僕と儀式屋さんの魔女結婚儀 (ぺっぱーみとん)
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はじめの話

 初めまして、ぺっぱーみとんと申します。
 この作品はジャンプにて連載されていた「magico(マジコ)」(全8巻)の二次創作です。知らない方は原作買ってください! お願いします!


 

「好きです!」

 

 ここは『鷹の翼の大陸(イグリアス)』。『無謀者のみる墓(フール・タウン)』。魔法を求める者が集う町。

 

「絶対、ぜっーったいに幸せにしてみせます! 僕と結婚してください!!」

 

 その町のとある流行らない店で、青年──アラン・ガントレットは求婚(プロポーズ)をしていた。

 魔法も何も使わない、ぶつけるのは愛の言葉だけ。この世界では珍しいくらいストレートな告白だ。

 

「お断りします」

「ぐあああーーっ!!! 今日もダメか!」

 

 そして玉砕、窓際で()()()()()()()をめくる女──ライラ・サクラーレは慣れきった様子で顔すら向ける様子もなかった。

 

「今日で何度目だったかな?」

「99ですね。全敗です」

「懲りないなぁ君も。最近は罰ゲームかと思ってるよ」

「失礼ですね。これは純愛ですよ」

「世間ではストーキングと呼ぶんじゃないかな」

 

 この告白と玉砕の繰り返しが始まったのは二月ほど前から。それから1日1回欠かすことなく続いている。それも毎度変わらない台詞で。はっきり言って異常、初めは応援していた近隣住民も通報を考え出している。

 

「そろそろ諦める気にはならない? 君にはこんな三十路の女より、もっと若い娘をお勧めするよ」

「歳なんてどうだっていいんですよ。僕はあなたがいいんです。他でもないあなたが」

「……そうか。だからって1日に2度も受ける気はないけどね。さ、今日のお仕事を手伝ってもらおうか?」

「喜んで!」

 

 告白1回につき1つ仕事を手伝う。それが2人の間で決められた約束。そして99回目の今日も始まる。

 

「じゃ、まずはそこに立って」

「はい! 気をつけでいいですか?」

「今はね、そしたらこれを──」

 

 ライラの仕事は『儀式屋』である。では儀式屋とは何をするのか? それは説明する前に、魔法とは何かを説明しなければならない。

 『魔法』。それは森羅万象と世界の法則に干渉し支配する力。不可能を可能とする奇跡。空を飛んだり、火を吹いたり、箒を操ったり──数千年前に発見されたそれらは、今や人々の生活になくてはならない技術として浸透している。

 

「次これ持って、そしてこのポーズして」

「はい、はい!」

 

 そして魔法を習得するために行われるのが『儀式』。人が人の枠を超えた力を得るための『(コンパイラ)』。その内容は魔法の種類やランクによって様々。中には単独で行うには困難なものもあり、そのサポートを生業とする者こそ『儀式屋』なのだ。

 

「はあっ!!」

「オッケー」

 

 つまり今、アランが両手に豚肉を持って荒ぶる鷹のポーズをしているのも儀式。決して変態行為ではなく、本人は至って真面目にやっている。

 

「……で、これでどんな魔法が使えるんです?」

「相手の魔法、及び呪いを弾き返す魔法だね」

「つまり反射(カウンター)ですか!? とんでもなく希少な魔法をこんな方法で……」

「発動方法は豚肉を弾きたい魔法に叩きつけること」

「クソ魔法だ」

 

 ただしクソ魔法も存在する。

 

「確認ね、はい火球(これ)反射して」

「……えい」

「おおー、本物だったんだ」

「出なかったら流石にキツいですよ」

 

 ライラが放った小さな火球をアランの豚肉が弾く。肉に火が通ることはなく、魔法が正しく習得できたことが確認された。

 これが手伝い。メジャーではない儀式が本当に正しいかを検証する。……99回目ともなるとかなり特殊になったが。

 

「今日はおしまい、豚肉は持ち帰っていいよ」

「……今日の晩飯にします」

 

 

♢♢♢

 

 

「明日も来ます! ……次は100回目ですね!」

「はいはい」

 

 手伝いを終えたアランが店を飛び出し、ドアチャイムが揺れてカラカラと音を立てる。ライラがこの音を聞くのも毎日のことだ。

 

「……行ったかな?」

 

 5秒経過。ドアチャイムの音が消え、無音となった店内で誰もいないことを確認するライラ。少し前までの落ち着いた様子は消え、挙動不振なまでに外を伺う。魔法で出した椅子に体を預けた。

 

「はぁぁぁぁ〜! 今日もどきどきしたぁ!」

 

 説明しておこう。まるで酸いも甘いも噛み分けたような雰囲気を出してていたライラ・サクラーレという女(31)は恋愛経験がない。15になるまでとある禁魔法の研究ばかりしている同年代の異性など存在しない陰気な村で育ったモンスター処女。だが無駄に歳上のプライドはあった。だから99回目にもなって毎度同じ台詞にときめきながらも『ミステリアスなお姉さん風キャラ』を被る(つもりになる)ことで表に出さずにいたのだ。

 

「今日のアランくんはまた一段とかっこよかったなぁ。いつもより声にも気合入ってたし、目元もシュッとしてて……あー記録できないのが悔しい!」

 

 誰も聞いていないのをいい事に、本日の講評を語る。基本毎日が歴代最高、新しいワインより判定基準が適当だ。

 

「くぅ〜受けたい! アランくんの愛を受け止めたい! ……あげたいんだけどなぁ〜〜!!」

 

 ……この通り、この女はアランの想いを好意的に受け止めている。というか全力で返したいくらいに思っている。が、諦めてほしいとも思っている。それは何故か?

 

「はぁ……うっ」

 

 頭痛。

 

『やった。これで───の力が我が手に!』

 

『何をする! お前まで私を裏切るのか!?』

 

『逃がさんぞ、どこへ行こうとも必ず私は──』

 

「……私には相応しくない」

 

 運命には逆らえないからだ。

 

 

♢♢♢

 

 

「おじさんいつもの、今日は3つください!」

「1個多いじゃねーか! ついにOK貰えたのか!?」

「ダメでした!」

「……オマケしといてやるよ」

 

 ライラがブルーになっていた頃、アランは近所の屋台で買い食いをしていた。このドーナツ屋台の店主とは第1回の告白からの顔見知りであり、99回も玉砕しているアランと未だに仲良くしている数少ないお人好しである。

 

「いい加減諦めた方がいいんじゃねーか? ここまで断られるってこたぁ脈無しかもしれないぜ」

「いやいや、『何回だって挑戦しろ!』って言ったのはおじさんじゃないですか。諦めませんよ僕は」

「挑戦にも限度ってもんが……それに、お前の仕事は大丈夫なのか? 知り合ってから毎日通ってるみたいだけど」

「ああ、仕事(それ)ならとっくに辞めてるんで大丈夫です!」

「はぁっ!?」

 

 説明しよう、アラン・ガントレットは無職である。正確には99日前、『ライラと結婚する(予定)』という同僚から病院を勧められるような理由で退職した。今は貯金を切り崩しながら生活しているほぼニート状態の魔法使いだ。

 

「今時職無しでプロポーズは無理があるだろ……」

「別に一緒無職でいるつもりはないんですけど……どうせ使ってなかったので貯金はありますし」

「だからってなぁ……おっと揚がった。ほれ、応援はするが捕まっても知らんぞ」

「うーん、本気で嫌がられたらやめますよ」

 

 簡単な浮遊魔法で油から引き揚げられたドーナツが3つ袋詰めされて手渡される。決して作り置きせず、いつでも揚げたてを退去しているのがこの屋台の売りだ。

 

「はい代金。じゃまた明日!」

「確かに。明日は成功させろよー!!」

 

 オマケの分を差し引いた代金を支払い、激励の言葉を背に帰路へ着くアラン。このやりとりも今日で99回目。アランは次こそ絶対に決まるつもりだが、店主はダメだろうなと思っている。

 

「そういえば、あいつの仕事って何だったんだ? ……まぁ、いいか」

 

 店主の疑問は誰に届かずに消えていった。

 

 

♢♢♢

 

 

「明日はどうやろうかな! 開店と同時に行くのは確定として、花束でも用意するか? タキシードは……気取りすぎかな? 迷うなぁ」

 

 御行儀悪くドーナツ(2個目)を頬張りながら歩くアラン。早速明日の告白について策を練っているが、これも毎度のこと。朝になる頃には結局普通の服を着て同じ言葉を口にする。そして帰りにドーナツを食うのだ。

 

「あ! いつも振られてるお兄ちゃんだ!」

「こらやめなさい!」

「はははは! いいんですよお母さんでも顔は覚えたからなガキめ」

「ひっ」

 

 そんな生活サイクルを続けていれば当然奇異の目で見られるわけで、元々変人揃いの無謀者のみる墓(フール・タウン)でも特別変人扱いを受けている。本人もそれを自覚しているが、特に変えようとはしていない。

 

「ちゃーんと純愛なんだけどな、世間は冷たいぜ」

 

 しれっと世間に理解がないことにしているが、そもそもアランがライラに好意を寄せる理由を知らない住民が理解する方が難しい。一応、自ら『純愛』と称するだけの理由はあるのだが。

 

「想いはきっと伝わる。その前に諦めるなんてありえないことだ。わかんないかなぁ……」

 

 歩を進めるにつれて少しずつ人通りが減っていき、ほとんど裏通りと言っても過言ではない道へ。この辺りになると治安も悪くなってくるが、どうせ男独り暮らしなのだから大した問題はないとアランは思っている。腕っ節にもそこそこ自信があるからだ。

 だが、全ての人間がそうではない。

 

「キャーーーーッ!!!」

「んー、嫌な悲鳴……」

「ひ、ひったくりぃ!」

「古典的だなぁ」

 

 突然の悲鳴に振り返れば倒れた老婆が。そして老婆が指差す先にはいかにも悪党といった格好の男が走っている。抱えた荷物は奪い取った物だろう。

 

「とりあえず衛兵……は、やめとくか、うん」

「じゃ、じゃあどうすれば……?」

「うーん……まあ」

 

 ここは街の外れ、取り締まる人間がいるところまでは少々距離がある。大急ぎで来てもらったところで間に合うかは半々……ついでにもう一つ衛兵を呼びたくない理由もある。

 アランは考えた、『正直面倒だ』しかしすぐに思い直した、『明日のために徳を積んでおこう』。

 

「僕が行きます」

「は?」

 

 不純な動機を胸にアランが駆け出す。足元の石畳を粉砕し、弾丸のような勢いで追いかける。

 

「意外と速いな、何か魔法使っているな?」

「く、来るんじゃねぇっ!」

「だがこれくらいなら追いつける!」

「なんだこいつっ!? 振り切れないっ……」

 

 身体強化か、それとも加速魔法か、何かしらの補助を受けて逃げる犯人にそれ以上の速度で距離を縮める。あっという間に手が届きそうだ。

 

「こうなったら!」

「お、抜いたな?」

 

 このまま逃げ切るのは不可能と気づいたか、荷物を投げ捨ててアランに向き合う犯人。その他にはこれまたいかにも悪党らしいナイフ。

 

「殺せば追えないよなぁっ!」

「ああ、間違いない。けど……」

 

 犯人のナイフがアランの心臓目掛けて振るわれる。アランの格好はなんてことない布の服。防刃魔法も、仕込みの板も入っていない。

 

「ひひひっ」

 

 殺った。刃が突き刺さる感触を期待した犯人が聞いたのは、

 ぱきーん。

 

「えっ」

 

 やけに軽い金属音だった。

 

「殺せなかったな、悪党」 

 

 思い切りナイフを突き立てられたはずのアランは無傷。それどころか、ナイフは根本からぱっきり折れてその機能を失っている。

 

「は、折れ……え?」

「服に穴空いたっ!」

「いっ……あぎゃっ!?」

「確保」

 

 そして犯人は何が起こったのかもわからぬまま、少しばかり胸元が涼しくなったアランに殴り飛ばされた。

 

「さて、あとは──」

「こっちだ!」

「逃がさんぞ!」

「げ」

 

 老婆の元へ戻ろうとしたところで、曲がり角の向こうから衛兵の足跡と声が聞こえる。このままでは姿を見られてしまうだろう……そもそもアランはお尋ね者ではないし、ただ個人的に会いたくないだけなのだが。

 

「帰ろう!」

 

 もう十分徳は積めただろう。そう判断して、アランは更に人気のない路地裏から帰ることにした。

 

 

♢♢♢

 

 

 次の日。

 

「ふぁーあ、今日はお客さん来るかな……」

 

 天気は気分まで重くなるような曇り。ライラはいつも通りに開店の準備をしていた。といってもそれらしいことは特に何もすることはなく、ただ鍵を開けて表の看板を裏返すだけだが。

 

「アランくんは来るよね……どうしよう」

 

 重い腰を上げて扉の前に立ったところで動きが止まる。他でもない本人が言ったのだから、今日もアランは来るはず。そして100回目のプロポーズをされるだろう。

 

「どうやって断れば諦めてもらえるか……嫌がってる演技とかできるかな」

 

 99回の失敗ですら折れないのだから、やんわりと断ったくらいで諦めるような男ではない。

 けれどライラは諦めさせることを諦めるわけにはいかない。そう決まっている。

 

 がちゃり、からんからん。

 

「ああ、いらっしゃ……い……?」

 

 扉が開き、ドアチャイムが鳴った。どうやらアランが来たらしい。今日こそしっかり断るか、それとも明日に任せるか……とにかく出迎えようとしたところで、二つの違和感に気づく。

 まだ自分が鍵を開けていないことと、アランという男が、開店前に無言で入ってくるような男ではないことを。

 

「君は──がっ!?」

「お迎えに上がりましたよ、我らが黒魔女(エキドナ)!」

 

 気づいた時には既に殴られ、床に倒れ込んでいた。見知らぬ男、しかしこの男はライラのことを知っていて、ライラ自身もなぜ知られているのか理解している。

 

「あぁ生きていてよかった。もし貴女が命を落とすなんてことがあったらと、我々は心配だったのです」

「そりゃ心配だろうね、大事な生贄が横取りされるかもしれなかったんだからさっ!」

「……生贄ではありません、『供物』です」

「ぁぐっ……同じことだろう?」

 

 男は丁寧な口調で語りかけながら、魔法で生み出した蛇でライラを拘束していく。鋭い何かが掠めたような痛みの直後、蛇の持つ麻痺毒で身動きが取れなる。元より非力な彼女では普通のロープでも抜けられないが。

 

「『役目』を放棄して16年。もう充分に自由を楽しんだでしょう? 帰りましょう、当主様もお待ちです」

「嫌だと言ったら?」

()()()()()?」

「……やめておくよ」

「懸命ですね。私としても、これ以上供物に傷をつけたくはありません」

 

 自身の魔法を使えば、解毒くらいはできたかもしれない。しかしライラはそうしなかった。いくらここで抵抗しても無駄だとわかっていたからだ。もし抵抗した場合、この男は容赦なく攻撃するだろう。そうなればライラに勝ち目はない。

 

(もう終わりか、呆気ないものだ)

 

 いつかこうなると理解していた。逃げきれはしない、どこまで行っても自分はあの呪われた故郷に縛られていると。

 

「はぁ……」

 

 男が言う通り、もう充分自由を楽しめただろう、諦めが肝心。運命は変えられないのだから。そう自分に言い聞かせて、ため息をつく。

 

「……アランくん」

 

 その名前が出たのは完全な無意識。

 

「はぁいっ!!!」

「はぶぁっ!?」

「!?」

 

 そして、本人が扉のを破壊して現れたのは完全に予想外だった。

 

「おはようございますライラさん。今日も貴女は美しい……で、お前は誰だ?」

「あっが……げほっ、貴様こそ何者だ!?」

「純愛の騎士」

「???」

 

 爆散する扉に巻き込まれた男を睨みつけながら人として恥ずかしいことを恥ずかしげも無く言ってのけるアラン。そこは素性を語るところではないのか。無意識とはいえ名を呼んだライラですら困惑している。

 しかしアランは大真面目だ。真面目に頓珍漢な返答をして、目の前の男が愛する人に危害を加えていたことに腑が煮えくり返っている。

 

「念のため、間違いのないように確認します。ライラさん、この男は貴女の敵ですか?」

「っ、それは……」

 

 ただ一言、『敵だ』と言えば必ずアランは助けてくれる。そう理解しているからこそライラは言えなかった。自分が我慢すれば済む問題に、これ以上彼を巻き込みたくなかったからだ。

 適当な理由をつけて帰ってもらおう。そうすれば明日からは自分のことを忘れて平穏に暮らせるはず。それが彼のため……

 

「私はただ迎えに来ただけだ! 貴様のような部外者が邪魔をするんじゃない!」

「うるさいな、お前には聞いてないからその生ゴミ臭い口を閉じろ」

「な、生ゴミ!?」

「ぶふっ」

 

 その思いは、アランの暴言によって吹き飛んだ。彼にしてみれば暫定想い他人の敵に悪口を言ったまで、深い意味なんてない……けれど、ライラの心に宿った不安を晴らすにはピッタリだった。

 

「ねぇアランくん、運命って変えられると思う?」

「もちろん。現に僕の運命は、貴女に変えてもらいました」

「全然身に覚えがない……けど、うん」

 

 もしやそれは存在しない記憶ではないだろうか? と思いながらも、ライラにはその言葉が嬉しかった。

 運命は変えられる……かもしれない。アランがそう言ったから。きっとそうだ。

 

「ならその口が臭くて半端な役職に就いてそうな男は、私たちの敵だ! 思いっきりやっつけてくれたまえ!」

「了っ解しましたぁ!」

「ぐうぅぅ……ならば、実力で排除するまで!」

 

