Re:ゼロから苦しむ異世界生活 (リゼロ良し)
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暴れる書と白い鯨

 

 

―――それは、突然訪れた。

 

 

突然、ひとりでに動き出す1冊の書物――――否、2冊(・・)の書物。

 

 

 

「え? え? なにかしら!? なんなのかしら?? 本が勝手に、勝手に!? こんな事、今まで一度も……!! ぁ………!」

 

 

1つは本に囲まれた場所、書庫。

そして、もう1つは人影が2つ見える書斎。

 

 

 

「ロズワール様……!?」

「馬鹿な……。これが突然動きだすなんて、これまでに一度も……。何故だ、何故動き出す? 私に、何を求めて……」

 

 

別の場所ではあるが、共通している事もある。

 

この2冊は、2人が管理し、そしてたった2つしか存在しないという事。

そして 何より共通するのは まるで暴れているかの様に本が飛び跳ね、乱暴にページがバラバラバラバラ、とまるで翼を羽ばたかせるかの如く動きだしたという事。

 

 

これまでの長い長い年月において、一度も無かった現象が立て続けに起こる。

暴れる本を宥める事もせず、魅入っている間に 本がとある白紙のページでピタリと止まった。

止まったかと思えば、次は文字が浮かび上がる。本を知らない(・・・・・・)者が見れば、間違いなく気が動転しそうになる怪現象。

 

ページいっぱいに文字が広がっていく。じわじわと浸蝕する様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい

 

 

知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい

 

 

知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい

 

 

 

しりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたいしりたい

 

 

 

シリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイシリタイ

 

 

 

カツテナイ、ゴウヨク、オサエキレナイ、オサエキレナイ、シリタイ、シリタイ、コレハ、ショウブ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軈て、浮かび上がる文字がピタリ、と止んだかと思えば、最後に1つだけ残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見つけて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

場所:リーファウス平原。

街道中央付近、フリューゲルの大樹。

 

 

突如、霧が出現。

 

 

「そんなそんなそんな!」

 

 

たった1台の竜車が全速力で街道を突っ走る。時に蛇行し、方角を変え、ただ只管手綱を握り、身体全体を震わせた。

 

当然だ。

 

この()の意味を知っているから。

突然、それもこの平原を覆いつくすかの様な勢いで広がる霧。その意味を知っているから。

 

それが何を齎すモノなのかを――知っているから。

 

 

「あ、あぁ、龍よ! 龍よ! 救いたまえ!!」

 

 

震える身体をどうにか動かし、手綱を引き、全力で竜車を引く地竜を全速力で走らせる。

走っている竜も、その脅威を知っている。知っているからこそ、人間と竜の意識が一致団結している。

 

 

ただただ1秒でも早く、この場から離脱する。

 

 

 

全速力の傍ら、手が届く範囲、動かせる範囲ではあるが積み荷を放棄する。

乗せられた荷は自身の財産。大変な損害は免れないが命あっての物種だ。

少しでも身軽に、少しでも早く駆ける為に。

 

 

だが―――それを嘲笑うかの様に、霧を纏ったそれ(・・)は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

―――ブオオオオオオオオ……!!

 

 

 

 

 

 

 

全てを呑みこむと言わんばかりに大口を開けて、迫る。

この視界の効かない霧の中を、竜車よりも何倍も巨体で、大空を泳ぐ。

 

 

(ハク)……(ゲイ)……!?」

 

 

彼は、最初は()を見ただけだった。

 

嫌な予感はしていたが、街道に霧がかかる事自体は珍しい事ではないから、と自分自身を勇気づけ、大丈夫だと言い続けた。霧の規模を考えたら、気にし過ぎだとも思っていた。

ほんの僅かなもの。霧がかかった先まではっきりと見えるから大丈夫だと。

 

だが、その希望は潰える。

 

僅かな量だった霧が、突如異常なまでに発生したからだ。霧が突然現れたから。

 

その霧を見て……予感が極まった。

 

 

 

ここに、怪物()が現れたのだと。

 

 

 

霧を見ただけで、まだその姿を本当の意味で見たワケではないが、最早選択の余地はない。

 

 

王国が編成した大討伐隊……、その頂点とも呼べる剣聖の称号を持つ英雄でさえ、その怪物、白鯨の前にはその命を散らせた。

 

 

そして、今はどうだ……?

 

 

この街道を走っているのは、自分ひとり(・・・・・)

1日、後1日予定を遅らせれば、後1日野営していれば………と、その白い悪魔を前にして、ぶつぶつと願望を呟き続ける。

 

 

 

―――死にたくない、死にたくない、死にたくない。

 

 

 

霧と共に空を泳ぐ白鯨。

それと出会う事、それは即ち死を意味する。

運よく助かる事もあるだろうが、それは幾重の生贄を捧げた上でのことなのだ。

 

つまり、他人の命を踏み台にして助かる他無いのだ。

 

 

そして、今この場に 自身の命の代わりに差し出せる命は―――無い。

 

 

目の前が真っ暗になる。

涙が溢れてくる。

生にしがみつこうと、藻掻き続ける。

 

 

 

絶対的な死(白鯨)を前にしても。

 

 

 

「ヒッ……!!」

 

 

後方迫っていた筈の白鯨が、いつの間にか側面に、直ぐ側面にまで来ていた。

竜車と同じ大きさの大きな目玉をギョロリっ、と動かしながら、獲物を確認しているのが解る。

 

悲鳴を上げるのが遅れているのが解る。

頭の理解に身体がついて来ないから。

 

白鯨の目を見て、驚き――悲鳴を上げるまで凡そ2秒かかり……。

 

 

 

「「うわあああああああ」」

 

 

 

悲鳴を上げながら、手綱を思いっきり引っ張って方向転換をした。

この時の彼はすぐに気付く事は出来なかった。

 

死が直ぐ傍にまで迫ってきていたのだから、当然と言えば当然。

 

自身の悲鳴のほかに、もう1つ――――声があったと言う事に。

 

 

竜車の速度が下がり、更に方向を変えたこの2つの偶然? 幸運? が重なった結果。

 

 

 

「―――――ぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 

彼が操縦する竜車に何かが直撃した。

 

それは ドスンッ! と大きな音と共に現れる。

屋根の布が大きく破れ、支柱が破損し、バランスが乱れてしまう。どうにか立て直す事は出来たが、白鯨の一撃である事を考えたら、彼は振り返ったりはしない。振り返れない。

 

背後に居る存在を考えたら、もう思考を1つに絞り、他を寄せ付けない。

 

ただただ、逃げる事だけしか考えられない。

 

 

「痛ッッ………、なんて乱暴な放り出し方……」

 

 

後ろで声が聞こえる。

死が間近で迫っているからだろうか? 幻聴が聞こえてきた。

荷台には誰も居ない。誰も乗せていない。破損しかけて折角新調した荷台があっという間にボロに変わっているだけの筈だ。

 

 

「って、なんだなんだ!!?? あれなんだ!??」

 

 

もう1つ、声が聞こえてきた。

驚き声。幻聴とは思えない程リアルな声。放棄していた思考が蘇り、僅かな感覚で後方を探る。直ぐ後ろ、本当に直ぐ後ろにその声の主が居る様な気がしてきた。

 

 

「でっかぁぁぁぁぁぁ!! うわ、口とかやばいっ!? いや、なにアレ!? 形状的にくじら……? いやいやいや イキナリ降ろされて、なんでこんな場面!?? 今回は特別(・・・・・)とかで、ちょこっとの記憶とか、その他諸々保持状態は嬉しいけど、場所が最悪っっ!! 静かなトコとか選択してくれても良かった! ああああ、もう! 状況が無茶苦茶過ぎて、わけわかんない!」

「!!!」

 

 

3度目ともなれば、最早幻聴ではない。疑う余地はない。

意を決して、白鯨()の恐怖を押し殺し、決して振り返るまいと思っていた背後を見た。

 

大きく空いた荷台の屋根、戸板。そしているハズの無い誰か。

 

赤みが掛かった茶色の髪。肩口まである髪が凪いでいる。

この暴走していると言って良い竜車、風の加護が切れた状態の荷台だと言うのに、地にしっかりと足を立てて、あの白鯨を目の当たりにして驚いている。

 

 

驚くのは当然理解出来る。

白鯨とは死をまき散らす破壊と破滅の権化。出会うなら即死を意識する。

大昔……口にその名を出す事も憚られるあの魔女(・・)がこの世に解き放った厄災。

 

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あなた!? そこのあなた!? 一体なんなんですか!? なんで?? どうやって、ここに!? 忍び込んでいた、っていうんですかぁぁ!?」

 

 

最高速度の中、恐怖と混乱でどうにかなりそうな頭を動かし、口も動かし、言葉を発した。

気にかける余裕は一切ない。だが、突然の乱入者は 別の様だ。

 

白鯨を観ていた筈の視線を、自分が居る方に、前方に向けてきた。

 

そして、正面からはっきりと顔を見る。

 

男だ。―――歳は、恐らく同じか僅かに下だろうか、見た事無い珍妙な服装をしている。

 

何より、一番特筆すべき点はその表情。

白鯨に出会ったというのにも関わらず、その顔色に 死の色(・・・)は見えない。

ただ純粋に驚いている、困っている、それだけの様に見えた。

 

気のせいだったかもしれないが、次の返答でそれが気のせいでは無かった事に気付く。

 

 

「あ、ああ! ごめんなさい! これ、壊しちゃったみたいで………。あと、隠れてたってワケでも……その、説明が難しすぎて……。決して泥棒とかじゃないです」

 

 

ペコペコ、と頭を下げながら指をさす先には、夫々 床と屋根に空いた大きな穴を指していた。そして所々壊れている部分も指差していた。

正直、白鯨から逃げる時に破損した箇所、積み荷を放り出す時に破損した箇所もあるから、どれが彼が原因なのかは解らない。

 

解らないが、今はそれどころじゃない。

 

 

「こ、壊しちゃった、って。え、泥棒っっ?? そんなの諸々どうでもいい事ですよぉぉ!! あ、あなた! いまの状況解ってるんですかぁぁっ!??」

 

 

忘れたくても忘れられない。

突然彼が乱入してきた以外は状況は変わっていない。あの白い悪魔の追撃は終わっていないのだから。

 

 

「ん? え? あ、ああ、あの白いおっきいのです、よね。……………うん。くじらっぽいけど、アレはどう見てもモンスターの顔。それに口開けて迫ってるトコを見ても、…………つまり、食べられかけてる、って事でしょうか?」

「改めて聞く事じゃない! 何を悠長に白鯨を観察してんだよ、アンタ!! 白鯨(・・)白鯨(・・)白鯨(・・)!! 見た事無くても名前位聞いた事あるでしょうがっっっ!! あんな巨大で、霧の中、空を泳ぐヤツって言ったらぁッ!!」

「あ、いや……その………」

 

 

落ち着いてる男と落ち着かない男。

どちらがおかしいか、それは一目瞭然。

 

騒いでいる方が正しい。白鯨の脅威はこの世界では共通認識。名を知らない、何も知らない子供ならまだしも、ぱっと見10代後半から20代のいで立ち。知らない筈がない、と思っているから。

 

 

―――そう、普通なら……。

 

 

「落ち着いて話を……っていうのは、絶対無理。状況はまだはっきり解らないし、アレが何なのかも解ってない。でも、彼を観ていたら解る。……あの大きいのは この世界の(・・・・・)脅威って事」

 

 

落ち着いた男は、状況を漸く把握。

その詳細は解っていない。……解っていない事を解ってない騒がしい男が、懇切丁寧に説明してくれるとは思えない。

 

つまるところ、この窮地を離脱しない限り、迫るアレをどうにか出来ない限り、解らない事だらけ。

 

 

「――――どうだろう、できるか(・・・・)?」

 

 

右手を前に出し、目を見開き、手を思い切り開いた。

すると、数秒後……まるで旋風が掌で発生した? かと思う様な現象が起きる。

 

 

「でき……た? いや、まだ、まだわからない……。全部、継いだワケじゃない(・・・・・・・・・)から」

 

 

力を込めているのが解る。グググ、と眉間に皺が出来ているから。

その力が入るにつれて、掌の旋風が変化していく。ただ、渦巻いていただけに過ぎなかったソレ(・・)が、黒煙を帯びたかの様に黒く染まり、軈てバチッバチッッ、と火花の様な破裂音を纏いだした。

 

白鯨が暴れている、竜車が暴走、全速力で走っている。つまり、騒音を考えたら、そんな小さな音などかき消されてしまうだろう。

 

だが、その小さな旋風……、いや、黒き竜巻の存在感は、増していく。

 

混乱を極めていた彼が、その黒き竜巻を認識させられる程に。

 

 

「な、何が、何が起きているんですか!?」

 

 

纏った破裂音、今度は光まで発しだした。火花の様に思えていたその破裂音は、今やまるで落雷。雷でも唸っているかの様に耳を劈く。

 

 

 

「通じるか、まだ解らないです。でも あの大きいの、追い払ったら……、オレの話、聞いてくれますか?」

 

 

右手の手首を左手でギュっ、と握り締め、全神経を右掌に集中させているのが解る。

 

何が起きているのか? と振り返った彼が次に耳にした言葉。……正直耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

【白鯨を追い払ったら】

 

 

 

 

 

 

 

彼はそう言ったのだ。

白鯨()を前にし、そう言ってのけたのだ。

 

子どもでも大人でも、白鯨を前に虚勢を張れる者など居る筈がない。

 

大討伐にて、国の英雄を……剣聖を殺したあの白鯨を前にして……。

 

 

 

否定するのは簡単だ。喚くのも簡単。生存率0%なのは変わらない。遅いか、早いかである事は。

 

でも、このどん底の状況から、ほんの僅かでも這い上がる事が出来るなら。

 

この()を抜けて、もう届かないと思っていた()にしがみ付く事が出来るなら。

 

 

 

「僕が出来る事ならなんだってやります!! なんでもします!! 助けて下さい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けを懇願する彼―――オットー・スーウェンは、後にこの時の事をこう振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

あり得ない、絶対に無理、絶対に死ぬ。

泣いて喚いて、必死に拒否して……、それでも 何処かでは諦めていた筈だった。

 

 

でも、1度目は気付かなかった。2度目も気付けなかった。3度目に漸く気付く事が出来た。そんな気がした。

 

 

龍に願った想いが、叶うのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言質取りました。オレとしても助かります。確実と言えないのが辛い所ですが、頑張りますので」

 

 

ギュっ、と今度は右手を握り、あの黒い竜巻を握りつぶしたと思えば、白鯨の方に向き直す。

 

 

 

 

「食事中申し訳ない。―――ソコ(・・)、災害警報発令中」

 

 

 

思いっきり振りかぶって、右手を前に突き出した。

 

 

テンペスト(・・・・・)

 

 

圧縮された黒い塊が、噴射され、霧を突き破り、白鯨に迫る。

霧が、黒い塊に集まっていく。……否、吸い込まれていく。

 

丁度、竜車に影響が出ないギリギリの範囲の街道を、木々を、空気を、大地をも、何もかも飲み込む。

 

軈て、まるで時間が止まったかの様に、黒い塊が吸い込むのを止めたと同時に。

 

 

 

ドンッ!!

 

 

 

と言う轟音と雷鳴、表現するのが難しい、五感では集めきれない程入り混じったあらゆる轟音が、一斉に上空に放たれる。

 

そして、巨体の白鯨が……、大空を支配していると言って良い白鯨が、更なる上空へ弾き飛ばされてしまった(・・・・・・・・・・)

 

 

それどころではない。

 

 

 

「!! ふんっっ、がッッ!!!」

 

 

 

その黒い塊は、白鯨の右翼。複数ある空を飛ぶ翼の一部を捥いでしまったのだ。今の一撃は巨大な刃にもなると言う事なのだろうか。

 

 

オットーは、そのあまりの光景に唖然とし、違う意味で再び思考放棄をしてしまった。

 

 

不幸にも、竜車の方へと弾き出されてあわや直撃! と思った時、彼は宙に飛び出して、その翼を受け止めてしまった。それもまた、オットーが驚く要因の1つでもある。

 

そして白鯨の一部を外に放り出そうとしたその時だ。

 

 

 

 

「っっ~~~~ぁ……、やば、い…… ()ちる(・・)……」

 

 

 

 

彼の身体がグラり、と揺らいだ。

 

そして、グシャッ、っと白鯨の右翼の欠片の下敷きになってしまったのである。

 



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白の世界で出会う魔女

 

 

 

 

 

 

―――ああ、そうだった。ゼロになった後に。ゼロから始まる時に。此処(・・)に来るんだ。

 

 

 

真っ白な世界。

 

地も空も無い。

上も下も右も左も無い。

文字通り真っ白。自分の存在は理解出来ても、その自分の姿さえ白くて見えない。ただただ真っ白。その世界がいつまでも続いている。

 

 

白い世界に来たら、全てを思い出す。忘れていた全てを。

 

 

 

「真っ白な世界で、またアイツ(・・・)と……って、アレ?」

 

 

いつもの真っ白な世界の筈だった。

白い世界で、いつも通り あの存在と再会し、()に向かわされる。

自身を真っ白な状態に戻して。……ゼロに戻して、再び世界が始まる。

 

 

それだけの儀式……だった筈なのだが、白い世界に一滴の雫が落ちたかと思えば、瞬く間に波紋となって世界に広がり……、そしてこの白い世界を彩った。

 

 

何処までの続く見渡す限りの緑―――草原の中の小高い丘。

あたたかな風が時折吹き込み、日の光が辺りを優しく照らす。

 

心安らぐ空間……とでも表現すれば良いだろうか。

 

 

数多の世界を、数多の未来を、数多の運命を。

時には心折られて挫折し、時には善戦空しく虫けらの様に踏み潰され、時には息つく暇のなく粉微塵に砕かれ。

 

時にはボロボロながらも辿り着き、時には手を取り合って共に辿り着き、時には全てを救って皆で大団円。

 

両の手だけでは数えきれない数の世界を巡ってきた身だ。相応の数の景色を見てきた。その中でも、ここから見える景色は 確実に上位にランクインするだろうと思えた。

 

ただ悲しいかな。隣に愛しい人達が居ない事が減点ポイント。

 

 

 

「………そっか。そうだそうだ。そりゃそうだ。いつも殺風景な真っ白な世界だったんだし」

 

 

 

どうして、こうも心打たれるのか、少し疑問に思ったが、その疑問は全て解消する。

ゼロから始める時は、いつも白い世界に降り立つ。本当に何もない空間。ただ1つを除いて何もない空間から次へと向かう。

 

始まりの場所がこんなにも彩られている、原初の世界がこんなにも鮮やかな色を持ったのだ。当然と言えば当然。

 

 

そう納得していたその時だ。

 

 

「オイ、さっさとこっち来い」

 

 

 

折角景色を楽しんでいたというのに、背後から声が聞こえてくる。

もう何度も何度も聞いた事がある声だ。此処に来る前までは すっかり忘れる事が出来ていたというのに、この世界に戻ると強制的に思い出されられる。

何故忘れていたのか解らない程に、極々当たり前、傍に居て当たり前、一般常識。と言った具合に不自然極まりなく不快極まりない事だが、当たり前の事として認識させられるのだ。

 

 

「はいはい、わかりました――――よ?」

 

 

何度目か解らないが、くるり、と振り返ると……。

また驚いた。心底驚いた。これ以上ない程に驚いた。

 

 

「何だ? 間抜け面して。どうかしたのか?」

 

 

中心に、いつもの()がいる。恒例の()が。

今更そいつ(・・・)に驚く事はない。何度も忘れては思い出し、を繰り返してきたから。この白い世界(現在は彩られてるが)に戻ると思い出してしまうから。

だから、早く先に行く……と思い振り返ってみたら驚いた。

 

 

いつもであれば、この世界には 自分とそいつの2人だけ。

 

 

何も無い真っ白な世界で、そいつだけが見えて、そいつだけしか居なくて、本当に何も無かった筈なのに、……直ぐ横に立っているヒトが居たんだ。

真っ白な世界であれば、或いは目立ったかもしれない ほぼ白と黒のヒト。

 

 

「あぁぁ……、良いよ。本当に良い……。キミタチは最高だ。ここまで、ボクを満たしてくれるものがこの世に存在しているなんて。でも、ボクは一応死者。便宜上はこの世ではなくあの世、と言った方が正しいかもしれないが。あぁぁ、この強欲の身が、まるで満たされていくような、そんな感覚だ。まだ何も知り得ないと言うのに。無の状態なのに。まだ何も解ってないのに、どうしてこの欲が満たされていくんだろう? こんな感覚は初めてだ。知りたいと言う果てしない欲求、飽くなき探求心、決してこれまででは満たされる事は無かった。本当だ。でも、でもでも、キミタチを見て、接して、言葉を交わして間違いなく変わったよ。そう間違いない。変わったんだ。だから、キミタチをよりよく知る事が出来るなら、ボクは、ボクのこの強欲は間違いなく満たされる、と確信している。まだ知ってもない入り口にすら立ってないと言うのに、満たされていく快感に身体が悶えそうなんだよ。多幸感と言うのはこういう時に使うんだろうね。本当の意味で、知れた気がする。これも君のおかげだ。ああ……、このボクの知らない知識が今後あったとしても、出来たとしても、恐らくボクは知りたいとは思う。知ろうとするだろう、でもキミタチの様な甘美は……この世のものとは思えない甘美たるもの、その境地には到底たどり着けない。いや、そもそもそれ以上は 存在しえないと断言しよう。いや、キミタチと呼ぶのは聊か失礼に値するかな? 申し訳ない。こう見えて知らない誰かと接するのは本当に久しぶりなんだ。話を少し変えるが、ボクは《世界の記憶》と言うモノを持っている。持っている筈なんだ。でも、あなた達の存在を認識してしまった今、本当に世界の記憶(ソレ)を持っているのか、自分で自分を疑いたくなる心境なのさ。信じられないよ。ここまで確信出来るなんて。うん、間違いない、ボクは今恋をした。きっと恋しているのだと思う。だって、他にもう目を向ける事が出来ないから。目を離す事が出来ないから。見れば見る程身体があり得ない程火照っていくんだから。今までだって、観察をし続ける対象はいたさ。目を離したくない様な相手もいたさ。でも、今は違うんだ。まるで色褪せて、形さえ残っていないようだ。さぁさぁ、ボクをどうにかしてほしい。何をしてもいい、このボクを破壊(こわ)してくれても愛でてくれても、そう、或いは放置してくれも良い。ああ、でも出来れば接触はして貰いたいよ。殺される願望は持ってないつもりだったんだけど、あなた達の手にかかるならそれも本望さ。本懐さ。なんだってする。どんな繋がり方だって良い。出来れば、出来れば接触したい、それだけは強く希望させてくれ。いや、希望するだけで、何をするか、何をしてくれるか、その権利は勿論あなた達にある。そうさ。だから例えこのまま帰ってくれても…………………………」

 

 

白と黒で構成された姿に、淡い桃が混ざる。

その煌々たる瞳の輝き、吸い込まれそうな瞳。驚きの方が勝っていて、しっかりと確認出来てなかったが、彼女は(・・・)良く観察してみれば、容姿も非常に美しいモノだ。

 

そして唐突に始まった演説。

誰なのか聞く暇さえ与えてくれず、永遠に続くのかと思えた。まさに息つく暇も無いとはこの事だと言って良いだろう。

 

だが、この手の人種? に会った事が無いワケではない。数多の世界を巡った身なのだから、当然だ。

 

 

それは兎も角、突然固まってしまった彼女に近づいてみよう。

 

 

ゆっくりと、確実に。近づいてみて………そして、後ほんの数歩の所で俯いていた顔をバッ! と上げて続けた。

 

 

「嫌だ。やっぱり嫌だ。帰って欲しくない。どうか、ボクと繋がりを持って欲しいんだ。どんな形でも良いと言ったけれど、やっぱり帰って欲しくない」

 

 

涙が目にあふれ、宝石の様に散らばる。

それを見届けた後、彼女に答える前に、まずは隣の輩に一言。

 

 

「これは いったいどういう事? ここに来たら、《ハイ次頑張ってね》って感じで放りだされると思ったんだけど……。と言うより、さっさと放り出されたい、って思ってたんだけど」

 

「カッカッカ。そんな気にしておるのか? 少々笑ってやっただけではないか」

「喧しい!! ここに来たら思い出したくない事も鮮明に思い出しちゃうんだよ!! 56番目の世界だ! そりゃ、バカみたいな展開で、早々に此処に戻ってきたさ! ああ、笑えよ、笑え! って思ってるさ! でも、なんかお前にメチャクチャに笑われるのは嫌なんだよ!!」

 

 

彼女を差し置いて、2人だけで話を続ける光景を見て、混ざりたい気持ちが前面に出てくる。中々間に入る隙、と言うモノが見えてこないのも初めての経験かもしれない。

 

或いは、一言《入れて、一緒に遊んで》と言えない、素直になれない幼子になったかの様な気分だった。

 

 

そんな彼女に気付いたのか、慌てて言い合っていたのを中断すると。

 

 

「ゴメンね。ちょっとどういう状況か解って無くて……。と言うか、どーせ、そいつが変な権限使ってオレの時みたいに、()から彷徨う魂を拾ってきたんだと思うケド、君もそんな感じかな? オレ、ボク、私…… えっと最近では、私だったか。私は死んでそいつに、連れてこられて振り回されてるだけの身だよ。君の好奇心? 探求心? を満たして上げれるかは解らないんだ」

 

 

じろり、と睨んでみるが、そいつはどこ吹く風だ。

逆に、話を返してもらえたのがとんでもなく嬉しかったのか、おろおろとしていた悲しそうな顔をしていた少女の様な素顔が、一気に花開く。

 

 

「話してくれてありがとう! まずはここから、コミュニケーションは大切だよ。嬉しいよ。さぁ、ここから始めよう! ここから、この場所……は、一応、ボクの城と言う事になってるんだけど、ちょっと違うみたいなんだ。あなた達……、あなた様を察する事が出来て、会ってみたい、と念じてみたら、本来なら墓所……聖域と呼ばれる場所に招かなければ、ボクのこの場所には来られない筈なのに、あなた様は来てくれた。だから」

「はいストップ」

 

 

話が始まらないし、彼女と話をしているのがつまらないワケではないが、そろそろ横で《困ってる顔でも見てやろ》みたいな顔してるそいつの顔が鬱陶しくなったので本筋に戻した。

 

 

「ゴメンね。ちょっとだけ整理させて。えっと……君の名前はなんていうのかな? 私は、ここでは一応……生まれる前? みたいなモノだから、名無しなんだけど」

 

 

突然話を遮るのは可哀想だと思ったが、彼女からすれば、無言で去ってしまう完全に拒絶、居なくなってしまう事以外なら、なんでも大好物との事だ。

コミュニケーションと言いながら、自己紹介出来てなかった事を思い出し、恥ずかしそうに頬を染めて告げた。

 

 

「そうだった。あなた様には伝えて無かったね。ボクの名はエキドナ。通り名としては《強欲の魔女》なんだけど、余り伝えても意味が無い情報かもしれないね。ただのエキドナで」

 

 

 

 

 

それは 強欲の魔女と名乗る女性 エキドナとの本来なら あり得ない邂逅。

ただの気まぐれか? 或いは意味があるのか?

 

それらを慎重に探ってみる必要があるだろう。

 

 

例え、始まって記憶が白になったとしても。

 



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王都の一日
ジャンケン


 

 

――――随分長く夢を見ていた気がする。

 

 

 

 

そう、白い世界(あの場所)の夢。

 

本来なら、そんな夢すら見る事は無い筈なのに、見ているという事は……、辛うじて覚えている事が、身体に、心に、魂にまで刻まれている事なのだろうと理解出来た。

 

 

 

もう少し長く夢を見ていたかった。

虚構と言う訳ではなく、実際にあった出来事。

ここに来る前の物だから、復習しておきたい気持ちだったのだけど、意識が不意に覚醒してしまう。

 

 

 

 

鼻腔を擽る良い香りが道しるべとなり瞼が開いた。

そして開くと同時にどこまでも高い青空が見える。そして、彼が身体を預けているのは……布だろうか? 寝心地は決して良くないが、即席で作り上げたにしては及第点だと言える。無論、彼が文句を言ったりする事は一切ないが。

 

 

これは、落ちていた自分を介抱してくれた証なのだから。

 

 

 

 

 

 

「本当なんですってば! 信じて下さいよ!!」

 

 

 

そして、妙に騒がしい声も耳に届く。

何やら騒がしい方向へと首を捻り、視線を向けると、焚火を囲って数名の男達が居た。その話題の中心に居るのが、見知った男。灰色の髪、に全体的に緑でコーディネイトされてる風貌。まだ表情ははっきり見ていないが、声色から察するに、歳は若い方だろうか。

少なくとも周りを囲っている、強面で、髭がよく似合ってる男達と比べたら。

 

 

「んでもなぁ? あそこに白鯨が現れた、って話は聞いてるし。ほんっと哀れで不幸体質で、弄られ男が1人、取り残されたかも、って話も聞いてちゃいたが……なぁ?」

「漸く積もりに積もった不幸の分、神懸かり的な奇跡を頂き、生還を果たした、としか……」

「「「うんうん」」」

 

 

「ちょーー! 間違ってない気もしますが、あまりにもヒドイですよ!! ほんとなんですって、彼が白鯨を、こうやって、どかーーーんっっ! って!!」

 

 

 

オットーが、手を翻して未だ眠っているであろう彼の方へと向けた。

 

 

「証拠に、白鯨の一部を見たでしょ!? アレ、素材として何かに……って思ってましたが、どうも 彼の攻撃をメチャクチャに喰らったせいか、ボロボロで……」

「う~~ん、メチャクチャでボロボロだからこそ、信じて貰えないんじゃねーか? それが白鯨の物だって。似た様な魔獣の一部ちぎって持ってきたかもしれねぇし。デカい事はデカいが、白鯨の一部! っていう割には、小せえぇよ」

「うぐぅっ、そ、それはそうかもしれませんが、ボクは商人として 信頼して頂ける様心掛けてきたつもりです! 仲間内でも勿論! これまでだって、そんな子供染みた嘘なんてついた事ないでしょう!?」

「あ、後 計算高くて、リアリスト。んでも 実の所性根は甘々で情に流されやすい、ってのも付け加えとけよ?」

 

 

オットーが身振り手振りで説明すればするほど、場には笑顔が溢れている。

オットー自身がそれなりに信頼されているからなのか、或いは……これもあの白鯨と呼ばれる巨大な生物が絡んでいるのかは解らないが、とりあえず ゆっくりと身体を起こした。

 

 

「あ!」

 

 

気配を感じたのか、オットーは目を覚ました彼の方へと駆け寄る。

 

 

「良かった! 目を覚ましたんですね! 大丈夫ですか!? その節は本当にありがとうございます!!」

 

 

ずいっ、と顔をめいっぱい近づけてお礼を言う。

寝ぼけた頭に良い気付け……と割とどうでも良い事を考えながら、周囲を見渡した。

 

霧に囲まれたあの時は確かに日の光は一切ない、つまり夜だった筈だ。

でも、今は青空。雲一つない晴天の空。

 

 

「すみません。一体、どれくらい眠ってましたか?」

 

 

軽く頭を振って、霞みがかる頭をはっきりと起こす。

オットーはそれを聞いて 少し考えると。

 

 

「正確には解りませんが、一晩、と言った所でしょうか。ボクも疲れ切っちゃって、寝てしまいましたから……」

「そう、ですか。……ぁぁ、なんにも把握できてない中でちょっとムチャし過ぎたかな……」

 

 

手をぎゅっ、と握っては開き、力の具合を確認する。

降り立った瞬間に即戦闘。当然の消耗と言えばそうだ。普通なら、真っ白(・・・)な筈なので、あの時点で命を落としていた事だろう。

いや、普通と言うなら、今までなら(・・・・・) 誰かの息子、若しくは娘として この世に生を受ける所から始まる筈だから、そもそもアレは普通じゃないのだ。

 

 

「すみません。昨日は 大丈夫でしたか? ちょっと加減とか解んなくて、色々暴走したと思うんです……、周囲に気に掛ける余裕も無くて。ほら、他に被害が出たり、とか……。見ての通り、オレは賠償能力なんて一切無い無一文でして……」

 

 

身体を色々と弄り、ポケットの部分を引っ張り出して、何にも無い事をアピール、そして項垂れた。

 

その返答を聞いて、仕草を見てぽかん、とするのはオットー。

それどころか、周囲の男達も同じだ。

 

 

オットーのトンデモ話は置いといて。兎も角真相は、オットーがたまたま自分の竜車に乗せただけ、行きがけの駄賃か何かを払い、乗せて貰っただけの間柄だ、と思っていたのだが、突拍子もない事を言い始めたのだ。

 

確かに、白鯨が暴れた地点は、見るも無残な光景が広がっていた。

 

大地は抉れ、街道の一部は完全に崩壊。

暫くは迂回しなければならないだろう。………そもそも、白鯨が現れたとなれば、暫くは警戒を強め、近辺に近づく事さえしない。遠回りになろうとも自分の安全安心、そして商品の無事が大切だから。

 

 

あの霧には注意を払っている、霧と共に白鯨は現れるから。

商人たちの間では注意事項の1つとしてしっかりと刻まれている。

 

オットーが生きた心地がしなかったと同じ様に、彼ら商人は 様々な所を行き来する商人たちは、白鯨の存在が何よりも恐ろしいから。

 

 

 

……それは兎も角、この目の前の寝ぼけた男は、まだ寝言を? と言う意見が大半だったのだが、驚く事にその顔は嘘をついてる様には見えないのだ。

 

 

「いやいやいや、あの白鯨を撃退してくれたんですよ!? あの何かスゴイので、霧を晴らしてくれたんです! 全てを吹き飛ばしてくれたんです! おかげで逃げる事が出来ました! 白鯨が出現した時点で 大きな被害は起こるものなんです。感謝こそしたとしても、迷惑だなんて一切ありません!」

「そう、ですか。良かった」

 

 

盛り上がってるオットーに、心底安心して胸を撫でおろしてる男。

何度も聞いては笑い飛ばしていたオットーの主張を、この場の誰もがもう一度、本人にもう一度聞いてみたい、と思ったのは共通認識。

 

 

 

 

 

「……なぁ、兄ちゃん。アンタ、マジで言ってんのか? あの白鯨(・・・・)を追い払ったって」

 

 

 

 

 

 

そして、最前列に居た男が、意を決して子供の妄言、夢物語を再度聞くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商人たちの伝達網広さ、そして広がる速度を侮る事無かれ。

 

様々な情報を色々な所から仕入れ続けている。

 

勝ち馬に乗る為に、時にはライバルを出し抜く為に。

その情報戦を制する事こそが、商人として成り上がれるか否かにかかっているとも言って良い。

 

だが、今回の情報は………半信半疑ながらも、他の商品の流通状況、今回の様な白鯨と言う厄災の情報等と同じ速度で一気に知れ渡った。

 

 

 

 

そう―――ルグニカ王国……王都の方でも。

 

 

 

 

白鯨関連の情報。

それもこれまでにない情報。はっきり言ってしまえば妄言と獲られて切って捨てられる様な情報内容だと言うのに、興味本位の噂話の様なモノが、尋常じゃない速度で広がる。

 

 

 

 

「………面白い事になってきたねーぇ。ひょっとして コレ(・・)の出所なのか……? この事を(・・・・)、なのか………?」

 

 

 

そして、所詮は戯言、とんだ妄想、と切って捨てる者が殆どな中で、決して無視をせず、注目する者たちも出てくる。

 

 

「―――白鯨を」

「こんなのムシムシ! って言っちゃっても良い気はするんだけどにゃ~……」

「その噂の出所……、特定するのは難しいか?」

「う~ん……、ちょ~っと時間を要するかな? クルシュちゃんの前に連れてこれたなら、簡単に真偽は確かめられそうだけど……、商人たちの間で広まった、ってだけだから」

「……ならば、アナスタシア・ホーシンの耳に入る方が早い、か」

 

 

笑い飛ばされる話が各所で僅かにだが確実に広がる。

まだ小さい種火、それは徐々に―――確実に、業火へと変わるかのよう。

 

 

 

「愉快な妄言。普段ならば、そのような妄言、わらわの耳に届く前に消え去るのが常。―――しかし、届いた。つまりはそう言う事」

「どーいう事なんスかねぇ? つか、なんでオレをここに?」

「暇じゃろう? アル。ふふふ……。少々付き合え」

「………ヘイヘイ。付き合った後 無理難題吹っ掛けられる様な気がしてならないわ……嫌な予感ってヤツ?」

 

 

 

 

 

 

「お嬢、お嬢! スゴイでしょーー! おもしろいでしょーー!? ミミ、久しぶりにお話で楽しんだーーー! すごーたのしんだーー!」

「そら おもろいよなぁ。フフフ。………血が騒ぐっていうのはこういう時に使うんやな。なんや、欲しいなぁ……。気になってまうわ。その真偽。……白鯨を退けたっていうソレ(・・)が……」

「白鯨の問題は見過ごせませんからね。火の無い所に煙は立ちません。事は商人の間で起こった出来事。ボクも注意しておきます。単なる噂話だけの可能性もありますが」

 

 

 

 

 

ただの夢物語、妄言、虚構、空言……普段なら そう笑い飛ばして明日には忘れる。

そんな類のモノである筈なのに、心に引っかかりを覚える者も居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その根源の者が今、王都へと近付こうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白鯨騒動より5日後。

 

 

 

 

「あァ! また負けた!」

「はい、これでオレの51戦51勝目です」

 

 

商人オットーが頭を抱えながら悶えていた。

 

丁度今、彼と勝負をしていたのだ。

何てことない単純な子供の遊びの様な勝負。その名も《ジャンケン》。

 

 

「うぅ……、どーしてですか!? 確率で言えば、えっと3割で勝ちを拾える筈なのに、どーして!!? その、《あいこ》を含めたら7割は負けない筈なのに!」

「えっと、それは オットーさんがジャンケン(コレ)での勝負(・・)、と言いましたので。やっぱり勝負には常に本気をです。子供相手ならまだしも、大人が相手なら全力を出してますよ」

「うぐぐぐ……、何かの加護? いや、まさかこれは イカサマ!?」

 

 

因みに以前の野営地にて。

 

色々と質問攻めだった。でも、あまりにも質問する人数が多過ぎて、順番にと言う話になった時、彼がジャンケンで決めればどうか? と提案をした。

 

だが、どうやら ジャンケンを知る者は1人もいなかった様なので、ほんの余興のつもりで、ジャンケンの簡単なルールと勝敗についてを説明した。

そうしたら 思いのほか大好評だった。

 

回数を重ねていくにつれて、質問の順番と言うより互いに相手の手の内を読み合う心理戦が白熱していき……彼への質問の順番を決めるのが目的だった筈なのに、すっかり逸れてしまったのである。

 

そして、暫く盛り上がった後、彼は手を上に掲げて一言。

 

 

『ジャンケンでは負け知らずの最強なんです。もし、オレに勝つ事が出来たなら、質問以外に何でも言う事聞く権利をさしあげますよ』

 

 

その一言は 更に盛り上がる結果にも繋がった。

聞きたい事や何でも言う事を聞くと言う事は、今後とも良い繋がりになるかもしれない、何なら護衛でもして貰えたりもする。

 

 

様々な思惑が渦巻いていたが……結果、彼にジャンケンで勝利出来た者は誰一人としていなかったのである。まさに最強の二の字に相応しい程の100人斬り状態だった。

 

 

 

そして今。彼はオットー・スーウェンと共に行動をしている。

まずは、オットーの仕事を済ませてもらい、その後 一番人が集まる場所……即ち、ルグニカ王国の王都へと向かってもらう手筈になっていた。

 

時折休憩を挟みながら、こうやってジャンケン勝負をオットーが挑んでくるのである。

 

 

「イカサマ……。まぁ 言い得て妙、ですね」

 

 

一瞬きょとん、としていたが 直ぐに笑顔になる。

その笑顔を見てオットーは

 

 

「うぅ、やっぱり! そりゃそーですよ! そうでもしないと、あの人数全員を撃退するなんて、確率的にあり得ないです!」

「ふっふっふ……。でも、それくらい見破るだけの目が無いと、目利きが無いといけないのでは? 商人としては」

「ふぐっ……、い、痛い所を突いてきますね……。でも、俄然やる気出ました! 勝つ、と言うより見破って見せます! このオットー・スーウェン、スーウェン家の名に賭けて!!

 

 

その後、商人として鍛えに鍛えてきた眼力(自称)で、オットーはどうにか見破ろうとしたが……それが叶う事は無かった。

 

 



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城下町の出会い

 

 

「実に……面白い」

 

 

 

 

 

白の世界に現れた草原。

何もない筈の世界に生まれた新たな土地。

 

 

ここは白の世界。

 

 

否。

 

今は始まりにして終わりの世界(・・・・・・・・・・・・)

(ゼロ)から(ハジまり)への世界。

 

 

 

 

その世界の始まりは、一体いつからだっただろうか?

 

 

 

時間と言う概念は存在せず、ただただ真っ白が続くだけの世界でただ1つの存在だったのが変わった。

 

 

そんな世界に異分子が現れた。

予兆もなく、本当に唐突に、偶発的に、ゆらりゆらりとただ揺らめきながら、その異分子は弱々しく光を瞬かせていた。

 

それを見たときから、自我が生まれた。

心が生まれた。

感情が生まれた。

 

興味を持てた。

 

時間と言う概念が存在しない筈なのに、時が動き始めた感覚がした。

拾い上げた光と共に、時が動き始めたのだ。

 

そして、これらの言の葉も、表現法も、1つ1つの言の葉の意味も、学んだ。

その中でも特に快楽。喜怒哀楽無の感情の中でも喜の感情が一番の好きになった。孤独よりも、誰かと共にあれる方が良かった………。

 

 

そして、動き出した世界では新しい事がおき続けている。

今も、起こる。

 

 

白の世界を飛び出し、下に広がる(・・・・・)数多の世界に触れ続け、凡そ77回目の世界にて、また新しい事が起きた。

 

 

 

見てるだけだったと言うのに、逆に見られる(・・・・)感覚。

 

 

 

 

「ああああああああぁぁぁ…………」

 

 

 

 

恐らくは余興、と言う言葉が相応しいのだろう。

或いは戯れか。

 

そしてほんの一握りの好奇心も出てくる。

好奇心を覚えて、良かったと思った瞬間でもあった。

 

感涙の涙を流す少女を一目見て、また興味を持つ。

 

 

 

 

 

「さあ、出てくるが良い。居る(・・)のだろう? ここに」

 

 

 

 

 

興味。

涙を流す少女に興味(愉悦)を覚えるが、たった少女1人に向けるには、些か贅沢過ぎるだろう。

 

そして、1人、2人……6人の少女達を1人ずつとなると、待たせてしまう子が5人。

それは……可哀想(・・・)だ。

 

 

「なんでわかったの? わかったと言うの??」

「おおーー!! あれなんだ?? あれなんだーー?? すごいなーー! はじめてだーー!!」

 

 

敢えて位置を説明するなら、黒と白で彩られた少女の両脇に、ずっとそこに居た、隠れていたつもりだった(・・・・・・・・・・・)少女達が顔を上げた。

 

 

 

「とてもとても、美味しそうな香りがしますよぉぉ!? とうとう、私も~、暴食が満たされる時が来たのですか~~???」

「ふぅ……。はぁ………。久しぶりに地に足をつけるのも悪くないさね。……ふぅ」

「えと、その……あのっ………」

 

 

 

まだまだ、この世界には面白い事が起きるのだろう。

いや、これまでの世界が楽しくなかった訳ではないが、新たな発見。

 

触れる事が出きる世界。

 

なるべく優しさを思い返し、なるべく怖がらせずに、なるべく偉そうにしないように、なるべく下手に出てるように。

 

生憎判定出きる相棒(・・)は居ないが。それはそれで良い。

新しい。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、我とナニをする? この世界の異端。……幼き少女達よ」

 

 

 

 

 

 

 

さあ、楽しむとしよう。

 

相棒が帰ってくるまで存分に。

これは初めての………独り占め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都に向かい走る間。

 

 

この短い期間にも見事に不幸に見舞われたオットーだったが、今の彼は不幸体質とは言い難い。

 

「ほんとに、ツカサさんとはいつまでもご一緒したいです!! 盗賊達を追い払ってくれて本当にありがとうございました!」

「いえいえ。これくらいで良ければ」

 

今し方、街道で賊と一戦やりあった。それ自体は不幸だと、不運だと言えるが、オットーは何も盗られていない。商人にとって、積み荷は抱えてる商品は財産であり、生命線。盗られてしまえば、まさに死活問題。

 

白鯨のように、一気に死へと直行するわけではないが、破産し破滅し、食べていけなくなれば、仕事に着けなくなってしまえば、生き地獄が長らく続くことだってあるから、ある意味死より辛い先かもしれないのだ。

 

 

 

そんな悲惨な運命を蹴散らす様に、彼が—ツカサが盗賊を一蹴し、オットーを守る結果となった。

 

「是非、今後も護衛として雇いたいですよ!」

「う~ん……オットーさんの経営状態を事前に聞いてなかったら検討したと思うんですが………オレが増えたら、よりキツくなりません? 生活に直結しません? そもそもオレ、食べていけます?」

「はぅっ!? そ、そうでした………。うう、皆余計なことを……」

 

そう、オットー自身は十分優秀。勤勉であり交渉ごとも培ってきたノウハウがあり、更に現実もしっかりみていて、人柄も良い。

 

だが、そのプラス面を打ち消してしまうだけのマイナスを持っている。

その不幸体質(マイナス)が尾を引いてる様で、なかなか一定ラインを突破できないでいる。

 

売れると思い、調査を重ねて慎重に検討をして、仕入れた筈なのに運悪く風向きが変わってしまうことも屡々。

 

ツカサも、この世界で初めてであった人物であり、信頼も信用もしてくれているのも解っている。

簡単に他人を信用すると言うわけではない。

文字通り、命の恩人ともなれば 早々に裏切ったり出来ないだろう、と思うのが心情だ。

 

「でも、ボクはあなたと繋がりが出来た今は寧ろ幸運の波が来ている、と思ってますよ! きっとあなたはとてつもない人になる。そうなった暁には、ボク自身をあなたに雇って貰いたいですね!」

「え? あははは……それは光栄です。将来は商会を開く……と言うのも面白いかもしれません。ただ、オレにそちら方面に才能があるのかは、疑問ですけどね」

「そこをフォローするのがこのボク! オットー・スーウェンですよ! 是非ともご贔屓に! ……ふぐっ、ゴホッゴホッ!」

 

 

オットーは、胸を誇らしく叩いた……が、どうやら思った以上に叩く力が強かったようで、大きく咳き込んでいた。

そんなオットーをみて、小さく笑うツカサ。

 

涙目になりながらも、ツカサを見たオットーは続ける。

 

「ツカサさんのスゴい所は、強さもそうですが、直感、危機管理能力の方もだと強く思いました。なにかスゴい加護を持ってるのでしょう? ボクの言霊の加護でも、察知どころか、片鱗すら掴めなかったのに、かれこれ2度も回避をしてくれたのですから」

「力は勿論ですが秘密です。そしてお褒めに預かり大変光栄です、とも言いたいですが………、4~5日でそう何回も厄介なのと出会ってしまうほど、この辺りは治安が悪いんですか?」

「………そう言うときもあるでしょう」

 

 

何処か遠い目をしてるオットー。

改めて聞くのは野暮と言うものだ。

 

 

「はい、なんとなく解ってます。オットーさん……気を付けてくださいね? ほんとに」

「ううぅ、その優しさがとてもとても、ありがたいのと同時に、なんだかとてつもなく悲しくなってしまいますよ………」

 

オットーは涙を流しながら、ヨヨヨ~と沈んだ。

 

事実襲われたのだから、ツカサと一緒じゃなかったら、と思うとゾッとしてしまう。物凄く強い用心棒が居るから、散漫になっている部分がある程度あるとは言え、王都に着いたあと、彼と別れたあとの事はしっかりとしなければ、と改めて考える。

 

彼を雇いきるだけの財力がないのは事実だし、何より素性不明ながらも、強大な力を持っている人物。今後の有益を考えたら、狭い世界にどうにか留めておくよりは、大きくなった所でご贔屓にして貰える方が上に上っていけそうだ、というのがオットーの考え。

 

まあ、オットー自身の事を、皆にバラされなかったら、ひょっとしたら無理言ってでも引き込んでいたかもだが……それはそれ、だ。

 

「いや、真面目な話、ほんとに気を付けてくださいね? ……物凄くヤバイ(・・・・・・)のも居ましたから」

「え?」

 

ツカサの声色がやや強張るのを感じたオットー。

 

盗賊、山賊と交えた時は 特に苦もなくと言った様子だった。

実際に、威嚇しただけですぐ逃げていったから、規模も練度も低かった。

気絶したとは言え、白鯨を吹き飛ばす事が出来る大魔法を使えるツカサ。

 

そんなツカサが明らかに雰囲気が代わった言い方をした。

 

ひょっとしたら、そんなのと遭遇していたかも? と想像しただけでも、背筋が凍る。他の驚異を考えてみれば、いくつか候補が上がるが……。

 

と、色々考えていると、ツカサがオットーの肩を二度叩き、そして笑っていた。その笑顔がオットーの視界に入る。

 

「ちょっと気が緩んでる様にも感じたので、脅かしてみました」

「! ちょ、ちょっと、脅かさないでくださいよ……。もう少しで王都なのに、変な汗かいちゃいました……」

 

 

王都は、もう目と鼻の先。

オットーは 改めて気を引き締め直し、手綱を強く握りしめた。

 

 

 

彼—--ツカサは、そんなオットーの姿を見て一息付くと後方、南西方角の空を見上げる。

 

先程のオットーへの忠告。それは何も根拠なく言ったわけじゃない。

 

 

実際に(・・・)起こったから(・・・・・・)

 

 

「色々と、勉強しないと……文字も継続。世界の情勢。あの鯨といい、知らないことが多すぎて……。それに、(こっち)の方も」

 

ツカサは、頭を軽く揺らした。

 

継いできた事柄、まとめようとしたのだが、なかなか上手くいかない。能力関係は何とかなる、が……やはり、記憶方面。

まさに夢だったかの様に、留めようとしても泡となって消えていく。

こんな、途中からのスタート状態なのに。でも、それにも何かの理由があった筈なのに、もう思い出せない。

 

 

「あの、性悪………」

 

 

ただし、嫌な笑顔だけは何故か思い出せるので、とりあえず悪態を付くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆ルグニカ王国

 

 

 

門を潜り、直ぐ側の門兵の詰所で身分を提示、積み荷も提示。

 

因みに白鯨の一部、複数ある翼のほんの一部でも、自身の身体よりも大きいから、見せたとき、ぎょっとされたが、《大きな白い鯨の一部》と説明したら、今度は笑い飛ばされた。

 

どうやら商人関係から広まった、商人と白鯨の一戦(笑)は、この城下町にも伝わってるらしい。オットー自身も商人だから、当事者なのに そのありきたりな噂話にあやかってるんだろう、と笑われた。

オットー自身はあの時のように、頑張って説得しようとしたが時間の無駄である。

 

白鯨に付いての詳細は、ツカサ自身も聞いてるので 笑われるのも無理ないと思ってた。

 

 

「とりあえず、予定どおり衛兵の詰所までいって、コレ見て貰おうかな……。信じる信じないは難しいけど、その……400年も世界を蹂躙してる化け物(白鯨)の一部なら、何か有効な対策とか、弱点? みたいなの探れるかもしれないし。ダメなら、オットーの出番かな? 上手く処理してくれたら」

「はい! 任せてくださいよ! と言いたいんだけど……、白鯨の翼(ソレ)をカードにどうにか利益になるような商談って、物凄くハードル高いことだと思うんですが!?」

 

 

と、城下町の入り口で騒いでいたその時だ。

 

 

 

 

「すまない。ちょっと良いかな? 君たち」

 

 

 

 

不意に声を掛けられたのは。

まだ、城下町の入り口だけど人通りは激しい。往来し続ける人や亜人、竜車、荷車……。木を隠すなら森、ではないが、特別目立つと言うわけではない筈だが、声を掛けられた。

 

オットー関係か、と思ったが 一目見て違うことに気づく。

 

身に付けているモノは、衛兵の正装。全体的に白い

そんな服装だからか、一番先に目に付いたのは、この世界で初めて見る赤い髪。燃えるような赤い髪。透き通る青い目。

見た瞬間に、何故声をかけられたのか、と言う疑問よりも早く直感した。

 

 

 

 

 

 

 

彼が()である、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鯨や兎、蛇、大司教さんたちも、速攻でさらっと倒して世界平和に直ぐできそうなのに。

強いけど、効果範囲?みたいなのがあるのかな?
エルザのエミリア・スバルへの攻撃防げなかったし

そう言うのも願えば解決する力を得れそうだけど(笑)時間移動とかも。

尚、さらっと名前判明。

ツカサさんです。


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ラインハルトとお食事会

 

「我と言の葉を交わしたい………か」

 

 

少女たちの願いは単純明快。

未知との交流を持ちたいとのこと。

 

少女達にとっては確かに未知そのもの。完全なる外の世界の存在、それも少々異なる次元に存在するものだからか、かつてない程の刺激があるそうだ。それは、話をせずにただそこに存在するだけで、満たしてくれるとのことだ。

 

どの様な些細な事でも構わないとのことだった。代償が必要なのであれば、如何なるモノでも捧げる、どれだけ時間がかかろうとも構わないと。

 

言葉を交わす……それに関しては幾度も体験してきたこと。その点に関しては何ら新しいことではない。住む世界が違うことを除けば同じ事。もう時期に戻ってくる相棒と交わしてきたから。

 

 

 

 

「ふむ………彼奴と交わした、か……。交わしてきた事柄……。フムフム。面白い、面白い。1つ決めたぞ少女よ」

 

 

 

 

幾度も世界を巡り、観察して積み重ねてきた知識。

これまでは見ているだけに過ぎなかったが、今は違う。

 

 

自らが本当の意味で体験を、知見を、見聞を、智見を。

 

 

心沸き立つと言うモノだ。

器の芯まで熱くなる感覚。

これまで世界を重ねるにつれて、徐々に芯に温もりを持つようになった。

長らく共に在った相棒には《人間臭くなった》と誉められた(本当に誉めたかどうかは不明)。

 

 

そう、77回目の最高潮。

 

 

常に更新し続ける。過去最高の伸び代。

それは枯渇することはない。永遠に尽きる事はない。

 

眼前の強欲を主張する少女ではないが、より満たされると確信できる。

 

 

「1つ………―――てあわせ(・・・・)、といこうではないか少女達よ。より、我が熱く滾る事が出来よう」

 

 

両手を広げ、これまでにない表情を見せられる。

それ(・・)を見た瞬間に激震が走った。

 

 

()せられる。

畏怖()せられる。

恐怖()せられる。

絶望()せられる。

快感()せられる。

極楽()せられる。

爽快()せられる。

 

 

人では届かない。

否 魔獣であっても魔女であっても、竜であっても、魔人であっても。

 

これまでの叡智の結晶。

この世界の全てを総動員させ、総力させたとしても、1にも満たない程に届かない領域を感じた。

 

その果てしなく隔たる差は一体なんなのだろう?

 

 

強さだろうか?

体内に有するオド、そして マナに関することだろうか?

世界から祝福されたと言う証である加護だろうか?

魔女達に深く関わる世界への理不尽の象徴、権能に似た力に差があるからだろうか?

 

 

 

―――恐ろしい。

 

 

 

全く理解できない事が恐ろしい。

そして それ以上に好奇心を刺激させられる。

本来ならば 知り得る事のない未知への豊潤な甘美。それが手が届かなくとも、確実のそこに居るのだから

 

 

 

ただ、それは 強欲の少女の感想・感性であり、どうやら他の少女たちは また違った(・・・・・)

 

 

 

眼前の存在より、手合わせ(・・・・)の言葉を聞き、全身が凍り付く様な感覚を覚え、そして何より眼前の存在が、見た事のない化け物(・・・)に似た雰囲気へと変わると同時に飛びかかる者もいたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルグニカ王国 城下町、とある料理店。

 

 

まだ日も浅く 殆どの店が営業開始したばかりだからか、通りも疎らだが、この料理店だけは別。

普段ならば賑やかになるのはもう少し後の話だと言うのに、忙しなく店が動いているからだ。

 

 

 

そして それらは、1つの個室に向けて集中させられていた。

 

 

 

 

その場所はまるで別空間。

次々と運び込まれ、並べられる料理が部屋を彩っていく。

 

 

2~3点程運ばれてきた所で、ウェイターの人に《一体どれくらいあるの?》と質問したところ、これらは、序の口。まだまだ前菜との事。

 

 

だから、これからもまだまだ続くらしい。コース料理?

 

 

これまで、野営で干し肉や野菜などの相伴に預かることが出来た。

この世界で初めての食べ物だったが、間違いなく美味しかった。

楽しく食することが出来たから、雰囲気の要素が強いかもしれないが、それを差し引いても美味しかったと言える。。

 

ただ、世界は当然の如く広い。まだまだ、自身の経験は浅い。それこそ赤ん坊、と称されても、それは決して比喩ではなく的を射ている。

 

 

ただ、経験の浅さは認めるけれど、この目の前に広がる光景が、この世界の代表的な朝食?通常(デフォルト)だとは到底思えない。

 

 

 

「ねぇオットー……。直視しづらいんだけど……。その、料理って この()か……この国の料理って、こんな輝いて見えるものなのかな? と言うか、使われてる材料が光源だったりする?? 料理しても暫く光を失わない……とか?」

「どんな料理ですか、それ。……そんなわけ無いですよ! それよりも、どうしてボクもここにいるのかが、理解が追い付いてないです。それも………」

 

 

オットーはツカサの問いと言う名のボケにツッコミをいれた後、光る料理? の先にいる人物に釘付けになった。

 

何でも、この物凄い料理を作ったのは

 

 

 

ディアス・レプンツォ・エレマンソ・オプレーン・ファッツバルム六世。

 

 

 

なんでも究極の料理人と名高い人物らしく、そんな人の料理に肖れるだけで、現実感が薄れるが、それ以上オットーにとってインパクトがあったのは、そのディアス(略)と話をしている青年。

 

輝きを放つ料理、その輝きに負けないほどの輝きを、オーラを纏っている男の事だ。

知っている人物だから。……知っているどころではない。

 

 

 

 

 

当代の剣聖、ラインハルト・ヴァン・アストレア、その人なのだから。

 

 

 

 

「え? どうしてここにって。彼が俺達と少し話したいから、良いかって聞かれたときに、オットーが盛大に腹の虫を鳴らせたからでしょ? だから、えと……それを聞いてラインハルトさんが、ご馳走してくれるって気を利かせてくれたんじゃん。……あぁぁ、なんかオレも恥ずかしかったよ」

「…………そうでした」

 

 

現実感の無いオットーと違ってツカサはある程度 通常運転。確かに料理には目を奪われてはいるが、オットー程ではない。

 

だから、ツカサのツッコミにオットーは顔を赤くさせた。

 

 

オットーは思う。

確かにツカサは間違えてない。けど、断言できる。ある程度は解っていたつもりだったが、より確信出来る。

 

 

 

ツカサは、いろんな意味でズレてる(・・・・)と。

 

 

 

それにいろんな意味で間違えてるし、常識と言うモノを少々欠如してるとさえ思う。

 

でも、間違えてないのは正しいので、オットーは 両頬を叩きながら、羞恥心に苛まれつつも、なんとか立て直した。深呼吸を数度繰り返しながら。

 

 

そして、オットーやツカサを呼び止めた男、ラインハルトはディアス(略)との話が終わり、オットーやツカサの様子に気付いたのか、笑顔になりながら。

 

 

「そう固くならないで。君たちを呼び止めたのは僕だ。貴重な時間を費やして、君たちは僕に付き合ってくれた。感謝を、畏まるのは寧ろこちら方だろう」

「いえ、オットーはともかく、自分は特に時間に追われたりはしてないから大丈夫ですよ」

「って、ともかくって何ですか!? なんかツカサさん、ボクの扱いが段々ひどくなってないですか!?」

「いや、別にそんなつもりは無いですよ。ほらほら、オットーは商人としての仕事の時間……みたいなのがあるじゃないですか その点オレはコレ(・・)をどうにか出来た後、ルグニカ王国(ココ)でどうにか生活を考えて~ っていうのが今後の予定だし。殆ど時間には縛られてないから」

「あ、そうでした……。もう少しでお別れでしたね……。思い返したら 少し寂しくも有ります……」

 

いろんな意味で圧倒、眩しかったが、これまたラインハルトの笑顔までもが眩しい。オットーと騒がしくしてても笑顔で見守ってくれてる。

年齢は変わらないくらいだと思うのだが、その落ち着きぶりは、まるで保護者が子供を見守るようだ。

 

 

 

ただ―――時折 見せる違う種の視線が気になる所。

 

 

警戒はある程度しているのだろう、当たり前の事だ、とツカサは納得させていた。

 

 

 

 

 

「改めて、ありがとう2人とも。付き合ってもらって。そのお礼と言ってはなんだけど、ここは僕がご馳走するよ。存分に楽しんでくれ」

 

 

ラインハルトに促され、始まるお食事会。

その食事の合間合間に、要件を聞こうと思っていたのだが、それは叶わなかった。

 

何故なら……。

 

 

 

 

 

「うっっっっっっま!!??」

「んまいーーーー!???」

 

 

 

 

 

 

口の中に料理をいれた瞬間、五感の1つである味覚が総動員させられた。最大級に働いてくれた。最大級の成果を発揮してくれた。

 

迅速に脳内に電気信号を送り、最早料理の事、その味の事しか考えられなくなってしまったから。

 

特に腹の虫が鳴る程腹ペコだったオットーは、涙目になりながら、掻き込む。頬張り続ける。噛み締め続ける。ツカサも中々手が止まらない状態が続いた。大食漢ではないつもりだけれど、延々と料理を口に運び続けた。

 

2人とも 相応のテーブルマナーは心得ているつもりだった様だけど、全くと言って良いほど機能してなかった。

 

 

 

 

食で心も身体も満たされて、多幸感を味わうのは初めて。(……とは、いってもツカサは来たばかりだから全てが初めてである)

 

振る舞ってくれたディアス(略)料理人に多大なる感謝を、そして振る舞ってくれたラインハルトを、この様な素晴らしい料理をご馳走してくれたラインハルトにも最大級の謝礼を、とテーブルに両手を付いて頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

「さてと、そろそろ話をしても良いかな?」

「「はーい!」」

「ふふ。そこまで喜んでくれたら、僕も方も嬉しくなってくるよ。……じゃあ、ここからが本題だ」

 

 

 

 

 

食の楽園を見たのだ、満たされたのだ。

オットーとツカサの2人は頬が緩みっぱなしで、2人して子供の様に手を上げて返事を返し、ラインハルトも同じく、喜ぶ2人を見て笑っていた。

 

 

暫く笑っていたが、ラインハルトの《本題》と言う言葉を聞いて、少しだけ場に緊張が走る。

少なくとも緩み切った頬は治った。……オットー以外。

 

 

 

 

 

 

「先ほど、門の所で2人が話していた内容。……少々聞き逃すワケにはいかない内容だったのでね。君たちに話を聞いてみたいと思ったんだ。後、ちょっとした仕事って所かな。事情聴取を受けて貰いたい」

 

 

両手を組み、その空色の瞳を真っ直ぐにツカサに向けた。

動向を確認する……と言うよりは、嘘偽りないかどうかを確認する、と言った所だろうか。

 

 

 

「オットーの方は 商人。王都でも登録されていて身分は直ぐに解る。……けど、ツカサ。君は珍しい髪に服装、それに名前だ。一体どこから王都ルグニカに来たんだい?」

「あ、えっと、ツカサさんは!」

「良いです良いです。オレが説明しますから。……信じて貰えるかは別にして、嘘偽りなく話す事を約束しますよ。それにラインハルトさんは衛兵。気になって当然です」

「ラインハルトで良いよ。僕もツカサと君を呼ぼう」

「解りました。じゃあ、ラインハルトで。………と言うか、よくこんなご馳走を振舞ってくれたよね? 君の言い方じゃ、余り見ない不審者が王国内に商人に紛れて入国した、って事にならない?」

「いやいや。不審者とまでは思ってないよ。そう感じてしまったのであれば申し訳ない。衛兵として、顔に出てしまっていたんだろう。これでも人を見る目はある方だと思ってるんだ」

 

 

事情聴取をする前に、特上のご馳走をしてくれたのが、正直驚く。

話を逸らせるつもりもないし、しっかり話すつもりでもいたが、思わずそう言ってしまい、ラインハルトも苦笑いをしながら対応をした。

誤魔化そうとするつもりは毛頭ない、と言うツカサの心情を読んでくれていたんだろう。特に言葉を強くする事なく、終始穏やかだ。

 

 

 

「一言でいったら……、飛ばされて(・・・・・)来た、って言えば良いのかな……。オットー。あの場所の名前はなんていうんだっけ……? ほら、オレ達が初めて会った場所。覚えてる?」

「一生忘れられない自信がありますね! 自分の名前の次くらいは! リーファウス平原、フリューゲルの大樹」

 

 

 

2人の話を聴いて、ラインハルトは目を細めた。

門の所での2人の会話に加えて、今 巷で流行している噂話。一致(・・)したから。

 

 

「飛ばされた……。陰の魔法を受けてしまった、と言う事かな?」

「あ、いや……。ゴメン、ラインハルト。飛んでくる前の記憶が……ちょっとオレには無いんだ。オットーと出会ったばかりの頃は、少しはあったんだけど、今は殆ど霞んでて思い出せない。記憶にございません、って何だか偉い人の不祥事が発覚した時、真っ先にしそうな言い訳の1つ、っぽいけど、本当の事、なんだ」

 

 

陰の魔法、と言われても この世界の魔法(・・・・・・・)は知らない。

魔法(ちから)発動する事が出来た(・・・・・・・・・)時点で、魔法、魔術、呪術、神聖術等の力が存在する事は解ったが、生憎とこの世界の魔法の種類までは解らない。

 

 

「……ふふ。信じるよ。ツカサ、君は嘘を言ってないって。それに不祥事だなんて、君は何もしてないじゃないか。不法入国とも表現していたけれど、入国手続き等の不備は無いと聞いているか。ただ、衛兵としての性分が前に出てしまっていてね。そこは申し訳なくは思う」

「ありがとう、ラインハルト。そう言ってくれると嬉しい。信じてくれたことはもっと嬉しい。あ、でも 衛兵としての性分を否定なんてする気は一切無いよ。そう言う姿勢こそが、この王都の治安維持に、暮らしてる市民が護られる事に繋がるって思ってるから。不真面目だったら、困るしね?」

「ふふふ。そうかな」

「(何? この爽やかなやり取り……)」

 

 

いまいちツカサのキャラを掴み切れてないのか、オットーはラインハルトとツカサの談笑を聞いて、完全に置いてけぼりを喰らってしまっていた。疎外感がある気もするが……、その分は料理を振舞って貰ったので、十分お釣りがくる、と再び残った料理を手を付けだす。

 

 

 

「ツカサの記憶に関しては、僕の方にも頼ってくれて構わない。力になれるかどうかは解らないが、最大限に手は貸すと約束するよ。……次は先ほど話していた事。門の所での事を聞いても良いかな?」

「はい、もちろ……ッ」

「?? どうかしたかい?」

 

 

淀みなかったツカサの言葉だったが、この時初めて詰まった。

そこにラインハルトは注目するが、そのツカサの表情を瞳の奥を見て、不思議と警戒する気にはなれなかった。

 

感じるのは、ラインハルト(こちら側)に気を使う、そんな感覚だったから。

 

 

「いや、その……。ラインハルトは剣聖って呼ばれてるのを思い出して……」

「それは、家柄が少々特殊なだけだよ。かけられた期待の重さに潰されそうな日々を過ごしているだけの、ね。まだ剣聖の名は僕には重すぎる」

「そんな謙遜を……」

 

 

立ち振る舞いから、ラインハルトと言う男の底知れなさは既に感じている、いや、一目見た瞬間から、頂である事は確信に似た何かを感じ取れた。……が、話の肝はそこではない。

 

 

さっき(・・・)のオットーとの話は、その……剣聖(・・)に対して、良い話とは思えないから、ちょっと詰まってしまって……」

「!」

 

 

オットーとの話は、当然 白鯨の事。

そして、白鯨の強さについては、ツカサ自身も聞いている。

 

かの魔獣は400年世界を苦しめ、そして―――今から10数年前に、剣聖を打ち滅ぼしているから。

 

 

そんなツカサの心境を察した様で、ラインハルトは 軽く息を吐いた。

ツカサに聞こうとしている内容と剣聖の名、照らし合わせてみれば解る事だ。

 

 

 

「ありがとう、ツカサ。そこまで気を使わせてしまうなんて、ね。剣聖の名に相応しい男になろう、と改めて決意が出来た。……それに、僕は大丈夫だよ、と言うより……」

 

 

ラインハルトはそこまで言った所で、肩を竦めながら 苦笑い。そして 確認するまでも無いと言わんばかりにツカサに聞いた。

 

 

「巷では噂になっている白鯨をたった1人で撃退した英雄、とは君の事だと、言って良いかな?」

「っっ、え、英雄って!? そんな大層なモノじゃないよ! それに速攻で倒れて、オットーに世話になりっぱなしだったんで……」

「謙遜する事は無いじゃないか。……オットーもそう思うだろう?」

「んぐっっ!?」

 

 

ハグハグ、と心行くまで、話の内容気にせずに 頬張っていたオットーだったが、ラインハルトに突然話を振られて驚き、咽てしまう。

 

水を勢いよく流し込み、どうにか息を整えると、仲間外れ感が否めないとは言え、醜態を晒してしまった自身に少々恥を覚えながら、肯定する。

 

 

「はい。その通りです。彼が居なければ ボクは白鯨に呑みこまれていたでしょう。速攻で倒れた、と言いましたが、彼の一撃は 白鯨の巨体を見えなくなる距離まで高くに弾き飛ばしてしまいました。あの光景はもう生涯忘れる事は出来ません」

「……だそうだ。少なくともオットーを救った。彼にとって、ツカサ、君はまさしく英雄だ。謙遜する必要はないよ」

「ぅぅ……」

 

 

ラインハルトの様な男に、笑顔で正面から称賛されるとは気恥ずかしさを覚えてしまうが、感謝は受け取っているので、とりあえず また以前の様に延々と聞き続ける様な グダグダにするつもりは無い。

 

 

「それで、衛兵の詰所に向かうと言っていた理由は、それにあるのかな?」

 

 

ラインハルトは、大きな布でくるんだ物を指さした。

 

正直、飲食店に持ち込むようなモノじゃない、と思っていたのだが、ラインハルトの計らいで、離れにある個室をまるまる借りているので その辺りは大丈夫だった。

 

 

「はい。一応、白鯨の一部、複数ある翼の内の1つです。信じて貰えるなら、これを何かの役に立ててもらおうかな、と思って」

 

 

腐食を防止する為に、しっかりと冷凍保存はしている。凍らせてしまえば異臭防止にもなるし、何より 色々と確認する上(・・・・・・・・)では、ちょっとした力を使うのはツカサにとっては好都合だった、と言うのはまた別の話。

 

 

「ラインハルトが信じてくれるなら、説得力が増すかな?」

「ああ。白鯨は 400年、世界を脅かしてきた魔獣だけど、これまでに手傷を負わせた事は記録で残っている。だから別に僕が断言しなくても、調べれば間違いなく解ってくれるさ」

「う~~ん、オットーも皆からメチャ笑われましたし、そんなの信じない方が普通だって事はここ数日でオレも解ったから………、正直調べる調べない以前に門前払いをカクゴしてたよ。だからこそ、ある意味では ラインハルトに助けられた。こちらこそありがとう、だね」

 

 

ラインハルトはオットーの様子も見る。

何処か儚く、遠くを見ている様な視線。それらを総合すると……どういう結果になってきたかは容易に想像がつきそうだ。

 

 

確かに、幼稚な夢物語、子供の夢想ととられても不思議じゃない話だったから。

 

 

だが、何故か無視できない話だった。

ラインハルトもそう。

それに ここ王都で重要人物と呼ばれる者たちの間では、何処となく意識している者が多かった。

全てを知るワケではないが、ラインハルトが見て接した相手は間違いなく意識していた。一笑に付す事が無かった。

 

 

 

それに何よりも――――――。

 

 

 

「さて、オットーも食べ終わった様だし。後はコレを持っていくだけだね。美味しいのは(十分すぎる程)解るケド、随分と食べちゃって。見た目に反して大食漢なんだ」

「むぐむぐ……。何だか仲間外れ感がスゴクて、不貞腐れで食べてたんですよ」

「あはは。それは失礼」

 

 

 

 

―――ラインハルトが何よりも驚き、ツカサの人柄を知るまで、相応の警戒をしていた理由。

 

 

「…………」

 

 

 

 

腰に携える剣聖の剣———龍剣レイドが反応を示した事。

 

 

 



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風と共に盗む(未達成)

そろそろ題名詐欺になりそうなので、次くらいに主人公を出せたら、と思います。


「……で? ここに来て何が決まったかと思えば、オレをダシにした勝負? ナニソレ」

「フハハハハ! その方がより面白いではないか! やはり、我と貴様は一心同体だ。精々頑張るが良い!」

「そんな一方的な一心同体があってたまるか」

 

 

エキドナは、まるで餌を前にした子犬の様に今か今かと待っている。

まるで尻尾が見える様な気までする。

 

置いてけぼりを喰らっている少女たちを気に掛けようとしたその時だ。

 

 

「お前、お前すごいなーー! ピカピカだーー! からだは無いのか?? どっかいったのか??」

「っとと」

 

 

 

近付いてきたのはエキドナと同種。

この世界で魔女と呼ばれる存在。その名を《テュフォン》。

 

 

触ろうとしても触れない相手に、その存在に目を丸くさせ、無邪気に笑っていた。

 

 

そんなテュフォンの様子を見ていて……漸く思い返す。今 自分自身が実体化をしていない事を。

 

とりあえず、器用に光を動かしてテュフォンの頭を撫でた。

 

テュフォンも撫でられる事が解ったのだろう、目を細く、頬を緩ませて笑っている。

 

 

「ここでの私。いや、僕? 我、余、んんん。いかんいかん。一貫性がない……。えっと、こほんっ! オレ、……オレだ」

 

 

一人称をしっかりと思い返しながら、続けた。

 

 

「正確に言えば自我はあるけど、生まれても無いゼロの状態だから。姿が見えないのは仕方が無い事なんだ」

「ふーーん、でも、あっちは見えてるぞ! 凄いんだぞーー!! あっちは触れるのに、こっちは全然触れないから、ルヴァなんか、それでおぎゃー、で、ちゅどーん、だったんだぞー! 面白いんだぞーー! たのしかったんだぞーーー!」

「ほうほう………成る程。………うん。大体解った」

 

 

 

「なんで、今の会話で解る?」

「さ、さぁ……。で、でも テュフォンと、は、話する時 あ、愛を感じる、よ? 感じた、よ? そ、それだけは、わかった」

「あぁぁ、テュフォン……。私も触ってみたいのに………。それに、カーミラ…… 理解出来た事があるなんて、羨ましい……」

「ふぅ……。はぁ……。立ってるの疲れた。……ふぅ。……次に会う時は……はぁ。もう少し立っていられる様にするさね」

「空腹を忘れられる程の高揚って良いですよねーー! できればーー、そのままの姿でーー、ここでーー、一緒にいたいですよーー?? あぁ、でも勝負ですからーー」

 

 

 

沢山の魔女たちに囲まれている。

いつの間にこんなに増えたかは解らないが……そう言う趣向だと言う事は理解した。

 

 

「まぁ、今までとは違う展開だけど、……お前の戯れだっていうのにはもう慣れた。好奇心旺盛で娯楽に飢えてるのは、ある意味この子達と大差ない気もするし」

 

 

ちらり、と視線を向ける。(テュフォンの言う通り、光で構成されている為、傍目からは何してるか解らない)

 

 

くっくっく、と笑っている。

高い所から見下ろすスタイルで、足を組み、手を組み、笑ってる姿。

 

 

「それで? その勝負(・・・・)の事だけど、オレ ここから出たら真っ新な命から始まるんだし、精々頑張るも何も無いよ。ゼロからスタート。全部忘れる。……てか、解って言ってるでしょ? それにエキドナを退屈させてしまいそうだ。帰るのは嫌、って言ってたし」

「その辺りは抜かりない。ある程度は、覚えておいてもらう(・・・・・・・・・)だけだからな。無垢のままだと流石に我が待ちきれん。待つ事は得意としていた筈だったが、こうも心を躍らせればな! ……だが 我の趣向を理解したと言った割には、全てを理解した様ではないではないか? まだまだ一心同体とは言えないぞ」

「言わんで良いって。別に」

 

 

 

 

穏やかな草原だった筈の場所が、徐々に白に染まっていく。

 

 

 

 

「今回はゼロからの始まりではない。貴様がこれまでに得たもの。数多の世界で得たもの………。うむうむ、全てとなると面倒だ。てきとーにくっつけて(・・・・・・・・・・)から放り出してやろう。どうなるか楽しみにしているが良い」

「………………」

 

 

 

 

娯楽に飢えた存在が、楽しみで仕方ないと言った表情で 身体を光らせた。

 

 

それは、全ての存在()を白く塗りつぶす、命の前の(ゼロ)に戻す光。

色々と文句の1つや2つ、言ってやりたかったがその光には 最早抗う事は出来ない。

 

 

――始まるのだから。

 

 

 

 

 

「さぁ、てあわせ……、しょうぶだ。————最初の(・・・)しょうぶは……」

 

 

 

最初の(・・・)と言う部分が 少々気になる所ではあるが、逆らう気もつもりもない。

また、新たな世界が始まる。ただ、それだけを考えて、光の奔流に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――我ら(・・)を、見つけてみよ。なに、そう時間はかかるまい。……楽しもう。楽しませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某料理店。

 

 

そこでは、トンデモナイ? 事が起きていた。起き始めた、とオットーは確信する。

 

 

何故なら まるで、大地が、大気が、全てが震えている様な感覚に見舞われだしたから。

先ほどまでの談笑や料理を楽しむ光景は最早見る影も無い。

 

その中心地、最も傍に居るオットーは完全に足腰が立たなくなり、完全に腰を抜かしている。

彼が見つめる先、その視線の先に居るのは2人の男。

 

 

片方は、燃える様な赤い髪を持つ青年ラインハルト。

そしてもう片方は深淵、漆黒の闇。黒い髪を持つ青年ツカサ。

 

 

果たし合うかの様に互いに見合っている。

まるで決闘のワンシーン。

 

 

ルグニカ王国最強、当代の剣聖ラインハルト。

全てが謎に包まれ、突如としてこの世界に(文字通り)舞い降りた異端の者 ツカサ。

 

 

2人は互いに見合い、そして互いの拳を握り締め――――振りかぶって……。

 

 

 

 

 

「「じゃんけん、ぽん!」」

 

 

 

 

 

互いに手を突き出した。

 

 

「わぁぁぁぁっ!!」

 

 

2人が手を出し合った瞬間、発生した風圧に吹き飛ばされるオットー。

 

それでもオットーは耐える。

 

耐えなければならない。見届けなければならない。

 

 

 

 

 

今まさに―――世界の命運が決まろうとしているのだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、何 1人で騒いでんのオットー。それに何を変な語りまで入れて……」

 

 

と、ツカサは 自分で倒れ込んだオットーをジト目で見た。

ツカサが言う通り、ここまでの語りは全てオットーの自作自演である。

 

 

「い、いえ! それだけ緊迫感のあるじゃんけんだった、って事ですね! と言うか、気合入り過ぎちゃってたので、僕の方も気合が入っちゃったんです」

「一応ジャンケンで最強! を自称してる身だったしね。なら本気じゃないと。……ってね?」

 

 

呆れていた様子だったツカサだが、最後には笑った。2人で笑っていた。

 

 

 

突如として始まったのは ツカサvsラインハルト のジャンケン1本勝負。

 

 

 

因みに、この対決が勃発した理由については、今し方 横で1人語り部で盛り上がっていたオットーにある。

 

 

最高の食事が終わったから さぁ 衛兵の詰所へ。ラインハルトの案内の元、スムーズに……と言った場面だったというのに、ジャンケンのリベンジを申し立てられた。

 

 

《今度こそ イカサマを暴く!》

 

 

と憤慨しながら。

 

 

それに、意外にも反応を見せたのはラインハルトだった。

 

騎士たる身分だからか、若しくは性分なのか……、恐らく両方だろう。

イカサマと行為に反応したのは。

 

 

 

 

「ふぅ、それにしても中々奥が深い遊びだね。グーとチョキとパーの三竦みからの心理戦。相手の表情や仕草、それらを総動員させ、裏の裏まで読み合う。―――うん、とても楽しかったよ」

「オレも楽しかった。オットーとはやっぱり段違いだね、ラインハルト」

「………剣聖と比べられるなんて 普通な無い事だし、人によっては光栄極まるって話にもなるのに、何だか釈然としない……」

 

 

ただ、ラインハルトは1つだけ解らない事があった。

 

 

「今の勝負……、じゃんけんと言う遊びだけど。何処に不正やイカサマが生じる隙間があるのかな? 相手に手を出させてから自分が出す、後だしの様な事をすればイカサマだと言えるけど」

「ですよねですよね! ラインハルトさんも、どうにか見破ってくださいよ! 僕、ツカサさんに計53回も負けてるんです。全敗ですよ、全敗! こんなの有り得ないじゃないですか!」

「ふむ………。(先読みの加護、みたいなもの……か?)」

 

 

 

何かが違う感覚はするが、その深淵が見えない。

ラインハルトは、間違いなく悪い人物ではないのは解るけれど、この剣聖の剣、龍剣レイドが反応を見せた事もあり、何かツカサには大きな秘密がある様に思えてならなかった。

 

その好奇心がラインハルトを動かす。

 

 

ゆっくりと身体を向き直した。

 

「…………」

 

何だか、その身体にはオーラ? の様なモノが見えたりしてるのは気のせいだろうか?

光輝く何かが、ラインハルトの周囲に集まっている気がする。もう、オットーの大袈裟な語りではなく……、何となくではあるが、見える気がする。

 

 

「もう一度、勝負しないかい? ツカサ」

 

 

まるで臨戦態勢、その中で笑顔。

ここは男としてもう一度勝負を……。

 

 

「……イイエ。勝ち逃げさせてください。今日は1回だけで。それに何だか、今やったら ラインハルト、見破ってきそうで怖い」

「えええ!! そんなのズルイですよ、ツカサさん!」

 

 

勝負を受けない。

まさかのツカサ勝ち逃げ宣言に、オットーからブーイングが飛ぶが、ツカサはただただ苦笑いをするだけだった。

 

 

「見破られる……と言う事は、本当に何かしてるのかい? 加護を使っているとか? それもなければ、普通に余地はないと思うんだけど」

「あ、あはははは。まぁ その辺りは秘密……と言う事で。それに 安心はして貰いたいかな。当然 詐欺まがいの事はしてませんし、これからもしません。あくまで遊び(オットー)の範囲内。ルグニカの騎士ラインハルトに誓うよ」

 

 

邪な考えは持たないし、持つつもりは毛頭ない。

その想いはラインハルトには最初から伝わっていたのだろう。ただただ笑っていた。

しかし、オットーだけは別。

 

「ちょっと! つまり 僕はツカサさんに ずっと負け続けないといけないんですか? 僕が見抜けないから、って」

「いや、遊びだし、そこまでムキにならなくても……」

「遊びとはいえ ここまで負けちゃったら、そうはいかないんです!」

 

 

どうやら、まだまだオットーとのジャンケン勝負は続く様だ。

 

それはそれで、ある意味 縁の繋がりが途切れる事が無い、と言う事で良い事かもしれない。

 

当初、ツカサは オットーに情けを掛けてあげよう負けてあげよう、と思ったりもした……気がするが、今は一切なし。

オットーの場合 彼自身が勝ってしまえば、そこで終わってしまいそうなので。

 

 

「ふふふ。ツカサがそう言う事をする人だなんて、僕は思ってないから心配はしてないよ。……ただ、僕は見破って見たかった、と言う気持ちが少々強い……、かな? 遊びとはいえ負けちゃったのは悔しいし」

 

 

ラインハルトは2人のやり取りを見て笑っていた。

因みに先ほどの勝負は……。

 

ラインハルトが出した手は、《チョキ》

ツカサが出した手は《グー》

 

一度もあいこになる事なく1発で決まって終了である。

 

 

「じゃあ、日を改めて再戦と行こうか。宿敵(とも)よ」

「あははは……」

 

 

友、と言う言葉が重く感じたのは言うまでもない。

ラインハルトは遊びであったとしても真剣そのもの。物凄く生真面目なのだと言う事を改めて悟って……この店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ラインハルトとは詰所で話を通してくれた後、別れる事になった。

 

「いや、こんなに貰えるなんて………。ねぇ? これってやっぱり凄い金額?」

「そりゃそうですよ。聖金貨で200枚。就任したての王国騎士たちの初任給のざっと10倍程ですから」

「えぇぇ……。そんなにもらって良いのかな? あんなスゴイ料理まで振舞って貰ったのに、そんな大金まで……」

 

 

キラキラと輝く聖金貨と呼ばれる貨幣を、それも凡そ100枚もある貨幣を前にして畏縮してしまうのは仕方が無いかもしれない。

 

 

「いえいえ。僕は妥当だと思ってます。……それは、僕自身がツカサさんに助けられたから、と言う主観も有りますが、僕やラインハルトさんの証言と白鯨の一部を今後の為に渡した事、普通に当然の額かと。いや、安いかもですね? まぁ、僕の竜車に乗りきらない分全部持って帰ってたら、もう1つ2つは0が増えそうです」

 

 

オットーは逆に胸を張って断言していた。

白鯨を相手にした快挙を考えれば、金銭の問題ではない筈だから。

 

 

「やる事がとんでもなくスゴイのに、何だか庶民感覚なんですね、ツカサさんって」

「……みたいだね。もう薄っすらあった記憶の殆どが消し飛んじゃったみたいだけど、どうやら、そう言う感じだったみたいだ。オレは」

 

 

1枚の聖金貨を暫く見た後……懐へと仕舞った。大通りとはいえ いつまでも見える範囲で持っているのは不用心極まりないだろうから。

 

 

「でも、オットーにはここまで乗せて貰ったし。ほんと代金無しで良いの? もうオレ、無一文じゃなくなったよ?」

 

 

聖金貨を入れた袋をじゃらじゃらと鳴らす。

オットーはそれを見て、生唾をゴクリ、と飲み込んだ。欲しくない訳ない……が。

 

 

「借りがとてつもなく大きい。ツカサさんは僕の命の恩人ですよ? 何だか雑な扱いもちらほらされちゃってますが、それでもツカサさんが命の恩人である事に変わりはありません。乗せるくらいなら幾らでも! それと借りたモノはしっかり返すのが商人ですから。……ツカサさんの場合、それが大きすぎて、いつ返せるか解りませんが」

 

 

 

そう言って笑っていた。

ツカサは、それを聞くと笑顔でコクリ……と頷いたその時だ。

 

 

「っへへ! 貰ったっ!!」

 

 

まるで宙を飛んでいるかの様に、建物と建物の間から、何者かが出てきた。

伸ばした手、狙いは当然これ見よがしに見せている袋。

 

 

「(とんだボーナスだぜ! 今日はラッキーだな。……もう1つ(・・・・)の仕事に加えて、これだけあれば、一気にたどりつける!)」

 

 

迷いなく、ただただ奪う事にだけ全神経を集中させる。

油断しきってる2人の男だ。掠め取る事なんて余裕だろう。逃げ切るのも間違いなく余裕。

 

 

容姿を見れば解る。片方は見覚えがあるが、もう片方は見慣れない服装、何処かの田舎からやって来たと容易に推察できる。いつもなら、そんな相手見向きもしない所だが、先ほどの一連のやり取り、聖金貨を見せて袋に戻しているやり取りを見て、金持ちだとふんだのだ。

 

 

そして決めたら行動は早い。

 

 

間違いなくあの大金の入った袋に目を付け……奪った、と思ったその時だ。

 

 

「ぇ………っ?」

 

 

目の前にいた、盗った、と思った筈なのに、その男がいなくなった(・・・・・・)

いや……。

 

 

 

 

「ダメだよ? 他人のモノを盗んじゃ」

 

 

 

 

 

横から声が聞こえた。

声と同時に、頭を軽く叩かれ、そして……。

 

 

「っっ~~~!!」

 

 

あまりにも想定外の出来事だったからか、反応が遅れたが、完全下に見ていた相手がまさかの行動。叩かれたまでは良いが、今は頭を撫でられている(・・・・・・・)。それはプライドに触った。

 

 

 

「ば、バカにすんな! それに盗めてねーじゃねぇか!! ……くっそ、ぼーっとしてる兄ちゃんかと思ったら、メッチャガードが固かった……!」

 

 

風の様に現れた者……少女は、人通りが多い事と、これ以上のやり取りはあまりにも目立ちすぎる、と言う事で 現れた時の印象のまま、風の様に駆けだし、建物から建物へと、飛び移り……消えていった。

 

 




じゃんけんくらいは・・・・ラインハルトに勝てるよね? 勝っても良いよね?


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迷子探しと崩壊

原因は余裕で解るw


 

 

「全く……王都だから治安対策は万全だ、何せ今日も《剣聖ラインハルト》が頑張ってるから! くらいに思ってたケド…… やっぱり貧富の格差ってのはあるんだ。んん? そう言えば、ラインハルトは実は今日非番だったらしいから……、だからスリが活発化したり……?」

「そりゃ、案内してない……と言うより、案内する気も元々無かったですが、貧民街(・・・)って所もありますから。……それと、いくらラインハルトさんの影響力でも、それは無いでしょ」

 

 

 

スリの少女の襲撃から、聖金貨を守る事が出来た事は良かったが、胸中は穏やかではいられない。自分自身の事ではなく、あの少女に向けて。

 

 

「……あんな小さな子も、スリ(それ)をしないと生きられない、か………。全員救うとか、全員平等なんて 実現できる、って思える程子供じゃないつもりだけど」

 

 

胸中穏やかではない。出会ったのは本当に一瞬だったが、何処か活発な女の子だった。

環境さえ違えば、悪党(そっち)の道に進む事は無かっただろう、と思う程。

 

 

「はぁ…… ツカサさんってば、やっぱり甘い所がありますよね。盗られそうになった被害者だって言うのに、加害者(向こう)の心配とか……。まぁ 確かに僕も、逃げたあんな幼気な女の子を 追いかけてひっ捕まえて、罰しよう! とまでは 心情的には思いませんが、それでも 商人としては、窃盗、強盗は天敵ですからね。素直に頷けません」

「追いかけて捕まえる、って言うのがオットーに出来るなら、その選択肢も考えても良いと思うけど、結構高望みしてない? 隙はあまり作らない方が良いよ。今のコ凄い速さだったし」

「そ、そりゃ、僕はちょっとした護身術を嗜んでるだけのただの商人ですから。……今、隙が多いと思われちゃってるのは、ツカサさんと一緒に居る事に対する安心感が勝っちゃってるからだと思います。……だから 大丈夫です」

 

 

これからもずっと一緒‼ と言う訳にはいかないだろう。

オットーにはオットーの生活があるだろうし、ツカサはツカサでどうにか生活の基盤の構築から徐々に作り続けなければならない。

 

幸いな事に、纏まった聖金貨を頂けたので、当面は余裕が出来たが、安心しきるのは安定してからだ。

 

 

「……確かにどこか心配になるけど、あんまり心配し過ぎるのは、商人としてこの世界を生きていくオットーに失礼かな。まだ知り合って数日程度だし」

「いえいえ。嬉しいですよ。もう、僕たちは トモダチですしね」

 

 

ニッ、と笑うオットー。

ツカサも何処か擽ったい気はするが、まだまだ右も左も解らない世界で繋がりが広がっていくのは歓迎すべき事だ。それに、オットーは商人。商人であれば それなりに顔の広さは持ち合わせている筈だから、そこからも広がる事を期待しよう。

 

 

 

ツカサは、頷き返すと そのまま城下町を巡る。

 

 

 

王都まで運んでもらう他、王都を案内してもらう、と言う最後の頼みを聴いてもらう為。それは依頼としてではなく、もう既にトモダチに案内する、と言う感覚になっていた。

 

 

 

 

 

一通り、城下町を案内してもらった所で、オットーがツカサの肩を叩いて早口、小声で忙しなく言う。

 

 

「見て下さい、ツカサさん。メイド、メイドさんが居ますよ。凄く珍しいです。ここは、商業施設からは大分離れてるのに。それに、ここは、長居するには好ましくない場所でもありますし……」

「ん?」

 

 

オットーの声に誘われ、視線を右へと移す。

 

確かにこの場所は人通りが多いとは言えない。

 

浮浪者が1人や2人出てきてもおかしくない程静まり返った場所だ。日の当たらない箇所も有る為、大通りや商業区と比べたら圧倒的に暗い。

 

城下町を一通り全て案内してもらう、と言うのがツカサとの約束。

 

本来ならオットーも比較的人通りが多く、安全な道を選ぶのだが、トモダチであるツカサの頼みである事とツカサ自身が居れば大丈夫だろうと言う事もあり一通り案内する為に通っている。

 

そんな場所にメイドとは……。

 

後ほんの少し先に行くと、路上生活者たちの寝床が幾つかある、とオットーに聞かされていた事も有り、確かにオットーが言う様に少々不自然かもしれない。

 

 

「後ろ姿だけど、確かにメイドだね。桃色の髪にあのメイド服。……うん、目立つ」

「でしょ? それにココ、結構古い家屋だから、倒壊の恐れがあるとか無いとかで………。と言うより、何だかメチャクチャ傷ついたりしてる建物が多いから、崩れちゃってもおかしくないですよ、ココ」

 

 

オットーの指摘通り。

デカい棍棒か何かで抉り取った様な後が点々としている。鋭利な刃物でスパっ! と斬った様な傷じゃないから、相応の力だと言う事が解る。高い所にもその傷はついているから、災害か何かが直撃した様な印象だ。

 

 

治安的な意味で悪い場所、安全的な意味でも悪い場所、そんな悪条件下の中でも、やはり10数m先に居るメイドは一切構う事なく突き進んでいた。

 

 

 

 

そして、偶然なのか、或いは必然なのか、痛んだ家屋、その屋根の一部に入った亀裂が大きくなり、その一部が桃色髪のメイドの上に落ちてきた。

 

 

「危ない!」

「ッ……!」

 

 

オットーが叫ぶのと同時に、ツカサは両手を前に出した。

その両手から放たれるソレ(・・)は、白鯨の時のモノに似ているが、当然 力は大分抑えている。白鯨に打ち放った一撃をこんな街中でしたら当たり前だけど大変な事になるから。

助けようとして放ったのに、その周囲一帯、建物やメイド事 空に吹き飛ばしてしまうから。

 

白鯨の時、一発でダウンした時から、ツカサは 力の効率的な運用、更に省エネ運転を出来る様に練習を続けてきている。

最適の力で、最高の威力を出せる様に。無理無意味に放出し過ぎたから、直ぐにガス欠となって失神(ブラックアウト)してしまったのだ。

 

知識は兎も角 力に関しては、ある程度覚えている(・・・・・)からこそ出来る芸当とも取れるだろう。

 

 

ツカサが放った極小の竜巻は メイドの丁度真上で留まり、倒壊する建物の破片を宙に巻き上げ 丁度バリアの役割を果たす。

 

これで、あの場所から逃げれば大丈夫……と思っていたのだが。

 

 

「エル・フーラ」

 

 

ここでまた、想像とは違った光景が広がった。

 

ツカサの魔法で支えている間に、メイドがその場から逃げる……と言う算段だったのだが、あのメイドはツカサの竜巻ごと、己が放った魔法で吹っ飛ばしてしまったのだ。

 

 

「余計な真似、したかな」

 

 

弾かれてしまった竜巻を解除。

驚きはしたが、それ以上に安堵もしたので、身体から力を抜いた。少々―――射程範囲外(・・・・・)だから。

 

 

「そうね。余計な真似だわ。ラムを甘く見ないで」

 

 

 

この時初めて正面から、桃色の髪を持つメイド少女の姿を見た。

凛とした佇まいは、何処か隙の無さを強調する様にも見える。

 

 

「―――……倒壊しちゃった建物に驚けば良いのか、メイドさんの力に驚けば良いのか、耳が良すぎる事に驚けば良いのか……」

「ただ安心すれば良いと思うよ。誰も怪我無くて良かった、って」

 

 

そう言っている間に、ラムと言う名の(名乗っては無いが、一人称がラムだったので)メイドが近づいてきた。

 

 

「ラムを侮った事に対しての謝罪は求めないわ。まがりなりにも救おうとしてくれたのだから」

「いや、謝罪求めるつもりだったの!? 何だか強烈なメイドさんだったよ! この子!? とっても可愛い顔してるのに、言ってる事がなんか色々と!」

「聞こえてなかったのかしら? 謝罪は求めないと言ったわ。それにラムが可愛いのは当然でしょ。この世界の真実と言うヤツよ」

「いや、流石にそれは自意識過剰過ぎでは!?」

 

 

ツカサは、2人のやり取りを見ていて、何だか混ぜると面白い組み合わせだと思う。

中々に新鮮なやり取り。見ていて面白いとも思うがとりあえず。

 

 

「それで、世界一可愛いラムさんは、ここで何を? 余計なお世話って思われるかもだけど、何か手がいるなら手伝うよ」

「余計なお世話よ」

「うわっ! 躊躇なくほんとに言った!! ちょっとは謙遜するかと思ったけど!! でもある意味予想通りだ!」

 

 

オットーのツッコミも収まりそうもなく、ラムと言う少女もブレない所も確認したツカサは ニコッと笑う。

不思議と不快な気持ちにならないのは、きっとラムが言う通り、可愛いからだろう。可愛い子の可愛い悪戯? の様な感覚だろうか。

 

 

 

「そっか。じゃあ、気を付けて。ラムさんは きっと大丈夫だと思うけど、万が一、って事もあり得る事だし。……ラムさんの事を、無事帰ってくるのを待ってる人だっている筈だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――桃色の髪のメイド……ラムは思う。

 

自身の主ロズワール・L・メイザースの言葉を思い返しながら。

 

 

それは あの日―――不可解な現象が起きたあの日から言われている事。

 

 

 

見つける(・・・・)事》

 

 

 

主の命令は何においても優先される。

主の願いは命を賭してでも成就させる。

 

その気概を持っているのは違いないが、あまりにも情報が少なすぎる。幾ら完璧である自分を持ってしても、やはり出来ない事はある。

 

 

解っているのは、あの本(・・・)をして、知り得ない事を見つけろと言う事。

魔女が作ったあの本……あらゆる叡智を求め続けた知識欲の権化をして、知り得ない事。

 

 

 

 

正直、それがこの世に存在する事自体が疑わしいとさえ思ったが、それでもラム自身もあの本が暴れだし、文字が走り書きされていく様を目撃しているから……認めざるを得ない。

 

それは主の命であり、悲願でもあるから。

ラムは雲をつかむような話であったとしても、突き進むだけだ。

 

だから、可能性がほんの少しでもあるなら、0%で無いのなら、普段は一笑に伏す所であったとしても、———行動に移す。

 

 

 

「そう。万が一を心配するのなら、手伝ってもらおうかしら」

 

 

 

―――行動する、と決めた時のラムは早い。

 

 

 

そして、当然これまでのラムの言動から、まさか 手を貸す様に言うとは思わなかったオットーは目を丸くさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……迷子の捜索ね」

「ええ。ラムは探すのは得意なんだけど、ちょっと今日は雲行きが怪しいみたいなの」

「随分素直になっちゃったみたいですね? 何があったんですか?」

「別にそっちは要らないわ」

「何で僕だけそんな辛辣なんですか!?」

 

 

粗方ラムから説明を聞いた。

 

何でも人を探している、との事。その風貌の特徴を粗方頭に入れて、この城下町を捜索、と言う事になった。

 

待ち合わせ場所・時間指定等を決めて。

ラム・ツカサ・オットーの3人で街中の迷子探しを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風貌は確かに聞いたが、その人物に関しての細かな情報をラムは説明しなかった。

その仕草で何となく解る。……探しているのは 相応の重要な人物である、と。

 

 

「予想じゃ、お忍びで来た王族とか、そう言う感じかな? 市政に混ざって色々と体験してみたい、浮かれに浮かれた結果…… 従者であるラムと離れ離れになった、って感じ」

 

 

ある程度の予想を立てつつ、聞き込みをしていく。

一番の特徴は長い銀の髪を持つ少女。

 

 

 

幸いにも、商業区の面々は実に協力的になってくれた。

買い物をする事、それなりに金銭を持っているという事、この2点あれば。

 

 

……無一文だったなら、冷やかしと思われる可能性も高いので、きっといい顔はしないだろうから。

 

そして、地道な調査の結果―――運よく実を結ぶ結果になる。

 

 

「ああ、銀色の長い髪のコなら、ちょい前に見たぜ。兄ちゃんが言う子かどうかまでは確証無いけどな!」

「いや、それでもありがたいよ。結構頑張って情報収集したのに、あんまり成果なくて……」

「かっかっか! その両手の袋みりゃ解る。色んなとこで買いモンして、聞きまくったんだ、ってな! そんでもって、ウチも沢山買ってくれるとなりゃ、知ってる事なら何でも話すぜ! ただし、行先は解っても、肝心のそこ(・・)の正確な場所までは解らねぇ。それでも良いか?」

「全然問題なし! ほぼ情報無しだったから、十分!」

 

 

果物屋の主人が、しっかり覚えていると太鼓判をしてくれたのである。

 

大変だったのは間違いないが、これは仕方が無い。

この人通りの多さを考えたら、いちいち一人一人を覚えているとは中々思えない。だけど、この果物屋の主人、オヤジだけは違った。

 

 

「でも、こんだけの人数で良く覚えてたよね? まぁ嘘だった~ って言うなら、お礼に買おうと思ってた、全種の果物たち、全部まとめて返品する予定にしてるケド」

「誓って嘘じゃねぇよ。銀髪の嬢ちゃんは 目つき悪い黒い髪の兄ちゃんと一緒にちょいと前に此処に来た。何せ娘の恩人だ。そう簡単に忘れたりしねぇ」

「……良かった。オレもオヤジさんの娘さんも。ハイ、代金」

「おう!」

 

 

支払いをしている間に詳細を聞いた。

 

何でも貧民街にある盗掘蔵……盗品を売り捌いている店にいったとの事だ。

何でも盗まれた物を獲り返したい。その為に向かう、と。そして危険も顧みない。それ程までに大切な物だと。

 

 

「兄ちゃんもいくってのかい? あの2人にも言ったんだが……、あまりすすめれる場所じゃねーぜ?」

「貧民街ならつい最近通った事あるし、スリの常習犯っぽい女の子にも注意してきた所だ。大丈夫大丈夫」

「いや、そこは注意するだけじゃなく、衛兵に突き出せよ。女だろうが、子供だろうが何でもして良いワケじゃないんだぜ? ……境遇には同情するがな」

 

 

店を切り盛りしている身からすれば、やはり強盗の類は死活問題だからか表情が険しくなっている。

ただ、女の子、とツカサが言っていたからか、その表情は硬くもなっていた。……娘が居る父親だから。

 

 

「兎に角、初めてじゃねーにしろ、行くんなら気を付けな」

「うん、ありがとう」

「こっちこそ、まいどー! また来てくれよな!」

 

 

 

両手に沢山のお土産を、そして頭の中には有力な情報を抱えて――――ツカサは待ち合わせの場所へと戻る。

 

 

少し、待ち合わせの時間までにはまだ時間はあるが、もう2人はついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ。啖呵きって出ていった割にはなんて無様なの」

「うぐぐっっ、た、確かにそうですが、ラムさんこそどーなんですか!」

「ラムは今日雲行きが怪しい、って言った筈だわ」

「ほら成果無し! だったら僕と同じでしょっ!」

 

 

 

また楽しそうに絡んでいる。

見ていたい気もするが、有力情報を持っているので直ぐに声を掛けた。

 

「お待たせー」

「遅いわよ、ツカサ。………店巡りして楽しんできたみたいね」

「ツカサさん、お疲れ様です! 早速ですが聞いてくださいよ! ラムさんが酷いんです! こんな短期間で有力な情報なんて、普通に難しいって分かる筈なのに…………………え?」

 

 

オットーが愚痴を始めたが……、ツカサの笑顔と握りこぶしを前に出す所作を見て、固まった。

 

 

「有力情報得てきた。これお土産」

「ラムはこれを予見していたのよ。先見の明があったからこそだわ」

「ツカサさんはやっぱ凄いし、ラムさんは そんなのズルい! メチャクチャ後付け感満載なのに!!」

「まぁまぁ。勿論 外れって可能性も十分あるけど、一先ず説明するよ」

 

 

両手に持った袋を下ろして、仕入れた情報を説明しようとしたその時だ。

 

 

 

「ッッ!??」

 

 

 

突如、世界が歪みだした(・・・・・・・・)

 

 

 

 

「な、に……!?」

 

 

 

人も建物も、目に映る全てが歪に歪みだした。

目の前のオットーも、ラムも。その表情は一切変わらない。その身体が、表情部分以外が不自然に歪み、捻じれ、軈て……全てが崩壊した。

 

 

「おっとー、ら、らむ……、ぐ、が、ぁ………」

 

 

2人が、建物が、世界がバラバラになった次には、自分自身。

 

大地が闇に消え、足先から徐々に身体が粉々に砕けてゆく。

 

一切動く事が出来ない。ただただ、信じられない程の苦痛だけが津波の様に襲ってくる。

どう表現していいか解らない程の痛み。対応しようにも何も出来ない。一切の手段を遮断されている。

 

 

 

 

「う、が、が……ギッッ!!?」

 

『ほほぅ……、この鳴動、時空振か』

 

 

 

 

身体が粉々になり、砂になり……闇に呑まれていく。

 

 

 

 

『時の流れをも変える力、か。…………やっぱり面白い!』

 

 

 

 

 

そして、永遠に続くとさえ思えていたありとあらゆる苦痛が、身体が完全に闇へ消えると同時に、消失した。

 

 

 




言葉に出来ない苦痛を味わえば……タイトル通りになりそうな気がする


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召喚

 

 

 

 

「ふむふむ……。時を巻き戻すか。その元、原因となるモノは………いや、やめておこうか………」

 

 

無の世界。

何も見えない真っ暗の世界にて、近いのか遠いのかさえ分からないが、妙な声が聞こえてきた。

その声は、懐かしい様な………、それでいて何故か腹だたしい様な……。

 

 

 

「――――……我もそろそろ出たかった気分でもある。……良いだろう、我はここから始めるとしよう」

 

 

 

額に何かが触れたかと思えば……何もない虚無の世界に光が灯った。

五感の殆どが無かったと言って良いのに、ゆっくりと瞼を開く事が出来た。

 

 

「さぁ、目を覚ませ」

「ッッ!!?」

 

 

眼前に迫る物体に思わず仰け反りたい気になるが、瞼を開ける、見る・聞く以外の行為が出来なかった。

 

眼前の物体を目を凝らしながら確認する。少しずつ朧気に輪郭が見えてきた。

エメラルドの輝きを持ち、その額にはルビーの紅玉が埋め込まれている。

 

 

「ここは、固定した次元の狭間。我と貴様だけの空間だ。……ふふ、確か、似た様なのが、そう言う世界(・・・・・・)が確かあったな? あれは……そう、無を求める男が暗躍する世界。55番目の世界か。くくくっ、」

「ッ、ッッ……」

「ふむ、口が利けないか。ならば……」

 

 

表情を読んだのだろう。

今度は顔を更に近づけてきた。厳密に言えば、その額に存在する紅玉を近づけてきた。

すると、赤く輝き出し、身体を包み込んだ。

 

 

「っっは!!?」

 

 

すると、ビックリ。

言葉を使う事が出来た。

言葉を口にする事が出来た。

 

 

 

「良かっただろ? 我が貴様の魂にほんのすこ~~~し、ほんのちょっ~~~ぴりついてきたお陰だ。でもなければ、貴様自身も崩壊しとったかもしれんぞ。崩壊した己の能力(・・・・)の一部の余波で。貴様が記録(セーブ)した次元は完全に壊れたがな。最早戻れん」

「お前は……、お前………、確か…………」

 

 

 

目の前の存在を思い出そうとするが、どうしても思い出せない。全く知らない相手じゃないのは間違いないが、どうしても思い出せない。

 

 

「記憶・技能共に テキトーにくっつけて送り出したからその影響がでておるのだろう。……まぁ、それはそれで良い」

 

 

愛くるしい程の姿で笑い、宙を泳ぐ獣。

何度も何度も思い出そうとするが、どうしても記憶の扉が開かない。ビクともしなかった。

それを察したのか、泳いでいた獣はピタリと止まってこちら側を見てくる。

 

 

「そもそも、我を無理に思い出す必要もあるまい? 本能で悟れば良い。それに ほれほれ、我は今は(・・)無害じゃ、無害の愛くるしく頼りにもなる獣じゃ。……ふふふ、やはり思った通りだった。降りる(・・・)のは楽しい。ただ見てる(・・・)より楽しい。何故、もっと早くせなんだ。そこだけが悔やまれる」

 

 

ひゅるひゅる、再び宙を泳ぐ様に、縦横無尽に回る獣。

確かに言われた通り……何処か解る気はしていた。どういう存在なのかを。

だが気がかりが1つ…………。

 

 

「何か、嫌な感じだけはする。……非常に、物凄く」

「おうおう、流石じゃの流石。その感情を持つ事の説明は、最早我には出来ん。……だが、今の我の事(・・・・・)を知らぬのは少々面倒か。もう少しだけ、手を加える(・・・・・)事にしよう」

 

 

今度は、額ではなく そのエメラルドの輝きを持つ身体の手をゆっくりと伸ばして、頭に着けてきた。

すると、頭に温もりを感じたその瞬間。

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

 

ガツン!! と頭を思いっきりぶん殴られる感覚に見舞われた。

気絶したくても出来ない故に、収まるまで味わうしかない。……気を失えない現在の状況を恨みたくなる、と言うより目の前の……。

 

 

そう、目の前の………存在。

 

 

何故だろうか、何故解らなかったのだろうか、と思う程 その姿には覚えが有った。

本能で解る、と言ったあやふやなモノではない。はっきりとその姿形が解る。

 

 

 

「く、る、る…………? しょう、かん………、じゅう……」

「そうじゃ、そう。前の世界(・・・・)の存在。我は、召喚獣クルル、それを依り代に、この世界へと降りてきた。くくくっ。……ああ、この世界では精霊と呼んだ方が都合が良いかもしれんぞ。召喚獣、と似た様な存在だ」

 

 

 

召喚獣クルル。

名の通り、召喚士が召喚して世に顕現させる聖獣。

 

その召喚獣と言う存在そのものについては何故、自分が知っていたのかは別として、頭では理解出来ていた。

 

 

 

――ただし、クルルと言う召喚獣を知っているそれだけだ。

 

 

 

それ以上は 解らない。

明らかにクルルの身体を依り代に、中身が違う事だって察しがついてるけれど、解らない。

 

目の前の召喚獣クルルと言う存在の事しか思い出せない。

それに他にもクルルと同種、数多の存在、その世界の成り立ち等があったと思う。

《前の世界》と言うものが。……それらは一切思い出せなかった。

 

 

 

――――……実に都合が良い事だ。

 

 

 

「くくっ、さぁ 我も共に行くぞ。これより クルルとしての(・・・・・・・)力は貴様は使える。我と共にもっともっと楽しもう。さぁ、少女よ。勝負じゃ勝負! 楽しみじゃっ♪」

 

 

 

クルルが光を放ったかと思えば、目の前が再び黒く染まり……漆黒に包まれ 意識は遮断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……サ、……んッ!?」

 

 

黒く沈む世界の中で、何かが聞こえてくる。

 

 

 

「しっ……り……! ツ……、さん!?」

 

 

 

ただただ、激しい痛みを覚え、闇が全身を覆ってくる。圧倒的な嫌悪感。それを拭い去る事が出来ない。

 

この苦しみが……永遠に続くのか……? とも思えたその時だった。

闇の中に光が差したと同時に、妙な感覚に見舞われる。まるで、飛ばされる様なそんな感覚がした気がした。

 

 

 

 

「フーラ」

「!」

 

 

 

気がした、のではなく、実際に飛ばされた。

 

浮かされた身体は、ずっと宙に浮いている筈もなく、起こった風が消えると同時に身体は落下。しこたま身体を地面に打ち付けてしまった。

 

 

「ちょ、ちょっとラムさん! 幾ら何でもそれはやり過ぎでしょ!」

「突然固まったかと思えば、そのまま このラムの話も一切聞かず無視する。これでも優しく対応してあげた方よ。スッキリしたんじゃないかしら」

「ほんの少しでも優しくなって欲しいですよ、優しく慈しむメイドさんになってくださいよ!」

「ハッ、ラムが優しくするのは この世界に2人だけ。もう埋まっているわ」

「ヒドイ!」

 

 

2人の声がはっきり聞こえてきた所で、どうにか元に(・・)戻れた。

 

 

「悪い……ありがとな、ラム……」

 

 

傍から見れば、ラムが魔法をツカサにぶっ放した構図。

だが、ツカサはラムに礼を言っていた。

 

勿論、それを聞いて驚くのはラム……ではなくオットー。

 

 

「いやいやいや、ツカサさんもおかしいですって! 明らかにツカサさんの状態がおかしくなっちゃったのに、そこに フーラですよ!? 気付けどころか更に怪我しちゃいますよ」

「つまり、そう言った類の性癖の持ち主だったってワケね。軽蔑するわ」

「いや……、とりあえず性癖って言うのは否定しとくよ。軽蔑どころか、もっと痛めつけてやろう、って顔するのもやめておこうか」

 

 

ツカサはそう言い切ると同時に、プッと口から血反吐を吐いた。

 

それを見て、ぎょっとするオットー、そして流石のラムも想像以上の傷? を与えたのか、セリフとは裏腹に表情を曇らせた。

 

無視したとは言っても、明らかにおかしかったのはラム自身にも解っていたから。気付けと言う意味で軽い風を当てたに過ぎない。……身体が浮いて、地面にダイブしたのは間違いないけれど。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫。だからオットーも気にしないで。コレ(・・)はちょっと違うから。……説明しにくいけど、これはちょっと違う。ラムのせいじゃない」

「…………当然よ。ラムは悪い事なんてしていないもの」

 

 

ぐいっ、と口元を拭うと、ツカサは周囲を見渡した。

先ほど(・・・)までの2人じゃない事は気付いていた。両手に持っていた筈の土産が一切無いし、何より時間(・・)が違う。集合予定時刻と違うのだ。

 

 

「ごめんごめん。それで……なんの、話だったっけ?」

「……………万が一にでも、ラムの身に危険があれば 自分達が生きている意味が無い、死にたくなるから、どうか手伝わせてくれ、とラムに言った後の話よ」

「脚色が酷い!?」

 

 

ラムの発言で、今の時間を理解出来た。

 

理解したのと同時に――――意識する。

 

 

「(———読込(ロード))」

 

 

頭の中で、意識し、魔法を発動させようとするが……、失敗した。

いや、出来なくなっている。

 

 

「(崩壊した、って言うのは、こういう事……か。記録(セーブ)が全て壊れてる。……戻る(・・)つもりは全然なかったから、困っては無いけど…………。……揶揄者(ザ・フール)……は、使えそうだ。…………相当キツイけど、何とかなる……かな)」

 

 

ズキンッ、と頭に鈍い痛みが走った。

身体が相当消耗しているのも解った。

 

原因が何故なのか、それだけが解らないが……。

 

 

「じゃ、話すから しっかり聞きなさい」

 

 

再び2人と分かれた後に考え直す事にしよう、とツカサは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は同じだ。

予定通り、迷子探しが始まった。

ラムの探し人は 長い銀の髪を持つ少女。その手掛かりを手分けして探す。

 

 

「……店先の皆には悪いけど、買い物は無しだ。………変な事が起きてるのは間違いないから、そっちを優先……しないと。アレ(・・)はキツイ……。出来れば、2度と味わいたくない……」

 

 

頭を抑え、ふらつく身体を抑えて足を前に運ぶ。

2人の前ではどうにか虚勢を張る事が出来たが、中々にキツイ。

 

 

「くっそ……、仕方ない。……正直、呼ぶのは嫌だったけど」

 

 

ツカサは呟くと右掌が上を向く様にして顕現させる。

 

 

 

「――――出てこい、クルル」

「きゅっっ♪」

 

 

 

それは、あの空間が、あの全てが白昼夢じゃなかった事の証明でもあった。

身体の中身は兎も角、外側は愛くるしい緑の獣の姿で。

 

 

「話を色々聞きたいが、どうせ喋ってくれないんだろ?」

「きゅっ?? きゅきゅ??」

 

 

首を45度捻ってくりくりの目を向けてくる。

この獣は、人の言葉は理解出来ているのはツカサも知っているから、言葉の意味が解らない訳じゃないのは理解していた。

 

 

「………惚けてるのか、本気で解らないのか、微妙だな。…………こほんっ! 楽しみたいんなら、少し協力してくれないか? 同じ様な時間を行ったり来たりするだけなんて、つまらないだろ?」

「……………きゅっ」

 

 

先ほどまで解らないような仕草をしていた癖に、今度は手を東の方向へと差し出した。

 

「あっちだな。……何があるかなんてわかるワケ無いし。どうすれば良いかまで教えてくれても良いだろ」

「きゅきゅっ??」

「あーー、もう! 解ったよ!! だったら、召喚獣クルルとしての力は使うからな! こき使ってやる!」

「きゅうっっ!」

 

 

クルルを顕現する為にも、その力を発揮させる為にも、自分自身の力を有しなければならない………と言う事を、知っている筈の知識を、この時のツカサはすっかり失念。

 

 

 

 

 

そして この後に更に大変な目に合うのだった。

 

 



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クソイカレキチガイ殺人女とやり直す奴

「………………」

「ツカサさん? 本当に大丈夫なんですか?」

「あ、ああ……、ダイジョウブ。ほんの、2~3回やり直してるだけで……」

「言ってる意味、解んないんですが……」

 

 

現在、オットーと共に貧民街を歩いている。

勿論、ラムと手分けして迷子の捜索……と言う名目は変わらない、同じだ。

 

 

――――違和感を、そして薄々感じてる人? もおられるだろうが、その通りだ。また繰り返した。最大級の歓迎(苦痛)を受けながら、世界をやり直した。

 

 

……ツカサはこれが4回目(・・・)である。

 

 

少ない情報を頼りに、色々捜索しているのだが、未だ時が戻る原因の片鱗さえ掴めない。

 

発生源? の様なモノは クルルが示してくれてるので、ただソコを目指すのみなのだが、苦痛が半端じゃない。

 

1度目よりは2度目、2度目よりは3度目……、と重ねられる。

この苦痛は本当にどうしようもないが、記憶は何故だか保持されるので、情報が集まりやすいのがせめてもの救いだ。

 

 

………だが、良い事ばかりではない。

 

 

戻る間隔も短くなっている。

3回目の世界に至っては、迷子の捜索開始と同時に戻された。

かなり腹が立っても仕方が無いが、オットーやラムに当たっても無意味である事、戻った先で待っている2人にすれば 突然怒り出した狂人としか認識出来ないと言う事も解るので、何とも救われない話だ。怒りの矛先でも見つかってくれればありがたいのだが……。

 

 

世界がバラバラになる感覚と苦痛、外的損傷も目立つ様になってきたので、そこは召喚獣クルルの力を持ってある程度の誤魔化しは効く様になっている。……が、如何せん体力や魔力(マナ)……にも限度と言うモノがある。

戻ったら体力や魔力(マナ)はリセットされているのだけれど、苦痛は上書きみたいなモノだから。

 

 

《きゅきゅ??》

 

 

外に出されるのを待ってる? 気がするクルル。生憎今は回復中なので出すつもりは無い。自身に魔力(マナ)消耗による疲労感として返ってくるが、回復出来るのはこのクルルだけだから。

今は少々忌々しい気もするが、クルル(コイツ)が居なければ、最悪廃人になっていた可能性だって否定できない。……背筋が凍る想いだ。

 

 

「大丈夫なら、良いんですけど……、気分が優れないのなら、他人よりも自分の事を優先すべきだ、って僕は思いますよ? ただ、ツカサさんを見て ラムさんが 普通に頼んでるのは少々意外でしたが。《ハッ! そんなザマで、ラムの何を手伝うって言うの? 目障りだから消えて》くらい言ってきそうだと思ったんですが……」

「……今の声マネ、本人が聞いてたら、過激な風が吹くと思うから気を付けなよ?」

 

 

オットーのラム真似を聴いて、ツカサは苦笑いをした。

確かに、オットーの言う事も最もだ。

 

一番最初に出会った時……ラムは倒壊する家屋の瓦礫が彼女の頭上に落下してきたのを、彼女自身の魔法で防いで見せた。助けるまでも無く相応の使い手だと言う事は見ていてわかるし、元々の性格? もあって オットーの言う通り 明らかに体調不良っぽい、それも2人から見れば、突然体調が悪くなったと言って良い男の手は借りないと思うのが普通だろう。

 

でも、ラムは何も言わないし、そのまま突き返そうともしてない。それどころか、《頼む》とまで言ってきた。最初の段階で《頼む》と言われるのは初だったので少々驚くが、過去一番の苦痛顔を更新し続けるツカサ。その顔を見て動転してしまったのだろう、と無理矢理感はあるが納得させる。

 

 

「さ………、たぶん、たぶん。これで最後。これで終わらせる……。やり直すのはもううんざりだ」

「へ? やり直す? 何の事です?」

「いや、こっちの話。……オットーとの約束ももうそろそろ終わりだし、これを終わらせたらお別れだ、って思ってただけ。時間的にも」

「あ、う~~、確かに…… 名残惜しい気はしますが仕方ないですよね。必ず大物になるであろう、ツカサさんの足を引っ張る枷にはなりたくないですから」

 

 

オットーは笑ってそう言うが、現状の財力では ツカサを雇う事は無理だと言う所から来てた発言だったりしている。それをツカサも解っているので、ただただ苦笑いをするだけだ。

 

 

「さて、……盗品蔵の位置は……」

 

 

情報はしっかりと仕入れている。

原因系の片鱗は掴めてないが、場所だけは極めて詳細に。

 

2の世界では情報収集。

 

貧民街の住人は最初は懐疑的で、協力的とは程遠かったが、ツカサは金にものを言わせる事が出来る。

 

《聖金貨1枚で盗品蔵の情報求ム》

 

と言う条件を出して 小分けにした聖金貨を渡していた。貧民街の住人は目の色を変えたのは言うまでも無い。それだけあれば温かい服、食事、寝床………夢のような金額だから。

 

因みに袋から取り出す所を見られない様にするため。見られたら、吹っ掛けられる可能性が高くなり、尚且つ時間ロスにも繋がるからだ。

日々命懸けで生きている面々だ。生きる為に、詐欺(そう言う)行為をするのは、褒められたモノじゃないが、あまり否定はしたくないし、騙された方が悪いとも思えなくない。

 

だが、それでもロスだけは避けたい、と言うのがトップに来る。

 

交渉事に関しては、ある程度 記録(セーブ)を使えれば、最適解に導く事は容易ではある、………が、今はダメだ。

 

 

何故なら、世界が巻き戻る際の苦痛。

 

 

アレは、記録(セーブ)の数に比例されていくから、無暗矢鱈に使えないのが悲しい所だ。

 

 

「(()ジャンケンしたら(・・・・・・・・)、不敗神話が途切れるな……)」

 

 

と、ツカサは自虐的に笑った。

 

 

重い体をどうにか誤魔化して、オットーになるべく悟られない様に盗品蔵を目指す。

また戻るかもしれない事に恐怖を覚えるが、それでも進まなければより悪い未来に繋がりそうがしてならない。

 

原因が、せめてほんの少しだけでも情報が欲しい。そう思いながら向かっていたその時だ。

 

 

 

 

「誰か! 誰かいねぇのかよっっ!! 誰かぁぁぁぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

助けを呼ぶ声が。悲鳴が この貧民街に響いてきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――俺の名前はナツキ・スバル!  無知蒙昧にして天下不滅の無一文! 更に付け加えるとするならば、たった今! 夢を追い、チャンスを求め続ける、華憐で儚い……そして口が物凄く悪く、手癖も悪い少女フェルトを 狂人の凶刃から守り、無事外へと逃がした男の中の男!

 

 

 

 

盗品蔵では、只今修羅場を迎えていた。

 

 

現在、場に立っている(・・・・・)のは3名。1名は倒れており命が助かっているかどうか定かではない。

 

 

ナツキ・スバルと言う少年は こんな修羅場とは程遠い、平和極まりなく永遠何にもしなくても生きていける様な世界で暮らしていた筈なのに、何を間違ったのか 自身が知る世界とは異なる世界……異世界へと召喚されてしまったのだ。

 

彼の知る異世界モノと言えば、自身には強靭な力が備わってたり、天を割るような魔法を放てたり……、即ち最強(チート)能力の1つや2つ、持っている様なモノ、の筈なのだが……生憎戦って勝つ! と言う力と呼べるようなモノはスバルには無かった。

 

 

ただ、唯一あるのは 地獄の苦しみを味わう……苦痛を伴い、世界をやり直す能力。

名付けて《死に戻り》。

 

 

自身が死ねば、最初に戻る。

何度も世界をやり直す事が出来る、と考えたら 大概反則に近い能力かもしれないが、死と言う苦痛を何度も味わうのは御免被るし、何よりも その能力の上限値の様なモノがあるかもしれない、と考えれば、怖くて安易に選べたりはしないだろう。

……これまでは理不尽にも選んだのではなく選ばされた、殺された結果だ。

 

因みに、自身の能力。それに気づく事が出来たのは、4回目のループからだった。

だが、ただ重ねただけではない。アドバンテージはしっかりと持ち帰る事は出来ている。

 

結果、世界を重ねた事でどうにか殺される事なく、最初の世界で助けてくれて、そして殺されてしまった少女。本当の名も知らない少女を救ったハッピーエンドに漕ぎ着けそうな感じ……だったのだが、現実とは中々上手くいかないモノである。

 

 

 

「そろそろお遊びも見飽きたのだけれど、まだ私を楽しませられそう?」

 

 

露出の多い黒装束に身を包んだ女。

何もしなければ、無害であるならば、目も眩む程の美少女。その妖艶さはエロスを感じさせ、天国へと誘ってくれそうな程の女なのだが、関わると本当に天国へ逝かされる。

 

事実、スバルがこの女に過去2度殺されているのだ。

そして、今隣で共に戦っている少女も1度、殺されている。

 

それを知るのは、スバルただ1人ではあるが、許せない思いがこの場の誰よりも何倍もあるのは間違いない。

 

だが、悲しいかな……、スバルは健康的な一般男子高校生レベル。

異世界ファンタジーの攻防に付き合っていけるだけの技量も力も備わってるとは言えない。

 

ただ、火事場の馬鹿力を発揮し、幸運が重なって この場から1人の少女を離脱させることに成功しただけに過ぎないのだ。

 

闘えば……、そう長くはもたない事も解る。でも、だからと言ってハッピーエンドを諦めてる訳ではない。

 

 

「秘められた真の力とかがあるなら、出しといた方が良いと思うけど?」

 

 

スバルは 息を切らせながら隣の少女に提案する。

少女の闘い方を見ているスバル。力の無い自分と違って、彼女は精霊使いと言うジョブらしい。 闘いの序盤こそ、ネコ型の精霊が出てきてくれて、優位に進める事が出来ていたのだが……維持できなくなってしまって、引っ込んでしまった状態。

 

それでも、少女は氷の魔法を使い、闘い続けてくれている……が、その額の汗や切り傷等を見れば、旗色が良くない事位解る。

 

 

「切り札は……、あるにはあるけど。使うと私以外は誰も残らないわよ?」

 

 

前言撤回。本当の意味で旗色が悪いワケではない様だ。

スバルも同様に思ったらしく、慌てた。

 

 

「自爆系かよ! ……お願いだから早まらないでね?」

「……使わないわよ。まだ、あなたも頑張ってるのに。だから、最後の最後まで、足掻いて足掻いて足掻き抜くの」

 

 

少女の決意に満ちた横顔を、……最後()をも覚悟した険しい表情を見て、スバルは思った。

 

最初の世界だ。

 

初めてこの世界に降りたった時、何度も何度も命を落としながらも、求めようとしたモノがある。

 

そう、彼女の笑顔だ。……笑顔に救われた。

 

そして、もう一度見てみたいと思った。―――微笑む姿を見せて貰いたい、と。

 

 

「じゃあ、ワリーな、さっきのは忘れてくれ。……何で俺がここにいるのかやっと思い出した」

 

 

スバルは、自身の身体程も有りそうな棍棒を握り締めて、指をさしながら言った。

 

 

「やる気がみなぎってきたぜ!! てめぇぶっ飛ばしてハッピーエンドだ!!」

 

 

 

言っている意味が解らないのは、横の少女も、目の前の殺人鬼女も共通して同じ事だっただろう。

 

「……元気が有り余ってるのね」

 

ただ、まだ瞳の中には元気有り余ってる事には、有難い。

もう飽きてきた、と言う女は 後は身体()を裂くだけの楽な仕事、程度にしか思ってなかったから。

 

 

突っ込む、凶刃が迫る。どうにか少女の魔法で援護してもらう。

攻防と呼べる展開に持ち込む事は出来ている気がしたが……どうしても言葉とは裏腹に、この女と刃を交わしていると解る。勝てない。勝てる未来が見えない、と。

 

 

 

「さぁ、幕を引きましょう」

 

 

 

再びあの死が、間近に迫ってきた。

 

その時だ。

 

 

 

 

「きゅきゅきゅきゅーーーーーーー!!!」

 

 

 

ドゴンッっ! と言う轟音と空気を切り裂くような音と共に、何かが女とスバルの間を通過した。

 

 

女は、体勢的にはスバルを切りつけよう、としていたのだが、咄嗟にバックステップで 得体のしれない攻撃? を回避。故に丁度スバルと女を分けた形になり……店の壁に激突した。

 

 

「? 何かしら?」

「なん……だ? ありゃ」

 

 

通り抜けた先を見てみると……そこには何かが刺さっていた。

いや、うねうねと頭から刺さった壁から脱出しようとしているのを見ると、物ではなく生物か何かだろう、と言うのは解る。

 

 

ただ、エメラルドに輝きを持つ生物なんて、中々想像がつかない……が。

 

 

「精霊ね」

「精霊!」

 

 

少女たちは、混乱するスバルを他所に、その乱入者? が何者なのか結論。

 

 

「驚いたわ。まさか、まだ精霊を使えるだなんて。お腹、開いてみたかったという私の願いを聞いてくれたのかしら?」

「……そんな物騒な願い、聞くワケないでしょ。……でも、私もすごーく気になるケド、私の精霊じゃない」 

 

 

ほんの僅かではある、が息つく暇も無い戦闘が一時停止する。

そして、きゅぽんっ! と可愛らしい擬音? と共に、あの弾丸精霊が頭を引っこ抜き、こちら側を見た。

 

 

いや、違う……突入してきた方を見た。

 

 

「きゅきゅきゅきゅきゅーーー!!」

「ひと使い……召喚獣……、精霊使い荒いって? ……こっちは何度も何度もしんどい目見てんのに殆ど手を貸してくれてなくて、鬱憤イライラその他諸々が溜まりっぱなしなんだ。それに、トコトン コキ使うって言っただろ? 諦めろ」

「きゅんっっっ!!」

 

 

エメラルドの輝きを持つ宙を浮く獣は……。

 

 

「(お、おお? あれって、アレじゃね? カーバンクル、ってやつ!? 額に赤い宝石、輝く緑の毛並みといや、それしか思いつかねぇ……っと、それよりも)」

 

 

スバルは、目の前の精霊よりも、外から聞こえてくる声の方に意識を集中させた。

こんな場面で新たに乱入してくる者は、味方なのか、敵なのか、それを見極める為に。

 

 

 

大穴の空いた店の壁を蹴破りながら入ってきた男の乱入者。

 

その男は、一頻り場の状態を確認すると、3人の方を見て言った。厳密には2人。……女性の方。

 

 

 

「さて、幾つか質問をするよ。フェルトと言う女の子から聞いた、《クソイカレキチガイ殺人女》と言うのはどっちの事を言うかな? 急ぎだったから、細かな特徴は聞いてなくて

 後……、こっちは 解らなかったら無視してくれて構わないけど、何度も何度も何度もやり直してる奴(・・・・・・・)がここにいるかどうかも聞きたい」

 

 

 

それを聞いて、新たな援軍と言う喜びと同時に驚きに身を包まれるスバルだった。

 




色んな意味で激おこ。
八つ当たり気味。(笑


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天使に会わせてくれてありがとう

 

 

フェルトは、涙を流し恥も何もかも晒しだしながら、例え無様だと思われようが関係なく大声で叫び続けた。

 

 

助けを求めて走り続けた。

 

 

でも、この貧民街の住人は誰一人として耳を傾けようとはしない。

それはフェルト自身がよく知っている。

余計な被害を被りたくない、余計な問題を重ねたくない、日々自分の事だけで精一杯。他人に干渉出来るだけの余裕などない、と拒絶をされてしまう。

 

 

フェルトは知っていた。曲がりなりにも自分自身も同じだから。

 

 

ここの住人が助けてくれる事なんて無い。

自分自身の事しか考えてない連中だと言う事も知っている。

 

 

そう、それはフェルトとて同じ。

貧民街(ここ)では、それが常識であると認識している。

 

 

スリを生業として生計を立て、夢を追い求めているフェルト。

他人を蹴落とし続けてきたのだから。盗んだ相手がどうなろうと知らない、どれだけ大切なモノだろうと知らない、盗まれた事で相手に様々な不幸が降りかかろうと知った事ではない。

 

 

世の中は不公平で、クソったれだから、その理に従って懸命に生きる。それだけだ。決して変わることの無い認識だと思っていた。

 

 

だけど、そんな少女の価値観を変えたのがスバルと言う男だった。

見た目 誰よりも弱く、誰よりもビビりだった筈なのに、身体を張り、囮となって命懸けで自分を逃がそうとした。

 

 

 

 

――自分ではなく、赤の他人を優先しようとしたのだ。

 

 

 

 

家族なら別。

フェルトにとってのたった1人の家族であるロム爺なら解る。クソッタれな世界の中で、家族の絆だけはフェルトは信じていた。例え命を賭けてでも、と。

 

だけど、スバルは違う。

 

今日初めてあっただけだ。

突然割り込んできただけの赤の他人。他人の筈なのに……。

 

 

そして、更にもう1人。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

そんな馬鹿みたいな男がいた。

 

 

《誰か助けて》

 

 

その声に、誰もが耳を塞いでいたその声に答えてくれた男が。

フェルトの中の小さな世界が今、変わろうとした瞬間であり、――世界の運命の歯車を動かした瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、修羅場である盗品蔵にて。

 

 

乱入したのは、勿論精霊クルルとツカサ。

 

決して狙ったわけではないが、絶体絶命、後ほんの少しでも遅ければ、腹を裂かれスバルは絶命していたであろう刹那の時、召喚獣……基 精霊を使った? 攻撃炸裂。

 

硬質化した頭蓋で敵を打ち砕く強烈な頭突き、必殺の一撃! ……の様には見えないが、兎に角殺人鬼を牢籠がせるだけの一撃にはなった。

 

 

ただ、問題なのは助けを呼んだフェルトの声に従い、駆けつけたのだが、その殺人鬼の特徴を聞いてなかったと言うところだろう。

 

結構、いや かなり慌てて駆けつけたから。

 

 

フェルトの願いも勿論あるが、他に勿論自分のためでもある。

もう4度目はゴメンなのだ。

 

 

そして、一通りのメンバーを確認。

 

該当者である性別女性はこの場では2人。

見抜くのは困難か? と思った矢先だ。

 

 

「あらあら、ダンスに割り込む無粋な子がまだいたなんて。いけない子ね?」

 

 

 

特徴的な刀剣を器用に回しながら、頬に着いた血を舌舐りをし、向かってくる女性が1人。

まるで、《私がそうよ》と挙手してる様にも見える。

 

そして、もう1人の女性は何も言わない。

明らかに疑ってる、信用できない、疑心暗鬼。そんな眼をしていた。

 

 

「(大体判明。……どっちも(・・・)。だけど一応 )」

 

 

ツカサは視線を迫ってくる明らかに悪い顔してる女から外し、後ろにいる女性を、そして男を見た。

 

 

「殺人鬼はこっちで正しい? 多数決になるけど」

「ばっ!! 何を呑気な!! あぶねえ!!」

 

 

女の身の熟しは、数度の接近戦で何度も見てるし、何度も裂かれてる。

そんなスバルだからこそ、身体能力はこの場で最弱でも女の初動は見逃さず、叫んだ。

 

それを合図にすると言わんばかりに、刀剣を持った女が恐るべき速度で急接近。懐深くにまで入り込み一閃。

 

 

「正義の味方ごっこをしなければ、怖い女に狙われずに済んだのにね? あなたの腸を」

 

 

真一文字に切り裂いた。

後はいつも通り、慈しむ。愛を育む。……紅潮する。

 

外側には感じられない内側の愛しさ、血と贓物を。

 

 

ただ、それだけの筈……だったのに。

 

 

 

 

「腸って……想像の斜め上を行った単語だ、正直」

「ッ!!?」

 

 

 

 

ゾワリと寒気が走った。

確かに切り裂いた、腸を狩った。

その瞬間を見た筈だったのに、男の身体は眼前には無く、側面へと回り込まれていた。

 

そして、その掌を脇腹に押し当てられ……。

 

 

「テンペスト」

「!!!」

 

 

次の瞬間、何かが起こった。

 

 

何か、そう 何かだ。

 

 

 

どう表現すれば良いのか解らない。

 

女には解らない。

 

ただ、解るのは理解するよりも先に意識してしまうのは、脇腹への強烈な衝撃と……空高くへと打ち上げられた事。

 

 

 

 

 

そして、その後の光景。

 

 

 

 

もう日が沈みかけており、空の全てが黄金色に染まる。

自身の身体もその太陽の光に包まれた。昼の太陽光よりは光度が低いが、その分長くみられた。

 

その光を、温かな光を全身に浴びながら、女は まるで幼い少女のように顔を紅潮させて、呟いた。

 

 

 

 

「……………綺麗」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残された盗品蔵は天井にでかい風穴を開けた、雨の日確実にずぶ濡れ、快晴の日は星空満天、劇的なんちゃらな空間へと早変わり。

 

側であの女の超速を見ていた筈の2人でさえ、一瞬何が起こったのか解らず、ただ、言葉を失い口をポカン、と開けていたが。

 

 

「スッゲエエエ、なんだ今の!? いきなり暴風竜巻波浪警報発令&直撃とか、一体どーすんだよ、備えとかできねーじゃん!? 一体ナニしたの??」

「それは、オレの方が聞きたい。……やり直してた(・・・・・)のは、君……っっ」

 

 

最後まで聞くことができず、そのまま足の力が抜けたせいか、座り込んでしまった。

 

 

「あ、ちょっと!」

 

 

比較的、一番側にいた少女が先に駆けつけて身体を支えた。

 

 

「もう少し、警戒するかと思ったけど……安心して良さそうだね」

「確かに、貴方の事は知らないし、精霊に乱暴した所を見ちゃって、正直悪党だとすごーく思っちゃったけど、貴方が私たちを助けてくれたのは間違いないから。助けてくれた人を警戒するなんて、ヘンテコな感じだし。それで、どこか怪我した? 見せて」

 

 

身体をぱっぱ、とまさぐる。

ペタペタと触られるのは正直くすぐったいのと恥ずかしい。

 

 

そして、恥ずかしい想いをするのと同時に、後の男、スバルがだんだん怒り顔になってきていた。

 

 

「そーーれーーでーー?? 君はどこのだーれ? フェルトが呼んでくれた助っ人って事は解ったけどーー!」

 

 

ぐいぐい、と2人に割り込む。

少女の方はぎょっとしていた。

 

 

「とりあえず、色々言いたいことと聞きたいこと盛りだくさんある。特に黒髪の君」

「ほーほー、これは奇遇。実はオレの方も……」

 

 

と賑やかになってきたその時だ。

 

 

「ッ!? 危ない!!」

 

 

最初に気付いたのは、2人の会話に眼を白黒させていた少女。

困ったちゃんね、とだんだん呆れて、視線を外した時、偶然、本当に偶然上を見た。

 

 

空気を裂くように、飛来する流星の様に……巨凶が落ちてくるのが見えた。

 

 

咄嗟に、頭上に魔法を放とうとしたそのとき。

 

 

 

 

「ありがと、助かった」

 

 

 

 

そう言われた気がした。

ほんの一瞬の刹那の時に確かに聞いたのと同時に、後方へと弾き出される。

ついでに、スバルの方も。……こっちは前蹴りで。

 

 

「きゃっ!」

「っいって!? コラ、オレの扱い雑か! ってのはこの際良い! 助けてくれてあんがと! それよりなんで、お空の彼方から降ってくんだよ! 腸好きサディスティック女が!! 普通お星様になって、最後は自分のお家に突き刺さるってのがお約束だろうが!?」

 

蹴られた腹の痛みは対したこと無い。

寧ろ何度も斬られた部位だから比較に出来る強烈な痛みを覚えてるから、尚更無視できた。

 

 

なにか言ってるのは解ったが、今の女は、スバルには目もくれず、空からの一撃をあの精霊を使って防御した男に釘付けだった。

 

 

「あなた素敵、素敵だわ。天使に会わせてあげるのは私の役目なのに、私の方が会わせて貰った気分ね。ありがとう、会わせてくれて」

「それは良かった。その対価は、投降して払って貰いたいもんだけどね。と言うか、会った気分(・・)じゃなかったのかよっ!?」

 

 

ギリギリ、と鍔迫り合い。

本来は、攻撃よりは守りの召喚獣である精霊クルル。堅牢な盾で確実に攻撃を防ぐことが出来たが、解せない点もある。

 

 

「あれだけ、吹っ飛ばしたら、身体にかかる負荷は相当な筈。結構衰えてる(・・・・)とは言ってもね。気絶して受け止めて縛り上げて、って所まで道筋見えたって言うのに。まったく」

「あら。優しいわね。そこまで優しく丁重に扱われるのは久しぶりなのだけど。残念、私は他人より頑丈な身体だから」

「そっか、ならこれから参考にさせて貰おうか」

 

 

クルルの一撃。

《きゅう!!》と額の紅玉を角にして頭突き。

 

女もそれを身体を捻りながら跳躍し、躱した。人体位は容易に突き破ってくるだけの威力を感じた。

 

 

「ちょっと、あの人の精霊の使い方、間違ってない?? 君のパックはあんな風に武闘派じゃなかったよね? ジャンジャン氷出してたし」

「うん。それは私もすごーく思う。パックにあれをやって、って言ったら絶対すごーく嫌がって怒るから。でも、一見雑、酷いって見えても、彼とあの精霊()はしっかり信じあってる様に見えた。だから、アイツの攻撃を防いでくれたんだと思う」

 

 

少女は、一連の攻防を見つつ、倒れてる巨人族のロム爺と呼ばれた男を見て機を伺った。

 

早く治療をしなければならない。でも、そんな隙を見せて良いものか? と。

 

そんな少女の心配をまるで見越していたかのように、ツカサの声が場に響いた。

 

 

「こっちは大丈夫だから、その人をお願い。多分、その人がロム爺なんだろ? その事も念を押されててね」

「あらあら、余所見とは連れないわ。最高のダンスなのに、最後の最後まで、貴方の腸を開くまで付き合ってちょうだい」

「ご生憎。今のオレは(・・・・・)時間稼ぎは大得意。このまま長引くとダンスどころじゃなくなるぞ」

 

 

剣を躱し、時には一撃を入れ、合間を見て会話を挟む。

まるで本当に息のあった妖艶なダンスのよう。

 

 

「あら? どうしてかしら?」

「助けを呼びに来て、戻ってきたのはオレだけ。フェルトは戻ってきてない。考えられる理由は?」

 

 

一度離れると、クルルの障壁を四方八方に展開。光の壁で対象を包み込んだ。

 

 

「そっか! なるほど! フェルトの奴が援軍を連れてきてくれる、ってことだな!?」

 

 

いよーし! 言わんばかりに、スバルは拳を付き出した。

ツカサはそれに大きく頷く。

 

 

「そう言うこと。頭の回転が鈍くなってるんじゃない? 空高く飛び過ぎたせいで」

「いいえ。うっとりとしてたの。貴方をみて。貴方の腸はとても良さそうだな、って。これまでで最高のモノだって。見るだけじゃなく、持って帰りたい。ずっと温かいままで手元に置いときたいって。あああ、素敵だわ。ゾクゾクしちゃう」

「なるほど、……うわぁ、ほんと物凄い告白もあるもんだ、一番驚いたかも。ビクビクしちゃうよ、こっちは」

 

 

さすがに平静を保ってたツカサも表情が崩れる。

あまりにも着いていけないから……(当然だ)

 

 

そして、2人は交わる。

 

 

 

 

「一世一代の告白よ、受け取って頂けるかしら?」

「謹んで遠慮しておくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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死の感触と死の感覚と飛来する剣

あの女には 何度も何度も殺された。

この目の前の少女でさえ殺した。

 

 

その顔を決して忘れず、決して許さず、そして誓った。

 

 

誰も欠けてない、五体満足の後日談を必ず見るのだと。

 

必ず、この心優しき少女と共にハッピーエンドを見るのだと。

 

 

そして、今 それに近づき掛けている。

 

 

難易度が鬼がかってる内容に、光明が確実に見えて来ている。

 

命を掛けて逃がしたフェルトが光を齎してくれた。

 

 

 

「それにしたって、たまたまの通りすがりの助っ人にしては、強すぎるだろアイツ……! 化け物サディストと互角って奴!?」

「うん。私も今のうちに、言う通りに……」

 

 

少女は倒れてる巨人族の老人、ロムに手を翳した。

彼の額には生々しい傷がつけられている。

 

そう、あの女にやられたのだ。

 

「っと、良いのか? 言われたからって治しても。……この爺さん徽章を盗んだ一味だぜ?」

「だからよ。私だって、言われただけで、はい解りました、って言う程単純でも、お人好しでも無いわ。これは私のためでもある」

 

 

そう言うと、ロムの傷口付近に手を翳した。

水の属性を纏った精霊術、回復の力を発動させる。

 

 

 

「さっきの盗んだあの子はここには居ないんだから。だから、治ってもらって、このお爺さんから情報を聞き出すの。命の恩人だったら、嘘なんかつかないでしょ。だから、これは私のための行為なんだから」

「……(まったく、そうやって色々と言い訳しないと、自分の行為を正当化出来ないのかよ。……でも)」

 

 

 

スバルは、彼女の横顔を見た。

 

 

――もう、彼女は知らないだろうけど……解らないだろうけれど、その優しさ(・・・)に自分も救われたんだ。

 

 

 

このルートで(・・・・・・)初めて出会った相手に、頼りきりってのはカッコ悪いが、頼んだぜ……、オレも聞きたいこと、言いたいこと、あるからよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素敵、本当に素敵だわ。名を、名を教えて貰える??」

「刃物をブンブン振り回して、(はらわた)(はらわた)言う相手に、悠長に自己紹介したりすると思う??」

 

 

攻防は過激さを増す。

 

縦横無尽に動き、あらゆる方向から刃を振るう。特に腹を、腸を狙って刃を振るう。

時にはクルルで、時には身体能力と盗品蔵に掛けてあった剣で弾き、いなし続ける。

 

体感時間的には相当長い。時の流れが変わったのでは? と思えるほど時間の流れが緩やかだ。

それは、外で見ている者たちも、警戒している者たちも同じだろう。

 

 

「そろそろ、違和感(・・・)とか感じて、混乱したり、手が止まったりして貰いたいもんなんだけど……、混乱(・・)するどころか、顔紅潮(・・)させながら来るよ、この人」

「ええ。感じているわ。とても感じてる。私の攻撃、何度当たったって思ったか、もう数えきれない。何度もお腹を開いた筈なのに、貴方はそこにはいない(・・・・・・・)。代わりに私の死角や背後に回ってる。……相手が貴方じゃなかったら、私は無駄な攻撃は止めてたかもしれないわね?」

「そーですか。ここまで一途なのも困ったもんだ」

 

 

ツカサは女の攻撃を回避しつつ、距離を取って一息。

女は紅潮したまま、眼を蕩けさせ舌舐りをしていた。

 

 

「そっちは、経験ありで、迷い無しかもだが、オレには覚えがない(・・・・・)

「? なんのことかしら?」

「そろそろ真面目に(・・・・)攻撃するぞ、ってこと」

 

 

パンっと両頬を叩き、そして眼を細めた。

 

 

そう――そろそろ真面目に攻撃しないと、自分が危ない。

 

 

 

 

「素敵。素敵な殺気だわ! とうとう、本気で楽しませてくれるのね!」

 

 

女は、嬉々としながら懐から2本目の刃を出し、初めて二刀流の構えをした。

本気の戦闘スタイル、と言う事だろう。

 

 

 

「腸狩り エルザ・グランヒルテ」

「名乗る程の者じゃない、ただの通りすがりの助っ人」

「ほんと、ツれないわ。名乗ったのだから、名乗り返すのがマナーじゃない? でも……そこが良い、そこが良いの!」

「盲目……」

 

 

 

二刀流、そして更にギアを上げた速度。

壁を、天井を、地を這い回り幾重のフェイントを重ねている。

 

目の前でこうも死角、死角へと動き回られては普通ならば目で追いきれないだろう。

だが、ツカサは追う必要は無い。

 

 

女……エルザは、ツカサに背後から刃を突き立てる。

 

 

これまで、執拗に腹を、腸を狙い続けたが、ここで初めて別の部位を。それこそが最大にして最悪のフェイント。

 

 

 

そして、背中を刺した。突き刺した。肉を抉り、骨を裂き、捻りあげた。致命傷の一撃を……幻視した(・・・・)

 

 

 

そして……結果。

刺されたのは自分だった。

 

 

 

「……素敵」

 

 

 

腹部を突き刺し、そして貫通した致命傷。

鮮血が舞い、不快な感触が手に残る。

 

殺らねば自分が、そして後ろの3人が危ない。何より相手は異常者。

不可解な力の差を見せても、常人なら昏倒しそうな一撃を受けても、まったく怯まない。それどころか、活き活きとする始末。

 

 

 

「ツカサだ。別に即忘れてくれて良い」

 

 

ツカサは、突き刺したのと同時に、クルルを差し向けた。

力を込めたクルルの強力な頭突きを受け、刺さった剣ごとエルザは吹き飛び、盗品蔵の壁に激突。そのまま瓦礫の山に埋もれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は横たわるロム爺の傷の具合を確認する。

一命こそ取り留めているが、治療はまだ完全には終わってない。まだ、少し時間が掛かりそうだと目算を立てていた時、雌雄を決した場面を見た。

 

 

深々と突き刺さる剣、舞う鮮血、吹き飛ぶ身体。無事に終えることが出来た事を見た。

 

 

 

そして、同時に……大の字で倒れる彼も見た。

 

 

 

ロム爺の治療もあるが、後回しにして問題ない事を再三確認して、倒れ込む彼に駆け寄った。それは、スバルも同じだ。

 

幾ら化け物女と言えど、身体に剣が突き刺さり、風穴が開いた上にぶっ飛ばされれば、終わりだ。終わりの筈だ。

 

 

 

 

「こんなの……何が良いのか、さっぱりだよ……」

 

 

 

 

倒れ込み、自身の手を見ていた。

何を意味する言葉なのかは、直ぐに解った。

 

助ける為とはいえ、危険人物だとはいえ、今 人を殺めた事の感触。人体を貫く感覚。命を奪う感覚は消えない。

 

 

その事を言っているのだろう、と少女は思った。

とても強いのに、人を手に掛けたのは初めてなのだと言うことも。

 

 

 

 

「すげえな、ほんとやべえ! 圧倒してる様に見えたんだけど、やっぱきつかったのか? でも、マジでありがとな、お前のお陰で、ハッピーエンドを迎えられそうだ、友よ!」

「ハハハ……それはどうも。3人目の友が出来た。随分と劇的な出会いがあったもんだ……、まあ、オットーの時も似たようなもの、だったか……」

 

 

 

 

スバルが駆け寄って、手を貸そう、若しくは握手を交わそうと伸ばした。

その手を握り、ゆっくりと力をいれて身体を起こした。そこに、少女とエルザを吹き飛ばしたクルルも合流。

 

 

「ほんと、終わったのね。ありがとう」

「お礼はあの子、フェルトにどうぞ。あの子の声がなかったら、ここに来れてないよ」

「………そう」

「まま、フェルトが彼を呼んでくれなかったら、俺達は全滅してたんだ。可愛い顔を歪ませず、スマイルで行こうぜ! 兄妹!」

「歪ませたりしてないし、解ってるわよ! すごーく失礼な気がする。それに、こんな弟要りません」

「うわっ! 辛辣なコメント!!」

 

 

頬を膨らませて、むくれる少女。笑う2人。

この倒壊し、殺伐とした修羅の場が和んだ瞬間だった。

 

 

「さあ、あのお爺さんには少し待って貰うから。貴方の方を優先するわよ」

「まあ、それくらいは我慢して貰っても良いと思うぜ! 徽章を盗んでなけりゃこんな事にならなかったんだし? ポコポコ何度も殺られて、ようやく助かった命だし? オレが納得させる!」

「何だか、貴方がそう言うのって、すごーく釈然としないのだけど。それに、何度も殺されるって言うのもすごーく変」

 

 

少女は手を翳して、ロム爺に施していた治癒の魔法を使う。

 

それを見たツカサは軽く手を振った。

 

 

「ああ、多分それは意味ないと思う。これは、治せる類いのじゃ無いよ」

「?? あっ、あれか! 力を、パワーポイントを使いきっちまったから、傷とかじゃなく時間じゃないと、消費は回復しない、ってやつ? エムピーとはまた違う感じ? って感じでどーよ!」

「?? ちょっと何言ってるのか解らない」

 

 

多分、恐らく、ほぼ間違いなく……眼前の男の方が、ツカサが探してる、調査していた原因系であることは、把握している。

 

最初の質問の時からだ。表情で察しただけだから、確実な言質は取れてないが、間違いないだろう。

 

街中で初めて出会うタイプ。着てる服もそうだし、口調もそう。怪しさで言えば、自分と大差ない。

 

自分自身は出会いが良かった。

直ぐに信頼された。

 

直ぐに終わったとは言え、世界を何百年も蹂躙し続けてきた魔獣:白鯨との遭遇。

 

そんな、決してツカサにとってここにも負けないくらい、とんでもない場面だった事が功を成したと言える。

 

 

今見たところ、この少女と男の関係性は薄そうだ。

 

 

 

 

それは兎も角として、また気を伺いながら、本題を聞いてみる事にしよう、とツカサは思った。

 

少なくとも、悪い人間ではないと言うことは解るから。強烈な悪い人間を見たばかりだったから、尚更思う。

 

 

今は、まだまだ手に残る嫌な感触。殺めてしまった事実と向き合う事に時間を掛ける方が良い。

 

 

どれだけ 時間がかかったとしても、拭いきれないものかもしれない………。

 

 

 

「ありがとう」

「?」

「私たちの為に、ありがとう」

 

 

 

そんな自分の心情を察したのか、いつまでも手を見る仕草から感付いたのか、効かないと言っているのに、癒しの光を当て続ける少女。

 

そして、男の方も 察したと言うより空気を読んだのか、この時ばかりは先程のような嫉妬心、対抗心をむき出しにすることはなく、頭を下げていた。

 

 

「腸を求められるより、こっちの方……だよね」

「はは、そりゃそーだ」

「そんなすごーく物騒な単語、もう暫くは聞きたくないわね」

 

 

 

ははは、と笑いあっていたその時だった。

 

 

背後から、殺気を感じたのは。

気を殺し、息を殺し、積み上がった瓦礫の山の音さえ殺し、出てきたのは 死んだ、殺したと思っていた殺人鬼エルザ。

 

ツカサには、奇襲による攻撃。意識の死角からの攻撃しか通用しないと結論着けた。エルザ自身の気持ちとしては、心行くまで堪能したい最高の相手ではある、が、彼女もプロの暗殺者。

 

気持ちよりも、結果を、成果を出す方を優先させると決めた。

 

 

そして、彼は後で改めて愛せば良い、と。

血と贓物を心行くまで……。

 

 

 

足音、全ての音を極限まで殺し、接近する。

 

 

気づけたのは、殺気を感じたツカサと、対角にいた男、スバル。

少女、効かないと言われても試したい、出来れば治したい、と治療に専念していて気付けない。

 

 

 

 

「危な――――」

 

 

 

 

背後から迫る凶刃。

 

それに、間に合わせるのは無理だった。身体を動かすのは無理だった。

ただ、叫び声だけは 出せた……、それだけだ……。目の前の恩人が鮮血に彩られる場面を想像してしまう。

 

最悪の光景。

助けてくれた人が殺されてしまう最悪の光景をスバルは幻視してしまう。

 

 

 

そして、スバルだけでなく、ツカサも同じくだ。

殺気を感じた、あの殺人鬼エルザが、あの致命傷から復活を果たした事を瞬時に理解したが、どうしようもない。

 

 

時間逆行の身体への負担に加えて、この戦いでの消耗。

 

 

「(揶揄者(ザ・フール)は、もう無理………。クルルは、間に合わない。終焉読込(エンド・ロード)……か。身体は持つか……? クルルに何とかして貰えるか?)」

 

 

 

色んな最悪の可能性を頭のなかで巡らせる。

どうなるか解らない、最悪これで本当に終わりかもしれない。

 

力を発動させるには燃料である魔力、マナが必要だ。

 

ここまで、色々とズタボロになってる現状。最悪の想定をしてしまうのは当然。

それでも、不思議だった。

 

ツカサは、最後の力、と言わんばかりに気付いたら 暴風の化身 テンペストを前に放っていた。

 

治療してくれていた少女も、友と呼んでくれた男も弾かれる。

凶刃の範囲外へと。

 

 

この死に直面するとき、恐怖はあったが、自分よりも他人を護ろうとするような行動を取った事。

 

覚えてないが、自分はそう言うことを咄嗟に出来る。することが出来る男なのだ。

 

 

自分の命の方が大切、と考えるのが一般的だと思っているのに。

 

 

 

 

 

――――誇らしいな。

 

 

 

 

 

手を伸ばす2人を見て、軽く笑う。

 

でも、誇らしいかもしれないが、格好は良いとは言えない。助けに入ったは良いが、返り討ちにされてしまう形なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、誰もが想像さえしなかった事も起こる。

 

死んだと思われたエルザが復活を果たした事と同等クラスに驚くべき事が。

 

 

 

ツカサが開けた盗品蔵の天井。空が見えるそこから、1本の剣が飛来してきた。

 

 

 

それは、正確にエルザとツカサの間に突き刺さり、ツカサに凶刃が突き刺さるのを阻んだ。

 

 

 

 

未来()を読む君らしくもない油断だったね、ツカサ。でも、無事で良かった」

 

 

 

 

そして、燃えるような赤い髪の男、ラインハルトがこの場に降臨したのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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屋敷の一週間
真夜中の晩餐会


ラインハルトさんが圧倒するのは決まってる事なので、キンクリ……ではなく省略気味w


 

 

「まぁ、たまには こーいう深夜の食事会、そんな趣向も良いじゃなーぁいかい?」

「そうそう、君には聞きたい事山ほどあるしね? ロズワールもこう言ってるから、ちょっと付き合ってよ」

 

 

 

 

 

腸狩りとの死闘、それが終わりを告げ 今 次なるステージへ。

 

 

これまでの数日間、ルグニカ王国で過ごしてきた衣食住環境を考えたら、一足飛び足……どころか、何足も飛び越したかの様な位の高い場所へと誘われていた。

 

 

ツカサとしては、あの後―――色々(・・)とあって、彼……スバルに聞きたい事が聞けなかったので、ラインハルトの提案、アストレア家にて、客人として持て成すと言う歓迎も断りを入れ、スバルの方を優先させたのである。

 

 

 

―――確かに話は聞いてない。だが、ツカサの中ではある程度仮説が組み上がっていたりする。

 

 

ここで、少々時を遡ってみるとしよう。

 

あの死闘。

 

 

 

――結論から言うと、襲撃者である腸狩りのエルザは逃亡。スバルが重症である。

 

 

 

 

 

あの場面。

腸狩り、と名乗る殺人女エルザは 完璧に不意を突く攻撃が出来ていた。

実際、あのままツカサを突き刺していれば これまでの様な幻視ではなく、現実のものとして現れていただろう。

 

そんな窮地をまるで白馬に乗った王子サマを連想させるかの様に、颯爽と現れ救って見せたのがラインハルト。

 

 

そして ラインハルトは、剣聖の一撃を持ってエルザを消し飛ばした。

この世界の頂である、と称した直感が正しかったと認識した瞬間でもある。

 

 

剣聖の一撃は、あまりにも強大。剣聖を象徴するとも言って良い彼の本来の剣を抜く事なく、ツカサと同じように盗品蔵の中にあった一振りの剣で、エルザを消し飛ばしてしまったのだ。

 

 

ツカサに貫かれ、吹き飛ばされた後は、今度はラインハルトの天を割るような一撃で消し飛されてしまった。

 

何度も何度も驚かされてきた女ではあったが、流石にこれ以上は無い……と高を括っていたのが、また間違いだった。

 

厳密には違うが、自分(・・)は3度死に3度生き返っている。

エルザはまだ2度目だ。

 

あの致命傷から立ち上がってきた事もしっかりと頭の中に入れておくべきだった。

 

殺人鬼(エルザ)も2度立ち上がる。

 

 

狙いはツカサでも、ラインハルトでもない。

 

 

心底戦闘を楽しんでいた戦闘狂は、この時初めて本来の標的に牙をむいたのだ。

そう―――少女エミリアに。

 

 

ラインハルトからは距離があり過ぎる事、ツカサ自身はまだ動けないと言う事、何よりラインハルトが消し飛ばしたと思っていた心理の隙をついた事も有り、最悪の展開が起こりそうだった矢先、唯一動ける男、スバルが男を魅せた。

 

 

 

 

これまでにあった余裕の類は一切ない一瞬の邂逅をたった一発に賭けているエルザとエミリアの間に入り、ロム爺の棍棒を盾に彼女を守って見せたのだ。

 

 

 

 

 

 

ここだけを見れば、スバルが最後にエミリアを救って大団円となる筈だったのだが……。

 

 

一体何処の達人技だ? とスバル自身も言いたくなるような事が起きた。

 

全くスバル自身も気付けていなかった。

エルザの振るった渾身の一撃は、棍棒を盾にしていたのだが、その棍棒ごと腹を斬られていた事に気付けなかった。

 

 

数秒後……、スバルが助けた少女エミリア。まだエミリアと言う名を知らなかったから、助けたお礼に名を知りたいと願った。

願いに応える為に、心からお礼を言う為に 少女はエミリアである、と告げたのだ。

 

その直ぐ後に、和気藹々とした空気だった筈なのに……スバルの腹が開き、噴き出したのである。

 

 

 

 

 

 

 

そして、色々あって スバルもツカサも、エミリアと遅れてきたラムと共に、ロズワール邸へ。

 

因みにオットーとは別れた。

《大分雑な扱いを!》 と嘆いていたが、言ってる意味を理解出来た者は殆ど居なかったので、また今度……と爽やかに。

 

正直、オットーには悪いと思っているが ツカサ自身にも優先順位と言うモノがあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今。

ラム・エミリアが先に状況を説明。

峠を越したとはいえ、未だ予断を許さないスバルの状態を更に良くする為に、行動し…… そして、スバルの治療が行われている間に、ツカサがこの超豪邸の主であるロズワールと面会した………のだが、いつの間にか、時間が少々遅れすぎている晩餐会が始まったのだ。

 

 

 

「本当は、スバルも挟んで、色々とお話をしたかったんだけど、パックやロズワールがどうしても、って聞かなくて……。ほんと困った人(?)達でごめんね? ツカサもすごーく疲れてると思うのに」

「いや、こっちは大丈夫ですよ。大分休憩も取れましたし。今は……、ちょっと圧倒されてるだけだから……。これまで 野営が基本だったし、城下町では格安宿を手配してもらうつもりだったのに、こんな大豪邸…………。それもこんな深夜にこんな豪勢な………」

 

 

 

振り返ってみてもまだまだ足りない。

本当に色々とあった。

 

それに、ここ数日間の事を考えたら、あまりにランクが上がり過ぎた超豪邸で招待されて、混乱も極まっているかもしれない。

 

 

「お客様お客様。お気遣いなさらずに、どうぞごゆっくりと」

「お客様お客様。過労で倒れてしまうと面倒だからゆっくりしときなさい」

 

 

「倒れる、って言うのは笑えないね。事実 ラムの前で倒れた事あるし。……それに取り合えず、ラムも色々と驚かされた要員の1つ、って感じかな……」

 

 

桃色髪のメイド、ラムもどうやら このロズワール邸で働くメイドだった様だ。

そして、これも初見では驚くだろう。ラムと瓜二つの顔があったから。

 

ラムの双子の妹、名をレムと言う。

 

ラムとの息の合った行動や言動は、中々に混乱させてくる要員の1つだったりしている。

確かに疲れはある程度は大丈夫となったとはいえ、頭の中が大変なのは変わらないから。

 

この双子を見分けるポイントは、違う色の髪。レムは青い髪。そして2つ目に言葉遣い。ラムは少々乱暴気味なのが目立つが、レムは懇切丁寧。

3つ目は………身体的特徴に、かなり接触する事柄なので、割愛。

 

 

そして、ツカサにとってこれまた色んな意味で助かるが、色んな意味で心労も味わされると言う極めて珍しい事柄が起きていたりもする。

 

 

「きゅきゅっっ!」

「クルルほら、これ食べてみるのよ」

「きゅ~~♪ きゅ~~♪」

「(きゃー、なのよ!)………ふ、ふんっ! 何食べても自由かしら? ベティが許すから、どんどん食べるのよ。そこのニンゲンも、悪い奴じゃない事は解ったかしら。だから、さっさと歓迎されるが良いのよ」

 

 

精霊クルルを膝に抱え、小動物を扱うかの様に並べられた豪勢な食事をスプーンを使ってせっせと甲斐甲斐しく、忙しなく、クルルの口に運ぶ少女…… いや、幼女が1名。

小動物にしっかりと世話をしてくれている幼女の絵面。

名をベアトリス。

 

勿論、只者ではないのは明らかで、色々と察している。

 

ぱっと見ただけでも、この見た目幼い姿なのに、この深夜まで起きている事……もそうだが、何より飲酒をしている方。一切顔色を変えずに飲んでる姿を見ても……。

 

 

 

このロズワール邸に来て怪訝そうな目で見てきていたが、いつの間にやらクルルと仲良くなってしまっていた。

 

 

 

この幼女+小動物の絵面。

微笑ましい光景ではあるが、クルルの事を知っている身からすると、そこまで笑っていられるワケも無い。

クルルのお陰で、歓迎ムードになってくれたこの幼女……ベアトリスだが、先の闘いでクルルの扱い(剛球ストレート)を聴いたら、怒り狂うかもしれない事もある意味悩みの種だったりしている。

 

 

 

「ベティがこんなにも仲良くなれる精霊と出会えたのは、僕にとってもスゴク好ましい事だよ。改めて、感謝の意を……だね、ツカサ」

「いや、ほんとに何もしてないんだけど……、気付いたらクルルの方が懐いた、みたいな感じ? 受け入れてくれたベアトリスさんにこそ感謝だよ。……扱いづらいし」

「クルルを扱いづらいとは、何たる暴言かしら? クルルは今に最高の存在になるのよ。にーちゃとベティの次くらいの」

 

 

本当の意味で沢山の種に囲まれて、ツカサは苦笑い。頬をポリポリと掻くと、上座に座っていたロズワールが パンっ! と両手を合わせて宣言。

 

 

「さぁさぁ、親睦を深めて行こうじゃなーぁいか。我がメイザース家は、君に多大なる恩義ができたわけだーぁからねぇ? も・ち・ろ・ん? まだ眠ったまーぁまのナツキ・スバル君も同様だ。もう大丈夫。必ず助かると約束しよう」

 

 

当然、ほんの数時間前に、スプラッタな光景を披露したスバルはここには居ない。

そして、少々略したが、ツカサがこのロズワール邸に来た理由は、スバルにある。

 

 

「かの剣聖の提案も首を横に振り、我がメイザース家にまで来た きーぃみの目的は、スバル君に用があるから、ここに留まったと聞ーぃているよ? まーぁさか、男色家とはわたぁしも思ってなかったけどね。まーぁ、君とはわぁーかりあいたい気が存分にするよ」

「………ものすっごく迷惑な冤罪発言をイキナリするのは止めてくれるかな? 心の底から否定しておくよ。俺にそっち(・・・)の趣味は無い。……後、ラムもレムさんも、そんな目で見ないで。地味に傷つくから」

 

 

何の脈絡もなく、男色家(ホモ)疑惑をぶっこんできたロズワールに、苦言を呈する。

妙に慌てたり、やや大袈裟な表現をしたりすると、突然生まれたヒドイ冤罪いえ、この豪邸であり、ここらの一帯の領主様でもあるロズワールの言葉の方の信憑性? が完全に勝って誤解が深まりそうな気がする、と言う事を心得ているからだ。

 

 

何処で心得たかは解らない。言うなら魂にでも刻まれていた、と言う方が正しい。

 

 

 

そんな表情をあまり変えない様子だったからこそ、ホモ疑惑は何とか回避できた……と思っておこう。数歩後ろに引いて、まるで汚物を見るかの様なラムやレムの様子は和らいだ、と。 世の中には、同性愛者と言う者はきっと居るだろうから、話を聴いただけで、本人(ではない。仮定の話)の前でそんな視線を向けるのは如何なモノかと。

 

 

「姉様姉様。ああおっしゃられてますが、信用に足る方でしょうか」

「レムレム。ああおっしゃられても、信用するのは難しいと思うわ」

 

 

「レムさんは兎も角。ラムは オレに1つ2つ借りが出来た、とか言ってなかったっけ?」

 

 

 

はぁ、と大きくため息。

 

もう忘却の彼方にされてそうな気もするが、一応。

ラムと最初に出会った時、彼女は迷子(・・)を捜していた。

 

探す為に、オットーやツカサと手を組んだ。

 

結果―――見つけ、合流する事が出来た。ある意味 巨大な風? の様なモノを目印にしてくれたから、ツカサのお陰である、と言ったも良い。……それに、ツカサ自身も迷子の彼女(・・・・・)に、ラムの事を聞いて裏を取っている。

 

 

そう――――迷子とはエミリアの事。

 

 

 

成り行きとはいえ、エミリアを第一に発見したのはツカサ。

ココから、ラムにとっての借り発言に繋がるのである。

 

 

 

 

それを見ていた少女―――エミリアは堪えきれずに笑っていた。

 

 

「ふふ、ふふふっ」

「はぁ……、こんな色々大変なのは、今寝込んでる彼に責任を押し付ける事にしますか。……もっとも、スバルは、血涙でも流しそうな気がするけどね? 今日のこの晩餐会の場に居ない事に」

「け、血涙? 血の涙!? どうして??」

「ん? それは………」

 

 

エミリアの方を見て、そして考える。

あの場のスバルの様子を、出会ったばかりだと言うのに、ほんのちょっとだけ、エミリアが治癒魔法の為に、と接触しただけだと言うのに、ああも敵意……恋敵とでも言うべきだろうか、そんな嫉妬の念を向けられ続けていたのだ。

 

 

こうも、エミリアが笑う場面。

 

 

スバルが見れず、自分が見たともなれば、騒がしくなるのは目に見えている。

 

 

「彼に……スバルが起きた時にでも聞いてみると良いよ。大分騒がしくなると思うけど」

「う~ん……、すごーく解る気がするけど、何だか残念な気分」

 

 

そう言って笑い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもまぁ、ツカサには感謝だけど、僕はクルルにも感謝してるんだ。マナ不足だったから姿を出すのは無理だった筈なのに、見た事も無い術式で僕にマナを供給してくれたんだから。こんなの今まで無かった事で驚いちゃったよ。結構長く生きてきた精霊なのにね~ 僕」

「きゅ? きゅきゅ??」

「そっ、君だよ、君。クルルの事言ってるんだ。ありがとーって」

「きゅ~~っっ♪」

「にゃーーんっ♪」

「はわわわ! にーちゃにクルル、最高なのよ~~♪」

 

 

 

 

普通に会話していた筈の猫のような精霊、パックがクルルと話? をしていて猫鳴き声になった時は、思わず吹き出してしまう。

ベアトリスもパックとクルルに囲まれて、ご満悦な様子だった。

 

 

そんな時、ロズワールと目が合った。

その化粧姿と口調は、中々慣れそうにない、と言うのが最初の印象だったが、今は割と普通だ。

 

 

 

「……聞けば聞く程、きーみはずぅ~いぶん型破りなお人のよぉーだ。マナが枯渇した大精霊様にマナを与えた事もそぉーだが」

「いや、その辺はあのクルルってのが色々とありまして……。それもどう説明したら良いかが解らなくて、混乱の要素になってます」

「ふっふっふ、謙遜はよぉーしたまえよ。それにエミリア様から聞いている。剣聖の全力の前で、魔法を発現させた、と」

「??? それは言ってる意味がいまいち……」

 

 

ロズワールの言葉に首を傾げていると、横で勝手に話しちゃった事がばつが悪いのか、エミリアは少々困り顔になりながらも、理由を説明。

 

 

 

「ほら、ラインハルトが本気を出した時……、ツカサが私達を守ってくれたよね? 見た事ない魔法だったけど……、壁を張ってくれたでしょ?」

「?? ああ。そうだったね。……ラインハルトの一撃が、その余波が絶対にこっちに来る、って言うのは解ったから」

 

 

アストレア家の剣撃を魅せる、と言うラインハルト。

剣を構えると同時に、その剣が光り輝き――――そして、天を割るかの様な一撃を振るった。

 

 

そして予想通り、想像を遥かに超えた余波がこちらへとやって来たから、咄嗟に壁を張っていたおかげで、被害なく済んだのだ。

スバルは、《お前の方が怪物だー!》と称していたが、その通りだと思う。

 

 

「その、それがあり得ない事なの」

「?? それってどういう……?」

「その、ラインハルトが本気で戦うと、周辺のマナは全部ラインハルトに集中しちゃうから、精霊使い()もそっぽ向かれちゃうの。それはマナを使う魔法にも言える事で、彼の本気を前にしたら、魔法は一切使用不能になるから」

 

 

つまり、ラインハルト本気verは、魔法使用不能領域(アンチマジックフィールド)の役割も果たしているとの事。

もし、魔法のみが攻撃や回復手段だったとしたなら、ラインハルトと相対しただけで終わりと言う事だ。

 

 

「性能と言うか特殊効果って言うか……凄いね。反則気味だ」

「そぉーだね。王国最強の名を欲しいままにしているのが、剣聖の称号だーぁよ? ……だからこそ、驚いてるんじゃなーぁいかな? 彼を知る者ならば、皆が知っている現象、騎士の間の常識。それを覆してしまった君の正体ってヤツにも すごーーぉく、興味があるんだぁ」

「ロズワール。リアの口癖真似るのは止めてってば すごーく は、リアだけ」

「おっと失礼」

「そ、そんな事気にしなくて良いのに」

 

 

 

 

 

この後、ツカサは 色々と説明。ラインハルトは信じてくれたが、ココに居る面子が信じて貰えるかどうかはさておき、説明はした。

 

 

オットーと出会い、白鯨と言う魔獣と遭遇し、ルグニカの城下町に来た事までを全て。

 

 

パックが読心が使える事は知っていたが、例え事実とは違っていても、自分が信じて疑わない(・・・・・・・・・・)ような狂人染みな思想をしていたとしたら、読心は意味を成さないだろう。

 

そう取られないと言う保証も無かったから正直 100%の安心は出来なかったりする。

 

 

 

因みに、その説明した事の中で、一番驚かれたのは《ラインハルトに勝った》と言う事だったりする。

 

 

ただの遊び事なのに……。

 



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ナツキ・スバル、再スタート&ダウン

 

 

ナツキ・スバルは見知らぬ場所で目を覚ました。

 

見知らぬ場所、その天井をいつまでも眺めてられる程、じっとしていられない性格。故に早々に身体を起こし、この場所を探検。

 

時折愚痴を零し、苦言を呈し………そして辿り着いた。

 

 

 

 

「――――で、元居た部屋がループの脱出口とはな……、それにしても本って以外と場所取るし、重いから数持つのも困るよなー、ここって、まさしく書庫って呼ぶしかない場所だし? 場所取るってレベルじゃねーけど」

 

 

 

まず最初の関門は無限にループする廊下。

現代っ子なスバルは、早々にループ現象を把握。

この廊下は同じ所をぐるぐると周り続ける、このまま餓死するまで放置か? とも思ったが前向きにとらえる。

 

そして、ループ物のラノベを漫画を読み漁ってきた事と、元々自身が持ってるフラグクラッシャーを思い出して、突破した。

 

 

スバルは、以前から相手が丹精込めて構築した手順を……あら不思議? あっさり破って一足飛び足で、と言うのが日常だった。

 

 

俗に言う《空気読めないヤツ》なのである。

 

 

 

 

 

「いきなり他人の書架をずけずけ眺めた挙句にため息。……なんて腹立たしいヤツなのよ。屋敷にやってきた人間の男2人。こうも性質が違いすぎるとなると、狙ってやってきたとしか思えないかしら? クルルとの一時、余韻。気分が全部台無しになったのよ」

 

 

そして、その空気読めなさは、眼前で座っている幼女の事も半ば無視していた……が、流石に無視し続けるワケにはいかないので、今度は バッチリと目を合わす。

 

 

「おっと、第一村人発見! さぁさぁ、君の名前、教えてくれ!」

「イキナリやって来て、名乗れとは礼儀知らずにも程があるのよ。お前に名乗ってやる名なんて無いかしら」

 

 

明らかに気付いていた癖に、と言うツッコミは無しだ。

ただただ、広いオデコに皺が寄ってるだけで。

 

 

「そーんなツンツンしてるとかわいい顔が台無しになるぜ? ほれほれ、スマイルスマイル♪」

「フンッ、ベティーが可愛いなんて当たり前かしら。お前に見せる笑顔なんて嘲笑だけで十分なのよ」

「はっはっは! ってそれよりもさぁ、村人兼キティちゃん」

「ベティーかしら!! 礼儀知らずにも程があるかしら!」

 

 

押せば押しただけ反応が返ってくる。

あまりにも面白い、とスバルは益々調子を上げていく。

 

 

「ほうほう、成程! 村人兼ベティーちゃんね! まっ、不機嫌なのは粗方想像がつく。オレがこの部屋を簡単に見つけたからだろ?」

「お前が無礼極まりないからに決まってるかしら!! 何で此処まで極端なのよ!!」

「さっきから性質が違うだの極端だの、それって アレか? オレ以外にもここに来たヤツ………えっと、名前は………あ、聞いてない!」

 

 

命の恩人の名を聞けてないとは何たる醜態! とスバルは大袈裟に頭を抱えた。

 

だが、それもほんの一瞬。

スバル自身の最大最高の目標は、エミリアを助ける事であり、彼女の名を聞く事だったから。名は聞けてないが、この屋敷に居る事は解ったので、それだけで良しとする。

 

 

「えっと、ほれ! 緑色のモフモフ、キラキラした動物飼ってた―――名前は知んねーけど、カーバンクル連れてた男もここに来てる、って事で良いのか?」

「ふんっっ! 応えてやる義理なんてベティーには無いのよ」

 

 

ぷいっ、と顔を背ける仕草をしても愛らしい可愛らしい、からかい甲斐がある。

なので、スバルは調子を落とさずに尚も詰め寄った。

 

 

「おいおーい、簡単に見つけちゃったのは謝るからさー? 昔っからこういうの1発で正解引き当てちゃうんだよ、オレ」

「別に。珍しい事でもないかしら。お前に破られたのは腹立たしいけれど、扉渡り(・・・)を破ったのはお前だけじゃないのよ。ただ、お前の場合は全てが腹立たしいから、余計に胸糞悪くなるかしら」

「なぬっ!? オレ同等の空気読めないヤツだったのか! まぁ? エミリアたんが触れ合おうとしたとき、負けらんねー感が沸々とオレの中に闘志として湧き上がってた覚えはあるし? つまりアレだ! 宿命のライバル! と言うヤツなのだ!! ………ケンカしたら一瞬で負けるけど!」

 

 

ベアトリスは、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

 

「お前が情けなくて、1人でサラッとやられて、今の今までグースカ寝っぱなしだったって事はベティーはよく知ってるのよ。………モツを戻す時、テキトーに崩してやった方が良かったかしら」

「あん? なになに?? オレっちの傷治しちゃってくれたのは エミリアたんだぜー? 手柄横取りは堪忍できませんな! うんうん」

 

 

エミリアの治癒魔法に関してはスバルは間近で見ている。

斬られたロム爺のかなり大きい切傷が閉じていく摩訶不思議な光を見た。そんな神業を見た。それに、この目の前の幼女、それも明らかに嫌悪感満載の幼女が治療してくれるワケない、とも思ったから、エミリア以外ない、と結論付けたのである。。

 

 

「……ここまで疲れるヤツなのよ。ロズワールも、勝手を許すからこんなわけわかんないヤツと会う羽目に。……ほんと折角クルルと出会って気分良かったのに、全て台無しかしら」

「さっきから聞いたし、何となく聞いた覚えもあったけど、クルルって可愛い名だな!! っとと、それよりもまぁまぁ、お互い様って事で水に流そうぜ! ってな訳で、ここどこよ? 場所教えるくらい良くね? 良くね? 今後○○部屋には近づかない様にしよー! とか、検討する事出来るし?」

「……ベティーの書庫兼寝室兼私室かしら」

 

 

確かに、場所の名前を教えたら、もう来ない、来ない様にする、となれば良いと思い、ベアトリスは質問に答えた……のだが。

 

 

「………おお、釣れてくれるとは思わなかった。オレは きっと、ここには近づかないよ! って雰囲気を装った事で額面通りの答えをして貰った事にガッカリすべき? それとも寝泊まりとか自分の部屋が無いのを憐れむべき? それとも書庫を私室扱いしちゃう部分を微笑ましく思うべき?」

「なんたる言い草なのかしら!!」

 

 

さらっと嘘である事を告げられて、再び激怒。

そして、ベアトリスは 立ち上がって イラつき、少し抱えていた頭を元の位置にまで戻す。

僅かにその縦ロールのヘアースタイルがバネの様に動き、ますますスバルの悪戯心を刺激する……が、それも出来なかった。

 

 

「そろそろベティーも限界なのよ。ちょっと思い知らせてやった方がいいような気がするかしら」

「おいおい、ちょっと待てって。捕虜虐待とか前時代的だ。やめよー? オレ戦闘力0の村人だぜ?」

「―――動くんじゃないのよ」

 

 

スバルの軽口にも、もう付き合わない。

そして、スバルはその瞬間、背筋に冷たいモノを感じた。ゾッとするとはこの事を言うのだろうか。これまで感じていたからかう為の楽しい空間、弄れば弄る程楽しい反応が返ってくる憩いの場の様な空間が消し飛んだ。古い紙の匂いがしていた筈なのに、それも吹き飛んだ。

 

ただただ、極寒の冬空の下で、キンキンに冷えた冷水を頭からぶっかけられたかの様な、寒気。震えが止まらない。

 

 

「何か言いたい事でも?」

 

 

ベアトリスは既に手の届く位置まで居た。

見れば見る程ただの幼女。手の届く位置からしても、真っ直ぐ前に伸ばして スバルの腹部。

無邪気な幼女が突如、何かに代わった瞬間でもあった。

 

これ以上は触れてはならない、と最善の手を模索する、現状を打開する一言を選ぶに選んだ結果……。

 

 

「い、痛くしないでね」

「度胸だけは褒めてやるのよ。ベティーを前に、ここまで軽口も徹底してるとなると。……生憎、痛いかどうか、それはお前次第じゃないかしら? それに―――もう1人の男(・・・・・・)は、普通に立ってたのよ」

「い、いや、アイツの実力は半端ないって言うか……、オレは戦闘力0の一般人……っっ!?」

 

 

ベアトリスの手がスバルの腹部を優しく撫でたかと思ったその瞬間、まるで全身を炎であぶられたかの様な錯覚が起きた。

 

 

 

熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い。

 

 

 

身体の中を何かが暴れまわっている。

 

 

「ま、所詮は 多少頑丈な程度なのよ。比べたベティーが悪かったかしら?」

「ッ、ッッ……、な 何しやがった………、このドリルロリ……」

 

 

ベアトリスは、崩れ落ちたスバルの前で膝を折って視線を合わせた。初めて真っ直ぐ見た気がする。そして漸く気付けた。その瞳は……、その瞳は人のモノではない、と。

 

 

「ちょっと体の中のマナに聞いただけなのよ。凡庸なのに、変な魂の形をしてるかしら? ゲートも閉じっぱなしみたいだし。敵意がないのは確かめられた。これまでベティーに働いた散々の無礼も今のマナ徴収で許したげるかしら」

「おまえ……、人間じゃねぇな……? この場合、性格的な意味、じゃなく……、そのみょうちくりんな、目は……」

「まだ軽口を言える余裕があるのよ。もうちっとマナ徴収すべきかしら?」

「っっ……!!」

 

 

あの衝撃が再び来る、痛いのと熱いのが無限に襲ってくるような感覚。

恐怖を覚えた。嫌だと思った。憤怒する気概すら消し飛ぶ。みっともなく流れる涙の意味も変わってくる。―――懇願に。

 

 

そして、ベアトリスの手がスバルに伸びかかったその時だ。

 

 

 

「きゅきゅきゅ~~♪」

「こら! 明日って言っただろ!」

 

 

扉の先が騒がしくなってきたのは。

不意にベアトリスはスバルから手を離す。

 

 

すると、扉をバンッ! と開くや否や、閉ざしかけたスバルの視界の端に、あの緑の小動物の姿が映った。

 

 

「クルル!」

「きゅ~~♪」

「……ベアトリスさん。スミマセン……。こんな時間にコイツ、目を覚ましちゃったみたいで……。会いたい会いたいって聞かなくて。(クルルが気に入ったのか、中身のヤツ(・・・・・)の仕業なのか、もうほんと解らん……)」

 

 

クルルはベアトリスの胸の中に飛び込むと、ベアトリスもクルルを抱きとめた。

 

 

「って、アレ……!? なんでこんな所で寝てるのスバル。寝相がここまで悪い、とか?」

「そんなん……、じゃ、ねぇ………」

 

 

息も絶え絶えと言った様子のスバルを見て、ベアトリスも見て……、その表情も見て大体察した。

 

 

「ベアトリスさんとケンカでもした? 見知らぬ所で大きく出ようとするのは危ないよ、いや、ほんと……。ある程度は大人しくした方が絶対良いと思う」

 

 

来訪者であるツカサは、スバルの肩に手を回して担ぎ上げた。

 

 

「ケンカなんて幼稚な事してないのよ。散々無礼を働いた分、身体中のマナを弄って徴収しただけかしら?」

「………なるべく、なるべく穏便にお願いしますね」

 

 

身体を痙攣させてるスバル。

まだ意識は途切れてない様だ。

 

だが、その苦しみは表情を見ればよく解る。

 

 

「スバル、死んじゃ駄目だからな? 絶対に。……色々と確認(・・・・・)しないといけない事があるから」

「だれ、が……、しぬ……かよ。……あの、どりる、ろり、にもう一言………」

 

 

クルルと戯れているベアトリス。もうスバルの事は興味ないと言わんばかりだ。

 

 

「訂正……だ。あいつ、性格的にも……人間じゃ、ねぇや…………ガキ」

 

 

 

そこまで啖呵切った所で、ナツキ・スバルは意識を失った。

 

 

「……ここまでの力の差を見せつけられて、生殺与奪も握られた状況で、それでも悪態をつけるって言うのは真勇か蛮勇か……いや、多分間違いない…………」

 

 

完全に気を失ってるスバルの身体を抱きかかえると、ベアトリスの方を見た。

 

 

「すみません、ベアトリスさん。クルルの事、ちょっと頼めますか? そのお礼にマナ徴収ならしてくれて良いんで」

「良いのよ。クルルの面倒はベティーが見ててやるかしら? それと、マナの方は良いのよ。………お前にはもう既に、貰えるだけ貰ってる(・・・・・・・・・)かしら」

「ははは……」

 

 

苦笑いしつつ、部屋を後にしようと背を向けたその時。

 

 

 

 

「――――お前、何者かしら?」

 

 

 

 

背後から、ベアトリスの声が聞こえてきた。

ツカサは、ゆっくりと振り返って答えた。

 

 

「さっきの晩餐会の時に説明した以上の事は………。一応、パックにも嘘はついてない、悪意・害意はない、って太鼓判はしてくれましたが」

「………それはベティーも解ってるのよ。………お前、お前は…………その人(・・・)なのかしら?」

 

 

ベアトリスの真剣な顔がツカサの表情に刺さる。

ツカサは少しだけ考えて―――答えた。

 

 

 

「オレには失った記憶がありますから、完全に取り戻せてない記憶が。……だから、軽はずみな判断はできません」

「……解ったかしら」

 

 

 

 

 



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(モフモフ+フカフカ)×2

「十中八九……。多分間違いない。スバルが戻ってる(・・・・)。……その引き金(トリガー)は……」

 

 

完全に気を失ったスバルを担いで、彼の為に用意された寝室にまで連れて帰ったツカサ。

一応、部屋を聞いていてよかった……と思ったのは言うまでも無い。

 

このロズワール邸は異様なまでにデカいから、1つ1つ確かめるのは大変だし、何より 確かめようにも、そこがスバルの部屋だと確証出来る保証もない。

 

血だらけになった衣類は、レムやラムが洗濯する為に出してるので、目印になるだろうモノは、恐らく乱れた寝具くらいだろうから。

 

 

 

そして、考えるのは、やはり戻っている(・・・・・)現象、時空振の原因を見極める事。

ただ、戻るだけなら問題ないが、ツカサ自身とその戻り方は、頗る相性が悪いらしい。

とんでもない負担が、身体と精神にかかってしまうから。

クルル(の中のヤツ)に、《想定外》と言われたが、その声色は笑っていたので、全く真面目に考えてないのが解って尚更腹が立つと言うモノだ。

 

 

そして、スバルを改めてみる。

 

 

あのエルザとの死闘……修羅場。何度も何度も戻った現象。

間違いなくスバルが戻る為の条件は―――――。

 

 

()か。死から始まる力。……自分の死をなかった事にする為、時を巻き戻す。そう言う力……ッ!?」

 

 

結論付けたその時だ。

今の今までは、なんとも無かったこの空間が突如変わった。

極寒の地に突如丸裸で放り出されるかの様な寒気が身体を貫く。

 

 

貫いたかと思えば、今度はスバルの身体から、ナニカ(・・・)が出てきた。

 

 

どう表現すれば良いのか……、いや、表現するとすれば1つだけだ。

 

黒い手。

 

漆黒に染まった闇色の手、いや 闇そのものを具現化したナニカがスバルの胸元から飛び出てきて、こちらへと迫ってくる。

次元を固定されてしまっているのか、身動きが取れない――――が。

 

 

「ほいほーい、ちょっとストップストップ」

 

 

こちらも、いつの間にやってきたのか……、クルルが直ぐ横に来ていた。

ベアトリスと共にいる筈だった筈のクルルが。

 

 

「はぁっ、はぁっ……。ベアトリスさんの所で遊んでるんじゃなかったのか………っ」

「うん? 遊んでるよ! そこはほら? こっちでも楽しそうなのが有りそうだから、所謂分身ってヤツ?」

「………厄介なのが出てってくれたかと思えばこれか……。口調とか変わってるし、余計に神経逆なでされそうなのが嫌な所だ」

「あっはは~。パックと沢山話したからね? こっちの喋り方の方が精霊ッポイのかと思って、参考にしたんだ~~。やっぱり、その世界その世界で合わせてやるのが溶け込む秘訣だよね! っとと、それより」

 

 

闇の手は、迫る事を諦めてない様子。

だが、クルルの半身の射程ギリギリ外。それ以上は近づいて来ない。

 

 

 

「そっちの邪魔はしないから、こっちはこっちで楽しんでるだけだし? 安心してよ」

「そんなテキトーな言い方で、安心できる相手か」

「うん? してくれたみたいだよ?」

「………………」

 

 

闇の手は、クルルが言う様に 先ほどまでは近づいて来ないまでも、うねうねと手を動かしながら威嚇? していた様なのだが、今は違う。スバルの方へと戻っていき――――身体の中へと消えた。

 

 

「はぁ………、何なんだよ、アレ」

「さぁ~~?」

「……絶対解ってるような顔、せめて隠そうとくらいしてくれ」

「てへっ☆」

「……可愛くない」

 

 

確かに、パックが言う様にこの世界で顕現する為の源。精霊が活動する為に必須な源であるマナを供給してから、パックとはよく話をするようになった。

 

見た事も無い術式だと、最初は警戒されたが、彼はある程度の読心も行えるとの事。エミリアに敵対するつもりは毛頭ない事、そもそも 敵対するつもりなら あの修羅場で手を貸したり助けようとしたりしないと言う事。

 

でも、記憶損失の部分、その不安要素はあるから、警戒されても 文句は言わないと言う事も粗方説明したら、納得してくれて、晩餐会の時も含めクルルとはすっかり仲良くなった。

 

 

確かに一般的にはパック同様、クルルの姿も愛らしいのだろう。

ベアトリスを見ていてもそれがよく解る……が、魂の奥深くにまで刻まれ、クルル自身にも何でその感性が残ってるのか解らないとも言われる程のナニカが自分の中にあるのは事実。だから、皆程は 割り切れないし、そう言う類の隙も見せたくない。どうしようもない。

 

―――唯一 幸いな事は、クルルに対する感情に憎しみや殺意と言った負の感情は無いと言う事だろうか。

 

 

それに力を借りてる面もあって、感謝した方が良いと思う部分も当然あるが………、上辺の感謝ならまだしも、本能的に警戒心は常にMAXだから、これも仕方ない。

 

 

「一応……再確認しておこうか」

 

 

ツカサは、スバルの元へと再度いき、その直ぐ横に立った。

寝息を立てている。その表情も先ほどよりはマシだろう。

体内のマナを徴収された身体は、活動限界を超える、と聞いた。枯渇すると衰弱死するとも。

 

だがその心配はなさそうだ。

それに ベアトリスも流石に命までは捕るつもりは無かったのは解ってた。

 

 

「スバル。……君は死んで、世界を巻き戻してるんだな?」

 

 

問題は、あの闇の手。

この話は一応、スバル本人にも再確認をしておきたいのだ。……なのに、その度にあの手が迫ってくるのは勘弁願いたい。記録(セーブ)読込(ロード)で逃げる事は出来るが……、自分と違ってスバル自身が覚えて無ければ意味がないから。

 

 

そして、先ほどの様に あの手が出てきた切っ掛けであろう話題を口にした。

すると……さっきは、氷の様な殺意? 剥き出しに迫ってきていたというのに、その気配はない。

取り合えず安堵した。これで自分の為にもスバルに確認が取れる。

 

確認が出来るし、お願いも出来る。難しいかもしれないが、それでも 例え強力な力であったとしても、極限の苦痛、苦悶を得て、訪れる()。それを安易に選んで、使おう等とは普通思わない。思いたくない。

 

 

 

「………建前、か。オレ……結構嬉しいかも、しれない」

 

 

 

自身の能力は、他を置き去りにする。厳密に言えば、違う手段もあるが……その細かな詳細は後だ。

 

基本的には、戻す能力は 他を置き去りにする。未来ではなく過去に行くのだから、未来で何があったかなど、過去の人間が解るワケが無い。

知るのは、戻った当人だけ。

 

その都度その都度、最善を尽くす為の行為である事は重々承知しているし、限度と言うモノは当然ある。そもそも、戻る力を妄りに使うつもりもない。

 

 

だが、使う時は迷わないし、躊躇わない。……自分の心に従って使用する。

勿論、ジャンケンの時も迷わないし、躊躇わない! ………ラインハルトと対峙した時は、次元の流れ、乱れさえ感知してきそうな気がしたから、1度だけに留めたが。

 

 

 

 

 

 

「――――勿論、知られるのは誰でも、ってワケにはいかない。その点スバルなら大丈夫かな…………たぶん。また 時期を見て直接本人と話してみよう」

 

 

 

 

エルザとの事、死を重ねたのはイレギュラーだろう。

危険と隣り合わせな世界だと言う事は重々承知ではあるが、そう何度もポコポコ死んだりする事は無い筈だ。

ましてや、色々呆れる所はありつつも、それなりには好印象を持っているであろうエミリアが上であるこの領地。

 

周囲の森は魔獣の群生地だと言う話だから、危険は常に身近にあると言って良いが、その辺りはしっかり結界を施してあるそうなので大丈夫との事。

 

エミリアの事、ロズワールの事などなどは、昨日の晩餐会でしっかり聞いてるので、少しなら把握している。

 

少なくとも、外ならまだしも、この屋敷内で、本当に命を落とすような危険はないだろう、と思い ツカサは スバルの部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

――――数日後、それが間違いだった、と言う事は身をもって知る事になるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

ロズワール邸1日目。

 

庭園にて。

 

ツカサは、精霊クルルと共に庭園へと来ていた。

 

 

「それで? ベアトリスさんに迷惑かけたりしてない?」

「とんでもない! 実に有意義だったよ~~、って言ってるよ?」

「クルルはな。お前(・・)は変な真似してないか? って聞いたの」

「あっはっは。しないしない。言ったでしょ? 見て楽しむのが原則。関わるとしたら、クルルとして(・・・・・・)だから」

「はぁ……」

 

 

クルルの力については、理解出来ているが、どうしても中身までとなると話は別。

こうもあやふやで、ツギハギ。異常を感じない訳はない。中身が何か知っているという事も解る……が、聞いても答えないし、それこそ延々にループする未来しか見えないので、無理に突っ込んだりはしない。

 

ここまで訳が分からなくなっても、バラバラな感覚に見舞われても、世界崩壊しても、常人なら精神異常、発狂してしまうだろう事でも、とりあえずは大丈夫な程の精神力は持ち合わせている様だから。

 

それが幸運かどうかは正直解り兼ねるが。

 

 

そんな時だ。

 

 

「おっす! おはよう兄弟! 今日も良い朝だな! さぁさぁ、良い朝と言えばラジオ体操第2!」

「! おはようスバル。えっと、それにエミリアさんも。らじおたいそう、は解らないけど、数字は何となく解る……それでなんで第2? 第1を飛ばして?」

「おはよう。……と言うより、らじおたいそう、って何」

 

 

スバルとエミリアの2人と合流した。

スバルは朝からハイテンション。昨日の死にかけ状態が嘘の様だ。

 

 

「うおーーーっと、そうだそうだ! ラジオ体操する前に、する事があった!! オレ、兄弟の名聞いてない! エミリアたんを超優先し過ぎてて、恩人である兄弟の名聞いてない! すまんっっ!」

 

 

スバルは両手を ばんっ! と合わせつつ頭を下げた。

それを見たツカサは軽く笑う。

 

 

解っていた事ではあるが やはり、ここに来て―――数日。

スバルは 初めて見るタイプの人間の様だ、と。たまにある慌てた状態のオットーとはまた違う落ち着きの無さが光ってる。……光ってて良いモノかは不明だが。

 

 

「ツカサ。ツカサだよ。よろしくスバル」

「おおーーっと、ツカサかツカサ! 覚えたぜー♪ つか、ツカサ(・・・)、か。何だか似た様な名前だよな? 外国人風の名前ばっかで、初めて我が故郷に通じる名の兄弟に会えて、オレは今まさに感動を噛みしめている! どーよ、エミリアたんっ! オレのこの感動の大きさ、解ってくれたかい??」

「や、ちょっと何言ってるか解らないかな」

 

 

きらんっ、と顔を輝かせながら、エミリアに同意を求めるが、エミリアは 首を横に振っていた。

 

 

「それで、性は? 因みにオレはナツキ(・・・)・スバルな」

「ん……。スバルには話して無かったっけ? オレ、ちょっと記憶に障害があるみたいでさ。ツカサって事は解るケド、その他色々と無いんだ」

「っ、と……。マジか。やばいな。朝からヘビーな事聞いちまった。わりぃオレ、空気読めねぇトコあるから」

「大丈夫、その辺はもう十分過ぎる程承知してるから。見知らぬ所で見知らぬ人……ベアトリスさんといきなり喧嘩したトコとか見ても」

「そりゃそーだよね!! そーいや、兄弟には バリバリ見られてたの思い出した!」

 

 

ぐあっ、とスバルは頭を抱えた。

ぶっ倒れた所も見せているし、何より運んでくれた事もうっすらではあるが、覚えている。何より間一髪止めてくれなければ、今日と言う日を迎えれなかったかもしれない、とも思っていた。

 

 

「得体のしれない、って意味じゃ、スバルとオレは似てるって事で。とりあえず返事はしておくよ。兄弟」

「おおっ! とりあえず、ってのが寂しい所だが、あんがとな! 兄弟! ってな訳で」

 

 

スバルは、軽くジャンプした後、丁度エミリアやツカサの2人を見れる場所に移動。

 

 

「さぁさぁ、こっから始まりますよ! オレの故郷に伝わる由緒正しい準備運動! ラジオ体操第2! エミリアたん! 兄弟! ついてきなさーい!」

「え、えと……、じゃあ、少しだけ」

「ふんふん。了解」

 

 

 

 

宣言通り、鼻歌交じりにラジオ体操なるモノが、第1をすっ飛ばして、第2からスタート。

 

スバルの見様見真似で、身体をしっかり動かす体操を始め。

 

前に後ろに斜めに、色んな所に無理ない範囲で身体を伸ばし、時には捻じ曲げ、念入りに整えていく。

自然と心地良い汗を流す様になり――――。

 

 

 

「最後に両手を掲げて~~~、ヴィクトリー!!」

「ビクトリー!」

「び、びくとりー」

「きゅーー!」

「ビクトリー!」

 

 

終了となった。

中々心地良い余韻は、謎の充実感を齎す。

 

 

「よっしゃ、初めてにしては上出来だ2人とも! 2人には初段を授けよう! ラジオニスト初段!」

「はいっ! コーチ!!」

「中々どうして。程よく身体を動かせて……、んんん~~、何だか気持ち良い」

「きゅきゅきゅ♪」

 

 

ちゃっかり、一緒に体操していたクルルも、一緒に両手を掲げていた。

そして、それはクルルだけでなく……。

 

 

「良い朝だね、皆!」

「きゅっ!」

「にゃっ!」

 

 

クルルとパックのハイタッチ。

それを見てスバルも面白そうに笑った。

 

 

「肝心な時に寝ちゃったパック! オレのその後の活躍知らないでしょ~~? オレってばすっげー頑張ったんだよ~~?」

「うんうん、おあいにく。しっかりリアから聞いてるよ? でも、ツカサの方が圧倒的だと思うケドね~? 剣聖が来る前まで、あの女の子を相手にしてたのはツカサだし?」

「ぐっはぁっっ!! そりゃそーです! オレってば、必殺技は、火事場の馬鹿力。後はへたっくそなダンス。正直単調な動きしか出来ない、Lv1の村人だから! 兄弟と比較されちゃったら、困っちゃうっっ!」

 

 

またスバルは悶絶気味に頭を抱えた。

一頻り、パックはそれを見て笑うと。

 

 

「いやいや。危うくリアを失う所を守ってくれたのはスバルだよね? そこまで謙遜する必要無いよ。それに、リアだけじゃなくて、ツカサやクルルからも、スバルの活躍聞いたから」

「お、おぉ……、そんなにオレの事を評価を!?」

 

 

ツカサは、とりあえず笑って答えて、クルルも手を上に上げて答えた。

益々感動してしまって忙しないスバル。

 

 

「だからさ、スバルにもお礼しなきゃ、って思ってるんだ。たいていの願い事はかなえれると思うから、何でも言ってごらん? 例えば、ほら。無一文、とか言ってたからさ。直ぐにでも大金持ちにする事だって出来るよ」

 

 

パックの言葉。

当然嬉しい事極まれり、である。命張った甲斐が有ると言う事で、スバルは迷う事なく返事。

 

 

「んじゃ、好きな時にモフらせてくれ! あ、横のクルルも出来たら頼むっ! パックから頼んでくれ!! パックとクルルの両手に花を是非、この身に!!」

「「「!」」」

 

 

その願い(アンサー)に、皆が驚いたのは言うまでも無い。

驚かなかったモノは1人もいない。

 

 

 

「無欲。無欲が凄いってのも何か不思議」

「そ、そうよ! もうちょっと考えて決めても良いんじゃない? こう見えてもパックの力はほんとにすごいんだから!」

「そうそう。少しひっかかるけど、そうだよ。ボクは結構偉い精霊なんだ」

「きゅきゅきゅきゅ!」

「クルルは、《別にパックにお願いしなくても、ボクならいつでも良いよ》だって」

「えっっ!! マジっ!?」

 

 

夫々がスバルに対して思う印象は変わらない。

 

 

「ツカサの、《アーラム村を生活の拠点にさせて欲しい》って言う願いもすごーく無欲だと思ったけど、スバルのはそれどころじゃないよ!」

 

エミリアは驚きのあまり、興奮気味にそう言った。

 

「………んん。パック。オレのって無欲に入るかな? 記憶が一部欠落してるから、生まれも解んない、個人情報が全く解らないオレに、衣食住・労働まで確保してくれるのって、スゴク有難い事なんだけど……」

「うーん、僕はリアの言い分に賛成かな? だって、僕もそうだけど、ロズワールにだって《褒美は思いのまぁーま、だよ》って言ってた通り。普通の人間の人生、2~3回は余裕で遊んで暮らせるくらいのお金持ちに出来るだけの財はあるのに。ツカサは アーラム村で暮らしていける権利と村での働き口の紹介、でしょ? そりゃ 無欲の枠に入ると僕も思うよ」

 

 

ツカサとパックはエミリアの判定に疑問を持ったツカサの為の井戸端会議。

 

そんな3人を他所に、この状況の原因であるスバルは、いつの間にかクルルを抱えて頬ずりをしていた。

 

 

「おいおい、、聞きなさいよ、お三方! リッスン、トゥ、ミー! オレはこう見えて差別無し、どんな毛並みだろうと等しく愛でれる職人の鏡だぜ?」

 

 

右手にクルルを、左手を伸ばしてパックを、それぞれの両頬に当てて、挟みこんだ。

 

 

「こーーんな、さいっこうの愛玩対象、いつでも愛でられるってのは、巨万の富と引き換えにしても、惜しくない対価だぜ!いや、マジで!! うっはーー、クルルとパック、やっぱ若干ちがうっ! 甲乙つけがたいとはまさにこの事! うわぁぁぁ、もっふもふで、ふっかふか~~! どんなお天道さんの日を浴びた極上羽毛布団でも、この感触には勝てねぇぜ~~! ふっかふかのもっふもふ~~! うはーー天国~~!」

 

 

モフモフモフモフ………と心行くまで楽しむスバルだった。

因みに、読心が使えるパックのジャッジはと言うと。

 

 

 

 

「すごいね~~、うすぼんやり~の筈なんだけど、本気で言ってるのが解るよ、この子~~。この衝撃は、クルルにマナ譲渡してもらった時のに匹敵するかな~~?」

「えぇ……、凄く偉い精霊が知らない術を使った精霊に会った時の驚きよりスバルの方が驚くって言うの……? うん、納得。でも、ちょっと…………きもい?」

「って、納得するんかーーい! そんでもって、キモイはひどいぜ兄弟! これを味わえば、オレの気持ちなんて余裕で………うおおおおお、ここやばい! 耳やばーーーい。もふもふもふ~~!」

 

 

 



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アーラム村のなんでも屋

 

「わーーー、ツカサっ! 今の、今のオレにもしてくれ!!」

「あ、リュカ、ズルイ!! 次、オレオレ!!」

 

 

ツカサはアーラム村へと来ていた。

来たばかりの時は、正直よそ者だと言う事や、身分を証明するモノが全くない正体不明人物として、警戒される……と、少なからず思っていたのだが、開けてみれば拍子抜け。

 

 

村の皆からは、思いのほか歓迎ムードだった。

 

 

ロズワールの計らいだろうか、極めて優秀な他国の魔法使いである、と言う紹介をされていた。

 

 

現在、ここルグニカ王国は 穏当とは決して言えない状況であり、ほぼ鎖国状態が続いているのにも関わらず、他の国からとは少々問題があるのでは? と思っていたツカサだが、本当に拍子抜けするほど あっさりと認めて貰えた。

 

 

 

 

 

 

 

ただの居候ではなく、村の宿を借り、肉体労働でも何でも請け負う、働く、事を伝えている。なんでもやる、なんでも屋ツカサを始めるつもりだった。

 

 

特に気を使われる事なく、接してくれてるのは大変ありがたい事だ。ただ、《ツカサ様》と様付けされて、敬語である事だけはちょっぴり不満だが。

 

 

 

ただ、今ツカサと一緒に居る相手、子供達は一切遠慮してないのが解る。

 

 

 

現在、絶賛子供達との交流中―――と言う名の、遊び相手を務めているから。

 

 

「すご~~い、リュカが飛んでる!!」

「あんまり、高くは上げないぞー? この辺りで我慢しておいてくれよー!」

 

 

木と同じくらいの高さ、精々家より高いくらいの高さ。

あまり高く上げ過ぎて、万が一の事があったら大変だ。………子供達には、より高度を要求されているが、断固として拒否の構え、である。

 

「わーーーはっはっはっは!! オレ、鳥になってる~~!! ツカサっ、もっともっと!!」

「………聞いちゃいないよ、まったく」

 

 

手を翳し、しっかりとコントロールをしつつ、苦笑いをするツカサ。

因みに、ツカサの相棒? であるクルルは現在こちらの村には来ていなかったりする。

 

理由はスバルが大層気に入った事、ベアトリスも気に入っていて、スバルとの間で火花(笑)が飛び散っていた事も有り、本人(クルル)了承の元、ロズワール邸に置いてきたのである。

 

 

―――勿論、クルルの意思で戻ってくる事も可。

 

 

なので、ツカサの元に帰ってきたい時に帰ってくる手筈になっていた。

それを聞いて、エミリアとパックが驚いたのは無理もない事だった。

 

精霊は表に出るだけでマナを消費する。消費が一定を超えてしまうと、依り代としている結晶石へと戻るのが通常……なのだが、クルルは一体いつマナ切れを起こしているのか? 何より、結晶石はどれ?? と、色んな意味で驚き、且つツカサの方を見てみたが、生憎 笑って誤魔化すだけに留めた。読心をパックは使えるが、基本 エミリアに害意、悪意の類が無い事は クルルを通してはっきりしているので、そこまで追求する事は無かったのである。

 

 

「クルルが居たら、大人気だっただろうなぁ……」

「え? クルル、ってなーに??」

 

 

アーラム村(ココ)に居ないクルルの事を考えていたら、村の子供の1人である、ペトラに話しかけられた。 直感でも働いたのか、飛ぶ事に注目していた筈なのに、クルルの事が気になってる様子。

 

 

「ん~~、(ペット? いや、そんな可愛げのあるヤツじゃない様な……)えーっと アレだよ、俺に引っ付いてきてた精霊。今は ロズワールさんの屋敷に転がり込んでるよ」

「凄いっ! せいれいとお話してみたい!」

「おおっと、解った解った。ペトラ落ち着いて。戻ってきたら皆に合わせてあげるから」

 

 

クルルの話に物凄く食いついた。

これで間違いない。……クルルと会えば尚更喜ぶであろう事が。

 

 

「(クルルのおかげでアイツ(・・・)に対する精神的ダメージ軽減に繋がりそうだな)」

 

 

クルルが戻ってきた所で、子供達の玩具になって貰えれば万事問題なし。

何なら、各ご家庭に交代交代で居候させて貰えれば良い。………食費に関しては お給金から差し引いて貰えれば問題ないだろう。

 

 

「ツカサーーー! リュカばっかりズルイっ!」

「そろそろ、わたしもっ!!」

「あ、ペトラと一緒に飛びたい!」

「ずるい! オレもオレも!!」

 

 

色々と考え込んでいた所を、村の子供、ミルドやペトラ、カイン、ダイン。

娯楽提供のツカサは本日も大忙しだ。

 

そして、背後から子供のものではない、大人の声が聞こえてくる。

もう直ぐ、昼食の時間だと言う声が。

 

リュカを下ろし、そして最後に飛ぶ事が出来なかったメンバー一様に、寂しそうな辛そうな顔をしていたので。

 

 

「よっしゃ。んじゃ 最後は皆で飛んでみるか!」

「「「「「わーい!!」」」」」

 

 

大人たちの了承を得て、最後の最後、と言う事で場の全員で皆で手を繋ぎ、輪の形で空を浮遊。

村人達皆、その光景を笑顔で見守り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日目。

 

アーラム村にラムがやって来た。

香辛料を買いに来たとの事だ。

 

 

「……似合わないわね。店番」

「そう? と言うより、店番に似合うも似合わないも無いと思うけど。これでも一通りは仕込まれたつもりだよ? こう言う接客業は笑顔が第一」

 

 

ニッ、と笑うツカサを見て、ラムはため息。

 

 

「呆れ果てる程、気が抜けた顔してるわ」

「そりゃそうだね。間違ってないよ。………ここに来るまでにほんと、色々大変だったから」

 

 

ラムの言葉を聞いて、否定する気はさらさらなく、そのまま肯定した。

皮肉のつもりだったのかもしれないが、それでも 今の状況には満足している。

 

ここまでくるのに大変だったのは間違いない。

 

 

「……目が覚めたら でっかい鯨に遭遇。その後 オットーと友達になれたのは良かったけど、行く先々で何度も野盗みたいなのに出くわすは、気持ち悪そうな連中を見かけるわ、王都に着いたらそれなりに大丈夫かと思ったのに、精神異常者と戦うわ。………漸く、安寧の時を得た、って感じだよ。ほんと、この村は良い所だ」

 

 

裏表のない表情、とはこの事なのだろう。

ラムは、ツカサの表情を見てそう感じた。

 

話を聞いて、まだまだ謎多き存在である事は重々承知している。

何処から来たのか、自分達とはまた違った魔法を使ってる事、大精霊のマナをも快復させる精霊を従えている事。

 

 

何より―――あの日……、ロズワールが持つ本の内容と、目の前の男の関係性。

 

 

確信はない。

ロズワールの持つ、本も あの日から沈黙したままだ。ロズワール自身も変わった所はない、とまで言っている。もし、新たな更新事項があるならば、それなりの指示を受ける筈だが、現時点では、ツカサと言う男を時折見に来る事くらいしか受けていない。

 

監視対象とまで言ってしまい、不快に思われて、もしも彼が何処か別の場所へ……となってしまったら、運命に導かれるがごとく、このアーラム村、ロズワール邸へとやって来た男を失ってしまう。

 

それだけはロズワールは回避しなければならないのだ。

 

 

 

 

「ハァ……。さっさと仕事してくれる? 買い出しメモよ」

「ラムから話しをしてきたのに、って野暮は言わないよ。大体解ってきたし」

「ハッ! こんな短期間でラムの事を知った様に言うなんて、身の程知らずにも程があるわ」

「口は、凄く悪いけど。……ラムは優しい人だ、って事くらいオレには解るよ」

「……………」

 

 

ツカサは買い出しメモを受け取ると、せっせとそのメモの通りに準備をする。

 

 

「こーんなに、傲慢な物言いされても、何だか不快には思えないし」

「………やっぱり罵声を浴びて興奮するど変態?」

「そこだけは否定しておくよ。オレは痛いのも苦しいのも嫌な思いをするのも好きじゃない。……はい」

 

 

一通り問題なく準備された事をラムは確認して、再度ため息。

 

 

「また来るわ。精々村の為、引いてはロズワール様、引いては、このラムの役に立てるように頑張りなさい」

「取り合えず まず第一に村の為に頑張る所から、始めるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日目。

 

薬草・香草を採取する為に森の中へ。

アーラム村の青年団の1人、ゲルトと共に。

 

そこで問題が発生した。

 

 

「………危なくない? こんな狂暴な犬がうろついてたら」

「いえ、本来なら、結界が張られているから、魔獣がここまで来れる筈が……」

「! 成程」

 

 

森の中で、犬……ではなく、魔獣数体に襲われたのである。

幸いにもゲルトは武装していた事と、何よりツカサと一緒だったから、怪我は無かった。……でも、問題なのは 本来なら入ってこられる筈の無い所にまで、魔獣が侵入してきた、と言う事だろうか。

 

 

「ゲルト。屋敷に連絡できるかな? 多分、結界が切れてるんだ。だから、ここまで入ってきた。………見た感じ、あの石とか機能してない様に見える」

 

 

ツカサは指をさして、ゲルトに聞く。

この村、ここの領主はロズワール。王国筆頭の魔法使いだ。結界が切れたのを修正する事位出来る筈だし、何よりしなければならない筈だ。

 

領土を守るのも、領主の仕事の筈だから。

 

 

「大丈夫です! 屋敷はそこまで遠くないし、ひとっ走り知らせにいけば直ぐにでも」

「了解。じゃあ、オレは魔獣(あいつら)が結界の内側に入ってこない様に、見張ってるから、宜しく!」

 

 

例え1匹でも通したら、被害が出るかもしれない。

死角に忍び寄り、あの俊敏さと鋭利な牙で襲ってきたら………、特に村の子供達を襲ったら? と思えば、ここから離れるワケにはいかない。

 

だが、ゲルトは 顔を顰めた。

 

 

「し、しかし、ツカサ様をおひとり残していくのは……っ」

 

 

そう、ツカサ1人残していくことに、だ。でも、ツカサは軽く首を振って笑顔で答える。

 

 

「大丈夫大丈夫! さっきの見てたでしょ? アレくらいの獣になら負けないよ」

「ッ……、す、すみません! すぐ、すぐに戻ってきます!」

 

 

笑顔で言った事で、少し背中を押す事が出来たのか、最善を尽くすには、ここで押し問答するよりも、1秒でも早く結界を修復する事だと言う事。それが解ったのか、ゲルトは駆け出した。

 

 

「了解! お礼は、様付けの呼び方を外してもらえたら嬉しいかな?」

「っっ、か、考えておきます!」

「了解しました、じゃないんだ……」

 

 

ゲルトが動いた事で、それに反応したのか、或いは 元々迫ってきていたのかは解らないが、獣臭がきつくなり、唸りと共に再び数体の魔獣が森の奥から 飛びだしてきた。

 

 

「きゅきゅ?」

「大丈夫だ。1人で余裕」

 

 

だが、何ら動じる事なく、ツカサは右手に暴風竜巻を、左手に炎を纏わせた。

クルルには何もさせず、ただ自身の魔法だけで対処。

 

 

「テンペストとエクスプロージョン。森林火災にならない程度に……っ!」

 

 

合わさった二つは、炎を纏う竜巻となり、魔獣たちを一気に巻き上げた上で消失させた。

魔獣には怖れ、と言うモノは存在しないのだろうか、炎を見ても一切怯む事が無い。仲間たちが焦げていくと言うのに、それでも怯まない。

 

 

 

 

結果 仕留めた魔獣は7体。

 

 

 

 

慌てた様子でやって来たエミリアが結界を結びなおすまで続いた。

少々焼けた所があったが、それはエミリアの氷の魔法で何とか消火。

 

 

「やー、解りやすくって、直ぐに見つけれたよ」

「ほんっと、すごーーくありがとう!」

 

 

ツカサの方が恐縮してしまう程、エミリアは頭を下げた。

 

 

「大丈夫ですよ、エミリアさん。オレとゲルトが早くに気付けて本当に良かった……」

「きゅきゅきゅっ!」

「クルルもありがとー。……ほんと、ツカサには リアの側近として仕えて貰いたい気持ちが沸々と湧いてきてるよー」

「あははは……。それは光栄。エミリアさんとは友達だから、困った事が有れば、何でも力を貸しますよ。約束します」

「あ………」

 

 

パックとクルルが、恒例になりつつあるハイタッチを交わしつつ……パックはツカサを見てそう言った。

エミリアには1人でも多くの仲間が居る。……ただ、人選をすれば良いという分けではない。ある程度任せて大丈夫かどうかを見極めなければならない。

 

パックにとって、誰よりも大切な存在であるのがエミリアだからだ。……彼女無しでは、もう何も考えられない。―――彼女が居ない世界など、在ってはならないから。

 

 

 

ツカサも知り合って日も浅い。読心を使い、ツカサがエミリアに対して害意や悪意が一切ない事は解ってはいても、まだ早計な段階だった。……だが、それを補ったのはクルルと言う精霊の存在だった。

 

 

 

 

そして、エミリアもツカサの事は注目している。

同じ精霊を扱う者同士である事と、スバル同様 ハーフエルフを邪険にしたりしない事、そして何より―――友達である、と言った事。

 

 

「あ、でも スバル辺りがまた喧しくなっちゃいそうですから。そこは エミリアさんが何とかしてください。下男になった様ですし? ロズワールさんより上のエミリアさんの言葉なら、絶対の筈でしょ?」

「ふ、ふふふ。そうね。スバルは時々……いや、違うかな? すごーく変だから、しっかり叱ってあげなくちゃ」

 

 

エミリアが笑えば、パックも同じく笑う。

仄々とした空間が流れたのだった。

 

 

 

――――その日の夜、今回の件を パックがスバルに話した所、盛大に対抗心を燃やしたのは また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして4日目。

 

スバルが村へとやって来た。

 

 

 

 

「エミリアたんは、わたせーーーんっっ!! いっくら、兄弟が相手でも、まけられーーーんっっ!!」

 

「おおーー、やしきの人だーー!」

「あたらしいヤツだーーー!!」

「ツカサが言ってたあそんでも良いやつだーー!」

「目つきわるーーい!」

 

「ぐえええええっっ!!」

 

 

スバルは、ツカサを見るなり突進してきたが、見事に子供たちに返り討ちにされたのである。

 

 

「あははは。何やってんの」

 

 

転んで泥だらけになって……、ラムには白い目で見られて散々な結果となったスバル。

そのまま、ツカサとの事、エミリアとの良い雰囲気(パック談)の追及は一切できず、そのまま子供らと遊びまくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま―――特に何も問題ない。

 

緩やかに穏やかに時間が流れていく……と思っていたその日に、悲劇は起きた。

 

 

 

 

翌日を迎える事が出来(・・・・・・・・・・)なかったのである(・・・・・・・・)

 

 

 

 



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崩壊再び

 

 

本当に、突然だった。

 

村の子供達と村の皆と沢山の約束を交わした。

宴会もしよう、と誘われた。………比較的歳の近い村娘メナドに 子供達の様に空中散歩に連れて行って貰いたい、と顔を赤くさせながら告げられた時は、柄にもなく緊張した気がした。

村の皆も囃し立てられた気がする。特に子供達はませている、と言うのだろう。ペトラが頬を膨らませながら、裾を引っ張り、そのペトラを嫁にする競争に勤しんでいるカインとダインにも宣戦布告をされてしまい、益々村の皆から囃し立てられた。

 

ほんの1週間に満たないたった4日でここまで受け入れられた事に感謝をしつつ……、明日の約束、仕事を楽しみに就寝についていた時だ。

 

 

 

 

――――ッッッ!!??

