ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員 remake (藤氏)
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プロローグ
01




それでは、どうぞ。





 

 

 

 昔々、北セルフォード大陸と大洋を挟んだ向かい側に別の大陸のことを北大陸側は新世界と呼んでいました。

 

 その新世界の大陸北部の東海岸に、今から約百年前に新たな国家が建国されました。

 

 大洋に面した地域――オーシアと呼ばれたその地域には、元々この大陸に住んでいた人種、旧世界の各国から一旗あげようと移住したきた人種、はたまた別の大陸から何らかの事情で移住した人種などまるで世界の縮図となっていました。

 

 この地域を支配していた旧世界の魔導大国は、当初は大幅な自治を認めていましたが、やがて、その自治を縮小していきました。当然、これまで自由を謳歌していたオーシアの民達は魔導大国のこの行為に反発しました。

 

 反発しているにも関わらず、なおも圧政を強めていく本国に、オーシアの民の怒りは頂点に達し、百年前、小さな反乱がおきます。

 

 その小さな反乱から拡がるように反乱はあちこちで発生し、やがて反乱は独立戦争にまで発展しました。

 

 本国は圧倒的な軍事力と魔導技術でオーシアを反乱を圧倒しますが、自由を求めて独立するオーシアの民は勇敢に立ち向かいました。

 

 何度も戦いに敗れ、故郷が灰塵に帰されようとも、オーシアは自由を求め、そして遂に圧政者共を新世界から追い出すことに成功しました。オーシアの民は己の力で自由を勝ち取ったのです。

 

 自由を勝ち取ったオーシアは連邦と名乗り、領土を押し広げていきました。

 

 新世界北部の西海岸から、南部の大国の国境まで。

 

 そして、新世界から出て、南大陸、西海岸の先の島々まで。

 

 オーシアは世界中に自身の影響力を広げ、諸国を味方につけ、自身の地位を着々と築いていきました。

 

 やがて、オーシアはかつての宗主国がある北大陸にも影響を広げていきました。

 

 四十年前に勃発した北大陸での戦争を機に、オーシアは北大陸の情勢にも深くかかわり始めることになったのです。

 

 ……そして、それはかつての宗主国にもその手を伸ばし始めたのでした。

 

 

 

 

 聖暦1852年グラムの月、24日。

 

 北セルフォード大陸の中央北部に、広大な国土を持つ王政国家レザリア王国の首都、聖都ファルネリア。

 

 この日は聖エリサレス教系の国々の人々にとって、特別な日であった。

 

 グラムの月24日は、聖夜祭と呼ばれる年に一度の祝祭行事の日である。

 

 25日は聖エリサレス教の最高聖人にて神の子、イエル=エリサレスの生誕日であり、その前夜を”神の子が降誕する聖なる夜”として祝う……そんな宗教的背景がある。

 

 本来の宗教的祭典としては、その日の夜は皆で協会に集い、ミサ――聖書朗読や聖歌斉唱などを厳かに行うものなのだが、一般的には――特に新教系の国では、家族や友人達といった自分の親しい人達とパーティーなどで過ごし、に賑やかに祝うことがメジャーだ。

 

 最も、レザリア王国は旧教――聖エリサレス教会教皇庁が権力を掌握しており、聖都ファルネリアではミサが厳かに行われているが、新教のように賑やかにパーティー、みたいなことは行われていない。

 

 ましてや、新世界の新興国と絶賛大戦争中なのだから、尚更そう思うのかもしれない。

 

 その聖都ファルネリアの中央には、世界最大級の教会堂建築にて、教皇庁の総本山たる聖フィリポ大聖堂がある。

 

 今、大聖堂のバルコニーに、教皇庁の枢機卿などの有力者達が集い、広場に群れている人々に演説していた。

 

 演説している内容はもっとも、戦争中の敵国の罵倒が9割ぐらいで残り1割が聖書を片手に何やら喚いているという、聞くにも堪えない演説なのだが。

 

 そんな演説を、広場にいる人々は熱心に聴いている。まぁ、あそこに集まっているのは、狂信者で敵を悪魔の手先で金に魂を売った亡者と本気で信じている連中だから無理もない。

 

 そんな一種の狂気が蔓延している聖フィリポ大聖堂前の広場から1200メトラ離れている、ある塔の中に一人の男が広場を見下ろしていた。

 

 正確には、少年が銃を広場に向けて見下ろしていた。

 

 15になったばかりの、茶髪のミディアムヘアで金目銀目のオッドアイの瞳を持つその少年は、銃に付いてあるスコープを通して、狂気の演説を覗いていた。

 

「……狂気に満ちているなぁ。宗教は宗教でもここまでくるとカルトじみているわ、マジで」

 

 スコープで距離を調整しながらため息を吐く少年。

 

「……標的は?」

 

「……標的はまだ出てきてないわ。バルコニーまでの距離は1200、無風。周囲に敵影なし」

 

 少年がスコープを覗きながら、隣にいる少女に声かけると双眼鏡でバルコニーを覗いている少女は淡々と告げる。

 

「了解了解」

 

 距離を調整した少年は、あとは標的がバルコニーから姿を現し、演説するまで覗いて待つ。ひたすら待つ。

 

「ところで、その標的はどんな奴なん?」

 

 狙撃手として長時間待つことには慣れているが、やはり退屈なのか、少年は時間潰しにと少女に問う。

 

「狂信的で保身で欲にまみれていて、それでいて女好き。以上よ」

 

「……それはまぁ……典型的な悪人というかなんというか……」

 

 標的をボロカスに言う少女に、少年はため息を吐く。

 

「しかも女好きといえば、大人だろうが子供だろうが、出るところが出ていたら手出しする最低最悪のクズよ」

 

「……お前は?大丈夫だったのか?」

 

「私は大丈夫だった。お父様が守ってくれたから。でも、私の知っている子の中には、あいつに襲われてデキてしまった子が何人か……」

 

「……クズだな」

 

「ええ、クズよ」

 

 まだ少女とは知り合ってからまだ間もないが、普段は淡々としていた少女の声は怒りに満ちていた。

 

「……貴方みたいな男だったら……その……」

 

「……?なんか言ったか?」

 

「いえ。それよりも……」

 

 隣でぼそぼそ呟く少女だが、双眼鏡を越しにお目当ての人物が映り込んでいた。

 

「……出てきたわ。左側からバルコニーに出てきているわ」

 

 少女の言う通り、銃を左側に向けると、少女の言う通り司祭服に身を包んだ小太りした中年男性が姿を現していた。

 

「……OK。あれで間違いない?」

 

「ええ。あれで間違いない」

 

「……風は?」

 

「秒速2メトラ。東風」

 

「秒速2メトラ、東風。了解」

 

 風の流れに応じて狙いを調整する。標的の脳幹を射貫くように調整する。

 

 熱狂していた狂信者の歓声を浴びた標的は、それに応えるように手を振る。狂信者はさらに熱狂的になる。

 

「…………」

 

 演説する標的に狙いを定め、呼吸を安定させる。

 

 標的は身振り手振り激しく演説している。聴衆はそれを熱心に聞き入れている。

 

 銃の引き金に指をかける少年。

 

 風は秒速2メトラ、東風。今なら撃てる。

 

「……殺るぞ、アリッサ」

 

「ええ、殺して、ジョセフ」

 

 少女――アリッサと呼ばれた少女がそう言った後、鐘がファルネリア中に鳴り響く。

 

 鐘が鳴り響くのと同じタイミングで、標的の演説が一段落する。

 

 聴衆の反応に満足した標的は、今までの激しい身振りをやめ、見下ろす。

 

 完璧なタイミングだった。

 

 少年――アリッサに呼ばれたジョセフは、引き金を引いた。

 

 鐘の音で銃声は掻き消され、銃弾は標的に吸い込まれるように翔ぶ。

 

 その後、聖フィリポ大聖堂では悲鳴が響き渡りパニック状態になっていた。

 

 そんな状態でも、鐘はファルネリア中に鳴り響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






というわけで、これからもよろしくお願いします。


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第1章
02




それでは、どうぞ。


 

 

 

 オーシア連邦。

 

 北オーシア大陸の3分の2と南大陸の一部の諸島と西海岸から先の諸島を国土に持つ連邦制国家である。

 

 旧世界――北セルフォード大陸北西端にあるアルザーノ帝国から見れば、大洋を挟んで西側に位置する新興国家。

 

 一つの連邦直轄区、十六の州、八つの準州、六つの海外領土から成り、北部は亜寒帯、東部から中央部は亜寒帯湿潤気候、南東部から南部は温暖湿潤気候、西部は砂漠気候、西海岸は西岸海洋性気候などに属し、国教に定めている宗教はない。

 

 国家の体裁としては、外交、軍事、海外領土や本国の全体的な内政は連邦政府が、州内の統治は州・準州政府などの高度な自治からなる連邦共和制を取っているという世界でも稀な政治体制である。

 

 大洋を挟んで隣り合っているアルザーノ帝国からの移民はもちろん、レザリア王国など他国の移民と先住民から構成されている多民族国家であるため、文化はもちろん、宗教も旧教、新教、その他の宗教が広く分布されている。

 

 そんな連邦の主要都市が集中する東海岸。

 

 その東海岸中央部、ガロンヌ川から内陸部に少しばかし入り込んでいるところに首都、レグザゴーヌ。

 

 その中央には連邦国会議事堂などの連邦政府省庁が集中しており、その一角に、中央軍ならびに連邦軍中央最高司令部・国防総省がある。

 

 その連邦軍中央最高司令部では、連邦軍と政府高官合わせて十五名が集っていた。

 

「お会いできて光栄です。大統領」

 

 連邦軍の一人――佐官級の将校が、上座に座る大統領に向かって敬礼した。

 

「大佐。先の戦争での、貴殿の部隊の活躍は聞いている。どんな困難な任務であろうとも、必ず任務を果たし、レザリアとの戦争で我が国を勝利に貢献したその活躍。まさに最強の特殊部隊と言っても過言ではなく、そのような戦力を保有している我々は非常に誇りに思う」

 

 すると、大統領は数か月前に集結したレザリア王国との戦争での活躍を讃えた。

 

「いえいえ、我々は己の務めを果たしただけに過ぎません。就任して早々、戦争が勃発したにもかかわらず、常に冷静に連邦を導いた大統領がいたからこその勝利です」

 

「それでも、貴殿らの活躍がなければ、戦争は今でも続いていただろう。教皇庁の有力な強硬派達を排除してくれたお陰で、これ以上の犠牲を払わずに済んだのだ」

 

「……ですが、あと一人、表に出てこず、ついぞ排除に失敗した人物もいましたが」

 

「確かに。その男を排除しない限り、レザリアとの真の平和的関係は築けないであろうと確信している」

 

 不意に声のトーンが変わった将校に、大統領が静かに頷く。

 

「アーチボルト枢機卿……強硬派の最右翼にて、今やもっとも力を持っている傑物。強硬派きっての切れ者。そして、彼に味方する者は非常に多い」

 

「……本格的な脅威になる前に排除しますか?」

 

「いや、今、行動に移るのは危険すぎる。さっきも言ったが味方多い今、暗殺すると強硬派が暴発しかねない」

 

「まぁ、それに教皇が穏健派を贔屓にしている以上、下手に刺激する行動はする必要はないでしょうな」

 

「それに……南オーシア連邦との国境紛争が激化している現状、レザリアとは本格的に事を構えたくない」

 

「では、我々を呼んだのは、サン・パヴロ行きで?」

 

「いや、君達はアルザーノ帝国に向かってもらう」

 

 すると、大統領は後ろに控えている秘書を手招きし、秘書は大佐に極秘と書かれた書類を差し出した。

 

「帝国にですか?」

 

「先日、帝国政府との間で、特殊部隊など小規模ではあるものの、帝国内での受け入れに合意に達した」

 

「帝国が連邦軍の受け入れに合意したのですか?あれほどまでに難渋していたのに、これはまたどういう風の吹き回しで……」

 

 帝国の突然の態度軟化に訝しむ大佐が極秘資料に目を通すと。

 

 とある一文が目に入ると同時に、大佐は目を細め、今回の理由について納得したような表情で大統領を見た。

 

「……そういうことですか?」

 

「大佐の思っている通りだ。中央情報局が密かに調査を入れたところ……ほぼ100%クロと言ってもいいだろう」

 

「……いつ殺しましょうか?」

 

「奴が姿を現したら、大佐の判断で実行してもいい。手段は問わない。可能ならば捕縛して法の下に裁きたいところだが……捕縛か殺害かは大佐の一存に任せる」

 

「となると、帝国軍と連携しながらの任務になるということですな?」

 

「その通り。帝国軍に共同で件の組織を壊滅してほしいと帝国政府からの要望だ」

 

 なるほど、だから連邦軍を受け入れたのかと大佐以外の面々も納得した。

 

「これは大統領命令ではあるが、一連邦国民である私個人の願いでもある。帝国に巣食う最悪のテロリスト共を殲滅、そして、去年の秋に我々に災厄をもたらしたこの男に正義の鉄槌を下してくれ。諸君らの幸運と成功を祈っている」

 

 大統領からの命令を受けた大佐一同は、中央最高司令部を後にするのであった。

 

 

 

 

 アルザーノ帝国。北セルフォード大陸は北西端、冬は湿潤し夏は乾燥する海洋性温帯気候下の地域に国土を構える帝政国家。

 

 その帝国の南部、ヨクシャー地方にはフェジテと呼ばれる都市がある。

 

 フェジテの最大の特徴はアルザーノ帝国魔術学院が設置された、北セルフォード大陸でも有数の学究都市だという一点に尽きるだろう。魔術学院の設立と共に生まれ、魔術学院と共に発展した町、フェジテ。立ち並ぶ建物の造りは鋭角の屋根が特徴的な古式建築様式でまとめられ、重厚で趣深い町並みを演出している。その一方で、魔術的な素材や物品に対する、魔術学院の莫大な需要を受けて他所との交易も盛んに行われ、人の出入りも活発であるため、必定、常に国内流行の最先端を行く――新古の息吹に満ちた町だ。

 

 微かに朝もや立ち込める、そんな町の一角にて。早朝ゆえに閑散とし、花崗岩で綺麗に舗装された表通りを年の頃十五、六のくらいの二人の男女は並んで歩いていた。

 

 茶髪の金目銀目のオッドアイ。少女は誰もが振り向いてしまうほど綺麗な金髪で緩いウェーブをかけた髪を背中と腰の中間辺りまで伸ばしている。特段上品な歩き方をしていない少年に対し、少女のゆったりとした歩き方は上品で気品の高さを放ち、さぞ高貴な家のお嬢様なのであろうと想像してしまう。

 

 ある程度整った顔立ちの少年と、空色の瞳を持ち、端正な顔立ちからは大人っぽい雰囲気を醸し出している美少女は他人から見たら落ち着いた恋人にも見えなくはない。

 

 少なくとも、軍人とは見られないというのは確かである。

 

 少年の名はジョセフ=スペンサー。少女の名はアリッサ=レノ。

 

 連邦から約二週間の長旅を終え、世界有数の学究都市に今朝着いた二人はひとまず連邦の領事館に向かうべく、表通りを歩いていた。

 

 二人がフェジテに来た理由はというと――

 

「いやぁ、学生なんていつぶりだろうか?」

 

「まだ一年経ってないわね。でも、本当に久しぶり」

 

「まさか、同じ時期に連邦、帝国間での留学に関する協定を結んでいたなんてね」

 

 二人は、アルザーノ帝国魔術学院に連邦からの留学生として約一か月後に編入されることになっていた。

 

 編入される前に諸々の手続きがあったのと、ついでに観光も少し兼ねてということでフェジテに来ていたのである。因みに、二人以外にも大佐をはじめとする残りの仲間も帝国に着いている。

 

 昨今の国際情勢の緊迫が増しているため、連邦と帝国の安全保障強化を兼ねてのこの協定は、普通ならば学生として生活しているはずの二人にとっては、これ以上にない隠れ蓑であった。

 

「本来は俺たちも学生として青春を謳歌しているはずだから、まぁ丁度いい隠れ蓑になるわな」

 

「ええ、でも、なんか複雑ね」

 

 二人はそれぞれの事情により、この年齢で軍人として生きていかなくてはならなくなっていた。本来はこれが普通でジョセフ達のが異常なのだが、確かにアリッサの言う通り複雑な気分がしないわけでもなかった。

 

「この生活に慣れてきているからだと思うけど……確かに不思議な気はしないね」

 

「ねぇ、ジョセフは帝国出身なんでしょ?どう?久々の帰省は?」

 

「帰省って言ってもなぁ……生まれも育ちもフェジテじゃないし、それに、故郷はもうないだろうしね」

 

「そう思うと、私達って似た者同士よね?」

 

 懐かしむように言うジョセフの肩に、身を預けるアリッサ。

 

「……おい?」

 

「ねぇ?そう思わない?ジョセフ」

 

 離れろと訴えんばかしの視線を送るジョセフを無視し、アリッサはジョセフの左腕を手に取り、自分の腰に回しお腹に手を当てるようにする。

 

「ねぇ、どう思う、ジョセフ?私は――」

 

「はーい、歩きにくいから離れましょうねー」 

 

 甘い雰囲気をぶち壊すかのようにジョセフはアリッサから離れる。

 

「……むぅ」

 

 そんなジョセフに不満の抗議の視線を送るアリッサ。

 

 あらやだ、頬を膨らませているのが可愛い。

 

「ジョセフ。別に私達の年頃でも恋人はいても珍しくないのよ?」

 

「だからって、今のはくっつぎ過ぎじゃありませんかね?」

 

「何言ってるの?今のがちょうどいいに決まってるでしょ?」

 

「ちょっと激しすぎやしませんかね?」

 

「なんだったら、付き合って初日でセッ――」

 

「行くわけないやろ!あと、公衆の面前で堂々と言うな!」

 

 早朝とはいえ、人が行き交っている中で爆弾をかっ飛ばそうとするアリッサの口を押え、ジョセフは突っ

込む。

 

「まったく、男のくせに臆病なのね」

 

「お前が積極的過ぎなんだよ!何、欲求不満なの!?」

 

「女ならこれくらい普通――」

 

「普通なわけあるか!お前だけだよ、お ま え だ け!」

 

「大丈夫よ、ジョセフ。気持ちいいから」

 

「経験者みたいなこと言わないでくださる!?ていうか、お前、嘘でしょ!?」

 

「まだ未経験よ」

 

「経験ないのに、なんでそんな自信満々に言えるの!?って、ちょ、アリッサさんッ!?寄るな!くっつくな!ええい、鬱陶しいッ!自分の身体を大事にしましょう!?ねぇ!?」

 

 二人がぎゃあぎゃあ騒ぎながら、十字路に差しかかった時だ。

 

「うぉおおおおおおお!?遅刻、遅刻ぅうううううううううううッ!?」

 

 目を血走らせ、修羅のような表情で口にパンをくわえた不審極まりない男が、正面の通路から猛然と走って来た。

 

「「…………ッ!?」」

 

 何事かとジョセフとアリッサが声がした方向を見ると、ジョセフ達から見て右側の通路からは、金髪の少女と銀髪の少女の――容姿もそうだが、それ以上に彼女たちが着ている服装が目立つ二人組が差しかかり、男は二人組の少女達に目掛けて猛然と走って来ていた。

 

「……え?」

 

「きゃあっ!?」

 

「な、何ィいいいッ!?ちょ、そこ退けガキ共ぉおおおお――ッ!」

 

 勢いのついた物体は急には止まれない。そんな古典物理法則を正しく踏襲し、男が二人のいたいけな少女を轢き飛ばそうとしていた――その時。

 

「≪止まれ≫ッ!」

 

「お、≪大いなる風よ≫――ッ!」

 

 ジョセフが黒魔【ショック・ボルト】を、銀髪の少女がとっさに一節詠唱で、黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文を唱えた。瞬時に紫電が男の足に直撃し、少女の手から巻き起こる猛烈な突風が男の身体を殴りつけるようにかっさらい、そして――

 

「あびゃびゃびゃびゃびゃ――ッ!?俺、痺れながら空飛んでるよ――ッ!?」

 

 首の角度を上に傾けなければ補足できないほど、男の身体は天高く空を舞い――放物線を描いて――通りの向こうにあった円形の噴水池の中へと落ちた。

  

 遠くで盛大に上がる水柱を、ジョセフとアリッサと二人の少女は遠巻きに呆然と眺めるしかなかった。

 

「……やっちまった」

 

 まさか、銀髪の少女が魔術を使うとは思っていなかったジョセフは噴水地を注視し――

 

「あの、システィ?……やりすぎじゃない?」

 

「そ、そうね……あはは……つい。どうしよう?」

 

 二人の少女の注視を受けながら男は無言で立ち上がり、ばしゃばしゃと水を蹴りながら噴水地から這い出る。そして、つかつかと二人の前まで歩み寄って言った。

 

「ふっ、大丈夫かい?お嬢さん達」

 

「いや、貴方が大丈夫?」

 

 男は爽やかな笑みを浮かべて精一杯い決めているつもりなのだろうが、哀しいくらいに決まっていなかった。

 

 妙な男だった。ジョセフや銀髪の少女――金髪の少女からはシスティと呼ばれていた少女よりも、幾ばくか年上の青年だ。黒髪黒い瞳、長身痩躯。容姿そのものに特筆する所はないが、問題はその出で立ちだ。仕立ての良いホワイトシャツに、クラバット、黒のスラックス。かなり洒落た衣装に身を包んでいる。だが、この男はこの服を着るのがどれほど面倒臭かったのか、徹底的にだらしなく着崩していた。服を選んだ人と、着用する本人が別人であったことが素人目に見ても明らかであった。

 

 と、これはあくまであの少女二人から見た話。

 

 ジョセフとアリッサはというと――

 

「ねぇ、あの人……」

 

「わかる……元・軍人や。それも、実戦経験豊富な方」

 

 外見はだらしないが、ジョセフ達はこの男が数々の死線を掻い潜り生き残った歴戦の軍人の雰囲気を感じ取っていた。

 

 それも、かなりのやり手だということも、容易に想像ができた。

 

 で、その男は何をしていたかというと?

 

「……なにゆえ、セクハラしてんの?あの人?」

 

 男は金髪の少女を見つめるなり、頬を突っついたり、頬をむにーっと引っ張ったり。細い方と腰をなで回し、前髪をつまみ上げ、目をのぞき込んでいた。そして、そこに――

 

「アンタ、何やっとるかぁああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 システィと呼ばれた銀髪の少女の怒りの上段回し蹴りが男の延髄を見事に捉え、男を吹き飛ばした。

 

「ズギャァアアアアアアアアアアア――ッ!?」

 

 情けない悲鳴を上げて男が地面を転がっていく。恐らく下ろしたてだったであろう男の衣服はずぶ濡れの上に、擦り切れて汚れて、もはや洒落た原形の見る影もなかった。

 

「……お見事」

 

 銀髪の少女の華麗な回し蹴りを感慨深げに言うアリッサに対し、ジョセフは――

 

「……ナニコレ?」

 

 いきなり始まった知らない人同士の即興の漫才に、頬を引きつらせていた。

 

 その後もなんか情けない光景が二人の前で繰り広げられ、男は一目散に逃げていった。

 

 あの女、時計ズラしやがったなぁ!?と、叫びながら。

 

「「…………」」

 

 連邦ですらも全く見たことがないこの光景に呆然とする二人。

 

「な……なんなの?あの人」

 

「……うん。でも、なんだか面白い人だったね?」

 

「面白いを通り越して、だめ過ぎるわよ、アレは」

 

((その子の言う通り))

 

 金髪の少女の感覚のズレっぷりに、銀髪の少女は嘆息し、ジョセフ達は銀髪の少女の言い分に同意する。

 

「私はああいう手合いにはもう二度と会いたくないわね。見ててイライラするのよ、あんな情けないダメ男は!やっぱり容赦なく警備官に引き渡すべきだったかしら?」

 

「あはは……」

 

 あいまいに笑う金髪の少女を伴い、銀髪の少女は再び歩き始める。その時、金髪の少女がジョセフ達を見ると、振り返ってぺこりと頭を下げた。

 

 二人もぺこりと頭を下げる。銀髪の少女は……多分、ジョセフが【ショック・ボルト】を男の脚に撃ち込んだというのを気付いていなかったのだろう、そのまま歩き去っていく。

 

 金髪の少女と銀髪の少女を見送るジョセフ達だが、二人の少女の姿が見えなくなった時、アリッサが気付いた。

 

「ジョセフ、あれ」

 

 アリッサはジョセフの腕をつんつんとつつき、二人の少女達がいたところを指差す。

 

 そこには一冊の手帳が落ちていた。

 

「ん?これってもしかして、あの二人の……?」

 

「でしょうね。と言っても、姿が見えなくなっちゃたけど」

 

 ジョセフは手帳を拾い、外側を見る。名前は書いていない。

 

「ふーむ……ちょいと失礼」

 

 ジョセフは手帳を開き、最初のページを見る。知らない人の手帳の中身を見るのは趣味じゃないが、名前とかがわからない以上、調べるしかない。もっとも、ジョセフは最初のページと最後のページだけ見るのであって、全部は見ないのだが。

 

 最初のページには何か小説みたいな文章が書いてあったが、名前は書いていなかった。ジョセフは最後のページを開く。

 

 すると、そこにこの手帳の持ち主と思われる名前が書いてあった。

 

 システィーナ=フィーベル。どうやら、この手帳の持ち主の名前らしい。

 

「システィーナ……ふーん、あの銀髪の子のことか。はてさて、どうしたものか……」

 

 名前がわかった手帳をぱたんと閉じ、ジョセフはシスティーナと呼ばれる少女と金髪の少女が歩いた先を見る。

 

 その方向の先には、壮麗な威容を持つ建物、アルザーノ帝国魔術学院があったのであった。

 

 

 

 

 







※リメイク前ではクスコ帝国がありましたが、南オーシア連邦に名前を変えました。


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03




それでは、どうぞ。


 

 

 

 オーシア連邦とアルザーノ帝国。

 

 かつて帝国領だった連邦と連邦の宗主国だった帝国。

 

 独立戦争以後、敵対していた両国であったが、近年両国の関係は急速に改善されていっている。

 

 背景としては、アルザーノ帝国は北セルフォード大陸を巡って覇権を争っているレザリア王国と、オーシア連邦は北オーシア大陸3分の1と南オーシア大陸に移住したレザリア系の反連邦派と親レザリア派が中心になって結成された南オーシア連邦と南北オーシア大陸の覇権を巡って冷戦に突入していたことである。

 

 武力で独立するなど、決して”円満離婚”ではなかった連邦と帝国であったが、レザリア王国と南オーシア連邦が利害を一致して対連邦・帝国同盟を組んだことにより、連邦と帝国も否応なく接近。両国の安全保障面の交渉が始まったのは、四十年前のアルザーノ帝国とレザリア王国との戦争――奉神戦争後のことである。

 

 当時、圧勝できると踏んだレザリア王国が、アルザーノ帝国に宣戦布告、帝国を併合せんと帝国領になだれこんだ。

 

 当時、既に同盟を組んでいた南オーシア連邦も帝国に宣戦布告。アルザーノ帝国は世界有数の二大国を相手にせざるを得ないという苦境に陥ることになる。

 

 世界中の誰もが、帝国は敗けると思っていたこの戦争は果たして、ある国が帝国側にたって参戦したことにより、痛み分け……といえば聞こえはいいが、実質はレザリア・南オーシア連邦側の敗戦という衝撃の結果に終わる。

 

 その帝国側についたのが、帝国から独立し、関係が冷えていたオーシア連邦であった。オーシア連邦が南オーシア連邦領に電撃的に侵攻したことにより、南オーシア連邦は北セルフォード大陸への派兵を中止。

 

 これにより帝国は対レザリア王国戦に専念できるようになり、王国側は予想以上の帝国の激しい抵抗を受けることになり、そして何一つ戦争目的を果たすことができなかった。

 

 戦後、帝国と連邦はレザリア陣営に対抗するために安全保障関連をメインにした外交を展開するが、奉神戦争から四十年経った現在、ようやく小規模ながらの連邦軍受け入れ合意と帝国・連邦間の国防をメインにした留学協定が結ばれたのである。

 

 なぜ、ここまで時間がかかったのかというと、それは帝国側の連邦に対する不信感が大きかったからである。

 

 そもそも、四十年前の奉神戦争は、ぶっちゃけオーシアの一人勝ちであった。そのため、アルザーノ帝国側からすると、自分達はオーシアに踏み台にされたともいうし、レザリア王国側からすれば自分の思い描いていたシナリオを無茶苦茶にされたし、南オーシア連邦側からすれば、突然、国境からオーシア軍が攻めてきて一部の領土を奪われた。

 

 こんな状態だったから、帝国政府は連邦と組んだとしてまたしても奉神戦争のように踏み台にされるのではと思う者が少なからずいたため、慎重に事を進めていたのである。

 

 そして、もう一つは奉神戦争後のオーシアの帝国に対する態度であった。

 

 特に、オーシアの魔術師に対する印象はあんまり良くないことで有名であった。

 

 だから、今回のアルザーノ帝国魔術学院に連邦の留学生を受け入れに反対していた者達も少なからずいた。

 

 そんな中、ジョセフ達は着々と編入の手続きを進めていく。

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院。アルザーノ帝国の人間でその名を知らぬ者はいないだろう。今からおよそ四百年前、時の女王アリシア三世の提唱によって巨額の国費を投じられて設立した国営の魔術師育成専門学校だ。今日、大陸でアルザーノ帝国が魔導大国としてその名を轟かせる基盤を作った学校であり、現在、帝国で高名な魔術師のほとんどがこの学院の卒業生である確固たる事実が存在し、それゆえに学院は帝国で魔術を志す全ての者達の憧れの聖地となっている。その必定の流れとして、学院の生徒や講師達は自分が学院の輩であることを皆等しく誇りに思っており、その誇りを胸に日々魔術の研鑽に励んでいる。彼らに迷いはない。そのひたむきなる研鑽が、将来、帝国を支える礎になることを、自らに確固たる地位と栄光を約束してくれることを理解してくれているからだ。

 

 ちなみにこの学院、毎年一定の人数の卒業生が帝国から連邦に国籍を変え、連邦の魔術師として在籍して活躍しているし、独立当初、この学院の卒業生が少なからずいたから連邦軍での魔導士育成にもその影響が残っているなど、オーシア連邦にも間接的に魔導技術の発展に貢献している。

 

 そんな学院で今、時の人となっている人物がいるのだが、ジョセフはその悪い意味で有名になっている人物が担当しているクラスに編入されることはこの時、知らなかった。

 

 そして、学院の編入を機に様々な事件・騒動に巻き込まれることも、この時は想像だにしなかった。

 

 

 

 

 フェジテに到着してから約一週間。

 

 領事館で邦人の安全の確保のための手続き等、その他諸々の手続きや雑用が一段落したジョセフは、現在フェジテ北地区のカフェで一服していた。

 

 学生通りに面している紅い屋根が特徴的なこのカフェの店内は、木の香りが燻り、店内に漂う仄かな甘さが香る紅茶の芳香が、微かに鼻をくすぐる。

 

 そんなカフェ店内のカウンター席に、ジョセフは紅茶を飲みながら、右斜め後ろの大きめのテーブル席に陣取っている女子生徒の集団の話に聞き耳を立てていた。

 

 その席では銀髪の少女が机をバンバン叩きながら何やら不満を爆発させている最中であった。

 

「――それなのに約束を反故にして!一体、なんなのよ、あの男!」

 

(一体、なにがあったん?あの子……)

 

 まるで火山が噴火したかのようにヒートアップしている少女に、頬を引きつらせるジョセフ。

 

 一週間前、交差点で発生した漫才じみた展開の後、ジョセフはシスティーナという少女が落とした手帳をどう渡そうかと考えながら預かっていた。

 

 一応、彼女については調べていたから家はわかるのだが、仕事に忙殺されて中々訪れることが出来なかった。

 

 そして、やっと落ち着いたから、再度訪問する前にカフェで一息ついていたら、システィーナと金髪の少女――システィーナは彼女のことをルミアと呼んでいた少女とその他を連れて店内に入ってきたのだ。

 

 せっかく来たから、手帳渡すかと思った矢先に――

 

「ていうか、講師として仕事しろッッ!」

 

 と、このように不満が爆発していたから、渡せずじまいになって現在に至るのである。

 

 ルミアは絶賛爆発中のシスティーナの様子に苦笑いし、ツインテールの少女と紫色の髪のモデル少女はシスティーナの不満に共感し、ポニーテールの小柄な小動物的な少女はおろおろしている。

 

「ふざけんな――ッ!ていうか、講師辞めちまえぇええええ――ッ!!」

 

 システィーナの魂の雄叫びに、ジョセフは耳を塞ぐ。当然、ルミア達も耳を塞ぐ。

 

 その雄叫びで全てを吐き出したのか、システィーナは肩で息しながら紅茶をぐいっと飲み干した。

 

 システィーナの不満の内容を纏めると――

 

 ・その講師は初日に盛大に遅刻し、しかも授業放棄した。

 

 ・錬金術の授業前に、更衣室で着替えていたら、堂々と入ってきたこと。

 

 ・極めつけは魔術師の誇りをかけて決闘し、システィーナが圧勝したから、約束として真面目に授業するように要求したものの、反故にされたこと。

 

 以上、新参の非常勤講師が起こした武勇伝である。

 

 特に最後は、魔術師として最低の行為であり、魔術そのものの侮辱であることは、ジョセフも理解できた。

 

 これでその男の評価は地に落ちたのだが、その男はそんなこと知ったことではないと言わんばかしに態度を改善する気配がない。あのシスティーナっていう少女は、そんな講師に心底苛立っているのだろう。

 

 その少女だけじゃなく、他の生徒――あのツインテールのお嬢様もモデル体型の少女もその一人なのかもしれない。

 

(まぁ、なんというか……災難だねぇ)

 

 自分も後にその講師が担当するクラスに編入されるとは、露にも思わず紅茶を飲んでいると。

 

「あ、そうそう。話変わるけど、来月辺りに連邦から留学生が来るでしょ?」

 

 このままだとヒートアップが日が変わっても終わらないと思ったのか、ルミアが話を変えるように連邦の留学生について話題を移す。

 

「……そうね、知ってるわ」

 

 いかにも興味なさげに……ていうか、明らかに嫌そうに応じるシスティーナ。

 

「私、連邦の魔術師て苦手なのよ。まぁ、魔術の崇高さを半分くらい理解できたらそれでいいわ。もっとも、魔術を何の尊敬もなく玩具のように使う彼らにはそんなこと理解できるはずがないでしょうけど」

 

 鼻で笑い、明らかに連邦の魔術師を見下しながら刺々しい物言いでばっさりとシスティーナは連邦の魔術師を評した。

 

「…………」

 

 ジョセフはその言葉を聞いた瞬間、この少女のことを”全く使い物にならない有能”と評価した。さっきの言葉を連邦の魔術師が聞いたらそれこそ鼻で笑い、目で嘲笑することだろう。そして、陰でこう言うだろう。

 

 あんなやつ、卒業しても使い物にならなくて、さっさとくたばっちまうだろうよ、と。

 

この程度か(ア・セ・シュジェ)……」

 

 世界でもその名が知れ渡っているあるざーの帝国魔術学院。連邦の魔術にも影響を未だに与えてているこの魔術学院の生徒の一人の発言――それも話を聞いた感じ、学年でもトップクラスの成績を誇る彼女の口から、そのような言葉が出てくるなんて……と、あまりの期待外れに、ジョセフはため息を吐く。

 

 そして、もうこの人達に興味がなくなったジョセフは、店員を呼び、この手帳をあの銀髪の少女に渡してくれと頼み、会計を済まして店を出る。

 

 これだと将来、帝国は連邦に追い抜かれるだろうなと、ジョセフがそう考えながら席を立とうとした……その時。

 

「あの人だよ。うん、先週くらいにグレン先生の足下に【ショック・ボルト】を撃った人ってあの人だと思う」

 

 ふと、金髪の少女――ルミアって呼ばれていた少女が、自分に指差しいるのが視界に入った。

 

 彼女の指に釣られるように、残りの女子生徒達もジョセフに視線を向ける。

 

「……あ」

 

 席を外すときに丁度女子生徒達と目をが合うジョセフ。

 

 途端に、気まずい雰囲気になる。

 

 無理もない。今のシスティーナの発言は、連邦の魔術師を見下した発言であるし、もしこの少年がルミアの言う通り連邦からの留学生ならば、さっきの発言は耳に入ってしまっているはずだからだ。つまり、システィーナは図らずもジョセフという連邦の留学生(本当はオーシア連邦軍軍人なのだが)の前で不適切な発言を堂々としてしまったことになる。

 

 気まずい空気の中、ジョセフは頭を掻き、カウンターに置いていたシスティーナの手帳を見る。

 

 そして、それを手に取り、システィーナ達が陣取るテーブル席に向かう。

 

 やや吊り気味な翠玉色の瞳が特徴的な、誇り高く勝ち気そうなシスティーナを、ジョセフは冷ややかに見下すように一瞥し、テーブルの上にポンと置く。

 

「これ、あんたのやろ?ここに置いとくわ」

 

 そして、お礼の返事を待たずにジョセフは店を出る。

 

「それじゃ、魔術の偉大さの欠片も理解できない”連邦”の魔術師の卵はここから去りましょうかね。”帝国”の偉大な魔術師の卵さん?」

 

 ありったけの嫌味を込めて、ジョセフは店を出ていく。

 

 背後からシスティーナが何か言っていたような気がしたが、ジョセフは無視して店を出た。

 

 魔術が偉大だなんてジョセフはこれっぽちも思っていない。ていうか、連邦の魔術師の間では魔術が偉大なんてクソみたいな考えというのが共通事項だ。

 

 帝国の魔術師は連邦の魔術師のことを、魔術の偉大さなんて理解できていない『魔術使い』と見ているが、連邦の魔術師からしてみれば「お前らはなに頓珍漢なことを言っているんだ?」と帝国の魔術師のことを見ている。

 

 もっと言うならば、帝国の魔術師のことを、”魔導大国”という地位に甘んじてふんぞり返っていて、相手を過少評価していると連邦の魔術師は見下しているのである。帝国の魔術師が連邦の魔術師の態度を傲慢で見下していると言ってはいるが、連邦の魔術師側からすれば、帝国の魔術師が自分達に傲慢に見下して接しているからそうしているだけなのである。

 

 逆に言えば、対等に接してくる人物には対等に接する。魔術師に限らず連邦の人間はそういう性格なのである。

 

 だから、ジョセフもシスティーナに対して傲慢で見下すような態度でありったけの嫌味を込めて吐き捨てていった。だから、別に罪悪感も何も感じない。

 

(しかも、あの奇妙な制服……魔術学院の生徒、だよな?)