 毒蛇魔法(ベノムスネイカー)麻痺牙の黒縄(パラリティ・ブラック)──ライラを縛るものと同じ、魔法によって生み出された蛇がアランに襲いかかる。掠めただけでも身動きが取れなくなる麻痺毒を持つ牙、まともに食らえば命はない。

 

「『(メイル)』」

「!? 私の蛇が!」

「効かないよ、そんなもの」

 

 しかしその牙は肉に食い込むことはなく、()()()()()()に阻まれた。直前まで極々一般的な服装、一瞬にして全身を包んだ鎧こそ、アランの魔法だ。

 

 鉄装魔法(アイアンスミス)(メイル)。自身の魔力を鉄に変えて操る魔法。その攻撃力、耐久性、汎用性は全魔法の中でも上位。この鎧はその一つだ。

 

「敵だというなら、遠慮する必要はない!」

「ぐぬぬぅっ、毒蛇魔法(ベノムスネイカー)! そいつを止め──」

「……ふぅんっ!」

「引き千切ったぁ!?」

 

 男は毒牙が効かないとなればすぐに拘束を試みる……が、激怒したアランは止められない。巻き付いた蛇を引き千切り、また踏み潰しながら前進する。

 その姿はまるで、東洋に伝わる鬼のよう。

 

「こんなヒョロヒョロした魔法で、僕の怒りは止まらないっ!」

「ひいっ……」

「……流石は、()()()()()()()()だね」

 

 正確には、元鷹の目王国(ホークアイ)軍魔法騎士部隊副隊長。この大陸に住む者なら知らぬ者はいない超エリート部隊。それがアランの前職。今でこそライラへの愛に狂っているが、その実力は本物だ。

 

「一撃だ、それでお前をぶっ潰す!」

「あ、あああっ……」

 

 アランの右腕がべきべきと音を立てながら鉄を纏い、一回り大きな手甲を形成する。見ただけで伝わるその重量感は、男の戦意を喪失させるには十分過ぎるものだ。

 

「やっちゃえアランくん!」

鉄装魔法(アイアンスミス)(ナグル)……これはライラさんの痛み、そして僕の愛と怒りを込めた拳」

「うん──うん?」

 

「愛・情・拳っ!!」

 

「待っ──が びゅっ!」

「技名だっさ」

 

 鉄の拳が店全体を揺らすような衝撃と共に顔面へ突き刺さる。文字通り殴り飛ばされた男はそのまま壁にめり込んだ。壁から抜け出そうともせず白目を剥いた様子から、しばらく目を覚まさないだろう。

 

「大丈夫ですかライラさん! すぐ病院に……!」

「いい、蛇は消えたし解毒もできてる。まだちょっと痺れてるけど、動けないほどじゃない」

「そ、そうですか……して、こいつはどうします? 貴女が望むならもう一発くらい──」

「やめてくれ! それ以上は死ぬから!」

「そこまで言うなら……」

 

 躊躇なく追撃を加えようとするアランを必死に止めるライラ。この男に情なんてないが、目の前で死なれるのは流石に気分が悪い。ついでにその後が面倒臭くなる。アランは少し残念そうな顔で魔法が解き、鉄の手甲が霧散した。

 

「ならとっとと衛兵にでも突き出しましょうか。正直嫌ですけど仕方ないですね」

「いや、その必要は無い……それよりも、君に話があるんだ」

 

 まだ若干痺れた身体を棚を支えに立ち上がり、2人が向き合った。いつもならここでアランが告白しているところだが、今日は少し異なる。

 

「ひとつ確認したい。えーと……あー、『君は私を愛している』。それは本気か──」

「はぁいっ! 愛してまぁす!」

「声が大きい……けど、わかった」

「? 『わかった』……!!!」

 

 ここまでの流れ、愛の確認、そして『わかった』。もしかしてついにOKなのか? アランの期待感は最高になった……が、ライラが続けた言葉はその期待から大きく外れたものだった。

 

「私の儀式を手伝ってくれ!」

「ありがとうございま……え?」

 

 

 

 

 ──これは、男女が結ばれるだけの物語ではない。

 魔法使いが、運命を変えるまでの物語だ。

 

 

 




 三人称がとてもとてもしんどかったので次回から一人称で書きます。以下設定など。

アラン・ガントレット
 自称純愛の騎士(22歳男性無職)。元は鷹の目王国軍魔法騎士部隊隊長というエリートだったのだが、半年前に色々あってやめた。
 100回目のプロポーズは保留中。

ライラ・サクラーレ
 街の儀式屋犬兼雑貨屋のお姉さん(31歳女性恋愛経験無)。16年前にヤバい故郷から飛び出して以来無謀者の見る墓でひっそりと暮らしていたが、100日前から純愛の騎士を名乗る男(同じくらいヤバいやつ)に毎日告白され続けている。しかし男を見る目が微妙なので満更でもない。

豚肉反射魔法
魔法に生の豚肉をタイミングよく叩きつけることで反射する魔法。効果はすごい。

毒蛇魔法(ベノムスネイカー)
 毒蛇をニョロニョロ出す魔法。その牙は鎧を貫けなかった。

鉄装魔法(アイアンスミス)
魔力を変換して鉄を生成し、自在に操る魔法。生成する鉄の大きさと形状の複雑さに応じて魔力の消費量が増える。
有名な魔法ではあるが習得している魔法使いは少ない。

(メイル)
 鎧を纏うぞ! 魔法を解けばすぐに消えるので着脱の手間がない!

(ナグル)
 手甲を装備するぞ! 重くて硬いぞ!


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月の話

 エタったかと思ったか!? 続くよ!!!!

 ごめんなさいどうせ誰にも待ってないと思ってダラダラ書いてたらめちゃくちゃ時間かかりました。感想とお気に入り入ってビビり散らかしてます。これからもこんな調子で進めていきます。


 

「本当に衛兵呼ばなくていいんですか?」

「いいよ、騒ぎになると困るからね」

「それは同感ですが……まあいいか」

 

 今日も美しいライラさんを襲っていた男にアラン()の愛情拳が炸裂してから数分後。縛り上げた男を放置して僕達は話を始めていた。

 常識的に考えればこんな悪党は今すぐ牢屋へ放り込むべきなのだが、他でもないライラさんがそう言うのなら仕方がない。僕としても元同僚に会う可能性は避けたかったところでもある。

 

「まずは、助けてくれてありがとう。君がいなかったら、今ごろ私は……」

「よしてください。僕と貴女の仲でしょう?」

「店主と客だけどね」

 

 愛する人が助けを求めた、だから応じた……それだけのこと。お礼なんて必要ない。誰だってそうするだろう?

 おっといけない、ついいつも通りに愛を語ろうとしてしまった。

 

「それで、僕に手伝ってほしい儀式とは?」

「……」

 

 『私の儀式を手伝ってくれ』。数分前、愛しのライラさんはそう言った。どうせ断る選択肢なんて存在しないが、流石に内容くらいは知っておきたい。『運命』とやらにも関わることなら尚更。

 ライラさんはまた少し迷い、しかしすぐに覚悟を決めた様子で口を開いた。

 

「『黒魔女(エキドナ)』は知っているかい?」

「……500年に一度誕生する、莫大な魔力を心臓に宿した女。魔力は16歳で育ち、心臓を抉り出せば世界をも破壊する程の力を得る……でしたっけ。伝承でしか聞いたことはありませんが」

 

 この国に、いや世界に住む者なら一度は聞いたことのある伝承『黒魔女(エキドナ)』。しかしその内容は僕が語った部分以外は曖昧で、はじまりすらよくわかっていない。世間では空想や御伽噺扱いされている。

 

「御伽噺じゃない、真実だ。黒魔女の少女は実在するよ……そこまで知っているのは極一部の魔法使いだけだがね」

「実在する!? 待ってください、今その話をしたってことは、もしや貴女が──」

「いや、私は黒魔女(エキドナ)じゃないけど」

「えっ」

 

 話の流れ的にライラさんが黒魔女で、あの男は心臓を抉りにきたのかと思ったが……どうやら違うらしい。よく考えればライラさんは31歳だし、伝承にあった16年とは合わないか。

 ああ、伝承が真実であることはどうでもいい。

 

「君にはまだ話してなかったが、私の故郷はとある禁儀式を研究していた。『黒魔女を造る儀式』をね」

「造れるものなんですか、それ」

「当然本物は無理さ、原初の魔法使いの業だからね。だがイカれた魔法使いは『模造品ならば造れる』と考えた……『女の心臓に莫大な魔力を溜め込み、16年間育てさせる』という方法で。ここまで言えばわかるだろう?」

「……その模造品こそが、貴女だと」

「正解」

 

 ……何て非道な儀式だ。ライラさんの命を何だと思っている。そのイカれた魔法使いとやらが許せない。男がここに来た理由もわかった。きっと彼女を故郷まで連れ帰るつもりだったのだろう……おのれ、今すぐ男を叩き起こして潰しに──

 

「私もあの限界クソ田舎はさっさと潰すべきだと思うが、まずは座ってくれ。ここから君に手伝ってほしい儀式について説明する」

「はい」

 

 やっぱりやめた。ライラさんのお話が最優先だ。

 

「黒魔女擬きとなった私の心臓には莫大な魔力が溜まっていて、それを狙う存在がいるのはさっきの通り。そして心臓に魔力を吸われ、弱い魔法しか使えない私1人ではとても逃げ切れない。だから私はほとんど諦めていたんだ、『それが運命だ』とね」

「でも、今は違うと?」

「その通り。君のお陰でね……まぁ、1人で何とかしようと考えてた時期はあったんだけど」

 

 僕なんかの影響で考えを変えてくれたのなら光栄だ。ライラさんの様な美しい人がそう簡単に死んではいけない、どこかの誰だったかも『諦めないのが魔法使い』と言っていたし。

 

「そして私が考えた、『運命を変える儀式』がこれだ!」

「わっ! ……おお?」

 

 どこからか取り出された紙が勢いよく広げられる。そこに書かれている図が儀式の説明か。見たところ全部で七つ、見たことも聞いたこともないものばかりだ。

 

「伝承にある本物の黒魔女は、魔女結婚儀(マジコ)という数多の婚礼儀式を組み合わせた巨大な儀式によって封印できると言われている。しかし()()である私には同じ方法は使えない。だから別の方法を取ることにした──『封印』ではなく『解呪』をね」

「なるほど、つまりここに書かれているのは……」

「ああ、これらは全て魔力を吸収、浄化、放出する魔導具(マジックアイテム)を手に入れる儀式だ」

 

 儀式には大きく分けて2つある。儀式に必要な物を手に入れるための『収集(ギャザリング)』。そして収集した物を使ったり、魔法陣の真ん中で豚肉を持ってポーズを決めたりといった『儀礼(イニシエーション)』。今この紙に書いてあるのは全て収集が中心となっている。

 

「僕の仕事はその収集の手伝いってことですね」

「その通り……やってくれるね?」

「もっちろん! 貴女の為ですから!」

「そ、そうか……ありがとう」

 

 断る理由なんてない。ライラさんでさえ一度は諦めてしまう程辛く苦しいものであることは想像に難くないが、僕の辞書において『諦める』の定義は『ライラさんに拒絶される』だ。余裕すぎる。

 それにものは考え様だ、本物の黒魔女を封印するのが魔女『結婚』儀であるのなら、この儀式はまさに……

 

僕と儀式屋(ライラ)さんの魔女結婚儀、ですね!」

「え? あー……そういうことになるね?」

「っしゃあっ!! 頑張ります!」

「……うん。それで最初の儀式なんだけど……」

 

 実質婚約した喜びもそこそこに、最初の儀式について詳しく説明を受け、その日のうちに出発して──

 

「ひゅー、ひゅー……」

「……大丈夫ですか?」

 

 ライラさんは虫の息になっていた。

 

 

♢♢♢

 

 

「何か飲みますか? 水かお茶しかありませんが」

「いい……今飲んだら戻しそう、はひぃ」

 

 とりあえず小休止を取り、魔法で出したシートに横たわるライラさんを眺める。全身雨に降られたようにびしょびしょ。これが汗も滴るいい女というやつか。ちょっと興奮する気持ちを抑えてタオルを差し出す。

 

「汗拭いてください、風邪ひいちゃいますよ?」

「ふふ、不要さ……『asehike』!」

「おお? おー……」

 

 知らない呪文と共に身体が発光。一瞬置いて光が消えると、そこには綺麗に乾いたライラさんの姿が。これも魔法か。

 

「『汗を乾かす魔法』……どうだい? 凄いだろう?」

「何て便利な……しかし初めて見ましたね」

 

 いや本当に凄い魔法だ。間違いなく需要はあるし、特許を取れば相当稼げるだろう。が、そうしていないということは……。

 

「習得方法はまずピンキースネイルの粘液を1リットル」

「あ、もういいです」

 

 便利そうなのに普及しない魔法は妙な儀式であることが多い……ちなみにピンキースネイルはピンク色が特徴の握り拳サイズのカタツムリだ。どう使うかは知らないが、そんなものの粘液を1リットルも使いたくない。

 

「残念……と、足を引っ張ってすまないね。少し運動不足だったようだ」

「何のこれくらい。支えがいがありますよ」

 

 確かに想像を遥かに下回る体力の無さだが、人並みの体力があっても同じ状態になるだろう。なにせ今僕達が進む道は軍人でさえ音を上げる危険地帯、辺境の地アンドラの最深部──通称"悪魔の樹海"なのだから。

 

「休憩ついでにおさらいしておこう。最初の目的地は『神泉ルナ』。聖なる力を持ちあらゆる病を治すという泉。そこの湧き水を採取しに行く」

「その泉は聞いたことがありますよ。王国軍(元職場)でも採取に向かわせたことがあったそうで……結果は失敗ですが」

「だろうね。泉の影響はこの樹海全体に及んでいて、近づくほどに異常な現象が多発し、生物は歪んでいるらしい。その証拠にほら、地図が壊れた」

「わお」

 

 念のためにと持ってきた地図。仕込まれた魔法によって周囲の地形を立体的に映し出すはずのそれは、ひどいノイズが走り滅茶苦茶な地形になっている。これではとても使い物にならない。

 異常の中心である泉まではまだかなりの距離があるというのにこの影響。ここからは何が起こるか予想もつかない。

 

「しかし安心してください。いざとなればお姫様抱っこで運びます!」

「……その時は頼むよ。では進もうか」

「はい!」

 

 少し休んでライラさんの体力も回復したようだ。この調子では日が暮れるまでどれだけ進めるか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

 ──メキッ、バキ、バキバキバキ……

 

「うわぁ……」

「グルルルルルルッ……!」

 

 枝が折れ、木が倒れるような音に振り返れば、そこにいたのは巨大な獣。血走った()()()でこちらを睨みつける熊のような獣、軍でもこんな生物は見たことがない。

 言ったそばからご登場とはな、こういう場合って僕が悪いんだろうか?

 

「友好的な生物……ではなさそうだね」

「そうですね……と、いうわけで」

「うん、任せた」

「グルルルァァッ!!」

 

 雄叫びと共に振り下ろされる前足。丸太を何本も束ねたような太さのそれを、疲労困憊のライラさんが防ぐことは不可能だ。直撃すれば美女の挽肉ができてしまうだろう。だから、僕がいる。

 

鉄装魔法(アイアンスミス)──『(ウォル)

「ガアッ!?」

 

 期待していたものとは違う感覚に戸惑う獣。あの威力の攻撃でも僕たちは傷ついていない。地面から生えた鉄の壁が受け止めていたからだ。

 もちろんその壁はただの鉄じゃない、『(ウォル)』──魔力でできた鉄の壁。この程度なら余裕で止められる。

 

「今日は熊鍋にしましょう、いや、この大きさなら明日も明後日も食えますよ」

「この量に保存魔法かけたらどれだけ魔力が……もういいや」

「グア、ァァァ……」

「へぇ、自分が食われる側に回ったって理解する知能はあるみたいだな、もう遅いけど」

 

 先に手を出したのはそっちの方だ。ここは弱肉強食の摂理に従って、僕たちの胃に収まってもらおう。

 

鉄装魔法(アイアンスミス)(アクス)。……大丈夫だ、楽に殺すから」

 

 食うのは決まりだが、無駄に痛めつけるつもりはない。仕留めるなら一発で確実に、この斧で。首を落として終わりだ。血抜きもできて一石二鳥。

 

「ウオオオオーーーッッッ!!!」

「せぇ、のっ──」

 

 せめてもの抵抗のつもりか、獣の取った行動は噛みつき。人の頭蓋など容易く砕けるような牙が襲いかかる。だが今の僕にとって、その攻撃は首を差し出すことと同じ。軽く交わして、ガラ空きの首に斧を振り下ろせばいい。

 

「そぉいっ!」

「! ……ガ……」

 

 皮を断ち、肉を断ち、骨を断ち、命を絶つ。頭はそのままの形相で明後日の方向へ飛んでいき、胴体は勢いのまま前のめりに倒れ込んだ。

 大きくて力の強い獣だった、だがそれだけだ。脅威度は先日の悪党や毒蛇魔法の男とそう変わらない。

 

「さて、解体しましょうか」

「その前に調べさせてくれ。気になることがあるんだ」

「だったら手伝いますよ?」

「いやいい。どうせすぐに終わる」

 

 そう言ったライラさんはどこからか取り出した器具を使って血肉と毛を採取していく。衣服には血が付着して汚れているが、この程度ならどうにかできる魔法があるんだろう。

 

「……うん、やっぱりね。どこを調べても特殊な魔力が検出される。それもこの獣が生み出したものじゃない、外部から取り込んだものだ」

「驚いた、そんなことまでわかるんですか」

 

 言われてみれば残留する魔力に違和感がある。しかしそれは本当に小さく、初めて見る獣だからで納得してしまいそうなほどだ。だからわざわざ調べようなんて思わなかった。

 