 

 

 

世界が歪む。

空間が次元が、全てが歪む。

 

村も、皆との思い出も、何もかもが歪み、粉々に砕かれていく。

 

そして、自分自身をも。

 

 

 

それが、戻っている(・・・・・)と気付いた時には もう既に遅かった。

 

 

 

あの魔獣に襲われた際、最善を尽くす為に 誰一人怪我しない様にと記憶(セーブ)を施していたからだ。

この現象は、その世界をも飲み込み、砕く。

 

 

その世界の数だけ、その身体の数だけ、自分自身の身が砕かれてゆく。

 

 

言わば、()を追体験しているかの様な感覚。

 

 

 

死んだことは無いから、一概にはそう言えないかもしれない……が、少なくとも世界は死んだ(・・・・・・)のだ。

 

 

 

 

 

軈て、闇色に包まれた世界に一筋の光が現れ、その光に吸い込まれる。

そして、光の中にて 粉々に砕かれた五体を生成されていく。まるで新たな命が光りを母として胎動し始める様に、自分自身が築かれていく。

 

 

 

ただ―――――。

 

 

 

 

「うぐっ……、がはっっ!!」

 

 

 

新たなる命へと生まれると言うのであれば、前回の自身(・・・・・)のあの理不尽な痛みまで継がれていくのは本当に止めて欲しい、と切に願わずにはいられない。

 

そして、とうとう吐血すると言う目に見えてヤバくなってきた。

 

ロズワール邸の見事な庭園を血で汚してしまうと言う愚行も。

 

だが、今はそれどころではない。

 

 

「ぐ……、くっ、くる、る……」

 

 

何処に戻されたのかは解らない。

ひょっとしたらベアトリスの所で此処には居ないかもしれない……と思っていたが、その不安は問題なく解消される。

 

 

「はいよ。今回は一段ときつかったみたいだね? ちょっと僕でも心配になっちゃうよ。君がどう思っていたとしても、君は僕にとっての相棒だからさ」

「……………その辺、口調、ぜったい、パックのまね……だろうが」

「てへ☆ でもさ? ほんとの部分もあるんだよ~~?」

 

 

半身をベアトリスの方へ、本身をツカサの所にしているから。

 

起こった出来事を解っている存在。恐らくはこの世界で指折り程度にしかいないであろう、この現象を解っている存在であるクルルが、ツカサの傍へと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻某場所。

 

戻りの原因であるナツキ・スバルも同様に苦しんでいた。

それは、肉体的な痛みではない。

 

 

「お客様お客様。お加減の悪いご様子ですが、大丈夫ですか?」

「お客様お客様。お腹痛そうだけど、まさか漏らしちゃった?」

 

 

たった4日間。短い時間と言えばそうだが、この双子メイドには 散々こき使われてきた。下男ポジションとして、ロズワール邸で働く道を選んだスバル。

 

自分と同じと言って良いツカサは、村への在住を褒美として受け取り、自分自身は気になる存在であり、助けになりたい、笑顔が見たい、……心を寄せた相手であるエミリアの傍に居る道を選んだ。

 

そして5日目の朝を迎える事が出来なかったのだ。

 

 

この、時には煩わしく、時には安心し、信頼を寄せた声が……全くの感情も無くなっている。

見上げてみても、その2人の瞳を見ても……、そこには声と同じく 何ら感情が籠っていない。

たった4日間と人は言うかもしれないが、何処かへ霞のように消え失せた。

この現象が何を意味するのか、スバルは知っている。……何度も経験をしてきたから、当然知っている。

 

 

《死に戻り》

 

 

 

 

「お客様?」

「!! あ、ああ……」

 

 

再度、メイドたちに呼ばれた。

彼女達は自分を知ってる訳がない。知る前に戻されたのだから当然だ。……当然、なのだが……。

 

 

「心配かけて、その……悪かった。少し、寝起きでボケたというかなんというか……」

 

 

ベッドから起きて、気丈に振舞う。

でも、どうしても 彼女達が近づいてくるにつれて心が蝕まれる。

 

 

「お客様。急に動かれてはいけません。まだ安静にしてないと」

「お客様。急に動かれると危ないわ。まだゆっくり休んでないと」

 

 

何ら感情が籠ってないとはいえ、自身を気遣う言葉。

だが、その言葉の1つ1つが、痛くて、苦しくて……。

 

 

「っ……、悪い………。今は、今は無理だ……」

 

 

 

逃げ出してしまった。

 

いったい自分は何から逃げているというのだろうか、と疑問が頭に過る……が、これだけは言える。

 

明確な言葉では表す事は出来ないが、それでも――――あの場にあのまま、残り続ける事だけは絶対に出来ない、と。

 

 

 

 

無我夢中で駆けこんだ先は………、少なくとも嫌悪と言う感情を向けてくれる相手の所。

 

 

 

「ノックもしないで入り込んで。随分と無礼なヤツなのよ」

 

 

 

言わば殺されそうになった相手、と言って良い存在、ベアトリスの禁書庫。

それでも、4日間絡み続けて、吹き飛ばされ続けて……、少しくらいは前に進んだと自分では思っていた。例えベアトリス相手であったとしても、全て無かった事にされるのは、どうしても苦しい。

 

 

「全く。どうやって《扉渡り》を破ったと言うのかしら? こんな平凡で凡愚なニンゲンの男が。今と良いさっきと良い。てんで不可解で不愉快なのよ」

 

 

どんな毒舌でも、暴言でも、今はここ以上にほんの少しでも休まる場所は存在しない、とスバルは確信していた。

 

だから、どれだけ恥を晒そうとも頼むだけだ。

 

 

 

「すまねぇ……、少しだけで良い。いさせてくれ……。頼む………」

 

 

 

現実と己に向き合う為に。

自分自身の名、ここがどこなのか、さっきの双子のメイドは誰なのか、そして眼前の少女の名前と存在、加えて この膨大な書庫……不思議な空間。

 

 

そして、大事な、大事な約束があった筈だ。

 

 

 

 

 

『いっくら兄弟でも 負けねぇからな! 明日、エミリアたんとデートに漕ぎ着ける!!』

『ははは……、何するのか解らないけど、まずは子供らの相手を十分に熟した後の話だね』

 

 

 

 

 

そう―――啖呵切った。

そしてその結果……漕ぎつける事が出来た。

 

 

『私の勉強が一段落して、ちゃんとスバルのお仕事が終わってからなんだからね』

『よっしゃ!! ラジャった!! 超マッハで終わらせてやんよ!! これでオレのリードだぜっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エミリア……! 約束、約束が……」

 

 

大切な約束を思い出す事が出来た。

幸か不幸か、恋敵として(勝手に)見ているツカサのお陰で。

 

思い出す事が出来た。大切な約束を……、ならば次は? 決まっている。

 

 

 

「お前……、オレに〈扉渡り〉をさっきと今、破られたって言ってたよな? ベアトリス」

「呼び捨てかしら」

 

 

明らかに怒気を含んだ返答だったが、ベアトリス自身も 今のスバルに対し思う所があるのだろう。特に実力行使をする事無く続けた。

 

 

「つい3~4時間前かしら。無神経で無礼なお前をからかってやったばかりなのよ。もちっと痛めつけて分相応を教えようとしたのだけど、その程度で済んだのは クルルともう1人の男に感謝するかしら?」

「クルル……」

「きゅっ♪」

 

 

ベアトリスの後ろに隠れていたであろうクルルが顔を出した。

突然、扉が開かれて反射的に後ろへと隠れていた様子。

でも、スバルの事は知っているので、安心して出てきた。……少なくとも、先ほどよりは様子が良くなっているのも解ったから。

 

 

「その辛気臭い顔もやめるが良いかしら? クルルに無用な心配をさせてしまうのよ」

「きゅきゅきゅっ」

「……ああ、もう、わかったかしら。ちょっとだけなのよ」

 

 

ベアトリスの頬にすりすり、と頬ずりするクルル。

すると、先ほどまでは嫌悪感MAXで、そろそろ叩き出そうかとも思っていたかもしれない心情が緩やかになる。

 

もう少しなら居ても良い、と言わんばかりに。

 

 

 

 

その間……スバルは状況を整理していた。

 

この場所に居るのは2度目に目覚めた場面……だから、つまり 5日後から4日前まで戻ってきたと言う事になる。

それが事実であると物語っている。これまでの状況を推察、そしてベアトリスの証言からも。……嘘を言っている可能性も疑わない訳ではないが、こんな意味の無い妙な嘘をつく理由も解らない。嘘を言うのなら、最初から話したりしないのがベアトリスだ。

 

 

 

そして、確信部へと考えを移行する。

 

 

 

突然の時間遡行。

 

 

これまでの条件通り、自身の死をトリガーに発動する《死に戻り》が原因ならば……、その理由は明白だ。

 

 

 

「――――オレは、死んだんだ」

 

 

 

そう、殺されたと言う事実。考えたくも無い事だが。

 

だが、次に疑問が生まれる。

 

 

「死んだとしたらどうして死んだ? 寝る前までは全部普通だったぞ。眠った後だって、少なくとも《死》を感じる要素は一切なかった。そんな事態には陥ってない。……だが、《死》を意識させない死。毒やガスで眠ったまま殺された、って線もある。……つまり暗殺だ。………でも、何故? 殺される理由、身に覚えがねぇし……」

 

 

ベアトリスが居る前で、堂々と自身の死についてを自問自答している。

それは、現象が解っている者からすれば当然の悩みではあるが、全く知らない者からしたら、狂言・妄言を言っている以外ない。

 

 

「死ぬだの生きるだの、ニンゲンの尺度でつまらないくだらないかしら。挙句に出るのが妄言虚言の類。お話にならないとは このことなのよ」

「きゅきゅ? きゅーー」

「ははっ……。ありがとな、クルル。もう大丈夫だ」

 

 

いつの間にか傍に来ていてくれたクルルを一撫ですると、立ち上がった。

 

 

「行くのかしら?」

「ああ。確かめたい事があるんでな。助かった」

「別にベティーは何もしてないのよ。クルルの情けだけに感謝するが良いかしら」

 

 

ベアトリスは、ぷいっ、とそっぽ向いた。

スバルが背を向けたそれが合図。クルルは、ベアトリスの傍にへと移動。その肩に乗る。

 

 

「さ、とっとと出て行くかしら。扉を移し直さなきゃならないのよ」

 

 

クルルが再び戻ってきた事で、頬が少し緩むベアトリス。

だが、言い方は相も変わらず優しさとは縁のない響き。優しさの対象に向けられる事は恐らくないだろうスバルは思う。

 

でも、それでも――――どんな言葉で会っても、嬉しいのは事実だ。自分を知っていてくれる。ただ、それだけが。

 

 

 

「……確かめなきゃならない事。エミリアと……、ツカサ。……そうだ、なんで オレは前に(・・)聞かなかった? 確かめなかった?」

 

 

 

初めて会った時の事を、思い返す。

ツカサは何と言っていたか、を。

 

印象深い言葉を思い返す。

 

《クソイカレキチガイ殺人女》

 

そして、もう1つ。……文句なしの一番の重要部分。

 

《やり直してる奴》

 

 

そのやり直してる、と言う意味が 自分が知る通りなのなら、死に戻りの事を指すのであれば、この4日間を覚えている世界でただ1人の存在かも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――スバルは庭園にて目撃した。

 

 

エミリアの姿。

 

 

 

「ッッ!!?」

 

 

 

そして、彼女の直ぐ傍で 血を吐いて、その自分の血溜まりの中で蹲るツカサの姿。

 



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死ぬなよ!絶対に死ぬなよ!

 

 

死に戻りの後の光景……。

 

 

それは大体筋書き通りの筈だった。

4度目でクリアした王都では、何度も何度も店のオヤジに声を掛けられる所から始まる。

様々な人間が居るから、ほんの少しの選択の差で大きく変わる事だってあるかもしれない。

 

例えば、自身の経験として 路地裏で毎度チンピラ3人に絡まれる時、フェルトやエミリアと出会っていたというのに、4度目にはラインハルトだった、と言った様に。

筋書き通りにいかなければ、前回通りにはいかない。ほんの些細な事であっても、変わる事だってある。

 

――――だが、それでも、ここまで(・・・・)変わるとは誰が予想できようか。

 

 

「エミリア!? ツカサ!!」

 

 

先ほどまでの葛藤や苦悩を忘れて、スバルは駆け出した。

ツカサは、垣根無しに恩人だ。腸狩りから身を守ってくれた。ベアトリスの理不尽なマナ徴収と言う名の拷問からも救ってくれた。

得体のしれない、と言いつつも 友であると言ってくれて、ふざけ半分だった発言である兄弟にも乗ってくれた。

 

 

エミリアがスバルの心の中の大半を占めているのは間違いないが、殊に男性の部(・・・・)と言うスペースがあるとすれば、紛れも無い。この世界では1,2を争う男だから。

 

 

 

「パック! 起きて」

「うん、大丈夫だよ、リア」

 

 

 

そして、ツカサを発見したのは スバルとほぼ同時だった。

蹲ってる姿を見て、転んだのか? と何処か軽く考えていたのだが、ツカサから吐き出される血を見て サァッ…… と顔が青くなるのと同時に駆けだしたのだ。

 

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」

「ちっとも大丈夫に見えないから。ほら 何とかするよ。見せてみて」

 

 

エミリアに呼び出され、パックが顕現した。

助けたお礼、と言う意味では もうロズワールに村に住めるように、と受け取っているとツカサは言わんばかりだったが、それとこれとは別だ。

 

苦しんでる人が、それも助けてくれた恩人であり、友達とまで言ってくれた人が、血を吐いて苦しんでいるのだから。例えエミリアは マナが切れても、オドを振り絞ったとしても、パックに無理いって来てもらっていただろう。

 

 

自分ひとりでは 難しいから、頼りになるパックを。

 

 

 

だが―――パックは眉を顰める。

 

 

 

「……どういう事だい? これは………」

「だから、だいじょうぶ、って言った……でしょ? これは治せない。多分、時間経過か オレ自身の力じゃないと」

 

 

パックは翳していた手を止めた。

それに驚きながら聞くのはエミリアだ。

 

 

「え、どうしたの? パック」

「……これは、ツカサの言う通り。僕たちじゃ どうしようもないよ。身体の中のマナが、グチャグチャだ。いや、グチャグチャ、と言うより 不自然。何だか無理矢理バラバラにして、作り直した様な感じ。バラバラだけならまだやりようはあるかもだけど、無理矢理くっつけてる(・・・・・・・・・・)感じだから、外部の僕たちじゃ 手を加えようがない」

「そんな……!」

 

 

エミリアの顔は悲痛で染まる。

 

ただ、見ているだけしかできない事に対して。

何の力にもなれない事に対して。

 

 

「ツカサっっ!」

 

 

そして、そこにスバルが飛び込んできた。

スライディングでもするかの様に、ツカサの顔を覗き込む。

 

 

「はぁ、はぁ…… だいじょうぶ、大丈夫……、大丈夫。うん、もう少し、もう少しで………」

 

 

ツカサは、ぐっ と身体に力を入れた。

そして、数度胸を叩く。血が血の味がまだ口の中に充満しているが、呑みこみ、これ以上庭園を血で汚す事を拒んだ。

 

 

「………これまた驚いた。バラバラなのに、メチャクチャにくっついてたのに、確かに治っていってるよ」

「ほんと? ほんとにほんとっ!?」

「うん。原因もどうやって治してるのかも、僕には解らないけど。快復に向かってるのは間違いないよ」

 

 

パックの言葉にエミリアは心底安堵した様で、ペタリと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もーー! スバルは突然ベッドを飛び出したって言うし、ツカサは 倒れちゃうんだもんっ! すごーく、すごーーく心配したんだからね! だから、もう無理しないで、って約束して!」

「あー、いや…… エミリアたんの為なら、たとえ火の中水の中だから、無理も無茶もするつもりだから、約束は、ちょっと………」

「後、オレのは持病みたいなモノだって、思っててくれれば。自分の意思とは関係なく起こっちゃうから、無理も何もしてなくて」

「もうっ!」

 

 

頬をぷくっ、と膨らませて怒るエミリアは 幾分か歳下と思える程幼く、それでいて愛らしい。スバルは勿論の事、ツカサ自身同じ感想。

 

 

「ここは、この愛らしいエミリアたんを、山分けと言う事で 手を打とうじゃないか、兄弟!」

「何をどう手を打つのか解らないけど、まぁ それでも別に良いけど、パックに睨まれそうだ」

 

 

チラリとツカサが視線を向ける先に居るのはパック。

2人のやり取りは当然耳に入っており、勿論加わってきた。一体どこから取り出して取り付けたのか、ネコの癖に付け髭をくっつけて。

 

 

「娘はやらんよっ!」

 

 

と一芝居。

貰うとは誰も言ってない気がするが、その辺りは特に気にせず、爽やかな笑みとヒラヒラと手を振ってこたえるツカサ。

 

 

「それは兎も角……、オレはラムやレムさんに対して、ちょっと迷惑かけたのが申し訳ないよ……。庭園、結構汚しちゃったし……」

 

 

う~ん、と頭を抱えるのはツカサ。

エミリアの切羽詰まった声は、屋敷の方にもそれなりに届いていたらしい。加えて、スバルが部屋から飛び出して出てきてしまったので、それを探す為にレムとラムが捜索していたりしたので、尚更気付かれやすくなった、と言う理由もある。

 

 

結果、エミリアを助けた豪傑が、手傷を追う、それもそれなりに重症に見える傷、血を見た事で結構大事になったのだ。

 

 

「レムの早業であっという間に綺麗になっちゃったけどな? あの域まで言って漸くメイドプロ、と名乗れるのだろう! うむうむ、天晴!」

「いや、まぁ…… 確かに 直ぐに綺麗にしてくれたし、気にしないでくれ、とも言われたけど、そう言う問題じゃないって言うか……。はぁ、スバルはお気楽でほんと羨ましい」

「ポジティブシンキング・スバルと呼んでくれ!」

「知らない言葉(だと思う)だけど、意味は何となく通じるのが不思議だ」

 

 

取り合えず、にこやかに会話を重ねる事で、エミリアは漸くそれなりには安心出来たのか、深くため息を吐くのだった。

 

 

 

 

そして、その後――――予定通りロズワールの元で朝食&スバルの今後についての検討会が開かれる……前に。

 

 

 

「ほんの少しだけ、スバルと話してても良いかな? エミリアさん。遅れない様にするから、ちょっとだけ」

 

 

 

ロズワールが戻ってきた、と言う知らせをラムとレムから聞き、移動を……と言う所で、ツカサがエミリアに頼んだ。

 

 

「うん、良いけど…… また怪我する様な事は……」

「いや、そんな暴力的な展開は起こらないって。この持病も早々出てくるものじゃないから。結構久しぶりだし」

「そうそう! エミリアたん。ここはちょいと、兄弟と男同士の秘密のお話合い、があるんだ。ちょ~~っと エミリアたんに 聞かれちゃうと恥ずかしくなっちゃうから……お願いして良い? 盗み聞きもして欲しく無いな~~って」

「はぁ……。人聞き悪い事言わないで。すごーく心外! 盗み聞きなんてしないわよ。でも、ロズワールも待ってると思うから、早くしてよ?」

「もちっ! こう見えて腹ぺっこぺこだから、直ぐ行くぜぃッ!」

 

 

ぐっ、とサムズアップしたスバルの腹から景気よく、腹の虫が鳴り響いた。

それを聞いたエミリアは、余程ツボに入ったのか。

 

 

「ぷっ、あははははは! し、しんぱいしてたのに、すごーく損した気分、あはははははっ!」

 

 

お腹を抱えて笑い始めた。

ツカサとスバルは顔を見合わせて笑った。

 

……色々と本当に安心出来たからこその笑みなのだろう2人は思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、エミリアとレム、ラムの2人が居なくなったのを確認して。

 

 

「クルル。認識阻害の壁かけて」

「ほいほーい!」

 

 

 

クルルの魔法を見て……と言うより、ベアトリスの元に居る筈のクルルの姿を見て、スバルは目を丸くした。

ほんのつい先ほど、あの書庫でベアトリスと戯れているモフモフのクルルの姿を見ているし、その毛触りも堪能してきたから間違いない筈だ。

 

 

それ以上に……。

 

 

「えええ!! クルルって喋れたのっ!? いっつも《きゅきゅ!》って可愛らしい鳴き声しかしてなかったのに?」

「ああ、こっちの(・・・・)クルルはね。多分、スバルがこれまでに(・・・・・)会ってきたクルルとはまたちょっと違うんだ。まぁ、色々と面倒だし、厄介だし、面倒くさいから説明は省くけど」

「面倒って 2回言ったな、オイ」

クルル(コイツ)の事になると少々雑になるの」

 

 

ツカサは頭をポリポリと掻いた後……スバルの方をじっと見て意を決した。

 

 

「名前は名乗ってなかった筈なのに、スバルは オレの事ツカサ(・・・)って知ってたよね?」

「っっ! あ、いや それはその……、えっとラムちーに聞いた? レムりんに聞いた? とか??」

「質問に質問で返すのはどうかと思うけど。……まぁ もう解ってるから良いよ。じゃあ、とりあえず腹割って話そうか?」

 

 

正面向いて、スバルの目をはっきり見据えて。……その目の更に奥に居るであろう存在にも届くかの様にツカサは続けた。

 

 

 

「スバル。君は戻ってる。―――死を引き金(トリガー)に、この世界を巻き戻してる」

 

 

 

どくんっ!

 

 

突然、世界が静止した様な感覚にスバルは見舞われる。

突然の異常事態、声も発せられない、身体の何もかもが動かない。視線は固定され、先ほどのツカサの言葉だけが頭の中でグルグルと回っていた。

 

 

腸狩りのエルザとの一戦の時に、ツカサが言っていた事を連想させれば、何故か理由は兎も角、自身の死に戻りについて、理解しているんだろう、と言う事はスバルにも理解出来ていた。その原理や因果は解らない。解らないからこそ、ツカサ自身に聞こうと思っていた事柄でもある。

 

 

だから、その時が来た―――――程度にしか考えてなかった筈なのに。

 

 

 

《なんだ、なんだこれ………!?》

 

 

 

暗黒、漆黒、深淵の闇、……どう表現すれば良いのだろうか解らない。

ただ、解るのは そのナニカが 自身の心臓目掛けてその闇を伸ばしてくる。

 

心臓を抉り取ろうとでも言うのか、握りつぶそうとでも言うのか、解らないが、まるで時が止まった世界なのにも関わらず、その闇だけは自由自在に動き回り、自分自身の心臓を刈り取ろうと動いていた。動いている様に感じた。

 

 

底知れぬ恐怖が身体中を貫いたその時だ。

 

 

 

「はいはいはーい、だから落ち着いてってば。君がそのコに惚れ込んでるのは見て解る。でも、もうちっとだけ僕たちを信用してよ。ヘンな事しない、君達を引き裂くつもりもない。大丈夫だからさ~~」

 

 

 

時が止まっていた筈なのに、響くのは陽気な声。

聞き覚えがある。……と言うより、聞いたばかりだ。

 

その声の主は、クルルのもの。

 

 

そう認識したと同時に、世界が動き出した。

 

 

「っっ~~~~はぁっはぁっはぁっ………」

「……成る程。アレ(・・)が影響を及ぼそうとするのは、他人だけでなく、スバル自身にも、って事なのか……。認識阻害の障壁だしてて正解だった」

 

 

 

息も絶え絶えなスバルを見て、冷静に分析するツカサ。

それを見たスバルは、とめどなく流れる涙を拭いながら、ツカサを睨む。

 

 

「て、てめぇ……。何、なにしやがった……」

 

 

先ほどの所業、それをツカサがやった事なのだろう、とスバルは思えていた……が、ツカサは横に首を振る。

 

 

「今のはオレじゃない。……スバル。君に世界を巻き戻す力を寄越したヤツが引き起こしてる。……性質が何となくだけど解った」

「うんうん、独占欲の強い子みたいだね~? 君との秘密を知ろうとした人、許さないっ! って感じだったよ。ヤキモチ妬きやさん? ってヤツかな?」

「はぁ、はぁ………、っっ、どういう、事だ……?」

 

 

クルルの方を向くスバル。

ツカサ自身もそれは同じだった。

 

 

「今回はサービスだよ。ちょこっとだけ、話してあげる」

「全部話せっての……」

「それしちゃったら、また怒っちゃうかもしれないでしょ? 僕は良いけど、君達2人が大変だよ?」

「……それは、カンベンだ……!」

 

 

 

クルルは、ひゅんひゅん、と飛び上がるとスバルの頭の上に着地。

 

 

「君の能力は、死を無かった事にする。時間を巻き戻してね? それをする理由は、《君に死んでほしくない》から。それと、自分と君の場所に入ってきて欲しくないから、第3者にもその存在を知って欲しくない、って強く想ってる。だから、さっきみたいに実力行使で止めさせ様としたんだね」

「……大体そんな感じ。想像してた通り、かな」

「実力行使で、心臓潰されちゃたまったもんじゃねぇよ……」

 

 

ツカサは納得。スバルは青ざめていた。

死に戻りは何度か経験して、その辛さ、苦しみは解っていたつもりだったが、あの心臓に迫ってくる恐怖は、それに匹敵すると言っても過言じゃない。

 

アレが迫ってくると解っていたら、例えどんな事情があっても、口に出せない自信が自分にはある、とスバル自身も胸を張れそうだから。

 

 

 

「あ、……でもっ! ツカサと僕は無害って思われたみたいだよ! なんたって、他人の恋路を邪魔しないよ、って僕自身が伝えたからね? 解ってくれたから結構聞き分けの良い子だと思うんだ!」

「聞き分けの良い子が心臓握りつぶそうとすんのかよ! つか、誰だよ!? 誰の事だよ!? オレ、そんな超常的、呪いみたいな魔法駆使できる子と仲良くなった事なんて、これまで生きてきて一回もねぇよ! 他人の恋路て! オレはエミリアたん一筋だ!」

「うんうん。軽口言えるくらいまでは、元気出たみたいだね? 僕からはここまでだよ~~! 後はクルルに任せるから宜しくね♪」

 

 

 

そうとだけ言うと……、姿が掻き消えた。

恐らくベアトリスの方へと戻っているのだろう。

 

そして、クルルにはまだ話したい事、聞きたい事山ほどあったスバルだったが。

 

 

「アレが話さない、って言う以上、自分から話でもしない限り、ほぼ無理。諦めて」

「……ツカサがあんなモフモフ最高毛並みを持つクルルに辛辣になる理由が解ったよ。まるっきり楽しんでんじゃねーか! 別人格なんだよな? クルルってのはもう1匹いて、そっちは愛らしい小動物なんだよな??」

「いや、まぁ、そうだな。でも、クルル自身も力は凄く強い存在だから、その辺は解ってて。人懐っこい所はあるけれど、怒ったら怖い。姿に反して怖い。その辺はパックと同じだと思って良いよ」

「…………な~~る」

 

 

パックの闘う姿、あの破壊力を目の当たりにしてるスバルだからこそ、直ぐに連想出来た。

見た目愛らしくても、2秒で自分を粉微塵に出来る存在だと言う事だ。

 

と言うより、そんな存在を思いっきり雑な扱いしてた(エルザ戦で、直球ストレート投げたり)ツカサはそれ以上? と思って嫌な汗を掻いたりもしていた。

 

 

 

「さて、ここからが本題だよ、スバル君」

「お、おう? 何で突然君呼び?」

 

 

 

ニコッ、と笑うと同時に、ツカサはスバルの両肩をガシッ!! と握ってブンブン揺らした。

 

 

「つ・ま・り!! スバルお前はアレか!?? ぽんぽん ぽこぽこ、ころころ、何回も何回も死んだって事か!!? 短期間で一体何回死んでんだよっっ!! ええ!? 知ってるわ! ここ数日で4回死んだな!??」

「あばばばばばばばばっっ!!」

 

 

「さっき、オレが血ぃ吐いてんの見ただろっっ!! あれが後遺症だ! あれもまだ易しい方だ!! クルルに色々やらせなかったらもっとヤバかった! オレヤベーんだ、すげーーーやべーーーんだ!! 身体がバラバラになって、メッチャ痛苦しい上に死ねないんだぞ!?」

「ぶばばばばばばばばばばっっ!!」

 

 

 

「だから頼むから。本当に頼むから 死ぬなよ!! 絶対死ぬなよ!! こんな短期間じゃ、オレが肉体的に辛い!! 生きてるのが不思議! って思うくらい辛い! 何でも手伝うから、頼むから死なないでくれスバル!! もうちょっと自重と慎重を心掛けてくれ!!」

 

 

 

 

 

ツカサの魂からの叫び。

物理的な超振動を身体に喰らい、それだけでも病み上がりな身体にはきつく、ツカサ自身に殺される! と思ったのはスバル。

 

 

だが、それ以上に 自分自身が戻ってる事を知る人物が居る事に 言葉に出来ない程の安堵感が波の様に押し寄せてきていた。

 

 

そしてその後 ある程度ツカサは満足したのかスバルを解放&介抱。

 

 

 

 

 

その後。

よせば良いのにスバルは

 

 

 

 

《今のは逆に死んで、って事じゃないよね?》

 

 

 

 

と聞き返してしまった。

 

その返答は、笑顔と共に脳天唐竹チョップ。

それを受けて、再び昏倒するのだった。

 

 



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助っ人と2週目

 

 

 

 

取り合えず、色々難ありきな話し合い? となったが、結論から言って有意義なモノだった。

 

 

つまり、スバルの身に何があったのか? それを確認していたのである。

 

ツカサはスバルとは離れた場所にて、この4日間を過ごした為、スバルの身に何があったか知る由も無いから、本人の口から聴く必要がある。スバル自身は、どうやって死んだかまでは解らないが、いつ・どこで、と言う状況に関してははっきりと覚えていたのだ。

 

 

つまり、スバルは4日目の夜から5日目の朝を迎える間に殺されたと言う事。

 

 

「……取り合えず、スバルを殺した人が近くに居るかもしれないから、変に怪しまれる前に、ロズワールさんの所に行こうか。クルルの認識阻害が何処まで影響するのか不透明だし、ロズワールさんは、王国筆頭魔導士。………勘づいたりしない、って言う希望的観測は止めとこう」

「おうっ! それで行こうぜ、兄弟!」

「あーー、もう! メッチャ良い笑顔してんじゃないよ、まったく。自分の命大切に! はい、復唱!!」

「じぶんのいのち、たいせつに」

「心籠ってない!」

 

 

傍から見れば、仲良く談笑している様に見えるだろう。

クルルの認識阻害とはそう言う効果がある。……が、別に阻害の効果が無かったとしても、恐らく会話の内容を把握さえしてなければ、単純に2人の様子だけを見ていれば、仲良くやっている様にしか見えない。

 

 

そう思える程、スバルは笑顔だから。顔を顰めているのはツカサだけであり、スバルのキャラを知っている者であれば、また変な事言って困らせてるなアイツ、みたいな感じに収まる筈だ。

 

 

「でもまぁ、ほんと、いや マジで。……マジで兄弟には助けられたよ。オレ。……こんな普通の事なのに、当たり前な事なのに、オレを知っててくれてる(・・・・・・・・)。それだけで こんなに嬉しい事ってあるんだな……」

「エミリアさんの次くらい?」

「おうよ! エミリアたんは、不動の1位だからその辺はどーぞ宜しく! 無駄な足掻きはせず、甘んじて心の2番目の位置にいなさいな!」

「…………クルルに、いや エミリアさんやパックに 氷漬けにして、殺さず保存する様な方法無いか聞いてみようかな………? 氷の魔法使ってるみたいだから、その辺精通してそう。お願い何でも叶えてくれる、らしいし?」

「ヤメテ!! 物騒な考えヤメテ!! このまま一蓮托生で行こうぜ、って!!」

 

 

スバルが死ねば、ツカサにほぼ致死性の大ダメージ必至。クルルと言う精霊がいなければ、肉体に加えて精神も崩壊の恐れ大。

 

回避不可能の連帯責任の押し付け。実に迷惑極まりない話……ではあるが、スバルの考えはツカサも似た様なモノなのだ。

 

記録(セーブ)&読込(ロード)と言う能力は、極めて強力且つ理不尽に近しい、因果律を覆すと言って良い能力だが、スバルが言う様に 未来から過去に戻った際、その過去から未来までに起こした事、知り合った人達、自分の思い出以外の全てを置き去りにする。

 

例外的に、別の手段もあるが、こちらも かなりリスクが伴う。その上に 自身の能力がバレてしまうので、極めて慎重に行わなければならないのは言うまでも無い。

 

誰にも知られてないからこそ、この能力は最大級の威力を発揮してくれるのだ。

 

先ほど、ツカサがスバルに言った通りの事が自分自身に起きたとしたら、と考えると笑えない。

ツカサ自身を凍結保存等されて、封印でも施されてしまえば、どうなるか解らないから。能力は多少融通は利くが、完全なる不意打ちともなれば…………、試したくない。

 

 

 

 

色んな事を頭の中で浮かべながら―――、取り合えず皆の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはぁ、目が覚めたんだぁーね。よかったよかったぁ。堂々とツカサ君に言った手前、コロッ、と逝っちゃったら、面目丸つぶれだったぁーぁよ!」

「近ッッ!! やっぱ、顔近ッッ!?」

「はぁ………」

 

 

 

 

ロズワールとの接触? 再会? は紛れもなくデジャヴュを感じているので、元居た世界線をなぞる行為はバッチリだ。

 

スバル自身も、そのつもりでいたらしいけれど……、どう見ても素が出ている様にしか見えない。

 

 

「ドン引きするのは仕方ねぇよなぁ? 例え予習復習しっかりしてたとしても?」

「ほっほーぅ。ドン引き! いーぃ言葉だーぁね! 初めて聞いた言葉だけど、波長があった、てぇーぇ言うのかな? 気に入ったよーぉお。人と違う感性を理解されない気持ち良さだ」

「若干共感できる! けど、やっぱ嫌だ!! んでも、仲良くしていかなければ……」

 

 

前回通りとはいかなさそうだ。

若干の差異が見られるが……、その辺りは本当に仕方が無い事だろう。

 

 

もしも、の話になるが、もしも――――ここにツカサがいなければ、恐らくスバルは神経過敏になる程までになっていただろう。前回を思い出し、少しもミスしない様にして、それでいて原因を追究していた筈………だが、今はツカサが居る。

全てを知っている彼が居るからこそ、心に本当の意味で余裕とゆとりが見え始めているというものだ。

 

 

だが、断っておくが スバルとて真剣と言えば真剣そのもの。スバルはツカサの事も見たから。……血を吐き、蹲るあの姿を目に焼き付けているから。

間接的とはいえ、元々はこの世界に召喚した顔も知らないよく解らない相手に重すぎる好意を持たれてしまった結果とはいえ、あの姿を目の当たりにしたら、注意も注視も慎重にもなると言うモノだ。……勿論、自身の身が危うくならない範囲内での事ではあるが。

 

 

 

 

因みに、その後起こる前回の光景―――ロズワールがスバルにデコキッス♥ な光景は全力で回避したのは言うまでも無い。

 

 

 

 

「それではご案内いたしますわ、お客様」

「それじゃご案内してあげるわ、お客様」

 

「って、何で今回もオレだけ拘束!? ツカサ(そっち)は!?」

「日頃の行いじゃない? って言うのはまぁ 半分冗談で。オレはもう案内受けてるから」

 

 

 

ロズワールに向ける視線やちょっとした会話が不快だったのか……、前回はロズワールがスバルに濃厚なデコキスをした反射的に、見事に腰の入ったアッパーカットをロズワールに喰らわせた、という前例がある。

 

 

主に害をなした、という事で、2人の双子メイドがそれはそれは怒りの表情となり、ロズワール自身が全く問題ない、悪いのは自分であり、スバルに落ち度はない、と許しても………変わらず。

 

 

そのまま、見た目に反して 中々の腕力で連れ去っていくのだった。

 

 

 

 

 

「――――それで、実際のところ、どぉでしたか? エミリア様」

「あなたと見立ては一緒……だったんだけど、ツカサがちょっと気になる。突然倒れちゃった事もそうなんだけど、それよりさっき。……スバルと内緒の話でもあったのかな? パックが気付いてくれたんだけど、ちょっと認識出来ない会話してた。私は盗み聞きなんて最初からするつもり無いのに、念の為、だったのかな」

「ほほぅ……、それはそれは。ちょぉ~っとばかり、こちらも注意が必要、だぁね」

「……でも、ツカサは恩人。スバルも恩人。パックも言ってたケド、2人とも悪意や害意は無いし、嘘もついてなかった。…………それでも、恩人の2人なのに、こんなに疑わなきゃいけないなんて……」

「仕方のない事です。………それだけのモノを、貴女様は背負ってらっしゃるんですから」

「………うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、スバルは関節技を掛けられたまま案内され、ツカサは意気揚々と3度目となる食堂に到着。

到着するや否や。

 

 

「きゅ~~♪」

「!」

 

 

クルルが頭の上にもどってきた。

中身(あれ)と一緒に。

 

 

「………名残惜しいのよ。でも、仕方のない事かしら」

 

 

ボソッ、と小さな声で呟く少女の姿もしっかりと視界に捕える。

 

 

「おはようございます、ベアトリスさん」

「ん。おまえ、大丈夫なのかしら? 随分と血を吐いたのよ」

「あはは……。見られちゃってましたか。大丈夫ですよ。クルル(コイツ)が護ってくれるので」

「きゅっ、きゅんっ!」

 

 

胸を張るクルルを見て、また愛らしい、と言わんばかりに目を輝かせるベアトリス。

身体の事情に関しては、自分には解らないが何か問題があるのだろう、そしてその問題を解決へと導けるのがクルルである、という事も理解している。

 

口では辛辣な言葉が飛び出すが、相応の信頼関係がこの2人にしっかりと構築されているのを改めて目にしたベアトリスは少なからず寂しそうな目をしていた。

 

 

「それで、お前の方はどうしようもない程、可哀想なくらい頭がおかしいかしら? こうも極端だとベティーも同情するのよ。半ベソかいてた癖に」

「くっそ……、このドリルロリ……。つっても、言い返せねぇよ!」

「何かしら、その単語。聞いたことないのに不快な感覚だけはするのよ」

「ま、それくらいは言い返そう! つまりアレだ! 攻略対象外に圧さないって意味。オレ年下属性あんま無いし」

「………あれだけの事があって、まだベティーに無礼な口を叩けるのも、可哀想なのよ」

 

 

無礼を働いた結果が、あのマナ徴収と言う名の拷問。

かなりのレベルの苦痛だったと思われるが、生憎スバルはそれ以上の苦しみを知っているのと、性格云々はそう簡単に変わらない、という理由もある。

 

 

取り合えず、ラム&レムの関節技から解放されたスバルの頭目掛けて、クルルを投擲。

 

 

「きゅきゅんっ!」

「どわぁっっ!! って、それほぼ凶器!! モッフモフのフッカフカで、キュートなクルルっちでも、それ凶器だからな!!」

「自重&慎重は心掛けてね? 仕方ない面はあるかもだけど。その辺宜しく」

「わ、わーってるよ! 兄弟!!」

 

「はぁ……、こんなのが兄弟、ベティーはお前にこそ同情するのよ」

「あははは……、いや、ほんとありがとうです」

 

「はいそこーー! そんな悲痛な顔して言わないで!」

 

 

一蓮托生な間柄とはいえ、寂しくなってしまうスバルは猛抗議。

 

そして……。

 

 

「相変わらず、お前は朝っぱらから飲んでんのな」

「なぁに? ひょっとして飲みたいのかしら?」

「前も言ったが、間接キスってなっちゃうし。まだちょっとイベント更新早いし………その……」

「何かしら!! さっきまで無礼極まりない、無神経男だったくせに、この初心な感じはなんなのかしら! こっちが恥ずかしいのよ!」

 

 

所々は差異があるものの、要所要所は抑えてる様な気もするので、温かい目で見守るツカサだった。

 

 

そして、その後はまさに予定通り。

 

ロズワールも遅れてやって来て、レムやラムも配膳し、皆で感謝を口にして朝食。

穏当ではない国の状況、王が不在、その血族根絶やし、そして エミリアが次期王候補1人である事等、モロモロを打ち明けられた。

スバルは暴走(笑)。

レムとラムに《OK》の意味を教え、飲酒可能年齢を代わりに教えてもらえる。

続いて《マジ》の意味を教え、直ぐに覚えて使いこなすと言う御業を魅せられてスバルは感嘆。

 

 

互いに《イエーイ》ハイタッチまで交わす程。

 

 

 

最初も、それなりに流して……というか、喜劇を見ているかの様に楽しんでいた事が功を成したツカサは、見てるだけで大体同じ。

前回をなぞってるスバルは頑張っていた様だが、悪いがどう見てもギコチない大根役者。

 

 

本当に幸か不幸か 戻った先がスバルが色んな事実を知る手前だったので、そこまで気に掛ける項目は無かった。

 

 

―――でも、結果 スバルが目に見えない暗殺者(疑)に狙われる事を考えたら 頂けないかもしれないが。

 

 

全く別の理由で命を盗られる可能性だって否定できない訳だ。

 

 

「(はぁ……、取り合えず オレ自身も結構注意して見とかないと、だな………。スバルだけ(・・・・・)が危険って単純な話じゃないかもしれないし)」

 

 

屋敷で命を落としたのは間違いない事。

単純に考えたら、《犯人はこの中にいる!》に収まると思うが、そう簡単な事ではないかもしれない、というのがツカサの感想であり、スバルも同じ意見。

 

王戦絡みで、候補者を狙った攻撃に巻き込まれたと言う可能性だって0ではない。寧ろ、あの腸狩りのエルザの一件を考えたら、そちら側の方が高いと思える程だ。

 

 

 

 

そして、最終的には勿論。

 

 

「君が望むものはなぁにかな? どんな金銀財宝を望んでも、或いはもっと別の酒池肉林的な展開を望んだとしても、褒美は意のまま」

「男に二言はねぇな!? ロズっち!」

「ほほぅ、スゴイ言葉だねーぇ。なるほど。男は言い訳しないべきだ。二言は無い」

 

 

望むモノは最初から決まっている。

 

 

 

「オレを屋敷で雇ってくれ!」

 

 

 

そして、前回同様、皆がぽかん、と気の抜けた様な顔をしていた。

唯一、ベアトリスだけが パックやクルルと戯れてご満悦だった筈のベアトリスだけが、明らかに表情が歪んでいたが、それも同じ事。

 

 

無欲である事を咎められる、という展開を再び踏破。

 

 

「はーぁ、スバル君といい、ツカサ君といい、その黒髪い黒い瞳、南方特有の容姿の男のコと言うのは、無欲の塊だったりするのかーぁな?」

「なーに言ってんの! 兄弟はどうかしんねーけど、オレは超欲張り! だって、こんな超かわいい超好みの超美少女とひとつ屋根の下だぜ!? 距離が縮まれば心の距離も同じ! チャンスは無限大!」

「……なーぁるほど。それは確かにそうだ。好みの女性の傍にいられる職場というのは得難いものだーぁね。つまり、その理論で行くと……」

 

 

ロズワールは何故か、ツカサの方を見た。

 

 

「ツカサ君の好みの子は、アーラム村に居た、って事かーぁな?」

「スバルを基準に、オレを推し量るのは止めてもらいたいですが………」

 

 

別に興味が無いと言う訳では無いし、同性愛と言う訳でもない。……が、いわばここは生活の基盤を整えなければならない場面だ。それに加えてスバルと言う天敵でありいつ爆発するか解らない存在もいるから、尚更考えなければならない事山積みだから、という理由もある。

 

 

「記憶障害を抱えてる、何処から来たか解らない身を受け入れてくれる、その要求ですから、無欲とは自分も思ってないですよ。しかも、その身請け先の上に立つのが、王候補のエミリアさんだったり、そのパトロン、筆頭魔導士のロズワールさんだったり。暮らしていく分には申し分ないと言うか、これ以上ない環境だと思うので」

「確かに、そーぉだーぁけどさ? それに加えて、その力をエミリア様の為に存分に発揮してくれーぇる、と約束までして貰えたんだ。やーーぁっぱり、どう考えても十分無欲だと思うよ?」

「ん……じゃあ、1つ、欲を出して良いですか?」

 

 

ここで、前回とは違った交渉に打って出る。

そのことに気付けたのは当然スバルのみ。

 

 

「勿論、良いか悪いかは、ロズワールさんが、引いては屋敷の皆さんが決めてくれて問題ありません。誰か1人でも難色を示したら、取り下げますから」

「いーぃよ。……何でも言ってくれ」

 

 

ツカサからの要求は願ったり叶ったりなロズワール。

目配せをして、ラムに指示。レムが余計な反応を示さない様に、フォローする事を目だけで伝える。

それ以外は問題ないとロズワールは思っていた。

 

 

 

「たまに、極たまに、こちらに訪問しても良いでしょうか? ご飯をご相伴に与れればな――――……なんて」

 

 

 

これは勿論スバルに対しての事なのだが、勿論全くのウソと言う訳ではない。

この場には、読心が出来るパックやベアトリスだっている。うすぼんやり、と言っているが、どの程度読めるのかはっきりしない以上、耳当たりの良い言葉を作るより、本心からの進言の方が良い。

 

 

この料理は、レムが作ってくれている様だが、本当に美味しかった。

 

 

村の料理にケチをつけるワケではないが、それでも絶品だったので、また与る事が出来たのなら、嬉しいと言うのは偽らざる真実。

 

 

―――クルルを用いた手段、心に鍵をする事は出来なくはない。でも、それは最終手段であり、妄りに使いたくなかったりもするから。

 

 

「さっすが兄弟!! 確かにメシは普通以上にうめぇ! つーーか、メチャクチャうめぇしな!」

「……でも、それじゃ、スバルと一緒で無欲だって、言われても全然おかしくないよ、ツカサ」

スバルと一緒(・・・・・・)って言う部分は撤回してもらいたい所だけどね……」

「うわっっ! 兄弟がメッチャ辛辣になった!!」

 

 

 

エミリアは、恩人に何も返す事が出来てない、命を救われた恩、それ以上の事も全く返せたりしてない、と負い目を抱いている。

でも、偽らざる気持ちを全面に前に出した事で、スバルもツカサも、本心を口に出来た事で、その負い目が少し和らいでいるのも事実だ。

悲痛な面持ちだった顔が、可愛らしいモノへと変わっているから。

 

 

「それだけ、レムさんの料理が美味しかったから………」

「おやーぁあ? レムががーーっちり、ツカサ君の胃袋掴んじゃったよぅだぁーね」

 

 

ロズワールはそれを聞いて笑う。

ラムとレムはきょとん、としていたが、レムは 優雅にお辞儀をした。

 

 

「お褒めに与り、恐縮ですお客様」

「褒めるのは当然ですよ、お客様」

 

 

「それに、このやり取りも中々面白くてね」

「いーぃねぇ、君達。2人ともがラムとレムの強い個性を受け入れるどころか、楽しんでる。なにかぁと、敬遠されがちなんだけど、そこまで気に入ってくれたのなーあら? 主として、私も鼻高々だーぁよ。その程度なら問題なし。流石に忍び込もーぉとするのは勘弁してもらいたいが、ラムとレム、エミリア様をとーぉして貰えるのなら、いつだって、大歓迎さ」

 

 

 

 

という分けで、ツカサは屋敷に気軽に来ても良い、つまりは スバル襲撃事件? の日にロズワールの屋敷に居られると言う約束を得たも同然。

 

ツカサは軽くスバルに目配せしつつ、あの苦しみを回避できるかも、と安堵するのだった。

 

 

 

 



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正念場

何はともあれ、スバルとツカサは利害が完璧に一致。

ロズワール邸攻略2週目で共闘する事に。

 

 

 

 

でも、だからと言って 《アーラム村に滞在の許可》と言うのが当初の願いは変わらないし、変えられない。

何でも望みを叶える、思いのまま、遠慮無用、等々言われてはいても、もう願った事をたった1日で変える。スバル同様にこの【ロズワール邸での永住権】など主張すれば、まだ姿が見えない敵……暗殺者の行動が変わるかもしれないから。

 

少なくとも、限りなく忠実に前回通りに事を運ばなければ、また違った道順となり不測の事態が生じる事も容易に想像が出来る。

 

 

なので、ほんのちょっとした変化を起こした。

 

 

《スバルが殺害されるであろう日に、ツカサも自然とロズワール邸に居る》

 

 

それを考えた結果が、あの《ロズワール邸にたまに遊びにきて、ご飯を肖る》と言った新たなる願い。

一応、自然に言えたつもりだし、何より ロズワール達の誰一人として難色な顔を示さなかったのも大きい。パックの様に読心を使えるワケではないが、中々の及第点では無いだろうか。

 

当初は ベアトリス辺りが、辛辣コメントを残しそうだと危惧していた。

もしもそうならその時点でこの願いも難しくなっている。円満に迎えられる、領主の命令ではなく全員が、が理想的な形だったので、そこを 変える為に またいきなり前言撤回するのも不自然だ。

 

交渉事には、記憶(セーブ)&読込(ロード)が最適な力なのだが……スバルと言う天敵(笑)のせいで、安易に使えない今、同じ条件下で乗り切るしかない。

 

 

でも、結果は 色々と危惧していたその心配は杞憂に終わった。

 

 

ご飯を食べにきたい、と言う願いに対し、ベアトリスは難色を示す事は一切無かったから。

 

それが演技ではない事は、間違いない。何せスバルの 《ロズワール邸(ここ)で雇ってくれ》発言の時、その幼い少女の顔つきが、はっきりくっきり解る程に歪んでいたから。まさに嫌悪感満載、と言った顔つきだったから。

それも、パックと戯れて、クルルとも戯れて、ご満悦だった顔がほんの一瞬で歪むほど。

……あれ程《表情(かお)に出る》と言う言葉を体現しているのは他に無いだろう。

 

 

『オレと全然ちげぇ!』

 

 

とスバル自身が、ツカサに対するベアトリスの対応に関し、盛大に文句言ったのも当然な事だが、生憎 それは第三者から見ても明らかだ。

スバルは 無礼、喧しいやら煩いやら鬱陶しいやら(ベアトリス談)の性格。それに加えて、扉渡りをあっさり破ってきて、初対面の段階で かなりの不興を買っていた。

 

なら、ツカサの方はどうだろうか?

 

そんなのは考えるまでも無い。

本人も対象にするのが可哀想になる、とまで言っている。

 

礼儀は勿論の事、クルルと言う新たな幼女の友達を紹介してあげた上に、マナ徴収まで眉一つ動かさず了承との事だ。加えて王都では エミリアを守った功績、その配分はどう客観的に見てもスバルより上だと、スバル自身も認めている。

 

それに加えて、ツカサの力の一端を聞いた。

自分がループすればする程、ダメージ倍増しで帰ってきて、リセットされないのは、正直発狂もの……と思ったが、それ以上にその力の凄さが伝わってきている。

 

正直スバルから見たツカサは スバルを路地裏のチンピラから助けてくれて、そして あの腸大好きサディスティック女こと、腸狩りのエルザとの一戦、最終局面で駆けつけてくれて、解決に導いてくれた白馬の王子様 ラインハルト。……それと同等以上のモノをツカサには感じているのである。

 

 

 

ただ、それでもエミリアのハートは自分のモノ! と恋敵としてツカサを見る面だけは捨てられない様だが。……幸いにも、エミリアに対する恋慕の情は持ってないらしく、友達以上親友以下の範囲内との事。――――でも、全く安心はできない様だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(んーー………大丈夫なんだろうか………? 前回の連続拷問(戻り)よりは、マシとはいえ 日時が解ってる分、恐怖心ってヤツに苛まれそうだが………)」

 

 

アーラム村に居る間は、当然ながらロズワール邸での出来事は解らない。

その辺りはスバルが頑張るとの事だ。

何が何でも生き残る所存、最終日? のエミリアとの約束を果たす為に、と奮起している。

 

それに、ツカサ自身についてもスバルは相応な責任を持ち合わせてるつもりだった。

 

あの死の苦しみ、そして繰り返す孤独。見えない傷を、見えない刃物で何度も何度も刻まれる様な感覚を共有してくれてる間柄だ。

 

《死に戻り》その本当の意味での原因はよく解ってないが、引き金(トリガー)が自分であるのであれば、尚更責任を感じると言うモノで、より気合が入る切っ掛けにもなっている。

 

後は、ツカサと言う紛れも無いこのエミリア派最強クラスの実力者が自分と一蓮托生と言ってくれた(?)安堵感だって当然ながらしめているのである。

 

 

 

 

 

そんなスバルの事を信じている……と、までは正直中々思いたくないのは仕方が無い。

辛辣だと言われたとしても、スバルは王都の1日で3度。……確かに、エルザと言う殺人鬼がいたとしても、こうも短時間で何度も何度も殺されちゃってるので……、仕方ない。

 

 

 

「ツカサーー!」

「どーーしたの??」

「遊んで遊んで!! 飛んで飛んで!!」

 

 

色々と考えに耽っていたが、ツカサ自身も上の空になるワケにはいかない。

ツカサ自身もアーラム村で2週目を頑張る所存だから。スバルの死に関しては、色々と疑う余地はあるものの、この村自体が良い所である、と言うのはたった4日でも解ったつもりだから。

 

 

 

「よっし! あんまり、高くは飛ばさないからな? 皆のお父さんやお母さんに心配かけたくないし? 解ったかな?」

「「「「はーい!」」」」

 

 

 

スバルの事は取り合えずスバル自身に任せ、ツカサは元気いっぱいの子供達と遊ぶ事に集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方スバルはと言うと……。

ロズワール邸初日目の業務を終え、自室に戻っていた。

 

 

 

 

「ぐっはーぁぁぁぁぁ、つ、つかれた………」

 

 

 

2週目、雇ってもらって2度目。

ある程度は勝手が解ってるので、前回をなぞる事に集中でき、余裕も生まれてるだろう……と高をくくっていたのだが、淡く打ち砕かれる。

 

雑用の中身の濃さが1週目とは段違い。

 

任せられる仕事の質と量が劇的に変化。

ツカサも言っていたが、可能な限り前回と同じように沿って行っていけば、同じ道となるだろう……とスバル自身も同意していたのだけれど、全く濃さが違う。

 

 

小さな差異を無視した事で、やがて起きる大きな問題がズレる可能性もあるから、安心など出来ない。バタフライエフェクトと言うヤツだ。

 

 

ツカサは4日……つまり、スバルが殺される日にここへやってくる手筈になっているのだが……、その日時さえズレてしまわないか? と不安も少なからずあるのだ。

 

 

「色々と不安だらけだよ、おまけにロズワールと入浴しちまうわ、オレの魔法適正がデバフ特化だわ、散々だった……」

 

 

前回と違う点。

お風呂タイム、安らぎの憩いの場でもある入浴タイム中にロズワールが乱入してきた。

断ったのだが、相手は館の主だ。好きな時間に好きな様に入浴する権利は当然の事、スバルの願いは却下されて、一緒に仲良くご入浴。

 

 

その時、前回知らなかった情報を沢山聞けた。

 

主に魔法の事で……、魔法には基本となる4つのマナ属性あり、火・水・風・土と言った属性が基本1つ存在するとの事。

 

そこでスバルは意気揚々とロズワールに鑑定を依頼。

 

結果が―――4属性オール却下。スバルの適正は《陰》。

 

4つの属性以外に《陽》と《陰》。光と影のような属性も存在する事をここで知り、生憎該当者が極めて少ないから省かれたとの事だ。

そこに目を付けて、類稀なる属性、実はすごい、5000年に1人、とスバルは興奮していたが、その魔法の能力説明を受けて、再びダウン。

 

陰魔法は 相手の視覚を塞いだり、音を遮断したり、動きを遅くする、等と言ったのが有名なモノ。

 

つまり、スバルが言う敵弱体化(デバフ)特化。地味すぎると落胆し、魔法の才能が無い、と聞き、更にトドメに陰魔法に詳しいのがベアトリスである、とも聞いて更に撃沈。

 

 

 

「はぁぁ……、だが、こんなに疲れてると言うのに、なぜオレは身体が勝手に動くのか!? オレはなぜこんな、気合を入れてベッドメイクをしているのか!?」

 

 

 

口では疲れた疲れた連呼していても、身体はてきぱきと動いている。

そう、ベッドメイク。チリ1つ、シワ1つ見逃さず完璧に。

 

 

それにも勿論理由があり、夜に部屋にやってくる人が居るのだ。――――エミリア………ではなく、ラムが。

 

意中の相手とは違うとはいえ、ラムも口は悪いが美少女に分類される。無意識下でベッドを丹念に念入りにするのは男の子としての性。仕方が無い事なのだ。

 

 

 

 

結局―――ラムは、夜にスバルの元へ来た理由はスバルに読み書きを教える為だった。

 

 

色々と指示を残したり、買い出し等の仕事を頼んだりする時、読み書きが出来なければ話にならない、ラムが楽できない(・・・・・・・・)、と言う理由で 来ただけであり、妄想豊かなスバルは出鼻挫かれたのであった。

 

 

因みに、丹精込めてメイクしたベッドは使われた。

 

 

スバルが勉強する最中、居眠りをラムがする為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後多少なり前回と比べて差異はあったものの、問題の4日目に突入。

 

 

 

そして、予定通り スバルはアーラム村へとやって来た。

 

 

 

「エミリアたんは、わたせーーーんっっ! いっくら、相手が兄弟だったとしても、まけられーーんっっ!!」

 

 

「おおーー! やしきの人だーーー!」

「あたらしいヤツだーーー!!」

「目つきわるーーーい!!」

 

 

「ぐええええええっっっ!! やっぱ、容赦なしか、お前ら!」

 

 

スバルは予定通り? 或いは本心のままに? ツカサを見て突進開始。

そして、予定調和が起きる。見事、子供達に返り討ちにされたのだ。

 

束になって、スバルの腹部目掛けてタックルされれば、幾ら体格で勝っていても、押し倒されるのは仕方ない。

 

 

「何やってんの、ははは……」

 

 

そして、予定外の事も起きていた様だ。

前回、4日目にアーラム村へと買い出しに来るときは、ラムが同行していた様なのだが、今回はレムがスバルと一緒に来ていた。

 

 

「あ、レムさん。丁度良かった……」

「はい、何でしょうか」

 

 

多少は戸惑うが、表情には出さない様にして、ツカサは遊び続けるスバルとは別行動。

レムの所に行った。……当然、交渉だ。

 

 

「今夜は村の仕事も無いみたいだしさ。……えっと、構わない……かな?」

「きゅきゅっ! きゅ~~♪」

「わっ」

 

 

ツカサが頼むと同時に、タイミングを見計らったかの様にクルルがレムの肩に乗って、その頬に頬擦りをしていた。

姉第一主義であるレム。何処か冷めた様な表情を見せる事も多々あったが、愛玩動物な所があるクルルになつかれてしまえば、邪険に出来るワケも無く。クルルの愛らしさも加わって、レムは強張っていた頬を緩ませた。

 

 

「勿論、ロズワールさんにも聞いてみた後、って事になるけど……」

「ロズワール様からは、ツカサ君の言う事は 何でも(・・・)聴く様に、と仰せつかっております。レムの料理で宜しければ、幾らでも」

 

 

取り合えず、ロズワール邸のメイドであるレムの許可。誰かの許可を貰う事、第一関門クリア……だったが、ロズワールが中々に重たい命令を下してる事に目を丸くさせた。

 

《何でも聴く》は流石に重すぎるだろう。

 

別に変な事を頼んだりするつもりは毛頭ないが、もしも自分が悪い奴だったらどうするのか、と思わずにはいられない。不用心だ、と。

 

 

「な、なかなか重い事を伝えてるみたいだね……。何でも、ってこの間 了承してもらった以上の事は言わないからね? 一応、念のため」

「……はい。レムも、解ってますよ。ツカサ君がそう言う事(・・・・・)を言わない、と」

 

 

レムの笑顔を、自分に向けられた笑顔をこの時初めて見た。

少しでも信頼を勝ち得たのなら、それ程好ましいものはない。

 

 

「それは嬉しい評価を貰ったよ。ありがとう」

「いえ。この村でのツカサ君の評判はレムの耳にも届いています。森の結界の一部破損をいち早く見つけて頂けた事に対しても、感謝を」

 

 

レムは優雅にメイド服、スカートの先を抓み、お辞儀をした。

 

その表情には笑顔も見えているから、何処となく嬉しかった。ラムよりもレムは本心をその顔に見せない様な気がしていたから。

 

初対面で、知り合って間もない相手に早々見せるものでもないかもしれないが、ベアトリスやスバルと言った、中々に強烈な印象を持つ者と対峙してきたから……。

 

 

 

その後、買い物が終わるまで、付き合い……スバルを迎えに行った。

ボロボロのギトギトにされたスバルが眠たそうに佇んでいる……のも予定通りだ。

 

ただ、スバルの隣にいるのがラムではなく、レムとツカサの2人である、と言う事を除いて。

 

 

 

 

―――いよいよ、ここからが正念場である。

 

 

明日の朝日を無事迎えられるかどうかの……

 



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2つの優しさ

レムが振るってくれた豪勢な夕食。

そのご相伴にツカサも与る事が出来た。

 

スバルも、から元気ではありそうだが、平然と務める事が出来ている。

お互いに並々ならぬ思いでこの日の夜を迎えている、と言う事は容易に想像が出来る事だろう。

 

 

 

何せ、王都の時とは違う。……敵が全く解らない状態だから。

 

 

 

それでも、今夜恐らく何かが起こる可能性は極めて高い。

細かな差異はあれども、スバルもツカサも前回の道筋をある程度辿る事が出来たから。

 

 

そして、全く違うアプローチ。

今回は現場(・・)にツカサも居る。

 

色々と考えていたのだが……、料理が美味しかった、と言うのは心からの本心。パックの読心を使ったとしても、そこだけは信用される事が出来る確信が持てる程に。

 

そして、美味しい美味しい料理を頬張る。

ロズワール邸に居れば、毎日こんな美味しい料理を与る事が出来るのか………、と少なからずスバルの事が羨ましくも思えた。

村の料理も勿論美味しいけれど、やはり いわば貴族の高級料理。美味しいものは美味しい。ロズワールも言っていたが、これこそが胃袋を捕まれる、と言う事なのだろう。

 

 

 

「……ダメだダメ。毎日でも来たくなりそうだけど、そこは我慢我慢。働かないで食べるばかりはダメ」

 

 

ツカサは頭を数度叩くと、視線を再び下へと向けた。

 

 

 

 

 

因みに―――この場所は、ベアトリスの禁書庫。

 

 

 

ツカサは、夕食をご馳走になった後、クルルを出しにベアトリスの禁書庫でお世話になっている。

ベアトリス自身も、ツカサに色々な事情を察しているモノの、クルルと一緒に居る事自体は好ましいモノなので、渋る事なく気軽に了承してくれたのだ。

少なくとも、スバルが夕食後の片付けや他の業務が終わり、本人にとって何よりも重要なエミリアと約束を交わし―――――眠りにつくその時間までは、この禁書庫に居るつもりだった。

時間合わせも入念に行っている。気付いたら、戻るあの最悪の現象に陥ってしまった、なんて間抜けな真似はしないつもりだ。

 

 

そして、暫く本を読んでいた時だ。

 

 

「そろそろ話してくれても良い頃合いなのよ。色々理由を取ってつけてたみたいだけど、どういう理由があって、屋敷に来たのかしら?」

「!」

 

 

クルルの毛並みを堪能しつつ、その鋭い視線をこちら側に向けてくるベアトリス。

ツカサは反射的にベアトリスの方を見てしまった。……その表情を見ればよく解る。……生半可な理由、安易な嘘くらい余裕で見破ってきそうなのを。

そして、今の反応の仕方で更に確信を与えてしまった事も。

 

力に頼らない交渉術も学ばなければならない、と思えた瞬間でもある。

 

 

「……やっぱり、バレてしまいましたか」

「ふん。あからさま過ぎかしら? 何が何でも今日は泊っていきたい、って言ってるも同然だったのよ」

「……すみません。クルルをダシに ベアトリスさんを利用する形になってしまって」

 

 

誤魔化したりせずに素直に謝罪したツカサ。

クルルをけしかけた、と言うのは半分は本当だ。

ベアトリスを頼ろうと思っていたので、その手段で行こうと決めていたから。もう半分はクルル自身。……アレ(・・)ではなく、クルルがベアトリスの傍にいたい、と思ってるのは本当だ。

 

それと、ベアトリスが件の犯人であるとは正直思っていない。

………だが、この禁書庫から離れない事が多いベアトリスと共にいれば、……言い方は悪いが容疑者としては省く事が出来る。

 

その為に色々と利用してしまった節があるのは否めないのだ。

 

 

 

ツカサのその姿を見たベアトリスは、躊躇い、迷い、困惑し、……懇願しようとする等、様々な感情が入り乱れていたが、どうにか立て直す。

クルルは まるでこれからする事を解っていたかの様にベアトリスの腕の中から、ひょいと移動した。

 

ベアトリスはクルルが腕の中からいなくなったのを確認すると、ゆっくりと本を閉じて立ち上がる。

 

 

「……この屋敷に、揉め事を持ち込もうとしているのかしら? それなら相応の対処をするまでなのよ」

「……オレは、オレ自身は持ち込むつもりなんて全くありません。感謝はしても、仇で返すような事はしたくない。本心です。……………オレ1人で解決できる問題なら、絶対に持ち込んだり、巻き込んだりは、しない」

 

 

圧が強まる。

その華奢な身体からは想像がつかない程の圧を。

 

だが、それに物怖じしている場合ではないのは重々承知のツカサ。

そしてツカサ自身も並々ならぬ決意と覚悟でこの場に居る。……色々と屋敷の人達を利用してしまっている事に対しては申し訳なく思う。……無論、犯人以外には、だが。

 

 

もう何度も戻った。

 

 

スバルの死を引き金に、何度も。

スバル自身も戻る度に死ぬ……、その傷みを苦しみをその戻った回数だけ経験してきている筈だから、身体に掛かっている負荷、恐怖や痛み……その記憶。……相当なモノだろう。常人なら発狂してしまう様に思えてならない。スバルはツカサと違って、守護する召喚獣クルル……精霊クルルはいないのだから。

目指したい未来の為に、その為に精神を立て直している。色々と非難した面があるツカサだが、その辺りは驚嘆に値していた。

 

そして、負荷や苦痛、と言うのなら、そのまま 元に戻らない(リセットされない)ツカサにも言える事。

 

身体が文字通り見た通りバラバラにされる感覚。死の感覚。……実際にスバルの様に死ぬまでは行ってないので、本当の意味では比べる事は出来ないかもしれないが、それでも厳しいと言わざるを得ない。現実に戻っても、その傷は反映されてしまう。

 

目に見えない傷を幾つも増やしてきた。……あの痛みと苦しみだけは、慣れる事はない。

 

 

 

ツカサは、真っ直ぐにベアトリスを見つめ返して続けた。

 

 

「……それに正直、解らない、と言うしか無いです。切っ掛けは先日の魔獣騒ぎでした。ベアトリスさんも聞いてますか?」

「お前が結界の解れをいち早く見つけ、村人が危険を知らせている間に、領域を侵してくる魔獣を数匹退治した。――――その自慢話かしら?」

「あははは……。自慢と言うつもりはないですよ。……ただ、アレは、あの結界が壊れたのは人為的(・・・)な可能性が高いと、パックに言われました」

「…………」

 

 

 

結界の一部、結晶石が綻び、群生地である森の中の魔獣があわや村に入り込む惨事が起きかけた。

そこは、村の青年の1人であるゲルトとツカサの2人が発見、即連絡で大事には至らなかった。十分な功績の1つ……と、安堵し、終わらすには正直早すぎる事件だ。

 

 

「村の人には、ここ暫くそんな事故は起きた記憶が無い、とも言ってました。平和だったと。子供達もよく笑ってました。平和そのものと言って良い。……そんな村で、あの事件。何か村で変わった事があるとするなら……、言われるまでも無い。スバルとオレが来た事(・・・・・・・・・・)。……まるで タイミングを見計らったかの様な、そんな感じがするんです」

 

 

たった数日で起きた事件。

アレは気付くのが早かったから、たまたま居合わせたからこそ、即座に対応する事が出来た。ただの幸運だ。……少なくとも、安易に記録(セーブ)をしなくなった事を鑑みると、より幸運だと言える。

 

 

「それで、昨日は村。なら今日この屋敷で何かが起こる……って事かしら?」

「いえ。起こるかどうかまでは解りません。今日を選んだのは たまたま(・・・・)ですから」

 

 

ある意味では嘘は言ってない。

 

説明の仕様がない事ではあるが、事実だ。たまたま(・・・・)今日、事が起こった。

4日目と5日目の境目でスバルが襲われ命を落としたのだから。

 

 

「皆の前で追及しないでくれたベアトリスさんには感謝してます。あの夕食の場で聞かれたりしたら、より 皆さんに不信感を与えてしまったかもしれません。……まぁ、オレが勝手に屋敷の皆さんに信用されている、思ってるだけなのが前提です。……本当の意味で、屋敷の皆の信頼を得れたか? と聞かれたら……、なかなか首を縦に振れませんからね。あの獣を数匹退治した程度では」

「ふん。感謝なんて必要ないのよ。お前が仮に(・・)厄介を持ち込む男だったとしても? 極端な話、仮に(・・)あの娘の敵であったとしても、ベティーには関係ないし、それに かかる火の粉を払うくらい簡単かしら。………だから、お前が別にそこまで気にする必要なんて、無いのよ」

「そう……ですか」

 

 

《気にする必要ない》

と言ってくれた。そして敵と言う言葉を使う時《仮に》と言う言葉を添えてくれた。

 

 

 

気付けばベアトリスの圧は消えている。

気付けばベアトリスは いつもの定位置、イスに戻って本を開いている。

気付けばクルルも ベアトリスの元に戻っていて まるで一緒に本を見ている様な光景が広がっている。

 

 

 

疑いが晴れたワケではないが、それでも禁書庫(ここ)に置いてくれる。

対処する自信がある、と言うのも勿論本当の事だろうが、それ以上に ツカサの必死さが伝わった、そして応えてくれた様にツカサは思えていた。

 

ベアトリスは、ここの領主 ロズワールに対してやエミリア、そしてメイド姉妹のラムとレムに対しても、そこまでの関心を見出せない部分があるが、この禁書庫は違う。この場所を守ると言う事。……契約(・・)は何よりも重んじている、と言う事は、前回も聞いていた。

 

守る為、と言うならば この場所から不安要素を排除すれば一番確実な筈なのだが……。

 

 

「やっぱり、ベアトリスさんは優しいですね」

「っ……! べ、ベティーは常に慈愛で溢れてるかしら? 何今更言ってるのよ」

「あははは。そうですね。間違いないです」

 

 

2人の会話を聞いて、クルルは楽しそうに《きゅきゅっ♪》と鳴き声を上げる。

交わす会話こそ、決して多いとは言えないかもしれないが、それでも和やかに、穏やかに時間が過ぎていった。

 

そして ツカサは少なからず緊張していたが、それが良い具合に解けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾ら自身を知るツカサが居るとはいえ、死なない様に手伝ってくれると約束してくれたとはいえ、……あの恐怖をもう一度味わうかもしれない、と一度でも考えてしまえば、早々拭えるモノではない。

恐怖、あらゆる負の感情が交錯していたスバル……だったが、それと同じくらいの決意と覚悟、戦えない代わりに 人2人分の命を背負ってる覚悟も持っていた。

 

 

後は、この日の夜を無事に過ごし――――エミリアとの約束を果たすだけだ、と考えていた矢先。

飛び切りの想定外、最大級の想定外の事態が起きていた。

 

 

なんと、いつもならラム、若しくはレムが勉強の相手をしてくれていた夜の時間に、エミリアがやってきたのだ。

 

 

想定外過ぎる。

 

夜も遅い時間に、男と女が部屋に居る。……それも意中の相手が。

不安や恐怖が一瞬で消え去り、自分自身の中の欲望、獣の本能と戦う事に集中するスバル。今夜がどんな日なのか、忘れてしまいそうだ。

 

 

そんなスバルを尻目に……エミリアは当初こそは笑顔で勉強の監督を務めていたのだが、やや表情が曇ってきていた。

 

 

「ね、スバル。……どうして勉強と同じように真面目にお仕事はできないの?」

 

 

スバルにしてみれば、正直いきなり過ぎる事。突拍子もない事。

だから、普段通り、お茶らけた仕草と表情で……。

 

 

「真面目に不真面目するのがオレのコンセプト! …………って雰囲気じゃないね。えっと?」

「そう、これは真剣なお話。―――ラムも少しぼやいていたんだから」

 

 

真面目に不真面目、と言ってみたは良いが、今回ばかりは しっかり空気を読む。

言い切る前に読めばよかったのだが……、そこはスバルだから。

 

エミリアも不自然に思えていた様だ。勉強に打ち込む姿勢は真剣そのものにしか見えないから。

 

 

「スバルはお仕事の合間合間で手を抜いてる感じがする、って」

「ッ………」

 

 

ラムは実に的確に見抜いていた。

スバルは、真面目にやっていた。それは間違いない。ただ、方向性(・・・)が違うのだ。

前回を辿る、間違いなく辿る。同じ結果になる様に。……最初の周回時に覚えてしまった分の調整を行っていた。寸分違わず、は無理かもしれないが、可能な範囲内で真剣に取り組んでいた。

 

それが、ラムの目にはサボりに見えた様だ。……ラムの勘も間違っていないから、中々難しい問題だ。

 

 

「………罪悪感なし、ってわけじゃないもんね。スバル、そういう変なところで律儀な感じはするもの」

「ちょっとした事情があって……って言い訳にもならねぇな」

 

 

スバルはグッ、と姿勢を正して、エミリアの方に向き直る。

 

 

 

「兄弟が躾のなってねぇ獣討伐して、エミリアたんポイント獲得、っつうリードをされちゃってんのに、オレは馬鹿でした!」

 

 

森を群生地にしている魔獣を数匹討伐。

その一報は当然スバルも耳にしている。

 

あの腸狩りのエルザとの一戦を前にしていたから、ツカサならそれくらい余裕だろう、と思ったが、それ以上にエミリアの感謝の言葉やら、その表情やらを見て嫉妬してしまったのも、言うまでも無い。

 

だから、もっともっと真剣になる必要がある。幸いにも――――明日以降なら問題ない。明日から本気出す! を有言実行できるお膳立ては整えてある。

 

 

「―――明日からは気持ちを入れ替えてちゃんとやります故、御許しを。女王様」

「んむっ。苦しゅうない! ———……って、ちょっと違うかも?」

「はははっ!」

 

 

困らせてしまった顔は見たくない。

悲痛に満ちた顔も見たくない。

 

 

エミリアには笑ってもらいたい。

そう、スバルは改めて思う。

 

 

「そだ! 明日から頑張る為に、エミリアたんからご褒美欲しいな――――って………」

「……ご褒美って?」

「ま、まぁ とにかく聞くだけ聞いてよ!」

 

 

そして、ここで重要な事を思いだした。

 

確かに、明日を迎えれる事が出来れば……最高だが、スバルにはまだある。

約束を―――前回はしっかりと交わす事が出来た約束を、今回もエミリアと。

 

それを果たさなければ、明日の朝日を迎える事が出来ても、嬉しさ半減! と言っても良い。

 

 

「明日から真面目に働くから……、デートしようぜ!」

「? 《でぃと》って何するの?」

 

 

ツカサには申し訳ないが、エミリアとのデートの約束は悲願なのだから。

そして、エミリアがデートを知らない事はもう予習済み。

 

 

「ふっふっふっ……。男と女が2人切りでデカければ、それは最早デート、と言っても良いのである!」

 

 

そしてそして、その間に何が起こるのかは、恋の女神だけが知っている……、とスバルの頭の中ではご都合主義満載の光景が広がっていて、妄想パラダイスになっていた………が、エミリアの一言で現実に引き戻される。

 

 

「あっ、じゃあ 今日、スバルはレムと《でぃと》してきたのね? えっと、でも 帰りはツカサと3人だったから、男のコ2人、女の子1人でも、その《でぃと》って言うのにならないの?」

「ぬおおおおっっ!! 予想外の切り替えし!! 兄弟とは三角関係なのは間違いないかもだが、それはノーカン、ノーカンっ!」

 

 

スバルの慌てっぷりを見て、エミリアは一頻り笑うと、したい事、そのご褒美。デートの本質的な部分については解ってないが、したい事は解った。

 

 

「一緒に出掛けたい、っていうのは解ったけど、どこに行くの?」

「ふっふっふ、それはもうデートプランは、何十、何百通りもシミュレート済みだぜ! 直ぐ近くのあの村には、超ラブリーな犬畜生がいてさ! それに花畑とかもあんの! エミリアたんと咲き乱れる花の共演! それをオレの《携帯電話(ミーティア)》で是非永遠に残したい! 心のアルバムに!」

 

 

スバルは盛り上がっているが、《村》の単語を聞いたエミリアは表情を曇らせていた。

 

 

「うーんと……、村……か」

「犬畜生、超かわいい! 行こうぜ!」

「かわいいこを、畜生、なんてつけないと思うけど……。それ以前にスバルに迷惑かけるかもしれないの。村の人にも……」

 

 

乗り気ではないのは解る。

だが、スバルはめげない。前回は上手くいったのだから、後は押し押し、押せ押せあるのみである。

 

 

「子供達とかも無邪気でマジ天使の軍勢! 行こうぜ!!」

「………」

 

 

エミリアの曇った表情が、徐々にだが光明がさすかの様になる。

軈て、呆れた表情ではあるものの、最初に比べたら大分柔らかいモノになると。

 

 

「……もう、解りました。仕方ないんだから、一緒に行ってあげる」

「えっと、花畑もマジカラフルでワンダフルで………え、マジ?? マジで??」

 

 

押せ押せムードだから、それに従った。本気で嫌だ、と拒否されるまでは、OKと言われるまで頑張る所存。前回交わす事が出来たのだから、それに一縷の望みをかける。拒絶されるなんて考えたくも無い。ただただ只管真っ直ぐに………と意気込んでいた所で、不意打ち気味のOK返事に、スバルは声が裏返る。

 

 

 

 

「そんなことでスバルが明日からやる気になってくれるなら、付き合ったげる。……もう、あんまりふらふらしてちゃ駄目なんだからね?」

「しないしないしない!! 全然しない! もうすで、どうすれば仕事を完璧に終わらせられるかに魂を燃やし尽くしてる!!」

「こんなとこで、魂、燃え尽きちゃうの!?」

 

 

 

 

本当に楽しかった。

今日の、この後起こるかもしれない出来事を、忘れられる程に。

 

 

 

 

 

 

 

会話の間、スバルは、エミリアと窓から夜空を見た。

 

 

 

あの時(・・・)も、こんな風に綺麗に見えた。星が綺麗で、明日の天気は確認するまでも無く晴天である事も解った。

 

 

 

明日を……迎えたい。

 

 

 

その悲願する真剣な顔をエミリアに一瞬だが見られて……、不安にさせかけたが、どうにか誤魔化す事が出来た。

 

 

 

エミリアとの勉強を終えて―――――とうとう、この瞬間。

 

 

「……オレはまた、この夜に挑む事が出来る。4日目の夜を超えて、5日目の約束の朝を迎える為に。………兄弟は、ベアトリスの書庫に居る、って言ってたな。…………ほんと、心強いよ」

 

 

震える手が、止まるような気がした。

 

 

ぐっ……と拳を握り締めると、もう一度窓から差し込む月明りを辿り―――満月を見た。

そして、前回のエミリアと交わしたスバル渾身の一言《月が綺麗ですね》を思い出す。

 

故郷に伝わる告白……なのだが、当然それを知る筈もないエミリアからは、《手の届かないところあるから》と胸に染みる返事が返ってきて慌てたものだ。

 

 

形は違えど、あの時の夜に戻ってきた。

 

 

 

「さぁ、今のオレには最強の仲間が居る。最高の約束も取り付ける事が出来た。――――勝負といこうぜ、運命様よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇しくも同刻。某書庫。

決して、そこまで細かに示し合わせたワケでも無ければ、狙って合わせるなんて不可能だと思えるタイミングでツカサは、本をゆっくりと閉じて立ち上がった。

 

 

「――――――」

 

 

その本を丁寧に、埃を軽く払って元あった棚の位置にまで戻すと、この禁書庫の入り口を見る。

 

 

「行くのかしら?」

 

 

雰囲気から察したのだろう、ベアトリスは手に持ってる本から視線を外したりしないが、はっきりとそう聞いてきた。

 

 

「はい。………幸いな事に、ロズワールさんから一部屋お借りする事も出来てますから、そちらへ行こうかと。……沢山お世話になったベアトリスさんに、これ以上の迷惑はかけられません」

 

 

ツカサはそう言うと、腕を伸ばした。

それを合図に、クルルはベアトリスの腕の中から飛び出して、そのツカサの腕に止まる。

 

 

「オレも、クルルもお世話になりました。……また、本を読みに来ても良いですか?」

「…………好きにすれば良いのよ。ただ、あの男と同伴で、って言うのなら、ゴメン被るかしら? 余波で お前も一緒に吹き飛ばされるかもしれないのよ」

「あはは。その時はクルルに助けてもらいますよ。こうやって、ガシッ! っと」

「きゅきゅきゅっ♪」

「!! ……全く。クルルを盾に使うとか、度し難いにも程があるのよ」

 

 

ベアトリスとそう会話をした後、ツカサは禁書庫の扉を開く。

これは気遣いなのだろう。ベアトリスはツカサがロズワールから借りている部屋へと扉渡りで繋げてくれていた。

 

少し、スバルの部屋と距離はあるが、襲撃者がいたりすれば、感知する事は容易。

 

 

 

ツカサとスバル。

偶然にも2人とも、優しさに触れる事が出来た。ベアトリスとエミリアそれぞれの優しさに。

 

2人して、俄然やる気が漲ると言うモノだ。

 

 

 

 

 

 

「………さて、鬼が出るか蛇が出るか(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

ある意味、これは決戦の時……である。

 



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青い鬼

最大の問題点。

それは、誰が敵なのかが解らない(・・・・・・・・・・・)事に尽きるだろう。

 

ツカサの中では、ある程度の振り分けはされているが、柔軟に動く為にも 先入観は持たない様にしている。

 

 

《まさか、お前が(・・・)――――!?》

 

 

とは、なるべく思わない様にする為に。

勿論、なるべく(・・・・)……だが。

 

 

この屋敷で関わった者たち。まだ日は浅く、信頼と信用を勝ち得たか? と問われればやはりまだ日が浅い。

 

そして 信頼してもらえる功績としては、エミリアを腸狩りの魔の手から救った、と言う点のみ。

特に 力が無いと言って良いスバルは、身を挺して命懸けでエミリアを守ったのだから。……その上 自分も死に掛けた。

 

自分の命を賭けてエミリアの命を守った。

 

それらの事実を考慮し 相応の評価と信頼を貰いたい、と思う所ではある……が、あまりにも謎な人物なのも間違いない。

 

救ってもらった当人であるエミリア、そして 読心が出来て 尚且つエミリアの事を第一に考えてるパックの2人を除いた他の者たちからすれば、エミリアに ひいてはメイザース家に取り入る為に、潜り込む為にやって来たと思われ 正直相殺されてしまう可能性だって決して低くはない。

 

 

そして、それはツカサ本人にも勿論ながら言える事。

 

記憶障害である、と言う事を明言しているし、パックの読心で嘘ではない事は解ってもらえたとも思う。……だが、精霊を使役していたり、この世の常識外の事をやってのけたり(主にラインハルト関係)、と一言でいえば規格外。

 

なまじスバルよりも強大な力を有しているからこそ、下手な手を打って出れないと思える所もある。

 

そうならば、その間、その時間を使って敵対心は無い、善意の第3者だと思って貰えてなら、信頼をして貰えれば良い、とも考えていた。

 

そして やはり心苦しくもなる。

 

 

 

「………屋敷の誰かが、スバルを殺した、って可能性の方がやっぱり高い……かな」

 

 

 

可能性を考えたら、どうしても候補に挙がってしまうから。

 

ツカサは、クルルを使って屋敷の四方八方を調べさせた。

決して念入りな調査が出来たか? と問われれば たった4日間だけでは限度があるし、幾ら時間があっても足りないし、敵が見えない以上 大っぴらに調査する事も控えた方が良いし、で準備万端とは言えない……が、可能性面を考えたら やはり容疑者は屋敷の中となる。

 

柔軟に動けるように……と思ってはいても、共に食卓を囲い、時には笑顔を見せて談笑した相手が、殺しにきている……となるなら、心が締め付けられる思いだ。

 

色々な事を想定し、その度に心苦しくなる。

ただ、割り切るしかない。―――ツカサ自身を含め、スバルも怪しいと言うのは拭え切れない事実だから。

でも、だからと言って、あの苦しみを続けるつもりも毛頭ない。

 

 

「きゅっ!」

「!!」

 

 

そんな時だった。

ツカサの頭の上に居たクルルが、突如その身体を浮遊させて、扉の方を向いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を少し――遡る。

 

並々ならぬ決意と覚悟を持ってこの夜を迎え、そして超える事に躍起になっているスバル。

何度も何度もこの4日間を思い返しては、復習をし続けていた。

 

 

「………全ては明日だ。……もっともっとやりたい事がある。……できる。あの日常を取り戻すんだ。………他力本願ってトコが入ってんのが情けない事ではあるがな」

 

 

正直、口には決して出さないが スバルはツカサと同室して貰おうか、とギリギリまで悩んでいた。

 

足手まとい化してる感否めず、連帯責任の呪いでも掛けられてしまってるツカサが不憫だから、一緒に居れば少なくとも死のリスクは回避できる可能性が高いから、等々 情けないが安全面第一で考えると、最善はソレなのだが……、絵面的にも 不自然さ的にも難しいと言うのが現状。

 

1つ目に、男と願って同室で一緒に寝る、と言う点も あり得ない! と言うスバル。エミリア一筋のスバルだから。

 

2つ目に、あまりにも不自然だと言う点もある。

部屋数がとんでもない事になってるここロズワール邸の屋敷。これ程までに数ある部屋の中で、何処を使っても良いと言ってるのに2人同室に、と言う提案。スバル自身もツカサとの面識は ほとんどない、と明言しているし、それに1週目ではあり得なかったし、より警戒される可能性が極めて高いから。

 

 

「オレを囮に、兄弟が バシッ! とやっつける、ってのが 今んトコ最善策。他力本願極まれり、だが 命が掛かってる以上、泣き言えねぇ………よな。……オレも、ちっとは……ぱっくや、ろずっちに、たのん……で、……きたえ…………………」

 

 

頭の中で様々な事を考えていた筈だった。

おまけに色々と強がってはいるものの、前回命を落とした場面。……苦しみ無く命を落としたとはいえ、今回は待ち構えてる状態。当然恐怖心だって相応に内に潜んでいる。

 

そんな状況だと言うのに、スバルは今猛烈な眠気に襲われた。

瞼がゆっくりと閉じ――――そして、かくんっ、と頭の重みで 身体が沈みかかったその反動で再び目を覚ました。

 

 

 

「っと、いけね、いけね。ここで寝落ちとかシャレにならん……、何か合ったら大騒ぎして知らせる手筈だってのに、また眠ってる間に死んで、兄弟に大ダメージ+超怒られるとか………。んでも、やっぱ 気が緩んだかねぇ? 前回と違って、優秀な………っっ、きょう………ぁっ……!?」

 

 

ここで、漸く自分の身体の異変にスバルは気付いた。

震えが止まらない。

身体が異様な寒気に襲われている事に。

室内温度は問題なかった筈だ。服もしっかりジャージの上下、ロズワール邸で洗濯し、湿り気も一切ない。濡れ着で身体が冷えてる……とか、そんなレベルではない。

 

 

「さむ―――けが……、やばい、やばい……、まさ、か……、これ、って………」

 

 

目に見えない相手———否、目に見えない攻撃をしてくる相手の襲撃。

自分の身に何が起きてるのかは一切解らないが……解る事はある。

 

 

「命が………、あぶ、ねぇ………、つか……さ………」

 

 

地を這って、部屋の扉に手を伸ばす。

どうにか、まだ身体は動く。大きな声は出す事は出来ないが、何とか身体は動く。

 

身体が最大級の悲鳴を上げている事も理解出来る。流れ出る涙や涎、吐瀉物が排出されても一切考慮出来ない。

 

そんな中で、極限の中で思うのはもう1つ。

 

 

―――他のメンバーは? エミリアは?

 

 

「いか……、ない……と…………」

 

 

胃の中が全て空になる。

胃酸を只管吐き出した後は、気管や食道を傷つけたのか、吐血が続き、頑張って綺麗にしてきた屋敷の廊下を汚してしまう。

 

 

 

「えみりあ……、のへや、は………、つかさが、いる……とこ、の………さき……に、にか、い」

 

 

 

もしかしたら、ツカサもこの攻撃を受けているのかもしれない。

その心配も脳裏に過ったが、申し訳ないが、直ぐにエミリアの事でいっぱいになった。

 

エミリアの所に行く。それしか考えられない。幸か不幸か、丁度エミリアの所へと行く途中にツカサの部屋がある。合流し直ぐにでもエミリアがいる2階に。

 

血を吐きながら、懸命に身体を前ヘ前へと動かす。

足がもう動かないが、それも関係ない。血を吐き、地を這ってでもエミリアの元へ。愛しい人の所へ。

 

 

その時だ。

 

ジャララララ…………。

 

 

 

何処か遠い所で鳴った様に聞こえてくるのは鎖が擦れる音。

 

 

そして、ガキィィッ! とけたましく響く金属音。

 

 

もう耳がおかしくなったのか? 

何が起きてるのか解らない。ただただエミリアの事以外考えられなかった。

 

 

「クルル!!」

 

 

近くで叫ぶ声。

この状況を変えてくれるかもしれない声が聞こえた気がしたが、それに希望を持つ余裕さえも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地を這い進み続けるスバルの姿を目撃したのは、クルルが察知した後直ぐだった。

何者かが侵入してくる気配も無いし、屋敷に人一人死ぬ程の()が無かった事は間違いなかった。

 

だが、目に見えない敵の正体。スバルの命を奪おうとするモノの正体は、外的干渉では無かった。

 

 

「クルル!!」

「きゅっっ!」

 

 

そして、無論 外的干渉……外からの攻撃も丁度見えた。

闇の中から高速で飛来するナニカ、それをはっきり見た。

 

スバルを発見するまで、全くと言って良い程無かった筈の攻撃()

 

闇から高速で迫るのは鉄球、そしてそれには鎖が繋がっており、その先に武器を操ってる襲撃者が居る。

武器は所謂 星球式槌矛(モーニングスター)だ。

 

 

一撃受けるだけでも致命傷となりかねない武器。その一撃が、凄まじい速度でスバルに迫っていたのがはっきりと解った。

 

あの一撃を受ければ、間違いなくスバルは死ぬだろう。……前回の死因が、あの武器(モーニングスター)だったとするなら、色々と不可解な点が発生するが、今は目の前の脅威を取り除く事が先決。

 

 

クルルを身に纏い、モーニングスターを受け止めると同時に。

 

 

「クルル! スバルを頼む!」

「きゅんっ!!」

 

 

緑色の相棒にスバルの守護を任せた。

自分自身の快復は出来ても、他人を快復させられるかどうかは不明だが、無いよりは断然マシだろう。

 

命を少しでも留めてくれているというのなら――――、取れる手(・・・・)があるから。

 

 

 

「(一撃の重さは、あの腸狩り以上)……そろそろ、姿を見せたらどうだ? 武器を失ったら、逃げるしかない、と言う訳では無いんだろ?」

 

 

モーニングスターの先端を、思い切り廊下の壁に叩きつけて固定した。

ロズワール邸が一部破損してしまったが……大目に見て貰うしかないだろう、とツカサは一瞬苦笑いしたが、直ぐに目の前の脅威に集中。

まだまだ夜目が利かないので、相手の輪郭でさえ解らない。……戻る(・・)にしても、ある程度 全容を掴まないといけない。意味がなくなる。

 

 

ピン―――と張りつめた空気、そして 張った鎖が緩んだと同時に。

 

 

 

「――――仕方ありませんね」

 

 

闇の先から声が聞こえてきた。

 

 

―――やっぱりか……。

 

 

と何処かで思ったのはツカサだ。

外部からの襲撃者の可能性と内部犯の可能性。どちらも同等に考えていたからこそ。……最後の最後まで否定したくても考えていたからこその感性。

 

 

闇の中から、黒を基調としたエプロンドレスと頭を飾る純白のホワイトプリム。……闇の中に白は目立つ。お誂え向きな演出だ。差し込む月明りがその姿を鮮明に照らし映した。

 

 

仮に、襲撃者が居たのであれば、村での時同様、例え手を貸す事が無い位の使い手だったとしても、全力で手を貸す様に決めていた相手。

 

 

「―――気付かれる前に、終わらせるつもりだったのですが。……誤解を解くのが少々大変となりました」

 

 

青い紙を揺らして、無表情で小首を傾げる少女の姿。

 

 

「……君が暗殺者だったのか。……レムさん」

 

 

身体から力が一瞬抜けたその隙に、青髪のメイド レムはモーニングスターの先端を手繰り寄せた。

 

 

 

「誤解を生じさせ申し訳ありません。目的はもう1人のお客様のみです。もう――命が無い状態のご様子。直ぐにでも楽にしてあげる事が最善かと」

「なるほど。……襲撃したワケではなく、死にかけてるスバルを楽にする為に、慈悲の心でトドメの一撃を。その為に攻撃した、と。―――それで、レムさんは、オレがそれを信じる程間の抜けた相手だと、そう思うのかな?」

「……レムは、そう答えるしか無いので。もうお客様は虫の息。このまま放置している方がより残酷である、とレムは進言します」

 

 

これ以上の攻撃する気はない、と言わんばかりにレムは手に持っているモーニングスターの柄部分を下へと下げた。

 

 

「クルル」

「きゅきゅっ!」

 

 

ツカサがクルルを呼ぶと、クルルは ぴょんっ、と手を上げて答えた。

取り合えず……、飛ぶ分(・・・)には問題ない、との事だ。それまでの命は繋げる事が出来る、と。

 

 

「スバルはどうやら救えるみたいだよ。良かった。………それで レムさんは、どうやって スバルを救える見込みのない状態だと判断したのかな? 見たところ スバル自身に触れてさえいない様だけど」

「…………」

 

 

レムは答えない。

そんなレムに畳みかける様に、ツカサは言った。―――――レムの核心を突く所を。

 

 

「どうして? スバルが助かる(・・・)と判断した途端に、また殺気を出したのはどうして?」

「……………………」

 

「じゃあ、逆にこっちから言おうか。………スバルを苦しみから救おうとしたんじゃない。ただ、スバルの事を殺したかったから殺そうとした(・・・・・・・・・・・・・・)。……違うかな?」

「いいえ」

 

 

ここで初めてレムは首を左右に振った。

 

レムとスバルの関係性はこの屋敷に来てからの筈だ。色々と話しをしてみたが、気付いたらエミリアがこの屋敷へと運んできた、と言うのがスバルの認識だったから。

それに、ここが初めてである事は何度か本人から聞いているし、ラムやレムも見知った相手……と言う様子は見えなかった。

 

 

「…………」

 

 

レムは 少しだけ、月明りが表情に影を作り、表情が落ちている様な様子も見受けられたが、その顔は最早無い。後悔や懺悔と言った様子は一切含まれない。端からそう言う感情など微塵も無かった、と言わんばかりに。

 

そして、無の表情と殺気をそのままに。

 

 

「そう難しい事ではありません。そのまま死んでくれればそれで良かった。そして、助かる見込みがあると言うのなら………」

「…………」

 

 

モーニングスターを手に手繰り寄せるレム。

ズシッ、と重みのある先端がいとも容易くレムの手の中に戻る。そして そのまま構えた。

 

 

 

「何が何でも殺す。…………か?」

「はい。疑わしは罰せよ。―――メイドとしての心得です」

「料理を振舞ってくれてる時……その時に見せてくれてた慈愛の表情。他にも楽しそうにしてくれた時もそう。……全部嘘だった、と」

「………いいえ。お客様に対しては、嘘とは言いません。………そちらのお客様………、その男……魔女教の関係者(・・・・・・・)だけです」

 

 

魔女教と言う言葉を発した瞬間、より一層、レムの表情が殺意と共に闇色に染まった。

 

 

「? 魔女教? スバルがその関係者だと?」

「はい。間違いありません。その咎人の残り香。魔女の残り香。……一段と濃くなった瞬間、その中心に、お客様と、あの男が居ました。あの悪臭。……忘れる事など出来ません。嫌悪と唾棄を抱く思いです」

「…………なら、オレも容疑者の1人と言う訳だが」

「いいえ。……レムだけはその臭いに気付く事が出来ます。この瞬間も漂う悪臭。嗅ぎ間違える筈がありません」

 

 

 

 

レムはどうにか声を押し殺している。

 

何とか周囲に気付かれぬように、ここで終わらせるように、どうにか抑えきれない憎悪を、懸命に押し殺しているのがよく解る。

 

ならば、ここでツカサが大声を上げて、屋敷の皆をどうにか起こす事が出来たなら、決着がつくのではないか? とも思えたが まだ誰が何処まで関わっているのかがはっきりしない以上、悪手となる可能性が極めて高い。

 

何より、万全じゃない状況だ。

 

スバルの状況次第では、また戻る(死ぬ)かもしれない。それを思うと、そう易々と記録(セーブ)読込(ロード)を使えないのが実の所だ。

 

設置してしまえば、削除するなんて事は出来ない。……元々 ポイントを削除するを想定などしていなかった力だろうから。

 

最善策を能力で模索するのは難しい。

その場その場の判断と直感に委ねるしかない。

 

後は、スバルの様子だ。

 

何故、その様な姿になっているのかは不明だが、命を繋ぐ事は出来ている。

身体を修復、快復なら 知る限りでは エミリアやパック、ベアトリスが居ないと厳しい。護りの頂点。召喚獣クルルの力はそこまで万能ではない様だから。……少なくとも、精霊となった今、この世界(・・・・)の人間にとっては 限りがある様だ。

 

 

「そこをどいてください。今、この瞬間もレムは不安と怒りでどうにかなってしまいそうです。………姉様とあの男が会話している時の、無限に湧くこの怒りが、漸く報われようとしていた時に、お客様に邪魔をされてしまいました。………元凶の関係者が、のうのうとこのレムと姉様の大事な居場所に………、もう耐えられそうにありません」

 

 

 

ぎり、ぎり、と歯を喰いしばる。

力を入れ過ぎて、血が滲み出ていた。

 

 

その殺意が、まるで具現化でもするかの様に 少女の額へと集まっていく。

 

 

 

 

「…………退くワケにはいかないよ、レムさん。スバルを死なせる訳にはいかないから」

「……………お客様の言葉は何でも聞く様に、とロズワール様から承っております。ですので、やめてください。とめないで下さい。魔女教は、魔女は、魔女は……!! レムから大切な居場所を、大切な姉様を、全てを奪った存在です!!」

 

 

 

 

鬼が出るか、蛇が出るか。

 

 

ここへ来る前にツカサが考えていた事。

あくまで例えの話だ。本当に蛇や鬼が出てくるとは思っても無かった事だったが………。

 

 

 

今、1人の青い鬼が飛び掛かってきた。

 

 

 



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鬼の咆哮

青い鬼が迫る。

凶器を手に、猛然と迫る。

 

命を奪う、蹂躙する為に 目を怒らせ、鬼の象徴であろう角を、青に輝く角を剥き出しにしながら。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 

唸り声と共にモーニングスターを全力で投球。

壁を剥ぎ、高価そうな絵画や壺と言った骨董品を薙ぎ倒し、夜のロズワール邸を震撼させた。

 

咄嗟にツカサは、クルルを使い、スバルを数ある部屋の内の1つに押し込める。

 

 

「落ち着け! こんな騒いだら、皆起きてくるぞ! それでも良いのか!?」

 

 

 

ツカサは叫ぶが、聞く耳を一切持ってくれない。

 

スバルは 自分の背後にある部屋放り込んだ。

捕まれば即死。そんな(相手)に捕まらない様に。

 

 

目の前の青い鬼……レムの目つきは尋常ではない事が解る。

ツカサは、その目に、その雰囲気におぼえがあった。

 

 

 

―――そう、あの森で遭遇した魔獣の血走った時の雰囲気とまるで同じなのだ。

 

 

 

いつもの優雅さ、気品に溢れているその立ち振る舞いは見る影もない。

それ程までに、鬼の本能を剥き出しに迫る姿。

 

 

「魔女!! 魔女!! 魔女!! 魔女教ッッ!!」

「っっ、ぐ!!」

 

 

 

魔獣退治の際に、村の青年団から渡された村一番の業物。その剣を盾とし、レムの攻撃を受け止めたが、この威力では数合で破壊されてしまう事は目に見えた。

見た目に、その体躯にそぐわない程の破壊力だ。

 

 

「剣に纏え。ウィンド」

「!!」

 

 

だから、ツカサは咄嗟に剣に(ウィンド)を纏わせた。

暴風(テンペスト)とはまた違う、その場に留まり、剣に纏う。

 

 

「魔法……剣……?」

 

 

怒りで我を失いかけていたレムだったが、鉄球での力比べの際、押し切れると思って更に鬼の力を解放し、押し込んだのだが、逆に後方へと飛ばされてしまい、その姿に目を見開いた。

 

剣と魔の同時使用してきた事に少なからず驚き、ほんの僅かだが理性が戻ってきた様だった。

 

 

「風の刃、とは少し違うかな。これは相手を斬る為の風じゃない。……護る為の風だから」

「きゅぃ!」

 

 

そう言うと同時に、部屋の中からクルルが戻ってきて、肩に乗って まるで同調するかのように胸を張った。

 

 

「まもる………? アイツは、魔女教のニンゲンだ……! まもり、など……必要ない!!!」

 

 

再び憤慨したレムはモーニングスターの先端を思いっきりぶん投げた。

魔女が、魔女教が世界に対しどれ程悲劇を起こしてきたか、目の前の男は知らないのか、と。

 

――いや、或いは知っていて、その上で行動している? 即ち、ツカサと言う男も本当は魔女教の一員?

 

 

魅入られし者に共通すると言われている魔女の残り香。それはツカサには全くと言って良い程無いが、頑なにその根源を守ろうとする姿は、同志であると捉えられても仕方が無い。

 

その強い怨念とも言える殺意が、ロズワールの命令をも背く形となって、レムの意思に宿り、ツカサを攻撃。

 

だが、ツカサが護る剣だと自称している通り、風の障壁に阻まれ、その威力は完全に削がれてしまった。

加えて、ここは屋内。

 

本人の腕力の他に、遠心力を利用する事によってより強力で凶悪な威力となる武器だから、場所的にも相性が悪いと言える。

 

 

「ウアアアアアア!!」

 

 

だが、鬼化したレムには関係ない、と言わんばかりに引き戻しては投擲、を繰り返す。

ツカサの風の障壁を突破するには心許なく、どうしても背後に居る忌まわしき存在であるスバルにまでたどり着けない。

 

その現状がレムをより深く、深く殺意が深まっていく。復讐の悪鬼となったレムは言葉では止まらないのは間違いない。

 

 

「クソっ……」

 

 

エルザの時と同じく、ツカサの表情が歪む。

人を刺す、斬る。結果……不快感だけがこの手に残る。

 

あの魔獣や白鯨と言った相手であれば、何でもないと言うのに。

 

ただ、今回はエルザの時以上の不快感が身体全体を覆っていた。

 

 

何故なら、エルザとは圧倒的に違う点があるから。

 

 

レムとはたった数日に過ぎないが、接してきた。いつも無表情を心掛けている様だが、それでもたまに笑顔も見せてくれた。魔獣討伐の時もそう、食事を振舞ってくれた時もそう。

 

 

そして―――ラムと一緒に居る時に見せる笑顔。

 

 

手を出さなければこちらが危なくなる状況だとは言え、そんな相手に攻撃等したくない、と言う気持ちが大きく前に出てきている。

 

 

「弱点、甘さ……か」

 

 

この時、不愉快にも、何故かあのエルザの顔が頭に過った気がした。

 

 

《闘う相手に対して、それも殺す気で迫ってくる相手に対して、慈悲の心を持って接するなどあり得ない。甘すぎる、甘々だわ。そこが良い、とは言えないわね》

 

頬を紅潮させて、異形のナイフ……ククリナイフを舌なめずりさせながら迫ってくるエルザの姿。ホラーそのもの。

この深夜のレム()との戦いもある意味ホラーだが、頭の中で浮かんでしまったエルザの姿を一蹴する。

 

 

「もっと、話し合う事は出来ないのか? スバルがその魔女教、その関係者だと言うのなら、いや、まず弁明の機会や、聞くべき事だってある筈だ」

「ない!」

「少し、ほんの少しで良いから考えてくれよ!」

 

 

打ち合う間に会話を交わそうとする。

レムは鬼になり、理性の類が全て無くなっている、と思ったが、どうやら ある程度の会話を交わす事は出来る様だ。

 

 

「魔女教は、存在するだけで厄災を齎す!! レムの、レムの故郷は、魔女教に滅ぼされた!! 母様も、父様も……!! 何もかも!!」

「ッ………」

 

 

レムの嘆き、鬼が哭いた。鬼の慟哭が響いた。

目に溢れる涙。鬼の目に一筋の涙が流れ出る。

 

 

それを見てしまったが故に、ツカサは動揺し 身体から力みが抜けてしまった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

その一瞬の隙を逃すまい、とレムはモーニングスターで剣を相手どり、全身全霊を掛けた体術でツカサに迫る。

ツカサの風が纏っているのは剣の部分のみ。

つまり、それをかいくぐる事が出来たなら……。

 

 

「ぐはぁッ!!」

 

 

攻撃は入る。

脇腹に突き刺さるレムの鉄拳。鬼の一撃。

 

咄嗟に防御をしたが、ミシミシ、と嫌な音が響いたのを感じながら、宙に投げ出された。

 

 

この恐ろしく広い屋敷の廊下を真っ直ぐ、垂直に鉄拳のエネルギーをぶつけられたら相応な距離まで飛ばされていたが、力の伝わる方向がやや右に逸れていた為、何とか戦線離脱、そのままスバル殺害。と言う最悪の事態は防げそうだ。

ごふっ、と 血の味を口の中で感じながら、立ち上がる。

 

 

 

―――もう、無理なのか? これ以上話をする事は? このまま戻る(・・)しか最善の方法は無いのか?

 

 

 

このまま仮に戻ったとして、持ち帰れた情報は決して少なくないが、突破口と言うモノが見えない。物理的な接触はレムだが、恐らくその前のスバルを衰弱させた力は 違う。……よく解っていない。

 

 

「(ッ……、屋敷から逃げる、って言うのも手、だけど……)」

 

 

何度も死んで、死んで、死んで…… それでもエミリアの為にと立ち向かい続けたスバルの狂気とも言える精神力を考えたら、ここから逃げるなんて事は、そんな選択肢は取らないだろうとも思う。

 

 

 

「手応え……、あったのに……!」

 

 

立ち上がるツカサの姿を見て、レムは拳を、身体を震わせた。

鬼の力、その粋を込めての殴打。単純に考えれば 人間程度の強度ならば、肉が裂け 骨を砕き、身体を両断するだけの威力の筈だった。

 

 

でも、立ち上がり、迫るツカサを見て、戦慄を覚える。

本能のままに、鬼の本能のままに攻勢に打って出ていた筈だった。このままスバルの部屋にまで行き、トドメを刺すつもりだったのだが、目を離す事が出来なかった。

 

 

そのレムが感じた戦慄が、畏怖の念が……、ここにもう1人の鬼を呼び寄せる結果となる。

 

 

「エル・フーラ!」

「ッッ!?」

 

 

背後より現れた桃色の髪の鬼……、赤鬼が暴風と共に迫ってきた。

自分のとはまた違う風に叩きつけられながらも、ツカサはその乱入者の方をしっかりと見た。

 

 

「……ラム。お前も、か。…………なんで。なんで もう少し、ほんの少しでも時間をくれていたら………」

 

 

レムがこの行動をとっている以上、双子の姉であるラムも同じ様に攻撃をしてくる可能性は常に考えていた。覚悟もしていた筈……なのだが、どうしても辛さだけは拭えなかった。

 

たった数日で仲良くなれる、信頼関係を築ける等とまでは思ってはいない。……ただ、それでも時間をかけて、ゆっくりと信頼を積み重ねていければ良いと考えていたツカサにとって。

 

 

屋敷での時間の中で……、きっと直ぐには出来なくても、何時かは出来る様になれば……。

 

 

「姉様……っ」

「粗方事情は察したわ。ツカサ。貴方の働きはラムも評価します。よくやってくれてると思うけれど、ラムはレムを傷つけるのだけは許さない」

「………攻撃されてるから応戦はした、オレは防ぐばかりで、レムを傷つけたつもりは無いんだけど。……それに 数日前までは、助け合った間柄なのに、この場面は 驚いたりしないのか?」

「共感覚でレムの感情はラムにも伝わる。……敵対したとすれば十分脅威だと言う事は事前に解っていた。だから別に驚きはしないわ。敵対するその時が来た、それだけの事よ。……確かにツカサには助けて貰った。でも、優先順位をつけるとなれば話は別。ラムの両手はもう随分前から塞がっているもの」

「なるほど。……確かにそれはそうだ。たった数日で、塞がってる手を、その相手を押しのけて自分を、なんて自惚れはオレには無いから、ね」

 

 

2人の鬼が迫ってくる。

もう、ここまでなのだろうか。……一度戻る他無い、とツカサが思っていたその時だ。

 

 

 

 

「や、やめて……くれ!」

 

 

 

 

 

息も絶え絶えと言った様子で、扉を体当たりで開けて場に割り込んできた影が1つ。

それは勿論……スバルだ。

 

 

「バルス」

「姉様!! 退いてください!!」

 

 

突然のスバルの行動に驚くラムと、スバルを察知してすぐさま攻撃をしようとするレム。

 

そして、一足飛び足で駆けつけようとするツカサ。

 

 

 

「ツカサ、だけ……、なんだ……! わかって、くれ……。 ……オレの、オレの死にもど……ッッ!?」

 

 

 

スバルは再び、あの死の体感をした。

世界が止まり、闇が具現化し、そして自身の心臓に迫る感覚。

心臓を握りつぶさんと迫る感覚がした。

 

 

 

 

 

今のスバルは、ほぼ瀕死の重傷だ。

だが、耳だけは はっきりと聞こえていた。

 

ツカサとレムの話、そしてラムも。

 

冤罪を掛けられている事も、ツカサ自身が窮地に立たされているという事も。

エルザの件で、ツカサの実力は知っていたつもりだったが……、1つ失念していた。ツカサは、スバルの死に戻りのせいで、かなりのダメージを背負っているという事に。

 

4度、地獄を味わった。その4度分を一度リセットされる事なくツカサも味わっているという事に。

 

 

スバルは、自分が死ねば戻るだけだ。だが、ツカサが死ねばどうなる?

同じ次元戻る力を持つツカサが死ねば、同じ様に戻る事が出来るのか?

 

答えは解らないし、解りたくない。

 

ただ、言えるのは1つだけだ。

 

 

エミリアに対する想いとはまた違う。

 

ツカサは、恐らくはこの世界でも数少ない自分の状況を知る人物。

死んで、戻って、死んで、戻ってを繰り返してきた自分の事を、目に見えない傷を作り、痛みを作り、それを解ってもらえる人物。

 

言いようの無い孤独から、救ってくれた男。

そんな男を、自分の冤罪で死なせたくない、死なせる訳にはいかないと言う強い想い。

 

それならば、自分が死んで―――――戻って、ツカサが苦しんで、また思い切り怒られて。………頭を擦り付けて土下座を何度もする方が良い。

 

 

 

 

 

そんなスバルの想いが、鬼の2人に届く訳が無い。

殆ど息も絶え絶えであり、何を言ったのか、はっきり解らない上に、世界が止まったのだから、スバル自身は実際には最後まで言えてない。

 

そして、それは逆効果だった。

 

 

 

 

 

 

「ウアアアアアアアアアアアアア!!!! 魔女!! 魔女魔女魔女魔女魔女魔女!!!」

 

 

 

 

 

 

 

レムが突如吼えた。それは この戦いで一番の咆哮。

先ほどスバルの姿を見た時以上の殺意を持ち、モーニングスターを全力でスバルに飛ばした。

 

 

「ッ……もう、これ以上は無理!!」

 

 

ツカサは悟った。

最初から無理だったんだ。

 

この状態(・・・・)での対話と言うのは。解っていて、こうギリギリまで手が出せないのは、ツカサ自身が割り切れないから、と言う事に尽きる。

 

例え……戻り、消滅する世界(・・・・・・)だったとしても。

 

 

 

 

両手を前に出して、今の今まで溜めていた力を解放する。

やはり、死の戻りの影響からか、身体へのダメージは快復していないのが改めて解る。

 

 

 

単にレムやラムと戦いたくない、と言う想いもあるだろうが、それ以上に やはり消耗している。

白鯨の時と比べたら、笑える程、溜めが遅い。だが、幸いな事に(・・・・・)威力も削がれていた様だ。

 

 

右手の嵐と左手の嵐。

今、1つになる。

 

 

 

 

デュアル(・・・・)・テンペスト」

 

 

 

 

両の手で作り出す竜巻は、レムとラムを強制的にこの場より退場させた。

屋敷の壁を突き破り、外へと荒れ狂う暴風。風の魔法を得意とするラムであっても相殺する事は叶わず、流れる風に逆らえない。

 

我を忘れたかの様に荒れ狂っていたレムも、この竜巻で気を取り戻す事が出来たのか、或いは 砕けた屋敷の瓦礫が丁度レムの頭部にあたり、戻る事が出来たのか、ラムを救出する為に、宙に舞う瓦礫を蹴り、ラムを抱き留めていた。

 

 

 

共有読込(シェア・ロード)

 

 

 

ツカサは、それを見届けた後 スバルの元へ。もう、立つ気力も一切残ってないスバルの肩に手を触れながら、一言呟くと 2人の身体が淡く光始める。

 

 

 

 

 

「い、一体何なの!? 何事!??」

 

 

 

 

その瞬間、慌てて起きてきたのだろう、寝間着姿のエミリアがやって来ていた。

もう、崩れ去る世界の中で、目が合った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その目は―――最後の最後まで心配している様なそんな目。

倒れているスバルとそれを介抱しようとしているツカサの2人と、そして場の惨状を見て、そう言う目が出来る、と言う事は……。

 

 

 

「エミリアさんは、きっと信じてくれてる、って事かな……」

 

 

 

安易かもしれないが、そう思わずにはいられないツカサだった。

恐らく気を失っているスバルも同じく。

 

 

 

 

 

そして――始まり(ゼロ)に戻ってやり直し。

 

 



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メニュー画面 ※考える時間

 

 

 

「とりあえず……、ここ(・・)ではゆっくり話せるから。色々と考えておこうか……。戻る前に(・・・・)

 

 

光の世界……と言えば良いのだろうか? 

周囲は全て光で出来ている。お互いの身体だけが輪郭をしっかりと帯びており。本来なら光で白く塗りつぶされていても不思議じゃないのだが、はっきりと見える。

 

 

「あ…………、うごく。……息も、できる……! 苦しくねぇ……!」

 

 

スバルは自身の手を、身体を、確認。

つい先ほどまで、死にたいとすら思える程の瀕死だった筈なのにも関わらずだ。

苦しみから解放されたのを喜びつつ、新たな苦しみ、精神への苦しみと対峙する。

 

 

その間、暫くスバルはやや大袈裟気味に声を大きく、そして大きく身体を動かして、誤魔化す様に振舞っていた。

 

 

 

 

 

自身が死んだ原因である襲撃者の正体(レム)

そして、当然の様に一緒に来た襲撃者(ラム)

 

 

弁明を聞かず、実力行使で命を奪おうとしてきたメイド姉妹。

疑わしきは罰せよ―――メイドとしての嗜みであると言う。

 

 

「ほんっと、たまったもんじゃねーよな?? その……えと、魔女教? とか。聞いたことない! 初めて聞いた単語! んなの冤罪も良いとこじゃん! 裁判だ裁判っ!! つーわけで、弁護士は兄弟に任せるぜ!」

 

 

ぐっ、とサムズアップするスバル。

一連のオーバーアクションを一通り聞いていたツカサは、そろそろ良いか、と苦笑いと共に スバルに言った。

 

 

「どうにか、落ち着けたみたいだね? 色んな感情がごっちゃになってたのに、ほんと大したもんだと思うよ。……さすが、コロコロ何度も死んでもへこたれない訳だ」

「それ! 全然褒めてねぇよねっ!? コロコロって表現に異議ありだ! オレ虫じゃねーんだから!」

 

拳を振り上げて、また大袈裟に怒って見せるスバル。

それを見て笑うツカサ。

 

スバルもゆっくりと振り上げた拳を下ろして、ツカサの方を改めて見た。

 

 

「……でも、わりぃ。結構情けねぇトコ見せちまった」

「いいや。全然? 強がり(そういうの)を見せる相手は、好きな子の前くらい、っていうのが相場で決まってると思うし。知ってる(・・・・)オレの前で位は良いんじゃないかな?」

「………へっ、へへっ。流石兄弟だ! つーか、兄貴って呼んで良いか?」

「それはヤダ」

「即答かよ!?」

 

 

更にもう一歩踏み込もうとしたスバルを一蹴するツカサ。どっちが歳上か判らないと言う面、ちょっぴり真面目に考えた部分もあったりするのは別の話。

 

 

 

兎に角 笑い合いコトが出来ている自分にスバルは、心底安堵していた。

 

 

 

 

もし――――1人だったなら?

 

 

 

あの鉄球で頭を砕かれ死んでいただろう。

この時は襲撃者の正体すら解らなかっただろう。

次に襲撃者の正体……レムの事を知ったとすれば どうなっていたか?

 

彼女たちにとっては、たった数日かもしれないが、スバル自身はその数日を重ねている。何度も彼女たちと接して、何度も信頼を得ようとし、そして 眼に見えない敵から何度も助けたい、と思っていた事だろう。

 

結果―――レムに襲われ、死んだとするなら…… 目を覚ましたあの瞬間。死から戻った後、再び始まる瞬間、2人の顔を見た瞬間、発狂したかもしれない。

 

 

皆が置いて行ってしまう状況に、心が砕かれたかもしれない。

知ってくれる人が1人いるだけで、こうも心が救われるのか……。

 

スバルは一筋の涙を流して笑うのだった。

 

 

 

 

「多分、兄弟も同じ考えだと思うけど……、レム以外にオレを殺そうとしたヤツが居る」

「ん。……その辺は間違いないと思う。スバルの衰弱し具合が半端じゃなかった。レムが攻撃するまでもなく、スバルは死んでただろうからね。呪った上に撲殺したい、っていうんなら同一かもしれないけど」

「どこまでもバイオレンスか!? 身に覚えが一切ない冤罪かけられたオレ、超可哀想だよ! きつめの香水ぶっかけられた上に匂い落とせないとか最悪だよ!」

 

 

気を取り直して対策をする。

直接的に殺してくるのはレムであるが、あの4日目の夜、スバルの身体を襲うのは鉄球ではなく、呪いの様な力だった。

 

可能性の話をすれば、ひょっとしたらレムが呪った上に、念入りにスバルを潰そうとした可能性だって勿論ある。

 

 

「それは兎も角。……オレを襲ったあの呪いみたいなのをどうにかしないとだよな……。次の周回は一回引きこもってみる、とかどう? ぁ…… いや、ツカサの力有りき前提の作戦になっちゃうのが、あれだけど……」

「その辺はとりあえず、オレに対しては余計な事気にしないでよ。……っていうか、気にするな! って感じ? 何でも手伝うって言った手前だし、何より スバルの為というよりは 自分の為感がデカいし。と言うわけで、余計なことは考えるな、生き残れ」

「解ってる事だけど、言い方なんかどんどんきつくなってねぇ!?」

 

 

スバルの気遣いを余計、と一蹴された。

所々会話の節々が強い、ということもあって、スバルは盛大に苦言を呈するが、やっぱり楽しそうだ。

 

 

 

絶望だと言って良い状況かもしれないのに、乗り越えていけそうな気がするから。光明が見える、見えてる気がするから。

 

 

「っとと、そうだ。オレと一緒に戻る分は問題ないのか? 情報収集って意味なら、一緒に戻らないと、多分無理だろ?」

 

 

情報収集。

例えば、次の周回を突破することに集中する、というよりは、突破ではなく、情報を集めることを第一に考える。

言い方と感じは悪いかもしれないが、端から消え去る世界と考えることにする事。つまり 世界をなかったことにする時間遡行(ループ)能力を駆使すれば、3度目の自分たちが最高の形で突破できるように、調整する回という風にできるのだ。

 

ただし、そう言うことをするのもリスクは伴うもの。

 

スバル自身が選ぶとすれば、死の恐怖。死の苦しみ。繰り返す度に味わなければならない。

ツカサの場合、スバルの死に戻りで戻る際、とんでもない苦痛を伴うリスクが存在するが、このように 自分で戻る分には問題ない、とするなら………、四六時中ともにいるわけにはいかないかもしれないが、示し合わせたとするなら、ツカサの能力を利用して戻る方がどう考えても最善だ。

 

 

ただし――その力にリスクがなければ、の話ではあるが。

 

 

「1人で戻る分は、問題ないけど、共有読込(シェア・ロード)は、使い勝手が良いとは言えない。接触しないと出来ないし、それに……結構な勢いで持っていかれる(・・・・・・・)と思うからね」

「持っていかれる、それってあれか? MP的な? オレの死に戻りでは、HPがやばくなって、自分が戻る分はMPがやばくなる、って感じか……」

「《えむぴー》も《えいちぴー》もよくわかんないけど、大体意味合いは解ったよ。多分、その感じで間違いない」

 

 

十全に記憶が戻ったとするなら、ひょっとしたら通じるかもしれないが、とりあえず わからない部分は多くある、ということで深く考えないようにした。

どうしても、聞かなきゃならない時は、スバルに聞く方向で。

 

 

ツカサはその後、少し考えて―――――。

 

 

 

「スバルに解りやすく言うなら、ベアトリスさんに受けたあの一撃? みたいな感じかな」

「へ? ベアトリスに受けた感じ? ……って、あれか!? マナちゅーちゅードレインか!? まじかよ! あんな感じになんの!? やばいじゃん!!」

 

 

最初こそは、笑っていたスバルだったが、ツカサに解りやすい説明を受けて……、本当に解りやすくて驚くと同時に顔を真っ青にさせた。

 

ベアトリスに受けた一撃……、忘れるはずがない。

 

 

 

――熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い……etc

 

 

 

 

忘れるはずがない。

 

 

 

「……戻ったツカサに、オレが事情を聴いて情報共有、しかないか……」

「いや? 全然大丈夫。使えるよ。説明するよりは、一緒に戻った方がいいし」

「って、マジで!? やっぱ バケモノかよ!!」

 

 

あの苦しみを体験したからこそのスバルの言葉。

腹を割られたり、刺されたり、色々苦しみを味わったが、死んではいないが、二度と味わいたくないランキングに上位に確実に位置するから。間違いなく。

 

 

「あーいや、全然っては言わない方がイイかも。……死に戻り(・・・・)で戻るあの苦しみに比べたら、大丈夫、って意味かな? まぁ……、これも例外(・・)はあるだろうけど」

「うぐ……、スンマセン」

 

 

ツカサは訂正した。

苦しいのは苦しいけれど、……死に戻り(スバル)が原因での苦しみの方がもっともっと苦しい、との事……。

それを聞いて、猶更いたたまれなくなるスバルだった。―――例外(・・)は別にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く、今後の策を互いに意見交換し、考えていた時だ。

ある程度考えもお互いにまとまって、結論が出てきたところで、スバルは今更な疑問が頭に浮かんだ。

 

 

 

「そういえば、この空間? っていつまでいて大丈夫なんだ? メニュー画面みたいなもんで、セーブデータ選択するまでは、ティンクタイムみたいなもん? 全然大丈夫だったりすんの?」

「ん……、今のは流石にちょっと解らないけど、いいタイミングなのは間違いない」

「??」

 

 

ツカサが指をさした先をスバルは見た。

光の世界で、自分たち以外が見えなかったはずなのに、黒点のようなものが浮かび上がっていた。

 

そして、それが徐々に大きくなりながら近づいてくる。

 

 

「戻る意思を示したら、直ぐ戻れるよ。ただ 2人だったら、2人ともが戻る意思示さないといけないと思う。……後は ある程度、したら 勝手に戻される。複数記憶(セーブ)していたとしたら、勝手に選ばれるけど、今回は1つしか記録(セーブ)していないから、問題ないよ」

「ほぇぇ、なるほど………。改めて、咄嗟にセーブしてくれたクルル、マジ感謝だな。神対応じゃん! 性格悪そうって感じはしてるけど!」

「………()、ね。あれは楽しんでるだけな気がするけど。アレは、最善とか最悪とか、抜きにして つまらなくなりそうなら、介入してくる、って感じだよ。……それが悪い方向に向いてないのがまだマシだけど」

「動機はさておき、マシどころの話じゃねーじゃん。それ。ほんと敵側じゃなくてよかったってヤツだよ」

 

 

 

この空間にはなぜか来てないクルルの存在。

クルル、あのもう1匹のクルル? にはスバルは感謝をしていた。

 

 

 

スバルが死に戻りをした瞬間、ツカサが苦しんでそれどころじゃなかった瞬間、ツカサに記録(セーブ)を促していた。

 

ほぼ時間軸がズレてなければ、破損することはない、とのこと。

つまり レムやラムに殺されて、仮にスバルが死に戻ったとしても、その記録(セーブ)は破壊される事がない。

 

記録(セーブ)の有無によって、肉体にかかる負担が変わる故に、かなり躊躇っていたが、再開直後であれば 問題ないのは、結構なアドバンテージだと思っている。今回戻れたのもそのおかげだから。

 

スバルの場合の記録(セーブ)は、勝手に更新される事もあり、今のところ、戻った地点から、更に過去に戻るような事はないのも救いだ。

 

 

 

 

「うっし、じゃあ次のミッションは オレを呪い殺そうとしてくるヤツを探す、ってのを第一に考える! ツカサも今回みてーに、4日の夜に戻ってくる感じか?」

「ん。一応は。ベアトリスさんには、バレたみたいだったから、次はより自然に、を心がけようかな」

「マジかよ。あのドリルロリ、なんつー 抜け目ない………」

「どりるろり、って言うのは解らないけど、また マナドレインされても知らないからな。ベアトリスさんは、優しいから殺したりまではしないと思うけど」

「………ほんっと物騒だよ」

 

 

 

 

 

 

 

もう身体を飲み込む勢いまで大きくなった黒点に、2人は足を踏み入れる。

 

やがて光の世界が消失し――――真っ暗な世界になった。

不思議と、不快感も恐怖感もそこにはなかった。

 

 

 

 

なんとなく―――世界に生まれるような、そんな感覚がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、やっぱり問題点はある。

 

「……げほっっ」

 

スバルが死に戻りする直前の記憶(セーブ)に戻るという事は、つまり、1回目に受けたダメージで苦しんでる真っ最中に戻るという事。

 

 

そのダメージまでなかった事にはできないから、ツカサは再びあの苦しみに加えて、スバルにも伝えていた通り、マナドレインの苦しみも+αで襲われていた。

 

 

だが、それでも―――――。

 

 

 

「死に戻り連発に比べたら、大分マシ………。クルル」

「きゅっ!」

 

 

血反吐を吐きながらも、ツカサは前回以上の速さで、身体の調子を整えつつ、立ち上がるのだった。

 

 

 



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ベア子助けてくれ

 

 

――――あんなに、考える時間があった筈なのに。

――――あれだけ、吹っ切れた。と口に出して言った筈なのに。

 

 

 

――――不快感も恐怖感もなく、この世に生を受ける。祝福される。そんな感覚がしていた筈なのに。

 

 

 

 

直ぐ隣にいた男が居なくなった途端にコレだ、とスバルは 闇の中で蹲る。

 

あの光に包まれていた感覚が消失。黒点に入るまでは良かったのに……、もう隣に居ない。

1人になると途端に燻っていた恐怖の火が再燃してきた。

 

それは 身体の内側を業火となって燃やしていき、軈て脳へと進出してくる。

 

文字通り、時が止まった世界では心までも止まってしまう様だった。

故に一度動き始めると…………こう(・・)なってしまう。

 

 

あの時の恐怖が、全面に 大きく大きく出てきた。

 

 

「―――――!!」

 

 

痛かった苦しかった熱かった寒かった――――怖かった。

 

そして――――死にたくなかった。

 

 

 

「―――――さま!!」

 

 

 

手を差し伸ばし、引っ張り上げてくれた()が消えると、そこには闇しかない。闇しか残らない。

 

瞼に光が戻り、本物の光を感じたというのにも関わらず、そこには(恐怖)しか無かった。

 

 

 

「お客様 お客様。もう落ち着いていただけましたか?」

 

 

 

 

闇が手招きをしている。

そこに潜む悪鬼が身体に触れている。

 

 

 

「お客様 お役様。もう乱暴に暴れまわるのは終わった?」

 

 

 

それも2体。

 

 

その瞳には何ら感情が籠ってない。

最初の4日間も、その次の4日間も。

 

何なら、敵意と憎悪を燃やしているのかもしれない。

今直ぐにでも首を撥ねる、いや 頭を叩き潰そうと息巻いているのかもしれない。

 

 

死に戻りとはまた違う戻りとはいえ、底知れぬ憎悪を一心に浴びた時系列は、その身にしかと刻まれている。

心の臓の打つ脈動の速度が、高鳴りが止まらない。

 

歳が近い、いや寧ろ幼いとさえ思えるこの少女たちの張り付いた表情、その仮面の中にある悪鬼が目の前に迫ってくる。

 

()が、再び目の前に迫ってきた。

 

 

 

「っっっぁぁああっ!!」

「「!!」」

 

 

 

ベッドから跳び起きると同時に、足を躓かせて部屋の隅に転び、蹲ってしまった。

ガタガタ、と震える身体がどうしても止まらない。

 

痛みも苦しみも決して慣れる事はない。自分だけが取り残されてしまう死に戻り。その喪失感。笑顔を向けていてくれたその下の本性を目の当たりにした、憎悪を、殺意を向けられる事の怖さも知った。

 

強がる事だって出来た筈なのに、あの世界では強がって奮い立って、頑張れた筈なのに、世界が動き出したと同時に、またコレ。

 

 

だが、発狂してもおかしくない精神状態で、スバルが自我を保つ事が出来ているのは、言うまでも無い。

 

 

それは、エミリア――――ではなく………。

 

 

 

「っっ、つか……さ………」

 

 

 

そう、自分が兄弟と呼ぶ存在だった。

 

男色家……と言う訳でも、同性愛者と言う訳でもない。

ありきたりな言葉である友情、とも少し違う。

 

 

ただ、共有できる。

苦しみを分かち合う事が出来る。

 

 

それだけで、どれだけ救われてる事だろうか。

 

 

ツカサの事を思い出した。

そして、あの世界での事を細かに思い出す事が出来た。

 

ただ単に、空元気を出しただけではない。

最善の未来へと向かう為に、論を交わした筈だ。

 

 

そう―――ここで、蹲る事が最善であるワケが無い。

 

 

 

 

「お客様お客様。……レムは何か失礼をしてしまいましたか?」

「お客様お客様。……ラムがトラウマを思い出させちゃった?」

 

 

 

 

抑揚のない言葉遣い……だとは思うが、何処かトーンが下がった様な感じがした。

ラムの発言にはある意味正解で、思わず身震いしてしまったが、少なくとも今の2人にとっては関係ないのは間違いない。

そして 未来では、2人に殺されかけた。それも間違いない。

 

 

だが、その原因についてもしっかり議論を交わした筈だ。

本人不在ではあるが、しっかりと交わしてきた筈だ。

 

 

スバル自身のせいでは無いし、そして、この悪鬼と呼んでしまった少女たちが悪い訳でもない。

 

 

 

「わ、わるい……。その、こええ夢……みてたみたいだ。………殺される夢。頭、いや 腹を裂かれて………」

 

 

 

事実を織り交ぜて話をする。

あの腸狩りのエルザがスバル自身を殺そうとしたのは、ほんの先日の事。その時の恐怖が尾を引いている。……そう言う風にすれば、少なくとも本気で恐怖した感情は変わらないから、不自然ではない。そう思えるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レムとラムが来るのが遅かったと思ったら、そう言う事があったのか」

「………いや、マジで悪い。ほんと、マジで。かっこわりぃよ、ほんと………。そっちも、大変だった筈なのに……」

 

 

戻った者同士の再会は成った。

スバルの様子をレムとラムに尋ねた所、尋常じゃないとの返事を貰ったので、ツカサの方がスバルが寝泊まりしている部屋に来ている形だ。

 

 

「いや、構わないよ。ダメージも、戻った当初のままだけど。その辺は対策出来るみたいだからさ。……と言うか、スバルのソレは普通だと思う。普通。死の恐怖以上の事なんて、早々無いと思うし。……まぁ、それでも 普通じゃないっぽいオレの事は、そう言う人種(・・・・・・)って思えば良いよ。何なら、パックやクルルみたいな、人間だけど、人間じゃない? みたいな」

 

 

ツカサの死に戻りとはまた違う世界をやり直す力もそうだが、何よりも 見た通り、言葉通り、死んだ方がマシだと思える苦しみを味わっても尚、前に進んでいる姿を見れば、ツカサの事もある意味では普通だとは思えない。

 

でも、それでも……。

 

 

「いや、兄弟にはマジで世話になってるんだ。確かに凄ぇ力もってるみたいだけど、それで人間じゃ無ぇ、なんて思いたくねぇし、思った事も無ぇよ。……今、現在進行形で世話になりっぱなしな上に、兄弟もオレを見捨てる事が出来ねぇっつぅ、八方塞な状況になってんのに、オレの今の体たらく。……意地、面子にかけても、いや、違うな。余計なもん、全部かなぐり捨ててでも、立ち上がらなきゃ……」

「んん――――、オレが八方塞り? なら、スバルを向こう100年くらい冷凍保存出来たら、万事解決だね。それでも良い??」

「っ嫌だっつーの!! それこそ、死ぬよりこえぇよ!! コンティニュー不可とか、無理だよ!!」

 

 

スバルの大きめの声を聴けたのを確認すると、ツカサは立ち上がった。

 

 

「それだけ大きな声で言えるんなら、大丈夫。と言うか、今回の事、決めた事を考えてみれば、ある意味 精神状態が不安定、の方が丁度良い。……そうだろ?」

「ぅ……、そ、そりゃそーだけど……。なぁ、兄弟? オレの事マジで氷漬けにしちゃう選択肢作ったりする?」

「あっはっはっは。するワケないじゃん。……そりゃオレだって、痛いのも苦しいのも嫌だし、また ああいう事が起きないって保証は何処にもないと思うけど………」

 

 

ツカサはスバルに背を向けて言った。

 

 

「人間性を乏しめる様な真似はしたくない。そもそも スバルは被害者みたいなもんだし、それをオレは知ってる。その上で それ真面目に選んだとしたら、完全に人でなしじゃん」

 

 

軽く苦笑いをしながら、笑いかける。

 

 

「……マジで、男前だよツカサ。……ビックリだ。オレの心の2番目候補だ」

「それヤダ。1番目って絶対エミリアさんの事でしょ? ………そんなランキングに入れないで。キモチワルイ事言わないで」

 

 

男の笑みに惚れそうになるのは初めての事だ。

速攻で断られたが、それで良い、とスバルは ツカサに倣って笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロズワール邸 3周目。

最悪の形になりかけたが、寸前の所で持ちこたえる事が出来た様だ、とスバルは自画自賛に似た感覚だった。

 

 

3周目ですべき点。

 

 

勿論事前の打ち合わせの通り、呪いの正体、その術者の尻尾を捕まえる事。

だが、全くの手がかりが無い状態であり、スバル自身が何処でどう呪われたのか解らない状態では正直打つ手なしだと言って良い――――と言うのが、大方の予想ではある、が。

 

 

『戻る能力は、正解するまで、何度もやり直せる。それが最大にして最高の利点だよ。……後、オレに対する負荷に関しては、これを乗り切るまでは、考えない事』

 

 

 

 

事前にツカサと話をした通りにする。

少なくとも、ツカサ自身が、スバルが死に戻りポイントと同時期にツカサの記録(セーブ)ポイントを作ってくれているから、やり直す事は容易だ。

ただ、ツカサ自身のマナ消費と言う難点は残っている。

 

でも、レムが襲撃してくる4日目の夜までにはある程度快復出来るとの事。

 

重要な場面でガス欠になるような事が無いのがせめてもの救いだろう。

 

 

「オレだって、何とか呪ってくる野郎の尻尾を掴まねぇと…………。でも、呪いも撲殺もレムって可能性も残ってんだよな………。それも結構高確率で」

 

 

予想、見立てでは 呪いとレムは無関係。

間違いなく命を奪われる力を使われているのにも関わらず、念入りに擂り潰す理由が幾つか候補はあるものの、確信までは出来ないから。

 

レム自身が、スバルを全てを奪った元凶である《魔女教徒》と関わりのある人物である、と思っている節があるから、念には念を入れて、呪いを込めた後に瀕死のスバルを殺す……、と言う点も考えるのは考えたが……、考えれば考える程悲しく、辛くなってくるのは仕方ない。

 

 

「マジで、魔女最悪だろ……。なんの恨みがあってオレに香水振りかけてくれてんだよ。……クルルモドキが、恋してる? みたいに言ってたケド、心臓潰しに来るラブコメがあってたまるか!」

 

 

 

色々考えても考えても、全く纏まらない。

どうすれば尻尾を掴む事が出来るのか………、延々と考えつつ、頭を捻りつつ……、場をウロウロウロウロ動き回り………。

 

 

「…………ああッッ!!! 死ぬほど うっとうしいから、大人しくするか、さもなくば、吹き飛ばされるか選ぶといいのよ!!」

「んん~~~……。って、おおっ! ちゃんと二択選ばしてくれるベア子最高だな! てっきり、『出て行くか吹き飛ばされるか選べ』って言われると思ってた」

 

 

 

ウロウロ動き回ってベアトリスに罵倒(注意)された。

 

 

ここは禁書庫である。

 

 

 

3周目のロズワールへの願いは、食客として扱ってもらう事、そしてベアトリスの守護である。

 

ベアトリスの守護~の部分に関しては、ロズワール経由ではなく、ツカサ⇒クルル⇒パック、の流れでベアトリスを了承させた。

ツカサ自身が願った事であり、今後もエミリアの力になる事を約束。クルルとパックの芽生えた友情? もあってかなりスムーズに事が進んだ。……当然ベアトリスは不満爆発だが、爆発させる相手はスバルに対してのみである。

 

 

「やってやりたいかしら!! にーちゃとクルル、おまけにあの男。3人からの頼みともなれば、ベティーは聞くしかないのよ! でも、ここまでの苦行とは思わなかったかしら!」

「苦行って、ヒドイよベア子~~。ほら、笑顔笑顔♪ スマイルスマイル!」

「ふん! ……んん!? ちょっと待つのよ、ベティーを今なんて呼んだかしら!?」

「ああ、《ベア子》な。オレの親近感の証しさ! お前がオレをどう思っていようと、オレはベア子と呼ぶよ! 優しい優しいベア子最高っ!」

 

 

不満爆発させる理由の最大のポイントは、スバルの態度だろう。

何せ、ほんの少し前、ベアトリスの手によって、スバルはその死に掛けた身体に更に追い打ち、マナを徴収したと言うのに、そのことに対する畏れや怒り、それらの感情は欠片も無く、ただただ只管にバカ・お気楽な発言が続いているのだ。

 

これには差しのベアトリスも想定外。

 

黙って禁書庫の隅で縮まってると思えば、この様子なのだから。

 

 

「全ッッ然嬉しく無いのよ! キモチワルイと言うより胸糞悪いかしら!」

「つれない事言うなよ~~、ベア子! なぁ、ベア子! 世界一可愛いベア子! あ、いや、世界一はエミリアたんだ。世界二に可愛いベア子! ベア子ベア子ベア子~~!」

「っっっっっ~~~~!! うざったさで類を見ないヤツなのよ!! これ以上いったい、ベティーにどうして欲しいと言うのかしら!!」

 

 

ぶっとばす事も出来ず、追い出す事も出来ず……。

ツカサはさておき、パックとクルルからの直々の頼みを無下にする事が出来ないベアトリスは、ただただ怒る事しか出来なかった。

 

 

だが、スバルは ただ、反応を楽しんでる訳でも、ベアトリス自身をイラつかせる事が目的だと言う訳でもない。

 

 

 

「――――実はベア子。……お前の手が借りたいんだ」

「はぁ? ……ちょっと待つのよ。突然なに地面に這いつくばってるのかしら?」

 

 

スバルは額を擦り付けて、頭を下げる土下座ポーズ。

つい先ほどまでの無礼な物言いは成りを潜めていた。

 

 

「オレは弱い。ここで間違いなく最弱だ。前もベア子…… ベアトリスにぶっ飛ばされてるし、ボロボロ追い打ち攻撃喰らって、虫の息にもなった。弱くて、弱くて、本当に頼りにならない役に立たないオレが、足引っ張り続けてるオレが出来る事は……、何か出来る事は……、誰かの手を借りる事しか出来ない。……頼む。お前の力()貸してくれ」

 

 

 

スバルは自覚している。

ツカサの力を十分借りているというのに、更にベアトリスの力まで借りようとしている事に。あまりにも厚かましすぎる事くらい解っている。

 

だが、仕方が無いのだ。

 

 

ファンタジー世界に、ほぼNOスキルで飛び込んだ自分自身が出来る事なんて、本当に限られている。唯一のスキルは、死に戻り。それで 出来る事と言えば、命を犠牲にしてやり直し続けて情報を収集し、最善の未来を模索する事。……十分恐怖ではあるが、それをするには、それが出来る者は、最早人間じゃない。命を道具とする事なんて、戻ったとしても、精神が破壊されてしまう。

3周目に突入する前、厳密には死んでいないと言うのにも関わらず、危なかったのだから。

 

 

死に対する恐怖もある。……だが、それが枷となってしまっている現状も最悪。

文字通り、死の苦しみをも共有してしまう。……質が悪いにも程があると言うもの。

 

そんな自分が出来る事は、無いプライドをかなぐり捨てて、頭を擦り付けるだけだ。

 

 

 

「………ベアトリス?」

 

 

 

先ほどまでのやり取りが嘘の様。

嵐の前の静けさ、と言ったら良いのだろうか、ベアトリスの怒号も、スバルのベアトリスに対する煽りも無く、禁書庫が耳が痛くなる程 静かになっていた。

 

そのベアトリスの表情を改めてみると……、今まで見た事の無い顔になっている。

怒ってる時の顔でも、本を読んでる時の顔でも……、パックと戯れたり、クルルと一緒に居る時の顔とも違う。

 

 

なんといえば良いだろうか……、敢えて言うならば、哀切に満ちた感情が揺らめいている様。

 

 

 

眉を微かに寄せて、唇を噛みしめて、睨んでいる。

いや、睨む、ではない。今にも泣きだしそうな顔だから。先ほどまでの顔とは180度違うから。

 

 

「………ベティーが言われたのは、《1週間お前を護って》と言う事だけかしら。それ以上のお前からの要求を呑む様にも言われてないし、応じてやる理由もないのよ」

「ベア子……オレは」

「黙るかしら。……力足らずを嘆いて地面に這いつくばる。プライドと言うものがお前には無いのかしら? おまけに にーちゃやクルル、あの男、その上、まだお前は手を必要としてる。どれだけ、ごうよ………っ。………身の程を弁えるが良いのよ、人間」

「オレ程度の頭で良けりゃ、何度でも叩きつける。そんな陳腐なプライドなんてもん、塵箱に放棄する。……今、オレはまだまだ足りねぇんだ。頼む。力を―――、力を貸してくれ……」

 

 

ベアトリスの言葉に、会話の流れに違和感を感じたが、それはどうでも良い。

 

ただ只管に誠心誠意。

 

頭を地に擦り付けるしか出来ないから。

前半部分ふざけたのも、この頼みに真摯に頼む懇願を際立たせるためと言う打算的なものもあった。……勿論、まだ引き摺っている死の恐怖を紛らわせる役目もあったが、それ以外にも。

 

卑怯だとは解っていても、無能力者である自分が出来る事は、本当に少ないから。

 

 

「――――面、上げるのよ」

 

 

 

そして、同じく卑怯である、と言うのは解っているが、もう1つ知っている。

ベアトリスは、表面上は突き放したり、暴力的になったりするが、その芯はとても優しいと言う事は知っている。………聞いている。パックからも聞いたし、ツカサからも聞いている。

 

 

「ベア……」

「食らうかしら」

「ぶべっ!」

 

 

だから、嘘偽りなく話せば………、と思っていたのだが、目の前が真っ暗になった。

それが、ベアトリスの小さな靴の裏である、と悟ったのは、顔面前蹴りを受けて仰向けに倒れた時だった。

 

 

「お前ごときの頼む、例え頭が100回転がったところで、ベティーのこれ以上の労力に見合うと考える安易さが理解できないのよ。このベティーが護る約束、契約を交わしたというのに、それ以上求める? ……銅貨を何枚集めても、聖金貨の輝きには届かない。……そう言う事なのよ」

「え? いや、たとえ銅貨でも何千枚も集めりゃ、聖金貨にも届くだろ? 価値的なもんで比較するなら、そういうことだぞ?? 計算とか平気か? ベア子できる子?」

「!! その可哀想な子を見る様な目をやめるかしら! ついさっきまでベティーを頼ろうとしてたヤツのする目じゃないのよ!」

 

 

またまた最初に戻っての舌戦。

戻る―――と言う事にここまで縁があるのも、この世界では自分とツカサの2人しかいないのではないだろうか。

 

悲痛な覚悟だった。

 

弱さを自覚し、狡猾(ズル)さも自覚した。それらを背負ってでも、覚悟した悲愴な覚悟のつもりだったのだが、バカげた様に思えてくる。

 

 

 

「いよしっ! 解った解った! 見返りを用意しよう! 実はな、オレを心配した兄弟が、パックに願ったのが、今回の件なんだ」

 

 

 

本来ならば、スバルがパックにお願いを~~ と言う流れだったのだが、今朝の精神の不調のせいで、お流れとなった。

なので、ツカサがパックに頼んだ形になったのである。

 

 

「――――どんだけ、情けない奴かしら?」

「それ! 解ってるけど、そんな真顔で言わないで! さっきまでの顔何処行ったよ!?」

 

 

スバルは、ごほんっ、と咳払いを1つして、続けた。

 

 

「実はな、王都での1件。大部分は 兄弟が頑張ってくれたんだが……、このオレも、間一髪でエミリアを救う事が出来た実績がある。……つまり、パックに貸しがあるんだ。――――そして、パックは引き換えになんでも聞いてくれる、と言ってくれた」

「にーちゃが、なんでも(・・・・)!?」

「そう、何でも! 大抵の事は叶う、って言ってくれたしなぁ……。大金持ちにするとか何とか。………なら、ベア子との間を受け持つ事くらい朝飯前だって、その意味がわかるな?」

「……ぐぬっ、い、言ってみるが良いかしら」

「うっしっ!!」

 

 

 

正直間の抜けた決着だったとは思う。

 

 

でも、どれだけ卑怯でも前に進む事が出来た事には変わりない。

 

相変わらず他人頼りである、と言う事実は変わりはしないが、それでも前進出来た、と拳を握り締めるスバルだった。

 



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地獄の扉

「呪術師……。やっぱり、そう言う系統の使い手が直ぐ傍に居るって事か」

 

 

アーラム村で一息いれているツカサ。

 

考えているのは、恐らくはスバルの命を奪った元凶、その使い手について。

最初の死に戻りの時は、スバル曰く《死の気配が全くしなかった》との事だ。

 

眠っている間に、対象に気付かれずに命を奪う方法――――……パックに聞いた所、呪術の存在を教えて貰った。

 

 

あまりにも性質が悪い系統。

対象を病魔で侵したり、行動を禁じたり、そして命を奪う等、効果は多岐にわたる。

 

パック曰く、本来発動した呪術を防ぐ術はないらしく、発動したら最後らしい。

それでも、命を繋ぐ事が出来たのは…… やっぱりクルルのおかげの様だ。パックと話をしている際の、胸を張る所作は、何処となく、アイツが出てきてる様な気がして、少々鼻につく所はあったものの、自身の持つ感情は一先ず後回しだ。

 

 

「(容疑者を絞る必要がある。呪術発動の条件は対象との接触。オレは呪われたりしてないから、きっとこの村………その、可能性としては低いと思う。……思う、んだけど………っ)」

 

 

考えたくはない。それでも考えなければならない。

たった4日間を繰り返しているだけだが、何度繰り返しても変わらない。この村はとても良い所だ。

よそ者である自分を直ぐに受け入れてくれて、良くしてくれている。片田舎と呼ばれてるそうだが、どんな都会でも……王都にも負けてない温かさがここにはある。

 

そんな所を……疑わなくてはならないのは心苦しい。

 

 

――――だが、自分の感情を優先して疎かにするワケにはいかない。

 

 

あくまで、ツカサの村に対する感想だ。

第一印象だけで、全てを決める訳にはいかないから。

 

 

「(やっぱり、子供らの事も疑わなきゃなのは、正直キツイ……)」

 

 

接触と言うのなら、村一番の濃厚接触者は間違いなく子供達。1日10度くらいは接触をしているから。

 

今日も今日とて、村の子供達の玩具にされて、一頻り皆で空中散歩を楽しんだ後は、親の反対を押し切っての高高度要求された。

勿論、安全第一。

暮らしていく予定の村の人達の身に自分が原因での怪我とかさせてしまうとか、全く笑えない。絵面は、ギャグの様に見えるかもしれないが、大怪我するかもしれないのは、基本的に却下。

特別扱い無し、全員平等。村娘の1人で一番マセている少女ペトラが色目を使ってくると言う背伸び感満載なお願いをしてきたが、心を鬼に、である。

それに、今日は 陽日と冥日の二部構成。いつもより長く遊べるから、と言う点で何とか子供達を窘めた。

 

 

「接触、接触………っと、それと()、か」

 

 

村の次にツカサは、鬼の事を思う。

 

勿論、鬼と言うのは ロズワール邸の姉妹の事だ。

読心術は持ち得ないが、それでもある程度の成果は得たと思いたい。

 

願いを言う時、屋敷でご飯を相伴―――以外に、その礼としてエミリアに協力する、領主ロズワールにも勿論協力する旨を伝えた所、大いに喜んで見せていた。

道化の化粧が歪んで見える気がして、少々圧倒された気がしたが、あの歓喜は裏も表も無い、と信じておきたい。

 

加えて、当然ながら鬼姉妹……ラムとレムの両手。片方は夫々がロズワールで埋まっており、もう片方が互いの姉妹。その2人の両手で塞がっている状態。

 

そんな相手から信頼される様なら、必然的に表向きは ラムやレムの評価も上昇傾向になるだろう。

 

少なくとも、領主の意に沿わない行動は慎む、と思いたい。

 

 

 

「ツカサ――!! お昼! お空! 飛ぶ時間~~! 約束っ!」

「次は朝のときより、もっと高く上げてっっ!」

「良い天気でよかったーーー!」

「トリより早く飛ぶっっ!」

 

 

 

色々と考える事が多過ぎて、どうやら 大分時間が立っていた様だ。

勢いよくツカサが借りている部屋の扉が開かれ、子供達が文字通り飛び込んできた。

 

 

「そろそろノックする事を覚えて欲しいかな~?」

「「「「お空~~!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロズワール邸

 

ベアトリスの守護を約束させたスバルだが、そのまま引きこもってる……と言う訳ではない。今回は 屋敷と村、呪術師の正体を見極める為に、村へは行かない様にしている。

雇われた身であれば、下男として買い出しイベントは必須だが、その辺も食客ポジションなのが幸いした。

 

因みに禁書庫にいつでも来て良い、出るのもスバルの自由になっているので、ベアトリスこそ、現在は幸いと言える。

 

 

 

「細かくは聞けてないけど、兎に角ベアトリスと仲良くなれたのは、すごーく良い事。感心感心」

「仲良くなれたつーか、余計に嫌悪されちゃったつーか……。ベア子に何度かぶっ飛ばされちゃってるから、ちょ~~っと エミリアたんに慰めて貰いたいなぁ~……って」

「はいはい。そうやって茶化せる間は大丈夫。それに、ラムとレムも初日の事、気にしていたから、2人とも仲良くなってくれると嬉しいかな?」

「え、エミリアたんが喜ぶ事なら何でも! と言いたいんだけど、ハードル高過ぎて、飛ぶ前から躊躇ってる段階で……」

 

 

現在、エミリアとスバルは庭園で2人きり。

スバルにとっての1番がエミリアである事は変わりないし、当然エミリアの事も信用しているし信頼もしている。

だから、逆に信頼と信用を勝ち得たい所ではあるのだが、流石に悪夢が尾を引いているので、あの鬼姉妹と仲良くなる未来は望めない。

 

せめて、呪術師との関連性は無し、と言う太鼓判を頂けたのなら、スバルの軽口スキルでより接近は出来そうだと思う……。だが、それは まだラムに対してのみであり、モーニングスターを手に頭を潰そうとしてきたレム相手には正直難しいと言うのが心情。

 

 

「ラムもレムも良い子よ。これは本当だから」

「………うん。解ってる。オレも………解ってるんだ。……解ったんだ」

 

 

エミリアの言葉に、スバルは少し歯を喰いしばった。

命を狙われた側が、狙う側を擁護するのは非常に難しい事だが……、スバルは解っているし、もう知ったのだ。

 

ただの殺人鬼ならどれだけ楽だったことか。………ただ、レムはラムの為に、ラムはレムの為に、だから。

 

スバルを襲った動機。それは間違いなく冤罪。

スバルは無罪。証明は難しいのかもしれないが、断言はできる。だから、一方的に命を奪いに来た鬼の方に問題がある……と言えるのだが、彼女を知れば、客観的に見れば…… 当事者でさえなければ感情移入だって出来る。

 

故郷を、両親を、そして大切な姉を……。

 

そんな一味と同じ性質、同じ匂いを発する男が突然やって来たとなれば、当然憤慨し警戒もするだろう。

レム自身の立場もあるから表立っては無理だったかもしれないが、今思えばスバルの匂いを察知した瞬間に、あの鉄球が飛んできたとしても不思議じゃない。

 

魔女の残り香だけでなく、更に加えて、メイザース家に、……エミリアに取り入ったと言う事実も拍車をかけるだろう。

 

エミリアは、ハーフエルフ。魔女教が崇拝する嫉妬の魔女(サテラ)と同じ銀髪のハーフエルフ。これらの符号点も加えてみれば、よりスバルが魔女教と関わりがある男であると断言できる。……物的証拠はなく状況証拠だけではあるが、それだけで十分だ。

 

 

確証を得る為に、時間をかけてしまえば……、全てが血に染まってしまうから。

疑わしきは罰せよ。それは、例え違ったとしても、本当だった時の事を考えたら……、魔女教が齎す不幸を鑑みれば妥当な判断なのだ。

 

そして、この場所に現れた理由の候補として、レムとラム、鬼族の生き残りを根絶やしにする為にやってきた、とも受け取られても不思議じゃない。

 

 

 

 

話し合った通り、容疑者を絞る事が出来たとしよう。

だが、そこから先どうすれば良いか、皆目見当がつかない。

 

 

スバルの身体から取る事が出来ない、消す事が出来ない残り香。

それは、目に見えず、常人には嗅ぎつける事も出来ない香り。

 

それを発しているから、数日後には撲殺か呪殺。この世から抹消。異世界生活終了……否、只管ループを繰り返す。

ツカサも、《死に戻り》の(ペナルティ)を受けてしまえば、文字通り見た通り死ぬような苦痛を味わってしまうのだ。

 

 

1人の命に2人分の運命が掛かってくる。

 

 

「どーすりゃいいの。……満員電車の痴漢冤罪も真っ青だ」

「ん? どうしたの?」

「いいや、なーんも。あ、そーだエミリアたん! 改めて言っとくけど、夜は……」

 

 

スバルは気を紛らわせる様に話題を変えつつ、重要な事をエミリアに伝える。

呪術師に関しては、未知の相手だ。

 

襲撃者が レム以外にもいないとも限らない現状で、エミリアに対して何か出来るとするなら、注意喚起くらいなもの。

初日も話しているから、もう二度目なのだが、それでも。

 

 

「解ってるわよ。しっかり部屋に鍵かけて、誰も入れない事」

「スバルが入ってきちゃうからね?」

「って、ちっがーう! 二度目は騙されねーぞ、パック!」

「えへへ、ちょっと安易だったかな? リアの事を真剣に気にして、案じてくれてるのは解るからね。僕にとっては好ましい事なんだ。……真剣にそこまで考えてくれる子。……リアは友達少ないからさ? こんな短時間に2人も出来て嬉しいよ」

「ちょっとパック! なんだかすごーく、私にとって不本意なお話しないで!」

 

 

この平和なやり取りをしながら、スバルは涙が出そうになるのを懸命に堪えていた。

 

心の底から安堵する。

この場に、ツカサもいてクルルと一緒になって笑ってくれてる未来を想像するだけで、心が弾む。

 

そんな未来をスバルは目指しているのだ。

そして、それは決して100%他力本願だけではない。

 

 

「いのちはだいじに、は基本中の基本! んでも、命くらいなら何回でも投げ出す覚悟は常に持つ!! その意気込みは大事!!」

「スバル? 命は1つしか無いから、何回も投げ出すとか、怖い、と言うより変な事言わないの。メッ」

「はーい、ごめんなさい! エミリアせんせー!」

 

 

必ずハッピーエンドで終わる。

そのことだけを考えて、最善の道を模索するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――4日目。

 

 

 

 

「レム。見回りご苦労様です」

「いえ。ツカサ君こそ。ロズワール様が使用人を代表し、改めてお礼を。……本当にありがとうございました」

「いやいや。オレも、あの村の一員、それに……屋敷の皆の友達でもありたいからね? ……出来る限りの事はするさ」

 

 

やはり、全く同じ道筋に、とはならないものだ。些細だが、確実に現れ続ける。

 

あの時こうしていたら? 

行動を変えたらどうなるか?

 

その決して確認する事が出来ない過去への疑問を、解決する事が出来るのが、この時間遡行と言う力なのだろう。

 

 

大きな事件。

3日目の魔獣騒動。

 

 

解決する事は出来た。でも、前回、前々回と4日目に村へとやってきたのは、レムとラムの2人だった。

だが、今回はレムが1人でやって来て、森の巡回をツカサと共に行った。

 

スバルの行動が……、いや 或いはツカサの発言の1つ1つが、僅かな差異を生むのではないだろうか?

 

色々興味は尽きないが、……スバルの死に戻り発動のリスクを考えたら、安易な記録(セーブ)はしない様にしているので、事細かな確認まではしようとは思わないが。

 

 

「……パックから聞いたけど、レムから見ても やっぱり この結界の解れって………」

「正直、確証はありませんが、大精霊様がそうおっしゃられるのなら、間違いないかと……」

「………そっか」

 

 

この結界の解れに関しては、ある程度調査をしてきたつもりだ。

村人で、おかしな行動をとってる者はいないかどうかを確認してきたが、それと言った気配は見つけれなかった。あの魔獣が細工をした、と言う方が可能性がありそうな気がする程だ。所詮は獣の知能だが……。

 

 

「………レム。今日、以前ロズワールさんにお願いした、ご相伴に与るのは良いかな?」

「! はい。ツカサ君の頼みは必ず聞く様にと仰せつかっております。レムも存分に腕を振るって応えようと思います」

 

 

即興にしては良い。

アプローチ法は前回とは違うが、エミリアに味方をする事、何でも協力する事を伝えている現状、限りなく自然に、違和感なく4日目の夜をロズワール邸で過ごす口実だと言えるだろう。

 

でも、だからと言って嘘をついてる訳ではない。

レムの料理が美味しい、と言うのも本当だから。

 

それに、こうやって笑顔で話を交わす事が出来たのは……、レムと1対1で交わす事が出来たのは僥倖だと言えるかも知れない。

 

このやり取りがあったお陰で……、今夜の襲撃は無いかもしれないし、或いはあったとしても、説得が出来る可能性が少しでも上がったかもしれないから。

 

 

 

 

「腹を空かせた子犬の様な顔をしているわよ、ツカサ」

「会うなり結構辛辣な一言だね……。ラム」

 

 

 

ツカサがロズワール邸に来る理由、最も可能性が高いのは……。

 

「確かに、ロズワールさんは、食事を一緒に、って約束してくれたけど、今回の訪問は 獣の騒動の報告だとは思わなかった?」

「そう? その顔を見たら、10割方レムの食事の方かと思ったわ」

「10割って……。まぁ、違うと言えばウソになるけどさ」

 

そう、先日の魔獣騒動の件。その報告がてら―――と言うのが真っ先に候補に挙がるのだが、ラムは迷う事なく、食事の方を言った。

……いや、よくよく考えてみると、ツカサありがとう、みたいな展開の会話を選ぶよりは、息を吐く様に毒を吐くラムだ。辛辣度合いが強い理由の方を選ぶと言うのはある意味普通の事なのかもしれない。

 

 

「おかえりなさい、レム。大丈夫だった?」

「はい。姉様。問題ありません」

 

 

ツカサとの会話を切り上げて、レムを気遣うラム。

何やら、左手から腕にかけてを気にしている様だが、レムは首を横に振っていた。

 

 

 

 

 

―――それが何を意味するのかは、後にそれが重要な場面であると言う事は、この時ツカサには知る由も無かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最高の食事を終え、最高の団欒を終え、改めてこの日常を取り戻す、と気合を胸に―――いざ、運命との対決へと、その扉を思いっきり開けたスバル。

 

 

「ってな訳で、本日! この本に囲まれたエミリアたんの次に癒し空間で、オールナイトしまーーす!! 参加者、兄弟&ナツキスバル&ベア子―――!! どんどん、ぱふぱふ~~~♪」

「来るなりわけわからん事、ほざくなかしら!!」

「ぼんばるでぃあっ!??」

 

 

開けた扉が繋がっていた場所は、勿論 禁書庫。

ロズワール邸の中で、ベアトリスやパック曰く1,2を争う程の安全な場所との事だ。

 

運命と対決する場面で、選んだ場所がこの禁書庫。

意気揚々と扉を開けて、中に入り、明らかに不快感&憤怒の表情を浮かべているベアトリスを無視して、両手を掲げてヴィクトリーポーズ。

 

そこで堪忍袋の緒が切れたのか、ベアトリスはその小さな身体をめいっぱい使った跳び蹴りをスバルにプレゼント。

鳩尾に突き刺さり、そのまま床にダイブしたのである。

 

 

「あはは……。すみません、ベアトリスさん。ほら、クルル」

「きゅきゅ!」

 

 

後から遅れて入ってきたのはツカサ。

その右肩にはクルルが乗っており、ツカサが指示すると 右肩から飛び降りてベアトリスの胸の中に飛び込んだ。

 

明らかに怒った表情だったのだが、あっと言う間に消えて、クルルを両手を広げて迎え入れる。

 

 

「ふんっ、ベティーは優しいから、このくらいでカンベンしてやるのよ」

「きゅ~‼ きゅきゅっ‼」

「良いのよ。クルルはいつでも大歓迎かしら」

 

 

パックに匹敵―――とまでは言わないが、相応の愛情表現をしながら、クルルと戯れてるベアトリス。先ほどの見事な跳び蹴りが嘘の様だ。

 

 

「ほら、スバル。良い気付けになったんじゃない?」

「ててて……、あんのドリル……。ちっとは手加減、って事を覚えてほしいぜ、全く」

「何言ってんの。……気合を入れて貰うつもりでやった、ってバレバレだったよ」

「…………うぐっ」

 

 

怖いのは間違いない。

ツカサと違って、スバルには抗うだけの能力を持ち合わせていないから、当然と言えば当然。レムにもラムにも、ベアトリスにも誰にも敵わない。1秒でやられてしまう自信がある。

 

―――だが。

 

 

「乗り切りてぇよ。今度こそ。……運命様はどうしても、オレに苦行を与えたいみてーだからな」

 

 

真剣な顔で拳をぎゅっ、と握り締める。

先ほどまでの賑やかさは完全に息を潜め、決意と覚悟を漲らせ、恐怖を抑え込もうとしている。

 

……少々肩に力が入り過ぎの様に思えたが、それくらいが丁度良い。

 

 

「じゃあ、待ってる間、オレは本読んで勉強でもしようかな」

「軽いなっ!? オレの決意表明、眼前で訊いたのに!?」

「まぁ、力み過ぎない様に、って事だよ。……やるべき時にやる事、自分に出来る事をしっかりやる。オレもスバルもそれしか出来ないんだから」

 

 

ベアトリスに許可を貰って、ツカサは読める範囲の本を探して読書タイム。

 

スバルも、苦言を呈してはいたが、良い具合に毒気抜かれた様だ。

同じくベアトリスに選んでもらった子供向けの童話、《イ文字》とイラストとで描かれている本を読むのだった。

 

 

 

 

読む、捲る、読む、捲る、読む、捲る………。

 

 

 

 

 

時間が立つのが早いのか、遅いのかが解らない。

 

直ぐ横で、頼りになる兄弟が、口は悪くとも護ってくれると約束してくれた凄まじい能力を持った幼女が居るのにも関わらず、あの時、死にかけた時の事が、魂に刻まれたもう既に消失した世界の記憶が頭の中を巡っている。

暑くもなく寒くもない筈なのに、汗が出て、舌先が乾き、心臓が高鳴る。

 

 

「(……大丈夫だ、大丈夫。……オレは、1人じゃねぇんだ)」

 

 

身体の震えが、明らかになってきたと自分で判断したら、スバルはその度に自身に言い聞かせ続けた。

1人じゃない、と言う事が、どれだけ嬉しくて、嬉しくて……、みっともなく涙を流す程だと思い出すかの様に。

 

 

自他共に求める単純な事が功を成したのか、それである程度は抑える事が出来ていた。

 

 

 

そして、気付けばクルルはベアトリスの髪を枕にして寝ている。

ベアトリスは、そんなクルルを起こさない様に細心の注意を払いつつ、本を見ている。

ツカサも同じく熟読中。もう既に2冊の本を読み上げており、机の上に重ねて置いている。

 

 

 

――――この時間はいつまで続くのか?

 

 

 

なるべく考えない様にしていた事がふと、スバルの頭を過ったその時だ。

 

 

「!」

 

読みかけの本をやや過剰に閉じて、音を鳴らせる。

 

 

「――――呼んでる」

 

 

そして、続いて書庫内にその呟きが響く。

 

 

「……気付いたのかしら?」

「クルルとオレはある程度繋がってますから。……間接的なので、はっきりとは解らないですが」

 

 

ベアトリスは、椅子から降りると指を振った。

それが扉渡りである事はツカサも知っている。

 

そして、スバルも解った。

 

何故なら、全方位に浮遊感に似た何かが身体を襲い、疲労感・吐き気・倦怠感、等々の症状が出てきて全身がだるくなり、崩れ落ちたから。何度か経験している。そして解るのは、当分は慣れる事は無いだろうと言う事。

 

 

 

「き、気付くってなんだ? 何をだよ?」

「ああ、いたのかしら。そういえば。忘れてたのよ」

「……目の前にいるのに、忘れるとか、ヒドイを通りこして呆れちまうよ」

 

 

 

何か尋常じゃない気配だけは察知出来た様だ。

いつものベアトリスなら、意図せずスバルに攻撃? 出来た様なモノなので、ある程度留飲下がった、と言わんばかりの表情を浮かべているのだが、そう言った気配は一切ない。

 

ベアトリスは扉の方へと視線を移し、そして肩に乗っていたクルルはツカサの方へと戻った。

それを確認すると同時に、ツカサも立ち上がる。

 

 

「……お前は別に来なくて別に良いのよ。ここに居れば安全かしら」

「兄弟には言わず、オレにだけ言うってのも、それはそれでどうなのよ。……皆で行くってんなら、オレだって行く。………行ってやる」

 

 

 

置いていかれるワケにはいかない、とスバルも、どうにか身体を起こして立ち上がった。

これまで何度も何度も潜ってきたこの不思議扉。

 

今は、まるで鬼が住まう焦熱の地獄に通じてる扉とさえ、錯覚して見えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――その先は、確かに地獄だった。

 

 

 

鬼が哭く(・・)——……そんな地獄。

 

 



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鬼を連れて

 

超えた――――。

 

 

地獄の入り口に見えた扉の先。

その先に広がる光景は朝焼けの空が広がっている。

厳密には、ロズワール邸の数多の窓の1つから見える外の光景ではあるが、それがあまりにも神々しく見えたのは、決して気のせいなどではない。

 

 

「は、はは……。なんだよ。……死ななかった。……でも、こんなにもあっさり朝が来るなんて」

 

 

スバルは思わず立ち尽くす。

身体から力が抜け、気を抜けば倒れてしまいそうな所をどうにか踏みとどまりながら。

 

 

「っ! やったぞ兄弟!? 超えたぞ! 超えた!! 超えたんだ!」

 

 

呆けている時に、思い返すのは5度目の死を回避してくれた恩人であり、この繰り返す喪失感を共有してくれる唯一無二の存在であり、兄弟であり、仲間でもある男、ツカサだ。

 

恰好を付けていたスバルだったが、目には涙が滲む。

死の恐怖は脳裏に、魂に刻み込まれてるが故に、その絶対的な恐怖である死を乗り越える事が出来た時の安堵感,感動はどうにも堪えようが無いらしい。

それに、気を許せるツカサだからこそ、見せれる相手だからこそ、と言う理由もあるだろう。

 

 

「って、アレ? 何処行った??」

 

 

スバルは勢いよく、先ほどまで、禁書庫内では自身の隣にいたツカサの方を見るが……、そこには誰も居なかった。

いや、自分の周りには誰も居ない。

 

 

「んだよ! 感動的な場面だってのに、オレほったらかしかよ!」

 

 

スバルはそう愚痴ると滲み、溜まり、零れ落ちそうになっていた涙を ぐいっ、と拭うと行動を開始しようとした。

この歓喜をぶつけれる相手ならば、誰でも良い。

 

 

いや―――やっぱり一番は……。

 

 

「スバル」

「!! エミリア!」

 

 

涙は見せたくない。

恰好はつけたい。

 

男が惚れた相手なのだから。

 

丁度、涙を拭ったのが幸いした。

ある程度誤魔化しが効くだろう、と安堵した。

 

なので、スバルはまるでエミリアを抱きしめるかの様な勢いで接近。パックにやられても構わない程の勢いで駆けつけると。

 

 

「な、なぁ、聞いてくれ! 今、今日、この朝。とうとう、迎える事が出来たんだ! エミリアも、オレも、皆無事で。村にいく約束……、それと他にも沢山やりたいこと、話したいこと、いっぱいあるんだ。いっぱいあったんだよ。それをエミリアたんにも知って欲しくて――――」

 

 

まだまだ話したりない。言葉が口からドンドン先走る様に出てくる。

勢い任せで、その身体を抱きしめたい衝動だけはどうにか抑えつつ、そのまま続けようとしていたのだが。

 

 

「スバル。一緒に来て」

「え?」

 

 

エミリアはスバルの言葉に対し、何一つ返事を返す事なく、ただ強引にスバルの手を引いた。

これまでにない程の強引さには面食らった様子だったが、そのままされるがままの状態でスバルは手を引かれて、廊下を速足……いや、走り出した。

 

 

 

――――只事ではない。

 

 

 

歓喜の感情が全面に出ていたスバルにも、それが解った。

タイミング的にはほぼ同じ。1分にも満たない間だった筈だ。それなのに、既に隣には居なくなってるツカサの存在。

 

そして、何よりもエミリアの横顔。

 

 

隠しきれない動揺、そして焦燥感。……そして何よりも決して見せたくない悲痛に満ちた様な様子も混ざっている。

 

 

「な、なぁ? いったいなにがあったんだ? 教えてくれ。それに兄弟……、ツカサだって力になってくれるって言ってくれたんだ。情けねーけど、いつかオレももっと頼れる男になるから、まずは話を……」

 

 

 

と、最後ま聞く事は出来ない。

エミリアの返事を待つ事も無い。

 

 

ただただ――――この長い廊下の先から、聞こえてきたから。

 

 

 

それは絶叫。――――いや、或いは悲鳴なのかもしれない。

 

 

高く、何処までも高く尾を引く様な悲しみに満ちた絶叫。

先ほどまで自分自身が感じていた感情とは真逆のモノ。

 

 

聴けば聴くほど、まるで足が鉛の様に重くなっていくような感覚がするが、エミリアと共に、通路を更に抜けて上階へと向かった。

確実に、その悲鳴の元へと近付いてるのが解る。

近付けば近づくほど……、心臓を鷲掴みにされてる様な感覚がする。

 

死に戻りを打ち明ける時、それに類する追及を受けた時に感じた、あの魔女に心臓を握りつぶされるかの様な 死の感覚とはまた違う。

 

心臓ではない。――――心が悲鳴を上げてしまう。この悲痛に満ちた悲鳴、魂を裂かれるが如きの苦痛。……慟哭が、自我を侵し、魂までも彩ってしまう。

 

 

「ロズワール……?」

 

 

軈て、その根源の場所であろう部屋の前で、ロズワールが目印の様に立っていた。

直ぐ傍には、一番最初に部屋を出たベアトリスの存在もある。

 

決して部屋の中には入ろうとせず、ただただ、その表情は無だった。

 

ベアトリスの手の中に居るパック。それも同じく。

 

 

促されるがまま、その部屋の中へとスバルは足を運んだ。

 

そこに居たのは……、エミリアが来る前に探していた男と………女2人。

片方はまるで眠っているかの様だった。

部屋の寝台で、ただただ眠っているだけだと思った。………思いたかった。

 

 

「ぁぁぁあああああああああああああぁあぁぁぁぁあああああああ――――――――っっっ!」

 

 

1人は、ただただ縋り付き、絶叫し、悲鳴を上げていた。

桃色の髪の少女……鬼の片割れ、ラム。

普段の彼女では決して見せない姿。

 

その先には……、同じく鬼の片割れ、青い髪。空色の髪を持つ少女、レム。

前回の周回では 自身の命を狙った。

 

 

 

殺したくて、殺したくて、殺したくてたまらない。

 

 

 

そんな殺意を一心に向けてきた存在。

一番警戒していた相手。

 

その少女が―――――……。

 

 

「どうして……、どうして、レム……が?」

 

 

ただ、眠っているだけだと思いたかった。

でも、そうではないと言う事を否応なく証明される。

 

生気の消えたレムの青白い顔。閉じられた瞳はもう二度と開かれる事はないだろう。

 

 

 

「どうして、どうして……?」

 

 

 

足元が覚束ない。

ただ、何とか部屋の中へと進むと、ラムの隣―――否、やや後ろで控えている男、ツカサの肩を摩った。

 

 

「なんで、なんで、レムが……?」

 

 

肩をゆすり、そしてツカサの顔を見た。

その表情から、その目から、一筋の涙が流れ落ちていたのが解る。

 

 

「最後に、レムと話した時、楽しそうに話してくれたよ。……好評してくれてありがとう、って。また、また作ってくれるって」

 

 

ツカサは涙をぐっ、と拭った。

確かに、やり直せるかもしれないが、それでも、決して慣れる事は出来ないだろう。幾らやり直したとしても、今 現実に起こった事は拭い去る事の出来ない事実なのだから。

 

 

やり直すから、何とも思わない。そう、割り切るだけの精神は持ち合わせていない。

 

 

それが解る瞬間だった。

 

 

「っっ、っ……」

 

 

それが伝わったからこそ、スバルは口を閉じた。

閉じる代わりに……ただただ考える。

 

 

 

「これが……前のオレ(・・・・)の姿……? なんで、立場が変わったっていうんだ………?」

 

 

原因系が解らない。

自身の弱々しい力で出来る事など、たかが知れているけれど、考える事は出来る。最善へと目指す事は出来る。

その為にも、考え続ける。

 

 

間違いなく、スバルを殺そうとしたのがレムだ。

魔女の残り香、と言う冤罪の元、疑わしきは罰せよの精神で命を奪いに来た。

 

だが、そのレムが殺されたとなれば……、呪術師とレムは同一人物ではない、と言う事。

この屋敷にきて、最初の死は……レムでは無かったという事。

 

 

覚束ない足取りで、ツカサを横切り、そしてレムを見た。

誰がしたのか解らないが、死に顔は綺麗そのものだ。自分自身の死に顔を見る事は叶わないし、見たいとも思わないが、少なくとも過去4度の死の顔は、ここまで綺麗なモノじゃない、というのは理解出来る。

 

本当に死んでいるのか、と疑いたくなる程に。

 

 

「――――触らないで!!」

 

 

気付かぬうちに、手を伸ばしていた様だ。

レムの身体に伸びていた手は、ラムによって弾かれた。絶対不可侵領域である事。拒絶された一撃だった。

 

命の灯が消えたレムを―――妹を護る様に、いまだに止まる様子の無い涙を流しながら、スバルを睨みつけた。

 

 

「レムに……ラムの妹に触らないで!」

 

 

拒絶の言葉。

そう叩きつける。そしてスバルは動かない。これ以上は侵さない事を悟ると、ラムは再び大粒の涙をこぼし、レムに縋り付いた。

 

姉のそんな燐憫を誘う様子にも……レムは、妹が答える事は無い。

普段の彼女だったなら、何よりも姉の事が大好きなレムであったのなら、飛び起きて優しくあやす事だろう。

それこそが、レムの魂が今この場にはもう存在しないと言う事の証明になってしまう。

 

 

「……最後まで、レムを疑ってた。あの呪術もレムだって………」

 

 

あまり考えたくはなかった。

憎悪を滾らせているのは、体感したから解っているが、呪った上に撲殺……そこまでは考えたく無かったが、これではっきりした。

 

 

「呪術とレムは……別だ。これで、容疑者は絞れた……? いや、まだ色々と検証をしねぇと……」

 

 

1度目の死は、そのまま呪術に身体を衰弱……蝕まれて死亡した。

2度目は、呪術で身体を衰弱させられ、殺されかけたが ツカサのお陰で命を繋ぎ、レムの攻撃をも防いでくれた。

 

つまり、2度目は呪術師と接触して、呪われた上にその影響で死にかけてる所を、これ幸いとレムが狙った、と言う事になる。

 

だが、やはりまだ解らない事が多い。

 

 

「オレが、何も無かった……、オレが呪われなかったから、代わりにレムが標的になったのか……? 一体どういう因果関係……」

 

 

レムには明確な殺意があった。理不尽だとは思うが理由があった。

 

だが、呪術師とは面識が無いし、そもそも命を狙われる理由が皆目見当がつかない。

 

王都で目が覚めた? 時も、命を狙ってきそうなのは腸狩りのエルザくらいで、その他のリンガ売りのおっさん……商業関係者やら、街行くファンタジックな世界の住人から恨まれる思えも……。

 

 

「いや、絡んできたチンピラどもなら…………、いやいや、それはねぇだろ」

 

 

王都で絡んできた3人組の事を思い出す。

何なら殺された事だってあるから、殺意と言った面に関しては間違いないと言える。

 

だが、呪いと言う力を酷使出来るのであれば、あんな下町のチンピラみたいな真似はしてないだろう。

 

 

「兎に角、今回は村……村に行ってねぇ。……どうにかしねぇと……」

 

 

ツカサの言う通り、大まかではあるが、容疑者を絞る事は出来たとしよう。

他にも複雑な事情が入り乱れているとするならば、解らないかもしれないが、兎に角手持ちのカードで対応するしかない。

 

色々と考えふけっていたその時だ。

 

 

「随分と、真剣に悩んでいた様だねーぇ?」

 

 

スバルをまるで見下ろす様に、高い位置から呟きかけるロズワール。

その表情は明らかにスバルの事を疑ってかかっていると言ってもいい。

 

まだまだ考える事が多く、完全には纏まってない頭の中だったが、その声、見下す所作には不愉快さも覚えた。

それに気づいたロズワールは、取り合えず(・・・・・)スバルに対して目礼をして続ける。

 

 

「いいやーぁ、失礼したね。お客人。……私も少々気が立っていた様だ。さぁすがに可愛がっている使用人がこんな目に遭わされたと思うとねーぇ」

 

 

確かに、その口は謝罪の一言だが、態度は一切変わらない。

ここで、ツカサの方に対してはどういう考えを持っているのか? とスバルは思えた。自分だけならまだしも、スバル自身を守る為、昨夜の行動を共にしていたのだ。ベアトリスが証言してくれるとは思うが、確証はない。アリバイと言う意味ではスバルとツカサは同じ。

 

……彼の事まで疑い掛かるのは、見下されるよりも不愉快さが浮き出てくる。

 

 

だが、ロズワールの表情は、視線はツカサの方を向けたりはしない。

ただただ、レムを、泣き叫ぶラムを見て……そのピエロの様な表情を固めていた。

 

 

「火で炙り、水で犯し、風で刻み、土に沈める。――――私の全霊を持って、相応の対処をしなければ、この返礼にはならないと思うくらいだ。………こんな事を聞くのもなんだけど、お客人。……何か心当たりはないかねーぇ?」

 

 

低い声で聴かれた。

冗談めかした響きは一切ない。まごう事なき真実を、そのピエロに扮した表情で表していた。

 

そんな時だ。

 

 

「……スバルは、関係ありませんよ」

 

 

もう一度、涙を拭ったツカサが レムとラムの元を離れて、ロズワールとスバルの間に入る様に言った。

 

 

「昨日の夜。―――ロズワールさんから……、レムから、とても美味しい夕食をご馳走になった後……、ずっとベアトリスさんの書庫に居たから。レムを……、レムに、手をかけられるワケがない」

 

 

ぐっ……と拳を握り締め、血を滴り落している。

それが演技の類ではないと言う事が痛いほど伝わってくる。

 

やり直す事が出来るのを知っているスバルでも、そう伝わる。

獲り返しはきくのだ。……だが、戻る前の世界(・・・・・・)の住人には、そんな事は関係ない。

起こってしまった事実は拭いきれない。

 

 

忘れまい、忘れまいとしている。

 

 

そして、何より―――死に戻りの影響下で、十全にツカサの戻る能力は使えないのだから、もしかしたら、回避出来なかった問題になっていたかもしれない、その可能性だって高いのだ。

 

 

「ツカサ君。君の意見は尊重したいよ。……でもねーぇ。事態に重きを置くべきはすでにそこには無い。実行犯が別に存在した、言いよう、やり様は幾らでもある」

「…………なら、オレだって同等の筈だ。スバルとオレは………一緒にいたんだから」

「………私が可愛がっていた使用人の訃報を、その死を、目の当たりにした瞬間から、そこまで悼んでくれている君と、目撃して直ぐに考えに耽る客人。……同等だとしても、どちらにまず重きを置くかは、明白だ。……ラムがレムに触れる事を許可した所を見ても……ね」

 

 

あまりにも配慮に欠けていた、あまりにも不用意だった、とスバルは嘆く。

考える時間は、あの戻る時間の狭間で、幾らでもある筈だ。筈……だった。

 

なのに、こんな場面で、誰もが悲しみに打ち震える場面で、たった1人、自分だけ物思いにふけっていたとするなら、例え状況証拠だけだったとしても、例え演技だと思われてしまったとしても……、初動を見誤ってしまえば、もう手遅れだ。

 

 

「ボクもロズワールに賛成だよ、ツカサ」

「パック……」

 

 

ベアトリスと一緒にいたパックも参戦してきた。

 

 

「君は、元々スバルの事を気にかけていたのは嘘じゃないのは解ってるし、やっぱり魔獣襲撃の際の結界の一部欠損の件かな。……君は、人為的なモノの可能性を見出して、村の次はこの屋敷で何かが起こるかもしれない、と言う予測を立ててくれた。クルルとも話をしたけど、色んな意味で信頼は勝ち得ているよ。何も起こらない様に、ここに留まる事にしてくれた事も含めてね。……でも、スバルは ただ昨夜辺りを警戒する様に、しか言ってないんだ。……何故なのか、その理由は一切言わずに、ただリアに警戒する様に、ってね」

 

 

愛娘と言うだけはあり、エミリアの身を案じているスバルの心情は解っているパックだが、あまりにもスバルにとっては状況が悪過ぎた。

スバルは、魔獣騒ぎの事は知っているが……、今回は(・・・)知り得ない情報の筈だから。

 

 

「心情的にも恩義的にも、ツカサの様にスバルに肩入れはしたい、って気持ちはあるよ? 君が彼を弁護する理由も気になるけどね。……でも、スバルに肩入れて、物事の見極めを誤ると、報われない子がいるんだ。………未練や迷いが残れば、魂は救われない。……そのまま魔に堕ちてしまう。……それは一介の精霊としても、そして少なからずあの子と接したボクとしても悲しいことだから」

 

 

スバルを庇おうとする気持ちはパックにはあるが、何かを知っているというのは、その様子から明白だから、エミリアを助けたという恩義だけで、この悲劇に目を瞑る事はしないとの事だ。

横で見ているベアトリスも、ただ無言でスバルを見ていた。

ツカサとスバル、立場は同じ筈なのに、最初に拗れてしまえば、亀裂が入ってしまえば、もう崩壊は免れない、と言う事なのだろうか。

 

 

「……スバル、お願い。何か知ってる事があるのなら、話して……? ラムや………レムの為に」

「っ………そ、それは……」

 

 

ここで、全てを打ち明けてしまいたい。

それを礎に、協力者を更に増やして、この悲劇を踏破すれば良いのではないか? とスバルの中で強く想ってしまった。

 

そうすれば、ツカサにかかる負担も軽減される。いや、殆ど無くなるかもしれない。命さえ落とさなければツカサに負担は掛からないのだから、かなりハードルが低いと言える。

 

そう―――だから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《——————————————………ダメ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっは!!!」

 

 

 

打ち明けようとした、打ち明けたかった。聞いてほしかった。

 

 

それを頭の中で考えただけの筈なのに……、強制的に遮断された理不尽な現象が起きた。

あの手も足も目も舌も動かずに、空気すら完全に世界から切り離され、音もない無音の絶対空間。

 

 

 

ツカサが、死に戻りについて言い当てたあの時と全く同じ――――、否、それ以上。

 

 

 

 

クルルモドキが言っていた、《誰にも知られたくない》と言う強烈過ぎる想い、理不尽で最悪な一方通行の想いが、スバルを蝕む強さを倍増しで上げてきた。

 

思わず身体が跳ね上がり、精神崩壊……いや、失神くらいはしてもおかしくない状況だったのだが、間一髪で元の世界に戻ってきたのだ。

 

 

「スバル!?」

 

 

その尋常じゃない様子にエミリアも思わず手を貸すが、スバルは首を横に振った。

 

言いたくても言えない状況があまりにも辛すぎる。

 

これは、恐らくツカサの口から言っても無意味。

ツカサが口に出せば、例外で許容しているのはツカサだけ。他のメンバーに聞かれでもすれば、心臓を握りつぶされると確信出来るから。……そして、これで死ねば……、そのツケが訪れるのはツカサだ。

 

次もしも戻るとするなら、死んで戻るしかないと言う最悪のループになっしまう。

 

 

 

エミリアが再度、そしてロズワールとパックも集まり、終わらない出口が未だ皆目見当もつかない質問攻めを再開しようとしていたその時だ。

 

 

「―――何か知ってるのなら、逃がさない」

 

 

鬼の慟哭が消えた。

 

 

「ぁぐぅっ!?」

 

 

 

突如、突風が部屋の扉を揺らし、スバルの頬に激痛が走った。

思わず頬に手を振れると、そこにはベッタリと血がこびり付いている。風の刃……? と思った次に再び豪風が沸き起こった。

 

 

「……何か知ってるなら、洗いざらいぶちまけなさい」

「ラム、待ってくれ。……お願いだ。ちょっとでいい。……オレに、任せてくれないか?」

「任せられない。………これ以上は、もう何ひとつ任せられない。ラムが知りたい事を邪魔しようとするなら、お前ももう、許さない」

「ぐっっ……!」

 

 

スバルとはまた違う。

刃ではなく、風の壁となってツカサを部屋の外へと押し出した。

 

丁度、スバルを遮る壁になっていたから、それを排除した形だ。

傷をつけず、この場から退席させただけだと言うのが、今のラムに残った唯一の感謝と良心、それだけかもしれない。

妹の死に涙を流してくれたツカサに対する。

 

 

だが、スバルの存在が、それらの想いを完全に打ち消してしまった。

 

 

「さぁ、吐きなさい」

「ま、待て、ラム……、それは……」

 

 

ちらり、とツカサの方を見るスバルを見て、更に激昂する。

この男は他人に頼らなければ生きていけない、言葉の1つさえ発せられないのか? と余計に憤慨させられる。

 

 

 

そんな人間に、大切な妹を奪われたかもしれないのなら―――――――……。

 

 

 

「ッッ!!」

 

 

 

当事者かもしれない、と思った矢先に目の前が真っ赤に染まり、激昂した。

殺さない程度に痛めつけても問題ない、と判断した。

 

 

風の刃が再びスバルに襲い掛かろうとしたその時。

 

 

その凶刃と止めたのは、部屋に戻ってきたツカサではない。そしてエミリアでもない。

 

 

「―――約束は守る主義なのよ」

 

 

驚いた事に、スバルとラムの間に入って、彼を庇ったのはベアトリスだった。

半死半生を避けられない生き地獄な一撃を何事もなかったかの様にかき消して、ただ感情は籠らず淡々と告げる。

 

 

 

「屋敷に居る間は、この人間の身の安全はベティーが守るかしら? 惜しかったのよ。後2日。……約束の1週間を過ぎていたら、ベティーはこんな事する手間省けたかしら」

「ベアトリス様……!」

 

 

 

何の感情もない。

ツカサの様に、信じて庇い立てするような真似も無い。

レムには全く無関心、退屈、気怠そうに言い放つベアトリスにラムはスバルに向けた様に、憤慨する。

それを一瞥した後、ベアトリスはロズワールの方を見て言った。

 

 

「ロズワール。お前の使用人が、お前の客人に無礼を働いているのよ。屋敷の主として、そのあたりはどう判断するのかしら」

 

 

水を向けられ、ロズワールは一瞬だけ眉を寄せるが、直ぐにいつもの様子を取り戻した。

軽く片目を瞑って肩を竦めながら話す。

 

 

「確かにねーぇ、誠に遺憾な事だとも。……出来る事なら、私も直ぐに彼を客人として改めて歓待したい所だーぁよ? ……勿論、その胸の内に秘めているモノ全て吐き出した後にねーぇ」

「……アイツだけの言葉じゃ足りないと言うのなら、ベティーとクルルが証人かしら。コイツは禁書庫に居た。これは動かし様がない事実なのよ」

「んっんー? ベアトリス。中々話す事が無いからか、ほんのつい先ほどまで彼と話をしていた事を聞いてなかったよぉだねーぇ? ……言った筈だ。彼が何処で何をしていようが、もうそこが問題ではないのだ。昨夜どこに居ようが関係ない。…………いやぁ、しーかし? 未知数の精霊を操り、書に記された可能性が大いに高く、期待も出来るツカサ君じゃなく、彼の方を身を張って守ろうとするなんて、……たった数日で、よぉーーっぽど、彼の事が気に入ったのかなぁーぁ?」

「冗談は化粧と性癖だけにするかしら。ロズワール」

 

 

最初から交渉の余地はない。

ベアトリスが提示できるスバルのアリバイは、今し方ツカサが行ったばかりだ。それは無意味と言われたばかりだった。だから、例えスバルやツカサより遥かに信頼のおけるであろうベアトリスの言葉だったとしても、聞き入られる筈がない。

 

 

 

ベアトリスと対峙、交渉が決裂するのはロズワールも解っていたのだろうか、両の手に魔法を発動させた。

 

その手の中には、様々な色の球体が浮かんでいる。

 

赤、青、黄、緑―――四属性全てを集中させたその魔法力は、無知蒙昧なスバルであったとしても、それがとてつもなくヤバイ力である事は理解出来た。

 

あのツカサの起こす暴風を、思いっきり凝縮させた球体、とでも表現すれば良いだろうか。

 

 

「相変わらず、小器用な若造なのよ。……少しばかり才能があって、ちょこっとだけ他人より努力して、ほんのわずかだけ家柄と師に恵まれた。……それだけの子供が思いあがって」

「それは随分手厳しぃねーぇ。もっとも、時間の止まった部屋で過ごす君が、常に歩き続ける我々とどれほど違えるか―――試してみても良いと思うよーぉ?」

 

 

互いの魔法力が、放たれても無いと言うのに、既にぶつかり合ってるかの様だ。

空間が歪み、この屋敷が揺れ、一触即発。

まるで天変地異の前触れかのよう。

 

 

 

 

「契約―――ほんと厄介なモノだぁーね」

「絶対なのよ。契約は絶対。何よりも優先される」

 

 

 

 

ぶつかり合う気、高まり合う魔法力。

茫然と呆けているスバルの引っ張り、後ろに立たせるツカサ。

2人の力の余波を受けたら、それだけで致命傷になってしまうのが目に見えているから。

 

それがいつ爆発してもおかしくない空間。そんな空気を貫く様に、ラムがいきり立った。

 

 

「どうでもいい!! そんなのは全部、どうでもいいのよ!!」

 

 

地団駄を踏み、巨大な力が交差する場面で決して怯まず臆さず踏み入るラム。

 

 

「もう、誰も邪魔しないで。ラムを通して。………何か知っているというのなら、全部話して。……ラムを、レムを助けて………」

「スバル……(スバルは言えない。……言わないんじゃない。言えないんだ。……飛ぶしか…… いや……でも……っ)」

 

あまりにも解らない事が多く、人手が足りない。スバルだけを護るのであれば何とかなるだろうが、レムまで犠牲になったとすれば、手が足りない。戻ってもまた堂々巡り。心だけが苦しむだけになってしまう。

 

せめて、せめて、もう1つ、打開策があれば………。

 

「(……いや、そんなの、言い訳だ。戻れたとしても、オレの記憶に、魂には刻まれてしまったんだ。…………)」

 

 

スバルの前にツカサが、そしてその隣にはエミリアがたった。

 

 

「ごめんね、ラム。私はそれでもスバルを信じてみる」

 

 

ベアトリスとツカサの2人に加えて、エミリアもスバルを信じる側へと回ってくれた。

嬉しい事なのだが、何も好転はしたりしない。

ただ、ラムをイラつかせるそれだけ。

 

そして、エミリアが訳を改めて聴こうとしたその時だ。

 

 

 

「ごめん、本当に、ごめん……。出来ないんだ……、ごめん……っ」

 

 

 

涙を流し 懇願する様に頭を下げるスバル。

精神が持たない、我慢できなくなった様に、まるで子供のように。

 

 

 

 

―――もっと哭きたいのはこちらなんだ、涙が枯れない。――――お前じゃない。

 

 

 

 

 

ラムの目が再び真っ赤に染まると同時に。

 

 

 

「もういい!! 殺す、絶対に殺してやる!!」

 

 

 

完全にタガが外れ、風のマナを全力全開で打ち放った。

それを合図にロズワールとベアトリスも衝突。

 

 

一瞬にして、場は修羅場と化した。

 

 

「――――――今ッ!!」

「ごめん、ごめん………」

 

 

 

スバルを引っ張り上げると、ツカサは ラムの風を利用し、そのまま屋敷の窓から投げ出される形で、風に乗って離れた。

 

 

そして―――鬼は、その光景を目に焼き付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

致死性の高い暴風に乗り、屋敷の全てを見渡せる小高い丘にまで到着した2人。

 

 

「スバルが悪いんじゃない。仕方なかった。オレだって、まさかレムが………。想像さえしてなかった。死ぬなんて思う筈がないじゃないか。あれだけ強くて……、あんなに、笑ってたのに」

 

地上に降りても、スバルの身体は小刻みに震え、止まる事が無かった。

 

「違う。違うんだ。オレは、どうせツカサが……、ツカサが戻してくれるから、って完全に甘えてたんだ。みっともねーよ。だから、悠長に考え事をしてた。……そんな事、してれば疑われるなんて、俺にだって解る事なのに。テメェの事はテメェで面倒見れない上に、他人に頼るしか能がないってのに………それ以上足を引っ張ってたら、世話ねぇよ……もう。オレが、何か……何か出来たなら……、オレに、もっと、もっと力があれば……」

 

 

スバルは、ぎゅっと拳を握り締めた。

あまりにも小さく、あまりにも弱々しい。

死ぬな、死ぬな、と言われて、そんな事さえ出来ない。

 

辛さを、苦しみを共有出来て、救われたのに、救ってくれた男に報いる事も出来ない。

何の為に、この異世界に放りだされたのかが解らない。……存在意義さえが見えなくなってしまった。

 

 

「――――じゃあ、ここからは、スバルには頑張って貰うよ。オレの為に」

「え?」

 

 

そんな時だ。

理解が及ばない言葉が、ツカサの口から聞こえてきた。

 

どんな慰めも、ただ無力な自分を責めるだけに繋がると思っていた矢先の、この言葉。

 

 

「戻るのは簡単だ。……でも、もう暫く、オレのわがままに付き合って貰いたい」

「……え? いや、それなら全然……、一体どういう……」

 

 

理解が追いつかない。

 

だが、その真意は直ぐに明かされた。

 

 

 

 

 

「もうオレは、ラムを放っておけない。戻ってまたやり直したら、元通りなのかもしれない。……でも、あの姿が目に焼き付いて離れないんだ。…………だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ラムも連れて行く(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロへと繰り返すこの旅に もう1人。

 

 

 

―――鬼を連れて行く。

 

 

 

 



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後悔しない、させない選択

 

 

 

「……っ」

 

 

ベアトリスは、慣れない小走りを続けながら、ロズワール邸の周囲を探索する。

空を飛ぶ事は容易だ。幾らほぼ引きこもり状態だったとはいえ、ベアトリスは大精霊。その実力のほどは、ロズワールとラムと対峙したその時に、何も適正が無いと言って良い、何もない男と言って良いスバルでさえ解っている。

 

 

「………その人、であって欲しい」

 

 

空を飛び、それでいてなるべくラムに見つからない様に、ラムにあの男を殺させない様に注意をしながら、周囲を探索した。

 

不意に呟くその言葉。―――その人(・・・)

 

前の周回で、ツカサに聞いた言葉。

 

ベアトリスにとって、それは何よりも重要で、何よりも大切で、—————何よりも渇望している存在。契約や兄と慕うパックに並ぶと言っても過言ではない。

 

 

そして、ベアトリスは自分の事が解らなくもなっていた。

その人を求めている。――――あの男2人、どちらの事なのだろう? と。

 

 

当初なら考えるまでも無い。

 

 

ツカサだ。

 

 

スバルとツカサを比べれば一目瞭然どころか、比べる事すら烏滸がましいと断言できる。何処か存在軸が違う様な、稀有な精霊クルルを使役しているツカサは底知れないナニカを内包している様に思えたから。

 

 

だが、もう今は解らない。数日過ごした今は、もう解らない。

 

 

契約に縛られているから? 護る様に縛られているから?

