エピソード・オブ・スカーレット (坂水木)
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1. エピソード・オブ・スカーレット

ジュニアメイクデビュー戦まで。


 トレーナーという仕事はある意味でウマ娘と等しくあるのではないかと思う。

 僕のような極めて一般的な人間が彼女らのようなポテンシャルあふれる存在と同じとするには少々、いやかなりおこがましいと言う人もいるだろうが。僕自身もまたそう思っているわけだし。

 けれども。彼女らと時間を共にし、絆を育み、その脚を持って勝利を収める。これを行うのだからトレーナー=ウマ娘と考えてもおかしくはない。どのように脚力を伸ばしていくか、どのような鍛錬が必要か。日々考える必要があるのだ。それはつまり、僕がウマ娘であると言っても過言ではない。

 

「――そうは思わない?」

「はぁ?ぜんっぜん思わないけど?」

 

 完全無欠に否定されてしまった。

 ミーティングルームにて。指を一本立てて軽く否定してくれたのは新人トレーナーたる僕の未来の相棒、ダイワスカーレット。ふぁさふぁさと揺れる尻尾が魅惑的で、また髪の長さに定評がある。

 

「アンタがウマ娘ならアタシと一緒に走れるの?」

「いや無理だけど」

「ほらみなさい。無理じゃないの」

 

 ふん、と腰に手を当てばっさり切り捨てられる。

 まあ、彼女の言うことは正しいのでここは反論などしないでおこう。走れなくてもウマ娘なんだ!と声高に叫んだところで虚しいだけだ。いつか、僕もウマ娘なんだということを理解してもらえればそれでいい。

 固い決意を胸に、改めてダイワスカーレットへと向き直る。

 

「それはさておき」

 

 短く告げ、話を切り替える。

 僕の意識が変わったのを察してか、地味に緊張した様子のスカーレット。ピンと立つ耳がわかりやすく、表情もきりりとしてまたわかりやすい。きっと、話す内容がわかっているのだろう。僕が彼女の立場であっても同様に緊張するだろうから何も言わない。言えない。

 

「明日、君のデビュー戦だ」

「――ええ、わかってるわ」

 

 そう、彼女、ダイワスカーレットのデビュー戦が明日に控えている。

 

「緊張してる?」

「べ、べつにしてないわよ。緊張なんて…」

 

 そう言われると思っていなかったのか、驚きに顔を染めて声を震わせる。なんともわかりやすい少女だ。

 

「まあ、うん。君よりたぶん僕の方が緊張してるけどね」

 

 ほら、と手を差し出す。指先が震えていた。なんてことだ。当人以上に緊張しているなんておかしいよ。

 

「ぷ、ふふ、何よもう。どうしてアンタが緊張してるのよ」

「そりゃほら。トレーニングの成果が出るからね」

 

 僕の方針でトレーニングを進めてきたのだから、そりゃ緊張の一つもする。単純に勝てなかったらとか、もっと何かできたんじゃないかとか。

 そんな僕の顔を見てか、スカーレットは珍しく表情を崩し、柔らかく笑った。

 

「ばかね。アンタが間違えてたって、アタシがちゃんと一番になってあげるわよ。アンタの目の前にいるのは誰?」

「スカーレット」

「そ。スカーレットよ?ダイワスカーレット。アタシのトレーナーなんだから、もうちょっと自信持ちなさい。それに――」

 

 言葉を止め、スカーレットは挑戦的な眼差しで僕を見る。燃えるような紅の瞳がとてつもない熱を孕んでいた。何を言われるのかわかってしまう。この半年ほど、幾度も話をしてきたから。だから。

 

「"必ず君を一番にする"」

「――あら、わかってるじゃない」

 

 くすりと笑うスカーレットに、僕もやんわりと頬を緩める。

 燃える瞳に魅入られ、あふれる熱に焦がれたからこそ、僕は彼女を、スカーレットを一番にすると誓ったのだ。

 

 

 

 ジュニアメイクデビュー前。

 彼女――スカーレットのステータスはスピードが重点的に上げられていた。

 ステータスとはなんぞやと思うかもしれないが、これはトレーナーの持つ不思議能力の一つによるもの。人によって性質は違うらしいけれど、だいたいみんな謎能力を持っている……らしい。あまり他のトレーナーとかかわりがないので正確なことは言えない。

 ステータス。

 スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さと、まるでゲームのようにパラメーターが表示される。意味不明である。僕もよくわかっていないので、あまり深く考える必要はない。とにかく、これを見ながら僕はどんなトレーニングをするか決めてきた。

 上手い具合に調整をしようと思ったが、これがなかなか難しいもので。スカーレットの調子によって個々のステータス伸び率が変わってくる。そのせいでスピードばかり伸びてしまった。いや、彼女は悪くない。僕がもう少しバランスを考えられればよかったのだろう。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 

「…ふぅ」

 

 先の控え室で、"鮮烈なデビューを飾ってきてあげる"と自信満々に言っていたスカーレットだが、緊張している様子はまったくなかった。代わりに僕がめちゃくちゃに緊張している。どうしてこう、僕ばかり緊張するのか。

 そうこう考えているうちに、レース場に実況解説の声が響き渡る。レースが始まった。

 

 パンと、高く轟く音と共に、ウマ娘たちが走り出した。

 序盤から飛ばしていくスカーレットは、一位をキープしている。このまま行ってほしいものだけど……。

 やきもきしながら見ていたら、さらっと第四コーナーを越えてラストの直線まで入っていた。特にスタミナ切れの様子もなく、気づいたら普通に一着で普通に勝っていた。僕の心配よ。

 

『―――』

 

 ちらりと、一着で走り抜け手を振るスカーレットと目が合った気がする。

 へいへい!レース場の諸君。僕のスカーレットが一着だ。はは、いやー心配なんてする必要ありませんでしたね!ははは!!

 そんな頭の緩いことを考えていたのが悪かったのか、ダイワスカーレットがたったと観客席近くまで駆け寄ってくる。

 

「スカーレ」

「ちょっと!なんて締まりのない顔してるのよ!見てるこっちが恥ずかしくなってくるじゃない!!」

「あ、はい」

 

 薄っすらと頬を上気させながら僕に叫ぶスカーレットに反射的な返事が口からこぼれた。

 無言で数秒。見つめ合う僕ら。歓声やらなんやらで騒がしい会場。彼女の求めにすぐ気づいたのは、スカーレットの尻尾がふりふりと揺れていたからだ。相変わらずわかりやすい。つい笑ってしまった。

 

「はは、スカーレット!よく頑張ったね!!」

 

 叫ぶ僕に、ぱあっと表情を輝かせ、すぐに険しい顔つきへと戻る。

 

「ふ、ふんっ。そんな褒めなくたっていいわよ。これくらい、当然のことでしょ。アタシが目指すのは一番なんだから、最初から躓いてなんていられないわ」

「そうだったね」

「ええ。だからほら、次の準備を進めるわよ」

 

 急く彼女に頷く。ウイニングライブへと向かうスカーレットを見送りながらも、やはりどこか嬉しそうにしていた彼女の顔を思い出し笑った。

 幸先は良し。僕の心配が杞憂に済んでよかった。次、頑張ろう。

 どうでもいいんだけど、やっぱりトレーナー=ウマ娘説はありだと思う。



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2. エピソード・オブ・スカーレット

ティアラ路線決定から二年目突入まで。


 ティアラ路線を決めたダイワスカーレットと共にトレーニングを重ねていく日々の中。

 ある日、スカーレットと共に食事を取りにきていた。何やら悩む彼女に尋ねると、期間限定メニューである『掴め1番! 超ド級スタミナ丼』とやらが気になるとか。

 

「何がそんなに気になるの?」

「だって一番よ!?アタシが食べなかったら誰が食べるのよ!」

「いやまあ、誰かが食べるんじゃないかな」

 

 ウマ娘の食欲旺盛さはよく知られていることだけど、ダイワスカーレットもその例に漏れない。

 食べたいなら食べればいいし、そのスタミナ丼だって他のウマ娘が食べていることだろう。

 

「でも、結構量がありそうなのよね…」

「なるほど、太ると」

「もう!どうしてそうアンタは直球で言うの!?もっとこう、言い方ってもんがあるでしょ?」

「ごめんて」

 

 女の子に太るは確かに悪かったね。僕が悪い。

 声を荒げるスカーレットに謝りつつ、ぱぱっと思ったことを伝える。

 

「それよりほら、思いっきり食べて一番を掴もう」

 

 ちょっとくらいたくさん食べたって大丈夫さ。

 

「それに、僕はいっぱい食べてるスカーレットが好きだよ」

「好きって……もう、ばか」

 

 恥ずかしそうなスカーレットに笑いかけながら、ウマ娘用ではない普通の控えめ定食を頼む。

 結局、ダイワスカーレットが頼んだのは超ド級スタミナ丼だった。美味しそうに食べる彼女の可愛さったらもう、筆舌にしがたい。太り気味にはならなかった。やはり大丈夫だと伝えてよかった。僕はいっぱい食べる子の方が好きだからね。

 ただなんというか、いつも思うことだけど、ウマ娘の細い身体にどうやったらあれだけの量が入るのか不思議でしかなかった。全員大食いって、テレビの大食いタレント全滅じゃないか。

 

 

 

 なんやかんやトレーニングを繰り返し、ダイワスカーレットが一着になっていっぱい褒められたいとかなんとかそんなような話をしたりして。

 ダイワスカーレットにファンレターが届いた。

 

「ファンレターだって。よかったね」

「へ、へー。ふーん。アタシにファンレター…」

 

 にやつきそうな笑みを抑えでもしているのか、反応がひどくわかりやすい。あと、尻尾と耳よ。顔以上にわかりやすいから。

 

「僕もスカーレットにファンレター書こうかなぁ」

「は、はぁ?べつにアンタからもらったって嬉しく……ないんだからね!」

 

 あ、ちょっと止まった。この子、今考えたな。顔赤くなってる。どうしよう。適当に言っただけなのに、これあげたほうがいいんだろうか。聞いてみるか。

 

「じゃあいらない?」

「べ、べつにいらないなんて言ってないでしょ!」

「おーけーわかった。僕に任せな」

「何がわかったのよ。もうっ」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながらファンレターを読むスカーレットを横に、メモ帳へファンレター用紙購入、と書いておく。トレーナーが自分のウマ娘にファンレターを書くなんておかしなことかもしれないけれど、こういうのも悪くないとは思う。

 スカーレットが喜ぶならそれでいいと思うのだ。

 にやけながら手紙を読んでいたダイワスカーレットをからかいつつ、二人でトレーニングに戻っていった。

 

 

 

 ホープフルステークス。

 ダイワスカーレット二つ目のレースとなるが、G1である。重ねて、G1である。なぜこのレースを選んだのか、僕にもわからない。スカーレットが出たいと望んだからのような気がしなくもない。気づいたら出走を選んでいた。

 レースの始まりは二度目でも緊張するもので、むしろ緊張しかしない。胸が痛い。ドキドキする。

 スカーレットは今度も緊張した様子がなく、ぐっと胸に手を握り込んで気合十分といった調子だった。

 出走するのに年齢的な条件のあるレースとはいえ、G1という格付けであることには変わりない。

 一等星の輝き。これを見て僕もスカーレットもレース出走を選んだのだろうか。今となってはもうわからないし、走る直前である今では関係がない。僕にできるのは、ただ願うこと、応援することだけ。

 

 始まり。ハイペースで先頭を進むスカーレットは調子の良さが前面に出ていて、軽快な走りを見せていた。

 そのまま走り続け――。

 

「――ねえ!ちゃんと見てた!?アタシが一等星に輝いた瞬間!!」

 

 気がついたら、ダイワスカーレットが一着でレースは終わっていた。ウイニングライブも終わり、場所は控え室。

 ぼうっとした頭で、目を輝かせるスカーレットを見やる。勝った。勝ったのか。すごいな。二連勝か。スカーレット、すごいな。

 

「見てた。すごかった」

「ふふん!そうでしょそうでしょ!アタシが一番なのよ!」

「今度はもっとすごい一番になろう」

「ええ今度はもっとー―ってもう!もうちょっと褒めてくれてもいいじゃない!」

「いやごめん。つい。スカーレット、すごかったよ。本当にかっこよかった」

 

 褒めて褒めてとせがんでくるわけではないけれど、十分に彼女の表情が物語っている。スカーレットは褒められたがりなのだ。

 改めて本音で伝えると、彼女は少しばかり照れた様子で髪をいじりながら、そっぽを向く。

 

「ふん、いいわよ。次はもーっとすごい一番取るんだから!」

 

 宣言するスカーレットには悪いけど、よく考えたらもっとすごい一番ってなんだろうね。僕にはわからないよ。

 その旨を伝えたらひどく怒られた。久しぶりに理不尽を感じた。僕が悪い?そうか。僕が悪いな。

 

 

 

 新年を迎え、ダイワスカーレットにあけおめしたら律儀な挨拶と共にお年賀をもらった。

 

「え、なにこれは」

「お年賀だけど?」

 

 なんだそれは。僕は知らない。

 

「聞いたことないよ。何それ」

「はぁ!?アンタそれでもアタシより年上なの!?」

「うぐ、そうです。年上でごめんなさい」

 

 これでもスカーレットより四つくらい上なんです。

 

「まあいいわ。お年賀っていうのはね――」

 

 わざわざ説明してくれるのはさすがダイワスカーレットと言ったところか。

 どうやら、お年賀というのはお世話になった人に向けて年始の挨拶と共に贈るものらしい。中身はお菓子とか日持ちするものとか、お歳暮と似たようなものだって。

 

「へー。スカーレットは物知りだね」

「はぁ…。アンタが知らないだけよ」

 

 そうかもね、と頷きながらお年賀を受け取る。お返しは別になくてもいいと言うので、渡さないでおく。というか、今は渡すものなど何もない。

 お歳暮は親戚でもお返しをしなくちゃいけないと知っているので、これも似たようなものだろう。スカーレットはいらないと言っても、渡すのが義理というものだ。何か渡さないといけないな。考えておこう。

 

「それじゃ、走り初め行くわよ!」

 

 新年初め、気力十分なスカーレットに従い僕も歩いていく。

 まだまだ冷たい冬の空気とは裏腹に、眩い太陽が空一面を染める青に浮かんでいた。新年には最高な、雲一つない走り日和だった。



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3. エピソード・オブ・スカーレット

チューリップ賞、桜花賞。


 チューリップ賞。

 ティアラ路線の第一歩としてスカーレットが選んだレースだ。

 同じくティアラ路線のウオッカと言い争いになり、より気合が入ったことは悪くなかったと思う。ただ、少し気合を入れすぎじゃないかとも思う。あと、またスタミナへのステータス振りが少なかったせいで心配だ。

 スピードへの振りすぎ問題が著しい。全部スピードの伸びの良さが悪いよ。スピードの伸びが。

 

 レースが始まった。

 初手出遅れ。つい前のめりになってしまった。心配だ。いつもと違って中盤を走っている。流れに乗れず、そのまま押され中位を並走。

 前に出られず、結果ダイワスカーレットは三着。対してウオッカは一着だった。

 

 入退場口の通路にて、僕はスカーレットを待っていた。心配だった。今日はずっと心配ばかりしているような気もするけれど、心配なものは心配なんだ。本当、我ながらスカーレットのこととなると心配性が過ぎる。

 

「トレーナー!もう!なんでアタシ負けてるのよ!!」

 

 開口一番のセリフがこれだった。とりあえず落ち込んでいる様子はなく、肩に入っていた力を抜く。変に疲れてしまった。スカーレットが落ち込んでなくてよかった。

 

