【完結】とある再起の四月馬鹿(メガロマニア) Ⅱ (家葉 テイク)
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序章 選択は冬の後に Route_Branch.
scene 1


タグは超絶ネタバレなので見ないでください(見ても忘れてください)


   序章 選択は冬の後に

Route_Branch.

 

 

 

 ライトの明かりが眩しかった。

 

 

「はっ!?」

 

 

 ふと気づくと、どこかのスタジオに立っていた。周りには数人の大人の男女。目の前にはカメラを構えている男性が俺のことを見ている。

 カメラ……撮影? 俺のことを? ……俺?

 

 そこで意識が、自己の現状を確認するレベルにまで落ち着いてきた。

 気流が身体に当たる感触。服の衣擦れの感覚はない。視線を下に落とすと──そこには、自分の胸があった。

 

 

「ブラックガードさん? どうしましたか~?」

 

「あ……いえ……」

 

 

 咄嗟に言い返しながら、俺は混乱の極地に立たされていた。何故って……俺の胸は、肌がめちゃくちゃ露出していたから。

 露出していたというか、これは……ビキニである。俺は今、牛柄のビキニを身に纏って見知らぬ男に撮影されていたのだった。これで混乱するなという方が無理がある。

 

 

《レイシアちゃん! レイシアちゃん!》

 

《……んあ……? なんですのシレン。うるさいですわよ朝から。…………っていったいこれはどういうことなんですの!? エロ同人!?》

 

《レイシアちゃん……どこからそんな語彙……あ、俺の記憶か……》

 

 

 ……俺の記憶、適度に飛ばした方がいい気がしてきた。

 じゃなくて! なんなんだこの状況!? 気が付いたら牛柄ビキニ着てグラビア撮影って本当にいったい何事なんだよ!?!?

 

 

「……すみません、倉科さん。少し休憩させていただいても? ちょっと眩暈が」

 

 

 と。

 そこで急に、俺達の口が勝手に動いた。

 

 

《……レイシアちゃん?》

 

《いえ、わたくしは何も……》

 

()()()()()()()()

 

 

 その次の瞬間。

 俺は、信じられないものを見た。

 

 それは────

 

 

『少し、話をしよっか。現状を整理するためにもね』

 

 

 ──空中を浮遊するレイシア=ブラックガードの霊……いや、もう一人の『シレン』の姿だった。

 

 

 


 

 

 

とある再起の四月馬鹿(メガロマニア) Ⅱ

 

 

 

 


 

 

 

『といっても、俺達もまだ状況が理解できてるわけじゃないんだけどね』

 

 

 そんなことを言う『俺』……正確には『もう一人の俺』の横には、同じく半透明で浮遊しているレイシア=ブラックガードの姿が。たぶんこっちは、もう一人のレイシアちゃんだろう。

 この世界の、と言うべきかもしれないが……。

 

 

『たぶん君達は、別の世界から来たシレンとレイシアちゃんだと思う』

 

「……別の世界、ですの?」

 

 

 レイシアちゃんの言葉に、もう一人のシレンは頷き、

 

 

『うん。というよりは……過去、かな? 俺達……というか俺は、もうグラビア撮影も慣れたから。そんなに慌てふためくってことはグラビア撮影の経験ないんでしょ?』

 

「ないんでしょ、と言われましても、それは当然ではないでしょうか……」

 

 

 頬に手を当てながら、俺は答える。今は身体が冷えないようにバスローブを纏っているが、やはり心もとなさはある。というか他人に肌を見せるとか、恥ずかしいでしょ普通に……。

 

 

『フフフ、昔のシレンを思い出しますわね。あの時は凄い慌てふためきようでしたわ~』

 

『レイシアちゃん混ぜっ返さない』

 

 

 ふわふわと漂いながらにやつくもう一人のレイシアちゃんに、もう一人の俺は少し頬を赤らめながら彼女の頬を引っ張る。

 …………時系列の話も十分気になるんだけどさ。

 

「それ、いったいなんですの?」

 

『うん? ああ、これのこと? これは幽体離脱(アストラルフライト)。ほら……AIM思念体って言えばわかるでしょ? レイシアちゃんのAIM拡散力場を使って流体コンピュータをやってるだけだよ。ちょっとコツがあってね、まぁ君達もそのうち()()()()()()()と思うから……』

 

 

 何となく分かる?

 なんかボカされてる気もするが……まぁ俺も過去から自分が来たらボカした言い方するか。あんまり具体的なことを教えて時系列に影響出たらとか考えちゃうしね……。

 

 

「それで。此処はわたくし達から見て未来らしいですが、いったいどれくらいの時代なんですの?」

 

『んー……第三次世界大戦、って言ったら分かるかな。それが終わった後の世界だよ』

 

「だっ!?」

 

 

 うわー……やっぱ起こっちゃったのか、第三次世界大戦。

 ってことは、当然この時代の俺達は第三次世界大戦を戦い抜いた後ってことなんだよな……。俺達の性格であっちに行った上条さんの後を追わなかったわけがないし。

 

 

『まぁ、そのへん気にしてもしょうがないと思いますわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……?」

 

『ちょっとネタバレしますと、わたくし達の干渉によって操祈の参戦が早まったので、そのあたりもいろいろ劇的でしたわよ。当麻の脳が部分的に修復されて操祈のことが認識できるようになったり……』

 

 

 マジで!? そんな超大イベントがこんな早くに起こっちゃっていいの!? ……いや、どんな超大イベントだろうと、食蜂さんのことを考えたら、一刻も早く起きるべきだな。それは絶対に俺達の時代でも起こさなくっちゃ。

 

 

『あと、当麻とファーストキスしたり……』

 

 

 マジで!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 

『……過去シレン、食いつきが違いますわね……』

 

『卑しい女だ……』

 

 

 卑しくないし! いや自分の話になったらビビるでしょそれは!

 

 

『まぁでも、これでモチベーションも上がったことでしょう。さてこの後アナタ達をどう戻すかですけど……、』

 

 

 と。

 もう一人のレイシアちゃんがそう言っている最中、目の前の視界が歪みだした。

 

 なん、だ……これ……は……?

 

 

『あ────そういう──つま──れは────(ミス)────』

 

「な……に!? 今、なんて……」

 

 

 世界が歪み、そして意識も遠のいていく。

 もう一人のレイシアちゃんの言葉を聞き返す間もなく、俺達は一つになって、また遠いところへと飛ばされていった。

 

 

 


 

 

 

 そして、消え去った二人の魂を見送った、シレンとレイシアは、静かに自らの身体の中に戻っていく。

 牛柄ビキニの上にバスローブを羽織り、()()()()()()()()()()()()()は静かに心の中で呟いた。

 

 

《まためんどくさいことになってるようですわねぇ》

 

《まぁ大丈夫でしょ。俺達なんだし》




※イメージ映像※

【挿絵表示】

ウシ娘です。


■異世界のシレイシア図鑑①
レイシア=ブラックガード(冬)
 中学二年生。時期的には新約三巻の直前くらいか。もちろんヒロインレース継続中。
 第三次大戦とかで色々と関係は深まっているものの、まだ誰も決定打には至っていない模様。順調に広告塔としての役割を全うしつつあり、破天荒な御坂美琴よりもしっかり(事件に巻き込まれずという意味)仕事をこなすとして上層部からの信頼はこちらの方が厚い。
 色々あって、第三次世界大戦を終わらせた聖女とされている。また、原作と違って食蜂操祈が本編に本格参戦したのがけっこう早かったらしく、彼女の認知問題については第三次大戦中に解決したらしい。
 彼女達曰く、第三次世界大戦中に上条当麻とファーストキスをするらしいとかなんとか。マジか?


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第一章 未だ恋路の途中 Normal_End.
scene 1


   第一章 未だ恋路の途中

Normal_End.

 

 

 

   1

 

 ふと気付くと、そこは倉庫の一室だった。

 反射的に己の身を見てみると……流石に牛柄ビキニ、ではなかったが、何やら良く分からない制服のようなものを身に纏っていた。……というか……これは、修道服か?

 

 

《今度はコスプレではなさそうですわね……》

 

 

 同じく現状を確認したらしきレイシアちゃんの言葉に、俺も内心で頷く。

 なんというか、生地の感じとか『着慣れ具合』が違うのだ。たぶんこの世界の俺達は、この服をよく着用しているのだろう。だが、そうなるとさらなる疑問が生まれる。この世界の俺達はいったいどうして、こんなコスプレとしか思えない衣装を常用しているのか──

 

 

『それはまぁ、()達、一応必要悪の教会(ネセサリウス)の一員だからね』

 

 

 そんな俺の思索に答えを出したのは、やはりというべきか、『もう一人の』……いや、『この時代の俺』だった。

 いやいやいや、なんとなく分かるんだよ。この身体、俺達の時代のレイシアちゃんよりもちょっとだけ成長してるしさ。主に身長と、胸が。

 

 

『自己紹介しよっか。私は必要悪の教会(ネセサリウス)女子寮・寮長のシレン=ブラックガード』

 

『で、わたくしが必要悪の教会(ネセサリウス)女子寮・総味見係長のレイシア=ブラックガードですわ』

 

 

 …………総味見係長とかいう胡乱極まりない肩書はさておくとして。

 そっか、うん。いやいやいや、この時代の俺は、もう完全に()()生きる決心を固めてるのね。

 

 

『あーっ! あーっあーっ! あっちのシレンも無視しましたわ!? シレン! あっちのシレンてば、わたくしの打ち頃超どストレートボケを見送りましたわよ!!』

 

『レイシアちゃんのボケはいちいち危険球だからなぁ……』

 

「あの」

 

 

 このままだと無限にコントを始めそうだと判断した俺は、二人のやりとりを遮るように声を上げる。

 とにかく今必要なのは、現状が『何が起きているどういう状況下なのか』、だ。……俺達に起きていることという意味でもそうだが、それよりもまず『この時代で何が起きているのか』を把握する必要がある。

 まぁ、この時代の俺達が魔術サイドに行ったというのは分かるが……。

 

 

『あ~、ごめんごめん。まずはこっちの用事を終わらせないとね。儀式場の準備はできたし、レイシアちゃん、体の方に。術式の制御は私がやるから』

 

『了解ですわ、っと』

 

 

 スウ、とこの時代のレイシアちゃんが俺達の身体に入り込むと、体の制御がそちらの方に移る。

 特に抵抗する気もないのでするがままにしていると──

 

 ズズン、と。

 地面に『亀裂』が走ると同時に、そこから間隙を補強するように巨大な古めかしい剣が()()()()()()()

 

 

()()()()()()()

 

裂跡は即ち斬撃の証(ACIAPOS)斬撃は即ち振るう剣の証(SIAPOAS)

 

 

 透き通るような剣の幻は、詠唱に伴ってまるで絵具が塗りたくられるように存在感を増していく。

 

 

火のないところに煙は立たず(SDNRATFP)因って裂跡在るところに剣は在り(IOWTIAWATPWSIH)

 

「聖剣抜出・フラガラッハ」

 

 

 そして気が付くと、『それ』は錯覚ではなくなっていた。

 現れた聖剣・フラガラッハはいつの間にか完全に『実物』となっていて、この時代のレイシアちゃんがそれを重みを感じさせない動作で振るう。

 ブゥン、軽々しく大剣を振り回したこの時代のレイシアちゃんは、そのままハンマー投げみたいな調子で剣を投げてしまう。普通なら、そのまま一メートルも飛ばなさそうな大剣だが──予想に反して、剣は大リーガーの投球のような速度を保ったまま空の向こうへと消えて行った。

 …………何アレ?

 

 

「フラガラッハは便利な剣ですわ。投げれば敵を自動的に切りつけに行く逸話とかありますし。まあ、アレは致命傷を与えないようなストッパーがあるのでそこまで豪快な攻撃にはなりませんが……純度で言えば国宝クラスですし、まぁ並みの魔術師なら戦闘不能でしょう」

 

《いや……え……?》

 

 

 お、思った以上に本格的な魔術だった……。

 何それ、そういうの一から構築したの? 俺達が? 将来的に? ……まじでぇ?

 

 

「なんですのー? わたくしが魔術を使うのがそんなに不思議ですのー? ……わたくし達、これでも一応プロの魔術師でしてよ? 第三次世界大戦も、グレムリンも、魔神軍団も、上里勢力も、その先の事件も……いろんな魔術サイドの大事件を潜り抜けて、魔道図書館たるインデックスの薫陶まで受けてるんですもの。そんじょそこらの魔術師とは格が違いましてよ!!」

 

『……ふー。着弾確認。あとは現地に潜入してる当麻さんが敵術師を連行してからこちらに来るらしいから、私達はそれまで暇だね』

 

 おそらく何らかの術式で本部と通信していたらしきこの時代の俺がそう言って、身体から抜け出たこの時代のレイシアちゃんが話を引き継ぐ。

 

『では、それまでお二人の話を聞かせてもらいましょうか? いったいどの時系列から、どういう術式でこの時代までやってきたのか、とか』

 

 

 

   2

 

 

 といっても、話せることは殆どなかった。

 俺達自身が、自分たちが置かれている状況を把握できていないのだから当然だが……。

 現状分かっていることと言えば、気づいたら第三次大戦後の未来にやってきていて、ある程度話していたら次はこの時代に移動した、ということ。

 いずれの場合も俺達はその時代の『レイシア=ブラックガード』の肉体の中に移動してきていて、幽体離脱(アストラルフライト)とやらはしていない。

 移動前の記憶については曖昧だが、少なくとも九月中だったことは覚えている。

 ……というくらいだ。正直、これらの情報から何かが分かるとも思えない。

 

 

『ん~……これはたぶん、長丁場になりそうですわねぇ』

 

 

 一通りの話を終えた後、この時代のレイシアちゃんはそう言って腕を組んでしまった。

 現状は当麻さんの合流待ちらしく、倉庫の中の俺達はこの時代のレイシアちゃんの身体の中にいる俺とレイシアちゃん、そして例によって浮遊霊状態のこの時代の俺とこの時代のレイシアちゃんの三人で話をしていた。

 

 

『たぶん、わたくし達の時代では決着がつかなさそうです。割り切ってこのターンでは移動の条件を探ってみますか?』

 

『一番ありそうなのは、時間の経過だね。その場合、間隔はだいたい五分から一〇分くらいか……。せっかくだし、この時代の思い出話でも話して時間をつぶそうか?』

 

「わたくしそれが一番聞きたいですわね。何がどうなって魔術師になったりなんてしてるんですの? ……それと、当麻との関係は?」

 

 

 軽い感じで提案したこの時代の俺の言葉に、レイシアちゃんはノリノリで応じていた。危機感のない……いやまぁ俺も気になるけどさ。この時代の俺達の状況。

 

『どうどう、昔のレイシアちゃん。ちゃんと説明するからね。ええと……まず、当麻さんは卒業後、必要悪の教会(ネセサリウス)に就職しました』

 

「……初手で大分レアなルートに入った感がありますわね。いや、薄々分かってはいましたけど」

 

『……色々とあったんだよ。で、私達は後を追う為に中卒で必要悪の教会(ネセサリウス)の特別編入試験を受けたんだ。それがこの間の話で、無事合格したあと幾つか任務をこなしているのが今の状況。ちなみに私は今一六歳』

 

 

 一六歳! ってことは、俺達の時代から今はだいたい二年後か。この間の『第三次世界大戦後』から大分時間が飛んだなー。

 ………………って特別編入試験!? そんなのあるんだ!?

 

 

必要悪の教会(ネセサリウス)に入ろうって決めた時には既に幽体離脱(アストラルフライト)も使えたし、レイシアちゃんはまだ学生生活を楽しみたいだろうから、最初は俺一人で行くって提案したんだけどね……。まーそのことで大喧嘩しちゃって』

 

「えぇ……そうなんですの」「まぁそりゃ大喧嘩しますわね。というか、わたくしが激怒しますわね」「えっ!」

 

 

 げ、激怒……? そりゃあ、何の相談もなくこれから別の道を歩みましょう的なこと言ったらブチギレられると思うけども……。

 

 

『……あの時言われた言葉は、今も私にとっては大切な宝物なんだよね。ま、君達も私達と同じ未来を辿るならいずれ分かると思うよ。察しの悪い昔の私はともかく、察しの良い昔のレイシアちゃんはなんて言ったか何となく分かってると思うけど』

 

 

 うぐ……。未来の自分にまでディスられるとは。

 でも俺だってそこまで察しは悪くないと思うんだよなぁ……?

 

 

『そういうわけで、今当麻さんとの恋路を争ってるのは、私達とインデックスの二人だけ。インデックスとはお互いに恋敵として意識してるけど、仲はいいよ。女子寮だと同室だし。そもそもイギリス清教に来ようって誘ってくれたのインデックスだし』

 

「えっ、インデックスが!?」

 

 

 それはちょっと意外だった。いや、でも何となく分かる気がするな。インデックスってそういうこと言いそうな気がする。

 ……いやいやいや、しかしこうやって話を聞いてみると、意外と突飛な可能性でもないというか、むしろ順当な可能性のような気がしてくるから不思議だ。

 これから先、上条さんはどんどん魔術サイドでの地位を築いていくし、イギリス清教との関係次第ではそういう未来もあるかもしれない。まぁ、アレイスターが生きている限りそんなことは許さないと思うけどね。

 

 

「……それにしても、もうすっかり覚悟は決めていらっしゃるんですね」

 

 

 気づけば、俺はそんなことを言っていた。

 

 

「わたくしは正直、まだ自分の気持ちを掴みかねているのですが……。アナタはきちんと見つけられたんですのね。……いや、きちんとアナタの中にそれはあったんですのね」

 

『あ、勘違いしないでね。昔の私』

 

 

 そこで、この時代の俺はぴっと手を前に突き出して俺のことを制止する。

 

 

『これは別に、私の心の中に最初からあったわけじゃない。これから君が、いろんな事件を経ていく中で「育てて」いったものなんだ。別に今の君の中に既にあるものじゃない。……当時のレイシアちゃんもそのへん勘違いしてたみたいだけどさ』

 

『いやぁあああ~~~~勘違いではなかったですわよ? まぁシレンの自意識としてはそうだったのかもしれないですが……』

 

 

 そこからは、この時代の俺とこの時代のレイシアちゃんの言い争いだった。

 なんというか……この時代の俺達は、けっこうぶつかり合うことが多いようだ。そしてレイシアちゃんのテンションがけっこう高い。

 この先時を経て行けば俺達もそうなるのか……いや、この場合は、この時代の俺達が経験したという『大喧嘩』が影響していると考えるべきか。

 確かに今の俺達とこの時代の俺達は同じ『レイシア=ブラックガード』だけど……全く同じ経験を持っているわけでもないしね。

 

「……わたくし達も、あんな風になれるかしら」「わたくしはあそこまでギャースカ喚くような品性のない女にはなりたくありませんわね」

 

 レイシアちゃんそれはもう遅いと思うよ……。

 

 と、そこで不意に、倉庫の外から足音が聞こえてきた。呼応するように言い争いをしていた二人が言葉を止め、そして一斉に振り返る。

 

 

『当麻さん!』

 

 

 ──その一言が出た瞬間。

 

 また、世界が歪む。

 倉庫の風景がぐちゃぐちゃにかき回された水彩絵の具のように歪み、目の前の物質すらも不確かになる空間で、途切れ途切れになったこの時代のレイシアちゃんの声だけが聞こえてきた。

 

 

『──り────神契(アデスプロ)──となる────は──身か────』

 

 

 ────。

 

 

 


 

 

 

 倉庫内部。

 

 戻ってきた上条当麻を出迎えたレイシアとシレンは、操作権を戻した肉体の中で互いに会話を続ける。

 ほかの可能性のレイシアとシレンでは不可能な、プロの魔術師となった二人だからこそ分かる推察を。

 

 

《……過去から意識を飛ばされたのだとしたら、わたくし達がこの時系列に残っているのはおかしいですわね》

 

 

 預言書の理論というのは、つまるところ未来からの干渉である。

 原理としては『現代』にある術式の核が、取得した情報を『過去』に送るというもの。つまり、預言書というのは『現代から見て未来の情報を獲得した書物』ではなく、『現代から見て現代の情報を過去に送る霊装』なのである。

 ただ、これは意味のないことだが、この理論を応用すれば『過去の情報を未来に送る』ことも当然可能なわけである。この場合は未来予知の効果は生まず、単に過去の情報を(しかも仕掛けた時点以降の情報のみ)獲得できるタイムカプセルでしかないが。

 この時代のレイシアは最初、そのたぐいの術式であることを疑った。

 しかし、その場合は移動先にある『レイシアとシレンの魂』も別の時系列に飛ばされていないとおかしい。御使墜し(エンゼルフォール)と同じである。本来存在しないものが現れると、その分の混乱が発生するのである。

 

 今回は、それがなかった。

 

 魔術の専門家となったこの時代のシレンは、それでも首をかしげならこう返した。

 

 

《単なる預言書の理論とは別種の法則が働いているのかな……?》

 

 

 もっとも、『単なる魔術のプロ』には、その程度しか分からないのだが。





■異世界のシレイシア図鑑①
レイシア=ブラックガード(魔術師)
 一六歳。高校卒業と同時にイギリス清教に就職した上条当麻についていく為に学園都市を出たレイシア。最終学歴は中卒であり、そのこととイジるとムキになる。
 ヒロインレースはインデックスとのサシ状態。ただし関係性は良好であり、女子寮では同室。この世界線のシレイシアはインデックスとのハーレムルートももしかしたらあるかもしれない。
 幽体離脱(アストラルフライト)を利用することで魔術も使用可能になっているらしい。
聖剣術式
 やっていることはアレイスターの霊的けたぐりとマリアンの戦乱の剣(ダインスレーヴ)の複合のようなもの。
 『亀裂』という結果を補助としたパントマイムにより、見る者に『聖剣』を連想させ、好きな聖剣を具現化させる。この際、実際には補助の『亀裂』の際に位相にも切れ目を入れて異世界の力の塊を溢れ出させており、それをパントマイムによって相手にイメージさせた『型』に流し込んでいる。
 つまり術式の主体は『型』をイメージした本人であるため、術者たるレイシアは能力者魔術使用のペナルティを受けずに済む。
 もちろん相手がイメージを正しく受け取れなければ成立しないのだが、シレイシア(魔術師)はこの『観測役』をシレン(霊体)がやることにより、『相手がいないところでフラガラッハ等遠隔攻撃可能な聖剣を生み出して一方的に攻撃する』などのマンチ戦法を好む。もちろん下準備を下っ端に任せた上で近接戦闘用の聖剣を扱うこともできる。
 戦乱の剣(ダインスレーヴ)同様に位相を切断しているので事前に結界で空間を区切らないと御使堕し(エンゼルフォール)レベルの怪現象が発生してしまうほか、パントマイムの精度が低いと『型』に上手くエネルギーが流れず、行き場を失ったエネルギーの塊が暴走する危険もあるヤバい術式。


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scene 2

   3

 

 

 ふと気付くと、今度はアパートの一室だった。

 この時代の俺達の自宅──ではないだろう。ざっと見た感じ男物の調度品が多いし、僅かに男性用の制汗剤の匂いがする。レイシアちゃんはこういう制汗剤はあまり好まないので、この家の家主が使っているのだろう。

 

 

「……ええと、この時代のわたくし達はどちらに? いらっしゃいますわよね?」

 

 

 もう慣れたもので、俺が状況把握をしている間にレイシアちゃんはこの時代の俺達に呼び掛けていた。

 程なくして、すっと横合いから二人の霊体──この時代の俺とレイシアちゃんが現れた。

 

 

『随分と手馴れているね。これで三、四回目くらいといったところかな?』

 

『まったく、なんなんですの急に。で、何年前から来ましたの?』

 

 

 ……は、話が異常に早い!!