本心が、自分の心が、解らなくなってしまっていたのだ。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

そんな時だった。

不意に太陽の方角、その空が突如変化した。

轟々と大気がうねり、森の木々たちが叫ぶ様。

 

そして、それは目に見えて解った。

 

 

 

 

 

黒く、巨大な竜巻? の様なモノが上空で発生したから。

 

 

 

 

 

「……な、に?」

 

 

 

 

不思議な事に、その竜巻は留まり続けている。

発生直後? こそ、轟音が響き渡っていた。微精霊たちを含めた自然が悲鳴を上げている様に思えたが、今は何もない。ただ、大きなマーキングをこの空にしただけの様な……。

 

 

「!!」

 

 

そして、ベアトリスは察する。

あの現象が何を意味するのか。

 

 

理解したと同時に、隠密行動を心掛けていたベアトリスだったが、気にする事なく即座に発生源へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今更だけど、ほんっと感服するよ。何処から来てるのか解らない精神力と根拠なき自信に」

「こう見えてオレの一大決心! エミリアたんへの愛の告白イベを例外にすれば、ぜってー1,2を争う名場面演出したつもりだったのに、メッチャ辛辣! 毒吐き! 毒きりでオレの目ぇでも潰すのかよ! ヤメてくれよ!」

 

 

 

ツカサの我儘。

それをスバルが聞いた時————彼は感謝したのだ。

 

聞こえの良い慰め、耳障りとも言える礼、どれをとってもそれこそ毒にしか感じられなかったから。

あまりにも無力すぎる自分に、それでいて ほっておけない事情が重なっている事に。まるで、一度装備すると二度と外れない、教会でも外す事が出来ない永続属性。心底性質の悪い呪いの装備だと、自分自身を揶揄した程に。

 

 

そんなスバル自身に、我儘と言う形で求められた事に、感謝した。そして……更にただ居るだけではなく……。

 

 

「ラムがオレを視界に居れたら、ぜってーー寄ってくる。その千里眼、ってヤツにも期待だ」

「うん。……ラムは絶対来るよ。《絶対殺してやる》って言ってたんだ。これ以上ない程の説得力がある」

「その殺されそうな()側は、すっげーー不安だけどな」

 

 

役に立つ事が出来る。

囮だろうと何だろうと、自分でも出来る事がある。

光明が少しでも見えたなら―――単純なスバルの活力へと繋がるのだ。

 

 

「そこだよ。前も言ったかもだけど、この殺されるかもしれない状態。寧ろ、過去4度死んだ。なのに、その胆力、やっぱり驚嘆に値するな、って事」

「そこは、まぁ…… エミリアたんを想うパワーが次元、時空を超えて、死すらも超えて、このオレを奮い立たせる、みたいな?」

「確かに、オレも身体をバラバラにされた挙句に、粉微塵にスリ潰される様な感覚を味わったけど……、実際に《死》までは いってないのは事実なんだし」

「……オレの照れ隠し華麗にスルーしてくれてんのは、アレだが、その表現聞いた限りじゃ、マジモンの死んだ方がマシ(・・・・・・・)を味わってんのは兄弟じゃん……。死んだ方がマシ、って言葉、死んでから言って貰いたいもんだ、って思ってっけど、兄弟には言えねぇな。絶対」

「まぁ、そうかもだけど、オレには一応、相応の力が備わってる。逃げ、攻め、守り、ある程度の対処は出来ると思う。………でも、スバルは一般人と然程変わらないって言ってた。 訓練してきた訳でも、後押ししてくれる強大な力があるワケでも無い。……だから凄いんだ。中々説明しにくい」

 

 

ツカサが言うと自慢に聞こえないな、とスバルは笑う。そして多少気恥ずかしさがあるのだろう、誤魔化しつつ頭を掻きながら言った。

 

 

「……確かにオレは、弱ぇ。一般人の中でも更に下位だ。馬鹿広いロズワール邸での仕事、下男の仕事をどうにか付いて行って、村ではガキどもの相手をするくらいの体力しかねえ。その上 恥さらし。加えて足引っ張るしか能が今んとこ見えねぇ。マジで八方塞りだ。……でも、こんなオレにも出来る事を示してくれて、頼まれもしたんだ。そりゃ、奮い立たなきゃ、男が廃る。昨日のオレより今日、さっきのオレより今のオレの方がちょっとマシになってるだけだよ」

 

 

しっかりとツカサの目を真っ直ぐ見つめて言った。

 

 

「それに オレは、オレを知ってくれる(・・・・・・)お前がいなかったら どうなってたか皆目見当もつかねぇ。何もかも投げ捨てて、好きだ好きだと馬鹿みたいに言ってるエミリアでさえ見捨てて逃げるクズになってたかもしれねぇ。だから、例えどんな小せぇ事だったとしても、何か力になれる事があんなら、命を賭けて力になる。……オレが凄い、って言う風に見えるとしたら、それは間違いなくお前のおかげだ。……ツカサ」

「……………」

「だからよ、役に立つって言うなら囮でもなんでも喜んでやる。……んでも、死んじまったら苦労するのはツカサになっちまうから、最後の一線だけは超えねぇ様に頑張る。無様に死んだ上に足引っ張るのは最悪だからな。――――ってな訳で」

 

 

空気の変化をスバルも感じたのか、或いは話を初めてスバルの目を真っ直ぐに見て逸らさずに見て話しを聞いていたツカサの視線が変わったからなのか。

 

 

誰かが来た、正念場だ、と思った瞬間、身体に活をいれて振り返った。

 

 

 

「村人Aの底力、ってヤツをみせてやっからよ!」

 

 

 

威勢よく振り返った。

その先に恐らくは あった瞬間に命を狙ってくる(ラム)が居る事を想定して……。

 

 

 

だが。

 

 

 

「馬鹿かしら!!」

「ぼんじょるのっ!?」

 

 

 

予想していた相手では無かった。

実に特徴的な幼女がそこには居た。

屋外を歩き回るには、あまりにも場違い違和感満載。

屋外は屋外でも、自然に被害が及ばない様に、と配慮+見渡しの良いこの殺風景、切り立った崖の岩肌の上に、そのいつものドレス姿は……、言わば風景絵に後から張り付けただけ、と言う印象。

 

それに、何よりも、その金髪ツインドリルヘアー。

 

誰が来たか、スバルが見間違う訳がない。

 

覚悟を決めて役にたとうと力を入れた筈なのに、幼女跳び蹴り(ジャンプ・キック)1発で、覚悟諸共吹き飛ばされてしまった。

 

 

「あんな目立つ真似して、お前逃げる気ないのかしら!」

 

 

頬を膨らませて怒鳴る幼女……ベアトリス。

竜巻を発生させたのには理由がある。

ベアトリス自身は、恐らくこの周囲の森が群生地のウルガルムと言う魔獣にでも捕まった、その為に交戦した、程度にしか考えてなかった。

以前、ツカサが村に、結界の内側に現れた魔獣を一掃している話を聞いているから、それが一番連想させやすかった、と言うのが正しい。

 

 

だが、規模があまりにもデカすぎる。

 

 

それを発生させたツカサの力量にも、悠久の時を生き、相応の力を持つと自負もしているベアトリス自身も 本人たちを前にしては、その感情を出さない様にするが、舌を巻く思い。

 

だが、それ以上に思うのは あれだけの規模の力を発生させる事が出来るのなら、力の運用、効率化、最適化すれば、この周囲の魔獣程度 痕跡すら残さず余裕で片付けられるのは目に見えている。

 

更に言えば、クルルだっている。

 

なのにも関わらず、逃げないといけない身分で、屋敷からでも見える巨大な竜巻を発生させた挙句、その眼下に居る。呆れるどころの話じゃない。

 

 

ロズワールは兎も角、あの双子の鬼の生き残り……ラムが見逃す筈がない。

 

 

 

逃げるチャンスを不意にする所か、緊急事態を自ら作り出してる2人が一体どんな顔をしてるのか、とベアトリスが見た所――――更に驚いた。

 

スバルは、地面に仰向けで倒れているので、はっきり見えないが ツカサの顔は見える。

 

最初こそ、驚いた顔をしていた筈なのに、徐々に頬は緩み、穏やかに笑っているのだ。

 

 

「何笑ってるのよ!? お前状況見えてない程低能だったとでも言うのかしら? 低能なそこで無様に倒れてる目つきの悪い虫だけで十分なのよ!」

「いや、その……候補は上がってた。間違いなく、候補には入れてた。でも、低く見積もり過ぎていた様だよ」

「はぁ?」

 

 

ベアトリスは、素っ頓狂な声を思わず発してしまう。

それ程までに、ツカサが言っている意味が解らないし、想像だにしなかった返答だったから。

 

それは、全容を見せていない。……次に紡がれる言葉こそが、真意だ。

 

 

「この場所に駆けつけてくる順番。……ラム、ロズワールさん、エミリアさんとパック、その後ベアトリスさんだと思ってた。……でも、やっぱり見誤ってたみたいだったから、顔に出たんだね」

「??」

「やっぱり、ベアトリスさんは凄く優しい。……一番にここに駆けつけてくれるなんて。スバルを、守ってくれてありがとう」

 

 

笑顔でそう言ってるツカサ。肩に乗っているクルルも同じ想いなのだろう、同じ様に愛らしく頭を下げていた。

 

 

「な、ななっ、ば、バカなのかしら!? 答えになってないのよ! ベティーが来た事に驚く前に、屋敷の皆に居場所がバレる様な行為を何故したのか、と問いたいのよ!!」

「てててて……、蹴っ飛ばした上に、虫扱いとか……、どこまで容赦ねーんだよ。それに、ほんと鬼がかってるよな。契約の為に、ここまでしてくれるなんて……」

「む、虫は素直に這いつくばってたらいいかしら!! 若しくは、空でも飛んで逃げるが良いのよ!」

 

 

憤慨しているのは照れ隠し。

吹き飛ばされた挙句、雑な扱いをされているスバルでも、それは解っている。

 

扱いこそは、異議を申し立てたい所ではあるが、ベアトリスがいの一番に駆けつけてくれた事は心底嬉しかったりする。

 

そして―――狙い通りの人物がやって来た。

 

 

 

「―――――見つけた」

 

 

 

全てを切り刻む凶刃を纏い、周囲の木々を薙ぎ倒し、闊歩してくる桃色の髪。

その気迫は、殺気は、あの日(・・・)の……殺意に身を委ねたレム以上だ。

 

 

「へっ、やっぱオレは馬鹿だな。こんな状況に追い込んで。マジで生きたいだけだったら、逃げ一択。生きる事だけ考えてた方が幾らか賢いぜ」

 

 

その殺気の全てを身に受けるスバルは、思わずそう口にする。

あのレムの時とは少し違う。レムは妨害しようとしているツカサを殺そうとしていたが故に、まだ殺気は分散させられていた。

 

ラムは、怒りと悲しみに包まれてい様とも、まだ正気。でもなければ、目印を見つけて、千里眼を使ってやってくる、なんて事はしないだろう。

ただただ、怒りに身を任せて、暴れまわる鬼と化すだけだ推察が出来る。

 

 

 

だが、逃げない。

馬鹿だと自分に言い、逃げるのが当たり前、賢い選択だとしても、逃げたりはしない。

 

 

それが、覚悟と言うモノであり、男は時には、選ばなければならない時、賢い選択より馬鹿な選択、その行動の方が正解だと言う事をスバルは知っているから。

 

 

「ッ、見つかって当然かしら。千里眼に加えて、あんな目立つ事をしたのよ」

「……ラムにも理解出来ない。観念したとは思わない。……それに、ベアトリス様も一緒だと言う事も」

 

 

今の今まで、何処かコメディ風なやり取りをしていたのが掻き消え、一瞬で警戒態勢に入るベアトリス。

そして憎き敵を目の前に、ラムは瞳を輝かせている。

 

 

構わずに屋敷を飛び出し、ロズワールやエミリアを置き去りに、森を駆てきたのだろう。いつも几帳面に着こなされている筈のメイド服が見るも無残な装いになってしまっている。

 

レムがこの姉を見たら、きっとそれだけでも発狂してしまいそうだ。

 

 

―――そのレムが居ないこの世界。

 

 

着付けも髪の手入れも、2人はお互いにやり合っていた。

片方が欠ければ、もう二度とは戻らない。

ただの仲良しな双子、と言った簡単な関係性ではない。スバルが……、いや ツカサも思いもしない程、この双子の関係性は複雑であり、重要であり……諸刃でもある。

 

片方が失われれば、もう片方も生きる事は出来ない程までに。

 

 

「さっさと、逃げるが良いかしら。お前は空を飛べるようだし。メイド姉だけに集中できるなら、契約相手の守護は任せるのよ」

「……ベアトリス様。一度しか言いません。退いてください。空を飛び、逃げる可能性を考慮したとするなら、最早手加減など出来ません」

 

 

あの屋敷から続く第二ラウンドが今始まろうとしている。

ラムの物言いにはベアトリスも眉を僅かに潜めた。

 

 

 

「随分面白い事を言うのよ。……このベティーに対して手加減。そう言ったのかしら?」

 

 

悠久の時を生き続け、徴収し、力をため込んだマナを酷使する大精霊。

それが、たかだか生まれて十数年の鬼族の娘に格下認定された日には、気高き存在と自称するベアトリスのプライドに触ると言うものだ。

 

だが、ラムとてただの挑発をした訳ではない。……歴然たる事実をぶつけているだけなのだ。

そして、まだ頭は働く。

 

 

空を飛んで逃げられたら、もう追いつけない。……もう生きてる間に探せない、と感じていたし、似た様な事を口にしたが、本当の意味ではそう思っていない。

 

ツカサの人間性を知っているからだ。

 

久方ぶりに見る……、いや、近年稀にみる、と言って良い。お人よし。

 

何か裏があったのかもしれないが、嘘を言っている様に見えなかったし、本人から、嘘かどうか認定出来る手段があるのなら、受ける、と言う案までしてきている。

 

強大な力を持ち、その力に溺れる事も無く、欲を満たす訳でもなく、ただ他者を慈しむ。

 

村での過ごし方1つ見ても、村を魔獣の手から救ってくれた事も、ロズワールに代わり心から敬意を表する想いだ。

 

 

そんなお人よしが、このままベアトリスだけを残して逃げの手を取るとは思っていない。

 

何せ――――。

 

 

「ベアトリス様こそ、ここが屋敷の中でないことをお忘れでしょう。禁書庫からこれだけ離れてた森の中。……何より、ラムは命を捨てる覚悟(・・・・・・・)で臨みます。この条件でも、ラムからその殿方を逃がせる自信がありますか?」

 

 

ラムは、ベアトリスに言っているが、その内容はツカサにも突き刺している。

 

 

もう殺すか殺されるかしかないのだと、優しく甘く、好感を持つ事が出来る人間の男に言い捨てる様に。

 

 

そして、正面から聞いていたベアトリスは、口惜し気に目を細めた。

 

ラムの言っている事も歴然とした事実。

それに、ベアトリスは少しだがラムの素性を知っている。そのラムが命を捨てて、捨て身で攻撃をしてくると言う。

 

更に頭を悩ますのは、この状況を意図的に作った男達だ。

あの様な目立つ事をしなければ、こんなに早くラムが辿り着く事は無かったし、何より、そのまま飛んで逃げれば手間も省けたというものなのだ。

 

 

真意が全く解らない男たちを 最強の鬼(・・・・)から護る……。

 

 

口惜し気になるのも仕方が無い。

 

 

 

そんな緊迫し、一触即発な修羅場の空気を両断したのは、思いもよらない人物。

 

 

「びよーん」

 

 

豪奢な縦ロールを2本両手でつまんで思いっきり伸ばした。

手を放すと、その髪はまるでバネの様に弾む。効果音を付けてあげたい程に弾む。びよよん、と。

 

 

「うんうん、思ってた通りの感触と快感!」

「な、なななな、な…… なにしてやがるのかしら!! 一番死にそうな奴が、自分の身も守れない男が、一体なにしてるのよ!! 死にたいのかしら!?」

「ばーか、死にたくなんかこれっぽっちも無いね。オレが死んだら、困るヤツだっているんだ。……それに、ちゃんと狙い目は用意してるし、ベア子が来てくれたのも、涙が出る程嬉しいし、優しいってのも十二分に知れて良かったとさえ思うが、ここで前に出るのはベア子じゃないんだぜ」

 

 

そう言いながら、ベアトリスの肩を叩き、自身が前に出る。

 

 

「いい、度胸だわ。漸く恥と言う概念を持てた様ね。それに観念も」

「いや、恥はずっと持ってるし、否定はしない。度胸も勿論持てた。……んでも、観念だけは違う。オレは覚悟を決めただけだ。……やっと、力になれるんだからな」

「―――なにを」

 

 

スバルの意図が解らない、と顔を顰めるラム。

スバルを全面的に出すくらいなら、あの千里眼を使うまでも無く、目視できる豪風で彼方に飛ばした方が遥かに良い。

 

今の手は、紛れもなく悪手。ラムにとって好都合だが、向こう側は間違いなく悪手だ。

 

 

「スバルは逃げも隠れもしない。……そう決めた、って事だよ。だから、ほんの数分、いや 数秒で良い。言葉を交わさせてくれ。……絶対に、後悔させない。絶対に」

 

 

そして、その隣にはツカサ。

益々解らない。

この距離でも、スバルと言う完全なる荷物を護れる?

ラムが放つ風の刃よりも早く、動き、命を捨てて力を解放するラムに、スバルを護る、という点で、勝る事が出来るとは思えないから。

 

 

「もう、オレはヘタレない。兄弟に言われるまで解んなかったオレ自身の面を殴ってやりてぇ。……お前が悲しむトコなんか、見たくねぇ、そんな顔、見たくねぇんだ。オレだって一緒だ」

「……!! 何を、何を今更言うの!! レムの事何か知ってるなら、とっとと話しなさい! それ以外は認めない、求めない。……刃で返す。その首を落とす返礼しかないのよ!」

 

 

乾いていた筈の涙が再び溢れ出る。

 

 

 

 

 

「レムはもう死んでしまったの!! 後悔させない?? 後悔させない、ですって!?? もう、全てが終わりなのよ! 取り返しがつかない、後悔しないなんて、ありえない! 例え、その首を切り落としたとしても―――――」

 

 

 

 

 

後悔する。

妹を護れなかった事に

妹を失ってしまった事に。

 

軽々しく後悔させない、と言われたくなかった。

そんな事聞きたくなかった。

 

 

レムの前で涙を流した男。

悲しいと泣いてくれた男。

 

 

そう、ラムは知っている。

パックもエミリアもベアトリスもロズワールも、誰一人悲痛な表情こそすれど、涙を流すまではしなかった。

 

付き合いが短いこの男は 流してくれた。妹の死を悼んでくれた。

それが、その死に顔に手を沿える事を赦した理由なのだ。

 

 

そして、その次の言葉で、ラムは更に衝撃を受ける事になる。

レムの死以下ではあるが、スバルがレムの死に関連がある、関係があると知った時以上のモノ。

 

 

 

 

「まだ取り返しは効く。……レムを助ける事が出来るんだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

何を言っているのか解らなかった。

数秒、固まってしまった。

 

 

そして、長い長い体感時間を経て………1つの答えに辿り着く。

パックが言っていた言葉だ。

 

レムの魂を救う。魔に落とさない為に、その魂を看取る。

 

 

だが、それは最愛の姉であり、唯一の種族、親族であるラムの役目だ。

妹に鎮魂を捧げるのは、死ぬまで捧げるのは自分の役割。

 

 

「赤の他人が土足で――――」

 

 

再び激昂し、目を血走らせ、風の刃を振り下ろそうとした時だ。

 

 

 

「違う!! レムはまだ生きる。生きれる! これからも、一緒で居られる!! ただ、その為には、ラム! お前の力が必要なんだ!!」

「っっ!!?? な、なにを……」

 

 

 

激昂しきった頭が、再び大きく揺すられた。

 

完全に命の灯が消えたレムが再び息を吹き返す等あり得ない。

 

死者蘇生なる魔法でも使うと言うのだろうか? いや、それは不可能だ。

死者を呼び戻す様な都合が良い魔法。……それは決して、この世界が……オド・ラグナが許しはしない。

 

王国最高の魔導士であるロズワールと長らく共にいたのだ。ある程度の魔法には、その知識には触れる事が出来ている。

 

もしも、そんな力があると言うのなら―――妄執に取りつかれたりはしない。

 

 

様々なことが頭を巡っている中でも、ツカサは続けた。

 

 

「いや、ラムの力を借りるだけじゃ足りない! 到底足りない。まだ、必要なモノがあるんだ!」

「ひつ……よう?」

 

 

当たり前の様に話が進んでいく。

悠久の時を生きる大精霊ベアトリスも驚き固まっているというのに、知識の禁書庫の司書である彼女さえ、驚いているというのに、話は続く。

 

 

 

「ラム」

 

 

ツカサは、真っ直ぐラムの目を見て言った。

 

 

 

「オレの事を、信頼してくれ。信用してくれ。……忠誠の重さを知らない主のロズワールよりも、とは言わないし、言えない。……でも、同等のものを、オレにくれ」

「は、は……?」

 

 

まだ、まだ考えが纏まらない。

そんな時だ。直ぐ横に居る男が声を出したのは。

 

 

 

「……ラム。レムとロズワール。……どっちが大事だ?」

 

 

 

究極の二択だったかもしれない。

でも、それは生き死にを考えたらの話では当てはまらない。

レムが存在しているのであれば、レムにはどうにか納得させる、どうにか納得させて、ロズワールの方へと行くのがラムの正しい選択。

 

ロズワールに対する想い………、それは誰も知らない。ロズワールやレムさえ知らないラムに秘めたモノ。

 

だから、妹に恨まれる結果になったとしても、どうにか説得して、納得してもらう。時間がかかっても、その手を取る。

 

 

 

だが――――、レムが死ぬかロズワールが死ぬか、だったなら……?

 

 

 

 

「んな、どっちかしか取れねぇ様な状況考えるんじゃねーぞ! どっちも助かるって話だ! お前らは前に言ってた。両手はもう塞がってる、って。……その塞がった手を、もう1つ分、増やす。増やせないか、って事だ。出来れば、オレの事も信頼してほしいけどさ!ほら、手が増やせないなら、足とかでも良いぜっ!」

 

 

余計な茶々を入れているが、それが頭に入る精神状態ではない。

ただ、……普段なら一蹴していたかもしれない。

 

 

妄言、狂言、異常者だと、切り捨てていたかもしれない。

 

 

 

でも、絶望の淵に落とされて……伸びてきた細く、小さく、消えそうな糸。幻かもしれないその糸。掴もうとしても触れないかもしれない、希望と言う名の糸。……その先に希望(レム)が居ると言うのなら。

 

 

「ウソ……だったら……「オレの命をやる」ッ」

「いや、まずオレだ、オレ。元々ラムが追っかけてきたのは、オレなんだから」

 

 

もう目と鼻の先に居るツカサ。

手を伸ばせば触れる事が出来る。

風を飛ばせば、首だって落とせる距離。

 

物騒な想像に、思わずスバルは苦笑いをしたが、ツカサは変わらない。

 

 

 

「――――………どうすれば、具体、的には何をすれば……」

 

 

 

それはYESと取る。

そうスバルがいい、ツカサにウインクを送った。

ツカサも満足そうに、穏やかに頷くと、続けて言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――沢山、話そう。時間はたっぷりあるんだ。………時が止まった世界に、ラムを招待するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――もう見たくない。あんなラムの姿は、見たくない。

 

 

だからこそ……命を懸けるんだ。

 

 

 




ベティーちゃんが最後空気…………...( = =)
まぁ、ンな馬鹿な……と放心してるだけですがw


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ありがとう

「――――ここ、は……」

 

 

 

 

 

 

 

気が付いたら、見知らぬ天井を眺めていた。

いや、知らなくはない。よく考えたら知っている。だが、何度も繰り返してきた場所で見る天井ではない。

 

この豪勢な装飾が施され、シャンデリアは日の光を反射させ、鮮やかに周囲を日の光で彩っている。

見慣れたアーラム村の、もう自宅の様に落ち着け始めていた借家の天井ではない。

 

 

 

―――ロズワール邸の一室。

 

 

 

意識が覚醒すると同時に、左右の手に感触があるのが解る。

 

 

 

「お客様お客様、お目覚めになりましたか?」

「お客様お客様、……その、大丈夫?」

 

 

 

そこには、青色の髪と桃色の髪を持つメイド姉妹、ラムとレムがいた。

ベッドを挟んで、左右から両手をしっかりと握ってくれている。

 

まだ、朧気な視界だが、それらが鮮明になり、彼女達の表情を細かに見る事が出来る様になった。

 

 

レムの表情は、そこまで変わった様子はない。

何度も戻ってきた時のまま。つまり初対面、初日の顔合わせの時とそこまで変わってない。

使用人として、使用人筆頭として完璧に職務を全うするプロの顔。

――――いや、よくよく見てみると、やや動揺の色がその瞳の奥にある様な気がした。

 

 

そして 姉のラムの方はどうだろう……?

目元が赤い。明らかに赤い。それに、その特徴的で特定する事が出来る要員の1つである桃色の髪。どうにか整えられている様だが、レムと比べたら明らかに乱れている。

 

髪の手入れもメイド服の着付けも、完璧だった筈なのに。

 

 

「ぁ………思い、だした……」

 

 

視界が鮮明になり、双子メイド姉妹の違いを観察できる程、余裕が出てきた所で、微かに、朧気に、そして確実に輪郭を帯びていく記憶の扉。

 

開かれた先の記憶。

それは遠いモノなのか、近いモノなのか、最近なのか昔なのか解らない。そんな記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時の狭間、とでも名付ければ良いだろうか?

スバルが嬉々としながら、カッコイイ名を決める! と息巻いていた様な気がする。

 

 

「――――ここは、一体……? あっ、なんで、なんで……?」

 

 

その場所に初めて足を踏み入れたラムはただただ戸惑っていた。

 

この時の狭間……、真っ白な世界に立っている自分自身に。

 

そして少し考えて、ラムは身体のあちらこちらをペタペタと触って確認をしていた。

 

 

あの絶望の中、哭き喚き、血を流し、世の全てを呪わんとしたあの絶望の世界。

 

ラムは自身の命を燃やして、その元凶を殺る為に、その元凶に通ずる全てに復讐を、レムの仇を打つ覚悟で臨んでいた。

幾分も無い命の残り香を全て使う。

強力な魔法1つ、強力な風の刃を1つ、躊躇いもなく操り、その代償に、身体の全てが悲鳴を上げていく。

 

だが、ラムはその悲鳴に一切耳を貸すことなく、ただただ前のめりで突き進む事を選んだ。

 

最愛を奪った相手に対する本懐。

復讐が全ての世界において、己が肉体など粗末な問題に過ぎないと気にする素振りは一切見せなかったラムだったが……、それでも精神が肉体を凌駕する事はない。

 

その負担は確実に着実に自身の身体を蝕み、死地へと誘っていった。

 

無論、ラムとてそれが解らない程、知性も理性も無くなった畜生ではない。馬鹿ではない。

 

本懐を遂げるまで、持ってくれれば善いと言う考えだったのだから、当然だ。

或いは縋りたかったのかもしれない。

 

 

 

 

だが、この世界ではどうだろうか?

 

 

 

 

熱、寒気、痛み、苦しみ………あらゆる苦痛が一掃されてしまっている。

心だけは、精神まだ不安定な様だが、少なくとも肉体の維持は問題ない。

 

 

「そりゃ、ビックリするよなー、オレだって、半死半生。レムりんに撲殺されかけるわ、呪術で呪い殺されかけるわ、口きけねー、身体動かねー、ガタガタグチャグチャ、何で生きてんの? 状態、最悪な体調だった筈なのに、ここ(・・)に来た途端に元気になったしな」

 

 

白の世界で、白で埋め尽くされていた世界で、1人はっきりと映し出された。視界の中に異物のように映し出された。

 

それは真っ白な絵画に張り付けられたかの様な印象。

 

それは少なくとも、スバルが以前ベアトリスに対して感じた印象程度ではないだろう。

それ程までに、この場所は自然ではあり得ない不自然。因果律を覆す世界。

 

 

……光があるのに影が映らない世界。

 

 

 

「……ゴメン、悠長に長話出来る時間、無いかも………」

 

 

そんな中、もう1人、また突然視界の中に現れた。

でも、その1人は異物と断ずる事はない。絶対にない。

寧ろ、現れた瞬間鮮明に、心の中にさえ届きえる光を暖かさを得たような感覚だった。

 

 

 

「………説明しなさい」

 

 

 

異物として、スバルを無視したラム。

流石に言葉に出さずとも、何となく察知するスバルは悠長に饒舌に話をしていた口を閉じるーー前に。

 

 

 

「オレの扱い雑か!」

 

 

 

と、絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、手短に一通りの説明を実施。

ラムも訝しむ仕草をみせていたが、それでも納得してくれた。

 

 

妹を失ったラムの精神はまだまだ不安定である事は間違いないが、それでもスバル程引き摺る事は無かった事が幸いだと言えるだろう。

ツカサのコンディションを考えたら尚更。

 

 

「ハッ。ラムとバルスを比べるなんて、失礼も良い所だわ」

「復活した途端に、調子が元に戻りましたねーぇ? お姉さまーぁ?」

 

 

スバルも苦言を呈している様だが、内心は嬉しいようで、表情に現れている。

自分自身が、この空間で精神状態を安定させるまでどのくらいかかったのか、大体ではあるものの覚えているから。そして、ラムが味方になる事実がよりスバルの視界を、未来を明るく照らすのだ。

 

 

なんだか、スバルの視界の中のラムはとても嫌そうな顔をしてる……気がするが、気のせいだきっと。

 

 

 

「ふぅ、ふぅ…………はぁっ、はぁ……」

 

 

 

でも、これで万事解決!とはならない。

 

ツカサの言う、時間が足りなくなったと言う問題もある。説明が足りてない状態、精神が戻ってない状態で、あの時間に戻ったとしても……事態を好転させるに至らないかもしれないから。

 

 

「でも、ほんと良かった……。ラムにはこれからのこと、色々と頼みたいから。……結構、頼みたいこと、多いから」

「……聞きます。ツカサ様」

 

 

真剣で神妙で……更に声色もスバルとは圧倒的に違う。

 

明らかに超常現象が起きている事態も鑑みて、ほぼ信じてなかったかもしれないレムの生存面に本当の意味で希望が持てる、と思えてからは ラムの口調、ツカサに対する話し方、敬称が変わっていた。

 

確かに、ロズワールと同等の……とはお願いしたが、少々修正しなければならないだろう、とツカサは判断。

 

 

「それ。まず第一。接し方は以前のままにして。戻った時間軸の状況を考えたら、ラムが突然豹変した事実に絶対皆が驚く。ロズワールさんに変な疑い掛けられても困るし、特にレムが驚いちゃって、また変な展開が起きないとも言えないから。可能な範囲で、覚えている範囲で良いから、繰り返して(・・・・・)欲しい」

「解ったわ。ツカサ」

「切替はやっっ! やっぱ、姉様パネェ!?」

 

 

 

ラムの切替の速さにスバルは舌を巻く。

それを聞いてツカサも安堵した。

 

 

「なるべく、自然にね? ……もう少ししたら、ラムの隣にレムが居る。スバルが目を覚まして、レムとラムの2人が起こす場面。そこに戻る(・・)から」

 

 

その言葉にラムは胸が躍るようだった。

枯れたと思っていた涙が再び零れそうになる。……でも、それでもツカサの言う通り平常心を約束した。

出来るかどうか、定かではないが、それでも約束をした。

 

そして、その後は細かな詳細について互いにお復習。

 

 

「なるほど。つまりバルスが、突然無様に失禁。子供の様に失禁した挙句、レムとラムの視線、羞恥に耐え切れなくなってベッドから怯えて飛び出したあの時に戻るのね。妹と再会すると言うのに、最悪な場面だわ」

「異議あり!! ちょっと、変なトコ捏造しないでくれるかなぁ!? 怯えてベッド飛び出したのは認めるケド、漏らしてねーから!」

 

 

数日前の記憶を遡り―――ある程度捏造しつつ、会話を紡いだラム。

 

それを聞いて、ツカサは驚く。そして、状況を鑑みたら……ある程度は仕方ないのか、とスバルに優しい目を向けて言った。

 

 

「………えっ? ま、まぁ……仕方ないって、ラム。……もう、解ってもらえると思うけど、戻るのはこれが初めてじゃないから……さ? 凄く怖い目にあったんだよ……戻る前。だから、仕方ないって」

「そう。バルスの様子を見てたら、大体察したわ。それに、本当に戻れるのなら、全て粗末な問題よ」

「いやいやいやいや、ちょっとまてちょっとまて兄弟!! その生暖かい目と励ましヤメテ!! してねーーから!! 冤罪っ! 冤罪っっ! そもそも、時間ねーのに、悠長に長話してていいのかよ!?」

 

 

それは兎も角、確かに時間が無いのも事実なので話を前に。

 

あの黒点がもう見えてきているから。

 

 

「次に、こっちは想像してると思うけどオレの力について。日頃使う様な魔法は兎も角、この時間遡行(セーブ&ロード)に関しては、幾ら信頼のおける相手、仲間だったとしても……妄りに広めたりして良いとは思ってない。相応のリスクが発生するから。……だから、ラムには秘密にしておいて貰いたい。出来るかな?」

「勿論よ」

「………ロズワールさんにも秘密に出来る?」

「問題ないわ。ロズワール様からは、ツカサに不敬を買わない様に、言いつけがあれば何でも、全てを聞く様に、と指示されてるもの。出来ないなら、もうそう言ってる。なぜならロズワール様とラムとは契約で結ばれているから。契約に背く事は出来ないし、きっと ツカサもそれは望まないもの(・・・・・・)

「―――……」

 

 

ロズワールの指示―――と言うのがある程度重い事はツカサも知っていた。レムの言葉からだ。スバルを襲おうとしていた時、殺そうとした時、立ちはだかった時、レムはロズワールの指示の件を言っていたから。

 

でも、それ以上に重いのはラムの話。

 

そう……契約(・・)と言う言葉だ。

それを聞いて、少なからず表情を歪めるツカサ。

2人の間柄は当然だが、出会ったまだ数日。知る由も無い。

 

だが、ラムの言葉で その契約が決して軽いモノではない事にくらい当然気付く。間違いなくレムのそれ以上。本格的なものである、と。恐らく破れば相応の(ペナルティ)が降りかかる。軽傷―重症か、もしかしたら命まで奪われてしまうのか……。

ロズワールとラムの間に何があったか知らない以上、それに例え恩があったとしても妄りに他人の心に踏み込んでいくだけの気概はツカサには持ち合わせていない以上。

 

 

「深くは訊かないよ。ラムが黙っていてくれるならそれだけで十分。……仮にバレちゃって、広まっちゃったら、スバルを死なせない様に冷凍保存でもして遠くに逃げるから」

「そうね。そこまでされたら きっと追いかける事は出来ないから、最善の手よ」

「だから2人して、オレイジメてそんな楽しいの!?」

 

 

 

時折スバルを弄るのは、ラムの精神安定にも良いのかもしれない。

すかさず乗ってくれる所も有るし、何より表情がより柔らかくなる様に思えるから。

 

 

 

そして、当然その後は―――屋敷の襲撃犯、呪術師についての話もする。

 

 

 

「敵はおそらく屋敷の中には居ない。……いるなら外。あの村の魔獣の事件もきっと繋がってる。……だから、スバルは屋敷で信頼を……、特にレムからの信頼と信用を勝ち取れる様に頑張って」

「おうよ! 超姉想い、身内びいきのレムりんだ。ラムちー姉様の注意があったとしても、《姉様の為!》 って、オレの頭砕きにくる可能性だってあるからな!」

「バルスが死ねば、ツカサが苦しむ。それも精神的じゃなくて物理的。力があるわけでもない一般人以下。……存在意義あるの?」

「ヒデぇ!? だから、そんな目で見ないで!」

 

 

 

軽口をたたく、スバルが怒る。

でも笑ってる。

 

 

 

あの時、こんな風にまた話せるなんて思ってなかったから。少なくとも、前に戻った皆としか、叶う事は無いと思えていたから。

 

 

 

 

そして、ある程度 吟味した所で――――最後の願い。

 

 

 

「これが最後だよ。ラムも覚えてると思うけど……、4日前の朝。オレ倒れてたでしょ?」

「ええ。覚えてる。庭を血反吐で汚してくれたわ。掃除が大変だったもの。……レムが」

「ははは、そこまで覚えてくれてるのは幸いだよ」

 

 

ツカサはそう言うと、苦笑いしながら頭を掻き……続けた。

 

 

 

 

 

 

「………多分、あの時以上(・・・・・・)だと思うから、助けて欲しい……かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出した。

それにラムの様子も察しがついた。

 

 

幾ら事前に伝えていたとしても―――百聞は一見に如かずだ。実際に体験するのとでは訳が違うだろう。

死んだ筈の妹との再会。間違いなく生きている妹と再会したのだ。……平常心に、と言われて普通に過ごせるほうが無理がある。恐らく短い間ではあるだろうが、衣服や髪の乱れは、レムに抱き着いたのだろう。そして当然目が赤いのは涙。

本当の鬼の目にも涙、である。

 

 

 

そしてツカサはここに運ばれて手厚く看護。

ラムとレムに手まで握られている所を見ると……相応の負荷が身体を襲っていたのだと思う。ひょっとしたら無意識に身体が悲鳴を上げて、暴れていたかもしれない。

 

 

記憶もそうだが、それ以上に完全に思い出したから。――――身体の悲鳴。

 

 

「お客様お客様。お身体の治療は当家では不可であると聞かされました。最高の治療が出来る王都に向かわれた方がよろしいかと思いますが」

「お客様お客様。見たところ、大丈夫そうだとは思うけど、取り合えず希望は言ってちょうだい」

 

 

レムとラム。

いつもはほぼシンクロしていて、言葉の汚さ以外は、ほぼ同じ内容を繰り返し(リピート)

だが、今はブレている様だ。

 

 

「……大丈夫。パックにも言われてない? 普通じゃない(・・・・・・)って」

「…………」

「…………っ」

 

 

ラムは頑張ってる。

頑張っているけれど、やっぱりいきなりは無理だ。スバルと比べたら……怒られそうだけど。

 

 

「だから、大丈夫。ちょっと休んだら………きっとよくなるから。ありがとう」

 

 

お礼を一言。

笑顔もそうだし、何よりあれだけ血を吐いて倒れた身体。大精霊であるパックやベアトリスまで匙を投げた身体だと言うのに、確かに快復の兆しは見えている事に驚きつつ……2人は一礼をした。

 

礼をした後、ラムはレムの方を見て言う。

 

 

「……レムレム。もう1人のお客様の方をお願い。こちらのお客様はラム1人で大丈夫よ」

「はい、姉様。解りました」

 

 

流石はレム。

ラムの様子がいつもと違う事くらい……、ツカサでさえ解る違い位レムにはお見通しの様だ。了承しつつ何やら心配そうに見ていた。

 

事前の打ち合わせでは、仮にボロが出たら 王都でツカサに世話になった件を持ち出す様に、としている。

 

それは、エミリアに対した事ではなく、ラムに直撃しそうになった瓦礫の山から救い出した事。

それにラムがツカサに対して心証が悪い……と言う事はあり得ないし、心の内側は、レムに共感覚として伝わるから、問題ではない、とも聞いている。

 

 

ラム自身は余裕で対処、回避できるつもりではあるものの、結果を見れば ツカサに助けられたのは間違いないから、嘘ではない。

 

 

 

その後――ラムは、自身の千里眼を用いて、レムがこの場から遠く……スバルの所にまで行ったのを念入りに確認。

千里眼と言う名だが、波長が合う存在と視界を共有する能力なので、そこまで万能ではないが、この程度なら造作も無い。

 

 

共感覚以上に、妹に気付かれない範囲まで出たのを確認すると、誰もこの部屋周辺に居ないのを念入りに確認すると、ラムは目に涙を浮かべながらツカサに抱き着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ありがとう」

「頑張ったね。それに……こちらこそ」

 



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ラム

 

 

 

 

「それでツカサ。今後の事なんだけど」

 

 

 

傍から見れば……。

いや、ラムがしっかりと周囲を確認した上での行為? だったので、ツカサ以外の誰かが傍から見る事なんてあり得ない事ではある……が、取り合えず仮に〜とする。

仮に傍からラムを見れば目を見張る程の見事なまでの変わり身の速さだと驚くことだろう。

 

以前、スバルが《切替はやっっ》とラムの事を言っていたが、まさにその通り。

 

ほんのつい先ほど レムの件で感慨極まったラムの熱い抱擁を一心に受けた張本人であるツカサ自身もその通りだ、と スバルの言っていた事を思い返していて、ただ笑っていた。

 

 

「? どうかしたの?」

 

 

そんなツカサの様子を見て疑問に思ったのだろう、首を傾げるラム。

本当に解らないの? とツカサはまた笑いそうになる。

 

 

「いや、スバルの言う通り、切替早くて凄い、って思ってさ? ほんのついさっきまで、スバルの言葉を借りるなら、感動的な場面だったのに、もう元の様子に戻ってるから」

「当然よ。レムの事もそうだけれど、あまり悠長に構えてられる状況じゃないのだし、ツカサも十分ラムの抱擁を堪能したでしょう? この世の極楽を堪能出来たのだから、これ以上ない報酬だわ」

「それはそっか。……確かにそうだね。間違いないよ」

 

 

本当にいつも通り自信満々に胸を張るラム。

そう……いつも通りなんだ。いつものラム。

 

 

それが何よりもツカサにとっては嬉しかった。

 

 

ツカサの魂にまで刻まれた、と称した程のラムの慟哭。

 

鬼の咽び哭く姿。悲しみ……ありとあらゆる負の感情の全てを曝け出していると言っても良いあの姿。

 

巻き戻してやり直して、超える事が出来たのなら、それも良いかもしれないが、本当の意味で笑顔を取り戻す事が出来たのなら、これ以上言う事がない程だ。

 

 

「………はぁ」

 

 

そんなツカサの優しい笑みを見たラムはというと。

 

笑顔なツカサとは実に対照的な表情になった。それと同時に深いため息も出ている。

半ば呆れたように続けた言った。

 

 

「ツカサは少しバルスを見習った方が良いわ。――――そうすれば、女の本音(・・・・)を聞き出せたかもしれないのに」

 

 

ラムからすれば、密かに期待していた部分でもあった事柄だ。

これは嘗ての自分からすれば、考えられないような気持ちだが、今の自分もラムなのだと胸を張って言える。

ラムの本音……紛れもなく本心だと言う事。それを言葉にしてほしかった、と言う事。

 

 

ただ、思い通りにいかないのが少々遺憾だ。

 

 

そんなラムの心情を知ってか知らずか、ツカサはきょとんとしつつも笑みを崩さずに続ける。

 

 

「おやや、それは手厳しい指摘だね? ……だってスバルは良くも悪くもストレートだから。ある程度は自重するオレには、真似るのは荷が重いかもしれないよ」

 

 

スバルの様に自分に正直に、自分のままをさらけ出す生き方をするのも悪くないかもしれない……と思う反面、いやいや、それ以上に思うのは、もっともっと自重しなければならないだろう、と言う気持ち。

抗うだけの力を持ちえないのなら尚更だ。

スバルの場合、ある意味力を持っていると言えるかもしれないが、ツカサ自身限定ではた迷惑なので、より自重して欲しいと思う。

 

ラムは、ツカサの言葉を聞いて頷きつつ、手を軽く横にふる。

 

 

「それは当然よ。だから、少し(・・)とラムは言ったのよ。本当にほんの少し。あまりにもバルスに近付き過ぎる様なら、ラムが矯正するわ。力づくで」

 

 

何処から持ち出したのか? 恐らくはティーセットを運ぶ用のトレーでぶんぶん素振りを始めるラム。

 

どうやら、スバルに近付き過ぎる? 様な事があれば、あの銀一色で彩られた高級感満載なトレーで頭に一撃を受けるらしい。

 

 

非常に痛そうだ。硬度もそれなりに有りそうだし、何より角を使われたら凶悪。

実に攻撃的なメイドさんが居たものだ、とツカサはまた笑う。

 

 

 

「……だって、今のオレには、これでも十分過ぎる。十分、なんだ――……」

 

 

ツカサの笑顔が徐々に陰る。

 

 

「もう、あんなラムの姿は見たくないから」

「…………………」

 

 

あの悲劇が頭の中を過ったから。

 

スバルや自分に毒を吐くラムが良い。時折見せる笑顔や自信過剰、空回りしても自分を崩さないラムが良い。

 

 

そんなツカサの言葉を聞いて、少しだけラムは呆気にとられる。

そして、聞きたかった事の1つである確認をツカサにした。

 

 

「……ツカサは、何度、重ねて(・・・)きたの?」

「うん?」

 

 

ラムが聞きたかった事。

今のラムにとっては、屋敷5日目から初日に戻った。ツカサとの付き合いを王都の1件も含めれば、凡そ6日。約1週間。

 

だが、あの力を目の当たりにすれば解る。ツカサはそんなに短い訳が無い、と。

それだけ重ねて―――身体を傷つけてきたのだと。

 

他の誰でもない。自分達(ラムやレム)の為に。

 

 

※因みに、この時はスバルの存在をラムは脳裏から消去している。

 

 

 

「何度あの力を使ったの?」

「――――……この屋敷に来てからで言えば、3度、かな」

 

 

少しだけ迷ったが、結果的に(・・・・)戻った回数に関しては 嘘偽りなくラムに説明した。

一度はスバルの死に戻りも含まれているが、それも自分自身の力である事にして、ラムに伝えている。と言うより、そうしないと伝わらない。異常なまでに独占欲が強いと言うか、嫉妬が深すぎると言うか……、スバルを想っている存在は、他人の介入を早々赦しはしないだろう。

……ラムがその底が知れない闇に近付いたら、近付き過ぎたなら、正直笑えない。

 

 

「…………そう」

 

 

そして、ラムはまた少し考えた。

ツカサは、力を使った回数に関して、《この屋敷に来てから》と言ったのだ。

 

 

それは つまり、この屋敷に来る前にも使ったという事。……ラムにも心当たりがある。

突然苦しみだしたツカサの姿を見ている。

 

 

あの商人、オットーと共にエミリアの捜索をしたあの時に。何の前触れもなく、突然苦しみだしたのを覚えている。あの時は、ただの発作である事を告げられて、そう気にする事でも無かったのだが、今なら解る。

 

 

恐らくはエミリアを救うために奔走したのだと言う事が。

勿論、スバルの絡んでいる事は間違いないだろうが、自身の身を顧みず、ここまでの行動が出来るツカサと言う男の事を考えてみれば……一目瞭然。考えるまでも無い。

 

 

 

ラムは、ツカサから少し距離を取って、姿勢を正し 優雅にスカートを摘まんでお辞儀をした。

 

 

「ツカサ様」

「!」

 

 

突然敬称を変えた事に驚くツカサ。

普通に接して貰いたい、とお願いした筈だったし、何よりラムの性格上の話で、元に戻すとは思いにくかったから。

だからこそ、これが真剣な話である事が分かるとも言える。

 

事実、ラムの姿勢を見れば解る事だ。

 

お辞儀の後は両の手を胸元で握り、祈る様な所作で続けた。

 

 

「改めて感謝を。………我が主ロズワール・L・メイザース様と同等の感謝を貴方に。……そして私、ラムの全幅の信頼を。主と同等以上の感謝と信頼を貴方に……」

 

 

普通に接する事を求めたツカサだったが、今は別に良いと思う。

今はラムとツカサの2人切り。誰にもヘンな目で見られる事も無い。ラムの感覚はレムにも伝わっている様だから、悪い感情でないのだから問題ない筈だから。

 

 

《両手はもう塞がっている》

 

 

それはラムにもレムにも言われた言葉だ。

当然、姉妹同士で繋がる手と主ロズワールの手で塞がっているという事。

立ち入る隙は無いと思われていたモノだったが、信頼を勝ち得る事が出来た。

 

自分自身の力を打ち明けると言う、相応のリスクは背負ったものの、ラム相手ではリスクはリスクになり得ない。信頼すると言う事はそう言う事だ。

 

「ーーーーー本当に、無事で良かった」

 

レムを、そしてラムの心を救う事が出来たのだと、ツカサは改めて実感した。心を抉られるようなラムの悲痛な叫び。生気を喪ったレムの姿。

世界を巻き戻す事が出来るツカサとて、アレは無かったことにはならないし、してはならないと思っている。思っているからこそ、心の底から安堵する。

 

ツカサはもう一度笑うと、頭を下げたままのラムを、ベッドに座ったままの体勢で丁度良い高さにあるラムの頭を軽く撫でる。

ラムは何も言わず、されるがままの状態。

感極まったツカサは、撫でた後に軽く優しく、抱きしめるのだった。

 

 

 

ラムの表情はツカサからは見えない。だが、その顔はしっかりと赤く染まっている。

ツカサはそれ以上何も言わない。それでもラムにもはっきりと伝わった。ツカサの想いが、その温もりを通じてラムに伝わった。

 

 

 

ーー無事で、良かった。

 

 

 

何度思い返しては、その度に目頭が熱くなる。

 

抱き締めたツカサからは見えない様に、ラムは頬を染め、同時に一筋の涙を目から溢すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後―――ツカサはスバルと合流。

 

少々遅らせてしまったが、豪勢な朝食にも与る事が出来た。

あの日のレムの事を想えば、いつも以上に美味しく感じるのはきっと気のせいではない。

 

そんな感情が、表情に現れて、それが伝わった様で パックには笑われたが、それも良い気分だ。

 

 

 

「んじゃま、ロズワール邸1週間! 攻略スタートすっぜ、兄弟!」

「スバルが要なのは間違いないから。しっかり頑張ってよ、使用人見習いとしても」

「おおともさ! ラムちーが居る事に関しちゃ、でけーアドバンテージなのは間違いねーが、それに頼る事なくやってやるぜ!! んでもって、頑張ったご褒美をエミリアたんから……」

「……まーた、空回りし過ぎない様に、って言いたいトコではあるけど、エミリアさんになら、多少 強引気味に行く方が良いかもね。勿論 パックが許す範囲でだけど」

「よっしゃあ! エミリアたんのデート券もゲットして、誰もが幸せハッピーエンドだ!」

 

 

 

ラムに頼り過ぎてしまえば、レムがスバルに対して持つ印象が悪くなるのは当然。

全ては姉の為に、を掲げているので、現在もレムが言う魔女の匂いを漂わせているスバルが、それをすれば、殺意を育む事を手助けしてしまうも同義だ。

 

 

ツカサは、勿論再び村で住まわせてもらう事と、美味しい御飯を与れる事を約束してもらい、張り切って2人は二手に分かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロズワール邸初日の夜。

夜天に月が掛かる刻限、ロズワール邸最上階の執務室にて、密談は行われていた。

 

参加者は、ロズワールとラムの2人。

 

 

「そぉれでラム? 君の意見を聞きたい。まずは君から見たところの彼……スバル君の方の評価はどんなもんかな?」

「はい。―――彼、バルスは正直能力的には全然ダメです。使用人としての仕事ぶりは素人に毛が生えた程度でしかありません。向き不向きの対象にすら入らないのが実状かと」

 

 

一切の忖度無し。

 

痛烈な批判・評価はスバルだから―――と言う訳ではなく、これでも公平な目で見ているつもりだ。ラムは、素性を完璧に把握出来た訳ではないが、スバルに対しても、ある一定の信頼はしている。……ツカサと比べたら、文字通り天地の差が離れているのはご愛敬だが。

 

 

「うぅん、自分から働かせてほしい、と言い出したのに、それもまたどーぉにも不思議なモンだねーぇ。それを言えば、もう1人………村へと向かった彼の事もそーぉだけど」

 

 

朝食の時の事を思い返すロズワール。

村に住まわせて欲しいツカサと屋敷で働かせて欲しいスバル。

共通して言えるのが、2人ともが実に欲を欠いた願いだと言う事だ。

 

 

金銀財宝、願いは思いのまま。手の届く範囲にはなるだろうが、ある程度の願いは叶えられる。大精霊の後押しもあれば尚更様々な事に届く筈の願いが、こう使われるとは思いもしない、と言うのがロズワールの考えだ。

 

 

「どちらか、と言われれば、間違いなくツカサの方が優秀でしょう。王都でラムを助けてくれた事も合わせると」

「うんうん。……彼の事は、特に重要だーぁよ? ラム。最優先で信頼を勝ち得ないといけない。極めて重要だ」

 

 

スバルの話をしていた筈なのだが、ツカサの話に切り替わった途端、ロズワールの表情は引き締まる。

 

 

「―――まーぁさか、書自らが意思を持ったかの様に行動し記述した訳だーぁからね、彼がその源泉であると私は睨んでいる。――――しーぃかし、書自らが記述に無い事柄を、現象で示しだすとはねーぇ。私にとっては 或いは助かった(・・・・)、と受け取るべきかぁーな? ……恐らく 未知の存在であると書は彼を認めた。それが故の現象だ。……仮に、それを放置した結果……記述にズレへと繋がれば、その時点で、私は………」

 

 

そこまで言ってロズワールは口を閉じる。

やや、表情が強張り、その化粧で見え隠れしていた表情筋の皺が顕わになる程。

 

ラムは、黙ったままその表情をじっと見つめていた。

 

 

「……もう一度、言っておくよラム。この件はひどーぉく慎重に扱うべき問題だ。彼と彼……、ツカサ君とスバル君の繋がりも決して細ぉーいものじゃない様だーぁし? だから、くれぐれもレムが先走らない様、姉の君が注意しておくよーぅにね」

「はい」

 

 

最強のカードにもなり、最悪のカードにも成りうる存在である、と言う事をロズワールは本能的に理解していた。

まだ、確かに確証はない。彼の言う《書》には、明確には書かれていないのだから。

 

 

だが、これまでの事を思い返してみれば、あらゆる符号が1つの解を示している。

 

 

 

 

《大精霊のマナを戻す》

《剣聖を打ち負かす》

《白鯨を単独で撃退》

 

 

 

 

 

白鯨の件は裏が取れない噂の範疇だったので、ある程度の誇張表現が入っているのかもしれないが、その他2つは別だ。

大精霊パックに裏は取れてる上に、剣聖の本気の前での魔法の使用など、状況証拠的には揃いつつある。

 

だからこそ、極めて冷静に且つ慎重に扱わなければならない。

 

盤上の駒を、単独で全てをひっくり返しかねないのだから。

 

 

 

その後、ロズワールはラムを改めてみた。

 

 

「今が大事な時期であり、集大成が試される。――――時にラム」

「はい」

「二晩も空いたんだ。……随分と疼いていると思えていたんだーぁが、どうやら その心配は無い様だーぁね?」

「あ……、いえ、それは……。っ」

 

 

ラムは、自身の身体を見渡した。

ロズワールは知る由も無いが、ラムは精神面では体感で1週間既に過ごした身体だ。

あまりにも考える事が多く、怒涛の様に押し寄せてくるので、気にする暇が無かった、と言うのが正しいかもしれない。

 

あの5日目の朝――――全てを失い、命をも捨てる覚悟だったが故に、身体の事は二の次にしてしまった事が今の今までに繋がっている。

 

そして、今この瞬間に気付き、自身の身体を確認して驚いていた。

その表情はロズワールにも勿論伝わる。

 

 

「恐らくは無意識下、と言う事なのかーぁな? まぁ大精霊様にマナを供給できる彼だ。……それはつまり……出来る(・・・)と言う事。どういう理由かは、まだまだ解らないが、つまり、彼は君に十分気を掛けている、気に入っていると受け取っても良いかもねーぇ?」

「それは……、ラムにはまだ判断しかねます。まだ評するには、幾らか経過を見守るべき案件かと……」

 

 

 

 

 

まだ日は浅いが、恐らくは ラムの事を気に入っている、と取って良いとロズワールは判断した。

それは何よりも喜ばしい事だ。

 

何せ、朝食でも解る通り 本人は……あの2人は極端に無欲だから。

使える手、手段、そして付け入る手、その綻びは幾つあっても困るものではない。

 

 

 

「ラム。―――これまで以上に 大事な身体になると自覚するんだーぁよ? ……君1人のものではなーぁいんだからね」

「っ………はい」

 

 

 

 

ロズワールの言葉に、これまでの様に(・・・・・・・)心中穏やかではいられないラムだった。この耳に残る、頭に残る、……身体が覚えている温もり。それらを覚えてしまったから。……知ってしまったから。

 

様々な感情が入り乱れてしまうが、どうにか持ちこたえる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

―――いつか必ず訪れるであろう全ての決着の時(・・・・)を見据えながら。

 



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全力全開ナツキ・スバル

ロズワール邸 2日目の朝。

 

3度目の2日目の朝。

 

 

 

「グッドモーニーーングッッ!! 今日も今日とて晴天日和!! さいっこうの洗濯日和! ハーーピネスな1日にしようぜ!! はいっ、ヴィクトリ――っ!!」

 

 

陽気な声がロズワール邸の庭園で響く。

主から使用人、例外、全て含めて、この屋敷には現在8人(内2匹)しかおらず、その中で朝からここまで元気なのは1人しかいない。

 

 

昨日から、ロズワール邸の使用人へと無事定職につけた男、ナツキ・スバルである。

 

 

そんな、朝の目覚まし宜しく大きな宣言を間近で聞いて、そろそろ呆れ気味なのはエミリア。

彼女がこの場所に居るのは日々の日課。木々で囲まれた庭園の木陰で微精霊たちと語り合う朝の日課に、精霊たちも驚いてしまう程の元気で陽気な声が響けば、当然聞こえる。

 

面白い事に、精霊たちも同じ様に元気になったのか、やや活発になってたりもするので、それはエミリアにとっては新たな発見だ。

 

 

でも―――色々と発見出来たとしても、スバルのそれはやっぱり度を越していると思う、と言うのも事実である。

 

 

 

「……今日も朝からホント元気よね……。それで昨日はお仕事ちゃんとできた?」

「ああ! 8割ダメだったな!」

「8割もっ!? あれっ?? えっと、昨日ツカサに頑張れ~って言われてた時、何か思いっきり断言宣言してなかったっけ?? 《任せとけーー! 大丈夫だーー!》みたいな」

「おお!! おぉ! ぉぉ。……………ぉぉ」

 

 

エミリアの疑問をスバルに伝えると、これまた解りやすく意気消沈したスバル。

確かに、スバルは言っていた。ツカサと別れる時も言っていた。《任せとけ》と胸を大きく叩きながら。

 

それをエミリアの口から言われたものだから、スバルにはダイレクトに心に刺さったのだろう。

解りやすく沈んでるスバルに、慌ててフォローを入れる。

 

 

 

「あ、でも ほら! 初めてで2割上手くいったんでしょ? それなら大丈夫! ほらほら、自信もって! 昨日の事思い出して!」

 

 

 

スバル は エミリア の はげまし を うけた。

スバル は たいりょく きりょく ぜんかいふく した。

 

 

「くぅぅぅっっ!! だよねだよねっっ! こっからがオレの追い風ロードが始まるよっっ! 有言実行する男とは、ナツキスバル! 有言実行と書いて有言実行(ナツキ・スバル)だぜっ!」

「でも、ちゃんと反省はしてね?」

 

 

 

また、目に見えて簡単に復活するスバルの単純さには、本当に舌を巻く思いである。

ただ、沈んだ様に見えたのは、実は演技だった、と言われても驚かない。それ程までに早い変わり身だったから。

 

 

「まっ、エミリアたんだって、兄弟だって頑張ってんだ! 期待されたオレは更にその上を行く男だぜ! 何せ、働く仕事の規模が違うっ! 見よっ! この荘厳たるロズワール邸をっ! これを超える職場はオレは未だ嘗て見た事ない! そう断言できるね!! ってな訳で、オレは今日も使用人ライフに勤しむワケよ! んでも、疲れたらエミリアたんの膝に飛び込みに行くからね!」

「うん。……取り合えず スバルの言う事は話半分に聞いてるぐらいでちょうどいい感じがするかも」

「エミリアたんまで辛辣な意見っっ!! ラムちーといい、兄弟といい、どーしてこうも現実はオレに厳しい事だらけなんだー!! って まてまてぃ!」

 

 

変わらぬテンション、落とさないテンションのままに、スバルは指をさす。その先に居るのはパックだ。

 

 

「つまり、半分ってことは片膝ならオーケー! って事だな? 取るなよパック!」

 

 

エミリアの事に対して宣戦布告? されたパック。

勿論、黙っていてる訳がない。

 

 

「ふふんっ。リアはすでに契約でボクに身も心も捧げた状態! 今更この関係ににゃんにゃん、にゃんぴとたりとも付け入る隙は~~」

「もうっ! 私の知らない間に勝手に契約の内容変えないのっ! 変な事すると怒るんだからね!」

 

 

エミリアとパックがじゃれ合ってる所に。

 

 

「きゅきゅ~~♪」

 

 

何処からともなく、鳴き声と共に主から離れちゃった家出精霊? クルルが飛び出してきて、エミリアの頭にぴょんっと とび乗った。

 

 

「わっ、もう、クルル? 突然降りてこないでよー。びっくらこいちゃったでしょ?」

「びっくらこいちゃった、って今日日聞かねぇな~~って、ちょっと まてまてまてぃ! クルル、ずりーぞ! エミリアたんの頭の上は予約出来てなかったっっ!」

 

 

乱入者であるクルルを見て、スバルは指を突きつけながら、《異議あり!》と言わんばかりだが、クルルには暖簾に腕押しである。

 

 

「きゅっ?」

 

 

と可愛らしく愛らしく首を傾げるだけに留まっており、エミリアとの相乗効果で更に倍増しな威力だから。あのクルルのモフモフを思い出して更に威力倍増。

自他ともに認めるモフリストであるスバルは、だらしなく頬を緩めていた。

 

それに事情? を知らなかったら、何故ツカサが嫌悪するのか、理解不能だと思う事だろう。

 

その後も、クルルは毛繕いしながら、顔を手で洗って……、こうしてみると何だかネコに見えなくもない。仕草1つ1つが反則だ。パックとは、姿形は全然違うのだけど、何処となくこれこそ兄弟を想わせてくれる。どっちが兄でどっちが弟か解らないが。

 

 

クルルとパックは、今日も今日とて、《きゅっ!》《にゃっ!》と互いに決まったであろう挨拶を交わしていた。

 

 

当のエミリアは、まんざらでもない様子なのが、スバルにとって更に羨ましがる要員の1つになってきたが、いつまでも遊んでいられる程暇ではない。

 

 

「んじゃま、活力補給も出来た事だし、さぁ、こっからがお仕事モードに突入だ」

「え? 活力補給って?」

「そりゃもち、エミリアたんといちゃいちゃする事だよぉーっ! 最後はクルルに良いトコ持ってかれたケド、一歩前進だろっ??」

「ホント調子良いんだから」

 

 

呆れながらも、スバルの背中を眺めながらエミリアは笑う。

自分を護る為に、本当に死ぬ一歩手前……、本当に死んでたかもしれない大怪我をしてしまった。その恩を返す事が出来てない現状がエミリアにとっては複雑極まりない事ではある、が。ああして元気いっぱいな所を見れるだけでも良かった、と言う事にしたい。

 

 

「ほんと、欲のないお願いだったのにね……?」

「きゅーきゅっ? きゅきゅー!」

「ふんふん、にゃるほどにゃるほど」

「きゅきゅっ!」

 

 

いつの間にか、パックとクルルがエミリアの頭上で精霊会議をしていた様なので、不意にエミリアは視線を上に向けて聴いた。

 

 

「どうしたの? 何話してたの?」

「スバルの事だよリア。クルルに聞いたら 何でも やる事成す事、目標がはっきり定まって、ゴールまで見えてるからより気合入ってるんだって。多少はミスしてるかもしれないけど、あれだけ心と身体が合致していたら、飛躍的に伸びるんじゃないかな? それに リアの膝枕が目当て、って言うのもぜーんぶほんとみたいで、下心も満載みたいだけどね~」

 

 

クルルと話をしていた内容をパックはエミリアに告げた。

 

クルルに聞かずとも、スバルの様子は大体は解る。

 

スバルの中にある気持ち、確かに騒がしいし五月蠅いし喧しいし……だけど、エミリアに対する気持ちに嘘偽りは一切ない。本当に好きでいてくれているというのがパックにも伝わっているから、エミリアの事が何よりも大切なパックにとって、そう言う人間が1人でも増えてくれる事は心から好ましく思っている。

 

故に、パックの表情も楽しそうなのだ。

 

 

「ま、無理し過ぎるのは身体に毒なのは変わりないし、今のペースで頑張っちゃったら、疲労困憊で倒れちゃうかも? っともクルルは言ってるし、頑張り具合で、報いてあげても良いと思うよ、リア」

 

 

その精霊の様子は、少なからず精霊使い(エミリア)にも影響するもので。

 

 

 

「ふふっ。……ま、まぁ、考えてあげなくも無いんだからねっ?」

 

 

 

と、エミリアも膝枕に関して満更でもない様子。スバルが聞いていたら、《エミリアたんツンデレ!!》と発狂しかねない程狂喜する事だろう。

結果仕事にならなかったかもしれない。……なので、聞いてなくて正解なのである。

 

エミリアは、暫く自分の発言と考えからくる恥ずかしさを誤魔化す様に、笑っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後スバルは頑張った。

物凄い勢いで頑張った。

 

自分の仕事は勿論だが、レムの仕事範囲、その時間帯も反則ではあるが事前にラムに聞いている。信頼を得る為に、多少のズルは必要だ、と持論を展開しつつ、そして打算的なのはそこまで。後は自分の体力が持つ限り全身全霊で使用人仕事をやり続けていた。

 

 

 

 

「おぉっっっと、レムりんっ! 次はお庭の木の選定かな!? 今、オレがやっちゃったばっかりだから、ジャッジ宜しくッ!」

 

 

「ラムちー! ほれ見てみ見てみ! この包丁さばきやべーぞ! 才能開花待ったなしだ!」

 

 

「ほらほら、レムりん見て見て! この繊細な細工! テーブルクロスにパックのイラスト刺繍だ! そんでもって、こっちはクルルの刺繍! これなら拍がつくってもんでしょ! 大精霊様のイラスト入りとか! 何なら高額な値がつくかもっ!? ヤベー、裁縫スキル向上! 極まってる!!」

 

 

「ふははははは!! 今度は掃除スキルも極まってきたぜーー! さぁ、さぁ、競争だ!! 今日は屋敷3周くらいは決めてやるぜっ!!」

 

 

 

初日とは打って変わって、2日目は凄いの一言。毒舌家ラムでさえ、辛辣コメントは差し控えており、パックはニコニコ、エミリアもニコニコ、レムだけがやや訝しむ……と言った様子で 完全に出足は好調だと言えるだろう。

 

 

 

 

確かに、心と身体は定まった。

やらなければならない事がはっきりと見えた。

 

 

 

でも、スバルは普通の人間だ。

健康的な20歳未満の男子。

 

スバルに限らず人間誰しも限界と言うモノはある。

広大なロズワール邸の中外を余す事なく、フルスロットルで働き続けたらどうなるか……。

 

 

 

「んが――――っっ!!?」

 

 

 

身体が先に根を上げてしまった。

因みに両足ツってしまう、と言う大惨事。それも あろう事か大浴場で犯してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方アーラム村のツカサはと言うと。

 

 

「……何だか、今スバルの悲鳴が聞こえてきたような……?? 気のせいかな、うん」

 

 

村の周囲を探索していた。

勿論、結界に沿って綻びが無いかどうかの再確認だ。

 

前回と違う事を起こせば、当然辿り着く未来も変化していくモノ……だが、今回は出来る限り、前回通り、レムが死んでしまうと言う最悪の未来だった世界の通りに沿って、過ごす予定だった。

 

 

無論、4日目までは……だが。

またレムを失う様な場面は当然見ないし、ラムも絶対にさせないだろう。

 

分岐点は間違いなく4日目。

スバルが村に来なかった代わりに、レムが来た事でレムの運命が決まってしまった。

 

 

ツカサもその日にレムと話をした。村には香辛料等の買い出しに来ている様だったが、細かな内容までは把握出来てはいない。

少なくとも、レムと話をして、そしてロズワール邸までは一緒に居たので、その時は不自然な所は無かった……筈。

 

 

纏めると 初日はスバルが村に来て、そのまま5日の朝を迎える事なく衰弱死。

次も5日の夜――行動はほぼ変えず、そのままにしてたら衰弱死しかけた。つまり結局は呪われた。

そして3度目は、スバルの変わりにレムが呪われて衰弱死してしまうと言う結果。

 

 

スバルかレムか、若しくはただ関係なく屋敷に居る者無差別なのか、解らない事は多いが、そんな中でも解る事はある。

 

 

「――十中八九、呪術師は、アーラム(この)村に居るって事だろうな」

 

 

3度繰り返し、体感で言えば当然3倍は付き合っている。

いつも優しく温かな村で、子供達がいつも元気いっぱいだ。

 

そんな村に、人を殺す呪術を扱う者が居る―――なんて、考えたく無い。

 

でも……。

 

 

「(レムの時と同じ)」

 

 

もう覚悟は 出来ている。

レムとラムのあの姿はもう見たく無い。

 

そして、間違いないのは相手はスバルだろうとレムだろうと、殺す気で来ているという事。

 

 

「(甘い事を考えてたら、こっちが危ない)」

 

 

思い返すのは、……いや、思い返してしまう(・・・)のは、あの腸狩り(エルザ)。どうにか気絶をさせる、捕まえる等甘い考えを起こしていたが故に、最後の最後にエミリアが襲われ、スバルが大怪我を負った。

 

状況は違えど、あの時と同じだ。

 

例え誰が相手であろうとも、容赦は一切なし。スバルを2度、レムを1度、こちら側ではもう3度殺されているのだから。

 

それに、戻る力も万能でもなければ無限(・・)でもないのだから。

 

 

「(絶好調を100とすると……、今は多分50以下……)」

 

 

比べる相手があの白鯨だから、中々測りきれないあやふやなモノではあるが、確実に読込(ロード)、特に共有読込(シェア・ロード)は、自身の身体に錘を残していっている。

 

そして、たった5日間のループでは、調子を元に戻せない。

 

 

 

 

「おーーい、おおーーい! つーかーさーーっっ!」

「約束っ! お空、お空のさんぽ!!」

「はやくはやく!」

「あそぼーーーー!」

 

 

 

 

深刻に考え込んでいたら、気が付けば、子供らの声が聞こえてきた。

どうやら、一通り見回りを終えて、村へと帰ってきた様だ。

 

 

―――もう恒例になる光景を前に……ツカサは心底願う。

 

 

子供達には笑顔で答えながら……1人1人の顔を見て願う。

 

 

ペトラ、リュカ、ミルド、メイーナ、カイン、ダイン。

 

 

もう自己紹介をするまでも無い。皆の顔と名前ははっきりと覚えている。

子供達の笑顔には救われてる部分もある。先ほどまで重かった身体が、何となく軽くなった気がするから。

 

だからこそ―――より強く願った。

 

 

―――どうか、子供たちは、一切関係ありませんように……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ。ペース配分と言うモノを知らず、バカ一直線。結果、浴場で溺れていた惨めなバルスを釣り上げてやったわ。余計な仕事増やしてくれたものね」

「うぐぐぐ……、い、言い訳のひとつすらできねーのが悲しい! あああ、クソっっ! まだまだやる事成す事大量にあるってのにっっ!! こうしちゃいられ……あんぎゃっっ!」

「良いザマだわ。ほんと。でも、掃除の邪魔でもあるわね。掃いてしまいましょうか」

「ね、ねーさま、ちょい待ち、ちょい待ち! 今 足ダメっ! 足触るのカンベンしてくれ~~~!」

 

 

浴場で両足をつってしまい、そのまま 湯舟にダイブ……。比喩ではなく本当に溺れかけていた所、ラムに救出されたのである。

 

 

全力全開で飛ばし過ぎた為、完全にオーバーワーク。

初日でこの体たらく、情けないと思われるかもしれないが、よくよく思い返してみればスバルは重傷者。

確かに治療は施されて、大丈夫とはいえ血が完全に足りてなく、万全とは決して言えない身体。そこに、この大きな大きな屋敷のハードワークを無理矢理にでも行えばどうなってしまうのか……、考えてみれば解る事である。

 

 

 

「もう、スバルってば、また無理ばっかりして。パックとクルルが言った通りになっちゃった……」

「ああっ、エミリアたんっ!?」

 

 

 

そして、あまり見られたくない……いや、絶対見られたくない場面を、見られたくない人に見られてしまったスバルはまた無理矢理起き上がろうとするが、あの激痛に抗える筈もなく、また盛大に床に転がった。

 

 

「元気いっぱいなのは すごーく良い事だと思うけど、身体にもっと耳を返してあげないとダメじゃない」

「うぐぐ……、まだ2日目だってのに、これで疲労困憊とか、虚弱体質が過ぎる………」

「もう、またそうやって無理に動こうとする」

 

 

見てられなくなったエミリアは、スバルが動かない様に、動けない様にした。

実力行使で。

 

 

 

その内容は―――――。

 

 

 

「……へ? これって………」

「特別―――だからね?」

「膝、まくら?」

「恥ずかしいから、はっきり言わないのっ! こうでもしないと、スバル跳び起きてすーぐ、どこかに行っちゃうもん。だから、ちょっとは落ち着きなさい、スバルのオタンコナス!」

「お、オタンコナスも今日日聞かないよ……? エミリアたん」

 

 

 

なんと、実力行使の内容は膝まくら。

 

まさかの展開に、スバルは暫く言葉にならず、身動きの1つも取れない。

 

 

「スバルはスバル。……そんなに焦らなくても大丈夫。……無理せずゆっくりで良いんだから」

「ぅ………、ものすっごく天国な感触なのに、情けなさ感が半端でないのが悲しい……」

「もうっ、だから余計な事考えないの! ……ほんの少し、休憩を挟む。それだけを考えてて」

 

 

 

 

 

 

 

スバルとエミリアのやり取りをじっと見ていたラムは、不意に後ろを振り返った。

そこには、いつの間にか来ていたレムが控えている。

 

「バルスは、能力的には下の下。体調管理も出来てないし、駄目な所が多い」

「はい。姉様の言う通りだと思います」

 

レムにとって、ラムは絶対。

ラムならば、……本来の(・・・)ラムならば、と常に思っているから。

だから、スバルに対する評価も間違いないだろう。……それに加えて、スバルから立ち込める魔女の残り香の件もある。

今のレムにも、それは十分に感じられる。

 

不要と判断されるのなら、……いや、判断を自身に任せて貰えれば、とまで思い、それを進言しようとしたその時だ。

 

 

「……でも、仕事には真摯に向き合ってるのはラムも認めてるわ。無鉄砲で馬鹿で、前ばっかり見てる。……もっと別の周りを見る事が出来たら良いのにね」

「っ………」

 

 

スバルを排除する――――と言う意思が前に出始めてきた矢先のラムの好評価に、レムはたじろいでしまった。

 

 

 

 

そして、一体どれくらいになっただろうか。

 

エミリアの説得――――と言うより、膝枕効果が絶大だった様で、羞恥心も相余ってスバルは復活。

 

 

「ぬおああああ!! こ、これはヤバイ! 永遠に離れられないヤツだ! これは麻薬だ!! エミリアたんっっ! ず~~っと味わいたい、さいっこうの枕だけど、オレにはやらなきゃならない事があるんだ!!」

 

 

膝から頭が離れてないので、物凄く説得力はないのだが、兎に角 これ以上仕事放棄してられない、と言わんばかりに吠えるスバルに、呆れた様に高い位置から見下ろすのはラムだ。

 

 

「はっ。そんな情けないバルスに与える仕事なんて、もう無いと知りなさい。今日はバルスは役立たず。これ以上の烙印を押されたくなければ、明日までには 万全の状態にしておくことね」

「ええっっ!?」

 

 

そうとだけ告げると、ラムは背を向けた。

 

 

「今日はお休み上げるから、しっかり体調元に戻しなさい、だって」

「そんな優しさ欠片も無かったよ、エミリアたん! ラムちーは、何時だって今だってオレに超スパルタだよっ!? で、でも たった2日で休むワケには……」

「万全じゃない状態で一緒に仕事をされても、迷惑になりますよ、スバル君。姉様の言う通り、身体をしっかり休めて治してください」

「!!! れ、レムりん? ……いつの間に………?」

「膝まくら」

「ぐはっっ!!」

 

 

もれなく全員に見られてしまったこの場面。

至福の一時である事は間違いないのだけれど……、出来れば2人切りの時にして欲しいと思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

いたたまれなくなったスバルは、顔を両手で覆う様に抑えながら、休む事をしっかりと約束した後、逃げる様に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 

レムは、暫く―――と言っても数秒間、立ち去った方向に視線を向けていた。

その姿を見て何かを感じたのか、或いは普段から感じていたのかは解らないが、エミリアがそっとレムに告げる。

 

 

「レム。―――スバルは良い子よ? だから、大丈夫」

「……………」

 

 

告げられた言葉に、レムは深々とした礼で応じた。

 

 

―――最愛の姉であるラムも、そしてエミリアも、スバルと言う男の事を信じている。

 

 

 

その事実が、レムの無表情の横顔にささやかな震えを走らせる要因になった事を本人さえ気づいていない。

 

ただ――感じるのはただ1つ。

 

 

 

立ち去った後でも、かすかに香る邪悪な臭い。

 

 

 

皆が信じても、その臭いだけが、レムの心にしこりを残していたのだった。

 

 

 




スバル君だけだったら、基本原作通りに進行中だーぁねw


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必ず突破する

 

 

 

 

 

「んで、例によってベア子!」

「何が、例によってか わからないのよ!!」

 

 

現在、スバルは業務時間外。

禁書庫にてベアトリスと交流中……である。

 

今回では、ベアトリスの守護は約束していないので、普通にベアトリスの機嫌を損ねれば、そのまま外へと吹き飛ばされてもおかしくないのだが、やはり ベアトリスは口は悪くとも根は優しい。

 

呪術師については、確かにまだまだ情報が少ないと言えばそうだが、粗方話し合いは出来ている。

ラムやスバル、そしてツカサと話した。

そして、今回はベアトリスとだ。

 

 

「いいじゃんいいじゃん、ベア子~~。ちゃ~~んと、見返り用意したよ?? 良いの良いの?? パックの何でも言う事聞く券だよ?? 不意にしちゃう?? 次はないかもだよ??」

「ぐぬぬぬぬ……、にーちゃが何でも……っっ」

 

 

これこそが 例によって、スバルはしっかりとベアトリスを懐柔している。

前回同様、何でも言う事を聞く、と約束してくれたパックを餌にして。

 

物凄くウザい絡み方をされてるベアトリスだったが、それ程までにパックが何でもしてくれる券は魔性の魅力があると言う事だろう。

 

 

「前にも聞いたけど、呪術師の事で追加で訊きてーんだ」

「はぁ? ベティーはお前に教えた事なんて、これまでに一度も無いのよ」

「あーー、ちがうちがう」

 

 

スバルは、ベアトリスの返答を聞いて、慌てて手を振って言い直す。

確かに、以前ベアトリス……、前の世界のベアトリスに質問をした事はスバルは覚えているが、この世界では関係ない。ループ物の難しさを、今まさに実感しているスバルだった。

 

 

「ベア子とオレは心で繋がってんだよ! だから、会話を重ねるまでもなく、想いが伝わるのさっ!」

「気色悪い事言うんじゃないかしら!? 腹立たしい上に胸糞悪いのよ!」

「HAHAHA! そう言うなよ~~、ベア子っ! ま、それはそれとして――――」

 

 

いい具合に揉み消せれた、と判断するスバル。

ベアトリス自身も、何やら誤魔化した様な気がしないでも無いが、時間遡行と言う規格外の能力があるなんて事は当然考えが及ぶワケでも無く、特に追及する事は無かった。――――と言うより、あまり自分から話を伸ばしたくない、と言うのが正直な気持ちだが。

 

幾ら、パックの件があったとしても。

 

 

 

「呪術ってのは、発動前なら解除……解呪したり、妨害したりできる。間違いないよな?」

「ふんっ! けったいな事聞くヤツなのよ。呪術の事を聞きたがるなんて、顔と目つきに現れてるかしら」

「顔と目つきは、しょーがねーだろ! とーちゃんかーちゃんから貰った大切なもんだ! 諦めてくれぃ! ……っとそれより、間違いないよな??」

 

 

 

何の脈絡もない言葉、求める解にベアトリスは訝しむけれど、そこに対しても特に追及する事はない。

 

 

「発動前は、ただの術式だから、出来る技術があれば解呪は可能なのよ。可能、と言うより簡単に出来るかしら」

「おおっ! 流石ベア子だ! そりゃ、ベア子だったら、よゆーのよっちゃんだよな!」

「……何か聞いたこと無い言葉なのに、古臭く感じたかしら」

 

 

ベアトリスの言葉が、ぐさっっ! とスバルに突き刺さる。まさかの射程外からの強攻撃にクリティカルヒットな気分だったが、重要な事なので、そこは深く追求しない。

 

 

「ベティーが出来るのは、当然として、この屋敷で言うなら にーちゃ、あとはロズワールと………、もう村に帰ったクルルもやってのけそうな気はするのよ。魔法に関してはクルルに依存してる面がありそうな、あの男は、多分単独では出来ないかもしれないかしら。それと経験が無さそうな小娘3人も無理かしら」

 

 

解呪出来るメンバーが、少なくとも3人屋敷に居る事は僥倖。

仮に自分―――若しくはレムが呪術に蝕まれたりしたのなら、助けれる可能性が大幅に上がる。

 

今回に関してはラムも事情を知ってるので、よりスムーズに、安全性が増す事だろう。

ただ―――……。

 

 

「(レムばっか見てて、オレの事知らねーー、ってならなければ、だけど……)」

 

 

ラムについて、絶対それは無い、と言えないのが怖い所なのである。

 

 

「よっしゃ! そんで、発動前の術式って事は前準備が居る。つまり、呪った相手、呪いたい相手に触る必要がある、って事で良いか??」

「知ってるのなら、なんでベティーに確認するのかしら? いちいち無駄な事聞くんじゃないのよ」

「再確認だって。ベアトリスからもお墨付き貰えれりゃ、オレにとっても自信になる」

「あんな性格悪い系統の魔法に関して自信もってどうするのよ。はぁ……。さっきの話だけど、対象者との接触は、必須条件かしら」

 

 

言質を取る事が出来た。

これもスバルの予定通りだ。

 

呪術に関しては前回でもしっかりと情報収集している。なのに今回もベアトリスに聞いた理由は、勿論他にある。

 

呪術について、その方法について話をしておけば、次に(・・)話す時にスムーズに事を進行できるからだ。

 

 

そう―――自分、若しくはレムが呪われた時、診て貰える相手を1人でも増やす為に。

 

 

「よっしゃ、んじゃあ 打ち合わせ通りに進めていきゃ、上手くいけば尻尾捕まえる事は出来る! 仮に出来なくても、スペシャリストがわんさか居るんなら問題なしだ! よっしゃ、今回でぜーーーったい決めてやるぜ!!」

 

 

スバルは大声を上げながらガッツポーズ。

今の話で、何をどうしたら、そう言う反応になるのか、全く理解が出来ないベアトリスは、ただただ呆れ果てた目でスバルを見て言う。

 

 

「全く。ほんと わけわからんヤツなのよ。兎も角 今の話が役立ったならお前からベティーに言うべき事があると思うのよ」

「! おうっっ! 勿論だぜ、ベア子! やっぱ、可愛い上に最高とか、どんだけ贅沢なんだよ~~、ベア子! 愛してるぜーー!」

「んなっっ!?」

 

 

スバルは飛び付き、脇の下に手を差しいれて、ベアトリスの見た通りな軽い体を持ち上げてくるくる、と回る。

豪奢なドレスを纏ってるから、服分の重量くらいは在るかと思えたが、本当に羽根の様に軽い。

 

 

「はなっ! ―――下ろすかしらっ!?」

「ははははは! 今なら空でも飛べそうだ! いやいや、いっそ一緒に飛ぶか、ベア子っ!」

 

 

 

想像以上に軽いベアトリスの身体。

ゴールが輪郭を帯びて、あの約束を果たせそうなスバルの気分高揚。

 

それらが相乗効果によって、回転の速度は倍率ドン、更に倍。

 

 

だが、いつまでもその暴挙を赦してやる程ベアトリスは優しくない。

 

 

「このっっ、お前1人で飛ぶがいいのよ!!」

「あんぶればっ!!」

 

 

いつも、部屋の外にまですっ飛ばされる魔法力を、そのまま叩きつけられた。

いや、冗談抜きで真下に叩きつけられでもすれば、骨の2~3本は余裕で折れてしまいそうなので、流石にそこは加減してくれた様だ。

 

地面に叩きつけられて、ぐわんぐわん、と回る視界。

 

 

「いてて……、ベア子~ 愛情の裏返しはきついぜ!」

「もっと強くやった方が良かったかしら!? 1回、頭叩き潰した方が良いのよ!」

「いやいや、1回で全部OUTだから! 頭潰されそうになるなんて、金輪際ごめん被りたいもんだ」

 

 

スバルの脳裏に過るのは、やはり あのレムの武器、モーニングスターだろう。

あの時、ツカサがいなければ、まず間違いなく頭をぐちゃっ、と良い具合に潰されてミンチにされてしまっていただろう事は容易に想像できるから。……したくはないが。

 

 

「そうやって調子に乗って気安く振舞うから痛い目を見るかしら! 頭潰されなかっただけ感謝してほしいのよ!」

「うーむ……、話しは変わるが―――」

 

 

眼下のスバルの声色の変化を感じたベアトリス。

その原因を知るのは、そう時間は掛からない。

 

 

「見たのは痛い目だけじゃなかったな。―――白かった」

 

 

スバルは現在 床に叩きつけられている状態。

そして、ベアトリスは 羽根の様に軽かった身体がそのまま宙で止まったままになってるので、必然的にスバルの丁度上にふよふよ~と浮いている状態。

 

そんな状態で、ドレス(・・・)を着ているベアトリスを見上げた日には……当然見える(・・・)

 

馬鹿正直に、見た光景の感想をベアトリス本人に言うスバルには、《流石》の一言を送ろう。

 

 

 

「―――!! 喰らうかしら!!」

 

「ばんばららっっ!?」

 

 

 

ベアトリスは、二射目を射出。

スバルのアゴを綺麗に打ち抜いて、書庫の奥へと打ち抜いてしこたま本棚に激突した。そのまま本がスバルに落ちてきて、一昔前のギャグマンガのお約束な状態になってしまう。

 

 

「見たのは事故、不可抗力とはいえ ベア子……、ナイス・ストライクだ……、と言いたいが、スマンスマン。やっぱ、ベア子は攻略対象外なんだ」

「わけわからん事ばかり喧しいのよ! 抱き着いたり、子供みたいに持ち上げたり、振り回したり、下着見たり、上っ面な愛の言葉ほざいたり、もうお前は全部腹立たしいのよ! 存在そのものが害悪かしら!」

「存在全否定は、悲し過ぎるから止めてくれよ! 前にラムにも言われたんだ! 結構くるんだぞー!?」

 

 

 

 

一際楽しそうに盛り上がり、だんだん頭から激突した痛み、本の雪崩を全身に受けた痛みが引き出した所で、スバルはもう1つ聞く。

 

 

これは、前回聞けてなかった事だ。

 

 

自分の身を護る事ばかり注視し、あの死の恐怖を振り切る様に只管今以上の道化を演じ続けたが為に、聞き逃した事柄。

気軽に聞くのは中々ハードルが高い事柄。

 

 

「………魔女の残り香。なぁ、魔女って知ってるか? 一体なんだってんだ?」

「――――!? 呪いの次は魔女。ほんと、お前の頭の中どうなってるのかしら」

 

 

毒づきながらも、ベアトリスはもったいぶる事なく、続ける。

 

 

「この世界で魔女と言う言葉が示すのは、たった1つの存在だけなのよ。……世界を飲み干すモノ。影の城の女王。―――嫉妬の魔女」

 

 

ふいに呟かれた言葉。

心の奥にまで届くかの様だ。

 

いや、或いは心臓を――――……。

 

 

「口に出す事すら禁忌とされた存在かしら。誰もが怖れ、誰もが畏怖し、誰もが彼女に逆らえない。……寧ろ、お前が知らない方がおかしい話なのよ。この世界では親の名前、家族の名前の次に魔女の名前を知らされるぐらいなのよ」

「…………」

 

 

また(・・)————だった。

 

意識してしまったからか、或いは嫉妬(・・)と言う言葉を聞いたからなのか。

 

初めて、自分の中に存在するナニカ(・・・)に触れた時、クルルモドキが似た様に表現をしていたから。誰にも知られたくない。独り占めしたい。他に目移りしてほしくない。

 

――……その嫉妬は、夜の闇よりも遥かに深い。

 

 

 

「嫉妬の魔女《サテラ》。―――かつて、存在した大罪の名を冠する6人の魔女を全て喰らい、世界の半分を滅ぼした、最悪の厄災なのよ」

 

 

 

深い深い闇が、心臓を潰そうとしてきている。

深い深い闇が、死ぬことを拒絶する。

 

 

 

 

相反する二つの行為が、更に精神を歪ませてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたに死んでほしくない―――――でも

他の誰にも、知って欲しくない―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ!!?」

「? どうしたのよ?」

「い、いや、何でもない。……サテラ、か。確かエミリアに……」

「……ふん。半魔の小娘に、その名を使わない方が賢明かしら」

 

 

ベアトリスはそう言うと、嫉妬の魔女サテラについて、その内容を続けた。

 

 

 

 

「嫉妬の魔女。―――サテラは いわく 夜を支配していた。いわく、人の言葉が通じない。いわく、この世の全てを妬んでいた。いわく、その顔を見て生き残れた者はいない。いわく、その身は永遠に朽ちず、衰えず、果てることがない。いわく、竜と英雄と賢者の力を持って封印させられしも、その身を滅ぼす事は叶わず―――」

 

 

 

規格外。一言で言えばそんな存在。

まさに御伽噺の中に存在する悪の大魔王。

 

だが、この世界ででは、それは空想の話ではない。ただの物語ではない。

実在した厄災。

 

恐らく、この身に存在するナニカ(・・・)も…………。

 

 

 

そして、最後にベアトリスが言った言葉の意味を、スバルは理解する。

 

 

 

 

「―――その身は、銀髪のハーフエルフであった」

 

 

 

 

エミリアの容姿は 世界が恐怖する嫉妬の魔女と同じだと言うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他にも色々と確認したい事がある。

色々と話しをしてみたい事がある。

 

だが、悠長に時間がとれるか? と問われれば首を横に振るしかない。

 

やらなければならない事が溜まっているから。

無駄にして良い時間は無いから。

 

 

やらなければならない事もはっきりと解っている。

 

故に目標を定めたら、前進あるのみ。

 

 

 

 

「それにしても、随分と今日は早く仕事が終わりましたね」

「バルスが気味が悪いくらい冴え渡ってたのよ」

「ははっ、オレの潜在能力が開花しただけの事さ!」

 

 

 

スバルは全身全霊を持って、仕事を終わらせた。

前の様に倒れる様な無様は晒さない様に、しっかりとセーブしつつ、最善にして最短で仕事を終わらせたのである。

 

 

「レムレム。きっと、ツカサの村での働きに感化されたみたいよ」

「姉様姉様。ツカサ君の魔獣数体討伐とスバル君の仕事内容とでは、比べるのも烏滸がましくなる程では?」

「レムレム。バルスとかいて身の程知らずと読むそうよ」

 

「!!!! た、確かに兄弟はスゲーーけどさ! そんな兄弟もったオレっちのプレッシャー半端ねーけどさっっ!!」

 

 

何度聞いても、ツカサはやはり凄い。

だから、自分も―――と言う気持ちになったのだって嘘ではないけれど、流石にストレートにラムにそう言われてしまえば、色々と潰されてしまう。

 

だが、潰れるワケにはいかない。もう村は目と鼻の先だから。

 

 

「あ、ラム様とレム様だー!」

「知らないヤツもいるぞー!」

「解った! ツカサが言ってたバルルだ! ほら、全力で遊んで良いって言ってた!!」

 

 

子供達の歓迎? から始まるのも同じ。

そして、ツカサは、別の仕事があった筈だから、遅れてやってくるのも同じだ。

 

 

変わってない。

ここも同じ。

 

 

「とりゃーーー!」

「ルンバ―――!」

「あそぼーーー!」

 

 

「お前らは、ほんと時空を超えてオレに絡みに来るな? もう、何度言ったかわかんねーけど、ス・バ・ルな。目潰しの次は、世の家事担当奥様方にに人気な某自動掃除ロボの名前になってんぞ」

 

 

 

スバルは軽口をたたきながらも、《ミッションスタート!》と頭の中で掛け声と共に、子供達の群れに向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラムとレム、来てたんだ」

「今日もお疲れ様です、ツカサ君。村と結界を見て回ってたと聞いてます。ロズワール様に代わり、感謝を」

「今日もお疲れ様、ツカサ。あまり差を見せすぎるとバルスがより惨めになるから気を付けた方がいいかもしれないわ」

 

 

村仕事を終えたツカサは、まずレムとラムと合流を果たす。

 

これも通常通りだ。ややラムの発言が変わってきたような気がするが……、些細な差異である、と特にツカサは気にせず。

 

 

「あははは……。手を抜け、って事になりそうだから 流石にそれは善処出来ないって。それはそうと、スバルは?」

「今スバル君は自由時間と言う事で、村を見て回ってますよ」

「もうそろそろ自由時間も終わりだから、見つけたら連れてくるわ」

 

 

ラムがレムから離れて、ツカサとレムの2人になる。

 

 

「それで、スバルは屋敷の方では頑張ってる? 4日前は思いっきり啖呵切ってくれたけど」

「はい。スバル君は掃除をやらせれば、花瓶を割り、洗い物をさせればお皿を割り、お裁縫の腕は満点ですが、その後 張り切って屋敷中動き回ったかと思えば、身体を痛めて丸1日休みをしたりして、頑張ってくれてますよ」

「………それ、絶対褒めてないよね? はは……そりゃ教える側は大変だ」

 

 

使用人歴の差と言うモノはあるだろうから、レムと比べるのはあまりにも早過ぎるのは当然。

スバル自身も、3度目の周回。つまり、まだまだ働き出して1ヶ月にも満たないし、この世界線においては、まだ4日目。評価するとしても時期尚早だと言えるだろう。

 

 

「でも、真面目に真剣に頑張ってくれてる、と言う部分に関しては、エミリア様も姉様も高く評価しています」

 

 

結果がまだまだ伴わなくても、その働く姿勢は評価できるとの事。

ラムは兎も角、エミリアがそう評価したと言うのであれば、失敗をしたとしても恐れず諦めず、愚直に懸命に前を向いて働き続けているのがよく解った。

 

 

「それで、レムから見て スバルはどうかな?」

「……………私は……、私も勿論、姉様と同意見です」

 

 

 

レムの事をそれなりに観察をするが……、今の所 レムに殺意の類は無いような気がする。

―――ラムやエミリアだけでは無い。明確であるとは言えないが、レムにも信頼してもらおうと頑張ったんだろう。

 

 

 

 

「オレもスバルと出会って、まだほんの数日だけどさ? あの時のスバルの姿は見てる。……自分の命を投げ出してまで、誰かを助けようとする姿勢は、誰にでも出来るワケじゃない、って思ってるんだ」

「………はい」

 

 

ツカサが言っている言葉の意味はレムにも解る。

あの王都での襲撃事件で身を挺してエミリアを守った事についてだろう。

 

 

「――スバルはいい男だよ。(……だからこそ、オレだって助けたい、って思うんだろうな)」

 

 

スバルにとってどうしようもない魔女の残り香と言う代物を、レムにとっての巨悪の根源であもある それを、その根拠を取り除けない以上、周りから説得し、固めていかなければならない。

 

 

恐らくラムもエミリアも屋敷でしてくれている事だろう。

 

 

続いてツカサ自身もそう評価したとするなら、レムの中でのスバルの認識が、もう少し和らぐかもしれない、と言う打算的な考えもツカサの中ではあった。

 

 

だが、打算的な考えは持っていても、良い男、良い人間であると言うのは 殆ど本心。

時折雑な扱い! と称される事もあるが、早い話悪い人間だったのなら、封印する方向性に舵を切ったとしても何ら不思議ではないから。

 

 

そんなツカサのスバルへの評価に対して、レムはと言うと。

 

 

「…………ツカサ君は、男色家の方でしょうか?」

 

 

中々に想定外な反応を見せてくれた。

思わずこけそうになるが、どうにか堪えるツカサ。

 

 

「―――何だか、その不穏な問いは前にも聞いたような気がするけど、そこは断固否定しておくね。違います」

「そうですか。申し訳ありません。良い男、と聞いてレムは不覚にも連想させてしまいました」

「同性愛者じゃなくて、ちゃんと女の人が好きです。………まぁ、スバルみたいに真っ直ぐ、愚直に、誰かを追いかけようとする姿を自分に出来るか? って問われれば………中々想像しにくいけどね。何せ自分の事さえよく解ってないのに」

 

 

苦笑いをするツカサ。

レムは、そんなツカサを見て、やや驚いたような表情を見せつつ―――思い出した。

 

あまりにも言動や行動と今のツカサの状態とが一致しない事が多いから。

 

そう、ツカサは記憶障害を抱えている男だ。

王都に来る前の記憶が完全に欠落しているとの事。

 

身分を調べて貰って構わない、と言う発言と 剣聖との繋がりがある事も含めたら、それが真実である事は容易に連想する事が出来る。

 

 

「申し訳ありません。レムは失念していました。……ツカサ君は、過去の記憶が……思い出せないんですよね」

「ん。……そうだね」

「……こんな事を聞くのは、大変失礼で、無神経な事かもしれませんが…………」

「大丈夫だよ。何でも聞いて」

 

 

レムの表情が少し沈む……が、直ぐにツカサの方をはっきりと見据えて聞いた。

ツカサは、数ある内の1つを、未来()を見てきたから、レムの心情、言わんとする事を事前に把握する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「過去を………、思い出したい、と思っていますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レムにとっての過去。

 

―――それは苦痛以外のなんでもない代物。

 

 

例え目を瞑っていても無理矢理砂を捻じ込まれる様に、息をしていても内側から焼かれる様に、その苦悩は、苦しみは癒える事はない。

 

その元凶に近しいかもしれない者が直ぐ傍に居る事自体も、記憶を無理矢理に呼び起こされてしまうレムにとっては苦痛で苦悩の日々だった事だろう。

 

 

 

「記憶………か」

 

 

 

ツカサは、魔女教以上の話は聞いてはいないが、その他にも何かある―――程度には感じていた。

恐らくラムとレムの間に、この仲睦まじい姉妹の間柄に、2人を分け隔てる事は無いにしても、深くに絡みついて離れない(ナニカ)が。

 

 

「過去何があったか解らないのは、正直苦悩の要因でもあるし、少なからず葛藤だってあったから、思い出せるのなら―――思い出さなきゃならない、とは思ってるよ。だから、思い出したい(・・・・・・)とは少し違うかもね?」

「………そう、ですか」

「それと―――」

 

 

レムにとっての過去とは、辛く苦しいものだと言う事は解ってる。

だからこそ、取り繕ったものではなく、誠実に真摯に応えなければならない、ともツカサは思うのだ。

 

 

「本当の意味では、過去には戻れない(・・・・・・・・)んだから。……過去より、今を、ここから先を大切にしたい」

 

 

時間遡行(セーブ&ロード)が出来る自分だが、そこまで万能ではない。

任意の次元にしか飛べないし、例外と思いたいが、スバルの様な能力で破壊されないとも限らない。おまけに自分には極大ダメージ付きとくれば尚更。

 

 

今回はたまたま運が良かったに過ぎないのだ。

 

 

だからこそ、ツカサには 失敗しても戻れるから、と言う慢心は一切無い。例え前回の様に戻れる世界だったとしても、安易に戻らない。出来る限りを全力でする。……もう、今しかない、後がない、と言う気概を持っているから。

 

 

ツカサは、レムの方に手を差しだした。

 

 

 

「こうやって今、手を伸ばして、自分の手で届くのなら……出来る限り応えたい。それがオレの答えかな。例え、過去にどんな事があったとしても、これまで関わってきた皆が嘘になったりはしないと思うからさ」

「………!」

 

 

 

レムには、そのツカサの何処か暖かな笑みは、少なからずつもり続けている憎しみを、憎悪を、洗い流してくれるような、感じがした。

 

 

この人は、こうやって皆の手を取って、全力で戦ってくれるのだ。

何故そのような事が出来るのかは解らない。記憶がない事も関係しているのだろうか? と幾らか想像する事は出来るが、それは無意味だと言う事も解る。

 

この人だから―――と言う答えが一番しっくりくるから。

 

 

伸ばされた手に、無意識に掴もうと手を伸ばしかけたその時だ。

 

 

 

「ラムの可愛い妹に、一体何をしようとしてるの? ツカサ」

「痛っっ」

 

 

いつの間にか、戻ってきていたラム。いつの間にか接近されていたラムに、思いっきり脇腹を抓られた。

 

 

「姉様! スバル君の方は?」

「バルスなら村人集めて余興した後、子供達に連れられて行ったわ」

「ラムラム、痛い痛い! 何だかドンドン力強くなってってる!」

 

 

ぎゅ~~っと抓られる。

離してくれる気配が見えないので、痛みが継続。何なら増してる様な気もする。

 

 

「可愛らしいレムに手を出そうとしたのだから、当然でしょ。可愛い妹に欲情するなんて、見損なったわツカサ!」

「いたたたたっっ、ほんと痛い、そんな事してないって!」

 

 

ラムの姿を見て。

最愛の姉の姿を見て、レムは思う。

 

ツカサの脇腹を抓るラムの表情は何処か赤みを帯びている。

今まで見た事の無い姉の姿だ。……ロズワールと一緒に居る所でも、表情が柔らかくなる事はあるが、あんな風に……楽しそうにするラムの姿を見るのは、本当に……久しぶりで……。

 

 

「ツカサ君ツカサ君」

「……痛い……。ん?」

 

 

まだ離してくれそうに無いラムから、レムの方に視線を移すと、レムは晴れやかに笑って言った。

 

 

 

 

「とても可愛らしい姉様を見せて頂いて、ありがとうございます!」

「?? それってどういう……?」

「! 何言ってるのよ、ラムは常に可愛らしい姉でしょ!」

 

 

 

 

 

何処か慌てているラムも心底愛らしい。

男色家じゃなくて良かった、とレムは思う。

 

とても楽しそうな姉の為にも。

 

その後も暫く笑い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――今回で突破する。必ず。

 

 

 

その後、スバルとも合流を果たし、互いに突破すると気合を入れ合った。

スバルの方にも、今回の策がある様で自信満々な様だ。

 

 

前回は、ツカサとクルルの力で呪術を抑えてくれていたが、今回は違う。

 

 

「てなワケで。今回はツカサには村に居て貰いたい。……オレがバッチリ裏を取ったら、村に戻ってくっから、そこで一発ぶちかまそうぜ!」

「ん。了解。……確かに、この村に呪術を使うヤツが居る可能性が高いのは間違いないよな……。それに今までは屋敷にいた」

 

 

 

 

屋敷でレムと戦った。

屋敷でレムが死に、ラムやロズワールと対峙をした。

 

 

 

屋敷を中心に色々な騒動が起こってる様に見えるが、元凶がアーラム村に居るとするなら、この村の方が危ないとさえ思う。

 

 

 

 

呪術の回避に関しては、ツカサがいなくとも、スバルにはかなり自信がある様だ。

加えて、今回はラムが居るので、レムが暴走する様な事は……多分(・・)起こらないだろう。―――無いとまでは言わないが……その辺りもスバルは大丈夫だと言い切った。

 

 

「スバルに言えるのは、これだけだよ。――――絶対に死ぬなよ」

「おおともさ! 死ぬなんて、人生で1回きりで良い。……絶対(ぜってー)死なねぇよ……。オレ自身の為に、兄弟(お前)の為にも死ねねぇ」

 

 

笑顔と共に突き出された拳にツカサも拳で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、僅か数時間後……想像を遥かに超えた大事件が―――アーラム村で起こるのである。

 



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犬? だらけな村

彩雲一型さんがイラストを描いてくれました♪
ツカサ君ですなw

こんな姿だったんだー、と他人事の様に喜ぶ私は極めて単純w

感謝感謝!多謝!

https://www.pixiv.net/users/68756765


事態が動いたのは、スバルたちが村を去った後の事。

今の時間帯は、前回では夕食を終えて丁度ベアトリスの禁書庫でお世話になっている時間だ。

 

見えない敵に対して、出来る限りの備えを前回でもした様に、今回も同じだ。何かあれば、伝える様にと村の人達には伝えてある。

 

 

だが―――まさか、伝わるまでも無く、騒動が起こるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

《ギャオオオオオオオオオ!!!》

 

 

 

 

 

ツカサが借りている宿。木造二階建ての一番豪華な部屋。寝室、居間、応接間と1人が泊るには聊か豪勢が過ぎると恐縮しっぱなしだった。そこらの家より頑丈に出来てるとの事で、子供達が外で騒いでも中々聞こえず、中にまで突入してきた事も屡々あった。

 

 

そんな部屋にも十二分に聞こえてくるのは、獣の唸り声。

 

 

「ッッ!!?」

 

 

それも1つではない。

数えきれない程、複数入り混じった唸り声だった。

 

ツカサは飛び起き、部屋の窓を勢いよく開く。

 

ここ数日泊って解ったのだが、夜の村は、王都の様な明るさ程は勿論無い。

 

朝日が昇ると共に起きて、夜は明日に備えて眠る村。必要最低限の見張りと灯りのみが点けられている程度だった筈なのだが、現在は村全体を見渡しても見える程の灯りに包まれている。

 

そして忙しなく、慌ただしく村の青年団が行き来をしているのが見えた。

その中の1人に狙いを定めるとツカサは直ぐに行動。

 

 

「ッ、と! 一体何があった? これは??」

 

 

ツカサは、部屋を降りて外に出る時間さえ惜しく感じ、窓から飛び降りて青年団のゲルトを捕まえて事情を聴いた。

 

 

「ツカサ様!?」

 

 

突然、空から降ってきたツカサに驚くゲルトだったが、その驚く時間さえ惜しい、と言わんばかりに、ツカサは一歩前に詰め寄った。

面食らっていたゲルトも、村の異常事態の事も有り、更に以前ツカサには魔獣を撃退してもらった経緯もあるので、直ぐに説明を。

 

 

「っ、わ、解りません、突如ウルガルムの唸り声が響いてきたので、警戒をしている所で……」

 

 

ウルガルム。

以前の結界の解れ、綻びを縫って侵入してきた魔獣。

全身を黒い体毛に覆われていて、いつも空腹なのか鋭い牙から涎が滴るのが特徴。

 

前回の襲撃の際に、ツカサはそれらの習性についてはしっかりと把握出来たつもりだ。

 

人為的か、否かを除外したとしても、結界は万能とは言えない。

稀にその綻び・群れから離れたはぐれ(・・・)が、結界の内側に入ってくる事はある。

 

だが、結界に守られた村では それは極めて稀な現象だ。

 

ウルガルムの知能は、見た通り獣のソレ。

獲物を追い詰める事には長けているかもしれないが、結界を超えて、連携し、侵入をしてくるまで考えれる脳は持っていない筈。

 

 

「クルル!」

「きゅっ!」

 

 

ツカサは、口にこそ出していないが、クルルに村を上空から観察する様に指示。クルルも意思疎通は出来ている様で、すぐさま宙を垂直に勢いよく飛んだ。

額の紅玉が光り、青い目も光り、より鮮明に村の観察が出来る。

熱源も探知できる。

 

光点の数を瞬時に把握。

 

そこで判明したのは………。

 

 

 

「結界の内側に―――凡そ30……、いや まだ増えてる……!?」

「なっ……!?」

 

 

 

まだ、襲い掛かってきてはいない。タイミングでも見計らっているとでもいうのだろうか? ウルガルムの目立った動きこそないものの、確実にあの結界の内側に来ている。

 

そのツカサの言葉に、ゲルトは一気に青ざめた。

 

先日のあの騒動でさえ、極稀も稀だったのだが、今回の様な一斉に襲ってくる事なんて未だ嘗て無い前代未聞の大事件だ。

 

1匹でも大人数人で取り囲み、撃退するのに時間を有すると言うのに、それが30……? 気の遠くなりそうな数に正気で居られなくなる。

 

 

「ゲルト! ゲルト!!」

 

 

だが、その気付けとなったのが、ツカサの声と身体を大きく揺さぶられる衝撃だ。

焦点が定まらなかったが、我に返り、しっかりとツカサの姿を、目を見れる様になった。

 

 

「直ぐに、村の皆を一か所に集める事が出来るか!??」

「え、そ、それは」

「出来るか、出来ないか、どっちかで良い!! 分散してたら、守り切れない!」

 

 

ツカサの剣幕に圧されて、漸く頭が働く様になる。

慌てる時間などない。直ぐに行動しなければ、村に被害が出る。……甚大な被害が出る。

 

 

「できます。村長の家が一番大きいし、場所は中央位置。その周囲にも幾つか家があるので、多少分散しますが、限りなく一ヶ所に近い形で集められるかと」

「良かった! なら、青年団の皆手分けして、村の皆を一ヶ所に! その間、オレがあの獣の相手してくるから! 大丈夫、手はある。だから、気にせず村の皆の避難に集中して」

 

 

有無を言わさない、と言った迫力だった。

 

ツカサの実力については、当然しっかりと把握している。

領主であるロズワールからも伝わっているし、何よりも先日のウルガルムを数体撃退してくれている事から、最早疑う余地はない、疑う事すらない。

 

一番思うのは、村の為に、ツカサ自身が危険を侵すのを良しと思わないと言う事。そう思っている青年団員は1人としていない。

 

 

その議論、その感情すら許さない、と言わんばかりの表情だった。

1分1秒が惜しい危機だから。

 

そして、もう1つ。重大な事実を、ゲルトはツカサに伝えた。

 

 

 

 

 

「ッ……つ、ツカサ様、こども、こどもたちが……」

 

 

 

 

 

 

最悪な事態は、より深刻さを増していく。

それは、まるで重ね続けてきた自分達のツケが積もりに積もって回ってきたかの様に。

 

 

 

村は現在、魔獣の脅威に晒され―――そして 村の子供達が数名、行方不明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロズワール邸。

それは、村の異変に気付く前。……遡る事十数分前の事。

 

アーラム村の状況が、今ロズワール邸に伝わる訳はないが、ここでも異常事態が発生していた。

 

 

禁書庫でベアトリスに呪いの有無について、スバルが診て貰った結果が原因。

 

 

部屋を飛び出し、廊下を駆け抜け、階段を勢いよく飛び降りる。

その勢いのままに、四足歩行になりかけたが、構う事なくスバルは屋敷のメインホールに立つと。

 

 

「―――ラム!! レム!! 直ぐ来てくれ!! 話がある!!」

 

 

腹の底から声を出し、屋敷中に聞こえる様に叫んだ。

エミリアには知らせたくない事ではあるが、それを気にして、ラムやレムに伝わらなかったら目も当てられない。

ラムも、十分注意をしてくれているが、基本的な作戦ではレムの様子をしっかり見て置く事で合意している。

 

 

スバルは最悪の事態だ、と歯を喰いしばりながら、メインホールを駆け抜け、玄関ホールへ。

 

 

自身が一足先に到着した、かと思いきや、最初に居たのはラムだった。

そのまま勢いよく屋敷を飛び出そうとしているスバルを止める。

 

 

「バルス。説明が先よ」

 

 

レムの姿が見えない。

一瞬焦るスバルだったが、目配せで《レムは大丈夫》と言っている……様に見えた。

そもそも、レムに一大事が起こればラムを見れば直ぐ解るので、悠長に話をしている時点でレムは大丈夫だろう。

 

 

「判明した! 呪術師……なんてもんはいなかったんだ!」

「? 解りやすく説明して。レムがもう直ぐ来る。事情を知らないあの子に不信を与えない様に」

「っっ、っとわりぃ、スゲー急いでたからつい。……ああ、頼もしいよ、姉様! 時間がね―けど、慌ててミスって、ドカンってなったらそれこそシャレになんねーしな」

 

 

事情を知らないのはレムだけだ。

ラムとスバルのやり取りを不信に思い、抑えれていたレムがまた表面化したら目も当てられない。

スバルを見ていたら、一大事であると言う事はラムも解っているから。

 

 

「姉様―――? これは……?」

 

 

そこにレムが到着。

どうやら、先ほどのやり取りは聞いてなかった様で、一先ず安心した。

だが、ここから迅速かつスピーディーに行動する為には、スバルの話術に掛かっている。

 

それを重々自覚しつつ、スバルは言葉を選んだ。

 

 

「村に《悪い魔法使い》がいる。それを退治するから村に行きたい!!」

 

 

スバルの言葉に目を丸くするレム。ラム自身も、《さっきは呪術師なんていなかった》と言っていた矢先、舌の根も乾かぬ内に否定したスバルに呆れそうになるが、これも策の一部だろう、と納得させる。

 

 

「姉様姉様。スバルくんてば、随分つまらない冗談を言いますね」

「レムレム。バルスってば、ピエロとしての才能は一流な事を言うわ」

「ラムレム。オレはいつもふざけちゃいるが本気で話す時だってあるんだ」

 

 

阿吽の呼吸を体感出来たスバルは、急いではいても、自分に花丸を上げたい気分になる。

ラム第一なレムは、ちょっとした空気でも 自分とラムの間に何かあるのでは? と勘づくかもしれないから、敢えて細かい説明を省いた大雑把な説明をした。

 

結果、いつもの毒舌付きなユニゾンする2人の会話が生まれ、スバルも反抗する。

 

そのおかげもあって、ラムが訝しむのも真剣味を持つのも極めて自然に務める事が出来たのだ。

 

 

後は、ここからレムがどう信じてくれるかにかかっている。

 

 

「怪しむのなら、ついてきてくれ。そんでもってオレを見極めろ。オレは村へ行く。兄弟……ツカサと合流して、元凶を叩く。……でも、この屋敷を茂抜けの空にするワケにはいかねぇ。エミリアを1人にしちまうからな。だから、ついてくるとしたら、レムかラム、どっちかだ」

「……バルス。今夜はラムたちは屋敷を任されている。もっと説得らしい説得は出来ないの? その説明じゃ子供の作り話で一蹴されて終わりよ」

「……それに勝手な仕切りに付き合う理由は無い筈です」

 

 

ロズワール邸の守りは現状思わしくない。

何せ、この屋敷の主であり、王国筆頭魔導士であり間違いなく最高戦力でもある男、ロズワールが不在なのだ。

 

 

ロズワール不在は、繰り返してきた世界の中で、初めてのもの。

 

 

今日、アーラム村から屋敷へ帰還した時、代わりにロズワールが外出したのだ。

更にロズワールの口から《きな臭いモノを感じる》と言う言質も貰っている。

 

スバル談。うさん臭さでは右に出る者は居なそうな、変態貴族・ロズワールを持って《きな臭い》なのだ。あまりにも説得力があると言うモノ。

 

そして、エミリアを頼む、と言う事も託された。

 

他の誰でもない、自分の行動原理のトップに君臨するのはやはりエミリアだから。

 

 

スバルは、ぐっ、と力を入れる。

身体から溢れる様に。朝は、パック先生の元で魔法教室を開いた結果、思いっきり身体から放出してしまったマナ。

 

今回はイメージでは完全に内に留めて、身体をレベルアップさせるイメージを象った。

 

全くパックが言っていたゲートやマナについての説明をフル無視しているが、気にしない。

 

 

「ああ。ラムの言う通りだし、レムの言う通りでもある。オレに説得力なんて思ってねぇ。今の説明だけじゃ、逆に説得力あるって言う方が異常だ。――――だがな、こっちも色々と用意しているんだぜ? 例えば、夕方のロズワールの命令だ」

 

 

スバルは、レムの方を見た。

明らかに不振がっている。……それなりに信頼を勝ち取れる一歩手前まで言った様な気がする(スバル自己評価)が、今回の件で霧散してしまうかもしれない、が 当然ながら構ってる場合ではない。

 

 

「……出てる命令に、このオレの事は入ってねぇか? オレの事を見張れ、とかよ。オレが超怪しいのは出会った時から既にロズワール自身に話してる事でもあるしなぁ」

「―――!」

 

 

ロズワールからの命令。

それについては、レムに釘を刺す必要さえない。……ツカサを通じて、ラムから聞いているからだ。

 

ロズワールと同等の信頼と信用を約束したツカサ。ロズワールに仇なすような事を起こせば、また別かもしれないが、ツカサに限ってそれは今の所無い。……故に、隠された指令については、契約を破らない範囲では、ラムは答える事が出来るのだ。

 

 

「後、説得力、ってんなら、オレ以上の適任者がいる。―――ベアトリスだ。ベアトリスなら、何でオレがこんなにテンパって、バカみてーに騒いでるか答えてくれる筈だ。今は時間が惜しい。後でベアトリスに聞いてくれ。間違ってたら、オレを八つ裂きにしてくれたって構わない」

「…………」

 

 

ラムは数秒、考えた後にため息を1つはくと続けた。

 

 

 

「解ったわ。バルス。あなたの独断行動を認める」

「姉様!?」

 

 

 

ラムの判断に、レムは驚きを見せた。

予定調和だとは言え、ラムの言う事は絶対、と思っているレム相手とはいえ、少々肝を冷やすスバルだったが、ラムの堂々とした佇まいとその言葉を聞けば、安心しかない。

 

 

「ただし、レムを同行させるわ。おかしな事をしたら、ただじゃすまないのは解ってるわね? バルス」

「勿論だ! とっととツカサと合流して、レムとツカサの2人で、一発やって来るぜ!」

「――――その他力本願全開な情けない決意、どうかと思うわ」

「そりゃ、ラムちー姉様には言われたくないけどな!」

 

 

一頻りやり取りをした後、ラムはレムに耳打ち。

 

 

「レム。そう言う事だからお願い。ベアトリス様への確認とエミリア様の方はラムが守るわ。……ツカサに対しても、ロズワール様の言いつけ通りにして。言われるまでも無いと思うけれど、宜しくお願い。ちゃんと視てるから」

「ッ―――姉様、あまりその目は……」

「大丈夫よ。ラムは心配してない。バルスだけなら、ただの虫けらだけど、レムとツカサが合流するんでしょう? ……なら、ラムは何も心配してないわ。でも、必要なら使う。それだけは頭に入れておいて」

 

 

スバルは兎も角、全幅の信頼を寄せているツカサに対しては、ある程度レムに合わせるとはいえ、はっきりと正直に答えている。

 

ここで、レム自身のツカサに対する考えが少しでもマイナスに傾いていれば、また拗れていたかもしれないが、レムにとっても、ツカサは信用に足る相手であると認識しているので、問題なかった。

ロズワールの命令以上に、ツカサ自身と接し レム自身もそう判断できるまでに至ったから。

 

 

「すーーげーー、納得しかねる話内容だが、構わねぇ! 直ぐに村に行けるのならな!」

「スバル? どこか行くの??」

「っっと、やっぱ聞こえてたか」

 

 

ラムとレムの会話に、モノ申したい気分だったが、今は時間優先。早く屋敷を出ようと息巻いていた矢先に、エミリアが登場。

邪険に扱う訳もなく、時間が無いとは言え、ちゃんと説明をする。

 

 

「何かあるかも、なんだよ。まぁ心配しないでくれ。あの王都でのバトルメンバーに加えて、レムも一緒だぜ? ……あ、でもちょっとは心配してくれると嬉しい。オレってば、戦闘能力1だから」

「……もう。またわけわかんない事言って。……でも解る。危ない事しそうな顔してるもん。……止めても無駄なんでしょ?」

 

 

ばとる、も めんばー、もいまいち理解が追いつかなかったエミリア。これから戦いに行く、とストレートに告げていたら、もっと長引いていた所だが、何とかそこは良し。

 

エミリアが引き留めてくれるのは何だか嬉しいが……、それを今甘んじるワケにはいかない。

 

 

「まぁ、そうなるかな」

「無茶も無理もしないで、って言ってもきっとダメなのよね?」

「ま、まぁでもオレもしたくないんだよ? 好んで飛び込んでいってる訳じゃないからね? エミリアたん」

 

 

何とか平和に、且つエミリアには危険が及ばない様に、どうにか取り繕う。

この時ツカサの名や力について言わなかったのは、ちょっとした意地があったのかもしれない。

 

好きな女の前で、格好つける事。それは当たり前の感情だから。

 

 

エミリアは全てを理解し受け入れた。納得はやっぱり出来てないが、それでもスバルを引き留めたりはしない。

そっと、スバルの胸に手をあてて―――。

 

 

「――――あなたに、精霊の祝福がありますように」

 

 

目を閉じて、告げた。

心の底から、身体中が熱くなるような感覚。

自分のなんちゃってマナチャージ? など、羽毛程軽く感じる程に。

 

 

「これはお見送りの言葉よ。無事に返ってきてね、ってそんな意味」

「解ったよ、エミリアたん! 無事に帰ってきたあかつきには、君のその胸に、オレと言う小鳥を優しく抱きとめてね!」

「はいはい………」

 

 

スバルの言う事は話半分。

そう思っていたけれど、やっぱり心配なのは変わらない。

 

 

「……いってらっしゃい」

 

 

不安が頭を過りながらも、背を向ける男にエミリアは心から無事を願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中、簡単な説明をレムにする。

何故、自分が呪術師に気付けたかも含めて。

 

 

「呪術師が動物……子供達と一緒にいた、犬だった、と?」

「ああ。そうだ。ベアトリスから聞いた。……ベアトリスが解呪してくれた時、オレの噛まれたこの手のひらから、黒い靄が抜けていったのをはっきり見たんだ。……パックのお陰だぜ。何でも言う事聞く券の効力、マジ鬼懸かってる」

 

 

ベアトリスに聞け、と言った意味が解った。

ベアトリスが何故スバルを助けたのか、その理由も気になったが同時に理解。エミリアを助けたスバル。そのスバルの恩に報いる為にパックが指示を出したとするなら、ベアトリスも間違いなく動くだろう。

 

それは解ったのだが、解らない部分がある。

 

 

「おに、がかる?」

 

そう、スバルが言っていた鬼と言う単語と、その続きの言葉だ。

スバルは、待ってました、と言わんばかりに説明。

 

 

「そこ、やっぱ気になる?? だろうなだろうな! 神懸かるの鬼バージョン! 大体皆、神懸かる! ばーーっかだし? ……オレは、神より断然鬼の方が好きだからよ! 基本何もしてくれねー神様より、一緒に笑い合って、未来の話が出来る鬼の方が良い」

 

 

確かにレムには殺されかけた。ラムにも殺されかけた。

 

現在、鬼とお話しして、高確率で命狙われているから、神様より性質が悪いと認識を改めてしまいそうだが、それでも 一緒に前に進む、心強い鬼たちの方がスバルは好きなのだ。

 

 

「…………」

 

 

レムも何処か思う所があるのか、暫く口を噤み、走る事だけに集中。

 

 

「村には、ツカサも居る。村壊滅とかは、あの最強兄弟が居るんだから大丈夫だが、噛んで呪っちまう犬をピンポイントで見つけて退治する、なんて鬼技は難易度がやべぇ。……何せ数日間は一緒に遊んでいた筈なんだからな!」

 

 

スバルは当然ながら知らない。

子犬と遊んだ―――と言うのはスバルだけだと言う事。

 

その子犬をこの村に連れてきた存在は、—————明らかにツカサの事を警戒していたという事を。

 

 

「だから、何事も無く、村につけば《解決OK》ってな具合で、サムズアップを期待したい所なんだが――――」

 

 

と、村に後少しでつく……と思ったその時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ギャオオオオオオオオオ!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

あのウルガルムの唸り声が森中に響いてきたのは。

 

 

「なっっ!?」

「っっっ!!」

 

 

先ほどまで感じなかった獣臭。

鼻の良いレムにとって、表情を歪ませる程のモノだった。

 

 

 

「ば、かな。結界ってのがあるんだろ? 兄弟が壊れてんの見つけて、そんでもって結びなおした、って聞いてるぞ!? まさか犬だらけな村になってねーよな!?」

「それは間違いありません。ツカサ君も、村を見回ってくれたと言ってました。……終わりと同時に、結界を無効化させた? そんな事を、魔獣が……??」

 

 

信じがたい現象に驚くが、それでも現実が変わる事は無い。

アーラム村からロズワール邸へと続く道に備わっている結界は機能している様で、この左右からの襲撃は無い様だが、それでも臭いで解る。

とんでもない数が周囲に居ると言う事実が。

 

 

レムは咄嗟に、何処から取り出したのか、スバルにとっては悪夢でしかない護身用武器を取り出した。

 

ジャララ……と、聞き覚えのある鎖が擦れる音に、スバルは身の毛がよだつ。

 

 

「えと、レムさん、それは……」

「持ってきて正解でした。護身用ですので」

「だよなー! すっげー複雑な気がすっけど、すっげーー頼りになるよ、まったく!」

 

 

命を狙ってきた鎖の音が、頭を砕こうと迫ってきた棘付き鉄球が、こうも心強く感じる日が来てくれるとは……とある意味スバルは感激だ。

 

だが、悠長に構えてられない。

 

自身が死ねば、ツカサに大ダメージ必至、なので いのちをだいじに が第一である事は解っているが、今はそれ以上に村の事だ。

 

 

「やべーんじゃねーか!? 何処の結界が破られてるか解んねーけど、オレでも気配ってのを感じるよ! 嬉しくねーけど達人になった気分みてぇに!」

「この道は結界が機能しているので大丈夫です。……ですが、ウルガルム達は、村を目指している様なので安心はできません。(…………何匹かは、近くに居る?)」

 

 

レムは常人を遥かに凌駕した嗅覚と視覚で周囲の状況を確認。

ほぼ村に向かっている、と言って間違いない様だが、何故か一部はこの近辺を離れる様子はない。

 

―――まるで、何かを狙っているかの様な、そんな感覚だった。

 

 

だが、今はそれを考察している時間はない。

この場所は安全だが、間違いなくアーラム村は危機に扮しているのだから。

 

 

「…………また、村の結界に穴が? 急ぎますよ、スバル君」

「おおよ!! 子犬1匹締めあげて仕舞い、っつー当初の想像とはまったく全然、ありえねーほど、違ってベリーハードな状況になってる様だが、ここまで来て逃げっかよ!! 兄弟と合流して、犬畜生どもの退治だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レムが移動速度を上げ、スバルもどうにかレムに付いて行く。

本気を出したレムに付いて行く事はスバルの身体能力では無理なので、ついていけるギリギリ、それでいて可能な範囲の速度で村へと向かう。

 

 

 

 

 

 

その様子を、クルルを通じてツカサは見ていた。

村の中に入った魔獣(ウルガルム)を1匹、また1匹と撃破しながら、クルルと言う第3の目を通して、レムとスバルの事を視ていた。それは ラムとレムの共感覚に通じる魔術。

 

 

「はやく、はやく……」

 

 

 

視ながら念じる、念じ続ける。

魔獣(ウルガルム)の群れは、数えればもうキリが無い程増えている。

 

今の所、村人には被害は及んでいないが、子供達の件もあり、一刻を争う事態には変わりない。

 

 

後ほんの数m。境界線まで後少し。

 

 

 

「(5・4・3・2・1……)」

 

 

レムの足の速さ―――と言うより、スバルの足の速さを目測で測り、カウントを頭の中で刻む。

 

ウルガルムを再び1匹、頭と胴を切り離したその時、体感時間で異様に長く感じたカウントは、とうとう0になった。

 

 

 

 

 

「ゼロッッ!! 今っ!!」

 

 

 

 

カウント0。

即ち境界線を越えて、レムが先に村へと入り、遅れてスバルが入ったのを確認すると同時に、上空に居るクルルは光を放った。

 

その光は、地で戦っているツカサの手の中に納まり、そして 光が納まった手のひらをそのままの勢いで大地へと押し当てた。

 

 

 

クルル―ツカサを介した迸るマナが、更に大地を通じて村の周囲へと駆け巡る。

 

 

 

 

それは 見回りの際に、仕込んだ種。

念には念を入れて張り巡らせた簡易防御壁(・・・・・)が今、発芽する。

 

 

 

 

 

 

 

――――ジ・アース

 

 

 

 

 

 



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新たな魔獣

まさかの――――………(後書きへw)


「どわあああああ! こ、こんじょおーーーーーーっっ! ……へぶんっっ!?」

 

 

 

 

 

それは、目測を見誤ったのか、元々ギリギリを攻めていたのかは解らないが、事実として起こった事を説明すると……。

 

村へと到着したスバルの足元が突如せりあがった。根性を見せて回避しようとしたスバルだったのだが、宙に放り出されてしまっては、空を飛べるワケでも無いので、どうしようもない。

 

結果、根性は実りを見せず 地面へ顔面ダイブをしてしまったのである。

 

ギリギリ届くか否かの距離だった為、そこまで高くは飛ばされていない。

精々1m程だろう。

だが、顔面からなので痛い物は痛い。

 

 

「なんだなんだなんだ!? いきなりスゲー歓迎受けちまったよ! つーか、全然犬っぽくない攻撃!? 一体何なんだよ、これ!! って……あれ?」

 

 

ガバッ! と起き上がり、拳を振り上げてブーイングするスバルだったが、直ぐに異常に気付く。

 

 

 

「道が、無くなってる……、それに、なに? この壁」

 

 

 

大地がせり上がり、ロズワール邸へと通じる通路が完全に塞がってしまったのだ。……いや、道路封鎖、って感じじゃない。長くそれなりに高い大地の壁に途切れてる所は見た範囲ではあるが無い。

 

 

「……これって、村を囲ってたりしてんの? マジかよ、大魔法じゃねーかよ! 大地を操るとかロマンじゃねーかよ! うはーー、やっべっ! 天は二物って言葉、ありゃ嘘なんだな。一体何個持ってんだよ、兄弟!」

 

 

絶え間なく襲い来る魔獣も、この壁を乗り越えたりはしないだろう。下手に勢い付けてきてたら、そのまま衝突して死骸に変わっていた、なんてこともあり得そうだ。

 

スバルは驚きつつも内心では嬉しくて仕方が無い。

この途切れていないせり上がった大地が、村を囲んでいるとなると、魔獣の脅威から村を守る事が出来るだろう。

 

 

 

―――そう、子供達もきっと大丈夫だ、と。

 

 

 

 

「これ、は……、これがツカサ君の力……ですか?」

「ん? ああ、多分な。ほれ、あそこで光ってるの、多分クルルだぜ」

「……あっ!」

 

 

スバルが指さす方向を見上げるレム。

その指先を視線で追った先にはっきりと見えた。

村の上空で光る鮮やかな緑の輝き。瞬きを繰り返しながら、大地へとマナを放出しているのがはっきりと解る。

 

 

「あそこに、あの下にツカサ君が?」

「十中八九間違いねぇよ。こーんな真似できんの、兄弟以外ではロズっちくらいだろ? ホイホイいてたまるか、ってのも有るな」

 

 

もしも、この力が敵側の魔法であれば、村人を誰一人残さずに逃がさずに、殲滅し喰らいつくす狩場、いや食事場の可能性だって、当然0だったワケじゃない。だが、視線の中にあのクルルの姿が映ったので、懸念は杞憂に変わったのである。

 

 

「落ち着いてはいられませんよ、スバル君。まだ、村の中に獣臭があります。………決して少なくありません」

「マジか。やっぱ、村ん中に入って来てんのかよ!」

「はい。なので、ツカサ君と合流するまでは、周囲を警戒して……」

 

 

レムがそう言ったその時だ。

 

突如、村の家々の影から、迸る黒い塊があった。

それが、ウルガルムである、とは直ぐに認識出来たが、ここでおかしな事が起きる。

 

 

明らかにレムの方がスバルより近い。

先頭に居るし、資材等を左右に積み上げてるので、レム自身を意図的に超えなければスバルの方までは行かないだろう。

 

 

だが、知能があるとは言えない魔獣は、目の色を変えてレムではなくスバルにとびかかったのだ。

 

 

「んなっっ、デケェ!?」

 

 

そして、スバルにとっても、離れていた事がある意味功を成す事になる。

レムを超えて、左右の資材を飛び超えて、時には家の屋根から飛び降りて、迫ってくるのだから、はっきりと視認出来た。

 

気付いたら、ばくりっ! と言う笑えない展開にならなかった事が唯一の幸運。

 

そして、スバルにとってのもう1つの幸運。

それは、心強いレムの存在。……前回は死を運ぶ青い鬼だったレムが、今は勝利の女神にしか見えない。

 

 

「シッッ!!」

 

 

 

目にも止まらぬ速さで、レムの体躯よりも遥かに長く、頭部よりも大きな鉄球を振るい、ウルガルムを一気に2頭仕留めてしまった。

 

 

「ッ!」

 

 

先ほどまでは、武器を振るっていた筈なのに、今度はいつの間にか跳躍。

宙で身体を捻り、回転しながら最後の1頭、ウルガルムの頭を拳で粉砕。

 

 

ドゴンッ!! 

 

 

と言う、ウルガルムの頭を潰した音は、殴る音には聞こえてこない。

大型プレス機か何かで思いっきり押しつぶした様な、そんな感じだ。

それも最も固いと言われてる頭蓋を、まるで果物みたいに爆ぜて、血飛沫が周囲に飛び散った。……掃除が大変かもしれないが、今は緊急時だ。大目に見て貰う他無い。

 

 

「つ……」

 

 

これが、あの夜迫ってきていた恐怖だと思えば、笑えないかもしれないが、今のスバルにとっては、もう些細な話。過去の話―――所じゃない。次元が違う世界の話だ。

興奮も相余って、スバルは大きくだらしなく口を開けて思った一言をレムに送った。

 

 

 

「強ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「女の子にその言葉はどうかと思いますよ、スバル君」

「ボキャ貧のオレにはこんなんしか今の状況を表現する言葉が思い浮かばねぇんでな! いや、マジ パネェな!? お前!! ありがと、助かった!!」

「――――安心するのはまだ早いですよ」

 

 

 

興奮しっぱなしだったスバルだったが、レムの言葉に直ぐ冷静さを取り戻して、声を静めた。

獣の唸り声がそこら中から聞こえるのだ。

 

それに、数が増えている様に聞こえてくる。

 

 

 

「ッ……、マジかよ。(これ)って、実は敵側の《超絶逃がさんぜ魔法》で、オレ達・兄弟含めた村人全員、猛獣の檻の中に閉じ込められた、って状況の方が正しいのか?」

 

 

スバルは、下男として支給された執事服を脱ぎ、多少でも身軽にしつつ、腕に思いっきり巻き付けた。

ウルガルムの攻撃手段は、先ほどから見た程度ではあるが、基本噛みつきだ。

 

……腕1本くれてやる代わりに、命を貰う! なんて、格好良い事を考えつつも、レム頼りと言う他力本願スタイルなのが悲しい。

 

 

 

「……いえ。ウルガルムがこんな魔法を使うなんて訊いた事がありません。……なので、どんどん侵入してくるウルガルムを止める為、恐らくウルガルムの数を、最小に抑えたんだと思います」

「それ頂き! だよな!? んな、超絶パワーが犬畜生にあんなら、もっと村とか屋敷とか、厳重要塞に仕上げねぇとだ。……つまり、ツカサは この壁で増援絶って、各個撃破してる、ってトコか。後は村人の皆は どーしてっか、だけど………」

 

 

スバルは周囲を見渡す。

レムが作った血だまり以外は、血痕らしいものは今の所見えないし。獣の唸り声は、姿が見えないがそこら中から聞こえてくるが、人間の悲鳴や怒号等は、この辺りからは聞こえてこない。

 

 

「はっ。余計で無用な心配すんな! ツカサ、って男の事を知ってるだろ!? ナツキ・スバル!」

 

 

ドンッ、と胸を強く叩く。

嫌な予感がしなかったか? と問われれば嘘になる。

 

楽しくラジオ体操をした。

呪術師対策で、村人全員と接触した時 例外なく笑顔だった。

 

 

あの笑顔が1つでも欠けてる……と考えてしまったが、それを直ぐに胸への衝撃と共に、どこかに吹き飛ばした。

 

相応の理由があるにしろ、ツカサと言う男は見ず知らずのナツキスバルを守ってくれた。命懸けで守ってくれた。守られるだけにはいかないから、今後の自分を見てくれとスバルは思っているが、自分の覚醒、それはまだまだ先の様だ。

 

戻れる力を有していても、最後の最後まで諦めず、驕らない。

そんな男が戻ってない所を見ると、まだまだ諦めてない証拠になるし、最悪の状況ではないと言う事も解る。

 

 

「レム、この辺の魔獣1人で全滅狙えたりする?」

「数が把握しきれませんし、まだ増えるかもしれません。死角も多く、多勢に無勢。数で圧されたらジリ貧です」

「ですよねー! 森ン中ならまだしも、こうも死角が多い村ん中で多勢に押し寄せてくるとか、どんだけ無理ゲーだよ。整理整頓清掃3Sを心掛けといてもらいたいね、今後の為に!」

 

 

スバルは息を呑みながら、最善策を模索。

 

 

「戦力分散させる、ってのは、正直良いとは思えねぇ。メッチャ広いってワケじゃねーし。どっかで村人守りながら戦ってるんだとしたら、尚更だ。……とりあえず、見える範囲をぶちのめして、ツカサと合流する、って言うのは?」

「村の状況を知る為にも、それしかないかと」

「よっしゃ! んじゃあ……」

 

 

スバルは、資材置き場に置いてある手ごろな角材を手に持った。

 

 

「ひっさしぶりに、剣道二段の実力、魅せてやるぜ!」

 

 

 

と、息巻いていた自分がいました。

 

 

 

 

 

 

 

「呆れますよ、スバル君。無理せずに一直線に走ってください」

「ヒデぇ!! これでも頑張ったんだよ、オレ! 剣道は人間相手にしか通用しない、ってのがよーーく解りました!! いや、寧ろ異世界じゃ人間にも通じねぇよな!! エルザみてーなヤツもいるし!!」

 

 

一匹二匹と飛び掛かってくるタイミングに合わせてカウンター気味に面を喰らわせたまでは良かったが、やはり多勢に無勢。波状攻撃を全て処理できるような、飛天●剣流は習得していないのだ。

 

 

「それにしても、何故スバルくんばかりに目を光らせているのでしょう? やはり、弱者から襲う本能のようなモノでしょうか?」

「わっかんねーよ! すっげえ、失敬だと思ったけど、その弱者ってのは全く否定できないから、辛ぇーよ!」 

 

 

解らない、とスバルは口に出して言った……が、大体予想は出来た。

自分にあってレムに無いもの。

 

―――何より、殺意剥き出しで迫られる原因は、自分にあるとしたら、1つしかない。

 

 

「んでも―――自爆技、ってヤツだな。殆ど。だけど、それしちゃ、オレだけじゃなくて、ツカサもヤベェ。道連れ式自爆技。性質わりぃよ、ほんと。……んでも、正真正銘のラストスキルだ、こりゃ」

 

 

万が一でも、ツカサが死ねば?

戻るかもしれない、とは本人は言っていたが、ならばセーブしていない状態だったとしたら?

 

スバルは、自分の死に戻りのリスクの事があるから、基本的にはセーブは残さない様にしていると聞いている。

だが、その結果 セーブをしていない状態で(ゲームオーバー)となれば……?

ニューゲームからスタートなのか? 

 

確かめるには、怖すぎて出来ない上に、未知数過ぎて怖い。

 

 

「ぐおっっ!?」

「スバル君ッ!?」

 

 

考え事をしていた矢先、背後の影より飛び出してきたウルガルムにスバルは足を噛まれた。

 

 

「痛ぇだろうが、このうすら馬鹿がぁ――――!!」

 

 

反射的に、角材の尖った先端を思い切りウルガルムの胴体目掛けて突き刺した。

頭蓋と違い、固さは然程ないが、肉を貫く感触と言うモノは、想像以上にキモチワルイ。手に残る感触、感覚に唾棄を覚えるが、今はそんな事は考えていられない。

 

 

「スバル君! 大丈夫ですか!? 今、治します」

「ててて、マジナイス反応だオレ。速攻で反撃出来たぜ……。それに、レムが仕立ててくれたこの服のお陰で、食い破られずに済んだな」

 

 

素早く水のマナを使用し、怪我を治療した。

ジャージ姿だったら、もっと素地が柔いだろうから、足の肉事食われていたかもしれないが、何とか動ける。

 

 

その時だ。

 

 

「スバル! レム!!」

 

 

ツカサの声が聞こえてきたのは。

心強い援軍の声に、一瞬気が緩みそうになったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ギャオオオオ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの唸り声が再び響いてきて、それどころではない。

 

 

「この……失せろ!」

 

 

四方八方から迫るウルガルム。

レムはスバルの治療で一瞬動きが遅れている為、ツカサがウルガルムの群れの一点突破。

 

2人を自身の背後にやると、あの黒い竜巻を発動させた。

 

 

「テンペスト」

 

 

規模を少しだけ強めて、尚且つ周囲の家の被害は最小限。

当然ウルガルムには遠慮はいらない。

レムとスバルに近付く個体は残らず飛ばした。竜巻に狙われたその身体を高速回転させながら、上空高くに弾き飛ばした。

 

 

「走れるか!? こっちだ」

「レムは大丈夫です。スバル君が……」

「大丈夫大丈夫! ここで男魅せなきゃ、ほんっと何しに来たんだ、って話になっちゃうから、これくらいはさせてくれ!」

 

 

ズキンッ、と足にまだ痛みはある様だが、《はいだらー!》と気合を入れてスバルは駆け出した。レムも安心し、共に村の中央部へ。

 

 

 

 

 

 

「ツカサ様! スバル様も!?」

「っ皆! 無事だったか!?」

「はい、何とか。住民の殆どは(・・・)、ここに集中してます」

 

 

 

 

 

周囲を見渡してみると、ウルガルムの死骸がそこら中に散らばって、まさに血の海血塗れ大惨事だ。

だが、武装した青年団たちを始め、誰も怪我した様子が無いのは、幸い―――だが。

 

 

「ちょっと待ってくれ。殆ど(・・)って今言ったか?」

「ッ……」

 

 

スバルの言葉に、言葉を失う。

その姿を見て、嫌な予感が走った。

 

 

「まさか……、子供、子供達が、いねぇ……、なんて事は無ぇよな?」

 

 

考えたく無かった。

どうしても、考えたく無かった。

無邪気に絡んでくるあの子供達が、何処かに取り残されてる等、考えたくも無かった。

 

 

歯を喰いしばり、悲痛な顔持ちで続けて伝えた。

 

 

 

「最初は……、村の子供達が何人か見当たらなくて。それで大人連中で探していた所に、この騒動が………」

「!!」

 

 

 

考えたく無かった事が、現実に起きてしまった。

 

周囲をツカサが警戒し、また1匹、また1匹とウルガルムの死骸の山を築き上げてくれているが、全く安堵感が生まれない。

 

血がまるで凍っていくかの様に感じる。

 

 

だが、諦めるワケにはいかない。諦めたくない。

 

 

 

「――――子供達は、村ん中には居ねぇ。いるなら森だ!」

「ッッ!! スバル!? 一体どういう理屈で森に!?」

 

 

 

総攻撃を受けているのは村だ。

子供達を連れ去る為に、村を総攻撃したとでもいうのだろうか? ならばその理由は?

 

 

視界に映るウルガルムを一掃した所で、ツカサが戻ってきた。

 

 

「オレを呪ってたヤツは、昼間に居た子犬だ! 子供らと遊んでいた! 噛みつきながら片っ端から呪ってやがったんだ」

「子犬……? 村に子犬が?」

「ツカサが知らない、ってんなら ひょっとしたら獣の癖に知能があるのかもしれねぇ……。オレと違って兄弟は危険度鬼懸かってっから、警戒して出てこなかったのかもしれねぇからな。……いや、確定だ。アイツは犬畜生の癖に、子犬に擬態したり、指揮したりとスゲー頭が良いトップなのか、若しくは、アイツを含めた全部。何かが(・・・)操ってるのか、そのどっちかが」

 

 

 

結界を超えた事もそうだ。

つい先日、結界を結びなおした、と言う話はスバルも聞いている。こう易々と超えられる様な甘い結界じゃないと言う事は、王国一の魔術師が居るのだから、太鼓判だろう。

だが、悪意を持って結界を無効化したとなれば、話は変わってくる。

 

 

完全に討伐対象、人類の敵である魔獣を招き入れる様な狂人が居る。

若しくは、あの子犬に扮したナニカがとんでもないバケモノだったか、の1つに2つ。

 

 

 

「オレが子供たちを連れ戻してくる!!」

「ッ、スバル君! ちょっと待って……」

 

 

また独断専行で、スバルは四の五の言わずに走り出してしまった。

それを止めようとレムが手を伸ばしたその時だ。

 

 

 

 

 

《――――――ほんっと、なんなのよぉ……、何匹も潰してくれちゃって! あのバケモノ!》

 

 

 

 

 

何処かで、声が聞こえてきたような気がする。

気のせいかもしれない程微かに。そして、自分以外は聞こえていないのは、周りの反応を見たら一目瞭然だ。

 

 

そして次の瞬間、一掃したウルガルムが再び出てきた。明らかにスバルを狙っている。そして、スバルの傍に居るレムにも。

 

 

 

「レム!! スバル!!」

 

 

右手に焔を 左手に風を。

風を利用して高速移動し、焔で焼き殺す。

 

 

ツカサが動いた事で、ウルガルム達は、今度は標的を村人達に、避難場所に向かおうと方向転換。

 

 

「座ッッッてろ!!」

 

 

右足で大地を踏みしめると、簡易ではあるがあの壁がせり上がり、ウルガルムを正面衝突させた。

頭から衝突したウルガルムは、そのまま気絶し動かなくなる。まさにお座り状態。

 

 

「ツカサ君!!」

 

 

ツカサが打ち漏らしたウルガルムを、その鉄球で薙ぎ倒し、また、視界に映る範囲内のウルガルムは一掃出来た。

 

 

「ここは、オレに任せてスバルを頼む!」

「っ……で、でも ここは……」

 

 

スバルに良い感情を持っていないのであれば、あの時の様に嫌悪と唾棄を覚えている、それが燻り続けているのであれば、レムはここで見捨てる選択をする可能性もあるだろう。

その選択を考えてない訳では無かったが、一刻を争う状況での時間の損失は致命傷に繋がってしまう。

 

 

その時だ。まるで狙ったかの様に空から(一応)相棒の精霊が戻ってきた。

 

 

「きゅきゅーー!」

「やっと戻ってきた! 結界は!?」

「きゅんっ♪」

 

 

クルルは、大きく頷いて小さなその手を上げる。

再び結界が元通りに機能を取り戻す事が出来た様だ。

 

 

「後は、村の中のウルガルムだけ……。レム、ここはオレとクルルだけで大丈夫だ」

 

 

指示するまでも無く、クルルは 村民たちが集まっている避難所に向かって飛んだ。

クルルが放つあの緑の光は、皆を慈しむかの様に優しく包み込んでいる。胸を張ってるクルル。

 

 

《絶対通さないもんねっ!》

 

 

と言ってる様に見えた。

 

 

 

「レム。スバルは良いヤツなんだ。レムが考えてる様な(・・・・・・・・・)人間じゃない」

「!?」

 

 

ツカサは、その手に再び嵐を呼んだ。

 

 

「村の中じゃ、あんまり使いたくない魔法だけど。この際仕方ない。……後で、皆で片付けだ。子供達を含めて」

 

 

黒い竜巻を、雷鳴をその身に窶した。

 

 

 

目に映るスバル(・・・・・・・)を見て、判断して欲しい。子供を助けようと走るアイツが、悪い魔女の味方(・・・・・・・)なんて考えられない! ……頼む、レム」

「ッ……」

 

 

ドンッ! と轟音が起こったかと思えば、スバルまで続いているだろう道が出来た。

普段のスバルなら、せり上がった大地に驚いて転びそうな気がするが、無我夢中で走っているのだろう、気にせず前へと進み続けている。

 

 

「わかりました。―――レムに命じられている仕事は、スバル君の監視です。……ここで、それを放棄する訳にはいきません。メイドとしてあるまじき行為です」

 

 

レムは、レムから迷いが消えた。そんな感じがした。

 

 

「ツカサ君とは後で話をさせて下さい。沢山知っている(・・・・・・・)様ですから」

「ははっ。レムの期待に応えれる様な解答かは解らないけど、これが終わったら幾らでも。……振り返らなくていい。ただ、全力で前に」

「はいっ!!」

 

 

レムが、ツカサが作った道を駆け出したと同時に、村が揺れた様な感覚が走った。

 

今日一番の群れが来ているのが解る。

或いは、これが最後の総攻撃なのだろうか。

 

それを肯定するかの様に、群れの中には、特に大きな個体に混じっていた……。

 

 

 

「ぎ、ギルティラウ!?」

「なんで、こんなヤツまで此処に!?」

 

 

 

その姿を目視し、確認した青年団たちがどよめき出した。

ウルガルムだけだった筈なのに、新たな魔獣が、別の種類の魔獣が襲ってきたのだ。

 

 

黒い体毛までは、ウルガルムと同じだが、それ以外は違う。

何処か獅子の様な頭部に馬の胴体、臀部。蛇の様な長い尾。

これ以上ない程に、危険を発信している風貌。

 

だが、ツカサは動じない。

 

子供達が心配だった。

村が心配だった。

守れるかどうか不安だった。

 

 

―――失うのが怖かった。

 

 

何故なら、自分は空っぽ(・・・)だから。

 

過去の記憶がなく、恐らくそれが戻る事も無いだろう事は、あの日―――クルルと出会った日から本能的に解っている。単なる記憶障害ではないと言う事も。

 

でも、それで良いと思った。

 

その代わり、思い出の1つ1つを積み重ねて、ツカサと言う人物を作っていこう、と考える様になったからだ。

 

 

1人、また1人と、心が埋まっていくのを感じる。温かくなるのを感じる。

 

それを犯そうとする者が居るなら、容赦はしない。

 

 

 

 

「残念だったな。……守りながら攻めながらに加えて周囲の探索、簡易防御壁の維持。クルルも居なかったし、正直骨が折れた。……頭の中が滅茶苦茶だった。……でも、ここからは」

 

 

 

新たに現れた魔獣:ギルティラウ。

 

 

 

 

「―――攻めるだけだ」

 

 

 

 

同情しよう。

正直、一番不味いタイミングでの参戦だから。

 

 




今一歩のギルティラウさん参戦www

しかし、即退場な模様w


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魔獣使い

 

「レム! もう直ぐだ、もう直ぐ森の入り口だ!」

「スバル君! 待ってください! 当てもなく、この広い森の中に入るのは自殺行為です!」

「悪ぃが待ってられねぇ、ガキ共は森の奥だ! 間違いねぇ」

「……冷静に、冷静に考えてください。今は村でツカサ君と協力して、村から魔獣を一掃した後、村人全員で探し出す方が……」

 

 

レムの言葉に、スバルは一瞬足を止めかけた。

いや、足を止めた。それでも振り返らず、レムに告げる。

 

 

「何もただ周りも見えず、馬鹿みてーに一直線、って訳じゃねーんだぜ、レム。……そりゃ、それが最も安全だって事くらいわかってる。……だがよ。それをツカサが考えなかった、と思うか?」

「……え?」

 

 

スバルの言葉にレムの言葉が詰まる。

確かに、スバルと比べたら聡明、懸命、頭脳明晰。そう、スバルと比べたら。

 

と、色々失礼な事を考えつつ、スバルの言う通りだ、その通りだと、結論する。

スバルは振り返った。

そして、その表情から、それを読み取ったスバルはつづけた。

 

 

「村を壁でかこっちまう様なスゲー魔法だって使えるんだ。……それなら、オレが馬鹿な行動だ、無謀な行動だ、って言うんなら、思ってんなら、見た通り魔法()ずくで止めてた筈だぜ。……それに あいつだって、滅茶苦茶重ぇ、リスクってヤツを背負った上で、オレを行かせたんだ」

 

 

レムがスバルに追いつけるように、ウルガルムやギルティラウといった魔獣どもに邪魔をされない様に、土の壁で簡易的に道を作った。

 

そこまでできるのであれば、走るスバルの先に壁を作り、止める事だってできる筈だが、ツカサはそれをしなかったのだ。

レムはスバルに追いつき、並走で走りながら、スバルの考えを聞く。

 

 

「魔獣が村を襲ってる理由は、正直はっきりとはわかんねぇ。……わかんねぇ以上、常に最悪を想定しなきゃならねぇと思ってる」

 

 

 

本当の最悪は考えたくはないから、最初から排除している。

そう―――既に子供たちが死んでいるという状況。

 

絶対に考えないし、それに安易に戻ってやり直せるって事も考えない。

 

 

―――何より 戻った時のあのツカサを見たくない、と言うのもあった。

 

 

何度も大丈夫だ、と言っていた。

クルルがいるから大丈夫、とも言っていた。

 

だが、やせ我慢してる事くらい如何に鈍感だったとしてもスバルにも解る。

 

元の力量が高いがゆえに、いや 高過ぎるがゆえに解りにくいかもしれないが、絶対に無理している。

スバルの目から見ても、あのラムも、気にかけてる様子が見て解る。

 

更に最悪なのが、エミリアが使用する様な治癒魔法が利用出来ないという所だろう。

 

それは、大抵の事は出来る、と豪語した大精霊であるパックやベアトリスでさえ無理だときている。

 

自然治癒しかできない以上、王都での1日に加えて、ロズワール邸の5日間。

たった1週間にも満たない期間。

 

そんな短い期間で自然治癒も期待できるとは思えないし、思わない方が良い。

 

ツカサ自身が戻るのもキツイ。(1人だけで戻る事を恐らく良しとしていない)

スバルが戻る(死ぬ)のはもっとヤバい。(メチャクチャ強いツカサが、大拒否する程の苦痛)

 

 

何よりも、今回必ず突破すると決めたのだ。

 

 

 

だからこそ、自分にできることをスバルは考えている。

ツカサやレムの様な戦える力がないなら、頭を働かせる。ただの引きこもりじゃない。多少なりとも鍛えてきた体力で、出来る事を考え、頭を働かせる。

 

 

「……村の総攻撃でも止められない相手が次に取る行動はなんだ? 結界を破壊して犬畜生どもを引き連れて、獣の癖に知能犯で、おまけにヤバそうなギルティラウ(他の魔獣)まで引っ提げて―――それでも兄弟には勝てなかったら次は? 結界も修復されちまったよ。その次は? ―――ガキ共を使うかもしれねぇだろ。最悪、道連れってばかりにあいつらを殺すかもしれねぇ……」

 

 

なら、そんな中で自分が出来る最善は?

元凶にとっての最悪である筈の、ツカサを引っ提げて森に突入するより――――。

 

 

「待てば待つ程、ガキ共がやべえ。だから、村に攻撃が集中している今、ツカサに集中している今! 相手の懐に潜り込んで、ガキ共を助け出す! それが最善だ!」

 

 

決意を漲らせた筈……だった。

 

「ッ………」

 

スバルは、徐々に迫る森の入り口を見て……、あの魔獣が大きな口を開けて待ち構えているかの様な森の入り口を見て、身震いをしてしまう。そのまま足を止めず、突っ切ろうとしていた筈なのに、突然重くなった。

 

幾ら、いろんな矜持があったとしても―――怖いものは怖い。

勢い程度の勇気では、この恐怖に容易に嚙み砕かれてしまう。

 

 

―――思いとは裏腹に、……スバルは こんなにも怖い事だなんて、知らなかった。勇気を出す、という事が。

 

 

 

「……聞かせてください。スバル君はどうしてそこまでこの村のために? たった数日の関係の筈。ツカサ君もそうです。傷ついて、苦しんで、……それ程までして、どうしてですか? どういう関係がこの村にあるんですか?」

「…………」

 

 

 

安易な自尊心程度で片付けれる事じゃない。

 

ツカサ(あいつ)がやってるんだから、自分(スバル)も、みたいなものじゃない。

 

 

 

「―――オレは、聞いたんだ」

「聞い、た?」

「ああ」

 

 

 

それは、ツカサの事だけじゃない。

 

 

「―――ぺトラは、大きくなったら都で服を作る仕事がしたいんだ。リュカは、村一番の木こりの親父の跡を継ぎたい、って言ってるし、ミルドは花で冠作って、母ちゃんにプレゼントしたいんだと」

 

 

指折り、瞼の裏に思い浮かぶ顔を一つ一つ数えながら、続けた。

 

 

「メイーナは、もう直ぐ弟か妹か生まれるって喜んでたし、ダインとカインの兄弟は、どっちがペトラをお嫁さんにするかで張り合ってやがる」

 

 

小さな笑みが零れ出る。

未来を語る子供たちの話を、改めて口にするだけで、萎縮した身体が戻る。覚悟が、勇気が戻ってくる。

 

 

「それに今度な? 皆で空中散歩、楽しもうぜ、って約束もしてんだ。―――他力本願極まれり、だが。オレも招待されてる。ツカサpresents、スバルvsツカサの空中大相撲。……魅せるって約束してんだ。ラジオ体操でしっかり身体動かした後、やろうぜ、って約束もしてる」

 

 

子供好きという訳ではない。

どちらかと言えば、スバル自身は子供が嫌いだ。なぜなら、自分自身がまさにガキそのものだから。歳をある程度重ねただけのガキ。自重を知らず、礼儀も皆無、無作法無躾無鉄砲、上げだすときりがない。

 

この世界に来るまで、命のやり取りなんてほど遠い世界で、生煮えに浸ってた自分は関係ない事にはとことん無関心。不幸な事故や事件が起きたとしても、一時は同情したとしても、直ぐに忘れる。

 

 

そんな中、この世界にきて、本気で助けたい、と思った女性がいた。

他人事だと切って捨てない。捨てても問題ない筈なのに、それでも見捨てない、見捨てられない、忘れられない男と出会った。

 

 

 

「―――オレは最高に格好いい背中見ちまってる。馬鹿か、ってラムちー姉様には言われちまうかもしれねぇし、生意気だって思われるかもしれねぇが追いかけてみてぇ、って思っちまってる。情けねぇ姿、見せたくねぇとも。……はっ! 馬鹿でアホで、生意気で、……ちっちぇえ自尊心(プライド)だが、それでも」

 

 

 

拳を握りしめた。

 

 

「―――約束は約束だ。オレは全部ひっくるめて守りたい。……約束を、守らせるし、守りたい。……だから、オレは先に進む。だから……レム、頼む! オレに力を貸してくれ!」

 

 

スバルの決意。

それをレムは間近で見た。……感じ取れた。

 

 

まだ、仄かに香る忌み嫌うモノは、確実にスバルから感じる。

魔女の残り香――――過去の記憶を、あの炎の記憶(・・・・)を呼び起こされる。

 

だが、目に見える(・・・・・)スバルはどうだろうか?

 

有能な人間ではない。

でも、懸命になろうとしている。

 

臭いは、視覚でなく嗅覚。確かに目に見えるモノではない。

 

目に見える……スバルは、無力さを知った目で、足りない自分を理解した顔で、それでも抗う事をやめようとはしない。

 

 

これまで重く、鉛の様に感じていた身体が軽くなるのをレムは感じた。

 

 

「―――レムが、職務を放棄する訳にはいきません。使用人として、あるまじき行為です」

「レム……!」

「それに、スバル君が怪しい事をしないかどうかも、姉様には言い聞かされています」

「うぐっ、そりゃ複雑だが、仕方ねぇよな! オレが怪しい真似しないかしっかり見張っててくれ!」

「ええ、勿論です。―――だから、行きましょう」

 

 

(トラウマ)の音を引っ提げて、レムは隣に立ってくれた。

 

 

「今回ばっかは、安心だよ、まったく。……それに例え森ん中で逸れたとしても、レムなら、絶対オレを見失ったりしない(・・・・・・・・)しな。携帯がない異世界で、これ以上ない連絡手段ってヤツだ」

「ッ!! 何を……?」

「解ってるんだ。他の誰も気づかなくたって、レムだけは気づく。……オレの臭いにな。何が起きるかわからねぇ森ん中で、もし逸れたら……、オレはただ全力でガキ共を連れ戻す事だけ考えて行動するからよ。レムもオレを見つけてくれ」

 

 

不意な言葉に、レムは顔を強張らせた。

姉の言いつけ以上に気にかけていた事を、スバル自身の口から発せられたのだから。

 

そして、驚くと同時にツカサに言われた事も思い返す。

 

2人は解っている。

 

自分がスバルの何を見ているのか、何を感じているのかを。

 

 

だが、なぜ知っているのかはわからない。

 

 

 

「……スバル君も、ツカサ君も、どこまで知ってるんですか?」

 

 

 

スバルもツカサも、まるで、レムが考えていた事を最初から知っていたかの様に話している。全てを知った上で、信頼してもらえる様に 今 最善を尽くそうとしているのだ。

 

 

「さてな? オレも兄弟も、知らねぇ事の方が圧倒的に多いと思うぜ? オレはレムにもラムにも信頼してもらい、信用してもらいたい。だから足掻いて足搔いて、色々頑張ってきたつもりだけど、空回りばっかりだ。……だから、今度こそ沢山話そう。無事ガキ共つれて帰れたら、全部ひっくるめてまとめて話そう。それに、オレたちが仲良く話してる姿を見りゃ、きっと、ラムちーも喜ぶ」

「姉様が……?」

「ああ、勿論。……約束だ。必ず、無事に帰って来よう」

 

 

レムは姉のラムが喜ぶ理由がいまいち分からなかったが、少なくともツカサの事は高評価をしているという事は解っているし、好意的だという事も解る。

姉に相応しいか否かは、後々十分考慮する事項だとは思っているが、生憎まだまだ時間が足りてないのが実情である。

 

 

「ほいっ、ゆーび切った!」

「!」

 

 

スバルは、考え込んでいるレムの小指に自身の小指を潜り込ませて、絡ませた。

鎖が少々重く感じた気がしたが、それ以上に重く感じる。約束という言葉の重みを改めて。

 

 

 

 

「?? 今のは?」

「これは指切り、ってヤツだ。オレの故郷の約束の儀式! なんつっても、この制約はやべーぞ? 破ったら針千本呑まされる地獄の儀式だからな。ま、エミリアの祝福だって今はあるんだ。心配されなくたって、へっちゃらのぷーだ、ってとこも見せてぇしな!」

「―――……ぷーって……」

 

 

指切りの儀式を終える。

時折スバルのいつもの軽口。いつもは何も思わないか、寧ろ仄かに漂う魔女の残り香に嫌悪を覚えるのだが、今回ばかりは違った。

 

こんな場面だというのに、つい笑ってしまった。小さく、それでも久しぶりのレムの笑顔。

信頼の一歩だと判断しよう。

 

 

互いの信頼感、絆・信頼ゲージがMAXだったなら、きっと奇跡的なパワーだって、出せるとスバルは信じているから。

 

 

 

「約束、しましたからね? スバル君とツカサ君。レムは2人から言質を受け取ってます。……本当に、無事に帰って色々と聞かせてもらいますよ」

「おうよ! 初恋の子の名前でもなんでも話すよ。現在進行形で好きなこの名前以外はな

!」

「それは知ってます」

「本人には、華麗にスルーされちゃったけどね!! 兄弟が恋敵にならないかどうかが、目下、日常パートん中じゃ一番心配で不安だ!」

 

 

 

軽口を一頻り言い終わった後、レムとスバルは互いに頷きあって、更に先へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、良いニュースと悪いニュースが発生した。

 

 

 

 

 

 

 

良いニュースは勿論、子供たちは容易に見つける事が出来たという事。

 

 

そして悪い方のニュースは………。

 

 

 

 

 

「なんっっ、だ こりゃぁぁ……!?」

 

 

 

その場所は、木々がなく小高い緑の丘……と言えば良いのだろうか?

子供たちは、そこに倒れている。目視で確認できる。人数も合っている。

 

ただ、そこには黒いナニカがいる。丘の上の空を覆いつくさん勢いで。いや、渦巻いている様に見えるから、ツカサが多用する竜巻の魔法に見た目類似するかもしれない。

 

 

「黒翼鼠の群れです。……ここまで、大量発生してるなんて、聞いたことがありません」

「あの黒いの1つ1つ全部魔獣なのかよ……!? それに、一際でけぇヤツが陣取ってんのも気になるんだけど」

岩豚(ワッグ・ピッグ)……。岩のような分厚い皮膚が特徴の大型魔獣です。……その獰猛さ、膂力、全て村に現れたウルガルムやギルティラウを上回ります」

 

 

レムも恐る恐るといった様子で、戦々恐々。

魔獣群生地とはいっても、ここまでの数が揃っているのは聞いたことがない。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……、あんなの(・・・・)がいるなら、もっともっと強く言っといてよね!! そりゃ、村にいた時は警戒してたけどさ! こんなのだなんて、ここまでだなんて思わないじゃない! それに、楽しいだの感じただの、そんなのばっかな説明じゃ解る訳ないじゃん!! エルザ(・・・)のばか!!」

 

 

 

 

 

 

 

そして、一番驚いたのは…… 魔獣の群れより驚いたのは……、血が凍る様な感覚が走ったのは………、その一際デカい魔獣 岩豚の上に乗っている存在だった。

 

 

それには、スバルは見覚えがあった。

 

 

当然だ。

ラジオ体操だって一緒にした。子供たちに囲まれて遊んでいる時も見かけた。

三つ編みをおさげにしていて、薄いワンピースを羽織った少女。

 

 

「メィ、リィ……?」

「! 村にいた子供の1人の……? どうして彼女が……? いや、もう確定でしょう。彼女が魔獣たちを操っている様です、スバル君」

「っ、っっ。ちょっと待ってくれ。魔獣ってのは、人類の外敵なんだよな? 人類に仇為す為に、魔女が生み出したっつう、……なんで、なんでそんなもんを、あの子が……?」

「それは解りません。……ですが、事実です。 目の前の光景がすべてです。恐らく加護持ちでしょう」

「なんっ、だよ……、そのチートみてーな、異世界能力は……っっ」

 

 

動揺が隠せれないのは当然だ。

子供たちとラジオ体操またやろう、という約束の中にはあのメィリィもいた。空中浮遊に関しても、同じくだ。……ただ、いつも恥ずかしくて まだツカサと話せてない、会ってない、とも聞いていた。

 

……よくよく思い返してみれば、あの子犬と引き合わせたのもメィリィだ。

 

メィリィに促されるがまま、森の入り口付近まで言って、そこで子犬と触れ合った。……噛まれた。あの呪いを受けた時は全て犬に嚙まれ、そして傍らにはメィリィがいた。

 

目の前の光景もあるが、状況証拠的にもある。これまでの全て仕組まれていたのだとすれば、彼女が犯人であると示している。

 

 

無邪気な、虫も殺せない様な笑顔で……人を殺しにきたのかと思えば思う程、吐き気を催すが、それでもやらなければならない。

メィリィの事よりも、あの魔獣だらけの場所に子供たちが居るという事実を。

 

メィリィの気が変わらない内に、何とか救出する手を考えなければならない。

 

 

「……レム。あの数の魔獣は、多勢に無勢、だよな?」

「……はい。あれ以上増えるとなると、地と空の波状攻撃。子供たちの事を考えても、こちらの分が圧倒的に悪過ぎます」

「だよな。下手したら、村ん時の方が空から来ねぇ分マシだったかもしれねぇ。……ツカサには悪ぃけど、こっちの難易度の方が鬼高ぇぞ。人質+オレが無力な分……!」

 

 

戦闘能力がない事が、無力な事が、この時程恨めしいと思った事はないが、それでもやらなければならないだろう。

 

あれだけの魔獣を引き連れて尚、村へと侵攻しないところを見ると、少なくともメィリィは あれでも分が悪いと思っているからだろう。結界が修復された今、広範囲での攻撃は無理だ。メィリィが結界石を外して回ったとしても、恐らく1~2個。あまり広範囲に外して回れば、見つかる可能性が高くなってしまう為、そこまでのリスクは背負わないと推察できる。

 

 

だが、それはあくまで推察に過ぎない。

 

 

子供の姿をした暗殺者。

 

どういう思考をしているか、判断ができないのだ。

 

 

「……それに、メィリィ(アイツ)、エルザって名を呼んでたしな………。クソイカレキチガイ殺人女と同類と考えたら……考えるだけでもやべぇよ」

 

 

王都で何度も殺された腸大好きサディスティック女。

クソイカレキチガイ殺人女とは、ツカサに助けを求めた時のフェルトのエルザに対する渾名で、そう呼んだだけだが、妙にしっくりくるのでスバルは多用していたりするのは、別の話。

 

 

「スバル君、どうしますか……?」

 

 

レムはいつでも戦えるだけの準備と覚悟を持っているようだ。

あの時の鬼の角を開放させて、戦うつもりでもいるのだろう。モーニングスターの取っ手を握る手に力がこもっているのがよくわかる。

 

 

「考えろ、考えろ……、命張るだけじゃねぇ、無い頭を振り絞れ……っ」

 

 

スバルは、この絶望ともいえる難易度の中で、無事子供を助け、尚且つ結界まで逃げ切る、そんなプランをどうにか頭の中で捻出する。

 

 

 

作戦①

 

スバルが囮となり、レムが子供たちを救出する。

 

 

 

「……ダメだ。秒でオレが死ぬ。死ぬのが怖ぇ、って言うよりまるっきり無駄死にな上に、兄弟にペナルティが行く」

 

 

却下。

恐らくツカサもエミリアも、レムも拒否する案件だろう。

 

 

 

作戦②

 

現代知識を駆使。スニーキングミッションを完遂して、何処かの蛇の様に、敵に見つからず潜入、見事救出する。

 

 

 

「あんだけの群れ、あんな見晴らし良いトコでどーやって見つかるな、ってんだよ!」

 

 

 

却下。

透明にでもならない限り、それこそステルス迷彩でもない限り不可能だ。

 

魔獣なのだから、臭いで追いかけてくる可能性だってある。……それに加えて、スバルは自分が魔獣に狙われやすい性質である事も重々理解しているから、尚更無理だ。

 

 

 

 

 

作戦③

 

 

――――――。

 

 

 

「………レム、ちょっと聞いてくれ」

「はい、スバル君」

 

 

短い時間の中考えた作戦の中で、一番まともで、可能性が高い作戦を思いついたスバルは、意を決してレムの方を向いて聞いた。

 

 

 

 

「魔法って使えるか?」

 

 

 



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喰われる側

「ほんっと、どうしたら良いの……? このまま 失敗しましたー! じゃ、ママに叱られるし、……エルザのせいに出来そうだけど、叱られたくないなぁ。でもでも、連れてこられるだけ連れてきたこの子達全員ぶつけても、勝てる気が全くしない……っ」

 

 

 

 

ウルガルム、ギルティラウ、岩豚(ワッグ・ピッグ)、黒翼鼠。

 

 

 

種類も単純な頭数でも、過去最高の布陣だと言える。

その気になれば、戦争だって仕掛けれそうな気がする程の戦力を揃えたつもりだったのだが……、第一陣、二陣、悉く敗北、全滅。村人を庇いながらの戦いであれば、何とかなるとメィリィは思っていたのだが、何か解らない。俄然やる気にさせてしまった気もするのだ。

 

 

「足手まといが居ると強くなる、とか? ふざけないでよ、もう!」

 

 

そして、仕舞には 慎重に壊してみせた結界も、ごらんの通りだ。……もう、これ以上魔獣を村へ向かわせる事は出来ない。

まだ、残数はそれなりに結界内に残っているが、絶対に無理だ。憂いを無くした、あのバケモノが、魔獣を蹂躙する姿が目に浮かぶ。……見なくても、目に浮かぶ。

 

そして、村の中を一掃すれば……、次に来るのはこの場所かもしれない。

 

 

「うぅ……、やっぱ逃げる方が良い? あの子達は? 殺しちゃう?? いや、1人でも殺しちゃったら………っっ」

 

 

あのバケモノが……、それこそ、本物の怪物(バケモノ)になる。そんな未来をメィリィは幻視()た気がした。

 

 

理に適ってない。足手まといが居る状況で、どうやれば 力が増すと言うのか。神経すり減らす筈なのに、どうして 逆に力が増す様になるのか。

どうして、総攻撃でも防ぎ切れると言うのだろうか。

 

 

 

それに 今日は、ロズワールと言う王国筆頭魔術師不在の絶好のタイミングだった筈なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――この時。

 

スバルやレムにとって1番好都合だったのは、メィリィの考え。

何をしてくるか解らない、子供達を道連れに殺すかもしれない、と最悪の状況を想定していたスバルたちにとって、好都合、好転したのは メィリィが過剰気味にツカサを恐れた事にあった。

 

 

 

恐れおののいていたが為に、スバルが取った作戦③が、より大きな効力となって場に現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アル・ヒューマ!!」

 

 

 

 

 

 

木々を薙ぎ倒し、大地を抉る、無数の氷の矢。

それがメィリィの眼前の生い茂る森の中で一斉に放たれた。

 

 

 

「ちょっっ、何!? 何何っっ!?? まさか、こっちに攻めてきた!? 村の中、ぜんぶやっちゃったっていうのっ!? 早過ぎるじゃないっっ!?」

 

 

 

体感時間的には異常なまでに長く感じるが、実際の所はそんなに経っていない。

メィリィにとって、今の一撃は村のバケモノの反撃である、と認識するのは 半ば必然だった。

 

 

 

 

 

 

 

「アル・ヒューマ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

渾身のマナを込め、氷系統最上級魔法を叩き込むのは、レムだ。

 

 

《魔法って使えるか?》

 

 

スバルの問いに対しての答えであり、これがスバルの策。

レムには、メィリィ達からある程度離れた場所から、一番目立ち、一番威力のある魔法を連発してもらう、と言うモノ。

 

 

つまり、陽動作戦だ。

 

 

レムを囮に使う!? と思われるかもしれないが、実際はレムではなく、レムの使う魔法だ。

レム自身を囮に使うのはスバルだって容認しない。ただただ、魔獣たちの前方付近、森が影になって見えなくても良い。

 

ちょっとでも、前方へと意識を集中させて、そして―――あわよくば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああ、もうっっ!! いっけぇぇぇーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

魔獣どもを、陽動場所へと向かわせてくれたら最高だ。

 

そして、余程恐ろしいのか警戒しているのか、メィリィは躊躇せずに全戦力を向かわせた。

 

……向かわせてくれた。

即ち、《計画通り》である。

 

 

「これからは、策士・スバルと呼んでくれっっ!!」

 

 

相手が向かう先には、当然レムはいない。

あるとするなら、レムが放った魔法の残滓。無残に自然破壊してしまった光景が広がってるだけだ。

自然を破壊してしまう事に関しては、ecoな視点では申し訳なく感じるスバルだが、この際目を瞑ってもらおう環境大臣、な気分である。

 

 

 

そして、次もまた最大の関門。

 

 

 

「ガキども……6人っっ!!」

 

 

 

前方に気を逸らせているとはいえ、魔獣の数が数。

バレない事もそうだが、何より子供達をこの死地から連れ戻す事が何よりも優先される。

 

 

ペトラ、リュカ、ミルド、メイーナ、ダイン、カイン。

 

 

子供達の総数……6人。

6人纏めて抱えられるだけの腕力は、間違いなくスバルじゃなく、レムにしかない。

 

女子たちの体重が10㎏程だとして、リュカ、カインダインが20~25㎏。……ミルドは、考えたく無い。

総重量は、考えたく無い。

 

 

 

「火事場の馬鹿力、ってヤツを見せてやるぜっっ!!」

 

 

気合を入れて頬を叩いた。

レムのおかげで、メィリィは全勢力を前方へと向けてくれている。

完全に子供達から意識が離れたのを確認出来た。

 

―――後は振り返らないで貰う事を祈るのみ。

 

 

陽動が済めば、レムと共に後は逃げるだけだ。

 

 

気合十分でも静かに、それでいて最高速度で子供達が倒れている小高い丘へと駆け上がる。

1人、2人、……安否を確認するのはまだ。絶対生きていると信じて、最短最速で運び出す。

 

 

 

「うぉ、らぁぁ……!!」

 

 

スバルは、レディファーストと言う事で、まずは ペトラとメイーナ、そして男子の中でも比較的身体の軽そうなカインとダインの順番で担ごうとしたのだが……。

 

 

「ふぎっっっ、く、っそ!!」

 

 

総重量が、身体にかかる負担がとんでもない。

お子様とはいえ、娘さんを重たい、等とはスバルとていうつもりは無いが、こればかりは仕方ない。

こちとら、健康的な一般高校生。

 

6人合計すると100kgは超えそうな子供たちを運んで、逃げ出すのは現実味に欠ける。

 

 

 

「くそっ、往復するしかねーってか。ぜってー、戻ってくるからな……っ!」

 

多くても2回に分ける。

回数を増やした方が、時間的には早くなるかも? と思ったが、一刻も早くここから連れ出したいが為に、スバルは3人と3人で分けて運ぶ事にした。

 

 

「レディファーストだ。お前ら。……ぜってー戻ってくる!」

 

 

まずはペトラとメイーナ、リュカを運び出す。

レムが頑張ってくれてる時間を無駄にしない為に、敵が陽動である事に気付く前に。

 

 

子供達を落とさない様に、それでいて全速力で運び出し……、木陰になっている場所で下ろした。

 

 

「今、ここを襲われちまったら最悪だな……、クソっ」

 

 

安心はしてられない。

この場所は結界の外。レムの陽動で魔獣たちの気は逸れてるかもしれないが、アレが全部、とは限らないから。

 

野良魔獣でも1匹居たら終わりだ……と、スバルは恐怖を覚えつつも、2組目を救うために駆けだした。

 

小高い丘を駆け上り、そして一番の大物であるミルドを背に担ぐ。

 

 

「どんどん食って大きくなれよーー! って言いたくねぇな、こん時ばっかは……!」

 

 

ずっしり、と重量感たっぷりなミルドの体躯。

村の子供の中でも一番の大食漢。デブ! と言うよりは子供ぽっちゃり型である。

 

だが、泣き言を言ってる暇は無い。

カインダイン兄弟をどうにか担ぎ上げて、重力と格闘しながら足を進める。

 

 

「こん、じょう……っっ!! かじばの、くそぢから……!!」

 

 

思う存分、大声を振り上げたい気分だが、バレては元も子もない。

最小の掛け声で、最大の力を込めて、どんどん先へと進む。

 

後、ほんの少し―――ほんの少しで先に運んだ3人の元へとたどり着く筈だったのに。

 

 

「ッッ!? クソっ!!」

 

 

足元が疎かになってしまった。

もうゴールである、と言う事が注意力を散漫にさせてしまった。

 

木の根が、地上に出てきている木の根が、スバルの足を取る。

どうにか堪えようとしたが、子供達の重量も有り、これまでの筋肉疲労もあるだろう。身体に踏ん張りがきかず、そのまま倒れそうになったその時だ。

 

 

がしっ、と雄大で男らしい力強い腕を感じた。

それと相反するかの様に、ぽふんっ、と顔面に感じる柔らかさは、まさに至上の喜び。

 

 

「お疲れ様です、スバル君。もう大丈夫」

「れ、レム……!」

 

 

倒れ込んだ先は、どうやらレムの豊満なお胸だった。エミリアよりも先に、胸に飛び込んでしまった事に対して、多少なりともエミリアに罪悪感が……等考えて居たりしたが、想像以上に心地良い感触に、昇天しかかってしまう。

 

 

「「スバル様!!」」

「ご無事ですか!?」

 

「!!」

 

 

そして、更に事態は好転した。

今の今まで、レムと2人でどうにか子供達を救出しよう、と躍起になっていた。

自分は力不足&戦闘力1の一般人。レム頼りで難易度鬼。そんな中で、心強い援軍が来てくれたのだ。

 

 

「どうやって、ここまで……?」

「レム様のおかげです。レム様の魔法がここまでの道しるべになってくれました」

「村の方は、まだウルガルムやギルティラウ、魔獣が多く居たんですが、ツカサ様が大丈夫だと、子供たちの方を頼む、と」

「……流石はオレの兄弟だぜ全く。も、マジで足向けて寝れねぇや……」

 

 

青年団の1人であるゲルトは、仲間をもう2人引き連れて、森の中へと入ってきていたのである。

村の中も、まだ予断を許さない状況だったと思われるが、そこはツカサが断言したのであれば、間違いないだろう。

 

 

「いや、でも まてよ……。あれじゃね? レムの魔法を目印にしてたってんなら、そのまま知らずに突っ込んでったとしたら……」

「はい。後、ほんの少しレムが見つけるのが遅れたら、魔獣の餌食になってました。さぁ、ここから離れましょう」

「デスヨネ~」

「「「…………」」」

 

 

レムのあっけらかんとした言葉に、一瞬青ざめてしまうゲルト達。

陽動の為の魔法だ。故に大量の魔獣を呼び寄せるのが目的。

氷系統の魔法を魔獣が使用する事は確認されてないので、氷の魔法は間違いなくレム……と言う当たりまでは良かったのだが、本当に危機一髪だった様だ。

 

 

兎に角、気を取り直して、3人がそれぞれ2人ずつ担ぎ上げた。

 

流石は、青年団。肉体労働派。そして何よりも体躯の差。

 

まだまだ後数人くらいは運べますよ、と言わんばかりに軽々と運ぶ姿を見たスバルは……。

 

 

「くっそーー、オレも鍛えねーと……。エミリアを守る! なんて、軽々しく言えねぇよ」

 

 

と、気を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――事態は好転したかに思えたが、即座に暗転、悪化する。

 

 

 

 

 

「あああ!!! 何処行ったのっっ!?」

 

 

 

魔獣たちが気付いたのか、メィリィが気付いたのかは解らない。

ただ、森の中で魔獣の唸り声以外の甲高い声が響いてきた。

 

そう―――子供達が居なくなった事に気付いたのだ。

 

 

 

「まさか……っ、岩豚ちゃん! 皆っっ!!」

 

 

 

そして、その意味を即座に理解する。

 

ツカサの様な強大な力を持つ者がここへと来たのなら、こんな小賢しい真似をせずとも、正面から叩き潰す事だって出来そうだ。

正面突破された時、子供達を人質にして、交渉する事さえメィリィは考えていたのだが………、騒音が合った箇所、衝撃があった箇所を見ても誰も居ない。更に後ろを振り返ってみると倒れていた場所には誰も居ない。

 

子供の癖に、頭の回転の速さは舌を巻く思いだ。

 

それだけの死線を潜り抜けてきているのだと言う事が解る程に。

 

 

 

メィリィは、即座に指笛を鳴らし、手を鳴らし、魔獣たちを意のままに操る。

先ほどまで、レムが魔法連発していた地点周辺に群がっていた筈の魔獣たち皆一目散に回れ右。

 

 

地を揺らしながら、空を震わせながら追ってきた。

 

 

それは、背後を見なくても解る。

 

 

 

「無理無理無理無理無理!! 来てる来てる来てる!!」

 

 

夜の闇が襲ってくる、とよく比喩表現で聴いたり、見たり、読んだりした事があるスバルだったが、まさか身をもって体感するとは思わなかった。

 

 

黒翼鼠が、木々の間から迫ってくる。

ウルガルムが、目を光らせながら迫ってくる。

岩豚が、木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる。

 

 

黒塗りにされた何か一個の個体。大きな大きな塊となって襲い掛かってきたのだから。

 

 

 

「アル・ヒューマ!!」

 

 

 

今度は陽動ではない。

レムの魔法、氷系統最大の攻撃魔法で応戦。

闇の一部に大穴を開ける事に成功したが……、まるで黒い霧を相手にしているかの様。空いた穴は、即座に新たな闇で埋まって、襲い掛かってくる。

 

地からは、血に飢えたウルガルムが飛び掛かってくる。

 

 

「ふッッ!!」

 

 

レムは手に持つモーニングスターを全力で投球。

迫ってきた数体を見事に薙ぎ倒し、胴体を真っ二つに粉砕して見せた。……だが、空と同じ様に、地でも直ぐに()は塞がれる。

 

 

「(数が、多過ぎる……ッッ!!)結界へ! 急いでください! 結界を抜ける事が出来たなら、勝負がつきます! 皆さん、スバル君に案内を!!」

「レムッッ!?」

「レムが足止めをします! 行ってください! 早くッッ!!」

 

 

残った所で、何にも出来ない。

闘う力の無い自分が力になれる事なんて、何も無い。

 

 

「スバル様‼ こっちへ!!」

「走れ走れ走れ!!」

 

 

現在、あの規模の魔獣に対し、抗う事が出来るのは、情けない事にこの場で唯一の紅一点であるレムただ1人。

巨漢の青年団とは言え、あの規模の魔獣と戦えばどうなるか、火を見るよりも明らかだ。

 

 

「くっそっっ!! 鎖の音が背中を守ってくれるのは、スゲー頼もしい!! でも、レムだって無事じゃなきゃ意味がねーんだ!」

 

 

吼えながらも、ただただ只管逃げる逃げる。

せめて、憂いを無くす為に。レムが逃げる事に集中できる様に、皆を村へ、結界の内側へ。

 

 

 

走って、走って、走って……、一体どれくらい走っただろうか?

鎖の音は健在だから、レムが無事な事は解る。……だが、余程森の奥にまで来ていたのだろうか、入った時は解らなかったが、なかなか村につかないもどかしさをスバルは覚えていた。

 

 

だが、泣き言なんか言う筈がない。

 

 

 

子供らは青年団の皆が運んでくれていて、自分は普通に走ってるだけなのだから。

 

 

走って、走って、走って―――漸く、光明が見えた。

 

 

 

「スバル様!! あちらです!!」

「ああ! 見えた!! 見えたぞ!! 村の灯りだ!!」

 

 

 

疲労がいっぺんに吹き飛ぶ。

希望を見た瞬間に活力が沸いてくる。

 

先ほどまでは、鎖の音だけを頼りに、背後を確認する事も憚れたが、今は構う事無い。

 

 

「レム‼ 結界に着くぞ! ————ッッ!?」

 

 

 

確かに鎖の音はしていた。

だが、レムの姿を目視していた訳ではない。

 

見たのは、綺麗だったメイド服。ちょっとした憧れでもあり、眼福でもあったメイド服が、血濡れでグシャグシャになっている。

いつも身なりをきっちり整えているレムの姿からはかけ離れていた。

 

 

「……いって、ください。レムが、レムで居られる内に……」

「な、なに!?」

 

 

レムの言葉を聞いて、納得できる訳も無い。

レムの言葉の真意は、スバルにも解る。……朦朧とする意識の中で、苦痛だけを感じていた地獄の中で、……あの2週目の地獄の中での体験を覚えているから。

 

 

人非ざるもの。

 

額に角を生やし、赤い光を放ち、本能のままに暴れ狂う姿を。

 

 

 

「ば、バカッッ、もう少しなんだ! もう少しで――――ッッ!?」

 

 

 

次の瞬間、レムは闇に喰われた(・・・・・・)

 

 

 

そして―――、常人であれば、ボロ雑巾にでもなっているだろう、空飛ぶ薄汚い鼠たちの攻撃を受けつつも、レムは立っている。

光を放っている。

 

そう―――あの鬼の姿。

 

 

 

「あは……、あはははは…………」

 

 

 

闇の中で、響く笑い声。

 

 

 

「なに、いったいなんなのぉ!?」

 

 

 

そして、レムではないもう1人。元凶である魔獣使いの声。

異常な状況に気付いたのだろう、岩豚の上に乗っていた彼女は動きを止めさせていた。

 

 

レムの全力のモーニングスターの投球。

それはこれまでとは比較にならない。

闇を斬り裂き、闇を引きずり下ろし、闇を粉砕した。

 

あっという間に、黒翼鼠の死骸の山を築き上げたのだ。

 

 

 

「魔獣、魔獣魔獣魔獣魔獣魔獣――――魔女!!!」

 

 

 

そして、あの時同様に、理性を失ったレムがそこには居た。

魔女の残り香と、魔獣の気配と言うモノは、同質なモノだと言うのだろうか。狂わせる何かがあるのだろうか。

 

あまりにも、あのレムの姿は、2周目の時と酷似していた。

 

魔女の残り香――――、あの世界が止まり、心臓を握りつぶそうとしてきた空間に飛ばされた時により発せられたのであろう、性質の悪い呪いの香りを全身に浴びた時の様に。

 

 

ウルガルムが一斉に飛び掛かるが、今のレムを止めるには馬力不足だ。

まるで紙切れの様に粉砕され、その帰り地にまみれて狂笑を響かせるだけに過ぎない。

 

 

どれだけ、返り血を浴びようとも、額に輝く角は一切汚れる事は無い。あの光こそが、レムの力の源であるのだろう、と直感的に理解したが……。

 

 

「改めて見てもヤベェ、スゲェ、……最強鬼モードってヤツかよ。……でも、相手は最強じゃないにせよ、無限(・・)なんだ。レム……ッッ!??」

 

 

 

スバルは はっきり見えた。

ほんの僅かな隙だと言うだろうか、レムの暴風の様な攻撃が済み、新たなるターゲットを絞ろうとした刹那の時。その隙を狙い定めて、一斉に迫っている魔獣の姿が。

 

 

死の直前。物凄く時間の流れがスローになる……と言う事はスバルも聞いた事があったが、生憎、この世界で死ぬ時は、そんな事は無い。

驚く程あっさり死んでしまう。

致死の攻撃を受けた後、苦しみの時間だけは鬼の様に長いが、死の間際に流れる走馬灯の様なモノとは無縁だった。

 

 

だが、今は違う。

 

 

ハッキリとレムの姿が見える。襲ってくる牙や爪が見える。

そして、自分の無力さも感じてしまう。

 

出来ない、出来ない、何も出来ない。レムやツカサの様に、敵を粉砕出来る様な力があれば。魔法でもあれば。

 

 

 

 

《結論から言うと、スバルのゲートは制御が甘すぎだから、無理しない方が良いね!》

 

 

 

そんな時だ。

無限に続くのか? とも思えた異常なまでに遅い時の流れの中で……聞き覚えのある声が聞こえてきた。

あの愛くるしい姿とは裏腹に、実はとんでもない力を兼ね備えているネコ精霊の声。

 

 

「魔法……ッッ!! そうだ!!」

 

 

スバルは、時の流れが遅くなってる世界で、思いっきり駆け出した。

追いつけるとは到底思えなかったのに、後数歩で追いつく事が出来る。

 

レムの、鬼の恐ろしさも関係なく、レムを救おうと駆け出す。

 

 

使い勝手が悪い身体だろうが何だろうが、盛大に使ってやる、と決意。

 

唯一使える様になった? スバルの初めての魔法。

 

 

 

 

 

 

「シャマァァァクッッ!!」

 

 

 

 

 

 

陰魔法《シャマク》

目くらましの魔法、として認識していたが、そんな生易しいモノではないと言う事はスバルも知っている。

 

 

漆黒に埋め尽くされて、世界から孤立してしまう様な感覚。

 

 

魔法に関しては素人以下。身体的にも問題ありなので、無暗矢鱈に使うと危険だと言う事は知っていたが、躊躇う事は無かった。

 

ボンッ! と言う何かが爆発した様な破裂音と共に、スバルの身体から黒い雲が周囲の魔獣を、レムを包み込み、闇の中へと閉ざしていった。

 

 

 

前に進む、進む、世界の形も色も臭いも一切把握できない中で、足の裏の地面の感触だけがリアル。歩を進めている事も理解。

 

レムの姿を……捕える事が出来た。

 

 

黒い雲の効果、魔獣にも怖れを抱かせるのには十全に効果を発揮した様だ。

黒い雲、シャマクの発生も何も関係ない、と言わんばかりに攻めていたら、紛れもなくレムはやられていただろうから。

 

 

「う、おおおおああああっっ!!」

 

 

レムを担ぎ上げると、そのまま踵を返し、180度反対に向かって駆け出す。

 

軈て、黒い雲も晴れて、村の灯りが見え……レムを救う事が出来た! と思ったその瞬間だった。

 

 

 

「グアッッ!!」

 

 

足に、強烈な痛みが走る。

 

右足に、アキレス腱に、脹脛に、太腿に、何か所か解らない、一斉に痛みの信号が頭から命令された。

 

足に力が入らず、倒れてしまうだろう、その瞬間―――レムの身体を投げ飛ばした。

凄まじい力を持っていても、その身体は華奢で、軽い。スバルのなけなしの力でも十分過ぎる程飛ばす事が出来た。

 

 

 

 

「スバルくん―――!!」

 

 

 

 

そして、その刹那――レム()戻ってくる事が出来た。

 

最悪のタイミングで……。

 

 

 

 

 

「があああああああ!!!」

 

 

 

 

 

レムが見たのは、スバルの身体を、魔獣たちが食い荒らす場面。

 

右足の次は、左腕がかみ砕かれる。

右脇腹、背中、右腕、今の所無傷なのは頭だけだ。

 

生きているのも不思議だと思える程の傷を一瞬で無数につけられ、肉を削がれ血を吹き出し続ける。

 

 

レムの悲鳴、そしてスバルの悲鳴。そんな中で、唯一の歓喜を上げているのは、遅れてやって来たメィリィ。

慎重に慎重を重ね続けてきたメィリィはレムに対してもそれを心掛けており、魔獣の物量差で押し切れると判断した途端に、前戦へと足を運んでいたのだ。

 

 

 

 

「やっと捕まえた!! 皆!! そのままやっちゃえ――――ッッ!!?」

 

 

 

 

メィリィが歓喜を上げた瞬間、それは歓喜から狂気へと変わり、最後には恐怖へと進化を果たす。

 

間違いなく圧していた筈だった。任務完了な筈だった。

あと一息だった。

 

 

 

 

筈なのに―――、何故前方から炎が迫ってくるのだろう?

 

 

 

 

小さな赤い点が、途端に大きくなる。渦を描きながら、迫ってくる。

真横から、炎を伴う竜巻が迫ってくる。

 

 

 

「きゃあああああ!!!」

 

 

 

その一撃は、闇を焼き払い、闇を炎と言う光で呑みこんだ。

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ………」

 

「うあ……っ!! ああ……っっ」

 

 

 

 

 

結果的に言えば、メィリィは無事だった。

無限にすら感じる黒翼鼠、そして彼女が乗ってきていた岩豚、それらが壁となり盾となったお陰で、彼女にまで攻撃は通る事は無かったが、……はっきりと見た。

 

 

血走った目を見た。

片目は、前髪ではっきりと見えず、唯一見える左目は、頭から流れる血のせいで、まるで赤く光っている様に見える。

 

 

レムの姿も鬼だと言えるが、今目の前に居る者……男は、それ以上だった。

 

 

 

 

 

 

「何を――してやがる……!」

 

 

 

 

 

 

血走る目が、自分を捕えた瞬間、氷の様に固まってしまった。

まるで、今の今までは、喰う側だった。……捕食者だった筈なのに、一瞬で喰われる側、被食者になったかの様だ。

 

 

動けない彼女の代わりに、行動したのは一匹の魔獣ギルティラウ。

村へ襲撃した個体とはまた違うもの。

 

いつも共にいたであろう魔獣が、いつも傍に居たであろう相棒とも言える魔獣が、メィリィの身体を咥えて、即座に離脱の姿勢を取った。

 

 

そのまま、闇夜に紛れてメィリィは離脱。

炎の竜巻に呑まれる事の無かった魔獣たちは一気に散り散りになったのだった。

 

 

 

 



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作戦名《スバルを助ける》

 

 

 

窓から日の光が身体を照らしているのを感じ、ゆっくりとスバルは瞼を開いた。

 

 

 

「――――……絶対死んだ、そう思ったんだけどな……。また戻って土下座するつもりだったってのに、ヤバイ。主に身体全部が。……っと、それより……」

 

 

 

遠く、意識が波間を漂っている感覚はあった。

死んで、また戻って……と言うのは結構久しぶりな気がしていたから、戻る前に、あの世に一歩踏み込んだ感覚なのか? 若しくはただの夢なのか? あの世か、現実か、夢か、どれも纏まらず、気も定かではない狭間の中で、何かが聞こえてきた気がしていた。

 

 

 

《起きる――――》

《だいじょ………。で……、1人で……》

《もう傷つくのは――――……》

《……望んで―――。……オレ……、ムも……》

 

 

 

 

遠いのか近いのかさえ解らない。

ただ、安眠はさせてくれない類の話だと言う事は理解出来た気がした。

 

その声の主を探す為に、キョロキョロと見渡したその先に居たのは………。

 

 

「あれ? エミリア……たん」

 

 

木製の椅子に腰かけて、顔を俯かせて眠っている銀髪の少女の存在に気付く。

呼びかけても応じる気配は無く、完全に熟睡してしまっている。座ったままの姿勢だと言うのに、相当疲れているのが目に見えて解った。

 

それに、普段から身なりには気を使っている、王様———女王様を目指している身だからか、普段から身嗜みはきっちりとしていた筈なのだが、乱れているのが解る。それに、着衣のあちこちには、血や泥の後が酷く残っていた。

 

 

「―――そっか、オレはまたこの娘に借りを作っちゃったんだな……、ってか、作戦名《いのちをだいじに》って言われてた癖に、なっさけねーの」

 

「それはどうかな? スバルだって、生きて帰ってこれたんだから、命は大事に出来てると思うし、それに、今回。君は見合った成果を上げてるからね。リアも貸し借りとは思わないんじゃないかな?」

 

 

スバルの自責の念からくる独り言。

それに答えてくれたのが、銀色の髪の奥から姿を見せた灰色の猫だった。

眠る彼女の横顔を、そっと撫でて、慈愛の眼差しで見ている姿は、猫の姿だと言うのに、本当に保護者な気もしなくもない。

 

ある程度、エミリアの髪を鋤いて上げた所で、猫型精霊、パックはスバルの元へ。

 

 

「や、おはよう。目覚めはどんな気分だい?」

「もちっ、絶好調! なーんて調子の良い事言えねぇよな……あっちゃこっちゃが痛い。……それにパックよぉ、見合った成果、って言ってくれてんのはありがてーけど……、オレ正直犬どもに、ガブガブやられてから記憶がねぇんだが」

「あははは、ガブガブ、って可愛い表現だね? んでも、実際は――――」

 

 

愛らしい猫であるパックは、何処から生やしたの? って聞きたくなるような牙を剥き出しに、口でも裂けたのか? と思える程の大口開けて、

 

 

《グッシャ、グッシャ、バリバリ、ムッシャァァ!!》

 

 

 

と、身の毛がよだつ効果音で説明をしてくれた。

 

 

「って、感じだったよ?」

「いや、その効果音だとオレ、間違いなく死ぬんですが……? 足の5~6本はイカれてるよ、絶対。それに、いっくら、パックでも間に合わねぇだろ? ……っとと、クルルが居たか。バリアでも張ってくれて防いでくれたり? とか?」

「んーん、最低限の命の保証まではしてくれたけど、クルルは基本ツカサの方に付きっ切りだったからね。彼も今回は トコトン無茶した様で。どっちかって言うと、治療手段が極めて少ない彼の方が心配で大変だったかもだよ? 主にラムが」

 

 

ツカサの事を聞いて、顔を強張らせるスバル。

超絶無敵可愛さ抜群、本人にとってはストレスな存在、クルルを引きつれたツカサに死角は無し、と勝手に思っていたのが、粉々にされた気分だったから。

 

自分が無事でもツカサが……死ぬような事になったら、元も子もない。死に戻りで戻れるのなら、戻った先でツカサに怒られようが、誰に驚かれようが、直ぐにでも戻る心境だったのだが、パックがポフポフ、と肉球で頬を叩いて落ち着かせた。

 

 

「因みに、ツカサなら寝坊助のスバルと違って、もっと早くに起きてたよ。目覚ました時は、リアがいた方が一番喜ばれるんじゃないかな? ってスバルの事フォローまでしててさー」

「ほんっっっと、スゴイヤツなんです! ウチの兄弟! 目覚めと共にエミリアたんは、(ツカサさん)(マジ)(サンキュー)だ! つか、オレが起きるタイミングまで大体把握したってのかよ! 何でも超人か!」

「ん~~、その辺はクルルだね。 どっちかと言えば、その超人? いや、精霊だから、超精霊かな? クルルが一番凄いと思う。ツカサも決して無事とは言えない状態だったからね。意識ははっきりしてるケド……、意識あるスバル? みたいな印象かな」

「……って、マジかよ!!! それ無茶苦茶ヤバイじゃん!!」

「もう大丈夫だよ」

 

 

魔獣にバリバリボリボリ捕食された状態の自分と被る程の状態なツカサ。想像はしたくない。

 

死に戻りの影響。

記録&読込(セーブ&ロード)の影響。

 

これまで目に見えて疲弊した姿、血を吐き明らかに重症患者な様子。

その原因は上に上げられた2つだった。

 

それ以外で、負傷した姿はエルザやレム&ラム(3周目)の時に物理的に攻撃を喰らった時くらいだったが……それでもまだ全然マシだと言える。

 

だが、パックの見立てでは自分自身位に重症な分類、おまけに回復魔法も効かない。

何故そうなったのか……? と考えたら……。

 

 

 

「ツカサの場合は、力の使い過ぎ、とかか……?」

「うん。クルルもそう言ってたよ。……結構長生きしてるボク達も、詳細部分は解んないけどね。長年連れ添ってきたクルルだからこそ、解るんだって。……ツカサの記憶の部分に関しては、触れて欲しくないみたいだけど」

 

 

パックはそう言うと、改めてツカサの……つまり、クルルの事を話した。

 

 

「―――僕の時もそうだけど、今回は、ツカサを助けながら更にオドまで振り絞ろうとしたリアを手助けまでしちゃったんだから。……可愛い容姿に比例して、ものすっごい力を持った精霊だよね。長生きしてきたケド、初めて見るかもしれないよ」

「……成る程。可愛いは正義ってヤツだな」

 

 

物凄く安心したのと同時に、男として色んな自信と言うモノを失いかねない自分が情けなくも感じるスバルだったが、クルルの話題が出た所で、思考はクルルでいっぱいになる。

 

次元の狭間で、クルルの事を物凄く悪態ついていたツカサ。実際クルルが助けてくれる内容を考えたら、それこそ足を向けて寝られないくらいには思っても良い気がするが……。

 

 

「(中の人(・・・)の事は、正直なーんも知らねぇしなぁ……)って、それよりもだ! 一番大事な事聞いてなかった!」

 

 

パックの方を凝視したスバル。パックも可愛らしく首を傾げているが、大体聞かれる事は解っていたのだろう、かなり落ち着きを払っていた。

 

 

「村の皆は!? 子供達は!? それにレムは!? 大丈夫なんだよな!? すっげー、超精霊が一緒に居たんだから、大丈夫だよな!?」

 

 

クルルの事が凄い、はパックの口から聴いたし、スバル自身もかなり世話になってるからよく解ってるが、それイコール子供達は大丈夫、と言う方程式に組み込むのには、まだまだ早過ぎる。

 

魔獣使いの総攻撃。

あれだけの襲撃が村の中で起こり、更に攫われた子供達の件もある。

 

実際どうなったのか。………聞きたくない事だったと後悔するかもしれないが、それでもちゃんとしっかり自分の耳で聞くまでは、目で確認するまでは。

 

 

「あはは。大丈夫だよ。村の魔獣は勿論大丈夫。掃討しちゃってたよ。怪我人は何人かいたみたいだけど、スバルたちに比べたら微々たるものだね」

 

 

パックの言葉で、1つ安心と同時に、改めて《パネェ!》とスバルは思う。

あの高難易度防衛戦で、見事にフルコンプリートでクリアしてしまったのだから。

 

パックは続けて言った。

 

 

「それで、スバル達の方だけど、青髪のメイド、レムの方は、それなりに怪我していたみたいだけど、鬼化の影響でガンガン傷は治っちゃうし、僕たちが駆けつけた時は、目立った外傷は無かったよ。それと、子供達6人も皆大丈夫。呪いの方は僕とベティーで解呪したからもう安心。……発動しちゃうと、とんでもなく危なくなる所だったから、スバルの判断は大正解だったよ。ぱちぱちぱち~~」

 

 

パックは、口で拍手音を奏でながら、その肉球を交わす。

少々和む場面だが、それ以上に身体から力が抜ける。

 

安堵感がとてつもない。

全て、超える事が出来たんだ、と。

 

 

「いや、マジで鬼がかってたぜ……。あそこでオレが死んでりゃ、シワ寄せ全部兄弟に行く所だったし、何にせよ、子供達もレムも皆無事か……見事にハッピーエンドだな。良かった」

 

 

頬が緩み切ったスバルの顔を見て、パックは少しだけ顔を顰めながら話を続けた。

 

 

 

「うん。スバルが懸念していた事は、ほぼ解決してるさ。でも、もう1つ――――解決してない事もあるんだ」

 

 

 

今の今まで安堵感で包まれていたというのに、一気に暗雲が広がっていくような感覚になった。

 

 

 

「っ……。まさかパック。お前上げて落とす、と言う高度なテクニックを披露してくんのかよ、ここで」

「ん~、ちょっとよく解んないけどさ。実は、僕の口から直接説明するのは、憚れたんだ。……寝てるリアがもし聞いちゃったら、大変な事になるのは解ってるし」

「エミリアが大変? …………つまり、エミリアが聞いたら無理してしまいそうな事が起きてる、って事か?」

 

 

スバルは頭の中で状況を整理。

色々考えてみる。

 

 

昨夜は本当に大変だった。

ぱっと見、八方塞も良い所で、無事生きて朝日を拝めて感涙しそうな程。

 

 

村への襲撃、村人は皆問題ない⇒CLEAR。

レムの怪我は鬼化の影響で超回復⇒CLEAR。

子供達の呪いは、超猫と超ロリで解呪=CLEAR。

 

 

なら、後は何が……?

いや、考えるまでも無い事なのだ。

 

 

「消去法で考えりゃ、一目瞭然か。……オレだな? パック。オレの呪いがまだ解けてねぇ、って事か」

「………驚いた。もっとショックを受けると思ってたんだけどさ。ベティーから呪いの詳細についてはもう知ってる筈なんだし」

「無様に泣きわめいて、エミリアの耳に入っちまって、起こしちゃったら、もう立つ瀬ねぇよ。これ以上、無理はさせたくねーってのは、パックと同感だからな」

 

 

この場面でエミリアの事を考えてくれているスバルに、パックは表情を軟げさせた。

本性と言うモノは、真の恐怖を味わった時に出てくるものだけれど、スバルのソレは、呆れる程に、……いや、心底好ましい程に、エミリア第一に考えてくれている。

 

 

「原因は、呪いが重なり過ぎた(・・・・・・)って事。呪いが1つだったなら、解呪は簡単だったんだけど、スバルの場合は、全身余すトコなく、噛みつかれてるからね。……数えきれない程の呪いを受けてしまってるから、解呪出来ないんだ。……時間を掛ければ出来るかもしれないけど………」

「なるほど。そんな時間に余裕はねぇ、って事か。解呪の難易度だって、バカにならねぇ程高ぇし………」

 

 

 

また、一から……ゼロからやり直して、どうにか……と思っていたその時だ。

 

 

「でもね? スバル。僕やベティーは匙を投げちゃう様な問題なんだけど、君が良く知る彼は、それをいける(・・・)、って言っちゃってるんだ」

「!! な、なんだよ、それ! 上げて落として、また上げるか? オレを玩具にすんのもそろそろカンベンしてくれよ、パック」

「いや、そんなつもりは無いんだけどね? 僕もどうするかまでは聞けてないし、悪戯に希望を持たせちゃう方が残酷だって思ってたりもしてるから。―――だから、スバル自身が聞いてみると良いよ。……まだ確実じゃないから話せない、って言われてるからさ」

 

 

 

パックの言葉を聞いて、スバルはゆっくりと立ち上がった。

 

 

この最後の難関。突破できると言った男――――ツカサの元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村の南西、石垣で丁度影になっている場所にて。

 

 

 

「んん、おっす! ベア子もここに来てくれたのか。あんがとな!」

「別に、ベティーはにーちゃに頼まれたからやっただけかしら」

「そうツンケンしてっけどよ、やっぱ優しいなぁ、ベア子! まだ此処にいるのも、オレの呪いの事が気がかりなんだろ?」

「ふんっ。そんな訳無いのよ。……魔獣の群れに追加でごっそり植え付けられた呪い。複雑になり過ぎた呪いを解呪出来る、と言ってのけたアイツの事が気になっただけかしら。にーちゃもベティーも、クルルでさえも、解呪は出来なかったのよ」

 

 

口ではそう言いつつも、何だかんだと心配してくれてるのは解る。

あの3周目。ラムを連れて戻った時も、最後の最後まで契約と口にしながら世話をやいてくれたベアトリス。

 

 

「へへんっ、そーんな事言ったって、オレは解ってるぜ、ベア子」

「……お前がベティーの何を知ってると言うのかしら」

「少なくとも、お前が思ってる4倍くらいは長い付き合い、って感じかな? いつもいつも助けてくれてありがとな!」

「……ふんっ! 本当にただ気になる、それだけなのよ」

 

 

ベアトリスを横切り、スバルはその先へと向かった。

ツカサがいて、ラムがいて、そしてレムも居る。

 

 

「スバル君っっ!!」

 

 

スバルの姿を見るや否や、レムは思い切り飛び付いた。

 

 

「どわっちゃっちゃっちゃ!! さ、流石にまだキツイ、絶対キツイぜ、レム! タックル&ハグは勘弁カンベン!!」

「ほんとう、本当ですか!? スバル君を、助ける事が出来る、って本当なんですか!?」

 

 

抱きしめる力を緩める事なくそのままにし、レムはツカサの方を見た。

ゆっくりと頷く。

 

 

 

「スバルおはよう。……ほんと、レムが今にも森の中に入っていく、って聴かなくて大変だったよ」

「は? 森?? なんでレムが?」

「レムが、レムが1人でやらなきゃならない事だから……その………、傷つくのは、レムだけで良いから。必ずスバル君の事を助ける為に……」

 

 

森へ入る=スバルが助かる。

 

その構図がいまいち解らず、首を傾げるスバルに、やや離れた場所で聞いていたベアトリスが解説。

 

 

「……この呪いは術式を介した食事なのよ。食べる側が命を落としたなら、食事は中断するのが道理。………つまり、解呪の条件は、お前に食いついた魔獣の殲滅かしら」

「………成る程、ってマジかよ。こんだけ傷だらけだったら、一体何匹にガブガブされたか解ったもんじゃねーぞ?」

「だから、無理なのよ。呪いを発動させようとする個体に目印の様なモノは存在しないかしら。1匹でも残っていたら呪いが発動する。……森の魔獣を全滅させるくらいしないと助からないのよ」

 

 

ベアトリスの言葉に説得力がかなり増したのは、《森の魔獣を全滅》の件だ。

ツカサは出来る、と言っている様だが、そんな広範囲な活動までやってのけるのであれば、村の防衛の片手間に、あの子供達を襲う魔獣も殲滅出来るだろう。

 

如何に超人であっても、人間1人。限度と言うものが存在するのが解る。

 

 

「それで、ラムも手伝ってくれる、って言うのか?」

 

 

方法は解った。

つまり、後必要なのは人手なのだろう。ツカサの計算では出来るとの事だから。

この場にラムが留まってくれているのもありがたい。

 

 

「愚問ねバルス。……ツカサは、バルスと2人だけで対応しようとした。昨夜の一件が合ったのに、アレだけの醜態を晒しておいて、ラムが まだそんな無茶をさせると思うの?」

「オレはついで、って事なのかよ、お姉様。……その様子じゃ、ラムに存分に怒られちゃったんだな?」

「ああ、そうだね……。結構きつかった。見たく無い(・・・・・)って自分で言ってた筈なのに」

 

 

ツカサの言葉を聞いて、ラムの表情が思い浮かぶと言うモノだ。

 

レムが助かり、村人も子供達も助かり……後はスバルだけだ。

正直、ラムの心が動くには力不足。

 

だが、そこにツカサが加わると、跳ね上がると言うものだ。

 

スバルが今見たところ、ツカサは問題なさそうに見えるが……、パックの言う通りな状態だったなら、それを見たラムがどう感じるか………、想像出来るし、ツカサが言っている言葉の意味もよく解る。

 

 

 

 

 

「直接監視兼手伝い、って事で手を打ってもらったよ。………だから、大丈夫」

「はっ。昨日はツカサとレムがいれば大丈夫。問題ないって、見送り出して、健気で儚い希望を抱いていた美少女であるラムをあんなに心配させたのよ。説得力に欠けるわ」

「……うぅ、ごめんなさい」

 

 

心配してくれた事はありがたいが、予想以上に過保護気味になってしまったのかもしれない、とツカサは悩ましい想いを抱く。信頼、信用を得たのは十全だが、やはり ラムのあの顔を見たく無いと言うのも同じくらい大事だったから。

 

 

「……本当に出来ると言うのかしら。この体たらくで」

「兄弟がスゲーのは今に始まった事じゃねーぞ、ベア子。……んでも、そんな兄弟の足引っ張ってばっかなオレこそが、儚く消え去りてぇ気持ちだけどな……。《作戦名スバルを助けろ》なのに、完全に他力本願極まるだ。一般人Aとはいえ、ちっとくらい役に……、って おー、よしよし、レム。そろそろ離れて離れて。大丈夫だから。……マジで痛い」

 

 

涙目で縋り付くレムの頭を撫でるスバル。

美少女に抱き着かれて役得だと言えなくも無いが……、やはり完治とは程遠い身体。おまけにレムは怪力。……痛いモノは痛い。

 

 

そんな時だ。

 

 

 

 

「いや、オレが考えてる策は、スバルが中心だから。足引っ張る、とかは無いよ」

 

 

 

 

これまでにないアプローチを感じた。

そして、とうとうここで覚醒するのか!? とも思えた。

 

 

「……なんでもしてやるぜ!」

 

 

ラムの時とは違う。

また違った形で、紛れもなく1人の戦力? になれるかもしれない希望を抱くスバルだった。

 

 

 

 



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乙女な姉様

作戦名《スバルを助ける》。スバル君視点の何時間か前の話書いてたら、メッチャ長くなった……( ´艸`)


作戦発動は次の話になりそうでございマスw


それは、スバルが起きる数時間前の事。

 

 

「―――助ける手段、方法はそれだけかしら。可能性として考えれば無いも同然なのよ」

「ッ……だから、だから諦めるんですか。助ける方法は他には……」

「ベティーがさっき言った通りかしら。……呪いが重なり過ぎて、解呪が出来ない以上、仕掛けた相手を滅する以外に道はないのよ」

 

 

苦悶に顔を歪ませて、眠っているスバルの傍で、同じく表情を歪ませていたレムが、無表情なりに、多少は気にかけているベアトリスがいた。

 

スバルの状態を知ったレム。

このままでは、死を待つだけの身体である事を知ったレム。

助けられる可能性が殆ど無い、と言われたレム。

 

 

 

だが―――それでスバルの命を諦めれる訳がない。

 

 

 

「―――必ず、助けます」

 

 

 

そのレムの声は決心と覚悟。絶望に折れかけた膝を立て直して立ち上がる。

例え、森中の魔獣……ウルガルム以外の魔獣が来たとしても。昨夜以上の相手が来たとしても……、必ず。

 

 

レムはそのまま、ベアトリスに軽く礼をすると、即座に行動しようと部屋の外へ………出ようとした所で、丁度入ってきた人物とぶつかってしまった。

普段のレムならば、中々見ない光景。それ程までに切羽詰まっているという事だろう。

 

 

「―――ちょっと待った」

「!」

 

 

レムよりも頭1つ分は背の高い男、その胸にすっぽりと収まってしまったレムは一歩下がって顔を確認した。

 

その人物と共に――レムは外へと出る。

 

部屋の中では、スバルが目を覚ましてしまうかもしれないから。

そして、幸いな事にスバルを安静にさせる為に、煩くしない為に、この辺りには人影はない。

 

 

 

「ツカサ、君」

「ベアトリスさんから、オレも呼び出しされててね。………レムと入れ違いにならなくて良かったよ」

 

 

ツカサは、軽くため息を吐くと、一緒に外まで来てくれたベアトリスの方を見て言った。

 

 

「それにスバルの事は、クルルにも聞いた。………ベアトリスさんも人が悪いですよ。もうちょっと早くに、呼んでくれても良かったのに」

「………お前は何を落ち着き払った様子で言ってるかしら。ベティーのこれは、そこの男の余命宣告に等しいのよ」

 

 

ベアトリスの視線がやや険しくなるのを感じた。

いつもの嘲笑交じりで、何処か無関心な様子は息を潜めている。

本心からの言葉である、と言うのが、その無表情な瞳の奥に隠されている様な感じがした。

 

 

「ベティーは可能性は提示した。でも、それは限りなく目が無い。雑じり者の娘を危険に晒したくないにーちゃは勿論。禁書庫とこれだけ離れてしまったベティーも戦力外。今、動けて戦力になるのは鬼の妹とお前とクルル。………先日の件で、ボロ雑巾になったお前。少なくとも落ち着きを払える様な状態じゃないのよ。あまり、クルルに無理させるのは、ベティーとしても止めたい気分かしら」

 

 

口では、クルルを止めたい、と言う理由の様だが、その本心は恐らくツカサの事も心配している様な気がする。

何故なら、クルルとツカサは、基本別行動が可能なのだ。そこがパックとエミリアの違いと言えばそうだろうか。

クルルが心配なら、ベアトリスに預ける―――と言った手段も取れなくはないが、その事実を知っている筈のベアトリスが、クルルを使ってツカサを引き留めようとしている。

 

その気持ちに嬉しく思わない訳がない。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

だから、ベアトリスに礼を言った。

限りなく自然体で、自然な顔で。

 

そして、ほんの少しだけ―――申し訳なさも含めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの3周目の世界で。……ラムを連れて戻る前の世界で。

悲痛な表情をしているベアトリスを。寂しそうな顔をしているベアトリスを置いていってしまった事実を込めて。

 

 

レムは生き返る……なんて言葉を聞いた時は、驚愕以上に鼻で笑いそうになる。

死者蘇生なんて魔法がこの世に存在したとして、それを世界の核――オド・ラグナが許す筈がない。

 

何より、そんなモノがあると言うのならば―――ベアトリスは、最速で見つけ出し、最速で体得している。どれだけ時間が掛かろうとも、必ず身に着け―――そして、必ず使う。

 

400年と言う長い歳月。永遠とも呼べる時間の中で、幾ら禁書庫内の魔導書を読み漁っても……そんな夢のような力は存在しなかった。

 

 

―――あの本にも記されてない。

 

 

だから、鬼の姉……ラムを騙す詭弁だと思った。

少なくとも、あの場を離脱する為の行動だと。逃げる為の言動だと。

 

だが、その逃げる相手であるラムの手を取り―――光の扉を開けた時、ベアトリスは手を伸ばそうとしていた。

ツカサが振り返った時、不意にその手は引っ込められる。

 

 

ベアトリスは 突っぱねるかの様に、《何する気かしらないけれど、さっさと行くのよ》と言ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時――ツカサに余裕があれば。

まだ未知数である複数人の次元超え……記録&読込(セーブ&ロード)を、いきなり3人から4人へと増やす訳にはいかなかった。

 

歪んだ次元の彼方に、魂だけが残されてしまう可能性だって、想像上ではあるかもしれなく、不安要素は限りなく増大するから。

 

結果――自身の体力、マナの消費が半端なく使われた以上の、空間や次元に干渉するトラブルは起きなかった。

消耗し具合から考えたら、後1人くらいは間違いなく一緒に連れていけるだけの目算はある。クルルも判断している。

 

だからこそ、もうベアトリスが知る由も無い事ではあるが、ツカサは申し訳なさを込めたのだ。とても優しくて……それでいて、とても寂しがりやな大精霊ベアトリスに。

 

 

「べ、ベティーは礼を言われる様な事はしてないのよ。ただ示しただけに過ぎないかしら。……………」

 

 

ベアトリスはじっとツカサを見る。

心の奥まで見透かしそうなその瞳。普通の人間なら気圧されてもおかしくない程の圧が込められているが、それを笑って受け入れてしまうツカサ。

心の中でもどこでも、見て欲しい、と言わんばかりな様子に、ベアトリスは大きくため息。

 

 

「それでも、お前は行くのかしら。……どうなっても知らないのよ」

「はい」

 

 

話は決まった―――と思っていたその時だ。

 

 

「待ってください! ツカサ君! ここは、レムが……、レム1人だけで十分です。ツカサ君の状態だって、物凄く悪いのに、五体満足なのはレムだけなのに……。レムが、レムが1人でやらないと―――レムの……せい、だから……っっ」

 

 

涙ながらにレムが訴える。

 

部屋の中で苦痛に顔を歪ませているスバルの事が頭を過る。

もう、その命の灯は今日にも消え去ってしまうと聞いて、胸が張り裂けそうだった。

 

 

 

当初のレムは―――スバルの笑みが嫌いだった。スバルの態度が嫌いだった。スバルの声が嫌いだった。

 

 

空々しい笑みに、根拠のない自信、物怖じしない所。……挙げだしたらキリが無い。

でも、それらは必ず1つの理由に、元凶に辿り着く。

 

 

そう―――スバルから漂う魔女の残り香。

 

嘗て、鬼族の村を焼き、大切な姉を傷つけ、全てを炎で焼いた。

この魔女の残り香……瘴気は あの炎の夜を思い出させてしまうのだ。

 

 

スバルを信用せず、害があるのならば、その可能性がある以上遠ざけるべきだと思えた。

 

でも……誰もがスバルを信用する。

エミリアも、ラムも、ロズワールも。

 

 

そして、気付けばレム自身も。

 

 

有能な人間ではなく、自分の限界を悟って、無力だと悟っても、懸命だった。

抗う事を決してやめなかった。命を燃やして、誰かを救おうとするその姿が、目に焼き付いて離れなかった。

 

 

彼と共に歩むにつれて―――レムは心から軽くなった。

今の今までは、疑いに疑い、敵意を向けていた。……だが、それをする必要が無いのだと。疑う必要等ないのだと。心からそう感じた途端に軽くなった。

 

こんなにも快いとは思わなかった。

 

 

 

そう―――思っていたのに。

 

 

「鬼の力に呑まれてしまったレムのせいなんです……。レムがもっと、もっとちゃんとしていれば、姉様の様に、ちゃんと出来ていれば……、スバル君が、スバル君が――――っ」

 

 

涙で視界が歪む。

歪みに歪んで―――昨夜の悪夢を呼び起こす。

 

世界が闇に包まれたかと思えば……、身体を包む温かな感触があった。

鬼の本能のままに、暴れ、殲滅を重視していた筈なのに、闇に染まったと言うのに、心が晴れやかな矛盾した気持ち。

 

 

それを齎してくれたのが―――スバルだと気づいたのは、彼が無数の魔獣に襲われていた場面。

魔獣に囲まれていた事に気付けなかった自分を庇って……

 

 

 

「もう、傷つくのはレムだけで十分なんです―――っ」

「………………」

 

 

 

レムの告白に、心の内の嘆きに。……その葛藤を黙って聞いていたツカサ。

今にも泣いてしまいそうなレム。あの鬼の様な戦いぶりを見せていた姿からは想像も出来ない程弱々しい姿を見せた彼女になんて言葉を掛ける? 