「魔力の源は間違いなく泉だ。噂に聞く通りだね」

「つまりこんな生物がゴロゴロいると……あれ、肉に魔力が残っているなら、食べない方がいいのでは?」

「何日も常食しなければ問題ない量だよ。私たちの魔力で対抗もできるしね……たぶん」

「そこは曖昧なんですね……」

 

 まあいい、もしもがあればその時だ。このまま放置しては血の臭いに釣られて別の獣が寄ってくる。その前に解体しようとナイフを手に取った瞬間。

 

「ガルルルル……」

「キチチッ、キキキキキ……」

「シャァァァァ……」

「……解体と保存はやっておくよ」

「はい」

 

 狼のような声と虫のような声、それに蛇のような声があちこちから聞こえる。ライラさんが死体を調べている間に、次のお客さんたちが集まってしまったらしい。上等だ。

 

「次は追い払うだけにしてくれよー! もう肉はいらないからー!!」

「はぁい! …… 全匹ぶっ飛ばしたらぁー!!」

 

 追い払っても追い払ってもキリがない数の獣。襲撃が収まったのはすっかり日が落ちてからのこと。無視できない疲労とともに、改めてここが悪魔の樹海と呼ばれるだけの場所であると実感した。

 

 

♢♢♢

 

 

「ひぃー……もう少し、もう少しのはず……」

「……あ、あった!」

 

 歩いて、休んで、襲われてを繰り返して五日。獣道すらほとんどない樹海をかき分けて進み続けた僕たちの目の前に、妖しく光る泉が広がる。

 

「これが……『神泉ルナ』……!」

 

 美しい。それがこの泉に最初に抱いた印象。泉の中央からは湧水と共に光が溢れ、薄暗い樹海を照らす。水面から浮かぶ光の玉は色とりどりで幻想的な風景を生み出している。

 

「綺麗だ……けど……」

「ええ、ライラさんには劣るくらいには綺麗ですけど……」

「う、うん」

 

 僕にとっては事実なのだから仕方ない。実際今まで見てきた風景に限れば最上位と言っても過言ではない美しさだ。ここがプールならば、すぐに飛び込んでいるところだ。……が、その周りは酷く荒れている。地面は抉れて岩らしきものが散乱し、クレーターや斬撃の跡があちこちに。僕たちの反対側は木が薙ぎ倒されている。

 

「何だろうね、この荒れ様は」

「高位の魔法使いが……4人かな? かなり激しい戦いがあったみたいですね」

「ふぅん……まあいい、恐らく私たちには関係のないことだ。きっと、たぶん」

「……そういうことにしておきましょうか」

 

 魔力の残滓を見るに戦闘が起こったのは数週間前、それから戻って着た形跡もないし警戒する必要はない。謎ではあるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「ではアランくん、飛び込んでくれ」

「それ結果わかってて言ってますよね?」

「うん」

 

 伝承によれば、この泉はあらゆる傷病を癒やすと言われているが、同時に触れた者へ耐え難い激痛をもたらすらしい。水に含まれる膨大な魔力が原因であるとライラさんは予想している。そこまでわかっててこの人は飛び込めと言っているのだが。

 

「でもアランくんのかっこいいところ見たいなぁ」

「喜んで!!」

 

 上着を脱ぎ捨てて泉に向かってダイブ。激痛なんて関係ない、だって好きな人にはかっこいいところを見せたいから。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!」

 

 一瞬ひやりとした感覚の後、雷に打たれたような激痛が全身を駆け巡る。しかもそれは過ぎ去ることなく延々と続く。元軍人の自分なら多少の痛みは平気と思っていたが、これは想像以上だった。

 

「どわぁぁぁ!! ああああ!!」

「酷い光景だ……で、どうだい体は?」

「はぁ、はぁ……回復してますね、本物で間違いないです」

 

 絶叫しながら泉から這い出ると、すぐに痛みは収まる。そして、ここまでの道のりで溜まった疲れは見事に消し飛んでいた。つまり伝承は真実だった。……けど、重傷の人間を放り込んだらショック死しそうだ。

 

「検証も済んだし採取の時間だ! とりあえず持てるだけ採るよ!」

「容器でかっ!」

「リスクはあれどこんな便利なものは幾らあっても困らないからね。魔法を使えば持ち運びも楽々さ!」

 

 取り出されたのは一軒家程もある貯水タンク。魔力を帯びた水はライラさんの魔法によって次々とその中へ吸い込まれていく。あの勢いだと10分もすれば満杯になるだろう。

 

「せっかくですし僕も汲んでいきましょうかね。水筒も空だし──飲んでいいのかわからないけども──あれ?」

「どうしたんだい?」

「いや、今汲んだ水が何か……変だ」

 

 たった今泉から汲み上げた水筒を除くと、中に入っているのはただの水。綺麗に透き通っていてそのままでも飲めそうな水質だが、一切の魔力を感じない。中身を捨て、場所を変えてもう一度汲んでも結果は同じ。確かにあった膨大な魔力は綺麗さっぱり消えてしまう。

 

「水筒でこれってことは……そっちも!?」

「何てことだ……」

 

 一度魔法を解き、半分ほど溜まった巨大な貯水タンクを除くと、やはり中身はただの水。掬って手にかけても、冷たさ以外感じない。

 

「これではっきりした。神泉ルナの水は泉から切り離されると魔力を失う」

「参りましたね。これじゃ無駄足になりますよ」

「……少し待ってくれ、考えるから」

 

 ここまで来てこんな障害が待ち受けていようとは、さすがのライラさんも想定外だったらしい。思案しながらブツブツと唱えている独り言もどこか焦った様子だ。

 敵の気配もなく、彼女を待つ間僕ができるのはただ泉を眺めるばかり。元々期待されていないとはいえ、こういう時に役に立てないと専門的な知識がないことが悔やまれるな。あーまたボコボコしてる。

 

「あのボコボコしてるところが源泉かぁ」

「そりゃ見ての通りさ……ん?」

「どうしました?」

「最初から魔力を含んだ水が湧いているのなら源泉から切り離されても魔力は消えない。つまり実際に消えているこの魔力は後から付与されたものであり、この泉のどこかに魔力を付与する『何か』が存在することに他ならない。それの場所として考えられるのは──」

「!?」

 

 突然独り言が加速し、表情が何かを発見した時のそれになる。もの凄い早口で全部は聞き取れないが、どうやら何か閃いているらしい。

 

「──中心部だ! この泉、延いてはこの森に魔力を満たさせている『何か』はそこにある。その一部でも採取できれば……」

「中心部……」

 

 なるほど。細かい理論は置いといて、僕たちの目標は水から水に魔力を付与する何かに変わったことがわかった。問題はそれを採取する方法なのだが。

 

「一応聞きますが、どうやって?」

「……潜って」

「はい」

 

 知ってた。魔道具が役に立たない以上それしか方法は無いが、潜るということはまたあの痛みを受けなければならないということ。しかも今度は中央まで泳いで、『何か』を見つけるまで出られない。

 覚悟して入ればまだ何とかなるか? いっそ慣れるまで耐え続けるか、どうしたものか……。

 

「でも、潜るのは私だ」

「え──ちょっ!?」

 

 不意にかけられた『潜るのは私』という言葉。それに気づいて止めようとした時にはもう、水面に向かって飛んでいた。

 

「君にばかり無理はさせられな

 ア゛ーーーーーーッ!!!!」

「あ゛ーー!!?!?」

 

 そして水面に触れた瞬間、絶叫&気絶。ライラさんの体は水死体の如く浮かび上がるのだった。

 

「何やってるんですか! あ゛うっ! この、早く上がって……どあー!!」

 

 慌てて自分も飛び込み、痛みに耐えながらライラさんを引き揚げる。本人には絶対言わないが、気絶した人間の体はとても重かった。

 

「うう、ううん………」

「どうしてこんな無茶を……って、聞くのは野暮かな」

 

 途中で絶叫していたが、ライラさんは確かに『君にばかり無茶はさせられない』と言っていた。最初に飛び込むように唆しつつも、罪悪感はあったんだろう。

 

「だからって自分が行くことないでしょうに、強くないんですから」

「…………」

 

 ライラさんはまだ気絶したまま。それなりに鍛えた僕でさえ音を上げそうな痛みを、ほぼ常人が食らったらこうもなろう。それくらいわかってて飛び込んだはずだ。

 

「……(シェル)

 

 魔力で練られた鉄の殻がライラさんを包む。これで先日の獣程度なら手出しもできない。

 愛しいライラさんがこれだけ体張ったんだ。なら僕はその何百倍も張るしかないだろう。

 

「すぅー……はっ!!」

 

 深呼吸して覚悟完了。少しの助走から、中心部に向かって飛び込んだ。

 

 

♢♢♢

 

 

「ううんっ……はぁっ!?」

「あ、おはようございます。寝顔も綺麗でしたよ」

 

 ライラさんが長い気絶から目を覚ました。体の疲れは泉に入った時点で消えるが、精神的な疲労もあったんだろう。その間寝顔はじっくりと堪能させてもらった。この記憶だけで5年は生きられる。

 

「すまないアランくん! 私どれくらい寝て……泉は!?」

「ざっと3時間くらいですかね。それと、泉についてはこれを見てください」

 

 目覚めてすぐに目的の心配をするのはこの人らしい。僕がいなかったらまた飛び込んでそうな勢いの彼女に、痛みに耐えた成果を差し出す。

 

「……石?」

「源泉まで潜って見つけました。水に含まれてるものと同質の魔力を発している石です。本当はもっと大きいのもあったんですが、とても動かせなかったので欠片をいくつか拾ってきました」

「……本当に同じ魔力だ。しかも消えてない」

 

 それは泉と同じように薄く光る石。源泉の更に奥にあった、巨大な岩と、その周りに散らばっていたものだ。一瞬見落としかけたが、たまたま近づいたところで発光が強くなったおかげで気づくことができた。

 

「汲んだ水に沈めれば魔力が復活することも確認済みです。これが『何か』の正体で間違いないでしょう」

「すごいすごい! これさえあれば当初の予定以上の量を確保できる! ありがとうアランくん!!」

「いやいやそんな……もっと褒めてください嬉しいので」

 

 石を抱えて子供のようにはしゃぐライラさん。ここまで喜んでくれるなら頑張った甲斐があるものだ。そうでなくてもやるんだけど、愛してるから。

 

「にしてもこの大きさですごい魔力だね。何でできてるんだろう……」

「この辺の地質じゃ採れないものみたいですね」

「あれ、地質とか詳しいんだ?」

「……実家が鍛冶屋でして、採掘とか少し齧ってたんですよ」

「? そっか。不思議だなーこれ」

 

 そういえば言ってなかった。別に隠していたわけじゃないけど……まあいい。今はこの石だ。

 いきなり生えてきたわけではなく、誰かが持ってきたっていうのは考えにくい。となると……

 

「隕石、とか?」

「あり得るね、それならこんな魔力を帯びているのも納得がいく。……まあ、そこを深く考えても仕方ないか」

「そう……ですね」

 

 謎は残りつつも目的は達成した。考察はまた移動中にでもすればいい。その時間はたっぷりある。

 

「じゃあ次の目的地へ! 森を抜けてそこからまた移動して……何日かかるかなぁ……」

「……森出たら、ちゃんとした移動手段考えましょうか」

 

 不安そうな声を出すライラさんは。この調子だとまたヘロヘロになることが容易に想像できる。旅もまだ続くんだし、馬車なり魔法車なりの購入を検討するべきか。

 

「待って、この石と水があれば不眠不休で動けるのでは!?」

「絶対やめましょう無理ですから!!」

 

 とにかくこれで一つ目の収集完了。僕と儀式屋(ライラ)さんの魔女結婚儀の完遂まで、あと六つ。

 

 

 




 
アラン・ガントレット
 愛の騎士。ライラを全肯定しているように見えて割と言うことは言う。愛故に。

ライラ・サクラーレ
 体力なしなし魔女。熊っぽい魔獣の肉は彼女が美味しく調理したけどまだ余っている。

神泉ルナ
 ど田舎の辺境の奥地にある泉。入るとめちゃくちゃ痛いけど疲労が消えて傷が治る。さまざまな伝承が残されているが、その効能の正体は源泉に落ちた隕石から出る魔力だった。(独自設定)
 ちなみに泉の周りにあった瓦礫や傷については原作2巻を買って読もう! お願い!

魔獣
 普通の獣がルナの魔力で変質したもの。いっぱいいたけど大体雑魚。

今回の錬鉄魔法
(ウォル)
 壁を作るぞ! 大きさと厚みが自在に設定できる!

(アクス)
 斧を出すぞ! デカくて重いので対人には不向き! 獣相手に使ったのは単なるかっこつけだ!

(シェル)
 包み込むような鉄の殻を出すぞ! 以上だ!


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火の話

 
 投稿頻度を上げ(遅い)、さらに文字数が増えました(想定外)。このペースを維持したいですね、したいだけ。

 それと、なぜライラさんが戦ってないのかな説明を忘れていたので前回に加筆しています。読み返したくない人向けに説明すると「偽黒魔女に魔力を吸われて強力な魔法が使えないから」です。謎魔法は消費が軽いためと単なる趣味で修得しています。


 

 

「うぅ……ううぅ……」

「……大丈夫ですか?」

 

 神泉ルナにて最初の魔導具を手に入れてから数日。ライラさんの呪いを解くため、僕たちは次なる目的地へ移動していた。ちなみに今までの徒歩と交通機関には限界があるため、途中の街で大枚叩いて購入した魔法車を移動手段にしている。

 

「魔法車ってこんなに酔うものなんだね……うえぇ……」

「いや、貴女が特別弱いんだと思いますが……」

 

 そして助手席のライラさんは盛大に魔法車酔いしていた。なるべく揺れないように運転しているのだが、それでもこの人には厳しかったようだ。

 

「酔い止めの魔法とか無いんですか?」

「あるけど儀式してない……」

「可能なら街でやりましょうか、エチケット袋が足りなくなる」

「ごべん……う゛っ」

 

 助手席で思い切り吐いていても許せる、愛する人だからね。もしこれが元部下だったら蹴り落としていたかもしれない。ちょっと……いやだいぶ汚い音声は心の耳栓で聞こえないふりをしておく。

 

「おっ」

「う゛ぇ?」

「見えましたよ、次の街が」

「や゛っ゛た゛ぁ゛」

 

 目を凝らせば遠くに見える街並み。一見何の変哲もないあの街こそ、次なる魔導具、『浄化の炎』のある場所だ。

 

「着いたら休憩させてくれ……ぁう」

 

 

♢♢♢

 

 

 街に到着してから約1時間後。ようやく元気になったライラさんと共に訪ねたのは小さな『炎屋(ほむらや)』。命を吹き込まれた様々な特性を持つ炎を創り出す魔法使いだ。何でも目的である『浄化の炎』はここで手に入るらしい……のだが。

 

「『浄化の炎』が無い!?」

「すまねぇ……」

 

 メラメラと燃える頭の青年に告げられた結果は『無い』。出し渋られるくらいの想定はしていたが、そもそも無いとは思わなかった。

 しかしライラさんはここで手に入ると言っていたんだ。それが間違いでないのなら、一体どういうことなのか。

 

「おかしいな、何年か前に調べた時はここにあると聞いたんだけど」

「それはオヤジ──先代の時だな。でも今は……」

「……悪いことを聞いちゃったかな」

「いや、生きてるけど引退と同時にどっか行っちまった」

「えぇ……」

 

 理由はアレだけども、無いというのは本当らしい。

 

「君には創れないのかい?」

「わからねぇ、何せ試したこともないからな。()()が無いせいで」

「その火種ってやつは希少な物なんですか?」

「少なくともその辺に売ってるような代物じゃねぇ。護石獣の紅石(カーバンクル・ルビー)って言うんだけど」

護石獣(カーバンクル)か……」

 

 護石獣(カーバンクル)。額に様々な宝石を付けた希少な魔法生物。額の宝石は種類によって異なる魔力を持ち、その魔力と個体数の少なさも相まって極めて捕獲が難しいと言われている。僕も見たことがない。

 

「ふぅん……それはそれは……」

「ここまで来てもらって悪いが、俺には用意できない。代わりと言っちゃなんだが他の炎を……」

「間に合ってるからいらない」

「ひでぇ」

 

 実際他の炎を貰ったところで意味がない。今欲しいのは『浄化の炎』なんだから。しかし無いものは無いし……困ったなぁ。

 

「じゃあ、護石獣の紅石(カーバンクル・ルビー)を取って来てもらえばいいじゃない?」

「リリィ!?」

 

 そう言って、燃えてる少年の後ろから出てきたのは修道服のシスター──リリィと言うらしい。どことなく浄らかな魔力を感じる。

 

「ばっ……今は仕事中だから下がっててくれよ!」

「私の護衛だって『炎屋(ローグ)』の仕事でしょ? なら近くにいるべきでしょう?」

「いや、だけど……」

「……ははーん」

 

 ローグは炎屋の少年のことか。それにしてもこれだけの会話でも2人の力関係がわかる。どうやらこれが尻に敷かれていると言うやつだろうか。僕がライラさんの尻に敷かれる……うーん、物理的にも概念的にも大歓迎だ。

 

「それで、取って来てとは?」

「うん、お客さんは『浄化の炎』が欲しい、でもローグは火種がないから創れない。だったらお客さんにお願いすれば解決でしょ?」

「いや、簡単に言い過ぎじゃ……」

「どうしますライラさん?」

「それだ!」

 

 即決だった。

 

 

♢♢♢

 

 

 即決から数時間。僕たちは魔法車に乗って街の南方にある火山に来ていた。正確に言えば、その火山の中腹に。

ちなみに炎屋(ローグ)シスター(リリィ)は同行していない。何でもシスターは街を離れられない理由があるらしく、炎屋もまた護衛のため側にいるそうだ。待つ間に炎を作成する技術を見直すとも。

 

「あう、うぅぅー……」

「大丈夫ですか、ほら足元気をつけて……」

「ありがとう……うぅ……」

 

 火山と言っても何十年も活発になっていないような山で、多少荒れてはいるが草木が少ない分寧ろ登り易かった。グロッキーなライラさんには厳しい場所だったようだけれど。本当は魔法車で登れば数分で行けたんだが、警戒されないためだったのだから仕方がない。

 しかしここまでの僕たちは登山をしただけ。目的のカーバンクルは見つけられていない。

 

「ふぅ、ふぅ……やっぱりこの体調に登山は堪えるね……」

「やっぱり酔い止め魔法習得してから来るべきだったんですよ、別に街でできる儀式だったんでしょう?」

「いや……半日かかる儀式だから……」

「あぁ、そういうことですか……」

 

 後で聞いた話によると、酔い止め魔法は『強烈な眩暈と吐き気を起こすキノコを食べ、10時間吐かずに耐える。その間何も口にしてはならない』儀式によって習得できるとのこと。相変わらず誰が作ったのかわからない儀式だと思う。そのキノコは持っているが怖くて試せていなかったらしい。

 

「もう少し休んだら探索を始めましょう。でも僕、実物は見たことないんですよね」

「見つけられればすぐにわかるさ。あ、ほら、君の後ろにいるやつみたいな……ん?」

「後ろにいる? ……あ」

「きゅ?」

 

 振り返ったところにいたのは、猫だかイタチだか狐だかよくわからない小動物。その額には燃えるような赤い宝石が輝き、興味深そうな目でこちらを見つめている。

 これはまさか、いや間違いない。カーバンクルだ。

 

「つっつつ……捕まえて!」

「は、はい! ……よっと」

「きゅぅー?」

 

 驚かせないようにゆっくりと屈んで、目の前のカーバンクルを抱き抱える。軽さは大人の猫と同じくらいか? 少しだけ不思議そうな声を上げたが、まるで抵抗されることはなかった。

 え? これで捕獲できたのか? ここまで登って5分も経ってないのに?