「そりゃ、あれだよ。最初の出遅れじゃないかな」

「う、ううー!仕方ないじゃない!気づいたら出遅れてたのよ!」

「……」

 

 そういうこともあるよね、と言おうと思ってやめた。どう返せばいいかわからず、言葉に詰まる。

 落ち込んでいる様子はなくとも、三着であり、ウオッカに一着を取られたことを気にしているのは事実だ。それなら。それなら……。

 

「…『桜花賞』でリベンジだ」

「ふんっ!当然でしょ!?次は絶対一番になってやるんだから!ウオッカよりアタシの方がぜええーったい上なんだからね!」

 

 ふんすと鼻息荒く告げるダイワスカーレットに、僕も密かに気合を入れる。

 

「勝とう」

「ええ、勝つわ!」

 

 彼女に一番をあげたい。いや、彼女に一番になってほしい。スカーレットの熱に僕は焦がれたのだ。燃えるような瞳に憧れた僕だからこそ、今はできることを全力でやっていこう。

 力強く両拳を握るスカーレットを見ながら、こくりと頷いた。

 

 

 

 三女神像からの摩訶不思議な力を授かったダイワスカーレットと二人で、進むのは桜花賞。トリプルティアラに向けた一戦目。

 

「……ふぅ」

 

 控え室では、珍しくダイワスカーレットが深く息を吐いていた。

 

「緊張してる?」

「ふん、してるわけ……ううん。少しだけ」

「そっか」

 

 さすがに、いつものようにとはいかないか。

 

「僕もいつも通り緊張してるから、これでようやくお揃いだね」

「はぁ!?何言ってるのよ!ほんとアンタは……ふふ」

 

 途中で何かに気づいたのか、こちらに目を合わせて微笑んでくる。

 

「まったく、不器用なやつね。ありがと」

「あー、うん。どういたしまして」

 

 適当な物言いでどうにか緊張を解せないかと思ったけど、どうやら軽く見破られてしまったらしい。でも、さっきより表情から固さが抜けたからよかったかな。うん、これでいい。僕の緊張は変わらないけどね。

 

「アタシが勝って、最初のティアラ――桜の女王の座はいただくわ」

「うん。頑張って」

「ふふ、本当に。アンタ緊張しすぎでしょ」

 

 くすくすと笑うスカーレットに、彼女の緊張が解けてよかったと思いながらも、僕の緊張もどうにかしてほしいと切に思った。

 

 

 

 桜花賞。レース開始。

 ものすごいどうでもいいことだけど、桜花賞のロゴはすごい綺麗だと思う。桜っていいよね。

 くだらないことを考えていたら、ゲートインが終わりレースが始まった。

 出遅れはなし。作戦は逃げから先行に変えさせてもらった。これが功を奏すか仇となるか。

 

 結論、二着。いやー、いい勝負でしたね!一着?ウオッカだ!…………なるほど。

 

「スカーレット!二着おめでとう!!」

「はぁあああ!?アタシのことバカにしてる!?」

「ごめんごめん……なんて言えばいいかわからなくてさ」

 

 入退場口でスカーレットに会い、正直に告げると彼女はため息をつき僕を見る。

 

「もう。なんでアタシよりアンタが落ち込んでんのよ」

「だって、桜の女王が」

「べつにいいわよ。もう終わったことじゃない」

「悔しくないの?」

「悔しくないわけないじゃない!ただでさえ一着じゃないのに、負けた相手がウオッカだなんて!」

「そうだよね…悔しいよね」

 

 ぐぐぐと眉を寄せるダイワスカーレット。僕の呟きを拾ってか、さっと顔を上げる。

 

「だから、今すぐにでも帰って早くトレーニングするわよ!」

「トレーニング?」

「ええ。こんなままじゃいられないわ!次のティアラ戦――オークスはすぐそこよ。遊んでなんかいられないんだから」

「あぁ、そうだね」

 

 悔しさをばねにできるスカーレットは熱く、瞳の太陽は煌々と輝いている。

 彼女に負けていられないな。僕も、頑張らないと。決意を胸に、スカーレットと歩き出す。まだ見ぬ明日を夢見て――。

 

「ねえ、変なこと考えてない?」

「え、ど、どうして?」

「なんかそんなこと考えてそうな顔してたから」

「……さ、てと。トレーニングトレーニング」

「あーー!ちょっと誤魔化さないでよ!待ちなさいこら!!」

 

 足早に歩く僕を追いかけてくるスカーレットは、一緒にいる時間が増えた分とても察しがよくなった。これだけはあんまり嬉しくない変化だと思う。

 無論のこと、僕がスカーレットから逃げ切れるはずもなく当たり前に捕まり当たり前に吐かされたことは、言うまでもない。



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4. エピソード・オブ・スカーレット

桜花賞終わりから夏合宿まで。


 ダイワスカーレットにとっての"一番"がなんなのか、ウオッカに指摘されたそれを、僕もまた答えられずにいた。

 彼女が一番に執着していることは知っている。褒められたいというのもわかる。けれど、どこまでも一番を追い求める理由を彼女自身と同じく、僕も知らなかった。

 ウオッカが言った、"スカーレットの一番が適当で空っぽ"だというもの。

 唇を嚙み締めて考える彼女はどこか泣きそうで。それに対する答えを持ち合わせていない僕自身が不甲斐なく、そして歯がゆかった。

 

 調子の戻らない彼女と過ごす日々。ついにオークス本番が迫ってきていた。

 走り込むスカーレットと、ウオッカの二人を心配していたフジキセキ。少しだけ彼女と話し、戻ってきたスカーレットに問われる。

 

「…?ねえ、今フジさん来てなかった?なんか用でも――」

「スカーレット」

「な、なに?」

 

 彼女の言葉を遮り、静かに伝える。

 怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。僕が僕自身に対して、ただ虚しいだけだ。何かできないかと思っているだけ。余計なお節介でも、求められていないものでも、伝えておきたいと思う。

 

「まだ、ケンカ中?」

「……べつに、どうでもいいでしょ。ウオッカとのケンカなんていっつもしてたことよ。アイツがダービーに出ようと、アタシには関係ないわ。アタシはティアラ路線を走ればきっと一番に……っ」

「"一番"に?」

「……ふん、アンタには、関係ない話だわ!」

 

 タイム測定の準備を、と言うスカーレットに従っていくが、やはり彼女のフォームは固くタイムもまた…普段の彼女の物とは違う形となっていた。

 『走りはウマ娘の心を映し出す鏡』。

 フジキセキの言葉通りだろう。今のスカーレットの心は真っ直ぐじゃない。曲がりくねって、それだけ走りにも迷いが生まれている。

 

 僕に何ができるのか。彼女のためになるのはなんなのだろう。わからない。わからないけれど――。

 

 

 

 迎えたのはティアラ路線の第二戦目。樫(かし)――オークスの舞台で頂点を目指す。

 控え室で、ダイワスカーレットはやはりまだ調子が戻っていないように見えた。

 

「スカーレット、緊張してる?」

 

 同じことしか聞けないのは僕の語彙力のなさのせいか。いつもと違ってなぜか緊張はしていない。それ以上に、彼女のことが心配だからかもしれない。

 

「ふん、平気よ。アンタはどうなの?」

「僕も大丈夫。珍しくね」

「ふーん」

 

 苦笑して肩をすくめて見せても反応は薄く、それだけスカーレットの精神状況がよく読み取れる。

 

「応援してるから」

「ええ、わかってる。いつも通り走ってくるわ……アイツがいない、このレースでも」

 

 自分に言い聞かせるように呟くスカーレットにどんな言葉をかければいいのかわからなくて、僕はただ静かに頷いた。

 

 レースの始まり。樫の女王は誰になるのか。そんな実況が始まる。

 ゲートが開く。出遅れはなし。スカーレットの走りは上々だ。

 見た限り位置も悪くない。このままいけばと願う。今さらというか、今になってというか。結構な緊張が襲い掛かってきた。手が汗にぬるみ、ドキドキと鼓動が弾む。

 最終コーナー手前で三位。ここまで変わらない順位だ。あげてあげて、スカーレットが上がってきた。抜け出した!前に出た!!先頭だ!!!

 そのままそのまま突っ切って――スカーレットが一着だ!!!!!

 

 息を荒げるスカーレットに観客から声が飛ぶ。あと僕の歓声も。いつもだったら笑顔満載なはずなのに、彼女の顔に浮かぶのは渋く重い表情。

 ウオッカがいれば、という声に視線を落とす彼女を見ていられず声をかける。

 

「スカーレット、気にしないで」

「無理よ!だって、一番なのになにかが足りないって、アタシも思っちゃったんだもの!」

 

 吠えるような声は歓声に紛れ、空高くに消えていく。

 樫の女王の座に輝いたダイワスカーレット。彼女の抱いた違和感は、明確な形を得てきているらしかった。

 彼女が求めているものがなんなのか、フジキセキの言葉もあって僕にもわかるものがある。今ならきっと、スカーレットと"彼女"は話をできるんじゃないだろうか。

 

 ちなみに、ウイニングライブでその辺のファンの一人になり切った僕のことを、むずがゆさそうに見ていたスカーレットがいたとかいなかったとか。少しでもスカーレットが元気になってくれて僕はとっても嬉しかった。

 喜びすぎてぺちぺちと頭を叩かれたのは、また別の話。

 

 

 

 スカーレットの目指す一番の手がかりが、ダービーを勝ち抜いたウオッカを見て得られたようだった。

 僕にはわからないことだけど、彼女の瞳が赤く朱く紅くきらめく熱を持っていたから大丈夫だと思う。手探りでも、ダイワスカーレットなら大丈夫だ。根拠などなし。信頼感というやつである。

 

 

 いつの間にか夏がやってきていた。夏合宿の始まりだ。

 どうにかステータスを上手い具合にしようと四苦八苦しながら上げていく中で、スカーレットがカレー作りをしているのを偶然目にした。

 

「料理できるんだね」

「まあね、ママもパパも家にいなかった時多かったし、アタシなんでもできるようになったのよ。その方がママたちも安心するでしょ?」

「そうかもね」

 

 カレー鍋に目を落とすスカーレットは疲労と安心を顔に浮かべていて、僕の視線に気づいてか首を傾げて問いかけてきた。

 

「なに?」

 

 なんでも、と言おうと思って留まる。この場にとどまる言い訳を探し、結局思いついたのはこれだけだった。

 

「まあ、うん。僕も味見していい?」

「え?ふふ、ええ。いいわよ」

 

 にこやかに微笑むスカーレットは普段より優し気な笑みを見せる。

 準備を進める彼女に対して、僕は静かに佇む。合宿中ではあまりない、この穏やかな時間がなんとなく、なんとなく嬉しかった。

 また、味見させてもらったカレーはものすごい美味しかった。世界一と褒め称えていたらスカーレットがまんざらでもなさそうにしていて、ずいぶん可愛かった。特に尻尾の揺れ具合がよかった。いつか、スカーレットの尻尾を触らせてもらいたいと思う。いつかね。



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5. エピソード・オブ・スカーレット

夏合宿終わりからエリザベス女王杯まで。


 秋華賞にウオッカが出ると聞き、再び気合の入ったダイワスカーレット。夏合宿も終わり、ステータスは悪くない伸びを見せていた。スピードに加えてパワーを伸ばし、スタミナも一定まで伸ばすことができた。

 スキルというよくわからない概念はぼんやりとしかわからないので、スタミナ重視で考えさせてもらっている。おそらく、スタミナ補完は大丈夫だろう。

 そして、秋華賞当日。

 

 初めにウオッカの控え室を訪れたスカーレットは、ウオッカに負けられないと告げていた。"カッコ悪くない"と伝え、その上でアタシが勝つと、一番になると言っていた。

 自分の控え室に戻ったダイワスカーレットに、僕はぽつりと言う。

 

「なんか、これで負けたら悲しいね」

「はぁあ!?なんでここでアンタはそういうこと言うのよ!!もっとこう、言うことあるでしょ!?」

 

 なかなかの剣幕で迫られた。ごめんて。

 

「それもそうだね。頑張れスカーレット。応援してるよ!勝ちに行こう!ウオッカにね!」

「んん…もう、最初からそれ言いなさいよね。ばか」

 

 満足そうなスカーレットが可愛い。割と適当な勢いだけの応援なのに、嬉しそうで申し訳なくなってくる。せめて心の中ではちゃんと応援しておこう。

 

「ふふ、ええ。行ってくるわね。ちゃんと応援して見ておきなさい!」

「うん。しっかり見ておく」

 

 ゲートに向かうスカーレットの背中は頼もしく、自信に満ち力強い。僕の知っている、最高のダイワスカーレットだった。

 

 レースが始まる。

 ゲートインが終わり、秋の舞台が始まる。

 出遅れはなし。位置取りも悪くない。序盤は三位についている。走りも悪くないように見える。かかりもなく、今のところ問題はなさそうだ。位置取りがどうなるか。最終コーナー手前でどうなるかといったところ。

 上がった上がった。上がったぞ。スカーレットが上がった!!差し切ったぁぁああ!!!よしよし!勝ったぞ!!スカーレットが勝った!!!

 

 途中心配だったけど、よく勝ち抜いてくれた。あー緊張した。手に汗握るってまさにこのことだね。まだ心臓バクバク言ってるよ。

 入退場口でダイワスカーレットを待つ。まだ数回目だというのに、既に何度も何度も出迎えたような気がする。

 呼吸荒く走ってきたスカーレットに声をかける。

 

「一番、だね」

「ええ。一番よ。勝てたわ…勝てたっ」

 

 胸に手を当て拳を作り、ぎゅっと勝利を嚙み締めるスカーレットは眩しかった。

 

「アイツ、また強くなってた。一つタイミングを間違えてたら、かなわなかった」

「よく勝てたね」

「ふんっ、アタシの判断よ?できて当然に決まってるじゃない」

 

 "当然"と言いながらも、その顔に慢心はない。真面目な顔で、真剣な声で続ける。

 

「ねえ、トレーナー」

 

 何を言うのかと耳を傾ける。しっかりと向き合い、彼女の言葉を待つ。

 

「アタシ、一番になれてた?……アイツに負けない、"一番のウマ娘"に」

 

 僕にはまだ、一番がわからない。だけど、答えは決まってる。

 

「さあね。僕にとっての"一番"じゃだめなんでしょ?」

「…もう。ずるい言い方するわね。別にアンタの一番が嫌なわけじゃないのよ。でも――」

「まだ足りない?」

 

 彼女の続きを言うように、言葉を繋いだ。

 スカーレットは薄く微笑んで頷く。

 

「ええ、アタシはまだ満足してないわ。だから、次の目標を決めましょう。できれば、この勢いのまま走り続けたいの」

 

 頷き、答えようと思ったところで横から声が聞こえてくる。

 

「――なら、『エリザベス女王杯』はどうだ?」

「ウオッカ……!」

「俺は今日、一着を取るよりお前に勝ちてぇって思った。負けっばなしは性に合わねぇ。さっさと次のレースに行こうぜ。『エリザベス女王杯』はすぐそこだ。……そこで待ってる」

 

 言うだけ言って去っていったウオッカに、ダイワスカーレットは小さく呟く。

 

「『エリザベス女王杯』……」

「出走登録しようか」

「ええ、お願い。次も必ず、勝ってみせるわ!」

 

 熱の灯るスカーレットの瞳に応え、急ぎ『エリザベス女王杯』への出走登録を進めようと決める。と、その前に。

 

「それはそれとして、ウイニングライブ頑張ってね。超可愛いスカーレットを待ってるから」

「~~っ!もう、いきなりそういうこと言わないでよね!待たなくていいわよ!ばかぁー!!」

 

 顔を綺麗な朱色に染めたダイワスカーレットは、レースで走っているときに次いで魅力的だった。

 

 

 

 『エリザベス女王杯』当日。ウオッカは不調で出走取消。

 

「ごめんだけど、ちょっと面白い」

「もう!そんな笑いごとじゃないでしょ!?」

「ふふ、それもそうだね。でもほら、ウオッカ言ってたから。"『エリザベス女王杯』はすぐそこだ。……そこで待ってる"って」

「ぷ、ふふ、ちょ、ちょっとそれアイツの真似?ぜんっぜん似てないんだけど」

 

 そりゃ僕は男でウオッカは女だからね。声帯違うし真似はできないよ。

 

「はー、もう。アンタのせいで変に笑わせられたわ」

「緊張は?」

「してないわよ。アンタの方こそどうなの?」

「そこそこ」

「そ。じゃあ行ってくるわね。誰がこのエリザベス女王杯で走ってるのか、アタシの走りでみんなに知らしめてやるわ」

「うん。いってらっしゃい。頑張れ」

「ええ。ちゃんと見ておきなさいよね」

 

 自信満々に笑って言うスカーレットを、こくりと頷いて見送った。さあ、レースが始まる。

 

 ゲートインが終わり、『エリザベス女王杯』が始まる。

 スタート。出遅れはなし。位置取りは悪く……はないか。五位、六位と。そう悪い位置じゃないと思う。後はこのままの流れで終盤に抜き去ってほしいところ。

 最終コーナーに入った。ここから後ろが怖いけども、も!一位で抜け出してくる!スカーレットいいぞ!そのままいけいけ!!いけいけいけ!!!よっし!よっしぃ!勝ったぞ!