 

 

『簡単な推論だよ』

 

 

 この時代の俺──というにはちょっと知能レベルが高すぎる気がする──は本当に簡単そうに言って、

 

 

『開口一番にそちらのレイシアちゃんは「この時代」と言った。つまり比較対象である「別の時代」を知っているってことだ。続いて「いらっしゃいますわよね?」と聞いたけど、「いるだろう」と思いつつも言葉に自信がなさげなのは、存在は確信しているがそのセオリーは知らない、という人間の言動だからね。たぶん何回か時間旅行を経験してるんだろうなって』

 

「完璧に当たってますわ……」

 

 

 なんだなんだ、この時代の俺は探偵にでもなったんだろうか。

 

 

『あとはまぁ、言動の幼さから言って過去の時代だろうな──とレイシアちゃんは考えたんだと思うよ』

 

『そんなところですわ。あと、わたくし達現役大学生なので探偵ではなくってよ』

 

「大学生!」

 

 

 そっかー、大学行った場合のルートなんだねこっちは。今なんかナチュラルに思考を読まれた気がするけど気にしないぞ。

 っていうか、大学行くだけでここまでインテリジェントになる俺も凄いと思うが……。

 

 

『正確には実業家兼大学生、ね。それで、次の時代に移動するための条件とかも教えてもらっていいかな? それともまだ条件までは掴めてない?』

 

「……後者が正解ですわ」

 

 

 俺は正直に答えた。

 しかし、実業家兼大学生かぁ……。なんか凄い、『いそう』なラインの肩書になってるなあこの時代の俺達。めちゃくちゃ頭が回る実業家でお嬢様で二重人格の、大学生。うむ、なんかとってもラノベっぽい肩書だ。

 

 

「前の時代では時間経過の線を考えたのですが、まだケース数が足りなくてなんとも言えないんですの。前回と前々回、長くとも三〇分くらいで時間が来てはいますが、微妙に経過時間にもばらつきがありますし」

 

『うーん、これは私達の時代も含めて、あと一回くらいは移動を挟む必要があるかなあ』

 

「……ああ、そうですわ! 今までの時代の共通点。すべての時代で、『その時代の現状』を聞かせてもらった直後に移動が始まっていたような」

 

 

 ふと気付いて俺がそう言うと、二人は渋い顔をしてみせた。あんまり自分語りをしたくない……というよりは、これは……。

 

 

『……明らかに人為的な干渉。ってことは何らかの条件で作動しているのではなく、自由な条件で時間旅行を発動可能な「何者か」が黒幕ってことではありませんの……』

 

『無用な知恵を与えようとしているはずの私達が排除されていない以上、こちらの干渉は歯牙にもかけていないか、干渉の結果すらも呑み込める自信があるか……。一番困るのはこうして私達と交流を重ねることが黒幕にとって予定通りって線だけど』

 

「その手の黒幕はだいたいその予定通りで余裕ぶっこいた結果大逆転されるから問題ないのではなくて?」

 

『そこでコケるのはアレイスターのアホくらいでしてよ』

 

 

 あ、アレイスターをアホ呼ばわり……。やっぱり伊達に四年経ってないな。

 

 

『君達もあと三か月もする頃にはボロクソにアレイスターのことを叩き始めると思うよ。……ともかく、そうなると私達の時代の現状を説明した方がいいね。……ええと、まず、学園都市は解体されました』

 

「はァ!?!?!?!?」

 

 

 学園都市が!? いったいどうして!?

 いやどうやって!? あそこから解体するの、もう日本が爆発四散しない限り不可能でしょ!!

 

 

『なぜ……と言われても、アレイスターが学園都市の外に出て、自分で学園都市をぶっ潰したのですわ。学園都市の技術は幾つかの研究所に分散されて管理され、管理しきれなくなった技術は世界中にばら撒かれました。例えば──『木原』とか。……アレは軽めに世界の危機ってヤツでしたわよ』

 

 

 せ、世界のジャンルがなんか違う……。

 魔術師だった世界も大概だったけど、こっちはこう、なんかクライムサスペンス的な雰囲気にいろいろとコンバートされてる。俺達の未来、ほんとなんでもありだな……。

 

 

『とはいえ、世界の勢力図自体はあまり変わらないけどね。アレイスターはもちろん健在だし(まぁ借金地獄に追いやってやったけど)、今の世界の実力者の大半は「学園都市出身」だ。私達含めてね』

 

「へぇ……。で、当麻とはどうなっていますの? もうフラれました?」

 

『まさか! むしろインデックスと美琴が離脱しましたわ』

 

 

 え……そこが落ちるんだ。

 

 

『当麻さんは今大学三年生だからね。ぼちぼち就職活動を始めるかってところで、私は今その件でバトル中なんだ』

 

「…………バトル?」

 

『操祈さんとね。あの子もまだ確か当麻さんにフラれてなかったはずだから。私達はお互いに当麻さんが就職したい企業を立ち上げて、当麻さんを新入社員として囲い込もうとしてるってわけ』

 

「スケールが違いますわ……」

 

 

 こっちの俺達はなんかこう、魔術とか、世界の秘密とかからは縁遠そうなルートだけど……代わりに人間力的なものが桁外れになってる気がする。

 正直、俺達の時代からこっちに地続きになってる未来が見えないんだけど……まぁ、自分の術式を一から構築している魔術師の未来も大概か。

 

 

『いやいや、ほかの並行世界があるとして、私達と違う未来を歩んだ「私達」がいたとしたら、多分「最弱」は私達だと思うよ。もう前線で戦ったのだって何年前だって話だし。一分も全力で走ったらたぶん息があがっちゃうだろうね』

 

 

 この時代の俺はのほほんと笑うが、その表情に自嘲の色はなかった。……まぁ、そりゃそうだろう。だってこの時代の俺達は、『そういうの』とは違うステージで戦う道を選んだのだから。

 おそらくは……此処にはいないツンツン頭の少年のために。

 まぁ実際、過去の自分とはいえここまで俺達の考えてることを先読みできるような心理学的知見を持ってるなら、運動能力や戦闘能力が仮に弱っていたとしても、口先だけで大分上の方まで食い込めるんじゃないかなって思うし。雲川さんだって心理的誘導だけで土御門をかなり危ういとこまで追い詰めてたもんね。

 

 

『………………』

 

 

 そこで、急にこの時代の俺は黙り込んでしまった。

 あたりを見渡したり、俺達の眼を見たり……何だろう?

 

 

『……()()、起こりませんわね』

 

「あっ!」

 

 

 言われて、俺はようやく気付いた。

 そうだった……そもそも、当初の推測では『敵が身の上話をほどほどのところで切り上げて移動を開始する』っていう説が有力だったんだった。ここまでいろいろと話されたら、流石に移動を開始させようとするんじゃないだろうか。

 

 

『…………そもそも、「前回」の移動のトリガーになった身の上話というのもそこまで重要だったのかな?』

 

 

 ……うーん、そこの価値は俺にも良く分かんないというか……。俺達には分からないけどそこの会話に何かしらのヒントがあった的な感じだったんじゃないかな……。

 

 

『……、今回の現象の犯人なんだけどね。魔術サイドにも科学サイドにもそこまで深く関わってない私には、テクノロジーの原理とかは分からない。でも、目星はなんとなくついてるんだよね』

 

「え、そうなんですの?」

 

 

 流石名探偵シレイシア……。俺達相手じゃなくてもその高い推理力は機能するんだ。

 

 

『(…………これも違うか)』

 

 

 この時代の俺はボソっと呟いて、

 

 

『といっても、具体的に絞れてるわけじゃないんだけどね。ただ……犯人の「能力」と「動機」を考えると、実行犯は君達にとって身近で、それでいて今まで一度も盤面に登場していない存在ということは分かる』

 

「……それって誰ですの?」

 

『さあ? 流石にそこまでは……。さっきも言ったけど具体的に絞れてるわけじゃないからね』

 

 

 ううむ……。身近で、しかも盤面に登場していない存在? そんな人物いないんじゃないかな……。

 

 

『……うーん、これでもないか。困ったなあ「そろそろ」だから時間がないんだけど』

 

「あら? もしかして取り込み中でしたの? でしたら用事を済ませるまで肉体はお返ししますけど」

 

『ああいや、そういうことじゃなくてね、』

 

 

 と。

 そこで、ガチャリと玄関のドアが開いた音がした。

 

 

「うおっ!? あー、シレイシア、また勝手に入ってきたのか? ご近所さんに誤解されるからやめてくれって言ってるだろー。……っつか、合鍵どうやって作ったんだ?」

 

『…………この家、当麻さんのお宅だからね』

 

 

 …………………………。

 

 あ、なんだか周囲の世界が歪んできたー。

 

 よかったー、この空間に居合わせずに済んでー。

 

 次の世界の俺達は、もうちょいまともだといいなー。

 

 

 


 

 

 ──その数分後。

 

 首から『私は家主に内緒で勝手に合鍵を作りました』という札を下げて寝室にて正座で反省中のシレンとレイシアは、心の中で互いに考察しあう。

 

 

《で、結局誰が原因になっていると思います?》

 

《そりゃあ分からないよ。私達の世界はもう世界の裏側に潜む真実とか、魔術の秘奥とか、そういうのからは縁遠いジャンルになっちゃったわけだし》

 

《その代わり社会に根を張る陰謀とかそういうのに特化しちゃいましたものねえ》

 

 

 科学の闇は、御坂美琴が。

 魔術の闇は、インデックスが。

 

 ずっと前に、そうしようと決めたのだ。

 上条当麻の隣を守れない代わりに、その周りの世界を守ろう、と。そして多分、この先彼の隣を奪い合う戦いに負けた方が、彼をありきたりな闇から守る役割を担うことになる。

 不幸な彼は、きっと『普通』の範疇を大きく超える厄介ごとに巻き込まれるだろうから。

 

 

《でも、何となく想像はできるよ》

 

 

 過去に恋敵たちと交わした約束に思いを馳せながら、シレンはさらに続ける。

 

 

「『臨神契約(ニアデスプロミス)』が本格稼働した私達に時間干渉を行える存在は限られるよね。さらに動機を考えるなら……」

 

 

 多分、それはないだろうと思いつつ。

 魔術にも科学にも精通していないド素人は、それでも当たり前の人間としての力で、真実に肉薄する。

 

 

「……普通なら有り得ない話だけど、()()()()()()





■異世界のシレイシア図鑑③
レイシア=ブラックガード(実業家)
 二〇歳。高校卒業後、大学進学と同時に実家を継いで実業家となったレイシア。
 実業家と言いつつ業務は自分が組んだAIに任せっきりで、だいたいの時間はFランダメ大学生となった上条当麻の家に入り浸るか、ライバル企業の社長である食蜂操祈と会食という名の牽制兼近況報告会を行っている。たまに上条の大学にも通う。
 ヒロインレースは食蜂操祈とのサシ状態となっており、インデックスと御坂美琴はそれぞれのサイドの闇から上条当麻の周りの世界を守る為に世界の裏側で奮闘している。
 前線に出ることはなくなったため、戦闘能力は数多ある可能性の中でも最弱に近いが、一方で心理学的手腕や性格面などでは最も優れている。能力バトルをやらせたら一番強いのがこの可能性のシレイシア。
 反面、恋愛関係の貪欲さではシレンが悪い意味でレイシアの影響を受けすぎた為、全体的に手段を選ばない傾向があり、徳が低い。


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scene 3

   4

 

 

 ふと気が付くと、そこは放課後の職員室だった。

 ……視線を巡らせなくても周辺に人がおらず、窓から西日が差していることが分かる。静かで、穏やかな時間だった。

 視線を落とすと、そこには書きかけの書類が。……どうやら、この時代の俺達は教職員をやっているらしい。そこで初めて肩の力を抜くと、俺は辺りを見渡した。

 

 

「……ええと、突然申し訳ありません。わたくし過去のアナタ達ですわ」

 

「……なんだ、そうだったのか」

 

 

 思っていたよりもすぐ近くで声が聞こえて、俺は思わずぎょっとした。視線を落とすと、座っている俺のすぐ横で何故か屈みこんだ体勢の『この時代の俺』がいた。

 すぐに立ち上がって何でもないような顔で取り繕っているが……俺はその手に何やら光の短剣のようなものがあったのを見逃さなかった。何あれ。『亀裂』じゃないよねたぶん。そもそもレイシアちゃんの本来の身体の持ち主じゃない、外付けで能力をブーストするだけの俺が幽体離脱した後も能力を使えるとは思えないし……。

 

 

「ちょっとシレン! 今アナタ、身体を壊そうとしましたわよね!?」

 

 

 今度は少し離れた席の陰から、この時代のレイシアちゃんの声。

 振り返ってみると、いつの間にそこまで移動したのか、教頭先生の机と思しき机からこの時代のレイシアちゃんがスタスタと歩いてきているところだった。

 苦笑しながら、この時代の俺は言い返す。

 

 

「……いやほら、突然身体を追い出されたからさ。好き勝手される前に壊して追い出して、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)先生に治してもらえばいいかなって……」

 

「はぁ~~……仮にも嫁入り前の身体なんですのよ? もう少し自分を労わりなさいな。結果的に、誤解だったのですし」

 

「うんまぁ……ちょっと剣呑すぎたか。というか、『昔の俺達』もごめん。危ないところだったもんな」

 

 

 ……なんかこの時代の俺はこれまでに輪をかけておかしいなあ。

 

 

「その様子だと、似たような経験を何回かしてるのかな? じゃあまぁ、状況確認がてら自己紹介しておこう。俺はシレン=ブラックガード。この高校で警備員(アンチスキル)をやってるよ」

 

「同じく、レイシア=ブラックガードですわ。ちなみに教員免許をとったのはわたくしの方なので正確には警備員(アンチスキル)をやっているのはわたくしでしてよ」

 

「一応俺も一緒に解いたじゃんか~」

 

「えーと、中学二年生のシレンです」

 

「…………、」

 

 

 …………というか。

 何となく流していたが……この二人、なんか他の時代よりも……透けてないね? これまでの時代の俺達は浮遊霊然としていたというか、実際にふわふわと浮かんでいたのだが……この時代の俺達はしっかりと地面に立っているように見える。影もあるし、きちんと実体があるようだ。……どうやってるんだろう。

 

 

「……? どうかしたか?」

 

「シレン、口調は内心のものと合わせたんですのね」

 

「ああ! これね……。色々あってな、俺も昔は身体の性別に合わせた方がいいんじゃとか思ったこともあったけど、レイシアちゃんが『アナタはアナタなんですから』って言ってくれてね。吹っ切れることができたんだ」

 

 

 レイシアちゃんの言葉に、この時代の俺は懐かしむような口調でそう返した。

 レイシアちゃんがそんなことを……いや、レイシアちゃんは基本的に俺の幸せのことを考えてくれてるわけだから、そうした方が俺が幸せになれると判断したらなそう言ってくれるのかな。

 

 

「……ちょっと、ちょっと」

 

 

 感じ入る俺だったが、レイシアちゃんの方は違う感想を持ったらしく。

 この時代のレイシアちゃんをちょいちょいと手招きして、耳元に口を近づける。

 

 

「(どういうことですの!? アレでは当麻ルートなど夢のまた夢ではありませんの! むしろ童貞力が今より肥大化していましてよ!? 殆ど内面は男性と言って差し支えないのでは!?)」

 

「(アレはアレでいいのですわ。シレンの幸せの形は一つとは限らないのです。()の『一番』は……、……、ま、アナタも時が経てば分かりますわよ)」

 

「(ぬぐぐ……)」

 

 

 ここからだとよく聞き取れないが、どうやらレイシアちゃんとこの時代のレイシアちゃんの舌戦はこの時代のレイシアちゃんに軍配が上がったようだ。レイシアちゃんが何か釈然としない表情で黙っているし。

 

 

「昔の俺も昔の俺で、苦労してたんだなぁ。いやいや、お疲れ様、俺。改めて労ってやりたいよ、自分を」

 

 

 言っているうちに、この時代の俺は俺の頭をぽんぽんと撫でる。まるで甥っ子か何かに接するような態度に、俺はなんとも言えない気持ちになってしまった。

 

 ……しかし改めてこうして見ると、しっかり成人しているからか、随分今の俺達とは違うなあ……。

 まず、体つきが違う。胸が大きいのは変わらないが、肩や腕、それに腰回りの筋肉の付き方が違う。基礎的な筋力量でいえばまるで別人だ。思えば最初に『誰もいない』とすぐ理解できたのも、能力による感知とかではなく普通の五感からくる判断だったような気がする。

 ……口調も相まって、なんだかとっても『プロの戦闘者』ってカンジだ。俺なのに……。

 

 

「…………なんだか調子が狂いますわ」

 

 

 レイシアちゃんは『内面に合わせた』って言っていたが……いや、これはなんか違う気がする。今までの時代の俺達も大概『特化した分岐先』だったが……こういうのもあるのか。

 少し気になった俺は、ちょっと踏み込んだ質問をしてみることにした。

 

 

「……あの、アナタ、第三次世界大戦でファーストキスは経験しまして?」

 

「ぶっ!! ……突然ぶっこむなぁ、昔の俺。あの頃の俺はあんな感じだったか?」

 

 

 この時代の俺は少し恥ずかしそうに頬をかいて、

 

 

「したよ。当麻さんとね。あの頃の俺は自分の気持ちも良く分からないまま、とにかく必死でなあ……。……まぁ、当麻さんのことは、人間として! 好きだし……もしも結婚するならああいう人がいいなとは思っているけどさ」

 

 

 ちょっと照れ臭そうに言うこの時代の俺の横顔からは、やはり当麻さんへの想い自体はあるようだ。たぶん、そのあとの色々で、大分他の時代の俺達とは違う形に想いが変化しているようだけど。

 

 …………『冬』自体は経験してるのか。

 この時代の俺達が経験してるってことは、多分他の時代の俺達も『冬』は経験していると思うし……どうやら『魔術師』と『実業家』と『警備員』の俺達は、どれもあの『冬』の俺達から派生しているようだ。

 

 

「なんですのなんですの! 二人で内緒話とはつれないではありませんの」

 

「レイシアちゃんこそ、二人で内緒話してたじゃないか。何話してたんだ?」

 

「内緒ですわ。内緒話ですので」

 

「というか!」

 

 

 なんか二人でクスクス笑っているこの時代の俺達に割って入るように、俺は声を上げる。

 そうだ。色々気になることが多すぎて流してしまっていたが……根本的な違和感がまだ解決できていない。

 

 

「アナタ達……どうして浮遊霊のようになっていませんの? 確か、他の時代の方々の幽体離脱(アストラルフライト)──AIM思念体化はもっとこう……幽霊っぽかったような」

 

「ああ──これは虚数学区の応用だからね、AIM思念体とは厳密には別の技術を使ってるんだよ」

 

 

 シレンはそう言って、右手を翳す。するとその右手がホログラムのようにぼやけて透けだした。……中は空洞だ。まるで、風斬さんのように。

 

 

「安心していいよ。虚数学区といっても、ミサカネットに負荷をかける方式じゃない。これはそうだな……能力の噴出点を無数に展開して、『自分のAIM拡散力場』でネットワークを形成している──って感じかな」

 

「……すみません。全然わかりませんわ」

 

 

 いや……なんとなく理屈は分かる気がする。

 要するに虚数学区に干渉するためのミサカネットワークを自分一人で賄っているってことだろう。理屈としては分かるが……ど、どうやって? っていうかそれで干渉して、こんな結果が作り出せるものか?