 

「や、やった〜」

「わ〜い……うん」

「きゅきゅう」

 

 肩透かしを食らったような気分だが、一番面倒そうだったカーバンクルの捕獲は達成した。あとは額の宝石を取って戻れば完了……あれ?

 

「どうやって取るんですか?」

「あっそっか」

 

 必要なのは宝石だけ。本体は山に返すつもりだが、僕にはどうやって取ればいいのかわからない。すぐには見つからないと思っていたし、探す間に聞くつもりだったのだ。きっとライラさんなら知っていると思って。

 

「え〜と、確か……ああ思い出した。『カーバンクル自らに差し出させる』ことだね」

「つまりただ毟り取ろうとしてもダメだと」

「発想怖っ……まあそうなるね。あくまでもカーバンクル側から渡すことが大事だ。無理矢理奪えば即座に石ころへと変わってしまうんだ」

「成る程……で、どうすれば差し出してくれるんでしょう?」

「……さぁ?」

 

 これは困ったぞ(数時間ぶり2回目)。折角目の前に目当てのものがあるのに、このままでは手に入らない。そもそも差し出させるって何? けどこのまま抱えているわけにもいかないし……気のせいか暑くなってきた気がするし。

 

「ぎゅぎゅぎゅ……」

「あれ、何か怒ってる……?」

「……魔力反応だ! アランくん早く離して!!」

「ぎゅーーー!!!!」

「わ゛ぁーーっ!?!?」

 

 ライラさんの警告とほぼ同時に上がった怒りの声に驚き手を離した瞬間、カーバンクルを中心に炎が発生する。威嚇のつもりかさほど高い火力ではなかったとは言え、危うく鼻先が焦げるところ。おまけに驚いた隙を突かれて逃げられてしまった。

 

「今のがカーバンクルの魔力。本気だったら丸焦げにされてたかもね」

「そこらの魔獣よりよっぽど危ないなぁ。って、逃げられちゃったんですが」

「敵視までは行ってないと思いたいけど……まあ警戒はされてるだろうし、また捕獲するのは難しいだろう。できたところで宝石を取る方法は思いついてない」

「今日のところは諦めますか?」

「うん、ここで野営するとしよう。ちょっとは慣れてくれるかもしれない」

 

 元より1日で捕まえられるとは思っていない。数日野営できるくらいの用意はいつでもしてあるんだ。ということでテントを張り、持ってきた固形燃料に火を着ける。

 

「癖で火着けましたけど、余計避けられたりしませんかね」

「火の魔法をを使う獣が火を恐れたりしないだろう……たぶん。変に魔法で光源作る方が怪しまれるんじゃないかな、鼻を押すと頭が光る魔法とか」

「なんで真っ先にそれが出てくるのかわかりませんが……。えーと、じゃあ考えましょうか」

「うん。お茶も淹れよう」

 

 今考えなければならないことは3つ。1つ目はカーバンクルの捜索。2つ目は捕獲。そして3つ目は宝石の回収方法。

 

「捜索に関しては、さっき触れた魔力の感覚から探れるでしょう。捕獲もまぁ、炎の対策さえしておけばなんとかしてみせます。となると……」

「回収、か」

 

 無理矢理奪うのであれば簡単だが、向こうから差し出されなければならないというのはかなり難しい。翻訳魔法を使えない僕たちでは言葉は通じず、通じたところで交渉ができるのかも怪しいからだ。

 

「シンプルなものなら、脅すか甚振るかで差し出させるって方法があるね。できるものならだけど」

「向こうから襲ってきたのならともかく、動物虐待じみたやり方はちょっと。貴女が望むならしますが」

「望まないよ。できる限り穏便にね」

「さっすがライラさん。優しくって素晴らしい!」

「っ……うん、続けようか」

 

 それからもあれこれと方法が挙げられるも、『それだ!』と言えるものは出てこず。物々交換、恩を売る、煽てる、待ち続ける…… 確実性がないものばかり。

 

「ライラさんが美しくお願いしたらあっさり渡してくれたりしませんかね?」

「もう寝ようか」

 

 夜更けまで話し込んでも方法はまとまらず、結局この日は寝ることになったのだった。

 

 

♢♢♢

 

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

 朝。簡単な朝食を摂り、野営道具を片付けて捜索を再開する。まずは昨日覚えた魔力の感覚を使って、それに近い魔力を持つ生物を探す。

 

「……南西方向、少し離れてこっちを見てるやつがいますね。体格が大きいし、昨日のとは別個体かな?」

「よく分かるものだね。私は頑張っても方向までだよ」

「これも軍にいた時に身につけた……おっと、西へ移動しました」

 

 早速見つけた反応に向かって、刺激しないようにゆっくりと距離を詰める。断続的に移動を繰り返しているが、逃げているというよりは角度を変えて見ている感じだろうか。敵意はなさそうだ。

 このままいけばすぐに目の前まで近づける。その前に最終確認だ。

 

「捕獲した後ですが、一旦食べ物でも渡して機嫌を取りましょう。脅しは最終手段で」

「それでいいよ。穏便に済むならそれが一番……もう少しだ」

「……きゅう」

 

 交渉も大事だが、それ以前にいきなり狭い檻に閉じ込めれば機嫌を損ねること必至なので、とりあえず広めの、すぐには逃げられない程度の囲いで捕獲としよう。

 そうこうしている内に僕たちとカーバンクルは目と鼻の先の距離。鉄装魔法(アイアンスミス)の射程距離内だ。

 

「いきますよ。暴れるかもしれませんから気をつけて」

「うん──ん?」

「3,2,いち──」

 

 目の前の獲物を逃さないように神経を尖らせ、魔力を広げる用意をする。チャンスは一度、獣の動きは予想外つかない分、人間を捕らえる時よりよっぽど集中しなければならない。

 

「イーーーヤッハァッ!」

「はっ!? ──不味い!」

「えっ!?」

「ぎゅうっ!?」

 

 だから、後ろから迫る敵にも気付けなかった。奇声に驚き振り返ったときにはもう敵は攻撃態勢に入っている。獲物を追い詰めたつもりで、追い詰められていたというわけだ。

 

「爆ぜな──小爆破(イオ)ッ!」

(シルド)! ──ライラさんっ!」

「わぁっ!?」

「チッ……」

 

 大急ぎで魔力を盾に変換し、敵の出した爆発を受け止める。その前にライラさん引っ張って庇い、ついでにカーバンクルも盾の陰に入れる。即席で創られた盾は一撃で砕けたが、どうにか防ぐことができた。

 

「オイオイオイ、今のは派手に脳ミソぶち撒ける筈だろォ? なーんで防いじまうかなァ」

「……うるさいな、派手な挨拶で獲物が逃げただろう。お前は──」

「オレ様が誰か知りたいって? 知りたいよなァそうだよなァだったら教えてやるぜ!」

「お、おう」

 

 まだ聞いてないのに教えてくれるのか……? 少し上空にいるその姿は見たところ17歳程度。まるで爆発を表現しているかのような、尖った髪型とテンションの男だ。

 

「オレ様はバンク! 偉大なる我らが黒魔女(エキドナ)創成の供物とするため、ライラ様をお迎えに参った!」

「私をっ──君も追手か!」

「そういうことだ! つーわけで…… 中爆破(イオ・ラ)!!」

「うわぁっ!」

 

 男が指を鳴らした瞬間、周囲の()()が次々と爆発する。正確には、空間に撒かれた魔力の塊が起爆されているのか。僕たちの視界はあっという間に爆発で埋め尽くされた。

 

「どォだオレ様の爆破魔法(ボンバーヘッド)は! 逃げられねェだろう!?」

「認めたくないが、確かにこれは……鬱陶しい!」

 

 ひとつひとつの爆発は盾1枚で受け切れる。しかし隙間無く囲うように繰り出されると全てに対応するだけで精一杯だ。僕1人なら鎧で固めて無視しできるのだけど……今は後ろにライラさんがいる。

 

「忙しいところ悪いけど、私だけあの殻で囲えば君は自由に動けるんじゃないかな?」

「その通りですが、この爆発を防ぐにはそれなりの厚さが必要です。こうも連続で攻撃されているとそれだけの規模で『(シェル)』を出す暇がありません」

「そっか……わかった。ちょっと待ってて」

「? ……何をっ!?」

 

 提案をしたと思えば、突然前に出るライラさん。まだ僕がカバーできる範囲でも危険なことには変わりない。大事な大事なお体が爆発に巻き込まれれば、僕は死んでも死に切れないというのに。

 

「確か、バンクくんと言ったね?」

「あァ? だったらどうし──」

「見事な魔法だ! 出の速さに加えて攻撃範囲の広さ、勿論火力もある!」

「!?」

「へぇっ!?」

 

 愛する人が危険を冒して前に出た、そして敵の魔法を褒め出した。僕はこんな褒め方なんてされたことないのに。

 

「修得には厳しい儀式が必要だったろう! それを突破した君を、私は尊敬する!」

「あ、あぁぁ……」

「…………」

 

 さらに続く称賛。これがMTR(魔取り)!? この行為に何の意味があるというのか。第一今やる必要はあるのか? この人のことだから何か考えがあるに決まっているが……もしかして煽てて時間稼ぎ? いくら何でも戦闘中に魔法を褒められて喜ぶ阿呆なんているのだろうか。

 

「へへっ……! よくわかってんじゃねェか!」

 

 いた。阿呆だこいつ。

 

「今だアランくんっ!!!!」

「うおおお鉄装魔法(アイアンスミス)!! (シェル)! (メイル)!」

「何ィッ!?」

 

 喜びに手が止まった瞬間、全速力で殻を生成。ついでに鎧も生成し、守りは固まった。これで僕は自由に動くことができる。

 

「だっ……騙しやがったな!? オレ様のプライドを弄びやがって!」

「何言ってるのかな、後ろから人を襲うような相手にはこれくらいの策は許されると思わないかい?」

「テメッ……」

「まあ魔法が凄いと思ったのは本当だけど」

「ングッ!」

 

 ……またちょっと心にダメージが入ったが、まあいいだろう。この人の魔法好きは知っていたことだ。そして、今僕がすべきことは目の前の敵を倒すこと。

 

「いくぞ悪党、この純愛の騎士が叩き潰してくれる!」

「やってみろよ、雑魚騎士が!!」

「!」

 

 敵の足元が爆発し、その勢いを利用して急加速。目の前から一気に真横へと移動する。特別な靴でも履いているのか、()()()()なのか、足にダメージが入った様子はない。

 

小爆破(イオ)!!」

「っ(シルド)! (ソルド)!!」

「当たるかよ!」

「上っ!?」

 

 盾で受け止め、そのまま剣を展開して斬りつける。しかし斬りつけた先に敵はおらず、既に真上へと回られていた。

 

中爆破(イオ・ラ)!!」

(ウォ)──ぐあっ!」

「アランくんっ!」

 

 咄嗟に壁を展開しても間に合わず、容赦の無い爆発を身に受ける。痛い、熱い。魔力の爆発でも熱を持つか。

 それにしてもこの爆発を利用した動き、予想以上に出が早く、さらに三次元的な動きで小回りが効く。中々に厄介だ。

 

「ほゥら次だ! 小爆破(イオ)! 小爆破(イオ)! 中爆破(イオ・ラ)!!」

「ぐっ、あぐ……!」

「あいつ速い……! もっとがんばれアランくん!」

「はぁい!」

 

 あらゆる角度から襲いかかる爆発。それも確実にこちらの動きを邪魔する角度で撃ち込まれている。阿呆な奴だと思ったが、意外と賢いな。

 けれど僕にはライラさんの応援がある。よって知能指数は無限大。

 

「まだまだいくぞ! 中爆(イオ・)──」

「──今!」

 

 小さな小さな隙、それは攻撃をする瞬間は爆発による方向転換ができないこと。だがそれは反撃できるだけの時間ではない。だからこうする。

 

「んだこりゃ──枷!?」

(ピック)(シャク)──繋がせてもらう!」

 

 地面に打ち込まれる鉄の杭と、そこに繋がれる大量の鎖。敵を取り囲み、拘束するための武装だ。

 動きが厄介なら、そこを潰すまで。速さを重視して1本1本は軽く細いが、いくらなんでもこの量は躱せまい。

 

「クソッ! ジャラジャラと鬱陶しいっ!」

「よっし!」

「捕らえた!」

 

 軍隊にいた時も、速い敵にはこれが良く効いた。いやぁ前の職場のスキルが役に立つってこういうことだったんだな。

 

「どうだ抜け出せないだろう。さぁ……お返しタイムの始まり──」

「──なァんてな、中爆破(イオ・ラ)!!」

「なっ!?」

 

 再び爆発。しかしその爆風は僕たちに届くことはなく、敵に繋がれた鎖のみを吹き飛ばす。何故なら今起爆されたのは()()()()()()()()()()()()()()()だから。つまり自爆によって拘束を解いたのだ。

 しかも自爆したはずの敵には少し焦げたような痕が付いただけで、目立ったダメージはない。()()()()()()ってことか。作戦失敗だ。

 

「オイオイ、オレ様は中級までしか使ってねェぜ? こんなんじゃ歯応えってやつが足りねェなァ?」

「…………」

「何だ、黙るなよ。折角なら悲鳴でも上げろっての」

 

 僕の鉄装魔法(アイアンスミス)は生成から使用までに一瞬のラグがある。だから反撃が間に合わない。そして拘束は無意味。予め武器を出しておこうか。いや、それでは動きを読まれて逆効果だ。

 今の僕ではどうやっても追いつけない。だから、()()()()()()()()()()

 

「よし……」

「脳ミソぶち撒ける覚悟は決まったか? だったら──派手に死ねッ!」

(ヘヴィ・)──」

大爆破(イオ・ナズン)ッ!!」

「うわああっ!?」

「──(メイル)

 

 敵の掌から放たれた魔力が炸裂し、威力も範囲も中級とは桁違いの爆発は地にクレーターを残す。その余波は離れたライラさんを包む殻を割り、砂煙を巻き起こした。

 

「ギャァーッハッハッハ! モロに食らいやがった! こりゃ最高だァ!」

「……う、げほっ、そ、そんな……」

「どォれ、ぶち撒けた脳ミソでも観察してやろうか……残っていればなァ?」

「残念、それは無理だ」

「……あ?」

 

 砂煙が晴れ、視界が開かれる。そして敵が見たものは爆心地に立つ僕の姿。それも上級呪文をその身に受けて、一切のダメージを負っていてない姿だ。

 

「な、な……何で生きてやがるッ!? 確かに直撃していたハズだッ!」

「そうだ、間違いなくお前の魔法は当たっていた。()()()にな」

「鎧……? ああ! その鎧、さっきまでとは違うんだね!?」

「その通り。流石はライラさんだ、御目が鋭い」

 

 鉄装魔法(アイアンスミス)重装式(ヘヴィ・シリーズ)。鉄の生成に込める魔力を通常の数倍にし、その分を重量と強度に注ぎ込む強化版。今使ったのはその1つ重鎧(ヘヴィ・メイル)。その防御力は見ての通りだ。

 

「イッ、大爆破(イオ・ナズン)ッ!!」

重盾(ヘヴィ・シルド)!」

「……!」

 

 再び放たれた特大の爆発を強化された盾が受け止める。下級魔法1発で砕けていた盾は、もはやヒビすら入らない。

 

「これでもう、お前は僕に傷ひとつ付けられないことがわかったろう……どうする?」

「グッ……テメェ……! だったら!」

「あっ!」

「剥き出しの供物を攫うまでだッ!」

「……ふん」

 

 攻撃が効かないと悟ると、すぐさま標的を切り替える。確かに奴の目的はライラさんな訳だし、勝てない僕に立ち向かう意味は薄いと考えたんだろう。確かにその通り、けどもう無駄だ。

 

重壁(ヘヴィ・ウォル)

「ちょ──ぐぎゃァッ!」

 

 敵とライラさんの間に割り込むように壁が出現し、見事に突っ込まれる。動揺のあまり自慢の急加速を制御できていないようだ。

 