 

 ふぅ……。今回はそこまで緊張感なかったな。割と余裕があってくれた。一瞬スペシャルウィークが怖かったけども、それも引き離しての圧勝だった。さすがダイワスカーレット。二冠ウマ娘の実力は伊達じゃない。

 カメラマンに応えてとびきりの笑顔を見せるダイワスカーレットが可愛いと思ったのは僕だけじゃないはず。

 控え室に戻り、ウイニングライブ前に二人で少し話をする。彼女の次の目標は大阪杯だそう。

 

「大阪杯かー。いい目標だね」

「ふふん、目標だけで終わらせないわよ。ちゃんと実現させるんだから」

「うん。頑張れ」

「……ねえ、なんか他人事じゃない?」

「え?そんなことないよ」

「ふん、まあいいけど。アンタも一緒に頑張るのよ。アタシのトレーナーなんだから」

「はは、僕も一緒に走ろうかな。ウマ娘みたいなものだし」

「……まだそれ諦めてなかったの?」

 

 じっとりとした目で見られる。ふ、甘いね。僕はまだ諦めてなんかいないよ。

 

「あ、僕がスカーレットに勝ったらいいんじゃない?割と完璧かもしれないよ、この案」

「全然完璧じゃないから。ていうかアンタ、アタシに勝てるの?」

「……ハンデをください」

 

 腰に手を当てて呆れながら聞いてくるスカーレットにお願いしてみる。当たり前に拒否されるかと思ったら、これが案外ちゃんと聞いてくれていたようで、笑いながらも頷いてくれた。

 

「ふふ、どれくらい?」

「とりあえず二〇〇〇メートルで一九〇〇メートルのハンデを」

「ばっかじゃないの!?ハンデどころかアンタただの百メートル走じゃない!」

 

 怒られてしまった。何がよくなかったのだろうか。僕にはわからないよ。

 

「もう、くだらないこと言ってないで帰って今日の分析を――」

「はー、完璧主義の優等生は言うことが違うねー」

 

 唐突に現れたるは我らが宿敵ウオッカ。

 

「ウオッカ!?なんでここに!アンタ、体ちょ」

「ウオッカ、体調は大丈夫なの?」

 

 スカーレットを遮って尋ねる。地味に心配だったのだ。

 

「お、おう。トレーナーさん。大丈夫だぜ。走れねーだけでよ、外に出るくらい問題ねえ」

 

 突然話しかけた僕に戸惑いながらも、笑って答えてくれる。安心だ。

 僕から視線を逸らしたウオッカはダイワスカーレットを見て、改めて口を開く。

 

「しかし……まあなんだ。スカーレット、今日のお前の走りは……」

「走りは?」

 

 言葉を止めたウオッカが言いたいことはなんとなくわかった。たまにあるんだ。言おうと思って、恥ずかしくなって言えなくなること。よくわかるよ、その気持ち。スカーレットがわかってくれるかは別だけどね。

 

「へっ、こんなんだったぜ。"はぁ……はぁ……もうむりぃ~"って」

「はぁああ!?ばっかじゃないの!勝手な想像はやめてよね!」

 

 彼女がそのまま言い募ろうとしたところで、スタッフからライブの準備をとお願いが入る。

 ささっとライブ会場へ向かうスカーレットを尻目に、ウオッカは一人落ち込んでいた。どうしてわかるかというと、もちろん尻尾と耳のへにゃり具合から。

 

「……はぁ、ダッセェな俺。ここまで来て言えねえなんてよ」

 

 僕がいることを忘れているのか、それともそこまで頭が回らないのか、独り言を続ける。

 

「たった一言じゃねえか。"カッコよかった"って」

「伝えておく?」

「うおぁ!?ああ!アンタがいたんだった!!」

「伝えておこうかな」

「うおお!待て待て!アイツにはぜってぇ言うなよ!」

「伝えておくね」

「やめろお!くそぉ、アンタわざと言ってんだろ!ぜってえ言うなよな!」

「はは、おーけー。いつか、直接言ってあげてよ」

「…おう、そうするわ。じゃあな!!」

 

 頬をかき、なんとも気恥ずかしげに頷いてウオッカは走り去って行った。

 そして、ウイニングライブが始まる。ライブのスカーレットはライブのスカーレットでまためちゃくちゃに可愛いので、ぜひ一ファンとして熱烈に見させてもらいたいと思う。



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6. エピソード・オブ・スカーレット

二年目有馬記念。


 ウオッカが寮を出ることになった。どうにも海外に行くらしい。

 『ウマ娘と言えばダイワスカーレット』と言われたい。そう言ったスカーレットの言葉が頭に残っている。

 "一番"になりたいウマ娘、ダイワスカーレット。スカーレット自身も含め、みんなの頭にウオッカの姿があるから自分は一番になれないと言うけれど、彼女が一番になりたいと願うのは本当にそれだけが理由なのだろうか。

 僕にはまだわからない。今でもわからない。それでも少しずつ、彼女がどうして"一番"を目指すのかわかってきたような気がする。だから僕もまた、彼女のためにできることを探していかないといけない。

 

 

 有馬記念。

 出遅れはなし。五位に位置付け、ここからどうなるかといったところだ。ステータスは劣っていない一番人気。スキルは変わらずスタミナ重視だが、できればスピード系にも寄せていきたかった。そこまで時間はなかったので、このレースがどうなるか少し気がかりではある。

 最終コーナーに入った。抜けていく。スカーレットが抜けていくぞ。そのままそのまま!さすがダイワスカーレット。勝ち切ったあああ!

 

 勝利を目指して出走したし、勝って欲しいと思っていたけどしっかりちゃっかり勝利してくれたのはさすがとしか言えない。今回はあまり僕の方からも言うことはない。今は少し、手探りな状態だから。

 でもまあ、やっぱりこれだけは言っておかないと。

 

「スカーレット、おめでとう」

「ふんっ……ありがと」

 

 あまり素直じゃないスカーレットでも、お礼はしっかりと言うのだから根はやはりとてもいい子だ。

 

「今年はこれで終わりだね」

「そうね」

 

 ぽつりと呟いて、静けさが満ちる。

 一年の終わりが近く、彼女ともこれでお別れだと思うと寂しい。

 

「……トレーナー」

「うん?」

 

 呼ばれ、答える。スカーレットの顔を見ると、どことなく物憂いげな表情が浮かんでいた。

 

「アンタ、アタシの担当でよかった?」

 

 やけに声が重いと思ったけど、まさかそんなつまらないことを聞いてくるなんて。レースに勝った後だとは到底思えない。

 

「珍しいね、スカーレットがそんなつまらないこと聞いてくるなんて」

「はぁ!?つまらないって!アタシは大事なこと聞いてるのに!」

 

 しょんぼりと垂れていた尻尾が跳ね、機嫌も別の意味で悪く変わる。うん、こっちの方がまだ好きだ。落ち込みなんてスカーレットには似合わない。

 

「僕がさ、スカーレットのことどう思ってるか知ってる?」

 

 彼女の話は軽く流し、質問を投げる。

 一瞬考え、スカーレットは何を思ったのか顔を赤くしてもじもじと長い赤の髪をいじる。なんとも可愛さが増した。危うく惚れそうになるところだった。あぶないあぶない。僕以外だったら惚れてたね。

 

「そ、それは……えと、す……好き、とか?」

 

 声を小さく、上目遣いで答えをもらった。ありがとう。嬉しい。可愛い。

 いやそうではなくて。僕の思ってた回答と違う。こんな照れ照れスカーレットを見られただけでもう十分ではあるんだけど、違うんだ。

 

「あぁっと、うん。好きなのは事実だからいいとして」

「そ、そうなんだ…!」

 

 嬉しそうだなぁ、この子。本当、感情がダイレクトにこっちまで伝わってくるから話してて楽しい。

 

「好きは好きなんだけど、そうじゃなくてさ。僕はね。君にものすっごく憧れてるんだよ」

「えっ、憧れ…?」

 

 意識を戻してくれたのか、僕の言葉に疑問を返してくる。そう、憧れだ。スカーレット。

 

「うん。憧れ。ダイワスカーレットの走る姿に見惚れて、先へ先へと走り抜ける瞳の熱に焦がれて、太陽みたいな君の輝きに魅入られた。僕の持っていない、僕じゃ持てない緋色の炎に――スカーレットに憧れたんだ」

「――っ!!」

 

 目を見開き、彼女の代名詞とも言える赤の瞳を揺らす。覗き込み、しっかりとその熱を見つめて続ける。

 

「誰よりも君に憧れている僕が、君の担当でよかったかなんて聞かれるまでもないよ。あぁ、もちろんよかった。ダイワスカーレットのトレーナーでよかった。ダイワスカーレットのトレーナーだからよかった」

「~~っ」

 

 見つめる先で、スカーレットが顔の色を朱に染めていく。

 

「うぅ、アンタほんっと、どうしてそんな恥ずかしいこと真正面から言えるのよぉ」

「ふふ、相手がスカーレットだからかな」

「っもう!」

 

 大きな声と共に、ばっと立ち上がり改めて見つめてくる。赤毛が揺れ、それ以上に眩しく色濃く輝く瞳が僕を捉えていた。

 

「いいわ!そこまで言うなら、アンタの憧れるダイワスカーレットとしてやってやろうじゃない!トレーナー!アンタ、最後までアタシのこと見ておきなさいよねっ!!」

「それはもちろん」

 

 ふふんと笑う彼女を見て、ほっと胸をなでおろす。思いのまま勢いのままに伝えたことだけど、それが届いたのならよかった。スカーレットのやる気は上がってくれたみたいだし、ちょっと僕も聞いてみようかな。

 

「ちなみにだけど、スカーレットはさ」

「ん?」

「僕がトレーナーでよかった?」

 

 聞かれたから、なんとなくね。気になったし。

 

「ふんっ、そんなの決まってるでしょ」

 

 止め、もう一度僕を見る。紅の瞳が悪戯っぽく笑っていた。

 

「アンタでよかったわよ。アタシのトレーナーさんっ」

 

 可愛く言うスカーレットは、わかっていても目を奪われてしまうくらいに可愛かった。



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7. エピソード・オブ・スカーレット

三年目突入とバレンタインデー。


 新年。ダイワスカーレットに呼び出され初詣に来ていた。

 スカーレットの目標は変わらず"一番のウマ娘になる"こと。ならばー―。

 

「有馬記念に出てみようか」

「……は、はあ!?」

 

 うん。その反応はわかる。言いたいことはわかるんだ。

 

「ちょっと前に出たばっかりじゃない!今さら何言うのよ!」

 

 そうなんだよね。ほんの少し前、年末に出たばかり。そして軽々と…とまではいかずとも優勝を手に掴んだ。思ったよりあっさりと。

 

「ほら。有馬記念を連覇したら、それこそ人気も実力も兼ね備えたウマ娘ってことにならない?」

「それは…」

 

 ファンから選ばれたウマ娘しか出られないレース。ファンに選ばれるという点に関して、僕は心配していない。今年もうどうしようもないほど失敗を繰り返したら別だけど、スカーレットに限ってそれはないだろう。だから、出走そのものは大丈夫だと思う。

 

「たぶん、二度目の有馬記念はみんな去年以上に強くなってるよ」

「そうでしょうね」

「そんな強くなったみんなの中でスカーレットが"一番"になれば、どうかな。"一番のウマ娘"だと思わない?」

「……ええ、そうね。そうかもしれないわ」

 

 神妙に頷くスカーレットも、有馬記念二連覇の難しさは理解しているのだろう。小さく頷き、顔を上げる。

 

「ふん、なら次は有馬のためにいろんなレースに出るわよ」

「そうだね。勝って勝って勝とう」

「ええ。勝つわよ!」

 

 気合十分に瞳の炎を燃やすスカーレットに頷き返した。

 

「ところでトレーナー」

「うん?」

「アンタはまず何をすればいいと思ってるの?」

「それ、新年として?」

「ええ、もちろん」

「そうだね……技術を磨こうか」

「ふふ、いいわね。これからいろんなレースに出るなら通用する技術も磨かなくっちゃ」

 

 強敵揃いのレースに参加するのだから、まずはそこから始めよう。

 

「アンタもたまには……ううん、いつも悪くない提案だったわね。その、ありがと」

 

 そっぽを向いてお礼を言うスカーレットの横顔は桜色に染まっていて、つい笑ってしまう。

 

「なによもう。せっかくお礼言ってあげたのに…」

「ふふ、ううん。こちらこそありがとうね。スカーレット、今年もよろしく」

「ふんっ、よろしく。……ふふ」

 

 ひっそりと頬を緩める彼女の頬笑みは優しく、温かかった。

 

 

 

 福引でティッシュを引いたり、遊園地に遊びに行ったりとしながら大阪杯を目指す。ステータスの吟味は相変わらず難しく、スタミナはもうスキル頼りと半分諦めた。今はパワーとスピードのバランスについて考えている。

 そんなある日、というかバレンタインの日。朝からダイワスカーレットに呼び出された。

 呼ばれた場所に行くと、制服姿のスカーレットがのんびりと待っていた。

 

「おはようー」

「……おはよ。アンタ、眠そうね」

「ふわぁぁ……うん、眠い」

「もう、せっかくアタシが連れていってあげるんだから、もっとしゃっきりしなさい」

 

 ぱしりと、両頬を彼女の手に挟まれる。まだ春には早い季節。冷えた手が頬に触れて冷たい。

 

「う、冷たい。目覚めた。目覚めたから離して。結構恥ずかしいし」

「あら、ふふ、そう?ならいいわ。離してあげる」

 

 にっこりと、だけどほんのり頬を染めたスカーレットが手を離す。

 なんだこれ。恋人かな?頬が熱い。

 

「ん、予定通りね。それじゃ行きましょ?」

「う、ん。でもどこに?」

「そんなの決まってるじゃない。トレーニング用品の買い出しよ!」

「トレーニング用品か…なるほど」

「ええ、目標も決めたし、そのためにも買わないとね」

 

 淡い期待は消え去る。僕も男であるからして、バレンタインデーに夢を見たりはしていた。が、それ以上にスカーレットの勝利の方が大事だ。ちゃっちゃと行こう。

 