 

 

「虚数学区って、けっこう便利なものなんだよ。文字通りAIMで形作られたもう一つの世界だからね。干渉することでそこに新たなモノを生成して、それをこっちの世界に持って来ればなんでも作り出せるよ、だいたい」

 

「……虚数学区ってそんなものでしたっけ?」

 

 

 確かに初期のころは陽炎の街……みたいな表現がされてた気がするけど、そのあとは普通に『力の塊』みたいな扱いを受けていたような気がするんだけど。

 そういう『もう一つの世界』みたいなものなのか……。というか、そっちの世界から取り出すなんてことができるんだ!?

 そしてそれを自在に操っているっぽい俺……もしかしなくても科学サイドでは上から数えた方が早い実力者なのでは!? こ、これが俺TUEEEEEか……。まぁ今の俺ではないんだけど……。

 

 

「ま、そんなことはどうでもいいんだけどさ。どうせ昔の俺達じゃスキルが足りないから使えない技術だし」

 

 

 ああ……使えないんだ。ちょっと残念。

 

 

「いろいろあるのさ。ね、レイシアちゃん」

 

「むろんですわ。わたくし達の血の滲むような努力があって初めて使いこなせる技術ですもの。生半可なわたくし達に使いこなせると思わない方が身のためですわよ」

 

「生半可なわたくし達って意味不明な響きですわね……」

 

 

 レイシアちゃんが呆れたような調子で言う。

 うむ。まぁできないのならしょうがない。そろそろこっちの状況も把握してきたし……

 

 

「で、わたくし達の時間移動の条件をお伝えしますわね」

 

「ああ。時間経過ではないみたいだな。何分か話をしていたけど全く素振りがないし」

 

「…………鋭いですわね」

 

 

 流石は未来の俺。

 

 

「わたくし達も決定的なことは言えないのですが……どうやら、身の上話を聞かされると移動するようです」

 

「まず、それって『ゴール』に行ってしまってもいいものなのかな? 移動しきったらゲームオーバーという可能性は?」

 

「……、」

 

「不明、と。というか、考えてすらいなかったって顔だな。不用心な……」

 

「しょうがないでしょう! ほかに手がかりもなかったのです! それに、いきなり未来に飛ばされたら気になるでしょう……。わたくし達がどういう未来を歩んできたのか」

 

「シレン、意地が悪いですわよ。……とはいえ、そうですわね。何も分からない状況下ではとりあえず事態を動かすべきですし、それにもしもその理屈ならわざわざわたくし達の時代を介する必要はないでしょう。最初にゴールに移動させればそれで終わりでしてよ」

 

「んー、まぁ、そうだね。ごめん、どうも職業柄、あらゆる可能性を考えないと気が済まなくって」

 

 

 ……こ、怖いことをいきなり言いやがって……!

 でも、ゲームオーバーって可能性は確かに考えてなかったな。ちょっと迂闊だったかもしれない……。

 

 

「で、身の上話をするんだったか。なんかちょっと恥ずかしいなあ。まぁ、そんな面白い話はないけど……」

 

「当麻を追いかけて教師になって今美琴と一緒に三人で教師やってるのはたぶん昔のわたくし達的には面白情報だと思いますわよ」

 

 

 え!? 今そんなことになってんの!?

 

 

「ちなみに、操祈は統括理事長をやっています」

 

「え!? アレイスターは!?」

 

「死にました」

 

「死んだ!?!?!?」

 

 

 死んだの!? アレイスターが!?!?!?

 

 

「そのあと一方通行(アクセラレータ)が統括理事長になって留置所暮らしになりましたが……」

 

「待って待って待って色々追い付かないですわ! 確かに未来は色々なバリエーションがあるけどそんなおかしな展開絶対ありえないでしょう!? 今までの未来の中で一番ぶっ飛んでますわ!?」

 

 

 一方通行(アクセラレータ)が統括理事長になって、しかも留置所暮らし……? まぁそれはいいとしても、そこからなんで食蜂さんが理事長に……?

 

 

「はぁ……。留置所が変形ロボになったとかじゃないんですから、驚きすぎですわ。……で、そのあと色々ありましたが、一方通行(アクセラレータ)も死んだんですわ」

 

「ウソぉ!?」

 

「まぁいろいろあって甦りましたが……」

 

「ウソぉ……」

 

 

 な、なんというかこう……。前々から思ってたけど、『とある魔術の禁書目録(インデックス)』って往年のジャンプ漫画っぽい気がするよ……。まさか死者蘇生があるとは……。

 

 

「そんなに驚くことかしら。シレンはリリスのこと知らないんでしたっけ?」

 

「そこまではやってなかったし、そもそもリリスだってエイワス関連の超例外だったじゃん。同じ事例が起きたって言ってもピンとこないと思うよ」

 

「まぁそれはいいですわ。で、一方通行(アクセラレータ)は無事生き返ったのですが、それまでの繋ぎとして操祈に学園都市を任せていたら、その間にあの女学園都市の実権をまるっと握りやがりまして……命拾いした一方通行(アクセラレータ)は戻ってきたらなんか色々と罪状をでっち上げられて、統括理事長の座を追われてしまったのですわ」

 

「食蜂さん、怖い……」

 

 

 あの人に権力を持たせたらそれこそすべてを掌握できちゃうよね……。

 ただでさえ能力がなくたって人の心の専門家なわけなんだし。

 

 

「操祈さんはその時点で当麻さんからはフラれてたらしいね。やけくそで『天下とったる!!』って言ってたし」

 

 

 …………恋する乙女は恐ろしい。

 

 

「で、俺達は当麻さんが教師を目指していることを知って、飛び級して教員免許をとりつつ当麻さんの学力向上を手伝ってみたってわけ」

 

「なんで教師になろうと思ったんですの?」

 

「……ま、とある『木原』の影響でね」

 

 

 ……木原で、先生? ああ、加群さんのことか。そこと交流があったんだな……。なるほど、当麻さんとは一応関係ない理由っぽいね。飛び級したのは当麻さんありきのような気がするけど。

 

 

「インデックスはイギリス清教に戻り、最大主教(アークビショップ)になりましたわ。コロン……もといローラもなんだかんだで死にましたし」

 

「凄いクライマックス具合ですわね……」

 

 

 呆れたようにレイシアちゃんが呻く。

 確かに、このメインキャラの死亡具合は本当にクライマックスって感じだ。そんなとんでもない事件が連発するなんて……。まぁ、この世界は他の世界と比べてもかなり突飛な可能性っぽいけど。

 

 

「わたくし達は、当麻よりも先に教師になったので先輩教師として上条のことをバシバシ指導しているところですわ」

 

「……当麻さん、大変そうですわね……」

 

「ということは美琴は後輩扱いですの? それは愉快そうですわね!」

 

 

 この時代のレイシアちゃんの説明に、レイシアちゃんはちょっと楽しそうに笑う。流石レイシアちゃん。目の付け所が悪役令嬢(シャープ)だぜ。

 

 

「まぁ、説明としてはこのくらいかな。…………しかし特に異常はないね」

 

「……本当に身の上話がトリガーなんですの?」

 

 

 確かに、この時代の俺達の話が一通り終わっても特に世界が歪んだりし始める様子はなかった。これまでだったら、身の上話が終わるか、もうすぐで終わりそうというタイミングで世界が歪んで意識が遠のき始めていたのだが……何かが足りない? いや、けっこう重要な話をいっぱいしてもらったような気がするけど……。

 

 ……う、うーん。そういえば実業家の俺達が『黒幕が任意で世界移動をやっている』みたいなこと言ってたっけ。だとするなら、黒幕がしてほしいアクションをまだしていない……とかなのかな?

 

 と。

 

 そこで俺の耳が、近づいてくる足音を拾った。

 なぜか経験で分かる。この足音は……若い男性。急ぎ足……ということは何か用事があって此処に来ているんだろう。

 

 

「ああ、ようやく来たか。当麻さん。実はお遣いを任せてたんだよね」

 

 

 ──その瞬間だった。

 この時代の俺の言葉に何かを返す間もなく、世界が歪みだした。まるでその一言を待っていたかのように……。

 

 

「──と、どうやら来たみたいだね。なるほど、そう──トリガー────応──ておくと──は────みたい──」

 

 

 暗転。

 

 

 


 

 

 

「……しかし、妙な歴史操作でしたわね」

 

 

 まるで幻か何かのように消え失せてしまった過去の自分たちを見送り、レイシアは感慨深そうに呟いた。

 既に、彼女たちの花開いた特異体質はその異常を検知していた。だからこそ、己の肉体を一時的にせよ絶命させようという暴挙を躊躇なく選ぼうとしたわけなのだが。

 

 

「並行世界を生み出しているようで、同時に均してもいる。起きている現象が真っ向から衝突していて、既存の理論では矛盾なしには説明しえない。アレ、ゴム紐の理論では説明ができませんわよ」

 

「あの二人の呼び出し方も妙だったしねぇ」

 

 

 上条に日誌を書かせながら、レイシアとシレンは窓の外を眺めて適当に言い合う。

 そう、適当に、だ。

 だって彼女達にとってはもう『過去のレイシアとシレン』は手の届かないところに行ってしまったし、それに彼女達のことを案じるほど、中学二年生のあの時期に積み重ねていたものを軽視もしていなかった。

 

 

「AIM拡散力場に過去から魂を転写したってわけでもなさそうだった。アレは……どっちかというと、『異世界』からの邂逅って感じだったもんな」

 

「並行世界とは違う、位相の概念でもない、本当の意味での『異なる世界』。にしては同一時系列上のわたくし達のような気もしますけど。それとも、()()わたくし達は一夜だけの胡蝶の夢だとでも?」

 

「まさか」

 

 

 シレンは馬鹿らしい冗談を聞いたとばかりに笑い、

 

 

「ただ……もしかすると、『そうだった』可能性はある」

 

「?」

 

 

 首をかしげるレイシアに、シレンは詳しく説明はせず、空の向こうを見た。

 

 

「…………異なる時間軸上から、俺達は『観測』された。観測された以上、俺達の実在は確定している。……逆に言えば、それまで俺達は箱の中の猫だった、ってことさ」

 

「ああ、なるほど」

 

 

 それだけで、レイシアはシレンの言いたいことを理解した。

 伊達に一〇年以上、この青年のような女性の片割れをやってはいない。そして、得心がいったと同時に安堵もする。『それ』が目的なら……まぁ、悪いことにはなるまい。

 だが、そこで一つの疑問ができる。

 

 

「……でも、それなら『どこまで』やるのかしらね?」

 

「…………流石に、アレイスターよりは少なく収めてほしいなあ」





■異世界のシレイシア図鑑④
レイシア=ブラックガード(警備員)
 二五歳。大学卒業後、学園都市で教師になったレイシア。上条当麻も教師になっており、同僚の関係にある。インデックスは最大主教(アークビショップ)、食蜂操祈は統括理事長となっており、それぞれヒロインレースからは脱退。現在は同じく上条の同僚となった御坂美琴との直接対決の状態となっている。
 警備員(アンチスキル)でもあるため身体能力は高く、戦闘勘も十二分。どのくらいかというと、この時代のレイシアは筋肉娘である。また、戦闘勘はAIM拡散力場の知覚能力と経験により対面しただけで敵の能力系統と強度(レベル)を察することができるほど。また、敵のAIM拡散力場を切り裂くことで、能力開発を受けた人間なら思考を一瞬停止させることができる。魔術師相手にも、魔力を切断することで術式を失敗させることができるなど、異能者相手には幻想殺し以上のジョーカーとして機能する。
 反面、恋愛関係ではズタボロ。そもそもこの年齢になるまでヒロインレースを続けている時点で分かり切っているが、恋愛クソ雑魚。そもそもシレンの一人称も『俺』であり、まだ恋心が明確化していない。レイシアもそれでいいと思っている節がある。ただ、一応脈はあるようだ。


多分今日の夜にも更新します。


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第二章 それぞれの最善 Good_End.
scene 1


今日はお昼にも更新しているので、未読の方は要注意です。


   第二章 それぞれの最善

Good_End.

 

 

   1

 

 ふと気付くと、見知らぬ家の一室だった。

 起き上がりあたりを見渡すと──どうやら俺達はソファの上で寝転んでいたらしい。右を見ると背の低いテーブルがあり、そこに何やら書類が幾つか積み重ねられていた。

 拾い上げてみると……特に何かの研究資料とかではなく、ただのチラシのようだった。なんか安売り情報とかが載っている。かなり所帯じみた感じだ。

 

 

「んー……」

 

『あら』

 

 

 あたりを見渡すと、そこには浮遊霊状態のこの時代の俺とこの時代のレイシアちゃんがこちらの様子を伺うように漂っていた。

 

 

『どこのどちら様かしら?』

 

「あ……ごめん。俺達、過去の時代のシレンとレイシアちゃんなんだ」

 

『過去の!』

 

 

 この時代のレイシアちゃんの問いかけに答えると、この時代の俺は驚いたような声を上げた。

 おおー……なんというか、凄く普通のリアクション。いやいや、今までのリアクションがあまりにもアクが強すぎたといえるのかもしれないけど、逆に言うとここまでアクが強い中でアクが強くないのはそれだけで異常ともいえる。

 

 

『過去の私とはね~、いや~、珍しいこともあるもんだ! もう「そういうの」からは遠のいたと思ったけど……あ、そうそう。自己紹介しないとね』

 

 

 ……あ、この時代でも俺は『私』になっているのか。……『私』率高いなあ。俺もいずれはそうなるんだろうか。

 ちょっと警戒していると、この時代の俺はにニコニコしながら自己紹介を始めた。

 

 

 

()()()()()()()。よろしくね、シレン=ブラックガードくん』

 

 

 

 …………は?

 

 

 

   2

 

 

 ──たぶん数秒ほど、気を失っていた。

 

 それくらい、衝撃的だった。いや……え? 馬場? 苗字変わって……結婚……え、馬場ァ!?!?!?

 

 

『──あっはっはっは! その顔が見たかったんだよねぇ! そうだよね、そりゃあそう驚きもするよねぇ』

 

『驚く気持ちも分かりますわ。あの頃のわたくし達は当麻のことしか見ていませんでしたからねぇ。まさしく芳郎はダークホース。馬だけに』

 

「芳郎……」

 

 

 馬場さんの下の名前、芳郎って言うんだ……。

 あとこの時代のレイシアちゃん、ちょっとそれはあんまりだと思うよ。

 

 

『じゃあまぁ、冷静さを取り戻してもらう為にもなんでこうなったのかについて、ちょっと話そうかな』

 

「ぜひとも!! ぜひとも聞かせてくださいまし!!!!」

 

『……反面教師にする気満々だね。……こっちはレイシアちゃんか』

 

 

 あのレイシアちゃん、仮にもこの時代の俺達は馬場さんのことを伴侶として受け入れているんだから、あんまり旦那さんのことを悪く言うような態度はよくないよ……。

 

 

『あはは、昔の私もあんまり気にしないで。こっちのレイシアちゃんも最初に私が打ち明けたときはめちゃくちゃ慌ててたから』

 

「そこですわ!!!!」

 

 

 レイシアちゃんはビシ!! とこの時代の俺を指さして言う。

 

 

「いったい、どこでどうそんなことになってしまったんですの!? あの『冬』からどうすればそこまで転がりますの!?」

 

『どう……って……まぁ、まず暗部抗争の話からしないとかなあ』

 

 

 シレンは腕を組みながらぼんやりと天井を見上げて回想を始める。

 

 

『まず、俺達の世界で暗部抗争は起こらなかった。垣根さんはあの時ちょうど結晶化した林檎ちゃんを元に戻すことの方に夢中でね。同時進行でアビニョンのアレが起こっちゃったから、垣根さんは準備不足と判断して学園都市の暗部で起きた多発クーデターには参加しなかった』

 

 

 ……林檎ちゃん……っていうのが誰かは分からないけど、何となく思い当たるふしはある。

 大覇星祭。わざわざ垣根さんがあの一件に首を突っ込んできた真意は知らないけど、その理由に『女の子を救うため』というものがあったというのは……結構自然な流れだと思う。と同時に、垣根さんもそういうヒーローめいた部分があったんだな、と意外に思った。まぁ、小説でも白帝督が最終的に勝ったあたり、垣根さんの内面では善性がかなり強かったってことなんだろうけど。

 

 

『ただ、当時の俺はてっきり暗部抗争が起きると思って慌てちゃっててね。ちょうど子飼いの組織になっていた「メンバー」の指揮権を、統括理事会から奪ってやろうと画策した』

 

「わぁ……」

 

 

 それはたぶんやる。

 というか、俺もやろうと思ってた。馬場さん達がこのままだと死んでしまうのはまずい、もちろんやってきた悪行についてはいずれ償わないといけないだろうけど、それを命で以て償うのは間違っているし……って思うから。

 

 

『まぁ、もちろん「メンバー」の連絡役はそんなこと許さないから、バトルになった。……そこで雇われたのが垣根さん達「スクール」でね……』

 

 

 ……Oh。

 まさかそこでこう繋がるとは……。

 

 

『大変だったよ。何故か私達のことを執拗に狙う弓箭さんとか、凄い形相で襲ってくる獄彩さんとか……。そうこうしているうちに「ブロック」が反旗を翻すんだけど、それにも巻き込まれちゃってさ』

 

「それ、結局暗部抗争起きてませんか?」

 

『うん。起きちゃった』

 

 

 結局起きてるんじゃん!!!!

 

 

『いや、「暗部組織が大抗争を巻き起こす」って意味だと起こらなかったよ? 最終的に「ブロック」の件は上条さんがぶん殴って解決したし。ただ、道中でショチトル──徒花さんが離脱してエツァリさんを倒しに行ったせいで「グループ」と戦うハメになったり、なぜか「アイテム」も首突っ込んできたから、登場人物はあんまり変わんなかったなって』

 

「うわぁ……」

 

 

 なんというか、想像ができる。

 

 

『で、その騒動の中で芳郎さん的には私達に対して好意が生まれた、って言ってた。まぁその時点では恋愛感情じゃなかったっぽいけど』

 

「えぇ~? 本当に『その時点』ですの? 馬場のヤツ、今の時点でだいぶわたくし達に心を開いている気がしますけど」

 

『で、それで晴れて私達の子飼いになって「暗部」という指揮系統からは外れることができた「メンバー」なんだけど、まぁ暗部という存在を認識しちゃった以上、放っておくのもなんか寝覚めが悪いから、私達は第三次世界大戦で握った学園都市の弱みを交渉カードにして暗部解体に精を出していくことになるんだ』

 

 

 ああ~……浜面さんが使ってたようなのを積極的に使うことにしたわけね。

 そして、一応ここでも『冬』までの共通ルート(?)は通っている、と。

 

 

『そうしているうちに、芳郎さんの中で私達に対する好意も膨らんできて……でも当時の私達は当麻さんにお熱だったからさ。芳郎さん的には大分切ない気持ちだったって言ってた』

 

 

 あー……切ない。それは切ないよ馬場さん。そしてこの時代の俺達はだいぶ罪作りなことをしているね!?

 そして察するにこの流れはたぶんこれまでの時代の俺達もやっているんじゃないかな!?

 

 

『そんな折り、博士が開発した惚れ薬を私が間違って飲んじゃって……』

 

「SSスレの展開かよっっっっ!!!!!!!!」

 

 

 ……ハッ、しまったついツッコミが出てしまった。

 

 いや、急だな!? 急に変な展開ぶち込まれたな!?