「重くて堅いから、この距離では間に合わないとでも思ったか? 御生憎様、遠隔で出す分には関係ないんだよ」

「ハ、ハガガ……」

「びっくりしたぁ……」

「次はもっと遠くで止めますよ。次があれば、な?」

「ヒィッ!?」

 

 自慢の魔法は通じず、標的を切り替えても阻まれた結果鼻が折れる始末。さっきまでの威勢はどこへやら。実力に自信を持ち過ぎている魔法使いにはよくあることだ。

 もはや戦意が残っているのかも怪しいところだが、ここで逃すわけにはいかない。危険の芽は摘まないと。

 

重枷(ヘヴィ・シャク)』『重拳(ヘヴィ・ナグル)……歯ぁ食いしばれ」

「イッ、ヒィッ、ヒーーーッ!!」

 

 悲鳴が途切れた、地が揺れた。

 

 

♢♢♢

 

 

「……ねぇ、死んでない?」

「いや生きてますよ。胸が上下してるでしょ」

「雑な生存確認だなぁ」

 

 数分後。戦闘が終わり、僕たちは完全に伸びた敵を縛りつけていた。どうせ丸一日以上は気絶したままだろうがもしものためだ。下山したら森にでも捨てる。

 

「しかしすごい魔法だったねぇ、ああ、君の魔法のことだよ?」

「わかってますよ。でも消耗が激しいんですよね、魔力と体力の両方が」

「難しいところだね、それでも弱い魔法しか使えない私には羨ましいけど」

 

 間違いなく強力ではある。しかし単純に魔力消費が数倍に加えて重さに耐えるための体力と補助魔法も数倍になることを考えると決して効率的な魔法ではない。軍にいた時も日常的に使っていたわけじゃないし、それだけこの敵が強かったということは認めざるを得ないな。もっと精進しないと。

 

「しっかし、さっきのカーバンクルには逃げられちゃったし、どうしようね?」

「今から探すのは少し厳しいですかね。派手に戦ったし……」

「そうだね……まだ日は高いけど、今日は諦めるしかないかな?」

「ですよねぇ……んん」

 

 あれだけ激しく戦ったんだ、野生動物が警戒していないわけがない。地形まで変わってるし、恨まれてる可能性すらある。そうなったら宝石を譲り受けるのは絶望的だ。

 まだ印象がマシであろうライラさんに頑張ってもらうか、それとも諦めてどこかで売られているのを探すか、とにかくライラさんの言う通り今日は無理だろう。と考えたところで、足元にむず痒い感触を覚えた。

 

「きゅう」

「!?」

 

 そこにいたのはさっき逃げたカーバンクル。僕たちの戦いは見ていたはずだというのに警戒心などまるで無いと言わんばかりに擦り寄っていた。

 

「きゅ!」

「え? 何んだこれ……ってこれは!?」

護石獣の紅石(カーバンクル・ルビー)!?」

 

 予想外の出現に戸惑っていると、カーバンクルは1つの石を差し出す。それは燃えるように紅く、カーバンクルのシンボルとも言える宝石。僕たちの目当てのアイテムだった。

 

「くれる……のか?」

「きゅん!」

「あ、ありがとう。しかし何故?」

 

 たぶん肯定。つまり宝石の魔力を失わない条件は満たしているというわけだ。嬉しい、嬉しいが、一体どういう訳だ?

 

「……そうか! 最初に君はカーバンクルを守った! そのお礼のつもりなんじゃないかな?」

「あー、確かにそうした気が……そうなのか?」

「きゅん!」

「だってさ」

「やったぜ」

 

 物のついででやったことだが、まさかこんな形で返ってくるとは。人──獣助けはするものだ。

 

「きゅー!!!」

「あっ……行っちゃった」

「残念、もうちょっと調べたかったんだがね」

 

 僕たちが納得したのを確認すると、あっという間にカーバンクルは逃げていった。最後の鳴き声は挨拶だろうか、そう思っておこう。

 

「さぁ街に戻ろう。片付けと(ゴミ)回収は忘れずにね」

「帰りはゆっくり運転しますね、酔わないように」

「……忘れてた」

 

 

♢♢♢

 

 

「いらっしゃ……おお来たか!」

「ずっと待ってたからな。それで、例の物は?」

「バッチリだぜ!」

 

 街へ戻り、護石獣の紅石(カーバンクル・ルビー)を炎屋に預けてから数日後。『浄化の炎』が完成したと連絡を受けた僕たちは店へと足を運んでいた。

 

「『失敗したらごめんなさい』とかシスターに言われた時はどうなるかと思ったけど、杞憂だったね。いい仕事だよ」

「そんなこと言ってたのか……リリィ……?」

「だってローグがまともな炎創れたことなんてほとんど無いじゃない」

「ぐはぁっ!」

 

 今まで彼が創ってきた炎は『目が眩むほどの街灯』『食材が奇跡的な不味さになる調理炎』『体力を燃料にする破壊炎』など。それを聞いた時は本気で心配した。

 そんなこともありつつ完成した『浄化の炎』は、小瓶に収められた状態で紅く揺らめいている。空気ではなく魔力で燃えているので、弱まったら補充してやればいつまでも燃えるそうだ。

 

「まあ、俺にとってもいい経験になった。これからの仕事もうまくできそうだ」

「…………」

「信じてくれって!」

 

 冗談めかして沈黙しているが、この一発勝負の仕事をクリアできたんだ。きっと彼の腕も上がっているだろう。たぶん。

 

「確かに受け取った。それじゃあ……」

「もう行っちゃうの?」

「急ぎの旅でね。残念だけど」

「また来ます、旅が終わったらだけど」

 

 もう少し滞在したい気持ちもあるが、ここでの目的を達した僕たちは次の魔導具を探しにいかなければならない。あまり長く留まると、また追手が来かねないって事情もあるけど。

 

「……待って!」

「?」

 

 店を出る僕たちをシスターが呼び止める。挨拶はちゃんと済ませたはずだ、何か忘れ物でもしただろうか。

 

「『あなたに、輝く希望と永遠の幸福を……』」

「……これは!?」

「『あなた方の旅路に、この言葉を……』」

「……『プラリネの祝福』!」

「あは、知ってたんだ」

 

 知っているとも。『プラリネの祝福』──とある一族だけが発することのできる、あらゆる病、不運、呪いを跳ね除ける魔法の言葉。今はとある街にいるシスターだけが持つ──彼女がそうだったのか!

 光の言霊は吸い込まれるように僕たちへ届き、輝いた。どこか暖かく、心地いい。そりゃあ護衛も着くはずだ。

 

「訳アリみたいだから、私からのおまじない。……でも、解決はできなかったみたい」

「ううん、その気持ちが嬉しいよ。本当に」

「これは石取って来ただけじゃ足りないな。今度会う時は、沢山炎を買わせてもらおう」

「ああ、任せとけ!」

 

 こうして僕たちはこの街を去った。途中色々あったが、目的を抜きにしてもここへ来てよかったと思う。遠くで手を振る2人の姿を見て、僕たちの結婚式には必ず呼ぶことに決めた。

 

「さぁ次なる目的地へ! どんどん飛ばしてくれたまえ!」

「待ってる間に酔い止め魔法修得してよかったですね!」

 

 これで二つ目の収集完了。僕と儀式屋(ライラ)さんの魔女結婚儀の完遂まで、あと五つ。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「やっと、見つけました……」

 

 誰もいないはずの遠くの森にて、魔法車で飛ぶ僕たちを見上げる影が一つ。

 

「私の先輩……!」

 

 その姿は騎士であった。

 

 

 

 




 
アラン・ガントレット
 純愛の騎士。魔法車を買ったら貯金が8割消えた。

ライラ・サクラーレ
 三半規管クソ雑魚魔女。魔法車の運転免許を持っていない。
 酔い止め魔法の修得は3回挑戦した。

スヴァ・ローグ
 ポンコツ炎屋。詳しくは原作2巻参照。
 アランとライラを見送った後、「そういえば()()()()に似てたな……」と思った。

シスター・リリィ
 おてんばシスター。詳しくは原作2巻参照。
 プラリネの祝福で偽黒魔女が解呪されなかった理由は、呪いの影響が表に出ていないため反応しなかったため。仮に効いても溜め込まれた魔力が多すぎて弾かれる。

カーバンクル
 護石獣。かわいくて賢い。もしもライラさんが美しくお願いしていたら宝石を差し出していた。

バンク
 ボンバヘッな男。3日後に目が覚め、さらに2日後に『回収』された。

爆発魔法(ボンバーヘッド)
 放出した魔力を起爆する魔法。就活で役に立つらしい。

浄化の炎
 とても清らかな炎。火種となった護石獣の紅石を除けば穢れたもののみを燃やす。熱はない。

今回の錬鉄魔法
(ピック)
 杭が出る。テントを張る時に便利。

(シャク)
 拘束用の鎖と枷。常人には壊せないけど爆発には耐えられなかった。

重装式(ヘヴィシリーズ)
 魔力を通常の数倍消費して強度(とついでに重量)を飛躍的に高める。疲れる。

謎の女
 だ、だれの後輩なんだー。

 後書きが長すぎるので次回からはもっと短くします!


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水の話

 秋に更新するという約束は守りました! 次は今年中です!(前書きで言うことではない)
 それとmagico原作者様の新連載が最◯ジ◯◯プ(念のための伏せ字)で始まったのでめちゃくちゃ喜びました。買おう!

12/11追記
 今年中無理です! 来年の春が終わるまでには出します!

4/9追記
 今70%くらい書けてます


 

 

「来たね……」

「来ましたね……」

 

 『浄化の炎』を手に入れてから1週間。あの街から南へ大移動した僕たちは、次なる魔導具が存在する地へと辿り着いていた──

 

「「海」」

 

 ──正確には地でなく、海だが。ここは『ジュエル・ラグーン』。色とりどりの宝石が砂浜の至る所に輝く、美しく穏やかな海。暖かい空気に燦々と照らす太陽、ここで海水浴なんてしたらきっと最高だろう。

 

「まあ、そんな余裕は無いんだけども」

「ですよねー」

 

 しかし僕たちがここに来た目的は『収集(ギャザリング)』。断じて遊ぶためではない。とてもとてもとっても残念だけど。2人っきりで水着着て遊びたいという思いは封印する。

 

「それで、今回の魔導具は何でしょう? ジュエル・ラグーンってことはまた宝石ですか?」

「いや違う。本物の魔女結婚儀ならそうなんだけど、私は偽物だからね。とは言っても、途中まではほとんど同じさ」

「……というと?」

「最低深海3000mまで潜る」

「わーお」

 

 深海3000mともなると、そこは太陽光が届かない無光層。暗闇と凄まじい水圧が支配する世界。海の中では特別深いわけでは無いけども、普通の人間が行く場所ではない。

 

「普通に修得できる潜水魔法じゃ150mが精々ですよね。僕でも200が限度ですし」

「まず200m潜る魔法が普通じゃないんだけど……まあ、ちゃんと用意はしてあるよ。水圧耐性はもちろん、呼吸もばっちりできるのがね」

「ほう……」

 

 潜水魔法は訓練兵だった時に修得している。しかしそれは深さよりも潜水時間を重視したもので、1000mも潜れば水圧に負けて死ぬ。おそらく鉄装魔法(アイアンスミス)を併用しても足りないだろう。

 しかしライラさんにはちゃんと用意があるらしい。今から儀式をするわけがないので、魔導具の類かな。

 

「じゃじゃーん、『水神の羽衣』だ」

「……香水?」

「その通り。これはキング・ホウエイルの成分を抽出して作られた物でね、シュッと一吹きで12時間、どれだけ深い海でも泳げて呼吸も可能になる代物さ」

「時間制限付きで使用者に魔法を付与する魔導具ですか。これならいけますね」

 

 鯨という生き物は時に深海の奥深くまで潜ることがある……らしい、というふわっとした知識ならある。その成分を使っているのなら納得の効果だ。

 

「では早速行きましょうか、香水を……ライラさん?」

「うん、ちょっと。えー……と」

「あの、何か問題でも?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 魔導具の解説が終わったところでいざ吹こうとすると、何故か挙動不審になるライラさん。自慢げに見せてきた香水を握りしめ、なかなか使おうとしない。

 

「どうしたんです? 太陽が出てるうちに日の光が届くところまでは潜りたいでしょう?」

「う、うん……ええい! 君からやって!!」

「えぇ!? うわっ!」

 

 理解が追いつく前にぷしゅう、と吹きかけられた香水。良く言えば潮風のような、悪く言えば生臭いような香りに包まれて身体が光る。

 恐る恐る目を開くと、さっきまで着ていた服は消え、代わりにハーフパンツが1枚のみになっていた。

 

「これは……水着?」

「うん、こうなるんだ。とりあえず本物だね」

「へぇー! 洒落てるなぁ……じゃあ次ライラさんですね」

「うっ……」

「?」

 

 僕で試したと言うのに、ライラさんはまだ乗り気ではないようだ。本物なのは確認できたんだし、もう躊躇うことはないんと思うだけど。

 ……いや違うな。本物とわかったから、水着になるからか。そりゃそうだ、ライラさんだって女性なんだから、いきなり男の前で水着になれと言われて、はいなりますとは言えないだろう。僕の配慮が足りなかった。

 

「えっと、僕は向こう見てるので……」

「ごめんね……えいっ」

 

 一度背を向けて数秒後、また潮風の(生臭い)香り。ようやく香水を使用したらしい。つまり今後ろにいるのは水着のライラさん。ローブ姿の彼女しか見たことのない僕にとっては未知の姿だ。

 

「……いいよ」

「は、はい……わぁ……!」

 

 許可を得て振り返れば女神(ヴィーナス)。透き通るような白い肌に黒のビキニが映える。決して起伏ひ富んだ体型ではない、水着のデザインもこれといった特徴はない。しかし、目の前の彼女にそんな余計なモノは必要ない。シンプル・イズ・ベスト。完成された美がそこにはあった。

 

「永遠に拝みたい……!」

「気に入ってくれたなら何より……」

「はああっ……!!」

 

 そしてこの恥じらいが破壊力を数倍に増している。もう僕は限界だ。

 

「写、写真撮らせてください!」

「駄目!!!!!!!」

「1枚でいいですから!!!」

「いっ……う〜ん!!!」

 

 この後どうにか、記録に残したい僕と断固拒否するライラさんとの交渉が10分続き、『目的達成後に1枚だけ、顔は写さないこと』に落ち着いた。

 

「さぁさぁ行きましょう行きましょう!! 深海3000m(水着撮影会チャレンジ)へ!!」

「うん……」

 

 

♢♢♢

 

「あの女……!!」

 

 興奮するアランと恥じらうライラでは気づけないほど遠くにて、怒りに燃える女が1人。

 

「待っててください……」

 

 女はぷしゅうと香水を吹き付け、自身を深海に水着姿に変身させる。それは泳ぐために必要な機能を追及した形(つまり競泳水着)

 そして少し時間が経った頃、2人を追いかけるように飛び込んだ。

 

「あなたの後輩が今行きます……!」

 

 

♢♢♢

 

 

 潜水開始からちょうど5分。水深は150m強。

 

「ぶくぶくぶく……なーんて言ってみましたけど、普通に呼吸できますね。水圧もほとんど感じないし」

「おまけに体温低下も防げている、大枚叩いて買った甲斐があると言うものだね」

 

 呼吸に水圧、低体温、会話、その他諸々の不安が解決された潜水は思いの外快適かつハイペースなものだった。僕の潜水魔法でもこのくらいは潜れるが、ここまで快適にはならない。さすがは水神の名前を持つ魔導具だ。

 

「しかしこの透明度は凄いですね。ここまで潜ってもまだ日光が届いているなんて」

「透明度ももちろん高いけど、()()()()()()日光が来てるんだよ。海中に生えた水晶を通してね」

「本当だ! いやあ嫌いな光景だなぁ」

 

 普通の海ならば30mも潜れば暗闇になるが、今僕たちがいる深さでは少し薄暗くなった程度。ライラさんに教えられて周りを見れば、あちこちから突き出ている水晶から光が漏れている。これだけの光があるからこそ、ここまで灯りを使わずに潜ってこれた。

 

「とはいえ、ずっと続くわけじゃないよ。途中からは自前の光源を確保しないと進めない」

「……それって『鼻を押すと頭が光る魔法』ですか?」

「大丈夫だって、ちゃんとあるから……ちゃんと」

「えっこわい」

 

 

 

 潜水開始から1時間強。水深は1500m弱……半分にもなると流石に日光も届かなくなり、潜るペースを落としていた。

 

「『光る球を出す魔法』……複数出せて消費も少なく、照らす範囲もそこそこ……かなり便利な魔法ですね」

「だろう? 別に難しくはないけど、儀式の情報は貴重なんだ」

 

 ちなみに光源に使っているのはライラさんの魔法。指先から出てきた光の球がふよふよと浮いていて、10m先くらいまで照らしている。この魔法があれば真夜中や洞窟の移動も楽々だというのに、何故今まで教えてくれなかったんだろう。

 

「でもこれ水中じゃないと出せないんだよね。だから今日初めて使った」

「ああ、そういう……」

 

 万能ではないってことか。高難度儀式でもない──後々聞いたところでは『十数種類もの光るキノコと光る虫をすり潰して飲む』儀式だそうで──魔法にこれ以上を望むのも贅沢だろう。

 

「ところで、まだ目的の魔導具が何か聞いてませんでしたね」

「そうだっけ……そうだったかも」

 

 前回までは探索を始める前に教えられていたから、すっかり聞くのを忘れていた。まあ、聞いていたところで水着姿で全部吹き飛んだと思うけど。

 

「今回の魔導具は、ある生物の鱗だ」

「鱗かぁ……てことは深海魚のですか?」

「いや、だけど」

「……!?」

 