「それにしても今日は人が多いわね。なんか行列もできてるし」

「バレンタインだからね」

「ふーん、そう。バレンタイン。じゃあこれはチョコを買う行列――あ」

「うん?」

 

 何かに気づいた様子のスカーレットを横目に、尋ねる。

 

「な、なんでもっ。早く買いに行きましょ?」

「うん」

 

 今後のためにも重要な買い出しだ。しっかり考えて買おう。

 

 

 スカーレットとの買い物も終え、時刻は夕方。夕焼け色が空に浮かぶ雲を彩っている。

 

「ふぅ、結構買ったわね。もうこんな時間」

「早いもんだ。夕方だよ」

「ええ。それじゃ、飲み物買ってきてあげるから、アンタはここで待ってなさい」

「え、いいよ別に。早く帰ろう」

 

 買ったもの置いて今日は終えたい。割と疲れた。あとチョコ食べたい。帰りに買って行こう。

 

「も、もう!いいから!今日のお礼も兼ねてるの。そこで待ってること!いい?」

「はい。待ってます」

 

 何をそんな、お礼なんて別にいいのに。つい反射的に言葉を返してしまった。

 行ってしまったものは仕方ないので、椅子に座って待つ。カフェテラス的な席だ。一日歩き回っていたせいか、座ると疲れが出てくる。僕ももう年かな。

 

「はい、紅茶。アンタ、コーヒーより紅茶の方が好きって言ってたものね」

「おー、ありがとう。覚えててくれたんだ」

「ふふ、当たり前でしょ?」

 

 戻ってきたスカーレットがカップに入った紅茶を置き、それからごそごそと鞄を漁る。

 

「あとほら……これ」

 

 渡されたのはリボンでラッピングされた箱。チョコレート色の箱が中身を示している。これでチョコレートじゃなかったらおかしい。しかし、チョコレートか……。

 

「チョコレートかぁ」

「な、なに?チョコレート苦手だった?」

「いや、ふふ、帰りに買おうと思ってたんだ。嬉しい、ありがとう」

 

 まさかスカーレットからもらえるとは思ってなかった。そっか。バレンタインのプレゼントか。

 

「へへ」

「も、もうっ。そんなにやつかないでよ!べつに変な意味ないんだからね!いつもアンタには助けられてるっていうか、お礼を言いたいっていうか……とにかく、そういうこと!わかったわね!」

「ふふ、うん。ありがとうね」

 

 言い訳をすればするだけこっちが恥ずかしくなってくる内容だったけど、今だけはそんなの気にならないくらいに嬉しい。

 

「……どーいたしましてっ」

 

 照れ気味にそっぽを向いて返事をしてくるスカーレットに笑いかけ、紅茶とチョコレートをいただく。

 今年のバレンタインは、ずいぶんと甘くて優しい日だった。



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8. エピソード・オブ・スカーレット

大阪杯から天皇賞春まで。


 大阪杯。春の三冠第一戦目。有馬記念に向けた最初の目標。

 心配はなく、ささっとダイワスカーレットを見送った。一番人気のダイワスカーレットだ。あとは見守るだけである。

 

 レーススタート。

 出遅れはなし。位置取りは悪くない。三位、四位に位置付けしている。気になるのはトウカイテイオーやメジロマックイーン、エアグルーヴといった強豪揃いなところか。

 最終コーナー手前で五位に位置付け。さあ上がってきたぞ。スカーレット上がってきた。伸ばせ伸びろ!進め進め!!いけいけいけいけ!!前だけ見ていけええええ!!!!勝った!まず第一歩だ!!

 

 勝利に手を振るダイワスカーレットを眺めながら、僕もまた勝利の味を嚙み締める。やはり技術を磨いてきているかいがあったか。良いコース取りだった。作戦の選択で先行を選ぶにあたって、パワーステータスを上げてきたことも良かったかもしれない。

 今のところ、僕のステータス育成は間違っていないらしい。安心する。

 

「ふふん、アタシが一番よ!」

「おー、余裕だね」

「そう、見えた?」

「ううん、途中は結構競ってたと思う」

「そうよね。誰が勝ってもおかしくなかったわ」

「その中で一番になった」

「ま、当然よね!アタシだもの」

 

 胸を張るダイワスカーレットに僕も頷く。

 

「でもまだ足りないわね……。ん、アンタは次の準備をお願い。アタシは"一番のウマ娘"としてみんなにアピールしてくるから!」

 

 駆けていくスカーレットを見送り、ぽつりと呟く。

 

「……次かぁ」

 

 頭にはある。ただ今のステータスと比べて大丈夫かという心配もある。いや、スカーレットを信じよう。

 考え事を打ち切り、ウイニングライブでスカーレットのファンになった後、二人で帰り道を歩く。

 

「……よっ」

 

 と、ウオッカが現れた。気まずげとでも言おうか、何とも言えない顔をしている。どうでもいいんだけど、ウオッカって神出鬼没だよね。たまに心臓に悪いからやめてほしい。

 

「……ウオッカ」

「アンタ、もう日本に帰ってきたの?ちょっと早すぎじゃない?」

「ちげーよ。また今年中には海外にいくつもりだ。だけどその前に……お前との決着をつけようと思ってな」

「……決着」

 

 僕が本当にくだらないことを考えているとは露知らず、二人の会話は進む。

 

「『エリザベス女王杯』の時からもやもやしてたんだ。お前に勝ちてぇって。あんなにカッコいい走りを見せつけられたままでいいのかってさ」

「……」

 

 おお、ウオッカ。言えたね。カッコいいって。僕、言わなかったからね。

 キラキラとした想いを込めてウオッカを見つめると、ちらりとこちらを見て目が合う。すごい微妙な顔をされた。失礼な。

 

「はっ、なによそれ。アンタそんなことのために帰ってきたの?でも……ええ、いいわ。その挑発乗ってあげる。アタシもダービーの時からずっと思ってたから。アンタに勝ちたいって。あの時から"一番"の位置を譲ってくれない、アンタを必ず、超えてやりたいって」

「……ははっ、なんだよそれ。俺の真似かよ」

「違うわ。アンタがアタシの真似をしたのよ」

 

 どっちでもいいよね、それ。

 僕の考えを察したのか、スカーレットがキッとにらんでくる。この子、察しが良すぎるでしょ。ウマ娘の耳って人の内心も読み取れるのかな。やめてほしい。

 

「――『天皇賞(秋)』、それで勝負だ」

「勝てば注目されるね」

「ええ、アタシの……アタシたちにとっても願ってもない機会ね」

 

 ふ、っと一瞬こちらを見てスカーレットが微笑む。"アタシたち"と、彼女はそう言ってくれた。なんとも面映ゆい気分になる。嬉しいというか恥ずかしいというか。彼女に認められているのはわかっているけれど、言葉にされるとやはり嬉しい。

 

「いいわよ。出走する。そこでアンタをぶち抜いてやる。決着をつけましょう。アタシとアンタ、どちらが上か。誰が"一番"か」

「ああ、絶対に負けない。お前には絶対」

 

 二人の最後の戦いが始まる。『天皇賞(秋)』。そこですべてが決まるのだ。

 

 

 

 三女神像で二度目の謎進化をし、ファン感謝祭があったりした。私服スカーレットが可愛いという感想しかなかった。ケーキをおごったりしたのは、そう特別な話でもない。なんとなく、絆が強まった気がするのはあるけれども。

 『天皇賞(秋)』を目標にしたはいいものの、僕にはその前にスカーレットに言われ考えていたことがあった。いろんなレースに出ると決め、大舞台を考え、彼女のステータスを頭に置きつつも決めたこと。

 そう、『天皇賞(春)』だ。

 

「スカーレット、天皇賞春、頑張って!」

「ええ、頑張るわよ。頑張るけど…アンタ、ほんとにいけると思ってる?」

「うん。思ってる」

 

 それは出ると決めたときにもう思ったことだから。スタミナ不足はスキルで補う!それしかない!!

 

「はぁぁ……まあいいわ。ええ、アンタが言うなら行ってくる。一着、待ってなさい!!」

 

 小難しげな顔から一転、気合を入れる彼女に大きく頷き見送る。

 頑張れ、スカーレット!

 

 レースが始まった。

 出遅れはなし。出だしは悪くない。気になるのは位置取りだ。六位、五位に位置付けている。そして怖いのがセイウンスカイ。早い早い。先頭を突っ走っている。早い。そして怖い。

 あと、スタミナが怖い。いつもよりめちゃくちゃに長いレースだから、スタミナ切れが怖すぎる。しかしちゃんとスキルは出た!トレーナーはスキル発動を察せられるというけど、それ本当なんだよね!これでスタミナ足りなかったら、それはもう僕のせいだ。どうしようもない。後でいっぱい謝ろう。

 中盤過ぎて、最終コーナー越えて四位だ。どうなる。スタミナは大丈夫か。セイウンスカイじゃない!メジロマックイーンだ!前にメジロマックイーンがいる!!スカーレット!頑張れ、頑張れ!!………はぁ。悲しいね。これが現実か。

 

「スカーレット、おかえり」

「あー!も~っ!あとちょっとだったのに!!あ~ん、も~っ!」

 

 控え室に戻ってすぐ、ばたばたと騒ぐダイワスカーレット。申し訳ないけど可愛い。こんな悔しがるスカーレットはあんまり見ないから、結構な可愛さがある。本人が騒いでいる分、尻尾の動きも激しい。大きくふりふり揺れている。

 

「詰めが甘かったね」

「はぁああ!?アンタがそれ言う!?そもそもアタシこのレース自信なかったのよ!?それをアンタが頑張れって応援してくるから――ってもう!なに言わせんのよばか!!」

「うわ、ごめんって叩かないで」

 

 結構強めに肩をばしばし叩かれる。割と痛い。でもスカーレットの発言が可愛い。くそぉ、僕にどうしろって言うんだ。

 

「はぁぁ…もう、仕方ないわね。次は完璧なレースにしてみせるわよ!」

 

 改めて瞳の紅を燃やすスカーレットを見て頬を緩める。確かに少し無謀な挑戦だったかもしれない。でも、結果は二着。彼女の求める"一番"ではなかったけれど、これがまた前に進むための糧になったのならよかったと思う。次のレースでこそ、スカーレットには"一番"を取ってもらおう。



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9. エピソード・オブ・スカーレット

天皇賞春終わりから天皇賞秋まで。


 宝塚記念を終え、夏合宿を終え、ついに始まる天皇賞秋。

 宝塚記念?それは六着でしたね。まあ稀によくある囲まれて動けなくなるやつだった。悲しいけど、スカーレットが落ち込んでなくてよかった。

 ウオッカとの軽くも重いやり取りを経て、スカーレットと少しばかり話す時間ができた。

 

「すぅ……ふぅ……。もうすぐ始まるのね。『天皇賞(秋)』」

 

 なんと答えようか迷い、すっと胸に浮かんだ言葉を彼女に送る。

 

「見てるよ」

「ふふ、なに言ってるのよ。アンタが見てるのなんていつものことじゃない」

 

 落としていた視線を上げて、くすりと笑う。緊張した様子はない、柔らかな笑みだった。

 

「そうだったね。だからこそ、かな」

「どういうこと?」

 

 問われ、僕も笑って答える。

 

「いつも見てたから。ずっと君の走りを見てきたから、だからいつも通りダイワスカーレットが一着で"一番"になる姿を見てるよ」

 

 自然と言葉が出ていた。彼女の側で見てきた僕だから、ずっとずっと最初から見てきた僕だからこそ、彼女が勝つと信じて見ていられる。

 

「もう……またそうやって恥ずかしいこと言う」

 

 恥ずかしそうに頬を朱色に染めて、それでもと綺麗に笑って言葉を続ける。

 

「でも、ありがとね。アタシのこと、見ててちょうだい」

「頑張れ、ダイワスカーレット」

「ええ、任せなさい!」

 

 胸を張り真っ直ぐ歩いていくスカーレットを見送り、僕もまた彼女を見やる位置へと足を進めていく。

 ただただ、彼女の勝利を想って。

 

 天皇賞秋が、レースが始まる。

 出遅れなし。近頃のダイワスカーレットはスタートで出遅れすることないので、そこは安心できる。

 順位は五、六、七となんとも言えない位置取り。他のウマ娘がどう動くか悩む、けども。第四コーナー越えたぞ。スカーレット上がってくる上がってくる。そのまま抜けて真っ直ぐ直線過ぎて走って走って――――。

 

 僕の緊張を他所に、ダイワスカーレットは堂々の一着で天皇賞秋を終えた。

 一着で駆け抜けてきたダイワスカーレットの近くで、彼女の息が整うのを待つ。歓声が大きい。

 

「はぁっ、はぁ……あぁ、トレーナー……ねえ……どう、だった?アタシの走り、一番だった……っ!?」

 

 文句なしにと、そう伝えようと思ってやめる。今の彼女には、もっとふさわしいものがあるから。

 

「声援を聞いてみな」

 

 意識を周囲に向け、耳を傾けるスカーレットに対し観客からの声が届く。

 

『スカーレット!スカーレット!!』

『最高の走りだった!』

『こんな良いレースに立ち会えてよかった!』

『貴方の走りがまだ頭の中に残ってる!』

『一生忘れられない――忘れたくないレースだったよ!』

 

 多くの人々から声を聞き、スカーレットは眩いくらいの笑顔を咲かせる。

 

「ふふ、ふふっ。そう……っ!そっかぁ…っ!」

 

 こんなにも素敵な笑顔を見せる彼女はあまりない。僕が見たのも数える程度だ。見ているこちらまでも嬉しくなってくる。

 

「えへへっ、どうだ……っ!アタシ、勝ってやったわ!」

 

 観客を見渡し、満面の笑みで声をあげる。

 

「アタシ、"一番"になってやったわよ!!」

 

 天に向けて叫ぶダイワスカーレットの姿は、どこからどう見ても、誰よりも"一番"だった。

 

 

 控え室に戻り、水分補給と彼女への労いをしているとウオッカが現れた。

 

「おーおー、ずいぶんと疲れ切ってやがるなー」

「なっ、ウオッカ!?アンタ何しにきたの?」

「あー、そう身構えんなよ。なんつーか、ねぎらいにきたっつーの?」

 

 苦笑し、それから真面目な顔でスカーレットに向き合う。

 

「強かったな。お前、本当に強くなってる。今日の走りは確かにウマ娘イチだった」

「ふーん、そう」

 

 軽く流すスカーレットだけれど、尻尾の揺れがすべてを物語っている。ふりふり揺れて、耳はぴこぴことして、ここは会ったときからまったく変わらない。

 

「だから、その……あのさ。お前が言う"一番"ってヤツ、なんとなくわかった気がする」

「あら、ようやくわかったの?」

「はぁ!?お前、なんでそんな上から――」

「ま、アタシもわかったのはこのレースが終わってからなんだけどさ。レースに勝って、歓声を浴びて。観客一人一人の表情を見て。アタシ、やっとみんなの一番になれた。そう思ったの。そして、気づいた」

 

 ふふ、っと笑って彼女は続ける。

 

「アタシが目指してる"一番"って、みんなの記憶に残り続けるウマ娘なんだって。『天皇賞(秋)』って聞いたら、アタシが競り合ったこのレースをみんなが思い出せるような。ウマ娘って聞いたら、『ダイワスカーレット』って一番に名前が出る存在になりたかったんだって」

「……」

 

 無言になるウオッカと同様、僕も黙る。

 彼女の"一番"は大きくてカッコいい、太陽のように眩しい一番だった。

 

「それは、悪くないな」

「うふふ、でしょう?」

「はは、だけどな。次に勝つのはこの俺だ!次に勝負したときはゼッテー負けねぇ!!」

「はいはい、さっさと海外に行きなさい。まだ武者修行の途中なんでしょ?次こそ、アタシに勝てるように海外で修行してくるのね。ふふっ」

 

