 

 

 

 

 

 

『……あなたはサクラの味方ですか、士郎? 例え……何があったとしても』

 

 

 

 

 

 

夜、ライダーに問われたときに応えられなかった答えを、今士郎は決断しなければならなかった。

 

たった一人を守るのか?

 

それともその一人を見捨てて他の人間を助けるのか?

 

 

 

要するに、誰の味方をするのか?

 

 

 

たったそれだけの事だった。

 

 

 

だがたったそれだけのことが……

 

 

 

とてつもなく重かった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

えげつねぇ……

 

それが間桐家のリビングにて、士郎をストーキングして会話を聞いていた俺の素直な感想だった。

 

いつものように美綴の家で護衛を行っていたらのこのこと出歩いている士郎を見つけた俺は、一人で無防備に出歩いている阿呆をしかりつけようと後をつけたのだ。

そうしたら俺が接近する前に何か見知らぬ虫にとりつかれて身を固くしたのだ。

 

……接触してきた?

 

臓硯の腕ならば士郎を殺すのは造作もないはずだ。

にもかかわらず殺すことなく士郎に接触したのは何か話をすると言うこと。

当然その真意はあの妖怪じじいが未熟者の士郎を何かに利用しようとしているのだろう。

 

どんな話をしてくるのか……興味があるな

 

何か情報を仕入れれば良いと思い、魔力を使用して「霞皮の護り」にて気配遮断、透明化を行い、士郎の後に続いて間桐家に侵入した。

気付かれることはないだろう。

魔力も戦闘に使わないのならばそれなりの容量を補充できている。

そうして話を聞いていると……どんどんと危ない真実が明かされていく。

それは士郎にとってもっとも知りたくない真実だっただろう。

 

しかしあの黒い陰の正体が桜ちゃんとはなぁ……

 

俺……というよりも狩竜を警戒しての事だろう。

俺に向かってくることはなかったあの黒い陰。

何度か接触したにはしたが、それは基本的に戦闘時だったため、そこまで気を回している余裕はなかった。

そうして驚いている間にも臓硯の話は続いていく。

 

「あの陰をどうにかしてもらいたいのよ。そのためにはおぬしの力が必要なのだ、衛宮士郎」

 

……こいつ

 

次々明かされていく真実と、そして自分では絶対に臓硯に叶わないために、士郎はただ黙って臓硯の話を聞くしかない。

それが、臓硯にとってどれほど好都合であるかに気付きながらも。

 

いや、今はそんな余裕はないか……

 

士郎の顔色はもはや蒼白と言っていいほどに血の気が失せていた。

その士郎の様子に気付いているのだろうが、臓硯は変わらずまるで愉しむかのように、話を続ける。

 

「簡単な話よ。おぬしが桜を殺せばよいのだ」

 

確かに今の話を聞けば、それがもっとも確実な方法であることは間違いなかった。

黒い陰となって夜に徘徊し、生きとし生けるものだけを喰らい消化する桜ちゃん。

黒い陰に今現在、こちらの有効打は狩竜のみでそれを扱えるのは俺のみ。

俺自身も未だ狩竜を完全に扱えているわけではない。

そうなるとこちらに黒い陰に対抗する手段はほとんどなくなってしまう。

 

「しかし小僧。おぬしには礼を言わねばならんじゃろう。(アレ)は生涯何一つ自分のための行為をしたことはなかった。父親に捨てられた己が身を呪うこともなく、姉のように万能を望むこともなった。ただそこにあるだけの人形でしかなかった。その人形が愛おしいと自らが愛した男に抱かれたのだ。本望といって差し支えなかろう。自身を攻めんでもよかろう。おぬしは最後に哀れな孫に贈り物をしてくれたのじゃからの」

 

よくもまぁ……いけしゃあしゃあと……

 

この饒舌に語る妖怪じじいを今すぐ切り捨てたい衝動に駆られるが、それも無意味な事はわかっていた。

否、はっきり言って現段階で俺がこいつを殺すことは出来ないのだ。

不殺の戒めをのぞいたとしても、現時点ではこいつを殺すことは出来なかった。

 

だが……こいつは必ず報いを受けさせてみせる……

 

不殺の戒めが合ったが、それでもこいつは殺したいほどにおぞましい存在だった。

なんとしてもこいつの思い通りにはさせはしないと、俺はいまこのばで誓った。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

去ったかの

 

士郎ともう一つの何かの気配が完全にいなくなり、臓硯はその顔に醜悪な笑みを浮かべる。

確かに士郎と己しかいないはずの部屋に、何かの違和感を覚えたのだ。

だがそれでも臓硯はそれに気付いてないふりをして話を続けた。

そして一瞬だけ戦意と殺気を感じ取り、内心でほくそ笑んでいたのだ。

 

手にした力は最上級のようじゃが、使い手がまだ未熟よの

 

経験と勘で、臓硯は刃夜が侵入してきたことを完全に把握していたのだ。

そして刃夜の同行すらも一手として使用することを画策していた。

 

くくく、さてあの不可思議な小僧はどう動いてくれるかのぉ

 

薄暗い部屋で一人邪悪に笑う、その姿は……

 

紛れもなく醜悪だった。

 




ストック切れる……


すいません、次話は未定です


なんとか、今まで通り

「原作を知らない人にも意味がわかって読める作品」

で完結目指します

目標は最後の連戦だ……

そこで書きたいシーンがいくつもあるのだよ

だからおいらがんばる



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裏切りと覚悟

お久しぶりです~
またがんばって書いてます
でもまだ説明ですw

戦闘に至るまでには後二話は必要かなぁ……




うつろな足取りのままに士郎は家へと戻った。

まだ結論は出せていない。

出したいと思いたくないのだ。

それも致し方ないことだろう。

愛する女性を手に掛けることなど、想像すらしたくないはずだ。

 

「あれ? シロウ、玄関側からの廊下からきた?」

 

家へ入り居間へと足を運ぶと、そこにはイリヤが一人で座っていた。

人がいることはわかっていたため、何とか自分なりに士郎は普段通りを心がけて、イリヤに返事をした。

 

「ちょっと外に行ってた。留守中に何かあったか?」

「何もなかったけど……シロウは何かあったの?」

「!?」

 

あっさりとイリヤに見抜かれて息を呑むが、直ぐに平静さを装う。

 

「いや、特に何もなかったよ」

「嘘言わないで! そんなうつろな目でわたしと話をしないで!」

 

自身が把握できないほどに、士郎の表情は優れなかった。

イリヤでなくとも直ぐに看破できただろう。

 

そんなバカみたいな顔をしてたってのか?

 

叱られたことで、ようやく士郎の頭にも力が戻ってきた。

いくら何でもこのまま呆けているわけにも行かないので、士郎は自らの頬を叩いて気合いを入れ直した。

 

「よしよし。少しは元気でたね、シロウ。それで、何かわたしに聞きたいことでもあるの、シロウ?」

「――――――」

 

イリヤの鋭さと、その優しさにシロウは思わず息を漏らしていた。

桜が臓硯によって浸食されていると知ったとき、そして黒い陰の正体が桜であると知らされた。

どうすればいいのかわからず、どうしようもなくダメになっている時に、イリヤは優しく手をさしのべてくれた。

 

どっちが年上なんだか……

 

内心で士郎は自身のふがいなさに溜め息を吐くしかなかった。

だが、自身のふがいなさは一度捨てて、士郎はそのイリヤの優しさに甘えることにした。

 

「……なら聞いていいかなイリヤ?」

「いいよ、何でも教えてあげる」

「……アインツベルンの聖杯について、教えて欲しい」

「……」

 

イリヤも聖杯戦争がらみで有ることはわかっていた。

だが、質問が直結して自分(聖杯)のことだとは予想していなかった。

そしてこの質問は、イリヤにとって知られたくない秘密の一つだった。

しかし、それでも年上として……■として、イリヤは士郎に悲しげに微笑んだ。

 

「シロウに知られたくないことが二つあったけど、一つは知られちゃったみたいね」

 

否定はなかった。

心のどこかでは否定して欲しいと、士郎も思っていたことだった。

だが、これ以上現実から目をそらすわけにはいかないため、士郎は覚悟を決めて先を促した。

 

「それは、つまり……」

「そう、わたしは聖杯。ホムンクルスなの」

 

人造人間(ホムンクルス)

錬金術において、人間の精といくつかの要素をあわせて生成される、生命の誕生法。

自然の摂理ではない生殖によって誕生した人造人間(ホムンクルス)は、総じて肉体的な欠陥がある。

小躯、知性の欠落、生殖機能の欠落……そして短命。

人の姿をし、人と同じ命を持ち得ながら人間ではない人造人間(ホムンクルス)は人間でない故に、人間とは違う力を持ち得ている。

強大な魔術回路を持って、完成する。

しかし生命体としては欠落もあいまり、脆弱の一言に尽きる。

だが魔術師としてならば……その強大な魔術回路がある。

 

「アインルベルンは聖杯とマスター、両方の機能を持つ者としてわたしは育てられた。聖杯の役目は敗北したサーヴァントの魂を回収すること。それだけに特化しているだけでいいのなら、人間じゃなくても棺桶でもいいの。魂の容れ物としては大きい方が都合がいいもの」

 

自身のことを、至極つまらなさそうにイリヤは語っていく。

聖杯がサーヴァントの魂を回収するという役割は、士郎も初めて知ることだった。

 

「回収と言うより、帰還のほうが正しいかな? サーヴァントは聖杯によって現世へと召喚された。敗れて魂となったあとは聖杯を通って還るのは当然でしょう? この街にある聖杯はわたしだけだから、本当はみんなわたしが回収してるの。でもわたし以外に聖杯として機能している奴がいるのね。気付いたときにはアサシンが取られてたわ。セイバーも取られて引き寄せる力がわたしよりもそいつが強くなっていた」

 

嫌悪するかのようにイリヤが「奴」というのは当然桜のこと。

もう一つの聖杯となった桜は、すでにアサシン、セイバー、バーサーカー、そして第四次聖杯の生き残り、英雄王ギルガメッシュを取り込んでいる。

 

「サーヴァントの魂なんて……押さえつけられるのか? 人間の体にいくつもの魂なんて入らないだろ?」

「えぇ、それが英霊の魂ならなおさらそうね。クラスという殻を失った純粋な魂のサーヴァントの魔力は膨大で強大よ。一つ取り込んだら体の中に台風が生まれるという感じになるわ。最終的にはその膨大な魂を七つ集めるのが聖杯の役割。そこに聖杯(容れ物)自体の魂を入れる余地なんてないわ」

 

……ぇ?

 

自分のことであるはずなのに、まるで他人事のようにイリヤは言葉を続けていたために、聞き間違いだと思った。

聞き間違いであって欲しいと思った。

 

「英霊七人分の魂を収納、管理するのが聖杯の役割。聖杯が完成に近づくほどに、人間としての機能は失われていく。それがわたし。サーヴァントの魂を回収するたびに、器の制御のために人間の機能を捨てていく。手足に回す魔力をなくしてしまえば、その分を制御に回すことが出来る。呼吸をやめれば、取り込んだ魂が外に出ることもない。人格を形成している能力を、全て演算に回せば、魂の統合も余裕が出来る」

 

聖杯として生まれながら、人間としても機能する少女。

奇跡のような存在だと言って差し支えない少女は、それでも自分の本来の役目を果たすために、この冬木の街へと赴き、サーヴァントを使役して戦った。

 

「それは桜も同じこと。聖杯として機能してしまえば人間としての人格なんて英霊の魂に呑み込まれてしまう。人間でいることなんて、できないわ。でも、そうね。わたしとサクラに違いはあるわ。わたしは自分の意思で切り替えることが出来るけど、サクラは上書きされて消えてしまう。不完全な黒い聖杯であるサクラに、拒否権なんてないの」

 

聖杯としての己と、聖杯となってしまった桜のことを、イリヤは淡々と語っていく。

それは生まれながらに……否、生まれる前から宿命づけられたイリヤの運命。

己の命が、聖杯戦争の一部であり要でもある、そんな存在だと言うこと。

そんな話を聞きながらも、一つだけ士郎は安堵していることがあった。

 

「どうしたのシロウ? わたし、サクラは助からないって言ったと思うんだけど?」

「わかってる……。けどまだイリヤは英霊の魂を吸収してないって事だよな?」

「そうなるわね。だからわたしはイリヤのままよ」

 

それが救いと……いえるのだろうか?

ホムンクルスとして生を受けたイリヤは、今のままでは遠からずに死んでしまう。

そして桜は聖杯として欠陥を抱えている。

だが、それでも士郎は嬉しかったのだ。

イリヤだけは守ることが出来るかも知れないと……わかって。

 

「え? シロウ!?」

 

気がついたときには、士郎はイリヤは抱きしめていた。

今の状況では何が約束できる訳でもなく、何かをほしがったわけでもない。

だがそれでも士郎は、イリヤの小さな体を弱々しくもしっかりと抱きしめた。

その指に……守り通すべき存在の重みを、確かめたのだ。

 

もう……しょうがないなぁシロウは

 

士郎の心情を全て理解したわけではない。

それでもイリヤはこの一方的とも言える抱擁を拒まなかった。

だが自分はそう遠くない将来消えてしまう存在。

そして今のままでは、聖杯戦争で大惨事が起きる可能性があった。

その大惨事を回避するための策がイリヤにはあった。

でもそれを伝えてしまえば、この震えるかのように自分を抱いている弟が傷ついてしまうから。

だからイリヤは士郎の抱擁を返すことは出来なかった。

黙っていなくなってしまうことがあり得たから。

しばらく二人は無言のまま、今でそうしていたが……

 

 

 

「……いや大丈夫なことはわかってるんだがな? しかし無言で人が集まる居間で抱擁されててもなぁ? しかも絵面的には少々危険だぞ?」

 

 

 

狙っていたのだろう。

ニヤニヤ笑いながら刃夜が先ほど士郎が入ってきた玄関側の廊下から顔を出している。

いつから見ていたのかわからないが、言われて二人も客観的に見ればどういう事なのかわかったのだろう。

慌てて離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

よし……

 

調理を終え、さらに深呼吸をして士郎はエプロンを脱ぎ捨てた。

時間はすでに午後二時。

遅くなってしまったが、昼食として士郎はお粥を用意した。

他のメンバーの昼食は刃夜が拵えたが、病人とも言える桜の料理は士郎が調理したのだ。

 

……これが最後かも知れない

 

以前のように、普段通りにただ互いの顔を見るのは、これが最後かも知れないという予感が士郎にはあった。

否、もはや確信している……確信してしまった。

だからせめてこの貴重な時間を、笑いあいながら、楽しい時間として終わらせたかったのだ。

故に士郎は深呼吸と共に自らの感情を凍結させて、桜がいる部屋へと向かった。

 

「桜……起きてるか? 少し遅くなったけどお昼は食べられるか?」

「はい、起きてます」

 

桜の返事をもらい、士郎は部屋へと入る。

寝ていたのかも知れないが、それでも桜は士郎が部屋に入ってくると満面の笑みで、士郎を迎えた。

穏やかな時間が流れていた。

桜の体は何とか起き上がれる程度には回復しており、士郎が用意したお粥も一人で完食出来る程度にはなっていた。

昼食を終えて、二人は穏やかに話をした。

なんでもない、ただの雑談だけの時間。

おなかが満たされて眠くなったのか、桜はベッドに体を預けていた。

士郎が見る限りでは桜は元気そうに見えた。

今朝は苦しげだった呼吸も規則正しくなり、顔色も普段と変わりないように見えた。

 

そんな桜が、あと数日しか保たないと言われても、士郎には全く実感がなかった。

 

士郎と話を続ける桜は本当に楽しそうにしていた。

その笑顔を見ていると、桜が回復して明日にでも元通りになるのではないか? そんな錯覚さえ抱いてしまいそうになった。

だが士郎はそれを許さなかった。

都合のいい錯覚を必死になって押し殺し、良くなると、元通りになると信じて自らの決断を先延ばしにするようなことはしなかった。

 

 

 

だが……それでも……

 

 

 

「……なぁ、桜」

 

 

 

諦めきれなかったのか?

 

それとも冷たい逃れ得ぬ現実を受け入れたつもりだからか?

 

 

 

「体が元通り元気になったら、何がしたい?」

 

 

 

あり得ないと言える、もしもの話。

 

互いにわかっているであろう破滅の話の先を、士郎は口にしていた。

 

 

 

「わたしがしたいこと……ですか?」

 

「あぁ。桜が楽しいって思えることで何かないか? なんだっていいさ。ただ話しているだけだからさ。かないっこないってのはなしで……さ」

 

「ん~~~。少し待ってくれますか」

 

 

 

桜は目をつむって考え始めた。

だが特に思い浮かばなかったのかも知れない。

頬を赤らめながら、桜はただこういった。

 

 

 

「特にないです。別にこのままでいいかなって……。その……先輩と一緒にいられれば」

 

 

 

それは決して考えようとしなかった、士郎が望んだ未来。

だがそれが訪れないことを、士郎は知っている。

動揺し、桜を捕まえておきたくなる衝動を、士郎は必死になって抑えつけた。

 

 

 

(アレ)は生涯何一つ自分のための行為をしたことはなかった』

 

 

 

脳裏によぎるのは、臓硯の言葉。

その言葉に対して、士郎は心の中で悪態を吐くことしかできない。

 

くそ爺! してこなかったわけじゃない! 知らないだけだ……桜は!

 

楽しいことや、普通の家に生まれてさえいればなんの疑問も抱かずに享受できた生活。

それらを知らないからこそ桜は欲しいものがわからない。

そしてその桜が欲しがることは、それこそ普通でさえいれば些細な事でしかない……ただ好きな人と一緒に過ごしたいという願いしか生まれてこなかった。

 

「……先輩?」

「あ、あぁなんでもない。考え後としてた」

 

何もしていない。

自分が自分のために得たいと思うこと、手に入れたいと思うことさえも、桜は知らない。

衛宮家以外では笑わず、友達もいない桜。

衛宮家と間桐家、その二つの通常とは言えない家庭しか知らない、閉じられた私生活……世界。

 

こんなふざけたことを……変えられるって言うのなら、俺はなんだって……

 

「あの、先輩? どうしたんですか?」

「いや、大丈夫だ。桜」

 

もういろいろな感情がない交ぜになって、士郎は今自分がどんな顔を浮かべているのかわからなかった。

だが、それでもこれだけは言いたかった。

 

「聖杯戦争が終わったら、どこか遠くに行こう。今までどこかに遊びに行ったりしなかっただろ? たまには遠出してもいいと思うんだ」

 

突然言い出した意味が理解できず、桜はきょとんとしてしまった。

夢だと思っているのかも知れない。

 

「どこか行きたいところはあるか?」

「え、えっと……」

 

自分がしたいことすら思い浮かばない桜には、どこか遠出すると言うことも咄嗟には思い浮かばなかった。

だが、少ししておずおずと、口を開いた。

 

「ど、どこでもいいんですよね?」

「あぁ。人間、頑張ればたいていのところには行けるさ」

 

 

 

「なら、お花見とかがしたいです」

 

 

 

ささやかすぎる願いを、桜は微笑みながら口にしていた。

この提案に、今度は士郎がきょとんとする番だった。

 

「花見って……春にやる?」

「はい。このお屋敷でも出来ますけど、梅の花だけじゃないですか? 天気のいい日に、先輩と一緒にお花見がしてみたいな……って」

「そうだな……」

 

桜の提案に士郎も笑みを浮かべた。

士郎自身も遠出をしたこともなく、また自ら花見をしようと思った事はなかった。

橋の下の公園で、青空を眺めながら桜を見るのもいいかもしれない。

他にも楽しいことはたくさんある。

桜のこれからの門出を祝う花見をするのは、とてもいいことであり、似合うと士郎は素直にうなずいていた。

 

「なら、約束しよう。聖杯戦争が終わったら一緒に行こう」

 

二人は幸せそうに笑い合った。

そんな叶わないはずの約束を士郎と桜は約束した。

 

本当にそうできたらどれだけ幸せだろう?

 

十年前の火事から一度として思わず、想像すらもしなかった自らの幸福。

 

ゆっくりと客間を去っていく。

 

些細な約束だけを残して。

 

この約束は桜だけではなく、士郎のとっても願いでもあった。

 

凍らせたはずの心で、叶わない優しく暖かな幻想を夢想した。

 

聖杯戦争が終わり、冬が過ぎて……

 

 

 

春になったら桜を見に行く……

 

 

 

そんな、四月になればいくらでもかなえられるささやかな願いを……思い描きながら。

 

 

 

 

 

 

そして、時は残酷にも過ぎ去っていき、夜になった。

夜の巡回はもう行わないこととなった。

行ったところで黒い陰をどうこうできるわけがない。

イリヤと凜は宝石剣の最終調整を行っており、早々に眠りについていた。

刃夜も夕食を作り次第、いつものように出かけている。

セイバーは未だ士郎と話す気にならないのだろう。

食事を終えてすぐに自らあてがわれた部屋に引っ込んだ。

 

つまり……士郎を止める者はもういないことになる。

 

時計が10の文字を指した時間帯。

今までの傾向から、黒い陰が動き出す時間だった。

 

……

 

士郎は無言で立ち上がり、手にした得物を確かめる。

手にしたのは、包丁。

窓から差し込む月光に、鈍く光を反射させていた。

その包丁を手に、士郎は足音を立てずに廊下を歩いた。

鍵のかかっていない部屋のドアを静かに開ける。

 

……

 

そしてベッドへと歩み寄った。

視界がおかしくなっているのか、士郎の目には桜が今どんな顔をしているのかさえ見えなかった。

目眩を起きそうになり、震えが止まらなかった。

だがそれでも、士郎はその手にした包丁を振りかぶった。

 

……覚悟を決めるんだ

 

もしかしたら今も黒い陰が冬木の街に現れて、何も知らない人々を喰らっているのかも知れない。

自分以外の人々を見捨ててまで生き延びた自分が、それを見過ごすわけには行かなかった。

 

だから……

 

手にした包丁に力を込める。

後はただ、振り上げたその腕を力の限り振り下ろせば全てが終わる。

そう、全てが。

 

だが……

 

 

 

……どうして

 

 

 

それでも士郎は、その腕を振り下ろせなかった。

 

 

 

……なんで

 

 

 

指に力を込めても、腕を振り下ろそうと脳が命令しても、心がそれを拒んでしまった。

 

どうしてもこの手に掛けることが出来なかった。

 

どれほどそうしていただろう。

 

たったの数秒かも知れない。

 

もしかしたら長い時間そうしていたかも知れない。

 

その状況で……

 

 

 

「……どうした士郎?」

 

 

 

いつの間にか入ってきていたのか、刃夜が士郎の直ぐそばに立っていた。

驚きに目を向けた先に、刃夜はただ静かにそこに立っていただけだった。

なんの力も使わず、気配も消さず。

ただそれに士郎が気付かなかっただけだった。

 

「じ……刃夜」

「夜這い……ってわけではさそうだな。とりあえずその物騒なものをおろせ」

 

暗闇でも刃夜が微笑しているのが見て取れた。

しかしその笑みの意味がわからず、極度の緊張状態だった士郎には、咄嗟にどう反応していいかわからなかった。

 

「力が入りすぎて手放せないか? ほれ、よこせ」

 

そうして静かに歩み寄って士郎の手から包丁を取り上げた。

包丁が手から離れた瞬間に、まるでそれが動きを止めていた原因であったかのように、士郎の体は動きを取り戻した。

 

……お前は本当に人間になりつつあるんだな

 

多くの命を見殺しすることになるだろう。

それを止めるために士郎は愛する者に手を掛けようと包丁を手にした。

多くの命が消えてしまう、食われてしまう。

理不尽とも言える黒い陰の捕食によって。

それを止めるのは正しいことなのかも知れない。

だから士郎は包丁を手にした。

でも、どれだけ力を込めようと、一人の命を犠牲にすることで多くの命が救われるとわかっていても、士郎は殺すことが出来なかった。

 

 

 

己にとって、大切な人を。

 

 

 

答えなど、とっくにでていたのだ。

 

雨が降っていたあの日の公園で、桜を抱き留めたあの瞬間から。

 

だがそれを十年前の自分が否定する。

 

あの地獄の火災で生き残った。

 

目の前でただ力尽き、死んでいくしかなかった人々の助けを振り切って多々一人生き残った。

 

死んでいった、見殺しにしてしまった人々に報いなければいけないと……縋るように生きていた気持ち。

 

その思いを否定してまで、一人の命を取るのかと……。

 

 

 

「俺……俺は!!!」

 

 

 

どう言葉にすればいいのかわからなかった。

 

 

 

「正義の味方になって……だから、人を守るために……俺は! 桜を!」

 

 

 

だが、ごちゃまぜになってしまった気持ちを少しでもはき出さなければどうにかなってしまいそうだった。

 

今にも泣き出してしまいそうな士郎に、刃夜は静かに口を開いた。

 

 

 

「人を守るために自分の大切な人を殺すって? 馬鹿なことをいうな。そんな安っぽいもんじゃないだろう。己にとって大切な人ってのは」

 

 

 

静かに言葉を紡ぐ刃夜の脳裏に浮かぶのは、現実世界でのあの子、そしてモンスターワールドで出会った人々と、ムーナだった。

 

己にとって大切な存在を守るためなら、刃夜はそれこそ迫り来る全てをなぎ払う行為を全くいとわないだろう。

 

 

 

「確かに、今殺せば被害は最小限に治まるかも知れない。お前はまた、正義の味方を目指せるかも知れない。いや、目指せないか? 他の連中のために、愛した女を殺した男に救われたって、救われた側も迷惑だろうよ。それにな、たった一人の女が、百人の命の重さを上回っちゃいけないなんてことはないんだぜ?」

 

 

 

「そんな……そんなわけがない!」

 

 

 

十年前の聖杯戦争の終幕で起こった悲劇で、ただ一人生き延びた士郎。

 

たった一人生き残ったという事実は、どれほど重い物なのだろうか?

 

刃夜にも士郎の気持ちを全て理解してやれる訳がなかった。

 

だが、それでも今士郎が行おうとしている行為だけは、止めなければならなかった。

 

 

 

「頭が堅いなあ……。別にいいじゃねぇか。たった一人の、自分の女のために百人を殺す事になっても。むしろ今までがおかしかったんだよ。他人のために、己の命を犠牲にするなんてな。生き方を捨ててまでこの女を守りたかったんだろう? 愛おしいと思ったんだろう? ならそれでいいじゃねえか」

 

 

 

正義の味方を目指していた士郎が、どうして包丁を振り下ろせなかったのか?

 

何故、今殺さなければ多くの人が犠牲になるとわかりながらも、桜を殺せなかったのか?

 

簡単な話だ。

 

百人の命よりも……

 

たった一人の桜という少女が……

 

 

 

多くの命よりも、桜という少女が自分にとって必要であり、守りたいと……思ったのだから。

 

 

 

「俺は……俺は……」

 

 

 

それがわかっているのだろう。

刃夜の言葉に特に反論せず、士郎はただ苦しげにそう繰り返すだけだった。

さんざん迷ったのだろう。

だが最後には己にとって大切な存在を取った。

その人間として当たり前の感情を優先した士郎を、刃夜はただ優しげに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

一時取り乱した士郎も落ち着きを取り戻し、士郎と刃夜が部屋を後にする。

二人が部屋から遠ざかるのを確認して、桜はようやく吐息を漏らした。

桜は眠ってはいなかった。

殺されてもいいと……思ったのだ。

自らの生き方を捨て、自分のことを守ってくれる事は純粋に嬉しかった。

だがそれとは相反する思いがあるのもまた事実だった。

正義の味方を目指していたと、以前夜に土蔵の中で話した。

己の味方になるということ……黒い陰として多くの人間を喰らっている自らに味方すると言うことは、紛れもなく正義に反することだった。

そうさせてしまったことが悲しかった。

 

……先輩になら

 

殺されても言い、そう思った。

士郎が包丁を持って部屋に入ってきても眠ったふりを続けた。

逃げ出したくなる自分を抑えつけていたのだ。

 

いつまで自分でいられるのかが……わからない

 

桜も自身がもう限界に近いことは気付いていた。

一日の日の長さ、昼に士郎と話した内容、そして話したのはいつの昼なのか?

昨日のこと、今日のこと、そして明日のこと。

そらが全然わからなくなってしまっていたのだ。

 

そして……毎夜訪れる悪夢。

 

幾人もの人間を喰らった黒い陰の夢。

怖いと思った。

血塗れになってしまうのが、怖かった。

だが、それも楽しいことであると思っている自分がいることが……何よりも怖かったのだ。

多く人から大切な物を奪って笑っている。

助けて欲しくとも悪夢は決して覚めてくれなかった。

 

他人を助けないのだから、他人に助けてもらえないのは当然である、何よりもこれは夢なんだ

 

そう思い、気付かないふりをした。

だがそんな夢を望んでいる自分がいることにも気付いていた。

臆病で汚くてずるい自分が悲しかった。

 

少しずつ……おかしくなっている……

 

それでも、士郎は弱くて汚くてずるい「間桐桜(自分)」を信じてくれた。

だからこそこれ以上おかしくなりたくなかった。

だが……それ以上に悲しく、決して望んでいなかった事が起こってしまった。

つい先ほどまでこの部屋で自らを殺そうとした少年。

それを受け入れるつもりだった。

だがそれでも士郎は桜を殺すことが出来ず、子供のように喚き嘆いた。

もう元に戻せないほどに、士郎の心を壊してしまった。

だからもう寝たくなかった。

眠ればまた、あの怖い夢を見てしまう。

こんな自分を守ると決意してくれた士郎のためにも。

 

けど……

 

しかし、もう戻らないものが出来てしまった。

もう先はないことがわかっている自分を守ると言った青年。

そして今、この場で桜を殺せば全てが終わることがわかりながら、桜のことを選んだ士郎。

士郎が殺すつもりで部屋に入ってきたのはわかっていた。

悪意に敏感桜は、すぐにわかった。

だが……その殺意はあまりにも薄っぺらかった。

 

そして何よりも……痛々しかった。

 

まるで、自らを幾度も傷つけて、それでもなお自分を殺しに来たのだと思えるほどだった。

だが、それをあの男が邪魔をした。

喚きながらも、それでも自分を取ってくれた士郎の苦悩を知ってしまった。

 

……ごめんなさい

 

苦悩し、さんざん自らを痛めつけて、正義の味方を捨ててまで、士郎は桜を取った。

正義の味方でいることに、どれほど憧れていたのかを知っている桜には、それがどうしようもなく悲しかった。

正義の味方を捨てた士郎は、これから桜のために生きていくだろう。

その先が奈落の底に続いていたとしても。

士郎はそれが出来る。

遠い昔、夕焼けの校庭でただひたすらに走っていた士郎。

自らの運命を呪っていた桜でさえ頑張って欲しいと願った少年。

その姿を見て思ったのだ。

 

あの人と……一緒にいたい

 

あの人に……守って欲しい

 

理由もわからず憧れ、祖父の言いつけに従う振りをして衛宮の家に通い、その願いをわずかながらも叶え続けた。

 

「っぅ……!」

 

しかしその願いの代償が士郎の苦悩だった。

士郎がこれからどのような人生を送っていくのか……桜にはわかった。

多くの人間を見殺しにした罪に壊れていく……。

 

「ごめんなさい……。ごめんなさい……先輩っ!」

 

何故士郎に憧れていたのか、桜はようやく理解した。

士郎は綺麗なものだったのだ。

弱虫な自分と違い、まっすぐで、ひたむきな……ずっとそのままでいてほしいと願った存在。

そのことに、桜はようやく気付いたのだ。

 

壊してしまった後に……。

 

守りたいと思っていた。

まっすぐでひたむきだが、不器用なあの少年を。

望んでいたことがそんな大事ではないのに……どうしてこんな事になってしまったのだろうか?

そんな後悔が……桜の胸に広がっていく。

 

 

 

全てを捨ててまで、自らを守ってくれて嬉しいという気持ち。

 

 

 

あの少年のように……綺麗なままでいて欲しかったと思う気持ち。

 

 

 

 

 

 

そして……見て見ぬふりをしている■い気持ち。

 

 

 

 

 

 

それが桜に最後の決断をさせる。

 

 

 

 

わたしが、おじいさまを……止める……

 

 

 

もう手遅れかも知れない。

だけどこれ以上士郎に迷惑を掛けないためにも、桜は最大の恐怖に立ち向かう勇気を固める。

闇にともったその瞳。

弱々しいが確かに決意を固めた瞳だった。

 

 

 

例えそれが……臓硯の思惑通りだったとしても……

 

 

 

その決意は、桜の意思に他ならなかった……

 

 

 

 

 

 

俺は……

 

縁側に腰掛けて、月を眺めていた。

士郎はただひたすらに自問自答を繰り返した。

 

 

 

本当にのこまま……桜を守ると誓えるのかと

 

 

 

誓える……

 

どれだけ己に問いかけても、士郎の答えは変わらなかった。

あの夜にライダーに問われても士郎は直ぐに答えを返せなかった。

 

裏切るのか?

 

思い出せと……士郎の中で誰かが口にした。

正義の味方になのではなかったのかと。

今までの時間が……十年間信じ続け、がむしゃらなまでに信じ、走り続けていた足を止めてしまった。

そんな立ち止まってしまった自分の胸に……その言葉は容赦なく刃を立てる。

 

裏切るのか……と

 

 

 

「あぁ……」

 

 

 

誰に応えるわけでもなく、士郎は返事を返していた。

謝って許されるはずもない。

言い訳をして取り繕っても逃げられない罪。

士郎の頭の中で問いかけてくるのは……己自身だった。

 

今まで信じ、一人生き残った己を支えてきた目標

 

 

 

正義の味方を目指した己

 

 

 

そんな自分を、士郎は……。

 

 

 

「裏切るとも……」

 

 

 

正義の味方に向けて、士郎はそう口にした。

自らを裏切ることになろうとも、士郎は守りたい存在を取ると、今ここに誓ったのだ。

自らを騙し続けて生きていく事になるかも知れない。

だけどそれでも、桜の笑顔がそばにあるのであればそれでいいと。

 

この思いに……間違いがあるわけがない……

 

桜を必要とした自分。

桜が必要(・・)とした自分。

士郎はただ……静かに綺麗な月を眺めながら、誓ったのだ。

 

 

 

「俺が守る……。桜を……ちゃんと俺が……」

 

 

 

雨が降る中で桜を守ると誓い、さらに今夜同じ事を誓った。

そのことに後悔はなかった。

この選択は誰であろうと、士郎は文句を言わせるつもりはなかった。

だが……この月を眺めていると、いやでも思い出す存在がいた。

 

……爺さん

 

養父だった、衛宮切嗣。

彼が死ぬ間際に行った、正義の味方に憧れていたという言葉。

全てを諦めていたかのように、穏やかな笑みを浮かべていた養父に向けて、自分は言ったのだ。

 

俺がかわりになってやる……と

 

その言葉を聞いて、養父は本当に眠るように逝ってしまった。

何故最後に笑みを浮かべていたのかはわからない。

だが、あの笑みが嘘でないことを……士郎は知っている。

 

桜を守ると誓ったことに、士郎は後悔はなかった。

 

だがそれでも謝るべき人間はいたのだ……。

 

 

 

桜……許してくれるか?

 

 

 

月光に照らされたその表情には一体どんな感情が合ったのだろうか?

 

鏡もないこの状況で、士郎はそれを知ることは出来なかった。

 

仮にあったとしても士郎は自分が今どんな感情を抱いているのか、解らなかっただろう。

 

 

 

俺が……俺を裏切ることを……

 

 

 

養父の夢を裏切り、養父に託されて生きていた正義の味方としての己自身。

 

そんな……正義の味方である己を必要としてくれた桜。

 

自らの矛盾した行為に何を思うでもなく、士郎はただ静かに……自らの罪を懺悔していた。

 

 

 

 

 

 

……気の迷い、ってところ……か

 

衛宮家の母屋の屋根に寝っ転がり、俺は月を眺めながらそう考えていた。

桜ちゃんを殺そうとした士郎の行動。

包丁を手にして、振り上げてなお、士郎は包丁を振り下ろすことが出来なかった。

おそらく無意識のうちに自分でもわかっていたのだろう。

本当に……それこそなんの迷いもなく殺すことを考えていたのならば、ためらうことはあっても、腕がとまってしまうこともない。

それが士郎という、正義の味方を目指していた男ならなおのこと。

だがそれが出来なかった。

それはつまり、自分に取って大切な存在を殺したくなかったからという事実に他ならない。

雨の日に出て行った女を探し、全てを捨ててでも守りたいと、この女のために生きると誓ったことの何が悪いのか?

無論、状況にもよるかもしれない。

その女自体が人を殺すのを好み、毎夜毎夜と殺人を繰り返して血を欲するというのならばそれを守るのは自身さえも悪になる行為かもしれない。

だが、この子は自身に巣くった魔を必死に抑えている。

真人間でいようとしている。

 

 

 

愛しい人(士郎)と供に過ごしたいと……生きていたいと願っている……

 

 

 

愛しい人(士郎)と供に行きたいと願う少女を守るのが……手助けすることの何が悪いのか?

その子が求めた愛しい人と、一緒に過ごす事の何が悪いのか?

そんな桜ちゃんを殺してしまえば、もう士郎は戻れない。

完全に壊れてしまうだろう。

 

「苦労人ですね。あなたも」

 

屋根の上でぼんやりと考えていると、何を思ったのかライダーが俺のそばに現界する。

貴重な魔力を消費していることは重々承知しているが、それでも話をするつもりだった俺は、身を起こしてライダーに視線を向ける。

 

「そう思っているのなら、士郎に対してあそこまで露骨に殺気を振りまくのやめてやってくれ。生き方を変えてあいつも自分で戸惑っているんだよ。おなごが眠る部屋に入るなんて変態行為したくもないのに、お前の殺気があまりにも強いから思わず入っちまったじゃね~か」

 

現界した髪の長いサーヴァント、ライダーに向けて俺は溜め息混じりにそう返した。

極度の緊張状態だった士郎は気付いていなかったのか、それとも忘れてたのか、ライダーの存在を完全に考慮に入れてなかった。

マスターで有る桜ちゃんを殺そうとすれば当然ライダーは士郎を殺すだろう。

それを桜ちゃんが望んでいないとしてもだ。

 

確か……メドゥーサだったか?

 

神話にはそこまで詳しくないが……ギリシャ神話に登場するゴルゴン3姉妹の末妹だったはず。

本物の神様ながら怪物へと変貌してしまったと記憶しているが……。

以前の勉強が役に立って嬉しいやら悲しいやら。

 

怪物へと変貌……ね……

 

おそらくそれこそがライダーが桜ちゃんを守る理由なのだろう。

ならば桜ちゃんを助けるというのが前提であれば、協力することも不可能ではないだろう。

 

「先ほどの話……体験談ですか?」

 

俺の言葉に返事はせず、自分の事だけを話すあまりにもエロい格好をしたサーヴァント。

厄介なことにベルトのような物で目隠しをしているので表情が読みにくい。

 

というか、何を思ってそんな恰好なんだろうな?

 

あまり戦闘に向かないような衣装だと思うのだが……。

目隠しについては、魔眼を隠すものだということはわかるが……ぴっちりでスカート丈も短いこの服装がよくわからなかった。

まぁそんなことはどうでもいい。

ライダーとしては何故俺が桜ちゃんも士郎も助けるようにしているのか、気になるのだろう。

 

「そうじゃないが……まぁでも似たような経験はあるかな。だが桜ちゃんと違って俺は全てが手遅れだったがね」

 

全てが違うが、自分にとって大切な存在を失った事はある。

村も、村人達も……そしてあの子も。

決して失いたくなんてなかったのだ。

そんな自分に重ねていないと言えば嘘になるだろう。

俺はあの子の死に際に一緒にいてやることも、こうして守るという行為さえ、してやれなかった。

 

「……そうですか」

 

俺の表情から何を見て取ったのだろうか。

すこし申し訳なさそうな声と雰囲気を、ライダーから感じ取られた。

 

……感情が読みにくいだけで普通に人間らしいんだな?

 

「気にするな。一応俺の中で決着は付いているからさ」

 

寡黙だが、感情が結構仕草や声に出るみたいだ。

あまり接する機会はなかったが、どうやら無口なだけで暗いやつではないらしい。

 

「あなたも桜が好きだったのによかったのですか?」

「ぶっ!?」

 

あまりにも予想していなかった発言に、俺は思わず吹き出しそうになってしまった。

というか本当に吹き出しそうになってそれを、無理矢理引っ込めようとするから咳き込んでしまう。

 

「と、突然だな」

「そうですか? あなたの目を見ていたらそんな気がした物ですから」

 

実にしれっと、抑揚もなくいってくる。

からかっているのか……これが素なのか……。

 

前者だろうな……

 

いい性格していやがると内心でぼやきながら、俺は一度ライダーから目を離し、月を眺めて口を開いた。

 

「う~ん。好きかどうかはともかく……かわいらしい子だとは思っていたよ。ここまで一途な女の子も今時珍しいし、大和撫子を体現したのは稀少だしな。完全に士郎一筋だから俺の事なんて眼中にすらないさ。それに、俺は人に好かれるほど立派な人間でもないさ」

 

モンスターワールドではまだ言い訳は出来たかも知れない。

現実世界に帰れるかどうかすらわからなかったのだから。

だが今回は……この世界は違う。

俺は確実にこの世界から消失するのだ。

なのに……俺は美綴からの言葉を一方的に受け止めているだけだった。

 

こんな外道が……人に好かれるなんてなぁ

 

外道という悪人相手とはいえ、人殺しの自分。

己にとって大切な人を守れなかったふがいない自分。

モンスターワールドであの三人を捨ててきた……そんな自分が。

 

「そうでしょうか? ……少なくとも私は好きですけど」

「……へっ?」

 

あまりにも驚きのカミングアウトに思わず振り返ったが、霊体化したらしくそこには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

士郎と桜が決意を固めた翌朝。

士郎はいつもの時間に目を覚ました。

6時前。

夜が明けたばかりで薄暗い空は、曇り空も相まってより暗い一日になりそうな天気だった。

廊下から見える空を横目で見上げ、士郎は益体もなくそんなことを思っていた。

 

「ほい、おはよう」

 

そうして居間に入ると、すでに刃夜が料理を終えていた。

おいしそうに湯気を立てている料理達。

それとは別に、残りの料理を仕上げようとしている。

 

「……刃夜」

 

昨夜の出来事を思い出して、士郎は刃夜に何を言えばいいのかわからなかった。

お礼を言うべきなのは間違いないが、それでもお礼をただ言えばいいだけというのは何故か違う気がしたのだ。

 

「人生ってのはな」

「?」

「まぁ後悔の連続ってのが悲しきかな、人生という奴なんだ」

「……」

 

そうして悩んでいると、刃夜の方から先に言葉を投げかけられる。

士郎はそれを黙って聞いていた。

その表情に、深い悲しみが見て取れたから、何も言えなかったのだ。

 

「後悔しないで生きるのは無理だろう。人生は選択の連続であり、選択したら結果が伴う。その結果がどうなるかは……選んでみてからでないとわからず、そして選んでしまえばもう戻れない」

 

料理の手を一瞬止めて、どこか遠い目で今目の前に見える景色とは別の景色を見つめている……、そんな感じだった。

その目の先に写った景色はなんだったのだろう?

だが悲しげなその表情に一瞬だけ、微笑を浮かべていた。

 

「選んだのだろう?」

 

遠くを見ていた視線を元に戻し、刃夜は強い眼差しで、士郎を見つめる。

その目と問いに応えるように……士郎はうなずいていた。

 

「あぁ」

「なら……頑張れ。後悔するかも知れない。だけど、それでもその選択が正しかったと、胸を張って言えるように……。後悔をしないようにな」

 

そう笑いかけて、刃夜は料理を完成させた。

そして身につけていたエプロンを取り外し、居間に持ってきていた得物を取った。

 

「んじゃいつものように俺は出掛けてくるので、後はよろしく」

 

話は終わりだと言わんばかりに、刃夜はいつものような口調と態度で、話を終わらせた。

その背中を、士郎は止めず、ただ一言告げる。

 

「ありがとう、刃夜」

 

それは何に対してのお礼だったのか?

料理に対してか、それとも何かを伝えようとしてくれたことに対するお礼なのか?

そして士郎の意図したとおりに、刃夜にそのお礼が伝わったのかはわからない。

だが刃夜はただ何も言わずに、小さく右手を挙げて応えただけで何も言わず、部屋を出て行った。

 

 

 

刃夜が出て行き、凜とセイバーが居間へとやってきて、三人は朝食を食べる。

ニュースを見ながらの朝食は、ただ静かに進み、流れてくる情報に耳を傾けていた。

 

「特に目立った事件はない……と。昨夜は出てこなかったみたいね」

「そう……みたいだな」

 

凜の言葉に、士郎は努めて素っ気なく返答していた。

内心では安堵しているのかもしれない。

 

「無休って訳じゃなくて助かるわね。三桁の人間の被害なんて、そう毎日起こられたらこちらとしてもたまった物じゃないわ」

 

時刻はすでに七時を過ぎていた。

桜は未だ客間で寝ており、イリヤも同じように寝ていた。

士郎としてはイリヤにはこの場に同席して欲しかったのだが、凜に止められたのだ。

イリヤは疲れているから寝かせてあげて欲しいと。

セイバーはただ静かに食事をしていた。

だがその手に握る箸が見えない程度にかすかに震えている。

何の罪もない人たちが、死んでいくのに耐えられないのだろう。

そして、それに対して、何も出来ない自分自身に。

 

「だけどそう何度もこちらも負けてばかりはいられないわ。そろそろこちらの秘密兵器も完成するわ」

 

凜のいう秘密兵器。

当初こそ士郎に投影させようとしていた兵器。

それを投影すると言うことは、ついに戦いが始まると言うこと。

 

「投影が成功し次第、決着をつけるわよ。犠牲者をこれ以上出すわけにはいかないし。あの陰が何かはわからないけど、臓硯を倒せば聖杯戦争は終わる。そうなったらあの陰も消えるでしょ」

「遠坂は……聖杯戦争が終われば消えると思っているのか?」

「消えるわね。あの黒い陰の正体がなんであろうとも、目的が聖杯なのは間違いない。聖杯に呼ばれているのか、聖杯を欲しているのかはわからないけど、原因は聖杯のはずだから、聖杯がなくなれば消えるはず」

 

聖杯戦争が始まってよりしばらくして顕れた黒い陰。

聖杯戦争の性質上、魔術を用いたその戦が原因であるという推論は、間違ってはいないだろう。

 

「だから戦いさえ終われば黒い陰はいなくなるわ」

 

その言葉には、確固たる自信があった。

そして、その言葉には他にもいくつかの感情が込められており、それを士郎は感じ取った。

 

「遠坂……」

 

凜が口にした言葉に込められていたのは、複雑な感情だった。

悲しみと、諦め。

そして優しい気持ち。

それを感じ取り、士郎は悟った。

凜が黒い陰の正体に気付いていたと言うことに。

 

「今のは推測……いえ願望に近いかも知れないわね。臓硯を倒しても、聖杯戦争が終えても、消えないかも知れない。だからもっとも確実な方法をとるわ。聖杯には頼れない。私たちは自分たちの手で、臓硯と陰を倒すのよ」

 

そうして食事を終えて、凜は立ち上がった。

その際士郎が用意していた桜の看病の道具も取り上げていく。

それに、士郎は声を上げる。

 

「なんで道具を――」

「桜の看病なら私がするわ。そんなひどい顔で看病なんてできっこないでしょ」

 

……ひどい顔?

 

凜にそう言われて、士郎は自らの顔に触れるが……それで自分のコンディションがわかるわけもない。

その間抜けな行動に凜は一つ深めの溜め息を吐く。

 

「呆れた。自覚もないほど参ってるの? 一睡もしてないのは見たらわかるわよ。信じられないなら鏡でも見てきなさい。真っ白な顔色でクマもあったら桜も気を遣うでしょ」

「本当か?」

 

十分に寝ていると認識していた士郎にとっては凜の言葉はあまりにも意外なことだった。

だが凜もそんなことで嘘を言うはずがないことは士郎もわかっている。

 

「夕方呼ぶから、それまで部屋で休んで――」

 

と、そこで少しニマリと悪戯っ子の笑みを浮かべて……

 

「それとも眠れないなら手を貸してあげましょうか? ライダーのまねごとで強制的に一日前後不覚にしてあげてもいいのよ?」

 

真似事……だって?

 

凜の言う言葉の意味について士郎が働かない頭を動かす。

士郎の知る限り凜は魔眼を所有していない。

隠している可能性もなきにしもあらずだが、それでも今までの言動からして隠していることは内と言っていいだろう。

それはすなわち……

 

「実験する気か?」

「ご名答。興味なかったけど、実際に見てみたら結構便利じゃない? さすがにあんな強力なのは無理だけど、簡単な物なら即興で出来そうかなって」

 

悪戯心を抱いた笑みを浮かべているが……内心は別にある。

そして士郎はそれを正確に見抜いており……

 

「嘘付け。遠坂、単にやられっぱなしなのが気が済まないだけだろ」

 

正鵠を射るというべきか……士郎の考えは正しかった。

そう、負けず嫌いな彼女は純粋に悔しかったのだ。

それを見抜かれてしまった凜はカチンと笑みをこわばらせる。

 

「そ、そうよ悪い! それでどうするの?」

 

逆ギレ気味に士郎の言葉を肯定した。

そしてそんな危険な技を危険な状態の凜にされるのは士郎としてもごめんだった。

 

「やるかバカ! 下手すると明日まで起きれないだろそれ」

「あ、そうか。士郎は単純だから暗示にもうまくかかるだろうし下手すれば麻痺になっちゃうわね」

 

麻痺って……

 

かかりやすいということに反論したい士郎だったが、下手をすれば試してみる? と言われかねないので、黙っておくこととした。

賢明な判断である。

 

「それじゃお言葉に甘えるとするよ」

「何? 本当に実験台になってくれるの?」

「だから、ならないって。ありがとうな遠坂。気を遣わせてごめん」

 

素直に士郎が謝罪とお礼を告げる。

すると、凜は顔を真っ赤にし……直ぐに今を後にした。

 

「き、気なんて遣ってないんだから! 士郎はちゃんと休みなさい!」

 

そう捨て台詞を吐き、桜の看病へと向かっていく。

そんな凜を見て、士郎は思わず小さく笑ってしまった。

 

まったく……遠坂って……

 

勘がいいのか悪いのか? 冷たい奴なのか優しい奴なのか?

どうにも判断に困りそうだった。

 

桜も大変だな。あれが姉貴なんて

 

素直なのか素直じゃないのか……わからない。

だが、凜が桜を置いてけぼりにしないことだけはわかった。

そしてそんな姉を……凜を慕っている桜の姿は容易に想像できた。

だから、きっと二人の毎日は楽しい物なのだろう。

 

「そっか……。戻れるのか?」

 

聖杯戦争が終わる。

それはつまり遠坂と間桐の約束事もなくなることになる。

そうすれば二人は姉妹に戻ることも可能だということだ。

時間はかかるだろう。

何せ十一年もの年月があるのだから。

だが、それでも二人が互いを嫌いでないことはわかっていたから……時間はかかっても少しずつ距離を縮めて、何気ないことでも楽しめて笑い会える仲になって欲しい。

そう士郎は願わずにはいられなかった。

だからそのためならいくらでも士郎は手を貸すだろう。

自分にとって大切な人である桜に贈り物とすれば、これ以上にいい物はないと士郎は思った。

しかし、他に考えなければいけないことは山積みだった。

遠坂は今夜にでも臓硯に挑むつもりだ。

だがそれは桜の状況を考えればまずいことだった。

臓硯を倒せば戦いは終わる。

戦いが終わると言うことは、聖杯が出現すると言うこと。

厳密に言えば、聖杯が開かれる。

聖杯は門であると臓硯は言っていた。

願望機は聖杯その者ではなく、聖杯の中にあるのだと。

それが事実であるとしたら、聖杯として成り立ってしまった桜がどうなるのか?

イリヤは言っていた。

聖杯として完成に近づくほどに、人間としての機能を失ってしまうのだと。

 

「―――っ」

 

無意識のうちに士郎は歯を食いしばっていた。

結局、桜を救う方法が一つしかないのだ。

聖杯戦争が終わるまで桜を護りきると言うこと。

聖杯がどの時点で顕れるのかはわからない。

マスターが最後の一人になった時なのか? それとも最後の一人となったマスターが召喚するものなんのか?

マスターが召喚をする物であれば問題はなかった。

臓硯を倒して期限が切れるのを待てばよいのだ。

臓硯を倒すことについては、士郎は心配していなかった。

凜が闘うと言ったということは何か勝算があるということなのだから。

そうなれば問題はあと一つ……

 

「黒い陰……」

 

臓硯を倒してもあの黒い陰が消えることはおそらくないだろう。

桜という聖杯が存在する限り。

そしてあの黒い陰が顕れるというということは、そこに悲劇が生まれると言うこと。

戦いの期限切れを待つ場合、あの黒い陰を放置することに他ならない。

 

「倒すしかない。けど……倒せるのか?」

 

倒す、それが一番の理想だった。

幸いなことに黒い陰については自信がありそうな人物が、こちら側にいる。

だが、それでも不安はあった。

飛沫にかかった士郎は、あの黒い陰の正体をおぼろげながらも知っているのだから。

 

「聖杯の中身。臓硯は十年前の戦いで砕けてしまった聖杯の欠片を桜に刻印虫として埋め込――」

 

そこで士郎は気がついた。

否、士郎だけが気付くことが出来た。

刻印虫の元が聖杯の欠片であると知っている士郎だけが。

 

言峰……。あいつが気付かないわけがない!

 

そう、桜の治療を行い、刻印虫の摘出手術を行った言峰綺麗が、その正体に気付かないわけがなかった。

何せ聖杯戦争の監督役であり、前回の戦いで最後まで生き残ったマスター。

直に触れて見聞できた綺麗が、刻印虫がなんなのか、気付かないわけがないのだ。

その事実に気付き、士郎はたまらず走り出した。

 

くそっ! どうして気付かなかった!

 

焦燥感だけが、今の士郎の心を支配していた。

休めと凜に言われたにもかかわらず、今の士郎の頭の中は、あの神父らしからぬ笑みを浮かべる綺麗のことしか、浮かばなかった。

玄関を飛び出して士郎は教会へと走る。

 

それが、あまりにも悲惨な結果を残すことになると、知らないままに。

 

 

 

あれ? 今出て行ったのって……

 

玄関の物音に凜は首を傾げて窓から外を眺める。

すると案の定というべきか、坂道を駆け下りていく士郎の姿がそこにあった。

休むと言ったにもかかわらず、舌の根も乾かぬうちに飛び出していく士郎に、さすがに凜も頭に来た。

 

「あのバカ! 休みなさいって言ったのに!」

 

桜に呑ませるために薬を調合していた手を止めて、凜は荒々しく席を立った。

急いで士郎の後を追うべきだったが、その前にやるべき事があった。

 

桜に言いつけておかないと。動かないようにって……

 

士郎を止めることも大事だが、桜に対して動かないように言っておくことの方がもっと大事だった。

だがそれについては余り心配していなかった。

 

「気配からして寝てるとは思うけどね」

 

本人は気付いていないが、士郎は疲労困憊だ。

直ぐに息が上がり、下り坂の途中で立ち止まると凜は考えた。

それほどまでに疲労が蓄積されているのだ。

 

「それに気付いてないから困った物だわ」

 

怒りを通り越し、もはや呆れてしまうほどであり……凜は一つ大きな溜め息を吐く。

刃夜をのぞけば今衛宮家で元気があるのは凜であることを、凜は十分すぎるほどに理解していた。

刃夜は協力者とはいえ、自らの行動理念のために動いているため、命令できる立場にはない。

アーチャーも元気ではあるが、士郎相手ではあまり素直に言うことを聞いてくれないのが難点だった。

セイバーも力と聖剣を失った今では、ただの人間にすぎない。

故に、ダウンしている仲間の面倒を見るのは当然の義務だと、凜は認識していた。

 

「桜、入るわよ。ちょっと外に出てくるから、大人しく――」

 

大人しくしてなさい。

ノックもせずに返事も待たずに入って紡がれた言葉は、すぼんで消えた。

そしてその言葉の続きに……大きな打撃音が部屋の中に響いた。

 

「やってくれたわね、桜」

 

凜が怒りのあまりに壁を砕くほどの勢いで殴ったのだ。

部屋に人影があり、その人影が凜が察知したようにベッドで寝ていたことは事実だった。

だがその相手が……桜ではなかったのだ。

 

「見下げ果てたわライダー。マスターを放っておいて、サーヴァントのあなたが主人のフリ?」

「不本意ですが、これが命令です。ですが、これについてはあなたの監督不足が原因でしょう。私に責任を押しつけないでもらいたい」

「……言ってくれるわね」

「トオサカリン。次はもっと出来のいい監視をつけることをおすすめします。翡翠の小鳥程度の使い魔では、サクラは欺けません。技量はあなたにおよびませんが、直感という才能についてはあなたと同格です」

「そう……ご忠告感謝するけど、それだけじゃないわよね?」

 

未だ寝そべっている……一見すれば隙だらけのライダーに対して向けられた言葉。

その言葉と凜の態度には……あきらめがにじみ出していた。

 

「えぇ。自分が帰ってくるまで、あなたを外に出さないようにと、サクラから言われています」

 

わかりきっていたことを事実と突きつけられて、凜は思わず舌打ちした。

今の状況下に陥ってしまっては、凜に手の施しようがなかった。

アーチャーを召喚し、闘わせることも考えたが……それは桜の体のことを考えれば下策といえた。

争ったところで、自分たちに何の利益もないことはわかりきっていたことなのだ。

 

(というかアーチャー。あんた何で報告しないのよ!)

 

やり場のない怒りの矛先は……当然と言うべきか唯一簡単にあたることの出来るアーチャーへと向けられる。

 

(報告したいのは山々だったが……ライダーを敵に回すだけでなく、あの男にも黙っていろと言われてしまったのでね)

(あの男……刃夜のこと?)

(そうだ)

 

アーチャーが凜に報告しなかった理由が、刃夜に脅されたからだと聞き、凜は混乱する。

刃夜の行動の意味が理解できなかったからだ。

 

本当に何を考えているの? あいつ……

 

今この場にいない、あの常軌を逸している存在の刃夜に対して内心で悪態を吐くが、今現時点で出来ることは何も出来なくなってしまい、凜は諦めたように体の力を抜いた。

凜だけでは、サーヴァントであるライダー相手に逃げることも闘うことも出来ない。

そしてアーチャーも動かせないとなっては……もう素直に足止めを食らうしかなかった。

 

「本当にあの子は……一人でどうにも出来ないからあいつが助けようとしたってのに……。結局一人で解決しにいくなんてね」

「抵抗しないのですね?」

「外に出なければいいんでしょう? どうせ私だけじゃ貴方にはかなわないからね」

 

もはや全てを諦めたかのように、凜は肩の力を抜いて壁により掛かった。

そして

 

「けどライダーわかってる? いっておくけどもうあの子は帰ってこないわよ。少なくとも……私たちが知っている桜は……」

 

冷え切った言葉で……最悪の未来を口にしていた。

 

 

 

 

 

 




個人的に書きたかったところが書けたのは嬉しかったですねー

いちばん書きたいのは最後の連戦なのだが

まだまだ、先ですね

やれるだけやってみます

とりあえず完結はしたいよねぇ


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悔恨と羽化

ためすぎてたらアイディア提供者のTTにゴミをみる目でみられたのでふるえて投稿w
今後の方針とかについては28/12/2帰宅次第活動報告でもあげますのでそちらをご覧くださいw


桜が衛宮家を出る少し前。

刃夜が朝食の準備を始める少し前の話。

 

「……何のようだ?」

 

アーチャーが家の屋根で霊体化し、周囲の警戒を行っていると、来訪があった。

そのためアーチャーは霊体化をやめて、姿を現して来訪者に問いをかける。

そこには双剣、封龍剣【超絶一門】の入ったシースを肩に担いでいる、刃夜の姿があった。

 

「見張りお疲れ様だな。アーチャー」

「……」

 

アーチャーは何も返さず、屋根の上に上がってきた男を見つめた。

鋭い視線で。

鉄刃夜。

人間でありながらサーヴァントと拮抗できる実力を持った存在。

何度か辛酸をなめさせられ、さらにアーチャーの正体を知っている存在でもある。

刃夜がこうして屋根に上ってきたのは、アーチャーに話があったからに他ならない。

だがそこで疑問が生じるのは、何故話をするのに双剣が必要なのかということだった。

刃夜が纏う雰囲気に余り剣呑なものはないとはいえ、アーチャーは警戒しつつ、刃夜と相対した。

 

「これから出掛ける。最後の仕上げというべきか……余り得意じゃないことをしにいく」

「……それがどうした?」

 

誰が何をしに行くのかは聞かず、ただ目の前の相手から目を逸らさずに、アーチャーはそう問うた。

警戒を解こうとしないアーチャーに、刃夜はこういった。

 

「そのため留守にしなければいけないのだが……一つ頼みがあるんだ」

「……なんだ?」

「これから桜ちゃんが行う行為を、黙って見過ごしてもらいたい」

 

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 

肺が悲鳴を上げていた。

否、悲鳴は体全体が上げている。

心臓も、ずいぶん前からあわただしく動いて、本人に危険を知らせていた。

喉も痛かった。

一つ呼吸をするたびにまるで棘を呑み込んでいるかのようだった。

だから少しでも痛みを抑えるために、呼吸を抑えていた。

酸素を求めているというのに、自ら呼吸を押さえつけるという自殺行為。

体はぼろぼろで酸素すらも足りないのでは、手足も満足に動かせない状況だった。

そのため、いつ倒れてもおかしくはなかった。

 

だめ……

 

いつ倒れてもおかしくないという事実が、桜を奮い立たせた。

今この場で倒れる訳にはいかなかった。

それでは抜け出した意味がない。

決着をつけに来たのだから。

差し違えてでも臓硯を倒すために……桜は我が身に鞭を打って歩いていく。

そして、数日ぶりに自らの家に……間桐邸にたどり着いていた。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

呼吸を整えて、再度覚悟を決めた。

臓硯の望みを否定すること。

それはすなわち、今まで唯々諾々と臓硯の指示に従っていた桜が反逆する。

ただそれだけのことだった。

指示を否定した後のことは、考えていなかった……否、むしろ考えられないといって良かった。

今こうして歩きながらも、記憶が徐々に薄れて言っている感覚があった。

だからこそ下せた決断とも言えた。

 

記憶がどんどんと曖昧になっていくことで……恐怖すらも薄れていっているのだから……。

 

深く考えず……深く考えることも出来ず……ただ臓硯を自らの手で倒す。

実行出来る手段もないはずなのに、その意思の力だけが……桜を突き動かしていた。

壁にもたれながら、数日ぶりの薄暗い家の中を歩いていく。

屋敷はいつも通りだった。

薄暗く、陰湿で退廃で、粘質だった……。

だが……

 

 

 

どうして……

 

 

 

いつも通りの屋敷。

だがそのいつも通りに……祖父の姿が見られなかった。

それどころか虫の気配すらもない。

老人の姿も、あの笑い声も……存在しなかった。

 

 

 

何で……

 

 

 

道理が合わない……桜はそう思った。

間桐臓硯は桜を回収したかったはずだ。

だが、衛宮家に逃げ込んだことで手を出すことが出来ず、手をこまねいていたはず。

ならば、今桜が単独で動いているのは絶好の好機のはずだった。

そのはずなのに、臓硯の姿はない。

想像していたものと違うことで、桜の意識が薄れかかる。

 

 

 

いけない……

 

 

 

だが今意識を手放すわけにはいかなかった。

眠る前に決着をつけなければならない。

そうでなければ士郎が動いてしまう。

士郎と臓硯をこれ以上会わせる訳にはいかないからだ。

だというのに……

 

「知ってる……はずなのに!」

 

気付かないわけがないのだ。

臓硯は桜の監視装置として刻印虫を桜の体に埋め込んでいる。

今ぼろぼろの体を引きずって桜が間桐邸に帰ってきていることも、知らないわけがないのだ。

綺礼の治療によって刻印虫の数が減っているが、そんな物は大した問題ではなかった。

何せ、もっと確実な方法で、臓硯は桜のことを把握しているのだから。

体調を……心拍数さえも……。

なぜなら臓硯は……桜の……

 

「桜」

 

桜が苦しげに息を切らしていると、不意に後ろから声が響いた。

その声が兄の声だと気づき、桜が振り向いた瞬間……

 

!!

 

間桐家の居間に、鈍い音が響いていた。

 

 

 

一度も足を止めずに、士郎は教会へとたどり着いていた。

坂道を降りていく時点で息が乱れてはいたが、それも交差点を過ぎた頃にはなくなっていた。

士郎自身驚くぐらいに体の調子が良かった。

士郎の家から教会までの五㎞ほどの距離を、全力疾走で走ったのだ。

そして士郎は教会へと足を踏み入れる。

その足取りは全力疾走を終えた後だというのに力強い物があり、なんとしても綺礼から話を聞き出そうという意思が感じられた。

そして、教会への扉を開ける。

するとそこにはいつものように、言峰綺礼の姿があった。

 

「どうした、衛宮士郎? 窮地に立たされて神に祈りに来たのか? しかし、私の知る限りではそんな殊勝な男ではなかったと認識していたが?」

「ふざけるな。あんたの嫌味に付き合っているほど俺は暇じゃないんだ」

「なるほど、確かにそのようだな。長話というのなら奥に案内するが?」

 

どこまでもふざけた態度を崩さない事に、士郎はいらだちを覚えて、半ば怒鳴りながら、言葉を放った。

 

「必要ない。それより答えてもらうぞ言峰。お前……桜が聖杯だって事に気付いていたな?」

 

その言葉に一瞬だけ綺礼は笑みをこわばらせたが、直ぐに笑みで口元を歪めた。

 

「当たり前だろう。あの娘の体を調べたのだからな。あの刻印虫が間桐臓硯によって調整された、黒い聖杯であることはわかっていた」

 

士郎の意気込みをあざ笑うかのように、至極あっさりと言峰綺礼は事実を口にした。

まるで、それがどうかしたのか? と言わんばかりに。

 

「お前! それがどういうことだかわかってたんだろう!?」

 

一瞬にして士郎は切れる。

だが、綺礼の言葉で士郎の頭は真っ白になってしまう。

 

「私は間桐桜を生かせばどのようなことになるのか、今のお前以上に理解していた。だからこそ私は忠告した。あの娘を生かしておく意味があるのかと」

「―――」

 

綺礼は幾度となく士郎に忠告していた。

刻印すらも使い桜を助けておきながら、桜を生かすことは間違いであると、繰り返していた。

 

「ならどうしてお前は桜を助けたんだ? 俺には桜を護りたいって言う理由がある。だけどお前には……」

「理由はある。私も間桐桜を殺したくなかった。いや正しく言えば間桐桜の体に内包された新しい命を死なせたくなかったのだ。人間は死んでいく。それは道理だ。死ぬのが間桐桜のみであれば、あそこまで手を尽くそうとはしなかっただろう」

「死にゆくのが……桜だけ、だって」

 

その言葉の意味を理解して、再度士郎の頭には一瞬にして血が上った。

そう、綺礼はあの黒い陰を生かすために桜を救ったと言っているのだ。

士郎が自らの言葉を理解したと認識したのだろう。綺礼は言葉を更に続けた。

 

「その通りだ衛宮士郎。傷を負い、死ぬというのでればそれは自然の摂理だ。だが誕生しようとしているモノを殺すことは出来ない。お前は間桐桜を救うために、彼女を保護した。私は間桐桜が孕んだ闇を救うために彼女を救った。それが私の理由だ。目的は違ったが、結果として私たちは間桐桜に生きていてもらわねばならなかった。そこに何の不満があるのだ?」

「―――」

 

不満があるわけがなかった。

何せあのとき綺礼が手を施さねば、桜はあの夜に死んでいたのは間違いないのだから。

しかも綺礼はその治療に魔術刻印までも用いている。

命を救ってくれた、その結果だけは感謝しなければいけないことだった。

 

「……その通りだ。あんたが何を考えてたのかはどうでもいい。だが、これだけは聞かせてもらう。そこまで言うからには、あんたはアレが何なのかわかってるな?」

「冬木に顕れた黒い陰の事か? 正しいかどうかはわからないが、私なりの考えはあるが……お前はどうだ?」

「臓硯は、あの黒い陰は聖杯の中身だと言っていた。桜を通じて、外に出てきていると」

「なるほど、あの老人に直接聞いたのか。しかし、お前はあの老人の言葉を全て信用するのか?」

 

その言葉には反吐が出そうになった。

何せ臓硯の言葉など、士郎が信じる理由はどこにもないからだ。

 

「信じるわけがない。だけど納得できるところが多すぎる。桜とあの黒い陰には何かしらの関係があるっていうことは、間違いない」

「そのとおりだな。だが、真実も語っていないだろう。いいか? 聖杯に満ちる力に意思はない。故に自ら人を襲うなどあるわけがない」

「な……ならなんで?」

「言うまでもない。聖杯に意思があるわけがないのだから、聖杯の中に『人間を殺すモノ』が存在しているということなる」

「なに……?」

 

人間を殺すモノ。

それが桜を蝕んでいるという事実。

それを否定したい気持ちになるが……士郎の記憶がそれを許さない。

十年前。

あのときの地獄を見た、唯一の生き残りである士郎の記憶が。

 

そしてあのとき見ていた、黒い太陽のようなあの恐怖の存在を。

 

「それは確実に聖杯の中に存在している。存在しているだけのために、願望機としての機能は未だに失われていない。だが、アレが聖杯に存在しているために、願いを叶える方法がずいぶんと歪んでしまった。十年前の火災はそれが原因だろう。あの黒い門よりあふれ出た泥が、街を火で呑み込んだ」

 

十年前に見上げた黒い太陽。

そこより溢れた黒い陰に汚染された魔力。

その魔力によって、街は火の海に呑み込まれていた。

 

「あの黒い太陽みたいなモノは……」

「聖杯の門……孔と言うべきか。穢れなき最高純度の英霊という魂をくべる杯。そこに一滴の黒い泥が混じったことで無色故に全てが汚された。三度目の聖杯戦争の際にアインツベルンは喚んではならないものを召喚した。その結果として、自らが用意した聖杯戦争の儀式に黒い泥というものが混入してしまった。三度目から四度目の間の六十年。聖杯の中で出産を待ちながらも、出て行く孔がないために、外界に出ることは叶わなかったのだろう」

 

中で一個の存在として確立しても、外に出る力がなければ意味がない。

しかし、聖杯の降臨によって、孔が出来た。

故に、一部が漏れ出してしまった。

それが十年前の火災の真実。

漏れ出しただけで、あの被害だったのだ。

黒い陰の力か考えても、完全な形で聖杯が降臨した場合、どのようなことが起こるかは火を見るよりも明らかだった。

 

「なら、その不純物……が黒い陰の正体?」

「不純物……というのも正しい表現ではないだろう。汚染されようと聖杯の中身はただの力だ。中にあるのはただその力に方向性を与えているに過ぎない。『人を殺す』という方向性を持った、呪いの力の渦。人間の悪性のみを具現した混ざり気のない、純粋な魔力。それが聖杯に満ちているモノ。夜に徘徊する陰の本体。生まれていない、間桐桜がいなければ影さえ落とせない、胎児のようなもの」

「胎児だって。桜の中にそれが宿っているとでもいいたいのか!?」

「もしも間桐桜が正しく作られた聖杯であるのならば、彼女の肉体より生まれるだろう。だが彼女は特別だ。己を誕生させる……無から有に至るために、彼女に自らの力を受け渡して誕生しようとしている。もとより純粋な魔力。肉体など不要なものだ。誰かがその力を継承することで存在できる」

 

聖杯に満ちるものは、孔より生まれようとはせずに、皮肉にも聖杯となり得てしまった桜の体に自らの力を浸食させることで誕生しようとしている。

それはつまり……

 

「間桐桜に浸食……いや、浸透と言うべきか? それによって誕生しようとしている。つまりあの黒い陰は聖杯の中身ではなく、間桐桜そのものだ。浸透という力の受け渡しが完了すれば、彼女自身があの陰に変貌するだろう」

「―――」

 

綺礼の言うことが、士郎には理解できなかった。

いや、理解したくないと言うべきなのか。

うまく考えがまとめられず、士郎はただ黙っているしかなかった。

 

「前回の戦いで汚染された聖杯の欠片を使用した時点で、彼女は契約をしていたのだろう。本人が気付かぬうちにな。アインツベルンの聖杯ならばこのような事態にはならなかった。聖杯の中身は変わらず呪いに満ちていたことになるだろうが、適合できる依り代ではないのだから」

 

黒い陰は、聖杯に満ちている呪いの影。

それはつまりあの黒い陰が行った行動に、桜の意思は含まれていないことを意味する。

そう、少なくとも今までは……。

 

「間桐桜という存在が、聖杯の中に満ちるモノに自らが生まれ出ることの出来る依り代とつながってしまった」

 

そう、幸か不幸か……桜は聖杯の中に満ちた黒い陰の本体と結ばれてしまった。

意思が介在しなくとも、それを行使出来るという事実が……黒い陰とのつながりを証明している。

つまり……あの黒い陰を倒すだけでは問題は解決しないと言うこと。

 

「だが、所詮は陰に過ぎない。いかに呪いが間桐桜に浸透しようと、命令権は彼女が持っている。サーヴァントとマスターの関係そのものと言っていいだろう。どれだけ強力な力を持とうと、マスターである間桐桜が許可しなければ、力を行使できない。呪いがどれだけ人を殺そうとしても、間桐桜に理性がある限り、呪いは力を発揮できない」

 

そう、人というのはそう簡単には変われない。

外的要因があったとしても、急激な変化は出来ないのだ。

 

 

 

だが……それが変化でなくとも、すでに内包していたとしたら?

 

 

 

「間桐桜が呪いを自らの一部として認識するか、呪いの魔力に耐えきれずに理性が崩壊するか……他にもいろいろと要因はあるだろうが、間桐桜が崩壊することで、間桐桜が内包し、孕んだ闇が誕生する。間桐桜はすでに陰そのものだ。聖杯戦争を終えるというだけでは彼女を元に戻すことは出来ないだろう」

 

聖杯戦争を終えるまでどこかに逃げていればいい……そういう安易で簡単な方法はすでにないとわかってしまった。

そしてすでに影を内包してしまっている以上、あの陰を倒すということは……

 

 

 

黒い陰の倒した時、桜の死体が出てくると言うことに他ならない。

 

 

 

「なら……桜は……」

「あの黒い陰の本体を生まれさせると言うことになるだろう。間桐桜の精神が死に絶えたとき、そのとき地獄がこの世界に具現化することになるだろう。しかし……よもや間桐桜の肉体が耐えられるとは思わなかった。よくやった。衛宮士郎。お前がいたおかげで間桐桜は未だ聖杯として存在している」

 

!!!!

 

その言葉に、士郎は思わず怒りを抑えることが出来ず、その拳を振り上げていた。

 

「おまえ……桜が化け物になることを望んでいるのか!?」

「無論だ。先にも言ったが、私は間桐桜の体に内包された陰の誕生を望んでいる。そして逆に聞こうか、衛宮士郎。お前はアレを化け物というが、まだ生まれていないものを化け物というのが貴様の正義か?」

「当然だろう!? あの陰は悪魔だ! 際限なく人を殺して、食らって……それが化け物でなくてなんだっていうんだ!」

「善悪を決めるのは早かろう? まだ生まれてもいないものを否定することは出来ないだろう。それとも貴様はこういうのか? 犯罪者の子供は親と同じように犯罪者になると? 故に、人を殺すという過ちを犯す前に殺してしまえと?」

「そ、それは……」

 

咄嗟に応えることは出来ないだろう。

人を殺すという行為は、親が犯罪者であろうとなかろうと、誰もが犯す可能性があり得る事だ。

それがわからない、士郎ではない。

だが……人をすでに殺しているという事実が、それを阻害する。

 

「あの陰は間桐桜を依り代としている影に過ぎない。聖杯より生まれ出でるのはアレとは違う。あの陰はただ間桐桜を使って、自らが生まれるための栄養として、人々の命を吸っているだけだ。明確な意思を持たず、ただ生きるために乳を欲しがる赤子と同じ。無意識であるため、善悪を問うことは出来んだろう」

「人を殺しておきながら、そう言うのか!?」

「無論、人を殺したことは事実だ。罪も罰も与えるべきだろう。だがそれはアレが生まれたときに言うべきことだろう。何せまだ生まれていないのだから、罪科を問うことも、排斥することも出来ないだろう」

 

生まれ出でる前より人を食らった赤子。

生まれた時にはすでに人を殺すことがわかりきっている存在。

悪であることは間違いないはずだ。

人を殺したという事実は。

だがそれでも生まれていない以上は、存在を否定することも出来ないだろう。

 

「明確な善悪の定義など、この世には存在しないだろう。だが、それでも未だ生まれてもいない存在を、生まれようとしている存在を、生まれる前に止めることは、悪なのではないのか?」

 

士郎はただ、黙って綺礼の言葉を聞いているしかなかった。

綺礼の言葉を肯定した訳じゃない。

だが、完全に否定することも出来なかった。

何より、今この場で言峰綺礼を糾弾したところで、桜の状態が変わるわけがないことに気がついたのだ。

そしてこの言葉を持って、互いの……互いに対する認識を確かめる。

 

「言峰……つまりあんたは桜が聖杯に変わることを望んでいるんだな?」

 

 

 

明確な敵意を込めて、士郎は綺礼に問うた。

 

 

 

「間桐桜を助けたのはそのためだと言ったはずだ。生まれるものを私は祝福するだろう」

「つまり……俺たちの敵になるって事だな?」

「無論そうなるな。だが、私は間桐桜の命が欲しいわけではないし、間桐臓硯のように聖杯が目的ではない。あくまでも聖杯の中に存在するものが誕生したときのみ、それを養護するだろう。出産前に間桐桜が子を拒むのであれば、何もすまい」

 

 

 

いや正しく言えば間桐桜の体に内包された新しい命を死なせたくなかったのだ。

人間は死んでいく。

それは道理だ。

死ぬのが間桐桜のみであれば、あそこまで手を尽くそうとはしなかっただろう。

だが言峰綺礼は桜より生まれ出づる聖杯の中身の祝福をするために。

人により悪意を持って悪へと仕立て上げられ、滅び朽ち果ててなお、絶対の悪として存在し続ける存在を。

十年前の火災が示すように、それが生まれ出でればただ災厄をまき散らすのみ。

そんな存在を、言峰綺礼は心の底から、祝福すると言っていた。

 

 

 

……だけど

 

 

 

士郎が受け入れることなどあり得ない理由であったとしても、言峰綺礼が桜を助けたのは紛れもない事実。

そして、仮にそれが生まれる前に問題が片付けば、言峰綺礼が敵になることはない。

葛藤はあったが……それでも今桜の命があるのは間違いなく言峰綺礼のおかげではあった。

 

更に言えば言峰綺礼が明確に敵になるのは、桜が変貌してしまう場合のみ。

臓硯のように無理矢理変貌させようとするのではなく、傍観し、変貌したのみ敵対すると言っていた。

確実に敵になるとわかりきっている相手ではあるが、それでも士郎の目標は桜を変貌させないこと。

故に、士郎が間に合えば、敵になることもない。

 

だがそれは、儚き願いに過ぎなかった。

 

「わかった。あんたが傍観するって言うのなら、俺も手は出さない。理由は俺には理解できないし、したくもないけど……あんたは桜を助けてくれたのは事実だからな」

 

それで己を納得させる。

実際助けてたのは事実なのだから。

 

「そうか。私が助けたのは母体なのだが、そう取るのなら構わん。さて? お前の用件はこれで終わりか? ならば帰った方がいい。余り一人にしていい容態ではないだろう?」

 

……こいつ

 

母体と容態。

まだ時が来ていないとはいえ、明確に敵対関係になったというのに、言峰綺礼は気遣いを行う。

これでは敵なのか味方なのか、わからなくなる……と、士郎は一瞬だけ頭を悩ませる。

 

「いや、最後に一つ聞く。言峰、桜は助けられるのか?」

 

その確信とも言える質問に、空気が変わった。

神を前にして、神父である言峰綺礼は、身に纏った重圧を更に上げて、敵である士郎に、助言を行った。

 

「手はあるだろう。半々だがな。聖杯として間桐桜が完成してしまえば、もはやどうにも出来ない。だが、聖杯が放つ「力」に間桐桜の精神がわずかでも耐えられるのであれば、あるいはといったところだろう。何せお前達にはあの不思議な男がいるのだからな」

 

不思議な男。

そう言われて刃夜が言っていた言葉を、士郎は思いだした。

 

 

 

あの黒い陰をどうにかすることは可能だろう。殺すのか、それとも黒いものを全て吸収してどうにかするかは状況によるが……ともかく対処自体は可能だろう

 

 

 

刃夜ははっきりとこういった。

聞き間違いでも、虚言でも方言でもなく。

そしてそれが事実であるということを、士郎とセイバーだけは間近に見ていた。

体験していた。

故に、言峰の言うとおり、助かる見込みは全くないとは言い切れない。

 

「彼女の精神力次第だが、数秒と持つまい。だがその合間が勝負となるだろう。もしくはその力を利用して彼女の中に救う刻印虫を殺してしまうのも一つの手だろう。汚染されたとはいえ、聖杯には未だ願望機としての力がある。その用途が「殺害」というのであるのなら、殺せない者など、この世にはないだろう」

「……結局は、それなのか」

 

聖杯を手に入れる。

聖杯を機能させる。

 

「そう言うことだな。聖杯を手に入れるということだな」

 

全てはそこに集約する。

名前の通りに。

 

聖杯戦争。

 

万能の願望機、聖杯を巡って繰り広げられる七組の戦争。

そしてそれは脱落者が未だ少ない状況ではあったが、間違いなく大詰めを迎えていた。

 

「そうか……。癪だけど世話になったな。あんたの言い分は認めたくないけど、礼は言っておく」

 

用事は済み、桜が助かるという可能性もわずかながらわかった。

それは大いに収穫といえたろう。

そうして士郎が去ろうとしたが、言峰が口にした言葉が、士郎の足を止めた。

 

「待て、私からも聞きたいことがある。衛宮士郎」

 

 

フルネームで呼ばれたことに少し違和感を覚えて、士郎は振り向いた。

そして、言峰綺礼が、その言葉を口にした。

 

「万一間桐桜を救えたとしよう。だがそれでいいのか? 衛宮士郎。間桐桜が助かったとしても、元は聖杯であり、彼女がすでに人食い……大量殺人者であることに代わりはない? お前はその罪人を、養護するというのか?」

 

 

 

!!!!

 

 

 

表情が凍り、心臓が一瞬だけ止まる。

全身が雷に打たれたかのように、士郎は一切の動きを止めた。

 

「耐えられるのはお前だけではない。彼女は多くの人間を喰い殺した。間桐桜自身がそのような自分を認められるとは思えないがな」

「……それは」

「罪を犯し、償えぬまま生きるのは辛かろう? ならばいっそのこと殺してやった方が幸せではないのか? その方が楽であり、奪われてしまった者達に対しても、慰みになるだろう」

 

連鎖が終わる。

どのような理由があろうと、それこそ本人が望んでいなかったとしても、加害者は罰せられなければならない。

被害者からすれば、桜をどれほど辱め、殺しても静まらないだろう。

それこそ被害者の親族ならばなおさらだった。

聖杯戦争という、裏の世界の出来事のために、公に表に出ることはないが、だからこそ被害者のことを考えると、士郎は胸が激しく痛んだ。

 

だが……それでも……

 

 

 

「そうかもしれない。けど、それは償いじゃない」

 

 

 

士郎はそれでも……桜を護ると断言した。

 

 

 

「そうか。まぁそれも良かろう」

 

そのとき、何故か言峰は士郎が見たこともない表情を、一瞬だけした。

 

「衛宮切嗣の跡は継がないと言うことだな」

「……オヤジだって?」

 

この場で何故養父であった衛宮切嗣の名前が出てくるのか?

その疑問が士郎の足を止める。

 

「オヤジの跡だと?」

「そうだ。お前の父親、衛宮切嗣は人間を愛していた。あの男ならば……間桐桜を殺しただろう。奴は正義のために、人間らしい感情を切り捨てた男だったからな」

「?」

 

言峰の言っている意味が、士郎には理解できなかった。

士郎が知り得ている衛宮切嗣という存在は、士郎を引き取ってともに暮らしていた時のことしか知らない。

その一緒に暮らしていたというのも、切嗣が幾度も海外に出ていたため、余り長い時間をともに過ごしてはいない。

 

何より、切嗣の過去を……士郎は知らなかった。

 

聖杯戦争とは全く無関係な魔術使いだった。

マスターになる以前の切嗣は、傭兵だった。

世界中の紛争地帯に、戦況が最も激化した時期に赴き、紛争を殺戮で沈静化させるという力業で、早期の紛争の終結をしていた。

また、魔術以外にも銃器なども扱った戦法で、魔術師殺しという異名をつけられるほどに、魔術師も殺戮していた。

 

それはひとえに自らの願いのために……。

 

切嗣は己の目的のために生きており、その卓越した戦闘能力をアインツベルンが見込み、貴族であるアインツベルンに婿として迎え入れるという、あり得ないほどの好待遇で勧誘され、第四次聖杯戦争に参加した。

貴族になりたかったから……ではない。

自らでは……人間では実現できない奇跡と理想。

普通であれば誰もが諦める、悟る、そんな子供じみた夢を捨てきれなかったために、切嗣は願望機の聖杯に全てをかけた。

切嗣は誰よりも人を愛しながらも、聖杯戦争で取った戦略、戦術は、外道そのものだった。

的確に、周到に、蛮勇に、無情に……敵に情けをかけずに敵であるマスター達を殺した。

時にはビル毎爆破して相手の陣地を破壊し、敵の肉親を人質にし、確実に聖杯に近づいていった。

だが最後の最後で、衛宮切嗣は聖杯を破壊した。

令呪を持って、セイバーに破壊させた。

それは自らが求めた理想……恒久的な平和を、汚染された聖杯では実現できないと、誰よりも早く気付いたからだった。

そして破壊によってあふれ出た聖杯の中身が、冬木に大災害を巻き起こした。

 

それが衛宮切嗣という、魔術使いの魔術師殺し。

 

士郎はそれを知らない。

 

「そう、違った。切嗣ははじめからあったものを切り捨て、私にははじめから、切り捨てるものがなかった。結果は同じだが、その課程があまりに違った。私にとって奴は不愉快だった。その苦悩も。切り捨てるのならば最初から持たなければいい。だというのに、切嗣は苦悩し、捨てた後でさえ拾いあげた。それが……人間の正しい営みとでもいうように」

 

淡々と語る、言峰綺礼。

その視線は、士郎を向いておらず……果たして誰に向けた物だったのか?

 

「その違いが決定的だったのだろう。はじめから持ち得ていないというのなら……何故私はこの世に生を受けたのか?」

 

唾棄すべきものであるかのように、神父の独白は続いた。

しかし、その言葉には確かな怒りがあった。

このとき士郎は初めて、綺礼にも怒りという感情があったことを知った。

 

「ふん……。そう考えればお前に切嗣の跡を継げるはずもないか。やつは切り捨てることで実行したが、お前には両立することしかできない。お前と私は似ている。お前は一度死に、蘇生するときに故障した。後天的ではあるが、私と同じ、『生まれついての欠陥品』だ」

「な、故障って……どういう意味だ?」

「気付いていないだけだ。お前には己という概念がない。だがそんなお前が一つの命にこだわるとは……いや、違うか? 一つにこだわるからこそ、全ての命にこだわっていたのか……」

 

何故かはわからない。

だがこのとき綺礼は……何故か羨むように呟いていた。

 

「まぁいいだろう。その上で間桐桜を救うというのならば止めはしない。背負いたければその業を背負えばいいだろう。最後に忠告しておこう。どのような形になろうと間桐桜を救うのであれば、間桐臓硯を殺すことだ。奴は間桐桜の精神が壊れ、自我がなくなったそのからになった肉体に乗り移るつもりだろう。そうすれば間桐桜はもうどうあっても取り戻せない」

「乗り移るだって?」

「そうだ。アレは人体に寄生する虫だからな。魂の陽気にあたる脳虫がどこに潜んでいるのかはわからないが、それがいるのならば人体の乗っ取りは容易だろう。間桐臓硯は一種の不老不死だ。魂を世にとどめている本体はそう大きくないだろうが、魂そのものを浄化させなければ完全に殺すことは出来ないだろう」

「わかった。逆にわかりやすくなったな。間桐臓硯を倒すのは前からだけど、それが絶対になったってことだしな」

「確かにな。間桐臓硯を倒し、間桐桜を勝者とする。そしてその後に聖杯を制御し、間桐桜の体を浄化するというのが、方針と言えるだろう」

 

実行するにはとてつもなく困難だが、それでも物事は複雑よりも単純な方が成功率は高まる。

何より実行する人間が、行いやすい。

 

「これは私見だが、間桐桜の精神は存外に強い。聖杯の呪いに良くも悪くも適合しすぎている。間桐臓硯の計算違いはおそらくそれだろう。あの黒い陰は間桐臓硯の予想を超えて間桐桜を成長させた。臓硯がお前に手を出してきたのはそのためだろう。耐えられるのであれば、母体もおそらく大丈夫だろう」

 

士郎は言峰にただ、頷くだけで応えた。

綺礼の目的は桜が変貌することだ。

だが、それでも臓硯に比べればまだましといえるだろう。

 

「いっとくが、あんたの出番はないぞ。桜を変貌なんてさせてたまるか」

「その意気だ。決して臓硯にだけは、手渡すな」

 

ふん、と鼻を鳴らして士郎は背を向けた。

すでに用事は済んだのだ。

ならば長居は無用とばかりに、士郎はすぐさま家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

何故なのか?

 

それは彼がずっと胸に抱え続けて、生きてきた命題だった。

 

どうして自分がこういった存在で生まれてきたのかわからない。

 

父は立派な聖職者だった。

 

その立派な聖職者の父から生まれた存在が、どうしてこのような存在として生まれ、育ったのか?

 

万人が愛するものを、憎いと思い、万人が醜いと思うことに幸福を感じた。

 

いわば先天的な異常者と言っていいだろう。

 

それを直せはしないかと、彼は様々なことを行った。

 

しかしそのどれもが無駄に終わった。

 

苦悩しながらも、自らの異常性を、やはり本人が一番理解していたのかも知れない。

 

女と結婚し、子を授かるが、それでも彼は変われなかった。

 

余命幾ばくもないその女の苦しみに喜びを感じ、そんな己を妻が癒そうとするほど、妻の嘆き悲しむ姿が見たいと思ってしまった。

 

彼は家庭を持っても歪んだままだった。

 

元から存在しないのだから、持てるはずもないと、割り切ってしまえば簡単だったかも知れない。

 

だが本人にはそれがわからなかった。

 

ただ自分が異常な存在と言うことだけが、胸に重くのしかかっていた。

 

自らに絶望し、命を絶とうとしたこともあった。

 

しかしそれを妻が止めた。

 

自らの命を引き替えに。

 

そしてその女の死を持ってしても、彼は彼のままだった。

 

それどころか、彼の胸に去来した思いは後悔だった。

 

自らの手で妻を殺したかったという……通常ではあり得ない感情が。

 

自身の異常性から発せられた、「他人の苦しむ姿を見たい」という欲求から生まれたものだったのか?

 

それとも愛したからこそ殺したいと思ったのか?

 

彼自身にもわかっていなかった。

 

そして、彼は妻の死を見て、それでも自らの歪みが治らないことに絶望しながらも、生き続けた。

 

何故死ぬことをやめたのかは、彼にしかわからないことだろう。

 

 

 

そして時が過ぎ、彼は出会った。

 

本来であればあり得るはずもない、黒い聖杯……そして一人の男に。

 

自らが見つけられなかったその二つの存在に、彼は答えを見いだそうとした。

 

悪として生まれた存在が、ありのままに生きた際、どのような結末が訪れるのかを……。

 

 

 

それが彼に取っての、欲求だった。

 

 

 

「おい言峰」

 

士郎が去って、しばらくして、礼拝堂に虚空から声がかけられる。

そしてその声が言峰綺礼の耳に届くのとほぼ同時に、その声の主が姿を現した。

蒼い戦装束に身を包んだ男。

血のような赤い槍を手にしていないにも関わらず、その身から凄まじい程の怒りと殺意を周囲にまき散らしていた。

今にも言峰を……、マスターを殺そうとしているかのようだった。

 

「何だランサー。呼んだ覚えはないが?」

 

現界した己のサーヴァントに対して、綺礼はただ不敵に笑うだけで、何もしようとしない。

そう、七人のサーヴァントのランサーのマスターは、言峰綺礼その人だった。

最初期に召喚されたサーヴァントであるランサーを、召喚したマスターを殺して令呪を奪い、その令呪を使用し強引に従えさせている。

言峰綺礼がランサーに令呪を持って命じたことは、二つ。

殺害と令呪の強奪による主の鞍替えの賛同と、全てのサーヴァントと戦い、初戦の相手からは必ず生還することだった。

それはひとえに綺礼が、聖杯を自らの目的のために利用しようとしていたため、情報収集をかねて、ランサーを使役しているに過ぎない。

この命令はランサーに取って、召喚された理由とは真反対の命令だった。

故にランサーにとっては、言峰綺礼という存在とその命令の内容は、屈辱でしかなかった。

 

「てめぇ、いつまでこうしているつもりだ?」

「こうしているとは、どういうことだ?」

「ほざけ! あの黒い陰が顕れる少し前から、待機を命じてそれきりだろう!」

 

綺礼は、かなり早い段階から間桐臓硯の暗躍に気付いていた。

であるにも関わらず、間桐臓硯がどのような手に出てくるのかわからないため、サーヴァントという絶対の存在を有していながらも、間桐臓硯の殺害をランサーに命ずることはなかった。

誰よりも早く、黒い陰の存在に気付きながらも、己の欲望のために、綺礼は動かないという選択肢をとり続けた。

しかし、ここまで事態が異常な方向に向かってしまっては、さすがにマスターの命令に従うと自ら決めているランサーにも、我慢の限界だった。

故に、こうしてマスターにくってかかっていた。

 

「なるほど。確かにその通りだな」

 

紛れもなく英雄であり、英霊であるランサーに殺気をまき散らされても、綺礼は動じなかった。

ただおかしそうに一つ笑うだけだった。

 

今までは……

 

 

ランサーに問い詰められても、綺礼は未だ笑みを崩さなかった。

だがその後に……自らの右腕に手を伸ばし、その袖をまくる。

するとそこにはあり得ないことに、大量の令呪が存在していた。

三つどころではない。

優に二桁を超えているだろう。

これは第四次聖杯戦争の時、言峰綺礼の父親が所持していた、過去に行われた聖杯戦争の令呪の残り。

途中で離脱し、使用されなかった令呪を、監督役が引き継いできたもの。

第四次聖杯戦争で、監督役を務めていた言峰綺礼の父が殺害されたときに手に入れた、大量の令呪。

その令呪を持って……綺礼は、命令を口にした……。

 

 

 

「令呪を持って命ずる――」

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

自宅に帰ってきて、最初に直ぐに悪寒が、士郎の体を駆けめぐっていた。

どうしてそれを感じたのかはわからない。

だがどうしようもないほどの寒々しい悪寒が、士郎の背中をはいずり回る。

居間に誰もいなかった。

イリヤは部屋にいる様子であり、凜は予定では秘密兵器の準備を行っているはずだった。

 

そして桜は……部屋で寝ているはずだった。

謎の焦燥感にさいなまれながら、士郎は桜が寝ているはずの部屋へと急いだ。

 

「桜。入るぞ」

 

声をかけてドアノブを回し、部屋へと入る。

何かがかけているのを背中に感じつつ、士郎は扉を開けた。

扉を開けたその瞬間、ライダーの姿が一瞬見えるが直ぐに消えた。

そして……ベッドの上には桜の姿はない。

まともに動けるはずもない桜のかわりに、凜が椅子に腰掛けていた。

 

「お帰りなさい。どこに行ってたのか聞かないけど、遅かったわね」

「と、遠坂? 桜は?」

「見ればわかるでしょ。ここにいないって事は一人で出て行ったって事。ライダーに睨まれてたから私は動けなかったし、何故か知らないけど刃夜がアーチャーに対して何も手を出さないように釘を刺してどっかにいったらしいわ。ライダーは霊体化して外に出てったわ。士郎を傷つけるつもりはないみたいね」

 

そう語る凜の声にはほとんど感情がなかった。

というよりも、非常に淡々としており、どこか諦めた様子が見受けられた。

何よりもその表情が、全てを語っている様だった。

 

「出て行ったって……どこに?」

「さぁ? 私にはわからないわ。けれど貴方が出て行くより前からいなかったみたいだから、もうかれこれ二時間は経つでしょうね。あんな体で何をする気なのかわからないけど、私たちの言うことは聞きたくないって事でしょうね。私をライダーで足止めするくらいだからね。アーチャーを呼び出してライダーと闘わせても良かったんだけど、それをしてもしなくても結果は同じだから、するのをやめたわ」

 

結果は同じ。

ライダーとアーチャーを闘わせては当然桜の魔力が激しく消費される。

魔力が消費されればどうなるのか、先ほど会ってきた綺礼に先日説明を受けたばかりだった。

つまり……

 

「遠坂……。それって……」

 

その事実に気付き、士郎が愕然としながら、凜を見た。

その視線に耐えられなかったのか、凜はわずかに視線を逸らした。

その仕草が、もう終わりにしようと……そう言っているかのようだった。

 

「あの男が何を考えているのかはわからないわ。とっちめてやりたいけど、今はそれよりも桜を探しに行くの優先するわよ。昨夜あの黒い陰は出てこなかった。となると、下手をすれば桜は見境なく人を襲うかもしれない」

「遠坂……お前」

 

その言葉は、桜と黒い陰の事を、凜も気付いていた証拠だった。

 

「もし桜を探して見つけたとして……桜がもう、今までの桜じゃなかったときは……わかってるわよね?」

 

桜が桜じゃなくなっている。

その可能性は大いにあり得ると言っていいだろう。

もうすでに限界に近かったのだ。

そんな体を酷使して一人で外に出ると言うことは、それだけで体に相当の負荷がかかる。

今の桜の体で無理をすればどうなるかなど……火を見るよりも明らかだった。

 

「そんなことはない。桜は桜のままだ」

「士郎。もう限界だって言うことがわからないの? いい加減諦めて。でないと真っ先にあんたが――」

 

 

 

「憶測は今は必要ない。桜を見つけ出して連れ戻せばいいだけの話だ。その後ならいくらでも言い合いをするから、今は黙ってろってんだ!」

 

 

 

そう怒鳴り、士郎は凜の制止の言葉も聞かずに、玄関へと走り出した。

桜がどこにいったのかなど考えなかった。

ただ全力で外に出ようとしたそのとき……

 

 

 

「シロウ、サクラを探しに行くの?」

 

 

 

玄関の戸に手をかけたその瞬間……士郎の背後、廊下より声がかけられる。

いつの間にかやってきのか、振り向いた士郎の先に、静かにイリヤが佇んでいた。

歩けばたった数歩の距離であるにも関わらず、何故か異様に遠く感じられた。

 

「答えてシロウ。サクラを探しに行くの?」

 

その問いに、士郎はただ静かに頷くだけだった。

イリヤの声には凜とはどこか違う諦めが籠もっていた。

同じ聖杯であるからか、もしかしたら桜の状態を今一番正確に感じられるのは、イリヤなのかも知れない。

 

「でもね、シロウ。桜が一人で出て行ったのはシロウに見られたくないからだよ? シロウを護るために、怖いし、死にたくないけど、聖杯としての自分自身に決着をつけにいった。サクラは自らを犠牲にして、シロウを守るために、一人でここからでていった」

 

イリヤから紡がれる、桜の覚悟。

だがそのイリヤの言葉に、士郎は一切の迷いなく、首を横に振るった。

己がすることはただ一つであると……そう言外に告げていた。

 

「そう……。けれどわたしもサクラも、自分の中にもう一人の自分がいるの。それはシロウが知っているわたしでもないし、シロウが知っている……大事に思っているサクラとは違う。変わってしまったサクラはもう戻らない。それでもサクラを殺すのはいやなの?」

 

イリヤという聖杯。

桜という聖杯。

現世に顕れ願いを叶えるために存在する願望機という奇跡の道具。

それを壊すことにためらう必要はないのだと……イリヤがそう言っているようだった。

 

「もう一度だけ聞くわ。それでも……シロウはサクラを探しに行くの?」

 

その問いには桜だけではない……イリヤの事も含まれているように感じられた。

そしてその問いに込められた想いは……イリヤ以外にわかるはずもなかった。

当然士郎にもわからなかった。

けれど……わからなかったとしても、士郎の返事に迷いはなかった。

 

「あぁ。俺にとっては桜はどうあっても桜で、イリヤもイリヤなんだ。もし聖杯なんて言うものに成ってしまったとしても、俺に取ってイリヤはイリヤだ。イリヤの言うように、別のイリヤがいて、そのもう一人のイリヤが出てきたとしても……その中にイリヤがいるのなら、俺にとっては俺が知っているイリヤだと思うんだ。難しいことはわからないけど……俺はそう思う」

 

そう告げて、士郎は今度こそ玄関の戸を開けて外に飛び出していく。

飛び出すその一瞬前に……イリヤから声をかけられた。

 

「ゾウケンのところ。サクラがいくのはそこ以外にないわ」

「わかった!」

 

そうして士郎は再び外へと飛び出す。

その背中を……イリヤが静かに見つめていた。

 

そして士郎はただひたすらに走った。

朝から走り通りだというのに、士郎の体は何故か疲れを知らないかの様に、ただ無我夢中で走り続けた。

そして間桐家に着く。

玄関は開いたままだった。

入っていったのか出ていったのかはわからない。

半開きになっている間桐家の中は、生気が感じられないほどに静かだった。

躊躇いがないと言えば嘘だったが、士郎は足を踏み入れる。

その静かな家に、士郎の足音だけが響いている。

そして二階の部屋から……鉄の匂いが漂ってきていた。

気配は何もない。

その部屋に……士郎は足を踏み入れて、その臭いと部屋の情景に、顔を歪ませた。

 

踏み入れた部屋は桜の部屋だった。

 

入ったことは一度もなかった。

 

慎二に案内されたのだが、桜に部屋を追い出されてしまったからだった。

 

二年前の出来事だった。

 

女の子らしい部屋だったと思われた。

 

そこは……真っ赤な血で染められていた。

 

 

 

 

 

 

「こっちにこい!」

 

部屋に響く、怒鳴り声。

元々まともに動かせなかった体に更に殴打による痛み。

抵抗など出来るわけもなく、ベッドに押し倒された。

 

「この裏切り者! ずいぶんと遅い帰宅だな! あぁ!?」

 

喚きながら、相手にのし掛かっていく。

ここまで引きずってきた少女の陰湿にねめつけ、肌に指を這わせる。

 

「!?」

 

その感触に、少女の体がびくりと小さくはねる。

首筋から肩をなぞり、胸元を蹂躙する行為。

それが彼らにとって始まりの合図だった。

男は絶対者だった。

男が命ずると少女は意思をなくして、自らの体を預けて痴態を晒す。

抵抗されたのは1度目だけだった。

その後は同じ事の繰り返し。

いやがるそぶりはなく、それどころか感情も意思もなかった。

男が言う通りに犯され、奉仕し、淫蕩におぼれさせられる。

そしてしばらく時間を空けていたにもかかわらず、この反応。

男が下卑た笑みを浮かべるには十分だった。

 

「そうだよ! お前はそうでなくっちゃな! どれだけ大人しいフリしてても変わるわけがない! お前は間桐の女だ! 卑しい魔術師くずれで、男の精が欲しくてたまらない! 雌にすぎないんだよ!

 

荒々しく少女の体を押さえつけ、衣服を裂こうと手をかける。

服を脱がすなどと言うことはしない。

絶対者として男の欲望を満たすために、相手の体を八つ裂きにするようにして、着飾った衣装を破り、体を暴く。

いつもの通りに、そうしようとした。

しかし……

 

「やめて! 近寄らないで! 兄さん!」

 

少女は全力で……押しかかる男を抵抗し、拒絶した。

 

「―――は?」

 

あまりにも意外そうな声を上げる。

今までと違う行動だったため、男の手が止まった。

一瞬だけ信じられないものを見る目をしていたが、直ぐに怒りに染まった。

 

「ふざけるな! この売女が!」

 

そうほえて、男は少女を殴り始めた。

今まで自分の持ち物であり、所有物で絶対に裏切らないものに逆らわれた。

その状況でまともな理性が男に残っているわけがない。

 

「訂正しろ桜! お前は僕のものだ! ものが僕に逆らうなんて事、あり得ないだろう! 身の程をわきまえろよ!」

 

手加減も容赦もなく、男は少女を殴り続ける。

少女は抵抗しなかった。

顔を庇うこともせずに、ただひたすらその瞳で男の子とを……慎二の事を見つめていた。

まるで咎めるかのように。

 

「!」

 

その男から見たら、侮辱にも等しいその瞳をみて、男が再度怒りを爆発させる。

まっすぐに見つめてくるその目がいやだった。

その瞳が気にくわなかった。

故にその瞳を……少女の意思を壊したいと考えた。

そしてその意思を壊す事が出来る秘密を……男は知っていた。

 

「そうか。ならこっちにも考えがある。衛宮の家に行って何があったかは知らないけど……その衛宮に対して自分の全てをさらけ出したのか?」

 

全てをさらけ出す。

それが今の自分の事ではなく、自らの過去のことを言っているのだと、少女は直ぐに気がつき……目を見開く。

 

「にい……さん……」

「ははぁ」

 

その絶望に染まった少女の表情を見て、男は笑った。

今までこみ上げていた怒りが、多少なりとも薄れていった。

 

「お前に取って衛宮は大事な存在みたいだな。何せ僕の言うことが聞けないくらいだもんな。だったら……その大事な衛宮に隠し事をしていていいはずがないよな?」

「や……」

 

やめてという言葉は出てこなかった。

先ほどまでの意思がどこかへ行き、少女の瞳はうつろになってしまっていた。

その態度を見て、男は嘲笑した。

 

「そうだよな、お前はその程度だよ! ばらされたくないのなら、黙って僕に従っていろ! お前は僕の人形なんだからな!」

 

部屋に響く笑い声。

それはあまりにも醜悪な声だった。

その声も、少女の耳にはほとんど入ってこなかった。

 

「……だ」

 

うつろに……暗闇に沈んでいく心。

その心の中で思ったこと。

それは絶対に秘密をばらされたくないという事。

兄との関係、衛宮の家を監視していた己の役目、間桐の家に引き取られてからの地下での生活。

否、士郎であればそれすらも受け入れるだろう。

嫌いになることはないと、少女もわかっていた。

 

しかし、そう思ったそのとき、昨夜の士郎を思い出した。

 

(……あ)

 

昨夜の出来事。

それは自分が大好きな士郎が、己にとって大切な何かを壊してしまったこと。

自らにとって大事な何かよりも、こんな自分が大事であると……士郎は少女を取った。

大事な何かを犠牲にして。

それがまた起こってしまうかも知れない。

再び士郎に、何かを捨てさせてしまうことを、少女は恐れた。

だから……諦めた。

更に士郎を壊してしまうのであれば、このままこの男に今まで通り、犯されてしまえばいい。

そう考えるが、その思考を士郎に抱かれた記憶が邪魔をする。

今までは我慢をしてきていた。

しかしそれでも、自分な人が自分の大事な何かを壊し、捨ててまで己を取ってくれた今となっては、男に……慎二に体を許すのはこれ以上ないほどの嫌悪を催すものだった。

 

 

 

■■■■■■

 

本当に……それだけ?

 

自らが惚れた男は、素敵な人だった。

その素敵な人に好かれたこと、愛していると言われたこと……結ばれたこと。

それはこれ以上ないほどの喜びを与えていた。

そして一度知ってしまったその喜びは、際限なく広がっていった。

今までの反動のように。

結ばれたはずの士郎との間には、他にも様々な人がいた。

そして優しい士郎は……その人たちにも優しかった。

それを少女は当然だと思った。

こんな自分にも優しくしてくれた青年なのだから……と。

しかしそう思っても、納得できない自分もいた。

誰にでも優しい青年。

 

それが黒い感情を呼び起こす。

 

■■■■■■

 

 

 

どちらも受け入れることが出来ない。

 

慎二に犯されることも、士郎に秘密を打ち明けることも……。

二つの思考がぐるぐると回り……残ったのはむき出しの黒い感情だけだった。

間桐の家に引き取られて以来……ずっと抑えつけ、蓋をし続けてきた心。

 

「いや、いやいやいやいや! やめて! もう嫌だ! やめて兄さん!」

 

ただ必死になって慎二に抵抗することしかできなかった。

しかし元々非力な上にぼろぼろな体で満足な抵抗が出来るわけもない。

そしてその無力な抵抗を……慎二はあざ笑った。

 

「何を言ってるんだ? お前もほんとは欲しいんだろ? 衛宮にも教えてやらないとな? お前が今までどれだけ僕にすがりついてきたのってことをさぁ!」

 

おかしそうに笑う。

慎二が笑っていた。

本当に楽しいことであるというように。

そして少女は気付いた。

例えこの場で大人しく体を許したとしても、慎二はもっとも言われたくないことを士郎に言うであろうと言うことを。

ただ自分がおもしろがるために……少女が苦しむ様を見たいためだけに。

少女の全てを台無しにするのだと……。

 

「なん……で」

 

何故いつもこうなるのか?

それだけは避けたかった。

それだけは知られたくなかった。

だからこそ必死になって全てに耐えてきた。

嘘をつき、人をだまして、何よりも自らに嘘をつき続けて……それでも耐えてきたのだ。

ただ、士郎の家に行けることだけでも幸せなのだと……自らに言い聞かせるように。

だというのに、慎二はそれらを自分の欲望のためだけに壊そうととする。

 

(……ちがう)

 

そのとき、黒い感情が顔を出す。

何も守ってくれないのはこの人だけではないのだと。

ずっと前から思っていたこと。

ずっと前から……恨んでいたこと。

 

何故自分の周りにある世界は……こんなにも私を嫌っているのだろう……

 

力も入らなかった。

抵抗する気力も鳴くなり……そんな少女を、男は愉快そうに笑っていた。

 

「は、ははははははははは!」

 

勝ち誇ったように、男は笑いいつものように少女を犯そうとする。

その姿があまりにも醜くて……少女は……桜は思った。

 

 

 

「……こんな人、いなければいいのに」

 

 

 

一度も思わなかった思いが……漏れ出ていた。

 

 

 

その思いと同時に、振るわれる黒い陰。

 

 

 

ぱしんと……空気を切り裂く何かの音が響き、そのとき一瞬だけ部屋が光り輝いた。

 

「へ?」

 

その光が自らの体から発せられた事に気付き、慎二はあたりを見渡した。

一度笑うのをやめて見えたのは……何故か赤く染まった部屋だった。

 

「なん……」

 

何だ?

そう思い更に見渡すと、赤く染めているものが、自らの体から吹き出している事に気がついた。

 

体から吹き出している赤い、赤い……血が。

 

その吹き出した箇所に目をやった。

その視線の先には……あるべきものがなかった。

 

今まで桜を犯そうとし、服を切り裂いていたはずの……己の右腕が。

 

「はい?」

 

右腕がないことを意識したその瞬間に、意識が飛びそうになるほどの激痛が走った。

 

「あ、あぁ、ぁぁ■■■■■■■■■■■■■■■■!?」

 

声にならない絶叫が、響き渡った。

あまりの激痛に転げ回って悲鳴を上げている慎二。

そんな慎二を桜は無感動に見つめていた。

そしてふと気付いた。

自らの影がのっぺりと立ち上がり、揺らめいていた。

 

「……あぁ」

 

痛みでのたうち回る慎二を見つめながら、桜は無感動に腕を切り落とした事実を反芻していた。

何も感じなかったのだ。

兄の腕を……人の肉体を切り落としたにもかかわらず。

 

恐怖も、嫌悪も、罪悪も、後悔すらも。

 

何も考えることの出来ない心に浮かんだものは、ただあまりにもあっけなく切り落としたことに対する、感想だけだった。

 

簡単……だ……

 

手慣れていると、自ら思った。

こんな事をしたのは初めてではないと……人を傷つけるのが始めてではないと、感じた。

夢では何度も見ていた。

何度も何度も、自らの夢の中に出てくる人々を、喰らっていた。

そのときと同じように、陰を振るっていたのかも知れない。

 

「あ、あぁ――」

 

あまりにも手慣れていることに、桜は不思議に思わなかった。

いくらでも夢を見ていた。

そして夢のまねをしたら……自らを苦しめ続けた男がのたうち回っている。

 

「あは、あはは……あはははは」

 

よくわからなかった。

けれどもこんなに簡単ならもっと早くにやれば良かったと……桜は思った。

何も感じなかったのだから、いつやっても一緒だったと。

ただ楽しかったという感情が、芽生え始めた。

そしてそのとき同時に気付いた。

 

楽しかった?

 

楽しいではなく楽しかったと……そう思い、同時に気付いた。

今まで夢であったと思っていた、夢での出来事は夢ではないことに。

夜な夜な街を徘徊し、言い寄る男達を殺し喰らっていたことを。

いっぱい殺したという事実を。

 

逃げる人を

 

血の一滴も、肉片すらも残さないように

 

誰であろうと

 

楽しみながら

 

笑いながら

 

嗤いながら

 

 

 

「あ、あは、あははははは」

 

 

 

おかしくなって笑っていた。

そうでなければ何かが崩れてしまいそうだったから。

しかし最後にはそれすらもどうでも良くなってしまった。

 

「あはははははっ!」

 

高らかに笑っていた。

その笑みには先ほどまでの諦観はなく。

ただただ、狂気じみた笑みだけがあった。

泣きわめく慎二をうつろな目で見つめていた桜の瞳に、何かがともる。

それはあまりにも黒く、黒く、暗い……感情だった。

 

「あは……」

 

おなかが痛くなっていく。

笑えば笑うほどに、桜から桜らしいものが消えていくようだった。

そして最後には……黒い何かがそこにいた。

姿見の前に立ち、自分の姿を見つめる桜。

その桜の後ろに黒い陰が付き従うように立っていた。

 

否、それは桜の陰。

 

血塗れに染まった桜の影であり陰だった。

 

黒い陰に成らないように必死になって押さえつけていた己の心の奥底に眠る感情。

 

しかしそれは無駄な行為だったのか……。

 

それは孵化してしまった。

 

完全でないにしろ……確かにそこに存在していた黒い陰。

 

 

 

「な~んだ……。最初から狂ってたのね。先輩」

 

 

 

その表情に笑みが浮かぶ。

しかしそれは桜の笑みであって桜ではなかった。

ただただ、黒い感情に付き従うだけとでもいうような、どん欲な笑みを浮かべていた。

 

「多くの人間を殺したの、桜よ」

 

どこからか聞こえてくる、老人の声。

桜はその言葉に何も返さなかった。

考えるまでもなく、返事をする必要もなかったからだ。

 

「もう、お前は人としては生きられぬ」

 

桜は再び答えなかった。

それも言われるまでもないことだったから。

 

「その黒い陰を受け入れるがいい。さすればお前を止める事が出来るものはおらんだろう。アインツベルンの聖杯を奪うのだ。それ以外にお主が生き残る術はない」

「はい……おじいさま」

 

素直に従い、静かに頷いた。

それが己の意思によるものなのか?

それともただの逃避なのか?

わからなかった。

しかし、受け入れた途端に体を蝕んでいた痛みが消え去り、嘘のように体が楽になっていた。

そして這い上がる、黒い泥。

それが肌を纏い、覆い……肌を染め上げていく。

痛みを炎に変わり……桜の肌を焦がしていく。

 

それは呪いのように……白い肌が違うものに変わっていく。

 

呪いのような、蠢く炎のようなものが刻まれていく。

 

 

 

「あぁ……これなら……」

 

 

 

誰にも邪魔されない。

 

聖杯戦争で召喚された存在より誰よりも強いのだと……。

 

その絶対的な強さと力は、どこか性的な昂揚に感じられた。

 

逃げまどう相手の足を奪い……

 

抵抗する腕を引きちぎる……

 

助けを請い願う口を引き裂く……

 

痛みに濡れる目玉を刳り抜き、握りつぶす……

 

 

 

そして最後に……心の臓を抉り、その生き血を啜る。

 

 

 

それを想像し、体が震えた。

 

想像しただけでイきそうになっている。

 

 

 

そしてそれを実際に行おうと……今まで自らがされて来たことを行おうと、転げ回っている自らの兄にその視線を向けた。

慎二は未だ右腕を切られた痛みに転げ回っていた。

 

「いたいいたいいたいいたい!」

 

壊れた機械のように、ただ痛いと連呼する兄。

力を得た今だからか、それとも抑えつける必要性を感じなくなったからか……。

 

死ぬ間際の羽虫のように、醜い姿にしか見えなかった。

 

 

 

なんて……醜い人……

 

 

 

それを相手に……桜は黒い陰の触手を、慎二の足に突き立てた。

 

「あああぁぁぁぁ!」

 

体に走る熱すぎる痛みに……慎二は再び悲鳴を上げる。

そして、その痛みを与えてきた存在である……桜であった何かに、怯えた目を向ける。

 

「さ……さく……」

「何ですか……兄さん?」

 

あまりの痛みに呂律が回らなくなっているのか、慎二が口にした言葉は言葉にならなかった。

ただ名前を呼んだだけなのか、それとも命乞いをしようとしたのか。

しかしその言葉を口にする前に……再度桜が触手を突き刺す。

先ほどと同じように……致命的な箇所を避けて。

いたぶるように……。

 

「あぁがぁぁぁあぁ!!!!」

 

新たな痛みに慎二は悲鳴を上げる。

その悲鳴を聞いて、桜は嗤った。

 

「あ、あぐ……。うぐ……あぁ」

 

その笑みは、まさに羽虫を……穢れた何かを見るかの様なその目は、慎二を心から震え上がらせた。

その背後に揺らめく黒い陰。

 

恐ろしい過ぎるためか……恐慌することすらも出来ないほど、妹だったものからの威圧がすごかった。

 

「逃げないの? 兄さん?」

「ひっ!?」

 

妖艶に微笑みながら、桜がそう問うた。

まるで鬼ごっこを楽しんでいるかの様に、無邪気に……

しかし足を二度も刺されて逃げられるわけもない。

更に言えば恐怖の余り体にも力が入らなかった。

 

 

 

なんだよ……なんなんだよこれ!?

 

 

 

痛みと恐怖で頭が麻痺しそうになりながらも、慎二は心の中で考える。

 

どうしてこうなったのかと?

 

絶対者であるはずの自分が惨めに体をいたぶられている。

それも自分の所有物であったはずの存在に。

 

このとき初めて……慎二は本当の意味で、命の危機を感じていた。

 

聖杯戦争に関わりながら、慎二は今まで命の危機に瀕したことはなかった。

己が自ら望み関わったにもかかわらず、幸か不幸か……慎二はただ主もどきとなってライダーを使役するだけ。

仮初めとはいえマスターとして士郎と相対しながらも、士郎が相手のため殺される様なこともなかった。

そして傷つきながらも仮初めの主を守るライダーがいた。

 

だが、今は違う。

 

慎二を助けてくれる様な存在はいなかった。

ただ、目の前の変わり果てた自らの所有物だと思っていた何かに……殺されるのを待つばかりだった。

 

 

 

ち、違う。こんなのあり得ない……これは夢、そう夢のはずだ……

 

 

 

その状況に陥っても、慎二はそれを認めなかった、ただ、現実逃避を行うだけ。

それがわかったのかはわからないが、桜は興味が失せたとでも言う様に、小さく溜め息を吐いた。

 

「こんなものね……、本当に、つまらない人」

 

冷め切った声で、そう呟いた。

そして振るわれる……触手の凶刃。

しかしその一瞬前に、唐突に慎二の姿が消えた。

そして消えてなくなった虚空を触手が通り抜け、それに呼応する様に部屋の窓が内側から割れた。

残されたのは桜と黒い陰だけだった。

切り落とされた腕もなく、赤く染まったその血だけが、慎二がここにいたことを証明している様だった。

 

「何だつまらない。あんな人を助けるんですね……あの人は……」

 

殺そうとした兄に逃げられたことに落胆し、更に兄を助けたのが誰であるのかわかっているのか、桜はそう小さく呟いていた。

そして直ぐに興味を失ったかのように、逃げ出した経路である窓から目を離し……歩き始めた。

 

「ふふ……ふふふふふふ」

 

嗤う。

嗤う。

嗤う。

おかしい事でもあったかのように。

おかしいことを、楽しい事をしにいくのを喜ぶ様に。

 

 

 

「兄さんには逃げられちゃったけど……姉さんだけは……逃がさない」

 

 

 

先ほど思い描いた、他者を嬲るという行為。

今思い描いているその対象となっているのは……彼女の肉親の遠坂凜だった。

 

 

 

 

 

 




気づいたらあげなくなって一年もたっていたのですね
大変失礼いたしました
なんとかできそうですので
また活動報告でもみてやってください


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強奪と奪取

一応、聖杯戦争は終えたのでうP
後は後日談書いて終了なので、ようやく終わりそうです
まぁその後日談も、まだ後二話は書くんですがね……

がんばりま~す


最初は何が起こったのかわからなかった。

帰りが遅かったことに対しての罰を、身をもって教えるつもりだった。

それこそ今までしてきたように。

その体に教えるつもりだった。

僕に逆らったらどうなるかということを……。

初めて僕に逆らったことを、後悔させるつもりだった。

そのとき、衛宮のことを引き合いに出した。

そこでいつもの桜に……僕が知っている桜に戻っていた。

 

僕が……■きな桜に……

 

ぼそりと桜が何かを口にした。

そのとき何故か部屋が一瞬光り輝いた。

そして……次に襲ってきたのは、熱い感覚だった。

ただ何か熱い感覚が右腕に走ったことだけしかわからなかった。

そしてその右腕に目を向ければ……そこにあるはずの手がなかった。

それを見た瞬間に……あまりにも激しい痛みが、体中を駆けめぐった。

 

「あぁぁぁぁぁっぁぁ!?!?!」

 

叫ぶしかなかった。

あまりの痛さに思考など定まるはずもなかった。

ただ、痛みに転げ回るしかできなかった。

そのときはまだ、僕の右腕を桜が切り落としたのだと、わからなかった。

けど直ぐにそれを、桜自身が教えてきた。

今度は腕ではなく、足を刺された。

痛みに痛みが重なり、もう何が何だかわからなくなってきていた。

そしてその痛みを与えた存在……自分の所有物だった桜へと目を向けて、僕は言葉を失った。

 

「さ、さく……」

「何ですか……兄さん?」

 

そこにいたのは、本当に桜だったのか?

誰よりも……それこそ衛宮よりも桜の体のことは知っていた。

 

もっと幼い頃のことも。

桜の肌が白いということを。

だというのに、その白い肌に何か……蠢く何かがあった。

そして背後に寄りそう、黒い化け物……。

 

肌に蠢く何かよりも……背後に寄りそう黒い化け物よりも……

 

桜自身が、僕の意識を麻痺させる……

 

 

 

だ、誰だ……こいつは……

 

 

 

冷たく見据えてくる、その瞳。

今まで自分を見てきた空虚な瞳ではない。

衛宮を見てきた信頼の瞳でもない。

本当に何もない。

 

無。

 

それを宿して見つめてきた桜の瞳は……あまりにも恐ろしく、何故か僕の心を突き刺した。

それがいったい何なのか知る前に……触手が振るわれた。

 

「あぁがぁぁぁあぁ!!!!」

 

 

痛い、痛い

痛い痛い痛い痛い!

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

新たな痛みにもだえるしかなかった。

そして痛みが、自らの危機を明確に告げてくる。

命の危機を……知らせてくる。

 

どうしてこうなったのか?

 

どうして桜が僕を攻撃してくるのか?

 

どうして桜が僕をいたぶっているのか?

 

恐怖と痛みで頭がどうにかなりそうになって……考えがまとまりそうにもなかった。

しかしそれも何度も繰り返されるうちに感じなくなり……ふと、これが現実なのか疑わしくなった。

 

そうだよ……。桜がこんな事するわけがない

 

ち、違う。こんなのあり得ない……これは夢、そう夢のはずだ……

 

現実逃避のように……僕は目の前の出来事を否定した。

だって桜がこんな目を僕に向けるはずがない。

十年以上一緒にいて、こんな目を向けてきたことはなかったのだから。

 

「こんなものね……、本当に、つまらない人」

 

先ほどとは違った瞳で、桜が呟き……僕は何かに抱えられた。

そして何故かものすごい速度で周りの景色が変わっていく。

部屋から外へ。

そして、桜の姿が見えなくなった。

身にのし掛かる何かがなくなったのと同時に、まどろみを覚えた。

 

あぁ、そっか……夢だったんだな

 

沈んでいくようだった。

それと同時に、痛みもなくなってきた。

それでこれが夢であると思えてきた。

 

そろそろ起きないと……

 

 

 

「寝るな」

 

 

 

そんな声が聞こえたのと同時に、口に何か液体を流され、無理矢理飲み込まされた。

それを飲むのと同時に、体から熱が消えていく感覚が消えていき、逆に体に力が満ちてきた……それと同時に体が何か勝手に動いていた。

 

「おぉ。自分でも試していたが、やはり他の奴でも大丈夫なんだな。さすがはモンスターワールドの回復薬。腐らないんだなぁ。一年以上年月経ってるはずなんだが……それとも何か他に要因があるのか?」

 

そんな声が聞こえてくる。

その声に導かれる様に目を開けると……そこには気に入らないあの男がいた。

 

 

 

「一体……何があったんだ?」

 

血に濡れた部屋。

しかし染まっているというほど大量の出血ではなさそうだった。

この場で誰かが大けがをしたのは間違いないのかも知れないが、それでも直ぐに処置をすれば死ぬことはない、そう思える様な様子だった。

しかしそれとは別の問題がある。

この場で誰かが誰かを傷つけたという事実。

そして間桐家の桜の部屋という現場を鑑みると、桜と慎二が当事者となり……そして桜が慎二を傷つけたのだと、何故か士郎はわかってしまった。

 

「おや、誰か来たと思えば衛宮の小倅か。しかし残念じゃが少々遅かった様じゃの」

 

突然声が響き、あたりを見渡す。

しかし部屋には誰もいなかった。

そしてその声を聞けば、不思議なことではなかった。

 

「臓硯! 桜に何をした!」

「何もしておらぬわ。不肖の孫が妹に手を出して返り討ちにあっただけよ。騒ぐことはなかろう。お節介な男が助けに入った様だが、果たしてあの深傷で死なずにすむのかどうか……」

 

呵々と、臓硯はおかしそうに嗤った。

下手な喜劇を見たのだとでも言う様に。

 

「しかし、慎二が痛みにのたうち回っている姿のおかげで桜が目覚めたのだから、役には立ったの」

「目覚めた……?」

「おうよ、桜を壊すのはわしにはできんからのぉ。わしは桜に嫌われすぎたのよ。お主か慎二……どちらかにアレを壊してもらわねばならなかった。桜が自らの陰を受け入れるために、絶望してもらわねばいけなかった。しかしわしの過ちを孫に押しつけるのは気が引けたの。精神力を見誤った。まさかここまで耐えきれるとは思わななんだ。あまり責め続けるのも考え物よの」

「て、てめぇ……」

 

体の中の何かが破裂しそうな感覚に士郎は陥った。

 

「欲を言えばおぬしに壊してほしかったじゃがな。それならばあやつも半端な覚醒ではなく、変わり果てたはずじゃった。まぁしかしそう慌てることもないかの。覚醒した以上、もう誰にもあやつは止められない。本能の赴くままに人を喰らい、暴食の限りを尽くして自ら滅びるじゃろう。わしの仕事はその後よ」

 

姿を表さない老人に対して、怒りが爆発的にふくれあがるが、その相手が目の前に出てくる事はない。

 

「マキリ五百年の宿願。ようやく手が届いたのだ。故にお主に殺される訳にはいかぬよ。しかし、かといってお主を殺すほど、私は恩知らずではない」

「恩知らずだと……一体どういう意味だ?」

「大恩よ。おぬしが桜を育てたのよ。耐えることしか知らなかったあの娘を、他者を欲することを教えたのはおぬしよ。感謝しておるのよ、わしは。此度の儀式、お主がいたからこそ、成功した。故に殺さぬ。おぬしには見事成長したアレの姿を見てもらわねばならんからな」

「臓硯!」

「もはや誰にも止められぬよ! 覚醒したアレは全てを奪うだろう! アインツベルンの聖杯を奪い、全てのサーヴァントを取り込み、門に至る鍵を奪う! 我がマキリの悲願! 第三法の再現が……ついに果たされるのよ!」

 

あまりにも耳障りな哄笑が響き渡った。

姿の見えない相手ではあったが、声がする以上何らかのつながりのある存在がいるはずだ。

それをつぶせば少しは怒りも治まるだろう。

一瞬士郎はそう考えた。

だが……それが意味がないと自ら気付く。

この場に臓硯がいるわけがない。

そして何よりも……気になる言葉を臓硯は口にしていた。

 

アインツベルンの聖杯だって……?

 

その言葉を頭に反芻したその瞬間……士郎は走り出した。

年寄りの戯れ言などどうでもいいことだった。

ただイリヤのことを考えて、士郎は自宅に向かって走り出した。

 

「そうだ、急ぐがよい! 桜はすでに黒化しておる! 今の桜であれば、イリヤスフィールを捕らえればすぐに飲み干すであろう!」

 

その声を聞き、更に士郎は急いだ。

脳裏に写るのは、自分のことを何度も助けてくれた白い雪の妖精の様な少女のことだった。灰色の空を睨みつけながら、士郎はひたすらに足を運び、走った。

 

 

 

少女は空を見上げていた。

ただ、その赤い瞳を灰色の空模様と同じように、暗い影を落として。

 

「……シロウが帰ってきたらいわないと」

 

その独白は、誰に聞かせるでもなく……誰に聞かれることもなく、虚空へと消えていく。

衛宮邸は静まりかえっていた。

士郎は桜を探しに行き、凜も探しに行ったのか姿を現さない。

ライダーとアーチャーは当然の様に姿を現さなかった。

そのため、この広い武家屋敷には、イリヤしかいなかった。

 

大空洞(テンノサカズキ)。二百年前に作られた、一番はじめの約束の土地。この感じだと、もう起動しているみたいね……」

 

冬木の街で行われる聖杯戦争は、五度目だった。

聖杯を降ろす場所は毎回違ったが、始まりの場所に還ってきていた。

この土地の四方の門を利用し、失敗するたびに次の門を利用するというサイクルを行っていた。

最初は柳洞寺。

二度目は遠坂邸。

三度目は丘の教会。

四度目は焼け野原。

そして五度目は……最初の土地へと戻ってきた。

始まりの土地。

聖杯戦争という儀式の根底を為すもの。

 

「英霊の魂で満ち足りていく聖杯。それを利用して門を開くのが、目指した奇跡だった。けれど……まさか、開けてもいないのに中に棲んでしまうモノがいるなんて」

 

イリヤはおかしそうに小さく笑った。

アインツベルンの悲願も何もなかった。

これから聖杯より生まれるものは、誰も望んでいない……望まれない災厄でしかない。

 

「……放っておけばいい。わたしの役目は開けること。閉じろなんてこと……誰もわたしに望まなかった」

 

仮にイリヤが動き、調停を行っても閉じることは出来ないとわかっていた。

聖杯としての能力は、もはや聖杯として生まれ、調整されたイリヤよりも、桜の方が上だった。

マキリの聖杯により開かれた門。

アインツベルンにより開かれる門。

間桐臓硯は同じモノを開いたつもりだったが、別物を開いていた。

しかしそれを正しく理解しているのは、聖杯であるイリヤと桜だけだった。

 

「間に合うかな……シロウ。間に合うなら……一緒に逃げてもいいかもしれないね……」

 

ぼんやりと、少女はただ言葉を紡ぐ。

迷っていた。

自らに課せられた責務、自らが望む欲求。

どちらを選択すべきなのか……。

けれどどちらにしろ結果は同じだった。

聖杯として門に向かっても、逃げても待っているのは死という現実。

どちらも結果が同じならば……果たして自分にとっての本当とはどっちなのか?