 

 うわぁ、できれば遭遇したくねぇ。

 

 編入した後、願わくば一度もシスティーナに遭遇しないように(編入するクラスにシスティーナがいるということを知らずに)心の中で神に祈っていた、その時。

 

「あ、貴方、ちょっとお待ちくださいましッ!」

 

 ふと、背後から少女の声がした。

 

 さっき聞いたシスティーナの声とは違うし、ルミアと呼ばれていた少女の声でもない、別の声。

 

「?」

 

 ジョセフが振り返ると、そこには魔術学院の制服に身を包んだ(腹部をさらけ出しているなど連邦のフェミニストが見たら卒倒するレベルの薄着だが)青い瞳をした、上品でプライドが高い強気のツインテールの女子生徒と紫色の腰辺りまで伸ばした髪の、おっとりとした雰囲気を持つモデル体型の女子生徒がいた。

 

「うげ……」

 

 ちょっとこれは予想外だった。ジョセフはあくまでシスティーナだけに言ったのだが、どうやら向こう側はジョセフが全員に対して言ってしまったと解釈してしまったらしい。それで何か言い返そうとこの二人はジョセフを追いかけてきたのだろう。

 

 それにしても、もろに嫌味を言われたあの銀髪の少女が追ってきていないのが気になるのだが、ジョセフは面倒なことになったと身構えると。

 

「貴方……ジョセフですよね?ジョセフ=スペンサー」

 

「へ……?」

 

 モデル体型の女子生徒の口から出た、これまた予想外の言葉にジョセフは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

 だって、この二人とは初対面でお互いの名前を知らないはずなのに、自分の名前を迷いなくその口から出てきたのだから、驚かない方が無理がある。

 

 それに、ジョセフは確かにアルザーノ帝国出身ではあるが、ここフェジテでは知っている人はいないはず――

 

「なんで俺の名前知ってるの?さっき、名前教えた覚えなんて……って、ちょっと待て」

 

 いや、いる。フェジテにはいないはずだが、自分の家がそれなりの地位があった領地貴族の頃にいた二人の幼馴染の女の子が。

 

 ジョセフは二人の女性生徒をもう一回見る。そして、昔の記憶をなんとか引っ張り出そうとする。

 

 確かにいた。スペンサー家と親密な関係だった地方の有力貴族の令嬢と貿易商の令嬢が。五年ほど経っていたから一瞬わからなかったが、記憶の中の少女達の特徴と現在の二人の少女達の特徴は見事に一致していた。

 

「お前ら、もしかして……ウェンディ=ナーブレスとテレサ=レイディ?」

 

「そうですわ。となると、やはり、貴方はジョセフなのですね」

 

 ツインテールの少女――ウェンディが目の前にいる少年をジョセフと確信し、ため息を吐いて腕を組む。

 

「え……?は……?」

 

 あまりにも突然の――しかも、あのやり取りの直後の後の思わぬ再会に、ジョセフは硬直し――

 

「はぁああああああああああ――ッ!?マジでぇえええええええええええええええええええええええ――ッ!?」

 

 フェジテの一角からジョセフの叫び声がフェジテ中に木霊するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 









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04

 

 

 

 

 アルザーノ帝国には、帝国王室に忠誠を誓う領地貴族が少なからず存在する。

 

 奉神戦争後、辛うじて独立を保ったアルザーノ帝国だが、疲弊した帝国貴族に待ち受けていたのは、多額の負債を抱えた財政難であった。

 

 この未曽有の財政難に多くの帝国貴族は領地を王室に奉還し、領地貴族から宮廷貴族へ、領主から代官へと鞍替えすることになる。

 

 だが、中には卓越した領地経営手腕を発揮して財政難を克服し、自身の領地を守りきった貴族達もまた存在する。かつてのスペンサー家は伯爵家として自身の領地を守りきった貴族である。そして、ジョセフの幼馴染であるウェンディの家――ナーブレス公爵家もまたその一つである。

 

 スペンサー伯爵家は、依頼主の要請に応じて護衛を請け負ったり、各地の紛争に自身の兵を派遣するなどの所謂傭兵業を基幹に金融業を営み、莫大な利益を上げてきた貴族である。

 

 例えばナーブレス家の基幹産業であるワインを盗賊から守るために護衛を派遣したり、レイディ商会の商品の護衛を一手に引き受けたりして、それで得た利益を元に金融業を営み、領地を発展させていった。

 

 それだけではなく、スペンサー家は魔術師一門として魔術学会にそれなりの影響力を持っていたし、特に電撃系の魔導技術の発展に貢献していた家でもあった。

 

 そんなわけで、帝国内でもそれなりの力を持っていたスペンサー家であったが、五年前、当時の当主でありジョセフの母親であるエヴァ=スペンサーは何の前触れもなく領地を王家に奉還し、ジョセフを連れて連邦に渡って行ってしまったのである。

 

 突然の奉還と連邦の移住に、当時の帝国内では物議を晒したのだが、奉還する数ヶ月前に夫が亡くなったということもあって、心労が祟ったのではないのかという説が主流になって収まっていった。

 

 

 

 

 あれから、五年。

 

「まさか、こいつが来るとは予想外だったな……」

 

 アルザーノ帝国魔術学院の学院長室で豪奢な金髪の美女が、憂いの表情でため息を吐いていた。

 

 そして、その美女――学院の魔術教授セリカ=アルフォネアは、この度、この学院に留学生として編入することになった二人の内の一人の書類に目を通しながら、ぽつりと零していた。

 

「ほう、彼を知っているのかね?セリカ君」

 

 執務机に腰かける学院長――リックは少し意外そうに言う。

 

「ははは、スペンサーと言ったら、あのスペンサー伯爵家のことだろ?こいつの母親、エヴァとは知り合いだったからな」

 

 エヴァ=スペンサー。

 

 ジョセフの母親にして当時のスペンサー伯爵家当主だった彼女により、スペンサー家は大きく躍進し、軍用魔術に関する研究――特に電撃系統の研究では画期的な研究成果や論文をいくつも発表し、実際に帝国の魔導技術の発展にも大きく寄与していた。

 

「エヴァ=スペンサー。ご存知の通り、スペンサー伯爵家最後の女当主……電撃系統の魔術を得意としており、それに関する研究では常に高い評価を得ていた……」

 

 セリカはエヴァの息子――ジョセフの書類を丁寧に束ね、学院長の執務机に重ねて置いた。

 

「五年前の件で物議を醸しだしたが……その息子が連邦の留学生として来るとはな……」

 

「ふむ?ほほぅ、魔力容量も意識容量も優秀、系統適性は電撃系統が高くて、それ以外は平均よりも上、基礎能力だけ見てもトップクラス……この学院でも彼に匹敵する生徒はそう多くなさそうじゃの」

 

 リックは机に置かれた書類の束を手に取り、ざっと目を通していく。

 

「ジョセフ=スペンサー。十四歳の時に連邦陸軍士官学校を首席で入学……首席じゃと!?」

 

 書類に目を通していたリックが驚きの声を上げた。

 

「この学院と共に難関で名高い士官学校の入学試験を、首席合格で入学じゃと!?」

 

「……しかも、入学後の成績も首席を守っている。首席で卒業したら、連邦陸軍のエリートコースは約束されたも同然、下手したら陸軍大将にも昇り詰めることだって夢じゃない。そうなったら、えらい騒ぎになるだろうな」

 

「帝国出身の陸軍大将……確かに騒ぎになるじゃろうのう……もう一人の女学生も、中々の優秀な学生。まさか、初回でこんな優秀な学生が二人も来ていただけるとは!」

 

 どうにも渋い顔のセリカとは違い、リック学院長はほくほく顔だ。

 

「うーん……」

 

 セリカはどうにも納得いかないといった表情を崩さない。

 

「ふむ、どうしたのかね?セリカ君。何か気になることでもあるのかね?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

 不思議そうに尋ねてくる学院長に、セリカが息をついて応じる。

 

「なんで、この二人が来るのかなって、思ってね」

 

「と、申されると?」

 

「いや……さっきも言ったとおり、スペンサーは帝国出身の元・貴族の子息だ」

 

 セリカはちらりとジョセフの書類を流し見る。

 

「今回の留学生の受け入れについては反発する者が少なくなかったからなのか、連邦がそれを考慮して連邦生まれの学生ではなく帝国出身の学生を派遣してきた……おかしくない話だ。だが、なぜ、あえてジョセフ=スペンサーなんだ?」

 

 そう言うセリカの顔には、やはり困惑と煮えきらないものが見え隠れしていた。

 

「スペンサー伯爵家の息子……どうして、五年前、突然帝国から連邦に鞍替えしたエヴァの息子を帝国の留学生として来ることを連邦は承認したんだ?普通、他の学生を送り込んだ方が波風立たないで済むだろ?」

 

「……言われてみれば、確かに少し奇妙な話ではあるのう……」

 

 ジョセフの到来に、少々浮かれていた学院長が、ほんの少しだけ冷静になる。

 

「それに……もう一人の女学生の方も中々だぞ」

 

 そしてセリカはアリッサの書類を流し見る。

 

「アリッサ=レノ。レザリア王国出身の人間ってことは、このレノ家はあの聖堂騎士団の名家で、四十年前の奉神戦争で帝国を苦しめたあの家の人間ということになる。連邦に鞍替えしたことによって帝国内では嫌っている者も少なくない家の子息と、奉神戦争で苦しめたレザリアの名家の令嬢……いろいろと物議を醸し出しそうな両家の人間を連邦は送り込んだ?何か妙じゃないか?一体、連邦は何を考えているんだが」

 

 そう言って、セリカは肩を竦め、ため息を吐いた。

 

 

 

 

「おい、聞いたか?今度来る連邦の留学生?」

 

「ああ、一人は帝国出身でもう一人はレザリア出身って話だろ?」

 

「そうそう。で、帝国出身の奴なんだが……あのスペンサー家の人間らしいぜ……?」

 

「マジかよ……五年前に突然連邦に鞍替えしたあのスペンサー家の……?」

 

「しかも、向こうの軍学校では首席で合格して、その後の成績も首席でいっているらしい」

 

「な、なるほど……それなら、こっちに来るのもわかるし、有り得る話だ……」

 

「そういや、そいつ、この前システィーナ達とばったり会ったらしいんだけど、システィーナに対して、見下した態度で接していたらしいぜ?」

 

「あの優等生をかよ……?おっかな過ぎるだろ」

 

「しかもそいつ、二組に編入されるって話だし……最近、あのクラス、ヤバくなってないか?」

 

 ジョセフがシスティーナに対して冷たく吐き捨て、その後二人の幼馴染――ウェンディとテレサに再会してから数日後。

 

 学院の生徒の間では、二人の連邦の留学生、特にジョセフに関しての噂で持ちきりなのであった。

 

 

 

 

 それから、数日後。

 

 編入前の諸々の準備が一段落したジョセフは、散歩がてらフェジテをあてもなくぶらぶらと歩いていた。

 

 しばらく歩いて、そばにある公園を通り過ぎようとした時。

 

「ん?」

 

 ジョセフは公園の一角にあるベンチに、魔術学院の制服を着た女子生徒が俯いている姿を見た。

 

 自分はまだ昼を少し過ぎたぐらいである。

 

「確か、まだ授業は全部終わっていないはずだろ?なんで……?」

 

 足を止めたジョセフは、銀髪を認識するや、先日カフェで会ったあの女子生徒――確か、システィーナ……だったと思う。彼女がなぜかベンチで俯いていた。しかも、泣いているようにも見える。

 

「一体、なにがあったん?あの子……」

 

 ジョセフはそんなシスティーナをしばらく見て……

 

「……やれやれ」

 

 さすがにそのままにするのもアレだと思ったのか、ジョセフはシスティーナの下へ向かうのであった。

 

 

 

 

 システィーナ=フィーベルは、先日から非常勤講師としてやる気のない男に、魔術を下らない無価値なものだと面と言われた。

 

 今日も相も変わらずの自習でシスティーナは関わらないようにしていたのだが、グレンがルーン語辞書の引き方を解説し始めた時、流石に黙っていられなくなり、やる気のない非常勤講師――グレン=レーダスの前で”偉大なる魔術”と言ったことが事の発端となった。

 

 この時のグレンは、いつもの様子とは違い、魔術の何が偉大で崇高で、何の役に立つのかと食い下がってきた。

 

 グレンの想定外の反応に、システィーナは戸惑いすぐに答えることができなかった。次から次へとくるグレンの質問に即答できない自分に苛立ったシスティーナ。やがてグレンは自己満足、一種の娯楽と魔術を真っ向から否定されているのだが、システィーナは即答できず圧倒的に言い負かされていた。

 

 そして、ついには……

 

 あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな――

 

 魔術を無価値と断じられただけでなく、外道に貶める発言をグレンから発せられたのだ。

 

 さすがに我慢ならずに反論しようとするが、普段すっとぼけた顔のグレンが、この時だけは何かを――魔術を憎むような形相でまくし立て、その勢いに圧倒されたシスティーナは何一つ反論できなかった。

 

 そして……現在に至る。泣きながら教室を出て行き、学院を飛び出して、公園で泣いていた。

 

 そんなシスティーナに。

 

「……何やってんの?こんなところで」

 

 誰かがシスティーナの前に立ち、そう聞いてきた。

 

 泣きはらした顔を上げると、そこにはオッドアイの少年がシスティーナを見下ろしていた。

 

「あ、貴方は……ッ!?」

 

 システィーナはこの少年のことを憶えていた。なにせ、先日カフェでこの少年に面と嫌味を言われたのだから。あの後、ウェンディとテレサの幼馴染と二人から聞かれて……確か、ジョセフ=スペンサーと言っていたような気がする。

 

「……なによ……貴方もなの?」

 

「貴方もなのって、何が?」

 

「貴方も魔術を否定するの!?無価値で下らなくて、人殺しにしか役に立たないって……ッ!?」

 

「……はい?」

 

「そこまでして魔術を否定するの!?嫌味を言いたいの?だったら私は――」

 

 システィーナは身構え、敵意に満ちた視線をジョセフに送った。

 

「……話がいっちょん読めんばってんが」

 

 ただ、ある程度何があったのかは察したジョセフは、システィーナに頭を下げた。

 

「……先日のこと、ごめん」

 

「え?」

 

 頭を下げたジョセフの予想外の言葉に、システィーナは硬直した。

 

「あの時は、あんたのあの言い分にムカついたし、馬鹿にしやがってと思ったけど……あんな嫌味はちょっと言い過ぎた。だから、謝罪する。その……悪かった」

 

 ジョセフは気まずそうに、謝罪のような言葉を呟く。

 

「え、えっと……その……わ、私も……知らなかったとはいえ、貴方の前であんなこと言って……ごめんなさい……」

 

 特に言い訳がましくなく、素直に頭を下げてきたジョセフに、これまでの敵意など薄れてしまった(そもそも、ジョセフにはグレンほどの敵意は抱いていなかったのだが)システィーナも謝る。

 

「……それで、今日はどうしたん?まだ授業とかあるんでしょ?」

 

「それは……」

 

 再び俯くシスティーナ。しかし、拳を握りしめわなわなと震えているのにジョセフは気付いた。

 

(さっきのあの反応……ふーん、そういうこと?)

 

 さっきのシスティーナの反応から見て、彼女になにがあったのか察したジョセフは、頭を掻いて立ち上がる。

 

 そして。

 

「……ちょっと付き合え」

 

「え?」

 

「その様子だと、どうせ学院には戻らないでしょ?だったら、ちょっとウチと付き合え」

 

「…………はぁ?」

 

 ジョセフの真意を測りかねて戸惑うシスティーナが顔を上げると、やれやれと肩を竦めながらこちらを見るジョセフ。先日のあの冷めて見下したようなオッドアイではなく、気遣うような傷心を持つ人に寄り添うような優しい目をしていたジョセフがいた。

 

「……わかったわ。どうせ、学院に戻っても、あいつがまともな授業なんてしないでしょうし」

 

 まだ知り合って間もない(しかも、最初の出会いがある意味で最悪)男子に付いていくのは如何なものかと思ったが……今の彼なら親身に話を聞いてくれるかもしれないと思ったシスティーナは立ち上がる。

 

 そして、ジョセフとシスティーナは公園から出て歩き出すのであった。

 

 

 

 

 



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05



それでは、どうぞ。


 

 

 

「そういえば、まだ自己紹介してなかったね」

 

 連邦政府から割り当てられたジョセフの部屋にて。

 

 ジョセフは、システィーナをソファに座らせて紅茶を用意しながら、自己紹介を始めた。

 

「今度、連邦の留学生としてお宅らの学院に編入されることになった、ジョセフ=スペンサーです。ま、よろしく。ええと……フィーベル……さんだっけ?」

 

「システィーナよ、システィーナ=フィーベル。こちらこそよろしく、スペンサーさん」

 

「ジョセフでいいよ」

 

「そう。私の方もシスティーナでいいわ、ジョセフ」

 

「OK、システィーナ」

 

 トレーに二人分の紅茶が入ったティーカップを載せ、システィーナの下へ向かうジョセフ。

 

「……で、公園で俯いていたらしいけど、学院で何かあったの?って、言っても、さっきのあの様子である程度は察しがつくんだけど」

 

「…………」

 

 システィーナに紅茶を差し出すジョセフは、早速本題に入り、システィーナが口を開くのを紅茶を飲みながら待つ。

 

「……今、私のクラスには非常勤講師が次の正式な講師が来るまでの間のつなぎとして担当しているの」

 

「非常勤講師……ああ、そういやカフェでそういう話していたね。確か、ヒューイっていう人が突然辞めて、引継ぎができるまでのつなぎとして非常勤講師が来たって」

 

「盗み聞きしていたの?」

 

「いや、普通に周りに聞こえていたぞ?初っ端から自習とか、決闘の約束を反故にされたとか」

 

「う……」

 

 そうやら自分はかなり溜まっていた鬱憤をカフェでぶちまけていたらしい。

 

「だったら、その講師がどういう奴か知っているよね?あいつ、ロクに授業はしないし――」

 

 ジョセフは、途中で口を挟むことなくシスティーナの話を最後まで耳を傾ける。

 

 初日からの職務放棄に、決闘の結果の反故など、魔術師としては絶対にやってはいけないことを平気でやらかしている。

 

 それでいて、反省の色はない。むしろ、今すぐにでもその職を辞めたいとばかりにそういう行動をしているような気がする。

 

 最初は戸惑っていた生徒達も、時間の無駄だとばかりにグレンを無視し始め、システィーナも無関心を決めていたのだが……その後、グレンは酷薄に細められた暗い瞳、薄ら寒く歪められた口からこう紡がれたのだ。

 

 魔術は人殺しに凄い役立つ、と。

 

「…………」

 

 ジョセフは、紅茶を飲みながらひたすら話を聞くと、システィーナは再び涙目になっていく。

 

「あいつ、魔術を下らないものだって決めつけて……私、悔しくて……あいつに、何も反論できなくて……」

 

「なるほどね……ふむ」

 

 ジョセフはグレンという男がシスティーナに向けて放った魔術は人殺しという言葉につていて考えた。

 

 魔導大国と呼ばれる帝国が、他国から見ればどういう意味なのか、ジョセフにはわかる。帝国宮廷魔導士団に毎年、莫大な国家予算が組まれている理由もわかる。

 

 魔術の決闘にルールができた理由もある程度理解できる。帝国だけでなく連邦もなのだが、最初に習う初等魔術の多くが攻性系の魔術なのかもわかる。

 

 そして、二百年前の『魔導大戦』、四十年前の『奉神戦争』、百年前の『オーシア独立戦争』とその後に連邦が引き起こした数々の戦争で魔術がどういう役割を果たしたのかも知っている。近年、この帝国で外道魔術師達が魔術を使って起こす凶悪犯罪の年間件数と、そのおぞましい内容もジョセフは知っている。

 

 なるほど、確かに魔術は人殺しとしても使われているのは確かだ。これは連邦の魔術師であるジョセフは絶対に反論できない。だって、オーシアの魔術師ほどそれを如実に表している魔術師は外道魔術師以外にいないだろうから。

 

「魔術は人殺しに役立つ……間違ってはいないかもね」

 

「な、なんですって!?」

 

 ジョセフは腕を組んでグレンの言うことも一理あると理解するが、システィーナはそんなジョセフの言葉に反応し、机を叩いて立ち上がる。

 

「間違ってないって、貴方!貴方も魔術は人殺しだと――」

 

「まだ話終わってないから、最後まで聞け」

 

 ジョセフもグレンと同じく魔術を下らないと決めつけようとしていると決めつけたシスティーナが、凄まじい剣幕でまくし立てようとするが、ジョセフは最後まで話を聞けと諭す。

 

 諭した時のジョセフの雰囲気に気圧され、システィーナの怒りは静まり、再びソファに腰かける。

 

 システィーナが腰かけたのを見たジョセフは、再び話を進める。

 

「確かに魔術は人殺しにも威力を発揮している現実がある。現に、連邦がそうだ。連邦の魔術師ほど、戦争に参加している魔術師なんておらんだろうよ。だから、そのグレンという先生に言われたら正直、反論しづらい」

 

 ぶっちゃけ言うと、グレンはあながち間違ったことは言っていないのである。魔術は人を傷つける一面は確かに数多く存在する。

 

 だが、決してそれだけではない。

 

「こう言っちゃ、システィーナは怒るだろうが、俺も魔術は偉大で崇高だとは思っていない。思っていないし、人を傷つける側面もあると思っている。ただ、俺は魔術は偉大ではないが、人殺しにしか役に立たないとかも思っていない」

 

「え?」

 

 魔術をロクでもないと、ジョセフがそう思っているに違いないと思っていたシスティーナは硬直した。

 

「魔術自体は偉大ではない……っていうのは、まぁ、連邦の魔術師の間では共通のことでして……偉大かどうかは置いといて、魔術が人殺しだけ役立つわけではないんだよね」

 

「えーと……じゃあ、ジョセフは魔術のことをどう思ってるのよ?」

 

 魔術は偉大でも崇高でもない。だが、人殺しなどという外道にしか役立たない、というわけではない。

 

 ジョセフには魔術は一体なんなのか?

 

 連邦の魔術師にとって魔術とは?

 

 気になってしまったシスティーナは、ジョセフに問うと。

 

「ん?そうねぇ……ざっくりいうと、あんたは、はぁ?って思うかもしれないが……魔術ってのは、使える人が限られるちょっとした道具みたいなもんさ」

 

「…………はぁ?」

 

 もっとたいそうな考えなのかと思ったが、予想外の答えにシスティーナは思わず気の抜けた声を出し、ジョセフは「ほら、出たよ、はぁ?が」と言わんばかしの顔をして、話を最後まで聞けと手で制す。

 

「まぁ、その反応は予想内だから置いといて……というのもね――」

 

 そう言いながら、ジョセフはあの時、追いかけてきたウェンディとテレサと再会した時のことを思い出す。

 

 

 

 

 話はジョセフがカフェを出たところまで遡る。

 

「まさか、二人とも魔術学院で同じクラスにいるなんてねぇ……」

 

 あの後、ジョセフはウェンディとテレサの制服姿を見ながら懐かしの幼馴染達を見ていた。

 

 五年ぶりに再会したが、二人とも美少女に成長している。瑞々しく張りのある肌。子供から大人へと移行する思春期の少女特有の艶めかしく清楚な身体の線が制服のデザイン性もあり如実に表れている。

 

 半裸になったら、年頃の少年達には目の毒過ぎることであろう。

 

「ええ、一年から同じクラスなんですよ、私達」

 

 そう言うテレサの顔は、偶然とはいえ久々の再会に喜んでいるのか、ニコニコと微笑んでいた。

 

「あの、連邦からの留学生って……貴方なんですね」

 

「そうそう。俺とあと一人が来月ぐらいにそっちに来ることになってるんよ。確か……二組になるとかなんとか……」

 

「まぁ、そうなんですね。ふふ、私達もそのクラスなんです」

 

「へぇ~、となると一緒になるのか」

 

「はい、一緒ですね。うふふ」

 

 なんか、すごく嬉しそうですね、テレサさん。

 

 すると。

 

「因みに、その中にシスティーナっていう女子生徒がいますわ。あの銀髪の女性のことですわ」

 

 もう一人の幼馴染であるツインテールの少女――ウェンディがつん、と腕組みしながらシスティーナの名を出す。

 

「……マジで?」

 

「マジ、ですわ」

 

 そう言ってため息を吐くウェンディ。

 

「はぁ……確かにあの時のシスティーナの言い方はどうかと思いましたけど、貴方の言い方もちょっと言い過ぎですわよ?彼女、怒っていましたし」

 

 ですよねー。

 

「編入する時でも構いませんわ、謝ってあげて下さいな」

 

「……まぁ、ムカついていたとはいえ、確かに言い過ぎだったかも」

 

 あんな嫌味を言われたら、怒る人は怒るだろうし、さらに嫌味が返ってきても不思議ではない。

 

「それにしても、貴方が連邦の軍学校にいるなんて……いえ、全く予想外というわけではありませんでしたが」

 

「まぁ、うちらって代々軍人とか輩出している家だし……軍って割と身近っていうかなんというかね……」

 

「それに、貴方、向こうでは首席で入学試験に合格し、その後の成績でもトップクラスらしいですわね」

 

「まぁ、うん……そうだね」

 

 そう言って頭をかくジョセフに。

 

「……むぅ」

 

 ウェンディは、頬を少し膨らまし不機嫌になる。

 

「…………?」

 

 なぜに不機嫌になる?と首を傾げるジョセフ。

 

「あらあら、ウェンディったら」

 

 すると、テレサが苦笑いしながら、ジョセフに言う。

 

「彼女、入学前から『わたくしがあの学院のトップに決まっていますわ』と自信満々だったの。そうしたら、システィーナに鼻っ柱を折られる形になっちゃって……」

 

「……あー、そして俺にも成績面で負けているような感じになってしまっていると?」

 

「まぁ、そういうことになるわね。と言っても、ウェンディはとても優秀な子ですから」

 

「……ドジさえしなければ?」

 

「ええ、ドジさえしなければ」

 

 そう、ある部分を強調するように言う二人に対し――

 

「うるさいですわね!二人とも、ドジを強調しないでくださいましッ!」

 

 少し涙目なウェンディが、びしっとジョセフに指を突きつける。

 

「とにかく、来月からはわたくしが……「よし、帰りましょうか、テレサ」人の話を聞きなさいッ!」

 

 ウェンディの話を全力無視し、テレサと帰ろうとするジョセフの腕を掴んで引っ張るウェンディなのであった。

 

「どうした、ウェンディ?」

 

「どうした、ウェンディ?じゃありませんわよッ!なに人の話を聞かずにテレサと一緒に帰ろうとしているんですの!?」

 

「……心配すんな、お前のドジは恥ずべきことじゃないから」

 

「そういう話じゃありませんわよ!?これから……「あ、そうだテレサ、ここらへんでいい店って……」ジョセフぅうううううううううううう――ッ!?」

 

 ジョセフの両肩を掴んでガクガクシェイクするウェンディ。

 

(絶対に楽しんでますよね、ジョセフ)

 

 明らかにウェンディの反応を楽しんでいそうなジョセフと、ガクガクと涙目でシェイクするウェンディの二人の姿を見て。

 

(私、本当にジョセフと再会できたんですね……ふふふ、会いたかったわ、ジョセフ)

 

 テレサはくすりと笑みを零すのであった。

 

「……と、まぁ、ウェンディを散々イジくりまわすという日課も達成したことで……」

 

「なんなんですか、その日課は……?」

 

 一通りウェンディをイジりまわして満足したジョセフは、ウェンディのジト目を受け流す。

 

「ねぇ、二人ってさ……なんで魔術を勉強しようと思ったの?」

 

 ジョセフはウェンディとテレサにそう問うのであった。

 

 

 

 

 話を今に戻す。

 

「――と、いうことがあってね……俺は二人になんで魔術を志すのか?って聞いてみたんよ」

 

 先日のことを話し終えたジョセフは、紅茶が入ったカップに口をつけ、話を続ける。

 

「すると、こう返ってきたよ。ウェンディは貴族として一人前になりたいって。テレサは魔術を商売に役立てたいって。ウェンディのも魔術が人殺し以外にも役立つが、特にテレサのは間接的にであれ、人の役に立つと思う。要するに、魔術が人殺しにしか役に立たない外法がどうかというのは、使う人次第なんだよ。銃が人を殺すんじゃない、人が人を殺すというありきたりな理屈が魔術でも通じるわけ。でも……俺はもう少し違う考えもあるかな」

 

「違う考え?なんなの?」

 

 ジョセフが魔術にどう考えているのか、興味が湧いたシスティーナ。

 

「そのグレンという先生が言ったとおり、人を傷つける可能性を秘めた魔術なんて、きっとない方がいいと思う。なければ少なくとも魔術で傷つけられる人はいなくなるから。でも、魔術はすでにこの世に在る」

 

「……それは、そうね」

 

「それが在る以上、それを無いと願うのは現実的じゃない。なら、考えないといけない。どうしたら魔術が無実の人達に害を与えないようにできるのか」

 

「…………」

 

「でも、そのためには魔術のことを知らないといけない。知らなければそれを考えるのはできないのだから。知らなければ魔術はどこまでもただの得体の知れない悪魔の妖術で、人殺しの道具で、法も道もない外法なんだから」

 

「…………」

 

「要するに……盲目のまま魔術を忌避するより、知性をもって正しく魔術を制する……少なくとも自分はそのような魔術師になりたいから、軍学校に入ったってわけ」

 

 祖父のような偉大な魔術師になりたい。人の役に立つとか立たないというのは次元の低い話だと思っていたシスティーナにとってはジョセフのような考えは持っていなかった。

 

 そんなシスティーナに、ジョセフはにっと笑みを浮かべ。

 

「まぁ、考えてみ?魔術って一体、なんなのか?偉大とかそういう次元の高い話じゃなくて、もっと単純な話を考えてみ?」

 

 そう言うのであった。

 

 

 

 

 

 






次からアリッサさんが出てきますよー


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06






 

 

 

 

「最近、学院で噂になっている非常勤講師、かなり評判いいらしいわね」

 

 フェジテ中央区にあるオーシア連邦領事館の食堂にて、昼からステーキを頬張っていたアリッサがジョセフに例の非常勤講師の話を切り出す。

 

「そうそう。最初の十一日間はえらい悪かったけど、最近は質の高い授業を行うらしいよ?」

 

 ダメ講師グレン、覚醒。

 

 その報せは学院を震撼させた。噂が噂を呼び、他所のクラスの生徒達も空いている時間に、グレンの授業に潜り込むようになり、そして皆、その授業の質の高さに驚嘆した。

 

 グレンの授業は別に、よくいる似非カリスマ講師の授業――奇抜なキャラクター性や巧みな話術で生徒たちの心をつかむような物でも、やたら生徒達に迎合し、媚を売るような物でもない。ただ、教授する知識の真の意味で深く理解して、それらを理路整然と解説する能力があるゆえに為せる、本物の授業であった。

 

 これまで学院に籍を置く講師達にとっては、魔術師としての位階の高さこそが講師の格であり、権威であり、生徒の支持を集める錦の御旗だった。だが、学院に蔓延する権威主義に硬直したそんな空気は一夜にして第三階梯と格下であるグレンに破壊された。まさに悪夢の日だった。

 

「非常勤とはいえ、あのセリカ=アルフォネアが推薦していたくらいだから、まぁ、けっこう出来る人だとは思っていたけど」

 

「その出来る人が、どうして最初の十一日間は最悪の授業をしていたのかしら?」

 

「さぁ?昨日、ウェンディと会ったけど、あのひと、魔術が嫌いなんじゃないかって……そういうような感じだったらしいよ」

 

「魔術が嫌いな魔術師、ねぇ……」

 

 魔術が嫌いな魔術師。確かに、そういえるかもしれない。

 

 だが、魔術が使えるし知識もかなりあるとするなら、最初は嫌いではなかったのだろう。

 

「過去に魔術が嫌いになった出来事があったんだろうよ。それしか考えられんし」

 

「いずれにしても、ちょっと面白くなってきたんじゃない?」

 

 それもそうか、と。ジョセフはステーキを頬張る。

 

「それはそうと、ジョセフ」

 

「ん?」

 

 ステーキを頬張っていると、ふとアリッサがジョセフを見ながら、別の話題を切り出す。

 

「さっきから気になっていたけど……そのウェンディとテレサって、誰なの?」

 

 アリッサはどうやら、ジョセフの幼馴染である二人に興味あるらしい。

 

「ああ、あの二人は幼馴染で、うちの家と彼女達の家はけっこうな付き合いがあったからね」

 

「ふーん?」

 

「……アリッサさん?」

 

 なんだろう。嫌な予感がする。とんでもない爆弾発言が来そうな感じがする。

 

 すると。

 

「ジョセフって、その二人と付き合ってるの?」

 

「お前、よくその短い言葉でツッコミどころを凝縮できたよな?」

 

 付き合ってねえよ。

 

 再会してから数日しか経ってないのに、急展開過ぎるでしょ。

 

 そして、なんだよ二人って。普通一人でしょ。

 

 と、言わんばかしの顔でアリッサを見るジョセフ。

 

 その顔で付き合ってないと察したアリッサは、どこか安堵したような顔になる。

 

「そう。なら良かったわ」

 

「なにが良かったんだろうか?なにが……」

 

 因みに、もしイエスだったらどういう反応していたんだろうか?