 

 

それは当然決まっている。

 

 

 

「レムは何も解ってない」

「っ……え?」

 

 

 

それは、真っ向からの否定だ。

ここにいる誰よりも、……いや、1人(・・)を除いて、ツカサは知っているつもりだ。

 

 

 

「レムのその行動は、罪悪感から、自分だけが傷つけば良い、って考えは……間違ってる。……って、オレが言っても説得力無い、って、また(・・)怒られそうだけど」

「どうして、どうしてですか……? レムの、レムのせいなんですよ……? スバル君が死にかけてしまったのは。……命を、奪われてしまいそうになっている事は。―――レムは、あの時から何も変わってない(・・・・・・・・・・・・・)、から……っ」

 

 

 

この時レムの脳裏に過るのは、スバルの事以上に嘗て、幼き日の炎の記憶。

あの失った夜の事。

 

身体は大きくなっても、出来る事が多少なりとも増えても……本質的な所は、変わってない。と言わしめるだけの十分な威力が秘められていた。

 

まるで、それは 形は違えど―――スバルを蝕む呪いと大差ない。

 

 

 

「レムは知らないから。心配をしてくれてる人の事を。―――大切な人がいなくなってしまった結果。残された人達がどんな風になってしまうのかを、レムは知らない」

 

 

そして、ツカサにも過る苦い記憶と言うモノはある。

この世界で3人しか知らない。……それでも、魂にまで刻まれた記憶。

 

限りなく遠く、限りなく近い世界で体感した最悪の記憶。

 

 

レムが目覚めず、命の炎を消失させて―――ラムが泣き叫ぶ姿。

 

 

ラムだけではない。誰もが悲しみに暮れていた。

スバルも、第一印象最悪だったかもしれないが、それは知っている(・・・・・)以上 仕方が無い事でもある。

仮に、何も知らず、あの場面に遭遇したとなれば、誰かの為に命を懸ける事が出来るスバルなら、どういう行動をとるかは……容易に解るから。

 

そして、当然ながらレムがそれを知る由も無い。

魂にまで刻まれた3人の中に、レムは入っていないから。

 

 

「ッ……、で、でも悪いのはレム1人だから」

「それは、ただの自己満足になってしまうよ。……それとも、レムは自分さえ贖罪が出来れば、罪悪感が拭えれば、……気が晴れるなら。残された人達がどう思おうと自分には関係ない、って思ってる?」

「そ、それは………」

 

 

ツカサの言葉に、レムは気圧されてしまった。

自分が、自分だけが傷つけば良い。その結果―――スバルが助かるのなら。例え命を落とした結果となってしまっても、救う事が出来たなら、命を対価として支払い、願いが叶うなら……。

 

 

 

「………ラムに説教を貰ってね? レムも」

「え?」

「当然よ」

「!!」

 

 

背後から、声が突然聞こえてきた。

どうやら、いつも以上に周りがレムには見えてないらしい。

 

その背後の人物とは、勿論ラム。

 

一体いつから控えていたのだろうか、家の屋根に立っていて、今このタイミングで降りてきたのだ。

 

 

 

「本当に、手間のかかる子だわ。……レム」

「姉……様」

 

 

 

見事なタイミングで降りてきたラム。ツカサもその様子を見てほっと一息ついていたのだが……。

 

 

「でも、あのツカサも他人の事を絶対言えないわ。―――レムレム。ツカサってばね、最初は1人で全部やろうとしていたのよ。レムがやろうとしてた事を、ツカサがやろうとしていた。……言ってる事とやろうとした事が違うわ」

「……ごめんなさい。ラムのおかげで目が覚めました……」

「ッッ……!?」

 

 

いつもの調子で、いつもレムと他愛ない会話を、主にスバルやツカサを揶揄う時に使ってるやり取りを、この場でも見せるラム。

今のレムに必要な事……と思ったのだろうか、或いはただただ、先ほどまでのツカサとのやり取り、そして今のレムに対するツカサの物言いに納得してなかっただけなのか。……恐らく後者だろう。

 

 

 

「昔よりも今。言っているでしょう? レム。……無茶をして、ボロボロに傷つく姿を、ラムは見たく無いもの」

「姉様……、でも、でも、レムは姉様の………」

 

 

レムの絞り出す様な、小さな悲鳴を聞いて、ラムはゆっくりと首を横に振った。

 

 

「でも、じゃない。解っているでしょう? ……レムの事が、本当に大切で心配だから」

 

 

嘘偽りざる言葉。

これ以上ない本音。

レムがそれを解らない訳がない。

 

 

「確かに何をやらせても、ずっとレムの方が出来る。ずっとずっと上の自慢の妹。……でも、心配しない理由にはならないし、無茶をしようとしてる事を止めない理由にならないわ」

 

 

レムが何をしようとしているのかも、ラムは知っている。

しっかりと見て、聞いていたから。

 

 

「……ラムはレムの姉様。その立場だけは絶対に揺るがない。……その妹が無茶をしたら、ラムだって傷つく。レム以上に、傷つくかもしれない。……レムは、ラムを。大切な姉様をこれ以上痛めつけようと思ってるのかしら?」

「そんな………、そんな事は………っ」

 

 

 

揺らがぬ決心を、決意を胸に抱いていた筈のレムの牙城が完全に崩れ始める。

元々ツカサと話をしていた段階で、その間違った方面への決意は揺らいでいたが、ラムの言葉で更にトドメを刺す。

 

自己評価が極端に低いレム。

居なくなってしまったら、どうなるのか? そこまで考えが及んでいなかった。

行動の1つ1つが、その結果傷つけてしまうなんて思いもしなかった。

 

 

ラムは、そんなレムの身体を抱きしめて、頭を撫でる。

その姿は、迷って迷って……迷子になってしまった妹を漸く見つけた姉の様に。

 

 

 

「良かった……な」

「状況は一切良くなんてなってないかしら。どうする、って言うのよ」

「大丈夫です。策はありますよ。……心配をおかけしました」

「し、心配なんてしてないかしら! あんな男の1人や2人、死んだ所でベティーは心を痛めたりしないのよ」

 

 

姉妹を安心して見ていたツカサと、流石に口を挟むにはハードルが高いと思ったのか、空気を見事に読んでくれたベアトリス。

 

 

「それより、メイド姉の言葉を聞いて、ベティーは呆れ果てるかしら。メイド妹にご高説ほざいていたけど 確かに、説得力の欠片も無いのよ」

「うぅ………、追撃はもう良いですよ……」

 

 

言葉は刃物。

それを身に染みるツカサ。

ベアトリスの言葉が刃となり、ツカサに刺さって―――戒めにするかの如く、ラムとの事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、魔獣騒動がある程度片が付いた時の事。

まだ日も昇ってない深夜の時間帯。

 

 

―――いや、訂正しよう。魔獣騒動は まだ片は付いていない。大事な部分が解決せず残ってしまっている。

 

 

スバル(あの子)の事だけど、このままだと危ないっぽいね」

「そう、か。……わかった。……と言うか、突然クルルが普通に喋ったら驚くし混乱するし、色々嫌だから、それヤメれ」

「ま~たまた。結構ありがとー、って思ってる癖に~♪ ……今回に限ってはボクもちゃんと手伝ったし、想う所が無かった訳でもないから。もち、クルルとしての力(・・・・・・・・)の範囲内だけどね☆ あんまし、やり過ぎるとあの子達にバレちゃうかもだし?? 今なら単なる愛くるしい精霊クルルだから! あ、でも後変身を4回くらいは残してる? ってヤツはあるよ」

「………否定はしない。でも本能的な部分だって事くらい解ってるだろ? 最後のは変身の件は、特に言う事ない」

「そりゃ勿論&寂しいね☆」

 

 

ベッドで横になっているツカサとその直ぐ傍をクルクル回りながら飛ぶクルル。

人語を介している事から解る通り―――今はクルルであって、クルルではない存在。

 

 

 

「……多重にかかった呪い。……厄介な呪い、か。パックもベアトリスさんも、お前も解呪は無理な」

「そーそー。……でも、大体手は考えたんでしょ? 驚いてる割には、まだまだイケるって顔じゃん♪」

「そりゃそうだよ。後退する訳にはいかない。……後ろには道は もう無いって思ってる」

 

 

ベッドで寝ていた身体をツカサはゆっくりと起こした。

身体の調子を確認しつつ―――まだ大丈夫である、と言う事を確認。

 

 

「まっ、後ろは《戻る》か《死に戻る》かの二つ。それ考えてたら、取れる行動なんて決まってるかな? ————解ってると思うけど、ただ戻るだけ(・・・・)、って考えてる様じゃお話にならないからね? そろそろ。………いや、今回の魔獣襲撃の様に切り抜ける事は出来ない、って考えた方が良いかもよ。何なら、まだ今の状態、体調の方がまだマシ。仮に、今から過去に戻って、今日に備えて4日間休養を取ったとしても―――」

「―――解ってる。戻る時に使うマナ()と魔法とかで使うマナ()。同じ様で全然違う。そこまで万能な能力でも便利な能力でもない。相応の危険はつきもの。当たり前だ」

「あっはは。ここ数日で通算戻り回数、戻ってる時間の長さも考えたら当然だよ~~。多分、これまでで(・・・・・)初めてじゃないかな?」

「……解らないオレに、これまで(・・・・)って言われても、な」

 

 

クルル(ナニカ)と話をしていたその時だ。

 

 

「きゅ、きゅきゅー!」

「!」

 

 

突然、流暢に話をしていた筈のクルルが元に戻った。

どういう訳か? と訝しんでいたら……、この部屋に来訪者があったのだ。

 

 

「……!」

「ラム」

「ええ。……目を覚ましたのね。…………心配、したわ」

 

 

備え付けられている椅子に腰かけ、山盛りのリンガを同じく備え付けのテーブルに置き、座った。慣れた手つきで、リンガの皮をむき、並べていく。

 

 

「――無いよりはマシでしょう。栄養を取りなさい。ラムが看病してあげてるもの。しっかり治す事ね」

「あはは……。ありがとうラム。でも、もう夜も遅いし、働き尽くしだったんだから、もう、眠った方が良いよ。オレの方は大丈夫だから」

「………寝られそうに無いわ。レムの事もそうだけど、ここまでラムの事を心配かけさせて、呑気に寝ていられるとでも思ったの?」

 

 

ラムのリンガに向けられていた視線が、ツカサに刺さる。

 

 

「レムも居る、ツカサも居る。……だから、大丈夫だと、安易に判断したラムが間違ってた。ここまで大事になってるなんて……。千里眼をもっと早く使っていたら……」

「………ごめん。心配かけちゃったね」

「まったくよ。ラムの全幅の信頼・信用。それをラムの抱擁と共に一心に受けたツカサにも責任は伴うもの。……ラムにくれ(・・)、と言っておいて、後は放置する様な無責任な男ではないでしょう?」

「……そう、そうだ。うん。それはラムに対して失礼にもなる。レムを助けて終わり、じゃ駄目だったか。………でも、ゴメン。もう1つ……まだ、もう1つ厄介な難題が残ってるんだ」

 

 

 

ここで、スバルの身に起きた事実を、解決してない問題を告げた。

死に戻りに関しては伝える事は不可能だが、自身の能力である、と言う前提で伝える分は問題ない。……スバルが死ねば、自身がどうなるのかもラムは知っているから。

 

 

「だから、明日。スバルの調子が戻るのを待ってから行動しようと思ってる。あまり時間が無いから、半ば無理矢理にでも起こさなきゃいけないのが心配だけど」

「……それで、どうやって呪いを解くって言うの?」

「それは大丈夫。考えてるよ。だから、オレはスバルを連れて2人で(・・・)……」

 

 

 

2人で。

 

その言葉を聞いた途端に、ラムの顔は一変した。

手に持っていたリンガを、トレーに乱暴に叩きつけて、ツカサの胸元まで手を伸ばし、ぎゅっっ、と捻り上げる……いや、縋る様に両手で胸元を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

「また、また、ラムに心配をしろと!? ここまで心を痛めて、まだ、これでも足りないと言うの!? いい加減にして!! 自分1人でどうにか解決すればそれで良いなんて思わないで!!」

「ッッ……!?」

「ツカサ。貴方は解ってない。……ラムの信頼と信用を、解ってない! ラムとレム以外の鬼族が滅んで、……もう、ラムにはツカサを含めた3人しかいない。そのことを、解ってない! ツカサが、ラムにもう1本の手を伸ばさせた事を……解ってない」

 

 

 

 

 

握り上げる力が徐々に弱くなっている様に感じた。

 

 

「それに……、ラムを見縊らないで。……ツカサ。貴方の具合が悪くなってるのなんて、簡単に解る。……あの、レムを救ってくれた日。あの日よりも更に悪くなってる。……そんな姿を見て、ラムは平気な女なのだと、ツカサ、貴方はそう思っているの……?」

「………………」

 

 

 

ラムの言葉が、ツカサの心に突き刺さる。

見たく無い、させたくないと思っていた顔にしてしまった自分を戒める様に、その言葉が刃となり、心に刺さった。

 

 

 

―――失うのが怖かった。

―――何故なら、自分は空っぽな存在だから。

 

 

 

だから、得たものが失うのが凄く怖く思えた。

スバルの事は勿論、古くはオットーの時もそう。

どちらにせよ、戻らなければ(・・・・・・)ならない程、確実に死が訪れていた。

 

空っぽだった心に芽生えた温かさ。人と人との繋がり。心が埋まり満たされていくのを感じた。

 

だからこそ、大切だからこそ、頑張れる。無茶だと周囲から見ればそう思うかも知れない様になってでも出来る。

 

 

 

 

それなら―――もし、自分がラムの立場だったらどう思う?

 

 

傷つき、血を吐き、倒れ、それでも立ち上がって進もうとしていたら?

安心して見送れる? 背中を見ていられる?

 

 

―――出来る訳がない。

 

 

 

「―――思わない。……ラムはいつも心配してくれる。……初めて会った時も、初めて会った時からずっと」

「………ラムに、これからも、ずっと心配をさせるの? 心配して待ってろと言うの?」

「いいや。……無理無茶はしなきゃならない時は絶対あると思う。だから、絶対に、とは言わないし、言えない。……でも、心配させない様に……」

 

 

ツカサはラムの目を、今日初めて真っ直ぐ見つめて言った。

 

 

「ラムに、頼る事にするよ。……無茶しないか、オレの事を見てて欲しい。また、バカな事をしない様に。ずっと(・・・)……」

 

「――――言質取ったわ。もう、引っ込められない。ラムは訊いたから」

 

 

 

ラムの顔は笑顔に戻った。

人差し指が、ツカサの唇に触れて、片目をぱちんっ、と閉じる。

心底安堵すると同時に、また―――心が満たされていく様にツカサは感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔が赤くなりそうだ。

何なら顔から火だって出せるかもしれない。

 

 

そんなツカサの心境を、元に戻したのはベアトリスのファインプレイ。

 

 

「―――例え1人でも出来る。それは本心からなのかしら?」

 

 

追撃は止めてくれて、今回のスバルを助ける為の行動、行為、そして真意のについての話にしてくれたのである。

だから、ツカサは気をしっかりと持って、平常心へと戻り――――断言した。

 

 

「……ええ。出来ると思ってますよ。………ただ、未来を把握(・・・・・)できる訳ではないので、不安はあります」

「不安と言いながら、その顔は自信満々。逆に、うさん臭くなるのよ。オマエの方は、アッチよりは誠実と思ってたベティーが間違いだったかしら」

「では、それを払拭する為にも、結果で見せてみます。……待っていてください。ベアトリスさん」

「…………ベティーは、待つ(・・)、事は……」

 

 

ベアトリスが不意に顔を背ける。

最後まで聞き取れなかったが、きっと待っててくれる、とツカサは思っていた。……ベアトリスが言っていた言葉の真意、それが伝わる訳もなく――――。

 

 

まだまだ、万全であるとは言わないし、言えない。

レムやラムも居る、ここにはまだいないがスバルだっている。

これ以上ない布陣だ。

 

だが、危惧事項は当然ながらある。

 

ラムが一番考えている事。それはスバルが死ねば―――ツカサに纏わりつく死に戻りの効果は、自身が戻った時の比ではないと言う事。

 

力の根幹部分については、ラムも触れれてはいないが、ただ解るのはツカサにかかる負担がとてつもないと言う事と、自動で発動する能力だから、回避……即ちスバルを見捨てるなんて事も出来ない。

 

 

ただ前に進むしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ある程度レムも落ち着いた所を見計らって、改めてレム1人で行うより、1人で無理するより、スバルが助かる可能性が高い事を話しつつ―――。

 

 

「取り合えず、スバルが起きたら話を聞いてみよう、レム。………絶対バカって言われると思うよ。聖金貨10枚賭けても良い」

 

 

そう言って笑っていた。

ツカサは懐事情を思い出しながら、10枚くらいだったら余裕でかけれる、と何処か強気なのか弱気なのか解らない事を考えていた。

それを感じ取ったのか、ラムは半ば呆れた様子で言った。

 

 

馬鹿(・・)と言うなら、それはレム以上にツカサも同類だわ。このラムの全幅の信頼と信用を得ておいて、あんな真似しようとするなんて」

「それに関しては、もう何も言えません……。独り善がりは無し。頼れる皆が居るんだから」

 

 

 

表情を落とすツカサの方に、ラムは近づいて手を伸ばし、ぐっ、と裾を握り締めた。

 

 

「解りなさい。……もっと女の本音を、ちゃんと理解出来る様になりなさい。それが男の使命でもあると知りなさい」

 

 

顔を近づけて、急接近するラム。

 

何処までも心配をかけるな、戻れた後の献身的な介護の事も忘れるな。戻れたとしても、身体が壊れてしまっては元も子もない。

 

 

「……ツカサ君と、姉様は、とても仲良しになりましたね……っ」

 

 

漸く、少し笑みを見せる事が出来る様になっているレム。

 

スバルを助ける方法はある。

可能性の面で言えば、一番高い。

 

そして―――全員が納得できるようにする。

 

 

それらの言葉を聞いていたからだろう。

罪悪感も当然残ってるし、自己嫌悪にだってまだ陥っているが、ツカサとラムの言葉は、それらを払拭するだけの威力は込められている。

 

 

ただ、まだ足りない。

 

 

その最後の欠片(ピース)を持っているのは……、やはりスバルだろう。

 

 

 

「また、聞かせてください。姉様とツカサ君の間に何があったのか。……レムだけ仲間外れは寂しいですから」

「あ、いや……そんなつもりは無いのよ? レム」

 

 

先ほどまでは圧倒? していた筈のラムが慌てる姿が面白いし、素敵だとレムは思う。

新たな姉の一面を見たから。

 

 

ラムとツカサに関しては、実の所当初から様子がおかしい事には気付いていた。

スバルと言う魔女の残り香を発する人物がいなければ、矛先がツカサの方へと向いていてもおかしくないくらいは……見ていた。

 

 

 

最高である姉のラムに相応しいのか?

最高である姉のラムを騙してないのか?

最高である姉のラムに迷惑をかけてないのか?

 

 

 

挙動1つ1つが、あらゆるものを誇張させ、膨大にさせて……爆発したかもしれない。

 

 

 

だが、今は違う。

大切で大好きなラムを、温かな気持ちにさせてくれる。

自分以外の事を気に掛けたり、本気で心配する姉を見るのは、少々寂しい気もするが、そこまで想える相手が出来た事が、心から喜ばしい。

 

 

困ってるラムを他所に。

 

 

「全部解決したら、皆で話そう。――――それだけじゃなく、色んな事を、沢山。勿論 スバルとも」

 

 

 

 

 

 

 

―――綺麗に締めているかもしれないけれど、それは悪手でございます、ツカサ君。今の可愛らしい乙女な姉様を前にしたら。事の次いでに話す、みたいな言い方はダメですよ。

 

 

 

 

 

 

ラムの機嫌が損ねたのは、レムにはよく解る。

結果――ラムはツカサのつま先を強く踏みしめるのだった。

 

 

 

 



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ナツキ・スバル囮大作戦

気付いてなかったんデスが、お気に入り1000人超えてるじゃないっスか……( ゚Д゚)

ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


感謝感謝、多謝です♪


場面は元通り。

スバルを呪いから救うため、皆で森の中へ。

 

 

勿論十全の準備をしている。

 

 

村の青年団からは、村1番の武器をスバルに支給。

村の子供達からも激励と贈り物を。

 

※ツカサもスバルも貰えたが、……その中に、スバルにだけ芋虫が入っていたのは、また別の話、良い話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く森の中を進み―――ラムとレム、ツカサにスバルの4名で子供達が倒れていた見晴らしの良い小高い丘へと来た。

 

360度見渡せる場所であり、ウルガルムが出現したら迅速に対応できるが故の場所。

これから行う作戦で最適な戦うポイントと言うべき場所だ。

 

 

あの日の夜は、一刻も早くこの場所から子供達を連れて退散したかったというのに、また同じ場所に来てしまうのは、どうにもいたたまれない気分になるが、それ以上にスバルが感じているのは……、現在の布陣? 陣形である。

 

作戦通りの陣形である。

 

 

「いやー、ナツキ・スバル囮大作戦! ってのは、実は オレも元々考えてた作戦だったんだけど、コレ(・・)って、囮になるか? なんか、コレ。魔法陣みたいで、真ん中に居るオレ、生贄にでもされるのか、って思えてきたよ」

 

 

スバルを中心に、円を描く様な配置で ラムとレム、ツカサが三方向を警戒している絶妙な間隔のポジショニングである。

これで地面に図形でも描けば……それっぽく見えなくもない。

 

だが、魔法陣? の様なモノは当然大地に刻んだりしてないので、完全にスバルの妄想内の話なのだが。

 

スバルのぼやきを聞いて、ラムはため息を吐いた。

 

 

「ハッ。役立たずのバルスがラムたちに守って貰えるのよ? 涙ながらに感謝するべきよ」

「いや、まぁ、そりゃそーなんだが……。くぅぅ、ここで相棒の力添え(・・・・・・)で、秘められた主人公なパワー覚醒シーンだとばっかり思ってたのに……」

「何言ってるか解らないけど、自分の魔法適正の無さを嘆く事ね」

「やっぱ、辛辣ですねーーぇ!! お姉様――ぁ!!」

 

 

 

少し説明すると、この策は 当然スバルにも危険がかなり伴う。ツカサ1人で出来る、と言うのも嘘ではないが、当然無傷で出来るか? と問われれば、今の状態が最適。

 

森中の魔獣を殲滅しなければスバルを助ける事が出来ない。

そして、ただ闇雲に魔獣・ウルガルムを殲滅して回っていたら、逃げられてしまい、そのまま時間切れになってしまう可能性が極めて高い。

 

 

 

そこで、活躍? するのが現在絶賛呪われ中なスバルだ。

 

 

 

以前の次元の狭間でも、様々な検証・議論を施しており、大体結論は出来ていた。

 

何度もスバルが魔獣に噛まれて呪われる理由、そして2周目のレムの豹変、更には今回の最後の出来事。

 

レムが傍に居るのにも関わらず、スバルは集中的に食らいつかれた。

如何にスバルがレムを突き飛ばして遠ざけたとはいえ、あまりにもスバルに魔獣が集中し過ぎていた。

レムには一切目もくれず、ただただ魔獣は狂ったかの様にスバルを貪り続けた。

 

それらから導き出される結論。それはつまり、スバル自身が魔獣を引き寄せる体質である、と言う事。

ただ、魔獣に好まれてる? だけではないだろう。……その引き寄せる根幹にあるのが――――言わずと知れた《魔女の残り香》である可能性が極めて高い。

 

 

 

「元々スバルの魔法適正無い、って言うのはパックから聞いていた事だったから、仕方ないよ。あのシャマク、って魔法使えてたみたいだから、何となく出来る、って思ったんだけど……」

シャマク(アレ)は、殆ど自爆みてーなモンだからな……。制御が甘々らしくて、1回出したら、蛇口壊れるみてーなの。空っけつになってそのまま、ガブガブ。……結局アレ使っちゃ不味い、って事だったんだよ。普通にレム突き飛ばしてた方がダメージ小だったかもなぁ」

「………スバル君。レムのせいで……」

 

 

スバルの言葉を横で聞いていたレムは、当時の事を思い出し、また罪悪感に包まれそうになるが。

 

 

「それでも! オレは、男の子! レムを救いたかったし? 今回もそうだ! 最後は皆で頑張って大団円(エンディング)幸せ(ハッピー)エンド、って事にしようぜ! ベア子やパックが驚く顔も目に浮かぶ! だからレム! しけた顔すんな。笑ってる方が何倍も良い! 笑って乗り越えてやろうぜ!」

「っ……、は、はいっっ!」

 

 

スバルの勇気づけでレムはどうにか持ち直した。

それに再びぼやきを入れるのはラム。

 

 

「……殆ど戦力にならないバルスが分不相応に自信満々な件について」

「まぁまぁ、後ろ向きよりは、それこそ何倍も良いよ。スバルが言う通り、さっさと魔獣を退治して村に戻ろう。ベアトリスさんやパックを驚かせる、って言うのも面白そうだ。……ラムも行けるよね(・・・・・)?」

「大丈夫。……風を操る(・・・・)のは元々ラムは得意だもの。身体にはかなり馴染んでるし、心配は要らないわ」

 

 

右手を前に出し、手を開いたそのラムの右手には、小規模な風の魔法が発生した。

大きさこそ、小規模だが、それは竜巻(・・)。……内包された威力は相応のモノの様。

 

ラムはそれを握り締める。まるで身体の内に収めるかの様に。

 

 

クルル(お前)も、頼むぞ。……しっかりとラムを護ってくれ」

「きゅんっ!」

 

 

ラムの肩に乗っているクルルに向かってツカサは伝えた。

言われるまでも無い、とクルルは胸を張り、そしてピッタリとラムに密着した。

 

 

 

「じゃあ、スバル。……心と身体の準備は宜しいかな? 気合バッチリなのは解るけど」

「お、おおよ! 当然だ! レム‼ オレの体臭がきつくなるかもしれねーが、その辺は許してくれよな!」

「はい! スバル君!」

「臭いくらいラムが吹き飛ばしてあげるから安心しなさい」

 

 

レムは元気よく返事をし、ラムは意味深な笑みと共に再び風を纏わせる。

それを見たスバルは一瞬ぎょっ、とした。

 

 

「それ、オレ諸共吹き飛ばす!! って意気込みだったりしませんよね? お姉様?」

 

 

そのスバルの問いに対し ラムはただ微笑みを返すだけなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――本当の意味で準備は整った。

普段の軽口は勿論、皆が居る事で、一緒に居る事で、スバルの中に勇気が湧いてきた。

 

痛みを伴う作戦。

 

あの―――感覚を再び呼び起こす。

 

何度行っても、それは慣れるモノではない。

目に見えないナニカが、身体を貫き、そして心臓を握りつぶそうとしてくる。静止した世界で、心臓を狙う手だけは動ける。

 

 

アレをもう一度体感するのは、正直身体そのものが拒否、拒絶している。

 

 

……だが、意思までは拒絶はしていない。

こうも、心強い仲間が居るから。……苦しみを解ってくれる仲間が居るのだから。

 

 

 

「大サービスだ! 森ン中に居る犬畜生共全員!! よーーーく、聞けよ!!」

 

 

 

スバルは、大声を張り上げり。

森全体に響け! と言わんばかりに叫んだ。

 

 

 

「オレは、何度も何度もガブられた! 今回はガブガブガブガブ、数えきれねぇ!! 何度も死にそうになって、死にそうになって、――――実は1回、本当に()—————ッッ」

 

 

 

前半部分は―――禁忌に触れてなかったのだろう。

 

だが、後半は違う。

 

スバルは、1度死んだ。と言おうとした。その結果……彼女の禁忌に触れた。

告げ切る事を、禁忌を破ろうとするスバルを止めるべく、動く。

 

 

スバルを気遣う様に振り向いてくれているレムが、ただ前方を注視しているラムが、まるで氷の様に固まった。一切動かず、死んでいるのではないか? と思ってしまう程に。

 

 

そう―――これが、あの空間。制止した時間の世界。

次元の狭間とはまた違う感覚。……アレは、これから生まれる様な、生まれる前の様な 何処か温かなモノを感じていたが、ここは全くの正反対。何処までもドス黒い。闇と言う言葉で片付けるには、少々表現力が甘いと思えてしまう。

 

何よりも、強烈に印象付けてしまうのが……。

 

 

―――きた。

 

 

眼前に迫る存在。

闇を纏っており、全体の輪郭すら確認する事が出来ない存在。

 

クルル(?)は、女であると称していたが、生憎スバルにはそれが見えない解らない、思いたくない。

 

どこからともなく現れたナニカ。

 

今回は、手指の先――肩口にかけてまで見えた。1本分の腕がはっきりと輪郭を帯びた。

 

 

 

―――つまり、どんどん、正体を現していくって設定かよ。この次は その顔拝めるかもしれねぇって事だな。……次なんてあって欲しくねぇけど。

 

 

 

スバルは内心恐怖でいっぱいだったが、懸命に虚勢を張る。

この空間の中で、ちゃんと見守ってくれてる兄弟(ツカサ)の前で、せめて見てくれだけでも良い所を見せる。……格好悪い姿を見せたくないから。

 

 

動かない世界、身体。ただ唯一動く闇色の腕。

頼りない胸板を貫通し、脆い肋骨を一撫でし、最も重要な器官として守られている砦をあっさりと通過され、守る砦が一切ない急所部分……、心臓部へと届いた。

 

 

直接心臓を握られる……。

以前は、ツカサが……否、クルルが直ぐに制止を掛けてくれたが、今回は違う。長く苦しい耐えがたい苦痛の時間が続く。世界が止まっているというのに、続くと言うのはどういう事だ? 矛盾してるじゃねーか! と悪態をつきたくもなるが、それでも止まらない。

 

心臓を握られた結果、血流がおかしな事になり、痛みに血涙が吹き出し、噛みしめた奥歯が思わず割れ砕ける。

 

軈て、このまま本当に死ぬのではないか? と思った瞬間――――苦痛の時間は遠くなり、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッハ!」

 

 

 

真っ白に染まった世界が、一瞬で彩られ、目を介して情報を脳へと叩き込まれた。

そしてスバルは随分長い事留守にしていた世界へと戻ってこれた事を実感する。

 

 

 

「も、戻ってきたぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

恐怖から解放された事、痛みから解放された事、無事戻ってこれた事、ありとあらゆる歓喜の感情が全面に出る―――が、最も重要な事をまだ聞けていないのに気付く。

 

それは当然、魔女の残り香だ。

 

それを判定できるのは、現状レムだけなので、早く訊かないと――――と思っていたその時。

 

 

「どうだ! レム。スバルから魔女の残り香は!?」

「はい! 臭います! 凄く臭いです!」

「そっか! 良かった!! スバルお疲れ様!」

 

 

非常に頼れる相棒が、兄弟が、さっさと聞いてくれていた。

当然解っていたとはいえ、事前に通告していたとはいえ、レムはレムで、暴走しないでくれたとはいえ、釈然としないのはスバルである。

 

 

「確かに予想通りだけど、凄く臭いとか、ソレ言い方きつくねーー!?」

「これが終わったら、お風呂に入る事ね。ラムがかき混ぜてあげる」

「それ、パックん時よりヤベーヤツ! 絶対ミンチになるヤツだから止めて!!」

 

 

軽口を皆で言い合っているが、顔は真剣そのもの。

スバルにとっての最大の関門は乗り越えたかもしれないが、他の皆はこれからだから。

 

 

 

「……聞いてた通りとはいえ、獣臭がとんでもない数よ。もう直ぐそこまで近付いてきてる」

 

 

 

ざわざわと静けさを失い始めている眼前の深緑の中をラムは睨みつけながら言っていた。

これが、ツカサの策なのであれば、また説教を……今度はトレーで思いっきり頭を叩いてやりたい気分になった。

 

 

「さて。……ここからが本番だ。手筈通りに、目の前の相手に集中しよう」

「はい!」

「ええ」

「っしゃあ! オレだってちょっとくらいは出来るぜ!! 皆に比べたらちょ~~っと頼りないかもしんねーけどな!!」

 

 

見晴らしの良い場所とはいえ、強大な力を持っているとはいえ、ここまでの数を一度に集めるのは聞いてない。

 

強いのは解っている。凄いのも解っている。だからと言って心配しない理由にはならない。ラムがレムを想うのと同等レベルにまで、ツカサに対しての気持ちが上がっているのを、無意識に実感していた。

 

レムも、数には驚いたが……、それは即ち スバルを呪った相手も近づいてきている可能性が多いに上がると言う事。

後は自分達が魔獣を倒せるかどうか、それだけに掛かっている。

 

 

 

―――だが、何も心配はしてない。

 

 

 

「どうだ、レム。1人でやるより、俄然最強な気分じゃねーか!?」

「はい! スバル君!」

 

 

 

後ろに、横に、頼りになる人達が居る。信頼し、親愛している人達が居る。

1人で抱えるのではなく、誰かと共に在る事。皆と共に戦える事。……信頼と信用を預け合う事が、こんなにまで快いとは、思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ギャオオオオオ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

重なり合った唸り声を背景(BGM)に、四方八方からウルガルムが迫るが、……全く恐れはない。

 

 

 

「バルス! 死んだら殺すから、そのつもりで!」

「スゲー物騒な命令だよねお姉様! ンな事解ってるよ!! オレだって、適正無い割りには頑張るつもりだ!」

 

 

 

何なら、味方(ラム)の方が怖いくらいだ。

 

それは兎も角、スバルも意気揚々にググググ、と左手に力を込めた。

すると―――手のひらの中心に小さな光が生まれる。

 

 

「兄弟! オレの分までわりぃな。力借りてるぜ! レンタル・テンペストだ!」

「でも、ラムに比べたらそよ風みたいなモノだから、過信はしない様に」

「わーーってるよ!! ロズっちにも言われたけど、適正ないもんねオレ!! クルルと比べたら100分の1とか言われちゃったのも、結構心に来てるよ!! んでも、やるときゃやる男だぜ!」

 

 

手に浮かべた光を、スバルは右手に持つ剣に押し当てた。

すると、光が風となり―――剣を中心に渦を描く様に纏わる。

 

 

「兄弟が前ん時やってた風の防御の剣、か! おっ! 閃いた! 名前つけても良い!?」

「ははっ、気合が乗るなら、何とでも」

「っしゃあ!!」

 

 

スバルは調子に乗って詠唱? みたいなのを始めたが……、その間に回りはせっせとウルガルム駆除。

 

 

「テンペスト・フーラ」

 

 

ラムが放つ豪風が、一斉に襲い掛かるウルガルムを弾き飛ばす。

その数は、地の深緑を全て黒にする勢いの数だったが、関係ないと言わんばかりに。

 

 

 

「はぁっっ!!」

 

 

 

そして、それに続く様にレムが鉄球を振るった。

姉と共に戦える事が何処となく嬉しいのか隣り合わせで息の合った連携を見せている。

如何に怒涛に押し寄せてくるウルガルムだけど、全く問題にならない様だ。

 

如何に視界良好な明るい時間帯・見通しの良い丘とは言え、規模・数は、昨夜にも劣っていないと言うのに。

 

 

 

「んじゃあ、こっちも負けてらんない、か」

 

 

 

満遍なく攻め入っているウルガルムは、四方八方囲み、その円を小さくしてくるので、どの方向を見ても敵の距離は同じ。個体1つ1つの運動能力に多少の差異はあれど、穴無く攻めてきているので、大多数変わりはない。

 

 

右手に竜巻を、左手に炎を。

合わせて、火災旋風を巻き起こした。それは、()ではなく、()に吹き荒れるので迫るスピードが半端ない、俊敏なウルガルムも炎を回避する事が出来ない様子。

 

 

自然破壊になるかもしれないが、掃討するには炎が効率が良いのだろう。

 

 

 

「スゲーよ、ほんと。魔法同士を色々混ぜて使うのって、超絶魔法ってヤツなんじゃねーの? ロズっちも全部適正ある、って言ってたが、兄弟もソレなんだろうな?」

「まぁ、オレの場合は借り物を使ってる感覚の方が強いかな。何せ、色々と解んないのに、力は使えるんだから、違和感は満載。クルルのせいで余計に満載。……でも、使える事に感謝する事は多い。……今回に限ってはクルルに関しても」

 

 

ツカサはチラリと背後を見た。

ラムの肩にはクルルが乗っている。力を振るっている。

 

ラム自身は、力を使いすぎると、身体を消耗させる―――どころでは無く、戻る力を使いすぎた時のツカサに似ている程になってしまう。

 

だから、ラムを守る為 マナを供給する役目をクルルが果たしているのだ。

 

ツカサに使える魔法は当然の様に自分も使える、とクルルがラムに与えている。

故に、自分の……この世界の風の魔法《フーラ》とツカサが使用する異なる世界の魔法《テンペスト》を合わせて使っているのである。

 

 

 

「この際、邪険せずに向き合ってるってのも有りなんじゃない? クルルってモフッモフッで最高なんだぜ?」

「……難しいんだよね。本能的な部分が拒否してる、って感じだから」

「そりゃ、残念。……オレの活躍っぽい場面が中々見えないのもスゲー残念。カッコつけて詠唱までしちゃったの、スゲーー恥ずかしい」

「風神剣?」

「だぁぁぁぁぁぁ!! リピートしないで‼ 自分で言っといて結構ハズかったんだ!!」

 

 

纏え神風! 唸れ烈風!! 我が剣・風神剣!!

 

 

と、スバルは剣を掲げながら盛大に大詠唱を施したのだが……、レム・ラム・ツカサが周囲を掃討しちゃうので、ぽつん……と置いてけぼりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔と人類の戦争開始から凡そ1時間。

 

スバルの魔女の残り香効力が無くなったのか、或いは本当に周辺のウルガルムを掃討出来たのか、解らないが明らかに数が少なくなった。目に映る範囲内で収まる程に。

 

 

 

「そろそろ―――終わりかな、《インヴェルノ》」

 

 

 

 

 

 

ツカサの氷系統魔法インヴェルノ。

 

 

氷塊が地と空から降り注ぎ、相手を挟み潰す・若しくは串刺しにする氷系統の魔法。

今回は少なくなったとはいえ、それなりに居たので、プレス機の様に押しつぶす形で使用された。

 

 

 

「お疲れ様です、スバル君」

「ぜひっぜひっ……、け、結構こっち来た――。調子のるんじゃなかった―――!」

「有言実行出来たのだから、良かったじゃない。活躍したわ。見直したわ」

「良い事言ってくれてるのに、すげー棒読み感が結構台無しにしてるよ、姉様! レム見習って、もうちょい労わってくれても良いんだよ?」

「馬鹿ね。ラムには ……もっと労わらないといけない相手が居るでしょ?」

 

 

スバルの様に自分に正直になれず、恐らく痩せ我慢を多少なりともしているだろうツカサの方を見た。軽く汗を拭い気を整えている所、仕草の1つ1つを見たら尚更だ。

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「あはーーぁ、ほんと、スゴイ闘いだったねぇーぇ?」

 

 

 

 

 

空より、人影が下りてきたのは。

太陽光に包まれて、直視するのが遅れたが、その口調や服装……は、余所行きの正装だから、普段のと違う+ツカサは知らないので、全員断言、とはいきにくいが……、口調だけで十分だった。

 

 

 

「ロズワールさん」

「ロズっち~~……おせーよ。それに終わった後に ここ来ても、良いトコどりとかできねーよ?」

 

 

乱入者がロズワールである、と悟ったスバルは、今度こそ身体の力を抜いた。

 

 

 

「いやいや、ここまでの魔法を使った魔獣討伐を視れたのは、私としても ずぅーいぶん久しぶりだーぁしね? 良い刺激になったよぉーぉ。……御礼を尽くす事はあっても、君達の功を掠め取ろうなんて事は一切思わないさ」

 

 

 

砕けた口調が時折真面目なモノになるから、より強調されて聞こえてくる。

 

 

 

「とは言ってもーぉ? ちょ~~っぴりわたぁしも手を出しちゃったのは否めないけどねーぇ。……もう、この森でウルガルムはいないよ。私が少し前に、そして最後が先ほどのツカサ君の魔法。これでスバル君の呪いも大丈夫だーぁよ」

 

 

 

ロズワールの言葉にレムが涙を流しながらスバルに縋り付き、喜ぶ。

ツカサも、軽く力を抜いたのが、大袈裟気味にラムには見えた様で、その肩を貸しつつ、ロズワールに事の報告と謝罪を済ませた。

 

 

 

 

幸いな事に、レムもラムも目立った消耗は無く、ほぼ無傷。負傷者は大小合わせてもスバルとツカサだけ。

 

 

傷つくのはやっぱ、男の方だけで十分だ―――とスバルは思いながら天を仰ぐ。

 

 

 

 

 

「これぞ文句無しのハッピーエンド。―――やっぱ、さいこう………だな」

 

 

 

 

スバルは、そう一言呟くと……今度は緊張の糸が切れたかの様に大の字になって寝転んだ。レムは慌てて顔を覗き込むが、その顔は笑顔そのものなので、安心し……スバルはそのまま意識を手放すのだった。

 

 




尚、流石のメィリィも 怖くて来られなかった模様。

ヘブンッ(゜o゜(☆○=(-_- )゙オリャ!!


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月下それぞれの密談。……二股?

しーくれっと、めいくす、あ、うーまん、うーまん、とか言いたかった( ´艸`)
いやいや、言わせたかった( ´艸`)ラムちーにw


 

 

「知ってる天井…………(まさかの夢落ち……って訳ねーよな? そーだよな……??)」

 

 

スバルは目を覚ました。

その天井は見覚えがある。

 

何度も繰り返して、戻ってきては、この天井を見る所からスタートだったから。

ツカサは庭園で、スバルはこの部屋がゼロ地点だから。

 

 

……だからこそ、不安な事が頭を過る。

 

 

もしや、ここは5日前なのでは?

また、戻ってしまったのでは?

 

 

とだ。

ツカサが戻してくれたのか、或いは力尽きて死に戻りをしてしまったのか。

その場合は、後者が最悪中の最悪。ラムに殺されかねない。……ツカサの身を案じている事くらい解るので、逆にツカサの首を絞めかねない行為はしないと思うが……。

 

 

「………拷問、とかはしてきそう……」

 

 

死なない程度に殺されるかもしれない……、と思ったスバルは思わず乾いた笑みを浮かべた。

物騒極まりない事だが、ラムならやりそうだから。

 

 

そして―――。

 

 

「起きて、くれましたか?」

「!」

 

 

ここで漸くレムの存在にスバルは気付けた。

そして、これが夢落ちじゃないと言う事も同時に。

 

 

「レム……か。……ひょっとして夢? オレ呪われて死んじゃった、なんてことないよな?」

 

 

一応、レムにも確認を取ろうとしたスバルだったが……、レムを前に、その確認は悪手である。

 

 

「すみません……、すみません……。スバル君が死んでしまったら、レムは……レムは……!」

「ぅおおお! スマンっっ! 琴線触れちゃった!! 大丈夫大丈夫! ちょっとしたお茶目なジョーク、小粋なジョークってヤツですよ、レム! ……笑えないジョークは ほんとスマン! 空気読めて無さ過ぎた!」

 

 

気にし過ぎな面があるレム。自己評価が極端に低く、暴走しがちなレムにブラックジョークはアウトだ、とスバルは戒めにしつつ……握られてる手に漸く気付けた。

 

指と指を絡ませて、しっかりと握られている。

何処か擽ったくも感じる握り方。

 

 

「……これは、オレが握っちゃった? レムの手を掴んで離さない! みたいな?」

「い、いえ。あの、これはその……、レムの方です。眠ってるスバル君が、苦しんでる様に見えたから、手を……。こういう時、何をしてあげたら良いのかわかりません。だから、レムがされて一番嬉しかった事をしたいな、って……」

 

 

その答えを聞いて、スバルは自然と笑みを浮かべた。

心から信じてくれてる。何なら自惚れでなければ、好意だって持ってくれている。

 

エミリア一筋! なのは決して嘘ではないが、アレだけ強くても、心が弱くて、幼気な少女の好意を無下にする事なんて出来はしない。……流石に安易に好いた、惚れた、なんて言葉は口にはしないが。………中途半端な気持ちで言えば……先ほど以上の琴線に触れる地雷な気もするから。

 

何なら、その地雷、地獄は双子の片割れ、お姉様が運んできそうだ、と苦笑い。

 

 

 

「レム。一応、確認だけど……オレの呪いは解呪されたんだよな?」

「はい。最後はツカサ君が。ロズワール様も奥に控えていたウルガルムを掃討してくださったとの事なので、スバル君の呪いは解呪されました。心配はありません。……心労が……、無理が祟ってしまったんでしょう」

「はぁ、そりゃそっか。……なんつったって、ハッピーエンド。文句なしなハッピーエンド。……最後にゃ、オレだって剣振るえたし、エサ役以外も果たせた。……言う事無しだ」

 

 

スバルはそう言うと、僅かに入っていた身体の力を再度抜く。

あの時、あの光景、全て夢だった夢落ち――ではないと言う事がはっきりと証明された。

軽く頬を抓ってみても、しっかり痛い。

 

レムが、【ど、どうしました?】とちょっとの事でも心配してきたのが、やや今後の課題な気もするが、今は良しとしよう、とするのがスバル。

 

 

何せ、あの地獄を切り抜けたのだから。

ツカサが大部分を頑張ってくれて、囮役にしか役に立てなかった自分ではある……が、異世界にほぼ無能力できて、ここまでの出来であれば上々。

 

 

憧れは兎も角、嫉妬の念を、ツカサに向けなかったか? と問われれば、格好悪いが嘘でも首を縦には振れない。でも、命を懸けてくれてる姿を見たし、何より―――。

 

 

 

 

【解ってくれてるとは思うけど。オレが苦しいのが嫌だから、スバルに死ぬな‼ って言ってるだけじゃないから】

 

 

面と向かってはっきりとそう口にされた日には、どんな鈍感なヤツでも気付くと言うモノだ。

本当の意味で心配をしてくれているし、何の含みも裏も無く、打算もなく助けてくれている。

 

ただ、甘んじて受け続けるだけにはいかない。

折角拾った命なのだから、しっかり出来る限りのレベル上げは勤しむべきだと、スバルは思えたのだ。

 

幸いにも……、魔法の才能は無いとは言え、色々と歪とはいえ、陰魔法シャマクを発動させる事は出来た。……平坦な道のりではないと思うが、今後ご期待ください、だ。

 

 

 

「そういや、兄弟は大丈夫なのか? ラムも言ってたケド……、結構やせ我慢させちゃってたから……」

「ツカサ君なら大丈夫ですよ。姉様の計らいで、このお屋敷で療養なさってます。本来なら、村の借りている部屋で~~だったのですが」

 

 

レムの話を聴くと、どうやら ツカサはこの屋敷に居る様だ。

確かに、ここにはロズワール、ベアトリスやパック、エミリアと言った魔法に精通している者が揃っているから、村よりは対処しやすいだろう。

 

ツカサの快復に関しては、魔法では無理、と言われていても、出来る事は多い筈だ。

 

 

――――と言うのは建前であり、本当は別の所にある、と睨んでいる。

 

 

「ははっ。そこはラムのゴリ押しか。ロズっちも兄弟に関しちゃ、一目以上に置いている様だから、訪問に関しちゃウェルカム、だよな~」

「はいっ。……姉様と仲良くしているツカサ君を見ると、何だかとても温かな気持ちに慣れるんです。……最初は良くない感情が渦巻いてましたが、今はとても可愛らしい姉様を視れて、レムは幸せです」

 

 

ラムがツカサの事を好意的な目で見ているのはスバルにも解る。

それもある意味当然。決して口には出さないが、男の自分でも、アレをされると惚れてしまう。

 

深く傷つきながらも、大切な人を助けてもらったあの姿を見たら。

 

微笑ましくもあるし、何ならエミリアじゃなくて心底良かった! なスバルだが……レムは納得するだろうか? と言う新たな問題点? もあった。

姉は絶対! 言い聞かせる、的な所が ラムにはあるとはいえ、妹のレムが悲しい想いをするのは決して良しとはしないだろうから。

 

だが、いざ聞いてみれば、レムも実に好意的。許容的。超ド級な姉至上主義なレムが、だ。

 

 

 

「さいきょー、超人ツカサ君、ってヤツだよな~~。いや、背中が遠くて遠くて、追いかけがいがありますことやら~」

「大丈夫ですよ。……スバルくんもとても、とても素敵ですから」

「ッ―――……そうはっきり言ってもらえるのって、結構むず痒いもんだーぁね」

 

 

つい、ロズワール風な口調になってしまうスバル。

色々と誤魔化してる事くらい、レムでもわかる。

 

 

 

「………おお、それよりも、だ」

 

 

スバルは、ゆっくりと身体を起こすと、レムの顔を見た。

レムは、目が合った途端に顔を紅潮させるが、決して逸らさない。

 

 

「はっきり言えてなかったな。―――兄弟やラムもそうだが、お前がいたからおかげでオレが助かったんだ。……今も、こうして生きてます。ありがとう。レムが居てくれて良かったよ」

「ッ…………」

 

 

その言葉を聞いて、レムは目を見開き……涙が目じりに溜まった。

 

 

「そんなっ……、レムは、レムのせいでスバル君は怪我を……」

「レムのせいなんかじゃねぇ。敢えて誰かのせいだ、って言うなら、間違いなくあの魔獣使いのガキとガブガブ噛んできやがる犬どもだ。……まぁ、魔獣使いと一緒に此処から離れてなかった事だけは、褒めてやるけどな」

 

 

メィリィと共に、呪った魔獣たちが姿を消していれば、スバルの解呪は叶わなかった事だろう。

連れて行くのにも限度があるのかもしれないが、それでもその可能性を考えていたこちらにとっては、賭けに勝った気分でもあるのだ。

 

 

「……それにレムは、鬼族の落ちこぼれで、姉様の代替品だって、ずっと……」

「バーカ。そんな寂しい自己定義止めとけよ。それと、人の気持ち聞く前に、自分でぜーんぶ勝手に決めて、抱え込んで、ケリつけようとするところもな? オレが起きてくる前、1人で行こうとしてたんだろ? 全部聞いてっからな」

「ッ……」

 

 

言葉が詰まる。

まだまだ、姉の事を言おうとしたのだが、不思議な事にそれ以上の言葉が出てこない。

 

 

「それに、ラムの事を死ぬほど持ち上げてっけどさ? 実際レムより体力ねぇし、料理は下手だし、仕事はサボるし、メイドの癖に口は悪いし、優しさ、っつったら、兄弟ばっかで、オレはいっつも寂しい想いしてたりするんだぜ?」

 

 

ここで漸くレムは言葉を出す事が出来た。

 

 

「い、いえ。スバル君は本当の姉様を知らないんです。角があれば、そんな評価には……」

 

ラムの角の話は、少しではあるが聞いている。

戦えるかどうかを確認する時に、ほんの少し―――。

 

「角に関しちゃ、詳細は聞いてねぇし、聞かないからわかんねぇよ。わかんねぇからわかった様な口を利かせてもらうとな? 角が無いラムの角の代わりをレムがやれば良い。2人で仲良く《鬼》ってやつをやったらいいじゃん。麗しの姉妹愛で最強だぜ?」

 

 

レムとラム。

どちらかに依存して、自己否定を繰り返すくらいなら、2人で1つ、そんな風に頑張れば良い。

スバルはレムに言い聞かせる。

 

 

「それに、代替品ってレムは言ってっけど、それこそラムにはレムの代わりなんていないぜ? ……レムは知らねぇだろ。……レムが居なくなってしまった時のラムの顔は、本当に見てられないんだ。レムは それを想像した事あるか? ラムは勢い余ってオレの事殺そうとするくらいは取り乱しちゃうんだぜ! ……まぁ、普段からオレに対する風当たりはつええけどな」

 

 

誰の変わりも出来ない。

レムも、ラムも。

 

2人は一緒に居なくてはならない。

どちらか欠けるなんて、在ってはならない。

 

 

だから―――この未来へ進もうと身体を酷使し続けた男が居るんだ。スバル自身も、自己満足かもしれないが、頑張ったつもりだ。

 

 

「つまり、だ。何が言いてぇかと言うと、お前らは2人とも笑ってる顔の方が似合う、ってこった! オレの故郷じゃ、《来年の話をすると鬼が笑う》っつーのがあるんだよ。……だから、そんなしけた面してないで、笑え」

「…………っ」

「笑いながら、未来の話をするんだ。後ろ向いてた勿体ない分を今度は前向いて話せば良い。皆連れて遊びにいく約束とか、ベアトリスまで巻き込んで遊ぶ約束とか、パックの身体をモフモフする約束とか、毎日が楽しくなって、笑いが絶える日なんて無い。そんな未来の話」

「………スバル君が大変な事になっちゃう気がしますよ」

「そ、それは否定しねぇけどな……。特にベア子とか、遠慮なくぶっ飛ばしてくるし……。でも、それでも良いんだ。前さえ向いてりゃ、どうにかなる」

 

 

レムのスバルを握る手の力が強くなっていく。

 

 

「レムは―――とても弱いです。ですからきっと寄りかかってしまいますよ」

「いいじゃん? オレも弱い。兄弟と並んで戦ってた時見てたか? 口に出すのも億劫だけど、オレ全然役にたってねーわ、最後はスッ転ぶわで大変だ。弱いって言う意味じゃ、オレが一番悪目立ちしてるし。……おまけに目つきも悪くて空気も読めないと来た。……空気読めないから、あの兄弟のかっけー魔法、《テンペスト》も扱えなかったんだろーなー……。自分で言ってて凹む……。だから、オレの方が圧倒的に弱い。オレが寄りかかる方が多いかもしれねぇけど、敢えて言わせてもらうよ。お互いに寄りかかって、ってな」

 

 

照れくさそうに頬を搔くスバル。

だが、それも直ぐに笑顔へと変わった。

 

笑いながら話す、そうレムに言ったばかりだから。

 

 

 

「笑いながら皆で肩組んで、常にハッピーエンド一択で、その先の後日談……未来の話をしよう。だってよ、レム。オレは――――」

 

 

 

今日一番の笑みを、レムに向けて紡いだ。

 

 

 

「オレは、鬼と笑いながら未来の話をすんの、夢だったんだよ」

 

 

 

無垢な子供時代の夢をレムに。

異世界に来なければ、決して叶わないであろう夢。

 

 

それが今、容易に叶う。

 

 

 

「……鬼がかってますね」

 

 

 

大粒の涙とセットではあるが、とびっきりの可愛い笑い顔を向けて貰えたから。

 

 

 

「だろ?」

 

 

 

最後にスバルはそう締めて、涙を流し続けるレムの頭を暫く撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、某場所にて。

 

スバル同様、ベッドで寝かされている男、ツカサはまだ目覚めていなかった。

あの後……スバルが倒れた後、担いで村まで戻ったり、事後処理やら説明やらを率先して行ったり、最後はパックとベアトリスを驚かせる、と言う目的で2人に会いに行ったり、と疲れている身体の癖に、色々と動き続けていた。

 

 

強引にでも休ませないといけないと判断したのがラムである。

 

 

眠っているツカサの寝顔を見ながら、その手を握り締めた。

丁度、レムがスバルに行っている様に。……全く同じ様に。それでこそ双子、だと言えるだろう。

 

 

 

「……寝顔、ここまでゆっくり見たの初めて」

 

 

 

すぅ、すぅ、と寝息を立てながら、深く眠りにつく。

スバルと違って寝相の方が気味が悪い位良い姿勢だ。

 

 

「……ラムは、どさくさに紛れて、寝相のせいにして、抱き着いてきても文句は言わないわ。美少女であるラムの抱擁は、ツカサも嬉しいでしょ?」

 

 

そう言って、ツカサの頬を空いた手でつついた。

柔らかく、心地良い感触だ。柔らかな笑顔を浮かべるツカサには似合うとも言って良いかもしれない。

 

 

「………信頼と信用をくれ、……か」

 

 

あの日……ここではない、この次元ではない別の世界の話を思い返す。

次元を飛び、世界を巻き戻して見せた超人の顔を見て……ラムは仄かに笑みを浮かべた。

 

 

 

「あのまま、戻れるのなら、ラムを連れて行く必要は無かった筈。……連れて行った結果……ツカサは……」

 

 

ラムは2度の記憶がその魂に刻まれている。

あのレムが犠牲になった最悪の世界の時間軸と、この皆が救われた幸せな世界での時間軸。

 

 

最初の世界では、ツカサが庭園で血を吐いて倒れているのを確かに見た……が、自力で起きて、対処しようとしていたのをはっきりと覚えている。

 

 

だが、ラムを過去へと連れて行った時のツカサの姿は……全然違った。

血溜まりの中に倒れているツカサの姿が、ラムの目には焼き付いている。

 

 

「―――ああまでして、ラムを救ってくれたのは……?」

 

 

ツカサは言っていた《あんなラムの顔は見たく無い》と言っていた。

魂に刻まれた、とも。

つまり、ツカサはラムに見惚れた、と言う事なのだ。

 

 

「当然ね。……ラムは世界一の姉様で、十分すぎる程可愛いもの。これ以上可愛くなろうものなら、世界の危機。……ツカサがラムに、美少女であるラムに見惚れるのは当然。自然の摂理だわ」

 

 

自分で言っていて、どんどん顔が赤くなる。

ツカサが惚れている、自分を好いてくれている、そう決めつけているかもしれないし、自信満々なのは変わりないが、それでも、その言葉を口にすると、どうしても顔が紅潮してしまう。

 

 

自分の桃色の髪にも負けないくらいに。

 

 

 

ラムはそっとツカサの額に手を振れた。

前髪が、目元に掛かっているから、それをゆっくりと鋤いて上げる。

 

 

 

「――――――ん……」

 

 

 

ツカサの少し目元が動いた。

少し擽ったかったのか、ほんの少しだけ表情が笑った様に見えた。

 

戦ってる姿からはかけ離れている。

 

寝顔は可愛い――――とはこの事を言うのだろう。

 

 

「バルスとは大違い。……いや、比べたラムが間違ってた。……ツカサは、誰かと比べたりしない。……出来ない。………まさか、こんな日が来るなんて、思ってなかったわ」

 

 

失ったものが大きすぎる炎の夜の記憶が蘇る。

明かされた事実(・・・・・・・)もあった。

 

心を砕き、それでも妹の為に、妹が生きる世界の為に、耐え忍ぶ道を選び―――当初からは考えられなかった感情も芽生え……目まぐるしくラムの世界が動きまわった。

 

 

そんな中で、更に激しく、大きく、熱く、赤く世界が動き、彩られる。

 

 

この目の前で、安らかに眠る青年が、ラムにそれを齎したのだ。

 

 

「ん――――……んん。だいじょ……ぶ」

「ん?」

 

 

 

――――寝言? 

 

 

ラムは、これまでには寝息以上の音は聞こえなかったが、初めてツカサの声を聴いて、好奇心から耳を近づける。

聴力は十分備わっているが、どうしても近くで聞いてみたくなった。

寝息が耳に当たり、こそばゆいが、心地良い。

誰も知らないラムだけの世界を堪能する為に。

 

 

 

「だいじょ……ぶ、だった………。らむ……、だい……」

「…………っ」

 

 

その寝言に、その夢の中に自分がいる事が解り、更に顔を赤くさせる。

 

 

「………いて当然よ。ラムは可愛い。眠ったくらいで、頭の中から忘れれる訳なんて、ない。……………ツカサ」

 

 

一瞬の寝言はもう終わりを告げる。

後、どれだけ耳を澄ませても、名は出てこない。

 

 

いや、寝言を聞く事に集中するのを止めたから、ラムには聞き取れなかったのかもしれない。

 

 

 

 

「―――レムを、ラムを……助けてくれてありがとう」

 

 

 

 

それは、もう既に贈った言葉ではある、がもう一度言いたかった。

 

 

そして、そっとその額に口を寄せる。

起こさない様に、柔らかく優しく、額と唇がほんの一瞬だけ当たり―――そして、離れた。

 

 

 

「ラムとした事が……。………ロズワール様に、報告があったのを思い出したわ」

 

 

顔を今日一番赤くさせたラム。

ぱち、ぱち、と頬を叩き……そして名残惜しいが、ツカサから手を離した。

 

 

 

「助けてくれたお礼……いえ、ご褒美よ? 残念だったわね。……寝てなかったら、もっとラムを堪能出来たかもしれないのに」

 

 

 

もう一度ラムはハニカムと、足音を極力殺し―――部屋を後にした。

 

 

自分の部屋へと急ぎ足で戻り、何度も何度も顔を洗っては鏡で顔色を確認して……、レムが居ないので、中々時間がかかったが、どうにかいつも通り、いつも通りな様子でロズワールの元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっん~? ラム。―――もう、良いのかい? わたぁしの報告は明日でも良い、と言った筈だぁーけどねーぇ」

「はい。ツカサは眠りにつく事が出来ましたので、ラムの役目は果たし終えました。後はロズワール様にご報告を」

「……よし。聴こう。魔獣を操っていた《親》の目星を」

 

 

 

ラムは少しだけ顔を俯かせた。

調べるには調べたが、あまりにも素性が知れない相手だったが故に、完璧とは程遠いから。

 

 

 

「……名はメィリィ、と名乗っていたそうです。……現在の足取りは既に痕跡を残さず。村民に聞き取り調査を行っても、誰も知らないとの事で」

「……なーぁるほど。つまり、王選絡み、と言う訳かぁーな。あの腸狩りと言い、魔獣使いといい、またおかしな面子に絡まれたものだよ」

 

 

椅子に腰深く駆けていたロズワールは、再び座りなおす。

ラムをしっかりと見据えて―――、ラムの状態を把握して。

 

 

「おんやぁ? 今回は()からマナを受け取ってなかったのかぁーな? 随分消耗している様だ……。わたぁし、以外にも供給できる者が居るとはいえ、十分注意したまえよ? ……ラム。君にとっても、ツカサ君にとっても」

「……申し訳ありません。ツカサは今回の戦闘で消耗している様に見えました。ですから、ラムの方から受け取りを拒否したのです。まずは自身を回復させる様に、と」

「なぁるほど。………それで良い。ラム。君は彼の唯一無二になって貰いたい。………少なくとも、明らかになる時(・・・・・・・)までには」

「仰せのままに……」

 

 

ロズワールは、ラムを手招きして、自身の膝に座らせた。

久方ぶりとも思えるロズワールの腕の中、妙に緊張するのはどうしてだろうか。

 

 

 

「ずぅいぶん久しぶりな気がするよ。……じゃあ、始めようか」

「……お願いします」

 

 

顔を赤らめるラム。

ロズワールはそっと、ラムの角―――折れた角の傷口に手を触れた。

白みが掛かったラムの角……傷跡。それは神童と言わしめた時代の名残。

 

 

「―――星々の加護あれ」

 

 

四色の輝きがロズワールの腕を伝って、そのままラムの傷跡へと流れてゆく。

 

本来、直接他者へとマナを移譲するのは非常に高度な扱いが要求される術だ。

それも各属性のマナの配分が完全に均一でない限り、マナは力へと変換されて、対象の肉体を傷つけてしまうだろう。

風のマナが強過ぎれば《フーラ》。水のマナが強過ぎれば《ヒューマ》と言った様に。

それでは治療とは呼べない。単なるゼロ距離魔法だ。

 

鬼族にとって、角とはマナを取り込む為の器官。

 

それが折れたラムの身体は、本来なら取り込む量・排出する量も肉体を満足させられない。放置すれば、衰えていくだけの肉体なのだ。

 

 

それを、出会って間もないツカサはやって見せた。

 

 

 

「…………本当に、彼は有望だ。―――恐ろしい程までに、ね」

 

 

 

あの日―――暴れ狂った本が示した正体だと言う事はもう解っている。

証拠が無いし、本人の記憶がないと言うのも恐らくは本当だ。

 

だから、彼の記憶が戻りし時―――再び福音を齎すのだろうと言うのがロズワールの中での結論。

ただ―――懸念事項は幾らでもある。

 

あれ以来、目立った様子を見せない書物についてだ。

良い様に解釈をしたが、万が一と言う事もある

 

 

 

「―――決別か、福音か。暫くあの2人(・・・・)は一緒に居て貰うのが良いと思うねーぇ。……ラム。これからまた忙しくなるけど、よろしく頼むよーぉ?」

「仰せの、ままに………。そう、だ。ロズワール様にもう1つご報告が……」

「なんだい?」

「レムの事です」

「ほう?」

 

 

ラムは、予想出来て無さそうなロズワールの表情を見ながら、少し微笑み……告げた。

 

 

 

「レムが、バルスに夢中になりました」

「んん? ……ほほう、それはまた 興味深い事だねーぇ。姉妹共々、わたぁしから離れて行ってしまうかもしれない。この心苦しさが、まさに親心、とでもいうのかぁーな?」

「………私は」

 

 

 

ロズワール自身が、ラムにツカサについて回る様に言い聞かせたのだから、ある意味自業自得であると思うのだが……、正直、ラム自身がここまでツカサに心を赦してしまうとは思っても無かった気はある。

 

だが、ロズワールとて、ラムの心の内を読み切れる訳ではない。

その真意が解る筈もない。

 

ツカサに関してもそう。

今夜の夜の逢引に関してもそう。

 

寝静まったツカサとラムの密会の件も、ラム以外には知る由もない事だから。

 

 

 

未来の話をするとすれば、ラムと何かあったか? とツカサにロズワールが問いただしたとして、彼はあっけらかんと答えるだろう。寝る前に少し話した、怒られた、程度に。

だから、ロズワールは知らない。

 

 

ラムただ1人の秘密、秘部なのだ。

現在のラムは秘密を幾つも着飾っているのである。

 

 

 

 

ロズワールも、ラムに対し 少なからず思う所が無い訳ではないが、真なる目的の事を思えば、さして気にする程の事でもない、と言うのが実状。

 

極めて冷静に見極め、且つ目的の未来に辿り着く為に全霊を注ぐ。

 

 

 

 

「―――ただ、私の望みは1つ。此度の王選を必ず勝ち抜き、————……龍を殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その進むべき道に、願わくば彼らが共に来てくれる事を。

 

 

ロズワールは、腕の中のラムに言い聞かせる様に……、マナを移譲し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 



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再来の王都……の前
レムの極々平凡で幸せな1日


メイドの朝は早い。

 

 

 

まだ日も地平線から顔を出していない時間帯に目を覚まし……、一息するまもなく身支度開始。

 

顔を洗って最後まで残っていた眠気共々洗い流すと、少々寝癖になってしまっている髪を鋤いて完璧に整える。

 

 

最後に身の顔をしっかりと鏡を前にして確認しながら―――メイドのレムは 自身の胸を見た。

 

 

「また……大きくなってる……」

 

 

実は、最近は姉であるラムの服とサイズが合わなくなってしまっているのがレムの誰にも明かしていない悩みの種でもあった。

 

胸など、大きくなったら邪魔になるだけなのに……、と常々思っていたレムだったが、最近では少々心境に変化があった。

 

 

「……スバル君は、大きなお胸が好み……なのかな……?」

 

 

以前、レムとラムの違いを、姉の代替品である、と自分を評していたレムを否定する様に、レムに言った言葉の中に《胸》があった。

 

 

《レムは優しくて努力家で一生懸命。……そんでもって、胸がラムよりずっと大きい!》

 

 

スバルのいた世界では、普通にセクハラなのだが、生憎こちらの世界では少々馴染みのない言葉。

レム自身も気になっていた部位を指摘されて、それが良い事である、と言わんばかりで……、そこから少々認識が変わりだしたのだ。

 

いきなり受け入れる訳ではないが、少しずつ、少しずつ。……スバルが喜ぶのであれば はしたなくない程度には……。

 

 

「ふふっ……」

 

 

スバルの事を考える時間が本当に楽しい。

仕事の事を忘れそうになってしまうから、それはそれで考え物だ。

 

そして、間接的にではあるが、ツカサにも多大なる恩義がレムの中で生まれている。

姉を助けてくれた事、自分を助けてくれた事、そして何より―――スバルを助けてくれた事。

 

 

レムの中で、世界が広がっていくのを感じながら、寝間着姿から、メイド服へと着替えなおした。

全身をしっかりと移す大鏡の前で、おかしなことがないかを確認しつつ、最後にホワイトプリムを着用。

 

 

「よしっ、準備完了」

 

 

今日も一日仕事を頑張ろう、と小さく声を上げて、レムは自室の扉を開いた。

 

 

仕事を始める前に……まず日課にしている事。

 

 

それは――――。

 

 

 

「――――おはようございます……スバル君」

 

 

スバルが寝泊まりしている部屋にまず最初に訪問。

決して起こさない様に、忍び足で、気配をも殺して、ゆっくりと寝静まっている彼の傍へ。寝息を感じられる程近くまで。

 

 

「スバル君。……スバル君。かわいい……っ」

 

 

すぅ、すぅ、と規則正しい寝息とぽかん、と開けた口。よだれが少々。今のレムにとってはスバルのすべてが好きである、そんな対象なのだ。

レム式の全幅の信頼……とは少し違うだろうか。

 

 

暫くスバルの寝顔を じ――――――っくりと見守って……。

 

 

「け、今朝はここまでです。危なかった……、あと少しで我を忘れるところでした……」

 

 

時間は有限。

業務時間が迫っている。

 

スバルの寝顔を拝見させてもらうのは、今日が初めてではなく、あの鬼がかった日、笑顔を向けあえた日から、今日まで幾度も拝見し……時間を忘れてスバルが起きてしまう寸前まで見ていた事もしばしばなのだ。

今回はしっかりと正気に戻ったので及第点。

 

 

 

まだまだ、しなければならない事が多いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉様、姉様。朝ですよ起きてください」

 

 

ラムの身支度も仕事の内。

決して朝が強いとは言えないラムを、仕事が始まる前に起こす事もレムの仕事の内なのである。

 

 

「んん―――………あと5分……」

 

 

レムの声はしっかり届いている様だが、起きる気配がない。

姉を甘やかす事が多く、全てを許容している様に思えるレムだが、仕事に支障が来す事まではしない。

それに、今のレムは以前よりもはるかに柔らかくなっているのだから。

 

 

「いけませんよ、姉様。それでは見習いのスバル君に示しがつきません。それに、まだ魔獣の件の傷が治りきってませんから、あんまり仕事をさせては可哀想ですし……」

 

 

以前なら、ラムを引き合いにスバルの名を出す事なんて絶対しなかったであろう。

だが、そんな説得でラムが従う訳はない。

 

 

「レムがラムよりバルスを心配しているのが嫌だから、ラムは起きない」

 

 

余計に子供の様に拗ねてしまうのだ。

だが、そこが良い。……こんなに可愛らしい姉の姿が見れる事は、レムの至福の時の一つでもあるのだから。

 

 

「姉様、そんな可愛いこと言わないでください。……姉様が起きてくださらないのなら、一先ずツカサ君を先に起こしてきましょうか……」

「………!」

 

 

 

 

 

 

ラムの攻略法、その①

 

□ ツカサの名を出す。

 

 

これで高確率で身体を起こそうとする。

何故なら……。

 

 

「今日は、レムがツカサ君を起こしてきますね、姉様。だから、5分と言わずもっとゆっくりと……」

 

 

ロズワールから割り振られている役目でもあるほぼ付き人、専属、それがツカサ。だが、その役目をレムが行ったとしても、別に問題ない、というがロズワールの判断でもあるので、必ずというわけではない。

 

 

「……待ちなさいレム。やっぱり起きるわ。ラムの仕事をレムに任せっぱなしなのは、レムに悪いもの。さぁ、着替えさせて」

 

 

目を擦りながら、ラムは身体を起こした。

 

 

基本的にはその①でラムは、いう事を聞いてくれる。

因みに、その②は スバルである。スバルを優先する~的な事を言えばラムは可愛らしく拗ねて目を覚ますのだ。

 

レムがどちらの手を使うのか……、最近は主に①である。

 

 

 

まず顔を洗って、寝間着をすっかり着替えさせた後、椅子に座ったラムの髪をレムが梳かす。

 

 

 

「ふふ。寝るのが遅かったんですか? またツカサ君とどんなお話をしたか、レムにも教えてください」

「……大した事は話してないわ。ああ、レムの料理が美味しかった、みたいよ。起きるのが遅かったのは、レムが添い寝してくれないから寝つきが悪かったのよ」

「もう、何年も前の話じゃないですか。……それに、ツカサ君にはいつも好評を頂いてとても光栄ですね。これからも頑張ります。……姉様もツカサ君の為に、何か振舞ってはどうです?」

「ツカサを魔獣騒動以上に苦しめる事に繋がるわね。流石のラムも躊躇してしまうわ」

 

 

ラムの手料理を振舞うのは、当分先になるだろう、とレムは笑った。

ツカサなら、ラムの手料理なら喜んで食べてくれるだろう、とレムの中では決定事項なのである。……味の保証は考えてないが。

 

 

「……姉様。レムが髪の毛を伸ばしたら、スバル君に変に思われないでしょうか?」

 

 

ラムの髪をじっと見つめて、今度はレム自身の髪をいじりながら、ラムの意見を聞く。

 

 

「……エミリア様は、長くて綺麗な髪をしているものね」

 

 

ラムにはお見通し、である。

レムがどうして髪を伸ばそうとしているのか、スバルとエミリアの事を考えれば……。

そして、勿論ラムのレムに対する意見は当然決まっている。

 

 

「もちろん、間違いなく可愛いわ。だからこそ、バルスは八つ裂きの刑ね」

「姉様は、スバル君のことがお嫌いなんですか? ツカサ君は大好きなのに」

「……ツカサは話の流れでは関係ないから、一言余計よレム。……バルスの事は嫌いではないけれど、ラムの可愛いレムに相応しくないと思うことは別の話だわ」

「うふふ。関係ないとは思いませんよ。それにレムの目からは、ツカサ君と姉様は、とてもお似合いだと思いますよ。2人ともとても優しくて、とても強くて。理想です」

「っ……、そうね。バルスと比べたら、誰でもそうなるかもね」

 

 

否定したりはしない。

 

何故なら、ラムとレムは共感覚で繋がっているから。特に強い想いに関してはたとえ離れていても伝わるのだ。

 

だからこそ、ラムはレムがスバルの事に夢中になったことを直ぐに気付いた。

つまり、それは逆も然り。

 

感情を押し殺す事はラムの得意とする事ではあるのだが、……事、ツカサに関しては感情を隠し切れなくなってしまっているのだ。

 

 

―――スバルとツカサの2人で魔獣騒動を対処しようとした、あの時から特に。

 

 

ラムは、レムに対して隠していても無駄である事はよく解っているのである。

 

そんな姉を慈しむ様に見てレムは告げる。

 

 

「姉様は自慢の姉様です」

「それも仕方ないわね。ラムは自慢したくなる姉だもの」

 

 

レムは未来の話を……スバルが言っていた通り、未来の話を頭の中で、夢想しながら微笑んだ。

 

ひょっとしたら、……いや、ひょっとしなくても、お義兄様が出来るだろう……という幸せな未来の話。

姉の幸せは自分の幸せでもあるから―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイドの仕事……邸内の清掃。

 

屋敷の中は大きくて広い掃除。一日でスバルは筋肉痛に苛まれる程なのだが、元来鬼の体力、そして努力家であるレム。研鑽を積み重ねてきたメイドスキルは極めて高い。

 

「スバルくん、楽しそうで可愛い……っ」

 

仕事を完璧に熟しながら、庭園でエミリアと楽しそうに話すスバルの事を観察するなど造作もないことである。

 

 

 

「……精霊との大切な時間の邪魔をして―――本当に度し難いヤツかしら」

「あはは。でも、楽しそうなのは良い事じゃないですか。……クルル(こいつ)も、一応、オレが楽しそうにしてた方が良いみたいですから、エミリアさんも楽しんでそうで、精霊たちもきっと同じでしょう」

「きゅきゅっ♪」

 

 

そんな時、ベアトリスとツカサ、クルルと出会った。

 

 

「ベアトリス様、ツカサ君」

「仕事お疲れ様、レム。……なんだか、悪いね、ほんとに……。たまにご飯を相伴に与れれば~ ってお願いだったのに、こんなに長く世話になって……」

 

 

元々は村に滞在する許可~というのが最初の褒美内容。

なのに、ここ最近はずっとロズワール邸に滞在させてもらっているのだから、低姿勢になるというものだ。

 

時折村にはいくものの、基本的にはロズワール邸にいるので、住まいが変わったと思った方が良い。

 

 

「いいえ。ツカサ君はレムや姉様、スバル君。それに村を救ってもらいました。返し足りない程の恩がありますよ。だから、レムの料理でよろしければ幾らでも!」

「……少し力を抜く事を覚えた方が良いのよ、お前は」

「! ひょっとして、レムを心配してくださったんですか?」

 

ベアトリスはレムを見ながらそう言い、言われた事に驚くのはレム。

いつも何処か興味がなさそうな様子を見せるベアトリスから、心配されるのには驚きがある。

 

 

「最近のお前は力が入りっぱなし。見ていて危なっかしいかしら。適度に様子を見ておこうと思ったのよ」

「きゅっきゅんっ♪」

 

 

ベアトリスの肩に乗っているクルルも胸を張りながら頷いた。

クルルの様子を、その反応を見て、レムは色々と思う所が多くあった。

 

 

「クルル様も……? 私に戯れてくださったのはそう言う訳が?」

「きゅんっ♪」

「いや、クルルの場合はただ、レムと遊びたかっただけ、の割合が大きいと思うよ。ベアトリスさんにも最初から懐いちゃってるし、色々と大変で迷惑ばかりだ」

「そんなことないのよ。クルルはにーちゃに次ぐ最高かしら。それに、お前の事はクルルが発案した事かしら。……ベティーはちょっぴり、参加してあげただけに過ぎないのよ」

 

 

皆に色々と支えられていることを、レムは痛感する。

ベアトリス、ツカサ、クルル。……この場にいる全員に。

 

 

「ありがとうございます! そのお気持ち――本当にうれしいです。今後はもっと死力を尽くしてやらせていただきます!」

「って、なんでそーなるのかしら! 適度に力をぬいて、疲れないようにするかしら! クルルに癒されるが良いのよ」

 

 

肩に乗ったクルルを右手に移動させると、レムの方へと向けた。

きゅん、と鳴きながらレムの肩に飛び乗ると、その頬に摺り寄せる。

 

 

「あは、あはは、くすぐったいですよぉ。……ふふふ、皆さん、本当にありがとうございます。こうして、レムの事を心配してくださる事が、レムにとってとても光栄で、とてもうれしいです」

「……はぁ、何を笑って言うかと思えば。お前は特にあの男の変な影響を受け過ぎなのよ。姉の方は、こっちに影響受けっぱなしかしら」

 

 

ベアトリスは、窓の外、庭園にいるスバルを……、そして次にツカサの方を見た。

 

 

「え? オレですか?」

「自覚ないとか、嘲笑ものなのよ」

「はいっ! 姉様はツカサ君のおかげでとても可愛らしくなりました! きっと、ツカサ君のおかげです!」

 

 

ラムの話題+ツカサの影響、と言う所に注目したかと思えば、一足飛び足でツカサの前へと駆け寄ったレム。両手をぎゅっ、と握って力強く断言する様に。

 

 

「あははは、それはこちらこそ光栄だよ」

 

 

ラムが自分で可愛らしくなった、というのは兎も角、ラムのあの顔(・・・)を覚えているツカサとしては、ラムが幸せならそれだけでも十分喜ばしいのはツカサも同じだから。

 

 

「それに、更に言うなら……、ベアトリスさんも影響を受けてそうな気がしますよ? 特にスバルの影響」

「は?」

 

 

何言ってんだ? こいつ。みたいな顔をするベアトリスだったが、レムの肩に乗っていたクルルは、また飛んで、ベアトリスの肩に乗って。

 

 

「きゅんきゅんっ!」

 

 

二度、三度と頷いた。

激しく肯定している。

 

 

「私もそう思いますよ、ベアトリス様」

「……なかなか強烈な皮肉なのよ。そろそろ、書庫に戻るかしら」

 

 

全員が肯定するものだから、ばつが悪くなったのか、ベアトリスは背を向けた。

 

 

「クルル。ベアトリスさんに迷惑をかけるなよ」

「きゅんっ」

 

「あっ、ベアトリス様、また朝食の時間にお呼びに上がりますので」

 

 

ベアトリスは、無言で手を振ると、クルルと一緒にそのまま陰魔法で扉の先を禁書庫へと繋げて、禁書庫の中へと戻っていった。

 

 

「ベアトリス様もやっぱり変わられたと思いますよ。ね? ツカサ君」

「んー。変わる前? のベアトリスさんを知らないからね、オレは。元々優しかったのは知ってるんだけど。……それにしても、変わる切っ掛けの1人が自分かもしれない、って言うのは何だか気恥ずかしいね……」

「ふふ、良い風に変わられたと思いますので、誇って良いのではないでしょうか? 少なくとも……、姉様の事はレムの太鼓判です!」

 

 

 

その後、暫くツカサと談笑を続けた後、再びレムは仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エミリアのティータイム。

 

 

王選の勉強を続けているエミリアの息抜きタイムでもある。給仕係としてレムがいるのだ。

 

 

「わっ、今日はレムがお茶を淹れてくれるのね。すごーく久しぶり」

「スバル君は一緒じゃなかったのですか?」

「ええ。スバルはラムに仕事を頼まれてて、忙しそうにしてるわよ」

「あれ? 姉様は……、あっ!」

「???」

 

 

レムは先ほど、ラムと出会った時のことを思い出して思わず口を噤んだが、もうエミリアに聞かれてしまったので、隠す事もないだろう。

 

 

「姉様はツカサ君と村に買い物に向かったので。スバル君に姉様の仕事を頼んだんだと思いまして」

「へぇー、2人は今日も仲良しっ! すごーく良い事ね!」

「はいっ! ……欲を言えば、スバル君も姉様と仲良くなってほしいと思ってます」

「うん、私も大賛成! 皆仲良くが一番!」

 

 

話をしている間も、手際よく準備を続ける。

エミリアの前に一式、揃えたところで手を止めて、エミリアの傍らに立つレム。

それを見てエミリアは首を傾げた。

 

 

「あれ? レムの分は? 飲まないの?」

 

 

それは、エミリア一人分しか用意されていない事に対しての疑問だった。

でも、レムはそれは当然、と言った様子で続ける。

 

 

「いえ、レムは単なる給仕ですから。エミリア様とご一緒なんて……」

「でも、ツカサもスバルも、それにラムも一緒に飲んでいくよ?」

「……では、レムもお言葉に甘えます」

 

 

ツカサは客人扱いだからまだしも、同じ給仕であるラム、スバルも一緒に飲んでいるというのに、このままではレムだけが仲間外れ……なので、エミリアは是非との姿勢。レムもそれなら……と、自分の分を用意し、エミリアと対面する形で座った。

 

 

「ふふ。こうやって静かにお茶を飲むのも素敵よね。いつもはスバルがたくさんお話ししてくれたり、ツカサはクルルと一緒だから、パックとクルルとツカサと私で、賑やかになるし、ラムは勉強の事で助言してくれるの。……レムと一緒だと、すごーく落ち着く」

「!」

 

 

エミリアに自分と一緒にいると落ち着く―――と言ってもらえた事にレムは驚く。

元来、レムはエミリアと深くかかわる事はなるべく避けていた。

それに、ラムと比べたら明らかに少ない。

 

その理由は……スバルの事を狙っていた嘗ての件と似ている。

そう―――スバルは、魔女の残り香。

エミリアは、その容姿とハーフエルフと言う種族。―――嫉妬の魔女と似ているその姿ゆえにだ。

 

 

 

 

もしも――、エミリアに王選の件がなく、スバルと同じ扱い、この屋敷に雇われた身だったとするなら?

……彼女の事も狙っていたかもしれないだろう。

 

 

 

 

実際は、……今はそんなことはなく、平和にお茶を飲み交わしているのだが。

それはあり得ない世界線での話だ。

 

 

 

 

 

「勉強の進み具合はいかがですか?」

「悪くはない……といいなって思ってるの。私の場合、他の人よりも遅れてるから、もっと頑張らなくちゃだけど……」

 

 

エミリアの悩みを聞いている内に、なんだかレムは自身と被ってみた気がした。

 

 

「レムや姉様も屋敷にきた直後は、まず学ばせていただくことばかりでしたから、お気持ちは解ります」

「うーん、やっぱり近道なんてないのよね。焦る気持ちもあったんだけど……コツコツ続けないとダメね」

「! エミリア様でも焦ったりするんですか?」

「もうっ、当たり前じゃない」

 

 

いつもしっかりしている様に見えて、その実……そうではないらしい。

エミリアに関わる事を控えていたレムは、また違うエミリアの一面を見て……。

 

 

 

「エミリア様は歌うのがとても残念ですね」

「ええ!?」

 

 

それは以前、宴会での席。

どういう切っ掛けか、エミリアが歌を披露した事があった。……お世辞にも歌が上手い……とは言えない出来。

 

 

「あと、意外と手先が不器用ですし、それに周りの影響を受けやすくて……」

「えっ? ええっ? やだ、急にどうしたの、レム??」

 

 

恥ずかしい所を次々と暴露。

どれもこれもエミリア自身が自覚していることだから、尚更恥ずかしい。なかなか直る事ではないから。

 

 

「これらは全部この1カ月でレムが知った事です。……エミリア様の事を沢山見て、知りました」

「むむ~~……ん! じゃあ、私も!」

 

 

エミリアはお返し、と言わんばかりに反論。

 

 

「レムって、実はすごーく頑固で意地っ張り、あと絵本とか詩歌が好きで、スバルが言い出した調味料のマヨネーズがちょっと苦手。あ、でもスバルとはとっても仲良し!」

「さすが、エミリア様! 反論の余地はありません! 特に最後のは納得です!」

 

「ふふふ。スバルもツカサも、いい風をここに齎してくれた、って思ってるの。すごーく感謝してる。それに、ラムやレムと話すことがずっと増えたのもそう! ……でも、いきなりどうしたの?」

 

 

突然、レムが言い出した事に疑問を覚えたエミリアは、どうしたのか? と聞いた所、レムは意を決したように告げる。

 

 

「レムは、レムもエミリア様を応援してます! その、レムの力なんてとても小さいとは思いますが、この微力で出来る限り、エミリア様を知っていこう、レムはそう思いました」

「! …………えと、変なところばっかりじゃなかった?」

「……そんなことは、あったかもしれませんね」

「そっか、そう、だよね」

 

 

正直に告げられる事。

それが良い事だけだとは言えない。時には傷つけることだってあるから、それをエミリアはよく知っているから。

 

だが、レムの言葉はうれしい。うれしいものだった。

 

 

「ありがと。レムがそう言ってくれてすごーく嬉しい! ほんと……良い風を運んでくれた。やっぱり、間違ってないわね? レムもラムも、私も。……皆」

「はい。スバル君とツカサ君、そういう名の風です。とても、素敵です。……姉様もきっと、同じ様に感じていると思います」

「ふふふっ。ラムとツカサはずっと仲良しだもんね」

 

 

エミリアとレム。

今日はまた一段と……距離が縮まり、よりよく互いの事を知る切っ掛けになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の夜……ロズワールと大精霊パックの晩酌の準備。

腕を振るって料理を運ぶ。

 

 

「う~ん、僕の本能を揺さぶるいい匂いだね」

「お気に召していただければ幸いです。では、失礼いたします」

 

 

長居は無用、2人の邪魔をせずに早々に立ち去ろうとしたが。

 

 

「ご苦労様、と言いたいところだーぁけど、ちょっと付き合ってもらおうか」

「―――! あの、レムはお酒は……」

「飲めないのは知ってるとーぉも。臭いも危ないってね。大丈夫離しておくさ」

 

 

レムが酒がダメなのは、周知の事実になっているのだ。

 

 

「鬼は酒好き、酒豪揃いて噂なのにね~」

「顔色も変わらないラムにも驚くが、レムにも別の意味で驚かされる」

「あー、前の宴会の時、リアと二人でフワフワしてたもんね? あれはあれでかわいかったからいいけど」

 

 

ほんの少量酒を飲んだだけで、顔を真っ赤にさせて、エミリアと抱き合ったりして色々大変だった……事はない。

いつもとは違う二人を微笑ましく見る事が出来て楽しかった、と言うのが本音だ。

 

 

「その節は大変みっともない所を……」

「いやいや、いいとも。……いい、と言えば、レム。その顔だ。困ったときに困った顔をするようになったね。良いことだと思うよ。……さて、ここからが本題だ。スバル君とツカサ君の事だーぁよ」

「! お二人の……、お聞きします」

 

 

恥ずかしい行いに、顔を赤くさせていたレムだったが、直ぐに調子を戻す。

スバルの事とツカサの事。……ツカサの事に関しては、姉にも止められない限り報告するべき、と一言一句聞き逃さない構えだ。

 

 

「まずはツカサ君の事だーぁよ。アストレア家から王都への招待状が届いた。どうも、彼に褒章を。叙勲と言う形も取りたい、との事だーぁね」

「ツカサ君がですか!? 王都の叙勲!?」

「ほんと、あの子はスゴイよね。クルルもすっごいけど、何と言うか、いろんな常識? っていうのが欠如してるみたいでさ? リアとはまた違った感じで、可愛らしいとも思うけど」

 

叙勲の話にレムは驚き、パックもどこか呆れ気味に驚いていた。

離れ業をいくつやれば気が済むのだろう? と。……だが、友好的な間柄になれているのは実に幸運である、とも思っている。エミリアの心強い味方になってくれているのだから。

 

 

 

「そうだ。正直、眉唾ものだったのだが、彼が王都に、持ち込んだ魔獣の断片……、確認の結果、白鯨のものである、と王都で証明されたようなんだーぁよ。それに剣聖ラインハルトが強く推薦した。だから報酬、と言うより叙勲、勲章と言う形だぁーね」

 

 

ツカサの話は、以前にレムも聞いたことがある。

なんでも、単身で白鯨を撃退したとか、何とか。

 

正直、誇張されたものなのではないか? と最初は思っていて、彼の実力を知った後も、完全に信じたか? と問われればやっぱり難しい。

 

白鯨とは、嫉妬の魔女が400年前にこの世界に生み出し……、この世界を狩場として、跋扈し続けた存在であり、厄災と言って良い存在だ。

 

それを単身で……と思っていたのだが、さすがにロズワールの口から、それも正式に王都に召集された、と言う形になったのなら……、それが証明となるのだろう。

 

 

「丁度良いタイミングでもあるからねーぇ。ツカサ君にはラムを宛がう事にした。ラムには話を通してるから、確認してくれても良―ぃよ」

「は、はい!」

「うんうん。それと、こっちはレムに直接関係のある事だーぁね。次はスバル君の事だ」

「!」

 

 

ツカサの話題から、スバルの話題へと移る。

 

 

「スバル君は、短期間に数回ゲートを酷使した。その調子が良くないんだ」

「最初の1度はボクにも責任があると思うんだけど、乱暴な使い方を覚えちゃったみたいでね」

 

 

シャマクを教えたのはパックであり、実演もした。

スバルのマナを制御しながら、実際に使わせて見せたが……、その時も自爆するかの様にマナを放出。

最初はパックが一緒にいたから、まだ軽傷だったのだが、二度目はそうはいかなかったのだろう。

 

 

「流石のクルルでも、ゲートの修復~なんて離れ業までは出来ないみたいだし、ボクもお手上げだ」

「そう、だから彼には王国最高の治癒術士を当ててあげようと思ってねーぇ。……彼の功績に報いる義務も私にはあるからねーぇ。だから、ラムはツカサ君を、レムはスバル君を、それぞれ同行してもらいたいんだーぁよ。……もっとも、スバル君に関しては無茶しないように、見守る、監視、と言う役目をレムに与える。よろしく頼むよーぉ」

「そ、それはつまり……」

 

 

レムの感情は一気に爆発する。

 

 

「ロズワール様は与えてくださるというのですか!? レムと姉様の幸せを!! 大義名分を!!」

「! ものすごい自分都合に捻じ曲げたねーぇ」

「姉様も! 普段とは違う王都で、もっと積極的になれます! 四六時中共にあれる、と言う事はつまり! レムにとうとう、お義兄様が!! うれしい限りです! それに私もです! ずっと自制してました! スバル君の影を踏まない様に、吐いた息をなるべく吸わない様に、日々注意して過ごしているレムに、四六時中スバル君を見守れと命じるんですね!?」

「……そんな風に自分を縛ってたんだね~。それにお付き人から、一気に婚儀は気が早いよね? 面白そうだから良いけど」

 

 

今口にしたこと以外にも、色々と報告してない事は多々ある。

歯止めが利かなくなるのは、大体寝顔を拝見している時で、その数も相応なもの。

 

今は語るときではない、と口を閉ざした。

 

 

「とにかく! レムはこれよりロズワール様の命令により、スバル君に付きまといます! ご命令! 仕方なくです!! 姉様にもお伝えしないと……!! 私、とても楽しみにしているのです!!」

 

 

ビシッ! と敬礼して、レムはおぼつかない足取り、ふらふら、と移動をすると。

 

 

「それでは、失礼します。ロズワール様、大精霊様、よい夢を―――――」

 

 

ぽわぽわ、フワフワしている。

この様子は以前見たことがある。

 

 

「……たぶん、あの子風下にいたね? 酒の匂いを嗅いじゃったんだ。……前よりすごくなってない?」

「……流石に今のは狙ってませんからね?」

「はははは。ロズワールも可愛がってる娘が2人も嫁入りするなんて、心中穏やかじゃなかったりしてるんじゃない?」

「親心、っていうのを堪能するのも良いかもしれませーぇんね」

 

 

 

ロズワールとパックは暫く、今日のレムのネタを肴に、晩酌を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意気揚々とまず向かったのは、当然ラムの所。

 

 

「姉様姉様!! 聞きましたよ! 王都へ、ツカサ君と! 二人で!! 姉様! おめでとうございます!!」

「おめでとう? ……レム? ひょっとして酔っているの?」

 

一発でレムの状態に気付いたラム。

共感覚を用いる必要すらない。

 

 

「レムも、スバル君を四六時中見張れ、と命令を頂きました! なので、仕方なく、仕方なく、スバル君を見張る事にします! なので、姉様もぜひ、ツカサ君と夜をお過ごしください!」

「……自分で何言ってるのかわかってる? レム。ちょっと水でも飲んで落ち着きなさい」

 

 

 

その夜、ラムは珍しくも忙しかった。

いつもとは逆で、レムの世話。一度酔ってしまったレムはなかなか回復しないのは解っているから。

 

 

 

だが、ラムも満更ではない―――と言うのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

王都へ向かう事。

遊びに行く訳ではない。仕事だという事は解っているがそれでも、湧き上がる想いを胸に、レムを寝かしつけるラムだった。

 



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ラムの楽できて、ちょっぴり不満な1日

ラムの1日。

 

 

それはまず始めにレムが起こしてくれる所から始まる。

 

寝付きが良い訳でも寝起きが良い訳でもないラムは、朝が結構弱い。

理由の一つとして、ロズワールとの蜜月。

……と言う名の、マナの移譲を行っているが為に、就寝につくのが遅くなる時は多々あったから。

 

 

鬼族が有する額の角……があった名残、その傷跡を通して、マナを注がれる。

その感覚は肉体が活力に満ち、ゲートが温もりで膨らまされる。……至上の甘美な感覚は、多幸感を齎してくれる。

 

ラムは、夜の度、マナを注がれる度に、その甘美を堪能する度に、甘い声を上げ続ける。

艶っぽく頬を染め続ける。

 

その様子を幾度もなく見続けているロズワール。そして、()が来る前までは、ラムはロズワールを誘惑していた事があったが。

 

《娘も同然の相手を? 変態悪徳貴族の面目躍如といった所じゃなーぁいの。わくわくするねぇ?》

 

と、軽く躱される事が定番だった。

 

 

 

だが、それは()が来る以前までの恒例行事であり、現在は少々違う。

 

 

マナの移譲はロズワール以外にも出来る事が判明した為、する必要がなくなっているから、ロズワールとの夜の営みは現在殆ど行われていない。

と言うより、意図的に頼むように操作をロズワール自身はしているつもりだ。

 

 

それは兎も角、ラムは夜が長いが故に、朝が弱い。

レムと違う点の1つでもある。

 

 

 

それに、最近朝が弱いのは、ロズワールの時とはまた違ったお勤め(・・・)を果たしているから、と言う理由もあるが、それは後程。

 

 

「………ツカサ」

 

 

レムに朝起こされて、目を覚ました後しっかりと身支度を整えて、レムにも確認してもらって、万全の体勢で最初の仕事に取り掛かる。

 

一室で深く眠りについている青年を起こす事。

 

いや、起こすというのは、少々語弊がある。

起こすのではなく、自然に目を覚ました時にその視界の中にラムがいる事。それを目的としている。

 

だから、今朝も日が昇る前に寝台の傍に設けられている椅子に座ったまま、彼の寝顔を―――ツカサの寝顔を眺める。……心行くまで楽しんでいる。

 

このお勤め? の当初はツカサは目を白黒させて、色々と他の仕事に支障が来さないか? とラムに心配? を言ったりしてるが……。

 

《何処かのバルスと違い、いつまでも眠りこけたりしないから、特に問題ない》

 

と、よくわからない解答をラムは言っていたりする。

 

ラムの時間が、自分自身にとられるのは事実だから、何度かツカサは。

 

《無理にしなくても構わないよ》

《他の仕事を優先してくれても》

 

などなど説き伏せる様に、角がたたないようにやんわりとラムの朝のお勤め? を回避しようとするのだが。

 

そこはこの屋敷の当主、トップであるロズワールが一言。

 

 

《貴族式の接待、応対、応接、接遇、礼遇……等々、とにかく最上級、至上のものだーぁよ。果たせなければ、メイザース家の名折れだーぁと言って良いねーぇ》

 

 

完全にラム側に立つ感じで本当に名折れなのか、そんな大袈裟な事になるのか、ツカサにはわからない事を言われた。

そして、ロズワールの隣に立つラムはと言うと、お墨付きを貰って御満悦~と解るように渾身のドヤ顔と共に優雅な仕草で告げる。

 

 

《これはラムの仕事の1つだから、だから、ツカサは我慢も遠慮もせず受けなさい》

 

 

まさに有無言わさぬ勢い。

結果、やや強引ではあるがツカサは自分自身を納得させる形で(自己暗示?)ラムに委ねる事にしたのである。

 

自己暗示を続けて最終的には ラムの仕事なのなら、その仕事の1つを奪うというのも、ある意味では悪いのでは? との結論に至るツカサは、取り合えず何も言わず。ある程度のラインを越えなければ、羞恥ゲージが突破されない限りは言わないように心がけたのだ。

 

 

 

孤独より起きた時に、誰かが傍にいてくれてる方が良い。

その安堵感は、ツカサにとって魅力的であるのは間違いないのだから。

 

 

 

「………こうしてみてると、やっぱり幼さが残る顔……ね。それに」

 

 

まじまじとその寝顔を思う存分堪能するラム。

視線はツカサの寝顔に向けられていたのだが、次に左側……ラムがいる反対側の肩傍にいるクルルに注目する。

 

普段は、ベアトリスと寝食を共にしていたのだが、今回はツカサの元へと戻ってきていた。

 

 

「クルル様も、そう。規格外。……似たもの同士、と言う事なのかしら……? そもそも精霊をずっと顕現し続けるのって、極めて異常な筈なんだけど」

 

 

ツカサの傍で眠っているクルルも似たような感じだ。

高位の存在であるのは、大精霊パック、そしてベアトリス同等の存在である事は解っているが、契約など、特殊なベアトリスはさておき、純粋にツカサと契約してるであろうクルルの活動限界値が見えない所は、凄いを通り越して異常だというのがラムの認識であり、評価。

 

 

「ん――――……」

「っと……」

 

 

クルルの方を見ていた時に、ツカサが寝返りをうったものだから、反射的にのけ反らせるラム。

寝返りをうつなんて、珍しい。それに寝返った方はラムが丁度見ている右側だ。

誰かが居る、ラムが来ていると分かったが故の反応だろう、とラムなりに解釈。

 

 

「そろそろ起きる時間ね。……………」

 

 

じ――――っ、と食い入るように見つめるラム。

 

いつまでも見ていたい―――と思う反面、早く起きてほしい、と言う少々矛盾した、相反した感情が渦巻く目で、ツカサを見ていると、次第に瞼が数度動き、ゆっくりと開かれた。

 

 

まだまだ朦朧としているのだろう、何度も小さく短く瞬きをしていて、その仕草はまるでラムの事を探している様だ。(ラム談)

 

 

「朝よ。そろそろ起きなさい」

 

 

そして、はっきりと瞼が開かれ、且つ焦点が定まっているのを確認すると同時にラムは胸を張って、次の(・・)仕事を開始。

 

 

「んん………、おはようぉ、……ラムぅ」

 

 

くぁぁ、と小さく欠伸をしつつ、上半身を起こすツカサ。

目尻を数度擦って再び欠伸を1つ。

 

 

「美少女のラムが朝1番で起こしてあげてるのよ。もっと言う事があるんじゃない?」

「ん……、えっと……。うん。そう、だね。いつも起こしてくれて、ありがとうラム」

 

 

このやり取りも恒例行事だ。

ツカサも何気に楽しんでいたりする。笑いながら受け答えをしている様子を見ればきっとそうだ。

 

 

 

「……あ、でも着替えはちゃんと1人でするからね? 毎度の事だけど念のため」

「毎度の事だわ。それ今更気にする事? 血を吐いて倒れてた時に既に、ラムは全部、色々見てるのに(・・・・・・・)

「…………忘れてくれた方がありがたいよホントに。お願いします、ラムさん」

「それは無理ね。でも安心しなさい。ラムの私見ではツカサのは良い線いってると思ってるわ。そうね、比較対象としては不本意で不愉快だけれどおおよそ同年代のバルスかしら。……向こうは呆れ果てる程、遥かに粗末だもの。ハッ。雄としても残念極まりないわね」

「無理って……、いや、それよりそれが何で安心なのかわからないし、ソレって他の誰かと比べたりする事じゃないよね!? あーもうっ! 目、完全に覚めましたー!」

 

 

 

ある程度の一線は超えてないのもいつも通りである。

なんでも、ロズワールが一番スゴイ(・・・・・)とラムは言っていたが……、ツカサには羞恥心と言うものがあるので、それ以上は深く追及したりはしないのである。

 

それにしても、この場にスバルがいなくて良かったのは間違いない。

雄として~と、異性であるラムに言われるのは……幾らラム相手だったとしても、心のダメージはハンパないだろうから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツカサも完璧に準備ができたので、続いてラムは仕事内容を、ツカサの前で(・・・・・・)再確認。

 

 

「ええっと、今日のラムの仕事は庭園の手入れ、周囲の確認。昼食の準備を手伝って、銀食器を磨いて、それから……」

「うんうん良いよ良いよ。了解。オレも手伝うからね」

 

 

仕事多いアピールする事によって、苦労しているラムを助けなければならない、と言う庇護欲が出る(との事)。

 

 

 

と言う訳で、基本的に仕事をツカサに手伝ってもらう事で、ロズワール邸で気兼ねなく暮らせる為の措置だ。

 

ラムも楽を出来、ツカサにも屋敷の仕事が出来る。

スバル風に言えばウィンウィンな関係なのだ。

 

 

 

―――基本的に、ラムが得をして、楽をしているだけなのだが、そこはあえて触れていない。スバル以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庭園の手入れ、主に草木の選定や伸びすぎた芝刈り、綺麗に整えていく。

 

 

「ラムの仕事から学ぶべき所、気付く所が多くあるんじゃない?」

「うん? んーラムもそうだけど、やっぱり レムがいつも大変で、凄く頑張ってる、って事がよく解るかな」

「当然よ。レムは ラムの自慢の妹だもの」

「結構皮肉を言ったつもりなんだけど、ラムって本当にめげないよね」

「常に前向きな所がラムの美徳でもあると思っているわ」

 

 

ラムはレムに頼っているので、そのフォローをレムがしてくれている。

だから、レムは自分の仕事+αとしてラムの仕事の手伝いもしてるので、本当にスゴイ。………が、基本的にロズワール邸は、あまりにも広いので、正直2人では不可能だと思う仕事量。

 

ラムも、色々と楽をしている様に見えるが、よくよく考えてみると、普通に村で任されていた仕事と比べてそん色ない程の仕事量を熟している。……仕事の出来は兎も角。

 

 

 

 

 

 

そして、庭園の手入れが終わった後は昼食の手伝いを開始。

 

芋の皮むきをせっせとラムとツカサは熟し、レムはスバルと共に、下拵えを済ませていく。

ツカサは 客人的なポジションだったのだが、いつの間にか使用人ポジションになっているのにももう慣れた。

 

 

「オレの方が先に家事仕事してるのに、どーして後から始めた兄弟の方がオレよりスキルが上なのか不明な件」

「ハッ。身の程を知るいい機会よ。落伍者なバルスは求めるだけ無駄だって事を」

「ヒデェ! 辛辣ってレベル遥かに超えちゃってて、最早オーバーキルだよ!」

「まぁ、基本野営とか自炊とか、一番最初にそれなりにしてきたからね。期間自体は短かったけど、経験が活きたって事だよ」

 

 

スバルの文句? 嫉妬? に対して、一蹴するラムと事情説明をするツカサ。

 

オットーと共に行動をしていた時は、野営することが多かったし、最初は色々とぎこちなかったが、ある程度熟していく内に、出来るようになったいたのだ。

その旅? を知らないスバルにとってすれば、何でも熟すツカサが眩しく見えてしまっても仕方ない。

 

それでも期間にしてみれば、ほんの数日程度だから、呑み込みは早い分類だと思われる。

 

嫉妬を向けるスバルだが、実はそれは同じで数度繰り返してきた家事スキル。あの魔獣騒動を超えた後もしっかり研鑽を積んできた使用人としても家事スキルは、それなりに上がっている。

 

だが、ある意味スバルもレム同様、自己評価が低い、過小評価気味になってしまっていたりするが無自覚である。

 

 

「姉様もスバル君もツカサ君も、皆素敵ですよ! レムはとても助かってます」

 

 

因みに、以前までは姉至上主義だったレムも、打ち解けた身内に対しては皆等しく甘くなっているのである。

 

順位をつけるとするなら、ラム≧スバル≧ツカサにはなる。それと、自分自身を圧倒的に下げてるからめちゃくちゃ甘々なのは言うまでもない。

 

 

 

 

「じゃあ、ここからはマヨネーズ作りですね」

「バルスしか喜ばないから、ラムは一抜けするわ」

「いや即答ですかよ姉様!」

 

 

スバルが考案? した新たなる調味料マヨネーズ。

屋敷でも常備しておく事となり、それなりに好評で作り置きする事は業務の一つではあるのだが、基本的に禁断症状? が出てしまう程好物なのはスバルだけで、スバルが喜ぶ調味料=マヨネーズだから、ラムは面白くないのである。

 

 

「この中でラムが一番マヨネーズ作るのは上手いんだけどね」

「あのビックリするくらい器用だった魔法()の使い方な。オレが死ぬほど好きなマヨネーズを、こうも要領よく作っちまう所は、ほんっと尊敬に値するよ、姉様」

「ああ、こんなに心躍らない賛辞の言葉があるのは、ラムもビックリ」

 

 

マヨネーズ作りは主にかき混ぜ。

人力では不可能だと思える高速回転を可能にしたのが、ラムの小規模な風魔法。

器の中で見事な力加減でかき混ぜ続けて、容易に完成させてしまったのは、驚きを通り越えて、憎らしくも思えたのは最早良い思い出だ。

 

 

「んじゃ、オレは更にビックリしたよ、色々とレムに自信を持たせようと思って開催したって意図があったマヨネーズ作りだってのに、ラムが空気読まずにやっちゃったんだし? あん時は 兄弟とオレのフォローがなけりゃ、レムがもっと落ち込んでたぞ」

「風を読むのが得意なラムに何たる暴言。あまりマナを使えないラムをツカサが使える様にしてくれたんだから、その結果よ。つまりバルスはツカサを責めてる、って事ね」

「なんかすっげぇ、曲解したよ!! 剛速球が超変化球した挙句にデッドボール直撃、戦線離脱だよ! なんでそーなるんスか、姉様!」

 

 

普段のラムであれば、マナの使用限度と言うものがあるから、完成させるまでには至らなかっただろう。

 

だが、そこはマナブースター的な存在、ツカサのお供、クルルが活躍してしまって、完成へと導いてしまったのだ。

 

 

「まぁまぁ、最終的にはマヨネーズの最適な味付けはレムが導いてくれたんだから。結果的には全員が力を合わせて頑張った、って事で落ち着いたじゃん? あの時は」

「ほんと、優等生なコメントだーぁよね~、直視できないよ、眩しすぎて」

「いやいや、自然と二人のやり取り見て聞いてたら、こうなるから。見ててわかんない?」

「………言いたいことがよーく解るのが、何か悲しくなってくる」

 

 

とかなんとか、色々とやり取りが続き、結果的にラムは一抜け、と言った筈なのに最後まで一緒にマヨネーズ作りまで完遂させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、昼からの仕事は大体掃除関係が始まる筈だったのだが……。

 

 

「ん? あれ? 昼からの仕事……屋敷の掃除なんじゃなかった?」

「今日はバルスが、ラムの為にどうしても働きたい、って申し出たから、その時間まるまる休憩になったわ。だから、ツカサもご苦労様」

「あ、なるほど。了解了解」

 

 

ラムが楽をする為に、スバルに仕事を押し付ける、と言うのも結構な頻度で行われている。

そして、どこに隠し持っていたというのだろうか、ティーセットを取り出したラムは、いい笑顔でツカサに言った。

 

 

「ラムとお茶でも付き合いなさい」

「ん。付き合いますよ。お姉様」

 

 

食堂にて、ラムとツカサのティータイム。

今日も1日仕事ご苦労様……と、半分しか終わってない筈なのに、まるで仕事全部終わったかの様な爽やかさで、お茶を啜っているラムとツカサ。

 

 

「今日は、庭園の手入れの時 風の魔法使ってたみたいだけど、大丈夫だった?」

「ええ。問題ないわ。自分の限界くらいちゃんと見極めてるもの。決して無理せず、己の体調管理を完璧に。それが何より大切。誰よりもラムはそれを知っているのよ」

「そりゃそっか」

 

 

結構日ごろから仕事の楽を求めるラム。

よくよく考えてみれば、このティータイムも楽したいが故に行われてるも同然だから。

 

 

「それを言うなら、ツカサの方は大丈夫なの? レムやエミリア様の魔法も受け付けない難儀な身体をしてるんだから」

 

 

ツカサが、ラムの事を心配してくれてるのは、当然! と思いつつも表情には出さず内心では嬉しいラム。それと同時に、イメージしてしまうのは、やはりツカサの身体の事だろう。

そもそも、他人の事を言う前に、自分は大丈夫なのか? と思う事は多々ある。

 

 

「それこそ大丈夫。最近じゃ、戻る(・・)事はないし。大きな事件だった魔獣騒動も解決してるし。だから、今後そうそうスバルが死ぬような事は無いでしょ?

だからあまり心配してないよ」

「心配はしておいた方が良いわ。バルスは死にやすいもの」

「うーん……確かに。否定出来ないのがなんか悲しいよ。そうならない事を心から願ってる。ほんと」

 

 

物騒な話をするもんじゃないな、とツカサは話題を変えようとしたその時だ。

 

食堂の扉が開いたのは。

 

 

「あ! ラムとツカサ。休憩中? 邪魔になっちゃうかな?」

 

 

入ってきたのはエミリア。

まだ時間的に昼食には早過ぎるが、どうやらエミリアもお茶を飲みに来た様だ。

 

 

「いえ、大丈夫ですよ、エミリア様」

「それに、エミリアさんを邪魔だ、って思う人ここにはいないんじゃないかな? 友達、でしょ?」

 

 

ツカサは、笑顔でティーセットの中からカップを一つ取って注ぐとエミリアに差し出した。

 

 

「お友達がいないリアにとって、この上ない言葉だよね~ボクからもお礼を言うよ、ツカサ」

「んもう! パック!!」

 

 

エミリアが本当に嬉しい、友達と言ってくれて嬉しい、と強く感じた心に反応するかのように、パックが出てきて、中々に辛辣な台詞と共にツカサに感謝した。

当然、不本意な事を言われてるエミリアは猛攻義しつつ、パックの頬をつねる。

 

色々と収集がつかなくなる前に、ツカサはクルルを召還。パックの相手を任せて、エミリアはその意図を察し、また笑顔になって今度こそカップを受け取った。

 

 

「ふふ。ありがと、ツカサ」

「いいえ。王選の勉強お疲れ様です。……大変だ、って事くらいはオレにも解りますから。オレに出来る事があるなら、いつでも言ってくださいね? ……力になれる事は少ないかもしれませんが」

 

 

王選については流石のツカサも知識不足だ。

何をどう力になるのかさえ分からなく、物理的な脅威、危険を回避する事なら手助けできると思われるが、民衆の支持を得る為に、何をどうすれば良いのかは、正直解らないし、その分野においては力不足は否めない。

 

 

王選は兎も角―――エミリアのハーフエルフの境遇について位は、しっかりと学んだ。

 

 

四面楚歌。周りが怨敵を見る様にしてしまう感情、感性は仕方ないのも解るが、だからと言ってエミリアが悪い訳ではない。それはツカサにも解る。スバルに言われるまでもない。

 

 

「ありがとう。少なくなんかないよ。ツカサにはすごーく助かってる。勿論、ラムやレム、スバル、……皆にもね。恩を返せるように、私も頑張らなくちゃ」

 

 

味方自体が少ないという事はエミリアも自覚している。

だからこそ、その気遣いがとても嬉しいのだ。何より裏表がないツカサやスバルの言葉は、本当に嬉しい。

 

それと、恩に感じることはない、と常日頃伝えているが、その辺りはエミリアの性格なので、仕方ない、とある程度は受け止めている。

 

 

「スバルがここにいないのは残念だったかな? エミリアさんから聞けなかったって知ったら、悔し泣きしそう。いや、お茶会をしてるだけでも、十分その案件か」

「居たら居たでうるさいだけよ。それとツカサの半分くらいの謙虚さがバルスにほしいわ。無駄に自信満々だから」

 

 

 

エミリアを含めた、3人+精霊2匹のお茶会は盛り上がり、後にラムの仕事分を終えて戻ってきたスバルは、案の定盛大に羨ましがるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の夜。

 

 

「疲れてるのに、ほんとありがとラム。オレ、イ文字はともかく、ロ文字はまだまだ完璧じゃないから、凄く助かってる」

「文字を読めるようになるのは、結果的にラムの助けになるから問題ないわ」

 

 

 

業務――ではないが、ツカサの勉強会をラムが開いてあげている。

因みにレムはスバルに対して教えている。

 

 

基本的には、只管ロ文字を書いて書いて読んで読んで、を繰り返す勉強法。

 

後はベアトリスの禁書庫から借りてきた(当然持ち出しOKなもの)ツカサのレベルに合わせたいわば参考書を読んで見せて、ラムに判定してもらうのだ。

 

 

ロ文字を、時にはイ文字の復習。

幾度も繰り返していく内に、それなりに時間は経過する。

 

 

あまりにも単調な勉強法なので―――。

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ」

 

 

 

 

 

ラムの方が先にダウンしてしまうのは、最早恒例だ。

 

最初こそは、戸惑ったり、このまま、男の部屋にラムを寝かせたままなのは、あまりよろしくないのでは? と思ったりして、レムやエミリア、晩酌をしているロズワールに相談をしに行ったり、と結構てんやわんやしていた。

 

ラムは容姿端麗、美少女、と自画自賛をしているのだが……、実際ツカサもその通りだと思う部分は当然あるし、男の子だ。

 

無防備に眠っているラムを見るのは、なかなかに刺激が強かったのだが、恒例になってしまった今は、大分大丈夫になってきている。

 

大丈夫になった、と言うより、どちらかといえばツカサの精神力が向上したと言うのが正解だ。

 

 

 

それはそれで、ラムにとってすれば不服極まりないのは、また別の話。

 

 

「今日もお疲れ様、ラム。………クルル。やるよ」

「きゅっ!」

 

 

ツカサは、眠りについているラムの額を撫でた。

すると、肩に乗っているクルルの額の紅玉が淡く光りだす。

 

その光は、ツカサの肩、腕、手……ラムへと伝わっていき、淡く赤い光がラムの中へと角の傷跡を通して入っていく。

 

 

光が注がれる度に、紅潮させる顔。

喘ぐような艶やかな声。

ラムの全てが刺激が強すぎる。

 

 

おまけに、ロズワールから、問題ないよ、と了承を(勝手に)貰っているのもそうだ。

 

当然、寝込みを襲う様な真似はクズがする事なので、ツカサは やんわりとスルー。

 

 

《じゃあ、起きていたら良いの?》 

 

 

とパックに言われてもスルーを貫く精神力を持ち合わせているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、ラムの夜のお勤め――とはこのことである。

 

 

 

以前まではロズワールが行っていたマナの移譲を、ツカサが行っていた。

始まりはそれとなくロズワールに頼まれたから、と言うのもあるし、その以前から、ラムのマナ移譲は行っていたので、特に問題視する事なく、勤めている。

 

 

そして、それを終えた後、ラムは自分の部屋までツカサに運んでもらって、ラムの1日は終わりを告げるのだが……。

 

 

 

「………()として ほんと、どうなのよ」

 

 

 

これが数度続けば、逆に手を出されない事にそれなりに不満を覚えるのがラム。

 

異性に興味が無いわけじゃないことくらい、顔を赤くさせるツカサを何度も見てるから解っている。それはラムやレム、エミリアを含めても同じだった。

 

でも、ここまで無防備を晒して尚自制心の方が勝る。何なら違う意味でのケアも完璧ともなれば、何も言えずとも不満は溜まると言うものだ。

 

 

 

色々と頭の中で愚痴を唱え続けた結果――――寝付きが悪い事に繋がっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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再来の王都
王都からの使者


色々とヤバイ連中がやってくる章が始まりマス。

死ぬなよ! 絶対に死ぬなよ!!

が、叶うのか………、解りませんなぁ(^_-)-☆


朝から実に精が出る。

 

これは、スバル本人から堂々と、自信満々に聞かされた事でもあるが、彼にとって朝と言う時間帯は、どうやら寝る時間らしい。好きな時間まで寝て、ゆっくり起きてダラダラして、そう言う生活を許された場所で暮らしていたとの事だ。

 

時折、苦々しい顔をする事があるので、自信満々に言っている様だが、本人は頭の何処かではその生活はよくない、改善しなくてはならない、と思っていた事だろう。

 

 

それが、この新たな場所、生まれて初めて労働をする場にて、これまでの遅れを挽回するかの様に実に精力的に活動をしている。

 

 

 

「あい! 最後に腕を天に伸ばしてフィニッシュ―――ヴィクトリー!!」

 

《ヴィクトリー!!》

 

 

 

活動内容は、特に業務とは関係のない、アーラム村での朝の日課。

 

何でも、《らじーおたいそう》と言う名で、古来から老若男女問わず広く慕われ続けてきた由緒正しい事らしい。

 

清々しさは、その体操に参加している者たち、アーラム村の住人、凡そ半数以上の皆の顔を見ればよく解る。

いきなりロズワール邸にやってきた使用人見習いが始めた《らじーおたいそう》は、どうやら村の一大ブームとして、大盛況らしい。

本人はここまで続くとは思っていなくて、業務の合間にせっせとスタンプカードなるモノまで用意しながらぼやいていた。

 

 

だが、楽しんでいるという事は傍目から見てもよく解る。

 

 

「すばるーー、体操終わった!」

「スタンプ、スタンプ‼ 早く押して!!」

「次は、ツカサと空中おすもう大会だ‼」

「次はお空飛ぼうっ‼ ツカサーー!」

 

 

「だーーっはっ! 朝っぱらからテンションたけぇな、おい! それに空中戦は以後中止だ、っつったろ! 惨めに叩き落されるのは、一回で良いわ!」

「空中の相撲大会は、正直真似したら危ないから、控えた方が良いね。……スバルを投げるだけなら別に良いんだけど、やっぱり子供達が飛んでる時に真似したら危ない」

「オレが危ない目に合うのは良いのかよっ!?」

 

 

まだスタンプを押し終えてない、つまりは体操がしっかりと終わってないのに、早くも次のアトラクションをご所望な小さなお客様方。

 

流石に、ただの空中浮遊ならまだしも、アクション性が高いものは危険度が倍どころじゃない。そんな空中アトラクションを楽しみにしている子供達を見ると、当然、心配する親御さん達も増える。なので最近では自重をしていたりもする。今の所、ちょっとした負傷者はスバルだけだと言うのが幸いだ。

 

スリル満点なのは、子供心を大いに刺激するので、自重しちゃってる事に関しては大ブーイングなのだが、そんな子供心でも、自分達の事を心配してくれてる事、魔獣騒動では 命を懸けて助けてくれた事も相余って、本気でブーイングを上げてる者は1人としていないが。

 

 

「ったく、まっ! 怪我しても、オレにはエミリアたんが心まで癒してくれる! エミリアたん()マジ()天使()を心行くまで堪能できるから、頑張っちゃうんだけどねっっ!」

「もうっ、危ない事しない、って約束したでしょ? ほーら、そんな事より子供達が待ってるよ。スタンプスタンプ」

 

 

エミリアが袋に一緒に入れてあったインクの容器、それを芋の?先端に付けて、それを子供達が差し出したスバルお手製スタンプカードに押していく。

 

1人、また1人押すと歓声が上がっていくから、エミリアも嬉しくなってくる。

 

 

「おお、昨日はクルルだったけど、今日はパックだ」

「ホント、びっくり。パックにしか見えないわ。クルルの時も思ってたけど、スバルってすごーく絵が上手」

「はっはっは! 絵心満載、高名有名な絵師であるこのスバルにかかれば、朝飯前よ! 時間的にも!」

 

 

何でも、絵の修練の道を通ってきたからこそ、らしい。

生憎、スバルが居た場所では、絵師として大成は出来なかった様だが、少なくともアーラム村では大盛況だ。

 

クルルとパックと言う二大モフモフ、愛らしさ抜群。

この人気の勢いは恐らく留まる事を知らないだろう。(アーラム村内では)

 

 

 

「さっ、この後の部は、兄弟に任せて。オレは残り少ない時間を有効活用! THE・エミリアたんとデートだ!」

「? でぃと、は以前したばかりでしょ。ラムやレムが屋敷で待ってるんだから、終わったら直ぐに戻るよ」

「だいじょびだいじょび。屋敷まで一緒に歩いて戻るだけでも、プチデートになるのだ! エミリアたんと一緒ならいつでもどこでもどこまでも!」

「もう、ほんと調子良いんだから……」

 

 

呆れつつも、何処か楽しそうなエミリア。

最初、村に来ている時は、何処か険しそうな顔をしていた様だが、今はそんな風には見受けられない。

 

 

いつの日か……、今エミリアが装着しているローブ(・・・)を外して、村と交流出来たら良いな、と何処か儚げにエミリアを見ていると。

 

 

「むむむむ、何エミリアたんに見惚れてんだ兄弟! 例え兄弟でも、命の恩人だったとしても、エミリアたんは渡せんからな! あげませーーん! オレのでーーす!」

「ちょっと、私はお人形さんじゃないんだから!」

「スバルって、勢い任せだと大胆な事も言えるよね? オレの、とか言っちゃって」

「ふぐっっ、れ、冷静に突っ込み禁止!! 勢い任せだって解ってんなら尚更だ! 頭ん中でリピートしたら、メッチャ恥ずかしいじゃんっ!」

「まーまー、後は若いお2人でどーぞ。オレはこれからちょこっと挨拶してくるから、別行動ね」

 

 

手をひらひら、と振ってツカサははしゃぐ子供達に囲まれながら、ムラオサ、若返りババア、青年団長………早々たる村のメンバーと共に奥へと入っていった。

 

 

「へへへっ、若い2人でどーぞ! だって、エミリアたんっ!」

「もうっ、若いお2人で~って、私の年齢知らない癖に……」

「そこは……、ほら。麗しなお姫様、女王候補様の年齢を問うなんて、不敬が過ぎる、って事で! なんなら罰則対象にもなりそうだし?」

「そんな事で罰したりしないわよ。すごーく心外」

 

 

色々と話しながらも、スバルはツカサに多大なる感謝を送る。

エミリア好き好きなのは、最早村中に知れ渡っている事で、そんなスバルを邪魔しようとか、無粋な事は考えてない。

 

結末がどうなるかは気になる所ではあるが、色々としがらみもあるので、時間をゆっくりと掛けて、成る様になれば良い。

 

 

 

ツカサは振り返って、スバルとエミリアの背中に笑顔のエールを送る。

……と言っても、直ぐにまた後で合流するのだが。

 

 

「王都に向かうのは明日、って話だし……、しっかりと村の皆には挨拶はしておかないと。……直ぐに戻ってくるとは思うんだけどねぇ」

 

 

何だか行く先々で、物凄く濃くて大変な事件に巻き込まれている感じがするツカサ。

考えただけでも縁起が悪いと思うのだが、そうもいかない。

 

少なくとも、王都とその近辺は ある意味魔境だ。

一般人が結構な頻度で死んだり、腸腸連呼してくる女と遭遇したり、デカイ鯨に食べられかけたり、道中で変なのに絡まれたり、と基本大変だった。

 

 

ロズワール邸で繰り返した日々も相応に長く感じたが、王都だって負けてはいない。

 

 

 

「―――……何事も無ければ良いけど」

 

 

 

ツカサは呟く。

恐らく、この時スバルが聞いていたら、盛大にこう叫ぶだろう。

 

 

《そのフラグ建てるのヤメテ!!》

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小一時間程遅れて、ツカサもロズワール邸へと戻る。

特に子供達に物凄く残念がられたが、直ぐ戻ってくる事を約束して、何とか解放して貰えた。

 

戻ってきたら、スバルを含めた皆でもっと遊ぶ、と言う約束を交わして。

 

 

「ん? あれ?」

 

 

ロズワール邸に到着……すると、屋敷の前に竜車が止まっているのが目に入った。

今日、来客がある事はラムからは聞いてないが……。

 

 

「ラムが忘れてた、って可能性は大いにあるな、うん。後は別に知らせる必要も無かった、って言う線も濃厚だけど」

 

 

力になる、とは言ったが、基本的にはツカサは屋敷では一客人的な立ち位置。ラムやレム、スバルの仕事の手伝いをしたりしてる事も多々あるので、客人―使用人の間を行ったり来たりしているよく解らない役職。

 

 

……別に、自分には関係のない今後の予定を逐一説明される必要性はないか、とも思いながら、竜車を横切ろうとしたその時だ。

 

 

「おかえりなさいませ。ただいま、門の前を失礼させていただいております」

 

 

竜車の影から、声が聞こえてきた。

その佇まいや眼光、そして立ち振る舞いの全てを見れば解る。

見た目は、ただの御者。老紳士だが―――中身はトンデモナイ。

 

これまで会ってきた中でも明らかに上位に位置するであろう使い手であると、肌で感じた。

 

 

「ほう………」

 

 

それは、この老紳士も同じなのだろう。

頭を下げて、上げた後。少し固まっているツカサの姿を見て……、何やら察した様に表情を変えたから。

 

 

「っと、申し訳ありません。挨拶して頂いたのに。申し遅れました。私はこの屋敷でお世話になってるツカサと申します」

「いえいえ。こちらも申し訳ない。ヴィルヘルム・トリアスと申します。カルステン家に仕え、仕事を頂けてる身でございます」

 

 

互いに挨拶を交わし、妙な間が生まれる。

傍から見れば、その2人の間だけが空気が違うのを感じ取れた事だろう。

 

それが証拠に……。

 

 

 

「なになに?? 今から果し合いでもなさるおつもりですか、兄弟?? それに御者さんも」

 

 

 

何故か、ティーセットを手に持ったスバルが、思わずギョッとしていたから。

スゴイ空気だったのを感じ取ったのだろう。……ただ、そんな中で普通に話に入ってくる当たり、スバルの神経もかなり図太いモノだと思われるが。

 

 

「果し合い……って、なんでそんな物騒な発想になるわけ? 普通に挨拶交わしてただけだよ、スバル」

「今のが普通、ってんなら、兄弟は常識欠如してると見たよ、一遍しらべてらっしゃい! 兄からの忠告です」

「……成る程、オレはスバルの弟って、ワケ。兄ならもっとしっかりしてもらいたいんだけどなぁ……」

 

 

スバルとツカサのやり取りを見て、軽く微笑む老紳士ヴィルヘルム。警戒していた……と言うには聊か程遠いと思われるが、少なくともスバルにはそう見えた様なので、改めて頭を下げた。

 

 

「ご無礼を申し訳ありません。老骨のつまらぬ習性……と思っていただければ。腕の立つ若人を目にすると、心湧き踊った次第で」

「スゲーーですね!? 一目で兄弟の凄さ理解するとか、マジパネーです!! それはさて置き一服如何っスか? 兄弟も欲しかったら、カップ持ってくるよ?」

「うんや。大丈夫。村でご馳走になってきたばかりだし。喉渇いてないから大丈夫(………それに、なーんだか裏がありそうだし)」

 

 

わざわざスバルが外に待つ御者であるヴィルヘルムに、お茶を振舞う。

使用人としての気遣いとも思わなくもないが、エミリアとの時間をふいにしてまで取る行動とは思えないので、取り合えず離れた位置で様子を見る事にした。

 

 

 

「うっし、んじゃ、兄弟の分まで取りに行く手間が省けて良かった、って事で、早速どうぞ」

「これはこれは、どうも。お言葉に甘えましょう。確か少々、喉が渇いておりましたので」

「取り合えず好みが解んないんで、一番高い奴にしときました」

「え………?」

 

 

 

サラっとスバルは言っていたが、ロズワール邸で備蓄している茶の中で一番高いのを持ってきた……と言う所を聞いて、ツカサは目が点になった。

 

それもその筈だ。

茶葉の管理は大雑把に見えて意外と舌が肥えているラムが行っている。

更に付け加えると、その茶葉の入った筒には大きく《持ち出し厳禁》と書かれている。スバルでも読める様にイ文字で、大きく。

 

 

ヴィルヘルムがこの時ツカサの顔を見ていれば、ある程度躊躇していたかもしれないが、今はスバルと対面中。

流石の凄まじいであろう力量を持つ老紳士であったとしても、見てない表情から事情を読む事は出来ない様で、流れる様な優雅とも言える所作でカップを受け取ると、そのまま口の中へと運ぶ。

 

一連の動作だけでも、気品の高い御者である事が解る。オットーも見習って貰いたいものだ。……彼は商人だけど。

 

 

「とても良い味です。かなり奮発されたものと思いますが……」

 

 

一含みしただけで、味を判別した様。

スバルの言葉を聞いたから、出た言葉だろう……とも思えなくもないが、ヴィルヘルムの所作からは、全てが一流な香りが漂うので、仮に高級茶であると偽って安い茶を出したとしても一瞬で見抜いてきそうだ。

 

 

「誇張でもなく、マジに一番高い茶ですよ。たぶん、勝手に飲んだのバレたら、桃色髪のメイドが本気ギレするくらいです」

「……確信犯だったなら、良いかな、別に」

 

 

管理している、と言うくらいだ。当然ラムも在庫量は逐一チェックしている事だろう。

一度使った程度……と思う事無かれ。仕事は結構杜撰でテキトー、とも思う事なかれ。

自分が出来る得意分野においては、驚く程に性能が良くなるのがラムだから。

 

だから、ラムが顔を真っ赤にさせて怒る想像は容易に出来る―――が、その怒りのベクトルを向けられるのはスバルだから、とツカサは思っていた………その時だ。

 

在ろう事か、不意打ちを喰らってしまうのは。

 

 

「ああ、でもその辺は気にしないで貰えれば! 兄弟2人でしっかりと頭を下げときますので」

「変なトコで巻き込まないでくれるかなぁ!? オレ、飲んでも無ければ持ち出してもないからね!?」

「いや、ワンチャン説教回避はあるかもよ! 何せ、持ち出し厳禁だろ? つまり、厨房からは持ち出さず、ちゃんと中で作って外に持ち出したんだから」

「うわっ、子供がする屁理屈と一緒だ」

「……ふむ、策士ですな」

 

 

しっかりと巻き込まれてしまった。

否定しようにも証拠がないので、中々ラムを説得するのが難しい。信用されてない訳ではないが、この手のやり取りまでは、すんなり信用とまでは行かない。スバルに甘々なレムであっても、同じ事だろう。

 

 

ヴィルヘルムは本当に感心しているのか、呆れてるのか解らないが、取り合えずスバルに策士の称号を送っていた。以前も策士・スバルと名乗っていたから、調子をよくするかな? と思ったのだが……。

 

 

「いえいえ。残念な事に相手にこの屁理屈が通じるとは思ってません。負け確7割。運次第。なので、オレと兄弟のコンボで乗り切ります」

「……ほんっと、良い迷惑だよ。マジで。一回封印されとく? クルルと頑張っちゃうよ、オレ」

「やめとく! つか、ツカサ、マジ、の使い方上手くなったなぁ!!」

 

 

ツカサの逆鱗に触れかけた様な気がしたので、懸命に拒否&話題を逸らせるスバル。

若者に囲まれて、悪く無い一時を過ごすヴィルヘルム。

高級茶を一通り堪能した所で、スバルの目を真っ直ぐ見据えて本題に入った。

 

 

 

「さて、それでこのお茶を撒餌に、この老骨に何をお求めですかな?」

「ありゃあ、バレてらっしゃった? ……うーん、これまであった中だと、ロズワールの次にやり辛いな、こりゃ」

「ほほう、メイザース辺境伯と同じように扱われるとは光栄ですな」

「いや、つまるところ変態と同等扱いって事ですよ? 怒られるの結構覚悟してたんですけど」

「……それが無ければ良かったと思うよ。どっちにも物凄く失礼だし。自重って忘れた?」

 

 

王都でも同じ様に自重を知らずに行動を勤しんだが為、色々と事件に巻き込まれ、結果短時間で何度も命を落とす結果になったスバル。

 

それに関して、結構声を上げて非難めいた事まで言って諫めた、と思っていたツカサなのだが……、やはり時間が経つにつれて薄れてしまうと言うものなのだろう。

 

本人の性格と言うのは、そう変えれるモノじゃないのは解っていたが。

 

 

「今は自重しちゃいられないんでね。悪いが目ぇ瞑ってくれぃ、兄弟! ……こほんっ、私はナツキ・スバル。現在ここロズワール邸にて使用人見習いをやっております」

「これはこれはご丁寧に。私はヴィルヘルムと申します。今はカルステン家に使え、仕事を頂いてる身になりますかな」

「互いに自己紹介も済んだところで……、今日の訪問内容を少々お聞きしても?? さわりだけでも結構ですので………」

 

 

ここまで云われた所でツカサも状況を把握。

使者が来たは良いのだが、スバルは門前払いを喰らったのだろう。

 

一応、活躍をした内の1人ではあるが、まだまだメイザース家の使用人見習いの枠を超えていない。王選絡みの話に入るには、少々荷が重すぎる。

 

 

撒餌を貰ったヴィルヘルムだったが、流石にそこは老紳士。相手に不快にさせない言葉を選び、淀みない仕草でしっかりと拒否。

 

 

「申し訳ない。あなた様が屋敷でどのような立場にあるのか解らない私には、迂闊な事を口にすることは出来ませぬ。どうか、ご理解を」

 

 

ここまで丁寧に応じてくれたヴィルヘルムにこれ以上突っかかるのは不躾極まりない。

それ以上に、口が堅いのはその佇まいからでも容易に解るヴィルヘルムの気持ちを曲げさせる交渉術など、スバルが持ち合わせてる訳がない。

 

ちらっ、と視線を送るアイコンタクトを受け取ったツカサだったが、これまでにそれなりに不興を買ったのが災いしたのか、或いはそんな事無くても即答だったのか、腕を交差させて、×を作りながら首を左右に振った。

 

 

八方塞、でも知りたい気持ちは抑えるには少々リビドーが強過ぎる……と、がっくり肩を落としたスバルを横目に、武士の情け、と言わんばかりにヴィルヘルムは続けた。

 

 

「ただ、王選候補者であるエミリア様と親しい間柄にある、というのは先ほどの様子から伺えましたな」

 

 

今日あったばかりの他人に、エミリアとの間柄を客観的に観られた評価を貰えて、一気に持ち直すスバル。単純極まれり。

 

 

「お、お、お、見えちゃいました!? オレとエミリアたんが仲睦まじい嬉し恥ずかし赤面トークしちゃってるの、見えちゃいました?」

「スバル。たん、って多分理解されないと思うから、ある程度補足した方が良いよ。混乱の元だ」

「お恥ずかしながら、私の見聞でも少々聞いた事が無い語尾ですな」

 

 

名前の後に着ける、スバル式愛着呼称。《●●たん》

今の所、エミリア以外では使ってないので、それが好意の最上級であると言う事は理解しているが、当然それ以上な意味はツカサも知らないし、ヴィルヘルムも聞いたことが無いとの事で、顔を少し顰めていた。

 

 

だが、顰めた理由は名前の方では無い様だ。

 

 

 

「……険しい道をお行きになりますな。相手はもしかすると、次期ルグニカの女王となられる相手ですよ?」

 

 

 

身分の違い、と言えばこれ以上ないだろう。

貴族様~どころか、国の頂点なのだから尚更だ。

 

だが、その衝撃はスバルはロズワール家に来た時に十分味わっている。

 

今更動じる様子は一切見せない。

 

 

 

「彼は覚悟はもう決めてるようですので。……初めて会った瞬間から、運命を感じたそうですよ」

「ほほう……」

「ちょ、ちょい! ハズイ事言わないでよ! そりゃ、ビンビンにセンサー働いちゃったけどさ!! あんな可愛い女の子なんだから! 可愛い女の子と冴えない使用人、って間柄だったら、ワンチャン、ツーチャン、可能性無限大! だろっ!? それに、そこはヴィルヘルムさんもきっと同じですよね? 奥さんの事、世界一可愛い、ってピンと来たからこそ、結婚されたのでは?」

「!」

 

 

 

初めて出会った時から……と言うツカサの言葉を聞いて。

そしてスバルからは、ヴィルヘルム自身の馴れ初め話を聴かれて、……一瞬だけ口籠る。

 

まるで、記憶の奥底から、秘められたそれを大切に取り出す様に……ゆっくりと言葉にした。

 

 

 

「妻は―――……なるほど。スバル様の言う通りです。私も妻が世界一美しいと思ってました。誰もが彼女を見ている気がした。……釣り合わないかも、などとは情けない」

 

 

 

ヴィルヘルムに共感を得られたスバルはここぞとばかりに深く入り込む。

 

 

 

「でしょでしょ? 誰か他のヤツに渡すくらいなら、相応しくないと思っても、どーにか一緒になりたい! 先にハートをぎゅっと掴みたいし、掴んでもらいたい。どうにかこうにか、手の届く位置にいてもらって……、あとはこっちが釣り合う様に、日進月歩。……ってな訳で、兄弟には負けん!! わたさん!」

「何がてなわけで、か解らないんだけど。また、エミリアさんに怒られるよ? 私モノじゃない~って。あんまりいうと、ぶつから、って」

「いや~~、ぶつって今日日きかねーな~~、って! エミリアたんの今日日聞かないシリーズを兄弟が言うんじゃねーよ! 新鮮味薄れるじゃん!」

「それこそ知らないから」

 

 

 

楽しそうに1人の女性を巡ってやり合う若人を見て、自身も少しだけ若返った様な感覚に見舞われる。

 

生憎、ヴィルヘルムの場合は女性関係で、このようなやり取りとは縁がなかったのだが……自身の妻の事を頭に浮かべ、そして同じく好意を持っている者が居たとするなら? 妻自身もどちらを選ぶか迷っていたとするなら?

 

 

「……私も、お恥ずかしながら、スバル様の様に牽制をしていたかもしれませぬな」

「おおっ! 共感してもらえるの嬉しいっす! どうです?? 同じ様な恋愛脳を持ち同士、ちょ~~っと腹を割って話すのは」

 

 

まだ諦めてないらしい。見事の一言。

 

 

「あくまで私は単なる御者です。事情に関してそこまで詳しく把握しているわけではありません。……なので、あなたのお役には立てそうにありませんな」

「ん~~、そっかなぁ? フード被ってるエミリアたんの素性に気付いたくらいだし、ただの御者って言い訳はちょいキツイと思いません?」

「…………」

 

 

思いの外、スバルは更にもう2歩程、ヴィルヘルムへと踏み込んだ様だ。

かなりの手練れである事は十分スバルも解っている筈なのに、こうも遠慮せず踏み込むとは、それ程までに共感したのが嬉しかったのか……、それで縮めても問題ないと思ったのか……。或いは単なる勢いなのか。

 

恐らくは勢いだけだろう。

スバルは指をたてて、立て続けに詰める。

 

 

「あのエミリアたんが着てたローブは、ややこしい術式が編まれてるロズっちお手製らしくて。なんでも認識阻害するとかなんとか。エミリアたんが許可してるか、その効果を突破できるような人でないと、エミリアたんに見えないらしいですよ」

 

 

エミリアの事情は、流石のスバルも解っている。

ハーフエルフで銀髪で………、そして嫉妬の魔女の事も。

もしかしたら、自分の身の内にいるのがその魔女だったなら、エミリアは絶対に関係ない! と断言できるのだが、それを証明する術がないのが悲しい所だ。

 

解ってくれるのはツカサだけ。……解ってくれる人が1人でもいる事自体は幸運ではあるが。……自身の死に戻りも然り。

 

 

ヴィルヘルムは、少々驚いた様に力なく首を振った。

 

 

「これはこれは、最初の時点でこちらを測っておられたとは……。あなたも人が悪い方ですな。友が心配なさる理由が十全に理解出来ると言うものです」

「……解って貰えて嬉しいですよ、ヴィルヘルムさん。スバルの場合、測る、と言うよりその場の勢いです。餌を見つけた魔獣みたいに、見境が無いんです」

「人をけだものみたいに言わないでくださいっっ!! 心配かけちゃってるのはゴメンさい! 自覚して、反省して、今後活かします!」

 

 

スバルの言葉を聞いて、《あてに出来ないでしょ?》と言わんばかりに苦笑いしながら首を振ってヴィルヘルムを見るツカサ。

ヴィルヘルムも、口には出さずとも、目を閉じて頷いてくれた。《確かに》と言わんばかりに。

 

ツーカーなやり取りを見せられて、共感を得られて、ある程度縮めれたと思っていたスバルが、またしてもツカサに一足飛び足で抜かれてしまった様をまざまざと見せつけられて肩を落とす。

 

 

「エミリアたんのライバルにはなって欲しくねーんですよ。これだから、兄弟は」

「ふふ。……ふむ。先ほどの返答を―――申しますとな。私はただの御者、と言う言い訳は通りますまい。お察しの通り、私は王選の関係者―――、いえ、関係者の関係者、と言うべきですかな」

「! つまり、それってオレや兄弟みたいな話? あー、でも兄弟は王都に呼ばれてる訳だから、オレよか先に行っちゃってるし……、オレ以上兄弟以下って感じな立ち位置ですか?」

「……ほう」

 

 

スバルのツカサが《王都に呼ばれている》と言う部分に着目するヴィルヘルム。

後々に解る事ではあるが、単にメイザース辺境伯で世話になっている程度の人物が、王都に召集されるとは考えにくい。色々と候補が上がるが………憶測、推測の域を出ないので、それ以上はいずれ答えが解るまで待ちとする事にした。

 

 

「理由が懸想でない事が、あなたと私の差異ですかな」

「世界一美人な奥さんがいるなら、浮気のひとつも考えないでしょ。可愛さならエミリアたんの方が上」

「いいえ。可愛さでも私の妻の方が上の筈です」

「「!!」」

 

 

茶化したつもりのスバル。だが、真っ向から言い返されてしまって思わずたじろいだ。

 

 

「……そう言うもの、ですよね。妻にする、と言う事は。自身の中では不動の最上位。これは挑んだスバルの負けかな?」

「うぐっっ、エミリアたん関係で遅れを取るなんて、考えられなかった……が、他人の認識を変えるまでの戦術はオレには持ち合わせてない!! って言うか、ヴィルヘルムさんが思ったよりお茶目で驚きました」

「……ふふ。若人、年少者にやり込められた老体の意地、と思っていただければ幸いですな。……おや、どうやら時間切れのようです」

「へ?」

 

 

 

ヴィルヘルムの視線の先を追ってみると……そこは屋敷の玄関。扉が左右に開かれており、中から出てきた。

 

 

 

「あれ? レムと……だれ?」

「使者の方かな?」

「ふぉぉぉ……、離れてても解る。これぞ、THE・ファンタジー! 定番のポイントの1つ!」

「よく解んない事を、初対面で言わない方が良いと思う、って一応言っとくね? 期待はしてないけど」

 

 

ヴィルヘルムを前にして全く物怖じしないスバルだ。……あの見た目な使者を前に、第一印象を前に、遜る様な事はしないだろう。

 

何せ、ツカサの辛辣な一言にも反応しなかったのだから。

 

 

「コラコラ~~そこの君ぃ? 美人がいるからって、そんなにじろじろと見てたら失礼だぞ」

 

 

ペコり、と軽く会釈を交わしたツカサとは違い、スバルはいつまでもガン見。

成る程、口に出さなくとも、こうなる運命か、とため息を吐く。

 

その様子を食い入る様に見つめ続けるスバルは、色んな忠告を完全に消去して思い続ける。

 

何せ特徴的なのは、この使者と思われる人物の頭部。……この村は勿論、ロズワールファミリーの中にも存在しない、獣の耳が備わっている。

つまり亜人。

王都で見かけた事はあるのだが、接触まではしてない。こうして実物を目の当たりにすると相応な威力があるそうで。

 

 

「ついに接触キター! 猫耳フサフサ!! モフリフトとしての魂が、目の前の存在を求めて―――――」

 

 

言動どころか、行動にまで移そうとしてたので、この辺りでツカサはクルルを出して、スバルの眼前に押し付けた。

 

 

「ふげっっ!!!」

「使者の方の前で、変な事しない。使用人見習い」

 

 

クルルでもモフモフしていろ、と言わんばかりに押し付けて、スバルの衝動を諫めた。

 

 

「ありゃりゃ、フェリちゃんなら、いつでも大丈夫なんだよ~~? ワザワザ精霊まで使って止めなくても良かったのに~~」

 

 

舌だしウインクをされて、スバルに戦慄が走る。

もう、ツカサの苦言など宇宙の彼方。

 

眼前にはクルルの最上級なモフリ具合が、視界の中にどうにか収めた眼前の猫耳美少女のその仕草が、スバルの全てを支配。

 

 

「くぅぅぅ、ここは地上の楽園か!? オレの名も入ってるし!!」

「………エミリアさんに言おうか?」

「マジカンベンしてください、スミマセン」

 

 

猫耳の破壊力は凄い様だが、まだエミリア至上主義は捨てきれない様子なスバルは即降伏した。

 

 

「ただいま、ヴィル爺。外で待たせてごめんネ? 退屈だったでしょ?」

「いえいえ。大変有意義な時間でした。こちらの方々が老骨の話し相手になってくださいましたので」

「ふみゅ?? おーー、なるほど!! えっと、エミリア様が言ってた……バルス? が君?」

「それ、エミリアたんじゃない、桃色髪のメイドだ」

「あっはは、そーだったそーだった! でも、それで大体解ったよ。エミリア様が言っていた男の子だ~って事と………」

 

 

クルルを肩に戻しているツカサの方に着目する。

 

 

「王都にお呼ばれしちゃってる、辺境伯曰く、スゴイ子は君なんだね? えーーっと、ツカサ君??」

「……ロズワールさんがどう説明したのかが気になる所ではありますが、ツカサで間違いないですよ」

 

 

上から下までなめるように見つめている少女は、何やら納得したのか満足したのか、視線をツカサからスバルに向けた。

 

 

後から見られた事に不満が――――あるワケが無い。猫耳美少女にじっくり見られて、身悶えるスバル。

反応を見せないツカサが異常なのだ、と言わんばかりに。

 

 

「いや、やめて。男だからってそんなジロジロ見られたら恥ずかしいじゃない!」

「にゃっはは、そう言わない言わない。なんたって、フェリちゃんのお仕事相手だもん? ちゃーーんと見せて貰わないと………」

「うえぇぇ!?」

 

 

そう言うと、フェリちゃん? と名乗る彼女はスバルに抱き着いた。

顔を殆ど密着されて、良い匂いまでして、とんでもない包容力を味わっているスバルは言葉にならない。

 

ツカサは別な意味で言葉にならない。

 

失礼な事を使者の方にしない様に、なるべく気を使った筈だったのだが、何処を間違えたのか解らないが、どうやら気に入られちゃった様だ。

 

第一印象で、こうまでに好意的にみられるスバルを初めて見たかもしれない。……子供以外で。

 

 

「ん……っと、多分これって……、あ!」

 

 

スバルが何をされているのか、大体雰囲気で察しようとしていたツカサだったが、そんな時不意にレムの顔が視界の中に入った。

 

いつもは、スバルを見る彼女の目は輝いている。好意的な眼差しをいつも向けていた筈なのに、今のスバルに向けている顔は、まさに無表情。

 

スバルに好意を持っているからこそ、スバルに別の女性が抱き着いている姿を見て……やはりそれなりの嫉妬を覚えるのだろう。

 

それも、普段からエミリアエミリア言っているスバルが、エミリアとはまた違う人に。

 

 

なので、レムは極めて事務的に、それでいて最大級のダメージが行くように、スバルに一言。

 

 

 

 

 

「エミリア様に報告させていただきます」

「やめてーーーーーー!!」

 

 



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いざ、王都へ‼

なんと‼ 彼女がフライングして急遽出てきますなww
後々の弊害にならなければ良いのですが……( 一一)


ロズワール邸より遠ざかる竜車にて。

 

 

「―――使者としてのお役目は果たせましたかな?」

「それはもちろん。フェリちゃんがクルシュ様にお願いされた事、失敗するなんてありえないじゃない。ヴィル爺ったら、心配性なんだからー」

 

 

フェリちゃん……正式名 フェリックス・アーガイル。

エミリア同様、ルグニカ王国42代目《王候補》の1人クルシュ・カルステン公爵に仕える騎士。

騎士としての剣の技量は他よりも劣るものの、水を操る魔法においては非常に長けており、中でも治癒魔法に関しては大陸有数の術者として知られている程。

 

ルグニカ王国・近衛騎士団員でもあり、見た目や言動とは裏腹に、かなりの位に居る人物なのだ。

 

初対面では やはりその第一印象。

人懐っこく振舞い、語尾に《にゃん》を付けて喋るなどしているので、スバルの様に、ある意味騙される事が多いだろうが、侮る事無かれ。

 

 

「―――それに、今回は想像以上の収穫あったしね♪」

「……ほう? それは気になる所でありますな」

「まーたまたー、ヴィル爺も何となく解ってるんじゃないの? ……あの黒髪の男の子。……目つきが良い方のね? あの子の事だよ」

 

 

竜車を引く、地竜を難なく操っていたヴィルヘルムの表情が少しだけ動く。目元がピクッ、と動く。対面して話をしていたら、それだけの所作で見透かされてしまいかねない程だった。

 

だが、ヴィルヘルムとて、心を読める訳ではない。

眼力で、潜在能力云々はこれまでに見てきた敵味方問わずの強者、手練れを相手取ってきている経験から推しはかる事は出来る。

 

その結果―――只ならぬ者である事は十全に理解出来たが、それだけだ。

 

 

「メイザース辺境伯も暗に認める様な感じだったしさ? ……商人たちから始まって、今も王都で噂になってる白鯨単独撃退者。……多分、あの子の事だよ」

「…………………」

 

 

フェリスはヴィルヘルム程目が養われているワケではないから、力量を見抜く、なんてことは出来ない。手持ちのカードとロズワールの言葉、反応、それだけで導き出した答えだ。

 

第一印象は、もう1人の男―――スバルに色々と振り回されてる保護者、兄弟以上の感覚はない。

 

 

「まっ、なーんか、王国で褒章、叙勲式も一緒に行われるそうだしさ? 無理に探りを入れなくても、直ぐ解る事ではあるんだけどね~~。クルシュ様の良い土産話になったなー……、んでも、ヴィル爺から見たらやっぱあの子も凄そう? フェリちゃんそこまで解んないしさぁ? 白鯨撃退者って言うんなら、もっと凄い豪傑な人想像してたのに」

 

 

フェリスは口元に人差し指を当てて、考える。

先ほどの彼――ツカサの顔を思い浮かべながら。

 

ヤッパリ、第一印象だけでははっきりと解らない。敢えて言うなら、目つきが悪いスバルの隣にいたからか、より優しそうな顔に見える、と言った所だろうか。

 

 

 

「確かに、彼には底知れぬ何かを感じられました。目、佇まい、そして身に纏う雰囲気の全て。……正直、あの歳であそこまでの域に到達できる等、我が目で見ても信じられない、と言うのが率直な感想でしょうな」

「ふ~~ん。……って、ヴィル爺の事威嚇したりしてたって事?」

「それはとんでもない誤解ですよ。この老骨の相手をして頂いた事から解る通り、誠実な人柄でしょう。彼も(・・)――心より信頼しているのがよく解る」

 

 

ヴィルヘルムが次に頭に浮かべるのは、あの高級茶を撒餌に、様々な事柄まで踏み込んで推し量り、聞き出そうとした男スバル。

 

恐らく同じエミリア陣営―――仲間だからある意味は信頼しているのは当然だとは思えるのだが……、ただその二文字だけで表すには足りない感じがするのだ。

 

 

「ふーーん、ヴィル爺ひょっとして、あの子の事も気に入った?? そう言えば、誰かとお話するなんて、大嫌いだったもんね?」

「それもとんでもない誤解ですな」

「あははは。ごめんごめん。―――話すより斬る方が好きだもんね? 白鯨の撃退者、って解ってたら、斬りかかってた?」

「……それは、とても酷い誤解ですな」

 

 

辻斬りの様に言われるのは心外……と、揶揄うフェリスに対して、それ以上の事は言わなかった。

フェリスは、挑発をしてみたつもりだったのだが、思った以上に食いついて来ないので、不満げに口をとがらせる。

 

 

「つーまんないの。気に入ったあの子達と話す方がフェリちゃんと話すより楽しんだねー、ヴィル爺。……でも、ヴィル爺が気に入った、って言うなら、あの子の方も色々と楽しみかもしれないな。実は、相応の使い手! 才能の塊!! その片鱗がはっきりと!! みたいな感じだった?」

「……いいえ。申し訳ありませんが、彼……ツカサ殿の方はまだしも、スバル殿の評価に関しては目を見張るものはありませんな。……彼は素人―――毛も生えていない素人です。………故に目を引くような才覚もありはしない。とてつもない大きな光が傍に居るからか、より一層影の中にありましょう。敢えて評価をするとすれば凡庸な存在。と称します」

 

 

結構な辛口評価に、フェリスも逆に聞いてしまった事に対して申し訳なくも思う。

ここには居ないスバルと言う青年に対して。

 

 

「へぇ~~、一緒に居るから、スゴイ!! って訳でもないんだ。兄弟~~って言ってたのになぁ。………ん? でもヴィル爺は塵芥なんて一番嫌う性質じゃない? フェリちゃんの目から見て、スゴク楽しそうに話してたのに。……何かあるんじゃないの?」

「………そうですな。敢えて、敢えて上げるとするなら……()が」

「目?」

 

 

才能でも無ければ、佇まいやその身に纏う雰囲気でもない。

ヴィルヘルムがスバルを言い表すのに、使った言葉、意外な事に目だった。

 

ヴィルヘルムは、もう一度、スバルとツカサを見比べるように、2人並べて思い返す。

片方は紛れもない光だ。全てを照らす光。……強過ぎる光は、時に狂気を生む。温かいだけでなく、光は全てを白に染め上げる。そこには何も見えない、何も残らない。全てはまっさらにされてしまうだろう。

 

 

そんな中であっても―――あの目だけは、違う、とヴィルヘルムは感じていたのだ。

 

 

「……あの少年の目が、少しばかり気になったのです。……あれは、何度か死域に踏み込んだものの目です。……寸前で立ち戻り、戻ったものは幾らか居ます。……ですが、かような目は恐らく稀も稀。……一度ならず数度、死域から舞い戻る存在を私は知りません。……そして、その様な彼を傍に置く、ツカサ殿もまた、底が更に見えなくなる。あの若人2人は、私程度では測りきれない何かを内包しておるのでしょうな」

「ふ~~ん。……フェリちゃんには感じられない事だから、話半分、ってトコなんだけど……」

 

 

感嘆交じりのヴィルヘルムの言葉を、フェリスは堂々と話半分と言って切って捨てたが、それでも思う所が無い訳ではない。

 

 

何故なら、フェリスは知っているから。

 

あの2人の少年の事は詳しくは知らないが、今御者として竜車の手綱を握り締めている老紳士の正体を。

 

 

 

「……《剣鬼》ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアにそこまで言わせるコたちだもん。きっと、平坦な道は歩けないよね~~。……それこそ、魔女に魅入られた様に」

 

 

 

ヴィルヘルムは、フェリスの言葉に対して、何も返さなかった。

 

間違いではないから。

あの2人は恐らく平坦で、平凡で………そして平和な日常を歩けたりはしないだろう。混沌の渦中に身を置く。

 

長年の経験がそう告げていた。

 

だが、それでも――――。

 

 

 

「――――立ち止まる事は、恐らく無いでしょうな」

 

 

 

ヴィルヘルムはそう称する。

会って間もない2人を、……厳密には1人を、もうある意味信頼(・・)しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

今日は王都へと向かう大事な大事な日。

 

だが、夜の眷属であると自称している男、スバルは中々自発的に起きる所を見せない。

だらしなく涎を垂らし、グースカ寝ていて、すっぽかしそうな勢いだったが、そこはしっかり者のメイド・レムが居るから安心だ。

 

 

「起きて下さい、スバル君! 入りますよ?」

 

 

ノックと一声を掛けて、返事を聴く前に入室。

割と強引気味に入れたのは、スバルだからと言う理由と、スバル自身に強く頼まれたから、と言う理由がある。

 

 

「そろそろ起きて貰わないと王都に出発する集合時間に間に合いません」

 

 

レムの言葉で、完璧に目を覚ましたスバル。

必至に説得? お願い? 駄々っ子? で何とか取り付けたというのに、寝過ごした~なんて、全くを持って笑えない。

 

 

「オレとした事が!! もうそんな時間? 昨日の夜全然寝付けなくてさ!!」

「(寝起きのスバル君、かわいい……)もう門前まで竜車が着てますよ! 急ぎましょう」

「解った!! んでも、レム! 流石に着替え見られるのは恥ずかしいから、向こう向いててくれ!」

「姉様はツカサ君の着替えを手伝ったそうなので、是非レムにもスバル君の着替えを手伝わせていただきたいですが。そちらの方が早いですよ」

「兄弟の場合は、ラムねーさまに絶対押し切られたんだろ、こういう時だけは、朝早いんだよな~~~って、まてまてレムレム。恥ずかしいって!!」

 

 

 

本当に時間がないので、レムはスバルの上着をぱぱっ、と剥ぐ様に脱がせると、瞬く間に着替えさせてみせた。

宛ら変身シーンの様―――と思ったのはスバル。

 

流石に下半身、下着は遠慮したが。

 

 

 

そして、てんやわんやで準備を終わらせた後、早速外へ。

 

自分達が乗る竜車は、人数の兼ね合いもあるのか、昨日のヴィルヘルム、フェリス達が乗ってきたそれよりも大きく、圧倒される。更に言うなら、地竜も目の前ではっきりと見れた。ヴィルヘルムとの会話に夢中だったから、しっかり確認してなかったのだが……、改めてその姿を目の当たりにすると、これまで燻り続けていた? 男の子心が爆発。

 

 

「スッゲぇぇぇぇ!! やっぱ、これぞファンタジー!! 王国行くとか、まさにファンタジー!!」

「(……はしゃぐスバル君かわいい)」

 

 

いつも何処でもいつまでも燥ぐスバルはまさに子供のソレだが、魔獣騒動で打ち解け敢えて、更に言うなら好感度がもうトップクラスなレムは、ほぼ全てを許容している。許容出来ないのは、禁止事項に触れる事くらいだろうか。

 

 

「朝から騒がしいな、でもまぁ、アレだけ粘った結果、王都行きが決まって、その当日だから、解らなくもないけどね」

 

 

先に起きていたツカサだったが、外に出てくるのはスバルよりも遅かった様だ。

 

 

「おーう、兄弟!! ラムちー先輩に着替えさせて貰って、王侯貴族感満喫したかな?」

「………丁重に断ったんだけどね。スバルのとばっちりで、こうなったんだよ? あの茶葉(・・・・)の件で」

「う゛……」

 

 

スバルが揶揄ったつもりだが、見事なカウンターを返したのはツカサである。

 

勿論、あの茶葉……とは、当然ながらヴィルヘルムに撒餌として使わせてもらった、ロズワール邸備蓄の中でも最高級の茶葉。

 

 

何でも、あの茶葉は………。

 

 

 

「ツカサが何でも言う事を聴くと言ったんだから、ラムは実行したまでよ」

「いや、まぁ、そうなんだけど……。完全にとばっちりだったからさ?」

 

 

傍で控えているラムの存在。

何だか、肌艶が良くなってる様な気がするのは気のせいじゃないだろう。

 

 

スバルが使用した茶葉は、茶を飲み干したその残り香だけでも、ラムには気付かれた。

いつぞやの、魔女の残り香に過剰反応したレムの事を思えば、流石姉妹だと言える。

 

 

 

「バルスは、今後のラムの仕事。10倍の量で手を打ったわ。屋敷に戻ってきた時、仕事が溜まってるだろうから、全てバルスがやる。……それと、ツカサは 連帯責任と知りなさい」

「………ロズワール邸(ここ)に戻るまでに、手ぇ考えねぇと、ヤバイ。過去最高級」

「ラムの秘蔵のものを使ったのよ。これでもまだ安い方だわ。……少しでも幾らバルスでも考えすぎ、って思ったラムが馬鹿だった。ええ、馬鹿だった。バルスは大馬鹿だわ」

「だぁぁぁ、何度も何度もバカバカ言うなよ、ラムちー!!」

 

 

そう、当然ながら被害と言うならスバルの方が極めて大きい。

何度も死に掛けた……1度は屋敷で死んだスバルが、過去最高級にヤバイ、と称する程殺人的な仕事が帰りに待っている……と考えたら背筋が凍る思いである。

 

 

そんな時だ。

心外だ、と言わんばかりに一歩前に出るのは、金髪の髪を長く伸ばし、ピッチリと背筋をただした女性。

 

身長はスバルよりも大きく、ツカサよりは小さい。(とは言っても1~2センチ差なので、ほぼ同じ)女性としては極めてガタイが良いと言えるだろう。

 

にこやかな笑みを出してはいるが、手で口元をやや隠しながらの挨拶をそこそこに、スバルに問題ない、と告げる。

 

 

 

「―――大丈夫ですわ。皆さんが戻られるまで、屋敷はこの私がお守りしますもの」

 

 

 

佇まいの所作、全てが洗練されていて、レムとはまた違った感じの完璧メイドさんがそこに居た。

 

彼女の名は、フレデリカ・バウマン。

 

ロズワールに暇を貰って休暇の最中から、舞い戻ってきたロズワール邸メイドの1人である。

この度、ラムもレムも王都へと一緒に行くので、屋敷を支える人が居なくなってしまうので、急遽招集し、そして応じてくれたのだ。

それに、ベアトリス1人だと、あまりにも可哀想だ。

 

 

「間違っても、ラムが言う様な普段の10倍もの仕事が残るとは思えない、とだけ反論を」

「おおぅ……、最高だぜ、フレデリカねーさまぁ……、ぁぁ、オレの前に天使が居る……。エミリアたんを差し置いて、罰当たりな気もしますが、ほんっと、頼りになります、フレデリカ先輩……。はじめて会った、時のことは……、ほんっとごめんなさい………」

「す、スバル様。そんな目で見つめられては困ってしまいます……。それに、あの事は私は気にしておりませんし、レムが拗ねてしまいますよ?」

 

 

帰ってきたらさぁ、地獄……ではない事がどれ程嬉しい事か……と、スバルはやや暴走気味だったが、取り合えず収まりつつある。

 

因みに、フレデリカと初めて会った時――――とある事情で、彼女に多大なる失礼を働いた、と言う理由があるが、またそれは後日。

 

 

「べ、別に拗ねてませんよ。スバル君がする事を、レムは止めたりはしません」

「ふふ。そうですわね」

 

 

レムの事は当然フレデリカは良く知っている。もう何年も職場を共にした仲間なのだから当然だ。

 

だからこそ、そんなレムの変化をフレデリカは気付いている。

いつも一生懸命で一生懸命で……、どうしてそこまでするのか? と思う程、満たされる事のない乾きの様に、延々と身体を酷使し続けるレムの姿を何度も見てきたから。

ロズワールは勿論、フレデリカ、果てはラムまで、それとなく和らげようとしたが、それでも変わる事が無かったレムが、本当に良い笑顔になっていた。

 

少々妬けてしまうが、言わば新たな使用人仲間でもあるスバルには感謝しかない。

そして、当然ながらもう1つ。

 

 

「ラムたちが離れている間に、お茶の腕をもっと上げる事ね」

「と言いながら、ラムはちゃんと飲んでくれたじゃありませんか」

「まだ足りない、と言っているのよ」

「全く、可愛げのない子ですわね」

「可愛げなんていらないわ。ラムは十分以上に可愛いもの。これ以上は世界が危険よ」

 

 

レムだけでなく、ラムの変化にも気づいている。

レム程解りやすい訳ではなく、口も変わらないのは相変わらずだが。

 

 

「だ、そうですが。ツカサ様もそう思われですか?」

「……そこで、オレに振りますか。フレデリカさん」

 

 

ジロリ、とラムからの視線が飛んでくる。

 

それをしっかりと受け止める。当然だ。スバルの茶葉事件のせいで、とばっちりを受けてしまったが、ツカサ自身が突っぱねる事だって出来た筈なのに、律儀にも受けた以上、一度でも頷いた以上すべきだろう。

 

 

「ラムは十分可愛いですよ。目に入れても痛くない、はこの事かな? と」

「………!」

「熱ッッッッ!!? な、ななな、なんで!?」

 

 

いつの間にか、本当にいつ入れたのか解らないが、用意していたティーカップに、それも十分温められて、全く冷めてないカップをツカサは頬に押し付けられてしまった。

 

 

「? バルスが言っていたのよ。こうやって、頬に押し付けるのが良い、と」

「そりゃ、冷たい缶とかだ、って言った筈だけど……、それもロズっちの便利グッズか。いつも高温維持。まさに魔法の瓶だな、マジモンの」

 

 

ラム同様、頬が赤くなったツカサは、ちゃんと約束を果たしてるだけだと言うのに、理不尽な一撃を喰らってしまった。

確かにスバルは、スポコン系ラブコメとかを見ていた時期があり、疲れて休憩中にヒロインマネージャーが、後ろからキンキンに冷えたスポドリをその頬に充てて、《ひゃっ!》と言うのが定番で~~、と熱弁したような気がする。

そして、クルルに頼んでしっかりと快復。

 

 

「……ほんと、素直じゃありませんわね、ラムも。ツカサ様には驚かされます。まさか、ラムがロズワール様以外の殿方に、心をこうも開くとは思いもしませんもの」

「それは……、まぁ色々とあったんですよ。そう、単純な事でも簡単な事でもない」

「あら、謙遜なされますのね。女性を口説き落とす事が出来た、と誇っても良いと思いますよ?」

「真っ向勝負した上でなら、そう思っても良いかもしれませんが……、少々特殊だ、って思ってるので」

 

 

純粋にラムの好意には当然ツカサも解っている。……あまりに熱烈過ぎるのは解りたくないが。(実際に熱かった)

 

レムを助けた事だろう。

恩義を感じている、と言うウエイトが大きいと思っているし、何より、ツカサ自身が、ロズワールと同等以上の信頼と信用をラムに求めた結果である、とも思っているから。そう簡単に認識を改めたりは出来ないし、まだまだ幼いツカサには早いとも思っている。

 

殆ど生まれたばかりな様なものだから。

 

 

 

 

 

 

 

「もう、皆して遊びに行くワケじゃないんだからね! 特にスバル!」

「ええ、特になのっ!?? エミリアたんから特別扱いは嬉しいんだけど、なんだか複雑だよ!?」

 

 

そして、次にエミリアが外へ。

賑やかなのは悪い気はしないが、スバルが同行する、ともなれば、話しは別なのである。

 

 

 

「わかってる、わかってるってば。大事な呼び出しがあった、って事くらい、オレも把握してるよ! 王選の大事な呼び出しだろ?」

「そう、王選のすごーーく大事な話し合いなんだから! ————でも、スバルは、その話し合いには参加しちゃダメだからね? あくまで王都に行く、治療する。それに専念」

「えええ!! ちょ、ちょいまちまち、エミリアたん! オレ()って事は、それ以外はOkなの?? 兄はOkなのに、弟はダメ、とか贔屓じゃないっ!? エミリアたんてば、長男教!??」

「……変な教徒には入ってません! 人聞き悪い事言わないで。すごーく心外。……それも言ったでしょう? ツカサは、受勲式には出なきゃいけないの。最初はそこまで望んでない、って言ってたんだけど……、流石にラインハルトからの推薦もあって、すっぽかしちゃったら、相手に悪い、って言ってくれたし」

「あはは……。言いましたね。まぁ、受勲式(これ)を受ける、って決めた時から、スバルがまた駄々っ子になるのは、目に見えてましたけど」

 

 

苦笑いしながら、スバルの方を見たツカサ。

スバルも参加するくらい良いのでは? と前にエミリアに言って見たんだけれど、頑なだった。

 

 

「ちゃんと聞き分けなさい。スバルは王都に居る間は知り合いの安否の確認、自分の身体の治療。二つに専念してもらいます! レムも一緒に着けてるから。ちゃんとする事!」

「えぇぇぇ……、この際、ツカサの受勲の件は、もう嫉妬も何にも湧かないよ。最初からそんなのぜーんぜん無いよ。だって、オレの兄弟やべーもん、すげーもん、どっちかってーと鼻高だもん。んでも、同時進行で行われる王選の話し合いに出席できないのは辛いよー。エミリアたんが王様になるかどうかの瀬戸際に関われないとか、泣いちゃうよ! オレ!!」

「無理言わないの! スバルったら、無理するに決まってるもの!」

 

 

ムリ、と言う意味では、よくよく考えたら一番無理していたのはツカサになるのだが、ツカサに関しては問題ない位の技量が備わっている+大精霊クルルの存在も有るから、と言う理由が、一番だろう。

パックやベアトリス、エミリアも治療できない身体ではあるが、その身体が快復、時間が経てば経つ程快復していってるのは、同じくパック、ベアトリスも認めている。

 

 

「それに、ツカサも無理しないでね?」

「勿論。……スバルが変な事しなかったら、ってなっちゃうケド」

「……やっぱり、スバルが一番心配じゃない」

「ぐはっっ、エミリアたんの一番とか最高なのに、今はキツイ!!」

 

 

複雑な事情はエミリアは知り様がないが、スバルがある意味生命線なツカサにとっては、やはりどうしてもスバルの事が心配になってくる。

 

後にも先にも、王都でコロコロ、ぽんぽん死ぬ様な輩は、スバルくらいだろうから。

 

 

 

「………全然、返せてないもの」

 

 

エミリアは恩が強いと言う意味ではスバルもツカサも同じだ。

 

 

スバルにしても、ツカサにしても……、今のエミリアにとっては甘えと似た様なもの。これ以上甘える訳にはいかない、王様になるかならないか、の瀬戸際と言うのなら尚更だ。

 

誰かに甘えっぱなしで良い訳がないのだから。

 

 

「……オレが無理してーって、解ってくれないのかなぁ……」

「んじゃ、オレの口からエミリアさんに、スバルの告白代行って事で伝えようか? 恩義とか関係ない、って言う所熱弁して」

「それはヤダ!! オレの口から言う!!」

「……ちょこっと位のフォローとか?」

「うぅぅ……、兄弟ぃぃ。…………嬉しいんだけど、絶対茶葉の事根に持ってないよね? フォローとか言って、エミリアたんに変な事吹き込んだりしないよね??」

「さぁ?」

「こっち向いて言って!!」

 

 

そうこうしている内に、最後であるロズワールがやってきて、これで準備は万端。

スバルはまだまだ不満顔だったが、王都に行ってから、行く間も考える時間、話す時間は幾らでもある。だが、出発時間は押しているのは事実なので、ここでの駄々は止めにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁーぁて、屋敷に戻れるのは少々後になるかもしれないからねーぇ? 忘れ物のないようにするんだーぁよ? ……じゃあ、フレデリカ。留守を頼むねーぇ」

「は。ご命令とあれば、全身全霊を掛けて、御守り致しますわ」

 

 

「きゅきゅーー! きゅーーー!」

「ん? あ。……スバル。ほら、あそこ。あそこ見て」

「なんだよ? って、ああ、なるほどなるほど。へへっ! ちゃんといるんじゃねーか、ロリッ子ベア子! いってくるぜーーー!」

 

 

 

 

「あんな燥いで。………恥ずかしいヤツかしら」

 

 

 

フレデリカと屋敷の中で手を小さく振るベアトリスに見送られて―――いざ王都へ。

 



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大小様々なトラブル=ルグニカ王国??

ちょこっち、フライング~ですな♪
彼女も


いやしかし……深く読まない方が吉かもでございマス_(..)_
((゚□゚;))


 

「じゃあレム。お願いね」

「はい姉様。任せてください」

 

 

御者はレム。

ラムはエミリア、ロズワール、ツカサ、スバルと共に竜車の中へ。

 

 

 

 

 

 

普段王都へと赴く際は、レムかラムのどちらかが屋敷に残る手筈になっているのだが、今回は2人共が王都へと付き添う事になっている。

レムもラムも、どことなく普段より嬉しさ具合が上がっている様に思える。共感覚で意思疎通がばっちり出来ているのだ! ……と思えたが。

 

 

 

「(スバル君、夢中になって可愛い……)」

「(ラムの言う事を聞く(・・・・・・・・・)。……期間は定めたけれど、次は何をしようかしら……)」

 

 

 

双子の2人。

阿吽の呼吸とはならず、考えていた事はそれぞれ違ったようである。

 

 

「それにしてぇも。スバル君は竜車が物珍しいみーぃたいだねーぇ?」

「珍しいっつーか、新鮮な驚きっつーか、何事も初めてはこんなもんでしょ? ちょいちょい騒がしくするけど勘弁な!」

 

 

厳密にいえばスバルは初めてではない。

王都からロズワール邸にまで一度運ばれている。

 

―――腹を裂かれて、半死半生な状態、ギリギリ生きているレベルの重症だった為、当然ながら、竜車に乗って王都を出た覚えはない。

 

 

「その点、ツカサは落ち着いているよね、ほんと」

「オレは初めてじゃないですからね。死にかけのスバルを運んでもらった時もそうですが、以前竜車でちょっとした旅みたいなのしてましたから」

 

 

落ち着いて、外の景色を楽しんでいるに留まっているツカサ。

 

日もすっかり落ちた時間帯に、メイザース領を超えてきた為、その時見られなかった景色を今楽しんでいる様子。

 

 

「はいそこーー! クールキャラで、エミリアたんポイント稼がない――!! くぅぅ、だが、しかし! この迸る激情(パッション)に抗いきれねぇ~~!!」

「何を言ってるかわからないけど、馬鹿だって事は理解できるわ。その勢いで、弾避け係も頼むわね、バルス」

「そんな物騒な役目頂いてないよ!?」

 

 

外を眺めていると、何かに打たれるの!? と思わずスバルはのけ反ってしまうが、ツカサはただただ景色を楽しんで、頬を緩めていた。

それは推定年齢にはなるが、その年齢、年相応の顔。寝顔以外でも、こんな顔ができたのか、とラムは横目で見て、楽しむ。

 

……後で揶揄うネタとして、ゲットだ。

 

 

「っていうか、竜車にジャストミートで当てれるガンマンなんてこの世界に存在すんの?? ……って考えたら心配になってきた」

 

 

ちらちら、と窓から周囲を確認する。

見晴らしの良い街道だから、特段恐れる事は無いと思うが………いやいや、それよりも今更ながら気づいたが、この竜車とてつもなく早い。

細かく言うとするなら、引いている地竜の力、脚力が半端ないのか、とんでもなく早い。

 

だから、心配は心配でも、狙撃手(スナイパー)の存在ではなく、外で手綱を握っているレムの事だ。

 

 

「……なぁ、こんだけスピード出てるんだけど、御者台むき出しじゃん? それって危なくないの? 振り落とされたりとか?? ……レムなら大丈夫なのかもしれないけど」

「まぁ、当然の疑問だよ。オレも最初……(最初は違うかな。でっかい鯨がきてそれどころじゃなかったし)、竜車に乗って、思ったし、主に御者台にいたから」

「と言うか、すごーく遅い気がする。竜車は加護に守られてるから、そういう心配はないわよ」

 

 

疑問解消したのと同時に、新たな疑問が生まれる連鎖ゲーム。

当然、その次は、《加護》である。

 

 

「加護ってのも、ちょいちょい耳にするよな。マナよりは聞かないから、タイミング逃しちゃったんだと思うけど、魔法かなんかなの? 加護って」

「………時々思うんだけど、スバルもツカサと同じで記憶障害だったりする? それとも、ほんとに知らないの??」

「とーちゃんかーちゃんの顔も名前も覚えてるから、頭ん中の海馬はだいじょびっぽい」

 

 

今度はエミリアが、疑問に思う。

スバルの言う 《かいば》について。……でも、発言者がスバルだから、割とどうでも良い事なのでは? と早合点してスルー。

 

 

「加護はね。生まれた時に世界から与えられる祝福。齎される福音のことを言うの。いろんな加護があるから、一概には言えないんだけど、その種族には必ず与えられる加護、っていうのもあったりして、地竜はその一種。《風避け》の加護を持ってるのよ。どの種類も」

「ほほー、風避けって事は、……風を避ける竜?」

 

 

何の捻りもない回答に、思わず笑ってしまうのはツカサだ。

風避けについては、当然オットーとの旅の時に色々聞いているから、ツカサは知っている。知ったかぶりをするつもりは無かったが、笑ってしまったので仕方ない。

 

 

「うわー、まんま言っただけだねー。スバルくん。風避けは どっちかっていうと、風()避けるって感じだよ。地竜が走り抜ける上で、風の影響・抵抗、一切受けないんだって。だから、この竜車も加護の範囲内だから、恩恵に肖れてる、って事かな。………ベアトリスさんの書庫に入り浸ってた時期もあったんだから、これを機に勉強に勤しむっていうのはどう?」

「んっん~~。でも、屋敷の仕事がヤベーからなぁ。まだイ文字しか覚えれてないし……って、このやろっ、今けっこー馬鹿にしたろ、今! スバルくんって言ったか??」

馬鹿(バルス)なのだから仕方ないでしょ?」

「ちげーよ!! 馬鹿って書いてスバル(オレ)って読むなーー」

 

 

ラムとスバルのやり取りはさておき、ツカサの説明については100点、と言わんばかりにエミリアは微笑みながら手を叩いた。

 

 

「地竜以外で、っつったら、前の王都ん時のフェルトとかラインハルトとかもそうだ、って事なんだよな~~。……んよしっ! じゃあ、オレは?? オレにも秘められた加護みたいなのない? エミリアたんっ!」

 

 

少年の様に目を輝かせるスバル。

 

 

「いや、スバルは……っ」

 

 

この時、思わずツカサは、《死に戻り》があるでしょ? と口に出して言いそうになったが、スバルの背後にゆらゆらと妖気(オーラ)の様なモノが見えたので、一先ず口を噤んだ。

 

 

 

 

《――――――喋ったら解ってるわよね?》

 

 

 

 

狂気を見た。

狙った訳でもない、ふとした失言のダメージはきっとクルルも防いでくれない気がするので、寸前で踏みとどまれたツカサはまさに九死に一生(ファインプレイ)だ。

 

どういう(ペナルティ)があるか、一度確認した方が……、と思ったが、少なくとも不必要に行うのは やっぱりやめておいた方が良いだろう。

 

 

「? えっと、言い難いんだけど、加護を持たないで生まれてくる人の方がずっと多いの。それに加護持ちって言うのは、誰に言われなくても、自覚してるはずだから……」

 

 

エミリアは、ツカサがなぜ黙ったのか、一瞬疑問に思ったが、自分が言った様に言い難かったのだろう、と解釈。

わくわくしている所に水差す訳だから。

 

 

「いやいや、いいんだ! わかってた事だし? オレには元々贅沢が過ぎたんだよきっと!」

「……何を言ってるの。バルスは持っているわ。………他人に迷惑をかける系(・・・・・・・・・・)統の加護」

「それ、加護って言わないよね! 呪詛とか、そんなヤベー感じなヤツじゃないっ!?? まぁ、ラムちーが言ってる意味解るけどっっ!!」

 

 

ラムの言葉でスバルは思い出す。

思い出したくもない事だが、自身の……加護と言うより呪いについて。

 

当然一つは死に戻り。これはツカサ以外は知らない事だ。

そして、ラムが言ったのはスバルが死ぬ事で発動してしまう強制的な時間遡行(ループ)、大ダメージ必至の代物。

それをラムは間近で見ているから、ツカサに代わってある意味釘刺した形になったのかもしれない。

 

 

「わーってますよ、姉様。――流石のオレだって、おんなじ気持ち(・・・・・・・)だっての」

 

 

解る者にしか解らない。加えていつもよくわからない事を口走るスバルだからこそ、そこまで疑問に思われない様子で〆る事が出来た。

 

 

「ほほーぅ。ラムと同じ気持ち。スバル君もよぉーくラムの気持ちを解る様になってくれたのかーぁな?」

 

「それ程でも無いっス。ロズッち」

「それはあり得ません。ロズワール様」

 

 

基本聞き手に回っていたロズワールだったが、ラムの話題、そしてスバルも気持ちがわかる、と言う部分に関しては少し気になった、もしくは面白かったのだろう、ついつい口をはさんで……、即答された。

 

 

「まぁ、息はあってる感はあるよね……って、痛ぁっ!?」

「ラムの名誉を傷つける発言は許さないわ」

「そこまで傷つくことかよっ」

 

 

不用意な発言は注意である、痛みを伴うから。心もしくは身体に……、と思うロズワールを除く男性陣だった。

 

 

「加護なしでも、良いもん。オレはエミリアたんに出会えた奇跡こそが、何にも勝る福音だもんっ、使用人いじめされたって平気だもんっ!」

「すごーく、幼くなっちゃったね? スバル。とにかく、王都まではまだ4時間はあるから、いい子で大人しくしててね」

「うぅ~~、エミリアたんには甘えたいし、甘やかされたい……、冷静に聞いたら一蹴されて、冷たい感じがするのに、嬉しい。ぅ、性癖変えられちゃって辛いけど嬉しい」

「おんやぁ、王国一の変態を自称するわたーぁしに、随分近づいてくれちゃったじゃなーぁいの。いつでも待ってるよぉ、スバル君!」

「絶対行かないから!! そんな域までいかない! 引き返すし!」

 

 

エミリアとの触れ合いで、本来の性癖が完全に調教されてしまったスバル。

それもかなり高度な変態性である。

なぜだかロズワールは嬉しそうに笑い、スバルはその域まで行きたくない、と再び駄々をこねる。

ツカサは、ラムに踏み抜かれた足を回復するのに勤しみ、ラムはラムで、ロズワールとスバルが同じになる、と言う点に不快感が増していく。

 

 

楽しいのか修羅場なのかわからない旅は、その後も色々と大小トラブルを起こしながら、王都へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦難の果てに、王都ルグニカへと到着。

 

 

 

色々とあって、現在は別行動中。

 

 

勿論どこに集まるかはしっかりと確認済み。

王都はある程度把握しているとはいっても、迷子になるのは恥ずかしすぎるだろう。

 

 

 

 

 

現在、スバルはエミリアがしっかりと監視、監督している。手をしっかりと握りしめて。

普通に見れば微笑ましいと思えなくもないのだが……、そう陽気なものではない。

 

 

「まさか、竜車の外にすっ飛ばされると思わないもんなぁ……」

 

 

竜車上のトラブル。

スバルが、高速で走る竜車から弾き出された。

 

原因については自業自得以外は割愛する。

 

 

そんなこともあって、エミリアがまるで母親の様に、子を心配する母親の様になってしまったとしても不思議ではない。

 

 

「まったく。こんなにレムの事がわからなくなったの初めてだわ。いったい何処が良いのよ」

「庇護欲、母性を擽る、とかかな? ……まぁ、オレはレムが幸せそうならそれで良いよ。………少なくともあの時のレムよりは絶対良い。当たり前かな」

「??」

「あ、ああ。そうだった。ラムは知らないよ(・・・・・)

「……ああ、なるほど。差し支えないなら、聞かせてもらえる?」

 

 

ラムが知らないのも当然。

何故なら、ツカサが言う《あの時》と言うのは、スバルが最初にロズワール邸で死に戻った次の世界。

 

レムが呪いで瀕死状態のスバルを、追い討ちと言わんばかりに襲撃した件だ。

 

 

 

 

まだ、ラムには打ち明けてない頃であり、更に言えば信用も信頼もまだまだ勝ち得ていない。

言うなら、エミリアを探し出した事くらいだろうか。

 

 

「そんな事があったの」

「ん。……過去については深くは聞かないよ。レムにとってもラムにとっても辛い事だから」

 

 

レムの激昂。

そして、魔女教に奪われた家族、……一族、そしてラムの角。

 

 

「……ツカサも酔狂だと思うわ。殺そうとした相手を助けようと思うんだもの」

「理屈じゃないからね。……自分の心に従ったまでだよ。それに間違ってなかった、って思ってる」

「……ええ。そのおかげで、ここに今、ラムがいる。……バルスの事は兎も角。知らない世界の話とはいえ、今一度受けてくれると嬉しい。レムの事も、ラムの事も。……ありがとう」

 

 

 

笑うラムを見て、ツカサは改めて思う。

 

 

 

良かった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツカサ。自分の事 難儀な性格してる、って思わない?」

「そうかな? ちょっと自己満足に浸ってるだけ、って感じはあるけど」

 

 

城下町でやろうとした事その①。

 

世話になった店ですべて買い物。

 

 

 

 

因みに、死に戻りが発動する前の世界の事。

エミリアを探す時に、商業区を回って情報を集めた時、聞き込み調査を行った店全ての買い物を済ませた。

全て有意義な情報だった、とは言えないが、忙しい合間に教えてくれたのだから、礼をしたい。

 

 

ただし―――それは、死に戻りが発動する前の世界でのこと。

 

最終的には、聞き取り調査は一店でも行わず、最短距離であの盗掘蔵へと向かったので、相手は知る由もない。

 

だけど、関係なく……義理を果たそうとしている。相手が知る由もない恩を返す様に。

 

 

 

「見て解る通り、この可憐なラムに荷物持ちをさせようという訳じゃないわよね」

「大丈夫大丈夫。ラムも知っての通り……じゃなく、知らないだろうけど、そんないっぱい買う訳じゃないよ。しっかり両手で収まる程度には済ませるから」

 

 

荷物持ちは嫌だ、使用人としてそれはどうなのか? と思ったが、主に力仕事はレムが行っていたので、ラムにとっては不得手だ。

 

 

 

「ほら、このベリュー。取れたてて、店で一番美味しいって評判なんだって。ほら」

 

 

一房の葡萄(ベリュー)、その果実の実1つを取り出して、ラムに差し出す。

少し、ラムは躊躇ったが、ニッ、と笑みを浮かべると その差し出された1つを手に受け取るのではなく、ぱくっ、と口で直接食べてしまった。

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

名残惜しそうに、最後の一押し。ツカサの指に残っている果汁を舐めとった。

 

そして、悪戯っ子の様に笑って見せると。

 

 

「確かに、絶品の様ね(………………やるじゃない、役に立ったわバルス)」

 

 

仄かに赤身が掛かった頬を誤魔化す様に。

スバルがよく言うデートと言う単語。女と男が一緒になって歩く、遊びに行く、買い物をしたり、いろんな場所に行って、様々な事を共有する。それが何よりも良い、と言っていた。

 

当初はラムは、そこまで理解してなかったのだが……、漸く理解できた瞬間だった。

 

それに、大胆になれてる自分がいることも理解し、最後は珍しく、スバルに頭の中で礼を言う程だ。

 

またまた刺激が強い、いい一撃を貰ったツカサだったが、場所が場所だけに、直ぐに立て直すことが出来た。

 

商業区は、人の往来はそれなりにある。

殆ど一瞬の出来事だったから、何事もない様に振る舞う努力をめいっぱい。

 

 

 

 

 

「……なかなか、スバルを見習う事は難しいよ、ラム」

「行きすぎるようなら、調整するから安心なさい」

 

 

 

 

 

そして、ツカサとラムはそう言って互いに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一軒、一軒回ってある程度終えた時だ。

 

 

 

「そこな男!」

 

 

 

なぜか、路地裏から突如大きな声が聞こえてきた。

 

王都では知り合いは決して多い訳ではない……が、それでも聞き覚えのある声。

 

 

「―――その姿、見覚えがあるぞ。妾から見事、逃げおおせた男じゃ」

 

 

思い出すと同時に、ギギギ……と、まるで先ほどの見世物やの絡繰り人形の様な音と動きをさせながら……思い出? を否定したい衝動に苛まれつつ、首を90度回すツカサ。

 

 

 

当然、ラムは相手を知る由もない。

誰だ? と確認するよりも早く、その来訪者が更に一歩詰め寄った。

 

 

「この世のすべては妾を楽しませる為に存在するもの。……それを一瞬とはいえ、覆そうとした男じゃ。見間違う筈もない。……まぁ、再び相見えた。あの時、妾にとって都合が良かったという事。……つまりは、今この時の事を指しておったのじゃろう。――――くくくっ、なるほど、今この時こそが最も都合が良いのか。或いはまだ先があるのか?」

 

 

 

身体の全体像がはっきりと見えてきた。

と言うより、その身分? 気位? で なぜ、王都の闇が集ってると言っても良い路地裏から出てくる? と思えた。物乞いだけならまだしも、窃盗団的な連中も蔓延ってる場所から……。

 

鮮やかな橙色の髪。太陽を映した様に輝くそれは、ツカサやスバルとはまるで真逆。

華やかな深紅のドレスは、どれだけこの場所と合わないか解ってないのだろうか。

舞踏会、貴族の茶会、そういう類の場所から出てくべき容姿だ。

 

全てが分相応。

 

 

ツカサが白鯨絡みでそれなりに成金になって、小金持ちだと言って良い金銭状況なのだが、彼女が身に着けているモノには決して届きえないだろう……と思えるくらいの一級品に身が包まれている。

 

 

更に言うなら、実に対照的か……。

吊り上がったような目つきは似ているというのに、その胸部の差は一体何なのか。

豊かさをこれでもか、と主張している胸に対して、こちら側のメイドさんは、貧……ごほんっ、控えめで品やかさがある。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、今こそ妾を楽しませてみよ! (おのこ)よ!」

 

 

 

 

 

 

王都とは、城下町とは、―――――路地裏付近とは。トラブルを招く、トラブルの巣窟である、とツカサは口を一切挟まない、挟めない中で、……なるべくばれない様に、深くため息を吐くのだった。

 



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賭け事、勝っても負けても……あり?

―――この世のすべては妾の都合の良い様に出来ている。楽しませてみろ。

 

 

 

傲慢と言う言葉をその身に体現したかの様な物言い。

第一印象最悪を通り越している、と評しても過言ではないだろう。

 

 

だが、言い得て妙とも言えなくもない。

 

確かに、ツカサは彼女と会った事がある。

そう、王都に来ていた時だ。………それも、何度も何度も繰り返し(ループ)し、突破した最後の回で、彼女と鉢合わせした。

 

それ以前の道筋であれば、戻ってしまうので、彼女と会えたとしても、その事実さえなかった事にされる。それが故に、記憶を引き継いで時間遡行するツカサの魂、記憶には刻まれても、彼女の記憶に刻まれる事は一切ないだろう。

 

 

初めて出会った当初も、運よく出会い、運よく見初められ、運よく御眼鏡にかなった、と言うモノ。

あの時、先を急いでいたツカサにとって、時間ロスはしたくはなかったのだが、無視する訳にもいかないので、ある程度会話をしようとして………結果長引いた。

記憶(セーブ)を怠ったが故にだ。

 

但し、記憶(セーブ)したら、死に戻り(スバル)に擂り潰されてしまうから、ツカサには非が無いとだけは伝えておこう。

 

 

 

「……………知っているの? ツカサ」

「ん? ……ああ、ちょっと前に王都で。エミリアさんを探してた時だよ。――― 一番最後(・・・・)にね」

 

 

ここでラムに説明をする……が、少々違和感に気付く。

思った事を躊躇いも無く口にするのがラムの美徳―――と本人談からある通りなのに、ラムは口を出さない。

 

第一印象は、どう言い繕っても最悪。

大胆不敵なのか愚痴無知なのか……、後者を言えば烈火のごとく怒りそうだから決して口にはしないけど、そんな相手に対してもラムは無言だった。

 

兎に角、彼女は怖れと言う言葉を一切知らない。

 

出会った当初では、荒くれが根城にしてそうな入り乱れた路地裏での事だったが、そんな場所でも、全く態度が変わる訳でもなく、更に言えば根城から這い出てきた見たまんまのチンピラ数人相手にも全く臆す事も怯む事も無く、自分を貫く。

 

 

そんな場面に遭遇してしまったものだから、更に時間がかかってしまったのは言うまでも無いだろう。

ただでさえ、死に戻り(スバル)と言う天敵からの大ダメージを負った身体だったというのに、更なる混乱と余計な体力を使わされてしまった。………だからと言って、見捨てたりしないのは、ツカサの性分ではあるが。

 

 

「クククっ。さぁ、どうした? 見たところ今回はそう慌てている訳でもあるまい? 妾を楽しませてみよ」

「まるで こっちがそれに乗ると100%決まった事前提で話しますね………」

「光栄に思うが良い。無知蒙昧であろうが、有象無象であろうが、そなたは妾に見初められたも同然。これ以上の誉れは無いぞ」

 

 

ある意味スバルにも通じるかもしれない、この妙に自信満々な所作は。

だが、絶対的に違うものもある。……その我を通すだけの()があると言う事。

 

そして、彼女はツカサが思っている以上な熱意を持って接してきているのだ。

 

 

「妾に都合が良い事しか起こらん筈のこの世において、其方は、《本気を出す(・・・・・)》と言い、後の勝負に望んだ。……妾を相手取ると言う事は勝敗の決まった事柄に対面したも同然だと言うのに、な。……じゃが、それが虚勢では無かった。あの瞬間から、世界が変わった。……あの時より、妾はそなたを見る目が変わった。妾の希少な有限の時間を無駄にして良い、と思う程にな。それに―――思った通りでもあったな」

 

 

彼女は、チラリとツカサの傍に控えているラムに視線を送る。

一瞬目が合ったラムは、少し控え目に目配せをして、一礼をした。

 

 

「この妾の目に適ったのじゃ。そこらの凡愚とは訳が違うとは思っておったが、妾が知らぬだけで、相応の高貴な身分の持ち主であるらしい」

 

 

傍から見れば、ツカサはラムを連れている。ラムの恰好はメイド。……使用人を付き従えている様に見える。極普通の一般人であればそぐわない光景だと言えるだろう。

 

 

「取り敢えず、それは違うとだけ言っておこうかな。彼女は 別の主人に仕えている使用人さんだよ。今は、オレの面倒を見てくれる様に頼まれてるから、従ってくれてるだけで」

「……………」

 

「ほう」

 

 

何やら言いたげなラムの視線を感じるが、等の本人は無言を貫いている。不利益な事、発言等があれば、口を挟んでくるかもしれないが、今の所は いわば 主の一歩後ろに下がり、従ってる感、なのである

 

橙色の髪を靡かせ、手に持った如何にも高価な扇子で口元を隠し……ラムをじっと見据える。

ほんの僅かな心の機微さえ逃さないと言わんばかりの眼力に、流石のラムも眉を顰めかけたが、何とか堪える。

 

ラムがここまで堪え性があるとは思いもしなかったが、ここまでくればツカサとて理解出来る。

 

ただの町娘、一般人であるならまだしも、見てくれから解る通り、この女性こそが高貴の身分である、と言う証明にも繋がった。

 

ここで不要な発言をし、ツカサ――――は良いとして、ロズワールに不利益があってはならない、と言うメイドとしての嗜みであろう。

明確な敵意なら兎も角、今の所は一切その類なのは見られないから。

 

 

 

 

「確かに急いでないけど……、何をすれば? 大道芸みたいなのは嗜んでないんだけど」

「簡単な事じゃ。――――あの日の続き、延長戦と行こうか」

 

 

 

彼女は懐から―――……ではなく胸元から。

 

 

その豊満な胸の谷間から取り出したるは、ルグニカ王国の通貨聖金貨。

豊満さから解る通り、その触らずとも解る程の弾力さも兼ね備えてそうな谷間だ。コインの1枚や2枚、仕舞っておく事くらい容易いだろう。

 

 

 

《いったい何て所から取り出すんだ‼》

 

 

 

と思ったのはツカサだが……、ここで忘れて欲しくなのはツカサとて男の子だと言う事。

例え記憶がなくても男の子。生まれて間もなかったとしても男の子。

実年齢不詳ではあるが、見た目から察するに、スバルと大差ないだろう。そんな男の子。

 

ラムとの1日や先ほどのやり取りでも十全なダメージだと言うのに、ここまで性に直接的に与えてくる視覚の一撃は、言うならばスバルの死に戻りにも匹敵しかねない。

 

 

なので、受け止めるのは不可。

直視する事が出来ず、思わず顔を赤くさせて視線を躱した。

 

 

「……何処見てるのよ」

「……不可抗力を加味してもらえると助かる」

 

 

ラムの視線の一撃が続く。

 

 

だが、実力行使をしてない所を見ても、まだ良しとしているのはラムの判定である。

 

以前スバルが使用人として仕事をする際、女性の下着を洗濯している際のあの表情と食い入るように見つめている下衆びた視線、間接的に辱めを受ける様な眼差しには、相応の返礼を持って答えたものだ。

 

その点、今のツカサの反応は良い。直ぐに視線を逸らせた所が良い。

 

まさに初々しさが映るのも良い。加点だ。

 

 

………だが、そのラムには決して届かないであろう、その二つの巨砲に対して、初心な反応を見せている、と言う点においては減点も減点。加点消滅な上に更に下がる大減点である事実は変わらないが。

 

 

そんな葛藤など露知らず、聖金貨を掲げながら続ける。

 

 

「あの日、其方が落とした聖金貨の表裏の柄を、妾が一切見ずに言い当てたであろう? 都合が良い風に事が運ぶ妾にとって、当然と言うべき結果。……が、もう一度試してみたい。……無論、其方の本気を、な」

 

 

扇子を前に突き出して、宣戦布告。

スバルがここに居たら、ただのコイントスじゃん!! と皆さんには伝わらないであろう言葉を用いながら盛大にツッコむだろうが、残念ながらスバルはここには居ないので、彼女の独壇場である。

 

 

「……じゃあ、一度。一度切りの勝負、で良いですか? あの時とは確かに違います。あの時程、切羽詰まってないですし、そこまで時間に追われてないです……が、待ち合わせはしてます。なので、あまり長く時間はかけられないんです」

 

 

非常に時間がかかる相手であると言う事は前回で解っているので、敢えて1発勝負で終わらせる事を提案。

すると、彼女は笑った。

 

 

「うむ。それで良い。……一度切りの大勝負と行こうか」

 

 

扇子で口元を隠し、コクリと頷く。

勝敗が見えない勝負に赴く所作を心行くまで楽しんでいる様にも見えた。

 

都合の良い様に事が運ぶ―――と言う人生もある意味刺激が足りなく、退屈するのでは? と以前は思っていたが、もしかしたら、彼女も同じ様に思ったからこそ、ツカサに絡んできたのだろう。

 

彼女の世界を混乱させる稀有な男として。

 

 

 

「そうさな……。妾が勝てば、今日1日其方を好きにするが、それで良いな?」

「良いですよ。それで、こちらが勝てば何かあります? 個人的な用事は果たす事が出来たので、現時点では特に望みは無いんですが。ああ、勿論待ち合わせはあるので、解放はして貰いたいですが」

 

 

二つの大き目な麻袋を、彼女の前に出して見せた。

中には色とりどりの果物が納まっていたり、ちょっとした調味料や野菜、茶葉……多種多様に及ぶ。

 

 

その所作を見て、全く動じず、一日の自由を奪う発言をしたのに眉一つ動かさずに返答した目の前の男、ツカサを改めてみて彼女は再び扇子で口元を隠しながら笑う。

 

 

《待ち合わせをしている》

《時間は長く取れない》

 

 

そう言っていたのにも関わらず、一日拘束する様に約束を取り付けたのだ。

普通であれば、反論の類、拒絶の類をしても良さそうなものだが、全く躊躇う様子無く答えて見せた。

 

 

 

 

 

 

彼女は―――プリシラ・バーリエルは、生まれて初めて、先の見えない勝負に赴く。

 

 

 

 

 

 

都合が良い方へと傾かない勝負へと赴く事に心が躍る。

勿論、勝ちに行くつもりではある。

 

全身全霊で、自身が持つ加護を信じる――――と言うこれまで一度もしなかった思考を保ちながら。

 

 

「其方も男と言う事」

「?」

 

 

布石を投じる……とは、格下が行う事と一蹴してきたプリシラだが、今回の相手に限ってはその心情、信念は捨て去っていた。全力で貰いに行く所存だからだ。

 

 

 

「先ほど、妾を見て(・・・・)赤面してみせたのを妾は見逃してはおらぬぞ」

「えっと……はい?」

「くくっ、愛いヤツよのぅ……。益々気に入った。―――其方が勝てば、妾の胸を1日好きにさせてやろう」

 

 

 

ここで、まさかの爆弾発言到来。

 

視覚的刺激はこれまでにも幾らか(強制的に)味わってきたつもりだが、まさか聴覚的にもここまでの一撃を喰らったのは初めてだ。

 

敢えて言えば、直ぐ隣にいるラムがそう。

 

2人切りの場所で、無防備に寝息を立ててる姿。……聴覚的にも、ラムの息遣いは相応の威力があるが、やはり、直接的な一撃の方が威力が上がるのは仕方が無い。

 

 

 

 

「え、ええっ、いや、そのっっ、えと……」

「…………………………………」

 

「―――……くくくっ」

 

 

 

 

顔を真っ赤にさせるツカサを見て、更に笑うプリシラと無表情さに拍車が掛かるラム。

 

 

「で、でも、ほら! オレにも、今日、待ち合わせが……っ」

「くくくっ。今回の様に妾と再会した時であればいつでも構わぬぞ……? 何なら、陽日、冥日と関係なく、累計1日、と言う事でも構わん。明確な期日は設けるつもりは端から無い」

 

 

扇子を、ぽんっ、と胸元に叩くプリシラ。

 

 

つまり―――ツカサが勝てば、プリシラの胸を好きに出来る。それも累計1日。

そして―――ツカサが負ければ、プリシラに1日好きにされる。

 

 

結局な所、プリシラはツカサと1日一緒に居られる、と言う。

ツカサにとっても、真の男であるのであれば、欲望と言うものが欠片でもあるとするなら、この性格、高慢で傲慢で、高飛車な所は目を瞑れば、間違いなく美少女に分類されるであろうプリシラ相手に、これ以上ない。男子の本懐と言うモノだ。

 

 

「ぅ、ぅ……、ええと、そ、それは……」

「どうじゃ? これで良いと言うなら、始めるが。……いや、先に其方は良いと了承した筈。そして妾が何を差し出すかに対して口を出されとうは無い、な。―――やるぞ」

「っっ!!」

 

 

勝負は最初から全力で―――ズルをしにいくと決めていたツカサ。

だから、運も何も関係ない。未来で起こった事を過去に戻って修正するだけだ。この業は、かの剣聖ラインハルトでさえ初見では看破出来なかった代物。

 

オットーを始めとした商人達全員斬りを達成したジャンケンも、この業を使っている。

 

 

正直、ズルだと解っているので、良心の呵責はある。なので、用いるのは遊び、若しくは決して負けられない何かを背負う時と決めている。

 

 

 

勝っても負けても、男の獣欲を満たせるかもしれない事情ではあるが、心の中のナニカ、葛藤、そして何より色々と遺恨あり気な勝負に赴くには、……正直ツカサには まだ若過ぎる。

 

 

だけど、そんな心境などプリシラにとってすれば知った事ではない。

焦らす事なく、指に聖金貨を乗せて―――弾いてしまった。

 

 

あ、と声を出す間もなく、宙をクルクルと回りながら飛翔する聖金貨。

 

 

色々と心の準備が出来てないのに! とそう思っていたその時だ。

 

 

 

「見つけたぜ、ゴラァァァァァァ!!!」

 

 

 

これぞ運命の導きか、路地裏からガラの悪い男達が出てきた。

 

それも少数ではない。……目算でざっと10人程。

 

 

「なんじゃ? 誰じゃ貴様ら」

 

 

上げた聖金貨を不満気な顔で取って仕舞うと、不満気……と言うより明らかに不機嫌な表情で振り返った。

 

 

「ついさっき会っただろうが、このクソ女!!」

「その様な腑抜けた顔、知らぬな」

「あぁ!?? もう泣いて謝っても許さねぇぞ、ゴラ!!」

 

 

ぞろぞろ、と敵対心剥き出しに、集まってくる。

 

どうやら、完全に怒っているのは先頭に立つ男だけで、他は呼ばれて招集した、と言った感じだろうか。

 

 

「(ある意味助かった……?) ラム。ちょっと手を」

「なに?」

 

 

不機嫌さではプリシラにも負けずと劣らず、危険には備えて控えている使用人気質を守っていたラムだったが、ツカサに手を握られて、少し表情が和らいだ……と思ったら。

 

 

テンペスト(・・・・・)。扱い方はもう知ってるよね? ここから丁度逃げたいなー、って思ったのも事実だから。一緒に付き合ってくれ」

「………逃げて本当に良いの? ツカサの獣欲を発散できると思うのだけど」

「オレをどんな風に見てるか解んないけど、逃げて良い、って事だけは頷いておくよ。………ただ」

 

 

ツカサは、プリシラの方を見た。

大丈夫だが……、大丈夫ではないのを知っている。

 

 

どちらも(・・・・)見捨てる事はしないかな。あまり、見たく無い事でもあるし」

「?」

 

 

ツカサはそう言うとラムから手を放し、ラムの肩に乗っていたクルルを腕に窶して、プリシラの方へ。

 

 

 

 

 

「一体何したの?」

「知らん。勝手にほざいておるだけじゃろ。ただの凡愚共をいちいち覚えてやる必要もない」

「……絶対に何かした、って感じがするけど、そっちは? 気のせい、他人の空似……って事は無いかな?」

 

 

続いて、ツカサはTHE・あらくれ集団の先頭に立つ男。……あらくれAに話しかけた。

だが、血走った表情は収まる事を知らないらしい。

 

 

「こんな口がわりぃ、目立つ女を見間違える訳ねぇだろうが、ボゲぇ!!」

「……ですよね」

 

 

はぁ、とため息を1つして、次にプリシラの方を見た。

 

 

「知らんものは知らん。まぁ、道端の塵でも蹴飛ばしたかもしれぬが」

「絶対知ってるヤツだよ、それ」

 

 

 

実の所プリシラは覚えているのだろう。

 

だが、この状況は面白くない。自身の都合の良い風になっているとは到底思えない。

ツカサが起こした事情ではないのは明らかだと言う事もイラつきのポイントだ。

 

まるで、世界の流れを司る何か……オド・ラグナに似たナニカが、全てツカサに味方をしている様な感覚さえする。

 

 

―――そんな事は無いとだけ、言っておくが、プリシラにとってはそれくらいの衝撃であり、イラつきであり、非常に好ましくない状況なのだ。

 

 

 

―――勢い余って、あらくれ共を皆殺しにしてしまいそうな程に……。

 

よくよく思い返してみれば、最初に出会ったときも、こんな風にチンピラを相手にしていたな、とツカサは思い返す。

 

 

 

 

「てめーら纏めて死ねやぁぁ!! 野郎ども行くぞぉぉ!!」

《うおおおお!!!!》

 

 

 

そして、堪え性とは縁のない勢いで暴走し始めた。

 

ただの猛進。後進のネジがとんだ状態。

 

相手の力量を推し量る事が出来ない者は、きっと長生き出来ない。

 

 

この世界は―――絶対に優しくなんて無いから。

 

 

 

プリシラの目が光った様に感じたその瞬間を狙って、ツカサが練っていた魔法を、プリシラよりも先に発動。

 

 

「テンペスト」

 

「!!??」

「な、なんだなんだ!!??」

「うがぁぁっっ!?」

「か、からだが………!!?」

 

 

プリシラに、その刃や鈍器、拳が届く事はなく、またその逆も無い。

触れる前に、不可侵の領域に触れたかの様に……、その身体は意志を持つ竜巻に宙を巻き上げられてしまった。

 

 

規模で言えば小規模。でも、大の男10人以上を巻き上げるのだから、限定的ではあるが、相応な規模。……精密な魔法操作、と言う事で練っていたのである。

 

 

「今、アイツらを殺そうとしたね? ……流石に止めといた方が良い」

「ふん。他者から命を含む全てを奪おうとするのじゃ。……ならば、相応の覚悟を持って然り、と言うのは当然ではないか」

「うん。それは解る。……でも、相応の力量を持つ者なら、少しは憐みを持っても良いと思う。こんな所で大惨事、凄惨な現場にしちゃったら、ラインハルト……じゃなくても、衛兵たちで賑わいそうだ」

 

 

ツカサは、そう言うとゆっくりとラムの身体を抱き寄せた。

そして、自身にも風の魔法……テンペストを利用し、身体を宙に浮かせる。

 

 

子供達と一緒に空中浮遊を楽しんだのは、この力だ。暴風を発生させるだけではない。傷つけるだけの魔法ではない、と言う事である。

 

 

 

「ぬ、貴様まさか……」

「今回のは……無効勝負、って事で……、じゃあ!」

 

 

 

勝負をせず、盤上から逃げの一手。

それも兵法の1つ、強さの1つ。

時には逃げも大切だから。

 

 

 

プリシラの返事も聞かず、ツカサは風に乗って、男達を引き連れて路地裏へと消えて言った。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

有無言わせず、去っていった男の方をじっと見つめるプリシラ。

 

都合が良い事しか起こらない筈……だったが。

 

 

 

 

 

―――何か1つでも、思い通りにならない事があった方が張り合いが無いかな? その方が楽しかったりするかもしれないよ。

 

 

 

 

それは、以前の勝負で、ツカサが言っていた事だ。

 

 

勝敗などない。勝つ以外ないと疑ってなかったが故に、プリシラはそれなりに驚いた。

想像以上に驚いたものだから、ツカサもそう声を掛けたのである。

 

 

この時は、加護等の事柄は知らなかったし、運要素まで全て思い通りになる、と本気で考えていたのには驚いていたが。

 

 

 

「く、くくく……そうじゃな。あっさり手に入れて終わり、と言うのも面白うない。手元に置くより、その道末を優雅に眺める、……時を待つと言うのもまた一興か」

 

 

扇子を仕舞い、そして路地裏から背を向けた。

 

 

そして歩く事数分。

 

 

「何れまた近い内に会うじゃろう。……何やら、アルが言っていた事を思い出した。じゃろう?」

「何がじゃろう? かわかんねーけど、オレはさっきから驚いちゃってばかりよ。騒がしそうなトコ探して漸く見つけたと思ったら、よーくわかんない機嫌で歩いてるし、これまたよく解らん事ばっか言ってるし。まぁ姫さんのご機嫌が良いってのは、面倒くさくないから、歓迎だけどな!」

 

 




ラムちーが喋んなくなっちゃってるけど……、まぁラムちーなら知ってるよね? このボインねー様( ´艸`)



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剣聖と英雄?と最優

ラムちーが喋らない場面は寂しい( ;∀;)
場を弁えるラムちー素敵……( ´艸`)


ラムちー最&高w


 

 

 

「あの……ラム、さん? 苦しいです。力強いです……。たしか、鬼の力使えない、って言ってませんでした……?? 力籠ってません?」

「言った通りラムはツノナシ(・・・・)よ。……それに、普通にしがみ付いているだけだけど」

「ほ、ほら さっきテンペスト、あげたから……、使って自分で浮く事も出来る筈だけど……?」

「今日1日ラムの言う事を聴く約束。忘れてないわよね? ツカサ。なので、ラムはそれを使う事にするわ。だから、暫くこのままよ」

 

 

 

 

空中浮遊を楽しんでいる(疑)ツカサとラム。

 

荒れ狂っていたあらくれA~Oのメンバー達は、一瞬にして敵わない相手である、と言う事は悟ったのだろう、目を回しつつも命乞いをはじめ……、無慈悲にも(機嫌が良いとは言えない)ラムがまさに空からの裁き、天誅を行おうとしたが………、流石にそれはツカサが止めた。

 

ただ、止めたとは言っても ツカサもツカサ。

命を奪う事には反対はしたが、ある程度は容赦しない。

 

結果 あらくれ達の根城っぽい場所を聞き出して、そこに向けて乱暴に全員纏めて落としたので、結構怪我はさせていると思うから。

 

 

プリシラが言った通り、相応の覚悟があってこその盗賊業だろう。ヤルは良いがヤラれるのは御免被る、なんて話は通らない。

 

 

今回は、自分だから助かった。

後は知らない、注意しておけ。とだけ釘を刺したのである。

 

 

 

ただ―――そんな簡単にへこたれる様なら、あんな真似はしないと思うが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、目的の場所―――衛兵の詰所へと向かう際。城下町の人通りの多い所に飛んだ状態で行くのは、目立ってしまうから、ある程度移動したら人気のない所で降りよう……と、空中浮遊計画を立てていた矢先に、ラムのきつ過ぎる、熱過ぎる抱擁である。

 

 

 

「ツカサにとっては、残念よね。……駄肉が多い方が好みの様だし」

「だにく?? い、いったい何を……? くるしい……」

 

 

 

ぐっ、と首に手を回し、密着している状態。

あの場所から、あのプリシラから離れて、大分機嫌は直りつつあるのだが……、やっぱり一筋縄ではいかないのがラムだ。

 

レムなら、ヤキモチ妬く程度はするが、スバルならと許容をする懐の広さを醸し出すかもしれないが……、レムはレム、ラムはラム、である。

 

 

「残念だったわね。ラムの感触で。……あの女じゃなくて。精々ラムの抱擁で暫くは我慢してなさい」

 

 

プリシラが居ない所で位は、言い方も毒が籠る。

ある程度の身分を知って、不敬を買えばロズワールにも迷惑が掛かると、妥協していたが、今はツカサとラムの2人だけ。何を遠慮が必要だろうか。

 

 

「何が……残念なのか、知らないけど………。っ……、がまん? その、オレの様子…… 見てもそう思うの……?」

「? ………ハッ。息苦しくて、顔を赤くさせてるだけでしょ」

「(そんな事無いんだけど……)っ、うん、いや、そうだね。息苦しいから! うん! 苦しいよ!? だから、ちょっと弱めてくれると有難いよ!」

 

 

至近距離でツカサの顔を見るラム。

勢いに任せた部分はあるが、流石にこうも至近距離だと……ちょっと見上げると、ちょっと位置を変えると、ツカサの顔が至近距離で見える位置。

長々と見続けるのは、如何せんラムでも、中々気恥ずかしい様子。

 

 

そして、気恥ずかしさはツカサとて負けてない。

 

 

ふと、本音が出てしまったが、慌てて苦しいから、と言い訳をしてしまった。

こんなにラムと抱き合ったのは、あの日―――戻ってきたあの日以来。

 

 

ラムがツカサの寝顔を。

ツカサがラムにマナ供給を。

 

 

それぞれ片方の意識しかない状態であれば、何度か接近しているが、こんなに抱き合ってるのは……あの日以来。寧ろ、今の感情を考えたら初めてな感覚。

 

 

ラムはそんなツカサの心情を、漸く察したのか、或いは 自分自身を客観的に振り返ったからか、それ以上は何も言わず、ただただ抱き着き続けた。

 

 

 

 

 

そんな状態で、人込みの中を降りる勇気はないので、ある程度の場所で降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人気のない路地裏を通り、大通りを経て、貴族街への入り口。

まるで、通りの貴族街(向こう)側と庶民街(こちら)側は、別世界の様だ。何処となく懐かしい雰囲気を感じる世界の区切りをイメージしたが、考えても無駄だと言う事はツカサには解っているので、頭を振ってイメージを消去する。

 

その振った頭に、クルルが当たってしまってビックリしてラムの方へと逃げたのは何だか面白い。

 

ラム自身も荘厳たるこの空気感は得意ではないのか、或いは端から身分の違いを象徴する様な事に対して興味すらなかったのか、先ほどのプリシラとの件で色々言い寄っていた事もすっかりと頭の中から消去し、ツカサの一歩後ろをついて歩く。

 

 

「久しぶりにここに来たな……、やっぱり圧倒されるよ」

「以前は、白鯨……、その切り落とした一部を持ってきたらしいわね。……まぁ、そんな生々しいものを背負って貴族街の入り口でもあるここに立つ神経はどうかと思うわね」

「すっごく辛辣で、的を射ている一言をありがと。一応、ラインハルトやオットーも居たから、って事だけ言わせてもらえると助かる。流石のオレもそれくらいは解るから」

 

 

ラムの辛辣な一言で取り合えず背を押してもらった事は確かだ。

以前は、ラインハルトは勿論、オットーも居た。この詰所をよく知っている者が居たのである程度安心は出来ていた……が、現在ラムは居るが、使用人的立場を貫いてるので、行動の始まりは自身に委ねられている。

 

魔獣相手に立ち向かう勇気とはまた違ったプレッシャーと言うモノを感じて、それはあまり好ましくないものだ、と理解をしつつも―――歩を進める動きだけは緩めたりはしない。

 

 

「ん……、ラインハルトはここに来れば会える、って最後に聞いたんだけど、実際ラムはどう思う?」

「剣聖ラインハルト本人が詰所にいる可能性は低いとラムは思うわ。……ただ、本人はいなくても顔つなぎは期待できるでしょ? 話を聴けば、ツカサはバルスと違って、それなりに有名だもの」

「……あんまり好んでないんだけどね。正直、雰囲気的に許されるのなら、ラインハルトに文句の1つや2つは言ってやりたい気分でもあるんだ。賢人会、って言う所謂国の頂点の人達の前に担ぎ出されるんだし………。まぁ、その後は王選だから、事の次いでって思えば……? でもなぁ……、はぁ……」

「? その割にはロズワール様の御屋敷で……、メイザース辺境伯との立ち振る舞いは落ち着いてて、緊張の色も見えない。相応の評価が出来ると思っていたんだけど」

 

 

ラムはロズワール家でのツカサの立ち振る舞いを思い返しながらそう言う。

スバルと違って、色々弁えて行動をしていたからだ。……押し通るだけの実力を持ちながらも、決して態度に出さず、謙虚さも忘れず。

 

第一印象と言う意味では、そこでスバルとツカサは天地の差がラムの中で出来てしまっている。

 

面白い相手である、とロズワールがある程度気に入って無かったら、レムにどうこうされる前に、ラムが排除していた可能性だって、今考えたら否めないから。

 

 

「それは、あんなにロズワールさんから、歓迎を受けたら無碍には出来ない……と言うより、良い具合に緊張解しにもなってくれたからね。初対面のロズワールさんは、その……良い気付け? になる」 

「ラムの前でロズワール様に不敬を、とバルスなら問答無用で八つ裂きの刑。まぁ、ツカサだから助けてあげなくも無いわ」

「……ラムの前で位しか言わないから、安心してよ」

「!」

 

 

ラムの前だけ(・・)(とは言ってない)と聞いて、少し胸に来る想いがこみ上げる……が、当の本人はさして気にした訳でも意識した訳でもなさそうなのが歯痒い。

 

それくらい、自然に言えているという方面で良しとすべきだろう。……と判断していたその時だ。

 

 

「ツカサ!」

 

 

居る可能性が低い―――と言っていた相手が目の前に現れた。

本当に、いつの間に? と思える程の勢いで、この場に降り立ったのは、このルグニカの城下町やアーラム村、それなりに色んな人種を見てきた中でも、たった1人しかいない燃える様な赤い髪の男。

 

 

 

 

 

 

英雄にして剣聖 ラインハルト・ヴァン・アストレアがここに、天より降臨!!