 再びの喧嘩を始めた二人をなだめながら、帰路につく。

 そしてトレセン学園まで戻り。

 

「さて、と。トレーナー」

「なに?」

「アタシの"一番"、どう思った?」

 

 聞かれ、ふっと笑う。

 

「かっこいいと思った」

「そ。それで?」

「それで?」

「うん。それだけ?」

「ううん。スカーレットらしいなって思ったよ」

「ふふん、そう。あたしらしい、ね」

 

 満足げに頷くスカーレットへ、言おうと思っていたことを伝える。

 

「僕さ、正直スカーレットの"一番"ってなんなのかわからなかったんだ」

「へぇー。でも、それは当然でしょ?あたしだってわからなかったんだから」

「そうなんだけどさ。ずっと一緒にいたんだし、少しくらいわかりたかったというか、ね」

「ふーん……」

 

 どう伝えればいいか。あんまり上手く言葉が出ない。

 

「結局応援するだけで、もちろんトレーナーとして努力したつもりではあるけど、スカーレットのこと理解できてなかったって考えると。なんていうか――」

「――まったく、ばかね」

 

 僕の拙い話を遮り、軽く息を吐いて言葉を投げかけてくる。

 

「あのね、アタシがここまで来られたのは誰のおかげ?」

「そりゃ、スカーレット自身」

「ええ、そうね。でも、それだけじゃないでしょ?」

 

 まさかわからないわけないわよね?と目線で伝えてくる。

 いくら僕でもこれくらいはわかるよ。

 

「僕、かな」

「そ。アンタよ。トレーナー」

 

 真っ直ぐな眼差しが熱い。星空の下、トレセン学園の明かりを背景にして負けないくらいに明るく輝く赤の瞳が僕を見つめていた。

 

「アンタがいたから、アタシはここまで来られた。アタシたち、二人でここまで来たのよ。アタシのこと理解できてないなんて、他でもないアタシ自身がわかってなかったんだから、他の誰にもわかるわけないじゃない」

「…そう、かな」

「ええ、そう。アタシ以外で、アタシのこと一番にわかってるのはアンタなんだから、ちゃんと自信持ちなさいよね」

 

 こつりと僕の胸に拳を当てながら言われ、緋色の瞳を見つめ返す。

 僕が彼女のことを一番わかっているなんて、どうだろう。自信は、微妙だ。

 

「あ、今自信ないとか思ってるでしょ」

「うわ、よくわかったね」

「ふふん、アタシがアンタとどれだけ一緒にいると思ってるのよ」

 

 微笑むスカーレットに釣られて、僕も薄く笑う。

 なんとなく、彼女の言いたいことが理解できた。

 

「あぁ、そうだね。僕ら、結構な時間一緒に過ごしてきたんだ」

「ふふ、そう。アタシ以上にアンタのことわかってるヤツいないように、アンタ以上にアタシのことわかってるヤツもいないのよ」

「確かに、それだけは言えるや」

 

 まったく、こうも恥ずかしいことを真正面から言われるとは。いつも僕は彼女にこんなセリフ言ってたのか。これは恥ずかしい。顔が熱い。

 

「それじゃ、トレーナーがアタシのことちゃんとわかってくれたところで、これからアタシが一番になるために必要なことを教えてもらえるかしら?」

 

 にこやかに笑って、スカーレットを赤い髪を揺らし聞いてくる。彼女はその答えを知っていて、その上で尋ねてきているのだろう。なら僕も、ここはきっちり答えよう。

 

「『有馬記念』でみんなの一番になること、だね」

「正解!ふふ、ちゃんとわかってるじゃない」

「はは、これだけ一緒にやってきていればね」

 

 僕の言葉にスカーレットは明るく笑い、指を立てて宣言する。

 

「当初の目的通り、"一番のウマ娘"になりにいくわよ!」

「行こう!!」

 

 二人で誓い合い、最後の目標へと足を向けた。



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10. エピソード・オブ・スカーレット

ジャパンカップから人気投票まで。


 始まるのはジャパンカップ。ダイワスカーレットとの最後の目標も目前となり、直前にジャパンカップと相なった。

 

 レースが始まる。

 出遅れはなし。位置は悪くない。外側で並んでいる。初手で六、七位ときている。この調子なら余裕はありそうだ。シンボリルドルフがやトウカイテイオーが怖いところだけど、位置はどうだろう。少し囲まれているような気もする。

 スカーレット、頑張れ。頑張れ!そのまま駆け抜けて――――。

 

 あぁ、まったく。本当にすごいな。秋二冠だ。あーもう。言葉が出ないや。

 感無量で高揚した気分のまま、ダイワスカーレットを出迎える。

 

「おめでとうっ」

「はぁっ……はぁっ……アタシ、勝ったわよ!これで二冠ね!!!」

「うん、うん。おめでとう」

 

 先ほどあれだけ流したというのに、またこぼれそうになる。本当にすごいよ、スカーレット。

 

「アンタ、それだけ――って、ふふ、なによもう。泣いてるの?」

「こ、これは目に砂が入っただけだから!」

「ほんと、アンタはずっとそうよね。アタシ以上にアタシのこと喜んじゃってさ。……ありがとね」

「う……うん。スカーレット、本当におめでとう」

「うふふ、ええ。ありがと。さ、ちょっと行ってくるわね。三冠挑戦のウマ娘として、みんなに手振ってくるから!」

「いってらっしゃいっ」

 

 赤毛の少女は太陽よりも眩しく、潤んだ視界じゃ上手く見えなかった。

 天を仰ぎ、呟く。

 

「次こそは、ちゃんと三冠を」

 

 桜花賞に勝たせてあげられず二冠だったトリプルティアラ。大阪杯で勝ち、天皇賞春は二着と、春シニアは一冠のみだった。そして今、秋シニア三冠にようやく手が届きそうになっている。加えて有馬記念二連覇だ。一番を、行こう。

 

 

 

 有馬記念。

 人気投票は僕の予想通りダイワスカーレットが一位だった。

 

「ふふん、当然だね」

「……どうしてアンタがしたり顔で頷いてるのよ」

「そりゃ僕=ウマ娘=スカーレットみたいなものだし」

「アンタそれまだ……はぁ。いいわ。それより見て?ファンからいっぱいコメントも来てるのよ」

「お、見せて見せて」

 

 彼女にちょいとどいてもらって、画面を見る。

 

『有馬記念頑張ってください!』

『ホープフルステークスのときから応援してました!』

『ずっと光るものを感じてました!応援しています!』

『ウオッカのライバルとして勝ってください!』

『ウオッカが出走しないみたいなので、ライバル投票です!』

『ウオッカの分まで勝ってほしいです!』

『三冠への挑戦、応援しています』

『ジャパンカップ、すごいかっこよかったです!頑張ってください!』

『ダイワスカーレットさんの走りが大好きです!有馬記念、勝ってください!』

 

 これは、スカーレットまだちゃんと読んでなかったね。

 気配を感じて振り向くと、後ろから画面を覗き込んでいるダイワスカーレットの姿があった。

 

「ウオッカ応援が多いけど、やっぱり三冠挑戦っていうのも大きいのかな」

「ふ、ふん。べつに誰がどんな応援していようと、アタシが勝つだけよ」

 

 喜べばいいのか怒ればいいのかわからない、そんな顔をしている。

 

「……ウオッカを超えたスカーレットだから。ここで負けるだなんて許されないわ」

「スカーレット?」

「いえ、なんでもないわ。ほら、トレーニング行きましょ。有馬への最終調整するんでしょ?」

 

 なんとなく固いダイワスカーレットとトレーニングを行っていく折、ウオッカが再び海外遠征に出発する、その日程が確定したとの噂を聞いた。それが、今日だということも同時に。

 

「……スカーレットちゃん」

「あら、トレーナー……ねえやっぱり流せないわ。無視しようとしたけど、どう考えてもおかしいじゃない。アンタにちゃん付けされるとか変でしかないの。やめて」

「……スカーレット」

「……なに?」

 

 無言でのやり直しにも付き合ってくれるスカーレットは優しいなぁ。視線が厳しいのはご愛嬌ってやつだろう。

 

「見送り、いいの?」

「…?ああ、ウオッカのこと?いいわよ別に。今さらね。散々話してきたんだし、わざわざ話すことなんてないわ。それよりも今日は午後から合同会見でしょ?さくっと調子整えて――」

「うう、どうしよぉ」

「――ん、トウカイテイオー?どうしたの?」

 

 たまに現れるトウカイテイオーだ。この子もこの子で神出鬼没なんだよね。あと、レースで怖い。速いし。

 

「あのね。ウオッカがね、今日空港まで行ったのに、飛行機に乗るのやめたって!」

「――――っ!?」

 

 そのときダイワスカーレットに電撃が走る!そんな吹き出しでもありそうな空気感だった。いや、ふざけてる場合じゃない。スカーレットにとっては結構深刻な話だ。

 

「なにしてんのよ。アイツ……!」

 

 走り去るスカーレットを追いかけようと思い、場所がわからずにトウカイテイオーへ声をかける。

 

「ウオッカのいる空港は!?」

「え、ええーっと……」

 

 

 教えられた空港へと到着した。いくらなんでもスカーレットには走って追いつけないので、車で向かわせてもらった。

 空港に着くと、先に到着していたらしいスカーレットが息を整えようと深呼吸していた。

 

「スカーレット!」

「ええっ!?トレーナー!?なんでアンタまでこんなところに……ううん。アタシのこと追いかけてきたのよね」

「当たり前だよ。本当は見送りに行きたいって思ってたんでしょ。一緒にいれば、それくらいわかるさ」

「ふふ……ばか」

 

 微苦笑をこぼし、すぐにスカーレットはきりりと顔を引き締める。

 

「ありがとね。それじゃ、アンタはあっちの方を探してもらえる?アタシはこっちの方を見てみるから!」

「任せて!」

 

 何をするかなんて言うまでもない。ウオッカを探すんだ。こういうところは世話が焼ける。最初から素直になればいいものを…。でも、うん。これがスカーレットだ。僕の好きなダイワスカーレットは、そのままでいい。

 そうして、二人で空港中を駆け巡り――。

 

「いた!!」

「うわ!なんでお前らがここにいるんだよ!?」

「ばか!それはこっちのセリフよ!海外行くって言ったくせに、なに行くのやめてんのよ!」

 

 スカーレットの声が空港に響き渡る。幾人かが振り返り、そう大きな争いでもないとわかったのかすぐに戻っていった。

 

「アタシはアンタがいない有馬で走るのに!いないからこそ勝ってやるつもりなのに!たとえアンタが日本にいなくても、アンタが倒せない最大のライバルが!カッコよく一番を取り続ける姿を見せるって、そう決めたのに!アンタがそこでウロウロしてたら、覚悟を決めた意味がないじゃない!!」

 

 彼女の熱量がこちらまで伝わってくるような、激烈な炎の色が見えた。真っ直ぐに一直線に、燃える想いを瞳に宿して言葉を放つスカーレットに対し、ウオッカは。

 

「……ぷ……ふふ、あははは!」

「な、なに笑ってるのよ!こっちは真剣なのよ!?」

「あー、わりーわりー。実はさ。今日行けないのは飛行機の機材トラブルがあったらしーんだよ。で、出発日を改めることになったと」

「はあ!?」

「はは、さっきから通知やまないのはそーゆーことか。みんな勘違いしてやがるな?」

 

 くつくつと笑うウオッカを見て思う。

 まあ、僕はわかってたけどね。と。

 ふむふむと頷き、ダイワスカーレットの肩をぽんぽんと叩く。それからウオッカの隣に立った。

 

「トレーナー!アンタ知ってたのね!?」

「いや?知らないけど」

「え?ん?……じゃあ、なんでアンタそんなウオッカの隣でわかってますよ風な顔してるの?」

「なんとなく?」

「ばっっかじゃないの!?!?」

 

 すっごい怒鳴られた。悲しい。

 

「お、おぉ。そんな目で俺のこと見られても困るぜ。ていうか、スカーレット。お前のトレーナー、色々トレーナーっぽくなさすぎねえか?」

「はぁああ!?それ、アタシのことバカにしてる!?」

「どうしてそうなんだよ!!意味わかんねえよ!」

 

 スカーレットが僕のことをかばってくれたのはなんとなくわかる。トレーナーっぽくないのは自覚してるし、ウオッカの言うことも正しい。だからまあ。

 

「やれやれ、喧嘩はよくないよ?二人とも」

「アンタが言うな!」

「お前が言うなよな!」

 

 二人に怒られてしまった。やれやれ、だね。

 

 

「しかし、まー。俺の最大のライバルとして……とは、すいぶんな立場からの宣言だな。けど、スカーレット。お前の本当の目標は違うだろ?俺に勝つことじゃねえ。ウマ娘って聞いたら"ダイワスカーレット"って一番に思い浮かぶ存在になることだよな?」

「……っ」

「でも今みたいにピーピー泣くんだったら一番なんか到底無理なんじゃねーの?なあ、トレーナーさんよ」

 

 おっと、ここで僕に振るか。

 ニヤリと笑うウオッカに、不安に揺れていそうなスカーレット。僕がどうするかは、あんまり深く考えなくていいね。スカーレットのためになることを言うだけだ。

 

「そうだね。ウオッカの言う通りだ」

「っ」

「僕の知ってるダイワスカーレットは、みんなの記憶に残るウマ娘として、最高のレースで最高のウマ娘として世界に名前を残すって高らかに宣言するくらいカッコよくて眩しい、世界一のウマ娘だから」

「はは、だよなぁ。しょーがねー。海外やめて有馬に出てやるか。そしたら変に気負う必要なくなるよな?その代わり"一番"になるのは俺だけど!ま、構わねぇよなー?」

 

 ぐっと拳を握って軽く言うウオッカに、頬を緩める。本当に、スカーレットは良いライバルを持った。

 

「…………なにいってんのよ!」

 

 発破をかけられ、ばっと顔を上げてウオッカに向けて指をさす。瞳の熱は曇ることなく、眩しく輝いていた。

 

「誰が"一番"をアンタに渡すもんですか!アタシこそ一番のウマ娘なんだから!!」

「へへっ、それでこそスカーレットだ。んじゃ、頑張って来いよ。……また、いつかな」

「アンタこそ、アタシ以外のヤツに負けてくんじゃないわよ。ばか」

 

 そして、ウオッカを置いて僕らは空港を後にした。会見に行こうと話しかけようと思ったところで、スカーレットから声がかかる。

 

「ねえ、トレーナー」

「なに?」

「アンタ、あたしのことカッコいいとか眩しいとか言ってたわね」

「うわ、覚えてたの?」

「ばか。忘れるわけないじゃない」

 

 ふん、と鼻を鳴らして言う。何を言おうかと迷っていたら、先にスカーレットの方が口を開いた。

 

「――ありがと、ね」

「うん?」

「アンタ、ウオッカと一緒に元気づけようとしてくれたんでしょ?」

「あー」

 

 照れ気味か、くるくると髪をいじりながら聞いてくる。目を合わせないところを見るに、結構照れているらしい。

 

「まあ、ね。うん」

「アタシの調子が変なこと、気づいてた?」

「そりゃ、一緒にいれば気づくよ」

「そう、よね。心配かけたわね。ごめん」

 

 珍しく謝るスカーレットに驚き、足を止める。有馬記念直前だったからか、全部言ってしまおうと思ったのだろうか。ウオッカには感謝しかない。

 どう返事をしようか迷い、ふと思った。

 

「スカーレット」

「……なに?」

「有馬記念、一番になってよ」

 