誰に問いかけるでもなく、ただ空を見上げて、少女は考えていた。

 

だから気付かなかった。

 

玄関をくぐり、ただいまといって帰ってきた人影。

ゆっくりと、足音も立てずに今から中庭に移動し、その人影はぼんやりと空を見上げる少女に手をかけようとして……

 

 

 

「ずいぶん遅かったわね。どこにいってたのかしら? 桜」

 

 

 

その動きを牽制する様に、その人影……桜に声をかけていた。

 

「姉さん」

 

声をかけられた桜は、一度イリヤから目を外して、中庭に佇んでいる凜を見つめる。

 

「イリヤから離れなさい。少しでも妙なことをしたら、容赦なく撃つわよ。セイバー、イリヤをお願い」

「はい、わかりました」

 

桜に向けられた、凜の人差し指。

彼女が得意とするガンドの魔術。

それが脅しではないことは、誰が見ても明らかだった。

そうして桜を牽制しつつ、凜はセイバーにイリヤを任せる。

力を失ったとはいえ、直感までもがなくなっているわけではないセイバーは、決して桜に対して隙を見せない様に、最大級に警戒していた。

そしてその直感が告げていた。

 

桜が……変わり果ててしまったということを。

 

「無駄なことなのに。まぁそれでリンがいいのならわたしは別に構わないけど」

 

イリヤはただ無感動にそうつぶやき、歩き出した。

セイバーとともに、二人から離れていった。

桜と凜。

二人の対峙を傍観するように……中庭の端へと移動した。

 

「……ここで待っていたんですね。姉さん」

「まぁね。私は士郎と違ってあなたを助ける理由がないからね。いよいよとなったらイリヤをさらいに来るのは、前科もあったから容易に想像できた。だからイリヤのいるところで待っていればいい」

 

凜が士郎と口にしたとき、桜が小さく身じろぎした。

まるで嫌悪すべき何かを……耳にしたとでも言う様に。

 

「ひどいなぁ……。姉さんはいつもそう。決めつけて私をバカにして……。汚れた私を見下して……。姉さん? 私はそんなに悪い子?」

 

感情のない、静かな声だった。

それに対して、凜も同じように無感動に、言葉を口にする。

 

「当然でしょう? この家を出た時点でどうしようもないほど大馬鹿者よね? あんたは間桐桜を守ろうとしていたあいつを、最後まで信じなかった」

 

断罪する様にばっさりと……凜は桜にそう言った。

その言葉にはさすがに桜は反応した。

それだけは認めざるを得ないと……自ら認めているようだった。

 

「最良だったなんてこと言わないでしょうね? 私たちは外に出るなといったの。それに異論があるのならまずは相談しなさいよ。それすらせずにあなたは出て行った。さすがに呆れたわ。だから他人につけ込まれるのよ」

 

その言葉に、桜はうつむく。

今までと同じように、堪え忍ぶように。

しかし……直ぐに顔を上げた。

 

「確かに……今まではそうだったかも知れない。けど、私はもう弱くないんですよ、姉さん。これからは私が先輩を守ります」

 

上げた顔の先にあったのは、底冷えする程に暗い瞳。

そしてその瞳に呼応するように、揺らめき動く桜の影。

それを見た瞬間に、凜は予想通りであると、看破した。

 

(……予想通りね。アーチャー。よっぽどの状況にならない限り出てこないで。貴方も取り込まれる)

(しかし凜……。アレを相手にするのは、君では危険だ)

(かもしれないけど、あんたまで取り込まれたら、こっちが危なくなる。だから動かないで)

 

絶対の存在であるはずのサーヴァントが使役できない。

それほど恐ろしい存在へとなりはててしまった桜。

今から始まる戦闘に、凜は身構える。

 

 

 

そのとき一歩……たったの一歩だったが、足を引いてしまった。

 

 

 

その焦りと恐怖が……桜の背中を押すことになるとは知らずに……。

 

「どうしたんですか? 怯える様に足を引くなんて……私が怖いんですか?」

 

自らの失態に舌打ちをするが、すでに手遅れだった。

当たり前だ。

今の凜の行為はただわずかに、桜の足を進ませただけ。

もうとっくに歩き出している桜が、止まるはずもなかったのだ。

 

「もう姉さんの言うことを聞く必要なんてない……だって……」

 

 

 

「私の方が、強いんだから……」

 

 

 

その言葉と同時に、揺らめいていた陰が躍った。

桜の足下にいる黒い陰が、中庭の地面を黒く染め上げていく。

そしてその泥の中から……黒い戦闘騎士が、姿を現した。

 

「セイバー、聖杯を捕まえて。少しなら手荒く扱っても構わないから」

 

黒い戦闘騎士は無言で桜の言葉に従った。

その己の半身ともいうべき漆黒の戦闘騎士を見て、セイバーは歯がみした。

変貌し、もはや別物と言ってもいいほどに穢れてしまった聖剣と、己の力。

疑う余地など、もうどこにもありはしなかった。

黒い陰に呑み込まれたサーヴァントがどのように成ってしまうのかなど、目の前の事実がそれを雄弁に物語っていた。

それに驚く暇を与えないとでも言う様に……

 

「っ!?」

 

黒い陰が躍っていた。

その触手の様な一撃を、凜は必死になって避けていた。

少しでも触れればそれで終わりだった。

サーヴァントですら呑み込み喰らう、黒い陰。

それに触れれば人の身がどうなるかなど……考えるまでもない。

 

「く、こんの!」

 

矢継ぎ早に幾度も繰り出される触手の攻撃を、凜は避け続ける。

そしてその攻撃を理解する。

黒い陰からの直接的なモノではなく、間桐桜が保有している魔術であると。

間桐の家の魔術は他者を束縛し、律する魔術。

しかし元々遠坂の家の人間である桜は、架空元素と虚数を起源とする影使いだ。

幸か不幸か……彼女はこの二つの力を有しているからこそ、黒い陰を具現化できていた。

 

「く、っ!」

 

身体能力を強化しても、焼け石に水だった。

凜はあっという間に追い詰められた。

魔力の絶対量が比べものにならなかった。

聖杯より供給されている桜の魔力は無限に等しい。

魔術師として優秀な凜だが、それでも人である彼女と、怪物になろうとしている桜とでは、そもそも比べようもなかった。

 

「魔術自体は単純だけど、あまりに量と数が……」

 

必死に避けて肩で息をしながら、凜は桜をにらみ据える。

勝ち目もなければ、逃げ道もありはしない。

桜がその気にあれば、この屋敷は瞬く間に陰に覆われる。

ただ桜は遊んでいるだけなのだ。

まるでもっとも欲しかった玩具を与えられた……子供の様だった。

 

「さぁ……もっと遊びましょう、姉さん」

 

そして……桜がその力を解放して、黒い陰がその全てを覆うまいと、凜へと迫った。

必死になり、凜も避けるが……圧倒的な物量の前になすすべもなく、呑み込まれる。

 

(凜!)

「でないで! アーチャー!」

 

陰に呑み込まれる一瞬前、凜の命令を無視して現界化しようとしたアーチャーを、凜が止める。

令呪こそ発動することはなったが、最初にかけられた凜の言うことに従うという縛りで、アーチャーは現界できず、そして凜は泥に呑み込まれた。

 

「っ―――ぁ、かっ――」

 

黒い陰の泥が、凜を包み体を束縛する。

瞬く間に魔術回路は犯される。

 

「なぁんだ? そこまでなんですか? 思っていたほど強くないんですね……姉さん」

 

囚われとなり、苦しげに顔を歪ませる凜を、桜は楽しげに見ていた。

 

「さ…………く……」

 

凜の苦しむ姿が見たいのか、顔は泥に覆われていなかった。

そのため何とか言葉を紡ごうとするが、直ぐにそんな力はなくなった。

それはそうだろう。

サーヴァントですらなすすべもなく敗北する黒い泥に、優秀な魔術師とはいえただの人間である凜が、勝てるはずもない。

 

「それじゃ、いただきます。楽しみだったんです。魔術師から……姉さんから魔力を食べるの」

 

ニタリと、桜は愉快そうに笑った。

そして凜を束縛する泥が、食事を始めたが……それは本当に一瞬だった。

 

「おいしい……。満腹にはほど遠いけど……。本当においしいですよ、姉さん」

 

後は魔力だけでなく、体も食べればそれで終わる。

そう、凜をこの場で始末しなければならないと、次は負けると……根拠はないが、そう桜は確信していた。

 

次に戦えば、自分が殺されると。

 

故に、桜が泥に命じようとしたそのとき……

 

 

 

緩く円を描きながら……一本の赤黒い野太刀が、凜の前の地面に突き刺さった。

 

 

 

そして突き立つと同時……つまり黒い陰の泥に触れた瞬間に、凜の体を覆っていた泥と、周囲の泥を吸収した。

 

 

 

泥を吸収した赤黒いその刀身は……まるで生きているかの様に、脈動していた。

 

 

 

野太刀に泥を吸収されたからか、桜からあふれ出ていた黒い陰が小さく震える。

 

それが怯えている事だと気付く前に……地面に突き立てられた野太刀の上に、一人の男が降り立った。

 

 

 

「待たせたな」

 

 

 

突き立った野太刀の上に立ったのは刃夜だった。

謝罪しながらも変わり果てた桜へ、油断なくにらみ据えている。

自らの黒い泥が怯えていることと、刃夜の登場によってもっとも楽しみにしていた時間を邪魔されたことに、桜は舌打ちした。

 

「兄さんを殺すのを邪魔して、姉さんを殺すのも邪魔するんですね。本当に……邪魔な人」

「おいおいひどい言われようだな? まぁそうかもしれないがな」

 

全長九尺以上の長さを持つ狩竜の上に立ち、刃夜は桜と会話していた。

狩竜を恐れてか、黒い陰は決して刃夜へと……狩竜に近づこうとはしなかった。

 

「おそ……ぃ……」

「しゃべるな。しばらく耐えてろ。アーチャー、出てくるな。今すぐ死ぬ様なことはない。しばし持つはずだ。それまで耐えろ」

 

気配でアーチャーが待機しているのがわかっているのか、刃夜はそう虚空に向かって言い放った。

さらについでにポケットの中にある、濃緑の色をしたものが入った小瓶を、凜のすぐそばに投げつける。

今にも死にそうな程に顔が真っ青な凜だが、生命力と魔力をごっそりと抜かれただけで今すぐどうにかなる事はない。

無論このまま放っておけば死を待つばかりだが、それでも今すぐという事ではない。

実際、今の状況で凜の介抱をする余裕は……刃夜にはなかった。

 

「貴方のその刀が、この子を怯えさせている様子から見て、本当だったんですね? その刀が、切り札になるっていうのは」

「言っただろ? こいつは平行世界の煌黒邪神龍に止めをさした、俺の自慢の野太刀。その黒い陰も相当強いってのはわかるが……それでも俺から言わせれば煌黒邪神に比べれば赤子同然だ」

「でも貴方自身もその邪神と闘っていた時ほど強くはない、と言っていましたよね?」

 

桜が妖艶に微笑むと同時に、イリヤを逃がすまいとイリヤのそばで佇んでいた、黒い戦闘騎士が動き出した。

セイバーとしての戦闘能力を有しているからか、怯えている様子は見受けられなかった。

しかし恐怖には感じているのだろう。

この場において絶対的な強者でありながら、黒い戦闘騎士の歩く姿には微塵も隙がなかった。

 

「その刀を取り込んだり、壊すのは難しいかも知れませんけど、使い手である貴方を殺せば……脅威にはなり得ませんよね?」

 

脇に控えさせた黒い戦闘騎士とともに、桜は刃夜にそう言いはなった。

言われた刃夜は特に怯えることも、構えることもせずに、狩竜の上に立ったままだ。

 

「その通りだが……殺せるかな? 俺を?」

 

しかし一触即発の気配を感じ取ったのか……脈動するだけだった刀身が、赤く光り始めていた。

その光を恐れる様に……黒い陰が再び怯えて距離を取る。

黒い戦闘騎士も、いつでも動ける様に身構えた。

陰が怯えていると言うことは、それとつながっている桜も少なからず恐怖を覚えていることは間違いなかった。

実際厄介なのは間違いないのだ。

煌黒邪神を取り込み、狩竜にどのような変化が起こったのか刃夜にも把握し切れていないが、それでも狩竜が黒い陰に対して有効であるということは、直感で何となくわかっており、さらに経験が証明している。

そしてその経験は、黒い陰とつながったことで桜も理解している。

だがそれでも彼女は勝てると判断した。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)がいるのだから。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)はセイバーから戦闘能力と聖剣を、黒い陰にて染め上げて生まれ出でた戦闘機械とでもいうような存在だった。

絶対的な魔力を有していたセイバーだったが、未熟な士郎がマスターであったため、十全に力を発揮できなかった。

というよりも、セイバーの消費魔力量に、セイバー自身がついていけなかったのだ。

竜の因子を有しているとはいえ、それが生前と同じように能力を発揮できなかった。

 

しかし今は違う……。

 

黒い陰から供給される魔力は無限に等しい。

そして戦闘能力……すなわち理性というセイバーがいなくなったため、純粋に戦闘のみを考える。

 

仮に相手が元仲間であったとしても、その剣が鈍ることはない。

 

理性と欲望に別れたとでも言うべきか……理性が別れたため、ある程度の思慮などはなくなったと言うべきだろう。

しかしそれを補って有り余るほどに、魔力が増えている。

 

失ったものがありながらも、それを超える力を手に知れたのだ。

 

それこそ……この場にいる全てのサーヴァントよりも強いだろう。

 

強さだけで言えばだが……。

 

 

 

「本当に……俺を殺せるか? 桜ちゃん。お前ごときが?」

 

 

 

その言葉とともに刃夜の姿が消える。

消えたことに一瞬瞠目する桜だったが……その瞬間には黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が動いていた。

桜の前に立ち、その漆黒に染まった聖剣を振るう。

するといくつも火花が飛び散り、黒い陰で覆われた地面に、いくつものナイフが落ちた。

 

「ほぉ? さすがはセイバー。理性をなくしたとはいえ、その戦闘能力は健在か」

 

その声が耳元から聞こえて、桜は驚愕に目を剥いた。

弾かれる様に振り返ると、そこに得物を持たずに佇んでいる刃夜がいた。

いつの間にか後ろに回り込まれたことに驚きながらも、陰を使役し攻撃するが、再び姿を消すことで刃夜はそれを回避した。

そして直ぐに刃夜は狩竜のそばに現れ、その刀身を手で掴んで地面から抜き、宙に放り投げて柄を握った。

今の一瞬で太刀の上から自身の背後に回り込んだ事に、桜は悔しそうに顔を歪めた。

 

下手をすれば今ので殺されたことが……わかっているからだ。

 

「確かに桜ちゃんの方が強いかも知れないが、強さだけが全てを決める訳じゃない」

 

その台詞に桜は思わず黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)に刃夜を攻撃させようとしたが、この場を終わらせる人物が……間に合った。

 

「桜!!!!」

 

士郎が……帰ってきた。

中庭の様子を見て、士郎は一瞬目眩を覚えた。

しかしそれを何とか気力で振り切り、士郎は真っ青な顔の凜へと走った。

 

「おい遠坂! しっかりしろこのばか!」

 

倒れている凜を抱き上げて、凜の頬に触れる。

その頬は生きているのが不思議なほどに、冷たくなっていた。

 

「余り動かすな士郎」

 

凜と士郎を守る様に前に立ちながら、刃夜は士郎に静かにそう告げる。

普段通りに振る舞えないと言うことが、今の状況を物語っていた。

 

 

 

 

「先輩……何で姉さんを介抱しようとしてるんですか?」

 

 

 

聞き慣れた声で、あまりにも聞き慣れない冷たい声が……士郎の耳に届いていた。

振り向き……変わり果ててしまった桜を見て絶句した。

 

「桜……その顔……」

 

首筋に蠢く、得体の知れない刺青の様な黒い模様。

それが令呪であると……何故か士郎は理解した。

そしてその背後に付き従う様に揺らめく、黒い陰。

それを見て、士郎は臓硯の言葉を肯定するしかなかった。

 

あの黒い陰が桜であるという事を。

 

目の当たりにし、見たこともない桜の冷たい表情と黒い陰。

士郎の体は震え上がった。

黒い泥の飛沫を浴びたときに感じた、あまりの憎念。

それが目の前に存在していた。

もっとも愛する女性として……。

 

「よっぽど急いできたんですね、先輩。けど慌ててはいるみたいですね? 私の部屋……見たんじゃないんですか?」

「!?」

 

その言葉で、士郎は自分が想像していた事が、事実であることを知らせた。

それを問い詰めたい衝動に駆られるが、それを耐えて士郎は口を開く。

 

「それはいい。桜が落ち着いてから話をする」

 

そう、今は桜と話をするべきだと、士郎は思った。

臓硯の言葉通り、確かに桜は変貌してしまっていた。

だが、桜は桜のままであると、士郎は信じていた。

しかし話をすれば大丈夫であると……いつも通りになれると……

 

そう信じていた。

 

「いいえ、私は話なんてしたくないし、先輩とも話したくないんです。しゃべるのは私だけです。先輩も姉さんも……兄さんも町の人たちも、もう……」

 

 

 

「私を叱る事なんて……出来ないんだから」

 

 

 

その言葉を聞いて……士郎の脊髄に、鋭いナイフが突き刺さったかの様な間隔に陥った。

感情なく人を喰らってきた存在。

人間を殺し、喰らった黒い陰。

喉がひからびる様だった……。

目も痙攣し、視界が歪んでいく……。

 

士郎が恐れる理由は、黒い飛沫を浴びた事による、本能的な恐れもあった。

 

膨大すぎる魔力に呑み込まれたわけでもない。

 

もっとも大きな原因は……桜だった。

 

 

 

桜が本気で……士郎に殺意を抱き、向けてきている。

 

 

 

「いつもそうだった。先輩は私を守ってくれるって言ったのに……私だけを見てくれなかった。でもよかった……。そういう先輩だったから私は欲しかった……けど……」

 

 

 

思考が崩れていく様だった。

そして士郎は思ってしまった。

もっとも思ってはいけない、事を……。

 

 

 

アレは……桜なのか?

 

 

 

あまりに自分の知る桜と違いすぎて、士郎はそれを受け入れることが出来なかった。

思考が停止していく感覚。

これ以上知りたくないと、見ていたくないと……そう思ってしまった。

 

「私といると苦しいんですよね? だから殺してあげます。これ以上先輩に先輩を裏切らせないために……。そして……私だけを見てくれる先輩を……」

 

意味のわからない事を呟きながら、桜はその影を躍らせる。

刃夜を、凜を、そして士郎を……全てを呑み込まんとその影が波の様に躍ろうとした。

そのとき……

 

 

 

「そこまでにしなさい。余計なことをしている余裕はないでしょ、サクラ」

 

 

 

この場を終わりにする事の出来る少女の言葉が、その泥を止めた。

 

「……どういう意味ですか? イリヤスフィール」

「言ったままの意味よ。今この場でシロウにリン、それにジンヤと戦ったところでただの八つ当たりにしかならないわ。ただの時間の無駄遣いなら、このあたりにしておけばいいんじゃない?」

「!? イリヤスフィール!」

 

セイバーの制止の言葉を無視して、イリヤは桜へと歩み寄っていく。

 

「サクラの目的はわたしでしょ? なら大人しく一緒に行くから、行きましょう」

「……本気ですか? 私が欲しいのは、貴方の心臓だけ。それを貴方がわからないわけがない。私と一緒に来ると言うことは、殺されると言うことくらい……わかっているでしょう?」

「そんなのわかってるわ。けどどっちにしたって殺されるなら抵抗するだけ無駄よ。けど正装はここにはないわ。だからサクラが後継者として門を開くっていうのなら、わたしの城まで取りに行かないといけないわ」

「それは俺が許さない」

 

桜へ歩み寄りつつ、一緒に行こうとするイリヤに、刃夜がそう声をかける。

先ほどまで肩に担いでいた狩竜を下げ、両の手で握りいつでも振るえる様に、構えていた。

そんな刃夜に対して……イリヤは静かに微笑した。

 

「いいんだよジンヤ。これはわたしの役目。聖杯として機能するために生きてきたわたしがすべきこと。だからジンヤが気にする必要はどこにもないの」

「……わかった」

「!? 刃夜!」

 

イリヤの言葉に悔しそうにしながらも刃夜が肯定した事に、士郎は驚きの声を上げる。

しかしそれに取り合うことなく、刃夜は再度言葉を紡いでいる。

その言葉は……あまりにも場違いな言葉だった。

 

「イリヤ、出前は何がいい?」

 

誰もが聞き間違いかと思った。

それもそうだろう。

何せ刃夜の顔は今にも敵に向かって斬りかかりそうなほどに、真剣な表情をしているからだ。

その顔で出前なんて……あまりにも変な言葉だった。

それが何を意味するのか、わかったものが果たしていただろうか?

しかし、言われた本人のイリヤは、おかしそうに……だけど寂しそうに笑っていた。

 

「なら、最初に刃夜が食べさせてくれた唐揚げがいいな」

 

そう、呟いていた。

 

「了解した」

 

刃夜はそう言って、戦闘態勢を解除した。

それを見て、桜もこの場で三人をどうにかする気は失せたのだろう。

桜は忌々しげにイリヤを見つめて、黒い陰を引かせていた。

 

「……自分で探す手間が省けるから、貴方の口車に乗ってあげます。どんな思惑を抱いていても無駄ですから」

 

刃夜に士郎、凜に興味が失せたとでも言う様に、桜は背を向けて去っていく。

その背中に……士郎は呼び止め声を上げる。

 

「桜!」

 

「もう、こないでください。私に先輩なんて……私だけを見てくれない先輩なんて、もう必要ないんです」

 

「!?」

 

必要ないと言われて、士郎は息を呑む。

ある意味で殺意を向けられた時よりもきつかったかも知れない。

そんな士郎に対して背を向けたまま顔も見ずに……桜はイリヤとともに去っていった。

 

「じゃあね。今まで楽しかったよ……お兄さんに、お兄ちゃん」

 

刃夜と士郎に向けて、ただ一言……イリヤはそう言って桜とともに歩いていった。

そして黒い戦闘騎士も影に呑み込まれる様に消えて……まるで今まで何事もなかったかの様だった。

 

「馬鹿野郎!」

 

しかしその静けさを、士郎が声を張り上げて破った。

頭に来たのだ。

何よりも己自身に。

黒い飛沫を浴びたときの恐怖と、桜から向けられた殺意に震え上がって何も出来なかった自分に。

桜の手を引くことも……兄と呼んでくれたイリヤに、あんな寂しげな表情をさせてしまったことに。

そのまま後を追う様に走りだそうとする士郎を、刃夜が止めた。

 

「バカ! 今お前が追って何になる!」

「だけど刃夜!」

「たわけ! イリヤに助けてもらった命を、直ぐに捨てるつもりか!」

 

 

 

走り出そうとする士郎を、俺は止める。

このまま行ったところで、死にに行く様なものだ。

それこそあの黒い戦闘騎士に無惨に一撃で葬られるだろう。

何とかはったりでどうにか凌ごうとしたのだが、それも叶わず結局イリヤに助けられてしまった。

 

「助けてもらった……?」

「当たり前だろう? さっきの状況はそれこそ本当に絶体絶命だったぞ。相手が桜ちゃんでなかったり、またセイバーが完全に取り込まれていたり、もしくはイリヤが行ってくれなかったら、俺達は死んでいた」

 

桜ちゃんの背後を取れたのは、全く殺意を抱かずに近づいたからこそ出来た事だった。

いくら「霞皮の護り」で気配を完全に遮断したとしても、人を一人殺そうとした場合、おそらくセイバーが気付いていただろう。

理性がないからこそ、背後に忍び寄ったのがはったりであると、黒い戦闘騎士は桜ちゃんに伝えることが出来ず、また桜ちゃんもそれがはったりであるとわからなかった。

良くも悪くも、桜ちゃんが戦闘に置いて完全な素人だったからこそ、俺達は今この場にいられるのだ。

 

「とりあえず凜の治療を士郎はしていてくれ。アーチャーは凜の護衛。ライダーは士郎の護衛だ。ついでに、この二人の護衛も頼みたい」

「二人?」

「全く、とんでもない状況になっているわね」

 

刃夜の言葉に導かれる様にして姿を現したのは、ローブに身を包んだ魔術師のサーヴァント、キャスターだった。

そしてキャスターが現界するのと同時に、屋敷へと静かな男性が足を踏み入れていた。

 

「キャスターに……葛木先生?」

「あの黒い陰が活発的に動ける様になった以上、本拠地を捨ててでも逃げてくる必要性があると思ったんでな。そして今日桜ちゃんが一人で出て行った時になんか嫌な予感がしたんでな。いくつか仕事をしてきてその一つが、二人を護衛してここまで連れてきたことだ」

「桜が一人で出て行ったって……」

 

俺の言っている意味が一瞬わからなかったのか、士郎が一瞬いぶかしげな表情をするが、直ぐにどういう事かわかったのか、俺につかみかかってきた。

 

「出て行ったって……刃夜、まさか!?」

 

出て行ったと、まるで見ていたかの様な言葉であると気付いて、士郎が怒りを露わにしながら、俺の胸ぐらを掴む。

実際俺は桜ちゃんが出て行く前からアーチャーを脅した。

避けるのも反撃するのも容易だったが、士郎の気持ちは十分にわかったので俺は、あえてそれを受け入れた。

 

「なんで! 何で桜を止めなかったんだ!?」

「それは私も……聞きた……わね……」

 

弱々しい声だったが、それでもしっかりとした口調で、下の方から遠坂凜の声が上がってきた。

先ほどまで黒い泥に侵されてだいぶ危ない状況に陥っていたが、アーチャーが現界して先ほど投げつけたモンスターワールドの回復薬を飲ませたようだ。

呑んだ瞬間に元気よく体を動かしていたので大事ないのだろう。

空になった小瓶を握りしめながら俺を睨んできていた。

小瓶を投げつけてきそうなほど、お怒りのようだ。

 

しかし本当にすごいなモンスターワールドの薬。あれほどの危篤状態に近い衰弱していた遠坂凜がここまで回復するとは……。というか、賞味期限とか大丈夫なのか?

 

場違いなことだが、そんなことを考えてしまう。

間桐慎二の時も思ったことだが、一年近く経っているのに腐る気配がまるでないのだ。

 

モンスターワールドの世界の素材だからすごいのか……それとも何か別の要因があるのか……?

 

と、考えていたのだが、そんなことを考えている場合ではないので、俺は眼前の士郎に目 を向ける。

 

「止めて止まると思うか? 士郎が止めたのならいざ知らず、大して仲の良くない俺から言われたところで止まるはずがないだろう?」

「けどあんたなら、力ずくで止めることも出来たはずよ? しかも私が出てこない様に、アーチャーに脅しをかけたってのは、どういうこと?」

 

そう、桜ちゃんを止められるとしたら士郎と凜以外にいない。

アーチャー、セイバー、イリヤでは止めたところで言うことは聞かないだろう。

実力行使をすれば、下手をすれば今の桜ちゃんでは殺してしまいかねない。

何より……

 

「では逆に聞くが、止めてどうするんだ?」

「え……」

「あんた、何を言って?」

「今の桜ちゃんは確かに暴走しているかもしれない。だが、士郎をきちんと士郎と認識し、遠坂凜をきちんと認識していた。なら、まだ手遅れではないだろう」

 

一時は記憶の前後がなくなっていたという話だったが、先ほどの態度を見ればその点では問題ないと考えていい。

時間的なリミットは早まってしまったかも知れないが、心と体のリミットは多少伸びたかも知れない……というのが俺の正直な感想だった。

 

「け、けどこのままじゃ」

「今まではあの黒い陰を自分と認識していなかった。それ故に無作為に人々を襲っていたというのがあるはずだ。しかし意識がはっきりしたのなら、彼女の性格から考えて、街全体を呑み込もうとすることはおそらくないはずだ。その証拠にイリヤを連れて行って素直に帰って行った。そこにつけいる隙がある」

 

本能の赴くままに人々を喰らっていたのだろう。

それもある意味で仕方がない。

最初から黒い陰を宿していたのなら、気付かないわけがない。

つまり間桐臓硯はどうにかして、あの黒い陰とリンクをつなげたということになる。

そして今黒い陰として覚醒してしまったが……それは逆に言えば好都合でもあった。

 

「いつからあの妖怪じじいが桜ちゃんに手を加えていたのかはわからないが、話を聞く限りでは今回の桜ちゃんの覚醒はあいつも予想外だったはずだ。つまりほころびがないとは言えない状況だ。それに膿を出し切った方が、桜ちゃんとしてもいいはずだ」

 

間桐家にて臓硯が士郎に話していた言葉。

あの話が嘘であることも否めないが、そう感じられなかった。

老獪が服を着て闊歩している様な妖怪じじいのため、演技であることもあり得るが、それでも全てが嘘であるとは思えなかった。

そして、それが仮に嘘だったとしても、桜ちゃんが多少なりとも改善されたことは事実だった。

それに……

 

「膿を出し切るって……」

「あの妖怪じじいの教育がまともであると思うか? 更に言えばあの性格ひん曲がりまくってる兄貴。それであそこまで普通の女の子たり得たってのは、相当の我慢をしているはずだ。それは士郎……お前に対してもだ」

「俺に対しても……」

 

自分が我慢をさせていた、というのはある程度覚えがあるのか、それともここ最近気付いたからわかるのか、ともかく士郎の手の力が弱まったところで、俺はその手を払った。

 

「全てに大して我慢していた娘が、初めて身につけた力を認識し、その力の解放を覚えて少し調子に乗っているだけだ。ならそれを正してやればいいだけの話だ」

「か、簡単に言うわね」

「簡単にしたいからな。はっきり言って、こちらの方が数は多いが、あっちの方が単体での戦闘能力は遙かに上だぞ? 狩竜があるが、俺もこいつを全力で使えるのは1回が限度だろう。故に、敵の黒いサーヴァント全部にやるわけには行かないしな」

 

はっきり言って、これが一番簡単な方法だ。

実行可能ならばという前提が着くが、仮に出来たとしたらそれで全てが終わる。

しかしそれは夢物語でしかなく、当然実行不可能な事だった。

だが、それでもあの黒い陰をどうにかするには、狩竜をどうにか制御しなければ成らない。

だがその前にやることが一つ……。

 

「とりあえず行ってくるかな」

「行くって……どこに?」

「イリヤを連れ戻しに……出前にな」

 

 

 

「どういうことだ?」

 

はっきり言って、士郎には意味がわからなかった。

先ほどイリヤが去り際に言った言葉が、まさかそのままの意味だとは思わなかったからだ。

 

「先ほどの状況では俺一人でどうこうできる状況じゃなかった。だからイリヤが助けてくれた。だが連れ去ったことで桜ちゃんも油断している可能性もある。故に連れ戻す。このまま放っておけば確実にイリヤが殺される」

 

そう、それは誰もが容易に想像できたこと。

聖杯として機能するということを、士郎は先日イリヤに聞かされた。

凜は始まりの御三家の娘であり、優秀な魔術師であるためある程度予想は出来ていた。

そして刃夜は先日士郎とイリヤの話を盗み聞きしていたので、知っている。

黒い陰として覚醒してしまった桜が、今のこの状況でイリヤを連れ去った理由など……ど考えるまでもない。

 

聖杯として、イリヤを利用するということ。

 

それはすなわち、人間としてのイリヤの死を意味する。

 

「け、けど刃夜。仮に連れ戻しに行っても取り返しに来る可能性が……」

「ないとはいえない。だが、桜ちゃん自身の体のことを考えると、余り時間的余裕はないはずだ。臓硯の思考を鑑みるに、イリヤで試験をするつもりだろう。挑戦する事が何度も出来るのは悪い事じゃないから」

 

もしくは二つの聖杯で何かをしようとしているのか……というところだろう。

何を臓硯が企んでいるのか、わかるものはこの場にはいないが……当然誰もがろくでもないことに使おうとしていることだけは、考えるまでもない。

しかし、イリヤを連れ戻すと言うことは……。

 

「……あの黒いセイバーと戦うと言うことか?」

 

士郎が、そう疑問を口にした。

その言葉を聞いて、セイバーが口惜しそうに顔を歪めていた。

それは当然だろう。

文字通り自らの写し身が漆黒に染まり、変わり果てた姿で桜に付き従っているのだ。

そこにあるのは絶対的な服従のみ。

騎士の誇りも、王としての名誉も何もなく、ただただ純粋なその戦闘能力を使役させられているだけなのだから。

 

黒い陰から人々を救うと約束した己自身を、責めるかの様に。

 

「戦いになるか。俺が全力で挑んでも、あれの相手は困難この上きわまりない。黒い陰にバックアップでも受けているのか、出力なんか以前と比べものにならないぞ。アレを相手にするなんていくつ命があってもたりないわ」

 

肩をすくめながら、刃夜はそう事実を口にしていた。

実際、理性がないという欠点を補って余りあるほどの魔力を黒い戦闘騎士は有していた。

 

「それはそのとおりね。アレに挑むのははっきり言って裸で龍に挑む様なものよ。アレは本当に規格外。下手をすれば生前のセイバーを超えているかも知れないほどに」

 

刃夜の言葉にキャスターが同意した。

神代の魔術師である彼女にこそわかるものがあるのだろう。

その手で自らを守る様に、体を抱いており本当に恐怖している様子だった。

 

「な、ならどうやって奪い返すんだ?」

「これは勘だが……桜ちゃんは力に目覚めたばかりで、制御がうまくできてないと考えられる。それもあれだけ強大な力ならなおのことだ。さっき遠坂を襲っていた時もずいぶんと数に任せて攻撃していた。更に言えば攻撃していたのは触手攻撃のみ。となると近寄らなければ何とかなる」

「いや……セイバー呼ばれたら終わりじゃ……」

「理性がないのがみそだな。アレは本当に人形のようなものだ。命令がなければ動くこともないだろう。つまり桜ちゃんに見つかりさえしなければ何とかなる」

 

刃夜の言うことに思うところもあるのだろう。

皆それ以上言葉を続けようとは思わなかった。

 

「それじゃ、イリヤを殺させるわけにもいかないし、行ってくる」

 

切り札である狩竜を折りたたみの鞘に収めつつ、刃夜は戦闘準備を行う。

その脈動する様に不気味に光り輝く赤黒い刀身が鞘に収めて、それを手に刃夜は走り出した。

黒い陰に呑み込まれる様にして消えていったイリヤを助けるために。

 

 

 

■――ア――■ァ……アァア――

 

まるで黒い炎のようだった。

贅を尽くして作られた空間を、貪り、喰らうかのように、その炎の蹂躙される。

目的もなく、定まりもない喘ぎによって、崩壊していく。

 

ア――■――アァ……アァ■――あ、――ア……

 

その黒い炎は触手だった。

実像を持たぬはずの黒い陰は、影を落とす主人の苦悶によって動き、蠢き、床を壁を……破壊していった。

 

は……あ――アァ……アァァァ―――

 

喘ぎに乗って乱れ狂う黒い闇の炎。

広間にただ中に立って、体を丸め、苦しげに喉を掻き毟るごとに、古城の内装が崩されていく。

 

■あ―――あぁ……アァ

 

広間はすでに黒で塗りつぶされている。

その中央に佇み、苦しみ、痛みにもだえる女は王であり奴隷であった。

イリヤスフィールを連れ去り、彼女の本拠地である古城に来てそう時間は経っていない。

その間……間桐桜の変貌が最終段階へと向かっていく。

黒い陰と一体化している桜にとって、今のこの世界は文字通り異世界だった。

黒い陰は文字通りこの世界に相容れない存在である。

それと一体化している桜は、存在しているだけで世界から否定され続けている。

痛み、苦しみ、破壊衝動のみに染められていくだけならばまだ耐えられた。

痛みや事故をさいなむ苦しみは、桜にとって幼少時より耐え続けていたものであり、いわば馴染みのある物だ。

しかし、存在その者を否定されるというのはあまりにも未知な物だった。

 

ア――アァァ、ああああ!!!!

 

その苦しみを、痛みを、そして否定され続けるその未知にあらがうために、乱れた。

自己を見失い、正気を捨て、目に付いた全ての存在を否定した。

 

苦しい―――と……。

 

自らの不遇と、自らに無関心な周りに、無理解な世界に訴える様に……。

 

「ふむ。存外に間桐桜であり続けようとしておるようじゃが……そろそろ頃合いかの」

 

その姿を見つめる、一つの影。

間桐の老魔術師、間桐臓硯である。

眼下で苦悶する桜を見守っていた。

その視線には確かな愛情があった。

そう……間桐臓硯は間違いなく間桐桜を愛していた。

実験作と扱っていた桜が間桐臓硯の思惑を超えて成長し、渇望した「不老不死」を授けてくれるのだから。

そんな存在を愛さないわけがない。

どんなに桜があがこうと問題なかった。

どれほどの力をつけようと、多くのサーヴァントを使役しようと、理性を残していようが関係なかった。

間桐桜と間桐臓硯の運命はすでに十一年前に決まっている。

間桐臓硯はただ目覚めるだけで間桐桜を完全に殺すことが出来るのだから。

 

「ほ! 助けてくださいおじいさまとな? よい。良いぞ桜! 世界そのものに否定される圧迫は、さぞ苦しいであろう! だが思い出せ! 十一年にわたる壺毒の日々を! 何千という責め苦に耐え、何万という虫に体を預けた! その程度の痛みなど造作もなかろう! そのように育てたのだ! そのように鍛え上げた!」

 

うめき声にしか聞こえない桜の声。

間桐臓硯には桜の声が聞き取れる様子だった。

苦悶にしか聞こえず、ただ暴れているだけの様子は、それこそ必死に、命乞いをしているのだろう。

 

「無論助けるとも! おぬしはワシの作品! 最後まで見届けよう! だが助けられるのは肉体のみよ。十一年の鍛錬においても、おぬしの精神だけは鍛えられなかった。受け入れることで苦痛から逃れたお前ではその怨嗟に耐えることはできんじゃろうて。だが安心せい! 肉体の頑丈さだけはワシが保証しよう! 耐えろ! いや、耐えられる! お主の肉ならば間違いなく復讐者(アヴェンジャー)を纏うであろうて!」

 

笑う。

嗤う。

嘲笑う。

間桐臓硯は本当に愉快そうに嗤っていた。

それこそ隙だらけ、油断をしている、そう言って良かった。

だがそれも無理からぬ事。

普通に考えれば勝敗は決したと言って何ら差し支えない状況だ。

未だほとんどのサーヴァントが残っているが、それも黒い陰の前には有力な力なり得ない。

またすでに取り込んだサーヴァントを使役するだけでも、十分に勝算はあった。

更に正規の聖杯を手に入れて、もはや臓硯の行く手を阻む物はいない……はずだった。

 

「む?」

 

実に愉快そうに、愉悦に嗤っていた臓硯の笑みが消える。

自ら付き従った聖杯の元に監視のために忍ばせていた虫の反応が消えたのだ。

監視役のため戦闘能力こそ皆無だが、生半可な潜入では虫の目を欺くことは難しい。

それをこうまであっさりと消したことに、臓硯は感嘆し……そして嘲笑った。

 

「ほ、よもやまだ逆らうつもりでおるとは思わなんだ。何を考えているのかわからんが……さすがに少々面倒じゃのう。そんなに死にたいというのであれば、殺してやるのが情けというものかのう」

 

あまりに規格外な男の存在。

宝具に等しい概念武装の様な物を所持しているが、発動に時間がかかることを考えれば脅威に成り得ない。

故に放置してもいいと考えていたのだが……さすがにここまで邪魔をされては目障りに思えてくるのも、当然といえた。

更に臓硯から言わせれば聖杯を助けたことは滑稽にしか思えなかった。

何せあの娘は逃げ出せない宿命にあるのだから。

森から連れ出し、逃げおおせたとしても、最後には聖杯の地、全ての根源の心臓部に訪れるしかないのだから。

 

「故に見逃しても良いかと思っておったのだがの。出番じゃ桜。イリヤスフィールが連れ出された。あの娘がいなくなればお主を救う手だてがなくなる。苦しみから逃れたいのであれば、蹂躙し連れ戻すがよい」

 

そう告げ、高らかに嗤いながら臓硯の気配は消えていく。

それに呼応する様に、荒れていた黒い炎が水を打った様に静まり……その黒い沼より、二体の闇が出現した。

 

……………………

 

少女に苦悶はなかった。

痛みになれたわけではない。

ただ……

 

……そう……また邪魔するんですね、あの人は……

 

暗い喜びと、真っ黒な憎悪、そして……破壊衝動が……痛みを凌駕しただけのこと。

 

「自分で切り札に成るなんて言っておきながら、一人でつっこんでくるなんて……馬鹿な人。そんなに食べて欲しいなら……食べてあげますよ」

 

真っ白な指が上げられ一つの方角を指し示す。

その先には巨大な城門があり、侵入者が通り、今必死になって逃走している方角。

 

「いって。そして殺してきて。私の邪魔をする人は……誰であろうと許さない。相手が誰であろうと構わないわ。肉片にして上げてきて」

 

一つの影がその声に呼応し、咆吼を上げて黒い突風となりて、疾走する。

その姿を……桜はおかしそうに嗤って見つめていた。

 

「まぁ……今の貴方には相手が誰かを判別することも出来ないでしょうけど。ねぇ……バーサーカー」

 

クスリ、と……彼女は小さく笑った。

黒い陰を纏い、彼女は漆黒の戦闘騎士とともに、瓦礫と化した広間を後にした。

 

 

 




刃夜が登場するシーンで鬼武者のネタぶっこもうかとおもったけど、さすがに怒られると思って自重しましたw
わかる人とは俺話で盛り上がれる自信があるwww


いやぁ長かった
お待たせしてしまって申し訳ありませんでした
まだ全部は上げられません
誤字脱字とか、まだいくつも気に入らない点があるので

が、聖杯戦争は終えてますので、もうゴールは確実に見えてます
このまま

や~めた

にはならないのでそこは大丈夫ですw
一番長く感じた説明会と、イリヤの聖杯戦争の仕組み説明がやはり一番書いててつまらなかったですw
全力で書きましたが、まぁ気に入らない人もいるとは思います
それでも読んでいただけたらなぁと思います
また近々あげます

とか言いながら発売してたの知らなくて今日あわてて買ったラノベ読んだけどねw
その恋と、その未来。
でないとか言っておきながら出てたよ
超うれしい!
最終巻読み終えてしんみりしちゃったよ
高校卒業ねぇ……
もう10年も前かい

あの頃よりは、大人になれたのかなぁ・・・・・・

本当に、大人って何でしょうね?


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黒い巨人と黒い黄金

今回でようやくこの作品の要素が出せました
それでも本編の桜ルートをなぞっていますが・・・・・・
まぁオリジナル要素にして最大の見せ場の前振りですね
納得のいかない人も多々いると思いますが、まぁアイディア提供者のTTの渾身のアイディアですので、可能ならば最後まで読んでからご判断ください

それでも納得できなかったら私の力不足でございますw

がんばるよ~


冬木の町を抜け、更に巨大な森を抜けて、俺は樹海の中にそびえ立つ、古城へとたどり着いていた。

 

……でか

 

イリヤに直接脳内に流されてため、ある意味で初見ではないのだが……実際に自分の眼で見ると実感という物がわいてくる。

百聞は一見にしかずとはよく言った物だと、この状況において実に下らないことを考えてしまう。

 

……本当にお姫様みたいな存在なんだな

 

気配を可能な限り殺しつつ、俺はその城へ潜入すべく森をからあたりを観察していた。

辺りに俺以外の気配は感じられなかった。

だがそれはある程度予想できていた事だった。

黒い陰として覚醒してしまった桜ちゃんは、サーヴァントに対して絶対的な力を持っている。

また黒いセイバーを従えていることもあり、事実上最強の存在と言っていい。

唯一のネックなのは俺の狩竜の存在だが、それも黒いセイバーを……サーヴァントをぶつけてくればそれで終わる。

 

そう、サーヴァントを……な

 

つまり……はっきり言ってこちらの状況は、詰んでいると言ってしまっても過言ではない。

むしろこの状況を考えるとはっきり言ってゲームオーバーと言ってもいいぐらいなのだ。

それでも諦めるわけわけにはいかない。

いくら考えがあったとはいえ、俺が桜ちゃんを力づくで止めることは出来たのは事実。

それをしなかったのは俺の責任。

更に言えば、イリヤを見殺しにするという選択肢は、俺には存在しない。

また狩竜がある以上、完全な負けにはなり得ない。

と、思っていたのだが……

 

……気配がずいぶん遠いな

 

辺りに気配がないことを確認して、俺は城の内部の気の気配を探ってみたのだが……よく知る気配が三つあった。

城門そばに二つに固まっているのと、二階の気配。

二つに固まっているのは気配から言って桜ちゃんと妖怪じじい。

二階にいるのは間違いなくイリヤだろう。

そして……それしか気配がなかった。

 

……油断なのか舐められているのか……まぁ半々か

 

先にも言ったが形勢は圧倒的にこちらが不利。

故に直々に見張ってなくても問題ないという事なのだろう。

イリヤのそばに小さな気配もあるので、おそらく監視の虫がこれだろう。

虫程度の監視ですませていたのが油断だろうが、こちらを舐めているのかはっきりとはわからない。

だが……

 

後悔させてやろう……その慢心を

 

残り少ない魔力を気配遮断のみに使用し、俺は気力で体を強化して一気に森から城へと駆け抜ける。

そしてすぐさま飛び上がり、イリヤが軟禁されているとおぼしき部屋の窓へつっこんだ。

 

!!!!

 

窓を突き破る破砕音が鳴り響き、俺はつっこんだ勢いそのままに、壁に垂直に着地して勢いを全て殺す。

それと同時にスローイングナイフを取り出して投擲し、監視の虫を瞬時に無効化し、地面に降り立った。

狩竜の長さが少々不安だったが……横も縦もずいぶんと広い部屋だったため、全く問題なかった。

 

外観だけじゃなく中身もでかいか……。まぁそれもそうだろうな

 

「――ジンヤ?」

 

窓を突き破った音に驚いたのか、それとも俺が来たことに驚いているのか、ともかくイリヤはびくっと体を縮こませた姿勢をしていた。

気配でわかっていたことだが、それでもこうして無事な姿を見るとほっとする。

が、イリヤの顔が直ぐに冷たい物へと変わる。

 

「呆れた。ジンヤだからさっき私が助けてあげたこともわかってるんでしょ? それなのにどうして来たの?」

 

冷たい顔に、冷たい声。

それはまるで、巨大な気配を従えて夜店の前に現れたときのように、実に無味乾燥な声と表情だった。

 

「わからなかった? サクラの事はわたしに任せてくれればいいの。これは私の役目。だから大人しく帰って」

 

おそらく、マスターとしてのイリヤしか知らなければ、俺もこのまま引き返していたのかも知れない。

だが昼間の……マスターとしてではないイリヤを、少しでも知っているのならば、この冷たい態度が、無理をしているのだと言うことがよくわかった。

故に……

 

「たわけ。そんな役割など知ったことか」

 

と、軽くイリヤの頭をはたいた。

すると痛みに頭をしかめた後に一瞬、ポカンとした表情をしていたが、直ぐにそれが怒りに染まる。

 

「な……ジンヤの無礼者! レディの頭を叩くなんて紳士じゃないわ!」

「そんなことは最初からわかってるわ。俺はただの定食屋の店主であって、己自身が紳士であると思ったことなど一度もないわ」

 

フン、と鼻息荒くそう返してやった。

今のイリヤの言葉と態度、そしてこのままでいることの意味がわかっているのに無理をしている態度が気にくわなかったので、イリヤの頭を叩いていた。

だが、それが間違っているとは思っていない。

どんな役割を与えられたかはわからない。

だが、死ぬことをただ受け入れるだけなんてこと……俺は正しいとは思えなかった。

 

「な、なによそれ! わたしは自分の役割を果たすためにサクラに付いてきたのよ! それが一番いい方法なんだから! だからジンヤに文句を言われることなんて――」

「たわけ! 先にも言ったが役割など知ったことか! 俺はただ自分にとって大事な友人が死にに行くのを黙ってみているのを許せなかっただけだ! それも本当は嫌なくせに強がって、役割という言葉を理由にして死にに行くなど俺は絶対に認めない。絶対につれて帰るわ」

「――! つ、強がってるってどういう意味!? わたしは嫌だなんて思ってないわ。この身は聖杯として作られたのだから、それを果たすのは当然よ! あいつらのために鍵になるのは、それは癪だけど、でも聖杯の力さえ使えればサクラだって」

「聖杯なんぞ俺はどうでもいい。前にも言ったな? イリヤはイリヤだと。イリヤが己自身でいたいというのなら、そんなことは放棄してしまえ。年上の俺が、そのときはどうにかしてやる」

 

どうにかしてやる……これほど無責任な言葉はないかも知れない。

圧倒的な戦力不足。

詰んでいるこの状況下。

それでもなお、俺はこの言葉を出すのに躊躇いはなかった。

友人が死にに行こうとしているのを、止める理由がどこにあるだろうか?

 

「―――」

 

イリヤが俺から視線を逸らした。

そのときの横顔は先ほどまでの表情と違い、きちんと感情があった。

それを見て、俺は自分の行動が間違っていなかったと、納得できた。

 

「……いいわ。仮にわたしがいやがっていたとして、どうするの? わたしたちではサクラには勝てない。逃げることも出来ない。虫一匹しか監視につけてないのは、城から逃げることが出来ないから。ジンヤだけならまだ見逃してもらえるかも知れない。けどわたしをつれて逃げるっていうなら、森からでることもできないわ」

 

確かに勝算も、逃走率も俺単体とイリヤを連れてでは勝負にもならないほど、確率が違う。

というよりも俺がこのまま一人で何もせずにすごすご逃げれば臓硯も桜ちゃんも何もしてこないだろう。

だが俺はイリヤを連れて戻すと内心誓ったのだ。

故に、他の選択肢など最初から存在しない。

 

「一人で帰るなんて選択肢を元々持ってたら、そもそも今この場にいねーよ、っと」

 

そう言い終えると同時に、俺は狩竜を担ぎながらイリヤを横抱きに抱えた。

さすがにここまでされたら俺の覚悟がわかったのか、イリヤは抵抗せずに小さく笑った。

 

「呆れた。何を言っても無駄なのね」

「あぁ。悪いが諦めて俺に連れて行かれてくれ、お姫様」

「……こんなの、うまくいくはずないのに」

 

横抱きにされたまま、俺の服を掴んだ。

その笑みをみれただけでも、来た甲斐があったというものだろう。

が、それで終わるわけにはいかない。

ここから無事に逃げ出し、森を抜けて士郎の家にまた戻らなければいけない。

 

「よし、では逃げるぞ。しっかりと掴まっててくれよ!」

 

左手でイリヤを抱きかかえたまま、俺は突き破った窓から飛び降りる。

そして着地と同時に気力と魔力で身体能力を強化し、一気に森へと駆け抜ける。

その時……

 

「■■■■■■■■■■!!!」

 

信じがたいほどの強烈な咆吼が、城より響いてきていた。

それと同時に放たれる、圧倒的な重圧の殺意。

 

予想通りかよ!

 

その咆吼を放った物の存在を確認し、俺は内心で盛大に舌打ちした。

ただでさえこちらは圧倒的に不利な状況だというのに、まだあちらには手駒があったのだから。

それも最凶最悪の狂戦士が。

 

「……やっぱり、まだとどめてたのね、サクラ」

 

追いつかれたくない一心で全速力で森を走っている俺の耳に、そんな声が入ってくる。

その声に含まれている感情に気付いて、俺は更に走る速度を上げた。

 

会わせたくないが……

 

おそらく、セイバー同様に変わり果てた姿になっているはずだ。

それ故に、今の姿をイリヤに見せるのは忍びない。

ひたすらに走った。

背後にその姿は見えない。

聞こえてくるのは巨大な足音と、それに付随する木々のおれる音。

こちらと違い、巨体である相手は木々を破壊しながらこちらを追ってきているのだ。

まさに破壊の化身そのものだ。

背後を振り向かずにひたすらに走るのだが……残念ながらそう簡単に逃がしてくれる相手ではないようだった。

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

何!?

 

信じがたいことに、先ほどまでの速度とは桁違いの速度で、相手が俺の横へとやってきた。

そして並走するだけに飽きたらず、その巨大な岩の様な剣を振りかぶる。

 

「イリヤすまん!」

 

走る勢いを何とか腕のクッションで殺しつつ、俺はイリヤを上に放り投げた。

それと同時に、右手に持っていた狩竜を鞘から抜ける分だけ抜刀し、両手で敵の剣を受け止める。

 

!!!!

 

すさまじい金属音と衝撃が一度に来たのと同時に、俺の体が吹っ飛んでいた。

あの力が振るわれたのだ。

吹っ飛ばない方がどうかしている。

というよりも吹っ飛ばずに完全に受け止めれば、俺の体がつぶされる。

進んでいた方向から急で強引な方向転換に、一瞬目が回った。

しかしそのまま呆けていてはまずい。

イリヤが殺される。

それをいいと判断する理由は俺にはない。

故に、直ぐに体制を立て直し、気力の足場を形成し、強引に空中で停止した。

 

「やだ……うそ……うそだよね、バーサーカー……?」

 

俺に放り投げられた事で地面に尻餅をついたイリヤが、涙ながらにそんなことを呟いていた。

 

「わたしだよ……バーサーカー。わからないの? ねぇ?」

 

イリヤは黒い巨大な存在を前にして、動きを止めて変わり果てた存在にただ話しかけていた。

変わり果ててしまった存在を否定したくて……弱々しく声を上げている。

その姿はあまりに痛々しかった。

まるで父親に捨てられてしまった子供のように。

俺は体勢を立て直しながら、その変わり果てた敵に目を向けた。

 

そこにいたのは、赤黒い肉体を持つ巨人だった。

 

もはや目も鼻も耳もなく……ただ殺意を放つだけの存在。

全身を黒い陰の泥に浸食されて、以前の姿は見る影もなかった。

もはや姿形が似ているだけの、全くの別の存在だった。

黒い陰に呑み込まれて、ただ破壊を生み出すためだけに存在する化身。

破壊の化身はこちらをどのように認識しているのかはわからない。

だが、はっきりとわかることは、あの破壊の化身にとって、目に映る物は全て破壊すべき存在でしかないのだろう。

その証拠に……

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

体すらも揺るがす咆吼とともに、目の前にいるイリヤ(存在)に対して、その巨大な岩剣を振り上げている。

 

「―――やだ、こんなのやだ! ねぇ、バーサーカー!」

 

懇願するイリヤの叫びすらも、その巨人には届かない。

その懇願に対する返答は、振り上げた剣を殺意を振り下ろすことで答えようとしている。

その前に、突貫してイリヤを救った。

唸りを上げて振り下ろされた岩剣が、体のぎりぎりそばを駆け抜けていく。

そのときの剣圧は、以前の頃よりも更に強大になっていた。

 

くっそ! 一度追いつかれたら面倒だな!

 

巨体故の加速するまでの時間と、巨体故の木々の障害でこちらが逃げ回るには余裕があるのだが、しかし一度掴まってしまうとこちらとしても逃げにくくなる。

俺一人ならばいざ知らず今はイリヤも一緒なのだ。

人一人を抱きかかえて逃げ出す暇を与えてくれるとは考えにくい。

かといってイリヤを一人で逃がしては、他の連中に捕らえられるだけだ。

 

……単身ってのはやっぱりきついもんだなぁ

 

衛宮家の状況よりも守る対象が少ないとはいえ、その分こちらも戦力が少ない。

というよりも……

 

予想していたことだが、まさか取り込んだサーヴァント全部使役してんのか?

 

黒い泥に呑み込まれそうになったセイバー。

それを救った際に戦闘能力を失っていた。

そのセイバーの戦闘能力のみを抽出したかの様な存在の漆黒の戦闘騎兵。

戦闘騎兵に倒されたバーサーカー。

亡骸で呑み込まれたはずのバーサーカーが、黒い泥によって更に凶悪な戦士として、今俺の眼前にいた。

つまりあの黒い泥に呑み込まれた存在は、桜ちゃんの支配下に置かれると言うこと。

そしてそれはつまり……今こちらには存在しないサーヴァント全てが桜ちゃんの支配下にいる可能性もぬぐえないと言うこと。

 

セイバーにバーサーカー、最近見かけないランサー……そして……

 

しかし今は考えている場合ではない、とにもかくにも逃げの一手!

 

「イリヤつかまれ! 舌噛むなよ!」

 

抱きかかえたイリヤにそう叫び、俺は再び走り出した。

状況が悪化の一途をたどっている。

正直泣き出したい気分だった。

しかしそうもいってられない状況だろう。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

再度咆吼を上げる、黒い巨人。

そしてこちらに向かって突進してくる。

この咆吼は獲物を奪い取られた事に対する怒りなのか?

それともただ、吠えているだけなのかわからない。

その速度は先ほどよりも更に速くなっているようだった。

だが、どうであろうとこちらが足を止めるわけには行かない。

止めればそれはすなわち死を意味する。

 

「……」

 

腕の中で悲しげに物言わぬイリヤ。

慰めの言葉も思い浮かばず、そして思い浮かべる余裕もなく、ただ俺はひたすらに両足を必死に動かすしか方法がなかった。

 

どうすればいい!?

 

逃げる以外に選択肢がない。

狩竜解放の暇をくれるほど、今の相手は甘い相手ではない。

黒い戦闘騎兵が相手ならばまだやりようがあったのだが、亡骸で吸収されたにもかかわらず、セイバーよりも完璧な状態で使役されているバーサーカーを相手するのは無理がある。

さらに言えばぐずぐずしていたら他のサーヴァントが出てくる可能性もある。

行き当たりばったりかも知れないが、それでも動かないという選択肢はあり得なかったわけだが……

 

どうす!?

 

どうすべきか悩んでいたそのとき、前方に巨大だが鋭く長い戦意を感じ取り、俺は思わず停止していた。

俺と同じ気配を背後の黒い巨人兵も感じとったのだろう。

足を止めて新たに現れた第三者に警戒心を露わにしていた。

 

「雑種風情に、狂犬がどのような滑稽な踊りをするのか試しに来てみれば……ただ走り回るだけの逃走劇とは、実に下らん」

 

そんな声が響くと同時に、その存在が現界した。

隠そうともしない巨大な王気(オーラ)

おもわず傅いてしまいそうな程の、圧倒的なカリスマをその身から放っている。

黄金の鎧に禍々しい黒の装飾が施されたその姿は、醜悪でありながらもどこか気品の様な物を携えていた。

得物を持たない丸腰であり、更に言えば腕を組みこちらを見据えるだけの姿勢に、脅威は感じられなかった。

だが……

 

何だ……こいつは……

 

それでもなお、あまりに強大な気配を放っている。

それこそ背後で停止している黒い巨人兵よりもよほど強大な気配。

俺の剣士としての本能が告げている。

 

こいつは、あまりにも危険な存在であると。

 

こいつそのものにはそこまでの脅威は感じられない。

なぜなら殺意……というよりも戦意の様な物が感じられないからだ。

だがそれでもあまりにも圧倒的な存在感を放っている。

この状況下で現れたこともあり、どう考えても一般人ではない。

何もないところから突如登場したことも考えれば、現界したと考えるのが妥当。

故にサーヴァントだと思われるのだが……

 

セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシン……。七つのクラス以外に聖杯戦争に参加しているサーヴァントっているのか?

 

士郎のセイバー。

遠坂のアーチャー。

イリヤのバーサーカー。

桜ちゃんのライダー。

柳洞寺のキャスター。

未だ正体不明のマスターのランサー。

そして小次郎。

これで出そろっているはずのサーヴァント以外にも、サーヴァントという超常の存在がいたのには驚きだった。

驚きと同時に……疑問が生じる。

 

二対一……なのだが……

 

背後の黒い巨人兵。

そして前面に新たに現れた黒と金に覆われた謎のサーヴァント。

だが、前面にいるこのサーヴァントからは、まるで戦意が感じられない。

まるで見物に来たと言わんばかりの傍観ぶりだ。

 

「どうした、雑種? その長い剣は飾りか? それを使えばそこな狂犬も黙らすことができよう。その喜劇。ぜひとも我に見せて、楽しませよ。それが貴様の役割だ」

 

……何を言ってるんだこいつは?

 

と思わざるを得ないが、その台詞とその態度から、どうやらこの場では俺とやり合うつもりはないらしい。

それは吉報であり、凶報でもあった。

 

最悪だ……

 

逃げ道を塞がれて、俺が生きるには背後の黒い巨人兵を倒すしか道はなくなった。

というよりも、逃げようとしたら最悪こいつも攻撃してくるかも知れない。

となると俺がこの場で黒い巨人兵と戦うしか選択肢はない。

だが勝算はない。

それでも挑まねばならない。

世はまさに不条理の塊だった。

 

……まさに桜ちゃんの人生と同じということか

 

望む望まないにかかわらず、魔術師の家系に生まれた。

そして一子相伝という魔術師としての決まり事に従い、遠坂凜の父親は間桐の家に桜ちゃんを養子として出した。

それからの人生は、彼女にとって何ら望みのない日々だったのだろう。

それでも死ぬことも出来ず、彼女はただ命があるが故に生き続けた。

家の決まり……であるからこそ、彼女は間桐の後継者としての生を全うすることを決めつけられた。

イリヤも同じように……アインツベルンの決まりに従い、生きてきたのだろう。

先ほど言っていた彼女の「自らの役割」という物がどういう物かはわからない。

だが……それでも……

 

 

 

人には意思って物がある……

 

 

 

桜ちゃんにも、イリヤにも……当然、俺にも。

 

桜ちゃんはただ、己を救ってくれた存在であり、自らが好きになった士郎とともに生きていたいと。

 

イリヤは、自らの役割であると理解しながらも、それを完全に受け入れているわけではない。

 

ならば、それが叶う様にして上げたいと……そう思うのは俺の傲慢さなのだろうか。

 

いや……傲慢と言うよりもわがままだろうか?

 

わがままなのは間違いないだろう。

 

そうでなければ今……俺はこの場にはいない。

 

 

 

どうにかするしかないか……

 

 

 

自らのわがままを押し通し、俺はこの場にいた。

 

そしてわがままを貫き通さねばならない理由が俺にはある。

 

故に……ここで下がるわけにはいかなかった。

 

 

 

どこまでやれるかはわからないが……

 

 

 

殺るつもりでやらなければ敗北は必至。

 

故に、俺は覚悟を決めて、狩竜を鞘から抜き放った。

 

「……ほぉ」

 

俺を見て何を思ったのかわからないが、黒に染まった金色のサーヴァントが声を漏らしていた。

だが、それはもはやどうでもいいことだ。

戦意も殺意もないのは確かだが、こいつが後ろから襲ってこない可能性がないとはいいきれない。

それでも俺は今はこの場で相手にすべきは、黒い巨人兵であると理解し、相対した。

 

「■■■……」

 

俺の意思を感じ取ったのか、黒い巨人兵が小さくうなり声を上げる。

敵の戦意に応える様に、俺は狩竜の折りたたみの鞘をたたんで、腰に縛り付ける。

 

『仕手よ……いけるのか?』

『すまん封絶……。俺がいいというまでしばらく黙っていてくれ』

『……死ぬなよ』

 

封絶には申し訳なかったが、今は思念ですら会話をする余裕はない。

以前、黒い取りに強化される前の状態でも、俺は一対一でこの存在と相対したことはない。

実力だけではどうしようもない存在だ。

いわば暴力そのもの。

もはや概念的とも言える相手に、俺は今から立ち向かわねばならないのだ。

 

行くぞ……狩竜!

 

浅く息を整えて、俺は一瞬だけ呼気を鋭く吐いて……狩竜を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

時刻は少しさかのぼり、刃夜がイリヤを助けるために飛び出して少ししての衛宮家。

最初こそ疾風のように飛んでいった刃夜にあっけにとられていた一同だったが、凜が衰弱していたことも相まって、一度居間へと移動した。

居間に士郎、凜、セイバー、アーチャー、キャスター、葛木、そしてライダーが一同に会していた。

誰も言葉を発せないような状況だった。

何せ事態が事態とはいえ、元々敵同士だ。

刃夜という存在がいたからこそ、この場にこれだけのメンバーが集っているのであって、そうでなければ相容れない存在同士なのだ。

特にキャスターとセイバーなどが顕著だろう。

だが互いに今は力が出せないということと、更に言えば黒い陰が覚醒してしまったこともあり、争う様なことはなかった。

しかしそう時間も経たないうちに、

 

「やっぱり誰かしら援護にいくべきじゃないのか?」

 

士郎がそう告げた。

士郎の正直な気持ちで言えば、いてもたってもいられないというのが本音だろう。

桜もイリヤも、士郎にとっては大切な存在なのだ。

確かに自分だけでは足手まといになるかもしれない。

それでも何か出来るのではないか?

そう考える士郎だったが……。

 

「やめておいた方がいいわよ、坊や」

 

意外にも、士郎に否定の言葉を投げかけたのは、柳洞寺の魔女、キャスターだった。

 

「あれはサーヴァントですらどうしようもないほどの、怪物よ。この場にいる誰が行ったとしても、とてもではないけど相手になる様なものじゃないわ」

「怪物だって!?」

 

自らの最愛の人を怪物呼ばわりされて、士郎が声を荒げようとする。

それを凜が手を挙げることで制止した。

今この場で争っている場合ではないということもあったが、それ以上に凜はキャスターがどのような見解を示しているのか、興味があった。

 

「怪物ね……。あれは神代の魔術師であったあなたから見ても、そういう存在なの?」

「そうでもあって、そうでもないと言えるでしょうね。私が生きていた時代にはあれ以上に強力な怪物は、それこそいくらでもいたわ。けれどあれは、それとは一線を画した真に怪物よ。何をどうすればあんなのが生まれるのか、聞かせて欲しい位よ」

 

魔術か何かで桜の姿を見たのか、キャスターは本当に恐ろしいものを見たという様に、自らの体を抱いていた。

魔力が十分ではないキャスターに取って、襲いかかられたらただ喰われるしかないため、恐怖に感じるのは無理もなかった。

 

神代の時代に生きていた魔術師のキャスターがここまで恐れるなんて……本当に、一体どうなっちゃったの、あの子は……

 

凜としても、桜の豹変ぶりは見た。

そして直にその恐ろしさをかいま見た一人として、恐怖に感じていた。

だがそれ以上に、憤りも感じていた。

刃夜に対して……そして、桜に対して。

 

けど、それとこれとは話は別だわ……

 

正直に言えば、凜も今すぐ刃夜の後を追って行きたかった。

だが、それをすべきではないと、魔術師としての凜が判断し、必至にその思いを自制した。

 

「ダメよ士郎。行きたいのは私も山々だけど、今動くのは出来ないわ」

「遠坂!?」

 

凜に制止され、士郎は再び声を上げた。

だがまだ敵とも知れないキャスターに言われるよりも、味方である凜に言われた方がより感情がむき出しになっている。

 

このまま放っておいていいのかと?

 

そういう思いが込められていた。

それは凜も同じだった。

だがそれでも、今は動くことが得策だとは思わなかった。

 

「少し冷静になりなさい。確かに数の上ではこちらが有利かも知れない。けどサーヴァントの天敵とも言えるあの黒い陰を、あの子は完璧に使役している。そりゃ、魔術師としてまだ未熟なあの子が使役してるだけ隙もあるけど、けどサーヴァントをぶつけたら相手の手駒にされて更にこっちが不利になる。かといって生身の人間である私やあなたが行ってなんになるの? 足手まといになるだけよ」

「けど遠坂!」

「だから落ち着きなさいって。行かないとは言っているけど、何もしないとは私は言ってないわよ?」

「? それはどういう意味――」

 

凜の意外な言葉に、士郎はきょとんとした顔をする。

喜怒哀楽が激しい士郎に内心で苦笑しつつ、凜はざっと辺りを見渡す。

 

「アーチャー。まずあなたは今まで通り見張りに徹して。突如出てくる可能性もあり得ないことはないけど、それでも今まで以上に厳しく監視して」

「了解した」

「ライダー。あなたは何でまだ残っているの? マスターに……桜についていくのが本来の姿じゃないのかしら?」

 

桜の魔力がもう消えないことを、知っているのかライダーは常に現界し、今もこの今の場にいる。

そして本来であれば凜の言うとおり、マスターである桜のそばにいるべきが、サーヴァントとしての本来の姿であると言えなくもない。

だがライダーには自らのマスターにお願いされた、願いがあった。

 

「……私はこの場に残り、彼を守ります。それがマスターの望みですから」

「わかったわ。なら、衛宮君はあなたにお願いしていいかしら?」

「もとよりそのつもりです」

「え? ライダー? それっていった――」

 

一体どういう事なのか?

そう問おうと口を開いた士郎の頬に、凄まじいほどの熱が宿った。

それが士郎の口を塞ぎ、士郎の顔を歪ませる。

そしてそれだけに至らず、体にも突然燃えるほどの灼熱が体を駆けめぐり、士郎の体がゆらいだ。

 

「ちょ、士郎!?」

 

崩れかけた士郎の体を、ライダーがいち早く察知して、その体が倒れきる前に支えた。

だが今の士郎はそれどころではなかった。

頬が燃える様な感覚を、味わっていたのだから。

 

「な、なによその黒いの!?」

 

凜が何かに驚いている事だけは士郎にもわかったが、それでもそれ以外は何もわからず、士郎の意識は焼けただれる頬の痛みで強制的にシャットダウンされていた。

 

 

 

 

 

 

言峰が気にかけていた雑種がどのようなものか試しに来てみれば、確かにそこそこおもしろそうな雑種よな

 

それが縦横無尽に飛び回り、逃げまどいながら、赤黒い野太刀の狩竜を振りかぶり、必死になって黒い巨人兵の相手をしている刃夜を見た、ギルガメッシュの感想だった。

目の前で繰り広げられている剣戟。

お世辞に言っても綺麗とも美しいとも言えない、非常に泥臭い光景だった。

何せ完全にヒットアンドアウェイの戦法だ。

一撃を与えては、即座に逃げる。

しかもその逃げ方も本当に死に物狂いだ。

気力と魔力の足場を形成し、縦横無尽に地を宙を駆けめぐって、決して止まらない。

それはある意味で当然といえる。

擦るどころか、剣圧と風圧に巻き込まれただけで、吹き飛ばされて体勢を崩される。

体勢を少しでも崩せば、それで刃夜の命は死へ叩き込まれる。

故に、刃夜はなりふり構わずに動いて、黒い巨人兵を翻弄していた。

 

「■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

自らよりも小さな存在である刃夜に翻弄されて、黒い巨人兵が吠える。

死の風と化している岩剣が、凄まじい風切り音を響かせる。

間合いはほぼ互角だったが、細身の分狩竜の方が軽い。

得物の長さとその軽さが、かろうじて刃夜に黒い巨人兵を翻弄させるだけ(・・)の状況を作ることに一役買っていた。

 

「――!!!」

 

もはや声を上げる余裕も呼吸すらも出来ず、刃夜はただひたすらにその赤黒く光り脈打つ狩竜を振りかぶる。

その光に呼応するかのように、刃夜の身体能力が更に上昇しているようだった。

黒い陰の分身とも言える黒い巨人兵と、ギルガメッシュに反応しているのかも知れない。

しかしいかに身体能力を強化しても、黒い巨人兵に傷を負わせることが出来ない。

元々鋼のようだった肉体が、黒い泥によって更に強化されているのだ。

サーヴァントと対抗できる刃夜とはいえ、残念ながら腕力不足と言えた。

狩竜を完全解放出来たならまた状況も変わっていただろうが、そんな余裕を黒い巨人兵が与えるわけがない。

自らを殺すことの出来る武器が使用される状況を、黙ってみているわけもない。

故に、今は拮抗し半ば膠着状態へと陥っている。

しかしそれもそう長くはない。

何せ刃夜は自らの気力と魔力をどんどんと消費しているのに対して、黒い巨人兵の力はほとんど無尽蔵だ。

力尽きることなどあり得ない。

そのため、どれだけ見ていても結果は分かりきっていた。

このまま何の打開策もなく、状況に変化すらも起こらなかった場合、やがて刃夜の体力が力尽き、殺される。

それは傍観者として観察しているギルガメッシュが気付かないはずがない。

本来であれば、早々に刃夜に対する興味を失い、気まぐれのように刃夜に対して、自らの宝具達を放てば、それで全てが終わる。

 

英雄王ギルガメッシュ。

 

世界最古の英雄であり、古代ウルクの王。

半神半人の存在であり、かつてこの世全てを支配していた人類最古の英雄王。

彼は前回の聖杯戦争にてアーチャーとして召喚され、最後まで生き残ったサーヴァントの一人。

聖杯が現れる間際、セイバーのマスター、衛宮切嗣がセイバーに令呪を持って命令した「聖杯の破壊」の際に、破壊された聖杯の真下にいたために、聖杯よりあふれ出た黒い泥(・・・)を全身に浴びた存在。

黒い陰の元とも言えるその黒い泥は、当然サーヴァントにとっては死を与える劇物であり、またこの世の存在にとっても災禍以外の何物でもない。

本来であればその際に、ギルガメッシュは終わっていたはずだった。

 

だが、その場にいた存在がギルガメッシュであったことが、あり得ない結果を生み出す。

 

自らを天上天下に唯一の王であると称し、傲岸不遜で唯我独尊の存在。

その(オレ)という自我は、実に「英雄王」と称して何ら差し支えのない、強烈な意思を持っていた。

驚くべき事に、ギルガメッシュはそのあふれ出た黒い泥を自らの意思を持って飲み干し、受肉……つまり肉体を得て、第四次聖杯戦争より十年間、この世に存在し続けていた。

 

このような茶番、終わらせるのは容易いが……

 

彼は人類最古の英雄王であり、そしてこの世の全てを支配していた王。

彼のバビロニアの宝物庫には、この世全ての財を収納していた。

神をも唸らせる美酒を。

誰もが心奪われる財宝を。

そして……伝説の武器すらも……。

ギルガメッシュは全ての宝具の原点となる武器を所有している。

ギルガメッシュの死後、集められた宝物が宝物庫より解き放たれ世界中に散らばり、優れた武器であるが故に、後の英雄達に使用された。

戦神オーディンが自身の加護の証とした剣、グラム。

聖騎士、ローランが所有していた「決して折れない」という逸話を持つ不滅の聖剣、デュランダル。

ペルセウスが所有した女怪殺しの神剣、ハルペー。

それら伝説の英雄達が所有し、愛用し、担い手であった武器の原点。

アーチャーとして召喚されたのは、それらの武器を弾丸の様に射出し、相手を無数の宝具で突き刺し、吹き飛ばす戦法が、彼の戦術だからである。

全ての宝具の原点を所持しているということは、彼は全てのサーヴァントの天敵となりうる存在である。

何せ相手の知名度が高ければ高いほど、その英霊の弱点である宝具を放てば、それで勝負がつくからである。

弱点がわからなかったとしても、弾丸の雨のように射出される武器全てが宝具なのだ。

その威力は、推して測るべくもない。

故に、刃夜が必死になって相手をしている黒い巨人兵も、ギルガメッシュがその気になれば数秒で終わらせることが出来るのだ。

しかし、それを彼はしなかった。

本人が思っている様に、このような状況を終わらせようとすれば出来たのだが……ギルガメッシュの視線は、動き回る刃夜の目を、追っていた。

 

雑種ごときが、ずいぶんと強烈な目をしている……

 

黒い巨人兵に挑んでいる刃夜の瞳は、まさに鋭い刃のように研ぎ澄まされ、そして苛烈な迄の意思を宿していた。

自らの状況が決していい物ではなく、このままでは確実に死が訪れるとわかっているにもかかわらず、刃夜はそれでも生き抜くために必死になって行動していた。

泥臭くも、前を向き目をそらさない姿勢が、ギルガメッシュの琴線に触れていた。

その生き様と在り方に、興味を抱いていていた。

故に、ギルガメッシュは刃夜を殺さない。

ただ傍観者として、刃夜と黒き巨人兵の斬り合いを、静かに見据えていた。

 

 

 

 

 

 

その斬り合いがどれほど続いただろうか?

それほど長い時間でないことは確かだが、それでも当人達に取っては……それこそ死線に直に触れそうなほどに接している刃夜にとっては、永遠とも言えるほどの長い時間を感じていた。

状況は刻一刻と、悪化の一途をたどっていた。

気力と魔力を使用しての身体能力の強化は、黒い巨人兵に拮抗できるだけの力を刃夜に与えるが、代償として当然のように体力を奪っていく。

日頃尋常でない訓練を行っている刃夜ではあるが、当然無尽蔵の体力などあるはずもない。

また、まだ魔力の扱いについても気力ほどなれているわけでもない。

それ故に体力の消耗はより激しいものとなっている。

 

だが、それでも刃夜は諦めることはしなかった。

 

 

 

まだだ……

 

 

 

自ら果たさねばならない責任に対する気持ち。

置き去りにしてきた人物に対する贖罪。

そして純粋に死にたくないという、生物として当然の欲求。

 

 

 

死ねない……

 

 

 

当然、それらの理由はあった。

またこの世界にて出会った人たちの恩義に対する責務や、救いたいと思った人物に対する思い。

それもあった。

そうでなければ、雪の精霊の様な少女のために、単身この場に訪れることなどなかっただろう。

 

だが、今彼が……刃夜が、その長大な超野太刀である狩竜を振るう理由は、それとは別にあった。

 

 

 

死んでたまるか……

 

 

 

全てが己に取って大事な願いであり、気持ちだった。

それこそ切って捨てるなどあり得ないと言っていい。

だが、それすらも覆い尽くし、退けるほどのどす黒い感情が……刃夜の体を突き動かしていた。

 

それこそ……今の黒い巨人兵を覆う泥よりも、より純粋で貪欲で、醜悪な想いによって……

 

 

 

■■までは!

 

 

 

その醜悪な想いに反応するかの様に、手にした狩竜の刀身より黒い触手の様な黒い影が伸びて、刃夜の手にからみついていく。

刃夜の意思を助長するかの様に、刃夜の意思を尊重するかの様に。

 

刃夜の意思を……悦ぶかの様に……。

 

黒い影はまるで、刃夜を追い立てる様に、刃夜の意思を黒く染めていく。

 

否、それは正しくはない。

 

気付かぬうちに抱いていた気持ち。

 

蓋をしていた、目を背けていた、気付かない様にしていた……。

 

その想いに対して、ほんの少し素直になる様に背中を押しただけに過ぎなかった……。

 

 

 

!!!

 

 

 

一際大きく空気が震えた。

空気の震えで、木々が振動する程の衝撃。

気力と魔力を使用し、木々も足場に使用していた刃夜が、黒い巨人兵の一瞬の隙を突き、狩竜が届く範囲に何とか潜り込み、大地を踏みしめてその刃を振るった。

気力と魔力、そして……黒い影によって強化された刃夜の剣が、防御をした黒き巨人兵をほんの少しだけ、下がらせることに成功した。

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

自らよりも遙かに小さく、そして弱いはずの存在にわずかながらも体を押されたことで、黒き巨人兵が一度刃を納めて、刃夜を観察する様に動きを止めた。

渾身の一撃を与えて、互いの動きが止まり、互いに互いを牽制し出す。

動きのない膠着状態へと陥った。

しかし、戦闘が一度止まったにもかかわらず、狩竜の黒い影の浸食は止まらなかった。

 

■■■

 

黒い影よりもたらされる、負の力、負の感情。

本来であれば拮抗することすらも難しい、黒い巨人兵と戦えるだけの力を刃夜に与えている。

解放することすらも難しいはずのその力は……導かれる様にその力を発露させている。

浸食する様に……ゆっくりと……。

 

それが思考を狭めていく。

 

その負の衝動に……闘争本能に全てをゆだねようとしてしまう気持ちを、刃夜は必死になって抑えつけていた。

 

 

 

■■■何故拒む?■■■

 

 

 

今全てを忘れて暴走してしまえばそれで全てが終わってしまう。

 

終わらせることが出来る。

 

全てを。

 

今も昔も、未来さえも。

 

全てが終わる。

 

そう思う気持ちを、ひたすらに否定し続ける。

 

 

 

■■■お前が望んだことだろう?■■■

 

 

 

……落ち着け

 

 

 

全てを終わらせることが出来る。

 

救いたいと思った命も……助けたかった人の気持ちも……。

 

そして……己のすべきことさえも。

 

それを是とするわけには、行かなかった。

 

 

 

■■■「■■したい」のだろう?■■■

 

 

 

しかしそれをあざ笑うかの様に、黒い影から流れてくる負の感情が、刃夜の自制心を蝕んでいく。

やがてそれが手だけでなく、体にも変化を与えていく。

いくつかの太い血管が、ふくれあがり肉を盛り上げる。

目が赤く染まり……その顔に獰猛な笑みが浮かび上がってくる。

その変化を敏感に捕らえ、黒い巨人兵が再び突撃しようと身構えたそのとき……

 

意外な事が起こった。

 

 

 

「ふん。下らん。貴様の抵抗はその程度か?」

 

 

 

今まで傍観者として、観察に徹していたギルガメッシュが言葉を放っていた。

それも……刃夜に向けてである。

声をかけられたこと、そしてその声に込められた何かが気になって、刃夜はおもわずギルガメッシュへと目を向けていた。

 

「雑種は雑種なりにやるべきことがあろう? それをするために、貴様はここにきたのであろう? ならば、それを全うせずに狂うのは、この(オレ)が許さん。最後まであがけ、雑種」

 

どういう意味だ?

 

突然放たれた言葉は、実に尊大で傲慢な物言いそのものだった。

だが、確かな意思を持って紡がれたその言葉が、呑まれかけていた刃夜の意識を繫いだ。

暴走しそうになっている刃夜の意識に、疑問が生じた。

 

……助けられた?

 

本能に動かされるままに、暴れそうになっていた意識を強制的に黙らせるほどの威圧を持って放たれた言葉。

この言葉が、自らを助けてくれたことがわかった刃夜だったが、その理由がわからなかった。

雰囲気から察するに、この謎の存在とも言えるサーヴァントが、自分の味方をする理由がないからだ。

そして黒く染まっているその恰好。

どう考えても黒い陰に吸収されたのは明白だ。

ならば傍観などせずに、最初から刃夜を攻撃してしかるべきなのだ。

さらにいえば今も攻撃をしないどころか、刃夜の意識を助けた上に、まるで黒い巨人兵を牽制するように威圧の込めた眼差しを向けている。

ある種の三すくみの様な状況になったその時……新たな乱入者が、この場の沈黙を突き破った。

 

 

 

 

 

 

「はっ。久しぶりに出てみれば、とんでもねぇことになってやがるな、えぇ? 坊主」

 

!? この声は!?

 

黒い巨人兵と黒く染まった金色のサーヴァントと、三すくみのような状況に陥り、場が痛いほどの静寂に包まれていたその時、そんな声がこの場を木霊した。

そして現れる……招かれざる来客。

見た目で判断するのであれば、取り込まれていないことは間違いなく朗報だが、それでもこいつがここにいる理由がわからない。

これほど異様な状況に陥っている聖杯戦争において、未だマスターの存在がわかっていない青い槍兵。

俺が聖杯戦争を知るきっかけと、始まりを告げた紅の槍を持つ男。

 

「ランサー!」

 

現界したそのサーヴァントは、紅の槍を右手に持ちニヤリと……好戦的な笑みを浮かべている。

ランサーの登場に、黒い巨人兵と黒に染まった金色のサーヴァントが、それぞれ違った視線を向けている。

一方は新たな乱入者に対する警戒。

他方はまるで興味がないという、侮蔑にも似た視線。

そして刃夜は、新たな乱入者に対する警戒と、困惑。

未だ存続していたことと、この混沌とも言える場に登場した理由がわからなかったからだ。

 

……どうでる?

 

この場において、新たな登場人物であるランサーがどう動くのか……それが今のこの場の状況を左右することになる。

声を掛けてきたということは、不意打ちをするつもりがないということは間違いなかった。

ただ殺すつもりなら声など掛けずに、その血のような色をした呪いの槍を振るえばいいだけの話だ。

だが味方である証拠もなければ理由もない。

黒く染まった様子は見受けられないので、まだ黒い陰に吸収されている訳ではないことは何となくわかった。

だがマスターがまだ判明していないために、この英霊がどのような理由でこの聖杯戦争に参加しているのか、わからない。

しかしそのランサーは刃夜にニヤリと、実に好戦的な笑みを浮かべるだけで、殺意を向けてくることはなかった。

そしてその笑みを殺意と戦意でさらに歪めて……黒い巨人兵へとその視線を向ける。

 

「それで……これは一体どういう状況なんだ、坊主」

「……一体何をしに来たんだ?」

「説明してやりたいが、そんな場合でもなさそうだし、こちらとしても時間がねえ。さっさと片づけてお前の陣地へ帰るぞ」

「それはどういう――」

 

ランサーの言葉の意味がわからず、刃夜は疑問を口にしようとするが、その前に黒い巨人兵が動き出した。

豪腕より振るわれる黒き岩剣。

刃夜はそれを避けつつ、ランサーの様子をうかがっていた。

すると先ほどの言葉が嘘ではない様に、黒い巨人兵に向かってその紅の槍を構えた。

 

少なくとも敵の敵は~って状況なのは間違いなさそうだな

 

味方と決まったわけではないが、少なくとも黒い巨人兵……間桐臓硯の陣営でないことを確認し、刃夜はランサーに対する警戒を一時的に解いた。

先ほどまで確実に死ぬことがわかっていた状況から、一筋ではあるが光明が見えてきた状況だ。

しかし……それも敵が本格的に動き出すないし、もう一人の敵が動き出せば直ぐに戦況は変えられる。

 

俺一人ではなくなったことで、こいつがどう動くか……

 

ランサーが黒い巨人兵とやり合っている中、刃夜は動くことはせず全体を見渡せる位置に立っていた。

黒い巨人兵、ランサーそして……ギルガメッシュが見える位置に。

そして気付いたことが一つあった。

 

……気のせいではないな。ランサーがずいぶんと希薄な感じだな

 

ランサーの気配の薄さに、刃夜はようやく気がついた。

そしてさらに気付いた。

ランサーがまるで攻勢にでようとしないことに。

岩剣を振るう黒い巨人兵と戦闘を繰り広げながらも、ランサーは完全に防戦一方……というよりも戦闘を長引かせる様な戦い方をしている。

以前一度とはいえ刃を交えたことがある刃夜からすれば、違和感しか覚えないような戦い方だった。

気配の薄さに戦い方。

そしてこれに気付いたことで、刃夜は確信した。

ランサーからはランサーだけの気配しか感じられないこと。

これが決定打となった。

 

なるほどね

 

状況を再確認し、刃夜は思わぬ援軍によってゆるんだ気を再度引き締めた。

好転しているように思えたのは一瞬でしかないことを再認識したためだ。

 

なんでかは謎だが……ランサー、主従契約を解除したな

 

それがランサーの気配しかしないということと、戦い方から導き出した、刃夜の推論だった。

そしてそれは的を射ていた。

ランサーは現在、サーヴァントにとって生命線である、マスターとの契約を解除した状況だった。

それはすなわち、肉体を持たない霊体であるサーヴァントにとって、致命的な状況だった。

サーヴァントは元が英霊であるため、よほど能力の低いサーヴァントでなければ、単体でも圧倒的な実力と、魔力を有している。

しかしサーヴァント単体では、現界し続けることはできない。

マスターの魔力供給によって現界を行っていることは事実だが、マスターの魔力供給は強力な霊体であるサーヴァントから見れば、雀の涙程度でしかない。

だがその雀の涙がなければサーヴァントは存在を維持できない。

自ら魔力を生み出すことが出来ない様にされているためである。

生物であればエネルギーの供給さえあれば、魔力を……生命力とも言える……生成できる。

だが肉体を持たない霊体でしかないサーヴァントは、その魔力の生成を単体では行うことが出来ない。

それ故にマスターと契約を行う。

契約を結ぶことで、サーヴァント自身が魔力を自ら生み出すことが出来るカラクリなのだ。

そしてその契約を、ランサーは解除している。

このままでは消えるのも時間の問題といえた。

 

俺の陣地に帰るってのは……文字通り死活問題なのか

 

マスターとの契約を解除したならば、新たな契約を結ばなければいけない。

故にマスターがいる衛宮家へと向かうと言っているのだろう。

つまりそれはこちらの陣営に入ると言うこと。

しかし疑問が一つ生じる。

 

……元のマスターはどうなった?

 

ランサーと契約を結んでいたマスター。

未だ正体の知れない存在。

そのマスターと契約が解除されたのは……何故なのか?

 

っとに……次から次へと……

 

援軍ではあったが、不明な点が多すぎて気が滅入りそうになる刃夜だったが、直ぐに意識を戻した。

この状況下で油断などしている余裕はありはしないのだから。

と、刃夜が再度戦闘へと意識を向けたそのとき……黒い巨人兵が動きを止めた。

 

「? 何だってんだ?」

 

相手が動きを止めたことで、ランサーも動きを止める。

何の前触れもなく、また戦闘による駆け引きでもない、本当にただの停止。

戦闘態勢を維持しながらも、ランサーはいぶかしげな表情を、黒い巨人兵へと向け続ける。

そして黒い巨人兵の停止に伴い、仁王立ちしていたギルガメッシュが、道を譲る様に身を一歩後退させた。

 

「行くがよい、雑種」

「……何?」

 

刃夜には言っている意味がわからなかった。

ランサーの状態をこの二人が把握しているのかは謎だが、どちらにしろ圧倒的に有利な状況なのは、わかりきっていることである。

であるにもかかわらず、ギルガメッシュはすこし苛立たしげに続けた。

 

「どうやらあの出来損ないの準備が出来た様だ。貴様らに構っている暇はないとな。故に行くがよい」

 

出来損ない? 準備が出来た?

 

言葉を続けられても余り意味のわからない内容のため、刃夜としては疑問符を浮かべるしかなかった。

しかしこの状況下では、相手の気が変わらないうちに逃げるのが最善手といえた。

 

「ランサー。敵対する気はないんだよな?」

「あぁ。そういう状況じゃねぇみたいだしな」

 

ランサーの言葉が本当かはわからない。

何せ刃夜は最初の夜に会って以来、ランサーの姿を見てすらもいないのだから。

しかし戦闘でわずかとはいえ刃を交えた存在であり、何となく嘘を吐く様な相手であることはわかっていた。

そのため、刃夜は完全に気を抜くことはしないように心がけ、狩竜を納めた。

 

「イリヤ……行くぞ」

「……」

 

戦闘している間も、ただ静かにバーサーカーを見つめていたイリヤは、刃夜の呼びかけに応えなかった。

今も、足下の黒い泥に沈んでいく様に消えていく、自分と契約をしていた自分の知らない存在に、悲しげな表情を向け続けている。

刃夜はただ黙ってイリヤを横抱きにして、走り出した。

そして、ギルガメッシュの横を通り過ぎたとき……

 

 

 

「――――――。――――」

 

 

 

? 何?

 

自ら高速で走り出したため、ギルガメッシュの独り言を完全に聞き取ることは出来なかった。

だが、離れていくギルガメッシュの背中に見え隠れする感情は、何となく刃夜にも見えた。

しかしその感情はあまりにも複雑すぎて……刃夜には完全に理解することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

イリヤ、ランサーとともに……といっても魔力消費を抑えるためにランサーは霊体化していたが……来た道を走り、俺は何とか無事に衛宮家へと戻ることが出来た。

あの完全に優位な状況で敵から引いた以上、襲撃があるとは思えなかったが、ある程度警戒しながらだが。

それでもまだ時間的には遅くなく、昼頃には何とか帰還することが出来た。

 

……まだ昼前なんだな

 

体験したことがあまりにも生と死の狭間だったので、正直もっと時間が経過している物と思っていた。

そしてある程度気を抜いていい状況に陥ったためか、急に腹が減ってきた。

 

……そういや朝飯もろくに食ってないんだよな

 

朝から本当に余り精神的によろしくない日だ。

苦手なことをしなければいけなかったし、変異した知人にはったりしたり、正真正銘の怪物と斬り結んだりと……本当によく死ななかった物だ。

 

……古龍との戦いのおかげかもな

 

怪物相手はモンスターワールドで、経験を積んでいたのが役に立っただろう。

また魔力による恩恵もあったので、今俺の命はあるのだろう。

 

なにより……こいつのおかげか

 

鞘に収められた狩竜にそれとなく視線を向ける。

敵対者がいないためか、狩竜は再び眠りについたかの様に沈黙している。

しかし黒い巨人兵との戦いで俺が死なずにすんだのは、間違いなく狩竜の……煌黒邪神龍の力のおかげだろう。

黒い意識に塗りつぶされそうになったが、これもモンスターワールドの経験のおかげで何とかなった。

 

まぁ、敵に塩を送られたのもあったがな

 

何故あの黒金のサーヴァントが引いたのか?

あいつにはしっかりと自我があった。

バーサーカーと黒い戦闘騎兵しか見ていないので何とも言えないが、仮に黒い陰に呑み込まれたとしても、意識は残るのかも知れない。

だが、あのサーヴァントはそんな感じはしなかった。

黒い陰に呑み込まれてなお、それでもあのサーヴァントは自らの意思を自らの意思でもって手放していない様に見受けられた。

 

それに最後の言葉……

 

聞き取れず、またその背中から見えた感情も複雑すぎて俺にはわからなかった。

だがそれでもなにか……何かの目的のために存在している様な、感じだった。

 

まぁ……いい

 

とりあえず俺は思考するのを放棄した。

いろいろな要因が重なったとはいえ、あの状況からイリヤを救出し、生きて帰ったのは我ながらよくやったといっていい。

俺はとりあえず衛宮家に入ろうとしたのだが……その前に虚空へと声をかける。

 

「ランサー、いるんだろ? なら魔力を消費するかも知れないが現界してくれ。気配で掴んでいると思うが、この士郎の家には残ったほとんどのサーヴァントがいる。一応協力関係にある。お前も敵対するつもりはないんだろう? なら武器は現界しないで俺についてきてくれ」

「あいよ」

 

俺の言葉を聞いて、ランサーがめんどくさそうに応じる。

戦闘の意思を全く見せないほど弛緩した姿勢。

そして血の様な槍を持たず、俺の後ろに現界した。

 

「イリヤ。士郎の家に戻ってきたから、降ろすぞ? いいか?」

「……うん」

 

まだ完全に呑み込んだ訳ではないのだろうが、それでもイリヤは反応し俺の腕から降りる。

こんな状況でどう声をかけていいのか俺にはわからなかったので、なにも言わずただゆっくりと歩いた。

イリヤの歩調に合わせて。

そんな俺たちをどう思ったのか知らないが、ランサーがやれやれというように、一つ溜め息を吐きながら俺たちに続いた。

アーチャーが何か仕掛けてくるのか少々不安だったが、俺とイリヤと一緒に歩いていることで一応大丈夫だと判断したのか、何もしてこなかった。

 

 

 

こうして、イリヤの救出を無事に終えて帰ってきた。

 

そしてついに……終わりの始まりが、近づいてきていた。

 

それを誰もが確信に近い気持ちでいながらも、まだ口に出せずにいた。

 

 

 

 

 




最終決戦まであと少し~

でもまだ後日談が書き終わらんw


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聖杯戦争と一人の生け贄

なんか今更だけど、

「~~~と~~~」

ってタイトルが続いている
別に何とも思わないのだけれど、なんか続くといいのやらわるいのやら?

年内に第四部の前まであげます

四部は当然最後の戦いのところですねw
そこも見直してます
これはけっこう気合い入れて書いたので期待してもらえたらうれしいですw



でもその戦闘前のこの話……個人的に……スゲーめんどくさかった
かくのが辛かったですw

だって完全な説明だし

かくのもつまらなければ読むのもつまらないかも知れませんが、まぁ読んでやってくださいw





「士郎が倒れた?」

「えぇ。なんでかわからないけど、衛宮君の左の頬に黒い痣みたいな物が浮き出てきて。それで今眠っているわ」

 

衛宮家に帰ってきた俺を出迎えた遠坂凜からの言葉がそれだった。

今のこのタイミングで倒れるというのが、実に嫌なことしか想像出来ない。

 

桜ちゃんとなんか関係があると、 考えるのが妥当だろうか?

 

桜ちゃんが覚醒……覚醒と言うべきか少し悩むが……した後に倒れた。

さらに頬に黒い痣の様な物が浮き出てきているという遠坂凜の証言。

タイミングが少しずれているのが謎だが……無関係ということはなさそうだった。

 

「まぁそれはそれで問題なんだけど……後ろのランサーは何?」

 

まぁ気になるわな

 

俺の後ろにいるのは頭の後ろで両手を組みながら、呑気にあくびをしているランサー。

さすがに主がいる状況下で何もしないわけにはいかないのか、アーチャーが現界して双剣を手にしており、いつでも斬りかかれるよう警戒している。

ランサーは得物の槍を現界していないのに余裕の表情だった。

襲いかかられることはないとわかっているのか、それとも豪胆なのか謎だが……あるいは両方か?……特に恐れる様子もない。

 

「何って言われてもなぁ嬢ちゃん。敵対するつもりがあるのなら、こんなのこのこと敵陣に単身で、しかも無策で来たりしないさ。見ての通り丸腰だぜ? 歓迎は難しいだろうが、そんなに警戒してくれるなよ」

「……それは無理ね」

「それについては同意だが……というかランサー。こんな呑気なことしてていいのか?」

 

森での戦闘の様子と、ランサーの気配がどんどんと希薄になっていく様な感じを受けるので、おそらく契約を解除されているのは間違いない。

下手をすれば今にも消えてしまうかという状況下で、こいつは何故こんなにも余裕なのか?

 

「おっとそれもそうだな。丸腰でここに来たにも理由があってな。どうやら……マスターに捨てられちまったみたいでよ。すまねぇが誰か契約をしてくれないか?」

「はぁ!?」

 

あっけらかんと、とんでもないことをいうランサーにおもわず遠坂凜が驚きの声を上げる。

俺は先ほどの森での戦闘で半ば予想していたことなので、驚きはしなかったが……それでも契約が切れたことに対しての強い疑問が胸中に渦巻く。

 

何故この状況下で契約解除を?

 

黒い陰によって確かに聖杯戦争は混迷の一途をたどっている。

命惜しさに契約を解除することも十分に考えれる。

しかしそれだけでは納得できないことも事実。

特にランサーのマスターについては、おそらく聖杯戦争に関わっている存在で認識しているのはマスターのサーヴァントだったランサーだけだろう。

キャスターが知り得ている可能性もなきにしもあらずだが……魔力不足の関係上余り派手に動くことが出来なかったキャスターが、自らの命を危険にさらす様なことをするとは思えない。

 

一体何故? 臆病風に吹かれた様には思えないが……。それに今の台詞……すてられちまったみたい?

 

みたいという……自らの出来事であるにもかかわらず、他人事のようなその物言い。

これがひどく引っかかる。

まるで、マスターのことを覚えていないとでも言う様に……。

 

「みたい? それってどういうこと?」

 

当然、遠坂凜も同じことを疑問に思った様で、質問を投げかけていた。

その顔には先ほどよりも警戒心が薄れた様だが、逆にうさんくさそうに眉をひそめている。

自分自身もうさんくさいことがわかっているのだろう。

ランサーが溜め息混じりに事情を説明する。

 

「いや、信じられないだろうがな? 気がついたら契約が切れた状態でアインツベルンの嬢ちゃんの森の中にいたんだよ。何でか知らないが、契約していたはずのマスターの記憶が抜け落ちてた。そしたら森の方で、戦闘が始まった様子だったから行ってみたら、こいつが戦闘してたから加勢したって感じなんだ」

「……はぁ~~~?」

 

同意だ、遠坂凜

 

ランサーの言葉はあまりにもうさんくさかった。

というよりもそれ以外にどう表現すればいいのかもわからないほどだ。

気がついたら、マスターの記憶が抜けた状態で森にいて、戦闘音が聞こえたから現場に向かったなどと……一体誰が信じるのだろうか?

 

まぁしかし……嘘を言っている感じはしないが……

 

あまりにも嘘くさいうさんくさい話だが……嘘を言っている様には見られなかった。

余り接したことがないので、安易に判断するのは避けた方がいいのだが、それでもこいつの性格を、これまで態度から推し量るにそんな搦め手を好む様なタイプには思えなかった。

となれば考えられるのはサーヴァント側ではなく……マスター側の策略だろう。

 

令呪でも使ってどうにかしたのか?

 

考えられるのはこれだろう。

絶対の命令権を持つ令呪は、三度しか使えない変わりに魔法じみたことまで行使することが出来るという。

俺は実際に使ってたことがないので何とも言えないが、サーヴァントの記憶を消すことくらいは容易に行えるだろう。

が……

 

三回しか使えない令呪を、記憶喪失に使用して別の陣営に送り込む理由が……よくわからんが

 

しかも契約を解除してしまっては、何かしらの罠を仕掛けることも難しいのではないだろうか?

契約を結んでいるからこその令呪であるし、こちらの人間が新しく契約を結べば、こちらが令呪を使える。

契約できる人間がいるにも関わらず、手放す理由がわからない。

それとも契約が切れた状態で、何かしらの命令を下すことは可能なのだろうか?

たとえば……特定の条件下に陥ったときに、誰かを攻撃する様にし向ける等のことも、刷り込みのように行うことが出来るのかも知れない。

だが……

 

この状況下でえり好みはしてられない……か

 

ただでさえ最強と言っていいサーヴァントが、二体桜ちゃんの下に付いているのに、さらに最凶のサーヴァントと八人目のサーヴァントという、イレギュラーな存在まで手中に収めた。

もともと強大な上に黒い泥で更に強化されたサーヴァント相手は、正直厳しい物がある。

ならばこちらも使える物は貪欲に使うべきだろう。

 

「それを信じろって言うの?」

「いやぁ、俺自身もうさんくさいとは思ってんだが……事実なんだよ。信じちゃくれないか?」

「あんたは逆の立場だったら信じるわけ?」

「それはそうだな……相手によりけりってとこだな」

 

俺が一人で考察している間も遠坂凜とランサーの問答が繰り広げられていた。

考えなければいけないことだし、後回しにも出来ないのだが……こちらとしても余り余裕がない。

 

「そこまでにしろ遠坂凜。こんなことで時間を浪費している場合ではないだろう」

「あんたねぇ……連れてきた本人がなんでそう無責任なのよ?」

 

おっしゃるとおりで……

 

ぐうの音も出ないほどの反撃に、押し黙りそうになるが、これで黙る訳にもいかない。

下手をすればランサーが消える。

 

「その通りだが、しかし時間を無駄に出来ないのも事実だろう。とりあえず契約が切れているってことは、ランサーとしても本気を出すのは難しいだろう。ならそれでとりあえず様子見ってことにしないか?」

「様子見で敵かも知れないサーヴァントを中に入れろっての? あんた正気で言ってる?」

「正気だ。確かに危険かも知れないが、ぶっちゃけ黒い泥よりよほど危険度は低いだろう? なら利用できる物は利用した方がいい。特にランサーは三騎士だったか? 強力なサーヴァントの一角なんだろう? なら味方に引き入れるのは好都合じゃないか?」

「それはそうだけど……」

 

まだ渋る遠坂凜に、俺は最後の後押しとして……というよりも最初からこれを言っておけば良かった……イリヤの森での出来事を口にする。

 

「好都合……というよりも必須事項だ。バーサーカーがあの黒い泥に取り込まれてて……桜ちゃんの下僕になっていた」

「!? 何ですって!?」

「しかもおまけとして、なんか八人目のサーヴァントまで出てきたぞ。最悪なことに……黒く染まった状態で。おそらく桜ちゃんの手駒と考えていい状態の奴だ」

「!? 八人目って……どういうこと?」

「俺が聞きたいくらいだ。ランサーが黒い陰に取り込まれてないことは、状況的に間違いないが……状況は最悪と言っていい。だからここで押し問答している場合じゃない。対策を考えたい」

「……そうね、そんな場合じゃないみたいね」

 

最凶のサーヴァントが敵に回ったことは、正直言って頭が痛い。

というよりも状況は更に悪化している。

であるにもかかわらず、相手がここに攻めてこないのは何故なのか?

 

楽勝とはいかないだろうし、楽勝にさせるつもりはないが……十分に勝算はあるだろうに

 

桜ちゃんが攻めない様にしているのか、それとも間桐臓硯の意向なのかはわからないが、それでもここに攻めてこないのが少々不可思議だった。

イリヤを連れてきたにも関わらず、こうしてこちらに作戦会議を行うだけの時間を与える理由とは?

 

「どうしたの? 突っ立てないで速く中に入りなさいよ」

「……あぁ」

「いやちょっと待て」

 

それに異を唱えたのは、疑いをかけられているサーヴァントのランサーだった。

 

「中で話をするのはいいんだが……俺もそろそろ残りの魔力がやばい。誰か契約してくれないとこのまま消えちまう。あれだけ戦い甲斐のある相手がいるってのに、何もせずに消滅なんてごめん被るぞ?」

「……そうは言われてもね」

 

ランサーの言葉に、遠坂凜が微妙な表情をしながら……俺に目を向けてくる。

今すぐに契約を結ぶことが出来るマスターは、俺、イリヤとなる。

遠坂凜はアーチャーと契約しており、葛木先生は魔力生成が行えないので契約しても意味はない。

だが……契約を結ぶのも安易に行うことは出来ない。

多少なりとも魔力を消費することになるので、契約する方としても今後の作戦によっては最悪の事態にもなりかねない。

そしてみんなには悪いが……俺はランサーと契約をするつもりはなかった。

 

少しでも戦闘に障害が起こりえそうな物は、排除しておきたいからな

 

故に会議を行いたいのだが……ランサーが消えそうになっているのも事実だった。

 

……仕方がない

 

わがままを言う以上、俺としても何もしないのは余り気持ちのいい物ではない。

故に俺はランサーに近寄ると……なけなしの魔力をランサーへと注ぎ込んだ。

といっても何故か知らないが、魔力の回復が少し速くなっているので、そこまで深刻な問題にはならない。

原因はわからないが、歓迎すべきことなので今は考えない様にしていた。

 

「これで少しは持つか?」

「……お前、本当におかしな奴だな。魔力の譲渡を無機物ではなく、別の生命に分け与えるってのは高難度の技術だぞ? それをいとも簡単に……」

「まぁ似た様な力でよくやっているからな」

 

気力による身体能力強化に、武器の強化。

そして気を敵に流し込むことで、相手の身体能力を狂わせる技法も体得している。

気力と魔力の違いはあれど、そこまで難しいことはなかった。

というよりも魔力(マナ)を管理する老山龍より授かった神器である龍刀【朧火】が俺の左腕には眠っている。

この程度のことが出来ることに不思議はなかった。

 

「とりあえず敵対する気はないんだろう? なら武器は現界せずに中に入って話をしよう。それと敵意も出すなよ?」

「わかってるって。俺も無意味に消えたくはないからな」

 

俺の言葉に苦笑しながら、ランサーがそう頷く。

遠坂凜も、さすがにここまでされては何も言えないのか、若しくは少しでも戦力が欲しいと思ったのか……苦虫を噛み潰したような微妙な表情をしながらも、先に中へと入っていく。

ランサーについては、罠という可能性はぬぐい去れないが、俺は直感……ただの勘かも知れないが……は、嘘を言っている様にも、何か令呪によって命令を受けている様にも感じられなかった。

 

おそらくだがな……

 

そしてこの直感が外れて欲しいと思っている俺がいた。

ランサーが敵に回るよりも面倒なことが起こりそうな予感がしていたからだ。

その予感が外れて欲しくて……といっても両方とも起こる可能性もあるわけだが……ランサーが敵に回っていればと思っている自分がいた。

 

はぁ……本当に息つく暇もないというか……

 

ため息しか出てこない。

が、この後の会議で、俺は更に溜め息を吐くことになった。

 

 

 

 

時間はすでに昼を回っていた。

そして私が座っている居間の食卓には、簡単だけど実においしそうな料理が並んでいた。

ランサーを連れて帰ってきた鉄刃夜が、突然料理をし始めたたときは、正直はったおしてやろうと思ったけど……調理中の匂いを嗅いで、不覚にもおなかを鳴らしてしまったので、黙って食卓で座ることにした。

 

そう言えば何も食べてなかったんだっけ……

 

桜の薬を調合している最中に、あの馬鹿が飛び出していったのを見て、私はライダーに掴まった。

それから朝から命の危機に瀕したり、士郎が倒れたりと言った状況だったため誰もまともに人間らしい生活をしていなかった。

食べられる存在……私、セイバー、イリヤ、葛木先生、ランサー、調理人の鉄刃夜……は、頂ますを言ってから、鉄刃夜が調理したご飯を食べている。

 

何でランサーまで食べているのかはわからないけど……

 

「ほぉ、料理うまいな坊主。短時間でこれだけの量と質の料理を作るなんてな」

「慣れだな。二年に近い時間を、料理人の店主として働いていたわけだしな」

 

ランサーが食事をするのを不思議に思っていないのか……といっても私もセイバーが食事をするのを知ってたから別段不思議ではないのだけれど……鉄刃夜はランサーにそう返している。

 

二年? この街以外でも料理人をしてたってことなのかしら?

 

私がこの異様な存在を認識したのは夏が始まるまえくらいだ。

概念武装の様な物騒な得物を、店先にぶら下げるのを見つけて驚いた物だった。

 

まぁ……もっと厄介な物だったみたいだけど……

 

壁に立てかけられている異様に長い太刀。

以前はただ血の様に赤い刀身がおかしいと思っただけだったけど、今はあまりにも禍々しい雰囲気を漂わせている。

まるで生きているかの様に……。

 

まぁ害はなさそうだけど……

 

気配は感じても、こちらにそれが向いていないのは何となくわかったので、私はとりあえず近づかない様にすることとした。

余り明るくない雰囲気の中で、皆が箸だけを黙々と動かす。

ただ空腹だったお腹が満たされることで、若干心の緊張なども回復することが出来た。

 

やっぱり食事って重要ね

 

まだ油断できる状況でも、弛緩して言い状況でもない。

けれどずっと張り詰めていてはいつか切れてしまう。

一息つけたのは、ある意味でちょうど良かったのかも知れない。

 

「で? 士郎の容態は?」

 

士郎の席に残された料理を見つつ、鉄刃夜がそう問うてくる。

食後のお茶を飲んでいる状況ではない。

食事も済ませたのだから今後の相談をしなければならない。

 

「正直お手上げね。どうしてあんな物が浮き出てきたのか、こっちが聞きたい位よ。けど痣が蠢くなんて普通じゃないのはわかりきってるし、タイミングから言っても桜が関係しているのは間違いなさそうね」

「それで容態としては?」

「ただ魘されているだけだからなんとも。ただ魔術的に調べても見たけど、害があるようには見受けられなかった。かといって放っておくのもアレなんだけど……」

「対策は思いつかないと……」

「えぇ」

 

タイミングと痣の蠢き。

桜が関係している様にしか思えなかった。

けれどもし仮に関係しているのだとしたら、あの痣は一体何が原因で起こっているのかわからない。

士郎が取り込まれるという状況も、想定しておくべきかも知れない。

 

「まぁ俺としても魔術的どうこうは正直わからん。士郎が回復するまで待つという選択肢はあり得ない。……イリヤ、わかったらでいいんだが教えてくれ。残りの時間的猶予は?」

 

 

 

「……後一日あるかないかというところね。サクラは心が強いからそう簡単には壊れないけど……それ以上は耐えられない。いくらサクラが頑張っても、もう復讐者(アヴェンジャー)は生まれようとしている。アレが受胎したらサクラは完全に変質してしまう。誰もサクラを助けられない。誰も助からない」

 

 

 

「「「「復讐者(アヴェンジャー)?」」」」

 

この場にいるほとんどの存在が……葛木先生が完全に無表情のままで声も上げない……イリヤの言葉に、顔をしかめる。

 

「復讐者。聖杯戦争において第八のクラスで、アインツベルンがルールを破って召喚した反則。それが大聖杯の中を汚染した原因であり存在。自らでは外に出られないからサクラと同化して黒い陰を映していたものの本体。今も命を糧にカタチを得ようとしているあり得ない存在。それがアヴェンジャー。三度目の聖杯戦争でアインツベルンが召喚した……してしまった喚んではいけなかった反英雄」

 

いろいろと意味のわからない単語を言い出したイリヤ。

けれど、意味はわからなくとも……重要なことだけはよくわかった。

 

「あなた……知ってるの? あの黒い陰がなんなのか? 桜が何に取り憑かれているのか!?」

「えぇ。サクラから必要な情報は取り出したから、何が起きているのか理解できた。私がやるべきこと……そしてシロウ達が敵と見なしているのかが何であるのか」

 

呟く様にイリヤはそう言い、一度目を閉じる。

その目を閉じた表情はどこか諦めたかの様に見えた。

けれど何かその諦めにも何か違和感を覚える。

まるでイリヤであってイリヤでない様な……そんな感じが。

小さく息を吐いてからイリヤは瞳を開けて……周りにいる私たちに挑む様な目を向けてくる。

 

「これは私たちの核心。けれどあなたたちが背負うべき物じゃない。この場にいる人たちには聖杯戦争に関わった者として、ただ事実だけを伝えます」

 

「……イリヤ?」

 

私は雰囲気が一変したイリヤを呆然と見つめる。

まるで別人の様な静けさと空虚さを併せ持っているようで……どこか曖昧だった。

 

 

 

「始まりは二百年前。正しくはもっと昔だけど、この地で聖杯戦争の儀式が始まったのは二百年前から。聖杯……あらゆる願いを叶える願望機。聖杯の完成のために、アインツベルンとマキリ、そして遠坂は協力して聖杯を召喚するための儀式を行った。これが聖杯戦争の発端。七人の英霊を召喚しての聖杯の所有権の奪い合い。聖杯によってマスターが選ばれ、英霊の依り代として最後の一人になるまで戦う。これが表向きの決まり事」

 

表向き……ねぇ?

 

突然雰囲気が一変した……というかその気配の異様さに正直戦々恐々としているのだが……イリヤのその言葉。

俺はそれを鼻で笑いそうになるのをこらえる。

別段イリヤを馬鹿にしたわけではない。

その程度のことを見抜けないほど間抜けではないのだ。

それは遠坂凜も同じようで、イリヤに対して非常に微妙な表情を向けている。

 

「驚かないのね? やっぱり、ジンヤも凜も気付いていたの?」

「それなりにはね。誰かに利用されてるのは、直ぐに気付いたけど余り気にしなかった。人様が作った儀式を利用して、成果を戴こうとしているのだからね。利用する、されるのはお互い様だわ」

「そう。なら順番が逆なんていう説明も、しなくていいかしら? ジンヤは? 本当はサーヴァントを戦わせるなんて過程そのものが意味ないって気付いてた?」

「一応な」

 

聖杯によって呼び出される英霊(サーヴァント)

聖杯を得るのにふさわしい人間かどうか、その選定のために英霊は召喚される。

召喚された英霊(サーヴァント)は聖杯を手に入れるために現世に依り代としてマスターと契約を行い、自分たち以外のマスターと英霊(サーヴァント)を殺す。

それだけならばまだ納得できる。

だが、倒された英霊(サーヴァント)が消えることなく、聖杯に取り込まれるということを知って違和感が生じた。

英霊(サーヴァント)は聖杯を得るのに、ふさわしい存在を選定するためのいわば道具であり、一要素でしかない。

であるにも関わらず、用をなくしたはずの英霊(サーヴァント)が、何故聖杯に取り込まれるのか?

 

「聖杯戦争にとって必要なのは英霊(サーヴァント)であり、マスターこそが英霊(サーヴァント)を呼び寄せるための道具なんだろう?」

「そう。聖杯戦争においてマスターは、英霊(サーヴァント)をこの世に呼び出してとどめておくだけの容れ物に過ぎない。英霊(サーヴァント)さえ召喚してくれれば、後はマスターなんてすぐに消えてもらっていいの。聖杯完成に必要なのは英霊(サーヴァント)のみ。時間軸の外にいる純粋な『魂』、この世の道理から外れてなお、この世に干渉できる外界の力……それが英霊の本質」

 

……いかん、ちょっと意味がわからなくなってきた

 

術ばある程度使えるが、俺の技量は本当に素人に毛が生えた程度。

更に言えば俺の世界とは違う術だ。

余り難しい話になると、ついて行けなくなるかも知れない。

が、話の腰を折るのも悪いので、本当にわからなくなったら質問することとした。

 

「三家はその力を必要とした。その力で、外界に出ようと考えた。この地に聖杯が作られた本当の理由。人の手では届かない奇跡、未だ人間ができない現象を手に入れる目的で、この地で聖杯戦争が行われてきた。それはアインツベルンから失われたと言われる神秘。真に不老不死を実現させる大儀式。英霊でも聖杯でもない。小さな人間において、肉体の死後に消え去り還る、この世から失われる運命の『魂』を物質化する神の業」

 

……日本語を

 

「その奇跡の名前を天の杯(ヘブンズフィール)。現存する五つのうちの一つの魔法、三番目に位置する黄金の杯」

「ま……魔法ですって!?」

 

イリヤの台詞を聞いた遠坂凜が驚きの声を上げる。

遠坂凜だけでなく、他の連中も驚いているのが多かった。

それはこの場にいたほとんどの存在を驚かせるほどの衝撃的なもののようだ。

 

魔法って……魔法だよなぁ?

 

魔法。

通常不可能な結果や現象を実現するもの。

日本においては、アンデルセンやグリム童話が輸入されてことによって、「魔法使い」という存在が日本に根付いたため、その印象などが根底にあるとされている。

 

が、それはあくまでも俺の世界の話であって……並行世界だとどう違うんだ?

 

俺は知らないことだが、この世界における魔法というのは魔術では到達出来ない神秘、あらゆる手段を用いても実現不可能な現象のことだという。

魔術協会において認定されている魔法は五つ。

魔法の内容と魔法の使い手については、魔術協会に属していない者には、知ることも難しいという。

魔法は、魔術師にとっての最終目標であり、実現し習得した者は、魔術師全てから羨望と畏怖の意味を込められて、『魔法使い』と称されるという。

 

当然この知識は俺が知るよしもない物であり、俺がこの知識を得るのは本当に当分先の話になる。

 

「ちょ、ちょっと待って! 第三魔法って魂の物質化なの!? でもそれならサーヴァントは? あれも立派な第三魔法じゃ?」

「違うわ。確かに英霊召喚の基盤は第三魔法を利用してる。でも英霊は降霊よ。サーヴァントはこの地に、この時代の者として生きている訳じゃない。第三魔法じゃないわ。そもそも英霊なら、魔法の力がなくても依り代があれば実体化できるわ」

 

イリヤの言葉は続く。

 

天の杯(ヘブンズフィール)は、過去にいた魂を読み上げるだけの業じゃない。精神体でありながら単体で物質界に干渉できる、通常とは異なる次元の存在を作る業。魂そのものを生物と化して、生命体として次のステップに向かうもの」

 

少しだけ意味がわかったな

 

魂という精神体はそれ単体では物質に干渉できない。

俺は余り得意ではないが、術符等の道具を用いて使用することも出来るが、それはあくまでも肉体ありきの話だ。

しかし今の話を聞くのであれば、「魂」という存在だけで物質に関与できる存在を作り出そうとしている魔法のようだ。

 

「つ、次のステップって……確かにとんでもないことね。でもイリヤ? 内容に違いはあっても魔法って全て根源に至るための道でしょ? なんでそれが聖杯戦争と関係があるのよ? そもそも魔法を起動できる様な管理地は日本に一つだけ。冬木の霊脈だって一級品だって自負しているわ。けれど根源に至るほどの歪みはないわよ」

「そう、届くほど歪んでない。だから穴を開けるの。道につなげるために自分たちで壁を壊す。その壁を壊すという行為が聖杯戦争。壁を壊す過程で「どんな願いでも叶えられるほどの魔力」がたまる。でもそれはアインツベルンにとって副産物でしかない。他のマスターを呼び寄せるための宣伝でしかない」

 

どんな物にもうまい話は裏があるってことか……

 

確かに武器だけ見ても、相当な魔力を有しているサーヴァントという存在。

実際に見てみなければ何とも言えないが、全ての魂を取り込んだ聖杯ならば、確かに大概のことはどうにか出来そうな気がする。

だが、これで確信が持てた。

 

……間違いなく、聖杯では帰ることが出来ないな

 

俺にとっての世界の外と、今話題に出ている外というのが同一の物かは謎だが、同一でなくてもこの世界から出ることすら出来ないのならば、聖杯に望みを託しても無駄だとわかる。

 

……となるとどうやったら帰れるんだ?

 

「アインツベルンが必要としたのは魔術協会の目に付かず、大量の魔力を貯蔵できる巨大な魔法陣。時の遠坂の当主も協力した。協会の目が届きにくいこの国で、一等地はほとんど残ってない。アインツベルンにとって冬木の町は、必要条件を完璧に近い状態で満たしている理想的な実験場だった。後はもうわかるわよね? 聖杯戦争を司る聖杯は二種類。この土地に眠る聖杯と、アインツベルンが用意する聖杯。前者が遠坂の管理地を使った魔法陣で、これを大聖杯と呼んでいる。アインルベルンが毎回聖杯戦争に鍵として用意するものが、聖杯と呼ばれているわ」

 

二種類の聖杯?

 

ここに来てわからないことが増えていく。

だがもしかしたら、大元である大聖杯を使用すれば、帰ることが出来るのかも知れない。

 

「大聖杯は聖杯戦争のシステム管理のためのもの。聖杯は敗れていった英霊の魂を回収すして、大聖杯を動かすための炉心になるの。そうやって大聖杯の機動に必要な分の魂が聖杯に溜めて、『外部』からマレビトである英霊の魂を利用して穴を開ける。役目を終えた英霊が元の『座』に戻るときに生じる、わずかな穴を大聖杯の力で固定して、人のみでは届かない根源への道を開く。もちろんこれははじめの一歩にすぎないわ。穴を開けただけでは欲している物は手に入らない。根源への道は遠い。でも聖杯を手にした者は無尽蔵の魔力を手に入れることが出来る。外にはまだ誰にも使われていない、この地上とは比べることも出来ないほど膨大な魔力(マナ)が撒布されている。普通の魔術師ならそれだけで十分奇跡と言える成果だわ」

「なるほど……。つまり大聖杯という大元の魔法陣があって、聖杯はそれを起動させるための鍵なのね。聖杯戦争が六十年周期なのは、英霊を召喚するために必要な魔力を溜めるためなのね。英霊を召喚するだけの召喚術が、個人の魔力で行使出来るわけがない。大聖杯は六十年という時間をかけて土地に満ちる魔力(マナ)を枯らさない様に少しずつ溜めていく」

 

イリヤの説明がわかっているらしい遠坂凜はしきりに頷いている。

俺もある程度は理解できているが……正直魔術がらみになるとやはりわからないことの方が多かった。

六十年周期というのも、今知ったことだ。

だが、第四次聖杯戦争というのは確か十年前の話だったと思ったが……そこら辺は一体何が原因なのだろうか?

 

「魔力が溜まった時に、英霊を召喚してサーヴァントにするの。けど英霊もただで召喚に応じている訳じゃない。だから聖杯を用意して、望みを叶えることが出来るという代償を用意した。でもそれは欺瞞でしかない。アインツベルンが欲しているのは英霊の魂だけ。霊格なんてどうでもいいの。ただ強大な魂が欲しかっただけ。それを隠すために聖杯戦争なんて表向きのルールを作って、マスターとサーヴァントをだました。でもこの表向きのルールも二度目の儀式かららしいわ。一度目は馬鹿正直に英霊を召喚して、御三家で独占権の取り合いになって、儀式はあっという間に失敗したわ」

「ふざけた話ね。私たちを虚仮にした上に利用しようだなんて」

 

聖杯戦争の真実を知って、キャスターが憤慨した表情を浮かべつつそんなことを言っている。

利用されるためだけに呼び出されたと知ったのだからそれも当然だろう。

ランサーもキャスターほどではないにしろ、憮然とした表情を浮かべている。

 

「そ……それが真実なのですか?」

 

そしてもっともダメージを受けているのがセイバーだった。

目を見開き、おもわずといったように、のばした手もわずかに震えている。

セイバーも何かしらの願いを持っていたはずだ。

それが根底から覆されたのだから、それも当然なのかも知れない。

しかし今は時間が惜しいのか、それともイリヤであってイリヤでないためか……セイバーに構わず、話を続けた。

 

「だから聖杯戦争というルールが出来たのは二回目の儀式から。外来の魔術師をマスターとして呼び寄せて、それぞれの聖杯を目的にして殺し合いをさせる。自分たち以外のマスターは、サーヴァントさえ呼んでもらえれば邪魔だし、戦いの中で死んでもらえれば効率もいいし面倒がないわ。御三家からしてみれば、自分たち以外の協力者を合法的に始末できるから、都合が良かったのね」

「ってことはあれか? マスター同士で殺し合うというルールは、所有権が誰になるのか話し合いで決められなかったから、勝者が所有権を主張できるという力づくでの決め事ってことなのか?」

 

話し合いでは御三家が自らが所有権を主張するため話がまとまらない。

かといって目の前にぶら下げられた極上の餌を前にして、黙ってみていることなんて出来る訳もない。

だからこそ、相手を蹴落として欲しい物を手に入れるという物騒とも野蛮とも言える方法になったのだろう。

だが……悲しいことだが……

 

それがもっとも手っ取り早く、そして反論できない理由になる

 

「そういうことね。けれどこの殺し合いという選定方法は思いの外いい方法だったわ。凜やジンヤみたいに、だまされていると気付いているマスターやサーヴァントもいたけど、どうでもよかったのよ。だって最後の一人になれば聖杯が手にはいるのは本当のことなんだから」

「……なるほどね」

 

イリヤの説明に遠坂凜は納得した様子だった。

ほかのこの場にいる面子も、どうやら思うところはあれど今の説明でわからないところはなかったらしく、特に質問などは出てこなかった。

だが、今聖杯戦争の発端というよりも、ここに至るまでの過程に興味はない。

もっとも重要なことがまだ話されていない。

 

「イリヤ。さっき言っていた復讐者(リベンジャー)とやらは一体何だ?」

「ゾウケンが手に入れようとしている物。サクラを変貌させている物。聖杯の中に潜んでて、無色で純粋な力の英霊たちの魔力(たましい)を汚染している物。そいつが復讐者(アヴェンジャー)。聖杯の力で『生命』としてカタチを得ようとしている存在で、第三魔法の成功例になりつつある英霊」

「第三魔法の成功例になりつつあるって……どういうこと?」

 

魔法という物がよほどすごいことなのか、さきほどから遠坂凜の魔法という単語に対する反応がすごい。

魔術師ではない俺としてはどうでもいいのだが……先ほどの復讐者という存在が第三魔法に絡んでいる以上、黙って聞くしかないだろう。

 

復讐者(アヴェンジャー)の物質化は聖杯による魔法じゃない。復讐者(アヴェンジャー)は物質化という属性を持った英霊。復讐者(アヴェンジャー)だからこそ聖杯の中で物質化が可能なの」

 

つまり、復讐者(アヴェンジャー)とやらが物質化するのは、そいつ自身の能力に寄るところが大きいってことだな

 

「事の発端は三度目の聖杯戦争での戦いで。一度目は失敗し、二度目では序盤で敗れ去ったアインツベルンは、追い詰められて唯殺すことだけに特化した英霊を召喚した。アインツベルンが手に入れた古い経典、異国の伝承を媒介に、手の内にある中で最悪の魔を喚びだしてしまった。その英霊はアンリマユ。世界最多とも言える、あらゆる呪いを体現した殺戮の反英雄」

 

アンリマユ?

 

イリヤの言葉から出てきた英雄の名前を、以前調べて脳みそに叩き込んだ知識から検索する。

しかし該当はなかった。

というよりもへたをすれば、この世界と俺の世界では違う存在かも知れない。

 

もっとも俺の世界のアンリマユって存在も詳しくは知らないがな

 

「アンリマユって……古代ペルシャの悪魔の名前でしょう? どうして聖杯がそんな物喚べるの? 聖杯は英霊しか喚べないし仮に呼び出せたとしても、神霊レベルの現象を召喚できるならそもそも聖杯なんて必要ないでしょう? いえ、そもそもアンリマユの名を冠する英雄なんていないわよね? 一体、アインツベルンは何を召喚したの?」

「だから言ってるでしょう? 絶対悪(アンリマユ)。彼は確かに無名であり、真実の悪魔などではなかった。けれど、アンリマユという名前を冠した英霊は確かにこの世に存在したの。本当に遠い昔……ちっぽけな世界の話。拝火教の名前もないある村に現れた英霊だった」

 

拝火教というのは……ゾロアスター教だったか?

 

古代ペルシアを起源の地とする善悪二元論的な宗教だったと記憶している。

だがあいにくとその程度しか俺の知識はなかった。

 

「村人達の教義がどう歪んでいたのかはわからないわ。どうしてその考えに至ったのかもね。ただ彼らは教義に背くことなく、清く正しく生きていた。人間は善を尊び、光を守って守られて、正しく生きた。貧しくて、外界から隔離されていた彼らにとっては、その祈りは絶対のものだった。そうなりえることが、人間以下であった彼らを人間たらしめた唯一の誇りだったのかも知れない」

 

「その集落の人たちは、本当に望んでいた。世界中のみんなが平和であることを。人間全てが下らない悪性から解き放たれて、清く正しく生きられるようにって。飢餓とか殺戮とか愛憎とか……予め人に付属された機能の全てを否定して、自分たちは神に祝福されるにふさわしい存在だって、生き物だっていう誇りを持ち続けた」

 

「けれどそれは不可能なこと。人間は清く正しく生きてるだけで、悪性から解き放たれることなんてない。悪とは元からあるもの。それを切り離したいのなら、何かしら行動をするしかない」

 

……嫌な予感しかしないな

 

人間の悪性というのは、仕事柄嫌になるほど見せつけられてきた。

他者を痛めつけ、弱者を嬲り、苦しめる。

何度あの光景を見てきただろう。

人が人を……傷つける光景を。

 

……今はいい

 

今はそんなことを気にしていることは出来ない。

俺は誰にも気付かれない様に小さく息を吐き捨てて……イリヤの言葉に耳を傾けた。

 

「彼らは自分たちの狭い世界だけじゃなくって、人間全てを救える手段を考えた。このその人間全てに善行を取らせることは不可能に近いわ。けれど逆……人間全ての善行を証明することは出来るって……。たった一人……」

 

「たった一人の人間にこの世の悪を内包させれば、残った人はどう頑張っても悪事を行うことができない。たった一人の人間が全ての悪を持っているのだから、他の人が持っているわけがない……そんな子供じみた単純なことを、彼らは本気で信じた」

 

「そうして一人の青年が生け贄として選ばれた。彼らは青年を捕らえて、その体に人を呪う言葉を刻んだ。彼らが知りうる限りの全ての罪業を与えて、全ての悪事を彼の責任とする。これで終わり。狭い世界だけど、完成された一つの世界に、究極の悪が誕生した」

 

生け贄か……

 

生贄。

本来は神への供物として、生きた動物を供えることを言う。

供えて殺すか、殺してから与えるか、もしくは神域……神社内部……で飼う場合などがある。

が、他にも弱者が強者に見逃してもらうために、見返りとして捧げる場合などがある。

相手が神であったら妖怪だったりと様々だが、共通しているのは、生贄を捧げることで他の人間などが、その強者などに見逃してもらえるための行為だと認識している。

だが、今回の話はどう考えても違った。

 

「彼らは心から生贄を憎んだ。呪った。恐れた。でも奉りもしたの。自分たちは清くて正しい。あそこにこの世の全ての罪悪があるのだから、自分たちは何をしても善なる者であるのだと。彼らは嘘でも冗談でもなく、世界中の人間のためになると考えて、一人の悪魔を作り上げたの。世界中の人々の善性を証明するために。一人の青年を発狂するまで殺し続けた。寿命が尽きるまで殺しはしなかったわ。人間を堕落させる悪魔の名前。アンリマユの名前を押しつけられた青年は、世界中の人間の敵として、理不尽に殺されて、憎まれていた」

 

自分たちのためという意味では一緒だが、根本がいろいろと歪んでいる。

自らの命を助けるために、妖怪などに生贄を捧げる行為を肯定するわけではないが……この行為はどう考えて狂っている。

だが話しぶりからすれば、おそらくこの話は事実起こったことなのだろう。

 

「結果として青年が悪魔になったのかはわからないわ。ただ村落中の人間が彼を悪魔だと信じて、そのように接したわ。憎みながらも恐れて……世界中の人間の善性を証明してくれる『救いの証』をして奉っていたの」

 

「忌み嫌われる存在でありながら、人々を救う。その存在がいるおかげで、人々がどんなに悪事を重ねても、それは悪事にはならない。方法は違ったけれど、青年は人々を救った。村人達にとっては、青年は間違いなく英雄だった」

 

「人々に憎まれて恨まれて、自分なんていなくなってしまった。世界中の人間の代わりに悪を体現する生贄。それが反英雄アンリマユ。『この世全ての悪』という存在となってしまった、何の取り柄もないただの普通の青年。拝火教において、六十億の悪全てを容認する悪魔の王様。その体現者として奉られ葬られた、原初に人が想念で作り上げた『願い』という名の呪い」

 

ただただ淡々と、感情もなにも込められず紡がれた、一人の反英雄の物語。

全ての人間の悪を体現するという英霊。

そいつがどんな思いを抱きながら死に絶えたのかは想像に難くない。

英霊として召喚されたらそれこそバーサーカーに劣らないほど狂っていてもおかしくはない。

しかし、気になる点がある。

 

仮に英霊としてサーヴァントで召喚されたとして……何故あんな化け物に?