 

 

 

 

 

 

「―――って、言いたくなるくらいの登場の仕方だったね。久しぶりラインハルト」

「言ってなくても、ツカサが何が言いたいのかは解ったよ。ただ、そんな大袈裟な事はしてない、って事だけは言っておくね。極普通に詰所に用があったからここに来て、そしてツカサが居たんだ。―――この偶然に感謝するよ」

 

 

何処までも爽やかな笑顔。

それが絶える事のないラインハルト。純粋にただ純粋に再会を喜んでくれてるのは嬉しい事だろう。やや大袈裟なのは、本人の性分なので、目くじらを立てる訳にも行くまい。

 

 

―――そもそも、性質・性分云々、言い出したら、自身の周りには相応な人物たちが複数いるので、今更考えるまでも無いだろう。

 

 

「何か不快な気がしたのだけど、変な事考えてないわよね、ツカサ」

「いーえ、何でもないですよ。ラムさん」

 

 

手だしこそはされてないが、視線と言霊で一石投じるラム。

もしも、今のやり取りが公共の場でなければ、物理的なツッコミが来たであろう事は想像するのは容易い。

 

 

 

「えっと、君は……」

「初めまして、ラインハルト様。メイザース辺境伯が使用人、ラムと申します。本日は主人の命により、ツカサ様の付き人として馳せ参じました」

「ああ、メイザース家の……。うん。こちらこそ宜しく頼むよ」

 

 

 

ラインハルトと目が合った途端、完璧なメイドを演じてみせたラムはやっぱり見事の一言。

ツカサはただ苦笑いをするしかないが、それはそれで面白いので良しとした。

 

 

ラムの事もラインハルトは把握していたのか? とも思ったが、よくよく考えたらロズワールは王国一、王国筆頭魔術師と言う肩書もある有名人だ。知っていて当然だろう、と判断。

 

 

「それで、ラインハルトはスバルには会ったのかな? 知り合いにスバル自身の安否確認を、って事で王都に来たんだ。……ラインハルトもそのメンバーに入っていた筈だけど」

「スバルは無事だったんだね。それは本当に良かった。……いや、今日ここには初めて来たから僕はスバルには会っていないよ。ツカサに聞いて安心は出来たけれど、スバルからの言伝が詰所に残っているかもしれないから、また確認はしておくよ」

「結構無理言って、この王都まで来たみたいだから スバルの方は。早めに会ってあげてくれたら助かるかな」

「ふふ。大丈夫だ。……少し、僕の方にも大切な用があるから、ツカサの様な偶然以外を省くと、今日中とは約束は出来ないかもしれないが、なるべく早くに彼とは会って話をしよう。―――僕が行動するより、彼の方から……直ぐに会えそうな気はするけどね」

 

 

ラインハルトは剣聖であり、王国一の騎士だ。

実に多忙極まってる事くらい、大体把握できるのだが、それでもしっかりと約束を嫌な顔1つせず笑顔で聞き入れる所も、まさに騎士の鏡。

 

 

「あ、そう言えばフェルトの事も言ってたよ。オレも少々気になったし。あの後何も言わず、あの子を連れて行くから」

「それに関しては心配をかけて申し訳ない。彼女は……フェルト様なら大丈夫だ。僕の口から言わずとも、直ぐに解るから」

 

 

フェルトとは、以前の盗人家業? をしていた少女だ。

 

ツカサに助けを求め、そして応じた間柄。……もう1つ言えば大金が入った麻袋を掠め取ろうとして、失敗した相手、と言う間柄でもある。

少々複雑な間柄ではあるが、気になっていたのは事実。

 

でも、ラインハルトが大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう、と安心した。

 

 

 

――――取り敢えず、色々と話し終えたので……、ここからは愚痴を言う時間だ。

 

 

「勲章、叙勲だったっけ? ……ラインハルトが、推したって聞いたけど………そんな大袈裟にしなくても良かったんだよ?」

「勿論だ。あの残骸を王都の研究班に回して確認させてもらったけど、間違いなく白鯨の残滓であると確認が取れたよ。―――大袈裟なんかじゃない。君は賞賛されるに足る、いや、それ以上の偉業をやってのけたんだ。もっと誇るべきだと、僕は思う」

 

 

ツカサの表情からラインハルトは、バッチリとその考えを読んでたらしい。

あまり、好ましくない、と言うのも感じ取れたのだろうか。

 

オットーやスバルの事もあって、相手の感情を読取るのって、不得意な感じもしていたのだが……、何故だか自分に対しては違う感じがするのは、引っかかったりもした。

 

 

「……それに、ツカサ。君は記憶の方はどうなんだい?」

「! ああ、それはまだ全く。こっちは気長に行くから、心配しなくても良いよ。不都合はないからさ」

「それは良かった。……それなら、尚更、今回の叙勲はツカサにとっても良いモノになると思うよ」

「! それってどういう……」

 

 

記憶が無い事と、叙勲式に呼ばれる事、何が繋がるのだろうか? とツカサは首を傾げていた時、ラインハルトはこれまた良い笑顔で続けた。

 

 

「少なくとも、君はルグニカでは、白鯨の一件より英雄的な存在になる。……これ以上ない身分と言うモノを得る事が出来る。国籍不明な不審人物、と自分自身を揶揄していた頃もあったが、もうそんな事を考える必要は無い。……商人達にとっても、この街にとっても、……王国にとっても 君は英雄だ。僕も見習うべきの……ね」

「い、いやいやいや、それは流石に言い過ぎ。突然襲われてたから、何とか追い返しただけだったし。剣聖(ラインハルト)から英雄だ! なんて、言われた日には、大変そうな未来しか見えないから。………だから、公衆の皆さんの前で~~とかは止めてね? 大々的に言わないでね?」

「ふふふ。―――ああ、宿敵(とも)の頼みとならば仕方ない。……善処しよう」

仕方ない(・・・・)んだ。……それにそこは 善処、じゃなくて、了解した。と言って欲しいんだけど……」

 

 

苦笑いをしているツカサを見ながら、ラインハルトは、自身が持つ龍剣レイドの柄にそっと手を触れた。

そして、少し考える。

 

 

あの日見せた以来の反応を―――この剣はそれ以上は示さない。沈黙を守り続けている。

 

この剣は特殊で、剣自身が意思を持ち、その抜きべきだと剣が判断した時しか抜けない様になっているのだ。

つまり、相応の危機、王国、ひいては世界の危機級の事態が起きない限り、抜けないのだろう、とラインハルトは考えている。

 

だが、何故目の前の彼に……ツカサに反応を見せたのか、それだけが理に適っていなかった。

ツカサが友好的である事は、ラインハルトも最初から見抜いており、話をしてみても、相応に探りを入れてみても、悪意の類は一切見受けられない。

 

なのに、剣は反応を見せた。……抜けたのでは無く、反応(・・)。ここに何か真実が隠されているのではないか? とラインハルトは考察をしたが、今目の前の彼の人柄。……そして、何より宿敵(とも)であると心底認めてしまった節が自分にはあるので、全て些細な事である、と一笑に伏していたりもするが。

 

 

「ラインハルト。来ていたのか」

「ユリウス」

 

 

詰所前で話をしていたのは結構目立っていた様だ。

それもラインハルトだから尚更。

 

ユリウスと呼ばれた青年……その正装を見るに、彼もラインハルト同様騎士だろう、ラインハルトとはまた違った華やかさな雰囲気を醸し出しながら、優雅な足取りで傍にまで近づいてきた。

 

本人を特徴付けるとでもいうのだろうか、これまたツカサにとっては、初めて目にする色の髪を持つ青年だった。紫とでも言えば良いか。少々青みが掛かった紫で、風に揺られて靡くその姿は、何とも絵になるモノだ。

 

 

「ありがとう。もう詰所の方まで足を運んでくれたのか」

「ああ。君の頼みを無事果たす事が出来た。こうして、市井に赴く事で得た物も大いにあるよ。………それと、そちらは……」

 

 

ラインハルトとユリウスの2人の会話や仕草は、やはり騎士と言うだけあって、非常に絵になる。場違いではないか? と思った矢先、ユリウスの視線がこちらへと向いた。

 

 

「ああ、彼はツカサだ。―――名を聞けば説明は、もう、するまでも無いかな? 以前、僕から話した通りの人だよ」

「……成る程」

「ツカサ。彼は《最優の騎士》と呼ばれている―――」

 

 

ラインハルトが最後まで言い切る前にユリウスは、一歩前に出てツカサの前に立った。

名乗りは自分でするよ、と言う様に。

 

 

 

「我が友、ラインハルトより話は聞いております。ツカサ殿。私は近衛騎士団所属ユリウス・ユークリウス。どうぞ、お見知りおきを」

「これはどうも丁寧に。私の名はツカサ、と申します。ただ、家名については……」

 

 

 

ラインハルトの方をチラリ、と見ると頷いてみせてくれたので、続けて言った。

 

 

「申し訳ない。少々記憶に障害があり、名しか記憶になく、故にただのツカサでお願いします」

「……友より君の活躍ぶりは聞いている」

 

 

活躍、と言われて、ややむず痒くなるツカサ。

 

それに、ラインハルトの前で活躍した様な記憶は今の所は無い。

白鯨の残骸を運んでいた場面と、それまでの経緯は説明したが……事伝いと言うだけで、活躍をした、ともなれば弱くなると思っている。

 

更に記憶を揺り起こすと……、あの腸狩りのエルザとの一戦では間一髪で助けられた。

 

なので、活躍をした、と称されるのは何処か違う様な気がするのである。

 

 

そんなツカサの心境は露知らず、ユリウスは続けた。

 

 

「……君と言う人成りもそう。記憶が無い事を無下にする必要は私には無いと思うよ。……君は素晴らしい事をした、それは歴然たる事実。君の行いは、王国騎士団の宿願でもある かの魔獣討伐の一翼を担ってくれたと、私は思っている。長年に亘る厄災を終止符に向けての一翼を。王国騎士を代表し、心より感謝を」

 

 

真っ直ぐと視線を交わして、何の裏表もない含みもない、純粋に思っている事を口にするユリウスに対して、言うべき言葉がなかなか見つからなかったが、それは一瞬だ。

 

 

「こちらこそ。自分としては、そのような大それた真似をした、と言う自覚は無いんだけれど、賞賛はありがたく受け取ります。……それに、あれだけ(・・・・)では まだ満足はしてませんよ」

 

 

そう言って、ラインハルトを、そしてユリウスを見ながら言った。

 

 

「あの魔獣は、今この瞬間も世界の何処かで、誰かを苦しめている筈です。……私の友の1人、商人のオットー・スーウェンからも聞かされてます。次に、あの魔獣と遭遇する事があるなら……」

 

 

ツカサは、手を前に出して、グッ、と握り締めた。

 

 

 

 

「ラインハルトやユリウスさん、……王国騎士の方々には申し訳ない。次があるなら仕留めるつもりでいきます。―――勿論、出来るかどうかは、さておき、ですがね」

 

 

 

 

そう言うと、最後は笑顔で締める。

 

 

嫉妬の魔女が生み出し、400年と言う歳月を生き、……蹂躙し跋扈し続けた霧の魔獣———白鯨。

 

年月から解る通り……そして、ラインハルトの前では言いたくない事ではあるが、先代剣聖をも打ち砕いた存在だ。

 

 

「ははは。ユリウス、で良い。私もツカサと呼ばせてもらいたいからね」

「それなら、そちらでお願いするよ。敬称をつけて呼ばれるのは、慣れてなくて……」

 

 

気恥ずかしそうに笑う彼は、本当に言い切った。

白鯨と言う三大魔獣の一角。厄災の名を冠するに足る人類の脅威を前に、言い切ったのだ。

 

 

厄災を仕留める―――と。

 

 

 

 

 

「―――ラインハルトが宿敵(とも)だと言ったその意味が、本当の意味で理解出来た気がするよ」

 

 

 

ユリウスは、ツカサを見て、言葉を聞いて、そう称した。

そして、やや遅れてしまったが後ろで控えているラムにも挨拶。

 

ツカサを見ている彼女は、何処か誇らしく、胸を張っている様にも見える。

 

それがツカサの人成りを、言伝よりも何よりも表している、とユリウスは思えた。

 

 

和やかに、このまま和やかに話は終わるだろう……、と思っていたのだが、少々暗雲を見た気がした。

 

 

 

「これ以上ない程信頼に足る騎士が傍に居る。エミリア様は安泰の様だ」

 

 

 

騎士と言った大層なモノではないのだが……と、言いかけたその時だ。

ユリウスが《だが》と一言添えて……、その暗雲部分を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………()も少しは見習ってほしいものだが」

 

 

 

 

 

 

 

ユリウスの表情がはっきりと変わったのが解る。

 

 

―――聞いた瞬間、見た瞬間、ツカサは、何だか 嫌な予感がしたのだった。

 



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惚れてる

今回の難儀~~
難儀だったヽ(;゚;Д;゚;; )

こんな事しねーだろ、言わねーだろ、助けて貰っといてゼーッタイ!!とか思ってたりしたんスけど~
言うかもでしょ??とも思う自分もいて~(;^ω^)
原作でもこの辺りはアレだったしね~。

難ッッ((゚□゚;))


 

 

 

 

色々とあった王都到着初日を過ぎ―――2日目。

 

 

「―――えええ!! お留守番ッ!? やっぱ、オレだけエミリアの王選の話し合いについてっちゃダメなのっ……!?」

「ダメです!!」

「スバルだけじゃないよ、レムもラムも来ちゃダメだって。人数制限? みたいなのがあるからって」

 

 

王選を目前に、ギリギリまで粘れば済し崩し的にスバルは参加できるのでは? と最後まで淡い期待を抱いてはいたのだが……、現実は甘くなかった。

 

当初の予定通り、スバルは参加できない。

 

ツカサの付き人として、ラムは参加できるのでは? と実の所考えていたラム自身も、今回の叙勲式に関しては、本人以外の立会人はメイザース家当主、即ちロズワールだけとなっているらしい。

 

参加するくらい……と思うのだが、王国のトップを決める極めて重要な儀式。それを開催する場。方々から集まる為か、近衛騎士団を除いたら、必要最低限の人選でしか参加出来ないらしい。

 

不機嫌になるかと思われていたラムだったが、ロズワールからの命令でもあるし、聞き分けの出来ない子供と言う訳でもないので、特に拗れる様子はない。

寧ろ、スバルと同じようになると思われてしまう事が心外極まる! のである。

 

 

 

「それよりっ! 最初の事忘れてない!?? スバルを王都に連れてきた理由は、知り合いの安否確認と身体の治療の為! そういう約束だったでしょ!?」

 

 

ぐうの音も出ない正論に、何も言えなくなるスバル。

 

 

「……心配しなくても、オレも ちゃんと見てる(・・・)から」

「その辺は、ちっとも心配なんかしてねーよっっ!! するまでもねーっての解ってるよ!! でも、でも……っっ」

 

 

エミリアの力になれない事が嫌だ。

1人だけ蚊帳の外の様な境遇が嫌だ。

 

ツカサに負けられない‼ と言うやり取りは正直ネタだと思ってくれて良い。……ツカサがエミリアをどうこうしようと思ってない事くらい解っている。………多分。

 

 

でも、信頼も信用もしたとしても、男の矜持として、例え無能力者であっても、何かしたい。出来る事が何かあるはずだ、と思いたかった。好きな女の前なら猶更、虚勢でもいいから張りたかった。

 

 

「………レム?」

「さすがにこればっかりは、エミリア様が正しいです!」

「哀れね。情けなさに磨きがかかってるわ。こんな時にレムに縋るなんて」

 

 

スバルをいつも肯定してくれているレムであっても、首を縦には振らない。ラムの言う通り、レムに縋ってくれている事自体は、好ましく、嬉しい事ではあるが、良い事と悪い事くらいは弁えているから。

 

だからこそ、ラムはしっかりと従っている。

 

 

「バルス。子供みたいに喚いてないで、エミリア様の無事を祈るくらいしておきなさい。……ついでにツカサも」

「……なんだか怒ってない?」

「なぜラムが怒るのかしら。ツカサが何を言ってるか解らないわ」

 

 

 

ついで扱いされた挙句に声色が何処となく他とは違う……と感じたツカサだったが、どうやら気のせいらしい。

 

 

そうこうしている内に、もう時間が迫ってきている。

あまりゆっくりしていられない。

 

 

「とにかく、私とツカサは、これから王城に行ってきます! スバルのことはレムとラムに任せておくから。2人とも、お願いね」

「「はい」」

 

 

エミリアに信用されていない……とスバルは思ったのだろう。

その表情は全くを持って納得をしていない。

 

 

 

「大丈夫だから。今はちょっとばかり、頭を冷やして落ち着いた方が良いよ。ユリウスとも一悶着あったみたいだし」

「っ………」

 

 

 

この時、スバルは目の前に線ができたのを見えた。

 

こちら側と向こう側、はっきりと分け隔てられてしまったライン。

 

そして、信頼しているし、信用もしている筈の、その向こう側の人間が……、あまりにも憎たらしく思えてしまった。

恩もあるし、幾度もなく助けてくれた事もある。信頼もしているし、信用もしている。

 

だけど、それを抑えられなかった。

 

あのユリウスの名を出された事も拍車をかける様に。

 

 

「………んだよ! 英雄的活躍して、オレはそっちに行けて、ご満悦! ってか? 優越感に浸ってんじゃねーよ!」

 

 

いつもよりは小声ではある、が はっきりと言ってしまった。

それは、まるで これまでの事をすべて忘れてしまったかの様なモノ言いだった。

 

計り知れない程の恩があるはずなのに……。

 

 

「偉そうに言うつもりは無いけど。オレの事がそう(・・)見えてるっていうのなら、スバルは自分に劣等感を持ち過ぎているよ。……これまでが慌し過ぎだったんだ。一度くらい立ち止まってよく考えてみれば良い。力になれる機会なんて、これから幾らでもある筈だよ。……だから、どうすれば良いのか、何をすれば良いのか、しっかり考えて行動して。オレが言えるのはそれくらいだから」

 

 

スバルの言葉を正面から受け止めたツカサ。嫉妬からくる悪態が明らかであり、悪意に満ちていたというのが解る言葉であっても、ツカサは、怒ったりして動じる様子は見せなかった。

 

確かに、これまでを考えたら出来ない事が目立ち過ぎたかもしれない。

 

前回の王都での件や魔獣騒動。活躍と言う意味で見てみたら、どう見繕っても一番足を引っ張ってる存在だ。

唯一の能力である死に戻りに関しても、その能力発動条件自体が最悪。文字通り死ななければ発動しないのだから。

 

 

死を幾度もなく経験したからこそ思う。恐らく今後同じ事が起こる度に思うのだろう。

 

……二度と死にたくない、と。

 

 

それを知っているからこそ、強烈に嫉妬してしまう。

ありがたいと言う善の気持ちを負の気持ちで覆いつくしていく。

自分が欲しい力を、強い力を全部持っているツカサに。

 

 

「ッ………」

 

 

恥を上塗るのは どうにか堪えたが、頭の中では幾度も幾度も暴言を言ってしまっている自分がいた。

まるで、心と身体が分離してしまう様だ。

 

 

「……スバル。あまり、多くは望まないから」

「えっ……!!」

 

 

そんな心のざわつきを、一度に落ち着かせたのがエミリアだった。

その手が、声が、負で染まりつつあった心を洗い流してくれる。

 

ただし―――彼女の表情は、その声は あの屋敷で楽しかった時のものじゃない。

 

 

「お願いだから、私を信じさせてね」

 

 

懇願するように言われた。

そんな顔させたくなかった筈なのに、自分のわがままのせいで……。

 

 

「あ、ああ!! もうわかった!! わかったよ!! 今のオレすげーーだせーーよ!! 客観的にみても最悪だ! エミリアたんの期待にも応える! 兄弟の言う通り、悪かったし、頭も冷やす!! それくれー、やらねーとだよな!!」

 

 

エミリアの顔を見なければ、きっと負の波に触られて見失って暴走していただろう。

どうにか、岸辺に這い出す事が出来たスバルは、最悪な屑野郎にならなくて済む、と自身を戒めた。

 

 

「うん。信じる」

 

「ちゃんと見てるし、情報共有もするから。……こっちも約束するよ」

 

 

そう約束して……二人は扉の先へと消えていった。

 

 

こちら側(・・・・)

 

どう足掻いた所で、今の自分は向こう側(・・・・)へと行く事が出来ない。完全なるレベル不足。

突出した能力もなければ腕力もない、人望も薄い。何なら、近衛騎士のユリウス相手に不況を買ったし売った。

 

それがエミリアにとって、プラスになるか? と問われれば全力で首を横に振る。

 

 

―――無能なスバル(自分)より、有能なツカサ(アイツ)が向こうにいれば良いんだろ……。

 

 

自虐的に、それでいて嫉妬の念は消えず、――暫く、随分長く扉を眺めていた時だ。

しびれを切らした様にスバルの方へと近づいてくるのは。

 

 

「バルス。エミリア様やツカサは、水に流してくれたかもしれないけど、さっきのは聞き捨てならないわ。……一体どの口でほざいているの」

 

 

鋭い視線、いつも通りの毒舌気味ではあるが、それに込められた怒の感情はこれまでの比ではなかった。手や足と言った物理的な実力行使で出てきそうな勢いで。

 

いつも以上の圧だったからか、思わずのけ反りそうになる。

 

 

「……優越感、と言ったかしら? 次、ふざけた事言えば実力行使するわよ」

 

 

怒気のこもった声。その実力行使の内容はとんでもないものである、と言う事くらいスバルでも容易に解った。

 

そして、ラムの口から出たエミリアの名は、恐らく次いでだろう。

ラムの言葉の根幹部分は、間違いなくエミリアではなく―――。

 

 

「……お前なら、オレの気持ち解ってくれると思ったんだけどな。ラム」

「ハッ。子供みたいに拗ねて、八つ当たりして、そんな無様な男の何を解れと言うの」

「解るだろ。……好きな奴の傍にいたい。惚れた相手の傍にいたい。力になりたい、って気持ち。……それでもなにか? ラム。お前はアイツの事、惚れてねーとでも今更言うつもりか? 解りやすい嘘つくか? ……俺だって心底だせーのは解ってるよ。でも、でも……凄すぎるアイツを見て、オレはちっぽけ…………しょうがねぇだろ」

 

 

ラムはこれまで直接的な事は何も言っていない。

態度を見ればよく解るし、仲良くなっている事は自他ともに認める程だ。間違いない。

色々と世俗に疎そうなエミリアでさえも、ラムとツカサが仲良い事は知っている。

 

 

 

「バルス」

「んだよ。って、ぐえっ!?」

 

 

 

ラムはスバルの胸倉をつかみ上げた。

鬼の角がない、ツノナシとして蔑まれる存在。レムには敵わない、と言っていた筈のラムの力だが、とんでもない。自身より一回りも小さいラムに簡単に締め上げられそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

「ラムはツカサに惚れてるわ。……ええ、バルスの言う通り心底惚れている。ツカサの事が好きよ」

 

 

 

 

 

 

ここまで直情的に想いを言うラムに、スバルは気圧されそうになった。

 

 

「バルスがエミリア様の事を無様に想っている様に。……いえ、ラムは そんな程度の低いものじゃないわ」

「っっ……、その、ていど……?」

「そうでしょう? 惚れた女にあんな顔させた。世話になってる筈の男に悪態ついた挙句に、あんな顔させた。そんなバルスだから、その程度なのよ。無い頭で今一度考えてみなさい。いつまでもウジウジして、妬み事を考え続けるなんて、立って歩く事が出来ない子供がする事よ」

 

 

ラムは、掴み上げたスバルの胸倉を開放して、背を向けた。

 

 

「考える頭もなく、それでも我を通したいなら、幼稚な真似をしたりせず、行動で示せば良いのよ」

「……は?」

 

 

考えろと言ったばかりだったラムだが、次は行動しろ、と言われ、考えようとしていた頭が更に混乱してしまうスバル。

 

 

「ラムは、惚れた男に悪態ついたバルスを罵倒しただけ。言いたい事言ってスッキリしたけど、バルスに幼稚って言った事、ラムにそのまま返ってきた気がしたから、暫く不貞寝するわ」

「はぁ?? ちょ、いきなり何言ってんだよ、ラム!?」

「スバル君」

 

 

ラムの突然の行動、それも本当にベッドで横になってしまった。その意味が解らない。朝まで説教コースだとも思えて、首をかしげていたその時、これまで黙ってきいていてくれたレムが声をかけた。

 

 

「レムはこれから、姉様の為に。寝起きの新作飲み物を作ろうと思います」

「はぁ?? レムまで何言ってんだ??」

「ですから、その新作を作るには、姉様も認めてくださる新作を作るには、とてつもない集中力と時間を要してしまうので、暫くレムは調理場に籠りきりになるでしょう。……姉様は眠ってしまいましたし、誰かがここを抜け出しても気づけないかもしれません。……勿論、スバル君は空き時間を有効利用、文字の勉強に使うと思いますし、抜け出そうとは考えてもいない事ではありますが」

 

 

ラムとレムが何を言っているのか、漸く理解できた。

エミリアには、一任する、2人に任せる、と言っていたが、その2人はスバルの好きに行動しろ、と言っているのだ。

 

 

「……でも、オレは兄弟が言ってたように頭冷やすとも言ったし、エミリアたんの期待に応える為に、待ってるって………」

 

「何を言ってるか解らないわ。ただ、レムとラムは全力で好き勝手する、と言っただけ。ラムはいろいろと疲れたから、不貞寝と言いつつ全力で眠るだけよ」

「はい。レムも姉様の為の新作飲み物を作るだけですよ。その間のスバル君の行動を制限しようとは思ってません」

 

 

―――何がしたいのか、自分で考えて行動しろ。自由にしろ。

 

 

そういわれてる様に思えた。

 

 

勿論、この場に留まるのも良い。

ツカサに言われた様に、熱くなった頭を冷やす。色々とあって、ぐちゃぐちゃになった頭の中を一度冷やした上で、身体を気遣い、そして頭だけは働かせる事が出来るので、勉学に勤しむのも良いだろう。

 

それは、エミリアとの約束にも繋がる事だ。

身体を休めて、治療して、全快する。エミリアはずっと心配をしてくれているから、それも解消される。

 

良い事尽くしだ。

 

それに、傍にはツカサだってついてくれている。

何かあれば、持前のチート級能力で助けてくれるだろう。危機を回避する事だってできるだろう。

 

 

 

「……そうさ。異世界モノの主人公が兄弟。なんでも出来るチート級主人公だ。代償があるけど、それでも十分過ぎる超パワーだ。だから、オレは…………」

 

 

 

 

 

―――見てるだけで良い? ただ、傍観者で、読者で、視聴者で、ヒーローが勝手に活躍するから、それを見てるだけ? ただ、ヒロインだけは譲ってくれる? ……それで本当に満足するか?

 

取るに足らないプライドかもしれないが、それで満足なのか? 本当に??

 

 

 

 

「―――無理だ。たとえ、何にも出来なかったとしても、足引っ張っちまう様な事をしたとしても……、指くわえて、蚊帳の外で黙ってみてるなんて、オレは出来ねぇ」

 

 

 

 

例え、この行動が死につながったとしても……、それでも結果が解らない今だったら、これを選んでしまう。

 

 

 

理解した。自分は……強烈なまでに……エゴイストだ。

 

 

 

 

 

スバルは自覚すると同時に立ち上がった。

 

レムはそれを見届けると、調理場へと歩いていく。

 

「甘えてばっかりで、ごめんな……」

「何を言ってるのかわかりませんよ? レムはスバル君が居なくなるなんて、露とも思ってませんから」

 

 

レムは笑いながら、奥へと消えていく。

 

そして、スバルは歩き始めた。

足がある。歩ける。……歩けない子供じゃないのだから。

 

そして、ベッドで横になっているラムに一言。

 

 

「……これで、もしもな場面(・・・・・・)になっちまったら、ごめんな」

「そのもしも(・・・)が、ラムの考えてる通りの事(・・・・・・・・)で、そうなったのなら、バルスを死ぬ手前まで殺すだけよ」

 

 

ラムだけは解らない。

ツカサに惚れているというのなら、万が一でも無茶な行動を、治療を受けて万全になる事が最善な筈なのに、そのAルートを回避して、余計な事に首を突っ込んで、また体がどうにかなって、、、、と連想を出来る様なBルートを選ぼうとする自分を止める筈だ、と。

 

 

 

「……そうならねぇ様に、努力くらいはするさ。これ以上ラムを怒らせるのも怖いしな」

 

 

 

スバルは、そういうと……扉を開けて出て行ってしまった。

 

暫く横になっていたラムだったが、ゆっくりと身体を起こす。

レムも、それを見計らった様に、奥から出てきて、ラムの隣に座った。

 

 

「本当に、しょうがない人ですね。スバル君は。……姉様はよろしかったのですか? ツカサ君の事は………」

「ロズワール様の命令(・・)よ。……確かに、ラムはツカサの事は好き。それでも、だからと言ってロズワール様の命令に背いてよい事にはならないもの」

「そう、ですか。そうですよね姉様。……ただ、ロズワール様は何をお考えなのでしょう? 《―――ツカサ君とスバル君を自由に行動させる。例え、エミリア様に何を言われても》だなんて」

「そうね。……でも、あの場で、ツカサがバルスに留まる様に、と言っていたら、ラムはバルスが抜けるのを全力で止めていたわ。ツカサとバルスなら、ラムは当然ツカサを選ぶもの」

「ふふふ。そうですね。……レムは、ツカサ君にやきもちを妬いてしまいそうですが、それ以上に姉様が好きになってくれた事がとても嬉しいです」

「当然よ。ラムが選んだ男だもの。……レムだって喜ぶ筈よ」

 

 

残された2人は、暫く談笑を続けた。

 

ただ、それぞれの想い人の無事を祈りながら。

 



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緊張と緊張と超緊張

―――オレは、唐突に異世界に召喚された。それで、弱ぇオレが何とかしがみ付きながら、ここまでやって来た。

 

 

 

当ても無く、只管走り続けるスバルは考える。

この世界に来たばかりの頃の事を。

 

 

強靭な身体を持ってる訳じゃない。

他を圧倒するような能力を持ち合わせてる訳じゃない。

一騎当千できる様な技能、胆力を持ち合わせてる訳でもない。

 

 

 

 

―――誰が、一体何のために? ……それは今でも解らないままだ。

 

 

 

 

そんな中、数々の死を体験した。

何処までも寒く、何処までも熱く、……自身の命が潰えるその瞬間までの記憶ははっきりと残っている。

 

腹を裂かれて、内臓が飛び出て、それをどうにか仕舞おうとした所も覚えている。

斬り裂かれて死ぬ、貫かれて死ぬ。最後は呪いによる衰弱死。

 

死を体験した事に関しては、恐らくこの世界でもトップクラスで精通していると言える。

ただ、1人を除いて。

 

 

 

―――何度も何度も助けられた。最初は自分の為だ、と言っていたけど、それじゃ割に合わない事も理解出来る。………本当に、死よりも辛い苦しみを味わい続けてきたと言うなら、本気で、封印を施せると言うのなら……、自分を優先すべきだと思う。見ず知らずの他人など、強靭で強大な力にものを言わせて、やれば良い。……逆の立場だったら、かなりの確率でそうしていた。

 

 

4度目の死を覚悟した世界で、新たな出会いがあった。

正直、最初にあの男と出会えていたとするなら、こう(・・)はならなかったかもしれないが、それはもう無理だ。

 

最初に出会ったのは――――()だったから。

最初に助けてくれたのは―――……。

 

 

 

 

 

 

 

―――エミリア、だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から、スバルの中の世界は その気持ちは、その心は決まったのだから。

 

 

 

「オレは―――エミリアを守りたい。守れるように、強く、強くなりたい……!! って思いの丈を振り絞って、全部置き去りに、覚悟を決めた猪突猛進的な猛ダッシュしてきたつもりなんだけど……」

 

 

走って走って走って――――横腹が痛くなった所でスバルは立ち往生。

現在位置まで解らなくなる前に、何とか立ち止まった、ふと考える。

 

 

「―――……威勢よく飛び出したはいいけど、王城ってどうやって行くんだよ⁉」

 

 

最も大切な所が抜けてしまっていたのである。

だからと言って今更、レムやラムに頼ろうとする真似は流石に出来ない。

 

 

「くっそ……、とりあえずロム爺に連絡とって見るか……。昨日オレはラインハルトに会えなかったし、ラインハルトもオレの事探してくれてる、ってんなら、ひょっとしたらラインハルトの方に先に会えるかもだ! ……ツカサが言ってた事そのままで考えたら、ちと微妙だけど」

 

 

ラインハルトが、言う様に そう遠くない内に会える……と言うのなら。

 

 

「イケメン・スーパーマンは何でもできるってか? ちっとばっか期待しとくぜ!! んでも、オレは1秒でも早くに行動したいから、どうにかしてオレを見つけてくれ! まずはロム爺だ!!」

 

 

スバルは、誰に言うでもなく、独り言を盛大に吐くと、ロム爺に会える可能性が極めて高い、少なくとも連絡確認を取る事が出来るであろう、馴染みの果物屋《カドモン》へと向かう。

 

ある意味、あの店は始まりみたいな場所だ。

 

いわば、死に戻りの記録(セーブ)地点(ポイント)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――と、言う事が数10分前にあったのだが。

 

 

 

「なんで、オレこんな状況!!? すっげー、周りの視線が痛いんですけど!!」

「まー、あれだ。王国広しと言えど、このセンスは姫さんだけだぜ。オレぁもう慣れた。兄弟に関しちゃ……、ご愁傷様だ」

「ふぐぅ……」

 

 

 

金ぴかな装飾を施された竜車に乗せられる。

周囲の視線が痛い。

 

乗り込んでいく時、後ろに目があるワケでも無いと言うのに……、パックの様に読心を使える訳でもないのに、どう見ているのか、何を感じているのか、手に取るように解る自分が憎い。

 

 

でも、王城への道は、このド派手な竜車にしかないのも解る。

 

だから、スバルは足を踏み入れた。

 

 

「随分と妾を待たせたものじゃな。―――この無礼は高くつくぞ?」

 

 

そして あまり、喜ばしくない――――寧ろ、憎々しささえ覚える相手との再会を果たす。

紅のドレスに身を包む……先日の傲慢不遜を絵にかいた様な、ラムをも超える程の姫さん、プリシラだ。

 

 

「……この度は、お招きに与り、恐悦至極に存じます……」

「構わぬ。興がのったが故の、戯れに過ぎん。……それに貴様を連れて行くと、あやつがどう反応するのか、見とうなっての……」

 

 

 

―――何が戯れだよ。1日に2度も迷子になったじゃじゃ馬の癖に。

 

 

と、心の中で愚痴る。

不敬極まるかもしれないが、心の中で思うくらいは許して貰いたいものだ。

 

 

 

何はともあれ、王城への足掛かりは手に入れた。

これで問題なく侵入出来るだろう。……その先は本当に行き当たりばったりではあるが、どうにかなる。……行動で示すだけだ、とスバルは力を何処かに入れる。

 

 

「ときに、凡夫よ。貴様は解っておるのか? 選ばれる事もなく、貧相で品位にも欠け、取るに足らん貴様がこの竜車がいったい何のために王城へと向かうのかを」

「……すっげー、暴言入り乱れてっけど、取り合えずそこは目ぇ瞑る」

「ふん。事実は事実。即刻放り出されてないのは、貴様が妾にとって都合が良い人物に成り合える可能性があるからじゃ。………が、目先の情報に踊らされただけの凡愚と言うのなら、生きるに値せぬ愚物よ。その様な輩をこの竜車に乗せて置く訳にはいかぬのでなぁ。……即刻切り捨てる」

 

 

物凄く物騒な事を言ってくるが、冗談の類に見えてこないのが恐ろしい。

隣に座る、騎士? 護衛? 片腕で片時も兜を外さない変な男の存在もある。

 

 

「さぁ、心して答えよ。何ゆえこの竜車は王城を目指す?」

「……………」

 

 

スバルは少し考えた。

少し―――考えるだけで容易に答えには辿り着く。

 

 

 

「オレが……、正確には、もう1人の男が王城に行く理由は、叙勲式を受ける為。受け入れた為だ。だが、野郎1人の表彰される為だけに、その見物の為だけに、参加するとは思えない、……だから」

 

 

プリシラの性格を考えれば解る。

確かに偉業を成したかもしれないが、それだけの為に王城へと足を運ぶとは到底思えないのだ。

 

だから、本人自身が行く理由がある。―――故に。

 

 

「王選に参加するんだ。……お前は、ルグニカ王国王位継承戦……その候補者の1人」

 

 

これが限りなく近い答え。いや、正解と断言できる。…………たぶん。

 

 

さぁ、斬られるか生存か。もし斬られたら、全力全開でツカサやラムに謝るしかない。

何処まで戻されるか解らないが……。それも含めて、地に頭を擦り付けよう。

 

 

だが、その心配は杞憂に終わる。

 

 

「フッ……」

「おう、その通り。この御方こそ、ルグニカ王国次期王候補の1人、プリシラ・バーリエル様だ」

 

 

無事、正解を導く事が出来た。

そこまで難しい内容じゃ無かったとはいえ、こうも命を懸けるとは思わなんだ、と言うのが率直な感想であり、更に王選に間違いなく潜り込める相手と同行出来ている事に感謝もした。

 

 

「まずはこの場での流血は避けられたわけじゃな」

「……オレも一安心だぜ。そもそも、昨日の一連を見てたら想像なんて簡単に出来る。……ってか、お前も、お前らも解ってたんだろ? オレと一緒にいたのが誰なのか……」

 

 

そう、一番は昨日出会った時。

エミリアとプリシラが出会った時のエミリアの反応だ。

王選を行うが故に競う相手。……政敵であるのであれば、合点がいくというもの。

 

 

「くく。当然じゃろ……。無様でみずぼらしい布切れで隠していた様じゃがな。道の端で小さくなっている姿など、随分と堂に入ったものじゃ。……じゃが、これでも一定の感謝、と言うモノもあったりするぞ? ———妾の都合が良い様に、運んでくれる小心者には、な」

「!! てめぇ、言って良い事と悪い事があるだろうがっっ!!」

 

 

 

エミリア関連での悪態、その対応の善し悪しによっては、スバルは後先考えない行動をとる。目先の状態が見えなくなる。

今回もそれだ。

斬るだ殺すだ、簡単に口にし、そしてそれを実行できるだけの技量を恐らく持ち得ている相手に対し、真っ向から否定を、しかも非武装で、無能力で突っかかるのだから。

 

 

だが、それも寸前の所で止められる。

 

 

アルと名乗る隻腕兜の男に。

いつの間にか抜かれていた剣が首元に添えられていた。

 

 

「頼むぜ兄弟。姫さんがここまで機嫌良いのは結構珍しい事なんだ。流血沙汰にはしない、って話にもなったんだからよ」

「……ッ! 片腕。のくせに器用にやるじゃねーか……。生憎、こちとらもっとスゲーヤツ見てきたから、全然驚かねぇぜ」

「驚かねぇのは結構だが、それだけでどうする気だい? 兄弟。首ちょんぱされても、驚かねぇぜ、って言っちまうかい?」

「流血沙汰回避してーなら、そっちが退くべきだろうな……」

 

 

一触即発。

明らかにスバルの方が分が悪い筈なのに、一歩も退かない胆力に関しては、舌を巻くだろう。

 

だが、アルと言う男はスバルにとって決して無視する事が出来ない人物。

故に、ただ悪態付いて終わり……と言う訳にはいかないのだ。

 

 

「ま、流血沙汰はオレもカンベンしてもらいたいねぇ。後始末が大変だ。んでもって、器用つーか、この腕はもう1本きり、って方が付き合いなげぇからなんでね。……それともう1個、兄弟に面白れぇ事教えといてやるよ。俺は兄弟の苦悩ってヤツが解り合える仲間の内だって事」

「は?」

 

 

決して無視できないのはここからだ。

 

 

 

「お前も召喚されたんだろ? この世界に。……んでもって、姫さんがご執心なあの兄ちゃんも恐らく同じ。あぁ、住んでた世界、ってヤツは違うかもしれねぇけどな」

「なっ……!?」

「まぁ、その反応が一番正しい。オレだって昨日は耳を疑った。……兄弟が言ってきたヤツ。袖振り合うだの赤い糸だの、そんなもん聞いたのはもう18年ぶりくれぇだよ」

 

 

 

衝撃の事実。

自分以外の異世界召喚者だ。

 

そして、何故かは解らないが、ツカサの事も当たっている……かもしれない。

 

地球の日本国から来たのが、スバルだが、ツカサは別のまた違う世界からやって来た、とあの時の狭間で結論付いていたから。

使う魔法の名やクルルの異様な存在もそう。まだ見しらぬ国がこの世界にもあるのかもしれないが……、何となく本人がそれを否定していたから。記憶が無いと言うその原因も、恐らく原因が解っているのだろう――――。

 

そして、次に衝撃的だったのは、その期間。

 

 

「じゅ、18……?」

「おう。オレがこっちに召喚されたのは18年も前の事だ。腕なくしたのも同じ時期。……ま、異世界の流れってヤツだな。ああ、召喚の原因や理由? なんてもんは聴くなよ? 生きるのに必死で積極的に探してねぇから」

 

 

18年間も、それも見知らぬ世界で、死と隣り合わせな世界で過ごしてきたのだ。

戻る方法も含めて知っているかも、と思っていた期待は儚く散った。

 

 

アルは、片手で器用に剣を鞘に納め……そして、もう1人の男ツカサについて話していく。

 

 

「……まぁ、アレだ。あの兄ちゃんについてそう感じた理由ってのは……色々とあり得ねぇ(・・・・・・・・)事が重なったからこそのってヤツだな。……そもそも召喚された途端に、たった1人で王国に表彰されるなんざ、別世界で勇者でもやってねーとできねぇ芸当だろ?」

「……否定はしねぇよ。兄弟は異世界チート魔術師だ。能力もそうだし、その人柄も……」

 

 

目が覚めたら、デカイ魔獣に追われてて、それを追っ払って、商人達のヒーロー。

更に王都に来たら来たで、第一級の危険人物と一戦交えて、スバルやエミリアを命懸けで救った。

更に更に、ロズワール邸に来ての立ち回り。自分を呪いから救う為に色々と手を打ってくれて、最終的には魔獣討伐の大半を熟してくれた。

 

 

 

「……色んな意味でバケモンで、ヒーローで、ブレイブってヤツだよ」

「ははっ、間近で見ていた兄弟が一番それは解ってる、ってヤツか」

 

 

 

アルとスバルの2人で話を進めていた時にプリシラが口を挟む。

 

 

「男2人して、辛気臭い顔を並べるな。妾の竜車の品が損なわれる。……が、それを妾が我慢してやっている理由は、それよ。……アル。貴様、あやつについて、解らんと申しておったではないか」

「わりぃわりぃ。この兄弟に裏取るまでは黙っとこう、って思ってた訳。姫さんに真偽不明なただの感想を言って混乱させるワケにはいかねぇだろ?」

「ふん。そう言う事にしておいてやろう」

「(マジで、あの兄ちゃん絡みだと、融通効く様になるよなぁ、姫さん)」

 

 

スカウトしても良いのでは? と思ったアルだったが……、直ぐにその考えを一蹴する。

あの男の異形さ、異質さ、全てにおいて出鱈目なのは、アル自身がよく解っているから。

 

得体のしれない者を傍に置くのは、許容しない。

プリシラが言うのなら、手は尽くすつもりではあるが、積極的か? と問われれば積極性は0だ。

 

肝心の本人もこちら側へ来る気配が無いので、それも好都合。

 

 

「大瀑布の彼方が故郷とうそぶく道化同士。……だが、あやつは別。全く此処とは異なる世界からの来訪者と言うのであれば、この世界(・・・・)では都合が良い事しか起こらん妾にとって、天敵とも呼べるであろう存在じゃろうな。世界を超えて、干渉出来るとは流石の妾も思わん」

「天敵、っつといて、スゲー楽しそうな顔してますぜ、姫さん」

「くくくく……」

「ちょい待ってくれ。なんだ、その大瀑布? 前にも聞いた事があるが……」

「なんじゃ、知らんのか? 道化は1人だけじゃったか。道化と凡夫の2人か」

 

 

嬉しくない分け方されたが、取り合えずプリシラの性格はもう知ってるので、気にせず知らない事を聴く事にした。

 

 

「大陸図の端。世界の四隅では大地が途切れ、そこにはすべてを押し流す水の奔流―――即ち、大瀑布がある。貴様やアルの様にその彼方からやってきたなどと吹聴する輩は時折おるのよ。……大抵は世迷言の類じゃがな。じゃが、アルと貴様は違うのだろう? ……くっくっく、そして、あの男(・・・)も」

「……お前が、兄弟……ツカサにご執心なのは嫌って程解った。その片思いが成就する様に祈らねぇでもない事も無い。……だけど、だからと言ってオレを一緒に乗せるってのはどういう意味があんだよ?? 何がしたいんだ……!?」

 

 

兄弟……ツカサの名を聞いて、プリシラの眉が動いた。

 

 

「ほう。ツカサ(・・・)、と言う名か。そう言えば聞いてなんだな」

「そこかよ!! てか、オレよりヤベー拗らせ方の片思いだぞ、そりゃ」

「クククク、都合よく運ばず、手に入らんモノもこの世にある。それもまた刺激的で良い。これまでの妾には無かった事よ。こうも好奇心を刺激する存在が世界にたった1つでもあるのなら、妾に飽きが来る事は無い」

 

 

理由を聞いても、まともに答えてくれる事は無いのか、と頭が痛くなってきたその時だ。

 

 

「理由ならば、先ほど申したばかり。貴様は唯一都合の良い通りに運ばん存在に、また違う反応を見せるやもしれぬ存在。いわば遊興、余興の類じゃな。……ならば、貴様を人質や脅迫材料にする、と言うのも選択肢の1つとしてあるにはある……が、それは反応を見る、と言う1つの目的においては悪手も良い所じゃろう。……貴様を妾が王選の場に引き連れて行けば、《反応がみれて》かつ《面白い》事が起きる。それだけのことじゃ」

 

 

相手の思惑に乗るのは正直良い気がしないスバルではある……が、結果として王選の場に参加できるのであれば、願ったり叶ったりだ、とそれ以上の文句等の言葉を呑みこんだ。

 

 

そして、竜車は―――ついに到着する事になる。

 

 

 

 

「おっ、姫さん。ちょうど見えてきましたぜ」

 

 

 

 

 

―――王城へ。

 

 

 

 

―――エミリア。

 

 

正直、物凄く緊張しているかもしれない。

何せ約束を破っているのだから。待つ、と言った筈なのに。

 

 

 

 

 

それでも、竜車が止まらない様に……スバルも止まる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは、スバル達が到着する数10分前。

 

 

 

 

エミリア・ロズワール・ツカサは共に竜車に乗り、一足も二足も先に王城へと到着していた。

ここで、淡い期待をしていたツカサの考えがきれいさっぱり払われてしまう。

 

 

「……あの、ロズワールさん? 叙勲式? とかって言うのは、王選やる前に、ちょっと済ませる、って類ですよね? なんで、こんなに集まった場で……?」

 

 

 

近衛騎士団たちに、その団長を先頭に、案内された王の謁見の場。……そこが王選開始を告げる場でもある。

 

ここで、表彰されて、さっさと終わりを告げた後――――、大々的に王選を開始する流れを期待していたのだが、全騎士たちが集まっているのか、近衛騎士も含めた王国騎士たちが皆に集っているのか、物凄い人数だ。

加えて、王位継承権を持つ、候補者たちが持つ護衛兵たちをも含めたら、物凄い大所帯。

街中でもこれほどまでの密集は見た事無い。

 

 

「なぁーーにを言ってるのかぁーあな? 君の褒章が、その叙勲がそぉーんな簡略的な式典で終わらせる訳なぁーいじゃなぁーいの。……君は相応の偉業を成した、って言う自覚がまだまだ欠けちゃってたりする? 結構説明したつもりなーんだけどねぇーえ」

「え、いや、その………そんな事は……、いざ目の前にするとどうしても……」

「……まぁ、君のお披露目会、と言う名目でもあるかもしれないねぇーぇ。君と言う存在を、その成した偉業を、国内に広く周知する為の手段としては、この王選の場は最適だ。これ以上ない程の、ね」

「んんん………っ。ラインハルトぉ…………」

 

 

言われてみればそうかもしれない……とロズワールの術中に嵌ってしまいそうだ。

ロズワール、と言うより王国の、更に言えば、推しに推したラインハルトの。

 

剣聖に勝った!! みたいな話まで流れているのだから、ここまで来たら確信犯だ。

 

そんな楽しみ方をする風には見えなかったのに……。

 

 

 

「ツカサ、大丈夫?? 緊張しちゃった?? 手、握ってあげようか??」

「……大丈夫大丈夫。エミリアさんだって大変なのに、そんな迷惑かけれないよ。言葉真似るとしたら、エミリアさんも すごーーく、緊張してるでしょ?」

「あ、いや、そんな、そんな事は……っ」

 

 

エミリアの場合は緊張と言う簡単な事で終わらせていい話ではないだろう。

その容姿が、種族が、これまでの負の遺産が、あらゆる奇異の視線がエミリアに集まるだろう事は容易に想像できる。

 

普通の可愛らしい女の子である、と言う事実は、本当の意味でそれを理解出来るのは、ここには殆ど居ない。

居るとするなら、まずはパック。そしてツカサと……ここにはいないスバル位なものだろう。

 

 

「ここまで来たら、覚悟するしか無いよ。……オレよりエミリアさんの方が遥かに大変なんだから。この程度で音を上げてたら……ね? それにスバルにも約束した事でもあるし。――――だから」

 

 

ツカサは、そっと右手を前に出した。

半透明になっているクルルがその手の先におり、エミリアの背後に……正しくは、その長い銀髪の中に隠れている精霊に向けて一言。

 

 

 

「頼むよ?」

《勿論さ。愛娘の晴れ舞台なんだから》

 

 

 

 

 

 

 

 



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未来の王候補、全員集合

う~む、なかなか進まない……(;^ω^)

それなりに、長くなったので、ちょいと区切っちゃいましたネ
(*゚∀゚人゚∀゚*)♪


 

続々と場に集まってくる。

広い広い謁見の場に隙間なく配置でもされるのか? と思える勢いで。

 

 

これだけ多くの人員が集まるのなら、使用人でも連れてきて良いような気がするのは、自分だけだろうか? とツカサは思えた。

 

当然、思い浮かべるのは あの騒動以来。……いや、共に時を超えた瞬間から、傍にいてくれている桃色の少女の姿だ。

 

 

 

「(………やっぱり色々言ってても、ラムの事心底頼りにしてるんだ)」

 

 

 

信頼と信用をくれ、と少女に、ラムに願い……ラムは応えてくれた。

 

ほんのついさっき、ラムが告白をつげた事をこの場にいるツカサが知るよしもない事だが……、ラムの事を考えると心から安堵感がある。

心暖まる。

 

 

だが、安易にツカサの方は踏み込めたりはしないが。

 

 

ツカサは、客観的に見てもラムに対して多大な恩があるのは解っている。

そして、ラムにもたらされたその恩恵は果てしなく大きいと言える。

 

ツカサはラムに対して見合う事、いや遥かに超える事をした。

 

結果を見ればラムの唯一の家族であり、自身の一部であるともいえる双子の片割れ。青髪の少女 レムの命を救ったのだから。

 

だが、以前ラムが考えていた様に、あの場で最悪の世界線から、ラムを連れて行かなくても、結末は恐らく変える事が出来ただろう。

 

何も知らない方が良かったのではないのか? 家族を失う悲しみ、絶望の気持ちを保持したままも、耐え難いモノなのではないか? 恩着せがましい事をしたのではないか? と言う想いもツカサの中では少なからず存在する。

 

ツカサ自身は空っぽな存在だったから、その大きな穴を埋める様に……、決して好ましくない欲望があったのではないか?

それに、ついつい悪い方へと考える癖は一体どこからくるんだろう?

クルル……の中のナニカが言っていた様に、適当にくっつけた(・・・・・・・・・)と言う……つまり不完全な存在だからだろうか?

 

 

「(……こう言う事考えてる方が気が楽になる、って言うのも、なんだか複雑)」

 

 

考えても考えても、答えは出ないし、想定や考察なら無制限に出来るから、余計な緊張を考える暇もないから、本当に丁度良い。

 

 

人が集まっていくにつれて―――視線もそれに比例していく様に増す。

粗方ラインハルトから聞いているのだろう。……大体自分の事、成した事を。

 

 

「……ね、ラインハルト」

「ん? なんだいツカサ?」

「なんだか、オレが《剣聖に勝った》とかわけわかんない事言われてるみたいなんだけど………。そこんとこに異議申し立てて良い? 本人に直接」

 

 

ラインハルトは、今回の叙勲式を開くにあたっての推薦者でもあるので、ツカサの傍で控えている。なので、ラインハルトが目印になって、自分の事がバレバレ……と言う理由もあったりするだろう。

 

それは兎も角、捏造された偉業には、申し訳なさも生まれるので、しっかりと張本人(剣聖)にも一言モノ申したい所存である。

 

 

「いや、僕はツカサが、《剣聖に勝った》とは一言もいってないよ」

「え? そなの?? なら一体どういう………」

 

 

ラインハルト以外、誰がそれを言うのだろうか?

と言うより、ラインハルト以外の誰が剣聖に勝利(それ)を言って、信じるのだろうか?

 

いろんな疑問符が頭の中を駆け巡って……それが無意味だったことを即座に知る。

 

 

「ツカサが打ち破ったのは、()だからね。僕は剣聖の家系ではあるけど、まだ剣聖(その名前)は荷が重すぎるから」

「何それ!? 結局同じことじゃんっっ!! ああもうっ!! 打ち破った、って言ったって、内容が内容で………っっ」

 

 

思わず声を大きめにしてツッコミを入れてしまったツカサ。

そのせいで、注目が集まってしまっている。自業自得ではあるが納得は出来ない。

 

 

薄い紫色の髪を持つ女性が。

深い緑色の髪を持つ女性が。

 

 

ある程度統率されている正装に身を纏っている中で、彼女たちは違う。先頭に立っている所を見ても、間違いなく代表だという事が解る。

 

そう―――彼女たちこそが、エミリアと同じく、王選参加者……、王位継承権を持つ女性だという事が。

 

 

 

目をつけられて良い訳ではないのは解る……が、唯一の救いは、彼女たちは例外なく不快感、ではなくて、どことなく笑っている事だろうか。

 

 

どこか好戦的な目。

どこか品定めでもしようかと言う目。

 

 

共通して言えるのは、2人ともが不快に思っているわけではなく、心から笑っている様に見える事。

 

 

 

 

今更遅い事ではあるが、それでもこれ以上目立つのはやめておこう、とツカサは声を小さくしながらラインハルトに。

 

 

「……色々聞いているけど、ラインハルトは王国一、最高の騎士で、自分は納得してないかもだけど、今代の剣聖という事実には変わりないんでしょ? ……そのラインハルトを、って事は、剣聖を、って言う意味で認識されるってわかんなかった……?」

「褒めに与り光栄ではあるがツカサ。確かに、剣の腕を指すのであれば、そうなのかもしれないよ。……でも、剣で結べるだけで、その腕が立つだけで、世界が万事回る、と言う程簡単な話じゃないんだ。……そういう意味では最高、と言う意味では、僕よりも優れた者、総合力で上回るものは多くいるよ。知る中ではユリウスもその1人。だからこそ、彼は《最優の騎士》と呼ばれるからね」

「い、いや、そういう事を言ってるんじゃなくてね? 街でもラインハルトは騎士の中の騎士だって、知れ渡ってるんだし……、心構えや自己評価だけで測ってほしくないよ……」

 

 

自己評価が、その実力や知名度、実績に反してあまりにも低いラインハルト。

そして、何より周りに対しての評価が非常に高いので、口が開けば無用な混乱を生むのでは? と思えた。

 

 

でも、ラインハルトをよく知る者なら、その手の発言を聞いてもいちいち騒いだりしないと思うのだが……、自分の様な存在を言えば話は別だろう。

正体不明、国籍も不明、更に記憶まで失っている……ともなれば。

 

これまでにない人材であり、尚且つ実際に持ち込まれたモノ(・・・・・・・・)を考えてみれば、仕方ないのかもしれないが。

 

 

「……まぁ、もう今更かな? ここに来るって決めた時点で覚悟してたことだし」

「覚悟とはまた異な発言だね。……君の活躍が公の場で賞讃され、認められるんだ。友人(とも)であり、宿敵(とも)でもある、他ならない君だ。僕としても喜ばしい事だよ」

「うん。それは良いんだけど、またいつかちゃんと説明しなおしてね? オレがラインハルトに勝ったのはじゃんけん(遊び)だって。あまり時間がたった後だと、益々言いづらくなっちゃいそうだから」

「……ふふ」

 

 

ツカサはそう言い終えると前を向いた。

ラインハルトは珍しくも肯定も否定もせず、ただ笑っていた。

まるで、遊び以外でも……… と言いたいのか、いや、もしくは必ずリベンジをする、と言う意思の表れか……。

 

兎も角、視線はそろそろ斑になってきたので、大人しく正面を向いて待つ事にした。

 

 

 

王選参加者は現在3人。―――残りは2人。

 

 

もうさっさと自身の叙勲式だけでも終わらせて、王選の方に集中……と言う感じに、と思っていたその時だ。

 

 

 

《中で皆様がすでにお待ちです。お急ぎを》

《凡俗を待たせるのも妾の優越よ。逆は絶対に許さんがな》

 

 

 

非常に器の小さそうな発言が聞こえてくる。

そして、何よりも 驚いたのは……、いや、或いは《都合が良い事しか起こらん》と豪語していて、何れまた会うだろう、とも予言していた彼女―――の目に見えない強大な力? に戦々恐々なツカサである。

 

 

ガラリ、と開けられた扉の先から、想像通りの人物が不遜な態度で跋扈してきた。

赤い絨毯を歩く優雅さは、誰よりも絵になっていると思うが………その中身は少々残念だと思ってしまうのは、自分だけじゃないだろう。

 

彼女の護衛? の数も少なくて、これ以上人数が増えるのはなぁ……と何処となく思っていたツカサが、ほっとすると同時に、目を丸くするという稀有な感情に見舞われてしまう。

 

 

数少ない、悪い意味でよく知る人物である、プリシラと共にいるのは、護衛であろう、この場においても素顔を見せず兜をかぶった男と……よく知る男がもう1人。

 

 

「スバルっ!??」

 

 

そして、その名を盛大に呼んでくれたのはエミリア。

スバルは動けず、時間が止まったかの様に固まっている。エミリアは肩を震わせている。明らかに驚いた顔……と言うよりは、約束を破った事に対するスバルへの怒りの抗議にも見える。

 

 

「(………黙ってられないとは思ったけど、まさか王城(ここ)まで来るなんて……、スバルもあの人と同じで都合が良い風に事が運んだんじゃないの……?)」

 

 

あの時のスバルは、口では色々と言っていたものの、あきらめた様には感じられなかったので、何かしてくる……とある程度予想はしていたのだが、正直な所、この王城へと忍び込むのは、並大抵の事では出来ない。

普通に強引に入ろうものなら、処罰される案件だから。

 

部外者が正面から堂々と入ってくる方法……となれば、なかなか思いつかないし、考えもつきにくい事なのだが………、たった5人しかいない王選参加者。エミリアを除いたらたった4人。更に言うなら、この場に先に来ていた2人を除いて……、その参加者、たった2人しかいない参加者と合流し、口利きをしてもらい、一緒に入ってくる。

 

正直、離れ業が過ぎるから、方法としては限りなく0に近い成功率だと思うのだが………、スバルはスゴイ。いろんな意味で。

 

 

「(―――と言うか、ほんとに、スバルってエミリアさんの事が好きなのかなぁ?)」

 

 

あれだけ懇願されて、お願いまでされて。

それを破れば嫌な思いをさせてしまう事くらい簡単に想像できそうなんだが。

 

終わった後、帰れば話す事だって多くあるだろうし、エミリアの力になる、って事だって、ロズワールやレム、ラム、ツカサの手助け等でいろんな術を身につける事も可能だと思うが………。

 

 

「……それは愚問か。好きだからこそ、1秒でも早くって事で」

 

 

ツカサはそう結論付けると、苦笑いとため息を吐いたその時だ。

 

 

 

 

「くくくっ。やはり妾の目に間違いはなかったようじゃな。―――また、再び相見えたぞツカサよ。妾にとって、これ以上都合が良い事は無かろう」

「えぇ……?」

 

 

 

 

色々と考えていて、主にスバルの事を考えていて、プリシラの事は蚊帳の外だったのが、伝わってしまったとでも言うのか、場を切り裂く様に、プリシラは一点を見つめて、名まで呼んで迫ってきた。

 

 

スバルに駆け寄るエミリアを眼中になし、と言わんばかりに躱し、ツカサの元へ。

 

 

手土産(・・・)を連れてきた。感謝せよ」

「……それじゃあ、驚かされました!! ……って言う賞讃の言葉を送るよ」

 

 

スバルを連れてきた理由の1つに、自分の存在があるのだろう、とツカサは苦笑いをした。

だが、プリシラは思ったような反応を見せなかったツカサに不満を覚えつつも、とりあえず再び会えた事を良しとした。

 

 

「あの時は また逃げられたが、この場で逃げる訳にはいくまい?」

「……それを言うなら、あなたも大切な用事があってここに来たんでしょう? オレに構ってる暇はないと思うんですが……」

「くくく。妾にとって、都合が悪いのは、其方だけじゃ。他は勝手に良い方へと事が運ぶ。故に些末な事よ」

「いやいや、周りの皆さんの迷惑にもなるので。針の筵はオレも嫌です。オレはここから逃げたりはしませんから、どうか穏便に……」

「ふむ。嫌、か。そこを突くのも良いかと思うが……妾が貴様に嫌われる結果も見える。不確定要素と言うものが増える。……それはそれで妾にとっても不快な事が多いよな。……なるほど、これもまた良い、と言うべき事か」

 

 

好きな男子に嫌われたくない、けど苛めたい、みたいな幼い女心か!? とスバルは突っ込みたかったが、それどころじゃない。

 

 

「こっちを見て答えてっっ!! どうしてここにきてるの!? 私は待っててっていった筈でしょ!?」

「っっ、そ、それは話すと長くなるというか……、海よりも深く、山よりも高い理由がある、っていうか……」

 

 

スバルは、渾身の《テヘペロ?》で済ませようかと直前まで考えていたのだが、このエミリアを前にしたら、そんな猪口才な手口は無理無駄だと痛感。

心底軽蔑される絵が見える。……もともと、ここに来た時点である程度覚悟をしていたが、それでもいざエミリアの姿を見ると、そんな勇気も掻き消える。

 

 

「レムとラムはどうしたの? スバルの事頼んでたのに、皆騙くらかして、ここまで来たのっ!?」

「だ、騙くらかす、ってきょうび聞かねぇ……じゃなくて、そんな事してなくて、え、えっとね、エミリア。話を……」

 

 

スバルとエミリアが言い争い? をしていた時だ。

 

 

「それで、混じり者はいつまでそうしておる? その凡夫は妾の小間使いよ」

 

 

いつの間にやら戻ってきていたプリシラが、エミリアの前に立った。

 

「な、なにが小間使いだ。エミリアたんに誤解されるだろ!?」

「何を言う? 妾の小間使いでなければ、貴様はどうやってここまで来れたというのじゃ?」

「うぐっっ」

 

 

不法侵入を堂々と宣言でもすれば、この時点で捕まる案件だ。

事実プリシラが連れてこなければ、ここには入れない筈なのだから。

 

だが、暗にそれを認めてしまえば、エミリアに対する心象が、落ちるとこより更に深く落ちてしまうだろう。

 

どういえば良いのか……、この修羅場をどう回避すれば良いのか、と思っていたその時だ。

 

 

「これはこーーぉれは、プリシラ様。この度は使用人がとんだご迷惑を。まさか、迷子になったところを保護していただけるとは」

 

 

その場に現れた救世主? は、良く知る顔、一度会えば忘れる事が無いであろう男No.1であるロズワールだった。

 

 

「出たな、筆頭ペテン師。この凡夫は妾の拾い物じゃが、貴様の使用人である証拠なぞあるのか?」

「えーぇ。幸いにも、彼の制服の裏地に、当家の家紋がついている筈ですよーぉ?」

 

 

更に言えば、最強の防御アイテムまで持たされていた。知らず知らずの内に。

スバル自身も知らなかったからか、プリシラが言う都合が良い力も反応しなかったのだろう、とスバルは思った。

 

裏地を見てみると、言う通りだ。

 

 

「本当だ。知らなかった……」

「………ふむ。つまらん小細工じゃが、まぁ良い。道中それなりに楽しめた。この場においても同じく……な」

 

 

スバルを見て、その後は前にいるツカサを見た。

何処かスバルがツカサを見る目の中に何か恐れの様なモノを感じられる。

エミリアに見せるその目とはまた違った種類のものが。

 

 

 

「まるで、稚児じゃの。―――精々、ツカサに躾けてもらう事じゃ」

「誰がだよっ!!」

 

 

 

とスバルは強気な発言で誤魔化そうとするが……、どうにもならない。

ツカサは、この世界に2人といない男なのだから。

 

そして、もう1人……目の前のエミリアも同じく。

 

 

「………スバル」

「っ……」

 

 

その自分を見る目が、……耐えるのが難しい。

 

 

その時だ。

 

 

 

「ご来場の皆様方―――‼ これより、賢人会の方々が入場されます‼」

 

 

 

 

騎士団団長よりの知らせが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

亡き王家に代わって、国営を任されているメンバーである、と言う事はツカサもある程度は予備知識として知っている。と言っても事前にロズワールにも確認を取ったから、大した事ではないが。

 

 

 

「やっぱりスバルも来た様だね。彼もここに来る、って僕は思っていた。……僕が彼を探す間もなく、ね」

「確かに。予知能力でも持ってるみたいだったね、見事的中したよ」

「未来を読むのは君の専売特許だろう? ……僕はスバルが来る、と信じていただけだよ。王国の未来を左右するこの場において、彼がここにきても不思議じゃない、ってね。……何せ、スバルは君の友人、それに僕の友人でもあるのだから」

 

 

他人への高評価が留まることを知らないだろうラインハルト。

スバルがやってきた理由も壮大なモノだと解釈。

ツカサは、ただの意地やエミリアに対する強すぎる好意が事を起こしたのだと知っているから、ラインハルトの様にはいかないが。

 

 

 

 

ともあれ、4人の候補者が集まった。

後1人――が来る前に、賢人会も揃った。

 

 

その内の2人が声を出す。

 

 

「ちょっと団長さん? いつまで待たせるつもりなん? うち、お預けのまま、ずっと我慢出来る程、気ぃ長ぉないよ? それにカララギでは《時間の価値はお金と一緒》や言うねんで? ……その価値に見合う子がおるから、ちぃと我慢しとったけど。ええ加減そろそろ始めてもらいたいわぁ」

「道理だな……。賢人会の歴々も入場された。叙勲を受けるべき豪傑も控えている。私も今回少々楽しみにしていた事柄だ。早く進める事を要望する」

 

 

色々と視線を集めていたツカサだったが、特に注目されていたのが、この2人だ。

 

 

「……未来の王様候補に楽しみにしてくれてて、光栄だ、って思うべきか。未来の王様候補は気が短い人なんだね、って思うべきか」

「前者で良いんじゃないかな? 彼女たちの言い分も尤もだ。……それに、もう直ぐつくから大丈夫」

「あ、またラインハルトの未来予知か」

「ふふ。また、君と競い合うのも良いかもしれないね。これが終わって落ち着いたら」

 

 

再戦は受け付けません、勝ち逃げです、と言ったつもりだったが、ラインハルトは逃がしてくれない様子だ、とツカサは苦笑いをしたその時だ。

 

 

 

「最後の候補者の方が、到着成されました‼」

 

 

 

最後の1人が到着する知らせが届いた。

 

 

「どうやら、ちゃんと来てくれたようだね」

「また的中。専売特許はそちらに譲るよ」

 

 

ラインハルトの未来視は、本当に驚く。

ツカサの様にやり直しを繰り返してるのでは? と思ってしまう程に。

 

 

そして、それ以上に驚いたのは―――最後の1人を見た時だ。

 

 

 

「なっ……、嘘、だろ……?」

 

 

 

それは、スバルも同じ様だったようだ。

扉が開き、入ってきた最後の1人に驚きを見せる。

 

 

何故なら―――良く見知った相手なのだから。

ツカサにとって、プリシラ、スバルに次いで……扉から良く見知った相手が来るのはこれで3回連続だ。

 

薄い黄色の生地のドレス、いかにも歩きずらそうな姿。

容姿は元々十分おめかしすれば、相応のモノになるだろうが、事前にやっていた行いを知る者であれば、違和感満載だ。

セミロングの金髪を揺らして、赤い絨毯を進む。

 

 

「ツカサ。少し席を外すよ」

 

 

推薦者として、共にいたラインハルトはツカサに一言断りをいれる。

 

 

 

「自分が王として仰ぐお方―――フェルト様の元へとはせ参じなければならないのでね」

 

 

 

 

5人目は、まさかのあの時自分に助けを求めてきた少女。

死に戻りを繰り返し、自分を半死半生に追いやった元凶?? の元へと案内してくれたある意味恩人でもある少女。

 

 

 

 

元・路地裏の盗人―――フェルトだった。

 

 

 

 



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叙勲式・故郷はココ

ほぼ、出来上がってたのデス(o^ O^)シ彡☆

なので、日に2話~ギリギリセーフ!

イエーーイ(*゚∀゚人゚∀゚*)♪


ヘブンッッ!(゜o゜(☆○=(-_- )゙モチツケ!!


―――フェルト。

 

スバルは勿論の事、ツカサも面識はある。

最初は、聖金貨を大量に入れていた麻袋を掠め取ろうとした時。

2度目は、フェルトが盗掘蔵から逃げ出し、助けを求めた時。

 

 

助けを求め、そしてそれに答えた形にはなったが、あの少女とはまともに言葉を交わしたとは言い難い。

エルザの事をクソイカレキチガイ殺人女、と称した事が一番の印象深い程度だ。

 

 

「フェルト様。ご足労頂き、ありがとうございます」

「――――ラインハルト」

 

 

この短期間で、あの時の無鉄砲さ、ヤンチャさは鳴りを潜めたとでも言うのだろうか。胸に手を当てて、頭を下げ、礼をするラインハルトに微笑みかけながら近づいていく。

この瞬間を見る限りでは……、まさに王とそれに仕える騎士の構図………だったが。

 

フェルトの特徴的な八重歯がギラッと光り、一際大きく口の中からはみ出したかと思えば。

 

 

 

「てめーー! 何の説明もなしに連れてきて、こりゃ、なんの真似だ‼」

 

 

フェルトの着付けを手伝った付き人。レムやラムの様に双子だろうか、彼女たちが驚き、手を伸ばすが、止めれる筈もない。

身長差がそれなりにある筈なのに、ドレスの裾を持ち、見事に繰り出したのは左ハイキック。

正確にラインハルトの頭を刈り取らん勢いで放たれたケリを―――。

 

 

「驚きましたよ? 突然何を為さるんですか……」

 

 

最適にして最短最小の動きで止める。

特に慌てる様子も一切見せず、余裕をもって、フェルトを諫める様に。

 

不意打ちを止められた事に、フェルトは無理矢理連れてこられた理不尽さよりも、腹立たしく思う。

 

 

「サラっと受け止めといて、シレっとしてんじゃねーー! あたしもそろそろ我慢の限界だっつってんだよ!!」

「ドレスがお気に召されませんでしたか? よく似合っておいでですよ」

「え? そう……? ……じゃなく! 服の話なんざしてねーー!! そもそも騎士様が拉致監禁とか恥ずかしいと思わねーのかよっ!!」

 

 

フェルトにとってはあまりにも理不尽過ぎるから、怒っても良い案件……だと思うが、フェルトが犯していたことを考えれば、まだマシな待遇ではないだろうか。

 

 

「……盗み繰り返してたらしいし? そのくらいで済むなら………ねえ?」

「うるせーー! 聞こえてっからな!!」

 

 

なんと、どんな地獄耳だろうか。

不意につぶやいたツカサの一言をフェルトは聞いていた様で、自身の事を棚に上げてるが、反論を許さない、と言わんばかりな開き直り方に、驚くよりも、間違いなくあのフェルトだとある意味安心が出来る。

 

 

「それが、王国繁栄のためならば」

 

 

ラインハルトの答えは至ってシンプルだった。

フェルトが王候補になりうるだろうことを、その先見の明……と言うより、持ち前の未来視。繰り返してやり直せるツカサも真っ青な(まだ、乱用は控えてるが)その眼で見極めたという事らしい。

 

 

「まぁ、人間ってそう根っこの部分は変わらねぇよな? オレと同じく」

「んん?? あれ? あっちとこっち、兄ちゃん達じゃん! なんでここにいんだ?」

 

 

ラインハルトの後ろ付近にいるスバルを、そして、ツッコミ入れてたツカサを何度か見返した後、盗掘蔵での二人だと、気づいた様だ。特にツカサに関しては今更ながら。

 

 

「そりゃ、オレもなんで? って絶賛混乱中だ。因みに、オレはイレギュラー中のイレギュラーっぽいポジションで、あっちのツカサは実力でここに立ってるツワモノってヤツだ。んで、俺は爪の垢煎じて飲め、どころの騒ぎじゃねーほどな、無知蒙昧にして、超大馬鹿者(スーパーフール)だよ」

「おお、その何言ってっかわかんねーとこ、相変わらずだな! 元気そうで何よりだぜ!」

「うげっっ!!」

 

 

親交を深める様に、これまた見事なミドルキックをスバルにプレゼント。

 

 

「腹の方の傷も大丈夫そうだ!」

「腹の事知ってんなら、もっと労われやっ!」

 

 

 

楽しそうなのは結構だが、いつまでもそれを見過ごす訳ではいかない。

司会進行係でもあろう近衛騎士団・団長マーコスが野太い声で一言。

 

 

「フェルト様!! 旧交を温めあれるのもよろしいですが、こちらへお願いします!」

「!! ……ちぇっ。わーーったよ! でもラインハルト! アタシは言っとくけど王様になる気なんかさらさらねーからな! これが終わったら、即刻自由にしてもらう!!」

 

 

大股でずんずん歩いているフェルトを見ながら、ラインハルトは頭を下げた。

 

 

 

そして、フェルトは候補者が揃う場所へと赴く―――前に。

 

 

「よっ、兄ちゃん! あんときは礼言えてなかったよな? ありがとな! 兄ちゃんの財布スれなかったのは残念だが、失敗した相手が兄ちゃんで良かった、って思ってるぜ!」

「それは、喜んで良いのか、盗ろうとしたことを諫めればいいのか、判断に困る言葉だね……。まぁ、俺は騎士じゃないから良いけどさ。……でも、元気そうでよかったのは、こっちも同じだよ。―――場が場だけに、再会は正直驚きを隠せれないけど」

 

 

ツカサに対しては、それなりに距離もあるし、またあの声のデカいマーコスに一喝されるのも気分が悪い、と言う事で蹴りによる挨拶はせず、歯を見せる笑顔を交わした。

 

 

ラインハルトは、フェルトが指定位置へと向かったのを確認すると、音もなく移動し、ツカサの隣で。

 

 

王城(ここ)って、驚く事ばかりなんだね……。まさに吃驚(びっくり)箱って感じかな?」

「ふふ。僕もあの時は運命を感じたよ。……フェルト様が盗んだ徽章を返してもらおうとしたその時―――、彼女の手の中で輝く石を僕は偶然目にしたんだ……」

「なるほど……。だから、あの時突然目の色変えて、強硬手段に出たって訳だったんだ。……いきなりフェルトを気絶させるなんて、ラインハルトらしくない、って思ってたけど」

 

 

盗掘蔵での1件。

最後の最後で腹を真一文字に裂かれ、重傷を負ったスバルを介抱した後、フェルトは徽章をエミリアに返していた。

ロム爺を助けたエミリアに対して、自分の身内の命を助けてくれた恩人に対して、仇で返す真似はフェルト自身もしたくなかったのだろう。

もう盗まれるな、と言う忠告と共に、徽章を返そうとした時にラインハルトが割って入ってきて、連れ去られたのだ。

 

ちゃんとした説明も無かったから、当時は驚いたモノだが。ラインハルトの身分の事を考えれば、そこまで心配する様な事でもない、とは思っていた。

 

でも、まさか フェルトを王候補として連れてくるとは思いもしなかった。

 

 

「彼女がツカサを呼び、そしてツカサがオットーを通じて、僕の元へと駆けつけてくれた。そして、彼女と僕は引き合わさった。………幾つもの偶然が重なって、彼女はここに立っている。僕にはそれが運命の導きの様に感じられるんだよ……」

「ラインハルトがそう言うと、本当にそう聞こえるのが何とも不思議だよね。………だから、しっかりと訂正してね? オレが勝ったのは、遊び(・・)だって」

「ふふ。ツカサ。そろそろ始まるようだよ?」

「なんでそこは、笑顔だけじゃなく、素直に《了解した》って言ってくれないのかなぁ!?」

 

 

またはぐらかされたのが、少々どころか、大分不服だった。困る姿を楽しんでるのか、と。

 

だが、とりあえず良い具合に緊張がほぐれたのは事実だ。

 

 

「勲章を頂くなんて、本当に凄い事なんだよ、ツカサ。……誇りに思うよ」

「ん。相応の覚悟を持って臨むよ」

 

 

それが合図だったかの様に………マーコスは開始を宣言した。

 

 

 

「候補者の皆様、そして王国に多大な貢献をした勇士・ツカサ殿。お揃いになられました。僭越ながら、近衛騎士団団長の私、マーコスが議事の進行を務めさせていただきます。――――ツカサ殿への叙勲式、そして王位継承権についての賢人会の開催を提言いたします!」

 

 

 

マーコスは宣言した後、ラインハルトに目配せをした。

 

 

 

「では、勇士・ツカサ殿。前へどうぞお願い致します」

「!」

 

 

多少緊張が解れたとはいえ、こうも大々的に名を呼ばれ、これ程までの大人数の前に立つのは、……やはり今後も慣れそうにない。

 

 

「……ウルガルムやギルティラウの群れに飛び込む方が大分楽だよ……」

「流石だね、ツカサ」

「何が流石かわかんない……」

 

 

変な汗を背中に感じながら、前に。そして、ラインハルトも数歩遅れてすぐ後ろについた。

 

 

「―――事の説明をさせていただきます。今から1カ月程前の事。王都に入らしたツカサ殿と騎士ラインハルトとの出会いから。それでは騎士ラインハルト。説明を」

「ハッ!」

 

 

後ろに控えていたラインハルトがツカサの隣について、賢人会の面々を見ながら高らかに言った。

 

 

「彼と出会った1カ月前……その日より更に5日前の事です。場所はリーファウス街道、そこに出現した世界の厄災……400年間、世界を狩場とし、跋扈し続けた霧の魔獣・白鯨。それを何者かが単独で撃退し、人々を救ったと言う噂が、瞬く間に王都へと駆け巡りました」

 

 

ラインハルトの言葉で、少なからず周囲がざわめく。

賢人会開催の場で、私語厳禁なのは当然であり、礼節・礼儀を弁えているのが殆ど。

敢えて言うなら、プリシラとアルは別。当然、と言わんばかりに胸を張るプリシラと、口笛を盛大にならせるアル。ああ、直ぐそばのスバルも同じだ。《おおー》と歓声を上げて手を叩きそうになっていたから。……白鯨と呼ばれる存在については全く無知だが、雰囲気から色々と察しただけなのである。

 

と言えるが、大体が固唾を呑んでいた。

 

ただ、ツカサはあの場で救ったのは人々(・・)ではなく、オットー1人だけだった筈……とは思ったが、救えた人数に多いも少ないもないので、特に思う所なく話に耳を傾ける。どれだけ誇張されていても、恥ずかしかったとしても、最後まで必ず。

 

 

 

「正体は不明とされていました。男性なのか女性なのか、何一つ解らないままであり、ただ商人たちの間で広まった、としか解りませんでしたが、私はただの噂である、と片付けるには惜しいと判断し、真偽を探っていたのです」

 

 

ツカサとラインハルト(勿論、オットーも)が出会ったのはある意味偶然ではなかったという事だ。

偶然ではないかもしれないが、幸運だとは言える。

あの場にツカサが現れて、オットーと共に白鯨の話をしなければ、ラインハルトの耳にそれが入らなければ、今回の件は無かったかもしれないから。

 

 

「……そして5日後、王都より、彼と、ツカサ殿と出会いました。――――その背には、白鯨の翼の残滓があり、ルグニカの研究班に確認・判定をしていただいた所、白鯨のモノである、と断言していただきました」

 

 

これで、ラインハルトの言葉で、あの噂が噂ではなく真実である、と確定した。

 

 

 

王候補が1人、クルシュ・カルステン及び、その騎士フェリックス・アーガイル。

王候補が1人、プリシラ・バーリエル及び、その騎士(疑)アルデバラン。

王候補が1人、アナスタシア・ホーシン及び、その騎士ユリウス・ユークリウス。

 

 

 

一様に、あの日の直観が真実であった事が証明された。

それぞれの熱い視線が再びツカサの元へと集中する。

 

それを背に感じながらも、おくびに出す様なみっともない真似はせず、極めて冷静に務める。

 

 

 

「研究の結果、それは保存状態、大きさなども含めて、歴代の討伐隊の戦利品……命を賭して、白鯨と死闘を繰り返し、得た情報。白鯨に迫る情報をも遥かに上回る成果を齎す、と言う評価を頂きました」

 

 

成果としては、聖金貨と言う形で、相場は知らないが、多くの金額を頂いた事で相殺……と思っていたのだが……どうやら、想像を超える程のモノだったらしい。

それは素直に良かったと思う。狙って一部を得た訳ではないのだから、これも偶然だ。

 

 

「―――よって、私、ラインハルト・ヴァン・アストレアより、推薦をさせていただきました。ツカサ殿のその強さ、判断力。……そして、ルグニカの国民を救ってくれた功績。ルグニカ王国に対する貢献は多大なものである、と」

 

 

「ふむ……」

 

 

賢人会の代表格である、マイクロトフ・マクマホンは、ツカサを紹介された当初より、鋭い刃のごとき眼光を向け、見極め続けていた。

流される事なく、事実に基づき、そしてラインハルトの推薦理由を聞き、その椅子から立ち上がった。

 

 

「賢人会を代表する私より、心より御礼を、そして―――」

 

 

団長マーコスより、小振りで、鮮やかな宝飾が施された小箱を託され、それを受け取った。

 

 

「ツカサ殿、どうぞ……前へ」

 

 

マーコス、そしてラインハルトに促され、ツカサは足元の注意を再三行いながら、ゆっくりと前に。

 

王候補者らを横切り、ちらりと横目にエミリアを見た。

彼女はまるで、自分の事の様にハラハラドキドキと心配してくれているのが解る。……自分も大変だろうに、それでもこちら側を気にかけてくれる。それは優しさ以外の何者でもない。

 

 

緋光勲章(スカーレット・エンブレム)。ルグニカ王国最高位の勲章を貴殿に捧げまする……」

 

 

最高位! と言う言葉にせっかく頑張って気を保ち続けたツカサだったが、一気に目が白黒してしまって焦点が定まりきらなくなってしまった。

 

だが、それと同時にもう1つ……危惧をしている事もあった。

ラインハルトは問題ない、と称していたが……、それでも個人的には話をしておきたい。

 

この国のトップであるとされる賢人会に。

 

 

「ありがたき授与に、感謝を申し上げます。……が、私事ではありますが、1つ……この場をお借りし、聞いてもらってもよろしいでしょうか? ……私の身の内話になりますが」

「はい。よろしいですよ。……お聞き致しましょう」

 

 

マイクロトフは頷き、そして少なからず ざわついていた場も一言一句聞き漏らすまいと聞き手に入った。

 

 

ツカサは深く深呼吸を二度三度と繰り返した後……言葉にした。

 

 

 

 

「私には―――、あの白鯨と呼ばれる魔獣と遭遇する以前の過去一切の記憶がありません」

 

 

 

 

勿論、内容は自分の記憶の事だ。恐らくは決して戻る事の無いだろう記憶と自分自身を証明するモノが何もない事について。

 

 

「ただ、覚えているのは……、宙を投げ出される感覚。深い闇に落とされたような感覚です。そこから目を覚ましたら、気づいたら商人オットー・スーウェンの竜車の荷台に落ちていました。そこから……なし崩し的にではありますが、あの魔獣を退ける結果に」

 

 

ツカサの告白に、静まり返っていた場が再びざわつきだした。

マイクロトフも驚きつつ――疑問を口にした。

 

 

「記憶がなく、その上であの厄災を退けた……と?」

「はい。……説明が難しく、信用に足るか、と問われれば……説明と同じく難しいでしょうが、力の使い方は身体が覚えていた様なのです」

 

 

掌に極小の竜巻を生み出した。

敵意も害意も、その稚気しらも無い魔法を使い、そして握りつぶして見せた。

 

 

「嘘か真か、それを証明しろ、と言うのは……私にはどうしようもない事ですが。そんな得体の知れない私を……」

 

 

そこまで言った所で、王候補の1人であるクルシュが一歩前に出た。

 

 

 

「卿が嘘をついていない、真実である事は、この私、カルステン公爵家が当主 クルシュ・カルステンが保証しよう」

「‼」

 

 

まさかの別の人に、それも王候補の1人により真偽の確認が行われるとは思いもしなかった。

 

当然だ。今日会ったばかりの他人の言う事を……いきなり嘘ではない真実であると断言されたからだ。

 

強い力を持つのなら、その出自は当然疑問の内だろう、何等かの事情でそれを隠し、そしてそれがルグニカ王国ではなく外国と、それも敵国だったとしたらどうするのか? 

諜報員だとしたなら?

 

強大な力を持つ者ほど、隠す事が多くなる可能性だって捨てきれない筈なのに。

 

 

 

「え、えっと……それは一体……?」

「混乱させてしまい すまないと思うが、私の前に嘘はつけないのだ。―――嘘偽りを口にする者の下には、そういう風が吹くもの。……そして、それを私は見る事が出来る。そういう加護を持っているのでな。それらを踏まえ、卿が嘘を言っていない、とここに断言する」

 

 

加護、世界の祝福、福音。いわば真偽を判断する魔法……の様なモノ。それを持つ者の前では嘘偽りは通用しないという事だろう。

 

そういう力がある事は解るが……、それでも解らない事はある。

 

 

「証明してくださって、ありがとうございます……が、どうして私の為に、その力を……?」

 

 

嘘か真実か、それを証明するのは容易いかもしれないが、それでも力を持つからと言って披露する理由にはならないだろう。自分の内に秘めるだけに留めたって不思議ではない筈なのに。

 

 

「それは簡単な事だ」

 

 

とクルシュは言うと視線をはっきりと交わしていった。

 

「白鯨の一件に関しては、私の耳にも届いていた。……その時から考えていた。白鯨を退けた強者と、相対してみたい、と。答えは卿に興味があったが故に、だ。単なる自己満足だよ。気にする事はあるまい」

 

 

そういうとクルシュは、《邪魔をした》と頭を少し下げて元位置に戻っていった。

 

 

「理由は解りました。……記憶がなく、自分自身の事も解らない。その様な疑わしい自分に勲章(この様な物)を―――と言う事ですかな?」

「あ、はい。……その通りです」

 

 

ツカサはそう言うと頭を下げた。

 

ラインハルトは笑っている。

エミリアも同じく。

スバルもそうだ。

 

ツカサを知る者は余すこと無く全員。

 

 

「……何も知らない、誰も知らない状態の貴方が。混乱極まるかもしれない中、自分の事よりも他人を優先し、命を救ってくださった。……貴方は強く、心優しいという事が証明されました。故に、緋光勲章(スカーレット・エンブレム)を叙勲するに相応しい人である、とこの場の誰もが認めましょう」

「……!」

 

 

1つ、また1つ……拍手を貰い、場は拍手(それ)に包まれた。

 

 

 

「ありがとう、ございます。私も感謝を、申し上げます。皆様に。そして私を置いてくれたロズワール様に。それに……」

 

 

 

これまでに会ってきた人たち全てに。

 

 

何より―――帰りを待っていてくれている少女たち。……レムに、………何よりラムに。

 

 

ツカサは、深く頭を下げるとその勲章を受け取った。

 

 

 

 

「私はルグニカ王国に対して、これからも友好的である事を、誓います。今後記憶が戻ったその時も、――――必ず」

 

 

 

 

 

国籍ルグニカ王国。

故郷はルグニカ王国のメイザース領。

 

 

それを得た。……ラインハルトの言う通りだった。

そんな瞬間だった。

 




スカ~レットなんちゃらについては、華麗にスルーを(o^ O^)シ彡☆
てきとーに名をつけたので

マジモンなルグニカの勲章があれば、是非無知蒙昧なわたーぁしに(*゚∀゚人゚∀゚*)♪


ギャッホウ!!(゜o゜(☆○=(-_- )゙ヤカマシイ!!


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王選・それぞれの所信表明

うーむ、長い上に進まないデス……
なんちゃって叙勲も終わったし、オリ不足ですな~

カペ!(゜o゜(☆○=(-_- )゙オラァ!!


エミリアたん頑張って!!


受勲式も終えて、漸く本題? である王選の話へ。

 

受勲式が終えた直後は

 

 

 

《ルグニカもええけど、うちらホーシン商会も是非贔屓にしたってや?》

《ほう、王座に就いた暁には、ツカサも妾の物になる、と言う事か。まさに都合が良いとはこの事よのう》

《卿は、その力もそうだが、やはりすべてにおいて興味が尽きない。………面白い男だ》

《………ツカサも(・・・・)。でも、やっぱり私とは……》

《兄ちゃんかっけーぞ‼》

 

 

などなど、主に候補者らを中心にざわついており、中々本題へと入れなかったが、ツカサが最初の定位置……ではなく、ラインハルトと共に、騎士達がいる場所へと位置を変えて、いなくなったのを見計らい、徐々に静かになっていった。

 

 

「ご静粛にお願い致します」

 

 

マーコスの一声で、完全に元の静寂に包まれて―――始まる。

 

 

 

 

 

 

 

「―――では、事の起こりについてを。それは半年前の事です」

 

 

 

 

 

 

 

マーコスの説明。

それは、王族の血筋が絶えてしまった痛ましい事件。

血族に、特定の血族に発症する伝染病により、王を含めて、子孫末代まで根絶やしとなった。

即ち、親竜王国ルグニカにとって、王不在の事態。穏当とは決して呼べない窮地の事態。

 

 

「……その昔、当時の国王であるファルセイル・ルグニカ様と神龍ボルカニカの間で交わされた盟約以来、幾度もの困難をドラゴンに救われ、その繁栄を助けられてきたのですから」

 

 

故に、国の名には親竜王国の名が刻まれている。

繁栄を未来永劫まで齎してくれるドラゴンの存在をなくして、この国の繁栄はあり得なかったのだから。

 

 

「盟約が交わされし時より、王国の運命を左右する事態に際して、文字を刻む竜歴石――その石板に新たに刻まれた予言にはこうあります。《ルグニカの盟約途切れし時、新たな竜の担い手が国を導く》と!」

 

 

その新たな竜の担い手として、選ばれた候補者が彼女たち5人なのだ。

 

 

王族が死に絶え、ルグニカを背負う新たなる王の選出―――これぞ、まさに歴史が動く時だ。

 

 

 

「―――それでは候補者の皆さま。竜珠のご提示を!」

 

 

 

それぞれの手に齎された、徽章を前に出す。

そして、それぞれの手の中で鮮やかに光を放ち、場を染め上げた。

 

 

 

「スゲェな……」

「ん。確かに。……でも、これだけ光るなら、あの盗掘蔵でオレも気付きそうなんだけど、全然わからなかった。……んん? 5つ集まった時の光とはまた違うのかな?」

「何? その7つ集まったら願いを叶えるボールみたいな設定。……でもありそうだな、それ。5つの光が集った集合体! みたいな感じはするし」

 

 

固唾をのんで見守るスバル、そしてツカサ。

 

 

 

 

 

スバルに関しては、普通にいつも通りツカサと話せている事、雰囲気も特に悪くなかった事に、少々毒気抜かれた様子だった。

 

「なぁ、きょうだ……、……ツカサ」

「ん?」

 

王選が終わるまでは、触らない様にしていたスバルだったのだが、あまりにも気になってしまうので、先延ばしにしていただけの問題を今ここで言う事にした。

幸いな事に、エミリア絡みの話はまだ無いようだし、そもそもあるかどうかも解らないから。

 

 

 

「………その、わる、わるか、わるか……」

「わる? 悪? 割る? 割るか? ……まさかだけど、こんな場面でも何かやらかそう、って話? なら、答えはただ1つなんだけど。……自重しろって」

 

 

 

一体何を割るつもりだ? と思ったツカサは、げしっ! と手を刀の形にして、スバルの頭に一撃入れた。

 

 

「プハハハハッ、そりゃ、怒られても当然だぜ、兄弟。見てる分にゃ、おもしれーかもしれねーが、オレにとってもやめといて貰いたいもんだな。面倒事に巻き込まれんのは御免だからよ。兄弟がやらかしたら、そっちの兄ちゃんも絡む。そしてたら もーなんせ、うちの姫さん。兄ちゃんにゾッコンみてーだから、つまり自動的にオレも巻き込まれる、って算段だ。……勘弁願いたいねぇ」

「っちげーーし! 悪かった、って言いたかったんだよ! 解れよ! 複雑な男心ってヤツだよっ!!」

 

 

絶妙な声加減で叫ぶスバル。

周囲は兎も角、王選の進行には影響のない範囲内なので、スバルが何かをやらかそう……としてないのは解って安心。

 

 

「ん? どゆこと?」

「……まぁ、野郎の複雑な男心なんざ、解ろうとも解りたいとも思わねぇよな」

 

 

ツカサは言っている意味をいまいち理解しておらず、アルに関しては、そもそも考えたく無い、と切って捨てた。

 

アルは兎も角、ツカサも本気で解ってないようなので、スバルは軽く頭を掻いて続けた。

 

 

「だってよぉ、オレ……お前にも止められたってのに、喚いた挙句、こんなとこまで乗り込んできちまって。……自分(てめぇ)で考えて出した答えだ、ってのは解ってっけど……、やっぱお前には、一言は謝っとかねーと、って……。それに、あんとき、色々言ったし……」

 

 

正直、スバルのウジウジ顔は見ていていい気分じゃない。

 

 

「……なーんだ、そんな事考えたのか。エミリアさんの事ならともかく、オレの事まで気にかけてた、ってこと? ちょっと気持ち悪いよ、それ」

「キモチワルとかヒデェ!! オレだって結構気にくらいするわ!! ……悪かった、って自覚くらいはあるんだからよ。ここに勝手にきちまった事だって……」

 

 

いつもの底なしな自信家、自分勝手、本能の赴くまま、自重しない、等々。

それに見合う力らしい力があるのであれば、ある程度受け入れられる世界もあるだろう。

その代表的な例、解りやすい例でいえば、あのプリシラがそうだ。

だけど、スバルがお世辞にもこの世界で通用するか? と問われれば……無理だ。

 

それを補うのが《死に戻り》だろう。

発動条件は最悪だが、究極的には自分の思い通りに世界をやり直せる可能性のある規格外の力。

 

 

―――だが、それをさせたくないのは当然ながらツカサである。

 

 

頗る記録(セーブ)読込(ロード)とは相性が悪い。最悪だ。スバルを任意の地点に戻す際、時空間に干渉している能力を飲み込み壊してしまう。そして術者にまで影響を及ぼしてしまう。……すべてを狙って行っているとは思えないが、結果的に言えば致死的なダメージを受けてしまうので、全力で阻止したい。

 

 

裏を返せば、本気の本気で阻止したいのはその位だ。

 

 

「別にオレがどうこう言う問題じゃない、っていうか、スバルは約束は守ったって解釈してもいるから」

「は?」

「ほら、《ちょっと頭冷やして、落ち着いて考えた結果―――ここに来た》って事でしょ?」

「へ? …………いや、それは」

 

 

屁理屈では? と思うスバルを他所に、ツカサの意見は変わらない。

 

何せ、ここに来る前……じっとしている様にと明確な約束を交わしたのはエミリアただ1人なのは間違いないから。

何度思い出してもそう。

 

 

《スバルはお留守番‼》

《目的は身体を治す事と知り合いの安否確認‼》

《無理するから来ちゃダメ‼》

 

 

この場所へ来るな、と約束を取り付けようとしたのは全部エミリアであり、ツカサは一言たりとも移動制限する事は言ってないから。

 

 

「まぁ、スバルの事これからも信用できる? って聞かれたら、今日ので信用度は結構下落したけど」

「うぐっ」

「……でも、オレは信じてるから」

「!! ……ツカサ兄ぃぃぃ」

 

 

ツカサの信じている、と言う言葉を聞いて、目頭が熱くなる想いである。

男相手に言われて嬉しい事など結構この世界では少ないものだ。

 

だが、背を預け合い、秘密を共有でき、何より命の恩人ともなれば話は変わってくるだろう。

更に更に言えば、年のいったおっさんや、爺ではなく、ほとんどタメに近しい年齢(予想)。

 

言わば、親友ポジション。スバルの心の1番目はエミリアが不動であり、その後に心から好意を寄せてくれているレムが入りそうなのが実情だが、親友ポジションともなれば、例外ランキングが発生するだろう。

男性の部門、王者(親友) はツカサだ。

 

 

「ツカサ兄は、そんなにおれのこt「ラムの事を」……って、は? ラム?」

 

 

残念ながら、信じている、と言うのが指す人物はスバルではない様子。

信用度が下落したといったのだから、ある意味当然かもしれないが。

 

 

 

 

「ラムとレムの2人がスバルの事を任されてた。……それをエミリアさんが任せてた。レムはスバルの事だったら、甘やかしてしまいそうだけど、ラムは違うって思うから」

 

 

 

 

ここに来る前、スバルが来た時点でツカサは思っていた事でもある。

ツカサが言う通り、レムはスバルに対して甘々だ。なんでも肯定してしまいそうで、最初はエミリアの事が正しい、と言っていたが、スバルが頼み込めば、聞いてくれると断言出来てしまう。

 

 

だが、ラムは別だろう。

 

 

スバルに対して甘く無い。レムに対しては甘いかもしれないが、内容がスバル関係だと辛辣に切って捨てるだろう。寧ろレムを説得する側に回る筈だ。だが、実際はそうではなかった。

 

 

 

 

「ラムがスバルをここに送り出した。……だから、信じられるよ」

「へーへー! そーですか! そーですよね~、お熱い事ですよねーぇ? ご両人ッ!! 羨ましい事だーぁよ! 仲人はロズっちにでも頼もうかねーぇ」

 

 

 

 

ラムの飾らない想いを聞き、ツカサの心から信じている想いを聞いたスバルは、心底羨ましい、と野次を飛ばすのだった。

 

 

 

だが、そこで穏やかでは居られない男がいる。

 

 

 

「……ラム? レム? ちょい待て、兄弟。……それっつっと、昨日のメイド嬢ちゃんの事だよな?」

「かーー、裏山鹿(うらやましか)(フンッ)! って、あ? 昨日、おっさんと会ったのはレムだ。ラムってのは、その姉様だよ。桃色の髪で傲岸不遜な毒舌担当だ」

「は? つまりなんだ? こんな事を聞くのはどうかと思うが、そのラムって姉の方は生きてるって事か?」

 

 

アルの態度が徐々に変貌していくのが肌で分かった。

何に対していら立っているのかは解らない……が、何に対して強く反応したのかは解る。

 

 

「当たり前だろ? その2人のご厚意で、オレは抜け出せて、おっさんと会えて、ここまで来れたんだぜ?」

 

 

そして、スバルの最後のその言葉から、より一層強く反応した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事だ、オイ。嘘じゃねぇんだな……? ―――冗談じゃねぇぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その兜の奥から放たれる圧縮されて、凝縮された殺意の様なモノに。

 

これでも場を弁えている、とでも言うのだろうか、明確な殺意があるにしても、無用にまき散らしたりせず……、いや どうにか抑えている様だった。

 

余計な事に巻き込まれたくない、と当の本人は言っているのに、自分の行動が結果、それに繋がるのは―――笑えない。

 

 

 

 

だが、それを不快に思わない者がいない訳がない。

圧縮され、周囲には悟らせない様にしているようだが……直ぐ傍にいるスバルは勿論、その隣にいるツカサにも伝わっているから。

 

 

驚くこともせず、取り乱したり慌てたりすることもなく、ただ平然と……自然に真っ向から返した。

 

 

その身の内も先程までとは明らかな別人に成りて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――何を言ってるのか解ってないけど、殺気(それ)は誰に対してのもの? ……返答次第じゃ、オレも(・・・)自重しない男になるかもしれないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰に対してのものか? とツカサは問うているが……この話の流れで解らない程鈍感ではない。

 

紛れもなく、アルの殺気が向いているのはラムに対してだった。

 

確かにラムは ある意味敵を作りやすい性格なのかもしれないが、明確な殺意を見て我慢できるような人間ではない。

 

 

ツカサもアルと同じだ。

抑えている。……アルに対して以外にはなるべく悟られない様に。

 

 

 

 

「……あぁ、わりぃな。ちと機嫌が悪くなったみてーだ。まー、アレだ。気にすんな」

 

 

 

 

アルは、ぱっと片腕を上げる。

降参だ、と言いつつも誤解だというつもりは無いようだ。

 

 

「お前さんは、姫さんには気に入られてるみてーだが、こっちには来ねぇ。……だろ? そりゃ、互いにとって良かった、っつー事で手打ちといこうや。むざむざ喧嘩売りにそっちにいったりしねぇからよ」

「……殺気(今の)がオレが考えてる通りの人に向けられてる、っていうのなら、確かに。互いに利がありそうだ。……さっき、友好的でありたい、とオレは言ったけど。万人にとは言ったつもりは無い。……あまり、逆鱗には触れてほしくないから。長年の付き合いがある相手同士、って訳でもないからね。……貴方とは(・・・・)

「――――兄弟の真似じゃねぇけど、お熱い事で。……こりゃ、姫さんの一方通行ってのは変わらなさそうだねぇ」

 

 

互いの圧は抑える。

板挟みになったスバルは、言葉をどう発して良いかさえ解らず気圧されていたが。

 

 

「……そこの2人。解ってると思うけど、争い事は御法度だよ」

 

 

この場にはラインハルトもいる。

アルは、剣聖には勝てない、とやる前から匙を投げているのをスバルは聞いているから、一先ず安心は出来た。

 

 

「わーってますよ。……それに、そろそろお嬢さん方の演説が始まりそうだ。そっちに集中してるぜ、オレ。姫さんの順番が回ってきたら、必然的にオレも出ねぇといけねぇからよ」

 

 

アルが完全に殺気を消したのを見計らい、ツカサもそれ以上は何もしないし、言わない、とラインハルトに向かって首を振った。

 

 

「色々言ったけど、ここで何かしようとは思わないよ。こんな勲章まで貰っといて、問題行動起こすとか、最悪通り越しそうだし」

「解ってたつもりだけどね、念のために、ね?」

「……剣聖とも仲良しこよし、って訳かよ、あの兄ちゃんは。………(それにしても、ラム、レム。………昨日のがそうかよ。反吐が出るぜ……)」

 

 

 

殺気こそは止めた。

だが、その思考まではアルは止めるつもりは無いのだった。

 

 

 

 

 

 

 

各代表による演説―――所信表明。

 

 

 

 

 

まず最初にクルシュからそれは始まった。騎士フェリスと共に前に立ち、己の想いを口にする。

 

 

 

竜との盟約を破棄し、自分たちの足で前に進む。と。

 

 

 

竜歴石の記述に無い事に対し、このルグニカは抗えれるとは言い難い。

過去を否定するつもりは無い。……だが、これから先、未来は別だろう。

盟約に甘え、それは停滞を、そして堕落を招き―――最後には終焉を齎すだろう、と。

 

 

 

 

「竜がいなければ滅ぶのであれば、我々が竜になるべきだ‼ 私が王になった暁には、竜にはこれまでの盟約の事を忘れてもらう‼ ルグニカは竜のものではない‼ 我々のものなのだ‼」

 

 

 

 

だが、それは決して楽な道のりではない。敢えて苦境に立たされ、困難な道へと進む事であろう事もクルシュには解っている。

 

だが、それでも主張と信念を曲げたりしない。

 

 

「苦難が待っていよう。だが、私は自分の人生を自らの足で歩みたい‼ そして願わくば、この国もそうあってほしいと思っている‼ ―――以上だ‼」

 

 

 

クルシュの演説。

それは身体の芯にまで響いてくるものだった。

 

つい先ほどまでの、一触即発な空気までまるで無かった事かの様だ。

 

 

 

 

 

 

「大本命、って言われるだけの事はあるぜ………」

「理想論だとは思うけどね。……それでも否定できない重みがあるよ。さっき、賢人会の1人が異議を申し立ててたけど、後には誰も続いていない。……反論を許さない圧があの人にはある。……凄い」

 

 

まさに王者の風格と言って良い。

 

―――クルシュ・カルステン。

 

 

その名と姿をこの目に、記憶に焼き付けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……。クルシュ様のご意見は解りました。では、騎士フェリックス・アーガイル。御身からは何かありますかな?」

 

 

クルシュの傍で控えている騎士フェリスは、その問に首を横に振って見せた。

 

 

「お言葉ですが、私が補足するような事は何もございません。クルシュ様の正しさは、後の歴史と従う私共が証明していきます。………やっぱり、クルシュ様は素敵です」

「うむ……」

 

 

それは、互いに信頼しあっているのがよく解る一幕でもあった。

フェリスが心からクルシュを敬愛し信頼し……、そしてクルシュも同等なのである、と言う事を。

 

 

「―――どうやら、この賢人会は嘗てない程の衝撃や波乱に満ちたモノの様ですな」

 

 

白鯨を単独で撃退した者に対しての叙勲、大きな衝撃から始まり、この王選の所信表明。その一番手からこれまでの王政を真っ向から否定する。

 

まさに衝撃から始まり、波乱の幕開けと言って良い。

 

 

「では、次の方をお願いしましょうか」

「はっ‼」

 

 

続くのは並び順から考えて、アナスタシアとなる。

 

 

「それでは、お並びの順にと言う事で、アナスタシア様。よろしいでしょうか?」

「えぇよ!」

 

 

クルシュと比較してみれば、随分軽い口調ではあるが、ゆるぎない意思を持っているのは間違いないだろう。あの演説の後だが、臆する事なく前へと出ようとする……が。

 

 

「待て」

 

 

それを阻む者がいる。

 

まさに傍若無人。

 

 

「妾が先にやる‼」

 

 

あのクルシュの演説に充てられたのだろう。アナスタシアを押しのけて、プリシラが前に出た。

 

 

 

「来い‼ アルッ‼ はいぱー妾たいむじゃ‼」

 

 

 

まだ、良いとも何も言っていないのに、まるで決定したかの様なモノ言い……。

 

 

「申し訳ございません。アナスタシア様……」

「別にウチはいつでもえぇよ?」

 

 

あまりに傍若無人極まりないが、話を聞くタイプではないのは解っているので、少々苛立ちながらも、アナスタシアが一歩退いた。

 

 

 

「はいぱー? 妾たいむ??」

「あー、んーー、アレ知ってるって事はおっさんの入れ知恵だろ、絶対」

「おうよ。オレが教えた。良い感じに使いこなしてるだろ?」

 

 

言っている意味が本当の意味で解るのはスバルとアルの2人だけである。

あのアルとツカサの空気間を霧散させてくれた事には一定の感謝の念を送りたいと思う所存だ。

 

 

アルも、取り合えず呼ばれたので先へ。

 

 

 

 

「大丈夫かい? 姫さん」

「何を言うか。老骨どもに妾の威光を知らせ〆、その上で妾に従うことを選ばせてやれば良いのじゃろう? 実に簡単な事ではないか。これもまた、妾にとって都合が良い結果に繋がる。………くくっ」

 

 

プリシラは振り返り、騎士達の中に紛れている1人の男を即座に見つけて笑って見せた。

 

 

 

「姫さん……、とてつもない一方通行だぜ? 恋は盲目っつーけど、正直、王選より勝ち目薄い戦いだと思うぜ」

「ふん。それもまた一興よ。……妾色に染め上げてくれようぞ」

「ま、止めやしないですがね。(………多分、無理だろうからな。……ありゃ、無理だ(・・・)。接してみてよーくわかった(・・・・)誰のせいにも(・・・・・・)何のせいにもできねぇよ(・・・・・・・・・・・))」

 

アルは軽く首を振った。

恋路の行方、それを邪魔するつもりは毛頭ない、そもそもプリシラの決定に対して、口をはさみ、それが効果がある訳がない。

 

プリシラのご都合主義、都合が良く運んだ事態にゆだねるだけだ。

 

交わらない事を強く願うが……そこは、アルは心配はしていないようだった。

 

 

 

「それでは……、プリシラ・バーリエル様、よろしくお願いします‼」

 

「うむ。ここからの眺めと言うものは、なかなかのものじゃな……」

 

 

王の玉座から見る景色にいたく気に入るプリシラ。

意中の男の姿もそこにはあるのだから、尚更だ。

 

 

本来ならここから所信表明が始まる……のだが、少々違った。

 

 

「プリシラ様。失礼ですが、プリシラ様の騎士殿は近衛騎士団には見ない風貌……、ご紹介願いたいのですが」

 

 

アルの見た目、明らかな違いについて気になったマイクロトフが紹介を求めたからだ。

 

だが、それを主プリシラに任せるよりも早く、アルが自ら説明に入る。

 

 

「ああ、オレは近衛騎士団なんて、大層なもんには入ってねぇよ。前はヴォラキアにいたけど今は流れ者の風来坊―――アルって呼んでくれ。……そんでもって、この兜に関しては勘弁してくれや」

 

 

アルはそういうと、兜を少し脱いで口元を見せた。

そこにははっきりと見える。たった一部……顔の半分にも満たない口元しか見えないというのに、痛々しい生生しい傷が見えた。

 

 

 

 

「こんな感じで見苦しい顔してるもんでな」

 

 

 

それだけで十分だった。

素顔を見せろ、と言う者などいる筈もない。

名誉の負傷の類であろう、と。

 

 

「なるほど、承知いたしました」

 

 

マイクロトフもそう告げると、それ以上は求めない。

すると、プリシラは一歩前に出てセンスを構えて言った。

 

 

 

 

 

「気は済んだかの、老木‼ ―――では、始めさせてもらうぞ? 聞けっ‼ 妾が王たる道を歩むことは、妾を輝かせんとする天意である‼ なにせ、この世界。その大半が妾に都合が良い事しか起こらぬ! 故に妾こそが王たるに相応しい‼ 否、妾以外には務まらんのだ‼ 故に、貴様らは平伏し、それに従うだけでよい‼」

 

 

 

 

 

プリシラの短い所信表明。

それはクルシュの時とはまた違う意味で、場が静まり返った。

 

 

 

 

「……ほんと何処までも」

「……やべーよな、マジでこんな場所でもあの振舞い。傲慢が服着て歩いてるみてーだ」

 

 

プリシラが見据えるその目には、一片の躊躇も疑念も存在しない。

戯言の様な言葉なのにも関わらず、誰もが口を閉ざしたままだった。また、プリシラにもカリスマ性がある、と言えばそうなのだろう。

 

 

「……プリシラ様。あなたに従うとして、我々には一体どんな見返りが?」

 

 

マイクロトフが極めて冷静に、それでいて重要な部分に対してをプリシラに聞く。

齎す結果だ。――――行き着く先、国の未来だ。

 

 

「それは単純な事よ。妾に従えば、それはそのまま勝者の側。自らの欲するものを得るがよい。妾が許す」

「あーー、言い方はアレだが、うちの姫さんのいう事は正しいぜ。……そっちでもつかんでるんだろ? 爺様……じゃなく、ライプ氏の領地の快復ぶりは」

「ライプ殿……、プリシラ様の伴侶ですな」

 

 

正直言葉足らずな所があるプリシラに代わって、騎士であるアルが補足を告げる。

即ち、論より証拠……、その言葉がただの妄言ではないという事実を。

 

 

「ライプ・バーリエル殿は先日お亡くなりになっておられます! その後、プリシラ様が内政を執り、領地は嘗てない隆盛の極みにあると……」

 

 

マーコスが調べた結果をこの場で報告した。

近衛騎士団団長が告げているのだ。……それが嘘偽りではないという事が何よりの証明になり、何よりの説得力にも繋がる事だろう。

 

 

「そゆこと! んでも、アレで人のために一生懸命……なんて勘違いだけはすんなよ? 姫さんにあるのは、天才肌の山勘。その手腕がとびぬけてやべぇ。理屈に嵌らねぇ天才ってヤツだな。―――しかも、結果としてついて回るんだ。今ンとこ完璧にな」

 

 

アルは一頻り、全体を見渡すと手を差し出すかの様に右手を向けると。

 

 

「まぁ、誰の下につくかは好きにしたら良いさ。……だが、どうせなら早いうちに勝ち馬に乗った方が良いと思うぜ? ―――以上」

 

 

誰一人、反論する者はいない。

言葉を発することを許された場ではないにしろ、それでも団長であるマーコスの言葉、アルの説明、……そしてプリシラの有無を言わさぬ姿勢。

 

衝撃(インパクト)と言う意味では、クルシュとまさに同等だ。

 

 

 

 

 

「……その都合にハマらないのが、君なんだね? ツカサ」

「………さぁ? 何言ってるかわかんないよ」

「謙遜する必要はないさ。……君とプリシラ様との会話を聞けば、誰もが解る事だよ。それに君と言う男を知った今、ここにいる皆も同じなんじゃないかな?」

「そういう解釈をしてくれるのは、きっとラインハルトだけだと思うよ」

「……ものすっげぇ片思い、一方通行、誰よりも男らし過ぎってなだけだろうけど、その点はオレも否定しねぇな」

「否定してよスバル」

 

 

 

 

大言壮語ではない、と断言しきってしまうラインハルト。

他人の評価がこちらも天井知らず。それにスバルも乗っかってしまったから更に性質が悪くなる。

先ほどの意趣返しとでも言うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

それはさておき、代表候補も丁度折り返し。

 

 

 

 

 

「それでは続きまして―――アナスタシア様‼ お願いします! その騎士ユリウス・ユークリウス‼」

 

先ほど、無理矢理後回しにさせられたアナスタシアの順番だ。

最優の騎士と呼ばれるユリウスも既に傍に仕えていた。

 

 

「……あいつも王候補者の後見人、って訳なのかよ……」

「《最優の騎士》ユリウス。……マーコス団長に次いで、騎士団で序列が高いのが彼だ。申し分ない人選だよ」

「……最優、ね」

「色々あったみたいだけど、演説の邪魔しようとかは流石に考えないでね?」

「バーカ。恋敵だからっつって、んな情けねぇ真似するかよ」

 

 

いつの間にユリウスとスバルの関係が恋敵になったのかは知らないし、追及するつもりもないから、そこには触れない。

 

ただ、何を言うのか、そのユリウスと言う男が仕える相手がどの様な者なのか……、あまりにも先の2人がとんでもなかった分、より気になる。

 

 

 

「ほんならー、ウチ、アナスタシア・ホーシンがお話しさせてもらいます」

「アナスタシア様の一の騎士 ユリウス・ユークリウスです。……お手柔らかに」

 

 

 

 

「すげー関西弁でしゃべっとる……」

「かんさいべん? あの特徴的な話し方の事?」

「ん? あー、オレの故郷で似たような話し方があってよ。……聞いた話じゃ、カララギってとこの訛りらしい」

 

関西弁、についての講義を聞いてみたくもあるが、今はよそう。

 

 

 

「生憎、ウチにはクルシュさんみたいに立派な思想も、プリシラさんみたいに自分が選ばれた人やって言う自信もありません。……ただ、ウチに言える事は1つ。ウチは他の人より、ちょっと欲深なんです」

 

 

欲深。

その言葉の意味が、直ぐにそのままの《欲が深い》―――と理解出来た者は思いのほか少ない。

 

続くアナスタシアの言葉で判明していく。

 

 

「ウチ、昔は小さな商会の小間使いやったんです。それでちょっと店のやり方に口出ししてみたら……、これが大当たり。少しずつ大きな取引も任せて貰えるようになりました。そのうち貧しかったころなんて忘れてしまうくらい暮らしは楽になった。……でも、ウチは楽になった筈やのに、前よりも不自由を感じたんです」

「……それはどうして?」

 

 

マイクロトフの疑問は最もだ。

仕事が回り、貧困から抜け出す事が出来た。商業が盛んなカララギにおいて、これ以上ない程の幸福と自由を手に入れたと言っても良いから。

 

……そう、ここから彼女が言う欲深につながっていく。

 

 

「目と手が届くところが増えた分、掴み取りたいもんが増えたんです。……それが欲の恐ろしいところです。アレも、コレも、ソレも……もっともっと欲しい。……留まる事も知らんかって、気づいたらウチは、カララギ一大勢力のホーシン商会の会長にまでなってしまいました。――――でも」

 

 

商業の盛んな国において、その頂点まで上り詰めたと言って良い成果。

だが、アナスタシアは止まらない。―――己が強欲が故に。

 

 

 

「それでも、ウチは満たされへんかった。充足感を感じる事が出来なかった。……ウチはもっと、もっともっと大きなものが欲しい。……もっともっと、大きなもの………そう、ウチはこの国が欲しい!」

 

 

 

欲が行き詰まった終着点は、隣国のルグニカ。……否、話を聞けば、ここで留まる事は恐らく無いだろう。

彼女はきっと進み続ける筈だ。―――この世に生を受け、死して止まるまでは延々に。

 

 

「物欲の秤に王国を載せて語りますか……。だが、手に入れたものが無価値という事もある」

「言いましたやろ? ウチは欲深なんです。一度手に入れたもんは、ウチのもんです。そして、ウチのものは、全部ウチの情熱の一部や。―――せやから、安心してウチのものになってくれてええよ?」

 

 

彼女の見た目相応から考えれば、恐らくスバルとそう変わらないだろう。

彼女が商才を、その才覚をどこで気付いたのかは解らないが……、その若さでカララギを制し、更にはルグニカまで手中に収めんとしている。

 

 

「―――……十分にバケモンじゃねぇか。経済っつー世界においては」

 

 

スバルは、クルシュ、プリシラ後の発言だ。それも傲慢極まりないプリシラの発言後だから、どれも霞むだろう、とも思っていたのだが、傲慢を食いかねない強欲がそこにはいた。

 

 

「商いの天才肌。色んな問題を抱えているこの国で、ものすごく欲する才能なんじゃないかな?」

「ああ。それは間違いないよ。……今のルグニカを考えたら、ね。それをユリウスも解っている」

 

 

ラインハルトは断言し、そしてユリウスの方を見た。

丁度、マイクロトフから一言を促されている様だ。

 

 

 

「アナスタシア様は、欲と表現しましたが、それは裏を返せば向上心と情熱の深さの表れです。為政者として、その資質は必要不可欠。……加えて、現在の財政難を考えれば、その商才は今の王国が何よりも欲しているモノです! ……王国への忠義に誓って断言します。―――アナスタシア様こそが、王に相応しいと‼ ―――御清聴、感謝いたします」

 

 

近衛騎士団No.2であり、《最優の騎士》と称される男ユリウスが力強く断言した。

 

 

「ご立派でしたアナスタシア様。やはりあなたと言う花は、こういう場でこそ、美しく咲き誇る」

「なーんか、ユリウスに全部持ってかれた気ぃがしてまうな。べた褒めやったから、怒るに怒られないけど。……とりあえず、おおきに!」

 

 

軽いやり取りの様に見えるが、そこには他とはまた違う信頼で結ばれているというのが解る。

 

主従関係、王候補者との固い信頼と信用、そしてすべてに通じる強さ。

 

 

国が喉から手が出る程欲するのが、財政難からくる、彼女の商才と言うのなら――――信頼と信用、それを通すだけの力。今のスバルに一番欲しいものだ。

 

 

そして、その力を必要としているのは、間違いなくこの次の候補者。

他と比べたら、圧倒的に味方が少ない、と言って良い彼女。

 

 

 

 

 

 

「それでは! 次の候補者―――エミリア様‼ よろしくお願いします‼」

「はいっ……‼」

 

 

 

 

 

 

 

誰よりも一番に駆けつけて、守りたいと思っている彼女だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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演出と覚悟と拒絶と

な、なげー……です。_(_^_)_

まぁ、代わり映えが無い場面ではありまするが………、はやく デスデスデス! な人とか、空飛ぶ鯨に会いに行きたい……… ( ;∀;)


スバルにとっても、ツカサにとっても大本命だと言って良いのが、この次の候補者であるエミリア。

 

威勢よく、返事を返したは良いが……、この場ではあのいつも身に着けている認識阻害の術式で編まれたローブは使用していない。

アレを使用出来る訳がない。

 

玉座に着く者の正体を明かさないまま、その王座に就かせるのか? 性質の悪い冗談のように聞こえるだろう。

 

 

そして―――エミリアの名が、その姿が顕わになった事そのものが、見ている者にとって極めて悪質な冗談である、と捉える者が殆どの様だが。

 

 

 

《銀髪の……ハーフエルフ》

《半魔ではないか! なんと汚らわしい……!》

《……魔女の身形で、この王座に就こうと言うのか……!?》

 

 

 

エミリアへと悪意が集まる。

声こそは場をわきまえて居るのか、小さなものではあるが、その悪意は隠せられる訳が無いし、隠そうともしていない。

 

 

それを顕著に受け止めて、不快感を増していくのは、想い人であるスバルである。

 

 

「落ち着いてよ、スバル。……見届けるしかない。オレ達はただ、エミリアさんを信じて」

「! わ、わかってるよ。オレだってエミリアがずっと影で努力し続けたのを……知ってるんだ。当然っ! 信じてやらなきゃ誰が信じるってんだよ。………この場を考えたら」

「ふふ……」

 

 

スバルとツカサのやり取りを見ていたラインハルトは、朗らかな笑みを浮かべていた。

恐らく、ツカサがスバルをフォローしていなかったら、ラインハルトがその役を担っていた事だろう。

 

 

「ってオイ、最初から解ってましたー、みたいな顔で笑うなよラインハルト。掌の上かオレは」

「ちょっと何言ってるか解らないけど、僕は君達の事もエミリア様の事も信じているよ」

「……爽やかイケメンって、ズリーよ、まったく」

 

 

ラインハルトの意味深な笑みにまで反応する程、スバルは神経過敏になってしまっている。

ここで暴言暴動の類が起こりでもすれば……と考えたら スバルも瞬く間にその短い導火線に火が付く事だろう。

 

 

「―――念の為(・・・)に、かな」

 

 

ツカサは、そう呟くと自身の右肩に目をやった。

認識阻害どころではなく、視界から遮断されている存在―――クルルがそこには控えており、意思疎通が出来た様に大きく頷いて、その額の紅玉を光らせた。

 

 

 

そして、場は更にざわついた。

 

 

何故なら、エミリアの騎士―――とはまた違うが、推薦人であるロズワールも壇上へと上がったからだ。

その異質極まりない容姿を目の当たりにし、王国内外では変態扱い、王国一の魔術師は、王国一の変人であるのを改めて再確認するかの様。

 

何より、エミリアと言うハーフエルフを推挙した、と言う行動そのものが物語っている。

 

 

当のロズワールもそれを自覚しているのだろう。……否、そのことを楽しんでいる様にも見える。

 

 

 

「いや~、騎士勢が推挙者として続いた後だと、私の場違い感がすごくて、困りもの、だーぁよね? ねぇ?」

「………っ」

 

 

 

エミリアの緊張を解す役割も果たすであろう、その道化の姿。

 

だが、当のエミリアはそれどころでは無かった。

 

 

「(悪意に呑まれて、委縮しているねぇ……。()の姿を見て、その成り立ちを見て聞いて、多少なりとも前進出来たかと思ったんだけどねーぇ)」

 

 

ロズワールは、表情を落としているエミリアを見てそう評した。

 

 

そう―――候補者たちの演説の前の叙勲式。

 

 

エミリアもよく知っており、味方であると言える少ない人物の1人ツカサの話だ。

ロズワールは知る由も無い事ではあるが、あの叙勲式での事はエミリアの中での力になっている。

 

ツカサと言う青年は よく理解もせず、混乱の渦中に放り出されて、言わばこの世界の厄災とも言える悪意と遭遇した。

丁度エミリアと似ている。悪意と言う意味では同じ。だが、相手は命を奪う厄災。安易に同系列には見れないかもしれないが、共感は出来た。

 

 

そこで、厄災をどの様にして撃退? したのかは知る由も無い事だが、過去一切の記憶が無く、たった1人で降り立って……、そして昨今に至る。

 

これまでの経緯は決して並大抵の事では無かった筈だ。

 

それでも前を向き、堂々としている姿。……喝采を浴びている姿を見て、エミリアの中では彼が目標の様に思えた。

 

 

 

「ッ…………」

 

 

 

そんな自分が尻込みをしている場合ではない。怖気づいている場合ではない。

道を示してくれたし、何よりツカサは言ってくれた。

 

 

《絶対にエミリアさんの味方は居るから》

 

 

そう断言もしてくれた。

自分が言うと怒られるから、と言って言葉を濁していたが、この場に駆け付けたスバルの事も。

 

スバルが 助けてくれた意味が、その理由が今でも解らないエミリアに、言葉を濁しながらもはっきりと言ってくれた。

自分にとって、友好的で好意的であるからだと。誰かを助ける為に理由は要らない、と格好良い事をひょっとしたら思ってるのかもしれない、と。そんな中でエミリアが特別的だったのだと。

 

 

――――特別。

 

 

その言葉だけはエミリアにとって良いモノでは無かったが、純粋に想ってくれて、支援もしてくれているのは、パックの読心を使うまでも無くエミリアにも解った。

 

 

だから――――、背を押された今。自分が頑張らなければならない。

 

 

 

「エミリア様! そして、ロズワール・L・メイザース卿‼ 演説をお願い致します‼」

 

 

 

お誂え向きだ。

決意が固まったと同時に、演説の合図が来た。

 

力を振り絞り―――頭の中で思い描き、イメージした自分の姿をなぞるように……。

 

 

 

「お、おはっ……お初にお目に、かかりましゅっ……! わ、私は私の名は、え、エミリア……です! かっ、家名はありません……。た、ただのエミリア……とお呼びください……!!」

 

 

 

決意は出来た。覚悟も出来た。

 

 

―――が、圧倒的に経験が足りてなかった……。

 

 

悪意云々は兎も角、これ程までの大勢の中で演説する、と言う経験が全く。

 

 

「だ、駄目じゃん……! しゅっ、って可愛いけれども!!」

「す、スバル。声声‼ エミリアさんだって頑張ってるんだから……」

 

 

 

違う方向性で見れば、噛んだ姿とか可愛らしい萌えポイントである、とスバルは喜ばしく高得点ポイントだと断言できるが、この場では、それが通用するのは間違いなく自分以外には居ない。

 

あまりにも上がり過ぎてるエミリアを見てられなくなった気持ちは解るが、だからと言って声を上げたり、何か行動をするような事をすれば……、どうなる? エミリアの救いになるだろうか? いや、余計にエミリアを惨めにしてしまう結果に繋がるかもしれない。

 

スバルとて、それくらいは理解出来る様で、どうにか指摘された通りに声を抑えた。

 

 

―――だが、度々野次を飛ばしていた賢人会の1人はそうはいかない。

 

 

 

微笑ましい、どころではない。忌々しい感情しかないのだから。

 

 

 

「ロズワール‼ 貴様、解っておるのか!? 銀髪の半魔など玉座の間に入れる事すら汚らわしい事を!!」

 

 

 

所々で野次を入れてくるのは,賢人会が1人ボルドーだ。

 

因みに、クルシュの時もプリシラの時も、アナスタシアの時も少なからず彼は横やりを入れている。

 

庶民感覚で言えば、感情的になり文句の1つくらい言いたくなるのは解るし、そう言う人選も頂点に位置する面子の中には1人は必要だと思えるのだが、そう何度も進行を邪魔する様な野次は堪えて貰いたいものだ。

 

王国最高峰の勲章を与える、と言う叙勲式の際にも 前例がない事だ、とブツブツ言っていたのをツカサは見ている。

礼節を重んじ、過去を重んじるのも大切だと思うが、少々彼は未来を、先を見据えていない、と言うのが大方の評価である。

 

 

 

「ボルドー殿。口が過ぎますな」

「‼ マイクロトフ殿もお分かりであろう!?」

 

 

流石に戒めるマイクロトフだが、この時ばかりはボルドーは止まりはしなかった。

前の候補者たちとは 圧倒的に違う。

それ程までに凶大な闇を内包しているのがハーフエルフと言う人種だからだ。

 

 

―――そう、全てはあの忌むべき魔女(・・・・・・・・)に通じるが故に。

 

 

「かつて世界の半分を飲み干し、破滅へと追いやった存在――――。あの半魔は語り継がれる《嫉妬の魔女》の姿そのものではないか‼」

 

 

400年も前の話だ。

情報の真偽も正直怪しく思ってしまうのは、この世界の外から来た者たちの感性だろう。

 

 

幼少期より刷り込まれた厄災の話。

それが齎し続けてきた偏見や差別と言う毒は、もう世界を蝕んでしまっている。

 

 

それを解くのは並大抵の事では済まない。

 

 

「あの者を見て、震え上がる者がどれほどいると思うのだ!!」

 

 

「………………っ」

 

 

自覚してしまっているからだろう。

エミリアがこれまで歩いてきた道筋、その道で何があったのかを。十分過ぎる程知っている。ボルドーに言われるまでも無く、彼女は知っている。

 

だからこそ、表情を硬く、暗くさせてしまっていた。

だが、そんなエミリアの顔も一変する。

 

 

何故なら、唯一の味方である内の1人―――である筈のロズワールの口から予想だにしなかった言葉が告げられたから。

 

 

 

わかっていらっしゃる(・・・・・・・・・・)ではないですか、ボルドー様」

「え?」

 

 

 

いつもの口調では無く、それでいて真剣身もそこにはある。

ロズワールにそぐわない事だらけだ。

 

 

「……どういう意味だ? ロズワール」

「ボルドー様がおっしゃったように、彼女は国民には受け入れがたい存在です。……しかし、それは我々にとって有益な盤上の駒に成り得る。……即ち 当て馬(・・・)。言葉は悪いですが、ひとつそぉーんな感じで考えてはどうでしょう?」

 

 

エミリアだけじゃない。

スバルの顔も固まった。

 

エミリアの味方である筈だと思っていた相手からのまさかの提案に。

 

エミリアの存在を否定する様な、それでいて踏み台にしようとしている様な扱いに、腸が煮えくり返った。

腸狩りに裂かれるまでも無く、飛び出す勢いで。

 

 

そんな憤怒を悟られる訳も無く、粛々と進んでいく。

 

 

「つまり、この王選を実質的に4人の争いにする、と申されているのでしょうかな?」

「ええ。その通りです。……マイクロトフ様」

 

 

 

憤怒が頂点にまで上ったら、最早噴火は免れない。

自重する様に、と言われ続けていたスバルは、もう周りが一切見えなくなった。

 

 

 

「ロズワァァァァアルッッ!!」

 

 

 

無力だ。闘う力があるワケでも、魔道に精通しているワケでも無い。

それが、王国最高峰の魔術師相手に、何をしようとしても無駄だと言うのは頭で考えれば解る事だ。

半自爆技でもある唯一使える魔法は陰属性の初歩、シャマク。全てに適正があるロズワールに、その程度では 焼け石に水どころの話ではない。

 

 

 

「ふざけんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

それでも、止まりはしない。考える思考を放棄し、ただ感情に任せているだけだから。

 

 

「「スバル!!」」

 

 

エミリアが、そして隣で見ていたラインハルトが声を上げるが……、それが届くワケも無く一直線にロズワールへと向かっていく。

 

 

 

「なーるほど。これはこれは。予想以上だ……。まさかここまで見えていないとは、ねーぇ。では、僭越ながら火のマナの最上級の火力を見せてあげようじゃなぁーいか」

 

 

ロズワールは、突進してくるスバルに向かって、右手に集中させたマナを……、マナを編み、全てを灰塵させる炎熱の炎を生み出した。

 

 

 

「アルゴーア‼」

 

 

 

それをただの人間が喰らえば、最早骨も残らない。一瞬にして灰燼に帰す事だろう。

 

 

だが――――、その炎はスバルの身体には届かなかった。

 

 

 

「きゅっ、きゅんっ‼」

「っ……、クルル……? お前、いつの間に……」

 

 

スバルの周囲は燃やしている。だが、その身体には届かない。

愛らしい緑の獣が、両手を伸ばし 夫々の腕を左右逆に円を描くように回していた。

 

 

すると―――スバルを囲っていた炎が宙に浮く。

城を燃やす事はしない。周りに被害を及ぼす事もあるまい。

 

 

スバルは反射的に背後を振り返った。

その見る先に居るのは、当然ながらツカサだ。何処か呆れている様で、それでいて何だか解っていた、と言わんばかりな表情に見えた。

 

 

「きゅきゅきゅきゅ~~」

 

 

円を描き、回していた手を止めて、ギュっ、と1つに交わす。

すると、極大の炎がみるみるうちに小さくなっていく。

 

 

 

「じゃあ、ボクもいってみようか。……愛娘を守る為にも、ね」

 

 

 

 

その炎を的に、更なる強大にして、凶悪とも呼べる無尽蔵の氷の矢を飛ばして、完全に消失させた。

 

 

「パック!!」

「ん。クルルに良いトコばっかり持っていかれる訳にはいかないからね? 親として立つ瀬無いや」

「きゅっ!」

 

 

パックとクルルは一緒になって、エミリアの方へと向かった。

 

 

「それ以上の暴挙は許さないわ。……もしも続けるっていうなら―――」

「愛娘の求めに従って、ボクも力をふるう事を辞さない、かな」

 

 

突如現れた2体の精霊に度胆を抜かれる場。

魔法を打ったロズワールはただただ笑っているだけではあるが、全く笑う事が出来ない。

 

 

「永久凍土の……終焉の獣……!?」

 

 

マイクロトフは、そのパックの姿に見覚えがある様で、今日一番の驚きの顔を見せていた。

呼ばれて愉快そうに笑った。

 

 

「へぇ、よく知ってたね。確かにそう呼ばれた事もあったよ。少しは詳しい若造も居る様で安心した。……但し、こっちの存在は知る筈も無いよね?」

 

 

パックは少し高く浮くとその直ぐ下で緑光を発しながら、最初にスバルを守った存在―――クルルが姿を現した。

 

 

終焉の獣(ボク)の友だ。四大精霊とはまた違う。―――人間の世界にはまだ姿を現してない筈だから、伝承すら残ってない。神代の時代より存在する大精霊クルルだ。……頭が高いかもしれないよ?」

「…………」

 

 

きゅっ! といつもの愛らしい鳴き声は、この場にはそぐわないので、自重したクルル。

ただ、額の紅玉だけを瞬かせて、存在感をアピールさせた。

 

 

 

「ん~~ふっふっふ。マイクロトフ様のご推察通りでございます。私も驚きを隠す事が出来ませんでしたねーぇ。かの四大精霊の他にも、強大な精霊が存在した事実。……超常なる二つの存在。彼らは今……エミリア様を守る精霊でもある」

 

 

エミリアの左右にパックとクルルが控えた。

 

王の威光と言うのなら、これ以上ない演出だ。

あまりの威圧感に、気圧されてしまう。

 

 

だが、それでも認めたくないのがボルドーだ。

 

 

「そんなバカな……! 四大に連なる精霊に加え、未知の精霊―――だと? それが使役される側など信じられる訳が……!」

 

 

まだ小うるさい蝿が飛んでいるのか、と言わんばかりにパックは視線を鋭くさせて、ボルドーを睨みつける。

 

 

「君達は、リアに感謝するといい……。可愛い愛娘の嘆願があるからこそ、ここで氷漬けにならずに済んでいるんだ。……娘を侮辱されて黙っていられる親など居ないだろう? ……だが、ボクはリア程は気が長く無いんだ。……慎んでもらおうか」

「…………」

 

 

その隣にクルルも控えている。

この2体の精霊を前に、誰がこれ以上の反論を行えるモノだろうか。

 

一瞬で氷漬けにされてしまう未来が見えるこの圧倒的な死を前にして。

 

 

「……ほっほっほ」

 

 

だが、そんな時に、修羅の場で笑うのはマイクロトフ。

 

 

「心胆縮み上がる面白い演出……。趣向ですな? ロズワール殿」

「! ありゃぁ……。ばれちゃいましたか、流石はマイクロトフ様」

 

 

マイクロトフの言う言葉の意味が理解出来ないのは、スバル、そしてエミリアだ。

 

 

 

「未知の大精霊様には驚きを覚えます……が、その力を如何なく発揮する事が出来るエミリア様。……それを見せる事でそれなり以上の力がエミリア様にはあると示す。そのための一芝居だったのでしょう? 今まさに―――四大に連なる、それに匹敵する複数の大精霊を傅かせるエミリア様の構図だ」

 

「え!? ええっっ!?」

 

 

 

マイクロトフの言葉で、漸く理解したエミリア。

ロズワールの言葉も、ロズワールの魔法も、そしてあろう事かクルルが止めに入る事まで全部仕組んでいたとの事だ。

 

更に付け加えると言うなら……。

 

 

「クルルも居た、って事は まさか、ツカサや、パックまで知って……!?」

「あー、いや。うん。リアの為だって、事前に相談されちゃったからね。クルルとも。でも、スバルにロズワールが攻撃するって言うのは予想外だったかな? 最初はロズワールの火力を防いで見せる、って感じだったんだけど………、いきなり趣向を変えるのは良く無いよロズワール」

「いやぁ、まーさかスバル君があそこまで面白い反応を見せてくれるとは思いもしなかったんでねーぇ。……ですが、これ以上ない効果が得られたと思いますよーぉ」

 

 

ロズワールはスバルの方をみて言った。

 

 

「エミリア様が真に恐ろしい存在であると言うのならば、彼の様に身を挺してでも、どんな場でも向かってこよう等とは考えないでしょう?」

「う、ぐ……、オレまんまと嵌められちゃった、ってことかよ……」

 

 

エミリアの存在を、恐ろしいものではないと否定する為にスバルの振舞は一定以上の効果があったと見込めるだろう。嫉妬の魔女に似たエミリアを守ろうとする姿を見れば、アレが演技であるとは到底思えない。

 

だが、それでもやり過ぎはやり過ぎだ。

 

 

「ロズワール‼ 貴様、この場を、この場を何だと心得ておる!!」

 

 

いつも文句の声を上げるのはボルドー。そろそろその口閉じて貰いたい気もするが、それを口にはしない。

ロズワールは頭を下げた。

 

 

「謝罪致します。ボルドー様。……ですが、エミリア様の恩情が無ければ、私達はこうして話す事も叶わなかった筈です。……大精霊様は知っておられました……が、愛娘と呼ぶ彼女を守ろうとする為なら、………あらゆる行使を厭わなかったでしょうからねーぇ」

「ッ…………それは脅迫か? ロズワール」

 

 

絶対的な力を持つ相手をちらつかせ、服従を迫るのか? と問うボルドーに対し、真っ向から返すのはロズワールではなく……。

 

 

 

「そうです。私は脅迫します」

 

 

 

 

エミリアだった。

先ほどまでの沈んだ表情はそこには無い。本当の意味で覚悟と決意に固まった顔をしていた。

 

 

「ゴメンなさい。ロズワール、パック、クルル。……それに、ツカサも。私はもう大丈夫」

 

 

自分の為に尽くしてくれた彼らに一声。心の中では一礼までして、賢人会の面々と本当の意味で対峙をする。

 

 

 

「改めて、栄誉ある賢人会の皆様に申し上げます。―――私の名はエミリア。家名はありません。ただのエミリアとお呼びください。……そして、先ほどの通り私は脅迫します。要求はたった1つ……公平であること!」

 

 

 

威風堂々。

先ほどまで完全に上がってしまい、言葉を噛んでしまった姿とはかけ離れている。

 

 

 

「……ツカサ、知ってたって事か。知ってた上で、オレにクルルを?」

「まさか。オレが知ってたのはロズワールさんとパックとで、エミリアさんの力を誇示する事の手伝いだよ。……その場面が来たら、きっとスバルも納得するかな、と思ってたら案の定だ。……念のためクルルを付けてた」

 

 

壇上に居る自分の精霊を見た。

目が合い、胸を張ってる様にも見えたが……、軽く舌を出しておこう。ただ褒めるのは何だか癪だから。何せ、クルルの中のヤツが提案した事でもあるので。

 

 

パックだけでなく、強大な精霊を複数従えるエミリアの姿を。

 

 

そして、今までであれば、ただの忌むべき姿、即刻退場願うと言った空気感が完全に吹き飛んでいる。大成功と言えるだろう。

 

エミリアの自信にもつながったのだから尚更。

 

 

 

「私にとって公平である事は、とても重要な事です。だから、契約した精霊たちを盾に、玉座を奪い取るだなんて、公平さを欠く行いは絶対にしない!」

 

 

 

その改めての宣言を聞き、いの一番に肩の力を抜いたのはボルドーだろう。

他の誰よりも直接的にエミリアを罵倒した、不敬をした男なのだから。

 

 

 

「……私は他の候補者に比べてもまだ未熟な存在です。知らない事ばかりだし、学ばなければならない事は山ほどある。……だから私は努力し続けます」

 

 

 

強大な存在の前で胡坐をかけば、大分楽になる事だろう。

力で従わせる事が出来る程のものを持っているのであれば、そちらに流れた方が楽だろう。

 

 

だが、目の前の少女は、それを拒んだ。

 

 

 

「――――今日ここで、目指すべき頂きが分かったから……! 私の努力が玉座に見合うものなのかは、分かりません。でも、その想いだけは他の候補者に負けたりしない! だから、公平な目で見て下さい。――――家名のない、ただのエミリアを!」

 

 

 

最も確実に近しい道を捨て、敢えて険しい道を選ぶ。

辛く困難な事も待っているだろう。彼女が生まれながらに背負う、その重み……呪いと言って良いソレは、どんな場面でも彼女を蝕み続ける事だろう。

 

 

だが、それでも彼女は前を向いて歩こうとしている。

目指すべき場所があるから。その道を真っ直ぐに――――。

 

 

その愚直なまでの想いが、心が――――届かない訳がない。響かない訳がない。

 

 

 

「エミリア様。……私の意見は決して変わらん。そなたの外見が、国民に及ぼす影響を考えれば……、王選に際し不利な立場にあるのは依然同じだ」

 

 

 

そんな中で、真っ先に声を掛けたのは……ボルドー。

ただの口だけな男ならば、ただ非難、批判するだけの男である小心者なのであれば、精霊たちの圧に押されたまま、口を挟む事など出来ないだろう。

 

だが、それでも声を上げるのは……、彼もまた、国を想っているが故になのだ。

その想いは、決して他に劣っている訳ではない。

 

 

「―――だが、先ほどの私の非礼はお詫びいたします。……エミリア様」

 

 

そして、己が間違っていた事を認める事も出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、兄弟。オレすげー感動してる」

「……そうだね。あんな小細工する必要なかったんじゃないかな? って思うくらいだよ」

 

 

スバルは、輝いて見えるエミリアを見て、心からそう思っていた。

そしてツカサも同じく。

力を貸した。威光と言う意味ではクルルも同じくらいの価値がある事だろう。誰もが知らない大精霊なのだから、当然と言えばそう。加えて、この世界でも有名である大精霊の証言があれば、その効果は何倍にも跳ね上がる。

 

―――だが、今は自身の元に戻ってきては少々不味いので、そのままエミリアの傍に控えて置いてもらう所存だ。

 

 

「それで、オレも固まったよ。……やっと覚悟が決まった」

「うん?」

 

 

スバルはエミリアを見据えて、はっきりと言った。

エミリア程……とは言うつもりは無いが、それでも嘘偽りではない、ふざけて言っている訳ではない事は解る。

 

 

「だから、止めてくれるなよ。……オレは、この場を借りて、大宣言する。自重しない!」

「……………それで、エミリアさんがどう思うかは……?」

「やった後に考える!」

 

 

 

ツカサはスバルが自分で考えて、決めた事なら……頭ごなしに否定したり止めたりはしない。

 

スバルだって自我がある。人形ではない。死ぬと言う最悪極まりない事に繋がるのであれば事前に止めようとも思うだろう。

 

でも生憎、一応警戒して記録(セーブ)は使ってないので、本当に見守る事しか出来ないが、それで構わない。

 

 

 

「―――して、そちらの御仁はどういった立場になるのですかな?」

 

 

 

お誂え向きだ。

マイクロトフがスバルに対して答えを求めてきた。

 

エミリアは元の位置に戻ろうとしていた矢先のまさかの質問で困惑している。先ほどまでの威厳に満ちた顔はもうそこにはない。

 

 

「あ、えっと、その、この子はその、私の……」

 

 

困った様に……いや、本当に困った顔で、どうにか言葉を選ぼうとするが、この場において適切である、と言える言葉が出てこなかった様だ。

 

 

だから、その間にスバルは一歩前に出る。

 

 

「ッッ! ――――あ、あのツカサ……」

 

 

暗に止めて、と言う風に見えなくもないが、最早手遅れ。

スバルはとっとと先に行ってしまった。

 

ツカサも少し頭を下げてエミリアに謝罪の気持ちを送る。

 

 

 

「いいよ、エミリア! オレも覚悟が決まった。遅くなったのは情けねぇが、君の声を、演説を、……君の姿を見て、覚悟が決まった!」

「え? いや、覚悟って、ちょっと待って! スバル!!」

 

 

 

エミリアの命令に背くのは、もう恒例。

止めようとするエミリアの静止を聞かず、賢人会の面々の前で威風堂々、態度だけは一人前以上。

 

 

 

「ご挨拶が遅れました。賢人会の皆様。オレの名前はナツキスバル。ロズワール邸の下男にして――――」

 

 

 

先ほどの演説では、エミリアの騎士の名は誰一人上がらなかった。ロズワールは推挙人。……つまり、今エミリアの騎士は不在なのだ。命を賭して彼女を守る存在が、公の場では居ない。

 

力量で言えば、ツカサが最適かもしれない。そのくらいは弁えている。

 

だが、スバルは口先だけで終えたく無かった。

エミリアを本当に守りたい、エミリアを王様にしたい、と言う気持ちは、他にも負けてない。

 

 

 

 

「エミリア様の、一の騎士!! どうぞ、お見知りおきをば、よしなに」

 

 

 

 

たかだかと拳を振り上げ、指を立てて、1番である、と象徴する。

 

 

自分自身の立場をはっきりさせた。

確かに場違いなのは解っている。急速に冷えていく場も解っている。

 

だが、これも覚悟の証でもある、と甘んじて受け入れるスバルだった。

 

 

 

 

「――—ふむ。騎士、ですかな。ロズワール辺境伯。説明を願いますかな?」

 

 

マイクロトフだけは決して呆れたり、冷めたりと言った感情を交えず、ただただ事実確認だけを進行していた。

 

 

「んっん~~、彼は少々もの知らずな子でしてねーぇ」

 

 

差しのロズワールも困惑を隠せられなかった様子だ。

横のエミリアも同じく固まってしまっている。下手をしたら演説を始める前よりも固まってしまっているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唯一笑っている者と言えばプリシラだけだ。

 

《馬鹿じゃ、馬鹿がおるぞ!》

 

とセンスを手に大笑いをしていた。

その従者であり、先ほど一触即発になってたアルも。

 

《やらかした―――!》

 

 

と合いの手。

 

普段のスバルであれば、文句の1つでも2つでも言おうものだが、今凝り固まった決意に満ち溢れているので、プリシラの暴言、そしてアルには見て見ぬふりである。

 

 

「やっぱりそうだったんだね。スバルがエミリア様の……」

「覚悟決まった、って言った時点で、こう宣言するとは思ってたけど。ほんと勢いってすごいよ。……色んな意味で」

 

 

少々安易にツカサも考えていたのかもしれない。

そう、魔獣(ウルガルム等)の群れに正面から突進する様な無謀な事ならば、命に関わる事ならば止めただろうが、恥をかくかもしれない、と その程度で終わるだろう、と思っていた程度だった。

ラインハルトも大した事無い、寧ろスバルに感銘を受けたと言わんばかりだったのが更に拍車をかける。

 

 

 

―――このスバルの行動が 後に大変な事を起こしてしまうとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実際のところ、エミリア様の騎士はどうなっておられるので? ロズワール辺境伯。申し分ない力量を持つ彼も、貴方の陣営に加わっているそうですが」

「そーぅですねーぇ。彼―――ツカサ殿に関しては少々複雑な事情が。先ほどにも仰ってた様に、自身の記憶の事を兼ね合いにして、重要な役どころを担うのには相応しくない、と辞退なされました……が、力を尽くしてくれると言ってくださったのでねーぇ。エミリア様の騎士、とはまた違う形。いわば用心棒の様なものでしょーぅか?」

 

 

ツカサに関してのエミリアとの間柄を掻い摘んで説明をした。

どちらかと言えば、用心棒ッポイのは、プリシラの騎士、アルの身形の方なのだが、と言う感想がちらほら、プリシラもエミリアを目の敵にでもするかの様な視線を送っていた。……手と口は出してない様なので、安心だが、一悶着あってもおかしくない様子だった。

気に入ってるがこそ、だろう。

 

 

 

「つまり、他の候補者と違い、現状エミリア様には騎士は不在と言う事になります。……その騎士の選出も簡単なものじゃありませんし。……いずれ王になられる方の騎士を名乗るなら、特にね」

 

 

ロズワールの言葉を、一言一句聞き逃すまいとスバルは彼を睨みつける様に見続けた。

 

 

 

「一の騎士としての資格……。主への忠誠心。主を守り抜く力。そして王となるべき主の道を切り開く特別な何か……、そういったものがなければねーぇ?」

「それだけでは足りませんよ。ロズワール辺境伯」

 

 

ここで、一歩前に出たのはアナスタシアの騎士ユリウスだった。

先日、スバルと一悶着あったというかの最優の騎士だ。

 

 

「まず、彼には器が足りない」

「……なんだと?」

 

 

ロズワールの指摘は最もだ。

少なくともこの場では特に長い付き合いの分類に入る男であり、そもそもスバルの主なのだから。

 

だが、ユリウスに関しては違う。

第一印象最悪な相手なのだから。

 

 

「人は自らの器を超えて何かを得る事は出来ない。……《騎士》と言う名誉はそう言うモノだ。だからこそ、私は《騎士》を辞退したと言う彼に、器の形(・・・)が明らかではない、と言う理由で辞退した彼に、……心より敬意を表したいと思う」

 

 

ユリウスはそう言うとスバルから視線を外し、ツカサの方を見て一礼をした。

どういう反応をすればよいのか、正直戸惑ってしまっているツカサは、ただただスバルを見守る事だけに徹する。

 

 

こう言う事態も含めて、覚悟をした筈だからだ。

 

 

騎士を名乗る以上は。

 

 

 

「……得る事は出来ない? そんな事やって見なきゃわかんねーだろ!?」

「……いいや、分かるとも」

 

 

頭を下げていたユリウスだが、スバルの返答を聞き、再びスバルに向き直した。

 

 

「我々騎士は日々、自覚と意識を高く持ち、心身の鍛錬をかかすことは無い。……君にそれと並ぶ覚悟はあるのかな? 奇しくも、もっとも君の傍に居る彼は、どういう覚悟を持って、騎士と言う名誉を放棄したか、それが解るだろうか?」

「………解んねぇよ。解んねぇ。……でも、アイツはオレと同じだって事くらいは解る。命を懸けて、エミリアや皆の為に戦えるヤツだって。オレにはそれだけ解ってりゃ良い。………そして、オレも同じでありたい。エミリアの為に、エミリアを王にする。その願いをオレが叶える。一翼を担うつもりだ」

「成る程。……だが、それは少々傲慢な答えだ。そうは思わないかい? そもそも、君にそれを実現できるだけの力が備わっていると?」

 

 

ユリウスの視線はより鋭くなって畳みかける様に言った。

 

 

「————400年、世界の脅威となり、脅かし続けた厄災を退ける力を持つ彼が辞退した。その騎士に。……彼に迫るとまでは言わない。……見劣りする事の無い程の力が備わっていると、そう思うのかい?」

 

 

騎士と言う名誉を、尊重したが故のツカサの行動。

あのまま、エミリアの騎士にツカサがなっていたとしてもユリウスは敬意を表していただろう。だが、その騎士を辞退したからこそ、より強く、より心から彼の事に対して敬意を払うようになったのだ。

 

騎士と言う名は、そう軽いものではない、と身をもって証明したも同然だと思えたから。

 

 

 

「……誰よりも近くで見てきた。だからこそ解る。オレなんざ足元にも及んでねぇ。滓も同然だ。……間違いなく力不足。……それでも、オレは覚悟を決めた。エミリアの為に生きる。エミリアの為に戦う。……エミリアの為に行動をする。それがオレの答えだ!」

 

 

ユリウスの圧に一歩も退かずに、スバルは前に出た。

ユリウスの後ろには、何十人と言う騎士たちが居る。

時折、ユリウスに同調するかのようにスバルに圧が飛んでくるが、それでも怯まない。

多勢に無勢かもしれないが、それでも。

 

 

「騎士って言う名を持つ仲間とつるんだ挙句、上から目線で偉そうな事を言ってくるヤツに……気持ちで負けてるとも思えねぇ!!」

 

 

そのスバルの答えを聞いて、ユリウスは少し息継ぎをすると……続けた。

 

 

「気持ちで、か。……ならば君はその強く気高い気持ちで、この場に立つ資格を得る為に、務めてきたのか? 常に高みにあろうと努め、その為に血反吐を吐き、自分の後ろにある大きなものの為には命すらなげうつ。騎士の資格とはそのような誉れの先にあるものなのだ!」

 

 

 

言葉が刃となってスバルに突き刺さる。

命賭して戦った経験は確かにあるにはあるが、圧倒的に実績面でも経験面でも足りていないのは明らかだ。

 

そして、何よりもユリウスの言葉ではないが……、その騎士の姿には やはりツカサと言う男が相応しいと思えてしまう。

 

彼でも、身に余ると手を退いた。……ユリウスの言葉がより深く、突き刺さってくるが、それでも。

 

 

 

「―――いった筈だ。覚悟は決めた。オレはエミリアを王にする」

「……解らないな。ここまで否定されてなぜ、君はこの場に立ち続ける?」

「何故? ……決まってる。エミリアが……、彼女が特別だからだ」

 

 

 

ユリウスの実態無き刃は、スバルには届かない。それを悟ったのかユリウスはため息を吐いて告げた。

 

 

 

「……どこまでも、強情だな。まぁ、良い。ならば私から言う事はもう何もあるまい。君が守りたいと尊ぶべき相手を定めている事は解った。……ただし、やはり君を《騎士》として認める訳にはいかないよ。騎士とは守るべき主の剣であり、盾でもあり、信頼と信用を寄せている相手である、と言うのは大前提だ。………騎士であるのなら、騎士たる者ならば、隣に立とうと望む相手に、あのような顔をさせてはならない」

 

 

 

隣に立つ、と言う事は認めたが、騎士としては決して認めてない。

ある程度妥協し、柔らかくなった、と思ったユリウスの言葉は、かつてない程苛烈なものだった。

 

ここで漸くスバルは視野が狭い事に気づかされる。

 

 

覚悟を決めた。

エミリアの為に。

 

 

それを頭に、頭の中に大前提に入れ続けていた筈なのに……、その彼女を見ていなかったのだ。

 

 

 

その―――あの時の決意に満ちていた顔が、……覚悟を決めさせてくれた眩しくて、見惚れていた筈のその顔が、そこには無かった。

 

 

 

 

「……もう、良いでしょうスバル。……賢人会の皆様、不要な時間を取らせてしまい、申し訳ありません。彼は、直ぐに下がらせます」

 

 

スバルの袖を引きながら、エミリアは頭を下げた。

不要な時間。その言葉が何よりも痛く、苦しく、スバルの心に突き刺さる。

 

だが、エミリアに抗弁をすることなどあるワケがない。

覚悟と決意、エミリアにそんな顔をさせた時点で、踏みにじってしまった事を気付かされたから。

 

覚悟を決めた、その決意など、……何処までも無力である、と悟らされた瞬間だった。

 

 

「有意義な時間、そう判断できる部分も有りましたよ、エミリア様。あなたが世に恐れられるハーフエルフとは違うと、彼は皆の前で証明してみせました。―――もしも、かの存在と同義であると言うのならば、そこまで頑なには成れないでしょうな。……良い従者をお持ちです」

 

 

マイクロトフからの賛辞の言葉だった。

だが、それはスバルには何ら影響がなく、エミリアにとっても同じ。

 

 

感情の凍えた冷たい目をして、ばっさりと何かを切り捨てるかのように、エミリアははっきりと言ったから。

 

 

 

「―――スバルは、私の従者なんかじゃありません」

 

 

 

拒絶の言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の最後まで、口を一切挟む事なく見届けたツカサ。

当然だ。万事物事上手くいくなんてスバルだって考えてないに決まっている。

 

 

あのロズワール邸の1週間だって、失敗を繰り返し、議論を重ね、最適の未来を模索して……漸く乗り越えたのだから。

だから、これで心が折れる……だなんてあり得ない。

 

 

「………大丈夫だ。スバルはきっと大丈夫だよ、ツカサ」

「ん。解っているよ。……ユリウスの言葉だって正しいと思うし、スバルの想いだって間違えてないと思う。……どちらかと言えば、記憶が浅いから、スバルの方に立ってしまうけど。――――スバルはエミリアさんに救われたんだ。ここで生きる意味を、見出したんだと思う。だから、否定されても、前を向き続けたんだ。………流石にエミリアさん直々に否定されちゃ、厳しいかもしれないけど。きっと、立ち上がるよ」

 

 

ラインハルトの言葉も、ラインハルトならきっとそう言うだろう、と解っていた言葉であったとしても、やはり嬉しいものだ。

 

苦難を共に超えた間柄であるスバルとは、兄弟と呼び友とも呼ぶスバルの事だから。

 

 

「じゃあ、次はラインハルトだね? ……フェルト(あの子)も一筋縄ではいかないと思うけど」

「ああ。全力を尽くすさ。……僕はフェルト様に運命を感じているんだ。君にも似たモノを感じている運命を」

「………………いやいやいや、流石にそれは無いんじゃない? 運命って言うのは、大事な人に取っておいてよ。気軽に使うもんじゃないよ」

「いいや、気軽になんか使ってないさ」

 

 

ラインハルトは、最後の候補者であるフェルトの名が呼ばれたのを知ると、ツカサに背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――生まれて初めてだったんだ。勝負(・・)で負けたのが。……そして、運命が導くままに、フェルト様にも出会えた。……気軽に使ってないつもりだよ」

 



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王選の開始と模擬戦

や~~っと長い長い王選終了‼ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
かと思えば、スバルんイベント発生~~。ここは原作同様外せませんな 笑

殺される心配は無いので、大丈夫でしょうなww


最後の候補者の1人―――フェルト。

 

候補者の中では最年少である彼女が、また一波乱を場に齎した。

 

 

 

「アタシは貧民街から無理矢理こっちに連れてこられたんだ‼ 王様になる気なんて、さらさらねーからな!!」

 

 

 

誘拐された被害者である‼

とこの演説の場で堂々と宣言したのである。

 

それはどの候補者とも違う、全く別の意味で混乱を齎せた。

 

 

但し、誘拐された被害者であるが故に――――ではなく彼女の出身についてだ。

 

 

 

《貧民街の出身だと……⁉》

《何故そのようなものがこの場に……⁉》

《ラインハルトは何を考えておるのだ》

 

 

 

血筋、家柄、それらに心から誇りに重んじているが故に、人は平等ではなく不相応と言うものが存在している。究極的に言えば、エミリアの言う様に平等である事が一番だ。生まれ、出身に関してはどうしようもないが、そこからどう這い上がるか、どれ程努力するかは本人次第。

 

最初から道が閉ざされているなんて、あまりにも惨めで残酷過ぎる事だろう。

 

 

だが、そう理想論だけで世の中が回らないのも事実だ。

 

 

貴族色がどうしても、それを拒んでしまうだろう。血筋に重んじていた者たちは、新たなる血の混血を拒むだろう。

 

だからこそ、ハーフである種族は、半魔と侮蔑されてしまうのだから。

 

 

そして、それは同じ人種である筈の人間にも言える事。

みずぼらしく、日銭を漁り、塵を漁り……そうして暮らしていく人間たちが貧民街の人間だ。

 

全ての人間に救いの手を差し伸べる事が出来るのであれば、貧民街など存在しない筈だから。

 

 

 

 

「………まぁ、フェルトの言い分も解る。すごーーく」

 

 

ひょんな事からエミリア的な口調になってしまったツカサ。

パックやスバルが聞いていたら文句言われそうだ……と思いながらも、ツカサはフェルトを見ていた。

 

少々難解に考えを張り巡らせていたが、フェルトの訴えの方がより共感できる。

 

ツカサのルグニカに関する歴史? 等の知識ははっきり言って浅い。

無知は罪である、と思ったが故に、この1ヶ月近くは 文字と並列してそれなりに歴史学や現状についての勉学に勤しんでいたりもする。

 

幸いな事にベアトリスの禁書庫でも、歴史書の類は 見せて貰える事が出来たし、書に記述されている事以外の闇の部分も、(勿論答えれる範囲内だとは思うが)ロズワールに聞いたり、ラムやレムにも、実際の街の様子を聞いた。

滞在したたった数日では見切れる訳がない街の事も聞いた。

 

 

ある程度判ってはいても、あまりにも浅すぎるが故に、歴史を重んじる一派より、日々の暮らしが突如としてガラリと変えられたであろうフェルト側の方が共感を持てたのだ。

 

 

 

「――――皆様の意見は解ります」

 

 

 

そんな中でのラインハルトの演説が始まる。

殆どが困惑若しくは反対側の意見であるのは解っているが、それでもラインハルトの信念は曲げる事は無い。

 

 

「フェルト様は、約1ヵ月前、貧民街の一角で保護致しました。その際、偶然にもフェルト様が竜の巫女の資格を持つ事が解ったのです。……その日、あらゆる運命の交錯をボクは感じました。全ての符号が一致し、その運命に身を委ねる事を決意致しました。――――故に、その導きのままに、この御方こそが次なる王に相応しい!」

 

 

ラインハルトの言っている言葉の意味を理解している者など殆ど居ないだろう。

ただ、唯一理解出来るのは、徽章がフェルトに反応を示した、と言う1点のみ。他の運命の類は、妄言だと思われても仕方が無い。

 

 

だが、そうだとしても、剣聖の家系。今代の剣聖であるラインハルトの発言力は決して低くないのだ。

 

 

「って、オイ!! テメェ!! アタシの話聞いてたのか!?」

 

 

そして、勿論ながらフェルトも何言ってるか解ってない側の人間。

 

 

ラインハルトは王にしたい。

フェルトは王になりたくない。

 

 

その水と油な関係性が、この場で一体何を齎すのか……、と思えたが、その決して混ざる事のないであろう関係性を、混成にまで導いたのは、外部からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

外が急に騒がしくなった。

揉み合う音、争う声。そして、スバルが出て行った後から閉ざされている入り口の扉が乱暴に勢いよく開かれる。

 

 

「なんだ……? って、ロム爺……!?」

「……フェルト!」

 

 

開かれた扉から割り込んできたのは、何人もの衛兵を薙ぎ倒してきた巨漢の老躯。

その手には手枷が嵌められており、周囲の目には、脱走を企てようとしていた男だ、と認識したのも無理はない。

 

 

 

「あの時の……」

 

 

そして、勿論ツカサも見覚えがある。

盗掘蔵での1件で見ただけであり、言葉を交わした覚えは無い老人だ。

 

話を聴けば、フェルトの保護者、家族だった、と言う程度で……。

 

 

 

「いまだ! 捕まえろ!!」

「ぐっっ」

 

 

 

考える間も無く、慌ただしく展開が変わり続ける。

薙ぎ倒し続けてきたのだが、ここで力尽きた……と言う事なのだろうか、組み倒されてしまった。

 

だが、この場には近衛騎士団が揃っている。精鋭中の精鋭が揃っているのだ。この場に足を運んだ以上、彼の運命は決まってしまったも同然だが。

 

 

「ロム爺!! やめろお前ら! ロム爺を離せ!!」

 

 

ロム爺は、組み倒され苦悶の表情を浮かべていたが、それでもその目は何処か安堵の色が浮かんでいた。

 

彼はフェルトを心配して自分の命を懸けてこの場へと馳せ参じた様だ。

もしも、フェルトが危機的な状況であったのなら、身を挺して、命を捨ててでも連れ帰る覚悟だったのだろう。

 

 

もう悔いは無い、と言わんばかりの表情……。それに強く反応したのはフェルトだ。

 

 

 

「おいアンタ!! ロム爺を解放する様に言ってくれ!! ロム爺はアタシの事を心配してここまで来ただけなんだ!!」

 

 

王城へ、それも要人が一様に集まるこの場へ不法侵入に加えて狼藉。

捕まってしまえば死罪となってしまうだろう事はフェルトにも解っていたのだろう。近衛騎士団の団長で衛兵、騎士たちの中で一番の権力を持つであろうマーコスに言うが、彼は首を縦には振らない。

 

 

「残念ながら、従いかねます。……あなたは先ほど自らが王選を参加する意思はない、そうおっしゃいました。……我々の剣を受け取る意思がない以上、我々に命令する資格もございません。――――解っているな? ラインハルト」

「…………っ」

 

 

マーコスは、フェルトだけでなく、傍で控えていたラインハルトも牽制する。

ラインハルトであれば、瞬く間に解放する事は容易ではある……が、騎士団に名を連ねる以上、それは反逆の意思として取られてしまうだろう。

道理は間違いなくマーコスの側にあるのだから。

 

だからこそ、ラインハルトは動けない。この場を諫める事も出来ない。

 

彼が連れていかれたとしても、それを見ているしかできない。

 

 

「あーそうかよ……」

 

 

何もかも呆れるフェルト。

建前1つ無ければ満足に動く事が出来ないラインハルトも。そして、この世の理不尽な事に関しても全てそう。

 

 

「!! よせ!! フェルト!! こっちへ来るな!! ワシの事は心配いらん!! 貧民街の生活から抜け出すのがお前さんの目標だった筈じゃ!! お前さんの幸せはそちら側の世界にあるんじゃ!! ワシは見届けた! もう、覚悟は出来ておる!! 振り返るな!!」

 

 

ロム爺の言葉を聞いて、フェルトは益々苛立ちを募らせた。

 

綺麗に仕立て上げ、着付けてくれた歩きにくいこのドレスを破り、苛立つ思いを全てぶちまけながら歩を進める。

 

 

「どいつもこいつも……、訳わかんねー理屈抜かしやがって……‼」

 

 

歩を止めず、フェルトはとうとう組み倒されているロム爺の寸前の場所にまでやって来た。

いつもなら見上げる程の巨躯を持つ相手をこれ以上ない程見下ろしながら。

 

 

 

「……確かに、アタシはずっと貧民街から抜け出したいと思ってた……。あんなしみったれた場所嫌いだって。………でもな」

 

 

 

思いの丈、その全てをロム爺に、……家族(・・)にぶつける。

 

 

 

 

「自分の家族見捨てて、幸せになんかなれっかよ!!」

 

 

 

 

フェルトが向かう先に幸せが待っている。そう確信していた筈のロムの考えに、心にヒビが生じた。

それと同時に、もういつ以来か……気が遠くなる程昔から、とっくに枯れてしまっていたと思っていた目に涙が浮かぶ。

 

 

「フェルト……」

 

 

 

間違えていた事を今、痛感しながら フェルトの、大きくなったフェルトの姿を見続けた。

 

 

「もう一度言うぞ。ロム爺を離せ。……ロム爺はアタシの家族だ」

「……団長が言ったように、私共が従う理由は……」

「やるよ」

 

 

 

家族を助ける為に、必要なのであればやる。

それがロム爺とはまた違う覚悟の決め方。

 

 

 

「やってやるよ。王選ってヤツを。……アタシも王を目指す! だから、今すぐロム爺を離せ」

 

 

 

その言葉に、従わない者は居ない。

捕えていた衛兵たちは全て離し、胸に手を当ててフェルトに従った。

 

 

 

「ラインハルト!!」

「はっ! ここに!」

 

 

 

目にも止まらぬ速さで、いつの間にか、フェルトの傍に控えていたラインハルトに、貫禄のある命令を下すフェルト。

 

 

「ロム爺の手枷を頼む」

「は!」

 

 

一閃の元に、ロム爺を縛っていた手枷を切り落とした。……それも。

 

 

「手刀かよ! なんでそれで切れるんだよ!」

「ええ、特に問題ありませんでした」

「そーかよ。……そんで、これも問題なし、ってヤツか? お前の思惑通りってやつか?」

 

 

計算通りなんだろ? と皮肉を込めて、精一杯の抵抗を見せるかの様にフェルトがそう言うが、ラインハルトは、さも当然の様に告げる。

 

 

「とんでもありません。それ以上の運命の導きです。……全ての運命は、あなたに集っている」

「はっ! まーた運命かよ。飽きもせず。何なら、運命の奴隷、って言うのが正しいんじゃねーのか? 騎士じゃなくてよ!」

「――――いいえ、それは間違いです。……僕はあなたの騎士なのですから」

 

 

 

ラインハルトの表情を変えるには、どうすれば良いか? 一矢報いるにはどうすれば良いか?

フェルトは考えに考える……が、浮かばない。

なので、最後の最後に攻撃!

 

 

「じゃあ、こき使ってやるよ!」

「……お手柔らかに」

 

 

したつもりだったが、やっぱりラインハルトには動じなかったのである。

 

そう言い捨てるだけに留まった。

 

剣聖を意のままに操るフェルトに目を白黒させていたロム爺だったが、自由になったその両手を見て、フェルトが本当に良い子に育ち、更に自分をも助けられる程、大きくなった事に、感無量の想いを込め、再び目頭に涙をためるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

状況は呑みこめても、この場で行動に移す事は出来ない何処か歯痒い気持ちを持っていたツカサも、強張っていた肩の力を抜く事が出来た。

例え、記録(セーブ)読込(ロード)を使ったとしても、無理だろう。誰一人、本当の意味で間違った事をしていなかったから。

 

 

衛兵は不審者を捕えただけだ。

ロム爺は、結果的に法を犯したかもしれないが、フェルトが心配が故に、駆けつけただけだ。

そして、フェルトに従わなかった団長も、衛兵たちも同じく職務を全うしているに過ぎない。

 

入り込む隙が欠片も無い。

 

最悪、クルルを使い、逃がす様にする事も考えたが……。

 

 

「……ラインハルトも居るから、そこまで心配はしてなかったけどね」

 

 

実の所、ツカサが言う様にラインハルトの存在が、それらの必要性が皆無である事を自身に告げていたのである。

 

 

《そもそも、なーんで、そんなに気にするの? ツカサが》

「………(喧しい! いつの間に戻ってきたんだよ、エミリアさんの護衛じゃなかったのか?)」

《ボクは、君の僕だぜっ♪ いつだって直ぐに駆けつけれる様にしているさ!》

「(また、変な口調になって、この愉快犯)」

《ふふっ♪ でも、やっぱり良いと思ってるからこそだ。共に在る事がこんなにも心地良い。何で幾度も重ねたのに、これを知らなんだか、って過去のボクを殴ってやりたい気分だよ♪》

 

 

いつの間にか肩に戻ってきていたクルルを見て苦笑いをした。

姿は消えているので、周囲には悟られてはいない。パックも同じくエミリアの髪の中に入り込んでいるので、言わば周囲の目からは映らなくなっている。

だから、戻ってきたとしても、特に問題は無いだろう……が、クルルではなく、ナニカなのが鼻につくのは事実だったりするが、受け止める。

 

受け止めて、改めて思った。

なぜ気にするのか? 考えるまでも無い。見ず知らずの他人ならまだしも、フェルトは多少なりとも縁で繋がっている。

繋がりが少ない自分にとっては、多少でもそれは強く太いモノに様変わりする。

 

そんな相手が、家族と引き裂かれる様な場面を見て、何とも思わない様な薄情な心は持っていないつもりだから。

 

 

 

クルルとやり取りをしている間に、とうとう宣言が始まった様だ。

 

 

賢人会の賛同を得て、全員の賛同の声を確認し。

 

 

 

 

「―――では、クルシュ・カルステン様! プリシラ・バーリエル様! アナスタシア・ホーシン様! エミリア様! フェルト様!」

 

 

 

候補者全員の名を高らかに、マイクロトフは呼んだ。

 

 

 

「以上5名は、いずれも竜の巫女たる資格を持つ者とする。選出は全国民の総意を持って。竜珠の輝きと竜の導きによって定められる! 各人は王として即位されるその日まで―――己の領分の及ぶ限り、王国の繁栄に努められる事!」

 

 

 

 

一呼吸置いた後に―――その老体のあらん限りの力を言霊に乗せて、宣言した。

 

 

 

「――――今ここに、王選の開始を宣言する!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強行突破していたロム爺の事を考えていたスバル。彼との面識があれば、不法侵入者と自分が関係性がある、と疑われ厄介な事態に見舞われる……と心配していたが、それをロム爺に庇われた。

 

見おぼえない、と突っぱねてくれた。

 

感謝を覚えつつ、ロム爺の事を心配していたが、それは杞憂に終わったのは、王選の開始宣言を聞いたからだろう。

 

フェルトが王を目指す事を決めた以上、ロム爺をそのまま見捨てるワケが無いのだ。

それくらいはスバルにも解る。

 

 

王選開始の宣言の声は、外にまで当然響いてきた。

まるで地鳴りの様な騎士たちの声援に乗せて……。

 

 

それらを耳にしたスバルは、安堵を見せたものの、やはりエミリアの事で頭がいっぱいになっていた。

始まったその瞬間まで共に在れなかった事は極めて無念だと言えるが、それでもあのエミリアの目で顔でいつまでも見られていける自信が自分には無かったから。

 

覚悟を決めた、止めるな、とツカサに言っておいて、どこまで情けないのだろう。

 

 

「―――オレは、間違っちゃいねぇ……。絶対だ。オレの中の不動の1番はエミリアだ。……オレは」

 

 

深く、深く、何が大切なのかだけを連呼するスバル。

だが、ここではそれよりも……大切な人を言うだけではなく、大切な人の為に何が出来るか、を考えるべきだったのだが、今のスバルには柔軟な思考はムリだった。

 

 

 

宣言後も、自問自答を繰り返し 時間だけが過ぎていくにとどまり――――。

 

 

「スバル!」

 

 

 

玉座の間から、出てきたラインハルトやフェリスの姿を見るまで続いた。

 

 

「2人とも……、もう、終わったのか? 全部」

「全部終わった、とはまだ言えないかな。候補者の方々は残ってまだ細部を詰めているからね。―――後、あの老人は無事だよスバル」

「!! そっか……、良かったよ」

 

 

声は聴いた。だが、はっきりと自分の目で確認した訳じゃない。

ラインハルトがはっきりと言ってくれたおかげで、確信が持てたスバルは、頬を緩ませる。

 

 

「あれ? そういや、ツカサはどうしたんだ? 一緒に出てくるんじゃ……?」

 

 

気にするな、キモチワルイと斬って捨てられたが、それでもやはり一度謝るくらいでは済まされないのが、複雑なスバルの男心である。

 

と言うよりは、ラインハルトやフェリスが出てきたのに、ツカサが出てこないのが単純に疑問だった、と言うのが強いが。

 

 

 

「ツカサは、最高位の勲章を授与された身だからね。候補者の方々の興味がそそられたんだと思う。色々と次いでに聞きたい事があるから、と残ったよ」

「―――……それ、残らされた、って方が正しそうだな、オイ。あの高慢女がムチャブリしてそうな光景が目に浮かぶよ」

 

 

スバルが言うのは当然プリシラ。

どうあがいても一方通行なのだが、アレがそう簡単にあきらめるとは思えないし、寧ろそれすらも楽しんでる節が見えるので、始末に負えない。

 

 

ただ―――あの時アルが見せたとんでもない殺気だけは、スバルも気に掛ける所ではある、が結果的には ツカサに降参した形になっているので、そこまで深刻には考えていない。

 

 

「ん? 兄弟が残ってんのに、2人とも主人の傍にいなくていいのか? オレんトコの見舞いに来てくれたのはありがたいけどよ」

「んっん~~、それに関しては安心かな!」

 

 

フェリスがニッコリと笑って告げた。

 

 

「クルシュ様ってば、フェリちゃんよりずっとお強い方だしね!」

「えぇ……、おいおい。近衛騎士団って強くなきゃ務まんねーんじゃなかったのか?」

 

 

散々言われたユリウスの言葉がスバルの頭に突き刺さる。

フェリスに器が無い、とまでは言わないが、事強さにおいて主の方が強いともなれば、それは務まらない、と言われても無理無いだろう。

 

 

……スバルもエミリアには到底敵わないので、完全に自分の事を棚に上げた形にはなっているが。

 

 

「ん~~、フェリちゃんの売りはそれとは別の所にあるから、いーにゃ! 知ってるんじゃにゃいの? スバルきゅんも!」

「ッ………、そ、そういや すごい水の魔法の使い手って聞いてたな……(すげぇ……、指先で触れられてるだけなのに、全身の疲労が抜けてくような気がする………)」

「そーそ! そっちを競い合う、って言う意味じゃ、ツカサきゅんと是非してみたいにゃ! スバルきゅんも、ツカサきゅんに色々治してもらった~って言ってたみたいだし?」

「んん? ああ、……体感としちゃ……、フェリスの方がすげーと、思う………。色々と世話かけて貰っといて、恩知らずかもしれねぇけど……、そう言う嘘は逆によくねぇ、と思うからな……」

 

 

指先で触れられ続けているスバル。

フェリスの様な猫耳美少女に触られているのとツカサに触られているのと、では申し訳ないが気分的にも絵面的にもフェリスの完勝だ。

 

 

 

「ふふ。ツカサもやっぱり凄いと思う。凄いじゃ足りないとも思う、でもフェリスもそうなんだよ、スバル」

「へ?」

 

 

 

視界の端にいたラインハルトが一歩前に出た。

他人に対して高評価連発な所があるラインハルトは、中でもツカサの事を一目も二目も置いていた印象だったのだが、そのラインハルトが負けてない、と断じたのがフェリス。

 

 

「フェリスは属性の頂点を意味する《青》の称号を与えられている騎士なのだから」

「えへへ。よかったね? スバルきゅん! エミリア様に感謝しないと‼フェリちゃんの治療が受けられるんだから!」

「………」

 

 

治療に関してはありがたい。

だが、エミリアの迷惑を考えたら、そして何より治療でエミリアの傍を長時間離れるのは、と危惧したスバル。

 

 

「なぁ、どうしても治療って受けなきゃダメか?」

「対価はもう支払われてるからね……。エミリア様に無駄骨を折らせる結果になるよ?」

 

 

スバルがそう言う事は予想していたのだろう。

フェリスは、一切の淀みなく、途切れる事なく、淡々と返事でかえした。

 

 

「対価……、それを返すワケにもいかないとか?」

「残念だけど、それは物理的なものじゃないし、知ってしまったからには、返せない類の対価なんだよ」

「……くそっ、オレがどうあがいてもエミリアに迷惑かけるだけか……」

「フェリちゃんが言える事はやっぱり1つ。スバルきゅんは、ツカサきゅんの事、信頼してるんでしょ?」

 

 

フェリスは指をぴんっ、と立ててスバルに確認する様に聞く。

スバルは、それに対して当然、と言わんばかりに迷う事なく頷いた。

 

 

「当たり前だ。……色々と言っちまったが、間違いなく男ン中じゃ、不動のトップがアイツだ」

「ほーほー、それはそれは。羨ましい限りだにゃ。……その信頼するツカサきゅんに、今はエミリア様を任せて、万全にする事。身体を万全の元通りに戻す事を勧めるにゃ。……その間、何もできにゃいワケじゃにゃい。自分が出来る事、これから成す事。――――隣に居たいと思える相手の為に何が出来るのか。……ご不満かもしれにゃいけど、有意義な時間はスバルきゅんの心持ち次第だにゃ」

「っ………」

 

 

考えてなかった事じゃない。

何度も考えた事柄だ。

 

少なくともエミリアの懸念事項である自身の体調部分を拭い去った後、どうにか力になれる事を証明する。それに専念する。

時間は有限かもしれないが、焦って仕損じてしまえばそれまでだから。

 

 

幸い? な事に……ツカサにはラムと言うご両人! な間柄が居るので、俗世っぽいが、そっち方面での心配性はもう無くなってきている。ラムの告白とラムに対してのツカサの信頼を聞いたのだから尚更。

 

 

「……まっさか、女ったらし、ってワケじゃねーだろうし。ハーレム目指すとかもしねーと思うし……」

「どーして、そんな言葉が出てきたのかわかんにゃいけど、ツカサきゅんに結構失礼な事考えてると思うにゃ。昨日今日の付き合いだけど、彼無茶苦茶優等生なのにね」

「わーってるよ! 複雑な男心なんだよっ!!」

 

 

 

 

 

 

自分の行く末を、目指す先の輪郭をしっかりと見定まりつつある場面で……更なる波乱が起きる。

 

 

 

「……男心とやらを考える前に、自身の力の無さを嘆く機会を多く取った方が良い。―――獲るべき選択肢を見誤らない為にもね」

「!! てめぇは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄く場違いな気がしますね、オレ……。エミリアさんの騎士でもないのに」

「いんやぁーあ。それを言うなら、わたーぁしもそうじゃなーぁいかい? さっきも言ったが」

「でも、皆にロズワールさんは既に周知されてる事実だし、推挙人だし。……それより面識度合いで言えば、やっぱりオレの方が……」

「君はもう既に、王選参加者に連なる程の有名人であり、周知もされている。王国最高峰緋光勲章(スカーレット・エンブレム)を授与されると言う事はそう言う事だーぁよ」

 

 

1つのテーブルに5人が座って囲っている場面。

唯一騎士として残ったアルも確かに場違いと言えばそうだが、プリシラの命令なのだから仕方が無い。主の傍に居るのは騎士としての役割だ。

 

但し、ツカサの場合は少し違う。

 

プリシラを始めとして、クルシュ、アナスタシア……色々と興味を持たられてしまったのである。

 

 

「兄ちゃんモテモテじゃねーの。未来の王様の旦那だな、こりゃ。誰がなったとしても」

「凄い爆弾発言止めて」

 

 

フェルトだけは愉快そうに眺めていた。

 

王を目指す、とは口では言ったモノの、あれはあくまでロム爺を助ける為。

本当に自分が王になろうとは思っても無いのだろう。ツカサの事を未来の旦那、と称するなら、自分もその内の1人になるかもしれないのだから。

 

後いうなら、年齢的に除外されたかどうかだ。

 

 

「今は男として卿をどうこう見てはいない。その実績に惹かれているだけに過ぎないさ」

「そーやね。流石に殆ど知らん相手を迎え入れる冒険はウチには出来んわー。投資は十分しときたいけどな」

 

 

フェルトに乗っかってくるのが意外な事に、プリシラ……では無く、クルシュとアナスタシア。

クルシュに関しては楽しむような性格には見えないのだが、話しに合わせられてしまった。

そもそも、今は(・・)と言うのも結構誤解を招きそうな発言ではなかろうか? 色々と知り合ったら大丈夫だと?

 

 

事の説明で、王選の候補者は婚姻を行う事は無用な派閥を生む関係上、御法度な筈だが……、と、そこまで口にしたりはしないが。

 

 

 

 

「それじゃーぁ、わたーぁしは 用事があるから。此処を宜しく頼むよぉーお」

「………え? ロズワールさん、何処か行っちゃうんですか?」

 

 

突然のタイミングで席をはずそうとするロズワールに驚き目を見張る。

 

 

「わたーぁしに一緒に居て貰いたい! なーぁんて、言ってくれるのは凄く貴重な事だぁけどね。少々多忙なのさ」

「ぅ……。そう言われたら……しょうがない、か……。無理言う訳にはいかないし……」

「んふふふ。………じゃあ、頼むよ。ツカサ君。君には心より、期待をしているからねーぇ」

 

 

ロズワールはそう言うと、マントをはためかせながら、この場を後にした。

 

 

「くくくっ。別に男色家と言う訳でもあるまい? 人肌恋しいと言うのなら、妾の胸を貸すのを許す。ちこうよれ」

「……謹んで、遠慮させて頂きますよプリシラ様」

 

 

これ見よがしに挑発してくるプリシラ。

この場での一番の愉快犯は彼女で決定だ。

 

 

「ごめんね? ツカサ。もうちょっとで終わると思うから」

 

 

そして、唯一心配してくれてるのはエミリア。

やや過剰気味かもしれないが、それでも心配してくれている、と言う意味ではありがたい。

 

 

「大丈夫ですよ。………あっ、1つお願いを聞いてもらえるなら……なーんて」

「え? 何? 私に出来る事なら何でも言って」

 

 

エミリアが思った以上に強く食いついてきた。

返しきれない程の恩があるのはツカサも同じだ。だからこそ、返せるものなら、自分に出来る事なら、とエミリアはやや過剰反応しているのである。

 

逆に何だか願いを言うのを躊躇ってしまいそうになる程に真っ直ぐに食いついてくる……が、それでも 今回の事は相当堪えたであろう、この場には居ないあの男へのフォローをエミリアに願おうとしたその時だ。

 

 

 

「―――失礼します。報告があります!」

 

 

 

新たなる来訪者があり……、そして 想像してなかった事態が発生したのは。

 

 

 

「現在、練兵場にて、騎士ユリウス様と……エミリア様の従者 ナツキ・スバル殿が模擬戦を行っております!」

「!!」

「スバルが……?」

 

 

今まさに、スバルの事をフォローしようとエミリアに口添えを。恩義にかこつけるのは少々汚いかもしれないが、それでも苦楽を共にしてきた仲も有るので、それとなく……と思っていた矢先にコレである。

息つく暇も無いとはまさにこの事だろう。

 

 

「それは、今開始した、って事ですか? それとも……」

 

 

ここで1つの疑問が浮かんだ。

 

この場所はいわば王国の中核を成す人物。未来の王、その候補者たちが集っている場所だ。近衛騎士団団長であるマーコスがここに控えているとはいえ、騎士と従者の模擬戦を、こんな所に逐一報告する義務はあるのだろうか? と。

 

比較的一番近くに居たのがツカサだったから、最初の質問者になった。

 

 

「いえ。……それが……、その」

 

 

ツカサを見て言い淀む。

スバルとツカサは同じエミリア陣営。少なからず関係性が深いであろうツカサに直接言うのは憚られたのだろう、口籠っていた。

 

 

だが、それも一瞬だ。

 

 

 

「たかだか模擬戦の1つをなぜ報告する必要がある! そちらで対応しろ!」

 

 

 

マーコスに一喝されたからだ。

そこで黙っていられるワケにはいかない。

 

事の次第を……あった事を包み隠さずに説明する為に、口を開いた。

 

 

「―――現状、ナツキ・スバル殿は、立つのもやっとな程に、打ちのめされる一方的な内容でした為……、指示を仰いだ方がよろしいかと……」

「!!」

 

 

騎士たちが、わざわざ指示を仰ぎに来る程だ。

穏便な状態ではない事は明らか。

 

加えて、ユリウスはマーコスに次いで地位が高く、信用と信頼が厚い騎士、と言う理由もあるだろう。

 

よもや命までは奪うとは思えないが……。

 

 

「現場へ案内してもらってもよろしいか?」

 

 

ツカサは直ぐにスバルの元へと向かう。

 

 

「どうして、どうしてスバルとユリウスが……、ケンカ、なんかっ……」

「エミリアさん。ケンカじゃないと思います」

「えっ……?」

 

 

ツカサの言葉に対し、エミリアはただただ理解出来ない、と頭を悩ます。

でも、理解する前にする事は解っていた。

 

 

 

「とにかく、すぐに止めに行かなきゃ……。私もいきます!! 案内して……」

 

 

エミリアは疑問や疑惑、すべてを放りすてて立ち上がった。

 

 

「では、案内を宜しくお願いします」

「はっ……。こちらになります」

 

 

ツカサもそのままエミリアと共に、騎士団詰所、練兵場を目指して通路を走った。

 

 

 

「こりゃ、オレらも嬢ちゃん追っかけて、模擬戦見にいくとしようぜ?」

 

 

エミリアとツカサが居なくなり、騒然となりかける室内でアルが提案した。

開かれた扉を手で示すと、隣に立つプリシラに肩を竦めて話をする。

 

 

「ほれ、姫さんも好きだろ? 弱い生き物が猛獣にいたぶられるショーとか見るの」

「勝手な想像で妾を見誤るでないぞ、アル。まぁ、大好きじゃが」

 

 

軽く背を逸らして、その豊かな胸を揺らすプリシラは嫣然と微笑んだ。

 

 

「見られるやもしれんな。……その弱者と猛獣のしょー、とやらが終わった後、真なる強さを持つ強者が仇討ち。……これ以上ないお膳立てであろう」

「いやいや、流石に模擬戦で殺されんのはちと残酷だぜ、姫さん」

 

 

王国でも屈指の実力者の1人であるユリウスとナツキスバルの模擬戦。

そこに興味があるとするなら、アルが言う様にそれは強者が弱者を甚振る場面以外に見栄えは無いだろう。

プリシラも多少見ごたえがある男であるなら、一矢報いる可能性も余興。窮地に陥った後の一矢を余興として楽しむのも有りだと思えたが、生憎スバルには期待はしていない。

 

 

ただ、期待するのはやはり、自分の思い通りにならない男に関してだ。

仇を討つのか、或いはまた別の道を往くのか、2段構えの興味である。

 

 

 

「うーん、ユリウスとツカサ君が模擬戦って言うのは複雑やね……。ホーシン商会贔屓にして貰うつもりやのに、軋轢が生まれそうや……」

 

 

スバルとユリウスの模擬戦は眼中にない、と言うのはプリシラ以外でもアナスタシアもそうだ。

仮に、他人事であるならば、白鯨を退けたと言う未曽有の力を持つ男と自身の騎士であり、《最優》を冠する男との一戦。商売以外で心躍る対戦カードと言える。

 

 

「ふむ。……ならば、私も同席しよう」

「か―――、あの目つき悪い方の兄ちゃん、浮かばれねぇよ、まったく」

 

 

口々で興味があるのは、決まっても無いユリウスとツカサの一戦のみ。

辛うじて最初のプリシラとアルだけは、興味を示してくれた様だが、中身が最悪だ。

 

知らない相手でもないし、色々世話になった、と言う意味ではフェルトもこのまま知らぬ存ぜぬ、と言う訳にはいかないだろう。

 

 

「まぁ、なんかありゃ、ラインハルト使えば何とでもなるよな」

 

 

と言う事で、満場一致で練兵場へと向かう事になったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それは、もうほぼ決着がついていた。

 

 

 

裂けた額、滴る血。その血が目に入り、視界が赤く染まる。

ボクサーが目に血が入り、遠近感がわからなくなって、攻撃を受けやすい、と聞いた事があるスバルは、今まさにそれを体感していた……どころじゃない。

 

額が裂けたのは、まだ生易しい方だ。

 

もうすでに、何度地面に打倒されたか、転がったか覚えていない。

片目だけが見えないのではない、もう片方の目は腫れあがって既に塞がっている。

口の中は血の味でいっぱいだ。

 

 

 

ただ―――ここまでされても尚、恐怖と言うものは一切感じられない。

あの死に掛けた時の教訓……ではないが、あの恐怖の体験はスバルにこれ以上ない程の精神力を植え付けてくれていた様で、この世界線ではない、別の時間軸の世界で培った、魂に刻まれた恐怖の記憶が、この程度の痛みでは恐怖足りえない、と精神に余裕さえ醸し出していた。

 

 

 

だが――――、精神はついていけても、身体がついて来なければ意味はない。

 

 

 

「もうそろそろ、自分自身の限界を認めてはどうだろうか? そして自らの至らなさを認める方が良い。これが、君が侮辱し、軽んじた《騎士》と言うものだ。……その差も解ったことだろう」

 

 

 

方やユリウスは、汗1つかかない涼し気の顔のままだ。

ただ騎士の在り様を示す為に、彼もまた容赦せず打ち続けた。

 

最初こそは、ユリウスが言う様に騎士の在り方を軽んじたスバルに対し、王国の未来を左右する王選そのものを侮辱した無礼者。それが近衛騎士の筆頭であり、最優とも称される騎士、ユリウスに痛めつけられ、最後には謝罪する……と言う場面まで浮かんでいた、期待した映像だったのだが……。

 

 

 

「これ以上は命に関わると思うが……」

 

 

ただ只管に無謀な意地を張り続けるだけだ。

ここからの逆転劇は皆無であり、これ以上何かが生まれるとは思えない。それでもスバルは止める気配は無かった。

 

 

「安心しろよ……。この程度じゃ、まだ人間は死なねぇよ」

「まるで経験者の様に語るのだね」

「それに関しちゃ、オレはちょっとばかし精通しててね」

 

 

 

通算にすると……4度? 5度?? スバルは頭の中で思い返そうとする。明確な回数はもう解らない。

 

死ぬな!!

 

そう、強く言い聞かされてからは、死ぬ等考えなくなったからだ。死んでやり直せる、なんてことを考えなくなったからだ。

結果、命の大切さと言うものを改めて知った気もするが、かと言って死を経験した事が無くなった訳ではない。

 

 

そう、この程度では死なない事を知っている。

 

 

腹を裂かれ、腹を貫かれ、そして呪術で死の手前まで運ばれた。

死ぬ瞬間と言うモノを、スバルは良く知っているから。

 

 

「らぁっ!!」

「美しくないな」

 

 

スバルは突貫するが、それも成す術も無くユリウスに弾かれる。射程圏内に入れば、スバルの如何なる攻撃もユリウスの身体に触れる事が出来ない。

 

足、腕、胴、頭。全ての部位に打ち込まれ、何度も天地の逆転を味わい、大の字になる。血反吐をまき散らして、地に身体を埋めた。

 

 

「へ………、血反吐の中、こんな感じ……か?」

「何を言ってるか解らないが、気が漫ろでは最早立つ事も出来まい。そのまま這いつくばっている方が幾らか利口だと思うが」

「ばか、いえ。……そんで、もって……、オレも、ばか、いえ。……あいつの、苦しみが、こんなもんな筈がねぇ。この、程度なわけ……ねぇんだ。なに、調子にのって、やがる……!!」

 

 

血の海に倒れ伏す姿を客観的に観たら……スバルが追いかけているかの背中に似ているのかもしれない。

 

だが、それを即座に否定し、一笑に伏す。

 

状況が違いすぎるし、比べれるワケが無い。烏滸がましすぎる。

 

何よりもこの程度なワケが無い。

 

彼の言う死の体感を経験出来ない以上、スバルの想像上での事には成るが、間違いなくこの程度ではない、と確信は出来る。

 

 

そんな事が考えれる自分は、まだまだ余裕がある証拠だ、とスバルは立ち上がった。

 

 

 

――――だが、やはり精神は奮い立っていても、肉体は限界だ。

 

 

 

 

「(次の一撃が……最後か)」

 

 

身体の限界が、痛みの信号となって脳内へと津波の様に押し寄せてくる。

 

 

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

 

死を知っていても、痛みを感じない訳でも、痛みに慣れているワケでも無い。

 

だが、揺るぎない意志だけは、その痛みの信号の波の中であっても確かに飲み込まれ、消え入る事なく強く発信し続けてきた。

 

 

 

――― 一発ぶち込んでやる!!

 

 

ほんの一瞬、その隙に全てを懸ける。

それまでは、痛みも邪魔でしかない。全てを遮断した。

 

 

 

そんな時だ。

 

 

 

――――ル!

 

――――――バル!

 

 

 

遠くから、徐々に近づいてくるかの様に、聞き覚えのある心地良い声が聞こえてきた気がした。

それがまるで合図であるかの様に。

 

 

「スバルっっ!!」

 

「シャマァァァァァァク!!」

 

 

はっきりと聞こえた銀鈴の声。

それが愛しい人のものである、と頭の何処かでは解っていた筈なのに、行くな、と言ってくれているのが解っていた筈なのに、スバルはそれを裏切って、声高に詠唱を口にした。

 

 

暗黒空間……黒雲が身体から発生し、赤茶けた練兵場の全てを漆黒で塗りつぶした。

そう、世界は消えたのだ。

 

無理解、精神をも蝕む暗黒の世界が続く。

 

全身全霊、最後の命令に従ったその腕は、脳の命令が電気信号となって届くよりも早く、目標に向かって木剣を振り下ろし――――。

 

 

「陰の魔法。……これが君の切り札と言う訳か」

 

 

聞こえる筈がない世界で、はっきりとその声はスバルの鼓膜を打つ。

暗黒の世界に光が差し込んだ。……光……まるで主人公の様ではないか。憧れたそのもの。闇を払うのが光だ。そして、光の先にいつもいつも正義の主人公が待ち構えている。

 

 

自分は―――悪役だ。

 

 

 

 

その光の先に主人公(ユリウス)がいた。容赦なく、大地の上に叩き落される。

 

 

「《陰》の系統魔法を使うと言うのは予想外だった。意表をつかれたのは認めよう。―――だが」

 

 

ご丁寧に解説までしてくれる親切っぷり。

悪役であるなら、その隙をつこうとも考えなくもないが、身体の一切が動かない。

マナを酷使したが故に、身体の至る所にガタが着てしまっている為だ。

 

 

「練度が低すぎる。低級の魔法など自分より格下、或いは知能の無い獣でもない限り、通用しない。私どころか、近衛騎士の誰1人、この策は通じなかっただろう」

 

 

最後には敗者を憐れむ。

何処まで………何処までも………。

 

 

「君は無力だ」

 

 

最後の一撃を受けた瞬間、スバルの意識は刈り取られた。

銀髪の少女の悲痛な顔を……目に焼き付けて。

 

 

 

エミリアが到着、そして同じくツカサも到着。更には背後にはかの王選の参加者たちも来ていた。何れも皆、冷めた目でこの結果を見ている。

 

 

 

「なんじゃ。妾が来る前に決着とは、無礼極まりないものよ。幾分か持たす事はできんのか」

 

プリシラは、これ以上ない程つまらなそうに吐き捨てる。

アルも、流石にこの戦いを最初から見ていたワケではないが、実力の差は明らかだった、と言うのは2人の姿を見れば一目瞭然だったと解る。

 

 

「若ぇってのは、時にはスゲー力も出て、無鉄砲になるもんだが。……まぁ、良い薬になったんじゃねぇのか? 兄弟」

 

 

敗者を憐れむワケでも無く、ただ淡々と自身の感想としての言葉をスバルに送る。

 

他の者たちは声すら発してない。解りきった結末をただただ見ただけ。それ以上の言葉を紡ぐ必要性すらない様だ。

 

 

「スバルを運びます」

 

 

そんな中で、血反吐の海に伏している敗者に手を差し伸べる者が居た。

誰もが動こうとしない中、一番最初に動いたエミリアとツカサである。

 

ツカサは、騎士たちに、ユリウスたちに一礼をすると、その倒れた身体を肩に掛けた。

透明化しているクルルが、応急措置はしているだろうから、これ以上悪くなる事は取り合えず無い。死に戻りによる大ダメージも大丈夫だ。

 

 

 

「それで良いのか?」

 

 

 

そんな時だ。センスを片手に、口元を隠し、笑みを見せまいとするが、それでいて真剣身を帯びたプリシラがツカサの行く先に留まった。

 

 

 

「その凡夫は、ツカサの知る近しい者なのであろう? それが痛めつけられた。弱者等、這いつくばるのが世の常。――――が、ツカサ。貴様はそのまま背を向けると? 曲りなりにも、共に在ったのであるならば、すべき事があるじゃろう」

 

 

プリシラの狙いはこの先。

スバルの結果に関してはそれ以上も以下も無い、弱者が甚振られた。それだけだが、見たいのはここから先なのだ。

 

 

そして、それをまるで後押しするかの様に声を掛けてきたのはユリウスだ。

 

 

 

「プリシラ様の言う通りだ。私の行いに関しては騎士としての理由があり、意義はある。……が、それは君には関係のない事だ。騎士ではない、と言った君には関係のない独善的なものに過ぎない」

 

 

ユリウスは 剣を向けるまでも無く、そしてプリシラの様に好戦的でもない。

ツカサと戦いたい、と言う気持ちはそこには無い……が。

 

 

 

「君の友を酷く打ちのめした男が、私ユリウス・ユークリウスだ。ツカサ、君には怒る権利がある」

 

 

 

そこまで言い切った所で、ツカサはゆっくりと振り返った。

フェリスにスバルを託して。

 

 

 

「確かに、スバルはオレの友だ。……友だからこそ」

 

 

行く末を見守っている騎士たちの前で、全員を見渡して……ツカサは続けた。

 

 

 

 

「エミリアさんにこれ以上心配かけるワケにも、辛い顔をさせるワケにもいかないよ。スバルなら、間違いなくそう言う。……オレに続け、なんて口が裂けても言わない筈だ。誰よりも大切に考えていたのがスバルだったから。………皆の前では間違えたのかもしれない。けど、共に過ごしてきたからこそ、オレは知ってる」

 

 

 

 

ツカサまでまさか……と心配をしていたエミリアの顔が撥ねる様に動いた。

 

 

 

「混じり者。とっととソイツを連れてここから失せるが良い。曲りなりにも貴様の従者とされる凡夫じゃ。死なせたくなかろう? 早う治療せんと死ぬぞ」

「!! わ、解ってるわよ!! フェリス……お願い」

「はいはーい。死なない限りは、どんな事しても治してあげる、って約束してるからねんっ! フェリちゃんにお任せ!」

 

 

フェリスがラインハルトに合図をして、ラインハルトがスバルを背負い、フェリスと共にエミリアも続く。

 

 

「ツカサも……」

「大丈夫ですよ。先に行っててください」

「うん。………ありがとう」

 

 

 

 

エミリアは一言そう呟いて、フェリス達と共にこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

そして、それを見届けた後、お膳立てを済ませた、と言わんばかりにプリシラがセンスを前に突き出し、宣言した。

 

 

 

 

「さぁ、貴様の懸念は今去った。――――見せてみよ」

 

 

 

 

そして―――両者は、再び向き合うのだった。

 

 

 

 



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最優VS反則

反則はダメだよね……。( ´~`)
でもねぇ~。。。。

ユリウス兄~m(。_。)m



 

 

先ほどの空気から一変。

 

緊迫した空気が場を完全に支配した。

 

それはまるで、息をする事さえも、憚れるかのよう。否、息をする事さえ忘れさせてしまう程である。

 

 

 

 

「りべんじ・まっち、じゃな」

「ま、間違っちゃねーな。口ではなんつっても、あの兄弟をボコボコにした後の戦いだ」

 

 

 

 

プリシラは煌々とした顔を扇子で覆い、アルも肯定した。

 

 

その前座の模擬戦。

スバルとユリウスの模擬戦……制裁は、最初の数合の打ち合いこそは、歓声があがり、或いは嘲笑を浮かべて スバルの無様さを見下し、同輩であるユリウスに惜しみない賞讃を上げていた。

 

だが、凄惨な光景が続くにつれて、呆れる吐息が重なるようになる。

 

何せ、最後のスバルのそれは、ただの意地であり、騎士としての在り方を、その力を、存在の優位性を誰しもが再確認する事が出来た今、完全に無意味なものに過ぎなかったから。

 

ユリウス自身も解っているだろう、と周囲で見ていた騎士たちは思っていたのだが、容赦の一切ない、只管木剣にて、リンチを続けていた。

 

最後の最後、血反吐を吐き尽くしたと言わんばかりの現状に、これ以上見てられない程な凄惨な光景を目の当たりにした現状に、騎士の数名がやめる様に声を出したり、団長を呼びに行くにあたったりとしていた程である。

 

 

 

ユリウスとスバルの模擬戦は、内容はさておき、多種多様な空気を演出したと言って良いだろう。

 

 

 

 

 

だが、このツカサと相対した時の空気はまたどれとも違った。

突如生まれたかのような場の空気は、意思があるかのように張り詰め、緊迫していく。

 

 

 

 

プリシラが煽りを入れた内容を鑑みると、あの騎士を侮辱し、王選の存在さえも侮辱したスバルに対する弔い合戦を仕掛けようとするツカサの構図だ。

 

あの無礼で、無様で、礼儀のれの字すら知らない醜い男の味方。少なからず野次、罵声が飛んでもおかしくないというのに、誰もが息をのむ。

一瞬たりとも見逃す事が出来ない、武術の大会。その頂点を決める戦い。誇りと誇りのぶつかり合いを、目の当たりにしているかの様。

 

 

更に付け加え、言い表すとするなら――――まさに嵐の前の静けさか。

 

 

 

「………残念に思うよ。こう言う形で、ツカサ。君と向き合う事になろうとは、ね」

 

 

 

木剣を腰に携えるユリウス。

まだ、ツカサは何も言っていない。ただ、プリシラが号令を出しただけであり、別にそれに応えようとしている訳ではない。

 

ただ、振り返っただけなのだ。

 

だが、それがユリウスにとっては、承諾したと捉えていたのである。

自然と木剣を握る手の力が増していく。

騎士としての誇りのすべてをかける――――と言わんばかりだった。

 

 

 

 

 

―――――だが、その悲しいとさえ思う決意に満ちた思考は、次のツカサの言葉で霧散する事になる。

 

 

 

 

 

 

「……プリシラさんに色々と煽られたけど、オレはそう言うつもり(・・・・・・・)で、ユリウスと相対する気は一切ないよ」

 

 

 

 

その顔は笑みを浮かべていたのだ。

プリシラに煽られるまでもない。

スバルを友だと言っていたツカサ。確かにエミリアの事を考えれば、この場で行動を起こすのは宜しく無い。騎士と名乗ってはいないものの、エミリアの用心棒の様なもの、即ちエミリアを主として、仕えているも同然の身であり、その主の意に反する行動、行為をしないのは、従者として当然の事だ。

 

だが、今はエミリアはスバルの治療のため、席を外している。プリシラが言う様に事を起こすのなら今しかないだろう。

 

 

 

「――――でも、これだけ周りに色々な視線(・・・・・)を向けられたら……、やらなきゃいけないとも思う」

 

 

 

 

周囲の騎士たちを一瞥するツカサ。

プリシラも最初から解っていたかの様に。……ツカサと言う男を考えたら例え煽りを入れようが、エミリアを遠ざけてお膳立てをしようが、その意に沿わない行動をする事も考えられる。……ただし、今回に限っては、全く疑っていなかった。

 

 

 

間違いなく、ぶつかり合うだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツカサは、スバルが先ほどまで使っていたであろう木剣を手に取った。

 

 

「それに ユリウスと向き合うなら、スバルも絶対望んでない仇討ち(そんな)気概で向き合いたくは無い。……ユリウスも残念だ、って言ってる通り」

 

 

手に取った木剣を逆手に持ち替えて、ズボンとベルトの隙間に差し込んだ。

 

スバルの血が汗が染みこんだ木剣。

結果は惨敗で、見るも無残だったとしても、事切れるまで挑み続けたのが解る。

 

そんな一振の木剣も悪くないと思った。

 

 

 

 

「なら、どういう気概でツカサは私と?」

 

 

先ほどまでの、やや強張った顔だったユリウス。

今は完全に力を抜き、自然体になっている。

互いに肩の力を抜き、自然体のままで―――それぞれの思いを告げる。

 

 

「そうだね。……どうせなら、色々と怪しい(・・・・・・)オレを証明する為に、かな?……だから、ユリウスの胸を借りたい」

「!」

 

 

もう、それ以上は言葉にするまでもない。

ユリウスは、悟った。

 

 

―――ツカサは、聞いていた(・・・・・)のだという事を。

 

 

 

スバルに対する騎士を侮辱した発言、軽んじた発言と行動がほぼ10割をしめていた今回の王選。

ただ、スバルのそれに比べたらほんの僅か……、幻聴かと思える程微かにだが、はっきりと合った。

それは叙勲式のすぐ後に、そして この場でも。

 

 

 

 

―――ツカサ(あの男)見合う(・・・)のだろうか?