 は、っと顔を上げ、僕を見つめる。紅玉のような瞳が瞬き、口元が弧を描く。

 

「ふふん、ええ。任せなさい!一番になってあげる!!」

 

 自信満々に、強気に胸を張るダイワスカーレットはカッコよく、心配などかけらもいらない様子に見え――いや、実際に、今の彼女に心配なんてかけらも必要ない。それだけ、スカーレットは太陽みたいに輝いているから。




ゲーム中だと前年度に有馬記念一着だとこの時点で三冠になりますが、この作品では"今年度"という意味合いでの三冠にしています。


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11. エピソード・オブ・スカーレット

クリスマス。


 会見を終え、有馬記念も直前となった日。

 年末一歩手前、世間は冬の色とイルミネーションに彩られ、シャンシャンと鈴の音響く音楽が街中に踊る。クリスマスだ。

 クリスマスに、僕は毎度のごとくダイワスカーレットに呼び出された。

 待ち合わせ場所に行くと、特徴的な赤毛の長いツインテールを揺らした少女が待っていた。よく目立つ姿に頬が緩む。

 

「……あ、トレーナー!こっちこっち!」

「こんばんは、スカーレット」

「あら、こんばんは。珍しく律儀ね」

「クリスマスだからね。夜に待ち合わせなんて珍しいし。それより待った?」

「いえ、今来たところ……」

「どうしたの?」

「な、なんでもない!」

 

 いきなり顔を赤くしたスカーレットに首を傾げ――あぁ、なるほど。

 

「ふふ、あれだね。ごめんね待った?今来たところっていうやり取りが恋人的なや」

「わああああああ!!もうもう!言わなくていいから!全部言わないで!」

「ははは、気づいちゃった僕に誤魔化しは通用しないよ。残念でした」

「はぁぁ……。もう、そういうところがアンタはだめなのよ。まったく」

 

 頬を赤くしながらも呆れてため息をつく彼女に微笑みかける。

 

「僕はこういったやり取りも嫌いじゃないけどね」

「ふんっ……べつに、アタシも嫌いじゃないわよ」

 

 軽いやり取りも終え、くすりと笑い合ってから話を続ける。

 

「でもどうしたの?今日はどんな用?」

「――あ!見て、流れたわ!」

「……なるほど」

 

 彼女の指が示す先には、街中に飾られている大きな液晶があった。流れているのはこの日、この街限定の『有馬記念』の特別CMだった。

 

「……一番人気、か」

「おっと、プレッシャー?」

「ふふ、ばーか。そんなのずーっと昔に置いてきたわよ」

「はは、だろうね。スカーレットのファン二十万以上だもん。二十万人だよ、二十万人」

「ええ、すごいわよね。それだけはアタシも実感わかないわ」

 

 遠くを見るように液晶を眺めるスカーレットの横顔は綺麗で、街の灯りに照らされてより一層輝いて見えた。

 

「あぁ、早く有馬のターフで走りたいわ。そこに集まった誰よりも、先に駆け抜けてみんなの記憶に残る一番になりたい」

 

 走る場面を想像しているのか、目に宿る紅の光が星のようにきらめいている。綺麗で、そしてかっこよかった。

 

「君ならできるよ」

「……うん。そうね。アタシなら、必ずできるわ」

「ま、一回勝ってるし。余裕余裕」

「アンタねぇ……ふふ、でもそうよね。アタシ、一回勝ってるのよ。必死だったからあんまり覚えてないけど、よく勝てたわね」

「そりゃ僕が応援してたから」

「アンタの力すごすぎでしょ」

 

 からからと笑うスカーレットと共に、他愛ない話を続ける。

 

「さてと。他は特に用事もないし、そろそろ学園に……」

「スカーレット」

「え、なに?」

「少しお茶していかない?」

「ふふ、何よそれ。下手なデートのお誘いみたい。別にいいけど」

「よし、行こう。どこ行こうか?」

「ええー、アンタ決めてないの?」

「うん。今思ったことだし」

「しょうがないわねー。じゃあ一緒に探しましょ?」

「おっけー」

 

 適当に歩き、適当なカフェに入り、適当な注文をし、適当に座る。

 なんとも雑なお茶ではあるけれど、これでも十分に楽しかった。

 

「スカーレットはさ、今楽しい?」

「んー?」

 

 カップの紅茶を飲みながら、上目遣いで尋ねてくる。

 

「ほら、クリスマスのお出かけで」

「あぁそういう。ええ、楽しいわよ?」

「そっか。ならよかった」

「アンタはどうなの?」

「僕?」

「―ーあ、聞くまでもなかったわね。アタシと一緒で楽しくないわけないか」

「よくお分かりで」

 

 ふふん、と笑うスカーレットに僕も笑みをこぼす。

 紅茶は温かく、クリスマスの音楽も耳に心地良い。こんなにも楽しいクリスマスは初めてだった。

 

「でも、さ」

「ん?」

「なんか、スカーレットとこんな風にクリスマス過ごすことになるとは思ってなかったなぁって」

「ふふ、それはアタシもよ。まさかトレーナーと……あ」

「?どうしたの?」

 

 何かに気づいて声をあげる彼女に尋ねる。待ちなさいと返事が来て、彼女が鞄を漁るのを待つ。なんとなく、前にも見たような光景だ。

 

「はいっ、これ」

 

 手渡されたのはプレゼントだった。

 

「プレゼントかー」

「ええ。マフラーよ。最近、一段と寒くなってきたでしょ?それなりに保温性が高いものを選んだから……ちゃんと使いなさいよね」

「クリスマスプレゼント?」

「一応、ね。風邪予防も兼ねてだけど、ちゃんと渡しておこうと思ったの」

「そっか。ありがとう」

 

 嬉しい。ちょっぴり恥ずかしそうなスカーレットが可愛いのは当然として、僕もお返ししないとね。

 

「別にお返しとかいいからね。後からもらうのも面倒くさいし」

「ふふ」

 

 ちょうど思っていたことを言われ、笑いがこぼれる。む、っとした顔のスカーレットが言葉を続ける。

 

「なによ、笑わなくたっていいじゃない」

「ううん。違うんだ。ええとね――」

 

 彼女を手で制し、鞄を漁る。ささっとサイドポケットに入れてあったものを取り出し、彼女に差し出す。

 

「――え?」

 

 キョトンと目を瞬かせるスカーレットへ、プレゼントと同時に言葉も伝えていく。

 

「プレゼント。僕も用意しておいたんだ」

「な、なんで。アタシが呼んだのに?」

「まあね、有馬記念勝ってから渡そうとも思ったんだけど、クリスマスプレゼントのつもりでもあったからさ。受け取ってよ」

「……うん」

 

 こくりと、しおらしく頷き受け取ってくれた。少し、肩の荷が下りた気分だ。

 

「中身は二つあるんだ。一つはスポーツ用のタオル、良い物だからここぞって時に使ってほしいな」

「ふふ、タオルにここぞって時も何もないでしょうよ。もう一つは?」

「普段使い用のハンドタオルだよ。スカーレットに合わせた鮮烈な緋色にしたんだ。地味にオーダーメイドだから、世の中に一つだけです」

「……もう、そんなものまで」

 

 嬉しそうに朗らかに笑って、渡したプレゼントを抱きしめる。喜んでくれて何より。僕も嬉しい。

 

「本当、ばかなんだから。トレーナー、ありがとう」

 

 彼女のありがとうは温かく、柔らかい笑顔と相まってぽかぽかと心まで温かくなる。この笑顔もまた、僕にとっては大きなクリスマスプレゼントだった。

 帰り道は彼女からもらったマフラーを身に着け、そのおかげか、首元だけじゃなく全身が温かく感じた。有馬記念、ダイワスカーレットに勝利を願おう。



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12. エピソード・オブ・スカーレット

三年目有馬記念。


 有馬記念当日。

 控え室にてダイワスカーレットが宣言する。

 

「トレーナー、最後までアタシのこと見てて。そして期待して。誰よりも速く、強く、アタシが一番になる瞬間を」

「楽しみにしてるよ」

「ふふん、いい返事ね!」

 

 堂々と微笑むスカーレットには、緊張などかけらも感じさせない、力強いくらいの自信がみなぎっていた。

 

「それじゃ、行ってくるわね。――誰にも負けない、一番になってくるわ!」

 

 頼もしい背中を見送り、僕もまた席を立った。

 

『注目の一番人気、一番ダイワスカーレット』

『パドックでも注目を集める素晴らしい仕上がりですね』

『今年最後の大一番で名実ともに最強のグランプリウマ娘となってほしいですね』

 

 実況解説が耳に響く。

 やはり、スカーレットは一番人気だった。さて、まだ少しだけ時間がある。ここでステータスの確認だけでも済ませておこう。

 

 スピードB+、スタミナD+、パワーC、根性D+、賢さC+。

 

 スピードに関して言うことはない。スタミナはスキルで補うからこちらも言うことはない。パワーはもう少し伸びていればよかったと思う。根性ももう少し伸びていればと思う。賢さもBになってくれていたらよかった。

 結論、なんとも言えない。

 いやはや、彼女のことを信じると言った手前なんとも言えないって、僕の手のひら返しがひどい。

 しかし、何せスカーレットは昨年の有馬記念優勝者だ。去年勝ったんだから、今年も大丈夫でしょうよ。相手が成長していても、こっちだって成長しているんだ。

 僕とスカーレットの努力は裏切らない。さあ、ゲートインだ。僕とスカーレットの、最後のレースが始まる。いや厳密には最後じゃないけどね。僕としてはもう最後なんだよ。

 

 有馬記念が始まる。

 三番人気はナリタブライアン。二番人気はシンボリルドルフ。一番人気はダイワスカーレット。秋の三冠ウマ娘、連覇を狙っているぞ!この口上だけでもうダイワスカーレットがナンバーワンだね。

 出だしは悪くない。出遅れなし。序盤はトップだ。ナリタブライアンが怖いぞ。あとエアグルーヴも怖い。ビワハヤヒデも怖い。ゴールドシップも怖い。シンボリルドルフももちろん怖い。みんな怖い!ダイワスカーレット頑張れ!

 まだ余裕がある。ダイワスカーレットの後ろは二、三バ身差かな。スキルは出てるぞ!完璧なスタミナスキルだ!これでスタミナの心配はない。さすが僕、さすがスカーレット。スタミナはスキルでカバーだよ!中盤は完璧な走りだ。一位をずっとキープしてる。

 第四コーナーに入る。入った!後ろはいない!独走だ!後ろからは誰も来ない!!後ろからは誰も来ない!!!後ろからは誰も来ない!!!!!

 さあ速いぞ!!ダイワスカーレット!!!強い!強かった!!最強だ!!

 

 ダイワスカーレットの勝ちだ。あぁ、グランプリ最強最高のウマ娘になった。そして二連覇だよ。二連覇。三冠だ。ようやく、ようやく掴み取った。スカーレット、かっこよかった。

 拳を握り、空に突き出す。誰が見ていてもいい。スカーレットが勝ったんだ。二連覇だ。三冠だ!あぁ、でも。

 

「できれば、トリプルティアラも取らせてあげたかったなぁ」

 

 我ながら、少々欲張りすぎかもしれない。

 今さらなことを思って、こぼれる涙をそのままに苦笑した。

 

 

『スカーレット!スカーレット!スカーレット!スカーレット!』

 

 観客から怒涛の勢いで歓声が降り注ぐ。

 僕の前にやってきたスカーレットは、どうしてか不思議そうな面持ちで声をかけてくる。

 

「聞いてトレーナー。みんながアタシを呼んでるの。みんなが、アタシを見てるの。一番のウマ娘だって」

 

 知ってるよ。聞こえてる。声に出さず、頷く。

 

「……ねえ、トレーナー。あのさ、アタシさ。みんなの記憶に……残れたかな?」

 

 徐々に表情を変え、張っていた気が崩れていく。

 

「今までのどんなウマ娘よりも、一番のウマ娘に、なれたかなぁ……っ!?」

 

 涙混じりの声音に対し、力強く頷く。そして。

 

「うん!誰よりも、どんなウマ娘よりも一番だ!」

 

 真っ直ぐ、大きな声で。彼女の心の奥にまで届くように声を張り上げて伝えた。

 

「……っ!」

 

 ダイワスカーレットは、もう抑えることなく目一杯泣いた。今までの分を全部吐き出すように、泣いて泣いて、涙を滝のようにこぼして。

 レースで一着になれたウマ娘しか来られないウイナーズサークルの中で。割れんばかりの祝福の声を聞きながら。

 彼女は、"一番のウマ娘"だった。

 

「……はぁ!カッコ悪いところはおしまい!みんながアタシを待ってるんだもの。ほら、アンタも早く準備して!」

「僕?」

 

 指差され、意味不明な言葉に疑問を返す。涙などなかったかのように晴れ晴れと笑うスカーレットは当たり前のように言う。

 

「ええ、今から表彰式でしょ?きっと今まで以上に取材陣が殺到するわ。その時にアンタはアタシのことをこう紹介するのよ。"自分が育てた最高に一番のウマ娘で、僕の自慢のウマ娘です!"って」

 

 そのまま言うのもなんとなくアレだったので、ダイワスカーレットに手を引かれながらどう答えようか考える。少しばかり浮かれているスカーレットは僕の様子に気づかず、二人で表彰式に向かっていった。

 結果、グランプリ二連覇かつ三冠の世界一、とまで付け加えることになったのは、また別の話である。



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13. エピソード・オブ・スカーレット

今日は三話投稿しています。1/3。

URAファイナルズ開始から決勝まで。


「スカーレット」

「なに?」

「目標は達成したね」

「ええ。自分で言うのもなんだけれど、有馬記念二連覇に三冠ってなかなかすごいんじゃないかしら。一応ティアラも二冠でしょ?よくやったと――」

「それはそれとして」

「……なに?」

 

 鼻高々に話していたところを遮られたのか嫌だったのか、すぐさま不機嫌になる。スカーレットは顔でも尻尾でも耳でも声でも機嫌がわかってしまう。なんとも言えずに苦笑いがこぼれた。

 

「URAファイナルズが始まるわけだけど」

「ええ、そうね。始まるわね」

「どう?行けそう?」

「ふふん、余裕よ。任せなさい!」

 

 自信満々なのがいつも通り過ぎて、慢心しているのかどうかさえわからない。ただ不思議と、スカーレットの強気な笑顔を見ていると安心してくる。たぶん、大丈夫だろう。スカーレットだし。これまでの努力は裏切らないさ。

 

 そんなこんなで。

 URAファイナルズが始まり、さらっと予選を突破し、準決勝が始まった。予選に対し他のウマ娘のレベルも上がっている。誰もが予選を一着で突破してきた猛者だ。

 曇り空の東京レース場。

 出遅れは――ある!ダイワスカーレットが出遅れた。しかしそこは集中力でセーブ。位置取りはどうだろう。八、九位程度で安定している。

 怖いのは先頭のセイウンスカイ。あとタイキシャトルにトウカイテイオーといったところか。いつも思うんだけど、セイウンスカイの先頭が怖すぎる。スカーレット頑張れ。

 さあ第四コーナーだ。まだスカーレットは六位。伸びて伸びて伸びて!セイウンスカイにグラスワンダーにタイキシャトルにダイワスカーレットが並んで――――。

 

「うおおおおおおおおおお!!!!」

 

 勝利!末脚で差し切ったぁ!!ああもうだめかと思ったっ。焦ったぁ!はーやっぱりダイワスカーレットすごいよ。ちょっとすごすぎるくらいすごい。勢いで叫んじゃった。ハナ差はぎりぎりだって。本当、最後の末脚がすごかった。

 ともあれと、予選準決勝とこれで勝利だ。あとは決勝のみ。

 ウイニングライブはないので、さくっと戻ってきたスカーレットと話をする。

 

「ふぅぅ、あっぶなかったぁ。なんとか勝てたわね」

「ほんっと危なかった。すっごいハラハラしたよ。ちょっと心臓爆発するからと思うくらいやばかった」

「ふふ、でもちゃんと勝ったわよ」

「うん。勝ったね。おめでとう、これであとは決勝だけだ」

「ええ、決勝だけね」

 

 ぐいっと手を握り込むスカーレットは、きっと決勝のことを考えているのだろう。準決勝であれだけの強豪揃いだった。決勝はそれ以上だろうと。 

 

「最後まで、見てるから!」

 

 僕の言葉に顔を上げ、ふふんと笑う。彼女らしい、いつもの笑みだ。

 

「ええ。任せなさい!!」

 

 胸を張るダイワスカーレットの未来を、僕はひたすらに信じ見守る。泣いても笑ってもこれが最後だから。最後の最後まで走り抜けてほしい。

 

 

 URAファイナルズ決勝。

 ついに幕が切って落とされた。最強のウマ娘を決める戦いが始まる。

 ナリタブライアンが一番人気、二番人気はアグネスタキオンと実況の声が聞こえる。初手出遅れはなし。位置取りは五位から九位の間といったところか。スカーレットが上手く前を抜いて抜け出してくれればいいけど。

 ナリタブライアンも怖いけれど、先頭のミホノブルボンも怖いな。

 コーナー過ぎて……んん?おや?う、頭が――――。

 

 

「はっ!?あ、朝?そ、そうだ。今日はURAファイナルズの決勝だった。急いでいかないと」

 

 何かすごい悲しい夢を見ていたような気がする。夢でよかった。うん、本当に夢で良かった。

 

 よし、レースが始まるぞ。

 さて出遅れはなし。位置取りも悪くないね。外枠で六番手にぃぃ!?掛かり!??何気にこれまで一度も掛かったことなかったよね?やっぱりスカーレット緊張してる?してるか。そりゃするよね。

 第四コーナー来たぞ。

 直線だ。内から来るか、外から来るか。スカーレットは外からだ!!!速い速い!そのまま抜けて走り抜いてぇええええ!!!!!!よっしゃああああああああ!!!優勝だ!!!!