 

「なぁ、アリッサ。もし俺がイエスって言ったらどうするつもりだったん?」

 

「え?彼女達をブラックリストに入れるつもりだったんだけど?」

 

「ニコニコ顔で物騒なこと言うんじゃありません」

 

「ジョセフがもし、二人と■■■していたら……皆殺し――」

 

「だから、物騒なこと言うんじゃありません!ていうかするかッ!」

 

「ジョセフ。女は好きになり過ぎるとね――」

 

「なるわけないだろ!お前だけだ、お前だけ!」

 

「もしそうなったら……いいわよ?私と激しく――」

 

「するかッ!バカちん!」

 

 誰かこの下ネタ肉食令嬢を止めて。と、ジョセフは頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 夕方、ジョセフは自身の部屋にて、テレサから渡されたノートの中身を見ながらグレンの授業についての話を聞いていた。

 

「……ここまでやれるなんて、本当に質の高い授業をするんだな、その先生」

 

「ええ、しかもそれを誰でも理解できるように丁寧に教えているから、本当にすごいと思うわ」

 

 グレンの授業の内容をまとめたノートを見て、ジョセフとテレサは感嘆していた。

 

 どうやら、今日は『汎用魔術』と『固有魔術(オリジナル)』という魔術では大きく分けられる二つのことについての違いについての内容であったらしい。

 

 昨今は、固有魔術を神聖視して汎用魔術を軽く見る傾向を持つ魔術師がいるが、実は固有魔術は作るだけなら魔術を知っている者ならば誰でも簡単に作れる代物である。

 

「固有魔術なんて、俺でも一つは作って持っているし、作るだけなら簡単なんだよね

 

「そうなんですか?凄い……」

 

「で、あれの何が汎用魔術より大変なのかというと、固有魔術は何百倍も優秀な何百人もの魔術師達が何百年もかけてやっと完成された汎用魔術師に対して、一人で術式を組み上げて、その完成度を何らかの形で汎用魔術を超えなきゃいけないことなんだよね。でないと、ただの汎用魔術の劣化コピーにしかならないし」

 

「ジョセフって、先生と同じことを言うんですね。それで、固有魔術を至高だと思っていた生徒達は肩を落としていたわ」

 

「まぁ、わからんでもないよ。誰でも扱える汎用魔術に対して、固有魔術は読んで時の如くその人にしか扱えない魔術なわけだから」

 

「ジョセフって凄いですよね。私達が知らないことを知っているのだから。連邦では皆そう教えられているの?」

 

「俺の場合は、母さんからそう教えられたから。連邦でも汎用を軽く見て固有魔術を神聖視している連中はけっこういる」

 

 そこは、連邦も帝国も変わらない。

 

「テレサってさ、グレン先生の授業はどう?合う?」

 

「そうですねぇ。授業の内容に関してはいいと思います。前任の先生も教え方は良かったのですが、グレン先生も良いと思いますよ?」

 

「まぁ、話を聞いた限りじゃ、合理的だし実践主義的なところあるから、苦にはならないけど。ウェンディは?」

 

 すると、テレサは言いにくそうに間を空けて、言った。

 

「ウェンディはその……本人が直接口に出しているわけじゃないんだけど、グレン先生の授業はあんまり好きじゃないみたいなの。貴族としての教養として身につけるために魔術を習っている彼女から見たら、グレン先生の授業は優雅さと余裕がないと映っているようで……」

 

「合理的にやるグレン先生と、教養として魔術を習いたいウェンディ……確かに合わないといったら合わないかもね」

 

 ウェンディのように教養として魔術を習う貴族は帝国の中ではかなりいる。そして、その中にはシュウザー侯爵家やノワール男爵家、クライトス伯爵家やイグナイト公爵家、そしてスペンサー伯爵家のように講師・教授、軍人などになって魔術を活用している家もある。

 

 代々、数多くの将校を輩出しているスペンサー家の人間であるジョセフも、そういう家柄のためなのか、連邦に移った後も、帝国軍から連邦軍の人間になった母親から合理的で実践主義的に魔術を教えられていた。

 

 だから、ジョセフのように合理的に教えられた者にとってはグレンの授業は合うし、教養として身に着けたいウェンディのような者にとってはグレンの授業は合わないのはあまり驚くことでもなかった。

 

「まぁ、合う合わないはあるからね。ウェンディがそう思うなら、とやかく言うことはないけど……うーん、グレン先生のような講師はそうそういないからねぇ。聞いてみるだけでもけっこう価値あるものなんだが……うーむ」

 

 と、その時である。

 

「ふふっ」

 

 テレサが含むように笑い始めた。

 

「……どうした?テレサ」

 

「いえ、その、ジョセフってウェンディのことなんやかんやで気にかけているんだなって、思っちゃって」

 

「そうか?いやまぁ、全く気にはならないわけじゃないけど」

 

 幼馴染だし、多少はねぇ、と頭をかくジョセフに、テレサがぽつりと呟いた。

 

「ねぇ、ジョセフ。五年前のこと、覚えてる?」

 

「五年前……まだ、俺が帝国にいた頃の話のこと?」

 

 なぜ突然、そんな話が出てくるのか。ジョセフはテレサの意図が読めない。

 

 すると、テレサはジョセフが腰かけているソファの隣に腰かけ、そっと身を寄せる。

 

「テレサ?」

 

 綺麗な紫色の髪から仄かなシャンプーの香りがする中、ジョセフは少し硬直する。

 

「その時に言った私の言葉、覚えてますか?」

 

 ジョセフの指に自分の指を絡めるテレサ。二人の周囲だけ、甘い雰囲気が漂い始める。

 

「……まぁね」

 

 あれか、と。ジョセフは五年前のテレサの言葉を思い出す。

 

 あれは、てっきり……

 

「あれって、どういう意味で言ったの?」

 

「ふふ、どういう意味でしょう?」

 

「……自分で考えろってことね」

 

 確かに、あの言葉の返事はジョセフからはしていない。

 

 というのも、突然連邦に移る前だったし、連邦に移って以降は会うことはないだろうと思っていたから、返事はまだ何も考えていなかった。

 

 だから――

 

「まだ、考えはまとまってない」

 

 ぽつり、と。ジョセフは素直に口にする。

 

「あの時はああいう状況だったからってのもあるけど、待たせすぎっていうのもわかるけど、嘘は言いたくないから。だから、まだ、考えはまとまっていない」

 

「……そう、ですよね」

 

 その言葉を聞いたテレサは、納得はしていたが、どこか寂しそうな顔をしていた。そして、惜しそうに指をジョセフから離す。

 

「こうしていられるのも、本当に偶然でしたし……私も貴方と会えるなんて思わなかったから……待ってますね?」

 

 テレサはやはり寂しそうに微笑みかけるのであった。

 

「……明日も授業あるんでしょ?」

 

「ええ、本当は先生方が魔術学会で学院にいないから五日間お休みなんですけど、私達のクラスだけ授業が入っているんです」

 

「なんで?なんかあったんか?」

 

「その、グレン先生の前の先生――ヒューイ先生が、突然、辞めてしまって。それで私達のクラスだけ授業の進行が遅れているんです。今回はその穴埋めみたいなものでして……」

 

「そりゃ、大変なこって」

 

 自分達のクラス以外が休んでいる中、授業に出なきゃいけないテレサに同情するが、同時にジョセフはある違和感に気づいた。

 

(前任の講師が突然退職……妙ね)

 

 普通、正式に退職するなら手続きが必要なのは言うまでもない。次の講師に自分のクラスを円滑に引き継がせるためだ。

 

 だが、今テレサがいる二組を担当しているのは非常勤講師であるグレンである。

 

 一ヶ月という短い期間での非常勤講師ということは、次の講師が担当するまでの、いわばつなぎ。

 

 逆にいうと、そこまでしなければいけないのは、ヒューイが正式な手続きを経ずに退職したということになる。突然の退職で学院側は代わりの講師を用意することができなかったのである。

 

(なーんか、きな臭い話だね……)

 

「そろそろ、帰らないと」

 

「……そうだね。近くまで送ろうか?」

 

「あらあら、ふふ、では、よろしくお願いしますね?」

 

 黄昏の夕日に燃える、フェジテの町並み。

 

 テレサを送る中、ジョセフは一見なんの事件性も影響もないヒューイという人間の行動について、なんとなく心に棘のような不安が刺さった感覚が抜けなかった。

 

 

 

 

 



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07



連投です。それでは、どうぞ。


 

 

 

 

 次の日。

 

 樹木と鉄柵で囲まれる魔術学院敷地の正門前に今、軍服を着た男女の二人組がいた。

 

 ジョセフとアリッサだ。

 

 二人は、正門のすぐそこに倒れ伏している男を見下ろしている。服装を見る限り、彼はこの学院の守衛なのだろう。左胸から血を流しており、もうとっくの昔に死んでいる。

 

「これは……軍用魔術だな。至近距離で撃たれて死んでいる」

 

「その後、二人組の男は学院の中に入っていったらしいね」

 

 アリッサが、一見、何も阻む物がないアーチ型の正門に張られている、見えない壁のような物を叩いていた。これは学院側から登録されていない者や、立ち入り許可を受けていない者の進入を阻む結界だった。

 

「絶対ロクでもない連中だろ……試しにドローンを飛ばした時に、学院周辺の様子がおかしくて、その中にあぶなっかしい二人組を見つけたからここに来たものの……」

 

「これ、私達じゃ中に入れないわね」

 

「確か、事前に学院側から登録されていただろう?それでも駄目なん?」

 

「ええ、入れないわ」

 

 こりゃ、連中、結界を弄ったな、と。ジョセフはため息を吐いて。懐から小型の通信機を取り出し耳に装着する。

 

「アリッサ。携帯型の魔導演算器を門の前に置いて。ホッチに魔力回線を通して解析してみる」

 

「了解」

 

 アリッサが圧縮した携帯型の魔導演算器を取り出し、正門前に置く。サイコロサイズに圧縮された魔導演算器は小さい箱サイズまで大きくなった。

 

「ああ、ホッチ?今、魔術学院の正門にいるんだけどさ、魔導演算器置いてあるから、そこから魔術学院の結界の中身を解析してほしいんだけど?」

 

『了解。お前らは登録されているはずだが、入れないのかい?』

 

「アリッサが試してみたが全然駄目。多分、弄られている」

 

『アルザーノ帝国魔術学院は公的機関だろ?そのセキュリティが掌握されている、というのかい?だとしたら、掌握した人物は天才だぞ』

 

「そうそう、そこで天才には天才をって感じで、連邦の魔術師で空間系魔術で天才な貴方の出番でわけですよ」

 

『……つまり、解析できたら、入れるように細工しろと?わかった、やってみる』

 

「ありがとうございます。じゃ、切りますよ」

 

 ホッチが作業に取り掛かるのと同時に、ジョセフは通信を切った。

 

 ホッチが解析している間、ジョセフはスコープ付きのライフルを、アリッサは近接戦闘用にサブマシンガンを取り出し装備する。

 

 ボルトを開け、金属薬莢を一発ずつ押し込み五発装填するジョセフ。五発目を入れ、ボルトを閉める。五発目の銃弾は薬室に装填される。

 

 アリッサはドラムマガジンをスライドするように銃の下部に装着し、ボルトを引く。これにより、最初の銃弾は薬室に装填され、いつでも引き金を引くことができる。

 

 そうしていると、ガラスが何かが割れる音が辺りに響き渡った。

 

「お?解除しましたか」

 

 すると、通信機から音が鳴り、ジョセフがそれを耳に当てた。

 

『ったく、この結界を弄った連中はとんでもない奴だよ。中身を解析したが、完全に解除するのは時間がかなりかかる。なんとか。抜け穴を使って無理やり解除したけど、一分したら元に戻るから、早く入った方がいい』

 

「一分もあれば充分さ。もう入ったし」

 

 そう言いながら、ジョセフとアリッサは正門を潜って学院敷地内に入った。

 

『全部解析したけど、一度入ったら出られないからな』

 

「え、マジですか?」

 

『マジだ。だから、帝国軍がこの結界を解除して入ってきたら……見つからないようにしとけよ?』

 

「へーい、了解ですよ」

 

 ため息を吐き、通信をきるジョセフ。

 

「さて、確認しただけで二人。多分、あと一人、二人はいるかも」

 

 二人は正面を見上げる。

 

 左右に翼を広げるように別館が立ち並ぶ、魔術学院校舎本館がそこにあった。

 

「じゃ、西館から行きますかね」

 

「了解。はぁ、長い一日になりそう」

 

 

 

 

「……遅い!」

 

 システィーナは懐中時計を握りしめる手をぷるぷる震わせながら唸っていた。

 

 現在十時五十五分。本日の授業開始予定時間は十時三十分。すでに二十五分が経過している。

 

 なのに、まだグレンは教室に姿を見せない。つまりは、遅刻だ。

 

「あいつったら……最近は凄く良い授業をしてくれるから、少しは見直してやったのに、これなんだから、もう!」

 

 システィーナは苛立ち交じりにぼやいた。

 

「でも、珍しいよね?最近、グレン先生、ずっと遅刻しないで頑張っていたのに」

 

 その隣に座るルミアも不思議そうに首をかしげている。

 

「あいつ、まさか今日が休校日だと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

 

「そんな……流石にグレン先生でもそんなことは…………ない、よね?」 

 

 グレンを全面的に信頼しているルミアも、流石にすんなりと完全否定はできなかった。

 

「あーあ、やっぱりダメな奴はダメなんだわ……よし、今日こそ一言言ってやるわ」

 

「あはは。今日こそ、じゃなくて、今日も、じゃないかな?システィ」

 

「細かいことはいいの!」

 

 不機嫌そうに頬杖をついてシスティーナは周囲を見渡した。

 

 元々、この教室には座席に余裕があったはずだ。だと言うのに今では満席御礼。立ち見で参加すす生徒も教室の後方に多くいる。

 

「あいつ……最近、ホント人気出てきたわね」

 

「だって、先生の授業、凄くわかりやすいから。私達みたいな学士生レベルの内容はもちろん、修士生レベルの高度な内容も平易に説明してくれるし、普通の講師なら当然と割り切って流してた箇所もちゃんと理論的に説明してくれるし」

 

「はぁ……確かにあいつの説明聞いていると基本的なことでも理解が深まるから良いんだけど……なんか面白くないわね」

 

「ふふっ」

 

 見れば、ルミアが何やら訳知り顔でシスティーナを見て微笑んでいた。

 

「……何よ?ルミアったら」

 

「システィって、グレン先生がどんどん皆の人気者になっていくから寂しいんだよね?」

 

「な……何、言ってるのよ!?」

 

「だって、最初の頃、お小言とはいえ先生に話しかけていた人ってシスティだけだったでしょ?それが今では皆も先生に気軽に話しかけるようになったもの。なんだか先生が遠くに行っちゃったような気がするんだよね?」

 

「べ、別にあんな奴がどんな女の子に話しかけられようが私の知ったことじゃないわ!ルミア、貴女ってばなんか勘違いしてない!?」

 

「あれ?私、別に女の子に、なんて言ってないよ?」

 

「ぐ――」

 

 一本取られたらしい。苦虫を噛みつぶしたような渋面になるシスティーナだった。

 

 別にグレンをそういう対象として見ていたわけではないが、確かにこのクラスでグレンに構っていたのは自分だけだったわけで、そんなヤツが皆にも慕われるようになるのは、なんか面白くない。それが自分と同性ならばなおさらである。乙女の複雑な心境だった。

 

「あ、貴女はどうなのよ……?」

 

「私?」

 

「そうよ。貴女、最初からやけにグレン先生のこと、気に入ってたじゃない?貴女こそ面白くないんじゃないの?この状況」

 

「私は……嬉しい、かな?」

 

「……は?」

 

「グレン先生が本当は凄い人なんだって、皆がわかってくれて……凄く嬉しいの」

 

 そこには表裏など欠片もない。本当に自分のことのように、周囲がグレンを理解してくれることを喜んでいるルミアの姿があった。

 

「……なんか格の違いを見せつけられたような気がする……女として」

 

「……?」

 

 掌で顔を押さえて嘆息するシスティーナと、不思議そうに首をかしげるルミア。

 

 教室の扉が無造作に開かれ、新たな人の気配が現れたのは、その時だった。

 

「あ、先生ったら、何考えてるんですか!?また遅刻ですよ!?もう……え?」

 

 早速、説教をくれてやろうと待ち構えていたシスティーナは、教室に入ってきた人物を見て言葉を失った。

 

 グレンの代わりに、見覚えのないチンピラ風の男とダークコートの男がいたのだ。

 

「あー、ここかー。いや、皆、勉強熱心ゴクローサマ!頑張れ若人!」

 

 突然、現れた謎の二人組に教室全体がざわめき始めた。

 

 

 

 

 魔術学院校舎西館にて。

 

 設定が変更された結界を突破したジョセフとアリッサは、西館を一階からしらみつぶしに探し回っていた。

 

「敵の気配がない……こりゃ、東館から入っていったか?」

 

 一つ一つ扉があるところを開けていくジョセフ。

 

 あれから、まったく敵と遭遇していない。

 

 敵が確認しただけでも二人、多少人数をプラスにしても少人数であることは間違いない。

 

「にしても、あの二人の狙いはなんなのかしら?守衛を殺害して学院に入ったけど」

 

「今日は学院の講師・教授陣が全員魔術学会に出ていていない。守りが薄くなった隙に書類かなにか重要なものを奪いに来たっていう説なら説明がつくけど……」

 

「ここには、生徒達が何人かがいるのよね?あの非常勤講師が担当しているクラスが。あの子達に危害を加えるためというのは?」

 

「あり得なくはないけど、それにしては今回の仕掛けは大掛かり過ぎる。ホッチが言っていたけど、結界を徹底的に改変しているんだ。あんな仕掛けをするくらいなら、こんな少人数ではなくもっと人数がいるときにやった方がいい。明らかに過剰過ぎる」

 

 階段を上り、次の階へ目指そうとしていた、その時。

 

「……しっ」

 

 壁に寄りかかり、右手を上げ、拳を握りしめ、止まれとジェスチャーするジョセフ。

 

 アリッサも足を止め、ジョセフと同じように壁に寄りかかる。

 

 ジョセフはゆっくりと、足音を立てないように階段を上り切り、廊下を覗く。

 

 すると、正面からチンピラ風の男が両手を黒魔【マジック・ロープ】で縛られた魔術学院の制服を着た銀髪の女子生徒を脅しながらこっちに向かってきていた。

 

 その銀髪の少女はジョセフも知っていた。

 

(システィーナ=フィーベル……マジかよ……)

 

 そういや、ウェンディとテレサと同じクラスだったよな、と。ジョセフは思い出し、舌を打つ。

 

 あのチンピラ男がシスティーナに何をするのかなんて、ある程度想像できる。絶対ロクでもないことだ。止めないと、システィーナは身体的、精神的に大きなダメージを負うことになる。

 

(二人、こっちに来ている。うち、一人は人質)

 

 ジョセフは右腕を背後に回し、背後にいるアリッサにジェスチャーを送る。

 

 しばらく様子を見るジョセフ。すると、男はシスティーナをある部屋に連れ込み、入っていった。

 

(二名、部屋に入った。ここからおよそ五十メトラ。接近する。音を立てるな)

 

 そうジェスチャーを送ったジョセフは足音を立てずにライフルを構えながら廊下に出る。アリッサも続く。

 

 足音を立てずに男が入ったと思われる部屋の扉に向かう。

 

 そして、二人は扉の前に着く。二人が静かにしていると。

 

「あ、あの……お願いします……それだけは……それだけはやめて……許して……」

 

「ぎゃははははは――ッ!落ちんの早過ぎだろ、お前!ひゃはははははッ!」

 

 泣きじゃくりながら懇願するシスティーナの声と、ひとしきり笑う男の声。

 

 ジョセフは扉の前に立ち、アリッサは懐からフラッシュ・バンを取り出す。

 

「悪いがそりゃできねえ相談だ……ここまで来ちゃ引っ込みつかねーよ」

 

「……やだ……やだぁ……お父様ぁ……お母様ぁ……助けて……誰か助けて……」

 

 ジョセフは三本指を立て、数える。

 

「うけけ、お前、最っ高!てなわけでいただきまーす!」

 

「嫌……嫌ぁああああああああああ――ッ!」

 

 これからシスティーナにとって最悪の展開が始まろうとしたのと同じタイミングで――

 

やっちまえ(サ・ルー)ッ!」

 

 ばぁん!

 

 ジョセフは扉を蹴り飛ばした。

 

「は?」

 

「……え?」

 

 突然、大きな音と共にけ破られた扉の音に、硬直する男とシスティーナ。

 

 その直後、からんからんと、何かが部屋――魔術実験室に転がり込んだ。

 

 転がり込んだ直後、物体から爆発音と共に強烈な光が室内を照らした。

 

「ぎゃぁああああああああ――ッ!?」

 

 光を直接見てしまったため、男は目を抑えてシスティーナから離れる。システィーナも視界が白くなり、何も見えない。

 

「な、なんだこれ!?何も見えねえッ!?ぎゃ――ッ!?」

 

 男は目を抑えながら狼狽えるが、途中何かに殴られる音がして、その直後、沈黙した。

 

 音も視界も正常に戻り、いつもの魔術実験室の風景がシスティーナの視界が広がる……のだが。

 

「……え?」

 

 そこには、見慣れない服装を着た女がシスティーナを見下ろし、同じく見慣れない服装をした男が殴られて気絶した男を制圧していた光景が広がっているのであった。

 

 

 

 



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08

 

 

 

 

 システィーナ=フィーベルは、今の状況を飲み込めていなかった。

 

 負けるものか。屈するものか。私は誇り高きフィーベルの娘だ。魔術師にとって肉体などしょせん、ただの消耗品ではないか。そう言い聞かせていたのだが……

 

 そんなシスティーナの理性とは裏腹に、これからこの男に我が身を汚されてしまうのだという悲嘆に、初めては本当に好きになった人に捧げたかったという密かな夢の理不尽な終焉が目の前に迫ってきているという現実を前に、涙をぼろぼろとあふれさせ、身体を震わせていた。

 

 そして、男の手が必死に身じろぎするシスティーナの肌に伸びて行った、その時。

 

「サ・ルーッ!」

 

 実験室の扉から、そんな声が聞こえた直後、扉は蹴破られた。

 

 その後は、目まぐるしく状況が変わった。気がついたら、女がシスティーナを見下ろしていた。

 

 見慣れない服装だった。気絶した男の服装とは違うが、魔術学院の関係者でもない。

 

 ただ確かなのは、この人達は敵ではない。

 

 顔はよく見えない。二人ともベレー帽を被っており、口元はマスクで覆われている。

 

「A。彼女の様子は?」

 

「彼女は大丈夫だわ。服が破られているけど」

 

 未だに状況が見えてこないシスティーナを他所に、二人はそう言うと、女はロングコートを脱ぎ、システィーナの肩にかけた。

 

「あ、あの……」

 

「じっとして」

 

 何か言わないと口を開こうとしたシスティーナを遮り、女は何かを呟く。すると、システィーナを縛めていた【マジック・ロープ】と【スペル・シール】が解呪された。

 

 女は黒魔【ディスペル・フォース】で解呪していた。

 

 腕が自由になったシスティーナは女のロングコートに腕を通し、ボタンを留める。

 

 女は腕を組んでシスティーナを見る。腕を組んでるせいか、システィーナが望んでも手に入りそうにないものがはっきりと形に顕れる。

 

「えと……あの、助けてくれて、ありがとうございます」

 

 微妙な沈黙に耐えられず、システィーナは二人に声をかける。

 

「助けていただいたのはありがたいのですが、貴方達は何者なのですか?見たところ、あの二人組とは違うみたですが、この学院の関係者じゃないし、警備官でもないですよね?」

 

 今日もいつも通りの日常になるはずだったのに、やれテロリスト達が堂々と侵入してきて、ルミアを連れ去って自分は最悪の結末を迎えようとしたら、今度はこの二人組が現れたりと……

 

 正直、わけがわからないこの事態に、システィーナはこの二人に僅かに警戒感を抱く。

 

「そうだね~、この場合はなんて言ったほうが納得いくかね~」

 

 システィーナの問いに、気絶した男に【マジック・ロープ】、【スペル・シール】、【スリープ・サウンド】などで完全に無力化した男がなんていうか考えていると。

 

「えーと?」

 

 蹴破られた扉の向こうに新たな男が棒立ちしていた。

 

 グレンだった。

 

 

 

 

 男女二人組――ジョセフとアリッサはグレンを見て、この男が噴水でシスティーナに吹き飛ばされた男がこの魔術学院の関係者だったことに内心驚いていた。

 

(……マジで?)

 

 システィーナとグレン。

 

 先日、街の噴水で吹き飛ばし、吹き飛ばされた二人組に再び会うなんてこれっぽちも思っていなかった。なんとも不思議な縁である。

 

「この男は?」

 

「一応、この学院で講師やってる者です。ていうか、誰だよ、扉を蹴破ったのは?一応、先生として忠告するが、お前達、こういうの器物損壊罪で一応、犯罪だぞ?いくら急いでいたからといってもな、一応……」

 

 グレンは何かズレたことを言っていた。まるで不良生徒に説教するような接し方だ。

 

「こんどはこっちが質問するぞ?……そこの二人、服装や武器から見て……オーシア連邦軍の人間だな?なんで、連邦軍がこんなことろにいるんだ?」

 

「オーシア連邦軍ですって……ッ!?」

 

 二人の正体がわかったシスティーナは驚愕の顔をして二人組を見る。

 

 オーシア連邦軍。

 

 オーシア連邦が保有している軍事組織で、連邦政府の指揮下にある軍事組織のことである。

 

 陸軍、海軍、空軍、海兵隊、戦略軍からなる常備軍と、平時は海上警備を主とした法執行機関である沿岸警備隊を含めた六つの軍種からなる連邦軍は独立戦争以来、負けを知らず、アルザーノ帝国、レザリア王国、南オーシア連邦という三大国に勝利したことある常勝軍団。

 

 豊富な実戦経験、最大規模の志願兵で構成されるその圧倒的な戦力、国内に存在する豊富な資源をバックにした圧倒的な継戦能力など、他のいかなる時代のいかなる国家・集団においても保持したことがない能力から人類史上最強の軍隊と評される軍隊……それがオーシア連邦軍である。

 

「……言っとくが、別にアンタ達に危害を加えるために来たのではない、というのはわかるよな?たまたま男二人組がこの学院の守衛を殺していたところを目撃したから来ただけだ」

 

「ほう?たまたま目撃して、この学院の結界……しかも、敵に掌握された結界を破って、一人の女子生徒を助けたってか?」

 

「そういうことになるね」

 

 グレンは何かを手に持ち、ジョセフは敵意がないことを示すために、銃を壁にかける。

 

「貴女、これを持ってて」

 

「え?これって……きゃっ!?お、重い……ッ!?」

 

 アリッサはサブマシンガンをシスティーナに渡す。因みに、システィーナが誤って引き金を引いても大丈夫なように、セーフティはしっかりかけてある。

 

 両者はしばらく対峙する。

 

 すると……

 

「……まぁ、いい。そういうことにするか。とにかくだ。状況を教えろ、白猫。一体、何が起こったんだ?」

 

「あ……はい……」

 

 システィーナは一連の出来事を説明した。いきなりテロリストを名乗る二人の魔術師が教室にやって来たこと、教室の生徒達が拘束されて閉じ込められていること、グレンはまだ生徒達に犠牲者が出ていないことに、とりあえず安堵したようだ。ジョセフも、ウェンディとテレサが無事なことに内心安堵する。しかし――

 

「ルミアが連れて行かれた?」

 

「……はい」

 

 システィーナが悔しそうに、哀しそうに目を伏せる。

 

「なんでアイツが?」

 

「わかりません」

 

「そうか……しかし、となるとやっぱり早まったか?」

 

「先生?」

 

「あー、いや、すまん。独り言だ。連邦軍がいるんだ。判断が正しかったとしよう」

 

 と、その時だった。

 

 辺りに金属を打ち鳴らしたような甲高い共鳴音が響き渡る。

 

 何事かとシスティーナが身を固くしていると、眉間にしわを寄せたグレンがポケットから半割りの宝石を取り出して耳に当てた。

 

「てめぇ、セリカ!?遅ぇぞ!一体、何やってたんだ、この馬鹿!」

 

『すまんな。ちょうど講演中だったんだ。着信は切ってたんだよ』

 

 宝石から、今はフェジテから遥か遠き帝都にいるはずのセリカの声が聞こえてくる。

 

「こっちはそれどころじゃねーぞ!?」

 

『……何かあったのか?』

 

 宝石から聞こえてくる声が硬くなった。

 

「ああ、実はな……」

 

 …………。

 

 ……。

 

『それ、本当か?』

 

「冗談でこんなコト言うか?面白くねーぞ」

 

 グレンは頭をかきながら、まくし立てる。

 

「とにかく、下手人は天の智慧研究会だ。結界を掌握され、学院は完全に封鎖された。もう、入ることも出ることもできん。人質に取られた生徒は五十人前後、教室に無力化されて閉じ込められてる。その内一人保護、一人は黒幕の元に連れて行かれたらしい」

 

『天の智慧研究会か……あのロクでなしの人でなし共が出張ってくるとはな……』

 

「それと、セリカ……オーシアが動いている」

 

『オーシア?あのオーシアが……?なぜ……?』

 

「知るかよ。とにかく、二人、連邦軍が今、俺の目の前にいる。服装と練度からして、こいつらは特殊作戦軍……デルタ分遣隊の人間だ」

 

『デルタ分遣隊……常勝軍団である連邦軍の中でも最強格の魔術師を揃えた特殊部隊の連中も出張ってくるとはな……今回の連邦の動き……いや、今は連邦のことを考えている場合じゃないな』

 

「……?とにかくだ、敵戦力は確認できたのが三人、まだ未確認なのが一人以上。確認できた敵の内、二人は俺と連邦軍で無力化。だが、残りが多分、ヤバい。諸状況から察するに先の二人と比較して格下なんてことは恐らくありえない」

 

『お前の固有魔術【愚者の世界】でもダメそうか?』

 

「俺の固有魔術は不意を討ってこそ、だ。流石に何度もやすやすと許すほど、敵も馬鹿じゃないはずだ」

 

『そうだな』

 

「で、最後にこれが重要なんだが……俺もこの学院の魔導セキュリティのレベルの高さは知っている。だが、ここまで鮮やかにセキュリティを掌握されている所から察するに……いるぞ、学院内に裏切者がな」

 

『あぁ、私もそれを考えていた』

 

「なぁ、セリカ。そっちにいるはずの教授や講師達の中で不自然に姿が見えない奴っているか?特に教授格か、それに準ずる能力を持つ講師だ」

 

『わからん。会場では団体行動じゃない。すぐに確認するのは不可能だ』

 

「ち……事情を説明してさっさと確認しろ!それから早く帝国宮廷魔導士団を回すように手配してくれ!」

 

『無理だ。お前も知っているとおり、魔術学院はとにかく各政府機関の面子や縄張り争いがうるさい魔窟なんだ。呼ぶとしても迅速に……というわけにはいかない』

 

「アホか、ふざけんな!?生徒達の命がかかってんだぞ!?お前の権限でなんとかしろよ!?」

 

『今の私は市井の一魔術師に過ぎないんだ。人が過去の役職の権限を振りかざしていいいなら、国が滅茶苦茶になる』

 

「じゃあ、お前が早く帰ってこい!学院内に転送法陣があるだろ!?」

 

『落ち着けよ。そこまで周到に結界を掌握した連中が転送法陣を有効にしたままにしておくか?私なら絶対最初に壊すぞ?ま、試してみるがね。期待はするな』

 

「く……」

 

 確かにそうだ。転送法陣は長距離転送魔術において入り口であり、出口でもある。帝都と学院を繋ぐ転送法陣が生きていたら、帝都から学院内に侵入される。先に拠点の転送法陣を破壊するのは立てこもりテロの定石だ。

 

 グレンはばつが悪そうに頭を押さえてため息をつく。

 

「……悪い。冷静じゃなかった」

 

『人の本質ってやっぱ変わらないな。お前はお前のままだよ。とにかく、こっちは対応を急ぐ。お前は無理をせず、今は連邦軍の連中に任せて、保護した生徒と一緒にどこか安全な場所で隠れていろ。現状、あのテロリストにまともに対抗できるのは、その二人しかいない』

 

「ああ、わかった」

 

『じゃあ、いったん切るぞ。……死ぬなよ?』

 

「……こんな所で死んでたまるか」

 

 通信魔術を解除し、グレンは宝石をポケットに押し込むのであった。

 

 

 

 

 



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09

それでは、どうぞ。


 

 

 グレンがセリカと連絡を取り合っていた一方で、ジョセフはというと……

 

(なんで、ルミアとう子は連れ去られたのかね?)

 

 システィーナから聞いた一部始終で、天の智慧研究会がなぜルミアという子を連れ去ったのかを考えていた。

 

(そもそも、ルミアって……もしかして彼女の側にいた、あの金髪の子のことだよな?)