 

 

 

 

 

「―――自分から好んで、率先して、証明するというのは正直性分じゃない。……目立つ事は、得意とは言えないからね」

 

 

大きく深呼吸。

そして首を軽く左右に振って解す。

 

 

 

「でも、恐れ多くもこの国最高峰の勲章を頂いたんだ。前例のない事態。噂話と剣聖ラインハルトの推薦。たったそれだけの事で」

「……たった(・・・)と君は称しているが、それがどのくらいの事か、理解はしているかい?」

「……ははは。申し訳ない。オレの記憶は浅いものだから、どうしてもたった(・・・)と言ってしまうよ。――――だから」

 

 

ツカサは木剣を抜いた。

手首を撓らせ、軽く円を描くと、その切っ先をユリウスにへと向ける。

 

 

「ユリウスが採点してほしい。……見合う男なのかどうかを、今ここで証明してほしい」

 

 

気迫の籠った顔を、木剣から伝わってくる剣気を、………紛れもなく強者であろう者が発する独特の威圧感(オーラ)をユリウスはその身に受けた。

 

それに応える様に……ユリウスは剣を向けた。

 

 

「―――ならば、私は全霊でそれに応じよう」

 

 

互いの切っ先が、カチンッ、と当たる。

 

 

「―――それに 一度くらいは、プリシラさんの願いを聞いておかないと、今後が大変になりそうだからね」

「ははは。……なるほど。そういう理由もあったか。随分不純な動機だと思うが」

「仕方ないよ。光栄にも、彼女はオレの事を(強引に)気にかけてくれてるんだから」

 

 

背後にいるプリシラ。

その顔は当然見えないけど、どんな顔をしているかは察しが付く。

 

お膳立てし、道を示したが……結果としては、狙い通りに事を運ぶ事になったが、プリシラ自身が示した道筋ではない事にやや不満を覚えつつも、その顔はきっと笑ってる事だろう。

 

 

 

「……この妾が見に来たのだ。相応に応えるのが筋じゃ」

 

 

 

それも満足そうな笑み。

側近であり、色々と振り回され続けている彼女の騎士であるアル自身も、中々お目にかかれない類の代物。

 

最近で、一番近しいものを上げるとするなら……、齢にして10程の泣きじゃくる少年使用人を、その豊満な胸で抱き留めた時の表情が一番近いだろうか。

 

 

「あれはあれで羨ましいポジションってヤツか? 離れてるくせに、姫さんをこんな顔にしちまうなんてな」

 

 

アルはそうぼやく。

羨ましいのは違いないが、はっきり言って近づけるような代物ではない。

先ほどの例に挙げた少年もそうだ。……絶対に近づく事は出来ない。齢は重ねる事は出来ても、若返る事は無理だ。……世の何処かにある聖なる秘宝でもあるなら、可能かもしれないが、世迷言に頼らなければならない程、その隔たる壁は高く、そして険しく――――何者も寄せ付けない。

 

 

「あの兄ちゃん。よく、アレ(・・)を前に立てるよね」

 

 

アルは、その木剣を自分に向けられている訳でもないのに、自分が稽古? の相手をする訳でもないのに。……それでも自分は決して前には立たないし、立ちたくない、と言うのを改めて胸に秘めるのだった。

 

 

「……これなら、賭けとして成立するんちゃうかな? ウチのユリウスと、あの子。……どっちが勝つか」

 

 

アナスタシアは、まるで少女の様に目を輝かせながら、一連の光景を魅入っていた。

心臓が高鳴り、ドキドキが止まらない。

まるで、欲しくて、欲しくて、喉から手が出るくらい欲しているモノが、あとほんの少しで手が届くか届かないか、その寸前まで来たかの様な感覚。

 

正直な所、一番自分の中で盛り上がるタイミングの感覚が、アナスタシアを支配していた。

 

 

この一戦を賭け事などと世俗的に口にした事に対し、正直感心しない……とも一瞬思えた隣にいるクルシュだったが、同じく一瞬だけ考えて、言葉を発した。

 

 

「前評判通りだとするならば、王国一の騎士、剣聖に勝利し、かの厄災を退ける力があの男にあるのなら、如何に近衛騎士団、最優だとしても、その刃は勝利には届くまい。……と言うのが大方の予想。……だが、あくまで噂の範疇で私がその実力をこの目で確かめた訳ではない」

 

 

ユリウスの実力は十二分に知っている。

最優と言う称号は、生半可な力で到達できる様な安い代物ではないという事も良く知っている。

 

それが、突如現れた風来坊に後れを取るとは思えない、と言うのが普通だが……先ほど言った通り前評判通りなのであれば、常軌を逸した力の持ち主だという事は解る。

 

 

そして、実のところ クルシュも知りたい、見極めたい、と常々思っていた噂話だ。

 

 

「―――ヴィルヘルムにも見せてやれなんだのが残念だ。……だが、アナスタシア・ホーシン。勝敗はどのようにつけるというのだ? 力を証明する事が目的の仕合だと言うのなら、勝敗はつかぬのが妥当ではないか」

「そうやねんなぁ……。まぁ、あの子は最初に自分とこの子に心配かけとーない、って言っとるし、無茶も無理もせんと思うわぁ。……難しい所やけど、一応見たこと無い相手、って事を考慮して――――」

 

 

うーん、とアナスタシアは人差し指を顎に当てて、考えに考え………。

 

 

「ユリウスに託すのが一番良いと思うなぁ。……もし、ほんまもんな力なんやったら、ユリウス自身が認めると思うし」

「………妥当な所か」

「実に、つまらぬぞ。その程度では」

「……なに?」

 

 

賭け事の話の際に割って入ってきたのはプリシラだ。

 

 

「何が不満なん? あの子の性格とかも考えた上での考慮やで?」

「ふん。妾が認め、妾の枠に収まりきらん男がツカサじゃぞ? あの男に測れる類のモノではないわ。……じゃが、強いて言えば、その賭けに時間(・・)、若しくは一撃(・・)を設けるのが丁度良い」

「??」

 

 

ユリウスを軽く貶されたも同然なので、不快感をむき出しにしたアナスタシアだったが、プリシラの言う事も気になったので、特に文句までは言わず、顔だけで抗議。

プリシラは愉快そうに歯を見せながら笑うと、断言した。

 

 

「もって数分の仕合、若しくは一撃も貰わずにツカサの勝利。―――それに妾は領地にある蓄え全てを賭けよう。おーるいん、じゃ」

「ちょ、マジかよ、姫さん」

「何を情けない声を出しておる。あのツカサの甘さ故、勝敗時間だけでは万が一がある。だからこそ妾は一撃も貰わん項目を加えた。これを英断と言わずなんという」

 

 

思わず止めそうになるアルだったが、当のプリシラはただただ、アナスタシアに負けない程の笑顔で、その行く末をみいっていた。

 

 

それに続く形で、反論もなにもせず、もうすぐ始まるであろう戦いを、クルシュもアナスタシアも見守ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルシュ、アナスタシア、プリシラの候補者たちの密談? が耳に届いたモノは、幸か不幸かほとんど皆無だった。

ある意味、(相手は別として)スバルよりも不愉快極まりない内容だったからだ。

 

ツカサはツカサで、いつの間にかダシにされているが、それに気づく事は無い。

 

そして、プリシラの都合が良い様に物事が動く事になるのは間違いない。

 

ここで示さなければならないのは、自身の力量。――――純粋な剣技(・・・・・)ではないのだから。

 

 

 

オットーやラインハルトも経験した、ツカサが言うズル(・・)………殆ど不正。

 

 

揶揄者(ザ・フール)

 

 

それを発動させる。

 

 

 

「一応、本職は魔法の方だ、って事は伝えておくね」

「!」

 

 

 

ユリウスは、ツカサの構えた剣先に魔法が発生したのを見て、目を見開いた。

小さな黒い靄……ではなく、逆巻いている。小さな旋風。そして火の玉、氷、土。4属性の魔法を同時に発現させていたのだから。

 

多種の魔法を扱う事が出来るユリウスだが、それでも驚く程の練度であり、速度だった。

 

 

「あのデカい鯨を飛ばしたのは、風の魔法。――――それをここで見せる訳には………いかないし」

「ああ。今は剣を魅せてもらいたい。……魔法(そっち)は、別の機会を期待するよ」

 

 

 

スバルの死に戻りによるダメージ。

それは、この1ヶ月で大分緩和された。

何処まで戻ったかは、あの世界に降り立った初日の相手……白鯨を相手にして比較を取らなければ、体感では解りにくいのが実情だが………、少なくとも万全だと言える。

 

 

「(……スバルがもし、また戻ったりしたら、ヤバいかもだけど、揶揄者(コレ)は 大丈夫だったし………、大丈夫、だよね?)」

《さぁ?? それは、死に戻ってみてからのお楽しみで良いんじゃない?》

「(絶対嫌だっての!! でも、周りを納得させるには、これしか無いのも事実だ)」

 

 

純粋な剣での勝負を、その腕を見たいと求めているユリウスには、申し訳ない……とも思ってしまう。

 

オットー相手なら、何ら躊躇う事なく、何連敗でもさせてあげる所存なのだが………。

 

※この時、某場所にて、某商人が盛大にくしゃみをしていた。

 

 

「さぁ、やろう」

「うん」

 

 

 

それぞれが構え……そして、先手をツカサはユリウスに譲った。

それが都合が良い(・・・・・)から。

 

 

 

 

 

「(正直狡い。反則。真向勝負をしてくる相手にとって最悪の相性。……でも、仕方ない。スバルを痛めつけてくれたお礼、って事にしてよね、ユリウス)」

 

 

 

 

 



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虹と黒

闘いの最中にお喋り楽しめるのは、二次世界の醍醐味だと思われまする( ´艸`)


ラムちー――――――!!! 


傍目から見れば、見事な打ち合いの一言だろう。

 

ほんのつい先ほどまでに、行われていた凄惨な光景……、あまりにも稚拙で幼稚な剣。口先だけの無礼者、愚者に、その鉄槌を下した一方的な公開リンチを見た後だったからか、余計にそれは際立った。

 

 

あの時のユリウスの顔とはまた違う。

 

 

ナツキスバルとの模擬戦。

例えどんな愚者だろうと、無礼者だろうと、彼は言動とは裏腹に、その顔色を変える事は無い。

無感情と言えばそうだが、弱者を、愚者を軽んじ、足蹴にし、侮蔑する。そう言った類の言の葉を向ける事はあっても、表情は見せたりはしない。

 

ただ、真摯であり、真剣であり、そして騎士と言う存在に誇りを持って行動をしているだけだから。

そんなユリウスだったからこそ、あの凄惨な公開リンチの終盤は 止めに入る側の方の声が大きくなりだしたのである。

 

 

 

今はどうだろうか?

 

 

 

あの時とはその真剣の度合いが、集中の度合いが天と地ほどの差がある。

ルグニカ王国近衛騎士団において、序列では高位に位置し、《最優》とも称される男が、魔法、真剣こそ使っていないが、全力そのものである。

 

息1つ乱れず、汗1つかかなかったユリウスが今、一粒、また一粒と珠玉の雫を零しながら、全力で剣を振るっている。

 

 

そして、それに相対する風来坊。

眉唾な実績を引っ提げて、突如王国へと現れた男。

400年世界を蹂躙してきた厄災を撃退し、かの剣聖に勝利したとされる男はどうだろうか。

 

何処か、その顔には笑みが見えてとれる。

だが、その笑みは不快な類のモノではなく……純粋に剣を交える事を楽しんでいる様だ。

 

斬り結ぶのが楽しい等と、まるで剣鬼のよう――――と一瞬頭を過る者たちは数名居たが、そのあどけなさが残る容姿からは、到底鬼を連想させるのが難しいので、長くは続かなかったのである。

 

 

 

「流石、最優の騎士。力、業、速度、心技体が揃うと言うのはこの事を言うんだろうね」

「……私も驚いている。今まさに現在進行形で驚いているさ。――――君がズルだと称した理由が解ると言うものだ。……或いは、ラインハルトが言っていた未来を視ると言う力か……。どうやら比喩ではないらしい」

 

 

 

息を切らせ、剣を正眼で構えるユリウス。

当然、彼もまた―――あの時の腸狩りのエルザ同様に違和感には気付いてる。生憎エルザの様な狂気な戦闘狂、と言う訳では無い様だから、数合打ち合いながら、その力のからくり……根幹をどうにか探りを入れていた。

 

 

「(だが、本当に未来()を? それとも幻惑の術の類……? いや、それならば彼女達(・・・)が気付く筈だ。だが、これは………説明がつかない。未来を視ていないと……)」

 

 

ユリウスは、右から左に欠けて水平の太刀筋、右薙ぎを狙う。

速度は十分、相手の意表もつけた事だろう。木剣はツカサの木剣を掻い潜り、左脇腹を取った――――筈、だった。

 

手には感触が残っている。目にははっきりと捉えている。

残像、と言う生易しいものではない。実際に起こっている筈なのだ。

 

そこが未来を視ているだけでは説明がつかない部分。

ユリウスはツカサの身体を幾度も捉えている。手応えがあり、感触も有り、何度も一撃を入れている筈なのに、次の瞬間には自分自身がやられているのだ。

理不尽を言うのなら、この事を言うのだろうか。

 

 

 

「(捕らえた筈なのに、次の瞬間にはもう そこには居ない。……かと思いきや、死角から攻撃が来る。……当てられる。型に嵌らない動きに加えて、その鋭さも一線級。……正直、悪夢を見ているとも言えるかもしれない、な。――――相手が彼でなければ、の話だが)」

 

 

ユリウスはどうにか追い縋っていた。

追い縋る事が出来た為、傍目から見れば見事な打ち合いを演じている様に見えるのだろう。

 

 

 

そして、こうも思う。

 

 

 

「―――……もし、本気で君が終わらせるつもりだったなら、即座に決着がついていた。……違うかい?」

 

 

 

鍔迫り合いの最中、互いに押し合って間合いを取り、再び鍔迫り合い。……その息つく間もない剣劇の中で、ユリウスは皆に聞こえない様に、悟られない様に、ツカサに聞いた。

 

 

「そんな事は無いよ……とだけ言っておこうかな。それに、よく考えてみたら、終わらせると言っても、明確な終わりは定めてなかったよね?」

「……確かに、それもそうだ」

 

 

ツカサは朗らかに笑って見せた。

確かに、スバルの時とは違い、ユリウスも力を視る事を終始務めていたつもりだったが、その終わりは……? 決着は? と問われればそこまで考えていなかった。

 

この摩訶不思議な現象、この謎を解くのに躍起になっていたせいも勿論あるだろう。

 

 

 

 

周囲の熱気もそれを後押ししている。

剣が交わる度に、騎士たちが熱く、吼える。

 

当然だ。傍目から見れば、高等防御・攻撃術の魅せ合いなのだから。

 

だが、その本質は―――――……。

 

 

 

 

「ふん。やはり、ツカサめは遊んでおるわ。その気になれば直ぐに終わらせられるものを」

「………ま、まぁ、その辺は姫さんを長く楽しませる為~~、っつーことで納得しとかない?」

「……まぁ、そう考えてやらんでもない」

 

 

プリシラは、扇子で口元を隠し、頻りにツカサを一点に見つめていた。

時折見せる笑み、幼さが残るそれを甘受するのは正しく美味と言わざるを得ない。

 

共に斬り結んでいるユリウスに嫉妬の念が芽生える程に。

 

 

 

 

「次はアル。貴様がやるか?」

「ごじょーだんを。オレなんざ、1分持たねぇ自信がありますぜ! そりゃ、満々に」

 

 

 

 

アルの自信満々な弱気発言。

普段のプリシラなら一刀両断せんばかりに痛烈に詰るが、今は唯呆れる様に笑うだけに留まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大損するトコやったわ。賭けに乗らんで正解や……」

「ああ。……気持ちは解る。全てが真実なのであれば、最優の剣とて届かないのが道理だ。……だが、この目で見るまでは信じられんかったが」

 

 

 

アナスタシアとクルシュも、ただただ目の前の光景に魅入っていた。

確かに数合打ち合っている。熱気が渦巻き、これだけで商売が出来そう……と言うより、紛れも無く出来るであろう、最高のモノ。

 

だが、その本質に勿論気付く。

 

同じく剣の達人であるクルシュが先に、そしてクルシュの話を聞いたアナスタシアも。

 

 

ユリウスはただの一撃も入れれていない。

逆にツカサは、数度、明確に入っている。

 

本気で振っていたのであれば、その腕や足は唯では済まされないだろう。

ましてや実戦であれば……、真剣であれば、その時点で終わりだ。

 

 

「白鯨をも退けた力……と言うのも気になるが、な」

「そら、ウチかて同じやけど、流石にここではカンベンして貰いたいわ。そんなもんに巻き込まれたら大変や」

 

 

かと言って、この武闘を見逃したくはない。

いつ終わるのかは解らないし、一体どれくらい時間が経ったのかも解らない。……でも、いつまでも続いてほしい、と思える程に、彼女達は魅入っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また一撃、また一撃、と剣撃を結ぶ。

もう認めたのは間違いないが、それでもユリウスは止めたくない、そしてツカサも同じ気持ちで互いに剣を振るう。

 

 

まだ、一太刀も入れる事が叶っていない。

ならばせめて、一太刀入れるつもりで振るうユリウスだったが、不思議と悔しさ等はなく、心は晴れやかだった。

 

 

「君と言う男を知れて、私は良かった、と心底思っているよ。……そして、友と呼べる事を誇りに思う。……君は複雑かもしれないが、ね!」

「いえ、そんな事は無い、よ! ……確かにスバルの件は、見ていて気分が良いモノではないと思ったけど。……でも、オレはユリウスの優しさも同時に知れた」

「!」

 

 

――――……優しさ?

 

 

剣を結び合っていた最中で2人だけしか聞き取れないであろう会話が続く。

その中の言葉を聞いてユリウスの表情が、疲労のモノから驚きなモノへと変化していった。

あの模擬戦……凄惨な公開リンチ、一方的な暴力とも言える光景の中に、一体どこにその言葉が当てはまる隙間があると言うのだろう?

 

ツカサが何を言っているのか理解出来そうになかった。

 

だが、ツカサは確信を持っているかの様な顔をしている。

 

友と呼べる間柄になりたいとも思い、一度紹介された時、その人柄に触れた時。……何より騎士である事に対して誇りを持っている自分達に配慮して辞退(確認した訳ではない)した事も拍車をかけた。

 

だが、まだ知り合って間もない日も浅い状態。

なのに、何故……あの光景を見て尚、何故そう思うのだろうか?

 

 

「オレは、色々と(・・・)聞いたからね。―――それ、にッ!」

 

 

もう何度目になるか、ユリウスの死角を再び攻める。

 

必ず死角に来るのならば、対応の仕方も十全に備わっているし、相応の鍛錬も事欠かさなく積んできた筈なのだが、そう単純なものではいない様だ。……対応、しきれてないのが証拠。

 

ビッ……と、彼の下地の薄い部分を裂かれた事実が物語っている。

 

躱しきれない攻撃、これで何度目だろうか? 手を抜いている様には見えないが、本当にその気になれば、もっと当てれるだろ? と言う疑惑と疑念がどうしても晴れないユリウスだったが、それ以上に気になるのは、やはり優しさだ。

 

 

「最後のスバルへの一撃。……アレも気付いていた(・・・・・・)。違うかな?」

「………。君が?」

「うん。……その想像の通り。最後のスバルへの一撃だけは、オレが防いだ。もう、殆ど意識無かったみたいだったからね。……あの身体で魔法(シャマク)を使ったんだ。使った時点で、そのまま失神しててもおかしくない」

 

 

再び間合いを取るツカサ。

ユリウスも同じく。

 

 

 

熱気渦巻く場において、こうも言葉をやり取りできるのは、本当に稀有な経験だ。聞こえなかったとしても不思議じゃないと言うのに、はっきりと伝わる。互いが証人。時の矛盾も同時に感じる。時間の流れが遅いのか早いのかもわからない。

 

それでも、剣を通じて語り掛けている、掛けられている事は解る。

 

 

「模擬戦とはいえ、オレは最後に横槍を入れた。……でも、ユリウスはそれに対しては何も言わなかった。追撃の一撃も入れず、終わらせてくれた」

「彼はもう立つ事すら出来ない身体だったのは解っていたから、に過ぎない。……本当に最後の最後に情けを掛けただけ、かもしれない、とも考えられるだろう……? それに君は見ていなかった。私と彼の模擬戦を………」

「ああ、勿論。でも、オレはユリウスを信じただけだよ。……だって 最()なんだ。ある意味信じるまでも無い」

 

 

その言葉を聞いて、ユリウスは肩を軽く落として笑った。

 

 

「―――――君と言う男は、何処までも甘い様だ」

「いや、そこは 見る目がある、と言って欲しいかな? ……今の所、知り合った人で、見る目無かった、と思う男相手は居ないから。絶対に御近付きになりたくない、って思ったのは1人いるけど。………顔を赤く染めながら、腸腸言ってくる女とか」

「それは仕方が無い事だ」

 

 

腸腸、と言ってくる女はこのルグニカでは該当者は1人しか居なく、そして悪名は轟いているから、ユリウスにも直ぐに解っていた様だ。

 

 

「さて、……これ以上時間をかけて、エミリアさんに勘繰られるワケにも、余計な心配をかけるワケにはいかない。………最後はとっておきの打ち合い、って事で締めにしないか?」

「――――それは、願っても無い事だ」

 

 

ユリウスは頷くと、剣に数多の光を纏わせた。

幾重にも重なり、瞬き、彩る虹色の光。

 

 

「私は精霊騎士。……これが本来の私の戦闘形態」

「微精霊……と呼ばれる精霊達……か」

「ああ。私も鍛錬を欠かした事はなく、そして彼女達も私に相応の力を貸してくれる。――——これ以上ない力を」

 

 

眩い光が場を照らした。

目視する事すら難しい程の光度は、この練兵場の全てを虹色に染め上げた。

 

 

 

「君は、最後の最後に、何を見せてくれる? ……私はもう君を疑ってなど居ない。……そして、この場に居るもの誰もが同じだ。……だが、君はまだ見せてくれるんだろう?」

 

 

光を放ちながら、ユリウスは木剣を構えた。

 

 

 

「勿論。……オレから提案したんだから、当然相応の力で」

 

 

その返礼にと ツカサは、右手から剣にかけて……黒き暴風を纏わせた。

 

誰かれ構わず全てを破壊する様な竜巻ではない。

余計な破壊は一切せず、極限まで圧縮した竜巻。黒い竜巻は、木剣の刀身全てに纏わり、そして漆黒に染め上げた。

 

……まるでそれは、最初から黒い剣だったかの様。

 

 

 

場の熱気が、歓声が、いつの間にか静寂に包まれた。

 

 

言葉を発せれない。息を呑む、息をする事さえ忘れる。流れ出る汗を止める事が出来ない。

 

 

それは、2人以外の時がまるで止まったかの様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――今日一番長くて……極めて短い時の終局が訪れた。

虹の剣と黒の剣が交わる事で―――。

 

 

 

 

 

「アル・クラウゼリア」

黒龍閃(クロノ・テンペスト)

 

 

 

 

 




流石に、ユリウス兄をボコるのは嫌だった模様ww ワタクシがww

その気になれば~~ と言うのは、当然クソイカレキチガイ殺人女事エルザちゃんに対して、剣ぶっ刺した時みたいな攻撃ですかねww( ;∀;)





そろそろラムちー分を補充しなければ………………( ^ω^)・・・


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任されるは子守り

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅かったね。ツカサ。何をしていたの?」

「! 遅くなってしまってすみません。緋光勲章(スカーレット・エンブレム)について、少し詰めてた、って感じですね」

「そう」

 

 

エミリアにばったり出会ったのは、ユリウスとの一戦を終えて、迅速に汗を流し、迅速に着替え、王城直属の使用人たちの早業でどうにか元通りの姿に戻してもらった直ぐ後の事である。

 

相応に動き回り、最後の大盛り上がりにおいては、それなりに着飾った礼服も至る所がダメになったので、かなりロズワールには申し訳ない……と考えていたのだが、やはりそこは王城内部。

その程度はものの数秒の仕事だった。

 

流石にメイザース家の家紋までは入れられなかったが、服の内側に刺繍しているモノだから、目立つ訳じゃないので、そのあたりは大丈夫。

 

 

恐らく、エミリアにもバレていないと思われる。

勲章絡みである、と言う事は強ち嘘ではない。あの勲章に見合うだけの男である事を証明できた、と言う意味では。

最後の疲労感はさておき、誰一人ケガなどしていないのだから。

 

 

ただ、心配なのは彼女の表情だ。

 

 

「スバルの傷の方は……?」

「それは大丈夫。フェリスがしっかりやってくれた。……傷の方は塞がってる。後はいつ目を覚ますか……」

 

 

あの時のスバルの顔を、その体を見れば解る。

如何に治癒魔法……青の称号を持つフェリスの治療とはいっても、即座に意識を覚醒させるまでには至らない様だ。

 

これで、身体だけでなく心の傷も治療できたなら、言う事は無いのだが……心に、魂に刻まれた傷と言うものは、治癒魔法で癒えるモノじゃない事はツカサが誰よりも解っているから、後はスバル自身の問題でしかない。

 

 

「私は、スバルが目を覚ますまで、一緒にいます。……そこで、話すつもり。聞きたい事沢山あるから。……ホント、沢山」

「……だよね。スバルにしか聞けない事だ」

 

 

大方しめるのは、恐らくユリウスとの一件。

だが、恐らくはそれ以外にもあるだろう。当然エミリアとの約束をなぜ反故にしたのか? と言う部分だ。

 

間違いなく、あの時エミリアはスバルと約束した。無理しないで身体を休める事、と約束をした。

 

ツカサ自身はスバルが冷静に考えて、行動した結果が王城へやってきて、ユリウスと一戦交える事になった。全てスバルが選んだ結果なのだから、本人を尊重する……と思っているのだが、エミリアはそうはいかないのだろう。

 

 

「―――ツカサにも、1つ……聞きたい」

「答えれる事なら」

 

 

エミリアは神妙な顔をして、表情を落としながらもしっかりと相手の目を見て聞いた。

 

 

「ツカサは、スバルとユリウスの事を……喧嘩じゃない(・・・・・・)って言ってたよね? ……すごーく、気になってて……」

 

 

それは、王選候補者間との話し合いを交わしていた時の事。

騎士の1人がスバルとユリウスが模擬戦を行っている、と言う報告をしてきた。それも、見ていられない程凄惨なものになっている、と言う報告も併せて。

 

それをエミリアは、スバルとユリウスの喧嘩だと称していた。……模擬戦とはいえ、そこまでするなんて、思えなかったからだ。

 

 

「なんで、ツカサは見てなかったのに、違う、って言いきったの?」

「…………」

 

 

ツカサは少し、ほんの少しだけ考えて、言葉を紡いだ。

 

 

「……譲れないものが、スバルには有ったんじゃないか、って思ったから。だから、ユリウスとぶつかった。……それをただの喧嘩、とは言えない思ったから」

「スバルの、譲れないもの?」

「ん。そうだね。―――何が譲れないのか、あんな傷つくまで戦って尚、譲れないものは何か。それはオレの口からは言えないし、他人が言うべき事じゃないと思う。……スバル自身が、エミリアさんに伝えなきゃいけない事だと思うから」

「―――そう」

 

 

エミリアは、またスバルに聞くべき事が増えた、と少し表情を和らげた。

そんな顔を見たツカサは、改めてエミリアの目を真っすぐ見据えて言った。

 

彼女がいつも誰かと話をする時、必ずそうする様に。決して目を逸らさず、離さず、誤魔化したりせず。

 

 

「……エミリアさんには、正直ちゃんと話せてなかったよね? オレの事。大まかな事くらいしか」

「うん。記憶障害の事は聞いてたけど、あの叙勲式でツカサの事聞いて、ビックリしちゃった。白鯨の事もそう」

「ん。……あの時言った通り、突然放り出されて、目を覚ましたら友達……この国で一番最初の友達の竜車に乗ってて、あの鯨に追いかけられて。本当に怒涛だったよ。少し旅みたいな事をして、王都に入って……、エミリアさんとスバルに出会って、ロズワールさん達にベアトリスさんやレム、……ラムと出会って、アーラム村の皆と過ごして。空っぽだった心が埋まっていくような感覚がしてて………」

 

 

身の内話を続けていく。

あまりにもツカサには歴史が無さ過ぎる。

 

だが、それは悪い事ばかりではない。

 

 

「何も知らなかったから、エミリアさんの事も。ハーフエルフの事も。魔女と呼ばれる存在がいる事も。何も知らないまっさらな状態だったからこそ、エミリアさんの事をよく知れたんだと思います。だから、今は胸を張って言えますよ。色々と勉強して、色々と知ったけど、オレは何の含みもなく言えます。オレは、オレたちはエミリアさんの味方なんだって」

「っ……!」

 

 

エミリアは目を見開いて、驚きの色をその瞳に宿しながら、絶句していた。

知らない、知らないからこそ、自分の事を真っすぐ見てくれるんだと、―――改めて知れたのだ。

 

 

「スバルだって同じ。……断言する。でも、それ以上(・・・・)は言えない、かな。そういう約束だから(・・・・・)。スバルは平気で約束破るみたいだけど、オレは破れないからね?」

「ツカサ、ありがとう……。本当にありがとう。私の事、助けてくれて。………でも、それでもスバルの事は…………」

 

 

嬉しい、物凄く嬉しい。感情が上手く表現できない程に。

魔女と見た目が似ているから、ハーフエルフだから、これまで幾度も幾度も辛い想いをしてきた。――――誰かに心から味方だと言ってもらえる日が来るとは、思えなかったのだ。

 

でも、エミリアの心の中には、まだまだ燻る影が落とされている。

その燻るものの正体は……当然スバルだろう。

 

エミリアはとても正直な娘だ。

 

ツカサに対する感謝の念は、ありがとうと思う気持ちには嘘偽りない事。だけど、それを全面に出して、スバルの事を忘れるなんて器用な真似は出来ない。

 

 

「……ゆっくり、ゆっくり話をしたら良いと思うよ。それにスバルも眠ってるからさ」

「そう、よね。……スバルがいない所で、なんてダメだよね」

 

 

笑顔でツカサは頷いた。

 

 

「ツカサ。お願いがあるの。……貰ってばかりだけど、ツカサにしか頼めない事……だから」

「何回でも言うよ? オレはエミリアさんの味方だから。何でも言って。――――あ、勿論オレに出来る事なら、だからね? 変な事させないでね?」

「そんな事しませんっ! すごーく心外っ」

 

 

エミリアは、ぷくっ、と頬を膨らませてむくれた。

それが良い、この顔で良い。暗くなっていた先ほどの表情よりはずっと良い。

 

 

「スバルの事なの。……もう、ロズワールには話を通してて、私とロズワールは屋敷に戻る。でも、スバルは残ってもらって、カルステン家で、フェリスの治療を受けてもらう、って」

「スバルの状況を考えたら……それが最善だろうね。……ただ、物凄く駄々こねそうな気はするけど」

「解る。解ってる。……でも、私と一緒だったら、スバルが無理するのはもう解りきってるから。……しっかりと身体を治してほしいの。……今度こそ」

 

 

エミリアは、少しだけ寂しそうな顔をした。

どれだけの多大なる恩を返す事も出来ず、ただただ只管身体を酷使続けるスバルの姿を見続けるのは言いようのない苦悩だろう。

 

それも約束を反故にした挙句の行動だ。……エミリアの心中を察すれば、気持ちは痛い程解る。

スバルの気持ちも解るが、エミリアの事も解る。

自分のせいで、傷ついてしまう姿なんて、見たくないだろう。

 

―――でも、スバルがはっきりとエミリアに、彼女に想いを打ち明ける事が出来たなら、その気持ちも、申し訳ないと思う気持ちさえも、全て昇華されていくと思う。

唯一無二の相手である、と言う気持ち。日頃言っている様な軽い言葉ではなく、真剣なものを。

 

 

「つまり、スバルの監視をして欲しい、って言うお願いかな?」

「えと、監視っていうと……ちょっとアレだけど。結果は、同じになっちゃうかな。一緒にいる事で、ちょっとでも落ち着けるのなら、一緒に残ってスバルの事見ていてあげてほしいの。レムとラムも一緒に置いていくから、身の回りの心配はいらないと思う」

「了解です。……約束します。約束は守らないといけない事だと思うから。それをしっかり、スバルに叩きこんであげますよ。全く、大きな子供だ。スバルは。さしずめ、子守りかな? 今回のは」

 

 

しゅっしゅ! とシャドーボクシングをするツカサ。

それを見て、朗らかに笑うエミリア。

 

 

「ケガ増やしちゃダメなんだからね?」

「それは出来ない相談ですな!」

 

 

「「あははははは!」」

 

 

最後は互いに笑い合う。

 

エミリアに笑顔が戻ったからなのか、或いはタイミングを計っていたのかは解らないが、エミリアの背後から、一匹の猫が飛び出してきた。

 

 

「安心できる、っていうのはこの事を言うんだろうね。ツカサ。……凄く、感謝しているよ。リアの味方になってくれて、ありがとう。リアの心を救ってくれてありがとう」

「ずっと前から、味方だって言ってたつもりだったけど、説得力が持てて良かったよ。……暫くはスバルの方に付きっ切りになるから、エミリアさんの身辺警護、それに村の皆の事も。……宜しく頼むよ? パック」

 

 

魔獣騒動もあり、王選絡みで言えばあのエルザとの事だってある。

ロズワールもいるから特に問題ないとは思うが……それでも、しっかりと守ってもらいたい。

エミリアは勿論だが、アーラム村の皆も。

 

 

「それは勿論さ。リアは僕にとって全てだからね? そこはツカサにも譲れないかなぁ」

「あははは。そこまで踏み込んじゃったら、ものすっごく怒られそうだからやめとくよ」

「それもそっか。特に桃色のメイドさんに、大変な目にあわされちゃいそうだし?」

「……………」

 

 

固まってしまったツカサの顔を見て、パックは意地悪そうに笑った。

 

 

「ええー、今ひょっとして忘れちゃってた? 良いのかなぁ~~?? ラムに言っちゃうよ~~?」

「ヤメテ下さい。忘れてませんよ」

 

 

1秒で怒られる。

それくらいはツカサも解るから。

なので、ツカサはパックに釘をさした。

 

 

「あははははっ、2人とも、ほんっと仲良しだよねっ! クルルとべったりだったけど、パックとツカサもとっても仲良し!」

「やっぱり一番は、クルルの世話してくれるから、かな? それだけでも、パックとベアトリスさんには感謝感謝だよ」

「あんなすっごい精霊をペットみたいに言っちゃうなんて、僕の娘もそうだけど、君も怖いモノ知らずだよね~~」

 

 

 

その後、話を聞いていたのか、それとも聞いてなかったのか、クルルがツカサの頭の上に飛び乗った。

 

パック・クルルの恒例のハイタッチ、&鳴き声合わせをして、またエミリアとツカサは共に笑う。

 

 

―――約束破ってばかりだったから、肝心な時にいないんだよ? スバル。

 

 

 

眠っているであろう、スバルに向けて、ツカサは皮肉るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何か申し開きはあるか、騎士ユリウス」

「いいえ、何もありません。全ては報告を上げた内容の通りです」

 

 

とある一室。

日差しの全く入らない暗がりの室内にて、2人の男が言葉を交わしていた。

 

場所は近衛騎士団・団長室。

 

机に腰掛けるマーコス、そして背筋を正して立つユリウスの姿がそこにはあった。

 

 

「近衛騎士にあるまじき振舞であったと断ぜられても不服はありません」

「ふむ。王選の話し合い最中に候補者関係者を勾留。練兵場に連れ出し、滅多打ちにして治療院送り。更に付け加えるとするなら、王国最高峰の勲章を授与されたルグニカ王国の恩人とも言える相手ともその場で刃を交える。………王国のために友好的である、とまで断言した英傑だ。……賢人会の方々の耳に入れば、更に厄介な事になりうるな」

 

 

最優と称されるユリウスが、何を考えて、己の経歴に傷をつけてまで、このような事をしたのか、それが解らない程、察しがつかない程、マーコスは馬鹿ではない。

 

 

「情状酌量の余地は当然ある。……何より、練兵場にいた他の騎士たちから、擁護する嘆願書も多く届き、そして、ツカサ殿に対する謝罪の機会を、欠片でも疑ってしまった事に対する謝罪の機会を設けてもらいたい、と言う嘆願も集まっている。現在もな。あの場の騎士全員からだ。………が、やり過ぎはやり過ぎだ」

 

 

マーコスはユリウスの顔を真っすぐ見た。

 

 

「国を守る騎士として、研鑽を積み、身体を鍛え上げ、命を賭して戦う覚悟を決めて、何れ来る厄災と相対する時のために、力を磨いてきた身だからこそ――――……試してみたかった、と言うのか?」

「……はい。極めて幼稚な行いかと」

「方や、誇りを傷つけられた。貶められたのも、許せなかったか?」

「そちらに関してはどう言い繕っても私怨でしかありません。王国の英雄の力を疑い、王国の騎士を侮辱した彼に怒りを覚え……、そしてすべてを起こした私の不徳の成すところ。……団長。それ以上の言葉を尽くすのはおやめください」

 

 

神妙であり、あくまで罰を受けようとする姿勢を一切崩さない。

ツカサの力量に関しては、確かに眉唾なものが多かった。剣聖ラインハルトの強い推薦も影響を及ぼしたが、実際にその力を見た訳ではない。

 

 

それを証明させた点においては、ある意味ユリウスの功績であり、騎士達との蟠りを解消させたのも、ユリウスだ。

だが、ユリウスは全てを罰とし、罪とし、受け止める姿勢を崩さない。

 

 

とそこへ。

 

 

「はいはーーい、フェリちゃんのご帰還ですよーぅ」

 

 

気やすい態度で、気やすい声で、扉を勢いよく押し開いてフェリスが入ってきた。

あの少年の治療は終えたのだろう、と言う事はマーコスも解っているのだが、如何せん、公使を弁えないのはフェリス。

 

 

「あらら、そんな二人して熱い眼差しで向き合っちゃって。イケナイ事でもしてましたぁ?」

「……下らねぇこと言ってねぇで、とっとと報告しろや、マセガキが」

「おお~、団長の地! ひっさしぶりに出ましたよぅ」

「部下の前では公人であるべきだ。戒めてはいるが、……まぁお前相手なら仕方ない。とにかく報告しろ」

 

ぞんざいな扱いをされてしまうフェリスだが、これも恒例行事であるので、特に気にする事なく続けた。

 

 

「団長のご命令通り、スバルきゅんには全開で治療ををぶちこんでおきました! 傷も塞いで、骨も繋いで、大体問題なし? 歯も再生したし、まっ、目に見える範囲内は問題なしですね。たーーーだーーーー??」

 

 

フェリスは不満顔になったまま、マーコスとユリウスを相互に見て、愚痴を入れた。

 

 

「おかげで、ツカサきゅんとユリウスの戦い、フェリちゃんだけ見れなかったのが、不満たらたらでーーーす! 皆皆、すっごく興奮しちゃって~~、おまけにクルシュ様までっ!! 不満がつもりに積もっちゃってますよぅ!」

「その点なら心配するな。……オレも見れてないから同じだ」

「およっ!? 団長もやっぱ気になっちゃう?? 何なら、近衛騎士団での模擬戦にご招待をします??」

「阿呆」

 

 

やる訳がないだろ、と一蹴した。

あのユリウスとツカサの一戦に関しては口伝いではあるが、マーコスも聞いている。少なからず興味が尽きないのも当然だ。

 

 

だが、だからと言って感情を優先して良い訳がない。

ただでさえ、彼の陣営ともいえるナツキ・スバルを痛めつけた後ろめたさもあるというのに。

 

「でも、フェリちゃんはユリウスは、本当に良い事をした、それに、すごく優しい! 最高っ! フェリちゃんから、太鼓判押しちゃう!」

「言っている意味が解らないよ、フェリス」

「えへへ~、そんな肩肘張らなくても良いよ。気付く子は気づいてるし、気づいてない様な奴には効果覿面っ! これ以上ない! あれだけやられちゃっても、怒らなかったツカサきゅんだけど……、歯止めが利かない連中が手を出して、バッサリいった日には、折角お友達になれる、力になる、って言ってくれた最高戦力を、あっさりと失っちゃう事になるからね~~。寧ろ厄災追加!! ってなっても驚かないヨ」

 

フェリスの言葉に、目尻が少し吊り上がるユリウス。

その表情を見て察したフェリスは笑いながら続ける。

 

 

「おやおや? フェリちゃんや団長の目が節穴、頭空っぽなお馬鹿さんに見えてたのかにゃ?? ………スバルきゅんは、いつ斬られてもおかしくない状態だった。ユリウスが徹底的にやってなかったら、ね?」

 

 

フェリスの言葉に、今度はユリウスが微苦笑を浮かべていた。

 

 

「騎士の身分を侮る発言をしたあの小僧に、若い連中はかなりピリピリ来ていた筈だ。同じ陣営の叙勲を受けた彼とはまさに正反対。……それも少なからず影響があっただろうな。―――何せ、近衛騎士団に所属しているヤツは、剣の腕前とプライドの高さは保証付きだからな」

 

 

マーコスの言葉に、ユリウスはまた反応する。

はっきりとバレている事が口に出して解った。

 

 

「フェリックス・アーガイルの言う通りだ。……あの小僧が、先走った誰かと接触していたら、最悪斬られていただろう。結果、厄災を跳ねのけた英傑をも敵に回す危険性は十全にあった。……許容を見せたのは、自分達陣営、あの小僧に無礼があったのを認めていることと……小僧が無事であった事がそうだろう。その命を奪ったともなると………、どうなるか想像がつかん」

 

 

最優の騎士、近衛の中でもトップクラスを誇る剣の腕前のユリウスに完勝した相手だ。

それも―――本職は魔法だという事も聞いている。

白鯨を撃退できる魔法を、怒りのままに放ってしまったら………?

 

 

想像がつかない、ではなく考えたくもない事だ。

 

 

「だよねだよね~~? って、団長っ! フェリス、って呼んでくださいよっ!」

「知らん」

「もーーっ。……んで、話戻すけど、ユリウスがやらなきゃ、フェリちゃんがやらなきゃかなー、って思ってたんだよネ」

「……それは適材適所、と言うヤツだよ。治療しなくてはならない君自身が敵対する訳にはいかないだろう。………それに私は不自然でないだけの理由もあった。彼とは面識もあった。……私が一番うまくやれる自信もあったのでね。あわよくば、彼の実力を測る事も―――とも考えていた。そして、叶ったんだ。是非もないことだよ」

「未知の強大な使い手相手、そして明らかな格下。どう取り繕っても、ユリウスが正解だ。……お前がやりたいというのなら、日頃から鍛錬しておけ」

「やーですよー、汗水たらして剣なんて、フェリちゃんの白くて透き通るような掌に豆でも出来たら、クルシュ様に顔向けできなくなっちゃいますもんっ!」

 

 

一応、団長命令だというのに、軽口1つで躱すフェリスにそれ以上マーコスは言わず、ため息を吐いた。

 

 

そして―――改めてユリウスの方を向き。

 

 

「騎士ユリウス・ユークリウス。処分を言い渡す。――――5日の謹慎処分とし、兵舎及び王城への登城を禁ずる。……その間、お前の剣は預かっておくこととする」

「――――拝命致しました」

 

 

覚悟は出来ているし、後悔はない。得られたものも相応にあるから。

 

 

「すまぬな。本来ならお前が負うべきではない責を負わせている。……寧ろ、最悪を回避した。お前は益を齎した、ともいえるのだが」

「団長はご自身が出来る最善を尽くされておいでです。一度は瓦解した近衛騎士団が今日も精強で勇壮足りえるのは団長の存在があればこそ。……そして、彼に巡り合う事が出来たのも、全ては団長の存在があればこそだと私は信じています」

「むっふふ~~、ユリウスってば、ツカサきゅんにゾッコンになっちゃった?? フェリちゃんも解らなくもないけど~~、残念がる女の子たちがたーーくさんいるだろうから、そっちの方も気を付けた方が良いかもねっ?

スバルきゅん闇討ちじゃなくて、ツカサきゅんを狙う子が増えるかもよん?? 」

「お前はいつまでも軽口ばかり叩いてないで少しは落ち着け。後、せめてちゃんと男の制服を着ろってんだよ。誤解されたままにしておくつもりか?」

「そのつもりですネ!」

 

 

その命令は聞けない、と言いたげなフェリス。

 

なので、マーコスはそれ以上は言わないのである。

 

 

「用件は以上だ。私も処理しなければならない雑務が多々ある。……退室を命じる」

 

 

マーコスの一人称が《私》に戻った。

それ即ち、公人の証だろう。

 

ユリウスとフェリスはそれ以上は何も告げず、敬礼をして、部屋を立ち去って行った。

 

 

 

 

 

「――――……それにしても、集まり過ぎているな(・・・・・・・・・)

 

 

 

2人が去った後、書類の山に目を通した。

とある男の情報が詳細に書かれている。

 

ハーフエルフ、あの魔女に似ている少女を推挙。

そして、この度の騒動の発起人である異国の者。

 

最大なのは、この世界の厄災を退けて見せた男の存在。

 

 

 

「……ロズワール。お前は今何を考えてやがる?」

 

 

少数ではあるが、あまりにも際物揃いが過ぎる。

それも短い期間。……不自然な程に。

 

あの道化師の姿を頭に思い浮かべた後……マーコスは歯ぎしりをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ラム、さん………?」

「ラムの願いよ。暫く一緒に王都を巡るわ。バルスの馬鹿が使った茶葉の買い出しもあるし」

「うん。それは全然良いんだけど……、何で手を?」

「不貞寝してたラムの可愛い憂さ晴らしよ。それに、目移りしそうなツカサを御する必要もありそうだわ」

「憂さ晴らし?? え? なんで………?」

「エミリア様と随分楽しそうだったわね……。だから、暫く解放してあげないから、そのつもりでいることね」

 

 

 

ぎゅっ、と固く、強く、そして柔らかな手で繋がっている。

 

 

色々と処分を受けた者がいる。

重症を負い、眠っている者も居る。

 

大なり小なり、大変なだった者の割合が大きい筈の本日。

 

 

どこかぎこちなく、それでいて実に微笑ましい光景が、王都内で見られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一歩ずつ先へ……………??



ループもののイベントは、各イベントを繰り返し書くのって、ものすっごい大変な気が今更ながらシテマス。( ´艸`)

なので、分散デスかね( ´艸`)( ´艸`)( ´艸`)


 

 

「んー……、何でオレも立ち合ってるのか、いまいち解らないんだけど」

「バルスが変な気を起こさない様に見張る。それだけの事よ。可愛いレムのお願いなのだから、聞きなさい」

 

 

現在、スバルはカルステン公爵家にて治療を受けている。

その治療の立ち合い者として、何故かツカサも含めたレムとラムも同席。

 

 

そして、現在……凡そ初見では治療? とは思えない光景が広がっていた。

 

 

「ほらほら、スバルきゅんっ! もっち力抜いてリラックスリラックス~~♪」

「うひぃ………」

 

 

ベッドに腰かけているスバルを後ろから抱きしめて、耳元で囁いているのが、王国最高の治療士でもあるフェリスだ。

 

スバルは囁かれる度に、変な声を上げて、囁かれる度に、頬を紅潮させていて、全くと言って良い程治療に専念出来ていない。

エミリアが言ったように治療に専念してもらう為にここに置き去りにした(暴言)と言うのに……、専念出来てない様に思える。

 

 

「今日の仕上げなんだからさ? みーんな見てるからって、そんな力入れない、抜いて抜いてっ♪」

「ヌ、ぬく………」

「あっ、また固くなっちゃった? ほらほら、もっともっと~~♪」

「………………って、できるかーーー!!」

 

 

多人数に見られて、特にレムからは何処か怒っている様な、拗ねている様な顔を見せていて……。

 

 

「レム、落ち着きなさい」

「お、落ち着いています! 大丈夫ですよ、姉様!!」

「どうせ、バルスは解ってないんでしょう(・・・・・・・・・・)? ……解った上で、アレなら、どうしようもないわ」

 

 

 

塵を視るかの様な目で吐き捨てるラムの顔を見て、何故そんな顔で見られているのか解らないスバルは更に声を上げる。

 

 

「んだよっっ!! しょーーがねーーだろっっ! 猫耳美少女に後ろから抱き着かれて、どーしろってんだっ!? おまけになになに?? この羞恥プレイ!? こちとら健全な男子高校生だってのっっ!! 抜くだの固いだの、刺激強過ぎるんだよっっ! そんな中でもエミリアたん一筋なオレを褒めてもらいたいもんだよっ!!」

 

 

ウガーーー!! と両手を上げてスバルは抗議する姿勢だ。

あまりにも役得であり、スバルにとっては異世界ファンタジーの世界に紛れ込む事が出来た上でのイベントの1つ、まさに今、かの有名な伝説的な、国民的なイベント《ぱふぱふ》を味わってる様な気分なのである。

 

生憎、背に伝わる柔らかな感触は、フェリスには無い様だが、それはそれで有り、非常に有り。あまりにも甘酸っぱく、それでいて脳髄にまで響き蕩けさせるフェリスの口撃を受け続けていたのだから。

 

 

それでも、エミリア一筋である、と最後の心までは奪われなかった自分を褒めてもらいたい気分なのだ。

幸いにも貸し出された寝間着姿じゃなくて良かった、と心底スバルは思っている。

あの頼りない布素地では、————隠しきれるとは思えないから。

 

 

 

――――ただ、やや身体が前傾姿勢なのは許して貰いたい所存ではあるが。

 

 

 

 

 

「美少女?? あれれ~~? もしかしてスバルきゅん、ってば? っとと、ならひょっとしてツカサきゅんも知らなかったり?」

「「??」」

 

 

ここで何故フェリスが首を傾げるのだろう?

他人の容姿に関してあれやこれやと評したりする趣味はツカサには持ち合わせていないが、何が面白いのか、ラムがツカサに微笑みを浮かべながら聞いてきた。

 

 

「ツカサは、フェリックス様を見て、どう思う?」

「……何だか物凄く大雑把な質問だと思うけど……、オレに何か期待してる?」

「難しく考える必要は無いわ。フェリックス様の第一印象よ」

「ん……」

 

 

ツカサは暫く考えてみた。

ラムの前で、別な女性の事を口に出そうものなら……と言っても、これまででは限られてきたので、早々起こり得る事とも思っていない。

身近な例で言えば、エミリアに対して、好意的なコメントをツカサは残したが、それに関してラムの異常に低い逆鱗? には触れる事は無かった。

 

だが、何故だか解らないが、プリシラに関しては話は別。

 

彼女の女性を象徴する様な容姿とその二つの大きな膨らみ。

アレを賭けに持ち出され、差し出され、更に負けても同じ様な扱いをされる可能性があり……と、世の男にとっては、喉から手が出る程欲するであろう、条件な場面で……、明確に勝負を放棄したのにも関わらず、ラムは不機嫌極まりなかった。

 

 

 

「スバルが夢中に成る程、容姿が素敵である、って事かな?」

「おぃ!! オレをシレっと出汁に使って被害和らげてんじゃねーーよ!」

 

スバルの名を使う事で、襲撃者(ラム)からの被害を最小で済ませようとしている魂胆見え見えなツカサの様子に、スバルは異議を申し立てているが、いたって気にしていない。

それはツカサだけでなく、ラムもそうだ。

 

 

「残念だったわね。フェリックス様は違うのよ」

「???」

「なんだなんだ? さっきから何言ってんだ??」

 

 

ラムの言っている意味がいまいち理解出来ず、理解が及んでない2人に呆れつつ、目配せをしてレムに促した。

 

 

 

「スバル君、ツカサ君。その……フェリックス様は男性です」

「ニャッ♡」

 

 

 

 

――――そして、時は止まった。

再びあの狭間の世界に強制的に飛ばされたのか? と思える程、静寂な時間の流れ。フェリスの猫ポーズとウインクをそのまま鑑賞し続けて、レムの言っている単語を頭の中でフル回転させて意味を調べ尽くした。

 

男性、つまり男性である。

同性相手である。……ひょんな時に発生するであろうラッキースケベイベントがあるとするなら、フェリスにそれがあったとするなら……、そこには見覚えのある光景が広がっていて……。

 

 

「お、男――――――ッッ!!」

「これは、素直に驚きました。狙ってやってたりしてます?」

「フェリちゃんはフェリちゃんの似合う格好をしているだけだにゃー! って、スバルきゅんとツカサきゅん、実に対照的な反応で、ここまであからさまだったら、スゴクしてやったりな気分だにゃ♪」

 

 

 

男である事にあまりの衝撃にあんぐりと口を開けてしまってるスバルと、純粋に、ただ純粋に男である事実に驚きを隠せないツカサ。

 

どちらが好意的な印象を受けるのか、どちらが、想っている立場の者から見れば、より好意を寄せるのかは、言うまでも無い事かもしれないが、生憎レムの許容範囲内は相応に広い。

ヤキモチは妬くかもしれないが、基本スバルなら何でも問題なし。傍においてくれるなら。

 

そして、ラムは満足のいく回答だったのか、さも当然、と言わんばかりに胸を張っていた。

 

 

 

「るっせーーーよっっ! 普通は驚くし傷つくんだよっ! 貴重な猫耳枠が男だなんて衝撃的過ぎるだろうが……」

「だが、そこがいい! こう考えてみるんだ、猫耳可愛かったら、男でもいいんじゃないか! と」

「オレは至ってノーマルなのっ! そんな性癖は無い! どんだけ可愛かろうが、中身が乙女だろうが、身体が野郎な時点で無理だ!」

 

 

涙ながらに力説するスバル。

そして、何処か安心した面持ちなレム。

 

エミリア第一主義を掲げているから、レムは第2夫人の座でも全く問題ない――――と常々考えているのだが、その枠内に男性が、同性愛が生まれてしまうのは、流石に複雑過ぎるから。

 

 

「少しは安心できた? レム」

「っっ、れ、レムはそんな。……それに、姉様もでしょう?」

「ラムは最初から何も心配なんかしてないわ」

 

 

ラムはラムで、本人にこそまだ打ち明けてはいないが、スバルやレムには堂々と好きである、と言う事を告げている。

 

なので、例え本人を目の前にしようと、誤魔化したり躊躇ったり、否定したりする気持ちはサラサラ無かった。……使う言葉はそれなりに選んでいる様だが。

 

 

「ほらほら、何時までも泣いてないで。完治が遠のくよ?」

「うるせーよぉぉ、……何で、平気なんだよ、兄弟ぃ……」

「何でそこまでショックなのかがオレには解んないよ、逆に。アレだけエミリアエミリア言ってたのに、一筋はやっぱ嘘?」

「そんなんじゃないんですっっ! これは男のコとしてのロマンを、夢を、打ち砕かれた不可視にして、防御不能な一撃なんです……」

 

 

しくしく、といまだ泣き続けるスバルに、事を起こした張本人が手招きをした。

 

 

 

「さ、続きするにゃんっ! 次もドキドキしててくれて良いよ~~?」

 

 

 

あっけらかんとしたフェリスからの言葉には、流石にツカサの時の様にはいかない様だ。

涙を拭い、湿った裾を擦り付け、でん、とした表情で。

 

 

「うるせぇ!! さらっと終わらせるぞ!!」

「にゃはははは! あ、今日一緒にお風呂入る? 念のための確認しとく??」

「みねぇし、しねぇよ!!」

 

 

 

 

 

 

波乱万丈な治療現場だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……治療受けてた筈なのに、なんか、すげぇつかれた……」

「それは仕方ないです。スバル君。身体の中に溜まったカビやゴミを一気に押し出したわけですから」

「……もちっと良い言い方ねぇかな?」

 

 

フェリスは退席、同じくツカサとラムも退席し、残ったのはレムとスバルの2人。

 

ツカサは恐らく今日も―――カルステン家の中庭にてヴィルヘルムと共に過ごしている事だろう。……先の王選での影響は、当然カルステン家にも相応に轟いているらしく、ある意味引っ張りだこなのだ。

 

 

「……ほんとスゲーよな兄弟は」

「スバル君?」

「いや。……それに引き換え、オレは 兄弟がいなきゃなーんも出来ない所か、辺り構わず突っ込んで、ガキみたいに喚いて、エミリアたんに完璧に愛想つかされて……、そんな未来しか想像出来ねぇよ」

 

 

遠い目をしてそう呟くスバル。

レムも何を言っているのかを直ぐ理解した様で、ニコリと微笑んで答えた。

 

 

「スバル君もレムと同じです。レムにとって姉様は手の届かない存在で、いつもいつももっともっと凄いですから。きっと、スバル君もレムと同じ様にツカサ君に感じているんですね」

「いや、流石にそのラム至上主義の域までは行ってねぇなぁ……、ツカサと違って、ラムちー最強モード見た事ねぇから」

 

 

視線を下にして、そしてレムの顔を視ずにスバルはレムに聞いた。

 

 

「自分の事を下げてる、卑下してる、って事くらい解ってる。……実際さ、レムも思うだろ? 支えて貰わなきゃ、情けねーオレしか残らねぇって」

「……そうですね。確かにその通りだと思いますよ」

「ストレート来たよ、結構クルな!?」

「――――ですが」

 

 

レムは、笑ってスバルに言いかけた。

 

 

「レムも同じです。スバル君とツカサ君が兄弟で無かった場合は知り得ません。今のお2人しか見た事無いのですから。――――それに」

 

 

真っ直ぐ、スバルを見据えて言葉を紡いでいく。

レムの言葉で心が洗われる様な、そんな感覚がスバルにはあった。

 

 

 

「過程を思う、と言うならば、例えスバル君がどんな人だったとしても、例え支えが無かったとしても、レムはスバル君を素敵だと思ってますから。……ここにこうして、スバル君と一緒に居るのもレムがそうしたいから、そう思っているからです」

「……そっか。やっぱレムはほんとすげぇや……。ちっと突き放され気味になっただけで、鬱々してるオレとは違う」

「そんな事ありません。エミリア様もきっと、スバル君が元気になるのを待ってくれてるんだと思います。……元気になって、それからまた一から積み上げていけば良いのだと、レムは思いますよ」

 

 

 

スバルは、この時―――同時にエミリアとの事を思い返した。

 

叱られた、怒られた。ただの意地。子供染みた意地をユリウス相手にしてしまった事もそうだが、やっぱり一番堪えたのはロズワールとエミリアが屋敷に戻り、自分は残されると言う事。

傍に居られない、と言う事。

 

 

エミリアの為に何かしたいから一緒に居たい、と先走った。

 

 

 

そのエミリアの為の行動など、何一つ出来てない分際で。

 

 

 

 

《それは自分の為でしょう? 私はスバルに一度もお願いしてない。何かをして欲しい時は、いつもお願いをしているもの。……今回のは全部、全部、約束を破ったスバルが………》

 

 

 

そう、全て自分が悪い。

それは頭で解っていても、あの時ユリウスに最後の最後まで食って掛かった時の、子供染みた意地が、それを認めようとしてくれない。

 

 

ただ、唯一それに歯止めをかけてくれたのが……ここでも兄弟と呼ぶ彼の存在だ。

 

 

ツカサが居るから。

自分を理解をしてくれる人が傍に居るから……、何とか気を立て直す事が出来たのだ。

 

 

 

《まずは、身体を治して。………それが終わったら、もっとしっかりと話しましょう。だから、今はこれで終わり(・・・)

 

 

 

 

だけど、エミリアの口から、《終わり》と言う言葉だけは――――どうしても聞きたく無かった。

 

 

《私は……まだ、期待して良いんだよね?》

 

 

終わりと言う言葉を聞いたから、聞いてしまったから、スバルの精神状態はまた不安定になる。

 

 

 

《スバルは……スバルも、私を特別扱いしない、って。……普通の女の子と同じように見てくれるって……》

 

 

 

返答は何一つ出来なかった。

無理だから。

 

 

エミリアを想う気持ちに嘘偽りはない。

彼女が好きで、彼女のお陰で、立ち直る事が出来た。

 

そして、今は別の男が、その役目を担ってくれている。

 

誰かに寄りかからないと生きていけない自分は、誰にも頼りにされない、問題ないかの様な自分は……やはり、ユリウスが言う様に、相応しくない存在だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な事が頭の中を駆け巡る―――が、こうしてある程度は復活出来たのだ。

いつまでも腐る訳にはいかない。

 

 

「―――自分にとって、今の最善を尽くす。それが一番。……間違いねぇよな? レム」

「! はい、その通りだと思いますスバル君!」

「確かに、クルシュさんのトコで治療中は動けねぇし、名誉挽回なんて、ちゃんちゃら無理だ。……なら、少しでも強い男の子になる!! それしかねぇ!! と言う訳で、オレも兄弟と混ざってボコボコにされてくる!!」

 

 

勢いよく立ち上がるスバルにレムは苦笑いをした。

 

 

「ボコボコって……。怖く無いんですか? スバル君。また同じ様な怪我をしちゃう事が」

「やーー、それはあくまで比喩発言ね?? マジにボコボコにはされたくないよ?? 手足折られて、歯も折られて、気絶するまでやられて、トラウマ以外のナニモンでもねーからな。………ま、あれだ! ヤル気出たから、その勢いのままに、2人の邪魔でもしてやろうっ! ってな」

「邪魔、と言うよりは剣の稽古を共に、と言った方が良いと思いますよスバル君。そして、レムは大賛成です」

 

 

沈んでいる顔を見るよりは、当然前を向くスバルの方が何倍も良い。

どんなスバルでも、レムは愛す事が出来るが、それでもやっぱり一番は、前を見ている姿だ。

 

 

レムは窓から庭を見てみる。

最愛の姉は、その最愛の人と共に在った。

剣を携え、そしてその後ろに居る姉の構図。……別に暴漢や魔獣に襲われているワケではないが、姉の前に立ち、守ってくれている様な構図。

 

自分の傍には、自分の最愛の人が傍にいてくれている。

 

レムは自分が幸せだ、と改めて実感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。卿も剣を振るか」

「はい! 身体がなまってきたんで、ちょっとお邪魔でなかったら~~、になりますが」

「邪魔とは決して思うまい。卿にとっても有意義な時間となるだろう事は私にもわかる。……それはお互い様だがな」

「―――やっぱ、スゲーっスか?」

「当家に迎え入れて、相応に尽くしたいと思える程にな」

「おぉぅ……、まさかこうも堂々と引き抜き発言を貰うとは……」

「ふふ。まぁ、戯言だ。忘れてくれて良い。……だが、彼のその力を視て、剣に見惚れたからだけではない、と言う事は伝えておこう。……私は卿が羨ましくも思うよ、ナツキスバル。良い背中を追い求め続ける事が出来るのだからな」

 

 

クルシュに許可と木剣を貰い、それを手にスバルは庭園へと向かう。

 

ツカサも今剣を振るっている。……それは1人だけで素振りの類をしているのではなく、ちゃんと相手が居るのだ。

 

 

それが、ヴィルヘルム。

 

 

前回はただの御者だと思っていたかの老紳士は、このカルステン邸剣術指南役との事だ。

 

 

 

 

「ん? スバル??」

「兄弟! 精が出るな!! てな訳で、オレも混ぜてくれたらありがたい」

 

 

木剣を手に、ブンブンと手を振るスバルを見て、ツカサも笑みを浮かべて手を振る。

 

 

「また無様に地を這い擦り、舐め回しにきたのね、バルス」

「やっぱ、容赦ねえよなぁ、姉様‼ トラウマ抉るのヤメテ」

 

 

スバルの怪我を、その原因を知っているラム。

それなりに回復したかと思えば、早速剣を握ると言うのだから、やっぱり色んな意味で図太いのだろう。

 

 

「オレは構わないけど、ヴィルヘルムさんは……?」

「ええ。私も構いませんよ」

「!! じゃ、ご指南お願いします!」

 

 

一朝一夕、一長一短で強くなれると思っている程子供染みてはいない。

 

だが、クルシュが言う様にこのデカすぎる背を、そして少しでも強くなれるかもしれない環境を、十全に利用し、糧にすれば良い。

 

 

先の王選では、餓鬼過ぎた。それも質の悪い糞餓鬼だ。

それが大人の場で、駄々をこねて、結果があの体たらく。

 

 

頭を冷やして、自分が出来る事をやる。自分で決めて、最後までやり遂げて見せる。

 

少しでも前に、そしていつかは、飛び抜けて出る為に。

 

 

スバルは木剣を握り締め、手加減抜き、正真正銘の全力で振るった。

 

 

「うなっ!!」

「ふむ。少々力み過ぎです。手、足、首、腰、それと顔に」

 

 

剣を手足の様に扱う事が出来ると言うのはこの事なのだろうか。

いや、手足の様に扱えたからと言って、ここまで出来るとは到底思えない。

 

 

掌で踊らされる剣撃。

 

 

曲りなりにも、剣を交えた事はそれなりにあるスバル。

それも命の危機とも思える場面で交えた事があるからこそ、解る。

 

他人の強さを推し量れるだけの能力があるワケも無いと言うのに、このヴィルヘルムと言う老紳士は底なしに強い、と言う事が解る。

 

 

先ほどの指摘通りの位置、頭、喉、鳩尾、金的。人中とも言える正中線に連なる人体の急所を優しく撫でつけ……それでいてとんでもない衝撃となって吹き飛ばされた。

 

 

「ぐえっっ」

「最後、少々雑念が混ざりましたな。剣を振るときは、それだけを考え続ける事です」

「は、はい……………」

 

 

大の字に倒されて、返す首でツカサの方を見た。

ラムとレムと、そしてツカサと、こちら側を見ているが、時折慌てたり、笑ったり、嘲笑ったり、な様子が見て取れる。

 

聴くまでもない、ラムの辛辣なコメントが響き、それを諫めているツカサの構図。レムは姉様至上主義ゆえに、あからさまな否定は出来ないだろうから、ただ笑うしかないのだろう。

 

 

だが、やっぱり一番目がつくのは、ツカサの様子である。

 

このトンデモナイ老紳士相手に長時間剣を振るっていて……疲れてる様子が見れないのだから。

 

 

 

「―――また、雑念が芽生えましたな?」

「あ、バレちゃいました……?」

「ふむ。……気持ちはわかります。私も剣においては凡人の域。……かの姿は眩しかろうと存じ上げます」

「冗談でしょう? ヴィルヘルムさんが凡人とか。なら、オレ塵になっちゃいますよ?」

「それはそれは、自分を低く見過ぎている様だ。……ですが、事実です。才能が有れば私はここまで剣を握り続けてこれなかったでしょう。それに、かの逸材と相まみえる事が出来たのも、私が凡人だったからこそ。――――そう悪い物ではありますまい」

 

 

ヴィルヘルムは一瞬だけ、視線を向けて……そしてスバルにへと戻した。

 

 

「頂きの見えぬ相手とはいえ、その背は直ぐ傍にあります。……それを師とし、何処まで昇華する事が出来るのかは、スバル殿次第。少なくとも、私の域を申すのであれば、剣に半生を捧げる覚悟が必要でしょうな」

「――――成る程。兄弟見ながら、ひたすら無心で剣振ってれば、より高く行けるかもしれない、開眼‼って事なんですかね?」

「ふむ。私を例に挙げるとするなら……1つ訂正を」

 

 

ヴィルヘルムは、剣を手に持って、その刀身を見据えながら、スバルに言った。

 

 

 

「私は無心で剣を振った事はありません」

「……じゃあ、何を考えてたんです?」

「――――そうですな。……ただひたすらに、妻のことを……」

 

 

 

想い人が傍にいるから頑張れる。

それはスバルにも十分通じる想いの強さだ。

 

その点兄弟は半端なくスゴクて、あっさりと先に行ってる超人かもしれない……が、不思議と羨んだり、妬んだりと言った感性は無い。……敵じゃなくて良かった、と言う気持ちは非常に強いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、その日を境にスバルは剣に勤しむ事になる。

 

 

エミリアを想い、傍に居てくれているレムを想い、そして同じく共にいてくれるツカサやラムを思う。

 

 

想いの意味合いが少々違うが、沢山思う所があるのは良い事だ、と割り切って。

 

こうして、どんどん近付いていける筈、一歩ずつかもしれないが、確実に前へと進める筈。

 

 

 

……大切な人の、想い人の隣へと立てる筈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――そう……思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、何の前触れもなく………破滅は突如現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――眠れ……我が娘と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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死の味

ダウン、ダウンダウーーン(*゚∀゚人゚∀゚*)♪


カウント~ワン!! ツ~!! ⊂(・∀・⊂*)


 

一体何が起きた―――?

 

 

 

それが、はっきりと解る者はこの場には誰一人としていないかもしれない。

ただ、目の前の状況、光景を説明する事なら……出来る。

受け入れたくない現実が目の前にありありと映し出されている。

 

 

――――悪夢なら、覚めてほしい。こんなの、見たくない。

 

 

目を閉じても砂をねじ込まれるかの様な。

息をしても、肺を焼かれるかの様な。

目に見えないナイフで、身体を切り刻まれていくかの様な。

肺だけではない。身体すべてを内側から炎で、時間をかけて焼き尽くされていくかのような。

 

 

それは、死ぬ事が出来ない絶妙な加減で、延々と苦しみが続いた。

 

 

生き地獄と言うのがあるとするなら、この場所がそうなのだろう。

 

 

死の体感をした事のあるスバルは思う。

 

 

自分が死ぬまで、意識が闇に完全に呑まれるまで続く苦しみと今感じている生き地獄の苦しみ。

 

 

ならば、一体どちらがより厳しいだろう?

 

 

断然、後者だ。

死ぬ方がマシ? 一度死んでみてから言ってもらいたい、と嘲笑した事があったが、これは死より苦しい。

 

 

 

この心を抉られる苦痛は、自身の肉体の死より苦しい。

 

 

 

今のスバルは、あの闇に、魔女に心臓を握られる、潰されそうになる感覚よりも遥かに苦しく感じていた。

心臓ではなく、まるで魂を握りつぶされていく様な感覚が続いていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の光景。

 

広い客間の中心にある豪勢と言える大きなベッド。

 

そこに死んだ様に眠り続ける親友で兄弟で……掛け替えのない存在がいた。

 

そして、その傍から一切離れる事をせず、見てる限りではずっとその手を握り続けている桃髪の少女。

そんな彼女を慰める様に、それでいて同じく彼が起きるのを、目を覚ますのを悲願としている青髪の少女。

 

そして、3人からは やや離れた位置で茫然と立ち尽くす男。

 

 

4人がこの部屋の中で佇んでいた。

 

 

一体何があったのか、説明がつかないし、今思考回路が纏まらない。

脳内で懸命に考え、対応策を模索し、どうにか最善を……と考えても考えても、いつもの笑顔が足りない。いつもの呆れる顔が足りない。

 

 

 

 

一体、どれだけ自分はこの傷ついた彼に、兄弟に頼り過ぎているのだろうか?

一体、どれだけ自分は彼を傷つけてきたのだろうか?

 

 

 

 

改めて己の不甲斐なさに身を切られる想いだ。

 

力がないのなら、頭を働かせる。

そのくらい、やってみせろ、と己に発破を掛けるが、……今はどうしても上手く行かない。

 

 

それ程までに、必ず戻ってくると、疑わず信じて待つ3人も打ちのめされているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ、ほんの少しだけ時間を巻き戻してみよう。

 

時間の針を――――彼がここに運ばれてくるまでの経緯を知れる範囲まで、思い返してみよう。

 

 

 

突如目の前が真っ暗になったかと思えば、聞き覚えのある声が頭の中に響いてきた。

 

 

 

 

 

「おい、兄ちゃん! おいっつの!! 聞こえてんのか!? 勘弁してくれよ、急にぼーっとしやがって」

 

 

 

「………は?」

「ッ、ッッ、ッッ!!?」

 

 

「あん? そっちの嬢ちゃんもどうしたってんだ? イキナリだんまりされて、店前に立たれちゃ商売になんねーよ。………っと、いや嬢ちゃんは別か。先日一日売り上げ記録、たった数分で更新しやがったしな……」

 

 

聞き覚えのある声は聞こえてきた。

そして、その声の内容も聞き取る事が出来たため、状況も飲み込む事が出来た。

 

 

 

ただ、何故こうなったのか、それだけが理解できない。

 

 

そして、もう1つ―――不可解な面がある。

 

 

「あ、アレ……? これ、これは、いったい……? スバル、くん?」

 

 

隣に佇む少女……レムの様子だ。

 

スバルは確信している。

また戻った(・・・・・)のだと言う事を。

 

 

 

―――あのロズワール邸以来。約1ヶ月ぶり……だろうか。

 

 

 

だが、あの時とは、明らかに何かが違う様に感じた。

何故戻ったのか、その皆目見当すらつかない所もそうだ。

 

 

最後の死に戻りは、ロズワール邸では、……夜眠って……そのまま、衰弱死する事で死に戻りが発動した時以来だ。

 

 

 

あの時は 冷静に考えれば理解できるし、納得も出来た。

だが、今回に限っては本当によく解らない。魂に刻まれた未来の記憶をどうにか揺り起こしても……わけが解らない。

 

 

 

 

言うなら―――頭の中も、景色も、全て白く塗りつぶされて………、その後気づけば此処に立っていたのだ。

 

 

 

 

痛み? ただただ一瞬で真っ白になった。

それだけしか覚えていないのだ。

 

 

 

 

 

 

「ね、姉様ッッ!??」

「ぅおっ!?」

 

「やっとマトモに反応したかと思えば、ソレかよ! 良いから そんなトコにずっといられちゃ商売にならん! 買わねぇならどっか行け!!」

 

 

 

考え込んでいたスバル。

そして、カドモンは、完全に無視を続ける2人に、そろそろ切れよう、怒鳴ってやろうと思っていた矢先に、レムは突如声を荒げたので、とりあえず切れるのは止めて、立ち去る様に怒鳴った。

 

 

「レム!? おいレム!!」

 

 

そして、レムらしくない慌て方で駆けだそうとしたが、隣に居るスバルがレムの手を握って制した。

 

 

「ちょっと待ってくれレム! お前、解るのか(・・・・)!? 解ってるのか(・・・・・・)!?」

 

 

レムの様子が明らかにおかしい。

 

前回のレム(・・・・・)とは明らかに違う。

 

まるで自分と同じ体験をしたかの様な反応。

それは今までになかった事だ。

 

厳密に言えばラムが同じ経験をしているハズだが、それは事前にあの狭間の空間で解る筈だった。だが、今回は何もなくただただ戻されただけなのだ。

何故、レムがそれを知る事が出来るのか、それだけが解らない。

 

 

「ッ、わか、りません。何があったのか、本当に。……なんで、ここに立ってるのかさえ、レムには解らなくて……、白昼夢でも見ていたのでしょうか? でも、でも、今はっきりしたのは姉様の、姉様から強い感情が伝わってきました……ッッ、こんな、こんな、感情、初めてで……ッ」

 

 

どうやら、レムにも解らない様だ。

 

兎に角何もかもが解らず、混乱極まっている。

状況を整理し、行動を―――と思っていたスバルの視界に、レムの顔が映った。

レムの泣きそうな顔を見て、そして殆ど混乱から頭に入ってなかったレムの言葉を思い出して、……ラムとレムの共感覚の事を思い出して……そして、漸くスバルは思い出す事が出来た。

 

 

「ぁ…………ま、まさか………っ」

 

 

それは真っ先に思い出さなければならない事柄。

死に戻りが発動した―――それが齎すもう1つの代償(・・)を。

 

 

何故、直ぐに動かなかったのか、何故直ぐに思い出さなかったのか。

数秒前の自分の面を思いっきり木剣で殴ってやりたい衝動に苛まれる。

 

 

「レム、案内してくれ……!」

「わ、解りました!」

 

 

レムは 姉の―――ラムの強い感情を辿れば、辿り着く事が出来る。

いや、スバルでも辿り着く事は恐らく出来るだろう。

 

この時間、あのカドモンの強面店主とのやり取り。……先日レムが店先に立った、と言う情報。それらを総合すれば、今が何日の何時で、そしてどこにラムが居るのかが解る。

 

何故その場所に居たのかは、解らないが、この時間なら―――――。

 

 

目的地付近に着くと、レムは、《あの角を右へ!!》と叫び鬼の力を用いて全力で駆けだした。

スバルを置き去りにし兼ねる勢いではあったが、もう目と鼻の先故に、ラムを最優先する事にしたのである。

後で、幾らでもスバルへ謝罪は必ずする……とレムは自身に言い聞かせて。

 

 

当然スバルも怒るとか一切考えてない。

 

ただただ、あの光景(・・・・)が広がってるのかと思えば、身体が震えてしまう。

何故なら―――それは(・・・)

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

ソレは、自分が齎したものだから。自分が起こしてしまったのだから。

 

 

 

路地裏では凄惨な光景が広がっている。

 

 

 

これは、治安の悪いこの場所であれば別に起きても不思議じゃない光景とも言えるかもしれない。

事実、スバルは一度このルグニカの路地にて、誰にも看取られることなく命を落とした事だってあるのだから。

 

 

――腹をナイフで深く刺され、内臓を傷つけ、血を流して場を鮮血で染めた。

 

 

あの時の再来―――いや、感覚では それ以上のもの。

 

 

流れ出て広がる血溜まりの円の中心に、探していた2人が居た。

 

 

1人は、その白く綺麗な顔を血で染めており、その目は片方は赤く、もう片方は涙で濡らしていた。その腕の中にはもう1人……その頭を抱きかかえられている。

 

抱きかかえられている男の方は、ピクリとも動く気配が見えない。

それはまるで死を―――――

 

 

「姉様!! ツカサ君!!」

「ツカサ!!」

 

 

連想させてしまった(それ)を即座に頭で否定すると、スバルとレムは、血だまりの先にいる2人に駆け寄ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ラムの、ラムの、あんな顔……みたくない、っていった……わよね……?」

 

 

 

 

血だまりの中、彼の頭を抱きかかえ、涙を流し続ける少女、ラム。

彼の鮮血をその身体全体に浴び……血に染まっていた。

 

 

これまでの事を思い返す。

 

 

彼に命と心を助けてもらった時の事を。

 

 

 

「もう、見たくない……、って言った……わよね?」

 

 

 

何度聞いても、聞いても、返答が返ってくる事は無い。

ただただ、時間が止まったかの様だ。その流れ出た血は、まだ温かみを残しており、それが現実である、と言う事を嫌でも認識させられる。

 

 

ラムの掠れた様な声は……本当につい先ほどまで、泣き叫んでいたからのものだ。

 

 

この場に誰も集まってこないのは、皆関わりたくないと強い拒絶を示しているが故にだ。

 

この周辺にいる浮浪者、路上生活者は、誰もが自分自身で手一杯。

 

……更に言えば、大量の血を流している様な、そんな大事に巻き込まれる訳にはいかない、と誰もが見て見ぬふりを、聞こえないふりをしていたのである。

 

 

レムとスバルが来る少し前に、泣き叫ぶ事はしなくなったが、ただただ只管ツカサが言っていた言葉を、そのままツカサ自身に返し続けていた。

 

 

 

「ラムも、ラムも……、見たく、ない……。見たくないわよ……っっ、そんな、こんな、ツカサの……すがた、なんか……っ。みたく、ないっ。ラムは、ラムは……っ」

 

 

 

ぎゅっ……、強く、強くツカサの頭を抱きしめ続けた。

これまでにないツカサの様子を見て、最悪の事態しか頭に浮かばない。

 

 

 

 

――そんな事は無い、ツカサが自分を置いていってしまうなんて、絶対あり得ない。

 

 

 

 

そう、何度も何度も頭を振って考えを正そうとするのだが、冷たくなっているこの身体をその身に感じてしまえば、どうしても……どうしても、死を連想させてしまうのだ。

 

 

 

 

何故なら、ラムは知っているから。

 

 

 

 

ツカサに助けてもらう前の世界で……、最愛の妹の死を知っているから。

命の灯が消え、その身体から温もりが完全に消えてしまったその身体を、知っているから。

 

 

 

――――触れ合った時の温もりを、知っているから。

 

 

 

 

 

そして、死の味も知っている。

 

 

 

 

――――……失われてしまった時の地獄の苦しみを知ってるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………全く。アレは流石に予想外だったよ。こんな事も起こるんだね? この世界って」

 

 

 

 

そんな時だ。

まるで、ツカサの身体の中から出てきたかの様に、丁度腹部にあの精霊が、クルルが現れた。

言葉を発する方のクルルは、ツカサが厄介だ、と称していた方の人格。

いつも飄々としていて、何処かつかみどころがなく、いつもいつも楽しんでる雰囲気な存在だったのだが……、今のクルルは軽口は一切なく真剣そのものだった。

 

 

「大丈夫だよ。いつ目を覚ますかはちょっと読めないけど。この子は死んじゃいない。―――流石に不意打ちでアレを食らうのは、厳しかったと思うけど、何とか命は消えてないよ」

 

 

だからこそ、その言葉は頭の芯……心にまで届いた。

冷めきってしまったラムの身体の芯から、熱くなる。身体が燃えているかの様に。

 

 

「!! ほ、ほんとう……ですか?」

「うん勿論! ただ、やっぱし、ここの治癒術(・・・・・・)は意味ないけど、一応、身体そのものは休ませないといけないからね? だから、あのクルシュって娘の家に連れてってあげてくれる? その間、僕はもうちょっと彼の中で頑張ってみるからさ。―――クルルとして」

 

 

クルルは、そういうと再びツカサの中へと消えていった。

 

 

「レム、バルス! すぐに、直ぐにツカサをクルシュ様のところへ!」

 

 

ラムの指示に従わない者はいない。

迅速かつ丁寧に、慎重に、彼をクルシュのいるカルステン家へと運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルシュに事情を説明。

最初は大層驚かれたが、ツカサ自身の持病―――そう、ロズワール邸での一件と同じ説明をして、納得して貰った。

 

治癒が全く効かないのは、クルル以外にも大精霊パックやベアトリスが言っていた通り。

だが、このカルステン家、クルシュの一の騎士であり、《青》の称号を持つフェリスならば―――……と期待をしていたのだが、答えはパックと同じだった。

 

 

バラバラになった身体のマナ。それを不可解な形で組み合わせ、循環を繰り返し、身体の中で破壊と創造を繰り返している。

その反動で、身体そのものに傷をつけている状態だが、時と共にそれは修復へと向かっているのだ。

 

手を加える事が出来ず、干渉が一切できないのは、王国一の治癒術士として、歯痒い気分になる。

 

―――死なない限り治す。

 

そう豪語していたフェリスもお手上げだった。

 

 

 

「…………」

 

ツカサの手をぎゅっ、と握り続けるラム。

痛いほど長い沈黙を、先に破ったのはスバルだった。

 

 

「何が起きたのか……、教えてくれ。ラム」

「……………」

 

 

それは、ツカサをここまで運んだ時にラムが仕切りにツカサに言い聞かせていた言葉だ。

 

 

《どうして、自分を優先したのか》

《どうして、自分を見捨てバルスの方を優先しなかったのか》

《どうして、そんなになるまで自分より他人を……》

 

 

何度も何度もツカサに言っていた。

そこから導きだされるのは1つ。

 

ラムは知っているのだ。

 

戻った時の状況を。

 

 

 

「頼む、ラム。教えてくれ! 何が起きたのか……!? 頼む!! 次は絶対に起こさねぇ!! 何とか、何とか無様でも逃げ回ってでも、生き残って見せる!! だから、頼む……! 思い出すのもキツイかもしれないが、何が起きたのか、教えてくれ!!」

 

 

ラムの身体を強く揺さぶるスバル。

ラムはスバルの事を少なからず憎んだが、その気持ちはツカサの顔を見続ける事で、どうにか収める事が出来た。

 

何より、スバルの言う通りだ。……備えなければならない。少なくとも、スバルの死で戻るのではなく、ツカサ自身の力で戻ってもらわなければ堂々巡り……否、最悪本当に死ぬ可能性だって高くなる。

 

 

便宜上今を2周目と称するなら……1周目よりも遥かにツカサの身体の状態が良くない。

一体どういう原理で、どういうダメージが身体に残るのかは解らないが、あの日(・・・)の事を伝える以外は無いだろう。

 

 

 

 

 

「……今から5日後。世界が白銀で包まれる事になる。……それにバルスが巻き込まれた」

 

 

 

 

 

ラムは静かに語りだした。

 

あの日、……否 未来で何が起こったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




てなわけで、ネコチャン暴走八つ当たりまで、色々すっ飛ばして行きましたな(o^ O^)シ彡☆

つっても、原作では剣の修行&デートくらいなので、飛ばしても良いかな?と思っちゃって(o^ O^)シ彡☆


レムりんがソッコーで姉様みつけたけど、あの子はバルス君の臭い辿って、路地チンピラの群れ大決戦、に乱入できたし、余裕っすよね??(*゚∀゚人゚∀゚*)♪


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白銀の世界

AI生成 ラムちーの慟哭。
https://www.pixiv.net/artworks/117816130


 

時間軸が変わり―――場面は5日後。

即ち並行世界のルグニカ王国。

 

 

 

 

「街道にまた霧が……?」

「ええ。もう霧はうんざりです。こんな短期間で、それも同じ場所になんて、はじめての事ですよ」

「……厄介なのに目付けられた、って可能性はあるのかな」

 

 

霧が何をもたらすのか。

否、何が霧を産み出すのかを、以前とは違いもう知っている。

あの霧の魔獣が再び現れる可能性が極めて高い様だ。

最悪の初対面だったから、向こうは覚えているかも?と苦笑いした。

 

 

「それに僕にとってはある意味霧より厄介な事に、今グステコへの通行が閉鎖されちゃった事ですね。あちらで商談を、と思ってたのに。国境を超えれなくて。それでも、何とかルグニカに来てこの油を売りさばこうかな、と思ったのですが……、正直この量は無理ですよ……、とうとう破産だ!! って思ってたらまさかのツカサさんと再会! きっと、僕は不幸に見舞われるその時こそ、最大の幸運を引き寄せるんだと思います!! 王都に入って4日目にして!!」

「まず、不幸に見舞われない所から、努力してみようか? 危機回避能力を上げるとか。後は、毎日龍に祈りを捧げて、無病息災、商売繁盛、一日欠かさずずっと祈りを、ね?」

「それくらいなら、やってますよ……。龍に願って願って祈りを捧げた後に、ツカサさんが助けてくれたんですよね、そういえば。……すみません、ツカサさん。とてもとても図々しいお願いだとは解っているんですが……」

 

 

 

随分久しぶりに友人と再会したツカサ。

その友人とは商いを営んでいて、短い時間ではあったが共に旅をした仲でもある相手。

 

そう、オットー・スーウェンである。

 

オットーが向かおうとしていたのは、グステコ聖王国。

万年雪に覆われているグステコ聖王国であれば、火を起こす為に必要な油を売る事は可能だろう。その為に色々と手を尽くして仕入れてたのだが……、タイミング悪く王選が始まり、完全に封鎖されてしまっていた。

 

大量の油の在庫を抱えてしまい、途方に暮れながらも……取り合えずオットーは一縷の希望をルグニカに向けたのである。

 

 

そして、見事にその希望は叶う事になった。

 

 

「ツカサさん! どうか、どうか僕をツカサさんの元で、お抱え商人として雇ってくださいっっ!! どうにか、どうにか利益が出せる様に、勤めます!! お願いします……っ!」

「い、いや、オレロズワールさんの所の食客って扱いだから。雇える様な立場じゃなくてね? 独断で決める訳にもいかないし……」

「ハッ。商才の無い商人を雇って、どんな益があるというの」

 

 

頭を下げるオットーに対し、まるでゴミを見る様な蔑む様な、そんな視線を存分に浴びせるのはラムである。

ツカサの代わりの返答? だろうか。

 

その言葉は刃となり槍となり、オットーの身体に突き刺さった。

 

 

「うぐっっ、ラムさん。相変わらず僕に異常に厳しいです……」

「当然よ。ラムの邪魔をしたのだから、この優しいラムでも辛辣になる、ってものよ」

「ラムさんが優しい……? 一体いつ優しくなるんですか。……と言うより邪魔、とは?」

「空気を読めないとはこのことを言うのね。商才が無いのも頷けるわ」

 

 

バッタリ出会ったのはルグニカ城下町……すなわち街中である。

ツカサとラムの姿を見つけたのはオットー。あのエミリア迷子捜索をしていた時と重なって見えたのはオットーだったから、余計に見つけやすくなっていたのだが……、あの時の2人と現在の2人とは少々関係性が違うのだ。

 

 

 

「えっと、つまりどういう事でしょう? ツカサさん」

「ん? 何が?」

「いえ。僕に言わせるんですか? ほら、ラムさんとの事ですよ。何だか只ならぬ間柄に?」

 

 

大体予想はつくものの……とりあえず便宜上は聞く事にするオットー。

ラムも何処か胸を張って自信満々な様子―――……なのだが。

 

 

 

「ああ、ラムは今、オレが王都にいる間、付き人をやってくれてるんだよ」

 

 

 

ツカサの返答を聞いて、ラムの眉がピクリ、と上がった気がした。ヒクついてる様にも見えた。

それに心なしか、気温が下がった様にも感じる。

 

 

「………こっちにも読めない男がいたわ」

 

 

 

表情こそ殆ど変わっていないが、明らかに怒気を増しているラムを見て、そのラムの横顔を見てオットーは大体察した。

何がどうなったか、どういう経緯なのか、その馴れ初めまでは当然解らないが、この短い期間に、1カ月と言う期間で、ラムはツカサに心を開いたという事なのだろう。

 

 

その詳細を聞くのは野暮であり、そこまで踏み込むつもりもない。

 

 

―――ただ、ツカサの事はよく解らなかった。在り来たりと言って良い好意を寄せられる相手に対して、ただ鈍感なのか? でも、ラムを見ているその表情は……。

 

 

 

 

「―――ツカサ。さっさと行くわよ。今日も付き合ってもらう約束をしている筈よ」

「っ!? わ、解ったよ。ちょっと待ってって」

 

 

ぐいぐいと腕を取られて引っ張られていくツカサ。

傍から見たら本当に微笑ましい……が、このまま居なくなってしまうのは、オットーにとっては都合がかなり悪い。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~~、再会したばかりなのに、冷たくないですか、ラムさん! っていうか、ツカサさんの付き人がラムさんなのに、何か立場逆じゃないですかー?」

「先約があるのだから、仕方の無い事ね」

「取り合えず、暫くは王都にいるよ。クルシュさん……カルステン家に諸事情でお世話になってるから。ロズワールさんの所に戻る時はオットーに連絡を入れる」

 

 

ラムに引っ張られながらも、オットーに返事を返すツカサ。

ラムはさっさと行ってしまいがちだが、ツカサはオットーの事を蔑ろにするつもりは毛頭ない。

 

オットーは初めての友達だから。

 

 

「ロズワールさんへ口利きはしてあげるけど、最後は自分次第だからね? オットー。ここが交渉術の見せ所だよ。頼むにしろ、売り込むにしろ」

「め、メイザース辺境伯と……!?」

 

 

オットーはロズワールの名を聞いて、顔を引き攣らせた。

ロズワール・L・メイザースの名は、当然ながらオットーも知っているのだろう。

このルグニカ王国では……いろんな意味で有名人だから。

 

 

「ひょっとしたら、ここが最大の好機なのでは!?」

 

 

オットーは現在かなりの崖っぷちだ。

油に投資し、私財を結構なげうった状態。万年雪に囲まれたグステコに行けない今、油を買ってもらえる相手を探さなければならないのだ。

 

ツカサとロズワールの関係性は読めないが、少なくとも王都に一人使用人をつけている事、食客扱いである事を見ると、相応な待遇を受けているのは解る。

 

※ 残念ながら、オットーはツカサがルグニカ最高位の勲章を授与した事実を知らない。

 

 

「商談には、ツカサさんの名を使わせてもらいますよ! 良いですかね??」

「事実無根な事言わなければ、多少は目を瞑るよ。嘘ついた所で、ロズワールさんなら笑って許容しそうだけどね」

「はいっ!! 駆け引きしがいがあるというものです!! では、お戻りになるときは絶対に声をかけてくださいよ! 絶対ですからねーー!」

 

 

ぶんぶん、と手を振るオットーを置いて――――ラムとツカサは、その場を離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉様」

「お前ら、め~~っちゃ目立ってたぞ。さっきのヤツが知り合いの商人ってヤツか?」

 

 

行く先で、スバルとレムに合流した。

 

 

王都では現在、これと言った用事は無い。

あるとするなら、スバルの身体の治療とヴィルヘルムとの剣の訓練程度。

 

商業施設巡りで、色々と買い出しは初日に行ったので、特に買うものは現在無い……が、スバルからデートと言う単語を、その聞いた事無い言葉の意味を聞いていたので、ラムは攻勢に出ていたのだ。

 

 

それが、今日のツカサとラムの約束である。

 

 

街中を見て回ろう……と言う。

 

 

そして、今日は告げるつもりだった。

直接、はっきりと言わなければ、解らないこのツカサと言う男に。

 

 

でも、レムは兎も角 余計な(スバル)と合流してしまったのは誤算であるが。

 

 

 

 

 

「ラムちー姉様、そんな睨まないでくれって!! 今更だけどデートの邪魔しちゃったのは、マジで悪かったって思ってるから!」

「ハッ! 何言ってるか解らないわ。ラムは可愛いレムと再会して喜んでるだけよ。余計なモノまで気にかけてる暇なんて無いわ」

「ヒデェ!!」

 

 

余計なモノ(・・・・・)とバッサリ切って捨てられたスバルは、流石に堪えるものがある……が、本気で悪かった、空気読めてなかった、と思っているのは事実だ。

 

 

「レムは姉様とツカサ君が仲睦まじそうで、本当に嬉しいですよ。スバル君がいて、幸せそうな姉様やツカサ君がいて、レムは毎日がとても幸せです」

「そこまではっきり言われると……なんだか照れるね。でも、礼を言うのはやっぱりオレの方なんだけどなぁ…。レムにも感謝してるし」

 

 

何度目になるか解らないが、日々の感謝と言う意味ではツカサも負けていないつもりだ。

短い期間で、こうも恵まれた待遇、恵まれた環境、そしてここにいる皆。

 

 

心が空っぽだった自分の筈なのに……今は、足りないモノは何一つない。

 

 

「ラムにも感謝してる。すごく、すごく。いつもありがとう。傍にいてくれて」

「―――……」

 

 

ラムは言葉にする事なく、ツカサの腕をとって、身体に引き寄せた。

 

 

 

「ラムちー姉様も、ツカサの前じゃ持ち前の毒舌もゼロな形無し、ってな」

 

 

 

ニヤニヤ、と何処かラブコメを見てる光景だ。

前までの自分なら、こんな甘酸っぱい場面を目撃した日には、盛大に《爆ぜろ!》と言う所だが……、そんな野暮はしないし、心から祝福する意である。

 

レムがラムとツカサの近くにいるのが、ちょっと空気読みポイント減点な部分。

距離をとろうか、と思わなくもないが、今このタイミングでレムを連れ出すのは、どうしてもバレてしまうし、タイミングが悪い……と言う事で何もしない。

 

……それに、レムも幸せそうに2人を見ているから、尚更引き離す真似は出来ないが。

 

 

 

いつの日か、ツカサとラムの様に………自分も――――。

 

 

 

と、思いながら毎日のルーティンにしているエミリアがいるであろう、メイザース領がある方角の空を眺めていたその時だった。

 

 

 

「?? ――――なんだ? アレ」

 

 

 

西の空。

今日は快晴だった筈だ。ずっと遠くまで、この澄んだ青い空を、雲一つない空だった筈なのに、大きな大きな雲が出来上がっているのが目に入った。

 

 

「(……ひょっとして霧ってヤツか? 街道に発生したっていう……。あんな規模なの?? ここから見えるくらいの??)」

 

 

この時、スバルは最大の……致命的なミスを犯した。

突如現れた大きな大きな白い雲。

現れたそれは、明らかに異常事態に等しい怪しい光景だと思った筈なのに、スバルはそれを仲間内に話す事なく、ただ一人で見入ってしまっていた事。

 

 

この時、レムやラム、ツカサに一言声をかけていれば違った未来があったかも知れないのに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――……全てを、氷と雪の下に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間には、頭の中に、何かが響いてきた。

 

一体何だ? と考える間もなく次の瞬間には―――空が白く光ったのだ。

 

それは目も眩む程の光。

一瞬で辺りは何も見えない真っ白な世界となった。

 

 

「な、なに……!?」

 

 

異常事態。

ここで漸くスバル以外にもその異常事態に気付く。

 

一瞬の出来事故に一体何が起きたのか全く解らない。

気付く事は出来ても、理解が全く追いつかなかった。

 

そして、考える間も与えてくれない。

 

突如白に染まった空は、ルグニカ王国をも白に……白銀に染め上げていく。

 

 

「一体、一体何が……!?」

「これは………」

 

 

白に染まっていくそれが、ただ染まっているのではない。

全てが凍っていく、氷結していってるのに気づいた時には、もう全てが遅かった。

 

 

城下町を、ルグニカ王国を囲んでいる城壁が粉微塵となって吹き飛んだ。まるで光の速さで全てを凍らされてしまう。

 

 

それは白の世界――いや、白銀の世界。

 

 

 

空も大地も街も、全てが氷結していく。空気をも凍って逝く。

生きとし生けるもの全てを滅する勢い。まるで世界が終わりを告げているかの様に。

 

 

 

スバルが気づいた6秒後、そこで、動く事が出来たのはツカサだけだった。

 

 

レムも、この時ばかりは動く事が出来ない。

あまりにも一瞬の出来事だったからだ。

 

 

 

スバルが、白い雲を発見し、城壁が消し飛ぶまでの時間は……凡そ8秒程しか無かったのだから。

 

 

 

 

 

「ラムっっっ!!」

 

 

 

 

ツカサは側にいるラムの身体を抱きかかえて、そしてレムの方へと跳んだ。左右の腕にラムとレムの姉妹を抱きかかえ、塞がってしまった手の代わりに、脚を使う。

己の炎の魔法エクスプロージョンを加速装置(ブースター)として活用して、周囲の凍結を緩和しつつスバルの方まで駆け寄る。

 

 

 

ーーーほんの少し、ほんの少しで良かったんだ。

 

 

スバルの身体に触れれれば良かった。それだけで何とか出来た筈……だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――眠れ……我が娘と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルに触れる事は叶わなかった。

 

 

一瞬で、この街の全てを凍土へと染め上げられた。炎を操る自身、そして触れれてるラムやレム以外を助ける事は出来なかった。

 

そうーーー出来なかったんだ。

 

 

恐らくスバルは、何が起きたのかもわかっていない事だろう。

 

 

目の前から姿を消してしまった。厳密に言えば、その身体は粉々になり、粉雪となって空を舞ってしまった。

一瞬の出来事だったが、ツカサの目にはまるで周囲の時間軸がズレ、スローになったかの様に、見えてしまった。

 

 

 

「……!!」

 

 

 

それを目の当たりにしたのは、ツカサだけじゃない。

 

抱えられたラムもレムもはっきりと見た。

 

状況を受け入れられないレムは思考が完全に固まってしまったようだが、逆にラムは急速に回転した。……スバルの死。それが何を齎すのかを……事前に聞いていたからだ。

 

 

この正体不明の氷の厄災。

 

 

一瞬で全てを凍結させた原因不明の事態で、ラムもレムも無事だったのは、一重にツカサのおかげだ。

ツカサが、炎の魔法を使っていたが為に、それなりに抗う事が出来たのである。

 

 

ツカサの中に眠るクルルの力も恐らくはあるだろう。

 

 

だが、スバルが死んだ時点で、それも無意味だ。

 

 

 

 

「――――――――クソっ」

 

 

 

 

記録(セーブ)も施していないから、……戻る事も出来ない。

 

 

スバルの中にいるあの闇が戻す時間軸に強制的に戻される。

 

 

 

そして、その時間は体感時間は限りなく長いがほぼ一瞬。

 

 

身体が、足元から粉々になっていくのが見える。

 

 

 

《ツカ――――》

 

 

 

ゆっくりゆっくり、時間をかけながら身体が粉々になっていく。

 

 

 

それは永遠に続くとさえ思える地獄の時間。

 

 

それは足先から徐々に持ち上がり、頭部にかけてまで全て粉々になるまで続く。

自分の存在の全てが砕けるまで、続く。

 

 

《ツカ―――――》

 

 

 

地獄の中で、光明が見えた気がした。

ただの1人だけだった筈の、この地獄の中で声が聞こえてきたから。

 

 

―――スバルの死で、強制的に戻される間。自身と密着させている者も、共に戻す事が出来る。

 

 

瞬間的に理解すると同時に、この地獄を彼女たちも味わっているのか、と新たな恐怖が生まれた。

 

だが、それを確かめる術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、世界は流転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ぐぁっ

 

 

 

 

 

 

 

創造と破壊、身体の中で、それが超高速で交互に行われる。

 

 

「―――――サっっ!!」

 

 

そして、身体の外では、触れる何かを感じた。

その触れたモノの正体を把握した瞬間……堪えていた、堪え続けていた糸がプツリと切れた。

 

 

 

 

 

 

「――――がはぁぁっ」

 

 

 

 

 

口から大量の血を吐く。いや口からだけじゃない。身体中から血が噴き出ている。

 

そして明らかに致死量を超えてるその血だまりの中に、ドチャッ と嫌な音を立てながら、先ずは膝を落とした。

 

 

 

そして、身体の全てが崩れ落ちる寸前、その頭をその何かが受け止めてくれた。

 

 

 

「い、いや………つか、つかさ……?」

 

 

 

抱きしめる。 

全身に彼の血を浴びながら……。

触れながら感じる。命の炎が消失していくのが。マナが霧散して逝くのが。

 

その身体の温もりが失われていく。 

急速に冷たくなっていく彼の身体を感じる………。感じてしまう。

 

 

 

「つかさ、つかさ?? つかさっ!?」

 

 

普通なら揺らさない方が良いのは普段の彼女なら解るだろう。

でも、今は何も考えられない。

 

ただただ、身体を揺する、揺する、揺すり続ける。

その度に涙が溢れ出てきた。

 

視界が涙で塞がる。

何も見えない。  

それは嫌だ、と初めて彼の血と一緒に自身の涙を拭う。

 

 

そして……晴れた視界の先にいるツカサの姿を隠したその瞬間。

 

 

 

 

 

「ぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁああああああああ―――――――っっっ‼」

 

 

 

 

 

鬼の慟哭。悲鳴が響いた。

 

もう、この世界では知るものは2人しかいないが、その姿は、まるで妹を失ったあの時と酷似していた。

 

 

 

喉を引き裂かんばかりの絶叫が、場に響き渡ったのである。

 




AI生成、ラムちーの慟哭。
https://www.pixiv.net/artworks/117816130


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彼の死に戻り

ツカサ君の


ぐぁ、がはっ!


な、シーン。


何故か、某海賊アニメの一場面が浮かびまシタ!!

少々古いですが、頂上戦争‼
白い髭を持つお爺ちゃんが、赤いワンちゃんをグラグラ裏拳!でKOしかけた場面ですなw
身体がバラバラになるあの演出が大好きだった、と言うのもありまする!!


 

 

 

ラムの説明を聞いて 自分に何が起きたのか、それを知る事は出来た。

厳密に言えば、死の原因は解らないので、何も解決しない、何も解らないも同然だったが、兎に角西の空から、ナニカが迫ってきたと言うのは理解出来たし、朧気ながら思い出す事も出来た。

 

何故、真っ白な世界しか思い出せないのかも。

 

 

それは心臓を掴みに来る暗黒の手、あの魔女の恐怖とはまた違う。

まるで白の悪魔が迫ってくるかの様だ。

 

 

 

「つまり……、今から5日後にまた、それが……」

「……ツカサにはもう無理はさせられない。だからバルス。当日はなるべくツカサと一緒に居なさい。原因が解らない以上、それ以上の自衛手段はないわ。一瞬で全てを凍らされた。抗う事が出来ない程の何かを、ラムは感じた。…………だから、レムもそれで良い? 絶対に5日後は単独では動かない事」

 

 

ラムとツカサは、知っている(・・・・・)からこそ直ぐに理解する事が出来たが、生憎レムは知らない(・・・・)のだ。

 

あの時何が起きたのか、現在どうしてこの場に、言わば過去に立っているのかが理解が追いついていない。

ラムから説明を聞いても理解が追いつかない。

 

ラムが言っていたから、信用に足る最愛の姉の言葉だから、と言う意味では 虚実だとは思っていないが、流石に時を遡ってきたと言っていて、それをそのまま受け入れるにはあまりにもハードルが高いのだ。

 

 

「えと……、つまりツカサ君は時を操る程の大魔法を使ってた……と言う事でしょうか? その反動で……、スバル君を救った反動で……」

 

 

理解が追いつかないが、それでも言葉にする事は出来る。

あまりにも規格外……それどころじゃない。時をも動かす神業など聞いたことが無いし、世界の核であるオド・ラグナがそれを許すとは到底思えない、と言う結論も有る。

 

ロズワールの元で、魔道学を学んできて多少なりとも教養があるからこそ、レムは解るが、世界を揺るがす程の力を見出した者たちは全て例外なく心身をやられて廃人となった、と言う事例がまざまざと残されている。

 

 

だが、ツカサのそれは揺るがす所の話ではない力じゃない。

 

 

レムの混乱は当然ラムにも共感覚を通じて伝わってくる。

それが当然だと思うし、今ツカサがこんな状況じゃなかったら、彼の言葉も交えてレムに説明をしていただろう。

 

 

「……ええ。ラムとレム、それにバルスが事切れる刹那(・・・・・・)、ツカサは救ってくれたのよ。……多分、咄嗟の事だったから、身体にかかる負担が大きかったんだと思うわ」

 

 

ラムはここではレムに虚実を織り交ぜて説明を入れた。

 

実を言えばツカサから聞いているのだ。………スバルの中に居る(ナニカ)を。

 

知られた時点であの闇には命を狙われる可能性が極めて高かった様だが、そこはクルルが説得し、それに応じてくれてる形になっている。

 

以前、スバルの中に居る(ナニカ)についての説明を聞いた。

 

 

誰にも知られたくない、スバルを死なせたくない、その為なら何でもする。……命をも喰らう。

 

 

その強過ぎる想いがあるが故の狂気の行動が、心臓を握らんとする闇の手。

ラムはクルルが説得したから、と言うよりは、説得に応じてくれた理由は、恐らく好意のベクトルが自分はスバルに向いていないからだろう、と推察していた。

狂気に満ちたその独占欲、歪んだ愛情を持つ(ナニカ)を言い聞かせる為には、それが一番説得しやすい、とも。

 

その点、レムはそう言う訳にはいかないだろう。

 

スバルに好意を確実に持っているし、日に日に好きになって行っていると共感覚でラムにも伝わるから。

 

だから、なるべく……この力はツカサ主体のモノである、としなければならない。

 

 

「(………本当に どうして、どうしてそんな無茶したの……?)」

 

 

ラムは、眠り続けるツカサの手を握り締めた。

ツカサの力の全てを知っているワケではないが、それでも、それでもツカサが無茶をしたと言う事くらいは解る。

 

戻る――――と言う意味では、未来の出来事の説明が難しくなるかもしれないが、事情を知っているラムであれば、それにツカサの言う事であれば、信用するし行動もスムーズに行える。

 

なのに……、ツカサはこうまで傷ついた。

 

 

「…………」

 

 

ラムはツカサの手を持ち上げ、自身の額に当てた。

そこは鬼の角が在った筈の場所。

 

これまで貰ったツカサのマナ。……治るのであれば、返せるのであれば、どうにか渡したい。……そう強く念じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのラムの反対側にはスバルが居る。

 

未来の話を聞いて、白い悪魔が襲い掛かってきた事を聞いて、驚くと同時にやはり不甲斐なさが募ってくる。思わず目頭が熱くなり、何よりも自分が許せない。

 

 

「レム。……もうレムも解っちまったから、説明するけど、オレは何度も何度もツカサに助けられたんだ。……誰よりも弱いこのオレが、ここまで死なずに来れたのも、ツカサのおかげで………」

「…………っっ(まさ、か……。お屋敷でも、ツカサ君は………っ)」

 

 

誰よりも弱い。

唯一もつ異能は、誰よりもツカサを傷付けてしまう、とスバルは思う。

 

 

そして、レムはスバルが何度も助けられている、と言う言葉を聞いて、あのロズワール邸での出来事を連想させた。

ツカサとスバルが屋敷へとやって来た2日目の朝……ツカサは吐血し、倒れた。ラムが慌ててツカサの元へと向かったのを覚えている。

 

あの時は、正直ラムの様子が不自然にレムは思えていた。

レムからすれば、ラムが突然庭園の方へと駆け出していったのだから。

何の前触れもなく前兆も無く、いの一番に倒れているツカサの元へと駆けつけた。比較的傍に居るエミリアよりも早く、スバルよりも早く。

 

 

―――ツカサが倒れる事を知っていたとするなら、説明がつく。ツカサが今回の様に繰り返したと言うなら、ラムの行動の全てが説明がつく。

 

 

「ツカサ君、ツカサ君……っ」

 

 

前回は、直ぐに目を覚ましてくれた。

ツカサを客間へと運び、身体を拭き、ラムとレムが一緒に看病をし続けて……比較的早く目を覚ましてくれた。

 

 

だから―――今回もきっと、目を覚ましてくれる。

 

 

ラムのあの顔を視たくないし、レムにとって義兄とも言えるツカサの帰りを、レムは信じて祈るのだった

 

 

 

 

そんなレムの隣で、スバルは歯を喰いしばっている。

 

 

 

「………なんで、オレが………っ。オレは、もう………」

 

 

 

―――もう、死んだ様に生き続けるしか無いのではないか……? と思い始めてしまう。

 

 

そう思った、頭を過ったその時、左手に温もりが在った。

レムのものだ。

 

口には出さないが、それでも……まるで、自分の考えを否定するかの様に、強く握り締めてくれた。

 

 

だが、それでも、強烈な虚無感が拭えない。

力がないのに、望むものは限りなく高い。こんな修羅の世界で、生と死が隣り合わせにある世界で、夢ばかり見続けてきた。

 

そして、そんな自分の変わりに――――傷つくのは、引きこもりだった自分が出来た……もう、ずっと出来ないだろう、と心の何処かでは解っていた相手。……親友だ。

 

 

このままでは、自分自身がその親友を殺すのではないか?

間接的に、彼が今後も救い続けるだろう、英雄的な活躍をし、数多の人々を救い続けるだろう人々まで、自分は殺す事になるのではないか?

 

 

「………、オレが、オレも、……オレにお前の苦しみを分けてくれたら……ッッ、変わってやれたなら……っ」

 

 

スバルは、最後ギリッッと強く歯を喰いしばった。

曲りなりにも、死を何度も体験してきた身だ。ツカサが味わっている死の体感。それをどうにか自分の身に背負えないか、とまた高望みをしてしまう。

 

 

だが――――本気でそう思っているのか怪しい所だ。

 

 

 

スバル自身は、エミリアやパック、ベアトリス、……そしてカルステン家ではフェリスと、身体を治してもらえれる。

骨を折ろうが、頭を割られようが、歯を折られようが、全て元通りに戻してくれる。

 

だが、ツカサのこの苦痛だけは誰にも治す事が出来ない。クルルと言う規格外生命体を除けば、治療手段がないのだ。

 

そんな苦痛をこの身に受ける覚悟があるのか? 

出来ないから、高望みだから、格好をつけて調子が良い事を言ってるんじゃないのか?

ツカサの感じている事を、体験してきた事を同じく味わえば……対等になれるとでも思っているのではないか?

 

 

スバルは自問自答を繰り返したその時だ。

 

 

 

 

 

 

「――――じゃあ、体験してみる?」

 

 

 

 

 

時が……止まった。

 

握ってくれてるレムの手から、温もりが消失し、自分の身体が寸分も動かす事が出来ない。

だが、視界だけははっきりしている。

 

ツカサの身体から、あの精霊が……クルルが出てきた。

額の紅玉を妖しく発光をさせながら。

 

 

 

「でもね、悪いけど これ(・・)は、オススメはしないよ。本当にキツイと思うし。この子はボクの事を愉快犯だ、って言ってたケドね? 流石に分別くらいはつけれるさ。痛みで苦しむ様を延々と眺め続ける様な加虐趣味はないしね。――――まぁ、たまにはアリかもだけど、この子は結構続けてきてるから、もう、そろそろな~~、って感じ? だし」

 

 

 

調子の良い、それでいて流暢な声が頭に直接響いてくる。

だが、それはよくよく聞いてみると真剣なのかふざけているのか、よく解らない抑揚のない声でもある様に感じた。

 

 

 

 

「―――何、言って……?」

「ん? つまり、あの体験。この子が感じたヤツを君に。追体験くらいはさせて上げれるよ? この子が辿ってきた道を、なぞらせる事は出来る」

 

 

そこまで言うと、クルルは次に首を左右に振った。

 

 

「但し! おすすめしない、って理由も聞いてね? 追体験した結果、肉体には傷は追わないけど、精神が崩れる可能性は大いにある。精神が完全に崩れたら、ある意味肉体の死も同然だからね? あっ、こっちも一応言っておくけど、君が本当に死ぬわけじゃないから、君の中に居る娘も、戻すみたいな手は出せないんじゃないかな?」

 

 

 

戻る事が出来ない本当の意味での正念場であり、ある意味究極の選択だ。

 

 

 

「まぁ、客観的に見れば《君は受けるべきだ!! この子が君の為に、こんなになってんだぞっっ!!》 って、熱く語っても良いんだけど~、いや ほんとにオススメしない、って事だけ言っておくよ。ある意味では、彼が選んだ道でもあるんだからね。覚悟はしている筈さ。―――辛くて、キツくて、苦しくて。君の知る世界やこの世界。比較の仕様がない程の地獄だから」

 

 

お誂え向きだ。

覚悟が試される。

先ほどの嘆きが、ただのポーズでないと言う事を、ここに示す事が出来るのだから。

 

 

「……確認させてくれ。それを受けて、オレが死んじまって、またツカサに追い打ちをかける……、なんて事にはならねぇよな?」

「あ! それは大丈夫大丈夫。肉体的には本当の意味で死ぬわけじゃないから。さっき言った通り、君の中の娘は手出しできないと思うよ。今、この瞬間も完全に隔離した次元だから、手が出せてない様だし??」

「………後、頼みを、聞いてくれないか?」

 

 

スバルは意を決した。

目の前に佇む大精霊(クルル)に向かって、己の覚悟を決める。

 

 

クルル(・・・)として、出来る事なら、って範囲だけど、良いよ」

「クルルとして、って……。それでも今まで十分スゲー範囲だと思うぜ。つーか、その縛り無くなったら、一体どんだけの事が出来んだよ」

 

 

 

それはツカサもだろうが、スバルも度々聴く最後の一言。

聞く度に疑問に思っていた事でもあるし、自分自身がクルルとは別物だ、と言う区別にもなってたりしている。

 

何処まで本当なのかは流石に解らないが。

 

スバルから聞かれて、クルルは時が止まった空間を自在に動き、スバルの真ん前で首を傾げながら言った。

 

 

「んっん~~……、全知全能?」

「……マジで言ってる所が、ほんとヤベーよ」

 

 

それは冗談の様で、冗談に聞こえないから末恐ろしい。

ツカサの苦痛を追体験させてあげる、と言ってる所もだし、時を止めている所もそう。……更に言えば時間を撒き戻したり、何処かのゲームよろしく、セーブやロードまでやっているのだから、クルルの時点で十分過ぎる程ヤバイ存在だ。

 

神だ、と言われても何らおかしくはないが、スバルにとってはあまり好ましくないものでもある。

 

 

《神より鬼の方が好き》

 

 

と、以前レムに伝えていた事があるからだ。

だが、そんな心配は杞憂に終わる。

 

 

「あはは。まっ冗談冗談。でも、あまり干渉し過ぎるのもちょっとね。この世界から弾かれてしまうかもしれないし、逆に世界が壊れてしまうかも知れないし、どうなるか解んない、って所が正しいかもね♪」

 

 

 

心配していた神様嫌い、鬼の方が大好き、発言は杞憂に終わったが、別の意味で冷や汗が出る思いだ。時間が止まっている筈なのに。

真面目に世界が壊れるやどうなるか解らない、と聞かされた日には……本能的に怖気づいても仕方のない事だろう。

 

 

「……解った。もし、もし、そのオレが死ぬ事(・・・)になったら、お前の手で封印してもらいたいんだ」

 

 

これ以上ツカサに迷惑かけない様に。

兄弟が、傷つかない様に。

 

そして、後周りにそれとなくフォローしてもらい。何でスバルがそうなったのかを。……そして、ラムに激怒(キレ)られる可能性が極めて高いので、ツカサには影響がない事も同じく。

 

恐らく、そうなってしまったスバルは、治癒術士であるフェリスにも治すのは不可能だろう。

なら、流れで言えば、そこからクルルが治療を試してみる、と言うのが自然な形だ。

 

治療を名目に、半ば封印。本当に死ぬ事だけは防ぐ様にして貰いたい。

 

 

 

それがスバルの願いだった。

 

先ほどの想いが、先ほどの決意が、……先ほどの覚悟が、嘘にならない様に。

 

 

 

「スバル君風に言うなら、OKだ。行く気満々な様だけど、更に言えばこれは片道切符で途中下車は不可だ。辛いから一度止めて~って言うのは出来ないよ? これも冗談抜きで。それでもOK?」

「ああ。OK。よろしいですか? の意味に加えて、問題ないですよ、とも使える」

 

 

クルルはそれ以上は何も言わず、額の紅玉を更に光らせると、ふわふわと浮いた。

すると、その身体は手のひらサイズだったというのに、倍以上の体躯……スバルの身体半分程の大きさになって、その手を取った。

 

反対側はツカサの額に触れている。

 

ラムの手を透過し、ツカサの頭の中へと手を入れる様に。

そして、また抑揚のない声がスバルの頭の中に流れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――じゃあ、逝ってくると良いよ。……彼の死に戻り(・・・・・・)を体感しに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




逝ってらっしゃい…… (/・ω・)/


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無間地獄

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇ!!!」

 

 

 

暗闇に包まれたかと思いきや、スバルが次に感じたのは何処かに放り出された様な感覚。

まるで、高い所から――――いや、高い所、と言うより空から突き落とされた様な感覚だ。

やった事は無いが、スカイダイビングがひょっとしたら、近しい感覚かもしれない……、と冷静に頭は回転し、漸く理解が追いついた。

 

 

なんてことはない。

本当に落ちているのだ。真っ逆さまに。

 

 

自分の身体じゃない様に、まるで何処も身体が動かせない。指一本すら動かせないのに、意識を失う事さえ出来ない。落下の恐怖、これが地獄なのか……? と叫びながら感じていたその直ぐ後。

 

 

 

「ぎゃああああああああああああああ!!」

 

 

 

ドスンッ! と尻から落ちた。

感覚から察するに、これは竜車の荷台だろうか。

 

 

「痛ッ………、なんて乱暴な放り出し方………!」

「放り出され? ってか、この声って………」

 

 

周囲を見渡すも、今の自分の姿を見る事が出来ない。

早く鏡を所望したくもなるが、生憎声も届いていない様だ。

 

誰か別の人物の中? に入った様で、視点だけは向いてる方向関係なく360度見渡せる様だが、現状は五感の1つ視覚しか機能しなくなっている。

 

 

そして―――更なる地獄が襲い掛かる。

 

 

 

「んなんだそりゃああああ!!! 無理無理無理無理!! ぜーーーったい無理っっっ!!」

 

 

 

竜車の背後より迫りくるとてつもなく大きな物体。

空を泳ぐ、その形状(フォルム)は何処か鯨を彷彿とさせるが……、自分が知る鯨は空なんか飛んだりしない。

おまけに、全長は50mくらい? ありそうだ。海洋生物に詳しいワケではないが、最大規模のシロナガスクジラでさえも大体20~25mと聞いているので、それよりも遥かにデカい怪物。

 

真っ暗闇の中、霧をまき散らしながら、それはスゴイ速度で追いかけてくる。

逃げ出したくても逃げ出せない、あまりにもホラーな体験。

どれだけ叫んでも、声は届かないが喉が潰れる心配だけは無さそうだから、そこだけは良かったのかもしれない。遠慮なく最大音量の叫び声を上げ続ける事が出来るから。

 

これはこれで、発散になっているのかもしれないし。

 

 

 

迫る大きな大きな物体。

その正体が一体何なのか……、それを漸く認識したのは、その直ぐ後だった。

 

 

 

「白鯨、白鯨、白鯨!! 見た事無くても名前くらい聞いたことあるでしょうがっっっ!!」

 

 

竜車の持ち主。

それは初めて出来た友達だ、と言っていた人物。

 

 

―――オットー・スーウェンがそこに居たのだ。

 

 

 

そして、その口からあの化け物の正体が明かされた。

400年間も世界を蹂躙してきた大魔獣だと。

 

 

 

 

 

 

「食事中申し訳ない。―――――ソコ、災害警報発令中」

 

 

 

 

そして、自分は………スバルははっきりと認識する事が出来た。

今、自分がどうなっているのかを。

クルルの中のナニカが、自分に何をしたのかを。

 

 

 

 

「―――……オレは、ツカサの中に居る、のか? それも過去の……」

 

 

 

 

名前こそは聞いていないが、声の感じや雰囲気。オットーと言う商人の存在。

そして何よりもその後に発動した《テンペスト》と巨大すぎる鯨《白鯨》。

 

叙勲式の内容が嘘ではない、と言うのがこの目ではっきりと解った。

スバルが分かった所でどうと言う事ではないし、証明できるような事ではないが、それでもはっきりと解った。

 

 

 

「………いや、カッコ良し男かよ」

 

 

 

颯爽? とツカサはヒーローの様に現れたかどうかは別として。

※結構無様な着地だった。

 

絶対的な死である、あの巨大な白鯨に追いかけられていた時、それを見事に救ってのけたのだから。その後倒れた様だが、聞いた通り目を覚ました直後にあの白鯨+超強力魔法発動。ともなれば、曲りなりにもマナを扱った事があるスバルでも、一発でヤバイ事くらい解る。

 

オットーが女だったとしたなら、間違いなく惚れている場面だ。寧ろオットーも惚れてるかもしれない。あの顔を見てみれば。

生憎、男が男に惚れるそっち系の趣味はスバルには無いので、深く考える事なく、オットーの事を見るのもやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後―――聞いてた通り、オットーと暫く旅をする様だ。

ツカサが目を覚まして、商人達との話の輪に入り、そこでオットーの不幸さ加減も筋金入りだと言う事が解り、ツカサのジャンケン不敗伝説もここから始まり……。

 

 

「……他人の思い出? に土足で侵入してるオレ大丈夫なのかよ?」

 

 

と、次第にスバルはあまりにもプライバシーの侵害をし過ぎているのでは? と逆に悪い気がしてきた。

地獄を体験しろ、逝ってこい、と言われて相応の覚悟を持って挑むつもりだったが……、本当の意味でツカサの追体験をするとは思っても居なかった。

 

確かに、これならば自分が死ぬタイミングのツカサの様子が解ると言える。肉体的な痛みは今の所皆無。ただ驚かされて心臓に悪い気はするから精神的にはキツイ部分はある程度だ。

だが、それまでの間、ツカサに断りも無く、その中でずっと見続けると言うのは……、正直抵抗がある。

 

 

 

「まっ、これは入門編だよ☆ 大体自分の状況が解るまでの、って感じかな?」

「どわぁぁぁっっっ!!?」

 

 

 

そんな時だった。

耳元で、いきなり囁かれた。

声が聞こえた。それは物凄く傍なのに、その姿が一切見えない相手。

 

 

「おまっ!? クルルか!?」

「今自分に何が起きてるのか、何を見ているのか、それをしっかりと把握しておいた方が良いでしょ? —————この先を視る(・・)為にも」

「いきなり声かけてくんなよ! ドッキリ所の話じゃねーぞ! しかも姿見えねーし! ツカサの中のオレの更に中とか、マトリョーシカかよ!?」

「うんうん。ある程度緊張は解れたみたいだね? でも、そろそろクる(・・)よ」

 

 

クルルの中の……、ナニカ、と命名しよう。

スバルは、ナニカが来る、と言ったその瞬間空間が歪んだのが解った。

 

つい先ほどまで、オットー達と過ごしていた筈なのに、空間が歪み―――場面は見覚えのある街中の風景に変わる。

そして、更に視界がぼやけて……。

 

 

「ここは……王都の……? それに、オットーやラムまでいる」

 

 

歩いているのが解る。

軈て、オットーやラムの姿をその視界に捕えた。

 

 

 

「お待たせ―」

「遅いわよ、ツカサ。………店巡りして楽しんできたみたいね」

「ツカサさん、お疲れ様です! 早速ですが、聞いてくださいよ! ラムさんが酷いんです! こんな短期間で有力な情報なんて、普通に難しいって分かる筈なのに………………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程成る程。そこはやっぱオットーだよな。んでもって、兄弟は流石だ。……ラムが一緒って事はエミリアを探してた、って事か。………それって、つまり――――」

 

 

 

場面を、スバルも思い返していく。

自身の記憶の中を、繰り返した時間も含めて思い出せた。

 

 

そう、エミリアと共に行動をしていたのはスバル。

この時、ラムはエミリアを探す為に、ツカサやオットーに頼んだ形だ。

 

 

そして、これは正真正銘の1周目で――――。

 

 

 

「「ッッ!??」」

 

 

 

 

 

そう、この時、この瞬間だったんだ。

 

 

 

 

《オレが……必ず、—————お前を救ってみせる………ッ》

 

 

 

 

初めて、死んだ(・・・)のは。

 

「―――――――――――――ッッ!!?」

 

彼を初めて巻き込んでしまった場面でもある。

そして、これこそ(・・・・)が彼が見て、感じてきた世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、か、あッ、あ゛あ゛あ゛―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世のありとあらゆるものが、全てが捻じ曲がっていく。

それは歪に、更に歪に、生理的嫌悪感が何処までも高まるかの様に捻じり上げ歪んでいく。

 

 

人も建物も、王都や王城、大地すら関係ない。

 

 

この目に映る範囲もの全てが捻じり切られ、粉々になった。

 

その異質にして異様な力は……世界を滅ぼす力は、軈て具現化し黒い靄の様に変化して、纏わりついてきた。

 

 

 

「おっとー、ら、らむ……、ぐ、が、ぁ………」

 

 

 

黒い靄は完全に大地を消滅しさせると、今度は自身に来る。その足先から這い上がってきて……徐々に身体が同じく粉々に砕いていく。

 

それは《痛い》や《激痛》と言い表せるものじゃない。

この世のありとあらゆる痛みを集合させているかの様だ。

この世の不吉の全てを集合させたかの様だ。

 

 

 

腹を裂かれた。

腹を貫かれた。

内臓を露出した。

死の寸前までの衰弱を味わった。

 

 

 

死までの苦痛を味わった事のあるスバルにおいてでも、それがまるで稚拙。まだ先を知らない幼稚で未熟な責め苦痛。本物を知らなかった、とこの時程思った事は無いだろう。

更に深い、底が見えない地獄の拷問を受けているかの様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あがっっ、ぎぃっ、んぐがッ、が、ぎぃぃっっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただただ、死ねない気を失えない、目を逸らす事も出来ない、全てが封じられ、ただただ、この永遠とも言える。

叫びをまだ上げていられるだけ幸運なのかもしれない。もっとのた打ち回りたい、暴れまわりたい衝動に苛まれるが、肉体を持たない自分は、ただただ精神を甚振られ続ける為どうしようもない。

 

だが、それは彼も同じだった。

 

世界が壊れたのだ。

ここから先は、存在がもう無くなってしまった。

 

並行世界の様なものは、この先には無い。

ただただ、巻き戻る過程で、全てを無に返す。

 

 

 

―――これは世界の苦痛? 世界の悲鳴? 世界の――――怨嗟?

 

 

 

 

それらを一身に、全てをこの身に味わい続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ……。時を巻き戻すか。その元、原因となるモノは………いや、やめておこうか………」

 

 

 

闇の中で、声が聞こえた様な気がするが、それどころではない。

だが、まるで関係ないかの様に、その声は続く。

 

 

 

 

「さぁ、目を覚ませ」

 

 

 

 

 

 

 

そして―――苦痛が和らいだ気がした。

 

いや、少し違う。

 

苦痛は、激痛はそのままだ。

 

闇の中で世界が動き出したのを見た。ぼやけた光が視界の中に広がったのを感じて、苦痛以外のナニカを感じた為、僅かながら相殺された様に思えただけだった。

 

 

―――――――――――――!!!!

 

 

イメージを言うなら、声にならない奇声を発しながら、のた打ち回る様。

 

だが、ツカサは違った。

血を流していた。苦痛は去っていないが、それでもどうにか立っていた。このトンデモナイ苦痛の中、立つ事が出来ていたのだ。

 

ラムに思いっきり地に叩きつけられたが。

 

それでも何でもないかの様な顔で、周りを心配させない様に。

 

 

 

「■■■■■■■———……」

「これがあの子が感じてきた世界だよ。世界の崩壊とは言い得て妙、って所かな? その世界の痛みを全て、あの子が引き受けた形だね、きっと。勿論そんな事了承してないと思うけど」

 

 

 

声にならない、思考が纏まらない。

 

不快、気持ち悪い、痛い、苦しい、辛い

 

ただ、言葉にするとそれらな筈なのに、自分が何を言っているのかさえ解らない。

 

 

 

「で、これがこの時後2度程続いた、かな? そうだよ。君が死んだ回数だ。スバル君」

「●●●●!? ■■■■!?」

 

 

 

 

声にならない。

聞こえなかった筈だし、頭の中に入らなかった筈なのに、はっきりと理解し、聞き取る事が出来た部分は在った。

 

 

そう、アレ(・・)がまたやってくると言う事が。

 

 

 

 

今以上の地獄は知らない。

 

 

 

最も深く、最も恐ろしい地獄が今、迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――彼はいったい何を目にしているのだろう?

 

――――彼はいったい何を思っているのだろう?

 

 

 

彼は死と言うモノを安易に考えてしまっていた、と言うのではないだろうか?

死に戻りを体験し、文字通り死ぬほど苦しい苦痛を数度受けても尚、立ち上がる事が出来た。助けてくれる親友に支えられながらも、立ち上がり、再起を誓う事が出来た。

 

自分の死が、何を意味するのか一切理解しないで。

 

 

 

 

――――今は、何度目の死だろう?

 

 

――――後、何度死を迎えれば終わりなのだろう?

 

 

 

 

片道切符だと言っていた。

途中下車は出来ない、と。

 

いや、仮に出来たとしても、思考が定まらない。降りる(・・・)と口にさえ出来ない。

自分が今どうなっているのか解らないでいるからだ。

 

 

ただ―――――着実にその苦痛は上書きされていく。

 

 

死に戻りで、世界を破壊し、その世界の怨嗟が上塗りされ、つもりに積もっていく。

 

 

彼が死んで死んで死んで………そして、最後に待っているのは、今回の死(・・・・)

体感的には成るが、恐らく一番凶悪なモノ。

 

直ぐに立ち上がる事が出来た彼が、……長くても1時間程で起き上がる事が出来ていた彼が、一番長引いているのが、この最後の死。

 

 

 

――――本当の意味で、自分の存在が捩じ切られるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最後の死がやってきた。

あの白い悪魔がやってきた。

 

ものの数秒で、脆弱な命を散らした正体不明のナニカ。

 

 

 

 

―――クルルといい、アイツといい。《ナニカ》って名前が多いな。

 

 

 

 

最後の命が潰えるその瞬間、どういう訳か、彼は戻ってくる事が出来た。

理屈は解らないが、それでも馬鹿な事を言える、軽口を考えるだけの事は出来る様になった。

 

だが、これ以上重ねれば、正真正銘の死が待っているだろう。

 

最後の白い悪魔が、その命を食い荒そうとしたその時だ。

 

 

 

 

「何やってるんだよ。馬鹿」

 

 

 

ぐいっ、と身体を起こされた感覚があった。

先ほどまでは、中に居た意識だけの存在だった筈なのに、掴まれた肩には感覚がある。

起こされたと言う感覚もある。

 

その手を掴もうとしたら……掴めた感触がある。

 

 

そして、白く塗りつぶされた筈の世界に、はっきりと彼の姿が見えた。

 

 

「いや、これはスバルに言うべきじゃない。……アイツ(・・・)か? アイツ(・・・)に連れてこられたな?」

「ぁっ……ぅ………っ、ぃ………」

「ゆっくり、ゆっくりで良い。ゆっくりで良いから、深呼吸……をするみたいにイメージしてみて。ここは現実と違うから、感覚も勝手も少々違うから難しいと思うけど、……大丈夫だから、落ち着いて」

 

 

背を摩られ、肩を叩かれ、その度に命が吹き込まれてくる様な感覚を自分は……スバルは覚えた。

 

 

「……取り敢えずさ? スバルは、オレには抗う術って言うのがある、って事忘れてないかな? いうならスバルは無防備で飛び込んできたんだよ? 防具も武器もない、裸の状態で魔獣の群れの中に入っていったも同然なんだよ? ……オレよりキツイの貰ってるよ、それ。だからこそ……」

 

 

彼は……ツカサはそう言うと、両方の肩を軽く叩いて、言い利かせる様に続けた。

 

 

「大馬鹿で、………凄いよスバルは。どうやってここまで耐えてこれたのか説明つかないし、理解出来ない程にな」

「ぁ……、ぅ………っ」

「だから、もう戻れ。オレは多分、ここでの事は覚えてないと思うから、何聞かれても解んないって事だけ覚えておいてね?」

 

 

 

そう言うと、軽く身体を押される。

白の世界から再び黒の世界へと身体が押し戻されていった。

 

 

 

「スバルの気持ちは嬉しいよ。凄く嬉しい。オレは1人じゃない、って思えたから。…………だけど、もうちょっと、やる前にちゃんと考える事!」

 

 

 

 

 

 

 

その声と共に――――スバルの意識は完全に消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルが完全に消えた後。

 

 

 

 

「いやはや、ただの人間の力って侮れないもんだね。ささっと驚かせた後、連れて帰ろうと思ってたら、最後の手前まで行くんだもん☆ 本気で驚いちゃったよ。………彼、本当に(・・・)ただの人間………なのかな?」

 

 

 

何処か愉快そうな、そんな声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ス」

 

 

何処から聞こえてくるのか解らないが、はっきりと聞こえてくる。

 

 

「――――ルス‼ ――――ルス!」

 

 

その声は着実に大きくなってきて、そして――――。

 

 

「バルス!!」

「っっ……!?」

 

 

身体を走る鈍い痛みと共に……意識を完全に覚醒させた。

 

 

「話を、聞いていたの……? しっかりしなさい。ラムの気も知らないで、ほんと情けないわね」

「あ……あっ………、らむ? ラム……?」

「何を呆けた顔をしているのよ。……ツカサが目を覚ましても、そんな顔してたら、ハっ倒すわよ」

「……大丈夫、ですか? スバル君」

「れむ……? レム……?」

「は、はい。レムですよ。ど、どうしたんですか? スバル君」

 

 

スバルは、伸ばしてきたレムの手を握る。

右手にはツカサの、左手にはレムの。それぞれの感触を確かめる様に何度も握っては緩めて、を繰り返した。

 

 

 

……あの全てが白昼夢だったのか……? と思える程安くはない事は解っている。

 

 

 

幸いな事に、生きたまま死んでる様な状態にはならなかった様だ。

ハッキリしない点は多々あるものの、唯一解るのは、自分は生きていると言う事実。考える事が出来ると言う事実。

 

 

だが、それが必ずしも良かったとは言えない。

 

 

「っ………!」

 

 

スバルは、ツカサとレムの手を解くと、わき目も振らず走った。覚束ない足取り、転びそうになっても、どうにか這ってでも只管足を動かして、この部屋から逃げる様に出て行ったのだった。

 

 

「スバルくんっ!?」

「………レム。バルスをお願い。ツカサはラムが看てるから」

「は、はい!!」

 

 

ラムは驚いたり、怒鳴ったりせず、ただただレムにスバルの事を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る、走る走る走る。

 

 

カルステン家のを飛び出して、誰に見られても関係なく、ただただ只管に走り続けた。

 

 

 

 

――――覚悟を、決めた筈だったのに。

 

 

 

 

苦しかったし、辛かったし、痛かった。

簡単に説明できない程の体験をしてきたのは、魂がはっきりと覚えている。

 

 

 

「さい、ごの、さいごで……、オレは、オレは………どこまでも、どこまでもっっ」

 

 

 

そう、魂がはっきりと覚えている。

覚悟を決めた筈だったのに、最後の最後で……また、ツカサに救われた。

 

ツカサの苦しみを解る為に。自分が齎した結果、何が起きたのかを本当の意味で理解する為に、あの世界へと赴いた筈だった。

 

キツイとヤバイと、止められても尚、制止を振り切って突撃した結果……、どうなった?

 

 

「また、またっ……」

 

 

無くした筈の五感ははっきりと戻ってきている。

擂り潰されていく地獄を経験しながらも、五体満足で戻ってきた。

 

とてつもない安堵感に満ち溢れている自分自身が憎くて仕方が無い。

 

 

 

「――――かくご、きめた? だと?? あのざまでか?」

 

 

死の深淵で、助けられた結果……スバルに齎されたのは生きてて良かったと言う安堵感。

《自分は安全である、……助けられると言う愉悦》

 

 

あのまま、死んでしまった方がマシだった、と思える今この瞬間も、ただの格好つけだ。

 

 

 

 

 

 

 

走って、走って緩やかな斜面を下って……、また走って走って、辿り着いたのは城壁の内外を繋ぐ王都正門の上部。

 

王都ルグニカと書かれたハ文字とロ文字がはっきりとスバルにも読めた。

 

 

 

 

――――………このまま、死とは無縁の何処かに逃げた方が良いのか?

 

 

 

 

正門の先に広がる空を見ながら、そう思ったその時だ。

 

 

 

「スバルくんっ!!」

 

 

 

 

取り得もない、覚悟も似非。

そんな自分の為に必死になって追いかけてくれた少女の姿を見たのは……。

 

 



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お慕い申しております

 

 

 

「―――――――っっっ‼」

 

 

 

 

 

 

―――何処かで、誰かが泣いている様な声が聞こえた。いや、泣き叫ぶ。そんな悲鳴を確かに聞いた。

 

 

辺りは一面黒の世界。

そこには1点の光も無い、まさに純黒と言える世界で、誰かが泣いている様な気がした。

 

 

意思とは別に、反射的に泣き声がする方へと歩いている……気がする。

 

 

歩いて、歩いて、歩いて……、延々と黒が続く世界で、ポツン……とスポットライトが当てられたかの様に、照らされている部分を視界が捕らえると、跪き顔を覆っている少女が見えた。

 

 

この悲鳴の主……それはあの彼女が泣いているからだと言うのは解った。

 

 

何に、対して泣いているのだろう? 何でそんなに……?

 

 

それらの疑問は即座に消え去る。

泣いている少女の姿を見た瞬間、身体に電流が走ったからだ。疑問を考える余地もなく。

 

黒一色だったせいか、ピントが合わず、ぼやけているかの様に、輪郭が解らず朧気だったかの様に、そんな世界が一気に覚醒していく。

 

 

否、世界ではなく自分自身が覚醒していく。

 

 

脳に電気信号が流れ続けた。

忘れるな、忘れるな、忘れるな―――と、それは身体ではなく魂にまで刻まれているかの様に。

 

 

軈て、どうして少女の事が解らなかったのか、と逆に理解出来ない境地までたどり着くと、今度は自身が目を覆いたくなる衝動に苛まれる。

 

 

これは、あの時の(・・・・)慟哭だ。鬼の慟哭、悲鳴、絶叫。

 

 

あらゆる負の感情が、全て込められている。それを体現しているかの様な姿。

 

 

―――見たくない、そんな顔……、泣いている姿を、見たくない。

 

 

 

 

泣き叫ぶ少女に近付こうと駆け寄る……が、どうしてか、近付けば近付く程―――少女は離れていく。

離れていってるのに、声はしっかり届いている。

聞きたくない、見たくない。でも、追いかけて、追いかけて、追いかけて、追いかけ続けて……。

 

 

 

 

 

 

「――――ラムだって、見たくない」

 

 

 

 

 

いつの間に、だったのだろうか。

気付けば目の前の、少女がいた。

 

顔を覆っていた手を離して、涙を流し続けている少女が、真っ直ぐとこちらを見て言った。

睨みつけられている様な、それでいて悲しそうな、辛そうな……、表現するのが難しい表情のまま。

 

そして、最後の最後で漸く気付く事が出来た。

 

少女が、どうして涙を流しているのか。どうして、あの時の様な(・・・・・・)慟哭を上げているのか。

 

 

少女の腕の中には男が居る。

黒の世界に当てられた光の中で、更に赤が加わる。

真っ赤に染まる男を胸に抱きかかえた少女の姿。

 

 

 

 

「―――――忘れないで」

 

 

 

 

胸に抱きかかえたまま、少女はこちらを見据えて、目に、魂にまで焼きつけるかの様に、静かにそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――瞼が重く感じた。

 

薄く光が見えるのが解った。

ゆっくりと開いてみると……窓から差し込んだ日の光が自身を照らしてくれている。とても暖かく心地良い温もり……は、決してこの日の光だけではなく。

 

 

「…………」

「ぁ………」

 

 

この手を握ってくれている少女のお陰でもあるだろう。

気が付いたら、天井を見上げていて 手を握ってくれている。……随分久しぶりの様な気もする。

 

 

「ラム……?」

「目を、目を覚ましたのね」

 

 

ラムが一瞬身体を震わせたのが解った。

目元や頬、顔が赤いのが解る。

 

どれくらい眠っていたかは解らないが、ラムの様子を見て 随分待たせてしまった事を理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、だよ。あんな事が起こるなんて、思いもしなかったから、完全に油断してた。……ありがとう」

 

 

ある程度、頭の中が整理出来た所で ラムに礼を言いながらツカサはゆっくりと身体を起こして、ベッドに腰掛ける体勢になった。

丁度、ラムと向かい合う姿勢だ。向かい合ってラムは表情を俯かせた。

身体が小刻みに震えているのも解る。

 

 

「大丈夫、大丈夫だから。ラム」

「………ツカサ」

 

 

大丈夫だ、と頻りに言い聞かせるツカサを遮る様に。

ただ、目だけは見ない。身体を震わせながら……続けた。

 

 

「あの時、どうしてラムを、レムを助けたの? バルスやツカサを優先させてれば、こんな……」

 

 

時を巻き戻す力があるのだ。

更に言えば、スバルが死ぬ事で発生する現象を鑑みたら、自分をと言うよりスバルを優先するのが当たり前だと思える。

 

時を戻す、即ち《無かった事》にするのだから、結果は同じだ。

 

 

「……どうして?」

 

 

ラムに聞かれて、ツカサは過去の記憶……別の時間軸の記憶を揺り起こす。

まだ起こってない未来の記憶。……いや、必ず防ぐつもりだから、もう無かった事になる未来。

 

 

無かった事になるが――――自分の魂にはしっかりと刻まれている記憶。

 

 

 

―――世界が白くなって、その白は狂気を、全てを滅ぼす意思を孕んでいたのを理解した。

 

 

 

「……ラムが目に入って、その後レムを見た。()が来るのかを察した瞬間、身体が動いたんだ」

「……だから、自分より、ラムたちを優先した? ツカサが傷つくのを厭わずに?」

「……うん。考える前に身体が反応したんだ(それに、厳密に言えばスバルも同じ……かな。オレと同じ(・・)だから)」

 

 

 

スバルも《死に戻り》と言う形で時を巻き戻す事が出来る。

自分自身の意思で出来るモノじゃないので、《出来る》と称するのは、やや違うかも知れないが、結果として見れば同じだ。

 

死に戻る際の記憶を受け継ぎながら―――繰り返すのだから。

 

 

 

「―――ツカサなら、ツカサならラムを解ってもらえると思う」

 

 

 

震えていた顔を勢いよく上げると、前髪が大きく揺れて、ラムの両目がはっきりと見えた。

涙を流している。今も止めどなく、渇く事無く、溢れ出ている。

 

 

 

「ラムも、ラムも……、あんなツカサを、見たくない。見たくない。……もう、見たくない」

「ッ……」

 

 

 

ラムだって、見たくない。

それは、あの黒の世界で言われた言葉だった。

 

 

 

 

「ッ、ッッ……ゴメン。ゴメン……。ゴメン、ね。……ゴメン、なさい。ごめんなさい……っ」

 

 

 

泣き続けるラムに、ツカサはただただ謝る事しか出来なかった。

自分の事なのだから、自分の責任(せい)なのだから、もうしない。と約束をする事が、それがラムにとって一番欲しい言葉だと言う事はツカサも解っている。

 

 

だが、この世界は――――残酷だ。

 

 

今後如何なる事が起きても、不思議じゃないし驚かない。

そして、抗う事が出来ない事態に、巻き込まれてしまえば……どうしようもない。

 

約束とは、しっかりと守れる範囲以外では、安易にしてはいけない事をツカサは知っている。

身の丈に合わない約束もそう。

 

 

暫くの間ツカサは謝って、謝って……続けていたら、ラムは顔を上げた。

 

 

 

「……嘘でも、もう見せない(・・・・・・)、って約束はしてくれないのね」

 

 

 

暫く泣いて泣いて……、ツカサも同じく目頭に涙を溜めた後、ゆっくりと流れる涙を拭いながら、ツカサに言う。

 

 

「……泣いてる女を安心させる為に、慰めて、抱きしめて、力強い言葉で約束を。……それが男、ってものじゃないかしら」

「――――ごめん、ね。そうしたい。そうする事が正しい事だってオレだって解る。………でも、無責任な事言いたく無い。……オレに出来る事なら、何だってしたい。したい……けど……、オレはきっと、同じ事があったら、何度でもこうすると思う。何度だって、ラムを優先すると思う。でも―――、これだけは約束する」

 

 

ツカサはラムの目を真っ直ぐ見て……はっきりと言い切った。

 

 

 

「オレは死なない。絶対に、ラムの所に帰ってくる。……約束」

「………ええ。約束、したわ。死んだら許さない。絶対許さないから」

 

 

 

そう言うとラムはそっとツカサの身体を抱擁した。

 

 

「……それに出来る事は、なんでもする、って言ったわよね? もう撤回は効かないわ」

「それは嘘じゃないよ。……無責任な事はしたくない。と言うのもそう」

 

 

ラムはその言質を取ると。抱いていた身体をゆっくりと離すと、ツカサの目を見ながら告げた。

 

 

 

「こうやって、何度も何度も触れていても、ツカサはラムの気持ちに気付いてない。……いえ、違うわ。ツカサは鈍感そうに見えて、その実、鈍感じゃない事くらいラムは解っているもの」

「ッ………」

「だから、ラムはラムの気持ちをはっきりとツカサに伝える。……ツカサも、聞かせて欲しい」

 

 

 

ツカサの両頬に手を添えて、その黒い瞳を、その奥まで覗き込む様にしながら、はっきりと言葉にする。

 

鈍い、だの、鈍感である、だの、そんな安い言葉ではない。

 

時折拗ねた顔を見せる時、時折妬いた姿を見せる時、異性と話をする時の視線。

 

これまでに何度もあったから。

 

もしも―――本当にツカサが鈍感で、ラムに対して気付いていないのであれば、ツカサはあんな顔(・・・・)をしたりしない事も、ラムは知っている。

 

 

それは、あり得ないだとか、頑なだとか、そう言った凝り固まったモノじゃない。簡単なモノじゃない事くらい、ラムは重々承知しているが、それでも、彼の中へと一歩深く踏み込むのに躊躇いは無い。

 

 

 

 

 

 

「ラムは、ツカサの事が好き。……大好きよ。心から貴方をお慕い申しております」

 

 

 

 

 

 

そう、ハッキリと言い聞かせた。

最後は、あの時のように。全幅の信頼を伝えた時のような敬語となっているのが、より一層ラムが本気である事を表しているかのようだ。

 

 

そして、一瞬外では一際強い風が流れた。

 

木の葉が舞い、何処からやって来たのか、深紅の花々を風と共に運んでくる。

 

 

ラムは目を逸らさない。瞬きすらしない。

ツカサの瞳の奥が何を捕らえているのか。……何を怯えている(・・・・・)のか。

 

それをはっきりとさせるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祝福の風か、或いはその逆、呪詛の風か。

一際温かな風が、彼女達を包み込まんと靡く数刻前の事。

 

 

 

 

 

残酷なまでに、現実を見せつけられた。

どれだけ追い縋ろうと、どれだけ格好をつけようと、所詮はナツキ・スバル(自分)であると思い知らされた。

 

 

どんなに足掻いてもヒーローにはなれない。

慣れ親しんだ異世界生活で、強さ(チート)を手に入れて、彼女(ヒロイン)を助け出し、仲間(チーム)自分がすべき事(ロールプレイング)なんて、出来る筈がない。

 

それこそ、全て幻想(ファンタジー)だった。

 

 

 

「――――レム」

 

 

 

スバルは無力さを、空虚さを、それでいて無力な自分のせいで、理不尽な苦しみに苛まれてしまう友を。身体に重くのしかかる、その呪いをどうにか堪えながら、少女を迎え入れた。

 

 

「スバル君……」

 

 

必至に走って走って、スバルに追いつく事が出来た少女……レムだったが、言葉が見つけれなかった。

 

 

何も知らないままであったなら、どれだけ楽だっただろうか。

何も知らないままの自分だったら、苦しむ彼を、スバルの事を放っておかず、ただただ片時も離れず傍に居る事だって出来た筈だろう。

 

 

だが、今はそう言う訳にはいかない。

 

 

今のレムは知ってしまったから。

あまりにも現実離れした、この世のモノとは思えない程の超常現象を目の当たりにしたから。

 

 

 

――――時が止まった世界、そして時を遡る力。

 

 

 

そんな童話の中の話。

絵空事な力が現実として前に在った。

 

 

ならば、スバルがどうして突然取り乱したのか……、それも説明がつく。

 

 

レムにとっては殆ど一瞬の刹那の時。

スバルが、ツカサの話をした直後、スバルは取り乱し、部屋から飛び出したのだ。

 

 

レムにとっては、ほんの一瞬の出来事だったとしても、スバルが体感したのは永遠とも言える長い時だったかもしれない。

どんな事があったのかは解らない。何があったのかも解らない。

 

 

――――だが、何も無かったワケが無いのは解っている。

 

 

 

「………悪かった。ごめんな、レム。ちょっとオレも色々あり過ぎて……足りねぇ頭がパンクして、……それでこんな所まで来ちまったよ」

「いいえ。レムはレムの意思でここまで来ました。姉様にスバル君を追うように、と指示をされましたが、レムの方が早く動いていたんですよ? ……言葉で姉様に先を越されてしまったのは、流石姉様、と言わざるを得ないですね」

 

 

出来る限り、レムは明るく務める事にする。

 

ただ傍に居るだけで……安らぎを感じてくれるなら。

ただ傍に居るだけで……心が軽くなると言うのなら。

 

 

これ以上ない幸福な事だから。

 

 

 

「オレは思い知らされたよ。……心底思い知った。いろんな経験を積んで、それでも前に、ってカッコつけて。……ここまで来たけど………」

 

 

 

スバルは空虚な笑みを浮かべながら、レムに言った。

 

 

 

「―――もう、オレはここから先(・・・・・)にはいかねぇ方が良いんじゃねぇかって」

「………え?」

 

 

 

何処までも空虚な笑顔。

顔に笑顔を張り付けただけ。笑顔な筈なのに、スバルの顔が能面に見えてしまう程だった。

 

 

 

「レムも、解っただろ? ……オレがアイツを傷付けた。オレのせいだ。……オレが居たから、あんな風になっちまったんだ。今日に限った話じゃない」

 

 

 

初めて訪れた王都でも。

ロズワール邸でも。

 

 

一体自分は何度彼に地獄を見せれば気が済むと言うのだろうか。

 

 

「だから……、オレはもう王都を出て、ずっと西に逃げよう……って思ってた。だから、だからレム……。最後の頼みだ」

 

 

スバルは、レムに手を差し伸ばしながら言った。

 

 

 

「―――5日後。……あの日までで良い。オレと逃げてくれ。……オレを、守ってくれ。……5日までで、良いから」

 

 

 

逃げるとしても、死んでしまえば意味はない。

何故なら、死ぬとこの場所に戻ってしまうからだ。

 

 

それも、記憶を保持しているツカサやラムの事を考えれば、逃げて置いてまたオメオメと顔を合わせれるワケが無い。

 

 

だから、あの運命の日まで………。

 

 

 

「5日後を、5日後を超えたら、もうオレに付き合わなくて良い。………頼む。もう、オレは死—————————っっ」

 

 

 

 

《死ぬわけにはいかない》

 

 

それを言おうとした刹那、あの闇が迫ってきた。

 

肩から腕、そして掌。闇が映し出す具現化した姿をはっきり捕らえる事が出来た。

日に日に……、或いは禁忌(タブー)を犯せば犯す程、その姿が顕わになっていく、と言う事だろうか? 

 

ホラー映画でもありそうなありがちな設定だ。

 

 

心臓を握られる。

 

 

確かに苦しい。死ぬほど苦しい。心臓を潰されると死ぬから、当然だ。

 

 

……だが、その程度だ。

 

 

 

「――――っっ!!」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。あ、ああ。解っちまったか……? オレから、魔女の匂いが……」

 

 

 

心臓を抑え、蹲りそうになるのをどうにか堪えたスバルは、レムの方を見て、レムの様子を見てただただ苦笑いをしていた。

 

 

 

あの瞬間は、ツカサの力と同様に時が止まる。

 

 

 

話をさせない、と言わんばかりに、あの闇の手が言動を行動を制限してくるのだ。

だが、スバルは苦しむだけ。それだけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

地獄なら、もう体験してきた。あれ以上ない地獄を。……何度も。

 

 

だが、だからと言って心臓をそのまま潰させるワケにも、レムに危害を及ばせるワケにもいかない。

 

レムの表情を見て、気を新たに持ちながら……続けた。

 

 

 

「――――レム。オレは誰にも……誰にも必要となんかされてないんだ。それどころか、オレは必ず誰かの足を引っ張り……苦しめてしまう」

「そんなこと、そんなことありません!」

「ないワケねぇんだ。……オレの魔女の残り香。……レムを不快にさせちまった。あんなに、こんなにオレなんかを慕ってくれてる、レムでさえ………っ」

「そ、それは………」

 

 

魔女の残り香が一段と濃くなったのはレムも感じた。

 

悪臭。咎人の残り香。……以前スバルが聞いた言葉だ。

 

 

今のレムは知る由もない事ではある……が。

 

 

「オレさえ、オレさえ居なくなれば良い。それで良い筈なんだ。……後はツカサがどうにかしてくれる。アイツはスゲェ、本当にスゲェヤツだから。皆纏めて幸せにして貰える。……だから、レム」

 

 

スバルは空虚な笑みをまた、浮かべて言った。

 

 

 

 

 

 

「オレを逃がしてくれ。……オレを逃がした後は、オレの事を忘れて欲しい。……絶対に死ぬ事は無い。それだけは約束する。――――……この世界の何処かで、せこせこと生き続けるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルの願いを何でも聞く。

それがロズワールに与えられた命令の1つだ。

 

ならば、レムが取る行動は―――――?

 

 

 

当然、決まっている。

 

 

 

 

「――――スバルくん」

 

 

 

レムは、スバルにあの時の(・・・・)様な笑顔を向けて、はっきりと告げた。

 

 

 

 

 

 

「スバル君を、必要としている人は必ずいます。誰も居ないなんて、あり得ません。例えスバル君がそう思っていたとしても。………レムは、レムは、スバル君の事を愛していますから」

 



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2人の英雄

自分で書いたのに、《え……………?》 って思っちゃうセリフだったww


 

 

――――今、何て言った?

 

 

スバルは、己の耳を疑った。

どうしようもない。誰かを傷付ける事しか出来ない自分を……アイシテイル?

 

何を言っているのか理解が出来なかった。

或いは、まだ五感の一部をあの逃げてしまった世界に置いてきてしまったのか? とさえ思えてしまう。

今目の前に見えている少女……レムも、幻なのではないか? とまで思ってしまう。

 

 

だが、レムは真っ直ぐとこちらを見据えている。

その顔は仄かに赤みが掛かり、瞳は潤みを見せていた。

 

 

「―――何度でも言います。レムはスバル君を愛しています。お疑いの様なら、スバル君の好きな所を、愛するに至ったまでの過程として上げていきますね。……とても、時間がかかってしまいますので、極々一部をご紹介いたします。続きをご所望されるのであれば、スバル君の時間が許す限り、レムは言いますので」

 

 

スバルが疑っている事を、レムではない、と思っている事を……、レム自身が察したのだろう。疑いの余地がない、と言わせるかの様に続けた。

 

 

「レムはスバル君に頭を撫でられるのが好きです。掌と髪の毛を通して、スバル君と通じ合ってる気がするから」

 

 

1つ、1つ言葉を口にする度に、レムの大きく見開かれた瞳から、雫が溢れ出てくる。

 

 

「レムはスバル君の声が好きです。言葉をひとつ聞く度に、心が温かくなるのを感じるから」

 

 

まやかしではない、幻でもない。

この場にレムは居る。スバルの傍に居る、そう告げ続ける。

 

 

「スバル君の目が好きです。普段は鋭いんですけど、誰かに優しくしようとしているとき、柔らかくなるその目が好きなんです」

 

 

好き、好き、好き……、幾つ上げてもキリが無い程に。

 

これは、レムもラムも同じだ。

共感覚で繋がっているからこそ、解る事もある。

愛おしいと言う感情。好きだと言う感情。そこに理由などはないかもしれないが、敢えて言葉にするのであれば、それこそ湯水のごとく湧いて出てくる。

 

 

好きな所?

 

 

他にも沢山だ。

 

 

目も耳も指も、その歩き方も……全てが好き。

 

 

 

 

「……すごく胸が痛くなるほど、好きです」

 

 

 

 

両の指では数えきれない程の好きを重ねた所で、スバルが声を上げた。

 

 

「オレは、オレはそんなヤツじゃない。……レムに、そこまで想ってもらえる様なオレは……まやかしだ」

「声を掛ける事が出来ます。触れ合う事が出来ます。……今のレムには、スバル君がまやかしだなんて思えません。思う事も、決してありません」

 

 

レムの瞳から涙が零れ、一筋流れ出る。

だが、それをもスバルは否定する様に訴えた。

 

 

「オレは、オレが、一体何をしてきたか、今レムに話してやるよ……! これは、これくらいは、話す事が出来る(・・・・・・・)。出来るんだから」

 

 

スバルはそう言うと、ギュっ、と胸を掴んだ。

心臓を己の手で握りつぶす勢いで。

 

 

「オレのせいで、ツカサが苦しんだ! 血ィ吐いて、苦しんで倒れて、……まるで死んだ様になるまでに、追い詰めた。……レムの大好きで、至上な姉のラムを泣かせた! だから、オレは……オレは、カッコつけて、いっちょ前にカッコつけて言ったんだよ! 《お前の代わりになれるなら》ってな!!」

 

 

掻きむしり、左胸に当てた拳を振り下ろす。

 

 

「するとな……? 奇跡が起きたんだよ。レムも知る様に、ツカサの力はほんと未知数なんだ。……アイツが、アイツの意思(・・・・・・)じゃないナニカが、オレに機会をくれたんだ。……ツカサが体験してきた事を、感じた事をオレも体験させてやる、って」

 

 

ぐ、ぐぐ、と握り拳に力が入り続ける。

爪が掌の皮を破り、血がしたたり落ちてきていた。

 

 

「それで、それで思ったんだ。……オレも、おれも、ツカサと……ツカサと同じになれば? ………同じだけの重みを、リスクを背負えば、少しでもアイツの為になるんじゃないか。って餓鬼見てぇな自己満足引っ提げて。そんな事しても、ツカサが喜ぶワケねぇ、って解ってたのに。……また、くだらねぇテメェの自尊心(プライド)を満足させたい、それだけで……、オレは、話しに乗ったんだ」

 

 

握った拳を開き、そしてスバルは両手を見た。

両手を見ながら……レムに聞く。

 

 

 

「それで……どうなったと思う? 何かあったと……、何か出来たと、レムは思うか……? オレは、オレは………何にも出来なかった(・・・・・・・・・)

 

 

 

めいっぱい広げた両手を己の顔面へと激しく叩きつける。

そして、その勢いのままに、頭を掻きむしった。

 

 

「アイツは、アイツの精神は、身体の死以上の苦しみを、その身で味わってた! 身体が粉々になっても、無茶苦茶に歪まされても、死ねない。……アイツがオレのせいで、繰り返す度に……同じだけ苦しんで……苦しんで……、それを、オレは体験して………逃げたんだ(・・・・・)

 

 

 

最後の最後で、引き揚げられた。

死ぬ一歩手前で、精神が死ぬ一歩手前で、引き揚げられた。

 

あの時————スバルは殺してくれたなら、とは一切考えてなかった。

 

ただただ、安堵感。終わってくれたと言う安心感。生きてて良かったと思う安らぎ。それだけしか考えてなかった。

 

 

早く終わってくれ、戻してくれ、もう嫌だ。

 

 

 

そんな自分の中の本能の部分が叫ぶのを感じて―――元の世界に戻ってツカサを目の当たりにした。

 

 

 

「オレの性根は……何も変わっちゃない。あの爺さんも、実に的確に剣を振るう時1つ1つ指摘をしていた。そりゃ、そうだ。見抜いていたんだ。オレは、自分を正当化する為だけに、剣を振っていたって事を。やってるつもりだった、ポーズだったって事を。――――剣に一生を捧げる覚悟を持って振っていた爺さんを、オレは侮辱してたんだよ! 何もかもが薄っぺらで、自分可愛さで逃げて………小さくて卑怯者。それが……オレなんだ」

 

 

 

虚ろな視線をレムへと向けた。

 

 

「そんなオレを愛する? オレは……レムに、他の誰かに、愛してもらえる様な男じゃない。――――だから、どれだけレムが好きだって言ってくれても……、オレは、オレが大嫌いだ。……それが、あの一瞬で全てわかった。……解らせてくれたんだ」

 

 

涙が流れる。どうしようもない自分と対面し、打ちのめされてしまった。心を折られてしまったから。

 

 

「―――レムは知っています」

 

 

そんなスバルをレムは真っ直ぐに見据えて、一歩も怯まずに返す。

 

 

「スバル君が、どんなに先の見えない暗闇の中でも、手を伸ばしてくれる勇気があるひとだってことを」

 

 

レムは続けた。

どれだけ言っても、何を言っても、途切らせる事はない。

 

 

「レムは知っています。スバル君がとても優しい人だと言う事を。逃げようとした事だって、ツカサ君を想っての事です。これ以上ツカサ君を苦しめない為に、逃げようとしていたんだって。それは、優しいからです」

 

 

ツカサが自分のせいで傷つく?

もしも、スバルが利己的な男なのであれば、他人の痛みが解らない人間なのであれば。見捨てるなんて容易い事だろう。表面上だけで取り繕う事だって出来る。

 

何よりも、この傷は目には見えない。どんな高名な治癒術士でも完治出来ない精神の最奥の事であり、誰にも証明しようがないのだから尚更だ。

 

 

「レムは知っています。少しレムが妬いてしまいますが、スバル君がエミリア様の事が大好きだって事を。大好きでいつも傍に居たくて、居たくて、エミリア様に会う為には、王城にだって忍び込む。……それ程までに好きだって事を。エミリア様がレムは羨ましいです」

 

 

エミリアに対する好意も当然知っている。

王城に入った事だってそう。それに何より、この1ヶ月と言う期間で幾度も見てきたから。

 

 

「その想いを押し殺してでも……スバル君が大好きなエミリア様への想いを押し殺してでも、ツカサ君が傷つかない道を選ぼうとした。――――レムは、スバル君が優しいからだ、と思っています」

 

 

 

スバルの中で、様々な単語が踊り狂う。

エミリアの事もそうだ。

確かにエミリアの事は今でも想っている……が、自分の本性を、本質を、その性根を見た瞬間から、その恋慕の情は掠れてしまった。

 

エミリアを守ると言う気持ちはある。……だが、それをするためには自分は不要な存在だと思えたからだ。

ツカサがいれば、守ってくれる。どんな敵からでも守ってくれる。……そのツカサを自分が殺そうとしているのだ。

 

 

「―――ゆうき? やさしさ……?? にげた、おれが……? くるしめてる、オレが? どうして、そんなことを……?」

 

 

勇気。勇気。勇気。

優しさ。優しさ。優しさ。

 

 

それらが欠片でもあるなら、あんな事はしないだろう。

 

 

真に覚悟を見せて、隣に立って。……1人じゃ無い、と言えるくらいの男になるだろう。

 

自分は、自分で選択して置いて、最後は逃げ出したんだ。……いや、最後の最後、死ぬ前に助けてくれるんじゃないか? と頭の何処かでは思っていたかもしれない。

その程度の覚悟しかない自分に勇気なんて言葉はあまりにも不相応だ。

 

 

「スバル君が、自分の事を嫌いだと言うのなら、レムはその倍。スバル君の良い所を口にします。レムが知って欲しい事を知って欲しくなりましたから」

「……まやかしだ。レムは、本当のオレを知らないから。エミリアに対してだって、そう……だ。餓鬼だから、理解出来なくて、結果……怒らせて……。………そう、だ。何なら、またアイツ(・・・)に頼んでレムに……見せて貰ったって構わねぇ。餓鬼みてぇに、無様になっちまったオレを。だから―――絶対に、絶対にレムが間違ってる(・・・・・)!!」

 

 

 

―――間違っている?

 

 

その言葉が、レムの一線を超えてしまう結果へと導く。

 

 

 

「レムが、レムが間違ってる? スバル君が、レムの何を知っているんですか!? レムがどれだけ思っているかを、どれだけスバル君の事を想っているのかを、一体どれだけ知っているって言うんですか!!? スバル君は、スバル君は……、自分の事しか(・・・・・・)知らないっっ!!」

「――――ッッ!?」

 

 

正直……レムに何を言われようとも、どういわれようとも、折れてしまった心は治らない。折り目が一度でもついてしまった心は、もう元に戻らない。

そう思っていた筈なのに、レムの反射的に上げられた声が。荒げた声に……完全に気圧されてしまっていた。

 

 

「なんで、だ? ここまで……どうして? 何回でも、何十回でも、何千回でも言ってやる。……オレは、逃げたんだぞ。自分のせいなのに、逃げたんだ。アイツの苦しみ解り合うつもりで手を出して……逃げたんだ。……今も、逃げようとしてる……なのに、どうして……」

 

 

何故自分の事を信じられるのかが解らなかった。

至る所で、見るのは、かの男の姿。

スバル自身は何もしてない。ただ、憧れの男の背中を見て、異世界チート能力を身に纏い、多少なりリスクを背負っても、それを笑って乗り越える、本物の主人公(ヒーロー)の傍で、その仲間(パーティ)として、ただ……見てきただけだった。

 

賞賛されるのは、主人公(ヒーロー)であって、情けない自分(モブ)ではない。

 

 

 

「―――だって、スバル君はレムの英雄なんですよ? あの薄暗い森の中で、暴れていた時。命を懸けて、自分自身の身体も厭わずに……助けてくれました。自分が、自分が、自分が……と、ずっと自分の事しか見てこなかったレムに、周りに目を向ける様に教えてくれたのも、スバル君です。今のスバル君の様に、自分しか見えてなかった。……スバル君は、それを、見方を教えてくれた人なんです」

 

 

魔獣騒動の時。

 

鬼化をして、ウルガルムを、ギルティラウを、岩豚を、無限とも思える闇の大群を迎え撃とうとした時。

傷つくのは自分だけで良い、と自分の事しか考えなかったあの時。

 

 

 

―――自分が傷つく事で、自分以上に傷ついてしまう姉の存在を、解らせてくれた。

 

 

 

 

 

「あの時……スバル君は、戻ってきてくれました。生き残ってくれました。温かいままで、レムの元へと戻ってきてくれました。……沢山の事を教えてくれました。……笑いながら、未来の事を話す歓びを教えてくれました。……未来なんて無い。代替品だと劣化品だと自分の世界の中でずっと止まっていたレムを、そのレムの時間を、あの炎の夜に、凍ってしまったレムの時間を、スバル君が溶かしてくれました。……姉様にとっての英雄はツカサ君です。……でも、でもでもでも、レムにとっての英雄は、スバル君なんです。スバル君が、一番なんです。……だから、スバル君が信じられなくなっても、レムは信じています」

 

 

両手を広げて、レムは力強く断言する。

 

 

 

「レムは――間違えてません。あの瞬間に、あの日の朝……、鬼がかっている(・・・・・・・)あの朝。どれだけ救われたのか、レムがどれだけ嬉しかったのか、……きっとスバル君にだってわかりません」

 

 

 

ぴしっ―――。

 

何かが、何かにヒビが入った様な気がした。

欠けて、割れて、砕けて……、その先にあるものを、スバルは見た。

 

 

―――ずっと、ずっと勘違いをしてきた。レムは、レムなら、逃げようとしている自分をその通りにしてくれると。それが最善だから、と言う意思を尊重してくれると。

 

 

 

だから、レムに打ち明け、そして依頼までしたのだ。どの面下げて逃げる相手を守るんだ、と今なら思うが、それでもレムなら、と思っていた。

 

 

―――レムなら、レムだけは自分が堕落していくのをどこまでも許してくれる思っていた。

 

 

スバルは知っている。

ツカサはこの判断を決して許さなかっただろう。

 

あの苦しみを知って尚、スバルの事を優先させたほどの男だ。だから、全てを擲って逃げる事を…………ツカサの為に(・・・・・・)と言う言葉を使う以上は、決して許さないだろう事を。

 

だから、だからスバルはレムに……。

 

 

 

―――でも、それは間違いだった。

 

 

 

 

「レムは信じています。レムは願っています。直ぐにはムリでも、あの皆と笑い合って、笑顔で未来の事を話していたスバル君が戻ってきてくれる事を。……必ず戻ってくる事を」

 

 

 

―――レムだけは、スバルの甘えを絶対に許さない。

 

 

 

「レムは想っています。例えどんな状況に陥っても……レムの元へ戻ってきてくれる事を。―――レムの英雄は、必ずレムの元に戻ってきてくれると」

 

 

 

レムはスバルの身体を抱きしめた。

 

 

 

「オレは………傷つけるだけの存在だ」

「レムがそんな事はさせません。スバル君の意に反する事を、レム自身がさせるワケがありません」

「オレは………弱い存在だ」

「レムだって同じです。寄りかからなければ、生きていけない程ですよ?」

「オレは……逃げた。逃げて逃げて……オレはオレが大嫌いで……」

 

 

 

がくっ、とスバルは膝から力が抜けて、地に膝を付いた。

レムは、そのスバルの額にそっとキスをする。

 

 

 

「レムは、スバル君を愛しています。逃げたいと思う気持ちを咎めたりなんかしない。……レムの元に、戻ってきてくれるのなら」

 

 

 

スバルは再び涙を流した。

 

 

「こんな、情けないオレで……良いのか? お前の大切な姉を、苦しめる存在かもしれないんだぞ……?」

「レムはスバル君じゃないとダメなんです。……英雄が姉様を苦しめる存在なんかじゃありません。レムの英雄はスバル君なんです」

 

 

レムはそう言うと、スバルを解放していった。

 

 

 

「目に見えない傷を、時間さえも超えた世界で感じた苦悩や挫折。……それで折れてしまった自分が許せないなら―――今、ここから始めましょう」

「……なに、を?」

「レムの止まっていた時間をスバル君が動かしてくれたみたいに。スバル君の時間を、今から、今この瞬間から動かすんです」

 

 

 

レムは再び両手を広げる。

 

 

 

「今、この瞬間は時は止まっていません。レムが保証します。だから、ここから。一からではなく……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

温かな一陣の風が2人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ゼロから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは。

 

 

 

動くまいと思っていた心が。

治るまいと思っていた心が。

 

 

 

 

――――今この瞬間に変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロから始める2人の決意。

同じく、始まりを告げるかの様に、2人の間には一陣の温かな風が吹き……緩やかに2人を撫でていた。

 

 

それは呪詛などでは無く、間違いなく祝福の風。

 

 

 

 

 

そして―――その風はもう2人に届くのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツカサはラムの英雄よ。……何度でも言うわ。ラムはツカサの事が好き」

「っ……、っっ………」

 

 

薄く日の光だけが照らす部屋で、一世一代の告白を行ったラム。

そして、それは今度こそ捕えて逃がさない、と言う決意にも満ちていた。

 

 

 

屋敷でも幾度もあったから。

直接的な言葉にした事は無い。遠回しに、遠回しに。……それが良く無かった。

 

ラム自身もそれは解っていたのだが、踏み込んでいなかった。

 

それは、恥ずかしいとか、そう言う幼稚な類のモノではない。

言葉を交わす度に、触れ合う度に、その瞳の奥に揺れる小さな炎が……黒い炎が見えた気がしたからだ。

 

 

その炎が何を意味するのか、それを知る事も出来た。

 

 

 

 

―――ツカサは、何かに怯えている。何かを恐れている。

 

 

 

 

正直、恐怖と言う感情はとてつもない力を持つこの青年には似つかわしくない感情だ。

 

 

 

白鯨を単独撃退したのを始め。

◇ 王都でエミリア(ついでにスバルも)を腸狩りから救い。

◇ ロズワール邸では、領民の村を魔獣の群れから救い

◇ 王国で最高位の勲章を宛がわれ。

剣聖(ラインハルト)が認め、剣鬼(ヴィルヘルム)が目を見張り、戦乙女(クルシュ)を魅了し、最優(ユリウス)をあしらう。

 

 

 

 

そんな男の何処に恐怖の弐文字が入る隙間があるのだろうか。

 

理由は解らないが、ラムは直感していた。そして、それが間違いないであろう事も同じ理由で解っている。

 

 

「ラムがそう言ってくれるのは嬉しい。……凄く嬉しいよ。空っぽだったオレに。……本当に嬉しい」

 

 

ツカサは笑っている。

だが、その目の奥は決して笑っていない。怖れを抱いている。恐らく本人もそれには気付いていない様だ。

 

 

「でも……、ラムはひょっとしたら、あの時―――……一緒に戻った時の事(・・・・・・・・・)。それがあるんじゃないかな?」

「ラムの全幅の信頼の事?」

「……うん。そう、だよ。ラムがあの時から、オレの事を信頼してくれてるのは解ってた、凄く感謝をしてくれた事も。ラムが言う通り、別にスバルと自分だけで戻っても良かったのに、ラムを連れて帰ったのは正直オレのエゴだった。……だから、それを恩義に思う必要は……」

 

 

そこまで言い切った所で、ラムは思い切り顔を近づける。

鼻先が当たるか当たらないか、ほんの僅かな隙間を残してピタリと止めると。

 

 

「このラムが、一時の感情だけで。大恩で、誰を愛するかが決まる。……心を許すまでに至る。そんな単純な女なのだと思っているのかしら? 見縊らないで」

 

 

また、ラムに言われた言葉だ。

ラムを見縊るな。

易い女ではない、と言わんばかりに。

 

 

「確かに。レムを……、ラムを救ってくれた事は感謝している。感謝してもしたりないくらいよ。―――仮に、ツカサがあの時の恩を、このラムの身体で返せ、と言うなら、躊躇わずそうしていた。ラムと婚儀を結べ、と言われたとしても、躊躇わずそうしていたわ。―――ツカサに言われたから(・・・・・・・・・・)ラムがそうした(・・・・・・・)のであれば、ツカサの言う通りだと言える」

「い、いや………」

「だから」

 

 

ラムは、自身の鼻先をツカサの鼻先でつんっ、と押して下がらせると、その黒い瞳を真っ直ぐに見据えて言い切る。

 

 

 

「―――誰を愛するか、何を愛するかまで、ツカサに口出しされたくないわ。ラムはラムの意思で、恩義等関係なく、ツカサに惚れたのだから。切っ掛けはそうだったかもしれない。ロズワール様に命じられた事でもある。ツカサの信頼を得る様に、と。でも、短い間でも一緒に過ごしてきて、ラムの心が動いたのは紛れもない事実よ」

 

 

ラムは非常に男らしい……とでも言えば良いのだろうか。

筋の通り方は流石の一言であり、ツカサは何も言えなくなってしまった。

 

 

何に見惚れるか、それは確かに時間じゃない。

 

 

ツカサにだって言える事だから。

ラムと王都で知り合い、言葉を重ね……軈て、あの思い出したくもない場面へと当たる。

何も感じない相手なのであれば、あのまま戻っていても問題なかった筈だ。

 

それでも、忘れ去られる世界であっても、無かった事になる世界であっても、ラムのあの絶望は、悲鳴は、慟哭は、魂にまで刻まれている。記憶の奥底にまで燻り続けるであろう事は理解出来ていた。

 

 

あの時のラムが笑顔だからこそ、ツカサの心は晴れやかなのだから。

 

 

 

「………で、でも。ほら。ラムはロズワールさんの事も、想ってるんじゃなかった……かな? 直接聞いた訳でもないけど、初めて目にした時のラムの顔は、覚えているから」

 

 

 

ロズワールはラムの主だ。

主従関係ではあるが、ただの貴族と使用人……と言う間柄とはツカサも思ってはいない。

 

ロズワールは何処か読めない表情……そもそも、あの化粧故に表情を読取る事など出来るワケが無い。

唯一読取れた場面と言えば、勿論思い出したくない場面ではあるが、あのレムが犠牲になった世界での事だ。

 

レムを失った事、ラムの慟哭。それらを受けて、何も感じない様な男では無かった事は解った。

スバルを見るあの目――――ベアトリスが止めなければ、あの地水火風、4属性の超高密度なマナの球体は、スバルに迫っていただろう。

それは恐らくラムが止めるまでもなく。

 

 

「ええ。隠すつもりは無いわ。……ラムは、炎のあの日。故郷を魔女教徒に焼かれ、レム以外を失った。ラムの角も失ったあの日に、ロズワール様に助けられて、連れられて今日がある。信頼と信用、親愛。ロズワール様にも向けられている。ラムの全て―――だった(・・・)から」

「っ…………」

「でも、情が移る事がある様に。……愛情だって移ると思うもの。ラムはロズワール様の事を慕っていた。愛していた。でも、今はそれ超える程、愛している人が出来た。ロズワール様から信用こそはされても愛情を向けられた事は無いし、ラムと本当の意味で身体を重ねた事もない。―――だからラムは生娘よ。いつ確かめて貰っても構わないわ」

 

 

ニコリと笑って大胆な事を口にするラムはやはり男らしい、男前と言うに値するだろう。

 

そんなラムの事はさて置き―――、言葉に詰まるのはツカサだ。

 

 

事ある事に理由を模索していた。

 

 

妹を救った事に対する恩義からくる情ではないか?

他にも好きな人が居たのではないか?

 

 

ツカサの中で、特に思い当たる節である2大理由を、そのカードを速攻で切ったのだが、物の見事につき返されてしまった形だ。

 

 

「―――ツカサ」

「ッ!」

 

 

そんなツカサを、ラムは慈愛に満ちた目で見ながら……ラム自身も気を引き締めながら聞く。

 

 

 

「ツカサはラムの事が嫌い?」

「………そんなわけない」

 

 

ラムにとっても、大真面目に、いざ聞きなおす事は躊躇われる事だ。

自信に満ちたラムであっても、それが聞くべき時と軽く流して良い所と空気を読む事は出来るのだから。

 

 

だからこそ、ツカサの即答は何よりも嬉しい。

 

 

「――当然、よね。このラムだもの。……なら、もう1つ聞くわ」

 

 

これ以上、はぐらかす事は無い。

ただ、もう1歩だけ深く踏み込むだけだ。

 

ツカサの心の内側へと。

 

 

 

 

「―――ツカサは、何をそんなに怖がっているの?」

「――――え」

 

 

 

 

ラムの言葉に、ツカサはきょとん、とした顔をしていた。

これまでの顔つきとはまるで違う。

先ほどの顔つきが一気に霧散し、ラムが何を言っているのか解らなくなっていた様だ。

 

 

「怖がってる……? オレが……?」

「ええ。……直接的な告白は無いにしても、ラムはセックスアピールはしてきたつもりだったわ。殆ど初めての事だったから、加減がよく解らなかったけれど。……ツカサは気付いてなかったのね。オットーにラムの事を話していた時も、屋敷での時でも。……断ろうとする仕草をする時、何処か怯えた顔をしていた」

「………………」

 

 

 

そこまで言い切った所で……、ツカサの表情がまたガラリと変わった。

変わりに変わった2度目の変化は、いまだかつて見た事が無いもの。

 

 

そう―――ラムが瞳の奥に見たと言うその怯えたもの、怖がったもの。それが表面化してきたかの様だった。

 

 

ラムと言う少女は―――どうして知っているのだろう?

どうして、解ったのだろう?

 

 

解ったからこそ、自分を知ってくれた事は嬉しい。心の底から嬉しい―――が、それ以上に負の感情が喜の感情を塗りつぶしていく。

 

 

 

「……どうして……、どう、して……?」

「どうしてラムが解ったか? それなら答えは簡単だわ。……ラムが一番ツカサの事を見てきたから。ラムが一番ツカサの事を好きだから。だから、気付く事が出来た。それだけの事よ」

 

 

はっきり言い切って見せた。

怯えているかの様に震える彼は、まるで怖がっている少年のものだ。巨大で強大な力を内包しているとは思えない、まるで迷子になった子供の様な目になってしまっていた。

 

 

「ッ……そ、それは………」

「ラムは全て話した。だから、ツカサも話して欲しい。ラムに打ち明けて欲しい。―――ラムにも、ツカサを背負わせて欲しい」

「ッッ―――」

 

 

 

ツカサは、一瞬表情を沈めた……が、直ぐにラムを見た。

ラムの表情は全く変わらない。

 

ただただ、慈愛のものであり、不思議と心から落ち着けるものだった。

 

 

 

「―――――――……っ」

 

 

 

ツカサは無言だった。……やがてラムを正面から見ていて、心が動かされる。

そして部屋の天井、或いは空までを見るかの様に視線を上へと向けた。

 

 

 

それは、ツカサの固く閉ざしていた心の扉が開く瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

「……オレには、記憶がない、って言ったのを覚えている、かな?」

「忘れるワケが無いわ」

 

 

ツカサの事だから、と言って笑って言うラム。

記憶障害の事を、負い目に想っているのなら、どんな時でも支えるつもりではいた……が、ことはそう単純な話ではないと言う事を直ぐに悟る事になる。

 

 

 

「実は……厳密に言えば、少し、違うんだ。確かに記憶はない。でも―――――オレは、この世界の外(・・・・・・)からやって来た。……それは間違いなく、断言できるんだ」

 

 

 

その説明は、まさに矛盾そのものだと言える。

記憶がない、と言っているのに、断言できるとは一体如何に?

 

まさに相反する事柄。相容れる事のないものだ、と言える。

でも、ツカサのそれは違う。

 

 

「……だから、記憶なんて、この世界の記憶なんて、あるワケが無い。外の世界の記憶があるか? って言われたら、無いとしか言えない。……でも、仮に世界中で、オレの事を、オレの記憶を探した所で、オレを知っている人を探した所で。……絶対見つかる事は無い。……断言、出来る」

 

 

 

ラムの表情は険しくなる。

 

確かに、その手の話、実際に体験者から聞くのは初だが、又聞きで聞いたことがある。

 

大体が、大瀑布の彼方が故郷だと言って吹聴している者が殆どで、その大多数が世迷言に分類される。

調べれば、出生を明らかにする事が出来た者も居るし、そもそも捨て子であり、判明出来なかった者も勿論居るが、関わった事がある者まで消す事は出来ないから。

 

幼少期より捨てられて――――そこから生き延びる為には、誰かの手が必要なのは言うまでもない事だから。

 

 

だが、ツカサのそれは、これまで耳にしてきたものとは全く違う……。異質そのもの。

ラムはそう直感していた。

でも、追及はしたい。

 

 

 

「なんで、そう断言できるの?」

「理由の1つは、コイツ(・・・)だよ」

 

 

ツカサが手を翳すと、そこには先ほどまではツカサの身体を治療する……としていた筈の精霊が、いつの間にか掌サイズになってツカサの手の上に乗っていた。

 

 

 

「クルルの存在が、オレに直感をさせた。記憶とはまた違う。本能的な部分、って言ったら良いのか……、どう言ったら良いのか、解らないけれど。その……ラム。このクルルとは違う、もう1人のヤツがいて……」

「言葉を話す方のクルルね」

 

 

ツカサの身体を治療していた方のクルルだ。

今のクルルも恐らく治療の力は備わっているだろうが、あの言葉を介して、色々とコミュニケーションを取ってきた方が、ツカサが言うもう1人、の方に当てはまるのだろう。

 

 

 

「記憶とはまた違う、ね。本能や魂とでも言った方が良いのかな? 覚えていないけれど、間違いないって言える。絶対に。信じて貰えるかどうかは、解らないけど……」

「ラムはツカサを信じてるわ。信じてない訳がない。そこは安心して頂戴」

「ッ――――……ありがとう」

 

 

 

渇いた笑みでラムに礼を言うツカサ。

ただ―――正直嬉しくはない。

何故なら、その笑みは、ラムの好きな笑顔じゃないから。

 

 

 

「自分の事が解らないから、得体が知れないから、恐怖を感じているの?」

 

 

 

そう、恐怖と言う感情の根幹部分がラムにはまだ見えてこないのだ。

それが知らなければ、対処の仕様も見出せないから。

 

 

だが、ツカサは大きく首を横に振った。

 

 

 

「違う。……オレの正体なんて、正直どうだって良いんだ。この世界の外から来たって事実だって、別にどうとでもない。だって、オレは今が…………だから。自分の事より、皆の事、って考えてしまう程だから……」

「―――……なら、どうして?」

 

 

ツカサの自己犠牲的な考えはここからきているのかもしれない。

 

単にやり直しがきくから……とも思えていたが、スバルの件で話は変わってくる。

安易に戻れない状況であるのなら、やり直せる、と言う意識は根底から変わってしまうから。

 

 

 

「…………ラムが、そう見えたのは……、きっと オレが消えてしまうかもしれない(・・・・・・・・・・・・)って、思う様になったからなのと、……ラムの事を好きになったから……だと思う」

「…………え」

 

 

ラムは一瞬耳を疑った。

それは、ラムが好き、ラムの事が好き――――ではなく、その前。

 

ツカサが消える(・・・)と言う部分だ。

 

 

 

「オレは、外の世界から来た。……突然、この世界に落とされた。……なら、その逆は? 突然、ここに連れてこられたんだから、また同じ理由で、ここから消されてしまうかも知れない。……抗ったりする事が出来ない、途方もない位巨大なナニカ(・・・)の力で」

 

 

ツカサは己の手を見た。

王国最高峰の勲章を授与し、最優とも呼ばれる近衛騎士、ユリウスと一戦交えた。

この世界最強の剣聖にも認めさせる事が出来た。

魔獣を撃破した。白鯨を退ける事も出来た。

 

手にしてきた事、成してきた事は大きな事かもしれない。

 

 

 

だが、まるで小さい。まるで足りない。……抗える事は無い。

 

 

 

そう思えてしまったのだ。

 

だが、怖くなったのはラムの存在だった。

ラムに心配されて、ラムを好きになった。その時から。

 

 

「ラムが、見縊るな、って言った。……苦しむオレを見たくない、って言ってくれた。………オレがもし、オレ……オレ、が消えたら……どうなる? 皆を置いて、消えたら……?? 心を満たしてくれる人達が沢山出来れば出来る程、怖くなっていった。……残してしまう人達の苦しみを知ったから……。何より、自分自身が怖くてたまらないんだ。大切な人に、……好きになった人に会えなくなるのが………」

 

 

ラムの慟哭。

レムを失い、残されたラムの悲しみは想像を遥かに超える苦悩だろう。

己が苦しむのは良い。己が死ぬ事だって構わない。

 

 

だが……己ではどうしようもないのが、残された側の人達。

そして、自分自身。

 

 

 

「心の繋がりを、空っぽだった自分の心の中を、今更空に戻せない。今更遠ざけたりなんか、出来ない。………したくない。怖くたって、例え怖くたって……。満たしてくれた皆に嫌われて、繋がりを絶とうとかまでは出来そうにない、から。……だから、より強く結ばれる事は、出来なかった。………でき、ないんだ」

「………………」

 

 

 

顔を覆っているツカサをみて、ラムははっきりした。

 

誰よりも強いとさえ思えるこの人は、絆を欲した、心からの繋がりを欲したこの男は、それが絶たれる事を恐れている。

 

そして、残される者の悲しみをも知り……尚更恐れている。

 

 

対策の取り様がない、世界と世界を繋ぐ程の強大なナニカ。知覚する事だって恐らくは出来ないだろう。

 

 

―――気付いたら、そうなっていた。

 

 

と言うのが正しいかもしれない。

今は大丈夫でも、軈てその時が来たらとなると恐ろしくてたまらないのだ。

 

 

 

「―――ツカサは、自分が(ゼロ)になる事を恐れていたのね」

 

 

 

自己犠牲精神。

それは、自分が犠牲になれば、他人が救われれば自分はどうなっても良いと言う精神。

だが、その実、他人の事を考えている様で、考えてはいない行為。

 

残された者たちは、犠牲にして、助かった所で、残された者たちが満たされる事は無いのだから。残された者たちには悲しみが遅いかかり、本当の意味での幸福は得られない。

互いに生きていく、生きる意志が必要不可欠だから。

 

 

だが ツカサは必ず帰ってくる、と言う誓いは立ててくれた。約束してくれた。

 

 

自己犠牲精神ではない。

ツカサは残された者の悲しみを知っているから。

 

 

 

怖いのは、意思は関係なく、そして一切抗う事も出来ず……(ゼロ)になる事。

その時が来たら……と思うとこれ以上ない程に恐怖を感じる。

 

繋がりが深ければ深い程尚更だ。

 

 

だから、好意を……心のつながりと言うのであれば、最上級とも言って良い間柄で結ばれる事を、それがゼロによって消失する事を恐れている。

 

 

 

「……なら、ツカサ。こうしましょう」

 

 

 

ラムはツカサの身体を抱いた。

腕を回し、その頭を抱えて……。

 

 

「ツカサが生きた証を、ラムに刻む。……目に見えないナニカに恐怖するより、今を生きてるツカサが、ラムに……ツカサが生きていたんだ、って言う証を」

「……いきて、いた証……?」

 

 

ラムの言葉の真意が読めない。

そんなツカサの目を真っ直ぐに見据え、ラムは続けた。

 

 

「簡単に言うと、ラムと子供を作りましょう」

「――――――………え?」

 

 

ラムの真意を聞いた瞬間、ほんの僅かにだが、確実に震えていたツカサの身体が一瞬止まった。

 

突然な事に、何を言われているのか解らない様だった……が、慌てたり、何か感情を出す前に、ラムは畳みかける。

 

 

「ラムとツカサで子を成す。……きっと、天才、神童、って言葉じゃ足りないくらいの子が出来る……と思うわ。ラムとツカサの子だもの」

 

 

ラムは自分で言った事を想像して、そして顔を赤く染め上げる。油断すれば思わず表情筋が緩んでしまいそうになるが、どうにか堪えると更に続けた。

 

 

「1人でも、2人でも……、双子でも三つ子でも。それでラムとツカサが一緒に居た、って言う証がこの世界に生まれるわ」

「っっ、そ、そんな無責任な事出来ないよ! だって、それでもし――――」

「ラムはツカサを信じているもの」

「!!」

 

 

ラムはツカサに最後まで言わせない。

目を見開いて、その目を見据えて、言い聞かせる様に。

 

いつの間にか、ラムの瞳には涙が溜まっていた。

 

 

「生きた証を残せば、この世界から消える未練を残したなら……。あやふやな感情じゃない。ただの愛情だけじゃない。2人の子宝がこの世界に残ったなら。……ツカサは絶対抗って抗って、最後には勝ってくれるもの。ラムだけじゃない。ラムの子を、二人の宝を残して、この世界から消えるなんて、絶対しないもの」

「それ、は………」

 

 

 

 

ラムは目を見開き、そしてその宝石の様な涙が宙に散りばめられる。

ツカサも想像をしてみる。

ラムとその子供。……自分の子供。

 

2人を、若しくは3人? いや4人? ……今の様ないわば抽象的なものではなく、具体的で明確な家族が出来たとしたら……?

 

 

残して逝けるか?

 

何より怖がってばかりで居るか?

 

 

 

答えは――――(NO)だ。

 

 

 

「いつか来るかもしれない、その(ゼロ)の恐怖に怯えるくらいなら、迎え撃つだけの心の強さを持ちなさい。……それでも(ゼロ)が、迫ってくるかもしれない。絶対来ない、なんてラムは言えないわ。だって、ツカサが来てくれた。この世界に来てくれたんだから」

 

 

この世は良い事だけじゃない。甘い世界じゃないのは重々承知している。

 

悪い事だって起こる。……何なら、そちらの割合の方が大きいかもしれない。生まれたときから知っている。

 

 

この世界が残酷だと言うことを。

 

 

 

 

「何度でも言う。ツカサはラムの英雄よ。だから、負けたりしない。……ラムのツカサは、そんなに弱くないから。……だから、だから、ラムと一緒に立ち向かっていきましょう……?」

 

 

 

ラムははっきりと伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ゼロに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2人の英雄は、ツカサ君とスバル君をさす言葉だったり。ラムとレムの事をさす言葉だったり、と結構いい言い回し方出来タ!!!

AI生成 ラムちーイラスト「ーーーゼロに」
https://www.pixiv.net/artworks/117811461

とまあ、、いろいろ自画自賛しておりますwww


さてさて、前書きの《え……?》ですが、まさかの子●り発言に、《え…………?》でした( ´艸`)


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晩酌

「スゲーな兄弟! 告白を余裕ですっ飛ばして、子〇りまで受け入れる! 男として、尊敬する! ほんっと、脱帽です」

「………スバルもな。自分の事捧げるとまで言った相手の告白をフった挙げ句、別の女性(ひと)の為の手伝いまでさせるとか。到底真似できません」

「それ改めて聞くと、オレ相当屑だ!! 屑過ぎるな!? だからあんま言わないでっっ!!」

「そもそも言い出したのスバルなんだけど。オレ、今後の対策の話とかしてなかった?」

 

 

ほんのつい先ほどまで、スバルとツカサ。主にスバルだが、謝罪の嵐だったのだけれど、いつの間にか、いつも通りな感じになった。

 

スバルが逃げた事を、逃げようとした事をツカサに謝罪。

当然ながら、ツカサがそれを気にする筈もなく、原因系を聞けば、何ともなかったそれこそスバルに脱帽もの。

 

精神擦り切れても可笑しくない苦痛、苦悩だった筈なのに。地獄と言う表現が生ぬるい責め苦だった筈なのに。強靭を通り越した精神力に脱帽だ。

 

 

 

そして、それぞれの事情(ラムとレムの件)を聞いて、お互いにリスペクト? しあっているのである。

 

 

 

「良かったですね、姉様!」

「そうね。でも、可愛いレムをフった挙句に別の女の手伝いとか。バルスが屑過ぎて、視界から消し飛ばしたい気分になるわ」

「良いんですよ。レムは、スバル君と一緒にいられるだけで幸せなんです。それに、第二婦人でもレムは構いません。隣にいらわれるのなら」

「まぁ、解らなくもないわ。人選は解らないけど、ツカサが同じだったとしたら、って考えたらね」

 

 

夫々の報告会? が終わったのである。

今後の対策……云々はツカサだけだったのだ……。

 

 

 

「姉様とツカサ君の、子……、楽しみにしています! とても可愛くて腕白で…………、困りました。レムの頭では想像できない程の子供だと確信してしまいます」

「当然よ。ラムとツカサの子だもの」

 

 

 

決定事項の様に、ラムとツカサの子供トークに花咲かせている鬼姉妹。

その件に関してもしっかりとツカサとラムは熟考をして、互いに納得のいく結論を出せた筈なのだが……。

 

 

 

「ラムをこの忙しい時期で、産休取らせるのか? まぁ、屋敷の仕事だったら、大体レムがやってるから問題ないと思うけど。フレデリカもいるし」

「い、いやいやいや、最初にラムとの事話しただろ?? そもそも5日後の厄災だってあるし、何より王選の事だってあるんだ。……そ、その………、ラムとは王選を終えた後に、って………」

 

 

ツカサはだんだん顔が赤くなっていっている。

 

失うかもしれない恐怖はある。だが、気持ちがラムに届くなら、そしてラムが幸せなのなら、それに応えてあげたい気持ちはツカサにはある。

(ゼロ)の恐怖立ち向かえる事が出来る様になったのは、ラムなのだから。

 

 

エミリア陣営、最強候補の男。(王国筆頭魔術師ロズワールの存在もあるので、候補)

 

今の様子があまりにもギャップがあり過ぎて、ツカサは男だというのにスバルの目には非常に可愛く見えてくる。

 

 

「……今なら、男の娘部門、決勝戦! フェリスと良い勝負するかもしれねぇぜ! 兄弟!!」

「何言ってるか解らねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り合えず、今じたばたしても始まらない。

今から当日まで、特にこれと言った問題が起こらなかったのは全員が解っているからだ。

全ては世界が一変した、5日目の夕刻にかかっている。

 

 

「ラムが言っていた通り、当日は単独行動厳禁。原因調査が第一だけど……、アレ(・・)が来てから、確認するしかない……かな」

「でもよぉ、オレ殆ど知覚出来なかった程の冷凍ビーム(疑)らしいんだぜ? どうすりゃ良いんだよ」

 

 

スバルの言い分ももっともである。

スバルがあまりにも弱く、弱小で、最弱なのは置いといて。

 

 

「……なんか、今、スゲーヒデェ事言われた気がする」

「まぁ、当然な事を言われたんじゃない? ラムは納得だわ。……でも、バルスが言いたい事も解る」

「そう、ですね。レムも悔しいですが……、手も足も出ませんでした……」

「だよな。西の方からやってきたのは解ってるなら、逃げるくらいしか出来ねぇんじゃ? 未来の話なんて突拍子もない事、誰も信じてくれねぇだろうし」

 

 

ラムやレムで、圧倒的な力を感じ、抗えない程のナニカを感じる程の厄災。

便宜上、呼ぶとするなら白銀。(スバル命名)

白鯨とはまた違う厄災……と言うより、世界の終わりを感じる程だ。

 

 

「その点は、考えがあるよ。―――― 一応、切り札があるから」

 

 

そこを敢えてサラッといいのけてしまうのが、このラムの英雄だ。

レムの英雄はなかなかやってのけるとまで言ってくれないのに……、とレムは思わないので、ある意味安心だ。

 

 

「―――……なんでも星人かよ」

「成人? 歳は解らないけど」

「いや、それはいーんス。………でも」

 

 

スバルが視線を鋭く、更にあくどい顔をしたその時、ラムの方が早かった。

 

 

「また、ツカサがあんな風になる、っていうなら許容しかねるわ。………方法が他にないとしても」

 

 

 

ラムの険しい表情を見て、ツカサは慌てて両手を振った。

 

 

「大丈夫、大丈夫。そもそも、アレ(・・)は、スバルがアレ(・・)したからだし、だから、スバルが頑張れば問題ないから」

「ああ、成程。……つまり、バルスが問題起こしたら、死ぬ手前まで殺せば解決ね」

「何一つ解決しませんから!! いや、頑張りますとも!!」

「流石スバル君です。スバル君が頑張れば、きっと大丈夫ですよ! レムは、そう確信できます!」

 

 

意気投合するツカサとラム、恋は盲目同然なレム。

結構なプレッシャーがのしかかるスバルだった。

 

 

 

「つか、切り札だけど、お前、次は変身でもすんのか? スーパーサ〇ヤ人みてぇに?」

「?? そのすーぱー〇いやじん、っていうのは解らないけど、切り札はオレと言うより、こいつ(・・・)だよ」

「きゅきゅっ♪」

 

 

ツカサは、掌に、クルルを取り出した。

スバルはその姿を見て、一瞬後ずさる。

 

ある意味、相応なトラウマを植え付けた相手だから仕方がない。

 

 

「クルル様、大精霊様ですね」

「安心して良いのね?」

「ああ。大丈夫……って言いたいけど、当然切り札、ってだけあって乱用は出来ないから、そこまでの過剰期待が出来ないって所もあるかな。無理だと分かった時点で、また飛ぶから、その時は戻ってから説明するよ。……何とか納得してほしい。一緒に戻れない可能性も高い」

 

時間遡行する場合、説明する事が面倒、と言うより非常に難しくなってくるのが通常だが、それは能力を隠している場合に限る。仲間に打ち明けているのであれば、さして問題はないが、真偽を確かめる術がないのが欠点ではある、が。その辺に関しては余計に問題ない。

 

「無理して血を吐く位なら、そうしなさい。ラムはツカサの事を信じているから、後から説明されても問題ないわ」

「勿論、姉様だけじゃなく、レムも信じてますよ。スバル君も、そうでしょう?」

「兄弟を信じられなくて、誰を信じるってんだ? んな、選択肢、オレん中の分岐点にゃ、存在しねー、って断言できるね」

 

 

信頼と信用は問題ない、と真っすぐに言ってもらえるのも嬉しい事だ。

 

 

 

「―――……」

 

 

 

時間遡行は、当初は孤独である、と思っていたのだが、今は欠片も思っていない。

 

 

 

 

「んじゃ、取り合えず王都攻略2周目だ! がんばってこーぜ!!」

「はいっ! スバル君!」

「なんでバルスが仕切り出すのか。シャクだけど、当日までは特に問題はないのは間違いない事だし、目を瞑る事にするわ」

「やっぱ、辛辣ですね‼ 安心できるってもんですよ姉様‼」

 

 

 

 

仲間と言う存在は、どんな剣よりも、どんな魔法よりも強力で……何よりも安心できるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回と同じ様に、同じ通りに熟していき、限りなく同じ道筋をたどる事で、前回と同じ未来へと行きつく事が出来るだろう。

 

と―――口で言うには容易い事だが、それが非常に難しい事はロズワール邸でも、エミリアと初めて出会った時の王都でも十分過ぎる程理解している。

 

ほんの少しの差異で、起こるイベントが刻々と変化する事など、体験済みだ。

前回は無かった筈の、とある変態貴族と入浴シーン。一体誰が、そんなの見たいと思うだろうか……と言う意思などお構いなく進んでしまう。仕様が無い事だと半ばあきらめていた事でもあるが。

 

 

「まぁ、前回同様 レム先生の元で、きっちり復習する時間を取るのが、吉! って事で」

「流石スバル君です。前回の様にゆるゆるでだるだるでどうしようもないスバル君から、一歩進歩してます!」

「久しぶりに来たな! 無自覚な毒吐き」

 

 

前回は、確かにゆるゆるで、だるだるだった事は否めない。

だが、すべき事や起こる事がわかった今……、早々ゆるゆるで、だるだる、な訳にはいかない。

 

出来る事など殆ど無いかもしれないが、この短い時間。少しでも身になる事をするとスバルは決めているのである。

 

 

「時間ロスして、また凍結死エンド直行フラグ発生、とかだったら笑えねぇ。晩飯呼ばれるまでの間、お勉強しようぜ、レム先生!」

「ふふふ。やっぱり何度聞いても慣れませんね? レム先生」

「まっ、教わってる立場だしな。……レムだって好きだって言ってただろ? 先生」

「はい! スバル君になら、なんでも!」

 

 

せめて、前回質問した所、解らない所くらいは、正解して見せる! と意気込んでたスバルだったが……、結局そこもループする事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ちょうど良いところにいたな。ツカサ。少し、付き合わないか?」

 

 

それは、ツカサが湯浴みを終えてラムが待つ部屋へと戻ろうという途中だった。

今回の出来事は……どうやら、前回と同じ様だ。

 

 

「クルシュさん? はい。大丈夫です」

「それはありがたい。卿とはゆっくりと話をしてみたかったのでな」

 

 

普段のクルシュの恰好ではない。

軍服のような衣装ではなく、黒い薄手の寝衣に肩掛けのケープを羽織った状態。

普段の姿しか見ていないので、その印象の違いに戸惑うかもしれない、が。ツカサは前回に次いで2度目だ。

初回もそこまで驚きを見せる事は無かったのが、功をなしたのか特にクルシュに不審がられる事は無かった。

 

嘘を見抜く彼女の力は、正直脅威と言える力だからだ。

 

 

自身の力はなるべく知られたくないというのが本音だからだ。

 

 

スバルは、ツカサを無敵だ最強だ、と称しているようだが……ツカサは当然ながら自身の事をそんな風には思っていない。

用心するに越した事は無いのだ。

 

 

「しばし、晩酌に付き合ってもらいたいのだが」

「解りました。オレは、酒は強くありませんが……」

「ふふ。あれほどの強さを持つ男が、か。印象とは違うものだな。……それに、それで良い。私も酔うほど飲むつもりは無い」

 

 

薄く笑うクルシュは階段をさらに上へと上がる。

ツカサもその後についていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

3階のバルコニー。

この場所に来るのは2度目だ。晩酌を行うには、絶好の場所である、と言う事は覚えている。

 

 

 

「―――ふむ。今日は夜風が涼やかで良いな。夜空を見ながら酒を嗜むのに絶好の日和だ」

 

 

 

バルコニーの端に設置された白いテーブル、椅子。対面する形で、クルシュと対面をした。

 

 

「最初に断言をしておこう。卿から何かを聞き出そうと目論むつもりは毛頭ない」

「勿論、解ってますよ。クルシュさんが、例え政敵相手だったとしても そんな卑小な事は好まない、と言う事くらい解ります。――――剣を交えた間柄です。それくらいは」

 

 

クルシュは、ツカサを見る。

にこやかにそう返すツカサには、嘘の風は一切感じなかった。

 

 

「―――ナツキ・スバルとはやはりモノが違うという訳か。まぁ、彼の不安と疑念、警戒は好ましい。所信を忘れずにいられるがな。……卿の様な大胆不敵にして、押し通すだけの力を持つ男、強者とこうやって酒を酌み交わす事もまた、心地が良いものだ」

「……誓って言いますが、押し通す(そういう)つもりも一切ないですよ。後、スバルの前では、オレと比べる様な事は……なるべく言わないでくれると助かります。結構気にしながら、今も高みを目指しているそうですから」

「ふふっ。了解した。………だが、口外を、と言うのなら、もう一人に対しての方が良いのか? 私と卿がこうして晩酌を交わしている、と言う事実に対し」

「ラムにですか? ……大丈夫ですよ。恐らく少々強めなお仕置きを受けるくらいでしょうか。ラムは優しいので」

「卿をも手玉に取る従者か。当家に欲しがる人材だと言えるな」

 

 

愉快そうにワインを口に運ぶ。

ツカサも同じく、口にした。

 

一口飲むだけで、上等なものだという事がよく解る。

別に舌が肥えている、と言う訳ではないというのに、それを覚えさせるのだから、相当な酒だ。

 

ある程度、会話が弾んだ所で……今回はツカサから一歩踏み込む。

 

 

「――少々、屋敷の人と物の出入りが多いようですが、それも王選関係ですか?」

「……ふむ。卿には話しておきたい、と言う私もいるが………政敵であるという事実もあるが故に、正確に事を説明するには気が引けるな。卿を当家に迎え入れるのであれば、話は別だが」

「それは申し訳ない。……今のオレには 切っても切れない。そんな絆が、大切な絆が、ありますから」

「ああ。本気にはしていないさ。その絆とやらは、私も気になる所ではある、がな。………伝えれる部分は伝えよう。王選の関係雑務は増えた。故に人材と物資が行き来している。フェリスとヴィルヘルムにも苦労をかけてくれているな」

 

 

酒を楽し気に飲み、クルシュは上機嫌の様だ。

喉から手が出る程、欲している事も包み隠さず本心で本音で、だからこそ クルシュの様な嘘を見抜く力がなくとも、クルシュが本当の事を言っているのくらい解る。

 

 

「―――近日中に、事を起こす可能性が極めて高い。少し卿たちにも迷惑をかけるかもしれんな」

「いえ。寧ろ世話になっているのはこちらです。スバルの事を考えたら。ユリウスとの模擬戦も重ねてお世話になったんですから。そして、勿論手伝える範囲内で、オレも協力は惜しみませんよ」

「それは実に魅力的だな。……ならば、1つ問うておこうか。ヴィルヘルムが私に仕えている経緯。卿は聞き及んでいるか?」

 

 

ツカサは少しばかり考える。

1周目も2周目もヴィルヘルムと私用的な話は皆無だ。

 

 

「剣での会話を交わす以外は何も……と、それっぽい言葉を残しておきますよ。……はは、今のラムに聞かれたら、笑われそうだ」

「ほう、卿もいうのだな。1つ、卿の事をまた知れて良かったよ。………ならば、私もこれ以上は口にしないでおこう。如何にヴィルヘルムが認めた卿でも、余計な事を話せば、 責されるやもしれん」

「あはは。ヴィルヘルムさんなら、例え主人でも言うときは言う……って、思いますね」

「その印象は的を得ている。あれで容赦がない男だからな」

 

 

ほほえみながら、再び互いにグラスを口につけた。

 

 

「我々は同じ相手と剣を交えているのだ。解って当然と言えばそうか」

「クルシュさん程ではないと思いますよ?」

「ふむ。……女だてらに剣を、いつも振るって……と卿は苦言を呈したいか?」

「いいえ。微塵も」

「ふふ。それが本心である事が、加護を使うまでもなく解る。………心地よいものだ」

 

 

ほろ酔い気分、とでもいえば良いだろうか、頬を僅かに赤くさせて、笑うクルシュの姿は、夜空の、満天の星空の下では、非常に絵になるというものだった。

謙遜をしているが、クルシュも十二分に魅力的な女性だ。例え、剣を振ろうと、戦乙女と呼ばれようと。

それも嘘偽りない想いだ。

少々口に出すのは憚れるが。

 

 

「花を愛でるより、手折るのを好む。カルステンの姫君は、乙女であるのに剣術狂い。公爵家きっての痴れ者、そう呼ばれていたがな」

「少なくとも、オレが、オレたちが聞いた街の声は、全く違いました、とだけ伝えておきますよ」

「それは光栄だ。―――王選の話が広まって以降の話、ともなるなら、縁談の話が飛躍的増した事も、決して無関係ではないやもしれぬな」

 

 

縁談話……に関しては初めて聞いた事柄。

少しだけ目を丸くした。

 

未来の王候補だ。

 

だから、縁談の1つや2つあってもおかしくないと思えるが、王選が広まったと同時に、と考えれば、それは本当に好むべきものか? とも思えてしまう。

 

 

「ふむ。少々目の色が変わったな。……絆とやらに付け入る隙間が見える様に思える」

「……改めて物凄く、オレの事を評価してくれてるみたいで、こちらこそが光栄ですよ」

 

 

クルシュは再び酒を口に運ぶ。

朗らかに笑いながら続けた。

 

 

「卿の目には心配の色も見えるな。だが、それは無用だ。私も既に20歳。年齢的には婚姻を結んでいてもおかしくない。性別と立場がややこしいが故に、これまでは適当にかわしてきた話題だったが、それが王選でより増えた。それだけの事だ。ナツキ・スバルにも注意しておけ、と忠告するもの是か。かの者の想い人にも、そのような話は出てるやもしれんのでな」

 

 

スバルの想い人。

当然それが誰なのか……、最早関係者ならだれもが知っていると言って良いだろう。

公衆の面前、と言う意味ではこれ以上ない場所で大宣言したのだから。

 

 

「スバルをあまり揶揄って遊ぶのは止めてあげてください……。すごく本気にすると思うので」

「ほう? 揶揄うとは?」

「まぁ、確信がある訳ではないですが、王選期間中に婚姻……と言うのは少々危険な気がするので、許してないと思ってますが」

「なるほど。……ふむ。鋭いな。卿の言う通りだ。無用で、余計な派閥争いを生み出さないためにも、禁じられているよ。……だが、それは候補者たちの間柄だ。卿とかの使用人との婚儀であれば、問題ないぞ? 当家も祝福を送ろうではないか」

「それは光栄です――――が、同じ理由で王選中は、おめでたい披露目は無いですよ」

 

 

ここまで言った所で、クルシュは こらえきれない様に、口元に指をあてながら、笑いだした。

 

 

 

 

「卿と言葉を交わすのが、こうも楽しいとはな。……卿の関係者を見ていればよくわかる。あのナツキ・スバルが調子を取り戻したのも、卿の存在あっての事だろう。……卿の瞳は真っすぐだ。曇る事もなく、翳る事もない。未来へと生きる意味を見失う事も卿にはなかろう」

「未来………。そう、ですね。未来を掴む為に、オレは戦おうと思ってますから。……皆と(・・)

「………………」

 

 

 

 

 

クルシュは、そのツカサの言葉に、言葉に込められたナニカに、少し反応を見せた。

一切淀みも歪みも、曇る事さえない眼が、一瞬揺らいだ。

 

だが、それは心配する類のモノではない、と言う事もすぐに解る。

 

 

ゆるぎない決意を、そこに見たから。

 

 

 

 

 

「………風が出てきたな。ここまでにしておこうか。ツカサ。……実に、有意義な時間だった。礼を言おう」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

 

ここで、話が終わる―――と思いきや。

 

 

 

「あーーーっ! にゃんで、ツカサきゅんがここにっっ!? どーして?? なんで??」

 

 

 

唐突に割り込む声が非難の色をしていたからだ。

バルコニーに飛び込んで肩で息をする乱入者は、フェリスだ。

 

 

「ご苦労だったな、フェリス。すまない。帰りが遅いと思ったので、ツカサと談笑をしていた」

「ううーー、油断も隙もにゃいんだから! ラムちゃんに言っちゃうよ??」

「ふふっ。それは効果がなさそうだぞ、フェリス。多少怒られる程度の様だ」

「うにゃぁぁっ! って、あれ? クルシュ様、お酒がずいぶんといつもより進んでいるじゃにゃにですか!!」

 

 

今更ながら、フェリスはクルシュの姿を凝視。

酒の量もそうだが、それ以上に思う所は……。

 

 

「無防備な恰好!? にゃんなのにゃんなの! むきーーー!」

 

 

フェリスの指摘に、クルシュは寝衣に肩掛けだけの自分を見下ろした。……が、何が問題なのか解らない、と言った様子で首をかしげる。

 

 

「おかしいか? 普段、フェリスと晩酌する時と変わらない格好のつもりだが?」

「そーれーがー! ダメって言ってるんです! フェリちゃんと一緒なときと、スバルきゅんとは、また違った獣。それも内に秘めたもの、野生を秘めたもの、加えるなら、超が付く一級品の野生を秘めた獣王みたいな男と2人きりとか!! 男は狼にゃんですからね!?」

「―――……正直、嬉しくない評価の仕方ですね、それ」

 

 

獣だの狼だの、あまり嬉しくない発言を連発するフェリス。これは何を言っても無駄だろう、と言う事を悟って、大人しくしていたが。

 

 

「その心配は皆無だなフェリス。ツカサは私には靡かぬようだ。こう見えて、少々迫って見せたのだが、見事に躱されてしまったよ」

「むきーーー!! それはそれで、クルシュ様に失礼極まりない事だにゃんっっ!! 男として、どーなの!? ツカサきゅん!!」

「え、えと……、それは、どう反応して良いか困るんですが……」

 

 

フェリスの言い方であれば、クルシュに靡かなかった事を今咎められた様だが、靡いていれば、狼、獣、獣王認定されて、またまた叱責(と言う名の嫉妬)されてしまう未来しか見えない。

どちらを選んでも同じ未来と言う、なんとも理不尽な話だ。

 

 

「ふふ。戯れもほどほどにしておけよ、フェリス。ツカサには切っても切れない絆があると言われているんだ。私の様な可愛げのない女に、言い寄られた所で、見向きするとは思えんよ」

「……えっと、それは……」

「クルシュ様に不足でも?? 今そこで頷いたら殺すよツカサきゅん?? ユリウスの話聞く限り、正直フェリちゃんじゃ、荷が重いどころか、絶対無理かもしれないけど、刺し違えてでも、殺っちゃうよ?? 世界一優しいフェリちゃんの手が、狂気の手ににゃるよ???」

「………ここにきて、初めて理不尽な目にあった、って思ってるよ」

 

 

 

実に騒がしい晩酌時間はもうしばらく続き――――やがて、想定以上に遅くなってしまった様で、余裕だった筈のラムが嫉妬なラムにへと変貌。

 

 

 

 

ツカサが思っていた数倍以上のお叱りの言葉が待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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巨獣と人外

「どっりゃああああ!!!」

 

 

剣の鬼と称されるヴィルヘルムの剣を掻い潜り、見事に胴一本!! と白旗が振られる未来まで視えたと言うのに、結果はと言うと。

 

 

「ぶっはっっ!?」

 

 

何時躱した?