 二着は…え?ウオッカ?ん?出てたの?そっか。出てたのか。なんか変な驚きだよ、これ。三着はビワハヤヒデね。ウオッカに驚きすぎて何も言えないわ。

 ウイニングライブは――――。

 

『うまぴょい伝説』

 

 うまぴょい伝説という曲は他の曲とずいぶん雰囲気が違う。雰囲気というか、曲調が違う。完全にアイドルが歌う、しかもはっちゃけて歌う曲だと思う。

 それをダイワスカーレットが歌うのは、まあ特に言うことはない。可愛い可愛い可愛いの一言だからね。意外にもこの曲にウオッカが似合っているのはいいとして、ただなんとも、ウオッカがスカーレットと並んで、というのが皮肉というか。あれだけ"また、いつかな"というようなやり取りをして……いや、これ以上は野暮というものだろう。

 

「うまぴょい!うまぴょい!」

 

 僕もスカーレットのファンなので、普通に合いの手を入れる。

 

「僕のスカーレットが!!」

 

 いやーうまぴょい伝説、良い曲ですね!!



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終. エピソード・オブ・スカーレット

本編としては最終話です。今日は三話投稿しています。2/3。

URAファイナルズ優勝後。


 ダイワスカーレットは見事、トゥインクル・シリーズで"一番のウマ娘"らしい結果を残した。ティアラ二冠、春シニア一冠、秋シニア三冠、グランプリ連覇、そしてURAファイナルズ優勝。これだけでもう十二分以上の結果だろう。あと、ファンが三十二万人を突破したとか。

 名実ともに、彼女はたくさんの人の記憶に残るウマ娘となった。惜しむらくはティアラの桜花賞や天皇賞春だけど、それこそ今さらといったものだ。僕はもう、今のスカーレットが最高だと、世界一だと思っているから。それでいいんだ。

 とても大事な『最初の三年間』を終え、スカーレットはこれからまた、新たな道へと踏み出す。寂しくもあり、嬉しくもある。不思議な気持ちだ。

 色々と考えていたら、家のチャイムが鳴った。はーい、と言いながらドアを開けると、赤髪の美少女が立っていた。

 

「うわ!三十二万のファンがいるウマ娘だ!」

「……どういう呼びかけよ、もう」

 

 呆れた目で僕を見てくる彼女に、改めて挨拶する。

 

「おはよう。部屋入る?」

「ええ、おはよ、お邪魔するわね」

 

 彼女がこの家に来るのは数度目となる。十回は行っていないはず。前に、休日は何をしているのかという話になって、ちょっと来てみるかい?とかなんとかよくわからない流れで家に呼ぶことになった。結構緊張していた様子のスカーレットが懐かしい。今となっては慣れたものだ。

 

「なにしてたの?」

「軽く回想してた。スカーレット、よく賞取ったなぁって」

「ふふ、アンタが色々出ようって言ったからでしょ?」

「まあそうなんだけど。お疲れ様。URAファイナルズも終わったし、一応本当にこれでひと段落だね」

「そうねー」

 

 椅子に座るスカーレットに、お茶いる?と聞けばいらないと返ってくる。どうやら長居をする気はないようだ。

 

「トレーナー」

「うん」

「今日、暇?」

「暇に見える?」

「暇にしか見えない」

「はは、なら暇なんじゃないかな」

「ふふ、そ。じゃあアタシに付き合ってもらえる?」

「いいよ。どこ行くの?」

 

 絨毯でうだうだとしながら話をしているけれど、僕はどこかへ連れ去られるらしい。どこだろうか。どこでもいいか。スカーレット相手なら、どこへだって付き合おう。なんといっても、僕は彼女のトレーナーだから。

 

「一番のウマ娘に相応しい場所に、よ!」

 

 言われ、彼女を見やる。スカーレットが浮かべている笑顔は、考え事を散らしてしまうほどに眩しかった。

 

 

 ――そうして、家を出たのはいいのだけれど。

 

「あーもう!また売り切れじゃない!どうしてこう、どこも売り切ればっかりなのよ!まったく、トレーナーの準備が遅いせいなんだからね!」

「ごめんて。男にも準備があるんだよ」

「……ふーん。アタシが洗面所見に行ったらぼけっと鏡の前で目つむってたのに?」

「すみません、眠かったんです」

「ふん、いいわ。まだまだ付き合ってもらうからね!」

「りょーかい」

 

 全面的に僕が悪いので、ぺこぺこと謝って彼女に付き従う。

 

「すごい関係ない話なんだけどさ」

「ええ、なに?」

「URAファイナルズ、普通にウオッカ出てたよね」

「あぁ……そうよね。普通にウイニングライブ一緒に踊っちゃったけど、よく考えたらなんでアイツ普通に参加してたのよ。おかしいでしょ」

「挨拶とかしたの?」

「軽くはね。あんまり時間なかったから、参加してたのねーくらいしか聞けなかったのよ。アイツ、すっごくぎこちない顔してたわ。すぐどこか行っちゃうし、何考えてURAファイナルズ出てたのかしら」

 

 参加理由はまったくわからないけど、ぎこちない顔の理由はわかる。かなりわかる。これは言っちゃってもいいのかな。いいか。たぶんだけど、なんとなくスカーレットも察してそうだし。

 

「ウオッカは気まずかったんだろうね。空港でキリっと話を終えて別れただけあって、あの子、そういうの苦手そうだし」

「あの子って……アイツに向けて言うと変に聞こえるわね。でも、そうかも。ふふ、アイツかっこつけだし、そりゃ有馬出なかったのにその後のレースで鉢合わせなんて気まずいったらありゃしないわ」

「ま、どっちにしろ勝ったしいいんじゃないかな。秋華賞、天皇賞秋に続いて三連勝だね」

「ふふん、ええ。いつか帰ってきたアイツのこと、また負かしてやるわ!」

 

 ふりふりと尻尾を揺らして機嫌よく歩くスカーレットが可愛い。私服姿も相まって可愛さの上限が上がっている。

 

「よーし、トレーナー。お話もそこそこに次のお店行くわよ!」

「えー」

「あら、嫌なの?」

「いやまったく。スカーレットが楽しそうだから僕も楽しい」

「ふふ、そう?ならいいわ」

 

 次のお店に向かいながら彼女の隣を歩き、ふと思ったことを尋ねる。

 

「でもどうしていきなりショッピング?」

「そんなの決まってるじゃない。さっきアンタが言ったでしょ。ひと段落ついたって」

「あぁ、言ったね」

「アタシ、ずーっといろんなこと我慢してたんだから!ショッピングもその一つよ。今日は目一杯付き合ってもらうんだからね!」

 

 ようやくひと段落ついた、か。あんまり意識しないで言ったことだけど、そうなんだよね。ようやくなんだ。

 

「……よく頑張ったもんね」

「ふふん、そうよ?頑張ったの。アンタもいっぱいアタシのこと労いなさい!」

「うん。本当によく頑張った。お疲れ様、スカーレット」

「うふふー、ありがとっ。ほらほらトレーナー、ここのお店入りましょ!」

「りょーかい。僕が良さげなものを見繕ってあげよう」

「えー、いいけど、アタシが納得した物しか買わないからね」

「うん。納得させてみせようじゃないか。僕のプレゼントセンスはよかったでしょ?」

「あ……ふふ、ええ。そうね」

 

 にこりと笑ったスカーレットと二人で、ショッピングを楽しんでいく。自分のものに自信はなくとも、スカーレットのことならそれなりに自信がある。ずっと見てきた子なのだ。彼女に似合うものの一つや二つさくっと見つけられるさ。

 

 ――そうして長々と会話をしながら買い物を続け。

 

「うーん、このベルトも似合わないか……。ちょっとアンタ、もう一回試着!」

「へい」

 

 いつの間にか、買い物は僕の服選びになっていた。そそくさと着替え、都合何度目かわからない試着を済ませる。

 

「どうかな」

「あら、悪くないわね。うん、さっきより全然いいわ」

 

 今度は彼女のお眼鏡にかなったようで、ほっとする。ファッションセンスに長けているだけあって、スカーレットの目は厳しかった。どうして着替えさせられているのかは謎だけど、彼女が満足そうだから僕はいいと思う。諦めたとも言う。

 

 

「はぁー……なんかいつものショッピングの三倍以上疲れたって感じするわ」

「楽しくなかった?」

「ばか。三倍以上疲れたけど、それ以上に楽しかったわよ」

 

 ぴっと指で僕の指を弾いてくる。表情からはあまり疲労を感じさせない。彼女自身が言った通り、疲労以上に楽しみがあったからなのだろう。付き合ったかいがあったというものだ。

 

「ま、でもそれより。アンタがいい感じのコーデになってよかったわ」

 

 言われて、自分の服を見下ろす。ジャケットにシャツにベルトにズボンに。靴下と靴までと、上から下までの全身。そう、僕はダイワスカーレットのセンスによって全身コーディネートされていた。

 さすがの上品な選び具合。自分とは思えないかっこよさが醸し出されている気がする。

 

「ありがとう」

「ふふん、いいわよ。アタシも楽しかったし。それに、する必要があっただけだもの」

 

 する必要?と問いかける前にスカーレットの声が耳を揺らす。

 

「あ、飛行機」

 

 彼女の視線の先には、空で点滅する小さな赤い光が動いていた。

 

「向こうでも、ちゃんと走ってるのかな。アイツ」

 

 アイツ。言わなくてもわかるに決まってる。

 

「走ってるだろうね」

 

 そのまま続け。

 

「なにせ、君に三連敗だ」

 

 一度目、二度目はともかく、三度目はウオッカも悔しかったことだろう。いろんな意味でね。

 

「ふふん、ええ、そうね。アタシに三連敗中だし、頑張ってもらわなきゃ困るわ。だってアイツは」

 

 そこで言葉を止め、飛行機に手を伸ばすように腕を掲げ、そして胸元で握る。

 

「―ーアタシの一番のライバルで、最高にカッコいいヤツだもの」

 

 明るく笑って、柔らかな表情はそのまま笑顔だけ引っ込めて呟く。

 

「あーあ、でも海外かー……」

 

 ぽつりと呟いたスカーレットに向き直り、彼女の言葉を待つ。なんとなく、予感がした。

 

「ねえ、トレーナー」

「うん」

「その、もし、よ?」

「…うん」

「もし、アタシが『海外に行ってみたい』って言ったら、一緒に行ってくれる?」

 

 少しだけ不安に瞳を揺らすダイワスカーレットを見つめ、僕は笑った。これだけ一緒にいて、ウマ娘とトレーナーとして結果を出してきても、まだまだだなと思う。僕自身も、スカーレットも。

 彼女の質問には、迷うことなく答えを告げた。

 

「その時は海外で"一番"のウマ娘にするよ」

「……あははっ、ばーか。そこまでは言ってないじゃない」

 

 珍しく軽やかに笑うスカーレットへ、まだ終わっていないと言葉を綴る。

 

「それにさ、僕言ったよね。君は世界一のウマ娘だって」

「そ、それは」

「言っちゃったものは仕方ない。君が望むなら、そこまで連れて行くしかないよ。世界の"一番"に、さ」

 

 ちょっとしたこじつけだけど、僕は本気だ。彼女となら、ダイワスカーレットとならどこまででも行けると思う。日本一の次は世界一。それも悪くないんじゃないかな。

 

「ふふ、うふふ。もう、ほんっとアンタは、アタシのトレーナーね」

「はは、うん。君の、スカーレットのトレーナーだ」

 

 二人で笑い合って、ちょっとした心地良い沈黙が訪れる、と思ったところで。

 

「……つまり、そういうヤツってことなんで、良きように書いてあげてくださいね」

 

 いったい何をと思い、スカーレットの次の言葉ですべてを察した。

 

「記者さん?」

 

 いつの間にか近寄ってきていた乙名史記者がメモ帳を手に感情表現多めな話をしていく。

 

「ええ!ええ……っ!お二人の熱い絆、存分にこの心に響きましたとも!トレーナーさんは担当ウマ娘がいるならば、地の果て海の果てまでその身一つでどこまでもいくと……っ!」

 

 いやそこまでは言ってないような。

 記者さんから目を逸らし、穏やかに笑っているスカーレットへ問いかける。

 

「ええと、これ取材?」

「ええ。『一番のウマ娘特集』のためのね。このカフェで合流する手はずだったの。本当、ちょうどいいタイミングで来てくれたわ。ほんっとう、よく言われてたのよね。早く単独取材をさせてくれー、って」

 

 なるほどなぁ。これもスカーレットの我慢してたことの一つか。『一番のウマ娘特集』だなんて。彼女にお似合いだ。

 

「でもレースで毎日忙しいし、アンタの服の準備とか全然できないし。だから我慢してたのよね」

「それで今日、僕の服も買ったわけか」

「ええ、ふふ、ご不満?」

「いやいや。ありがとう」

「ふふん、どういたしまして」

 

 笑顔で、この取材を我慢していたと言うスカーレットは続けて不思議なことを言う。

 

「うふふっ、それじゃ次はアンタが、担当ウマ娘についてたっぷりと語る時間よ!」

「ええー。もう存分に語らなかった?今日」

「それは記者さんいなかったでしょ?ほら、アタシも驚くくらいの素敵な一言、楽しみにしてるわねっ」

 

 そういう意図で僕の服を準備したのか。そりゃでも考えたらそうだよね。僕の服なんだから、僕の取材も入ってるに決まってる。

 にしても、スカーレットが驚くくらいの素敵な一言って……。

 

「スカーレットは僕の誇り、とか?」

 