 

 グレンがシスティーナに吹き飛ばされて、噴水地に池ポチャした後、ジョセフとアリッサに振り向いて頭を下げた時のことを思い出す。

 

 そして、カフェにいた時にジョセフのことを話していたのも彼女だ。

 

(ふーむ……)

 

 これは、システィーナからルミアについて聞き取りをした方がいいと判断したジョセフはシスティーナに声かける。

 

「なぁ。さっきの話でルミアという子について聞きたいんだが、えーと、ミス……」

 

「システィーナです。システィーナ=フィーベル」

 

 まぁ、知っているし、会っているのだが、流石にここで正体をバラすわけにはいかないから、ジョセフは知らないふりでシスティーナに接する。

 

「OK、フィーベル。それで、連れ去られた女子生徒……ルミアという子についてなんだが、彼女はどんな子なんだ?」

 

「えーと、ルミアは私の親友です」

 

 だろうと思った。交差点でも一緒に登校していたし、カフェでも一緒にいたから。

 

「彼女とは同じクラスで?連れて行かれたらしいが、特段、何かに秀でているものとかはある?」

 

「えっと……あの子は座学は優秀なのと、白魔術が得意なんですけど……あのテロリストが欲しがるようなものは何も……」

 

「彼女の出自は?大貴族か政治家、有力な財界などの上流階級の令嬢とか?」

 

「いえ、上流階級の令嬢かどうかはわからなくて……というのも、あの子は三年前にお父様とお母様が身寄りのない子として私達の家に迎え入れられたんです。だから、ルミアの本当の出自はわからなくて……」

 

「そうか……」

 

 やっぱりわからない。

 

 上流階級の令嬢でもなければ、特段、成績がずば抜けているわけではない。

 

 そんな、女子生徒にここまで大掛かりな仕掛けをしてまで連れ去る?明らかに過剰だ。

 

 天の智慧研究会の狙いが、ルミア個人を狙った襲撃であることは明らかである。このチンピラ男がシスティーナを犯そうとしたのを除けばだが。

 

「……こんな所で死んでたまるか」

 

 ジョセフがこのわけのわからない敵の行動に考えを巡らしていると、グレンは通信魔術を解除し、宝石をポケットに押し込んだ。

 

「……ん?どうした?」

 

 視線に気づいてグレンはシスティーナに声をかける。

 

「いえ……その……意外で……」

 

「はぁ?」

 

「先生ってその……もっと冷めた人なんだなって思ってたから……」

 

 どうやらこのグレンという男、普段は冷めた人らしい。当の本人はどうでもいい、とばかりに目を背けたが。

 

「あの……今の……相手はアルフォネア教授、ですよね?」

 

「ああ」

 

「助けは呼べそうなんですか?」

 

「呼べそうだ、と今の話聞いて思ったか?」

 

 それを聞いて、システィーナは消沈したように肩を落としてうつむいた。

 

「アルフォネア教授……あのセリカ=アルフォネアのことか」

 

 セリカ=アルフォネア。北セルフォード大陸最高峰である第七階梯に至っている、最強の魔術師。

 

 彼女の名は連邦でも知れ渡っており、連邦軍上層部は彼女に対抗するために様々な研究を行っている。実はジョセフの母親――エヴァが帝国から連邦に鞍替えした背景にも、この件が少なからず関係している。

 

「それで……彼女はなんと?」

 

「俺とシスティーナはどこかに隠れて、お前らに対応させろ、だとよ。対応はなるべく急ぐらしいが……」

 

「そう……まぁ、それが最善でしょうね」

 

 グレンとジョセフがそう言っていると、システィーナは何かを決心したかのように顔を上げ、部屋を出て行こうと踵を返した。

 

「待ちなさい。どこへ行くつもりなの?」

 

 アリッサはとっさにその腕をつかんで引き止める。

 

「ルミアを助けに行きます」

 

「よしなさい、無駄死にする気?」

 

「だって……だって、ルミアが……ルミアは私を庇って……」

 

「彼女は私達が救出するから、貴女は大人しくなさい。それに、貴女一人で何ができるというの?わかっているでしょ?」

 

「でも……でも……ッ!」

 

「大人しくなさい」

 

 有無を言わさない、突き放すようなアリッサの言葉。

 

「そういうわけで……残りの敵とそのルミアっていう子は任せろ。アンタは彼女が妙な気を起こさないように見張っといてほしい。行くぞ」

 

 残り二人の敵を撃破するべく、ジョセフはグレンに一方的に言い、アリッサと共に実験室を出て行くのであった。

 

 

 

 

 ジョセフ達が去って行った後、次第に肩を小刻みに震えていくシスティーナ。水滴が床を叩く音が、小さく響いた。

 

「でも……私、悔しくて……だって……」

 

「お、おい……白猫……?」

 

「だって……ぅう……ひっく……うわぁあああん……」

 

 今まで色々こらえていた感情が、一時の安堵が引き金となって暴発したのだろう。言葉を失うグレンの前で、システィーナは目を腫らして子供のように泣きじゃくっていた。

 

「先生の言う通りだった!魔術なんて、ロクな物じゃなかった!こんな物が……こんな物があるからルミアが……ルミアが……ひっく……う、うぅ……」

 

「……泣くな、馬鹿」

 

 ぽん、と。グレンはシスティーナの頭に優しく手を乗せた。

 

「先生……?」

 

「魔術が現実に存在する以上、存在しないことを望むのは現実的じゃない。大切なのはどうすればいいのか考えること……なのだそうだ。お前の親友の受け売りだけどな。やーれやれ、俺もずいぶんと長い間、思考停止していたらしい。ヤキが回ったかね?」

 

 そう語るグレンは、いつもの気だるげで皮肉げな顔からは想像つかないほど、穏やかな表情を浮かべていた。その意外過ぎる一面に、システィーナは戸惑うしかない。

 

 しかも、この言葉……先日、連邦の留学生が似たようなことを言っていたことをシスティーナは覚えている。

 

「ルミアの奴はこういう事件が起こらないように将来、魔術を導いていけるような立場になりたいらしい。アホだろ?でも立派だ」

 

「あの子が……そんなことを?」

 

「あぁ、死なせられないよな……死なせてたまるかよ」

 

 グレンは決意を瞳に宿し、そして言った。

 

「連邦軍の二人組は隠れろと言っていたが……俺も動く。敵の残りは二人だと決めつけて暗殺する。もう、それしかない」

 

 暗殺。その時、システィーナはそんなことをあっさりと言ってのけたグレンに背筋が凍えるような恐怖を覚えた。だが、それ以上にやるせなさも感じた。グレンは人殺しを覚悟した冷徹な瞳をしていたが……どこかでとても辛そうだったからだ。

 

 突然、その場に乾いた笑い声が響き渡ったのは、その直後であった。

 

 

 

 

 ジョセフとアリッサは西館から東館に入り、ある場所に向かっていた。

 

 向かっている先は、二年次生二組の教室。このクラスはグレンの前任の講師が突然退職したのと、グレンが最初の頃は職務放棄していたため、他のクラスよりも授業の進行が大幅に遅れていた。そのため、本来ならば五日間は休校で来ないのだが、他のクラスに追いつくようにこのクラスだけは学院に来ていたのである(それと、グレンの授業を聞きたいという何名かの他のクラスも自主的に来ていた)。

 

 そして、そこに運悪く天の智慧研究会が入り込んできて五十名前後の生徒は教室に閉じ込められることになってしまった。

 

 ジョセフが二組の教室に向かっているのは、チンピラの男――ジンという男がシスティーナを連れて婦女暴行を行おうとしたことで、他の敵も他の女子生徒を暴行するのではないのかと危惧していたからである。

 

 このクラスにはジョセフの幼馴染二人がいるのである。スタイルもいいし、美少女である彼女らが暴行を受けていてもおかしくはない。

 

 こういう仕事に私情を挟むべきではないのは、ジョセフも重々承知だったのだが……それでも、この目で無事を確認しないと気が済まなかった。

 

 なにせ、今のジョセフと親密な人が()()しているのは、彼女達だけなのだから。

 

 一刻も早く無事を確認したいと、ジョセフが足早で二組の教室に向かっていた、その時。

 

「ジョセフ。西館の方、私達がさっきいた場所からあの二人が出てきたわ」

 

 アリッサが西館の方を見て指差す。魔術実験室から、グレンとシスティーナが飛び出していた。

 

 隠れていろって言ったのに、なんで?とジョセフが西館に目を向けると……二人が飛び出した理由がわかった。その原因がわらわらと実験室から出てきていたから。

 

「くそ、ボーン・ゴーレムかよ……」

 

「しかも、あれ、素材は竜の牙よ。錬金術で錬成した代物。しかも大量に」

 

 召喚【コール・ファミリア】。本来は、小動物のようなちょっとした使い魔を呼んで使役する召喚魔術の基本術だが、この術者は自己作成したゴーレムを使い魔として、しかも遠隔連続召喚するなどという、アタマオカシイ高度なことをやっている。しかもそのゴーレムは竜の牙製。それゆえに驚異的な膂力、運動能力、頑強さ、三属耐性を持っている。並みの戦士や魔術師では対処できない危険な相手だ。

 

「おいおいおいおいおい……ッ!?なんだこのふざけた量は!?人間業じゃねーだろ!?」

 

 グレンの言う通り、確かにヤバい敵はいた。これをしかけた術者の卓越した技量に驚愕するジョセフ。

 

 だが、それも一瞬のことで、ジョセフはライフルを構え、スコープ越しに一体のゴーレムの頭部に狙いを定め、引き金を引く。

 

 響き渡る銃声と共に放たれた一発の死棘。人間の頭部に当たれば粉々に粉砕され、脳はぐちゃぐちゃになるその銃弾は、ゴーレムの頭部に命中する――が。

 

「ですよねー、ドチクショウッ!」

 

 ぐらりと、のけぞらせたがそれだけだ。大したダメージを受けていない。

 

 竜の牙製のゴーレムに物理的な干渉はほとんど損害にならない。拳打や銃撃のような攻撃はもちろん、攻性呪文の基本三属と呼ばれる、炎熱、冷気、電撃も通用しない。大口径で高初速の高射砲か艦載砲でも撃ち込んで直撃させないかぎり、破壊できない(それすらも保証できるかは定かではないが)。

 

 このゴーレムを打ち倒すならば、もっと直接的な魔力干渉をしなければならない。

 

 舌打ちしたジョセフは、ボルトを引き、新たに取り出した一発の銃弾を薬室に装填する。

 

(【ウェポン・エンチャント】を符呪した銃弾なら、倒せる!)

 

 すかさず、一体のゴーレムに狙いを定め、引き金を引く。

 

 再び発せられる銃声と共に放たれた銃弾がゴーレムの頭蓋に命中し、今度こそ粉砕される。

 

「OK、なんとか援護できる」

 

 ジョセフはボルトを引いて再び銃弾を薬室に装填する。まだ弾倉内にある通常弾を取り出す余裕はない。

 

 グレンとシスティーナの脱出を援護しようと、一体のゴーレムに狙いをつけると……数体、他のゴーレムと違い赤く染まっていた。手に持っていた剣からも赤い液体が床に滴り落ちていた。

 

 つまりは……

 

「命令違反してたんだな、あの男……それで術者に殺されたか」

 

 まぁ、自業自得だ。己を欲を見たそうと任務を放棄したのだから、当然の報いでもある。

 

「助ける義理もないし、死んで当然だ」

 

 ジョセフはジンという男の末路を見て、そう冷淡に吐き捨てるのであった。

 

 

 

 



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10

 

 

 

 

「――って、敵多すぎぃ――ッ!?」

 

 逃げるグレン達を援護しながら、ジョセフはそう叫んだ。

 

 西館の廊下では、グレンが右ストレートを一閃し、立ちはだかるボーン・ゴーレムの頭蓋を粉砕する。  

 

 システィーナは【ゲイル・ブロウ】の呪文を唱え、突風がボーン・ゴーレム達を吹き飛ばす。

 

 廊下の端に到達し、続く階段を駆け上がる。

 

 ボーン・ゴーレムの群れがしつこく二人の後を追う。

 

「多すぎるんだよ!どう考えても弾足りねえぞ!?」

 

 一体一体、ボーン・ゴーレムの頭部を撃ち抜くが、敵の数が多すぎる。おそらく魔術強化しているであろうグレンの拳闘で対応するにしても数が多すぎる。システィーナの知る魔術では時間稼ぎにはなるが決定打は与えられない。

 

 それゆえに、あの二人はどうしても逃げるしかない。

 

 システィーナの魔力も無限じゃない。先ほどから間断なく魔術を行使し続けている。気丈にも表情には出さないが相当消耗しているはずだ。あの様子から推測するに、生まれながら魔力容量は特段優れているらしいが、連続行使は辛いだろう。

 

「ジョセフ。やっぱり私が彼らの元に行った方が……」

 

 ジョセフの傍らで観測手を務めるアリッサが言った。

 

「あのままだと、ジリ貧よ?」

 

「いや、ダメだ」

 

 ジョセフは即答した。

 

「まだ術者が姿を現していないし、どこにいるのかがわからん。あんなイカれてることをやっているんだ、術者は相当ヤバい奴だろうよ。ここで全員、あいつらを相手して消耗するわけにはいかない。俺達だけでも温存しとかないと」

 

 ジョセフは未だ姿を見せない術者との一戦に備えて魔力を温存する方針をアリッサに伝えた。

 

 だが、このままではグレン達は袋小路に追い詰められてしまうことも予想できた。

 

 【ディスペル・フォース】という魔術を行使する手段があるが、連中をディスペルしたところで竜の牙……素材に戻るだけだ。再び術者が魔力を吹き込めばゴーレムとなってグレン達に再び襲いかかる。要するに魔力の無駄遣いだ。

 

 おまけに【ディスペル・フォース】に必要な魔力量は対象物に潜在する魔力量に比例する。半自律行動のために魔力増幅回路が組み込まれているあの連中を、いちいちディスペルしようとすれば、一気に枯渇すること間違いない。それだったら、今のやり方が最善なのである。

 

 やがて、グレン達は階段を上り始める。その先は最上階だ。

 

「場所を変えるか」

 

「ええ、そうね」

 

 ここからじゃ、十分な援護が出来ないため、ジョセフ達は東館の階段を上っていく――

 

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 二人は階段を上りきり、再び廊下に復帰する。

 

「先生!?この先は――」

 

「あぁ、行き止まりだな」

 

 システィーナが察した通り、ここから先に延々と一直線に続く廊下の先は袋小路だ。

 

「ど、どうするの!?」

 

「俺がここで食い止める。お前は先に奥まで行って……即興で呪文を改変しろ」

 

「え!?」

 

「改変する魔術はお前の得意な【ゲイル・ブロウ】だ。威力を落として、広範囲に、そして持続時間を長くなるように改変しろ。節構成はなるべく三節以内だ。完成したら俺に合図しろ。後は俺がなんとかしてやる」

 

「で、でも……」

 

 不安げにシスティーナが隣を走るグレンの横顔を見上げる。

 

「わ、私にそんな高度なことができるかどうか……」

 

「大丈夫だ」

 

 帰って来るグレンの言葉はどこか自信に満ちたものだった。

 

「お前は生意気だが、確かに優秀だ。生意気だがな」

 

「生意気を強調しないでください!」

 

「俺がここ最近で教えたことを理解しているなら、それくらいできるはずだ。てか、できれ。できないなら単位落としてやる」

 

「り、理不尽だ……」

 

 だが、こんな状況でもいつもと変わらない調子のグレンに、システィーナの緊張は、幾ばくか解れた。それをグレンが狙ってやっているのか本気なのかは、甚だ不明だが。

 

「……わかりました。やってみます」

 

「よし、じゃあ、先に行け!」

 

「はい!」

 

 グレンは足を止めて踵を返し、向かってくるボーン・ゴーレムの群れに向き直る。

 

 システィーナはそのままグレンを置いて先行する。

 

「おおおお――ッ!」

 

 グレンの放った拳が先頭のボーン・ゴーレムを粉砕した。

 

 ボーン・ゴーレム達が怒涛の勢いでグレンに襲いかかって来る。

 

(行ける。あのチンピラ男を先に襲ったことから予想してたが、こいつらは自分に近い奴を優先的に襲う単純な命令しか受けてない。なら、俺がここで生きて踏ん張る限り白猫娘を襲おうとはしない。壁は俺一人で十分だ)

 

 ゴーレム達の無数の剣を、グレンは少しずつ後退しながら体さばきでいなしていく。

 

 迫り来る攻撃の間隙盗んで拳を叩き込み、ゴーレム達を破壊していく。

 

 そして、先ほどから途絶えていた連邦軍の援護射撃が東館から再開される。そのため、多少はやりやすくなっている。

 

 だが、多勢に無勢。倒しきれないボーン・ゴーレム達の、さばききれなかった刃がグレンの身体を少しずつ刻んでいく。

 

(ち……さばきは致命傷や行動不能に陥らない最小限……なるべく長く踏みとどまって時間を稼ぐ……頼むぜ、白猫)

 

 

 

 

 東館の最上階に上がり、再び援護射撃を開始するジョセフ。

 

 銃弾を薬室に送り、頭蓋に狙いを定め、引き金を引く。一体一体、正確に撃ち抜く。

 

 途中、グレンがシスティーナに何か言い、踵を返してボーン・ゴーレムを迎え撃つ。そんなグレンに大勢で襲いかかるボーン・ゴーレムの群れ。

 

 一方のシスティーナはグレンから離れて廊下の最奥に向かうのを目撃する。

 

 これは、なにか考えがあるなと、ジョセフはそう考え、構わず為すべきことを為す。

 

 だが、いかんせん数が多すぎる。

 

 システィーナが呪文の改変に取り掛かり、ジョセフが援護するが、グレンは少しずつ、刻まれていた。ぱっと朱が宙を舞う。攻撃をさばき損ねてバランスを崩しかけるところを見ると、そう長くはもちそうにない。

 

 やはり、アリッサを向かわせた方が良かったか?

 

 そう思うジョセフだが、いまさらそうしても遅いとその考えを捨て、ひたすら敵を狙撃していく。

 

 銃弾が少なくなっていく中、スコープ越しでグレンが突然、踵を返し、システィーナの方に向かって駆け出していた。

 

 当然、ボーン・ゴーレムの群れがその後を追って来る。

 

 ジョセフは引き金を引いたら、素早くボルトを引いて銃弾を装填し、ボルトを閉めると同時に次の敵を狙い、すぐさま引き金を引く。

 

 グレンが駆ける。駆ける。

 

 ゴーレム達が迫る。迫る。

 

 ジョセフはアリッサの観測の元、ひたすら援護射撃をする。

 

 グレンとシスティーナの距離が詰まる、詰まる。

 

 彼我の距離、十足――五足――三足――

 

 そして、グレンが跳躍する。システィーナのかたわらを転がりながら通り過ぎる。

 

 その瞬間、システィーナの両手から爆発的な風が生まれた。

 

 それは【ゲイル・ブロウ】のような局所に集中する突風ではない。廊下全体を埋め尽くすような、広範囲にわたって吹き抜ける指向性の嵐だった。

 

 命名するならば、黒魔改【ストーム・ウォール】。システィーナから遥か廊下の彼方に向かって駆け流れる風の壁は迫り来るゴーレム達の進行速度を劇的に落とした。

 

「即興改変?え?学生なのに、それをやってのける?」

 

「……彼女、後々化けるわよ?あの子」

 

 ジョセフとアリッサはそう驚愕する、が――

 

「ただ、完全には足止めできていない」

 

 即興ゆえ威力が足りなかったのか。ゴーレム達は気流に逆らって少しずつにじり寄ってくる。連中がここまで辿り着くのは時間の問題だ。

 

「こりゃ、本格的にヤバいかも……」

 

 あんまり痕跡は残したくないのだが……ジョセフがアリッサの方を振り向くと。

 

「あれって……」

 

 アリッサは脂汗を流していた。

 

 ジョセフが何事かとグレン達を見ると、グレンの左拳を中心に、リング状の円法陣が三つ、縦、横、水平に噛み合うように形成され、それぞれが徐々に速度を上げながら回転を始めた。

 

「……は?」

 

 ジョセフはグレンが唱えようとしている呪文の正体に気づいた。

 

「あの術は……」

 

 あっけに取られるジョセフ。

 

 そして、グレンは前方に左掌を開いて突き出す。

 

 左掌を中心に高速回転していたリング状の円法陣が前方に拡大拡散しながら展開。

 

 次の瞬間、その三つ並んだリングの中心を貫くように発生した巨大な光の衝撃波が、前方に突き出されたグレンの左掌から放たれ、廊下の遥か向こうまで一直線に駆け抜けた。

 

 そして――殲滅。その射線上にあった物……ボーン・ゴーレムの群れはおろか、天井や壁まで、光の波動は抉り取るように全てを呑み込み、一瞬で粉みじんに消滅させていた。

 

 無音。静寂。もはや眼前に動く物は何一つない。

 

「……うそでしょ?」

 

 あっけない幕切れにアリッサが忘我する。天井は完全になくなっている。外側の壁も全て消滅し、こちらからは丸見えだ。狙撃手にとっては、最高の環境であること間違いない。まるで長大な円柱を廊下から切り出したかのようなその光景。ただ、その場所だけは吹きさらしになっていた。

 

「【イクスティンクション・レイ】……そうか、だから彼女のことを知っているのか……」

 

 黒魔改【イクスティンクション・レイ】。対象を問答無用で根源素(オリジン)にまで分解消滅させる術である。個人で詠唱する術の中では最高峰の威力を誇る呪文であり――二百年前の『魔導大戦』で、セリカ=アルフォネアが邪心の眷属を殺すために編み出した、限りなく固有魔術に近い神殺しの術だ。

 

 グレンはこの呪文を詠唱する際、何らかの魔術触媒を使っていたのだが……それでも詠唱できるだけで掛け値なしの賞賛と驚愕に値することになる。

 

 詠唱したその直後、グレンが血を吐いて頽れた。

 

 グレンの異変に、システィーナは慌ててグレンの元へ駆け寄る。ジョセフはスコープでグレンの様子を見るが、こちらからでもわかるほど、全身に冷や汗が浮かんでいる。

 

「マナ欠乏症か……」

 

「あんなオーバーキルな術を使ったんですもの。ああなるのも無理はないわね」

 

 マナ欠乏症とは極端に魔力を消耗した時に起こるショック症状だ。魔力の源は肉体に内包するマナ。マナの本質とはすなわち生命力だ。これを急激に消耗すれば当然、命に関わる。魔術とは自らの命と引き換えに振るう諸刃の剣なのである。

 

 ジョセフはグレンの状態をざっと確認する。

 

 マナ欠乏症を差し引いてもグレンの状態はひどい。全身、傷だらけの血まみれだった。致命傷はないらしいが、傷の数がかなり多い。このまま血を流し続けるのは――まずい。

 

「状態があんまり芳しくないな……急いで彼らの元に……」

 

 システィーナが怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文でグレンの傷を癒そうとしていたが……あの傷を癒すのにどれだけの時間と魔力が必要になるのか見当もつかない。

 

 その間に敵が来てしまったら、アウト。グレンとシスティーナは肉塊に変えられることだろう。

 

 せっかく知り合ったのに、ここで死なれては目覚めが悪い。そうジョセフは思い、グレン達の下へ向かうが……

 

「……まぁ、そうは問屋が卸さないというね……クソったれ」

 

 かつん、と。

 

 ジョセフ達がいる廊下に靴音が響いた。

 

「まさか、貴様らがここに侵入してくるとはな。かなりの誤算だった」

 

 廊下の向こう側から姿を現したのは、ダークコートの男だった。

 

 

 

 

 



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11

 

 

 

 

 男の背後には五本の剣が浮いていた。あれは恐らく、ダークコートの男の魔導器なのだろう。すでに起動されて展開している。

 

「うわぁ……おい、アリッサ。お前と似たような戦い方しそうなんだけど……あれって絶対、術者の意思で自由に動かせるとか、手練れの剣士の技を記憶していて自動で動くとか、そんなんだよな?」

 

「全部同じではないけど……まぁ、そうでしょうね」

 

「連邦軍……結界を改変して誰にも入れないようにしていたのだが……それを破られ、一人やられるとは思わなかった。誤算だな」

 

「はぁ?あの男はあんたが完全に殺したんでしょ?うちは人道的に寛容な態度で扱おうとしたのに、殺しちゃって」

 

「命令違反だ。任務を放棄し、勝手なことをした報いだ。聞き分けのない犬に慈悲をかけてやるほど、私は聖人じゃない」

 

「さいで……」

 

 ジョセフはアリッサに耳打ちする。

 

「アリッサ。向こうの二人の状態は?」

 

 アリッサはちらりと西館を流し見る。

 

「……彼女の方は比較的動けるかも」

 

「OK……じゃ、なにするかはわかるな?」

 

「ええ、もちろん」

 

 アリッサは突然、窓を開けて飛び降りた。

 

 全身を包む無重力と共に、アリッサが四階もの高さから落下していった。

 

 そして、ジョセフを置いて姿を消したアリッサ。

 

「ふん。いいのか?」

 

「まぁね。この場合だとこれが最善だからね~」

 

「戯け。貴様は遠距離での狙撃が得意なのだろう?」

 

「あら……よくわかったもんで」

 

 どこで見ていた?などと野暮なことは聞かない。遠見の魔術、使い魔との視覚同調、残留思念の読み取り……魔術師にとって情報を収集する手段など、いくらでもある。

 

「貴様のことを私が知らないと思っていたか?『ファルネリアの枢機卿殺し』。近距離戦では無類の強さを誇る貴様の相棒がいなくなった今、距離を失った貴様など問題ない……行くぞ」

 

 男――レイクが指を打ち鳴らすと、背後に浮かぶ剣が一斉にジョセフへ切っ先を向けた。

 

 そして、ジョセフを目掛けて飛来し、真っ直ぐ躍りかかる――

 

「まぁ……まともに戦わないことに限るんだけど――ッ!」

 

 迫り来る切っ先を、剣の動きを読んで体術でかわしていった。

 

 

 

 

「よっと……」

 

 落とされた先――校舎中庭に降り立ったアリッサ。

 

 落下中に剣を召喚し、壁に突き立てて落下速度の減速を行ったため、感覚的には階段を五、六つほど飛び降りた程度であった。

 

「さてと、彼女の元へ行かないと……」

 

 為すべきことを為すべく、西館に急ぐように向かう。

 

 なにせ、ジョセフとあの男は相性が悪い。

 

 ジョセフは中遠距離での戦いがメインであり、ダークコートの男は見た限り近距離戦がめっぽう強いと見受けられる。ジョセフも近距離戦では弱くはないのだが、いかんせん分が悪い。

 

 大量のボーン・ゴーレムの多重起動に、召喚術の超高等技法である遠隔連続召喚、そしてあの剣の魔導器――間違いない、彼は超一流の魔術師だ。

 

 ゆえに素早く動かないといけない。あれはあくまで時間稼ぎ、本命はこっち。

 

 あの男のような相手は似たような戦い方をする自分が相手した方が勝率は上がる。

 

 だが、あいては超一流の魔術師。一対一で戦うには危険な存在である。そして、ここにはあの二人がいる。片や手負いで、肩や学生――しかも、消耗しているが、メインはあくまで自分。彼らはサブに回れば問題ない。

 

 今は、猫の手を借りたいぐらい人手が欲しい。

 

 西館に入ったアリッサは、そのままグレン達の所へ向かう。本当は剣を使って壁登りすればあっという間なのだが、交戦している敵に気づかれるのは都合が悪い。

 

「……協力させてもらうわよ。生き残るために、手段は問わないわ」

 

 東館から、何かと何かが激突する音が響き渡った。戦いが始まったらしい。

 

「……予定通り」

 

 アリッサはそうほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 左から、右から、正面から、刃が迫る、迫る、迫る。

 

 空気を切り裂いて、真空を切り裂いて、刃の切っ先が迫る――

 

 ジョセフはそれを拳銃で二本撃ち落とし、残りを体さばきでかわす。

 

 三方向からジョセフに襲いかかる三本の剣は、達人の技量に匹敵する速さと鋭さでジョセフを切り刻まんとする。

 

 だが、その動きは単調で無機的。それゆえに対処も可能なのだが――

 

 不意に、ジョセフの頭上と背後から二本の剣が襲いかかる。

 

 それはジョセフの動作の隙を狙った、実に有機的な剣撃だった。

 

 とっさに身をひねって一本を辛うじてかわし、最中に指を打ち鳴らすと、最適の機会でおそいかかった二本目の剣の目の前に雷閃が出現し、撃ち落とした。

 

「危な――ッ!?」

 

 予唱していた黒魔【ライトニング・ピアス2】――連邦軍で採用されている【ライトニング・ピアス】の威力向上型を時間差起動していたため、ダメージは負ってないが、それがなかったら背中を刻まれていたことだろう。

 

 ジョセフは跳び下がり、壁を背後に身構える。

 

 ゆらゆらと、剣がジョセフに切っ先を向けてジョセフを取り囲んでいる。

 

「……両方って、んなのアリ?」

 

 そう。男――レイクの操る五本の剣は、術者の自由意志で自在に動かせる二本の剣と、手練れの剣士の技が記録され自動で敵を仕留める三本の剣で成り立っている。

 

「ご名答だ。しょせん手練れの剣士の技を模した所で自動化された剣技は死んでいる。五本揃えた所で真の達人には通用せん。かと言って五本全てを私が操作すれば、しょせん私は魔術師、やはり真の達人には通用せん。私はこれまで何十人もの騎士や魔術師を暗殺し、三本の自動剣と二本の手動剣の組み合わせが最も強い、と結論した」

 

「あ、そう。なるほどね……」

 

 事実、ジョセフは押され気味である。戦況は有利とはいえない。

 

 確かに五本とも自動化された剣ならば、五本とも術者の自由意志で動かす剣ならば、対処はもっと楽だった。自動剣と手動剣が互いの短所を補いあっているがゆえに隙がまったく見当たらない。

 

「それにしてもまぁ、魔術師らしくないこって」

 

 この手動剣の動きは素人の物ではない。超、とまではいかないだろうが一流の剣技だ。遠隔操作でこの動きができるということは、この男自身も相当の剣の使い手のはずだ。この男に剣を持たせれば、並みの剣士ならば瞬殺されるだろう。

 

 魔術師――特に帝国の魔術師は肉体修練で練り上げる技術をとにかく軽んじる。精神修練で培う魔術の下に置きたがる。ゆえに、ジョセフもそうなのだが、この男はジョセフとは違った方向性で魔術師から外れた男だった。

 

「まぁ、こういう敵は近い方向性を持った魔術師をぶつけるに限るわけで……」

 

 そんな魔術師らしくもなく、相性が最悪に近いレイクを前に、ジョセフはにやりと笑った、その時。

 

 突然、窓が割れ、レイクめがけて一本の短剣が襲いかかってきた。

 

「何――ッ!?」

 

 完全に不意打ちを食らったレイクが反応する前に、短剣はレイクの左腕に巻き付く。よく見れば柄頭からワイヤー状のものが西館から伸びている。

 

 短剣が巻き付いた直後、ワイヤー状が巻き戻され、レイクは東館から西館へと引きずり込まれる。

 

「――ッ!?」

 

「はっ!だーれがお前なんかとまともに相手するか」

 

 西館へと引きずり込まれていくレイクに向けて、ジョセフは中指を立てるのであった。

 

 

 

 

 一方、アリッサは階段を上り、廊下に復帰しようとすると。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

 

「これが大丈夫に見えたら病院に行け……」

 

 慌ててグレンの元へ駆け寄ったシスティーナと、致命傷はないが、全身、傷だらけの血まみれ姿で倒れていたグレンがいた。

 

 先のグレンの減らず口にもキレがない。

 

「≪慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を≫」

 

 システィーナは、怪我を治す白魔【ライフ・アップ】の呪文でグレンの傷を癒そうとする。しかし、システィーナは運動とエネルギーを扱う黒魔術や、物資と元素を扱う錬金術は得意だが、【ライフ・アップ】のような肉体と精神を扱う白魔術はそれほどでもない。

 

 これだけの傷を癒すのにどれだけの時間と魔力が必要になるのか見当もつかない。

 

「馬鹿、やってる場合か……」

 

 グレンが口元を伝う血を拭って無理やり立ち上がる。その膝は笑っていた。

 

「今すぐ、ここを離れるぞ……早くどこかに身を隠……」

 

 言いかけて、グレンは苦い顔をした。

 

「んな呑気なことを許してくれるほど、状況はよくないはずないよなぁ……くそ」

 

 かつん、と。

 

 破壊の痕跡が刻まれた廊下に靴音が響いた。

 

「【イクスティンクション・レイ】まで使えるなんて。貴方何者なの?」

 

 廊下の向こう側から姿を現したのは……アリッサだった。

 

「あー、もう、お前がここに来た時点で嫌な予感がするよなぁ……あれって絶対、『状況が変わったから、お前らも手伝え』って、そんなんだぜ?ちくしょう」

 

「あら、なら話は早いわね。死にたくないなら協力なさい」

 

「お前なぁ……今の俺の状態を見てから言ってる?知ってながら、言ってるのか?」

 

「ええ、知ってるわよ。貴方の予想通り、敵がかなりヤバいから。安心なさい、私がメインで貴方達はサブに回ればいいわ」

 

「ああ、そうかい。お前らさ、人遣い荒すぎるとか言われてるだろ?ていうか、どこも安心できる要素がないがな」

 

 アリッサはシスティーナに耳打ちする。

 

「ねぇ、貴女。魔力に余裕は?浮いている剣をディスペルできそう?」

 

 システィーナはアリッサの言うことの意味がわからず、困惑しながら答える。

 

「えーと、余裕があるかといえばまったくないというわけではないですけど……」

 

「例えば、相手は超一流の魔術師で、見ただけで大量の魔力が漲っていて、魔力増幅回路が組み込まれているとしたら?その相手に【ディスペル・フォース】は使える?」

 

「それなら、私が残りの魔力全部使っても多分、少し足りない……と思う。そもそもそんな相手、【ディスペル・フォース】を唱えさせてくれる隙がなさそうな……」

 

「そう。なら、いいわ」

 

 アリッサが何かと呟いた後、左側に剣が召喚されて浮遊する。ふいにアリッサが東館に向けて指差すと、剣は東館に一直線に飛んでいく。

 

 そして、アリッサは突然、システィーナを突き飛ばした。

 

「……え?」

 

 システィーナが突き飛ばされた先は、グレンの【イクスティンクション・レイ】によって右手に空いた空間――校舎の外だ。

 

「わ――きゃあああああああ――ッ!?」

 

 全身を包む無重力と共に、システィーナが四階もの高さから落下していた。

 

 落下中にシスティーナが【ゲイル・ブロウ】を唱えて、落下速度を相殺したのだろう。外から突風が吹き荒れる音が響いてきた。

 

 東館からロープが伸びた剣に巻き付けられたレイクがアリッサの目の前に連れ込まれたのは、同時のタイミングだった。

 

「え?マジで?」

 

 なんか猛烈に嫌な予感がしたグレン。

 

「ふん。貴様が相手か」

 

「まぁね。彼、狙撃は得意だけど、こういう格闘戦の場合は私の方が十倍、上手くて得意なの」

 

 得意げに言うアリッサの周囲には五本の剣が召喚され、浮遊している。レイクの周囲にも五本の剣が浮遊している。

 

「うわぁ……ボク、すげぇ嫌な予感がするんですけど?あれって絶対、術者の意思で自由に動かせるとか、手練れの剣士の技を記憶していて自動で動く剣とか、そんなんだぜ?ちくしょう」

 

 似たような戦闘スタイルを持つ、二人の間に膨張する緊張感に呑み込まれながら、グレンは顔を引きつらせる。

 

「ていうか、貴方、私達と遭遇する前に剣を浮かせていたわね。何でなの?」

 

「そこの三流魔術師――グレン=レーダスが魔術の起動を封殺する、そんな術があるのだろう?貴様らに陣がやられたとはいえ、その男に一方的にやられていたことだろう。加えてボーン・ゴーレム達に対して貴様はその妙な術を使わなかった。つまりは魔術起動のみを封じる特殊な術、ということだ。ならば、最初から術を起動しておけば問題ない……行くぞ」

 

「へぇ?そういう術あったんだ?まぁ、今はそんなの関係ないけどねッ!」

 

 レイクとアリッサが同時に指を打ち鳴らすと、お互いの背後に浮かぶ剣が一斉にレイクとアリッサ、グレン両者にそれぞれ切っ先を向けた。

 

 そして、両者目掛けて飛来し、真っ直ぐ躍りかかる――

 

「だぁああああ――ッ!?俺、絶対いらないだろ、これぇええええ――ッ!?」

 

 迫り来る切っ先を、傷んだ身体に鞭打ってグレンは必死にかわしていった。

 

 

 

 

 



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12


連投です。どうぞ。


 

 

 

「い……痛たたた……もう、なんてことするのよ……あの女!」

 

 落とされた先――校舎中庭に四つんばいに突っ伏しながらシスティーナがつぶやいた。

 

 黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文で落下速度の減速を行ったため、感覚的には階段を五、六つほど飛び降りた程度ではあるが……

 

「これ何の仕打ち!?もし私の呪文詠唱が間に合わなかったらどうするつもりだったのよ!?もう!」

 

 叫んではみたが、システィーナの心は急速に沈んでいった。

 

 冷静に考えてみれば、女が自分を遠ざけたのもわかる。

 

 大量のボーン・ゴーレムの多重起動に、召喚術の超高等技法である遠隔連続召喚、そして女の話を聞いた感じ、敵――恐らく、あのチンピラ男と一緒にいたダークコートの男は格上だ。それもチンピラ男とは比べ物にならないほど。あんな規格外の魔術師の戦いの場に残ったシスティーナが巻き込まれて死亡する確率と、校舎の外へ突き落されたシスティーナが落下死する確率。そんなもの比較するのも馬鹿馬鹿しい。

 

 そんな状況だから、確認もせずにいきなり突き落としたということは、ここまでついてこれたシスティーナのことを少なからず信頼してのこと、とは理解できるのだが……

 

「結局、私は……足手まといなのね……」

 

 システィーナでもわかる。あの連邦軍の二人は、自分なぞ足元にも及ばないぐらい格上だということを。そんな彼らからしてみれば、足手まといに見られてもおかしくない。

 

 グレンも確かにボーン・ゴーレムに追われている時に、お前の魔術の援護が必要だ、と言ってくれた。

 

 だが、それはシスティーナを庇いながらでは、という条件がつくのではないか?敵の攻撃をさばく、呪文を唱える、システィーナを庇う。その三つが二つだったら……グレンなら何の問題もなかったのではないか?ましてやあの二人がいるなら、さっきの追い詰められた状況もすぐに片が付いたのではないのか?