何時避けられた?

何時打たれた??

 

と頭が混乱してしまう程の衝撃が、額に在った。

遠心力を伴う一発にどうやら吹き飛ばされてしまった様で、天地が逆さになる感覚を絶賛味わっている。

 

だが、それは初めての事ではない。

 

スバルは、腕を回して身構え、華麗……とは言えないが、綺麗に転がって転倒によるダメージの加算を防いだ。

 

 

「ぺっっ、ぺぺっっ! どっすか? 見ました?? オレの受け身の上達ぶり」

「ふむ。真剣での立会ならば、無用な技術ですな」

「ですよね~~」

 

 

ヴィルヘルムの言う通り。

これがもしも、真剣での立会だったとすれば、見事に頭が割られ……るどころか、身体が綺麗に縦に割れて、内臓と言う内臓が全て外に露出すると言う、腸をやった時とは比べ物にならない程のスプラッターシーンの出来上がりだ。

 

想像するだけで気持ち悪く、また想像するだけで、相方に非常に……とてつもなく申し訳なくなるので、これ以上は考えない。

 

 

「そろそろ終わりに致しますかな?」

「御冗談を! 兄弟とやってた位は最低でもやらねーと、立つ瀬が無いっす」 

 

 

ツカサと比べるのは、馬鹿も休み休み言え、だろう。

案の定、視界の端に入ってるラムが、ツカサの名前を出した途端、呆れや嘲笑、見下し感満載で、様々な侮蔑系のオーラを向けてくる。

 

流石にヒドイ、と思うが、生憎事実は事実なので、甘んじるべきだ。

 

何せ、スバルの攻撃は掠りもしないのだから。

 

 

「ふむ。……今朝は幾らか普段と気構えが違うご様子ですな。男子三日合わざれば……。刮目すべきでしょう」

「ヴィルヘルムさんに、そう言っていただけるのは、有難い事極まれり、ですよ。クルシュさんにも色々聞いてもらって、オレは常に前を見続ける事が出来ました」

「ほほう。……先日読んだ本の中で、今のスバル殿の様な発言をした人物が、慣れ始めた戦場を甘く見た事が理由で命を落としておりましたな」

「!! 異世界で死亡フラグって存在すんの!? ヤメテください!! 桃色のメイドさんが、射殺さん、って具合で睨んできてるから!!」

 

 

ツカサは隣で笑ってるだけに留まっているが、その横の愛妻(ラム)はそうはいかない様子。

 

ラムの勢いならば、冗談抜きで封印まで施してきそうだから怖い。

結果、スバルにとって良い具合に緊張感を得られる……、と言うプラス面もあるにはあるのだが……、ラムの背後(バック)には王国筆頭魔術師であるロズワールも居るから、本気で封印魔術でも習得されれば、スバル危うし!! となってしまうのだ。

 

 

 

「―――ふむ。スバル殿。1つ、忠告をしておきましょう」

「忠告?」

「左様でございます。それは剣の振り方や受け身の技術、それらをお教えするよりも前に、もっと根本的なものです」

 

 

ヴィルヘルムは、人差し指を立てていた手を下ろし、後ろでに手を組んで………そして、より一層視線が鋭くなった。

 

まさに、鬼と形容する様なそんな眼。……実際に敵対した訳でもないと言うのに、ただほんの少しだけ凄んだ位だとしたら、本気の彼は如何なるものなのか、……と、いつも以上にヴィルヘルムの身体が大きく感じられた。

 

 

 

「―――戦うと、そう決めたのであれば全身全霊で戦いなさい。敗北に至る能書きなど忘れて、どんな手段を用いても、勝利と言う1点に貪欲に食らいつきなさい。……まだ立てるなら、まだ指が動くなら、まだ牙が折れていないのであれば、立ちなさい。……立ちなさい」

 

 

 

心の中まで見据えられている感覚。

漸く逃げずに立ち向かえるだけの気概を持てた。

レムやツカサ、ラムのお陰で持つ事が出来た事を、ヴィルヘルムは解っていたのだろうか? と思える程。

 

 

「立って、斬りなさい。生きてる限り、戦いなさい。戦え、戦え、戦え! ――――……それが、戦うと言う事です」

 

 

息をつくヴィルヘルム。

まるで、この場の全てを支配していたかの様な緊張感が霧散した。霧散する事で、スバル自身も張りつめていた気が抜けていくのを感じる。

 

 

絶対に死ぬ事は許されない。

 

 

その気概がなければ、生きた心地がしない程までに追い詰められていただろう。

 

 

だが―――ただ、入り口に立てただけに過ぎない。

いや、立つ資格を得た……だけだろうか。

 

 

 

「ヴィルヘルムさんの域にまで―――なんて、大層な事を言うつもりも、そんなハッタリかますワケにもいきませんが。……強くなる為に、強くなる為には半生を捧げる覚悟は持ってますよ」

 

 

真っ直ぐにヴィルヘルムを見つめるスバル。

それを見て、ヴィルヘルムは少なからず驚いた顔を見せた様だ。

 

予習復習が在ったからこそ。

 

スバルは、以前ヴィルヘルムから言われた事を魂に刻み込んでいる。

 

天才ではなく凡才だ、と言っていた事。

剣に半生を捧げる事が出来れば、到達するかもしれないと言う事。

 

何より―――愛する妻の事を想い、剣を振るっていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「散々痛めつけられたサンドバッグお疲れ様。バルス」

「よーし、全然労ってくれてねーのはよーく解るよ、姉様」

 

 

大の字に倒れてるスバルを文字通り見下しながら、嘲る様に言う癒しとは無縁なメイド、ラム。

チラリ、と横目で再びツカサとヴィルヘルムの打ち合いを見ていて、大袈裟ではないため息が何度も何度も溢れ出る。

 

 

「兄弟はズルだ、っつってっけど……ぜってー、それだけじゃねーだろうなぁ……」

 

 

セーブとロードを短時間で超高速で繰り返す事で、相手には実際に起こっていない筈なのに、その次元の歪みからか、残像として、幻視として体感させられる。

当たった未来と当てれない未来を交互に見させて、混乱の渦中に引き摺り込む技法、《揶揄者(ザ・フール)》。

 

確かにズルと言えばそうかもしれない。

 

 

打ち合いがスタートして、右に動いた瞬間打たれたのなら、一度戻って左に動けば良いだろう。

攻撃をしようとして、右に避けられたのなら、またまた戻って、その逃げた方に攻撃を仕掛ければ良いだろう。

 

言葉にすれば、カンニングしながらテストを受けてるようなモノだ。……が、それと身体がついてくるか、は全くの別物だとスバルは思う。

記録(セーブ)読込(ロード)とて、楽な魔法じゃない筈だ。

シャマク一発で潰れる自分だからこそ、魔法を操りながら剣を振るう、魔法剣士なツカサに羨望の眼差しを向けたい所だ。

 

 

「―――……まぁ、ヴィルヘルムさんも十分過ぎる程、バケモンって事なんだろうなぁ……。未来見られてるのに、それを見越して動いてんだから。考えれば考える程、頭痛い……」

「大丈夫ですか? スバル君」

「ハッ! レムの膝枕を受けといて、頭痛いとは笑わせるわね、バルス。贅沢もここに極まったかしら?」

「いやいや、レムの膝枕や水魔法は最高ですよ、最高!! これで、オレも直ぐに元気元気! ですよ。………マジでな」

「はい。レムは幸せ者です。……頭を撫でて下さっても構いませんよ?」

 

 

レムの頭に犬耳が見えた気がした。

レムは座っているし、スバルは寝転んでいるから見えないが、恐らくその可愛らしいお尻には、尻尾も見えている事だろう。ふりふり~ と振り回してるのがよく解る。

 

 

そんな事がご褒美になると言うのなら……、幾らでも。

 

 

と、スバルはレムの頭に手を伸ばして、髪を鋤く様に撫でた。

掌と髪の毛を通して、通じ合っている、と思ってくれるのなら……。

 

 

 

「情けない姿は、今日をもって終わりにする事ね、バルス。ここからが正念場なのよ」

「情緒ってもんを知ってもらいたいトコなんですが、姉様の言う通りだ。……いよいよ、明日だもんな」

「………冥日4時程……でしたね」

 

 

 

今日がカルステン家に来て4日目。……即ち、明日が厄災の到来日。

 

本来ならば、クルシュを始め、カルステン家に事情を説明する……と言うのが最善の策かもしれないが、生憎それはムリだ。

嘘を見抜く事が出来るクルシュに言った所で、何故知っているのか? と言う疑問が残るし、狂信の類だった場合は見抜けないとの事だから。

 

 

時と場合-――と言う事はあるが、ツカサの言う通り、能力を安易に広めてはならない。

如何によくして貰った間柄とはいえ、カルステン家は政敵。

ツカサのリスクが跳ね上がる可能性だって捨てきれないから。

 

 

明かしても良い相手の選別は、ツカサに一任はしていて、スバルの口からは絶対に言わない。

言っても信じないと思うが、ツカサはラインハルトやユリウスから、未来を見据える、とまで言われている男だから、ひょっとしたら信じる者も居るかもしれない、と言う訳で口をしっかりと噤んでいる。

 

 

「アレに関しちゃ、兄弟を頼る他ねーってのが、辛い所ではあるが。兎に角、オレは死なない。ぜってー死なない様にする事だけは心掛けるつもりだ。後、時間もきっちり把握しとかないと……」

 

 

スバルはジャージのポケットを弄って、唯一この世界に持ち込んで、残ってるアイテム、携帯電話を取り出した。

ずっと使ってないから、まだまだ電池は活きている。

体内時計より余程正確。タイムキーパーは、極めて重要な役処だ。

 

 

 

 

 

 

 

そして、暫くして―――本日の稽古は終了。

汗を拭い、ツカサは3人の元へと戻ってきた。

 

 

「おつかれーー、兄弟。やっぱ、パネェわ。背中見えねーわ」

 

 

倒れていた身体を起こし、スバルは拳を突き出した。

それに応える様にツカサも拳を突き出して、当てる。

 

 

「背中は見えてるよ。視覚的な意味じゃ無く。ゆっくりでも着実に進んでれば、大丈夫」

「嫌味に聞こえねぇのがスゲェ。もし、これがユリウスとかだったら、唾の1つや2つ飛ばしてたわ」

 

 

ユリウスの心証に関しては、スバルにとっては最悪の一言だった……が、実は今はそうでもない。

何故なら、ツカサが聞いてきた(・・・・・)事を、スバルもツカサを通じて知ったからだ。

 

ある意味、ユリウスは恩人。スバルにとっても……ツカサにとっても。

 

 

だが、しこたま殴られた。リンチされた。手足折られて頭割られて、トラウマものを味あわされた相手だ。そう簡単に受け入れられる程、スバルは大人ではないのは仕方ない。

 

 

「手筈通りに。明日は王都の外に出よう。……王都の中にいたんじゃ、死角が多過ぎて、対応が遅れるかもしれないし。ある程度は見通しを良くしておかないといけないから」

 

 

西の空から、白い悪魔がやって来たのを覚えている。

故に、城門を超えた外で待ち構えた方が大分都合が良いのだ。

 

 

 

「……ツカサ。本気でバルスを外へ連れて行く気? 何処かの地下牢にでも閉じ込めておくべきじゃないかしら?」

「それ、結構同感な気が済んだけど、すっげーー、納得し兼ねちゃうよ、オレ」

「大丈夫です! レムがスバル君と一緒に居ますから。レムは何処へでも付いて行きますよ」

 

 

外に出る以上、あの凶悪な攻撃? を遮る事が出来ない。

そもそも、城壁を消し飛ばす程の威力を誇り、全てを凍らせる白の咆哮だ。王都に居ても安全とは言えない……が、地下なら或いは、と思ってしまうのだ。

 

 

「いや、攻撃の範囲がよく解ってないし、あの一撃が地殻をも貫通する程だったら、意味を成さないよ。全部凍らされて終わりだ。……クルル(コイツ)なら、ある程度受け流したりする事は出来る筈だと思うから、皆で一緒に居る方が幾らか安全だよ。………ラインハルトに、頼もうかな? とも思ったんだけど、どうやら王都を離れてるらしいからさ」

 

 

策として、真っ先に上がったのが、当代の剣聖に助力を求める事。

ラインハルトは、超がつく程お人よし。普通ならば疑うだろう事でも、彼は信じてくれる。特に未来を見据えている、と思っているツカサ相手なら、必ず信じてくれる事だろう。

 

 

だが、生憎ツカサが言う様に、ラインハルトはフェルト達と共にルグニカ王国、王都を離れている様で、助力は求める事が出来ない。

 

 

「ラインハルトか……、確かに、ただ剣振っただけで、あんな衝撃破出るんなら、冷凍ビームも吹っ飛ばしてくれそうだよな………。来ねぇんじゃ、無理だけど」

 

 

スバルも期待していた相手でもあったから、落胆の色は隠せれない。

エルザを消し飛ばしかけた一撃は、建物をたったの一振り。

吹き飛ばした剣聖の一撃であり、それが本気だったかどうか怪しい限りだ。エミリアはラインハルトが本気を出したら~~、と言っていたが、抜くべき時に抜ける伝説の剣とやらも有る以上、本気中の本気のラインハルトは、未知数を通り越している。

 

だからこそ……この異常事態に欠かせない人材……だったのだが、いない者は仕方が無い。

 

 

 

「スバルは、オレに頼らなきゃ、って言ってたケド、厳密に言えば、頼るのはコイツだから。苦手意識芽生えたかもしれないけど、こき使う事に関しちゃ同意もらってるから、安心していいよ」

「お、おぅ」

「きゅきゅっ!」

 

 

ツカサの死以上追体験をした経験から……スバルはこの愛らしく、モフりたい衝動を掻き垂れられる形態(フォルム)なクルルが……、遠ざけたくなる、視界に入れたくない程のバケモノへと変貌を遂げていたのである。

無理もない事ではあるが、今のクルルとあのクルルは別の存在だ。ツカサ自身の説得もあって、どうにか納得させる事にするのだった。

 

 

 

「取り合えず、明日はダブルデート、って事にすっか。買い物って名目でここから出て………だな」

「うん」

 

 

 

「レム。ラムたちも警戒は怠らない様にするわよ」

「はい、姉様。……レムも解っています」

 

 

ラムとレムも気を新たに持つ。

例え自分が傷つく結果となっても、反射的にラムやレムを、スバルを優先してしまうツカサだ。話を重ねた所で、それは変わらないらしい。

 

ならば、出来る事はただ1つだ。

それは、スバルの決意と同じ。

 

 

 

―――絶対に死なないし、死なせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の日。

 

 

当日、スバルとツカサ、そしてその従者でもあるレムとラムを合わせて4人は、一緒に外へと出る旨を事前にクルシュに告げていた。

嘘が通じないクルシュに、ダブルデートなる言葉を告げた所で、あっさりと見破られるのは解っているので、どうしても外せない用がある、と曖昧な理由にする。

 

理由と言う面が気になる所ではあるが、ツカサやスバルの目を見て、踏み込んで良いか悪いかはクルシュとて解る。

 

なので、家を出る分には特に問題は無かった。

 

 

「政敵とはいえ、クルシュさんが友好的になってくれたら、こちらとしては凄く助かると思うんだけどね……」

「友好的、ってか、対等な同盟みたいなの結べりゃぁな? でも、向こうに旨味があるかどうかにかかってくると思うし、王選絡みじゃキツイだろ」

「ん………」

 

 

クルシュは、大きな事をすると言っていた。

それに対し、ツカサが手を貸すと言った時は、お世辞でも社交辞令でもなく、本当に感謝の念を示していた。

 

 

その内容が何なのか、それ次第では不可能ではないのでは……? とは思えたが、だからと言ってエミリア陣営とクルシュ陣営が対等な立場で同盟を組むか? それを良しとするか? と改めて考えなおすと、やはり可能性としては極めて低いと判断せざるを得ない。

 

王選、国を左右する決断だ。

 

一個人の存在で、安易に揺れる程度な信念なワケが無い事くらい、クルシュと接していてわかったつもりだから。

 

 

「……でも、ひょっとしたら、今回の件で借りを作れるかもしれないよ」

 

 

ツカサは、考える。

今回の件。

もし、事前に防ぐ事が出来たのなら、切り札を切る事で防ぐ事が出来たのなら、どの程度の規模まで広がる厄災なのかは解らないが、少なくとも前回自分達がいた位置は跡形もない。氷結し、粉微塵の様に消し飛んだ。

 

一瞬ではあるが、想像上では カルステン家のある貴族街も決して無事では済まされないだろう。

 

 

「ツカサを疑う訳じゃないけれど、最悪逃げる事も当然候補に入れておく、そのラムとの約束は忘れたワケじゃないわよね?」

「それは勿論解ってるよ。……大丈夫。最善策を常に考えて、行動するから」

 

 

ツカサは、スバルに倣ってラムの頭を撫でてあげた。

レムがスバルに対して感じていた感情と全く同じ種類のものがラムにも溢れ出てくいる。通じ合っていると言う気持ち。その心地良さは一度でも味わってしまえば、レムの様に幾度となくせがむ気持ちに繋がるのも頷けるだろう。

 

 

「……ふふ。早く、本当の意味(・・・・・)で通じ合える、繋がれる日が来る事をラムは願ってるわ」

「全部、全部終えた後に、ね?」

「恥ずかしがらなくても良いと思うわよ、ツカサ。……ラムも初めてだから」

「や、えっと、そう言う訳じゃない……ことも、無いけど………。えと……っっ」

 

 

これから先は死地。

そう言っても過言ではない場所に赴くと言うのに、随分余裕がありそうだ……と感じたのはスバル。

 

 

「ほんっと、パネェよな、2人とも」

「ふふ。レムは嬉しいですよ。レムがいて、スバル君がいて、姉様がいて、ツカサ君がいて。何でもできる気分です!」

「おおよ!! その意気だな、レム!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――ソレ(・・)はやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――……この身も、あの男も、……全て同罪だ」

 

 

 

 

 

 

 

空の色が真っ白に変わり……全てを覆いつくす凍土が広がってゆく。

そんな白の世界で、はっきりとソレ(・・)は姿を見せた。

周囲を睥睨する灰色の獣。……いや、獣と称するには聊か無理がある。その身体から発するオーラは、他を寄せ付けぬどころじゃなく、全てを氷で閉ざしてしまう程。

一息吐けば、そこに吹雪が生まれる。一歩踏み出せば、大地が凍る。

 

それを視界に入れれば……問答無用で命の火を消される程の代物。

 

 

 

それは灰色の巨獣。

 

 

 

世界を真白の雪化粧で覆いつくす。

生きとし生けるもの全てを凍り付かせ、地獄へと塗り替えていく――――筈だった。

 

 

 

 

 

 

―――ジ・アース。

 

 

 

 

 

「………む?」

 

 

全てを凍土へと染める為に、闊歩続ける巨獣。

その先を見て、無の表情だった筈のそれが歪んだ。

 

何故なら、この先のルグニカ王都……の筈だったが、それが視界から一瞬で消え去ったからだ。

 

 

あの王都に居る筈の男達を。……味方である、と断言した男達を滅するが為に、歩を進めていたが、それを止める。

 

 

 

真白な世界で、はっきりと視認出来たのは、せり上がった大地だ。

行く手を阻もうとでもいうのだろうか、或いは王都を守っているのだろうか。

理由は解らないし、どうやったのかも解らないが、間違いなく目の前に大地が壁となって立ちはだかった。

 

 

 

 

――――インヴェルノ。

 

 

 

 

 

そして、驚くべき事に、そのせり上がった大地は、今度は凍結したのだ。

それも、自分が染めたワケではない。勝手に、雪化粧の様に白く、瞬時に凍った。

 

 

それはまるで大地を使った巨大な氷の盾。

 

 

 

 

 

「なるほど。……随分型破りな事をする。……漸く、理解出来たよ」

 

 

 

 

巨獣は、まるで猛獣の様な唸り声をあげた。

その瞬間、猛烈な吹雪が発生するが、同じ属性故にか、氷の盾には通じなかった。ただただ、受け流され、破壊には至らない。……間違いなくその内部に居るであろう者たちは無事だろう。

 

 

 

 

更に歩を進め……。

軈て―――氷の盾から、1つの影が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「考えなかった訳じゃない。だが剣聖以外に、か……――成る程成る程」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剥き出しの牙を唸らせ、巨獣はその影を見据えた。

 

真白の世界の影。

 

それは徐々に()を伴っていく。

 

影は軈て緑玉と紅玉の輝きを周囲に奏でさせながら―――そして、世界を真白に染めあげんとする巨獣と相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――成る程。……人外か」

「はじめまして。……取り合えず、何者なのかと目的も聞いておこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

巨獣と人外が今、相まみえた。

 

 



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魔女教

サブタイがアレですが……

デスデスデス!!
愛デス! 愛ナノデス!! おのれおのれおのれ~~~!!!

な、皆大好き、ペテさんはまだ出てきませんでした。失礼を(*- -)(*_ _)ペコリ


 

 

 

 

 

「額の紅玉、緑玉の輝き……」

「……オレを知ってるのか?」

「ボクが知る通りの存在なのだとするなら、少々形態(フォルム)が違う様だがね」

 

 

 

巨獣は、低く、大気を鳴動させているかの様な声を轟かせた―――が、目の前の人外にはさして効果が無いかの様に、平然と立っている。

並大抵の存在であるなら、周囲のマナを喰らいつくしているも同然なこの場において、まともな状態で、五体満足な状態で居られるワケが無い。

 

 

 

「―――まぁ、それはボクも同じ(・・)なんだが」

 

 

 

軽くため息を1つ起こし、暴風となりて人外に靡くが、それも まるでそよ風が如く、だ。

 

その人外の体表面には、目に見えない何かで覆っているかの様に、如何なる干渉をも受け付けない様になっている。

 

 

 

「薄々……そして、今はっきりと解った」

 

 

 

額の紅玉がこれまでにない程の輝きを見せた。

赤く燃える様なその輝きは、白銀の世界においても決して衰えず、消えず、生命に満ち溢れていた。

もう長らくこの世界に存在してきた巨獣だが、それは初めての経験だ。

色を言うのなら、類似するものは幾つか候補に挙がる――――が、何かが根本的に違う。

 

 

そう―――初めて会った時と同じ感覚だ。

 

 

 

 

 

 

 

「お前―――……パック、か?」

 

 

 

 

 

 

 

真白の世界を 紅玉、そして緑玉、更には瞳の黒玉が三位一体となり、周囲を染め上げる。

 

そして、名を呼ばれた直後、巨躯を持つ四足の獣は、その灰色の体毛を総毛だたせた。

それはまるで、全身を痙攣させるように。ただただ身体を震わせた。

 

 

全身に迸るのは、圧倒的憎しみ。

 

 

「ボクは君が憎いよ。……そこまでの力を持ちながら、ボクとは違い、契約に縛られてない存在でありながら………。…………口惜しい」

パック(お前)に憎まれる覚えは無いのだが……。話を聴かせてもらえるか?」

「今更話した所で、全ては手遅れだ。……あの娘(・・・)が眠った今……」

 

 

あの娘―――と言った途端、再び猛烈な吹雪が周囲に沸き起こる。

いや、吹雪等生易しいものじゃない。絶対零度を纏った竜巻、ただの災害だ。

 

 

「…………まさか、エミリア……――――」

「―――あの子のいない世界など、存在する価値もない。あの子を守れないこの身も、守れると信じたお前も、お前が今守ろうとしている連中も、皆、同罪だ」

 

 

 

最後の言葉を口にする前に、目の前の巨獣……パックが肯定した。

エミリアと契約で結ばれている、厳しい契約、と言う話は聞いた事がある。それがこの事態を齎した。

そこまでは納得する事が出来た……が、認めたくはない。

 

 

 

「何故だ? 何故彼女が? 一体何があった!?」

「同じ事は言わせるな。―――今更何を言っても手遅れだ。僕は契約に従い、世界を凍土に染める。……それこそが、この身の誓い」

 

 

 

 

「ふっざけんじゃ、ねぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

その時だ。

猛烈な吹雪の中を、嵐の中を逆らう様に縫ってやってくる影があった。

 

 

突然の乱入者に、少々驚きを見せたのはパックだけであり、人外は予期していた様で、別段慌てる事は無い。

 

 

乱入者……スバル。そして、その直ぐ後ろにはラムやレムが居た。

 

 

あの巨大な氷の盾の中に居たのは、この3人だったのだ。

 

 

拭けば散る様な、それ程までに軽く儚く散る命であるスバルが、この死地へと飛び込む理由など、1つしかない。

 

 

 

「エミリア、エミリアが死んだだとっっ!?? ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ、パック!!」

「――――守って貰えるばかりの君がいきり立つな。……だが、丁度良い。………君の罪を教えようか」

 

 

 

ギロリ、と視線をスバルに向ける。

その時点で、死に至りそうな冷気がスバルを襲うが、目の前の人外の加護が行き届いているのだろう、スバルを凍らせる事も出来ない。

 

 

口惜しい―――と、パックは感じながらもただただ、スバルに憎しみの視線を向けながら告げていく。

 

 

 

 

 

「君の罪。……リアとの約束を破った事だ。……精霊術士にとって結ばれた約束がどれほど重たいモノか、君は理解が足りないらしいな。……ただ吠えているだけの今の様に。……軽はずみに契約を破り、リアを傷付けた。………貴様はオレの娘を好き放題に踏み躙ったんだ!!」

 

 

 

 

 

冷気が利かないのなら、物理的に潰す。

雪崩の様に迫るパックの巨体は、周囲の大地を踏み荒らし、僅かに残った木々を散らし、口に収まりきらない程の犬歯を更に剥き出しにして。

 

スバルが立つ大地そのものを食いつぶす勢いで迫る……が。

 

 

 

「先に話してるのは、オレだ。……無視しないで貰いたい」

 

 

 

居た筈の場所に、そこにはスバルはいない。

スバルだけでなく、傍に控えていたレムやラムも同じく。

 

 

踏み潰した筈、その筈なのに、もうそこには誰も居ない。

幻術の類でも見せられたのだろうか? と予見したが、どうやらそうではない様だ。魔術はマナに干渉して起こるもの。周囲のマナを喰らい尽くしていっている今の状態を前に、幻術等意味を成さないだろう。

 

 

 

 

人外の持つ、長い長い尾が、3人を優しく包み込み、引き寄せていた。

動作の起こりさえ知覚できない程の速さで。

 

 

 

 

「君は――― 一体何なんだろうね。……クルル。いや、ツカサと言った方が良いのか?」

「……………」

「ボクの直感は正しかった筈なんだ。今の君の力をまざまざと見せられて、よりそう思うよ。……君なら、リアを守ってくれる。……そう、思っていたのに。それだけの力がありながら………」

 

 

 

 

唸り声に混じって聞こえてくるのは、憤怒とそれをも上回る程の悲痛に満ちたモノだった。

 

 

 

「エミリアを失った悲しみ。……その気持ちくらいは、オレにも解る。……だが、パック。お前は間違っている」

「……ほう? 正しくないから、とでもいうか?」

「正しくない? もっと事は単純だ。お前はただの八つ当たりで世界を滅ぼそうとしてるんだから」

 

 

 

正しいか、正しく無いか、何故そんなセリフが出たのかは解らない。

だから、そこには反応をせず、ただ実際に起きている、起こしている事実を叩きつける。

 

 

「お前が娘を想うのと同じく……、この世界には一体どれだけいると思ってるんだ? 子が親を、親が子を。―――精霊だろうと、人間だろうと、誰かを慈しむ気持ちに大差は無い筈だ」

「たかだか十数年生きた程度の小僧が、ボクに説教とは笑わせる。……と言いたいが、君はよく解らない人外だったね」

 

 

 

契約を執行する身であるだけの存在となったパックに感情論は通用しないだろう。

それが通用するなら、世界を滅ぼすなんて事自体する筈がないのだから。

 

説得は不可能。

 

ならば、やる事はただ1つだけだ。

 

スバルも、尾に包まれたが、無理くり這い出して、再び横に立った。

 

 

 

「もう一度聞くぞ。――――彼女に何があった? 今日、誰が彼女に手を掛けた?」

「話せよパック! いったい何処の、どいつ、なんだよ!! エミリアをっっ!!」

「それを知ってどうする? リアを手に掛けた奴らは既にこの世界には居ない。……魂まで凍てつかせた」

 

 

 

頑なに詳細を話そうとしないパック。

いや、無駄な事はしない、と言う方が正しいだろう。

 

話した所で、既に仇は取っている。無意味だと。

 

 

 

 

だから、人外は更なる行動に出た。

 

 

視線でラム、レムに合図を送る。

すると、2人は意図を察し、スバルを担ぎ上げると、後方へと飛んだ。

 

 

「っっっ、お、お前ら何をっっ!??」

「ダメです、これ以上はダメです、スバル君!!」

「それはこっちのセリフよ、馬鹿バルス! 大精霊様に感情のまま向かっていって、命を落としたらどうなるか、もう忘れたと言うの!? エミリア様の事は……ラムにも解る。でも、ここで馬鹿な真似をしたら、全てを失ってしまう。それくらい解りなさい!!」

 

 

ラムとレムは、その身に宿した()のお陰で、抗う事が出来ている。

永遠に……とまでは言えないが、手筈通り。対話が出来るのなら、原因を追究出来る位なら、持たせる事が出来る事は確認出来た。

 

だが、スバルに関しては話は別。

 

アーラム村で譲り受けた剣を持ち、あの守りの風を纏わせてはいるが、圧倒的に魔法を使う技術が不足しているが故に、ラムやレムの様にとまでは行かない。

傍に彼が居たから、何とかなっているが、本来ならあの一瞬で氷漬けにされて終わっていた可能性だって否めないのだ。

 

 

 

そして、人外は3人が背後に回った事を確認すると、ゆっくりと両手を広げる。

長く大きな尾が身体に纏わる様に包みこむと、更に額の紅玉の輝きが増した

 

 

 

「お前と話をしていてももう、無駄なのは解った。……後は、自分で、自分達で調べる事にするよ」

「ボクと一戦交えた後に、って事か? それこそ無駄な事だ。もう、何も残ってない。誰一人、残っちゃいないんだから。……暴食も道中暴れているし、な」

「お前が知る必要は無い。……本来なら、以前までなら、パック。お前を連れて行く(・・・・・)事も考えていたが、お前の本性を知れた今、その選択はもうしない」

 

 

言っている意味が解らず、パックはその巨体の頭部を傾けた。

 

 

 

「ボクを連れて行く……、どういう意味だ? ……いや、どうせボクに先は無い。君の様な人外も、剣聖も居る。―――それに、君が言った様に、ボクと同じく娘を想う親は五万と居るだろう事くらい解っているさ。……だけど、ボクの全てはあの子が死んだ時に終わったんだ。もう、情もそこで死んだ」

 

 

 

―――全ては終わったんだ。

 

 

 

パックは再び世界に対して、今度は人外に対してではなく、そこ以外の全てを狙って世界を蹂躙しようとしたその時だ。

 

 

 

 

「時を統べるモノ。そして数多の幻獣の主――――クルル・ド・ルシルフィル」

 

 

 

 

バリッ、バルッ、とまるで雷が飛来したかの様に、否、縦横無尽に暴れ狂っているかの様に鳴り響きだした。

 

 

 

 

「これより、世界を巻き戻す。……お前が暴れる以前にまでな」

「―――――……は?」

 

 

 

 

 

何者の説得も効かない。

ただただ、世界を凍土へと沈める事だけを、世界を道ずれに消滅する事を望む終焉の獣が、初めて動揺の色を見せた。

 

歪む空間、白く染めた筈の空間が、より強い白? で塗りつぶされていく。

 

 

 

 

 

「―――これが最後だ。何があったのかを教えろ。………エミリアを、彼女を救いたいと少しでも思うのなら」

 

 

 

 

 

 

信じられるワケが無い。

時間の移動は破格の力だ。

如何に強力な精霊がいたところで……、時を巻き戻す事など出来る筈がない。

 

 

だが、理屈じゃないナニカをパックは感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――戻る刹那の瞬間。

消え入る様な声が、吹雪とはまるで正反対の温かな春風となって、皆を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女教(・・・)

 

 

 

 

 

 




覚悟パックン! あちょーー!! ちゅどーーんっ!!

⇒流石に それはさせません( ´艸`)



エミリアが◎んだ?? あ゛あ゛ア゛ーーーーーー!! 発狂死。

⇒考えてましたが、戻れます戻ります+精神捻じり潰された身なので、そこは耐えるww


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メニュー画面 ※考える時間②

 

 

 

「歯を喰いしばりなさい。バルス!」

 

 

 

次元の狭間、白の世界でラムの怒りの鉄拳が炸裂した。

 

矢のように放たれた一撃は、実に正確にスバルの顔面を捕らえた。

その体躯からは考えられないほどの威力を誇り、そのままスバルは身体を枯れ葉のように吹き飛ばされる。

 

何度も白の地を跳ねては転がり、側転し、バク転までし、……宛らゴム人形の様だ。

 

 

一撃を入れたラムは、それなりに気分は晴れる。

だが残念ながら、この空間でのダメージは持ち越し不可能。実際にこの空間は時が止まっている故に、ダメージを負う事は無い。ただ、身体に衝撃の様なものは感じているだろうが、《気のせい》と思えば、本当にその通りになってしまうだろう。

 

だから、ラムは 一瞬気分は晴れたが……まだまだ納得しかねる様子である。

 

 

「スバル君っ」

 

 

障害物が一切ない時の狭間の中で転がっていたスバルだが、漸く止まる事が出来て、追いついたレムに抱きかかえられた。

 

その次の瞬間……不思議な感覚があった。

 

スバルを遥か彼方へと吹き飛ばした筈だというのに、気づけばスバルとレムはラムの傍にいる。まさに、あらゆる物理法則を無視した様な世界の様だ。

 

繰り返す、戻る際に訪れるこの世界で暴れたのは初めての事だったから、少なからずラムは、直ぐ傍にいるスバルに驚くが、自分から近づく手間が省けた、と早々に順応し、スバルを見下ろした。

 

「バルスは、ツカサを殺したいのかしら? ラムの愛する人を殺したい、と? 何処までも恩知らずでいたいと言うの……? バルスの馬鹿な行動ひとつで、全てが終わっていた可能性だってあるのよ!」

「――――わ、悪かった。本当に、マジで悪かった。……オレも、オレだって、ずっとそう思ってた。なのに……エミリアの話を聞いたら、頭ん中が真っ白になって………」

 

 

口調が変わらず、先ほどの鉄拳の事を連想させれば、驚く程静かだが、……紛れもない激しい怒りを込めてスバルを見下ろすラム。

 

そして、レムはラムを止める事はせず、ただただスバルの身体を抱き起こした。

 

あのスバルの行動が悪かった事、そしてラムの言う事が間違えていない事。レムは解っている。

例え、レムは姉至上主義だと言えど、その忖度を抜きで考えたとしても……、スバルの行動が浅はかだったのは、本当の事だから。

だから、姉のラムの言葉、行為を否定しない。その変わりに、攻めるべきベクトルは自分に向けるべきだと主張した。

 

 

「申し訳ありません姉様。レムが、レムがもっとスバル君の傍に居れば……」

「あの圧の中、動けただけで十分よ。レム。……よくバルスの傍にいてくれた、ってラムは想っているわ。……それに、きっとツカサも同じ」

 

 

ラムは、レムには優しさを向けていた。

どうやら、納得しかねていたラムだったが、ある程度は発散出来た様で、それ以上はスバルの事を責めたりはせず、スバルを思いっきり殴った手をプラプラ、と振りながら――――直ぐ傍にいるツカサの元へと向かった。

 

 

ラムの直ぐ傍では、ツカサが眠っている。

 

 

――――それは、あの時(・・・)の姿ではなく、いつものツカサの姿だ。

 

 

「………きっと、ツカサはバルスの行動を予期していたのね」

 

 

ラムはツカサの頭を自身の膝に置くと、その額をそっと撫でた。

 

あの時……、前回の時の様に、身体が冷たくなっているワケでも血を吐いているワケでも無い。

少なくとも、この空間に来れている以上、時間跳躍は問題なく行えた様なので、一先ず安心だろう、と言うのがラムの考えだ。

 

後は、ラムとレムとスバル、そしてツカサの4人での時間移動。そして話に聞いていた切り札。

それらが、どこまでその負荷がツカサに掛かっているかを知る必要がある。

 

 

「……………っ」

 

 

ツカサの顔を見ていたラムの脳裏に最悪の光景が過った。

それは最悪、このまま目を覚まさない可能性だって―――、と悪い方に考えてしまっていたラムだったのだが、それは杞憂に終わる。

 

 

「―――だいじょうぶ」

「っ!」

 

 

まるで、タイミングを見計らったかの様に、一番不安がっていたラムを待たせる事なく、その瞳はゆっくりと開かれたから。

 

それと同時に伸びる手は、ラムの頬に添えられて、その仄かに赤みが掛かったラムの頬は更に染まってゆく。そして その瞳は潤んでいく。

 

 

「約束、したから。ちゃんと戻ってくるよ。無事に。……ちょっと寝坊してごめんね?」

「そうね。約束、したものね。……それに、今回は目を覚ますと直ぐに、ラムの事を安心させてくれた事が嬉しかったわ」

 

 

頬に添えられた手をラムは受け取り、そのまま頬ずりをし続けた。

 

 

 

 

 

 

見事なまでのラブシーンだった……が、それはそうと、現実問題では許容できない問題に直面しているので、何時までも展開させておくわけにはいかないのがスバルだ。

 

 

 

だが、だからと言って文句を言う訳にはいかない。禊を終えたとも思っていない。

ラムの一撃以上に、ツカサにも強いのを幾らか貰ったとしても、文句は一切ない。

でも、でも……どうしても話を先に進めたかったのだ。

 

 

 

あの原形を留めていない異形で巨大なパック。命を奪った存在でもあるパックに正面から堂々と突っ込んでいってしまった。それは自分でも馬鹿な真似をしたと解っているし、何より―――、自らが齎した結果、ツカサがいなくなるなんてはあってはならない。

救える者も救えなくなってしまうから。

 

 

 

だから、ここは敢えて勢いでいき、尚且つ話題を戻す決意をする。

他人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死ぬ! と思われるか、若しくはそもそもリア充爆ぜろ!! と思う方が勝つか不明だが、兎に角スバルは御心のままに行動開始。

 

 

 

「ツカサすまん!! マジですまん!! いや、ゴメンなさい。申し訳ありませんでした! オレは、オレはまた……、お前にあの苦しみを、お前に全部背負わせる所、だった………」

 

 

 

レムに抱きかかえられていたが、彼女に離す様に促し、解放してもらった。

それと同時に這いずる様にして、ツカサの元へ土下座励行。

 

スバルの謝罪or邪魔(それ)を聞いたラムは、虫けらを見る様な目つきになる。

 

 

「ハッ!」

 

 

いつもの割り増しの毒舌を、罵声を浴びせようと思ったその時だ。

 

 

「スバルが謝る必要なんかない。特に問題ない範囲の行動だったし、寧ろオレの中じゃ予想通り、予定通りだった」

「ツカサ……」

 

 

それは、《それで良いの?》や《どこまでもお人よしなんだから》と言った類のモノではなく、ただただ《ラムの邪魔をするな!》 と言う様な憤怒が見え隠れしていた表情だった……が、ツカサはラムのその顔は見ていない。

 

ただ、上半身を起こして、ラムの頭を撫でながら自身の胸に抱き寄せたから。

 

 

 

「っ……!」

「絶対、仕方ない事、なんだ。……もし、オレがスバルの立場だったとしても。………そんなの、頭じゃ考えられない。大切な人が……、って考えたら」

 

 

 

 

僅かに震える身体をラムは感じながら、これまで考えていた……いや、頭の中を支配していたスバルに対する感情でいっぱいだったそれが一掃された。

 

そして、思い返す事が出来た。

スバルが取った行動、その原因が何だったのかを。

 

ツカサが危なかった。

またスバルが死ねば、比べ物にならない程のダメージがツカサに返される。

本人は否定しているが、第3者側からの視点で見れば、最悪死ぬ可能性だって十分ある程、凶悪な呪いのように感じた。

 

そのことばかりで、いっぱいだったから……、あの巨獣の正体や、何故あの様な行動をとったのかを、改めて。

 

 

 

「だからって、目を逸らせる訳にはいかない、よ。―――変える為にも」

 

 

 

ツカサの言葉を聞いて、スバルは大きくうなずいた。

例え……それを言葉にしても、取り乱さない程度に心を落ち着かせながら。

 

 

「《エミリアさんの死》……それは多分間違いない。パックが暴走する理由としても、十分当て嵌まる事態だと思うし、精霊の契約って話だったら尚更、だよ。………大切な人が死ぬなんて、考えられない。……考えたく無い」

 

 

 

 

ツカサは、世界をある程度 やり直す事が出来ると言うのに、その世界世界での死に感情移入をし過ぎる。過去に遡り、原因を追究・解決する事で十分取り返しが付く問題だと言うのに……。

 

だが、それはラムとて、とうの昔に解っていた事だ。

簡単に割り切れる男じゃない事くらい。

 

 

やり直せるとはいえ、時間を遡れるとはいえ、それは偽物の世界じゃない。本物の世界だ。

更に言えば、ツカサの能力は何時如何なる時でも戻れると言った万能な力と言う訳でもない。

 

だからこそ、常に気を張り。戻れるからと自暴自棄や無関心になったりはしない。

そんなツカサの感性は寧ろ好ましいとさえ思える。

 

命を何とも思っていない者が、時間遡行の能力を得たら、暴虐の限りを尽くすだろう、と言う事は容易に想像が出来るのだからだ。

 

 

 

「だから、対策を練ろう。幸いな事に時間切れになる前にパックが話してくれた。――――犯人は魔女教だ」

 

 

 

それは決して無視できない名。

無関係とは言い難い名。

 

スバルの身体の中に居るナニカにも通じるモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは原因を再確認。

次元の狭間での滞在時間、その法則性は読めないが、どうやら今回は前回より……、ラムとスバル、そしてツカサの3人の時より遥かに長いようだ。

 

だから、入念に議論を交わす必要がある。

 

戻った時、最善にして最短の道を進む為にも、どうしてエミリアが魔女教に狙われる様になったのか、そこから始める。

 

 

可能性の範囲、想像の範囲内ではあるが、彼女の種族、ハーフエルフと言う存在が原因の1つだろう。そして、もう1つ……そう、王選だ。

 

 

「間違いなく、王選だろうな……エミリアを狙って、魔女教ってヤツらが動き出したって事かよ」

「……その可能性はロズワール様も危ぶまれていました。ですから、その対策をロズワール様は検討されていたと思われましたが……」

「ええ。ハーフエルフであるエミリア様が公になれば、魔女教が動き出す。……これは、市政にも通じていて、最早子供でも知っている事よ」

 

 

魔女教との因縁はラムやレムも同じだ。

全てを奪われたと言って良い、その元凶なのだから。

 

ラムとレムの表情は険しい。

 

 

 

「ハーフエルフだからって……。エミリアさんにとっては、辛い事かもしれないけど、今は申し訳ないが後回しだ。敵の規模も全く解らない。……何でも魔女教は、過去400年間尻尾を掴ませなかった、って言われている程の集団だから。色々と災害染みた歴史書みたいなのは、確認したけどね。……幾らロズワールさんとはいえ、仮に魔女教が総攻撃を仕掛けてきて、その撃退の準備をこの短期間で整えている、なんて考えにくい。……それに、聞いた話じゃ、ロズワールさんは……」

 

 

そう言いながら、ラムの方を見ると……、ラムは頷いていた。

 

 

「ええ。ロズワール様は王選から屋敷に戻って直ぐ、領内の有力者の所……そして ガーフの所……、聖域にも赴くとおっしゃっていたわ。だから、襲撃される5日後に、屋敷に戻ってきていたという可能性は低いかもしれない……」

「つまり、エミリアさん、パック、フレデリカさん、ベアトリスさんの4人しか戦力としては居ないんだ。……たった4人じゃ、歯が立たなかった、と言われても納得せざるを得ないよ」

 

 

たった4人、と言ったが彼女達の実力はそれなりには知っているつもりだ。

フレデリカは会って日も浅いので、そこまで知っているワケではないが、精霊術士であるエミリアと大精霊パック。加えて禁書庫を守護する同じく大精霊ベアトリス。

 

並大抵の兵力じゃ返り討ちに出来るだけの戦力は誇って良い……と思うが、結果が5日目のパックの大暴れ。

 

 

「本邸の戦力の大半はロズワール様個人の能力に依存している点が否めません。フレデリカが残ってくれている現状を鑑みたとしても……、その、先ほどの光景を目の当たりにしたら……解りますから」

 

 

レムは歯を喰いしばって俯いていた。

屋敷がどうなってしまったのか、考えるのは容易だ。

 

エミリアの死が、パックの暴走の始まりだとするなら……、確実に屋敷は全滅させられているだろう。戦力の大半を占めるロズワールがいないのも痛すぎる。

 

 

「どうにか、オレ達で戦力をかき集めないと話にならねぇな。なんとかクルシュさん達に協力を求められないか? 政敵だっつっても、国民だ。魔女教は世界に向かって厄災を振りまいてるってんなら、討伐する理由だって出てくる筈……」

「……正直、難しいと思う。まず、何で魔女教が攻めてくるのか、何でその日時を知っているのか。……不可解な点が多過ぎるし、あまりにも知り過ぎてる。オレ達が魔女教と繋がりがあるんじゃないかと疑われかねない」

「でも! それはクルシュさんの加護ってヤツで嘘じゃない事は伝わるんじゃないか??」

 

 

スバルがそう断言する。

確かに、クルシュの風見の加護は極めて優秀な者であり、対象の嘘偽りを見抜く力がある能力だ。

 

だが、それでも今回は話が別。

 

 

「説得力が乏し過ぎるんだ。―――狂言を妄信している、と取られてしまったら、正直心象も悪いどころじゃなく、最悪その後の打つ手が無くなってしまう」

「ぐっ………」

 

 

スバルとて、解らない訳じゃない。

いや、混乱しきった頭だったのなら、考えが及ばなかったかもしれないが、今はまだ頭を回す事が出来ている。

 

クルシュの立場、そして情報の信憑性の乏しさ。これらで安易にカルステン公爵家の力を借りれる等思えない。

ツカサが言っていた様に、一つずつ矛盾点や怪しい所を告げられ、………最終的には断られる。

 

 

 

「情報の真偽。それを確実に相手に信用させる手段が無い訳じゃない」

「!! 本当か!? 一体どんな手で……?」

 

 

ツカサの言葉に、スバルは目の色を変える……が、ツカサよりもラムが呆れたため息と共に、口に出した。

 

 

「ツカサが言ってて、解らないの? 普通バルスなら、聞くまでもなく解る事じゃない。―――ツカサが説得する。……これ以上ない位に信憑性が増すわ。……能力でクルシュ様も一緒に連れて帰れば、論より証拠になるもの」

「ぁ………」

 

 

未来の惨劇をクルシュ自身に見せる。

パックの暴動を、国の危機をクルシュに見せて――――その上で対策を取ってもらう。

 

まさに論より証拠だ。実際に見てもらう以上の説得力はない。

 

これはツカサだからこそ出来る、スバルの死に戻りでは決して出来ない最強の手札だ。

だが、それが安易に下せない決断だという事も、同時に理解した。

 

時間遡行が出来ることを、候補者であり、政敵でもあるクルシュに知られるという事になるのだから。

緊急事態だとしても、それがどんな結末にたどりつくのか、解ったものじゃない。

 

 

「……クルシュさんは、個人的には信頼に足る人だと思ってるよ。接してみて、刃を交えてみても解る。王の器、っていうのも肌で感じられた。………でも、最大で最重要でもあるオレの秘密()を軽々しく話せるか? ってなると………、本当の最終手段にしたい。出来る事全部やって、それでも出来なかったら、道がなかったら、この手を取るつもりだ」

 

 

この危機は脱するかもしれないが、結果新たな危機が起こらないとも限らない。

切り札や奥の手と言うのは、知られてないからこそ、最大の効果を発揮する者であり、ツカサの場合は相手が知らなければ、最大級の効果を発揮してくれるのだ。

 

そういう意味では、強制的に秘密をバラすことを咎める死に戻りの方がある意味では良いのかもしれない。秘密の漏洩防止対策として。……だからと言って心臓を握ってくるのは二度と体感したくない感覚ではあるが。

 

 

「……取り合えず、圧倒的に情報が足りねぇ。まずは ロズワール邸に戻ってみる、って言う線で攻めてみねぇか? 勿論、ツカサがどの世界も捨て石みたいに使うのを好ましくないって思ってるのは解る。……でも、最善の未来()に行く為には、情報はどうしても必要だ。……オレが()―――」

 

 

一瞬、《自分が戻る》という言葉を使おうとしたら、またあの闇の手が襲ってきた。

咄嗟に言わない、言わない、大丈夫大丈夫、と心で念じる事で、その手は胸部分に触れるか触れないかの位置で消えてくれた。

 

 

「……レム、悪ぃ」

「いいえ。臭いのもスバル君ですから」

「いや、それはそれで嫌だな!! って、んな事より! オレが馬鹿やってツカサを瀕死にして。動けなくしちまったら、その時点でゲームオーバーだよ。……だから、オレは絶対死なねぇ様に最善の注意を払う。お前らにも頼っちまう事になるが……そこは目を瞑ってくれ」

「妙な事したら、死なない程度に殺すのが条件よ」

「ああ。構わない」

 

 

ラムのなかなか凶悪な制約を眉1つ動かさずに頷いて見せたスバル。

感情的になり、直ぐに自重するという言葉が消し飛ぶスバルだが………、その行動理念は、全て《誰かの為に》と言うベクトルが向けられている。

 

その事に関しては、好ましくない訳がない。

 

 

 

「解った。スバルの言う通りだ。……戻ったら、まずはロズワール邸に戻る事、その手段を最優先で探す事にしよう。スバルの治療を途中で切り上げる以上、エミリアさんに無駄骨、って形になるけど……、そこは大目に見てもらう事にして」

「ああ。また約束破っちまう結果になるのは、正直心苦しい。……でも、戻ってきた面目果たせるだけの戦果ってヤツは持っておきたい」

「ハッ! バルスは殆どついてくるだけになるのに戦果とか。身の程知らずとはこの事だわ」

「その通りなだけに、否定できない自分が辛い!! ある程度落ち着けたら、オレめっちゃ鍛えてやる!! ロズワールから、自分の3割くらいとは聞いてたが、3割もありゃ、オレの応用で何とかなる!!」

 

 

以前、屋敷での魔獣騒動の時。

ロズワールとの混浴……(怖)イベントで、魔法の才能についてロズワールから辛辣な意見を頂いたのだ。

 

何でも、魔法の才能が全然なく、ロズワールを10とするとスバルは3ぐらいが限界値とのこと。

 

その時は、スバルにとって聞きたくなかった情報――――なのだが、冷静に考えてみると、王国筆頭、王国最強の魔術師の3割。半分の半分。

それでも十分なのでは? と思う様になったのだ。

 

 

 

「………そろそろ終わりが近づいてきたようだ」

 

 

 

ツカサは視線を背後に向けた。

気配をある程度は感じていたのだろう。……その先には黒点が近づいてきており、みるみるうちに大きくなっていっている。

 

 

 

「情報収集って、スバルは言ってたけど……全然突破しても問題ない筈だから、最初から全力でオレはいくつもり。……だから、ラム。最初に謝っておくよ。ごめん」

「んでも、オレは! 兄弟が瀕死になるような事態だけは避ける!! 全力で!! だから、ラムには謝らない! 謝らなきゃならねー事は、オレはしねぇ! だから悪いけどレム! 弱ぇオレに力ぁ貸してくれ!!」

 

 

 

ラムにはつらい顔をさせたくはないが、それでも仕方がない。

それがツカサと言う男の性分なのだから。

 

スバルはスバルで、気を新たに持つ。

責任重大である事を自覚しながら。

 

 

ラムとレムは、それぞれの想い人にしっかり向き合って告げた。

 

 

 

 

「「―――仰せのままに」」

 

 

 



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クルシュとツカサ

書いてて……、なーんで、こんなにツカサくんのことクルシュさん、気にいっちゃったの??( ´艸`)
と自分で思っちゃいましたナ‼(((o(*゚▽゚*)o)))

これ以上急接近するなら、フェリちゃんも黙っちゃいナイ!!

そして、勿論ながら、桃色の彼女もww


メイザース領、ロズワール邸に戻る為には必要な事。

 

 

「時間を取って頂いて、ありがとうございます。クルシュさん」

「なに。丁度時間が空いた所だ。執務中に卿と話を交わすのは初めてでな。……興味をそそられた故、私にも益がある」

 

 

クルシュに訳を話す事だ。

 

本来であれば、スバルやラム、レム……全員が世話になったのだから、皆で感謝を伝える旨を第一に、誠意をもって……と言うのが好まれるが、そう言う訳にもいかない。

 

あの止まった世界で気を落ち着かせる事が出来ているが、本音で正直に話すとしたら、一刻も早くロズワール邸へと戻って、確認をしたい、と言う衝動に苛まれているから。

あらゆる手段を模索しなければならないのだから。

 

こう言う時こそ、本当の意味での事情を知っている仲間が居る事に、深く感謝と安堵を覚えた。

 

たら、れば を話すとすれば、もしも、未来を知らなかったとしたら……まず間違いなくレムかラムのどちらかは残っていた筈だ。

交渉事に関しては、彼女達がより適任である筈だし、スバルだけでは心許ないのも事実。

 

 

そもそも、時間を越えてないラムとレムの2人の説得から始まるので、更に大変。

 

 

 

様々な幸運を経て、まさに、適材適所で、各々が行動出来ている。

 

だが、今はクルシュとの話に全身全霊で赴いた。

ツカサは心を鎮めて、極めて平常心を務める。

 

 

 

 

座椅子に腰を掛けて、膝の上で手を組んだクルシュは、ツカサを見て何処か不敵な笑みを浮かべていた。

 

確かに、よくよく考えてみると、クルシュと言葉を交わす事はこれまでは執務外が基本だ。特に多いのはヴィルヘルムらと共に、剣を交えている最中だろうか。

 

凛々しい面持ちだが、その奥には何処か幼子の様な新たな感性、期待が見え隠れしているのを、ツカサは見た。

風見の加護とやらが無くても、それくらいは察する事が出来る。

 

 

「正直……、ご期待に沿える内容かどうかは、判断し兼ねますが……」

「よい。私が勝手にそう思っているだけだ。……しかし卿に戸惑いと躊躇い、それらの色が見えたな。すまない。気負わせてしまったか?」

「いえいえ。そう言う訳ではありませんよ? ただ、益がある話かどうか、と言う点については、正直そうは思えなくて……」

「ほう?」

 

 

そして、クルシュの隣に立つ騎士フェリスは僅かに目を細めた。

何処か愛らしい頬を軽く膨らませながら。

 

 

「クルシュ様に不利益を齎す~、にゃんて言うんじゃにゃいでしょーね!?」

「フェリスの警戒は御最も。……不利益、かどうかは正直微妙な所です」

「むっ、む~~‼ そーゆーのは、フェリちゃんをまず通してからしてもらいたいにゃんっ!!」

 

 

クルシュのお気に入りに成りつつあるツカサに、敵対心を剥き出しにしてくるのが定番になっている。

だが、それも何処かおふざけ程度であるのは、誰の目から見ても明らかであり、大体フェリスが勢いよく前に出てツカサが受け身。ある程度したらクルシュが諫める、と言うのも定番である。

 

そこまで本気にしていないのは、ラムの存在が大きいだろう。

だが、英雄は幾多の女人を愛でる、と言う格言があるらしいので、ある程度は気が気じゃない、と言う面も出てきたりしているが。

 

 

「フェリス。その辺りにしておけ。ツカサには 剣を交えた時、剣を改めて見せて貰った時、厄災をも退ける剣を見せて貰った事に対する相応の礼を、と言ってある。無論、聞ける範囲内には成るが、邪険にする事はしまいよ」

 

 

クルシュとこの手のやり取りをしていたのは本当に僥倖だと言えるだろう。

貸し借りの類では無く、御礼の類ではあるが、一方的ではないので、遥かに頼み易い。

当初こそは、ただヴィルヘルムやクルシュと剣を交える程度で、褒美など以ての外! と思っていたツカサだったが……、今はありがたく承る所存である。

 

 

「ありがとうございます。……それと、申し訳ない。スバルの治療を切り上げて頂きたいのと、メイザース領へ向かう為の竜車を、お借りしたくて。折角のご厚意を無為にする事になりますが……」

 

 

スバルの治療を切り上げる、と言う点を聞いた途端、クルシュの目つきが変わった。

やや、鋭い物になる。それは、恐らくツカサの真意を測っているかの様だ。

 

 

「1つ、独自に得た情報を提示しようツカサ。……現在のメイザース領、つまりロズワール辺境伯の領地。今から卿が向かおうとしている場所では厄介な動きがある。……既に領内の一部では辺境伯の命令で厳戒態勢との事だ」

「――――……ロズワールさんが、それを発令したのは、王選開始直後……ですよね?」

 

 

クルシュは無言で頷いて、続ける。

 

 

「実際に、何かが起きているかどうかまでは把握できていない。……しかし、十分予期できた事態だとも言えるな。卿の想像の通り。エミリア―――ハーフエルフを支援すると表明した時点で。銀髪のハーフエルフだ。《嫉妬の魔女》の悪名が広がっている以上、偏見と闘っていく事は避けられないだろうな」

「……それを、それを解った上で、彼女はその茨の道を進むと決意した筈です。なら、オレはオレが出来る事をするまで。……彼女とは約束(・・)をしましたから」

 

 

朗らかに笑うツカサの顔には、嘘偽りの風は一切見えない。

クルシュは、じっ、とその表情を見た。凡そ3秒ほど見た後、軽くため息を吐く。

 

 

「解っていた事ではあるが、存外堪えるモノだ」

「え??」

「う~~~!!」

 

 

クルシュの表情、言葉。言っている意味がいまいちつかめず首を傾げていると、何故だかフェリスが威嚇してきた。

言葉にはせず、ただただ、ネコ科動物か何かか? と思える程、両手を爪に見立てて、ツカサを威嚇続ける。

 

 

「さて、話がそれてすまないな。……卿は兎も角。ナツキ・スバルは違う。彼を客人として扱い、フェリスの治療を受けさせているのは偏に契約があっての事だからな」

「はい。それは存じております」

「ふむ。私とエミリアとの間にはある契約が結ばれている。……つまり、見返りがあるからこそ、受け入れたと言う訳だな。………そして、契約は王選が始まる前。今とは全く状況が異なるんだ。公な政敵となった以上、エミリア陣営との交渉は慎重を期さなくてはならない」

 

 

暗に何を伝えようとしているのか、それくらいはツカサにも解る。

今、この家を出たら、カルステン家の庇護下からは完全に離れる。故に、戻ってきても何もしないぞ、と言っているも同然の様だ。

 

そして、それはエミリアの力になる、と公言しているツカサにも言える事。

有事の際に関しては、敵味方関係なく、持てる力を貸す事を躊躇わない、と言う事は伝えてあるが、それと王選の件はまた別問題だ。

 

 

「―――今回、契約を王選開始後に、状況が一変しても守り続ける義理は無い。……つまりだ。ナツキ・スバルを連れてゆくと言うのであれば、その瞬間をもって、状況が一変した、と言う事とする。……今後は、遺恨なく私とエミリアは敵同士と言う訳だ。卿の願い、それを叶えると言う事はそう言う事だ」

「……それが正しいと思います。政敵ですからね。……それにクルシュさんを慕い、クルシュさんと共に戦い抜きたい、と信じてついてきてくれている人達にとっても、断固とした姿勢は必要だと思ってます。王国の未来を左右する事柄。……慣れあいで行くワケにはいきませんから」

 

 

残念と言えば、そうだ。

クルシュとは仲良くやっていけそうな気がしなかったか? と問われれば、どうしても首を縦に振る。

 

剣を交え、盃を交え、……紛れもなく、エミリアの次に関わりを持った存在だと言っても良いから。

 

 

 

「――――意思は固い。そう言う事か。ならば、もう包み隠さず卿には話をするとしよう」

 

 

クルシュは、深く座椅子に座り込むと、大きく深呼吸をした後、話しを続ける。

 

 

「ナツキ・スバルが当家で治療を受けている間。その期間にどうにか卿を当家に取り込もうと画策をしていたんだ」

「…………」

「剣やその力だけでなく、卿の人柄だな。―――巨大な、強大な力を持ちながら、無欲と言って良いその卿の姿勢。正直目を見張るものがあった。かの剣聖にも通じる事柄だろう。……彼が例外だと思っていたが、認識を変えられたよ。契約の事も教え、それを匂わせて、引きとどめようともした。……狡い手を、と笑ってくれ」

「笑いませんよ。……光栄です。そこまでの評価を頂けて、身に余る思いです。……ですが、申し訳ない。今回の件は、オレの記憶(・・)に関係する事柄でもあると思うので」

「――――ほう?」

 

 

クルシュは力を抜いていた様だが、再び入れ直した。

ツカサの言葉を吟味しながら。

 

 

「詳しく訊いても良いか?」

「はい。大丈夫です」

 

 

風見の加護があるクルシュには嘘は通じない。

故に、ある意味では本当である……と言う結果的には虚実にはなるが、それが確実に起こる事なのである程度は加護を回避する事が出来るだろう、とツカサは予測した。

 

 

「―――今朝になって、突然脳裏に映像が……フラッシュバックしたんです」

「それは卿の記憶……と言う訳か?」

「いえ、それがそう単純な事ではない様で………。その中にはスバルが居て、ラムが居て……レムも居ました。過去の記憶とはどうしても思えないんです」

「……………」

 

 

それは脳裏の映像……では無く、本当に体験してきた未来での話だ。

故に、これは嘘には成りえない。

 

 

「はっきりは解りません。……ただ、メイザース領。あそこに帰らなければならない、と言う強迫概念に似た何かも映像と共に強烈に感じました。……正直、戯言だと思われても仕方ないです。結果、杞憂に終わるなら、オレが責任をもってスバルの治療の件は引き受けようと思ってます。ロズワールさんに借金でも何でもして」

「――――……ふむ。確かに、ただの狂言、妄信や妄想の類であると言う考えは拭いきれないが、卿の成り立ちに関する事だ。切って捨てるワケにはいくまい」

 

 

クルシュはそう言うと寄せていた眉を元に戻す。

改めて力を抜いた様だ。

 

 

「ツカサ。卿の気がかりも、そして それを選ぶ覚悟も全て見せて貰った。……一貫して迷いのない卿のその風は、私にとっても好ましい限りだ。……ナツキ・スバルの件に関しては、先ほど言った事は撤回出来ないが、良いな?」

「はい。大丈夫です。……100%こちらの都合で、契約を破棄する形になるのですから。後で、エミリアさんには謝罪の意を伝えておきます。クルシュさんは最後までよくしてくれた、と」

「ふむ。……そして、もう1つ、申し訳ない事に当家の長距離移動用の竜車は全て利用が決まっている。貸し出せるのは、運搬用の足が遅い物と中距離を交代して走る者しか残っていないのだ」

「! ―――貸して、貸していただけるのですか?」

 

 

ツカサは、スバルと共にカルステン家を出た瞬間から、敵対勢力と言う事になる為、メイザース領まで行く足を貸してくれるとは思ってなかった。

なので、オットーを通じて知り合った商人達に計らってもらおうかと考えていたのだが、想定外だった。

 

 

 

「む。フェリス、私は何かおかしなことを言ったか?」

「クルシュ様の優しさに見惚れたんじゃにゃいかにゃ~? フェリちゃんもいつもクラクラ。ツカサきゅん、きっと竜車を貸してもらえるとは思ってにゃかったんじゃにゃいですか?」

 

 

フェリスの言葉を聞いて、納得した顔で頷いた。

 

 

「私は卿の事は信頼しているし、信用もしている。確かに敵対する間柄だと言う事は否めないが、それであっても、友好的でありたいと私は想っているよ。雌雄を決する時が来たとしても」

「―――なぜ、なぜそこまでオレの、私の事を……………?」

 

 

 

クルシュの申し出は光栄……どころの話ではない。

 

確かに、エミリアの次にクルシュと面識があると言って良いし、盃も交わした間柄だが、そこまでの信頼や信用を得られたか? と問われれば、正直頷けないのだ。

勲章の効果だろうか? とも思えたが……、それがクルシュに対する侮辱であると言う事は、この次の言葉ではっきりとした。

 

 

 

「卿を見て、剣を交わして、言葉も交わした。卿自身を多少なりとも知る事が出来た。……これでも人を見る目には自信があるのでな」

 

 

 

クルシュはそう言って、朗らかに笑みを浮かべていた。

形ではなく時間でもない。ただ、ツカサと言う人間を、1人の男を認めてくれたと言う事に他ならない。

浅はかな考えを戒めると同時にツカサは、頭を下げた。

 

 

 

「ありがとう、ございました」

「良い。……また狡い手とでも思ってくれ。それ程までに、卿に私もヴィルヘルムも一目以上置いているのだ。――――ツカサ。一刻も早くここをたつのか?」

「はい。スバルやラム、レムと合流したら、改めて挨拶に伺わせてもらいます。その後にでも」

 

 

 

名残惜しい。

こんな状況でなければ恐らくそう思っていた事だろう。

 

 

 

紛れもなく、このカルステン家で過ごした日々は、ツカサの心の内にしっかりと刻まれているのだから。

 

 

 

 

 



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脳が……

よーやく、よーやく( ≧∀≦)ノ

チョコットネ~(*゚∀゚人゚∀゚*)♪


グヘンッ!!(゜o゜(☆○=(-_- )゙オラァ


 

 

「宿場町フルール。タイミング的にそこにオットーがいるらしいから、長距離となると、オットーの竜車を利用するのが一番効率的ね」

「そっか、良かった。……5日後にルグニカで会うのは解ってるんだけど、それじゃ遅すぎるから知れて良かったよ。……5日後にパックが王都(ここ)に到着するってだけだし」

 

 

オットーとコンタクトをとるのが、交通手段としては最適だ。

商人であり、ツカサの友でもあり、ラムも一応顔見知りで便利屋で下僕(酷)。顔見知りと言っておいて下僕と称する。流石はラムである

 

 

「ツカサの方は?」

「こっちも上々。クルシュさんの所に竜車や物資、人員が集まってる情報は以前から得ていたから、正直厳しいかと思ったんだけど……、取り合えず中距離用の竜車は借りる事が出来たよ」

 

 

前回の周回。

ただスバルの治癒を待っていた訳でも、剣の修行? に没頭していた訳でもない。それなりに抜け目なく、周囲の変化を見続けてきたつもりだ。

商業組合代表のラッセル・フェローなど、相応の大物がいて、何でもヴィルヘルムに関係する事をしようとしているらしい。

更に付け加えるなら。

 

 

「……4日後。つまり、前回アナスタシアさんの話を聞いたのも、不安材料の1つだった。クルシュさんが武器・防具を買い集めてる。何処かで戦争でも起こすのか? って勢いでね。…………でもまぁ、今となれば、何のために物資を集め、人を集め、武器防具を集めているのか、その理由も解る」

 

 

ツカサはそう呟くとルグニカから見える空を見上げた。

広く高く、そしてどこまでも青い晴天の空。

 

この推察、想像通りだとするならば、この晴天の空でも、陰りが見えてくるような気がした。

 

 

「リーファウス街道が現在封鎖されてる。……その原因は《霧》」

「―――……ああ。厄介なのが、暴れ出してる様だ。パックも言ってたし。――――《暴食》が暴れてる、って」

 

 

ラムも1つの結論には達している。

クルシュが何を狙っているのか、そして―――ツカサの事を懐柔したかった訳も、恐らくはそこにあるだろう。

 

 

「ベアトリスさんの禁書庫で、勉強させてもらったのが功を成したよ。……暴食。大罪の名の1つであり、そして一昔前は、ある魔獣にもその名がつけられていたそう」

 

 

大空を泳ぐ影。

日も完全に落ち、暗闇だと言うのに……その存在感は、その白い身体は はっきりと見える。

一度、ツカサも見てきたから。

 

 

 

「――――三大魔獣が一翼。《霧の魔獣・白鯨》」

 

 

 

ラムがツカサの続きの言葉を紡いだ。

かの大魔獣が、再び現れるのだ。―――一体何の因果か。

 

 

「でも、こっちには英雄がいるじゃない。ラムにとっての英雄は、この国にとっての英雄でもある。そうでしょう? ……クルシュ様をはじめ、アナスタシア様、プリシラ様。……随分引く手数多。大人気らしいみたいだけどね。まさに英雄は女を求ム、とはよく言ったものね」

「……なんだか、後半部分が怖くなっていってるけど、今は一先ずおいとくよ」

 

 

ラムの声色の変化くらいツカサとて読み取れるようになっている。

関係性の何も知らない第3者では決して見破れなかっただろう、声質の変化……と言ってみたが、2人の事を少しでも知れば容易に解るので、大したことはない。

 

 

「生憎だけど、白鯨を飛ばした時の力は、言ったら《全盛期》なんだ」

「全盛期?」

「うん。この世界にきて、初陣。力の使い方も、あやふやで朧げ。だから、自身の身体も厭わず構わず、あの巨体を飛ばせるだけの一撃を撃てた。………でも、今は」

 

 

ツカサの表情が陰る。

このルグニカで伝わっている事が全て本当で、健在だと言うなら、リーファウス街道にかかっている霧など、何ら脅威足りえない。

 

だが――――、そう都合が良い訳ではないのだ。

 

 

「バルスの馬鹿が、何度も何度も馬鹿したから、実に馬鹿馬鹿しいけれど、ツカサも馬鹿になってしまった。って事ね」

「いや、オレが馬鹿になった、ってラムの辛辣なのが、オレの方にまで来ちゃったよ!?」

「何度も何度も、息吐くように馬鹿、って言わないでっっ!!」

 

 

勢いよく、息を合わせてラムにツッコミを入れる2人………。

もうお気づきの様だが、いつの間にやらスバルも戻ってきていた。

 

 

「お帰り。スバルのせいで、とんだとばっちりを受けた所だよ、まったく」

「くぅぅ、否定できねーのが辛い!! 確かに、オレのせいですとも!! ええ、その通り!! だからこそ、汚名挽回の機会を是非とも与えてほしいものですねーぇ!」

「ハっ! 汚名は返上するものよ。挽回してどうなるというのよ。だからバルスなの」

 

 

国語力も乏しくなってしまったスバルは、ラムにトドメの一撃を貰って、完全にダウンしてしまったのだった。

 

 

 

「それで、スバルの方は?」

「んぁ……! そうだそうだ!! オレはレムと一緒に、騎士団詰所に。そんでラインハルトんとこにも一応顔出してみて、結局両方ダメで、その次たまたまアナスタシアと出くわしたから竜車貸してもらえねーか交渉したら………」

 

 

挽回する? 返上する??

 

と意気込みは良かったスバルだったが、後半部分の声が弱くなる。

 

 

「―――交渉の秘訣を教わりました」

「えっと、つまり?」

「……一応、竜車借りる目途は……、その代わりクルシュさん家の情報結構吸い取られた。物資とかラッセルとか、大荷物夜中に出入りとか……」

 

 

ごにょごにょ、と指と指を合わせてごにょごにょ。

 

 

「情報漏洩で、クルシュさん達から訴えられても仕方ないね? と言うかほぼ恩を仇で返したって言っても良いじゃん………」

「ハッ。期待してないわ。馬鹿(バルス)だから」

「うぐっっ」

 

ぐうの音も出ないとはこのことだろう。

だが、相手はカララギ一の大商人だ。交渉の席で、素人、一般人が立って相手になる訳がないので、仕方がないと言えばそうだろう。

 

「それに、レムが傍にいたのにどうしたの?」

「申し訳ありません、姉様……。レムは別行動をとってまして。厳密にいえば、詰所にはレムが、ラインハルト様の所にはスバル君が行ってましたので……」

「100%悪いのはバルスだけよ」

「そのとーりです!! オレだけですっっ!!」

「……まぁ、クルシュさんの件は大丈夫だと思うよ。あれだけ堂々と物資やら人やらを動かしていたんだから。機密事項って訳でもないだろうし。商人の情報網っていうのは、その商会が大きければ大きい程、比例って言わない位スゴイらしいから、スバルから聞かなくても、たぶんアナスタシアさんなら解ってたんじゃないかな? ………まぁ、目的に関しては別として、ね」

 

 

白鯨の討伐。

恐らくはクルシュが行おうとしているのはそこだろう。

 

もしも、それがアナスタシアの耳に入っていたとしたなら、もっとアクションを起こしてもおかしくはないのだ。

オットーとそれなりに付き合い、たった数日に過ぎないが、共に旅をしたが、商人にとっての天敵。夜盗、盗賊、山賊、魔獣、……そして、何より白鯨。

 

まさに死活問題と言って良いその総本山が白鯨と言う魔獣だ。

 

ただでさえ、霧がかかった時点で、流通がストップしてしまうのだから猶更。

だから、アナスタシアが白鯨の事を知っている訳はないだろう。もしも、事前に把握していたのであれば、言うまでもなく、損得勘定を重視している商人であるなら、協力的になるのは自明だから。

 

 

「取り合えず、クルシュさんの所で1台。アナスタシアさんの所で1台。多くて困る事は無いし、フルールでオットーが居たら、更に増える」

 

 

正直な所、何が起きるか解らない。

ただ、パックから魔女教、と言う話を聞き、後は暴食が暴れている、とも聞いた。

リーファウス街道に霧がかかっている所から察すると、パックはそこを通りルグニカへ最短で来たのだろう。だから、白鯨と出くわす事になった。

 

そこを回避していけば、一先ずはあの魔獣と遭遇する事は無い筈だ。

 

時間はかかるかもしれないが、これが持ちうる戦力を考慮すれば最速。

 

 

「んじゃあ、直ぐ出発だな! あ、クルシュさんにはしっかり礼と挨拶はしとくよ」

「ん。そこは皆でね」

「礼の前に謝罪が必要ね。バルスは」

「………そ、そこはさっさと出発したいので、姉様の胸の中に仕舞ってもらえれば……………」

 

 

スバルは、ちらりとラムの胸を見た。よせば良いのに、レムの胸まで見た。

完全に見比べてるのがはた目からでも解った。

 

 

なので?

 

ラムの一閃が、ばちーーんっ! と景気よくスバルの頬を直撃。

 

「ぼんばるでぃあ!!」

 

見事なラムのビンタ。

スバルの首がねじ切れん勢いだ。

 

 

「時間がないのに破廉恥な考えをしてる場合? 張り倒すわよ」

「もう、張ってるよ姉様っっ!!」

「……擁護しません」

「(そ、そういえば 姉様より大きい事を、スバル君は褒めてくれましたし………い、いえいえ。今はそれどころでは……っ)」

 

 

 

こうして、4人そろって再びカルステン家へと向かうのだった。

 

 

 

 

4人がカルステン家へと到着したころは、もう既に余計な装飾を外して、比較的軽量になった竜車の準備が整っていた様だ。

最初は、それが自分たちに貸し与えてくれるもの……とは思ってなかったのだが(時間があまりにも早かった為)、クルシュへ挨拶をしに行った時に、説明をされたのである。

 

 

そして4人を竜車の前で待っていてくれたのはヴィルヘルムだ。

 

 

「こちらが現状、当家でお貸しできる地竜として、もっとも足の速いものになります。それでも辺境伯が利用されるものや、長距離用の地竜には劣りますが……、お許し願いたい」

「いえ。本当に貸していただけるだけでも助かります。ありがとうございました」

「―――すげーありがたいし、返しに来たい気もあるんだけど……、それってもう無理っぽいですかね?」

 

 

それはツカサも思っていた事で、聞きそびれたが、スバルが代わりに聞いてくれた。

 

クルシュに再び説明―――されるまでもなく、ツカサがもう事前にスバルには告げていた。

エミリアとは敵対関係に戻ると。それはスバルの治療放棄し、この家を完全に出た後に、と。

 

決別をした身で、のこのこと、竜車を返す為にこのカルステン家にきても良いのだろうか? と思われるのだ。

正直、これから起こるであろう、厄災を退けた後なら、気分的にはいくらでも来訪したい気にはなるのだが……、それは完全に私事。クルシュ達には関係のない事だから。

 

 

「私も立場上、クルシュ様の判断に従うほかありません。完全にこの屋敷を出た後、クルシュ様とエミリア様、我々の主人は敵対する同士となるでしょうからな。―――竜車は、ツカサ殿に対する御礼、そしてスバル殿に関しては、その治療と剣の指南が中途で終わる事への餞別……と承っております」

 

 

十分すぎる。

敵対する立場であるのなら、ツカサに関しては、もう靡かないと思っているのなら、何かと理由をつけて協力を断ったりする事だって出来る筈なのに、クルシュは最後まで友好的に接してくれているのだ。

 

 

「クルシュ様がこーーんなに、優しくしてくださったんだから! とっとと、ツカサきゅんの記憶探し、ついでにエミリア様にスバルきゅんが許しを貰って、色々おわらしてくんにゃいと、だよ? ホント。んでんで、クルシュ様が目移りしちゃうとあぶにゃいから、ツカサきゅんは、今後一切、視界に入る事もお断りします! いっちゃえいっちゃえ!!」

「お、おおぅ……、ここまで、兄弟が邪険にされるのって、結構新鮮なんだけど……」

「解るよ。自分の事なのに、他人事のように聞こえてくるのが不思議なんだよね。フェリスに関しては基本理不尽だから、取り合えず受け流そうかな? って」

「にゃにぃぃぃ!! この恋敵めっっ! ラムちゃん! 浮気してるよ!! しっかり手綱握るにゃんっ!!」

 

 

むき―――!! と怒りながら頬を膨らませ、腕を振るい、そして最後にはラムの方を見た……が、ラムとレムは、極々一般的な礼儀作法と共に、頭を下げて会釈をするだけにとどまった。

 

 

「おー、これが正妻の余裕か……。第一夫人の座は安泰、って感じか? 例え未来の王様候補者(クルシュ)でも」

「にゃにーーーー!! そんなの許さないにゃんっっ!! エミリア様の方にいっちゃえっ!!」

「ぐっはっっ!?? 流れ弾が予想外の角度と方向から跳んできた!? 絶対そんなの許しませんっっ!!」

 

 

フェリスとスバルが煩くなってきたので、取り合えず置いてきぼりを食らってる感じなヴィルヘルムに、ツカサは改めて感謝の意を伝えた。

 

 

「こちらこそ。この老骨の相手をしていただき、感謝しております。私もまだまだ未熟ですな」

「未熟、と言うのであれば、それはオレも同じだと思ってます。……まだまだ、精進致しますよ。―――機会があれば、また是非手合わせ願いたいですね。勿論、敵対と言った物騒なものではなく、純粋に剣の腕を見てもらいたい。……もっともっと腕を上げます」

「――――それはそれは、大変脅威に映りますな。老い先短い老木に新たな生き甲斐を与えられたも同然」

 

 

 

 

紳士的に笑い、時にはジョークも交え、更にフェリス式な罵倒と言う送別を貰い……、4人はクルシュの別邸を……貴族街、下層区の大通り、そして王都の外へと通じる大正門を抜けて―――目的の街道へと出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ぁ、ぁぁぁ………。

 

 

森の中、奥深くに深い深い闇に通じる様な洞穴がある。

松明を一定間隔で拵えている為、その中は明るさはある程度保つ事が出来ているというのに……、そこは闇よりも暗い何かが感じられた。

 

奥へと進むと、大空洞があり、そこには黒い影が―――無数の黒い影が、ある1人に向けて傅いていた。

 

 

膝をつき、影たちは、その大空洞の中心にいる男を微動だにせずに見続ける。

 

 

 

――――あ、ぁぁぁぁ……。

 

 

 

 

闇を具現化したかの様な邪気を纏うその男は、ただ一点を見つめ続けていた。

それは、とある王選の人物画。候補者の1人。

 

 

特徴的な銀髪……そして、ハーフエルフ。

 

 

 

 

 

「―――脳が……震える……」

 

 

 

 

 

消え入りそうなのに、脳髄の奥にまで侵ってくるかの様なか細い声が響く。

次の瞬間、耳障りな骨が砕ける音も。

 

 

ぼき、ぼき、ぼき。

 

 

 

 

それは彼自身の指。

親指を、人差し指を、中指を……只管食んで、食んで……食む、嚙み潰す。

 

 

流れ出る自身の血を気にすることはなく、ただ、一点を見続けた。

銀髪のハーフエルフ。王選候補者。

 

 

エミリアの姿を目に焼き付けながら。首を90度折る。嫌な音が再び響くが意に介さない。

 

 

全ての元凶が、その闇が今、エミリアに迫ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタ………怠惰デスね………」

 

 

 

 

 

 

 



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黒い鬼

あの仮装集団が………ヽ(`Д´)ノプンプン 





「やーーーっと、僕にもツキがやってきましたよっっ!! いえ、ツカサさんこそが、やっぱり僕にとってのツキだったんですっっ! ぜーーったい、そうです! 商人の嗅覚が、それを今告げてます! それはそれは物凄い勢いで!」

「それはヨカッタヨカッタ。と言いたいケド……、やっぱりオットーも色々と注意して、もっと警戒した方が良い、って思うんだけどね……? 別れてまだ1ヶ月くらいなのに、もう破産だとかの話になっちゃってるの?」

「ハッ。商才が無い商人程惨めなものは無いわね。無能使用人(バルス)と似た様なものだわ」

「ここで、オレ使うの止めてくんないかなぁ!? お姉様!」

「大丈夫ですよ。どれだけスバル君が出来なくても、有能じゃないとしても、レムがやります! スバル君は素敵ですから!」

「レムはレムで、無自覚の毒が今刺さる……! そんでもって、甘やかしてくる見事なまでのアメとムチ!」

 

 

 

 

 

 

 

無事、一行はフルールの街で、オットーと合流を果たした。

 

オットーは、商人。様々な商品を運ぶ運び屋である。

ならば、足としては最適であるのは事実。運ぶものは商品だけでなく、当然人だって運ぶ事が出来るだろう。

来たる厄災に備えて、アーラム村・エミリアを事前に避難を……となれば、商人同士の繋がりもある程度はある筈だから、(金銭面負担は増えるが)これ以上頼りになる人材は他にいないとも言えるだろう。

 

 

それにツカサに対しての恩義があるから断る事は無いだろう、と言う事にも付け込んで、交渉を――――と思っていたのだが、呆れる程あっさりと了承を得れた。

 

 

勿論、危険なのには変わりないので、相応の報酬は約束する旨は伝えているが、オットーは何処までもツカサの事が好きらしい。

 

 

「このオットー・スーウェン! 貸し借りは作らない主義なんですよ! って、これ前にも言いましたよね? それに、ツカサさんは僕の友達。友達が友達を助けるのは当然の事だと思ってます」

 

 

真っ直ぐ見据えて、何の躊躇いも無く恥ずかし気も無く言い切るオットー。

愚直なまでに真っ直ぐだったからこそ、完璧に損得勘定抜き……とは言い切れないかもしれないが、限りなくソレ抜きで想いの丈を伝えているのが伝わる。

 

 

「いや、マジで助かるぜ、オットー! 持つべきものは頼りになる友達だよな!! うんうん」

「ですよね! ナツキさん!」

 

 

そして、何だかスバルとも意気投合している様な気がする。

同じ人物にとてつもなく世話になったから、と言う面では2人は同じだ。

 

或いは、ツカサの友達だから、友達の友達は友達、と言った感じだろうか。

 

 

 

 

「一先ず、後1日……長くて2日程待てば、ルグニカ行の行商人たちがフルール(ここ)に経由する筈ですから、人手が必要なら待つのが最適かと思いますが」

「人手が多い事に越した事は無い。貧乏性って言われても、何でも使えるもんは使う、ってのがオレ流だが」

「…………」

 

 

 

スバルとオットーの話を聞きながら、ツカサは少し考えた。

現状、足があるのはクルシュ・アナスタシアから借り受けた竜車2台に加えて、オットーの持つ竜車(油セット)だ。

 

白鯨は、十中八九リーファウス街道。こちらのルートでは遭遇しないだろうから、そちらの心配は無い。大丈夫だと思われるが、魔女教があまりにも未知数なのだ。

 

今持ちうる戦力だけで、対処できる規模ならば、問題ないかもしれないが、400年尻尾を掴ませず、更に世界に厄災を齎してきたと言って良い異常集団だ。

 

だが、だからと言って、ここで待ちを選択するのも悔やまれる。

いつ、魔女教が暴れ出すか、正確な時間は把握できていない。今この瞬間も襲われているかもしれない。粘りに粘って、皆を守って守って……あの日。エミリアが命を落とした……、と言う可能性だって否定できない。

 

 

「…………っ」

 

 

ツカサの持つ力、スバルの持つ力。

時間遡行(ループ)をすれば、常に最適解を模索し、そして導く事だって可能ではある、が、スバルは、その戻る力の条件が厳しい+ツカサの身体に相当な負荷がかかる。

そして、ツカサは簡単に割り切ったりできない。

所謂、今の世界線。……この時間軸での世界は情報収集に徹すると言う方法。云わば捨て石。

そうする事によって、より安全な道を正確に選ぶ事だって出来るだろう。

 

だがどうしても、躊躇ってしまう。

 

戻る事によって、この世界が無くなる。

だからと言って、生きていない訳ではない。偽物なんかじゃない。全てが本物だ。

 

情報収集をする……と言う事は最悪の未来を視続けると言う行為に他ならない。最悪の未来を回避する為に、情報収集と言う名目で視続けなければならない。

感情移入をし過ぎる節の有るツカサにとっては、かなり厳しいと言える。

 

 

「大丈夫よ」

「!」

 

 

そんな時、そっとツカサの手を握るのはラムだ。

 

 

「ラムも、一緒に立ち向かうと決めたのだから。ツカサもラムも、その為に最善を尽くす。それだけに集中すれば良い。……ラムは信じてるから」

 

 

ラムは笑顔でそう言い切った。

ツカサを信じている、と言う言葉を添えて。

 

 

 

 

「スバル。兎に角、一刻も早く村に屋敷に戻ろう。オットーの案も良いと思うけど。今回は(・・・)スピード重視で。……屋敷の状況を知りたい」

 

 

 

 

精神的な苦悩は重いかもしれないが、それでも仲間が居るから。……時間遡行を知る仲間が居てくれるから、乗り越えられる。

 

ツカサは、そう言って拳を握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、レム。ラムとツカサ、バルスとオットーに分かれて、竜車に乗りましょう。……レム、お願いね」

「はい姉様。任せてください」

 

 

竜車は3台。

手綱を握って、上手く操る事が出来る人材と言えば、オットーとレム、そしてラム……ではなく、ツカサだったりする。

 

御者をするのは初めての事では無く、これも以前オットーと共に旅をしていた時にやらせてもらった。

オットー曰く、

 

 

《ツカサさんは、地竜に直ぐ好かれた》

 

 

との事だ。地竜と話が出来る言霊の加護を持っているからこその評価。オットー自身がかなり地竜を説得したのかもしれない。

 

だが、地竜とて誰かに言われて好きになったり、認めたりするワケではない。あの時ツカサと言う人物を好いた、と言うのは事実だった。

 

何せ、ツカサは厄災を退けてくれたのだ。

救ったのはオットーだけじゃない。地竜も同じ。……死を覚悟し、走り続けた地竜を救った英雄なのだから。

 

ひょっとしたら……地竜の間で広まっているのだろうか、今回貸し出された竜車2台。それを引く地竜たちにもしっかりと認められている。

 

 

 

「別に異論はねーけど、野郎と2人でってのはなぁ」

「さっきまで友達友達言ってたのに、今見事に手のひら返しましたね! 解んなくもないですけど!!」

「ハッ。商才の無い商人(オットー)無能使用人(バルス)。実に丁度良い組み合わせじゃない」

「「ひでぇっっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兎も角、無事フルールをたち、このまま何処にも立ち寄る事無く走行。

夜間移動は魔獣と遭遇する畏れもあったが、頼りになる用心棒が控えているので、その心配はしてない。……と言うより、気にしないで欲しい、と言った方が正しい。

一刻も早くメイザース領へ。それが全員に共通する想いでもあるからだ。

 

タイムロスは望ましくない。

 

 

 

 

「それにしても、夜間も走り続ける条件って、結構無茶だと思ったんだけど、お前マジで快く引き受けてくれたよな? オットー。感謝してるぜ」

「そりゃ、ツカサさんの頼みですから。死力でも何でも僕は尽くしますよ? それに報酬だって物凄いんですから。………まぁ、ツカサさんの頼み~じゃなかったら、正直無茶だ、とは思いますが」

「……おまえ、マジ兄弟好き過ぎだろ」

「否定はしません。何せ、目の前で命を救われましたからね? それに加えて、あの人柄です。ヘンな意味でも意図でもないですが、男に惚れると言うのがツカサさんにはピッタリ当て嵌まります。……ふふ。以前までの僕なら、背筋が凍る思いですね」

 

 

 

ツカサ好き好きトークが始まった。

オットーの身の上話は聞いているし、生きる証人である商人……とスバルは違う意味で背筋が寒くなるギャグをかまそうとしたが、口にチャック。

 

ツカサの凄さは知っていても、白鯨の脅威を今一つ理解しきれてないスバルが、証人から証言を聞いた所で、特に何かが変わる訳でもない。

 

 

「そりゃ、残念だったな、オットー。ツカサに手ぇ出そうものなら、もれなく桃髪のメイドが許しちゃおかんぜ?? あの障害を突破するにゃ、正直オットーじゃ馬力不足だと思うがね~~」

「だから、変な意味じゃないって言ってるでしょーーが! 僕だってそのくらい知ってます!! ……それに、以前のお2人とは違って、距離が縮まってるのを見るのは、友達の僕としても嬉しい事です」

「ほほーー、他人の恋路を邪魔するヤツは、地竜に頭を蹴られて~~、ってのが世の常だが。オットーはそんな事しないんだな? 感心感心!」

「何ですか、その聞いたことない怖い謳い文句!? 地竜に蹴られちゃったら、もれなく頭スッ飛びますよ!? 竜なんですからね!?」

 

 

風避けの加護を持つ地竜。

それなりにスピードは出ているが、会話を楽しむ位なんて事ない。

 

 

スバルとて、緊張しているし、不安だって増大だ。

軽口叩いているが、エミリアの事が心配で心配だ。……前回、ツカサが――――パックが、言った事が本当だったとしたなら、エミリアは命を落とした。

 

 

――――そんな事考えたく無い。

 

 

だからこそ、一刻も早く戻りたい、と言う気持ちは負けてないつもりだ。待つ案を聞いてはいたが、本心では待つ選択等選びたくない。

 

だからこそ同じ心根を持ち、目的も同じであるツカサには感謝してもしたりないのである。

 

 

 

 

「あ、形式上では ナツキさんからの報酬って事になってるんですから、頼みますよ? 特に辺境伯との橋渡し!」

「! おう、その辺は任せとけ! それで今回の損失は埋まりそうか?」

「それはもうっ! ツカサさんとの事を省いたとしても、お釣りが大量に発生する報酬ですよ!! ……あ、っと。そうだそうだ。ナツキさんに聞きたい事があるんですが」

 

 

オットーは少し真剣な顔つきになって、スバルの方を見て言った。

 

 

 

「辺境伯が支援しているのが、ハーフエルフのお嬢さん、って言うのは本当なんですか?」

「………兄弟(ツカサ)から、そう聞かなかったのか?」

「そうですね。聴きそびれた、と言うのが正しいかもしれませんが、ツカサさんより、ナツキさんに聞いてみたい、と言うのも有りますよ。……ハーフエルフの事、知っているんでしょう?」

 

 

 

ツカサの身の上話はオットーも知っている。

記憶が無いのだ。過去の記憶が無いからこそ、白鯨の事を知らなかった。

 

ならば400年前、世界の半分を呑みこみ、滅ぼしかけた嫉妬の魔女。

銀髪のハーフエルフの事だって、知らない筈だ。

 

厳密に言えば、知識としてはもう知っているかもしれないが、他の人達の様に 脳髄にまで畏怖の念を覚えている様なことは無いだろう。

幼き日より刷り込まれた様なその思考は、ツカサは持ち得ない。

 

 

だからこそ、ツカサではなく、辺境伯ロズワールと関わりがあり、ハーフエルフとも関りがあるであろう、スバルにオットーは聞きたかったのである。

そして、その答えを聞いて安心できた。

 

 

「ああ、本当だ。……だけどな、オットー。あの子はお前らが思ってる様な子じゃねぇぞ」

「ええ。解ってますよ。―――それが聞きたかった。噂を聞いた時から、僕は変に肩入れをしてしまいましたから。僕も他人には理解されないって事には覚えがありますから。頑張ってくれたらな、と思ってたんです」

 

 

 

スバルの答えに満足した様に真剣身を帯びていた表情を和らげた。

 

 

そして、スバル自身もそれは同じく。

そもそもオットーなら、ツカサ好き過ぎて、ツカサが傍に居るのだから大丈夫! とまで言ってしまいそうだが、そんな気配は無い様だ。

それに、ハーフエルフと言う名を出しても、その表情は邪な気配は微塵も見えない。

 

 

 

「(誰もがエミリアを嫌ってるわけじゃない―――。それは絶対エミリアにとって、何よりも救いになるに違いないんだ……)」

 

 

 

エミリアの味方だ、と胸を張って言えると断言できるのは、スバルの中では2人しかいない。

当然、自分自身とツカサの2人。

 

 

 

 

申し訳ないが、レムとラムは魔女教に故郷を滅ぼされた過去がある。

ロズワールはロズワールで読み切れない何かがその内に内包されている様に思える。

 

 

 

 

だから、たった2人しか居なくても、今後少しでも、少しずつでも広まれば。

そして、何より……。

 

 

 

「色々と挽回しなきゃならねぇ。……パックに言われた事、ちゃんと芯に刻め……ッ」

 

 

 

精霊術士にとって、結ばれた約束の重み。

軽はずみ、とはスバルは言いたくないが、結果を見れば、エミリアにとってすれば、そう見られてもおかしくない程に、約束を破った。

パックはエミリアを失った事で契約に従い世界を滅ぼそうとした様だが、あの時の怒りは、契約だけじゃない事くらいスバルにも解る。

 

間違いなく自分はエミリアを傷付けたのだから。

 

 

 

「どうしました? ナツキさん?」

「っ、といやいや、何でもねーよ。後続車ん中で、ラムちー姉様と兄弟が、ハッスルハッスル、何かいけない大人な蜜月を交わしてんじゃねーか? って思ったら、男の子魂が大いに揺さぶられて……」

「ものすっごく真面目な顔で野暮で下世話な事言いますね!? ナツキさん」

 

 

何処か真剣な顔をスバルもしていた……と思ったのに、いざ聞いてみれば、明後日の方角へと振り切った様なセリフだったので、思わずズッコケそうになっていた。

だがまぁ、オットーとて男の子。解らなくもない話題ではある。

 

 

「まぁ、あの2人が聞いてない場所でまで、とやかく言うつもりはありませんが、冷静に言わせていただきますと、片方、即ちツカサさんは、しっかりと御者をしているんですから。そんな真似できないと思いますよ? 一度も止まらずにメイザース領へ、って考えたら尚更です。……と言うか、あの地竜()がヤキモチ妬いたり、《私頑張って走ってるのに、何してくれてるの?》って言ったりして、その時点でも気付きます」

「こわっっ、その力こわっっ、盗聴出来るし、ストーカーも余裕だ!!」

「なんでそんな話になるんですかっっ!! 変な事に使用したりしませんよっ!? って言うか、慣れるのまで大変だったんですからね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っくしッ!」

 

 

 

スバルとオットーが盛り上がっていた丁度その頃。

手綱を握り、思いにふけっていたツカサはクシャミをしていた。

 

 

「大丈夫?」

「ん。大丈夫大丈夫」

「気を張り続けても良い風には回らないわ。ツカサは、……私達は繰り返しているのだから。落ち着ける時にはしっかり気を落ち着ける事。それを心掛けなさい」

「……肝に銘じるよ。ラムには、ラムの前でくらい格好つけたい気分だけど、なんでもお見通しの様だから」

「当然よ。このラムだもの」

 

 

ツカサは苦笑いをした。

繰り返す時の苦悩に関しては、ラムも当然解っている。

そもそも、時間遡行を初めてした時くらいから、ツカサの考え位解っていた。

 

戻れるなら、別に今生で苦しもうが悲しもうが絶望に打ちのめされようが、関係ない。

ほんの数日前に戻ればいつもの日常。戻れば消去(リセット)出来るのだから。

 

だが、それでもツカサは魂にまで刻まれてしまった、と言いラムを連れて時間を遡った。

そんな人間が、何かが起こる(・・・・・・)事は解っていても、詳細までが解らない状況で。事細かに情報収集をしようとする段階で、胸を痛めない訳がない。

 

何より、あの場所アーラム村は、ツカサにとって故郷の様なものだと言っていたから。途中から住居はロズワール邸へと移行したが、時折顔を出し、雪祭りまでして、様々な思い出を重ねた大切な場所の筈だから。

 

 

 

ラムはそっとツカサに肩を寄せた。

ピタリ、と密着させて微笑む。

 

 

「ラムが一緒に居るから。怖くないでしょう?」

「……うん。怖くないよ。(前に、後ろに。横にはラムが。……なんだって出来る気分)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夫々が口々に言い合っていても、不安は拭えない。

唯一1人で走らせているレムであっても、それは同様。

 

スバルの事を特に考えていて、オットーと仲良さそうな所にやきもきしたりして、気を紛らわせ、いつも通り、平常心を心掛けている……が、どうしても……。

 

 

 

オットーの竜車を先頭に走り続ける。

中距離用の竜車の為、地竜たちの言葉が解るオットーが速度調節をし、可能な限り止まらずにロズワール邸へと目指す。

 

だから、地竜の消耗からのペースダウンも当然ある。

速度が遅くなれば成る程、不安が頭の中を過る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――時間は掛かってしまったが、とうとうメイザース領へと到着。

 

 

目指していた場所に入るか、入らないか、そのタイミングで……事は起きた。

 

 

「ッッ――――!!」

 

「「「「!!」」」」

 

 

 

先頭を走っていたオットーの竜車がまず初めに止まった。

それに続く形で、後続の竜車も次々止まる。

 

 

竜車が止まる理由が解らなかったスバルは。

 

 

「って、どうした!? 一体何があった!?」

「――――ナツキ、さん。いったい、いったい、この先に……何がある(・・・・)って言うんです?」

 

 

オットーのその横顔。

それは、今まで見た事が無い位歪み、そして震えていた。

 

 

 

「地竜が……おびえてます。この先に……何が……?」

 

 

 

地竜は、近付いてはいけない場所が本能的に解る。

その性質は、商人たちにとっての移動手段としては重宝される所以でもある。

 

 

 

「―――オットー!」

 

 

地竜、そしてオットー。2人して震えていた身体を鎮めてくれたのは、スバルでも無ければ自分自身の力、と言う訳でもなく……。

 

 

約束した事(・・・・・)、忘れてないよな? だから、ここまでだ。……ここまでありがとう」

 

 

ツカサだった。

事情を察したツカサが一足先に前へとやって来ていたのだ。

 

 

「ツカサ、さん。でも、僕は………」

「良いんだ。危険だ、って言った。それでも連れてきてくれる、って了承してくれた。だからこそ、オレ達は1つ約束を……制約を取り付けた。危険だって地竜が察したら、引き返すって」

「………っっ」

 

 

 

メイザース領は危険だと言う事は事前にオットーに話してある。

誰よりも、何よりも先にツカサが告げた事だ。

 

あの大精霊パック、大精霊ベアトリス、精霊術士エミリア。武芸を収めている半獣人(ハーフ)のフレデリカ。

 

決して低いとは言えない戦力を覆す程の巨悪が、魔女教が存在すると。

 

 

 

「僕は、僕は約束をした覚えは……。はい、と言った覚えは……。皆さんが行くなら、僕だって……っっ」

 

 

 

恐怖に押しつぶされそうになる。

白鯨を間近で体感したのだ。ある程度の免疫は出来ていると、耐性は出来ていると思っていたが、それは浅はかだった。それを痛感していた。

 

 

 

「オットーなら、そう言うと思った。……でも、言い方を変えるよ。オットーの力で、絶対安全だ、って言える場所に待機してて。安全を確保出来たら、絶対に呼びに行くから」

「ッッ――――」

「頼む」

 

 

竜車3台をオットー1人で守る。

これも極めて重要かつ難題だ。適材適所でいこう。それらの旨を根気よく伝えて……どうにかオットーは折れてくれた。

 

 

「主に代わり、お礼を申し上げます。オットー様」

「……ここから先、戦力外よ。自分の出来る最善をしなさい」

 

 

レムとラム、言葉は少々悪いが、ラムもオットーには感謝をしているのだ。

 

 

「いや、やっぱキッツイよ姉様。……でもまぁ、オレも腹くくってる。サンキューな、オットー。世話になった。こいつはオレからのチップって事で」

 

 

スバルは、小遣いとして貰っていた金が入った袋をオットーの竜車に放り込んだ。

 

 

 

4人は、オットーと暫くの間別れる事になる。

 

 

 

「待ってますよ。……必ず。だから、どうか無事で……っっ」

 

 

 

 

軽く会釈をし、ロズワール邸へと……、否 アーラム村へと駆け出した。

 

走って走って走って―――地竜程とは言わないが、気付けた事はある。

少々距離があるとはいえ、もう村に近いと言うのに、あまりにも静かすぎる事だ。

 

 

 

 

「―――普段なら、ガキどもの声で賑わってたり、探検してる姿見たりしてんのに、なんで……っ」

 

 

スバルは周囲を見渡しながら、これまでの村での事を思い返していた。

空気読めず、会う度に突っかかってくる若気の至り……じゃなく、村の活発な子供達。結界の内側なら、その全てが遊び場だと言わんばかりな子供達。

 

時には、結界の奥にまで踏み入ってしまう程わんぱくな子供達。

 

 

全く、その気配すらしない。

 

 

 

周囲を見渡していたからか、或いはただ誰よりも足が遅かったからか……、最後尾は自然とスバルになってしまった。

 

 

そして、それが最大の悪手となる。

 

 

 

「――――!??」

 

 

 

突如現れた全身黒装束に覆った得体のしれない人間。

一体いつ現れたのか解らない、その姿は一瞬で頭の中で警笛を鳴らすが……、それも遅すぎた。

 

まるで、音もなく現れたソイツは、風の様に早く、闇の様に深い森へとスバルを担ぎ上げ、連れ去ってしまったからだ。

 

 

 

 

 

「!! スバル君っっ!!」

「レム!!」

 

 

そして、スバルを連れ去っただけでなく、一瞬。本当に一瞬で周りを取り囲んできた。

スバル以外のメンバーには、明らかに、あからさまな殺意をその身に宿しながら。

 

表情こそは見えない。でも、殺気の塊である事くらいは解る。

 

 

レムの脇腹を抉ろうと、刃を突き立ててきたその黒装束の1人を―――。

 

 

「テンペスト!」

「!!」

 

 

ツカサが極小に圧縮した、暴風をもって、単体のみを吹き飛ばした。

 

周囲に控えていた何人かを巻き添えにして、木々を突き破り、大地にめり込み、障害物を物ともせずに吹き飛ばす。

五体満足で終わる訳が無く、身体の四肢がおかしな方向へと捻じ曲がっているが、それでも周りは止まらない。

 

 

取り囲む様に現れる。

目算で15人程。

 

 

 

「「魔女―――教徒……!!」」

 

 

 

そして……ラムから、レムから、漲る殺意。

 

ツカサにとっても、目の前の存在が一体何なのか、それを確認する必要もなくなった。

 

全ての元凶である事も、レムやラムの故郷を滅ぼした相手だと言う事も理解した。

 

 

それに、異常(・・)に気付いたのはスバルだけじゃない。

 

 

アーラム村が、静かすぎる事くらい……一番解っていた。それが何を意味するのかも。

 

 

 

 

 

「………覚悟しろ」

 

 

 

 

 

 

戦う理由はある。

穏便なんて言葉は最早ある筈がない。

 

スバルを連れ去った。

そして何より大切な人を苦しめたのが、魔女教徒(この連中)

今も尚 明確な殺意を持ってレムを斬りかかり、そしてラムをも殺さんとしているのが解る。

 

 

 

考えたく無い、想像したくない、この先を見たくない。

 

 

もう………アーラム村が………皆が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

その身に纏うは、漆黒の暴風(オーラ)

殺意を向けた相手にのみ、無慈悲に粉微塵へと変える。

 

 

 

青髪(レム)桃髪(ラム)だけじゃなく、魔女教徒は黒髪を持つ彼をも()へと変えたのだった。

 

 

 

 




激おこヽ(`Д´)ノプンプン
にさせちゃったみたいデスナ! ( ´艸`)


《●す!》なんて物騒な言葉、これまで使ってない!!  ----と思いマスww



仮装の人達来るの早過ぎ!!な気もしますが……、マァ、中距離用竜車ジャキツイって事デスよねw


レムりん、のトラウマシーンでも、廃人スバル君を連れて直ぐ帰ろうとして・・…アーラム村全滅&パック激おこ!! でしたシ( ´艸`)


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怠惰

ペテさん、本格出演! ワーーイ(/・ω・)/ (∩´∀`)∩


んでも、ペテさんにとってはやっぱ、相性最悪デスナ……w


 

黒装束の魔女教徒たちの数名がツカサやラム、レムを無視して後続へと駆け出した。

それは、スバルを連れ去った方角では無くツカサ達が来た方角だ。

 

瞬足で駆け出し始めたその刹那、突如大地がせり上がった。

 

 

大きく囲む様に大地がせり上がり、それは軈て、誰1人逃がさないと言わんばかりに円状に辺りを包み込む。

 

 

「これは……、あの時(・・・)の」

 

 

己の武器を振るい、魔女教を牽制していたレムだったが、突如現れた壁に身構えたが、見た事がある光景だと言う事を思い返す。

 

そう、以前アーラム村を包んでいたあの壁と同じなのだ。

そして、それを発動させたのは、当然漆黒に身を包んだ男、ツカサである。

 

 

 

「ジ・アース」

 

 

 

この時、ラムはあの時村に居なかったから、何が起きたのか理解しきるのが遅れたが、ツカサの所作を見て、遅れて状況を把握。

 

把握すると同時に、危惧した。

敵を逃がさない様には出来るが、恐らくスバルはもうあの壁の先へと連れていかれた筈だから。

 

 

「ツカサ! これじゃバルスを追えないわ! それじゃ、ツカサが……ッッ」

「大丈夫だ。……大丈夫。理由は解らないけど、スバルを殺す気なら、連れ去るなんて、面倒な事するワケが無い」

 

 

 

 

ツカサは、落ち着いた様子で、ゆっくりと大地から手を離した。

 

スバルを連れ去られた時、あの地獄の扉が口を開いた……と一瞬でも思わなかったか? と問われれば嘘になる。だが、ツカサは覚悟を決めているのだ。地獄に勝るだけの覚悟を、持ち合わせているのだ。

 

 

愛する人と、共に在る為に。

 

 

あの地獄よりも、恐ろしい(ゼロ)に立ち向かえるだけの勇気を得たから。

 

 

 

 

 

 

 

そして、魔女教徒の連中はたじろぐワケでも、怖気づくワケでも無く、遥か高い壁、跳躍しても通れない事を悟ったのか、戻ってきた所を。

 

 

 

「インヴェルノ」

 

 

 

ツカサの巨大な氷塊で圧し潰した。

 

 

「……お前ら今、オットーを狙ったな?」

 

 

元々言葉を交わす事など出来そうに無い魔女教徒。

それに加えて、圧し潰した数名は、全員死んでいる。

上半身が、或いは全身が叩き潰され、人の形を保つ事が出来ずに完全に絶命しているであろう魔女教徒に冷酷に言うツカサ。

そして、そんなツカサに背を預けながら、背中を守る様にして言うのはラム。

 

 

 

「ツカサ。まだ殺さないにしても、放置するには危険よ。………コイツらをさっさと片付けてバルスを追う。それで良い?」

 

 

 

怒りに震えるのはツカサだけではない。

温厚で優しく、(ゼロ)になる事を恐れていたツカサ。

その感情の根幹は、他者を慮るが故の事だ。

 

 

圧倒的な悪意を、殺意を向けられた相手を前に、ツカサの中の優しさは消え去ったのをラムは感じる。

 

だが、ツカサはツカサだ。

 

 

 

「勿論」

 

 

 

怒りで我を忘れたワケじゃない。

周りが見えなくなってるワケでもない。

 

 

ツカサはツカサだ。

全幅の信頼を寄せた相手であり、愛しい愛しい最愛の人だ。

 

 

 

だからこそ―――ラムは余計に、新たに殺意を芽生えさせられた。

 

 

「レム。深追いせず、近接で処理して。距離を保ちながら、確実に仕留める。……それと広範囲の魔法に巻き込まれない様に」

「はい、姉様」

 

 

それはレムも共感覚で……いや、共感覚など用いなくても解る。

 

 

魔女教は全てを奪った。故郷も何もかも。

そして―――今、また奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ツカサの優しさまで奪った」

「―――ツカサ君の優しさをも踏み躙った」

 

 

 

 

 

 

 

 

武力と言うものは尊ばれるモノである。

巨大な力を身に窶していると言うのであれば、それを誇示して、更に上へと目指そうとするのが男子たる者の本懐。

 

だが、この黒髪の青年は、ラムが愛し、レムが親愛し、そして この場の誰よりも優しく、誰よりも強い。

例え一時の事だったとしても。……きっと、またあの優しい笑顔が、慈しんでくれる笑顔が戻ってきてくれると解っていても。

 

 

それを、一時でも失わせた。

 

 

 

 

 

 

「「メイザース領で許可なく不逞を働く痴れ者ども、この場にいない主に代わり、我々が誅を下す」」

 

 

 

 

 

 

 

 

3柱の鬼が今、悪しき存在に天誅を下す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の出来事だった。

スバルは、腹は括ったつもりだったが、それに伴い抗うだけの力が備わってなかった事を改めて認識させられる。

 

 

「てめぇっ!! 下ろせ、下ろせェェ!! がぁぁぁ!!!」

 

 

どれだけ暴れても、背中を殴って見ても、まるでビクともしない。

自身の魔法《陰》属性が、敵弱体化(デバフ)であるなら、その逆 敵強化(バフ)を齎す魔法だってあるだろう。

それを使っているのでは? と思う位 殴っても殴っても、老若男女問わず痛い攻撃とされる抓りをしても、まるで止まる気配も無ければ、痛がる様子も見せない。

 

更に加えて、速度も一切落とさない瞬足。

 

地竜の速さと同等……否、それ以上の豪速をもって運ばれ続けるスバル。

生憎、風避けの加護までは、この黒装束の男には備わってない様で、風に煽られ続けて、乗り物酔いに似た気分にもなってしまうが、自身のミスで仲間たちが危険な目に遭っている事も有り、これ以上恥さらしで居られるワケも無い、と吐き気だけは押し込んだ。

どうせなら、この黒装束の男にぶっかけてやろうとも思えたが、その程度の嫌がらせで止まる訳がない事くらい解るから。

 

 

 

 

森を駆け―――そして岩肌剥き出しの小高い丘に辿り着く。

その岩の一部に手を翳すと、まるで溶ける様に岩が消失―――入口が顕わになった。

 

 

 

「っ―――――!!」

 

 

 

その瞬間、スバルはまるで心臓を鷲掴みにされた様な感覚に見舞われる。

これまで幾度も無く魔女の手によって心臓を実際に握られ続けてきたスバルにして、同等クラスの悪寒が、この洞穴の奥―――闇の中にある、と本能的に察した様だ。

 

 

 

走る事を止めて、徐々に闇の中へと歩を進めていく。

凍り付きそうな悪寒に、せめてもの抵抗、として振るっていた手も止まってしまった。声も出ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――狭い通路を通った先には開けた大空洞があり、そこに1人の男が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒装束に全身を包まれている、これまでの舞台袖に居そうな黒子では無い。頭のフードの部分は無く、深緑の前髪が風が無いのに靡いているかの様に揺れている。

 

 

いや、あの男が自分からフラフラと左右に揺らしている様だ。

 

 

軈て、その首はあり得ない角度に曲がり、ボキッッ! と洞穴の中に響く嫌な音を奏でだした。

 

くるり、と向けられたその顔。

生理的嫌悪感とはこの事を言うのだろうか、骨に必要最低限の肉と皮を張り付けている、と言うのが一番しっくりくる顔の造形。

そこには生気の類が一切感じられない。

 

嘗て、自分が暮らしていた世界で、それなりにホラーものは見た事があるが、これはどの映画の、どのアニメの悪役よりも悍ましい物体だった。

 

 

生気がない筈なのに、狂気的にぎらつく輝く眼がスバルを射抜いて離さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁるぅほぉどぉ………、興味深い、興味深いデスね!」

「ッッ~~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食い入り、舐める様にスバルを観察し続ける。

常軌を逸したと言う言葉も、この男には添えたい気分だ。お調子者であり、どんな相手にも空気を読めず自己否定から始まって、ありとあらゆる世の不満を発散する事が出来るスバルにして。

 

王都では腸狩りの殺人女を前に啖呵を切り。

王城では四面楚歌と言って良い中でも、決して折れず曲がらず。どんな場面でも、たとえ打ちのめされ様とも、この軽口だけは叩き続ける事が出来ていたというのに。

 

 

声が出ない。

 

 

ここまで声が出ないのは、心臓を握られた時と――――ツカサの死を超える苦痛を体感した時以来だろうか。

 

 

 

「その身に窶した寵愛。―――あなた……もしや《傲慢》ではありませんデスかね?」

「なん………だと………」

 

 

 

漸く声を出す事が出来たのは、この狂人から問いただされたからだろうか。

情けない限りではあるが、敵に支えられた気分になってしまう。

 

 

「傲慢、傲慢、傲慢……ワタシは、かの存在とだけは面識が無いのデス。……あぁ、そうデシタ。これはこれは失礼をしておりました。ワタシとした事が、まずはワタシ自身から名乗るべきデスね」

 

 

首を折った次は、己の指を噛む。

血が噴き出しても止めない、噛む噛む噛む噛む。……血が出て、骨が軋み、血飛沫を上げる度に、狂気の笑みで彩られていく。

 

 

 

「ワタシは魔女教、大罪司教―――」

 

 

 

90度折れ曲がった首をそのままに、ギラつく視線をより一層禍々しくスバルに見せながら。

 

 

 

「『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティ……デス!」

 

 

 

 

ケタケタケタ………。

世にここまで悍ましいと思える嗤い方があるのだろうか? と言える程の嫌悪感がスバルを襲う。

 

この仄暗く、冷たい岩肌に反響して、その笑みが嗤いが、いつまでも響いてくる。

脳の奥にまで届き、かき回してくる様な感覚だ。

 

 

「テメェは……、なん、なんだ……!?」

「おや、おやおやおやおやぁぁ?? 今し方、ワタシは自己紹介を済ませたと言うのに、無視を為さる? あぁあそれは寂しいデスね!! こんなにも、こんなにも、あなたに好意的に接しているのデスデスデスデス!!」

「こう……い……? あいにく、野郎、から受け取る好意なんざ、願い下げだ……」

 

 

震える身体を抑えに抑えて、どうにか持ちこたえるスバル。

この絶体絶命の状態だが、決して死ぬわけにはいかない。だが、それはあくまで最低条件だ。

 

ひとつでも、ふたつでも、必ずやってくる皆の為に、この狂人を見抜く必要が出てくる。

 

 

 

「■■■■■」

「……ほう、そうデスか…………」

 

 

 

虚勢を張ったつもりだったが、目の前の狂人……ペテルギウスは聞いてなかった様だ。

自身の部下であろう、

 

 

「■■■■」

「左薬指が捕らえられた!? 地の魔法によって!? 同乗者はまだ3名。その中には実に勤勉に務めてきた魔法使いが紛れてる可能性アリ。――――ええ、ええ。ええ。未知の強敵と判断? 左薬指は、恐らく壊滅した、と!?」

 

 

 

報告を受ける度に、身体を躍らせるペテルギウス。

何が歓喜なのか、或いは憤怒なのか、本当によく解らない。その感情が、その機微が、いちいち理解が追いつかない。

追いつく様な場所に居る人種じゃない事は解る。

 

 

 

「彼を確保するも、戦闘では分が悪し。せめて左薬指を囮に、1人で戻った(・・・)。イイエイイイエイイイエ、逃・ゲ・タ!! と!?」

 

 

 

この一瞬だけは解った。

スバルにも解った。

その痩せこけ、頬骨も眼球周りの骨も浮き彫りになったが故に、よく解る。

 

眼玉が飛び出ん程の怒りに満ちたであろう事が。

 

 

 

「試練を、前に! 来たる試練を前に!! ワタシたちの存在が露見される事は避けなくてはならないと言うのにッッ!! 人払いが済んだ筈の所に、新たな強敵、強敵、強敵、強敵!!!」

 

 

ボキンッ!!

己の左薬指をペテルギウスはへし折って、そして黒装束の顔部分を掴み上げた。

一体、あの痩せ細った身体の何処にそんな力があるのだろうか、右へ左へと振り回し、天井を仰いだ。

 

すると、振り回していた黒装束の顔を離す。

―――否、離していない。

 

 

「(なん、だ……? アレ(・・)は……)」

 

 

ペテルギウスは、黒装束の顔面を鷲掴みにしていたが、それを離した。離した筈……。両手を広げているし、間違いなく掴んでいない筈なのに、黒装束の男は浮いている。

 

顔面の形がひしゃげている。

 

 

「アナタ………『怠惰』デスね……!」

 

 

ペテルギウスの手の代わりに……黒いナニカ(・・・・・)に掴み上げられている。

 

 

 

「試練を前に!! 試練を前に!! 強敵!? それつまり、試練に向け打ち克つに必要な相手‼ それを逃亡!? それがそれがぁ、福音に対するアナタの真摯な報いデスかぁ!?」

 

 

 

黒いナニカが、締めあげていくのが解る。

嫌なあの音が、骨が軋み、軈て砕けていこうとしているのが解る。絶妙な力加減。まるで万力で徐々に締め付けていってるかの様。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰ぁぁぁぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

ベキョッ……。

 

軈て、頭部の強度の限界に到達した様だ。

辛うじて輪郭を、形を保っていた頭部が完全に潰された。

装束の隙間と言う隙間から、鮮血が飛び散り、脳漿と共に周囲にぶちまけられる。

 

 

あまりにも残忍。

自分達を襲い、更に自分を連れ去った筈の男だったが、それでも同情を禁じえない。強敵が来た、それを知らせに戻ってきた。十分過ぎる筈、と言うのが一般的な考え……だが、相手は狂気に満ちた狂人。―――存在そのものが吐き気を催す。

 

 

「怠惰であることは、許されないのです。………福音、そう福音!! 寵愛に、与えられた愛に、従わなければ、報いなければならないのデス!!」

 

 

軈て、黒装束の男……、もう事切れているだろう、その身体を、ペテルギウスから伸びる何かが分解しだした。

暴れているのか、何なのか、喜怒哀楽で言えば、怒りの感情の筈なのに、何もかもが出鱈目で、解らない。

 

 

 

「強敵を連れてくるのデス。捕えられた左薬指はまさに怠惰の象徴。……試練から逃げる事など、許されないのデス‼さぁ、今こそ真に愛に答えるのデス! 報いる時が来たのデス!! 我が勤勉さを、ここに示す時なのデス!!」

 

 

 

金切り声の命令に、黒装束の連中が動き出す。

まるで、部屋の隅に居たゴキブリを見つけた様な感覚。先ほどまでは殺された1人しか知覚も出来なかったし、視覚に入らなかった筈なのに、2人、4人、8人……倍倍ゲームの様にうごめく影がふえ、そして闇に消えていった。

 

 

皆が危ない―――!

 

 

そう思ったその時だ。

 

 

 

「さて、さて、さてさてさてさてさてさててててててててて………」

 

 

 

金切り声を発していた筈のペテルギウスは、調子を戻した? のか、いつの間にかスバルの眼前へと迫っていた。

自傷行為を続けながら、滴る血を地面に落とし、その血で彩りながら、スバルをのぞき込む。

 

 

 

「アナタは……けっきょく、なんなのデス?? 強敵……試練……?? それ程の寵愛を身に受け信徒では無いト?」

「ちょう、あい? しんと? なんの、事だ……! オレは、オレの名は……っ」

「しかししかししかぁぁぁし!! そんなワケナイのデス! 『傲慢』以外の顔は見知っている筈。これだけの寵愛を受けたものが、福音と無関係……? いいえいいえいいえ!!」

 

 

 

会話が通じないペテルギウスは、そのまま自分の懐をまさり、軈て一冊の黒ずんだ本を取り出した。

 

 

「福音書にアナタの存在は記されていないのデス―――。そして、外で我らを待つ試練に打ち克つ為の強敵………、この大いなる試練の前に生じた問題、即ち試練!! デモデモデモデモデモデモデモデモ、それらは福音書には一切記されていない!! ――――どういう事、なのデス?」

「話、通じてるか……? オレはその本も、福音なんざ知らねぇ……!」

「ほほう、アナタのことは取るに足らない事である、と言うことデスか!? それだと言うのに、我が指先が勤勉に務めてきた指先が、《強敵》と断じ、逃げのびると言う怠惰を見せる!! それ程までの試練が、アナタと共に在ったと言うのに? 大いなる試練に打ち克つ為の試練ががががががが!! 何故――デス? ここまでの矛盾は初めての事、なのデス」

「ぐぁっっ!!」

 

 

 

スバルは、不意に伸びてきたその闇のナニカを回避する事が出来なかった。

喉を締めあげられ、持ち上げられる。

 

空気が肺の中に入らない。

呼吸が出来ない。

 

 

 

「心して、答えるのデス……。アナタはどうして、こんなところに? そんなにも寵愛を与っているのデスか? 福音書は持ち合わせていないのデスか? 直接御心を囁かれた事はないのデスか? 答えるのデス、応えるのデス! 愛に、愛に、愛に愛に愛に愛愛愛愛愛 …………さぁ、さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

ペテルギウスは、天を仰ぐ。

締めあげられていくスバル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ああ、脳が………ふる、える………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気も漫ろになり始めたその時だ。

 

 

 

「震えて待ってろ。……今、応えてやる」

「!」

 

 

 

この大空洞の入り口が爆散したのは。

 

無数の黒装束の身体が、枯れ葉の様に吹き飛びながら、場に散乱する。

 

先ほど―――このペテルギウスが指示を出し、向かわせた数だけの身体が、この場に戻ってきた。

 

 

暴風と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやぁ………?」

「貴様は死罪だ。魔女教」

 

 

 

 

 

 




原作と違って、あまり死に戻ってナイ筈なのデス!! ……が、寵愛をチョー受けてるらしいデスな( ´艸`)


つまり、そう言う事デス……...( = =)


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怠惰②

取り合えず、ワンダウンヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


ペテさん………


「ようこそ御出で下さいましたネ。どうぞ御ゆるりと。……大いなる試練における、我が勤勉さを示す為の礎よ」

「要件済ませてとっとと帰るつもりだ。ゆっくりなんかしないよ」

 

 

 

 

一目で狂人は理解した。

指先達を、意図もたやすく葬ったその力量に、ではない。

その姿を見たからだ。―――仮に、指先達が存命であり、彼を連れてきたとしても、疑う余地はない。

 

 

 

 

 

―――この男なのだ。この男こそなのだ、と。

 

 

 

 

無論、周囲に散らばる無残な指先を一蹴した手腕もそうだ。

障害が大きければ大きい程、達成された時、試練を超えた時、魔女に報いる事が出来る。

 

 

爆散した指先達には特に目をくれる事も気に掛ける事も無く、狂人ペテルギウスはただただ、この場に現れた男に魅入っていた。

その姿に魅入られてしまっていた。

 

 

人の姿をしているが、その身に宿すものは、想像を絶する。これ以上ない程の試練。

これを超えた時――乗り越えた時、どれ程まで魔女に報いる事が出来るだろうか。間違いなく訪れるだろう、これまでの勤勉さをもってすれば、間違いなく超えられるであろう、その未来の自分に甘美を覚えたのは初めての事かもしれない。

 

 

その為……とはいえ、その為にこんな感情を、まだ達成も出来ていない自分に酔う事を、………何よりも、魔女以外に心から歓喜に満ちた目を向ける日が来ようとは……。

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁあああ!! 怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰ぁぁぁぁぁ!! 怠惰なるワタシを御許しを! 御許しを!! 現を抜かすこのワタシを御許し下さい!! 魔女よぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

スバルからその手を離し、一心不乱に頭を地に打ち付けるペテルギウス。

そんな狂人を前にして、一歩も退かないのが、この場に現れた男―――ツカサだった。

 

 

 

「……やっぱり、そう何度も見るもんじゃないな(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

不意に、そう呟くツカサ。

離れた位置に居るとはいえ、この洞穴の空洞は音を反響させる。

ペテルギウスが奏でる不快で耳障りな音も当然反響するが、ツカサの小さな呟きにも当然ながら反響し、スバルの耳に届いてきた。

 

 

一瞬、疑問符を浮かべたが、直ぐに理解する。

 

 

このペテルギウスに出会った事などない筈。ツカサ自身から魔女教の話は聞いていないのだ。

それにペテルギウス自身を見ていても……何となく解る気がする。

 

なのに、ツカサのつぶやきは……、まるで見てきた様な言い方だったから。

なら、答えは1つしかない。

 

 

「スバル。次は、殺されない様(・・・・・・)にしてよ? お願いだから。準備万端にしておかなかったら、一体どうなっていたか……」

「いや、笑えねぇな、オイ。マジでマジで! ………また、お前の足引っ張っちまうとか、お前を苦しめちまうとか、ほんと。マジで笑えねぇよ。……そんでもって、流石の一言だ、兄弟」

 

 

サムズアップで答えるスバル。

先ほどの、アイコンタクトで全てを察した。

 

 

そしてツカサも通じた結果を見て―――ここで決めた。

 

 

今、この次元、この時を持って、この狂人を仕留める。

例え……戻る世界だとしても、なかった事になるとしても、その報いをこの次元の、この世界の狂人には向ける。

 

安易に、簡単に戻れるような感性じゃなくて、ある意味良かったと思える。

 

 

 

「魔女に対して許しを乞う必要はお前には皆無だ。見向きもされない。――彼女、意中の相手はもう決まってるみたいだから。今も、これからもずっと1人に夢中だよ」

「!!!」

 

 

 

頭を打ちまくっていたペテルギウスが、その言葉で、一気に覚醒した。

重力を無視したかの様に立ち上がり、右90度に折れ曲がった首をそのままにツカサに向き直る。焦点が合ってなかった瞳を、真っ直ぐに向けてくる。

 

 

「今の発言、不敬な発言、不敬極まる発言!! 魔女と、サテラと、まるで親し気な発言ををを!」

「――勿論、意中の相手がオレ。とは言わない。でも、知らない仲ではないかな。彼女は結果的に言えば、オレの願いも聞いてくれたし(・・・・・・・・・・)

 

 

その言葉が嘘である、虚実である、とは思えないペテルギウスは、激しく動揺を見せた。

それはこれまでの狂気な振舞から出るものではなく、正真正銘の動揺の色だ。

 

 

「――――ッッ!! 試練!! 試練を受け、勤勉なワタシたちではなく、魔女はアナタを選んだとでもいうつもりデスか!?? あってはならない、あってはならないの、デス!!」

「好いた、惚れたは自由だ。自分に好意を向けられなかったからって、癇癪を起こすのは、情けないと思うよ? ペテルギウス(・・・・・・)ロマネコンティ(・・・・・・・)

 

 

ツカサは、先ほどまで会った殺意をそのままに、言い聞かせる様にペテルギウスの方を見て、自身の頭を差しながら、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「――その担当通りの『怠惰』だったんじゃないか? 他の誰より、この世界で誰より」

 

 

 

 

 

 

 

プツリ――――。

 

ペテルギウスの中で何かがキレた。

まだ、名乗っていない筈なのに、ツカサ自身の名も知らなければ、自分自身も名乗っていない筈なのに、名を知っている事に対する疑問も幾分か生まれつつあったが、その様な疑問のさざ波は、大いなる津波によって掻き消えた。

 

元々常人には想像もつかない程の歪み方をしている狂人だ。そんな男の中に、狂気以外の何が存在するのだ? とも思えるが、ペテルギウスの核心を突くに最も適しているのが、『怠惰』であり『魔女』。

 

 

 

それを―――知っている。知ったからだ。

 

 

今、この瞬間。完全に、自分だけに向けさせる為に。

 

 

 

「あぁ、ぁぁぁ、あああぁぁ、ぁぁぁあああああああ―――――――!!!!」

 

 

 

今度は、頭を掻きむしり、頭部の皮膚を突き破り、血を流しながら周囲にまき散らす。

ぶんぶんぶんぶん、と一心不乱に振り乱し、軈てピタリ、と止まった。

 

 

 

「脳が……震、えるっっ―――!! 怠惰の権能『見えざる手』!!」

 

 

 

そして、スバルが先ほど見た、あのナニカ……、見えざる手が、何本もペテルギウスの背後に現れ、不気味で嫌悪を抱く動きをしながら、一斉にツカサに向かった。

 

伸びる手は、明らかに触れてはいけないナニカ。少しでも触れれば、捕まれば、あの時の指先と呼ぶ黒装束の男の様になるのが目に見えている。

何処に、あんなゆらゆらした気味が悪いナニカにそんな力があるかは解らないが、人体など容易に握りつぶす事が出来るだけの力を有しているのが解る。

 

捕まれたその箇所から、肉を削ぎ、骨を砕き、軈て命にも簡単に届き得る力。

 

 

 

だが、スバルは心配はしない。

 

 

ただただ、自身の身を守る事を最優先した。

ペテルギウスから距離を取り、そしてあの手を凝視し続ける。

《見えざる手》と言っている割には、はっきりくっきり見えるあの手。

 

 

「名前負けしてんよ、まる見えじゃねーか……!」

 

 

スバルはそう呟きながら、距離を取る事に成功。

だが、目の前では想像を絶する光景が広がっていた。

 

 

「んだ、そりゃ……! みえてる、みえてるとは言っても……、でかすぎだろっっ!?」

 

 

何本も伸びていた手が、軈て一本に纏まったからだ。

巨人族―――には、ロム爺だけだが会った事があるが、それとは比べ物にならない程のデカさ。比べる事さえ間違っている。

過去、元の世界で幾つか見た巨人族たちの手の大きさと比較して、どうにか見比べる事が出来る程の巨大(でか)さ。

 

身体の何処かを掴む、ではない。身体そのものを叩き潰す事だって出来る巨大(でか)さだ。

 

 

 

 

 

ケタケタケタケタケタ。

 

 

 

 

 

あの不快な笑みがスバルの耳に飛び込んでくる。

試練試練と口にしている通り、これで試練に打ち克てる事が出来る、とでも確信しているかの様な笑みだ。

 

 

だが、スバルは逆に嘲笑を覚える。

 

 

今の今まで、あの笑い方は当分慣れる事はない、と思っていたのだが、ここへきておかしくてたまらない。

 

 

 

「他力本願上等! んでもって、オレの兄弟舐めんなよ! やっちまえぇっ!」

 

 

 

 

拳をびゅんっ! と振った先に居るツカサは、まるで示し合わせたかの様に行動開始。

 

両手を使い、右手を上に、左手を下に、そしてパンっ! と大きな破裂音を奏でさせた。

 

 

その行為が何を意味するのか……、直ぐ解る。ツカサの手と連動して、動き出したからだ。

 

 

「インヴェルノ、ジ・アース」

 

 

地からは、そのまま大地がせり上がり。

天からは、あの巨大な氷塊が鉄槌となって降り注ぐ。

 

 

巨大なあの手は、そのまま挟み込まれて……、逆に潰されたのだ。

藻掻いている様だが、それを意に介さない。

 

そしてツカサは、藻掻く巨大の手を前にし、両手を合わせた。

地と氷、それぞれの力を……合わせた

 

 

 

「アイスエイジ」

 

 

 

命じられ、その力は姿を変える。

大地と合流を果たした氷塊は、魂まで凍える時代を形成するがごとく、周囲を真っ白に染めた。

あの日、あの時、パックがそうしていたかの様な光景。

 

 

 

「うわわわわわわわっっ!!」

 

 

 

そして、スバルは逃げれない。

背後にはしっかりと壁。

何せ、ここが洞穴の最奥。これ以上行き場はない。

 

そしてそして、唯一の出入り口である穴は、ツカサの方にある。

このまま、また凍らされるのか……!! と一瞬ビビってしまったが、ある程度の範囲までしか伸びなかった様だ。

 

 

 

「は……? は?? はぁぁぁぁ????」

 

 

 

スバル以上に混乱の渦中にあったのは、ペテルギウス。

 

 

 

 

――――見えざる手、自身が放った唯一絶対の権能、見えざる手。魔女の寵愛の証、見えざる手。愛に愛に満ちた見えざる手。自分だけの見えざる手………。

 

 

 

 

どれだけ考えても、どれだけ振り払おうとしても、現実は変わらない。

見えざる手が潰された。それどころか、その手を伝って、自身の身体の半分まで凍結させられたのだ。

 

だが、そんな事はお構いなし。自分の半身が氷漬けになってしまっている状況など関係ない。

 

 

「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! 見えざる手がみえ、みえた? みえる? ワタシ以外に、見えざる手が?? みえてたまるものかっっ!!! ワタシ以外にっっ!!」

 

 

試練を課す為の、強大な強敵。

相応の関門である事はペテルギウス自身が思っていた事だろう。必ず乗り越える、と言う気概も、常人では到底通じなる言動と共に持ち得ていた筈だ。

 

 

だが、この光景だけは見過ごせない、見逃せない、あり得ない。

 

 

 

「あり得ない、あってはならないのデス!! なぜ、何故何故何故!?? アナタ、アナタ……!! ワタシの、ワタシの寵愛が、与えられし寵愛が、怠惰なる権能が……!! なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜぇぇぇぇ!!」

 

 

 

足が動かないのもお構いなく身体を揺すりに揺する。

再び、権能を発動させて、迫るが、同じ事の繰り返し。

 

 

見えざる手では、氷河期(アイスエイジ)を超える事は出来ないと言わんばかりに。

 

 

 

「どうやら、見えてるのはオレだけじゃないみたいだよ、ペテルギウス」

「は、はぁ!?」

「魔女の想い人、スバルも見えてる。はっきりと目で追ってたのが解った」

「ここで俺に振るとか!? 逃げ一択なタイミングなのに、ソレ間違ってない!?? それに、オレは想われるのは1番にエミリアたん! そんでもって、2番目はレムって決めてんだ! 心臓(ハート)をぎゅっ、っとされたのは事実だが、魔女に付け入る隙はみせねーよ!!」

 

 

 

いつの間にやら、スバルはツカサと合流を果たす事が出来た。

 

それもそうだ。

凍っていく地、それを器用に操作したのだろう、スバルに道筋を作っていたから。

あのアーラム村での魔獣騒動の際、レムに向かって作ったせり上がった大地の道の応用、と言った所だろうか。

 

 

 

 

「ワタシ、ワタシ以外に、2人もぉぉぉぉ!!??」

 

 

 

 

身体の自由が氷漬けによって効かないのが解っているのに、ブンブンと気持ち悪く身体を揺するのを止めないペテルギウス。

 

情報を聞き出す、と言う手もあるかもしれないが、話が通じるとも思えない。

このまま放置していたら、何をやらかしてくるか、何をしてくるか解らないのも明白なので……。

 

 

 

「スバルが考えてる事、解るよ。オレも同じ気持ち。……でも、ごめん。頼まれてるからもうちょっと待って」

「は、え? たのまれてる??」

 

 

 

 

ツカサは上を見上げる。

氷の魔法、インヴェルノによって、この空洞は大きく形を変えていた。

更に言うなら、より高く削られているので、後少しで天井部分はより開放的な空間を彩る事だろう。

 

 

外の光が、幾つかキラキラと見えているから。

 

 

 

崩落を起こさなかったのは、ツカサの氷がそれを防いでくれている事も理解したが、何を頼まれているのかが理解出来ない。

 

 

 

だが、それを理解するのには時間がかからなかった。

 

 

 

 

「《魔女教に、その首謀者の1人に、自らの手で報いを受けさせる》それを条件に、先に入る事を許してもらえたから」

 

 

 

その次の瞬間、ピシっっ!! と一際大きな音が響いた。

天井部が完全に開かれて、そこから2人の影が折りてくる。

青髪の少女と、桃髪の少女の2人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウル・ヒューマ!!」

「ウル・フーラ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の合わさった魔法。

氷の鉄槌に合わさる全てを刻む風の調べ。

 

 

 

いまだ納得いかず、と言った様子で藻掻いているペテルギウスを押しつぶし――――そして、粉微塵へと変えたのだった。

 




ペテさんガンバッテ(p^-^)pq(^-^q)



ギャッホウ!!(゜o゜(☆○=(-_- )゙ゴラァ!




マジでスバル君が◎られた訳ではないッスね(o≧▽゜)o

あれは無理、と判断したツカサ君の読み込みロードの方が早かったトイウ(*゚∀゚人゚∀゚*)♪


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怠惰③

ツーダウーーン( ≧∀≦)ノ


「スバルくんっっ!!」

「どわぁぁっっ、っちゃちゃちゃ!! ちょいまて、レム!! ソレ、凶器のソレがヤバイ、びゅんびゅん動いてる、動いてる!! うわあっっ、怖いぃぃ!!」

 

 

 

 

巨悪は討った。

スバルも無事、皆も無事だった。

確かに、村は守れなかったかもしれないが、それでも魔女教相手に正面からの戦闘では完勝した、と言って良いだろう。

 

 

そして、勝利の後のご褒美……と言えるかどうかは定かではないが、レムの抱擁がスバルを彩る。

但し、戦闘直後だった為、レム護身用のモーニングスターも一緒にスバルに抱き着く。

 

レムが押し倒し、倒れた頭の丁度横にモーニングスターがずんっ! と降りてくる。

感慨極まったとはいえ、レムも流石にスバルに当たらない様に配慮はしているだろう。夢中になり過ぎてると思うが、それでも。……………多分。

 

 

 

「あんな男の何処が良いのかしら」

「ま、まぁまぁ。……アレ(・・)に言った事だけど、好いた惚れたは個人の自由。スバルを仇だと怒って追いかけまわしていた、あの時のレムと比べたら。オレは断然こっちが良い」

「―――……そのレム(・・・・)の事は知らないけど、想像は出来る。だからラムも同感よ」

 

 

 

親愛なる妹が選んだ相手(バルス)に対しては、頗る不満が募るラムだったが、ラム自身が心から選んだ相手の言葉は、スムーズに脳内へと入ってくる。

 

涙を流しながら喜んでるレムと、怒りに我を忘れた鬼のままのレム。どちらが良いかなんて、考えるまでもない事だから。

 

 

「―――ラム、アーラム村は……」

「………………」

 

 

 

ツカサの言葉に、ラムは首を左右に振った。

アーラム村の惨状については、ラムが先に把握したのだ。

 

彼女が持つ力、千里眼の力を用いて。

 

千里眼で確認をした時、ラムと波長の合う生き物でさえ、激減していたらしい。

つまり、そこまで破壊をされていたと言う事だろう。裏を取るまでもなく、その後はっきりと見えた。

 

 

村は焼かれ、住人達は無残にも惨殺されたその光景を。

 

 

「………残党をどうにか処理。アイツらが情報を漏らすとは思えないから、ここ以外の拠点にしてた場所とかの情報をどうにか得て、後は………村の皆を弔ってから、戻りたい」

「ツカサ。……苦しいし、辛いわよ。戻れるなら、見ない方が良いとラムは思うわ」

「……いや」

 

 

ラムの提案に、ラムの優しさに、ツカサは感謝をするが、それでも首を横に振る。

 

 

 

「……起こった未来の1つとして。……世界を壊すも同然なオレ自身は覚えておかなきゃいけない、って思ってるから」

 

 

 

言うまでもない事だが、この未来……、つまり過去に戻った後する事はこの未来の回避だ。

つまり、この世界は壊れるも同然。並行世界(パラレルワールド)として続くのか否かは、正直断言できる訳ではないが、少なくともツカサの能力は上書き系であると言う事は認識している。

 

 

Aと言う世界線の過去は、実はAではなく、Bと言う世界線。

つまり、そこで紡いだ歴史は、その世界の未来はAではなくBとなる………。

 

 

と言う事では無く。

本当にAと言う世界の過去に戻り、そのまま上書きをする。つまり、元あった世界とは似て非なる未来。つまりは世界の破壊。

 

その議論は気が遠くなる程、身に住まうあの存在(クルル)と話をした―――様な気がする。

 

 

 

「……わかったわ。でも、1人で抱え込まないで。―――ラムが傍に居る事を忘れないで」

 

 

 

立ち尽くすツカサの手を握る。

その手の温もりが、ラムの温かさが手から伝わって心にまで入ってくるのが解る。

 

心の中にラムが入ってくるのが解る。

 

 

「ありがとう」

 

 

だからこそ、こんな時だと言うのに、心からツカサは笑う事が出来た。

惨劇を目の当たりにする勇気が。

 

 

 

「スバル、レム」

「おう」

「……はい」

 

 

 

2人も大体悟ってくれたのだろう。

レム自身はラムと繋がっている事、それに何より事前にラムと話をしている事もあった。

 

 

 

この場で直ぐに過去へと戻らない………と言う事はつまり、そう言う(・・・・)事だと言う事を。

 

 

 

 

 

「アーラム村の皆には、悪いけど……、まずはエミリアさんだ。情報を集める前に、屋敷の無事の確認しないといけない。……パックが暴れてない所を見ると、無事とは思うけど、この目で……ね」

 

 

 

アーラム村の皆を弔う。

そう言っていたツカサだったが、断腸の思いで優先順位を切り替えた。

 

ペテルギウスは、試練の前の人払い、だと言っていた。

 

つまり、恐らくは試練の内容はハーフエルフであるエミリアの殺害だろう。

人払いとは、周囲一帯の人間を皆殺し。目撃者を皆無にさせる事。

 

400年間、尻尾を掴ませない、と言う理由は恐らくここにあるのだろう。

目撃者を1人も残さない。或いは、指先と呼ばれる配下の様に、容易く切り捨てる。情報共有しているのも怪しい。

全ては、大罪司教と呼ばれる存在が魔女教の核だ。

 

だが、その配下。指先と呼ばれる連中が、頭であるペテルギウスを失ったからと言って、止まるとは到底思えない。

 

 

 

「あのイカレ野郎は、怠惰だ、っつってた。……大罪ってのが、そのまんま七つの大罪の意味なら、後6人居るって事だろ? ……そいつらが纏めてここに来てるって可能性は……?」

「………いいえ。恐らくそれは無いかと。大罪の名を冠する痴れ者は、怠惰を含めた大罪6つだと言われてます。伝え聞いた話によると、大罪司教は夫々競い合う間柄にあると言う話があるそうです。……魔女教の中でも特に有名とされるのが《怠惰》と《強欲》の2人です」

「……《怠惰》の次は《強欲》と来たか。やっぱ七つのソレで確定だな。キリスト教の~~ってヤツか。……。オレの事、傲慢? とか聞いてきたし、空席があるかもしれねぇのは朗報だよ。あんな気味が悪い奴が欠けてくれるってんなら上々だ」

 

 

残りの魔女教大罪司教。

 

 

怠惰を葬った事で、残存する魔女教が攻め入ってくる可能性を考慮していたが、競い合う関係性もあると言うのなら、仇討ち、と言った感覚で攻め入ってくる可能性は低いと言える。

 

勿論、警戒するに越したことは無いが。

 

 

「無駄話はそこまでにして、さっさと行くわよ。……屋敷へ」

 

 

考察は推測の域を出ない。

この場で考えても得られるものは少ないだろう。

 

だからこそ、ラムの一言で会話は切り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森を超えて、アーラム村を横切る。

 

死臭が立ち込める地獄と化した村。生き物が焼ける臭いがまだ鼻の奥を突いてくる。

目を逸らしたくなる光景が、そこには広がっていた。

 

 

「―――……ジ・アース」

 

 

屋敷に向かう為には、アーラム村を通らなければならない。迂回するとなると、数が減ったとはいえ余計な魔獣と遭遇して時間をよりロスしてしまう可能性だってあるからだ。

 

だからと言って……、このまま村を素通りする事は出来なかった。

目に映る範囲内ではあるが、その無残な亡骸を、ツカサは魔法で大地操作を行い、今度は逆に地を陥没させた。

 

 

全員……はまだ出来ない。

少なくとも目に入る者たちだけは。地を陥没させて土葬として弔う。

 

 

 

 

「……絶対に、助ける。約束……するっ……」

「ペトラ……、リュカ……っ」

 

 

男だろうと女だろうと子供だろうと関係ない、と言わんばかりに破壊の限りを尽くされたアーラム村。

そこには、いつも遊んでいた子供達の姿も目に入った。

親子共に抱き合う形で剣を身体に突き立てられている。そして、壁に貼り付け、四肢を捥がれている。

 

 

レムもラムも、優先すべきは死者より生者、と解ってはいても、戻れると解っていても、割り切れない。胸中穏やかでいられるワケが無い。

 

領民の不利益は領主の責任。つまりロズワールの責任にもなる。主の為に命に代えても……と務めてきた彼女達にとって、この光景はあまりにも残酷過ぎる。

 

更に言うなら……、幼き日にあの炎に呑まれた村とこのアーラム村は、既視感を覚えてしまうのだ。

 

必要最低限の行為とは言え、早く、先へ行かなくてはならない、そうは思うが誰一人それを口に出して言える者は居なかった。

 

比較的気丈に接する事が出来るラムでさえ、その言葉は呑みこんだから。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「油断―――デスね!!」

 

 

 

 

 

あの不快な声が、場に響いた。

 

「「ッッ!!?」」

 

咄嗟に、ツカサは振り返り、傍に居たスバルの首根っこを掴んで、自身の後ろへと追いやった。

そして、次の瞬間には、同じく警戒していた不快なあの黒い手が迫ってくる。

 

 

迫る相手は、ツカサでも無ければスバルでもなく―――。

 

 

 

「あぐっっ……!!」

 

 

狙いを定められていたのはラムだ。

ラムとレムは、あの手を見る事が出来ない。知覚する事が出来ない不可視の(見えざる)手だから。

 

 

 

「油断、油断油断油断油断油断しましたねぇ……? あ、ぁあぁぁぁあ、脳が、脳が……ふる、えるっっ!!」

 

 

 

焼け爛れた家屋から、1人の男が出てきた。

全身をあの黒装束に身を包んでいる、指先と呼んでいた

 

 

 

「なん、なんだよ、お前!! ペテルギウスの、指先!?」

「姉様!!」

 

 

レムが手を伸ばすが、ラムは高く持ち上げられ、倒壊してない家屋に叩きつけられる。

 

 

「ぃッッ!!?」

 

 

「そう、そうそうそうそうそうそう!! ワタシは、指先!! 指先!! ワタシは寵愛に報いる者! 試練を執行し、愛の導に従い、忠実にして親愛なる使途! さぁさぁ、怠惰なるアナタ!? そう、アナタデスよ!」

 

 

フードを脱ぎ捨てた男の顔は、ペテルギウスのソレではない。あの瘦せこけた骸の様な素顔ではない。

 

狂気に満ちた目付きをしているのは正しいが、同一人物とは思えない。

 

 

「まだ、アナタ、アナタ‼ ワタシの見えざる手が見えている。本当に見えている!? 非常に不満、不服、不本意、不愉快、不条理、不合理!! 寵愛の欠片も無いアナタが!? 何故、何故何故何故何故見えると言うのデス!!」

 

 

 

ペテルギウス(?)は頭を掻きむしり、左右に揺らし、そしてその首を90度折り曲げる。

姿形は違えど、その所作だけは見間違える筈がない。

見えざる手以上に、間違える筈がない悍ましい代物だ。

 

 

 

「しかししかししかししかぁぁぁぁし!! アナタのその行いこそが!! この少女を殺スのデス!! アナタが今、この少女を殺スのデス!! ワタシの腕で! 指で! アナタがアナタがアナタがアナタがぁぁぁぁぁぁ―――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何を殺すんだ? その手で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

ここで、奇妙な事が起きた。

ペテルギウス(?)ははっきりと見ていた筈だ。

 

見えざる手で掴んだ桃髪の少女。

その少女を獲り返そうと藻掻き足掻き、無作為に、無情に、無駄に、行動をしようとしている青髪の少女。

 

そして傲慢ではないか、と疑っている男は後ろに、それを庇う男。

 

 

愛よりも先に、傲慢を庇おうとするその所作には、怠惰なるペテルギウスも呆れると言うモノではあったが……、ここで奇妙な事が起きた。

 

 

 

揶揄者(ザ・フール)

 

 

 

見えざる手。

その手の中に居た筈の少女の姿はそこには無い。

 

その代わりに、あの男の――――……、あの男の腕の中に。

 

 

その思考の停止。僅かな停止期間ではあったが、それは十分すぎる程の隙。

驚き固まったレムも、それは同じであり、逆にペテルギウスに近付き過ぎる事が無かった事が功を成す。

 

 

突如、現れた2つの氷柱が、まるで意思を持ったかの様に動き、ペテルギウスを挟み込んだ。

 

 

 

 

「デュアル・インヴェルノ」

「ぎゃあああああああ!!」

 

 

 

 

ペテルギウス(?)の身体を挟み潰さんが勢いだったが、絶命させる直前の威力でソレは止まる。最も苦痛が続くタイミングだと言って良いが、それがこのペテルギウスと言う男に対しての罰に成るとは到底思えない。

 

 

 

「ラムを狙った。それだけでも万死に値。……が、聞いておかないといけない事が増えた。元々、聞くつもりは無かったが」

 

 

 

氷柱に閉じ込められているペテルギウスの頭だけを引っこ抜く。

 

 

 

怠惰(お前)は、()だ? 自分が複数いる。とでもいうのか?」

 

 

 

怠惰の狂気に勝るとも劣らない程の狂気。こちらは怒りではあるが、睨むだけ人を殺しそうな眼でペテルギウスを見た。

だが、この狂人は、その眼はツカサを見ていない。まるで濁っており、何処を見ているのかさえ解らない。

 

 

 

 

「あ、ぁぁぁぁあああ、アナタ、アナタこそが、我が試練、最大の脅威……、なのデスね……、そう、そうそうそうそうそうそうそう、アナタを、アナタこそを、超えた暁に!! 魔女の、サテラの、最愛を、寵愛を慈愛を友愛を、この身に、この身に、この身に」

 

 

 

 

そう、ペテルギウスに話が通じないのは解りきっていた事だ。

そして、他者の怒りが、己の苦痛が、――――己の死が、この狂人には何の影響も与えないであろう事も。

 

 

だが、その狂気も、その自信も、恐らくは自分自身の力。まだ明かしていない力に依存しているだろう事くらいは解る。

絶対的な死の状況においても、本当の意味でペテルギウスを追い詰めたワケではないと言う事だろう。

 

仮に、ここで頭を砕いてもまた、復活する。そう想像は容易だ。

 

その異能……権能の正体を、その根幹を握り締めないかぎり。

 

 

 

 

 

「ケタ、ケタケタケタケタケタケタケタ……」

 

 

 

 

 

 

 

この狂人の笑みを止める事は出来ない。

 

 

 

「そう、アナタは半魔の娘を、守護する試練の最終関門!! 否、門番! 番人!! 故に故に故に、試練を超えるには、試練を開始する為の門を超えるには、アナタを超えなければならない!! だが、しかししかししかししかししかししかし、しかーーーーーし………?」

 

 

 

 

 

ペテルギウスは、何ら怯む事は無い。

その氷に砕かれる寸前の半身を、飛び出る勢いの眼球で見下ろし、ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「アナタ……、ここに居て(・・・・・)良いのデスか?」

「何?」

「試練の門番たるアナタが、その道を、道筋を、答えに至るまでの道筋を!! ―――――素通りさせ過ぎではありませんか? その権能!! 試練の門番に足り得る権能をお持ちの様だが、かの村をお救いにならない? 少女を救っても、村は救わない怠惰! それ即ち、全てにおいて、アナタの手が全てに届くと言う訳ではないと言う事の証明」

 

 

 

混乱していた様で、冷静になっている頭も何処かにはあるのだろう。

ラムを助けた。まるで、時を止めたかの様に。不可思議にして、摩訶不思議な力。だがそれでも、それ程までの力を有していたとしても、あの焼け落ちた村を救う事はしなかった。……否、出来なかった。

 

 

 

 

「アナタを超える事、それ即ち、試練が果たされる。……と言う事では無いと言う事デス。アナタは、試練に至るまでの道を防ぐ番人。その番人が、門番が、この様な離れた場所に居る。――――――ああ、つまりアナタは…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――怠惰デスね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、ペテルギウスの身体は爆散した。

ペテルギウス自身が自爆したのではない。

 

何処に身を潜ませていたのだろうか、指先と呼ばれる黒装束の者たちが、一斉に火の魔法《アル・ゴーア》を放ったのだ。

 

 

合わさり、束となった炎は一本の巨大な槍となり、ペテルギウスを凍らせている柱に直撃。

そのまま、ペテルギウスは一瞬で灰になったのだった。

 

 

 

 

 

 



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怠惰④

本当の意味での、第1ラウンド、終了~~って所でしょうかねww




 

 

「……クソっ。いい加減 数が多過ぎる。単純な物量戦は、記録(セーブ)読込(ロード)揶揄者(ザ・フール)とも頗る相性が悪いのに」

「バルス、死んだら殺すから、そのつもりで。レムに傷1つ付けても同じよ」

「この場最弱のオレにスゲー事言いますね、姉様。んでも、やれる所までは、やってやるよ!」

「流石スバル君です。レムも負けてられません。……早く、早く突破して屋敷へ……っ」

 

 

 

アルゴーアがペテルギウス? を燃やし尽くしたのを合図としたのだろうか、廃村と化したアーラム村の至る所から、更に森の中、……果ては土の中からも、ペテルギウスの指先と呼ばれている黒装束の連中が這い出してきたのだ。

 

だが、その攻撃手段には違和感がある。

 

 

 

「明らかに、狙いはオレ達の足止め。……それにペテルギウス自身がここに居ない、って事は」

 

 

 

殲滅が目的ではない。

勝てないと解っている相手にジリ貧で挑んできている構図を見てもそうだ。恐らく、指先には殆ど感情と言うものが無いのだろう。

唯一絶対の魔女、そして大罪司教であるペテルギウスの意思以外で、動きを止める事は無い。

 

例外があるとするなら、引き寄せ効果のあるスバルの魔女の残り香だろうか。

 

 

「テンペスト!」

 

 

ツカサは、テンペストで複数の魔女教徒を吹き飛ばしながら、確認する。

当然、より厳重に、より死角無く配備されているのは屋敷の方角だ。

 

 

「あの野郎、エミリアを……ッッ」

「バルス。集中なさい。分相応な武器を持っていても、使い手が滓じゃ、直ぐにやられるのが落ちよ」

 

 

スバルは、以前の魔獣騒動の際に、ツカサの風を纏わせている剣を今回も使っている。

 

防御に特化した剣。刀身に宿った風で身を守り、他者も守る事が出来る。

ある意味では矛盾した武器だ。

命の取り合いではない剣道をやっていたスバルにとっては、これ以上無い武器でもある。

 

 

「この人数で、戦って負けない、それを確認できたのは良い事だし、他力本願なオレにとっちゃありがたい事極まれるだが、大切な人を守れなきゃ、意味がねぇよ……っ クソっっ!!」

 

 

スバルは、歯を喰いしばりながら耐えていた。

それを聞いて、ツカサはどこか安堵を覚える。

 

スバルも一緒なのだ、と。

いや、きっとスバルだけでなく、レムやラムも解ってくれているだろう。

安易に戻れる事を意識していない。

全ての世界に対して全力を尽くしている。だからこそ、悔しさが出てきている。

 

 

「―――その悔しさも、無念も、全部忘れずに持って帰る。……最後にみんなと(・・・・)笑う為に」

「! ああ、そうだな!」

 

 

ツカサの言葉を聞いて、表情を俯かせていたスバルは、はっと、顔を上げた。

 

 

 

「オレの風を使う事で、スバルの魔法の練習になれば尚良いな。実際になるかは解らないけど」

「そりゃな。んでも、そもそもオレのゲートから出した魔法じゃねぇのに、自在に操れるってどういう理屈?」

「……それは、クルル(コイツ)に聞いて。答えてくれるか解らないけど」

 

 

ツカサの隣に居る精霊クルルを指さした。

攻撃をしつつ、ツカサやスバルの話を聞いたのだろう、何処か胸を張ってる様にも見える。

 

 

 

「……やっぱり一斉攻撃、って言うより波状攻撃って感じ。だったら、奥で相応数控えてる……?」

 

 

寄せてくる波を超えても、また同じ様な波が次々にやってくる。

大人数で一斉にかかってくれば、相応の魔法を使って一気に仕留めたい所ではあるが、この攻撃法だと、そうはいかない。

 

時間とマナや体力を消耗させるのが狙いだろう。恐らくは最優先は時間。……試練とやらを優先する為に。

 

 

「レム、空に向かってヒューマを打ってくれないか?」

「え?」

「飛べない訳じゃないけど、そっちの方が速度が段違いなんだ。だから、頼む」

「! 解りました、ツカサ君」

 

 

レムは、モーニングスターを使用して、敵を薙ぎ払うと、空に向かって手を掲げた。

最初はよく解ってなかったが、短い話の内容で、ツカサの意図を理解したから。

 

 

「アル・ヒューマ」

 

 

 

 

 

極大の氷の柱が無から形成される。

その氷柱にツカサは飛び乗った。

 

 

(うえ)で色々と確認するから、(した)は任せた!」

「お願いします」

「あまり待たせないでよ」

「おおよっ!! こいやぁぁぁぁ!! 黒子ども!!」

 

 

ツカサはそう言い、皆の了承を得たのを確認すると、クルルをラムの方へと向かわせた。

ひゅんっ、とクルルはラムの肩に乗る。

 

明らかな戦力の1つであり、ツカサ自身の力の源でもある精霊を手放して向かう事をラムは良しとはしなかったが、もうツカサは遥か上空だ。

 

 

「……何処までも、自分より他人を、なんだから」

「きゅんっ♪」

 

 

ラムはそう愚痴った。

確かにクルルの力を用いれば、ラムも十分戦う事が出来ると言って良い。マナの移譲はクルルが行っているも同然だから。

 

だから、心を通わせた人、最愛(ラム)と言えど完全優先しているワケじゃない、戦力の分散。戦術を考えての事だ。

 

 

 

―――と、ツカサはいつも言い訳をするのが定番である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レムのアルヒューマでそれなりの高さまで飛んだ所でツカサは氷柱を離した。

そして、じっくりと上空からあの指先が何処からやって来ているのかを確認する。

 

四方八方、拠点にして6つ見えた。村からやや離れているし、かなり暴れているからか、ラムの千里眼でも見れなかったのだろう。

 

だが、空から見れば解る。

 

 

()から見ると丸わかりだ馬鹿」

 

 

 

見えたのを確認すると、ツカサは右手と左手、夫々に魔法を充填し、合わせた。

 

 

 

右手には炎の魔法(エクスプロード)

左手には地の魔法(ジ・アース)

 

 

 

無より精製され、圧縮し、そして ブレンドされた地と炎の魔法。

地と炎の魔法を足した結果、それは燃え盛る巨岩へと形成された。

 

 

 

 

 

「メテオラ」

 

 

『!!?』

 

 

 

それは、空から飛来する隕石を見紛う一撃。

6つの拠点に、空から6つの隕石群を落として、瞬く間に殲滅させた。

 

 

頭上と言う死角からの魔法攻撃。それに抗う事など出来る筈も無い。

 

 

突如、空が暗くなったか? と思ったその時にはもう既に遅いのだ。それに、上から燃える岩が降り注いでくるなんて、一体誰が想像出来ようものか。

 

 

辺り一面から、地震の様な振動と、爆発音、衝撃波。

地上に居る3人からは全容は見えない、一部分しか見えないが、それでもどうなったのか、その結果は解る。

 

 

無駄な破壊をする事なく、ただただ、集まっていた指先、狙われた指先は、皆平等、等しく灰塵と化した。

 

 

 

「マッジかよっ!! これ、オレが一番最初にやりたい、ってパックにリクエストした魔法じゃんっ! まぁ、隕石の雨! って程じゃねーかもだが! うわわ、マジかよマジかよ!!」

 

 

ぽかーん、としていたスバルだったが、漸く声を振り上げた。

あのツカサの魔法を見て、驚きで驚愕で………よりも何よりも、興奮して過ぎて燥ぎまわる。

 

そして思い返すのは、それは以前、ロズワール邸で魔法教室をパックに開いて貰った時の事だ。

 

最初は精霊使いと魔法使いの違いの説明を受けていただけだったのだが、魔法が使えると聞いて、あの隕石(メテオ)をパックにリクエストをしたのである。

 

 

《いや、できないよ。魔法は1日にしてならず、だし》

 

 

だが、案の定というか何と言うか……。

結局初級どころか、入門すらしていないスバルが扱えるワケもなく、結局は簡単な入門魔法《シャマク》に落ち着いたのだ。

 

それでも、爆発して大変だったが。

 

 

「凄い………っ」

「ツカサなら当然よ」

 

 

この時ばかりは、レムもスバルに集中する事なく、今の魔法を魅入ってしまっていた。

余計な破壊をせず、一点集中させているのがより凄まじく感じる。

 

何せ、燃える岩が森へと落ちて、そのまま燃え広がったら、ここら一帯が焼け野原になってしまうのが目に見えているから。

だが、全てを把握した訳ではないが、燃え広がっていく様な感じはしない。

 

ラムもラムで、何処か誇らしく胸を張った。

惚れた男は、愛した男は本当に凄いんだと。

 

 

―――絶対に、何にも負けない(・・・・・・・)んだ、と。

 

 

 

 

 

 

「キツい。……流石に」

 

 

空から戻ったツカサは、膝を付いた。

連戦に次ぐ連戦、更に言えばここから先にはまだペテルギウスが存在している。

 

その部下相手に力を使い切ってしまい、肝心のペテルギウスが野放しになってしまったら、と考えたら笑い話にもならない。

 

 

「スゲーな、兄弟……! っとと、やっぱ、あんな超魔法使ったら、キツイよな。肩貸すぜ」

「スバルありがと。安心して。戻る(・・)のは問題ないから」

「……結構気にしてたのバレバレだったか。マジ頼りまくってすまん。んで、それ聞いて安心できたよ。サンキュー」

 

 

ツカサの落下地点に一番近かったスバルが肩を貸した。

 

 

「ラムたちが、ラムとレムが楽を出来たのはとても良い事だけど、バルスは駄目。それに後先考えずに魔法を使い過ぎてるのは感心しないわ。……まだ、アイツ(・・・)が残っているもの」

「ぅおい、オレがダメってなんだよ、それ!」

「ツカサ君。レムたちも微力ながらお力添えをします。ツカサ君だけ無理はしないで下さい」

 

 

規模が大きければ大きい程、威力が大きければ大きい程、代償を伴うのは当然の事。

敵の波状攻撃は確かに足止めをされたし、一刻も早く向かわなければならないのは解るが、それでツカサが倒れでもしたら、それこそ終わりだ。

 

 

「心配かけてゴメンゴメン。……でも、今のは相手を殲滅する為だけに使ったんじゃないよ。……村の異常(・・・・)を、早く伝えよう、って言う目的もあったんだ」

 

 

ツカサは、屋敷の方角を指さした。

それを見て、そして聞いたスバルは察する。

 

 

「エミリア達に、今の隕石(超絶)魔法見せた、ってワケか!? つまり、警報(サイレン)を鳴らしたも同然、ってワケだな!?」

「うん。さいれん、って言う言葉は解らないけど、意味は解るよ。大丈夫、パックやベアトリスさんも居るんだから絶対に気付いている筈。それに、多分ペテルギウスにとっても都合が悪い筈だ。……もし、騒ぎを起こして、逃げられでもしたら。何より、オレ達と合流したら、って考えたら。何せアイツ曰く、オレは門番らしい。………折角門番が離れてるのに、意味が無くなるからね」  

 

 

そう言って笑って見せるツカサの頬にそっと触れるのはラムだ。

狙い通りに事が運んだ、とはいえ、その身体が全く大丈夫だ、という訳ではない筈。怠惰との連戦に次ぐ連戦、指先とも含めて連戦。……この場に立つ者の中で、誰よりも消耗している筈だ。

 

だが、今更何を言っても止まる訳もなく、ツカサが居なければ魔女教を撃退出来る筈も無い。ツノナシである無力な自分を嘆きたい所でもあるが、それをおくびに出せば、ツカサだけでなくレムまで気を使う。

 

 

だからこそ、言葉にせず、顔にも出さず。ただただ想いを胸に、手に込めて、ツカサに触れる事にしたのだ。

 

 

「……そうね、ツカサが考え無しな訳が無い。そんなのは1人で十分よ」

「いちいち毒吐かないと死んじゃうの!? 名前呼ばなくても、誰ん事いってっか、わかっからな。姉様!」

「スバル君は素敵ですよ。ツカサ君。治療をさせてください。効果は少ないかもしれませんが、所々の傷は治せると思います。……させてください」

 

 

ラムが頬添えをし、傍らではレムが治療を施す。

スバルは文句を口にしつつも、やはり考える事はエミリアの事。

 

 

そして、ツカサが考えるのは……、皆を救う為にはどうすれば良いのか? だ。

 

 

正面から戦っても、解った通り勝てない相手ではない。

だが、敵は周りを巻き込んでくる。アーラム村の皆を……、エミリアを。

 

 

全てを護りながら戦うのは現実的ではない。

間に合わない、という点もそうだが、何より敵の数が多く、村人を狙い出したら止められない。

 

そもそも――――村を襲うまでの猶予が全くない。

霧が出現したリーファウス街道を避けて、霧を避ける様にそれでいて最短の道筋を目指しても………結果は村を救えなかった。

 

 

 

 

「(……もう、あそこを、突っ切るしかない、か。……でも、超えれたとしても、戦力は?)」

 

 

 

魔女教を倒し、村人を守り、エミリアも守る。

 

 

全てを叶える為には――――どうしても、人手が足りない。

 

 

それに、戻れば戻る程、自身の戦力も削られていくのも事実。

 

 

「考えるより、今は行動、か」

 

 

 

ツカサはそう言うと、借りていた肩をスバルに返し、ラムの頭とレムの頭を軽く撫でて。

 

 

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

 

 

礼を告げた。

レムは頷く、ラムは、どさくさに紛れて額に………、色々としようと画策したが、未遂に終わり、憤慨。

 

なので、ツカサの鼻先に人差し指を当てる。

 

 

「全部無事に片付く事が出来たなら、ラムと今の続きをするわよ」

「うわっ、大胆にして、拒否権ないヤツだ! コレ!」

 

 

そう言って笑っていた。

修羅の場で、最悪の場でも笑う余裕がある事は本当にありがたい、と改めて感じるのはスバルだ。

 

この時、例え死に戻りがあったとしても、例えやり直せるかもしれない状況だったとしても、きっと笑えていないだろう。

1人じゃ無いから。最善の道を通って、最高の未来へと一緒に向かう事が出来るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そこまでよ! 悪党!」

 

 

 

 

そして、ツカサの狙い通りになった。

 

ペテルギウスを含めた魔女教、怠惰の一団の残りが、ロズワール邸へと乗り込む寸前、あの魔法でまずフレデリカが気付いた。

魔女教の存在にも気づく事が出来た。

 

 

奇襲こそ防ぐ事が出来たが、それでも突然の襲撃には変わらない。

ここまでの事態を想定した事前準備は出来ていない為、後手後手になってしまったフレデリカだったが、離れているアーラム村の異常ならまだしも、屋敷周辺の異常くらいはエミリアとて解る。

 

エミリアを危険な目に合わせたくない事を第一と考えているパックも、エミリアの意思には従う。故に、当然ながら共に参戦したのだ。

 

 

 

「屋敷をめちゃめちゃにして、フレデリカまで傷付けて、私は許さない!」

 

「鳴呼………、なんと、なんと、なんと好き日! なんという吉日!! 我が指先がほぼ失われたこの凶日の中で、なんという宿命!!」

 

 

エミリアを目にした瞬間、ペテルギウスは声を張り上げた。

ツカサの魔法で、村に集中させていた指先達が全滅した事は気付いている。試練の厳しさを体感し、この狂人に歯痒い気持ちにさせる事は出来たが、エミリアの姿を確認した途端、それは消し飛んだ。

 

 

 

 

「おお、魔女よ、魔女よっっ!! 我が愛の道しるべよ!!」

「自慢の愛娘に見惚れるのは解るケドね、悪い虫はお断りだよ」

 

 

パックの氷結が、ペテルギウスを捕らえる。

氷漬けにして、それで仕舞い……という訳にはならない。

 

 

 

「甘い! 甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘いまいまいまいまいまいデス!!」

 

 

 

見えざる手が、無数のその黒い手が、氷結を砕いてチリへと変えたからだ。

 

 

「!! なに? 砕けた……っっ!!」

 

 

エミリアやパックの眼からは、何の前触れも、攻撃や防御手段も、一切見えず氷が打ち砕かれた様に見えた。

 

そして、ヒューマを主体とした氷の魔法も瞬く間に砕かれていく。

 

 

 

「見えない攻撃、か。リア。間合いをもっと取って。後、あの近接戦闘主体な大きなメイドさんとは相性最悪だと思うから、呼び戻す様に言って」

「うん、わかった! フレデリカ!!」

 

 

エミリアは、フレデリカの周囲に氷の壁を作り、敵の追撃を阻止しつつ、下がる様に告げた。

所々傷は負っているものの、そこまで重症ではない様で、すぐさまフレデリカは退避する。

 

 

「申し訳ありませんわ、エミリア様。私の為に」

「いいの。……あの悪党は目に見えない何かで、攻撃してきている。近づくのは危険よ。離れて、魔法攻撃で仕留めるから」

 

 

パックの攻撃は幾度も見えない何かで、砕かれている。

 

だが、それこそが、目に見えない攻撃を可視化する事に成功する結果となった。

細かく砕かれた無数の氷の粒子が……、見えない何かに纏わりつくかの様に、道しるべになっているから。

 

 

 

「我が愛の印!! 試練を!! 受けるがいいのデス!!!」

 

 

 

ペテルギウスは、その事実に気付くのが遅れたのだろう。

フレデリカは横へと跳躍し、回避。

 

エミリアは、逃げでは無く向かっていった。

見えざる手を回避し、時には魔法をぶつけて、……そして、巨大な氷像を作って高くに跳躍。

 

 

「無駄無駄無駄ぁぁぁぁ!! 空中では、動きが鈍るのデス!! 怠惰怠惰怠惰怠惰ぁぁぁ」

 

 

見えざる手を、エミリアへと伸ばす……が。

 

 

 

「ダメだよ。僕の前で余所見しちゃ。……それに、僕の前で、娘に危害を加えようとするなんて、もっと駄目だよ」

 

 

伸びた手は上に、故に足元が完全に疎かになっている。

 

地面から張ってきた氷結攻撃を、ペテルギウスは防ぐ事が出来なかった。

足元から、下半身全てを凍らされ、動きを止められる。

 

 

動きが完全に止まり、更にペテルギウスの意識が足元へと逸れたのを見計らい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウル・ヒューマ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

エミリアはその頭に氷の鉄槌を落とした。

 

 

 

勝敗は決する。

ロズワール邸、庭園での戦い。

軍配があがったのはエミリア陣営。

 

ペテルギウスはエミリアが、そしてフレデリカが周囲の雑兵を排除した。

 

 

 

全てを、終えた所で――――、ツカサ達が屋敷へと到着。

 

 

 

いや、厳密に言えば少し違う。

ペテルギウスにトドメをさす寸前だ。

 

 

 

 

 

「嗚呼……、これは実に………、勤勉デス!」

「ありがとう。……ちゃんとやられて」

 

 

 

 

 

こうして、ペテルギウスは完全に氷結。

その身体を砕かれて散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……エミリアさんは、無事でよかった」

「あ、ああ。………エミリア」

 

 

 

スバルは、エミリアの姿を見て、いの一番に駆けつけるつもりだったのに、足が動かなかった。

エミリアは、泣いていたから。ペテルギウスが居た場所をずっと眺めながら、ただただ無表情で、泣いていたから。

 

 

「…………っっっっ!???」

 

 

その時、だった。

エミリアの涙に、その姿から目を離せられないでいた筈なのに、まるで身体の内側を抉られるかの様な感覚に見舞われたのは。

 

 

「スバル?」

 

 

身体が震える、身体の芯が震える。

 

 

そして、解った。理解した。……とうとう、尻尾を掴んだ、と歓喜する。

 

 

力になれる。

力になれる。

 

 

そう、何度も何度も奮い立たせた。

 

 

 

 

 

「えみえみ、ここ、えみ……、はな、はな……れる!!」

 

 

 

 

頭の中ではしっかりと話せていると言うのに、口が回らない。

でも、まだ身体は動く、動かす事が出来る。

 

 

エミリアの所に、では無く、反対の森の中へとスバルは駆け出した。

 

「スバル!!」

「スバルくん!?」

「バルス!」

 

 

スバルの突然の行動に、疑問を持ったツカサとレムとラムの3人は、エミリア達と合流する事はなく、スバルが駆け出していった森の方へと付いて行った。

 

 

 

 

「どうしたんだ! スバル!!」

「―――つかさ、わかった。わかった、ぜ。やった。やったん、だ……! ……おれ、おれから、はなれた、いちで、きいてくれ……っ」

 

 

 

身体が震えているのが解る。

胸を抑えているのが解る。

 

 

明らかにスバルの状態は普通ではないと言うのに、その顔は苦しそうなのに何処か誇らし気だった。

 

 

 

 

「とうとう、やろう、のちから、、の……正体……気付けた……ッッ!! 怠惰は、怠惰は、複数存在するんじゃ……ないっっ すべて、すべてどういつの――――――――――」

 

 

 

 

 

そこまで言った所で、スバルの身体の震えは止まる。

 

 

 

 

 

「もう、遅いのデス。―――気付けても、無意味、なのデス」

 

 

 

 

 

 

スバルの雰囲気が一変する。

この不快感は忘れようがない。レムがスバルに感じると言う魔女の残り香よりも強烈だと思う程に。

 

 

そして、スバルが何を言おうとしたのか、その真意をくみ取る事も出来た。

 

 

 

 

「! ……そう言う、事か。殺しても殺しても、死なない訳だ。肉体が死んでも、お前には関係ない。……次々と他人の身体に、他人の肉体に寄生するんだからな。――――それがお前か」

「そう、ワタシは魔女教大罪司教。《怠惰》担当……ペテルギウス・ロマネコンティ、デス!」

 

 

 

 

スバルの身体で、スバルの首を90度曲げて骨をへし折った。

この時点で、飛ぶ事を考えたが、どうやらペテルギウスが肉体を制御している限りは、死は訪れないらしい。普通に人間であれば首の骨をああも折り曲げて、ああも骨を鳴らせながら折れば、死ぬだろう。

 

だが、平然と立っている。

 

 

 

 

「実に、実に実に、良い!! これほど馴染む身体は何十年ぶりか!! ケタケタケタケタケタケタ!!」

「他人をのっとって、その命を奪って。――――貴様、どこまでも狂っているな」

「そう、その通りデス!! ワタシは、狂っている!! 狂人!! 愛に、愛に愛に愛に狂っている!! 慈愛に、敬愛に、純情愛に、親愛に、性愛に、、友愛に、愛だけが全て!! ワタシの全て、なのデス!!!」

 

 

 

スバルの身体を乗っ取った凶行。

それを目撃したレムは、目を血走らせながら、飛び掛かろうとしたが、それはツカサに遮られる。

 

 

ペテルギウスにしてみれば、実に心地良い場面だと言えるだろう。

完全に試練は勝ちだ、と疑う事が無いだろう。

スバルの身体を使えば、試練を超える事も容易だと。

 

 

 

だが……、そうはいかない。

 

 

 

「――――流石。スバル。お手柄だ。……お前の言う通り、尻尾を掴んだ。この戦いの立役者は、スバル。……お前になる」

「アイアイアイアイアイアイアイアイ……。ん? 何を言っているのデス?? この状況がお見えにならない、と?? アナタ、やはり怠惰だったのデスね?? ぐ、ぐぐぐぐ、んが、ぐああああ、おれ、おれ、おれろれおれおろえおえれ、オレはなつき、なつきすばる!! 黙れ、クソ、クソ野郎が!!!」

 

 

 

精神を乗っ取られているが、そこから気合か根性か、誰よりも弱い筈の男が、大罪司教と言うこの世界にとっての厄災の1つとも言われる男から抗う事が出来ていた。

 

 

 

 

「オレ達の勝ちだ。……スバル」

「あ、ああ……ッッ、ちゃんと、ちゃんと……、あとで、おしえて、くれよ?? おれの、ゆうし、ゆうしを……っ、おれの、めいすいり、を……。らむ、れむ、おまえら、も、たのむ、ぞ……?」

「スバル君っっ!!」

「レム。落ち着きなさい。大丈夫よ。冷静に冷静に。……大罪司教の力が解った。偶然と幸運が重なっただけの事だけど、まぁよくやった、と言っておくわ。いや、駄目ね。その他で落とした評価が多過ぎるから、漸くマシになった、と言った所かしら」

「あい、かわらず、ひでぇ、な。姉様。れむ、だいじょうぶ、だいじょうぶだ。おまえの、英雄は、だいじょうぶ。……んぐうああああああああああ なにを何を何を!!? あなた方は、いったい何を言っていると言うのデス!!?」

 

 

 

ナツキスバルを振り払う様に、狂人ペテルギウスは目を覚ました。

狂人である、という自覚はあるのに、目の前の存在の異質さに、漸く気付く事が出来たのだろうか。

 

狂人である筈なのに、狂っている筈なのに、この連中こそが解らない。狂っている。冷たいナニカを感じる。……これが―――――。

 

 

 

戻る前に(・・・・)、お前のその顔が見れて、正直胸がすいたよ。……お前の攻撃が全て当たらず、お前がオレを攻撃したと錯覚した理由。……何でだろうな?」

 

 

 

ツカサは、ゆっくりとスバル(ペテルギウス)の傍へと近付く。

身体は、顔はスバルのソレだが、ツカサにはハッキリとペテルギウスが見えている気がしていた。

 

 

 

身体は、いつの間にか下半身を凍らされていて、動く事が出来ない。

 

 

 

 

ペテルギウスにとって、真なる狂人を見た。

身体の芯が震え出した。

 

 

 

 

「何故、オレがこの状況で笑えるか。何故、お前の力を知って、笑う事が出来るのか。……もう、解るだろう? やり直す事(・・・・・)が出来るんだよオレは。時間を遡る事が出来る。―――――お前自身の打倒の情報をありがとうよ。もう、今の(・・)お前と会う事は無い。会うのは、過去の(・・・)お前だ」

「無かった事になるのなら、一発殴っておこうかしら? バルスの肉体なら問題ないわね」

「姉様、それは流石に………」

「冗談よ」

 

 

 

もう、乗っ取られているスバルだったが、ラムの言葉を聞いて、《嘘つけ!!》と思ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、そんなそんなそんなそんな、馬鹿な、馬鹿なばかなばかな、ばかなばかばかばかばかばかばかな!! そんなばかげた、チカラがある筈が、無い、無い無い無い無いないの、デス!!!」

 

 

 

 

 

 

無い、と否定しているのに慌てふためくのは何故だろうか?

 

そう、ペテルギウス自身が解っているからだ。

短い時間ではあったが、ほんの少し程度だったが、ツカサと交戦して………、自らが体験したからだ。

 

時間の流れを自由に行き来出来ると言うのなら、あの現象も……納得が出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま――――――――っっっ」

「《怠惰》だったな、ペテルギウス。……スバル。ちゃんと説明するから安心して。――――共有読込(シェア・ロード)

 

 

 

 

 

 

 

 

見えざる手を伸ばすペテルギウスだったが、その手は3人に触れる事はなかった。

 

 

 

 





さて、次から鯨編でしょうか(((o(*゚▽゚*)o)))


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メニュー画面 ※考える時間③

 

 

 

時の狭間にて、何をすべきか、最善策は何か、ツカサ、ラム、レムの3人は延々と話し続けた。

 

 

丁度、スバルがこの時の狭間に居ない事から、よりこの空間に留まれる時間が延長したとでもいうのだろうか、4人の時と比べたら格段に長く、議論を交わす事が出来た。

 

 

さしあたり、現在の脅威は当然ながら、魔女教のペテルギウス、そしてその配下である指先。

エミリア達を守るだけであれば、現状の戦力で申し分ないと言えるが、それでは駄目だ。

 

何故なら、メイザース領へと駆けつけた時にはもう既にアーラム村は壊滅をしていたから。

あの村人たちの……、子供達の亡骸を、無念や恐怖を、この魂に刻み込んでいる。

 

皆を見捨てるなんて、選択肢を取れる訳もない。

 

 

 

ならば、どうするか。

メイザース領へと最短で辿り着くには、やはりリーファウス街道を、最短の距離で向かわなければならない。

 

だが、この陸路にも問題はある。

ある意味では、ペテルギウスよりも遥かに厄介な存在が。

 

 

 

「暴食。……白鯨かな。現時点での障害物は。これさえ突破出来れば、村とエミリアさんの両方を救う事は出来る時間も確保出来る」

「ええ。より安全に、という意味では村人は避難させるのが一番よ。魔女教は森の奥に拠点を置いてる様だから、街道を通ってメイザース領から抜け出せば」

「……村の皆さんを避難させる事を考慮しても、やはりツカサ君が言う様に白鯨の存在が現時点での最大の障害だと言えます」

 

 

自分達がメイザース領のアーラム村へと行く為にも。

村人たちの安全の為、避難させる為にも。

 

 

どちらにしても、白鯨を何とかしない限り、光明は生まれない。

だが、どうしても戦力不足が否めない。

 

 

「ツカサは以前白鯨を単独撃退した、って話だけど」

「………正直、歯痒い気持ちはある、よ。あの時どうして仕留めきれなかったんだ? って。今は、あの時程の力は、無い。実感してる」

「ツカサ君が、大精霊様からレムや姉様、スバル君を守ってくれたあのお力は……?」

「……パックに使った切り札も出来れば温存しておきたい。正真正銘奥の手、最後の最後に使う力だから。戻る前提の世界ならまだしも。………超えたは良いけど、次の難題を迎えてマナ切れ体力切れ、なんて笑えないよ」

 

 

両方とも気軽に使える力ではないからこそ、歯痒くなる。

そして、そんなツカサを見たからこそ、レムやラムも同じく表情を曇らせる。

 

どうしても、どう言い繕っても、ツカサに頼ってしまうしかない、というのを自分で言ってしまっているも同然なのだから。

 

確かに、相手は厄災だ。世界の厄災。強大で巨大な邪悪を具現化したかの様な存在だ。

だからこそ、今やルグニカの英雄とも一部では称されるツカサの力を頼りたくはなるが、それで良しとするワケにはいかない。

 

 

 

「では、クルシュ様たちに、お力添えを……」

「レム。これはエミリア様の陣営の問題よ。……領地を守れないのは我々の落ち度。その結果が王選の脱落。それを考えたら、クルシュ様側からすれば、静観する事が最善と取られる可能性は大いにあるわ」

「……きっと間違いないよ。数日だけど話してみてよく解る。確かにクルシュさんはオレの事を買ってくれているし、願いを聞き入れてくれるだけの器量はあると思う。……けれど、内容が内容。それを感情だけで動くとは到底思えないし、直接王選と関わる様な事柄においては話は別だとも思う。そもそも、魔女教が来る事自体、何故(・・)自分達が知っているのか? ここの説明をするのも難しい。……最悪、オレの力を話しても良いけど、クルシュさん程の大物相手に、安易に話すのは悪手だと思ってる」

 

 

クルシュは大分ツカサの事を買ってくれているのは、これまでの経緯……もう既に失われた世界での時間軸ではあるが、晩酌での付き合いの時を考えたらよく解る。

当家に受け入れたい、とも言っていたのだから当然だろう。それ程までに、勲章の件や白鯨撃退の力と言うモノは魅力的に映るのかもしれない。

 

だが、クルシュと言う人物は、そう言った上辺だけで他人を見る様な目は持ち合わせていない。

 

ツカサと言う人物を知ったからこそ、上辺だけではなく、多少ではあるが、内面を見られたからでこその、評価だ。

 

 

だが、好ましいと言うだけで、カルステン家が手を貸す、とはならないだろう。それはあまりに身勝手で傲慢な指揮の取り方だ。

それは、クルシュと言う人の人物像とはかけ離れたもの。

 

 

「ツカサの力を話すのはラムも賛成しないわ。より警戒される可能性だって捨てきれないし、何より―――――ツカサが狙われる可能性だってあるもの」

 

 

ラムの言う事も最もだ。

クルシュがそんな事をするとは思えない――――と言えばそれも間違えではないのだが、彼女を王にする側近が、ツカサの能力を知れば?

歴史を改変出来る様な能力を知れば??

 

最も危惧する存在だと認定するのは目に見えている。

 

同じ陣営だからこそ、秘密を共有する信頼できる仲間だからこそ、ツカサの能力はそこまでの万能ではないのだが、でも、それを知る事が出来るのは、仲間だからこそ、だ。

ほんの力の片鱗でも知られて、そこから想像を働かせれば………。

 

 

「……ツカサが飛ぶ(・・)前に、命を落としたらどうなるのか。それはツカサ自身も解っていないのでしょう?」

「うん。その通りだよ。……確認なんてしたくないし、しようとも思ってない」

 

 

決して無敵ではない。

ツカサが死ねば、その時点で次元は固定されると言っても良いだろう。

 

だが、ラムはスバルの事も知っているから、取れる手段は他にも有る……とも思っているが、楽観視などしていない。

スバルのソレは、あまりにも使い勝手が悪い。ツカサの下位互換だと言って良い力で、次元を指定する事も、固定する事も出来ず、何らかの拍子に更新されたりもする。

 

 

最悪の事態。

 

 

ツカサが死に、そしてスバルが戻ろうとしたら……、その戻った先の世界でツカサが生きているかどうかの保証が一切できないのだ。

スバルの中に居るナニカが、ツカサを危険視して、敢えて助ける事が出来ない様にする……なんて事だって考えられるし、何より、ラムが第一にツカサが死ぬなんて事は許さないし、考えられない。

 

 

 

「―――代替案を色々と持っていて、状況に応じて計画をその①、②、③と切り替える事が出来る、って言うのが理想だったんだけど………中々上手くいかないもんだね」

「ええ。……やっぱり当初考えていた案にする他は無いわ。……クルシュ陣営と対等な同盟の確立。その為の手段として、白鯨の情報の提示。……これはツカサやバルスにしか出来ない世界最高峰の情報だと言える」

「白鯨を討伐した暁には、今度こそ同盟であるクルシュ様からのお力添えを、ですね。………損得で無碍には出来ない筈です。白鯨の討伐とはそれ程までの偉業なのですから」

 

 

 

 

最初に上がっていた提案。

それは他の陣営に、助けを求めるのではなく、同盟を結ぶ事だ。

 

互いに利を残しつつ、功績も上げつつ……、狙いが嵌るとするなら、クルシュも恐らく無下にしたりは出来ないだろう、というもの。

 

当然、それも安易な道ではないので、他にも道を模索していたのだが………、やはり これに落ち着いた。

 

 

 

「………最悪、白鯨だけでも討ち取る事が出来たなら、クルシュさん達の力を借りれなくても、オレ達でも何とか出来る可能性は広がる。それだけの時間の猶予が生まれるから」

 

 

 

メイザース領を最短コースで行けるリーファウス街道の解放。

長年世界を脅かしてきた魔獣の討伐。

 

これだけでも、相応の恩恵を貰えそうだ。それを言えば、アナスタシア・ホーシンのホーシン商会にも声を掛けて置いた方が良いと思われるが……。

 

 

「クルシュさんとの同盟の件は、スバルも含めて話をする事にしよう。もっと知恵を集めないとだからね」

「存外、バルスには悪知恵が働くもの。ラムも異議は無いわ」

「レムも大賛成です。スバル君の類稀なる頭脳は、きっと最善の道を切り開いてくれるものだと信じています」

 

 

レムの過剰評価はさて置き、スバルの知恵も当然借りるつもりだ。

クルシュと同盟を結ぶ。口で言うのは安いが非常に高い壁と言わざるを得ない。

 

武力を用いない分、こちらの方が難解だと言える程に。

 

 

「……でも、今更だけど 厄介なのが、スバルが何にも知らない状態(・・・・・・)だ、って事なんだよな………。これから戻る場面は」

 

 

 

今回のループに、スバルは同行していない。

つまり、スバル自身はあの周回を、ペテルギウス討伐寸前まで行けた実績を知らない経験していない状態なのだ。

 

戻る前は、後で説明する―――と告げているが、百聞は一見に如かず。体感する事程、身になるモノは無い。

 

 

 

「その辺はボクに任せてよ☆」

「「「!!!」」」

 

 

 

その時、だった。

 

突如、ツカサの肩に乗っていたクルルが、ぴょんと、皆の上に跳び上がると、流暢に会話に混ざってきたのだ。

 

 

「だから、何度も言っているだろ? 皆驚くし、混乱するんだから、いきなり話しかけるの止めてくれって」

「でも、ここなら別に問題ないデショ? この子達はボクの事知ってるんだし? それに嬉しくないのかな~~? ボクなら、寸分違わずにスバル君に体感させる事が出来るんだよ? 口で説明するよりも大分楽だと思うし~~。何より」

 

 

クルルは、愛くるしいとも言える(上っ面は)その瞳を細めて続けた。

 

 

「戻った先のスバル君は、落ち込みモード寸前なスバル君だよ☆ 何せ、君が死に掛けた場面に戻るんだから。厄介じゃない?」

「あ………」

「「ッ!!」」

 

 

あまりにも長く、そして濃い数日間だったが為か、スタートラインについて完全に頭から離れてしまっていた。

 

確かにそうだ。

 

今からツカサが戻るのは、スバルが死に戻ったあの時、あの場所だ。

気を失う寸前に、ツカサ自身も記録(セーブ)を施す事が出来た。

ほぼ変わらない時間軸であれば、記録(セーブポイント)は破壊されないし、破壊されないからこそ、身体にかかるダメージも大幅にカット出来る。

 

その場面に戻るのだから……、あの時詳しくは聞いていないが、レムのお陰でスバルが落ち着きを取り戻す事が出来た、という事は聴いている。まともな男になれた、とも聞いている。

 

その以前のスバルに戻ってしまうのだ。

 

 

 

「……ったく。それで? お前が働く代わりに、何をすれば良いと?」

「うん?? なーに言ってんのさ☆ ボクが見返り求めた事なんて、一度だって無いデショ??」

「…………それはそうなんだけど、何だか嫌な予感がするから一応」

「アハハハ。まっ、面白い愉快、愉悦! 色んなものを頂けたんだ♪ 見返りと言えばそれで充分っ! それ以上を求めるとするなら――――終わった後(・・・・・)、かな?」

 

 

 

クルルがそこまで言った途端に、ラムが弾かれた様に動いた。

 

 

 

「申し訳ありません。大精霊様。あなたのおかげで、ラムが、レムが、皆が助かっているのは事実です。……ですが、代償にツカサを、ツカサを連れて行く。なんて事はさせません」

 

 

 

クルルの言葉に不穏な気配を感じ取ったのだろう。

ラムは一歩も退かず、この超常的な存在の前に立ちはだかった。ツカサを遮る様に。

 

 

「ラム、それは」

「あはははははっ!! 大丈夫大丈夫! そんな事しないよっ、ラムちゃん♪ 終わった後、って言うのは――――う~~ん、説明難しいけど、敢えて言うなら、本当に終わった時。魂も召された時、って言えば良いのかな? 勿論天寿を全うしたら、って事だから、落ち着いてね♪」

 

 

ツカサがどうにか窘めようとした時、クルルは笑い声と共に、否定をした。

 

ラムは確信する。

凡そ確信していたが、この時はっきりと確信する。

 

 

このクルルと言う存在が、この世界にツカサを誘ったのだと言う事を。そして……しない、と言っているが、ひょっとしたら、いや、間違いなく ツカサを連れて行く事だって出来ると言う事。

本能的に、ツカサはクルルを苦手としているが、その気持ちが痛い程理解出来た瞬間でもあった。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

そんな時、ツカサはラムの頭を撫でた。

 

「絶対、絶対大丈夫。ラムが居てくれるから。……ラムやレム、皆が居てくれるから、オレは大丈夫。もう―――大丈夫なんだよ」

 

 

 

ゼロへの恐怖は、もう払拭出来ている。

厳密に言えば、まだ自分自身には見えない、感じない程、心の奥深くで蔓延っているのかもしれないが、少なくとも今ラムに言っているのは心からの本心である、と断言できる

 

 

皆を。……ラムを残して、消えたりなんかしない。するつもりは無い。

 

 

 

「ほんと、微笑ましい限りだよね♡」

 

 

 

だけど、やはりこのナニカだけは、細心の注意を怠らないつもりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後―――スバルと合流? した後に、クルルの力添えも有り、最短でスバルに事の次第を説明する事が出来た。

 

 

 

スバル曰く、【廃人にさせられかけた】らしく………他人の肉体と精神、魂にまで干渉させて、体感させるのには、相応の負荷が肉体にかかるらしい。

 

 

 

因みに、正確に言えば、【スバル自身が辿ったループを体感させる】事が今回の目的。

 

 

 

なので、発狂しかけた、あのツカサの死の体感を、スバルは改めて受けてしまった、のである。その後レムに救われて、何とか持ち直せた様だが、知らない自分の体験をしているのは変わりはないので、発狂しかけた、を差し引いたとしても、大変だったようだ。

 

 

ペテルギウスに乗り移られた時の苦痛まで、リアルに体験できたのだから尚更。

 

 

終わった後、ペテルギウスまでいるのでは!? と心配した程なのだから。

 

 

 

 

 

 

色々と大変だったが、スバルの意見案を採用する事になる。

 

 

「白鯨の出現時間を正確に知ろうと思えば、コイツ(・・・)が最適」

 

 

差し出した金属の箱の様な物体。

ツカサは勿論、ラムもレムも見た事が無い代物。

 

 

 

「これは、オレの故郷で発明されたケータイっつー便利アイテム。残念ながら、こっちじゃ殆ど使い道無し、精々灯りくらいしか無かったが、実はこのケータイには 時計機能、警報機能もついてるんだ。つまり 今回の周回で、白鯨の正確な出現時間をコイツで確認して、クルシュさんの所に戻って、最強の交渉材料にする。そうだな、ミーティアって呼ぶ方が聞こえが良いだろ? ………どうだ?」

 

 

 




流石に、あのゼロからっっ!! ゼロにっっ!?


な、感動シーンを安売りしちゃうのは、アレなので。強制的&ご都合的&苦痛を伴う方法でスバル君には思い出して貰いました( ´艸`)(((o(*゚▽゚*)o)))


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スバルの戦い

スバル君無双( ≧∀≦)ノ
そして、ほぼ原作通り( ´~`)


ツカサ君出番なし……(;>_<;)
ラムちーもほぼ。
レムりんも……

スバルくんがんばれーp(^-^)q


 

 

「――――では、聞かせてもらおうか。ナツキ・スバル。この集まりの趣旨を。――――卿の口からな」

 

 

場面はカルステン家、応接室。

熟考を重ねて、練りに練った策を、明るい未来を目指す為に、今こそ見せ時だとスバルは力を入れた。

 

曲がりなりにも、英雄を目指そうと決めた時から。自分を信じて託してくれたツカサやラム、そして自分を英雄としてみてくれるレム。

 

 

強い想いがスバルの中にあるからこそ、この一貫して甘さが無い鋭い視線のクルシュを前にして、決して怖気付いたりはしない。

 

 

「そりゃ、勿論。……エミリア陣営とクルシュ陣営の、対等な条件での同盟―――その為の交渉がしたい」

 

 

隣には左右にはレムとラムが。

そして、少し後ろにはツカサが。

 

怯える必要が一体どこにあると言うのだろうか?

 

陣営最強の布陣である、と断言できる。

ここにロズワールが……、エミリアが加わればどうなるだろうか?