 

 

『まぁ、あとは分かるよね。私たちはそこで馬場さんに惚れちゃって……これ幸いとばかりに手籠めにしようとした芳郎さんだったけど、直前で効力が切れた私がビンタしてその場で絶縁宣言』

 

「分かるかァッッッッ!!!!!!!!」

 

 

 ……あ、今度はレイシアちゃんがキレた。

 

 

「その流れで!! なんで手を出そうとしてしまいますの!? バカですのあの男は!! 好意を持っている相手が薬の効果で自分に惚れたら、それでもグッと我慢して男を見せるものでしょう!?!?」

 

『まぁ……芳郎さんだから』

 

 

 か、悲しすぎる……。

 

 

『でも、そこで本当に反省した芳郎さんは、心を入れ替えたんだ。接触禁止の約束を守って、毎日詫びの手紙を直筆で送り続けてきた。キモイからやめてって言ったらピタリと止まったけどね』

 

 

 なんなんだこれは。結婚しているからにはラブコメ展開があったんじゃないのか? なんでこんなひどすぎる事態に陥っているんだ……。

 

 

『その後三か月くらいは顔も合わせなかったんじゃないかな? 色々あって新たな敵の企みを砕く為に上条さんとロスに行った帰りに、ロスで慈善活動をしている馬場さんとバッタリ遭遇したんだ』

 

「なぜに慈善活動……?」

 

『私達に詫びたかったけど、接触しようとすることが負担になるから仕方なく代わりに他の困ってる人を助け続ける人生を送ろうって決めたんだって』

 

「反省の度合いが重すぎますわ……」

 

 

 馬場さん、かなり面白い人だったんだな……。知らなかった……。

 

 

『流石にそんな感じで人生を捻じ曲げるほど反省してほしかったわけじゃないから、私も許してあげて、それで馬場さんとは仲直りってことになったわけね。まぁ一生負い目にさせ続けるけど』

 

 

 …………まぁ、それはしょうがないね。

 

 

『で、性根を入れ替えた馬場さんは皮肉屋なところはあるけど本当に優しい人で……上条さんにフラれた後も、私のことを慰めてくれたんだよ』

 

「それ絶対後釜狙いですわよ」

 

『知ってる。本人からも言われたし』

 

 

 言ったんだ!! 馬場さん素直だな! ……いや、モロバレだからこそあえて隠さず言うのが誠実だと思ったってことなのかな? 男心なのでちょっと分かる。女心としてはたとえ誠実であろうとしてもそこは隠してほしいところなんじゃない? と思ったりもするけど。

 

 

『で……まぁ……』

 

「見事に後釜になられたと」

 

『そんな感じです』

 

 

 ……波乱万丈すぎる……。

 なんというか親の馴れ初め話を聞かされたような気まずさがあるんだけど……本当にこの世界の俺達は馬場さんと結婚したんだなぁという奇妙な実感が湧いてきた。

 

 

『で、今度はそちらの話を聞かせてくださいまし。今、いったいどういう状況なんですの? どんな術式に巻き込まれたら()()()()()()()()()()()()()()使()()()()なんて状況になるのかしら』

 

「……へ? 並行世界改変のトリガー???」

 

 

 レイシアちゃんが首を傾げる。

 俺も首を傾げた。なんだそのセカイ系みたいな概念。

 

 

『当時の学園都市でも研究されてたと思うけどね。……まぁ私達も知ったのは中二の冬のころだったからなあ。ってことは君達はまだ秋くらいか』

 

「もう! 勿体ぶらないでくださいまし!」

 

 

 レイシアちゃんの声に、この時代の俺はハハハと苦笑しながら頬を掻く。こういうリアクションも久しぶりだ、なんて思っているのかもしれない。なんか隣にいるこの時代のレイシアちゃんは、凄く大人びているもんなぁ。

 ……幾つくらいだろう。少なくとも警備員(アンチスキル)の俺達よりは年上のような気がするけど。

 

 

『時間に対する干渉の考え方だよ。過去や未来といった別の時間軸上の地点に干渉する場合、そのイメージはコルクボードに取り付けられた一本のゴム紐として考えると分かりやすいってこと』

 

 

 要領を得ない……。

 

 

『並行世界っていうのは、こう……ゴム紐を引っ張ってコルクボードの別の地点に固定した、このピンのこと。「本来とは異なる場所に位置している」ってことは、「本来とは異なる事件が起きる」ってことだからね』

 

「……位相とは、違う話なんですの?」

 

『似てるようで違う。位相操作はなんというか……「ジャンル」を変えるやり方。時間操作は「イベント」を変える。……って言ったら分かるかな?』

 

「なんとなく分かりましたわ」

 

 

 まだいまいちピンと来てはいないけど、似て非なる技術、ってことは分かった。

 そして俺達は、その『時間操作』のトリガーとして利用されている、と……?

 

 

『ただ、単なる時間操作なら私達と初対面なのはおかしい。だって、ここまで来る前に()()()()()()()()()()()()()()()()()? それなら私達には会った分の記憶がないと筋が通らないことになる。それにそもそも、私達の体質的にこんな程度の改変じゃあ早晩()()()()はずだしね』

 

「……その、わたくし達の体質って部分がよく分からないのですが」

 

 

 なんか他の時代の俺達も似たようなこと言っていた気がするけども。

 俺は顎に指を当てながら続ける。

 

 

「そんなにわたくし達の体質って万能なんですの? 単にそれより強い相手から干渉を受けたというだけの話では?」

 

『いや~……少なくとも幻想殺し(イマジンブレイカー)よりは強力なんだけどなぁ……』

 

 

 えっ!? そんな強力な体質なの!? それはそれでヤバくない!? というかそんな強力な体質だというのにこれまでの時代の俺達が全然利用してなかったの、ひょっとしてこれまでの時代の俺達はその本質を知らなかったとかなんだろうか……。

 

 

『まぁ、考えてもしょうがない部分ではあるか。で……たぶん君らは中二の秋の私達だよね。とするとこの時代に来るまで幾つかの時代を介していると思うけど、そろそろ黒幕の目的は掴めてきた頃かな?』

 

「いえ……それが全然……」

 

 

 黒幕の目的。

 そもそも黒幕が誰かも分かっていないのが現状だ。俺達を色んな時代の色んな可能性の俺達と遭遇させて何がしたいのやら……。

 

 

『それが分からないとなると……黒幕の方も終わらせようがないのではなくて? ありていに言うと、このままでは無限に色んな世界を渡り歩くハメになると思うのですが。条件もそうですが、いい加減原因を止める必要があるのでは』

 

「うぐ……」

 

 

 確かに。

 移動の条件は確かに重要だけど、そもそもの『なぜ移動が起きるのか』という部分を抑えないことには、黒幕の企みを潰すことはできない。

 一番最初に思い浮かぶのは、当麻さんに俺達のことを触ってもらうことだけど──、

 

 

 と。

 

 そこまで思考を進めた瞬間、ぐにゃりと世界が歪みだした。

 

 

『……あら、()()()()()()

 

 

 ぐっ、と。

 歪んだ世界に強引にねじ込むように、この時代のレイシアちゃんが言葉を差し挟んだ。

 

 

『……あー、これはダメだね。俺達程度の練度じゃ介入できないや。ごめん、これでも臨神契約(ニアデスプロミス)は結構精錬してあるんだけどなー』

 

『まぁ、割り込めたということは確定ですわ。この事件の黒幕は──lzukatwpgeazcb』

 

 

 その瞬間、世界に亀裂が走り。

 

 暗転。

 

 


 

 

『……逃げられましたわね』

 

 

 ソファに寝転んだ己の肉体を見下ろしながら、レイシアは小さく呟いた。

 せっかくだし、嫌がらせの為に色々と暴露してやろうと思ったのだが……どうやら黒幕はそういう粋ではないことはしたくないとのことだった。まぁ、らしいといえばらしいか。

 

 

『この現象を解除させたくない。……移動の条件としては、そんなところかな? つまり黒幕の目的は、大量の私達を「観測」させることってことになるけど……いったい何のためにそんなことをするんだか』

 

『さあ? まぁ、最終的にはわたくし達が何とかするでしょう。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 レイシアは適当そうに言って、パンと手を叩く。

 

 

『にしても、騒がしい子達でしたわね。同じわたくし達とは思えないくらい。どこかの時点から分岐した「違うわたくし達」だったってオチとかもあり得ないかしら』

 

『…………ノーコメント。ほら、そろそろ中に戻って芳郎さん起こしに行こう。もうすぐお昼だし』

 

『……あのデブまだ寝てたのか。まぁややこしくならずに済んでよかったですけど』

 

 

 言いながら、レイシアは眼下で横たわる己の身体の中に入り込む。

 直後、馬場家でいつもの喧噪が再開された。

 

 

 

「おらー!! ブター!! ととっと起きろー!!」

 

「俺のことブタって言うのやめろって言ってるだろぉ!?」





■異世界のシレイシア図鑑 ⑤
レイシア=B=ブラックガード(馬場レイシア)
 二七歳。本編中に何故か馬場芳郎とくっついてしまったレイシア。いやなんで?
 本人は語らなかったが、地味に新約期間中に暗部解体を達成している。その後は学園都市統括理事就任・学園都市の政治体制改革と、学園都市上層部に入り込んでいるので社会的地位は最強。
 カカア天下らしく気が強い。馬場くんのことはしっかりと愛しているらしいが、デブだの豚だのと罵ることも多い。馬場くんは本編中にダイエットに成功したらしいが、本編後世界が平和になると徐々に太っていき、今はややデブといったところ。
 馬場家の実質的な主。


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scene 2

   3

 

 ──ふと気付くと、何かの機械の中にいた。

 

 

「はっ!?」

 

 

 慌てて当たりの様子を確認してみると……何やら狭い。両腕も広げることもできないような場所で、寝かしつけられているような体勢になっていた。

 目の前はガラス張りになっていて外の様子を伺うことができるが……どうもその外は何かの研究施設(?)のようになっているようだ。……とすると……ひょっとしてこの時代の俺達、実験体になってる!?

 

 

『…………ちょっと失礼』

 

 

 と。

 

 これはヤバいのでは!? と思っていた俺達をよそに、そんな声と共に俺達を閉じ込めていた実験器具はバラバラになって破壊されてしまった。

 ガラガラと外殻は崩れ、新鮮な空気が肌に触れる。

 ……あれ? 今のこの時代のレイシアちゃんだよね? 能力、使えるんだ……いや使えるか。白黒鋸刃(ジャギドエッジ)はレイシアちゃんのものだしね。浮遊霊状態でも使えておかしくない。

 

 

「あー! 何するんですかぁレイシアさん!」

 

 

 そこで自動ドアが開き、一人の青年が文句を言いながら入ってくる。

 栗色の短髪。三日月のような笑みを口元に張り付けた、白衣の男。一目見て研究者と分かる格好をしているのに、何故か『チンピラのような』という形容をしたくなる──そんな雰囲気を持つ青年だった。

 

 

『シレン。わたくしこのおばかを叩きのめしてきますので、そちらの()()()()()()()()に事情を説明してさしあげて』

 

『がってん』

 

「ちょ、ちょっと待ってください? ちょっとした茶目っ気じゃないですかぁいやだなぁまさかまた切断即接合チャレンジとか言い出しませんよねあのときは運よく生還できたけどそもそも切断即接合は無理って結論に至りましたよねぎゃあああああああああああ!!!!」

 

 

 ……青年はそのまま部屋の外へと引きずられてしまった。

 っていうか、あの状態で引っ張れるんだね……。……ああいや、違うな。アレ引っ張ってるように見えて超音波振動の物質運搬だ。あんな自然にこなせるのか……。

 

 

「……で、えーと」

 

『あはは……ごめんね。バタバタしちゃってて。じゃあまず、自己紹介からしよっか』

 

 

 残されたこの時代の俺は頬を掻きながら、ちょっと言いづらそうにこう言ったのだった。

 

 

『私達の戸籍上の名前は、レイシア=()=ブラックガード。私はシレン=K=ブラックガードね』

 

 

 …………K?

 

 

『Kが何か分からない、って顔だね。レイシアちゃんの方は若干感づいているみたいだけど。うん、そうだよ。想像通り』

 

 

 この時代の俺は頷いて、

 

 

『レイシア=「木原」=ブラックガード。……ここまで言えば、この時代の私達の状況が何となく把握できると思うな』

 

 

 ………………。

 

 ……馬場エンドを見てなければ即死だった。

 

 

 

   4

 

 と、いうわけで。

 どうやらこの世界では俺達と相似さんが結婚しているようなのだった。さっきの青年は未来の相似さんということらしい。ほんと俺達の未来、何でもありだな。

 いや馬場さんはまだちょっと分かるよ? 凄い人だし、相棒みたいな立場だし、そういう未来もあるのかなって思ったよ。

 でも相似さんはちょっと……ないでしょ。あの人今のところ俺のこと実験動物としてしか見てなくない?

 

 

『まぁ色々とあったんだよ』

 

 

 この時代の俺は笑いながら言い、

 

 

『世界中に木原のミームが蔓延して地球人類が木原になりかけたり、拡散したミームが一か所に集まって「最後の一人(プライマリーK)」が誕生したり……』

 

「何それこわい」

 

 

 この世界はこの世界で色々とぶっ飛んでるなあ……。

 というか、木原ってなんかそういう……感染したりとかするようなタイプのものなの? 円周さんは確か外部から『木原』を補ってるって話したあったと思うけど、アレみたいな感じで全人類が外部から『木原』を補えば『木原』になったりするのかな。

 

 

『まぁ、最後の一人って言いつつその後も似たような事件が頻発したんだけどね。いやいや、言うなればこの世界は「木原の真相」ルートに行ったってことかな』

 

「……、」

 

 

 さっきから、気になってはいたけど。

 

 

「随分達観した物言いなんですのね」

 

 

 レイシアちゃんもまた同じことが気になっていたらしく、腕を組みながらそんなことを言った。

 いや、ルートとかって言葉遣いが引っかかってるわけじゃない。そこは俺も同じだしね。オタク特有の語彙として、そこは別にいいんだけど……この時代の俺は最初から俺達が過去の自分であるということを認識している節があった。

 それに、この世界とは別の可能性を選んだ世界があるということにも思い至っているようだった。……なんというか、これまでの時代とは明らかに持っている情報量が違う。

 そして、木原。

 

 

『あー、待って待って。なんか妙な誤解をされてる気がする。私達、別に今のアナタの状況の黒幕じゃないからね。ただ「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どういうことですの?」

 

『それ説明しようとしたらまた飛ばされるんじゃない?』

 

「!」

 

 

 核心を突く一言に思わず顔が強張る。

 それを見て、この時代の俺は額に手をやってため息をつく。やっぱりか、と言わんばかりだ。……だからなんで分かるんだ?

 

 

『……問題ない範囲で話すか。あー、こういうときはヘッダが足りないときは言語がぼやけるエイワス語が羨ましいなあ。……転生者相手だと世界の拡張子も合致してしまうのが辛い』

 

《このシレン、なんかめちゃくちゃ勿体ぶりますわね。調子に乗ってるときのシレンみたいですわ》

 

《それどういう意味……?》

 

 

 いや流石に俺もここまで持って回った話し方はしない……と思うよ。

 これは多分この時代の俺の個性というやつだろう。いやあ研究者にかぶれるのも考え物だなあ。

 

 

『まず、俺は並行世界を生む性質を持っている。……これは言ってもいいやつ?』

 

「…………並行世界を生む体質? 均す方ではなくてですか?」

 

 

 生む体質でもあるの? 俺? なんだそれマッチポンプみたいだな……。

 

 

『……大丈夫そうだな。というか、本来は「均す」方が副次効果ね。本来の歴史に存在しない俺という異物は、黙っていても歴史を捻じ曲げて並行世界を生んじゃう。でも、その変化の度合いはそこまで大きくない。だから短時間で均されて本来の流れに戻るけど……その時、俺が原因じゃない歴史の歪みについても一緒に均されちゃうって訳』

 

 

 なんか大きな騒音で他の物音もかき消すみたいな話だな……。

 でも、なんとなく得心がいく。確かに今までの俺の経験から言っても、『歪めて均す』というのは説得力のある現象だ。

 なんだかんだ言って、俺が関わった事件って着地点は本来の歴史からそんなに変わらないからね。

 

 

『で、俺達はその「歪めて均す体質」……「臨神契約(ニアデスプロミス)」をけっこう研究してきたわけ。その副産物として、「本来の歴史を知覚する」技術を手に入れることができた。ゴム紐の外郭を認識できる能力って感じかな』

 

 

 この時代の俺は人差し指と人差し指で一本の線を示して見せる。

 多分、自分が小難しい話をしているって自覚はあるんだろう。

 

『んで、その結果、「世界の在り方」っていうのは一つじゃないってことが分かったわけさ。余剰領域とかそういう話じゃなくてね。たとえばほら……指にも「背」と「腹」があるでしょ?』

 

 

 ……ピンときた。

 つまり……、

 

 

「……並行世界がゴム紐を『別の場所』に留めることで生み出されるなら、厳密に言えば『同じ地点』でも別の個所なら違う未来が展開されている。今まで見てきた可能性の揺れはそういうこと……というわけですの?」

 

『ご名答。流石は私! まぁ、私にできるのは知覚までで、過去の自分を別の面に飛ばしたりなんてことは流石にできないんだけどね』

 

 

 でも、とこの時代の俺はにっこりと笑って、

 

 

『君達はこれまで別の面を通ってきたという事実がある。ということは、私達みたいな存在よりも「進みやすい」状態になっていると思う。なら、君達だけを「押し戻す」ことくらいならできるんじゃないかな?』

 

「そ……そんなことができますの?」

 

『うーん、まぁ、自分で言っておいてなんだけど微妙かなぁ』

 

 

 この時代の俺は頬を掻いて言った。微妙なのかよ! ちょっと期待しちゃったじゃん!

 

 

『というのもね、私の体質、ちょっと色々カスタマイズしちゃってるから……多分「臨神契約(ニアデスプロミス)」っていうよりは「木原」とかみたいな法則系に近い状態になってると思うし』

 

「……?」

 

『木原を「混乱」の象徴とするなら、私は「収束」かな。実際はそうじゃないんだけど、そう再定義したんだ。動的な離散である「木原」に対する「静的な集合」と再定義することで、「木原」の持つ凶暴性を封じることに成功したんだ』

 

「…………??」

 

 

 まずい、全然分かんない。専門家の話を聞くってこういうことなのか……。

 とにかく、この時代の俺達の体質は他の時代の俺達とはちょっと違っていて、ちょっと違うからこそ俺達の事情に感づくことができたけど、それゆえに俺達の状況を改善することは難しそうってことは分かった! それだけ分かればいいや!

 

 

『まぁ、やるだけやってみようか。ちょうどそろそろ──』

 

『あら、まだいましたの? もう移動したかと思っていましたが……』

 

『流石私の半身。ベストタイミングだよ、レイシアちゃん』

 

 

 そう言って、この時代の俺はこの時代のレイシアちゃんと横に並ぶ。

 ……どうやら相似さんはもう倒してきたらしい。こんなさっくり無力化できてるところを見ると、木原の持つ凶暴性を封じることに成功したっていうのもあながち言い過ぎじゃなさそうだ。

 

 

『能力もそうだけど、私の体質もレイシアちゃんの力を使えば増幅することができてね。「木原」を均す要領でパラメータを君達に調整すれば、ひょっとしたらその影響を均して──君達の持つ「均す」力で元の時代に戻れるかもしれな、』

 

 

 ビシリ、と。

 

 唐突に、そこで世界に亀裂が走った。

 

 すべての音が消える。

 

 この時代の俺の声も、隣に立つレイシアちゃんの声も。

 

 

 ──ああ、流石にここまでやられれば分かる。

 黒幕さんよ、どうやらこの時代の俺の推測は正解だったみたいだな。

 でもちゃんと聞いたぞ。俺達に仕掛けられているこの現象を打ち消せば、あとは俺達の体質で元の時代に戻れるって。

 そしてお前はそれをやられたくないんだろ。だからこんな強引な方法で割って入った!

 

 割れ、軋む世界の向こう側。

 

 その隙間から覗いた灰色に澱む景色を睨みつけていた俺は──

 

 

『うーん、惜しい、かなー』

 

 

 そんな、呑気な女の声を聴いた。





■異世界のシレイシア図鑑 ⑥
レイシア=K=ブラックガード
 三〇歳。本編中に何故か木原相似とくっついてしまったレイシア。いやマジでなんで???
 一児の母。娘の名前は木原ネーミングではなく、今のところ普通に育っているらしい。加群先生曰く、『このまま行けば「木原」を根絶できるかもしれない』とのこと。
 従来からあった運命均し体質が『木原』の性質とうまいことマッチしたらしく、いろいろあって『木原』を縛る者としての役割を得た。その副次的効果で、運命均し体質を調節することで人類の『悪意』の分布をコントロールすることができる。これにより、『木原』を抑制するだけでなく、悪意からくる悲劇を未然に防ぐことができるとか。
 『木原』が『加速』ならレイシアは『減速』という関係性で、レイシアがいれば『木原』絡みの事件でも平和に解決するらしい。


次がラストの未来紹介です(最後とは言っていない)。


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scene 3

   5

 

 

 ふと気付くと、そこは──

 

 

「お。起きたか、よかったよかった。急に倒れるんだもんな」

 

 

 ──上条当麻の、目の前だった。

 

 

「なっ、わっ!? たっ!?」

 

 

 慌てて起き上がろうとして──頭をぶつけそうだったので咄嗟に首を傾けた俺は、全身全霊で後ずさりして──そこが布団の敷かれた和室であることに気づいた。

 ついでに言うと、布団は二組ある。……りょ、旅館か何か?

 っていうか、当麻さん!? しかも初手から!? いったいどういう……、も、もしかして、ここまでの流れからして……そういうこと!?