 

サーヴァントは生前の能力が基礎になるはずだ。

しかし今の英雄の話を聞く限りでは、どう考えてもそいつは一般人でしかないはずだ。

下手をすれば魔術が使える分だけ士郎の方が強いだろう。

あんな黒い陰の様な怪物になる理由がわからない。

 

「アンリマユ……ね。復讐者(アヴェンジャー)はわかったわ。けどそれが何で聖杯の中にいるの? それにそいつただの人間でしょ? それがどうしてあんな化け物になったのよ?」

 

同じ疑問を遠坂凜がぶつける。

他の誰もが思っている疑問。

それについても、イリヤは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「そうね、青年はただの青年だった。この世を、人を恨んでいた。この世から、人から憎まれて悪であれと望まれた存在。何の力もなく、周りの人間の想いだけで構成された存在。それが聖杯に取り込まれたことによって、全てが逆転したの」

 

「聖杯は人の望みをかなえる願望機。サーヴァントは敗れた後、ただの純粋な魔力として聖杯に戻って解放される瞬間を待つ。人格もなくなった万能の力として聖杯に溜まるだけ。けどアンリマユは違ったわ。彼は自分ではなく周りが願うことで生まれた、作り上げられた英雄。人格なんてなくても、アンリマユとして存在しているだけで、悪であれと望まれる存在」

 

「聖杯はあらゆる願いを叶える器。ただの人間であり、性別も人格もなく、人でさえないソレは、人間の願いそのもの。アンリマユが聖杯に取り込まれた瞬間。聖杯は一つの願いを受諾した」

 

 

 

ここまで説明されて、全員が同じ結論を導き出した。

誰もが驚愕に目を剥き、そして同時に顔を歪める。

黒い陰の正体を、理解して。

 

 

 

「本来はあり得ない存在。身勝手な願いでねつ造された英霊は、願いを叶える願望機、聖杯の中でようやく望んだ姿で生まれることになったの。二千年以上続いた、神代から人々に願われてきた『人間の理想』」

 

 

 

聖杯は人の願いを叶える物。

通常はサーヴァントとマスターの願いを叶えるための存在。

その願いを受諾するには意思が必要となる。

だが、敗れたサーヴァントは純粋な力となるため、その敗れたサーヴァントの願いを叶えることはない。

だが、アンリマユは……復讐者(アヴェンジャー)は違った。

逆なのだ。

自らの意思ではなく、人々によって悪であれと願われた存在。

願う対象が自分ではなく、周りの……世界中の全ての人間。

願望機に願いを訴えるのは自己ではなく世界そのもの。

故に、その世界の……周りの人間達の『悪であれ』という願いを願望機は受諾した。

 

「それがあの黒い陰の本体で、英霊としてようやく望まれた姿になろうとしてるモノの正体。アンリマユはサーヴァント達の無色の魔力を糧に、自分の霊殻の『この世の全ての悪』を体現した。世界中の人間全てを呪う、世界中全ての人間を呪える宝具(のうりょく)を備えたサーヴァント」

 

 

 

……天災レベルの話だな

 

 

 

人災の方が正しいかも知れない。

天災は自然環境そのものにも影響を及ぼすが、黒い陰は人にしか影響を及ぼさないだろう。

となると天災というのはおかしい。

が、人災にしては規模が違いすぎる。

どちらにしろ怪物であることに代わりはない。

 

人限定だがな

 

「じゃあなに? 聖杯の中身はとっくにその復讐者(アヴェンジャー)に占拠されていて……いや違うわ。聖杯が叶える望みは決まっているってことなのね。四度目の戦いは、アンリマユをカタチにするための魔力補充にすぎなかった」

「そういうことね。キリツグがアンリマユをどこまで理解していたのかはわからない。けれど聖杯の外に出ようとした黒い陰が危険だと言うことはわかったのね。だから聖杯を壊そうとした。間違いなく正しい判断よ。以前のアンリマユは無害だけど、聖杯によって受肉するアンリマユは本物。その命ある限り、人間を殺すだけの魔王になるわ」

 

「けれどアンリマユはキリツグの聖杯破壊で聖杯に残された。その一部を受けたのがコトミネとサクラ。ゾウケンは聖杯の中身に気付いたみたいね。その肉片をサクラに植え付けた。それによって聖杯の中のサーヴァントとリンクした。聖杯の中にいるサーヴァントが外に出てきたときに、ソレを従えるためのマスターとして、サクラを利用した。アンリマユがなんであっても、サーヴァントに代わりはないの。だからマスターに逆らうことは難しい。ゾウケンの目的はそのマスターとしての権限」

 

と、なると、桜ちゃんはアヴェンジャーというサーヴァントと契約していることになるな

 

一つ、非常に気になる単語があったが……今はとりあえず救わなければいけない存在のことを優先する。

 

「正気なのあの爺。アンリマユのコントロールは確かに握れるかも知れないけど、桜がアンリマユの力に耐えられるわけがない。アンリマユが聖杯の中にいるにもかかわらずあそこまで変わったのなら、出てきたら桜の人格なんて残るわけがない。そうなったらマスターなんてどうしようもないでしょう?」

「それでいいのよ。だってゾウケンは人の肉体を乗っ取ることが出来るのだから。ゾウケンは自分の魂の容れ物の本体()さえあればどんな人間の体でも乗っ取れる。あいつはそうやって今まで生きながらえてきた。ゾウケンにとってサクラは『いつか乗り換える肉体』でしかないのよ」

 

サーヴァントとの契約を解除する方法がなければどうにもならない……その手段があるのか?

 

「ゾウケンがわたしを攫った理由はそれ。門を開かせるためにわたしを使いたかったの。聖杯の役割をわたしが行って、サクラはアンリマユのマスターとして利用し、自分がなる。そうしてゆくゆくは第三魔法の成功例、魂が物質化した架空の怪物のアンリマユに乗り換える。完全な神を、自らの欲望で不完全な神に堕落させるように」

 

話は終わりなのだろう。

イリヤはそれ以上言葉を続けようとはしなかった。

そしてイリヤの沈黙は、これからの作戦を行うための会議へ、そのまま移行することになった。

 

「相手の正体がわかり、臓硯の目的も判明したのなら……今の話を聞いた以上、私たちがやることは決まってるわね」

 

皆の思いを代弁する様に、遠坂凜がそう言う。

誰もがまだ納得していない部分はあるだろう。

だが今のまま放置しておけば、人災が世界中の人を殺すために生まれる。

それを肯定する存在は……この場にはいなかった。

それぞれ敵を倒す理由は違う。

だがそれでも敵ではないことだけは確かだった。

しかも相手は果てしなく強大だ。

ならば……協力しないわけには行かなかった。

全員の意思が一応統一されたことを確認し、遠坂凜は更に言葉を続けた。

 

 

 

「敵は強大だわ。混じりっけ無しの冗談抜きの怪物よ。聖杯も私たちが考えていた物とは全く違う物だった。だからここは協力してどうにか切り抜けないと、全てが終わるわ」

 

 

 

今の遠坂凜の言葉に異を唱える奴はいなかった。

そして、皆の意思を再度確認して、遠坂凜は宣言した。

 

 

 

「あの妖怪爺の思惑を完膚無きまでにたたきつぶすわよ」

 

 

 

これが聖杯戦争を終焉へと導く最初の言葉となった。

 

 

 




第三部最後の一話はそう遠くないうちにあげます


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静かな夜

これにてようやく第三部終了

やっとこさ戦闘前まで来れました


「さて、まずは確認しましょう」

「確認? なんのかしら?」

「こっちの戦力と、相手の戦力の確認ね」

 

聖杯戦争とアンリマユの話を聞いて、そのまま作戦会議へと相成った。

しかしまだ全員が全員、うち解けた訳ではない。

敵の敵は味方という、実にぎりぎりなラインでの共闘だ。

少し前までは完全に敵同士だったのだから、簡単に信頼する方が難しいだろう。

ましてや遠坂凜とキャスターは、嫌い合うのは当然と言える。

遠坂凜はこの地に代々いる魔術の家系だ。

キャスターは聖杯戦争とはいえ、自らの土地を荒らした存在でもある。

簡単に割り切れるはずもないだろう。

と思っていたが……

 

「キャスター、あなたの力を使えば判断できるんじゃないの?」

 

……ほう

 

今キャスターと話を進めている様子からは、まだ慣れてはいないようだが、それでも敵意を抱いている様には見えなかった。

さっぱりしているというべきなのか……というよりもおそらくやらなければいけないことの重要性をわかっている様だ。

 

さすがは遠坂凜というべきか……

 

「ある程度は可能ね。けど使い魔を潜り込まそうとしても、全てがことごとくつぶされているわ」

「それもそうでしょうね……」

 

まぁ、あっちはやばいメンバーだからなぁ

 

使い魔がどの程度の存在かは謎だが、敵のサーヴァントが豪勢すぎる。

一人謎の奴がいるが、それでもあの雰囲気と存在感から言って、雑魚でないことはわかる。

あいつらを相手に、ただの使い魔ごときが突破できるとは思えない。

 

「となると、あんたの話を信じるのなら……」

 

敵の陣営の戦力を見ているのは俺しかいない。

俺に話を振ってくるのは当然だった。

 

「バーサーカーに、黒いセイバー、八人目のサーヴァント。これが俺が視認したサーヴァントだな。どれも一筋縄ではいかないだろう」

「視認した……っていうことは……」

「……俺はそう考えている」

 

俺の言葉の裏も読み取り、遠坂凜が深々と溜め息を吐いた。

それも仕方のないことだろう。

黒い陰に吸収されたサーヴァントは、例外なく強力になっている。

元々最強レベルな存在と、最凶だった存在が同時に敵になった。

頭が痛くなるのも道理だった。

 

まぁ……俺は歓喜に震えているんだがな……

 

「八人目のサーヴァントってのは意外ね。まさかまだいるんじゃないでしょうね?」

「いないと信じたいが……保証はないな」

 

七人のマスターと七人のサーヴァントによる聖杯戦争。

その根底が八人目のサーヴァントによって崩されたのだ。

最悪、もっとマスターとサーヴァントがいても、不思議ではない。

 

「いない保証はないが……それでも行くしかないだろう。それにいない可能性がある」

「それはそうだけど……。いないって考え方は楽観的すぎない?」

「確かにそうだ。だがもし仮にもっと多くのサーヴァントを従えているのならば、こちらに総戦力で攻めてこないのがおかしい。それをしないのはそもそもこれ以上サーヴァントがいないのか、御し切れていないのか……あるいは何かしらの理由があるのかという話になる。ならばこちらとしてもどうにか出来るかも知れない」

「それはそうかもしれないけど……」

「仮にもっといたとしても、こちらとしては行くしかないのだ。俺たちの敗北は文字通り人類の破滅だ。別段博愛主義者ではないが……それをよしとするわけにはいかない。それに……知り合いの女の子を、怪物にするのは忍びない」

「……そうね」

 

遠坂凜も同じ気持ちなのだろう。

いや、こいつはむしろその気持ちは、更に一入と言っていい。

実の妹がそんな悪魔になることを、喜ぶ奴はそういないだろう。

 

しかし……解せんな……

 

遠坂凜には数がいない、御し切れてない、行くしかないと理由をつけて納得させたが……

俺自身が誰よりも納得していなかった。

八人目のサーヴァントが、どれほどの戦闘能力を有しているのかは謎だ。

佇まいから察するに、ただ者ではないことだけはよくわかったが……見た感じ武芸者には見えなかった。

圧倒的なまでの王気(オーラ)こそ放っている物の、それだけだ。

肌に突き刺さる様な、ひりつくような鋭さは感じられなかった。

無論隠しているだけの可能性もある。

しかし、相手を見た感じ……そんなことをする様なタイプには思えなかった。

だがそれで相手が弱いと断じることは出来ない。

宝具という未知の能力があるからだ。

そして宝具があるからこそ……不思議でならなかった。

 

何故攻めてこない?

 

はっきり言って、臓硯側がこっちを倒すのは容易だ。

最強の二つの駒を用意しており、触れたら一発で呑み込まれる黒い陰の黒い泥。

そして八人目のサーヴァント。

戦闘能力に黒い陰による面制圧。

負ける要素を、見つけることの方が難しいというのに……。

 

 

 

攻めてこないのは驕りか? それとも……攻めてこない理由(・・)があるのか?

 

 

 

攻めてこないのは不気味だが、こちらとして好都合なことなので、話を先に進めることにした。

時間がないのは事実なのだ。

思案するのは後でいい。

 

「こちらの戦力は俺、遠坂凜とアーチャー。ライダーにランサー。イリヤ。キャスターは万全じゃない以上この家で後方援護を担ってもらう。そして……士郎、お前はどうする?」

「え? 士郎って……」

「俺も行く……」

 

俺たちの作戦会議が始まった辺りから、目を覚ましたことは気配で察していた。

こちらに確かな意思を持って近づいてきているのなら、おそらく問題ないのだろう。

 

……確かに頬に黒い痣の様な物があるな

 

遠坂凜が言っていた通り、居間の襖を開けて姿を見せた士郎の左頬には、痣があった。

まるで蠢いている様に、痣が脈動しているのも感じられる。

そしてその痣から、魔力を感じられる。

 

黒い陰の力を、魔力にしたかの様な……そんな魔力が……

 

何だこれ?

 

疑問に思うが、推論しかできないのだが現状だった。

倒れたタイミングがあれなので、不安はつきないが……

 

大丈夫そうに見えなくもないかな?

 

士郎の今の様子。

そしてその瞳に宿る確かな意思。

それらを見れば問題はなさそうだが……後ろから刺される可能性もないとは言い切れない。

しかし俺はあえて大丈夫だと結論づけた。

 

「あんた、起きて大丈夫なの?」

「ありがとう遠坂。それでも……今は寝ている場合じゃない」

 

倒れたにもかかわらず、自分で起きてきた士郎の身を案じるが、確かに寝ている場合ではないので、遠坂凜も戻れとは言わなかった。

 

「よう坊主。また会ったな」

「!? ランサー!?」

 

新たな来客の姿を確認して、士郎が目を見開く。

それに対してランサーは先ほどと同じように、敵意を全く感じさせない快活な笑みを浮かべながら、士郎に対して挨拶を交わしている。

 

「な、なんでランサーが?」

「そこらの事情も話す。そしてこれから俺たちが為さなければいけないことも話すからとりあえず座れ。立ったままってのも間抜けだろう」

 

俺の言葉に逆らうことなく、士郎は会議の輪に加わった。

そして先ほどイリヤから聞いた話をかいつまんで説明する。

さすがに士郎も敵の正体を聞いて唖然としていた。

そして……それ以上に臓硯に対して怒りを覚えている様だった。

 

「桜……」

 

自らの生き方を変えてまで守ろうとした相手が、怪物になろうとしている。

怪物へと変貌させようとしている存在が、憎くてしょうがないのは当然だった。

だが、それでもこの言葉を、俺は士郎に突きつけなければならない。

 

「俺たちは戦って勝つしかない。そして勝利する方法は二つだ。『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらが出てくる前に桜ちゃんを殺すか……『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらが出てくる前に、大聖杯をどうにかするかだ」

「……」

「しかしどちらにしろ、相手の妨害がないわけがない。となると桜ちゃんを殺すのも容易ではない。こちらに余力などあるわけがないのだから……必然的に殺すつもりで戦わなければいけない」

 

最初から殺すつもりではないが……それでも最悪の場合の覚悟をして置かなければ……

 

桜ちゃんを救うために俺も士郎に協力してきたのだ。

それは今になっても変わらない。

だが、それでも最悪の場合は……俺は桜ちゃんを殺してでも『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらが出てくるのを阻止する。

先にも言ったが俺は博愛主義者ではない。

自分にとって大切な物を守るためには……最悪の手段も肯定するしかないのだ。

 

殺しの戒めがある以上……なんとしても避けたいがな……

 

桜ちゃんを殺せば、どうあがいても士郎から恨みを向けられるのは仕方のないことだろう。

それは俺の本意ではない。

約束を破ることもしたくない。

だから全力は尽くす。

 

「殺す……ね。あんたがあの黒い陰をどうにか出来るって言葉、どこに行ったのかしら?」

 

突っかかってくるなぁ……

 

遠坂凜がジト目でそんなことを言ってくる。

今は真面目な話をしているので、余りふざけた様子は見受けられないが……それでも一言言いたかったのだろう。

遠坂凜にはさんざん辛酸を舐めさせた自覚があるので、俺としても余り強く言い返すことは出来なかった。

 

「無論不可能だと思っていない」

「!? あんた、正気なの?」

 

先ほどイリヤの話を聞いたにもかかわらず、まだどうにか出来ると言っている俺を、信じられない物を見る様な物を見る目を、遠坂凜が向けてくる。

他も気持ちとしては似た様な物なのだろう。

全員の視線が俺に向けられていた。

 

「正気だ。『この世全ての悪(アンリマユ)』とやらの話を聞いた後でも、俺は狩竜による討伐が不可能だとは微塵も思ってない」

 

確かに話を聞いてきついとは思った。

少なくとも本当に誕生してしまったのなら、魔力(マナ)が十全に扱えない俺では、どうあがいても太刀打ちできないだろう。

だが出てくる前の段階でなら、狩竜が黒い泥を吸収できることは証明されている。

そしていつの時代の話は知らないが、それでもしょせん『人間』の憎悪のみを体現した邪神でしかない。

それならば……人間のたかだか数千年程度の時間しか内包していない存在が、数千年よりも遙かに昔から存在し、憎悪を呑み喰らってきた存在が、負けるはずがない。

俺が扱えるのかはどうかはわからないが、少なくとも生まれる前ならばどうにかなるだろうと、確信にも似た気持ちが俺の中にはあった。

 

「なら……なんで?」

 

しかし煌黒邪神龍のことを知らないため、この場にいる全員がいぶかしげな視線を俺に向けてくる。

また、黒い陰がどうにか出来るにもかかわらず、何故桜ちゃんを殺すのかという疑問もなくはないのだろう。

俺はそれに対して、包み隠さず自分の気持ちを伝える。

 

「悪いが、今の状況は以前よりも悪化している。敵は数も力も増しているため、俺としても万全の状態で、こいつをあの黒い陰にぶち込める自信がない。それに……さすがに出てきたら俺もどうにか出来ると思えない。士郎には悪いが、最初に明言したとおり、俺は最終的には藤村組の連中、雷画さんに大河、そして……美綴に被害が及ぶと判断したら、容赦なく桜ちゃんを殺す」

 

自分の目的の次に大事なのが、桜ちゃんと士郎なのだ。

ならば取捨選択するのならば、どちらを取るかなど……悪いが考えるまでもなかった。

 

「……あぁ、わかってる」

 

ほう? 存外落ち着いているな

 

それが俺の台詞を聞いて戻ってきた士郎の返事に対する、俺の感想だった。

だが諦めたわけではない様だった。

先ほど居間に入ってきたときよりも、俺の説明を聞いた後の方が、より確かな意思が士郎から感じられたからだ。

 

「アンリマユってのが出てきたら、もう本当にどうしようもない。そいつを外に出さない様にするしかない。なら一番確実な方法をとるしかない。けど……戦うにしても、桜の居場所はわかるのか?」

 

……それはあるな

 

戦う覚悟は出来ても、それでも戦う相手が見つかっていないのではどうしようもない。

また時間的猶予はない。

黒い陰がいつ生まれるかもわからないのだから。

かといって分散して探そう物なら各個撃破されてしまう恐れもある。

が、それは杞憂だった。

 

「それについては考えるまでもないわ。アンリマユの誕生を間近に控えた今の状況で、ゾウケンがいる場所は、大聖杯のところ以外にあり得ないわ。霊脈の大元。三家によって選ばれた始まりの土地。柳洞寺の地下に広がっている大空洞に、アンリマユとゾウケンがいるわ」

 

柳洞寺の地下に大空洞?

 

柳洞寺が龍脈の上にあるのは知っていたが、その下がまさか空洞だとは思いも寄らなかった。

しかし合点がいく話でもある。

大聖杯と言う物がどういった物かはわからないが、それでも魔術が絡んでいる以上、魔法陣などが描かれていても不思議ではない。

描かれていなかったとしても、何かしらの媒体が必要なのは間違いない。

そしてその媒体について、完全にメンテナンスが不要などということもないだろう。

となれば人目に付かず、かつ作業を行える様なスペースがなければ話にならない。

しかしこの世界にきて直ぐに地形確認を行ったが、そんな物は見あたらなかった。

地面から上を見て何もないのならば、地下にあっても不思議ではない。

 

「では居場所については問題ないな。では士郎に遠坂凜。この中で桜ちゃんに直接関係があるのは俺たちだ。そして、桜ちゃんに対しての俺の気持ちは先ほど話したとおりだ。それで……士郎は?」

 

おそらく遠坂凜の方針は、今も変わっていないだろう。

というよりも、アンリマユとか言う存在が出てきてしまうかも知れないとわかった以上、更に容赦なく桜ちゃんを殺しに行くだろう。

となると、この場で覚悟を決めなければいけないのは、士郎のみだ。

最悪の未来を……受け入れることが出来るのか?

その士郎の意思を確認しなければならない。

 

「俺は……それでも桜を救いたい」

 

痣の様なものの痛みと、変わろうとしている桜ちゃんに対して何か思ったのか、その表情は十分に苦渋に満ちていた。

でもそれでも、士郎は何の臆面もなく、そしてゆらぐことなく、そう口にした。

 

「俺は桜を助けることで戦いを終わらせる。俺は、俺にとっての正義の味方になるって決めたんだから」

 

強い意思が感じられるほどきっぱりと、士郎はそう宣言した。

 

「桜を生かすってことは、桜以外の人間を殺すことになるのよ? それでも?」

 

そしてその言葉に、冷静に言葉を返すのは遠坂凜だった。

自分の妹が絡んでいるというのに、それでもこいつは遠坂の人間であろうとしている。

その胸中がどんな思いで渦巻いているのかはわからない。

そして、今こうして士郎に確認の言葉を投げかけているのも……もしかしたら自分に言い聞かせているのかも知れない。

 

「まだそうと決まった訳じゃない。桜を助ける方法だってあるはずだ」

「どうだかね……。それに桜はすでにもう何人も殺しているわ。それでも……人殺しを助けることがあんたの正義なの? 士郎」

 

誰もが明確に言葉にしなかった事実。

誰もがわかっていながらあえて言わなかった。

黒い陰にのっとられていると言えなくもない。

臓硯に操られているかも知れない。

でもそれでも……桜ちゃんは間違いなく多くの人間の命を奪った。

その事実を、言葉で投げかけられて士郎は苦しそうに顔を歪める。

俺も同じ人殺しである以上、この言葉に対して何も言うことができない。

だがそれでも士郎は……

 

 

 

「……そうだ。例え桜が人でなくなってしまったとしても守る。俺を必要ないって言われても、それでも俺は桜を守る。例え桜が自らを否定したとしても、俺が守るんだ。俺がやりたいのはそれだけなんだ。誰かの味方をするのは、そう言うことだろ?」

 

 

 

……見事だ

 

自らの気持ちを、臆すことなく胸を張って、士郎はそう告げた。

深夜に部屋に忍び寄って、包丁で殺そうとした時とは違う。

本当に覚悟を決めたのだろう。

例え桜ちゃんが壊れてしまっても、こいつは守るとそう言った。

そして……人殺しであると認識もしている。

それでも守ると誓ったのだ。

ならばもう心配することもないのかも知れない。

その覚悟を感じ取ったのか、遠坂凜は驚いた様に目を見開き、そして直ぐに閉じて……呆れていた。

 

「何の臆面もなく言い切ったわね……あなた」

 

その遠坂凜の言葉に、士郎はただ静かに頷くだけだった。

 

「まぁ言っても無駄だとは思ってたけど……これほどとは思ってなかった。正直……負けたわ」

 

最後の方に呟いた言葉は、小さすぎて士郎の耳には入らなかっただろう。

何せ聴覚を鍛えた俺ですら、ぎりぎり聞き取れた位なのだから。

その負けたという意味がよくはわからないが……それでも、こいつも自分の中での何かに決着をつけて、腹をくくった様だった。

 

「そこまで言うなら口出ししないわ。納得いくまであがいて見せなさい」

 

先ほどまでの緊張あるやりとりはドコヘやら、遠坂凜が実に苛立たしげにそう呟いている。

その態度に士郎も何か言いたそうに口を開くのだが……

 

「とりあえず作戦会議を続けましょう。そしてもう時間がないのは間違いない。準備が整い次第……乗り込むわよ」

 

士郎の言葉をこれ以上聞く気がないのか……それとも聞きたくないのか、遠坂凜が問答無用で話を進める。

士郎としては何か言いたいこともあるのかも知れないが、時間がないのは事実なので大人しく黙った。

 

「乗り込むってのは賛成だが……俺の契約相手はどうするんだ?」

 

遠坂凜の台詞に、ここまで黙っていたランサーから疑問の声が上がる。

しかしランサーのマスターになることが出来るのは、今現在契約を結んでいない俺とイリヤのみだろう。

遠坂凜はアーチャー。

葛木先生はキャスター。

士郎は一応セイバー。

サーヴァントは自分でも魔力を生成出来る。

しかしその魔力生成に必要なわずかな魔力だけはマスターから供給してもらわなければならない。

ましてや宝具を使うとなると、莫大な魔力が必要になる。

その場合でもマスターからのバックアップが必須になるという。

そうなると戦闘中にマスターの魔力も使われてしまうことになる。

俺の相手は間違いなくあいつだ。

余力などあるわけもない。

となると必然的にマスターは……

 

「……」

 

黙っている白い雪の精霊の様なイリヤになる。

そしてイリヤも頼まれることがわかっているのか……他の誰よりも速く口を開いた。

 

「わたしは誰とも契約をしないわ」

「……イリヤ」

「わたしのサーヴァントはバーサーカーだけだもの……」

 

その言葉には……何の感情も込められていなかった。

怖いくらいに……無味乾燥だった。

だがその異常なまでに何も感じられないことが……雄弁にイリヤの心境を物語っていた。

間違いなく最強と言って良かった。

気力と魔力を併用した俺の狩竜の一撃でも、かすり傷一つつけることが出来なかった。

おそらく、今の俺の実力ではどうあがいても、殺すことが出来なかっただろう。

あれほどの存在をどうやって従えていたのかはわからない。

だが今朝、森でバーサーカーの姿を見たイリヤの姿は……まさに親からはぐれた子供の様だった。

それだけ大切な存在だったのだろう。

そして……俺が感じた以上に、イリヤはバーサーカーのことが大切だったはずだ。

俺が全てを知り得ているわけではないのだから。

 

……これからやることは卑怯以外の何物でもないが

 

それでもやるしかなかった。

俺がしなければいけないことを、成すために。

 

 

 

俺がやりたいことを……やるために。

 

 

 

相も変わらず、俺も外道だな……

 

今に始まったことではない。

故に、俺は青臭い感情を呼気とともにはき出して……イリヤに話しかける。

 

「だからこそだ……イリヤ」

 

誰かが口を開く前に、俺は自らが動く。

己のワガママをするためにお願いするのを、他の人間にやらせるわけにはいかないのだから。

はっきり言って……俺がやりたいことは完全にワガママだ。

相手が……臓硯がどのような布陣をしてくるかはわからない。

だが、もし仮にこちらの人数が多い状態で遭遇したのなら……あいつに限って言えば総攻撃すればそうそう苦戦することはない。

だがそんなことは俺がさせない。

あいつを……■すのは他の誰でもないこの俺だ。

これだけは……何があっても譲れなかった。

 

「どういう意味かしら、ジンヤ?」

 

先ほど同様……何の感情も込められない、実に悲しい瞳を俺に向けてくる。

俺はその瞳をしかと受け止めて……言葉を返す。

 

「イリヤにとってバーサーカーが大切なのはわかる。イリヤの気持ちを完全に理解できないが故に、どれほど大切なのかはわかりかねるが。そして、他のサーヴァントに浮気をしたくないという気持ち……俺はわかる」

「ならどうして、そんなことを言ってくるのかしら?」

「だからこそ……他人の手に譲るのはしないほうがいい。大切であればなおさらに」

「……どういうこと?」

「バーサーカーをあのままにしていいのか?」

 

俺のこの言葉に、イリヤは一瞬目を見開き……そして少し目を細めて、俺を睨んでくる。

そこには確かに憎悪が込められていた。

俺はそれも先ほど同様に受け止めて……更に言葉を続けた。

 

「黒く染まったバーサーカーが、本意であの姿にいるとは思えない。まさにただの怪物となってしまったあの姿を、望んでいるわけがない」

 

森で戦った感じを鑑みるに、完全に黒い泥に意識を上書きされている。

バーサーカーの意識を完全に塗りつぶされたか、それとも残っていても……自由に出来ないか。

どちらにせよ、あの状況を好ましく思っているわけがない。

 

「……」

「だから、解放してやるべきだ……。誰の手でもない、イリヤの手で……」

 

状況的に仕方がない面もある。

だがそれでも、イリヤ自身を納得させなければいけなかった。

そうでなければ……あの怪物となってしまった存在を相手に、勝てない可能性も出てくるのだから。

 

「……ずるいわ、ジンヤ」

「……すまんなイリヤ。だが今言った言葉は、本当に思っていることでもある」

 

そう、これは偽らざる俺の本音。

だが結果は同じでも、その目的も、感情も全くの別物。

実に醜い感情だ。

だが、なんと言われようと……俺は誰かに譲る気はなかった。

 

だからこそ、ランサーと契約をするわけには、いかなかった。

 

そんな俺の感情を見抜いているんだろう。

少し憎悪と嫌悪の籠もった目を、向け続けている。

しかし今も言ったが、あの姿のバーサーカーをそのままにしていいとは思っていないので、俺はその視線から目をそらすことはなかった。

少しだけ見つめ合っていたが、やがてイリヤが先に目をつむり、うつむいた。

顔を見ることは出来ないが、それでも膝に置かれたその小さな拳を握る姿は、何かに必死に耐えているのがよくわかった。

苦渋しているのも。

やがて、イリヤは顔を上げて……ランサーへと顔を向けた。

 

「……いいわランサー。あなたと契約するわ」

 

その表情には、先ほど同様に何の感情も映し出されていなかった。

努めてそうしているのかも知れない。

だが、諦めているわけでも自棄になっているわけでもない。

その瞳は真剣そのものだったから。

ただ、ただ淡々と……己が成すべきことをすると、そう覚悟している様な、そんな表情だった。

その思いを、ランサーも感じ取っているのだろう。

いつも浮かべている、粗野で好戦的な笑みは消えて……イリヤと同じように真剣な瞳を、イリヤへと向けている。

 

「……悪いが俺は回りくどいことが嫌いでな。これだけははっきりと言っておく」

 

ランサーから放たれたその言葉は、イリヤと同じように……静かだがはっきりとした意思が込められていた。

聞き逃すことも聞き漏らすことも出来ないほどに……強い意思が。

 

「いいんだな? 殺すことになるぞ」

 

バーサーカーを黒い泥から解き放つ方法は、おそらくない。

俺が狩竜を万全に使いこなすことが出来るのであれば、話は違ったかも知れないが、たらればの話に意味はない。

そして仮に万全に使えたとしても、あれほど変質してしまっているため、黒い泥だけを吸収したとしても、意識が残らない可能性も大いにあり得る。

つまり……あそこまで乗っ取られてしまった以上、バーサーカーを救う方法はない。

いや、あるのかもしれない。

けれどそんな余裕はなく、また……イリヤが望まない気がした。

その俺の予想に違えることなく、イリヤはきっぱりと……こういった。

 

「構わないわ」

 

ただ一言。

それだけだ。

ただその一言が……実に痛々しく感じられる。

ランサーはイリヤの言葉を受け止めて……一度うつむいて、小さく溜め息を吐いていた。

溜め息なのに、何故か不快感は覚えなかった。

それはおそらく、その溜め息が他人にではなく、自らに向けられた溜め息だったからだろう。

 

「契約を結ぶわ。手を出して」

 

イリヤに言われ、ランサーが手を伸ばした。

イリヤも同じように手を伸ばし、その指先に触れた。

触れあった瞬間にわずかに魔力が漏れて光が瞬き……直ぐに治まった。

 

「これで契約は完了ね。よろしくね、ランサー」

「うそ。いまので終わったの? 契約の詠唱も無しに?」

 

あまりにもあっけなく終わる契約行為に、遠坂凜が驚きの声を上げる。

その遠坂凜に対して……イリヤは少し大げさに溜め息を吐いた。

 

「終わったわよ。わたしは聖杯の鍵でもあるから、直ぐに契約も終わるわ。まぁ……マスターとしても優秀だし、当然の結果ね」

 

最後の台詞は、実にニヤニヤと笑みを浮かべながら、そう遠坂凜にほくそ笑んだ。

先ほどまでの雰囲気を一蹴しようとしたのか、実にからかい混じりに言っている。

その笑みにカチンときたのか、遠坂凜が顔を不愉快そうに歪めた。

 

「私だってそれくらい出来るわよ! あまり舐めないで欲しいわね」

「へぇ? あんなに間抜けな声を上げていたのに? とてもそうは思えないわ?」

「あったまきた! イリヤ、表に出なさい! その自信、完膚無きまでにたたきつぶしてあげるわ」

 

さきほどまでのシリアスさはドコヘやら。

そんなどたばた喜劇が開催されそうになる。

が、そんなことをしている時間はない。

 

「落ち着け二人とも、今はそんな場合じゃないだろう」

 

ランサーの契約から始まったどたばた喜劇なので、俺が止めるのは少し抵抗があったが、それでも二人は特に異を唱えることなく、半ば上げていた腰を下ろした。

だがこれで最低限の準備が整ったと言っていい。

 

「とりあえず最低限準備は整った。後は敵の対策についてだ。これについてはもう本当になりふり構っていられない。全員、隠し事無しで自分の能力を、全部さらけ出してもらうぞ」

 

俺のその言葉に誰もがうなずきこそしなかったが、否定をする奴はいなかった。

積極的に自分の力を別の存在に教えたくはないが、それでもさらけ出すしか方法がないとわかっているのだろう。

また聖杯も半ば使えない様な物であるとわかってしまったのだ。

隠し立てする理由もなかった。

 

と、思っていたのだが……

 

「そのことだけれど……」

「ん?」

 

一言もしゃべらない葛木先生の隣で、同じように静かにしていたキャスターが、小さく手を挙げる。

何を言い出すのかわからないので、全員がキャスターに視線を投じた。

 

「提案と言うか……お願いというか……。私は――」

 

そのときのキャスターの言葉はあまりにも衝撃的だった。

他にも全員の切り札、能力をさらけ出して……ある程度の作戦を立てた。

そして戦闘準備を整えていると……日が暮れ、夜が更けるまで時間が掛かってしまった。

 

だが、それだけの時間をかけたのは無駄ではなかった。

 

 

 

何とか……なるかも知れないな……

 

 

 

各々が得物の準備をしている中、俺も準備を進める。

といっても、普段から手入れを行っている得物達に、不備などあるわけもない。

俺は静かに得物達を整えて、身につけるだけで準備を終える。

持って行く得物を全て身につけて、俺は一人……庭に出ていた。

 

月が出ているな……

 

夜空にはすでに月が出ていた。

雲がかかることもなく……太陽の光を反射して、白く冷たい光を大地に降り注いでいる。

何も変わっていない。

人がどのような状況に陥ろうとも、自然はそのままであり続けるのだろう。

人だけが消えた世界で。

 

さすがにそれはな……

 

人間が完全な善性であると思ったことはない。

そもそも生物である以上、ある程度の悪性を備えていなければ生きていけるわけがない。

それでも他の生物に比べて人という生物は、実に奇怪な存在だろう。

思考という唯一の武器を駆使して、ここまで繁栄したのだから。

単一の種族がここまでに。

そしてその思考を使って……行き着き生み出した怪物を倒しに行く。

 

無事に扱えるといいのだが……

 

右手に持っている狩竜の様子を見ながら、俺は少し不安に思う。

使えないことはないだろう。

魔力が溜まりやすくなっている状況で、俺の左手に眠っている神器も活発に動き出している。

また、狩竜に眠る煌黒邪神龍の力も、黒い陰に反応しているところを見ると、ある程度の指向性があるので、それをうまく誘導する。

それらを加味すれば、多少なりとも使うことは出来るだろう。

だが、これこそぶっつけ本番に近い。

一度多少なりともセイバーの時に使用したが、あのときとは比べものにならないほどの負荷が俺を襲うだろう。

 

しかし、やらねばならない

 

俺がこの並行世界にきて得た知り合いのためにも。

俺自身が成し遂げたいことのためにも。

 

「お前はどうなんだ? セイバー」

 

 

 

気付かれていたか……

 

庭に出た刃夜を物陰から様子を見ていたセイバーは、刃夜に言い当てられたことを別段不思議に思わなかった。

戦闘能力が抜け落ちてしまっている自らの力では、刃夜を出し抜くことなど出来ないとわかりきっていたのだから。

だから刃夜に名を呼ばれた時には、すでに刃夜のそばに歩み出していた。

 

「さっきの作戦に何か不満でもあったのか?」

「……そう言うわけではありません」

 

顔すらも向けず、頭上の月を見上げたまま問うてくる刃夜に一瞬むっとする。

だが、怒ったところでどうしようもないので、セイバーは息を一つ吐き出して、問いをかける。

 

「不満はありませんが……あなたは本当にそれでいいのですか?」

 

セイバーには刃夜という存在がわからなかった。

アサシンという、聖杯戦争における戦闘能力においては最弱であるはずの存在のマスター。

しかしその二人組は、何をとっても普通ではなかった。

アサシンでありながら、最優であるはずのセイバーである自分と互角以上に斬り結び、そしてそのサーヴァントのマスターであり、人間であるはずの存在すらも、自分と互角に斬り結ぶことが容易に想像できる実力を有している。

自らのサーヴァントと協力をしていたとはいえ、バーサーカーと斬り結んでいた姿を見たときは絶句した物だった。

聖杯を巡る敵であった。

だが、その立ち居振る舞いと、剣を振るう姿を見て敵でありながら、好感の持てる存在だった。

だが、刃夜は無辜の民から魔力を吸い上げているキャスターと、同盟を結んだ。

セイバーとしては、完全に無関係な存在である民から魔力食いを行ったキャスターは、許せない存在だった。

そのキャスターと手を組んだ。

だが、キャスターと手を組んだと言っているにもかかわらず、この男は何もしようとしなかった。

また自分が黒い陰に呑み込まれようとした時に、助けに来てくれた存在でもある。

そして今も……怪物になろうとしている桜を、助けに行こうとしている。

しかしそれでも、最悪の場合は己の意思を優先させると言っていた。

己のために動いているのだけはわかる。

だが、それでも自らの意思を曲げない様にしている。

 

わからない……この男がなぜこんな立ち回りをしているのか……

 

先ほどの会議で、刃夜が聖杯が目的でないことを再度明かした。

そしてこの聖杯戦争を早期に終結させなければ、怪物が生まれ出でてしまうこともわかった。

集結させる一番の簡単な方法は、聖杯となってしまっている桜を殺すこと。

だが、目の前の男は最終的には桜を殺すといいながら、それでも出来る限り桜を生かそうと、会議でも発言をしていた。

はっきり言って、訳がわからなかった。

セイバーとしては、思うところが多々あった。

 

セイバーの本名をアルトリア・ペンドラゴン。

イングランドの大英雄であり、アーサー王だ。

選定の剣を岩から引き抜いたことで、一人の少女アルトリアが、アーサー王としてブリテンに君臨していた存在だった。

だからこそ彼女には……アーサー王として、桜の存在を許容することは出来なかった。

確かに同情すべき点はある。

だがそれでも桜は黒い陰として、無辜の民である冬木の民を喰らい、命を奪った。

その存在を救いに行こうとしているのが……セイバーには耐え難かった。

しかも、その桜を救うことを一番に考えているのが、自らのマスターであり、正義の味方を志していた、士郎なのだ。

士郎にはセイバーは心の奥底で期待していたのだ。

自らのことを顧みず、ただ人のために何かを成そうとするその心。

それは自らが以前追い求めた夢に似ていた。

共感したのだ。

だからこそ、士郎に従っていた。

サーヴァントとしてではなく、一個人として。

その道を……自らが追い求めてもたどり着けなかった理想を見せてくれると、思っていたのだ。

しかし士郎は変わった。

自らの理想を捨てて、己にとって大切な存在を選んだ。

罪人となってしまった……人殺しとなってしまった彼女を。

だからこそ、セイバーは士郎と話をしようとは思わなかった。

 

「その言葉、そっくり返そう。お前はいいのか?」

「……どういう意味です?」

「前にもこの家で言ったはずだ。士郎と話せばいいだろうと? 話してないのか?」

 

その問いに、セイバーは答える言葉を持たなかった。

話さなかったのだから。

期待していた分だけ裏切られてしまった反動が大きく、話をすることが出来なかった。

また黒い陰として、幾人もの民の命を喰らった桜を守ろうとしている士郎に、とてつもなく裏切られた思いを抱いたのだからなおさらだった。

そんなセイバーの気持ちを理解しているのかは謎だが、刃夜は一つ息を吐くと再び言葉を紡いだ。

 

「人殺しを助けようとしているのが気にくわないのか? なら俺もお前も……間違いなく同じ穴の狢だろうが?」

「――!? 貴様! この私を愚弄するのか!?」

 

同じ人殺し。

それはセイバーの誇りを逆なでにする言葉だった。

王として、自国の民のために命をかけて、幾度となく戦ってきた。

確かに人を殺したことは事実だった。

だがそれも、降りかかった火の粉を払うための必要なことだ。

少なくともセイバーはそう考えていた。

実際その通りなのだろう。

防衛のための戦争(人殺し)と、自らの飢えを満たすための食事(人殺し)

確かに志にずいぶんと違いはある。

時代の違いについても、考慮しなくてはいけないのかも知れない。

 

けれど……

 

「愚弄なんてしちゃいない。自分にとって大切な存在のために、自らが命をかけて戦ったのなら、それは誇っていいことだと俺は思う」

「なら――」

 

 

 

「だがそれでも……人を殺したという事実に一切代わりはない」

 

 

 

静かだが、容易に反論が出来ない何かが込められている言葉だった。

その言葉に何かを感じたのか……セイバーも反論をしなかった。

言葉に乗っていた感情を感じ取ってしまったから。

とても複雑な、感情を。

刃夜は月を見上げていてセイバーには、刃夜のその表情をうかがい知ることは出来なかった。

 

「まぁ、それで納得できるわけないか。だから前にも言ったはずだ。士郎のことを見てみろと」

「……何がいいたい?」

 

以前士郎が投影の魔術訓練を影から見守っていたときに、刃夜に声をかけられた。

そして気になるのならば話をしたらいいのでは? とそう言われた。

しかしそれでもセイバーは、士郎と話をすることはしなかった。

 

「何が言いたいと言われてもな。正直この前と大して変わらん。士郎を見てみればいい。前に話したときよりも、より人間になったあいつをな」

「士郎が……人間に?」

「というと語弊があるかも知れないが、まぁ俺から言わせればそう言うことだ」

 

見上げていた顔を戻し、刃夜がセイバーへと振り向き……セイバーの目を静かに見据えた。

その目にセイバーは、何か不思議な魅力を見た。

悲しそうな、泣き出しそうな……そんな瞳に。

 

「あいつは人間になろうとしている。自分の欲望に忠実でありながらも、それでも理性的に意思を持っている人間に。それがお前さんにとって足りない物何じゃないか?」

「どういうことだ?」

「さぁな。お前のことを大して知らない俺が、完全にわかるわけないだろう。だが……賛成こそしなくとも、反対をしなかったのが、如実に語っているんじゃないか?」

 

刃夜の言うとおり、セイバーは桜を救出に行くことに賛成こそしないものの、反対もしなかった。

自らの力を取り戻すという理由もある。

それでもセイバーは反対しなかった。

 

それは……何故なのか?

 

「まぁ、何となくわからんでもないし、何度も言うのは面倒だし、俺としても偉そうに説教できる立場じゃないからな。一応俺の考え方ってことで、もう一度同じことを言っておくよ」

 

刃夜はただ静かに、セイバーに向けて……こういった。

 

「人間ってのを、見るのがいいんじゃないか? ある意味で一番人間の男らしい理由で動こうとしているんだからさ。士郎が」

 

最後に、皮肉そうに刃夜は笑った。

一人の女のために、自ら死地へと赴こうとしている士郎に対しての、刃夜なりの感情表現だったのかも知れない。

そして、その皮肉そうに笑ったその笑みに……何か別の感情が見え隠れしたことに、セイバーは気がついた。

しかしそれを読み取る前に、刃夜は顔を背けて歩き出した。

その刃夜を追うことはセイバーもしなかった。

 

……シロウを……見てみる

 

ただ刃夜に言われたことが妙に胸に残っていた。

しかし直ぐにわかることもなく、セイバーも刃夜と同じように月を見る。

それで何かがわかるわけでもなく、セイバーはただ静かに……月を見つめているだけだった。

 

 

 

同調開始(トレースオン)

 

土蔵から、淡い魔力の光が立ち上る。

淡い光を放っているのは、一人の青年の両の掌。

十年間。

ひたすらに、ただひたすらに正義の味方を目指し続けて……夢を、養父を裏切った、一人の青年が磨き続けた魔術()

その力を手に、青年は……士郎はその両手に対の剣を投影した。

干将莫耶。

中国の名剣の一つであり、制作者の夫婦の名をつけられた剣。

互いに引き合うという性質を持つ夫婦剣だ。

アーチャーがよく使用していたため、その使用現場に居合わせた士郎が投影を行ったようだった。

凜のスパルタによる訓練のおかげで、実戦に投入しても差し支えないレベルにまで上昇した、士郎の投影技術。

実際、今投影した干将莫耶は、それなりの鋭さと頑健さを持ち合わせている物だった。

しかし、アーチャーが投影した物には遠くおよばず……そして、士郎にもわからない変化が起こっていた。

 

(……何だこの黒い筋は?)

 

投影された剣を見て、士郎はそう内心で呟いた。

夜と言うこともあり、土蔵の中もかなりの暗さになっているため、よく見ることが出来なかったが、それでもはっきりと……干将莫耶の剣身部分に、何か黒い筋の様な物が幾本も走っていた。

黒い筋が幾本も剣身に走っており、実に醜悪な姿に変わっていた。

 

まるで何かに迷っているかの様に……。

 

自らが生み出した剣に、いぶかしげな表情を浮かべる。

士郎があぐらをかいて座っている床には他にも何組か、同じような剣が転がっていた。

何度か行ったが、どう頑張ってもアーチャーが投影した干将莫耶にはならなかった。

 

(でも……失敗している感じじゃない。何んなのさ? これ?)

 

更に不思議なことに、成功しているとは言い難いはずの投影が、今までとは比べものにならないほどの精度を誇っていた。

劇的に投影の魔術があがる様なことはしていないはずなのに。

自らの体に、蠢く様に魔力が充満していることも、士郎にとっては不思議でならなかった。

その蠢きが、体に熱量と、頬に痛みを与えていたが……何故か怖くはなかった。

 

「痛みますか? 士郎」

 

突然虚空より響いた声。

しかし声で誰かがわかっていたため、余り慌てる必要はなかった。

声がした方に、士郎は振り向く。

するとそこには士郎の予想通り、ライダーが静かに佇んでいた。

 

「ライダー」

「私はあなたをずっと監視していました。私はサクラよりあなたの守護を任されましたから。主であるサクラの命令には従います。ですが……それも出来なくなってしまいました」

「? どういう意味――」

 

ライダーの言葉に疑問を覚えて、問いかけようとしたが、その前に士郎自身が回答を導き出した。

桜の命令と、桜が主であるという言葉。

つまり……

 

「あなたたちがサクラの下へ行こうとするのなら……せめてあなただけでも、サクラの元へ行くのを阻止します」

 

桜を主としているライダー。

令呪がなくなったにも関わらず、彼女が桜のために動くのは、桜自身を慕っているから。

そして桜のことを大事に思っているから。

何よりも……桜を怪物(自分)にしたくないから。

だから桜が苦しむ様なことを、ライダーは望まない。

ライダーが士郎を止めようとする理由。

それを理解した。

何よりも桜を大事にしてくれているということを。

それが士郎には嬉しかった。

けれども……止まるわけにはいかなかった。

 

「あんたが桜を大切にしてくれているのがわかる。俺が桜の元に行ったら桜が苦しむから、こうして止めようとしているんだろう?」

 

変わり果ててしまった、変わり果てようとしている自分を見られたくない、見て欲しくない。

その気持ちを誰よりも理解しているから。

せめて士郎だけでも行かせまいと……こうして士郎が一人になる瞬間を狙っていたのだ。

ライダーが桜を大切に思っているからこそのこの行動について、士郎はただ感謝の念を伝えることしかできなかった。

 

「……それがわかっているというのに、行くというのですか?」

「当たり前だろう? これは俺がやらなくちゃいけないことだ。最後まで桜を守る。最後まで……どんなことがあっても、桜を選ぶ」

 

迷いながら、道を踏み外しそうになって……そして今も悩んでいた。

それでも……さんざん悩んでも士郎の思いは変わらなかった。

人を殺してしまったという事実を、凜から突きつけられても、変わらなかった。

揺るがなかったと言えば嘘になる。

何せこの身は幾年も「正義の味方」を目指していた存在。

人において、最大の禁忌とも言える行為を、そう簡単に許容できるわけがなかった。

 

けど……それは俺も同じことなんだよな……

 

十年前。

冬木を襲った、第四次聖杯戦争による大火災。

その唯一の生き残り。

助けを求める声を、目を、祈りを……全て振り切って士郎は生き延びた。

切嗣の助けを借りて。

助けを請う人々の願いを捨てて、士郎はただ生き残るために逃げた。

それを人殺しと言うのは、普通に考えればおかしいことだろう。

何せ幼少時の士郎に、そんな力などあるわけがないのだから。

けれどそれでも……人を見捨てたことに代わりはなかった。

例えそれが、無理だとわかっていても……。

何もせず、ただ黒い太陽(アンリマユ)から逃げたことに代わりはない。

 

人を見捨てたという事実は……消えることなく士郎の胸に小さな残り火として、くすぶっていた。

 

その思いは消えることなく、今でも心の中で燻っていた。

 

桜の味方になると誓った、今でも。

 

むしろ誓った今だからこそ、その思いがより強くなっているのかも知れない。

 

辛かったからこそ、目を背けたい出来事だからこそ……その事実から目をそらさずに生きてきた。

 

だからこそ、正義の味方を目指した。

 

人々を見捨ててしまった……贖罪として。

 

けれど自分は出会ってしまった。

 

見つけてしまった。

 

気付いてしまった。

 

己よりも……己の願いよりも大切な人を。

 

気付いてしまってからはもうダメだった。

 

揺れ動きながらも、確かに自分ははっきりと、自らの意思を持って……言える。

 

 

 

桜が……欲しいと……。

 

 

 

「……いつぞやの回答ということですか? 今の言葉は?」

 

刃夜とともにイリヤを助けに行った夜。

その夜、今と同じように二人になった状況で、ライダーに投げかけられた問い。

 

何も出来なかった。

 

イリヤを助けに行ったはずなのに、あの小さな少女の手を引くことすらも出来なかった、自分自身。

 

圧倒的だった狂戦士(バーサーカー)を、いともあっさりと倒してしまった、自分のサーヴァントの力の化身。

 

黒い戦闘騎士に敗れた狂戦士(バーサーカー)との戦いに巻き込まれて、吹き飛ばされた。

 

刃夜と黒い戦闘騎士との戦いの余波で、黒い飛沫を浴びた。

 

その飛沫を浴びたことで、意識を失ってしまった自分。

 

本当に何も出来なかった。

 

ただ、己の無力さを噛みしめることしかできなかった、あの日。

 

そこに追い打ちをかける様に、士郎の覚悟を問いただしてきたライダー。

 

あのときは何も答えることが出来なかった。

 

 

 

責任は取りなさい。犠牲者は一人っていう形でね

 

 

 

以前共同戦線を決別したとき凜に言われた、責任の形。

 

それすらすることができそうにない……するわけにはいかない己自身。

 

つくづく何も出来ないのだと、ただそれだけを認識することしかできない。

 

 

 

でも……それでもどうしてもしなければいけないことがある

 

 

 

これだけは他の誰にも出来ないし、譲るつもりもなかった。

 

これを他の誰かに任せてしまっては……それこそ桜にも、そして正義の味方から桜の味方になった自分すらも、裏切ってしまうことになる。

 

だから、これだけは何があってもやると、士郎は誓っていた。

 

 

 

「あぁ、そうだ、ライダー。桜を助けるために……あんたの力を貸して欲しい」

 

 

 

そのためには、桜の前にたどり着かなければならない。

 

五体満足なんて贅沢は言わない。

 

この身はただ……今その瞬間のためだけにある存在なのだから。

 

片手一本でも、片足一本でも捧げてでも……士郎は桜の前にたどり着かなければならない。

 

けれど自分一人では出来ないから。

 

たどり着ける訳がないから。

 

だから、士郎は周りの力を借りてでも、桜の元にたどり着いて、成さなければならないことをすると、誓っていた。

 

その覚悟がライダーにも伝わったのか……ライダーは口元に手を当てながら静かに微笑んだ。

 

 

 

「いいでしょう。あなたを信頼し、一時の主として認めます」

 

 

 

目を隠しているにもかかわらず、その笑みは士郎の心に非常に強い印象として残った。

 

今まで仏頂面と言っていいほどに、感情を顔に浮かべなかったライダーが、初めて見せた隠すことのない笑みだったから。

 

 

 

それぞれが自分が行うべき準備を終えて……自然と、外へと集まった。

それぞれがそれぞれのやるべきことを把握し、俺たちは衛宮家の庭に集合した。

それぞれ普段手にして慣れた得物と、新たに得た得物を携えて……。

 

「それじゃ、行くわよ!」

 

準備を終えて、遠坂凜の号令の下、俺たちは柳洞寺の大空洞へと向かう。

それぞれ思うところもあるだろう。

そして各々が胸の内に秘めた思いもばらばらだった。

だがそれでも、今はどうしてもやらなければいけないことのために、こうして団結している。

 

呉越同舟とは違う……かな?

 

どうもずいぶん似ているが……違うと信じたい。

少なくとも何人かは、桜ちゃんのために動いているのは間違いない。

俺もその一人だ。

そして桜ちゃんだけじゃなく、守らなければいけない人たちがいる。

 

何より……果たさねばならないいけないこともある。

 

 

 

さて……果たして成功するか……

 

 

 

俺は今宵の得物達の様子を確かめながら、先日、廃屋になった武家屋敷で何とか完成させた技を頭の中で再度イメージする。

対抗するにはこれしかないと思い、何とか成功させたが、それでも不安はある。

そもそも制御がかなり難しい。

ある意味では苦手な呪術に近いと言ってもいい。

しかしこれ以外に思いつかなかった。

気力と魔力を総動員してなお……勝てるという確信が持てないという……。

 

本当に、化け物だ……

 

苦笑するしかなかった。

あれほどの化け物のあいつに……。

その化け物とのこの後行うことを考えて、心から歓喜している己自身に。

 

何も考えずに振ればいい……か……

 

弟子の一人にそう伝えた言葉。

出来なくはない。

実際その状況に陥ったのならば、考える余裕などありはしない。

思考をしながら剣を振るって対抗できる相手ではないのだから。

けれど、その場に行くまでには想像してしまう、夢想してしまう。

 

その瞬間を……

 

正直な話、歓喜で狂いそうだった。

 

未熟だな……俺も……

 

手にした得物を握りしめながら、頬が笑みで歪むのが止められなかった。

その笑みを空いている片手で隠す。

しかし、それでも笑みを抑えることは出来なかった。

 

 

 

楽しみだ……

 

 

 

暗く、黒く……実に醜い感情で胸がいっぱいだった。

 

だが、それが楽しみでしょうがなくて……俺はただ静かに嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

星を祭る祭壇。

それほどまでに神秘的と言えなくもない空間だった。

天と地をつなげるほどに燃えさかる炎。

揺らめく炎が空洞を焦がし、照らし……硬く覆い被さっている天蓋である地面を灼いていた。

 

だが、この空間を神秘と言うには、あまりにも黒すぎた。

 

燃えさかる炎の色は黒く、暗い。

にもかかわらず空洞を照らすという不気味な炎。

空気は濁っており風もないがために、辺り一帯の空気はひどく澱む。

壁である地層より滲む水は、全てが毒に染まっていた。

 

 

 

その炎の中心地……その手前に一人の少女が佇んでいた。

 

 

 

闇の陰を……黒い陰をそのまま身に纏ったかの様な、衣服の様な陰を纏う少女。

 

服の様な陰には縦にまっすぐ伸びる、いくつもの赤い陰があった。

 

そしてその赤い陰が、浸食するように少女の白い頬を赤い紋様の陰で染めている。

 

 

 

奇しくも、士郎の左頬の黒い痣と同じように、少女の頬を染めていた。

 

 

 

髪の色も変わり、白い髪が炎の熱気に揺れている。

 

目もうつろになり、姿形だけを一人の少女に似せたと、いってもいいかもしれない。

 

だが容姿も、雰囲気も……まるで全てが逆転したかの様なその姿は、あまりにも痛々しく見えた。

 

 

 

その少女を……桜を以前の桜と認識できるのは、髪を結っているリボンだけだった……。

 

 

 

「桜。返事をせぬか桜?」

 

変わり果ててしまった桜しかいないはずの地底で……しわがれた声が響く。

桜しかいないはずの地底。

桜の気配しか感じられない、地の底の呪われた祭壇。

その祭壇に立つのは確かに桜のみだった。

だが、はっきりと……そのしわがれた声は、この地底の澱んだ空気をわずかに震わせる。

 

しかしそれは不思議なことでも何でもなかった。

 

桜しかいないはずの地底で響く、老人の……間桐臓硯の声。

それは桜の内より発せられた声。

桜の身の内側に潜みし、醜悪な存在の思念と肉体。

自らの魂を封じ込めた小さな虫に宿り、桜の心の蔵に巣くう生への渇望者。

心臓に巣くった疑似神経体の虫。

それが、間桐臓硯の本体であり……正体だった。

 

「どうした桜? 答えぬか?」

 

身のうちに巣くう虫が、苛立たしげに声を上げる。

臓硯は桜の不手際に、確かな怒りを感じていた。

刃夜がイリヤを救出しにきた際、何故仕留めなかったのかと?

バーサーカーを放ったまではまだ理解できた。

黒い陰の黒い泥によって強化されたサーヴァントが、いくら人外じみた怪物(モンスター)の様な力を有している存在であったとしても、勝てるわけがない。

だから桜の采配に任せた。

にもかかわらず桜はイリヤを取り逃がした。

何の成果も得られずに、取られたものを取り返されただけだった。

変質する己の体に耐えていたという言い訳もあるかもしれない。

だがそれでも、あのときあの不確定要素の塊とも言える存在の刃夜だけでも、始末しておくべきだったのだと、臓硯は思っていた。

故の怒り。

故の叱責。

しかしそれでも桜は……返事をすることなく光の宿らない瞳を、虚空へと向け続ける。

 

「……よもや、壊れたか?」

 

苛立ちと怒りを含んでいた声に、いぶかしげな感情が宿る。

幾体ものサーヴァントを従えているにもかかわらず、桜は刃夜とイリヤを見逃した。

普通に考えれば邪魔な存在を、つぶせるときにつぶしておいて損はない。

それをしなかったことに苛立ちと怒りを覚えていた間桐臓硯だったが……文字通り命を握っている絶対的な支配者たる自分に、返事すらもよこさないことが、桜の意識が壊れたためだと、臓硯は考える。

 

(……無理もないかのう。これほどの念をあびておるのじゃから)

 

祭壇より巻き起こる黒い炎。

余波でしかないその炎より放たれる思念は、まさに全てを焼き尽くす炎そのもの。

いくら強いといっても、ただ一人の人間にすぎない孫娘が、耐えられるはずもなかった。

 

「あっけなかったの。もう少し保つかとおもうたが……これがこやつの幕引きか」

 

臓硯は本当に……心底残念そうに、そして心底嬉しそうにそう呟いた。

自ら育て上げた間桐の後継者。

自ら犯し、侵し、嬲った少女の最後。

らしくもなく、臓硯は桜の過去を振り返り……ありもしない顔に笑みを浮かべる。

 

初日はさんざん泣きわめいた。

 

しかし次の日にはすでに壊れかけた。

 

ただ虚ろなまま、自らの分身である虫に嬲られるままだった。

 

だがそれでも少女は……幼き桜は耐えた。

 

心の蔵を握られているが故に、逆らうことが出来るはずもなかった。

 

だがそれでも少女は壊れず、自分に許される範囲で、己であり続けた。

 

士郎の家に通うという……己に。

 

逆らえないと知ってなお、それでも自らの思いを無意味に主張する桜を、臓硯は心の底から愛おしく思った。

 

そして、何よりも……第六次で行うはずだった自らの悲願を、実験作でありながら成就しようとしている。

 

そして……これから自らが成るであろう存在への期待。

 

これほどの功績を作り上げた存在である桜が壊れたのを悲しまないほど、臓硯は壊れていなかった。

 

狂っている愛ではあった。

 

醜悪な愛だった。

 

それでも臓硯は間違いなく……桜を愛していた。

 

 

 

「体がまだ変わりきっておらんのが少し残念じゃが、贅沢はいえんの。この肉体。消えてしまったお主の代わりにワシが引き継ごう。さらばだ……桜! よくぞワシを愉しませた!」

 

 

 

そして心の蔵に巣くった虫が動き出した。

 

黒い陰に覆われた桜を支配しようと。

 

だが……それは叶わぬ願いだった。

 

桜はまだ……生きていたのだから。

 

 

 

「その必要はありません、おじいさま。私は大丈夫です」

 

 

 

自らの胸に手を当てて……その指を血で染めながら、肉体へと抉る込ませる。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

何をするのか?

 

そう問おうとした臓硯の混乱は極地に達した。

 

狂乱といっても良かったかも知れない。

 

そして、恐怖を覚えた。

 

自らの肉体の心の蔵に指をめり込ませて、神経も心臓すらもずたずたにしながらも、桜は何の苦痛も感じていないのか涼しげに嗤いながら……

 

一匹の小さな虫を、引きずり出していた。

 

 

 

「――っ!?!?」

 

 

 

恐れた。

 

ただそれだけしかあり得なかった。

 

自らの肉体を抉り、心の蔵を貫きながらも、桜はただ嗤っていた。

 

 

 

「な……なにを……」

 

 

 

声に反応する様に動く虫。

 

否、声を出すことで動いているのだろう。

 

桜はただその小さな小さな虫を、光のない目で見つめた。

 

祖父である存在。

 

祖父と名乗り、自らを嬲った存在。

 

祖父であったという存在を……観察する様に、じっくりと見つめていた。

 

 

 

「やってみたら簡単でしたね。驚きました。私、おじいさまはもっと大きいんだと思っていました」

 

 

 

その言葉は半分正しく、半分異なっている。

 

元はこれほどの矮躯ではなかった。

 

第五次聖杯戦争の折に、顕現した聖杯の欠片を桜に埋め込む際、絶対的な支配者として自らの体をその聖杯の欠片に埋め込む必要があった。

 

心臓に巣くうのであれば、それよりも小さくなければ入ることが出来ない。

 

絶対的な支配者となるために、それは必要なことだった。

 

必要ではあったが……大きな誤りでもあった。

 

 

 

それが過ちである気付く、この瞬間まで。

 

 

 

「ま、待て! 待つんじゃ桜!」

 

 

 

命という絶対的な切り札を有していた自分が、何故このような状況に陥っているのか?

 

目的を隠すことはしなかった。

 

絶対者である自分に、桜が逆らうことなど出来るはずもなく、また逆らうこともなかったからだ。

 

少女はいつか、間桐臓硯に喰われる肉の器にすぎなかった。

 

 

 

こうして……桜が間桐臓硯を殺そうとするそのときまでは……。

 

 

 

「違う! お主の意識があるのならばそれでよい! お前にわしがとりつくのは最後の手段! お前の意識があるのであれば門はお主の物! わしは間桐の血統が栄えることが望みよ! この聖杯戦争の勝者となるのは間違いなくお主だ! ならばそれでよい!」

 

 

 

小さく、ぴちぴちと……囀るようにその虫は動いていた。

 

指先でつまめる、その小さな醜悪の塊を見つめながら……桜は嗤った。

 

 

 

「待ってくれ桜! ワシはお主のためを思ってやってきたのだぞ!? その恩を忘れてワシを――」

 

 

 

「さようなら、おじいさま……。もう消えていただいて結構です」

 

 

 

桜は指にわずかに力を入れて……虫を小さくつぶした。

 

それで終わりだった。

 

あまりにもあっけないほどに……終わった。

 

たった一つ見落としたがために……臓硯の願いは地に落ちた。

 

育てすぎてしまったのだ。

 

少女の闇を。

 

気付いていなかったが故に、臓硯にはどうすることもできなかった。

 

少女に植え付けた……自らが孕ませた闇を、育てすぎてしまった。

 

それが全てだった。

 

祭壇の黒い炎が、一際大きく揺れ動いていた。

 

自らを体現する少女が自立したことを……喜んでいるかのように。

 

 

 

「……」

 

 

 

桜は自らの指先に吐いた自らの血とは別の血液を静かに見つめ続けた。

 

見つめ続けて……頬を歪ませた。

 

 

 

白い頬を染めている赤い紋様の陰が歪んだ。

 

 

 

その笑顔は、紋様の歪みと相まって……醜悪だった。

 

 

 

「ふふ……ふふふ……。あはははははは――」

 

 

 

何の感情も込められていない空虚な声。

 

揺らめく黒い炎がそれに合わせて揺れ蠢く。

 

桜はただ自らの醜悪さに気付かずに……ただただ嗤っていた。

 

 

 

ひとしきり嗤い終えて……桜は目の前の祭壇より巻き起こっている黒い炎に手を広げて、恍惚とした笑みを浮かべた。

 

 

 

ひどく歪みながらも……純粋な思いが写った、そんな笑みだった。

 

 

 

 

 

 

「待っていてくださいね……先輩」

 

 

 

 

 

 

愛おしそうに。

 

狂おしそうに。

 

病めるように。

 

少女は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

暗い。

 

暗い。

 

真っ暗な空間。

 

否、少しだけ灯りがあった。

 

床が、天井が、壁が……。

 

うっすらと緑色の淡い光を放っている。

 

しかしそんな星明かりにも見たぬ様な光では、とても明るさを届けられない。

 

それほど広大な空間だった。

 

風もなく、音もしない。

 

まるで大気そのものがないのではないかと……そう疑えてしまうほどに。

 

だが……かすかな風切り音がしている。

 

あまりにも鋭く小さな音であるために、そばでなければ聞こえないほど、かすかな風切り音だ。

 

しかしその風切り音を発している存在のそばに、行こうとする者は誰もいないだろう。

 

いけば真っ二つにされてしまうとわかっていて、近寄ろうとする者はいない。

 

閃きにしか見えぬその軌跡は……あまりにも醜い色をしていた。

 

漆黒の刀身に、赤い筋が幾重にも走る長尺の刀身。

 

その刀身が淡い緑色に照らされて……実に不気味な色彩を放っている。

 

そしてその不気味な刀を振るう男もまた、不気味だった。

 

ただひたすらに、無心に……。

 

刀を振るうことしか知らんとでもいうように……ただ刀を振るうことしかしていない。

 

刀が空気を切り裂く音と、体裁きの動きの音だけが、停滞している空気を、わずかに震わせている。

 

その動きと剣の軌跡には、以前にはなかった力があった。

 

鋭い剣閃に……確かな力強さを感じられた。

 

かといって、力任せに振るっているのでは、断じてなかった。

 

鋭かった剣にさらなる力量が加わり……より相手を殺すことが可能になった剣と成っている。

 

以前にはなかったその力。

 

それに慣れるために……ならすために、ただただ無心になって剣を振るっていた。

 

 

 

早く来い……

 

 

 

否、無心という訳ではなかった。

 

剣を振るっているその表情には、確かな感情の込められた表情が……笑みを浮かべていたから。

 

狂喜の笑みを。

 

 

 

早く来るがいい……我が宿敵よ……

 

 

 

笑顔を浮かべながらただ剣を振るっている男……小次郎は、ただただそのときを待ちこがれていた。

 

全てを賭けて剣を交える存在が、自分の元に訪れる……その瞬間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、夜が更けていった。

 

そして終わりが始まろうとしていた。

 

 

 

一つの物語が……幕を閉じるまで、そう長くはない。

 

 

 

 

 




今年はこれで終了となります
今年一年も、お世話になりました
まだ書き終えていないのでまだあげませんが……そう期間を空けずにあげたいと思ってます

そして可能であれば、また来年もよろしくしていただければ幸いです

活動報告をあげるかもしれませんが、とりあえず

今年もお世話になりました

よいお年を

そして来年もよろしくお願いします!


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番外編
if 柳洞寺でのセイバーとの戦闘が小次郎ではなく刃夜なら?


番外編だよ番外編
戦闘シーンを全然書いてないのと気分転換を兼ねて書きたかっただけ
後はリハビリですかね
このままだと現実に殺されそうなので、まぁ現実逃避しようかと
if物語ですのでつっこみはなしでお願いします
あと、物によってはデッドエンドも十分あり得ますのでw

デッドエンドねぇ……

生きるってなんだろうねぇ……






二人は静かに対峙した。

セイバーは山門を背にし、刃夜の後ろにいるのはキャスター。

キャスターの魂食い。

それを止めるためにセイバーは単身ここにやってきていた。

しかしセイバーより先に柳洞寺へと来ていた先客が、セイバーの妨害を行っていた。

 

「ふむ。予期せぬ来客よな。可憐な小鳥が単身で来るとは」

 

西洋の騎士との斬り合いを望んでいるのか、小次郎が悠然と佇み柔らかく笑みを浮かべながらも、その目線は鋭くセイバーを見つめていた。

刃夜と小次郎。

二対一の状況下で、セイバーは歯がみする。

アサシンでありがなら己と互角以上の実力を有する小次郎。

そして人間でありながらサーヴァントと生身で対抗できる刃夜。

更に全力が出せないとはいえ魔術師であるキャスターまでいた。

いかに最優と言われるセイバーとはいえ、この状況は好ましくなかった。

 

「まて、小次郎」

 

好戦的な笑みを浮かべる小次郎の前に手を出し、刃夜は小次郎を止めた。

圧倒的に優位なこの状況下で何をするのか? そう不思議に思うセイバーに対して……

 

「この状況では、さすがにお前も不利だろう? しかしこちらとしてもお前とやり合うつもりはない。今夜の目的はあくまでもキャスターと同盟を結ぶことだ。このまま引き下がってはくれないか?」

「なっ!?」

 

戦意がないことを伝えるためか、右手に狩竜は持ったままだったが両手を上げて手を開き、降参のポーズを取る。

刃夜としてはセイバーは失いたくない戦力だった。

今の状況ではさすがに引くだろう。

そう思われたが……この対応は率直に言って失敗だった。

 

「貴様……わたしを愚弄するのか?」

 

……あ

 

この一言で刃夜も己の失策を悟った。

騎士道を重んじているセイバーに対して「見逃してやるから帰れば?」と言われて侮辱と取らないはずがない。

更に言えばセイバーは無辜の民を苦しめることを行っているキャスターの討伐に来たのだ。

それを妨害すると言うことは、つまりは一般民を蔑ろにするということにもつながる。

おまけに念のために狩竜を完全に手放さないのも悪かった。

セイバーの性格上不意打ちなどしてくるはずもないのだが。

しかしそこは刃夜も剣士と言うべきなのだろう……さすがに敵前で己の得物を手放すことは出来なかった。

 

……しょうがない

 

「小次郎、すまんが俺がいく」

「ふむ」

 

ことここに至ってはもはや衝突は避けられない。

故に刃夜は挑発をしてしまった責任として、自らが前に出ることを望んだ。

小次郎としてもそれに異を唱えることはしなかった。

本心としてはセイバーと斬り結びたい気持ちが山々だったが、刃夜がそれに気付きながらも自らの失態を注ぐために前に出ると言っているとわかった。

一度目を閉じて意識を変え、小次郎は微笑んだ。

 

「最優のサーヴァントにどこまで拮抗できるのか、見物よな?」

「からかうな」

 

刃夜は狩竜を手放し、鞘のまま地面へと突き立てる。

長い得物は一見して間合いが広くなるために優位に見えるが、セイバーほどの機動力と機動性を有している相手では話が別だった。

故に刃夜はもっとも得意とする打刀での戦闘を選択する。

スローイングナイフもいったん外し、腰回りと背中に装備した得物、夜月、花月、雷月、蒼月、封絶にてセイバーに勝負を挑む構えだった。

そして、刃夜は静かに夜月の鯉口を切る。

 

「……本当に貴様が闘うのか?」

 

確認の意味もかねて、セイバーが口にした疑問。

それは当然の疑問であり、いくつかの確認を込めた問いだった。

先ほども言ったとおり、今の状況はセイバーにとって圧倒的に不利。

同盟はまだ結び終えていないといえども、事実上4対1。

この状況を楽観視できるような愚か者ではない。

だが、刃夜は先ほどセイバーと敵対する気はないといった。

それを証明するかのように小次郎と同時にではなく、刃夜のみで闘おうとしている。

サーヴァントである、(セイバー)と。

それは普通に考えれば無謀以外の何者でもない。

だが、それが常識外れであっても無謀ではないのだ。

刃夜ならば。

 

「闘う気満々で来たんだろ? ならそれでいいだろう? それに……」

「?」

「実際に生きてその道を極めた西洋の騎士と差しの勝負。そう経験できることではない!」

 

その言葉とともに、刃夜はセイバーに向かって突貫した。

鯉口を切ってそのまま抜刀せずにいたその狙いは……一撃目を最速の攻撃、抜刀術へと移行するため。

一瞬にして間合いを詰めて、刃夜は己の間合いにセイバーを捉える。

鞘で刀身を走らせて、加速した刃で宵闇を斬る。

 

「!」

 

当然セイバーもただそれを受けることはない。

体を後ろへと流して刃夜の初撃を躱し、体を戻す反動を利用して聖剣を振り下ろす。

刃夜は振り切った刀の勢いそのままに半歩右前にでて体を反転させて、セイバーに背を向ける。

そしてその勢いを右足に乗せてセイバーへと蹴りを放つ。

 

っ!?

 

振り下ろした剣の軌跡から体を逃がしつつ、刃夜は後ろ回し蹴りを放ってきた。

セイバーは剣の柄でその蹴りを受ける。

一瞬だけ受け、その力に逆らうことなく、セイバーは蹴りを受け流す。

受け流す際に柄の下方で流すことで、刃夜の力を利用しながら剣の向きを変えて、剣先を刃夜へと向ける。

後ろ回し蹴りの姿勢は体を回し、体そのものを振り子にして蹴りを放つ。

それによって上半身が後方へと移動するため、剣を振り下ろしたのでは有効なダメージを与えることは出来ない。

下方より迫る蹴りの方が剣よりも先に攻撃できるからだ。

気力と魔力を用いる刃夜が相手ではなおのこと。

だが……

 

「―――だぁっ!」

 

刺突ならば十分なダメージを与えられる。

セイバーの膨大な魔力を使用しての刺突は普通の攻撃ではない。

破城槌そのものだ。

その高速にして轟撃の一撃を、刃夜はセイバーと同じように柄で受ける。

だがセイバーの一撃はあまりにも強力すぎて受け流すことが出来ず、両手でしっかりと握った柄で受けた。

片足で踏ん張ることが出来ないため、刃夜は不利な体勢になるとわかりつつも跳び、セイバーの力で後方へと自身を逃がした。

ほぼ地面と水平になりながらとんでいく刃夜を、セイバーが追う。

魔力を使用しての加速で一瞬にして刃夜に追いつき、がら空きの胴体に向けて剣を振り下ろす。

 

くっ!?

 

刃夜は心で舌打ちをしながら足を振り上げて自ら空中で回転し、セイバーの剣を躱す。

振り下ろした剣を返し、セイバーは下からの切り上げを放つが、その剣を左手を峰に添えて刃夜は両手で受ける。

そしてセイバーの力と自身の腕の力を用いて、刃夜は高く跳びあがった。

それを追うセイバー。

刃夜同様高く舞い上がり、体ごと剣を回転させて再度剛剣を振るう。

 

ったく! なんて奴だ!

 

悪態を吐きながらも笑みを浮かべながら、刃夜はそれを再度夜月で受けた。

しかし今度は両手ではなく右手のみだった。

片手で受け止められるような生半可な攻撃ではない。

故に先ほどとは違い気力にて空中に足場を形成し、脚力も用いて強引にセイバーの一撃を受け止める。

 

「なっ!?」

 

よもや空中で受け止められるとは思いもよらなかったセイバーの顔に驚きが走る。

自らの強力な一撃をまさか空中で強引に受け取られるとは、セイバー自身思ってもみなかったのだ。

空中で少しだけ二人は停滞し、互いをにらみ据える。

 

「お返しだ!」

 

今度は力を込めて体幹で、刃夜がセイバーを地面へとたたきつけるように刀を振るう。

剣で受けていたためただ押されただけであり、セイバーにダメージはないが刃夜の攻撃はそれだけでは終わらない。

なんと、普通ならばあるまじき行為……刃夜は夜月をセイバーに向かって投げつけたのだ。

 

「!? 自らの得物を!?」

 

夜月の刃が、セイバーの視界を覆うように回転しながら飛来する。

咄嗟に手にした聖剣で打ち払おうとするが、セイバーの直感が悪寒を知らせる。

強引に体を動かして投げつけられた夜月を躱した。

その夜月に隠れるようにして封絶を振りかぶっている刃夜が視界に広がる。

夜月でセイバーを押しながら空いた左手を背中へとのばして、封絶を抜いていたのだ。

そして魔力の足場を形成し、セイバーへと突進。

夜月を投げつけたのは視界を悪くし、不意を突くためだった。

 

「食らえ!」

「ぐっ!」

 

振るわれた封絶を、セイバーは空中で受け止める。

魔力の足場にて加速した力をなんの力場もないまま受け止めることは出来ず、セイバーは刃夜の剣戟で吹き飛ばされる。

再度体をひねり、セイバーは足から地面に着地する。

刃夜も地面に突き刺さった夜月のそばに着地した。

互いに距離が離れたために、一度仕切り直しになると思われた。

しかし、刃夜の予想を裏切り、今までよりも遙かに速い速度でセイバーが刃夜へと迫ったのだ。

 

なぁっ!?

 

今度は刃夜が驚く番だった。

今までの突進が遅く思えるほどの超速度で迫ったのだ。

確かに地面にひざまずくようにして着地したために、溜めを作るのにそう苦労はしなかっただろう。

しかしそれでももはや突進ですら生ぬるいその速度はどうして生まれたのか?

その答えは鎧にあった。

 

鎧がない!?

 

魔力によって形成されたセイバーの鎧。

鎧を形成している分の魔力を推進力へと変換、魔力放出によって神速の突進を行ってきたのだ。

 

「だぁぁぁぁ!!」

 

セイバーの咆吼。

その咆吼に応えるように振るわれた勇ましい剣が、刃夜に迫る。

咄嗟に夜月を取ろうとする自分の意思を押しとどめて、刃夜は右手を背中に回して封絶を両手に持つ。

気力と魔力で強化されている夜月は確かに信頼出来る一番の得物であったが、刀の細い線で受け止めては夜月がおれることがなくとも、力を受け止めきれず押し負けて強引に切られるおそれがあったためだった。

故に、封絶を交差させてセイバーの剣を受ける。

しかし受け止め切れずに、柳洞寺の堅牢な壁まで吹き飛ばされてしまう。

 

なんつー馬鹿力!

 

セイバーの突進力に刃夜は舌を巻いた。

だが、感心している場合ではない。

再度空中で体を回転させて、刃夜は壁に着地した。

そして気力によって強化した脚力で、お返しとばかりにセイバーへと再度突撃。

セイバーも予想していたのだろう、体勢を立て直して刃夜を迎え撃つ。

そのセイバーへ向けて、刃夜は再度得物を手放す。

 

「封絶! よろしく!」

『よかろう』

 

投げられることを嫌っていた封絶だったが、優勢とは言えない状況下で不満を言うことはなかった。

手にした双剣を再度投擲。

左右から緩い弧を描きながら迫り来る双剣。

刃夜は更に後ろ腰に装備している水月を抜刀し、最短距離を貫くようにセイバーへと投擲した。

 

同時攻撃か!?

 

微妙に投げる時間を調整されたその攻撃は、セイバーの動きを封じるために投げられた。

それぞれの封絶を弾くか、または避けるか?

セイバーのあらゆる回避に対応して投げられた攻撃の真意は、別にあった。

セイバーが封絶をエクスカリバーで弾こうとしたその瞬間に、再度悪寒を感じ取った。

その悪寒が現実になる。

なんと、封絶がまるでエクスカリバーを避けるようにして、軌道を変えたのだ。

 

奇怪なことを!?

 

だが封絶が魔力を帯びていることはわかっていたため、何かしら搦め手が来ることはセイバーも感じ取っていた。

刃夜の次の行動を予測してセイバーは封絶と水月、三つの攻撃全てを危うげなく躱し、打ち払い、最後の攻撃に備えた。

しかし……

 

「甘い!」

 

そんなセイバーの対応を見ながら突貫していた刃夜が更に加速したのだ。

それは気力を用いての二段階の突貫。

気力の突貫で再度勢いを増した刃夜は、空中で何度も回転しながらセイバーへと迫る。

 

速い!?

 

二段構えの突撃とは思いもよらず、セイバーの対応に若干の遅れが生じる。

しかしあくまでも若干であり、防御するのが遅れるわけもない。

剣にて、刃夜の右の蹴りを受け止める。

力で断ち切ることを前提としている西洋の剣のため、刀ほど斬れ味がいいわけではない。

それでも脚甲を身につけてもいない生身の足を切れないはずはない。

だが切るためではなく、受け止めるために構えた剣だったため、気力と魔力で強化された刃夜の足を切るには至らなかった。

さらに……

 

「再度……お返しさせてもらう!」

 

拮抗した状況を打開するため、刃夜は更に魔力による足場を形成。

それによって力場で十分に力を溜めて、右蹴りに上乗せする。

 

「ぐっ!」

 

今度はセイバーが受け止めきれずに吹き飛ばされる。

刃夜同様セイバーも壁に激突するような事はなかった。

勢いを殺しながら地面に着地する。

そして直ぐに体勢を立て直す。

セイバーが着地するより前に地面に着地した刃夜は、直ぐそばに突き刺さっている夜月を右手に持って地面から抜き、再度セイバーに突貫。

それを待ちかまえるように剣を構えて、セイバーは迫り来る刃夜をにらみつける。

 

「づぁっ!」

 

勢いを乗せた袈裟斬り。

それを受けるのではなく、軌道に聖剣を上乗せし流すことによって刃夜の夜月を押さえつけるようにして剣を躱す。

押さえつけた姿勢のまま剣を返し、左切上げによって敵の攻撃を抑えながら刃夜へと剣戟を振るう。

顔と体を傾けて刃夜は聖剣から逃れる。

そのまま側転し、左手を蒼月の柄へとのばして抜刀。

回転し、頭が地面に向いた瞬間に再度抜刀術にてセイバーを攻撃。

 

足払いか!?

 

二刀流にて攻撃されたセイバーは慌てることなく、後方に飛ぶことで回避した。

回避と同時に反射するように前へと飛び出し、剣を振るう。

セイバーが来る前に体勢を立て直していた刃夜は迎え撃つ。

蒼月にてセイバーの剣を受け流す。

蒼月とエクスカリバーで火花が散った。

そのとき……

 

!!!

 

なに!?

 

刀身より炎が巻き上がり、宵闇を照らした。

火花ではとうていあり得ない火力だった。

蒼月を鍛造するときに練り込まれた火炎袋と、魔力を用いる蒼火竜の鱗や甲殻が、刃夜の注がれた魔力によって火炎を巻き起こしたのだ。

火力そのものに攻撃力はない。

無論攻撃のために出した火炎であれば話は違った。

しかし今の炎をあくまでも牽制と脅しのため。

当然セイバーも蒼月がただの刀ではないとわかっていた。

しかしなんの魔力の流動も感じさせずに発動したことは、魔術を用いた騎士であるセイバーにとっては驚きだった。

それが隙となる。

 

「っ!」

 

その隙を逃さずに刃夜は夜月を振った。

二刀流の利点である二つの剣戟でセイバーを攻める。

気力と魔力を用いた剣戟にて刃夜はセイバーを追い詰める。

 

「はっ!」

「ちぃ!」

 

一件優位に見えている刃夜だが、刃夜も驚きを隠せなかった。

全力での二刀流。

それも一番練度の高い打刀の剣戟だ。

二刀流による全力攻撃。

刃渡りは確かにエクスカリバーの方が長い。

しかし二刀による同時攻撃は、エクスカリバーしか持っていないセイバーに防戦を強いている。

鎧は再度纏われているため、鎧以外の箇所を攻撃しているので、確かに一撃必殺にはなり得ない箇所も攻撃している。

だが、それでも全てを完全に受けられ、流され、躱されている。

セイバーを殺すつもりで刀を振るっている刃夜の全力の攻撃をだ。

 

さすがは英霊。それも最優と言われるセイバーだけはあると言うことか!

 

斬りつけては避け、避けては反撃に切り返す。

刃夜が二刀流で何度も斬りかかるが、セイバーも何度も弾き、避ける、反撃に切り返す。

埒が明かない状況、膠着状態に陥ってしまった。

 

「だぁぁぁぁ!」

「づぁぁぁぁ!」

 

それを破るように、二人は全力で手にした夜月とエクスカリバーを振りかぶり、互いに向けて振るう。

が、両手でエクスカリバーを振るうセイバーと夜月を右手でのみ振るっている刃夜では、力負けしてしまうのは当然の帰結だった。

 

「だぁぁぁ!」

「っぐ!」

 

力負けし夜月を手放しそうになるが、何とか手に力を込めることで耐える。

しかしそれでも右腕は吹き飛ばされると思うほどに、後方へとはじき飛ばされてしまう。

 

ぐっ! 本当にこの小さな体でよくぞまぁ!?

 

膨大な魔力による身体能力強化とわかっていながらも、刃夜は心で驚きと感心を隠すことは出来なかった。

右手が吹き飛ばされたことで、右肩から体勢が崩れ落ちていく。

右肩から倒れていく姿勢をそのままに、勢いを乗せて左蹴り上げにて、セイバーの右側頭部を狙う。

 

!? 体勢を崩しながらも攻撃を!?

 

剣戟による勝負で敗北したにもかかわらず、そのまま攻撃へと移行してきた刃夜に、セイバーも驚く。

体勢を崩した刃夜に追い打ちを掛けようとしていた体勢を中止し、セイバーは頭をかがめるようにして蹴りを回避する。

躱された蹴りの勢いを利用して刃夜はそのままバク転を行って、セイバーから距離を離した。

そうしてある程度の距離が離れたことで、一度仕切り直しとなる。

 

さすがにそう簡単には勝てないか……

 

二刀流を持ってしてもセイバーを追い詰めきることに至らないことが、今の二人の実力を物語っている。

人の身でありながらサーヴァントに拮抗できる刃夜だが、以前己でも分析していたように攻め手に欠けることもあり、セイバーに勝利するのは難しいと言わざるを得なかった。

されどそれは当然といえる。

相手は人類を超越した存在。

世界によって死後、英霊の座へと招かれた傑物達。

その内の一人。

それも、騎士としては随一の実力を有しているアーサー王が相手なのだ。

いくら普通ではないとはいえ、刃夜の今の実力ではそう簡単に勝てる相手ではない。

 

「さすがは後世に名高い騎士様だな。さすがにそう簡単には勝たせてくれないか」

 

大仰に肩をすくめながら、しかし隙は一切見せずに刃夜はおどけてみせる。

しかしその目は一切笑っていなかった。

故にセイバーもこれを好機と見て斬りかかるような愚かなまねはしない。

 

「本当にただならぬ人間だな。貴様は」

 

そして驚いているのは刃夜だけではなかった。

確かに相手が普通ではないことはセイバーも理解していた。

しかし生身の人間にこうまで拮抗されるとは思っていなかったのだ。

それも己自身が得意な白兵戦で。

 

 

互いに皮肉を言い合いながらも、互いに心の奥底で喜びを感じていたのも事実。

 

 

 

実力が近しい物同士の斬り合いは、この上のない喜びだった。

 

 

 

「くっくっく、本当におもしろい男よな刃夜。さすがといっておこうか」

「……セイバーと互角にやり合うなんて」

 

完全に外野として二人の斬り合いを愉しんでいる小次郎と、二人のあり得ないやりとりを見てキャスターは唖然としていた。

しかし刃夜もセイバーも、周りの事はほとんど知覚していなかった。

そんな隙が生じてしまいそうな事はしない。

二人が今考えているのは相手をどう切り伏せるかの一点のみ。

 

二人はほぼ同時に構えた。

 

刃夜は、夜月、蒼月を納刀して、雷月を抜刀し構える。

最初と同じように打刀一刀流の構えである。

対してセイバーは変わらずエクスカリバーを構える。

そして互いに突貫……しようとしたが……

 

 

 

ダダダダダ

 

 

 

「……!?」

「――!」

 

階段を駆け上る音と同時に、なにやら話し声が聞こえてくる。

それによってこの場にいる全員に新たな来客が訪れたことを告げてくれる。

この状況下で深夜の柳洞寺に訪ねてくる人間などそう多くない。

刃夜もセイバーも当然誰がきたのかわかっていた。

それでも二人は互いに向かって突進しようとした。

しかし予想よりも速く士郎が石段を登り切り、柳洞寺へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長い割には実際に戦闘したら一瞬でしょうね
文章って難しいわぁ
ちなみにこのルートはとりあえずただの分岐ですね
デッドエンドはどれで書こうかなw
ランサーか、それともライダー!?
う~ん
戦闘って書いてて愉しいわw


これはあくまで番外編なので後で章の追加しますので
後は誰かこうかなぁ
ランサーとライダーは書くとして……
キャスターは自分の話だと話にならないくらいに弱いからいっそ原作レベルで魂食い行っている状態のと戦わせるか……
真アサシンなんかも書いてて楽しそうだな

またあげますので気が向いたら読んでください
本編も書けって話ですがw


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if もしも出前中の刃夜がランサーとアーチャーの斬り合いを見ていたら?

※時系列に矛盾が生じているがそこはつっこむな!

時空が歪んでいるがそこはご都合主義だ! by作者


出前してたら偉くすごい斬り合いを行ってるんだが

 

俺の和食屋(二号店)をひいきにしているお客さんから、どうしても今夜出前をしてほしいと以前から頼まれていた。

その出前を終えて帰宅しようとしてたら、とんでもない殺気を感じ取ったため様子を見に来たのだが……。

 

……やぶ蛇だったな

 

明らかに普通じゃない存在が、互いの得物を振りかざして火花を散らしている。

なんというか、恰好も得物も正反対同士の対決だった。

一方は浅黒い肌に、赤い外套を身に纏った双剣使い。

他方は全身を覆うような隙間のない青い装束を身につけて、血よりも朱い槍を携えている。

しかも両方相当できる。

槍使いはもはやほぼ同時といえるほどに連続の突きを放っている。

その突きを双剣で捌いているとはいえ、危うげなく回避し防御する双剣使い。

そして、その二つの存在の斬り合いを見ている俺と遠坂凜。

 

……パスみたいなのが遠坂凜と赤い奴の間にあるな。なんだあれ?

 

パスがあり、遠坂凜を守護するように前線で戦闘を行っているところから見て使い魔のような立ち位置に見えるが……。

しかしあれほどの存在を以前から従えているのであれば気付かないはずがない。

となるとあの赤い存在とはここ数日で主従の関係になったと推察されるが……。

 

まぁ他にも気になることはあるんだが、それはまぁいい……

 

あの赤い双剣使いには、その気配があまりにも異常だった。

気配そのものが異常というわけではないが、存在していることが異常だ。

全く同じ気配の人間に、俺は覚えがあるのだから。

 

まぁいい……

 

今の状況下では余り重要ではない事柄は捨て置く。

今考えなければいけないことはこいつらが何故顕れたのかと言うことだ。

 

ここ最近の冬木市の異様な雰囲気の変化はこいつらが理由の一端か?

 

冬木市が異様な雰囲気に包まれているのは、先日の冬の精霊のような少女と出会って確信に変わっている。

もし、あの冬の精霊のような少女の後ろに控えていた圧倒的な存在感が、この二人と同じような存在だったとしたら……。

 

この異様な連中はどんだけいるんだろうな?

 

この異様な存在が何体いるのかは不明だが、今は無事に逃げることが先決だ。

興味本位で来てしまったのは本当に失敗だった。

何せ……

 

得物は水月のみ……

 

赤い双剣使いと青い槍使い。

同時に襲われることはないだろう。

遠坂凜と知り合いということもあり、あいつの性格から考えて俺を殺すこともないと思われる。

 

まぁ仮に襲われたとしても、むざむざ殺されるつもりは全くないが……

 

しかしあの槍兵はそうもいかないだろう。

この状況が普通であるはずがない。

そして遠坂凜がいる以上これは魔術がらみである可能性が高い。

魔術は秘匿されるべき物。

それはつまり……目撃者は口封じのために殺すこともあり得るはず。

 

あのレベルの敵を相手に水月のみでは死を招く

 

何とか現場を離脱したいのだが……運悪くちょうど斬り合いが一段落し、二人が互いを互いの殺意で牽制し始めた。

その殺意のやりとりに思わず反応してしまう、俺。

俺が未熟だからだろう。

 

「誰だ!?」

 

見つかった!? まぁそうだろうな!?

 

まっすぐにこちらを射貫いてくるその視線は、狂気に満ちながらも鋭敏な殺意を持っていた。

あれほどの粗野な気配を放ちながらも、その殺意には一切の無駄がない。

先ほどの斬り合いを見ていなくても、それだけであの青い槍兵が一級の戦士であることを物語っている。

 

マジでやぶ蛇だった!

 

出前箱を持ったまま俺は即座に撤退開始。

見つかる前に何とか逃げられれば良かったのだが、それも今では叶わない。

故に全力で逃亡を図る!

 

三十六計逃げるにしかず!

 

気力と魔力を併用し、脱兎のごとく逃げ出すが、それだけで逃がしてくれるほど相手も甘くはない!

ぴったりと俺についてきている。

 

気力と魔力の併用で走る俺の速度に追いつくとは!

 

「逃がすか!」

 

速度はほぼ互角。

しかし互角ではダメだ。

こちらの手持ちの得物は水月のみ。

家に入って得物を取り出す時間がなければ俺は死んだも同然だ。

 

使いたくないが、やむなし!

 

魔力消費量がすこし多くなってしまうが、それでも死ぬよりはましだ。

魔力の少ないこの世界で使うのは少しリスクが高いが、それでも……

 

「霞化!」

 

左腕に魔力を通して、霞の力を使用して完全なる透明化及び気配遮断を行った。

古龍の力を、気配遮断のみに使用したので完全に気配を断てる。

最初から隠密行動を取っていた訳ではないため、気配を完全に遮断するには大量の魔力が必要だ。

俺の少ない貯蔵魔力がガンガン減っているのがわかる。

 

修行が足りんな……

 

が、けちって死んだら意味がない。

さすがにこれは予想外だったのだろう。

俺を追ってきていた槍使いが驚愕に目を剥き、急遽足を止めてあたりを見渡していた。

 

「どこに行った!?」

 

透明化したことで、見えないところからの攻撃を警戒しているのだろう。

しかしそれはあくまでも囮。

俺の目的は逃げることではないく、戦闘。

そして逃亡の次にすべきことは得物の確保!

 

『封絶!』

『心得ている! 急げ仕手よ!』

 

ある程度の距離を離して、俺は封絶へと話しかける。

距離があるため不安だったが、魔力の波動を乗せたために互いの交信が可能となった。

だが、それは相手も感知できると言うことであり。

 

「!? そっちか!」

 

距離を離したこと、そして感知されてしまったが故に、霞皮の護りの使用を解除し、魔力の温存に努める。

全力疾走で俺は自身の拠点である和食屋(二号店)へと急ぐ。

それなりの距離を稼いだが、それでも悠長に得物を取り出す暇は与えてくれるほど甘い相手ではない。

 

本当はいやだが……

 

恩人である雷画さんより借りている家だ。

手荒なまねはしたくはなかったが……そういうわけにも行かなかった。

やむなく俺は窓を体当たりで突き破って家へと入り、封絶をひっつかんで外へと転がりでる。

 

その瞬間、まるで稲妻のように走る敵の赤い穂先。

 

「くらえ!」

「っ!」

 

シースから取り出す暇もなかったが、今手にしているのは打刀ではなく身幅が十分にある双剣、封龍剣【超絶一門】。

前方に楯のように出して槍の切っ先から身を守る。

 

!!!!

 

激しい金属音が鳴り響き、火花が散った。

その敵の力を利用して後方へと吹き飛ぶ。

吹き飛びながら俺は封絶をシースから抜き、シースを投げ捨てる。

 

「ほぉ?」

 

俺の対応を見て敵が嬉しそうに粗野に笑った。

槍の刺突に反応できたことに驚きながらも、それを喜んでいるのだろう。

その笑みで確信した。

戦闘狂とは行かないまでも、戦いに喜びを見いだすタイプの戦士であると。

 

「やるな、坊主。まさか俺の突きを、生身の人間が受け止めるとは思わなかったぞ」

「お褒めにあずかり光栄だ。しかし事情はわからないでもないが、問答無用で殺しに来るとはな……。裏の世界だからしょうがないのかもしれないが、魔術ってのも物騒だな」

 

多少の事情は知っているというのを伝えるため、俺はあえて魔術という言葉を口にする。

はっきり言って大して意味はないが。

 

そもそもこんな双剣持っている時点で一般人でないことは間違いないしな

 

「ほぉ? 剣の心得があるだけでなく、魔術を知ってるのか? 魔術師には見えないがたしかに魔力を感じる。……もしやお前、マスターか?」

「マスター? 店の店主ではあるが……」

 

またマスターという言葉が出てきた。

先日、雪の精霊のような少女にも同じ事を言われた。

ただの質問かと思ったが、偶然が何度も重なるわけがない。

つまり「マスター」という単語は、この男とこの異様な雰囲気に関係していることになる。

 

が、それも今は詮無きこと。現状問題……否、目の前の相手に目を向けなければならない……

 

封絶を順手で両手に構える。

このレベルの敵を相手に、眼前の事柄以外考える余裕は微塵もない。

最低限動きが阻害されない恰好でいたのは不幸中の幸いだろう。

 

割烹着に双剣という、見た目はアレだが……な……

 

先ほどの赤い奴との戦闘、それに今振るわれた槍の速度。

どれをとっても一流、否それ以上の技量。

さらには敵の得物が槍というのが厄介だった。

 

三倍段が絶対とは言えないが……今の状況だと当てはまるから質が悪い

 

打刀とほとんど刃渡りが変わらない封絶と、全長六尺以上の槍。

間合いにおいて圧倒的に不利な状況。

間合いが遠のけばそれだけ敵の懐に飛び込まなければいけない。

故に昔から刀で槍を相手にする場合、三倍の段位が必要だという。

実際に三倍以上の技量がなくとも勝つ手段はあるにはあるが、こいつ相手には三倍の実力があっても厳しいだろう。

故に一刀流ではなく、両手で捌くことが可能な封絶を選択したのだが……。

 

勝てるかな……こいつを相手に。

 

鍛錬は以前と変わらずしているが、それでもイメージトレーニングだけでは無理がある。

実際に斬り結ぶのは久しぶりで……さらにいうのならば対人戦を行うのは、二年近い空白がある。

だがやらなければ己が死ぬだけのこと。

それを俺は是とするわけにはいかないのだ。

 

「……ほぉ」

 

覚悟を決めて、俺は眼前の敵をにらみ据える。

構えるは対の剣、封龍剣【超絶一門】。

一歩も引かぬ、不退転の顕れ。

俺の覚悟がわからないほど、相手もバカではない。

交戦する意思を固めた俺を、むしろ嬉しそうに笑みで顔をゆがめて見つめていた。

 

「いいねぇ坊主。生身の人間でありながら、英霊たるこの俺に逃げるどころか挑もうとするその胆力。そしてそれが無謀でないとわかる技量。これはなかなか……」

 

無造作に槍を手にしていた姿から、相手はその槍を構える。

全身から威圧感と殺気をまき散らしながらも、その構えには一部の隙もない。

一挙手一投足、見逃すわけにはいかない。

膨大ながらも、それ以上に鋭い殺気を感じられる。

ここまでくればそれはもはや「気」ではない。

 

凶器その物。

 

それだけで人が殺せるほどに鋭敏な、鋭い殺意。

 

 

 

「――楽しめそうじゃネェか!」

 

 

 

空気を、空間すらも否定するかのような一撃。

先ほどの一撃が手抜きをしていたのではないかと思うほどに、その速度には明確な違いがあった。

おそらく俺をそれ相応の相手であると認識した違いだろうが……

 

速い!

 

あわせて捌くのがきついほどに敵の技量が凄まじく、俺の感覚が鈍っている。

相乗効果で下手をすればこのまま突かれ、死んでしまいそうになるほど速かった。

が、死んであげる理由もなく、死ぬつもりもない俺は、まさに死ぬ思いでその剣を捌く。

槍の軌道にあわせて剣を滑らせ、横に流すことで槍の軌道を逸らす。

しかしそれで安心できるわけもない。

点の攻撃である槍は、突いても引けばすぐに突くことが出来る。

単純故にその速さ、そして攻撃の数において剣を超える。

凄まじいほどの速度で連続で繰り出される突きを双剣で何とか捌く。

しかし槍の利点はそれだけではない。

 

「そぉら!」

 

突きの連続から一転し、今度はその長さを利用して槍を振り回し、俺を襲う。

長尺のため、敵の膂力と合わさり、振り回された威力は例え刃の部分でなくとも凶悪な一撃となる。

刃とは反対部分にある石突きで叩かれれば、骨など簡単におれる。

それどころか下手をすれば、そのままめり込んで内蔵にまでおよんで致命傷だ。

 

「っ!!!!」

 

短く呼気をして、俺は敵の攻撃に合わせて封絶を振るい、敵の猛攻をひたすらに捌いた。

速すぎる。

そう言っていいほどに敵の攻撃は、あまりに速く、鋭く、重かった。

 

半端ない!

 

しのげているのが奇跡だといっていい。

ブランクがある分、不利だというのに。

だが、それでも捌き続けるしかない。

しかし、敵はもっと厄介だった。

 

死にたくはないし、死ぬわけにもいかないからな!

 

「っらぁ!」

 

槍を振り回した勢いを乗せた蹴りが、槍とともに俺に放たれる。

空気を裂く音が聞き取れるほどの速度で放たれたその蹴りは、両手で封絶を重ねて持ち、全力で防がねばならないほど、衝撃があった。

 

「ぐっ!」

 

骨が軋み、悲鳴を上げているのがわかる。

封絶を楯にして防ぎ、しかも受け止めきらずに距離を離すことに敵の力を利用したにもかかわらずだ。

槍だけが武器だけだと思えない。

敵の体術も含めて相手は全身が凶器であり、まさに殺意……殺すという行為の塊であることがわかる。

それを証明するように、敵は笑っていた。

嬉しそうに。

 

「本当に驚きだな、坊主。双剣とはいえ俺の攻撃を全て捌くか。人間とはとても思えないな」

「あんたほどの技量を持った人間に褒められるのは悪い気はしないな。しかし俺はれっきとした人間だぜ?」

「最速のサーヴァントたるこの俺の攻撃をここまで受けておいてよくいう」

 

サーヴァント?

 

またぞろ意味のわからない単語が出てきた。

単語自体の意味はわかるが、それが今のこの状況にどうして当てはまるのか激しく謎である。

が、先ほど同様それは今この場において意味はない。

生き残ることにのみ集中しなければ、この場を切り抜けることは出来ない。

 

だが、それも不可能ではなくなったかな?

 

隙を見せない程度に、俺は体中の力を強めたり弱めたりして、感覚の確認を行う。

体の感覚、熱の入り方。

それに剣を振るう感触。

 

そして想像ではない。

 

 

 

今眼前に、間違いなく最高の相手がいるのだ。

 

 

 

これに応えずして……何が剣士か?

 

 

 

「……ほぉ?」

 

俺の変化を見抜いたのか、先ほどと同じ声で言葉だというのに、それに込められた想いはまるで違った。

先ほどまでは楽しみたいという感情が込められていた。

それは俺を侮らないまでも、対等ではないと思っていた証。

だが、今口から発せられた言葉は違った。

 

相手も察したのだ。

 

俺が対等の相手に成り得たことに。

 

「お待たせしました、と言っておこうか? 対人戦闘は久しぶりでな。感覚を取り戻すのにいささか手間取った」

「なるほど。はったりではないらしい。先ほどまでとは覇気が違うな」

 

ニヤリと、凶悪に敵が笑う。

それにつられるようにして、俺も笑みを浮かべていた。

互いに嬉しかったのだ。

真っ向から斬り結ぶことが出来る相手が、眼前にいることに。

感覚が戻ったといってもまだ完全ではないが、それでも今の斬り結びでだいぶ感覚が戻った。

これならば、敵の攻撃を捌きつつ反撃をねらえるかも知れない。

 

「ふぅ~~~」

 

呼吸を整えて俺は一度体と心の高ぶりをはき出した。

そして、短い時間静かに息を止めて……準備は完成する。

封絶を構えて、俺は体に無駄なく力を込める。

そして待ちかまえるように、静かに待つ。

封絶の刃渡りと、敵の槍の長さ……いわゆる間合いの違い。

間合いの長さが違い、俺は圧倒的に不利。

敵の懐に飛び込むには、敵の猛攻を躱さなければいけない。

どうあがいても先を取るのはあちらなのだ。

あちらから攻めてくることはあれど、俺から攻めることはない……

 

 

 

とは言い切れない!

 

 

 

「参るぞ! 封絶!!!!」

 

『承知!』

 

 

 

わずかに込めていた力を一瞬にして凝縮し、足へと導き爆発させる。

突貫。

そう言っていいほどに俺は一直線になって敵へと迫る。

敵の迎撃を想定して曲線を描けばそれだけ無駄につながる。

ならば敵の攻撃を捌きながら近づくのが……

 

危険だがもっとも相手へと迫ることが出来る!

 

気力と魔力。

双方の力と今までの俺の体術全てを駆使して、俺は俺の間合いへと入り込むため……

 

 

 

敵の間合いへと正面から突撃する!

 

 

 

「いいねぇ! その剛気! これこそ全力の戦いってものだ!!!!」

 

 

 

愉快に敵が笑う。

そしてその感情をぶつけるようにして、俺に無数の突きを放ってくる。

俺はそれを無駄なく捌く。

 

捌く。

 

捌く。

 

冷や汗をかきながらも、俺は敵の攻撃を捌き、紙一重で避けながら敵へと迫り……自身の間合いへと潜り込む。

ここで初めて……俺は防ぐのではなく攻撃を行うことができる。

 

「づぁっ!」

 

敵の突きを外へと流した姿勢から刺突に移行し、敵へと剣を振るう。

無論双剣の利点を生かしての連続攻撃。

懐に入ったのだ。

これで決めるつもりでかからなければ意味はない!

 

「はっ!」

「ふっ!」

 

しかしそこは敵の技量が凄まじい。

確かに普通の槍ではない上に相手の技量が相当のレベルなのだ。

懐に入った程度で勝てるとは思えないし、気力と魔力で振るった封絶でも敵の槍を断てないのはわかりきっていた。

槍の柄で俺の剣を受けて流し、避けてはそのたびにお返しとばかりに攻撃を見舞ってくる。

槍を振り回しての打撃。

振り回しながらも一瞬にしてそれを止めて、俺の間合いで槍を持ち替えては鋭い刺突。

更に敵の蹴りも相まってかなりの手数だった。

が、俺も攻撃では負けるつもりはない。

 

「おぉぉぉ!」

「おらぁぁ!」

 

今度はこちらがお返しとばかりに、俺も相手の蹴りに合わせて渾身の右蹴りを放つ。

互いの足が交差し、先ほどまでの金属音とは違い、乾いた音が宵闇に木霊する。

しかしここでとまる訳にはいかない。

敵とぶつかり合った蹴りを軸にして、軸足を跳ね上げて二連続の蹴りを見舞い、敵の顎を狙う。

 

「ほぉ!?」

 

それをやすやすと避ける敵に更にそのままの勢いを乗せて、俺は左の封絶で斬りつける。

敵はその封絶を体毎後ろに倒れ込むようにして避けて……

 

「やるな!」

 

避けながら、手にした槍を掌だけで振り回し、石突きで俺の顔を狙う。

双剣の強みというべきか……右手で持った封絶で俺はそれをしのぐ。

しかしその一撃は想像以上に重かった。

 

不安定な体勢で掌の力だけでこの威力!?

 

宙に浮いているとはいえ、ガードした俺を回転させるほどの力があった。

 

倒れ込むように後ろに傾くその姿勢で、これだけの力を槍に乗せる。

確かに切っ先よりも接する面積が多い故に、力も込めやすいだろう。

だが、これだけの力を掌だけでやるとは想像を絶した。

それだけにとどまらず、敵はそのまま槍を回転させて、切っ先を俺へと向けてくる。

 

まずっ!?

 

「そりゃ!!!!」

 

呼気とともに、敵の槍が宙で回転している俺に迫る。

不安定な体勢のため、双剣で受け止める事が出来ない。

普通はこれで詰みだ。

このまま切り刻まれて終わりだが……

 

足場形成!

 

すぐさま気力にて足場を形成して、俺は全力で逃げに徹した。

と、見せかけて敵の間合いから逃げた瞬間魔力で足場を形成し、再び宙で敵へと突貫する。

 

「ぉぉぉぉ!!!!」

「なにっ!?」

 

さすがに避けて空中で体勢を立て直し、直ぐに突貫してくるとは思わなかったのだろう。

初めて敵に純粋な驚愕と、わずかな焦りが生まれる。

それを見逃さず、俺は手にした双刃にて敵に斬りかかる!

 

「横閃 双!」

 

腕を前で交差させて渾身の力で敵を斬りつける。

が、敵は一瞬で焦りを引っ込めて邪悪に笑った。

その笑みに悪寒を覚えたがすでに遅い。

敵は後ろに倒していた体を倒しきって、俺の剣戟を避ける。

そして先に地面へと接したその腕を軸に……渾身の回し蹴りを俺に放つ!

 

「くらえっ!」

 

音さえも置き去りにして放たれた凶悪なその打撃を、なんとか前腕で俺は受ける。

しかし無理な体勢で受けたために、完全に受け止められず、そのまま吹き飛ばされる。

遙か彼方へと吹き飛ばされるが、何とか木の幹に足を乗せて着地する。

 

不意を突いたつもりだったんだがな!

 

気力と魔力の足場形成による回避と攻撃。

間違いなく驚きの表情をしていたので、不意を突けたのは間違いないはずなのだが……それだけでは相手に届かなかったようだ。

やはりブランクが長いのは痛かった。

 

「お? 見事に対応しているな」

 

己の未熟さを実感して反省していると、吹っ飛ばされた俺を追いかけて槍使いが現れる。

しかしどうしたことか、先ほどまでの殺意が綺麗に霧散している。

まるで戦闘を終えたかのような状態だった。

 

「……どういうつもりだ?」

「残念ながら俺のマスターは臆病者でね。これ以上戦闘に時間がかかるようなら目撃者が増える可能性があるから帰ってこいと指示が来てな。残念ながら勝負はお預けだ。魔術を知っているのならば口封じの必要もないだろうとさ」

 

指示? いつ連絡を取ったんだ?

 

俺が吹き飛ばされてからほとんど時間は経過していないはずだ。

だが、それも相手が得物を消したことで答えを得る。

 

魔術がらみだな

 

この世界における裏のさらに奥深く、暗い魔術の世界。

呪術の類はそこまで得意ではないが、確かにそう言った技術が存在している。

ならばわずかな時間で念話をするのも可能だろう。

 

『というよりも仕手よ。私といつも念話しているだろうに』

『……そうでした』

 

戦闘が終えたことを理解したのだろう、今まで黙っていた封絶のつっこみに思わず苦笑してしまう。

自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れてしまった。

 

「おい、坊主」

 

そうして俺が封絶と頭の中でやりとりをしていると、背を向けて槍兵から声を掛けられる。

もう戦闘が終えたことを理解しながらも、俺は油断なく相手を視界に納める。

 

「なんだ?」

「お前がマスターになるのかどうかはわからないが……一応お前さんはこの聖杯戦争の一端をかいま見たことになる」

 

……聖杯戦争?

 

「お前さんがマスターになろうとなるまいと……」

 

ゾクリ!

 

嬉しそうに……まるで遊び相手が見つかったというように、朗らかに浮かべていた笑みが一転した。

いや、笑みは浮かべたままだった。

だがさきほどまで霧散していた殺意が再度俺へと向けられたのだ。

 

もう一度、それこそいまこの場で再び剣を結んでもおかしくないほどの、重圧だった。

 

 

 

「お前と真に死会える機会が巡ってくることを、楽しみにしている」

 

 

 

そう言い残して、敵は忽然と姿を消す。

速度が優れているわけではない。

本当に姿を消したのだ。

それも俺が行う霞化とは違う。

気配といいこの夜の気配といい……

 

 

 

何が起きているのやら……?

 

 

 

しばらく奇襲を身構えて周囲を警戒していたが、構えを解いて俺は息を吐き出した。

青い槍兵の性格からいって、わざわざ一度幕を引いた物を不意打ちなど行うことはないだろうが、それでも癖みたいな物だった。

 

『何が起きているのだろうな? この街に』

『全くだ』

 

どうやら、俺が望んでいた状況の変化というのはすでに起きていたらしい。

その変化の内容を俺が知らないだけで。

そうなると是が非でも情報を得て、その状況というのを見極めたいのだが……。

 

遠坂凜が素直に教えてくれるかね?

 

間違いなく当事者である遠坂凜あたりに話を聞くのが一番簡単であり、近道だろうがあの猫かぶり娘が素直に教えてくれるとは思えない。

どうすれば情報を得られるのかと画策しながら、俺は帰路についたのだった。

 

 

 




ゲイボルグでデッドエンド考えたんだけど……マスターでもない相手に切り札使うのはさすがにおかしいと思い自重しました。
まぁ使われたら確実に死ぬしねw
あ、でもそれもおもしろいかも
別の戦闘かいてみてもいいかもしれない

デッドエンドはいくつか頭にありますが……どうすっかなぁ


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決戦
開戦


あけましたね、おめでとうございます!
今年もよろしくしてくれたらうれしいです!



ゲームとかでよくある

ラスボス前の怒濤の連続ボスラッシュ!

みたいな状況ですね
まぁそうなるのも当然なのですが

ここからの話は気合い入れて書きましたので、感想とかくれたら超うれしいです!
いや、割とまじめに

楽しんでくれたらうれしいです~



夜半となった時間に、複数人数の男女が静まりかえった住宅街を静かに歩いていた。

 

 

一人は雪の精霊の様な容姿の少女。

 

しかしその表情に浮かぶのは全くの無。

 

何も写さず、何も感じられない。

 

その容姿と相まって、美しい人形の様だった。

 

そんな人形の様に美しい少女が手にしているのは、小さな袋。

 

何が納められているのかはわからないが、莫大な魔力を有している何かだった。

 

 

一人は雪の精霊の様な少女より少し成長した、金紗の髪をもつ白磁の肌を持つ少女。

 

この少女も同じく人形の様な美しさだった。

 

白い妖精の様な少女と同じく、手に小さな球状にふくらんでいる袋を手にしている。

 

またそれとは別に、腰に短剣サイズの得物を、下げていた。

 

 

一人は赤いコートを身に纏い、その手には短剣サイズの長さの得物を手にしている少女。

 

両サイドに結んだ髪を夜風にゆらしながら、ただ静かに……歩を進めている。

 

手にしたその奇怪な形の得物を強く握りしめて。

 

 

一人は無手の少年で薄手の上着を纏い、その左の頬に黒い痣のような物があった。

 

何も持たないその両手が、力強く握られていた。

 

まるで、何もないはずのその両手に……何か大切な物を掴んでいる様に。

 

 

 

二人の少年と少女には共通した物があった。

 

その二つの眼に……苛烈なまでの意思と覚悟が秘められていた。

 

 

 

そして最後列にいるのは、二人の男。

 

 

一人はスーツに身を包み、全く色のない瞳を眼鏡が反射させている男。

 

完全に無表情であり、無感情でありながら……どこか近寄りがたい不気味な何かを感じさせている。

 

 

そして最後に……一番異様なのは一人の男だった。

 

長い、長い湾曲した棒を……超野太刀を右手に持って肩に乗せている。

 

左右の腰に帯びるのは、いくつかの打刀で、それらを帯で固定している。

 

後ろの腰に短刀。

 

背中に黒いシースを身につけている。

 

そしてその顔に……実に不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

しかしその笑みを一行は見ていない。

 

最後尾の男の笑みを見ているのは……この場にいながらも姿がない者達だった。

 

 

深夜にただならぬ雰囲気と覚悟を持ち合わせた一行は、はっきり言って不気味であり、異様だった。

だがそれも見るべき者がいない夜半であり、また一連の事件で人が少なくなっているこの状況下で、見とがめられることはなかった。

そして一行は柳洞寺の山門へと続く参道の入り口にたどり着き、足を止めた。

 

「なんか、階段の上……柳洞寺の裏に異様な力場っぽいのが作られている感じがするな?」

 

超野太刀を手に持つ男……刃夜が独り言のように呟く。

しかし眉がひそめられていた。

自分でいいながらも、違和感を覚えたのかも知れない。

 

「柳洞寺に用はないわ。上で作られているのは表向き……つまり聖杯を欲しがっているマスターのためのものでしかないわ。私たちが行くのは大聖杯だから、こっちに道があるわ」

 

刃夜の言葉にそう返して、雪の精霊の様な少女……イリヤは、参道をのぼり始めた。

そして参道には行って周りからの視界が遮られたことで、霊体化していた英霊達が現界する。

赤銅色の肌を、赤い衣に身を包み白い髪を後ろに流しているアーチャー。

正反対に、真っ青な戦装束に身を包んだ長躯の男……ランサーは、身に纏った衣装とは正反対の血の様な赤い槍を携えている。

ローブを身に纏い、フードで顔を隠した魔術師のキャスター。

そして最後に……目元を拘束具で完全に覆った、地に着くほどにのばした長髪を風にたなびかせるライダー。

聖杯戦争に参加しているほぼ全ての人員が、今一つの目的に向かって……歩を進めている。

やがて参道の階段中腹にさしかかって、魔術師であるキャスターが宙を舞い、そのキャスターのマスターである葛木宗一郎が、一行から離れて参道を上り始める。

 

「では、私と宗一郎様は上で魔力の吸い上げを邪魔してくるわ」

「了解。それで邪魔できるどうかは謎だがよろしく頼んだ。一応そっちに行くことはないと思うが、最悪の場合は全速力で逃げてくれ。呑み込まれて敵になるってのは勘弁だ」

 

同盟者の刃夜からのその返しに、キャスターは実に不愉快そうに、顔を歪める。

 

「こちらこそそんなことごめん被るわよ。あのお嬢さんがどれだけの魔術師かはわからないけど、大元は間違いなく下だから、余り期待はしないでほしいわね」

 

そう言い残して、キャスターは宙を舞い自らのマスターを守護する様に、少し後ろについて、二人は参道を上っていく。

その後ろ姿を確認し……刃夜達も、足を動かした。

参道を外れて森の中へと入っていく。

階段を外れたことで、柳洞寺に張られた結界が霊体……サーヴァント達に負荷をかける。

 

「アーチャー、大丈夫そう?」

「ふむ……。多少の重圧は感じるし、今この場で戦闘になれば通常通り動けないだろう。だがそこまで大きな問題にはならないだろう」

「しかしどうかな。こっちに影響はあるが、あっちは黒い泥でなんかしたのか受肉していやがった。下手をすればここで襲ってくることもあるかも知れねぇ。用心だけは怠るな」

 

手にした槍を肩に乗せているが、そう言うランサーの瞳は鋭く細められて、周囲を見渡していた。

そう、黒い泥に呑み込まれたその黒い陰の膨大な魔力によって受肉……つまり肉体を得ているため、サーヴァントでありながら霊体ではなくなっていた。

サーヴァント(英霊)であることに代わりはないが、生身を得た人間とも言えるべき存在だ。

柳洞寺の結界は自然霊以外を排除しようとする結界。

そのため、今この場で襲われたら圧倒的に不利な状況になってしまう。

が……

 

「桜ちゃんを馬鹿にする訳じゃないが、たぶんないな」

「? どういうことさ刃夜?」

「あの子はある程度の知識はあるようだが、経験値が圧倒的に足りてない。実戦のな。またあの妖怪爺の教育がまともじゃないのは確かだから、下手をするとここの結界のことも知らないんじゃないか? 妖怪爺が仕掛けてくる可能性もあり得るが……虫の気配すらも感じられない。挑戦される側として余裕の態度ってところじゃないか?」

 

肩をすくめ、溜め息を吐きながら刃夜はそう呟いた。

実際周りには最強の存在たるサーヴァントが幾人もいるにもかかわらず、誰も異常を検知していなかった。

しかし油断は出来ないので、一行は慎重に歩を進めていた。

木々をかき分け、夜の山を歩く。

獣道すらもないため、非常に歩きにくい。

だがやがて小川が流れている場所へとたどり着いた。

その小川の上流に、岩が密集しているところがあった。

 

「あそこが大聖杯へと通じる道になっているわ。大した魔術もないはずよ。ゾウケンが追加でなにもしていなければって前置きがつくけど」

「見た感じなさそうだな。まぁ念のため、俺から行こう」

 

マスターであるイリヤの言葉の罠に警戒しつつ、ランサーが中へと入っていく。

ランサーに一行は続いた。

水に濡れている地面は急激な角度で下へと続いている。

下手をすれば足を滑らせて、滑り台の要領で滑り落ちてしまうかも知れない。

光もなく、ただ足音だけが響いていく。

下へと下っていることも相まって、まるで自ら地獄の底へと向かっていっている様な錯覚すらも、覚えてしまいそうなほどの暗闇だった。

そしてその暗闇に……充満した魔力が漂っている。

視覚化できてしまうほどの魔力が、垂れ流されている。

あまりにも生々しいその生命力(マナ)は、決して心地いい物ではなく、むしろ不快感を催すほどの汚物に思えた。

 

誕生しようとしているもの片鱗を、わずかにでも感じ取れた……そんな魔力だった。

 

「……」

 

誰も口を開こうとはしなかった。

静かに下へと下り……百メートルは下ったのではないかというところまで下って、暗闇は一行を迎え入れた。

一人しか進めないほど狭かった通路が開き、さらに奥へと続いている。

不思議なことに、灯りは必要がなかった。

光苔の一種のようなものが洞窟に張り付いているのか、うすぼんやりと洞窟を照らしている。

 

「……行きましょう。油断だけは各自しない様に」

 

凜の言葉に逆らうことなく、一行は歩を進める。

広くなったと行っても、一行が横一列になるほどの広さは当然無く、また危険なため、二人一組となって奥へと進んでいく。

ランサーはイリヤを。

アーチャーは凜を。

ライダーはセイバーを。

そして刃夜は士郎を。

歩んだ。

そのとき……

 

「ん?」

 

最後尾にいる刃夜が、不思議そうな声を漏らした。

そしてその視線の先にはいくつもの足跡が刻まれた地面を見つめている。

 

「? どうしたのさ刃夜?」

「……何でもない」

 

急に足を止めた刃夜に、士郎が声をかける。

刃夜は声をかけられても険しい表情で地面を見つめていたが、直ぐに目を閉じて首を軽く振って、足を動かした。

刃夜が見ていた地面をそれとなくみる士郎だったが、足跡以外に何も見あたらなかった。

 

やがて一行は……開けた空間へと足を踏み入れた。

 

大きく開けたその空洞。

広さはわからない。

僅かな光では、暗闇の先を見ることが出来ないからだ。

また高さも、闇に霞んで見えない。

まるで暗闇に呑み込まれてしまったかのようだった。

生命の気配は一切なかった。

いるはずがない。

 

いれるはずがない。

 

 

 

何せそこには……最凶の存在が、いたのだから。

 

 

 

赤黒く染まった巨体。

全身を黒い陰の泥に浸食されたその姿は、あまりにも禍々しい。

以前から狂化されているため、獰猛で強大な気配を漂わせていたが、ここまで来ればただの暴力そのものだった。

手にしたその岩剣は、凶暴さをそのまま体現しているかの様だった。

 

バーサーカー。

 

黒き巨人兵が、この先へは生かさない(・・・・・)と、そう言っているようだった。

 

「いきなりこいつか。また損な役回りなことだ」

 

圧倒的な敵意と暴力。

それらを受けているのも関わらず、いつものようにランサーはそうつぶやき……その表情を一瞬で戦士のそれへと変貌させる。

そして大地を蹴り……黒き巨人兵へと突進した。

 

「そぉら!」

 

最速のサーヴァントたるランサーの突進。

その突進から更に腕の力で加速された紅の槍の刺突。

それは死の閃きに他ならなかった。

音を軽々超えそうなほどのその閃きを、黒き巨人兵はその巨大な岩剣を盾にして防ぐ。

 

 

 

!!!!

 

 

 

硬質な物がぶつかり合った、高い金属音。

それが死地へと赴いた刃夜達の開戦の合図となった。

 

「いけ!」

 

戦端を開いたランサーが、黒き巨人兵と斬り結びながらそう叫ぶ。

ただ一言そう叫ぶだけでも命がけだった。

故に返す言葉を誰も持たず、ただ武運だけを祈って、先へと進んだ。

その場にはイリヤだけが残り……戦いを見守っている。

 

 

 

 

 

 

「仕方がないとはいえ……ほんとうに一人で良かったのか?」

 

前へと走りながら、士郎はぽつりとそんなことを呟いている。

ランサーが一人で大丈夫なのかという不安はあった。

元々最凶だった存在が、さらに黒い陰の泥によって強化されているのだ。

この場にいる誰もが、ランサーと戦っているためその実力は十分に理解していたが、それでも不安は残った。

だが

 

「俺の予想通りであったとしても、数はほぼ互角の状態だ。これ以上一つの戦闘に人員を割くことはできん。それにイリヤの説明を聞いて、秘策もすでに渡している。何とかなるだろう」

 

刃夜の言うとおり、人員を割くことは難しいことはすでに難しいと結論が出ていた。

何せ時間がないのだ。

アンリマユが誕生するまでどれだけの時間があるかは謎だが、そう時間がないことだけは事実。

故に、刃夜達は自分たちと相性がよい、ないし、戦わなければいけない敵と戦い、残りのメンバーは先へと進むと、作戦会議にて早々に決めたのだから。

だがそれでも士郎が言いたくなってしまう気持ちは、誰もが理解していた。

作戦会議にて明かされたバーサーカーの宝具。

その宝具ははっきり言って桁違いの性能を秘めていた。

英雄として謳われた英霊(サーヴァント)達が、驚愕するほどに。

だが、その宝具についても何とか出来る秘策がこちらにはあった。

その秘策をすでに渡すべく存在に渡している。

 

「これ以上の心配はランサーに対する侮辱だぞ、士郎」

「けど……」

「士郎。あんたは人の心配をしている場合じゃ――」

 

自分にも役割があるというのに、他人の心配……それも一度自分を殺した存在であるランサー……をしている士郎に対して、凜が叱責しようとしたのだが、眼前に現れた新たな敵の出現によって強制的に口を封じられた。

 

身に纏う鎧は赤い筋がいくつも走る、重装な漆黒の鎧。

 

輝く様な金紗の髪も、その輝きを失いくすんでしまっている。

 

唯一露出した、首周りと頬の肌は、死人の様に青白かった。

 

鎧と同じように赤い筋がいくつも入った漆黒の仮面をつけているため、その表情をうかがい知ることは出来ない。

 

だがその気配が……身に纏う鎧よりも重い絶対的な殺気が、如実にその存在の感情を表していた。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)

 

先に戦闘に入った、最凶の存在と同じく、聖杯戦争において最強といって差し支えないのない、絶対的な存在が、立ちはだかった。

淡い緑の光と、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の青白い死人の肌が相まって……あまりにも幽鬼的だった。

そして、互いに相手を認識した瞬間に……問答無用で黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が襲いかかってくる。

淡い緑の光の色に照らされた黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が迫る。

 

!!!!

 

迫ったと同時に振るわれた醜い漆黒に染まってしまった魔剣は、進路上に阻まれる様に出現した、長い鉄鎖がからみつくことで、強引に止められる。

そして絡まったのを利用して、鎖の持ち主……ライダーが、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)を強引に横へと退かせ、残りの者達の道を強引に造り出した。

 

「……私の出番のようですね」

 

長い鉄鎖に繫がれた鉄の杭を両手に持ち、その鎖を自在に操るライダーが、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)と相対すべく、一歩前に出る。

ライダーに追随する様に、セイバーも前へと躍り出た。

自らの半身とも言える存在を見つめながら。

 

「辛いだろうけど、頼んだぞライダー」

「任せたわよ」

 

刃夜はライダーを見ることもなく、ただ無防備に背中を向けて進むだけだった。

凜は警戒しつつ、ライダーに言葉を残していく。

 

「ライダー、セイバー……気をつけて……」

 

士郎は……自らの契約者であるセイバーにも声をかけて先へと進む。

自らの失態で大事な相棒だったセイバーを、こんな状況に陥らせてしまった負い目を感じながら。

去っていく一行の背中を感じつつ……ライダーはちらりと、少しだけその背中に意識を向けた。

 

……これほど無防備な背中にしなくとも

 

後ろから黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が、ライダーを突破して斬りかかってくることも十分にあり得るというのに、刃夜のその背中にはまるで警戒という物が感じられなかった。

それだけライダーを信頼しているということなのだろうか?