 

 そもそも、自分達があれほど大量のボーン・ゴーレムに追われることになった原因は?

 

 あのダークコートの男に捕捉されることになった切欠は?

 

 それは、あの連邦軍の二人組がシスティーナを助けてしまったからではなかったか?

 

 しかも恐らく、そのせいで二人組が負傷しているグレンに手を借りたいほどに追い詰められてしまっていたはずだ。そう、全て自分のせいで。

 

「――ッ!?」

 

 頭上から、何かと何かが激突する音が響き渡った。戦いが始まったらしい。

 

 こうなればもう、システィーナにできることは何もない。

 

「もう、彼女の言う通りにするしか……」

 

 がくりと肩を落としてシスティーナはその場にうなだれた。自分の無力さに打ちひしがれ、目の前が真っ暗になっていく。

 

 だが、その時だった。システィーナは、ふと気づく。

 

「……言う、通り?」

 

 その言葉には何か違和感がある。

 

 システィーナはその違和感の正体をぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 そこは、十本の剣が飛び交う激戦地区と化していた。

 

 右から、左から、頭上から殺到してくる剣を体術でかわし、剣で迎撃するアリッサ。

 

 その隙に二本の剣をダークコートの男――レイクの腹部を貫こうと飛翔させるが、手動剣の二本が縦となり、それを防ぐ。

 

 その隙にレイクに背後から一本の剣が迫るが、それを察知したレイクは体術でかわす。

 

 すると、レイクの三本の自動剣が今度はグレンに襲いかかる。

 

「はぁ――ッ!」

 

 グレンはそれを左拳で受け流し、右拳で撃ち落とし、体さばきでかわす。

 

 三方向からグレンに襲いかかる三本の剣は、達人の技量に匹敵する速さと鋭さでグレンを切り刻まんとする。

 

 だが、その動きは単調で無機的。そのため、対処はグレンでも辛うじて可能なのだが――

 

 不意に、グレンの頭上と背後から二本の剣がグレンの動作の終を狙った、実に有機的な剣撃で襲いかかる。

 

 とっさに身をひねるグレンだが、最適の機会で襲いかかった二本の剣はグレンの背中を刻んだ。

 

「が――ッ!」

 

 紅が散華する。対処が間に合ったため、傷は深くない。だが、決して浅くもない。

 

「ち、ぃ――」

 

 グレンは跳び下がり、壁と背後に身構える。

 

「両方とか、厄介過ぎるだろ……ッ!?」

 

 戦況はアリッサがいるせいか、ほぼ互角。だが、グレンはこの状況に呪文を詠唱する暇がまったくない。

 

 レイクは三本の自動剣と二本の手動剣を操っている。これならば互いの短所を補い合うことができ隙が見当たらなくなる。アリッサの場合、全部を術者の自由意思で操る手動剣でレイクと互角に張り合っているが、レイクの方がアリッサよりも効率的だった。

 

「俺が言うのもなんだが……こいつら、魔術師らしくねーよな」

 

 おまけにこの二人の手動剣の動きは素人の物ではない。超、とはいかないまでも一流の剣技だ。遠隔操作でこの動きができるのだから、この二人は相当の剣の使い手のはずだ。並みの剣士ならば、この二人を前に何もできずに瞬殺されることだろう。

 

「そこ――ッ!」

 

 アリッサが三本の手動剣をレイクに肉薄する。技の鋭さそのものはレイクの自動剣にやや劣る。

 

「動きが単調だぞ?」

 

 現にレイクが自動剣三本で迎撃する。無機的だが鋭い自動剣はアリッサの三本の手動剣を叩き落とす。

 

 叩き落とし、二本の手動剣でアリッサを攻撃しようとしたレイクは、その時、アリッサの背後にあった二本の手動剣が消えていることに気づいた。

 

 ここで二本の剣を消すなど、無防備をさらすことになり、自殺行為にも見えるのだが――

 

「ち――」

 

 瞬時にアリッサの思惑を察知したレイクは左右に二本の剣を盾にした瞬間、突然、左右から二本の剣が出現しレイクの剣に受け止められた。

 

「ち……」

 

 アリッサは舌打ちする。

 

 先ほどの三本の攻撃はフェイク。レイクが三本の自動剣で迎撃させている隙に、残り二本の剣を時空間転移術を使ってレイクの左右に忍ばせていたのだが、それを瞬時に察知されたらしい。

 

 すると、この攻撃の終を、グレンは数少ない好機と咄嗟に判断したらしい。

 

「≪紅蓮の獅子よ・憤怒のままに――――」

 

 グレンが左手を掲げ、呪文を唱え始める。

 

 選択した魔術は、黒魔【ブレイズ・バースト】。収束熱エネルギーの球体を放ち、着弾地点を爆炎と爆圧で薙ぎ払う強力な軍用の攻性呪文だ。

 

 この【ブレイズ・バースト】の爆炎に巻き込まれれば、消し炭すら残らない。

 

 この狭苦しい空間では爆炎を避けることもままならない。

 

「≪・吼え――」

 

 だが、グレンの三節詠唱が完成するよりも早く――

 

「≪霧散せよ≫」

 

 レイクの指先が動き、一説詠唱が完成していた。

 

 その瞬間、グレンの左掌に生まれかけていた火球が、ぱぁんと音を立てて弾け、魔力の残滓となって空間に散華した。

 

 黒魔【トライ・バニッシュ】。空間に内在する炎熱、冷気、電撃といった三属エネルギーをゼロ基底状態へ強制的に戻して打ち消す、対抗呪文だ。

 

「遅いぞ?魔術講師」

 

「く、そ――ッ!」

 

 歯噛みしながら跳び下がるグレンに追いすがるように、頭上から飛来する五本の剣が次々と床に突き立っていく。

 

「噓でしょ!?こんな時に三節詠唱だなんて、一節で出来ないの!?一節で!?」

 

 グレンの実力を垣間見たアリッサが、愕然としてグレンに振り返る。

 

「うっせえ!仕方ねえだろ!?俺は生まれつき魔力操作の感覚も、略式詠唱のセンスが壊滅的なんだよ!文句あっか!?こんちくしょう!」

 

「無駄話もそこまでだ。呪文の撃ち合いにおいて三節詠唱が一節詠唱に勝てるわけあるまい。【ブレイズ・バースト】とはこう唱えるのだ――」

 

 冷酷な目で五本の剣から逃れ、アリッサと言い合うグレンの姿を捉え、レイクが呪文を唱える。

 

「≪炎獅子――」

 

 一節詠唱による黒魔【ブレイズ・バースト】の超高速起動。これができれば、たった一人で一軍とも渡り合えるとされる高等技術である。

 

 この魔術講師が三節でしか魔術を起動できないことを早々に看破したレイクは、この一手で一人を始末できると半ば確信していた――が。

 

「!」

 

 なんと、グレンはレイクが一節詠唱を開始したのと同時に、懐から何かを取り出そうとするような仕草を見せながら、レイクに向かって突進し――

 

「≪猛き雷帝よ・極光の閃槍以て――」

 

 絶対に間に合うはずの無い三節詠唱を開始したのだ。

 

「――ッ!?」

 

 アリッサはそれこそ、仰天した。後手を取ったくせに、相手の詠唱節数以上の呪文行使、それはあまりにも魔術戦の定石を無視した暴挙だ。

 

 だが――

 

「ち――」

 

 レイクの掃除屋としての鋭敏な判断力は瞬時にグレンの狙いを看破した。

 

 起動しかけていた【ブレイズ・バースト】の魔術を解除し、跳び下がる。

 

「・刺し穿て≫――ッ!」

 

 その隙を狙い打つかのように、グレンの呪文が完成する。

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】。グレンの指先から一条の電光が迸り、レイクの身体の中心目掛けて真っ直ぐ突き進む。

 

 が――レイクがとっさに操作した二本の手動剣が辛うじて間に合い、レイクの眼前で交差し、それを弾いた。

 

「ち――通らねえか」

 

 舌打ちするグレン。

 

 すかさず、レイクが指を打ち鳴らして自動剣を操作する。

 

 地面に突き立っていたままの三本の剣が空中へと引き抜かれ、グレンに襲い掛かる。

 

 それをアリッサの三本の剣が迎え撃ち、次々と叩き落す。

 

「その剣、【トライ・レジスト】まで符呪済みかよ。やーれやれ、周到なこった。最悪一本は取れると思ったんだがな」

 

「……貴様」

 

 レイクは内心、今のグレンの立ち回りに舌を巻いていた。

 

 それは、アリッサも同様であり、東館で狙撃銃を構えていたジョセフも同様であった。

 

 

 

 

 



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13

 

 

(マジかよ……)

 

 ジョセフはレイクと同様にグレンの立ち回りに、舌を巻いていた。

 

 マナ・バイオリズムという概念がある。人間の生体マナの状態を表す指標だ。制御されても乱れてもいない通常の状態はニュートラル状態、制御されている状態をロウ状態、そして、制御されていない乱れた状態をカオス状態という。

 

 魔術を行使するには精神集中や呼吸法によって、ニュートラル状態にあるマナ・バイオリズムは一気にニュートラル状態を通り越してカオス状態となる。行使する魔術の規模によってマナ・バイオリズムのカオス側への傾き方が異なるが、基本的にどの魔術も、行使すればカオス側に振れてしまうのは避けられない。

 

 そして、カオス状態の時は、いかなる卓越した魔術師でも魔術行使ができない。

 

 これが魔術の絶対法則だ。

 

 この状態でもある程度の戦闘能力を保持するため、連邦の魔術師は銃も扱えるように訓練されている。

 

 今のグレンの立ち回り――無謀な【ライトニング・ピアス】の詠唱は恐らく罠。それに先んじようとしたレイクが【ブレイズ・バースト】を完成させれば、恐らくグレンは例の謎の封印魔術(ジョセフは無線を通してアリッサの話から知ることができた)を躊躇なく行使し、その起動を防いだに違いない。

 

 そうすれば、呪文を起動することなく、ただマナ・バイオリズムをカオス状態にしてしまったレイクの剣の魔導器は一瞬、動きが止まる。その一瞬で、屈指の格闘戦能力を持つグレンの懐に入られてしまえば――

 

 かと言って、その封印魔術を警戒し、剣の魔導器でグレンを迎え撃とうとすれば、今度はグレンの【ライトニング・ピアス】にレイクが撃たれる。今思えば、最初にグレンが唱えた無様な三節【ブレイズ・バースト】も、恐らくこの『誘い』のための布石だろう。

 

 あの一瞬で咄嗟にレイクへ突きつけた死の二択。相手のマナ・バイオリズムの振れ幅まで見切ったその立ち回り。少しでもタイミングを過てば、絶体絶命の不利に追い込まれるというのに、それをやってのけてしまえる胆力と判断力――

 

「貴方は一体、何者なんだい?」

 

 これはもう、ただの魔術講師にできる立ち回りではない、歴戦の魔導士のそれだ。

 

 ジョセフは、最初にグレンを見た時に抱いた軍人特有の雰囲気を思い出し、それが間違いではなかったと確信した。魔術師として三流であることに間違いはないが――ただの三流ではない。下手したら逆に狩られかねない『三流魔術師』だ。

 

(それに、グレン=レーダス、か……)

 

 無線越しに聞こえた講師の名前に、ジョセフは聞き覚えがある。

 

 面識は全くないが、その名前と似たような名前が連邦軍内でもある程度噂になっていた。特にジョセフとアリッサが所属している特殊作戦軍内では。

 

(……まさか、ね)

 

 あのいかにも軍人らしい立ち回りを見て、ジョセフは狙撃銃を構える。

 

 あの化け物との戦いも、もうすぐで決まりそうだ。

 

 

 

 

「グレン、と言ったな?貴様、一体何者だ?」

 

「ただの魔術講師だよ、非常勤だけどな」

 

「どうだがな……まぁ、いい。なるほど、確かに呪文起動を封殺するタイミングを自分で選べる、とは少々厄介だ」

 

「どうだ?俺がいつ封殺するんだかわからないんだし、これからも思い切って適当に呪文を織り交ぜて使ってみたらどうだ?軍用の攻性呪文とかマジお勧め」

 

「ふざけたことを。貴様の実力は認めるが、二度目は通用せんぞ?」

 

「ちくしょう、やっぱバレバレかよ。俺、お前嫌いだ」

 

 ふて腐れたようにいうグレンに対し、レイクは氷のような笑みを口元に浮かべていた。

 

「逆に私はお前に敬意を表する。連邦軍がいるとはいえ、私を相手にここまで戦えたのは貴様が初めてだ」

 

 私も同じこと思った、とアリッサはこの時は思った。

 

 相手にグレンがいるからこそ、封印魔術を警戒したレイクは全力を出し切れない。相手にグレンがいなければ、早々にボーン・ゴーレムを召喚して、同時にこの五本の剣で攻め立て、さらに攻性呪文による波状攻撃が可能だ。そもそも、レイクがまだどんな切り札を隠し持ているかわかったものではないのだ。この男が好き勝手に魔術行使したなら一体誰が抗えるのか。アリッサも化け物じみた連中をそれなりに知っているが、その誰もがこの男に勝てるイメージがまったく思い浮かばない。

 

(単独で勝てるなら、『灰塵の魔女』しか……私達の場合、大佐がいないと厳しいかも)

 

 となると、連中はとんでもない化け物を送り込んできたものだ。

 

(ここまでの化け物を送り込んでくるなんて……確かこいつらって、ルミアって子をどこかに連れ去ったんだっけ?)

 

 今回の案件、かなり奥深いものなのではないだろうか?

 

 まぁ、それはそれとして、今はこの男に対してどう仕掛けるか?ということなのだが。

 

「これ、どうするのよ?」

 

「正直、わからん?【ライトニング・ピアス】が通らんかったのはマジで痛い」

 

「【ウェポン・エンチャント】はどれぐらい持ちそうなのよ?」

 

「そろそろ尽きてもおかしくないな。これ、切れたらマジで詰む。張り直すにしても三節もの呪文を唱える暇なんて与えそうにないもんな……ていうか、まだ【ウェポン・エンチャント】が残っている自体が驚異なんだけど……白猫のやつ、本当に優秀だったんだな。生意気だが」

 

「それ、貴方じゃなくてあの子が符呪したの?」

 

 どんだけなのよ、あの銀髪の子、とアリッサは若干引き気味になる。

 

「となると、いよいよ覚悟を決めるしかないってことか……」

 

「ええ、そうね」

 

 グレンは息を一つ深くつき、拳を構えた。いつも通りの拳闘の構えだ。

 

 アリッサも五本の剣の切っ先をレイクに向ける。その時、ちらっと東館の方を流し見て、ほくそ笑んだ。

 

「ふっ。何か仕掛けてくるつもりだな?」

 

 雰囲気が次の一合が最後になることを敏感に感じ取り、レイクも油断なく身構える。

 

 レイクが手を前掲げると、それに応じて五本の剣がグレンとアリッサに切っ先を向けた。

 

 きり、と。

 

 空間に緊張が走る。

 

 まるでその場の気温が一気に氷点下を振り切ったかのよう。

 

 そして。

 

「――死ね!」

 

 レイクが五本の剣を放つのと。

 

「やっちまいな!」

 

 アリッサが二本の剣を放つのと。

 

「≪~~・――――ッ!」

 

 グレンが片手で口元を隠し、なんらかの呪文詠唱を開始したのは同時だった。

 

「馬鹿め!たとえそれが一節詠唱だったとしても私の方が早いぞ!」

 

 レイクの宣言どおりだった。

 

 常に三節で括られるグレンの呪文詠唱はまるで間に合わない。

 

 アリッサの方は二本の剣で向かって来る二本の剣を迎え撃つが、何を思ったのか、一本を外に向かって放ち、残り二本をレイクに向けて放った。二本の、しかも単調な動きで迫る剣をレイクはかわす。そして、二本の剣でアリッサ自身に対する迎撃に成功したとしてもグレンの援護にはどうやっても間に合わない。

 

 閃光のように翔ける三本の剣。

 

 そして、鋭い物が肉を穿つ音が三回。

 

 グレンの胸を、腹を、肩を、剣が深々と刺し穿つ。剣が命中する瞬間、グレンは辛うじて身をさばき、急所を外していたが――勝負は決した。

 

 ――かのように思えた。

 

「――均衡保ちて・零に帰せ≫!」

 

 だが、剣を上半身に受け、血反吐を吐きながら、グレンは呪文を完成させていた。

 

 その術は――

 

「何!?【ディスペル・フォース】だと!?」

 

 対象物の魔力を消去し、無効化させる【ディスペル・フォース】の魔術をグレンは起動したのだ。

 

 グレンの身体を穿つ剣が【ディスペル・フォース】とぶつかり合って白熱する――

 

「確かにそれが通れば、私の剣は一時的にただの剣に成り下がるが――」

 

 だが、それは悪手だ【ディスペル・フォース】に必要な魔力量は打ち消す対象物の持つ魔力量に比例する。この術は本来、簡易符呪を解くための術であり、魔力増幅回路が組み込まれた魔導器に通う魔力をディスペルしようとすれば、それこそ自身が一瞬で枯渇してしまうほどの莫大な魔力が必要になる。魔術戦において相手の魔導器を【ディスペル・フォース】で対処するのは、やってはならない悪手であることは常識なのだ。

 

 案の定、グレンの【ディスペル・フォース】は剣の魔力を打ち消しきれていない。剣に込められた魔力を幾ばくか殺いだがそれだけだ。剣の遠隔操作にほぼ支障はない。

 

 しかも、三本の内、二本は手動剣だ。おまけに、アリッサが【ディスペル・フォース】をしようにも、マナ・バイオリズムの影響ですぐにはできない。二本の剣を抑えられているとはいえ、今なら手動剣をグレンの身体から引き抜き、返す刀でその首を刎ねる――それでグレンは終わりだ。

 

「悪あがきもここまでだ、死ね――」

 

 レイクが手を上げた――その瞬間だった。

 

「≪力よ無に帰せ≫――ッ!」

 

 あさっての方角から、全く予想もしていなかった一節詠唱が飛んだ。

 

「何――ッ!?」

 

 背後の廊下の先、遥か向こうに見覚えのある人影があった。

 

 システィーナだ。いつの間にかそこにいたシスティーナが、グレンのディスペルに合わせて、ありったけの魔力を乗せて【ディスペル・フォース】を飛ばしたのだ。

 

 レイクの誤算は二つあった。システィーナの臆病さを見知っていたがために、てっきりもう逃げたものだと判断し、戻って来る可能性を失念していたこと。そして、システィーナにこれほどの技量と魔力容量があったということだ。

 

 グレンとシスティーナの【ディスペル・フォース】、二つ合わせて今、特にグレンを苦しませていた三本の剣は、この瞬間、ただの剣に成り下がり、アリッサの剣が押さえていた二本の剣も完全に押さえられてしまった。

 

 そして、次の瞬間。東館から銃声が響き渡った。

 

「く――ッ!」

 

 レイクは咄嗟に跳び下がろうとするが、頬辺りに銃弾か掠める。もし、アリッサが放った一本の剣の腹に火花が散っていたのを見逃していたら、頭蓋を粉砕されていたことだろう。

 

「ぉおおおおおおお――ッ!」

 

 すると、グレンが間髪を容れず、上半身を剣に貫かれたまま、レイクへ向かって駆け出す。

 

「ち――≪目覚めよ刃――」

 

「遅ぇッ!」

 

 再び剣に魔力を送って、浮遊剣を再起動させようとする男に先んじて、グレンが愚者のアルカナを引き抜いた。

 

 固有魔術【愚者の世界】――愚者の絵柄に変換した魔術式を読み取ることで、グレンを中心とした一定効果領域内における魔術起動を封殺する術が一瞬早く起動する。

 

 この場における、全ての魔術起動が封印された。

 

「うぉおおおおおおお――ッ!」

 

 グレンはアルカナを投げ捨て、自身の肩に刺さる剣を引き抜いて――

 

 ――そして。

 

「………………」

 

 静寂。グレンが突き出した剣は――レイクの左胸部――急所を完全に貫通していた。

 

 

 

 

「……思い出した」

 

 スコープ越しで事の顛末を見ていたジョセフは、グレンに対し何かを納得したかのような顔で呟いた。

 

「一年前まで帝国宮廷魔導士団に一人、凄腕の魔術師殺しがいた。いかなる術理を用いたのかは知らないけど、魔術を封殺する魔術をもって、外道魔術師達を一方的に虐殺して廻った帝国子飼いの暗殺者」

 

 そう。まるで今のように。

 

「活動期間は約三年。その間に始末した一級の外道魔術師の数は公式だけでも二十四人。しかも、その誰もが超一流の凄腕ばかり。旧世界だけでなく新世界では連邦軍も南オーシア軍も裏の魔術師達の誰もが恐れた魔術師殺し、コードネームは――『愚者』」

 

 スコープでレイクとグレンを見るジョセフ。

 

「まさか、その正体が三流魔術師だったなんて……やれやれ、こんなことがあるとはね」

 

 レイクは崩れ落ちるように倒れた。もう、彼は脅威ではない。すでに死んだのだから。

 

 そして、グレンも壁にもたれかかるように崩れ落ちるのを確認したジョセフはスコープから目を離し、ライフルを肩にかけて西館に向かうのであった。

 

 

 

 

 



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14

 

 

 

 ジョセフ=スペンサーとアリッサ=レノ。

 

 ジョセフは帝国古参の貴族でスペンサー伯爵家の女当主であり、かつて帝国宮廷魔導士団の一員として活動していたエヴァの嫡男として、アリッサはレザリア王国で聖堂騎士団の一員として活動し、代々上級幹部を輩出していたレノ家の嫡女として、生を受けた。

 

 共に魔術と法術を扱う大家として、そして帝国軍と聖堂騎士団の一員として二人は幼い頃から手解きを行われる。二人とも優れた才能を有しており、そしてとても勉強熱心であり、そんな二人をそれぞれの両親は家族として愛していた。

 

 やがて、ジョセフは五年前に連邦に移住してからは連邦陸軍軍学校へ、アリッサはファルネリアにある女学院に通うようになる。この頃から二人の人生は徐々に徐々に狂い始めるようになる。特にアリッサの場合、レノ家が聖堂騎士団内での内部闘争に巻き込まれ始めたのもこの頃だ。

 

 それでも、二人はそれぞれ己を鍛錬していった。ジョセフは訓練に次ぐ訓練で。アリッサは朝早くと放課後に課せられた鍛錬をこなしていった。

 

 やがて、二人は学年でトップクラスの成績に躍り出る。まさに、一族の名に恥じないようにその成績を戦争が起こるまでは保っていた。

 

 だが、聖暦1852年の秋から冬にかけて。

 

 ジョセフは唯一残された母親がシャーロットで起きたテロ事件で行方不明になり、アリッサは両親を失い裏切り者として追われる身となった。

 

 そして。

 

 北セルフォード大陸での勢力圏争いに端を発した、オーシア連邦とレザリア王国と同盟国間で起きた戦争で二人は出会うことになった――

 

 

 

 

 ジョセフは気を失ったグレンを担ぎ、システィーナの案内の元、医務室に運び込んだ。

 

 近いベッドにグレンを仰向けに寝かせ、応急処置を開始する。

 

 グレンの状態はお世辞にも酷いものだった。全身という全身が血まみれであり、傷がないところを探すのが困難なぐらいに傷だらけだった。当然、出血もしている。この状態でも生きているのが不思議なくらいに酷いが、まだ生きている。だが、早く応急処置しないと、今度こそグレンはあの世に旅立つことなる。

 

「包帯を」

 

「あ、はい!これです」

 

 寝かせた後、ジョセフはシスティーナから包帯を受け取り、深手を負った箇所に包帯を巻いていく。すぐに包帯が血で赤く染まるが、今は出血を止めなければならない。

 

 すると、システィーナはベッドのそばの椅子に腰かけ、両の掌をグレンの身体に当てる。そして、治癒魔術である【ライフ・アップ】の温かな光を灯した。

 

「おい、あんま無茶すんな」

 

 ジョセフはシスティーナの顔を見る。少し脂汗と共に顔が青ざめている。マナ欠乏症の前兆が現れつつある。

 

 なにせ、ボーン・ゴーレムからレイク戦までぶっ続けで魔力を行使していたのだ。普通の学生ならばとっくにへばっている。それでも、立っていられるのは驚嘆に値するが、かなり無理しているのは明らかであった。

 

「大丈夫、ですから……このくらい大丈夫ですから」

 

 顔に色濃く疲労を浮かべてもシスティーナは構わず、グレンを治癒する。出血は止まったが、傷はまだ完全に塞がってはいない。

 

 しばらくすると。

 

「う……ぐ……」

 

 グレンが目を覚ます。恐らく気分は最悪で、頭がぐらぐらと揺れて、全身にひびでもはいったかのようにじくじくと痛む。そういう状態ですと言わんばかしの顔をするグレン。

 

「ここは……どこだ……?」

 

 どうやら自分はベッドの上に寝かされていて、消毒液の匂いと白一色でまとめられた天井や壁を見て、ここは医務室だと理解する。

 

「……お目覚めだな」

 

「あ……気づいた……?」

 

 グレンが目を覚ましたことに気づくジョセフとシスティーナ。

 

「……よ、よかった……もう、だめかと……」

 

 じわり、と。システィーナの目尻に涙が浮かぶ。

 

「馬鹿……もう……本当に馬鹿なんだから……あんな無茶するなんて……」

 

「はぁ……あそこまで無茶をする人間、貴方が初めてよ?正気じゃないわ」

 

 アリッサは半ば呆れ気味に言う。それもそうだ。下手したら死んでいたかもしれないのだから。

 

 システィーナの方を見ると、その顔には色濃く疲労が浮かび、脂汗と共に青ざめている。マナ欠乏症の前兆がはっきりと浮かんでいる。

 

「やめろ……もう、いい……大丈夫……だ……」

 

 身を起こそうとするグレンを、システィーナが慌てて押し止めた。

 

「だ、大丈夫なわけないじゃない!?出血はなんとか止まったけど、まだ全然、傷が塞がってないのよ!?」

 

「ただでさえ……【ディスペル・フォース】で大量の魔力を使わせたんだ……お前、これ以上無茶したら死ぬぞ……」

 

「その前に貴方が死んじゃうわよ!お願いだから大人しくしててよ!」

 

「だ……が……」

 

「はぁ……もう、私はまだ大丈夫よ。このペンダントの魔晶石に普段から少しずつ蓄えてあった予備魔力がまだ残っているから」

 

 そう言って、システィーナは手に握っていた結晶のペンダントをグレンに見せる。

 

「それよりも今は貴方よ。まだ敵は一人以上残ってるんだから……貴方を一刻も早く動けるようにしないと……」

 

 理はシスティーナにあると悟ったらしい。グレンはすねたように目を背ける。

 

「悪い……回復頼むわ……すまん……」

 

「はぁ……普段もこのくらい殊勝だと良いんだけど……」

 

 ため息をつきながら、システィーナは【ライフ・アップ】の施術を続行する。

 

 その様子を見たジョセフとアリッサはシスティーナが本当に無茶しない限り、大丈夫だと判断。医務室を出る。

 

 二人の敵を撃破したが、少なくとも一人、敵が残っている。レイクのようにこちらに来る可能性が高い以上、こちらが索敵し、グレン達に到達する前に撃破することにした。

 

「にしても、お前……本当に人遣い荒すぎるだろ……」

 

「あの銀髪の子のこと?学生であれだけ風を使いこなせるなら大丈夫だろうと判断したまでよ?」

 

 疲弊していたグレン達を巻き込むことを思いついたジョセフも十分人遣いが荒いが、二人はそんなことを気にしない。重傷者一人出てしまったが、敵二人、撃破できたのだから。

 

「でも、あの二人もあの二人よ。私の意図がわかっていたようだし、七、八割ダメかもと思ってたわ」

 

「それと、あそこで剣一本出してくれたのはナイスだったわ。掠めただけだったけど」

 

「どっかの誰かさんが、跳弾は避けにくいって何回もおっしゃっていましたからそれを実行したまでよ」

 

「角度も絶妙だったし」

 

「あら、そこまで褒めてくれるなんて……お礼に私を――」

 

「あ、結構です」

 

「……そこは即答なのね」

 

 それから二人は二手に別れる。

 

 なにせ、この学院は敷地が広大だ。校舎だけじゃなく学生会館、競技場などが広く散在しているが校舎だけでもかなりの広さがある。

 

 敵がレイクのように襲撃するということを前提にし、ジョセフは西館を、アリッサは東館を中心に索敵するのであった。

 

 

 

 

 あれから、五時間ぐらい経った。

 

「……おかしい」

 

 西館四階にいたジョセフは、訝しむ。

 

 なにせあれから五時間経っているのに、敵の気配がないのだ。

 

 レイクの時はあれだけ素早かったのに、ここにきて敵の対応が遅い。遅すぎる。

 

 敵がこちらを見つけていないというのも考えられるが、今まで校舎内で戦いが繰り広げられたのだ。ジョセフなら校舎を最初に目をつけて探す。五時間もかかることなく、見つけることができるはずだ。

 

「もしかして、ルミアがいるからか?それで動けないというわけか?」

 

 あまりにもおかしい敵の行動にジョセフが頭を痛めていると。

 

『ジョセフ、正門に動きがあったわ』

 

 通信機からアリッサの声が聞こえてきた。

 

「正門?敵?」

 

『いえ……外側から結界の解除らしいことしてるから、恐らく敵じゃないわ。帝国軍だと思うわ』

 

「やっと動いたか……助かるといえばいいのか、それとも面倒だと思えばいいのやら」

 

『彼ら、けっこう手間取っているわね。まだ時間がかかりそうだわ』

 

「まぁ、ホッチでもすぐに解除できたとしても制限時間付きだったからな……完全に解除するには時間がかかるだろうよ」

 

 それにしても、どう対処すればいいのやら。敵の目的は不明だし、残りの敵の正体もわからない。捜すにしてもこの学院は広い。しらみつぶしに捜していたら日が暮れるどころか、日をまだくかもしれない。

 

 そもそもだ。

 

「……敵は目的を果たした後、どうするつもりだったんだ?」

 

『そういえば、そうよね。ホッチは入ったら最後、外部から完全に解除するまで出られないって言ってたし』

 

「普通、外に出られるようにするはずなんだけど……どうやって外に出るつもりだったんだ?」

 

 まったくもって理解不能だと思ったその時、不意にジョセフの脳裏に浮かんだ一つの可能性。

 

「そういえば、昨日テレサが言っていたな。”明日は講師・教授陣は魔術学会に出席する”って」

 

『それがどうかしたの?』

 

「フェジテから帝都までは馬車で三日かかる。明日魔術学会に出席するなら三日前にはフェジテを発たないといけないはずなんだけど」

 

『それはそうだけど……』

 

「なのに、今日発ったってことは……どうやって一日で帝都まで行ったんだ?」

 

『……もしかして、転送法陣?』

 

「それだろうよ」

 

 確かに転送法陣ならば三日かかる帝都でもすぐに着く。学院から脱出するにはこれしかないのだが。

 

『ただ、それだと連中は講師・教授陣がいるところに着いてしまうかもしれないわ。連れて行かれた子と一緒にいるのを目撃される可能性だってある』

 

「当然、そんなのを黙って見過ごすはずがない。ましてやあそこにはセリカ=アルフォネアがいる。敵に回したら死ぬ可能性が高いぞ」

 

 それに、いざ教授陣達が異変を察知されたら、転送法陣を使って学院に戻ってくるはずだから、それを防ぐ意味合いでも破壊しているかもしれない。

 

 となると、脱出手段は正門からの脱出になるはずなのだが……

 

「……もしくは、転送先が変えられている、としたら……?」

 

『それはいくらなんでも無理なんじゃない?あれって確か最初から設定の場所を行き来するために専用に構築されるってホッチが言っていたわ。一度、完全に構築された転送法陣の行き先を変えるなんて――』

 

「この学院を弄った連中ならどうだ?ここまでやると空間系の魔術は天才だ。そいつならどうだ」

 

 ジョセフの問いに、アリッサが一瞬、言葉に詰まる。

 

『まさか、そんな……でも、そんなこと……』

 

「なぜ五時間も経っているのに敵は来ない?もう二人も殺られているし、帝国軍も結界を突破するのは時間の問題だ。にも関わらず敵に動きがないのは?動かないのではなく、()()()()のでは?」

 

 これならば敵が五時間経っても動けない理由も納得がいく。学院の結界も下手人が昨日の夜の内に弄るには時間が十分にあったはず。転送法陣の改変には素材と専用の道具が必要なのだが、これもあのダークコートの男とチンピラに運び込ませたはずだ。やれると思えばやれる状況だったのだ。

 

『下手人の誤算は味方が自分以外全滅してしまったこと。私達がここに来るとは思わなかったこと。しかも改変中だったから、今まで襲ってくることはなかった……』

 

「改変が完了すれば、下手人はルミアを連れて脱出して逃走……ついでに土産として爆晶石かなんかで人質も粉微塵に吹き飛ばす。そうなれば死体の判別が遅れてルミアの追跡が困難になるはず」

 

『……つまり、これは爆破テロに見せかけた、個人を狙った誘拐事件ってこと?』

 

「そうなるだろうよ」

 

『でも、それじゃあ、疑問点が二つあるわ。一つ目はなぜ敵は彼女を狙うのよ?誘拐したいなら、ここではなくても出来たはずよ?足が着くのを警戒してという話はあり得そうだけど、大がかり過ぎるわ。二つ目は、ここまでやるなら、学院内に裏切者がいるという前提条件がいるし、ここにずっと潜んでいないと話にならないわ。いるにしても、今日は魔術学会に全員出席しているはずだから、そこにいないなら学院側が不審に思うわ。けど、学院側は不審に思わなかったし、結果、こんなに後手後手になってしまった』

 

「一つ目のなぜルミアを狙ったのかはわからない。彼女自身になにかがあるのは間違いないが、動機は不明だ。だが、二つ目なら心当たりがある。今の講師の前に二年二組を担当していた奴だ。そもそも、本来休校のはずなのに、ここに彼女が来ることになったのは前任者が突然退職したことが一因で授業に遅れが出た、という話だ。そして、連中はまるでそういう状況であることを知っていたかのように今日来た」

 

 そう、この計画。標的がここに来ることを事前に知っていたからこそ実行できた計画なのだ。

 

「と、なると……転送法陣がある場所に残存している敵と人質がいるわけだから、そこを探せばいい」

 

『だったら……この学院で一番高さがあるあの白い塔……あそこ、怪しくない?』

 

「確認する価値はあるよね。じゃあ、塔の前に合流……」

 

 ふと、中庭を見ると、男が中庭を走破していた。

 

 その男は、医務室でベッドに横たわっていたグレンだった。

 

 方角的に、白亜の塔――転送塔に向かっている。

 

『どうしたの……?』

 

「あの講師……転送塔に向かって走っていている」

 

 …………。

 

 そして。

 

「正気か!?あの男ォ――ッ!?」

 

『正気なの!?あの男――ッ!?』

 

 深手を負っていながらも、敵がいると思われる場所に走っていくグレンを見て、ジョセフとアリッサは慌てて後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 



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15



第一章ラストです。どうぞ。


 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。

 

 一人の非常勤講師の活躍により、最悪な結末の憂き目を逃れたこの事件は、関わった敵組織のこともあり、社会的不安に対する影響を考慮されて内密に処理された。学院に刻まれた数々の破壊の痕跡も、魔術の実験の暴発ということで公式に発表された。

 

 帝国宮廷魔導士が総力を上げて徹底的な情報統制を敷いた結果、学院内でこの事件の顛末を知る者はごく一部の講師・教授陣と当事者たる生徒達しかいない。

 

 無論、全てが完全に闇へと葬られたわけではない。

 