 

 

「シレン、そういう思考は普通にフラグだと思いますけど……」

 

『いや、多分その考えで正解だと思うよ』

 

 

 ふいに。

 当麻さんの背後から、すいと一人の女性が現れた。年の頃は──幾つくらいだろうか。かなり、若々しい気がする。今の俺と五歳差くらいと言われても納得してしまうくらい、瑞々しい色気の漂う女性だった。

 ただし、その佇まいは若い女性という感じではない。なんというか……色々と、酸いも甘いも嚙み分けるお年頃のような。そんな落ち着きも感じさせた。

 

 そんな未来の『シレイシア』は──すっと当麻さんの首を抱きすくめた。

 

 

「……んっ?」

 

 

 当麻さんの方は、気持ち青ざめた表情だ。

 まるで『大事な人を見間違えてしまった』かのような、そんなバツの悪そうな表情をしている。

 

 

《こ、この女、過去の自分に嫉妬していますわ……》

 

 

 あー……まぁ、でもこれで確定だね。

 この時代の俺達は──、

 

 

「ええと、どうも……上条シレンさん?」

 

『上条レイシアもいますわよ』

 

 

 声に振り返ると、そこには腕を組んだこの時代のレイシアちゃんの姿が。

 うん、やっぱりこの世界の俺達は……当麻さんと結婚していたみたいだ。……そっか、当麻さんと結婚したのか、この世界の俺達は……。

 

 

「なんというか……おめでとうございます」

 

『……ふふ、今まで色んな人に言われてきたけど、過去の自分に言われることになるとはね』

 

 

 そう言って、この時代の俺は照れ臭そうに頬に手を当てた。なんというか、若奥様ムーブがだいぶ板についている気がする。物腰からしてもう若奥様って歳でもないだろうに……。

 

 

『レイシアちゃん。あの子達の様子見ててもらえるかな? ()はちょっと昔の自分たちと話をしているよ』

 

『えー。わたくしだって話したいですわよ? 滅多にない機会ですもの』

 

『まぁホラ……「これ」が必要になるかもだしさ』

 

 

 この時代のレイシアちゃんと言い合いながら、この時代の俺は右手を掲げて見せた。それが何らかの合図になったのか、レイシアちゃんは『ぶー』と不服そうに漏らしながら、別室へと行ってしまった。

 ……よく席を外すなあ、未来のレイシアちゃん。相似さんの世界線の場合は臨神契約(ニアデスプロミス)とやらが俺に宿っているのが主な理由っぽかったけど……。

 

 

「にしても、よく当麻と結婚できましたわね」

 

 

 スタスタと別室へ歩き去ってしまったこの時代の自分の背中を見送りながら、レイシアちゃんは感慨深そうに行った。

 うん……まぁ、俺もそう思ってた。

 

 

「色んな未来を見てきましたけど、どの未来も突拍子もありませんでしたものねえ」

 

『うん? どんな未来を見てきたのさ?』

 

「第三次大戦を経て当麻とファーストキスを済ませた未来。イギリスへ行った当麻を追って魔術師になった未来。学園都市の崩壊した世界で当麻を守る為資産家となった未来。学園都市に残った当麻と共に警備員になった世界」

 

『凄い未来を見てきてるね!?』

 

 

 おお……レイシアちゃんの提示した(この時代の俺視点では)衝撃の事実にちゃんとリアクションしてる。この時代の俺は今までの未来の俺の中で一番俺に近いかもしれないな。

 

 

「あと馬場と結婚した未来とか、相似と結婚した未来とか」

 

『ちょっと!?!?!?』

 

 

 あ、顔を真っ赤にしながら当麻さんの耳を塞いでる。やっぱほかの男と結婚した未来があったとかは聞かれたくないんだね。分かるよ。

 

 

「まぁいろいろな未来を見てきましたが……正直わたくしにとっては道半ばか、あるいは敗北の未来でしたわ。こうして勝利が結実した未来を見ることができて……ようやくホッとしております。いやマジで」

 

 

 レイシアちゃんはそう言って、現代の俺達よりもちょっとだけサイズアップした胸を撫で下ろす。

 ……まぁ、そうだよな。レイシアちゃんとしては、今まで現在の自分の努力が実を結ばなかったか、全く意味をなさなかった未来を見せられてきたんだもんな。

 レイシアちゃんだって、伊達や酔狂で当麻さんを俺の相手役に推してるわけじゃない。レイシアちゃんにもちゃんとした考えや希望があって、好意があって決断してるんだ。何も思わないわけがないよな……。

 

 

「…………『俺』」

 

 

 そこからの言葉を引き継ぐように、俺は未だに当麻さんに抱き着いているこの時代の俺に呼び掛ける。

 

 

『……ん?』

 

「一人称。変わらないんですのね。これまで見てきた『未来のわたくし』は、恋愛事に真剣になっていればいるほど一人称が『私』に変化していましたけど」

 

『……ああ! そういうこと』

 

 

 俺の言葉に、この時代の俺は微笑ましいものを見たかのように笑う。

 まるで──というより、真実、遠い昔の自分を懐かしむような優しさで。

 

 

『そういう意味じゃ……ある意味、君達は今までで一番業の深い未来に来ちゃったのかもなあ。うんまぁ、俺は今でも「俺」だよ。異世界で「青年」だった意識を持ったまま、それを当麻さんにも打ち明けて生きている』

 

 

 そこまで言ったところで、この時代の当麻さんは右手でこの時代の俺の頬を撫でた。

 幻想を殺す右手で、しかし目の前の存在を慈しむ様に。

 

 

「っつても、コイツもお前たちの見てきた時代のシレンみたいに一時期は一人称も『私』に変えて、言葉遣いも完全に『普通の女性』っぽく変えようとしたことあったけどな。人格励起(メイクアップ)計画なんて埃被った実験のデータを引っ張り出して、無理やり自分の精神を女性化させようとしたり」

 

『ちょ、当麻さん!? それ黒歴史!!』

 

「だから言ってやったんだよ。俺がテメェの性別ごときで好き嫌いを変えるようなみみっちい男だと思ってんのか! 男だの女だのなんて関係ねえ、來見田志連もシレン=ブラックガードもまとめて愛してやる! ……ってな!」

 

 

 …………。

 …………。

 

 

「…………ちょっと今のは忘れたいかな」

 

「ええ!? なんで!? 上条さん渾身のプロポーズだったんでせうが!? っていうか思わずシレンの素の口調が滲み出るレベルで嫌だった!?」

 

「……こういうところは変わらないんですのねえ」

 

 

 逆だよ。バーカ。

 

 

『まぁ安心しなよ。多分この一連の召喚が終われば、その最中の記憶はだいたいぼやけると思うから』

 

「……どういうことですの?」

 

 

 のほほんと言うこの時代の俺に、レイシアちゃんが首を傾げる。

 この時代の俺はにこにこと笑いながら、

 

 

『そのままの意味だよ。だって俺、「一回目」のことも覚えてないでしょ? まぁ俺もオティヌスに指摘されるまで気付かなかったんだけどさ……』

 

 

 …………??

 

 

『そこで疑問符が出る時点で、ここでの記憶はぼやけてしまうって確定してるようなもんなの。だからまぁ、未来の「お楽しみ」は消えてないから安心してね』

 

「お、おたっ……!」「はいはい分かりましたわ。……やはりこの時代のシレンも随分と世界とか歴史とかの干渉に詳しいんですのね。メインヒロインルートを通った以上様々な苦難があったのでしょうが。……そんなアナタならば、黒幕の思惑も分かるのでは?」

 

 

 言いながら、レイシアちゃんはグッとこの時代の俺を睨みつけた。

 その態度は、どこか警戒しているようでもあった。……そうだ。前回の時代の最後、俺達は妙な声を聴いた。そう考えると、俺達と黒幕は順調に近づいているはずなんだ。

 そして──この時代の俺達が黒幕と無関係とは限らない。『理想的な未来が実は自分たちの敵でした』なんてどんでん返し、この世界じゃよくありすぎる話だ。レイシアちゃんの警戒はもっともでもある。

 

 

『あっはっは! レイシアちゃんらしい警戒だなあ。なんかこういうの見てるとレイシアちゃんは昔から変わらないなあって思うよ』

 

『シレンー!! 聞こえてますわよー!!』

 

 

 ……あ、扉の向こうからこの時代のレイシアちゃんの声が。

 

 

『心配しなくても、わざわざ過去の自分をあてのない未来旅行に連れて行くなんて意味のない嫌がらせはしないよ。こちとら子供が三人もいるっていうのになんでそんな騒がしいことしなくちゃいけないのさ』

 

「けいさんぷっ!?」

 

 

 しまった。驚きすぎてうっかり妙な言葉が飛び出してしまった。

 ……三児の母。……ってか、ということはレイシアちゃんが今見てるのは自分の子ってことか……。……………………俺達と当麻さんの子か……。子ども……。

 

 

『というわけで、どんでん返しを期待してもらってるところ悪いけど俺はシロ。もちろんレイシアちゃんもね。ただ……これまでの話を聞く限り、黒幕の動きの狙いは何となく分かる』

 

 

 この時代の俺はピッと人差し指を立てて、

 

 

『黒幕は……当麻さんと君たちの接触を遮ろうと躍起になっていたわけだ』

 

「……当麻さんと?」

 

『その様子だと、一つの世界に留まっていた時間はそれほど長くないんでしょ? なら、各世界の最後に交わした会話や出来事の内容を思い返してみてくれ。……多分、どれも当麻さんに結び付くものだったんじゃないか?』

 

 

 ……そういえば。

 

 魔術師の世界では、潜伏していた場所に当麻さんが戻ってきたタイミングで。

 

 資産家の世界では、勝手に上がり込んでいた自宅に当麻さんが帰ってきたタイミングで。

 

 警備員の世界では、見回りに行っていた当麻さんが到着したタイミングで。

 

 

 黒幕による世界線の移動は、当麻さんが現れたタイミングで起きていた。

 だが……、

 

 

「なら、馬場や相似と結婚した世界線はどうなりますの? 当麻なんて現れようがありませんでしたわよ?」

 

『だからこそだよ。おそらく黒幕は、普通の可能性では当麻さんと俺達が合流してしまうから、さらに「普通」から外れた未来を選び取った。その結果、結婚相手が馬場さんや相似さんになる極端な世界線に移動することになったんだ』

 

 

 ……なるほど。

 そう考えると、これまでの遷移の基準にも説明がつく。

 

 

『ただ……魔神じゃあるまいし、可能性は無から作り出されているわけじゃない。世界の側面を切り取るやり方は、有限だからね。少数の可能性を選び取って凌いだとしても、いずれは最多の可能性である「上条当麻と結ばれる未来」に行き着くしかなかったってわけさ』

 

 

 ……流石にこの未来が最多って言うのは自信過剰が過ぎると思うけども。

 今までさんざん違う未来を見てきたあとだし。

 

 

「……ん?」

 

 

 そこで俺はふと疑問に思った。

 もしも敵が当麻さんとの接触を断ちたいなら……なんで馬場さんや相似さんの世界に俺達を押し留めておかなかったんだ? いや、それ以前に……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの時代では、まだ当麻さんが現れるようなタイミングじゃなかったはず。当麻さんのことを考えたりもしていなかった。

 それにそもそも、当麻さんとの接触を断ちたいなら、この世界に来た時点でまた例の『歪み』が発生していないのはおかし──

 

 

 ミシリ、と。

 

 

 まるで正解を知らせるファンファーレのように、世界が軋む様に歪んだ。

 その瞬間。

 

 

『──おっと、そう簡単にリセットできると思ったら大間違いだよ』

 

 

 そう言って、この時代の俺が、俺達の右手を取った。

 次の瞬間。

 

 

 ビシイ!!!! と。

 

 俺達の右手から黒い稲妻が迸り、世界に広がっていた『歪み』にヒビが入った。

 

 

「え、え!?」

 

 

 白黒鋸刃(ジャギドエッジ)……じゃない!? なんだこの能力!? 演算領域(クリアランス)の新規取得とかそういう次元じゃないぞ!? 全く別系統、というかこれ、どっちかというと相似さんの世界の俺達が扱っていたような……臨神契約(ニアデスプロミス)!?

 

 

『……当麻さんの隣に立つ男だよ、俺は。そりゃあ右手の能力の一つや二つは持ってるさ。なんかパチモンみたいであんまり気に入ってないけど』

 

「そうか? 俺はカッコイイと思うけどな、奇想外し(リザルトツイスター)

 

『上里くんが出てきた後に名乗るハメになった俺の気持ちを考えてくれよ……。二人目ならまだしも、三人目だよ? しかも二人共の名前を聞いた後でだよ?』

 

 

 朗らかに話しているこの時代の俺と当麻さんだが──そうしている間も、黒い稲妻は歪みを絡めとるように広がっていく。

 完全に、状況はこの時代の俺が制御しているようだ。……凄い。これまで完全に上手だった黒幕の手が完璧に止められている。

 

 

『もう察していると思うけど、この時間旅行は君達の「歴史を歪ませて均す」体質を利用して行われている。均すときの方向性を、ちょっといじることで本来過去に飛ばされるはずの君たちの魂を未来に飛ばしているってことだな』

 

「……つまり、俺の右手で触れば、均す際の方向性のコントロールをする間もなくお前らの魂は元の状態に戻る。即ち、元の時代に戻れるってわけだ」

 

 

 そう言って、上条さんは右手をすっと俺達の胸元へと伸ばしていく。

 それを見て、ふと思った。

 

 

「……ちょっと待ってくださいまし」

 

 

 上条さんの右手で、俺達は元の時代に戻る。それは分かった。

 でも俺達が過去に戻ってしまったら……この時代は、いや他の時代はどうなるんだろうか? ゴム紐の別側面とかの理屈は良く分からないけど、それは大分不確かなものなんじゃないだろうか。このまま俺達が消えたら……せっかくこの時代の俺達が掴み取った未来も、消えてしまうんじゃ……。

 

 

『ああ、安心していいよ』

 

 

 そんな俺の不安を読み取ったのか、この時代の俺は優しく笑う。

 

 

『世界にはいっぱい余剰領域があるってことさ』

 

「……理想送り(ワールドリジェクター)の話ですの?」

 

『似たようなものかな。確かに君たちが観測するまで、この世界っていうのは不確かな可能性でしかなかったと思う。言うなれば、アイデア帳に眠る無数のネタの一つってところかな。でも、こうして観測されたことで確かな形になった。いくら過去が変わろうと未来が変わろうと、その観測結果が消えるわけじゃない。……そうした可能性は、余剰領域に蓄積されていく』

 

 

 よく、分からないけど……。

 

 

『つまり──当麻さんの右手で君達の異常を殺しても、俺達は問題ないってこと! きっと、これまで君達が巡ってきた世界も消えたりはしていないはずだよ?』

 

 

 …………なら、よかった。

 

 俺達にとっては、四月馬鹿みたいなポッと出の突拍子もない未来だとしても……。その世界を生きてきた『俺達』にとっては、紛れもない現実だろうから。

 

 

「もう、いいか?」

 

「……はい。お願いします」

 

 

 問いかけに頷くと、当麻さんは神妙な面持ちで俺達の胸元に手を伸ばす。

 そしてぴたりと掌を当てると、

 

 

「…………なんかちょっと、クるものがある」

 

『当麻さん、あとでオシオキね』

 

「ひえぇ!?」

 

 

 ──そんな当麻さんの情けない悲鳴を聞きながら。

 

 パキィン!!!! と、世界全体が粉々に砕け散った。

 

 

 


 

 

 

『おー、無事帰らせたみたいですわね。よかったよかった。これにて一件落着ですわ』

 

『いやまだだよレイシアちゃん。最後にもう一仕事残ってる。昔の俺達の初々しさに鼻を伸ばしていたこの精神的ロリコン野郎にお灸を据えねば』

 

「いやシレンの中身は成人男性だったのでは!?」

 

『あの頃のシレンの恋愛感情諸々は幼女レベルですもの。実質ロリペドですわよ』

 

「その実質にはかなり実際との開きがあると思うのですがー!!!!」

 

 

《……しかし、『均し』と『歪み』を同時に扱い、他の側面の観測を行える存在、かぁ……》

 

《心当たりは、一人しかいませんわよねぇ》

 

 

 

 

《《レイシア=ブラックガード、本人だけ》》

 

 

 

   3

 

 

 ──そこは、白と黒に塗れた世界だった。

 

 大気は白と黒が混じり合ってモノクロトーンのマーブル模様を描き、大地は黒と白がタイルのように交互に規則性を持って敷き詰められている。

 風景のようなものも見えるが、そのすべてが白と黒によって構成されて輪郭が混じり合っているせいで、まるで遠くの山のようにも、近くの丘のようにも、遊園地の観覧車のようにも、ショッピングモールのようにも見える曖昧な印象しか与えてくれない。

 

 その中でひときわ、異彩を放つ輪郭があった。

 

 それは、一人の女だった。

 

 豪奢な安楽椅子に腰かけた、灰色のナイトドレスを纏った妙齢の女性だった。手足には白と黒のドレスグローブとタイツを身に纏っているが、身体の中心に向かっていくにつれて白と黒のコントラストは曖昧になり、ナイトドレスに至っては混沌とでも表現すべき『濁った』灰色の様相を呈している。

 その表情は勝気なようでいて穏やかにも見える。ゆるく波打つ髪の奥から覗く目が痛くなるほどのエメラルドグリーンの瞳の輝きだけが、どこか悲し気に揺らいでいた。

 

 ──しかし最も目を引くのは、女自身の姿ではなかった。

 彼女が腰かける安楽椅子が立てる軋んだ音が具現化したかのように、彼女の背後からは巨大な亀裂が触手のように大量に伸びている。数千を軽く超える亀裂の束の奥からは、巨大な『何か』の瞳が無数に浮かび上がり、こちらの様子を伺っていた。

 吸い込まれるような緑の瞳が瞬きのように明滅するごとに亀裂は消えては浮かびを繰り返し、それらのリズムは安楽椅子のゆらゆらとした動きによって制御されているようだった。

 そしてこれは奇妙な確信だったが──俺は安楽椅子や背後の巨大な亀裂、そしてその奥から覗く不気味な瞳達まで含めて、全て女の体の一部であるように思えた。

 

 

「…………ちょっと、どういうことですのこれ。当麻の右手に触られたのだから、わたくし達は戻れるのではなくって? なんですのこの精神ワールドみたいな変なところは」

 

 

 呆然としていると、レイシアちゃんが口を開いた。

 そこで俺は、自分達が『自分の身体』を取り戻していることに気付いた。

 

 女は、本当に楽しそうに微笑んで、

 

 

『ええ。戻ったわ。安心してね、アナタ達はちゃんと戻れたの。わたしが、先回りしただけ』

 

 

 口調は似ても似つかない。

 

 風貌も──目の色だって、全然違う。

 

 にも拘らず。

 

 

『ホント、困ったことするわよね。せっかくの時間旅行、もうちょっと楽しんでくれてもよかったのに。こっちの準備が整う前に帰還の最適解を掴んじゃうものだから……出張するしかなくなっちゃったじゃない』

 

 

 そいつの気配は、何よりも雄弁にある一つの『答え』を俺に突きつけてきた。

 

 

「…………どうしてだ」

 

 

 こいつは……。

 

 

「どうして、そんな風になっちゃってるんだよ……!」

 

 

 こいつは……!

 

 

「なんで『一人』になっているんだよ、俺!?」





■異世界のシレイシア図鑑⑥
上条レイシア
 三五歳。本編中にヒロインレースに勝利したレイシア。全体的におっとりめな雰囲気が強まっており、既に三児の母。
 ブラックガード財閥は継がないことに決めており、現在は専業主婦の傍ら、趣味でデイトレードをやって夫の稼ぎを軽く超えている。美容にはとても気を遣っており、肉体年齢は一〇代後半。一説には若作りしすぎて老衰すら克服したと言われているが、真偽は不明。
 臨神契約(ニアデスプロミス)を完全に克服しており、己に集まった因果を束ねた右手の能力『奇想均し(リザルトツイスター)』を開花させた。
 レイシアも上条との夫婦関係は良好で、幽体離脱3●が最近のトレンドらしい。
奇想外し(リザルトツイスター)
 シレイシアの右手に宿る異能。シレンの体質である臨神契約(ニアデスプロミス)を収束した結果生み出された。
 右手が発した音の響く範囲の害意に基づく行動を『失敗』させることができる。
 原理的には、歴史を歪ませてから均す臨神契約(ニアデスプロミス)のプロセスを右手を介して三次元空間で行っているに過ぎない。右手によって生み出した影響(音)の届く範囲の害意による干渉を歴史の歪みと解釈し、音と共に巻き込んで『均し』てしまう。
 簡潔に言うと、指パッチンをすると敵の攻撃を失敗させることができる。
 なお、音そのものに干渉することで影響範囲を操作することもできるため、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の音波操作と併用することで対象を絞った『失敗』も起こせる。
 なお、この能力は臨神契約(ニアデスプロミス)の単純な進化系ではなく、中途半端に収束した結果に生まれた白色矮星のようなものであるらしい。





■異世界のシレイシア図鑑⑦
■■■■■■■■■「■■」■■■
 現時点でのシレイシア達が辿る未来の中で、『最多』の可能性。


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第三章 前人未踏の領域にて Never_End.
scene 1


   第三章 前人未踏の領域にて

Never_End.

 

 

   1

 

 

『さぁて、改めて』

 

 

 女は、パンと手を叩いて話を仕切りなおす。

 まるで友人のように親し気な態度で、目の前の『規格外』は呑気に自己紹介を始めた。

 

 

『アナタ達の主観だと初めまして。わたしの主観からしたら……久し振り。わたしは──そうね、此処はきちんとこう名乗っておこうかしら。「sd・a・qo・a・km・ei・wh・nu・yu・ux」ってね』

 

 

 ……………………。

 

 それは、全く理解できない言語だった。

 天使が扱う、いわゆる『世界のヘッダが足りていない』言葉とも違う。これは──どちらかといえば、『俺達の知らない言語』。正しく『異世界の言語』だった。

 にも拘らず、()()()。この女──いや、『魔女』の口から言葉が滑り出ると同時に、まるで同時翻訳された異国語のように、理解できないままに意味が伝わってきた。

 

 即ち、『二つの世の境を弄ぶ「濁灰」の魔女(sd・a・qo・a・km・ei・wh・nu・yu・ux)』、と。

 

 

『そしてようこそ──前人「未踏」の境地へ☆』

 

 

 黒と白、灰によって構成されたモノクロームマーブルの世界で、濁灰のドレスに身を包んだ『魔女』が両手を広げて歓迎のポーズをとる。

 言葉遣いの砕けた感じも、これだけの大掛かりな──明らかに、『小説』の知識と照らし合わせてもこの『魔女』のやったことは規格外だろう──仕掛けの黒幕という印象とは不釣り合いだった。

 どこかレイシア=ブラックガードに似た、しかし圧倒的に人間離れした気配の女。

 それが、俺のこの『魔女』に対する最初の印象だ。

 

 ──それもそのはず。こいつ自身もまた、おそらく……他の世界と同じように『俺達』の未来の可能性の姿なのだから。

 向こうからすれば、これほど変わり果てていても俺達は過去の自分に過ぎない、ということなのだろう。なんというか、非常に反応に困る話だが。

 

 

「アナタが、今回の黒幕ということでよろしいんですの?」

 

 

 注意深く目の前の規格外を観察していると、レイシアちゃんが先手を打って口を開いた。

 レイシアちゃんの方も『魔女』を警戒しているようだが、下手に動けない俺よりは行動的な態度のようだった。有難い。その分、俺は思索に耽ることができる。

 

 対する『魔女』はにっこりと微笑んで、

 

 

『ええ、その通りよ。今回のアナタ達の時間旅行は、わたしが仕組んだもの。楽しんでもらえたかしら?』

 

「まぁ、それなりに。でも楽しんでほしいのなら最初から意図を説明しておくべきではなくて? 季節のイベントなら最初にそうと言ってくれれば、わたくし達も解決に必死にならず気楽に楽しめましたのに」

 

『うふふ、ごめんなさいね。わたしの登場は大トリにしておきたかったから。ホラ、一番の目玉は最後にとっておきたいでしょ?』

 

「…………そもそも、アンタは何のために俺達を色んな可能性の世界に飛ばしたんだ? いや、それ以前に…………アンタは何者なんだ?」

 

『うーん、また説明の難しそうな問い掛けねぇ。まぁ一個目の質問には追々答えるとして、二個目の質問に答えていこうかしら。なんだかラジオのパーソナリティみたいで楽しいわねこれ☆』

 

「なんか調子こいてるときのシレンっぽさがありますわね」「いや、こういう役に入り込むところはレイシアちゃんだよ多分」

 

『…………ふふ』

 

 

 『魔女』は零すように小さく笑い、

 

 

『わたしは……そうねえ。「シレイシア」のバッドエンド。そう言った方が分かりやすいかしら』

 

 

 ……、……バッド、エンド?