しかしそれでも……あまりに無防備すぎた。

極論を言えば……ライダーが裏切って襲いかかってくることすらも、考えていないと言う様に……。

 

 

 

……なるほど。そういうことですか

 

 

 

考えていないと言うよりも、言っているのだ。

容赦なく襲ってこいと。

その無防備な背中を晒すことが、刃夜のライダーに対する信頼と贖罪の形だった。

士郎と桜を助けるために共同戦線を結んだ。

しかし最終的には、自分にとって大切な存在を取るとも言っていた。

だがそれでも刃夜自身が納得していなかったのかも知れない。

また、膿を出し切るためにわざと覚醒させた負い目も、感じていたのかも知れない。

ライダーが桜を大事にしていることは、士郎が桜を殺そうとした時に、桜にとって大事な士郎を殺そうとしてまで……主に確実に嫌われることがわかっていながら……守ろうとしたライダーの覚悟で、刃夜は十分に理解していた。

だからこその、この背中だった。

 

信じていると。

 

そして信じて欲しいと。

 

そう言っている様だった。

 

 

 

……本当に、おもしろい人ですね

 

 

 

クスリと……ライダーはこれから始まる死闘を前にして、おもわず小さく微笑んでしまった。

不器用と言えなくもなかった。

自分のことを優先すると言いながら、なんだかんだで何とか守れないかと……自分にとっての大切な存在達を守れないかと、奮闘しているその姿。

そして、言葉ではなく態度で示すその不器用さが、ライダーにはほほえましく思えた。

 

……これが……私の半身

 

戦闘能力がないために、ライダーの後ろにいるセイバーには、ライダーが今微笑んでいることに気付いていなかった。

仮に視界に入っていたとしても、注意を払うことはなかっただろう。

自らの半身……純粋な戦闘能力のみを体現した、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)しか、今のセイバーには見えなかった。

己自身……理性と切り離された力そのもの。

絶大的な力を持っていたことに、自信と誇りを持っていた。

セイバーが生きていた時代は、まさに戦乱の世であったため、必要な力だった。

そしてなによりも王として……他者よりもより強者としての自分が必要だった。

その力を……黒く汚れてしまった己の力を、セイバーは今見つめていた。

 

そして同じように、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)も、セイバーのことを見つめている様だった。

 

意思がないと思えるほど、感情を発さない黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が。

その仮面の下にあるはずの瞳には……何が写っているのだろうか?

 

「さて……それでは手筈通りに行きます。タイミングを逃さぬ様にしてください」

 

ライダーがそうつぶやき、総身に力を宿す。

そのライダーの変化を察して、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)もその剣を握る手に力を込めた。

そして……ライダーが目を覆っている拘束具に手をかけて、その魔眼を解放した。

 

セイバーは魔眼除けの特性を所持していなかった。

三騎士のセイバーとして、名に恥じぬ魔力量を持っていたセイバーを、完全に石化することは出来ない。

黒い陰の泥によって強化され、絶対的な魔力を有している黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)相手では、なおさらだった。

だが、重圧をかけることで、動きを鈍らせるには十分だった。

 

そして拘束具が消えさり、そのライダーの視線が黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)を捉えたと同時に……ライダーの姿がかき消える。

 

!!!!

 

消えると同時に、凄まじいほどの金属音が、辺りの空気を震わせた。

縦横無尽にライダーが地を駆け、それ以上にのたうつ鉄鎖の蛇。

その鉄鎖を切り払い、穿ち、押しのけて……黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)がライダーを斬り殺そうと疾走する。

 

……タイミングを逸さぬ様に

 

その戦いを、セイバーはただ見ていることしかできない。

戦闘能力を失った今のセイバーには、戦いを目で追うことすらも難しい。

タイミングを逃さない様に、注意を払うことしかできない。

それぞれの手に……それぞれ持つべき物を握りしめながら。

 

 

 

 

 

 

「どうやら本当に、あんたのいうとおりみたいね」

 

後ろから響く剣戟の音を聞きながら、先へと進む凜がそう呟いた。

あんた……刃夜の言うとおりとは、サーヴァントの陣形に他ならなかった。

サーヴァントが控えている順番まではさすがにわからなかったが、それでも桜の配下にいるサーヴァントが、こちらの戦力とぎりぎり拮抗できるだけの数しかいないことを指していた。

実際に八人目のサーヴァント……ギルガメッシュとはべつに新たなサーヴァントを従えているのだとしたら、さすがにこの場に配置しないのはいくら何でもあり得ないからだ。

確かに桜は戦闘に置いては素人ではある。

だが、この局面が最終局面であると理解できないのは、もはや素人ではなく愚か者でしかない。

そして桜は愚か者では断じてなかった。

 

つまり、ことここまできて予想以上の数のサーヴァントがいないということは、刃夜が予想した通りにしか、サーヴァントがいないということ。

 

 

 

そして……

 

 

 

「みた――」

 

凜の言葉に言葉を返そうとした刃夜の言葉は、一行が足を止めたことで止まった。

止められた。

 

 

 

一人、静かに佇んでいた……侍によって。

 

 

 

刃夜の予想通りであり、そして望むべく相手が……姿を現す。

 

紺色の陣羽織に、長くも美しい長髪を頭の後ろで一つにまとめ、長大な太刀を帯びて耽美であった姿は……見る影もなかった。

他のサーヴァント同様に、黒い陰の泥によって浸食したのは疑いようもなく……その肌も死人の様に青白い。

 

しかしその佇まいも、瞳に宿したあまりにも鋭い意思も、何一つ揺るがずその場にあった。

 

「……小次郎」

 

刃夜がそう呟いて……前に躍り出た。

だがまだ得物を抜くことはしなかった。

相手も……黒く染まった小次郎も、得物を鞘に収めて肩にかけたままだったからだ。

その小次郎が正面を向けて佇んでいた左足を一歩後ろに引き、何の殺意も漂わせずに左手を自らの後ろへと向ける。

 

「刃夜以外は行くがいい。私が用があるのは刃夜のみ。故に刃夜がこの場に残るというのであれば、他は先へと進がよい」

 

変わっているのは、その姿を見れば明白だというのに、立ち居振る舞いも、その声も仕草も……何一つ変わっていなかった。

だがはっきりと……明確に変わっている箇所が一つだけあった。

その瞳……。

刃夜へと向けられているその視線には、はっきりとした完全なる殺意が宿っていた。

 

「やっこさんは予想通り……そして俺と同じように、俺がお望みの様だ……。先に行ってくれ」

 

足を止めた皆から一歩小次郎へと踏み出しながら、刃夜はそう告げる。

そして刃夜も……小次郎に対して確かに殺意を孕んだ瞳で、小次郎を睨み付ける。

二人は互いに見つめ合う。

静かに、静かに。

 

「任せたけど、あれだけ大口叩いたんだから、責任取りなさいよね」

「頼む、刃夜」

 

そんな二人に凜は何を思ったのか、半ば呆れた様に溜め息を一つ吐き、嫌味の一つを残して先へと進む。

そして士郎は、懇願と若干の羨望を込めた瞳を、刃夜へと向けて先へと進んだ。

 

そんな目をしなくても……死ぬつもりはないぞ、士郎

 

桜を救うために刃夜の力が必要だからこそ、死んで欲しくないと懇願し、自分ではどうすることもできない……そんな自分の力のなさに、少しだけ羨望が宿ったのだ。

そんなある意味でまっすぐすぎる士郎に対して、刃夜は内心で苦笑するしかなかった。

 

すっかりと、人間らしくなってきた様でなによりだ……

 

以前の、自らの意思がありながら、自分という存在が完全に抜け落ちているような違和感はなく、士郎は実に人間らしく……俗物的に男らしくなっていた。

 

己にとって大切な女を助けに行くために……いろんな力を借りて。

 

その人から助けを借りると言うことに、若干の罪悪感を感じているのかも知れない。

 

そのちぐはぐさと、じつに「慣れていない」感じが、好ましく思えた。

 

それでも手を借りなければ、自分にとって大切な存在は救えない。

 

だから士郎は罪悪感を覚えながらも、刃夜を置いて先へと進んでいった。

 

自らの女のために……。

 

 

 

男は女に狂い、女は男に狂う……ん? 狂ってはいないか?

 

 

 

狂っていたのがさらに狂って、回り回って正常に戻ったと言えるのかも知れない。

 

実に興味深い状況と言えた。

 

 

 

まぁ俺について言えば……罪悪感を覚える必要性は全くないんだが……

 

 

 

刃夜は完全に自らの都合で動いている。

 

無論桜を助けたいという気持ちはある。

 

士郎を手助けしたいという気持ちもある。

 

この並行世界で知り合った……大切な人たちを助けたいとも願っている。

 

そして刃夜も当然死ぬつもりはなかった。

 

弱者をいたぶる強者を、弱者を吸い尽くす様にしゃぶった外道を、何人も殺してきた。

 

しかし例え極悪非道のクズであったとしても、人を殺したことに代わりはなく、刃夜に恨みを抱いている人間は大勢いる。

 

恨みを受けることを……やらなければいけないとして、幾人もの親しい人たちを捨ててきた。

 

そしてこの並行世界にやってきた。

 

再び自分の世界でないことに落胆しつつも、自分の世界に戻るために手段を探した。

 

その間に……多くの人間と知り合い、そしてその人たちがとても大切な存在となった。

 

 

 

守らないといけないよな……

 

 

 

この並行世界にきて知り合った、大切な人たちのために。

 

そして人間に成ろうとしている士郎のために、力になるといった自分自身のけじめをつけるために。

 

刃夜は死ぬわけにはいかなかった。

 

 

 

死ぬわけにもいかないし、当然死にたくもない……。だが……

 

 

 

だがそれらの大切な感情は、この場所……この瞬間において、刃夜の中から綺麗に消えた。

 

否、その感情を覆い隠し、覆いつぶすほどの純粋な感情が……刃夜を支配していたのだから。

 

しかし直ぐに動かない。

 

二人はただ……静かに互いを見つめていた。

 

胸の内に濁流とも言えるほど渦巻いた、醜く純粋な思いを……ともに抱きながら。

 

 

 

 

 

「本当にあいつにも困ったものね……」

 

それが刃夜とわかれた凜の、正直な思いだった。

ぼそりと独り言の様に呟いたその言葉を、士郎は聞き取り口を開こうとしたのだが……言葉が何も思い浮かばなかったのか、開いた口から出てくるのは吐息のみで、言葉は出てこなかった。

というよりも正直、士郎も同じような気持ちだったからだ。

 

刃夜……

 

自分と同世代の人間であるにもかかわらず、サーヴァントと生身で互角に渡り合うことの出来る、あり得ない存在。

あまりに長い野太刀を平然と振るい、バーサーカーとも斬り結んだ存在。

そして……聖杯によって生まれ出でようとしている化け物を、何とか出来ると断言した。

同じ人間であるのかと、正直時々疑いたくなるほどの存在であり、自分たちにとって重要な戦力であるのは間違いないのだが……先ほどの戦闘の会議において、刃夜は絶対に譲らないことがあった。

それこそ……邪魔をしようものならその邪魔者を斬り捨ててでも、自らの望みを実行するといわんばかりに。

実際、本気で邪魔をしようとすれば、刃夜は容赦なく斬り捨てているだろう。

 

といっても不殺の戒めがあるため、斬り捨てるといっても殺すことはないのだが。

 

 

 

『姿は見ていないが、今まで黒い陰に呑み込まれた存在が、桜ちゃんの配下になっている以上、間違いなくあいつも敵としているはずだ。あいつとは例え何があろうとも、俺は差しでやらせてもらう』

 

 

 

真っ先に自らの力の全容を明かした刃夜は、同時に自らの欲望を真っ先に述べていた。

必要なことでもあったが、例え必要でなかったとしても、刃夜は強行しただろう。

その気持ちは士郎にもわかりかねた。

 

「今の状況下で一斉にたたきのめせば、あの化け物だってそこそこ簡単に倒せるのに。言っちゃ悪いけど、あいつが敵の中で一番最弱なのよ? 全く……状況がわかっているのかしら」

 

更に凜がぶつぶつと、非常に不機嫌そうに文句を垂れ流している。

実際その通りといえた。

というよりも、刃夜とアーチャーがこちらに控えている時点で、二人がかりで挑めばそう時間をかけずに小次郎は殺すことが出来た。

何せ小次郎にはあの野太刀以外に、攻撃する手段はないのだから。

故に刃夜が前衛として攻撃を行い、アーチャーが後衛で弓矢による攻撃を行えばそれで簡単に終わる。

しかし……刃夜はそれを言葉にするのすら躊躇わせるほどの、強固な意志を持っていた。

 

だが、刃夜の気持ちを理解することが出来る者は誰もいないだろう。

 

何せ刃夜にとって小次郎とは……

 

 

 

「そこで止まれ……。雑種共」

 

 

 

言葉そのものに、従わなければいけないと思わせるほどの圧倒的な王気(オーラ)が乗った声が、士郎と凜、そして凜を守る様に走っていたアーチャーの動きを止める。

その視線の先……大きな岩の上に尊大に立ち、淡い緑の光しか光源のないはずのこの空洞の中で置いてなお、錯覚するほどのまばゆい何かを放っている存在が、そこにいた。

全身を金と黒に染められた鎧を身に纏う、八人目のサーヴァント。

あり得ない存在が、こうして三人の前に立ちはだかった。

 

八人目のサーヴァント。

 

黒い陰の闇に呑まれてなお、揺るがぬ意思を持った存在。

自らの意思力で、自らを保っているとおもわず納得させられてしまうほどに、その存在からは圧倒的な存在感が放たれていた。

 

「こいつが……」

「八人目のサーヴァント」

 

刃夜に八人目のサーヴァントの存在を教えられてはいたが、それでも実際に目にしなければ信じられなかった。

信じたくなかったのだ。

自分たちが知らない、八人目のサーヴァントが存在していたことに。

この状況において、更に強敵が増えて喜ぶ奴がいるはずがない。

そして八人目のサーヴァントが、あまりにも強大な何かを秘めていることを、ただ相対しただけでわかってしまった。

八人目のサーヴァントは何もせずただその場にいるだけだ。

その場にいるだけのはずだというのに……あまりにも強烈な気配を放っている。

 

 

 

「ふん。貴様らのようなくだらん雑種ごときに、我が拝謁の栄誉を与えるなど、本来ありえんことなのだがな。それも……薄汚い贋作屋(フェイカー)相手になぞなおのこと」

 

 

 

贋作屋(フェイカー)

 

聞いたこともない単語が相手から放たれて、士郎は思わず頭に疑問符を浮かべる。

凜はそのあまりにも傲岸不遜な態度と物言いに、思わずカチンときたらしく、不愉快そうに顔を歪める。

アーチャーは、現れた八人目のサーヴァントの言葉に何の反応も示さずに……ただ静かに戦闘するために、自らの魔術回路を起動させた。

そのアーチャーの行動を一目で見抜いたのか……八人目のサーヴァントは実に不愉快そうに眉をひそめた。

 

「この俺を前にしてなお、膝を折らぬ不遜者どもめが。実に不愉快だ。貴様らも。天に仰ぎ見るべきこの俺を、飲み干し使役しよう(・・・・・)とした小娘も」

 

苛立たしげに声を荒げる八人目のサーヴァント。

だが、直ぐにその怒りも霧散し……実につまらなさそうに、溜め息を吐いた。

その溜め息は……果たして誰に向けられた物なのか?

 

「まぁよい。これも余興よ。――愉しまなくては意味もない」

 

余興だって?

 

八人目のサーヴァントの言葉に、士郎は思わず怒りを覚えた。

何をさして余興といっているのかはわからない。

だがそれでも、それが今のこの状況を……この聖杯戦争の状況を言っているのだとしたら、士郎にとっては怒りしかわいてこない。

その士郎の怒りを少しでも感じ取ったのか、八人目のサーヴァントがわずかに眉を潜ませ……士郎を見た。

そして再度溜め息を吐く。

今度の溜め息は、明らかな侮蔑が混じっていた。

 

「ふん、下らぬ。こんなことのために我が動くなど、本来あり得んことだが……。まぁよい。そこの小娘」

「? 私?」

 

警戒しつつ、何とか先に進めないか画策していた凜は、突然八人目のサーヴァントに呼ばれ思わず素で驚いてしまった。

その凜の反応がおもしろかったのか、八人目のサーヴァントは少し愉快げに笑い、顎で後方……つまり桜がいる場所へと進めと促した。

 

「あの生意気な小娘の命令よ。お前は先へと向かうがいい」

「!? それって」

 

小娘の命令という言葉と、先へ向かうという言葉。

その言葉に三人が等しく驚いた。

それがどういう意味なのか、考えるまでもなく……凜は、直ぐに冷静になった。

 

「……そう、本気なのね、桜」

 

そう小さく無感情に呟いて……凜はアーチャーより前に進んだ。

 

その歩みを止めたいと、士郎は思わず声を上げそうになった。

だがそれをすることはできなかった。

その前に、凜が首だけで後ろに振り返り……士郎を見たからだ。

 

「ちょっと予想外だけど、呼ばれているって言うのなら断る理由もないし先に行くわ。士郎。あんたがどうなるか私はわからないけど、私は信頼しているんだから、期待に応えなさいよね」

「遠坂……?」

 

凜の言葉に、意味がわからず、士郎の頭は全く働かなかった。

それもそうだろう。

何を持ってして信頼しているのか?

期待しているのかまるでわからない言葉だったのだから。

凜も思いが通じていないことは理解しているのだろう。

この薄暗い中でもわかるほどに頬を赤らめながら、鼻を鳴らしてこういった。

 

「全部終わった後に文句を言われても迷惑だってことよ! いいから、さっさときなさい!」

 

髪をなびかせながらそう吠えて、凜は誰よりも先に奥へと……桜の下へと向かっていった。

そんな言葉を投げかけられて……そんな素直じゃない凜の背中を見て、士郎はより一層気合いと覚悟を固めた。

凜が今言った言葉の意味を理解して、そうならないはずがなかった。

 

さっさとこい。

 

その言葉がどういう意味で言われたのか直ぐに理解できたからだ。

 

 

 

サンキュ、遠坂。気合い入った

 

 

 

自分が桜を止めていることが出来る内に、さっさと桜を助けにこいと……。

遠坂の人間として、桜を殺すと言っておきながら、そんなことを言っているのだ。

それがどんな思いで紡がれた言葉なのか、さすがの士郎にもわかった。

だからこそ……士郎はここで足止めを喰らっているわけにはいかなかった。

 

「この我が許したのは、王たるこの我の横を通りすぎることのみ。誰が口を開いて良いと言った?」

 

その二人のやりとりを見ていた八人目のサーヴァントが、実に苛立たしげに声を上げる。

その苛立ちに呼応する様に八人目のサーヴァントの背後……左右の宙に一つずつ陽炎の様な穴が空く。

淡い緑色の光しかなかった空間に、突如として黒と金に彩られた光の穴が空いた。

尊大であり、どこか禍々しいその穴より飛び出すのは……その穴よりもよりまばゆくも禍々しいいくつもの武器であった。

その武器を見て、士郎は絶句した。

咄嗟に構造を理解しようとしてしまい……そのあまりに精緻な構造に目を剥いたのだ。

 

何だ……アレは!?

 

同じく、アーチャーも驚きに目を見張っているが……そこは歴戦の勇士ともいえる存在、サーヴァントであった。

驚きこそすれど、それで思考を鈍らせる様なことなどなかった。

その武器が……膨大な魔力を有する、間違いなく宝具と断定できる得物が、何を狙っているのか瞬時に理解した。

そしてすぐさま投影を行い、弓と矢を投影し、瞬時に連射した。

 

!!!!

 

同時と思えるほど間断なく響いたその音で、士郎はようやく意識を戻した。

そして理解する。

今アーチャーが妨害していなければ、凜が殺されていたということに。

アーチャーの妨害行動に、八人目のサーヴァントはゆっくりと、その顔をアーチャーへと向ける。

 

「誰の許しを得て我の宝物を撃つ? 薄汚い贋作屋(フェイカー)ごときが」

「……」

 

アーチャーは何も答えない。

ただ再び矢を射貫かんとすべく、その右手に矢を投影し、番えて穂先を八人目のサーヴァントへと向ける。

 

「お前……どういうつもりだ!?」

「発言を許した覚えはないぞ……雑種」

 

士郎の怒鳴り声に、不愉快そうに……実に不愉快そうに八人目のサーヴァントは眉をひそめて、再度背後の空間に穴を開いた。

その穴よりのぞいた得物もまた、あり得ないほどの魔力を有した宝具。

これですでに三つ。

八人目のサーヴァントがもつ財の全体から見れば砂粒にも見たぬ程の数ではあるが、士郎達は八人目のサーヴァント……ギルガメッシュの正体を知らぬため、その宝具の数と使い捨てるかの様な扱い方に、更なる驚きを隠せなかった。

 

そして再び放たれる……宝具の攻撃。

 

その攻撃は実に正確に士郎の顔を狙っていた。

 

呆然としていた士郎へと放たれる、宝具の一撃。

 

その一撃に士郎は反応することこそ出来たものの、驚いていたために即応することが出来なかった。

 

致命的たる隙を狙って放たれた一撃を……

 

 

 

!!!!

 

 

 

弓から干将莫耶に得物を持ち替えたアーチャーが、迎撃した。

 

「アーチャー!」

「たわけ。驚いている場合か、構えろ」

 

吐き捨てる様にアーチャーが士郎を叱咤した。

その言葉でようやく自分が助けられたことに気付き、士郎は苛立ちながらもアーチャーの言葉に素直に従った。

 

同調開始(トレースオン)

 

魔術回路を起動させ、士郎は自らの得物を……アーチャーと同じく干将莫耶を投影する。

しかし、士郎が投影した干将莫耶は、先ほど土蔵で投影した時同様に、黒い筋がいくつも奔っていた。

目の前のアーチャーの投影を見ながら投影したにも関わらず。

しかし疑問を抱いている場合ではなかった。

自分が為さなければいけないこと、そして為したいと思っていることのために、こんなところで足を止めている訳にはいかないのだから。

 

待ってろ……桜!

 

驚きで何の反応すらも出来なかった己に叱咤して、士郎は両手に持つ干将莫耶を構えた。

そして、その覚悟を決めた決意を秘めたその瞳を、ギルガメッシュへと向ける。

相手を見ているために、士郎は気付かなかった。

アーチャーが目を細めながらわずかに、士郎が投影した干将莫耶を見ていたことに……。

 

「ふん。余興にもならんかもしれんがまぁよい。こい、雑種に贋作屋(フェイカー)。貴様らの様な有象無象の者を相手してやるのも、たまには悪くなかろう。来るがいい。こんな気まぐれ、後にも先にも一度きりよ」

 

皮肉そうに、可笑しそうに、ギルガメッシュが笑う。

その皮肉めいた笑みは、相手である士郎とアーチャーに実に不快感を与えている。

そしてその言葉と同時に出現した……ギルガメッシュの背後の宙に、数えるのもばかばかしい程の、無数の陽炎の様な穴が空く。

 

そしてその陽炎の様な黒と金に輝く穴には……先ほどと同様に、宝具が姿をのぞかせていた。

 

背後の宙に空いた、無数の穴全てに。

 

無数の宝具に、さすがのアーチャーも驚きに目を見開く。

 

士郎はただただ、あり得ない光景に驚くことしかできなかった。

 

「では行くぞ、雑種に贋作屋(フェイカー)。存分に我を楽しませろ? それが貴様ら贋作屋(フェイカー)に対する、王たる我の決定だ」

 

言い終えると同時に右手を前へと突き出す。

その右手に従う様に、顕れた無数の宝具達が一斉に刃先を二人に向ける。

そして……その刃が宙を疾走する。

 

!!!!

 

無数の宝具が地へと着弾し、凄まじいほどの轟音が、辺りの空気と地面をゆらした。

 

 

 

 

 

 

単身となった凜は、用心深く周りに注意しながら、急いで先へと進んでいた。

すでにここは敵陣の真っ直中。

それも中枢部。

何が仕掛けられていても、全く不思議ではない。

何せあいては老獪そのものといっていい狡猾な間桐臓硯。

故に、何かしらの罠があると考えてしかるべきだった。

だが……

 

何もないっていうのは……どういうことなのかしらね?

 

暗闇に進む道を見渡しても、それらしい罠はまるでなかった。

優秀といってもまだ若い凜が見抜けない罠も当然あるのが、正真正銘、いまこの凜が進む道には罠というものがなかった。

 

どうして……

 

不思議に思いつつ、何もないことそのものが罠かと疑いつつも、進まないわけにはいかない。

故に凜は急ぎつつも、直ぐに対応できる様に身構えながら、先へと進む。

そして本当に何もないことを確信しつつある中で……ある推論が凜の中で成立した。

だがその推論を結論づける前に……凜はその場へと到着した。

 

ここが地の底であると忘れさせてしまうほどの、広大な空間。

 

果てのない天蓋と、黒い太陽。

 

これほどの広大な空間はもはや空洞でも洞窟でもなく……荒涼な大地といって何ら差し支えなかった。

 

数㎞はありそうな広大な空間に……壁のごとき巨大な一枚岩があった。

 

その先が戦いの始まりにして終着点。

 

崖となっている一枚岩を昇れば、その先はすり鉢状になっており、その中心部に二百年間稼働し続けたシステムがある。

 

大聖杯と呼ばれる、巨大な魔法陣を腹に収めている、巨大な岩。

 

その岩が、黒い巨大な炎の柱を燃え上がらせていた。

 

脈動する、黒い影。

 

荒野を照らしている黒い炎は、中に内包されている存在から漏れ出た魔力の波。

 

最中に至る中心。

 

円冠回廊、心臓世界テンノサカズキ。

 

それが始まりの祭壇の異名だった。

 

 

 

想像を絶するほどの魔力を孕んだソレは……異名に恥じない『異界』を、この場に創り上げていた。

 

 

 

「アレが……アンリマユ。この世全ての悪ってのは、誇張でも何でもなく、本当のことなのね」

 

軽口を叩きつつ、凜は祭壇へと向かう。

残してきた仲間達のことも気にかかったが、この状況を見れば自分の状況も楽観視できる状況ではない。

大聖杯に満たされている無尽蔵とも言える魔力は、もはやすでに人の領分を超えている。

その膨大さはすでに『無尽』といって何ら差し支えないほどの魔力の渦。

これほどの魔力を持って行使された望みならば、それこそあらゆる願いを可能とするだろう。

 

「これをどうにか出来るって……あいつ、本気で言っているの?」

 

あまりの異様さに、思わずそんな愚痴の様な言葉をもらす。

何せ凜が圧力で思わず気圧されてしまうほどの膨大な魔力だ。

これを目の当たりにして、これをどうこう出来るという考えすら浮かばない。

あまりにも圧倒的な力の差。

正直今にも心が折れそうだった。

だが……ある意味で推論が正しければ、凜にも勝機があった。

この場に至ってもなお、臓硯が何も仕掛けてこない。

それどころか虫すらもいない。

祭壇に向かう最短距離の直線。

その途中で何も仕掛けてこないと言うこと……それはつまり……

 

 

 

 

 

 

「嬉しい……。きてくれたんですね、遠坂先輩。てっきり逃げちゃうと思ってました」

 

 

 

 

 

 

推論が現実となって、凜の前に現れた。

祭壇へと続く坂道。

すり鉢状になっている丘の最頂部。

黒い太陽を背にして、間桐桜()は、遠坂凜()を歓迎した。

 

「――っ」

 

桜の変貌したその姿と感じられる重圧に、凜はわずかに足を後退させる。

桜の変貌具合は、凜の予想をいろいろな意味で超えていた。

もしかしたら壊れているかも知れないと思った。

だから一番厄介なのは、間桐臓硯だと考えていた。

桜は凜の予想が正しければ、事後処理にすぎないはずだった。

 

だがその予想は大きく外れ、最悪の敵となって凜の前に立ちはだかる。

 

アンリマユは、人間の空想を形づけられ、その空想という願いを受肉する影でしかない。

だが、その影に力を与えているのが、寄り代である桜だった。

『この世全ての悪』という呪いを、聖杯の中よりあふれ出せ、指向性を持たせる存在。

 

「綺礼がいたら……神の代行者とかほざくんでしょうね……」

 

無尽蔵の魔力を有し、絶対者となった桜を見上げながら、凜は手にした得物……宝石剣を解放した。

巨大な宝石を削りだし、刀身としたかの様な短剣だった。

刀身としたといっても、刃の様な物はついていない。

故にその剣は、鈍器にもならないような、実に中途半端な物だった。

だが宝石剣はただの物質ではなく魔術礼装。

魔術礼装には大きく分けて二系統ある。

一つは増幅機能。

魔術師の魔力を補填、増幅し、魔術師本人が行う魔術を強化するための予備。

もっとも普及しているオーソドックスな補助礼装であり、魔術師ならば一つは保有している魔術品である。

凜の宝石がこれと同じ系統となる。

もう一つが限定機能。

武装そのものが一つの魔術となる、特殊な魔術品。

魔術師の魔力を動力源として起動し、定められた魔術……神秘を執行する。

用途は限定されてしまうが、魔力さえ流せば使用者が再現することができない魔術でも執行することが出来るというのが、最大の特徴である。

単一の用途故に、込められた魔術が絶大となっている。

放てば必ず心臓を穿つ槍。

あらゆる魔術効果を初期化する短刀。

聖獣すらも使役することができる手綱。

サーヴァントが持つ宝具は、大体がこの限定機能を有した魔術礼装である。

 

では今凜が手にした宝石剣は、一体どちらの魔術礼装なのか?

 

そしてどちらの魔術礼装であったとしても、邪神に近しい力を身につけている桜に……太刀打ちすることが出来るのか?

 

「どうしたんですか、遠坂先輩? もしかして怯えているんですか? 遠坂先輩ともあろう人が」

 

まるで他人のように、実の姉を先輩と呼ぶ。

その呼称が何を意味するのかはわからない。

だが、その力に呑まれようとしている姿は……実に妖しく、危うかった。

 

「言うわね。そうね、怯えているかも知れないわね。あんたのその変貌ぶりに。それに保護者はどうしたの? 姿が見えない様だけど? 保護者もいないのに、よくそんな大口たたけるわね?」

 

嫌味をかえされても、桜は何も変わらなかった。

顔色も、感情も、態度も。

ただ、クスリと……小さく可笑しそうに笑うだけだった。

 

「おじいさまならつぶしました。だって必要ないんですから」

 

実に優雅に微笑みながら……恐ろしいことを言っている。

人間を辞めたのは間違いないとはいえ、意思ある生命を殺したと言っているのに、まるでその行為が正しいことだと言わんばかりだ。

桜の態度に内心で舌打ちしながら、凜は推論が間違いなく正しいと確信した。

姿がないのは当たり前だ。

すでに臓硯はこの世におらず……飼い犬であったはずの桜に消されてしまったのだから。

 

「なるほどね……完全に自由の身になってその力。それじゃ浮かれるのも無理ないわね」

「いいえ……まだです遠坂先輩。私はまだやりたいことと、やらなきゃいけないことがあるんです」

 

桜の言葉は、実に艶やかな感情が込められていた。

本当に狂おしいほどに、切ないほどに……しなければいけないと、そう言っているように。

 

「もう遠坂先輩なんて取るに足りない存在です。けど私の中にまだいたまんま。邪魔でしかないから……消えてもらいます」

 

歌う様に紡がれたその言葉は、軽やかでありながらあまりに重かった。

狂っている。

そういって差し支えないほどに、人格が破綻しようとしていた。

 

「そう、私を殺すのね。人殺しにも慣れたのかしら?」

 

人を殺すという行為。

その禁忌ともいえる行為を、何の臆面もなく言い切るその姿に、凜は警戒を強める。

元々油断はしていなかった。

情に訴えるつもりも毛頭なかった。

だが、己自信の甘さを捨てなければ、間違いなく自分がやられてしまう。

 

「えぇ、慣れました。だって必要なことなんだもの。人間をつぶしていないとつまらないし、食べないとお腹がすいちゃう。それに呼ぶためには、必要なことだもの。だから私は食べます。何人でも……誰であっても……」

 

呼ぶ?

 

無防備にも、凜に背中を向けて桜は祭壇へ両手を広げた。

まるでそこにいる何者かに抱きつこうとしている様に。

その姿は間違いなく狂っている。

支配者からの解放と、得てしまった絶対的な力に酔いしれる……子供の様な無邪気さで。

 

そして……聞きたくなかったことまで、桜は口にした。

 

「だから先輩も食べてあげなくちゃいけない。私の思い通りにならない先輩なんていらない。だから、私が食べて……もう離れない様にして上げる」

 

広げていた手を後ろに回して、桜は首だけを巡らせて凜を見る。

その横顔には……確かな愉悦が混じっていた。

 

その顔を見て……凜の中で完全に覚悟が決まった。

 

宝石剣を握る手に力を込めて、凜は桜との……敵との距離を目算する。

この地を預かる管理人遠坂凜として、血を分け、同じ腹から生まれた実の妹である桜を……『魔』と断定した。

 

「そんなちっぽけな剣で何が出来るって言うんですか? 遠坂先輩。本当は私の力が羨ましいんでしょう? この子を取り上げて自分の物にしようとしている。でもそんなことは許さない。また自分だけ、幸せになるなんて……絶対に」

 

艶やかに浮かべていた笑みに、初めて歪み、憎悪にまみれた感情を刻む。

その憎悪に導かれる様にして、桜の背後にいくつもの影が浮き出た。

以前、士郎の家に訪れた時とは比べものにならないほど、密度を有した魔力の塊。

サーヴァントの宝具に匹敵する『吸収の魔力』。

一つでは治まらず、つぎつぎとわき出て……桜の背後に立った。

 

「渡さない。渡してあげない。だってこれは私に必要なもの。一緒になるために、必要な力。遠坂先輩にあげるのは、後悔と絶望……そして敗北です。私が勝者だってことを……教えてあげます」

 

湧き上がる四つの影。

少女を保護するのっぺりとした影の巨人が……丘の下、眼下にいる小さな人間へと歩み始めた。

 

「上等よ桜。バカなあんたを、私が止めてあげる!」

 

手にした宝石剣を振りかざしながら、凜は恐れることなく桜へと疾走する。

 

 

 

 

 

 

人間の運命を分ける……最後の聖杯戦争が幕を開けた。

 

黒き巨人兵と槍兵(ランサー)

 

黒き戦闘騎士と騎乗兵(ライダー)

 

黒き侍と怪物(モンスター)

 

黒き英雄王と士郎(シロウ)

 

そして……(間桐桜)と姉(遠坂凜)

 

 

 

全てを決めるにはあまりにも少ない人数。

 

全ての数から見れば、豆粒にもならないほどの小さく少ない人が……。

 

全ての人間の命を背負う。

 

だがそれぞれが、真に背負う物は全くの別物だった。

 

己の存在意義を貫く。

 

己の過ちを繰り返さないために。

 

己が真に望むべきことのために……。

 

己が為さなければならないことのために……。

 

そして……もっとも意識している相手のために……。

 

 

 

それぞれが、それぞれの戦いを繰り広げる。

 

 

 




日常編がおわらねえ!

つーか家の作業が多すぎて年末年始は1/1以外全部掃除してたから全く書けてねえ!

くそったれ~!!!!

後三話くらいは書かないといけないのに!!!!


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魔槍

かなりがんばった
がんばったけどいつもよりも短い
13000字位です

できは良いはずですがこれは賛否両論かもしれないなぁ

でもがんばって書いた

アイディアはいいんだ
つまんなかったら私の力量不足と言うことです


疾走する、青い槍兵。

通常の人間では絶対に不可能な鋭角な動きをしながら、ランサーは相手との距離を詰める。

目で追えないほどの速度で迫り、その手にした紅の槍を、相手へと……黒き巨人兵へと突き立てる。

 

「そぉら!」

 

空間に満ちる風を、大気を……押しのけ貫く深紅の槍。

必殺の言葉に違わぬ、絶対的な死の一撃。

その死の槍が……雨のように突き出される。

数えることすらもばかばかしいほどに繰り出される、槍の刺突。

刹那にいくつもの深紅の稲妻が、空を走る。

その全ての刺突を……

 

 

 

「■■■■――!!!!」

 

 

 

手にした岩剣で、弾き飛ばす黒き巨人兵。

払い、流し、正面から打ち飛ばす。

槍という点の攻撃に対して、剣でなぎ払うという線の攻撃。

腕を引いて、突く。

刺突のみに限れば、槍の動作はこの二工程。

剣の場合は通常、腕毎剣を振るい、刃を返して、振るうの三工程。

無論剣の場合でも返さずにそのまま連続で攻撃をすることは可能だ。

 

だが……一つの攻撃の動作において、剣が槍に敵うはずもない。

 

単純故に動作が速く、圧倒的に攻撃の数において勝る、槍。

その槍の一撃を行うのは、英霊として恥じない……否、人外じみた実力を持つ英霊たちの中でも、とびきりの実力を持つ存在であるランサーが見舞う刺突の連続。

まさに赤い死の雨。

ケルト神話における半神半人の大英雄、アイルランドの光の皇子、クーフーリン。

最強と称しても、何ら疑いも持てないほどの実力を有した、槍の使い手。

全てが命を貫く絶対的なその攻撃を……黒き巨人兵は動作において一つ劣るはずの剣で、全てを捌いていた。

それどころか、ランサーが手にする紅の槍、『ゲイ・ボルグ(刺し穿つ死棘の槍)』よりも遙かに重いはずの岩剣で、迎撃の合間に反撃すらもしてくる。

 

……やりやがる!

 

黒き巨人兵も……相手であるランサーに勝るとも劣らないほどの実力者。

ギリシャ神話最大の大英雄、ランサーと同じく半神半人のヘラクレス。

互いに大英雄である二人の実力者の争いは、もはや天災や戦争といった……段違いの規模と言って良かった。

互いに一度の攻撃で、複数人数は吹き飛ばすことが出来るほどの威力を秘めている。

そしてその巨大な体と、立派な体躯が生み出す速度も、風そのもの。

黒く巨人兵が暴風であるのならば……ランサーは突風。

それぞれが、その名に恥じない実力を、遺憾なく発揮し……辺りの地形を変えていく。

足で踏み砕く。

岩で斬り穿つ。

互いに確実に相手を殺すことのみに意識を集中した……完全な殺し合い。

 

「おら!」

「■■■■!」

 

吠える。

互いの得物がぶつかり合う音に、負けないほどの声量で放たれたその裂帛の気合いは、辺りの空気を震え上がらせた。

 

その戦いを……何の感情すらも写さない表情で見つめる、一人の少女。

 

雪の精霊の様な少女はただ、二つの力のぶつかり合いを、静かに見つめていた。

 

「!!!!」

 

突きのみでなく、槍を回しての石突きによる打撃。

回した勢いをそのままに、空間を抉る様に放たれる。

風すらも置き去りにするほどの速度で放たれたその打撃は、もはや打撃を超えていた。

しかしその打撃すらも、黒き巨人兵は岩剣を手にした腕とは反対の腕で、難なく受け止める。

そして受け止めると同時に受け止めたその腕で、放たれた槍を掴もうと、槍へと伸ばす。

 

「させるか!」

 

己の槍を奪いにきた黒き巨人兵の行動を、ランサーは許さない。

鍛え上げた己の力を全て動員し、その力を足へと注ぐ。

地より疾駆する足の一撃。

ランサーの蹴撃は、攻撃した己の足の何倍もあろうかという太さの腕を、吹き飛ばす。

しかしその槍の強奪は囮。

片足立ちとなったランサーを、黒き巨人兵が振るった岩剣の一撃が、容赦なく襲う。

ランサーはその一撃を、残した片足のみで飛び上がり、回避する。

そして回避するだけにとどまらず、岩剣が通り過ぎた後に自らの槍を地面に突き立て、突き刺した勢いを自らの体に乗せる。

そしてその勢いと自らの体躯から生み出す……天より落ちる稲妻の様な踵落とし。

 

「だぁらぁぁぁ!」

 

体重と勢いを乗せた渾身の一撃。

しかしそれも黒き巨人兵の防御によって、難なく防がれてしまう。

そして防ぐと同時に手にした岩剣が振るわれ、宙に浮いているランサーへと迫った。

 

野郎!

 

突き刺した槍を地面に刺したまま引くことで、強引に自らの体を岩剣の下へと持って行く。

風を吹き飛ばすほどの勢いで振るわれた岩剣を強引に回避して、ランサーは一度距離を離そうとする。

しかし、黒き巨人兵がそれを許さない。

見上げるほどの巨体を、圧倒的な膂力と魔力によって強引に動かし、ランサーへと距離を詰める。

 

「ちっ!」

 

ただ眼前の獲物であるランサーを、追い詰めるためだけの猟犬と化しているかのように、執拗に、獰猛に……黒き巨人兵はランサーに迫る。

 

……きついな

 

それがこうして黒き巨人兵と対峙し、数十に渡る攻防を繰り広げたランサーの、正直な思いだった。

ランサーは一度、ギルガメッシュをのぞく全てのサーヴァントと戦闘を行っている。

小次郎(アサシン)とだけは、対峙したのみで終わっているが、対峙したことである程度実力は推し量れているため、そこまで問題はない。

今戦っているバーサーカー……黒い陰の泥に侵される前だが……とも戦っている。

今はランサーが忘れさせられ、契約を解除された相手である言峰綺礼より命令……お前は全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ」……されたためだ。

そのときは当然、令呪の命令によって全力で戦うことができなかったが、それでもバーサーカーの実力を測るには十分すぎた。

当然、雪の精霊の様な少女も、初見の相手であったランサー相手に全力で戦うことはしなかったため、宝具の内容などはその時は知るよしもなかったが、今はその宝具の内容も明らかになっている。

だからこそわかった。

 

黒き巨人兵を倒すのは極めて難しいことに。

 

もともと卓越した技量と、圧倒的なまでの力量を備えていた存在。

マスターが雪の精霊の様な少女ということもあり、魔力供給も十二分に与えられていたが、今は過剰供給とでもいうべきほどに、魔力が与えられている。

バーサーカーという、消費魔力が尋常ではない存在であるにもかかわらず、過剰と言っていいほどの量だ。

その二つの力が合わさった攻撃は、回避するのも至難の業。

だからこそ、ランサーは先ほどから黒き巨人兵よりも攻撃の動作が少ない、槍の刺突を集中的に行うことで、自らの手数の多さで、黒き巨人兵よりも攻撃を行っていた。

にも関わらず、黒き巨人兵はその攻撃の雨すらもかいくぐり、反撃を行ってくる。

以前戦ったときとは比べものにならないほど、敵の能力が上がっていた。

力も、速さも……そして魔力も。

故に歴戦の勇士であるランサーとしても、苦戦は必至。

だが……

 

あのときと違うってのは……お前だけじゃないんだぜ!

 

そう、以前戦ったときは令呪の命令もあり、ランサー自身も全力を出すことも出来なかった。

ランサーが聖杯戦争に参加した理由は一つ。

聖杯に託す望みはなく、ただ「死力を尽くした戦い」を求めた……誇り高き騎士。

それがランサーが聖杯戦争の召喚に応じた理由。

にも関わらず、言峰綺礼の令呪によって、手加減をしなければならない状況に置かれてしまった。

これはランサーにとって屈辱以外の何物でもなかった。

だが今は違った……。

契約が切れたことで、もはや令呪の縛りはなくまた、以前のマスターよりも相性のよい雪の精霊の様な少女がマスターとなっているため、ステータスも向上している。

そして、黒き巨人兵には到底およばない物の、雪の精霊の様な少女も莫大な魔力を有しているマスター。

そのため、ランサーへの魔力供給も十分すぎるほどにある。

 

さらに……負けられない理由もある。

 

 

 

させる訳には……いかねぇよな……

 

 

 

作戦会議にて明かされたバーサーカーの宝具。

そして、全員が自らの宝具すらも明かしたことで生まれた対応策。

対応策を行えば勝負が有利に運ぶのはわかっていた。

だが、その対応策を選ぶことをランサーは由とはしなかった。

したくなかった。

雪の精霊の様な少女のためにも。

何よりも己自身のためにも。

だから……必死になって隙をうかがう。

敵を倒すための……準備を行うための、わずかな隙を。

 

「■■■■!!!!」

 

いつまでもランサーを屠ることが出来なくて苛立ったのか、再び黒き巨人兵が吠えた。

その咆吼は並の者であれば、それだけでショック死するほどの気迫が込められていたが……黒き巨人兵が相手をしているのはランサー。

この咆吼はむしろ、ランサーの闘志に火を灯す!

 

「上等だ!」

 

黒き巨人兵の咆吼に答える様にランサーも吠えた。

そして再度繰り出される、必殺の刺突。

それを迎え撃つ、岩剣の嵐。

互いが互いを殺すべく、自らの得物を手足のように扱い、相手を追い詰めるために振るった。

全てにおいて通常ならば容易に殺すことが出来るほどの攻撃を。

雨の様に……暴風の様に。

全てを置き去りにして繰り広げられる、死闘。

地形すらも変えるほどの戦闘で行われる攻防は、まさに人外達にふさわしい戦いとも言えた。

だが、悲しいことに……戦いを行っている両者の想いには、明確な違いがあった。

 

片方は己の意義と目的のために。

 

片方はただ強制させられ、命じられるままに。

 

胸の内の想いなど意味はないのかも知れない。

 

だが……元は持っていた存在だからこそ、その違いはとても悲しく思えた。

 

黒き巨人兵兵……バーサーカーは聖杯に託す望みは、ランサーと同じように何もなかった。

 

だが召喚されて……サーヴァントとなったときに、バーサーカーには己に課した使命があった。

 

だが、その使命と武人としての誇りすらも汚されて、今の(バーサーカー)はただ、暴れるだけの狂い人だった。

 

そのクラスの名が示すとおりの……狂戦士。

 

猛り狂った……破壊の化身。

 

 

 

「■■■■!!!!」

 

 

 

吠える。

 

穿つ。

 

殴る。

 

岩剣だけでなく、巨大な肉体も武器となり、猛り狂う獣。

 

そのあまりの猛攻故に、ランサーも攻勢が徐々に、防戦へと傾いていく。

 

だが彼には負けられない理由がある。

 

だからランサーはひたすらに耐えた。

 

攻撃する隙を見つけて、槍で突く。

 

避けても避けても、縦横無尽に行われる連続の攻撃を、防いで、躱して。

 

ただ、己が切り札を切るための絶対的な隙を作るために……、ランサーはただ続けるだけでも神経がすり切られてしまうほどの攻防の中で、その瞬間を待った。

 

待つというよりも……その瞬間を作り出すために、ひたすらにあがく。

 

そして、その瞬間を……作り出した。

 

 

 

ここだ!

 

 

 

すでに百には届くであろう攻防を続けたにもかかわらず、未だに殺しきれないランサーに業を煮やしたのか、黒き巨人兵が今までよりも腕を大きく振りかぶる動作を見せた。

そしてその動作に違わず、渾身の力を込めて岩剣が振り下ろされて、衝突した地を粉砕した。

その粉塵に紛れる様に、ランサーは槍からほんの少しだけ指を離して……宙にルーンを描いた。

使うのは火のルーン(アンサズ)

使用目的は粉塵と炎による、目くらまし。

ランサーは魔術にも秀でており、原初のルーンを習得している。

戦闘時においてはめんどくさいという理由で使用することはまれだが、それでも今この場では使うことに躊躇いはなかった。

そしてこのルーンが、ある意味でランサーにとっての切り札といえた。

その切り札の内の一つを……この場で使う。

その行動の意味は一つ……。

 

最強の攻撃を行うために……。

 

ランサーのルーンは、彼自身が魔術に秀でていることもあり、凄まじいほどの威力を秘めている。

といっても、今行ったのはあくまでも目くらましが目的のため、黒き巨人兵を殺しきることが出来るものではない。

だが、この火のルーンだけで、ランサーは雪の精霊の様な少女の城を炎に包み込むことが出来るほどの大火事にすることが出来る。

それだけの威力を秘めたルーンは、当然黒き巨人兵としても、何の躊躇いも無しに突進することはない。

そして……その隙を逃さずに、ランサーは全力で飛び上がった。

 

今度こそ……ランサーは黒き巨人兵と距離を離す。

 

その距離も、黒き巨人兵の足を持ってすれば数秒で詰め寄られてしまう距離でしかない。

 

だが……この距離が、絶対に必要だった。

 

 

 

ランサーの……真の切り札を、使うために。

 

 

 

……哀れだな

 

 

 

距離を離し、改めて黒き巨人兵の……バーサーカーの姿を見て、ランサーは思う。

 

絶対的な力を有していた。

 

ただ者でないことなど、見た瞬間からわかっていた。

 

そしてその正体も明かされた。

 

故に……より強く思った。

 

全力で戦ってみたいと。

 

狂戦士(バーサーカー)として召喚されたために、言葉を交わすことは出来ないだろう。

 

だがそれがどうした?

 

戦士にとって語るべきは言葉ではなくその力。

 

真の実力者にとって、言葉など不要でしかない。

 

ただ己の腕をかけて。

 

己の誇りを賭けて……。

 

相手を屠るのみ。

 

 

 

しかし、その誇りすらも……バーサーカーは汚されてしまった。

 

 

 

故に……

 

 

 

 

 

 

よう、バーサーカー。いや……ヘラクレス……

 

 

 

 

 

ランサーは魔力を練り上げる。

 

全ての魔力を動員し……全身全霊の力でもって、その技を使う。

 

ゲイ・ボルグ。

 

魔槍の呪いを最大限に発揮させ、敵へと投擲する……魔槍の本来の使用方法。

 

そして、ランサーの最強の切り札。

 

そこに、更にルーンを使用して、能力の底上げすらも行う。

 

文字通り……最強最大の切り札だ。

 

 

 

 

 

 

誇りすらも汚されたお前を殺す……この一撃……

 

 

 

 

 

 

準備が整い……ランサーも疾った。

 

全身の力で持って疾り……そして跳躍する。

 

頭上へと飛び上がったランサーに目を向ける黒き巨人兵……。

 

染められてしまった赤い眼と、ランサーの紅の目が交錯し……

 

 

 

 

 

 

手向けとして受け取るがいい!!!!!

 

 

 

 

 

 

真名が……解放される。

 

 

 

 

 

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

練り上げられた魔力と、全身全霊を持って投擲された紅の槍が、爆発的な魔力で閃いた。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)

 

呪いの魔槍の本来の使用方法。

 

威力に優れ、また呪いを帯びたままであり、命中するまで何度でも襲いかかる槍の一撃。

 

英霊となった今は、生前よりもその威力を増している。

 

更に、ルーンによる威力が上げられており、この一撃は凄まじい威力を秘めている。

 

 

 

 

「■■■■!」

 

 

 

黒き巨人兵が放たれた突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)を防ごうとするが、それも敵わない。

 

速度は実にマッハ2を超える。

 

比較的近距離で放たれたこの一撃を防ぐのは難しく、また避けることもその呪いのため敵わない。

 

ランサーの最強の一撃が……黒き巨人兵にぶつかった。

 

 

 

!!!!!

 

 

 

咆吼が消える。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)を喰らった黒き巨人兵の体が消える。

 

否、徐々に消えていくという方が正しいか?

 

莫大な魔力と威力によって放たれた必殺の一撃により、黒き巨人兵の体が徐々に削がれていく。

 

命を奪われていく。

 

 

 

 

 

 

どうだ!?

 

 

 

 

 

 

投擲を終え、地面に着地したランサーは、そのまま膝を折って崩れた。

 

全身全霊の魔力と、ルーンによる威力の重ね掛けは、ランサーにも少なくない負担を強いていたのだ。

 

だがここまでしなければ、黒き巨人兵の……バーサーカーの宝具を突破できない。

 

殺すことが出来ない。

 

否、何度か殺すことが出来ても……殺しきることが出来なかった。

 

 

 

バーサーカーの宝具、十二の試練(ゴッド・ハンド)

十二の難行を乗り越えたヘラクレスが、褒美として神の祝福によって得た呪いの宝具。

いかなる攻撃すらも通さない屈強な鎧と化している、肉体そのものが宝具といえる。

その屈強さはセイバーの一撃を、苦ともしないことからその頑強さが伺える。

そしてさらに恐ろしいことに、バーサーカーの命は一つではない。

無論命そのものは一つであり、殺せばバーサーカーも息絶える。

だが、その回数が十二回というあり得ないことをのぞけば。

十二の難行を乗り越えたヘラクレスが得た褒美として、実に十一の命を備えている。

つまりバーサーカーを殺すには、単純に十二回殺さなければ、殺しきることが出来ない。

またそこで厄介になるのが、十二の試練(ゴッド・ハンド)のもう一つの効果の、耐性付加。

これは一度受けたダメージを学習することで、新たな命に変わったとき、その攻撃に対する耐性を得るのだ。

先ほどまで有効打となっていた攻撃が、その攻撃で殺されることで、次の命となったときは有効打となくなっているのだ。

つまり、バーサーカーを殺すのに必要な手段が、単純に話せば十二もの数を用意しなければならないことになる。

元が最強と言えるヘラクレスの狂戦士(バーサーカー)を相手に戦うのも至難の業だというのに、その上十二回も殺さなければいけないというのは、はっきり言って相当厳しい。

しかし不幸中の幸いと言うべきか、過剰とも言える威力の攻撃を与えれば、複数個の命を削ることも出来るため、十二もの攻撃を用意しなくても、バーサーカーを殺すことは出来なくもない。

故に、ランサーの勝負はこの突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)にかかっていた。

最強最大の攻撃である突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)の攻撃に、ルーンによる威力の向上を図った。

これでいくつの命を削ることが出来るのか……それが運命の分かれ目と言って良かった。

そして、可能であれば……これで殺し尽くすことが出来れば……。

 

……殺せるか?

 

魔力の回復をしながら、ランサーは己の得物の魔槍を見つめる。

城壁を七つも吹き飛ばすほどの威力を誇る魔槍の威力に、ルーンが加わった。

当然……黒き巨人兵も、黒い陰の泥によって肉体も強化されているが、無事では済まなかった。

 

だが……それでも殺しきることは……

 

 

 

敵わなかった。

 

 

 

魔力が消え、役目を終えた呪いの魔槍が、鋭角的な線を描きながら飛翔し、持ち主であるランサーへと帰還する。

煙が晴れた先にいたのは……

 

体中をずたずたに引き裂かれ、片腕すらもひきちぎられているものの、原型を留めている……それどころか、十二の試練(ゴッド・ハンド)の能力で、蘇生魔術が発動し、再生している黒き巨人兵の姿だった。

 

 

 

「耐えた……だと!?」

 

 

 

自らの最強の一撃を耐えきられて、ランサーが瞠目した。

耐えられたということは……つまりすでに突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)に対する耐性を得たと言うこと。

ルーンによる威力向上を行った最大の攻撃。

それに対しての耐性を得られてしまったのは、厳しい。

果たして突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)によってどれだけの命を削ることが出来たのかはわからないが、それでも最大の必殺を防がれてしまったことは、ランサーにとっても軽いことではない。

精神的に負担を強いる。

また、威力があるということは当然、消費魔力も激しいと言うことであり、ランサーの魔力は大部分を突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)に使用した。

雪の精霊の様な少女がマスターのため、魔力供給は十分であり、回復にそう時間はかからないが、回復する時間も必要だった。

あといくつあるかわからない命。

その命を削ることが……削りきることができるのかわからないという焦燥。

そしてその焦りをあざ笑うかの様に、黒き巨人兵の体が再生を続けている。

まだランサーが回復しきっていないにもかかわらず。

 

くそったれ!

 

仕留めきれなかったことに、ランサーは心の底から悪態を吐く。

吐かざるを得なかった。

最強の一撃を、更にルーンによって威力を上げたにもかかわらず、黒き巨人兵を仕留めることが出来なかったのだから。

それはつまり、秘策を使わなければいけない可能性が濃厚になってしまったということ。

しかし、その秘策を使うことをランサーは快く思っていなかった。

秘策は、今のマスターである雪の精霊の様な少女を、悲しませる行為だとわかりきっているから。

騎士としての誇り高いランサーは、マスターのことを考えて、何とか秘策を使わない方法を模索する。

その間も、黒き巨人兵は回復していき……ついに外見上完全に元の状態へと戻る。

そして間をあけずに雄叫びを上げ……再びランサーへと突進してくる。

 

回復する暇も、考える暇もないか……

 

考えをまとめることも出来ず、敵が元の状態へと戻った。

これ以上思考をしている時間はなかった。

故に……己にとってはもっともやりたくない選択肢を、選んだ。

全力で戦うことのために召喚された己の願いとしては、不本意なものになってしまう方法。

それは時間切れを待つという選択肢。

この場に黒き巨人兵を留めることに専念する。

それによって他の連中が勝負に勝ち、大元をぶちこわせば必然的に黒き巨人兵も力を失うことに賭けた、皮肉の選択肢だった。

 

あまりしたくはないが、マスターのためだしな……

 

ある程度回復した四肢に力を込めて状態を確認しながら、ランサーは気合いを入れ直した。

まだ完全に回復しきってないため、万全の状態ではないがそれでも勝ちに行かなければ、十分に戦闘が可能なレベルにまで回復している。

それを確認し、ランサーは再び槍を構えようとしたのだが……

 

 

 

「もういいわ、ランサー。あなたの頑張りは確かに見せてもらったわ」

 

 

 

しかし雪の精霊の様な少女は……それを良しとはしなかった。

さらにあろう事か、ランサーと黒き巨人兵の間へと入り、黒き巨人兵を見つめる。

 

「!? バ――!」

 

死の嵐の軌跡上に自ら足を踏み入れたマスターに、罵声をあげようとする。

何せ相手は狂った……狂化と違い、本当に狂わされてしまった英霊(サーヴァント)のなれの果て。

そんな相手の前に、何の策もなくただ歩み寄るなど、自殺行為でしかない。

元マスターであったとしても、もはやその契約に意味はない。

狂わされてしまった黒き巨人兵は、ただ荒れることでしか、己の存在意義を示すことの出来ない、ただの狂人。

 

 

 

そのはずだった……

 

 

 

「■■■……」

 

 

 

驚くべきことに、雪の精霊の様な少女の手前で止まった。

ただ暴れるだけだった黒き巨人兵は、その動きを止めて、静かに雪の精霊様な少女を見下ろしている。

どうして黒き巨人兵が動きを止めたのかわからず、ランサーは驚きのあまりに何もすることが出来なかった。

今までの戦闘がまるで嘘だったかの様に……辺りは静けさに包まれる。

 

その静けさを……

 

雪の精霊様な少女の……イリヤの、小さな小さな一言が破った。

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね」

 

 

 

 

 

 

その謝罪は果たして何に対しての謝罪だったのか?

 

謝罪の意味も、謝罪の相手も、考えることもできなかった。

 

そして、自らの前に立たれてしまったために、ランサーにイリヤの顔を見ることは出来なかった。

 

そして……イリヤが握っていた秘策が……

 

 

 

黒き巨人兵の体に突き立てられ……その能力を解放した。

 

 

 

一瞬煌めく、魔力の光……。

 

 

 

その光に呼応する様に……

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

黒き巨人兵が絶叫を上げた。

 

痛みをこらえるかの様な、痛々しい絶叫だった。

 

ランサーの突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)を受けても絶叫を上げることがなかった黒き巨人兵が。

 

何かの痛みに耐えるように、暴れ出す。

 

そばにイリヤがいるにもかかわらず。

 

 

 

「ちっ!」

 

 

 

しかし、その暴風にイリヤが巻き込まれる前に、ランサーが紙一重の救出した。

なお暴れる黒き巨人兵。

岩剣を振り回し、体中から湧き上がってくる痛みに耐えている様だった。

イリヤが行った攻撃は、ただ手にした短剣を突き立てただけだ。

その短剣は普通の刃物程度の切れ味しかないため、普通であれば黒き巨人兵にはかすり傷一つ負わせるどころか、傷すら付かないはずだった。

だが、その剣はただの短剣ではなかった。

 

曲がりくねった刃。

 

その刀身は実に禍々しいほどに、虹色に輝く色を反射する。

 

とても切断出来る様な刃物ではなかった。

 

それも当然だった。

 

その刃物は物を切断する物ではない。

 

 

 

魔術を破戒するための……宝具なのだから。

 

 

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

英霊(サーヴァント)、キャスターの宝具であり切り札。

ギリシャ神話の『裏切りの魔女』の異名を持つ、メディアの……キャスターの宝具だった。

その能力は、刃で突いた対象のあらゆる魔術を『破戒』することである。

簡単に言えば、魔術を無効化することが出来る。

これは例えどれほど高度に組まれた魔術であっても、例外ではない。

具体的に例を上げるのであれば、対魔力Aという現代の魔術では傷一つつけることが出来ないセイバーの魔術障壁すらも突破……無効化することが可能だった。

その能力で、サーヴァントの契約を強制的に解除することが可能である。

だが、これは本来、宝具に対しては効果を発揮し得ない。

どれほど強大な魔術であっても突破することの出来る破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)は当然、黒き巨人兵……バーサーカーが保有している十二の試練(ゴッド・ハンド)を破戒することはできない。

例え真の所有者であるキャスター……魔法使いをも超える腕前を持つ魔術師のメディアが、渾身の魔力を込めて破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を使用したとしても、十二の試練(ゴッド・ハンド)を突破することが出来ない。

また、イリヤが手にしている破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)はオリジナルではない。

複製……贋作である。

本来の所有者ではない宝具の使用、宝具の贋作、そして宝具を破戒というあり得ない現象。

何故……十二の試練(ゴッド・ハンド)を破戒することができたのか?

 

 

 

それは皮肉にも……使用したのがイリヤであったからということに、他ならなかった。

 

 

 

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

彼女は……第五次聖杯戦争のために用意された聖杯だった。

魔術回路を人間にした『ホムンクルス』。

ホムンクルスの母親と、魔術師の精によって生み出された錬金術の集大成。

ホムンクルスでありながら、人間でもあるという、一段階上の高次生命体である。

そのイリヤは、聖杯の器であるために……小規模ながら願いを叶えることが出来る。

イリヤの魔力の容量次第という条件は付くが、それでも願いを叶えることが出来た。

簡単に言えば、過程を飛ばして結果を生み出すことが出来るのだ。

聖杯(イリヤ)が望む願い……十二の試練(ゴッド・ハンド)を破戒するという結果を、破戒するための過程を経ることなく、生み出すことが出来た。

 

出来てしまったのだ……。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 

 

 

吠える。

黒き巨人兵が痛みをこらえるかの様に絶叫する。

その咆吼はただ痛みだけが原因ではないかのような、まるで悲鳴の様だった。

イリヤを黒き巨人兵から遠ざけて、ランサーはイリヤを地面に降ろす。

その間も、イリヤはただ静かに……黒き巨人兵を見つめ続けていた。

 

「……嬢ちゃん」

 

見つめているその表情に、感情にも……何もなかった。

ただただ……何でもないただの物を見ているかの様な瞳を、イリヤは黒き巨人兵に向けている。

 

それが見たくなかった。

 

させたくなかった。

 

だからこそ、ランサーは自分が聖杯戦争に参加した理由よりも……優先した。

 

この秘策を、イリヤにさせないために。

 

だがそのランサーの気持ちを、イリヤ自らが否定した。

 

ランサーならば、殺しきることが出来なくても、負けることはなかったというのに。

 

そばでどうイリヤに接すればいいのかわからず、ランサーはただイリヤを見つめることしかできなかった。

 

そんなイリヤが……再び、感情も抑揚もない声を上げる。

 

 

 

「私のバーサーカーは、無敵だもの……」

 

 

 

たった一言……。

 

そう呟いた。

 

その言葉に……何の感情も乗せずに、抑揚もない。

 

表情も変わらず、ただ無表情のままに、イリヤは……黒き巨人兵を見つめる。

 

 

 

イリヤとバーサーカーの出会いは実に数ヶ月前に遡る。

 

凜がアーチャーを。

 

士郎がセイバーを。

 

桜がライダーを。

 

刃夜が小次郎を。

 

皆が自らの主従となるサーヴァントを召喚するよりももっと以前に、イリヤはバーサーカーを召喚していた。

 

他のマスター達よりも早く召喚していた理由は今回の聖杯戦争で、確実に聖杯を手に入れるためだった。

 

召喚を早めたことで訓練と主従の絆を深めることが目的だった。

 

そう……深かった。

 

イリヤとバーサーカーの絆は……他のマスターとサーヴァント達とは比べものにならないほどに……。

 

それこそ……本来ならばありえない願いが叶えられてしまうほどに……。

 

 

 

……全く。呆れた嬢ちゃんだ

 

 

 

そんなイリヤの行動をどう取ったのか、ランサーはわずかに首を横に振るい……苦笑する。

 

そしてその手を、イリヤの頭に乗せてわずかに動かし……頭をなでる。

 

ランサーもまた、イリヤと同じように……黒き巨人兵だけを見つめていた。

 

 

 

「そうだな。確かにお前さんのサーヴァントのバーサーカーは無敵だよ。クーフーリンである俺も、それは認めるところだ」

 

 

 

英雄であり、英霊であるランサーの言葉が、イリヤにどれほど届いているのかはわからない。

 

もしかしたら、イリヤは今何も聞こえていないのかも知れない。

 

それでもランサーは……言葉を続けた。

 

ただ自らの想いが少しでも、イリヤに伝わるようにと願いながら。

 

 

 

「だから、これから俺に殺される奴はただの獣だ。それ以上でも以下でもない……」

 

 

 

そう言いきり、ランサーは獣へと歩み寄る。

 

一切後ろを振り向かずに……ただ前だけを、獣だけを見据えながら。

 

そしてランサーが走り出した。

 

一匹の獣を狩るために。

 

その血の様な、紅の槍を手にして……。

 

 

 

「■■■■!!!!!」

 

 

 

痛みにこらえながら、獣はただ暴れた。

 

何の教示も技も感じさせぬほどの、ただの暴力。

 

本当にただ苦しみから逃れたくて、暴れているだけにすぎなかった。

 

その獣に対するランサーの動きが、先ほどよりも鈍いままだった。

 

宝具を使用した反動が未だ回復していないのもあった。

 

だがランサーは今、自らマスターからの魔力供給をカットしていた。

 

ただの獣討伐に……聖杯戦争と関係のないことに、魔力の供給は必要ないと……。

 

そう言っているかの様に。

 

動きが鈍くとも、ランサーの目に宿った意思は、苛烈だった。

 

その目はただひたすらに……そのときだけを見つめている。

 

 

 

己が為すべきことを……行う瞬間を、待ち続ける。

 

 

 

その鋭い目を、より細くして……その瞬間を見定める。

 

 

 

「■■■■!!!!」

 

 

 

痛みに耐えかねたのか、再び黒き巨人兵が大振りの攻撃を行ってくる。

 

大振りといっても、その巨躯と巨大な岩剣から繰り出される一撃は、常人には見切ることも避けることも、防ぐことも敵わない。

 

しかし黒き巨人兵に相対するのは、常人ではない。

 

 

 

常軌を逸した……紛う方なき……

 

 

 

英霊だった。

 

 

 

わずかに生まれた小さな隙間。

 

それを縫う様な形で……ランサーはその体を、自らの間合いへと滑り込ませる。

 

自らの間合い……すなわち槍の間合い。

 

 

 

そして……絶対の一撃の間合い。

 

 

 

ランサーが生み出した必殺の一撃。

 

 

 

因果という理をねじ曲げる……一撃。

 

 

 

心臓を穿ったという結果を生み出して放たれる一撃。

 

 

 

対人においては、最強と称して何ら差し支えのない、ランサーの一撃。

 

 

 

その名を……

 

 

 

 

 

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)!」

 

 

 

 

 

 

その槍の名こそ……ランサーがもっとも信頼する得物。

 

 

 

それは例え……因果を歪められ、相打つ運命すらも斬り抉られたとしても……

 

 

 

この一撃は止まらない。

 

 

 

黒い陰の泥に浸食された黒き巨人兵の肉を貫き……心臓を穿った。

 

 

 

「……」

 

 

 

核たる心臓を穿たれ……黒き巨人兵が動きを止める。

 

今まで暴れていたのが、まるで嘘だったかの様に。

 

それとともに、狂気も霧散した。

 

ランサーの紅の槍に胸を貫かれた……狂戦士(バーサーカー)のなれの果て。

 

クラス特性とも言えた、狂化も消えた。

 

そこにいるのは……此度の戦において、願いもなくただ一つだけ叶えたいことのために召喚に応じ……

 

 

 

自らのたった一つの望みすらも、歪な形でしか叶えることの出来なかった男の……

 

 

 

なれの果てだった……。

 

 

 

「……仕事は終わりだ。魔力も切れた。後は他の連中に任せる」

 

 

 

ランサーは一言そうつぶやき、マスターの許可もなく霊体化し、姿を消した。

 

あとに残されたのは狂戦士(バーサーカー)のなれの果てと……

 

 

 

その狂戦士を、心の底から慕っていた……雪の精霊の様な少女だけ。

 

 

 

二人は何をする出もなく、ただお互いを見つめていた。

 

 

 

静かに……

 

 

 

言葉も交わさず……

 

 

 

ただただ……見つめ合っていた。

 

 

 

男の魔力がなくなり、静かに消えていく。

 

 

 

それでも二人はただ、互いを見つめ続けていた。

 

 

 

 

 




けっこうがんばったけどどうでした?
ここからの連戦はマジでけっこうがんばったので読んでくれたらうれしいです


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手綱

遅れまして失礼しました
この前の土日は飲み会でつぶれましたw
二日目の日曜はアイディア提供者TT氏と一緒に刀屋に言ってましたw
行くたびに品は変わるんだが……今ほしいのは山城屋にある大宮って刀なんだよなぁ・・・・・
220だがね
買えるか!

でもほしい……

今週の土日にでももういっかい見に行こうかねぇ……



本編短め継続中
11600位です


二つの影がぶつかり合っていた。

一つは高速で地面を、宙を駆けて。

長く美しい髪がその動きに追従して、たなびいていた。

その姿はまるで尾を引く彗星のように見えた。

そして髪よりも、更に長い無骨な鉄鎖がさらにその後を追い、時に縦横無地に暴れ、標的へと打ち下ろされる。

標的であるもう一つの黒い影は、その場で動かず縦横無尽に駆け回る、もう一つの影の攻撃を、的確に正確に捌いている。

その様はまさに、小さな小さな彗星が、大きな星に向かってただ周囲を飛び回っている様に見えなくもなかった。

それもそのはずであり、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の力は圧倒的だ。

いかにライダーが飛び回って死角をついて多数の攻撃をしても、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)はただの一撃でライダーを葬ることが出来る。

堅固さと圧倒的なまでのその圧力は、真っ黒な太陽を連想させるほどだった。

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の魔力は、常時桜から魔力を供給されているため、魔力切れという物がない。

黒い陰に侵されているということも相まって、並の者なら対峙するだけで気絶するだろう。

 

「!」

 

今も黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)からの流し返しての攻撃を、ライダーは紙一重で回避した。

圧倒的な速度を誇るライダーですら、これほど苦戦が強いられる相手だった。

正直、黒い陰に飲まれるという危険性さえ無視できるのならば、ランサーの方が黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の相手は向いていたかも知れない。

だが、ライダー……そしてそばで戦いの行く末を見守るセイバーがこの場にいるのには、理由があった。

それは圧倒的なまでの黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の宝具に対抗するためともう一つ理由があった。

そのために圧倒的に純粋な筋力が不足しているライダーが、命の危機に何度もされされながら、こうして戦っていた。

 

「っ!!!!」

 

声にならない気迫の声を上げて、ライダーがさらに速度を上げて攻撃を行う。

敵を足止めするほどの立て続けに攻撃をしなければ、そばにいるセイバーが殺される可能性がある。

故に、攻めれば攻めるだけ速度が落ち、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)からの反撃で命を落とす可能性があるとわかっていながら……ライダーは攻撃をするしかなかった。

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)も、ライダーの攻撃に対応しながらも、常に自分の半身であるセイバーに注意するのを怠っていなかった。

純粋な力で言えば、今のセイバーは本当に唯の少女にすぎない。

だがそんな力しか持ち得ていないというのに、この場にいることの意味を警戒しているのだろう。

思考を持ち得ない戦闘のみの存在となりはてている様な存在であるにもかかわらず、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は油断も増長もしなかった。

逆に言えば戦闘のみとなっているからなおさらなのかも知れない。

セイバーは、ただ何をすることも出来ず、事態を見守ることしかできなかった。

見守っているという言い方にも語弊がある。

今のセイバーは本当にただ見ていることしかできない。

ライダーが動き回っている姿を捉えることも出来ず、そして己の戦闘能力が顕現したとも言うべき黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の動きも、ほとんど見ることが出来ていない。

だがそれでも事態を見守り……タイミングを逸しないために見ることが出来なくなってしまった戦闘の成り行きを、必死になって見ていた。

そのセイバーの必死さが、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の一定の注意を引くことに成功していた。

何かがあるのだと……そう思わせているため、ライダーへの攻撃に転じることが出来なくなっている。

ある種の三すくみの様な形になっていた。

だがそれも長くは続かない。

 

くっ! 厳しいですね!

 

攻め続けることでようやく、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の動きを封じることが出来る。

だが逆を言えばそれ以上のことを行うことのは難しいということ。

つまりライダー単体では、絶対に黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)に勝つことは出来ないということに他ならない。

何せ黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)にはねバーサーカーすらも一撃で沈めた黒い極光、約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)がある。

しかもそれはマスターが桜に変わったことで、連続して放つことすらも可能となっている。

無限に近い魔力量を有する桜がマスターだからこそ可能となった、宝具の連続使用。

しかもそれが対城宝具という、破格の威力を持った力を連続で使えるというのは、圧倒的なまでの脅威といっていい。

宝具の連続攻撃を行わせないという意味でも、ライダーは止まるわけにはいかなかった。

だが超高速の動きと、息を吐かせぬほどの連続攻撃は、ライダーの体を蝕んでいく。

体力が刻一刻と減っていき、何より彼女の両足が、自らの酷使に耐えきれずに内部から崩壊していくのを、ライダー自身が感じていた。

それに対して、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)はかすり傷すら負っていない。

ライダーの攻撃は、ただの一度も黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)に届いておらず、全く動いていない不動の状態で全てを受けて、流していた。

 

力量、技量ともに届かず、体力も圧倒的に不利で、魔力においては勝負にすらならない。

 

唯一勝っているのは、今の状況が証明するように、速さだけだった。

だがその速さも、徐々に失われていく体力とライダーの体が耐えきれずに敗れ去る。

すでにライダーの速度は徐々に落ちていっている。

もはや黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)がライダーを捉えるのは時間の問題だった。

そして落ちた彗星は、圧倒的なまでの太陽の熱で燃え尽きる。

 

ですが!

 

だがそれはわかりきっていたことだった。

相手が黒い泥によって強化された黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)であることは、むしろ役割でこそあったが、自らが望んだこと。

先ほどの作戦会議ですでに予想されていたことだ。

今のままではライダーは敗北し、足を止めたライダーを黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は一刀の下に両断するだろう。

 

死という結末と、桜を救えなかったという耐え難い敗北を……ライダーは望んでいない。

 

その思いはある意味では士郎よりも強いだろう。

だから歯を食いしばってライダーは攻撃を続ける。

 

永遠にも感じる攻防で……相手が隙を見せるその瞬間を!

 

意思を持たない黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の動きに、僅かながらの変化が……苛立ちにも似た何かがにじみ出した。

それを感じ取った瞬間に、ライダーが動いた。

 

否……止まった。

 

動くことが出来なくなったのか、ライダーは黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の前で膝をつき、呼気を荒げていた。

その瞬間に黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が動き出す。

 

否……動き出そうとして、見えない何かに足を取られて強制的に止められた。

 

剣を振るうために動いていたが、下半身が動かなかったことで剣が空振りした。

思わずといったように黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が自らの足下を見た。

するとそこには、長い鎖に絡まっている自らの両足があった。

ライダーがセイバーの前で膝をついたのはこのためだった。

執拗と言えるほどに攻撃していたのは、少しでも相手に『動きを止めたら負ける』という印象を与えるためだった。

そして最後の一手として……ライダーは足を止めたのと同時に、地面に杭を突き刺して鎖を絡めて、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の動きを封じたのだ。

 

「!?」

 

一瞬の動揺が黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)から漏れ出す。

そのときにはライダーは黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の間合いの外に離脱している。

己にとって必要な間合いをとる。

追撃を行おうとするが、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は足に絡まった鎖によって動くことが出来なかった。

その戒めを解くために、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は足下の鎖に剣を閃かせた。

一瞬にして鎖は無力化された。

 

だがその一瞬こそが必要だったのだ。

 

僅か数秒足らずの間隙。

しかし必要な間合いを……助走距離を得るには十分な時間だった。

 

「!」

 

その距離の意味を……黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は十分に理解していた。

距離にしておよそ五十メートルほどだろう。

だがそれが必要だった。

ライダーが黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)に勝つためには。

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)はライダーの狙いを看破し、瞬時に自らも迎撃態勢へと移った。

 

最大の火力には己自身の最大火力にて、粉砕する。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の周囲を黒い光が覆う。

この薄い暗闇でさえもなお認識することが出来る、光すらも呑み込む漆黒。

風が唸りを上げて黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の剣を加熱させる。

すぐに襲いかかるであろうライダーの彗星の瞬き。

ライダーの駆る白い彗星の瞬きを呑み込まんと、漆黒の極光があふれ出す。

 

「行きます!」

 

ライダーの姿勢が落ちる。

召喚の魔法陣が、ライダーの眼前に彼女自身の血によって描かれていく。

そして赤い血で結ばれた魔法陣は、やがて巨大な血の眼が浮かび上がる。

 

「■■■■■!!!!」

 

それに呼応するように、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の準備も終えた。

手にした剣を横にして……渦巻く力を収束し、回転させて……臨界へと到達した全てを呑み込む漆黒の光を解き放つ。

黒い太陽が、両手に携えた剣を掲げて……その剣は燃えさかる漆黒の光の柱になった。

 

そして放たれる……漆黒の極光。

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)

 

 

 

彼女は真名を唱えない。

唱える必要すらもないのだから、当然だった。

マスターである桜から供給されるね圧倒的な魔力を解き放つだけであるというのに、その黒き極光の威力は、ライダーの宝具を圧倒する。

 

第五次聖杯戦争に召喚されたサーヴァントの中で、もっとも宝具の威力が高いのはまごう事なきセイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)だ。

 

その約束された勝利の剣(エクスカリバー)が黒い泥によって汚され、穢された事で、更にその威力を増したのが、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)だ。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)とまともにぶつかり合えってしまった場合、ライダーの切り札である騎英の手綱(ベルレフォーン)は敗北する。

 

力量、技量、体力、そして魔力の容量に宝具の威力。

 

これら全てにおいてライダーは、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の足下にもおよんでいなかった。

 

故に、宝具同士のぶつかり合いになった場合……勝負にならないことは自明の理だった。

 

だがこれで良かったのだ。

 

今のこの状況……

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)

 

ライダー。

 

そして……セイバーの立ち位置。

 

この三者が一直線になっている、この状況が。

 

もしも黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)に意思があったのならば……セイバーがいくつもの得物を持ち得ている事に気付いたかも知れない。

 

もし得物がいくつも持っていると気付かなかったとしても……ライダーのブラフに気付いたかも知れない。

 

宝具のぶつかり合い……血の魔法陣を描いたのは完全なブラフだった。

 

宝具の純粋なぶつかり合いで、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)に勝てないこと。

 

仮に勝てたとしても、相手を圧倒するわけにはいかなかった。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)を消滅させるわけにはいかないのだから。

 

だからこの場にセイバーがいたのだ。

 

二つの得物を持って。

 

セイバーはそのうちの一つ……小さな球状にふくらんでいる袋の中身を、取り出した。

 

 

 

この暗闇に置いてもなお、燦然と紅に輝く紅玉を。

 

 

 

「お願いします! ムーナさん!」

 

 

 

紅玉に残された少ない魔力を注ぎ込みながら、セイバーが叫んだ。

 

その叫びと同時に、ライダーは横に跳んで、セイバーの目の前から一時姿を消した。

 

叫びに呼応するように……紅玉からあふれ出す紅の炎。

 

その炎は瞬く間に膨れあがり、ライダーの前へと躍り出て、銀の太陽の化身である竜の形に成っていく。

 

 

 

「!?」

 

 

 

さしもの黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)もこの状況には驚愕した。

 

だが、それでも振りかざした剣を振り下ろすのを止めることはなかった。

 

むしろなおさら止める事が出来なくなった。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)も覚えているのだ。

 

あの竜の火球の恐ろしさを。

 

故に竜が召喚を終える前に……吹き飛ばそうとその極光を解き放った。

 

 

 

!!!!

 

 

 

放たれる莫大な黒き極光。

 

その極光に紅く煌めく火は、なすすべもなく引き飛ばされるかにみえた。

 

だが……実体がない火に触れるその瞬間……

 

その実体をもたない火が、極光をはじき飛ばす。

 

紅銀に光り輝くそれは、黒き極光の光をものともせずに……形を更に明確にしていく。

 

翼が生まれた。

 

大空を羽ばたく翼が。

 

全てをなぎ払う、鋭い棘のある尻尾が生まれて……触れた物全てを切り裂く鋭いかぎ爪を生やした足が生まれる。

 

そして最後に全てを噛み砕く牙と、あらゆる物を消し飛ばす火を吹く口が生まれて……

 

 

 

この世界に再び、銀の太陽が出現する。

 

 

 

「ゴァァァァァァ!」

 

 

 

大気を振るわす咆吼。

 

ただそこにいるだけで、黒き極光すらもはじき飛ばす銀の鱗に包まれた翼竜。

 

刃夜の最愛の息子である銀火竜、ムーナだった。

 

 

 

 

 

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)をどうすべきか?

それは作戦会議においても問題となった事だった。

何故セイバーと黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が分裂してしまったのかはわからない。

だが、実際に最強に等しい脅威として敵になっている以上、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)をどうにかしなければいけないことに変わりはない。

先に桜をどうにかすることが出来れば、倒さなくてもいいという意見もあったが、それは楽観的すぎた。

黒い陰での移動がありえるものだと、誰もが理解していたのだ。

故に戦う以外に方法はなかった。

だが誰が戦うのか?

それが問題だった。

何よりも厄介だったのは、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)だった。

何せ威力の桁が違うのだ。

士郎達の最大火力となりえるのライダーかランサーの宝具だけだった。

だが、どちらも約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)と真っ向からぶつかり合って勝てるとは思えなかった。

そのとき……刃夜は預けていた紅玉を返してもらい、セイバーへと手渡した。

 

「おそらく、こいつを使えば召喚が可能だ」

 

それが刃夜の考えだった。

今は窮地といってしまって差し支えない。

前回ムーナが召喚された時も、奇しくもセイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)が原因だった。

そしてこの紅玉を使えば、ムーナが再び召喚に応じてくれる。

紅玉を持ち、じっと黙ったまま考え込んでいた刃夜のこの言葉は、光明であり、博打でもあった。

光明というのは当然、純粋な火力についてだ。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)をただその場にいただけで弾いていたムーナの外殻。

そして約束された勝利の剣(エクスカリバー)を圧倒した火球。

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)に勝てる可能性は大いにあり得た。

 

だがもし……召喚できなかったら?

 

その不安は誰もが抱いたことだった。

幻想種の頂点に立つ、竜という生物。

それがこの世界に降り立つ事自体が奇跡と言っていい。

むしろ以前召喚してこの世界に僅かな時間とはいえ現界出来たことの方が、あり得ないことなのだ。

 

 

 

だが、竜は……ムーナはそれに応えた。

 

刃夜の願いを叶えるために……

 

刃夜が過去に味わってしまった……

 

刃夜が知りたくなかった……

 

あんな思いをもう一度、刃夜に経験させないために……

 

聖杯が満ちたことで以前ムーナが自ら訪れた時よりも魔力の濃度は雀の涙ほどではあるが、増えてはいた。

 

もっとも縁が濃い刃夜のそばではなく、紅玉を用いての召喚は以前よりもさらにムーナに負担を強いていた。

 

故に、以前ほどの火力は出せなかった。

 

だがそれも計算の上だった。

 

というよりも威力が高すぎてもダメなのだ。

 

無論約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)に敗れるようでは話にならない。

 

だが、『銀の太陽の紅火(シルバーソル・プロミネンス)』で消し炭にするわけにはいかなかった。

 

しなければならないことを行うために。

 

だからこそこの場に……彼女が抜擢されたのだ。

 

 

 

あらゆる幻想種を御し、その能力を向上させることが出来る……黄金の鞍と手綱を持つ、ライダーが。

 

 

 

「失礼します! ムーナさん!」

 

 

 

ライダーはそう叫んで、召喚に応じてくれたムーナの背に向かって跳ぼうとした。

 

だが不思議なことに……その背に、見えないはずの何かが見えた。

 

一人の男と、小さな子供とは違う小柄な二つの生き物が、背中にないはずの鞍にまたがっている姿を。

 

一瞬驚くライダーだったが、しかしそれも刹那の瞬間に消えていた。

 

だが……その映像を見て、何故か自分がまたがることが出来ないと思ってしまった。

 

だからライダーは跳ぶのをやめて、ムーナの頭のそばに着地して……

 

 

 

今度こそ、真名を解放した。

 

 

 

騎兵の手綱(ベルレ・フォーン)!」

 

 

 

解放された事で力の塊である宝具が、魔力を消費して現界し、ムーナの頭部へと装着される。

 

宝具で繋がったことで、ライダーはムーナの圧倒的なまでのすさまじさを、身を以て知ることになった。

 

だがそれ以上に……この竜の優しさと、刃夜に対する信頼を感じ取って……

 

何の迷いもなくなった

 

恐れもなく、すくむこともない

 

ただただ、己が任された役割を全うすることだけを、彼女は遂行した。

 

騎兵の手綱(ベルレ・フォーン)を使うまでは正直不安があった。

 

確かに騎兵の手綱(ベルレ・フォーン)はあらゆる乗り物、そして幻想種であっても、言うことを聞かせることが可能であるし、また能力を一ランク向上させることが可能だった。

 

だが、ライダー自身が竜を乗りこなすことが出来なかった。

 

それが不安だったが……そんなものはこの竜と……

 

ムーナの内面を知ったことで吹き飛んでいた。

 

 

 

今の私なら……きっと!

 

 

 

手綱を握る腕に力がこもる。

 

そして彼女は、ムーナの顔の横に跪き……

 

力の限り叫んだ!

 

 

 

「行きます!」

 

 

 

声に呼応するように、騎兵の手綱(ベルレ・フォーン)が光を帯びる。

 

その声の意図を明確に察して……ムーナが身に纏った魔力の一部を、口内へと収束していった。

 

収束を終えたムーナは、その首を振りかぶって……

 

 

 

小さな太陽を……生み出した。

 

 

 

「ゴォォォォォォォ!」

 

 

 

ムーナより放たれたその火球。

 

それは黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)を、易々と突き貫いていく。

 

まるでデジャブのようだと……セイバーは思っていた。

 

だが、これで終わりではない。

 

自分にはまだやるための役割があるのだ。

 

そう思い直して、セイバーは非力になった体で……大地を蹴った。

 

そして、まるで開かれていく道を進むように……火球の後を走った。

 

もう一つの得物を……その手に握りしめて。

 

 

 

意思のないはずの黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は、戸惑いながらも……だが刻一刻と迫る死にあらがうために、更に約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)の出力を上げる。

 

すでに約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)数発分の魔力を消費していたが、それでもまだ供給されている魔力はとぎれることなく黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)のへと流れ込んでいく。

 

だが……どれだけ頑張っても、どれだけ魔力が無尽蔵にあろうとも……

 

一度に放出出来るだけの量は決まっていた。

 

あり得ないことだが……もしも仮にこの場にもう一人黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)のがいれば、火球を吹き飛ばすことが出来たかも知れない。

 

だが実際この場にいる黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は一人だけ。

 

必死になって供給される魔力を全てを約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)に注ぎ込んでも……火球を止めることが出来なかった。

 

その時間は僅か数秒に満たなかっただろう。

 

だが渦中の存在にとっては、永劫にも等しい時間だった。

 

だがそれでも永劫ではなく……永遠でもなく……

 

結果が訪れる。

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)を貫き、そして約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)を放っていた黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)をも貫いて……やがて火球が消失する。

 

火球が通った地面は、凄まじいほどの熱量で熱せられたため、硝子のようになっていた。

 

我が身を貫き、そして背後で消失した火球の威力によって、一瞬黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の意識が飛んだ。

 

そして次の瞬間……

 

 

 

「だあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

裂帛の気合いを込められた声が耳朶に響いた。

 

そしてその声に導かれるようにして、目に飛び込んできたのは……

 

 

 

手にした短剣を振りかぶり、今新たに生まれた硬質な地面を踏みしめて突貫してくる

 

 

 

自分の半身の姿だった。

 

 

 

この状況が……ライダーとセイバーがこの場にいた理由だった。

 

セイバーを元に戻すために。

 

桜を倒し、聖杯をどうにかすれば、元に戻るかも知れないという意見もあった。

 

だが、完全に別個の姿になってしまっている以上、それは楽観的すぎる。

 

だから二人がこの場にいたのだ。

 

竜の因子を持つセイバーが呼びかけることで、少しでも竜を……ムーナを呼びやすくする。

 

そしてそのムーナの火球の威力を、絶妙な力加減にするために、騎兵の手綱(ベルレ・フォーン)をライダーが用いた。

 

動くことが……反撃するほどの余力を残しては、ライダーもセイバーも殺されてしまう。

 

故に約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)を貫きながら、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が消滅せず、かつ力を失うだけの威力に調整する役割を担っていたのだ。

 

そしてそれは果たされた。

 

今の黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は火球によってそのほとんどの力を失っていた。

 

故にこれが……正真正銘最初で最後の好機だった。

 

 

 

「……」

 

 

 

目に映った者を……黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)はどんな気持ちで見ていたのだろう?

 

力の全てを自らに奪われてしまったセイバーは、本当にただの少女だった。

 

走り寄ってくるその姿も、速度も……自分(黒い戦闘騎士)から見たら止まっているのと同じだった。

 

手にした剣を握る握力も、それを振りかぶる腕力も、その剣に乗せるための技量も……

 

全くなかった。

 

だが一つだけ……たった一つだけ……

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が持っておらず、セイバーが持っていたものがあった……

 

 

 

絶対に成し遂げるという思いをつくり……

 

知りたいという思いをつくり……

 

力だけでは絶対にねじ曲げることの出来ない……

 

 

 

 

 

 

強固な「意志」だった……

 

 

 

 

 

 

力も技術もなきに等しく、本当に彼女は見た目そのままの少女そのものだった。

 

 

 

だが、誰にも侵すことの出来ない苛烈な意思が……手にした剣を振るわせて……

 

 

 

その剣を、黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の胸に突き立てた。

 

 

 

抵抗はなかった。

 

ただの一撃で、セイバーは黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)を仕留めていた。

 

そのとき……ひび割れていた仮面が割れて、素顔が露わになった。

 

その顔を……まさに息がかかるほどの距離にある、肉眼では絶対に直に見ることの出来ない己の死人の様な顔を……

 

 

 

セイバーは目をそらさずに見つめた。

 

 

 

セイバーと黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)が僅かな時間……互いを見つめていた。

 

だがやがてそれも終わり……黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)は口を開くこともなく……セイバーの瞳を見つめたまま、魔力の霧となって消えていった。

 

そしてその魔力の霧が……吸い込まれるようにセイバーへと注がれていった。

 

 

 

「……どうですか?」

 

 

 

霧が吸い込まれ終えて、ライダーは注意深くセイバーを観察しながら、そう声を掛けていた。

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)を倒すことが出来たのは疑いようがなかったが、霧散した霧を吸収するとはライダーも予想外だったのだ。

そのため、最悪の事態もあり得るとして、ライダーはじわりと汗が流れるのを感じていたのだが……それは杞憂だった。

 

「感謝します、ライダー。あなたのおかげで元に戻れたようです」

 

振り返りながらそうつぶやき、セイバーはライダーへと歩み寄った。

魔力の波動こそ感じられなかったが、しかしその身からあふれ出る威圧感は、先ほどまでのセイバーのそれではなかった。

また自らの言葉を証明するように、その手にエクスカリバーを現界させる。

本来の美しい姿をした尊いその剣が元の姿を取り戻していた。

どうやら問題がないことにほっとするライダーだったが……それと同時に気がついたことがあった。

 

 

 

……なんですかあの黒い毛は?

 

 

 

姿形が全く変化がなかったが一点だけ、変化しているところがあった。

ライダーの視線の先にある髪の一部の一房が、まるで寝癖のように飛び出ているのだが、その部分だけが何故か美しい金紗の色ではなく、真っ黒だった。

その黒い髪の毛にいい知れない恐怖を覚えるライダーだったが、あえて言及しないことにした。

 

 

 

この一房の毛が……後にとんでもない出来事の発端となるのだが……

 

 

 

それはまた別のお話。

 

 

 

「感謝します、竜のムーナ。私はあなたのおかげで、こうして力を取り戻すことができました」

 

セイバーはそんな事をライダーが思っているとは微塵も気付かず、ムーナへと歩み寄って頭を下げた。

そのセイバーに続いて、ライダーも同じようにムーナへと頭を下げた。

間違いなくこの場での最大の功労者はムーナだったのだから、二人からすれば当然の行動であったし、また彼女らからしたらムーナはまごうことなく幻想種の頂点である竜なのだ。

 

「クォ……。クォルルルル」

 

しかし最大の敬意を持って頭を下げられた当のムーナはというと……とまどうように声を上げるだけだった。

それだけに飽きたらず、まるで誰かを捜すように首を上げて、辺りを見渡していたりする。

その様子に二人は一瞬呆気にとられるが、ムーナから流れ出てくる感情に気付いた。

 

……とまどっている?

 

二人がおそらくとまどっているであろうムーナへと思わず呆然と視線を投じる。

するとさらにムーナが怯えるように狼狽し……

 

「クォルルル! クォォォォ!」

 

ついには親を求める子供のように、泣き出すように声を上げてしまった。

騎乗スキルを持つ故か、それとも別の何かかはわからないが……二人はこのムーナの反応を、明確に理解していた。

 

この反応は照れているだけなのだ。

 

 

 

美人な女性二人にどう反応していいのかわからないのだ。

 

 

 

ムーナが知っている、人間の女性という生物は、二人しかいない。

二人は当然不細工ではない……むしろそれぞれ可愛いさと、美人さでいえば上の方に位置する……が、ある意味で人間ではないこの二人(ライダーとセイバー)と比較するのはかわいそうだという物だろう。

選別の剣を岩から引き抜いた事で、引き抜いた時の見目麗しい美少年と見える程の容姿をしているセイバー。

すらりと整ったプロポーションをしており、まさに女神のような……実際女神だったりするのだが……綺麗な顔をしている美人のライダー。

女性に対する免疫がないムーナには、正直どうしていいのかわからないのだった。

そんなムーナに対して、二人とも同様の感情を抱いているのだが……しかしそれを言葉にする前に、ムーナの姿が霞んでいった。

 

「あ……」

 

それを止める術は今の二人にはなかった。

それでも自分たちが感謝している事だけは伝えたかった。

だがその前に……ムーナが先ほどまでとは違い、二人のことをまっすぐに見据えた。

消えることで安心したのかも知れない。

そして……

 

「クォルルル」

 

一つ鳴いて……姿を消した。

二人は先ほどまでいたはずの竜の空間をただ見据えていた。

 

「聞きましたか……ライダー?」

「えぇ……はっきりと」

 

二人は確かに……ムーナに話しかけられたのだ。

このとき、ムーナは二人に対して、別々の言葉を言っていた。

しかし、互いにムーナの言葉の意味がわからずにその意味を考えていたため、言葉が違っていたことに気付かなかった。

 

「一体、どういう意味でしょうか?」

「……わかりません」

 

戦闘を終えたばかりのため、二人はまだろくに動くことが出来なかった。

そのため二人はムーナが残した言葉の意味を考えいたのだが……結局わからずじまいだった。

ともかくとして、二人は与えられた役割を、きちんとこなした。

だから一刻も早く傷を癒して、仲間の元へ……桜の下へと向かうために、回復に専念した。

 

 

 

 

 

 

 





次はついに小次郎かぁ……
こいつは技にちなんで三話構成で書いてます
文字数は三話全部で18000位なので、ただいつもの一話を三つに分けただけですがw

こいつは……もういっかい見直したいので来週にはあげられないかもしれません
よろしく~


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一 死合

三部構成で20000字数以下
全力で書きましたが、まぁもしかしたら改稿するかも

後番外編の話数の場所を変更しました
新規投稿するたびに挿入するのが面倒になったのでw
申し訳ない
中身は変わってないのであしからずw

楽しんでいただければ何より





静けさを取り戻したその場所には……ただ一人、小さな少女が立っていた。

その眼で見ていた存在の姿はもうどこにもなく……、ただその場には何の感情も写さない、無表情の少女が一人立っていただけだった。

 

「……セラ、リズ」

 

「こちらに……お嬢様」

「――ん」

 

その少女の呟きのような声に反応し、二人の女性が姿を現した。

どちらもこの世の女性とは思えないほど……美しい女性だった。

同じタイプの白い衣服を着用している。

片方は巨大なハルバードを手にしており、もう片方は……特殊で貴重な衣を手にしていた。

 

「準備は出来てるわね?」

「はい、お嬢様。ですが……」

 

それ以上の問答は許さないと態度で示して……少女は何も応えなかった。

その態度に、臣下であり、姉でもあるその女性は、何かを言おうとしたのだが……口惜しそうに顔を歪めて、その態度に従った。

 

 

 

信じてない訳じゃないけど……それでも、ワタシは無理して欲しくないから……

 

 

 

自分を助けに来てくれた姿を思い出す。

 

助けるために命を差し出したのに、年上だからと……大事な友人を死なせたくないと言ってくれた。

 

辛くないようにと、必死になって走ってくれた。

 

あまりにも強大な獣を背にして逃げるということは……どれほど恐ろしいことなのだろう?

 

 

 

そして命を助けるために……命をすり減らしてあの邪悪な得物を振るった姿を思い出す。

 

 

 

言葉に嘘はないのだろう。

 

黒い陰をどうにか出来るという言葉は。

 

だが……その言葉に絶対の自信がないことは、自分でもよくわかっているようだった。

 

それでも他人のために……自分にとって大切な人のために、力の限りを尽くす。

 

そんな人を死なせたくないから……

 

少女は「どうにかしてやる」と言われながらも……己の役割を受け入れる。

 

 

 

どうにか出来るって信じてる。けどそれでも、もしもって事があるから……だから、ごめんね、ジンヤ

 

 

 

少女は、胸の内で謝った。

 

それでも自分も同じだと……

 

 

 

大切な人のために、この命を使うのだと……

 

 

 

そう決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

二人はただ……静かに見つめ合っていた。

 

暗く、深く……そして黒い空間の中で。

 

二人の姿は、異様の一言に尽きた。

 

それはそうだろう。

 

この現代社会において、野太刀を手にしている人間が普通であるはずがない。

 

だが、二人は互いのことを普通であるとは思っていない。

 

無論自分自身のことも、きちんと普通とはかけ離れていることを理解していた。

 

二人は相棒だった。

 

接した時間は短くとも、その短さを覆すだけの濃密な斬り合いを結び、良好な関係を築き、互いに互いのことを理解していた。

 

 

 

いや……理解していたつもりだった。

 

 

 

だが今の二人の関係は相棒ではない。

 

相棒だった時と変化してしまった外見が、それを決定づけている……そんな気が刃夜はしていた。

 

相手へと向ける視線には、友好さなど欠片もなく……ただ鋭く研ぎ澄ました殺意を乗せて、相手をにらみつけていた。

 

片方は数多の刀剣を身につけ携え、右手に超尺の長さの刀身をもつ野太刀を手にしていた。

 

帯で固定された腰には左に夜月、右に雷月、後ろに水月。

 

そして背中にシースにしまわれた対の剣、封龍剣【超絶一門】。

 

刃夜の身体の外見的変化はほとんどない。

 

変化しているのはただ一点、刃夜が手にした超尺の長さをもつ野太刀だった。

 

以前は暗い血の色をしていた刀身が、明滅するように淡く発光していた。

 

それだけでも刃夜の姿は異様に怪しく、そして妖しかった。

 

対して他方の一人は……外見のほとんどが、刃夜が知っている姿ではなかった。

 

まさに野太刀と言うように、綺麗な鈍色をしていた刀身は黒く染まり、まるで光すらも吸い込むほどに漆黒の刀身と化していた。

 

その刀身と同じように長大な野太刀を帯びた、耽美な青年だった小次郎は、その全てが黒く染まっていた。

 

青紫の袴と陣羽織も黒く染まり、男としては綺麗にのばされていた絹のような長髪すらも、黒く染まっている。

 

肌は青白く、血が通っていないかのように、冷たい印象を受ける。

 

 

 

その姿を見ても、刃夜は眉一つ動かさず、ただ静かに……小次郎をにらみつけていた。

 

 

 

対して小次郎も同じ、刃夜の超野太刀、狩竜の刀身が明滅していても、動揺しているそぶりはない。

 

 

 

……これは

 

 

 

相棒だった頃の、毎朝の斬り合いを刃夜は脳裏に浮かべ、直ぐに記憶の奥底へとしまった。

 

毎朝互いを知るため訓練と称していた斬り合いは、今この場面においてはなんの参考にもならないことを理解したからだ。

 

よく言えばお遊戯、悪く言えばただの……馴れ合いでしかなかったのだ。

 

朝の斬り合いは。

 

 

 

……やばいな

 

 

 

黒い陰に呑まれたことによって強化されるという事実。

 

それはセイバーとバーサーカーによって証明されている。

 

故に黒い陰に呑み込まれた小次郎も敵の手駒として、こうして立ちはだかるであろうことは、誰もが予想していた。

 

それは当然刃夜も予想していた。

 

 

 

そして何よりも……小次郎とこうして敵として相まみえることを、刃夜は心の底から渇望していた。

 

 

 

「……ずいぶんと変わり果てた姿になったな? まぁ変わったと言っても色合いが変わったぐらいしか、見た目には変化はないわけだが」

 

 

 

油断なく相手を見据えながらも、互いにまだやり合うつもりはなかった。

 

 

 

セイバーと違い、丸ごと呑み込まれた小次郎には自我があろう事は、刃夜も容易に予測が出来た。

 

そしてギルガメッシュの登場によってそれは事実となった。

 

ギルガメッシュのことを刃夜が知っているはずもないが、意思を持って刃夜達と相対していることが、意思を持ったまま黒い陰の僕となることが出来ると予想できた。

 

 

 

今朝も行くのだろう刃夜? あの林に。また斬り結ぼうぞ

 

 

 

歪とも言えた、斬り結びの時間。

 

相手を否定し殺すはずの剣戟にて、互いを知り合うことを目的とした朝の時間。

 

愛おしく思いながらも、その記憶も刃夜は奥底へとしまう。

 

その気持ちは今から相対する上では不要な物。

 

例え暖かく、大切な記憶であったとしても、それを表に出すことは出来ない。

 

だが、それでも……まるで別れを惜しむかのように、刃夜は口を開いていた。

 

 

 

そんな気持ちが、小次郎にも……変わり果ててしまった小次郎にもあるのだろうか?

 

 

 

鋭く向けていた視線を一度無防備にも外し、目を閉じて静かに微笑んだ。

 

 

 

何故かその微笑みだけは……変わり果てたはずの小次郎も以前と同じように、柔らかく穏やかだった。

 

 

 

「そうさな、確かに見た目だけの変化はそんなものだろうな。無論それだけでないことは解っておろう?」

 

 

 

「……そうだな」

 

 

 

同じように苦笑しながら、刃夜は小次郎の言わんとしていることは十分に理解できた。

 

身に纏う雰囲気があまりにも違ったからだ。

 

あふれ出る魔力が、それを雄弁に語っていた。

 

 

 

そして何よりも……あふれ出ている殺気が、比べものにならないほどに鋭敏だった。

 

 

 

互いに相手を殺すことを全身から放っているというのに、笑みを浮かべて談笑し合う姿は……ある意味で滑稽とも言え、歪んでいた。

 

 

 

「黒くなってからどうしてたんだ?」

 

「姿が変わろうとも、やることは変わらぬよ。いや……やることが減った分、することはより単純な物になったな」

 

「ほぉ?」

 

 

 

やることが減ったというのは、刃夜との料理店の経営に他ならない。

 

その時間がなくなった……つまり、24時間全ての時間を剣に振るうことに専念していたという事だった。

 

霊体故に栄養の摂取である食事も、休息のための睡眠も必要としない。

 

だから、小次郎はひたすらに生前と同じように……剣を振るっていた。

 

黒い魔力によって強化された感覚を養うため……というのが理由の一つではあっただろう。

 

 

 

だが最大の理由は間違いなく、今……この瞬間のためだった。

 

 

 

小次郎の言葉が合図だったかのように……二人は笑みを消して再度互いをにらみつける。

 

先ほどまで曖昧だった殺気が、鋭く、重く……研ぎ澄まされていく。

 

笑みは完全に消え去り……その視線に友好的な感情はもうなかった。

 

あるのはただ……相手に死という事実を突きつけて殺すという……

 

 

 

相手の命を否定する、欲求のみ。

 

 

 

こうして二人は対峙する。

 

目にした相手を殺す事のみを考えて。

 

目にした相手を否定することだけを……考えて。

 

 

 

「封絶」

 

『む? なんだ?』

 

 

 

身につけた魔剣、封龍剣【超絶一門】に呼びかける刃夜。

 

呼びかけながら、刃夜は狩竜を上へと投げた。

 

狩竜をいったん宙に投げるという、今の状況ではあり得ないことを、刃夜は平気でやってのけた。

 

本当に、ただ相手を殺すことだけを考えているのであれば、この絶対的な隙を見逃す訳がない。

 

しかし小次郎は何もせず、刃夜の準備が終えるのを待った。

 

二人が望んでいるのはただ相手を殺すことだけではない。

 

 

 

本当の意味での……殺し合いを求めているのだ。

 

 

 

「お前に……この殺し合いを見届けて欲しい」

 

『……随意に。我が仕手よ』

 

 

 

宙に投げて自由になった両手で、背中に縛り付けているシースを取り、シースから封龍剣【超絶一門】を抜き、地面へと突き立てた。

 

自分たちの斬り合いを……見届けさせるために。

 

膝をつき、封龍剣【超絶一門】を地面に突き立てている間……刃夜は無防備に背中を晒したままだった。

 

そのわずかな時間で、刃夜は覚悟を決めた。

 

敵を殺すことを……ではない。

 

殺すことは、小次郎が黒い陰に呑み込まれたときから、意思を固めていた。

 

決めたと言うよりも……受け入れたといった方がいいのかも知れない。

 

 

 

相棒だった相手を殺すという行為を……渇望し、欲望した己自身に対して……

 

 

 

以前は主従の関係だった。

 

魔術による聖杯戦争に参加し、二人は令呪という縛があった。

 

だが今は一切の言い訳もなく、ただ相手を殺すことだけを考える状況になった。

 

小次郎という……おそらく二度と現れることはないであろう、好敵手と。

 

それを刃夜は心の底から……魂が叫び出すほどに、嬉しく思った。

 

立ち上がり、宙より落ちてきた狩竜を右手で受け止めて……刃夜は振り向く。

 

己が殺したいと……心の底から望んだ相手。

 

 

 

相手を殺したいほど憎いと思ったわけではなく……

 

 

 

ただ相手を殺すことを……ただ相手と本当に殺し合いをすることだけを求めて……

 

 

 

相手より自分が勝っているということを、知りたいわけではない。

 

そんな下らない自己の欲求ではない。

 

あえて言うのであれば……二人にとって相手を殺すことが、相手に対しての最後の絆だった。

 

絆であり、刀を用いた斬り合い。

 

ただ、それだけを求めて。

 

一丈ほどの距離を隔てて、刃夜は足を止めた。

 

そしてじっと……手にした狩竜を見つめた。

 

二人の戦意を……殺意を感じ取っているのか、狩竜がより大きく脈動し、さらに明滅していた……

 

そんな狩竜を見て……刃夜は驚くべき事に、刀身の平地を思いっきり拳でぶん殴っていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

さしもの小次郎も、自らの愛刀を殴るとは完全に予想外だったのか、思わずといったように瞠目しており、殺意も霧散していた。

 

その殺意が霧散したことに反応したのか、それとも殴られたことで動揺しているのか……狩竜の明滅が治まっていくようだった。

 

その狩竜に対して……内側に宿る意思に対して……

 

 

 

刃夜は怒鳴った。

 

 

 

「少し静かにしていろ! 煌黒邪神ごときが!」

 

 

 

隙だらけになるのも構わずに、刃夜は大声で怒鳴った。

 

一瞬呆けたようにしていた狩竜の蠢きが止まるが……すぐに怒りを露わにするように更に発光しようとしたのだが……

 

それに覆い被せるようにして、刃夜が更に怒鳴る。

 

 

 

「お前の相手はこいつの先にいる邪神もどきだ! そいつは間違いなくお前の獲物だ! だが、今この目の前にいるこいつは俺の獲物だ! 邪魔する者は何であろうと許しはしない!」

 

 

 

それはもはや怒号と言っていいほどだった。

 

そしてその声とともにはき出された言葉と思いは、どこまでも純粋だった。

 

その思いがあまりにも純粋だったからか……狩竜はやがて治まり、以前ほどとは言わないまでも、ほとんど脈動と発光をしなくなった。

 

そんなやりとり? を見て、小次郎は思わず腹を抱えて笑ってしまった。

 

 

 

「あっはっはっは!」

 

 

 

その笑いには邪気は何もなく……本当に可笑しくて笑っているようだった。

 

そしてその声には喜びも含まれていた。

 

おもしろくて、嬉しくて……小次郎は笑っていたのだ。

 

 

 

俺の獲物……か……

 

 

 

相対した時の雰囲気からわかりきっていたことだが、それでも小次郎は嬉しく思えた。

 

刃夜が間違いなく……自らと同じ気持ちで、この場にいることに。

 

小次郎が笑ったのがおもしろかったのか……刃夜も小さく笑っていた。

 

しばし二人は、ただただ……笑っていた。

 

だがそれも長くは続かず……二人は微笑みを消して、一度目を閉じた。

 

 

 

そして二人は互いにゆっくりと構えた。

 

 

 

否、構えたと言うには少し語弊がある。

 

 

 

構えたのは刃夜だけだからだ。

 

しかしそれは得物を構える、構えないの違いだけで、二人は殺し合いを行うために心構えを……覚悟を決めた。

 

そして二人は……

 

 

 

!!!!!!

 

 

 

互いに向かって距離を詰める。

 

剣先は当然のように刃夜の狩竜が先に小次郎へと迫った。

 

間合いの上では狩竜が圧倒的に上なのだ。

 

先に小次郎に刃が届くのは当たり前……そのはずだった。

 

だが、刃夜の予想よりも速い速度で小次郎が迫り、狩竜の刃が小次郎へ届く前に、小次郎が刃夜を間合いに納めた。

 

 

 

!?

 

 

 

一足飛びにて刃夜を間合いに納めた小次郎が、以前とは比較にならぬほどの速度で、野太刀を振るう。

 

右薙ぎに振るった狩竜の下をくぐるようにして小次郎が迫り、その漆黒へと変化した野太刀を振るう。

 

っ!?

 

驚愕しつつも、刃夜は直ぐに対処した。

 

魔力形成によって足場を左肩に展開し、それに体当たりすることで無理矢理に体を剣の軌跡から逃がす。

 

その勢いのままに距離を離すが、刃夜は大きく体勢を崩してしまう。

 

体勢を崩した刃夜に、再度以前では考えられない勢いで小次郎が迫る。

 

 

 

!? ふっ!

 

 

 

再度驚愕するが、それだけで刃夜は終わらない。

 

体勢を崩しながら、刃夜は魔力の足場形成を再度展開して瞬時に体勢を立て直し、再度右手のみで狩竜を振るった。

 

それだけに飽きたらず、左腰に装備している雷月を抜刀。

 

帯に固定されているため鍔となっている爪を押さず半ば強引に、鯉口を斬った。

 

左手で刀を抜いたこと、そして以前よりも魔力の形成を利用した戦闘方法、何より自身同様、以前よりも動きが速くなり、さらには魔力形成が素早くなっていることに、小次郎も気付いた。

 

柄頭で雷月を持ち、突き刺すように小次郎へと突きつける。

 

柄の端を持ち、さらに腕をいっぱいに伸ばしても、小次郎の野太刀の方が間合いは上だった。

 

だが突き刺すために突き出された刀を避けていては、迫り来る狩竜に斬られてしまう。

 

そのため小次郎は接近していた体勢を、強化された脚力で強引に踏みとどまる。

 

雷月の間合いの一歩手前でとどまるが、狩竜の間合いには入っている。

 

今度は逆に小次郎が漆黒の野太刀を、強引に狩竜の軌跡へと滑り込ませた。

 

 

 

!!!!

 

 

 

凄まじい金属がぶつかり合う音が響き、洞窟に木霊する。

 

凄まじい技量を持った小次郎でさえも、無理矢理な体勢の立て直しのため、完全に(・・・)狩竜を受け流すことが出来なかったからだ。

 

再度間合いが離れて二人は対峙した。

 

驚愕を互いに呑み込み、その事実を冷静に二人は分析する。

 

 

 

……技量を上げながら、強化された身体能力すらも完璧に把握して斬り込んできた?

 

 

 

以前とは全く違う力強い踏み込みとその速さに、刃夜は驚いていた。

 

戦闘能力が底上げされることはわかりきっていた。

 

漆黒の戦闘騎士、漆黒の狂戦士。

 

黒く染まったことで、黒い陰からの供給魔力を受けて戦闘能力があがる。

 

魔力消費量を気にしなくていいのだから、全力で戦い続けられるということ。

 

だがそれは、元々魔力による戦闘方法を身につけて洗練していればこその強化。

 

小次郎は元来、魔力を使用した戦闘方法を身につけていない。

 

身につけていない物を、いきなり使用できるわけもない。

 

故に小次郎は、黒い陰の泥によって強化された身体能力のみで、間合いを詰め、その野太刀を力の限り振るったのだ。

 

以前にはなかった力が加わり、その野太刀はより力強く鋭い、まさに鉄すらも容易に切り裂くことが可能であると、容易に想像できるほどだった。

 

圧倒的とも言える新たに身に着けた力を、ただただ一人の男を斬るために……修練を重ねていたことは想像するまでもなかった。

 

ゾクリと、刃夜の体が小さく震えた。

 

肌が泡立ち、産毛が逆立つほどだった。

 

自らと同じ感情を、もっとも信頼し、もっとも恋いこがれた相手が同じ気持ちだったことに……刃夜は狂喜した。

 

そして相手が以前よりも強くなっていることに喜びを感じているのは、刃夜だけではなかった。

 

 

 

よもや……刃夜も腕を上げておろうとはな。それも……ただ強くなっただけではない

 

 

 

先ほど刃夜が使用した、足場形成を利用しての急激な体勢の立て直し。

 

あれは以前の刃夜では使用していない方法だった。

 

また剣も振るった際も、全くぶれていなかった。

 

狩竜はその超尺な刀身のため、振るうどころか持つのさえも難しい。

 

それを可能としているのは日々の鍛錬と気力と魔力の運用。

 

だがそれでも長さ故に重い。

 

その野太刀を振るうのは容易ではないため、ぶれてしまうこともあった。

 

だが、今の刃夜にはそれがない。

 

それは何故なのか?

 

 

 

考えるまでもない……か……

 

 

 

小次郎は密かに笑みをこぼす。

 

己にとってこれ以上ないほど斬り合いを望んだ相手が、完全な状態でこうして己の前に現れたのだ。

 

それも、己と同じ欲求を抱いて。

 

 

 

これを笑わずして……喜ばずして、何を喜ぶというのか?

 

 

 

二人は崩れていた体制を立て直して、再度構える。

 

 

 

再開の合図もなく、二人はただ相手を殺したりうる一手を考える。

 

 

 

相手がどう動き、己がどう動くのか?

 

そしてどう捌き、いかような手段を持って、相手を斬り……殺すのか?

 

初めて斬り合った時の、馴れ合いとも言える訓練とは違う。

 

それを証明するのが……刃夜と小次郎、二人の表情だった。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

二人はただ歪んだ笑みを浮かべて、ぎらぎらと血走っているかのような目を、相手へ向けている。

 

そしてそれ以上に鋭く、美しく

 

さけど人を斬るために生み出された刃物を……

 

 

 

刀を……

 

 

 

互いに向ける

 

 

 

この薄暗い洞窟の中にあってもなお……

 

その刃には光が映し出されていた

 

血のような色をした超尺の刃

 

光さえも呑み込みそうな漆黒の刃

 

光が反射するはずもない色をしているはずなのに

 

それは二人が生み出した幻の光なのかも知れない

 

その幻の光を反射し、己自身を……

 

殺すべき……斬るべき相手を、照らしている

 

その光を……殺意を道標にしているかのように……

 

 

 

二人はまた互いに近づき……

 

 

 

その刀を振るった……

 

 

 

人の間にいるから人間……

 

セイバーに向けて刃夜はそう言った

 

だがその言葉を刃夜は自ら否定する

 

元相棒を否定して……相棒と己の間

 

人と人との間……

 

己自身と相棒の間を……

 

刃夜は相手を殺すことによって否定する

 

拒絶する

 

ただ相手を殺すことを……否定することを抱いて

 

いや、それは結果でしかないのかも知れない

 

二人の胸中にあるのは否定でも、殺意でもない……

 

ただ……己がもっとも惹かれて、求めた相手と

 

ただ純粋な剣技……

 

刀を用いた斬り合いを求めているだけなのだ

 

 

 

今まで生きてきた己の行い全てを賭けて……

 

 

 

相手の行いを否定するために……

 

 

 

「――っふ!!!!」

 

 

 

「づぁっ!」

 

 

 

片方は漆黒の刃を鋭く力強く斬り込ませ

 

片方は赤い刃を豪胆に、されど確かな技術を用いて振るう

 

その刃が打ち合い、赤い火花が二人を照らす

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

「づあぁぁぁ!!!!」

 

 

 

一瞬にして散る赤い花が、二人の頬を焦がす

 

しかしそんなものは目に入らぬとでも言うように……否、仮に入っていたとしても二人は気にせず剣を振るっただろう

 

幾重にも、幾十にも重なり、火の花が散る……

 

二人が今まで重ねてきた、斬り合いの……刀を振るった数の分だけ、散っていくかのようだった……

 

 

 

!!!!

 

 

 

散っていく花と、金属が打ち合う、硬質な音……

 

花も響きも置き去りにして……

 

二人はひたすらに手にした刃物を振るい続けた……

 

 

 

「ぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

「ぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

今二人の頭の中に……心の中に、あるのは一体何なのだろうか……?

 

突然の出会いと別れか……?

 

過ぎ去った日々の想い出か……?

 

斬り合った仕合か……?

 

何がよぎり……何が過ぎ去っていくのか……

 

去来する想い……

 

それは二人にしかわからない……

 

ただ……

 

 

 

!!!!

 

 

 

言えることはただ一つ……

 

 

 

「はぁぁぁあ!」

 

 

 

「だぁぁぁっぁ!」

 

 

 

何があろうと……

 

何が起ころうと……

 

今の二人は止まらない……

 

止められない……

 

止まるはずがない……

 

 

 

互いを、殺すまでは……

 

 

 

!!!!

 

 

 

一際大きな音が響き……二人は距離を離した……

 

そして互いに……大きく息を吐き捨てた……

 

ゆっくりと……静かに……

 

呼吸することすらも無駄であると、二人はしばし呼吸すらしていなかった……

 

生命活動すらも、今の二人にとっては余計なことだった……

 

なのに……

 

 

 

「驚いたことに……拮抗しているな……」

 

 

 

会話をするのは何故なのだろう……?

 

 

 

「ふむ。私はそうは思わんがな」

 

 

 

今のこの場に、言葉は無用であるはずなのに……

 

 

 

「あれ? もしかして手を抜いているのか?」

 

 

 

それでも二人は言葉を紡いだ……

 

 

 

「そんなわけがない。驚いたという意味に対して、私はそうは思わんといったまでよ」

 

 

 

まるで別れを……

 

 

 

「だろうな。そんな事をお前が望むとも思えないしな」

 

 

 

惜しむかのように……

 

 

 

「さすがは元、私の相棒だ……。私のことをよくわかってくれている」

 

 

 

「ぬかせ。それはお前も同じだろうが……」

 

 

 

斬り合いを始めてから初めて、二人は屈託なく……

 

それこそ心の底から笑った……

 

いっそ朗らかにと言って良かっただろう……

 

先ほどまでの形相がまるで嘘であるかのようだった……

 

 

 

だが……それは直ぐに終わった……

 

 

 

「埒が明かないな……」

 

 

 

「互いに斬り結び……ただひたすらに己よりも相手が消耗するまで斬り合うのも一興……ではあるのだが……」

 

 

 

そして二人は同じ行動を決意する……

 

 

 

「「最後の一手と行こうか」」

 

 

 

互いの全身全霊の一刀にて……

 

 

 

 

 

 

命を奪うと……

 

 

 

 



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二 御君へ捧ぐ雷

遅くなった言い訳ですが、数年ぶりに39.7度の高熱を出しましてw
インフルエンザではなかったのですがw
少々きつかったですw
皆さんも体調管理には気をつけましょうw




最後の一手

 

それはつまり互いに最後の剣戟と捉えていることに他ならない

 

一撃ではないということが重要だった

 

それはつまり、一手ではあるが一撃ではないということを意味している

 

小次郎は当然のごとく、燕返しを行うのだろう

 

燕返し

 

気力も魔力もなく……ただ純粋な剣技のみで、多重次元屈折現象という……

 

 

 

三つの斬撃を完全に同時に放つ神業

 

 

 

野太刀という、通常よりも遙かに間合いのある刀で行われる三つの斬撃を、避けきるのははっきり言って不可能と言っていい

 

しかも以前と違い、小次郎は黒い泥によって身体能力強化がされている

 

その歪とも言える身体強化を、確実に己の物にしている技量

 

強化された身体から繰り出される燕返しは、果たしてどれほど鋭くなっているのか?

 

強くなる必要はない

 

ただ以前よりも疾くなればそれでいい

 

相手が刃夜であるのならば攻撃力は不要だった

 

気力壁と魔力壁で防御しているとはいえ、それを切り捨てることは、以前の小次郎でも出来たことなのだから

 

刃夜の一手よりも先に、小次郎が己が刃を刃夜に届かせれば、それで終わる

 

だが……それには一つの障害があった

 

 

 

相も変わらず……長い太刀よな……

 

 

 

刃夜が手にする、超野太刀狩竜の存在である

 

小次郎が手にした野太刀よりも遙かに長い間合いをもつ、竜を狩るために生み出された超尺の野太刀

 

小次郎が刃夜を切り捨てるには、狩竜の間合いを踏み込み、自らの間合いに入らなければならない

 

小次郎には魔術や魔法といった、剣技以外の技術はない

 

故に初手は絶対に、刃夜が振るうことになる

 

以前の刃夜の剣ならば、容易ではないとはいえ受け流すことが出来た

 

だが今の刃夜の剣に、ぶれも迷いもなかった

 

小次郎が魔力の身体能力強化を会得したのと同じように、刃夜も剣技を磨いていたのだ

 

そして……それだけではない

 

 

 

「磁波鍍装、蒐窮」

 

 

 

ぼそりと、刃夜が呟いた言葉とともに……先ほどまでほとんど光源のなかったこの空間に、新たな光が生まれる

 

その光は瞬いては消え、瞬いては消える

 

それが幾重にも重なり、新たな光源となっていた

 

空気を震わすのは……刃夜が手にした超野太刀より発せられる、稲光

 

 

 

やはりそれで来るか……

 

 

 

一度朝の斬り合いの時に見せた、電磁の力を用いた音速すらも易々と超える、剣

 

刃夜も小次郎と同じく、強力すぎる力はこの場では不要なのだ

 

ただ、相手よりも先に刀を……刃を……

 

相手に届かせればいい

 

故に最速の剣を、最強の刀でもって行う

 

ただそれだけだった

 

だがただそれだけを行うのも刃夜にとっては、かなりの集中力を必要とした

 

何せ今行おうとしている電磁抜刀は、鞘がない

 

雷月で行う電磁抜刀は、鞘があったためまだ電磁の制御だけでどうにか行えた

 

だが、今電磁抜刀を行おうとしているのは超尺の野太刀、狩竜だ

 

鞘を用いての電磁抜刀は、その長さ故に行えない

 

故に今刃夜が行っているのは、何もない空間に電磁を集中させて架空の鞘を中空に造り上げている

 

その電磁の制御は、今まで行ってきた電磁の力加減との比ではなかった

 

だが今は聖杯が満ちようとしている影響で、大気の魔力(マナ)濃度が上昇している

 

それに呼応して刃夜の首元にある「たてがみの首飾り」が呼応したおかげで、電磁の制御が以前よりもあがっていた

 

今も極限の集中力を持って、刃夜は電磁の力を収束している

 

刃夜の様子を見れば、最大の切り札であることなど、疑いようもなかった

 

しかし……

 

 

 

本当に……それだけか?

 

 

 

小次郎は考える

 

刃夜が電磁を用いた剣を振るってくるのは、当然予想できていた

 

刃夜であれば、直接電磁の力を用いることの出来る碧い刀以外にも、電磁を纏わせることが出来るのは不可能ではないだろうと思っていた

 

その予想は違えることなく、電磁の力を狩竜に注いでいた

 

だが、本当にそれだけなのか?

 

あまりにも激しく電磁の稲光を放つ超野太刀に目を奪われるが……しかし小次郎はしかと見ていた

 

 

 

右腰に差した、あの刀……

 

 

 

刃夜は右腰に、左手で抜けるように碧い刀、雷月を携えていた

 

それはつまり、電磁抜刀が超野太刀だけでなく、腰に差した打刀雷月でも使用が可能かもしれないと言うこと

 

音速を超える剣戟を連続で繰り出されれば、さすがの小次郎もそう簡単には、受け流すことも、避けることも出来ない

 

だが……

 

 

 

間合いは……あの野太刀に比べれば圧倒的に短い……

 

 

 

異世界の怪物の素材を用いて鍛造された、電磁を操ることの出来る打刀、雷月

 

拵えも刀身も普通ではない打刀ではあるが、刃渡りは打刀と同じ長さ

 

ただ振るうだけでは……左手で柄の端を持って切りかかってきても、小次郎は雷月の間合いの外である

 

身体能力でどうにか間合いの長さをカバーすることが出来るだろうが、仮に連続で斬りかかってくるのであれば

 

 

 

あの野太刀を振るった後では、そう素早い動きは出来まい……

 

 

 

超尺の野太刀である狩竜を振るうというのは、それだけ凄まじい力を必要とする

 

ましてや普段のように普通に振るうのと違い、狩竜で電磁抜刀を行った後だ

 

その力を押さえ込むには、それ相応に力が必要だ

 

故にまともに動くことも出来ないだろう

 

だが……それでは右腰に碧い刀を差す理由とは?

 

届かないはずの剣を切り札とするはずがない

 

 

 

ならば……腰の刀を囮にした一撃目が本命か?

 

 

 

電磁によって加速された威力は、凄まじい威力を誇るだろう

 

それこそ受け流そうとする小次郎の野太刀ごと叩き斬ることが可能なほどに

 

これがはったりなのか……?

 

もしくは他に何か手があるのか……?

 

わからないが……小次郎にはそれは最早どうでもいいことだった

 

 

 

何を恐れる必要がある……

 

 

 

もっとも望んだ行いが、今この瞬間にあるのだ

 

それを避けて通ることなど……それこそ死んでもする訳がない

 

当然小次郎にも恐怖はある

 

黒い陰に飲み込まれていく中で心の底を解き放たれて、思ったこと

 

それは、この殺し合いが行えなくなってしまうことだけだった

 

すでに死している身

 

聖杯が誠であれば生き返ることも可能である

 

だが、小次郎は二度目の生などに、興味はなかった

 

ただ、刃夜との……生涯一度も斬り結ぶことなく果てたその先で出会うことの出来た、真に斬り合いたい相手と斬り結ぶこと

 

それだけが小次郎にとって、今この場にいる理由なのだ

 

 

 

結末などどうでもよい ただ私は其処に至る過程を楽しみたいのだ……

 

 

 

元々死している身

 

ならば死すらも恐れる理由にはならない

 

刃夜に斬られようと、刃夜を斬り捨てようと、その果てにあるのは、死でしかない

 

ならば、心から渇望するほどに望んだ相手との斬り合いを、この行為を

 

心の底から楽しむだけだった

 

 

 

そして小次郎が覚悟を決めた……

 

 

 

刃夜の間合いに踏み込み……自身の絶対の一を放つと

 

秘剣、燕返し

 

だが身体能力が強化された小次郎が行う燕返しは……果たしてどれほどの剣の冴えを見せるのか……?

 

鈍るなんてことはありえないと、刃夜は微塵も疑っていなかった

 

身体が強引に強化されたのすらも完璧に制御した心技で、小次郎はただ、唯一無二の剣を振るうのみだ

 

 

 

果たして……うまくいくか……

 

 

 

電磁の力を制御しながら、刃夜は心の中で呟いた

 

間桐臓硯の虫を警戒し、ただの一度しか行わなかった、小次郎を殺すための剣技

 

それがうまくいくのかどうか

 

だが……

 

 

 

今俺が出来る剣技(・・)はこれしかない……

 

 

 

刃夜は小次郎との勝負にこだわった

 

それは小次郎と斬り合いを行うのは……死合を行うのは己であると、自らが欲求したからだ

 

だから、刃夜はたとえ他に何があろうとも……小次郎との斬り合いだけは絶対に行っただろう

 

それこそ、邪魔をする存在がいた場合、下手をすれば切り捨てていたかもしれないほどに

 

 

 

それほど望んだ相手だ……

 

 

 

斬り合いを行いたいと願った相手は目の前にいた

 

それも、己と全く同じ欲求を、携えて

 

だから……刃夜はその剣を、技を振るうことに疑いはあれど、迷いを持つことはない

 

そして迷っていては、技は成功せず

 

 

 

何より、眼前の最高にして最強の好敵手に対して失礼だ……

 

 

 

周りに満ちる魔力を用いて……刃夜は手にした狩竜を、左肩に持って行き体ごとねじり、右薙ぎの型を、取った

 

両腕と左肩で固定した狩竜に電磁を注いで……磁力を高めていく

 

徐々に巨大になっていくその雷を前に

 

小次郎はその雷を恐れずに、前へと進んだ

 

 

 

「っふ!」

 

 

 

鋭い呼気とともに、小次郎が刃夜へと駆ける

 

刃夜は呼吸を止め、目も見開いて、ひたすらに小次郎の挙動を追いかける

 

二人は行動を起こした

 

刃夜が切り込んでこないのは当然といえた

 

間合いにおいて圧倒的に勝っている刃夜が、自ら危険を冒して近づく必要性はない

 

そして時間を掛ければそれだけ電磁の力を高めることが出来る

 

対して小次郎も、刃夜の電磁の力の制御を終えるのを待つ道理はない

 

自ら刃夜の間合いに入らなければならないという危険はあるが、それでも前に進まねば始まらない

 

故に進むのを恐れる理由は……

 

 

 

一つもあるわけがない!