 かつて女王陛下の懐刀として帝国各地で密かに暗躍していた伝説の魔術師殺しや、世界を滅ぼす悪魔の生まれ変わりとして密かに存在を抹消されたはずの廃嫡王女、死んだはずの講師の亡霊が事件の裏に関わっていた、なぜか連邦軍が学院内に侵入していた……そのような出所不明な様々な噂が真しやかに囁かれた。だが、人は飽きる生き物、一ヶ月も経てば誰の話題にも上がらなくなった。

 

 事件に巻き込まれた生徒の一人であるルミア=ティンジェルがなぜかしばらくの間、休学していたが、やがて普通に復学した。朝早く起きれば、今日も銀髪の少女と一緒に元気に学院に通うルミアの姿が見られるだろう。

 

 学院には以前となんら変わらない、平和で退屈な日常が戻って来たのだ。

 

 そして――

 

 

 

 

「にしても、まぁ、あのルミアって子が三年前に病死したはずの、あの第二王女だったなんてね……」

 

 ある晴れた日の朝。

 

 学院正門を潜ったジョセフは、ふと一ヶ月前の事件を振り返っていた。

 

 隣にはアリッサがいる。二人ともアルザーノ帝国魔術学院の制服――ジョセフはネクタイを着けず、ボタン二つ開けていて、シャツを出しているなど、かなり着崩していた――に身を包んでいた。

 

 あの事件の後、帝都にいるデルタの面々はルミア=ティンジェルの素性を密かに調べていた。異能者だったルミアが様々な政治的事情によって、帝国王室から放逐されたということ。帝国の未来のために、ルミアの素性は国家機密になっていたこと。そして、グレンとシスティーナは事件の功労者として帝国上層部に密かに呼び出され、ルミアの素性を知り、今後はルミアの秘密を守るために協力を要請されていたことも知ることができた。

 

 因みに、この事件は表向きは連邦軍は存在しないことになっていた。

 

「あの子が元・王女なら連中が今回狙った動機もある程度はわかるかもね」

 

「あれだけの戦力を送ったんだ、今でも機会を狙っているだろうよ」

 

「それにしても、あの講師が担当しているクラスでしょ?私達は」

 

「そうそう……まぁ、顔は知らないだろうから初めて会ったように装わなきゃ」

 

 そう言ってため息を吐くジョセフ。

 

 結局あの後は、グレンがゴーレムの群れの間をすり抜けて転送塔に入り込み、ルミアが転送される前に解除して救出することができた。そして、最後に残っていた敵もジョセフの予想通り、グレンの前任者であったヒューイという元・講師だった。

 

「あの後、非常勤ではなく正式な講師になったから、これから付き合いが長くなるだろうなぁ……まぁ、あの『愚者』だから、いざという時になんとかなるだろうけど」

 

「それも、そうね。それにしても、ジョセフ。この制服なんだけど」

 

 アリッサはジョセフの袖を掴む。顔には困惑とこれでこの学院に通うの?と言わんばかしの顔になっている。

 

「これ、軽装過ぎるっていうか、絶対これをデザインした人の趣味が入ってるでしょ?」

 

「あー、それな。俺達の同年齢ぐらいの魔力は未発達段階……成長期でね。それで内界マナを活性化させ、成長を促進させるには、外気に肌を晒して、なるべく外界マナに触れ続けなければいけないらしいよ?」

 

「連邦ではこういう服装じゃなかったわよね?」

 

「で、男性より優れた魔力容量を持ってて、生来、外界マナと親和性の高い女性こそ率先して行うべきことで、高い効果が期待されるらしいよ?」

 

「……なんで女性が率先してやらないといけないのよ?」

 

「知らん。趣味なんじゃない?」

 

 まぁ、突っ込みどころはかなりあるのだが、と。ジョセフは思いながら、チラッとアリッサを見る。

 

 デザイン性もあるのか、スタイルがはっきりしている。出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

 

 特に上半身のとある部分が……同年代の少女とは思えないぐらい、豊満に育っている。テレサよりも小さいくらいで、それがこの制服ではっきりしている。

 

(こりゃ、男子にモテるだろうな……顔もいいし)

 

 もっとも、とうの本人は、一人の少年以外の男はアウト・オブ・眼中なのだが。

 

(ひょっとしたら、これでジョセフを――)

 

 と、この金髪巨乳美少女は思っているのだが。

 

 そんな肉食系女子の視線をジョセフはひしひしと感じ、ジョセフはため息を吐くのであった。

 

 やがて、二人は学院長室に着く。ここで、学院長に挨拶し、その後、あの講師がいるところに行くことになっている。

 

「なにはともあれ、連中が動いた今……ルミア周辺の動きには目を光らせた方がいいかもな」

 

「そうね。そう意味では、彼女と一緒のクラスはなにかと都合がいいわ」

 

 口々にそう言いながら――

 

 ジョセフは学院長室の扉をノックし、扉を開けるのであった。

 

 

 

 

 ――――。

 

「皆様は『メルガリウスの魔法使い』という、おとぎ話をご存じでしょうか?」

 

 ふと、女は誰へともなく、そんなことをつぶやいた。

 

「ええ、そうですね。空に浮かんだ城を舞台に、正義の魔法使いが、悪い魔王をやっつけて、お姫様を救い出す……そんな、子供向けの童話です。この国の人間ならば、誰もが一度は子守歌代わりに耳にしたことがあるのではないでしょうか?」

 

 ぱたん、と女は手にしていた本を閉じる。

 

 タイトルには『メルガリウスの魔法使い』とあった。

 

「でも、この話、少し奇妙な逸話があるのです。例えば――」

 

 女が眼を向けた先の壁には大きな世界地図がかかっていた。

 

「お隣の国、レザリア王国。聖エリサレス教会が支配する彼の国では……『メルガリウスの魔法使い』は教会が禁書に指定し、全て焚書されてしまいました。そして、その著者は異端者の烙印を押されて火刑に処された、とも」

 

 女は悼むように息をつく。

 

「おかしな話ですね……たかが童話一つに国が総力をあげて、ここまでするなんて」

 

 女がそっと、部屋の中からバルコニーへと出る。

 

「そして、大洋を挟んだ新世界の新興国家、オーシア連邦。独立して数年後、彼の国では逆にこの童話に異常なまでの関心を抱き、この童話を優秀な専門家を総動員してまで調査している。こちらもレザリア王国とは逆の意味で国の総力をあげている。おかしな話です。連邦の中にはかつて超魔法文明を利用し、誰よりも強力な魔法を扱う人種の末裔が『帰還』しているらしいという噂がありますが……それと関係があるのでしょうか?」

 

 …………。

 

「もう一つ、奇妙なことと言えば……この国では、この童話の舞台モデルとなった、フェジテの空に浮かぶ城の謎を解き明かさんと多くの魔術師が研究を続けているのですが……その多くが、なぜか、ある日突然、不可解な失踪をしたり、奇妙な変死を遂げたりするのです。もちろん、全ての魔術師がそうなるわけではありませんが……ちょっと不自然なくらい多いですね。果たして……これは偶然でしょうか?」

 

 空が近い。穏やかな風が凪いで、女の長い髪を揺らした。

 

 バルコニーから見下ろせる眼下にはアルザーノ帝国、帝都オルランドの豪奢な町並みが一望できて――

 

 そして、遥か空の向こう。

 

 フェジテの方角の空には、件の幻の城が小さく浮かんで見えた。

 

「さて、フェジテの空に浮かぶあの城は……『メルガリウスの天空城』とは……一体、なんなのでしょうね?」

 

 アルザーノ帝国女王――アリシア七世は、やはり誰へともなく、そんなことをつぶやいた。

 

 

 

 

 件の組織が本格的に動きました。

 

 鍵と接触しました。

 

 世界は動いています。

 

 我々の”希望”も動いてます。

 

 二千年の希望が動いてます。

 

 年の終わりが始まる時、その結果が顕れるでしょう。

 

 その時に、我々の希望は叶うことになる。

 

 自由の民になり安息の地を得られるだろう。

 

 やるべき事は、まだたくさんある。

 

 

 

 

 





第一章はこれで終了です。

次は第二章……の前に、顔合わせみたいな感じです。

アリッサがはっちゃけます。ウェンディは弄られまくります。テレサが漁夫ります(笑)


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15.5




間を挟みます。



 

 

 

 

 唐突であるが、アルザーノ帝国には、各地に無数の古代遺跡が存在する。

 

 事実、街道を歩けば、古代の石碑や碑文が結構な頻度で見当たるし、新たに家を建てようとしたり、耕作地を開墾しようと地面を掘れば、新たな遺跡が出てくることもザラだ。

 

 前人未踏の辺境へ調査に向かった軍の調査隊が、新しい古代遺跡を発見して帰ってくることなども、日常茶飯事である。

 

 魔術学院の地下には広大な迷宮遺跡が広がっているし、フェジテの空に浮かぶ幻の『メルガリウスの天空城』だって、広い意味で捉えれば古代遺跡のようなものだろう。

 

 アルザーノ帝国が存在するこの北セルフォード大陸の北西端には、聖歴前にまで遡る遥か太古、超魔術文明と呼ばれた古代文明が存在した――学説ではそう言われている。

 

 そして、魔術学院内にあるこの場所も、帝国に存在するそんな無数の古代遺跡の一つ。

 

 メルガリウスの都跡。

 

 魔術学院の広大な敷地の一角にあるこの遺跡は、かつてこの地に存在したと言われている古代文明都市『メルガリウスの都』のほんの一部が、地殻変動の関係で一部、地表に姿を現したものだとされている。

 

 とはいえ、この遺跡にかつての超魔術文明を彷彿させるような魔術的価値は皆無だ。

 

 今は、風化して崩れかかった建築物の碁盤目状に並ぶ基礎や、城壁跡などが僅かに地表に残るのみである。敷地もちょっと広めの公園程度のものだ。

 

 学院側は、こんな人工的な遺跡の風合いを生かしつつ、木や花壇などで飾り立て、庭道を作り、今ではこの遺跡は散策用の庭園として生徒達に広く開放されている。

 

 さんさんと降り注ぐ温かな陽光。

 

 穏やかに吹き流れる風が木々の梢を耳心地よく鳴らし、小鳥が囀っている。

 

 そんな庭園を、ジョセフとウェンディの二人は並んで歩いていた。

 

 他愛もない昔話に花を咲かせながら、ゆっくりと歩いて行く。

 

「それで……どう?上手くやれてる?」

 

 どのくらい歩き、どのくらい話したところか……ふと、そんな話題に話が移る。

 

「ええ、まぁ、なんとか……騒がしい二人がいますけど」

 

「ああ、もしかして、あの二人ですか?」

 

 騒がしい二人が誰のことなのか、ジョセフは察する。

 

 現に、来て早々、その二人の低レベルな言い合いを見たのだから。

 

「そういう貴方は、どうですの?向こうでは上手くやっていけてますか?」

 

「まぁ、それなりに、ね」

 

 実際は、それなりに大変なのだが、っと。振り返るジョセフ。

 

「それにしても……こうして、二人きりなのは久しぶりじゃない?」

 

「そうですわね……テレサと知り合ってからは特に……」

 

 言われるまでもない。今のウェンディの胸に去来するのは、スペンサー家が伯爵だった頃の遠く幼い頃の記憶。

 

 これまでの歴史や仕事柄、両家とも非常に親密な関係だったため、遠路はるばるナーブレス公爵領にスペンサー一家が来ていたあの頃。

 

 初めてジョセフが両親に引き連れられて遊びに来たのが二人の出会い。

 

 五年前なんて、男女の違いもわからず、恋愛の『れ』の字も知らず、ただ両親のような紳士と淑女の大人びた関係に憧れ、ジョセフにそれを求めてしまった、おしゃまで幼かった頃の自分。

 

 自分自身をよくわかっていなかったくせに、紳士とはこうだ、淑女とはこうだとジョセフに高説したり、背伸びして着飾ってジョセフと共に社交場に参加しては、エスコートがなってないとか、自分のことは棚上げでダンスが下手とか……今改めて思い返してみれば、散々に振り回していたことを心苦しく思う。

 

 だが、そんな自分を、ジョセフはなんやかんや言いながら我儘に付き合っていた。

 

 互いに幼いなりに……仲はとても良かったと思う。振り回しまくっていたが。

 

 だから、そんな自分達の様子を見た、ジョセフとウェンディのそれぞれの両親が冗談交じりに婚姻の話をしていたりしていて、それを聞いたウェンディはジョセフが自分にふさわしい紳士になったらと言っていたりしていて……

 

 無論、酒の席で酔った勢いで出た冗談だ。ウェンディに到っては、婚姻の意味すらよくわかっていない。それはお互いの両親も重々承知だ。

 

 そもそもジョセフとウェンディは一人っ子――両家の重要な跡継ぎだ。おいそれとできるわけがない。

 

 だから、両親は皆、心の底ではわかっていたのだ。

 

 そんなことはただの冗談である、と。

 

 ……だが、その頃からだろうか。

 

 後に知り合って仲良くなったジョセフとテレサの仲に嫉妬みたいな感情が芽生えたのは……

 

「あの頃はお前にまぁ、振り回されまくって……まぁ、それがなんやかんやで楽しかったけど」

 

「う……あ、あれは、その……申し訳ありませんでしたわ」

 

 やがて、楽しかった子供の時代は、ジョセフ達が連邦に移って行ったことで終わる。

 

 それからは歳を取って、成長して、男女について色々なことを知って……

 

 テレサと学院に通うようになり、ウェンディの性格もあってか自然と色恋沙汰みたいな感じは今のところなく、一人前の貴族になるために魔術の勉強に夢中になっていき……次第にジョセフのことは忘れかけようとしていて……どこかに芽生えていた気持ちも、時が止まっていてままだったし。

 

 その矢先にジョセフと再会した。五年ぶりの再会だったのである。

 

 ウェンディはジョセフをチラッと見る。その時、胸の中で何かが動いて、徐々に大きくなり始めるのだが、この時のウェンディは気付かなかった。

 

(最近、テレサはジョセフの所に行っていますし……)

 

 ウェンディはテレサがジョセフに抱いている気持ちを知っている。だって、お互いが跡継ぎで結ばれることはないと思っていた自分とは対照的に、テレサはジョセフのことを忘れていなかったから。

 

「あんなに我儘で振り回しまくっていたお前とおっとりとしていたテレサに再会するなんてね……面影があったのと思い出したからわかったけど」

 

 二人ともスタイルいいし、特にテレサなんてとある部分の成長が凄いし……と思うジョセフ。

 

「おかげで楽しみが増えたってことですよ」

 

「……その楽しみとは一体、なんですの?」

 

 ジョセフの一言に、嫌な予感がしたウェンディは問う。

 

 今までの雰囲気がぶち壊されそうな気がする。

 

「え?そんなの決まってるじゃん。お前を弄れると――」

 

「なんで、わたくしは貴方に弄られなきゃいけないんですの!?」

 

「いや、ほら、そういう星の下に生まれたって感じだし」

 

「生まれてませんわよ!」

 

「ドジだし」

 

「うるさいですわね!」

 

「そんなドジっ娘を弄りたいのは男の性――」

 

「お黙り!ジョセフ!」

 

 今までの雰囲気は完全に打ち壊されていた。

 

「どうした?そんなに突っ込んで」

 

「貴方が変なこと言うからでしょ!?あ な た が!」

 

「お前からドジを失くしたら、何が残るんだい?」

 

「わたくしの存在意義それだけ!?」

 

 二人の間を、緩やかで涼しげな風が優しく吹き抜ける中、それを吹き飛ばすような漫才が庭園で繰り広げられる。

 

「ていうか、これ絶対アレですわよね……小さい頃からの仕返しですわよね?」

 

「俺がそんな器の小さいことするか?そんな紳士っぽくないことを」

 

「今までのも紳士っぽくないのですが……」

 

「ただし、テレサに限る」

 

「わたくしの目の前でそれ言います!?ていうか、わたくしとテレサのこの扱いの差はなんなんですの!?」

 

「テレサは優しいから、お前は弄りやすいから。以上」

 

「むきぃいいいいい――ッ!」

 

 顔を真っ赤にして両腕でジョセフの両肩を掴み、シェイクするウェンディ。

 

(久しぶりだなぁ、こういうの……)

 

 一方、ジョセフはウェンディにされるがままにされながら懐かしむのであった。

 

 

 

 

 そんな二人の姿を金髪の令嬢はむ~っとした顔で覗き、紫色の髪の少女は放課後に接近しようと考えるのであった。

 

 

 

 

 



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第2章
16




第二章です、どうぞ。


 

 

 

 

 放課後のアルザーノ帝国魔術学院、東館二階。

 

 その時、魔術学士二年次生二組の教室は、びっくりするほど盛り下がっていた。

 

「はーい、『飛行競争』の種目に出たい人、いませんかー?」

 

 壇上に立ったシスティーナがクラス中に呼びかけるが、誰も応じない。

 

 クラスメイト達は皆、一様にうつむいたまま、教室は葬式のように静まり返っている。

 

「「…………」」

 

 あまりの盛り下がりっぷりに、ジョセフとアリッサは黙らざるを得ない。少なくともボケかませる状況じゃない。

 

「……じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」

 

 やはり、無反応。教室は静まり返ったままだった。

 

「「……………」」

 

 そんなにヤバいイベントなのだろうか?とジョセフ達は思う。

 

「はぁ、困ったなぁ……来週には競技祭だっていうのに全然、決まらないなぁ……」

 

 システィーナは頭を掻きながら、黒板の前で書記を務めるルミアに目配せする。

 

 今、何が行われているのかというと、来週に開催される魔術競技祭に向けての種目決めが今、行われていた。

 

 魔術競技祭。学年次ごとに年に三回、行われる大会で、学院生同士による魔術の技の競い合いである。各クラスの選手達が様々な魔術競技で技比べを行い、総合的に最も優秀な成績を収めたクラスの担当講師には、恒例として特別賞与が出ることになる。

 

 そして、生徒達も来賓として来る、政府機関に自分をアピールするには絶好の機会でもあった。

 

 だから、他のクラスだと盛り上がっており、もうすでに競技祭に向けて練習しているのだが……このクラスはなぜか盛り下がっていた。

 

「ねぇ、皆。せっかくグレン先生が今回の競技祭は『お前達の好きにしろ』って言ってくれたんだし、思い切って皆で頑張ってみない?ほら、去年、競技祭に参加できなかった人には絶好の機会だよ?」

 

 ルミアが一つ頷き、穏やかながら意外によく通る声でクラスの生徒達に呼びかけるが、それでも、誰も何も言わない。皆、気まずそうに視線を合わせようとしない。

 

 たが、ジョセフはルミアのある一言が引っかかっていた。

 

(競技祭に参加できなかった人?)

 

 こういうのは全員で出場するのが普通ではないのか?

 

 と、ジョセフが訝しんでいると。

 

「……無駄だよ、二人とも」

 

 その時、この膠着状態にうんざりした眼鏡の少年が席を立った。

 

 少年の名はギイブル。このクラスではシスティーナに次ぐ優等生だ。

 

 因みに、彼、ジョセフとアリッサに対しては快く思っていない。

 

「皆、気後れしてるんだよ。そりゃそうさ。他のクラスは例年通り、クラスの成績上位陣が出場してくるに決まってるんだ。最初から負けるとわかっている戦いは誰だってしたくない……そうだろ?」

 

「……でも、せっかくの機会なんだし」

 

 むっとしながら反論しようとするシスティーナ。

 

(……あー、上位成績者でこの種目をこなすんだね、って、この全種目を!?)

 

 一瞬、納得しかけるジョセフは黒板に書かれている全種目を見る。

 

 これを、一部の人で回すとするなら……

 

「ちょいちょいセシルさん、このクラスの中で他のクラスと渡り合える人ってどれぐらいいるの?」

 

 ジョセフは隣にいる女顔の少年――セシルに聞く。

 

「えーと、まずこのクラスだとシスティーナが一番で次にギイブルで、三番手がウェンディなんだけど……強いて強いのはこの三人だけかな」

 

「三人!?たった三人なん!?」

 

 もっといると思っていたジョセフはぎょっとする。

 

 そして、再び黒板に目を向ける。どこをどう見ても三人で回せるものではない。

 

 無論、三人だけではなくあと数人は出すだろうが、勝ちを狙うには無謀すぎる。

 

 そんなジョセフの心情なぞ露知らず、ギイブルは続ける。

 

「おまけに今回、僕達二年次生の魔術競技祭には、あの女王陛下が賓客として御尊来になるんだ。皆、陛下の前で無様をさらしたくないのさ」

 

 嫌味な物言いだが、ギイブルの言はクラスに蔓延する心情を的確に突いていた。

 

(まぁ、それなら、多少躊躇っても仕方ないといえば仕方ないか)

 

 ジョセフもその一点だけは理解できた。

 

「それより、システィーナ。そろそろ、真面目に決めないかい?」

 

「……私は今でも真面目に決めようとしているんだけど?」

 

「ははっ、冗談上手いね。足手まとい達にお情けで出番を与えようとしてるのに?」

 

 ギイブルは皮肉げな薄笑いを口の端に浮かべ、クラスの生徒達を一瞥する。

 

「見なよ。君の突拍子もない提案のおかげで、元々、競技祭に出場する資格があった優秀な連中も気まずくなっちゃって委縮している……もういいだろう?」

 

「わ、私はそんなつもりじゃ!?それに皆のことを足手まといだなんて……ッ!」

 

 眉を吊り上げ、声を荒げるシスティーナ。

 

 ギイブルはそれをさらりと受け流し、さらに歯に衣着せぬ言葉でたたみかける。

 

「綺麗事はいいよ。そんなことより、さっさと全競技を僕や君のようなクラスの成績上位陣で固めるべきだ。そうしなければ他のクラスに……特にハーレイ先生が率いる一組に勝てるわけがない」

 

「勝つことが競技祭の目的じゃないでしょう?それに、それ去年もやったけど……なんか凄くつまらなかったし……」

 

「勝つことだけが目的じゃない?つまらない?何を言ってるんだ、君は。魔術競技祭はつまるつまらない問題じゃないだろう?」

 

 ギイブルはシスティーナの言い分を鼻で笑った。

 

「めったなことじゃ魔術の技比べができないこの学院において、誰が本当に一番優れた魔術師の技を持っているのか――それを明白にできる数少ない機会が魔術競技祭じゃないか」

 

 一連の話を聞いて、ジョセフはため息を吐いた。

 

「これだったら、全員出した方がいいんじゃない?」

 

 そして、話を遮るように言った。

 

「……ええ、そうね。これだったら全員出した方がまだ勝ちがあるんじゃない?」

 

 これに同調するアリッサ。

 

「……連邦から来た君達には理解できないのかな?この競技祭――」

 

「いや、だってよ。そもそも、このクラスの全体のレベルから見ても、勝ち見えんじゃん」

 

 ギイブルの話を遮り、話を続ける。

 

「だいたい、こんな数の競技をたった数人の成績上位者で回すなんて、正気か?一つ二つかけ持つならわかるけど、これじゃ一体、いくつかけ持つんだよ?死ぬわ。俺だったら即、断るわ」

 

 ジョセフは黒板に指差す。もし一部だけで回すなら、魔力を温存しながら試合に出なきゃいけないことになる。

 

 それだったら、全員出場した方がいい。地力の差はあれ、得意分野ごとに出場させれば、その試合にだけ魔力を行使すればいい。勝率はいくらか上がるだろう。

 

「だからって、お情けで足手まといに参加させるべきだと言うのかい?」

 

 だが、この少年はそんなこともわからないらしい。ジョセフの言い分にも鼻で笑う。

 

「君には関係ないだろうけど、この競技祭には学院の卒業者……魔導省に勤める官僚や、帝国宮廷魔導士団の団員の方々も数多く来賓としていらっしゃるんだ。魔術競技祭は将来それらを目指す生徒達にとって、絶好のアピールの場でもある。僕ら成績優秀者にその機会がより多く与えられるのは当然と思わないかい?」

 

「いや、イミフなんだけど」

 

 お前何言ってんの?と、ジョセフは呆れる。

 

「絶好のアピールの場なのはまぁ、それとして……それがなんで成績優秀者だけなん?ていうか、そこまで成績優秀者なら一度の出番だけで十分じゃない?優等生さんよ?」

 

 嫌味も露わにジョセフが横目で流し見る。

 

 嫌味を言われたが我慢ならなかったのか、ギイブルはジョセフを睨みつける。

 

「今回の優勝クラスには、女王陛下から直々に勲章を賜る栄誉が与えられるんだ。これにどれほどの価値があるのか、元・貴族である君にもわかるだろう?裏切り者。だから、大人しく出場メンバーを成績上位陣に固めるべきだ。そこに連邦の人間はいらない」

 

「……テメェみたいな勘違い野郎がいる限り、その栄誉も夢のまた夢だろうよ。ていうか、少し遠回しすぎたから、わかりやすく簡潔に言うか。……黙ってろつってんだ、能無し野郎」

 

 そう言って、ギイブルを睨みつけるジョセフ。

 

「ちょ、ちょっと、ジョセフ。貴方――」

 

「ちょっと……貴方達、いい加減に――」

 

 すでに最悪の雰囲気になっているが、この一色触発の空気にウェンディとシスティーナが声を上げようとした、その時だった。

 

 ドタタタタ――と、外の廊下から駆け足の音が迫ってきたかと思えば……次の瞬間、ばぁんっ!と、派手に音を立てて教室前方の扉が開かれた。

 

「話は聞いたッ!ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生様にな――ッ!」

 

 両袖に腕を通さず羽織ったローブが、無意味にバサリと翻る。

 

 開け放たれた扉の向こうには、人差し指を前に突き出し、不自然なほど胸を反らして、全身をねじり、流し目で見得を切る、という謎のポーズを決めたグレンがいたのであった。

 

 

 

 



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17

 

 

 

 

 昨日は色々あり、翌日の放課後のこと。

 

 アルザーノ帝国魔術学院では、魔術競技祭開催前の一週間は、競技祭に向けての練習期間となっている。

 

 具体的にはその期間の全ての授業が三コマ――午前の一、二限目と午後の三限目――で切り上げられ、放課後は担当講師の監督の下、魔術の練習をしてよいことになっている。

 

「結局、全員出場になるんだよね……」

 

 放課後。針葉樹が囲み、敷き詰められた芝生が広がる学院中庭にて。ベンチに腰かけたジョセフは自分のクラスメイト達が競技祭に向けて魔術の練習を行っているさまを、遠目で眺めていた。

 

 あれだけ難航していた全種目の振り分けは、グレン=レーダス超カリスマ大先生様が現れたことであっさりと解決してしまった。

 

 本気で勝ちにいくと、やたらやる気満々だったグレンは、全員の得意分野、もしくはそれを応用した分野を埋めていくように割り当てていった。

 

 生徒達は本気で勝ちにいくということは、この学院恒例の成績上位者のみの出場でいくと思っていたばかりに、この采配に最初は困惑していた。

 

 特にこのクラスでは三番手(これを聞いたジョセフは嘘だろという顔で彼女を見てしまったが)であるウェンディがなぜか決闘を外されてしまい、抗議するが、グレンはその抗議に対して一定の納得いく説明をした。

 

 まぁ、要約すると魔力容量と使える呪文は確かに多いが、突発的な出来事に弱いし、たまに呪文噛むなど要所要所でドジを発揮してしまうということであった。それならば、使える呪文は少ないが、運動力が豊富なカッシュの方をグレンは選んだのである。

 

 その代わり、【リード・ランゲージ】では彼女の右に出る者はいないから、『暗号早解き』ならお前の独壇場になると言われた。

 

 グレンはウェンディ以外にも、手を挙げた生徒一人一人に納得のいく説明をしていた。

 

 例えば、『飛行競争』に出るカイには、【レビデート・フライ】も【グラビィティ・コントロール】も結局は同じ重力操作系の黒魔術だから、運動とエネルギーを操る術ということで根底は同じと答える。

 

 例えば、テレサのには、【サイ・テレキネシス】などの念動系の白魔術、特に遠隔操作系の術式と相性がいいと答える。

 

 例えば、『グランツィア』に出場するアルフ、ヒッグス、シーザーには、個々の能力よりもチームワークが重要だからお前らが一番適任だと答える。

 

 このように、グレンは普段は目立たなくとも実は尖っている長所を最大限生かした編成で臨むつもりであった。

 

 これにギイブルはあくまでも全種目を成績上位陣で固めるべきだ、と。どんだけお前、アピールしたいの?といわんばかしに固執していたが、システィーナが生徒達を巻き込んで猛反論したことで決着はついた(この時、グレンは良からぬことを考えていたような気がするのだが、システィーナが生徒達を焚きつけてしまったため、流されるように肯定するしかなかったのだが)。

 

 因みに、ジョセフとアリッサは一組で『生存戦』でルミアが出る『精神防御』の前の種目で出ることになった。ルールは簡単。最後まで生き残れ、らしい。

 

 とまぁ、そんなことがあって現在に至るのだが。

 

「案の定、他のクラスは優秀で有名な生徒を、複数の競技に何度も繰り返し出してくるし……最初から上位に食い込まなきゃ勝てないな」

 

 それでも、地力の差はあるだろうから、正直怪しい。

 

 だが、周囲を見渡してみると、皆、熱心に練習している。なんやかんや言っても、出たかったのだろう。

 

 そういうジョセフも、今はシスティーナとルミア、アリッサ達で呪文書を広げて、羊皮紙に何かを書き連ねていた。

 

 何をしているのかというと、競技用の魔術式の調整をしていた。

 

「ジョセフ。ここの術式なんだけど、貴方はどう思う?」

 

「そこ?そうだねぇ……ここをこうすれば、精度は上がる。けど、マナ・バイオリズムが大きく揺れるから、近距離で攻撃するよりかは狙撃向けにはなるね。逆にするとマナ・バイオリズムの揺れは小さくなって手数が増えるけど、距離が開けば開くほど威力は落ちる。近距離で瞬時に相手を圧倒したいならこれでもいいと思う」

 

 システィーナが見せた魔術式のある部分を別の羊皮紙に書き写し、解説していく。

 

 片や、この学院でのトップクラスの成績優秀者と片や、連邦最高峰の学府である軍学校のトップクラスの成績優秀者がお互いに意見を出し合いながら魔術式の調整をしていく。

 

「にしても、なんでこの学院は祭りなのに成績上位者だけで出そうとするんだい?」

 

 調整しながらふと、ジョセフは昨日思った素朴な疑問をシスティーナに問う。

 

「さぁ、私にもよくわからないわ。もう大分前からそんなお決まりができていたらしいけど。でも、本当に面白くなかったのよ。お父様から聞かされていた話とずいぶん違っていたし」

 

「ああ、そういえば昔は全員参加して、盛り上がったお祭りだったって母さんから聞いてたしな。なんか廃れてしまったらしいけど」

 

 果たしてどうしてそうなってしまったのやら。名誉を独り占めしたい生徒がおっぱじめたのが切欠なのか、もしくは講師自身が名誉を高めるためにそうしたのか、はたまた金なのか。

 

 まぁ、どちらにろ、それは上の層がかなーーーり厚くない限りはお勧めできないし、やるにしても二つぐらいだろう。

 

「でも、昨日は助かったわ。修羅場になりかけていたけど……」

 

「別に?俺はそっちの方が勝率は上がると思ったから、そう言っただけ。システィーナ二百人分いないと無理だわ」

 

「うーん、それは大袈裟な気が……」

 

 苦笑いするルミア。一方でジョセフは手を止め、何かを考えこむ。

 

「ジョセフ君?」

 

 すると、ジョセフはシスティーナを見る。

 

「な、何……?」

 

「なぁ、アリッサ。グレン先生の周囲にシスティーナを百人増殖させたらどうなると思う?」

 

「……はい?」

 

 突然、意味不明なことを言い始めたジョセフに、目を点にして硬直するシスティーナ。

 

「うるさくなるに決まってるでしょ?騒音レベルになるわ」

 

「それだけだと思う?」

 

「先生が発狂するわね」

 

「してして?」

 

「大量に子供が……「待て待て待て待て待て待て待て――ッ!?」」 

 

 アリッサから飛び出した物騒な言葉を遮るようにシスティーナが叫ぶ。

 

「いや……まぁ、有り得なくはないけど」

 

「あり得ないわよ!なんで私がアイツと――ッ!?」

 

「もしくはハリケーンが発生するとか?」

 

「ハリケーン・システィーナて命名されそうだな、そりゃ」

 

「私は自然災害が何かかッ!?」

 

「私は増えるんだにゃ☆みたいな感じで増えるんでしょ?」

 

「増えないわよ!?」

 

 突然、始まったボケに律儀に突っ込むシスティーナ。

 

「ていうか、ウェンディだけじゃなく私にも被害が及び始めているんだけど!?」

 

「被害者が増えるんだぜ☆」

 

「増やすな!」

 

「私も増えるんだぜ☆」

 

「お前は増えなくていいんだぜ☆」

 

「わけわかんないこと言ってないで、ちゃんとして!」

 

「もう出来てるんだぜ☆」

 

「なんでこんなに上手くできているのよ!?性質悪すぎるでしょ!?」

 

((((……なにこれ?))))