 ふわっと浮かんだ言葉を伝えた。

 

「もう……ばーか」

 

 照れくさそうに顔を赤くして、その緋色の瞳で僕を見つめながら続ける。

 

「当然のこと言っても、全然面白くないわよ」

 

 赤い髪に赤の瞳に。瞳に宿る炎は消えることなく、今でも燃え盛っている。

 

「ずーっと前から、アンタにとって一番のウマ娘はアタシでしょ?」

 

 太陽のように眩しい笑顔で、ダイワスカーレットはそう言った。

 彼女に笑い返しながら思う。

 最初に彼女を見たとき、彼女の緋色に魅入られたときから、僕にとって彼女は"一番"だった。その一番を広めただけであって、僕の一番にはずっと変わらずスカーレットが輝いている。赤く、朱く、紅く。どこまでも鮮やかな緋色を纏って走り抜けた彼女は、今誰よりも輝いている。文句のつけようがない、最高の"一番"だ。

 彼女に出会えてよかった、彼女と三年間を過ごせてよかった。そしてこれからも――。

 

「スカーレット、僕は君と駆け抜けていくよ。どこまでも、世界の果てまで」

「ふふん、ちゃんとついてきなさいよね。全速力で一番を掴み取りに行くんだから!」

「うん。なにせ、僕はダイワスカーレットのトレーナーだから。それに」

「それに?」

「なんといっても、僕もウマ娘みたいなものだからね!!!」

「アンタそれまだ忘れてなかったの!?!?最後にそんなこと言うんじゃないわよ!ばかぁぁあ!!!」

 

 僕とスカーレットの日々はまだまだ続く。一番を掴み取り、もっと先の一番を目指して進み続けていく。もしかしたらそれは、一生を費やしても足りないものになるかもしれない。

 けれど、僕はそれでいい。そうしたいと思う。僕の人生は、緋色の彼女がいてこそ、輝くものだから。

 見上げると、夜の空に星々がきらめいていた。街中だというのに、晴天の夜空に散らばる星は綺麗で、それよりなおスカーレットの瞳は眩しく輝いていた。

 彼女との三年が終わり、新しい一年が始まる。これまでとこれからの僕の――ううん、僕らの人生に名前を付けるとしたら、"エピソード・オブ・スカーレット"なんてどうだろうか。"緋色の物語"。スカーレットにふさわしい、素敵なタイトルだ。

 言い募るダイワスカーレットからのらりくらりと逃げながらも、今の思いは取材に出さなくてもいいかなと、そんなことを思う。

 あぁ、でも。どうせならこれだけは書いてもらってもいいかもしれないね。

 

 "エピソード・オブ・スカーレット"

 

 だってほら。これって、緋色の彼女と、緋色に魅せられた僕のお話になるからさ。

 




 「エピソード・オブ・スカーレット」完結です。
 およそ4万文字。読んでくださりありがとうございました。
 ダイワスカーレットとのトレーナー絡み要素増やして甘くしたお話でした。レースの勝敗は実際にプレイした結果です。あしからず。
 ちなみにこの中編、一日で育成しながら書き上げました。書き始めは朝で、終えたのは夜の0時近かったので、本当に一日かかりました。
 
 後日、育成を繰り返してスカーレットにはトリプルティアラ、春シニア三冠、秋シニア三冠のすべてを取らせてあげられました。ひとまずは満足です。

 元は短編集の方に投稿していましたが、ウマ娘プリティダービー Season2の13話を見て変えました。どうせならちゃんと完結という形に分けたいなと。
 とまあ、長く書いてもなんなので、この辺であとがきも終えようと思います。
 また何か書いたりすると思います。それでは。あ、あと一話続きます。
 


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Epi. 緋色の追憶

本編とは別ですが、物語としてはこれで終わりになります。今日は三話投稿しています。3/3。

単独取材中の話。



 目の前で記者さんにアタシのことを話すトレーナーを見て、なんとも言えないむずがゆさがこみ上げてくる。

 アタシとの思い出を語る姿を見ながら、コイツあのときそんなこと考えてたんだと、アタシも当時のことを思い返す。

 

 正直、初めて会ったときはコイツ、トレーナーのことを変なヤツだなって思った。だって全然やる気感じられなかったんだもの。覇気がないって言えばいいのかしら。コイツほどぼんやりしてる人見たことなかったから。

 でも、その印象もすぐに覆ったわ。アタシが走り終えて、戻って顔見たらぜんっぜん違った。顔つきも、目の色も、雰囲気も。まるっきり別人みたいで、つい言っちゃった。"アンタほんとにトレーナー?"って。

 あのときはコイツもちょっぴり傷ついた顔してて、あぁ、ちゃんと生きてるんだなって、それでわかった。なんか本当に、それまでは人間じゃなくてロボットみたいに思えたのよ。おかしなことだけど。本当の話。

 

 結局そのときは謝れなくて、少し経ってから二人で話したときに謝らせてもらったわ。こっちは結構緊張してたって言うのに、トレーナーったら"そんなこともあったねー"とか軽く流してくれちゃって。意識してたアタシがばかみたいじゃないの。

 

 第一印象はそんなので、まだデビュー前だっていうのにファンが一人いるってわかっちゃった。実際コイツからも言われたし。君の走りはカッコいいとか綺麗とか眩しいとか。思い出すと恥ずかしいからあんまり考えない。本人がいる前でよ?恥ずかしいに決まってるでしょ。

 

 一緒にトレーニングするようになってからは、また変わったわね。そりゃ理事長が直々にスカウトしたって聞いてたからすごいのかなー程度には思ってたけど、すごいなんてものじゃなかった。

 アタシでも気づいてないトレーニングを課してくれて、自分でもはっきりわかるくらい成長していくの。それまでと違い過ぎて、いつもののほほんとした顔でよくこんなトレーニングの向き不向きわかるわねって、聞いちゃったくらいよ。そしたらステータスがどうとか変なこと言うし、今ならすこぉーしくらいは信じてあげるけど、あの頃はまったく信じられなかったわね。何よステータスって。やっぱり今でも意味わかんないわ。

 

 自分のことウマ娘だとか言うし、アタシが走ってるとこ好きすぎるし。アタシと違って三年経ってもまったく変わってないわね。コイツ。

 

 メイクデビュー戦のときからアタシより緊張してて、本当はアタシも緊張してたけど、トレーナーのおかげで気が楽になったのはよく覚えてる。コイツには言わないけど、ていうか言いたくないけど、たぶんわかってないんでしょうね。

 

「――スカーレット?なに?」

「なんでもない。さっさと続き話しちゃいなさい」

 

 アタシの視線に気づいて尋ねてくるトレーナーを促し、彼の横顔から目を逸らす。

 見つめていたのがばれて、妙に恥ずかしい。

 

 ずっと"一番"になりたいって思って、トレーナーにもそのことは伝えて。初めてのレースで一番になったとき、アタシがどれだけ嬉しかったか。"頑張ったね"って褒められて、嬉しくないはずがないのよ。

 まあ確かにアタシが素直に喜べない性格してるのは事実だけど、嬉しいものは嬉しい。アタシのために一生懸命になってるトレーナーはカッコいいし、勝ったことを目一杯喜んでくれたら、アタシだってもっと頑張りたくなる。

 

 レースに勝てなかったときは変に気遣ったりしないでくれて、勝ったときは大げさなくらい喜んでくれる。トレーナーはアタシのことわかりやすいとか言うけど、トレーナーだってアタシの話になったらすごくわかりやすいの、本人わかってるのかしらね。

 

 トリプルティアラは取れなかったし春シニア三冠も取れなかったけれど、秋シニア三冠にグランプリ連覇は取れた。コイツの言う通り、レースに出て出て勝って勝って勝ったら、気づいたらそうなっちゃってたわ。よく覚えてるのは……そうね、やっぱり有馬記念と天皇賞春かしら。

 ウオッカの話はトレーナーも今はあんまりするつもりないみたいだし、秋華賞とか天皇賞秋とかURAファイナルズ決勝とかは考えなくていいわね。あぁでも、ウオッカとトレーナーって変なところで仲良くなってたのよね。空港のときもわかり合ってる風な空気醸し出してたし……むぅ。

 

「わ、スカーレット?」

「なんでもない。なんでもないから気にしないで話してて」

「なんでもないわけないでしょ」

「なんでもないの」

 

 アタシの圧に屈してくれて、再び記者さんとの話に戻る。テーブルに置かれていたトレーナーの手を掴んで指で弾いたり遊んだりしてたって別に悪くないと思う。全部コイツが悪いのよ。勝手にアイツと仲良くなって、アタシ以外のウマ娘気にかけるなんて許さないんだからね。アンタはアタシのトレーナーなのよ。

 

 そんな思いを込めて彼の手で遊んでいても、あまり効いた様子はなかった。普通に記者さんとお喋りしてる。今はちょうど有馬記念の話みたい。一度目の方ね。

 

 自分で言うのもなんだけど、一度目の有馬記念はよくやった方だと思う。二年目のアタシにしては上出来。その後で目標を有馬記念にするとか言い出したトレーナーの正気を疑っちゃったのは別として、有馬記念一着で終えた後のことは本当によく覚えてる。

 

 アタシのこと、その……好き……とか。あぁもう!顔熱くなってきたっ。思い出すだけで恥ずかしくなってきちゃうじゃない。ほんっとうにずるいヤツなんだから。

 はぁぁ……。でも、好きって言われたのは嬉しかったな。コイツがアタシのこと好きなのは頭でわかってたけど、言葉にされると全然違った。すっごくドキドキしたもん。

 あと、憧れね。憧れ。カッコいいとかは言われていたけど、憧れっていうのはあのとき初めて言われた。アタシ"だから"よかったなんて言われちゃったら、やる気も上がるってものよ。後ろ向きでなんていられないわ。

 

 ちょうど今、アタシの考えていたことをトレーナーが話す。ダイワスカーレットで、アタシだからよかったって。恥ずかしがる様子もなくさらっと言っちゃってくれていた。

 こっちの羞恥なんて気にしない姿を見て、つ、っと彼の手を手のひらで押さえる。ぺたりと合わせたらずいぶんと温かかった。

 思えば、こうしてコイツと手を合わせたことはなかったかもしれない。不思議と照れくささはなくて、思ったより手、大きいくらいしか思わなかった。

 ただ……うん。悪い気分じゃないわね。

 

 それはそれとして。有馬記念以外だとほら、天皇賞春よね。天皇賞春。

 アタシ、よくやったわ。何度このレース見ても理解できないもの。そもそもアタシが出たこともそうだけど、レースの距離もそうよ。長すぎるでしょ。それに一番意味わかんないのはアタシが二着だったことよね。これに関しては一着じゃなかったことに不満はないわー―いえ、嘘。不満はあるわよ。あるに決まってるでしょ。ただその不満が小さいというか、よく二着取れたなって思っちゃったから。変な話よね。

 

 トレーナーに言われて出走して、結果は二着で。長距離にも自信がついたのは、これのおかげもあったと思うわ。一番じゃなくても、あの長いレースで他のみんなを振り切ったって思うと、少しはやれそうな気になったのよ。一番じゃなかったけど。有馬記念だって天皇賞春より短いわけだし。一番じゃなかったけど!

 

 あとは――三年目の有馬記念とクリスマスかしら。

 

 クリスマス。トレーナーにプレゼント渡して、それで終わりだと思ってたのに。デートっぽく誘われて、プレゼントも渡されちゃって。コイツ、アタシが寮に帰って思い出してどれだけドキドキさせられてたか全然知らないんでしょうね。あんなの……ずるいわ。ばか。

 

「いつっ!?」

「ふんっ」

「理不尽!?」

 

 トレーナーの手をつねってあげた。少しはアタシのこと考えなさいよね。まったく。

 

 はー、そんなところかしら。あぁ、あと有馬記念。アタシの記念すべき秋シニア三冠とグランプリ連覇の三年目有馬記念。よく考えたら、ホープフルステークスも一着だったし、アタシって年末のレース三年分制覇してるのよね。そう考えると、あのレースの価値がまた上がった気がするわ。まあ、秋シニア三冠とか連覇ってだけで十分な気もするけれど。

 

 二回目の有馬記念はアタシたちの集大成だったわけだし、色々と泣いたり喜んだりしちゃったけど、順当な結果ってやつだと思うわ。一番人気で枠も一番で、もちろん着順も一番で。アタシたちの全部が一番だったのよ。トレーナーが世界一とか言ってくれたのもあったわね、一応だけど。

 

 ウイニングライブは……あー、恥ずかしくなってきた。いっつもアタシが一着だったときのライブで超ハイテンションなのはコイツにありがちだからいいんだけど、それにしたってURAファイナルズ優勝のときはひどかった。

 別に、曲そのものはいいのよ。アタシ、あの曲嫌いじゃないし。でも、僕のスカーレットってなによ、もう。ちゅーしてとか好きー!とか。全部合いの手完璧だし、いつ覚えたのよ。アタシはアンタの……ウマ娘だけど!!だからってアタシのライブのときだけ全開じゃなくてもいいのに!あと、アタシ、アンタだけのものじゃないんだからね!隙あれば恥ずかしいこと言うんだから、まったく。あんなのライブ以外で言われたら……や、やだもう!恥ずかしくなってきた、ばかっ。

 

「――乙名史さん。僕らの記事なんですけど、サブタイトルとかでいいので一つ入れてもらえませんか?」

「えっ?え、ええ!はい!もちろんです。ぜひお願いします!どのようなタイトルでしょうか?」

「はい。"エピソード・オブ・スカーレット"なんて、どうでしょうか?」

「っ!?」

 

 トレーナーの言葉で現実に引き戻され、変な声が出そうになった。いきなり何を言い出すかと思えば……まったく。

 

「乙名史さん、アタシからもお願いします」

「スカーレット?」

 

 アタシの名前を呼び、見つめてくる。トレーナーがいつもレース後のアタシを見るときの、きらきらとした眼差しだった。

 

「いいじゃない。"エピソード・オブ・スカーレット"。スカーレットのアタシと、スカーレットに憧れたアンタと。二人分のエピソードってことでしょ?よく思いついたわね」

 

 そう伝えると、驚いたように目を瞬かせ、くすりと笑う。

 

「ふふ、よくわかったね。そう、僕ら二人分のお話で"エピソード・オブ・スカーレット"なんだ。自分でも洒落てて悪くないと思ったんだけど……。でも、どうしてわかったの?」

 

 純粋に疑問に思ったのか、笑顔で聞いてきた。

 トレーナーと三年間も一緒にいて、二人で喜んで、悲しんで。笑って泣いて、濃厚すぎるくらいに濃い時間を過ごして。流れた時間の分、お互いにたくさんのことを知った。そして、たくさんのことがわかるようになった。それなのに――本当、こういうところは変わらないんだから。

 

「ふふんっ、アタシがトレーナーの考えたことくらい、わからないわけないじゃないの。ばーかっ」

 

 もう一度、トレーナーの手をぴっと弾いて手のひらを合わせる。ぎゅ、っと力を込めてみれば、びっくりするほど温かくて心地よかった。

 顔を赤くするトレーナーを見て、自然と口元が緩む。まだまだ取材は終わりそうになく、なんとなくこのまま続けて、もう少しだけこのままでいたいなと、そんなことを思った。

 

 

 




 映画で言う、ポストクレジットシーンです。
 ちょっぴり蛇足感あるのは、本編書き終えた後に別途で書いたからです。ダイワスカーレットはたぶんこんな感じでトレーナーのこと見て思ってました。

 以上、「緋色の追憶」含め「エピソード・オブ・スカーレット」、ご読了ありがとうございました。お気に入りついでに評価やら感想やらくれたら嬉しいです。それではまた、どこかで。


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