 

 

 

そして以前よりも遙かに速く、小次郎が疾り……

 

刃夜の間合いに足を踏み入れる

 

その瞬間

 

電磁が一際大きく、瞬いた

 

それはこの場の闇すらも引き裂くように

 

大きく、力強く瞬き

 

 

 

閃いた……

 

 

 

 

 

 

「電磁抜刀……穿(ウガチ)!」

 

 

 

 

 

 

まるで限界まで引き絞られていた弓が、まさに解き放たれたかのように

 

その閃きは文字通り、軌跡上の全てを斬り捨てんと、刹那の速度で空を裂く

 

超野太刀の閃きは、その重さと間合いの長さが相まり

 

文字通り間合いの内にいる者、全てを斬る

 

またその閃きも、電磁によって加速されたものであり……見切ることも避けることも不可能と言っていい

 

だが……

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

 

 

凄まじい金属同士がこすれる音が響いた

 

そしてその音に導かれるようにして……火花がいくつも瞬いた

 

その光景が目に飛び込んできた時……刃夜はこれでもかと言うほどに目を見開いた

 

 

 

狩竜の電磁抜刀を……流しただと!?

 

 

 

そう、小次郎は狩竜の間合いに踏み込み、閃きが迫った時その軌跡上に、自らの漆黒の野太刀を滑り込ませた

 

小次郎から見て……右斜め上から振るわれる狩竜の軌跡の上に

 

そっと

 

添えるかのように

 

そしてそれと同時に自らは深く、深く踏み込んで自らの体勢を低くして

 

狩竜の一撃を流していた

 

軌跡上に自らの野太刀をのせて、僅かに角度をつける

 

そして低く踏み込み、体を反転させるという回転の力も加えて、狩竜の一撃を流した

 

本当に僅かなだけ、入りの角度を変えたにすぎない

 

だがそれでも、たったそれだけで……刃夜の「電磁抜刀 穿」は流されてしまった

 

小次郎が身体能力を強化されていた事もあったが、それよりも重要な要素があった

 

黒い泥の魔力で強化された「野太刀」が、一番重要なものだった

 

以前の……刃夜に召喚された小次郎であっても、狩竜の「穿」を流す技量はあっただろう

 

だが、小次郎に技量があっても……小次郎が持った野太刀が耐えられない

 

小次郎が持つ刃渡り五尺の野太刀は、十分に業物といっていい刀だった

 

だが、それだけだ

 

あまりにも強大すぎる力には折れるか曲がるか

 

超野太刀狩竜の一撃を受け流すことも十分に脅威だが、さすがに狩竜の超尺の重さと長さを持つ野太刀の電磁抜刀の一撃を流すことは不可能といって良かった

 

故に、武器破壊を狙った刃夜の狙いは、決して間違ってはいない

 

 

 

受け流すことが可能となったのは、黒き泥によって強化された恩恵だった

 

 

 

しかも恐ろしいことに、小次郎は深く踏み込み身を低くすることで、次の一歩の爆発力を四肢に蓄えた

 

更に……その力を解放しつつ、さらに間合いに

 

己の間合いに踏み込みつつ

 

 

 

構えた……

 

 

 

実によどみない攻防といえた

 

受け流したと同時に

 

小次郎は自らの絶対の一を放つために必要な行程を終える

 

体の回転は、狩竜を流すためであると同時に……

 

唯一、構える必要のある燕返しを行うためものだった

 

 

 

その構えを……終えた……

 

 

 

対して刃夜は、最大の技を放ち終えたばかり

 

すなわち、両手は振り切った野太刀を止めている真っ最中だ

 

とてもこのまま回避も防御も行える体勢ではない

 

かといって仮にその勢いを殺さずにそのまま一回転していたとしても、その前に小次郎の燕返しで

 

刃夜は体を断ち切られる……

 

また、右の腰に携えている碧き刀に手を伸ばす余裕は

 

どこにもなかった

 

 

 

やはりはったりであったか!

 

 

 

狩竜による電磁抜刀は、どうしても絶対的な力が必要だ

 

放つにも、止めるにも

 

故に振り終えてから別の刀に手を伸ばして放つのは不可能だと判断した

 

狩竜による電磁抜刀の武器破壊

 

これが刃夜の狙いであったと、小次郎は考えた

 

構えを終え、技を放つその刹那

 

小次郎の目に飛び込んできたのは

 

 

 

驚きに目を見開いている刃夜が

 

 

 

 

 

 

凶喜に口元を歪ませた……笑みだった……

 

 

 

 

 

 

その笑みを見る一瞬前に……小次郎の背に悪寒が走り抜けた

 

その悪寒に逆らうことなく、小次郎は無理矢理に……それこそ倒れ込むようにして体を強引に後ろに引いた

 

その眼前を……紙一重で通り抜けていく閃光があった

 

閃きではなく……一点を穿つように

 

それは宙を駆けていた

 

身体能力が強化された小次郎だからこそ、構えを無理矢理解いて、躱すことが出来た

 

そして、その強化された視力に写った物をみて……小次郎は驚愕した

 

 

 

ふれもせずに……刀を、飛ばしただと!?

 

 

 

右腰に携え、鞘に納められていた碧き打刀、雷月が小次郎へ打ち出されたのだ

 

電磁によって加速された雷月は、音速すらも軽く超えるほどの速度で射出された

 

 

 

電磁抜刀 (カシリ)

 

 

 

音速で打ち出された雷月は、柄頭で小次郎を打ち砕かんと、放たれた

 

これが刃夜が帯で刀を固定した理由

 

手を触れずに電磁の反発のみで刀を打ち出すために、強固に鞘を固定する必要があった

 

だから、刃夜は普段は使わない帯で腰に刀を固定したのだ

 

この電磁抜刀が行えるように

 

だがそれすらも小次郎は驚異的な反射神経と、第六感、そして強化された身体能力で強引に避けていた

 

しかしそれによって、完全に体勢を崩してしまう

 

次の一撃を放つためには……数手の時間が必要だった

 

 

 

だが……

 

 

 

すでに次の一手を終えている男が、眼前にいた

 

 

 

 

 

 

「磁波鍍装、蒐窮」

 

 

 

 

 

 

稲光がよりいくつも瞬き、さらなる一撃を放つために……力を溜めている

 

 

 

 

 

 

お前が三つの斬撃を「同時」に放つのあれば……

 

 

 

 

 

 

左肩から右に薙ぐように振るわれた野太刀、狩竜を止めて、両手首の動きだけで、刃を逆さに返していた

 

それによって刃夜が手に持つ狩竜の刃が、小次郎へと向いた

 

「穿」を放った後に、力強く力を溜めていたのは、これが理由だった

 

電磁による反発と加速を用いて

 

超野太刀狩竜による電磁抜刀を返すために

 

 

 

 

 

 

俺は、「三連撃」にて、貴様を斬る!

 

 

 

 

 

 

「電磁抜刀、穿(ウガチ)が返し……」

 

 

 

 

 

 

三回ほぼ同時に行われる電磁による収束と反発

 

それは想像を絶するほどの集中力を要したが、それでも刃夜は成し遂げていた

 

 

 

 

 

 

己に渦巻く黒い欲望を……果たすために……

 

 

 

 

 

 

小次郎の読みが外れていたわけではない

 

「穿」で小次郎の野太刀ごと断ち切れるのであれば、それはそれで問題なかった

 

だが、漆黒に染まった野太刀が、何の変化もないとは、刃夜は考えなかった

 

黒い戦闘騎士(セイバー・オルタ)の聖剣が変化していたのを目の当たりにして、何かしらの恩恵があると考えたのだ

 

故に、雷月を囮であると思いこませ、更に武器破壊が狙いであると思わせた

 

だが、その全てが囮でも、罠でもなく

 

必殺の攻撃だった

 

ただ、その必殺の攻撃が、三回連続で行うと言うだけで

 

これが刃夜が、小次郎を斬るために

 

 

 

殺すために編み出した

 

 

 

電磁抜刀だった……。

 

 

 

 

 

 

どうする!?

 

 

 

 

 

 

今まさに放たれようとしている刃夜の返す刀

 

二度の攻撃を避けることが出来た小次郎は、必死になって考えた

 

だがどうあがいても、もがいても

 

完全に手詰まりだった

 

唯一出来たのは、躱した後で、視線を巡らせることだけだった

 

刃夜が放った電磁の投射抜刀が放たれた瞬間と、次の一手である、返す刀

 

そのときふと……僅かに巡らせた視線の先

 

小次郎は実に妙な物を見てしまった

 

 

 

怒っているような……

 

諦めているような……

 

驚いているような……

 

恥じているような……

 

恐れているような……

 

憎んでいるような……

 

 

 

喜んでいるような……

 

 

 

悲しんでいるような……

 

 

 

そんな物を……

 

 

 

 

 

 

全く……お主という奴は……

 

 

 

 

 

 

それを見た瞬間……小次郎はただ静かに頬をゆるめた

 

以前のように……ただ静かに

 

だがそのゆるめた頬も

 

美しくたなびいていた長い髪も

 

何もかもが変わっていた

 

だが、互いを思う気持ちだけは変わらないと言うように

 

ただその微笑みだけは……以前と同じような笑みだった

 

 

 

そして二人を終わらせる閃きが……

 

 

 

疾った……

 

 

 

 

 

 

「電磁返刀 逆雷(サカヅチ)!」

 

 

 

 

 

 

それは決して技とは言えるような剣ではなかった

 

狩竜の長さと重さ、そして切れ味

 

それを気力と魔力によって強引に強化した

 

手首だけで刃を返したままの型で、電磁による力でまさに打ち出すように放たれた

 

力業だった

 

だがその力業の剣は、雷光となって

 

 

 

軌跡にある全てを引き裂いた……

 

 

 

 

 

 

全力で戦うと言うこと

 

刃夜は現時点において小次郎を上回ることは出来ていない

 

故に斬り合いを続けていては絶対に負ける

 

だがそれでも負けるわけにはいかなかった

 

約束があるから誓いがあるから

 

それだけではない

 

ただ負けたくなかったのだ

 

小次郎に

 

理由としてはそれだけだった

 

だから唯一一点のみ、小次郎に勝っている気力と魔力を用いた一撃での斬り合いを行った

 

言ってしまえば卑怯といえた

 

だがそれでも小次郎はそれに乗った

 

何故か?

 

小次郎もわかっていたからだ

 

斬り合いを続けていれば刃夜を殺せると

 

だがそれでも互いに相棒となった間柄として、小次郎は超えたくなったのだ

 

生涯誰とも切り結ぶことなく死を迎えた男

 

互いに二度と会うことの出来ない好敵手と斬り合いをすることのみを望んで

 

この場で立ち合った

 

殺し合いを行ったのだ……

 

それを欲深いとは決していえないだろう

 

 

 



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三 心を残す

振り切った姿勢のまま、しばらく……刃夜も、小次郎も動かなかった。

 

振り終えた狩竜を、刃夜は何とか押さえ込むことが出来た。

だが、無理な体勢で振るったために、両腕が痛みを訴えていた。

仮に万全の体勢で振っていたとしても、狩竜での連続の電磁抜刀は、刃夜に負担を強いている。

だがそんな痛みなど……今はどうでも良かった……。

 

今の二人にとって、互いの存在以外……どうでもよかった……。

 

ただ静かに……二人は互いを想っていた。

やがてゆっくりと、刃夜は狩竜を降ろす。

互いのことを想っていながら、二人は互いを見ようともしていなかった。

 

「これしかなかった……」

 

まるで懺悔するように、刃夜はぼそりとそう呟いていた。

そして一言呟いたことで、まるで堰を切ったように、言葉があふれ出ていく。

 

「朝、お前と剣を振るい、何度も夢想していた。どうすればお前に勝てるのかと。だがそれはあくまでも俺の感情を綺麗な言葉にしていただけだった。どうすればお前を切れるのか? ただそれだけを考えていた。そして行き着いたのがこの技だった」

 

三段電磁抜刀。

これが小次郎を殺すために考え、何とか扱うことの出来た、技。

 

 

 

一振り目で間合いの全てを「穿(ウガチ)」でなぎ払い……

 

それを越えてきた相手を「(カシリ)」で撃ちて、動きを止める……

 

そして、返す刀「逆雷(サカヅチ)」で相手を断ち切る……

 

 

 

名を御雷(ミカヅチ)

 

 

 

元々切れ味のいい狩竜を、気力と魔力で耐久力と切れ味を一緒に強化し、電磁の力で強引に断ち斬る力業。

とても技と言えた物ではないだろ。

それこそ、刃夜の目の前に立つ人物が放つはずだった技、燕返し。

三つの斬撃を完全に同時に放つ技。

気力も魔力も使わずに、ただ己の技のみで行う秘剣。

三つの軌跡を描く技ではあったが、この燕返しとはまさに対極といっていい位置にいる技といって良かった。

 

だが結果として……刃夜の力業である電磁抜刀が閃き、斬った。

 

神業といっても差し支えのない燕返しが放たれる前に、相手を斬る。

そのためには三手がどうしても必要だった。

無論結果だけを見るのであれば、間違いなく刃夜が正々堂々と勝負し、そして勝利を収めたことに違いはない。

 

 

 

まさに「(ごう)」。

 

 

 

それを……刃夜自身が、納得ができていないようだった。

 

「お前と同じように、技を振るってみたかった。だがそれが叶わなかった。そして今この場で、お前に斬られるわけにもいかなかった。だから――」

 

 

 

「そこから先は言うな、刃夜よ……」

 

 

 

刃夜の言葉を遮って、ただ静かにそう呟いていた。

 

 

 

「もとより私に戦う意味などなかった。英霊としての誇りなどもない。前にも言ったとおり、私は佐々木小次郎であって、佐々木小次郎ではない、名もない男の亡霊。それが私だ」

 

 

 

「佐々木小次郎」という男がいた。

それは宮本武蔵という男の引き立て役として、人々に語られた架空の存在。

ここにいる佐々木小次郎という男は、名などなかった。

名もなく、ただ燕返しが使えるという、その一点のみで、この男はこの場に「佐々木小次郎」として存在していた。

その架空の存在の名を名乗り、この戦いに望んだ男の望みとは……果たして何だったのか?

無名のままただ剣を振るい続けて死した男が、唯一望んだこと。

 

それがたった今、満たされたのだ……。

 

無論、この男も殺されることを願ったわけではない。

偶発的に生み出すことの出来た秘剣といえども、それなりの自信はあった。

野太刀の長さと、その剣の驚くべき冴えから放たれる必殺の剣。

燕返し。

技量のみでこの技を破ることができる存在は……そうはいないだろう。

刃夜も、完全な技量のみで破ったとは言い難い。

 

だが……そんなことはどうでも良かった……

 

自らの剣技を全力でぶつけ合える存在との斬り合いこそが……もっとも望んだ願いだった。

 

そして現れたのが刃夜だった。

 

刃夜から見れば、この男は突然出現したと言っていい。

だが、この男からすれば……刃夜こそが、突然現れた異端だった。

仮に刃夜が現れなかったとしても、全力で戦う事が出来た可能性もあっただろう。

 

だが、違ったのだ……。

 

長さこそ違えど自らの得物と同じ野太刀をもつ男。

料理が得意で、好感の持てる男だった。

妖術と思えなくもない技を扱うも、剣に対する態度は真摯な物だった。

 

 

 

そんな自分が一人の人間として好いた男との斬り合いが……私がもっとも望んだ物だった……

 

 

 

その斬り合いの果てを、今の二人の状況が如実に語っていたが……それを改めて言うほど無粋ではなかった。

 

 

 

「無名のまま死んでいった私に、唯一あった願いが叶った……」

 

 

 

 

 

 

「亡霊にすぎない私の生に……意味があったのだ……」

 

 

 

 

 

 

何よりも望んだ斬り合いであり……意味であった……。

確かに刃夜は刃夜で思うことはあるだろう。

勝者だからといって、偉そうにしろとも、誇らしくしていろと……そんな無粋なことを言うつもりはない。

 

だがそれでも……男は誇って欲しかった。

 

胸を張って欲しかったのだ。

 

 

 

己と死合をした男に……。

 

 

 

その思いが伝わったのかはわからない。

だが、刃夜は……自らの血にまみれ、血を吐いてなお微笑む男の笑みを見て……一度目を瞑り、毅然とした態度と瞳で……男の思いに応えていた。

 

しばしの時間……刃夜はまっすぐと……

 

 

 

男の瞳を、力強い意思の籠もった目で……見つめていた。

 

 

 

「行け……刃夜よ……」

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

それ以上語ることはなく、刃夜は背を向けて、封絶と雷月を回収して……先へと向かった。

互いが互いを見ることはもうなかった。

男も刃夜の後ろ姿を見ることもなく静かに腰を下ろして……小さく息を吐いていた。

そして手にした得物を……漆黒に染まった野太刀を見て、心の中で礼を述べていた。

 

よくぞ持ってくれた……

 

もしも砕けていたならば、刃夜の技を見ることも叶わなかっただろう。

故の礼だった。

そして自らを斬った男の事を……刃夜との短くも想い出深い日々を思い出す。

 

その思い出が愛おしくもあり……

 

悲しくもあり……

 

嬉しくもあった……

 

男は再び小さく微笑み……

 

 

 

「……全く、呆れた男よな」

 

 

 

そう穏やかに呟いていた。

 

その呟きには色んな感情が含まれていたが……それは誰の耳にも届くことはなく……

 

その声が力を失う頃には……その場には誰もいなくなっていた……

 

ただ、紫に輝く淡い光の粒子の様な物が、蛍のように漂っていた……

 

 

 

やがてその蛍も……小さくなって……

 

 

 

淡く、霞のように……

 

 

 

消えていった……

 

 

 

後にはただ……痛くなるほどの静寂だけが……

 

 

 

残されていた……

 

 



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黒き金色の演劇

それはまさに……神話からそのまま出てきたかのような光景だった。

八人目のサーヴァントの背後に、無数に黒と金に光り輝く穴があった。

その穴からいくつもの武器が顔を覗かせて、二人を……士郎とアーチャーへと狙いをつけていた。

それがただの武器ならば、そこまで恐ろしい物ではないだろう。

 

だが、虚空より出現しているその全ての武器が、宝具であるというのならば話は別だった。

 

無数に……それこそ無限にあるのではないかと思えるほどの数が、まるで雨のように士郎とアーチャーへと襲いかかる。

それを二人は、手にした双剣で受け流すか、体全体で躱してしのぐ事しかできなかった。

だが手にした双剣も、宝具の投射攻撃にはそう何度も耐えられなかった。

真に迫っているとはいえ、手にした双剣は……贋作でしかない。

 

故に……

 

 

 

!!!!

 

 

 

いくつかの攻撃を防ぐことで砕け散ってしまう。

それは投影技術が士郎よりもより練度の高いアーチャーの双剣、干将莫耶でも例外ではなかった。

己がもっとも信頼する得物である、干将莫耶が幾度も砕かれたことに対する痛痒は、アーチャーにはない。

所詮は得物……道具でしかないためだ。

だが、相手の攻撃方法……無限とも思える宝具を投射する……には、驚いていた。

 

こいつは!?

 

宝具は英雄にとっての切り札だ。

複数の宝具を所持する英霊はいるにはいるが、こんな無限とも思える数を持つ英霊を、アーチャーは知らなかった。

 

「どうした雑種共。いや? 贋作屋共? 逃げてばかりでは話にならんぞ? 貴様らの逃走劇を見てやるほど、我は暇ではないのだがな」

 

二人に相対しているギルガメッシュは、開戦した場所から一歩も動いていない。

それどころか構えてすらいない。

隙だらけに仁王立ちしたままだ。

故にアーチャーは何度か弓を投影し、更に矢を……剣を投影して射撃を行った。

だが……

 

!!!!

 

撃ったそのすぐそばから、ギルガメッシュの周囲にとてつもない巨大な盾が瞬時に現れ、その事ごとくをはじき飛ばしていた。

それか虚空より現れた剣や槍、伝説の武具といって差し支えのない宝具が、その全てをはたき落とす。

もはや戦闘の体を要していない、一方的な蹂躙といって差し支えない、そんな戦闘だった。

アーチャーは何とか接近を試みようと、幾度壊されても双剣を矢を投影して、あらん限りの攻撃を相手へと向けるが、それでも接近すら出来ない。

 

厄介だな……

 

内心で毒づき、アーチャーは相手を睨み付ける。

だがそんな殺意の籠もった視線を向けられても、相手……ギルガメッシュはつまらなさそうな顔をぴくりとも動かさず、背後から大量の宝具を投射している。

雨のように降り注ぐ宝具を前に……むしろすぐに殺されないことを誇るべきなのか?

 

いや……

 

攻撃を行い、防御を行いながら……アーチャーの胸には疑問が渦巻いていた。

何故こちらがまだ死んでいないのか?

確かに敵は圧倒的な数の攻撃によって、こちらの動きを封じていた。

その数全てが、文字通り一撃必殺の攻撃だ。

おそらくまともに食らえば、サーヴァントであっても致命的な一撃を被ることになる。

致命的な一撃を、これほどまでの数を行うことが出来る相手をして、何故自分たちがまだ生きているのか?

それが……アーチャーには腑に落ちなかった。

何よりも納得できないのが相手の態度だった。

こちらのことを、虫けらにも思ってない目線は、まだわからないでもない。

あそこまで傲岸不遜な態度を見れば、あれがあのサーヴァントの素であることは何となく想像できる。

だが……その態度からにじみ出るのは、殺意でも憎悪でも敵意でもなく……何か別の感情が見え隠れしているのが、アーチャーはどうにも気になってしまった。

更に言えばもう一つ……気になることがあった。

 

!!!!!

 

アーチャーより離れた場所から、硬質的な破砕音が鳴り響いた。

戦闘中でありながらも、アーチャーは自身の欲求にあらがうことが出来ずに、そちらへと……士郎がいる方へと視線を向ける。

 

「くそっ!」

 

そこには悪態をつきながら、たった今砕かれた双剣を再度投影を行っている……士郎(幻影)がいた。

基本骨子を想定し、魔術回路が魔力を通して投影された剣が瞬時に姿を現し……顕れた剣を見て、アーチャーは目を細める。

士郎が投影した剣は、アーチャーが投影している干将莫耶と同じ物だったはずだった。

それはある意味で当然とも言えた。

何せ士郎はアーチャーが投影した干将莫耶に強く惹かれた物があったために、自らもまねをして、干将莫耶を投影していたのだから。

 

それとは別に、もう一つ決定的な理由があった。

 

その二つの理由があって、士郎の投影とアーチャーの投影は練度こそ違えど、同じ物であったはずだった。

だが、今士郎が投影した全ての双剣が、謎の黒い線がいくつも入っていた。

まるで魔術回路が双剣にもあるように、その漆黒の線は禍々しくこの暗闇の中でも埋もれることなく存在を主張していた。

また士郎の双剣は投影を行えば行うほど、その線がより禍々しさを増しているように、アーチャーには見えていた。

更に言えば黒い線は、砕け散った双剣であっても、その線だけは砕け散っていなかった。

 

直線に伸びており、幾重にも鋭角に曲がり、そして砕け散らない禍々しい黒い線。

 

それは士郎の左頬に出来た黒い痣と同じように、蠢いているようだった。

士郎は目の前の戦闘で精一杯なので気付いていない。

だが、その幾度も曲がるその黒い線が……何故かアーチャーの心に引っかかった。

 

 

 

まだだ!

 

それが士郎の気持ちだった。

まだ終われない。

まだ終わってはいけない。

だから雨のように降り注がれる宝具の弾丸を、自身が投影して手にした双剣を振るった。

しかしそれも何度かギルガメッシュの攻撃を防ぐことで、容易に砕けてしまう。

それでも士郎は諦めずに……ひたすらに投影を繰り返して、その攻撃を弾いた。

今の士郎を支えているのは、たった一つの想いだけだった。

それを形成するいくつもの想いもある。

だが何よりも重く、大きく……何よりも貪欲な欲求が、今の士郎を前へと進めませている。

 

まだだ!

 

それを果たすまでは諦めるわけにはいかなかった。

終わるわけには……いかなかった。

それぞれに思惑こそあれど、それでも誰もが一つの目的のために動いていた。

自分にとって、もっとも大切な目的のために。

それを果たすために……誰よりも己自身が果たさなければいけないことをするために、士郎はただ進むしかなかった。

その想いの一念で、士郎はただひたすらに投影し、攻撃を捌き、前へと進んだ。

そして徐々に……本当に僅かではあるが、少しずつギルガメッシュとの距離を詰めていった。

だがその僅かな距離も……

 

「ほう? 予想よりはやるではないか、雑種」

 

相手に踊らされていたのだと、悟る。

 

「贋作屋ごとき、この程度でいいと踏んだのだが……存外しぶといな。さすがは雑種といったところか?」

 

そう泰然と呟いた敵の言葉と共に顕れた、さらなる宝具の姿を見て、絶句した。

アーチャーも、その全ての宝具の格の高さに、息を呑んでいた。

 

「なんだその間抜け面は? この程度で折れているようでは、先が思いやられるぞ?」

 

言葉と共に、ギルガメッシュが右手を天にかざした。

その動きに応じるように、宝具が一斉に穂先を二人へと向ける。

 

 

 

「先にも言ったが、簡単にくたばるなよ? 贋作屋共。いや……偽物といった方が正しいか?」

 

 

 

偽物。

その言葉が何故か……士郎の心に引っかかり、その胸をかき乱した。

何故その言葉にそこまで感情が動かされたのか、この瞬間はまだわかっていなかった。

だが、その不快感が態度に出ていたのか、ギルガメッシュが士郎を一瞥し……鼻で笑った。

しかし僅かにではあったが……その態度にほんの少しだけ変化があったのだが、宝具に圧倒されていた二人は気付かなかった。

 

「行くぞ偽物ども。これに屈するようでは、しょせんはその程度であるということだ。早々に消え去るがいい」

 

言葉を言い終えたそのとき……ギルガメッシュがその天へと掲げていた手を振り下ろした。

それを合図に、宝具が一斉に士郎とアーチャーへと襲いかかる。

今まででも十分に異常な数の宝具であったというのに、それとは比較にならない数の宝具が二人を襲った。

更に言えば、先ほどまでとは圧力が……込められた魔力の量が違った。

双剣で捌くことの出来る数ではなく、仮に捌こうとしても双剣毎吹き飛ばされるだろう。

故にアーチャーは宝具が自分たちに襲いかかってくる前に、士郎を肩に担いだ。

 

「な、お前!」

「黙っていろ」

 

士郎を肩に担ぎ、士郎の反論を許さず……というよりも反論すらさせずに、走り出した。

だがそれは正解だった。

何せもはや投擲ではなく、それは爆撃に等しい攻撃と化していたのだから。

ギルガメッシュの攻撃は先ほどまでと重さが違った。

投擲速度を増しているのか、それとも魔力の量が増えたのか……もしくは恐ろしいことだが、より格の高い宝具を投擲しているのか?

原因はわからないが、その一撃は全てが必殺では生ぬるく、もはやたったの一撃で存在そのものを消し去るほどの一撃……存在の鏖殺といってよかった。

存在を、全てを否定する攻撃が、まるで雨のように降り注いでくるのは、もはや悪夢といって何ら差し支えなかった。

この攻撃を自分の力だけでどうにか出来ないことは、考えるまでもないことだったため、士郎は何も言わずにアーチャーの 回避に任されるままだった。

しかし、それも長くは続かなかった。

何せあまりにも数が多かった。

またこの地下の大空洞は、恐ろしいほどに遮蔽物がない。

仮に遮蔽物があったとしても、それすらも吹き飛ばすだけの威力を秘めた攻撃のため、気休めにもならないが、あるとないとでは大違いだった。

そして大空洞故のこの暗さも、動きづらさに一役買っていた。

弓兵(アーチャー)として召喚されたため、この程度の暗さを煩わしく思うアーチャーではない。

しかし、それでもこうも爆撃による激しい明滅があると、どうしても視界が悪くなってしまう。

さらにギルガメッシュも、相手に向かってただ宝具を投擲するだけではない。

当然足止めのために使用することも出来る。

アーチャーが着地しようとするその数歩前に攻撃を行い、強制的に足を止められる。

アーチャーもサーヴァントであるため、この程度でやられるということはない。

だがそれも足手まといがないということと、さらに言えばあまりに圧倒的な数がなければという前置きがつく。

 

「ちっ!」

 

故にアーチャーは今まで隠してきていた、力を解放する。

 

 

 

I am the bone of my sword.

―――体は剣で出来ている

 

 

 

その詠唱とともに、風景が全て変わった。

 

暗い洞窟に僅かな灯火であった蛍火の様な光。

 

それが、揺らめくように消えていく。

 

 

 

Steel is my body, and fire is my blood.

―――血潮は鉄で、心は硝子

 

 

 

そしてそれが過ぎ去った後に見えるのは……果てのない荒野だった。

 

 

 

I have created over a thousand blades.

―――幾たびの戦場を越えて不敗

 

 

 

ただただ荒野だった。

 

だがその無限にも広がる荒野に……無限と思えてしまうほどに、剣が突き刺さっていた。

 

両手剣がある。

 

片手剣がある。

 

両刃の剣が、片刃の剣がある。

 

 

 

Unknown to Death.

―――ただの一度も敗走はなく

 

 

 

古今東西およそ世界の全てにあるであろう剣が、荒野に突き刺さっていた。

 

 

 

Nor known to Life.

―――ただの一度も理解されない

 

 

 

空は夕焼けのように紅かったが……その紅さは、美しさとは無縁だった。

 

 

 

Have withstood pain to create many weapons.

―――彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う

 

 

 

そもそもにして、空に見える巨大な歯車がいくつもある空が、美しいと言えるだろうか?

 

 

 

Yet, those hands will never hold anything.

―――故に、その生涯に意味はなく

 

 

 

そしてその丘に立つ、全ての剣は……まるでその主を象徴するように……

 

全てが贋作だった。

 

 

 

So as I pray,

―――その体はきっと、

 

 

 

だが、これこそがアーチャーの英霊としての力であり……象徴だった。

 

 

 

 

 

 

UNLIMITED BLADE WORKS.

―――剣で出来ていた

 

 

 

 

 

 

固有結界。

術者の心象風景を具現化して、現実に浸食させて世界を形成する結界。

大禁術と言われる魔術。

 

「これは……」

 

辺りの風景が一変し、士郎は思わず驚いて口を開けたまま、その風景を見つめた。

そしてあまりにもすんなりと心に入って来てしまうその風景に驚いた。

 

 

 

まるで……この風景を知っていたと……

 

 

 

そう思えてしまった自分に。

 

「ほぉ?」

 

アーチャーの固有結界に反応を示し、ギルガメッシュが攻撃の手を止める。

それによって爆撃とも言えた攻撃が一度止まった。

そのためアーチャーは、足手まといの士郎を自身の後ろへと放り投げた。

 

 

「いてっ」

 

呆けた状態で投げられたため、まともに受け身をとることが出来ず、士郎は顔面から地面につっこんでしまった。

そのため、それなりに痛い思いをしたため、文句の一つも言いたくなるのだが……そんな場合ではなかったため自重した。

 

というよりも……この風景に気をとられてそんな場合ではなかったのだ。

 

無限に広がる荒野に、無限に突き刺さっているのではないかと思われる、この荒野が……士郎の心を大きくかき乱していた。

知らないはずの風景、見たことのないはずの風景だというのに……。

 

 

 

そしてそれと同時に、心のどこかで何かが違うと……叫んでいるようだった。

 

 

 

攻撃の手を止めてギルガメッシュが、辺りをひとしきり見渡して……

 

「くはっ」

 

一言息を吐き出して……嘲笑った。

 

「くははははは!」

 

手で目を覆い、まるで目も当てられないと言わんばかりに……ギルガメッシュが大いに笑った。

彼はその眼で見たのだ。

アーチャーのこの風景の意味を。

 

「予想はしていたが……これほど滑稽だとは思わなかったぞ、贋作屋」

 

ひとしきり笑い終えて落ち着いたのか、ギルガメッシュが指の隙間から相手を……アーチャーを見つめる。

その眼に宿る感情は……実に下らない物を見る、ただの侮蔑の感情しか含まれていなかった。

 

「何を思って固有結界を発動させたのかは知らないが……まぁよい。付き合ってやるのも一興だが……」

 

その言葉と共に……先ほどまでとは違い、ギルガメッシュのすぐそばに、虚空へと通じる空間が拓き……

 

 

 

黄金の柄が、その空間よりつきだしてきた。

 

 

 

ゾワッ

 

 

 

それを見た瞬間に二人は……背筋が凍る感覚を味わった。

二人して全くその剣が理解できなかったのだ。

全形がまだ姿をあらわしていなかったのもあったが、それは全く解析出来ないものだった。

士郎だけでなく……サーヴァントであるアーチャーですらも。

そしてそれが振るわれた時の光景が……何故か二人にはわかってしまった。

 

壊滅

 

それを体現する宝具であると。

 

「ふっ!」

 

その剣を見た瞬間にアーチャーは背後に剣を投影した。

また自らも干将莫耶を投影して、最速でギルガメッシュへと突貫した。

さらに剣の丘より飛来した無数の剣が、ギルガメッシュを突き殺さんと、飛翔していく。

 

その全てを……

 

 

 

「だが、ここまで贋作を(オレ)に見せたのは万死に値する」

 

 

 

 

 

 

「茶番は終わりだ。本物を見て……疾く消え去るがいい」

 

 

 

 

 

 

ギルガメッシュは打倒した。

 

前方より飛来したアーチャーが投影した剣は、同じ数の宝具が飛来して、全てを粉砕した。

迫り来るアーチャーには、さらに今までの数倍におよぶ数の宝具が飛来して、足を止める。

そして周囲の丘より飛翔してきた剣は……その全てが、周囲に顕れた盾がはじき飛ばした。

士郎が咄嗟に干将莫耶を投影して投げようとするが……時はすでに遅かった。

 

 

 

姿を現した剣が回った。

 

それは果たして剣なのか?

 

刃にあたる部分が三分割された筒状の何かだった。

 

その三分割された刃が廻り……全てを切り裂く刃が生まれた。

 

それが魔力によってさらに威力を増して……その剣は全てを壊す一撃を生み出す。

 

英雄王ギルガメッシュ。

彼は世界が一つだった時代の王である。

故に彼は全ての財を……宝具を所有していた。

宝具の原型をといった方が正しいが。

そんな彼が唯一持つ……彼だけの宝具。

 

絶対の一。

 

その真名は……

 

 

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

 

 

それは全てを引き裂いた。

 

荒野も。

 

突き刺さった剣も。

 

紅い空も。

 

固有結界全てを……。

 

そしてその一撃は、世界を引き裂くだけで、とどまる攻撃ではなく……

 

 

 

二人であり……一人であった(・・・)存在へと……

 

 

 

牙を剥く……。

 

 

 

「ぐっ!」

 

その攻撃を回避する術がなかった。

全力で走っていた時に行われた攻撃であるが故に、どうにもすることが出来ず、アーチャーにはただ一つしか行動することが出来なかった。

 

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!!」

 

 

 

アーチャーが持つ最強の防具。

花弁の様な七枚の光の盾が……彼の眼前へと展開された。

二人を……一人であった(・・・)者を護る七枚の花弁。

それは一枚の花弁が、城壁に匹敵するほどの堅牢さを秘めていた。

 

だがそれも……相手の攻撃が悪すぎた。

 

「ぐっ」

 

展開を終えて、瞬時に数枚の花弁が破壊される。

元の洞窟に戻った暗い中で花弁と攻撃が……力がぶつかり合う衝撃と光が、辺りを照らしていた。

次々に破壊されていく花弁を……アーチャーの後ろ姿を見つめた。

力と力がぶつかり合う衝撃と暴風が吹き荒れる中で……彼を見つめた。

固有結界を唯の一撃で破壊しただけで飽きたらず、今なお牙を剥く敵の攻撃を前にしてなお、平然と立ち向かっている、アーチャーの背中を。

赤い外套をはためかせて、力の風に圧されることもなく……立っている。

 

その背中を見て……士郎の中の何かが弾けた。

 

 

 

「……―――るな」

 

 

 

ぼそりとそう呟くと同時に……体の中に力を感じた。

ドロドロとして、醜く、香りがあれば臭うであろう……(感情)を。

そしてそれが士郎を前へと進ませる。

視界が燃えるようだった。

体にありったけの力を注ぎ込んで……その力の全てを右手へと集約し……

 

 

 

それを投影した。

 

 

 

士郎が今見た盾を解析し投影した……四枚の花弁。

それはまごうことなく盾として、二人を守った。

完全に破壊されかけていた、アーチャーの『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を守るように……先へ行くように前方へと展開された。

 

「貴様……」

 

破壊されかかっていた『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』の前に出来た士郎の花弁によって、アーチャーの盾は消失した。

固有結界に『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を使用したことで、アーチャーはこの場に現界する事が困難になるほど魔力を消費した。

もう弓矢を投影することすらも叶わないだろう。

故にアーチャーはただ見ていることしか叶わなかった。

己の前へと進んでいく……士郎()を。

 

まずい……

 

だが、それもすぐに終わりが来ようとしていた。

未熟な士郎が投影した盾は、アーチャーの『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』よりも何段も格下だった。

故に、固有結界を切り裂き、更に『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を破壊した事で多少なりとも減退した『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』の攻撃すらも、防ぎきることが叶いそうになかった。

 

だが、次の瞬間……アーチャーは真に瞠目した。

 

 

 

まだだ!

 

 

 

ただその一念だけだった。

 

 

 

まだ、終われない!

 

 

 

やるべきことがある。

 

やらなければいけないことがある。

 

 

 

どうしても……伝えなければいけない想いがある。

 

 

 

ようやく固まったその強固な意志が……士郎を……

 

衛宮士郎(桜の味方)を前へと進めせた。

 

そしてその意志に呼応するように……士郎の中で渦巻く何かが……

 

士郎へと力を注いでいく。

 

 

 

これじゃダメだ!

 

 

 

咄嗟に投影した、アーチャーの『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』。

 

これではまだ無理だった。

 

まだ足りなかった。

 

この攻撃を防ぐには力が足りなかった。

 

だが、止まってはいけないという想いと、伝えなければいけないという想いが……

 

一つの奇跡を生み出した。

 

 

 

「ふざけるな!」

 

 

 

吠えた。

 

負けないように。

 

負けないために。

 

そしてその渾身の想いを、目の前の……自らを先へと進ませてくれる盾へと注いだ。

 

蠢く感情が……蠢く力が……。

 

 

 

花を咲かせる。

 

 

 

堕天を包む黒き花弁(ファーレン・デマ・メラン・ペタロ)!!!!」

 

 

 

吠えた。

 

その慟哭にも似た叫びに応じて……四枚の盾にさらに、一枚の花弁が追加される。

 

それは先ほどまでの光の花弁と異なる……全てを呑み込むような黒き花弁だった。

 

四枚の光の花弁に、一枚の黒き花弁の花。

 

まるで、桜の花のようだった。

 

しかしそれは美しさとは無縁な、醜悪で醜い花だった。

 

そして驚くべき事に……その黒き花弁が、全ての攻撃をはじき飛ばした。

 

 

 

「何?」

 

 

 

これにはさすがにギルガメッシュも眉をひそめた。

自身の最大にして最強の攻撃である『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』が、たった一枚の花弁に止められたのだ。

そして、その一撃もすでに放出の限界が近づき、やがて止まった。

最後まで、その黒き花弁はこの場にあり続けた。

力を減退させられたとはいえ、『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』の一撃を完全に防いだのだ。

辺りが静けさを取り戻すかに見えたその時……猛然と走り出す足音が響いた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

士郎が、自らの黒き花弁を突き破って、ギルガメッシュへと詰め寄った。

そして走り出したと同時に……士郎は……

 

投影を始めていた。

 

 

 

『■■の剣■■■■……』

 

 

 

ただ自らの想いを形にする。

 

 

 

『血潮■鉄■、■を■■……』

 

 

 

自らの覚悟を形にする。

 

 

 

『幾たびの戦場を越えて■■……』

 

 

 

それは醜く、暗い感情の体現とも言えた。

 

 

 

『ただの一度も■■■……』

 

 

 

だが、それは誰もが持っている感情。

 

 

 

『ただの一度も■■■■……』

 

 

 

必要であり、無用でもある……そんな感情。

 

 

 

『■は■■の■■剣……』

 

 

 

ある意味で人間を人間たらしめている感情なのかも知れない。

 

 

 

『■の■と■■を■に、■■の剣を■■■……』

 

 

 

その感情が……今士郎が抱いている想いがどうなるかはわからない。

 

 

 

『故■その生涯■、■■剣■■■にあり……』

 

 

 

士郎が正義の味方をやめたように、変わってしまうかも知れない。

 

 

 

『その■はきっと……』

 

 

 

だが……それでも士郎は前へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

『■い■■■で出来ていた……』

 

 

 

 

 

 

その想いを形にして……。

 

 

 

 

 

 

両手に手にした、形になったそれを……士郎は眼前に立った男へと突き立てた。

 

 

 

突き刺したその何かが、ギルガメッシュの背後に突きだした。

 

それはかろうじて剣とわかるものだった。

 

色も形も明確に定まっておらず、見ているだけで醜悪と感じられる物だった。

 

だが……それは強固だった。

 

強く、強く……

 

 

 

力強い決意が、確かにあった。

 

 

 

「お前の言うとおり、俺は偽物なのかもしれない」

 

 

 

養父に命を救われて、その姿に憧れた。

 

自分もそうなりたいと願った。

 

それが唯一の感情だった。

 

自分が今まで掲げてきた理想は……借りた物。

 

すなわち自分が描いた想いではなかったのかもしれない。

 

ただ一人だけが生き残った事実があった。

 

この身は誰かのために使わなければならないのだと、脅迫観念に突き動かされていた。

 

破綻していると気がつくこともなく、走り続けていた。

 

誰もが幸福であって欲しいと……そんなおとぎ話の様な物を信じていた。

 

 

 

だが……今ならばわかる。

 

 

 

自らの幸福のために(桜にいて欲しい)……他人の不幸(黒い陰に呑まれた人々)を願ってしまった己の想いを。

 

 

 

自分の理想を捨ててまで抱いた想いがあった。

 

その想いだけは……

 

 

 

 

 

 

「桜にいて欲しいと……俺の隣にいて欲しいと思う気持ちは……。これだけは絶対に、本物だ!」

 

 

 

 

 

 

吠えた。

 

この場にいない誰かに届くようにと……。

 

今からそれを伝えに行くと、気持ちを固めるように……。

 

 

 

その言葉を聞いて……ギルガメッシュは再び嘲笑った。

 

 

 

「本物だと? この程度の覚悟で?」

 

 

 

胸を貫かれてもなお、その声は明瞭に辺りの空気を震わせた。

 

腰だめに構えた剣で突き刺した体勢であったため、士郎にギルガメッシュの顔を見ることは出来なかった。

 

だが、何故か剣を手放してギルガメッシュの顔を見ることは出来なかった。

 

まだ顔を上げるべきではないと……魂がそう訴えかけているようだった。

 

 

 

「本物とは、すべからく他者を引きつけ魅了し……導く物であることだ。この程度の物で本物などと……よくぞ言えたものよ」

 

 

 

そこまで言われて、ようやく士郎は剣を引き抜き……一歩下がって敵を……

 

英雄王と相対した。

 

戦いではなく、向き合う者として……。

 

一切眼を逸らすことなく、士郎はギルガメッシュと相対した。

 

 

 

「貴様のその本物と宣うそれが、見る者を魅了し、導くと……そう言うのだな? 小僧」

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

逸らすことは許さないといっている相手の目を、逸らすつもりなど毛頭ない士郎が、にらみ返した。

しばし二人はにらみ合っていたが……やがてギルガメッシュが見下すように顔を上げ、道を空けた。

 

「ならば行くがいい、小僧。貴様があの小娘をどう諭すのか……見物というものよ」

 

そう言って再び小さく笑った。

士郎はギルガメッシュには目もくれず……背後のアーチャーへと声をかける。

 

「……大丈夫か、アーチャー?」

「……貴様に心配をされるとは、私も焼きが回ったらしい。大部分の魔力を消費したので何も出来ないだろう。私はここで一度休むとしよう」

 

そう言い終えると、士郎の返事を待たずにアーチャーは姿を消した。

そのアーチャーの態度に内心で毒づきながら、士郎は先へと走り出した。

ギルガメッシュもそんな士郎を見送ることは、当然することはなかった。

 

 

 

 

 

 

くはっ。なんとまぁ……醜い小僧よ

 

 

 

士郎が走り去ってしばらくして、ギルガメッシュは苦笑した。

 

 

 

いや、あの小娘の相方と思えば……似合っているのかもしれないのか?

 

 

 

自らを喰らって、雑種でありながら使役しようとしてきた小娘。

黒き聖杯に適合してしまったために、羽化しようとしていた小娘。

その小娘に呑み込まれてしまったギルガメッシュは見てしまったのだ。

知ってしまったのだ……。

 

小娘が本当に望んでいることを……。

 

その想いを見た後にギルガメッシュは思ったのだ。

 

思ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

……友よ……

 

 

 

 

 

 

無塵へと消えて行く中で、ギルガメッシュは唯一の友のことを思い出していた。

 

神の手によって作られ、地上へと送り込まれた泥人形。

 

最初こそ知性もなく、言葉も知らなかった野の獣と何ら変わらなかった存在だった。

 

だがそれが一人の女性と出会い、やがて容姿と知恵と理性を手に入れた。

 

その後、暴政の限りを尽くしていた一人の男と出会い……対峙した。

 

互いに全てを出し切った、互いに全てをぶつけ合った。

 

天と地が裂けるのではないかという、死闘があった。

 

そして二人は互いの全てを理解した。

 

死闘の末に互いを認め合い、二人は無二の親友となった。

 

彼はギルガメッシュのことを誰よりも理解していた。

 

ギルガメッシュも、誰よりも彼のことを理解していた。

 

二人は冒険をした。

 

苦楽をともに分かち合って。

 

その泥人形は、ギルガメッシュのことを本当に理解していた。

 

故に、世界の終わりまでそばにいることを誓った。

 

だがその誓いは程なくして破られ、二人は引き裂かれてしまった。

 

泥人形でありながら、人でありたいと……神に忠告されても人の振りをしていた友。

 

忠告を聞かないこと、また命を背いていたこともあり、彼は土塊へと還されてしまった。

 

人の身でないとわかっていながら、人でありたいと願い続けて、最後には土塊へと還されてしまった。

 

 

 

その様は……まさに『道化』であった。

 

 

 

 

 

 

友よ……我も演じられただろうか?

 

 

 

 

 

 

小娘の願いを知り、さらに手駒にされようとした時に思ったことは、まさに己が『道化』にならされようとしているという事だった。

 

何も見ようともせず、ただひたすらに自分の欲望のままに行いをする桜を見て……その結末を彩る存在へと、成ろうとしていた。

 

故に彼はその役目に甘んじた。

 

 

 

人の身でありながら、人でなかった存在が……再び『人』になろうとしている、その愚かな振る舞いを……

 

 

 

 

 

 

懐かしく感じながら……

 

 

 

 

 

 

『道化』として……

 

 

 

 

 

 

暗い洞窟の天井を見上げて……ギルガメッシュは静かに目を閉じた。

 

やがて黒と金の粒子は、霞へと……消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








堕天を包む黒き花弁《ファーレン・デマ・メラン・ペタロ》

ぶっちゃけ、単語をギリシャ語に変換した物をつなぎ合わせただけです
文法もくそもあったもんじゃないw
漢字は百歩譲っていいとして・・・・・ギリシャ語の方はださいと言われても反論できません

いいアイディアあったら、くださいw



次回はこの小説のオリジナル要素がようやく登場!

楽しみにしてくれたらうれしいです


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姉妹と黒い影

短め7700字数程度
賛否両論かもしれませんが……楽しんでくれたら






巨大な黒い影が、迫った。

遠坂凜という、小さな小さな獲物を逃がすまいと、両手を広げてその体で押し潰さんと、襲いかかってくる。

 

Eins,zwei,RandVerschwinden――――(解放、斬撃)!」

 

だが、凜がそれをさせなかった。

手にした歪な形の剣を振り抜き、輝く閃きが巨人を一刀の元に斬り捨てる。

すでに六体が、その閃きによって無に還されていた。

 

「へぇ―――」

 

その驚きの声は、間桐桜だった。

しかしそれも当然の反応だった。

黒い巨人は一体一体がサーヴァントの宝具と同等の存在であると言っていい。

故に、巨人は凜にとって一体であろうと、死を体現している存在である。

それをすでに六体無効化している。

それも悉くが一撃で消滅させられている。

更に今、崖を駆け上がりながら……

 

「!!!!」

 

短い呼気とともに振るった一撃で、七体目の巨人をかき消した。

 

「―――Es erzahlt―――Mein Schatten nimmt Sie(声は遠くに私の足は緑を覆う)

 

「しつこい! Gebuhr, zweihaunder…………(次、接続)!」

 

宝石の剣が、光を閃かせる。

無色の刀身が七色に……虹色に輝いてその剣身から桁外れの魔力を放出し……

 

Es last frei. Eilesalve――――(解放、一斉射撃)!」

 

大空洞を、まばゆいばかりの黄金で照らし上げた。

 

 

侵入を拒んでいる巨人の影を一掃して、凜は崖を駆け上がっていき、上へとたどり着いた。

眼前にいるのは間桐桜。

黒い少女は愕然としながら、自らと同じ場所まで上ってきた姉を見つめた。

自らと同じ高さに上ってきた相手を見つめながら、桜はそれでもつまらなさそうに見つめていた。

 

「へぇ……見た目はそんなに良くもないのに……。さすがは遠坂先輩といったところなんでしょうか?」

 

その呟きに呼応して、無数の影が立ち上がった。

数はまさに無限であり、無尽蔵だった。

たった一人……。

もはや邪神に成ろうとしている桜から見れば、ちっぽけな存在である凜に対して、過剰な力と言っていいだろう。

 

「あらま、すごい大盤振る舞いだこと。協会の人間が見たら倒れるわよ? これだけの貯蔵量を見たら、百年は一部門を永続させられるって」

「それを切り伏せている姉さんはなんなんですか? わたしが引き出せる魔力は姉さんの何千倍にもなっているのに。姉さんには一人だって、影を消すことなんて出来ないはずなのに?」

 

不思議そうにしながらも、その表情に曇りも焦りもない。

何故か余裕を崩さない桜に疑問を抱きつつも、凜は問答に応える。

 

「純粋な力勝負をしているのが、見てもわからないの? 呪いの解呪なんて私できないわよ? 影を作ってるあなたの魔力を、私の魔力で打ち消しているだけなんだけど?」

「それがありえないはずなんですけど? 姉さんがそんなに膨大な魔力を持っているはずがない。なのに……さっきから放っている光。あれはまるで」

 

セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ようだと……桜は疑問を浮かべた。

 

「その剣が原因なのはわかるのですけど……。セイバーの宝具をまねた限定武装?」

「え、ちょっとあんた……わからないの? 一体今まで何を習ってきたの、桜?」

 

さすがに今の侮辱とも取れる言葉には感じるところがあったのか、桜は不愉快そうに顔を歪ませた。

 

「けれど説明が付かない……」

「説明も何もないでしょう? コピーでもないし、影殺しの剣でもないわ。これはね、遠坂家に伝わる宝石剣……ゼルレッチっていうのよ」

「ゼルレッチ?」

 

本当に知らないのか、桜はゼルレッチの単語を、ただ言うことしかできなかった。

そんな桜の様子にばかばかしくなったのか、凜は一つ溜め息を吐いた。

 

「まぁ……要はあんたの天敵。今のあんたは魂を永久機関として魔力を生み出すことができる第三魔法の出来損ない。そして私は……無限に列なる並行世界を旅する、爺さんの模造品の第二魔法の泥棒猫よ!」

 

そう言い放つとともに、宝石剣を閃かせる。

その軌跡をなぞるように光が放たれて、間桐桜を守る影を切断した。

それは確かに魔力同士の単純な力のぶつかり合い。

今の凜には、確かに間桐桜に匹敵するだけの魔力の貯蔵があった……ように思えた。

 

「……へぇ」

「近づくまでもないってことね。こっちはこんな形をしているけど飛び道具。引きこもっているあんたを、引っ張り出せるまで斬り続けてもいいんだけど……そんなことしたらその前にこの洞窟が崩れるかも知れないわね」

「斬り続ける? そんなことできるわけがない。姉さんにはこれっぽっちも魔力がない。その剣がなんなのかはわからないけど、もう次の攻撃が出来るなんて事が……」

「そう思うならそう思っていればいいわ。いいからかかってきなさい。あんたが何をしても私には届かないわよ。荒療治になっちゃうけど……まぁ、ちょっと強くなったからって、ワガママし放題のあんたにはちょうどいいかもしれないわね!」

 

さすがにここまで侮辱されては不快感が募ったのか、桜が顔を歪ませて詠唱する。

 

Es befiehlt―――Mein Atem schliest alles……(声は遙かに私の檻は世界を縮る)!」

Eins,zwei,RandVerschwinden(接続、解放、大斬撃)――――!」

 

目の前の光景が理解できなった。

ただがむしゃらに影達を使役して敵へと向かわせる。

その影を……その剣は問答無用で斬り捨てていった。

間桐桜は純粋に疑問に思い、剣だけに意識が傾いていた。

故に凜の額の汗に気がつかなかった。

一度剣を閃かせるたびに筋肉が切断されていく、宝石剣の代償。

 

貯蔵に関しては負けないだろうけど……私の体がどこまで持つかしらね!

 

迫り来る影を、光の閃きが両断していく。

この状況だけを鑑みれば、両者の力は拮抗しているように見える。

だが二人の力は互角ではなかった。

凜と桜。

この二人の戦力差はまったく変わっていなかった。

間桐桜の魔力貯蔵量はもはや無尽蔵にも等しい。

一生かけても使い切れないだけの魔力は正味無限といって何ら差し支えない。

 

「どうして? 私は誰よりも強くなったのに? 誰にも叱られることもないのに? どうしてそんな都合よく、私に迫ってこれるんですか?」

「だからあんたはバカなのよ! 出鱈目に貯蔵している魔力があっても、それを使うのは術者であるあんた自身。どんなに膨大な水があっても、はき出す蛇口が大きくなければ外に出せる量は変わらない。あんたの……間桐桜の魔術回路の瞬間最大放出量はせいぜいこの程度って事よ。だからどんなに魔力があっても、瞬間最大火力は、私と変わらないわよ! だから私が一度に使う量はせいぜいその程度でいい。それだけあっても使えないのなら、宝の持ち腐れ!」

 

その言葉を証明するように、光がまた閃いた。

同じだけの魔力量の影と、同じだけの魔力量の光ならば、確かに拮抗し対消滅するだろう。

だが、本来凜の魔力貯蔵量はこんなにあるわけがない。

ないはずの膨大な魔力を一瞬にして閃かせる矛盾を生み出しているのは……当然凜が持つ宝石剣にあった。

凜の魔力を増幅している訳ではなく、この大空洞に満ちている魔力(マナ)を集めて、宝石剣に載せて放っているだけなのだ。

人の持つ魔力(オド)と、大気に満ちる自然の魔力(マナ)

どちらが強大かなど、考えるまでもないだろう。

だが、大気に満ちる自然の魔力(マナ)とて無尽蔵にあるわけではない。

ましてや今の状況……この閉鎖空間である大空洞の内部の魔力(マナ)であればそれはなおさらと言えた。

故に、仮に大空洞に満ちる魔力(マナ)を利用しても一度しか、凜は桜の巨人の影を斬り捨てることは出来ない。

 

だが……もしも……

 

ここだけではない、もう一つの大空洞の魔力(マナ)を使うことが出来れば、もう一度影を斬り捨てることが出来る。

 

それが、もう一つ……さらにもう一つ……

 

その『もしも』という仮定を現実化させることが可能であれば……。

 

 

 

並行世界。

 

 

 

合わせ鏡のように列なる『ここと同じ場所』に繋がる穴を開けて、そこからまだ使っていない『大空洞の魔力(マナ)』を引き出すことが出来れば……今の凜の攻撃回数に説明が付く。

 

「この感じ……聖杯と同じ歪み……。まさか姉さん……」

「ようやく気付いた。よそから魔力を引っ張ってきているのは、あんただけじゃないってことよ。けど一緒にしないで欲しいわね? 私のはそんな無駄に増えたわけじゃない。あくまで並行する大空洞から魔力(マナ)を拝借しているだけ。合わせ鏡に映った、無限の並行世界から斬るのに必要なだけの力を集めて……斬ってるだけよ!」

 

大聖杯と繋がる……膨大な魔力貯蔵庫を持つ桜が息を呑んだ。

 

「そんな出鱈目が……」

「わかったかしら? あんたが無尽蔵なら、こっちは無制限なのよ!」

 

宝石剣ゼルレッチ。

無限に列なるとされる、並行世界に路をつなげる『奇跡』。

この剣の能力はそれだけだった。

僅かな隙間……人など通ることなど出来ない、僅かな穴を開けて隣り合う『違う可能性の世界』を覗く礼装。

魔力を増幅する機能はなく、一度振るうたびに魔力を生み出す力も持ち得ない。

だがそれで十分だった。

今凜がいるこの大空洞の魔力(マナ)を使い切ったならば、隣り合った並行世界の大空洞から、まだ使われていない魔力(マナ)を持ってくればいいのだ。

それも使ったのならばその次の世界を。

それを繰り返していく。

並行世界に果てはなく、合わせ鏡と同じように、可能性は無限にあった。

故に制限は無い。

 

故に拮抗する。

 

魔術回路の性能が……最大瞬間火力が互角であるのならば、そこに矛盾は生じ得ない!

 

凜は走って、剣を閃かせてさらに桜との距離を詰めていく。

しかし突然に影が止まった。

ようやく敵の正体が理解した事による停止なのか……

 

はたまた別の何かか?

 

桜は顔をより一層歪ませながら、悠然と佇んでいる凜を……姉を睨み付ける。

 

「どれだけ影をけしかけても無駄よ桜。あなたが手に入れた力なんてその程度のものよ。これで少しは頭が冷えたかしら?」

「………ふざけないでください。不公平ですこんなこと。どうして……姉さんばっかり」

 

数拍の間をあけて……桜は凜に対してそう答えた。

その間に違和感を覚えながらも、凜は前へと進む。

当然だが、宝石剣が無制限に魔力(マナ)を供給できたとしても、一撃振るうたびにその代償が凜の体に傷を与えていく。

確かに魔力(マナ)は無制限かも知れないが、その魔力(マナ)を凜が無制限に放てるわけではない。

さらに迫り来る影を斬り捨てる度に、感じる痛みに歯を食いしばって耐えながら、凜は宝石剣を振り続けて……前へと進んだ。

その間も……無意味な……

 

 

 

本当に無意味な(・・・・・・・)慟哭にも似た桜の叫び声が、辺りを響かせた。

 

 

 

長い……長い間鬱積していた……唯一の肉親に対する恨み言。

 

 

 

「わたしは姉さんが羨ましかった。遠坂の家に残って……いつだって輝いていた。苦労なんて何一つ知らずに育った、遠坂凜が妬ましかった。恨めしかった。だから勝ちたかった。 一度でいい……たった一回でいいから、姉さんにすごいって褒めて欲しかった」

 

 

 

「……」

 

凜はその叫びに答えることなく、ただ迫り来る影を斬り捨てる。

妹の……桜の心の内を見続ける。

 

「私は違った。同じ姉妹で同じ家に生まれたはずなのに……私には何もなかった。虫蔵に押し込まれて、毎日毎日オモチャみたいに扱われた。人間らしい暮らしもなくて……優しい言葉なんて聞いたこともなかった」

 

「毎日死んでしまうかもしれなかった。死にたくなって鏡を見るのも毎日だった。でも、死ぬのも怖くて……一人で消えていくなんて嫌だった。だって私にはお姉さんがいるって聞いてたから。私は遠坂の子だから、お姉さんが助けに来てくれるんだって……ずっと信じていた。なのに……」

 

その憎悪に満ちた声は……果たして誰に向けられた物なのか?

 

「なのに姉さんは来なかった。私の事なんて知らないで、いつも綺麗に笑ってた。惨めなわたしのことなんて気にしないで、遠坂の家で幸せに暮らしていた。どうして? なんで? 同じ姉妹で同じ人間なのに……どうして姉さんだけがずっと笑っていられたんですか?」

 

その怨嗟の声は、姉である凜に向けられた物ではなく……

 

 

 

世界と己自身に向けられた……出口のない懇願だった(・・・)

 

 

 

「人間を辞めた? 当然じゃない。私はもうずっと前から、人間扱いなんてされてなかったんだから。目も髪の色も、姉さんとは変わってしまった。細胞の隅々まで、マキリに染められてしまった」

 

「十一年……十一年です。マキリの教えは鍛錬なんて言えたものじゃない。あの人達は、私の頭の良さなんて気にもしていなかった。体に直接刻んで、魔術を使うためだけの道具に仕立て上げられた。苦痛を与えれば与えるだけ、いい道具になるって笑ってた」

 

「食事にも毒を盛られた。ご飯を食べることも怖くて、痛い物でしかなくなった。虫蔵に放り込まれれば……息を吸うことさえも、お爺様の許可が必要だった」

 

鳴いていた。

 

泣いていた。

 

泣いて縋っている少女()を、凜はただ口を閉じて斬り捨てた。

 

「狂ってた。でも懇願すれば懇願するだけ、あの人達は私の体を喜んでいじり回した。だからただ黙っているしかなかった。耐えるしかなかった。私に出来ることはただ、こうやって自分の痛みをぶつけることだけだった」

 

「けど……それは私のせいなんですか? 私をこういう風にしたのはお爺様で、間桐に売り渡したお父さんで……助けに来てくれなかった、姉さんのせいじゃない。私だってこんな化け物になりたかった訳じゃない。みんなが私を追い詰めるから……こうなるしかなかった」

 

虐げられた痛み。

 

誰も頼ることが出来なかった苦しみ。

 

それを……

 

 

 

「……へえ? それで……だからどうしたの?」

 

 

 

かわいそうだったね……と。

 

つらかったね……と。

 

凜は一切慰めの言葉をかけなかった。

 

 

 

「そう言うこともあるんじゃない? 泣き言を言ったところで今更変わる訳じゃないし、化け物になってしまったのも事実でしょ? それに……今は痛みなんてないんでしょう?」

 

 

 

冷酷に、冷徹に……凜はその事実を口にした。

自らの叫びを否定された。

怪物となった……なってしまった自らを肯定された。

 

そうなったのはお前が弱かったのが原因であると。

 

いつも、いつだって……潔癖で完全であった姉が、誤魔化すことなく、誤魔化すことの出来ない真実を口にする。

 

「姉さん……。あなたがそんな人だから……」

 

影が沸き踊った。

絶望と呪いを具現化した影が、凜へと躍り込む。

 

「私からも一つ言わせてもらうわ。苦しいと思ったこと、私はなかった。たいていのことはさらっと受け流せた。どんなこともたいていうまくこなせたわ。だからあんたみたいに追い込まれなかったし、追い込まれている人間の悩みなんて興味もないわ」

 

「そういう性格なのよ。あんまり他人の痛みがわからない。だから正直に言っちゃうとね桜。あんたがどんなに辛い思いをして、どんなにひどい毎日を送っていたのかはわからない。悪いけど……理解しようとも思ってないわ」

 

簡潔にして明瞭な言葉だった。

嘘を決してついていなかった。

苦しみを訴えてきた妹に対して、事実だけを口にした。

 

「けどね桜……。そんな無神経って思える人間でも……私は自分が恵まれているなんて、思ったことはないわ」

 

事実だからこそまっすぐに……。

精一杯の気持ちを込めて、間桐桜という妹を見つめた。

 

「?」

 

理解が出来なかった。

今、あの姉はなんといったのかが。

 

「……そんなことをいうんですね」

 

ふざけているとしか思えない言葉だった。

 

「恵まれていない? 姉さんが?」

 

一度も振り返ることもしなかったのに。

輝かしい才能と幸福を振りかざして生きてきたくせに。

 

「よくも、そんなことを……」

 

持っていて欲しかった……それすらも持っていなかった。

 

だから彼女は……桜は決断した。

 

 

 

あの女を……許さないと。

 

 

 

そう思った。

 

そう……思っていた(・・・・・)

 

だが……凜はここにいたってようやく、違和感に気がついた。

 

 

 

……桜?

 

 

 

今の言葉はかなり辛辣であるといって良かった。

 

何せ救いの手を求めて伸ばされた手を、払ったに等しかったのだから。

 

にも関わらず、桜に変化はない。

 

むしろ何か……時間を稼いでいる様な……

 

 

 

何かを待っているかのような……

 

 

 

そんな空白と独白だった。

 

悲鳴と怨嗟の叫びも……まるで自らの心の中を整理しているかのような……

 

 

 

そんな気がしてしまった。

 

 

 

そのときになって、凜はようやく先延ばしにし続けていた決意を固めた。

 

とっくの昔に固めていなければいけなかった……固めていたはずだった一つの意思。

 

士郎を待っていたのだが、それも限界になってしまった。

 

だから彼女は……

 

 

 

「桜」

 

 

 

本当に何気なく名前を呼んだと言うように……凜が桜の名前を呼んだ。

 

そして呼ぶと同時に……宝石剣を投げた。

 

最大の得物である、宝石剣ゼルレッチを。

 

まるでキャッチボールをするとでもいうように。

 

そして……言葉を紡いだ。

 

 

 

「――――Welt Ende(事象、崩壊)

 

 

 

その呪文とともに、辺りが光に包まれる。

 

人の手では届かない奇跡を体現した宝石の剣が、崩壊の力で辺り一面を照らして、全ての影を打ち消した。

 

そして走った。

 

一直線に……間桐桜へと向かって。

 

桜は突然の閃光にひるんでいた。

 

いかに強大な力を持っていても、桜は戦闘に置いては素人だ。

 

故に、この絶対の隙を凜が見逃すこともなく、倒すことが……殺すことは簡単だった。

 

あっさりと間合いを詰めて、凜は背中に隠していたもう一つの短剣を握りしめた。

 

桜が走ってくる凜に気付いたが……すでに遅かった。

 

確実に殺せた。

 

これで全てを終わらせると……凜は短剣を突き出そうとした……。

 

だが……その瞬間……

 

 

 

間近に桜の顔を見て……自らの敗北を悟った。

 

 

 

 

 

 

はぁ……バカだな私……

 

 

 

 

 

 

そう、最初から敗北が決まっていたのだ。

 

 

 

()に、桜を殺すことは出来ないと……当たり前のように感じてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

私も士郎のこと言えな―――!?

 

 

 

 

 

 

人のことは言えないと……。

 

自らも桜のことが大事で大好きでどうしようもないのだと、改めて認識した……。

 

そう感じたその瞬間に凜は見た……。

 

 

 

桜がその呆けた顔に……実に狂喜じみた笑みを浮かべた事に。

 

 

 

本当に嬉しそうに、本当に狂おしいように……。

 

 

 

その視線はもう凜を見つめていなかった。

 

 

 

凜の背後……。

 

 

 

凜の顔など見えていないと……その先の何かに目を向けていると気付いたそのとき……

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

 

 

己の体に灼熱が走った。

 

 

 

「……え?」

 

後一歩。

 

たった一歩だった。

 

だがその一歩は踏み出されることなく……凜は自らの体が力を失ったことに気がつき……

 

遅れて自分が地面に倒れたことを知った。

 

 

 

一体……何が……

 

 

 

薄れ行く意識の中、必死になってうつぶせになった己の頭を動かして、自らの背後へと目を向ける。

 

 

 

「あぁ……先輩。やっと……来てくれた」

 

 

 

恍惚とした声を上げながら、倒れた凜に目もくれずに、桜は背後の存在へと歩み寄って愛おしそうに、その存在に抱きついた。

 

 

 

 

凜が何とか目を向けたその視線の先にいたのは……

 

 

 

 

 

 

無造作に下ろされた白き髪。

 

浅黒い肌。

 

体を覆う衣服は、黒き外套。

 

そして唯一覗かせる肌には……

 

 

 

首から伸びた赤黒い、脈動する紋様が浮かんだ青年が……

 

 

 

 

 

 

エミヤシロウがそこにいた。

 

 

 



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対峙 士

タイトル入れ忘れましたw
内容に変化はないのでw


走った。

燃えるように熱くなっている左の頬の痛みすら気付かないほど……ひたすら懸命になって。

さきほどのギルガメッシュとの戦闘で、大量の魔力を消費したはずなのに、自らの体は思い通りに動いてくれた。

その自分の体の異常さに気付くこともなく、士郎はただ走った。

そして……今までも十分に広かった空間が、さらに広がりもはや地の底であることを忘れてしまいそうになるほど広大な空間に躍り出る。

そしてそこに……黒い太陽がそびえていた。

 

十年前に見た、恐怖の象徴。

 

子供ながらにわかっていた、触れてはいけない物。

 

そして思い出す。

 

十年前の地獄の光景を。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

士郎は咄嗟に自らの口に手をやって、吐きそうになる胃液を強引に呑み込んだ。

呑まれてはいけない。

呑まれるわけにはいかない。

まだしなければいけないことが終えていない。

だから士郎は吐き気を呑み込み、何とか前へと進んだ。

そして崖の上……そこに、自分が求めていた人がいることに気が付いた。

 

桜!

 

大事な存在を見つけて、士郎は更に力を込めて走り出した。

崖を一息に登るかのように。

疲労もしている。

魔力も大部分を消費した。

にも関わらず士郎の足は、今まででもっとも速く動いたといって良かった。

だが……途中で気がついた。

 

何故自分よりも先に向かったはずの凜の姿が見えないのか?

 

そして更に気がついた。

崖を登った先にいる、自分にとって大切な人。

生き方を変えてでも……養父との大事な約束を破り、己自身さえも裏切ってなお、そばにいて欲しいと願ったその人が……

 

見知らぬ誰かに抱きついている事に……。

 

大聖杯という、巨大な魔法陣を腹に収めた巨大な岩。

その岩より吹き出ている黒い巨大な炎の柱が醜くて、その人物が誰か見ることは叶わなかった。

そして崖を登り切ったことで……その人物をようやく見ることが出来た。

 

なっ!?

 

その人物……桜が愛おしそうに抱きついている人物を見て、士郎は絶句した。

そこにいた人物は、紛れもない自分だったのだから。

髪の色も、肌の色も違った。

身に着けた衣服も当然、見たこともない物だった。

なのに何故かわからないが……その人物は紛れもない自分であると……。

 

わかってしまった。

 

 

 

「あは。来たんですか? 先輩?」

 

 

 

崖を登り切り、あり得ない人物との遭遇に愕然としている士郎に、桜がそう笑いかけた。

その笑みは自分に向けられているはずなのに……笑っているはずなのに。

その笑みには何の感情も込められていなかった。

 

「桜……」

「嬉しいです。逃げてしまったんじゃないかって心配してました」

 

 

 

――誰だ?

 

 

 

もう一人の自分にも驚愕したが……桜の笑い方には、士郎の背筋が凍った。

「別人」だった。

あまりにも変わり果ててしまった、その笑みを見て。

言おうと思っていた言葉も、言わなければいけない言葉も……。

全てが消し飛んでしまった。

そしてさらに気付いた。

気付いてしまった。

 

桜ともう一人の自分の先に……見知った人物が倒れていることに。

 

「遠坂!?」

 

倒れているのは、自分よりも先にここに来ていた凜だった。

少し距離があること、また黒い太陽の光も普通の光源ではないため明瞭に姿を見ることが出来なかった。

しかし遠目に見てもわかった。

 

赤い液体が……凜の体から流れていることに。

 

 

 

そしてそれと同じであろう赤い液体が……目の前に立っているもう一人の自分が握っている剣に、したたっていることに。

 

 

 

「桜……遠坂に何――」

「もう私の言うとおりにならない先輩なんていらないんです。今の私のそばには、こうして私のことだけを考えてくれる先輩がいるんです」

 

士郎の言葉を遮った様に、桜は言葉を続けた。

いや……もしかしたら遮った訳ではないのかも知れない。

夢を見ているように……桜は士郎のことを認識していながら、士郎のことを見ていないようだった。

ただ夢に出てきた人に話しかけるように……桜は更に言葉を紡いでいく。

 

「私を見てくれなかった……必要としてくれなかった先輩なんていらない。私にひどいことをした世界なんていらない。私は先輩と二人で……生きていくんです」

 

にっこりと……。

本当に嬉しそうに笑いかけてくる笑みは、本当に美しかった。

その喜びの感情と、美しさが……空恐ろしい物に感じてしまった。

先ほどまで感じていた、熱いくらいの痛みが消えていた。

周りはアンリマユが誕生しようとしている余波で、こんなにも熱いというのに。

 

士郎の体は凍えてしまうほどに寒かった。

 

 

 

誰だ!?

 

 

 

目の前にいる大切なはずの人がわからなかった。

 

もう一人の自分に、愛おしそうに抱きついていることも。

 

姉であるはずの凜が刺されて倒れたというのに……そんなことなど気付いていないというように……桜はもう一人の自分に抱きついている。

 

 

 

「でもおかしいな? 私のそばに先輩はいるのに……もう一人先輩が私の目の前にいる?」

 

 

 

「そいつは俺じゃない。別の知らない誰かだ」

 

 

 

初めて、もう一人の自分が口を開いた。

 

ずっと聞いていたはずの自分の声だと、何故かわかった。

 

だがどうしてか……聞き慣れているはずの自分の声とは……

 

 

 

とても思えなかった。

 

 

 

とてつもなく冷え切った……冷えた刃物のように、その言葉は冷えていて、鋭かった。

 

 

 

「なあんだ。なら別にこんな人、どうなってもいいですよね?」

 

「もちろんだ」

 

「なら……消えてください。先輩」

 

 

 

自分のことを認識してくれているのか?

 

認識していないのか?

 

 

 

それとも……本当に自分のことを、必要となくしてしまったのか?

 

 

 

呆然と、突っ立っていた士郎のすぐ眼前に、一瞬にして間合いを詰めたもう一人の自分が……エミヤシロウが剣を振りかぶっていた。

 

 

 

――あ

 

 

 

あまりにも間抜けだった。

 

するべき事をしに来たはずなのに。

 

しなければいけないことをしに来たはずなのに。

 

何も出来ずに終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「ったく。本当に世話が焼けるな……お前()は」

 

 

 

 

 

 

そんな声が聞こえたと己が認識する前に、士郎は強引に後ろへと引っ張られた。

襟首を問答無用で捕まれて、そのまま背後に向かって全力で跳んで逃げる。

敵……エミヤシロウは突然の乱入者である男、刃夜を警戒してか、それ以上追ってくることはなかった。

 

「ぐっ、ごほっ」

 

襟首を無理矢理捕まれた状態で刃夜が跳び退ったため、士郎は首を絞められたかのように咳き込んでしまった。

その行為に対して、命を助けてもらいながらも思わず恨めしそうな目線を刃夜に向けて……士郎は驚いた。

 

刃夜が、実に厳しい表情で、敵を見ていたのだから。

 

 

 

一体……

 

 

 

それはどちらに対して向けた表情だったのか?

それを聞きたい衝動にかられる士郎だったが……その前に、刃夜が視線を僅かに動かして、倒れている凜を一瞥した。

だがすぐに視線を戻して……溜め息を吐いた。

 

「驚いた。よもやこんな事になって様とは……色々と予想だにしなかったな。まぁそれも反動って事なのかも知れないけど……それが君の望みかな? 桜ちゃん」

「えぇ。これが私が望んでいたことです。姉さんよりも強くなって、大事な先輩が私のそばにいてくれる。これ以上何を望むんですか?」

 

何故今更そんなことを問うてくるのか?

本当に不思議そうに桜は首を傾げていた。

その言葉と態度が……更に士郎の心を抉った。

 

大好きだと言っていた()が地面に倒れているにも関わらず。

 

互いに思いが通じたと思っていた桜が……そう言ったことに。

もう壊れてしまったのではないかと……。

自分は遅かったのではないかと……。

そう思った。

それが絶望となって、士郎の意思の力を弱くした。

思わず顔を下げようとした。

その瞬間……

 

「あ~~~~~はっはっはっはっはっは!」

 

この場には全くそぐわない、大きな笑い声が響いていた。

本当に快活に、本当に可笑しそうに。

笑っていた。

手にした超野太刀から手を離して、腹を抱えて笑っていた。

一瞬どうしたのかと、心配するほどに。

そんな声だったから、思わず士郎は顔を上げて刃夜に……自らよりも少し先にいる男へと、視線を投じた。

 

「いやはや全く……。認めたくないというか、認めてしまったというか……。ま、これが人間って物だよな。くっくっく」

 

ひとしきり笑い終えてようやく落ち着いたのか、刃夜は目尻に浮かんでしまった涙をぬぐいながら、そう言った。

笑われたことと、言われた言葉。

意味がわからなかったのか、桜はいぶかしげな瞳をしながら、刃夜に問いかけた。

 

「どういう意味ですか?」

「いやなに。まぁ欲望に忠実っていうか……同じ穴の狢というか。俺が桜ちゃんに惹かれていたのは、この感情故にって事に気付いただけだ」

「感情?」

 

刃夜の言葉に驚きながら、士郎は目を見開いた。

惹かれていたと言うこと。

それはつまり、女として桜を見ていたということなのだろう。

その意外な事実に、士郎が驚いていると、桜も同じようにクスリと笑った。

 

「えぇ、私もあなたのことは好きでしたよ? でも残念ですが、私には先輩がいましたから」

 

そう言いながら、桜はそばにいるエミヤシロウへと抱きついた。

本当に幸せそうに、嬉しそうに……。

その桜の笑顔が、更に士郎心を掻き毟る。

 

絶望と、嫉妬で。

 

そんな桜に対して、刃夜は大げさに肩をすくめただけだった。

 

 

 

「おや、残念だ。振られてしまった」

 

 

 

残念といいながら、全く残念そうにしていない様子だった。

というよりも最初から叶うはずがないのだから、それも当然といえば当然だった。

 

何せ刃夜には、この世界で止まるわけにはいかないのだから。

 

そうこれは時間与えているだけだった。

 

今のこの状況下……あと少しでこの世全ての悪(アンリ・マユ)が生まれてしまうかも知れない状況下で、刃夜は無謀にも時間を使っていた。

 

だが無駄に使ったわけではない。

 

無駄なはずがない。

 

この問答は、刃夜が自らの後ろにいる男に対して送る……

 

 

 

この世でもっとも貴重な、時間の無駄遣いだった。

 

 

 

刃夜?

 

何故今そんな問答をするのか?

そう考えた瞬間に、士郎はようやく理解した。

 

この問答は、誰のために行っているのかを。

 

士郎も十分に理解している。

今は一秒だって時間を無駄にしている場合ではないのだと。

はっきり言ってしまって……本当に何も気にしないのであれば、刃夜は今この場で持てる力全てを使って相手を……桜を無視して先へと進むだろう。

刃夜がすべき事は、桜への説得ではない。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)の誕生を阻止するために、力を使うのが本来の役目。

 

だが、刃夜はその役割に向かわずに、ここにいた。

何故か?

 

それは、この場にいる人間のためにという理由に、他ならなかった。

 

刃夜は確かに約束したのだ。

自分の目的を優先するが、それでも士郎と桜のために力を貸すと。

だからこれは、先ほど決まった役割ではなく、己がすると約束したことを果たしに来たにすぎないのだ。

 

そう……刃夜はきちんと、あのとき約束を果たしに来たのだ。

 

 

 

では……士郎(自分)は?

 

 

 

それに気付いた瞬間に、士郎は己を殴りたくなった。

この場に刃夜がいると言うことは、驚くべき事にサーヴァントである小次郎に勝負を挑んで、勝ったと言うことになる。

同じ人間でありながら……超常の存在とも言えるサーヴァントに勝利したのだ。

それどころかこうして自分のことを助けに来てくれている。

先ほど命を救ってもらっただけでなく、こうして己が立つことを手伝ってくれた。

そして思い出した……

 

 

 

己が何を選択したのかを……

 

 

 

項垂れ、下に向けそうにしていた顔を上げて、立ち上がった。

 

何度も揺れ動いた。

 

それでも倒れなかった。

 

倒れるはずがなかった。

 

倒れる訳にはいかなかった。

 

多くの人の思いと願いを見捨てて、黒い太陽から逃げた。

 

それでも逃げることが出来ず、本当に綺麗な笑顔をした、父になる存在に命を救われた。

 

あれだけの災禍で、唯一助けられた自分は誰かのためにならなければならないと……正義の味方を目指した。

 

そんな自分を……壊れていると言っていい己を好きなってくれた人がいた。

 

愛する人が愛した己すらも裏切って、手にしたこの気持ち……。

 

倒れていいはずがなかった。

 

何もせずに諦めていいはずがない。

 

 

 

そうだ。俺は……

 

 

 

綺麗な月を見ながら誓った思い。

 

それを今度こそ守るために……士郎は立ち上がって、前へと進んだ。

 

そして、刃夜と並び立つ。

 

 

 

「ありがとう、刃夜」

「礼を言われることじゃない。最初の約束を果たしただけだ」

 

盛大に溜め息を吐きながら、刃夜は自らに対しての皮肉混じりにそう返した。

それに心の中で再度お礼を言って……士郎は、桜へと向き直った。

 

「桜」

 

名前を呼んだ。

しっかりとした声で。

声が聞こえたのが意外だったのか、桜は再び不思議そうな顔を、士郎へと向ける。

 

「おかしいです。先輩は私のそばにいるはずなのに、他人の声が先輩の声に聞こえる」

 

そう言いながら、桜はより一層エミヤシロウへと抱きついた。

抱きついてきた桜を守るように、抱きつかれた方とは反対側の足を一歩前に出して、少しでも士郎の声が届かないように邪魔をする。

だが、視線を遮るように桜の前に出ることはしない。

というよりも出来なかった。

あまりにも隙を見せては、斬られる可能性があったからだ。

だが、勝利を確信しているのか、エミヤシロウはそれ以外に何もすることはなかった。

その相手の……(自分)の態度がいらついたのか、士郎が舌打ちをしかけたがそれを思いとどまった。

今すべき事は嫉妬ではない。

見るべき相手はそいつではない。

語るべき相手はこの場でただ一人。

この状況下で嘘をつくことは出来ない。

言えるはずがない。

だからこそ、士郎は……心からの気持ちを、口にした。

 

 

 

「俺は桜が好きだ」

 

 

 

「はい、私も好きですよ先輩。独り占めにしたいくらいに」

 

どうやら夢の中でいるような気持ちで、桜は知らないはずの人である士郎と会話をすることにしたようだった。

そのあまりにも空虚な目が……虚ろにも見える瞳が痛々しかったが、それに歯を食いしばって耐えて、士郎は言葉を続けた。

一体どんな言葉で桜を止めるのかと、見守ることしかできない刃夜はただひたすらに、黙って士郎の言動を見守った。

 

のだが……とんでもない言葉を口にする。

 

 

 

「だけど……凜のことも好きなんだ」

 

 

 

……空耳か? とんでもないこと言わなかったか?

 

一瞬、自分の鼓膜に届いた言葉を否定したくて、刃夜は隙が出来るとわかっていながらそれでもなお欲求に逆らうことが出来ず、士郎へと視線を向けてしまう。

横に立つ士郎の瞳は……間違いなく真剣で真摯な瞳をしていた。

そんな瞳を見てしまっては、ここまできたらもう桜に対しては何も出来ないと改めて認識して、刃夜は再び相手へと視線を投じる。

 

「藤ねえが好きだし、セイバーも好きだ」

 

……狂った?

 

任せるしかないとわかっているのだが、こうも爆弾発言を続ける士郎に対して、刃夜は思わず失礼なことを考えてしまう。

だがその声が、態度に、士郎の万感の思いが込められていたため、刃夜は我慢して士郎の言葉を黙って聞いた。

 

「一成のことだって大事だし、美綴の事も好きだ」

「……やっぱり知らない人みたいですね。私の先輩はそんなことを言わない。私を傷つけるようなことなんて言わないもの。ねえ先輩」

「あぁ……」

 

士郎を見ながら不愉快そうに顔を歪めた後、すぐにそばのエミヤシロウに抱きついて、嬉しそうに顔をほころばせた。

だがそれでも士郎は、言葉を止めることはしなかった。

 

 

 

「でも違うんだ。他の人はもちろん大事だし、大切にしたい。もし俺が役に立つのなら手を貸したいとも思う」

 

 

 

必死だった。

ただ必死になって言葉を紡いだ。

今、この場で全てを打ち明けるように。

言わなければいけないからではなく、言いたいからこそ士郎はここで口を閉ざすことはしなかった。

 

 

 

「それでも最後にとるのは桜なんだ……」

 

 

 

自分の命なんて考えたこともなかった。

ただ助かってしまった自分が人のために何かをすることが当然だと思ったから。

だから士郎は正義の味方になろうと……あろうとした。

そんな自分を好いてくれた桜。

桜が好きだった自分を変えてまで、桜の味方でいると、士郎は誓ったのだ。

その思い……どうしようもないほど大切にしたと思う気持ちは士郎にとって、たった一人しかいなかった。

 

 

 

「俺にとって、桜以上に欲しい人なんていないんだ!」

 

 

 

その叫びは、むき出しだった。

 

 

 

「桜に変わる人なんて、俺には誰もいないんだ!」

 

 

 

むき出しだからこそ……力強かった。

 

 

 

 

「桜が好きだから……一番好きだから!」

 

 

 

だからこそ、心に響く力が……心に届く想いがあった。

 

 

 

「だから、そばにいて欲しいと思う! 一緒にいたいと思うんだ!」

 

 

 

その言葉は周りにいる人間全ての心に入り……揺さぶった。

 

 

 

「せん……ぱい?」

 

 

 

ぼんやりとしていた桜に変化が生じた。

 

瞳が焦点を結ぶように……桜の目に意思が灯る。

 

 

 

「だから……俺は桜がほしい!」

 

 

 

ありったけの思いを言葉にして、ぶつけた。

 

それはむき出しで強固で、強引で……

 

だからこそ響く何かがあった。

 

 

 

「だから教えてくれ、桜。桜は俺が好きだって言ってくれた。桜が好きになった俺は……周りの人間は誰一人どうでもいいっていう人間だったのか?」

 

 

 

そんなはずがないとわかりながら、それでも士郎は桜へとそう問うた。

 

正義の味方を目指していた士郎を好きになった桜。

 

己以外の周りを憎んでいた桜が出会った、己以外の全てのために必死になっている士郎。

 

それは決して普通ではなかった。

 

何せ士郎にとって己がなかったのだから。

 

だがそれでも、桜は士郎に好意を抱いた。

 

他人のためにあそこまで自分を捨て身に出来るその強さに……憧れて。

 

そして同時に思ったのだ。

 

 

 

ほんの少しでいいから、自分のことを大切な存在として見てくれたら……と。

 

 

 

他の全てがどうでもいいと本心から思っているわけではない。

 

それでももっと自分を見て欲しいと思った。

 

だからこそ歪んだ。

 

黒くなった。

 

歪められてしまった。

 

故に、全てを壊してしまえと思ってしまった。

 

だがもし……もしも士郎が、自分のことをもっと大切にしてくれるのであれば?

 

そう心がゆらいだ。

 

 

 

「わ……私は……」

 

 

 

必死の言葉が届いたのか、桜が頭に手をやって痛そうにする。

 

どうすべきか自分でもわからなくなっているのかも知れない。

 

このまま全てを壊してしまえという思い。

 

もしも士郎が自分のことをもっと大切にしてくれるのであればという思い。

 

凜に対する自分の気持ち。

 

藤村大河や、他の人たちに対する気持ち。

 

それらがごちゃまぜになって桜の頭を駆けめぐっていた。

 

 

 

「そんな奴の言葉なんて聞き入れるな! 桜!」

 

 

 

桜が理性を……人に戻ろうとしていることに危機感を抱いて、エミヤシロウが投影を行い、士郎へと斬りかかった。

 

しかし当然だが……それを良しとしない存在がこの場にはいた。

 

 

 

「させると思うのか?」

 

 

 

手にしていた狩竜を宙へと放り投げて、背中のシースから封絶を抜剣し、刃夜がエミヤシロウへと襲いかかる。

 

二人が振るった剣がぶつかり合って交差し……激しい火花と金属音を辺りに響かせた。

 

 

 

「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえってな」

 

「どけ! 桜には俺が必要だ!」

 

「んなわけあるかよ!」

 

 

 

!!!!

 

 

 

その言葉に応じるように、刃夜の左腕の前腕が炎のような淡い光を放った。

それと同時に凄まじいまでの膂力が剣に加わり、エミヤシロウを強引に後ろへと飛ばしていた。

 

「なっ、この力は!?」

「炎王の獅子龍よりもらった力よ。力勝負で俺に勝てると思うなよ!」

 

エミヤシロウを二人から引き離し……そして刃夜もエミヤシロウの後を追って走り出す。

その刃夜の追撃に応じて、エミヤシロウは手にした双剣で刃夜の剣を迎え撃つが……それとは別に、背後に剣を投影して射出しようとする。

だが……

 

「させるかよ!」

 

刃夜がそう吠えて、エミヤシロウへと怒濤の剣戟を浴びせていく。

それは力による強引な連撃だった。

おそらく気力と魔力で強化された程度の普通の刀では、刀自体が折れるか曲がるか砕けるか……そのどれかだろう。

だが刃夜が今手にしている双剣は普通の剣ではない。

 

魔を斬り、魔を喰らう、封龍剣【超絶一門】。

 

意思を持った魔剣だ。

不思議な鉱石から作られているその双剣は、身幅も重ねの厚さも刀とは比べものにならない。

その耐久力を頼りにし、さらに炎王龍の力をもちいた豪剣だ。

さらに宙に投影された剣はその事ごとくを、紫炎の力を用いた爆発で、その全てを破壊した。

 

「お前は、一体!?」

「お前に名乗る名前はない! 怪物(モンスター)とでも呼べ!」

 

エミヤシロウを二人から引き離し、刃夜はそう叫んだ。

ここまで来ては、もう刃夜に何もすることは出来なかった。

黒い陰が浸食しているため、このまますんなりと桜を救うことは出来ないだろう。

その際士郎を守ることは出来ない。

だがそれは士郎が、自らの力で乗り越えなければいけない試練だ。

だから刃夜は、ただ信じるしかなかった。

 

 

 

後はお前次第だ、士郎。そして……

 

 

 

士郎の事を頭から切り離して、刃夜は目の前の存在……エミヤシロウへと意識を集中させた。

実際、片手間にしていていい相手ではないからだ。

聖杯が完成しようとしているためか、大空洞には今までとは比較にならないほどの魔力(マナ)が渦巻いている。

そのため刃夜もこの場で左腕にある力を使うことが出来ていた。

だというのに、目の前の存在……エミヤシロウは刃夜の猛攻に耐えている。

重さのある封絶の猛攻を、投影した対の剣でエミヤシロウは捌いているのだ。

それどころか、

 

「ふっ!」

 

エミヤシロウも、敵である刃夜が片手間で倒せる相手ではないということが、わかったのだろう。

呼気をはき出して、捌くだけでなく反撃をしてくる。

魔力も前よりも使えるようになった刃夜を相手に、全く劣っていない。

 

こいつ、出来るな!

 

それに気付いた刃夜も、もはや士郎のことを気にかけている余裕はなくなった。

引き離す必要性が無くなったため、刃夜は紅、紫の炎の力を使うのをやめて、全ての気力と魔力を、己の身体能力向上へと注いだ。

 

本当は出し惜しみしないといけないんだが……ここで倒れたら本末転倒だしな!

 

今やっていることが二人に対しての約束であるのならば、後に控えている自分の役目は、己がもっともしなければいけない役割だ。

 

自分にとっての、大事な人を守るという……役割。

 

しかしそれに気をとられては、目の前の相手に斬られてしまう。

実に面倒な状況だった。

 

本当に、世話が焼けるな! お前らはよ!

 

内心で舌打ちをしながら、刃夜はただがむしゃらに目の前の敵に……エミヤシロウに剣を振るった。

 

 

 

 

 

 

「私……わたし、わたしは……」

 

士郎の言葉が突き刺さった。

誰も助けてくれなかった。

父親も。

母親も。

姉も。

 

先輩(士郎)でさえも……。

 

やっと振り向いてくれたと思った。

大事にしてくれると思った。

なのに状況がそれを許してくれず……士郎は桜のことよりも、周りとの共闘を選んでしまった。

選ばざるを得なかったことは、桜にもわかっている。

それだけあの黒い陰は脅威だったのだから。

それでも自分をもっと見て欲しかった。

 

貪欲で身勝手な感情……嫉妬と独占欲であっても、そう思ったのだ。

 

だが士郎が言うとおりなのだ。

自分が好きになった人が……士郎がどういう人間だったのかというのは、桜が一番よく理解していた。

ずっと見ていたのだから。

見つめ続けていたのだから。

相反する二つの想いに心と頭が痛みを訴えて……桜を正気へと戻そうとする。

 

「……桜」

 

士郎は痛みに苦しんでいる桜を注意深く観察しつつ、ゆっくりと歩み寄った。

桜が痛みに苦しんでいる今こそ、桜との距離を詰めて己がしなければいけない役目を果たす。

そう思ったのだが、しかしこの場には士郎と桜以外にももう一人……

 

正しく言えばまだ人ではないが、意思が存在していたことを、士郎は失念していた。

 

 

 

!!!!

 

 

 

濃密な空気を切り裂いて、桜の体にまとわりついている黒い陰が……士郎へと迫った。

 

「!?」

 

注意深く観察していたことで、何とか躱すことが出来た。

攻撃があったことに驚いたのだが……すぐに納得できた。

 

そうか……焦っているのか?

 

桜の体にまとわりついている、黒い陰の一部。

黒い太陽の中で、自らの体を形成している存在、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』。

受肉がもうすぐ終わろうとしているのだ。

それはまさに、邪神の誕生に他ならない。

人間のみを殺す、獣。

世界の全てから悪と見なされた存在は、その全ての力を使って、この世全ての人間を殺すのだろう。

だが、それも体がなければ出来ない……生まれることが出来ない。

肉を持ったサーヴァントという存在にならなければ、その願いを成就することが出来ないのだ。

故に、それを邪魔しようとしている士郎が、許せなかったのだろう。

桜は『この世全ての悪(アンリ・マユ)』にとって必要な本体なのだ。

だがもしも桜が、黒い陰を必要ないと感じてしまえば、どうなるのか?

今の桜は揺れ動いている。

 

もしかしたら自分が望んでいたものは、すでにあったのではないのかと?

 

そう思ったのだ。

桜との繋がりが弱くなろうとしている状況は、黒い陰にとってもいい状況ではない。

だから桜を惑わそうとしている士郎へ、直接的に攻撃をしてきたのだ。

 

「私は……先輩と一緒にいたくて……。先輩にもっと私を見て欲しくて……。私……私は……」

 

ぶつぶつと、痛みに耐えながら呟く言葉は、痛々しいまでの感情が込められていた。

何よりも、今の姿があまりにも痛々しかった。

頭も心も傷ついて、悲鳴を上げているのに……それでも自分にとって大事な事を整理するように言葉を紡ぐその姿は、見ている方が耐えきれずに目を背けてしまうだろう。

 

だが、士郎は目を背けることはしなかった。

 

出来なかったのだ。

 

してはいけなかった。

 

 

 

桜……

 

 

 

うわごとの様に、呟いている桜の姿を……士郎はしっかりと見つめた。

 

こんな事にしたのは……

 

こんなことになってしまった……

 

桜をこれほど追い詰めてしまったのは自分なのだと……。

 

そして……桜が一人で出て行って……

 

士郎の家にやってきたあのときに、士郎が桜を止めていれば……

 

 

 

黒い陰に呑まれてしまった桜を恐れずに、ぱかんと叱っていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないのだと。

 

 

 

そう思った。

 

どれだけ泣かせてしまったのかもわからなかった。

 

自分が知らないところで、泣いていたのかもしれない……いや、泣いていたのだろう。

 

助けを求めていることすらも気付かずに、笑っていたのは自分だけで、それでも自分のそばにいたいと思って、ずっと一人で泣いていた。

 

 

 

士郎の前だけで笑えていた少女は……その実ずっと泣いていたのだと……。

 

 

 

だから士郎は、歩き出した。

 

 

 

同調、開始(トレース・オン)

 

 

 

この場で必要な得物は、武器ではない。

 

投影するのは『この世全ての悪(アンリ・マユ)』をぶっ飛ばすために必要な得物。

 

 

 

「私……私は……先輩に……。先輩に! 先輩……どこですか!?」

 

 

 

やがて痛みに耐えきれなくなってきたのか、桜の顔がより一層歪んだ。

 

それと同時に陰の動きが活発になる。

 

おそらく桜の中で、激しい何かが起こっているのだろう。

 

これ以上桜に辛い思いをさせるわけにはいかなかったが、それでも士郎は叫んだ。

 

 

 

「ここだ桜! 俺は今、お前のそばにいる! 今からお前を――」

 

 

 

それ以上しゃべらせはしないと、黒い陰の触手が激しくのたうち、士郎へと迫った。

 

何とかそれを躱しながら、士郎は更に桜へと歩み寄っていく。

 

いくつも迫る黒い陰の触手を全て捌くことは出来ず、士郎の体に傷をつけるが……それでも士郎は前へと進んだ。

 

 

 

「今からお前を助けにいく!」

 

 

 

それ以外の選択肢など無かった。

 

そのために色んな人に助けてもらったのだから。

 

殺すわけがない。

 

殺していいわけがない。

 

士郎も……凜も……

 

 

 

桜のことが、大好きなのだから!

 

 

 

「せん……ぱい……」

 

 

 

ようやく、桜の意思が勝ったのか……桜がはっきりとした意思を持って、士郎へと視線を向ける。

 

そして気付いた。

 

大好きな士郎が、傷だらけで埃だらけになっている姿を……。

 

 

 

「あ――」

 

 

 

傷ついた姿と、血の匂い・

 

それを起因に溢れる記憶が、桜の脳内を駆けめぐった。

 

ただ自分にとって都合のいい士郎を招いた。

 

自分の我儘を聞いてくれるだけの存在を招くために、桜はあらゆる物を利用した。

 

あらゆる人間を喰らった。

 

兄を刺した。

 

あらゆるサーヴァントの意思を奪い、使役した。

 

そして大好きな姉を……殺させてしまった。

 

 

 

「だめ……です。私はもうこの子から離れられない……。それに、もし戻れたとしても……。助けてもらっても……」

 

「? 桜?」

 

「助けて……どうするんですか? 私は……一杯ひどいことをしたのに。たくさんの……人を殺しちゃったのに」

 

 

 

もう後戻りをすることは出来ないだろう。

 

到底償うことが出来ない大きな罪を、すでに桜は背負ってしまった。

 

桜の意思でなかったとしても、人の命を奪ったという事実は、生涯桜の心の中から消えることはないだろう。

 

黒い陰から解放されたとしても、桜の中には罪が残り続ける。

 

それを……士郎は……

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

激しい剣戟が、火花を散らした。

交差する対の剣が幾度もぶつかり合って、無骨な金属音を辺りに響かせていた。

 

「はぁぁぁ!」

「づぁっ!」

 

対の剣を振るうのは、互いにこの世界に本来招かれざる者達。

二人はそれでも、己が与えられた役割を全うするため、相手を押し通してでも役目を果たすために、相手を否定する。

一人は全てを殺して、一人を肯定するために。

一人はこの世の全てを否定して……先に進むために。

それぞれの目的のために、剣を振るう。

 

……強い

 

幾度も剣を交えて、刃夜は相手に……エミヤシロウの強さに驚愕していた。

見た目こそ、アーチャーに似た士郎(・・・・・・・・・・)と言った感じなのだが、士郎とは強さが比べものにならなかった。

 

驚くべき事に、刃夜と斬り結んでいながら、未だに得物を破壊できていない。

 

封龍剣【超絶一門】によって、アーチャーの干将莫耶を破壊したことがあったが、今はそのとき以上の力で封龍剣【超絶一門】を振るっているのだが、破壊できるどころかヒビすらも入る様子が見られなかった。

また、剣を交えているとすぐにわかるが、相手であるエミヤシロウの筋力、瞬発力、体力、全てにおいて驚くべき水準だった。

投影こそ、刃夜が行えないように猛攻撃を行っているためにしてこないが、それでもエミヤシロウの実力はアーチャー以上といって、なんら問題のないものだった。

 

!!!!

 

一際大きな音が鳴り響いて、二人は互いに離れた。

互いに相手を一瞥し……エミヤシロウが大きく舌打ちした。

 

「何なんだお前は? 何故俺の邪魔をする?」

「邪魔をするに決まってるだろう? 俺が手助けすると言ったのはあそこにいる二人だ。その二人の邪魔をするのは俺が容赦はしない。例えそれが、エミヤシロウ……お前であってもだ」

 

気配からいって、目の前の存在が士郎であることは、疑いようがなかった。

見た目も、肌の色、髪の色などが違ったが……それ以外はほとんど士郎そのままだった。

 

 

 

だがその眼……全てを捨てているような、感情の見られない瞳が、士郎と決定的に違っていた。

 

 

 

こいつは一体……

 

 

 

「邪魔をしないでくれ。怪物(モンスター)。俺は桜の下にいかなきゃならない」

 

律儀というか……本当にそう呼ぶのね

 

刃夜が言った怪物(モンスター)という言葉を素直に言ってくるこの感じは、実に士郎そのものといって良かった。

だからこそ気になった。

何故これほどまでに、エミヤシロウの瞳に色がないのかが……。

 

「さっきも言った、邪魔をすると。お前が一体どういう存在なのか俺にはわからないが、二人にとって悪影響を及ぼすのなら全力で止める」

「お前……」

「お前が未来の存在なのか、それとも俺と同じで並行世界の住人なのかは知らないが……この世界、この時間において、士郎という存在はあそこにいるあいつだけだ。断じてお前じゃない」

 

剣先をエミヤシロウに向けて、刃夜はそう吠える。

未来と並行世界。

この二つの言葉に何かしら反応すると思っての言葉だったのだが……ある意味で一番聞きたくない言葉が、返ってくる。

 

 

 

「別にお前の存在などどうだっていい。俺には桜さえいればそれでいいんだから……。だから……邪魔をするっていうのなら、お前を殺す」

 

 

 

そう言って、エミヤシロウは手にした対の剣を構えて……刃夜へと突進してきた。

黒く黒く……ただ黒色でしかない、不気味な剣で。

その剣が刃夜へと迫って……刃夜はその剣を受け止める。

色もなく、感情もなく……ただただどす黒い一つの意思だけが込められた剣だった。

その剣と今のエミヤシロウの言葉で……刃夜はある程度エミヤシロウの正体を看破した。

 

看破できてしまった。

 

 

 

桜だけ。そしてお前を殺す……ね。なるほど……そういうことか……

 

 

 

剣でエミヤシロウの剣を受け流しながら、刃夜は内心で溜め息を吐いていた。

士郎ならば絶対に言わない言葉。

正義の味方を目指していた少年が、言ってはならない言葉。

 

相手の存在の全否定。

 

そして唯一存在を肯定する桜という存在。

このエミヤシロウは、もしかしたら……

 

 

 

士郎の未来の姿の一つ……なのかもしれないな……

 

 

 

他の全てを否定して、桜だけを肯定する。

それは、本当の意味で……桜だけの味方になるという意味である。

他の全てを……他人を否定して。

そして思う。

 

この士郎はこの世界の士郎の一つの可能性ではないのかと?

 

だからこそこのエミヤシロウは、今この場に存在しているのだろう。

未来からなのか?

並行世界からなのか?

はたまたその両方か?

それはわからないが、おそらく黒く染まった桜が望んだ存在が、このエミヤシロウという存在なのだろう。

そしてその黒く染まった桜の……この世界の桜の召喚に応じたということ。

それはつまり……エミヤシロウにとっての桜という存在は……。

 

 

 

本当に……損な役回りなことだ……

 

 

 

もはや気を使う必要もないため、刃夜は盛大に舌打ちをした。

それが挑発に思えたのか、エミヤシロウが更に攻撃の速度を上げてくる。

それは速く、鋭く……なによりも力があった。

 

だが……

 

 

 

これじゃダメだな……

 

 

 

刃夜はエミヤシロウの力をそう断じた。

エミヤシロウを看破して、刃夜は自身の目の前に、紫炎の力を用いて自分とエミヤシロウを巻き込む形で爆発を起こす。

それによって二人はその爆風に吹き飛ばされて、再度距離をあける。

意図的に生み出した、この空間。

刃夜は一度力を抜いて、語りかけた。

 

「確かに……お前は強いな、士郎」

 

今の目の前にいる相手が士郎ではないことは、刃夜は十分に理解していた。

同じ姿をした、他人であると……。

だがそれでも、刃夜はあえて目の前の存在が士郎であると思って、言葉をかける。

 

「なにさいきなり?」

「お前がどんな生涯を送ったのかは、俺にはわからない。アレがお前になるんだから……よほどのことをしてきたのだろう」

 

今の士郎はただ他の人間よりも『魔術』という力を持った程度の存在でしかない。

魔術さえなければ一般人と言っていい。

その士郎がエミヤに……アーチャーへとなるというのは、果たしてどれほどの修練をおこなったのか、刃夜もある程度はわかる。

 

だが、ここまで変わり果ててしまっては……もはや別の何かと言っていいだろう。

 

 

 

「おそらくお前は全てを捨ててきたのだろう。他の存在全てを」

 

 

 

「だから速い。勢いがあって力もある……だが……」

 

 

 

もしかしたら自分もこうなってしまったのかも知れない……と、刃夜は自分の過去を思い返していた……。

 

 

 

己が剣と包丁……二つを持つことを決めた、あの日の事を。

 

 

 

その時の想いを捨てずに来たからこそ……今の自分があることを、再確認した。

再確認させてもらった。

それについて、刃夜はエミヤシロウに心から感謝した。

だからこそ……

 

 

 

この剣を持って……お前を斬ろう……

 

 

 

 

刃夜は封絶を背中のシースにしまい……右手を左腰の柄へと伸ばした。

刃夜の始まりの剣。

 

 

 

夜月へ……。

 

 

 

『よいのか?』

 

『あぁ。お前に斬らせる訳にはいくまいて。これは俺が背負うべき責任だ』

 

『……優しいな、仕手よ』

 

 

 

刃夜の胸中を察してか、封龍剣【超絶一門】は、ただ一言、刃夜に対してそう言った。

 

だが、刃夜はそれに答えない。

 

無視をしたわけではない。

 

答える資格がないのだと……そう思ったから。

 

 

 

封絶からの言葉に。

 

 

 

封絶もそれに対して何も言わず……静かに自らの仕手を信頼し、口を閉ざした。

 

夜月を抜刀し、構えて……刃夜は口を開いた。

 

 

 

「お前には、決定的に『重さ』がない」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「全てを捨ててきた。だから速くもある、勢いもある。だがお前には重たい気持ちを……想いを、捨てずに抱えて生きてきた、重さがない。だからお前の剣は、決して俺には響かない……届かない! だからこそ……あの二人にも届かない!」

 

 

 

二人という言葉で、エミヤシロウは桜の身に何が起こっているのかようやく気がついた。

それが自身の危険であることが十分に理解できているのか、エミヤシロウの瞳に焦りと怒りが灯った。

 

「邪魔をするな!」

 

更に魔力を使用したのか、先ほどよりもさらに速度があがった双剣が、二つの閃きをいくつも放ってくる。

刃夜はその攻撃に対して、一本の夜月でその全てを悉く受け流した。

 

「こいつ!」

 

先ほどよりも速さも鋭さもなくなったというのに……刃夜が自らの攻撃を全て流していることに、エミヤシロウは驚いた。

だが、刃夜はそのエミヤシロウの驚きに何ら反応を返すことはなく……気持ちを固めていた。

 

 

 

おそらく、お前が元の場所に戻ったところで……もうどうにもならないのだろう……

 

 

 

もしも、エミヤシロウが未来か、並行世界から喚ばれたのに応じて、この場に召喚されたというのであれば……おそらくこのエミヤシロウのそばにいた大切な存在は、もうどこにもいないのだろう。

 

そうでなければ、この場の召喚に、応じる理由がないからだ。

 

 

 

せめてもの手向けだ……!

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

エミヤシロウが、その双剣を持って、刃夜へと突貫した。

 

時間がないのはエミヤシロウも同じ事。

 

このまま刃夜の妨害が続けば……桜が己を取り戻してしまう。

 

 

 

(エミヤシロウ)を必要としなくなってしまう。

 

 

 

故に、エミヤシロウはぼそりと……突貫と同時に呪文を唱えた。

 

すると手にしていた双剣が大きく形状を変化させた。

 

より鋭く。

 

より長く。

 

より強固に。

 

刀身がまるで、鳥の羽のような形状になった上に巨大化して、刃夜へと振るわれる。

 

刃夜もただ待っているわけではない。

 

己も自らの力を全て振り絞って……走った。

 

そして気と魔力……更に夜月の刃に込めた力、刃気も解放させて……

 

 

 

絶対の得物で……絶対の一撃を見舞う。

 

 

 

桜の望みに応じたという事実。

 

そして、応じたが相手が悪く敗れてしまうという事実。

 

その二つを手向けとして……

 

 

 

 

 

 

介錯……つかまつる……

 

 

 

 

 

 

「づぁっ!」

 

 

 

裂帛の声を放ち、二人が互いの剣を振るって……すれ違った。

 

交差した際に甲高い何かを断ち切るような……

 

硬質だが、澄んだ音が……響いた。

 

そしてその音に導かれるように……

 

結果が訪れる。

 

 

 

「……ぐっ、ごふ」

 

 

 

手にしていた逆立つ剣ごと、胴体を袈裟斬りされたエミヤシロウが、その口から赤い血を吐き出して、膝を突いた。

 

その傷はどう見ても致命傷だった。

 

それこそ特殊な何かが無ければ、命は助からないのが断言できてしまうほどに。

 

振り終えた姿勢のまま、刃夜はしばらく残心をしていたが……やがて夜月を血振りして、静かに鞘に収めた。

 

封龍剣【超絶一門】は何も言わない。

 

仮に何かを言ってきたとしても、刃夜は応えることはしなかっただろう。

 

今この場で別の存在に意識を傾けることはできなかったために。

 

振り返ることもしないが、それでも刃夜は士郎を……エミヤシロウへと意識を向けていた。

 

 

 

「ぐっ、かはっ」

 

 

 

一度突いた膝を上げようとするが、それは叶わなかった。

 

それどころか、エミヤシロウはそのまま地面へとうつぶせに倒れてしまう。

 

だがそれでも……エミヤシロウは、桜へと顔を向けていた。

 

 

 

「さく……ら……」

 

 

 

もはや口を動かすことも難しいだろうに、エミヤシロウはそう小さく呟いて……右手を桜へと伸ばす……。

 

求める様に。

 

慈しむように……。

 

焦がれるように……。

 

だがそれもすぐに終わり……士郎のなれの果ての男は全身の力を失い、魔力の粒子となって霧散していった。

 

体の気配が消えたことでようやく刃夜は後ろを振り返り……魔力の粒子が霧散し、消えていく様を視界に納めて、静かに眼を瞑って黙祷した。

 

その胸中に何が渦巻いているのかはわからない。

 

刃夜はただ静かに……眼を閉じてその場に静かに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

「それでもだ桜! それでも生きて欲しい。俺と一緒に生きていって欲しい!」

 

 

 

士郎は真っ向から受け止めた。

 

 

 

桜を愛するという事を。

 

それを自分の命をかけて行うと。

 

桜の全てを受け止めるという気持ちに嘘はなかった。

 

その気持ちとは別に、それでも桜自身が行わなければいけない事もあった。

 

士郎は、厳しいと思いながらも……それでも士郎はそれを告白した。

 

 

 

「だけど、奪ったからには責任を持たなきゃいけない。罪の重さも、罰の重さも、俺にはわかってやれない。けれど、それでも一緒に背負って生きていく事は出来る」

 

 

 

多くの罪を犯した。

 

多くの人の命を奪った。

 

「気にしなくていい」と……

 

「桜が望んでしたことではない」と……

 

そう断ずるのは簡単だ。

 

だが、それは士郎が許さない。

 

多くの人を見捨てた……殺してまで生きてきた己自身。

 

そのために正義の味方になろうとした。

 

それを捨てて、士郎は桜とともに生きていきたいと願った。

 

士郎自身、人を殺したのだと自分で思っているから。

 

 

 

それにもしも人々が桜の罪をしり、桜を糾弾しても……

 

 

 

もしも桜自身が、自らの罪にさいなまれて、自らの命を絶とうとしても……

 

 

 

士郎がその全てから、桜を守る。

 

 

 

これから生きていく上で、桜に問われる全ての事柄から、桜を守る。

 

 

 

罪が償えるのかどうかはわからない。

 

 

 

偽善なのかも知れない。

 

 

 

それでも喜びも、悲しみも、怒りも……全てを分かち合って生きていきたいと……。

 

 

 

士郎は心からそう思った。

 

 

 

「せん……ぱい……」

 

 

 

士郎が投影した得物を見て……桜が目を見開いた。

 

投影された得物がどのような物であるのか、曲がりなりにも聖杯と繋がった桜は瞬時に理解した。

 

そして本当に士郎が自分を助けようとしているのだと……

 

 

 

このまま死なせるつもりは(逃がさない)ないとわかって……。

 

 

 

桜は泣いた。

 

ひどい人だと思いながら……。

 

そしてそれ以上に大好きだと……、本当に好きなんだと……。

 

嬉しくて、涙を流した。

 

 

 

「一緒に帰ろう、桜」

 

 

 

その涙の意味をきちんと士郎は理解して、投影した得物を……剣を振り上げた。

 

あの日の夜……迷って全てを投げ出して、終わらせようとしたあの日の夜とは違い……

 

その剣を握る力に無駄な物はない。

 

手にした剣は間男(アンリ・マユ)から、桜を取り返すための剣。

 

桜の命を奪うための物ではないのだから……。

 

 

 

「いくぞ、桜」

 

「はい」

 

 

 

振り上げた剣……『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を士郎は一息で……桜の心臓へと突き立てた。

 

 

 

契約破りの短剣、『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。

 

桜の命を傷つけることなく、彼女を縛りつけていた黒い陰との契約を破壊した。

 

その瞬間に、黒い陰が桜の体から霧散して……桜は生まれたままの姿になって、地面に崩れ落ちる。

 

 

 

「!? 桜!」

 

 

 

色んな意味で慌てた。

 

意識を失ってしまい、倒れてしまうことも。

 

何よりも、服を着ていなかったことに。

 

だがそれでも、否、だからこそ生まれたままの姿の彼女が……いつも身に着けているリボンをしている桜が、今こうして自分の腕の中にいる喜びを噛みしめた。

 

 

 

「帰ろう桜。俺たちの家に……」

 

 

 

士郎は本当に大事な人を……その両腕で優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 



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対峙 刃

個人的に良い出来





無事……のようだな……

 

しばし、眼を閉じて静かに佇んでいた刃夜は、士郎が無事に役目を果たしたことを、桜の気配が澄んだことによって、感じ取った。

契約の解呪。

それこそが、士郎が果たさなければならなかった、士郎の役割だった。

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』の投影は、絶対に必要な条件だった。

キャスターに『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を借りたとしても、士郎にはそれを扱うだけの技術がない。

故に、己が扱うことが出来るように、投影を行った。

自らが投影して得た得物であれば、まだ発動すること自体は可能になるかも知れないからだ。

そのため限られた時間の中で、士郎はひたすらに投影の技術を上げた。

上げることが絶対に必要だったから。

だが、それだけでは『この世全ての悪(アンリ・マユ)』の契約の解除は出来なかっただろう。

では何故『この世全ての悪(アンリ・マユ)』との契約が解除出来たのか?

 

桜が帰りたいと願ったから……

 

それがもっとも大きな理由なのだろう。

宙より落ちてきた狩竜の落下地点へと移動しながら、刃夜は小さく肩をすくめて、未熟なれどやり遂げた士郎を、心から称えた。

そして落ちてきた狩竜を右手で掴んで……一度息を吐いて、盛大に舌打ちした。

 

さてと……俺も役割を果たさないといけないんだが……

 

舌打ちし、厳しい表情をしながら刃夜はこの戦の全ての元凶である、クレーターの下……大聖杯へと鋭い視線を向けて、再び溜め息を吐いた。

 

一体いつになったら、俺は自分の仕事が出来るんだ……

 

実に嫌そうに顔を歪ませながら、刃夜は大聖杯へ向かって歩いていく。

その際士郎に声をかけるのはやめておいた。

また士郎と桜のそばで倒れている、凜の介抱に向かおうと一瞬考えたのだが、後ろからいくつかの気配がやってきているのを感じ取り、そちらに丸投げした。

というよりも、介抱に残された力を裂いてしまっては、これから行う二つ目の予定外の出来事に支障を来しかねないからだ。

いっそ、後ろから来る奴に今から行うことも任せようかと考えてしまう刃夜だったが、待っているほど余裕はなさそうだった。

 

たく……本当に煌黒邪神龍にそっくりな気配だな……

 

黒い太陽の大聖杯を見上げながら、刃夜はそう独りごちた。

もっとも刃夜からしてみれば、煌黒邪神龍とは桁がだいぶ違うので、ずいぶん小さく感じてしまうのだが。

だがしかし粘つき……というよりも、どろどろとした感触で言えば、こちらの方が上だと思われた。

人の醜い感情が集約したのだから、それはある意味で仕方のないことなのかも知れない。

純粋な力……怒気などの感情の強さは怪物(モンスター)には叶わないだろう。

だが、複雑な感情で言えば、こと地上において人間に叶う生物はいないだろ。

だからこそのこのどろどろとした気配だった。

 

そしてその気配の中心部……この世の全ての人を殺す怪物が胎動する、胎盤の根本に……

 

 

 

赤黒い炎を……胎盤を見つめている背中があった。

 

 

 

「……きたか、鉄刃夜」

 

 

 

とても強い意思と、それに反比例するように、冷酷なまでの鋭さを併せ持った……そんな声が刃夜の耳に届く。

クレーターを歩き終えて、根本まであと少しのところで、その男は……言峰綺礼は、ゆっくりと、刃夜へと振り返った。

 

「……一応聞いておこうか? 何のようだ?」

「ほぉ? お前は私がここにいることが、不思議ではないようだな?」

「ここに来る途中で足跡を見つけた上に、気配があったからな。だいぶ隠形していたが、それでも今の俺を相手に、あの程度では欺くのは無理だ」

 

左腕に宿る力を意識しながら、刃夜はそう答えた。

左腕に宿る、霞皮の護りによる気配遮断と隠密能力。

その力があるため、逆にその力以上の隠蔽を行わなければ、霞みの力を欺く事は出来なかった。

魔力(マナ)が満ちてきているこの場だからこそ、今までよりも力が活性化していた。

当然モンスターワールドの時とは比べるべくもないが、それでもその力は絶大だった。

 

「ほぉ? どうやら色々と調査だけではわからないものまで、持ち得ているようだな。さすがは不思議な男と、言ったところか?」

「そんなことはどうでもいいだろう? 質問に答えろ」

「ふむ、そうだったな。私がここにいる理由は、衛宮士郎に話しただけだったな」

 

言峰綺礼は外見だけを見れば、いつも通りの様子だった。

だが刃夜には、左胸……心臓の辺りから黒いもやのような物が見える刃夜から見れば、ただごとではないことがすぐにわかった。

そしてその黒いもやが……何のもやなのかも、すぐに理解する。

 

「前々から普通じゃないとは思っていたが……、今はそれが際だっているな? お前、心臓から出るそれは……」

「ほう? お前からは私に見えない物が見えているようだな? 私も見えてはいないのだが……生まれ来る『この世全ての悪(アンリ・アユ)』の欠片の様な物だからな。『この世全ての悪(アンリ・アユ)』が生まれようとしているため、反応しているのだろう」

 

欠片? まぁ……感じられる物はその通りだが

 

心臓から漏れ出ているもやのような物は、間違いなく後ろの胎盤の中身と同じ物だと、刃夜は判断した。

どういった経緯で、体に宿したのかはわからないし、興味もなかった。

だが……言峰綺礼の存在が邪魔になることだけは間違いないだろうと、刃夜は深々と溜め息を吐く。

 

「私は生まれてくる存在を祝福する。傷を負い、死ぬのが生物としての自然の摂理。故に生まれてくる存在を、誕生すらもさせないまま殺すことは私は出来ない」

「……中身が何かを知っての言葉と判断して良いな?」

「無論だ」

「……なるほど。お前もなかなかの人間みたいだな」

 

この状況下でありながら、刃夜は言峰綺礼との対話を望んだ。

魔力を回復させるための時間稼ぎと言うがあったが、それ以上に知りたくなったのだ。

かたくなに接点を持とうとしなかった、この男の存在のことを。

 

 

 

この男の……願いを。

 

 

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)』という、絶対的な呪いを守るように、この場に佇む男の、正体を。

 

 

 

「『この世全ての悪(アンリ・マユ)』は存在そのものが悪である。なにしろそのように望まれ、造られたモノなのだから。しかし……その存在が悪であったとしても、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』が己をどう思うのか迄は、我らにはわかるまい」

「……何?」

 

綺礼の言葉に驚いた。

何に驚いたのかと言えば、それは自分自身にだった。

この状況に至り、綺礼の言葉を聞くまで、刃夜は『この世全ての悪(アンリ・マユ)』に意思があるのかどうかすら考えることもしなかったことに……。

 

「『この世全ての悪(アンリ・マユ)』自身が、自らの行動を……この世から人を抹殺するのを悪と嘆くのか? 善と笑うのか? 我々にはわからない。もしも『この世全ての悪(アンリ・マユ)』に意思があり、人と同じように自らの存在を嘆くのであれば、それは悪だ。だが、自らの存在に疑問を持たずにいるのであれば、それはどうしようもなく善だ。何せ『この世全ての悪(アンリ・マユ)』にとってそれが存在する理由なのだから。自らの機能に疑問を持たないのであれば、悪ではない」

 

 

 

「初めから世に望まれなかった存在。それが誕生するという意味。価値のない存在が、存在している価値を……アレは私に見せてくれる。全てを殺し、全てを壊し、ただ一人残ったモノが、果たして己を許せるのか? そもそもそういう感情を抱くのか? 私はそれが知りたい。外界との隔たりを持ったモノが、孤独(ありのまま)に生き続けていく事に罪があるのかどうか? その是非を問う。そのために衛宮士郎の父、衛宮切嗣を殺し、間桐桜を生かした。私では出せなかった答え。その答えを出せるモノの誕生を願ったのだ」

 

 

 

己では出せなかった答えを、出すことが出来るかも知れない存在の誕生を、綺礼が願っている。

それが言峰綺礼が、聖杯を手にしなくとも、手に入れたい……命題だったのかも知れない。

冗談でも嘘でもなく、綺礼が本心からそう言ったことがわかり……刃夜は目の前の存在を、明確に敵であると判断した。

刃夜は狩竜を静かに地面に置いた。

そして背中のシースにしまっている封絶を抜剣する。

それが戦闘の意思表示であることは疑う余地もなく、言峰綺礼は自らも構えた。

 

「今新たに生まれようとしているモノを、私は祝福する。その誕生を阻む……いや、存在そのものを消そうとしている存在がいるのであれば、守ってやるのも当然だろう」

「ほざけ。俺にとってはそんなことどうでもいい。俺がここにいてそいつを消し去ろうとするのは俺自身の目的のため――だ!」

 

刃夜は全力で突進し、手にした双剣を言峰綺礼へと振るう。

対して綺礼は、神父服の内側より刃のない柄を三つ取り出して、指の間に挟んで保持した。

そして刃夜の剣が綺礼の間合いに入ったその瞬間に、硬質的な音が辺りを響かせた。

 

「ほう、さすがに重いな」

 

挟んだ三つの柄からまっすぐ伸びた刃が、刃夜の剣を……封絶の刃を受け止めていた。

柄だけしかなかったはずだった。

だがそれは聖堂教会において使用される護符の一種であり、選ばれた代行者のみが持つことを許される、黒鍵。

魔力によって編まれたその剣身が、刃夜の剣を防いでいた。

 

こいつ……!?

 

刃が突然現れたことについては、刃夜は何ら疑問を抱いていない

見た瞬間から魔力の波動を感じ取っていたため、何かしらの意味があると思っていたからだ。

故に刃夜にとって、そんなことは驚くに値しない。

驚くべき事は、魔力と気力を同時使用した刃夜の剣戟を受け止める、綺礼の身体能力の高さだった。

しかもその受け止めた姿勢から、刃にひびの入った黒鍵を捨てて半歩前へと歩み、徒手空拳の間合いで僅かに手を動かしただけで、刃夜の封絶をいなす。

その動作は驚くほど精錬されていて……よどみもなく、流麗だった。

思わず見ほれてしまうほどに。

そして瞬きにすら満たないであろう僅かな時間でそれは……防御から攻撃へと変わった。

いなすと同時に突き出されたその掌が……本当に僅かな距離をかけただけだというのに、必殺の打撃となって刃夜の胸に迫った。

 

まず!?

 

その一打に、必殺の力が込められているのが、刃夜はすぐに理解した。

すぐに強引に後ろに引こうとするのだが、綺礼の攻撃の方が速いためそれでは避けることが叶わない。

故に刃夜はもう一方の剣を、体と手の間に盾として滑り込ませた。

 

!!!!

 

凄まじい打撃音が響きわたり、刃夜が大きく後方へと吹き飛ばされた。

寸勁(すんけい)と呼ばれる技法だと、刃夜は瞬時に理解した。

それと同時に、言峰綺礼の強さにも気がついた。

自身も未熟なれど格闘技を修める者。

相手を理解すのに、一手で十分だった。

十分すぎるほどに……相手の実力が異常だった。

 

っ!

 

吹き飛ばされた事に驚いたが、それで止まるわけにはいかなかった。

強引に吹き飛ばされた体勢を、気力と魔力を用いた足場を形成して立て直して、刃夜は再度突貫した。

綺礼はそれに対して腰を落として、構える。

その構えは間違いなく、拳法の構え。

それも……その身から発せられる功夫(クンフー)は、一朝一夕のそれではない。

 

完全な実力者の構えだった。

 

新たな黒鍵を、今度は両手に一つずつ手に取り、刃夜の剣を迎撃した。

 

 

 

!!!!

 

 

 

先ほどと違い、一本の刃であるというのに、それは刃夜の剣を受け止めた。

 

「ただ者じゃないとは思ってたが……お前、何者だ?」

「ふむ……私は一介の神父にすぎないが?」

「ほざけこの野郎」

 

刃夜は激しく舌打ちをしたかったが、そんな隙を見せられる相手ではなかった。

気力と魔力。

それら二つを用いた刃夜の一撃は、サーヴァントのそれに匹敵する。

ましてや今は聖杯が満ちようとしているため、通常よりも魔力(マナ)が濃い。

その力を用いて攻撃しているにも関わらず、目の前にいる男……言峰綺礼は刃夜の攻撃を受け止めている。

魔力(オド)を使用しているのは間違いない。

だが、魔力(オド)と技術だけで、刃夜の力に拮抗しうる実力者。

 

刃夜ではまだ到達できない……長年の年月をかけて重ね、磨き続けた熟練者の力。

 

刃夜から言わせれば、自身よりもこの言峰綺礼の方が、よほど怪物(モンスター)に思えた。

 

「ふっ!」

「づぁっ!」

 

内部から体を破壊するための一撃が振るわれる。

それに対してもう一方は、外部から切り裂き断つ一撃を放つ。

互いに避けて、互いに躱し、互いに受けて、互いを壊す。

再度砕かれた黒鍵を捨てて、綺礼はひたすらに拳を振るった。

掌底がたたきつけられる。

肘鉄が突き刺さる。

蹴りが空を断つ。

体が山を崩す。

そのどれもが、掛け値無しの必殺の一撃。

対する刃夜も、ただやられてばかりではない。

剣が空を裂く。

剣先が宙を穿つ。

だがそれでも致命打にはならない。

良くも悪くも二人の実力は拮抗していた。

 

 

 

!!!!

 

 

 

剣と拳。

それらがぶつかり合ったとは思えないほど高い音が響き渡って、二人は一度距離を離した。

二人とも呼吸すらまともに行わず、ひたすらに攻撃のみを仕掛けている。

にも関わらず、互いに互いを仕留められない。

実に驚くべき状況だった。

一度離れたことで互いに息を整える。

 

「……鉄刃夜よ」

 

その整える状況の中で、綺礼はどうしても聞きたいことがあって、息を整える僅かな時間に、刃夜へと問いかける。

 

「なんだ?」

 

相手から息を整える時間を与えられたため、刃夜は時間がないとわかっていながら、あえて綺礼の問答に乗ることにした。

 

 

 

「貴様は何故……聖杯を欲する?」

 

 

 

たった一言。

たったの一言の問答だった。

だがそのたった一言の言葉に、計り知れないほどの重さを感じ取って、刃夜は思わず一瞬だけ息を呑んだ。

暗く重く……そして僅かな羨望。

聖杯に求める願いの意味を、この場で問うてくる理由は刃夜にはわからなかった。

だが、好都合だった事、そしてその問いが相手にとって意味のあることだとわかり、刃夜は相手の実力に敬意を表して、答えた。

 

 

 

それが決定的な一撃となって、相手を抉るとは知らずに。

 

 

 

「俺の世界に帰るのが願いだよ。聖杯の有無にかかわらずな」

 

 

 

「……何?」

 

言っている意味がわからないのではなく、返答の言葉に何かを感じたのか、綺礼は愕然としながら、そう言葉を絞り出していた。

絞り出すかのような……言葉だったのだ。

 

「俺はこの世界の住人じゃない。並行世界の人間だ。紆余曲折合ってこうしてここで一年ほど過ごしたが……俺は自分の世界に帰ることが目的だ。聖杯を欲したのは、それが並行世界に帰るための手段だと思ったからだ。最終目標は……とある連中をぶっ飛ばすことだがな」

 

最後の方の台詞はぼそりと呟いたため、刃夜の耳にすら届いていなかった。

だがそれは刃夜の本心だったため、どうしても言いたくなったのだった。

だが……綺礼にとってそんなことなどどうでもよかった。

 

「貴様も……結局は人だったか」

「あぁ?」

 

ぼそりと呟かれた綺礼の言葉が聞き取れずに、刃夜は思わず顔をしかめてしまうが……その瞬間には離れていた距離を一足にて詰めた綺礼が、拳を振るっていた。

 

!?