 

 システィーナを巻き込んで始まった意味不明の漫才に、周囲の生徒達はそう思うのであった。

 

 

 

 

 因みにこの後、後からやってきたハー……ハヒフヘホ先生率いる一組との間で一悶着起きるのだが、この時グレンは何を思ったのか、ハンバーガー先生に給料三か月分の賭けることになるのだが、グレンがやっちまったと思った時にシスティーナが割って入ったことで確定してしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 魔術競技祭、練習期間の日々が過ぎていく。

 

 なんだかんだで誰もが参加したかった競技祭に(成り行き上)参加させてくれて、(表面上は)生徒達のことを考えてくれている(ように見える)グレンに対する求心力は、思った以上に高かったらしい。

 

 グレンのクラスの生徒達は非常に士気が高く、勝つために一生懸命、魔術の練習と勉強に励んでいた。そこには、もはや他クラスの成績上位陣に対する負い目も気後れも、女王陛下の前で無様に負けるかもしれないことに対する恥も外聞もない。

 

 皆、一生でたった一度の、二年次生の部の魔術競技祭に対して必死だった。

 

 一方で、グレンも生徒達のその熱意によく応えた(なんか日が経つにつれて、やつれているような気がしたが)。どこか鬼気迫るような熱心さで、生徒達の練習と勉強につき合っていた。

 

 そして、ジョセフも。

 

「『遠隔重量上げ』は、白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で、鉛の詰まった袋を触れずに空中へ持ち上げる競技だったよな?」

 

「はい、より重い袋を浮かせることができた選手に多くの得点が入るルールだわ」

 

 この日、ジョセフはテレサと一緒にいた。

 

「そうねー、最初はそこまで重くはないけど段々重くなっていくから、その時はいきなり全力でいくんじゃなくて徐々に持ち上げて、維持する時に力を重点的に使ったほうがいいと思う。だから、この一週間でできるだけ感覚を掴まないとね」

 

 ジョセフはテレサにそうアドバイスする。

 

「そうですよね。わかりました、それを意識しながら持ち上げてみますね?」

 

「ん」

 

 最近はこうしてテレサの練習に付き合っている日が多い。

 

 ウェンディの方も付き合っているが、ああいう分野はグレンの方が得意らしく、今はグレンの元で『暗号早解きの』対策をしている最中だ。

 

 アリッサは、決闘に参加するシスティーナ、カッシュ、ギイブルに立ち回りの仕方をアドバイスしている。ギイブルは最初は乗り気ではなかったが、今は渋々といった感じでアリッサのアドバイスに耳を傾けている。

 

 ……時折、この二人からものすごい圧力がジョセフに向かってくるのだが、気にしたら負けとジョセフは気にしない素振りをしていた。

 

(にしても、テレサが遠隔とはいえ重量上げとは、ね……)

 

 テレサは商家の娘だからか、抜け目ない所があるが、基本はおっとりとした心優しい少女である。

 

 そのテレサが重量上げに参加すると考えると。

 

「……一番、怒らせたらあかんような気がする」

 

「?」

 

 物が凄い勢いで投げてくる光景を想像したジョセフは戦慄を覚え、テレサは小首を傾げる。

 

「ふふっ、なんか、ジョセフを逆お姫様抱っこできそうですね♪」

 

「テレサさん、それはやめて。私のプライドに打撃がががが」

 

「このまま、引き寄せて……」

 

「もしもし、テレサさん?」

 

 ニコニコ顔で想像するテレサに、ジョセフは頬を引きつらせる。

 

「なぁ、テレサ」

 

「なんでしょうか?」

 

 ジョセフはテレサの頭に手を乗せて撫でる。

 

「……あ」

 

「お前は自分が思ってる以上に優秀だから大丈夫さ。だから、自信を持ってやればいいさ。負けた時は……そん時はそん時さ」

 

 そう言うジョセフの言葉が耳に入らないテレサ。手の感触が心地良く、胸が甘く高鳴る。

 

 そんな心地良さをもっと味わいたくて……

 

「……もう少しだけ、撫でてくださいな」

 

「……はいはい」

 

 ジョセフはテレサの頭を撫で続けるのであった。

 

「……あのホルスタイン女狐め……」

 

「……むぅ」

 

 そんな二人の様子を、二人の少女は遠くから見るのであった。

 

 

 

 

 そんなこんなで、瞬く間に一週間が過ぎた。

 

 今日はアルザーノ帝国魔術学院、魔術競技祭、開催当日。

 

 そして、アルザーノ帝国女王アリシア七世を来賓として学院に迎える日である――

 

 

 

 



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18

 

 

 

 いよいよ女王陛下を歓待するその時が近づいていた。

 

 魔術学院正門前は、女王陛下の行幸を出迎えるため、学院関係者でごった返していた。正門から本館校舎の来客用正面玄関に向かって人垣の道ができている。先発で到着した王室親衛隊の面々が周囲に目を光らせ、あふれかえる生徒達を仕切っていた。

 

 今や、その場に集う学院関係者の全てが、緊張した面持ちで女王陛下の到着を今か今かと待ちわびていた。

 

「相も変わらず人気あるよな、女王陛下」

 

 そんな人垣を構成する一角、緊張に満ちたこのような状況にもかかわらず、ジョセフは普段と変わらない調子で呟いていた。

 

「確かにここまでの人垣ができるなんて、今まで見たことないかも」

 

 ジョセフの左隣に並ぶアリッサが半ば感心したように呟く。

 

 一方でジョセフの右側では……

 

「いや、だってさぁ、帝都からここまでめっちゃ遠いじゃん?転送法陣も今は使えねえし……俺が陛下だったら絶対、面倒臭くて来ねぇ」

 

「アンタみたいな出不精と女王陛下を一緒にすんなッ!不敬でしょうが!」

 

 相も変わらずグレンとシスティーナがそんなやり取りをしていた。

 

 システィーナがグレンの背中をはたいた時に、グレンがよろめいていたが。

 

 と、その時だ。

 

「女王陛下の御成りぃ~ッ!女王陛下の御成りぃ~ッ!」

 

 人垣の道の中央を、馬に騎乗した衛士が叫びながら駆け抜けて行く。

 

 それを受け、待機していた楽奏隊が歓迎のパレードマーチを演奏し始めると、生徒達一同は大歓声を上げながら盛大な拍手を巻き起こした。

 

 爆音が辺り一帯を支配する。やがて、人垣でできた道の間を護衛の親衛隊に囲まれた豪奢な馬車が悠然と進んで行く。女王アリシア七世が窓から身を乗り出して、生徒達の歓声と拍手に応えるように手を振ると、さらに拍手と歓声の音量が上がった。

 

 そんな、盛況ぶりの最中。

 

 ジョセフはふと、ルミアを流し見る。ルミアは首にかけられたロケットらしいものを手に、それを開いていた。

 

「……まぁ、なんとなくわかる」

 

 そんなルミアの様子を見て、ジョセフはアリシアの方に目を向けた。

 

 ルミア=ティンジェルは本名ではない。ルミアの本当の名前はエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ。帝国王室直系の正統な血筋を引く、元・王位継承権第二位――つまりはアルザーノ帝国の王女様だ。

 

 ルミアは本来ならば、このような場所にいるはずのない貴人なのだ。だが、三年前、ルミアが『感応増幅者』と呼ばれる先天的異能者であることが発覚し、様々な政治的都合から表向きは病で崩御なされたとして、その存在を抹消されたのである。

 

 その裏事情はとても複雑だ。

 

 アルザーノ帝国王家の始祖は、隣国のレザリア王国王家の系譜に連なっている。それゆえにアルザーノ帝国とレザリア王国は、互いの国家の統治正統性や国際件以上の優位性について、常に揉めに揉めてきた関係だ。おまけに帝国王家の統治正統性を保証する帝国国教会を、レザリア王国を事実上支配する聖エリサレス教会教皇庁は異端認定しており、両教会の関係もすこぶる悪い。

 

 そんな中、帝国王室の血筋から悪魔の生まれ変わりであると、いまだ広く堅く信じられている異能者が生まれてしまったことが明るみになりかけたのだ。

 

 もし、エルミアナの存在が外部に漏れれば国内混乱は避けられず、神の子孫であるとされる帝国王家の威信は地に堕ち、常に帝国の併合吸収を狙うレザリア王国や聖エリサレス教会教皇庁が知れば、第二次奉神戦争勃発の引き金になりかねない。

 

 しかも、そうなれば、レザリア王国によるアルザーノ帝国の併合をなんとしても阻止したいオーシア連邦が黙っていない。北セルフォード大陸に連邦軍を派兵するだろう。そして、レザリア王国もオーシア連邦と敵対関係にある南オーシア連邦に参戦を要請するだろう。

 

 つまり、エルミアナという少女の出自と異能という組み合わせは、良くも悪くも神聖なる王家に対する民衆の絶対的威信で持っている帝国を根幹から揺るがしかねない猛毒のみにあらず、大国を巻き込む大戦争へと発展しかねない存在だったのだ。

 

 そのためエルミアナの存在は表向き病死とされ、密かに処分されることが決定した。国家を背負い立ち、国民を守らねばならない女王と帝国政府の苦肉の決断だった。

 

 そして、様々な思惑と権謀術数の果てにエルミアナ王女――ルミアは今、こうしてシスティーナのそばにいる。

 

 ジョセフとアリッサもあの事件に関わっていなければ知らなかった素性。あの事件でデルタはルミアの素性を知っている、唯一の外部組織となった。

 

 因みに、この情報は連邦政府には報告していない。報告しようものなら、あの大統領子飼いの”クーメーカー”が動くかもしれないからだ。なぜ、天の智慧研究会が彼女を狙ったのか、そこをはっきりしない限りは連邦政府には報告しない。それがデルタの今後の方針だ。

 

 そして、そんな素性を知っているからこそ、ジョセフは今のルミアの心境が容易に想像できた。

 

(母親が本心で嫌いになったわけではないのは恐らく本人も知っているだろうけど……なんていうんかなぁ……)

 

 そんなルミアをジョセフは頭を掻きながら、物思うのであった。

 

 それにしても……

 

「なんなんだよ、この配置……」

 

 左隣にアリッサ、右隣にウェンディで背後にテレサという、なんかお互いに牽制し合っていそうな配置にジョセフはジト目でため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 魔術競技祭は例年、魔術学院の敷地北東部にある魔術競技場で主に行われる。

 

 競技場はまるで石で造られた円形の闘技場のような構造だ。中央には芝生が敷き詰められた競技用フィールド。三層構造の観客席は外に向かうほど高くなり、空から見れば深皿のように見えるだろう。

 

 この競技場は魔術的ギミックを組み込んだ建築物でもあり、管理室からの制御呪文一つで、フィールドをなみなみと水の張られたプールにしたり、樹木が乱立する林にしたり、炎の海にしたり、石造りの舞台を出現させたり、あらゆる条件・競技に対応可能だ。

 

 そして今、競技場の観客席は人であふれかえり、活気に満ちていた。

 

 観客席にいるのは学院の生徒達だけではない。生徒達の両親や、学院の卒業生など、学院の関係者が続々と集まっている。競技場観客席の最も高く見晴らしの良い場所に据えられたバルコニー型の貴賓席には、女王陛下の御姿も見えた。

 

 魔術を公の場で使用することを法的に禁じられているこの国において、魔術による競い合いというものは、実際に参加するにしろ観客に徹するにしろ、魔術師達にとっては何物にも代えがたい娯楽なのだ。そういうわけで今年も大勢の観客が学院の内外から集まり、賑わっていた。

 

 魔術競技祭は学年次ごとのクラス対抗戦で、年に三度行われる。つまり一年次生、二年次生、三年次生の三つの部があることになる。今回開催されるのは二年次生の部だ。ちなみに四年次生の部は、四年次生が卒業研究で忙しいとの理由で開催されない。

 

 最終的に表彰されるのは、総合一位に輝いたクラスのみだ。二位や三位に意味はない。全か無か。それゆえに勝利にあらゆる手段を尽くすことを是とする魔術師の、古典理念を正しく踏襲した表彰方式である。

 

 そして、今回の二年次生の競技祭のみに限り、女王陛下自らが表彰台に立ち、優勝クラスに勲章を直接下賜するという帝国民ならば誰もが羨むような名誉がある。

 

 魔術競技祭に参加するすべての生徒が、そして各クラスの担当講師が、なんとしても優勝したい……そう息巻いているのが今回の二年次生の部の魔術競技祭であった。

 

 そんな中、二年次生二組――グレンの担当クラスは特に学院内の噂でもちきりとなっていた。なにしろ、この状況で、まさかのクラス生徒全員参加なのだ。成績上位者も成績下位者も分け隔てない、この平等出場。

 

 グレンは勝負を捨てた、流石は魔術師の風上にも置けない男、でもグレン先生のクラスは全員参加できて羨ましい、いや待て、このやる気のなさは女王陛下に対する不敬ではないのか?……この一週間、各方面で散々に囁かれた。

 

 グレンがハーレイに喧嘩を売って、お互い優勝に給料三ヶ月分をかけているという噂も注目を集めるのに一役買っていた。

 

 とはいえ、奇異の目を集めてはいたが、誰もグレンの担当しているクラスに期待などしていなかった。勝負になるとすら思っていなかった。

 

 やがて時間がやってくる。決闘礼装としての細剣を腰に吊った生徒一同が中央のフィールドに集合整列し、魔術競技祭開催式が行われる。開式の言葉、国歌斉唱、関係各者の式辞、生徒代表による選手宣誓――式は粛々と進んでいく。

 

 そして、女王陛下の激励の言葉と共に、とうとう魔術競技祭が開催されるのであった。

 

 

 

 

 果たして、この競技祭は最初の競技から衝撃の結果を以て幕をあけるのであった。

 

 最初の競技――『飛行競争』であの二組がトップ争いの一角だった四組を抜いて三位に躍り出たのであった。

 

 

 

 





次からジョセフとアリッサが暴れまくります(笑)


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19

 

 

 

『そして、さしかかった最終コーナーッ!二組のロッド君がぁ、ロッド君がぁああ――ぬ、抜いた――ッ!?どういうことだッ!?まさかの二組が、まさかの二組が――これは一体、どうことだぁあああ――ッ!?』

 

 魔術の拡声音響術式による実況担当者、魔術競技祭実行委員会のアースが実況席で興奮気味の奇声を張り上げている。一位、二位確定の先頭集団はそっちのけで、グレンの担当クラスである二組チームにご執心のようであった。

 

『そのまま、ゴォオオオル――ッ!?なんとぉおおお!?「飛行競争」は二組が三位!あの二組が三位だぁ――ッ!誰が、誰がこの結果を予想したァアアアアア――ッ!?』

 

 洪水のような拍手と大歓声が上がった。

 

 その拍手の発生源は主に、競技祭に参加できなかった生徒達からだった。グレン率いる二組とは別のクラスだが、何か共感できるものがあったのかもしれない。

 

『トップ争いの一角だった四組が最後の最後で抜かれる、大どんでん返し――ッ!』

 

 一位は当然のようにハーレイ率いる一組だったが、前評判で勝って当たり前のハーレイの一組より、負けて当然だったグレンの二組の奮闘ぶりの方が会場の注目の的だった。

 

 一方、競技祭参加クラス用の待機観客席にて。

 

「……ありゃま」

 

 ジョセフは目を点にして呆然としていた。その視線の先には、飛行魔術の名手として知られる他クラスの選手たちを相手に奮闘したロッドとカイが、空でハイタッチして喜びを分かち合っている。

 

(ペース配分の練習だけしていると先生から聞いたけど……まさか……)

 

 確かに冷静に考えればこの結果は当然の帰結とも言えた。

 

 空を飛ぶ飛行魔術は、専用の飛行補助魔導器――昔は箒型の気流操作魔導器が良く用いられていたらしいが、今は指輪型の反重力操作魔導器が主流――を身につけ、黒魔【レビテート・フライ】の呪文を唱えることで発動する魔術である。

 

 そんな魔術の腕を競うのが『飛行競争』の競技であり、今回の『飛行魔術』は学院敷地内に設定された一周五キロスのコースを二人で交代しながら計二十周するというルールであった。一周だけ見るなら瞬発的な飛行速度が重要だろうが、二十周ともなれば相当の魔力消費と疲労が予想される持久戦となる。元々、維持や制御が難しい飛行魔術には鋭敏な集中力も必要とされる。この条件下で好成績を残すには、事前に何度もコースを完走して、綿密なペース配分を確立しておくことが必須だ。

 

 この一週間、この競技だけを練習してきた者と、複数の競技の練習の片手間にしか練習してこなかった者や練習する暇がまったくなかった者とでは、ペース配分に関する練度と精度に必然的に差が出てくる。

 

 実際、ロッドとカイは地力では他クラスの選手に劣っており、前半は最下位を低迷していた。だが後半、練習不足の他クラスの選手には皆、前半の激しい首位争いの結果、ペース配分を誤って失速、自滅。中には魔力切れで途中脱落してしまう選手すら出る始末。去年の『飛行競争』がごく短距離の速度比べだったことも災いしたのだろう。

 

 色んな要因が重なり、その漁夫の利を得る形で二組が好成績をさらうことになったのだが……ここまで上手くハマるとは、そうしろと言ったグレンもジョセフも予想外だった。

 

「……これ、まぐれでしょ?」

 

「まぐれだな……」

 

 ジョセフは視線をグレンに向ける。当の本人は……

 

「――後は連中がペース配分間違って勝手に自滅するのを待つだけさ。だから、俺が指示したことは実に簡単だ。ペース配分は死んでも守れってな……ふっ、楽な采配だぜ」

 

 席に深く背を預けて足を組み、余裕綽々な表情を掌で隠し、指の隙間から不敵にほくそ笑むその様は、いかにも大策略家な雰囲気を(見た目だけは)かもし出していた(内容はすんごい後付け感があったが)。

 

 ジト目になるジョセフとアリッサ以外の生徒達はすっかり勘違いして、グレンに畏怖と尊敬の目を向け始めた。

 

「これ、あれだ。自分からハードルを上げていくスタイルだ……」

 

 現に。

 

「ひょ、ひょっとして俺達……」

 

「ああ……まさか……とは思ったが、先生についていけば、ひょっとしたら……」

 

(やめて、君達。俺にそんな期待に満ちた純粋な目を向けないで。心が痛いから)

 

 ……こんなことになっていた。

 

 さらに、観客席通路の向こう側から、土壇場で負けてしまった四組の生徒と二組の生徒達で言い争いをしているのが聞こえてくる。

 

「……ちっ!たまたま勝ったからといっていい気になりやがって……ッ!」

 

「たまたまじゃない!これは全部、グレン先生の策略なんだ!」

 

「そうだそうだ!お前らはしょせん、先生の掌の上で踊っているに過ぎないんだよ!」

 

「な、なんだと!?くっ……おのれ二組、いきがりやがって!俺達四組はこれから、お前達二組を率先して潰していくからな!覚悟しろよッ!?」

 

「返り討ちにしてやるぜ!なんてったって俺達にはグレン先生がついているんだ!」

 

「ああ、先生がいる限り、俺達は負けない!」

 

(やめて、君達。本当にやめて。もうこれ以上、ハードル上げないで、お願い)

 

 段々とハードルを上げられていくグレンなのであった。

 

「……ドンマイ」

 

「……?」

 

 そんなグレンの様子をジョセフは暖かい目で見守り、隣にいたウェンディはそんなジョセフの様子に、首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 それからもグレンのクラスの快進撃は、奇跡的に続いた。

 

 成績的には平凡な生徒が初っぱな三位という好成績を収めたことが特に効いたのだ。

 

 自分達でもやればできる、戦える。勝負事においては士気の高さが何よりも重要であることを体現するかのような二組生徒達の奮闘ぶりだった。

 

 さらに、使い回される他クラスの成績上位者が後に残された競技のために、魔力を温存しなければならないのに対し、グレンのクラスの生徒達はその競技だけに全魔力を尽くせるという構造的有利。

 

 皮肉なことに、精神論を否定していたはずの他クラスの講師達が、実は魔術師としての体裁や格式に拘った非合理的な戦術を指導してしまっていた。

 

 それに対し、本人も気付いていないが、過去に生きるか死ぬかの軍生活が長かったグレンは、表向き精神論を掲げていたが、勝つという一点に関してはどこまでもシビアで合理的な戦術を指導していた。

 

 こうした様々な要因が、グレンのクラスと他のクラスの地力の差を埋めていた。

 

『あ、中てた――ッ!?二組選手セシル君、三百メトラ先の空飛ぶ円盤を見事、【ショック・ボルト】の呪文で撃ち抜いた――ッ!?「魔術狙撃」のセシル君、これで四位内は確定!?またまた盛大な番狂わせだぁああああああ――ッ!?』

 

「や、やった……動く的に狙いをつけるんじゃなくて、動く的が狙いをつけている空間にやってくるのを待ってろっていうグレン先生の言うとおりだ……これなら……ッ!」

 

 成績が平凡な生徒達は、予想外の奮戦をして……

 

 

 

 

『さぁ、最後の問題が魔術によって空に光の文字で投射されていく――これは……ちょっと、おいおい、まさかこれは――な、なんとぉ!?竜言語だぁあああ――ッ!?竜言語が来ましたぁあああ――ッ!?これはえげつない!さっきの第二級神性言語や前期古代語も大概だったが、これはそれ以上ッ!?出場者、解答者達に正解させる気がまったくないぞぉ!?さぁ、各クラス代表選手、【リード・ランゲージ】の呪文を唱えて解読にかかるが、ちょっと流石にこれは無理――』

 

「わかりましたわッ!」

 

『おおっと!?最初に解答のベルを鳴らしたのは二組のウェンディ選手!先ほどから絶好調でしたが、いくのかッ!?まさか、これすら解いてしまうのか――ッ!?』

 

「『騎士は勇気を宗とし、真実のみを語る』ですわ!メイロスの詩の一節ですわね!」

 

『いった――ッ!?正解のファンファーレが盛大に咲いたぁ――ッ!?ウェンディ選手、「暗号解読」圧勝――ッ!文句なしの一位だぁあああ――ッ!』

 

「ふふん、この分野で負けるわけにはいきませんわ。とはいえ……神話級の言語が出たら、いきなり共通語に翻訳するのではなく、いったん新古代語あたりに読み替えろっていう先生のアドバイスには感謝しないといけませんわね……」

 

 成績上位者は安定して好成績を収め続ける。

 

 観客席も二組が参加する競技が始まる時は特に盛り上がった。

 

 住む世界の違う成績上位者のみで構成されるクラスより、より住む世界の近いグレンのクラスの方が見ていて熱が入るのだろう。

 

 そのクラスを率いるのが、良くも悪くも色々と話題のつきない噂の新人講師ということもある。いずれにせよ、二組は今回の魔術競技祭の注目の的であった。

 

 

 

 

「……とはいえまぁ……地力の差はやっぱり大きいよなぁ――」

 

 選手控室で待機しているジョセフは、冷静に戦況を見つめた。

 

 現在、グレンのクラスは十クラス中の三位。ハーレイのクラスは一位である。

 

 一位から三位までは、それほど大きな得点差はない。だが、じりじりとハーレイのクラスに離されている感は否めなかった。

 

「まぁ、本来は最下位でもおかしくはなかったけど」

 

「それな。正直、ここまでやてくれるとは思わなかったよ」

 

 とはいえ、これまでのは奇跡の賜物であるわけで、地力の差は歴然としていた。

 

 今は勢いだけで誤魔化しているが、競技が進行すればするほど、本来の地力の差が現れ、じりじりと突き放されていく展開になるであろうことは容易に想像がつく。

 

 個人競技の多い午前と比べ、午後は配点の大きな集団競技が多い。逆転が狙えるとしたらここだ。そして、逆転するためには、以前、最高レベルの士気が必要だ。

 

「今、うちらの順位は三位だから……これと、ルミアが出る競技で一位を取れば、ワンチャンあるかも」

 

「じゃあ、そのワンチャンを実現するためにも、ここで勝たないとね」

 

 やがて、ジョセフとアリッサが出場する『生存戦』が始まろうとし、二人は森林とかしたフィールドに姿を現す。

 

 ルールは簡単で、ゴーレムの大群がいるこのフィールドで他のクラスの生徒達を撃破することである。手段は問わない。一時的に組んで特定のクラスを撃破するのもアリだし、漁夫の利を狙うのもアリだ。極端な話、殺さなければそれでよしという競技である。

 

 二組の待機観客席の方を見ると、生徒達がジョセフ達に声援を送っている。

 

「ジョセフ、作戦は?」

 

 首を回しながら作戦の確認をするアリッサにジョセフは簡潔に答える。

 

「まず、会場を準備。そして、ゴーレム達とパーティということで、よろしく♪」

 

「ふふっ、最高に素敵なパーティにしましょ」

 

 二人がにやりと笑った直後、競技開始の合図が鳴り響く。

 

 こうして、ジョセフとアリッサの素敵なパーティが幕を開けるのであった。

 

 

 

 



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20

 

 

 

 

 魔術師は騎士ではない。

 

 この言葉は、騎士は正々堂々と勝負をすることが一種の美徳であるのだが、魔術師は自分が持っているありとあらゆる知識・魔術・武器を使って、手段を問わずに勝負に勝つ。自分が生きていて、相手が倒れ伏していればそれを是とするのが、魔術師である。

 

 『生存戦』はその言葉を最も顕わしている競技であり、軍用魔術以外ならどんな魔術でも使用可能である。それこそ、持っているなら固有魔術でも使ってもいい。戦い方も殺さなければなにしてもいい。

 

 だから、例年と同様、やりたい放題な競技になるだろうと誰もが思っていた。

 

 そして今年の競技は――例年よりも輪にかけて酷かった。なぜなら、帝国の魔術師よりも手段を問わずに勝ちにくる連邦の魔術師が入っているのだから。

 

 ジョセフとアリッサが駆ける。森中を駆け回る。最初は隅から隅まで駆け回り、他クラスの攻撃を適当にあしらいながら駆け回る。

 

 ジョセフとアリッサの背後にはゴーレムの大群が追いかけてきている。二人はそれに逃げるような形で駆けていた。

 

 観客席では二人の取っている行為に、困惑していた。

 

 この競技、『決闘』と共に、毎年出されているのだが、誰もゴーレム達に手を出そうとは思わなかった。単純に強くて、手を出そうものなら返り討ちにあう可能性が高かったからだ。過去に相手を誘き出そうとして、ゴーレム達のところに向かっていったが、逆に自分が脱落してしまったこともある。

 

 それを知ってか知らずか、ジョセフ達は開始早々真っ先にゴーレム達の元へ行っては他クラスなんてそっちのけで攻撃を開始したのである。それも、一撃加えたらすぐ逃げるなど、とても積極的ではない。

 

 ゴーレム達は視界内に入った者、もしくは攻撃された場合に対象を追跡・攻撃するように設定されている。

 

 そのため、現在、ジョセフ達はゴーレム達に追われる状況になってしまったのである。

 

 一体、あの二人は何がしたいのか?観客席からはそんな困惑が渦巻いていたが、後にジョセフ達の意図を知ることになる。

 

 

 

 

『八組脱落――ッ!?二組を追いかけていたゴーレム達に巻き込まれる形で脱落した――ッ!?これで、残りは半分の五チームとなりましたッ!そして、二組は再びゴーレムに攻撃を開始して……また逃げた――ッ!?』

 

 あまりの予想外の結果――ほぼ二組の独壇場と化している展開に、観客達はどよめいていた。

 

 競技の性質上、出場している選手は実力も知能もかなり高いレベルの選手達で揃えている。

 

 そんな猛者が集うこの競技に、二組が圧倒しているのである。ゴーレム達を利用して他クラスの選手たちを潰していっている。しかも魔力の消費を最小限にして。

 

「つ、強い……」

 

 観客席でジョセフ達を見守っていた生徒達の心情を代弁してシスティーナは唖然としていた。

 

「こ、こんなことが……こんなやり方……」

 

 常に冷めた態度を崩さなず、ジョセフ達を良く見ていなかったギイブルも動揺を隠せないようだった。

 

 そんな二人にグレンは面倒臭そうに言った。

 

「『生存戦』は、基本なにやってもいい競技だ。相手を殺傷しない限りな。一時的に手を組んでもいいし、途中で背後から撃ってもいい。ある意味、魔術師の本質を具現しているような競技だ。そして、この競技にはジョセフ、アリッサのような連邦の魔術師ほど、向いている奴はいない」

 

「彼らが……?」

 

 ん、とグレンは頷いた。

 

「あいつらは、魔術師の体裁っつーか、格式とかにあんま拘りがないんだよ。勝つためには手段は選ばない……例え、魔術師の風上にもおけないやり方だとしても、そんなの関係ないとばかしにな。そういう人種だ。そんな二人に敵う奴はなかなかいやしない」

 

「た、確かに……」

 

 現に、ほぼ全ての人間がゴーレム達を利用するなんて誰も予想だにしなったのだから。

 

(しかし、それにしても……)

 

 グレンは、競技場内で暴れまわるジョセフ達を見下ろす。

 

 二人とも、動きがいい。学生にしてはかなり動きがいい。

 

 動きがいいのだが……()()()()()()()。あまりにも学生離れしすぎている。

 

 グレンが二人の動きに訝しんでいると。

 

「にしても、二人の動きヤバすぎだろ……一体、何をしたらあんな動きできるんだよ……?」

 

「そういえばさ……連邦の軍学校について、こんな噂があるらしいんだけどさ」

 

 カッシュが頬を引きつらせる中、カイが噂話を持ち込んだ。

 

「どういう噂なんだ?」

 

「去年、連邦と王国が戦争していただろ?その中に何人かの学生が、戦場に出されたっていう噂さ」

 

「はぁ?あの戦争にか?」

 

 いかにも信じられない噂話だが、興味があるのか周囲の生徒達も耳を傾ける者がいた。

 

「そうそう。軍学校で特段、優秀な成績を収めた生徒は、有事の際に戦場に出されるっていう決まりが密かにあってさ……何人かの学生が駆り出されたんだけど、その中の一人がヤバいやつだったらしくて」

 

「どうヤバいんだよ?」

 

「実は、その学生達、去年の戦争でそいつ以外は戦死しちまったらしくて……」

 

「マ、マジかよ……それで、生き残ったそいつはどうしたんだよ?」

 

「生き残ったそいつは、その後、片っ端からレザリアのお偉いさん――教皇庁の枢機卿などを片っ端から殺して回したらしくてよ」

 

「ヤバすぎだろ……本当にいんのかよ、そんな化け物」

 

「さぁな。で、枢機卿の連中はそいつのことをこう呼んだんだってよ……『枢機卿殺し』って……」

 

「……マジかよ……おっかなすぎるだろ……それ絶対、都市伝説みたいなもんだろ?」

 

「向こうのお偉いさんが殺されまくったのは本当らしいけど、結局、姿を見た人いないからなぁ……あくまでも噂話だし」

 

 そんなことを口々に言う生徒達の言うことを聞き流しながら、グレンは先月の事件に現れた連邦軍二人組のことを思い出す。

 

 あのダークコートの男――レイク戦の時、グレンが決着を着ける寸前の狙撃……かなり腕が良かった。どこかの元・同僚と匹敵するぐらいに上手かったのだ。

 

 改めて、グレンはジョセフ達を見やる。十チームあったのが、今や二組と一組だけとなっていた。

 

 ジョセフ達はこれまでの他クラスを追いかけ、追い越し、巻き添えする形で脱落させたが、今度はジョセフが遠距離から一組を攻撃した。

 

 攻撃というよりも、一組周辺を乱射しているような感じだった。

 

 一体、何をしたいのだろうかと、グレンが訝しんでいると……

 

『こ、これはぁ――ッ!?一組に大量のゴーレム達が殺到して――ああっとぉ、一組、ついに攻勢を抑えきれず脱落したぁあああ――ッ!?二組のジョセフ選手が突然乱射した内の一発が、一体のゴーレムに中った結果、一組が巻き添えを喰らう形で脱落――ッ!?ていうか、ジョセフ選手、どこから撃ってるの!?700は軽く行っているでしょ、これ!?』

 

 着弾を活用した狙撃で一組の選手達を脱落させた展開に、観客席は大いに盛り上がっていた。

 

「……まさか、な。はっ、考えすぎだっつーの」

 

 あまりにもまさかな考えをしたグレンは肩を竦めるのであった。

 

 

 

 

『さぁ、これで残るは二組のみになりましたが、これで終わりではありません。ここからは、ゴーレム達はジョセフ選手、アリッサ選手に積極的に攻撃することになります。制限時間が切れるまで彼らが生き残らなければ、この競技の勝者はなし。どのクラスにも点数が入りません。逆にここで二組が生き残れば、かなりの点数が入り、一組との差を埋めることができるでしょう』

 

 実況が言う通り、ジョセフ達めがけてゴーレム達が殺到する。

 

 前方から、後方から、左から、右から。

 

 ちょくちょくと数を減らしていたが、それでも群れをなして迫るゴーレム達は十分脅威ともいえた。

 

 そんなゴーレム達の一体の額に、一条の雷閃が正確に射貫く。

 

 その後、二条、三条と雷閃が飛翔し、二体目、三体目のゴーレムの額を射貫いていく。

 

 それでも、ゴーレム達の足は止まらないが、そこにアリッサが突っ込んでいく。

 

 魔力を漲らせたサーベルを両手に持ち、目の前にいるゴーレムの胸部と腹部に突き立てて押し倒す。

 

 引き抜くとすぐさまに、別のゴーレムの左肩に右手のサーベルで斬りつけ、左手のサーベルで首に当て、すっと引く。

 

 アリッサの背後から別のゴーレムが襲い掛かるが、雷閃がそのゴーレムの頭を撃ち抜く。

 

 返す刀で背後にいるゴーレムを斬りつけようとするアリッサの頬に、雷閃がすっ、と掠る。そして、別のゴーレムの頭を撃ち抜く。

 

 今、繰り広げられているのは、一方的な虐殺劇。

 

 並みの生徒なら、ひねり潰されるゴーレムの大群を、ジョセフ達は言葉を交わすことなく冷静に撃つ。斬る。

 

 そんな状態だから、束になってもすぐさま一部隊が殲滅される。

 

 あまりにも予想外の状況に、観客席はざわめく。選手達はもちろん、出場していない生徒達もジョセフとアリッサの実力に恐れをなしているようにも見える。

 

 なにせ、ほとんどの生徒達は侮っていたのだ。連邦の魔術師を下に見ていたのだ。

 

 それが、今や圧倒的な力を見せつけている。自分達じゃできないことを平然とやってのけていのだから。

 

「……アリッサ。そっちは?」

 

「こいつで最後、ジョセフの方も片付いたの?」

 

「まぁ、今さっきね」

 

 二体のゴーレムを滅多刺ししたアリッサがジョセフに振り返ると、欠伸を噛み殺しながらジョセフが答えた。

 

 もう、ゴーレム達が殺到することはない。全部、地面に倒れ伏しているから当然だ。

 

『こ、これは、誰が予想していたでしょうか!ジョセフ選手、アリッサ選手。あれほどいたゴーレムの大群を……他クラスの生徒達を脱落させていったゴーレムの大群を、文字通り、殲滅してしまった!これにより、この競技の勝者は二組になりました!これで、ハーレイ先生率いる一組との差をある程度埋め、現在二位に位置している五組を射程に捉えることができました!』

 

 そして、『生存戦』の結果は二組の圧勝ということで幕を下ろすのであった。

 

 

 

 

 因みに、その後の『精神防御』の競技も、ルミアの異常なまでの強靭さと昨年優勝した五組のジャイルの一騎打ちが盛り上がったが、最終的にジャイルが仁王立ちで気絶したことでルミアの勝ちとなり、二組は二位に位置することができるのであった。

 

 

 

 

 





次辺りのお昼は要注目です(笑)


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21





 お待たせしました。仕事が忙しくて、投稿に間が開いてしまいました。

 それでは、どうぞ。




 

 

 

 

 魔術競技祭は午前の部と午後の部に分かれており、その間に小一時間ほどの昼休みが入る。競技場に集まっていた生徒達は学院内の学食に行く者、学院外の外食店に赴く者、あるいは弁当を用意してきた者と分かれて、ぞろぞろと移動し始めていた。

 

 グレンのクラスの生徒達もいったん解散し、昼食のために各自分かれて移動し始めている。

 

 そんな中、ジョセフは一人で誰かを探しながら歩いていた。その時、アリッサとウェンディから半ば逃れるような感じで競技場を立ち去ったのだが……

 

「……あいつら、誘い方が強引過ぎるんだって。もうあれ、強制連行みたいになってたし。ほんと……」

 

 もうなんというか、ツインテールのお嬢様は左腕を掴んで圧をかけてくるし、金髪のお嬢は話を聞かずに首根っこを掴んで連れ去ろうとするし……なんとか、テレサのおかげもあり、用事があると言って逃げ出すことができた。

 

 実際、用事があるのは事実で、『生存戦』後である生徒の顔を見た時に思いついたことなのだが。

 

「……見つけた」

 

 そして、ジョセフはその生徒の姿を見つける。

 

 ジョセフの目の前にいるのは、どこか小動物的な雰囲気を持つ小柄な少女が誰かを探していた。

 

「誰かを探しているのかい?」

 

「……ひゃっ!?」

 

 かなり集中して探していたらしく、少女はびくりと飛び上がり、ジョセフに振り向く。ジョセフと同じクラスメイトでウェンディとテレサの親友でもあるリンだ。

 

「……ごめん、リン。驚かすつもりはなかったんだけど」

 

「あ……ジョセフ君……」

 

 振り向いたリンの顔は、なぜか少し泣きそうな顔をしていた。ジョセフは『生存戦』の後、リンが泣きそうな顔で不安げにしていたから少し気になり、二人のお嬢の手から逃れてリンを探していたのである。

 

「なんか、今日はえらい不安そうな顔でいたから、ちょっと気になって……誰かを探しているのなら、一緒に探そうか?」

 

「え、えと……そう、なんだけど、その……ジョセフ君でもいいから……その……」

 

 よっぽど不安なのだろう。リンの泣きそうな顔にはとにかく誰かに自分の話を聞いてほしいという感じであった。

 

「……OK。場所を変える?」

 

「え?その、うん……できれば、あまり人のいない場所で……」

 

「……わかった。じゃ、こっち」

 

 そうして、ジョセフはリンを伴って競技場を後にし、学院中庭の方へやってきた。

 

 青々と広がる芝生、庭師によってよく手入れの施された植樹達、端の方で色とりどりの花を咲かせる花壇、おなじみの光景がそこにはある。

 

 普段は昼になるとこの場所は弁当を開く生徒で賑わうが、今日は競技場が開放されているため、そのまま競技場内で弁当を開く生徒が多い。それゆえに中庭は閑散としていた。

 

「もしかして、不安?競技のことで」

 

「う、うん、その……」

 

 だろうな、とジョセフが思っている中、リンがおどおどしながら、少しずつ心の中をまとめるように呟いていく。

 