 

 

『要領を得ないって顔してるわね。まぁ無理もないわ。アナタ達、基本的に死とは無縁のラッキーガールだもの。だから、アナタ達に訪れる最悪の結末は「ネバーエンド」なんだけどね』

 

「ちょっと。分かりやすく話しなさい。全然わかりづらいですわよ」

 

『はいはぁい。何ようせっかく超常存在っぽく登場したんだから、ちょっとくらい持って回った言い回しをさせなさいよ』

 

 

 『魔女』はまるで機嫌が悪い時のレイシアちゃんみたいに不満げにぶつくさ呟きながら、

 

 

『簡単に言うと、わたしは「臨神契約(ニアデスプロミス)」の過剰運用によって限界を超えちゃったアナタ達の未来。アナタ達、むか~し人格励起(メイクアップ)を使ってシレンのことを復活させたとき、人間の位階を超えそうになったことあったの覚えてる?』

 

 

 ……ああ~~!! あったあった! そういえばそんなこともあったね!

 魂の出力的なモノを高速安定ラインに乗せようとしたんだけど、出力が強すぎて高速安定ラインどころか衛星軌道上まで魂の出力が乗っかっちゃいそうになったんだよね。結局、ステイル達の護符によって肉体の容量(?)的なモノがが拡張したお陰で何とか人間の枠内に収まったんだけど……。

 

 

『アレを、今話題の臨神契約(ニアデスプロミス)でやっちゃったの。魂の出力の方だったらまだ「()()()()()()()で済んだんだけどねぇ……。こっちの方はシレンの体質と密接につながっちゃってるじゃない? だから色々──「真なる外」の領域まで溶け込んじゃって、わたしを基点に世界の法則までバグっちゃって』

 

 

 『魔女』はまるで失敗談を語るかのように、苦笑いしながら言う。

 

 

『結果的に……わたしが帯びている理自体が、世界に根付く形で焼き付いちゃったの。ああ、人造の樹(クロノオト)とはまた別物ね。アレは結局魔術(Arts)──ヒトの業だし。というかこの世界の技術って結局起点にあるモノは人間の(カルマ)くさいしなぁ……』

 

 

 『魔女』は口元に人差し指を当てながら、

 

 

『アレイスター的には、わたしは魔神の反存在のようなものとして設計していたらしかったんだけどね。まぁそこは安定のアレイスター。いつもの大失敗で、わたしは魔神だの魔神の反存在だのといった枠組みにも収まりきらなくなっちゃったの。いやーあの時のアイツの喚きっぷりは面白かったわねー……』

 

「安定のアレイスター……?」

 

 

 アレイスターってそんなダメダメなイメージないんだけど……。

 そういえば魔神もけっこうアレイスターのことをナメてたけど、やっぱり『人間』以上の存在になるとアレイスターのことも大分穴だらけな存在のように見えるんだろうか。

 

 

『まぁ、魔神といっても所詮はバグった神格級だものね。オリジナルの「オーディン」と「オティヌス」なら、「オーディン」の方が普通に強いし。わたしはそんな枠組みを超えて、世界の法則の一部に食い込むに至っちゃった。色をベースに異界の理を管理する存在になったわたしは──「未踏級」へと成り果てた』

 

 

 …………みとうきゅう。

 

 

「……って、なんだ……?」

 

 

 また知らない用語が出てきた。クロノートだのなんだのも全然分からなかったけど、しんかくきゅうとかみとうきゅうとかもよく分からない。言葉の感じからして、『神格級』と『未踏級』ってことなんだろうけど……これもこの先の未来で登場する魔術用語か何かなんだろうか。

 

 

『あらぁ? シレンってば、電撃文庫のヘヴィユーザーだったわよね?』

 

 

 ──そこで。

 『魔女』の言葉に、異なる色が混じりだす。それまでの超越者でありながらもあくまで『世界の枠内』に留まっていた言動から──そこからさらに外。『完全な外側』を意識した色へと、変わっていく。

 

 

『なら名前くらいは憶えてるんじゃないかしら? それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 それは。

 

 

『鎌池和馬一〇周年企画第三弾。「禁書目録」の流れを汲む正統派シリーズ。……なーんて、かまちーの作品なんて結局山場の味はだいたい同じなんだからどの作品も「禁書目録」の流れを汲んでるのにね』

 

 

 記憶の扉が、開いていく。

 前世の病室で、文庫本を手に取っていたあの日々の記憶が。

 そう、あれは確か、小説を読み終えた後、巻末の関連作品一覧を眺めて──

 

 

『「未踏召喚://ブラッドサイン」』

 

 

 そう。あの作品は、確かそんな名前だった。

 

 『魔女』が色々と話してくれたお陰で、俺も記憶が刺激されて過去のことを思い出してきた。

 読んだことはないが、色々と当時聞いたことはあった。一〇周年のクロスオーバー企画があったとか、そこで初登場してヒロインが無双しまくったとか。動画サイトに上がっていたPVの方は見たし、SNSでクロスオーバー企画めいたことをやっていたことも知っている。

 そしてあらすじの方も、読んだことがある。思い出した。

 なんでも、神々よりも奥に潜むという『未踏級』の召喚ができるようになった──という世界だったと思うが。だが…………、

 

 

「ありえない」

 

 

 俺の口からまず最初に出たのは、否定の言葉だった。

 だって、そうだろう。確かに、この『魔女』は俺達の体質が暴走したことによって生まれた存在なのかもしれない。結果的に魔神すらも超える力量の存在になったのかもしれない。

 だが、だからといって『禁書目録』の世界の外の概念が登場してくるのはどう考えてもおかしい。それはありえないだろう。

 

 

『どうして?』

 

 

 しかし『魔女』は、そんな俺のリアクションを楽しむみたいに妖しい笑みを浮かべてみせる。

 

 

『だって他でもないシレン自体、「この世界の外」から来ているじゃない?』

 

 

 ……それは、確かにそうだけど……。

 

 

『シレンは「読んで」ないから知らないでしょうけどね、実はこの世界と他の世界って、意外と「互換性」があるのよ☆ 「合コン」とか……あと、「ヴァルトラウテさん」の世界に当麻さん含め色んな世界の子が集合したこともあったっけね……。その時は、違う作品世界だっていうのにインデックスの魔術知識が大活躍したりしたのよ?』

 

 

 互換性がある……っていうのは、そういうことか?

 ……『合コン』とか『ヴァルトラウテさん』とかの意味は、良く分からないけど。

 ああいや! 『ヴァルトラウテさん』の方は聞き覚えがある! 確か、『小説』のあとがきで言及があったと思う。北欧神話を舞台にしたお話だったはずだ。

 

 

『他にもいろいろあるわよ? 全く別の世界との交差。「バーチャロン」なんかは大分ディープに交わってたわねえ。あとは「俺妹」とか「デュラララ」とか……あ、幻想収束(イマジナリーフェスト)の方も合わせたらもっとね!』

 

 

 『魔女』は、パン! と手を合わせて、本当にただのオタクが話をするみたいに言う。だが……その話の内容は、あまりにも異様だ。

 世界の中にいながら、世界の外側の視点を持つ。……そのことが、これほど『異形』に映るのか。俺も…………傍から見れば、こんな風に映っているのか。

 

 

《……シレンは()()()()とは違いますわよ》

 

 

 そんな俺の内心の不安を宥めるように、レイシアちゃんが言う。

 ……ならいいんだけど……にしても、そういう意味でも目の前の『魔女』は異常だ。確かに、他の可能性の俺達も達観したようなことは言っていたが……それでも、世界を作品として俯瞰するような言動はなかった。俺だって、もうこの世界で生活して長い。『小説』の知識を参照することはあっても、この世界自体を作品として扱うことはないし……気分的に、あまり作品の話をメインでしたくはない。自分の生きている世界が『創作物』である……みたいな話は、考えても気が滅入るからだ。

 だが、この『魔女』にそういう精神的ストッパーがない。この世界がもとをただせば創作物であるということに、何の躊躇いも感じていない。むしろその中に生きているということを、楽しんでいる節すらある。

 

 

『……おっと、ちょっと引いちゃったかしら。ごめんなさいね。同じ視座を持っている人と話すのは久しぶりだったから、つい。……でもシレン自身、心当たりはあるんじゃないかしら? 「真なる外」から引き寄せられたアナタを基点にして、他の世界の法則が多少流入していること。オブジェクトなんかはその最たる例でしょうね。他にも、いつかの四月馬鹿だと「インテリビレッジの座敷童」の世界の「パッケージ」が出てきていたけど』

 

 

 オブジェクト。

 …………あ、ひょっとして能力開発のときに出てくるアレ!?!?

 

 

『……ま、この場での知識は多分ぼやけちゃうし、シレンはおとぼけだから向こうに戻っても気付けないとは思うけど』

 

 

 あの作品は知っている。『新約一巻』では序章で登場したし……漫画もアニメもやっていた。電撃文庫ファンとして、小説を読んだこともある。何せ再読したのも大分昔の上に、こっちに来てからはずっと『とある魔術の禁書目録(インデックス)』のことだけを考えていたから、細部に関してはもう忘れてしまっているが……。

 

 

『特に、「ヘヴィーオブジェクト」の世界はこの世界ともわりと密接でね。クウェンサーちゃんなんて学園都市にピンで遊びに来たこともあったわねぇ……。お相手は「アイテム」の子達だったけど。確か、当麻さんが逆に「ヘヴィーオブジェクト」の世界に行ったこともあったわよ?』

 

「そ、そんなことが……」

 

 

 多分……メタ的には番外編コラボとかそういう事情なんだと思うけど、そういうのも『実際にこの世界で起きうる』ってことなのか、これは。

 そして、そんなことが簡単に起こりうるくらい……『世界と世界の交差』は珍しいことではない、ということは。

 

 

『ようやくわたしの言っていたことも現実味が持てたかしら? アレイスターの失敗により、わたしの──いえ、アナタ達の抱えていた臨神契約(ニアデスプロミス)はどうしようもなく暴走した。そして、その時「歴史を歪める体質」は臨界点を超え──世界の壁を突き破った』

 

 

 ……そして突き破った世界の壁の向こう側で、異なる世界と接続してしまった。

 

 

『接続した「未踏召喚://ブラッドサイン」の世界の設定(ほうそく)に照らし合わせると、「世界を歪める性質」も「世界の歪みを均す性質」も、言ってみれば「異界の理」の一種なの。そんな異界の理を宿すわたしは、「臨神契約(ニアデスプロミス)」が世界に焼き付いてしまった時点で「とある魔術の禁書目録」の世界において唯一存在する「未踏級」の被召物(マテリアル)となった』

 

 

 『まぁ、第三の召喚儀礼すら出来上がっていない世界じゃ、誰からも召喚されることなんてないんだけどねー』と適当そうに言う『魔女』。そこでふと──『召喚』という言葉が引っかかった。

 そういえば、当麻さんと結婚した世界線の俺達が、俺達が『召喚』されていると言っていたような気がする。その時は他に色々と気になることが多すぎて流していたけど……そういえば、俺達はどういう原理であの世界に送られてきたんだ? 肉体を持たず、魂だけの状態で……。

 

 

『おや、ようやく気づいたかしら? そうよ。わたしは()()()だから本来は召喚師に召喚されることでしか現世に干渉できない存在なんだけど……ホラ、わたしの名前思い出してみて?』

 

 

 …………『(ふた)つの()(さかい)(もてあそ)ぶ「濁灰(だくはい)」の魔女(まじょ)』。

 

 

 

「二つの概念の境……いや、関係性を操ることができる……ってことか? それで、召喚師と被召物(マテリアル)の力関係を入れ替えた……?」

 

『ご明察☆』

 

 

 『魔女』はこくりと頷くが……とんでもない話だ。

 それはもう、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)でも臨神契約(ニアデスプロミス)でもない。全く別の『権能』じゃないか。

 

 

『実を言うとね、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)臨神契約(ニアデスプロミス)も「こう」なっちゃった時点で失われちゃったの。今のわたしはレイシアでもシレンでもないからねー。持っているのは、「未踏級被召物(マテリアル)」としての力だけ』

 

 

 ……道理だと思う。白黒鋸刃(ジャギドエッジ)はレイシアちゃんが開発した力だし、臨神契約(ニアデスプロミス)は話を聞く限り俺の方に宿っている力だ。俺でもレイシアちゃんでもなくなった『魔女』に、違う力が生まれるのは当然の流れ。

 

 

「で、いい加減一つ目の質問に答えてくださらないかしら?」

 

 

 そこで、レイシアちゃんは心底つまらなさそうに話を切り出した。

 

 

「アナタが失敗したわたくし達の成れの果てというのは分かりましたわ。失敗してもなおこれほど規格外というのはわたくし達らしいですけれど、そんなアナタがわたくし達をここに『逆召喚』した理由は今もって不明。……まさか世間話の相手が欲しいからとかなハズがありませんものね」

 

 

 ……確かに。

 此処は孤独な世界のようだが、そもそも『魔女』は召喚師と被召物(マテリアル)の力関係を逆転させることで『他者を自分の場に呼ぶ』ことができるのだ。それなら『原因』と『結果』の関係を逆転させることで、無理やり『召喚した』という結果を植え付けて好き勝手現世に出てくることだってできるんじゃないだろうか。

 わざわざ、『現在の俺達』を狙って呼び出す理由がない。……此処まで提示された情報から考える限りでは。

 

 

『ん~、レイシアちゃんはせっかちね。もうちょっとお喋りを楽しまない?』

 

「お生憎様。わたくしまだ若いので、オバサンみたいに長話は趣味ではありませんの」「ちょっとレイシアちゃん! 相手の思惑も分からないんだから、あまり刺激しすぎない方が……」

 

 

 思わず制止した俺だが、対する『魔女』の方は気分を害した様子も見せない。

 むしろからっとした調子で、

 

 

『あっはっはっは!! いいのよぉシレン。レイシアちゃんってばこういう子だもんね。あー…………懐かしいわ。本当に……本当に、涙が出るくらい…………懐かしいわ』

 

 

 笑いすぎたからだろうか。『魔女』は目尻に浮かんだ涙を少しだけ拭って、すっと俺達の方を見据える。

 エメラルドグリーンの瞳がじっと俺達を視界に収め、自然と体が強張るのが分かった。

 

 

『……、アナタ達に、もう一度だけ会いたかったの』

 

 

 『魔女』は寂しそうに、それだけ言った。

 悲しそうに揺らぐ瞳で、しかし精一杯の笑みを浮かべていた。

 

 

『だからわたしのところに辿り着くように仕向けたかったんだけどねー……何せ時間がかかるから。ホラ気付いてる? 今までアナタ達が通ってきた可能性の世界って、だんだんと「未来」に進んでたの』

 

「……え、そうなんですの?」

 

 

 レイシアちゃんが意外そうに言うが、俺も意外だ。知らなかった。でも……言われてみればそうなのかもしれない。

 最初は今年の冬。次に高校生くらいで、その次は大学生、教師になって最終的には若奥様だもんな。まぁ、途中から年齢とか今どのくらいの時期かとか聞かなかったからよく分かんないけど。

 

 

『ゴルフとかと同じよ。いきなり遠くに飛ばそうとすると、誤差が大きくなっちゃうでしょ? だから細かく刻んで、安全にこっちに送り届けようとしたんだけどね』

 

「……ならどうして、わたくし達と当麻の接触を妨害しようとしたんですの? アレは明らかに作為的でしたわよね?」

 

『そりゃ、サービス精神よ! せっかく色んな可能性の世界に連れて行くんだもの。さっさと当麻さんに触られちゃったら、すぐにわたしとご対面で、アナタ達は楽しくないでしょ? ほら、わたしってエンターテイナーだから。アナタ達にも楽しんで欲しかったのよ』

 

 

 なんかそれっぽいなあ……。自分をエンターテイナーと自称する無根拠に自信が旺盛な感じ、まさしくレイシアちゃんって感じの無軌道さだし。

 ……しっかし、

 

 

「なんだか回りくどいね。そんな風に時間旅行を俺達にさせなくても、俺達のところに転がり込んでくればそれなりに楽しかっただろうに。なんかアレイスターみたいだ」

 

 

 こう……暗い奥の方でデンと構えてる感じとかが特に。

 

 と、そんな感じで何気なく言った言葉だったのだが、『魔女』の方は想定外の印象だったらしい。今日一番の『嫌そうな顔』をして、

 

 

『うぇー……アイツ……? ……、……まぁ、なんだかんだでアイツとは一番付き合いが長かったし、いつの間にかやり口が似通ってきてたのかも……』

 

 

 ……?

 そこで、ちょっと違和感を覚えた。付き合いが長い……って? 今の時点で俺達はアレイスターとの付き合いゼロなんだけど……。

 というか、そうだ。『いきなりの時間移動は誤差が大きくなるから細かく刻んだ』って、要は『魔女』のいる時間軸が俺達の時代から見て相当未来ってことだよな。少なくとも、若奥様時代の俺達よりも。

 ってことは、この『魔女』っていったい何歳なんだ……?

 

 

「……アナタ、いったい何歳なんですの?」

 

『うん? まー今ざっと一五〇〇歳くらいかしら』

 

 

 せ、一五〇〇!?!?!?!? そんなに!?!?!?

 

 

『これでも魔神連中よりはずっと若いわよ? でもまぁ、その魔神達も大分前に会えなくなっちゃったし、知り合いはみーんな死んじゃったわねー』

 

 

 それは……。

 そうか。『魔女』の言っていたバッドエンド……そしてネバーエンドっていうのはこういうことか。

 確かに、知っている人たち、大切な人たちがいなくなった世界でずっと生き続けるのは……寂しいだろうな。俺はそれでもレイシアちゃんがいればいいと思うけど……『魔女』は、一人ぼっちだもんな。

 …………。

 

 

「そんなに長いことアレイスターと一緒にいて……ってことはつまり、アナタ……アレイスターエンドのわたくし達なんですの? そりゃ確かにバッドエンドですわ……」

 

『ちょちょちょ!? ちょっと待ってくれる!? アイツみたいなクソカスをわたしの相手役に認定しないでちょうだい! それホント国辱レベルの罵倒よ!?』

 

 

 …………そ、そこまで……? アレイスター、そこまで言われるほどダメなヤツなの……?

 

 

『まったく……。わたしは当麻さん一筋ですぅー。ファーストキスもまだなくらいウブな女の子なんだから……』

 

「……一番遅れてますわね。『冬』のわたくし達ですらファーストキスは経験しているというのに……」

 

『うるさいわねー! いいでしょ別に! わたしが一番純情なの! 清楚なの! ヒロインレベルMAXなの!』

 

 

 あ、なんかこの拗ねてる感じ、痛いところを突かれたときのレイシアちゃんっぽい。

 色々と属性モリモリになっても、こういうところは変わらないんだなー。

 

 

《……妙に女々しいところはシレンそのままですわね》

 

《ええ!? そこに俺らしさを感じるの!?》

 

 

 それはかなり心外だよ!?!?

 

 …………ん?

 

 ……いや……待てよ。何か妙だ。今の会話……ただのじゃれ合いみたいだったが、一つだけ完全におかしいポイントがあった。

 なんだ……何がおかしかった? 俺は、どこに違和感を感じた?