 竜、りゅう、ドラゴン。それは魔法生物の中でも最高位である希少な幻獣。特に強力な力を持つ種は天変地異を引き起こすとも言われている。その鱗とは……。

 

「別に竜と言っても──正確には海竜だけど、そんなに危ない種類じゃないんだ。比較的温厚で、鱗くらいなら多少取っても怒らないって文献にも書いてあった」

「なぁんだ、てっきり殴り合いをするものかと……」

 

 竜なんて僕も片手で数えるほどしか相手をしたことがない。それに皆強敵だった。例えば鉄装魔法(アイアンスミス)を習得する時とか──おっと、余計な回想してる暇はない。

 とにかく、そんな強大な生物を相手にしなくて済むのは助かる。負ける気は毛頭ないが、無駄に戦うつもりもない。

 

「戦いはしないけど、探すのは大変だよ? 数は少ないし、水中だと普通の感知魔法も使いにくくなるしね」

「うへぇ……」

 

 

 

 

「そう、海竜ね……」

 

 

 

 

 潜水開始から約3時間。水深は約3000m……完全なる暗闇を照らす光球に囲まれた僕たちは、ようやく最低限の深さに到達した。

 

「長かったね……」

「この格好のお陰で泳ぎの疲労は少なくても、途中からずーっと変わり映えしない景色なのは答えましたね。綺麗ではありましたが……」

「帰りはこの倍はかかるよ、やったね」

「声に喜びがないなぁ」

 

 例によってライラさんは疲労困憊。いくら魔法がかかっているとはいえ3時間も泳げば誰だって疲れる。帰りの体力を考えると彼女はあまり動けないな。僕主導で捜索か。

 

「海竜ってどんな姿してるんですか? 陸上に住む種類とは違うんでしょう?」

「うーん……長くて、青くて、鮫みたいな顔で、身体をくねらせながら泳いでる……()()()()()()()()()()()()()()やつだね」

「へー……え?」

「あ」

 

 ライラさんが指で示す先には長くて青くて鮫みたいな顔をした、身体をくねらせて泳ぐ生物──つまりたった今説明された通りの姿をした竜。このパターン前にもあった気がする。

 海竜はこちらの存在に気づくとその場に留まり、静かに様子を伺っている。

 

「シィィ……」

「えー海竜さん海竜さん、鱗を少しばかりいただきたいのですが……」

「それで通じるんですか?」

「賢いからいけるって、ほら君も」

「は、はあ……お願いしまーす」

 

 敵意がないことを示しながらゆっくりと近づいて対話を試みる。竜種の知能が高いことは知っているけども、こんな適当な頼み方で聞いてくれるのか? 深海に住んでいるのだし、人間なんて警戒するべき得体の知れない生物に見えているんじゃ……。

 

「シュルルゥ」

「あ、いけそう」

「!?」

 

 全然大丈夫だった。海竜は『許可する』とでも言いたげな鳴き声を発してその巨体の一部を僕らに差し出す。別に遠慮するつもりはないけれど、鱗を剥がされるのは痛くはないんだろうか。

 

「じゃあ……いただきます」

「シュッ」

「えーと……ここから剥がすのかな?」

 

 竜が一鳴きすると鱗の一部を逆立ち、剥がしやすいようになった。いきなり鱗を寄越せと頼み込んできた輩に対してなんて親切な竜なんだろう。疑った自分が恥ずかしい……と思いながら手を伸ばし、鱗の端に触れた瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ギッ……」

「っ──ライラさん離れてっ!」

「え? え?」

 

 慌ててライラさんを引き離す間にも魔力弾は2発、3発と撃ち込まれ、そしてその全てが海竜の身へと染み込んでいく。

 これは敵を傷つけるための魔法じゃない。自身の魔力を浸透させ、意のままに操る使役魔法従属捕球(ポケットキャプチャー)。どうして詳しいんだって? それはこの魔法の使い手を知っているから。

 

「出てこい、いるのはわかっているぞ」

「ここまですればバレちゃいますよね……ふふっ」

「やはり君か、()()()

「お久しぶりです……アラン()()

 

 見つかることまで予定通りかのように現れ、親しげに僕の名を呼ぶ彼女の名はサリス・ロマネスコ、僕が鷹の目王国(イグリアス)軍魔法騎士部隊副隊長だったころの副官にして後輩。この使役魔法を何よりも得意とする魔法使いだ。

 彼女もまた海神の羽衣を使っているのかスポーティーな水着に身を包み、得物である大きな杖を携えている。

 

「知り合いかい?」

「元部下、かつ後輩です。軍では随分と助けられた……そんな君は何をしにきた?」

「わかってるくせに。先輩を連れ戻しに来たんですよ。急に飛び出して、みんな待っていますから」

「連れ戻す……ああ、()()諦めてなかったのか」

 

 僕がライラさんに一目惚れをして、即軍を辞めようとした時、最後までしつこく引き留めようとしていたのが彼女だ。最後は諦めてくれたと思ったが、そうでもなかったらしい。

 あの時は理由もまともに話さず強引に辞めた手前、また顔を合わせるのが気まずくて、しばらく関係者を避けていた。そのせいかもしれない。

 

「理由を話さなかったのは悪いと思ってる、その──」

「話さずとも知っています。誑かされたんでしょう? その女に」

「違う。詳しくは言えないけど、僕は僕の意思で、この人を愛するためにここにいるんだ。誑かされただとか、この人を悪く言うのはやめてくれ」

「ッ……ああそうですか、そこまであなたはッ……!」

 

 事情を知らないのだから、ある程度邪推されてしまうことは仕方がない。けれど、ライラさんのことを悪く言うのは許せなかった……けど、逆効果になるとは思わなかった。

 ちゃんと説明し直すか? いや、秘密だし……。

 

「こんなに話聞かない部下抱えてたのかい君」

「ここまでじゃなかったんだけどけどね……」

 

 今思えば中々思い込みの激しい方だった気もするけど、今日はそれに輪をかけて酷くなっている気がする。

 

「もういいです。話すだけ無駄、実力行使に移ります」

「ギッ、ギュゥゥゥゥ……」

「海竜が……早いな、もう従属させたのか」

「ええ。これでこの子は私の手足同然です」

「そんな……」

 

 既に魔力弾を数発食らっていた海竜にはその魔力が浸透し、その(しもべ)へと変わってしまった。先程までの穏やかさは消え、僕たちに敵意を向けている。このままではさっきのように鱗を譲ってくれることはないだろう。

 

「目を覚ましてください。行けっ……私の竜!」

「ギシャァァァッッ!!」

 

 咆哮が僕らの身を震わせる。周囲を泳いでいた深海魚たちは恐れをなして逃げ去った。これはもう完全に戦る気と見ていいだろう。いくら温厚で賢い竜種でも、操られれば変わるものだ。

 なぜここまでして僕を連れ戻そうとするのかはわからない。しかし僕たちの目的がこの竜の鱗である以上、避けては通れない戦いであることは間違いない。

 

「戦闘開始します! 巻き込まれないように離れてて下さい!」

「任せたよ!」

 

 水中では沈んでしまうため『(シェル)』は出せない。けど光は必要。だからライラさんにはギリギリ視認できる距離まで離れてもらう……けど、危険なことには変わりない。

 そもそも僕の鉄装魔法(アイアンスミス)と水中って相性最悪じゃないか? 水流に取られる大型の武装はまず使えないし、鎧を着込んで自由に泳ぐ自信なんて無いぞ。

 

「……いや、やってやる」

 

 大型武装無し、鎧無し、愛する人を巻き込まずに制圧する。下手な護衛任務の何倍も難しいな。しかしこの逆境を跳ね返してこそ、この後の写真撮影が楽しみになるというものだ。

 

「シャァァァ……!」

「……(ランス)ッ!」

 

 まず生成したのは槍。ただしそれは馬上槍型ではなく、正確には銛に近い形状だ。これなら水中の影響を受けにくいはず。

 

「はっ!」

「シィィッ!!」

 

 次々と放たれる攻撃を掻い潜りながら槍を突き出す。海竜の攻撃は大きく分けて3種、突進、薙ぎ払い、そして高圧水流の息吹(ブレス)だ。前2種は動き出しを見れば容易に回避か防御が間に合う。

 

「カァァ……!」

息吹(ブレス)が来るよ!」

「大丈夫です! ……っと!」

 

 だが問題は息吹(ブレス)だ。出は遅く、口からしか出ないという欠点を差し引いてもその威力と攻撃範囲は凄まじい。対処としては回避のみで、そうすると反撃に移るのが遅くなる。

 

「……止まった、今度はこっちの──」

「させませんよ」

「割り込みはやめてくれっ!」

 

 そしてサリスの妨害が鬱陶しすぎる。海竜に近づこうとすれば間に入られ、逆に離れようとすれば魔力弾の牽制。人間にこの使役魔法は効かないから何発撃ち込まれようが操られることはないけれど、直撃すれば怯んでしまうことは知っている。そうなれば隙だらけだ。

 

「やるじゃないか、腕を上げたらしいね」

「そう言う先輩は腕が落ちましたね。以前なら真正面から叩き潰せていたでしょう」

 

 以前のことを言うなら、そもそも彼女を相手にすることなんか考えてなかった。だって信頼している部下だったわけだし。まさかこんなに強くなって立ちはだかるなんて。

 

「まあ、理由はそれだけじゃ──うわ!?」

「余裕なんてありませんよ」

「厳しいなぁ!? ……っぐっ!」

 

 ぼんやりと過去を思い出す間にも攻撃は続く。一応息吹(ブレス)だけは全て躱せているが、それ以外の被弾が増えていく。操られていようとさすがは竜、1発1発が鋭く、重い。

 

(シルド)! くっ、止められても保持ができない……!」

「そうでしょう、先輩の魔法で操れるのは触れている鉄のみですから」

「……さすが、よく知っているじゃないか」

「見てましたから、ずっと側で」

「……」

 

 彼女が僕の副官にだったのはどれくらいだったか。確か僕が副隊長になる前、となると3年間は一緒にいたか? その間ずーっと僕の戦いを見ていたことになると。そりゃあ弱点も知られているわけだ。

 

「水中なら『重装式(ヘヴィ・・シリーズ)』も使えないでしょう? わかるんですよ私、その女よりずっとずっと!!」

「アランくんこの子怖すぎない!?」

「気安く呼ばないで!!」

「え゛、ウワーッ!!」

「ちょっ!?」

 

 激昂したサリスの魔力弾がライラさんを襲う。それは僕がカバーできる範囲の外。そしていくら泳ぎに補正がかかっていても、ライラさんの身体能力は並み以下。反応した頃には直撃してしまった。

 

「痛ぅ、う……」

「ライラさんっ! ──君は、何てことを!」

 

 僕と同様に操られることはないが、魔力弾が直撃した痛みは感じる。僕のように鍛えられてない彼女にとっては相当のものだったようで、苦しみの表情で意識を失った。幸い呼吸は続いていて、海流も安定した場所だったためどこかへ流されていくことはない。

 今サリスが行ったことは決して許されない行為だ、別に攻撃されたのがライラさんだからと言うわけじゃなく──いやそれも許せないけど──ちゃんと理由がある。

 

「軍人が非戦闘員に魔法を使えば罰則がある。最悪の場合除籍だってあり得る重罪だ」

「重罪? 知ったことですか。あなたが軍に戻らないのなら、私も戻るつもりはありません。あなたのいない場所に価値はないですし」

「っ……!」

 

 そこまで覚悟の上とは正直ゾッとした……けれど、同時に知りたくもなった。キャリアを捨ててまで、サリスがここまでする理由を。

 

「……どうしてそこまで僕を求める? はっきり言って僕の出身は特別名高いわけでもない単なる鍛治師だし、名家の君とは階級以外釣り合う様な男じゃないだろう」

()()()()()()。自覚はない様ですが、その出自で副隊長にまで上り詰めたことが大事なんです」

「……はぁ」

 

 サリスと海竜の攻撃が止まった。少しは話す気になってくれたらしい。目の敵にされてるライラさんが気絶したのもあるかもしれない。『余裕なんてないんじゃなかったのか』と言う突っ込みはやめておく、再開されても困るし。

 

鷹の目王国(ホークアイ)軍──正確には、骸眼の王国(スカルアイ)軍以外のほぼ全ての軍は腐っています。階級は実力ではなく出自で決められ、名前だけの無能が権力を振るい、真に有能な者を使い潰している──」

「……まあ、否定はしない」

 

 確かにその通り。軍に限らず、魔法が深く絡み権力を持つ職業はどこもそうだ。違うのは徹底した実力主義である骸眼の王国(スカルアイ)くらいのもの。腹を立てた時期もあったし、今も納得はしてない。でもそれとこれとは話が違う……。

 

「──けど、先輩だけは違った。あなただけは確かな実力で実績を作り出し、有象無象の無能どもに認めさせ、副隊長にまで上り詰めた。私はそこに惹かれたんです」

「そういうことかぁ……」

 

 盲信とも言える信頼はそういう訳だったのか。僕の経歴については若干美化されている気がしなくもないけど、まあ大体この認識で間違いはない。

 あの時の僕はとにかく我武者羅に働いていて、副隊長に決まった時もいつの間にかという感じだったっけ。外から見ればその姿は努力家のサクセスストーリーに見えたのだろう。

 でも、今の僕はそうじゃない。

 

「そんなに尊敬されるべき人間じゃないよ、僕は」

「いいえ、あなたは素晴らしい人でした。だから……」

「何と言われようが戻らないよ……君の望みは叶わない」

「……だったらもう手加減はしません! 力尽くででも──」

「──それは、こっちのセリフなんだよ」

 

 理由はどうあれ、彼女は愛しのライラさんを傷つけた。だから、もう加減はしない、一発決めてやらないとダメだ。決別という意味でも。

 攻略法は思いついた。

 

「──武器を使おうとするから水の抵抗に悩まされるんだ」

「……は?」

「剣も、槍も、盾も同じ。()()()()()使()()、それがこの水中というフィールドではマイナスにしかならない」

 

 必要なものは速度と質量。膨大な魔力を練り上げ、イメージするのは巨大な鉄塊。生成速度を限界まで引き上げる。

 

「覚悟しろよ。竜も、君も、()()()()()()()ぶちのめしてやるからな」

「何をっ」

鉄装魔法『重塊(ヘヴィ・ランプ)

「は──がっ」

「グァ……ァ!?」

 

 瞬きよりも短い刹那、僕を中心に生み出された巨大な鉄塊が辺り一面をを埋め尽くす。イメージ通りのそれは僕とライラさんだけを避け、海竜とサリスはそれに巻き込まれる形で弾き飛ばされた。

 手持ちの武器が使えないなら持たなければいい。手に持たないと保持できないなら保持する必要がないくらい大きくすればいい。頑強な相手ならそれ以上の火力で粉砕すればいい。

 

「っ……と、魔力はかなり持っていかれるな。もう使わない方がいいや」

「う、ぐぅ……」

「シュウウゥゥ、ゥ」

 

 狙いは見事に成功。クリティカルヒットした一人と一匹は脳震盪でもうまともに動けない。あとはゆっくり泳いで、がっちり拘束するだけ。制圧完了だ。

 

「……こんな、こんな力任せな魔法を……あなたが!」

「変わったってことだよ。もう君が憧れた僕はもういない、今の僕は国や民のためじゃなく、ただ一人を守るために戦う。だからこんな手だって使うのさ」

「それほどの価値が、あの女にあると言うのですか……!」

「ある。少なくとも僕にはね」

 

 こんな発言がもし王に聞かれたら激昂されるし、民衆に聞かれたら軽蔑される。だがそれでいい。本当に大事な一人の笑顔を守れるのなら本望だ。騎士だった時には、そんなことはできなかったから。

 

「人の笑顔を守るための騎士。だけど僕たちが動くときは、いつだって笑顔は失われた後だった」

 

 人を守る仕事、民衆の誇り。そう思い込んだ馬鹿な僕は親父の反対を押し切って騎士になった。そしてすぐに現実を知った。

 

「魔獣に襲われた村へ向かえば、そこには死体とそれに縋り付く村人しかいなかった。魔獣を殺してもそれは変わらなかった……初めての任務のことだ」

 

 『息子も、娘も、夫も殺された』『どうしてもっと早く来てくれなかったんだ』泣きながら訴える女性がいた。別にお礼を期待していたわけじゃないし、怒るのはもっともなことだ。けど、新人の僕には深く刺さる言葉だった。

 

「それからは出来るだけ多くの人を、少しでも早く救うために動いていた。けれど、どこまで行っても騎士にできるのは後から来て解決することだけ。どう足掻いても犠牲は出続ける……わかるだろ」

「……」

 

 何も起きていなければ騎士に任務は回ってこない。必ず出る最小限の被害……守れない笑顔が僕を苦しめた。それを少しでも減らそうと頑張って、出世もした。でも0にすることはできなかった。

 

「叶わない夢を追うって、かなり辛いんだ。絶望したと言ってもいい。本当はあの日も、辞表を書くための紙を買いに行ってた。」

「『あの日』……?」

「うん、初めてライラさんに出会った──正確に言えば、初めてライラさんを見た日のことだ」

 

 よく晴れていて、少し風の吹く日だった。街のどこかで風船を配っていたらしく、歩く子供は皆その風船を持ってはしゃいでいた。道の隅っこで泣く女の子を除いて。

 

「風で風船が飛ばされちゃったんだろう。他の子が持つ風船を羨むような目で見て、時々空を見上げては涙を溢してた。見てて心が痛んだよ」

「それは、かわいそうですね」

「うん。でも周りの大人は何もしなかった。もちろん僕も。何をすればいいのかわからなかったのかもね」

 

 親がどうにかするだろうから、知らない子供だから、逆に怖がらせてしまうかもしれないから。言い訳はいくらでも思い付いた。けど一番は、『自分にはできない』と思っていたからだった。子供を慰めるのに資格なんて必要ないはずなのに、自分には無理だと思っていた。

 

「けど、ライラさんは違った。たまたま通りがかって、女の子を見つけた途端に駆け寄った。そして、風船を出したんだ」

「……あの人が」

 

 ()()()()()()を持っていたライラさんは、色とりどりで可愛らしい形の風船を次々出した。女の子はそれを見て、少しずつ涙を引っ込めた。そして最後には笑ったんだ。当時の僕にとってはとても衝撃的で、美しい光景だった。

 

「ライラさんは僕にできなかったこと、絶望した夢をいとも容易く実現した。あの人こそ本当の魔法使いだ」

 

 涙が止まらなかった。周りの人から奇異の目で見られることも構わずに駆け出し、家に帰っても泣き続けた。悲しみではなく、喜びで。

 

「希望はあったんだ。本当に簡単なことだった……それに気づかせてくれたのがあの人なんだ。本人には恥ずかしくて言ってないけど」

「…………」

「あっ……と、なんかごめん」

「シュルルル」

 

 制圧できたからって話しすぎた。サリスは考え込んでいる様子だし、海竜は未だ睨みつけるような眼差しを向けている。

 今はもうどちらも抵抗の意思は無いようだが、長話で機嫌を損ねられても困る。そもそも僕たちの目的は鱗だった。まだ水神の羽衣の効果時間は残っているとはいえ、さっさと取るものを取って浮上しなければ危ない。

 

「そーれべりべりっと」

「シャギャァ!」

 

 海竜かの鱗を2、3枚適当に掴んで勢いよく剥ぎ取る。操られる前は逆に差し出してくれるくらいだったのだが、一撃入れられて意地でも張っているのか若干の抵抗があった。まあ無視するけど。

 

「さて、僕たちはもう地上へ戻るけど……君は泳げる? 抵抗しないなら連れて行くよ」

「……抵抗しません、その女と一緒でもいいです。連れて行ってください」

「わかった。快適さには期待しないでくれ」

 

 従属魔法を解かれた海竜が去るのを見届けてからライラさんを抱え、サリスを背負って浮上を開始する。そういえば、サリスと組むようになったばかりの時も動けない彼女を背負って移動したことがあったっけ。懐かしいなぁ、あれは組んでから一月くらい──あれ、三ヶ月くらいだっけ?