「あ、あのね、私、『変身』の競技を任せられているんだけど……その、自信がなくて」

 

「…………」

 

「変身の魔術は一生懸命練習してきたんだけど……今日になったら緊張してきて……全然、上手くいかなくなっちゃって……それで、私を他の誰かに代えてくれないかと、先生を探していて……」

 

「あぁ、誰かを探してたのは先生だったのね」

 

「せ、せっかくクラスの皆が一丸になって一生懸命、優勝のために頑張っているのに……私が足を引っ張っちゃったら、皆に申し訳なくて……その……だから……私を、他の誰かに代えて……ほしくて……ッ!」

 

 片を震わせ、目尻に少し涙を浮かべてリンが心情を吐露する。

 

 ジョセフはため息を吐いた。

 

「……本当は出場したいんじゃないの?」

 

「そ、それは……」

 

「まず、そこをはっきりしよう。でないと、なんとも言えない」

 

 しばらくの間、リンは自分の心の内をさらうように押し黙って、そして――

 

「本当は……私も出たい……でも、皆に迷惑かかるから……」

 

「そう。じゃ、出たらいいさ。何の問題もないらしいし」

 

 あっさりと、ジョセフはそう言った。

 

「え!?で、でも!私が出たら、皆に迷惑が――」

 

「魔術競技祭。お祭りだよ?戦争じゃあるまいし、お祭りに足を引っ張るも迷惑もないよ」

 

「で、でも、皆で優勝目指すって盛り上がってて……先生もそう言って……」

 

「……あー、それが原因であんなに不安げになっていたのね……」

 

 確かに、クラスは盛り上がってたから気持ちはわからなくもない。

 

(別に、先生が何かよからぬことをたくらんでいるからってのもあるし……そこまで深刻に考えなくてもなぁ……)

 

 といっても、この子は見た通り真面目だし、だからこそ悩んでいるのだろう。

 

(ていうか、あいつと仲が良いのは予想外だったな。あいつったら、”わたくしと親友になれるのは名が知られている御方のみですわ”っていうくらいのカチコチの前時代的貴族主義者なのにな……)

 

 現に、スペンサー家とレイディ家はそれなりに家名が知られているが、ティティスという家名は知られていないのだから。

 

 まぁ、根は優しいから誰かの圧に負けてしまったのもあるのだろうけど、っと。物思うジョセフ。

 

「先生のノリで始まったみたいなもんだから、目一杯楽しめばいいよ。その上で優勝できればいいよね、てう程度だから、気にしなくてもいいと思う」

 

「……そう……なの?」

 

「そうそう。だから、優勝のことなどはあんま考えずに楽しめばいいと思うよ。君って、変身の魔術、好きなんでしょ?」

 

「うん……私……昔から気が弱くて、優柔不断だけど……変身の魔術は、その……なんだか違う私になれるようで……」

 

「なら、いいじゃない」

 

 だが、それでもリンはどこか不安げそうだ。

 

「……少しアドバイスするか」

 

 そんな自信なさげなリンに、ジョセフはみかねて、少しお節介することにした。

 

 リンは驚いて、うつむきがちな目をジョセフに向ける。

 

「……アドバイス?」

 

「そう。その前におさらいなんだけど、変身の魔術には二種類あったよね?【セルフ・ポリモルフ】と【セルフ・イリュージョン】、この二つだね。その違いはわかる?」

 

 少し考え込むように沈黙してから、リンが答える。

 

「え、ええと……【セルフ・ポリモルフ】は白魔術で、【セルフ・イリュージョン】は黒魔術だよね?」

 

「まぁ、合ってはいるけど、そこを詳しく」

 

「あ、うん……え、えと……【セルフ・ポリモルフ】は……その、肉体の構造そのものを作り変えて変身する魔術で……【セルフ・イリュージョン】は光を操作することで変身したように見せかける幻影の魔術だよ」

 

 慌てて答え直すリン。

 

「そうそう。だから【セルフ・ポリモルフ】は肉体と精神を操る白魔術、【セルフ・イリュージョン】は運動とエネルギーを操る黒魔術ってわけ」

 

 そう言って言葉を続けるジョセフ。

 

「【セルフ・ポリモルフ】は術式で決まる。例えば狼に変身するなら狼に変身する【セルフ・ポリモルフ】、竜に変身するなら竜に変身する【セルフ・ポリモルフ】という感じにね。そして、失敗すると最悪元に戻れなくなってしまう危険性はあるけど、変身したものの能力を得ることが可能なんだ。馬に変身すれば馬の速度で走れるし、猫に変身すれば高くジャンプできる。鳥に変身すれば空も飛べる。だけど、【セルフ・イリュージョン】はそういうわけにはいかない。馬に変身しようが猫に変身しようが、それらの能力を得ることはできない。外側しか変わることができないんだ。そうだねぇ、例えば……」

 

 ジョセフがこめかみを指でつつきながら、【セルフ・イリュージョン】の呪文を唱える。

 

 すると、ジョセフの周囲の空間が一瞬、ぐにゃりと揺らいで……ジョセフの姿の焦点があやふやになり……再び焦点が結像した時。

 

「ウェンディ…ッ!?」

 

 そこにジョセフの姿はなく、すまし顔で立っているウェンディの姿があった。とても幻影には見えない。その質感はウェンディが本当にそこに存在しているかのようだ。

 

「ま、こんなもんかな」

 

 声もウェンディになっている。どうやら声の波長と周波数を即興で変えたらしい。

 

「【セルフ・イリュージョン】が劣っているかというとそうでもなくて、呪文と変身が一対一で対応している【セルフ・ポリモルフ】系の魔術とは違い、【セルフ・イリュージョン】にはこの通り、術者のイメージを反映する術式が組み込まれてい。要するに、イメージ次第で何にでもなれる。張りぼてだけど」

 

 ウェンディの姿と声で、仕草と口調はジョセフのまま、淡々と説明が続く。

 

「結論すると、【セルフ・イリュージョン】による変身が上手くいかなくなったってことは、まだイメージがあやふやだってことになる。逆に言えばイメージさえ固め直せば必ず上手くいく。命を賭けてもいい」

 

 にやりと、ウェンディ(ジョセフ)が不敵に笑う。

 

「で、だ。リンは【セルフ・イリュージョン】の呪文で『変身』の競技に参加する予定だよね?何に変身するんだい?」

 

「え、ええと、天使様に変身しようかと……『時の天使』ラ=ティリカ様……」

 

「うわぉ、元ネタ自体が伝説上の存在とか、また難しいの選んだな……それなら、今から附属図書館に行って、聖画集でも借りることね。競技開始までそれをずっと眺めてみて。それで大分違うはずだから」

 

「わ、わかった。さっそくやってみる」

 

 そして、最後にウェンディに変身したジョセフは、リンに真っ直ぐ向き直って言った。

 

「まぁ、ああだこうだ言ったけど、リンなら大丈夫だよ。自分自身が思っている以上に優秀だから。ちょっと自信がないだけ。だから、失敗は気にしなさんな。優勝しろと先生は言っていたけど、どうせ祭りだから、祭り。誰も死にはしないし、文句も言わないよ。もし負けて、それを責めるような輩がいたら、俺とアリッサでそいつをボコボコにすっから。だから気楽にいきなっせ。OK?」

 

 と、そこでリンはとうとうこらえきれなくなったかのように腹を押さえ、くすくすと含むように笑い始めた。

 

「む?どうして、笑うんだい?」

 

 せっかく真面目にアドバイスしたのに笑われるなんて、ジョセフは心外そうな顔で言った。

 

「だ、だって、ジョセフ君がウェンディの姿と声で男前なこと言うのが……おかしくて……」

 

「……確かにそうかも」

 

 確かに一理あるかも、と。ジョセフは術を解いて元の姿に戻る。

 

「……でも、ありかとう。私……頑張ってみるね」

 

 ようやく不安がなくなったのか、リンはジョセフにお礼を言って、立ち去ろうとする。

 

「……ほどほどにね」

 

「うん……ありがとう」

 

 ジョセフは肩を竦めながら、付属図書館に向かうリンを見送った。

 

「……まぁ、大丈夫っしょ」

 

 そう言うジョセフだが、ふとリンのことで気になることがあった。

 

「……あの子、俺がウェンディに変身した時、やたら下を凝視していたけど……なんかあったんかな?」

 

 ウェンディで話している最中、リンがまじまじと顔を見て、そして下らへんを凝視していたことを思い出す。

 

 もしかして、失敗していたか?いやでも、変身した直後、一回見たが失敗している箇所は見当たらなかったような気がするのだが。

 

「……ま、いっか」

 

 考えてもしょうがないと、ジョセフは切り替え、中庭から去るのであった。

 

 

 

 

 






 ほら、背の低い女性って、アレが強いって言うらしいし(知らんけど)?



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22



大変、お久しぶりです。

仕事が忙しく、それに追い打ちをかけるかのようにパソコンの調子が悪かったので、遅れに遅れてしまいました。

それでは、続きをどうぞ。

更新速度は、仕事の関係上、亀になると思われます。ですので、投稿できるときに投稿する感じになります。




 

 

 

 

 魔術競技祭、午後の部が始まった。

 

 午前同様、学院生徒達で賑わう魔術競技場――その観客席を通う通路の一角にて。

 

 紺を基調とした揃いの軍服とロングコートに身を包む、奇妙な二人の女性がいた。

 

 二人とも二十代前半で、一人は腰まで届く長い黒髪に、小麦色の肌の、女性的で豊満なスタイルの女性。もう一人は、セミロングの茶髪で、スレンダーな肢体を持つ女性。

 

 二人とも軍服を着ているあたり、堅気の人間ではない。現に、学院の生徒達で賑わうこの観客席において特に異彩を放っているし、身に纏う雰囲気が明らかに違う。

 

 だが、奇妙なことに、その二人に対して奇異の視線が集まることはない。まるで二人が道端に落ちている石であるかのように、その存在が気に留まらないようだった。

 

「――あれが『愚者』ね」

 

 ぼそり、と。茶髪の女が呟いた。

 

「そうそう。あの男が『愚者』と呼ばれていたそうよ」

 

 それに応じるように、黒髪の女も呟きこぼす。

 

 二人の視線が注がれる先には、盛り上がる生徒達とは裏腹に、何か考え込んでるような、上の空になっているグレンの姿があった。

 

「魔術師としては三流だけど、現役時代の異様なまでの格上殺しをやってのけた魔導士……魔術師としては異端中の異端児ともいえる彼がこんな所にいるなんてね」

 

 茶髪の女がグレンの姿を見ながらそう言うと、黒髪の女は別方向の観客席に目を向ける。

 

「そして、別方向に二人……帝国軍がいるわ」

 

 黒髪の女の視線の先には、黒を基調とした揃いのスーツと外套に身を包む、こちらも堅気の人間とは思えない雰囲気を纏った奇妙な男女がいた。

 

 二人と同年代と思われる青年がジョセフとアリッサと同年代と思われる少女の後ろ髪を容赦なく掴んでいる姿が目に入っていた。

 

「あの二人はなにやってるのかしら?」

 

「……任務、じゃないの?」

 

 そのなんともいえない光景に二人は押し黙る、二人の間に沈黙が訪れる。

 

「……私達と同じ任務?」

 

「どうかしら?あの二人の様子を見る感じ、王室親衛隊の方を見ている感じだけど」

 

「それだけじゃないでしょう?」

 

「ええ、もう一つは恐らく私達と同じだと思う。彼らが来ているのだから」

 

 また、二人の間に沈黙が流れる。

 

「そう言えば、異能者差別に対する新しい法案が帝国の円卓会で閣議されてるらしわよね?」

 

「そうよ。それ以降、右派の筆頭である王室親衛隊の動きが不穏らしいのよね」

 

「ここでは、異能者は悪魔の生まれ変わりだと信じれているからね。そして、法は女王陛下の名の下に発令されるもの。つまり、異能者を女王の名の下に法的に保護する事は王室の威光に傷がつく、と考えているらしいわよ」

 

「そのお陰で、女王陛下は娘一人を手放す羽目になった……母親としては経験したくないものよね……」

 

 さらに、二人の間に沈黙が流れる。

 

「だからなんでしょうね。可能性は低いけど、今回の女王の学院訪問を機に、何かしらの行動を起こすかもしれない王室親衛隊をあの二人は監視している……はずだと思うけど……」

 

 二人の視線の先には、再び歩き始めた少女の後ろ髪を、青年が容赦なく引っ張っている光景があった。

 

「……本当になにしてるのかしら?」

 

 呆れる茶髪の女。

 

「ねぇねぇ、そえれよりもさっきのジョセフ達、凄かったわよね?ね?」

 

 そんな茶髪の女に対し、黒髪の女は先ほどのジョセフとアリッサの試合のことを話し始める。

 

「そりゃ、あの二人ならあそこで勝たなきゃおかしいでしょうよ。他の子達はプロじゃないんだから」

 

「それでも、凄かったわよ!いやぁ、やはり私の弟と妹は優秀だわ~」

 

「……始まったわよ、惚気が」

 

 突然始まった惚気話に、茶髪の女は顔を引きつらせる。

 

「まぁ、それはそう――」

 

「でしょでしょ!貴女もそう思うでしょ!?私は、あの二人なら――」

 

「…………」

 

 あ、これ、一時間は終わらないわ……と、茶髪の女は悟る。現に、止まりそうな気配が全然ない。

 

「――それにあの二人、中々イイ感じだし?アリッサはノリノリだったし?」

 

「……そのおかげで、ジョセフがいろんな意味で苦労していると思うのは私だけかしら?」

 

 過去にジョセフからそのことで愚痴を聞かされたことがある茶髪の女は、ジト目で黒髪の女に言う。

 

「だって、ジョセフったら本人は自覚がないようだけど、女の子にモテるんですもの。だから、アリッサには誰よりも早く既成事実を作ってデキてしまえば――」

 

「待て待て待てッ!?貴女、アリッサにそこまで言っちゃったの!?」

 

「……言ったけど?」

 

「言ったけど?じゃないわよ!よしんば既成事実はともかく、デキるのはまだ早いでしょ!?まだ十五、六なのよ!?十八からでもって付け加えたほうが良かったんじゃなくて!?」

 

「……アリ。女は好きな人のためならばなんでもするものよ」

 

「なんだろう、ジョセフがものすごく苦労しそうな気がするわ……」

 

 そう言って茶髪の女が観客席の方に見やると、そこにはジョセフとアリッサが話している姿があった。人目もあるのだろうか、いたって普通なのだが、二人きりの時のアリッサの攻め具合にジョセフがタジタジになる姿は想像に難くない。

 

「……これ、近いうちにマジで一線越えそうな気がするわ……うん」

 

 この時、茶髪の女――アリと呼ばれた女は、アリッサ()()で済めばいいけど、と内心思っていた。

 

 アリッサ”だけ”済めばいいと思ったのは、他にもジョセフを狙っている女子生徒(モデル顔負けのスタイルの持ち主)が一人いることに気づいたからである。

 

「紫色の髪の女の子もジョセフのこと狙っているわね……うーん、これは凄いことになりそうね」

 

「凄いことというか……ジョセフの体力保つかしら、これ……?」

 

「保つんじゃない?それになんやかんやでジョセフは女の子を大事にしそうだから、そこから……ね?」

 

「そこから……ね?じゃないわよ、ダーシャ!?貴女、奔放過ぎるでしょ!?」

 

 色々な妄想をし始める黒髪の女――ダーシャに、アリは頭を抱えてそう突っ込むんだ、その時。

 

「……嘘でしょ?」

 

 今まで妄想を羽ばたかせていたダーシャが、強張った声色を発した。

 

「……?どうしたのよ?」

 

「王室親衛隊が――動いたわ」

 

「……ッ!」

 

 ダーシャのその短い言葉で事態を察したアリは、遠見の魔術を起動する。

 

「王室親衛隊は、武力をもって女王アリシア七世を本格的に自身の監視下に置いたわね。これは事実上の軟禁状態よ。しかも、末端の暴走じゃなくて総隊長ゼーロスの命令で」

 

「もしかして、例の法案の件で?」

 

 にしても、ここで事を起こすか?っと、二人は首を傾げる。

 

「王室親衛隊は女王に最も忠誠を誓っている組織。直接的な危害を加えるつもりはないのでしょうけども……この行動の意味はなんなのかしら?様子を探ってみた方が――」

 

「必要ないわ、ダーシャ。動きがあったわ。連中の一部が誰かを探しているかのように学院敷地を回っている。誰を探しているのかしら?」

 

 すぐに機転を利かせ、遠見の魔術で王室親衛隊の一部の動きを追うアリ。

 

 学院敷地内を動き回る親衛隊を見る。学院校舎本館、西館、東館の周囲を一回りし、学院付属図書館と図書館前広場を見て、迷いの森入り口付近、薬草農園、魔術実験塔周辺……。

 

 無駄に広いと内心悪態つきながらも親衛隊の動きを追う。

 

 そして、学院敷地の南西端、学院を取り囲む鉄柵のかたわらに、等間隔に植えられた木々に向かって親衛隊は一直線に向かい始めた。

 

 その先にはグレンとこの学院の生徒と思われる金髪の少女の姿があった。

 

「……?」

 

 総勢五騎の衛士達が足早にグレン達に向かう姿に、アリは首を傾げる。

 

 一体、彼らはグレン達に何の用があるのだろうか?意図が全く読めない。

 

「あの子って確か……」

 

 確か先の学院爆破未遂テロで誘拐された生徒じゃ……とアリが物思っていると、衛士達はグレンと金髪の少女を囲むように、音もない足捌きで素早く散開する。

 

 そして、次の瞬間、弾けたバネのように一斉に抜剣し、その件の少女にその剣先を突きつけていた。

 

「……ダーシャ、ジョセフ達に連絡して。問題が発生したって」

 

「ええ、それと私達も動いた方がいいわね」

 

「ええ、決まりね」

 

 遠見と使い魔を使っての情報収集していた二人は、事態の深刻さを考え、通信機でジョセフに連絡しながら、競技場をさるのであった。

 

 

 

 

 



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23


非常にお久しぶりでございます……

パソコンがお逝きになりましたので、一年近くも開けてしまいました……

あと、十九、二十巻が出ましたので、読んでどういう風にしていこうか色々考えていました。

これからも不定期ではありますが更新していきますので、よろしくお願いします。


 

 

 

 一方、競技場では。

 

(……まずいわ)

 

 アリッサは危機感を感じ取り、焦燥に身を焦がしていた。

 

 といっても、競技場では一見、何か異常が発生したりとかはしてない(裏ではグレンとルミアに危険がせまっているのだが、その事を今のアリッサは知らないのだが)。

 

 じゃあ、何をそんなに危機感を感じているのかというと……

 

(まさか、ジョセフに近寄る女がまた一人追加されるなんて……ッ!)

 

 とまぁ、なんとも個人的なことなのであった。

 

 "ジョセフに近寄る女"とは誰のことなのかというと、リンのことを言っている。

 

 昼休みにジョセフがリンに声をかけているのを目撃したアリッサは密かに使い魔を放ち、その後の一部始終を見ていたのだ(といっても、中身は相談みたいなもので、近寄ってるとは限らないのだが)。

 

(ここに来て、急にライバル増えすぎでしょ……)

 

 連邦にいた頃にはなかったこの事態に、アリッサはため息を吐きながら向かい側で話している二人の少女を見る。二人とも相棒の幼馴染であり、アリッサの友人であり――同時に脅威(恋愛面で)になりえる二人であった。

 

(一人はまだ気づいていないとして……あと一人がヤバいのに……)

 

 そう思いながらアリッサはモデル顔負けのスタイルを持つ、大人びた少女を見る。

 

(そうよ、ウェンディはまだしも、テレサの近づきっぷりが何気にヤバいのよ……ッ!)

 

 この学院に留学生として編入された後のことを思い出すアリッサ。

 

 今はまだ脅威(恋愛面)が表面化していないとはいえ、普段はジョセフとウェンディが二人で漫才やらなんやらが繰り広げられているのだが、時たまジョセフとテレサで話しているところも見かける。

 

 ウェンディの方はまだしも……特に二人きりになっている時のテレサの距離ときたら――

 

(……近すぎなのよ、距離が!幼馴染として考慮したとしても、よ!)

 

 もうあれ、テレサにある二つの果実がジョセフの腕に当たっているんじゃないのか?っていうくらいに近い気がする(実際はどうなのかはわからないのだが)。

 

(胸か!?やっぱり胸なのか!?一番デカい胸を持つ女が取ってしまうものなのか!?)

 

 と、アリッサはテレサのとある部分を見る。制服越しでも豊満だとわかる二つの丘陵をガン見する。

 

 アリッサも胸はルミアとほぼ同じぐらいにはある。

 

 あると自認もしているが、やはりテレサには負けているような気がする。

 

 それだけじゃない。

 

 残りの二人――ウェンディもリンも、制服越しではわかりにくいが……けっこうある。二人とも着やせするタイプだが、発育が良いのは着替えとかでこれでもかというほど見ている。

 

(うぅ……なんで……なんでジョセフの周りには胸のデカい娘ばかりが好意を持つのよ……ッ!?しかもスイッチが入ったら激しそうな娘ばかりだし……ツ!?スイッチ……?そうだわ、だったら――)

 

 ジョセフも他の三人娘もそうだが、アリッサももうアレができる年頃。しかもまだ三人娘にはその気がない。

 

(こ、こうなったら、ヤられる前にジョセフを――)

 

 心臓が早鐘を打っていて目をグルグルさせている中、アリッサがそんな暴挙を考えていると。

 

「……おい、アリッサ」

 

「……ッ!?」

 

 不意に隣からジョセフが誰にも聞かれないような声をかけ、アリッサの肘を小突く。

 

(え、ちょ……変なことを考えているときに……)

 

 子供の教育上よろしくない大人の運動会を妄想していたアリッサは、甘く高鳴る鼓動を感じてジョセフを振り向くが……ジョセフの問題発生したような表情を見てそんな妄想は見事に吹っ飛んだ。

 

「……何かあったの?」

 

「姐さん達が正門近くに来るようにだってよ」

 

「!」

 

 ”姐さん”から呼ばれた。これの意味することを瞬時に理解したアリッサはジョセフと共に誰にも気づかれないように競技場から去る。

 

 やがて、正門前に到達すると、そこには黒髪で小麦色の女性と茶髪でスレンダーなスタイルの女性がいた。

 

 二人とも紺を記基調にした軍服とロングコートに身を包んでいる。

 

 ジョセフもアリッサも二人の女性もお互いに面識があるのだろう、普通に、しかし周囲を確認しながら接触する。

 

「問題発生って何?何があったのよ?」

 

 開口一番、アリッサが茶髪の女にそう言うと女の口から事態が想像以上に深刻な状態になっている言葉が飛び出してきた。

 

「貴方達のクラスにいる女の子――ルミアという娘が王室親衛隊に狙われているわ」

 

「……は?」

 

 茶髪の女――アリからのあまりにも突飛すぎて、アリッサは目を瞬かせる。

 

 そんなアリッサを他所に。

 

「彼女が王室親衛隊に狙われているって、どうしてそうなった?」

 

「わからないのよ、ジョセフ。王室親衛隊は突然女王を軟禁状態にした後、ルミア=ティンジェルの元へ向かって殺害しようとしていたわ」

 

「はぁ!?女王を軟禁状態にしてルミアを殺害しようとした!?なんだよ、その無茶苦茶な展開!?」

 

 小麦色の女――ダーシャから発せられた王室親衛隊のとんでもない暴挙に、ジョセフとアリッサも唖然とするしかない。

 

「それで、ルミアは?彼女は無事なの?」

 

「ええ。幸いにも傍にこの学院に勤めている魔術師がいたから、その人と現在逃走中よ。あの魔術師が貴方達が言っていた『愚者』よね?」

 

「ああ、そうそう。そういやあの時二人の姿を見なかったんだけど……とりあえずは首の皮は繋がっている状態か」

 

 ダーシャからルミアの無事を聞けて、胸を撫で下ろすジョセフとアリッサ。

 

 だが――

 

「安心するのはまだよ。その一方で厄介な連中も動いてる」

 

「おいおい、王室親衛隊だけじゃないのかよ……」

 

 どうやらこの一件、王室親衛隊だけの暴走じゃないらしい。

 

「その厄介な連中って?」

 

「特務分室……女王の懐刀よ」

 

「「……!?」」

 

 その名を聞いたジョセフ達の目が一瞬、見開く。

 

「なんでそいつらが……ッ!?」

 

 特務分室がどんな連中なのか、ジョセフもアリッサもアリもダーシャも知っている。

 

 アルザーノ帝国には、帝国宮廷魔導士団という帝国最強クラスの魔導士達が集まっている精鋭部隊がある。

 

 オーシア連邦特殊作戦軍とは違い、完全に独立したこの帝国軍の組織の中でも魔術絡みの案件・事件を専門に処理する秘匿性の高い特殊部隊がある。

 

 それが特務分室だ。

 

 正直相手にしたくない。

 

 何せここに所属する魔導士は最強クラスが集う宮廷魔導士団の中でもさらに最強クラスの魔導士が所属しているのだ。

 

 そんな連中とこんな真昼間の、しかも市街戦での交戦なんて御免蒙りたかった。

 

「女王というよりは王室親衛隊の方を監視している向きもありそうだったけど……正直、確信は持てない。最悪、敵側になっている可能性もある」

 

「だよなぁ、クソッたれ」

 

 とは言え、ルミアのところに行かなければならない。

 

 行かなかったら……ルミアとグレンが死ぬだけだ。

 

 今回の事件、どうも単純に王室親衛隊などが暴走している……なんて単純な事件ではないような気がする。

 

「……あの二人が狙撃で援護できそうな所にいることを祈ろう」

 

「ええ、そうね。行きましょう」

 

 そう言って四人は動き出す。

 

 まずはグレンとルミアの居場所を特定し、王室親衛隊と特務分室から守らねばならない。

 

 ジョセフとアリッサが瞬時に制服から軍服に着替え、四人は守衛に気づかれないように気配を消して正門から出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 






 男は既成事実に弱い
        
         by アリシア七世


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24



 それでは、どうぞ。


 

 学院から出て、グレン達を追い立てる王室親衛隊を密かに追跡しながらジョセフ達は複雑に入り組んだ裏通りを右に左に駆け抜け、魔術学院と学生街のあるフェジテ北地区から、一般住宅がある西地区へと至っていた。

 

 王室親衛隊の命がけの鬼ごっこは、どうやら地の利でグレンが勝ったらしい。王室親衛隊は見失ったグレンを血眼で探し回っていた。

 

 ジョセフ達は、そんな王室親衛隊を他所に人気のない路地裏を中心にグレンを探していた。地の利があって追っ手を撒いたのなら路地裏にいる可能性が高かったからだ。

 

 果てしてその予想は見事に当たった。

 

 ジョセフが路地裏を見下ろせるように建物の屋根伝いに駆け抜けている時、向かい側の路地裏にグレンとルミアを見つけたのだ。

 

「……見つけた」

 

 ジョセフは通信機でアリッサ達に小声でそう言うと、改めてグレン達の様子を見る。

 

 グレンは何かを耳に当てて何事かを言っているようだ。おそらく通信で誰かと通話しているのだろう。

 

 そして、そのグレンの様子は、あまり良い方向に流れているとは言い難い様子であった。

 

「姐さん、確か女王陛下のところにはアルフォネア教授がいたはずだと思うんだけど……あの人は何していた?」

 

『女王の傍らに変わらずいたわ。でも、連中が動いてからもまったく動く様子はないわね』

 

 なるほどね、と。ダーシャの答えにジョセフは納得した。

 

 恐らく、グレンが通話している相手はセリカだ。この状況を打破するためにセリカに助力を乞おうとしたのだろう。

 

 そしてセリカが動く様子がないということは、きっとそういうことなのだろう。

 

 これはこっちが動かないと完全に詰むな(すでに詰んでいるかもしれないが)とジョセフが動こうとした、その時だ。

 

 ジョセフ向かい側の建物の屋根からただならぬ気配を感じた。

 

(――殺気!?)

 

 ジョセフに直接向けられたものではないが、慣れ親しんでいるその感覚に、ジョセフは殺気を感じた方向へ目を向けた。

 

 すると、そこには二人の男女が立っていた。その二人組は紛うことなく、グレンのことを真っ直ぐに見下ろしている。

 

 ジョセフはこの男女とは直接会った覚えはなかったが……その身にまとう特徴的な衣装には見覚えがあった。

 

「特務分室の人間!?マジで帝国宮廷魔導士団も動いていたのかよ!?」

 

 ダーシャからの情報が本当だとジョセフが確信した瞬間。

 

 青い髪の少女が弾かれたように屋根を蹴り、建物の壁を駆け下りた。

 

 着地の瞬間、少女は何事かを口走りながら両手を地面につく。

 

 すると魔力が紫電となって爆ぜると共に、少女の手には十字型の大剣(クロス・クレイモア)が瞬時に生み出され、代わりにその場にあった石畳がごっそりと消えた。

 

 石畳を鋼の大剣に作り変えた少女は、そのまま剣を担ぐように構え、グレンに向かって弾丸のように突進してくる――

 

「今の錬金術!?【形質変化法】と【元素配列変換】を応用した、高速錬成だって!?しかも早い!」

 

 あまりにも見事な手並みに驚いている暇もなく、ジョセフは狙撃銃を出して構えた。

 

 もう疑う余地もない。特務分室は――グレンがかつて所属していた古巣は――敵だ。王室親衛隊と同じように、敵としてグレン達を狩りに来たのだ。

 

 最悪だ。ジョセフは舌打ちしながら少女に狙いを定める。

 

(しかも、よりによって、この二人かよ……ッ!?)

 

 ジョセフは会ったことないが、この二人のことは中央情報局から聞いたことがあった。

 

「くそ、止まれッ!止まらねーなら、撃つ!」

 

 グレンは突進する少女に鋭い一喝を入れるが……駄目だ。まったく怯む様子もなく少女が突っ込んでくる。

 

 みるみる彼我の距離が消し飛んでいく――

 

「≪白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ≫ッ!」

 

 迷わずグレンが三節ルーンで呪文――黒魔で軍用の攻性呪文【アイス・ブリザード】を撃つが、全然足が止まらない。怯む様子もない。

 

「うっそだろ――ッ!?」

 

 確かに凍気は黒魔【トライ・レジスト】があるならそれで凍らずに済むが、物理的な打撃攻撃でもある氷の礫弾まで喰らったら、流石に足が止まるはずだ。しかし、それを耐えきっているということは、この少女が見かけによらず並外れた屈強さと、馬鹿さ加減に他ならない。

 

 しかも、早いから狙いがつけづらい。狙いがつけられないんじゃ、撃ちようがない。

 

 その間にもグレンがあの少女に圧倒されまくっている。あれでは勝負がつくのも時間の問題だ。

 

(話は聞いていたけど、ここまでなんて……ッ!?しかも、こいつの後ろには一番ヤバい奴が――ッ!?)

 

 遥か遠く屋根の上から鷹のような鋭い目でグレンの様子を窺う青年のこともジョセフは知っている。

 

 その男は魔術狙撃の名手だ。いかなる混戦にあっても味方を避け、敵だけを正確無比に狙撃する神業を持っている。しかも一度の呪文詠唱で二度の魔術を起動する二反響唱と呼ばれる超高等技法まで習得している。

 

 正直、狙撃戦で勝てる保証はない。ジョセフも一流の腕前を持っているが、射程距離ではこの男と比べると一段と劣っている感も否めない。

 

 それでこの猪女だ。この少女の攻撃をかわしながら、あの男の二発の狙撃を回避できるなんて不可能だ。

 

 そんなことを考えていると、青年が指をグレンに向けて構えているのが見えた。

 

「――しまったッ!」

 

 ジョセフが気づいて狙撃中を青年に構えた時には時すでに遅し。青年の指から黒魔【ライトニング・ピアス】の呪文が放たれる。

 

 超高速で飛来する稲妻の力線が、真っ直ぐグレンを目指して飛んできて――

 

「きゃん!?」

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】が、グレン、ではなく、少女の後頭部に刺さった。

 

 途端に少女はどさりと倒れ伏し、地面でびくびくと痙攣し始める。

 

「……はい?」

 

 あまりにも予想外の結果に、ジョセフは目が点になる。

 

 それはグレンも同じで、呆然としている。

 

 それもそうだろう。誰がどう見ても、グレン達が始末される結末を予想していたのだから。

 

 目を点にしていたジョセフだが、直接向けられた殺気を前に我に返り、照準を青年の額に定めた。

 

 青年がこちらに指を構えていたのだ。しかもいつの間にかグレンの近くに着地しており、距離がかなり近くなっている。

 

「…………」

 

 場に張り詰めた空気が流れる。この距離だとお互い避けられない。少しでも遅れたら死ぬ距離だ。

 

 ジョセフは青年の、青年はジョセフの額に照準を定めている。引き金に指をかけたら、呪文を唱えるような素振りを見せたら、撃つといわんばかりの空気が流れる。

 

 そんな空気をグレンとルミアも感じたのだろう。こちらの方に目を向けているのがスコープの端からでもわかった。

 

 そして、この空気を破ったのは、いつの間にか青年の背後に立っていたアリッサだった。

 

「今すぐその指を下ろしなさい。アルベルト=フレイザー」

 

 青年――アルベルトの後頭部に回転式拳銃を突き付けたアリッサがそう言い放つ。

 

「貴方が既に予唱しているのはわかっているわ。でも、この距離ならどうかしらね?貴方よりも早く引き金を引ける自信はあるわ。ましてや、()()()()()()()()()()()()貴方は私達全員を殺すことができるかしら?」

 

 現に左右の建物の屋根には、アリとダーシャがライフルをアルベルトに向けていた。

 

「貴方が私の相棒を殺すことが出来たとしても、残りの私達が貴方を殺すわ。そこに横たわっているリィエル=レイフォードとは違い、地獄行きでしょうね。一人殺して、私達に殺されるか、指を下すか。どちらが今の貴方にとって最善なのでしょうね?執行官ナンバー17≪星≫のアルベルト」

 

「……ふん」

 

 やがて、不利だと悟ったのか、アルベルトが指を下した。指を下すのを見たジョセフも狙撃銃を下す。

 

「まさか、貴様らがここまで動くとはな……オーシア連邦軍特殊作戦軍デルタ分遣隊所属、ナンバー7≪メリーランド≫の()()()()()()()、ナンバー5≪コネチカット≫のダーシャ=クリシュナ、ナンバー9≪ニューハンプシャー≫のアリ=デシャネル、そして――」

 

「……は?」

 

「……え?今、なんて……?」

 

 聞いたことある少女の名前を聞いたような気がしたグレンとルミア。

 

 一方のアルベルトは、向かい側の建物の屋根に立っている少年に鷹のように鋭い眼差しで見て、こう呼んだ。

 

「ナンバー6≪マサチューセッツ≫、枢機卿殺しの()()()()()()()()()()

 

 アルベルトがそう言うと同時に、ジョセフが地面に着地してベレー帽を脱いだ。

 

「……どうも」

 

「え!?ジョセフ君!?」

 

「ちょ!?はぁ!?」

 

 魔術学院に通う連邦の留学生という顔しか知らなかったルミアとグレンが驚愕する。

 

「ぴ、ちょっと待て、これはどういう事だ!?しかも枢機卿殺しって、お前が――」

 

「その話は後ですよ、先生」

 

 ジョセフに問い詰めようとするグレンを制止するように、ベレー帽を脱いだアリッサが声をかける。

 

「ア、アリッサ……ッ!?」

 

「それよりも……場所を変えたほうがいいんじゃない?」

 

 地面に着地したアリがアルベルトに目を向ける。

 

「場所を変える。俺について来い」

 

 アルベルトはリィエルを引きずりながら路地裏の奥へと歩いていく。

 

 それに続く、ジョセフ達連邦組。

 

 状況がさっぱり読めず、グレンとルミアは顔を見合わせて、素直に頷くしかなかった。

 

 

 

 





 久しぶりに書くと、なかなか文が出てこないorz


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