 

 

『ま! そんなつまんない話は置いといて! お喋りの続きをしましょ。まぁお茶菓子とかは出してあげられないけど……』

 

 

 時間旅行。

 

 エンターテイメント。

 

 ファーストキス。

 

 『冬』の時点……。

 

 

『こんな人生だもの。話のネタには事欠かないからね。あと昔のことはやっぱり忘れちゃってるから、アナタ達の思い出話も聞かせてくださいな』

 

「……嘘を、吐いているな」

 

 

 俺は、気付いてしまった。

 『魔女』の言葉の矛盾に。

 

 

 そもそもなぜ、『魔女』は俺達を色んな可能性の世界に飛ばしたのか。

 エンターテイメントと言うが、ただそれだけの理屈なら俺達が当麻さんと接触するのを無理やり止めようとするだろうか。むしろ俺達はそれによって黒幕の悪意を邪推してしまったわけだし、エンターテイメントに殉ずるならもうちょっと他にやり方があったはずだ。

 

 そして彼女の言が嘘であるとするなら、何故『魔女』は俺達に嘘を吐いたのか。他に真実の意図があるにも拘わらず、俺達にそれを悟らせずに他の可能性の世界を巡らせ、そして最終的に俺達と出会って……何をするでもなく会話に興じている。……まるで、時間を潰しているみたいに。

 

 そうだ。

 最初から、『魔女』の言動には違和感があった。これほど大掛かりな仕掛けを施しているにも関わらず、着地点がささやかすぎるのだ。ただ俺達と話をして悠久の時を楽しみたいだけなら、向こうの方から出向けばいい。

 まさに俺達がやったように無数の可能性を巡ってもいいだろう。時間を潰すだけなら、それこそ他の世界に遊びに行くのもアリのはずだ。わざわざ今の俺達を時間旅行に巻き込んでからお喋りをする理由が、この壮大な仕掛けに対してあまりにも薄すぎる。

 

 ……そして。

 これまでの可能性は、どれもぶっ飛んでいたが……どれも例外なく、『冬』の俺達……上条当麻とのファーストキスを経験していた。

 だからてっきり、俺はあの『冬』は俺達がどんな未来を迎えても経験する『ルートの分岐点』のようなものだと考えていた。

 だが、そうではないとしたら?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 魔女は、あえてあの『冬』を基点にした可能性の系統樹のみを俺に見せてきた。

 あの時間旅行は無数の可能性の分岐を俺達に経験させていたように見えて……実は大きなくくりでは、『別の支流』を意図的に隠した時間旅行だったんだ。

 

 そんなことをして、『特定の因果』だけを俺達に経験させた状態で、特に何をするでもなくおしゃべりに興じていた理由。

 

 ……これは、俺の想像だ。

 

 でも、もしも俺がこの『魔女』のようになって、一五〇〇年も孤独に過ごしていたならば。

 

 傍らにレイシアちゃんがいなかったならば。

 

 …………きっと。

 

 

『…………アレイスターは、この間逝ったわ』

 

 

 ぽつりと、『魔女』は涙を流すように言葉を漏らした。

 そのエメラルドグリーンの瞳は、悲しそうに揺れることはあっても、雫をこぼすことはなかったけれど。

 

 

『いいえ、正確には、わたしが殺した。大悪魔コロンゾンの肉体を乗っ取ったアレイスターは、人間の寿命を超えていたからね。「未踏級」たるわたしにしか、アイツを殺すことはできなかったし……アイツは生きることに疲れていた』

 

 

 言葉を吐くたびに、一五〇〇年の時間が進むようだった。

 見た目は俺達とそう変わらない少女のような若々しさなのに、そこで言葉を区切る頃には、『魔女』の姿は今にも朽ち果てそうな老婆くらいにも見えた。

 

 

『わたしね、死ねないの。「未踏級」になったわたしは幻想殺しでも魔神でも殺せないし……そもそも「とある魔術の禁書目録」の外にあるパワーバランスの頂点だからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だから、『魔女』は考えたのか。

 

 そんな自分(ネバーエンド)が、デッドエンドを迎える方法を。

 

 

『わたしは異界の理を色の形で管理する未踏級。わたしは世界の法則と同じ強度を持っているから、通常であれば世界の法則を削れるような規格外……あの「女王」でもなければ殺せない』

 

「……通常であれば、ということは、例外があるということですの?」

 

『そ。たとえば、異界の理(わたし)が世界に焼き付いてしまったという「事件」自体は、ゴム紐で説明される歴史の概念の範疇にある。今の私は、歴史にべったりと塗りたくられたペンキのような存在だと思ってちょうだい。……なら、歴史をがりがりと削ってしまえば。わたしという存在は、歴史から完全に削り取れる』

 

 

 …………理屈は、理解できる。

 自分を歴史から消してしまえばいいっていうのは、確かにその通りだ。自殺のスケールとしては、あまりにもデカいが……。

 

 

『歴史ってね、操作しすぎると壊れちゃうのよ。ちょうど動かしすぎたゴム紐がちぎれちゃう感じかしら。そうするとその歴史は空白地帯となって、どこからも観測も干渉もできなくなっちゃう。……だから、わたし(バッドエンド)に繋がる分岐点である「現在のアナタ達」にわたしと相反する可能性の因果を注入して、わたしと接触させた』

 

 

 『魔女』はそう言って、言葉を区切った。

 つまり……それこそ、今回の時間旅行の真の目的。

 自分と相反する可能性を俺達という『分岐点』に取り込ませて、『異なる未来の因果』の塊を作り出した。

 

 

「……臨神契約(ニアデスプロミス)か」

 

 

 俺は呻くしかなかった。

 

 

 『魔女』は異界の理を司っている。そして俺も、歴史を歪め、均す体質を持っている。分岐点としての俺ならともかく……『異なる未来の因果』を帯びた状態でこの二つの法則が激突すれば、その歴史っていうのはおそらく、絶えず改変と修復が繰り返されることになるだろう。

 その状態でずっと時間が経っていけば……『歴史を改変しすぎる』、という事態に発展するんじゃないだろうか。

 

 

「ふ……ふざけるんじゃないですわよ! アナタの自殺に、わたくし達を巻き込むって言うんですの!? そんな後味の悪い役回り勘弁ですわ!」

 

『むー……だから黙ってたのに。あーあ、シレンはこういうときだけ冴えてるのよねぇ。気付かなければ帰してあげた後、ひっそりと消える予定だったのよ?』

 

 

 『魔女』は額に手をやってやれやれとばかりに嘆息する。

 

 

『……で、どうする? わたしとしてはこのまま時間が来るまでお喋りして、終わりにするつもりだけど。まぁ安心して。歴史の空白化は、必ずしも世界の崩壊を意味しないわ。外部から観測できなくなるだけ。それにアナタ達も、元の時代に帰ればここでの出来事は忘れちゃうわ』

 

「なんだよ、その前振り」

 

 

 我ながら……笑っちゃうくらい、『前振り』だよな。それ。

 

 

「しょ~~じき、わたくしはアナタのことなんかどうでもいいですわ。だってわたくしにとってのシレンは『此処』にいる一人だけ。未来の可能性は、参考資料ではあってもわたくしにとっては同じ経験を共有する他人でしかないのですから」

 

 

 レイシアちゃんは、そう言いながら一歩進む。

 

 

「──ですが、勝手に諦めて『自殺』しようとするお馬鹿を見ると、黙っていられませんの。同族嫌悪で」

 

 

 ……その言葉を聞いて、俺もまた一歩進む。

 

 

「俺も、特に思い入れなんかない。悲しいとは思うけど、具体的にどうしてあげればいいのかなんて分かんないし。でも」

 

 

 そのエメラルドグリーンの瞳を。

 寂しそうに揺れる眼差しを見据えて、言う。

 

 

「──自分の心に嘘を吐いて逃げようとしている馬鹿を見ると、黙っていられないんだ。同族嫌悪で」

 

 

 我ながら、おかしくなってくる。

 これほど、同族嫌悪を抱いているのに……。

 

 

「やっぱりこの人はレイシアちゃんの成れの果てだね」

 

「いいえ、やっぱりコイツはシレンの成れの果てですわよ」

 

 

 だってこんなにも……。

 

 

 

「「──救われない姿が、認められない!!!!」」

 

 

 バッドエンド?

 

 ネバーエンド?

 

 そんなの知ったことか。

 

 破滅を迎えてしまった、たった一人の少女を、救いたい。

 

 

 それが俺達の、始まりだったんだから!!!!





■異世界のシレイシア図鑑⑦(続き)
二つの世の境を弄ぶ「濁灰」の魔女(sd・a・qo・a・km・ei・wh・nu・yu・ux)
 『現在のシレンとレイシアが最も到達する可能性の高い未来』。

 魔神を超え、シレンの性質ゆえに世界の壁すらも超え、色の形で世界の理を管理する『未踏級』へと到達したシレイシア。
 既に一五〇〇年ほどの長きを生き、既知の人間はアレイスター=クロウリー以外は全員他界した。
 レイシア(冬)を含め()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしく、シレンとレイシアの魂も融合状態となっている。その為、『魔女』はシレンでもレイシアでもない新たな人格となっており、シレン・レイシア両方に対してそれぞれが抱いている感情にも近しい並々ならぬ感情を持つ。

 その外見は、安楽椅子に腰かけた貴婦人。手足を覆うロンググローブとタイツはかつてと同じように白黒のコントラストが映えているが、身体の中心へ向かうにつれて色の境界は曖昧になり、身に纏うナイトドレスは濁った灰色のような混沌の色彩となっている。
 金色の長髪は同じだが、肩にかかった部分のカールはなく、全体的に緩くウェーブがかかっているのみ。瞳の色は眩いばかりのエメラルドグリーンをしている。
 背後からは数千もの『亀裂』が空間自体に走っており、その奥には真っ暗な空間が広がっている。その中には無数のエメラルドグリーンの瞳が浮かび上がり、こちら側のほうをじいっと見つめており、安楽椅子の立てる音に連動して『亀裂』と共に伸縮・明滅する。

 白黒鋸刃(ジャギドエッジ)臨神契約(ニアデスプロミス)は『未踏級』になった時点で異界の理として呑み込まれており、個体としての戦力は『二つの概念の境を弄ぶ能力』を持つ。これによる物理的な攻撃現象は発生しないが、根本的なルールを捻じ曲げるような一手が打てる。
 戦闘の際には主に背後に浮かび上がった『亀裂』やその奥に潜む『瞳』を用いる。触手のように自在に伸縮する『亀裂』は触れられるものを切断し、その奥の『瞳』は触れられないものを視ることで切断する。
 また、世界と世界の境を曖昧にすることでゴム紐の理論で説明される歴史の『外』へ飛び出すことができ、これによって別側面を含めた世界の可能性全体を俯瞰、干渉することができる。この能力によって観測した世界の可能性の中にレイシアとシレンを送り込んだのが、今回の異世界旅行の正体。
 その目的は、己の可能性の消滅。
 数多の可能性の因果を取り込んだ、現在の自分への分岐点である『現在のシレイシア』と接触することで疑似的に『立て続けの歴史改変』を引き起こすことで、自分が存在している世界の側面自体を空白にし、己の司る理ごと自分の存在を抹消しようとした。


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scene 2

   2

 

 

『……っ、そう』

 

 

 『魔女』は少しだけ言葉を詰まらせ、

 

 

『それなら────』

 

 

 一瞬だけ、幸せそうな笑みを零し、

 

 

『──どうやって、わたしを超えるのかしら?』

 

 

 そして、地獄のような冷たさでこちらを()()()()()

 

 

 ──見下ろした。

 その位置関係の変化に気付けたのは、幸いだったと言わざるを得ない。

 気が付いたときには、俺達の周囲五〇メートルほどの空間は『魔女』の背後から伸びた亀裂により切り取られ、陥没が始まっていた。

 

 

「──なッ!?」

 

 

 地面が完全に沈み込む前にすぐさま『亀裂』の翼を展開し、俺達はモノクロームの空へと脱出する。見下ろしてみると、俺達がさっきまで立っていた場所は巨大な亀裂

に飲み込まれているところだった。

 ……おそらく、亀裂を俺達の下に展開することで、亀裂の『奥』の空間に地面ごと俺達を引きずり込む算段だったのだろう。

 

 

「呑み込まれたらどうするつもりだったんだっ!?」

 

 

 思わず吐き捨てるように言ってから、自分でも抜けた発言だなと思った。

 仮にも相手と戦っている最中なのだ。攻撃に対して文句をつけるのは緊張感がなさすぎる。ただ、『魔女』の方はくすくすと笑って、

 

 

『あら、怖い? 安心しなさいな。この亀裂の奥は別に有害なわけじゃないわよ? ただ中にものを入れたまま閉じちゃえば、わたしがもう一度亀裂を生み出すまでそこから出られないだけ』

 

 

 ……閉じ込めたまま時間を稼ぐつもりってわけか……!!

 でも、そうだな。相手は元は俺であり、レイシアちゃんなんだ。だから俺達を傷つけるような攻撃は絶対に『できない』。必然的に、行動は俺達を捕獲する動きになるんだ。

 

 ──とはいえ。

 

 

『殺されないから安心、なぁんて思っているようじゃ、心配の次元が五つか六つは低いわよ~?』

 

 

 傷つけられないからといって安心できるような存在じゃないんだけどな、目の前の『魔女』は!!!!

 

 

 まるで濁流のようにこちらへ伸びてくる亀裂を高速移動で回避する──が、その挙動がおかしい。

 俺達の『亀裂』の場合は解除しない限り余波は生じないのだが、『魔女』の亀裂にそんな常識は通用しないようだ。普通に、躱した亀裂が地面に衝突して大小様々な瓦礫を撒き散らしてる。あの余波だけで、普通に超電磁砲(レールガン)あたりなら押し勝てそうなくらいである。……『切断』ってレベルじゃないだろ、あれ……。

 

 

「チッ……確かスペックシートだけなら魔神以上なんでしたっけ? インフレ此処に極まれりですわ! 冗談じゃない!!」「同感! でも……向こうにも隙はあるはず!」

 

 

 亀裂を回避しながら、俺達は大きく高空で旋回し、『魔女』の背後へと移動する。すると、亀裂の動きが明らかに鈍ったのが分かった。

 ……やっぱりだ。この亀裂はあくまで『魔女』の視界をもとに操作している。レイシアちゃんの白黒鋸刃(ジャギドエッジ)は『未踏級』になった時点で失われているから、今の『魔女』は気流操作が行えない……いや、ひょっとしたら自前の亀裂で行えるのかもしれないけど、規模がデカすぎて精密な気流操作や気流による周辺感知が使えないんだ。

 

 

「それさえ分かれば……!!」

 

 

 俺はレイシアちゃんに飛行の維持を任せつつ、さらに『亀裂』を展開する。

 といっても、これ自体は別に攻撃の為のものではなく──

 

 

『へぇ、「残骸物質」。懐かしいわねそれ』

 

 

 『残骸物質』──つまり障害物を生み出す為のものなのだが。

 

 

 高次の何かを切断したことによる『断塊』を幾つかモノクロームの大地に突き立てると、戦場の見晴らしはかなり悪くなった。……よし、これで亀裂の動きは大分弱、

 

 

『……言わなかったっけ? 亀裂の中にある「瞳」の役割』

 

 

 ズ、と。

 そこで、確かに生み出したはずの『残骸物質』が透けるように消え失せてしまった。

 ……き、亀裂による切断ですら、ない……!?

 

 

『わたしの背後にある亀裂の役割は形あるものの切断。その奥にある瞳の役割は、形なきものの切断。アナタ達が高次の何かを切断した「チカラ」そのもの。……切断できないとでも思った?』

 

「…………馬鹿げてる…………!!!!」

 

 

 そんなこと言われちゃったらもうなんでもありじゃないか!! 応用性は俺達よりも落ちてるんじゃないかと思ったけど、むしろ万能になってないか!?

 っていうか、それってつまり『「魔女」の目に見えないもの』も切断できるってことで、つまりアイツがその気になれば『そのへん適当に』で俺達の能力を切断することで、飛行すら無力化できるってことじゃないか!?

 

 

『それと、いつまでも逃げてばっかりじゃいつまで経ってもわたしのことは越えられないわねぇ……?』

 

「……! 分かっていましてよ!」

 

 

 楽しそうに笑う『魔女』だが、猛攻が休まることはない。

 確かに、俺達の目的は『魔女』を救うことであって、このまま攻撃を避け続けているだけではそれは達成できない。むしろ、時間切れになって『魔女』が消えてしまえばその時点でゲームオーバーだ。

 

 だが……あまりにも、戦いの次元が違いすぎた。

 向こうは俺達を殺す気じゃないどころか、傷つけないように細心の注意を払っているにも拘らず、まるで付け入る隙が見つからない。今この時点で亀裂の奥に放り込まれていないだけでも十分健闘している──そう評価できてしまうくらい、彼我の力量差は明白だった。

 

 それにそもそも、どうやって『魔女』を助けるかも俺達にはまだ皆目見当がついていない。

 このまま俺達が同じ時空に一緒にいれば『歴史の過改変』が発生して『魔女』が消えてしまうというのは分かるのだが、じゃあどうやって『魔女』と別の時空に移動すればいいんだろうか。もしくは、『魔女』を別の時空へ移動させるか。

 ……無理じゃないか? だってそもそも、俺達がこの時空に来たのだって『魔女』が『召喚師と被召物(マテリアル)の境を弄んだ』ことによる歪な召喚を、上条さんの右手で殺したところに『魔女』が無理やり横やりを入れたから発生したイレギュラーなんでしょ? なら、そもそも移動のスイッチは向こうが握っていることになる。

 俺達がどう立ち回ったところで、そのスイッチを押させることにはならないんじゃないだろうか。

 

 

『さあ! そろそろわたしの方もギアを上げていくわよ~!』

 

 

 攻めあぐねている俺達に業を煮やしたのだろうか。

 『魔女』は楽し気に笑いながら、さらに亀裂を振るった。余波だけでモノクロームの雲たちを吹き散らしながら、大量の亀裂が大空を埋め尽くすかの如く広がっていく。……いや、埋め尽くすかの如く、じゃない。

 本当に、埋め尽くされている。

 今まで白と灰の濃淡で表現されていたモノクロームの空は、亀裂の『黒』によって完全に覆いつくされていた。

 

 ……あれは、考えなくても分かる。

 『範囲攻撃』だ。

 こっちが躱しようのない攻撃を繰り出して、絶対に俺達を亀裂の奥へ引きずり込もうとしていやがる……!

 

 

「……! レイシアちゃん!」「分かってますわ!」

 

 

 互いに呼びかけ合い、俺達は最大出力で『魔女』の亀裂に向かって『亀裂』を伸ばす。

 通常の『亀裂』であれば、ただ奥に『亀裂』が伸びていくだけだろう。あの『魔女』の亀裂には、三次元的な奥行きがあるみたいだし。

 だが……一一次元すら切断するスケールの『亀裂』であれば、一縷の望みがある。もしも『魔女』の亀裂の隙間ない攻撃に僅かでも間隙を生み出すことができれば、この攻撃を乗り越えることができる……!

 

 

 ……が。

 

 

『……超能力者(レベル5)にしては「世界」の扱い方が上手いけど、その程度で一矢報いることができるほど「未踏級」は甘くないのよ?』

 

 

 ゴキィィッッ!!!! と。

 『魔女』の亀裂の中に入った瞬間、『亀裂』は三次元では説明できない角度にねじ曲がり、粉々に砕け散った。

 

 

『そもそも「なんとかできる」と思っている時点で、現状が把握できてないのよねえ。シレン、レイシアちゃん。理解が追い付かないなら分かるスケールで説明してあげる。アナタ達は今、全力全開のオティヌスよりも遥かに強い存在と戦っているの。能力の穴を突けば勝てるとか、どこかに勝利の抜け道があるとか……そういう「禁書目録」のルールは通用しないのよ』

 

「………………、」

 

 

 それはつまり、俺達に勝ち目など存在しないということだった。

 お前たちは、『二つの世の境を弄ぶ「濁灰」の魔女(sd・a・qo・a・km・ei・wh・nu・yu・ux)』に絶対に勝つことができない。

 『魔女』の口から、確かにそう告げられたのと同じだった。

 

 

「…………なるほどな」

 

 

 絶対に勝てない。

 勝ち目がない。

 

 そう言われて……逆に俺は、()()()ことができた。

 

 

『……あら、何か見つけちゃった? ()()()抜け穴』

 

「いいや」

 

 

 別に俺は何かを見つけたわけじゃない。

 今だって、どうすれば目の前の『魔女』を救えるのか、見当もつかない。だが……何も別に、俺が答えを閃かなきゃ終わらない類の問題じゃなかったんだよ、これは。

 だって俺には──

 

 

「…………シレンは、気付いたんですのよ」

 

 

 こんなにも頼もしい相棒がいるのだから。

 

 

「わたくしの堪忍袋の緒が、とっくの昔にブチ切れているってことに!!」

 

 

 レイシアちゃんは俺に確認も取らず、むしろ『魔女』の方へ全速力の突撃を開始した。

 

 

『はあッ? 真っ向勝負? わたしの背後から伸びる亀裂は、真正面からの突撃には対応できないと……? そんな、人間の魔術師みたいな粗末なオチがあるわけないじゃない』

 

 

 半ば呆れるようにして、『魔女』は無数の亀裂のうちの一本を俺達との間に移動させる。確かに、これで死角はなくなった。このまま突撃すれば俺達はあえなく亀裂の奥に呑まれるだろう。ただし。

 

 

「……逃げるのか?」

 

『…………あん?』

 

 

 俺の一言で、亀裂の動きが止まった。

 

 

『いやいやいやいや。……逃げるとかそういう話じゃないでしょ。わたしは自分を終わらせたくてやってるの。それを止める為にシレンとレイシアちゃんは戦ってるわけで、わたしがそんなアナタ達を妨害することのどこが逃げてるって言うのよ?』

 

「そう言われたらそうかもしれないけど、でもそこまで必死になって言い返すってことは案外自分でもちょっとは逃げてる自覚あるんじゃないの?」

 

 

 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()余裕があるくらいなんだし。

 いやいや、こういうところでムキになっちゃうあたりはやっぱり一五〇〇年経ってもレイシアちゃんだなあって思うよ。

 

 

『…………あ』

 

 

 そういうわけで、俺達は己の失策に気付いて唖然とする『魔女』の目の前に佇むことに成功していた。

 

 別にここから、俺達が『魔女』に勝てる一打を撃てるわけじゃない。

 多分『亀裂』を直撃させようが『魔女』には傷一つつかないだろうし、次の瞬間には『魔女』の亀裂に飲み込まれておしまいだろう。

 

 

 そう。

 俺達は『魔女』に、絶対に勝てない。俺達は人間で、向こうは神々よりも奥に潜むとかいう未踏の領域に到達した存在なのだから、当然だ。

 ただし、俺達はコイツに勝つ必要があるわけじゃない。というか、勝っても何の意味もないと言っていい。

 だって、仮に『魔女』の上を行って別々の時空に移動して、その消滅を免れたとして。……それで『魔女』は救われるのか?