 

「なぁ──」

「ぐす、うっ……」

「──……」

 

 やっぱり、今声をかけるのはやめておこう。小さな泣き声も聞こえないことにして。

 

 

♢♢♢

 

 

 あれから4時間かけて浮上し、更に1時間が経過したころ。すっかり日も暮れ、砂浜は星の光が降り注ぐ。

 

「……ぐぅ……」

「起きませんね」

「そうだな」

「むにゃ……」

 

 しかしライラさんは未だ気絶から目覚めていない。というか、気持ちよく普通に眠っているような気もする。

 まぁ、苦しそうでないなら放っておいてもいいだろう。ただし体が冷えないように毛布はかけておく。

 

「気分は落ち着いたかい?」

「はい……ご迷惑をお掛けしました」

「いいさ。僕も悪かった」

 

 全面的に非がある、とまでは思ってないが、今回の問題は僕の対話不足が招いたことなのは事実だ。もしもあの時ちゃんと話ができていたのなら、こうはならなかった……と思う、けど怪しい気もする。

 

深海()でも言ったけど、僕はもう軍に戻るつもりはない。ライラさんを救った後も、救えなかったとしてもね」

 

 もう一度、これで最後のつもりでサリスの誘いを断る。これは決して曲げられない、曲げちゃいけない決意。認められなくても進むしかない。

 

「酷い上司ですまなかった。お詫びにもならないけど、好きなだけ恨んでくれて構わな──」

「──そう簡単に恨めたら、ここまで追いかけて来ませんよ」

「……そうか、そうだな」

 

 諭すのはここまでにしないと。これ以上は彼女の想いを否定することになる。受け入れられないとしても、否定(それ)はダメだ。ぼくが良い()上司になれるのはまだまだ先の話らしい。

 

「帰ります。この人が起きたら『攻撃してごめんなさい』と伝えてください。それと……」

「それと?」

 

 体についた砂を払いながら帰り支度を始めるサリス。若干不満げな様子を隠せていないが、ライラさんへの謝罪も口にしている。……そして、まだ言葉が残っている。

 

「私、諦めませんから。何度だって連れ戻しに来ます。だから次会った時には──」

「もう一度勝負、かな。今度は正々堂々と」

「はい!」

 

 久しぶりに見た爽やかな笑顔で再戦の予告をしたサリスは、いつの間にか手懐けていた大鷲に乗って去って行った。

 きっと次はいい勝負ができるだろう。その時は一月後か、半年後か、一年後か。頼むから最低一週間は空けて欲しいけど。けどまぁ、

 

「今度も、負けるつもりはない」

 

 ずっとライラさんの側にいるために。決意を新たに、海竜の鱗が収められた瓶を握りしめる。

 

「うぅーん……むにゃ」

「……いつまで寝てるんだろう?」

 

 まさかの再開はあったが、これで三つ目の収集完了。僕と儀式屋(ライラ)さんの魔女結婚儀の完遂まで、あと四つ。

 

 

 

 

 

 

 ジュエル・ラグーンから遥か遠くの空。月明かりに照らされて、()()()()()()()()が一軒。

 

「次の儀式はどこでするんですか? ()()()さんっ!」

「待て、説明するから、近い……()()ッ!」

 

 その中には箒を持った少年と、『本物』の少女がいた。

 

「なんだ? おしくらまんじゅうか?」

「うーん、もっとくっついちゃいなさい!」

「やめっ……うわーっ!!」

「きゃーっ!」

 

 ……それと、赤毛の少女が一人、喋る黒猫が一匹。

 

 

 

 

 



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木の話

 就職活動したり卒論書いたり引っ越ししたり社会人になったりしてたら岩本直輝先生の連載が終わってました。待たせてごめんなさい。
 次は……夏が終わるまでに……


 

 

「『永遠の絆の儀(ベストカップルコンテスト)優勝はシオン・エマ夫妻! 最強の夫婦はこの二人!!』……だって。何故か顔写真載ってないけど」

「出たかったなぁ、僕らが出てたら優勝確定だったのに」

「そういう根拠のない自信はどこから来るんだい?」

「もちろん愛ですよ」

 

 やばい後輩と一線交え、海竜の鱗を頂いてから数日後。僕たちは次なる魔導具を求めてジュエル・ラグーンから西へ魔法車を走らせていた。

 

「毎度直前になって聞いてますけど、次の目的地はどこなんです?」

「『巨大樹(エグドラシル)の森』……って言えば知ってる?」

「……また危険地帯かぁ」

 

 もちろん知っている。巨大樹(エグドラシル)の森はあの悪魔の樹海と同等、いやそれ以上の広大さを誇る森。王国軍(元職場)ですら調査を諦めたほぼ人類未踏の地だ。そこで数え切れないほど生えている巨大樹(エグドラシル)は一本で城が建つとも言われている。最もその巨木を伐採して運ぶ武力と、建築に使えるような建築力を持つ国が無いのだが。

 

「なるほど、確かにエグドラシルの木材なら僕たちの魔女結婚儀にも使えそうですね」

「いや、違うけど」

「あれー?」

 

 この流れで違うことなんてあるのか? いや、ライラさんが言うのならその通りなのだが……ならこの森で何が必要となるのかわからない。

 

「詳しくは到着してから……って、もうすぐそこだけど」

「うーん……ま、いいか!」

 

 

♢♢♢

 

 

「ひゅー、ひゅー……」

「前にも見ましたねこの光景」

 

 巨大樹の森に到着してから約1時間。ライラさんはまたしても虫の息になっていた。

 

「ちゃんと言ったじゃないですか、体力無いんですから徒歩で進むのは無理ですよ」

「だからって……ハァ、魔法車も通れないじゃないか……ハァ……」

「そこはほら、僕がおぶりますよ」

「そんなお婆ちゃんみたいな扱いは嫌……」

 

 わがままだなぁ、けれどそんな所も好きだなぁなんて思いつつ、景色を眺める。視界に映るのは巨大樹の幹と足首に届くくらいの雑草それと土、石ころ。あとは虫の息のライラさんのみ。それ以外は何もない。どこまでもどこまでも、同じ景色が続いている。

 

「獰猛な獣はいない、危険な植物もない。しかし食糧になる木の実も水場もない。巨大樹は半端な魔法じゃ燃えも傷つきもせず、雑草はすぐ伸びるから目印もつけられない……」

 

 下手に迷えば餓死一択。話には聞いていたが、実際来てみるとかなり厳しい場所だ。王国軍が調査を諦めた理由もなんとなくわかる。地形が複雑で危険な魔獣がいても、食糧も水場は豊富だった悪魔の樹海に比べると、こちらの方が過酷かもしれない。

 

「この森特有の現象として、魔力が養分に変換されてしまうというものがある。だから弱い魔法は機能しなくなるし、そうでなくても消費が増えるんだよね」

「うーん、それはまずい」

「え? 私みたいな雑魚魔法使いならともかく、君ならそう問題にならないと思うけど……?」

「あっ、えと、疲れちゃうなーって」

「……?」

 

 誤魔化せてないか? しかし今更言ったって仕方ないことだ。せめてここでの目的を果たすまでは秘密にしなければならない。もし言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「君、なんか怪しくない?」

「な、何でもないですって! ほら、急ぎましょう!」

「うーん……」

 

 これ以上怪しまれたらボロが出そうだ、騙すようで……というか実際騙しているのは申し訳ないが今は先へ進ませてもらおう。秘密があろうがなかろうが急いだ方がいいのは事実だし。

 ライラさんの息も整ったところで、また一歩進んだその時。

 

「わはははは………」

「待てっ……ぅ……」

「……ん? 何か言いました?」

「いいや……けど、私にも聞こえたね」

 

 突然聞こえたのは2人分の声。危険地帯には場違いなほどはしゃいだ声と、慌ててそれを止めようとしている声。姿はまだ見えないが、どうやら少女と男らしい。ついでにライラさんにも聞こえていることから、幻聴でないことは間違いない。

 

「かけっこするぞ! シオン、エマ!」

「ルーちゃん待ってぇーっ!」

「声が増えた……それに近づいてる?」

「それもそうだけど、ついさっき聞いた名前が出てたような……?」

 

 3人目の声ははしゃいでいる子より少しだけ年上らしい女性の声。会話の内容からそれぞれの名前もわかった……って、もしかしてやばい?

 

「ライラさんこっち!」

「え?」

 

 猛スピードで接近する敵かどうかもわからない少女、そしてそれを追いかける男女。僕たちはその軌道上に立っている。予想通りならあと数秒でここに来る……つまり激突する可能性大。

 

「よっしゃーーっ!!」

「わぁぁぁ!?」

 

 どうにかライラさんを抱えて横に回避すると、次の瞬間魔法車より遥かに早い速度で少女が通過する。ピンク色の髪を後ろで三つ編みにした、声の通り元気そうな女の子だ。

 

「あたしの勝ちーっ! シオンは2位なっ!」

「ムチャクチャなルールで勝負するな! 全くお前は……」

「だ、大丈夫ですシオンさんっ! ビリはわだしですからっ!」

「そのフォロー意味あるかしら……?」

 

 そして少女を追っていた2人も登場。銀髪で目つきの悪く、箒を持った少年と、茶髪のロングヘアーで、優しそうだがやや天然な少女だ。年齢はどちらも16かそこらだろうか? そして喋る黒猫……翻訳魔法かな、ここでよく使えるものだ。いや、()()()()()()()()()()()()当然か?

 

「ごほん、ちょっといいかな?」

「……何だ?」

「うわ態度悪っ」

「アラン君静かに」

 

 そして驚きは隠しつつライラさんが声をかける。見るからに怪しい──実際1人は怪しいという次元じゃないが──3人と1匹にも友好的に話しかけるあたりさすが人ができている。なお僕はできていない。

 

「えーと、君はシオン・エリファス・レヴィくんだね? 初めまして、私はライラ・サクラーレ。こっちはアラン・ガントレット」

「そうか、じゃあな」

「待って待って」

 

 挨拶すらまともに返さずに去ろうとする少年──シオン・エリファス・レヴィ。彼は西方三賢者の1人にしてお尋ね者。罪状を挙げればキリがなく、懲役刑なら8000年を超える大犯罪者だ。騎士ならばすぐにでも捕まえるべきなんだろうが、今の僕は元騎士なのでまだ様子見で。『ある程度の事情』も知っていることだし。

 しかしこの犯罪者に仲間がいるなんて聞いたことがない。誰だ?

 

「ちょっとくらい話を聞いておくれよ、初対面だけど」

「断る。急いでるんだ、お前らなんかに構ってる暇は──」

「──わかった、じゃあ逆に質問しようかな」

「……は?」

 

 ライラさんの様子が変わった。ほんの少し前まで慌てて引き止めようとしていたはずなのに、急に落ち着き、何かを見透かしたような態度でシオンの隣に立つ少女を指差す。

 

「その娘、『黒魔女(エキドナ)』だろう?」

「えっ!?」

「……っ!」

 

 今何と言ったか、この少女『黒魔女(エキドナ)』だと? 確かに伝承通りの年齢ではあるが、こんな普通の見た目をしているのに──という疑問は、シオンが(武器)を構えたことで消えた。

 

「正解…ってことかな」

「何故、いやどこで知った」

「知ったんじゃない、理解(わか)るんだ。同族というか何というか、私も訳ありでね……」

 

 そしてライラさんは彼女の──僕たちの事情を語った。自身が『黒魔女』の模造品であること。その解呪を目指して旅をしていること。今日ここで出会ったのは偶然で、敵意はないこと……ざっとこんなところだが、話している間もシオンは警戒を解かなかった。

 

「というわけなんだが、信じてくれるかい?」

「え、ええと……」

「うん……まるっきり嘘ではなさそうね、シオン?」

「……ああ」

「ならよかった」

 

 シオンと黒猫さん以外は理解が追いついていないようだが、何とか信じてもらえたようだ。これも本物の関係者だからこそだろう。

 だが事情を説明しただけでさようならとはいかない。本物の『黒魔女』がここにいて、()()シオンと共にいる……ということは、彼らの目的も一つしかない。

 魔女結婚儀(マジコ)だ。

 

「驚いたよ。まさか本物と偽物で儀式が被るなんて。……驚きついでに聞くけど、君たち()()を?」

「……答える義理は「はい!」おいエマ!?」

「え? だってさっき『この森で一年に一本しか生えない木を探す』って……」

「全部言わなくていいっ!」

「あらら……」

 

 ……今の会話で大体わかった。僕たちの目的はこの森のどこかに一本だけ生えている樹で、それも年に一度、おそらくこの時期にしか無いものであること。それは本物の魔女結婚儀でも使われるものであること……要は被ってしまった訳だ。

 

「なら争奪戦は避けられませんよね、どうしますか?」

「拳は引っ込めて……向こうの強さは君の方が知ってるだろ。第一さっきまで魔法使うの渋ってたじゃないか」

「な、何のことですかねー」

 

 痛い突っ込みにはすっとぼけつつ、本音を言えば戦いたくない。情けないことだが万全の状態でも僕1人では勝てると言い切れないし、魔法を使うのは控えたい今は尚更無理だ。下手に動けば瞬殺される。

 

「ねぇ話のわかりそうな黒猫さん。せめて提案だけでも聞いてほしいんだけど」

「アニスよ。目的を譲れって提案じゃなきゃどうぞ」

「よかった。それで提案だけど、ここは一旦別れて、後はもう早い者勝ちってことにしないかい?」

「うーん……どう、シオン?」

「…………」

 

 ライラさんの提案を聞いて考え込むシオン。気持ちはわかる。この短時間のやり取りでもこの2人が本当に愛し合っていることはわかるし、だからこそ永遠の絆の儀(ベストカップルコンテスト)で優勝まで果たしたのだろう。そんな大切な人を1年も待たせたくはない。

 ……かと言ってハイどうぞなんて選択肢は無い。この機会を逃せば次は来年、この先偽物の黒魔女がどう変質するかわからないし、追手の存在や結婚適齢期を考えるとそこまで待っていられないからだ。結婚適齢期以外は本物だってそうだろう。早い者勝ちが最大限の譲歩だ。

 そして、シオンが口を開いた。

 

「ダメだ……今ここで、どちらが手に入れるか決める」

「シオンさんっ!」

「すまんエマ。ここは譲れない」

「だよなぁ……」

 

 驚きは無く、寧ろ納得した。僕の知っているシオンはそういう選択をする。

 

「待ってくれ、もう少し話し合いを……」

「いやぁ無理ですよ。お互い不本意ですが、もう戦って決めるしかありません……だから、下がってください」

「っ……わかった。頼んだよ」

「任せてください」

 

 シオンはもういつでも戦える状態だ。こちらの用意を待っているのは提案を蹴った罪悪感か、それとも実力を見定めているのか。

 

「ほらエマ、ルー。私たちも下がりましょ」

「あたしもたたか、むぐー!」

「ルーちゃんっ!」

 

 向こうもシオンを残して距離を取った。これで戦いに巻き込まれることはないだろう。

 あぁ、正直本当に嫌だけど、勝てる気はほとんどしないけど、負けられない理由はある。その思いだけは一緒のはずだ。

 

鉄装魔法(アイアンスミス)……いくぞ」

「来い」

 

 鉄の拳と魔法の箒を構えて──いざ。

 

「はぁぁっ!」

「……ふっ!」

「うわっ!?」

 

 鉄の拳を思い切り叩きつけた初撃は間に挟まれた壁で軽く防がれる。そして壁の後ろからは槍の様に尖らせた箒草が3本、襲いかかってきた。

 

(シルド)!」

「チッ……」

 