 

咄嗟に回避して反撃を行おうとするが、先ほどよりも更に苛烈な連続攻撃が綺礼より放たれて、刃夜は防戦一方にされてしまう。

あまりにも苛烈なその攻撃は、普段の綺礼からは考えられないほど、怒りに満ちた攻撃だった。

 

 

 

それは本人としては、八つ当たりにすぎなかった。

 

 

 

(綺礼)が、羨んでいたことを否定したくて……。

 

 

 

求めても得られなかった。

 

手に入れたというのに、手に入らなかった。

 

どのような戒律であっても、こぼれ落ちる無数の澱。

 

 

 

他人が幸福と感じられる物が……幸福と感じられなかったこと。

 

 

 

求めても求めても……何一つ幸福を得ることが出来なかった空っぽの男。

 

 

 

その男が泣いているような……

 

怒っているような……

 

そんな怒濤の力だった。

 

また、それは自身の事とは別に、失望からきたものでもあったのだ。

 

 

 

結局……貴様も所詮は『人間』だったということか……

 

 

 

それ(刃夜が人間であること)を知って、言峰綺礼は落胆した。

 

あまりにも異様な存在だった青年、鉄刃夜。

 

どれほど調査しても、冬木市に来る前の情報をたどれなかった、謎の男。

 

生身でサーヴァントと斬り合うほどの力を有し、さらには自らの背後に存在する、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』に対して、絶対の力を持つ存在。

 

 

 

そう……『この世全ての悪(アンリ・マユ)』をどうにかできるのだと、刃夜は断言したのだ。

 

 

 

密かに探りを入れていた刃夜のその言葉に、綺礼は震えた。

 

地球上全ての人を殺すことが可能な力の存在である『この世全ての悪(アンリ・マユ)』。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)』をどうにか出来るだけの力を有している。

 

 

 

そんな存在が『普通』であるはずがない。

 

 

 

年齢はどう考えても若い。

 

見た目が若く、未熟な面も多々見受けられたからだ。

 

だがそれでも何かがあると、綺礼は心からそれを望んだ。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)』をどうにか出来るというその力。

 

それが何の対価もなく得られるわけがないのだから。

 

自分とは種類こそ違えど、通ずる何かがあるのではないかと……。

 

そう思った。

 

 

 

だが違った……。

 

 

 

並行世界というのは綺礼としても少々予想外だったが、帰りたいという欲求はあまりにも、望んでいた答えとはかけ離れていた。

 

帰りたいと言った刃夜の言葉には、純粋な感情しか込められていないのが、声でわかったから。

 

この場でこうして刃夜に問答をする……己の目的のためではあるが……ために、複数の令呪すらつかって、ランサーの記憶を消去し、この場に忍び込んだ。

 

だが返ってきた答えはあまりにも期待はずれだった。

 

期待していたからこそ、落胆も大きかった。

 

それ故の怒りだった。

 

いくつもの要因が積み重なり、綺礼の攻撃は苛烈となった。

 

 

 

まるで鬱憤を帳消しするように……。

 

 

 

この野郎!

 

だがそれがわかるほど、刃夜は綺礼という存在を知らない。

仮に知っていたとしても、刃夜は止まらない。

止まれるわけがない。

しなければならないことが多いために、刃夜もただひたすらに、その剣を振るった。

いくつもの選択肢が……攻撃の手段が思い浮かぶが、どれも却下するしかなかった。

大気の魔力(マナ)が濃いため、今までよりはまだ魔力を扱うことが出来るが、それでも刃夜にとってまだ魔力の扱いは未熟。

ましてや魔力(マナ)が薄かったため、この世界ではまともに修練も行えていない。

そしてこの後の本来の役目を行うための制約もある。

 

故に結局取れる選択肢は一つだけ……。

 

 

 

そう……たった一つしかなかった……

 

 

 

 

 

 

くそったれ……!

 

 

 

 

 

 

心の中で、刃夜は怒りのあまりに叫び出したくなる思いだった。

わかっていた。

今のこの場において、相手を無力化することが、どれほど難しいことなのか?

それも実力が劣っている相手ではなく、実力が拮抗している相手に対して。

時間をかければもしかしたら、刃夜にもそれが可能になるかも知れない。

何せ今は大気の魔力(マナ)が濃い。

魔力(マナ)を扱うことの出来る刃夜にとっては、その点だけで見れば今のこの場所は実に有利な場所であった。

だが時間をかける訳にはいかなかった。

 

時間をかけてしまえば……そばで胎動している存在が、孵ってしまうかも知れないから。

 

もしも孵ってしまった場合、果たして己にそれを止めることが出来るのか?

確かに今の刃夜は、モンスターワールドで最後に戦った時よりも弱体化している。

だがそれは相手も同様であり、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』が煌黒邪神よりも弱いことはわかりきっていた。

だが……煌黒邪神よりは弱くとも、自分よりも弱いという事があり得るのか?

また孵ったその瞬間に、この世の全ての人間を殺すことが出来るのか?

何か行動をしなければいけないのか?

それすらもわからない。

故に、当然といえば当然だが……孵る前に処理出来るのであれば、それに越したことはなく、確実性がある。

 

それは当然ながら、刃夜にはわかっていた。

 

 

 

だが一つの戒めが……刃夜の決断を鈍らせた。

 

 

 

 

一人目の時は……完全にこの世に存在しない存在だった。

 

過去には確実に存在した。

 

だがそれは過去の話。

 

今のこの時間においては絶対に存在し得ない存在。

 

互いが望んでいたこともあり、躊躇う理由はどこにもなかった。

 

 

 

二人目はもう、どうにもならない存在だった。

 

全ての過ちも、全ての痛みも苦しみも。

 

全てを捨ててこの世界に……並んだ世界へと招かれて、応じた存在。

 

 

 

だからこそ、まだ戒めは、戒めでありながら、戒めではなかった。

 

 

 

だが、今は……目の前の相手は違う。

 

 

 

刃夜と違い、この世界で生まれて、この世界で生きて、この世界で死ぬ存在。

 

生物が生まれた以上、どのような道を歩もうとも、最終的に訪れるのは死でしかない。

 

死から逃れることは出来ない。

 

それが生物である以上、生きているのならば死ぬことは、絶対に避けることの出来ない運命だった。

 

だがその運命も……死という結果は少なくとも、この世界の事が要因で無ければ、通常でなければ起こりえない。

 

病気なのか?

 

事故なのか?

 

天災なのか?

 

 

 

もしくは……人に殺されるのか?

 

 

 

どれが原因であっても、死という結果を与える存在は、この世の……この世界の存在が起こさなければいけない。

 

 

 

だが、刃夜は違う。

 

己がこの世界の住人でないことはわかりきっている。

 

そして自分がこの世界に骨を埋めるつもりがないことは、当たり前だが誰よりも理解していた。

 

だから決断できない。

 

 

 

破戒出来ない……。

 

 

 

自らが縛った自分に対する最低限の責任が、刃夜の剣の腕を鈍らせる。

 

 

 

それに……刃夜が躊躇っていることに気付いた綺礼は、更に怒りを露わにし、その攻撃を加速させる。

 

 

 

 

 

 

何なのだ! 貴様という男は!?

 

 

 

 

 

 

これほどの力を手にしている。

 

これほどの技量を修めている。

 

だというのに、その見た目相応の未熟さ。

 

あまりにも人とかけ離れた存在でありながら、あまりにも「普通」のことに躊躇っている事。

 

綺礼は叫びたくなるほど憤った。

 

 

 

徐々に圧されている刃夜は、それでもまだ決断を下せなかった。

 

脳裏に浮かぶのは、この世界にやってきて出会った人々。

 

藤村大河と、藤村雷画。

 

藤村組の人間達。

 

深山商店街で自らが開いた定食屋の、仕入れ先として親しくなった人たち。

 

深山商店街で自らが開いた定食屋に、足を運んでくれた客人達。

 

士郎と桜……凜との出会い。

 

 

 

朝早くに出会った、こんな自分を好きになってくれた少女。

 

 

 

そして……自らの役割を全うするために……

 

 

 

こんな自分を助けようとして命を捨てようとした、雪の精霊の様な少女。

 

 

 

それらが頭を駆けめぐった。

 

そして……手助けすると約束した不器用な二人の人間と……

 

 

 

大事な大事な約束をした……二人の少女の存在が……

 

 

 

 

 

 

刃夜に戒めを、本当の意味で破らせる覚悟を……決意させた。

 

 

 

 

 

 

死なせる訳には……いかない!

 

 

 

 

 

 

ただそれだけが、刃夜に残った欲求だった。

 

 

 

「封絶!!!!」

 

 

 

力の限り叫んで……刃夜は封絶の返事を聞く前に、手にした双剣を宙へと放り投げた。

 

投擲ではなく、ただ投げ捨てただけだ。

 

そう……先ほどと同じように、刃夜は封絶を血で汚させないために……

 

封絶を己の手から投げ出した。

 

叫び声とその動作に意味があると思い、綺礼が防御をとろうとして……一瞬隙が生まれる。

 

その隙を……刃夜は見逃さない。

 

自由になった両手で掴むのは……己がもっとも信頼し、大事にしている始まりの剣。

 

数多の人間の血を吸い、それでもなお刃夜の手元で輝き、付き従う一振りの打刀。

 

拵えに収まったその鞘と柄をそれぞれ左手と右手で掴んで、気力と魔力を最大限放出し……電磁ではなく、自らの力のみで刀を疾らせた。

 

 

 

抜刀術。

 

 

 

それが刃夜においてもっとも速い一撃。

 

 

 

魔力の消費を最小限に抑えるため……許されるのは一撃のみ。

 

故に、この一撃だけは……気も魔力も最大の力を込めて抜刀した。

 

気と魔力を用いたそれは、想像を絶するほどの速さを誇り……綺礼の両足を一刀両断した。

 

 

 

戒めを……不殺を破った。

 

 

 

己を大地に支えるための足を根本から両断されて、綺礼はなすすべもなく地面へと仰向けになって倒れた。

抜刀術を振り切った姿勢をやめて、刃夜はすぐに倒れた綺礼の首元へ、夜月の刃を向けた。

だがそれだけだ。

少しでも押すか引くだけで、綺礼は頸動脈を斬られて息絶えるだろう。

 

だが……刃夜はそのまま動かなかった。

 

「……殺さないのか? それとも殺せないのか? いや……貴様の技量とその瞳を見れば考えるまでもないか。殺せないのではなく殺さないのだな……貴様は」

 

仰向けになって倒れた状態のまま、綺礼は首筋に当てられた刃など何も気にせずに、口を開いた。

両足を断たれたというのに、その声には痛みを堪えた様子も苦しみもなかった。

対して刃夜は……能面の様に冷え切った表情をしていた。

 

「……それは俺の勝手だろう」

「その通り、貴様の勝手だ。貴様の自由だ。故に……私が今この場で貴様に対して問いを投げることも自由だろう?」

「……」

 

言峰綺礼という男は倒れたままさらに口を開いて、刃夜を口撃(・・)した。

 

「それほどの力を持ち得ていながら……貴様は人間だったのだな……」

「あぁ。俺は人間だ。それ以上でも以下でもない」

 

それはセイバーにも言った言葉。

どれほど強い力を持っていても、どんなに人間離れをしていようとも、人でしかないのだと。

どんどんと普通の人間とかけ離れていく、己に向かって言った言葉でもあった。

 

「善でありたいと願う、悪人でしかない」

 

人を殺した存在である自分が、善であるわけがない。

だがそれでも……正しくありたいと思い生きていた。

その刃夜の言葉に……綺礼は最後に小さな染みを作っていく。

 

「善と悪に答えなどない。人間とはそう言うものだ。明確な答えなどなく、変動する真実を良しとする存在だ。人間は善悪を兼ね備えており、自身の選択によってそれらの属性を分ける。始まりは皆等しく(ゼロ)であり、生まれることに罪はない」

「……貴様」

 

生まれてくることに罪はない。

それは綺礼の背後にいる……未だ生まれていない存在である『この世全ての悪(アンリ・マユ)』。

この世の全ての人を殺すことを運命づけられた存在。

だがそれはまだ生を受けただけで生まれてはいないのだ。

人を超えた存在ではあるが、それは間違いなく人なのだ。

 

「人間は生まれて、学習することによって善と悪を学び、どちらかへと傾いていく。とある聖典には、人間は天使よりも優れた存在だと……そう言う言葉が記されている。悪を知りながらも悪に走らぬ者がいるからだという。生まれながらにして善しか知り得ない天使とは違うのだと……。人間とは、悪を持ちながら善として生きられる存在だ。だからこそ善しか知らない天使よりも優れているのだと……」

「……」

 

それが綺礼の口撃(・・)であるとわかっていたが、刃夜はその口を封じることが出来なかった。

 

「外道へと堕ちた悪人が、気まぐれに見せる善意がある。救世を行った聖人が、戯れに犯す悪意がある。それはどうしようもない矛盾だ。両立する善意と悪意。それを持ち得ていることが……人間を人間にしている。それが聖灰なのだ。生きることが罪である、生きている罪のための罰がある。命があってこその善であり、命があってこその悪」

 

 

 

「だというのに……」

 

 

 

 

 

 

「生まれ出でていないモノの命を奪い、罪科を問うことすらせずに、貴様は……『この世全ての悪(アンリ・マユ)』を殺すのだ」

 

 

 

 

 

 

刃夜は凄まじく怒気の籠もった瞳を、綺礼へと向ける。

だがその程度では綺礼は止まらなかった。

 

「私は貴様に敗れた。それは純粋に私の実力不足だったことだ。貴様の「帰りたい」という欲求が、私の欲求に勝ったのだから、それに対して私を恨み辛みを言うのは筋違いだというものだ」

 

そう言う綺礼の言葉は、不気味なほど静かだった。

だが、その静けさが、より綺礼の思いを表しているようだった。

 

 

「貴様があの穢れきった聖杯をどうにかするのであれば、それによって生かされていた私も死ぬだろう。なに、すでに十年前に一度死んだ身だ。貴様が気に病むことはない。独り身である私の死を嘆く人間もいないだろう」

 

 

 

「だが……これだけは覚えておけ、鉄刃夜よ……」

 

 

 

 

 

 

「貴様は、まだ生まれてもいない存在を、この世から消滅させる……殺すのだ」

 

 

 

 

 

 

静かだが、確かな意思の込められた言葉だった。

心底から……貴様の苦悩を望んでいると。

苦しめるために、呪うために……事実を突きつけた言葉だった。

十年前。

第四次聖杯戦争において、心臓を打ち抜かれて死んだ男が、黒い泥によって偽りの生を受けて……再び聖杯戦争の争いで殺された。

 

死んだ身でありながら、黒い泥によって生かされていた男の……最後の言葉だった。

 

それきり、綺礼はもう何も話すことはないのだというように……体の力を抜いて静かに眼を閉じる。

両足をほとんど根本から切断したのだ。

出血量はその傷の深さの分だけ、多い。

そう長くはないだろう。

聖杯の中身を消滅させたことで死ぬのか?

それとも出血多量によって死ぬのか?

それはわからない。

だが少なくとも……刃夜は言峰綺礼という存在を「斬った」という事実……

 

 

 

殺したという事実……

 

 

 

これは、どうあっても逃れられない真実だった。

 

 

 

「……」

 

 

 

もはや綺礼が何も語らず、何もしないことがわかったのか、刃夜は綺礼に何も言わずに歩き始めた。

実にうちひしがれた気分だった。

 

 

 

何よりも、己の未熟さを心から呪った。

 

 

 

一刀を元に、命を絶った訳ではない。

 

だがそれでも……『人を斬った』ということに変わりはなかった。

 

命を奪うことによる……絶対に逃れることの出来ない恨みの連鎖。

 

並行世界の人間だからこそ、恨みを買うわけにはいかなかったのだから。

 

 

 

だというのに……刃夜は斬った。

 

 

 

斬らざるを得なかったという理由があった。

 

 

 

斬らなければいけない理由……それは己の目的のためだった。

 

 

 

この世界で知り合えた大切な人たちを殺さないために……刃夜は邪魔をしてきた相手を斬った。

 

 

 

自らにもっと実力があれば……と思った。

 

 

 

だが、それでも……今の実力で、刃夜は綺礼を斬らずに無力化することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

あぁ……くそっ

 

 

 

 

 

 

投げ捨てた封絶を拾いあげ、刃夜は狩竜を拾いに行く。

 

自らの黒い感情に反応するように、拾いあげた狩竜が脈動するのを感じた。

 

思わず狩竜を投げ捨てたくなる刃夜だったが、そう言うわけにはいかなかった。

 

だから拾いあげた狩竜を持つ手に力を込めた。

 

大事な得物だから。

 

そして……戒めを破るという選択肢しか用意できなかったのは、誰のせいでもなく己の未熟さが原因だったから。

 

 

 

刃夜は……一つ息を吐いて、前へと進んだ。

 

 

 

今の気持ちのままでは、狩竜の制御がうまくできるのか不安があった。

 

だがそれでもやらなければいけない理由がある。

 

守りたい人がいる。

 

果たさなければいけない役割がある。

 

 

 

二人で出掛けようと、約束した人がいる。

 

 

 

自らの命を捨ててまで、助けてくれようとした、雪の精霊の様な少女がいる。

 

 

 

死なせたくないと思ったから。

 

だから、何が何でも成功させなければいけない。

 

 

 

……よし

 

 

 

一度眼を閉じて、意識を完全に切り替えて……刃夜は先を急いだ。

 

大聖杯の元ではなく……別の場所へと足を進めていく。

 

今再び、自らの命を散らせて……自分にとって大切な存在を守ろうとしている、少女のために。

 

 

 

 

 

 

崩れていく。

 

崩れていく。

 

崩れていく。

 

千の年を刻んだ探求。

 

五百年をかけた、マキリの悲願。

 

果てることなく、翻ることもなく、成しうることができずに……連綿と続けられていた一つの世界が、今まさに、終わろうとしていた。

 

 

 

「おぉ……。おぉ……」

 

 

 

■■■■ない……

 

 

 

崩壊する中で……ソレはまだ意思があった。

 

 

 

■■■くない……

 

 

 

体はもはや全身が血にまみれており、血の通わない箇所はすでにただの肉にすぎない。

この大空洞の地下にいる、全ての虫を集めて依り代にしたところで、もはや元に戻ることも叶わない。

 

 

 

「おぉぉぉぉぉあぁ」

 

 

 

のたうち、一つの意思のみが動かす原理となっているソレは、すでに動いているだけの肉でしかなかった。

だがまだ生きていた。

腐敗する体と、溶解していく己を呪いながら。

 

 

 

■にたくない……

 

 

 

ただ生物として思う一念が……執念が、この肉を未だにこの世に留めていた。

 

「あぁぁぁぁおぉぉおぉ」

 

地面を這った。

まるでそれしかしらないと言うように。

マキリ臓硯。

魂をこの世に留めるための本体を潰された、老魔術師は未だ死ぬことなく、この世界に残っていた。

 

 

 

 

 

 

死にたくない……

 

 

 

 

 

 

ただその一念だけが、マキリ臓硯をこの場にとどまらせた。

だが死に行くのも時間の問題だった。

一度潰されてしまった体を乗り換えたところで、魂すらもすでに限界に近い。

肉の塊と化した老魔術師は、苦しみもがき……のたうちまわったその末に、息絶えるのだろう。

自らが腐敗していくことに耐えながら、目的のために生きながらえた。

だがそれも叶わず、無念のまま息絶える。

 

目の前に……追い求め続けていたものがあり、あともう一歩でこの手に掴むことの出来た、永劫という夢を、仰ぎながら。

 

「おぉぉぉぉあぁぁぁおぉあぁ」

 

その苦痛と苦悩の声は、断末魔なのか?

 

 

 

死にたくない……

 

 

 

このまま消え去るわけにはいかないという、欲求だけがその肉塊となったマキリ臓硯の力だった。

五百年。

五百年に渡り、苦しみにもがき、耐えてきた。

与えられて然るべき報酬が目の前にある。

なのにも関わらず、それを手に取ることも出来ずに、何故消えていかなければいけないのか?

 

 

 

「おぉぉあぁぁおおぉあぁぁ」

 

 

 

思い返せるのは、苦しみだけだった。

マキリの宿願。

故郷を追われ、極東の地へと流れて、異国の法則に溶けることが出来ず、衰退していくしかなかった魔道の名門。

 

だが、実際は違った。

 

それならばまだ救いが合っただろう。

その理由で血が絶えてしまうのであれば、大人しく滅びを甘受できただろう。

 

 

 

死にたくない……

 

 

 

だが、真実はそうではない。

そんな外的な要因で、マキリが終わったわけではなかった。

単に、彼らは脱落しただけだった。

マキリの祖である探求者より、三百年。

その三百年という時間が、魔術師の家系としての限界だったのだ。

マキリという魔術師は、臓硯の代ですでに衰退していたのだ。

苦しみはそこから始まって……老人はそれを否定することしかできなかった。

マキリの血族は、所謂そこ止まりとして突きつけられて……それを必死にその事実を覆そうとしたのが、間桐臓硯の人生だった。

 

 

 

死にたくない……

 

 

 

死にたくない……

 

 

 

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

 

 

 

「おぉ……ぉあぉあぁおぁおぉぉぁぁおおあぁお」

 

 

 

死ぬわけにはいかなかった。

腐る体を呪った。

苦しい。

とにかく苦しかった。

苦しいだけの五百年。

苦しいだけの人生。

それ故に永遠を求めた。

その思いになんの矛盾があるだろう?

満たされぬままに苦しんだ。

何も残せないまま消えられない。

苦しいままなど終われない。

目の前に聖杯が満ちようとしている。

ならば我が望みを聞け!

問われれば答える!

我が望みは死への離脱。

あの崖さえ登れば……願いが叶うのだ。

願いが叶う。

あの崖さえ登れば。

ただそれさえもこの体では出来ない。

たどり着けない。

歩けばたった数分の距離だ。

この五百年の苦しみを鑑みれば、塵にも満たない。

 

だというのに……

 

 

 

何故これほど距離があるというのか!!!!

 

 

 

「おぉぁおぁおぁおあ!!!!」

 

自らの体をまき散らしながら……それでもなお肉塊が地面を這って進んでいく。

執念。

ただその言葉だけだった。

動けないはずがない。

動けないわけがない。

動くというその機能を……ただ執念のみが突き動かして、前へと進んでいく。

死への恐怖と、執念だけ。

その二つしか、今の肉塊には無かった。

崩壊の音すらも聞こえず、聖杯だけを求めて……進んでいく。

 

もはや醜悪を通り越し……哀れにも見えたその肉塊に……

 

 

 

 

 

 

「そこまで変貌したのか……マキリ」

 

 

 

 

 

 

綺麗に澄んだ、鈴の音のような美しい声がかけられる。

 

「な……に?」

 

聖杯のみしか写っていなかった視界に写る、美しい一人の少女。

恐怖と執念しか無かった肉塊に……新たな感情が生まれていた。

 

「……」

 

肉塊が止まった。

肉塊がただ陶然と……その少女を見つめた。

 

肉塊が……老魔術師が見たのは少女であって少女ではなかった。

 

遠い……遠い記憶にある、女。

いつの時も色あせずに心にいたはずの……アインツベルンの黄金の聖女。

 

二百年前。

 

大聖杯を築き上げるために、自らを生贄に捧げた、天の杯であった……同胞の姿だった。

 

 

 

「……」

 

 

 

あの日よりも全く衰えていなかった。

聖杯の女は……彼が焦がれていた頃と同じ瞳をしていた。

そして……問うた。

その美しく、懐かしい声で。

 

「問おう。我が仇敵よ。汝、なぜ死にたくないと思ったのだ?」

 

その純粋な問いに、思考が止まった。

何故なのか?

何故なんだ?

何故なのだ?

言われてようやく気付いた。

死にたくないなどと思ったのは何故か?

死ぬわけにはいかないと思ったのは何故か?

終われば苦しみから解放される。

苦しみを内包したまま、何故生きることにしがみついたのか?

 

そして思い出した。

 

最初に崇高な目的があったのだ。

万物をこの手に取り、あらゆる真理を知り、誰にも届かない場所へと向かう。

 

肉体という有限を超えて、魂という無限へと至る。

 

人間という種族。

肉体という限界を定められ、脳髄という螺旋の中で周り続けるその外へ向かう。

 

あらゆる憎悪を……

 

あらゆる苦しみを……

 

全てを癒して……なくすために……。

 

 

 

思い出せた。

 

 

 

楽園など、この世界にはないのだと、知った悲嘆を。

ないというのなら……肉体を持つ身では作ることも叶わないのであれば、作ることが出来る場所へと旅立とうと考えた。

そして奮い立った。

 

新しい世界を作るのではない。

 

自分という存在……人という存在の命を新しいモノへと変化させるのだと……。

 

 

 

「お……おぉ……」

 

 

 

見上げるばかりのその最果てへ。

新しく生まれ、何人にも想像すらも出来ない地平を超えて……思い描けない理想郷へと到達すること。

 

そのために……

 

 

 

聖杯を求めたのだ。

 

 

 

人では成しえない偉業のために……奇蹟を求めたのだ。

だが人の身であっては、すぐに限界が来てしまう。

そこに至るまで消えるわけにはいかなかった。

幾多挑み、打ちのめされ、何度もこの身では届かないのだと……悟っても、生きている限り諦めることが出来なかった。

 

夢見た願いはただ一つ。

 

 

 

この世、全ての悪の根絶を……叶わぬ理想にその(肉体)を賭したのだ。

 

 

「おぉおぉぉぉぉ」

 

だから残ったのだ。

あらゆる仇敵たちが消えていく中で、無意味であるとわかっていても求めた。

そうあることに意味があるのだと信じて。

そうあることで……いつか自身を継ぐ者を育てるのだと。

 

だから生き続けた。

 

苦しみに耐え、もがいてあがいて……それでも死ねことはできなかった。

己の肉体を作り替えてでも……若い頃に見た悲願を覆すために。

 

それこそが……自分の生きた道であり……

 

 

 

己が出した答えだったはずだった。

 

 

 

たとえ、その生に……何の報いが無くても……。

 

 

 

「お……おぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

それが最初の願い。

苦痛。

叶わない望み……願いに挑み続けることに比べれば、死にたくないなどという欲求は……

 

あまりにもちっぽけだった。

 

 

 

「そうか……そうであったな……。ユスティーツアよ」

 

 

 

肉塊は……マキリはそう呟いて、この世界を見つめた。

 

大空洞はもはや崩れる寸前だった。

間桐桜は解放されている。

生み出された、間違いしかない第三魔法(アンリマユ)は、ただただ揺らめいていた。

その全て。

それらがもう老魔術師には届かないのだと……その事実を受け入れた。

 

「終わり……なのだな。宿願も、苦痛も……マキリの使命さえも。こんなところで……終わるのか……」

 

初めからわかりきっていたことだった。

決まり切っていたことだった。

マキリの生……旅はこんなところで終わりを告げる。

 

「だが、無念よの……後一歩だったのだが……」

 

 

 

 

 

 

「寝言は寝ていえ……腐れ外道めが……」

 

 

 

 

 

 

二人の場に……新たな人物の言葉が響いた。

その声のする場所へ……二人は視線を投じた。

その場にいるのは……中枢に来たことで、更に脈動して邪悪な気配を放つ、超野太刀を手に持つ存在、刃夜の姿がそこにあった。

 

 

 

「後一歩? その体たらくで何が後一歩だ。桜ちゃんは解放されて、貴様はそのウジ虫にも劣る肉塊の姿。挙げ句……目的すらも忘れていた貴様が、どの口が『後一歩』だといううんだ?」

 

 

 

上から肉塊を見下ろし、吐き捨てるように……刃夜はそう断言した。

刃夜は当然、老魔術師の……マキリの宿願を知らない。

だが、マキリが……間桐臓硯が、桜に何をしたのかは知っている。

どれほど崇高な願いを持っていても、その所行は外道そのもの。

悪行以外の何物でもなかった。

そばにいる普段の雰囲気とはかけ離れた少女が……この老魔術にどのような変化をもたらしたのかもわからなかった。

 

だがそれでも……

 

 

 

惹かれた少女のために……刃夜はその言葉を何度も突きつけた。

 

 

 

 

 

 

「俺も貴様と同じ人殺しだ。俺もいずれ地獄に堕ちるだろう。だが道を外れてはいない。自ら道を外れたことを改めて認識して……消え失せろ!」

 

 

 

 

 

 

その言葉に対して……マキリは何も言い返すことが出来なかった。

どのような夢を……光を目指していたとしても、悪行をなしたことは間違いない。

故に……刃夜の言葉に従い、マキリは最後までそれを覆すことなく、執念も恐怖も捨てた。

 

 

 

こうして、最後の一人が消えていく。

 

奇蹟を求めた三人の魔術師。

 

その一角であり、生きながらえていた当事者が崩れていく。

 

 

 

五百年……思えば瞬きのような宿願の日々だった……

 

 

 

肉塊は動きを止めて、やがて静かに息を止めた。

 

変貌し、それでもなお生きながらえていたモノ。

 

目指し続けた宿願の崩壊と一緒に……この世から消えていった。

 

 

 

 

 



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……っとに、気分が悪い

 

ようやく気配の消えた間桐臓硯に舌打ちをしそうになったが、それは思いとどまった。

死なば、みな仏と思ったから……ではない。

というか、この言葉はあまり好きではない。

死ねばそれが全ての免罪符になるような気がするからだ。

死ねば全てを許される?

そんなことがあっていいはずがない。

悪人を殺して偽りの平穏を創り上げている俺が思っていい言葉ではない。

だから俺はこの言葉を嫌っていた。

 

死ねば全ての罪が許されるわけがない。

 

それは己に対する戒め。

人殺しの自分が、全てを諦め、投げ捨てて……死なないための言葉。

道を外れているとは思っていないが、それでも人殺しであることに変わりはないのだから。

この命を持って……成すべき事をしなければならない。

 

だっていうのに……

 

沈みかけた気持ちを、俺は強引に断ち切った。

後回しにしているだけかも知れない。

ただ逃げているだけなのかも知れない。

それでも……今は目の前の問題を片付けなければならない。

目の前の……舌打ちをするのをやめた要因である少女へと、視線を向けた。

 

……イリヤ……なんだよな?

 

ずいぶんと雰囲気が違うが……見た目はまんまイリヤだ。

しかしずいぶんと特殊な衣を着ている。

衣とあまりにも常人離れした雰囲気が相まって、

 

女神

 

と言われたら思わず信じてしまいそうに……今のイリヤは神々しかった。

 

そんな女神と思えるような恰好をしているのは……そういうことなんだろうな

 

何故今、このとき、この場所で……このような恰好をしているのか?

それは考えるまでもないだろう。

というよりも、この場にいることで、どういう意味でいるのかは考えるまでもない。

 

やれやれ……俺もまだまだだな

 

この格好をさせてしまった自分のふがいなさに辟易しつつも、俺はそれを態度に出さずに……イリヤへと向き直って言葉を掛ける。

 

「実に神々しい姿だな? 俺の応援に来てくれたって言うのなら、少々大げさ過ぎるんじゃないか?」

 

おどけたように俺はそう言った。

というよりもわざとそういう風に言った。

イリヤが今やろうとしていること。

それをやらせるわけにはいかないのだから。

 

「……冗談をいう気分ではないの。結論から言わせてもらうわ」

 

おどけた態度など見えていないとでも言うように……というよりも、反応が全くない。

雰囲気から言って今この場にいる存在は、イリヤであってイリヤでないのかもしれない。

が……俺はそれを認めない。

 

 

 

「そんな結論聞く耳もたんわ」

 

 

 

認めるわけにはいかなかった。

 

 

 

「イリヤ、お前が今からやろうとしていることは俺の役目だ。俺が自ら買って出たことだ。士郎も自分の役割を果たした。俺が自分の役割を放棄するわけにはいかない。約束だからな。それに言ったはずだ……」

 

 

 

その先を言わせるわけにはいかない。

 

言わせてしまっては、それが事実になってしまうかもしれない。

 

言霊という言葉がある。

 

その意味を俺は誰よりも知っているから。

 

だから言わせない。

 

言わせるわけがない。

 

美綴との約束。

 

雷画さんとの約束。

 

士郎と桜ちゃんとの約束。

 

そして……もう一つの約束。

 

 

 

俺はそれを必ず果たす。

 

 

 

そのためにこの場にいるのだから。

 

 

 

俺や士郎なんかを助けるために、死ぬとわかっていながら自らの役割を優先したイリヤ。

 

 

 

そのイリヤを助けるために、俺はイリヤの城に突貫して……

 

 

 

こう言ったのだ……。

 

 

 

 

 

 

「たわけ。そんな役割など知ったことか……とな」

 

 

 

 

 

 

イリヤがこの場にいるのは、聖杯がらみであることは間違いない。

 

そしてその役割を果たすためには……自らの命を捨てなければいけないということも。

 

そうでなければこんなあまりにも普通に思えない……ものすごい魔力やら何やらの力を感じる衣服……物を着ているわけがない。

 

こんなにも、人とは思えない何かを発しているのは、俺が不安を与えてしまったのだからだろう。

 

俺はこの姿にさせてしまった自分を恥じる。

 

だから……俺はこれ以上イリヤにしたくないことを我慢させてまで、やらせたくないのだから。

 

 

 

「ジンヤ……」

 

 

 

俺が言っている意味がわかったのか、イリヤが目を見開いて俺を見てくる。

 

それでようやく俺が知っているイリヤになったので……俺はさらにこういった。

 

 

 

「さっき老害がいっていたな? ユスティーツア……ってな? 誰と勘違いしたのかは知らないが、ここにいるのはイリヤだ。俺が知っているイリヤだ! だから聖杯をどうこうするなんてこと、しなくていい」

 

 

 

俺はイリヤがどういう(存在)なのかしらない。

 

俺が知っているのは、俺が接して俺とともに時間を過ごしたイリヤだけだ。

 

だから聖杯だのなんだの、そんな役割など知らない。

 

だから今からイリヤがしようとしていることはさせない。

 

させたくない。

 

雷月と封絶を外し、俺はイリヤへと歩み寄っていその頭に触れようとしたのだが……イリヤがそれを拒んだ。

俺の手から逃れるように一歩後ろに体を引きながら、イリヤは俺に疑問をぶつけてくる。

 

 

 

「けど……どうするっていうの? ジンヤの剣を見る限り、確かにあなたが言っていることは嘘じゃないのだと思う。けどあなたは予定よりもかなりの力を消耗している。扱えるの? その意味のわからない剣を?」

 

 

 

「確かにその通りだ。予定外の仕事が二件も入って、気力も魔力もだいぶ消耗している。この状況下で、こいつを……煌黒邪神龍の力を使えば、呑まれてしまうかもしれない」

 

 

 

「だった――」

 

 

 

「だが……俺はモンスターワールドでこれ以上にやばい状況を乗り越えてきた」

 

 

 

モンスターワールドで煌黒邪神龍と戦った時と比べれば、まだたやすい。

人間単純な物で、『今よりやばいことはいくらでもあった!』という経験則があると、何とか出来てしまう物なのだ。

が、毎度言うがその時と俺の状況も違うので正直何とも言えないのだが。

一抹の不安は残るが、やるしかないのだ。

 

この小さな雪の精霊のような少女を守るためには。

 

雷月と封絶を外して身軽になった俺は、わざとおどけて見せながら、狩竜を右手で柄を掴んで、返事を聞かずに前へと進んだ。

どうやら触れてはまずい衣服みたいなので、俺はイリヤに触れることはせず、ただ気楽に言葉を掛ける。

 

「まぁ見ててくれ。どうにかしてみせるさ。年上の俺がな」

 

返事は聞かずに俺はただ俺が自ら与えた役目をするために、聖杯の根本へと向かう。

 

『封絶すまんな。お前を連れて行ったら、お前が殺されそうな気がしてな』

『それはかまわないが……。死ぬことは許さなんぞ?』

『あぁ……』

 

念話で封絶に謝罪を入れながら、俺は足を前に進ませる。

その俺の背中に……イリヤから声が掛けられた。

 

「……信じて良いの?」

 

不安そうな声だった。

その声は、神聖な雰囲気を持つ老害が間違えたユスティーツとしてではなく……俺が知るイリヤが出した、声だった。

自分にとって本当に信頼していた存在(バーサーカー)が、今から挑もうとしている存在に呑まれてしまったことがあって……不安に思ったのかもしれない。

振り向くことはしなかった。

振り向いてしまえば、見られたくないだろうイリヤの顔を見てしまうことになる。

俺はただ何も言わずに、前に進むことで答えた。

俺自身、成功させると断言できる自信はないから。

だがそれでも、やらなければいけない理由があるから、進むしかない。

 

己の意志で。

 

そして根本へと到達して……俺は狩竜を鞘から抜きはなった。

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■!!!!

 

 

 

鞘から抜かれたその狩竜の姿は……今まで見たこともない、恐ろしい姿をしていた。

血の色をしていた刀身が今は激しく明滅している。

脈動し、黒い陰よりもさらに黒い何かが漏れ出ている。

抜いたその瞬間から……力を行使するために必要な俺の腕に黒い触手のような物がからみついてきて、俺の右腕を変色させていく。

それと同時に……狩竜の中に取り込まれた黒い感情が、俺の中へとなだれ込んでくる。

 

……やっぱりきついな

 

強化されていた状態とはいえ、一度経験しているからか耐えられる。

良くも悪くも、モンスターワールドの怨念というのは強いが純粋だ。

純粋な怒りが多い。

故に強くとも、耐性もあって耐えられる

 

だが、この世界の黒い感情は違う。

 

人という存在が存在してより積み重なってきた、人の……意志と感情を、他のどの生物よりも多様化した生物の怨念の塊だ。

今でも相当きついというのに、出力が弱いとはいえ、どろどろとした粘性の感情が追加されたら耐えられるかはわからない。

 

だが……それで臆病風に吹かれるわけにはいかない。

 

やらねばならない理由がある。

 

為さねばならない理由がある。

 

 

 

だから俺は……一つ深呼吸をして、右手のみで掴んでいた狩竜の柄を左手でも掴んで……

 

 

 

その剣先を……大聖杯へと突き立てる。

 

 

 

 

 

 

「出番だぞ! 全ての黒い感情を喰らえ! 煌黒邪神龍!!!!」

 

 

 

 

 

 

突き刺さったその先から、刀身を通して……あらゆる感情が俺へと流れ込んでくる。

 

 

 

■■■■■■!!!!

 

 

 

紀元前も含めて……人という種族が存続して以来たまり続けた、負の感情。

 

 

 

■■■■■■!!!!

 

 

 

モンスターワールドほどの時間がなかったため、量と純度で言えば圧倒的にモンスターワールドの方が上だろう。

 

 

 

■■■■■■!!!!

 

 

 

だがこの世界……人間が跋扈するこの世界では、感情の重さが違った。

 

 

 

■■■■■■!!!!

 

 

 

意志と感情が、古今東西で存在する生物の中でこれほどまでに多様な生物は、人間を除いて他にいないだろう。

 

 

 

■■■■■■!!!!

 

 

 

俺が多少なりとも実力を身に付けたとはいえ……これは相当にきつい物があった。

 

 

 

がっ!? だ……がぁ!!!!

 

 

 

それでも俺は、狩竜の解放をやめない。

 

やめるわけにはいかなかった。

 

直接繋がったというよりも触れたことによって、中の状況がよりわかるようになったと言うことだろう。

 

直接触れたことでわかることだが、もう孵化寸前だった。

 

故に、ここで止まるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

 

 

俺が狩竜を突き立てたことで、黒い陰が暴れ出そうとするが、それ以上に凄まじい力で、狩竜が黒い陰の邪気のみを喰らっていく。

 

その急激な力の行使に、俺の気力と魔力は瞬く間に吸い上げられ、さらに精神がずたぼろになっていくのがよくわかった。

 

だがそれもすぐに消えていく。

 

精神が完全になくなるまですり減って消えていったのだ。

 

それでも俺は意地でも意識は手放さなかった。

 

手放したらその時点で死ぬことがわかりきっていたのだから当たり前だった。

 

しかし手放さなかったとしても……俺の意思はすでに消えかけていた。

 

モンスターワールドではいかに自然の力を頼っていたのかがわかってしまう。

 

 

 

が……あぁ……

 

 

 

意思が消えそうになる。

 

だが俺はそれを、唇をかみ切ることで強引に意識を保つ。

 

だがその痛みも本当に一瞬で消えてしまった。

 

痛み以上に、この激情の濁流が圧倒的だった。

 

これ以上解放をしていては、間違いなく呑み込まれるだろう。

 

 

 

ごがぁぁぁ!

 

 

 

だが俺はそれでも意地でも意思を手放さず、解放も止めなかった。

 

約束したのだから。

 

色んな人と。

 

この世界で知り合った大切な人たちとの約束が。

 

 

 

そして何より……自らの世界に帰るために、色んな人と消えていくようにわかれた、理由のために。

 

 

 

だがその理由も……

 

 

 

先ほどの破戒で、意思がゆらいでしまう。

 

 

 

 

 

 

ぐっ!

 

 

 

 

 

 

何とか耐えようとするが、どうしても生じてしまった意識が、俺の心をかき乱す。

 

言峰綺礼を斬ったことは、己の未熟さを差し引いても、仕方のないことだったかも知れない。

 

だがそれでも……「恨みを受け止めるために己の世界に帰る」といって、俺は幾人もの人間と、一方的に別れを告げてこの世界へとやってきた。

 

だというのに……俺は戒めを破ってしまった。

 

並行世界……己が生まれ育ち、死に絶えるであろう世界以外で人を殺して……

 

 

 

恨みの連鎖を作らないための戒めを。

 

 

 

だが俺は斬った。

 

斬らざるを得なかったとはいえ、それでも斬ったことに変わりはない。

 

俺は約束すらも果たせない男なのか?

 

その思いが、俺の意思を揺るがせる。

 

だが……それ以上に強い思いがあった。

 

 

 

死ねない……

 

 

 

死ぬわけにはいかないという、生物の根源的欲求だった。

 

まだ死ぬわけにはいかないのだから。

 

まだ俺の世界に帰っていない。

 

まだやらなければいけないことがいくつもある。

 

元の世界だけじゃなく……この世界でも!

 

 

 

果たさなければいけない約束がある!

 

 

 

その思いが、俺をあと少しで消えてしまいそうな意思の力を、どうにかつなぎ止めていた。

 

だがその意思の力も、俺一人だけではすぐにかき消えそうになってしまう。

 

どれだけの修行をしても、所詮は個でしかないのが、俺という人間だ。

 

人間である以上、最後は個になるのが普通だった。

 

もしもこのまま……個でしかなかったら俺は終わっていただろう。

 

だが嬉しいというべきか……

 

悲しいと言うべきか……

 

 

 

俺は一人ではなかった……

 

 

 

 

 

 

 

が、ぐ……■■っぁ……

 

 

 

 

 

 

次第に意識が黒い感情の濁流に呑み込まれてしまいそうになった。

 

それなりに修行をしてきたし、何よりモンスターワールドでの経験が、俺を成長させていたから……。

 

大丈夫だと思ったのだが……やはり、前の二つの余計な仕事がかなり厳しかった様だった。

 

このまま呑み込まれて精神的に死ぬかも知れないと、そう思ったときだ。

 

 

 

 

 

 

もう……しょうがないなぁ、ジンヤは

 

 

 

 

 

 

そんな声が、俺の頭に直接響いてきたのは。

 

 

 

……ぃ?

 

 

 

思考すらまともに出来なくなっていた状態で、声が響いたことで俺の意識が浮上する。

 

そしてその声に導かれるようにして……体の感覚と思考が戻ってきた。

 

そしてその声が……俺の左腕の力を目覚めさせた

 

体を蝕む猛毒が……

 

天を切り裂く稲妻が……

 

凍てつく風が……

 

全てを燃やす炎が……

 

全てを壊す炎が……

 

全てを破る力が……

 

全てを崩す力が……

 

 

 

そして……大地の力を司る龍が……

 

 

 

俺を叱咤するように、我が身を焦がした

 

 

 

 

 

 

ジンヤに触れちゃったから、もう私にはこれを止める力はないよ。だからこれでダメだったら、恨むんだから

 

 

 

 

 

 

信じるように、祈るように……そして期待する気持ちと一緒に、そんな声が俺の意識を浮上させる

 

 

 

ありがとうイリヤ。そしてすまない……

 

 

 

あれだけかっこつけておいて、これで失敗してしまっては、本当にどうしようもない奴になってしまう

 

更にあいつらも力を貸してくれているのだ

 

これで失敗をするわけにはいかなかった

 

ゆるんでいた手に再度力を込める

 

そして、俺は精一杯の力を込めて吼えた

 

 

 

「煌黒邪神龍!」

 

 

 

狩竜に眠っている邪神へと、俺は吼える

 

 

 

 

 

 

「邪神が人程度の怨念喰らうのにどれだけ時間かけている! 邪神ならさっさと喰らえ!」

 

 

 

 

 

 

その発破に呼応したのか、今までよりも俺の体に負荷がかかった

 

だがそれに拮抗するように、俺の左腕が熱を帯びて……俺が吹き飛ばないようにと、俺の体を焦がした

 

それでも……俺は更に咆える!

 

 

 

 

「天の上を! 天の下を! 天も地も!!!! 全ての生命を、全ての存在を!!!!! その全てを欲したという言葉は飾りか! この程度の怨嗟……さっさと飲み干して見せろ!」

 

 

 

 

 

 

■■■■!

 

 

 

 

 

 

一つの思念が……俺の頭に響いた

 

いや……一つではないのかも知れない

 

数えきれぬほどの怨嗟が、一つの巨大な力によって束ねられた、一つの力

 

相反するはずの、二つの巨大な力が……俺を焦がしながら、その力を形に変えていった

 

血のような色をした刀身の鎬地がから峰にかけて……漆黒の何かが、形を表す

 

まるで怨嗟が形になったかのように、ひどく醜い黒い何かだった

 

それは峰よりいくつもの角の様な物が生える

 

鍔元に、何もなかったはずの鍔が……まるで勾玉二つを、刀身で縛り付けたかのような鍔が生まれた……

 

柄もまるでいくつもの骨が列なったような物へと姿を変えて……

 

 

 

今この場に……天上を、天下を、あまつさえ天地さえも、飲み喰らうことを願った怨嗟の力が……舞い降りた……

 

 

 

その刀は、まるで龍刀【朧火】と対をなすかのような……あまりにも桁外れの力を有した、超野太刀だった……

 

その刀が……刀身に宿った邪神が、全ての悪を呑み込まんと咆吼を上げる

 

 

 

 

 

 

■■■■■!!!

 

 

 

 

 

 

最後の咆吼というべきか……

 

黒い陰が悲鳴を上げるように、大聖杯そのものが震えていた

 

「死にたくない」

 

そう言っている様だった

 

その思いが、先ほどの言峰の言葉を思い出させる

 

 

 

生まれる前に殺すのか?

 

 

 

その問いに対して答えることが出来ない

 

きっとこの問いは、今この場だけではなく、今後の俺に対しての問答となるだろう

 

だが悩むべきは今じゃない

 

しなければならないという大義名分を盾にして、俺は今この場でお前を殺す

 

その事実を決して忘れずに……俺は前へと進む

 

そう、前へと進むために……

 

 

 

俺は『この世全ての悪(アンリ・マユ)』を殺すのだ

 

 

 

俺が苦しむのはあの神父の思うつぼだっただろうが、それでも俺はそれも受け入れた上で……

 

狩竜をさらに解放する

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

最後に、黒い陰がか細く何か言葉を呟いた……

 

だが、俺はそれには気付かずに力つきて膝を突く

 

 

 

「ジンヤ!」

 

 

 

そばにいたイリヤが心配そうに駆け寄ってきてくれたが……俺はそれに手を出して制止した

 

「大丈夫だ」

 

正直声を出すのもきつかったが、これ以上イリヤに頼るわけにはいかなかったので、俺は何とか夜月を杖にして、立ち上がって、狩竜の解放をやめる。

どうやら黒い陰の邪気を喰らって多少なりとも満足したのか、姿は元の狩竜となっている。

さらに刀身も、淡い光を放つ程度になっており、素直に俺の言うことを聞いた。

その様子にほっと一安心しつつ、俺は最後の仕上げを上にいるキャスターへと任せるために、念話で叫んだ。

 

『出番だ、キャスター』

『本当にやり遂げるとは思わなかったわね。褒めてあげるわ、坊や』

『ほざけ。わかってると思うが作戦通りのことをしなければ、俺が全力でお前を殺しに行くぞ』

『あなたみたいな謎の存在を敵に回すつもりはないわよ。後は任してもらわよ』

 

柳洞寺で待機していたキャスターの役割は、ここからだった。

何でもキャスターは、真っ黒に染まっていた聖杯ですらも使うことが出来るらしい。

が、それはあくまでも妨害も何もなく、また本人自身が万全の状態だったらという前提がつくらしい。

今の状況はまさにその状況と言っていいだろう。

 

 

 

俺の目の前には……黒い陰のみを吸収し、本来の姿を取り戻した大聖杯の姿があった。

 

 

 

つまり……魔力が満ちており、万能の願望機としての聖杯が、目の前にあった。

今回の作戦が成功した場合、聖杯が元通りになることが予想できたため、仮にうまくいった場合聖杯の扱いをどうするのか、作戦会議で話があがった。

そして残った連中で唯一願いがあったのが、キャスターだったのだ。

 

そのキャスターが、魔力を満たした聖杯に望んだことを、執行した。

 

聖杯の魔力がほとんどなくなったことからそれを察して、俺は何とかイリヤへと振り向き……唖然とした。

 

「イリヤ……なんだその恰好は?」

 

振り向いた先にいたイリヤの衣装が、先ほどまでの神々しさすらも感じさせる衣装と異なり、なんでかわからないが黄金に光り輝く衣装になっていた。

というよりも、見た感じ黄金そのものの様な感じだった。

 

「これは特別な礼装なの。人間に触れてしまうと黄金に戻ってしまう魔術回路の外装。だからさっきジンヤに触れたから、元の黄金に戻ったの」

「……それはすまなかった」

 

なんというか……形容しがたい恰好になっているのは俺のせいみたいだ。

それにたいして素直に謝罪したのだが、イリヤは悪戯が思いついたように、ニンマリと笑みを浮かべた。

 

「あんなにかっこつけてたのにわたしが助けないとダメだなんて、ジンヤはどうしようも無い人だね」

「面目ない」

 

返す言葉も無かった。

だが、イリヤはその俺に対して今度は満面の笑みを浮かべてくれた。

 

「でもありがとう。ジンヤ。まさか本当にどうにか出来るなんて、私も思ってなかった」

 

今はただ……この笑みが見られただけでも良しとしておくか……

 

俺はそう思って、イリヤに対して小さく頷いた。

そして俺は得物達を全て回収し、イリヤとともに歩き出した。

キャスターがうまく聖杯を使えたのかは地上に出なければわからないが、それでも大丈夫だろうと、なんとなくそう思った。

 

そして地下にいた全員が無事であることを確認して……遠坂凜も重傷ではあるが、なんとか命は助かりそうだった……俺達は地上へと戻った。

 

 

 

これが、第五次聖杯戦争の、あまりにもあり得ない幕切れであり……

 

 

 

そして始まりでもあった。

 

 

 



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新らしい異常な日常


チチチチ

 

鳥の鳴き声が、耳朶を打つ。

それが呼び水となって……意識が浮上していく。

それに逆らいたいと願う体がいたが……それでもやることがあったため、士郎は意識を覚醒させた。

 

「……朝……か」

 

士郎はゆっくりと、布団から体を起こした。

そこはいつもの自室だった。

だが、いつもとは……今までとは違う朝だった。

士郎以外に人がいなかった昔とは違い、何人かがこの屋敷に住んでいた。

だが、それでも、士郎以外に台所に料理の調理に立つ人間は……いなかった。

布団から出て起き上がり、士郎は台所へと立って調理を開始する。

食材を切り、炒め、煮込んで、朝ご飯の用意を終える。

数は五つ。

ごく平凡な日本の朝食ができあがり、士郎は身に着けていたエプロンを外した。

 

「シロウ、おはようございます」

 

朝食が出来て呼びに行こうとしていた人物がやってきて、士郎は嬉しそうに破顔した。

僅かな日数ではあったが、自分の剣として信頼し、全てをかけてくれた存在と、一緒に朝食を食べられるのが……士郎は嬉しくてたまらなかった。

 

「おはよう……セイバー」

「シロー! おっはよ!!!!」

 

士郎の返事を喰い気味で言葉が飛んできた。

玄関から飛んできたその言葉は、士郎の言葉すらもかき消さんばかりに元気に溢れていた。

さらにそれだけでは飽きたらず、どたどたと、静謐な朝の空気をこれでもかとぶちこわしながら、その人物……藤村大河が、今の襖をスパーン!と開いた。

 

「おはよう! 士郎! セイバーちゃん!」

「藤ねぇ……」

「はい、おはようございます」

 

そんな姉貴分に士郎は呆れ半分、嬉しさ半分で反応しつつ、苦笑していた。

 

「もう、朝からうるさいわよタイガ。少しは落ち着いたらどうなの?」

 

呆れつつ小さくかわいらしくあくびをしながら、居間に入ってきたのはイリヤだった。

そのイリヤの物言いに、かちんときたのか、大河がぎらりとイリヤを睨み付ける。

 

「この悪魔っこ! いいでしょ別に! 朝から元気なのは健康な証拠でしょう!」

「タイガのは元気じゃなくてうるさいって言うの。これじゃシロウもいい迷惑でしょう? ねぇシロウ?」

「いや、別に迷惑ではないけど……まぁ少し落ち着いてくれとは思うかな」

「がーん。お姉ちゃん、捨てられちゃった……」

「シロウ、お腹がすきました」

「だな。でも待っててくれ、来てないから呼んでくる」

 

寸劇を手早く終わらせて、士郎は部屋を出て、離れへと向かっていく。

廊下を進み、まだ夜で冷やされた空気を感じながら……士郎は離れの部屋の扉をノックした。

 

「ライダーいるか?」

「はい、います。シロウ」

 

返事が返ってきて、士郎はやっぱりここにいたのか、と……自分の予想が正しかったことに苦笑した。

というよりももはや予想ですらないかもしれない。

ライダー(サーヴァント)がいる場所は、(マスター)がいる場所なのだから。

ノックの後、許可を取って部屋へ士郎が足を踏み入れる。

 

「朝飯が出来た、食べよう」

 

ベッドのそばに置かれた椅子に腰掛けている相手へと語りかける。

その相手であるライダーは……姿を変えていた。

黒くぴったりとしたスーツは、普通のGパンに黒いニットのセータ。

眼を隠すための眼帯が無くなって眼鏡をかけており……素顔が露わになったライダーは……

 

超弩級の美人

 

の一言ですら言い表せないほどに、美人だった。

 

「わかりました、いきましょう」

 

立ち上がり、ライダーが士郎に会釈して先に居間へと向かう。

気を遣ったのだろう。

士郎はそのライダーの気遣いに感謝しつつ、ベッドに横たわる大切な人……桜に笑顔でこういった。

 

「おはよう……桜」

 

だが桜は士郎の言葉に応えることはなく、規則正しく呼吸を続けて、眠りについたままだった。

 

 

 

刃夜が黒い聖杯の黒い陰を吸収して、第五次聖杯戦争が事実上終わりを告げてから、一週間日付が経過していた。

辛くも無事に事を成し遂げた士郎達だったが、その後が大変だった。

誰よりも状態が危うかったのは凜だった。

急所こそ避けられていたものの、重傷を負ったのは彼女だけだったからだ。

だがその傷も、本拠地である遠坂邸の工房で治療に専念したため、日常生活に支障がないレベルには回復した。

龍脈の上に建つ遠坂邸の主であるため、回復力は凄まじいものがあった。

その間アーチャーがそれはもうこき使われていたのだが……それはまた別問題。

桜はまだ目覚めていなかった。

黒い陰の影響か、それとも自分自身の問題なのか……それはまだわからないが、命に別状はないと、イリヤが断言した。

同じ聖杯としてわかることがあるのだろう。

臓硯が消え、慎二も入院しており、また聖杯の都合もあって桜は士郎の家の離れの部屋で面倒を見ていた。

セイバーは行く当てもないため、士郎の家で居候をしていた。

といっても、まだ完全に和解したわけではないので、以前に比べればまだぎこちなかったりするのだが、それでも互いを嫌い合っているわけではないので、関係は悪くはなかった。

イリヤもセイバーと同じで士郎の家に居候をしている。

魔術師が住む家であるにもかかわらず、開放的な空間である士郎の家が……衛宮切嗣が住んでいたこの屋敷に、何か思うところがあるのだろう。

さらに言えばライダーもこの家の住人だったりする。

といってもこれはある意味で当たり前と言えた。

桜がこの家にいるのだから。

つい最近……聖杯戦争が始まる前……まで一人で暮らしていたのが嘘のように、士郎の家は一気に居住人数が増えていた。

その際、当然士郎の姉を自負する大河があれやこれやと言ってきたのだが、そこは切嗣の知り合い……イリヤについては嘘ではない……ということでごり押しした。

また刃夜がある程度根回しをしていたのか、大河も渋々とその言い分に納得していた。

そんなこんなで、衛宮家は実に大所帯となってしまっていた。

そのため家計も火の車になっており……士郎が悲鳴を上げていたりするのだが、それはまたどうでもいいお話だったりする。

 

 

 

皆で朝食を終えて、士郎は桜の様子を見てからライダーに桜を任せて、商店街へと訪れた。

今日の夜に大事な用事があるため、その準備の食材の買い出しだ。

そしてふらふらと食材の買い出しで歩いていると……実に意外な人物に出会った。

 

「キャスター?」

「あら、坊やじゃない。あたなも買い物かしら?」

 

フードを目深に被ったいかにも魔術師ですと喧伝するような衣装……ではなく、彼女もライダーと同じように現代に生きる者として、普通の恰好をしていた。

第三次聖杯戦争で穢された聖杯が浄化され、満ちた魔力でキャスターが聖杯に祈ったこと……それは

 

普通に生活を送りたい

 

というあまりにもありふれた願いだった。

だがキャスターこと、メディアの願いは、それこそがもっとも叶えがたく、もっとも願った祈りのような願い事だった。

受肉することも不可能ではなかったが、しかし他にも似たような願いを持つ者がいたので、受肉ではない方法で、現世にとどまることにしたのだ。

その方法とは簡単な話……魔力を自ら生み出す能力を、残ったサーヴァントに与えると言うことだ。

肉体を持たない英霊であるサーヴァントが現世にとどまるには、魔力が必要だ。

だが聖杯戦争のシステムの都合上、サーヴァントには自ら魔力を生み出す能力がなかった。

それを聖杯を使うことで得て、サーヴァント達は仮初めの二度目の人生を歩むことにしたのだ。

 

「キャスターも買い物か?」

「えぇ。宗一郎様の今日の晩ご飯を作るためにね」

 

晩ご飯って……まだ朝なんだけど……

 

時間はまだ九時だ。

朝と言うには少々遅いかも知れないが……少なくとも夕方でないことだけは確かだった。

昼ご飯はどうするのだろう?と疑問に思わなくもない士郎だったが……そこはあえて触れないことにした。

 

「良ければ俺が教えようか? 調理」

「!? け、結構よ。まだ諦めた訳じゃないわ」

「そうか、まぁ頑張って」

 

なにやらキャスターにはそれなりにプライドがあるらしく、士郎の誘いに若干悩みながらもそれを断った。

士郎は無駄と思いつつも、食材が無駄にならないことを祈ったのだが……この後食材がどのような姿に生まれ変わったのかは謎である。

 

「それじゃ私はこれで。すみません、葛木メディアなんですけども、宗一郎様のスーツを取りに伺いました」

 

く、葛木メディア!?

 

すぐそばのクリーニング屋の会話が非常に気になる士郎だったが……あえて触れずに士郎も歩き出した。

そして士郎は目当ての八百屋に来たのだが……

 

「ようらっしゃい! お、なんだ坊主じゃねえか」

 

そこにはねじりはちまきをして、実に快活な笑みを浮かべているランサーの姿があった。

 

「ら、ランサー」

「なんだ坊主、そんなに驚いた顔して? 俺の恰好なんか変か?」

 

変っていうか……似合いすぎなのがある意味で変と言えば変なんだけど……

 

今のランサーの恰好はあまりにも似合いすぎており、とても自分を一度殺した存在と同一人物とは思えなかった。

が、別に悪いことをしているわけでもないので、士郎は唖然としながらも買い物を済ませる。

 

「今夜はよろしくな坊主。飯、楽しみにしているからよ」

「期待に添えられるかどうかはわからないけど、頑張るよ」

 

奇妙な関係になったと思いながらも、士郎はランサーに買い取った食材分のお金を手渡してわかれる。

そして他の食材をもとめて、更に商店街をぶらつく。

 

 

 

このように、仮初めとはいえ第二の人生を歩み始めたサーヴァント達は……あまりにも異常なほど普通に生活をしていた。

セイバーは聖杯戦争が終わってからは、士郎の家の道場で祈るように、静かに正座をして何かを考えていた。

ライダーは桜が目覚めることを祈りながら、バイト先を見つけて、読書にふける。

アーチャーは凜にいいようにこき使われている。

ランサーはバイトをしまくって、本能の赴くままナンパをしまくっている。

キャスターはうさんくさい偽名を使いながら、実に幸せそうな日々を送っている。

七人中、五人ものサーヴァントが残っているのは異様の風景だろう。

というか魔術の人間からすれば、冬木市は半ば人外魔境と化しているといっても過言ではないだろう。

何せ本気を出せば一夜にして灰燼に出来る存在が五人も存在しているのだから。

だが当然当人達にその気はなく、聖杯戦争の剣呑がまるで嘘のように平和に暮らしていた。

 

 

 

こんなものかな?

 

士郎はかなりの量の食材を買い込んでいたが、どうやら満足のいく量が買えたのか、自らの家へと足を向ける。

その際刃夜はある店へ寄り道していくことにした。

しばらく住宅街を歩いていると見えてくる……長蛇の列。

僅かに湾曲した暖簾棒……となっている狩竜……がかけられた、自分と桜を手助けしてくれた存在、刃夜の店がそこにあった。

 

まさかとは思っていたけど……本当に暖簾棒にしてたんだな……

 

まだ聖杯戦争が始まる前に何度か料理を食べに来た事があった。

その際に湾曲した暖簾棒が変わっていると記憶に残っていたのだが……まさかあの怪物じみた長い刀を暖簾棒にしているとは、この列に並んでいる客は誰も思ってすらもいないだろう。

そうしている思わず刃夜が何を考えて野太刀を暖簾棒にしているのか、疑問に思っていると、店の扉が開かれて客が二名出てきた。

 

「ありがとうございました! もうそんなに日数無いですけど、また来てくださいね!」

 

さらに、実に好感の抱ける声と態度と笑顔で客を送り出す少女……美綴が顔を出した。

すると士郎がそばにいることに気付いたのか、美綴が士郎に話しかける。

 

「なんだい衛宮。衛宮も昼飯かい?」

「いや、俺は見ての通り買い物の帰り道だよ、美綴。店の手伝いか?」

「うん。ずいぶんとお客さんが来てるってのに、頼ろうともしないから頭に来て、勝手に接客してるのさ」

「勝手にって……」

 

実に朗らかな笑みでそう言ってくる美綴に内心で苦笑しつつ、士郎は微妙な笑顔で答えた。

 

「混むのがわかってるはずなんだけどなぁ……なんで私にも声かけてくれないんだろうなぇ?」

 

そう言いながらどこか寂しそうにしているのは、間違いないのだろう。

言葉に嘘はない。

混む原因が店の扉にでかでかと張り出されているのだから。

 

『ごめんなさい! 実家に帰るため閉店します。閉店当日まで店の料理半額キャンペーン』

 

と、赤いマジックででかでかと。

そのため普段以上に店が混んでいたのだ。

半額というよりも、刃夜の料理が食べられないことを惜しんだ客が多いようだった。

店の中からは実に楽しそうに料理を食べて笑顔になって、店主である刃夜に閉店を撤回するように頼んでいる常連の客がほとんどだった。

中には昼にもかかわらず酒を飲んでいるのもいるようだった。

実に心温まる喧噪が、店の中に響いていた。

 

「私にぐらい、頼ってくれてもいいのにさ」

「……そうかもな」

 

そんな寂しそうに言ってくる美綴に、士郎は何も言うことが出来なかった。

士郎は知っているからだ。

刃夜が帰る本当の場所を。

刃夜という存在が、どんな存在なのかを。

美綴に頼らなかったのは決して刃夜が美綴を蔑ろにしているのではないのだと知っていたが……それを自らの口から言うのは憚られて、士郎は口を紡ぐ。

 

「あ、そう言えばちょうどいいや、衛宮。ちょっと確認なんだけどさ」

「なにさ?」

 

そう言いながら顔を寄せてくる美綴の態度で、あまり周りに聞かれたくない話だと理解して、士郎も耳を寄せる。

 

「今日の夜ってさ……本当に私が行っていいの?」

「いいもなにも、刃夜が呼んだんだろ? それに対して雷画じいさんもいいっていってたから問題ないだろ?」

「そうかもしれないけどさ……。藤村先生の実家って……その、いいところなのはわかってるんだけどさ……。藤村先生の家だし」

 

おもしろい信頼のされかただなぁ……。さすが藤ねえ

 

「いわゆる……『組』の敷地に私が入っていっていい物なのかな?」

「大丈夫だって。刃夜の招待客なんだからどんと構えてればいいさ。美綴に対して変なことしてくる奴なんてそもそもあの家にはいないし、仮にいたらたぶん……雷画爺さんと藤ねえと刃夜に血祭りにされると思うぞ?」

 

実際士郎の言う通りだろう。

そもそも藤村組はまっとうな『極道』であるため、変な輩はいない。

組のお嬢様……とてもそうは思えない元気なキャラだが……大河の生徒であるということ。

雷画組長が認めた、刃夜の客人であるということ。

これで変なことなどしようものなら……血祭りですめばましな部類に入るだろう。

が、それでも、武芸百般に通ずるような普通よりも強い美綴といっても、そこはやはり女の子。

恐怖することはするのだろう。

 

やっぱり、これが普通の反応なんだよなぁ?

 

つくづく自分の周囲の環境が普通じゃないことを再確認し、士郎は心の中で妙に納得してしまった。

 

「あの、注文いいですか?」

「あ、はーいすいません。まぁ行くけどさ……なんかあったらフォローしてくれよな、衛宮」

「あぁ、わかった」

「オッケー。ならまた夜の送別会で会おう、衛宮」

 

店の中からの声で、美綴は接客に戻り店の中へと戻っていった。

接客中なのに長々話してしまったことに罪悪感を覚えながら、士郎は帰宅するために足を進めた。

美綴の言った送別会。

 

それは、この街を……この世界から旅立ってしまう青年、刃夜の送別会だった。

 

 

 

~一週間前~

 

聖杯戦争がなんとか事なきを得て終了させた俺は……この世界の俺にとっての家である、雷画さんから借り受けている店に帰った瞬間に、昏々と眠りについた。

それでも普段の鍛え上げた体を呪うべきか、喜ぶべきか……何とか朝に目を覚まして、俺は大恩ある雷画さんの元へと、報告に向かっていた。

 

「本日は突然の来訪にかかわらず、謁見の時間を設けていただき、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は抜きだ、刃夜君。命を預けた仲だろう」

「それは……そうですが。その、若造にすぎない私が、こうも雷画さんの時間をとるというのは」

「構わぬよ。お主ほどの人間と会えてワシとしても嬉しい限りだ。さて……世間話をするために来たわけではなかろう?」

 

雷画さんの私室で二人きりで対面しているという、とてもありがたい待遇を受けている俺としては恐縮する限りだったのだが、俺は改めて座り方をただして……深々と頭をたれた。

 

「以前お話しさせていただいた際に、雷画さんの命、組の皆様の命を、勝手ながらお預かりさせていただきました」

「……ふむ」

「その命……お返しにあがりました」

 

預けられていた命を……返却することを告げた。

その意味するところにすぐに気がつき……雷画さんが、小さく息を吐いた。

頭をたれているため、俺には雷画さんがどのような顔をしているのかわからなかった。

だけど……それでも雰囲気がすごく穏やかだったので、きっと喜んでくれているのだと、俺は思った。

 

「見事だな、刃夜君」

「いえ……そのようなことは決して」

「いやいや謙遜することはない。少なくともお主は……ワシらの命の恩人よ」

「ですが……」

「そう卑下することはない。まぁそうはいっても、ワシには全てがわかっているわけではないからな。お主の気持ちを全て払拭することはできん。だが、それでも一つ言わせてほしい」

 

そこで言葉を切った雷画さんのその態度が、俺に顔を上げろと言っているのだと察して、俺は僅かに頭を上げて……雷画さんの顔を見つめた。

そこには、皺が深く刻まれていながらもはっきりとわかるほどに、微笑が浮かんでいた。

 

「ありがとう、刃夜君」

 

それは、本当に綺麗に俺の胸の中に溶けていった。

思わず涙ぐみそうになってしまい、俺はそれを隠したくて、再び頭をたれた。

そんな俺のへたくそな芝居などわかっているのだろうが、雷画さんはそれに触れようとはしなかった。

 

「そして、それに伴いまして……帰宅するめどが立ちました」

「……ほう」

 

こちらの報告は少々意外だったのか、雷画さんが意外そうに驚きの声を上げている。

俺は下げていた頭を上げて、まっすぐに雷画さんの目を見て……改めてお礼と共に、別れを告げた。

 

「今まで一年近くの間、本当にお世話になりました。まだやり残したことがあります故に、すぐには帰りませんが、近々この町を出ようと思います」

「……そうか」

 

前持った相談もないままに、急に別れを告げる身勝手さ。

それは身勝手であり失礼に値すると十分に理解していた。

だがそれでも余り余裕がないことは、十分に理解していたから。

イリヤにも確認をとっているので、多少なりとも時間があることはわかっているが、それでも余り時間はない。

だからこそ、俺は真っ先に告げなければいけない人に……報告にあがっていた。

 

「全く、お前さんにも困ったものだ」

「返す言葉もありません」

「何の理由もないままこの地を一時的に去れといい、それが終わったと思えば何の相談もなく帰るという……」

 

あ……あれ? 結構怒ってる?

 

雷画さんの言葉に怒りの感情が多少なりともこもっていることが十分感じ取れたので、俺は内心で焦った。

無論怒られるかも知れないことは十分理解していたし、当然だとも思っていた。

だがそれでも、雷画さんが怒るというのは少々意外に思えてしまい、焦った。

 

「こうも無礼を働かれては……ただですむとはおもってないだろう?」

「もちろん覚悟の上です。私に出来ることがあるのであれば……何なりとお申し付けください」

「……言ったな?」

「……はい?」

 

俺の言葉の後に呟かれた「言ったな?」という言葉には今までと一転して、実に茶目っ気があることがわかって……俺は思わず目が点になってしまい、雷画さんを見たのだが、そこには実に悪戯心溢れる笑みを浮かべた雷画さんがいた。

 

「では、お主に命じよう」

「何なりと」

「大河を押さえ込んでいたワシの気苦労を少しでも知ってもらうために……お主の送別会を行う」

 

「……はい?」

 

その言葉の意味がよくわからず、俺は今度こそ間抜けな声を上げてしまう。

いや、大河を押さえ込むのが大変だというのはそれはもうすごいよくわかった。

わかりきっていた。

 

しかしそれが何故送別会?

 

その俺の間抜けな声を聞いて、雷画さんは小さくガッツポーズをしていた。

その姿は……まさに大河に似た雰囲気で……

 

あぁ……血のつながりを感じるわ

 

と、妙に納得してしまう俺だった。

 

「無論お主の送別会だ。お主は客として扱われることだ」

「で、ですが……」

「反論は認めんぞ?」

 

実に茶目っ気たっぷりにそう言ってくるものだから、俺としても強く反論が出来ない。

ので仕方ないので、今回は客として扱われることにした。

 

その瞬間……

 

 

 

スパーン!

 

 

 

「おじいちゃん遅い! いつまで待たせるの!」

「……大河」

 

組長の私室の襖を、礼儀正しさの欠片も感じさせず、扉を開けてきたのは言わずもがな、大河だった。

どうやら俺が来たのを知って、待機させられていたような言いぐさだが……

 

「おじいちゃん……約束したよね?」

「……何をだ?」

「鉄さんが来たら、何で私を士郎の家に行かさなかったのか、理由を教えてくれるって!」

 

あぁ……そう言うことになっておいででしたか……

 

先ほどの雷画さんの言葉に、この大河の言葉で合点がいった。

そら大変だっただろう。

何せ相手が大河だから。

飢えた獣を手懐けるのがどれほど大変かなど……考えるまでもない。

 

「っていうか、その話……私が士郎の家に来ないように言ったのは、鉄さんだって聞いたけど、どういうこと! 話してもらうわよ」

 

うわ……めんどくさい……

 

が、何とかうまく説明しないと、大河にも悪いし、協力を約束した二人の義理立てにならない。

俺は何とか智恵を絞って考えるが、すぐに浮かぶのなら苦労はしない。

 

『封絶……りゅ――』

『自分で考えてもらいたいものだな。前にも言ったがこんな事で竜人族としての知識は関係ないし、頼られても困るのだが……』

 

裏切り者!

 

持参した得物の封絶に内心で毒づきながら、俺はどうにかして大河を説得した。

といっても魔術関係の事は言えないのでぶっちゃけかなり苦労した。

だがかといって大河をやきもきさせたのは事実なので、俺は魔術のことを言わずに、何とか説得する方法を考える。

するとやはり言える範囲のことで言うのであれば、臓硯を悪者にするしか方法がなかった。

 

「桜ちゃんのおじいさんが、桜ちゃんを無理矢理嫁がせようとしてたぁ? 本当なの?」

「無理矢理だったし、桜ちゃんがいやがってたからな。俺と士郎がそれに協力したのさ。大河は姉貴分であると同時に教師でもあるから、もし桜ちゃんの居場所を知ってた状態で桜ちゃんの家族に居場所を聞かれたら、答えないわけにはいかないだろう?」

「まぁそうだけど……」

 

嘘は言ってないという、実に強引な理由でどうにかした。

無理矢理黒い陰に嫁がせる。

それを匿うために士郎と共謀したという……実に本当の様で嘘のような嘘をついた。

といってもいやがっていたことは間違いなかった。

 

「でもこうして鉄さんが来たって事は、嫁ぐって言う話は無くなったってこと?」

「あぁ。相手が桜がいやがったことに相手が激怒して、間桐慎二に暴行を加えたようだ。その現場には俺も出くわして、間桐慎二は病院に連れて行った」

 

正しくは、一応応急処理をした後に、病院の前に切れた腕毎投げ捨てておいたのだが……そこは言わない。

意識がまだ回復してないが、腕を繫ぐ手術もうまくいったらしく、命に別状はないらしい。

 

「それに伴って相手が行方不明になったみたいだ。間桐臓硯も行方不明のままだから、相手に何かされたのかも知れないな」

「それって……警察に届け出た方がいいんじゃないの?」

 

もっともで……

 

おそらく間桐慎二が大けがをしたのは大河も知っているのだろう。

間桐慎二に続いて、祖父である間桐臓硯まで行方不明となっているのであれば、警察に届け出ない方が不自然だ。

 

普通の世間一般から見ればだが

 

といっても、警察に届け出たところで、相手である黒い陰はすでに狩竜の中。

間桐臓硯も虫の本体を消滅させてあの世にいっている。

どうにも出来ない。

 

「届け出ることも考えたのだが……ショックで桜ちゃんが寝込んでしまってな。警察沙汰にすると大事になりそうなので、その辺は桜ちゃんの事を考慮してまだ(・・)、届け出は出さない方針だ」

 

状況を見て警察に話すかも知れないよ~という意味合いを含めた意味で、「まだ」と言っておく。

実際はすることは永久にないのだが……そこはそれ、これはこれ。

 

「まだ話が無くなっただけで油断は出来ない。けど警察への通報についてとか、その他諸々の処理は……まぁ後は士郎がどうにかするだろう」

「? そこで何で士郎が?」

「そこはまぁ……男と女って意味だよ、大河」

「!?」

 

今の男と女という意味で大河に雷画さんも意味がわかったらしく、すごく興味を示した。

雷画さんはともかく大河の食いつきはすごかった。

ので、俺は話を逸らすためにこれ幸いにと、士郎と桜ちゃんの逃走劇と、それに伴う情事を話せる範囲で喧伝しておいた。

これによって士郎が後々偉い大河にからかわれたり言われたりするだろうが……そこは甘んじて受け入れてもらうこととする。

 

ひがみかって? 否定はしない。迷惑料というか、方々に心配させたツケってことで

 

「そっかぁ……桜ちゃん、よかったねえ」

 

ある程度説明をし終えると、大河が嬉し泣きをし始めた。

ここで本気で泣いて喜ぶこいつが、本当にいい人間なのだということがよくわかる。

桜ちゃんの家庭事情については詳しくは知らないだろう。

だが、間桐慎二については大河もある程度は知っているはずだ。

更に言えば、桜ちゃんの交友関係なんかも知っているのかも知れない。

だからこその、このうれし涙なのだろう。

 

そのいい人間をだましていることになるんだが……そこはもうしょうがないか

 

大河に魔術関係の話をしたらどうなるかわかったものではない。

魔術関係というのは裏の裏の世界の話だ。

とてもではないが話していいものではないだろう。

ましてや俺は大河と親しくしているが、それでも他人でしかない。

士郎と大河の関係について、俺がどうこういっていいはずがないのだ。

言うとしたら士郎が判断してこそだろう。

 

「まぁわかりました。完全に納得は出来ませんが……それでも事情はわかりました」

「肉親の間桐慎二に暴行を加えるような奴だったからな。大河も危険だと判断したのだ。許してくれ」

「……鉄さんがそういうなら、まぁ危なかったのかも知れないわね」

 

俺の腕前をそれとなく理解している大河だったため、危なかったことについては納得してくれたようだった。

雷画さんはある程度俺の話で、無理があることを理解している様だったが……俺と士郎を信頼してくれているのか、何も聞かないでくれた。

 

こんなにいい人なのに……ちょっと迷惑かけることになるんだよなぁ……

 

ならないように努力するため、左腕の能力すらも行使して全力で盗んでくると、改めて俺は『とある計画』の練り直しを、決意した。

 

「それでも! 士郎の家に行けなかった間私が悶々とさせられたことに変わりはない!」

「……まぁそうだな」

「ので!」

 

立ち上がり、咆吼を上げながら俺にビシリと人差し指を突き出してくるタイガー。

実に無駄で元気な仕草だったが……顔が実に憤怒で溢れているので、この後に続く台詞はあまりいい予感がしない。

 

「おいしいご飯を食べさせてもらう! それで帳消しにしてあげる!」

 

 

 

やっっっっっっすいなぁぁぁぁぁぁ。おい

 

 

 

大河なりの優しさなのだろう。

だがそれでも料理で片付けるというのも……その、若い女性としてそれはどうなんだろうか?

といっても俺よりは年上なんだが。

 

「送別会でも鉄さんの料理が食べたい! それだけじゃたりないから出前を要求する!」

「……雷画さん?」

「……許可しよう」

「うぉっしゃぁぁぁぁ!」

 

天高く、虎吼える冬木……

 

意味のわからない言葉が浮かんでしまったが……まぁいい。

それに大河の願い事を聞くのも悪くはない。

心配をかけさせたのはもちろんだが、大河にも俺は色々と世話になったのは事実だ。

 

それ以上に世話した記憶があるけどな……

 

主に出前的な意味で。

 

「妙なことになってしまったが……まぁ良いだろう。刃夜君、よろしく頼む」

「了解いたしました」

 

士郎と桜ちゃんについては実に無理矢理だったが……まぁ多少なりともどうにかなったので、俺はそれで良しとしておいた。

といっても、雷画さんはほとんどわかっているのだろう。

それでも俺を信頼してこれでいいとしてくれた。

そのことに感謝の念しかなかった。

 

恐ろしい御仁だ……

 

しかし嬉しいことだがやることが増えてしまった。

かなり大事な用事の一つはこれで終えたが、それでもまだやることは多々ある。

藤村組から出て様々なことに準備をするために、俺は頭の中で今後の計画を練った。

 

 

 

とある計画はさっさとやることにした。

とある計画といってもたいしたことはない。

おそらくこの世界から出るための条件である大聖杯の門。

アレが実はまだ完全にしまっていない状況だった。

というよりも閉じているのだが、何故か閉じきっていないという……イリヤとしてもよくわからない状況になっているようだった。

だが、締め切ってない門から俺が出て行って門が閉じたとしても、サーヴァント達の存続には問題ないらしい。

その辺は申し訳ないが門外漢なので、イリヤや遠坂凜と言った連中に任せることにした。

その世界の裂け目とも言えるその穴に入るのが、おそらくこの世界からでることになるのだが……なんかあまり考えたくないが、嫌な予感がするのだ。

 

帰れない的な意味でな……

 

想像もしたくないが……またぞろ変なところに行くという、強い予感があった。

ので、俺はそれに抗うために、準備を進めることにしたのだ。

携帯食料の購入、食材の種の購入、文明の利器の購入……および入手である。

入手については犯罪だが、「悪いことではない」という方便で、とあるところから失敬することにしている。

他にも細々したものを購入する予定だ。

 

生きるために手段はある程度選んでられないからな……

 

次に和食屋(二号店)の閉店及び、閉店セールだ。

今まで俺の料理を食べに来てくれていたお客様に、最後のご奉仕をしなければいけない。

また仕入れ先の方々にも挨拶回りをしなければいけない。

 

どうすっかな? 割引しするとして……日本円があっても無駄な可能性もあるから、懐すっからかんにするか

 

さらにイリヤの体のことや、またそれをどうにかするに辺り、とある人物への依頼と報酬を用意すること。

これはすでに問題がないと確信している。

 

持ってて良かった、モンスターワールドの物品

 

異世界産ってのでかなりいい物だろうが、あいつにとってはその中でも一級品に欲しい物だろう。

 

そして何より、重要な約束が待っている

 

これをどうにかしないことには、俺は帰ることは許されない。

どうすべきか、何を話すべきか……それを考えながら、俺は色々しなければいけないことの準備を進める。

 

 

 

 

 

 

奴らを……解放せよ!

 

という実に下らない心境で、俺はるんるん気分で、冬木の新都のとある場所を訪れていた。

ちょめちょめと左腕の力すらも利用して、とある帳簿の記入の変更を行っていた。

 

一つ減らして、こっちは六箱……いや、十箱頂戴しよう……。故障が少ない回転だから一つで大丈夫……やっぱり二つで

 

『悪党から犯罪品を盗む……。いくらやっていることが世のためとはいえ……さすがにこれを霞龍が知ったら泣くんじゃなかろうか?』

『やかましいわ。生きるために必要なことなので聞く耳持たぬ』

 

ちょめちょめと帳簿の改竄をして、俺は予定通りの物を入手した。

というよりも予定外の物もちょめちょめする。

 

ハーフムーンクリップがあるからそれももらって……だとするとせっかくだし普通のももらっておくか

 

予定よりも手持ちの鞄がずっしりと重くなったことを実感して……匿名で警察に通報した。

このことで新聞を騒がせることになるのだが……まぁそこはどうでもいいので俺は心の中で合掌しておいた。

 

色んな意味でな……

 

 

 

 

 

 

実家に帰るために店をたたむことになったと、仕入れ先にお詫びとお礼を言いに行った。

行く先々で別れを惜しんでくれて、本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。

故に半額セールのことも伝えておいたのだが……そのおかげで俺はえっらいめに合うことになった。

まぁそこはいいだろう。

嬉しい悲鳴という奴だ。

また暇を見つけては藤村組の連中に差し入れを持っていった。

すると料理争奪戦になるからちょっとおもしろかったりする。

またその場合は大河の分と、組の連中とは別にしてもっていかないと大変な目にあうのだが……その分量が半端無いことになって料理するのが大変だった。

 

まぁ喜んでくれたのだから……そこはよかったのだが……

 

しかし面倒だったのが、構成員の連中にえっらい絡まれて帰るのが大変だった。

中には弟子にしてくれとか、剣を教えてくれとか……世迷い言をほざいてくる奴がいたので、そいつらにはとりあえずデコピンをしておいた。

ここまで別れを惜しんでくれるのは、本当にありがたいことなのだろう。

 

俺はそんな立派な人間じゃ、ないんだけどな

 

思うところがあり、俺はそれを全て受け入れることは出来なかったが、それでもその事を嬉しく思った。

 

「刃夜君」

 

そして帰ろうとした帰り道……結局ばれて雷画さんに説教を喰らいました。

完璧に隠蔽したと思ったのだが……どうやら逆に完璧にやり過ぎてばれたようだった。

まぁでも、許してはくれたみたいだったが……申し訳なかった。

 

 

 

 

 

 

「すまなかったな、遠坂。無理をして起きてもらって」

「別に……ある程度回復してたから動く程度なら問題ないわよ」

 

ある程度の片付けが終わり、中休みの間に俺は見舞いもかねて遠坂凜の家に上がり込んでいた。

無事なのは知っていたし、回復しているのも知っていたが、それでもやはりまだ本調子ではないようだった。

それでも普通に喋れるようには回復しているので、さすがは地元に根付いた魔術師というところなのだろう。

 

「それで、お見舞いの品はありがたく頂戴するけど……ただお見舞いに来たって訳じゃないんでしょ?」

 

ちなみに見舞いの品はお昼のおかずだったりする。

 

「ひどいやつだな。俺が純粋に見舞いに来ないことが前提とは」

「あなたと私……そこまで仲が良かったかしら?」

 

にっこりと……満面の笑みを浮かべているにもかかわらず、その顔は全く笑っていなかった。

怒っているというか……今の俺の台詞が気にくわなかったのだろう。

思い当たる節……小次郎と俺で遠坂とアーチャーを圧勝、黒い泥に呑み込まれかけたのを助けたがその場では放置、大聖杯の根本で完全に放置……が多すぎて、何も言い返せなかった。

護衛兼小間使いのアーチャーが遠坂の後ろで、やれやれといった感じで小さく溜め息をついていた。

しかしその恰好が……実に笑えなかった。

 

……いや、俺はこいつが誰だかわかってるからまぁわかるんだが……他の連中が見たら笑うんじゃ無かろうか?

 

アーチャーの今の恰好は……もちろん戦装束ではなかったのだが、黒い綿パンに濃い灰色のシャツを着ていて、実に様になっていた。

だがその上に身に着けている物が、もう笑うしかないというか……笑えないというか。

 

エプロンって……お前……

 

真っ白な、フリルが大量についたエプロン。

それをまぁ実に屈強な男が身に着けている物だから……非常にシュールだ。

しかもそれが妙にはまっているのだ。

ギャグに見えるというか、もう可笑しすぎて逆に笑えなかった。

 

「……」

 

俺の視線に気付いたのだろう、アーチャーが俺を一度見て……目をそらしながら苦笑していた。

どうやら彼自身も自分のことに納得しているようで、心底納得はしていないようだった。

もしかしたら遠坂凜が着ろと命じたのかも知れない。

俺は武士の情けで、何も見なかったことにした。

 

「まぁその通りだ。見舞いに来たのは一応事実だが、それは本題ではない」

「そうでしょうね。見舞いのお重以外にもなんか色々と持ってきているみたいだし」

 

そう俺は見舞いの料理のお重以外にもいくつか手みやげを持ってきていた。

手みやげと言うよりも、前払いの報酬といった方が正しいのだが。

回りくどいことをしている時間もあまりないので、俺は早速本題に入ることにした。

 

「お願い事を一つしたいと思ってな」

「お願い?」

 

「イリヤの体の事だ」

 

俺のその言葉に、遠坂は実に苦々しい表情を浮かべた。

おそらく遠坂もある程度わかっているのだろう。

というよりも俺よりもわかっていると言っていいだろう。

 

何せ本物の魔術師なのだから

 

俺みたいに呪術をある程度しか修めていない輩が相手では太刀打ちも出来ないだろう。

まぁそれでも聖杯戦争の仕組みを考えれば、イリヤの体がどんなものなのかは予想できる。

 

「聖杯戦争の聖杯として作られたイリヤの体。それを何とかしてくれないか?」

「なんとかって……実に適当なこと言ってくるわね?」

「すまないな。言ったと思うが俺は並行世界の人間だ。裏の住人ではあるが、魔術方面は得意じゃない。だが、わかっているんだろう遠坂」

「……」

「今のままでは、おそらくイリヤはそう長くない」

 

魔術方面に詳しくない俺でもわかっていたこと。

それはイリヤがこのままでは、そう遠くない将来に死んでしまうことだ。

悲しいが、間違いないことだった。

 

「まぁ間違いないでしょうね」

「だろうな」

「でも、何で私に頼んでくるのかしら? それにそれはイリヤが望んでいることかしら?」

「俺が独断でやっていることだからな。イリヤが本当に望んでいるのかはわからない」

「だったら……」

 

「だがそれでもだ、遠坂。俺は命の恩人であり、色々と助けてもらったイリヤを、死ぬとわかっていて見過ごすことは出来ないんだ」

 

イリヤは全てわかっているだろう。

自分がそう長い時間生きることは出来ないのだと。

だがそれでも生きたいと望んでいることは間違いなかった。

俺はイリヤを助けにいった時の気持ちを、知っているから。

だから助けたかった。

だが俺にはその力も知識もなく……ましてやそれ以上に時間がなかった。

だから、信頼も出来て魔術方面でもっとも頼りになると思われる、遠坂にお願いに来たのだ。

 

「あなたがイリヤを助けたい理由はわかったわ。でも……なんで私に頼むのかしら?」

「理由としては俺の知り合いの中で、もっともまっとうな魔術師がお前だけだからだ」

 

俺の魔術師の知り合いなんて、数人しかいない。

士郎に桜ちゃん。

一応……魔術を知っているという意味で……間桐慎二。

イリヤ。

あとは目の前にいる遠坂凜くらいのものだ。

 

「私としても思うところはあるから別に構わないのだけれど……それでも簡単じゃないわ」

「無論その通りだろう。どういった方法をとるのかはわからないが、難しいことだけは考えるまでもない。だが技術的な面では問題ない」

「どういうこと?」

「キャスターにもすでに協力の約束は取り付けてある」

 

魔術師のサーヴァントであるキャスターの協力はすでに取り付けているのだ。

英雄と語り継がれ、聖杯戦争に参加できる魔術師の実力は計り知れないだろう。

実力においてはおそらくこれ以上の協力者は他にいないだろう。

ちなみに協力を約束した理由としては、この生活の今後に関わる可能性があったため、キャスターから志願したくらいだ。

大聖杯という大元がどうなるかわからない状況のため、その聖杯の状況をほぼ完璧に把握できるイリヤという存在の役割は計り知れないからだ。

 

だが……実力はあってもどうにも出来ない問題がある

 

その点が俺が遠坂凜に協力を依頼している理由となっている。

その理由も、キャスターにすでに協力を得ているという言葉で、遠坂凜も理解したようだった。

実にめんどくさそうな顔を、俺に向けてきた。

 

「あんた……本当にむかつくわね」

「失礼だなぁ。まぁその通りかも知れないけど」

「当たり前でしょう。キャスターがすでに協力するって言っているのなら……私がしなければいけないことは、材料なんかの調達って事じゃない」

 

まぁそれくらいしかないわな

 

そう……目下その材料調達こそが、唯一にして最大の問題点だった。

キャスターは実力はあっても、遠くには行けないのだ。

大聖杯から余り離れた場合、どのような弊害が起こるのかがわからないからだ。

いけるかも知れないが……それでも今のキャスターに葛木先生のそばを離れろと言うのは、少し酷という物だろう。

イリヤ本人に調達をお願いすることも、選択肢にあがりかけたが……今回の聖杯戦争の結末が、アインツベルンという魔術の大御所が納得しているとは思えない。

下手をすれば斬り捨てられる可能性もある。

となると消去法で適任者は唯一……遠坂凜と言うことになる。

魔術の世界には疎いが、俺も裏の世界の住人だ。

それがどれだけ面倒かと言うことは、考えるまでもないだろう。

しかし……その難しさこそが、俺が遠坂凜に今回の頼み事をする理由でもある。

 

「相当難しいのは間違いないだろう。だが、難しさが……俺がお前にこのことを頼む理由になる」

「……どうういうこと?」

 

言っている意味がわからないのだろう。

遠坂が実にいぶかしげな顔を俺に向けてくる。

アーチャーもよくわかってないのだろう。

同じような表情を俺に向けていた

 

「難しい事柄なら報酬もそれ相応の物が必要だ。が、俺は正直この世界の現金は、あいにくと大した持ち合わせがない」

 

というか、もういなくなることがわかっているのであっても無駄なので、料理半額キャンペーンなんかで、それなりに溜めていた金はどんどん減っていっている、というよりも減らしている。

必要な物はほとんど買いそろえたし、入手した。

後は雷画さんと美綴に対して御礼が出来る金額があれば正直、どうでも良かった。

 

「だったら何を対価に支払うのかしら?」

「言っただろ、遠坂凜? 俺は異世界から来たってな……」

 

異世界から来たことは重々承知しているのだろうが、それが何故報酬の話になるのかわからないのだろう。

更に遠坂凜はうさんくさそうな顔を俺に向けてくる。

その遠坂凜に対して……俺は不敵に笑いながら、こういった。

 

「お前の魔術は金を食うだろう? 何せ宝石を使った魔術だ。安くはないはずだ」

「えぇ、まぁそうね。結構な金額になるわ」

 

 

 

「そんなお前に……『異世界の人間』の俺からの報酬。わからないか?」

 

 

 

その言葉でようやく、俺が何を報酬としているのか気付いた遠坂凜が目を剥く。

アーチャーもそれでわかったらしく俺の脇に置かれている包みに、目を向けている。

遠坂凜も同じように、俺の脇に置かれた包みに目を向けていた。

その予想通りの反応に、俺は思わずニヤリと笑った。

 

「ま……まさか、その包みの中身って」

「あぁ。俺がこの世界に来る前にいた世界の宝石だ。この現代社会の世界の魔力(マナ)が仮に1としたら……そうだな、500位はありそうな世界の「宝石」が、俺が対価に出せる報酬だ」

 

この報酬は遠坂凜としては喉から手が出るほど欲しい物だろう。

何せ魔力(マナ)が有り余っているといっていい世界、モンスターワールドの世界で採掘できる宝石……正しくは鉱石かも知れないが。まぁ希少という意味では同一だ……は、この世界から見たらあまりにも異常な物だろう。

何せ、モンスターワールドの世界の宝石は、それ自体が魔力(マナ)を保有しているのだ。

しかも保有している魔力(マナ)の純度が桁違いだ。

これを魔術によって自分色に染めることは、そう難しいことではないだろう。

何せ魔力(マナ)は無色であり、純粋な力の塊だからだ。

となると、これほど貴重な報酬は……文字通り、この世界のどこを探しても存在しない。

そして俺が今回持ってきた報酬の宝石は以下の通りだ。

燕雀石(マカライト鉱石)輝竜石(ドラグライト鉱石)霊鶴石(カブレライト鉱石)緋鷹石(エルトライト鉱石)雲鳩石(メランジェ鉱石)をそれぞれ数個持ってきた。

 

「見せてもらってもいいかしら!?」

「あ……あぁ、もちろんだ」

 

目の色が変わった……半ば血走っている……遠坂凜に若干引きつつ、俺は包みに入った鉱石関係を渡した。

その包みを開いて……遠坂凜は目を見開く。

そして鉱石を一個一個吟味しながら見て……再度包みに包んで胸に抱いた。

 

「ほ……本当にこれを報酬でくれるの?」

 

もう手放す気は無いって体勢で、よくぞそんなことを……

 

目一杯の力で抱きしめているのが、非常によくわかる。

俺としても今回の報酬は刀の鍛造士として、思わないところもなくはなかったが、それでもイリヤの命が買えるのならば安いと思って、ほとんどの鉱石を報酬として差し出した。

微妙にけちかも知れないが、氷結晶は一つも報酬に入っていない。

常温でも溶けずに無くならない氷というのは……俺の中では相当貴重だからだ。

 

「無論だ。更に言えばそいつは前払いだから、依頼を受けてくれるのであれば、それはすでにお前の物だ」

「!? 前払いって……」

「俺がこの世界に長くいないってのも理由の一つだが、それ以上にお前さんの事を信頼しているとも言える」

 

投げ出す奴ではないということは、士郎と桜ちゃんの接し方を見れば十分に理解できる。

それに前払いにすることで、こいつは意地でも俺からの依頼を成し遂げてくれるだろう。

それでも万が一ということがあるので……俺は更に保険もかけておくことも忘れない。

 

「それは前払いだが、それとは別に成功報酬も用意してある」

「!? 何ですって!?」

「イリヤに渡してあるから、成功したらイリヤにもらうといい。そしてその成功報酬は……魔力(マナ)の純度から鑑みて、今渡した報酬とは比べものにならないくらいに貴重な宝石だ」

 

ちなみにイリヤにはただ単に、遠坂が欲しがる物を預けておくから、なんか困ったことがあったらこれで脅せばいい……と、伝えて渡した。

もしかしたら俺がどういう理由で持たせたのかはわかっているかも知れないが……そこはもう気にしないことにした。

 

「!? これより上があるの!?」

「あぁ。モンスターワールドでも相当貴重だったし、魔力(マナ)の保有量と純度から見ても間違いない」

 

成功報酬はピュアクリスタルと呼ばれる鉱石だ。

非常に硬度があって、綺麗に光り輝いている鉱石だ。

仮に価値のわかる奴に売った場合……一世代は間違いなく遊んで暮らせるだろう。

しかもピュアクリスタルはより宝石に近いものだ。

これを使えば相当な魔術を使用できるだろう。

どう扱うかは遠坂凜次第だが、はっきり言って報酬が不足すると言うことはないだろう。

 

「受けてもらうということでいいか?」

「……これだけの物見せられたら断る方がどうかしているわよ」

「……そんなにすごいのか?」

「すごいとか言う話じゃないわよ。こんな宝石見たこともないわ。これは相当貴重よ。それこそ……魔術師なら、殺してでも手に入れたいと思えるくらいにね」

 

物騒だが……そんなにか?

 

俺にはそこまでの実感がなかった。

ぶっちゃけ……モンスターワールドで日常的に使われている上に、俺自身も日常的に使っていたので、そこまで貴重に思えないのが本音だった。

 

いかにモンスターワールドが異常だったかって事がよくわかるな

 

モンスターワールドでは気にせず自分で採掘しては、そのたびにひたすら鉄を打っていただのが……そう考えるとラオシャンロン戦で使用した、刀の影打ちもこちらの世界で売ったら相当儲けられたかも知れない。

 

まぁ刀を金儲けの道具にするつもりは全くないが……

 

まぁどちらにしろ、たられば等に興味はない。

遠坂凜に依頼を行うことが出来た。

それで良しとしておこう。

 

「では長居するのもアレだしな。イリヤのこと、よろしく頼んだぞ」

「えぇ。報酬が破格って言うのも理由にあるけど、私としても放置する気はなかったから」

 

本当にこいつ……お人好しというか何というか

 

裏の裏の住人なのだから、ぶっちゃけ自分ないし身内以外はどうでもいいと思うのが普通なのだが……桜ちゃんに対して、冷酷になろうとしてなりきれなかったこいつらしい。

だからこそ、こいつは士郎も面倒を見てあげたのだろう。

魔術師として大成しようとしているのだろうが……こいつのこの「味」がなくなるのであれば少々残念だが……。

 

直感だが……それはないな

 

おそらくこいつはこいつのまま、魔術師として大成するだろう。

そんな気がした。

ならば……こいつに任せれば問題ないだろう。

 

そして……もう一つ。きいておかなければな……

 

「後一つ……ききたいことがある」

「何かしら?」

「あの後……言峰綺礼はどうなった?」

 

聖杯戦争が終えて、遠坂凜が目を覚ましてからすぐに、俺は遠坂凜に最後に立ちはだかった聖杯戦争の監督役……言峰綺礼について報告をしていた。

その報告を受けて、遠坂凜はすぐにアーチャーに探索をさせたのだが、大空洞を含めて探索した結果、影も形もなかったという。

 

「あれから探索もしたし、教会にも報告したけど影も形も見つかってない。完全にあいつは姿を消したわ」

「……そうか」

 

あの状況下であの男は一体どうやって逃げ延びたのか?

それとも死んだのか?

もしくは消滅したのか?

何も掴めていない状況だった。

血痕は見つかったらしいが、それだけだった。

 

「それもこっちで続けるから、安心して。私としても、あいつがどうなったか知りたいから」

「そうか……。ではよろしく頼む」

 

俺はそう言って別れを告げる。

出来れば魔術の関係でこいつにも色々と話を聞きたかった気がしないでもないが……まぁそんな余裕はないので、諦めるとしよう。

少々後ろ髪引かれる思いで、俺は遠坂邸を後にして……店で悲鳴を上げた。

急な店じまいに伴った半額セールというのは……少々やり過ぎたかも知れない。

別に金には困っていないし、この世界の貨幣はもう使うことはないだろうからすっからかんになっても構わないのだが……人手不足というのはきつい。

 

『くそう! 小次郎がいれば衣食住と朝の斬り合いでさんざんこき使えたのに!』

『美綴に頼んだらどうだ?』

『……お前、わかってて言ってるだろ、封絶?』

『どうだかな』

 

実に無責任なことを言ってくる封絶に半ば八つ当たりをするが、意味もない。

美綴も勝手に手伝ってくれて正直大変ありがたいし、結構美綴目当てで来る奴も多いので、それはそれであり……無論、聖杯戦争が終わってからの接客は激務なので、バイト代は渡している……なのだが、それでも美綴に俺から頼むのは少々不誠実に思えた。

ので必死になって捌くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

これが、聖杯戦争を終えた冬木の……刃夜がいた僅かな日数の日常だった。

 

 

 



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送別会

MHXXやってて遅れました!
申し訳ないw

しかし獰猛化の奴らは面倒じゃの~

あとランクもう少し簡単にあがってほしい……

またモンハンの話でも書こうかなぁ……





うーん……大丈夫ってわかってるんだけど……

 

時刻はすでに夕方。

約束の時間には少々早いのだけれども、私は会場へと足を運んでいた。

会場……鉄さんが自分の家に帰るに伴って開催される送別会は、藤村先生の家で行われる。

そして藤村先生の実家は……いわゆる極道というおうちだった。

 

藤村先生はそんな感じじゃないんだけどね……

 

まだ若いのに剣道五段という……私も武芸にはそれなりに腕に自信はあるのだけれど、藤村先生には全く勝てる気がしない。

そして悔しいことに衛宮にも、弓の腕前でとてもじゃないけど叶わない。

さらにいえば……一つしか年齢が違わないのに、別次元の腕前を持っていると思える鉄さんもいて……

 

おかしい。腕にはそれなりに自信があったはずなのに……誰にも勝ててない

 

と一瞬自信をなくしかけてしまう。

けどそれも仕方のないことだと、自分で自分に言い訳しておいた。

三人とも全員が全員異常な腕前の持ち主だ。

 

でも衛宮になら……空手で戦えば勝てるかな?

 

といってもあいつの場合、試合でやらないと最終的に体力差で負ける気がする。

あいつの根性というか、なんというか……その辺は異常だから。

結局衛宮は色んな意味で異常に思える。

 

「入らないのですか?」

「へっ!?」

 

そうして私が藤村先生の家の入り口の門の前で、あーでもない、こーでもないと、実にどうでもいいことを考えていると、後ろから突然声をかけられて、私は飛び上がるほどに驚いてしまった。

間抜けな声を上げたことに顔を赤くして後ろを振り向くと、そこには絶世の美女という言葉ですら生ぬるいほどの美人がいた。

 

うっわ……。すっごい美人……

 

背が高く、出るところは出てて引っ込むべきところは引っ込んでいる。

地面につくんじゃないかと思えるほど長い髪。

これだけ長ければ先っぽが痛んでも不思議じゃないのに、その長い髪は夕日を浴びて輝いているようだった。

外国の人なのはその眼鏡の奥にある瞳の色と、美しく整った顔の造形を見れば一目瞭然だったけど……それにしたってこの人はあまりにも現実離れしていた。

またそれとは別に、別段格闘技の達人ってわけではないのだけれど、考え事をしていたとはいえここまで間合いに入られて何も感じないのに驚いたのだ。

さらにいえば……

 

すっごい失礼なのはわかってるんだけど……なんか苦手な気がする……

 

美人すぎて苦手なのか?

それとも間合いにあっさりと入られたからなのかわからないけど……何となくこの人を見ていると、背筋が少し冷たくなる気がした。

 

「今日この時間にここにいるということは、あなたもジンヤの送別会に呼ばれたのではないのですか?」

「ジンヤって……鉄さん?」

「はい。私はライダーと言います。あなたは?」

「っと、失礼しました。私は美綴綾子って言います」

「アヤコ……アヤコというのですか」

 

……何故だろう……。すっごい背筋が寒くなってくるんだけど

 

本当にどうしてかわからないけど、このライダーさんって人が、異様に怖く感じてしまう。

私にも問題があるのかも知れないけど、それでも……

 

人の名前を言いながら妖艶に笑わないでよ!?

 

何故か知らないけどこの人……私の名前を呟きながら微笑んでいるのだ。

それも実に妖しく。

その妖しい笑みが、元の美人さと相まって、非常に艶めかしいって言うか……同姓の私でさえも思わず色気を感じてしまうほど、エロかった。

でも……何故かその妖艶さが、私の背筋を寒くさせた。

 

「アヤコ……と、呼んでもいいでしょうか?」

「へ? は、はい……。別にいいですけど」

 

出会って間もないのに、いきなり下の名前で呼んでくるのは、外国の人だからなのかわからないけど、慌てていてそれどころではなかった。

 

「そうですか。それではアヤコ。先ほども言いましたが何故入らないのですか?」

「あ、いえ。その……なんか入りづらくって」

 

しかしすぐにその雰囲気を消して、私に先ほどと同じ質問を投げかけてきた。

普通に戻ったというのにそれでもなお、何でかこの人に苦手意識が消えない私だったけれども、それを出しては失礼なので何とか通常通りに答えた。

言っていることは嘘ではなかったので、演技でもない。

実際、入りにくいことは事実だったのだから。

 

衛宮は大丈夫っていってたけどねぇ。いや、わかってるけどさぁ

 

何せあの藤村先生の家だ。

変な人がいない事なんてわかりきっている。

でもそれでもやっぱり躊躇してしまうのは、失礼とかではなく当たり前の事だと思う。

 

っていうか……あなたもっていったよね。この人。それにジンヤって……名前で呼ぶのは外国の人だから?

 

何となく、名前の呼び方にどこか普通とは違う感じがして、私は何となく胸にモヤッとしたものが生まれた。

鉄さんに限ってただ美人ってだけで人を好きになったりはしないだろうけど、それでもこれだけの美人の人が、ただ「美人」ってだけではないということが、何となく直感ですらもないのだけれど、わかってしまった。

というか……

 

なんか……その美貌に目がいってたけど、この人もすごい人な気がする……

 

ふと思いついてこの人と戦う姿を想像してみたのだけれど……全く打ち込めるイメージが思い浮かばない。

というよりも触れることすら出来ないかも知れない。

私的な哲学で「美人は武道をしなければならない」っていうのを勝手に考えているけど、この人はそれに当てはめれば飛び級だ。

 

「それとアヤコ。「あなた」だなんて他人行儀な。私のことは是非ライダーと呼んでください」

 

何でこんな顔を近づけてくるの!?

 

何でか知らないけど手を握られて、キスが出来るほどの距離に顔を近づけてきて、同姓であるにもかかわらず何故か胸が高鳴ってしまった。

高鳴る理由がいやな意味なのが……よくわからない。

でもなんでかわからないけど、その胸の高鳴りがいくつもの感情が起因していると、何でかわかってしまった。

 

「え……えっと。あの、顔が近い……です」

「ふふ、カワイイ顔ですね」

 

吐息が直接頬に触れてくる程の距離で、思わず固まってしまう。

そんな私に優しく微笑みながら……さらに顔を近づけようとして来て……

 

「なにやってんだライダー? こんなところで」

 

新たな人の登場で、何とか普通に戻ることが出来た。

近づけていた顔を元の位置に戻して、目の前の人……ライダーさんが後ろに振り向いて、新たな人と対峙した。

そして私も何故かほっとしつつ、ライダーさんに声をかけてきた人を見るのだけれど……

 

……うわぁ、かっこいい人だなぁ

 

素直にそう思える人だった。

冬だというのに白いTシャツと革ジャンを纏っているだけだ。

下は黒いレザーパンツ。

皮だから風は通さないだろうけど、それでもあまりにも薄手だった。

長い髪を後ろで一つに束ねている。

そんなハリウッドに出てきても不思議じゃないほどかっこいい人だったけど、それを鼻にかけない、実に快活な笑みが印象的な人だった。

だけど……持ち物が少し変だった。

 

あれって……クーラーボックス?

 

「ランサー、あなたも呼ばれたのですか?」

「あぁ。するってえとお前さんもって事だな。というかお前さんはきていいのか? 嬢ちゃんの世話だってあんだろ?」

 

世話?

 

世話とは一体どういう意味なのかわからずに、私は思わず疑問符を浮かべる。

けれど興味本位で聞いていい話ではないとわかって、口にすることはなかった。

 

「それに関しては問題ありません。リンが買って出てくれました。報酬の検分なんかを行うから私に行ってこいと」

「あの嬢ちゃんがか? 確かにあの嬢ちゃんのは金食うだろうが……あいつ、一体何を渡したんだ?」

「私も見せてもらいましたが、異常な物でしたよ。一体……どこからあの人は来たんだか」

 

……全くわからない

 

関係のない話に加わるわけにもいかないので、私はただ黙って二人の話を聞いているしかなかった。

すると、後から来た男性が、私に笑みを浮かべながら手を差し出してきた。

 

「初めましてだな嬢ちゃん。俺はランサーっていう。ここにいるって事は、お嬢ちゃんもあの坊主に呼ばれてきたんだろ?」

「美綴綾子といいます。坊主って言うのは鉄さんですか? あなたも呼ばれたんですか?」

「おうよ。うまいもん食わせてくれるらしいからな。はせ参じた」

 

鉄さんは色んな知り合いがいるなと思ってしまう。

ライダーさんもランサーさんも……というかこれって名前なの?……計り知れないぐらいに強そうな感じだった。

見た感じどっちも私よりも年上みたいだけど、仮に私が同じ年齢まで修行をしてもたどり着けないところにいることだけはよくわかった。

 

って……いうか……

 

「あの……手を……」

「おっとすまねぇ。嬢ちゃんがかわいいもんだからつい、な」

「か、かわいいって……」

 

かわいいと言われたことがあんまり無くって、私は自分の顔が赤くなっていることがわかった。

武道をやっているからか、性格も勝ち気って言うか……男勝りな感じになってしまったので、かっこいいとは言われることは多々あっても、かわいいと言われることはほとんど無いのだ。

けれど、ただかわいいと言われただけ反応するほど私も単純ではない。

単純ではないのだけれど……

 

凄腕で、美形の外国の人に言われたからって……

 

それだけで反応してしまう自分に少し苦笑してしまう。

するとそんな私をどう見たのか、ライダーさんがすっとまた吐息が感じられるほどそばに来て、私にほほえみかけてきた。

 

「謙遜することはありませんアヤコ。あなたは他の人よりよほどかわいらしい」

「え……えっと……」

 

ライダーさんも凄腕だし、美人なんだけれど……何故かこの人に言われたら嬉しさよりも恐怖が上回ってしまう。

 

「……何をしたいのかはわからないがライダーに嬢ちゃん。入ろうぜ? そろそろ始まるぞ?」

 

何をしたいって……どういう意味!?

 

ランサーさんが言ってきたその言葉に、思わずそう叫びたかったけど……墓穴を掘りそうだったので、すんでの所でやめておいた。

 

「邪魔をしないでほしいのですが、ランサー」

「いや邪魔をするつもりはないんだが……とりあえず招待されてんだろ? さすがに招待に応じておきながら、入りもしないで家の前で別のことをするってのはどうなんだ?」

「……それもそうですね」

 

ランサーさんの言葉に渋々了承して、ライダーさんが私から離れてくれる。

失礼かも知れないけど、それに少し安堵しつつ、私は何でかしらないけど三人で藤村先生の家に入っていく事になった。

でもそのおかげであまり緊張しないで入れた。

 

「失礼。本日はどのようなご用件で?」

 

黒いスーツでばしっと決めた人が、声をかけてくる。

雰囲気から言ってもたぶん、結構強い人だと思う。

一人だとこんな感じで声をかけられたら、少々怯えていたと思う。

 

「坊主……ジンヤだったか? に招待されて今日の送別会に馳走になりに来たんだ。よろしくな」

「私も同じく、ジンヤに招待を受けました」

「わ、私もです」

 

でもやっぱり怖くないと言えば嘘になるので、普段通りとはいかなかったけれど。

 

「失礼しました。まだ揃ってはおりませんが、すでに何名かはお見えになっております。また刃夜様もすでに会場へいらっしゃいます。会場までご案内させていただきます」

 

そう言って私たちを先導してくれる。

そして案内されながらきょろきょろと家の中を失礼かも知れないけど、見ていて思った。

 

すごい邸宅だなぁ……

 

衛宮の家も何度か邪魔したことがあるけれども、それ以上に藤村先生の家は立派だった。

まさに和の家。

それもとびっきり上の方の。

そして案内された部屋も、八十畳はありそうな大きな和室で……そこにはすでに鉄さんがいて、立派な床の間の前に座っている老人の人と、楽しそうに話をしていた。

そしてその人の雰囲気もまた普通とは違って……それで私はその人がこの組の長、藤村先生の祖父の雷画さんであることがわかった。

 

「おう坊主、来たぞ。招いてくれてありがとうな。飯も酒もあるんだろうな?」

「来てくれたかランサー。まだ始まる前だが雷画さんが奮発してくれてかなりの量がある。質もいいから期待してくれて構わない」

「そいつは楽しみだ。つってもよ、もらってばっかってのも気が引けるからな。ちょいと港で釣りをしてきた。釣ったばかりで新鮮だぜ? 物も結構いいのが釣れたからよ。なんか調理してくれや」

「ほ、それは重畳。ありがたいな。つーか釣りって……」

「? 変か?」

「いや、いんだけどさ。実になじんでるな?」

「おうよ。他にもバイトもやってるぜ? 花屋とか、喫茶店の店員とか。自分の飲みの代金くらいは稼がないとな」

「……お前」

 

普通の会話のはずなのに、鉄さんがランサーさんの話を聞いてどんどん渋面になっていく。

最後にはもうどう言う顔をしていいのかわからないのか、実に表現に困る表情をしていた。

 

「バイトなら私もしてますよ」

「ライダーもか?」

「えぇ。さすがに居候の身ですから、最低限の生活費は入れないと」

「えらいな」

「それが普通です」

 

結構二人と親しいのか、鉄さんが楽しそうに?会話をしている。

雷画さんが初対面のため、鉄さんがそこそこで話を切り上げて雷画さんに紹介をし始める。

 

「雷画さん。こちらは私がワガママを言って招待させていただきました人たちです。ご紹介させていただいてよろしいでしょうか?」

「もちろんだとも刃夜君。お三方、よくぞ来てくれた。本日は楽しんでいってくれ」

 

そう言いながら笑うのだけれども、深い皺が一種のすごみを与えている。

けれどもそれ以上に歓迎しているのがわかるので、怖いとは不思議と思わない人だった。

 

まぁ怒らせたら絶対に怖いって言うか……やばいんだろうけど……

 

そんな事を考えながら鉄さんの紹介にあわせて、私も雷画さんにご挨拶をさせていただいた。

 

「美綴綾子といいます。本日はお招きいただきましてありがとうございます」

「孫の大河から話は聞いている。いつも孫が世話になっている。弓道部の部長を務めているようだな。今度士郎と一緒に射を見せてくれ」

「そ、そんな。私なんか見せられるような腕前じゃ」

 

鉄さんという見知った人がそばにいたおかげで、何とか普通に挨拶が出来たのだけれど、射を見せて欲しいなんて言われて思わず焦ってしまう。

勝手なイメージだけど、この雷画さんも相当出来る人だと思う。

そんな熟練者の前で射を見せるほど、まだ私はうまくないと思う。

 

「謙遜するな美綴。少なくとも俺の弓術よりはよほど腕がいいぞ」

「今自分でも言ってましたけど、鉄さんのは術であって道じゃないでしょ?」

「ほう、アヤコは弓をやるのですか。今度見てみたいですね」

「何かしらやるとは思ってたが弓か? その割にはなんか間合いの取り方が槍とかの長物を手にした感じの取り方に思えたが?」

 

うわ、読まれてる

 

ランサーさんにそう言われて、私は再度驚いた。

まぁでも鉄さんの知り合いだから、ある意味当然なのかも知れない。

 

「というかよ坊主。今度俺と手合わせしねえか? お前さんとはやり合ったが、あれはどう考えても本調子じゃなかっただろ?」

「対人戦が久しぶりだったからまぁ本調子じゃなかったな。勝負したい気持ちが俺にもなくはないが、俺は帰るための準備に忙しくてな。他を当たってくれると嬉しいんだが」

「ほう、刃夜君との勝負か? 見てみたいな」

「雷画さん、こいつ確実に暴走すると思うので、焚きつけるのやめてください」

「失礼な奴だな、俺だってTPOってのは知ってるんだぜ?」

「……失礼だが色んな意味でその言葉、すっごい違和感がある」

 

楽しそうに会話するなぁ

 

手合わせってのはおそらくそういうことなんだろうけど、二人は楽しそうに会話をしていた。

でもその会話の内容は、おそらく今の雰囲気ほど生やさしい物ではないのだろう。

なんとなくそんな感じがした。

楽しそうだけど実は危ない会話をしていると思いつつ、男二人の間に入れないので何となく口を閉ざしてしまう。

 

「ジンヤが気になりますか? アヤコ」

 

そうして口を閉ざしていると、私の隣に来たライダーさんが質問してきた。

失礼だけど思わずびくっと反応してしまう。

けれど先ほどと違って、ライダーさんもただ普通に隣に来ただけで、妙に距離が近いとかはなかった。

鉄さんを見るその瞳は……どこか不思議な物を見ている、そんな気がした。

 

「気になるって言えば……まぁ気になります」

 

初めてあった人に、鉄さんに恋をしているなんて言えるわけもなく、私はただ誤魔化すようにそう返していた。

ただライダーさんも先ほどの雰囲気と違い、真剣な瞳を鉄さんに向けている。

 

「私も気になります。あの男のことが」

 

それって……

 

ライダーさんが言っている気になること。

それは私のとはちょっと違った物に聞こえた気がした。

だったのに……

 

「考えていることが一緒だなんて、気が合いますねアヤコ」

「へ?」

「よければアヤコの知っているジンヤのことを、聞かせてもらえませんか?」

 

先ほどまでの雰囲気はどこへやら、再び微笑みながら……その微笑みが何故かわからないけど寒気を感じる!……私の手を握って来た。

内心怯えながら、それでも多少距離を離して、私はライダーさんに自分の知っている鉄さんの事を話した。

 

「……そうですか」

 

私の話をひとしきり聞いて、ライダーさんは小さく、だけどはっきりと頷いた。

そしてさっきと同じ目を……不思議な感情を抱いた瞳を、鉄さんに向けている。

その当の本人は……

 

「腕相撲ってのが微妙だなぁ。どうせだったら本気でやろうぜ?」

「そうしたら送別会どころじゃなくなるだろ」

「いやそうかもしれねぇけどよお」

「これが最大限の譲歩だから、これ以上は譲れないぞ」

 

どうやら勝負勝負と言ってくるランサーさんに根負けして、腕相撲を行うことにしたみたいだった。

文句を言いながら、嬉々とした表情で腕を机にのせるランサーさんとは対照的に、鉄さんの渋々といった感じの表情が、実に印象的だった。

でも……腕を組んで戦闘態勢に入った瞬間、鉄さんの表情も、実に好戦的な物へと変わった。

実に好戦的な……楽しそうな笑みへと変わった。

それを見て、ランサーさんも同じような笑みを浮かべる。

その二人の笑みが、あまりにも同じ感じで……思わず寒気を感じてしまった。

あまりにも……普通とはかけ離れた笑みをしていたから。

 

「ライダー。開始の合図頼むわ」

「……わかりました」

 

そんな二人の笑みに何ら気圧されることもなく、ライダーさんは鉄さんに頼まれて、二人のそばに歩み寄り、組まれた手に自らの手を置いた。

そのライダーさんの顔にも、僅かだけれども……同じ類の笑みが浮かんでいることが、何故か私にはわかった。

わかってしまった。

 

「用意……」

 

そして、一瞬の攻防の火ぶたが降ろされた。

 

「はじめ!」

 

その瞬間……この場は戦場となった。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません!」

「なに、謝ることはないさ刃夜君」

「しかし……この机、相当いい物では……」

「今の試合の観戦料と思えば安い物だ」

 

戦闘時間は僅か一分足らず。

その一分の攻防で……

 

藤村組組長宅にある、ものごっつい貴重な机に盛大なヒビが出来た。

 

ヒビと言うよりも亀裂。

もはや使い物にならないだろう。

おそらく相当高いはずだ。

更に藤村組にある机。

下手をすれば何十年、何百年使用されていたかも知れないのだ。

その歴史の重み……思いでは、どう頑張っても金には換えられない。

 

「安心してくれ。それは本当に最近仕入れたばかりの物だから、そこまで貴重な物じゃない。値段はそこそこしたが、今の戦いをみれたのならばおつりが来る」

「本当にすみません」

 

歴史的重みは無くとも、貴重な物に変わりはない。

俺が残りの金で出せる物であればいいのだが……。

 

「いやすまなかったなじいさん。俺もつい本気を出しちまったんだが……まさか壊れるとは思わなかった」

「気にしなくていい、ランサーさん。刃夜君にも言ったが、今のをみれたのであれば安い物よ」

「すまねえな」

「お前は……もうちょっと悪びれるって言うか」

「壊れた物はしょうがないだろう? じいさんもいいって言ってくれてるんだ。あまり気にしすぎるのも失礼だと思うぞ?」

「それは……」

 

ランサーの言うことも一理ある。

迷惑をかけたのは事実だが、無理をしている様子は見られないので、俺は再度深く頭を下げて謝罪し、それで終わりにさせてもらった。

美綴がすごく呆気にとられているのが、実に印象的だった。

 

そう言えばあまり美綴には、俺の実力的な物は見せてなかったんだっけか?

 

ライダーに襲われていたのを助けた時に、見せたと言えば見せたことになるのかも知れないが……まぁ覚えていないだろう。

 

「組長。準備が整いました。まだ揃ってない方もいますが、遅れると連絡をいただいております。先に始めた方がよいかと」

「うむ。皆さん、準備が出来たようだ。一度座ってもらおう」

 

組員の人が会釈をしながらこちらにきて、準備が出来たことを教えてくれる。

そして始めるために、一度席に着くことになった。

正直ライダーが来るこの送別会……自分が送られる側だというのに自分で送別会というのは恥ずかしいな……に呼ぶのは少し気が引けたのだが、それでも美綴には相当世話になったので、呼びたかったのだ。

 

まぁ……俺が本番の前に少し気持ちを落ち着かせておきたいというのもあったのだが

 

本番は少し先だ。

それまでに、心の整理をしておこう。

というか……

 

「アヤコ。隣よろしいですか?」

「いや、いいですけど……。近くないですか?」

「そんなことはありません。むしろ遠いくらいです」

「いや、絶対にそんなことはないと思うんですけど……」

 

何であんなに美綴の事、気に入ってるんだ?

 

好き好きオーラ全開というか……すごい気に入っているようだ。

対して美綴は本気で嫌という訳ではなさそうだが、それでもあまりにもライダーの過剰なスキンシップに、少々怯えているようだった。

 

襲われたんだから、本能的に怖がっている感じかな?

 

まぁ本当にやばそうだった場合は止めに入ろう。

ライダーが襲ったのも、聖杯戦争のために必要だったから襲ったのであって、美綴自身に恨みなんかがあるわけではないのだろう。

それはそうだ。

ライダーが遙か昔の存在だ。

美綴と直接関係があるわけがない。

 

まぁ何でここまで気に入っているのかは、後でそれとなく聞いておくか

 

美綴があわてふためくのを横目にしながら、俺は内心でそう考えていた。

 

 

 

ちなみに、後に聞いてその内容のひどさに思わず呆れて、聞きたくなかったと思ってしまう俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

その後すぐに士郎とセイバー、さらにイリヤが会場に姿を見せて、刃夜の送別会が行われた。

送別会といっても、別段湿っぽい状況にはならなかった。

当の本人である刃夜がそれを嫌ったからだ。

といっても、最初はさすがに藤村組の連中から別れを惜しまれていて、刃夜もさすがにそれを拒否するようなことはしなかった。

だがそれでも、心中複雑そうな表情はしていた。

しかしそれも一瞬だった。

 

「今日は呑め!」

 

という、組長命令?が発せられて、後はどんちゃん騒ぎだった。

 

「鉄さん! 料理が足りない! 士郎と一緒に作ってきて!」

「藤ねえ。俺はともかく刃夜は主賓だぞ?」

「別に構わないぞ。ランサーが持ってきた魚で肴を……」

「その親父ギャグはどうかと思うぞ、坊主?」

「……そんなつもりでは」

 

呑む、食う、騒ぐ。

普通の家でこんな事などしようものなら文句の一つも飛んでくるだろうが、ここは天下の藤村組。

敷地が圧倒的に広いため、近所迷惑という概念があまりない。

さらにいえば藤村組は地元でも大変評判のいい極道の家。

むしろ藤村組が世話になった人の送別会ということで、近所の家の人が差し入れを持ってくる位だった。

そのため、酒も肴も無くなるどころか増える一方だった。

 

「勝負だ! ランサー!」

「いいだろう坊主! 勝負だ!」

 

 

 

※お酒は二十歳になってから

 

 

 

「私も乗った!」

「藤ねえ、勝てないからよせって」

 

刃夜とランサーが飲み比べで競い合ったりもした。

といっても、どちらも相当強かったため、勝敗はつかなかったのだが。

参加した全ての人間が楽しそうに騒いでいた。

 

「シロウ、これは何という料理ですか?」

「それは小籠包って中国の料理だ。食べるんだったら熱いから気をつけてな、セイバー」

「鉄さんに触発されてから、調理師が一から勉強し直しましたので、だいぶうまくなっております」

「唐揚げなくなっちゃった! もうないの?」

「イリヤ、今揚げているみたいだから、待ってろ。というか、いくら好きだからって、一皿は食べ過ぎ」

「いいじゃないジンヤ。おいしいからたべちゃうんだもん」

 

出される料理に夢中になって食事を味わっているセイバーがいた。

イリヤももりもりと唐揚げをほおばって満足そうだった。

 

「知識としては一応知っていましたが……こうも多種多様な料理が並ぶと壮観ですね」

「まぁ大人数だからな。これだけいろんなのが食えるんだから、来た甲斐があったってもんだ」

 

出された料理を一つ一つ吟味……というよりも、少々驚きながら食事を進めるライダーに、少々酔ったランサーが笑いながら話しかける。

それに気を悪くするわけでもなく、ライダーはランサーと共に料理の話で盛り上がっている。

 

「本当に、お世話になりました」

「よいよい。むしろ刃夜君のおかげで皆にもいい刺激になった。中には木刀を毎日素振りしている奴までおるくらいよ。感謝するのはこちらの方だ」

「恐縮です」

 

呑みながらも酔ってない刃夜が、改めて雷画に御礼を述べている。

その背後に忍び寄る、タイガー。

だったが……

 

「そんなずさんな隠形で俺の背後を取れるとでも?」

「うおぅ!? いつのまに背後に!?」

「ならずさんじゃない隠形ならいいんだな?」

「だからランサー! この場で争ったらとんでもないことになるだろう!?」

「ならここじゃないとこ――」

「せんわ!」

 

逆に背後をとった刃夜の背後に、ランサーが忍び寄ってギャーギャーと騒ぎ立てる。

大騒ぎだった。

だがその喧噪は、別れの寂しさはあっても、誰もが楽しそうに笑っていた。

その騒ぎを楽しんでいるなか、席を立つ刃夜の姿があった。

なるべく姿を見られないように静かに行動し、襖を開けて廊下へと出て行く。

その後を追う姿が、あった。

 

 

 

 

 

 

「何か用か?」

 

宴会場から出て廊下を進み、曲がり角のところで、壁に背を預けて立っている、刃夜の姿があった。

 

「さっきからそれとなく俺のこと見てただろ? 何か用事があるとは思ったが……すまなかったな。俺は藤村組には本当にお世話になったのでな。一通り挨拶が終えるまでは放置させてもらった」

「……構いません」

 

追ってきた人物……ライダーは気付かれたことに驚くことなく、小さくそう呟いた。

しかし瞳の中に宿った感情を見て、思うところがあったのか刃夜は先導し、置かれている雪駄を履いて広い庭へと……月光が照らす庭へと躍り出た。

ライダーもそれに対して何かを言うことはなく、同じように雪駄を履いて刃夜の後を追った。

 

 

 

 

 

 

綺麗ですね……

 

月明かりに照らされた庭の風景を見て、私はそう思った。

立派な庭園だ。

手入れが行き届いており、管理をしている人間が、どれだけ大事にしているのかがわかる。だからこそ光に照らされた庭が、美しいとそう思った。

 

「それで、何の用だ?」

 

私が何かしら話があると思い、席を立って時間を設けてくれた存在へと、私は目を向ける。

鉄刃夜。

人間でありながらサーヴァントである私達に互角以上の戦いをする、不思議な存在。

並行世界から訪れたという彼は、そのあり得ないほど長い野太刀で私を……サクラを救ってくれた。

 

サクラが多くの人を殺したというのに。

 

おそらくこの人は知っていたはずだ。

あの黒い陰が、サクラであることを。

であるにもかかわらず、この人はサクラとシロウの手助けを買って出た。

この人が助けに入っていなければ、今とは違う結果になっていただろう。

サクラが完全に人でなくなっていたかも知れない。

シロウが帰らぬ人となっていたかも知れない。

もしかしたら復讐者(アベンジャー)が世に生まれ出でて、世界が人のない世界へと変わっていたかも知れない。

サクラに覚醒を促したことがあったりと、全ての行為を肯定するわけではない。

けれでもあまりにも不思議な人だった。

そしてどうしても聞きたいことが……私にはあった。

 

「あなたは自分のことを、並行世界から来た人間だと話していましたね?」

「おうよ。紛れもなく俺は並行世界の人間だ」

 

淡々と語る私の口調に合わせるように、この人も……ジンヤもまた淡々と返してきた。

並行世界……彼が生まれ育った世界で、彼がどのような人生を歩んでいたのかはわからない。

だけど、少しでも彼の剣技を見ればすぐにわかる。

疑う余地もないほどに。

 

「詳しくは聞きません。大体検討はついていますので」

「ほう?」

「それでもどうしても聞かせて欲しい」

「……何をだ?」

 

 

 

「サクラは……どうすれば赦されると思いますか?」

 

 

 

それが私が聞きたかったことだった。

無自覚とはいえ、サクラは多くの人間の命を奪ってしまった。

その行為は、言い逃れすることができない。

だがそれでも……サクラが本当に望んでしたことがないとわかっているから、どうしても聞きたかったのだ。

おそらく……同じ事をしているジンヤに。

 

 

 

同じ人殺しである……ジンヤに。

 

 

 

そんな私の問いに対して彼は……

 

 

 

「赦されることはないだろう」

 

 

 

はっきりと……そう告げていた。

 

 

 

 

 

 

そんな気はしたけど、やっぱりか

 

そんな気はしていた。

桜ちゃんの看病を遠坂にお願いしてまで、何故この場にライダーが参加したのか?