 確かに俺達の手で消滅させることはなくなるかもしれないけど、『魔女』が自ら死のうと思うに至った寂しさや悲しさは何も解決していない。それは、ある意味で死なせるよりもよっぽどひどいバッドエンドだろう。

 

 だから俺達が交わすべきだったのは、策の応酬なんかじゃなかった。

 最初から──交わすべきは言葉で、その為の方法を考えるべきだったんだ。

 何もかもを失って、世界に対して絶望している、たった一人の女の子に言葉を届ける為の方法を。

 

 

 ……で、幸いなことに俺達は、お互いの扱い方については世界で最も長けていると自負している。

 世界最強の専門家が二人がかりでいるのだ。このやり方でどうにかならない方がおかしい。

 

 

「このクソお馬鹿…………」

 

 

 レイシアちゃんが、唸るように低い声で言う。

 

 

「アナタの中にはシレンも混じっているんでしょう!? ならなんでわたくしの言うことを聞かないんですの! わたくしが! アナタに! 消えてほしくないと言っているのです!! ならアナタも一緒になって消えなくて済む、幸せになれる方法を考えるのが筋なのではなくて!?!?」

 

『はぁ!? 何その横暴理論!?』

 

 

 ははは。レイシアちゃんらしい、論すら成り立ってないわがまま攻勢だ。

 でも、俺達にはこれが必要だった。

 レイシアちゃんが望み、それを俺が実現する。

 多分それが、俺達が一番強く在れるやり方だから。

 

 

「お前だって、本当は期待していたんじゃないのか」

 

 

 そう言いながら、俺は『魔女』のことを指さす。

 その答えに至る為の材料は、既に揃っていた。

 

 

「だって、本当に死にたいだけなら俺達を呼ぶ必要がない。お前の話しぶりだと、他の世界との『クロスオーバー』も観測できていたんだろう? なら、他の世界に行くことだってできたはずだ。この世界でお前を殺せる存在はいなくとも、別の世界にいるっていう、最強の『女王』なら、お前という概念ごと殺すことだってできるんじゃないのか」

 

『…………、それは、最期に貴方達に会いたかったから』

 

「いいや、違うな。半分は俺自身だから分かるよ。俺だったら、たとえ一時の記憶だったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『…………!』

 

「もしもやるなら、絶対に気付かれないよう細心の注意を払って振る舞う。バレた時点で召喚を終了して、『第二希望』のやり方で死にに行く。俺はそういう人間だ」「そんな自信満々に言われてもわたくしリアクションに困るのですが?」

 

 

 ……うっ。レイシアちゃんがそこはかとなく不機嫌に。……大丈夫だよシミュレーションであって別に俺がそういう自己犠牲をしたりする予定があるとかじゃないんだって気持ちがわかるってだけでさ……。

 

 

「そ、それに! お前は俺達を本気で捕まえるつもりもなかっただろ? 亀裂の奥にある瞳。アレを使えば、俺達は飛行すらおぼつかなくなってたんだから」

 

 

 これらの矛盾を無理なく解決する仮説があるとすれば──それは、『「魔女」が本当は助けてほしいけどそれを言葉にできない』というものだけ。

 ……だからさ。

 

 

「いい加減に、意地を張るのはやめようよ。『それ』を言うのはきっと辛いと思うけど、苦しいと思うけど。……勇気を、出してくれ」

 

 

 俺も、経験したから分かる。

 希望を持つのは辛いことだ。苦しいことだ。怖いことだ。

 もしも希望が叶わなかったら、そこに待っているのはきっと途轍もない絶望だから。でも、希望を持たなければ、前に進むことはできないのだ。

 

 

『…………、』

 

 

 ……伝えるべきことは、伝えた。

 きっと、俺達の言葉は『魔女』に届いてくれる。そう信じて、俺達はただ『魔女』のことを見据える。

 

 

『…………おねがい、シレン、レイシアちゃん……』

 

 

 『魔女』は──一五〇〇年孤独に苛まれていた一人の少女は、そこでようやく、くしゃりと表情を歪めて、きっと一五〇〇年ぶりの本音を口にしてくれた。

 

 

『わたしを、たすけて……』

 

 

 ああ、本当にこういうところはレイシアちゃんみたいだなあ。

 そして、我らがお嬢様に対する俺の返答はただ一つ。

 

 

「仰せのまま、」「当たり前、ですわっっっ!!!!!!」

 

 

 …………。

 そうだね、俺()だもんね。

 

 さあ、一緒に救おう。

 かつての俺達が救えなかった、もう一つの俺達を!

 

 

 

   3

 

 

 そもそも、『魔女』が助かるだけなら答えは簡単だ。

 俺達は当麻さんの右手で召喚契約を解除されて元の時代に戻る途中で、『魔女』に横槍を入れられた。その結果留まっているだけなのだから、『魔女』がそれをやめれば俺達は元の時代に戻され、『歴史の過改変』もなくなり、『魔女』は消えずに済む。

 

 だが、それだと『魔女』の現状は何も変わらない。待っているのはデッドエンドよりも悲惨なネバーエンドだ。

 これを解消する為には、そもそも『魔女』が何に絶望し、何を取り戻したいのかを考える必要がある。

 

 ……そしてそれは、考える必要もないシンプルな答え。

 

 『魔女』は、別にかつての己の半身を失ってしまったから死にたいわけではない。だって『魔女』は『魔女』として、一五〇〇年も生きてきたのだから。

 寂しさの割合としては確かに最大だったと思うが、それでも『魔女』は生きることができていた。彼女が限界を迎えたのは、アレイスターをその手で殺めて独りぼっちになってしまった絶望からだ。『死ねない』という永遠への諦観からだ。

 

 だから、自分が死ぬ為の方法を模索した。

 多分彼女の目の前には幾つかの方策があったが──別に彼女は、死にたいわけじゃなかった。正確には、『この苦しみから逃れたい。逃れられないのならいっそ死にたい』が、『魔女』の望みだ。

 

 

「…………啖呵を切ったはいいのですが、どうしたらアナタが生きていたいと思えるようになるか、わたくしには分かりませんの……」

 

 

 そんな『魔女』の隣で。

 レイシアちゃんは、肩を落としてそう言った。

 

 ……うむ。本当に、あんな啖呵を切ったあとだというのに清々しい落ち込みっぷりである。

 でもまぁ、そうなんだよな。魔女の寂しさを埋められるようなもの、今の俺達にはどう頑張ったって出せないもんな……。

 

 ……ああ、こういうときには自分の不勉強が呪わしい。『未踏召喚』の小説を読んでいれば、ワンチャン『未踏級』を人間に変える方法とかが出てきたかもしれないっていうのに。

 いや、そんなものがあれば『魔女』の方が自分から使うか……。

 

 

『……、いいのよ、レイシアちゃん。わたし、アナタ達に救ってくれるって言ってもらっただけで、十分救われてるから、』

 

「だァからそういうことを言われると余計に諦めきれなくなるんですのよ!! 半分わたくしの癖になんでそんなことも分かりませんの!?」

 

『は、はァ!? わたしはアナタが気に病まないようにと思って気を遣って……!!』

 

 

 あー、喧嘩が始まってしまったー。

 しかしこうして見ると、絶妙に俺っぽさとレイシアちゃんらしさが混ざってる気がする。本当に、俺達が溶け込んだ存在なんだなあ……。

 

 そこで。

 気が抜けたせいか、本当にふと、俺は疑問に思った。どうでもいい疑問だ。どうでもいい……はずなのだが、この硬直状態においてはどんな疑問でも手がかりにしたい。その思いで、俺は口を開いた。

 

 

「……そういえば、なんで今は自分達の身体なのに、他の時代ではその時代の肉体に俺達の魂が入ってたんだ?」

 

 

 それは、ある意味当然の疑問。

 今までの俺達は、いつもその時代の自分達の身体の中に入っていた。そしてもともとの身体の持ち主は、幽体離脱した状態で対応してくれていた。

 おそらくこれは俺達が幽体離脱の技術を持っていたからできたことで、多分それがなければ御使堕し(エンゼルフォール)みたいな珍妙な現象が起きてたと思う。

 

 

『うん? それは……逆召喚だからね』

 

 

 『魔女』は何でもないように言って、

 

 

『そもそも、召喚っていうのは無からクリーチャーとかを出すようなものではないの。召喚師は依り代という召喚用の人員を核にして、被召物(マテリアル)を呼び出す。わたしはあくまでその関係を逆用しただけだから、現地のアナタ達を依り代にして、アナタ達を召喚してたって感じね。まぁ、属性が同じだから外見は変わらなかったみたいだけど……』

 

 

 ……そうか。

 その時代の俺達を依り代にすることで、俺達の魂を『召喚』していたわけだ。そしてその召喚契約は上条さんの右手によって殺されたから、今の俺達は生身の身体に戻ってきている、と。

 

 

《シレン? 何か思いつきまして?》

 

《うん。……多分、これが一番俺達らしい》

 

 

 レイシアちゃんに答えて、

 

 

「それなら──俺がお前を『召喚』するよ」

 

 

 俺は確信を持って、『魔女』にそう提案した。

 

 

「俺が召喚師になって、レイシアちゃんの身体を依り代にして、『魔女』を召喚する。『魔女』は元は俺達だから、属性は同じ。こうすればお前を俺達の『中』に取り込める」

 

『それは……確かにわたしとアナタ達なら人工霊場を無視した長期召喚……縫界召喚も可能かもしれないけど、その契約は……』

 

「ああ。俺達が死ねばお前はまた一人になってしまう。それじゃあ長い目で見れば同じことだ。……でも」

 

 

 ……ここから先の提案は、必ずしも正しいとは言えないかもしれない。

 でも俺は、コイツを死なせることが正しい選択だとはどうしても思えなかった。確かにネバーエンドなのかもしれないけど、それはバッドエンドじゃないと思ってほしかった。

 

 

「……今度は絶対に、寂しい思いはさせませんわ」

 

 

 レイシアちゃんが、俺の言葉の続きを繋ぐように言う。

 相変わらず、何の根拠もないただのビッグマウス。だが……

 

 

「『アナタの時』は、きっとちゃんとしたお別れもできなかったのでしょうね。最期の挨拶もできないでお別れなんて、きっと辛かったでしょう。でも、今度はきっと違います。たとえ一万年だろうと一億年だろうと、アナタの悠久の旅路の道標になる想い出を!」

 

 

 思えば『魔女』は、別離そのもので摩耗したわけではなかった。

 なんだかんだで一五〇〇年も生きたのだ。それなりに人生だって楽しんでいたはず。だが、彼女は自分の拠り所となる大切な存在と、きちんと納得のいく別れができなかった。

 レイシアちゃんと、俺と。そして多分、最後の友人だったアレイスターと。……おそらく緊急事態だった俺達はともかく、引き際を任せておいて別れに失敗しているあたりアレイスターって本当にダメダメのカス野郎なのかもしれないが……。

 

 でもきっと、納得のいく別れならば違うと思う。

 レイシアちゃんは──俺は、お互いが死んでしまったとしても、それで崩れ落ちてしまうほど脆くない。

 勝手に俺が死のうとしていたあの時とは、事情が違う。ちゃんと納得いくまで一生懸命生きて、お互いにきちんとお別れをした後なら……きっと片方がいなくなっても、強く生きていける。そんな想像は、なるべくならしたくないけれど。

 

 俺達がそうなら──きっとこの目の前の、有り得たかもしれない『俺達』だって同じだろう。

 

 

 確かに、()()俺達には、『魔女』を納得させられるようなものは出せない。

 それだけの積み重ねが、俺達にないからだ。

 塗替さんのときと同じ。でも、それはこれから積み重ねていけば変わってくる。俺はレイシアちゃんにそれをやってみせたし、レイシアちゃんも俺にそれをやってみせてくれた。

 今度はそれを、二人がかりで、一生かけてやろうってだけの話だ。

 

 

『…………ふふ』

 

 

 そんな俺達を見て、『魔女』は小さく笑い、

 

 

 ビキィ!!!! と、モノクロームの空にヒビが入った。

 

 

「……んな!? これ……もしかして『歴史の過改変』が……!?」

 

 

 ヤバい、もう本格的に猶予がないんじゃないか!? 早いとこレイシアちゃんの身体を依り代にして『魔女』を召喚しないと……!!

 

 

『ううん。違うわ。これは、わたしが無理やり止めていた時間の流れを動かしたの』

 

 

「……えっ何それ」

 

 

 何それ。初耳なんだけど。

 

 

『一時的にね、時間の流れをちょっとだけ「切断」して余剰領域に滑り込んでいたの。そうすると元に戻すまで世界の時間を停滞させることができるのね。まぁ、本当に止めてるわけじゃないから「改変」自体は起こっちゃうんだけど』

 

 

 『魔女』は適当そうに言い、

 

 

『それを、やめたの。「切断」していた時間の流れは元通り。それに伴って世界も元の形を取り戻そうとしているわ』

 

「でも、元の時代に戻ったら、俺達の記憶はぼやけちゃうんだろ!? いやまた説明すれば全く同じ結論に至るとは思うけど……一旦歴史崩壊のリスクをなくすってこと?」

 

『いいえ。これでアナタ達とは「お別れ」よ』

 

 

 そこまで言って、『魔女』はにっこりと微笑んだ。

 

 

『あと一〇〇年でお別れするか、今お別れするか。わたしにとってはそんなに変わらないことよ。だったら今お別れしちゃった方がいいじゃない? 「未踏級」を体内に収めるとか正直どんな副作用があるか分かったものじゃないし』

 

「で、でもそれじゃ何の解決にも……!」 

 

『解決なら、したわ』

 

 

 『魔女』の背後に浮かび上がっていた無数の亀裂が、徐々に閉じていく。

 

 

『寂しい気持ちはあるけれど。悲しい気持ちもあるけれど。そうね、ずうっと前に教えてもらったのに、長いこと生きていたから忘れていたわ。…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは。

 俺が、レイシアちゃんに伝えて。

 レイシアちゃんが、俺に伝えてくれた言葉。

 

 

 

『本当に……ず~っと悩んでいたのが馬鹿みたい。こんなに簡単に解決するなら、もっと早くにアナタ達に会いに行くんだった』

 

 

 『ほら』と『魔女』は言い、

 

 

『有言実行。「お別れ」よ? わたしがこの先の未来にも希望を持てるような最高のお別れ、してくれるんでしょう?』

 

 

 …………クソみたいな無茶ぶり。

 それは、この先ずっとかけて見つけていくつもりだったのに。

 やれやれ……。

 

 

「……ほかの世界の俺達にも謝っておくんだぞ。さんざん迷惑かけたんだから」「……っ、今回みたいな生き死にがかかったものでなければ、またいつでも呼びなさい! 暇なら付き合ってあげますわ!」

 

『…………うん!』

 

 

 世界に走る亀裂が広がっていく。

 モノクロームの大空がひび割れ、その向こうに青々とした蒼穹が広がり──

 

 

『またね。シレン、レイシアちゃん』

 

 

 

 …………()()

 

 少し引っかかるものがあったが、確認するような暇はなく。

 直後、暗転。



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終章 最善の未来とは The_Best_End_is_Nowhere.
scene 1


終章 最善の未来とは

The_Best_End_is_Nowhere.

 

 

 

 ふと気付くと、どこなのかもわからない空間を歩いていた。

 真っ暗な──廊下みたいな空間だった。道の先は多分『外』に繋がっていて、そこからは見る者を安心させるような明かりが伸びている。

 

 なんとなく、この道を歩いていけば元の時代に戻れるのだろうと予想がついた。

 

 

《はぁ、散々な四月馬鹿でしたわね》

 

 

 歩きながら、レイシアちゃんは嘆息混じりに言う。

 あはは……まぁ確かに、色んな目に遇った。散々と言ってもいいかもしれない。

 

 

《でも、俺は面白かったよ。色んな自分の可能性を見ることができたし、色々と為になったし》

 

《そこですわ!!!!》

 

 

 しかしレイシアちゃんの意見は違ったらしい。俺の一言でむしろ気炎を上げた様子で、レイシアちゃんは続ける。

 

 

《せっかく色々と見ることができたのに! わたくしも勉強になりましたのに! これ、もとの時代に戻ったら全部忘れるんですのよ!? もう骨折り損のくたびれ儲け!! しかもこのわたくしの苦労すらももとの時代に戻ったら忘れてしまうのですわ~~不満すら覚えられないなんて歯がゆすぎますわ~~!!》

 

《いやいや、不満も忘れられるならプラマイゼロだと思うけど……》

 

 

 それに、確かに忘れちゃうかもしれないけどさ、

 

 

《あとほら、心、》《心には残るじゃんとかそういうのはナシですわよ。そういうのは残ってねえのと同じなのですわ》

 

 

 ぐう…………ッッッ!!!! 先に言われるともう何も言い返せない……!!

 

 

《というかそもそも。忘れてるかもしれませんが、わたくし達元の世界だと臨神契約(ニアデスプロミス)すら認識していないんですのよ? 完全初耳。ゴム紐の話だって知りませんわ》

 

《ああー……》

 

 

 そういえばそうだった。元の時代の重要知識ばっかり先出ししすぎなんだよな、今回……。

 ええと、臨神契約(ニアデスプロミス)はもとの時代の俺達は名前も聞いたことない。ゴム紐の喩えで説明される時間論も全然知らない。幽体離脱(アストラルフライト)なんかも存在自体知らない。

 

 うわぁ……こうして見ると初出概念が多すぎる……。臨神契約(ニアデスプロミス)に関しては、当麻さんと結婚した未来だと奇想外し(リザルトツイスター)なんてモノに昇華させてたくらいだし、覚えたまま帰れたら俺達も色々応用できたろうになぁ……。

 

 ……あ、応用できたら歴史がめちゃくちゃ変わっちゃうから()()()()のか。臨神契約(ニアデスプロミス)で。うわぁ……納得してしまった……。

 

 

《どうにかして一部でも知識を持ち帰れないかしら。あーこんなことならあの未踏級馬鹿にメモでもなんでも残してもらえばよかったですわ……》

 

《『魔女』でも無理じゃない?》

 

《いやー? わたくしはそうは思いませんわ。アイツ、シレンの体質とか無視して時間旅行を強制させてたじゃありませんの。きっとその気になれば色々無視してわたくし達に知識を残せたはず!》

 

《……じゃあ多分やる気がなかったんじゃないかな》

 

 あの性格なら、多分『ネタバレとか無粋じゃないかしら?』とか平然と言いそうだよね。俺達からしたら死活問題だからネタバレでもなんでもしろよ! なんだけど……。

 

 まぁ、先のことが分かりすぎてしまっても、それはそれで世界に張りがないというかなんというか。

 教えないということが『未来に希望を持たせる』ことに繋がると考えれば、『魔女』なりの気遣いなのかもしれない……。

 

 

《むぅ……いっそ手に忘れないようにメモ書きでもしておきますか? それなら残るんじゃないかしら》

 

《いやいや、それこそ多分均されて消えちゃうよ》

 

 

 レイシアちゃん、粘るなぁ。気持ちはわかるけどね。

 

 

《でもやっぱり、そういうのは自分の手で見つけないとね》

 

 

 ここで見てきた幾つもの未来を思い返しながら、俺は言う。

 

 『冬』も、『魔術師』も、『実業家』も、『警備員』も。

 『馬場さんとの未来』も、『相似さんとの未来』も、『当麻さんとの未来』も。

 そして、あの『魔女』も。

 

 みんなみんな、自分の力で未来を切り拓いてきた。だからこそ、最後にはみんな自分の未来に納得して、前を向いて歩いて行けた。

 そうなるには、やっぱりどんなに近道のように見えても、自分の力で、納得したうえで未来を切り拓いていく必要があるんだと思う。

 

 今、俺達のベストエンドはどこにもない。

 

 それは、これから俺達が、自分の手で作っていかなくちゃいけないんだ。

 

 

《それより、もとの時代に戻った後だよ。…………、》

 

 

 ……そこで。

 俺はとある事実に気付いてしまった。今まで、平然と、何も疑問に思わずやってきたが──そういえば俺達の『もとの時代』って……具体的に何時だっけ?

 そもそも、俺達は何をしているときに、この不思議な時間旅行に巻き込まれたんだっけ?

 

 ともかく、一つだけ分かることは。

 

 

《…………今日って、別に四月一日じゃないよな》

 

《……、》

 

 

 そして、光が近づいて────。

 

 

 


 

 

 

 ふと気付くと、戦場だった。

 

 目の前には、光で出来た巨腕を操る栗毛の女性──麦野沈利。

 狂気に満ちた笑みを浮かべる彼女と相対している俺達は、『亀裂』の翼をはためかせてその様を見下ろしていた。

 

 何か──何か、とても長い夢を見ていたような気がする。

 その内容は思い出せないけれど──。

 

 

「さあ、第二ラウンドと行きましょうか」

 

 

 麦野さんは引き裂くような笑みを浮かべ、上空にいる俺達を撃ち落とすような視線で射貫く。

 俺達もまた、その殺意に呼応するように戦意を高めていく。

 

 

「────裏第四位(アナザーフォー)ォ!!!!」

 

 

 疼く右目を、確かに感じながら。

 

 

 


 

 

 

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八三話:第四位 ②




というわけでエイプリルフール終幕!
今回は明確に本編に続く感じとなりました。続きは後日投稿されますので、本編の方をお気に入り登録してお待ちくださいませ~。


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