 1本は左の手甲で弾き、右から来るのは手甲を盾に変形して受け止め、その反動を利用して最後の1本を躱す。危なかった、やはりこの程度の攻撃はすぐカウンターされるか。

 

「王立図書館に襲撃した時以来だったか、また強くなってるな」

「知るかよ、お前が弱くなったんじゃねーの」

「言うなぁ……完全には否定できないけど」

 

 シオンの戦い方はよく知ってる。箒魔法──魔力を通した箒草を自分の手のように自在に操る魔法をフル活用したもの。伸縮自在かつパワーも十分、今の僕では()()()()()()()()()一瞬で追い込まれかねない強敵だ。

 その弱点は2つ、一方は炎だが生憎と鉄装魔法にそんなものはない。となると突くべきはもう一方の弱点──『切断』だ。

 

(シーザ)ッ!」

「!」

「はさみーっ!?」

 

 魔力を追加した盾を鋏に変換し、箒草を切断。並の刃物では歯が立たない強度だが僕の魔法なら十分切り裂ける……『(ソルド)』では不安だったので多少扱いにくくてもより切れる『(シーザ)』にしているのは内緒だ。

 

「一度切った程度で──」

「止まらないのはわかってる──(ナグル)っ!」

「が……っ!」

 

 普通の箒ならただの棒切れになるところだが、箒魔法の場合は魔力さえあれば直ぐに伸びるのでそうもいかない。だからその前に叩く。

 左に残していた鉄の拳が鳩尾に突き刺さる。間髪入れずにもう一発入れようとして──また壁に阻まれてしまった。

 

「シオンっ!」

「心配すんなっ、平気だ!」

「後ろに跳んでたか……」

 

 だから完全に威力が乗らなかった。それでもいい位置に入ったはずだがダメージは少ない。相当鍛えてるな。

 

「さて次はどうやって──「アランくん下!!」っとぉ!?」

「突っ立ってる暇があるのか?」

「その通りだなぁ!」

 

 真下から突き出す攻撃を躱し、次の攻め手を考える。危うく捉えられるところだった、これからは絶えず動き続けないと不味い。

 

「うおおおっー!」

 

 そして再び鋏を構え、荒ぶる箒の中へ飛び込んでいった。

 

 

♢♢♢

 

 

「ぐっ、このっ!」

「……やっぱり変だ」

 

 戦いが始まってから数分。彼──アランくんは未だシオンを相手に善戦している。

 そう、善戦だ。優勢じゃない。最初の一発からまともに攻撃は入らず、逆に相手の攻めをギリギリのところで凌ぎ続けている。その状況に私は違和感を感じていた。

 

「何というか、勢いがない? いつもならもっと強い技で攻めてるのに……」

「そうなんですか?」

「えっ? あ、うん」

 

 違和感の正体について考えていると、黒魔女(エキドナ)の少女──エマちゃんだっけ──が話しかけてきた。不意打ち気味だったせいか、少し驚いてしまうも何とか取り繕う。だって大人だから。

 

「いっつもはもっとこう……どかーん、ずしーんって感じで……派手なんだ」

「へぇー、前にシオンさんがやってた感じみたいだべか……」

「前に……あ、東の国(エデン)壊したの君たちだっけ」

「あ、あはは……」

 

 あれはアランくんと旅に出る少し前だったか、趣味の悪い富豪どもが集まる国──招待状も入場料もないから行ったことないけど──が壊滅させられる事件が起きた。確か報道にはシオンが映っていて、側に認識阻害魔法のかけられた女の子もいたはずだ。あれも魔女結婚儀の一環だったのかもしれないな。

 

「別に彼を悪く言うつもりはないんだけどさ、結構大変じゃないかい? ほら、彼の素性とか」

「驚いたこともありますけど……今は全然。悪く言われることも、誰かのためだって知ってますから、えへへ」

「……そっか」

「よくこのタイミングで惚気られるわね……」

 

 要はベタ惚れしてるってことかな。好意が自分に向いてるせいでピンとこないが、側から見たらアランくんもこんな感じなのかもしれない。……いや、彼はもっとおかしいな。

 

「ぐあっ!」

「あっ!」

 

 そんなことを考えていると、彼の苦しそうな声が聞こえる。慌てて目で追うと箒でできた巨大な拳が直撃していた。

 やはり回避や受け流しには限界があったようで、よく見ると細かい擦り傷も増えている。

 

「まだまだ! ……っぐ!」

「……」

 

 もちろんその程度で勝負は終わらない。シオンは攻撃の手を緩めず、アランくんも体制を立て直そうとしている……そして、違和感は増していく。

 

「やっぱり変だ、使ってるのは普通の盾と手甲と鋏だけ、『重装式』どころか鎧すら着込んでない……」

 

 身軽な状態で戦いたいのだろうか、しかし鎧を出せば無効化できる様なダメージを負ってまですること? 攻撃も彼にしては弱いものばかりで、何か強力な技を狙っている様子もない。

 

「まるで、無いものを出し惜しむような……あぁっ!?」

 

 そこまで口にして、漸く気がついた。魔法使い、特に儀式屋なら当然頭に入れておかなければいけないはずのこと、それを完全に忘れていた。

 慌てて 無謀者のみる夢(フール・タウン)に住む魔蟲族の儀式屋(助平ジジイ)から譲られた魔眼計を取り出す。

 

『ギョギョギョ……ギョギ……』

「やっぱり……!」

 

 魔眼計は懐中時計の文字盤の代わりに目玉がついた様な魔導具で、その目玉を向けた相手の持つ魔法の残量──あとどれだけ使えるかを知ることが出来る。

 そしてアランくんに向けられた魔眼計の目玉は三日月の形に変わった。つまり、彼の鉄装魔法はもうすぐ使えなくなるってことだ。

 

 

♢♢♢

 

 

「そりゃあなー……」

 

 シオンの猛攻を躱しながら──半分は当たってるけど──ライラさんの方を様子を確認すると、魔眼計を持ってこちらを見ている。その魔眼計の目玉は見るまでもなく三日月の表示。なら僕の秘密もバレたと言うことだろう。

 

「ちょっと、どういうことだいこれはっ!?」

「いやーははは、こないだの戦いで使いすぎちゃって……」

 

 儀式をクリアして得た魔法は永遠に使えるわけじゃない。使えば使うほどに超常の源は通じる力は減っていき、最終的には使えなくなる。もう一度使えるようにするにはまた儀式からやり直しだ。

 当然、魔法使いにとって魔法の使用可否は死活問題なので、そうなる前に儀式で延長したり、最悪すぐ再習得できるように用意をしておくものだ。王国軍にいた時は僕もそうしていたが、軍を抜けた僕にそんなことができるはずもなく。実は旅をする前から微妙であった魔法はついに枯渇していた。

 

「前より魔法使わないと思ったけどよ、切れかけとはな」

「儀式に行く暇もなかったんでね、お前だってそういう経験あるだろ?」

「……ねぇよ?」

「あるんだ……」

「ね、ねぇって!」

 

 この反応は絶対にあるな、それが今でないことが残念でならないが……とにかくどうにかしなければならない。でもできない。

 

「お前それでよく喧嘩売ろうとしたな……」

「上手くいけば退いてもらえることをきたいしたんだよっ! この有様だけどな!」

 

 当然それを知ったところでシオンは手を緩めない。寧ろ魔法を使わなければ防げない攻撃を増やしてきた。まったくあと少しで丸腰になる相手にこれは性格の悪い追い詰め方だ……正解だよ。

 

(ウォル)ッ! ……ぐはっ!」

「無茶だ! そんな壁1枚じゃとてもっ……!」

「知ってますよ。けど、これ以上防御に使える力が残ってないんです……」

 

 もしペースを維持したとして戦えば、持って精々5分。当然その程度の時間で、それも節約して倒せる相手ではない。『敗北』の一言が頭をよぎる。

 

「ぐ、くそ……」

「アランくん……」

「終わりだっ!」

 

 いよいよ動きが鈍くなってきた僕に、箒で編まれた拳が降りかかる。これ以上のダメージは受けられない。何としてでもこの身を守らなければ。

 休むな、動け、重いだけ、僕は何のために戦っているのか──

 

「ライラさぁーーんっっ!!!」

「なっ!?」

「えぇ!?」

 

 愛する人の名を雄叫びにして自身に喝を入れ、全力で後ろに跳ぶ。これで拳は回避できた……その代わり、変な目で見られた。

 だがそんなことは知ったことか。もう吹っ切れたぞ、どうせチマチマ戦ったって勝ち目は無いんだ、思い切ってぶち撒けてやる。

 

「勝負だシオン! 僕は、この一撃に全てを込める!」

「何っ!?」

「」

 

 残った魔法の力と僕自身の魔力をかき集め、この戦いを決める一撃を作り上げる。通れば勝ち、防がれれば負け。危険な賭けだが1%でも勝ちの目が出るならそれでいい。

 

巨重剣(ギガン・ヘヴィ・ソルド)ッッ!!!」

「「「でっかぁ!?」」」

 

 そうして創り上げたのは『重塊(ヘヴィ・ランプ)』を遥かに超え、巨大樹すら抜くほどの超巨大・超重量の剣。ライラさんたちも思わず声を上げてしまうこの大きさ、この重さなら箒魔法にだって対抗できる。

 

「さぁどうするっ! こいつはその箒じゃ受けられないだろう!」

「……だったら()()()()()()!」

「何!?」

 

 そう叫ぶと同時に空へ飛んでいった箒は、落下しながら剣へと変わり、シオンの手に収まる。漆黒の夜空を思わせる刀身に、星々の光の様な輝き。見ただけでとびきりの業物だとわかる。同時に、その剣が本来の箒魔法とは別物であることも。

 

「編み出したのか、自分で儀式をっ!」

『魔剣"箒星"』──やるぞ、エマ」

「はいっ!」

 

 さらにシオンとエマが身につけた指輪が赤い糸で結ばれ、出力が爆発的に上昇していく。その姿は運命を共にする証の様で、今の僕たちには慣れないもの……。

 

「はっ、それがどうしたぁ!」

「……アランくん。」

 

 例え赤い糸で繋がれなくとも、思いの強さなら負けちゃいない。

 

「ぜぇぇぇぇいっっっ!!!」

「はぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 振り下ろした巨剣と夜空の剣がぶつかり合う。その衝撃は巨大樹の森を揺らし、全身が悲鳴を上げる。

 

「ぐおおぉぉぉぉっ……」

「あああぁぁぁぁっ……」

 

 拮抗する時間は僅かだった。

 

 ぴし。

 

「ぐうぅっ!」

 

 ぴし、びき、びきり。金属にヒビが入った時の、嫌な音が耳に入る。後の発生源は──僕の剣。

 

「あ、ああ……っ!」

 

 この大質量に全力を上乗せして尚シオンには届かず。少しずつ剣は砕け、少しずつ押し返される。そして、限界が訪れた。

 

 ────フッ

 

「──あ」

 

 一瞬の脱力感と共に巨剣が消える。僕の全力を込めた、まだ完全には砕かれていなかったはずの剣が消えた──つまり、鉄装魔法が切れたってこと。

 

「いっけぇぇーーーーっ!!」

「くそーーーっ!!!!」

 

 そして、阻むものの無くなった魔剣の一撃が襲い掛かる。気を失う直前に見えた刀身はとても綺麗で──それが余計に悔しかった。

 

 

♢♢♢

 

 

「ん……ぐ……?」

「あ、起きた」

「おはようござ……いだだだ」

 

 目覚めて最初に知覚したのはライラさんの姿。そして全身の痛み。一体どれほど経過しただろうか。日は高いが、まさか1日寝てたなんてことはないだろうか。

 

「1時間も経ってないよ。ほら、これで回復して」

「どうも……ウワー沁みる!」

 

 手渡された神泉ルナの水(謎の石入り)を浴びる。傷口に染みるわ水自体の刺激で思わず声が出てしまったが、とりあえず傷は塞がった。

 残ったのは疲労感と、それを遥かに超える敗北感。……負けたんだ、僕は。負けてはいけない戦いに。

 

「負けてごめんなさい。年に一度のチャンス、無駄にしてしまいました」

「あー……うん、そのことなんだけど……」

「?」

 

 いくら謝っても謝り切れない失態……なのに、ライラさんは別のことを気にしている様子。よく見ると勝者のシオンたちも気まずそうな顔をでこちらを見ている。どういうこと?

 

「それは私から説明するわ。えっとね……」

「ほうほう……え゛」

 

 代表して黒猫さん──アニスが語った内容はあまりに衝撃的なものだったが、極限まで要約するとこうだ。

 

『目的被ってませんでした』

 

 そもそもいま初めて聞いたことだが、全員が求めていたものは『巨大樹に寄生する木』だった。その寄生植物はこの森に一本しか生えない代わりに、森中から栄養を集めて成長、年に一度巨大な果実をつける。だ、本当の魔女結婚儀に必要なのはこの果実。対して僕たちの魔女結婚儀に必要なのは……()()()()()()

 

「そういうことかよぉ……」

「ごめんなさいね、まさか枝だけ欲しいと思わなくて……」

「いいやこちらこそ、普通果実の方が欲しいことに気がつくべきだった」

 

 お互い出会いに驚きすぎて、目的をしっかり確認できていなかったのが勘違いの原因。何のために戦ったんだ僕は……。

 なお、寄生植物は気絶している間にシオンの娘が発見していた。そこで勘違いも発覚したらしい……虚無感すら湧いてくる。

 

「はぁー、でもよかった。お互い儀式を進められて」

「…………」

「あ、シオン。今回は負けだが、次は負けないからな!」

「ふんっ、今度はもっと楽勝だ」

「腹立つなぁ!」

 

 調子に乗りやがってこいつ……だが、今日のところは完敗したことだし受け入れてやろう。やっぱり腹立つけど。

 

「じゃあな行っちまえ、……あと、嫁さん守れよ」

「言われなくても守るに決まってる……お前も守れよ」

「ああ」

「何か仲良くなってない君ら?」

「「いや全然」」

 

 去っていく彼らを見送りながら、軍にいた頃シオンと戦ったことを思い出す。あの時は最後まで戦ったことはなく、大体向こうの目的を達成されては取り逃がしていたな。けど、あまり本気で捕まえる気にもならなかった。

 あいつが何かしでかす時は、大抵裏があった。違法な奴隷を飼う悪徳貴族だったり、危険な魔導具を悪用する輩だったり……そういった悪党どもをシオンは気に入らない様で、軍が動く前に潰していた。それがもっと気に入らない国は丸ごとシオンのせいにしていたけど、僕はちゃんと知っていた。

 

「ま、それ抜いても大犯罪者だけどな……」

「やっぱり仲良いだろ君ら」

「マジでないです」

 

 でもやっぱり嫌いだ。今日は負けたし尚更に。

 

「……あのさ、私からも話があるんだけど」

「う、やっぱり忘れてませんか」

「そりゃそうだとも」

 

 今の流れで誤魔化せると思ったんだけどなぁ、魔法切れ寸前だったことを黙っていた罪は消えてないらしい。

 まぁ、こうなった以上どんな処分が下されようと仕方がない。……用済みとか言われたら泣くが。

 

「私はね、すごく弱いんだ」

「え、あ、はい……知ってます」

 

 そりゃ体力ないし、しょぼい魔法しかないし……何の話?

 

「だから戦闘は君に頼り切ってたし、当然だと思ってたんだ。要は甘えだね」

「いやそんな……頼られて嫌じゃなかったし」

「君ならそう言ってくれるだろうね。でもさ、今日は特に見ているだけでさ、黒魔女(あの子)みたいに助けにすら慣れなかった……本当に情けなかった」

「ライラさん……」

 

 『そんなことない』という言葉は求めちゃいないだろう。僕が言われたって嬉しくない。

 ライラさんはこういう人だ。ルナに行ったあの時も責任を感じていて……優しい人だ。だから僕も応えたかったんだ。

 

「ライラさん。僕の使命はあなたを守ることです」

「アランくん。私はこれ以上君に甘えられない」

 

 相手が話すのも構わずに思いをぶつける。それでもちゃんと伝わる、伝わってくる。

 

「「けど、今のままじゃそれができない」」

 

 言葉が重なった。そう、今の僕たちは無力だ。だから……

 

「だから僕は、鉄装魔法(アイアンスミス)を再習得して、今度こそあなたを守れる男になります」

「だから私は、偽物の黒魔女(私の力)を使いこなして、君に守られるだけの女をやめる」

 

 

 悔しさをバネにして、僕たちの関係を進める時だ。

 

 四つ目の収集完了。僕と儀式屋(ライラ)さんの魔女結婚儀の完遂まで、あと三つ。

 

 

 

 

 

「さぁーて、そろそろ来る頃かね?」

 

 巨大樹の森から遠く、遠くの山の上。鉄と岩に囲まれた家の中で、ニヤリと笑う男が1人。

 

「前に来たのは何時だったかな……馬鹿息子め」

 

 その顔はどこかアランに似ていた……

 




 アラン・ガントレット
 負け犬(自称)。

 ライラ・サクラーレ
 役立たず(自称)。

 シオン・エリファス・レヴィ
 原作主人公。エミュレートがむずい一号。
 アクセス無しだったら思い出の掃討使わないと負けてた。

 エマ
 原作ヒロイン。エミュレートがむずい二号。
 ライラと連絡先を交換した。

 ルー
 原作娘。かわいいし成長するとすごい。
 たぶん今回のMVP。

 アニス
 喋る黒猫。原作だとすごい秘密があるが本作で触れられることはない。

 寄生植物
 果実はまずい。枝は巨大樹ほどではないがでかいのでシオンが切り分けてくれた。

 箒魔法・箒星・赤い糸
 原作を読もう!

 巨重剣(ギガン・ヘヴィ・ソルド)
 一打粉砕に怒渇の心力を込め、万物を叩き割る剛剣の刃を生み出さん!!!


 謎の男
 アランの親父(驚きのネタバレ)









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