と考えれば、桜ちゃんに関連することで聞きたいことであるというのが、わかる。

そして桜ちゃん関連で、もっとも重たい話題というのは、間違いなくこれしかない。

だから俺は自分の素直な気持ちを、告げることにした。

 

 

 

 

 

 

「赦されない……と?」

「正直に言えば、わからないってのが本音なんだが、それでも俺の意見を述べるのであれば、赦されない……というよりも赦しちゃいけないんだ。己自身を」

「自分を?」

 

刃夜の言葉に意味がわからず、ライダーはただ困惑するしかない。

だが……嘘でも冗談でもなく、本音を話していることは、月明かりに照らされた刃夜の自嘲気味な表情を見れば、すぐにわかった。

だからこそ、ライダーはただ黙って聞いた。

 

「そう言えば、話してなかったっけか? 俺が並行世界でどんな人間だったのか?」

「……ということはやはりあなたも」

「あぁ。俺は人殺しだ」

 

淡々と語られるその言葉には、特段感情は込められていなかった。

というよりも努めてそうしているのだと、ライダーは気がついた。

 

「誤解がないように言っておくが、別段快楽殺人とかをしていた訳じゃないぞ?」

「それは聞くまでもなくわかっています」

 

互いに言うまでもなくわかっていることだった。

だがそれをあえていったのは、おそらく自分でも言葉を探しているからなのだろう。

しばし月を見上げながら……刃夜は更に話を続けた。

 

「弱者をいたぶり、弱者から命という名の金を啜りとるクズ共を殺すのが、俺が自らの世界で行っていた所行だ。弱者達をいたぶる連中を殺すことで、多少なりとも人の命が……人の尊厳が救われることを信じて」

 

そして語られる、刃夜の悪行。

誰かのためにと信じて人を斬り……誰かを助けるために悪人を殺した。

今は借家であるあの料理の店においてきた、夜月が……どれほどの人間の血を吸ってきたのかを。

 

「言い訳にもならないが、俺は殺人をするのが好きじゃない。殺さないで解決出来る方法を模索したこともあった。だが、俺は考えるのが苦手なのか、頭が悪いのか……その間に、何人もの人が命を落とした」

 

無味乾燥の言葉で語られていく。

その怖いくらいに感情のこもらない言葉が……刃夜の心境を語っているようだった。

 

「言い訳はしない。俺は間違いなく人殺しだ。だからこそ……俺は赦されちゃいけない。己自身を、赦してしまってはいけないんだと思う」

「赦してはいけない?」

「そうだ。どんな理屈を並べたところで、俺が人を殺したことに変わりはない。殺人がしたいわけじゃない。可能なら殺したくない。だが、それでも俺はこれからも、人を助けるために人を斬るだろう。そして償える方法を一生をかけて見つけて、償うために生きていく。いつか……自分が赦されるかもしない日がくると信じて」

 

目を瞑り、ただ静かに瞑想する。

その閉じた瞳は……一体何を見ているのだろうか?

そう問いたくなったライダーだった。

 

「いずれ死ぬその瞬間まで、俺は償い続ける。「殺す」という選択肢しかとることの出来なかった未熟な自分が、赦されるかも知れないと信じて。だが決して赦されるはずがない。それでも……例え赦されなくても、最後の最後まで償い続けることが、俺が最低限しなければいけない事なんだと思う。もういいと……自分に言い訳するのは簡単だ。だがそれは決してしちゃいけない、傲慢な選択だ。理由があり、しなければいけなかったとはいえ、相手の命を奪い、全てを奪い、何も考えることも、動くことすらも出来なくしたのは自分なのだから」

 

人の命を奪った責任を果たすために、多くの人と望まぬ別れをした男の……言葉だった。

だがそれでも、最初と違い……その言葉に若干の迷いのような感情が漏れ出ていることが、ライダーは気になった。

しかしそれを聞くことは……ライダーには出来なかった。

 

「だがこれはあくまでも俺の考えであり、俺の意見だ。だから桜ちゃんに当てはまるかどうかはわからない。言うなれば桜ちゃんは「奪われる」側だったのだから。だがそれでも人を殺したことに変わりはない。だから……これから先のことは自分が考えなきゃいけない」

「……自分で」

 

 

 

「俺と桜ちゃんは、当たり前だが違う存在だ。だから、犯した罪も、これから償っていく方法も、当然違う。だが、これだけは言える。絶対に償うのをやめないこと。これだけは、俺が確信を持って言えることだ」

 

 

 

 

 

 

な……なんかただならぬ雰囲気なんだけど……

 

席を立った鉄さんについていくようにいなくなったライダーさんの事がどうしても気になって、思わず自分も宴会場を抜け出して二人を捜した。

すると、庭で話をしている二人の雰囲気があまりにも普通じゃなかったので、何故か知らないけど咄嗟に隠れてしまった。

いけないことだと思いつつも、私は自分の欲求を堪えることが出来ずに、こうして隠れて二人を見ていた。

 

遠いから何を話しているのかはわからないけど……あの二人って、そう言う関係なの?

 

会話が全く聞こえないので、邪推というか勝手な想像だけど……あまりにも普通な事を話しているようには見えなかった。

かといって邪魔をするわけには当然いかないし、割ってはいることなんて怖くて出来ない。

でもこの場を去ることも出来なくて……

 

……柄じゃないなぁ

 

自分がすごく小さな人間だということがよくわかってしまう。

勇気を持って話を聞きに行くことも出来なくて。

図々しく、話を終わらせるために割ってはいることも出来ない。

かといって邪魔をしないように、潔くこの場を去ることも出来なくて……。

 

本当に、調子が狂うなぁ

 

これが人を好きになるって事なのかなぁ、とそんなことを考えてしまう。

 

「どうしたのですか、アヤコ?」

「っっっうわぁっ!?」

 

実に情けない事でもやもやしていると、突然背後から声をかけられて思わず飛び上がってしまった……文字通り。

慌てて振り返ると、さっきまで鉄さんと庭で話をしていたはずのライダーさんがそこにいて……。

さらに鉄さんも戻ってきていて……

 

うわ……覗いてたのばれた?

 

と、ちょっと焦ったりするんだけど……言い訳も思い浮かばず、思わず苦笑いすることしかできなかった。

 

「トイレか?」

「……ジンヤ。女性にその質問はどうかと思いますよ?」

「……失礼しました」

 

そんなやりとりをし出す二人。

その仲の良さに思わず少し複雑な気持ちになってしまう。

 

「でも会場を抜け出すとしたらそれしかないだろう? トイレの場所がわからなかったのか?」

「えっと……」

 

そこまで言って気がついた。

おそらくそう言うことにしようとしているんだって。

おそらく二人とも私が覗いていたのを知っている。

けれどそれをなかったことにしようとしてくれているのが、わかった。

鉄さんの台詞で。

一瞬そう言うことにしようと思ったけど……なんかそれは違う気がした。

何故か……無性に対抗意識が沸いてしまった。

 

ライダーさんにも……自分自身にも。

 

なんでだかわからないけど、これで終わらせるのは違う気がしたのだ。

それに前決めたはずだ。

 

 

 

自分の恋愛を自分で諦めてたまるか! って……

 

 

 

だから思わず……こう口走っていた。

 

「いや、二人がいなくなってるのに気付いて、探してたんですが……お邪魔でしたか?」

 

実にけろっと、何故かそんな言葉が口から出ていた。

あっけらかんと、快活な感じで。

演技が少し入っているけど、本当の事なので、自然と言えた。

そんな私に一瞬二人がきょとんとしていた。

 

あ、前みたいになんか勝った気がする

 

定食屋に朝お邪魔している時に、買い物をもう一度付き合って欲しいといった時。

あのときも今みたいに鉄さんの意表を突くことが出来たんだった。

別段狙った訳じゃないけれど、前と同じような表情をさせることができたのが、何となく嬉しかった。

そんな私を見て、鉄さんは一度苦笑する。

ライダーさんは……何故か知らないけど、実に嬉しそうに妖しく笑っている。

 

えっと……なんで?

 

ライダーさんの笑みが意味が非常に気になるところだった。

けどその笑みの意味を聞くのも怖かった。

 

弱いなぁ……私

 

自分の臆病さが、情けなく思えてしまう。

そんな私のことをどう思ったのかはわからないけど、鉄さんはすっごいいい笑顔で、こういってくる。

 

「さすがというかなんというか。美綴。お前は本当にかっこいいよ」

「そのかっこいいって、女としてはちょっと微妙なんですけど」

「無論かわいさもあるけどな。それ以上に、お前はすごい奴だよ」

 

すごいって……鉄さんに言われてもなぁ

 

自分自身私の何がすごいのかわからないので、すごいと言われても皮肉にしか思えないんだけど、鉄さんが皮肉を言う理由も無いので、私は首を傾げるしかない。

そしてライダーさんは何故か知らないけど、実に妖しそうに微笑んでいる。

それがすごい怖いんだけど……でもすぐに小さく普通に微笑んで、鉄さんに向き直った。

 

「ではジンヤ。私は先に戻っています。興味深い話を聞かせてもらって、ありがとうございました」

「俺個人の意見だからな。的外れであっても怒るなよ?」

「……怒りません。決して」

 

鉄さんに向き直っているため、ライダーさんの表情を見ることは出来ない。

僅かに頭を垂れているため、おそらく鉄さんにもライダーさんの表情を見ることは出来てないだろう。

でもそれでもわかってしまった。

本当に大事なことを聞けたのか、ライダーさんが感謝していることが、よくわかった。

 

「……そうか。ならよかった」

 

鉄さんもライダーさんの態度に対して、何も言わずただそう呟いていた。

二人はそれで終わったとでも言うように、互いに何も言わず、互いの顔も見ずに、わかれた。

といっても、ライダーさんは会場に戻っただけなのだけれど。

そして後には……残される私と鉄さん。

 

え……えっと……。これは正直予想外……

 

何も考えないで来てしまった上に、何も考えずにただ対抗心でさっきみたいなことを呟いただけで、こんな事になるとは全く予想していなかった。

 

ど……どうしよう

 

さっき負けてたまるかっていうか……そのなんか知らないけど対抗心を燃やして、とんでもないことを口走っちゃったけど……。

こんな事になるなんて予想してなかったから、正直どうすればいいのかもわからない。

だから思わず、気まずくなってしまうのだけれど……それを払拭するために、自分の両頬を叩いた。

 

痛い……。でもすっきりした!

 

前に決めたのだ。

自分の恋愛を自分で諦めないこと。

そして鉄さんを惚れさせるような存在になるって事を。

だったら、ここでわたわたしている訳にはいかない。

何よりも自分らしくない。

確かに武芸的な意味では鉄さんには逆立ちしたって勝てないだろう。

けど、だからといって攻めない理由にはならないのだ。

相手が強くても、それが攻撃しない理由にならない。

しちゃいけない。

だから、私は一度小さく吐息を吐いて……こういった。

 

「鉄さん」

「……なんだ?」

 

 

 

「買い物に、付き合ってくれませんか?」

 

 

 

意識しなくても、とびきりの笑顔でそう問うことが出来た……。

 

そんな気がした。

 

 

 



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買い物

待ち合わせ時間まで……後二十分……

 

暴れまくって、そのうち破裂するんじゃないかと思う位に、心臓が動いている。

その心臓の鼓動で、自分が嫌でも緊張していることを自覚させられる。

胸に手を置けば、少しでも鼓動が治まると思いたい……のだけれど、当然そんなことはなく、私は待ち合わせ場所の新都駅前のベンチの近くで、佇んでいた。

恰好は普段とほとんど変わらない。

意識しすぎるのも私らしくないと思って、別段思いっきり着飾るようなことはしなかった。

とはいっても、普段とほとんど同じ感じの服装ではあるけど、一応全て新しくおろした衣服ではある。

靴はさすがに新しいのは買ってなかったので、普段使っているのをそのままだけれども。

意識しすぎず、でも意識していないと思われたくはないので。

少しでも気分を落ち着けるために、私は先ほど自販機で買っておいたペットボトルの水を一口口に含んで……空を見上げた。

 

いい天気……

 

実にいい天気だった。

快晴ではないけれど、所々にある雲が風にゆっくりと流されていく。

まだ冬であるため少し寒いけど、日が差しているためか、身を縮めてしまうほど寒いわけではない。

緊張しつつもぼんやりと、空を見上げていると足に何かがあたった。

ふと視線を下げて見ると、足下にボールが転がっていた。

ボールには色んな色で、色んな人が書いたと思われる文字が、記入されていた。

しゃがんでボールを手に取ると、すぐにボールの持ち主であろう少年が走りよってきて、頭を下げる。

 

「すみません!」

「いいよ、別に。気をつけてね」

 

まだ小学生だろうか?

幼すぎないけど、当然青年でもない感じの少年だった。

走ってきて勢いよく頭を下げて来た少年に笑顔でそう答えて、私は手にしているボールをかえしてあげた。

するとさっきと同じように頭を下げて、少年は友達の元へと走っていく。

どうやら移動している最中に、落としてしまったのが私の元まで転がってきたみたいだった。

それとなくどこに向かうのか見ていると、どうやら新都の病院へ向かっているようだった。

ボールに書かれていたメッセージを見る限り、誰かのお見舞いに行くのだろう。

 

病院……ね

 

ここ数日……もっと言えばこの冬は、とても異常な年だった。

冬が始まって気怠げな人が多くなった。

最初はそれだけで……でもそのうち夜に人が襲われる事件が増えてきた。

一応鉄さんのおかげで事なきを得たけど、私もその一人だった。

その後学園も集団昏睡事件が起きて。

さらに人が幾人も行方不明になる事件が起きて……最後の方は大勢に人が、一夜にして行方不明になる事件が続いた。

あまりにも広範囲で、それも一夜にして起こったことだから、集団誘拐とはとても思えなくて……でも一斉に夜逃げにしたというわけでもなく、また自殺をしたわけでもなかった。

忽然と人が姿を消してしまった。

そんな感じだった。

今も懸命に捜査活動なんかが行われているけれど、行方不明になった人はまだ見つかる様子はなかった。

幸いなことに、私の親類や、知り合いなんかは行方不明になった人はいない。

けれど知り合いなんかでは親戚がいなくなってしまったという人がいた。

けれどここ数週間ほどは何も起こっていなかった。

これで沈静化したのかどうかはわからないけど、確かに街全体の雰囲気が明るくなったような気はした。

でもまだ行方不明の人や、今の子供みたいにお見舞いが必要な人は多い。

 

だっていうのに……

 

 

 

「か~のじょ。一人で何してるの?」

「暇なら、俺らとどっかにいかないかな?」

 

 

 

こういう鬱陶しいのは、どうしてこう……

 

待ち合わせ場所に来てまだ十分程度しか経ってないというのに、ナンパ目的のチャライ男が二人やってきた。

こっちに用はないし、もちろんわたしから声をかけてもいない。

だって言うのに、こう勝手ににじり寄ってくるのは、正直うっとうしくて叶わない。

ナンパされて悪い気はしない。

けれどどう見ても引き際も、こっちのことを考えもしない連中に声をかけられても、嬉しくとも何ともなかった。

 

「人を待ってるんで、他を当たってください」

 

しかし一応私よりも年上っぽいので、とりあえず穏便に済ませようするのだけれど……

 

「え~いいじゃないちょっとくらい?」

「むしろそんなのほっておいて俺らとどっかにいこうぜ?」

 

どうしてこう、バカみたいなのに絡まれるんだろうね、私は

 

以前の夏祭りの時といい、何故鉄さんが絡むとこんな事があるのか?

それもよりによって今日は大事な日だって言うのに……。

そのため少し気が立っていたのか、普段だったらもう少し粘るというか……音便にすまそうとするのだけれど、その前に思わず口が出てしまった。

 

「すみませんが、正直あんたらみたいなのを相手にしている余裕はないので、どっかにいってくれませんか?」

「……あぁ?」

 

口調こそそれなりに穏便だったけど、言っている内容が内容だったので、一気に男二人の口調が変わった。

そのときになってようやく言い過ぎたことに気付いたのだけれど、遅かった。

 

「何を調子に乗ってるんだ?」

「カワイイから声をかけただけなんだが、喧嘩うってんのか?」

「喧嘩を売ってるのは、お前ら二人だと思うけどな?」

 

どうしたものかと悩みかけたそのとき……落ち着いた男の人の声が、背後から聞こえてきた。

驚きながら背後に目を向けると、鉄さんの姿があった。

突然の声に、二人のチャラ男がいぶかしげな目を、私の後ろに向ける。

何故か知らないけど……鉄さんは五百円玉数枚を右手で持っていた。

 

なんで五百円玉?

 

「あぁ? なんだお前は?」

「喧嘩売ってんのか?」

「お前らがナンパしてる相手と、待ち合わせをしているもんだ」

 

数枚の五百円玉を右掌に載せて、ちゃらちゃらと音をさせている。

弾いている音から察するに、間違いなく五百円玉だった。

それで一体何をするのかわからず、思わずチャラ男と三人して鉄さんの動向を見ていると……掌に載せていた数枚の五百円玉を手首の返しで宙に上げて、全ての五百円玉を、右手の指の間に挟んだ。

次の瞬間……なんと全ての指を閉じて分厚い五百円玉を、全部綺麗に真っ二つに折り曲げてしまった。

 

うっそ……

 

人差し指と親指で輪を作る形で潰した訳じゃない。

指を伸ばした状態で指の間に挟んで潰したのだ。

ちょっとやそっとの訓練じゃ、この潰し方の筋力はつけられない。

 

「タイ式のあいさつだ」

 

なんでタイ式?

 

鉄さんがそういいながら、潰した五百円玉を左手に持ち替えて、二人のチャラ男へと手渡した。

目の前で行われたことがあまりにも突飛的すぎて、チャラ男が素直に渡された五百円玉を受け取っていた。

 

「大事な日でな。こちらとしても騒ぎを起こしたくないんだ。これで勘弁してもらえないか?」

「は、はい」

「すんませんでした」

 

さすがにあまりの怪力を見せられて相手も萎縮したのか、二人はすごすごと逃げていった。

でも遠くで、渡された五百円玉が本物であることを確認して、やばいと騒いでいるのは、なんかおもしろかった。

 

「すまない、待たせた。少々準備に手間取ってな」

「いえいえ、今日はおつきあいしてもらってありがとうございます」

 

あほな連中が来たことで少しだけ緊張が取れたのか、自然に話すことが出来た。

そう考えるとあのバカな二人組に感謝してもいいかもしれない。

けど……

 

「良かったんですか? お金」

「勉強料だ。気にすることはない。いいか美綴、何でもすぐに暴力で解決するのはよくない。あの二人程度なら美綴でも楽勝だっただろうが、相手にも降伏させるチャンスを与えた上げた方が、互いにとって利益になる。あんな馬鹿のために警察がらみで時間取られるのも癪だろう?」

「なるほど……」

「だが、高校生に取って五百円は結構な額だ。だから金がないのなら、十円玉とかでも効果的だ。一円玉だとインパクトに欠ける」

「私はあんなマネ出来ません!」

「まぁ……俺がこれを説く資格は、無いだろうけどな」

 

資格?

 

言っている意味はよくわからなかったけど、気持ちを切り替えなければいけない。

ここからが、私にとって大事な時間になるのだから。

 

「さて、出鼻から余りいい気分にならなかったが……ともかく、いくか?」

「そうですね、よろしくお願いします」

 

そうして、二度目の買い物が……私のとってはデートが始まった。

 

 

 

 

 

 

不誠実なのは間違いない。だがそれでも……最低限の礼儀は守りたい……

 

それが俺の偽らざる本音だった。

不誠実なのは言わずもがなだ。

俺は美綴を好意によらない理由でふるというのに、期待を持たせるように、買い物に付き合っているのだから。

もうじきこの冬木からいなくなると言うのは……遠くに行くのではなく、美綴が暮らしているこの世界からの消失を意味するのだ。

だから本来、少しでも可能性があると思わせるような事はしてはいけない。

だがそれでも美綴が望んでいることなので、俺は買い物に付き合うことにした。

そしてそれを自覚した上で、同じように楽しむこと。

決して義理で付き合っていると思わせないように。

しかし相手はさすがは美綴と言うべきか……改めてこの子が本当にすごいとよくわかった。

 

……以前とほとんど変わらないな

 

態度がほとんど変わってない。

とても好感の持てる、娘だ。

というか……俺よりも年下というのが信じられん。

といっても俺も高校生なのだが……。

 

まぁ……もう留年どころか退学だろうけどな……

 

休学扱いに学校側がしてくれるかもしれないが……親の承諾なしに出来るとも思えない。

そしてあの親がそんなことをするとも思えない……。

さて、俺の世界の俺の立場ってのはどうなってるんだろうか……。

 

帰ることが目的になってて、帰った後のことのあまり考えてないな?

 

というよりも考えられないというのが本音なのだが。

信じられないほどの自然豊かな世界で、怪物(モンスター)相手に狩猟生活……兼料理人生活。

しかもそのうち狩猟生活が何とか神狩りになった。

それが終わったと思えば、限りなく元の世界に近い世界で、完全な料理人生活……と思ったら今度は俺以上に人外の存在と死闘だ。

 

……なんだかんだでこっちの世界の料理人は結構大変なんだよな

 

衛生管理は当然モンスターワールドでも一緒だが、こっちはそれ以上に面倒だった。

というか、汚い。

こっちの世界は。

 

いろんな意味で……な……

 

人間とは……ここまで醜くなれる存在なのだろうか?

藤村組の様な連中もいれば、人を食い物にして金を……命を取ろうとする連中もいる。

ひどい目にあって……壊れてしまった男がいた。

壊れていることに気付かずに、それでもそいつは生きる意味を……助かった意味を自分で決めて、歩いていた。

壊されてしまった……娘がいた。

犯され、嬲られ……それでも壊れきることも出来ず、ただ耐えて耐えて……いた。

そして今、俺のそばには……美綴がいた。

この子は、ある意味で出来た……傑物のような少女だが、あくまでも普通だった。

二人に比べれば……裏の住人といえるあの二人に比べればそれも当然なのだが。

 

だがあの二人もまだ覚悟が完全に固まっていない、未熟な二人でしかない

 

不本意に裏の世界に足を踏み入れざるを得なかった、少年と少女だ。

まだ目覚めていないが……そう時間がかからずに目覚めるだろう。

士郎はしっかりと、やるべきことをやってのけたのだ。

ならば俺も……

 

しなければいけないことを……すべきだろうな

 

外道ではないと思っていたのだが……俺も十分に外道な野郎だと、つくづく思った。

 

 

 

だが正直、俺はまだこのとき、この俺のことを好いてくれた娘の……美綴のことを見誤っていた。

 

素直に言えば、見くびっていた。

 

それを俺はすぐに知ることになった。

 

 

 

 

 

 

あまり考えている余裕なんてなかった。

というよりも、正直あまり考えていなかったっていうのが本音かもしれない。

始まる前は緊張したし、どうすればいいのか悩んだりもした。

でも始まってしまえば、もう考えている場合じゃないし、それに考えることもなかった。

 

だって……楽しかったから

 

結局前に買い物に付き合ってもらった時と同じようなコースになった。

考えていなかったのだからそれも当たり前かもしれない。

普段見ている雑貨を見たり、CDを聞いたり。

 

「そう言えば結局携帯電話持たなかったですね?」

「あぁ。色々と面倒だからな」

「仕入れとかに便利だったりするんじゃないんですか?」

「固定電話で何とかなったしなぁ。というか俺、あんまり店の外に出る用事もなかったし。大河の出前を除けばだが」

「そういえば、よく来てましたね」

「格安で作ってたからな。運搬する時間を考えれば赤字だったよ」

 

相も変わらず、仙人みたいな生活をしていて……本当に私と同年代なのかと疑いたくなる鉄さんに驚いたりもしていた。

けれど今にして思えば……これがもしかしたら鉄さんなりの合図だったのかもしれない。

同年代で、同じ武道をしている人。

けれどその実力はまさに私とは隔絶していた。

それに……これが決定的だった。

何よりも……真剣を手にしている覚悟が。

 

「パンチングマシーンでは負けましたからね。次はアイスホッケーとかでどうですか?」

「……勝ちは譲らないぞ?」

「お、言いましたね。私これでも結構強いですよ?」

 

真剣を持っている、同年代の料理人。

これだけならばまだ真剣が好きな青年で終わる。

けれど料理の腕前も、剣の腕前も他を圧倒しているのなら話は別だった。

 

 

 

恋は盲目というけれど、これが原因だったのかはわからない。

 

 

 

どちらにしろ、私は気付かなかったのだ。

 

 

 

もしかしたら……気付いていたのだけれど、余り深く考えなかったというのが正しいかも知れない。

 

 

 

鉄さんが、普通じゃないって事に……。

 

 

 

 

 

 

「……もう、夕方ですね」

「……だな」

 

色んなところを見て回って、色んな事をして……楽しかったからか、時間は本当にあっという間に過ぎてしまった。

すでに日はだいぶ傾いてしまっている。

冬にしては暖かい日だったけれど、日が暮れてくれば途端に寒くなってしまう。

日が延びてきたとはいえ、それでも日は暮れる。

そして日が暮れれば……今日という日が終わりに近づいていることを意味している。

 

……どうしよう

 

残された時間はもうそんなに長くない。

だっていうのに……私はどうしても最後の一歩を踏み出すことが出来なかった。

はっきり言って、もう時間はない。

鉄さんがいなくなってしまうのは、わかっている。

だから時間がないのはわかりきっていた。

それでも恋をすると……諦めないと決めたのだ。

 

私の気持ちとは、裏腹にだけどね……

 

私がこれから言おうとしていることは、はっきり言ってただの逃げ口上でしかない。

単に諦めなかったという事実を自分に残したいだけなのかも知れない。

はっきり言って、私は鉄さんのことをほとんど知らない。

明らかに普通ではないこの人のことを、何一つ。

それを知らずに告白するというのは、ただの欺瞞かも知れない。

 

ただの自己満足かも知れない。

 

 

 

だけど……

 

 

 

それでもいいと思える自分がいた。

逃げているのかも知れないし、実際逃げていると思う。

けどそれでも、自分の気持ちに正直でありたいから、私は……心に決めていた言葉を、口にした。

 

「出会ったのは、朝のランニングの時でしたね」

「……あぁ」

 

新都と深山町を結ぶ大橋の歩道を、私と鉄さんはゆっくりと歩きながら、話をする。

別れが近づいているのがわかっているから、自然と話は鉄さんとの出会いの場面から始まった。

約一年前の早朝。

私が日課のランニングをしている時に、昔気に入っていた定食屋から鍋が落ちる音を聞いて、そのお店に興味を持ったのだ。

それから数日して、暖簾棒の具合を確かめている鉄さんの姿を見たのが……出会いだった。

湾曲した棒を暖簾棒に? と思ったけど、不思議とすぐに心になじんでいった。

それから間食を御馳走になった。

これが始まりだったのだ。

それからほとんど毎日入り浸った。

早朝という時間帯に、お茶を御馳走になって、話し相手になってもらったのだ。

今にして思えば不思議に思う。

鉄さんは常人離れしている……色んな意味で……とはいえ、歴とした男の人だ。

だって言うのに、毎朝一時間に満たない時間とはいえ、男の人と二人きりになるのを楽しみにしている自分がいた。

 

そう言えば……一人暮らしの男の人の家に、ほとんど毎日上がり込んでたのか……

 

自分のうかつさというか無防備さというか、そういうのに今頃気付いて呆れてしまうけど、それでもそれが楽しいと思った。

鉄さんも他の男と違って、私のことを無遠慮に見てくる人ではなかった。

 

まぁその辺は、衛宮も生徒会長も一緒だけどね

 

しかしあの二人は鉄さんとは別の意味で、同年代とは思えないので省く。

それからお店を無理矢理手伝って、今日のように買い物に付き合ってもらって。

 

その買い物の帰り道に、遠坂に会ってもらった一言が、致命的だった。

 

 

 

意識してしまったのだ。

 

 

 

そこからは、らしくないことだらけだ。

夏祭りに気合いを入れて浴衣を着て、鉄さんの出店に遊びに行ったり。

部長になったことで不安になった私のことを応援するために、弓道の大会まで足を運んでくれたりもした。

 

そして……私が襲われた時に、助けてくれた。

 

 

 

そう言えば、あのとき襲ってきた人って、捕まったのかな?

 

 

 

恐ろしい事を想像してしまって、背筋が凍りそうになった。

けど今はそれに潰されている場合ではない。

その恐怖に……真っ向から立ち向かって救ってくれた人が、そばにいるのだから。

相手がどれだけの実力者なのかはわからない。

腕に自信があるといっても、私はしょせん一介の女子高生にすぎない。

だから……私を襲ってきた人と、私のそばにいる鉄さんのどちらが強いかなんて、当然わからない。

 

わからないけれど……好きになってしまったのだ。

 

だから、今から踏み出す一歩はとても勇気がいったけど……それでも踏み出さない理由にはならなかった。

 

 

 

「約束しましたよね、鉄さん」

 

「……何をだ?」

 

 

 

「買い物に付き合ってください。そしてそのとき、私の話を聞いてくださいって……」

 

 

 

「忘れるわけがない」

 

 

後一歩。

後一歩で橋を渡りきるその一歩手前で……先を歩いていた私は足を止めた。

後ろからついてきている鉄さんは、私と同じように足を止める。

これから言うことを頭で思い描いて……一度深呼吸をして……

 

私は振り返りながら一歩を踏み出した。

 

 

 

「私は、鉄さんの……鉄刃夜さんのことが好きです」

 

 

 

橋が終わって深山町に足を踏み入れながら、私は鉄さんへとまっすぐ視線を向ける。

鉄さんは、驚くこともなくただただ真剣な表情をして、私の言葉を聞いていてくれた。

一言でも聞き逃すまいと。

そのあまりにも真剣な瞳が、逆に緊張していた気持ちをほぐしてくれた。

からかわれるなんてことは微塵とも思ってない。

だけれど普通の人以上に、この人は私の話を聞いてくれているのだということがわかったから。

 

意識してくれているのだと……わかった。

 

だから私は気持ちを固めた。

この立ち位置は、私が自分の気持ちを自分自身に見せつけるために選んだ立ち位置だった。

 

橋の上に……遙か先へと続いていた橋にいる鉄さんと……

 

地面の上に……こちら側で、足を止める私。

 

 

 

うん……これが私の限界かな……

 

 

 

限界と言うよりも、無理なのかも知れない。

そもそも挑むことすらも可笑しいのかも知れない。

それでも諦めないって決めたのだから。

 

 

 

私は素直に言葉を……口にした。

 

 

 

「鉄さんの事が好きです。これは嘘偽りのない気持ちです」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「だから……ここにとどまって欲しいなんてことは言いません」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

私の言葉が意外だったのか、鉄さんが間抜けな表情で、間抜けな声を上げる。

毎度毎度、こういう事でこの人の意表を突けるのが、嬉しいのか悲しいのかよくわからない。

 

というよりも、慣れてないのかな?

 

こういう事……恋愛事に。

そう考えると喜べる気がしないでもない。

そして、この意外な表情させたからこそ……ここで引くわけにはいかなかった。

 

これが鉄さんにとっての意外だって言うのなら……これが正解だってことだから。

 

悲しいことに……ね……

 

けれどそれはわかっていたこと。

最初から言っていたのだ。

この人は……。

 

自分の家に帰るって……。

 

それでも決めたのだから、嘘にしないために、私は言葉を続けた。

 

 

 

「ゲームとかだと、こんな場面で言う台詞はきっと「行かないで! 私と一緒にいて欲しい!」 って感じなんでしょうけど……柄じゃないし、それに……」

 

 

 

 

 

 

「その程度で止まる人じゃないだろうから……」

 

 

 

 

 

 

その言葉に、鉄さんは息を詰まらせたかのように、口を閉じた。

そして目を見開いた。

その鉄さんの口を開かせないために、私は更に言葉を紡ぐ。

 

自分の気持ちを……素直な気持ちを口にした。

 

 

 

「止まると思ってません。だから止めません。だけど……もう少しだけ私に時間をくれませんか?」

 

 

 

「時間……?」

 

 

 

「勘違いしないで欲しいのが、時間をかけて落とす……ってのは表現があれですけど、引き留めようとしてる訳じゃないんです」

 

 

 

「なら一体……」

 

 

 

「もう少しだけ、私と一緒に過ごして欲しいんです。もちろん恋人として一緒に過ごしてくれたら嬉しいですけど……それは高望みですし、まぁなれたら嬉しいですけど」

 

 

 

「だったら……」

 

 

 

「けど、私は鉄さんの今を……何よりも未来の邪魔をしたくないんです。だから引き留めません……だと語弊があるか。引き留め続けません!」

 

 

 

「……」

 

もはや呆気にとられたのか、鉄さんは口をぽかんとあけて、間抜けな顔をしている。

それが嬉しくもあって、悲しくもあった。

正解だってわかってる。

だけど、こんな形でしか、正解に至れなかったことが。

 

 

 

普通の恋愛がしたいのに~

 

 

 

残念だけど、まぁでもそれでも納得できる自分がいたから。

私は最後の言葉を口にした。

 

 

 

「好きです鉄……刃夜さん。だから私のために残ってほしいなんて言いません。だけど、もう少しだけここにいてくれませんか? もう少しだけ、私に時間をくれませんか? 私が……刃夜さんが……」

 

 

 

 

 

 

「互いのことを、忘れないように……」

 

 

 

 

 

 

これが私の精一杯だった。

もはや寒さなんて気にならないほどに、顔が赤くなっていた。

顔どころか、体も熱くなっていて、もう何も考えられなかった。

けど言いたいことは全部言った。

逃げていると思う。

叶わないとわかっているから、思い出をくださいなんて……ひどい言いぐさだと思う。

でも、最初から帰ると言っていた人に対して、自分の意見を押しつけるのだからと思う気持ちもある。

 

まぁどっちにしても卑怯なことに変わりはないか……

 

でも自分に正直ではあれたと思う。

例え卑怯であったとしても、それだけは卑怯じゃないと思えるから。

そうして私が自己満足とも言える告白をした。

身勝手で引かれてしまったかも知れない。

呆れたかも知れない。

もしかしたら……意味がわからないと言われるかも知れない。

それでも……どんな結果であっても受け入れる。

 

その気持ちだけはちゃんとあった。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

そんな私に対する鉄……刃夜さんの反応は、吐息だった。

先ほどまでまっすぐと私へと向けられていた目線は……夕日が沈んでいく、海へと向けられていた。

 

えっと……

 

聞こえなかったわけでも、無視をしているわけではないのだと思った。

ただ静かに、夕日を見つめて考えているのだと……思った。

 

「……ここまでしてくれたのなら、話すのが礼儀ってものか」

 

 

ぼそりと呟かれたその言葉は、私の耳には届かなかった。

だけど鉄さんも何かを決めたかのように、もう一度息を吐くと……私に向き直った。

 

「美綴綾子さん」

「はい!?」

 

フルネームで名前を呼ばれてびっくりしてしまって、思わず声がうわずってしまった。

そんな私のうわずった声には得に反応を示さず、刃夜さんは腰を曲げて、私に頭を下げた。

 

「申し訳ないが、それは出来ない」

 

綺麗に腰から曲げられた謝罪の態度は、その態度と同じ意味の言葉が鉄さんより紡がれた。

ダメだってわかってたし、ダメになるとも思っていた。

それでも期待していたのも当然事実だから、どうしても気持ちが沈んでしまう。

一度頭を下げて謝罪をしてから、鉄さんは頭を上げて理由を聞かせてくれた。

 

「俺には美綴と……綾子さんと恋人になる訳にはいかない。前にも話したとおり、俺は帰らなければいけない」

 

……ん? 恋人?

 

確かに恋人になれたらとは思っていたし、そんな感じのことも言ったけど、最終的に私がお願いしたのはもう少し残っていて欲しいと言うことだ。

それを刃夜さんが理解していないはずがない。

だけど、刃夜さんの話は続いた。

 

「事情を言えないのが心苦しいが、どうしてもしなければいけないことがあってな。だから帰らないといけない。だから、恋人を作るなんていうのは出来ない。それに……正直に言わせてもらえるのであれば、想像すらもしたことがない」

「えっと……あの……」

「自分の腕を磨くのに一杯一杯でな。だから恋人なんて考えたことはない。かといって当然俺は同性愛者じゃない。子供だって欲しい」

「あの……刃夜さん?」

「でもそれは今じゃないんだ。少なくとも帰ってからでないと、俺はまともに考えることが出来ないんだ。恋人なんて存在は。だから……本当に申し訳ない」

 

なんというか……こっちのことは見ているのに、まるで用意された台詞をそのまま読み上げている様な感じだった。

そう考えていると言い終えたのか、鉄さんが息を一つ吐いて……一度目を閉じて、苦笑した。

 

「以上が、俺が美綴の告白を断るために用意しておいた、理由という名の台詞だ」

「……はい?」

「驚くべき事だが、よもや俺が告白されるなんてイベントが、あるとはな。二度目でもびっくりだ」

 

二回目って……一回目は!?

 

「まぁそれはともかくとして……。こう言って、俺は美綴の……綾子さんの告白を断ろうと思っていたんだ。恋人になってくださいって告白のな……」

「? それってどういう?」

 

 

 

「それを見事に……あいつと一緒で、意表を突かれたというか。……やられたっていうか」

 

 

 

あいつ?

 

誰のことを言っているのかわからないけど、その言葉に込められた思いは今までの理由の台詞とは全然違った。

それがわかるくらいにはっきりと……刃夜さんは優しげな苦笑を浮かべていた。

 

「美綴綾子さん」

「は、はい」

「買い物に付き合った礼っていうのもアレなんだが、これから少し時間はあるか?」

「えっと……ありますけど?」

「ならすまない。俺からも話があるから、和食屋二号店(・・・)まで一緒に来てくれないか?」

 

二号店?

 

いつの間に二号店が出来たのか? そんな当然の疑問が私の頭に浮かんだ。

私の疑問が当然理解できるのだろう。

刃夜さんは苦笑していたけど、すぐに顔を改めた。

 

「もう一度結論を言っておく。綾子さんの願いを叶えることは出来ない。恋人になるのも、もう少しここに残ることも。その本当の理由を説明したい」

 

本当の……理由……

 

「本当の理由を言うのは俺の自己満足だ。聞いても聞かなくても結果は変わらない。それでもいいというのであれば……だが……」

 

確認してくる鉄さんの言葉。

だけれどそれは意味のない問いだった。

結果が変わらないのであれば、聞いても意味がないかもしれない。

けど、刃夜さんが話してくれると思ったのに、意味があるのなら。

なら聞きたい。

聞いてみたい。

私の態度で察したのか、先にいた私をおいて刃夜さんが歩き始めていた。

別段速いわけではないけど、もしも二号店が私の想像しているいつもの店と違うのであれば道がわからない。

そのため私は慌てて刃夜さんの後を追った。

先ほどと違って私が後ろをついていく形になった。

何となく、この立ち位置が話の主導権をあらわしている気がした。

そして深山町の住宅地を歩いていく。

刃夜さんについていくのだけれど、この道順はどう考えても……

 

いつものお店への道……

 

そしてその私の予想は違えることなく、いつものお店に到着した。

 

でも二号店?

 

その言葉の意味が全くわからなくて、思わず足が止まってしまいそうになった。

けれどここで止まるわけにはいかないのだ。

さっき刃夜さんが言った、断ろうとしていた理由の台詞。

つまり今から聞かされるのは、それとは別の台詞……きちんとした理由という話。

それが一体どんなものなのかは全く想像できない。

一年近く通い続けたこのお店の敷居をまたぐのは怖い位に思えてしまう程に。

 

けれど……

 

刃夜さんが私のさっきの告白を聞いて話したくなったというのは、きっと意味があったということなら。

これを聞かずに帰ってしまうのは、それこそ本当に逃げたことになってしまう。

自分の恋愛を諦めないと決めたのだから……私は勇気を出して一歩を踏み出した。

 

「いつものカウンターだとちと都合が悪いから、四人テーブルにでも座っていてくれ」

 

覚悟を決めて踏み込んだ私に背を向けたまま、刃夜さんは奥へと……居住スペースへと入っていく。

そしてすぐに、二つの物を持って来た。

一つは実にシンプルな拵えの真剣。

そしてもう一つは……少し小さめの包丁だった。

 

「これは俺にとって、始まりの得物達だ」

「始まり?」

「まぁ夜月はある意味で本当の始まりってのとは違うのだが……あいにく、子供用に鍛えられたあいつは俺の実家の……元の世界にあるからな。こいつで代用する」

 

元の世界?

 

意味のわからない単語を口にしながら、刃夜さんは私が座っている席の反対側に腰掛ける。

私の疑問を抱いていることがわかっているはずなのに、刃夜さんは何も言わない。

そしておもむろに拵えから日本刀を抜刀した。

 

うわ……本物だ

 

武道をやっているため、真剣を見る機会がない訳じゃない。

けれどここまで間近で見るのは初めてだった。

 

綺麗だね……

 

まさに日本刀と言われる物がそばにあった。

打刀と言われる物だろう。

あまり詳しくはないけれど、一般的な長さの物だと思う。

そして私がそれとなく抜かれた日本刀を観察していると、刃夜さんが目釘を抜いて柄から刀身を外した。

更にいつの間に取り出したのか、なんか小さな枕みたいな物を机において、それに刀の刀身を乗せた。

後にこれは刀枕と呼ばれる物だったことを知る。

鞘から抜かれ、柄も鍔も外して……テーブルの上には完全に抜き身になった日本刀が一振りと、小さな包丁がおかれた。

 

「この日本刀の名前は夜月。俺の爺さんが、俺が生まれた日に鍛え上げた、俺にとってもっとも大事な日本刀だ」

「おじいさんが? 刃夜さんの実家って……」

「表向きは鍛冶屋だ」

「……表向き?」

 

表向きというその単語が……あまりにも平坦な声で言われた。

その声が……どこか薄ら寒さを感じさせる。

冬の夕暮れ……逢魔が時。

飲食店でだったお店には音もほとんど鳴らず、私と刃夜さんの息づかいだけが……私たちの耳に聞こえてくる。

暖房も入れているのにどこか冷たさを感じる、部屋の中で……あまりにも驚きの話が、語られた。

 

「裏では悪人殺しをして、暴力で擬似的な平和活動を世界各地で行う殺し屋。それが俺の実家だ」

 

殺し屋?

 

あまりにも突飛な単語で、思わずきょとんとしてしまう。

そんな私に……刃夜さんはすっと手をさしのべてきた。

何をしたのかとその手を見てみると、いつの間にか握られたのか、短刀が私の首元に向けられていた。

 

というかその短刀……どこから?

 

「俺は素手でも人を殺せるが、口で言ってもわからんだろうからな……まぁ実際に殺されたっていう実感がわきやすいように、刃物を向けた。突然すまなかったな」

「……いえ」

 

短刀を腰にしまって、刃夜さんは私に深々と頭を下げる。

確かに今の一瞬、私は刃夜さんに殺された。

殺すことが可能だった。

あまりにも鮮やかに、静かに。

そして頭を上げると同時に……話を続けた。

 

「ここであってここじゃない日本で、俺はそういう表と裏、二つの面を持つ家の長男として生まれた」

 

ここであって……ここじゃない?

 

その言葉の意味が聞きたくなったけど、まだ刃夜さんの話が終わってないので、私はただ黙って刃夜さんの話を聞いた。

きっとそれの意味も教えてくれるだろうと思ったから。

 

「物心ついた時にはすでに修行の日々だった。木刀、真剣、徒手格闘術に呪術。銃を用いた近代戦術とか多岐にわたった」

 

知っているけど、実際に聞くことのない単語がいくつも出てくる。

もしやこれは作り話で、私のことをからかっているのではないかと疑ってしまいたくなる。

けれどそんなことはないと、すぐに理解できた。

 

 

 

「そして俺は鍛造の技術、人殺しの技術を叩き込まれて……海外に何度も出向いて、悪人共を殺してきた」

 

 

 

 

 

 

 

殺してきた。

手にした得物と技術。

それは疑いようもなく、人を殺すための力。

疑いようもなく、疑う余地もなく、刃夜は人殺しであることを、静かに明かした。

柄も外し、刀身だけの状態となった夜月の茎を握り、その刃紋を見つめる。

 

「それから十年と八年。俺は表向きの仕事を行うために、タンカーに乗って海外へと渡っていた。その帰り道に……俺は突然未知の世界にいた」

「未知の世界?」

「そう。文字通り未知だった。ゲームに出てくるようなモンスターがわんさと出てくる、そんな世界に?」

「ゲーム? モンスター? えっと……」

「その世界でまぁいろいろとあって、再び冗談のように世界を渡った。そして気がついたら……大河に撥ねられていたらしい」

 

疑問を向けてくる美綴を放っておいて、刃夜は淡々と事実を語っていく。

当然全てを語っていては深夜を迎えてしまうので、モンスターワールドの事はほとんど省いていたが。

 

「え……えっと……」

「まぁ駆け足だが俺の人生を語ってみた。二号店って意味も、わかったかな?」

「ほ……本当、なんですよね?」

「嘘だったら俺としても良かったんだがな……」

 

さすがは現代社会の日本の女子高生。

ゲーム、マンガやアニメなど、膨大な作品に溢れているこの世界では、並行世界という概念を説明する必要がないのは、とても楽なことではあった。

 

楽ではあっても……決して楽しくはないのだが

 

美綴はあまりにも突飛な話で頭を抱えんばかりだった。

そんな普通の反応がおもしろく思えて……士郎や凜、桜なんかは案外すんなりと受けれていていたため……刃夜は苦笑を禁じ得なかった。

そして……テーブルの上に置かれている包丁を手に取った。

 

「まぁそんな破天荒すぎる人生を歩んでいる。成功と失敗を繰り返してな」

「失敗って……」

 

その失敗がどんなことを意味するのか何となく理解できるのだろう。

美綴は思わず止めようとしてしまった。

絶対にいい思い出ではないのだから。

だが気付いてしまった。

小さな……まるで子供用のようなサイズの小さな包丁を手にして、それを見つめながら語ろうとしている刃夜の姿が。

包丁を見ているはずなのに……まるでどこか遠くを見ているような刃夜の姿。

 

それが、自分に話をしながら、自分自身にも語りかけているのではないかと、そう気付いた。

 

何より、これだけの事を話そうとしてくれている刃夜の口を止める訳にはいかなかった。

何せ話を聞くと決めたのは自分自身なのだから。

だから……美綴はただ静かに刃夜の話を聞いた。

 

 

 

 

 

 

物心ついた頃から修行をして、実地訓練と言われて戦地に初めて訪れたのは、小学校に入学して初めての夏休みの時だった。

子供といって何ら差し支えのない年齢で、俺はすでに何人もの人を殺していた。

当時の俺のために鍛えられた得物で、現地で手に入れた銃器で、何もなければ拳で。

 

まぁ銃は拳銃でも相当使いにくかったが……

 

サイズが大人用しかない……当たり前だが……ため、子供が扱うには逆に難しかった。

かといってもっと大きなライフルなんかを使う……子供でも銃のサイズ自体が大きい故に、拳銃よりは扱いやすいが……のは、はっきり言って大きすぎて邪魔だった。

となると拳銃を無理矢理使う感じだったので、基本的に刀か徒手空拳が主体になる。

あと棒手裏剣。

今考えても何の意味もないのだが……家がそういう家とはいえ、十にも満たないガキが悪人とはいえ人殺しをするのをやらせる家ってのは、なかなか無いだろう。

 

まぁ進んでやっていたわけだが……

 

殺しがしたくてしていたわけではない。

快楽で人を殺したいなどと思ったことは、心から誓って一度もないと言えるからだ。

子供心ながらに行われていた悪事が、ひどいことはわかっていた。

故に教えられて鍛え、身に着けていった技を使うのに躊躇いはなかった。

かといって、初めて人を殺した時の感触を忘れたことは決してない。

 

「その失敗と、この包丁は何か関係があるんですか?」

 

俺の説明を聞いている綾子さんは、本当に聡明だった。

包丁の件ではなく、一切俺に質問をしてこないことがだ。

並行世界の概念を知っているというのもでかいだろうが。

それでも俺の話が本当のことだと知りながら、ここまで実直に素直に、聞き取れることは並大抵の胆力ではない。

ましてや綾子さんは本当に一般市民だ。

魔術も知らず、当然の裏の世界のことなど知りようもない。

それでもなお、俺の話を聞けるというのは……

 

本当に……すごいな……

 

心から感嘆しつつ、俺は更に話を続けた。

 

「そうだ。これは俺が料理を志すことを誓った日に……爺さんが鍛造してくれた包丁だ」

 

俺は何も最初から料理を極めようと思っていたわけではなかった。

最初は鍛造と戦闘のことしか考えていなかった。

だが力だけでは、どうにも出来ないことを知ったのだ。

いつだったかなど……忘れるわけもない。

あれは俺が中東に三回目に派遣された時の事だ。

当時俺は八歳だった。

得物として与えられた脇差しとナイフ。

そして現地で仕入れた銃器を使って俺は、何人かの悪人を殺した。

悪人を殺して、捕まっていた子供を助けに行った。

 

そこにいたのは……何の拘束もされていない非力な子供達だった。

 

俺はそれを見て絶句した。

拘束することが無意味なほどにやせ細り、目には意思の光りすらも宿らないほどに力なく倒れている、子供達。

片言で簡単なことでしか話せない俺は、それでも何とか助けようと声を上げた。

だが捕まった子供達は、俺を警戒して近づいてこようともしなかった。

それは、さらに奥にいる小さな子供を守るためだった。

そのとき、俺はどう行動すべきだったのだろう?

まだ当時の俺は八つだった。

腕に自信があるなんてとても言えない。

だから自分の命を守るのにも必死だった。

 

もしこのとき全ての得物を捨てて説得してれば、最低限でも……助けられたのかも知れない……。

 

かといって捕まってひどいことをされていた子供達に手荒なまねが出来るわけもなく……結局何とか何度も言葉を伝えて、信じてもらうしかなかった。

そこまでは良かった。

だがその奥にいた……他の子達に力なくとも庇われていた子を見て、俺は目を閉じるしかなかった。

もう灯火が消える寸前に弱った子だった。

骨と皮という言葉しか思い浮かばない体躯。

当時の俺よりも年上なのは、上背を見ればすぐにわかったが……それでも俺よりも体重が軽いことは、瞬時にわかる……。

そんな体躯されてしまった少年が横たわっていた。

だがそれでも……せめて助かったことだけでも伝えたくて、俺はその子の手をそっと握った。

 

助けに来たよと……

 

へたくそな発音で、優しく、何度も呟いた。

その声が届いたのかわからないが、その子は俺を見て穏やかに笑った。

そしてすぐに俺以外の助けが来てその子供達は助け出されたのだが……奥で庇われていたその子だけは、時間が少し足りずに命を落とした。

重度の栄養失調だったらしい。

また、俺が助けた他の子達も、結局俺のことが最後まで怖かったのか、うち解けることが出来なかった。

 

助けに行った存在に……言葉が通じない人たちに悪意がないことを伝えることが、どれだけ難しいのか。

 

また死んでしまった子供は、最後にこう呟いていたらしい。

 

お腹がすいたと……。

 

その子にとって、もう助かる、助からないことはどうでも良かったのかも知れない。

 

だけど最後に……少しでいいから、何かを口にしたかった。

 

 

 

俺はあの子の命も……心すらも、助けることが出来なかったのだ。

 

 

 

その奥で庇われていた子は、元々みんなのリーダー的な存在であり、他の子達を庇っていたらしい。

だがそのため、悪人達に目の敵にされてひどい仕打ちをされたという。

手足の健が切られていた。

そしてリーダー格を封じることで、他の連中も逃げられないようにしたという。

その子も決して強かった訳じゃない。

だが勇気があったのだ。

他の子達のために、自分を盾にすることの出来る……勇気が。

 

 

 

力だけではダメなのだ。勇気だけでもダメなんだと……

 

 

 

正しい行為だ……人を庇うというその行為は……

 

 

 

だが、それで自分が死んでしまっては……結局救った人も悲しませてしまう。

 

 

 

それにもし……その正しい行為をして生きていける世界であれば……。

 

 

 

 

 

 

あの子は命を落とすことはなかったかも知れない……

 

 

 

 

 

 

だから俺は誓ったのだ。

 

 

 

助けに行った存在を、本当の意味で助けられるように。

 

命だけではなく、心さえも助けられるように。

 

だがかといってすぐに言葉が話せるようになれば苦労はしない。

 

 

 

そして当然だが……そんな簡単に世界が変わる訳がない。

 

 

 

どうにかして言葉が通じなくても、敵意がないと伝えられる技術が欲しかった。

 

また言語はあまりにも多岐にわたる。

 

ならばどうすればいいか?

 

そのとき思いついた……というよりもその子の願望を叶えることが出来なかった自分の未熟を克服するために、俺はその日から料理を学ぶと決めたのだ。

 

料理ならば、心を癒すことが出来る。

 

様々な国の料理でも、知識と技術で作ることが出来る。

 

言葉よりは、通ずることがしやすいのではと……思ったのだ。

 

だから俺は料理を学んだ。

 

そう……元々人を殺すのが好きじゃない、出来ればしたくないのだ。

 

だから、俺は料理で一人でも多くの人を喜ばせたいと……そう思った。

 

 

 

 

 

 

「以上が、俺が料理を学ぼうと思った理由だ」

「……」

 

言葉が出なかった。

嘘にしか思えない。

だって小学校一年生で……すでに人を殺したことがあるなんて。

それどころか、海外に何度も行って悪人とはいえ、何人もの人を殺したことがあるなんて。

 

さらに……異世界の人間だなんて……

 

正直に言わせてもらえれば、意味がわからなかった。

いや意味自体はわかっている。

理解できないというのが正しい。

 

いや、理解は出来るんだけど飲み込めないって言うか……でもそれって結局同じ事で……

 

もう何が何だかわからなくなっていた。

だって、あまりにも予想していたのとは全く違う内容で。

正直に言ってしまえば、今ここで誰かが「どっきり大成功」とか書かれたプラカード持ってきてもらった方が、よほど納得が出来る。

 

まぁそんなことはあり得ないだろうけど……

 

そんなことをする人だとは思ってないし、話している時の態度がそれを物語っている。

けど、今聞いた話があまりにも大きすぎて、飲み込むのは困難だった。

 

「自分がやってきたことのけじめをつけるために、俺は俺の世界に帰らないといけないんだ。だから、俺はこの世界にこれ以上とどまる訳にはいかない」

「帰って……どうするんですか?」

「どうもしない。今まで通りの生活を送る」

「それって……」

 

 

 

「俺が悪だと判断し、悪人に手を下して……一人で多くの人の尊厳と命を救う」

 

 

 

「……」

 

確かな何かを感じさせる、そんな言葉だった。

そしてそれ以上に……拒絶を感じさせる。

 

「俺は俺の世界での人殺しだ。だから……俺は帰らなければいけない。帰らないといけないんだ」

 

……どうしたんだろう?

 

先ほどまでと違って、何故か今の刃夜さんの言葉は、どこか苦し紛れに言っているような気がしてならなかった。

けどすぐに一度小さく首を振って、そんな雰囲気を払拭していた。

 

「まぁともかくそう言うわけだ。未熟者故恋愛事にかまけてられないってのも理由の一つだが、それ以上に俺にはどうしても早く帰らなければいけない理由があるんだ。だからすまない」

「いえ……まぁ本当のことなんでしょうから、それは大丈夫です」

 

大丈夫というのは嘘かも知れない。

だって、どうあがいたって刃夜さんのことはわかっていないのだから。

普通に生活していて、普通に高校に通っているだけの私に、人を殺すなんて事想像出来ないのだから。

無論私だって聖人君子じゃない。

死んだ方がいいとか、死ねばいいのにと思ったことはある。

でもそれは私がただ個人的にそう思っただけの事であって、当然本当に死ねばいいなんて思ってない。

けど刃夜さんは違うのだろう。

主観だけじゃなく、客観的に見ても悪人と言われる人を殺してきたんだと思う。

そして……自分自身がその悪人になっていることも理解しているんだと思う。

 

そんな重いっていうか……大きな事、わからない。けど……

 

 

 

刃夜さんが自分の事情を優先するというのなら……

 

 

 

「そう言ってくれると助かる」

「でも……」

「?」

 

 

 

「まだ……時間はあるんですか?」

 

 

 

 

 

 

私は、私の事情(気持ち)を優先する!

 

 

 

 

 

 

そしてそれ以上に、これで終わりにしたくないって言うのが、私の本音だった。

確かに事情があるのはわかった。

でもそれは私が本当の意味で失恋した訳ではないと思う。

私のことを全く意識していないのなら、こんな話なんてしてくれないと思う。

つまり自分の事情を優先して、刃夜さんは自分の世界に帰るって事。

だから私のが事が嫌いって訳じゃないんだと思う。

 

そっちの事情は、はっきり言って完全に理解している訳じゃない……けど!

 

事情を話してくれたのは素直に嬉しかった。

嘘みたいな話だけど、刃夜さんの態度を見れば、嘘じゃないのも、妄想じゃないのも理解できる。

だったらやることは一つだった。

 

負けてたまるか!

 

引き留める気なんてもうない。

引き留めてなんてあげない。

帰る時になって、本当にわかれるのが惜しくなるくらいに、私は惚れさせてみせる。

あの日……買い物をする約束をした時に私はこう思ったんだ。

 

惚れさせてみせるって!

 

だから、まだ時間があるというのなら、惚れさせて別れが惜しくなるくらいにしてみせる。

そうでないと私自身が納得できない。

だから……

 

「ないって事はないと思うが……」

「だったら、また買い物に付き合ってもらいます」

「いや……しかしだな」

「別に引き留めるつもりはありません。もうそんな気持ちは捨てました」

「? だったら?」

 

 

 

「刃夜さんが離れたくないって位に想ってもらいます。でもだからといって、引き留めませんし、私も縋りません」

 

 

 

そう、引き止めてなんて上げない。

残ると言っても、強制的に帰してみせる。

私が振られたんじゃなく……振って上げるつもりで行くことにしたのだ。

 

そうじゃないと、なんか負けた気がするしね

 

今の一言で私の意図を察したのか、刃夜さんが一瞬だけきょとんとして……苦笑した。

 

 

 

「お前……やっぱりいい女だよ」

「そういう刃夜さんは嫌な男ですね」

「それは失礼。否定できないところが悲しいな」

 

私の嫌味に対して、刃夜さんはただ肩をすくめただけだった。

その仕草に余裕を感じて、少し悔しかった。

だから絶対に落としてみせると誓ったのだ。

 

誓ったのだけれど……

 

やっぱり人生ってのは、そう簡単にうまく運ばないってのを、私はこの後すぐに知った。

 

 

 

 

 

 

いい女だよ……か。それに対して嫌な男……ぐうの音もでんな

 

美綴……綾子さんが帰宅して、俺は反省会というか、今日のことを思い返して笑うしかなかった。

 

レーファと同じで、ここまで裏をかかれるというか、予想の斜め上を行かれると、もはや笑うしかないな

 

俺が単純というかバカなのか、それとも向こう側が上手なのか……ともかく俺は恋愛というか、男女関係の事に関しては全てにおいて負けてばっかりだった。

それだけ未熟者ということなのだろう。

 

フィーアは……ちょっと違うか

 

荷物の整理をしながら、俺は以前の世界の……モンスターワールドで出会い、わかれた人たちのことを思い出す。

現実世界で……今いるこの世界と大差ない世界で生きていた俺が、何故かモンスターワールドへと向かったこと。

そして、何故モンスターワールドから帰る際に、俺はこの世界に紛れ込んだのか?

それを知っているというか、関与しているのは間違いなくあの二人だろう。

だが関与していたとして……何故そんなことが出来る?

 

ただの爺と親父じゃないってのは……俺が誰よりも知っているつもりだったが……

 

ただの人間じゃないことは、俺と同じ裏家業を行っているのだからそれも当然といえるだろう。

だが、それだけではないようだった。

そうでなければ、異世界から帰っている俺に対して、あんな言葉が聞こえてくるはずがない。

 

空耳って可能性も……あり得なくはないわけだが……

 

しかしそう思うも、俺は間違いなく実際に聞こえていた。

聞こえてきたのだ。

だから幻聴でも空耳でもないと思うのだが……

 

スケールがあまりにも可笑しくて余り納得できない感じだが……

 

そう疑問符を浮かべながらも、俺は移動するための準備に余念がなかった。

元の世界から持ってきている荷物とは別に、モンスターワールドで手に入れて荷物を入れている荷物入れ、そして……今回移動に伴って新しく仕入れた荷物の準備を、俺は入念に行っていた。

素直に帰れないことを想定している時点で、俺は帰りたいと思いつつも、まだ帰れないことをわかっていたのだろう。

この程度で終わるとは、何故か思えなかったのだ。

だからちょっと違法なこともした……違法であっても悪いことではない……し、さらに食料品の買い出しや、あろう事か作物の種や、小さな苗、それらの肥料なんかも購入してしまった。

飲料水を保存するための丈夫な容器なども万全である。

さらには、テントさえも購入していたりする。

 

……あれ? 俺明日キャンプにでも行くんだっけか?

 

この場で違法な物や種を除けば、思わずそう思えてしまうくらいに、今の俺の荷物はアウトドア仕様になっていた。

いっそ現実逃避で明日キャンプでも行ってしまおうか……そんなことを考えてしまう。

 

それも楽しそうだなぁ……

 

後僅か数日程度しか、この世界にとどまれないほど現金を使用するくらい、準備に奔走していたため、考え得る限りの準備を終えてしまった。

そのため、かなりの大荷物になってしまったのだが……文字通り命を金で買ったような物なので、何ら後悔はなかった。

 

準備不足で死ぬとか……それこそ死んでもごめん被りたいしな

 

一通り点検を終え、いつでも持ち出せるようにまとめて一つの場所に置いておく。

当然運搬する際に不便がないように、縛り付けるためのロープなんかも用意してある。

荷物は具体的に……最初所持していた鍛造道具一式及び衣服などが入ったでかいリュックサック。

刀入れ。

モンスターワールドで手に入れたポーチに、モンスターワールドの世界の荷物などを入れた背嚢。

この世界で購入したボストンバッグに食料品など生命維持に必要な荷物各種。

食料を生産するために必要な種や苗、それらの肥料に農耕栽培入門編の本数冊。

そして、サバイバル重視のリュックサック、他違法な物を入れるためのリュック。

テント一式。

これに狩竜や封絶が加わるので……大荷物でも生ぬるい重量となっている。

更に運搬に便利なように、組み立て式の台車も購入した。

 

……キャンプと言うよりも災害時訓練って感じだな

 

一通り準備を終えてた荷物を見て……俺は内心で笑うしかなかった。

ただ……あまり考えたくない推論だが、もし仮にあの二人ないし、どちらかに超常的な力を有していたとしたら、きっと何かしらの事はしてくる。

もしかしたらこの準備したもの全てが無駄になるかも知れないが……そのときはそのときだった。

 

準備不足で死ぬのは以下略

 

と、考えていたためだろうか……?

だからなのか……それともあの二人組の策略なのだろうか?

俺は……正しくは俺の左腕の力が……異変を感じ取った。

 

 

 

ん?

 

 

 

準備を終えて一休みしていると、不意に左腕に違和感があって俺はその違和感を覚えた方角へと意識を向ける。

するとその意識を向けた場所は……見事に地底深くだった。

 

これは……嫌な予感というか嫌なことほどよくあたるというか……

 

『何か起こったようだな』

『みたいだな。どうしてこう……俺って奴は……』

『なんというか……災難だな、仕手も』

 

封絶も気付いたようで、俺にそんな慰めの言葉を向けてくる。

俺はそれに返す気力もなくなっていた。

しかし愚痴を言っても始まらないので、俺は仕方なくまとめた荷物を身に着け始めた。

 

 




遅くなって理由は……怒られるかもしれないけど、活動報告にあげます


暇な人は読んでみてください


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旅立ち

個人的にけっこう好きな話

一部分は自分でも驚くくらいによく書けたと思います(自画自賛)

まぁ気に入らない方もいるかもしれませんが、それでも個人的にけっこう気に入ってますw


異常が起きたのは、あと二時間ほどで日付が変わる、夜半時だった。

 

「!? これって!」

 

誰よりも早く異変に気付いたのは、聖杯であるイリヤだった。

居間でのんびりまったりとした時間を過ごしていた時のことだ。

和菓子の栗羊羹を食べながら緑茶をすすって……ここ数日の生活で、ずいぶんと日本の食生活に慣れたようだった……いた。

セイバーは黙々と藤村組から差し入れされたミカンを、こたつに籠もりながら食べ続けていた。

ライダーはいつものように居間にはおらず、桜の容態を見守っているため居間にはいない。

 

「どうしたイリヤ?」

 

空になってしまったセイバーの湯飲みに、新しく熱いお茶を注ぐ士郎が突然声を上げたイリヤへと、疑問の言葉を投げかける。

だが、誰もがすぐに異変に気付いた。

 

魔術を知り、その術を磨いている存在は……。

 

すぐにセイバーが異常に気付き、そしてライダーも気付いた。

他のサーヴァント達も同様で、誰もが何かしら問題が起こった事を認識した。

それはマスターである士郎や凜も同じ事だった。

 

「イリヤ、これは……」

「大聖杯が急に安定しなくなったみたい。どうして? 今朝見に行った時はそんな兆候全くなかったのに」

「イリヤスフィール。このまま行くと、どうなるのですか?」

 

さすがにミカンを食べている場合ではないと思ったのか……といっても、皮を剥いたミカンは全て平らげており、剥かれた皮の数はかなりあったが……セイバーが立ち上がりながらイリヤへと問いを投げかける。

第五次聖杯戦争を刃夜が強引な形で終わらせてから、それなりの日数が経過していた。

サーヴァントが五体も存在する状況でありながら、今の冬木は聖杯戦争が始まる前よりも穏やかな時間が流れていた。

そしてその穏やかな時間が心地いいと思っているサーヴァントは多かった。

何より、サーヴァントはこの生活の中でどうしても知りたいこと、やらなければいけないこと、そして……やりたいことがあるため、まだ消えたいとは誰も思っていなかった。

そのため、自らが存在するためにもっと重要な存在である大聖杯に異変があるというのは、十分に問題視すべき事柄だった。

 

「どうもしないわ。聖杯の中のこの世全ての悪(アンリ・マユ)はすでにジンヤが消してくれたし、魔力もあなたたちサーヴァントが現界するために使われた。けど、穴はまだ閉じられていない。穴が閉じることによって何か問題が起こるって事はないけど……けど」

「穴ってのは、その……第三魔法の目的のための穴だよな?」

「そう、その穴よ。そして魔力がなくなった今、あの穴を必要としてるのは、一人しかいない」

「刃夜か……」

 

今の大聖杯を必要としているのは、自らの肉体を現界させているサーヴァントを除けば、刃夜だけだった。

本来であれば、第五次聖杯戦争を強引に終わらせたその瞬間に、刃夜は聖杯へ飛び込むのがもっとも安全と言えた。

まだ刃夜としてもやることがあり、また荷物を置いてはいけなかった。

だから聖杯であるイリヤに毎日状況の確認と、報告を刃夜はお願いしており、今朝も当然異常がないと報告をしていたのだが……。

 

「閉じたらどうなるんだ?」

「おそらくだけど、ジンヤがこの世界から出て行くことができなくなるわ」

 

並行世界という存在を知りつつも、実際に経験のない士郎達には正直に言えばよくわかっていない。

だがそれでも、自分の世界に……故郷に帰れないと言うことがつらいということは、十分に理解できる。

 

「イリヤ。サクラに影響はあるのですか?」

 

異変を感じ取って、自らの主の容態を聞きに、ライダーが居間へと少々慌て気味にやってくる。

そのライダーに対して、イリヤははっきりと首を横に振った。

 

「おそらく問題はないわ。この世全ての悪(アンリ・マユ)がなくなったから。確かにサクラも聖杯の欠片を埋められたことで、聖杯として機能する。けど大聖杯の穴が閉じた程度では問題ないはず」

 

その言葉に、ライダーは心の底から安堵したようで、普段はほとんど動かさない表情に微笑を浮かべていた。

だがそれもつかの間だった。

大聖杯が不安定になったのは、おそらく刃夜も察しているだろうと、この場にいる誰もが信じて疑わなかった。

異世界から来た、あまりにも謎の存在。

生身の人間でありながらサーヴァントと互角に戦うことができ、魔術と系統は違えど術を使えて、挙げ句に料理のプロ。

そんなあり得ない存在だからこそ、通常大聖杯に異変が起こったことなどわかるはずもないはずなのだが……それでも誰も刃夜が気付いてないとは思わなかった。

だがそれでも異変が起きたのならば、確認には行かなければならないだろう。

 

「まぁたぶん気付いているでしょうけど、一応教えに行った方がいいんじゃない?」

 

そう言いながら居間に姿を現したのは、凜だった。

未だ眠り続けている桜の見舞いと、目を覚まさせる方法を模索するため、たまにこうして凜は衛宮家に顔を出していた。

何かしら研究でも行っていたのか、伊達眼鏡を掛けている。

 

「それは……そうだな……」

「急ごうシロウ。気付いていても気付いていなくても、ジンヤとはこれが最後になる可能性が高いんだから」

 

立ち上がってイリヤは士郎をそう急かした。

確かにイリヤの言うとおりだった。

もし仮に大聖杯の穴へと飛び込めば、どのような結果になろうと刃夜がこの世界からいなくなるのは間違いない。

今生の別れになる可能性は、決して否めなかった。

 

「最後……」

 

そのイリヤの言葉に、小さく言葉を呟いたのはライダーだった。

顔を少しうつむけて思案しながらぼそりと呟かれたその言葉に、士郎もイリヤも気付かなかったが……それとなく回りを見渡していた凜は、ライダーの様子に気がついた。

 

「見送りに行ってきたら?」

「? リン?」

 

考え事をしていたライダーは、咄嗟に凜が何を言ってきたのか理解できなかった。

その態度に凜は一つ溜め息を吐いた。

溜め息といっても呆れているような、負の感情から起因する物ではない。

どこか、しかたのない妹を諭すような感じの吐息だった。

 

「イリヤの言うとおり、おそらくあいつとはこれでお別れになるでしょうね。何か思うところがあるのなら行かないと、もう会える可能性は限りなく低いわよ?」

「しかし……」

「桜なら心配しないで。私がちゃんと面倒見るから」

 

見送ることの出来ない言い訳を、先に潰してしまう凜。

先回りされたことで、思わず目をぱちくりとさせてしまうライダー。

その仕草がかわいらしくて、凜は思わずぷっと一つ笑った後に、片目を閉じながら笑顔を向けた。

 

「私はもうこの前会った時にいろいろいってやったし、報酬ももらったからあの男に用はもうないから。だから何か思うところがあるなら、ガツンと言ってきて」

『楽しく話をしているところ申し訳ないが、刃夜が動いたぞ。皆の予想通り、大聖杯の異常に気付いているようだ。ものすごい大荷物で柳洞寺へと向かっている』

 

凜が衛宮家に来ているため、護衛としてアーチャーも来ており、定位置と言うべきなのか……屋根の上で周囲を警戒していた。

正直なところ何を警戒するのかと、言いたくなるのだが……アーチャーにはアーチャーなりに思うところがあるのだろう。

決してこの居間に……敷地に足を踏み入れても、家の中にはかたくなに入ろうとはしなかった。

 

「ですって。だから行ってきて」

「行きましょうライダー。私としてもジンヤには御礼を言わなければいけないこともあります」

「セイバー」

 

セイバーも用があるみたいで、立ち上がり士郎やイリヤ同様に、コートを羽織りながらそう言う。

ライダーも何人にも促されて決意が固まったのか、急いで自室……衛宮家は広いため、全員に個室を与えてもまだ余裕があった……の和室から上着をとってきて、皆で出掛けていった。

 

『本当に良かったのか? 君も行ってもいいのだぞ?』

『私があいつに会って何を言えばいいのよ? あいつとはこの前のイリヤの依頼と、その報酬関係の話で綺麗さっぱり清算されたわよ。少なくとも私の中ではね』

『そうか。君がそう言うのなら私は構わないが』

『そういうあんたはどうなのよ? アーチャー』

『私もあいつに言うことは何もない』

『そう』

 

全ての人間が出払った衛宮家で、凜は桜の部屋に足を運びながらアーチャーと念話をする。

実際、凜の中で綺麗に決着はついていた。

思うところがない……とは言いいきれないかもしれない。

狩竜を概念武装と勘違いしてしまったのが出会いだった。

その後は対して接点もなかったが、魔術師でもないはずの刃夜が聖杯戦争にマスターとして参加したことで、一変した。

そこからが本当に凜にとっては苦難というか……大変な事が多々起きることになった。

聖杯戦争を全く知らないはずの刃夜が、マスターとして参戦。

刃夜が契約したのはアサシンであるはずの佐々木小次郎。

契約した佐々木小次郎は、アサシンのクラスにもかかわらず、最優の騎士であるセイバーと剣技で渡り合うほどの技量を有していた。

マスターである刃夜もサーヴァントと同等の力量を有している。

刃夜と小次郎の二人組は、前衛特化とはいえ事実上サーヴァントが二体いるのと同じだった。

故に、凜は手ひどい目に何度も遭わされた。

不可思議な薬を飲まされて屈辱的?な気分も味わった。

だが……

 

「まぁそのおかげで……今があるのかしらね」

 

桜が眠りについている部屋に入り、桜の穏やかな寝顔を見ながら、凜は自身の耳にすら入らないほど小さく、そう呟いた。

イレギュラーな存在だったことは間違いなかった。

だけれども、そのおかげでこうして今という時間が……異常ながらに楽しく、穏やかな時間が流れているのもまた事実。

もしかしたら刃夜が介入しない方が、いい結果になったかもしれない。

もしかしたら刃夜がいなかったら、もっと悪い結果になっていたかもしれない。

たらればの話に意味はないと、凜も重々承知していた。

それでも夢想してしまうのだが……しかし凜としては今の時間はそう嫌いでかった。

魔術師として見れば、あり得ないことがあふれかえっている。

それでも今の時間は心地よかった。

結果論でしかないけれども、それでも刃夜がいたことで大団円とは言えないまでも、悪い結果にはならなかったのだから……。

後は……

 

「あんたが無事に起きてくれれば言うことないんだけどね……桜」

 

ベッドのそばに置かれている椅子に腰掛けて、凜は桜の……妹の柔らかな髪を優しくなでた。

その手が髪に結ばれているリボンに触れて……少々複雑な笑みを浮かべているが、その笑顔は誰に見られることなくただ静かに、凜は時間が流れるのを感じていた。

 

 

 

士郎達一行……士郎にセイバー、イリヤ、ライダー……は、大急ぎで柳洞寺の入り口とも言える参道へ走って向かっていた。

しかしいかんせん士郎の家から柳洞寺まではそれなりに距離がある。

そのため……四人は一種の強攻策をとった。

 

「……重くないか、セイバー?」

「問題ありません、シロウ」

 

サーヴァントであるセイバーに、士郎は横抱きにされていた。

イリヤは当然ライダーに横抱きにされて、運ばれている。

 

わかってるんだけど……自分よりも小柄な女の子に横抱きってのはちょっと……

 

サーヴァントであるセイバーに、そんなことを思うことは逆に失礼だとわかっているのだが、いかんせんセイバーの外見があまりにも美少女すぎて、屈辱的に思えてしまう士郎がいたりもした。

二月も終わり日が伸びてきたとはいえ、深夜といって差し支えのない時間は、とても寒くて、また静かだった。

だが不気味さは以前ほど感じられない。

そしてそれと同じく……以前ほど人の気配が感じられない。

深山町は以前に比べて住んでいる人が減っている。

だからこそ、余計に寒く、そして寂しいと感じてしまうようだった。

その寂しさの原因に歯がみする思いだった士郎だったが……その思いは目的の人物が山門へと繋がる坂道の前で、外国の人と見えているのに気配すらも感じられないほど気配の薄い男と、刃夜が話している姿を見て消え失せた。

 

「……なんて恰好してるんだ刃夜?」

 

柳洞寺の山門へと繋がる坂道の前で刃夜はキャスターと葛木と話をしていた。

当然といえば当然だが、キャスターもそれなりの美人な外国人のため結構目立つ。

が、間違いなくそれ以上に目立つのは刃夜だろう。

恰好……というよりも、荷物を見れば完全に夜逃げだからだ。

大きなリュックやバッグを複数担ぎ、細長い箱を肩から斜めに掛け、挙げ句に台車にも大量のリュックサックやバッグが置かれている。

さらには水の2Lペットボトル段ボールが二箱。

他にも諸々大きな荷物がこれでもかと詰め込まれ、紐で台車にくくられていた。

これでは夜逃げと間違われる……まぁ実際に消えるという意味では一緒だが……こと間違いなし。

時間も時間なので警察に見つかれば、職務質問されること請け合いだろう。

 

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ士郎」

 

だが刃夜から見ても、士郎達もそれなりに異様な集団といえる。

何せ外国の美少女二人に美女一人と、日本の男子一人だ。

挙げ句唯一の男の士郎は、自分よりも小柄な少女に横抱き……所謂お姫様だっこ……されているのだから。

 

「私から言わせてもらえば、あなたたち全員が変なのだけれど?」

「やかましいわキャスター。葛木先生と楽しく新婚生活でもしてなさい」

 

変な恰好……というよりも夜逃げと思えるほどの大荷物……なのは十分自覚があるのだろう。

刃夜はあまり言い返すこともせず、苦笑してキャスターに笑いかける。

 

「葛木先生といちゃいちゃするのが楽しいんだろうが……変なことは考えるなよ? いくら柳洞寺の神殿といっても、回りのサーヴァント全員が敵に回ったらどうにもならないだろ? 大人しく生活することだな」

「言われなくてもわかってるわよ。私としても平穏無事に生活できるのならそれで構わないのだから。私の今の(・・)望みはただ一つ。宗一郎様と平和に暮らすことだけなのだから」

 

隣に葛木本人がいるため照れながらではあったが……それでも本人を前にして、そういい切れる位の間柄にはなったようだった。

葛木はキャスターの言葉を否定はしなかった。

元々気配も薄く、言葉も少ないためどんな気持ちかは想像するのは難しかったが……それでも二人はそれなりに仲良くやっていけるのだろう。

 

「世話になったな」

「俺はあなたたちに対しては、ほとんど何もしてませんよ、葛木先生。いい教師(・・)として、また仲のいい国際結婚の夫婦として、幸せに暮らしてください」

「……そうだな」

 

葛木と刃夜の会話はたったそれだけだった。

だがその言葉の中に、それ以上に意味のある会話だと言うことは士郎にもわかったが……意味まではわからなかった。

だがそれでも刃夜の様子を見る限りでは大丈夫であると、そう思えた。

 

「お、やっぱりいたか」

 

そんな声がこの場に響いたと同時に、近くの家の屋根から飛び降りてくる人物が一人いた。

冬の深夜という時間帯にもかかわらず、Tシャツ一枚に革ジャンという……余り暖かくなさそうな恰好をしている男、ランサーだった。

その肩には巨大なクーラーボックスが提げられている。

 

「ランサー。きてくれたのか?」

「俺も世話になったからな。帰るって事は知ってるのに、挨拶もなしってわけにはいかないだろう? それ、餞別だ」

「これは?」

「今肉屋でバイトしててな。店長に好敵手(友人)が旅立つからってんで、バイト代前借りさせてもらっていい肉持ってきた。道中調理して食え」

「気持ちはありがたい。だが……途中の言葉で少々気になる単語が……」

「いつか勝負しようぜ?」

「勘弁してくれ」

 

そう笑いながらも、刃夜としても悪い気はしていないのか、苦笑しながらもその笑みに嫌そうな感じは見受けられなかった。

別れというのは、当然ながら寂しい物だった。

だがそれでも、時間は待ってくれない。

だからもう一言二言、刃夜はランサーと葛木夫婦?と話して、参道へと足を踏み入れて……大聖杯へと繋がる洞窟へと向かう。

その後を、士郎達も続いていた。

 

「ごめんねジンヤ。毎日きちんと見てたんだけど。急に変わったみたいで」

「それについてはむしろこっちが申し訳ないって話だ。毎日すまなかった」

「いいよ別に。それに、ジンヤは私がいないとどうしようもないんだから」

「返す言葉もございません」

 

大空洞へと繋がる暗く長い坂道で……そんな会話が交わされていた。

真っ暗闇の中、急勾配の坂道を、器用にも台車で荷物を運ぶ様は少々滑稽と言えなくもなかった。

やがてそう時間が経たずに、刃夜達は最深部へと……先日の激闘の後が残る広い空間へとたどり着く。

 

「まだ大丈夫そうか?」

「今のところは大丈夫だと思う。けどさっき急変したのは間違いないから、いつもっと不安定になるかはわからないわ」

「とりあえず間に合えばそれでいいさ」

 

さすがに広い空間へとたどり着くと、近づいてくるわかれを思って、イリヤも口数が少なくなってくる。

寂しいのは刃夜も同じなのか、口を開かなくなり……五人は静かに、大聖杯の根本へと急ぎたどり着いた。

 

「さてと、わざわざ見送りに来てくれてありがとうな」

「それは、構わないけどさ」

 

根本にたどり着いて、刃夜は忘れ物がないか最終確認を行いつつ、わざわざこうして根本まで一緒に来てくれた士郎、セイバー、イリヤ……そしてライダーに礼を告げる。

士郎は何を言っていいのかわからなかった。

 

「よし……と。まぁ大丈夫そうだ」

 

荷物の点検を終えて、問題がないと判断したのか、刃夜は四人へと向き直って笑いかけた。

荷物の点検も終えたため、本当にもう別れの時が来たのだと、誰もがわかった。

 

「色々世話になった。別れ際に悪いが士郎、頼みがある」

「? 何さ?」

「悪いんだが急にいなくなった事、雷画さんと大河に謝っておいてくれ。そしてそれ以上に重々御礼を頼む」

「わかった」

 

その程度では雷画は怒ることはないだろうと思いつつ……士郎は素直に刃夜の頼みを聞いた。

むしろもう一人がどんな反応をするのかが心配だったが……しかし士郎からしてみれば刃夜には返しきれない恩があるので、断る理由はなかった。

 

「それと、これを綾子さん……美綴に渡しておいて欲しい」

 

そう言って士郎は一つの便せんを受け取った。

刃夜が美綴の事を名前で呼んだことで思わず面食らったが……それをきくことは出来なかった。

刃夜がすぐに別の対象に話しかけたことで、質問を拒んでいるのがわかったからだ。

 

「イリヤ。色々と面倒事を頼んですまなかった。それになにより、未熟な兄貴分で申し訳なかった」

「そうね、本当にジンヤには困った物だわ」

「すまん」

「でも……私の手助けがあったとはいえ、大聖杯を本当にどうにかしちゃうなんて……びっくりしたわ。だから、許してあげる」

「……恩に着る」

「……それは私もだよ、ジンヤ。あの宝石……大事に使わせてもらうね」

「……あぁ。存分に恩着せがましく、渡してやってくれ」

「えぇ、そうするわ。リンのリアクションを想像して、楽しむわ」

 

イリヤとは、他の人間がわからない会話をしていた。

ただ、全員それとなく状況を話し合って、全体像をぼんやりと共有しているので……イリヤが刃夜を手助けしていたことは知っていた。

 

「セイバーも世話になった。色々と納得してないこともあるだろうが、もう会うこともないだろう。まぁ俺が死んだと思って勘弁してくれ」

「確かに言いたいことがないとは言い切れませんが、それでも私としてもお世話になったので、気にしていません」

「ライダーも色々と手助けをしてくれて助かった。桜ちゃんと士郎の事を頼んだ」

「……わかりました」

 

手を差し出してきた刃夜の手を、ライダーは何故か一瞬間をおいてから手に取り、固く握手を交わした。

何か思うところがあるのかも知れない。

 

「すまないな刃夜。出来れば桜からも礼を言わせてほしかったんだけど……その……」

「わかってる、まだ目覚めてないんだろう。気にしなくていい」

「すまん」

「謝る必要はない。というか……それについて謝らなければいけないのは俺の方だ」

「……何でさ?」

「ひょっとしたら桜ちゃんが目覚めないのは、俺のせいかもしれない」

「へ?」

 

この場にいない桜の代わりに礼を述べる士郎が、刃夜の言葉で目を丸くする。

気持ちはライダーも同じなのか、純粋に疑問の目を刃夜へと向ける。

イリヤはそれとなく察しているのか……その瞳を、視線を、刃夜が手に持った超野太刀へと向けていた。

 

「桜ちゃんは一時的にとはいえ、この世全ての悪(アンリ・マユ)と繋がっていた。いわば分身というか子供というか……まぁそんな感じの存在になった」

 

追い詰められ、耐えて、それでもどうにもならなくなったとき、何かが破裂する。

臓硯によって間桐桜の爆発は黒い陰とのリンクが、破裂の選択肢の一つとなってしまった。

だが本来、その選択肢が選ばれる事は限りなく低いはずだった。

しかし皮肉なことに……何も望まず、ただ耐えることしか知らなかった桜に、欲望が、欲求が芽生えた事で、その選択肢を選ばせてしまった。

間桐臓硯すらも予想外なことに……その破裂が起こった。

 

「その親玉を全て吸収したのがこの煌黒邪神龍を封印?した狩竜だ。そして封印した……喰らったということは、この世全ての悪(アンリ・マユ)は、弱体化しているとはいえ煌黒邪神龍と相対したということになる」

「……つまり?」

「わからないか士郎? 間接的にとはいえ、桜ちゃんは邪神と相対したといっても過言じゃないんだ」

「!?」

 

その意味するところをようやく察して、士郎は息を呑んだ。

刃夜の言葉を完璧に信用するのであれば、黒い陰……この世全ての悪(アンリ・マユ)を更に凶悪にしたのが、煌黒邪神龍という存在だ。

あの相対しただけで背筋が凍り、心が止まるほどの恐怖を呼び起こさせる存在。

相性の問題があるとはいえ、戦えば命はない絶対的な存在であるサーヴァント。

しかしサーヴァントすらも超えた存在と、過去の刃夜と……桜は相対したことになる。

純粋な敵として。

だが、この場合……桜の方がひどい状況であるといえる。

何せ、刃夜は完全に戦闘を行える存在に対して、桜は戦闘技能を持っているだけの女の子だ。

人を殺すどころか、手を上げる事すら躊躇うような性格だ。

精神的にも性格的にも攻撃的でない存在が、完全に自分のことを殺しに来た神と相対するなど……普通に考えて精神が持つはずがない。

更に言うのであれば、刃夜自身何度も言っていることだが、煌黒邪神龍と相対した時の刃夜は、自分自身であって自分自身でない時なのだ。

しかもモンスターワールドで相当の修行を積んでいる。

どちらがよりひどい状況下など……考えるまでもないだろう。

 

「だから、もしかしたら狩竜が近くにいる……同じ世界にいるから目覚めているのを拒否しているのかも知れない」

「それは……」

 

ない、とは言い切れるはずがなかった。

この場の誰にも。

刃夜の狩竜が煌黒邪神龍を一部とはいえ解放し、狩竜が禍々しい超野太刀へと変貌した姿を、実際に見ているのはイリヤだけだ。

だが、その姿を見るまでもなく、刃夜が手にしている野太刀が普通じゃないことは、誰もが理解している。

何せ、刃夜にはこの世全ての悪(アンリ・マユ)を実際にどうにかしてしまったという実績がある。

ちなみに余談だが……凜がある程度体の回復を終えてから大聖杯の様子を調査しに、イリヤと共に何度かこの場に足を運んでいる。

大聖杯がどのような状況になったのかは、イリヤの次に詳しいと言っていいだろう。

 

「……何とかしてあの刀、解析できないかしら」

「あれは、私の力を持ってしても解析出来ないぞ、凜。というよりも、あの野太刀はもはや武器としての野太刀とはほど遠い存在だ。それにあの男が素直に貸すとは思えない。盗むなりするにしても……持ち主の実力を考えてみろ?」

「無謀ね。でも……気になるわ」

 

と、実に不毛な会話をしていたりする。

 

「まぁそうじゃないかも知れないし、そうかもしれない。俺としても余り詳しいことはわからないんだ。それにどちらにしても俺はここで消える。……ちょっと無責任かも知れないが、そこは許して欲しい」

「……そんなことは」

 

ない……と、素直に言い切れない自分がいることに、士郎は少し驚いた。

どれほど世話になったのかわからない相手に。

刃夜がいなければもっと悪い結果になったかもしれない。

いい結果になったかも知れない。

そう思ってしまうし、何より桜が無事に目覚めて欲しいと思う。

桜の眠りに対して、刃夜が原因であるのであれば、どうにかして欲しいと願う。

だが刃夜を引き止めることは出来ない。

してはいけないと……自分でもわかっていた。

 

だがそれでも……士郎は「己」の願いを強く欲求していた。

 

一生をかけても返せないであろう、恩があるはずの刃夜への恩義よりも……桜に目覚めて欲しいと、そう願った。

そんな士郎の感情がわかったのか、わかってないのかわからない。

だが刃夜は本当に少しだけ顔を歪めた士郎を見て、どこか羨ましそうに笑みを浮かべて、一言こういった。

 

「ここから先は、お前がしなければいけない事だ」

 

ここから先とはどういう事なのか?

それがわかっているのか、それともわかっているが考えないようにしているのか……?

士郎は刃夜が何を言っているのかわからず、きょとんとしてしまう。

そんな士郎に対して、刃夜は少々呆れそうになってしまうが……それを態度には出さなかった。

何せ認識してないだけで、士郎はそれをきちんと認識したらやり遂げると、知っているからだ。

刃夜から見れば、この中で最大の功労者は間違いなく士郎だった。

士郎が桜を呼び戻せたからこそ、最初の約束を……二人を助けるという約束が果たすことが出来たのだから。

だから、これが最後の手助けだと思いながら、刃夜は助言を……容赦のない事実を、士郎へと突きつける。

 

「俺は並行世界の人間で、悪人殺しの人殺しだ。自らの意思で人を殺すための技を磨き、自らの意思で他人の命を奪った」

「……」

「人助けのためとはいえ、その行為は殺人以外の何物でもない。だから俺は間違いなく地獄へと落ちるだろう。その覚悟もある。力がおよばずに、恨みを持った人間に負けて捕まり、拷問されて殺されるかもしれない。その覚悟もある」

 

「だが……桜ちゃんにはそれがあるかと言われれば、ないだろう」

 

自らの意思で人を殺した刃夜。

桜も最初こそ夢の中の出来事のように人を殺していたが……それでも人殺しをしたのは事実であり、また最後の方は自らの意思で殺そうとした人物が何人かいる。

一人を除き、誰も死んでいないため殺人未遂ではあるのだが……人に刃を向けて命を奪おうとしたという事実に代わりはない。

 

それに何より……百人近くの命を奪ったという、逃れられない事実が、桜にはあった。

 

「両手では数え切れないほどの人を殺したという事実。しかもその殺した相手が、自分にとって何の関係もない、赤の他人。それも……何の罪も犯していない一般人。この罪の重さは、お前にも……そして俺にも理解できないだろう」

 

刃夜の方が人を殺した数は多いだろう。

だがそれでも、何の罪もない人間を……悪事を働くことなく真面目に生きて、普通に暮らしている人間を殺したことは一度もない。

そんな相手を嬉々として殺すような存在は、もはや快楽殺人者以外の何者でもないだろう。

もちろん、桜も快楽のために殺した訳ではない。

そうしなければいけない理由があった。

殺して、魔力を吸収しなければ、自分が死んでいたのだ。

だがそれでも……自分が無関係のただの人を殺したという事実は覆らない。

 

「だがそれでもお前達は選択した。自分たちが生きるために、他者を押しのけてでも自らが生きると。ならば、その責任だけは絶対に果たさなければならない」

 

他人の命を奪った。

そうしなければいけなかったとはいえ、その事実は変わらない。

だから……

 

「その罪をどう償っていくのか……お前達がどう考えるかは任せる。償わないという選択肢を取ることもあるかもしれない。だが……償うにしろ償わないにしろ、絶対に命を投げ出す行為だけは許されない」

 

命を投げ出すということ。

それはすなわち自害という行為に他ならない。

自ら命を絶つ。

それは普通の人間ですら忌避される行為。

それを桜が……生きるために他者の命を喰らった存在がすることは、この他者全てを完全に否定することになる。

 

 

 

「桜ちゃんは優しい子だ。目が覚めたら自分の行為できっと苦しむだろう。以前の彼女なら……もしかしたらそれでも何とか自分を殺して、何とかなったかも知れない。あの老害のじじいのくそったれた修行もあって、自分を殺すことになれている」

 

 

 

自分を殺すと言うこと。

 

その行為は果たして、何を意味するのだろうか?

 

人というのは個人だ。

 

最後に残るのは個。

 

つまり「己」自身である。

 

その唯一であり絶対でもある「己」を殺すと言うことは……果たして一体どういう事なのだろう?

 

どれだけ……苦しいのだろうか?

 

いや、もしかしたらもう「苦しい」と認識すらも出来ないのかも知れない。

 

何度も殺すうちに、その行為に慣れてしまう。

 

人というのは「慣れ」の生物だ。

 

だからどんな行為でも慣れてしまう。

 

その行為が……必要に迫られてしまったら……。

 

そして殺す行為に慣れすぎて……何かが崩れていく。

 

当然だろう。

 

唯一の存在である「己」を殺すことをしているのに、何も崩れないはずがない。

 

壊れないはずがない。

 

「己」を殺すことの代償は、紛れもない「己」自身なのだから。

 

 

 

「だが……お前という存在が出来たことで、自分を殺すことも難しくなってしまった」

 

 

 

慣れていた世界に……「己」を殺すのが当たり前の状況下で変化が訪れた。

 

桜にとって「衛宮士郎」という存在は、救いでもあり……劇薬でもあった。

 

自分を殺すことに慣れすぎて、何をしても何を見ても、ほとんど何も感じなくなってしまっていた。

 

殺しすぎたのだ……「己」自身を。

 

だが士郎は違った……桜が最初に見た時から「己」が存在しなかった。

 

だからこそ、惹かれてしまったのもあったのかも知れない。

 

 

 

あったはずのものを、殺すしか選択出来なかった少女

 

 

 

「己」を殺した

 

 

 

「己」が殺した

 

 

 

「己」を殺して、殺して……殺して……

 

 

 

殺し尽くした「己」の後に残されたのは、あるはずの物がない抜け殻のような「己」の存在

 

 

 

殺しすぎて……壊れかけていた少女

 

 

 

 

 

 

壊されて……壊してしまった

 

 

 

救われて……託されて……

 

 

 

壊れたままだった

 

 

 

壊れてしまったことに、気付かないまま……

 

 

 

「己」があるはずだというのに「己」がいかれている事に気付かない……気付くことが出来ない存在

 

 

 

それでも、「己」以外の誰かのために、「己」を捨てて……「己」を使っている少年

 

 

 

もしかしたら、それこそ「運命」だったのかも知れない

 

 

 

二人が出会って、惹かれたのは……

 

 

 

命を運ぶという言葉のとおり……二人は互いに、互いの命を運んできたのだ

 

 

 

 

 

 

「己」という……

 

 

 

 

 

 

「命」を……

 

 

 

 

 

 

「自分を殺すことが出来なくなった故に、もしかしたら自害をするかもしれない。気付いていないかも知れないが、俺がお前を止めたあの夜……桜ちゃんは起きていたんだ」

 

刃夜のその言葉に、士郎は息を呑んだ。

呑むしかなかった。

 

刃夜が士郎を止めた夜。

 

その夜は、士郎が桜を殺して、正義の味方を貫こうとした日……

 

 

 

その夜浮かんでいた、月と同じくらいに……綺麗な月が浮かんでいたあの日に……

 

 

 

全てを託してくれて、死んでしまった恩人と裏切って……

 

 

 

己を殺して……桜の味方になると……

 

 

 

覚悟を決めた日だったから

 

 

 

「人のためならば……桜ちゃんにとって大事な存在であるお前になら殺されてもいいと思えてしまう……。あの子はそういう娘だ。だがその対象が自分になったら……どうなるかはわからない」

 

 

 

人のためなら命すらも投げ出せると言うこと。

 

それは己よりも自分にとって大切な存在の方が上であるということに他ならない。

 

己自身よりも。

 

 

 

「これから先、桜ちゃんがどうなるかは俺にもわからない。たぶん、最悪の事態にはなっていないはずだ。それでも、これからの日々で、桜ちゃんがまた変貌しないとも限らないし……自害しないともいえない」

 

 

 

それを止めるのは誰なのか?

 

誰が止めるべきなのか?

 

それは言うまでもないことだろう

 

 

 

「俺もお前も……桜ちゃんも、絶対に命を投げ出してはいけない存在となった。だが、お前については余り心配していない。だから、桜ちゃんを「生きる」という地獄の苦しみから逃さないように……しっかりと守って、離すんじゃないぞ」

 

 

 

それが士郎がすべき事

 

桜が自分の罪の意識に踏みつぶされそうになっても、支えてみせる

 

いつかきっと……自分のことを許せるようになるまで

 

 

 

故に、士郎はしっかりと己の役割を認識して……はっきりと刃夜に対して頷いた

 

 

 

「わかった。俺が頑張る。桜が……どんなに投げ出しても、俺が止めてみせる。繫いでみせる。桜が……自分を許せるようになるまで……。桜が自分のことを、好きになるまで」

 

 

 

嘘偽りのない覚悟を感じ取って、刃夜は苦笑した。

 

きっと二人して困難な道を征くのだろう。

 

あの雨が降った日に……誰もいない公園で桜を抱きしめたときのように。

 

その困難な道をどう乗り越えていくのかは、刃夜にはもうわからない。

 

更に言ってしまえば、どうでもよかった。

 

もう自分がすべき事は終えたのだ。

 

ならば……二人のことは二人がどうにかするだろう。

 

刃夜自身、己自身も未熟者であるが故に、自分のことで精一杯なのだから。

 

だから……その自分が行うことをするために、刃夜は大聖杯へと向かった。

 

 

 

「達者でな」

 

 

 

「あぁ……。ありがとう、刃夜」

 

 

 

そして刃夜は歩き出す。

 

そのとき……ライダーが何か口を開こうとしたが、言葉が見つからなかったのか、そのまま口を閉ざしてしまう。

 

その気配を明確に感じ取ったのか、刃夜は一度小さく吐息して、苦笑した。

 

 

 

「気苦労が耐えない状況だろうが、ライダー。それでもお前は桜ちゃんに似て、自分を殺しすぎている気がするぞ?」

 

 

 

背を向けたまま、振り返りもせずに刃夜はライダーに向けてそう言った。

 

 

 

「俺はどうしても帰らなければいけない理由がある。だがその理由に負けないくらいに……俺は自分の世界に帰りたいという欲求がある。やらなければいけないことの他にも、やりたいこともいっぱいある」

 

 

 

その発言にこの場にいる一同は全員が驚いた。

 

そして気付いた……。

 

刃夜も若者であるということを。

 

といっても……刃夜のやりたいことというのは……

 

 

 

「とりあえずあの二人を絞めて……、料理スキルが上がったから何かしら自分の世界に応用できないか考えて……あぁ後魔力運用が俺の世界だとどうなるのか考えないと。さらにそれに伴った鍛造の技術の向上かなぁ……」

 

 

 

と、ぶっちゃけた話、余りやることが変わっていなかったりする。

 

だが……それでも刃夜も「人」であるため、やりたいことや、願い事は、当然のようにあったのだ。

 

 

 

「人殺しだからって、俺は生涯の全てを贖罪に捧げるつもりはない。忘れることは絶対にしないし、償うことをやめることはありえない。だが、それでも俺は俺が自分の信じた大切な心に従って、自分の好きなこともして生きていく。それだけだ」

 

「……何故私に?」

 

「別に? ただ……何かしら思うところもあるのかもしれないが、それでもせっかく擬似的にとはいえ第二の人生を歩めそうなんだから、少しは楽しめと思っただけだ」

 

「楽しむ……ですか……」

 

「ま、するもしないもお前の自由だけどな。あ……でも」

 

楽しむとは、何か自分が心地よいと思う事だ。

刃夜が見ている限り、ライダーが余り楽しそうにしている姿を見たことはなかった。

唯一の例外を除いてだが……。

 

「?」

 

「あまり綾子さんをいじめるなよ?」

 

「……嫉妬ですかジンヤ?」

 

「……さぁ、な」

 

その言葉には、ジンヤもちゃかすようなことも、誤魔化すようなこともしなかった。

誤魔化せるはずがないのだ。

自分ですぐに失言であったと、ライダーは気がついた。

 

 

 

「……すみません」

 

「いや……こっちもすまなかった」

 

 

 

士郎に預けた手紙があったが、それでは不十分だと十分に理解しているのだろう。

実に苦々しい表情をしていた。

 

 

 

『引き留めませんし、私も縋りません』

 

 

 

無理なく、自分の中で綺麗に決着をつけて、でもそれでもまだ割り切れていなかった

 

だというのにそれを出すまいと必死になって……そう言ってくれた人がいた

 

 

 

戒めすら破り、約束すらも守れない……か……。本当に、外道だな俺は

 

 

 

最低限の約束は果たせた

 

それしか慰めるものがなかった

 

あれほどの娘から好意を抱いてもらえたというのに

 

己は最後の別れすらも……満足にすることが出来なかった

 

 

 

まぁ……でも……

 

 

 

後ろを首だけで振り返り、刃夜は見送りに来てくれた人々を見た

 

自分のしたことが無駄ではなかったと……

 

自分でも何かしら役に立てたのだが、自分を納得させるために

 

 

 

ちっさいな、俺も

 

 

 

自分の矮小さに気付いて、自嘲気味に笑った

 

そして思い出す……

 

この場で斬った人物のことを……

 

 

 

殺す……か……

 

 

 

 

 

 

『貴様は、まだ生まれてもいない存在を、この世から消滅させる……殺すのだ』

 

 

 

 

 

 

己が殺されたこと……斬られた事については、何も言わない男だった

 

格闘技の実力と、その思考

 

相当の修練と、相当の何かを抱えてきた男なのは容易に想像できた

 

心臓に黒い陰の何かがあったため、おそらく普通の人でないことは間違いなかった

 

だが……人であったことは疑いようもない

 

たとえ、己が殺されたことにすら頓着しない、壊れた存在だったとしても……

 

 

 

約束も、戒めも守ることが出来なかった

 

 

 

だがそれでも止まれない理由がある

 

止まってはいけない理由がある

 

だから刃夜は、後ろ髪を引かれる思いであったが……進むしかなかった

 

 

 

逃げていると自分でもわかっていた

 

 

 

理由があるからこそ……やらなければいけないからこそ、刃夜は帰るために動いてきた

 

 

 

帰るために、多くのもの(・・)を捨ててきた

 

 

 

だが、今その大義名分すらも、ゆらいでしまっていた

 

 

 

己自身がどうすべきかわからない……

 

 

 

そんな状況だった

 

 

 

それでもなお……帰りたいと思っている「己」がいたこと

 

 

 

その意味に……刃夜は気付いていなかった

 

 

 

 

 

 

破戒してなお、それでもそう欲求した「己」自身の、欲求の意味を

 

 

 

 

 

 

その意味に刃夜が気付くのは……

 

 

 

 

 

 

『give another chance(棒読み)』

 

 

 

『もっと頑張れ愚息(溜め息混じりに)』

 

 

 

 

 

 

という、無慈悲な言葉で……

 

 

 

 

 

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

怒り心頭になり、気付くのは本当にしばらく先となる……

 

 

 

 

 




ステイナイトにおける刃夜君(主人公)の出番はこれにて終了

お疲れ様でした~

まぁ主役であって主役じゃないってくらいに

何話か大して出番がなかったけどねw

ちなみに主人公がいなくなってもまだ何話か続きます

たぶん……後二~四話くらいでしょうか?

内一話は私の好みで分割されるだけだから実質後三話くらいの予定です

増える可能性がなきにしもあらずですが……

近いうちにあげられるようにがんばります


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花見

 

「再調査? ですか?」

「そうだ」

 

薄暗い部屋だった。

その部屋にいるのは、シンプルだが格式高さを感じさせる机と椅子。

そして、その椅子に腰掛けた人物。

そして机の前に立ち、対面している若手の男がいた。

椅子に腰掛けた人物は目深にフードを被っているため、性別だけでなく体格も判別できない。

だが、その声に含まれた圧力が……ただ者でないことを物語っていた。

声質からして男なのかも知れない。

 

 

 

だが、声色だけでは絶対とは言い切れない。

 

 

 

そしてそのただ者でない人物と相対して、平然としていられる男も、やはりただ者ではないのだろう。

いくつかの蝋燭だけが光源の部屋の中で……二人は静かに会話を続ける。

 

「冬木における聖杯戦争。数年前に行われた第五次聖杯戦争。その終わり方は、あまりにも不自然な点が多すぎる」

「確かに……」

 

椅子に腰掛けた人物の言葉に、対面する男は素直にそう呟いていた。

聖杯という、真の遺物を召喚するための魔術の儀式。

数百年に及び続けられてきた、ごく一部の人間しか知り得ない儀式だ。

その五回目の儀式が数年前に行われて……唐突に終わりを告げたのだ。

何の成果も成さず。

 

 

 

災厄も起こすことなく……。

 

 

 

「監督役の失踪。満ちた魔力の消失。そして土地の管理者であるトオサカを守るようにして時計塔へと現れた、宝石翁」

 

宝石翁と呟いた時、場の空気が軋んだ。

何か……思うところがあったのだろう。

軋んだことに気付いていながらも、男の態度に一切の変化はなかった。

 

「宝石翁が弟子をとると宣言をしたため、すでに終わってしまった聖杯戦争どころではなくなった。宝石翁の態度から見ても……何かがあるはずだ」

「それ故の再調査ですか?」

「その通りだ。すぐに行うのは難しかったが……今なら、あるいは……」

 

調査を命令された男は、特に何も言うことはなく、小さく会釈をして部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「えーそれでは本日の花見を祝って……乾杯!!!」

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

藤ねえの乾杯の音頭の後、各々が一斉に同じように声を上げた。

春。

あれから幾度かの四季が巡った。

今こうして……盛大に花見を行えるのは、とても幸せなことだった。

 

「あ~~~~! タイガ! それはワタシのカラアゲよ!」

「知ったことですかい! 早い者勝ちよ!」

「大河。さすがにそれは少々大人げないぞ?」

「もうおじいちゃん! 最近この悪魔っ子を甘やかしすぎ!」

「まぁ確かにちょっと大人げねぇかな? ねーちゃん。それよりこっちの煮付けはどうだ? 今朝方俺が釣ってきたのを坊主に調理してもらったからうまいぜ?」

「ほう、士郎が煮付けたものとな? おにーさん、釣り好きだねぇ」

「まぁな」

「嘘をいうなランサー。それは私が釣ってきた金目だ。そもそも貴様、最近ほとんど釣れてないだろう?」

「てめぇ……アーチャー。んなわけあるか。こいつは俺が釣ってきたのだ。つーか俺の釣り場を荒らすな!?」

「こら、あんたたち。私はまだ帰ってきたばかりで疲れてるんだから、騒がしくしないで」

「リンの言うとおりです。二人とも下らないことで喧嘩しないでください。それよりもランサー。ワタシの眼に狂いがなければ、あなたは他にも高級魚を釣っていたはずです。その調理した品を所望します」

「んあ? あーあれならあっちだ。というかめざといな?」

「士郎と藤村組の料理人の料理でしょう? それを見逃すわけにはいきません」

「宗一郎様、こちらをどうぞ。その……私が作った筑前煮です。い……いかがですか?」

「……悪くないな」

「!? どんどん召し上がってくださいね!」

 

……うん。騒がしすぎな気がしないでもないけど

 

大きな一本の桜の根本。

そこで俺たちは、盛大に花見を行っていた。

周りにも当然花見客がいるけど、俺たちの周りは藤村組の人たちで固まっているので、ほとんど身内で騒いでいるような物だった。

雷画じいさんの粋な計らいで、ほとんどの組員がこの花見に参加して桜を愛でながら、春の訪れを感じていた。

 

 

 

「ふふ……賑やかですね、先輩」

 

 

 

そして、この平和な春の訪れを感じていると……自分のすぐ隣から、自分にとってもっとも大事な声が、笑いかけてくる。

俺はゆっくりと、自らの隣に座った人物へと眼を向ける。

 

そこには以前よりも少し髪を伸ばした人がいた。

 

 

髪は伸びても、それでも左側を古びたリボンでまとめていた。

 

そして……右手にシンプルな杖を手にした桜がいた。

 

 

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 

俺は柔らかく、だけどどこか暗く微笑む桜に、同じ笑みを返していた。

 

 

 

 

 

 

第五次聖杯戦争からすでに数年の月日が流れていた。

その間、驚くべき事に何事もなく、実に平和な日々が続いていた。

まるで泡沫の夢のように。

一人一人が、町を滅ぼすのにそう時間がかからないほどの実力を有したサーヴァントがいるというのに、ここ数年この冬木の町で魔術による騒ぎが起こったことはなかった。

 

「はぁ……それにしても疲れたわ。あっちでの生活も楽じゃないわ」

 

溜め息混じりに注がれたコップの中身を飲み干したのは、冬木の管理者である凜だった。

以前よりも伸ばした髪が、少し大人びた雰囲気を漂わせている。

また英国帰りだからか、以前よりもよりシックな衣装を身に纏っており、それが実に似合っていた。

そんな凜に、かいがいしく面倒を見るのは……それともみさせられているのかは不明だ……彼の従者である、アーチャーだった。

 

「お疲れ様だな凜。向こうでの留学状況はどうだ?」

「面倒なことしかないわよ。まぁそれを承知の上で行ったのだから、文句も言ってられないんだけど。まぁ問題はなさそうね」

 

一応周りに一般人がいることを考慮してそれなりにぼかしている。

だが、凜であれば問題ないのは間違いないだろう。

魔術師としてかなり優秀な部類に入り、性格もかなり強気だ。

更に魔術を含めた実戦にしても、聖杯戦争で命を賭してサーヴァントと戦ったという経験。それを経験のは、今この地球上で存在する人間では、一握りしかいない。

その貴重な経験は、彼女に十分すぎるほどのプラスを与えていた。

また……唯一の欠点であった凜の資金的な弱点も、克服されつつあった。

留学にいくことが出来ているのは、それも大きな要因だった。

凜の留学先は英国。

魔術の総本山とも言える魔術協会へと留学に行っているのだ。

周囲の一般人にはあくまでも、通常の留学と言うことになっているが。

今この場に凜がいるのは、一時的に帰国しているにすぎない。

 

 

 

冬木の土地で行われる、聖杯戦争。

管理地である冬木の土地は遠坂の物となっているのだが、魔術協会が認めた物であって、完全に遠坂の土地という訳ではないのだ。

そして魔術とは秘匿される物であるという大原則が、今回の聖杯戦争では守られなかった。

また「門」が開いたことが、大きな問題となってしまったのだ。

根源へと至るための儀式は、魔術協会の監視下で行わなければならないのだ。

また開こうとしていたにもかかわらず、閉じたことも問題視されてしまい、大変なことに陥った。

また監督役が行方不明という事も相まって確認が後れてしまい、それなりの時間が経過してしまったことになる。

ちなみにそれとは別に冬木……特に料理店辺りに……に探りに来ていた連中を文字通りたたき出していた存在がいたりする。

そのため魔術協会でも確認が遅れに遅れてしまったのだ。

そんないろいろな事情が絡まり、凜は魔術協会に出頭せざるを得なくなり、魔術協会総本山のイギリスのロンドンの時計塔へと連行された。

そして数百人は入れる会議室で、それは大きな裁判が開始された。

時計塔の各部門長がやってくる、遠坂が潰された後のおこぼれを預かろうとはぐれ魔術師などが集まり、それはそれは一大イベントに相成った。

このときばかりはさすがの凜も腹をくくって逃亡しようと目論んだのだが……そのときとんでもないことが起こったのだ。

 

「弟子の不始末は、私の責任でもある」

 

突如として発言されたその言葉。

言葉自体は大した事はないが、その言葉を発した人物が大問題だった。

第二魔法の使い手であり、遠坂にとっての師である老翁、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグだった。

時計塔の中でもかなり上位の存在であり、また世界に四人だけ実在する魔法を使うことの出来る存在。

その裁判の中で誰よりも偉く、そして恐れられている存在が、凜の不始末を全て帳消しにしたのだ。

帳消しといってももみ消した訳ではない。

帳消しにする条件として、とんでもないことを言い放ったのだ。

 

「では、弟子をとることにしよう。教授するのは三人まで。各部門、教義を行って見込みのある物を選出せよ」

 

と、爆弾を投下してしまったのだ。

この発言は全ての問題を吹き飛ばすほどの威力を秘めていた。

何せ行方知らず……というよりも正しくは並行世界を自由に行き来できる魔法使いなので、行方など知る術などないのだが……の魔法使いが突然現れた上に、弟子をとるという発言をしてしまったのだ。

そのため場は大混乱へと陥った。

凜という小物などどうでも良くなってしまい、それぞれの部門が自分たちの内部で選抜のための事で大騒ぎになった。

突如としてほっぽかれてしまった凜としては、ぽかーんとしてしまうのも無理はなかった。

その凜へと歩み寄る、老人がいた。

当然というべきか、爆弾を投下し凜を救った存在……キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグである。

 

「鳶が鷹を生んだ……というのはお前の国言葉だったか? トオサカはもっとも芽のない教え子……だったはずなのだがな。僅か六代でたどり着くとは。これもあの人のお孫さんのおかげかのう?」

 

その台詞に凜はぎくりと……内心でかなり焦っていた。

さらに孫という単語に疑問符が浮かんでもいたのだが、質問できる状況ではなかった。

そのため、外見上は変化のないように努めながら……

 

「な、何の事でしょうか? 大師父?」

 

と、すっとぼけた。

すっとぼけた……というよりも誤魔化したのは当然だが理由がある。

魔法使いというのは、自分の魔法を他者に漏らさない。

故に、自らの奇跡に近づいた者は容赦なく消されるのだと……本能で凜は悟ったからだ。

だが、これについては相手の方が上手だった。

宝石の翁は凜の頭に手を置いて……軽くなでながら褒めだした。

 

「なに、利用すればいい。協会は窮屈な場所だが……道具はある。使い潰してやればよい」

 

と、並行世界を旅する翁の懐は広かったのだった。

実は凜……最終決戦で使用した宝石剣を再現することが可能だったりする。

設計図及び理論も把握したため、材料と時間が必要ではあるが、魔法の真似事が出来るという……この年齢にして結構な反則の得物を身に着けていた。

 

まぁ宝石剣の再現には莫大な資金が必要であり……現在の状況でも五年~十年は最低でも必要であり、そう易々と使えるものではないのだが……。

 

ということがあり、凜は何とか罪を免れた。

それどころか時計塔へのフリーパスを入手したため、穂群原学園を卒業後、管理を信頼できる存在へと一任して、すぐさまロンドンへと旅立った。

その前にやるべきことはきっちりと仕事を終えてから……だが。

 

「あらリン。少しは軌道に乗ったって聞いてたけど、相変わらずそんなに余裕はないのね? いいのよ? ワタシの個人的な資産をいくらか優遇してあげても? そうでもしないと、あなた……いつまで経ってもかわらないわよ?」

「……イリヤ。一応私はあなたにとって恩人といって差し支えない存在なのだけど?」

「確かにそうかもしれないわね。でも報酬はきちんと支払ったもの。その件であなたにとやかく言われる筋合いはないわ」

「この悪魔っこめ……」

 

と、凜に突っかかって来るのは、白い雪の妖精の様な少女のイリヤだった。

 

ホムンクルスとして生を受けたイリヤは、魔術的な意味では完全に近い存在だが、生命的な意味では不完全な存在だ。

故に、そう長くない命のはずだった。

魂はともかく肉体が経年劣化に耐えられないからだ。

また聖杯戦争の魔力の波動は……残り少ない命を更に削る事になってしまった。

 

だからイリヤを救う必要性があった。

 

確かに元々人として生まれてない以上、本来の意味で普通の人としては生きることは出来ないかも知れない。

だがそれでも、イリヤは実に人間らしい女の子だった。

世話になったから……救いたいと願ったから。

だから破格の報酬を用意した存在がいた。

有無を言わさずに動かなければならないほどの報酬を持ち出して。

もちろん、報酬が全てだったわけではない……だが、当然相当大きな理由ではある……のだが、それでも凜が動くには報酬だけでも十分すぎた。

凜は様々な方法を用いて事にあたった。

もう半ば必要なくなった間桐の書物なども片っ端から売り飛ばして資金を用意して……聖杯戦争のために作られたホムンクルスの肉体を捨てて、新たな肉体に魂を宿した。

 

イリヤの……魂を。

 

資金を得た凜は、名高い人形師が残した素体を入手して、イリヤは魔術師として不完全な……人としても僅かながらに不完全な存在として、こうして今ここにいた。

しかし魂の移植と一言で簡単に言うが……当然だが魂の移植なんて事が簡単なわけがない。

魂の移植が成功したのは当然ながらイリヤであったこと、そしてこの地……大聖杯の眠る冬木であったことが、大きな要因だろう。

第三魔法の行使。

第三魔法で魂を具現化し、ぼろぼろになった肉体から人間としての機能を持つ肉体に定着させたのだ。

無論その第三魔法を使用するのはイリヤ自身だが、それの補助としてこの場にいるキャスター……メディアが魔法の行使を手伝った。

いろいろな要因が重なり、イリヤはこうしてここに、ほぼ完全なる人間として……イリヤはこの場にいた。

ほぼ……というのは、イリヤの魂が通常とは違うことで起こってしまった弊害だった。

肉体は封印指定を食らうほどの魔術師が用意した肉体であったため、肉体には何ら問題なかった。

だが魂の遺伝子とでもいえばいいのだろうか?

元々のイリヤの魂が「聖杯戦争のために用意された器の制御装置に宿った魂」であり、普通の人間とは違う設計図であるため、完全な人間にはなりようがなかった。

数百年の年月を肉体を入れ替えることで生きながらえた臓硯が、魂の遺伝子……経年劣化が原因で腐ってしまったことで、老人にしかなることが出来なかったように……。

だがそれでも、後僅か数年しか持たなかったであろう肉体……寿命……が、ほぼ普通の人間と変わらないほどになったのだ。

一部機能に問題がないとは言えないが……それでもこうして新たな命を宿したイリヤは、藤村の家に世話になっていた。

 

「お嬢様、食べ方があまりにもはしたなさ過ぎます」

「イリヤ……だめ」

「もう、セラもリズも。別にワタシはもうお嬢さまじゃないの!」

「ですが……」

 

まぁ……当然のことだが、聖杯戦争を敗北し、聖杯を得ることも出来なかった存在のため、アインツベルンに戻ることもできないためだが。

そんな状況になっても、セラとリズはイリヤに忠誠を誓い冬木の地に残っていた。

三人仲良く藤村組に転がり込んでいたりする。

仮に藤村の家に世話になることが出来ないのなら、士郎がその役目を買って出ただろう。

裏切ってしまった自分にとって、それでも大切な存在……憧れだった存在。

衛宮切嗣の息子として。

だが、そうであってもイリヤは断っただろう。

切嗣の遺児……衛宮士郎。

その存在に対して、何を思うのかは……イリヤにしかわからない。

だがそれでも……

 

「よいではないか、セラ殿。リズ殿。花見なのだ。行儀など、最低限守っておればよい。ほれイリヤ。ワシの分を食べるか?」

「もらう!」

「お嬢様! 雷画様も! あまりお嬢様を甘やかさないで!」

「そうよおじいちゃん! 私にも頂戴! 酒も足りん! じゃんじゃんもってこ~い!」

 

こうして笑う事が出来るのだから……決して悪いことではないだろう。

それに一緒に住むことを拒否しただけで、仲が悪いわけではない。

頻繁にイリヤは衛宮家に顔を出していた。

そして縁側で一人静かに……緑茶を飲んでいる。

 

まるで……いないはずの誰かと、会話をするように……。

 

そんな元気にはしゃいでいるイリヤを見て、問題がないことを再確認して凜はやれやれと小さく溜め息を吐いて、話題を変えた。

 

「それでアーチャー。不動産関係はどうなってるの?」

「それについては問題ない。慎二と協力しながら行っているため、以前よりも収入が増えたくらいだ。今のままいけば、さらに伸びるだろう」

「そう、なら助かるわ。ちょっと負けられない相手も出来たことだしね……。あの成金女には負けられないわ」

「……誰と競い合ってるかはわからないが、一応忠告しておくと前よりも軌道に乗ったとはいえ、あまり余裕はないぞ? 特に君のはお金が非常にかかる」

「わかってるわよそれくらい。余裕が出来たからってあまり使わないわよ……たぶんね」

「最後の台詞が非常に気になるが……信じておくことにしよう」

 

と、不動産関係を遠坂邸を守護する執事であるアーチャーに任せて、それなりの資金を稼ぎ出していた。

この不動産関係が、凜の唯一……唯一?……の弱点とも言えた資金面での問題を解決していた。

というよりも、本来遠坂の家は非常に裕福な家だったのだが……彼女の一応師匠であった人物がずさんな管理をしてしまったため、不動産関係は壊滅してしまったのだ。

そのため、余り金銭面に余裕はなかったのだが、留学のために僅かに残っていた不動産関係の管理をアーチャーに行わせて一財産稼いでいた。

ちなみにアーチャーが言っていた慎二が協力したというのは……不動産関係の事だったりする。

間桐家の財産……というよりも主な収入源は、不動産関係なのだ。

そこだけは間桐臓硯の功績と言っていいかもしれない。

魔術師故の狡猾さと、長年……それこそ数百年……の経験値でかなりの財産を間桐家は持っていた。

学園を卒業した慎二……正しくは聖杯戦争を終えてからの慎二……は、少しだけ丸くなっていた。

というよりも本当に命の危機に瀕したことで、頭脳は優秀である男は学んだのだろう。

 

裏の世界の……危険性というものを……。

 

何せ一度右腕が切断され、足にも重傷を負ったのだ。

さらに黒い陰の恐怖以外に覚えようがない嫌悪感。

そして何より……あのときの桜の「人ではない」表情。

特別だと思っていた自分が何も出来なかった。

特別なはずじゃないのに、特別扱いを受けていた桜。

 

その隔絶たる違いを……身を以て、魂に恐怖を刻みつけられたのだ。

 

とてもではないが、よほどの愚か者でもない限り「違い」というものがわかってしまう。

そして慎二は愚かではあるが「よほど」ではなかった。

故にわかってしまったのだ。

自分には……己と妹には隔絶した違いがあるのだと。

病院で体を癒し、すこしぎこちないながらも、日常生活レベルでは普通に使うことが出来るようになった右腕。

足も重傷だったが、それでも普通に歩けるし走ることも出来る程に回復した。

そして彼は学園卒業と同時に祖父が……怪物が行っていた不動産関係の管理を始めた。

そこは普通に優秀な男であった慎二は、さすがに祖父ほどではないにしろ、かなりの利益をたたき出すことに成功した。

学園在籍中勉強はしていたのだが、それでも十分に優秀だった。

そのノウハウを凜に半ば脅されて、アーチャーに伝授させていたりする。

つまり形こそ多少違うが、慎二は憧れだった凜とパートナーになれていたりする。

 

このまま頑張れば……もしかしたら……

 

とか淡い期待を抱いているのがいたりするのだが……その話は語るまでもないだろう。

また聖杯戦争が終えて体が回復してからは……慎二は桜と一切関わらないようにしていた。

罪悪感などもあるのだろうが、それ以上に恐怖を感じたのだろう。

何せ一度殺されかけたのだ。

 

それも……羽虫を潰す程度の感情で。

 

これで恐怖を覚えないわけがなかった。

だがそれだけではないのは間違いないのだろう。

不動産の収益のかなりを衛宮家に……桜の下へ送っていた。

そのおかげでかなり大所帯になった衛宮家でも、問題なく……若干一名がえっらい食費を圧迫しているのだが……生活が出来ていたりする。

だがそれではさすがに士郎も男の矜持が廃る。

そのため士郎もバイト兼修行を行っていた。

他のサーヴァント達は特に問題を起こすことなく、平和に暮らしていた。

というよりも俗世に染まりすぎていると言ってもいいかもしれない……。

ランサーは聖杯戦争が終わってからは、バイトとナンパに精を出す……イケメンになっていた。

しかし最近趣味の一つの釣りが危機に陥っていたりするのだが……それはまた別の話。

キャスターと葛木先生はうまくやっているようだった。

まだ料理がそこまでうまくないのだが……それでも「食べられる程度」にはなってはいた。

もりもりと料理を食べているセイバーは、この中でランサーとは別の意味でこの生活を謳歌していた。

だが……セイバーは必ず朝は士郎の家の道場で、静かに正座をしていた。

何か考えているかも知れない。

何を考えているのかは……誰も聞ける雰囲気ではないため、聞くことはしなかった。

またそれだけではなく、士郎に戦うための術を教えている師匠だったりする。

言うなれば住み込みの剣客と言ったところだろうか?

聖杯戦争の経験と、セイバーによる指導の甲斐もあって、士郎はめきめきと腕前を上げていたりする。

 

 

 

聖杯戦争。

たった一つの願望機を巡って争う殺し合い。

敵であった者達が、こうしてこの場でみんなが楽しそうにしていること。

これは何よりも異常な事だったが……幸せなことだった。

 

「ふふ……。楽しそうですね」

「あぁ……本当に」

 

士郎と桜。

それぞれが後ろの桜の木に寄りかかりながら……暗く微笑んでいた。

その桜を同じような笑みで微笑み返しながら……士郎は今までのことを反芻していた。

そしてこれからの事も……考えなければならない。

これから生きていくために……二人は苦しみながら、それでも何かをするために、考えていた。

 

そう、考えるしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

長い、長い時間だった。

 

言葉にすればたった数年だ。

 

だがその数年が……狂おしいほどに長い、永い……

 

時間だった。

 

どれほどの人を殺したのだろう?

 

どれほどの人を見殺しにしたのだろう?

 

どれほどの人の悲しみを生み出したのだろう?

 

どれほどの想いを……踏みにじったのだろう?

 

無関係の命を喰らい、命を繫いで……自己という、己をとった。

 

無関係の命が巻き込まれると知りながら……それでも己の大切な存在をとった。

 

だがそれは一般的な……普通の人にはわかるはずもない、人殺しの所行。

 

この場で……花見に来ている人の中にも、暗い表情の人はいた。

 

酒を飲んで酔って……それでも消しきれない、誤魔化しきれない悲哀を胸に秘めて……。

 

それでも花見の席で元気になろうと……前を見ようと生きていた。

 

本当の意味で……桜と士郎の所行が知れ渡れば、二人はこの土地では生きていくことは出来ないだろう。

 

だが魔術という知識がない以上、今この場で自分たちが数年前の冬に起こった、大量失踪事件の真犯人であると声を大にして叫んだところで……誰も信じないだろう。

 

故に……どうあがいても、犠牲になった人々の命と……。

 

その親族達の悲しみを……切なさを……。

 

 

 

背負って生きていくしかないのだ……。

 

 

 

憎しみはない。

 

少なくとも親族達には。

 

何せ親族達からみれば、突然の失踪でしかないのだ。

 

誘拐というにはあまりにも数が多すぎる。

 

殺人というには痕跡も、死体さえも……残っていない。

 

突然消失したのだ。

 

この町、この世界から……。

 

だから憎みようがない。

 

ただ突然消失した人々のことを思って……嘆き悲しむことしかできなかった。

 

そして殺された……桜に捕食された人々も、おそらく憎んでいないだろう。

 

唐突に、突然に……魂を肉体事一瞬で捕食されたのだから。

 

憎む事も出来ず、自分が何故死んだのか……死んだことすらも気付かずに、この世から消失した。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)から解放され、聖杯戦争が終わり……刃夜が消えてからしばらくして、桜は目を覚ました。

 

目を覚まし……そして思い出す。

 

己の所行を。

 

忘れていた方が良かったのだろうか?

 

覚えていた方が良かったのだろうか?

 

どちらがよかったのかわからないが、結果として桜は全ての記憶を覚えていた。

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)と繋がっていて、夜な夜な夢を見ているつもりで、幾人もの人を手にかけていたことを。

 

血のつながりのない兄を殺そうとしたことも。

 

人を捕食したことも。

 

大事な人を……己にとって大切な姉を殺そうとしたことも。

 

並行世界の存在に、全てをゆだねようとしたことも。

 

 

 

何よりも……愛する人に対していらないと言ってしまった……己のことを……。

 

 

 

その全てを覚えていた。

 

だが……ある意味でそれだけだった。

 

目覚めて己が覚えていることを認識して……桜はただひたすらにただあり続けた。

 

半狂乱になることもなく……全てを拒否する訳でもなく……。

 

ただただ、平気であろうとした。

 

そんなわけがないというのに。

 

泣きわめくなり暴れ回った方が、まだ周りも対処が出来ただろう。

 

だが何もせず、ただふさぎ込むかのように普段通りに振る舞おうとするのは、見ていてただただ……痛々しかった。

 

そんな桜に対して、士郎は特別なことは何もしなかった。

 

以前帰ってきた時に足がずたずたになった。

 

その影響が残っているのか、少々歩くのに難儀になってしまった桜のリハビリや、生活の援助を普通にするだけだった。

 

慰めることもせず。

 

無責任に悪くないと言うわけでもない。

 

ただ、ただ……

 

静かにそばに寄り添っていた。

 

守るように……

 

寄り添うように……

 

逃がさないように……

 

当たり前の事だが……桜が殺して、士郎が見殺しにした人々全てを生き返られることなど、出来るわけがない

 

例えそれが聖杯を使ったとしても、不可能な行為……

 

仮に出来たとしても、それは決して行ってはいけないこと……

 

そして当然のように……時間は過ぎ去っていく

 

誰もが一度は思うだろう

 

時間を巻き戻したいと

 

だがそれも叶わぬ願いだった

 

だから……進むしかないのだ

 

進むしかないことはわかっていた

 

だがどこに進めばいいのか?

 

まだ二人はその答え(行き先)を見つけ出せていなかった

 

だから……二人の表情がまだ完全に晴れた事はなかった

 

だがこうして、互いに互いにとって大切な人々と……

 

何よりこの世でもっとも愛している人と一緒にこの場に入れる幸せを

 

感じずにはいられなかった

 

 

 

ただ静かに二人は寄り添っていた。

そのときクスリと……小さく桜が笑った。

 

「どうした、桜?」

「いえ、大した事じゃないんですけど……」

「けど?」

 

 

 

「ただ……あのときの約束が叶ったなって……」

 

 

 

あのとき……そう言われて一瞬考えた士郎だったが、すぐに思い至った。

己が「自分」を裏切った……衛宮切嗣の正義の味方になるという約束を破ったあの日。

昼間寝込んでいる桜に会いに行ったのだ。

 

最後になるかも知れないと……そう覚悟をしながら。

 

ただ士郎()と一緒にいたいと願った、自分にとって大切な()

そのとき桜が言ったのだ。

花見がしたいと。

本当にごくごくありふれた願いでしかない。

ただあのときは、そのありふれていてささやかな願いさえも、叶えることが出来ない状況だった。

後数日しか生きられないという状況に陥った。

桜が士郎以外に認識できないほどに壊れた。

 

だが二人はいまこうしてここにいた。

 

元通り……というには違うかも知れない。

 

大河がいたため賑やかではあったが……これほどまでに騒がしくはなかった。

 

こんなにも……悲しい笑みを浮かべることはなかった。

 

体も……足が少し不自由になってしまった。

 

 

 

だがそれでもこうして二人はここにいた

 

 

 

多くの人を喰らい、見殺しにして、命を飲み干し……こうしてこの場にいた

 

自分が多くの人を見殺しにした人殺しであることはわかっている

 

外道と言われても否定することは出来ないだろう

 

だがそれでも……このありふれたささやかな願いが叶った事に、暗くも嬉しそうに微笑む姿を見て……

 

 

 

士郎は胸が一杯だった

 

 

 

それを悟られないようにしつつ、士郎は頷いた

 

 

 

「あぁ、そうだな……」

 

 

 

気持ちが同じだと伝わるように……握っている手に少しだけ力を込めた

 

それに応じて、桜も小さく手を握り返す

 

ただこの場にいられるということ

 

それがとても嬉しくて……

 

本当はこんなにも幸せになってはいけないのかも知れない

 

人殺しの自分たちが

 

 

 

だがそれでも今だけは……

 

 

 

ありふれている

 

本当にささやかでしかない

 

だが、あのとき願ったあの状況を思えば……

 

 

 

この状況はまさに奇跡そのものだった……

 

 

 

だから今だけは……この小さな幸せを噛みしめたいと……

 

 

 

二人はそう思った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなある種別世界……というよりも二人だけの世界……にいる二人のこと、遠目に見つめる人物がいて、そんな二人を見て心底の奥深く深くから……

 

 

 

盛大に溜め息を吐いていた……

 

 

 

熟年夫婦の老後の一時にしか見えないわね

 

 

 

遠目に見てもわかるくらいに、二人の姿はあまりにも若者らしからぬすぎた

 

だがそれも無理からぬ事なのかも知れない

 

本人も自覚しているが、ここ数年の……特にイレギュラーな存在が引っかき回したあの聖杯戦争はあまりにも濃すぎた

 

死んでいないのが不思議な状況だったのだ

 

むしろ死ねれば幸せだったのかも知れない

 

あの状況を鑑みれば死という生物的に忌避するその結果ですら……

 

 

 

幸福な最後かも知れないからだ

 

 

 

死よりも恐ろしいことはそれこそいくらでもある

 

通常であれば死という結果よりも恐ろしいことはそうそうない

 

だが異常な状況下ではその「そうそう起こりえない」事が、容易に起こりえてしまう

 

しかも魔術が絡んでいるので、あればそれはなおさらだった

 

生きながら地獄の苦しみを味わい続けるという事も、十分にあり得ただろう

 

輪廻すらも叶わずに、真の意味での消失ということもあり得た

 

何せ一時とはいえ、桜は聖杯になり得たのだから

 

壊すという形であれば、全ての望みを叶えることが出来ただろう

 

あのままいけば精神が崩壊したかも知れない

 

崩壊せずに文字通りの怪物となっていたのかもしれない

 

 

 

考え出せばきりがない

 

 

 

何せ万能の願望機だったのだ

 

それこそ何でもあり得ただろう

 

だが、その最悪の状況にはならなかった

 

時間が経過すれば、変わることがある

 

今のこの状況のように

 

決してあり得てはいけないはずの人々が、殺し合うことなく笑っている

 

壊れた……壊れていた少年が、人となってこの場にいて、幸せそうにしている

 

その胸中は完全に晴れやかと言うことではないだろう

 

だがそれでも……彼は生きていた

 

一度死に、何度も何度も死にかけながら、それでも己がすべき事をして「己」を取り戻して

 

その傍らには、ついぞ衛宮家でしか笑うことのなかった少女が、楽しそうにこの光景を眺めている

 

壊されて、壊れることしか許されなかった少女が、最愛の人のそばにいる

 

届いてほしいと願いながら……それでも望むことすら望まなかった少女

 

己を殺しすぎて己を消して……

 

それでも消えなかった思いで、その手を掴んでいた

 

届く事はずがないと思っていた手を……握りしめながら……

 

 

 

 

 

 

ま、これなら大丈夫かしら?

 

 

 

 

 

 

そうは思う。

それでも不安はつきない

大聖杯がまだ機能しており、その聖杯に繋がっている少女がいる。

その少女と繋がる青年もいる。

だがそれでもこの二人ならどうにか出来るかも知れない。

二人だけじゃなくこの場にいる人間は……

 

 

 

嘘でも比喩でもなく……

 

 

 

世界を救った英雄なのだから……

 

 

 

ま、念のため確認しとこうかしら

 

少々割っていくのが嫌だったが、それでも今回帰省した目的を果たさないまま、留学先の時計塔に戻るわけには行かないのだ。

だから腰を上げて凜は、二人のそばへと歩いていった。

 

「こら、何二人で熟年夫婦みたいに飲みもせず、食べもせずにほのぼのしているの?」

「熟年はいいすぎじゃないか?」

「姉さん。熟年って……」

 

あ、夫婦にはつっこまないのね

 

返ってきたとんちんかんな答えと、その答えに対して何も言わない自らの妹に再度呆れるしかなかった。

だがそれでも、幸せなことに変わりはない。

十年以上もの時間をかけて……自らの妹とこうして笑い合えるのだから。

 

だから……素直に聞くことにした……

 

二人ならきっと、大丈夫だから

 

 

 

「桜……今、幸せ?」

 

 

 

 

 

 

「――――はい」

 

 

 

 

 

 

満面の笑みとは言えなかった。

まだ暗さが残っていた。

でも、幸せと問われて素直に言葉で返せたのだから……問題はないだろう。

何か問題があっても隣に命すらも投げ出す覚悟で、絶対に死なずに死なせない守護者が……いるのだから。

 

「ただ……」

「? ただ?」

 

暗い笑みから変わり、至極残念そうに桜は少しだけ周りを見渡した。

いれば絶対に目立っている……もう一人の姉の様な存在を探したのだ。

 

 

 

長い長い髪をたなびかせる……女性を……

 

 

 

「この場にライダーがいないのが……少し残念です」

 

 

 

「まぁ……それはね……」

「それに……結局私だけが御礼を言えませんでした」

 

その言葉に、凜も苦笑するしかなかった。

確かにあの聖杯戦争に参加し生き抜いた人物の中で、この場にいないのは一人だけだった。

 

そしてもう一人……聖杯戦争に参加こそしていないが、この場にいる人間達と親しくし、面識のあった

 

 

 

一人の少女の姿もなかった……

 

 

 

本当に……あいつはとんでもない奴だったわね

 

「まぁそれはしょうがないんじゃない? それこそまた突然来るかもしれないわよ?」

 

突然やってきて、色々引っかき回して、でも最後にすべき事をして消えた男。

正直思い出すと凜としては色々と思うところはあるのだが……それは考えないようにした。

だが、桜に対してそう言いながらも、凜はその男が来ることはないだろうと、思っていた。

 

 

 

何せ男は何も遺していかなかったのだ

 

 

 

置いていった物はある

 

だがそれはその男にとって必要ではあっても、必要不可欠な物ではないのだろう

 

本当に大切な物や、自らが生み出した物を遺していかなかった

 

それどころか奪うだけ奪っていったのだ

 

 

 

本当に、とんでもない男だったわね

 

 

 

綺麗に精算したと思っていたが、それでもこうして思い出すと胸に来る物があるのだから、まだ完全に片付けられてないのかも知れない。

それが無性に苛立って、凜は溜め息を吐くしかなかった。

 

 

 

次来たら……一発ぶっ飛ばしてやるからね

 

 

 

もう会うことはないだろう

 

だがそれでもそんな気持ちがある

 

その程度には親しくなったその男のことを思いながら

 

 

 

凜は笑った

 

 

 

そして熟年夫婦の二人を連れ出して、飲み会の輪へと入っていく

 

この愛おしい時間がいつまでも続くようにと……

 

そう願いながら……

 

 

 

 

『変わらない』

 

 

 

不変などないことなど、わかりきっていた

 

士郎が人になったように

 

桜が人になったように

 

だがそれでも願わずにはいられなかった

 

今までさんざん苦しんできたのだ

 

 

 

なら、今度は喜びがなければ嘘だ……

 

 

 

そう思うことの何がいけないのか?

 

変化していくだろう

 

時間が経過する事に

 

でもどうか……その変化が二人にとって幸せであって欲しいと……

 

 

 

そう願わずにはいられなかった

 

 

 

 

 

 

 




予定では後二話かな?
もしくは二話目が二部構成になって三話になるかもしれませんが・・・・・とりあえずようやくそろそろ終われそうです

最後までおつきあいいただければ幸いです


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約定

それは……花見がお開きとなった夕暮れ時……。

 

黄昏時と言われる光と闇の間。

 

まさに逢魔が時の時間だった。

 

その時刻になって……動き出した存在がいた。

 

自らが作った絶対の戒律に従い……そのときを待っていたのだ。

 

しかも都合がいいことに、対象達はこの国の文化の一つとも言える宴会を行っていた。

 

宴会の後は気がゆるむ物である。

 

もちろん例外もあるが……それでも弛緩してしまうのは間違いない。

 

また標的も分散しており、各個確保が可能な状況だった。

 

何人か魔術に精通している存在がいるようだが、数は圧倒的にこちらが優位だった。

 

苦戦することもないだろう。

 

 

 

「だが相手は腐っても聖杯戦争を生き残った人物達だ。くれぐれも油断だけはしないように」

 

 

 

暗い部屋に響くその声は、小さいがそれでもその場にいる全ての人間の耳に届いていた。

 

若い男の声だ。

 

おそらく以前、薄暗い部屋で目深にフードを被っていた人物と話していた男だろう。

 

動きやすそうなシンプルな衣装を身に纏っていたが……傍目から見ても、その衣服が普通の衣服でないことが見て取れた。

 

また腰に携えた鞘に収まった二振りの剣が……普通でないことを見た目からして証明している。

 

 

 

何よりも……その身からあふれ出る威圧感が、その男がただ者でないことを雄弁に物語っていた。

 

 

 

皆がその男の言葉を聞き届け、静かに行動を開始した。

 

確認も健闘も必要がなかった。

 

彼らにとってこれから行われることはただの作業でしかないのだから。

 

故に互いを祈ることもしない。

 

なぜなら自分たちにはそれだけの力があるのだから。

 

全員がこの場から立ち去ったことを確認し、二つの剣を腰に携えた男が立ち上がる。

 

そして腰の剣に手をやり、静かに目を瞑り……姿を消した。

 

 

 

 

 

 

港街である新都のとある場所に身を隠していたそれらは、深夜の時間を待って行動を起こした

 

静かにいくつかの集団にわかれて行動を開始する

 

海へ向かう者

 

山へと向かう者

 

そして……大橋に向かう者

 

その大橋へと向かう存在は橋を渡り、今回まで調査を遅らせることになった人物の弟子の家へと向かっていた

 

深夜

 

日付が変わったその橋には、人はもちろん車すらも姿はなかった

 

人はもっとも少なくなった聖杯戦争直後よりも、多少なりとも増えた

 

だが百人単位の人が突然姿を消したその土地に、移住してくる様な者はそうそうおらず、以前よりも人はまばらだった

 

故に人影がないのは理解が出来る

 

大量の失踪事件が起こったこともあるこの土地で、好きこのんで深夜に出歩く人間はいなかった

 

だが深夜とはいえ車すらも通らないのは、あり得ないと言っていいだろう

 

だがそのことに彼らは疑問を抱かない

 

自らが行った工作の結果を驚く愚か者など、いるわけもなかった

 

ただ静かに淡々と……自らの役割を果たすために進んでいたそのとき……

 

静かにだが……はっきりと聞こえる声が響いた

 

 

 

「こんばんわ。いい夜ね」

 

 

 

誰もいるはずがないその場所で発せられたその声に、歩を進めていた人物達が足を止める

 

そして声がした場所

 

その方角へと……上へと目を向ける

 

そこは橋を支えるための鉄骨の上

 

その場に、鉄骨を染める赤よりも鮮烈な紅を身に纏い

 

 

 

それ以上に苛烈な意志を秘めた女性が……陣取っていた

 

 

 

彼らは多少の驚きを覚えつつも、動揺しない

 

当然だが声を発することもない

 

目深に被ったフードから僅かに視界の間に相手を視認するのみ

 

余計な事など一切しないと、ただ静かに予定外ではあるが想定していた人物との相対に、意識を向ける

 

 

 

「あら? 驚かないのね? まぁそれもそうよね。だってこの土地は私が管理している土地だもの。私が何もしてこない……な~んて、そんな甘い考え持ってるはずがないわよね」

 

 

 

そんな独り言のように紡がれた言葉と共に、彼女は虚空へと足を踏み出し、鉄骨の上から落下する

 

地面へと着地するその瞬間……まるで大地が静かに彼女を受け止めるかのように、緩やかに減速し、膝を曲げることすらもせずに着地した

 

 

 

「何をしに来たの? といっても答えてくれないでしょうね? でも容易に想像することが出来るわ」

 

 

 

反応がないため、独り言のように紡がれる言葉

 

一見隙だらけに見えるはずのその態度は、その実一切の隙などなかった

 

それに……それだけではない

 

異様な何かが……この場にいる

 

彼らの直感がそう告げていた

 

 

 

「でも、それを看過するわけにはいかないの。私はこの街を管理する遠坂の魔術師」

 

 

 

そう呟き、手にした宝石を握りしめて……鋭い眼差しを、侵入者へと向けた

 

 

 

「その街に無礼を働くというのなら……手加減なんてしないわよ」

 

 

 

苛烈なまでに戦意の籠もったその言葉を、敵へと放つ

 

その言葉には確かに殲滅するという……絶対的な意志が込められた言葉だった

 

だがそれも無理からぬ事

 

彼らの目的は考えるまでもない

 

己にとって大切な存在を奪いに来たのだ

 

ならばその相手に対して容赦する理由はない

 

十年という、長い長い時間を過ごし

 

短くとも、生涯今後経験することがないであろう、あまりにも濃密な数ヶ月間をかけ

 

ようやく結ばれた自分たち

 

ならばそれを守るのも当然だった

 

だがこのとき、あまりにも力が入りすぎていたため、その後のことを全く考えていなかった

 

行動しないという選択肢は存在しないが、それでもやり過ぎてもいけない

 

そのはずなのだが、頭に少々血が上っているためそこまで思考がまわっていない

 

 

 

その彼女に、冷水を掛ける言葉が、新たに発せられる

 

 

 

「血気盛んだな。というよりも盛りすぎている。肩に力も入りすぎだ。いや、戦うのならば皆殺し……という君らしいその選択肢を否定している訳ではないが。だが、今夜の後のことも考えた方がいいと、一応苦言をしておこう」

 

 

 

自分たち以外に誰もいないはずのこの場所に、新たに紡がれたその言葉

 

その言葉は相手のことを心配しつつも、多分にからかっている様な感情が含まれていた

 

だがそのことに気付ける余裕は彼らにはなかった

 

なぜなら熟練した隠密の熟練者たる彼らでさえ、第三者の存在が全く掴めないからだ

 

だというのに、目の前の敵は……そんなことは当たり前だというように、呆れたように溜め息を吐いているだけだった

 

 

 

「ちょっと、それどういう意味? これでも留学先だと慈悲深い優等生で通ってるんだけど?」

 

 

 

彼女は振り向くこともなく、ただそう言葉を口にした

 

 

 

「いや、そのまま意味だが? ケンカを売ってきた輩には考えることすらも忌避するほどに徹底的に叩くのが君の流儀だろう? 慈悲は確かに働くかも知れないが、働くのはその前後でしかない」

 

 

 

未だ姿を現さないその存在の言葉に、彼女は押し黙った

 

思い当たる節でもあるのだろう

 

まるで降参とでもいうように……というよりも諦めたとでもいうように……肩をすくめた

 

 

 

「相変わらず一言多いわね、あなた」

 

「相手によるさ。今は偶然……忠告しなければならないマスターと契約しているものでね」

 

「あら奇遇ね。私も偶然……一言多いのと縁があってね」

 

 

 

マスター

 

その言葉はただの言葉でしかない

 

だが、それがこの街で使われた場合は意味が変わってくる

 

そしてその言葉の意味を知っている彼らは戦慄し……必死になって否定した

 

 

 

そんなことはあり得ない……と

 

 

 

だが現実は違った

 

あり得ないことが……あり得ないはずの願いが叶えられたのだ

 

今のこの街では

 

彼らの必死の否定もむなしく、そのあり得ない存在が現界する

 

 

 

赤い、赤い……彼女を守るように後ろに現れたのは、自らの象徴たる聖骸布を身に纏った、弓兵だった

 

 

 

「全く。あなたにでられたら少し困るんだけどね? 一応秘密にしているのよ? 苦言を呈してくれるのなら、自らの行動も諫めるべきじゃないのかしら?」

 

「私も出て行きたなかったのだが……忠言するしかなかったのさ。血の気の多いマスターを持つと苦労が絶えないものさ」

 

「ほんっとに……一言多いわね。場合によっては考えるわよ?」

 

 

 

未だ繰り返されるあり得ない会話

 

だがそれはあり得ないことではない……紛れもない現実

 

絶対の力を有した存在と契約を交わした

 

マスターとサーヴァント

 

 

 

「OK。付き合ってもらうわよ? アーチャー。でもやりすぎないようにね。あっちにばれたらそれはそれでややこしいことになりそうだから」

 

「君にそれを言われるのは少々不本意だが……あぁ、無論だとも。サーヴァントはマスターに従うものだ」

 

 

 

そしてこの場所で、今夜冬木で起こる戦いの火ぶたが、斬って落とされた

 

 

 

 

 

 

「来たわね」

 

城の主はただ静かにそう告げた

 

それはただの確認

 

それは絶対の自信の表れ

 

いや、もはや信じるということではなく、確定事項と言って良かった

 

確かに今は聖杯戦争が起こっていない……つまり大聖杯に魔力が満ちていないため、最強状態にはほど遠い

 

また自らも聖杯としての肉体を捨ててしまったため、以前の自分から見れば、天と地ほどの差があるだろう

 

だがそれがなんだというのか?

 

自らの最強の領地に土足で入り込み、また今の生活全てを壊しに来た存在に対して、容赦も温情も与える理由は微塵もない

 

 

 

「お嬢様」

 

「イリヤ……」

 

 

 

また己にはこうして仕えてくれている家臣がいる

 

忠臣にして、家族にして、大切な存在が

 

ならばこの城を守る事に躊躇う理由などありはしない

 

 

 

「わかっているわ。容赦なくためらいなく、殲滅しなさい」

 

 

 

「はい」

 

「うん」

 

 

 

忠臣二人は主の命に応えるように、静かに自らの任を果たすべき場所へと向かっていく

 

その姿を見守りつつ、主はただ静かに戦意を昂ぶらせていた

 

領地であるこの森と城で、負ける理由はありはしない

 

自らの事を心配する理由はない

 

すでに敵は己の領内へと無遠慮にも入り込み、こちらを目指している

 

僅か数名程度

 

確かに侵入するためにいくつかの術式を行使していたが、その程度では自らの秘術から隠れることなど、出来るわけもなかった

 

ずいぶんと舐められたものだと思いつつも、油断はしない

 

驕りもしない

 

隔絶たる差を見せつけるだけの事

 

自らが何をしでかしたのかという、愚かな所業の代償を、それらの無礼者自身を対価にして、支払わせるのみだった

 

だが心配する事柄はあった

 

自らの不出来な弟のことだった

 

 

 

だが、弟は己のすべき事を理解している

 

 

 

命すらも投げ出す覚悟で、聖杯戦争を切り抜けたのだ

 

そしてその後の生活でも……日々成長しているのが見て取れた

 

それでも不安はつきない

 

だが……奮闘するべき理由があるのだから、おそらく大丈夫だろう

 

 

 

私はお姉ちゃんだもん……

 

 

 

本当は弟を守らなくっちゃいけない……

 

 

 

 

 

 

だけど……心配だけど、見守ってあげることも必要だよね……

 

 

 

 

 

 

不出来な兄貴分には手を貸したというのに、不公平かも知れない

 

だが……彼はたった一人だった

 

たった一人で……全ての難題をこなして見せた

 

他の誰もがマネできないことを、全てやってのけた

 

もちろん助けてもらっていたことも事実だろう

 

相棒がいたことも事実だった

 

だが、相棒を失い一人になっても

 

相棒を斬り捨てても

 

人を斬っても

 

彼は止まらなかった

 

 

 

止まれない理由があったから

 

 

 

兄貴分はきちんと己のすべき事を全てやってのけたのだ

 

 

 

なら……弟分も、己の生涯をかけてすべき事ならば

 

 

 

己がすべきなのだろう

 

 

 

手助けはしないが、それでも祈る事はしておいた

 

見守ることしかしないと決めたばかりだが

 

それでも祈るくらいであれば、構わないだろう

 

どうか不出来な兄と姉が助けた

 

 

 

弟が無事に過ごせることを

 

 

 

小さな雪の精霊の様な少女である主は、そう静かに祈った

 

 

 

 

 

 

「さてと……面倒なことになっちまったなぁ……」

 

 

 

粗野にそして……至極めんどくさそうに

 

それはそう呟いた

 

本当にめんどくさいと思っているのだろう

 

だが不思議なことに、それは今から来る何者かに向けた物ではなく

 

森の奥深くに陣取っている、主に向けられた物だった

 

正しくは主自身に向けたわけではない

 

主のことは気に入っているのだから

 

 

 

「何もしないって訳にはいかないよなぁ?」

 

 

 

がりがりと、頭を適当に掻きながらそう呟く

 

遙か上空より見据えるその先にいる主のために

 

彼は小さく指だけを動かした

 

たったそれだけだ

 

そして、その指の動きで生み出された何かが……彼が見据えるその先へと向かっていく

 

 

 

「さてと……俺はどうするかね?」

 

 

 

ぼそりと呟かれたその言葉は、遙か上空に吹く風に飛ばされてすぐに消えていく

 

春になったとはいえまだ夜は寒い

 

更にその場所が建設途中のビルに設置されたクレーンの上であれば、なおさら寒いだろう

 

だが彼は寒さなど気にもせず、一つ溜め息を吐いて……遙か下へと目を向ける

 

そこには、数名の存在が自らが今住処としている場所へ、進んでいる姿があった

 

秘匿のために術を行使し、更に用心深く人に見つからないよう……標的である己に気付かれないように、慎重に歩を進めている

 

その様子は確かに熟練の動きであり、間違っても素人ではないことはすぐに見て取れた

 

だが……彼が納得できる者でない事は想像するまでもなかった

 

そのことに一つ溜め息を吐いて……

 

彼は虚空へと姿を消した

 

 

 

ま、最初の約定通りに動くしかないんだけどな

 

 

 

内心で小さくそう呟いて、彼は下に赴いていった

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね……」

 

山奥の柳洞寺の一室で、そんな言葉が呟かれる

 

昼間来ていた普段着とは違う……彼女にとっての正装姿だった

 

それだけでも十分に意気込みが見えるという物だろう

 

最初の約定に従い、無作為に無遠慮に……吸い上げることはしなかった

 

だが、知人達に協力を仰ぎ、知り合いの者達からそれなりの力をもらっていた

 

長い時間をかけて溜められたその力

 

 

 

自らの望みを壊しに来る無頼者に対して、その力を振るうのに何の躊躇う理由があろうか

 

 

 

静かに立ち上がり、扉へと向かったその時だった

 

自室の引き戸を開く前に、引き戸の先より声がかけられる

 

 

 

「行くのか、キャスター」

 

 

 

いたことに多少なりとも驚きつつも、それでも問われた内容については驚くことはなかった

 

その程度の事は見抜けるであろう人物であることは、わかっているのだから

 

 

 

「はい宗一郎様。私たちの生活を脅かす無礼者を放置するわけには参りませんから」

 

 

 

心からの本音

 

それだけはさせるわけにも、するわけにもいかない

 

だから彼女は自らの主に心配なきようにと、言葉をかけるつもりだった

 

しかし

 

 

 

「そうか、では行くとしよう」

 

 

 

その前に、自らも参戦するとそう告げられてしまった

 

一瞬きょとんとするが、それでも慌てて引き戸を開いて、後に続いて止めようとする

 

 

 

「いけません、宗一郎様。宗一郎様の実力は知っています。けどもしもの事が――」

 

 

 

「それはお互い様だキャスター。それに……」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

 

 

 

「お前が行く場所に、私がいかないわけにはいかないだろう」

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

その言葉で、何も言えなくなってしまった

 

そんな言葉を言われてしまっては、断ることなど出来るわけがなかった

 

ならば己自身が……連れ合いとして、どうするかなど、考えるまでもない

 

 

 

「ありがとうございます、宗一郎様」

 

 

 

礼を告げて二人は歩いていく

 

 

 

しかし……一つ注意しなければいけないことがあった

 

 

 

「約定以外にも、守らねばいけないことがある」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

「迎撃することは構わないが、殺すことは禁止だ。私はただの教師だ。そして私たちはただの仲のいい連れ合いにすぎない。手は抜かんが、迷惑をかけるぞ、キャスター」

 

 

 

 

 

 

それは約定とは違う、一人の男との約束

 

別段どちらも明確に誓ったわけではない

 

だがそれでも世話になった人物がわざわざそういってきたのだから、聞き届けないわけにはいかないだろう

 

宗一郎の言葉でキャスターも同じ人物を思い浮かべて、一つ嬉しそうに微笑んだ

 

 

 

「わかりました、宗一郎様」

 

 

 

お互いにやるべきこと、守るべき事を確認し、二人は外へと出た

 

 

 

夜の闇に紛れてくる、愚か者達を、迎撃するために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深山町の大通り

 

その場に数人の人物が静かに進んでいた

 

深山町の奥にある、とある屋敷

 

そこにいる最終にして最優先目標が存在している

 

そのためか、他の場所へ向かった部隊よりも人員が多かった

 

 

 

また、先頭を進むのは腰に二つの剣を携えたあの男だった

 

 

 

静かに歩を進める部隊だったが……その歩にはかすかな動揺があった

 

だがそれも無理からぬ事だった

 

今自分たちが進んでいる道

 

そこは住宅街であるこの町において大きな通りになる

 

本来このルートではなく、別のルートにて目的地へと向かうつもりだった

 

それも一つの部隊ではなく、一人一人が別々の道を通って

 

だが不思議なことに、何の神秘すらも感じないはずのこの町で、何故か当初予定していたルートは悉く通行が出来なかったのだ

 

見えない何かに……阻まれているかのように

 

人が少なくなったとはいえ、無人という訳ではない

 

だからこの深夜に複数人数で固まっていればそれだけ目立つ

 

工作をぬかりなく行っているが、それでも気付かれる可能性は出来る限り下げておきたい

 

だが、それは叶わぬ願いだった

 

なぜならこの町は、今まさに一つの大いなる神秘によって、守られているのだから

 

町は静かに、音一つあげることのない見えない旋風に包まれて、この道以外の進入を阻んでいた

 

その唯一の進入路の先

 

そこに一人の騎士が存在した

 

紺碧と白銀の鎧を纏う、汚れなき理想の具現。

 

 

 

絶対不落にして真の守り手

 

 

 

その姿を目にして、彼らは止まった

 

止まるしかなかった

 

 

 

「……貴様らが何者であるのか、その是非は問わない」

 

 

 

騎士……というのは語弊があるかも知れない

 

大通りの真ん中に立っているのは、普通の服を着た可憐な少女一人なのだから

 

だが、なぜか……その少女が絶対的な存在であり、騎士であると……

 

そう思わずにはいられなかった

 

騎士は動かない

 

ただ、静かに言葉を紡ぐ

 

 

 

「立ち去れとは言わない。ここより先は我が友の住処。そして……わが信念の是非を問いただす場所でもある」

 

 

 

紡ぎ出されたその言葉は……実に穏やかだった

 

だが穏やかであるからこそ、その言葉に何かしらの想いが込められていたのかがわかった

 

だがそれだけしかわからなかった

 

当たり前のことだが、初対面である無礼者には、その想いを知るよしもなかった

 

 

 

「この先には、未だ答えを見つける事が出来ていないが、諦めた訳でもなく、放棄したわけでもない……未だ抗い続ける我が友がいる」

 

 

 

最初は自らの理想の果てを……答えを見せてくれるのではないかと期待した

 

だが彼は選択した

 

自らの理想とは真逆といっていい願いを

 

それは騎士を落胆させるには十分だった

 

だというのに、こうして仮初めの第二の生を受けて……彼女は士郎の家で生活をしていた

 

それは……是非を問うためだった

 

 

 

己と……友人に対する是非

 

 

 

どちらが正しいのか?

 

騎士は、己が聖杯に賭ける望みが間違っていると思ってはいない

 

だが……友人の行いは、彼女を迷わせるには十分だった

 

 

 

「その場所へ向かうというのであれば、容赦はしない」

 

 

 

全てを守りたいと……目に写る人だけではなく、全ての人を守りたいと願った少年

 

 

 

その願いが、あまりにも昔の自分に似ていたから

 

だから少年に期待した

 

だが、その真逆の選択肢を、少年は選択した

 

世界全てを守りたいと願った少年は……たった一人の少女の手を取ったのだ

 

 

 

それも、自らの手を血で汚すとわかっていたにもかかわらず……

 

 

 

それでもなお……迷いながらも少年は選択したのだ

 

己にとって、もっとも大切な存在を

 

 

 

ちゃんと見てやれよ

 

 

 

そう言った男がいた

 

人でありながら、生身でサーヴァントに拮抗しうる男が

 

友人の少年と、その男の言葉に感化されたのかも知れない

 

だから見てみることにしたのだ

 

 

 

個と全

 

 

 

己と世界

 

 

 

 

 

 

そのどちらが正しかったのかという……その末路を

 

 

 

 

 

 

それを見るために、今騎士はこうしてこの場にいた

 

どのような最後になるのかはわからない

 

己と同じように……裏切られるかもしれない

 

復讐者に、全てを奪われるかも知れない

 

「己」達がそうしたように、あらがえない巨大な何かに飲み込み食われるのかも知れない

 

それを見届けなければならない

 

だが……

 

騎士は少年にとって、今は師と言えなくもないが、その全てを手伝うわけではない

 

いくつかの困難は、己の手で切り抜けなければ……答えを得ることもなく、またそれを示せるわけでもない

 

だから騎士はあえて

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

この場でもっとも実力を有している、二本の剣を腰に携えた存在が決死の覚悟で突貫し、自らの背後に走り去っても、何もしなかった

 

 

 

背後の気配がいぶかしげに思ったようだったが、それも騎士は黙殺した

 

悲しいことだが、今のこの状況がいつまでも続くとは誰も思っていなかった

 

今のこの状況は、一人の少女が自らの聖杯を使って願い続けている奇跡にすぎない

 

だからもし……この先聖杯に何かが起こった場合

 

 

 

五人の英雄達は、この世界から姿を消すだろう

 

 

 

消えるというのは、本来正しい表現ではないのかも知れない

 

何せ真実の意味で、五人の英雄達はこの世界に存在しているわけではないのだから

 

だから本来、友人である少年を守るほうが正しいのかも知れない

 

確かに今騎士は少年の家で、師の様な立ち位置で、少年の相手をしていた

 

おそらく、今通り過ぎた存在は、少年よりも実力は上だろう

 

 

 

下手をすれば殺されるかもしれない……

 

 

 

だから自らの行為は矛盾しているのかも知れない

 

殺されてしまえば、自らが望む決断の末路を見ることは叶わない

 

しかし逆を言えば殺されてしまえば、その程度であったという判断をすることが出来る

 

意味があって意味がないような……

 

 

 

まるで泡沫の夢であるかのような、この儚い時間が終わってしまう

 

 

 

矛盾している

 

決断の末路が知りたいと願いながらも

 

こうして手助けをしていながら、わざと試練を与えて

 

 

 

それなのに終わって欲しくないと願ってしまう

 

 

 

矛盾だらけの思いだった

 

 

 

 

 

 

こんな私を見たら、あの男は笑うだろうか?

 

 

 

 

 

 

ふと、この奇跡を生み出した男の事を思い浮かべる

 

あまりにも意味のわからない男だった

 

行う行動も

 

行った結果も

 

成しえた奇跡も

 

なにもかもが型破りだった

 

自らの願いを優先するといいながら、こうして夢のような奇跡を成しえた男

 

そし、この世界から消えていった存在

 

ふと、そんなことを考えてしまうが、それが無駄なことであるとすぐに気づき、静かに目を瞑った

 

 

 

おそらく、この悩みすらもあの男ならばしないだろう

 

 

 

自らがしなければいけないこと、したいと思ったことを優先して行った男なのだ

 

自らの世界に帰りたいという願いを

 

自分にとって大切な人を手助けしたいという願いも

 

矛盾していることだったかもしれない

 

だがそれでもあの男は全てをとって離さなかった

 

やりたいことをすべてやってみせたのだ

 

 

 

なら私も、自分がしたいようにしてみよう

 

 

 

友を守りながら、それでも全てを手助けしない

 

もし負けてしまい、この儚い時間が消え去った時は……

 

 

 

素直に呪ってあげましょう……

 

 

 

自分らしからぬ思考に、騎士は静かに微笑んで……その見えない剣を握った

 

 

 

 




予定通りというべきか・・・・・・予想通りと言うべきか

次の話は二話分割になりました~

のでおそらく後二話でおわりま~す

よろしく~


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守護者

注意

申し訳ない
今回差別的な表現があります
不快になられた方がいた場合は申し訳ありません
ちなみに筆者にその表現の思想、思考はありません


 

 

 

 

 

目標は住宅街の一角にある、少し大きめの武家屋敷

 

そこに男の目的がいる

 

他にもいくつも調査ないし回収したい存在はあったが、それでも最優先目標は武家屋敷にいる、存在

 

 

 

聖杯として機能し、門を開いた聖杯のなれの果て

 

 

 

なにせ門を開いたものだ

 

また調査によってその聖杯は、聖杯として作られたものではなく、人間を聖杯へと生まれ変わらせることによって、作られたものであることが判明したのだ

 

これはつまり、再び聖杯戦争が行われる際、自らが用意した聖杯によって、聖杯を奪うことが出来るかもしれないという可能性を示唆している

 

この調査結果に秘密裏に聖杯戦争を調べていた調査陣営は歓喜した

 

何せ聖杯を自らの手で作り出すことができるかも知れないという事なのだから

 

聖杯を得ることの栄誉などは計り知れない

 

しかも栄誉だけではなく、聖杯を得ることが出来るのだ

 

 

 

万能の願望機と言われる聖杯を

 

 

 

無論簡単にはいかないだろう

 

新たな聖杯を作り出す事は、そんな簡単なことであるはずがなかった

 

だそれでも次の聖杯戦争に間に合えばいいのだ

 

四次と五次はかなり短期間の間に行われたが、それでも十年もの月日があった

 

 

 

サンプルがあれば、十年という期間は決して短くはない

 

 

 

そのために今回秘密裏に行動を行っているのだ

 

当初はただの調査だったのだが、第五次聖杯戦争の調査を進める内に聖杯にたどり着き、この計画が立案された

 

聖杯を手に入れるというために

 

また聖杯を所持している人物は当然ながら魔術師だったのだが、魔術師としてはかなり格下の存在だった

 

もちろん油断するわけではない

 

だが事実、聖杯を所持している人物は、魔術使いでしかなく、使用できる魔術も強化と投影であるということが確認されている

 

侮りはしないが、決して後れをとるようなことはないと、男は認識していた

 

 

 

 

 

 

ここが……対象の家か?

 

 

 

そして腰に双剣を携えた男は、目標がいるであろう家へとたどり着く

 

この辺でも珍しい、昔ながらの武家屋敷という……この国の古い家であった

 

しかし不思議なことにこの家は魔術を使う存在……魔術使いが……住んでいる、魔術の工房があるはずだというのに大した結界がないという、不思議な家だった

 

しばし家の前で怪しまれない程度に家を観察していた男は、報告通り大した結界がないことを確認し、塀を乗り越えて家へと……足を踏み入れて

 

 

 

その男と相対した……

 

 

 

「……」

 

不思議なことにその男はその場に立っていた

 

何をするわけでもなく、ただ頭上の月を……静かに一人で眺めているだけだった

 

静かに……まるで祈りを捧げるかのように、三日月を見つめて立つその姿は

 

 

 

何故か懺悔をしているようだった……

 

 

 

だが、それで油断が出来ない相手であると、男は理解した

 

何せそんなただ立っているという、その無防備なはずの状態であるにもかかわらず

 

一切隙を見つけることが出来なかったのだから……

 

 

 

 

 

 

強い……いや、決して特別強いわけではない

 

 

 

 

 

 

だが……手強い……

 

 

 

 

 

 

それがその男……この家の主であり、聖杯の所有者である男

 

 

 

衛宮士郎を見て、双剣の男……魔術師が下した評価だった

 

 

 

「こんな時分に塀を跳び越えて不法侵入してくるってのは……どういう了見だ?」

 

 

 

衛宮士郎から紡がれた言葉には、不思議と大した意志を感じ取れなかった

 

だが、強い意思は感じ取れなくとも、その態度と視線が……はっきりと衛宮士郎の感情をあらわしていた

 

悲壮感

 

そう言うべき悲しげな感情が……衛宮士郎からあふれ出していた

 

初見の相手、ましてや衛宮士郎から見れば不法侵入者である相手に対して、何故悲壮する事があるのか?

 

 

 

何故……魔術使い程度にこの様な不快な目を向けられねばならないのか?

 

 

 

魔術の深奥を全く理解していない、半端な存在に

 

 

 

そう思うと同時に、その感情を魔術師は斬り捨てた

 

今のこの場においてその感情は不要だと判断したからだ

 

今この場ですべき事はこの衛宮士郎を排除して聖杯を持ち帰るという任務をこなすこと

 

ならばそれをすればいいだけだった

 

だが何故か魔術師はこの相手に……衛宮士郎という存在に興味を持った

 

聖杯を所持しながら、それを研究しているという報告は聞かなかった

 

それどころか、聖杯の手助けをするかのように生活していた

 

そして今も……おそらくこちらがこの家に侵入した理由がわかっているだろうに

 

迎撃もせず、素直に聖杯を渡すでもなく

 

ただ無防備に……中庭の真ん中に立っていた

 

 

 

聖杯がある部屋は……報告では離れだったか……

 

 

 

魔術師が中庭から侵入したのは、母屋ではなく離れに対象がいることを把握していたからだ

 

女ということで軽いのは間違いないが、それでも運搬をするならば距離は短い方がいい

 

無論妨害があることは想定していた

 

何せ貴重な聖杯を、渡せといって渡すわけがないのだから

 

 

 

「……お前が狙っている桜はもう寝ている」

 

 

 

黙って立っている衛宮士郎が、離れへと目を一瞬向けて、呟いた

 

ブラフかも知れないが、おそらく報告通り……離れにあるのは間違いないようだった

 

何故敵である己に、場所を教えるのかは疑問に思った魔術師だったが、それでも場所がわかった以上この場にいる理由もない

 

動き出そうとしたそのとき……

 

 

 

聞き捨てならない言葉が、魔術師の耳に届いた

 

 

 

「……お願いだから帰ってくれないか?」

 

 

 

「……何?」

 

 

 

先ほどの不快な視線

 

それはまだ耐えられた

 

含まれた感情は侮蔑にも等しい感じがしたが、それでも致命的ではなかった

 

だが今の言葉は斬り捨てることも、聞き流すことも出来なかった

 

 

 

お願い

 

 

 

帰ってくれ

 

 

 

この二つの言葉だけは

 

 

 

「……貴様」

 

 

 

「俺も桜も罪人だ。罪があることはわかってる。罰を受けることもわかってる。だけどまだ俺も桜も死ぬわけにもいかないんだ。まだ何も出来てない。始めることすら出来てない。逃げはしない。だけど……降りかかる火の粉を払わないわけにはいかないんだ」

 

 

 

本当に戦いたくないとでも言うように、衛宮士郎は何も持たない手を、僅かに曲げて、その手の平に視線を落として、力なく拳を握った

 

 

 

まるで見えない何かを掴むようにして……

 

 

 

その手には何も握られていない

 

ただ静かに拳を握っただけにすぎなかった

 

だが……その仕草をした瞬間、衛宮士郎の雰囲気が変化した

 

 

 

 

 

 

「出来れば戦いたくないけど……桜を連れて行くって言うのなら、容赦はしない」

 

 

 

 

 

 

容赦はしない

 

その言葉に込められたのは先ほどとは違う苛烈な意志……敵意

 

その敵意と、言葉を……魔術師へと口にした

 

先ほど同様、侮蔑以外の何物でもない言葉を……衛宮士郎は口にした

 

 

 

出来れば戦いたくない

 

 

 

戦いになると言っているのだ

 

そしてその戦いを行いたくないと言っているのだ

 

魔術の深奥にして究極の目的、「根源」に手が届くかもしれない聖杯を手にしていながら

 

その価値を全く理解せずに魔術を道具としか見ていない存在が

 

魔術師として相当の実力者である魔術師に対して

 

 

 

戦いになると……

 

 

 

しかもその言葉を、相手である衛宮士郎は嫌味でも何でもなく、歴とした事実であるかのように、口にしている

 

魔術使いに舐められているという事

 

それだけは「生粋の魔術師」である魔術師には、耐えることが出来なかった

 

 

 

「さすがは魔術使い。聖杯という貴重な物を手にしていながら、その価値を理解してない愚鈍な存在なだけはある」

 

 

 

「……物だって?」

 

 

 

士郎の口から紡がれたその言葉は……あまりにも平坦であり、また静かだった

 

先ほどの悲壮感にも似た感情はなく……ただただ、平坦だった

 

 

 

「生きながらにして聖杯に変わった女。どのような手段を用いて聖杯にしたのかはわからないが……女の記憶を暴けばそれも解明できる」

 

 

 

語りながら男は興奮していた

 

 

 

「しかも都合のいいことに聖杯を身に宿した存在は女だ。子を孕ませ、その子で実験することも出来る。母体の血を強く受け継ぐように、聖杯を調整したりも出来るかもしれない。何せ母体が聖杯だったのだ。最悪母子共々斬り刻み、解剖してもいいだろう」

 

 

 

熱くなるのも無理はなかった

 

 

 

聖杯を手に入れることが出来るかも知れないのだから

 

 

 

自らの手で生み出した聖杯に魔力が満ちて……聖杯となるのかも知れない

 

 

 

これを成し遂げられるかも知れないという事実を前にして、興奮しない魔術師はいないだろう

 

 

 

「といっても、聖杯は一つしかない。貴重だからな。あまり解剖はしたくないが……場合によっては仕方がないだろう」

 

 

 

だから魔術師は知らず知らずのうちに熱くなっていた

 

語る口調に熱が籠もったのがその証拠だった

 

相手の……双剣を携えた魔術師の言葉を聞きながら、士郎はただ静かに目を瞑った

 

目を瞑り、まるで天に祈りを捧げるかのように……瞑目していた

 

その態度があまりにも気にくわなくなり……魔術師は衛宮士郎を排除すべき存在だと認識した

 

殺す理由はなく、また意味もない

 

何せ目的は聖杯なのだから

 

だが、この男を排除しなければ聖杯が手に入らないと……魔術師は直感で感じ取った

 

先ほどまでと違い……相手の、衛宮士郎から発せられる雰囲気が一変したからだ

 

それを主張するように……衛宮士郎が目を開き……

 

 

 

魔術師を睨み付ける

 

 

 

「桜に……また同じ苦しみを味合わせるわけにはいかない。だから……俺は意地でも、お前をここで止める!」

 

 

 

その言葉を吐き捨てると同時に、衛宮士郎が走った

 

魔術師へと向かって

 

両手に何も持たずに

 

ただ突貫してくるだけかと、一瞬冷めた魔術師だったが……しかし次の瞬間瞠目する

 

 

 

何も持たないはずのその両手に……突如として双剣が現れたのだから……

 

 

 

何っ!?

 

 

 

魔術師も、待ちかまえるかのようにして中庭に佇んでいたにもかかわらず、何も所持していないとは思っていなかった

 

だがせいぜい見えない腰に忍ばせているか、もしくは袖の中にでも隠していると思ったのだ

 

だが、違った

 

衛宮士郎は走るという動作以外に、隠し持っていた武器を取り出す、持つといった行為を一切行わなかった

 

出現したのだ

 

空の両の手に

 

幾重にも、魔術回路の様な黒い線が走る、白と黒の双剣

 

突如として出現させることを可能にしうる魔術について、魔術師もすぐに思い至り

 

内心で鼻で笑った

 

 

 

投影魔術を使うか……

 

 

 

走ってきた魔術使いの衛宮士郎を一刀の元に斬り捨てようと剣を抜剣しながら、魔術師はそう鼻で笑った

 

投影

 

それは本人の持つイメージで、魔力のみで物質を創造する魔術

 

人間のイメージなど穴だらけのため、オリジナル……つまり物体……に勝るわけもなく、一時的な代用品にしかならない

 

そして物質ではなく魔力で構成されるため、魔力がなくなったら気化するように消滅する

 

それが「通常の投影」だ

 

だが、士郎の投影は違う

 

通常魔術の投影と似て非なる、士郎だけの異常な魔術

 

故に……

 

 

 

!!!!

 

 

 

振るってきた投影の剣を受けた自らの剣から硬質な音が響いたことに、魔術師は今度こそ本当に驚いた

 

受ければもろく砕け、そして魔力の霧となって消滅すると思っていたのだから、驚くのも無理はなかっただろう

 

だが、そこは優秀な存在である魔術師は、剣を取りこぼすといった失態はしなかった

 

そして……驚いた己が許せなかった

 

 

 

魔術使いごときにっ!!

 

 

 

調査を行っていた

 

だがそれだけではわからないことが多すぎる存在だった

 

それでも魔術を使うという事は把握できており、また強化という……実に地味で余り実戦的とは言えない魔術を使用している事はわかっていた

 

故に油断はしていなかったが、侮っていなかったとは言えなかった

 

 

 

そう侮ってしまったのだ

 

 

 

それを相手に……魔術使いごときに教えられたが故の苛立ちだった

 

魔術師は強かった

 

時計塔に在籍し、生涯のほとんどを魔術の研究と鍛錬に費やしてきた

 

封印指定執行者その人となった今でも、研鑽を怠っていない

 

 

 

にも関わらず、すでに数十合……剣を交えている衛宮士郎に、驚愕を通り越して、怒りを覚えた

 

 

 

この私が……攻めきれないだと!?

 

 

 

封印指定執行者とは、一言で言うのであれば「希少な魔術を永久的に保存する封印指定を、強制的に行う」存在だ

 

封印指定は、希少能力を持つ魔術師に与えられる名誉であり、厄介な称号である

 

希少な能力や魔術を永遠に保存するために「貴重品」として優遇することであり、「品」という言葉が表すとおり、場合によっては魔術的な意味で「ホルマリン漬け」にする行為だ

 

当然だが、魔術師であろうと魔術使いであろうと、封印指定は死と同義……魔術師にとっては研究が行えなくなる、魔術使いは人として扱われなくなる……であるため、当然だが封印指定された場合は逃亡する

 

逃亡しても魔術の神秘の秘匿さえ守っていれば、魔術協会も放置するのだが……一般人等に魔術が知れ渡るような状況になった場合、封印指定を強制的に執行する存在が、封印指定執行者という存在だった

 

当然だが、魔術を使う相手を強制的に封印指定することになるため……荒事になる

 

根源に至る可能性がある希少な能力を持った魔術師ないし魔術使いは、当然だが死にたくないから逃亡するのだが、逃亡先で静かに暮らすことはほとんどないだろう

 

特に魔術師は

 

魔術師は根源に至るための目的のために魔術を研鑽しているため、逃亡先でも魔術を行使する

 

その魔術行使……研究……が神秘の秘匿の大原則を破った場合、聖堂教会が黙っていない

 

異端を消し去り、人の手に余る神秘を正しく管理することを目的として存在する、聖堂教会

 

当然だが魔術というのは普遍的なものではない

 

そのため、魔術協会と聖堂教会は幾度となく刃を交えてきた

 

だが聖堂教会の最大の目的は、吸血種など人の範疇から外れた存在を消し去ることであるため、魔術師の最終目的である根源への渇望には関知していない

 

そのため、封印指定の魔術師ないし魔術使いが、潜伏先で無関係の一般人などを巻き込むような実験を繰り返せば、聖堂教会が代行者と呼ばれる、力づくで異端を排する教会の異端審問官が、研究成果事消滅して自体を収集する

 

そのため、封印指定執行者は、下手をすれば封印指定という希少能力を持った魔術師ないし魔術使いと、代行者という二者と対峙しなければならないこともある

 

そのため、封印指定執行者は相当の猛者でなければなることはない

 

腰に携えた双剣は、伊達でも酔狂でもなく、実力があるために装備された剣なのだ

 

古代の英雄が使用した宝具と呼ばれる双剣

 

宝具に相当する物を貸与すると言うことは、ほとんどあり得ないと言っていいだろう

 

その宝具に相当する武具を、魔術協会から貸与される程の実力を持っているのだ

 

魔術師の男は

 

だというのに

 

 

 

なんだ、この男は!?

 

 

 

魔術使いである相手が、封印指定執行者の自らの攻撃を圧され気味とはいえ防いでいた

 

あり得ないことだった

 

あり得てはいけないことだった

 

少々斬り合いを行って、離れを見て思い出した

 

 

 

ここに来た目的を

 

 

 

聖杯を手に入れるという、その目的を

 

その瞬間に、怒りは遙か彼方に消え去り、魔術師は一度息を吐いて

 

 

 

衛宮士郎を排除すべき障害と認識した

 

 

 

油断もしただろう

 

驕りもしただろう

 

だが目的を完遂しないわけにはいかない

 

魔術師には魔術を極めて

 

 

 

根源へ到達しなければならないという理由があるのだから

 

 

 

 

 

 

一度距離を離した相手……侵入してきた魔術師の目が鋭く細められた

 

その瞬間に、衛宮士郎は相手が完全にこちらを……己を殺す対象として認識したことがわかった

 

その敵意が……似ていた(・・・・)からだ

 

数年前……聖杯戦争で味わった強者から向けられる殺意

 

聖杯戦争で向けられた殺意は、紛れもなく「死」そのものといってよかった

 

隔絶した実力を有した存在であるサーヴァントが相手なのだから、当たり前と言えた

 

サーヴァントが殺すと認識した存在に、生はない

 

あるのは絶対化されてしまった死という結果のみ

 

ランサーに殺意を向けられて、一度衛宮士郎は命を落とした

 

何故か生き返り……衛宮士郎は聖杯戦争を生き延びた

 

その経験が

 

生きたいと……願うその想いが

 

 

 

本来であれば絶対的な死と同義であったであろう魔術師の殺意を……

 

 

 

ただの「敵意」にさせてくれたのだ

 

 

 

今の相手の殺意は絶対的な「死」ではない

 

聖杯戦争での経験

 

そして、数年の奇跡の様な時間が、絶対的な死であったはずのこの殺意を、変えてくれたのだ

 

数年間

 

長いようで短いようで……不思議な時間だった

 

絶対的な存在であるサーヴァントが未だ現界し、この町に住んでいる

 

住むだけに飽きたらず、自らを鍛え上げてくれたのだ

 

死ぬわけにはいかないのだ

 

成さなければいけない事を果たしていない

 

死んではいけない理由がそばにいる

 

死なせてはいけない理由がそばにいる

 

以前であれば、他者を助けるためであれば自らの死すらもいとわなかった「衛宮士郎」という存在

 

「己」がなかった存在に、「己」を宿らせた存在がいる

 

その存在のために……そして「己」自身のためにも、衛宮士郎は、「己」を死なせるわけにはいかなかった

 

だから……衛宮士郎は選択する

 

相手を倒すことを

 

 

 

目の前の障害を魔術師を「殺す」ことを

 

 

 

今から「己」が……衛宮士郎がもたらす「死」は、魔術師としては「死」よりも遙かに恐ろしい「死」である

 

そのことは衛宮は十分に理解していた

 

 

 

だが、それでも殺せない理由がある

 

 

 

殺したくないという、身勝手な願いもある

 

我が侭なのはわかっていた

 

多くの人を見殺しにした

 

より多くの命よりも、たった一人の命を取った

 

これ以上背負うわけにはいかないという思い

 

これ以上背負えないという思い

 

 

 

これを我が侭と言わずしてなんと言えばいいのだろう

 

 

 

十分に理解していた

 

だがそれでも……我が侭であったとしても

 

衛宮士郎はソレを選択する

 

自らの生のために

 

「己」に命を運んでくれた存在のために

 

「己」のために……衛宮士郎は、言葉を紡いだ

 

 

 

 

 

 

Train a pair of my swords

―――対の剣を錬成する

 

 

 

その言葉と共に、衛宮士郎の体から凄まじいまでの魔力と……忌避感があふれ出した

 

その忌避感が……危険だと、魔術師の本能が察した

 

魔術使いであるはずの存在でしかない、目の前の存在が

 

 

 

今まで出会ってきたどの存在よりも危険であると

 

 

 

 

 

 

【それを感じ取ったのは偶然だったのか?】

 

 

 

 

 

 

忌避感を覚えて、魔術師はさらに苛烈に衛宮士郎を攻撃した

 

 

 

On account of an unpardonable sin,

―――贖えぬ罪を背負い、

 

 

 

 

 

 

【それとも必然だったのか?】

 

 

 

 

 

 

衛宮士郎は言葉を紡ぎながら猛攻を防ぎ、忌避感が増す事に衛宮士郎の力強さと鋭さが増していった

 

 

 

with an inexhaustible mind

―――尽きぬ思いを糧に

 

 

 

 

 

 

【その疑問に答える存在はこの世のどこにもいないだろう】

 

 

 

 

 

 

魔力と、忌避感を強く感じる何かが、視覚出来るほどに衛宮士郎から溢れ出してくる

 

 

 

It is immortal beyond the many charges

―――それは幾たびの罪過を越え不滅

 

 

 

 

 

 

【いるとすれば、他の誰でもない自分自身】

 

 

 

 

 

 

衛宮士郎の背後に溢れ出てくる……漏れ出してくるのは、黒い靄の様な何かだった

 

 

 

Just never shook

―――ただの一度も揺れず

 

 

 

 

 

 

【自分自身であったはずの幻影かもしれなかった】

 

 

 

 

 

 

なんだ!? こいつは!?

 

 

 

I will not succumb only once

―――ただの一度も屈しない

 

 

 

 

 

 

【だが感じ取ったそれは……致命的なまでに違うものだった】

 

 

 

 

 

 

魔術師が忌避感を超えて、薄ら寒さすらも感じさせるそれはなんなのか?

 

 

 

I am a pair of oath swords

―――己は一対の誓いの剣

 

 

 

 

 

 

【同じはずだった幻影は、自分が知らない道へと堕ちていった】

 

 

 

 

 

 

魔術師にはわからなかったが、止めなければならないと判断した

 

 

 

Cuddling with the black cherry blossoms,

―――黒い桜に寄り添い、

 

 

 

 

 

 

【ならばこの先、もう交わることはないのだろう】

 

 

 

 

 

 

故に、使っていなかった魔術すらも行使しようとしたのだが、それを本能が拒絶した

 

 

 

do not disappear,

―――消えず、

 

 

 

 

 

 

【もう一つの存在と共に、螺旋を描くようにして寄り添い、堕ちていくのだろう】

 

 

 

 

 

 

なぜかはわからないが、魔術行使は危険であると判断したのだ

 

 

 

do not die,

―――死なず、

 

 

 

 

 

 

【本来であれば決して褒められた事ではない】

 

 

 

 

 

 

故に、純粋に剣技のみで、衛宮士郎を殺そうと更に剣を振るった

 

 

 

do not allow death

―――死を赦さない

 

 

 

 

 

 

【だが何故か……それを……】

 

 

 

 

 

 

しかしそれでも衛宮士郎は悉く攻撃を防いでいく

 

 

 

Hence his life is with that sword,

―――故にその生涯はその剣であり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【■■■■】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔術使いごときに剣を防がれて憤る気持ちと、得体の知れない何かに恐怖するという生命としての本能に苛立ちを覚えた

 

 

 

That sword is surely

―――その剣はきっと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そう思ってしまう「自分」がいることに、反吐がでる思いだった】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あぁ、始まってしまった

 

 

 

そう思い、ただ溜め息を吐くことしか出来なかった

 

わかっていた

 

こうなることは

 

魔力が巡ることで、「己」が魔術を行使することを感じた

 

皮肉にも、あのとき頬にかかった黒い泥が、二人を繋げていた

 

繋がっている

 

その事実は

 

 

 

「呪い」であり

 

 

 

「枷」であった

 

 

 

自らが「己」を殺そうとしたが故に繋がったこと

 

繋がっているが故に……互いに互いのことがわかってしまう

 

相手の状況も……

 

 

 

相手の想いも

 

 

 

今、こうして自分が横になっている中で、「己」が何を想い

 

何をしているのかが……

 

 

 

 

 

 

『私が悪いことしたら、どうしますか?』

 

 

 

 

 

 

あの日……土蔵で問うたこの言葉

 

 

 

それに対して、士郎はこう答えたのだ

 

 

 

 

 

 

『あぁ。桜が悪いことをしたら怒るぞ。他のヤツよりも何倍も怒るさ』

 

 

 

 

 

 

そう言った通り、衛宮士郎は決して桜を赦さなかった

 

そばにいてくれる

 

支えてくれる

 

けれど決して無責任に慰めたり

 

怒ることもしなかった

 

怒らなかったといっても、ただ怒鳴ったりしないと言うだけで、怒ってないわけではないのだろう

 

当たり前だが、衛宮士郎は誰よりも桜の事情を知っていた

 

だから、怒らないだけだ

 

だけど……怒らなくても絶対に赦さないことはあった

 

それをさせないために……寄り添っているのだろう

 

無論、互いが互いに「己」という存在のためということもある

 

だがそれ以上に赦さないのだ

 

 

 

怒っているのだ

 

 

 

「己」のために

 

 

 

だから衛宮士郎は今……中庭で戦っていた

 

何も出来ない「己」が悔しいと思う

 

「己」がいなければ、戦う理由もなくなるのではないか?

 

そう思う「己」もいた

 

 

 

だが、それではダメなのだ

 

 

 

「己」の衛宮士郎では、生きることができない

 

 

 

だから

 

 

 

今の「己」に出来ることを静かに行った

 

 

 

 

 

 

先輩

 

 

 

 

 

 

人を殺さないでください

 

 

 

 

 

 

私から逃げないでください(死なないでください)

 

 

 

 

 

私を逃がさないでください(死なせないでください)

 

 

 

 

 

私が、あなたと一緒にいるために

 

 

 

 

 

あなたが、私と一緒にいるために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お願いします……士郎さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

衛宮士郎は最後の言葉を

 

 

 

 

 

 

口にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

It was made of black petals

―――黒い花びらで出来ていた

 

 



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無尽の剣

It was made of black petals

―――黒い花びらで出来ていた

 

 

 

 

 

 

最後の言葉が紡がれたその瞬間にあふれ出した黒い靄が、辺り全てを覆った

 

それは相対していた魔術師も当然例外ではなく、その靄に覆われた

 

そしてその靄が一瞬だけ視界を遮った

 

その僅かな一瞬

 

瞬きすらもしない程の時間で

 

 

 

周囲の景色が一変した

 

 

 

周囲にあるのは、無限にあるのではないかと思える……桜の木

 

数十年は経過しているであろう、立派な幹をした桜の木が、いつの間にか周囲に存在していた

 

等間隔に

 

一定の距離を保って

 

走り回り、剣を振るう程度には問題ない程の間隔で、周囲を桜が埋め尽くしていた

 

 

 

満開の花を咲かせた……桜が

 

 

 

いきなり周囲が……世界が変わるということ

 

これに該当する事柄を……魔術を

 

魔術師は知っていた

 

 

 

「固有結界……だと?」

 

 

 

驚きのあまりに、ぼそりと無意識に呟かれた言葉

 

固有結界

 

術者の心象風景を具現化して、現実に浸食させて世界を形成する結界

 

大禁術と言われる魔術

 

魔法にもっとも近い魔術であり、秘奥の中の秘奥

 

魔術の到達点の一つと言われる魔術だった

 

大禁術ともいえる魔術を使った存在が魔術使いの衛宮士郎であるという事実

 

この事実に、もしも普段通りの魔術師であったならば、耐え難い屈辱に歯がみしているところだっただろう

 

だが、そうはならなかった

 

この状況が、大禁術の固有結界であることはすぐに理解できた

 

だがそれ以上に……嫌悪感と忌避感が

 

 

 

魔術師の心を支配していた

 

 

 

本来であれば、不自然に等間隔に植えられたとはいえ、これだけの桜が花を咲かせていれば、人の心を魅了してやまないだろう

 

風に花びらが舞っている

 

木々が揺れ、ざわめくその音は、さぞ風靡な景色であるはずだった

 

 

 

だが……そうならない要因があったのだ

 

 

 

しばらくして……魔術師は嫌悪感の正体に気がついた

 

 

 

 

 

 

花びらの一つが……黒い?

 

 

 

 

 

 

そう……周囲に咲く満開の桜

 

その五枚の花びらの内一枚が

 

 

 

暗く、黒い色をしていた

 

 

 

普通の花びらであれば、花びらの中に筋が見える

 

花びらの色にも、桃色の濃淡があるはずだ

 

だが、その黒い花びらにはそれがない

 

ただただ……光すらも吸い込むのではないかという黒しかない

 

花びらの形をした黒い何か

 

全てを吸い尽くした炭よりも黒い……漆黒の何か

 

そしてその黒い色以上に……醜悪な何かを感じさせた

 

美しさとは無縁な、醜悪で醜い花

 

 

 

現実ではありえない……桜の形をした何か

 

 

 

さらに醜い要因は空にもあった

 

文字通り……血のような赤い色をした空が美しいはずもない

 

また地面には何もなく、ただ乾いた土があるだけだった

 

それらがあわさり、この世界は……醜い醜い

 

 

 

我執

 

 

 

にも似た何かを感じ取れる世界だった

 

またその嫌悪感とは別に……体の中に淀みが生じつつあることも、魔術師は危険に感じた

 

そして気付く

 

 

 

衛宮士郎は!?

 

 

 

先ほどまで目の前にいたはずの敵……衛宮士郎の姿がないことに

 

時間にして十数秒しか時間は経っていないだろう

 

だがその時間は戦闘中に見せる隙で言えば致命的だ

 

本来であれば何度殺されても不思議ではない

 

致命的な隙を見せた自身に舌打ちしつつ、辺りを見渡し……

 

 

 

 

 

 

ソレを見つける

 

 

 

 

 

ソレは、周囲の桜よりも遙かに大きな桜だった

 

幹の太さは、大人が二人で輪を作るほどの太さだった

 

もしも現実の世界であれば、相当の年月を生きた桜になるだろう

 

 

 

ソレは他のどの桜よりも醜かった

 

 

 

他と同じで花びらの一枚が黒かった

 

だがなぜか、他の桜と比べると大きさだけしか違いがないはずだとういのに

 

その桜は他のどの桜よりも醜い桜だった

 

だが、どこか暖かさを感じさせる気がした

 

 

 

その醜い桜の幹に

 

 

 

 

 

 

対の剣が突き刺さっていた

 

 

 

 

 

 

寄り添うように

 

 

 

繋ぎ止めるように

 

 

 

 

 

 

桜の木を……縛り付けるように

 

 

 

 

 

 

互いに触れあいながら

 

その対の剣の前に、衛宮士郎が立っていた

 

そして対の剣の柄に手をかけて

 

 

 

その対の剣を引き抜いた

 

 

 

以前に士郎がアーチャーを真似て使っていた干将莫耶とは違う剣だった

 

いや、ベースは干将莫耶なのだろう

 

だがその双剣は干将莫耶よりも刃渡りが長く、細い

 

また、頑健さを優先したのか、干将莫耶よりも重ねが厚かった

 

刃から峰にかけてまでの身幅が減ったせいか、剣身が細くなり、より鋭利に見える

 

また、切っ先が片刃ではなく、先端から峰の半分程までが両刃だった

 

まるで干将莫耶をベースにして、剣と刀をあわせて割ったかのような

 

そんな剣だった

 

 

 

「この世界は偽物の世界」

 

 

 

背を向けたまま紡がれる衛宮士郎の言葉

 

その言葉と共に、忌避感と嫌悪感

 

 

 

忌避感を超えて薄ら寒さすらも感じさせる、何かを感じて

 

 

 

魔術師は体に澱みを覚えた

 

 

 

正しくは最初から感じていた

 

だが小さな澱みよりも、固有結界と

 

 

 

我執を強く感じさせるこの世界に圧倒されてしまっていたのだ

 

 

 

魔術師の男は

 

 

 

「お前らからすれば取るに足らない世界なんだと思う」

 

 

 

確かに言うとおり、全てが偽物だ

 

血のように赤い空も

 

花びらの一つが黒い桜も

 

その全てが衛宮士郎という人間が作り出した偽物

 

美しくもない、誰もが見れば偽物であるとわかる世界だ

 

だが、その中でただ一つだけ

 

絶対的な本物が、存在していた

 

 

 

一番大きな桜に突き刺さった……対の剣

 

 

 

誰に何を言われようとも、それだけは

 

 

 

「己」の……

 

 

 

衛宮士郎が持ちうる「本物」だ

 

 

 

何度も揺れた

 

何度も迷った

 

どれだけの人を見殺しにしたのか?

 

どれだけの人に手助けしてもらったのか?

 

いくつもの試練があった

 

それらを乗り越えて、今……「己」の衛宮士郎はここにいた

 

 

 

揺れ動き、迷って……それでも最後の最後に、衛宮士郎は本物を望んだ

 

 

 

それがこの対の剣だった

 

 

 

衛宮士郎が双剣を握る手に、力を込める

 

 

 

 

 

 

手にした剣を掲げて振り返った衛宮士郎の顔……右頬が

 

 

 

 

 

 

赤黒く鈍く光って……蠢いていた

 

 

 

 

 

 

それがもっとも醜悪であり、強く欲望を感じさせる物であり

 

 

 

 

 

 

だがそれ以上に、何かを感じさせる……「何か」だった

 

 

 

 

 

 

「誰にとって偽物であっても……誰にとっても醜くて意味のない物であったとしても」

 

 

 

 

 

 

「俺のこの本物だけは……決して尽きない!」

 

 

 

 

 

 

その言葉と共に衛宮士郎が走り出す

 

手にした剣を振りかぶって

 

それに対して、魔術師も衛宮士郎を迎え撃つようにして走り出した

 

先ほどよりも、より早く走って

 

衛宮士郎を殺すという殺意を腕に込めて

 

剣を振るった

 

この世界の嫌悪感と

 

何よりも体に感じる澱みが

 

 

 

忌避感が

 

 

 

「致命」的なまでによくないものだと

 

 

 

感じ取ったからだ

 

生命としての本能ではなく

 

 

 

もう一つの……命よりも大事な自分自身の存在としての本能が

 

 

 

激しく警鐘を鳴らしている

 

それによって湧き上がる感情を否定したくて、魔術師は剣を振るう

 

だが……

 

 

 

手強い!

 

 

 

そう……衛宮士郎は恐るべき使い手になっていた

 

先ほどの現実世界でも十分な実力を持っていた

 

少なくとも、剣の腕前については封印指定執行者である魔術師と同格であるという事実を

 

魔術師自身が受け入れざるを得ないほどに

 

だが今は現実世界とは違う

 

固有結界内……つまり衛宮士郎の心象世界であるこの世界は、衛宮士郎の領域

 

元々素でも手強かった衛宮士郎は、その身体能力が向上していた

 

爆発的にあがってはいない

 

だが、それでも向上していることに変わりはなかった

 

しかも、衛宮士郎が手強いと感じるのは……他にも要因があった

 

 

 

体が……重い?

 

 

 

そう、時間が経つ事に……魔術師の体が軋みだしたのだ

 

正しくは体ではなく……魔術師の命とも言える存在

 

 

 

魔術回路が

 

 

 

何かに汚されていくような嫌悪感を、魔術回路から感じていた

 

気付いた時にはすでに手遅れだった

 

徐々に

 

徐々に

 

魔術回路が錆び付き、軋みを……悲鳴を上げているのを感じた

 

 

 

そしてそれがどうしようもなく良くないことであることは……

 

 

 

すぐに理解できた

 

 

 

だから魔術を使おうとするのだが

 

それを魔術回路が拒否した

 

正しくは、「魔術師である自分」が

 

今……つまりこの場で

 

固有結界の中で

 

魔術を使用するのは命取りだと

 

そう激しく感じられた

 

故に、手にした二つの剣だけで、衛宮士郎を殺さなければならない

 

だが……それができない

 

封印指定執行者として恥じることのない実力を有した魔術師が

 

殺せなかった

 

 

 

だがそれも当たり前なのだ

 

 

 

簡単に、衛宮士郎を殺せるはずがないのだ

 

 

 

生きるために

 

生かすために

 

死なないために

 

死なせないために

 

衛宮士郎はひたすらに研鑽を積んだ

 

「己」の願いのために

 

「己」のために

 

ただただ強くなった

 

英雄に闘いを学び

 

天才に魔術の修行を見てもらい

 

ひたすらに鍛え上げた

 

だがその修行はあくまでも「生かす」ための力

 

相手を屠る力ではないのだ

 

そう、これ以上殺す訳にはいかないのだから

 

これ以上人殺しという罪を負わないために

 

その罪を……「己」に背負わせないために

 

だから強くなる必要があった

 

至極簡単な話

 

敵を殺すよりも敵を退ける方が、遙かに難しい

 

自らを殺しに来た相手を殺さずに退けるのは

 

それ相応の技量がいる

 

 

 

だから……強くなるしかないのだ

 

 

 

だから士郎はひたすらに強くなった

 

がむしゃらに

 

血の滲むような修行を行ったのだ

 

幸いと言うべきか……相手には困らなかったのだ

 

剣を持つ者

 

槍を持つ者

 

魔術を駆使する者

 

拳を振るう者

 

斧槍を持つ者

 

 

 

今はいない……鉄鎖を用いる者

 

 

 

あらゆる相手に挑み、何度も死にかけた

 

だがそれでも諦めることだけは絶対にしなかった

 

監督役がいなくなったとはいえ、調べれば第五次聖杯戦争の状況はある程度掴めるだろう

 

ならば調べられた場合、今のこのような状況になるのは目に見えていたのだから

 

だから衛宮士郎は強くなった

 

「人」を殺さないために

 

殺すためではなく、ただただ生き延びるための術を磨いた

 

魔術に対しても、第五次聖杯戦争が始まった頃とは比べものにならない程知識が増えている

 

生き延びる

 

 

 

つまり……闘いが長引くようにすると言うこと

 

 

 

そのための修行であり

 

戦う術を身に着けた

 

それを体現しているのが、衛宮士郎が手にする対の剣の形状なのだろう

 

干将莫耶よりも剣身を長くすることで、より間合いを長くして

 

身幅を減らす事で重さを減らす

 

だが頑健さがなくならないように、重ねを厚くする

 

そして対の剣……つまり両手に剣を持つことで、攻撃を受け止めるための手数を純粋に増やす

 

 

 

生命としての死よりも、残酷な死を与えるために

 

 

 

「己」を守るために

 

 

 

衛宮士郎は、「己」の本物の象徴である対の剣を振るった

 

 

 

 

 

 

まずい!?

 

 

 

衛宮士郎と斬り結ぶ魔術師は、徐々に衛宮士郎に圧され始めた事に、焦りを隠せなくなっていた

 

この結界が自らにとって良くないものであることは考えるまでもない

 

何せ殺しに来た相手と戦うための空間なのだ

 

殺しに来た相手に対して、加減をする理由はない

 

容赦する訳がないのだ

 

だが、その結果を受け入れる訳には行かないのだ

 

故に、魔術師も死に物狂いで手にした剣を振るった

 

 

 

死にたくないのだから

 

 

 

だがそれは衛宮士郎が赦さない

 

ここで止めなければ、魔術師が「己」を連れ去ってしまう

 

「己」にとって大切な存在を

 

そして先ほどの魔術師の台詞

 

それだけが何よりも赦せなかった

 

 

 

 

 

 

『しかも都合のいいことに聖杯を身に宿した存在は女だ。子を孕ませ、その子で実験することも出来る。母体の血を強く受け継ぐように、聖杯を調整したりも出来るかもしれない。何せ母体が聖杯だったのだ。最悪母子共々斬り刻み、解剖してもいいだろう』

 

 

 

 

 

 

完全に物としてしか扱っていない台詞

 

だがそれよりも衛宮士郎が苛立ちを覚えたのは

 

子を孕ませる

 

という言葉だった

 

子の命を身に宿す

 

男ではどうあがいてもできない女だけの機能

 

その機能を

 

 

 

桜は有していなかった

 

 

 

間桐の家の修行という名の肉体改造

 

その行為は桜の身体に傷を残していたのだ

 

普通に生きていく上では問題がない

 

幼くして身体をいじられ続けた桜の身体

 

それはその時点でもっとも未成熟だった機能を破壊していた

 

 

 

すなわち……母体としての機能が失われていたのだ

 

 

 

子を宿せなくなった事を知って……桜は一瞬だけ息を呑んで

 

 

 

悲しげに微笑んだ

 

 

 

 

 

 

『きっと……天罰なのかもしれませんね』

 

 

 

 

 

 

ただそう一言、静かに呟いて

 

その言葉に対して、士郎は何も言えなかった

 

言えるはずもなかったのだ

 

同じ罪を背負った「己」の衛宮士郎は

 

数え切れないほどの人を殺した

 

数え切れないほどの人を見殺しにした

 

そんな自分たちが幸せになっていいはずがないのだと

 

そう思う気持ちが確かにあった

 

動くことも

 

考えることも

 

恨むことも

 

何もすることができなくしたのは間違いなく「己」たちなのだから

 

 

 

だがそれでも……衛宮士郎は大声で叫びたかった

 

 

 

 

 

 

確かに、「己」たちに罰が……罪があるのはわかりきっている

 

 

 

 

 

 

だがそれでも……

 

 

 

 

 

 

これほど悲しい事が、罰であっていいのか……と

 

 

 

 

 

 

確かに罪人なのだろう

 

 

 

 

 

 

「己」達は

 

 

 

 

 

 

だが、生まれてもいない子供が果たして、罪があると言えるのだろうか……と

 

 

 

 

 

 

人並みの幸せを祈ってはいけないのかも知れない

 

だがそれは殺した後の事で結果が来なければいけないはずだ

 

自らが罪を犯すよりも遙か前に

 

罰が下されているなんて事が

 

あっていいいのか

 

 

 

これすらも未来の自分が犯す罪の代償だというのか

 

 

 

答えてくれる者はいない

 

「己」が答えられる訳もなく

 

否定できるわけもなかった

 

だから衛宮士郎はただ同じように泣きそうになりながら

 

ただ桜のそばに寄り添うことしかできなかった

 

 

 

確かに相手は……魔術師は第五次聖杯戦争の調査をしただろう

 

 

 

だがそれだけで、桜が子を宿せなくなったという事まではわかっていないはずだ

 

 

 

ここ最近になってようやく判明した事実なのだから

 

 

 

だから今憤りを感じているのはただの八つ当たりなのかも知れない

 

 

 

だが……この憤りを感じているというのは……

 

 

 

士郎が……「己」をもつ衛宮士郎になったと

 

 

 

そういえることなのだろう

 

 

 

これが良い変化であるのか

 

 

 

悪い変化なのかはわからない

 

 

 

だが、どちらであってももう衛宮士郎は止まらない

 

 

 

桜の味方になると誓った

 

 

 

桜の味方を完遂すると誓った

 

 

 

 

 

 

桜を逃がさないと……誓ったのだから

 

 

 

 

 

 

だから「己」がすべきことをするために、衛宮士郎は剣を振るう

 

相手を退かせるための

 

もっとも残酷な死を与えて

 

 

 

 

 

 

『生まれ出でていないモノの命を奪い、罪科を問うことすらせずに、貴様は……『この世全ての悪(アンリ・マユ)』を殺すのだ』

 

 

 

 

 

 

これは衛宮士郎にではなく、言峰綺礼が、とある男に向けて紡がれた……

 

 

 

呪い

 

 

 

生まれを望む者はこの世にただ一人しかいなかった、この世全ての悪(アンリ・マユ)という存在

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)として存在することを望まれ

 

真のこの世全ての悪(アンリ・マユ)としてその生誕を、一人の男に望まれながら

 

 

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)は真なる生誕を、一人の男に拒まれた

 

 

 

最後には一人の男が振るった超野太刀、狩竜に宿った邪神によって

 

 

 

その存在を食らいつくされた

 

 

 

言峰綺礼の問いに対して、男は答えなかった

 

答えられなかった

 

自ら破戒した後だったから

 

 

 

それだけが理由ではないが、それでも答えられなかったことに変わりはない

 

 

 

その問答を、当然だが衛宮士郎が知るはずもない

 

だから桜の身体のことを知って衛宮士郎が叫びたかった想いは、衛宮士郎が自ら思ったことだ

 

もしかしたら、彼は皮肉にも、その答えを探し出そうとしているのかも知れない

 

自らよりも強大な力を持ち

 

技を持ち

 

ただただ圧倒される事しかできなかった、自らの恩人の変わりに

 

 

 

自らの身命を……

 

 

 

生涯を賭して

 

 

 

その答えが出るのか?

 

それとも出ないのか?

 

もしくは答えなんてないのかも知れない

 

だがそれでも衛宮士郎はただただ生きるために

 

「己」のために剣を振るうだろう

 

決して尽きない、想いを……

 

 

 

糧にして

 

 

 

 

 

 

しばらく剣戟の音が、固有結界で響いていた

 

 

 

カシャン

 

 

 

カシャン

 

 

 

カシャン

 

 

 

と……

 

 

 

黒い桜の花びらが舞い散る中で

 

 

 

二人は剣を振るっていた

 

 

 

これがもしも、普通の桜があったならば

 

花びらが散り、風に舞う中で行われた剣舞であれば、見る者全てを魅了したかもしれない

 

だが、これは剣舞では……「舞」ではない

 

他方は相手の命を否定して、相手の大切な者を奪い

 

他方は他方の命よりも大事なモノを奪う

 

そんな醜いやりとりでしかない

 

ただただ

 

己が欲するモノのために

 

 

 

剣を振るっている

 

 

 

それだけの醜い争いでしかない

 

しかも他方の相手は死に物狂いで……

 

衛宮士郎を殺そうとしているのだ

 

殺さなければ、自分が殺されることを感じ取ったからだ

 

 

 

そのうちに、異変が起こる

 

 

 

最初こそ拮抗していた剣戟が、徐々に衛宮士郎が優勢になり始めたのだ

 

 

 

時間が経つ事に魔術師の動きが鈍り始める

 

 

 

カシャン

 

 

 

カシャン

 

 

 

カシャン

 

 

 

と……

 

 

 

それはまるで秒読みのようであった

 

 

 

まるで何かが割れる音のようでもあった

 

 

 

互いに相手を殺すために振るわれる、対の剣

 

 

 

だが、その剣戟の音は止まることがなかった

 

 

 

止まる時は相手を殺した時

 

 

 

死を導く……死の宣告

 

 

 

可能であれば早急に終わらせなければいけないその音は……

 

 

 

旋律は……

 

 

 

逝く者を導くかのように

 

 

 

固有結界に鳴り響いていた

 

 

 

魔術師としては、自らが剣戟を止める訳にはいかなかった

 

 

 

だがそれも長くは続かなかった

 

 

 

魔術回路が悲鳴を上げ続ける

 

 

 

悲鳴を上げると言うことは、負担がかかっているということ

 

 

 

カシャン

 

 

 

カシャン

 

 

 

カシャン

 

 

 

 

 

 

剣戟をする度に悲鳴を上げる、魔術回路

 

 

 

剣を振るう度に軋んでいく

 

 

 

淀んでいく

 

 

 

歪んでいく

 

 

 

そして一際大きく何かが割れるような音が響いて……

 

 

 

 

 

 

魔術師が動きを止める

 

 

 

 

 

 

今、まさに剣を振りかぶり

 

振り下ろそうとした瞬間だった

 

その振り上げた剣は振り下ろされることなく

 

力なく地へと堕ちていった

 

握る力を失った手から滑り落ちていく

 

 

 

剣が

 

 

 

魔術師の命が

 

 

 

 

 

今まで全ての時間をかけて費やしてきた全てが零れ堕ちていく

 

 

 

 

 

 

自らの「生命」としての命だけを残して

 

 

 

 

 

 

自らが命よりも大切にしている「命」である

 

 

 

 

 

 

魔術回路が

 

 

 

 

 

 

崩れ落ちていった

 

 

 

 

 

 

命を、落とした

 

 

 

 

 

 

「が……がぁ……」

 

 

 

悲鳴を上げることすらもできないほどの激痛

 

むしろ意識を保っている事が驚異的と言っていいだろう

 

何せ全身に張り巡らされた魔術回路が破れたのだ

 

だが魔術師としての意地とでもいうべきか

 

悲鳴を上げず

 

意識も手放さずに

 

魔術師の男はその場にあり続けた

 

だが、すぐに魔術師は膝から崩れ落ちる

 

全身を破られる痛みが駆けめぐったのだから無理もなかった

 

だがその痛み以上の喪失感が

 

魔術師の意識を支配していた

 

そしてその喪失感と共に、先ほどまで感じていた忌避感が消え失せていた

 

それも当然だ

 

忌避感を感じる部分が破れたのだから

 

 

 

そして二度とその忌避を感じることもないのだろう

 

 

 

この場に……衛宮士郎の固有結界に来ることも

 

 

 

生涯全てを賭けて探求するはずだったことを行うことも

 

 

 

 

 

 

二度と……できないのだから

 

 

 

 

 

 

「き……さま……」

 

 

 

 

 

 

魔術師の男は、全身の痛みを覚えながら

 

そしてそれ以上に、凄まじいほどの憎悪の炎に焼かれながら……

 

見上げた

 

 

 

自らが最後に相対することになった……魔術使いを

 

 

 

 

 

 

「……終わりだ」

 

 

 

 

 

 

その魔術師の憎悪に塗れた瞳をしかと受け止めながら

 

衛宮士郎が一言、そう呟いた

 

そして世界が変化する

 

固有結界が終わり

 

元の世界へと……

 

衛宮士郎の家である武家屋敷の中庭へと帰還した

 

 

 

周囲の景色が変わったことに気付いて

 

 

 

魔術師は最後の力を振り絞って……それを見た

 

 

 

 

 

中庭のそばの離れ

 

 

 

 

 

自らが求め

 

 

 

 

 

 

衛宮士郎が守り続けると誓った存在がある場所

 

 

 

 

 

 

その離れの窓硝子に映った一人の女性

 

 

 

 

 

 

自らが攫う……奪うはずだった生きた聖杯

 

 

 

 

 

 

ソレは杖を手にしながら、ただ一点だけを……

 

 

 

 

 

 

見つめていた

 

 

 

 

 

 

陰りがありながらも、喜んでいるその笑みは

 

 

 

 

 

 

魔術師に……魔術師だった男には

 

 

 

 

 

 

死神の笑みのように写った

 

 

 

 

 

 

その笑みを最後に、魔術師だった男は意識を失い、地面に倒れた

 

 

 

 

 

 

力尽き、意識を失って倒れた魔術師の男を見下ろしながら

 

衛宮士郎は深々と息を吐き捨てた

 

様々な感情が込められた吐息だった

 

悲しみ

 

怒り

 

痛み

 

ありとあらゆるものが含まれるその吐息を吐き捨てて

 

衛宮士郎は目の前に倒れた男を見つめた

 

 

 

「己」がした結果を……受け止める

 

 

 

しばらくそうしていただろうか?

 

衛宮士郎のそばに、深紅のコートを身に纏った凜が姿を見せる

 

そして、衛宮士郎の目の前で倒れている男の姿を確認して

 

 

 

「……やったのね?」

 

 

 

ただ一言、そう確認した

 

それに対して、士郎は再度小さく息を吐き

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 

同じように一言、返していた

 

逃げもしない

 

隠れることもしない

 

ただ「己」がやった行為の結果を……

 

受け止める

 

そんな衛宮士郎の様子を細められた目から見つめて

 

凜は内心で盛大に溜め息を吐いていた

 

 

 

 

 

 

なんて難儀な生き方なのかしら

 

 

 

 

 

 

魔術使いから魔術師になるわけでもなく

 

かといって全てから逃げ出すわけでもなく

 

ただ衛宮士郎はこの地で生きていくと決めたのだ

 

まだ何を成していくかまでは見つけていない

 

だがそれでも、やめることだけは絶対にしないと

 

固く誓って

 

「己」を守りながら、縛り付けながら生きていくのだと

 

だがそれを望んだのは一人ではない

 

きっと二人は二人で生きていくのだろう

 

難儀な生き方だと思っている

 

だがそれでも、

 

 

 

 

 

 

そんな二人を助けるわたしも……大概かしらね

 

 

 

 

 

 

そう思いながら、凜は自嘲気味に笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後この町に……冬木の町に住む人々が

 

 

 

「己」達が、どうなっていくのかはわからない

 

 

 

消えてゆく存在もいるだろう

 

 

 

祖先がそうしたように、この地の管理者として生きていく者もいる

 

 

 

 

 

 

そしてこの地で……何かを成して

 

 

 

 

 

 

死していく二人がいるだろう

 

 

 

 

 

 

もしかしたら増えるかも知れない

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、すぐにでも減るかも知れない

 

 

 

 

 

 

その者達が今後どのような人生を歩んでいくのかは誰にもわからない

 

 

 

 

 

 

幸せになれるのか?

 

 

 

 

 

 

幸せになって良いのか?

 

 

 

 

 

 

不幸になるのか?

 

 

 

 

 

 

不幸になるべきなのか?

 

 

 

 

 

 

生きるべきなのか?

 

 

 

 

 

 

死ぬべきなのか?

 

 

 

 

 

 

その答えは誰にもわからない

 

 

 

 

 

 

ただ、これだけは言える

 

 

 

 

 

 

人々はきっと幸せになるだろう

 

 

 

 

 

 

そして「己」達はきっと、最後まで何かを成そうとあがくだろう

 

 

 

 

 

 

その結果がどのような結末になるのかはわからない

 

 

 

 

 

 

だがその結末をどう思うかは「己」達以外にいない

 

 

 

 

 

 

きっと「己」達は……

 

 

 

 

 

 

二人は

 

 

 

 

 

 

最後まで寄り添い、互いに互いを縛り付けるだろう

 

 

 

 

 

 

互いがいることを、幸せに思いながら

 

 

 

 

 

 

 

 






【技】編







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衛宮士郎


サーヴァント 守護者(ガーディアン)

特技 料理、ガラクタいじり

大切な物 衛宮桜

嫌いな物 自らが敵と認識せざるを得ない相手

 

筋力 D-

耐久 C-

敏捷 C-

魔力 A-

幸運 C

 

天敵 言峰綺礼、葛木宗一郎、佐々木小次郎、鉄刃夜

 

保有スキル

心眼(真):B-

修行・鍛錬によって培った洞察力。

窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す"戦闘論理" 。

逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

幸か不幸か、相手に困ることなく、極上の相手から死に迫るような修行の成果であり、己が成さなければいけない修練のたまものである。

 

戦闘続行:B-

ただひたすらに生き延びるために磨き続けた戦闘技能による戦闘能力。一定の条件下であれば、瀕死の傷を追っても回復して戦闘続行が可能。致命的な傷を受けても生き延びる気迫と覚悟。

 

千里眼:C-

視力がよく、遠方の標的の補足が可能であり、動体視力は常人よりも遙かに優れている。

これにより、敵の攻撃にも冷静に対処が可能となっており、超常の存在からの攻撃すらも見切ることができる。

 

魔術:B

オーソドックスの魔術を習得し、日々の修行の成果か、半人前と言える程度には魔術も仕えるようになった。

だが特筆すべき事は本人が使える魔術ではなく、本人の魔術に対する耐性である。

あらゆる事態を想定して、師匠とも言える人物達から様々な魔術を使用されて、耐性を身に着けている。

特に精神操作系の魔術に対する耐性は凄まじく……おそらくこの地球上に存在する、通常の魔術師では、衛宮士郎を操ることは出来ないだろう。

 

 

 

宝具

【無尽の剣】

ただただ「己」を守るために研鑽し、修練をし、磨き上げた生きるための力。

衛宮士郎の覚悟であり、衛宮士郎の世界。

可能であれば世界中の全ての人を救いたいと……おとぎ話の様な事を夢見て、それを叶えようとしていた士郎が、世界の全てよりもただ一人の存在を守ると誓った。

その想いは衛宮士郎の身体からあふれ出し、固有結界内にいる相手へと滲んでいく。

淀んでいく。

器からあふれ出しても、それでも注がれるその想いは、最後には相手の器を破壊する。

破壊されたことにより、器が死を迎えるのだ。

器が壊れても命は奪わない。

ただ衛宮士郎が敵と認識せざるを得ない存在にとっては、その結果は死よりも恐ろしい「死」である。

焼けただれたかのような、赤黒く鈍く光って蠢いている頬から漏れ出す魔力が尽きることはなく、衛宮士郎が死ぬか相手の器が死ぬか……そのどちらかの結果が訪れるまで衛宮士郎は「己」の覚悟の対の剣を振るうだろう。

 

 

 

 

 

対の剣【黒い花びら』(Bravery of oath swords)

 

衛宮士郎の固有結界の中にある、大きな桜の木の幹に突き刺さった対の剣。

 

「己」を守るために、縛るためにある剣であり、衛宮士郎の覚悟と想い。

 

相手を殺すための剣ではない。

 

だがその剣は衛宮士郎の想いがあるためか、折れず、曲がらず……決して破れない。

 

この剣が消滅する時は、「己」が消える時なのだろう。

 

それがいつなのか?

 

明日なのか?

 

明後日なのか?

 

一年後か?

 

十年後か?

 

それとも……消えることがないのか?

 

それはわからない。

 

だがこの剣はその結末を見届けるだろう。

 

幸せな結果なのか?

 

不幸な結果なのか?

 

どのような結末であったとしても……。

 

 



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あとがき

2011年11月19日

当時私は大学を卒業し、リーマンショックによる就職氷河期のなか、就職できなかったため、大学院生になるための救済措置、研究生という立場で大学で教授の小間使いをしている時でした

ちょうど当時の一年前の2010年11月19日より初めて二次創作のネット小説として書き始めた「リアル?モンスターハンター 異世界に飛んだ男の帰宅物語?」を一周年で半ば無理矢理書き終えさせてその日の内に今作である

 

「月夜に閃く二振りの野太刀」

 

の執筆を始めました

あれからすでに、ちょうど六年

就職氷河期に全く就職活動をせず ←おいw

一年間親に甘えて学生もどきでいて

でも結局就職活動はせず ←またかよw

ですが運の良いことに今の職場に就職し、仕事をしながらも書き続けて、ようやくこの日を迎えることが出来ました

 

月夜に閃く二振りの野太刀

 

が、長々と間に止まったりしながらも、友人や感想をくださる方々のおかげで、何とか投げ出さずに終わらせることが出来ました

本当にありがとうございました

まさか……書き上がられるとは思いませんでした

前書き後書き等にも書きましたが、職場で結構やばい状況になったりして……パワハラで追い詰められて一時期本当に全てを投げだそうとした時期もありました

ですが友人に恵まれて、何とかこの時を迎えられました

本当に嬉しいです

友人が考えてくれたネタを何とか私の拙い文章で形にして、世に出すことが出来ました

 

これを持ちまして、

 

月夜に閃く二振りの野太刀

 

終了となります

本当にありがとうございました!

 

 

さて、

 

リアル?モンスターハンター 異世界に飛んだ男の帰宅物語?

 

が、「力」

 

月夜に閃く二振りの野太刀

 

が「技」

 

なので最後に来るのは大概の方がわかるとは思いますが

 

「心」です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは……果てしない荒野だった。

見渡す限りの荒野で……遙か彼方に山々が列なっているのが見える。

最後に聞こえた声があったからまぁ予想通りと言うべきなのか……

 

「またか……」

 

わかっていたとはいえ、現実に起これば落胆もする。

現状は見渡す限りの荒野で、晴天。

周囲にはマジで何もなく、ただただ荒れた大地があるだけだ。

左腕の力がうずいているのが感じられるので、魔力も多いようだ。

 

といっても、モンスターワールドほどではないのだが……

 

しかもこの空気の質感、不純物……化学的なガス、つまりは車の排気等……が含まれてない。

以上のことから考えるに、少なくとも現代ではなく、近代ですらない。

そしてこれが俺が知る地球であるという保証もなく……落胆はかなり大きい物になった。

 

日が真上に来ていることから察するに……真昼かな?

 

だがこうして落胆しててもしょうがない。

とりあえず雨風がしのげる場所には行かなければいけない。

俺は荷物の確認を行い……幸い、夜逃げ道具の台車や、大量のリュックサック等に異常はなかった。

そして俺はしばらくあてもなく……というかあるはずもない……歩き続ける。

何とか夕方になるまえに、森を見つけてさらに奥の方に人の気配を感じ取ったので逝こうとしたら……見張りと思しき二人組の男に行く手を阻まれた。

 

「なんだお前は?」

「どこから来たんだ?」

 

あ、言葉は通じるのか?

 

どうやら今回は言葉が通じるらしい。

そのことに安堵するのだが……あちらはそんな俺のことをよそに、腰の剣を抜いていた。

 

というか腰に帯剣してるって、結構あれかもしれないな?

 

しかも身なりがあまりよろしくない。

気性の荒さから盗賊まがいの人間なのかも知れない。

 

「変な恰好の奴だが……おもしろい物を引いているな? 銀に輝く台車?」

「金になりそうだな。おい小僧。命が惜しけりゃ身ぐるみ全部おいてきな」

 

こってこての盗賊だったか

 

二人という数的優位で安心しているのだろうが、はっきり言って……怖くも何ともなかった。

だが当然こちらも何もしないわけにはいかないので、用心のために腰に差していた夜月に手をかけて、抜刀しようとした……

 

 

 

そのときだった……

 

 

 

……なに?

 

夜月に違和感を覚え、そしてその違和感はすぐに結果となって訪れた。

見た目に全く変化がなく、先ほどの荷物チェックでは全く問題がないはずだった夜月が、押しても引いても……

 

抜けない……だと?

 

「なんだ? 腰の物は飾りか?」

「やる気がなくても関係ねぇ。殺してでももらってやるよ!」

 

そして二人組が驚く俺をよそに襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

そんな森の奥の小屋から離れた場所。

距離にして一㎞ほど離れているだろうか?

そこに実に寂れた小さな村があった。

そしてその小さな村の奥に……少しだけ他よりもまともな家があった。

その家の中で、一人の老人が、対面した三人の旅の者に話をしている。

 

「ここから東に三里ほど行ったところの森に、ごろつき共が棲み着いて、数日おきに訪れて、女や食料を奪われて困っております」

「なるほど、それの退治を私たちにお願いしたい……ということなんですね?」

 

三人組の一番前……三人は老人に三角形の形で対面に座っている……の者が、確認をとるように言葉を口にする。

老人はそれに対して、力なく頷いていた。

年を差し引いても、だいぶやせこけている様子だった。

食料を奪われているために、満足に食事を出来ていないのかも知れない。

その様子を見て、確認をとった者が元気よく頷いた。

その様は、見る者を明るくさせるような、元気溢れる所作だった。

 

「お任せください! この劉玄徳が、皆さんの力になります!」

 

元気よく明るく紡がれたその言葉に呼応するように……その豊かな胸元が弾んでいた。

 

「だよね! 愛沙ちゃん! 鈴々ちゃん!」

「はい、もちろんです」

「悪い奴は、鈴々が全員ぶっ飛ばしてやるのだ!」

 

 

 

 

 

 

その出会いは……ある意味で運命だった。

 

「革ジャン?」

「制服だと?」

 

互いに互いを目にした第一印象……とは間違いなく違うが……がそれだった。

互いに口にした言葉を互いが認識した瞬間に……二人は目を合わせた。

そして……白い学生服を着た方から言葉を発した。

 

「日本?」

「東京」

「浅草?」

「雷門」

「学ラン?」

「セーラー服」

 

 

たったそれだけのやりとりで、二人の男は固い握手を交わしていた。

周囲の人間は誰も意味がわかっておらず、呆然とするしかなかった。

 

「ちょっと、一刀? 何を言っているの?」

「あ、あぁすまない、華琳。どうやら俺の国……同郷の人みたいだ」

「天の国の? へぇ、一刀以外にもいたのね」

「それはどうも。んで……一刀って名前でいいですか? そっちの人の名前を教えてくれませんか?」

「あぁ。華琳……いや、魏の長である曹操です」

「……また女なのかよ」

「……やっぱりそう思います?」

「そらそう思うでしょう。ということは一刀さんも、そういう世界の人ではないと言うことでいいのでしょうか?」

「はい」

「ちなみにまさかとは思いますが……まわりの結構強そうな人ととか、頭が良さそうな感じの人も一緒ですか?」

「はい。夏侯惇だったり、夏侯淵だったり……みんな三国志の武将です」

「……マジかぁ」

 

 

 

 

 

 

「兄貴! 廃村だったはずの村に畑がある! それに牛や馬も!」

「なんだって! 誰かいるか!?」

「誰もいないようですぜ」

「あ、アニキ!」

「わかってるぜ二人とも、そいつをぶっ殺して今夜は祝いだ!」

「誰を殺すって?」

「「「え?」」」

 

 

 

 

 

 

「ぶ、無礼者め! わ、わらわを誰と心得る! 袁術なるぞ! な、七乃! はやくこいつを追い出すのだ!」

「は、はい美羽様!」

「誰を追い出すって? この大馬鹿者!」

 

 

 

 

 

 

「罠に嵌めたのは悪かった。だがこちらとしても必要だったんだよ」

「どう必要だったのかしら?」

「いや……俺に文官はできんのだ。だが、こいつら……つーか世話役のこいつが頭が良いんだが馬鹿で……。お願いします助けてください」

「……姉様」

「……わかったわ。不本意だけど、さっき私たち全員を助けてくれたのは事実だし、呉の土地を返してくれるというのなら、私は何も言わないわ」

「助かるが、あくまでも同盟だから、裏でこいつらを殺すとかはしないようにな?」

「……脅さなくてもそんなことはしないわ」

「そらよかった。それではよろしくお願いします、呉の王……孫策様」

「あなたは?」

「大した者じゃない。客将としてここに仕えさせていただいているただの流れの修行中の人間だ」

「私たち呉の武将全員を戦うことなく降伏させた人間のくせに?」

 

 

 

 

 

 

「王としては見事な演説だった。だが……お前はどうなんだ?」

「な……なに……を?」

「毒の矢を受けて、それでもあそこまで鼓舞したその胆力は素直に感動した。だがお前個人としてはどうなんだ? このまま死んでもいいというのか?」

「!? 無礼者! 姉様に、なんてことを!」

「黙っていろ孫権! 俺は今孫策と話をしている! いいのか? 本当に?」

「私だって……死にたくはないわ。生きていたい……みんなと……一緒に」

「その言葉が聞きたかった」

 

 

 

 

 

 

「やるのですか? 左慈」

「あぁ。何者かはしらないが、こちらの仕事を邪魔されてはたまらないからな。そうそうに消すとしよう。準備を頼む于吉」

「承知しました」

 

 

 

 

 

 

リアル?モンスターハンター 異世界に飛んだ男の帰宅物語?

 

 

 

月夜に閃く二振りの野太刀

 

 

 

その最後の作品にして完結編

 

 

 

真恋姫無双 呉の超野太刀の鬼教官(仮)

 

 

 

 

 

 

執筆……未定!

 

 

 

いや……構想当初は大学生

まだ萌将伝とか出た辺りで盛り上がっていたのですが、萌が結構な爆死をしたでしょう?

またぶっちゃけいうと……原作の内容ほとんど覚えていないのです

だから上記の予告もどきで、口調が変なところがあると思われますが、そこはスルーしてください

まぁそれはともかくとして……もうだいぶ古い作品でもありますし、書くのもどうかなぁ……というのが本音です

正直四次聖杯が書きたいというのが本音だったのですが……前に気になる感想ももらいましたし

ちょっと色々と考えます

書くのか書かないのかは……気分次第でしょうか?

 

四次聖杯も呉の超野太刀の鬼教官も

 

オリジナルも投稿してボツったの改稿して「なろう」にでも上げられてみたいですしね~

 

 

 

ともかく何とも言えませんが、とりあえず刃夜の物語はひとまず完結させます

 

 

 

あ、でも一応エンディング案は書いてそのうち上げますので、気が向いたら刀馬鹿のページでも開いてやってください

 

 

親父の話とかもあるしねぇ~

 

 

でも親父はただネタだけ出す感じでしょうか?

 

 

 

 

 

 

長々失礼しました

作品及び後書きを読んでくださった方に、心からの感謝を!

 

 

 

本当にありがとうございました!

 



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IF
41 開店準備中の出会い


 

 

 

それは突如として

 

 

 

何の前触れもなくやってきた。

 

 

 

「ほう? このような薄汚いところに料理を出す店があるとは……実に興味深いな」

 

 

 

慇懃無礼とは色んな意味で対極にあるかのような尊大で不遜な態度。

 

だがその圧倒的な圧力と気配は、ただそこにいるだけで物理的に重くのし掛かるほどに、強大な力を秘めていた。

 

 

 

「……申し訳ない。まだ開店準備中なのですが」

 

 

 

最大限の警戒をしつつ、俺は接客を行う。

 

この世界に来て数日が過ぎ、先日雷画さんのおかげで調理師免許を取得したばかりだ。

 

店の準備も進めているが、まだ客を呼べるような状況ではなかったが、それでも俺は問答無用で追い返すようなことはしなかった。

 

 

 

いや、出来なかったという方が正しいかも知れない。

 

 

 

相手が殺意も敵意も抱いてないことは、ただただ突っ立っている様子を見れば一目瞭然だ。

 

だが少しでも選択を間違えれば即座に敵意を……相手が敵になると俺の直感が告げていた。

 

 

 

「我自ら出向いてやったというのに……。あぁそうか。貴様は小僧であって小僧ではなかったのだったな。ならば致し方ないか」

 

 

 

? 何言ってるんだ?

 

 

 

メニュー作りのために色々と試作を作っている最中に突如勝手に入ってこられたので、身に着けた得物は水月のみ。

こいつ自身がそこまで強いとは思えなかったが……こいつはやばいことだけはよくわかった。

 

しかも隙だらけに見えて……決して油断も慢心もしてないのが、わかった。

 

これだけの存在が初対面の俺を前にして、何を考えているのかわからないが、それでもこれだけは間違いない。

今の状況下で戦闘になれば絶対に負ける。

だがそんなことなど関係なかった。

 

こいつは今「客」として来ているのだ。

 

確かに開店準備が整っていないが、それでも飲食店の店主として……

 

何より料理人としての意地で

 

俺は普通に接客を行う。

 

 

 

「それで、何か注文はありますか? 本当は開店前だからいけないですし、材料が大してありませんので、全てのご要望に応えられるわけではありませんが」

 

 

 

「……ほう?」

 

俺の言葉に、男はさも喜ばしそうに面白そうに、笑みを浮かべる。

その底知れず、初対面であるはずのこの俺の全てをのぞき込むかのようなその瞳に……俺は底知れぬ恐怖を抱く。

だがそれでも俺は意地でも、料理人として振る舞った。

 

「良かろう。では今の貴様ができる限りの料理を我に献上せよ」

「……畏まりました」

 

料理人として相対している故に、俺は無頼だが、決して無礼ではない来客者に対して徹底して料理人として振る舞った。

今の食材で、今の俺の実力で、相手を満足させることはおそらくできないだろう。

 

料理で満足させることが難しいのならば……

 

 

 

俺が料理人として最大限の力を用いて「料理人」であると満足させる以外に方法はない。

 

 

 

力の限りを尽くし。

 

技の全てを出し尽くして。

 

俺はこの客をもてなした。

 

 

 

「……ふむ」

 

 

 

出された料理を綺麗に平らげ、食後に出したお茶を飲み干して、無頼な客は一言そう呟いて……ニヤリと、小さく笑った。

 

 

 

「なるほど。変わっても小僧は小僧であることに変わりはないようだな?」

 

 

 

……さっきから何を言ってるんだこいつは?

 

俺とこいつは間違いなく初対面だ。

こんな気配が圧倒的な存在と会っていれば、忘れたくても忘れられるわけがない。

 

しかもこの男……何か気配がちぐはぐだ

 

その場にいるはずなのに、この場で消えてしまいそうな

 

何か中身に違和感があるというか……

 

そんなあまりにあやふやでおかしな存在を、忘れるわけがない。

 

 

 

 

「楽しませてもらったぞ。小僧とはずいぶんと違うようだが、相も変わらず憎たらしい小僧だ」

 

 

 

笑みを浮かべて、その存在は卓に金色に光る硬貨……なんか見た目金貨にみえるんだが……を置いてさっさと席を立って店の外へ向かっていく。

別段店を開いておらず試作品程度の物しか出せなかったのでお代は良かったのだが……しかし変な物を置いて行かれても困るので、厨房から店内のカウンター席へと向かう。

するとそんな俺を、この存在は振り返りながら好戦的な笑みを浮かべて……こういってきた。

 

「料理人として大儀であった。今回はこれで許してやろう。だが……次に貴様と相対する時は別の在り方で我に向かってくることを厳命する。貴様自身の在り方を忘れるなよ?」

 

最後に一瞬だけ相手は圧倒的な威圧感を俺に放って、店を出て行った。

相手が視認できなくなってもなお、俺は今度は戦士として最大級の警戒心を持って、その場から一歩も動かずにその気配を追っていた。

やがて俺の気配察知範囲外に出て行ってからしばし経って……俺は荒く吐息を一つ吐き出した。

 

なんつー心臓に悪い存在だ? あれ?

 

はっきり言って意味不明だった。

だがこれだけははっきりしていることがある。

 

 

 

俺が今この場で普通にしていられるのは俺が選択を間違えなかったからだ。

 

 

 

もしも別の対応を取っていた場合、間違いなくこの場がふっとんでいただろう。

今の俺では間違いなく塵も残さず消滅していた。

 

『仕手よ……あれは一体何だ?』

『俺が知るかよ。何故俺のことを知っていたんだろうな?』

『ただ物でないことだけは間違いなかったが……』

『そら誰でもわかるよ。しかし……なんか厄介なのに何でか目をつけられたな』

『確かに……』

 

封絶が心配して声を掛けてくれたが、しかし余りにも唐突すぎるその出会いは、本当に心臓に悪かった。

ただどうやらこの世界には間違いなく厄介な存在がいると、早めにわかったのは僥倖といえただろう。

どうやらうかうかしている余裕はないらしい。

 

 

 

その後も警戒は続けていたが、特に問題なく俺は日常を謳歌した。

美綴と出会い。

大河の紹介で士郎と桜ちゃんに出会った。

遠坂凜が殴り込んでも来た。

 

その中で……俺はどうにも納得できないことがあって、士郎に対してつっこんだ。

 

 

 

 



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42 過去と今

「お前、桜ちゃんに対してどうなのよ?」

「? どうって……何がさ?」

 

あ、これあかんやつや

 

桜ちゃんが帰った頃を見計らって俺は衛宮家に突撃し、残っていた大河も交えてちょっとした宴会を開いた……酒と食い物は俺が持参した……のだが、たったこれだけの会話で、俺はこいつが何もわかってないことを理解した。

別段、野次馬根性があった訳じゃない。

人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくはないのだが……あまりにも士郎と桜ちゃんの間の溝が我慢できず、問いただしてしまったのだ。

 

あの体に何かを宿した女の子が……どうにも気になって。

 

「桜にはよくしてもらってるし、手伝ってもらってるからありがたいから感謝してるけど……どうって、どういう意味さ?」

「おい大河……これ本気でいってんだよな? 俺の言い方変だったか?」

「うーん……私も意味はわかってるんだけど……。士郎が相手だとちょっと」

 

? 士郎が相手だとちょっと?

 

その後も何度か問答するが、しかし無意味とわかって俺は匙を投げた。

酒も食事もなくなる頃には、士郎も酒が回ったのか……酒は二十歳から飲むように!!!! by 作者……士郎は居間の机に突っ伏して寝てしまった。

俺と大河の二人が残された。

時期はまだ夏だ。

このままほっといても風邪を引くことはないだろうが、それでも何もしないのはアレなので、俺は士郎を畳に寝かせると、勝手に家を歩いて士郎の部屋から大きめのタオルを持ってきて、腹にかけてやった。

 

「こいつはいつもこうなのか? 前から違和感あったが……いくら何でもおかしくないか?」

 

といっても俺も男女の機微なんぞ経験ないので偉そうなことは言えないのだが……それでもあれだけかいがいしく来るのだから少しはわかりそうなものだと思うが。

しかしそれも経験がないからと言われたら反論できないのだが。

 

「……士郎はね。ちょっと昔に大きな出来事があってね」

「……出来事?」

 

酒に酔って思わず呟いてしまったのだろう。

もしくは誰かに……俺のような存在を待ち望んでいたのかも知れない。

大河は、士郎が寝ているのを確認して……横になっている士郎の頭を優しく撫でた。

 

「鉄さんは最近こしてきたからわからないかも知れないけど、十年前の事件自体は知ってる?」

「十年前の事件……か……」

 

と言われても俺は当然その時間軸に、この世界にいない。

だが怪しまれても面倒だし、何より今の大河の話の腰を折るわけにはいかなかったので……俺は神妙にその言葉にうなずいた。

酔っていたからか、それとも気付かなかったのか……大河は寂しそうに士郎に笑みを浮かべながら、話を続けた。

 

「士郎ね……養子なんだ」

「……養子」

 

それだけでもうある程度の事がわかってしまった。

この地域に住んでない人間ですら知っているのが不思議でない十年前の事件に、養子という言葉。

これでわからない方がどうかしている。

 

後日調べてみたが、十年前の事件は実に悲惨な事件だった。

 

だがこの事件が、調べられた報道通りの事件であるとは、俺は思えなかった。

 

 

 

間違いなく魔術がらみだろうな……

 

 

 

大河は一般人故にわからないだろうが、俺には理解できた。

ある程度わかってしまった。

 

この男の違和感の正体に……。

 

 

 

「結構ひどい目にあっちゃった子だから。それに私が知らないこともいっぱいあったんだと思う。だから桜ちゃんがこうして来てくれてるのは、私嬉しいんだ」

「……」

「士郎がひとりぼっちになる時間が減るからね……」

 

ふにゃっと……寂しげだが本当に嬉しそうに笑うこいつは、本当に士郎の姉なのだと思った。

 

 

 

だからこいつを嫌いにはなれないんだよな……好意的にもなる……。まぁいいように使われてるから思うところはあるにはあるのだが……

 

 

 

それから大河の話を俺は静かに聞いていた。

保護者として思うところが当然あったのだろう。

酒の勢いもあってか、大河はぽつぽつと内心を吐露していた。

そして最後に……こういったのだ。

 

「だから鉄さんも……近い年頃の男の子として、士郎のこと見てあげてね」

 

実に卑怯なことをしてくれる。

これで断ったら俺はただの糞野郎だ。

断るつもりは当然なかったが、俺は大河に盛大に溜め息を吐いて……その赤くなったデコを指で弾いてやった。

 

「別段構わんが、お前もいないとこいつはどうにもならないことを忘れんなよ?」

 

俺もそれなりに酔っているのだろう……お酒は二十歳からな by作者。

大河に苦笑しながら、俺はお銚子を大河へ向けて酒をついだ。

そして再度の乾杯をした。

 

不本意ながら、このどうしようもない男をどうにかするという任務ができてしまった瞬間だった。

 

 

 

やるのは構わないが、士郎だけをどうにかしてもダメなのだ。

 

士郎もだが、もう一人……この家にいる存在でこのままではダメになってしまう存在がいる。

 

故に俺はもう一人の存在のフォローにも奔走することになった。

 

 

 

「鈍ると嫌だから訓練に付き合って!」

「え~~~~~やだ~~~~~」

 

と、漬け物石を作る時のように無心になって拒否したのだが……どうやら俺ではまだまだ国士無双には程遠く、修行不足だったようで、結局なんだかんだで付き合わされるハメになってしまった。

場所は手近なところで衛宮家の道場。

結構立派な道場で稽古をつけるには十分すぎた。

といっても……

 

「俺のはあくまで剣術で、剣道とは違うんだが良いのか?」

「いいの! 絶対に一本取ってみせるんだから!」

「そりゃ無理だな」

 

気と魔力を使用しなくても、大河が俺から一本取るのは難しいだろう。

確かにこいつはかなりの腕前を持っているが、剣道ではなく剣術での一本だ。

剣道でもそう負けることはないが、剣術ならなおさらだ。

だが

 

 

 

「とりゃぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

こいつ……

 

 

 

「どっせいぇぇぇぇい!」

 

 

 

気迫と言うよりも……

 

 

 

「チェストォォォォ!」

 

 

 

「しつこいわ!」

「う~~~~!」

「唸るな! 動物かお前は!」

「タイガーいうな!」

「言ってねえ!」

 

勝つまでやると言わんばかりに、しつこくかかって来るので少々辟易してしまう。

そんな様子を、見学している士郎が乾いた笑い声を上げて見ていた。

 

「笑うなよ士郎。さすがに疲れるぞ?」

「まぁそうなんだけど……。でも藤ねえも刃夜と戦えて楽しいみたいだからさ。もう少し付き合ってやってくれよ」

 

そうはいうがなぁ……

 

士郎にも言われては仕方ないのでそれからも何本か付き合ったが……しかしそれでもしつこかったので、最後には当て身で気絶させて強制的に終了させた。

そんな大河を士郎と共に道場に転がしたのだが……そこで士郎からもお願いされてしまった。

 

「刃夜……もしよければ、俺にも稽古をつけてくれないか?」

「……え~~~~~………………いいよ」

 

本当はいやだったが、大河に以前にお願いされた手前断ることができなかった。

士郎もそれなりに鍛えてはいるみたいで……といっても剣術ができるわけでもなく体を鍛えているだけのようだが……竹刀を力強く振るって来て少々驚いた。

だが無駄が多すぎて話にならず……当然だが俺が負けるわけもなく、ぼこぼこにした。

 

「いって~」

「士郎、体は鍛えているみたいだが剣術はしたことないのか? 素人同然だぞ動きが」

「そうだな。俺はただ鍛えているだけだよ。藤ねえみたいに剣を握ってない……というか握らせてくれない」

 

? どういうこったい

 

大河が剣を禁止したらしいが、危うさを大河なりに感じ取ったのだろう。

故に禁止にしており、その禁止に士郎も素直に従っている。

また大河のことをなんだかんだ甘やかしている姿も見られるので……

 

完全に壊れてる訳ではないんだろうが……どうしたものか……

 

そう悩みながら士郎をあしらいつつ、俺は何度か士郎をぼっこぼこにして……といっても軽い打ち身程度で数日もすれば治る程度の負傷しか与えていない……お開きとした。

だがこれはどうやら大河の企みであったらしく、大河と士郎共々、その後も何度も稽古をつけさせられるハメになってしまった。

士郎が同年代の同性と触れあう機会を作りたかったのだろう。

そしてあわよくば……というのも狙っているのがわかり、俺は素直に大河の策略に乗ってやった。

 

「ほい!」

「ぐっ!」

 

士郎の腹に突きを入れて、俺は士郎を悶絶させて一度戦闘不能状況にさせる。

そしてその後間髪入れずに大河が俺に襲いかかってくる。

 

「往生せいやぁぁぁぁ!」

「するわけねぇだろうが!」

 

そうなると当然、士郎の介抱をするのは一人しかいなくなるわけで……

 

「大丈夫ですか、先輩?」

「!? ……あ、あぁ、ありがとう桜」

 

二人して顔を真っ赤にしてそれぞれが互いに気を使っている物だから、もう見ていて初々しいというか、じれったいというか……。

 

砂糖吐くわ!

 

だがそれでも士郎も以前よりも意識しているのが見て取れたので、悔しいが大河の策略は成功したと言っていいだろう。

 

と……思うのだが……

 

「くらぇぇぇぇぇ!」

 

渾身の力で俺に竹刀を振るってくるこの猛獣の様な姿を見たら、なんか目的と手段が入れ替わってしまっている気がするのは……

 

 

 

勘違いじゃないだろうなぁ……

 

 

 

「食らうか! 阿呆めが!」

 

忘れているであろう大河に、俺は渾身の面を……もちろん手加減しているが……食らわせた。

 

 

 

大した手応えもなく時は過ぎていった。

 

だがそれでも士郎がそれなりに意識し出した事と、桜ちゃんが以前よりも赤面することが多くなったことは進歩と言っていいだろう。

 

 

 

何か大きな出来事が起こればもしかしたらどうにかなるかも知れない。

 

 

 

そう思いつつ、俺はすっかり寒くなってしまった冬木の町で……超野太刀狩竜を振るって今朝の鍛錬を行っていた。

 

 

 



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43 狂

「素に銀と鉄。」

 

「礎に石と契約の大公。」

 

「祖には我が大師シュバインオーグ――」

 

 

 

薄暗い、閉じられたその空間は、石壁に囲まれていた。

 

 

 

「降り立つ風には壁を。」

 

 

 

「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 

閉じられた地下の空間で、その少女は呪文を紡ぐ……。

 

 

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

「閉じよ。」

 

 

 

血のような赤い紋様の魔法陣の中心に赤い、朱い、紅い……服を着た少女が、いた。

 

 

 

「繰り返すつどに五度。」

 

 

 

閉じられた空間に、どこからか吹いてくる風が、軽くウェーブしている黒髪をなびかせている……。

 

 

 

「ただ、満たされる刻を破却する。」

 

 

 

その表情は真剣その物であり……床の紋様が光り輝いて、少女と部屋を照らしていく……。

 

 

 

 

 

 

紅い紅い……光で……

 

 

 

 

 

 

「――――告げる!!!! 」

 

 

 

 

 

 

吼えたと思えるほどの気迫が込められた……その言葉。

 

 

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」

 

 

 

それは……誓いの言葉?

 

 

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

 

 

 

それとも……死の宣告?

 

 

 

「誓いを此処に。」

 

 

 

応える者はいない……

 

 

 

「我は常世総ての善と成る者、」

 

 

 

ただそれは明確な意志を持って紡がれていく……

 

 

 

「我は常世総ての悪を敷く者。」

 

 

 

戦いの儀式へと赴き、|逝く(・・)ための言の葉……

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、」

 

 

 

それを行うは常人にあらず……

 

 

 

「抑止の輪より来たれ、」

 

 

 

根源というものを目指す探求者にして渇望者……

 

 

 

「天秤の守り手よ―――!」

 

 

 

それを主として、付き従うは……

 

 

 

 

 

 

!!!!!!

 

 

 

 

 

 

「な、何!?」

 

轟音と供に、地響きが薄暗い空間を揺らす。

明らかに地震とは違う振動だった。

振動は直上から感じられたために、確かめるために少女は走った。

薄暗い空間から唯一外へと繋がる階段を駆け上がる。

まさに跳ぶかのようにして駆け上がっていく。

僅かな隙間から見える、引き締まった脚部を見れば、鍛えていることは一目瞭然だった。

 

「な、あかない!?」

 

眼前のドア……居間へと通ずるはずのそのドアノブへと手を伸ばし回すが、ドアが開く気配がない。

普段では無いはずの何かが、ドアを塞いでいるようだった。

 

「ええい!」

 

何に焦っているのかわからない。

だがその少女は間違いなく焦っていた……。

 

間違いなく完璧な儀式だった。

 

「こんっの!」

 

だが結果は眼前に現れず、結果の代わりとでもいうように、直上より轟音が鳴り響いた……

 

これで平常心でいるというほうが無理な話だろう。

 

「一体」

 

その轟音の正体が一体何なのか?

 

「全体……」

 

それを確かめるために急いでいるのか?

 

それが決定的なものになるとも知らずに?

 

 

 

 

 

 

【それが狂っているとも知らずに?】

 

 

 

 

 

 

「なんだってのよ!!!!!」

 

 

 

ドアより数歩離れて足、膝、腰……全ての回転エネルギーを乗せた蹴りが、眼前のドアをぶち抜かんと放たれた。

いや実際ぶち抜くために放ったのだろう。

そしてそれは見事に……居間へと続くドアを吹き飛ばした……。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

眼前の光景……。

 

それを見て絶句する少女。

 

少女が見た光景は……悲惨だった……。

 

 

 

「……何これ?」

 

 

 

天井に二階の床に二階の天井。

それどころか屋根さえもぶち抜かれて、深夜の星空を見ることができた。

 

それだけではなく、骨董品(アンティーク)といっても差し支えない……だがそれを感じさせない手入れと掃除の行き届いた……芸術と思しき家具が吹き飛び、散乱している。

 

壁さえも一部が倒壊している。

 

先刻まで確かに健在だった自身の家の自慢の居間には……一人の不法者がいるだけだった。

 

 

 

「!?」

 

 

 

一瞬部屋の様相に気を取られた自分を戒めて、少女はその廃墟ともいえる空間の中央……というよりもそれが原因でこのような有様になったのだが……へと目を向ける……。

 

 

 

そこにいたのは……

 

 

 

「……全く」

 

 

 

「!?」

 

 

 

悪態を吐きながら、その存在はフードに付着してしまった埃を鬱陶しそうに払っている。

 

フードを被っているが、服装とその華奢とも言える体格から、女性であるということは容易にわかった。

 

 

 

「なんて乱暴な召喚なのかしら……」

 

 

 

そして月光が差し込み、月明かりの下で……埃を払っていたフードが降りて、素顔を露わにして……

 

少女……凜は思わず呆気にとられた。

 

 

 

まるで絵画から飛び出してきたかのような、そんな美女がいたのだから。

 

 

 

だが呆気にとられてばかりもいられず、凜は頭を振って意識を切り替えて……その相手を睨んだ。

 

その威圧的な視線を受けても平然としながら……その月明かりの女は深い深い溜め息を吐いていた。

 

 

 

 

 

「とんでもないマスターに引き当てられてしまったものね」

 

 

 

 

 

 

「貴方が……私のサーヴァントって事で良いのかしら?」

 

「そうみたいね。というよりもこの状況ではそう考えるのが自然でしょうに」

 

「!? 貴方の真名は?」

 

「私はメディア。クラスは……なんですって?」

 

 

 

先ほどまでの余裕が嘘のように、自らのクラス名を明かそうとしたメディアと名乗った女は、驚きに眼を剥いていた。

 

凜はその様子に疑問符を浮かべながらも、ただ相手の言葉を待って……同じように驚愕しした。

 

 

「私が……アーチャーですって。何でこんな事に?」

「アーチャー……って嘘でしょ? だって貴方……魔女と言われたあのメディアじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

【狂え】

 

 

 

 

 

 

全てが狂っていく。

 

 

 

 

 

 

「応えよう。私は貴方のサーヴァント、ランサー。最果ての槍を以て、貴方の力となる者です」

 

眼前に召喚されたその存在に、スーツに身を包んだ男装の麗人は驚きを隠せなかった。

 

「貴方が……アーサー王だと言うのですか?」

 

だが、それ以上に驚きにそのあり得ない結果が吹き飛び……

そしてその召喚された人物の人格に、心打たれていた。

召喚に応じてくれた存在は、優しげに微笑んで、男装の麗人……バゼットへと挨拶を述べた。

 

「えぇ。よろしくお願いします。マスター」

 

 

 

 

 

 

【狂って】

 

 

 

 

 

 

全てが変わっていく。

 

 

 

 

 

 

「おっと。今回はライダーでの現界と来たか? って何だこの辛気くさい場所は?」

 

召喚された男は、周囲が薄暗い空間である事に顔をしかめて、次に目の前の状況……全裸の少女に、何故か自らを恐れながらも興奮気味に見てくる、実に気にくわない感じのガキを、うさんくさそうに見つめた。

 

「おい! お前の主人は僕だ!」

「あぁ? お前が? マスター? ……冗談だろ?」

 

召喚された男は自らが手にした槍をくるくると回転させながら、ガキを……間桐慎二を見てさらに顔を歪めた。

冗談というのは気にくわないというのが一つと、魔術回路を感じ取れなかったためだった。

だが……

 

「冗談じゃない! これを見てもそんなことが言えるのか!?」

 

差し出された書物を見て……その正体を知って、召喚された男は実に辟易しながら溜め息を吐いていた。

 

「なるほどね。確かにお前がマスターみてーだな。まぁ何だ? よろしくな」

「僕が主人だぞ! で、お前はどこの誰様なんだ?」

 

やれやれ……こりゃまたつまらなさそうな事になりそうだなぁ……

 

周囲に目を向けて……その奥底に潜む醜悪な気配と、目の前の全裸の女の子を見ながら、ライダーは深々と、心の中で溜め息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

【何故なのか?】

 

 

 

 

 

 

何の因果かはわからない。

 

 

 

 

 

 

「サーヴァント……アサシン。召喚に従い応じ参上した。どのような汚れ仕事であろうとも……請け負おう」

「……ほう? まさか私に令呪が宿るとはな。聖杯がどのような結末を望んでいるのかはわからないが……。まぁいいだろう。ではアサシンよ。真名を何という?」

「俺の名は――」

「……なんだと?」

 

真名を聞いて、神父服に身を包んだ男……言峰綺礼は

 

 

 

心の底から嗤った。

 

 

 

「く……くくくくく……はははははは!?」

 

堪えきれずに漏れ出る声は、愉悦に充ち満ちており、綺礼の感情を如実に表していた。

呼び出された男はただ何をするでもなく、ただただ指示を待っていると言うように……膝立ちのまま、何の反応も示さなかった。

 

「面白い! あの男の養子がよもや暗殺者のなれの果てになろうとは!? これほど愉快な結末があるだろうか!?」

 

堪えることもできず、綺礼は神の像がある礼拝所で、大声を出して嗤ってしまった。

これほど歓喜に満ちたのはいつぶりだろうか?

だがまだ終わりではない。

むしろこれは始まりにすぎないのだ。

これから待ち望んでいるであろう、歓喜と狂喜の坩堝を思い……言峰綺礼は大いに嗤った。

 

 

 

 

 

 

【何があったのか?】

 

 

 

 

 

 

何かの陰謀なのかもわからない。

 

 

 

 

 

「お話は終わり?」

 

深夜。

月明かりのみが坂道を照らす状況下であっても……まるで妖しく光っているかのような、長く美しい銀髪を風になびかせる雪の精霊の様な少女がいた。

 

 

 

そしてその先に……背後より伸びているまるで太い何かに支えられて宙に浮いているにもかかわらず、美しい薄紫の髪より伸びたいくつもの蛇を従えた……

 

 

 

怪物がその雪の精霊を守護するように……眼下にいる矮小な贄たちを……

 

 

 

見下ろしていた。

 

 

 

「ならもういいよね? やっちゃえ……ゴルゴーン」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

指示を出されたその怪物は、宙に浮いたまま背より伸びた蛇の体で進んで少女の前へと躍り出て……その怪物の力を発揮した。

 

 

 

 

 

 

【何のためなのか?】

 

 

 

 

 

 

愉悦? 快楽?

 

 

 

 

 

 

「問おう……貴方が私のマスターか?」

 

土蔵の出入り口に、あまりにも長身で痩せ形の男が立って、少年を見下ろしている。

あまりにも背の高いその体と……その体ですらも小さいと思えるほどの強烈な気配と力強さが自然と発せられていて、少年は思わず目を背けようとしてしまう。

だが、その本能的な行動が間違っていると、自らを律して少年はまっすぐと、見下ろしてくる巨躯の男の瞳を見つめ返す。

その少年の芯のある態度に好感を抱いたのか、巨躯の男は小さく微笑み……名乗りを上げた。

 

「我が名はセイバー。今宵より貴方の剣となって、貴方を導こう」

 

 

 

 

 

 

【それでも出会う……】

 

 

 

 

 

 

彼らは……。

 

 

 

 

 

 

「サーヴァント……佐々木小次郎」

 

 

 

「……は?」

 

敵に追われて窮地に陥った俺の足下に突如として魔法陣が出現し、その魔法陣が召喚したと思われる侍の男が口にした名前を聞いて、俺は思わず間抜けな声を上げていた。

 

「……偽名か?」

「ふむ……偽名か……。偽名と言えば偽名と言えなくもないのだろうが……此度の戦にはこの名と……そしてキャスターというクラスで現界している」

「……魔法使い(キャスター)だあぁ? その出で立ちでかぁ?」

 

どう見ても侍にしか見えないこの男の言葉に、俺は違和感しか覚えなかった。

それはどうやら本人も同じようであり……自らが口にした言葉に首を傾げていた。

 

「確かにそうよな。私も不思議なのだが……どうやら魔法の様な物を使えるからという理由でこうなった様だ」

「魔法の様な物?」

 

なんだか意味不明な事を宣っているが……そもそもにして……

 

 

 

クラスって何だ?

 

 

 

 

 

 

 

「違うわマスター。その力をこう回しなさい」

「こうって言ったって……そんな簡単にできれば苦労しないわよ!」

「あら残念。それなりに見所あると思っていたけどこの程度もできないのね? 残念だわ」

「!? 良いわよ! やってやろうじゃない!」

「その意気よ」

 

 

 

 

 

 

「おい坊主。どうやら俺の本来のマスターと親しいようだが、どうだ? 俺と共闘する気はないか?」

「あぁ? どういう事だ?」

「いやなに。偽臣の書とやらでマスター気分のこのガキが心底気にくわなくてな? それにあの嬢ちゃんが不憫でならなくてな。このくそガキすら生かそうとするお前さんとなら仲良くやれそうな気がするんだが、どうだ?」

「いかにする? 刃夜よ?」

「あーーーーー。やっぱりなんかあるみたいだな。OK。乗ろうその話」

 

 

 

 

 

 

【そして王が動き出す】

 

 

 

 

 

 

この世界の道化を見定めるために。

 

 

 

 

 

 

「ついに来たか……このときが……」

 

周囲を取り巻く空気が変わった事に、その存在は気付いていた。

故に……今から始まるであろう出来事に対して、あの存在がどう出るのかが楽しみで仕方がなかった。

屋根より見下ろす小僧は、小僧であって小僧でないことを、その存在は十分に理解していた。

だがそれでも根本が小僧であることは変わりなく、未熟故にどのように自らに向かってくるのか楽しみでならなかった。

 

我を斬り裂いた小僧だからな……さぁどうする?

 

 

 

「出番だ、者ども」

 

 

 

その存在の号令に……王の背後に黄金に輝く穴が出現する。

穴より出現したのは伝説の武具。

それらの伝説の武具は、まるで王の言葉に歓喜しているかのように……凄まじいまでの魔力を自ら発していた。

 

「我の命に従い、あの小僧を叩け。貴様らの力を持って、あの小僧がどこまで凌ぐか……測ってやろうではないか!」

 

王が心から自らたちに命令を下した。

そのことに歓喜し、さらに武具達が魔力を迸らせて……敵へと飛翔する。

 

 

 

化かした道を行く……行こうとしている

 

 

 

 

 

 

男を測るために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fate Stay Night月夜に閃く二振りの野太刀 IFルート

 

 

 

 

 

 

 

月夜を引き裂く王の剣と月夜を繫ぐ超野太刀

 

 

 

 

 

 

執筆しません by 刀馬鹿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王の大号令

ランクE~A++

種別 対人宝具

レンジ -

 

王が道を化かす男の事を見定めるために、己の全てを費やすと決定し、その力の全てでどこまでやれるのかを測るために、王の財宝に収まる武具達に「我を楽しませるために力を振るえ!」と命じた。

その命令によって今までただただ道具としてしか見られていなかった伝説の武具の原型が、主の思いに答えるために、自らの力を解放する。

言うなれば自らが破損しない程度に「壊れた幻想」を使用している様な物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、とある日にいつものTT氏の家での泊まりがけの飲み会で話題になったネタでした~

どうしてこうなったのかはマジで覚えてませんが、とりあえずだいぶ前から五次聖杯にギルが紛れ込むという話は決まっていたのです
それがどうしてか……FGOのネタも混ぜてサーヴァントのクラスと召喚者を変えて見るという話で……上記のような結果に。

小次郎    アサシン   → キャスター  燕返しが魔法ってことで
メディア   キャスター  → アーチャー  なんかぽんぽん魔術砲撃ってるから
クーフーリン ランサー   → ライダー   戦車所持してるから
エミヤ    アーチャー  → アサシン   守護者として狂ったが故
ゴルゴーン  ライダー   → バーサーカー 怪物ってことで
アルトリア  セイバー   → ランサー   FGOの乳上。まだ未召喚(涙)
ヘラクレス  バーサーカー → セイバー   士郎を導く的な感じで


後は↑以外にも一つだけ決まっているネタ↓があります。



刃夜がどのように行動しようとも、それが刃夜自身を裏切り、自らの期待を激しく損なうような物でなければ、王様は助力してくれます
具体的には臓硯はウルクの聖杯でピチュンされることになる



最初は青兄貴にどうにかしてもらう話になってたのですが、
HM氏「いやさすがに青兄貴を便利キャラにしすぎじゃね?」
という編集者様の編集によってアボンしました。
が、まぁそこは我らが王様がいるので、そっちにどうにかしてもらおうとw

え? 結局変わってない?

……宅飲みの超適当な酒のテンションで考えたんだから細かいことにはつっこむな!

とくにIFルートのセイバーの口調とかな!?  strange Fakeはwikiとかで見ただけだから口調まではわからん!



まぁともかく



せっかくネタが出たから出すだけ出すことにした


ただそれだけで~す


誹謗中傷は受け付けません!




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