 

 

最早、それは陣営最強どころか、世界最強だとさえスバルは思える。

魔女教だろうが、白鯨だろうが、恐るるに足らない。

 

 

これは最初の関門である。

位置的には、最初にして最大の関門―――としていたが、一切怯む事なく、スバルは真っすぐにクルシュを見据えていた。

 

 

 

 

―――世界を、またやり直した。

 

 

 

ツカサの力で、情報収集を第一に考え、可能な限りの手札を揃えてきたつもりだ。

最初にして最大の関門。クルシュ陣営との同盟の交渉を超える為に。

 

 

「ほう。……同盟か」

 

 

クルシュは考え込むように、わずかに顎を引き、そしてレムとラムの2人を見た。

探る様な視線は、その心の奥まで見据えているかの様だ。

 

 

だが、2人は一貫としてブレる事は無い。

 

 

「ロズワール様の言いつけ通り、レムは何も申し上げていません」

「ロズワール様の言いつけ通り、ラムは何も申し上げていません」

 

 

そして、一歩レムは前に出た。

いつもシンクロしていたレムとラムの所作が、違える瞬間でもある。

しっかりとスバルの横に立つレム。本当の意味で、支える人はスバルだとレムは決めているからだ。ラムがツカサであるように。

 

 

「―――全ては、スバルくんがご自分で辿り着いたことです」

 

 

心からの言葉。敬意や尊敬の念。淀みの無い風をクルシュは見て、ゆっくりと頷いた。

 

 

「卿らの忠義を今更疑う訳ではない。だが、そうか―――此度の交渉はナツキ・スバルに権限が委譲されたと受け取って良いわけだな?」

「ああ、そうだ。―――クルシュさんにとっては意外かもしれねぇがな」

「意外? ほう―――私がそう感じた、とするその根拠は」

「クルシュさんと違って、オレは風を読んだり、見たりする事は出来ねぇ。……でも、ほんの一瞬視線が動いたのは ばっちり見えた。直ぐ後ろに控えてくれてる、最高にして最強にして、もう、何個二つ名つければ良いか解らねぇ男が、エミリア陣営最強の男が、直ぐ側に控えてんのに、何で無能なナツキ・スバルなのか、ってな」

 

 

スバルの言葉に、クルシュは一瞬だけ視線を狭めた。

数秒交差するスバルとクルシュの視線。……軈て、クルシュは目を閉じて、少しため息を吐く。

だが、クルシュの前に認めたくない、認めたくない、と表情は笑顔で。ブツブツと呪詛を呟くかのように、フェリスが青筋浮かべて言った。

 

 

「スバルきゅーん。大切な交渉の場面で、自分下げ、相手上げ、それに更にクルシュ様の心読もうとするのは、よくにゃいと思ったり? 思ったり??」

 

 

風見の加護で、相手の嘘を見抜く……つまり、心を読むも同然な所作をしてきたのはクルシュだろうに。自分たちは良くて、相手方はダメだ、と言うのは筋が通らない話だと思えるが、フェリスのそれは、感情論全開なので、ある意味理不尽に聞こえてくるのも仕方ない。

 

 

「よせ、フェリス。……私にも困ったものだな。こうも素直に暴かれると恥ずべき行為であり。ナツキ・スバル。卿をも侮辱する事に繋がる。即座に否定できなかった事もな。……私の好みの問題とはいえ、許せ」

「いえ。普通の感性だと思ってますよ。あの王城でのことを考慮すりゃ、どう考えても」

「……ならば、こちらから問おう。そこまで卿自身も認めておきながら、権限を自身に委譲された事に対し、迷いの類は無いのか?」

 

 

そこまで言った所で、後ろで控えていたツカサもゆっくりとした動きで、表情を動かし、微笑んだ。

 

 

「エミリアの一の騎士を目指す。そう心に決めた。覚悟もな。最優の騎士(ユリウス)に打ちのめされ、叩きのめされて、血反吐ぶちまけようと尚、オレの心は変わらない。心までは折られてない。いや、ギリ折られちまったかもだが、持ち直した。前より硬く、強くな。―――ルグニカの英雄は、そんなオレを認めてくれて、支えてくれるとまで言ってくれた。だから、オレの全て、命を賭けてでも、今回の一件。実りのある話し合いにしたい」

 

 

はっきりと、真っすぐ見据えるスバルの風は、実に心地よいモノだった。魂の在り方、その者の価値は、魂の在り方と輝かせ方で決まるのだと言う事を信条としているクルシュだからこそ、その輝きをはっきりと受け取った。

 

 

「……たった数日で、見違えるまでに変わるものなのだな。認識を改めなければなるまい」

「フェリちゃんも、ちょっぴりビックリ」

 

 

2人の見る目がはっきりと変わったのをスバルは見た。

 

 

「今、はっきりと認めよう。ナツキ・スバル。卿がメイザース卿の名代、並びにエミリアからの正式な使者であると。この交渉の場において、卿と私の間で交わした内容はそのまま、エミリアと私の間で交わされたものであると」

 

 

はっきりと認めてくれた事。

これは僥倖……と言えなくもない、交渉事に関しては、あまり関係のない部分でもある。

 

 

いわば、クルシュの本気をスバルはその身で味わう事になったのだから。

 

先ほどまでのクルシュとはまた一味も二味も違う。狙って威圧などしている訳ではないだろうが、今まさに明確に、これまでの私人としてではなく、公人として、クルシュ・カルステンへと意識を切り替えたのだ。

 

ルグニカで最も王座に近い女傑。これが彼女の本来の姿なのだ、と言う事だろう。

 

 

 

漸く、同じラインに立てた事を誇りに思うスバル。

 

今の今まで、これまで、後ろで背を守ってくれている男は、このクルシュを相手にしていたのだ。

漸く、本当に漸く――――1歩、いや半歩前に進めた。

 

 

「……故に、メイザース辺境伯の思惑を見抜いたのも卿である。今は風を見るまでもなく、信じるに値する」

「……それは評価が上がったようで何より。ロズワールも随分そこ意地の悪い真似してくれたもんだけどな。そもそも、あの変人がこの時期に、レムやラム、更にツカサまで期日を決めずに手放すなんて、到底思えない。人手不足は自明なのにな。……何かしら裏がある、って考えるのが自然だ。……むしろ、気づくの遅ぇ、って突っ込まれる所だよ」

「ふむ。そして当家との交渉事に行きつく、か。……だが、既に卿は聞いておろう。交渉……エリオール大森林の魔鉱石の採掘権の分譲を提示された上で、合意には至っていない、それは承知しているはずだな?」

 

 

ゆっくり、それでいて大きく頷いて見せた。

何ら迷いのない真っすぐな瞳。

ナツキ・スバルと言う男の姿を、クルシュもその目に焼き付ける。

 

 

「それは、改めてこっちも確認したかった事項だ。今の条件じゃ足りない。互いの陣営への過干渉なしに、エリオール大森林の採掘権の分譲、採掘された魔鉱石自体の取り扱いの細部は後で詰めるにしても」

「草案については、既に2人から提示されている。……流石はメイザース辺境伯、というべきだろうな。自陣の利益を十分に確保したうえで、当家を納得させられるだけの利を提示している。本来ならば、断るような事はあり得ない。直ぐに同意書を用意させたくなる条件ではある……が、私が王選の盤石を急いで進める必要はない、と感じているのも事実。期限は3年だ。あまり早急に状況を動かしてしまえば、後々に禍根を残す事になるだろう」

 

 

魔鉱石の採掘権の分譲。それは大いに利のある話だそうが、早急に決めなければならない案件である、と言う訳でもない。

クルシュは、今でこそ口には出していないが、恐らくエミリアがハーフエルフである、と言う事実も考慮している事だろう。

 

スバルをはっきりと認めたからには、そういった先入観を前に持ち出すのは悪手だと感じているからこそだ。

 

勿論、クルシュもエミリアの事をハーフエルフだから、と差別的な考えを持っている訳ではない。

 

あの王城で、王選の場で、はっきりと対立候補の1人である。敵対するに値する……全霊をもって戦うに値する相手である、と敬意を示しているからだ。

 

 

「つまり、エミリアと同盟を結ぶことのメリットが、デメリットに見合ってない、と言う事か?」

「それも少し違うな。現状メリットとデメリットは打ち消し合っている。だが、先ほども言った通り、早急と言える場面ではない。……あと一歩、こちらの背を押す口実が欲しいと言ったところだ」

 

 

クルシュ個人としては乗り気であるのは、その言葉から感じるが、事は王選絡み。慎重になるのも解る。それに加えてカルステン家、と言うのはそう簡単にクルシュの意のままに動かせる存在ではない、と言う事もあるのだろう。

 

 

だからこそ、もう一歩。

 

 

クルシュが認め、更には周りをも黙らせるに足る一押し。

ハーフエルフである、と公になっても尚、周りを黙らせるに足る最強の一手。

 

 

「―――じゃあ、クルシュさん。オレからもう1つ、差し出させてもらう」

「……ほう?」

 

 

空気が変わったのを感じた。

風が吹いているのを感じる。

 

形容しがたい風が、大きくエミリア陣営から。まるで暴風のように。

 

 

 

「―――同盟締結のために、うちから差し出せるカード。採掘権と、とある情報だ」

「情報? ……聞かせてもらおう、察するに卿の持てる最大の手である、と私は考える、その情報とやらを。……そして、それが果たして、こちらを動かせるに足る情報(もの)なのかを」

 

 

手を差し出し、スバルからの情報を待つクルシュ。

 

感じる風の正体……それを知りたいが故のはやる気持ちが、そこにある様に感じる。

 

スバルは目を閉じた。

目を閉じて、視界以外の五感でこの場にいる味方の3人を感じ取る。

 

隣にはレムが、傍にいてくれる温もりも感じる。そしてもう1つ、反対側のラムが。ぶっきらぼうではあるし、スバル自身ではなくツカサを信じろ、と言っている様にも感じるが、それはそれで助かると言うものだ。

 

最後に、直ぐ後ろで控えてくれているツカサが。

 

 

一歩、前に歩を進めたのを感じた。感じ取れた。

迷わず、躊躇わず、前へと進め。進める、と自分の背を押してくれたように思える。

 

絶対に大丈夫。

 

この瞬間の為に、準備を進めてきたのだから。

 

皆を信じる。……そして、話に乗ってくれるクルシュの事も。

 

 

 

 

 

 

「―――白鯨の出現時間と場所。それがオレの切れるカードだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

時には、ハッタリと言うのも大切だ。

如何に自分を大きく見せ、口のうまさで、それがさも真実であるように、虚実を交えて交渉事を進めるのもテクニックの1つだ。

 

 

だが、今はスバルはそう言った猪口才な小細工を弄する必要性さえ感じていない。

ただただ、皆を信じて歩を進めるだけ。差し出した手は、もうひっこめないし、ひっこめる気はさらさらない。

 

 

 

 

 

 

 

「―――白鯨」

 

 

 

 

 

 

 

そんな時だ。

スバルの言葉に一番強く、そしてあらゆる負の感情を込めながら言葉を発した男がいた。

 

今の今まで、フェリスとは違い、一言も言葉を介さず、ただただクルシュの剣であり続けた男……ヴィルヘルムである。

 

 

一瞬ではあるが、その一瞬で十分過ぎる。

前に進む、信じて進むだけを考えていた筈のラムやレム、そしてツカサまでも、警戒させる程の圧。

 

剣鬼と呼ばれる男の、身体の内側にまで抉られる、そんな剣圧を真正面から、一切隠す事なく向けられている。

 

 

そんなヴィルヘルムだったが、直ぐに圧を収めた。

首を左右に振り、深々と頭を下げる。

 

 

「……大変、失礼を致しました。私もまだまだ未熟ですな」

「いや、構わん」

 

 

ヴィルヘルムの性格上、粗相を犯したとすれば、この場より退出する、と言い出しかねないので、出鼻を挫くクルシュ。

 

と言うより、クルシュ自身も混乱の渦中にいると言っても過言ではない。表面には決して出さない様にしているが、あまりにも予想外の言葉だったからだ。

 

 

 

「白鯨とは、聊か唐突な単語が出てきたな。卿の語る白鯨とは、《霧の魔獣》こと三大魔獣の一角のことと考えていいのか?」

「ああ。霧をばらまきながら、空を泳ぐ巨大なバケモノ。……そんな相手と一戦やって見せた男がオレの傍にいるんだぜ? 今更確認するまでもねぇよ。………それに、唐突でもない、とオレは考えているぜ。……白鯨を討伐する。それを計画しているクルシュさんにとっちゃ、絶対に役立つ情報だと、オレは思っているからな!」

「………………!」

 

 

確信をもって話をしている。

逆巻く風が、沸き起こる風の全てが、ナツキ・スバルの自信の表れだと言う事がクルシュには見えた。

 

そして、それは控える一同全員に共振している事も。

 

 

「………1つ、考えを聞こう。ナツキ・スバル。その発想の根拠はなんだ? 言いがかりでは済まされない類の発言だぞ?」

 

 

 

クルシュの圧が一段と強まるのを感じた。

周りの仲間たちが居なければ、臆してしまう、屈してしまう、と思える程の圧力を。

 

弱気には決してならない。自分には不相応とも言える仲間たちが居るのだから。

 

 

「……根拠、か。ここ何日かでいくつか引っかかったんだよ。まず、クルシュさんの屋敷の出入りの多さだ。ちょっとばかし、人と物の出入りが多すぎる。加えて、クルシュさんが武器や防具を買い集めてる、って情報も王都で聞いた。――――おまけに、クルシュさんが何かでかい事を企んでる、ってことも」

 

 

繰り返したからこそ、情報を収集する事が出来る。

そして、クルシュだからこそ、これらの情報は最短にして、最高の威力を発揮する。

 

そう、彼女の風見の加護だ。

 

事細かな詳細を説明せずとも、今言ったスバルの言葉が嘘ではない、ハッタリではない、と言う事がクルシュには確認するまでもなく理解できるからだ。

 

繰り返す時間の流れ。その中でも矛盾と言うものは存在する。

 

 

何せ、今スバルが言った情報の殆どは、今日得た物ではない。数日後の事だからだ。

今の時間軸ではまだ知る事が出来ない情報も混ざっているのだ。

 

 

 

「確証がはっきりある訳じゃないんだ。……だけど、近いうちにまた、あの白鯨が現れるのを知ってるからこそ、関連づけちまってるだけかもしれねぇ」

「……ならば、もう1つ問おう。ナツキ・スバル。卿が白鯨が現れると知っている、その根拠は?」

 

 

 

クルシュのその問いは当然の事であり、十全に入念な打ち合わせをしてある。

 

それも――――あの三大魔獣の一角、巨大にして、強大な白鯨と既に接触している上で。

 

 

「これだよ」

 

 

懐から、スバルは掌サイズの金属を取り出した。

白いメタリックなボディライン、鮮やかに光り輝く物体。明らかにこの世界の者ではないと言うのが解る。

少なくとも、ルグニカ王都ではお目にかかる事が出来ない代物。

 

 

「――――これは一体なんだ?」

「いわゆる、《ミーティア》ってヤツでな。こいつが白鯨の現れる時間と場所を教えてくれる。精度に関しちゃ、信じてくれて構わねぇ。――――安く見積もってる訳じゃねぇけど、ここでも、上乗せ。この命賭けるつもりだ」

 

 

その気迫。嘘ではない事は十分解る事ではあるが、それ以上にミーティアと呼ばれた金属に興味が移っている。

 

 

「見慣れない金属のようですな……」

「ふむ………。む? 開いたぞ……」

「わっ、光ってる?? それに見たことない文字も……」

 

 

スバルの故郷の文字だそうだが、この場でそれを解読できるのは紛れもなくスバルただ一人。それは全幅の信頼をおいているツカサにも出来ない事だ。

 

 

「卿には、これが使いこなせるのか?」

「全部って、訳じゃねぇけどな。……信じてくれて良いぜ」

「……にわかには信じがたいが、嘘の風は見えないな」

「クルシュさんに、その加護がある事。今程喜ばしく思う事は無いぜ。……掛け値なしだ。だからこそオレの全てを賭けたんだ」

「その姿勢は好ましくあるが、まだまだ早計だぞ、ナツキ・スバル。―――何故なら、同盟を結ぶかどうかとその情報を信じるか信じないかは別の問題だ。事は王選の。……否、この国の未来をも左右する判断だ。軽はずみには行えまい」

 

 

 

背をこれ以上ない程に押した。

だが、それでもまだ足りなければ、最悪の場合クルシュの情にも訴える事になるかもしれないが、ツカサの事を買ってくれている面をも惜しげもなく使う事になる。

 

 

今でこそ、ナツキスバルと相対しているからこそ、ツカサの事は考えない様に話しているようだが、間違いなくスバルの情報に加えて、ツカサの存在……白鯨を単独撃退出来た者も居れば、討伐成功率が増すのは、最早クルシュが確認するまでもない周知の事実。

ツカサの存在は既に公のものになっており、ハーフエルフであるエミリアと肩を並べるとさえいえるもの。

政治利用をしようと思えば、クルシュ程の者なら幾らでも使い道を導きだすだろう。

 

好ましくないと思われるかもしれないし、当然ながら、味方にも罵声を浴びる覚悟。……いや、実際は浴びた。主にラムから。

 

でも、それでも命には代えられないから。

 

あのアーラム村の住民たちの命には……。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

『そのお話、ウチらにも聞かせてもらってもええ?』

『失礼します。出戻りとは、聊か居心地が悪いものですが』

 

 

 

 

新たな来訪者が現れた。

もう数人来る――――とクルシュには伝えていたが、人物の詳細は明かしていない。

だからこそ、その人物には驚きを隠せられない。

 

 

 

「アナスタシア・ホーシン!! ラッセル・フェロー!!」

 

 

方や、王選候補者にしてホーシン商会のトップ。

方や、ルグニカ王都商人組合の代表。

 

 

大物が一同に会す……と言っても大袈裟ではない程の集まりだ。

 

 

「なんや、呼び出されたのに先に進めてるなんてズルいやないの。ウチも混ぜたって? それに、安心してええよ。ユリウスならこぉへんから」

「……だろうな」

「あら? そこまで気にしてへんのや。こら、予想外やわぁ」

 

 

ユリウスの現状については、ツカサ経由で知っているし、ユリウスの本心も知っているつもりだ。認めるか認めないかは自分次第。

色々と濃い出来事が何度も何度もあったので、今はユリウスの事まで頭が回っていない、と言うのが本音な部分はある……が、譲れない部分があるとするなら、エミリアとの恋敵の様な視線くらいだろう。

 

 

「……呼び出されたとは、卿を呼んだのは……」

「そうやで? 正確には、ツカサ君と桃髪の女の子にやね。大まかやけど、話は聞かせてもろうたよ? 白鯨の討伐。ほんまやったら、大いに期待するわ。うちら商人にとっては白鯨がおるおらんは死活問題やし、今回の期待値は結構高いんやで?」

 

 

アナスタシアは、クルシュの方を見ていたが、視線を変えて、ツカサの方を見た。

 

 

 

「次は白鯨を落とそう、なんて力強ぉいうてた、英雄も参戦するとなれば、期待せざるをえん、ってヤツやな。うちらの傭兵団も手ェ貸すよ? これで終止符打てる。そんな場面に立ち会えるなんて、血も騒ぐもんやわ」

「……ああ、期待してくれ。つっても武力面じゃ、オレは役に立てるかというと正直難ありだが」

「そら、ウチもユリウスとやりおうとるの見とるから、解るわぁ。……でも、ツカサ君が一緒にいてはる理由、よぉ知らんけど スバル君にも、期待するで? 一応な」

「……一応かよ。……おう!」

 

 

アナスタシアは、そこまで言うと一歩引きさがり、次にラッセルが前に出た。

 

 

「私は白鯨の件もそうなのですが、エリオール大森林の魔鉱石の割譲の方に興味がありまして。もし同盟が結ばれるのであれば、クルシュ様を通じて、手付かずの魔石が王都へと流れる事になります。商業組合の代表としては、聞き逃せません」

「…………卿も、だな」

「えぇ。私は青髪の少女から話を伺いました」

 

 

 

ここに、全てのカードが出そろった。

単発でも十分効果ありの最強カードだと言って良いが、合わさって使えば、更なる進化を遂げる。

 

それを今、体現したし、体感した。

 

 

「じゃあ、改めて言うぜ。同盟を結ぶにあたって、こちらから差し出せるのは、魔鉱石の採掘権の一部と、白鯨出現の時間と場所の情報。――――つまり、長い事世界を脅かしてきた魔獣を討伐する。……討伐出来る!! その栄誉だ!!」

 

 

 

これだけ揃えば、例え相手が三大魔獣だろうと、400年もの間世界を蹂躙し続けた厄災だろうと、跳ね返せる。……目にものを見せてやれる。

 

 

確信がある。

 

 

スバルは、ツカサと違って未来がはっきりと見える様な力は持ちえないが、それでもはっきりと解る。

 

 

 

「もしも、オレの言葉が的外れで、意味がさっぱりってんなら、切り捨ててくれ。……けど、もしあんたの狙いと、オレたちの願いがかち合うのなら……白鯨を討伐しよう」

 

 

スバルは立ち上がり、手を差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

「―――ひと狩りいこうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

真っすぐに、ただ真っすぐ……スバルの目を見据えた。

今日、何度目だろうか?

 

白鯨の名を出して尚、討伐出来る事を疑ってない。一切疑ってない目をしている。

クルシュも、ツカサの事は買っているが、それでも今のナツキ・スバル程信じられるか? と問われれば、そこまでは頷けられない。

決して長い歳月ではないのは解るが、そこにははっきりとした、明確な信頼関係が築けているのが解る。

 

 

あの三大魔獣の一角を前に――――ひと狩り、か。

 

 

 

そして、何より。

ここまでナツキ・スバルと言う男は、強大な武を持つ彼を全く利用していない面にも目を見張る。

積み重ね上げ続けた論理、それは力持たざる者であったとしても、言の葉さえ扱う事が出来るのなら、考える事が出来るのなら………。

 

 

「……いくらか疑問の余地はあるが、こちらの思惑を見抜いたのは見事だった」

「……それじゃ……」

「……まだ疑問はある、疑念もある、腑に落ちない点も多く、即座に頷けない、と言える……が」

 

 

クルシュは、真っすぐにスバルの目を見返して、そして手を差し出しながら言った。

 

 

 

 

「この状況を作り出した卿の意気と、この目を信じることにしよう」

 

 

 

 

 

―――交渉が成立した瞬間だった。

 

 

 

ここに、スバルの戦い、第一部。

勝利を飾る。

 

 



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風見の加護

「お疲れ様、スバル。力抜いて良いと思うよ」

「だっはーーーー、つーかーれーたー! おう、もうしてるよ! へっとへとだから、力もどっか行っちゃったよ!」

 

ツカサが、スバルの右肩に手を触れて、2度、3度と叩いた。

スバルもそれとほぼ同時にだらしなく椅子にもたれかかる。

 

そして、その直ぐ後ろに居たラッセルも同じ労いの言葉をかけた。

 

 

「おめでとうございます。交渉は成立ですね! 何度かひやひやさせられましたが、何よりです。交渉前のお約束は確かに」

「いや、助かったよラッセルさん。約束通り、討伐が済んだら、ミーティアはあんたに譲るさ」

 

 

何処となく人の悪い笑みを浮かべるラッセル。

そこは、スバルも負けてなく、悪い笑顔で応じた。 

 

そんな2人のやり取りを見て、クルシュは察する。

 

 

「やはり根回ししていた様だな。扉の前で入る機会を窺っていたな?」

 

 

クルシュはそう言うと軽く肩を竦めた。

ラッセルやアナスタシアの情報は事前に、入念に得られたからこそだ。

言い方は悪いかもしれないが、4人で話し合い、最大限利用させて貰った。

 

勿論、悪いと思ったのは言い方だけであり、本当の意味で悪かったとは思っていない。

 

 

《交渉の秘訣はテーブルに着く前にどれだけ準備出来るかで決まる。欲しいばかりでは足りない》

 

 

以前――――今はもう無い世界でスバルがアナスタシアにご教授された言葉だ。

 

 

「いつ割り込むかはウチら任せやったけどね?」

 

 

ご教授頂けた教官は、今回に限ってはスバルに及第点を与えている様だ。今の所 低評価なコメントは頂いてないから。

 

 

「遅ぇんだよ。最後まで入ってこねぇのかと思ったよ」

「そう? あのタイミングこそ、無二だったと思うけど」

「さっすが、ツカサ君やね? まだまだ、ナツキ君には交渉事は優点はつけれへんな? 推し時を見極めれる事も、重要な点やで? 時間の猶予も考えたら、尚更な」

 

 

ウインクをして、片目を瞑って見せるアナスタシア。

その言葉を聞いて、クルシュは視線を狭めながら言った。

 

 

「待て。時間の猶予だと? ……それはつまり、限られている、と言う事か?」

「ウチも肝心なとこは聞いてないよ。たぁだ、話の進め方や、事前のツカサ君や桃髪の女の子との交渉(やり取り)で感じた程度。実際のトコ、結構切羽詰まってるのと違う?」

 

 

それは、僅かながらも話し合いで、読取られてしまった事を考えれば、やはりアナスタシアの商人としての才覚、交渉事に関する嗅覚が抜きんでていると言う事が改めて知らしめられた瞬間だった。

極めて冷静に務めたつもりだったツカサ、そして全く問題なしと思っていたラムも想定外だった様だ……が、これ以上尻尾掴まれるのも嫌気がさすので、表情には出さない様にして、軽くクルシュに頷いて見せた。

 

 

それに同盟が締結した以上、隠す事も無い。

 

 

「―――流石、アナスタシアさんだな。その通り。《ミーティア》によると、白鯨が出るのは今から約30時間後。場所は、フリューゲルの大樹。その周辺だ」

 

「30時間………」

「フリューゲルの大樹―――」

 

 

スバルの言葉に、クルシュは歯噛みし、アナスタシアはその地名に首を捻る。

 

 

つまり、白鯨を討伐出来るか否か、それは時間との勝負でもあるのだ。

 

 

「30時間以内に、リーファウス平原に討伐隊を展開し、出現した直後の白鯨を総攻撃にて仕留めなくてはならない。……そのためには」

 

 

クルシュは振り返る。

状況はしっかりと飲み込み、後は確認するだけだ。……そして、クルシュが言うまでもなく、ヴィルヘルムは頷いて見せた。

 

 

「まず討伐隊の編成ですが、これは既に数日前より滞りなく。そもそもこの王都での滞在が、白鯨の出現時期に合わせての準備です。王選開始と時機が重なった事、白鯨討伐における英雄の参戦。……全てはクルシュ様の天運ならではと思いますが」

 

 

ヴィルヘルムの言葉を聞いて、ツカサは少々苦虫をかみつぶしたかの様な表情をする。

かの老兵……剣鬼とも謡われた剣士が言う英雄。それが誰を差しての事か、流石に解るからだ。

 

その点については、誰も異議を唱えないので、特段議論に上がる事はない。

 

 

「よし! 話が早いな!? ……ん? でも白鯨の出る時期ってパターンがあるのか? 何か、間隔がヤベーんじゃ? とは思ったんだけど。兄弟があの鯨と遭遇したのだってほんの1ヶ月前の事だっつー話だし。1ヶ月単位であんなのが暴れ出すとか溜まったもんじゃねーし」

 

 

渡りに船、と喜び、そしてヴィルヘルムの答えにも驚く。

白鯨に関してはスバル自身も多少なりとも調べた。ツカサが調べた事も合わさってそれなりに知っている。

 

《霧の魔獣》の最大の脅威。それは神出鬼没である事。文字通り、霧を隠れ蓑に現れる。霧が広大で広範囲だからこそ、全長50mはあろうかと言う巨大な鯨を。

スバル自身が知る、シロナガスクジラの2倍はあろうかと言う巨躯を持つ鯨を隠し、神出鬼没な最悪の厄災、と言う魔獣へと君臨させているのだ。

 

 

「白鯨の出没する時期と場所、それを突き止めたのはヴィル爺の執念の賜物にゃの。今回、ツカサきゅんが撃退した、って話が回って、ちょ~っち落ち込んじゃったけど、また現れる可能性を捨てきらなかった事もそう。……大征伐から14年。ずっと追いかけ続けてきたからネ」

 

 

ヴィルヘルムの隣にいたフェリスがそう答える。

共に長らく居たからこそ、解る事もあると言う事だろう。肩幅の広い老人の横顔をそっと覗き込み、続けた。

 

 

「討伐隊の練度、士気は大丈夫。んでも、物資の準備不足は否めにゃいかなーー、って。クルシュ様が軍勢を率いて王都に来たにゃんてことになると、色んな所が大騒ぎになっちゃうから、こそこそ集まって貰ったしネ」

「確かに、いまだ武器や道具の準備は万全とは言えません。……が、それは我ら単独であの魔獣と雌雄を決しようとした想定での事です。……今は違う。そのために、アナスタシア様とラッセル様なのでしょう? スバル殿」

 

 

フェリスの指摘を受けて、ヴィルヘルムはスバルを見て言った。

すると、スバルはニヒルな笑みを浮かべながら肯定する。

 

 

「まぁ、こういうこともあろうかと……、って人生で一度は言いたいじゃん? ……一応、エミリア陣営(こっち)が切れるカードも最高にキレてる、って自信もあったし。ある意味では対等に観れる部分だってある、って勝手に思ってたから」

「――――あんまり持ち上げ過ぎないでくれよ? スバル。責任重大で、肩が重くなりそうだ」

「はっはっは。兄弟なら、なんのその、だろ? オレは信じてるぜ」

 

 

びっ、と親指をおったてるスバルに、苦笑いを送るツカサ、そしてラムも同じく。

主要メンバー、重要な面子が居るこの場でなければ、持ち前の毒舌でスバルをこれでもか! とノックアウトしていた所だ。

 

ある意味、それを見越した上でのスバルの発言かもしれないが……、流石は策士スバル。

 

 

そんな中、ラッセルは窓の外を手で示しながら言った。

 

 

「既に、組合には動く様呼びかけ、準備を進めております。明日の昼過ぎまでには王都の商人から必要なものをかき集めて見せましょう」

「ホーシン商会も同じく、やね。組合に所属してない、隙間狙いの商人連中との商いは任せてもらおか。そんで、ツカサくんご指名の商人の子に関しても、同じくな。時期を見てツカサ君たちのとこに向かう様指示しとくわ」

 

 

ラッセルの言葉を引き継ぎ、アナスタシアも実に力強い返事をくれる。

ある意味別件でお願いしていたツカサ指名の商人の事……当然ながら、それはオットーの事だ。かの不幸属性満載な、商人は白鯨こそ回避するかもしれないが、メイザース領にて暗躍する魔女教まで回避できるか? と問われれば正直頷けない。

 

ここ最近のループでは、王都までやってくるとなっているが、色々と状況が刻一刻と変化しているので、一概には言えない。でも、大量の油を抱えて途方に暮れてるのは間違いないから、ツカサに一縷の希望をかけて、メイザース領へ……と向かわないとも限らない。

 

 

だから、しっかりと保護をしておいてもらうのと、オットーも竜車を持つ商人だから、しっかりと役に立ってもらえる、と言う打算的な考えも勿論ながらある。

 

 

「感謝します、アナスタシアさん」

「ええよええよ。ウチかて、ナツキ君やツカサ君には感謝しとるんよ。この商機を見逃さんかったのも、君らのおかげや。商人の鉄則。何より売るなら一番はやっぱ恩。形ないし、損ないし、在庫にならんし―――何より値札が付いてへんからね。……あ、勿論ツカサ君に関しては、今後ともええ関係でやってきたいから、変な考えは持たんよ?」

「……うへぇぇ、今は味方だから良いけど、改めて聞くとマジでおっかねぇな、この商売人!! そんでもって、ツカサが、オレの大親友(マイベストフレンド)で良かった、と改めて認識中だよ」

 

 

苦笑いするツカサ、心底ほっとしているスバル。

そして、屈託のない笑みを見せるアナスタシア。

 

互いに利のある関係ではあるが、ほんの一瞬の隙で、全ての利を持っていかれてしまう―――様な危うさがそこにはあった。

 

だが、それも恐らくある程度はツカサがブレーキとなってくれる……筈なので、これまた心底ほっとする、だ。

 

 

何はともあれ、全員が上機嫌なのを横目に、クルシュは納得した顔で頷いた。

 

 

「交渉以前に道は整えていた、か。なるほど。この場において、先見と覚悟が足りていなかったのは私の方と言う訳だ。認識をまた、改める必要があるな、ナツキ・スバル。感服したぞ」

「あっははは……、オレに関しては、兄弟やレムとラムに協力による、予習復習が上手く嵌った、ってだけだよ。ぶっちゃけ心底ほっとしてるぜ、オレ。何度場所変わってくれ!! って思った事か……」

 

 

横の男(ツカサ)とチェンジ。

と言われる事。

 

それが、いつでもウェルカムだった、と言うのはスバルの心境。

 

 

「にゃははは。それは見たら解る事だネ」

 

 

フェリスは笑いにわらい、クルシュも緊張を完全に解いて自然な笑みを見せていた。

 

 

「どうだ、ラム。とりま上手くやれたんじゃね?」

「及第点には程遠いわね。まぁ、結果だけを見れば認めてあげなくもない、わ」

「流石姉様。ブレない所尊敬します。……そんで、レム? 姉様評価、認めてくれるっぽいのも頂けたし、面目は保てた、って個人的には想ってっけど、どうだ?」

「はい! さすが、スバル君は素敵です!!」

 

 

ラムの言い方はさて置き、レムのスバル推し過ぎはさて置き。

上手い具合に、2人の評価を平均すると………、紛れもないスバルの成果である、と断言する。

 

 

「胸を張って良いと思うけどね。仕事を1つ、成功させたんだ。関門1突破なんだし」

「おっ、兄弟からも加点頂きました! 報われてるよ、マジで」

 

 

ツカサの言葉にも、嬉しく笑みを見せるスバルだった。

 

 

 

そんな時だ。

 

 

「え?」

 

 

突如、ヴィルヘルムが深く、深く頭を下げた姿を見たのは。

 

 

 

「感謝を――――」

 

 

そう短く告げて、膝をついて礼の形を取った。

突然の振舞に、スバルだけでなくツカサも驚く。

 

頭の高さを明らかに一番下にして、年長者がする所作じゃない、とも思えてしまう。

 

だが、混乱した、驚いたのはスバルとツカサだけであり、他の面々はそれぞれ一定の理解を示している。

 

 

 

 

――――いや、ひとつ訂正しよう。

 

 

ツカサは思い出していた。

ヴィルヘルムについて。

 

 

初めてロズワール邸にて出会った時の威圧を受けた。

敵意の類は見えなかったが、件の気配だけは看破出来ない程の強大さだったが為に、ある程度彼について、調べてみたのだ。

 

 

すると――――以前名乗った家名とは違う家名を持つ事実に突き当たった。

 

 

そして、白鯨を追い続けている、と言う事実も知っている。

 

ならば、感謝と言う意味は直ぐに理解出来ないワケが無い。

以前、スバルが……ラインハルト(・・・・・・)に関して思う所があった事にも通じる。白鯨関連の話をしようとした時の。

 

 

 

「我が主、クルシュ・カルステン公爵へ捧げるものと同等の感謝をあなたがたに。この至らぬ我が身に、仇討の機会を与えて下さった温情に感謝を……」

「え? ええ?? それってどういう……」

 

 

スバルは混乱極まり、驚いて立ち上がった所に、ツカサがそっと手を出して、落ち着く様に示した。

口には出さない。ヴィルヘルムの言葉を待つ。

 

 

「……賢明なあなた方です。既に見抜かれておいででしょう。……改めて」

 

 

 

ヴィルヘルムは、腰から剣を鞘事外して、その剣を床に置き、その上に手を沿える最敬礼をもって最大の敬意を示し、名乗った。

 

 

「以前、名乗ったトレアスは昔の家名。……私の本当の家名はアストレア。先代の剣聖、テレシア・ヴァン・アストレアを妻に娶り、剣聖の家系の末席を汚した身。……それが私、ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアです」

 

 

息継ぎをし、ヴィルヘルムは続けた。

 

 

 

「妻を奪った憎き魔獣を討つ機を、この老体に与えて下さる温情に感謝を」

 

 

 

ヴィルヘルムが再度深々と頭を下げるのを見た後、ツカサは一歩前に出て言った。

 

 

 

 

「―――以前、今代の剣聖の彼に、最優の騎士の彼に、言っていた事があります。……《あなた方には申し訳ないが、次があるなら仕留めるつもりでいきます》と。……私も、この場に居れるこの偶然と、皆と協力を取り付く事が出来たこの幸運に感謝したい気持ちです、ヴィルヘルムさん」

 

 

 

 

先代が討たれた、と言う話は聞いていた。

騎士団の宿願であるとも聞かされた。

 

それでも、だからと言って次に遭遇し、出来る事があるなら、この瞬間も世界を苦しめている魔獣を見過ごすワケにはいかない。

彼らの気持ちを汲む事も大切な事だと思うが。

知らぬ間に、仇が討伐されたとなれば、行き場のない想いがどう出てくるか解るものではない。分別を弁えているとは思っていても、……やはり、互いに協力し合い、あの魔獣を滅する。それが最善にして最高だ。

 

 

 

 

ツカサが答えた。

王国から与えられた最高位の勲章(スカーレット・エンブレム)を有する英雄の言葉の次に、待つのはスバルの言葉。

その答えに期待する。何せ、ツカサが先に言ったのだから、相応の物を期待するのが人情と言うモノではないだろうか?

 

 

ハードル上げやがった! と思ったスバルだったが、時はすでに遅し、だ。

それに、ツカサがそんな邪な考えを持って言っていたのではない事くらいは解るので。

 

 

兎に角、勢いに任せる道を選んだ。

 

 

「も、勿論だとも! なんせ兄弟とオレ、ナツキ・スバルは一心同体! だからこそ、それ込みでクルシュさんが乗ってくると思ってたわけで!」

「ナツキ・スバル」

 

 

だが、それは悪手だ。

極めて杜撰で、幼稚な手。

 

それを思い知る結果となる。

 

 

間に割って入ったのはクルシュ。

琥珀色の瞳が泳ぐ、スバルの目をのぞき込み、小さくため息交じりに言った。

 

 

 

「嘘の風が吹いてるぞ。卿から」

 

 

 

誤魔化しきれないスバルの嘘を暴いて、《風見の加護》の力を証明。

そもそも、誤魔化すつもりがあるのか? と思える程の演技だったので、横に居たツカサが、背後に居たラムが、夫々 スバルの頭と脇腹にツッコミと言う一撃を与えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




嘘はいかんよ~~、スバル君( ´艸`)


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それぞれの欲しいもの

((ノェ`*)っ))タシタシ

(´∀`*)ポッ

(〃▽〃)ポッ

(´∀`*)ウフフ




グヘンッ!!(゜o゜(☆○=(-_- )゙オラァ‼️


「お疲れ様、ラム」

「ええ。慣れない仕事はするものじゃ無いわね。大変だったわ」

「………えぇ? 屋敷の仕事と比べたら全然……じゃない?」

 

 

 

 

 

 

―――白鯨を討つ。

 

 

 

交渉が終わり、かの魔獣の討伐の二文字が具体性を、現実性を帯びれば、当然その分関係者たちの動きは早い。

 

そんな中でも王都商業組合代表のラッセル、カララギのホーシン商会のトップ、商人たちのトップと言って良いアナスタシアが特に目立って見えるのは当然だろう。

 

 

いや、厳密に言えば目立つ行動はしていないが、適材適所の采配や最善最短の準備に掛ける号令等、とにかく人を使うのが上手く、仕事が早い。

 

 

それ程までに、下が絶大の信頼を寄せている結果なのだろうか。

 

 

 

だが、だからと言ってやる事が全くない? と言われれば……そうでは無い。

今現在進行形で忙しなく動いていて、武具やら編成やら、正直武力は持ち得ていても一個人に過ぎないツカサやスバルが、手伝える事が無い、と言う方が正しい。

 

 

だから、それとなく簡単な仕事を見つけては、ラムとこっそり行っている。

 

 

ラムは、物凄く嫌な顔をしていたが、取り合えず付き合ってくれたのだ。……今し方、クルシュに止められてしまって、取り合えず今は部屋で休んでいる最中。

 

 

 

 

「間違いなく主役、立役者の1人に、使用人がやりそうな雑用なんてやらせているのをクルシュ様が見れば、当然よ」

「ひ、人聞き悪いな。やらされてなんか無いんだけど……、そう言ったつもりだし」

「それでも、よ。侍女だって使用人だって相応に備わってる屋敷なんだから。あの子達が責任取らされる可能性だってあるのよ」

「…………な、なるほど」

 

 

いたたまれなくなるツカサ。

確かに他人の仕事を取っちゃった形になってるし、見逃してしまった、ともなれば、手を煩わせた、ともなれば……。

 

 

「大人しくしておこうか……(後で、クルシュさんに謝っておこう。オレが勝手にやった事だって)」

「それが最適解よ」

 

 

使用人の不手際は、主の不手際。

何時如何なる時においても、主の不利益になってはならないのは当然。

 

ラムは胸を張って言っていたが、どうにも裏の顔が見え透いている様でならない。

もう、寝たい、仕事したくない、と言ってる様にも見えなくもない。

 

 

―――勿論、ツカサは知っている。ラムがこんな姿を見せるのは、信頼している者、身内以外には見せない、と言う事を。

 

 

まぁ、スバルは外面が良いだけだ、と言いそうだが。

 

 

「ラム」

「なにかしら?」

 

 

椅子に座って目を閉じているラムに声を掛けたツカサ。

呼ばれたラムは目を開けて、ツカサの方を見る。

 

 

ツカサは、いつの間にやらクルルを顕現していた。

その肩の上に乗り、毛繕いをしているクルル。その恰好こそ、何か形容できる容姿ではないが、所作はまるで猫だ。

パックの真似でもしているのだろうか?

 

 

「―――絶対一緒に来る。そうだよね?」

「当然よ。……でも、足枷になるつもりも無いわ」

「冗談。オレがラムを枷なんて思うワケが無いよ。だからこそ――――ん」

 

 

ツカサはニコっ、と笑うとそのまま左手で、ラムの頭を撫でた。

それを合図に、クルルの額の紅玉が淡く紅い光を放ち、ツカサの腕を通じてラムの額へと流れ出る。

マナ移譲だ。

 

 

「んっ……、あっ………」

 

 

息を弾ませ、赤く頬を染めるラム。

肉体に活力が戻ってくる。少々期間が開いてしまった為か、その甘美な快感はこれまで以上に思えて、ラムはそのまま身を委ねた。……どうせなら、頭を撫でるのではなく、抱きしめて欲しい、と思わずにはいられないが。

少なくとも、ロズワールとの時(・・・・・・・・)はそうだったから尚更。

 

 

そんなラムの気持ちとは裏腹に、何処までもその無垢な身体は艶やかで、艶やかに、何処か妖艶さも醸し出している色気を放ち続けた。

 

 

身体こそ華奢と称される事が多いラムだったが(影で)、この時ばかりはツカサにとっては目のやり場に困る程の色気を全開に周囲にまき散らしている。

 

 

本当の意味で、2人の時でしか出来ない事であり、スバルは勿論、レムでさえ同席してもらうのは現在控えて貰っていた。

最初は一緒に居て欲しい……とツカサがレムに懇願していたのだが、ラムが許さない、と言う訳で、こういう形に落ち着いた、と言う事情もあったりするのは別の話。

 

 

そして、そんな中でもラムは思う所はある。

 

 

確かに、この白鯨戦。……留守番なんてしていられるワケが無い。だが、だからと言ってラムが一体何の役に立つのだ? とも思えてしまうのだ。

 

 

 

向かうのは白鯨の討伐。標的は白鯨。

 

白鯨が塞ぐ進路を確保し、最短でメイザース領へと向かう事。

そして村を救う為の人員を確保しなければならない。

 

故に、避けて通る事が出来る相手ではない。

 

 

 

ウルガルムの時や、魔女教の時とはまた戦いの規模が違う。

敵は果てしなく巨体であり、巨躯であり、強大なのだ。

400年間世界を跋扈し、脅かしてきた厄災の化身なのだ。

 

 

全てにおいてこれまでとは規模の違う戦いの場。

 

 

エミリア陣営の戦力はどうだろう?

 

 

ツカサは言わずもがな。

全盛期(本人談)と比べたら弱体化しているそうだが、文句なしのトップクラスの戦力として分類される事だろう。

 

レム。

彼女は水の魔法にて大規模な攻撃も可能だし、治療もする事が出来る万能性を持つ。そして鬼族たる証である角を出現させれば、ラム自身は見たくないが、紛れもなく戦力として数えられるだけの戦果を残せるだろう。

 

スバル。

一般人以下。最弱。無知蒙昧。無能使用人。

評価したらマイナス方面な言葉が息を吐くかのように出てくるが、スバルの真骨頂は武力では無く、その身体そのもの。詳細は解らないが、その内に住まうナニカが外部へと流す匂いはレムの嗅覚を刺激するだけでは飽き足らず、魔獣をも引き寄せてしまうのだ。

更に言えば、その匂いに誘われた魔獣は例外なく冷静さを失い、ただただ本能に任せて喰らおうとする知性の無い獣に成り下がる。

 

白鯨は、三大魔獣(・・)だ。

 

恐らくは、スバルのその特性を如何なく発揮すれば、相当有利に動く事が出来るだろう。

 

 

 

なら、自分(ラム)は?

 

一体、何が出来ると言うのだろう?

正直、納得しているとはいえ、掛けがえの無い妹を救えたから、と納得しているとはいえ、随分久しぶりに、ツノナシである事を悔いた。

 

ツカサからマナを、魔法を譲渡されて、それを扱う事だって出来るが、云わば借りもので戦ってる様なものだ。……貸し借り無し、十全のツカサに任せた方が……。

 

頭でそう思っていても、行動が伴わない。

スバルとは違った意味で、ツカサは見ていないといけないタイプの男だから。

 

でも、それはラムの我儘で――――。

 

 

「精神的に、ラムが必要って言ってるだけじゃないからね?」

「んっ、っぁ………っ、え?」

「ふふ。ラムの考えが読めたよ。こうやって接しているからかな? いつも以上に理解する事が出来た気がする。……ラムは中々表情に出さないから、嬉しいよ。とても」

「……ツカサの、前では、んっ……。違う、気も……するけど」

 

 

ラムは、頭に置かれたツカサの手を握り、そのまま自身の頬をへと誘った。

大きな手。……いや、そこまで実物は大きくは無いかもしれないが、今のラムにとっては全てから護ってくれる大きな大きな手だ。

 

 

「ん。それはそれで光栄だね。……ラム。色々と考えてるみたいだけど、断言するから。ラムは足枷なんかじゃない。紛れもない戦力だ。その理由も勿論話すよ」

 

 

ツカサは、空いた方の手で直ぐ横に備え付けられている机を借り、羽ペンと紙を使って、絵を描いた。

 

 

簡素なものではあるが、ツカサ自身の簡単な絵と、その体内にあるマナの様子、そしてラムの絵。

クルルも次いでに書いて、譲渡している光景も一応描いた。

 

 

「オレの身体の中にあるエネルギー(マナ)総量を10として、ゲートを通じて外に出せる最大出力を2とする。オレから発せられる魔法はどう頑張っても2が最大値だから、そこにクルルを通じて譲渡したラムが揃えばどうなるか。ラムのゲートから放たれる魔法も2とすれば、オレの2と合わさって、単純計算で倍の力になる。マナ総量は確かに渡した分減少はするけど、その分効率は遥かに良い。……力の分譲だよ。使い方次第では、2倍にも3倍にもなるかもしれない。信頼しているからこそ。だから、ラムが足枷なんて考えられないよ」

 

 

さらさら、と紙とペンを走らせて、時折〇も記入して、その絵と説明をされたラム。

この甘美な感覚の中でも、しっかりと頭の中に居れた。

嬉しかった。愛おしかった。本当に心から。

 

でも、それを直ぐに表に出したりはしない。

 

 

「………」

「わかったかな? あんまり説明するの得意じゃないんだけど……」

「え、ええっ、んっ……、わかったわ。…ツカサは、絵がヘタクソだって、こと……んっ」

「そこっ!? それは申し訳ないね!! オレ、スバルみたいに器用な真似できないみたいで!!」

 

 

まさかの絵の駄目だしをされるとは思ってなかったツカサ。思わず突っ込んでしまっていたが、ラムはただただ笑っていた。

 

 

 

「んっ……、愛の、力……んっ、とか、言って欲しかったり、する……もの、よ。……大好き、な。人……の前、なんだから。女は、それを……第一に、望むも、の」

 

 

 

艶やかで、蕩けそうな瞳を向けてくるラム。

ツカサはドキンッ、と心臓が強く高鳴った。

 

 

 

「勿論。……でも、ラムに しっかりと説明しておかないと、精神面だけじゃなくて、本当の意味で大丈夫なんだ、って事を説明しておかないと、苦戦した時、自分を責めそうだからさ? それにラムだって凄く優しいから」

 

 

ツカサはそう言うと右手をラムの頬に添えた。

両手で両頬を沿える。

ラムの頬はとても柔らかく、癖になってしまいそうな心地良さがある。

 

 

「っ………」

 

 

ラムの眼前に、顔を仄かに赤くさせたツカサが居る。

手を通じて解る。ツカサの心臓は激しく鼓動をしている、と言う事が。注がれるマナと共に、ツカサの事が伝わってきて、これ以上ない快楽を齎してくれた。

 

そして、ツカサは 朗らかに笑うと、意を決する。

淡い光がラムの頬から、角の傷跡に注がれていく。一番艶やかに輝きを見せる額に、ツカサはそっと口づけを施した。

 

 

「ラムがツノナシ? 鬼族としての力が出せない? ………そんなの関係ないよ。力が無くなってしまったなら、その分オレが支えるんだ。だから その………、一緒になる(・・・・・)って、そう言う、事……でしょ?」

 

 

自分が今し方行った事。

自分が今し方交わした言動。

 

 

それらを頭の中で何度も再生されているのだろう、ツカサは笑っていた顔が完全に照れ笑いへと変化して、明後日の方向へ視線を向けていた。

 

 

ラムは一体何回覆されるのか、上回るのか、この甘美さは……と悶えそうになったのだが、ツカサの所作を見て、我に返った。

 

不意を突かれてしまったのだから、ラムも同じくそうしよう。

 

 

「子供じゃないのよ。……ツカサ。それで(・・・)満足できる訳がないわ」

 

 

いまだ流れる快感に、負ける事なくしっかりとツカサの姿を捕らえる。

潤んだ瞳で、ぼやけていたツカサの素顔を、しっかりと目に焼き付ける。

 

 

 

そして、ツカサが《どういう事?》と聞き返す為に、ラムの方へと視線を向けたのを確認した瞬間、ラムはツカサの唇を自身の唇で覆った。

 

 

 

触れた瞬間から、完全に固まるツカサ。世界が完全に止まった感覚。まるで時の狭間? にいるかの様。

 

そして ラムは、ツカサのそれに構う事なく心行くまで堪能する。

この世の物とは思えない程の柔らかさ、(レム)のソレとはまた種類が全然違う愛しさを。

 

 

この世の快楽の全てがそこに凝縮している、と言っても過言ではない甘美を、ラムは口で成就する。……し続ける。

 

 

唇を動かし、挟み込み、軈て舌を持って、ツカサの中へと侵入する。

全てが欲しい、もっと欲しい、と言わんばかりに。

 

 

そして、一瞬だったのか、長い時間だったのか、ラムにもツカサにも解らなかったが、一先ず息継ぎの為に、一時離れたラムはツカサの顔をしっかり見た。

 

何が起きたのか、まだ解っていない様子だ。

 

 

 

 

「女が、……ラムが欲してるものは何なのか。……しっかり覚えておいてね、ツカサ」

 

 

 

ラムはそう言うと、己もツカサに負けない位頬を紅く染め上げながら……再び甘美を堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな大人な空間にラムとツカサが居た頃。

 

一方スバルは――――。

 

 

 

「やっぱ、スゲー数だよな……、それに竜車の数もパネぇ。どおりで屋敷に戻る足の確保にてこずった訳だ。……更にいや、こんな状況でも竜車かしてくれるクルシュさんの懐の深さに脱帽」

 

 

人の流れの多さ、それに比例するかのように運び込まれる竜車。

以前、どうにかロズワール邸へ、メイザース領へと帰還する為に、と長距離用竜車を模索したりしていたのだが、どう頑張っても無理だったのは、こういう理由からなのだ、と言う事を改めて理解した。

 

 

「あれれ~~? スバルきゅん、こんなとこいたの?」

「おぅ……フェリス!」

「ツカサきゅんやラムちゃんはもう部屋に戻っていったよ? まだ寝ないの?」

「そんなワケ行くかよ。ってか、兄弟の性質上、のこのこと部屋に戻るなんて考えられないんですが?」

 

 

ツカサが部屋に戻った、と言う話を聞いてにわかに信じがたい様で、訝しむスバル。

そんなスバルにフェリスは笑って答えた。

 

 

「ツカサきゅんも同じだよんっ。色々手伝おうとしてた。でも出来る事って正直限られてる。こればっかりは長く準備してきた間柄、昨日今日の関係じゃどうも賄いきれないからネ。それでも色々とやりだしちゃって――――、英雄様に雑用紛いな事させちゃってたからさ? クルシュ様直々に、止めて~~ って」

「おう……、目に浮かぶよ、その光景」

 

 

ツカサはツカサで頑張って? る。

でも、自分は今の所なにも出来てない。

白鯨に関してもツカサ頼りな面があり過ぎるのは否定できない。

 

 

「だからって、戦闘面じゃからっきしだし、ツカサに頼ってばっかのオレまで寝ちまうワケにはいかねーよ。……それに皆の姿見てたら」

「しょーがにゃいの。今から30時間、リーファウス街道、ってなったら、こーなっちゃう。のは。移動の時間とか考えてもギリギリだし、当然必然! ……それにスバルきゅんだって気付いてるんじゃにゃいの?」

 

 

フェリスに促されるまま、スバルは再び準備に忙しなく勤しんでいる皆の方を見た。

 

 

「……嫌々準備している人なんて、1人もいにゃい。千載一遇のチャンス、って舞い込んだこの機会、皆喜んでいる。白鯨討伐は、皆の悲願だから。―――特に、ヴィル爺にとってはね」

 

 

視界の中に、準備する者たちの中に、ヴィルヘルムの姿もあった。

丹念に、入念に、剣を、その刃の冴えを確認している様子。一本一本手を抜く事なく入念に。

 

剣の鬼は、剣そのものに認められて初めて成す者なのか、とスバルは思えた。

 

そして、それ以上に思うのは……。

 

 

「そう、だったよな。奥さんを……」

「うん。14年前に白鯨にやられた先代の剣聖。あの時からずっとヴィル爺は追いかけ続けてきたから。《霧》を掴むみたいに、先が見えない中。ずっと記録に残った白鯨の出現場所や時期、天候。全部ひっくるめて、法則性まで掴んで、漸く―――にゃの」

 

 

その話を聞いて、如何に大変な事なのか、如何に無念だったのかが解る。

スバルやツカサ、自分達は時を遡る事が出来るからこそ、最善にして最適な未来を模索する事が出来る。……だが、それはあまりに危険をはらんだ最強の力だ。

 

ある意味、中立的な存在であるスバルやツカサだからこそ、持って良い力とさえ思える。

 

現在はエミリアにぞっこんだから、中立かと言われれば、正直首を左右に振るが、少なくとも私利私欲の為に力を使ったりしない。誰かを貶める為に、力を使ったりしない。

 

 

自分の尺度にはなるかもしれないが、間違った力の使い方をしたりする様な男じゃない、と言う事はスバルでもわかるから。

 

 

「でね? スバルきゅん。あの場で、ヴィル爺が頭を下げてたけど、本当にこれ以上ない位、本当の意味でクルシュ様と同等の感謝、にゃんだよ?」

「へ? それってどういう……?」

 

 

どうやら、《主クルシュと同等の感謝》と言う言葉はヴィルヘルムから貰ったが、その言葉にはスバルには解らない程の重みが備わっているらしい。

フェリスは何処か遠く―――ヴィルヘルムを見つつ、更にその先……否、彼の過去を想い馳せながら、続けた。

 

 

「ヴィル爺が血眼になってかき集めて検証をもした情報をもってしても、誰も聞き入れようとしにゃかったんだ。大征伐の爪痕は王国に根深く残っててね。王座が空位になった時期も、ヴィル爺に味方しなかった。白鯨と戦う気概も、白鯨に気を向ける余裕も誰も無くて。・・…支援者を募る事もできなくなって、ヴィル爺の心境はきっと絶望的だったと思う」

 

 

仇を討とうと願っても、その戦いにすら辿り着く事が出来ない。

かと言って闇雲で戦っても無駄死にするだけだ。本懐は決して遂げられないだろう。

 

その無力感、スバルも覚えがある。

 

自分は周りに恵まれたから。……仲間たちに恵まれたからこそ、今こうやって地に足を付けて立つ事が出来るが、14年間……ともなると、想像すらできない。

 

弱さは罪。……その罪は決して自由にしてくれない。逃してくれないものだから。

 

 

「何もかも捨てて、1人で白鯨に挑む事も考えてたみたいだネ。勝てないより、戦えない方が恥だと思うって。―――ほんっと、男ってバカみたい。ヴィル爺の奥さんだって、きっとそんな事望んじゃいないだろうにさ」

「――――そう、ですね」

 

 

そんな時だ。少しの間、スバルから離れていたレムが戻ってきて、スバルの代わりに相槌を打った。

 

そして胸に手を当てながら、断言する様に呟く。

 

 

「愛した人には、レムはずっと元気でいて欲しいです。……ツカサ君には、《残された人の辛さを知っているか?》と怒られてしまいましたが、それでも……レムは考えてしまいます。たとえレムがいなくなっても、と。……レムのことは笑顔で思い出してほしいって」

「馬鹿。思い出になる話をするのは、早過ぎるだろうがよ。……ぜってーーー大丈夫だ。大丈夫、なんだ」

 

 

感傷的なレムの言葉に溜まらずスバルは言い返した。

軽く小突き、そして掌で撫でる。

 

それだけで、それだけでも、レムは全て報われる想いだ。

 

今の姉から感じられる幸せを、それをレムも得る事が出来た、と思えた。

 

 

「では、フェリス様。そのヴィルヘルム様に声をおかけになったのが、クルシュ様なのですね」

「クルシュ様は本当に大変にお優しい方だから。絶望して悲嘆して、誰もが見向きもしなくなったような相手にも、手を差し伸べてしまう。大切な誰かのために、何かしようって人のことなら――――」

 

 

更に更に遠くを見る様に空を見上げるフェリス。

その先に居るのは、今はもうどこにもいない、ある御方の姿で――――――――。

 

 

 

儚く消え入りそうな表情をしていたフェリスだったが、直ぐに普段通りに戻って舌を出した。

 

 

 

「はーい、お話おしまい! 長々と話したけど、結局にゃにが言いたいかと言うと、スバルきゅんに出来る事はにゃーんにもにゃいんだから、さっさと寝る事! ほれほれ、空いてる仕事と言えば、物資の手配とか、部隊の編成にゃよ? できる?? できる???」

「うっがーーー、なんだよ! シリアスモードに加えて、感傷的な場面でもあった筈なのに、突然の返し手!! はいはい、ご想像通りなーーんもできねーよ!! ストレート言うな! 言わすな!!」

「にゃっはっははははっ!!」

 

 

最後の最後は、ご機嫌のままに、フェリスは戻っていった。

 

 

「ったく……」

「フェリス様、良い具合にスバル君を緊張を解してくださったみたいですね」

「そーか? ぐっちゃぐちゃに引っ掻き回された気がしてならないんだが……」

 

 

ちらり、とレムを見た。

その顔は仄かにではあるが、赤く染まっている。

 

 

頭撫でた位で、こうも気に入って貰えるのか、と。

 

 

「(そーいや、以前酒飲んでた時も、撫でたらネコみたいによろこんでたっけ……)」

 

 

スバルは、少し考えた後、レムの頭をまた撫でた。

 

 

「ひゃっ、スバルくんっ!?」

「レムもあんがとな? 色々考えてくれて。……目指せ英雄、って解ってんだけどまぁ、どうにもこうにも、オレにゃまだまだ遠すぎてゴールが全く見えてねーのが辛いトコだ」

 

 

レムの柔らかい髪質。温もりを感じつつ、撫でるスバル。

レムはレムで、紅潮していた頬を更に赤く染め上げていた。

 

 

「(レムがして欲しいことは……。レムが欲しいものは……。姉様………、やっぱりレム()幸せ者です)」

 

 

 

ほんの少しだが、ラムの感覚がレムに共感覚として伝わった。

後は意図的に、レムは感覚を遮断している。

ラムが感じている(幸せ)は、ラムだけのものだとレムは想っているから。

 

 

そして、今―――レムも幸せを感じる事が出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鯨討伐に向けて。

 

鬼姉妹、エネルギーチャージ完了、である。

 



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白鯨攻略へ

クルシュさん素敵デスヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


 

 

 

翌日、白鯨討伐までのタイムリミット―――17時間半。

 

 

「さ、クルシュ様からのご指示だから。この中から好きな子選んで良いよ。後スバルきゅんだけだから」

「えぇ……、好きな子っていきなり言われてもよぉ」

 

 

早朝、冷たい風がクルシュ邸にて吹き荒れる。

もう直ぐ始まるであろう激戦の前ぶれかの様に、反比例した冷気が身体を包み込む。

 

そのおかげで、スバルも寝坊せずに済んだと言って良いのだが、現在少々頭を悩ます案件が発生中。

 

眼前にて《好きな子選べ》と言われている地竜。ずらりと並んでおり、途方に暮れていたのである。

 

 

因みにフェリスは、スバルの答えに不満だったようで、頬を膨らませて抗議。

 

 

「にゃにさ! せっかくのクルシュ様のご温情なのに、気に入らないって言うの! スバルきゅんは、ちょっとはツカサきゅん見習った方が良いよ! ツカサきゅんなんて、二つ返事にはお礼。感謝しながら選んでたんにゃからね!」

「フェリス様。バルスに、ツカサを見習わせると言うのは到底荷が重い……と言うより、到達不可能である、と存じ上げます」

「地竜選ぶ事さえ、オレは出来ないってのかよっ!? 違う違う! 選ぶ事くらい出来るっつーの! ただ、地竜の善し悪しなんて、ぶっちゃけわかんねぇ、っつったの! 地竜一筋十数年のベテランにでも見えるか? オレが」

 

 

周りの雑音、罵倒を一蹴しながら、スバルは並んでいる地竜に目を向けた。

因みに、さっさと選んだツカサも、苦笑いしながら直ぐ傍にいるから、聞いてみる。

 

 

「兄弟は、どーやって、選んだの? 血統書でもあったのか?」

「うん? ……敢えて言うとすれば、直感……かな? 地竜の方もオレを気に入ってくれたみたいだから、そっち方面も意識したよ。命を預けると言っても良い相手だし」

「へぇへぇ、出来る男は、地竜にも好かれるのか、ってな。そーいや、オットーも似たような事言ってたなぁ……」

「喧しい! 変な事覚えてないで、スバルもさっさと決める」

「わーってるわーーってるって!」

 

 

ぼちぼち、と地竜を眺め続ける。

そんなこんなで、暫く見ていると、フェリスが再び茶々入れてきた。

 

 

「そーにゃそーにゃ、ツカサきゅんの言う通り、直感が一番! 命預ける子だってのも本当にゃし? もし、死んじゃったりする事考えると、フェリちゃん恨まれたくないから余計な口出ししたくにゃーい!」

「って、おい!! やめろやめろ! 変なフラグ立てんな! 誰が死んでやるか!」

「バルスが死にそうになったら、ラムが死ぬ手前まで殺すから安心なさい」

「1mmも安心出来ねぇよ! 死人に鞭か! 追い打ちとかカンベンしてくれ!」

 

 

ラムは有言実行する事だろう。

間違いなく、あの時の狭間でフルコースを受けてしまいそうだ。

 

如何に痛めつけても死なない次元が違う空間では、死ぬ心配こそ無いが……恐怖と言うモノは魂にまで刻みつけられてくるので、安心などは出来ない。ラムの見た通り鬼の形相での攻撃。レムも庇ってくれるが、本当の意味で死んだりしないし、大丈夫だと言う事は解っているので、そこまで本気で止めたりしてくれないのだ。

 

 

だが、だからこそ良いとも思える。

スバルが言った様に、死ぬつもりは毛頭ない。自分が死ねばどうなるか知っているから。絶対に死ぬつもりは無い。

 

 

良い気付けになる、と言うものだ。

 

 

だが、だからと言って地竜選びが順調に捗るかと問われればそう言う訳でもない様だ。

 

 

「う~~ん、どれ見ても恰好良い、って感想しか出てこない件。レムはどうだ?」

 

 

スバルの問いに先ほどからずっと傍にいてくれる、良い意味でも悪い意味でも自分を肯定してくれるレムに視線を向けた。

 

レムは、直ぐ傍にいる地竜の首を撫でてやりながら答える。

 

 

「そうですね。レムの場合、大抵の地竜はどっちが上なのか、ちゃんと教えてあげれば言う事を聞いてくれるので、あまり地竜の違いに拘った事がなくて……」

「なるほどなるほど。流石レム。ラムも似た様な解答だった。この辺は姉妹共々似てるんだな。スパルタ方針。……ええと、どうすっかな」

 

 

レムに撫でられた地竜が、まるで服従を示す様に地面にペタリと座り込む。

あの一瞬で調教?? とは考えにくい。

 

恐らくは、本能的に悟ったのだろう。……生物的な格の違い。鬼族と言うモノの位の高さが解ると言うものだ。

 

正直、一般人以下な戦闘力しか持てず、他力本願、魔法も他力本願一直線なスバルでは参考に出来ない。

 

 

「ん~~~………ん?」

 

 

そんなこんなで、並ぶ地竜を見て回るスバルの足が止まった。

 

 

「お前……ひょっとしてあの時の……?」

 

 

 

それは、王都へと向かう時の地竜。

地竜は確かに似たような姿をしているが、それでも一個体ずつに特徴がやや違ってくる。足を止め、マジマジと姿を確認してみれば一目瞭然だ。

 

漆黒の肌をした美しい―――とも思える地竜。

 

鋭く黄色の瞳が、真っ直ぐ自身を見据えてくる。

 

 

「――――」

 

 

決して逸らせない。真っ直ぐ見てくるその視線にスバルは他の地竜には無いものを感じた。

 

 

そして、自然とスバルは手を伸ばす。

地竜に触れるか触れないかの刹那。

 

地竜の方が鼻先を擦り付ける所作をした。

 

 

「驚いたわ。バルスが食いちぎられるか、蹴っ飛ばされるのが見物だと思っていたのだけど」

「……うーん、血生臭いよ? ラム。……最初から想ってたけど、朝からキツイよね、スバルに対して」

「そう? ラムは昨夜の事なんか気にしてないわ。アッと言う間に意識を手放したツカサの事なんか気にしてない。ええ、気にしてないのよ」

「ぅぅ………、そ、それはほんと、なんて言ったら……、お、オレ初めてで………ごめん」

「だから、気にしてないわ」

 

 

 

昨夜の事を気にしてない、と言いつつ、明らかに気にしているラム。

その一連のやり取り、他に聞かれてなくて良かった……と肩を落とすツカサ。皆スバルの方に集中していた様だから。

 

 

因みに、昨夜……。ラムの先制攻撃? な大人な接吻(でぃ~ぷ・きす)を受けたツカサだったが、最初こそは目が蕩けて、受け入れようとしていたのだが………、ラムが身体を密着させた事、抱きしめた事。色々と―――柔らかかった事。最後には衣服が開けた事も合わさり……、完全に頭がオーバーヒートしてしまって、真っ赤になって気を失ってしまったのだ。

 

 

男としての見せどころな筈なのだが、とラムは呆気にとられたのは言うまでもない。

ラムへのマナ移譲はクルルがしっかり引き継いでるので、問題なかったが、ラムにしてみれば、寸前の所でお預けを喰らった気分。

その気絶した身体に色々と悪戯(・・)はしっかりしたのである。

 

 

口では色々と言ってるラムだが、心底楽しんでる様子は垣間見えるので、ある意味大丈夫だろう。マナも満ちている。精神力も向上し振り切っている。完璧だ。

 

 

だが、この件の事で今後かなり弄られてしまうのは仕方ない事である。

 

 

それは兎も角、他のメンバー、特にレムはラムと同じくスバルに対して驚きの声を上げた。

 

 

「……驚きました。この地竜、気位が高い事で有名な種類だと思ったんですけど……、スバル君の身体が飛ばされるか、もしくは手を食べられちゃうんじゃないか、って」

「えええ!? マジ!??」

「マジ、本当の意。マジです」

「……ちょっと今のはオレの不用意だった!!」

 

 

本当の意味では、心配までしていない様に思えていた。

あの一瞬だが、確かに波長が合った。ツカサが言っていたのはこの事なのだろうか、とスバルは思いながら決める。―――命を預ける相手に。

 

 

 

「よっしゃ、フェリス。こいつにする。一目惚れだ」

「はいはーーい、後、一目惚れとかいわなーい。レムちゃんが拗ねるからネ」

「別に拗ねてませんよ。ちゃんと仲良くします。……出来ます!」

 

 

確かめる様に言葉を重ねる辺り、レムの事が心配になるが、大丈夫よ、とラムは口ずさんだ。

 

 

 

バチバチバチッッ‼ と地竜と(レム)の間で、目に見えないバトルが繰り広げられている様だが、それでも大丈夫だ、と。

 

 

 

 

「レムの圧に屈しない所を見ると、……あの地竜がバルスを気に入ったのは間違いない様ね。……全く。何処が良いのかしら? さっぱり解らないわ」

「好いた惚れたは個人の自由だよ、ラム。だから、オレも自由にしてる。……昨日は情けなかったかもだけど、全部終えたら……頑張るから」

「………当然ね。ラムが好きになったツカサだもの」 

 

 

肩に手をやるツカサ。その手をそっと掴むラム。

 

この道のりは安易なモノじゃない。果てしなく厳しく険しい道のり。

だが、必ず超えられると信じている。

 

 

 

―――あの白鯨を、如何に400年もの間、世界を苦しめ続けた厄災と言えど、必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルシュ邸にて。

 

白鯨攻略戦に向けて、続々と討伐隊に組み込まれている人員が集まり始めている。

この中の全員が歴戦の猛者―――と思えばスバルも生唾を呑みこむ思いだ。士気も相応に有り、腕もそう。……直接的にと言えば、エルザ、ヴィルヘルム、そしてユリウスとしか手合わせしていないが、それでも解る事は解る。

 

 

逆に言えば、これだけの戦線をかき集めなければならない程の相手と戦うのだ、と改めて実感した。

白鯨にも直に接した事があるが、あれも掛け値なしにバケモノだ。

 

 

だが、止まる訳にはいかない。

エミリアを、皆を助ける為に。

 

 

 

―――武者震いとはまた違う震えを一喝する様に、スバルは両頬を挟み叩き、前を見ようとしたその時だ。

 

 

「うおっっ!」

 

 

突然、頭に強烈な重みが加わった。

 

 

「よぉ、兄ちゃん! お嬢から話は聞いとるわ! 兄ちゃんが今日の鯨狩りの立役者の1人なんやろ!?今日はワイらも鯨狩りに混ぜて貰うリカード言うんや! よろしゅうな!」

 

 

衝撃に加えて大音量がスバルの耳に叩きこまれる。

 

 

「って、うるせえし声がでけぇし、頭捥げんだろうが! っと、その屋号にカララギ弁の獣人。って事はアナスタシアの?」

「なんや! 兄ちゃん声小さいで! 何言うたか聞こえへんぞ!?」

「だから、うるせえよ!! 何喰って育つとそんなでかくなるんだ! あんた、何族だよ!」

 

 

唐突に始まったスバルとリカードの漫才。

いつもは、陰ながら諫めてくれたりするツカサが居ない分、割とハイペースである。

 

 

「見りゃわかるやろ? コボルトやないかい! 犬人族がコボルト以外におるか!?」

「へぇ、コボルト………、嘘だろ、絶対それ!?」

 

 

スバルの中にある常識? は日々欠落し、崩落していくものである。

イメージするのは、犬の顔をした小人。体格が断然違う。もう、自分自身の常識に当てはめない、と一体何度目になるだろうか、そう思い直すスバル。

 

 

「そっちの嬢ちゃんもよろしゅうな!」

「はい、リカード様。ご丁寧にありがとうございます。レムと申します」

 

 

リカードの挨拶に、心の準備が出来ていたであろうレムは、丁寧に名乗りを返した。

 

そのやり取りを横目にしていると………ふと目があう。

ニヤニヤ、とイヤらしい目をした笑みだ。

だから、スバルもぶっきらぼうな表情で返すが、何処吹く風。

 

 

「あかんでー、ナツキくん。リカードは都合の悪い事は聞こえん耳の持ち主やし、うまぁく付き合うコツは、そない不用意に近づかんこと、若しくはちゃ~~んと、回避できるだけの体術備えとくこと、やね? やぁ、ナツキ君も笑わしてもろたけど、ツカサ君も違う意味で笑わせてもらったわぁ」

「遭遇前に教えて欲しかったよ、それ! 兄弟はまぁ、当然! って感じだな。………」

 

 

もしかしたら、ここでも時間跳躍を使ったのかな? とスバルは訝しむ。

変な所で体力使ってどーすんだ、とも思えたが、人並み以上に体力が劣る自分が突っ込んだ所で意味ないので、深く追求する事は止めた。

 

 

「おお!! お嬢っ!」

「ぐわわっっっ!! 次いでみたいに人の頭ぐりぐりかき回すな! 首が捥げるだろ、馬鹿力!!」

 

 

アナスタシアの登場に、リカードのテンションは割り増しになったのか、再びスバルの頭を鷲掴みにして、ガクガクと、揺らす。……揺らした意味が解らないが、なんにせよ、不当な暴力の様なものだと言う事は即座に理解。

 

 

「あ、あぶねぇあぶねぇ……、決戦前に味方からの攻撃? で死ぬとかシャレになんねぇよ、いや、マジで。……ラムちー姉様にも やられちまうとこだったよ」

「なんや、大袈裟やなぁ。仲良ぉやろて言うてるだけやんなぁ」

「その仲良くに国民性の違いがあるってんだよ。カララギの人ってみんなこうなの?」

「そんなわけないやん。リカードが特別。ウチ見てたら上品でお淑やかな国風が見て取れるんと違う? ん??」

 

 

リカードと並ぶアナスタシア。

確かに比べてみると、違う事は違うが、いけしゃあしゃあと……と思ってしまうのは無理ない事。

 

 

と言う訳で、見本である、と言わしめるレムを前に押し出した。

 

 

 

「いいか? 真にお淑やかってのはレムみたいなのを言うんだ。見ろ、この雅やかさを! 因みに、ラムちー姉様は見なくて良し。毒舌本日も決まってっから」

「そんな……可愛いだなんて、照れてしまいます」

「んふっふっふ―――って、いだぁぁっ!?」

 

 

突然、背後より後頭部に痛みが走った。

一体どこから取り出したのか、持ち出したのか、銀製のトレーにてスバルの脳天は打ち付けられている。

 

 

「いまだ寝惚けている様だから、喝を入れてあげたわ。ラムに感謝する事ね」

「あはははは。リカードにスバルもやられたかぁ。……うんうん。予想通りと言えばそうかな?」

 

 

いつの間にやら、合流を果たしたツカサとラム。

 

スバルは正直、意識外からの一撃なので、相応に答えたのか、両手で頭を摩りながらしゃがみ込む。

 

 

「ツッコミ強過ぎるよ、姉様!!」

「ハッ。違うわ。ここは戦いの前の良い気付けになった、と咽び喜ぶ所よ」

 

 

「んっん―――、ほんま、あの子は羨ましい人らに囲まれてんなぁ、……ウチとしては、正直悔しくも有るんやけど」

 

 

レムにスバル、そしてラムにツカサ。

商人として、数多の出会いと別れを経験し、その目を養ってきたつもりではあるが、それをしても底が見えないと言わしめる面子だ。

 

それが、まさか――――王選の中でも一際異彩を放つハーフエルフ、エミリア陣営に集まっているのだから。

 

 

スバルは、どう転んでもエミリアの傍を離れないだろう。

ツカサは、エミリアに対してはスバル程の執着があるとは思えないが、メイドの2人、その姉については特別な情を感じるので、恐らく同じく離れない。

 

 

ほんのちょっとの期間でエミリアの元に集ったのか、ロズワールの隠し玉なのか……。

 

 

「まぁ、恩を売れたって事でよし、としとくかな。今んとこは」

 

 

 

アナスタシアはそう言うと、改めて笑うのだった。

 

 

 

 

「―――その様子を見ると、顔合わせは済んでいる様だな」

 

 

 

と、珍妙な集まり、とも言える面子の中、クルシュも姿を現した。

 

その姿は、普段の男装めいた礼服ではなく、装飾を極端に減らした鎧姿。

動きやすさを重視した、彼女の兵装は それだけでも戦闘スタイルがどのようなモノなのか、解る感じがする。目にも止まらぬ動きで敵を薙ぎ倒していく……様な姿がスバルの脳裏にはあった。

 

 

 

「なるほど。話には聞いていたが、噂以上の兵だな。卿がアナスタシア・ホーシンが誇る懐刀、《鉄の牙》の団長か」

「あくまで雇われ、ですわ。クルシュ・カルステンさんやろ? 噂と話は外とお嬢に聞かされ執ったけど、実物はこれまた………、傑物やな! これは王選、しんどいんとちゃうか、お嬢!?」

「やーかーら、こうやって恩とか売りつけとるとこやないの。値札にいっくらつけて貰えるんか、リカードの仕事ぶり次第なんやからしっかりしぃや!」

「がはははは‼ そらそーやな!!」

 

 

アナスタシアとリカードとの間には、相応の絆の様なものが見て取れる。

クルシュで言うフェリス、と言った感じだろうか。……ユリウスには申し訳ないが、商人としての顔は完全に息を潜め、歳相応、見た目相応の少女らしい雰囲気が垣間見える。

 

 

 

「―――スバルも、エミリアさんとしっかり仲直りしとかんと、いかんよ?」

「っっ、わ、わーってるよ! ってか、突然変な鈍り入れてくるんじゃないよ、まったく。似合ってねえし、その関西……カララギ弁!」

「あ、いや、失敬……。リカードと長々と話をしてたら、ちょっと写っちゃってた」

 

 

 

ツカサはごほんごほん、と咳払いをした。

 

 

「兄弟は、リカード(アレ)回避したって言ってたけど、気配でも感じたか? それか、やっぱアレ(・・)でも使った?」

「ん~、今回は気配の方かな。風の魔法を色々と試してみたりしてたら、彼が引っかかった。……白鯨以外にも、厄介な()を使うヤツが居るから、色々と人込みの中で実験を」

「なーる。……って、実験て、何か物騒だな」

「変な事はしてないよ? 当たり前だけど」

 

 

これから共に戦う仲間である人達に変な事をするワケが無い、と言うのは当然の認識であり常識。リカードはその辺り欠如してる? とスバルは思ったりしているが、あまりにもスバル自身が華奢で脆いのが悪い、とラムに一蹴されてしまった。

 

 

「ふむ。良い具合に解れている様だ。……昨晩は休めたか? ナツキ・スバル」

「おかげさまでな。クルシュさん達が忙しくしてる間、呑気に寝てたみたいだよ………、っと。クルシュさんのその兵装。やっぱ戦うんだな?」

 

 

改めて、スバルはクルシュの姿を見て聞いた。

クルシュはいわば王様であり、討ち取られるワケにはいかない存在だ。背後にどっしりと構えて~ と言うのが陣取り合戦ではセオリーだと思えるのだが……、と考えていたらクルシュはスバルの考えを見据えた上で言った。

 

 

「椅子に腰かけて、ただ吉報を待つことが私に出来ると思うか?」

「クルシュさんは才気溢れる女傑で有名だ、って街でも聞いたじゃん、スバル」

「いや、まぁそうなんだが、やっぱ実際に見たワケじゃねーからなぁ……」

「自分の目で見て判断をする。その考えは好ましい限りだぞ。ナツキスバル。―――が、それを言うのであれば、私は寧ろ卿の参戦の方が意外だ。卿は戦えるのか?」

 

 

チラリ、とスバルの姿を見た。

いつも通りのジャージ姿であり、こちらの世界では見慣れない服装。

動きやすそうではあるが、あまりにも軽装過ぎる。クルシュの鎧よりも更にだ。布切れが相応の防御の力があるのならば解るが、生憎そう言った類の材質、繊維ではない事は事前に聞いている。

 

 

「戦えるか、戦えないか、っつったら、完全に後者。オレは兄弟、他力本願上等。なんちゃって、魔法剣使った事はあるが、それも兄弟の魔法を纏った剣を使ってるだけ。戦力としては論外だ」

 

 

自信満々に情けない事を言っている様だが、スバルのその目を見ればクルシュは解る。

何か隠し玉を持っている事くらい。

 

 

「―――ただ、白鯨……魔獣相手なら、オレって人間は割と役に立つ、って思ってる」

「ほう? ならば聞こう。その根拠は」

「……あんまし、オレ自身も嬉しくねぇんだが、どうもオレって魔獣を引き寄せる体質があるっぽいんだ」

「なんだと?」

 

 

クルシュは、あのミーティア……白鯨の位置を教えるミーティアの様に、まだ何か違う武器になるものを所持しているのだろうか、と予想を立てていたのだが、完全に外れていた様で、目を丸くさせた。珍しい光景だ。

 

 

「本当ですよ、クルシュさん。以前はウルガルム、ギルティラウでしたが、スバルが惹きつけてつけてくれたおかげで、アーラム村の住人に脅威が迫る事は無かったんです」

「レムからも言わせてください。スバル君のその力のおかげで、レムは助かりました」

「ラムも見ています。バルスがあまりにも弱そうに見えるから、本能的に魔獣はバルスを襲おうとするんです」

 

「最後は散々な言い方だが、まぁあってるかもだよ! だから、オレの体質を活かした戦術。借りた地竜で白鯨の鼻先を掛け釣り回って……その隙に総攻撃を入れて貰う。めちゃくちゃデケーから当然的もデカい。オレにあたる可能性も少ない。正直、オススメ戦術の1つだって思ってるぜ」

 

 

自分で言ってて涙が出そうにならなくもない。

 

戦力に関しては0だが、生餌として役に立つから戦場を走らせてくれ、と。まるで自殺願望、自殺志願者だと思われても仕方ないが、こればかりはツカサにも出来ない役割。

途中で逃げられれば最悪だが、これまでの個体は例外なく、向かってきた先に死が待ってい様とも、突っ込んできていたから。

 

 

「――――白鯨の、鼻先を? ……驚くべき事に、嘘の気配は卿らからは見えない。昨日からの半日で、こう何度も自分の加護を疑う機会がくるとは思わなんだ。万能である、などと心得違いをしていたわけではないが……」

「あー……、ちょっと自信喪失したり?」

「違うな。世には私の思惑を超える者などいくらでもある、と身が引き締まる思いだ。……人知を超えた力を持つ者もいるのだから当然と言えるがな。そう言う意味では、ここ数日、実に有意義だったと言えるだろう」

 

 

クルシュはチラリとツカサの姿を見た。

 

スバルの体質、魔獣を引き寄せる体質に関しても目を見張るものがあるし、信じられない、と加護を疑うのも無理はない事柄であるが、それ以上に思うのは、やはり白鯨を単独で撃退して見せた彼にあるだろう。

 

本人曰く、一瞬の邂逅だった故に、そこまでの期待は……と謙遜をしているが、それがまた、真偽をより解らせる、と言うモノだ。

 

真の強者とは、安易にその爪を、牙を、見せたりはしないものだと言う事はクルシュとて解っているから。

 

 

 

そんな時だ。

 

 

 

「―――どうやら、集まってきた様だな」

 

 

クルシュが視線をこの大ホールの入り口に向けたと思えば、片目を瞑って呟いた。

それが合図であるかの様に、次々と人が足を踏み入れる。全員が同じく戦装束に身を包み、厳しい顔つきをした者たちだ。

 

その佇まいだけでも十分過ぎる程解る。

 

彼らもまた、強者なのだと言う事が。

 

 

だが、幾分か年齢の偏りがある様に思える。

 

 

「若さが足りないメンバーに見えるな、随分」

「歳だけで判断すると痛い目見るんじゃないか? ヴィルヘルムさんと相対したスバルなら、解ると思うんだけど」

「……そりゃぁ、そっか」

 

 

思い浮かんだ感想をそのまま口にしたスバルだったが、即座にツカサに撃墜された。

ヴィルヘルムの剣術指南を受けてきたスバル。その実力は肌で感じた。あの様な老人が何人もいるとは考えたくもない事だが、ツカサの言う通りだ。安易に侮るのは悪手も良い所だ。

 

 

 

そんな時、スバルやツカサの言葉が届いたワケ……ではないだろうが、その男達の内の1人が、こちらに視線を向けて、歩み寄ってきた。

 

 

「クルシュ様。参上いたしてございます。―――そちらの方々が?」

「ああ、そうだ。先ほど伝えた通りの英傑。そして最高位を受勲した男も共に在る」

 

 

そう言うと、男性はスバルとツカサの前に立ち、頭を下げた。

 

 

「ありがとう」

「へ?」

「………」

 

 

スバルは、まさか礼を言われるとは思わず、素っ頓狂な声で答え、ツカサはあらかじめ聞いていた部分もあった様で、真っ直ぐ見据えながら軽く頭を下げ返していた。

 

 

「君たちのおかげだ。……此度、我々の悲願が叶う。これほど嬉しい事は無い」

 

 

両手でガッチリと握手を交わした。

強い感情が、手を通して伝わってくる。

 

ここで漸くスバルも気付く事が出来た。

 

 

「……全員、白鯨に縁のある方々なのでしょうね」

「ええ。先の大征伐……過去の討伐隊の関係者よ」

「ッ………」

 

 

14年前に敗北を喫してしまった部隊の関係者。

 

そう―――ヴィルヘルムと同じく。

 

 

 

「一線を退いていた者たちも多かったがな。此度、ヴィルヘルムの呼びかけで、討伐隊に加わった兵揃いだ。士気と練度は、現役の王国騎士団にも見劣りしまい」

 

「復讐に燃える老兵たちって事か。――――ぜってぇ、成就させてやりてぇ、って燃えてくるよ」

「足引っ張らない事だけ考えてなさい」

「やっぱ辛辣!!」

 

 

男の子として、滾るものをしかりと感じさせて、身体の芯から燃える気持ちだったのだが、否が応でも、ラムは現実に引き戻したいのか、見事なまでの手際で現実世界? へと連れ戻してきた。

 

 

 

 

「―――そろそろ時間だな。卿らも広間に居て欲しい」

 

 

 

 

そして、クルシュはそう言い残して、壇上へと向かった。

出発前の口上、士気高揚の為の演説があるのだろう

 

 

フェリスも顔を出し、時間である、と言う事をクルシュに伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――400年だ」

 

 

定刻となり、集った兵士たちの前で、クルシュの言葉が始まりを告げる。

全員の顔を一瞥するかの様に見渡し、そして続ける。

 

 

「世界史に残る、最悪の災厄、《嫉妬の魔女》が世界を脅かした時代から400年。その魔女の手で生み出された白鯨が世界を狩り場とし、我が物顔で弱者を蹂躙しながら跋扈する様になって、それだけの月日が過ぎた」

 

 

嫉妬の魔女の名をここでも耳にする。

かの魔女は世界の半分を呑みほしたと言う話は、如何に無知蒙昧なスバルでも解っている。

最愛にして意中の彼女の悩みでもある、かの魔女の存在。忘れる筈もない。

 

 

その魔女の僕が、あの白鯨と言う存在。

主を失って尚、自由を謳歌し、生き続け、死をまき散らす怪物。

 

 

「白鯨により奪われた命は数えきれない。その霧の性質の悪辣さも相まって、犠牲者の正確な数は誰にもわからないというべきだろう。400年の時間を経て、銘の刻まれた墓碑と銘すら残すことのできない墓碑の数は増えるばかりだ」

 

 

 

クルシュのその言葉に下を向き、歯を喰いしばり、握りつぶした手に血を滴らせる。

嗚咽を堪える老兵たち。皆が、かの怪物に踏み躙られたのだ。

 

 

内側には尽きる事のない激情が抱え込まれているただただ、静かに怒りを爆発させる機会を待ち続けた老剣士も直ぐ傍にいる。

 

 

 

「だが、その無為の日々は今日を持って終わりを告げる。此処に居る我らが終わらせる」

 

 

 

 

クルシュの力強い言葉に、一陣の風を見た。

無念や怨念が、周囲を彩っている最中、生きる活力が、希望が、その光が風となって場に拭いたかの様だ。

 

 

 

 

「白鯨を討ち、数多の悲しみを終わらせよう。悲しみにすら辿り着けなかった悲しみに、正しく涙の機会を与えよう。―――既に主を失った身で、尚も終わらぬ命令に従う哀れな魔獣を終わらせよう」

 

 

 

 

胸が熱くなる。

 

魂は、生きている、生きている。……今、ここに確かに生きている。

 

消えてしまった、潰えてしまった彼らが、この場に集ってきているかのよう。

 

 

数多の視線を、無念を、全て背負い、クルシュは一身にそれを受けて、声を大にして剣を掲げた。

 

 

 

 

「出陣する!! ―――場所はリーファウス街道、フリューゲルの大樹! 今宵我らの手で――――白鯨を討つ!!」

 

 

 

 

 

白鯨攻略戦。

この世界に来て最大の―――――(いくさ)が始まる。

 



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白鯨戦①

よーやく、クジラ狩り編とつにゅー………

暑い、暑いデス……
へ(×_×;)へ


 

 

 

 

クルシュ・カルステン公爵を筆頭に、今回の《白鯨討伐》の遠征は行われる。

 

 

それは、遡る事14年前―――……《大征伐》以来の白鯨攻略戦だ。

世界の為、と言う大義は当然ある。失われた者があまりにも多すぎるから。

 

だが、それ以上に先の戦に敗れ、命を落とした者たちのために―――仇を討つ雪辱戦だ。

 

白鯨攻略戦。それはこれまでに類を見ない激戦になるであろう事は想定される。

 

特に先代剣聖テレシア・ヴァン・アストレアが白鯨に討ち取られたと言う最大にして最悪の事態も尾を引いている事だろう。

 

14年もの間、血眼になりながら白鯨を追い続けてきたヴィルヘルムの姿を見れば解る事だ。

 

 

長い年月を要したが、漸く想いが報われる日が来る、とヴィルヘルムが招集をかけ続けた部隊が集い、更に商業組合代表ラッセルの指示で必要な物資の運搬が行われ、更にはクルシュと同じく王選候補者であるアナスタシアより貸し出されたリカード率いる獣人傭兵団《鉄の牙》の一団が、集う。

 

 

「………はぁ~~」

 

 

かつてない規模の総力戦を前に、身体が震える思いではある……が、直ぐ横で並走している賑やかな姉弟を見ていれば、そんな緊張も何処かに消し飛んだ。

 

 

「ミミなのだーーー!」

「へータローです。宜しくお願いします」

 

 

元気が良い、とはこの事を言うのだろう。

これから、大魔獣との戦争が始まると言うのに、愛らしい姿を振りまく子猫の獣人。

毒気抜かれる気分になるが、無視するワケにはいかないだろう。

 

 

「ナツキ・スバルだ! ……んや、しかし、疑ってたワケじゃないんだけど……、お前 本当に副団長だったんだな」

「んーー? おにーさん、ミミとどっかであったっけ? むむー、思い出せない感じがじんじょーじゃない!」

「ちょっ、お姉ちゃん。ちゃんと乗って……」

 

 

両手をクロスさせて首をかしげるミミ。傾げるのは良いが身体全体まで傾いてしまってるので、あわや落馬ならぬ落犬してしまいそうになるのを、へータローがフォローしていた。

 

 

「ま、気にすんな。んで、2人は腕は立つのか?」

「ミミとへータローが居ればさいきょーー! 団長も居るし、ちょーさいきょーー! おーっと、そーゆーおにーさんこそ、どーなの? お嬢お気に入りのお(にぃ)と同じくらいやれるーー??」

「お、お兄……? なんか、そっちの方が萌える。抱きしめたくなる程可愛い子に言われたら尚更。妹萌え属性は、特にオレの中では無かった筈なのだが、新たなる目覚めが!!」

 

 

ミミが言う《お兄》が誰の事をさすのか。……そんなもの、言うまでも無い事だ。

やや後方に居て、現在リカードと並走しながら何やら話をしているナツキ・スバルの兄弟? であるツカサの事だろう。

 

 

そして、このモフモフな抱き心地満点を上げれそう、クルルやパッククラス? と思しき子猫なミミの質問に答えようと、数瞬考えて……。

 

 

「どっちかってと、トリッキー的なポジション? いやいや、参謀的な? だからこその策士スバル!」

「んんーーー? どゆことどゆこと??」

 

 

マジマジと見つめてくる円らな瞳。

麗しき瞳、可愛らしき瞳、何かを期待している瞳。

 

ここは口八丁手八丁で言い包めて、色々と堪能したい気分にでもなるのだが………、嘘がバレて、和を乱すような事はあってはならない。

白鯨と言う巨悪と対峙するのだから尚更。

 

 

更に言えば……、何だかスバルは嘘をつきたくない、気分にさせられる瞳だった、と言う理由もある。

 

 

「………ゴメンなさい。兄弟とオレじゃ、実力は天地程の差があります。つか、一般人以下?」

「んっっ」

 

 

腕をクロスさせてたミミは、ぴょこんっ! と子猫を象徴するパーツの1つである耳、そして尻尾をぴんっ、と立たせていた。

幻滅されるだろうか、とやや、げんなりと構えていたスバルだったが。

 

 

「あっはっはーーー、だよねだよねーー‼ ミミ聞いてみただけーーー! おにーさんが、お城でユリウスにボッコボコにされちゃったの聞いてるからーー」

「んがーーーー!! 知ってて尚聞いてくるか、この猫耳子娘!」

「お、お姉ちゃん。だからしっかりと乗って……」

 

 

せっせと後ろを支える男とへータロー。何処か哀愁漂ってる気がする。それも可愛いのだが。

 

 

「弟は見た感じ、大変そうだな……」

「え、あ、はい。よくお姉ちゃんと団長は先走っちゃうので、ボクが指揮を取ったり、指示を出したりしてるんです」

「姉だけじゃなく、団長もかよっ!! よくまとまってんな、そんなんで!!」

 

 

 

鉄の牙。

名前こそ強そう格好良さそうな、ネーミングなのに、団長を筆頭に、副団長まで自分勝手気ままに動くとか、崩壊するんじゃ? とも思えるのだが、どうやら落ち着きのある弟へータローは十分すぎる程優秀な様だ。

 

 

「喧しいわよ、バルス。何を喚いているの」

 

 

そんなこんなで、盛り上がっていたらいつの間にやら反対側にて並走していたのは、ツカサとラムの2人組。

 

 

「ちょっと、鉄の牙さんに注意喚起していた所だよ。弟に迷惑かけてやるな~~ってな」

「ハッ。迷惑と言う部類じゃ、バルスの右に出るものは居ないでしょうに。自分の事を棚に上げて、策士とか、笑わせるにも程があるわ。ハッ」

「何喚いてる、とか言いつつ全部聞いてたんじゃねーかよ、前後で嘲るな! こんちくしょーーー!!」

 

 

ぐぅぅぅ、と項垂れてしまうスバル。

 

 

「あ、その、あの……、スバル……君?」

「んあ……?」

「いえ、レムはとても、とても嬉しいのですが……スバル君の吐息がレムの首にかかって、くすぐったくて……」

「ああ、っと。わるいわるい」

 

 

思わず手綱を握ってるレムにもたれかかる勢いで項垂れたスバル。丁度、レムの項に息がかかった様で。

レムにとってはご褒美極まるのだが、生憎今は手綱を握っていて、竜車を操っているので、ちょっとした手違いがあってはならない、と言う事で泣く泣くスバルにそう言ったのである。

 

 

「ラムの可愛い妹に何してるのバルス。視覚的に、性的ないやらしさを感じたわ。このケダモノ」

「9割は姉様のせいだと思ってるんですがねーぇ。そう言うラムこそ、兄弟にぎゅーーっと抱き着いて! 似たようなものじゃないのかなぁーあ?」

 

 

ヒューヒューと囃し立てるスバル。

確かにラムはガッチリホールドするかの様にツカサに腕を回している。手綱を握ってるのもツカサで、レムとは真逆だ。

 

 

「ハッ。ラムがラムの特等席でどうしようが勝手よ。それにラムだからこそ許される事もこの世には存在するわ。無数に」

「流石姉様です。レムは感服致しました。ツカサ君、姉様の事を末永く宜しくお願い致します。レムはお2人の幸せを願ってますので」

 

「えーー、なになになに?? なんでそんな流れになっちゃってるの??」

「―――まぁ、スバルがそーいう流れにした、って言うのは間違いないと思うよ。それこそ9割方」

「いや、どっちかっていえば、ラムの暴走じゃねーのかよ!」

 

「ひゅーひゅーー! お似合いカップルたんじょーだーー!」

「ちょ、お姉ちゃん、しっかり前見て前見て」

 

 

他とは一味違う盛り上がりを見せている中、更に一際喧しいのがやってきた。

 

 

 

「なんや盛り上がっとるやないか! 兄ちゃんたち!」

「あんたの声が一番でけーよ! それよか、団長が部下に迷惑かけてんじゃねーっての」

「おお! ええ地竜乗っとるのぉ、兄ちゃんも!」

「おぃ、話きけー!」

 

 

大きな大きな戦の前とは思えない程のやり取り。

程よく緊張も解れた様だ。

 

 

 

「リカードがああやって皆の緊張をほぐしてくれてる所を見ると、やっぱり団長は彼なんだな、って思うんだけど……それ以上にスバルも中々どうして。気遣うとか、出る幕無かったかもしれないね」

「バルスはツカサに依存しているも同然だから大した事ないわ。他力本願とはよく言ったモノ」

「ん……、それが当初オレ自身が望んでた事でもあるけどね。(スバルの死に戻りがきつすぎるから)……でもスバルの場合、仮にオレが居なくても、オレの力が無くても、上手く立ち回っていた様な気がするんだけどね? かなり危なっかしそうなのは事実だと思うけど、何となくスバル見てたらそう思うよ」

「………買いかぶり過ぎね」

「そうかな? ………客観的に見ても、あの権能の性質は 正直えげつない。誰とも共有する事が出来ない。問答無用で、内に潜むナニカが命を食む。……オレも正直クルル(こいつ)が居なかったら、って考えたら 背筋が凍る……かな」

 

 

闇を具現化したかの様な存在。

スバルの背後より現れる闇撫での手。

 

今でこそ、ツカサのいわば切り札(超疑問。寧ろただの愉快犯?)でもあるクルルが居たからこそ、コミュニケーションをとってくれて、あの魔の手が仲間たちに向かわない様に、……ラムやツカサに向かない様にしてくれたが、クルルが居なければ、訳も解らぬまま―――時が止まった世界で心臓を握りつぶされている事だろう。

 

静止した時の中、自由に動けるナニカ。……白鯨にも勝るとも劣らないバケモノだと言える。

 

 

そして、スバルの内に居るナニカもそうだが……それ以上に思う事がある。

それはスバル自身。

 

 

「……アレ(・・)を経験して尚、エミリアさんや、屋敷の皆を助けようとする気概を見せるのは並大抵じゃない、って思ってる。クルルに聞いた話じゃ、オレの死の体感(・・・・)も受けたらしいし。感服通り越すよ。いや、ホント」

 

 

 

死を乗り越えても尚、必ず救う。

死よりも苦しい事態に見舞われても、立ち上がる。

 

 

人間には欲と言うモノが存在するが、その頂点に君臨するのは生存欲だと言われている。

死なないとはいえ、その瞬間まで苦しみを体感するのだから、並大抵の精神力じゃ、逃げてしまっても不思議じゃないし、精神が崩落してしまう方が普通だ。

 

 

「―――1人じゃないから(・・・・・・・・)

「え?」

 

 

ラムが不意に呟く。

ツカサに抱き着く腕に力を込めて。

 

 

「レムを失ったあの日。……ラムは壊れかけた。いいえ。壊れたと言って良い。……でも、立ち直る事が出来たのは、ツカサに戻してもらっただけじゃない。……傍にいてくれたから」

 

 

 

きっと、バルスも同じ。

 

 

ラムはそこまでは口にしなかった。

ラム自身が感じている事を、スバルも同じくらい感じている……と、同調するのは聊か……いやいや、大いに抵抗があったからだ。

 

ラムの想いも、この気持ちも、全部ラムだけのモノだ、と思いたいから。

 

 

 

ツカサはラムの言葉を聞いて、肯定する様に頷くと、胴に回されてる手をそっと手に取って、固く握りしめたのだった。

 

 

「やっぱ、兄ちゃんは ええ具合やな。警戒に覚悟、そんでもって身体の芯から湧き出とる、漲っとる自信。ええ具合に混ざりあって、まさに理想やで」

 

 

いつの間にやら、リカードはツカサの方へと来ていた。どうやら、スバルたちとの雑談ならぬ爆笑は終了した様だ。

 

短期間で、部隊全員に声をかけて回ってるリカード。ここに留まる時間が少々長いように感じるが、それほどまでに物珍しいと言う事なのだろうか。

 

 

「スバルもオレも、こう言うだろうね。《死んでも未来は諦めない》」

「がっはっはっは!! 2人して豪毅なこった! 兄弟兄弟って、なれ合いで言うとんのかと思っとったけど、案外ほんまもんの兄弟なんかもしれんなぁ! そっちの嬢ちゃんは怒りそうやけど」

「寒気と虫唾が走って、八つ当たりでバルスが消し飛ぶかもしれないですね」

「がっはっはっは! そーやろうな! お嬢の友達にもピッタリやわ。これ無事に終わった後も、ええ付き合いしたってや」

 

 

アナスタシアの事を言うリカード。

やっぱり、その表情は何処か違う。同じ笑顔でも……質が違う、と言えばそうだろうか。

 

 

「立場を考えたら、慎重に―――って言いたい所なんだけど。個人的には繋げる手は繋ぎたい。……()が増えるのは、好ましい事だよ」

「!」

 

 

ツカサの応対に反応を見せるのはラム。

そして、自然と笑顔になり、そっと頬をツカサの背につけた。

 

―――繋がる事を怖いと言っていたツカサはもう居ないのだから。

 

 

「あ、でも こっちにはアナスタシアさんは兎も角、彼女の一の騎士さんに、拒絶反応魅せるのが居るんだよなぁ……」

「おお、そやろな! それもなんや、ゆうてたわ、あの兄ちゃんも!」

 

 

大口開けて笑うリカードの姿を見て、ツカサも自然と笑みを零す。

あの時の様な嘲る姿は、もう恐らくスバルには向けられないだろう。

 

出来る事は多くないのかもしれないが、それでも着実に確実に前へと進めれているのは、ツカサにも解るし。

 

 

 

「なんたって、兄弟(・・)。―――嬉しい限りだ」

 

 

 

 

―――魔獣だろうが、魔女教だろうが、何だって来い、来てみろ。

………全部打ち破って、未来を掴んでやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白鯨出現時刻 五時間前。

 

 

討伐隊は特にトラブルに見舞われる事なく、フリューゲルの大樹へと無事到着した。

決戦の夜空には、白い月明かりが昇り始めている。

 

 

 

「―――この夜空を見ていたら、こんな場所に、あのデカいのが現れて、霧が発生するなんて思いもしないだろうに」

 

 

 

そう思うのは、澄み切った空。雲一つない夜空にあの巨体が現れて、一面霧で満たされる、なんて事は想像できないだろう。

 

未来を知る力が、これ以上なく有能であり、有効であり、最適な力である事を認識するのと同時に、過信すべからず、と戒めにもする。

 

 

「全盛期―――の半分くらい、かな。案外皆にがっかりされるかもしれない」

 

 

ツカサは己の手を握り、目を瞑り、身の内に循環し、身体を巡る力を―――マナを感じ取った。

感覚ではあるが、凡その消耗具合は確認できる。時を巻き戻せば巻き戻す程。その期間が長ければ長い程、それに見合う力を消費してしまう。

大きな力には代償がつきもの。当然と言えば当然だ。

 

 

「そんな無礼を働く輩は、ラムが許さないから」

「―――ん。ありがとう。凄く頼りにしてる。ラムにも、レムにも。勿論スバルにだって。……助けてもらうから」

 

 

周囲を見渡し、少々離れた位置、フリューゲルの大樹の根本に居るスバルやレム、そしてラムを見て ニッ、と笑顔を作る。

 

 

「頼れる部分で、ラムとレムに、もっと頼りなさい。……極稀にバルスにも。ツカサに足りないモノがあるとするなら、繋がってる輪、繋げている輪をもっとしっかり自覚する事、だから」

 

 

重たくなったのなら手伝って貰ったら良い。

苦しくなったのなら吐き出してしまえば良い。

 

切れる事のない輪を、ツカサは紡ぎ、繋ぎ合わせてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

心も身体も準備を整えつつある。

 

 

 

「レムレム。バルスは酷い男よね。堂々と二股宣言するもの」

「姉様姉様。スバル君てばひどい人なんです。……いえ、やっぱり素敵です。愛してます。―――レムは、第二夫人でも、構いません。愛を頂けるのなら」

 

 

いつも通りなシンクロ姉妹……とはならなかった。

冗談交じりだったとしても、レムの中ではスバルが最高位であり、心酔もしていて―――溢れんばかりの愛情を向ける相手なのだから。

 

 

 

「それで、エミリアさんに一夫多妻を説得する、と? まずエミリアさんに告白して、それで……その、告白のオーケーをエミリアさんから貰わないと、じゃない?」

「おーけーおーけー! オールおっけーー! レムも手伝ってくれるってさ! あ、そっちは ラムちー姉様は許してくれそうにないけどな!」

 

 

笑いながらスバルはラムを見ると、ラムは心外、と言わんばかりに鼻で笑った。

 

 

「ツカサの器量はラム自身が知っているモノ。バルスと違って、偉大な男になる、

と言う事も解っている。ラムだけに収まるなんて、自惚れるつもりは無いわ」

「………ええええ!!? あの傲岸不遜《毒舌》担当のラムちー姉様が!??」

 

 

目玉飛び出ん勢いで驚くスバルに、どこから取り出したのか、銀製のトレーを投げつけるラム。

良い具合に、頭に当たり、ぱかんっ! と乾いた音を響かせた。

 

 

 

「ただ、どんな王侯貴族だったとしても、第一夫人の座は渡さない。それが絶対の条件よ」

「―――あまり、話を大きくしないでね? 変な噂とか流れても嫌だから」

 

 

ツカサはそういって苦笑い。

誰かを好きになるなんて、初めての事だ。

―――まぁ、当然ともいえる。ツカサは生まれて間もない。生後 数ヵ月程度なのだから。

 

仮に、スバルの様にエミリアとレムの様に2人を。誰かを好きになる事があるとして―――――今の所、ラムと同じ様に、ラムの様に想いを寄せる相手が複数出来るか? と問われれば、首を縦に振る事は出来なさそうだから。

 

政略結婚? みたいな形でもない限り。

 

 

「―――何考えてんのさ。元国籍不明、正体不明人」

 

 

ツカサはそう言って、笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一頻り笑い、そして時間も徐々に迫ってきた。

 

 

白鯨出現2時間前。

 

 

ツカサは、ラムと……ヴィルヘルムと共に花畑の前に立ち、同じ方向を向いていた。

一言、二言、話を紡ぎ 先代剣聖―――ヴィルヘルムの奥方の話も少しだけして、軈て言葉は少なくなり、ただただ花畑の先の空を見据えている。

 

 

 

「これはスバルから、習いました。……共に、必ず道を切り開く為にする所作だと」

 

 

ツカサは、拳をぎゅっと握りしめて―――ヴィルヘルムへと差し出した。

偶然か、或いは必然なのか、……若しくは ツカサがまた能力を使ったのか、ヴィルヘルムが《感謝》の二文字をツカサに告げる前に。

 

 

「戦いの場に来れた事の《感謝》は、もう十分受け取ってます。―――それでも感謝の言葉を頂けると言うのなら、……あの厄災を地に落とした後に。と言う事にしませんか」

「!」

 

 

先の先を読まれた事に、その細い瞳が普段よりも大きく見開かれる。

未来を見据えているかの様な少年の曇りなき眼に、ヴィルヘルムは心打たれる。

 

 

 

―――全てを遂げる事が出来る。全てが叶う。

 

 

そう思わせるには十分過ぎる眼だった。

無論、それに甘んじる訳ではない。

 

14年間。

 

それを老木の無為に過ごした時と、揶揄しながらも、後悔は一度足りとてしていない。

 

その全てを―――この1戦に込める。

 

 

 

「―――私の全てに賭けて、お約束致します」

 

 

 

ヴィルヘルムは、同じく拳を突き出し、応えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――定刻が迫り、大樹の周囲には戦場独特の緊迫感が張り詰めつつあった。

 

 

三大魔獣の一角を。かの神出鬼没な霧の魔獣 白鯨に対して、これ程までに有利な状況で迎え撃つ事が叶う機会など、400年間1度だって無かった筈だ。

 

全ての準備を終えて、綿密な戦術と、それを可能にする兵士たちを有し、万全の体勢で迎える……のは間違いないが、それでも尚、かの魔獣と相対する、となれば緊迫感の1つや2つ、振り切ってしまうのは無理もない。

 

 

月明りが、また雲により遮られる。

 

その瞬間、視線を月に向ける者が多々いる。白鯨が現れたのでは? と警戒心が皆の心を支配していく。

 

 

 

「――定刻まで、あとわずかだな」

 

 

静かに呟くクルシュは、横に立つフェリスが小さくうなずくのを目端に捕えた。

いつもの軽口も、この時ばかりは無い。

 

フェリスとて、己がこの討伐隊における一種の生命線である事を理解し、そして役割に徹しようと心に決めている。

 

それは、恐らくは英雄と称される者にも――――誰にも出来ない事。

青の称号を持つ、自分しか出来ない。

 

 

クルシュは、フェリスのそんな思いも、長年連れ添った経験則から容易に読み取り、そして信頼感をまた、露わにした。

 

 

自分たちの勝利を信じているが、白鯨相手に犠牲なしで、とまでは自惚れていない。

 

白鯨単独撃退、と言う前代未聞を成し遂げたツカサと言う男が、王国が英雄と認め、授与した男が傍にいても、大いに期待をしていても、その考えは変える事はない。

 

 

仲間たち、全員が持てる全てを擲ち、全力を尽くしてこそ、掴み取る事が出来ると思っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

そして、唐突に、それは聞こえてきた。闇夜に沈むリーファウス平原に響き渡った。

 

軽やかな音、聞いたことが無い音が、音楽が鼓膜を震わせる。

間違いなく、それはスバルが齎した《ミーティア》から発せられている。

 

 

スバルと目が合い、スバル自身もミーティアを手に、それをクルシュに見せた。

鮮やかに光りを放ち、音を奏で続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「総員、警戒――!」

 

 

 

 

 

 

クルシュの掛け声と共に、討伐隊が一斉に身構えた。

 

 

あのミーティアの報せから数10秒で、白鯨が現れる。

 

 

信じがたい事ではあるが、今この瞬間にその巨体が空を泳ぎ始めても不思議ではない。

 

疑う余地は幾分かあるが、その疑いを生む理由はスバルに、ツカサに、……エミリア陣営には無い筈だ。

 

 

軈て、緊張感に身体が耐え切れない、と言わんばかりに汗を流す者も出始めた。

号令をかけられて、凡そ1分。―――10数秒、と言う大まかではあるが、その時は過ぎたと言っても良い。

 

 

 

「……来ない、か?」

 

 

 

スバルが、虚偽を働いたとは思っていないが、何等かのアクシデント、想定の誤りはあるだろう。

 

世に絶対と言う言葉は無い、とクルシュは思っているから。

周囲の景色には敵影は無い。

白鯨の巨体も見えない。……これだけ澄み渡った夜空の下であれば、見逃す筈もない。

 

 

その時だ。

 

 

月明りが、本日何度目になるか……と、雲に月明りが遮られた、かと思っていたその瞬間、1人の兵士が声を上げた。

 

 

 

「おい、アレ(・・)を見ろっ……!!」

 

 

 

 

僅かに震えるその声に呼応し、それぞれが上を見上げる。

月明りを遮っている物の正体を。

 

 

 

 

 

 

「――――――っっ」

 

 

 

 

 

 

見上げる、見上げる、見上げる。

 

 

全員が等しく同じ反応をし、……そしてクルシュは浅はかだったと、己の考えを呪う。

幾度も、月明りを遮った。何度も遮った。

 

それは雲霞が原因。数度、起こった事で、先入観を植え付けられていた。

 

 

 

――月明りを遮るのは雲霞ではなく……あまりにも巨大な魚影。

 

 

 

クルシュは息をのむ。

 

かの魔獣が現れた。

目算ではあるが、40m……いや、50はある程の巨大な魚影が、眼前へと迫る。

やかましくも、何処か陽気なミーティアの音に合わせて泳ぐ魔獣。ミーティアから流れる音が、まるで呪音の様に感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白鯨。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かの魔獣には、暗がり故にか、まだ気づかれてないかもしれない。

先制を仕掛けるなら今しかない。

 

 

息を吸い、最初の号令を発しようと肺に、腹に空気を余す事なくため込み―――。

 

 

 

 

「総員―――!」

 

 

 

 

総攻撃、と口にしようとしたその時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶちかませぇぇぇぇ!!」

 

「アル・ヒューマ!!」

「纏え――「テンペスト!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルシュを飛び越えて、号令が発せられ、同時に魔法詠唱によるマナが展開された。

 

少女から発せられた凍てつく凄まじい巨大な氷柱。それに2人の影が、漆黒の風を纏わせる。

 

抑えきれない凄まじい暴風が、巨大な氷柱に纏わり、軈てその逆巻く風に抗う事が出来なくなったかの様に、回転を始めた。

 

 

それは徐々に速度を上げて―――軈て目にもとまらぬ程の回天を生む。

 

 

 

 

 

黒き竜巻を纏った氷柱は、超高速で射出され、宙を泳ぐ、かの巨体に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優雅に泳いでいた筈の白鯨が、途端に大絶叫を始めた。

 

 

突き刺さるだけで終わる訳はなく、氷柱が、回転を続け傷口を抉り続けている。

 

捩じり、抉り、深く深く、その巨躯の体内へと迫ろうとしている。

 

 

想像を絶する程の痛みである事は。見ていて明らかだ。

 

どうにか身体を捩らせ、歪ませ、藻掻き続ける。

 

 

 

 

――――効いている!?

 

 

 

 

 

あの攻撃が、間違いなくかの魔獣の腸の全てを抉り出さんと、苦しめ続けているのが解る。

耳を劈くような大絶叫がそれを物語っている。

 

 

そしてクルシュはスバルと目が合った。

大分離れている様だが、はっきりと目が合い、そして大きく腕を振り上げた。

 

 

会心の表情。

 

 

役割はこれからであり、更には先制攻撃まで行った。―――導いた。

 

 

それも、たった4人で。

 

 

その事実に、討伐隊にも動揺が走る。

白鯨の鼻先でひきつける、と言う話は聞いていたが、先制攻撃までは聞いていない。いわば抜け駆けの様な物。

第一刃を、今は無き魂に、魂の在り方まで解らぬ英霊に、全てを込めて一陣の刃を叩きつけよう、と心していた筈だったが……、こうもあっさりと先んじられ、そしてかの大魔獣を歪ませた。

 

クルシュは、それを見て自分の口が大きくゆがむ。堪えきれない。

戦場においては、思わしくない感情――――笑いによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総員!! あの馬鹿共に続け!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルシュの号令に、討伐隊の面々が反射的に攻撃を開始した。

地竜を蹴り、地をかけ、あの魔獣に刃を突き立てる為に。

 

 

粉塵が舞い上がり、未だ大絶叫が続く白鯨目掛けて。

 

 

 

 

 

 

 

―――白鯨攻略戦が、満を持してその火蓋を切ったのだった。

 

 



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白鯨戦②

《風除けの加護》

 

その効果にこの瞬間ほど感謝した事は無いだろう。

振動、風、体勢。本来ならば受ける筈の影響を一切遮断する魔法とはまた違う加護の力。

不思議な力。

 

地竜が大地を駆け、背に乗った状態で最大級の魔法を放つ事が出来たのは、一重に地竜たちの加護のお陰だ。

 

 

「……ありがと、ランバート!」

「フルルッ!!」

 

 

間違いなく先制の一撃。

事前に話し合っていた通りの魔法。スバルが《合体魔法!!》と誇らしげに拳を突き上げていたが、まさに型にはまった魔法だと言えるだろう。

 

実演してみせたのは、レムとラム、そしてツカサだが、アイディア賞はスバルのものだ。

 

この世界に来る以前、……前の世界での知識を役に立てた。

 

イメージしたのは、ライフル弾。

 

何故、貫通力が高いのか? その秘密は回転にある、と言う事を知っていたから。高速に回転する弾丸は、飛距離は勿論、対象物を貫く力をより高めてくれるのだ。

 

白鯨のデカさは、問題点の1つ。如何に表面を叩いたとしても致命傷までには至らないのは自明。ゆうに50mは超えそうな巨体だから、尚更だ。

 

その体内へと侵略する為に、編み出した氷柱(ライフル)弾である。

 

 

「良い感じなんじゃね!? スゲーぜ、やっぱ!!」

「流石スバル君です! でも、もっとしっかりしがみ付いてください。振り落とされない様に!」

「うぉっ!!?」

 

「調子に乗ると襤褸が出る典型がバルスよ。肝に銘じなさい。今はふざけてられる場合じゃないのだから」

「ふふ。――――俺達なら、なんだって出来る。……それに、心強い援軍が加われば、まさに世界最強、だな」

 

 

ツカサがチラリ、と背後を見てみると、まるで呼応するかの様に、高らかにクルシュの声が響いた。

 

 

 

「総員! あの馬鹿共に続け!!」

 

 

 

この信頼に満ちているチームが用いた初撃は、白鯨にダメージを与えただけでなく、良い具合に援軍たちの固さも解せた様だ。

 

 

 

「よっし! 白鯨にオレの存在を意識させて、討伐隊に背中を向けさせる様に立ち回る―――」

「余計な露払いは、オレが務めるよ。それにパトラッシュとランバートだったら、並走も問題なしだし」

 

 

 

 

パトラッシュ。

ランバート。

 

 

それは、夫々の地竜の名。

 

 

今作戦―――白鯨攻略戦において、生命線であり、命を預ける相手である地竜に名を付けよう! とこれまたスバルの提案でそれぞれに名を付けた。

 

数度、名を呼んでみると、スバルの案が大正解だった、とツカサも思う。

ただ、地竜――と呼ぶだけよりも、ずっとずっと良いと感じたからだ。

 

それは地竜側も同じなのだろう。名をつけ、名で呼ぶ前と後とでは、気合の入り方が違うのは、咆哮を聞けば解る事だから。

 

 

「ツカサ! そろそろ来るわ!」

「《夜払い》です! 皆さん、目を瞑ってください!!」

 

 

レムとラムの声に反応し、目を閉じる。

 

その直後―――目を閉じていた筈なのに、瞼に強烈な光があった。……まるで世界が瞬いたかの様に。

 

打ち上げられ、爆ぜた白光は、一瞬にして夜の世界を白い輝きをもって焼き尽くしたからだ。

 

 

「うおおおおおお!! 聞いてた通りだ! すげぇ!!」

「まさに、夜払い(・・・)、か」

 

 

リーファウス街道から夜の気配が完全に消えた。

太陽の代わりに、輝き続ける夜払いと呼ばれる魔石。

 

 

―――本来なら、うす闇を照らす程度のもの、だそうだが……。

 

 

 

 

「大奮発したって事だな! 財力に溶かして山程買い込んだんだから!!」

「改めて、資金力のすさまじさを見たよ、ほんと。…………さて、ここからだ」

 

 

 

 

宵闇を失った空に―――かの魔獣が溶け込む事はない。

くっきりと浮かび上がる巨体が、そこにはあった。

 

 

前回のループの時とは全く違う印象。初めて出会った訳じゃないのに、全く違うバケモノの様に見えてしまう。

 

 

「あれ―――が……」

 

 

白鯨の姿を、疑似太陽の下で、はっきり見たスバルは絶句した。

大きい大きいとは聞いているし、事前に見ても居る。……だが、宵闇の中での邂逅は、身体の全体を映していた訳では無かった。

 

真なる姿を解放してみせたかの様な、かの魔獣の大きさは、想像を遥かに凌駕してくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴォオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、かの魔獣は漸くレムが放ち、ツカサとラムで弾速・貫通性を上げたアル・ヒューマからの苦しみから解放された。

痛みからの解放、そして夜空から引きずり出された事による激昂。……あらゆる怒りを込めて、白鯨が巨体を震わせて咆哮をする。

 

 

 

「テンペスト!!」

 

 

 

その咆哮は、騒音の域に留まらない。

最早風を使った兵器、若しくは魔法攻撃。―――魔獣が齎す破壊行為だ。

 

 

それを緩和する為に、前方にテンペストの竜巻を形成させた。 

 

 

全盛期の時は、この竜巻で白鯨を更に空の彼方に迄弾き飛ばしたらしい―――が。

 

 

 

「うっっ、おっっ!??」

 

 

 

咆哮による攻撃、衝撃波を、跳ね返して白鯨を弾き飛ばす――――事は出来ず、その衝撃はを左右に割り、直撃を防ぐだけに留まった。

 

味方全体も受ける事なく、その代わり左右の大地が削れ、凄まじい砂塵が巻き起こる。

 

 

 

「―――んなろっ! やっぱ火力は落ちてるか。後ろの皆に、ガッカリさせちゃったかも。……でも、ラムのせいじゃないから、その辺りは宜しく」

「解っているわ。全部バルスが悪いもの」

「オレかよっっ!! そーだよっっ!! ごめんなさい!!」

「この戦い、後の魔女教で挽回してくれればそれでよし!」

 

 

 

謙遜をしたがツカサの機転は、地竜たちをも救ったのである。

大気が鳴動し、大地が震えるかの咆哮は、戦闘用に訓練された地竜すら本能的に怯える。暴悪的な雄叫びなのだ。

 

 

そして、スバルは白鯨を視認し、目を凝らせながら確認。

 

 

「なんてデカさ……、ってか それよりどてっぱらに風穴開けたった! って気分だったんだが、そんな様子はなし、か」

 

 

アル・ヒューマは、白鯨の身体を抉ったが、貫き通す事は無かった様だ。

大量の出血は見られるが、白鯨の動きに支障は一切きたしてない。寧ろ、怒りに震えている程なので、早まった真似をしてしまったか? とも思えてしまう。

 

 

そして、あの山の様なバケモノ、何で空を飛んでいるのか、どんな揚力が働いて宙に浮いているのか解らないバケモノをマジマジと見つめる。

 

隣には兄弟が。前にはレムが。……ラムの毒舌も今ではこれ以上ない程安心出来る。

 

持ってる最大のカードは最強。……そう、解っている筈なのに、身体の芯が震える。

シロナガスクジラ、と言う種が哺乳類最長のデカさだったとスバルは記憶しているが、やはり……以前の夜の中でも、今日のはっきり見えた場面でも、どう見繕っても、どう贔屓目に見ても、遥かに上回っている。50mとは、途方もない大きさの様だ。

 

 

「怖いですか? スバルくん」

「……チビったのかしら? バルス。あの時(・・・)の様に」

「パトラッシュには、後でちゃんと謝る事。許してもらえたかは、オットーに聞かないと、だね」

 

 

「漏らしてねーーよ!! ……ただ、怖いってのはその通りだ。―――アレを落として、称讃されるオレ達の未来の輝きっぷりが!!」

 

 

 

未来を視ている。

未来を見据えている。

 

辿り着きたい未来。……そこしか見えていない。

 

それはツカサも同じだ。

 

 

 

「さぁ、オレの命、お前らに預けた!! あのバケモノ惹きつけるのは任せろ!! んで、頼んだ!! 逃げ回るぞ!」

「レムの命も、スバルくんのものです」

「死んだら、死ぬまで殺す。これだけは頭に入れておく事ね、バルス」

「―――死なせないよ。絶対に」

 

 

パトラッシュ、ランバート共に、本能で白鯨を恐れているのは間違いないが、それでも怖気ずく事なく、主に応える様に地を蹴った。

 

 

スバルの魔女の残り香による囮作戦。

 

 

かの魔獣に、ウルガルムやギルティラウに使った手が通用するかどうか、それは現時点では予習は出来ていない。

正確な出現時間と場所、それを重視して、戻ったからだ。……リスクを犯し、戦力を更に下げるかもしれない場面では無かったから。

 

 

だが、不思議と成功するだろう事は疑ってなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鯨がスバルの匂いを、遥か上空からでも嗅ぎ付ける。………見ていなくても、戻っていなくても、未来がはっきりと見えた気がしたから。

 

 

大きな口を開き、石うすの様な歯を剥き出しに、スバルとツカサの方へと旋回して迫る。

 

 

目立つ、目立たない、を考えれば 明らかに出遅れた討伐隊の方が圧倒的に目立っている筈だが、目もくれず、ただただスバルを追いかける。―――白鯨は、……魔獣の本能は、魔女の残り香を求めている様だ。

 

 

 

その時。

 

 

 

「余所見とはずいぶんと、安く見られたものだな―――!!」

 

 

 

勇ましい女傑の声がしたと同時に、白鯨の頭部は真一文字に浅く斬り裂かれた。血が噴き出し、思わず方向転換をしてしまう程の衝撃。

 

その切傷は、凡そ人の刃でつけれる様な大きさじゃない筈、と思える程のもの。

 

 

 

「射程を無視した無形の剣」

「百人一太刀で有名なクルシュ様の剣」

 

 

「成る程。……戦乙女と呼ばれる所以が解る、って感じ。凄いね」

「スゲェェ、完全な遠距離攻撃じゃねーか! 接近する必要無し、遠間で切り刻むとか、ヤベェ! おまけに魔大砲までガンガン撃ってくれてる!」

 

 

クルシュの剣撃で白鯨の身体を歪ませ、高度を落とさせ、続いてその腹部を集中的に攻撃する。

 

 

「―――負けてられない、な」

 

 

 

求めた訳でも、狙った訳でもない。

 

だが、結果的に白鯨を撃退した英雄とまで言われて称讃された身だ。

身に余る勲章まで頂いた。……それに見合うだけの仕事をしなければ、気が納まらない。

 

 

 

それに、早ければ早い方が良いのだ。――――白鯨の討伐は、事の次いで、と言っても良いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如何に魔女の残り香に誘われ、本能的な部分を引っ掻き回されたとはいえ、横からくる強烈な攻撃を無視できる程鈍感でも、固い身体でもない様だ。

 

剣撃を嫌い、魔石砲を睨み、追撃をしようと頭をクルシュたちの方に向けたのを見計らい。

 

 

 

 

 

 

「メテオラ!」

 

 

 

 

 

 

 

ツカサは、左手と右手の魔法を合わせ、あの時――――魔女教の拠点であろう地点を吹き飛ばした地の魔法と火の魔法を合わせた隕石攻撃(スバル命名)を撃ち放った。

 

 

 

 

まるで火山噴火の様に、打ち上げられた無数の弾は、正確に、高速で、白鯨の横っ面に直撃して炎上した。

 

 

 

 

だが、以前と明確に違う点がある―――。

 

 

 

「うはははは!! メテオって、空から降ってくるんじゃねーの!? 隕石が空に打ち上っちゃったよ!」

 

 

 

大火球で滅多打ち。

当たれば歪み、当たれば歪み、を繰り返してまるで下から殴られているかの様に見える。

 

その光景を見たスバルは、最初はロマン魔法、隕石魔法だ、と目を爛々とさせていたけれど、今は白目向いて驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

 

「連続はキツイ、でも もう、一撃くらいは………ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

また、メテオラの準備をしようとしたその時だ。

 

左右に散開していた筈のクルシュの部隊。白鯨の正面に1頭の地竜が居る事に気付けた。

 

駆け抜け、寸前で地竜から飛び降り―――地に足を付けて、かの魔獣を正面で捕える。

 

 

 

「―――14年」

 

 

 

割った鼻先に剣を突き立てて、ボソリと呟く人影。

 

まるで大気が歪んで見えるかの様な剣気をその刀身に迸らせながら続ける。

 

 

 

 

 

 

「ただひたすらに、この日を夢見てきた」

 

 

 

 

 

剣の届く距離に、かの魔獣は居る。

地を蹴れば、飛び乗れる場所にまで降ちてきた事に、深く、深く感謝を覚える。

 

 

 

 

 

「―――ここで落ち、屍を晒せ」

 

 

 

 

 

 

攻撃を受けながらも、白鯨は突進する。

魔女の残り香でもなく、クルシュの剣でもなく、ツカサの魔法でもない。

 

剣鬼が発する剣気に充てられて―――暴走する様に突進してくる。

 

 

 

 

それを見据えて、禍々しい笑みを浮かべながら―――ヴィルヘルムは吼えた。

 

 

 

「化け物風情が―――!! うおおおおおおお!!!」

 

 

 

ヴィルヘルム自身が風となったかの様だ。

如何に強大で巨大な体躯を突進させようと、風を捕らえる事は不可能。

 

ヴィルヘルムは、考えられない様な運動量にて、白鯨の背に飛び乗った。

 

 

魔法攻撃での出血量から考えると、その固さは容易に想像が出来る。

想像が出来る筈の、その白鯨の強靭な筈の外皮を難なく斬り、突き立てる。

 

 

白鯨は、飛び乗られた事を悟ったのか、振り落とさんと再び空で側転するが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇぇぇぇぇぇぇっっ!!! わざわざ斬られにくるとは、協力的で結構!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

側転する勢いを利用する。

不安定な足場を捨てるかの様に宙を飛び、白鯨の側転に合わせて刃を入れる。

 

剣を動かせば、その都度どす黒い血で空を彩る。

まさしく剣鬼。

 

そして、それに圧される事無く、果敢に挑む、……引けを取らず、否、剣鬼にも負けていないのが鉄の牙。

 

 

「余所見すんなや、ダボがぁ!! おどれの相手はワイらもおんねや!!」

 

 

ライガの瞬足と跳躍を活かして、大鉈を一振り。

白鯨の顎を斬り裂く……ではなく、抉ってみせた。

 

 

「そらそらそらぁぁあ、まだまだ終わらんでぇぇ!!」

 

 

鉄の牙団長リカード。

 

独断専行してしまう、とボヤかれているが、それを黙認出来る程の技量と力を備えているのである。白鯨の身体を駆け回り、獣より獣染みた雄叫びを上げた。

 

 

「いっくぞぉぉーーー!!」

「皆っ! 今だよ!!」

 

 

そして、その団長を見て、他の団員が……、副団長が黙っていられる訳もない。

小型のライガ―に跨る双子の副団長が散開し、後続の傭兵団に指示。

 

 

幾重の魔法攻撃、剣鬼の攻撃、それらに加えて、隙を見せた横原に剣や槍を用いて波状攻撃を仕掛けた。

 

 

止まる事の無い連撃に白鯨は絶叫を上げる。

白鯨はその巨体は確かに脅威ではある―――が、その逆、小回りが利かないと言う弱点もあるのだ。

 

更にそこへ。

 

 

「総員、離れろ!!」

 

 

戦場を貫くクルシュの号令。鉄の牙たちはいっせいに白鯨の身体から飛びのいた。

 

解放され、反撃に転じようと大きく旋回した所へ。

 

 

「横腹を晒した!! 今だ!!」

 

 

クルシュの射程を無視した剣技が、白鯨の身体を裂く。

そして、その号令の元、詠唱をし続け最大級に溜めに溜めた魔法隊の攻撃が開始された。

 

 

 

《アル・ゴーア!!》

 

 

 

複数の人員の詠唱が重なり、生み出された赤熱の極光。

 

 

まるで第二の太陽だ。

隕石攻撃を始めとした、驚きの攻撃を幾つも目の当たりにしてきているから、大概の事は驚かないつもりだったが、すごいものはすごい。

 

 

第二の太陽の爆裂は、白鯨の50mもの身体を呑みこむ。

炎上する身体を見て、その圧倒的な戦果を見て、討伐隊が歓声……勝鬨の様なものを上げてしまうのは無理もない事だ。

 

 

まさに一方的。

 

 

これまでは白鯨の神出鬼没な出現により、良い様に蹂躙され続けたと言うのに、400年分の想いを全て乗せて、逆にやり返した形となった。

 

 

―――このまま、三大魔獣の一翼を堕とす事が出来る。

 

 

そう思える程の光景だ。

 

 

 

「かなり効いた感じがするぜ! このまま落とせるんじゃねーか!?」

 

 

炎の余波が届かない位置、熱風はラムやツカサの風の魔法で遮って貰ったので、ほぼ無傷。スバルは歓声を上げた。

 

正直、楽勝ムードとさえ思えてしまう。事前の策が全て嵌り、まだまだ余力を残し、切り札だってあるのに、出さずに勝利を目前。高揚感が湧いて出ると言うものだ。

 

 

 

「―――いや。まだみたいだよ。………何せ アレだけやっても、アイツの高度は落ちてない。……落ちる様子もない」

 

 

 

そんな楽観的なスバルの意見に首を振ったのはツカサだ。

極大魔法を当てた。剣鬼と戦乙女の剣撃で彩った。

 

 

何処にどんな力が働いているのかは不明だが、消耗したのなら、浮遊する力、宙を浮く力も失っても良い筈だが、落ちる気配が全くない。

 

 

 

「……出来る事なら、今の奇襲で地に落としてしまいたかったですが」

 

 

レムも悔し気に魔獣を睨みつける。

 

 

 

「巨大故に、的が大きい。……って侮ってたわ。ツカサが言っていた様に、自己再生能力も高いと言う事ね」

 

 

 

ツカサと初めての邂逅の時。白鯨の一部を抉りとり、王都へと持ち帰った実績があった。

それにオットーの証言もある。

 

白鯨の多数の翼の一部を、損失させた筈なのに、今目の前に居る白鯨の身体は新品も同然だ。

つまり、ダメージは快復する事が出来る。

 

 

「ダメージ数と回復力が釣り合っちまってるかも、って事かよ、それ」

「……可能性は、ある。無限に回復出来るとは思わないし、思えないけど……ね」

 

 

 

10のダメージを与えたとして、直ぐに8程回復されたとなれば結局与えたダメージは2だ。

 

しかも、その力の持続性が解らない以上は、待てば待つ程、回復時間を与えてしまうかも知れない。回復されても、攻撃を続ければ……と思うが。

火力100%で永遠に攻撃出来る様な、機械染みた人間はこの場には居ない。マナを消費すれば消費しただけ消耗する。

 

 

鬼族であり、角から周囲のマナを吸収する事が出来るレムでさえ、同じ事なのだ。

 

 

 

「初っ端にキレる手札は、ぜぇんぶ切ったった。それでも落ちんちゅーことは、向こうのタフさが一枚上手や言う事やな」

 

 

リカードが帰ってきた。

 

 

「一当たりした感じやと、分厚い肌の下に攻撃すんは楽やないな。ワイの得物みたいに力ずくか、ヴィルさんぐらいの技量がないと、接近戦じゃジリ貧やぞ」

「それだけじゃないわ。……あの白い体毛。恐らくマナを散らす役割を果たしてる。威力を殺してるとみて間違いない」

「……ッ。はい。レムの魔法も見た目程効いてない様です」

「オレの魔法も同じだろう。……他とは違う魔法だけど、マナを使うって言う意味じゃどっちも同じ、って事か」

 

 

マナを散らす。

そう言う性質があるのであれば、魔法の燃料にマナを使う以上、白鯨とは相性が悪い。単純に火力不足、と言う面もある。

 

 

「いや、そう悲観する必要もあらへん。魔力散らす毛ぇ焼いて、その下の炙った鯨肉なら料理出来るんやからな。火の魔法は有効や」

「――――火、火か。……高度。………なら」

 

 

ツカサは、リカードの言葉を聞いて、次なる手を考えた。

白鯨はとてつもなくタフでデカい。……だが、衝撃に耐えている様には見えない。

クルシュの攻撃にもツカサの攻撃にも、衝撃だけの影響はその身体に現れている。

 

一定方向に継続して、力を与え続ける事が出来れば―――。

 

 

「レム、スバル。クルシュさんの所に。ちょっと強引だけど、あの白鯨を下に落とせるか、やってみる」

「はぁっ!? 無茶言うなよ、ツカサ!! あんだけの攻撃で落ちなかったんだぜ!? 自爆攻撃、みたいな事すんなら断固反対だぞ!」

「そんな事しないよ。堕とす、じゃなくて、落とすんだ。……魔法が切れたら、また空に跳び上がろうとするさ。……その隙を、一気に攻撃してもらう。高度が下がれば、もっと効率よく攻撃出来る。―――やってみる価値はある」

 

 

炎が晴れて、白鯨の頭が、角が顕わになってきた。

 

 

―――悠長に時間をかけてられる場合じゃなくなってきている。

 

 

 

「ラム、手綱を頼める?」

「任せなさい。……一緒に抗うと決めたあの日から、ラムの心はツカサと一緒よ。何処まででも」

 

 

ツカサの手を取り、そしてランバートの手綱を握り締めた。

 

 

「リカードは、落としたタイミング、ぶっ飛ばされない様なら、落ちたタイミングで同じく白鯨の余力を削って欲しい!」

「何すんのか知らんが、見せて貰おうやないかい。英雄様の一撃、ってヤツをのぉ!! お嬢に良い土産話ができるわ!」

「んっ! 落とせなかったら、恥かくね、それ!! でもやるだけやる! レム、スバル! 頼んだ!!」

 

やる気満々、それでいて成功させる気も満々。………加えて無茶する気も満々、と言った所だ。

色々と止めたい、皆で頑張る、と言いたい、言い聞かせたい所だが、皆で頑張った結果堕とす事が出来なかったのだ。

 

それを見て、落とせるかもしれない、と言うのなら――――これ以上、感情に任せて止めて、白鯨に回復の時間を与え続けるのも本末転倒と言うものだ。

 

「っ、っ、おう! ぜってーー無茶すんなよ!! オレばっか死ぬな死ぬな言われてっけど、お前だって同じだからな、兄弟!!」

「姉様、ツカサ君! ご武運を! 直ぐに、直ぐに戻ります!」

 

 

 

 

その後、ラムとツカサは座位置を交代。

ラムが前に、そしてツカサが後で白鯨に備える。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、第二の太陽は完全消失―――白鯨の巨大な目がギョロリ、と動いたのだった。

 



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白鯨戦③

暑さでダウン――――――――………Σ( ̄ロ ̄lll)…………


 

 

「ランバート。……ラムを頼むよ」

「フルルッ」

 

 

ランバートの背を2度、3度と叩いて告げるツカサ。

まるで意思疎通が出来ているかの様に、ランバートは駆けながらも頷いた。

 

 

「ラムも、()が起きたら ラムの魔法で位置を教えて。必ず帰ってくるから」

「言質取ったわ。破ったらただじゃ置かないから」

 

 

ツカサの方は向かず、手綱を握り、前を見続けるラム。

ツカサが何をするのか、それを聞かされて、正直止めたい気持ちはあった。1人で無茶を、とも思った。

 

だが、現時点で、この討伐隊で あの白鯨に効果的な攻撃を入れる事が出来るのは? あの白鯨を一刻でも早く討伐する為の攻撃を行えるのは?

 

クルシュやヴィルヘルムの剣撃。

討伐隊の総力を結集した魔法攻撃。

傭兵部隊の総攻撃。

 

 

数多の攻撃を受けても尚、あの白鯨の高度が落ちてこない。

 

 

なら―――、白鯨を撃退した英雄の力を借りる他無い。

 

 

「……………ッ」

 

 

ラムは、自然に手綱を握る力が上がる。

ラム自身は、たら、れば、は言えない。言う事が出来ない。

 

 

でも、どうしても思ってしまう。

 

 

―――ラムに角があったら?

 

 

それは、レムを責める訳でもなければ、失った事に対して後悔を、蒸し返す訳でもない。

だが、それでもツカサに関しての事柄となれば話は別だ。

 

鬼族の皆からは神童であると持て囃された。

魔女教の襲撃から、どうにか抗って見せる事が出来ていた。

 

 

―――その力を如何なく発揮する事が出来たら? 

 

 

少なくとも、ツカサを1人にはさせてない筈だ。

 

そんな時、だった。

ラムの頭に感触があったのは。

 

 

「ラムにも、思いっきり頼るから。だから、助けてよ? ……ね?」

 

 

それはまるでラムの心情を見抜いていたかの様だった。

ラムの心に深く深く入り込んでくる言の葉。

 

そして、ラムがそのツカサの気持ちを解らない訳がない。

 

何故なら、ラムだって同じ事を言い続けてきたも同然だから。

角を失い、自らを責め、代替品であると卑下し続けてきたレムに対して、ラム自身がずっと言い聞かせていた事と同じ事だから。

 

 

 

「当然、よ。必ずラムも力になる。……必ずラムも助ける。だから、頼んだわ。ツカサ」

「ん。スバル風に言うなら オーケーって感じかな。……なんか良い。俄然最強な気分」

「当然よ。ラムとツカサだもの。―――んっ」

 

 

ツカサがスバルに関する事柄を持ち出してきた事に関しては不満が残るが、ラムは咄嗟に振り返り、素早く、それでいて的確にツカサの白鯨の方を見続けているツカサの頬に向かって口づけをする。

 

 

 

「景気付けよ。―――行ってきなさい」

「んっ。……行ってくる」

 

 

 

爆炎が晴れ、白鯨の目が明らかに変わったのを視認した。

奇襲攻撃を受け続け、身体を負傷し続けた。

皆の攻撃は決して無駄ではなかった分、厄災を冠する魔獣の()を変えた。

嫌な予感しかしない悪魔の目。

 

 

 

だが、その更に上を行くのが、英雄だ。―――ラムの、英雄だ。

 

 

 

 

 

ランバートの背より、飛び出したツカサは普段子供達と遊んでいる時以上に。王都でラムと空を飛んだ時以上に、更に更に高度を上げていく。

 

嵐を纏い、宙を泳ぎ、白鯨の死角(頭上)を捕った。

 

 

 

「テンペスト、エクスプロージョン」

 

 

 

左手に嵐を、右手に爆炎を。

2つの魔法を合わせて放つ。

 

ギルティラウを一蹴し、ウルガルムを焼き飛ばした爆炎の竜巻。

 

アーラム村の事を考え、規模を縮小させていたが、ここは空の上。下は三大魔獣。

何を遠慮する事があろうか。―――景気よく放つ事が出来ると言うものだ。

 

 

 

 

「クリムゾンフレア」

 

 

 

 

巻き上がる爆炎の竜巻ではなく、上から下へと落ちる爆炎の竜巻。

 

白鯨が上部に熱源を感じた時にはもう既に遅いだろう。

竜巻の速度、暴風の速度を纏った焔を回避する事など出来ない。

 

 

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

それはまるで、デカい身体が、くの字に降り曲がるかの様。

懸命に落ちない様に高度を保とうとし続けているのだが、上から下へと伝わる重力も合わさり、身体を持ち上げる事が出来なくなった。

 

 

上から押され続け、更に炎が身を包む。

高度を保ったまま、焼かれ続けるか、若しくは大地へと逃げ、地を這いずって炎をどうにかするか。

 

 

 

―――魔獣が本能的に選んだのは、地の方だった。

 

 

 

大地に叩きつけられて、転げまわる。

暴れ狂っている今の状態では、高度が下がったとしても近付くのは困難。

おまけに多少は、白鯨の荒療治で炎は散りつつあるとは言え、まだ健在。

 

生憎、味方は燃やさず、敵だけを燃やす、と言った様な都合の良い炎ではないのだ。

 

 

 

 

「―――解除っ」

 

 

 

 

そこはツカサも重々承知だ。

 

白鯨を強引に堕とす事は成功したが、炎が味方にまで影響が出てしまえば本末転倒。

炙り続けるより、やはり接近して攻撃した方が余力を削れるのは確認済みだから。

 

 

 

「あの白い毛………、想像より全然焼けてないな。……鯨肉にするのは難しそうだ」

 

 

 

討伐隊の魔法、アル・ゴーアの集中砲火。

ツカサの魔法。

 

 

どれもこれも、生物を焼くと言う意味では、白鯨の身体を包む程の規模の炎だった。

普通に考えれば、焼け爛れ、燃えカスが地に降り注いでも不思議ではないのだが……。

 

 

 

「っ、と。それは兎も角。早く下りないと……」

 

 

 

眼下では、リカードら傭兵部隊も阻まれていた炎が消えたのと同時に。歓声の類は消え、痺れを切らせた様に、白鯨に乗り込む。

 

同じく、ヴィルヘルムも尾の方から白鯨の上を目指していた。高度が届く様になった分、討伐隊も次なる行動に打って出ている。

総攻撃の第二陣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃー、炙られ続けるの勘弁にゃ」

「わっはっは!! オレの自慢の兄弟だからな!」

 

 

眼下にて、直接的な戦闘力を持たないスバル、そして回復特化であるフェリスが合流していた。

 

ツカサが白鯨を落とす、とは聞いていたが……、討伐、と言う意味ではなく、本当に物理的に白鯨の高度を落とした結果に度胆を抜かれたのは当然の事。

 

何をするのか、ツカサ本人の口からはきいていたが、実際に目の当たりにするのと聞くだけのとではワケが違うのだから。

 

 

 

「っとと、笑っても居られねぇ。皆の武器が届く位置まで落としてくれたのは完璧! だが、こんだけ火力集中してる場面にオレが近づくのはかえって邪魔になるな。レム、さっきみたいに魔法をぶち込んで、援護! って訳にはいかねぇか?」

「先ほどと同規模の詠唱はまだまだ時間がかかってしまいます。それとレム単独の水属性の魔法は、恐らくマナが散らされてダメージらしいダメージが通りません。ツカサ君の魔法と合わせて打てば或いは、と思いますが」

「兄弟は極大魔法ぶっ放したばっかで、今どこに居るかわかんねーし。戻ってきた途端に働け、なんて、分が悪過ぎるよな。ラムにぶっ飛ばされそうだ」

 

 

ツカサのおかげで、白鯨に手の届く位置で戦えてる。

かなりの貢献であり、戦果だ。

クルシュもそれは思っている事であり、現在でこそ、最前線で指揮をしていて、攻撃に集中しているが、スバルが伝令に向かった時は、感心しっぱなしで、感謝の言葉を口々に言い、そして討伐隊の士気向上にも利用した。

 

 

流石は英雄―――と言いたい所だが……。

 

 

「悔しいぜ、クソ。動きがあるまで見てるしかねぇ、ってのは」

「歯痒い気持ちは、解るよ、スバルきゅん。フェリちゃんってば、攻撃手段ないから、基本見てるだけしか出来ないし? 慣れてると言えば慣れてるんだけど。歯痒い気持ちってのはいつだってあるよネ。ツカサきゅんに クルシュ様とられちゃう可能性が上がる~~って考えちゃうのも困ったもんだヨ」

「……クルシュさんをエミリアたんに当てはめて考えてみると……、他人事じゃねーからなぁ……っとと、それより! フェリスは良いじゃねーか。お前は回復特化の生命線だしな。元々最強の囮であるオレと違って、前に出て貰っちゃ困るってもんだ。だから、役割が回ってきた時はビシッ、とこなしてくれよ、頼むからよ!」

 

 

この戦いの場、修羅の場において、いつも通りの雰囲気、調子で話しかけてくるフェリスにスバルははっきりと念を押した。

 

良い具合に緊張を解してくれる、と言う意味では有難かったりもするが、それはそれ、である。

 

 

その答えにフェリスは、ふーん、と片目を瞑って笑う。

 

 

「……ホント、大分変わったよネ? スバルきゅん。ユリウスにボコボコにされた時とは大違い」

「オレのトラウマほじくってくんなよ!!」

「にゃはは。……でも、ほんとすごいよネ? いったい、何があったの?」

 

 

ツカサの影響か? とも思えたが、それなりに付き合いのある間柄だ。

今更ツカサが何かした所で、大きく影響されるとは到底思えない、と言うのがフェリスの考え。

 

スバルは、ユリウスの名が出て、盛大に抗議したが……次第に頭を掻きながらトーンダウンし、苦笑いしながら告げた。

 

 

「しいて言えば、ちょっとだけマシな男を目指した、ってだけだよ」

「ほーー、ひょっとして、レムちゃんがスバルきゅんを男にしたのかにゃ? お祝いした方が良い??」

 

 

その答えはイエスでありノーでもある。お祝いは要らない。

 

場違いな下世話さを発揮し過ぎだろ、と怒鳴りかけた。

 

 

 

その時だ。

 

 

 

 

「!! ヴィルヘルム様とツカサ君が!!」

 

 

 

 

怒鳴る前に、レムが叫んだ。

 

 

 

慌ててレムの見る方角へ視線を合わせれば、そこには白鯨の背を走る老剣士が、そして白鯨の直ぐ真上に、白鯨と共に飛んでいる英雄がいた。

 

老剣士、ヴィルヘルムはただただ鬼気迫るが如く勢いで、白鯨の胴体を縦に切り開き続ける。

尾から背にかけて疾走。

 

その開き、鮮血を彩る最中、英雄ツカサは これ以上無いえぐい攻撃手段を展開していた。

切り開く傷口を無理矢理こじ開けるかの様に、切れ込みに風の刃、暴風を強引に捻じ込ませ、自己再生を阻害し続けているのだ。

 

白鯨は再生する事は出来ない。傷口が閉じる事無く、鮮血がまるで鯨の潮吹きの様に空を紅く染め続けていた。

 

それは戦いとは呼べない。……拷問に等しい行為だ。

常軌を逸した責苦。

 

 

だが、スバルも含め、思わず苦言は呈したとしても、白鯨に同情する者は皆無である。

 

 

苦痛に耐えかね、中空で身を捩り、時には地面に身体を擦り付けて紛らわせ続ける。

 

これまでの攻撃手段の全てが、白鯨に当たっている。白鯨は一切対応が出来ていない。

 

あの三大魔獣の一翼。

 

霧の魔獣。

 

400年もの間、世界を苦しめ続けてきた厄災の哀れな姿に、完全にこちらが追い風になり、圧倒しているのを実感。

 

 

「いい加減、ラムも暴れたりないわ」

 

 

地でツカサを待っていたラムだったが、白鯨を落として戻ってきた時は安堵したし、心の底からホッとしていたが、すぐさま第二の攻撃が始まるや否や、ツカサは飛び出してしまう。

 

頃合いを見て何度も戻ってきては、白鯨の元へと飛んで~を繰り返していく内に、ラムも充てられた様子。

鬼族の血か、ツカサと共に、隣で共に在りたいと言う欲求故にか。

 

 

「んっ! リカードも、まだまだ暴れたりないんじゃないっっ!!」

 

 

ツカサは、ラムが来たのを確認。

フーラで、ツカサがしていた様に、ヴィルヘルムが切り開いた傷口を開き続けるのを見届けた後に、リカードの傍へと飛んだ。

リカードは最初こそ驚いたが、すぐさま意図を察した。

 

 

「どうする、上――――――来る?」

「おおよ! その招待、是非とも乗らしてくれ!」

 

 

まさに風の渡り船。

 

ツカサは、リカードの乗るライガ―事、風で浮かせて白鯨の背に案内。

 

最初こそ、足が地から離れて混乱し、動揺していたライガ―だったが、リカードが宥め、そして何より直ぐに白鯨の背に到着した事もあって直ぐに落ち着けた。

 

 

「んじゃ……」

 

 

白鯨の背に乗ったのを確認すると、リカードとアイコンタクト。

 

 

 

 

 

 

「切り放題」

「食い放題や!!」

 

 

 

 

 

 

リカードとツカサは二手に分かれた。

 

ヴィルヘルム、リカード、ツカサ、ラム。

 

4人の猛者は、只管 巨大な白鯨の背の上で暴れまわるのだった。

 

 

 



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白鯨戦④

 

暴れまわる4人。

同じく暴れまわる白鯨。

 

 

お陰で、遠距離の攻撃以外の手が出せなくなってしまっている。

 

 

「圧巻、とはこの事か。参戦したい気分ではあるが……」

 

 

クルシュも遠目に見ていて、あの4人の中に飛び込みたい衝動に苛まれる。

だが、前線に立つのと同時に、討伐隊の指揮をとらなければならない立ち位置でもあるが故に、遊撃の様な真似は出来ないのだ。

 

 

出来る事と言えば、隙を見て あの4人に当たらず影響も及ぼさず、白鯨にダメージを与える百人一太刀を浴びせるだけだ。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

数合目になろう風の刃を白鯨に当て、鮮血が宙に舞う。

 

ひょっしてこのまま、何事も無く白鯨を討伐出来れば、と思うが―――、どうにも嫌な予感がする。気持ち悪い悪寒が拭えない。

 

 

「―――400年も世界を食い荒らしてきた魔獣だ。そう簡単には終わらない、と言う事か」

 

 

嫌な予感を吹き飛ばす様に剣を振るい、そしてクルシュは暴れる白鯨に睨みをきかせ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鯨の背の上では、白鯨にとってはまさに惨劇とも言える展開が繰り広げられ続けていた。

流れる血は、白鯨の《白》の字を《赤》に変えんかの如く吹き、出血多量につき絶命してもおかしくないだけの血を流し続けていた。

 

 

「攻め疲れ、っちゅーのは随分久しぶりやで……。こんだけやっても、堪えんとかどんだけ頑丈な身体やねん」

 

 

ザクッ!! とリカードは大鉈を突きさして一息。

 

ヴィルヘルムはその間も縦横無尽に動き回りながら、鮮血に染め上げていく。

彼が幾度も白鯨の背で切り続ける事が出来ているのは、理由がある。

 

そう、宙に居るツカサの存在だ。

 

白鯨の背から振り落とされたとしても、あの風の魔法を用いて戻している。

ヴィルヘルムは一度体感すると、二度目からは、その風の反動をも利用して攻勢に打って出ているのだ。

 

 

「ちと、疲れたから食休め、や。お前さんも相当消耗しとんのとちゃうか? ペース配分考えんと、後々しんどいんとちゃうか?」

「こっちは大丈夫。ヴィルヘルムさんの動きに合わせて、風を調整するのに神経使うけど、そのくらいでまだまだイケる。―――リカードは知ってると思うけど、オレ達の本命はこの後なんでね」

「ははっ、やっぱヤバイなぁ兄ちゃん! お嬢が夢中になる理由が解るってもんや。全部終わったら、ワイら傭兵部隊んトコこんか? 高待遇で迎えんで?」

「はははっ! それは光栄。でも、オレが居るべき所はもう決まってるんだ。ゴメンね」

 

 

ラムが戻ってくる。

肩で息をしているのが解るから、直ぐに抱き寄せて、クルル経由でマナを移譲。

 

 

「見ての通り。―――俺の両手はもう塞がってるんだ」

「熱いなぁ兄ちゃん! そっちの嬢ちゃんも、ほんま ええ男捕まえたな!」

「……当然です。ラムのツカサだもの」

 

 

マナの移譲が無ければ、倒れていたのでは? と思う程だ。

 

それなりに行った。一度引くべきかどうかを、ラムの様子を見て決めたツカサ。

 

 

「そろそろ、第二陣の装填も出来てると思うし、一度白鯨の背から降りる?」

「ヴィルさん次第やな。―――まぁ、あん人も解っとると思うが」

 

 

リカードはチラリとヴィルヘルムを見た。

吼えながら『降りる前に、眼を頂く』と言い、眼球を抉り取っている。

 

 

人間よりも遥かに巨大な眼球は、ヴィルヘルムの剣撃により、切り開かれ……。

 

 

 

「目が落ちるぞ!!!」

 

 

 

どこからともなく聞こえてくる大喝采と共に、自然落下した。

 

 

そしてツカサは 討伐隊の砲撃部隊の方を見た。

次弾装填出来た合図はしっかり打ち合わせ出来ている。その兆候を逃さず確認すると。

 

 

「2人とも、一旦降りるよ」

 

 

リカードとライガ―、そしてラムを包み込む様に旋風を起こし、そのまま白鯨の背から地へ。

 

 

一足先に降りていたヴィルヘルムは、先ほど抉り取った眼球を完全に破壊して白鯨に見せつける様に持ち上げて、口の端を上げ、凄惨な笑みで勝ち誇る。

 

 

「―――無様」

 

 

剣鬼のこの姿もそうだが、それ以上にあの白鯨の背の上戦い続けた3人に惜しみない称讃の嵐を送る。

 

 

 

―――如何に白鯨と言えども、成す術もない。

 

 

 

そう思える程の戦果を齎した4人組だったからだ。

 

それ程までの戦闘力、そして強敵。

白鯨は自分自身が危険である、と言う事を切り刻まれ続けて漸く遅まきながら認識したのかもしれない。

 

 

 

「白鯨の目の色が……変わったぞ!!」

 

 

 

誰かが、叫んだ。

抉り取った眼ではなく、残った方の眼球。

 

黄色と黒で構成された眼球が、遠目から見ても解る程、鮮血の色をし出した。

 

 

 

「む!!」

「なんだ……!?」

 

 

 

ヴィルヘルムが、そしてツカサが身構えた。

リカードはもう既に一時鉄の牙の元へと戻っていっているから反応が遅れたのかもしれない。

明らかに変わる雰囲気。

見上げ、あの傷を背負っても尚、宙を泳ぎ続ける白鯨の様子が一変する。

 

 

 

 

――――ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 

 

咆哮を上げ、隻眼となった怒れる魔獣は、大気、大地を揺らす咆哮を上げ続けた。

4人が下りた事で、我先に、と白鯨に刃を向けようとした者たちが、一目散に退避を意識させる程の変貌。

 

 

そして何より―――生理的な嫌悪感が堪えきれない。

 

 

 

「おい、レム……あれって……」

「……はい。白鯨の無数の()が開いています」

 

 

無数の口とは? 間違えてないか? と思いたくなるが、眼前の光景を見て言葉にしようと思えばそう称する以外ないのだ。

 

普通口は1つだ。

白鯨の口も―――戦いの最中、何度も何度もあの巨大な大地をも呑みこみ兼ねない大きさの口を開けて迫ってくる姿は見続けているので、白鯨だって口は1つだ。

 

 

だけど……確かに開いたのだ。無数の口が。

 

 

もう1つ……言い方を変えるとするなら、こうだろうか。白鯨の全身にあった口に似た窪みが、無数の窪みが一斉に口開く様に開き―――そして咆哮を上げ続けているのだ。

 

 

 

金切り声の様な響き、それはあの無数の口から発せられている様に思える。

不協和音は、聴覚を刺激し、脳に迄達する。

 

この場の全員が武器を収めて、耳を塞ぐ事に集中してしまった。

 

 

 

 

 

 

そして―――この場に居た全員は思い出す事になる。

 

 

 

優勢に攻撃を続けていて、何もさせず圧勝だと思い始めていた頭の中で、思い出す事になる。

かの白鯨は、なんと呼ばれていたかを。

 

 

そう、かの存在は三大魔獣の一角にして―――。

 

 

 

 

 

 

―――ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 

 

 

 

《霧の魔獣》

 

咆哮と共に身体の無数の口から《霧》を撒き散らされた。

街道の広範囲にわたり、全てを包み込むかの如く撒き散らされる霧。

 

空から降り積もり、直ぐ前方の視界さえも覚束なくなる程の勢い。夜払いの効果までも呑みこんでゆく。

 

 

 

 

 

「霧―――」

 

 

 

 

白鯨の呼び名、代名詞である《霧》。

 

それを認識した時には既に世界(・・)は霧で包まれていた。

 

視界は遮られたが、声だけははっきりと聞こえてくる。

それも只ならぬ様子の声。

 

 

 

「総員、退避――――――っっ!!」

 

 

 

離れた位置で指揮を執っていたクルシュの声が平原に響く。

それと同時に、各小隊長であろう声も同じく場に響く。

 

悲鳴も―――。

 

 

 

「くっっ―――――デュアル……テンペストッッ!!」

 

 

 

白鯨の変貌に、一歩出遅れてしまった。

 

ツカサは少々『溜め』が少ないが、それでもそのタイミングで出来うる最善・最短の二重のテンペストを放った。

 

 

霧が爆発したかの様に霧散し、四方八方に掻き消える。

 

 

ある程度の中空で放った為、地を掛ける討伐隊への影響は最小限度で済むだろう。

 

 

「くそっ……!! 無事で、無事でいてくれよ……! ラム! ヴィルヘルムさん!」

「解ってるわ」

「承知!」

 

 

ツカサとラムは、ランバートの背に乗り、ヴィルヘルムも同じく赤い地竜の背に乗って、霧の晴れた方角へと駆ける。

 

 

 

 

完全な総力戦、火力戦になると想定していたが故に、白鯨戦では《揶揄者(ザ・フール)》とは相性が悪いと思い、使用せず、攻撃魔法に集中していた。

 

つまり、安易に戻る事は出来ない。

 

最悪の事態となれば、あの数日前。スバルの死に戻りの場面に戻る事は出来るが、それは自身の相当の戦力ダウンを意味する。白鯨だけでなく、魔女教の事も考えると―――戻る事は難しいと言わざるを得ない。

 

 

「(皆無事でありたい。……でも、全員生存は現実的じゃない、のか。……切れる手札(カード)はある。……でも、1回限りの最終手段。使いどころを見誤ったら、自分の首を絞める……っ)」

 

 

頭の中を横切るのは、あのパックと相対した時の事だが……。

 

 

「ツカサ」

「!」

 

 

背に居るラムから、回された腕の力が増したのと同時に声が聞こえてきた。

 

 

「全部背負う必要は無いのよ。ラムがついてる」

「ん……ありがとう」

 

 

 

 

 

開けた視界、目に飛び込む大地の惨状。

それを目にした瞬間から、甘く欲深く、傲慢とも言える考えは霧散した。

 

 

全てを救う? 

そんな事が出来ると自惚れているのか?

 

 

 

そう思わされた。

 

 

平原の地面は、至る所で抉られている。巨大な穴があり、抉られ、大地を形を変えられ、何度も見てきたリーファウス平原の姿はそこには無かった。

 

白鯨の物理的な攻撃で、ここまで大地を削ったのか? と一瞬思えたが、どうにもあの巨体とこの大地の損傷の傷跡が合わない。

 

 

「これが、霧。……視界を遮る程度の水分じゃない。本当の意味での霧」

 

 

霧の魔獣と呼ばれる所以。

その霧の性質が大きく分けられて2種類ある事は事前ブリーフィングで聞かされているし、現に自分自身も今まさに見ている。

 

 

1つは、視界を遮る霧。

偏に視界を遮り、と言うが、その規模が半端じゃないのだ。街道をも覆いつくす霧。自らの巨体も完全に隠す事が出来、領域を拡大する為の霧だ。

 

ツカサのテンペストである程度吹き飛ばす事が出来ている事から解るように、決して防ぐ事が出来ない類の代物ではないが、無限に思う程撒き散らしてくるが故に、消耗戦になってしまえば、分が悪くなる。

 

そしてもう1つ。

これがもっとも厄介な霧。

目の前に広がっている光景を、大地の亡骸を生み出した霧。

 

触れた部分を消滅させる霧。これまでに一切見せなかったのは纏わりついていては放てないのか、或いは本気を出すに至らない、と浅はかだったのか、だ。

 

触れた部分から消滅するその霧の破壊力、恐ろしさは一目瞭然。

そして、何より―――。

 

 

 

 

「―――助かった。すまない、ツカサ」

 

 

 

集団に合流を果たしたツカサを迎えたクルシュは開口一番感謝の意を伝える。

 

 

「もう少し、遅れていればもっと犠牲が出ていた……っ」

「何人、やられてしまったんですか?」

「合わせて11名だ。……文字通り消滅させられてしまった。倒れた者たちの名誉すら、最早守る事は叶わない」

「……すまないッ」

 

 

ツカサの直ぐ後ろに居るヴィルヘルムも唇を噛みしめる。

自身が先導し続けた呼びかけ続けたが故に、彼らは消滅してしまったからだ。

 

だが、自らの意思で、戦の場にたった以上覚悟は出来ている筈だ。それを軽んじる事はあってはならない、とも思うのだが、それでも……、《存在の記憶ごと、消滅させられてしまう》のだけは、どうしても我慢ならない。

 

悲しむ事も、怒る事も、……侮辱する事すらも、正確に出来ないのだから。

 

 

 

「ッ、スバル!! レムッッ!!」

「おう!! こっちは大丈夫だ!!」

「大丈夫です、ツカサ君!」

 

 

ツカサは一瞬危惧する。

スバルが死ねば、自分自身も元に戻るのは間違いない。

 

だが、白鯨の霧に《消された》場合がどうなってしまうのか皆目見当もつかない。

 

スバルの中に居る、あのナニカが 想像の通り―――かの魔女(・・・・)であるのなら、その配下とも言って良い白鯨、暴食に消されるとは考えにくい事ではあるが、それでも検証できないし、しようとも思わない。

 

 

だから、最悪―――消滅してしまった? と思ったのだが、その心配は杞憂に終わった様だ。

 

 

ラムが直ぐに駆け寄り、レムもラムの身体を気遣う。……本当に無事でよかった。今は(・・)、だが。

 

 

「……兄弟は、覚えているか(・・・・・・)?」

「―――ああ、勿論だ(・・・)

 

 

スバルの問いに間髪入れずにツカサは答える。

傍から見たら、意味の解らない内容かもしれない。

 

 

そう―――消滅し、この世界から存在の記憶事消された人達の事を、だ。

 

 

 

「………なんて事ない。オレは この世界の一部(・・・・・・・)じゃない、って事が正確に分かったよ。予想通りとはいえ、少々複雑かな」

「それをいや、オレだってそうさ兄弟。………だが、オレらだけ覚えてるから、って割り切れねぇよ。こんな完全に忘れられちまうなんて……ッ」

 

 

聞いていた通りとはいえ、あまりにもむごい事だ。

愛する人が、共に過ごしてきた仲間が、親友が、かけがえのない主が。

 

誰であろうと等しく、あの霧に消されたら覚える事は叶わないのだから。

 

 

 

「厄介な霧が出てきてしもうたな。兄ちゃんの風で全部ぶっ飛ばしたり出来んか?」

「……白鯨を落とす事は出来ても、こうも広範囲に散らばった霧を全部、って言うのは無理だったよ」

「……そらそうやろな。出来とったら直ぐヤル。それが兄ちゃんや。ヘンに安心してもうたな」

「リカードの方の鉄の牙は、皆大丈夫?」

「おうよ。しっかり数は抑えとる(・・・・・・・・・・)。忘れとるだけ、って事も無い」

 

 

一先ず鉄の牙は大丈夫な様子だ。少々離れた位置に居る様だが、あの賑やかなミミの声も聞こえてくる。

 

 

 

 

 

「―――聞けッッ!!」

 

 

 

そんな時だ。

士気が危険水域にまで達しかねない、と判断したクルシュから怒号の様な声が響く。

 

 

 

「ツカサのお陰で、一時霧を除去する事が出来たとはいえ、依然周囲は包まれている。……彼奴が霧を再び攻勢にでれば直ぐにでも再びこの場も包まれるだろう。その霧に隠れ、潜られた今、どこから襲ってくるかも解らない。密集していれば、下策もいい所だ。だから、まず―――」

 

 

 

討伐隊の顔ぶれを見渡し、クルシュは手短に説明をしていたその時だ。

 

 

 

 

 

 

―――ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 

 

 

 

 

再び、金切り音と共に、拡散型の霧が迫ってくる。

ツカサが吹き飛ばした部分を、簡単に追加補充してくる霧。

 

視界攪乱は十八番、と言わんばかりの《霧の魔獣》本領発揮。

 

 

 

「デカい図体して、まともじゃ勝てないから、狡い真似しようとしてるのか……!? それに、同じ手を二度も、とは。―――舐めるなよ」

 

 

 

今度は先ほどの風の魔法とは違う。

入念に、しっかりと練りに練って竜巻(テンペスト)を生み出す。

 

ラムも、そのツカサの手に自身の手を添えて、更なる威力を生み出そうとマナを練る。

 

 

 

そんな時だった。

 

かの霧の魔獣は、単に同じ手を二度使った訳ではない。

 

 

 

 

あの霧を発生させる合図でもある金切り音とはまた違う音。

何か―――目に見えない何か(・・)が、討伐隊全体を覆ってきた。

 



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白鯨戦⑤

 

 

 

白鯨の次なる手。

 

 

 

「―――――ッッ!!」

 

 

ツカサやラムの風の魔法の活躍もあり、それなりに霧が薄れたリーファウス街道に軋るような嬌声が響き渡った。

 

 

「うぉあっっ、なんだなんだなんだなんなんだ!?」

 

 

生理的嫌悪感、とでも言うべきだろうか。こみ上げてくる嫌悪感。

これまでのどの攻撃手段とも違う別次元のおぞましさは、この霧を介して伝わってきている様で、平原中に響き、舐め回していた。

 

 

 

「ッッ……、耳障り、の次元じゃないな」

「ぁ――――ッ」

「ラム?」

 

 

 

ツカサの直ぐ後ろに居たラムが。

マナの移譲を施していた時に伝わっていたラムが明らかに変わったのをツカサは手で感じ取る。

 

白鯨を牽制する為に、周囲を見ていたツカサだったが、視線をラムへと移した。

 

ラムは目を瞑り、眉間に皺をよせ、どうにか堪えようと踏みとどまっている様に見える。

 

 

「ラム!? ラムっ!!?」

「だ、だいじょうぶ……よ」

 

 

毅然と振舞おうとしているが、その表情を見ればただ事じゃない。ラムをよく知っている……と言うより、例え知らなかったとしても、解るレベルで表情が変わっている。

ツカサは思わず抱き寄せようとしたその時だ。

 

 

「あァァァァァアアアアアァァァァァッッッ!!」

「あう、あぐ、あぐ、ふぐっっっぁぁぁぁあああ!!」

「あァあァあァあァあァ――――っ!!?」

 

 

至る所から、悲鳴? いや、奇声を発せられたのは。

地竜に跨ろうとしていた者は、奇声を発しながら地に落ちて、転がり回っている。

或いは、頭を大地に打ち付けて、喚き散らしている。

 

そして―――誰もが共通するのは、その表情。目を見開き、狂ったかの様に呻き続けている。

 

 

「お、おい、お前らどうしたんだよっっ!? レムっっ!?」

「ッ……、さっきの、で。《霧》が精神に直接………、マナ酔いに似てますけど、ヒドイ……ッッ!」

 

 

スバルと一緒にいるレムも、ラムの様に声は押し殺しながらも、苦し気な声で答えていた。

 

 

「マナ酔いっ!? やっぱ、ただの霧じゃなかったって事か!? くっそ、霧に耐性がある奴と無い奴がいるのかよ……、ツカサやヴィルヘルムさんが大丈夫そうなのはせめてもの救いっていや、そうだが………」

 

 

ツカサを見て、問題なさそうなのは間違いないが、ラムはそうはいかない様だ。

レムの様に鬼化できないと言う点も考慮すると、体内、オドにまで浸蝕してきた霧に抗う術を持ち合わせているのだろうか、不明であり、心配な点だ。

 

だが、ツカサが傍にいる。

 

ツカサならば、絶対にラムを救う。

そこだけはスバルの中ではある意味譲れない信頼だ。

 

だから、今自分が出来る事は……。

 

 

「っ、まずは、お前っっ!!」

 

 

直ぐ傍でうめき声をあげながら自傷行為を続ける男を取り押さえた。

 

 

「止めろ、止めろ!! それ以上は傷がやべぇっっっ、って!!」

 

 

技術を伴う身体能力はさて置き、単純な腕力、筋トレはしてきたつもりなので、男1人位抑える事は出来るだろう、と押し倒す形で取り押さえた。

 

だが、それでも想像以上の力具合だ。

体のリミッターが外れた火事場の馬鹿力に似ている。スバルを振り払うように腕を振り回し、只管顔面を掻きむしる。

 

 

「ィィィイイイイ!! 寄るなぁァァァ!!?」

「ぐぉっっ!? くそ、くそが!! 殺すより怪我人出す方が戦力的にキツイって話だが、それを怪物がやるかよっっ、あんな図体して汚ねぇやろうだ!!」

 

 

スバルは1人抑えて置くのに精いっぱい。他の面々も同じ様だ。

ヴィルヘルムも無事……とはいえ、全くの無傷とは言い難い。どうにか、自傷行為を取り押さえようと、奮戦する。

白鯨に攻撃をしていた時よりも、正直厳しいと言えるだろう。

 

 

「動ける者は負傷者を大樹の傍に!! 多少の実力行使はやむを得ん!!」

 

 

誰もが、血が噴き出してもお構いなしに、身体を掻きむしり続けている。

幸いにも眼球と言った部位を傷付けてはいないが、これでは時間の問題だったが、クルシュの一声で、方針転換をする事が出来た。

 

 

「どいてっ!!」

「フェリス!?」

 

 

体感的には、クルシュの声と殆ど同時だった。

殆ど同時に、フェリスがスバルと代わり、スバルが抑えていた男に回復を施した。自傷行為を続けて、奇声を上げ続けていた男は、見る見るうちに小康状態となり、瞼を閉じる。

 

 

「フェリックス様のお力であれば、汚染効果をはがせる様です……っ」

「その通り。レムちゃんは、大丈夫……とは言い難いケド、皆と比べたら大丈夫だよね?」

「勿論です。フェリックス様は他の皆さまを………っ」

 

 

自力で何とかしたレムは、口籠った。

 

その訳はスバルにも十分解る。

これだけの規模の被害だ。回復特化の生命線であるフェリスの手が完全に塞がってしまう事を意味する。

 

攻撃は最大の防御、と言う事でツカサやヴィルヘルム、リカード達で特攻気味に攻撃を仕掛けて、時間を稼ぐ―――と言う他力本願極まる策を考えたが、霧に潜った今、それが最善の手段だとは正直言い難い。

 

 

「どっから攻めてくるか解んねぇ今、ずっと無防備ではいられねぇぞ」

「うん。その通りだよ。正直不味い状況だ。こんな攻撃してくるなんて、思ってもいなかった(記録(セーブ)読込(ロード)を縛ったのは、失敗だった? でも、これ以上の戦力ダウンは……っ)」

 

 

情報収集はツカサの十八番でもある。

未来から過去へと戻る事が出来るので、当然だ……が、白鯨・魔女教と連戦して相手にする以上、負担の大きい時間遡行(ループ)系の魔法を安易に使うのは好ましくない、ともいえる。

 

あのペテルギウスなら兎も角、この物量戦がモノを言う白鯨戦ならば尚更。

 

 

「! ツカサ。大丈夫だったか!? ラムも!」

「キンキン叫ばないで。白鯨の霧より不快よ」

「その毒舌聞けてめっちゃ嬉しい、って思ったの初めてかもだよ、姉様! 無事でよかった」

 

 

不安要素はあまりにも大きいが、とにかくラムと共にツカサは戻ってきていた。

ラムの様子も問題なさそうなのを間近で確認出来て、安堵するスバルとレム。

 

 

「時間が足りない。フェリスにこのまま治療は任せるにしても、殆ど無防備も同然。今襲われたら、もっと事態が深刻になる」

「密集した皆が霧でヤられる、って言わない辺りは最高だな、兄弟。……正直、魔獣は畜生だって思ってるし、考える脳みそなんてもんも無ぇ、って今の今まで想いたかったんだが……」

 

 

スバルの言葉に、レムもラムも首を左右に振った。

 

 

「知能があるとは思いたくない、と言うのはレムも同じです。……ですが、この状況を作り上げた以上、あまり楽観視は……」

「バルス同等の知能だったら、とラムも思うけど、レムと同じね。……実に理に適った攻撃をしてくる相手よ。あの霧は、攻撃であり、身を隠す防御でもある。ほんとよく出来ているわ」

 

 

白鯨の頭の中までは読めない。

だが、レムやラムの言う通り、人間でも行いそうな兵法を魔獣がやってのけたのだ。

 

形勢は一気に逆転したと言って良い。状況も待てば待つ程悪化の一途。―――だが、この程度で、諦める訳もない。

 

 

 

「―――ふぅ」

 

 

そんな中で、スバルは大きく深く息を吐き、肺の中を空っぽにし、大きく息を吸って気を落ち着かせる。

すると、心臓の鼓動がゆっくりと、そして確かなリズムを刻んでいるのが自分でもわかった。

 

 

「(何を恐れる心配がある? 確かにキツイよ。ヤベェよ。……でも、オレはそれ以上(・・・・)を知っているだろ? それに、レムに宣言した事だって、無かった事にはならねぇ(・・・・・・・・・・・)よ)」

 

 

皆最善を尽くしている。

力になりたいし、力を渇望したのもスバル自身。

エミリアの為から始まり、今は力を合わせてこの白鯨と言う悪魔を打倒したい。

 

その為に―――できる事はあるのだ。

 

少しばかり、痛みを伴う事にはなるが、―――あの恐怖を、あの苦痛を思い返せば、乗り越える。乗り越えられる。

 

 

スバルはぐっ、と力を入れると、顔を上げた。

 

 

「借り物でも、勇気は勇気って事だ―――オレは、出来る」

 

 

意思は固い。

例え、魔女が心臓を握りつぶしたとしても、頼れる男が、傍にいるのだ。……英雄を目指す、と言う割には他力本願癖が全く抜けない気もするが、出来る最善を、全力で尽くす。

 

 

「じゃあ――――」

 

 

スバルが意思を固めて、告げようとしたその時だ。

 

 

「じゃあ、助けてくれ、スバル」

「!!」

 

 

告げるよりも先に、ツカサの方が早かった。

それは、あの時、ラムのと同じだった。

本当に力を借りたい、助けてもらいたい。

 

純粋に、裏表無く、頼りにしてくれてる(・・・・・・・・・)。それが解る顔だった。

 

スバルは、歯を見せながら笑みを見せると。

 

 

「やっぱ、兄弟には敵わねぇ! あったり前だ!! 見せ場、作るぜ!」

「んっ! 任せた」

 

 

ごつんっっ! と互いに拳を合わせた。

 

 

 

「レム、これから一番危なくて、ひょっとしたら、一番安全かも? って感じな所に行くんだが、付き合ってくれるか?」

「はい。―――どこまででも」

 

 

「とっておきを見せに行く。ラムも行く?」

「バルスを連れて行って、ラムだけ置いていくなんてさせないわ。当然よ」

 

 

 

レムもラムも、それぞれの最愛の人の頼みには躊躇しない。

頷く以外の選択肢は無い。

 

例えどんな死地であろうとも。

 

 

「一番危険で、一番安全な場所って何? 物凄く矛盾してるんだけど」

「そりゃ、オレも思った。でも考えてみりゃ、そうなっちまうんだよ。……オレだけなら、間違いなく最悪最強、ぶっちぎりで危険地帯。……んでも、そこに兄弟や姉様、レムまで付いてきてくれるんだ。この場で一番の安全地帯だって思っちまうよ」

「――――はは。成る程」

 

 

ランバートとパトラッシュに跨り、準備は出来た。

地上で暴れる仲間たちを引きとどめる騎士たちに向かって、大声でスバルは告げる。

 

 

「それどころじゃねーかもしれねーが、聞いてくれ!! オレ達で白鯨を惹きつける! その間、あんたらはフェリスの治療を受けてくれ!!」

 

 

スバルの行動に目を見開くのはクルシュだ。

常に全体を把握し、最善を尽くす為に、一番視野が広くなってる彼女こそが、この場で誰よりも、その話をハッキリと聞く事が出来たのである。

 

だからこそ、驚いた。

事前に戦えない、と言っていた男が、自ら白鯨を惹きつけると言うのだから。

 

 

 

「まて、一体何をするんだ―――!!」

 

 

 

引きとどめる事も出来ず、手を伸ばしたが、パトラッシュとランバートの動きの方が遥かに早い。

クルシュを横切り、霧の入り口付近まで差し掛かった所で。

 

 

 

「―――聞こえる奴らは耳を塞げ!! それどころじゃない奴らはそのままで!!」

 

 

 

禁忌の言葉が、他人に何処まで影響するのか、それははっきりとは解っていない。

ただ、以前にクルルには警告された事はある。

 

《心臓を食べちゃいたくなる程、独り占めしたい娘が、自分達だけの秘密を、他の誰かに話しをしたら? ボクの説得も無しで。……ひょっとしたら、自分以外にも影響クルかもしれないから覚えといてね》

 

 

正直ふざけて、遊んでる印象が拭えない。

その底知れぬ感は、パックのそれを遥かに上回る程のモノだから。

 

だからこそ、この土壇場であってもしっかりと覚えて置くし、予防線は張るのだ。

 

 

そして、この件に関しても説明はしている。

色々と脚色はして、スバルの内にいる彼女に怒られない程度に話をしている。

 

 

だから、声の届く範囲の討伐隊はしっかりと耳を塞いでくれるだろう。

 

 

「――――俺は、《死に戻り》をして―――!!」

 

 

信じているからこそ、躊躇う事なく禁忌の言葉を口に出した。

湧き上がる恐怖、心胆を締めつける感覚。

 

伸びるあの黒い手が傷付けるのは自分だけにしてくれ、と頭の中で念じる。

 

レムに触れるな、ラムに触れるな。……兄弟にも同じだ。

 

 

 

――――自分だけだ。―――自分だけが、今はお前を求めている。

 

 

 

スバルの言葉に、強く反応をしてくれたのか、それは不意に訪れた。

 

 

 

 

 

『愛してる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳元でささやかれる様な弱々しくか細い声。

だが、そこに込められている熱情はトンデモない。心臓を握られる。ハートをぎゅっ、と掴まれる、と言うのはこの事なのだろうか。

 

誰にも渡したくない情念は、スバルを離すまい、とその黒い手を伸ばして、しっかりとつかんだ。

 

 

スバルの心臓を――――。

 

 

不思議と、今は痛みではない。

ただただ、愛おしさが全身を支配する熱の中、真っ白に燃え上がった。

強く求めた結果なのだろうか、或いは―――――。

 

 

「っ……! 戻ってきたぁぁ!!」

 

 

刹那の邂逅。

スバルは無事現実世界へと覚醒した。

 

あの燃える様な情念。

愛おしさの中に切なさもあり、様々な感情で支配されていた筈だったが、解き放たれたスバルには、それがどんな感概だったのかも解らない。

 

 

スバルと、その身に居る彼女だけのもの――――、と言わんばかりだった。

 

 

 

 

「どうだ!? レム。オレから魔女の匂いは?」

「はい! 臭いです!」

「やっぱ、言い方悪いよな!? あんときと同じだ! 狙い通りなんだけど!」

「バルスが臭いのだから仕様がない事よ」

「大丈夫。帰ったらあの大浴場で疲れと身体を洗い流したら」

「だぁぁぁ、そっちもうるせーーよ! オレの体臭って訳じゃねーのしってんでしょ!?」

 

 

 

スバルが無事戻ってきた事、レムの、レムだけに感じる事が出来る魔女の匂いを放つ事に成功した事、色々な思惑が合致し、兎も角第一関門突破出来た。

 

 

ただ、スバルは解らない。

アーラム村では、森中のウルガルムを引き寄せる事は出来た。

ただ、岩豚やギルティラウは来なかった様だから、ひょっとしたら、種類によっては効果の程が違うのかもしれない。

 

そして、それをしっかりと検証していられる時間は無い。

 

 

「どうだ? 鯨追ってきてるか?」

「―――間違いない。風が乱れてる。なりふり構わず近付いてきてる」

 

 

ツカサが使用しているのは、マナを節約し、極限まで威力を弱めたテンペスト。

それは、敵を攻撃する為でも、防御する為でもない。―――風の範囲内の情報を掬いとる事を是とする為のモノ。

 

風と自らの感覚を完全に接続する―――事は出来ないが、白鯨程の大きさの魔獣が範囲内にあるテンペストに引っかかれば、否が応でも反応してしまうのだ。

 

 

 

「ラム!」

「ええ!」

 

 

そして、ツカサの合図で、前方―――やや右よりの霧部分に、魔法を放った。

 

 

「「テンペスト!」」

 

 

2人の魔法は、眼前の霧を貫き、白鯨の巨体を捕らえた。

ただガムシャラに、本能のままに突っ込んでくる白鯨の突進を、防ぎ切る事は出来ないが、それでもはっきりと視認出来たし、このまま囮になり続ける事は可能だろう。

 

それに、攻撃手段は何もツカサやラムだけではない。

 

 

「レム!」

「はい!」

 

 

ラムの合図で、レムが魔法を放つ。

風の縛を受けている間に放つレムの一撃。

 

 

「ウル・ヒューマ!!」

 

 

レムの詠唱に呼応して、3本の氷の槍が大地から一斉に突き出してくる。

下っ腹を貫く勢いで当たった一撃だったが。

 

 

「クソがッッ!! そんなにオレが旨そうかよっ!?」

 

 

腹に刺さったまま、暴風に煽られ、身体を刻まれながらも、白鯨は止まることを知らなかった。

スバルの中の何かは、魔女の残り香は、三大魔獣の一角である白鯨にも有効であり、ゴチソウである事が証明された瞬間だった。

 

 

「悪いが、お前にくれてやるメシは無ぇ、そんかわり、こっちのフルコースを受けやがれ!!」

 

 

スバルの中指立てての挑発に応えるかの如く、白鯨が強く反応する。

ツカサとラムの放ったテンペストを振り切って、スバルに迫ろうとしたその時だ。

 

 

 

「りぁぁぁぁぁぁぁ――――ッッ!!」

 

 

飛び掛かるヴィルヘルムの斬撃がそれを阻んだ。

スバルの言うフルコース。それはツカサやラム、レムだけではない。

 

 

「お姉ちゃん、合わせて!」

「いっくぞーー! へータロー―!!」

 

 

剣鬼に続き、2頭のライガ―に跨る子猫の姉弟が顔を見合わせて、その口を大きく開け。

 

 

「わーーーー!!」

「はーーーー!!」

 

 

2人の声が重なり、波状的に広がる音波が凄まじい破壊の力を齎せた。

 

ヴィルヘルムの斬撃の箇所を抉る様に、それは丁度ツカサも白鯨の上で傷口を開き続けていた風の力に似ているが、正直それ以上に荒っぽい。

 

広げる、のではなく、壱点集中で風穴を開ける、と言った印象だ。

 

 

「ダンチョ――!!」

「お願いします!!」

 

「おうよ!任せぇ! チビ共が頑張ったんなら、ワイもやらなあかんわなぁ!! 食休めは終わりや!」

 

 

リカードが再び白鯨の背に飛び乗ると、ヴィルヘルムが斬った傷、ミミとへータローの刻んだ傷から、真一文字に大鉈で割り続ける。

 

それは、白鯨の霧を出す口部分も同じく刻んでいく。潰しても潰しても正直無くならない数かもしれないが、それでも潰しておかなければならない。

 

霧が晴れたから解る事ではあるが、まるで弾幕の様に消滅型の霧が放射されているからだ。

 

地竜やライガ―の機動性があるからこそ、回避出来ている様だが、アレを生身で躱すのは無茶だ。

 

 

 

 

だが、それだけの攻撃を浴びても尚、白鯨の興味はスバルだった。

 

 

「好かれたものだね、スバル」

「全然嬉しくねーけどな!! つーか、ひょっとしたら、兄弟の事もみてんじゃね? ほら、初めてあった時に、ぶっ飛ばしたの覚えてたりしてな!?」

 

 

スバルの言葉を聞いて、ツカサは苦笑い。

確かに、あの時は全盛期の一撃、と言って良い。

 

意識がすっ飛ぶ程の、力のセーブが出来てない、完全にリミッターを外した一撃。

白鯨にしても、何が起きたか理解できなかっただろう。

 

 

「好かれたくはないな」

「当然よ。好きなのはラムで十分。それ以上は無いわ」

 

 

ラムとツカサ、2人は手を合わせた。

指と指の全てを絡ませる繋ぎ方で、前に出して放つ。

 

 

 

「インヴェルノ」

「テンペスト」

 

 

 

氷と風が合わさり、氷結を纏った竜巻が形成される。

 

 

「アイス・ストーム」

 

 

より強靭な刃を纏った暴風が白鯨を押し戻そうとする―――が、それでも白鯨は止まらない。

いや、やや遅くなっただろうか。

 

 

「余所見などつれないことをしてくれるな」

 

 

そんな時だ。

白鯨の翼により、氷結の竜巻の攻撃範囲外の安全地帯となっている場所を見つけたヴィルヘルムがそこに立ち、剣を突き立てた。

 

 

「私は14年前からついぞ、貴様に首ったけだというのに」

 

 

根元まで突き刺し、その剣を足賭けとして、白鯨の頭先まで飛んだ。

氷結の暴風もここまでは到達しておらず、リカードも同じ位置に居る。

 

 

「ほんま、あの兄ちゃんの魔法どうなってんねん。あんだけ、ポンポン攻撃されたら、こっちもビビってまうわ」

「ふむ。しかし、ツカサ殿の魔法は威力もそうですが、精度も極めて高いレベルに水準していると推察できます。我々を避けて、攻撃を与えてましたから」

「そーやろな。ワイが上までなーんもなく、これたんがええ証拠やで。下の方は 今もヤバめやし」

 

 

下を見てみると、氷結の竜巻が未だ健在であり、白鯨を傷着け続けている。

 

ミミとへータローもいたが、小さく悲鳴を上げながら撤退出来ていたので、本当に精密操作を可能にしているのだろう。……後でミミから、文句言われるかもしれないが。

 

 

「楽しくなってきたわ!! 正直、どこまで頑丈やねんっ! って今も思ってるけど、強さ自体は大したこと無いしなぁ」

「ええ、と頷きたい所ではありますが、少々手応えが無さすぎる、と言わざるを得ません」

 

 

リカードの快哉に、ヴィルヘルムは眉根を寄せて呟いた。

確かに、英雄と称される男の実力は本物の一言。

 

白鯨を1人で撃退した、と言う話も最早誰もが信じるだろう。

 

だが、それらを考慮したとしても―――――。

 

 

「この程度の魔獣に妻が――――……剣聖が遅れをとったとは考え難い。機先を制せた事、次代の新たな英雄の参戦、霧の分断。……こちらに有利だったことを考慮したとしても」

 

 

剣聖の強さを、知っているからこそ、拭えない違和感がある。

 

 

そんな時だ。

 

 

ツカサとラムの魔法が消えたと同時に魔獣の挙動が変わったのは。

 

 

「ど、わぁぁぁ!!?」

 

 

これまでは、スバルに突進するだけだった行動が、完全に変わった。

原因は極めて単純。

 

スバルの魔女の残り香の効果が切れた……薄れたからだ。

 

だが、それを感知できるのはレムだけで、2人が気付く筈もない。

故に白鯨の急上昇に対応できず、落とされてしまう……が。

 

 

 

「降りる前に、もう1つ貰うぞ―――!!」

 

 

 

空を泳ぐ魔獣を、その落下速度も利用して、両断する。

背びれの1つを根本から。

 

 

白鯨の絶叫が響き――――そして、再び拡散型の霧を撒き散らせ、その中へと潜っていった。

 



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白鯨戦⑥

遅くなったデスm(__)m


 

 

見事、白鯨の背ビレを、空を舞う器官であろう一翼を叩き斬ってみせたヴィルヘルム。

再び拡散型の霧の中に白鯨は潜った様だが、断末魔の叫び、地平の彼方にまで届くかの様な絶叫は、この霧の中でもはっきりと聞こえる。

 

 

そして、超高高度からの落下、ヴィルヘルム、そしてリカード共に、重力に引かれ、勢いよく地面へと激突必至な速度で落ちるが……、問題ない。

 

 

「ヴィルヘルムさん! リカード!」

 

 

下には、風を器用に操る英雄、大魔導士と呼んで良い男が存在するから。

身体が重力に反発し、浮遊感を覚える。

魔法の才能の欠片も無いヴィルヘルムやリカードにとっては、未知なる感覚とも呼んで良いが、風に包まれ、守られているのは十分解る。

 

 

「感謝を」

「スマンのぉ! 兄ちゃん!!」

 

 

ふわり、と着地。

リカードが乗っていたライガ―も最初こそは驚いて足をばたつかせていたが、直ぐに順応した様だ。獣にしては惜しい程、賢い。それは地竜にも言える事だが。

 

主を迎えに、全速力で走っていたヴィルヘルムの地竜も、突如主が浮かんだ事に驚きを隠せれないが、その速度にも合わせて走行し、見事に落下地点へと先回りしていたからだ。

 

 

「無事でしたか、ヴィルヘルムさん!」

「霧に潜られました。警戒を―――どこから攻めてくるか分かりませぬ」

 

 

スバルとやり取りをしつつ、ヴィルヘルムは更に先に居るツカサの方を見た。

それは、たまたま等ではない。……異様な気配を、感じ取ったからだ。

 

 

「―――――ッッ!?」

 

 

異様な気配の根源。

それは白鯨ではなく……ツカサから。

 

 

「どうしたの? ツカサ」

 

 

ラムも当然気付いた様だ。

ヴィルヘルムやリカードに風を操っていた時とはまるで違う。

 

 

ただただ、目を大きく見開き、前方を凝視していた。

 

 

そして、右手を大きく横へと広げる。

 

 

 

「全員、止まってくれ!!」

 

 

 

ツカサの指示に連動するかの様に、夫々の地竜、ライガ―達は一様に足を止めた。

 

只ならぬ気配を、白鯨からではなくツカサから感じ取ったのだろう。

 

 

 

「一体何が―――――ッッ!?」

 

 

 

そして、ヴィルヘルムも少し遅れて気が付く。

 

圧倒的な殺意が、悪意が、この世の不吉を全て孕んだかの様なモノが、前方より集中的に迫ってきているのが。

 

 

そして、それは直ぐにやってくる。

 

やってきたのは、消滅型の霧。

大地を削り、全てを呑みこまんとする勢いで迫ってくる。……これまで以上の規模、広範囲で。リーファウス街道の全てを呑みこむのか? と思われる程の消滅型の霧が、前方向から迫ってくるのだ。

 

ツカサが、止めてくれなければ、アレはそのまま自分達を呑みこんでいたかもしれない。

拡散型の霧に紛れて迫る凶悪な消滅の霧に。

 

攻撃。―――消滅の霧による凶悪な攻撃。

 

 

これまでとは違う明らかに異質だった。

前方からの攻撃に加えて……。

 

 

「上!!?」

「こっちからも来やがるでぇ!?」

 

 

何よりも凶悪に感じたのは、白鯨の消滅の霧が左右から、そして頭上からも迫ってきていると言う事。

 

 

拡散型の霧を散布し、それを消滅型の霧へと変えて、結果どの方角からも攻撃が可能なのか?

 

考えるだけで、恐ろしい攻撃手段を頭に描きながらも、この目の前に迫る脅威をまずは排除しなければならない。

 

 

 

「皆、オレの後ろに!! 絶対、離れるな!」

 

 

 

ツカサが止めた事、そしてクルシュ達も恐らくはまだ霧の影響も有り、散開は出来ていないだろう。たまたま密集していたのが功を成した様だ。

 

クルシュは、当初 集まっていては下策だと言っていたが、広範囲に散開したままだったら、この広範囲の霧で消されてしまっていた可能性が高いと言わざるを得ない。

そして、何よりこの霧は自分達。ツカサやヴィルヘルム、リカードと言った接近戦の主力メンバー達を集中的に狙ってきているのもまた好都合。

 

余計な被害を出さない為にも、狙われている方が大分マシなのだ。

スバルではないが、自分が目立ち、迫ってくる間に背後や側面からダメージを与え続けていく作戦が一番良い。

 

防御不能・一撃死と言って良いあの霧を攻撃手段として多様してくる以上、頼ってばかりいられない、等と言った精神論は最早邪魔なだけだからだ。

適材適所で動く、そして白鯨を落としにかかる。そうしなければ、勝てない。こちらが全滅する。

 

 

霧と相性の良い風系譜の魔法を操る者が居れば霧を防げる。

 

「ラム」

「ええ」

 

ツカサの傍にはラムも居る。

風を扱うエキスパートが揃っている。出来ない訳が無い。

互いに一瞬目を合わせると、即座に前方の脅威に向かって魔法を放った。

 

 

 

 

「「テンペスト!」」

 

 

 

右手にマナを集中させて、短い時間ではあるが、練れるだけ練ったテンペストを放つツカサ。

そして、その右手に合わせる様に同じくツカサから貰った力を。クルルの力も合わせて、ラムは左手にマナを集中させた。

 

このテンペストは、威力よりも竜巻の規模、範囲を上げる方に注力した。

 

そうする事により、吹き飛ばし返す事は出来ずとも、霧を遮る、受け流す事が出来る。

風の通り道を作り、そちらへと促したのである。消滅の霧とはいえ、その本質は気体。流れる通り道を作れば、そちら側へと流れるのが道理。

最早、これは風の防御壁(バリア)だ。

 

 

空を一面覆うような霧も、左右方向から迫る頭上と同じ規模の霧も、ツカサが包んだテンペストを貫き、消失させる事は無かった。

風の流れに逆らう事無く、夫々が的外れな方向へと受け流されていったから。

 

結果、討伐隊は誰一人かける事なく、無傷で済んだ……が、消滅の霧を逸らした為、そこ以外の大地が酷い事になってしまっていた。

 

 

「スバル君っっっ」

「ぐぉぉぉっっ、レム、さんきゅ……っっ、っと、それに さっっ、すが 兄弟、だ!」

「っっ……、感謝を!」

 

 

 

暴風の余波に煽られつつも、直ぐ傍にいたスバルとヴィルヘルムが感謝を言い、そしてクルシュ達もまさに英雄と呼ぶに相応しい力量・魔法を放ったツカサに歓声を送る。

 

 

「まだ、まだだ。緩めず警戒を。あんな軌道の霧を打てるなら、四方八方どこから打ってきてもおかしくない」

 

 

表情を強張らせ、声を荒げるツカサの姿を見て、あの竜巻が齎した安堵の余韻は一瞬で消し飛んだ。

 

全てを覆いつくす様な何か。

感じていた違和感の正体が、顕わになってしまったから。

 

 

 

 

 

 

―――これは、現実なのか?

 

 

―――この光景は、いったい……?

 

 

 

空の光景、そして更に左右。

消滅の霧が無くなった後、顕わになった。

 

拡散型の霧から、消滅型の霧へと変えて、襲っていた訳じゃない。

3方向からやってくる攻撃()。―――その手段は、何ら難しい事じゃない。まさに見たままだ。

 

 

 

空を泳ぐ白鯨が。

左右で得物を値踏みしてるかの様な白鯨が。

 

 

あの白い悪魔が、3体に増えていたのだ。

 

 

 

英雄、剣鬼、鉄の牙、そして討伐隊。

 

 

 

想定以上の兵力、そして神出鬼没な魔獣に対しての奇襲。

全てが完璧だった。これ以上ない布陣で十分勝算を持って挑んだ白鯨戦。

 

その希望のひとつひとつを、絶望へと変えんかの如く、白い悪魔がやってきた。

 

 

 

 

「―――なん、で……?」

 

 

 

誰が声を上げたのだろうか。

解らないが、誰しもが同じ感覚だったのだろう。

 

たった1体でも落とすに至らなかった。

剣鬼や英雄、全兵力を持って傷を負わせる事は出来た。勝鬨を上げようともした。

 

だが、この圧倒的な絶望の光景を前に、つい先ほどまでの優勢的な感情など消し飛んでしまう。

 

 

更に最悪なのは、まるで向こうに知能、知性があるかの如く行動をとった事。

呆気に取られている間、これまで散々痛い目にあっていた筈なのに、ここがチャンスと見たのか、3体同時に突っ込んできたのだ。

 

恐ろしい事にあの白鯨が3体。

 

こちら側は、いまだ現実を受け入れる事が出来ないのか、完全に乱れてしまっている。

 

 

 

「ッッ――――!! 駄目だ!!」

 

 

 

咄嗟に、ツカサはマナを練った。

一瞬、ツカサもこの悪夢のような光景に呆気に取られてしまい、初動が確実に遅れてしまった事を悔いるが、今はそれどころじゃない。

 

 

この時ばかりは、ラムの肩からクルルを呼び戻し、己の力へと変換させて、最速で最善、最高のマナを溜める。

 

 

 

 

 

「テン――――ペスト!!」

 

 

 

 

それは、白鯨を遮る為に、防ぐ為の風ではない。

これまでのぶつかり合いから解っている事だが、あの白鯨を1体ならまだしも、3倍の質量で突っ込んでこられたら、如何に風の通り道を作った所で、防ぎ切れる訳がない。

 

 

ならば発想の逆転。

 

 

あの魔獣が狙う的を散らせる。

 

 

 

テンペストの暴風は、まるで意思があるかの様に、討伐隊全体を包み込み、夫々を緊急避難させた。白鯨の直線状から逸らせた。 吹き飛ばされた事により、地面と激突して負傷してしまうかも知れないが、それは大目に見て貰いたい。

 

 

「ランバート!」

「ブルッ!」

 

 

直ぐ傍に控えていたランバートをツカサは呼び寄せた。

手はまだテンペストを操作している為、動かす事が出来ない。

 

 

「ラム!!」

「ッ! 嫌!! 絶対、嫌よ! ラムも戦うわ!」

 

 

ツカサの思惑を一瞬で見抜いた。

ランバートと共に離れろ、と言う事だろう。

 

だが、ランバートはラムのメイド服の襟部分を咥えると、そのまま身体の軽いラムは持ち上げられ、強引に連れ去った。

 

 

 

「はなっ、離しなさい!! ツカサっ! ツカサァァっっ!!?」

 

 

 

狂気した様に叫び続けるラム。

そのラムの感情を止めたのは、耳に届いてくるツカサの声。

 

 

 

――――ラム! 絶対、絶対大丈夫! だから。

 

 

 

ツカサはラムに向かって親指を一本立てて、叫んだ。

 

 

 

 

――――信じてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツカサぁぁぁ!! 逃げろォぉォぉ!!!」

 

 

 

パトラッシュとレムと共に、宙に投げ出されるスバルがハッキリと見たのは、悪夢の光景。

 

消滅型の霧、3倍の規模で放ってきた白鯨は、あろう事か突進してきた。

魔法を放ったばかりだから動けないのか、目の中に居るツカサは、ラムを避難させる。ランバートが連れて避難させる。何か叫んでいる様に見えたが、それどころじゃない。

 

接近する巨体、音もなく宙を泳ぐ巨体の大口が開き、その顎が大地を抉りながらツカサに迫っているのだ。……いや、大地事、呑みこまんとしている。

 

 

 

 

その後は、ほんの一瞬の感覚だった。

 

 

 

 

地に足がつき、思ったような衝撃は皆無で、安心する……事すら出来ない。

ほんの一瞬で、ツカサを中心に地面がまるまる抉られて、全て白鯨の口の中。

その衝撃的な光景を前に、スバルだけでなく、レムですら絶句する。

 

この風に煽られ、飛ばされた現状でさえ、順応して見せたレムでも、目を見開き、驚愕し、悲痛な叫びを口にしていた。

 

 

ラムの感情がレムにも流れてきているのだろう。

 

 

 

 

 

 

「ちぃっっ、あかんぞぉ!!」

「スバル殿っっ!!」

 

 

 

 

そして、続いて傍らから別の声が聞こえてくる

ヴィルヘルムとリカードのモノだと気づいたのは、もう全てが終わった後だった。

 

 

先ず、ヴィルヘルムが宙を跳び、スバルとレムの2人を抱えて回避。

リカードはヴィルヘルムの行動を予期していたワケでも、はっきり見たワケでもない。

ただただ、全力でライガ―を操り、パトラッシュの側面部分にぶつかったのだ。

 

ライガ―は地竜よりは力がないかもしれないが、全速力で衝突するのであれば話は別だ。

パトラッシュは横っ腹をぶっ飛ばされた形。

 

 

そして、リカードとライガ―は……。

 

 

「―――――がッッ!!?」

 

 

 

目の前で赤い華を咲かせて……散った。

 

赤い華の大部分は、ライガ―のもの。

千切れ飛んだ肉片が一面に赤い華となったのだ。

 

リカードは……? と思えないスバル。もしも、客観的に見る事が出来たなら、申し訳ない、と感じる事だろう。

だが、それでも、それ以上に、白鯨に呑まれた兄弟と呼ぶツカサの事で頭がいっぱいだった。

 

 

白い悪魔は、3体に増え、英雄を喰らい、無数の口で哄笑し――――人間たちの絶望を掻き立ててくる。

 

 

完全なる悪夢となり希望が塗りつぶされていくのを、スバルは感じていた。

 

 

 

 

 




ぱっくん! げ~~っぷ\( 'ω')/


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白鯨戦⑦

捕鯨期間ながーーいヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪

死ぬなよ、絶対に死ぬなよ! ※コレは、フリではありません。


から、小説名変更して、RE:ゼロから苦しむ異世界生活にしました(笑)


いや、ヒデェ………名前だ 苦笑


 

 

「スバル。君は戻ってる。―――死を引き金(トリガー)に、この世界を巻き戻してる」

 

「さて、ここからが本題だよスバル君。―――――死ぬなよ!! 絶対死ぬなよ!! もうちょっと自重と慎重を心掛けてくれ!!」

 

「さすが、コロコロ何度も死んでもへこたれない訳だ」

 

 

 

 

「スバルの気持ちは嬉しいよ。凄く嬉しい。オレは1人じゃない、って思てたから。………だけど、もうちょっとやる前にちゃんと考える事!」

 

 

 

 

 

 

縁起でも無かった。

考えたくないのに、まるで走馬灯の様に次から次へとツカサとのやり取りが、思い出が頭の中を流れ続ける。

 

死に戻り、時を巻き戻してきた事を考慮すると、たった数ヶ月間であっても、まるで何年も何年も苦楽を共にしてきた相方、相棒の様に感じてしまう。

殆ど他力本願だから、それを相方や相棒とは虫のいい話であるとは思うが、それでもそう感じてしまう。

 

 

死をきっかけに、時を巻き戻し、世界をやり直す権能。

それは誰にも知覚される事なく、目には見えない、傷を幾通りも負って進まなければならない茨の道。―――いや、地獄旅。

 

極限の孤独を感じるのは、容易に想像が出来ると言うモノだろう。呪い染みた力の性質を考えたら尚更だ。

 

そんな孤独の中に――大きな光が入ってきてくれた。

 

それが、ツカサだった。

 

1人じゃない、と思えたなんて―――自分も同じだ。いや、寧ろそれ以上だと言いたい。

助けて貰ってる。助けられてる。―――そして自分は全然返す事が出来てない。

 

 

闇より迫る白い悪魔―――白鯨が、その地獄へ通じると言わんばかりの大口を広げて、かの英雄を喰らった。

 

 

「ぁ―――――、ぁぁ………!」

「スバル殿!! スバル殿!!」

 

 

身体を強く揺すられる。

あの白鯨の攻撃より、救ってくれたヴィルヘルムが、どうにか正気に戻そうと奮闘する。し続ける。

レムが居たなら、その役目はレムが担ってくれていただろうが、この場にはレムはいない。緊急避難と言う事で、ツカサが生み出したテンペストに運ばれて、散り散りになっているからだ。

 

 

「そん、な―――――、ど、どうした………ら」

 

 

ツカサが喰われた。

兄弟にして、友にして、親友にして、大恩人にして、英雄にして…………言葉にすればキリがない。

ただ、一番大切な男が目の前で喰われた事実に、スバルの頭は闇に染まっていたのである。

 

 

「スバル殿!!」

 

 

ヴィルヘルムの再三の言葉が耳には入ってくるが、それは脳に伝達される事は無かった。

両手を見て、震えて、頭を描きむしる。

 

 

「ツカサが、死――――? ッ!! そう、そうだ……もう、それしか……」

 

 

喰われた、と言う事実。

それを、明確にして、最も言い表したくない言葉の1つである《死》と口にした瞬間、最善の策をスバルは思いついた。

 

時間移動は、ツカサだけではない。自分にも出来るのだ。

諸刃の剣かもしれないが、それでも、やるしかない。

 

 

「死んでもど―――――」

 

 

ただ、スバルは失念していた。

死に戻りは禁忌にして、禁句。他言不可能の権能。

 

直ぐ隣に居るヴィルヘルムの耳に届いた時点で、スバルの中にいる闇が目を覚ました。

明確に具現化された闇撫での手。心臓にまで届いてくるその手は、ギュっ! と明確に、心臓を握りつぶさん勢いで掴まれた。

 

 

そして、その行為とは裏腹に―――耳元で声が聞こえてくる。

 

 

 

 

【愛してる】

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッァァ!!?」

「!? スバル殿!?」

 

 

そして、世界は動き出した。

あの手が、闇が、魔女が内から迫ってきたのを理解すると同時に、ある意味良い気付けになったと言える。

 

 

「わ、わりぃ、ヴィルヘルムさん。オレはもう、大丈夫だ」

「――――一度、フェリスの所へ」

「いや、駄目だ。………オレの体臭強烈モードが発動しちまった」

「ぬッ!?」

 

 

禁忌を口にした瞬間に発生するソレ(・・)

スバルにしてみればまるで永遠とも思える苦しみの果てに。

時が止まった世界に居ない他の住人達はまさに一瞬で。

 

スバルの身体から魔女の残り香が放たれた。

 

 

 

3体いる白鯨の内の1体。

 

 

 

それが比較的近くに居たからか、なりふり構わず、スバルを狙って高速移動を始めてきた。

大気が、空気が震える程の突進。剣の達人でありあらゆる気を読む事に長けているヴィルヘルムが、それに気づかない訳がない。

 

 

「グルガアアアッッ!!」

 

 

いつの間にか、やってきたパトラッシュが、スバルを咥え上げて、背に乗せた。

 

 

「!」

 

 

更に、ヴィルヘルムが乗っていた地竜を引き連れて。

 

 

「主を守る、か。畏き地竜だ。―――お頼み申す」

 

 

ヴィルヘルムに目配せをしてくるパトラッシュに軽く頷き返すと、その意図を察したのだろう、パトラッシュは小さく頷いた。

 

ヴィルヘルムは、地竜に飛び乗った。

 

そして、見事な脚力で突進してくる白鯨の猛追を躱す。……元々、ヴィルヘルムは眼中にないのだろう、ただただ、パトラッシュの方を追いかけようと迫っていた。

 

 

 

「――――まずは、我が恩人を返してもらうぞ!!」

 

 

剣を引き抜き、目にも止まらぬ速度で跳躍し、再び白鯨の背に乗るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から、白鯨の悲鳴が聞こえる。

何度も聞いてきたから解る。身体中を切り刻まれ、氷の矢で貫かれ、爆炎で燃やされ続けた際に、発していた断末魔。

 

ヴィルヘルムが足止めをしてくれたのは解る―――が、今となっては、あの断末魔も大して意味がない、とさえ思ってしまうのだ。

形勢は明らかにこちら側だったが、一瞬……ほんの一瞬で逆転して見せた怪物。

 

 

「(誰にも邪魔されずに、死ぬ事考えなきゃだよな―――ッ。パトラッシュに聞かれても、万が一って事があるし)」

 

 

皆を助ける為に、死を選ぶと言うのに。傍目から見れば、それは自棄になった自殺だから、当然止められる。最善の手である、と言う説明も出来ないジレンマだが、やり様がない訳ではない。

 

ここは戦場だ。剣の1つや2つ、あっても良い。接近戦専用兼護身用の剣は持っていたが、情けない事にあの暴風の1件で紛失してしまった。

 

 

だが、やり様はある。

 

 

スバルは、自死へと突き進もうとしたその時だ。

 

 

「このバカ!!」

「ぶべっっ!??」

 

 

強烈な張り手? を頬に感じた。

 

いや、パトラッシュ―――地竜に乗って高速走行している時に、頬に一撃を入れれるワケがない。一体何が―――? と周囲を見渡したその視界の中に、もう1頭の地竜……ランバートがいつの間にか並走していた。

その背には、ラムが乗っている。

 

 

「バルス‼ 今、何をしようとしたの!」

「ラム―――、あ、いや……! ツカサ! 兄弟を助ける為に」

ソレ(・・)が一番ツカサを苦しめる行為だって、一体いつになったら学習すると言うの。1回、本当に死ぬ手前まで死んでみないと解らない様ね」

「だ、だが! 今はそんな事言ってられる状況じゃ――――」

 

 

確かに地獄の苦しみだと言うのは、曲りなりにもスバルにも解る。

だけど、今の状態よりは間違いなく良い。

 

もう、兄弟――――ツカサが居ない今の世界よりは。

 

 

 

「―――何て馬鹿なのバルス。もう、ツカサが言っていた事を忘れたのかしら?」

 

 

ラムの言葉が、ダイレクトに脳に入ってくる。

 

ツカサが、言っていた言葉、それを思い出そうとしてフル回転し始めるが、ラムの方が圧倒的に早かった。

 

 

 

「最悪の場合、もしもの場合、ツカサは自分で戻る(・・・・・)と言っていた。戻った後で説明する(・・・・・・・・・)ともね」

「ッ……!?」

 

 

そう、ツカサは言っていた。

 

基本的に、スバルの死に戻りのリスクを最小限にする為に、安易な記録(セーブ)は慎んでいる状態だ。

だが、この一戦が始まる前。この極めて大きな一戦にして、最終目的の為には絶対に避けては通れない一戦を前に、ツカサはリスクを承知で 記録(セーブ)を残した。

 

瞬間的で戦闘向きな揶揄者(ザ・フール)なら兎も角、ある程度長く戻る時間遡行は身体にかかる負担、消耗があるから、安易には使わない様にしているがもしもの時は……。

 

 

「―――あれ以上の最悪で、もしもの時、ってあると思うの?」

「ある訳がねぇ」

 

 

ラムの言葉に即答するスバル。

戻ってない以上、今もまだ白鯨と戦っている以上、――――ツカサが目の前にいない以上、戦い継続と言う事だ。

 

ただ、一縷の不安はあった……が、それは口にしない。

 

 

「じゃあ、自分に出来る最善をしなさい。―――死んだら許さないわ」

「解ってる。……解ってる!」

 

 

パトラッシュの手綱を握り締め、ハッキリと言った。

それを確認すると同時に、ラムはUターン。

 

 

「ラムはレムとヴィルヘルム様の3人で、ツカサを取り込んだ白鯨を相手する。バルスは、クルシュ様と合流して、対策を考えなさい」

「ああ、――――任せろ。それくらいやってやる!」

 

 

スバルはハッキリと見た。

ラムの目が赤く染まっている事に。握る拳に血が滲み出ている事に。

 

頭では理解しているし、信頼もしている。これ以上ない最大クラスに信用と信頼、親愛、愛情、全てを抱いている。

 

そんな相手だからこそ、ガマン出来ない部分が身体の節々に現れてしまうのだ。

 

 

 

「絶対に、呑みこませない! そのデカい腹を引き裂いてでも、連れ戻す!!」

 

 

 

ラムの絶叫が、場に響く。

それに呼応する形で、レムの魔法が、ヴィルヘルムの剣閃が白鯨に迫る。

 

 

 

誰一人、ツカサを諦めてない。

死んでるなんて考えない。

ただただ、かみ殺してでも前へと進もうとしている。……安易で苦しめてしまう選択を取りかけていた自分とは大違いだ。

 

 

 

 

「スバル君の所には、行かせませんっ!!」

 

 

 

鬼化したレムの絶叫が場に響く。

視野が広くなったのをスバルは感じた。

ツカサが居なくなり、完全に視野が耳が遠くなっていた状態から、ハッキリと戻ってくる事が出来た。

 

 

「だが、ハードでヘビーな状況に代わりねぇ……って、こっちもかよっ!?」

 

 

白鯨の2体目。

1体は、3人で抑えてくれているが、もう1体が迫ってきた。

 

あの時の様に―――ツカサを喰らった時の様に、大口を開けて。

 

 

 

力のないスバルにはどうする事も出来ない、逃げるしかない、と手綱を再度強く握り締めたその時だ。

 

 

 

「口を、閉じろッッ!!」

 

 

 

空を斬り裂く一閃が、一瞬の内にスバルの横を通過し、白鯨の顔面を真一文字に斬り裂いた。

断末魔の悲鳴と血飛沫を上げながら、白鯨は再び宙へと逃げる。

 

 

 

合流しようと画策していたクルシュが、駆けつけてくれたのだ。

 

 

 

「クルシュさん!」

「遅れてすまない。指揮系統が乱された。……状況が状況、だが、仕方ないと言ってられないな」

 

 

ぎりっ、と歯ぎしりをした。

白鯨が3体に増えた事もそうだが、それ以上にクルシュが気がかりなのは……。

 

 

「ナツキスバル。ツカサは?」

 

 

あの光景、傍から見えてない訳が無い。

ツカサの風は、皆を緊急避難させただけじゃない。拡散型・消滅型の厄介な霧を散らす効果もあった。

 

誰もが、あの絶望的な場面の目撃者、剣聖に続き、英雄が喰われると言う最悪の光景を見ている筈なのだ。

 

クルシュもそれは同じこと。―――認めたくないのかもしれないが。

 

 

「―――あんたが覚えてる、って事は 少なくとも霧に消されてねぇ。あの3人の奮闘次第、ってトコだ! いや、ひょっとしたら、兄弟の事だ! 腹ん中で盛大に暴れてるかもな!」

 

 

たった3人で白鯨を相手にしている光景に目をやる。

クルシュも、確かにと少し頷き、白鯨を一瞥した後、直ぐにスバルの方を見た。

 

 

「この状況どう見る。ナツキスバル。おかしいとは思わないか?」

「どういう意味だ!?」

「白鯨が3体に増えた。仮に群れを成す魔獣だとしたら、それが伝わっていない事などあるものか!? 何か、必ずカラクリが有る筈だ!」

 

 

クルシュの言葉が、脳に突き刺さる。

絶望的な場面、かの三大魔獣の一角が、文字通り3体に増えたのだ。その結果だけを重視し過ぎて、それ以外を考える事が出来てなかった。

 

 

「カラクリ、何かある。絶対に何かある、そう言う事だな? それを見つけろって事で良いんだな!?」

「ツカサは武を有する。そしてナツキスバルに対しては、頭脳を期待している、と以前聞いた! 時間稼ぎは、卿の逃げ足と我々の援護で何がなんでも持たせる!」

 

 

ツカサが自身の頭を期待する?

以前の自分なら、皮肉にしか聞こえてこない感じだが、それでも勇気を貰えた。

 

今は、これ以上ない鼓舞だった。

 

 

「何とかするぞ! 必ずあの男は戻ってくる! なのに、我々が待たず、持たず撤退などするワケが無い。その様な選択肢、存在しないのだから!」

「おう!! やってやるー――、絶対、やってやる!!」

 

 

 

クルシュとスバルは二手に分かれる。

スバルは、白鯨をその魔女の残り香で誘き寄せつつ、兎に角逃げ回る。

 

 

その間に、クルシュはしなければならない。

 

 

 

英雄が呑まれ、かの厄災が増えた事実を受け入れられず、ただただ絶望しきっている騎士たちの前に。

 

 

 

 

 

 

「立てっ!! 顔を上げろッッ!! 武器を持てっ!!」

 

 

 

 

 

絶望している暇等ない。

まだ、戦いは続いているのだから。

 

 

 

 

 

 



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白鯨戦⑧

鯨狩り8話目~~~ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


ながーい。


んでも、そろそろ戦局が――――……


 

 

 

「卿らは何のためにここまで来た!!」

 

 

 

戦意喪失し、武器を構える事も出来ず、首を垂れてしまっている討伐隊の者たちに、クルシュの激が飛ぶ。

絶望と悲嘆、それらが彼らの全て覆いつくそうとした時、クルシュの檄が僅かに光明となって、頭に……魂に突き刺さる。

 

 

クルシュは、皆の前で堂々と宝剣を天にかざしながら告げる。

 

 

 

「あの者たちを――――あの男を見ろ!!」

 

 

 

その宝剣が示す先に有るのは、絶望の化身。3体に増えた白鯨に対して決死の覚悟を以て、攻撃を仕掛けている3名。

 

そして―――あの男。

 

 

「鬼族の娘2人、そして剣鬼! なるほど、この場においても戦い、敵うだけの武を持ち得ている事だろう! だが、あの男はどうだ!? あれは武器もなく、非力で、吹けば飛ぶような弱者だ! 英雄の片割れ、と言えば聞こえは良いかもしれないが、専ら頭脳担当。力においては弱者と言って間違いない! 何故ならば、私は打倒されるところをこの目で見たからな!」

 

 

宝剣が捕らえる先に居るのは、地竜を走らせる男、スバル。

一切振り返る事なく、ただただ只管に走らせ、手綱を握り地竜を操り、白鯨を掻い潜り続けている。

死地の中へと居る。紛れもなく、自分達よりも更に深い死地に。

 

 

 

「他の誰よりもあの男が一番弱い!」

 

 

 

それを知るのはクルシュだけでは無かった。

あの場、最優と称される近衛騎士の1人に打ちのめされ、完膚なきまでに叩きのめされたのを覚えている。

 

 

 

「そんな一番弱い男が、まだやれると吼えている! 英雄を失っても尚、いや! 英雄の復活を信じて疑わず、吼え続けている! ―――私もそうだ! 英雄は伏して死なず、必ず舞い戻ると信じて疑わない!」

 

 

 

英雄とはツカサの事。

皆を守る為、白鯨に呑まれた男。

 

その行為の時点で英雄と祀り上げられるだけの功績と言って良い。

暴風を操り、部隊を守ったのだから。

 

 

 

「なのに、どうして我らが下を向いていられようか!? かの英雄は何のために、卿らを救ったというのだ!?」

「―――――」

 

 

 

文字通り見た通り、風に運ばれ、白鯨の顎から、白鯨の霧から離脱する事が叶った。

助けられたのだ。救われた命を、今ここで無駄にするのか? 蹲り、恐怖に怯え、……このままその命が喰われるまで?

 

 

 

「確かに、我々の力は弱く、束ねたとて、本性を顕わにした かの魔獣の喉元に届くかわからない。だとしても、最も弱い男が諦めていないと言うのに、どうして我らに膝を折る事が許される!」

 

 

 

スバル達が相手にしている白鯨ではなく、もう1体の白鯨がこちら側へと迫ってくるのが解った。

絶望の化身だ。400年もの間、世界を蹂躙してきた絶望の化身。その姿を見れば身が竦み、魂までもが怯えてしまう。

 

……筈、だった。先ほどまでは。

 

 

 

 

 

 

「今一度 問おう!! 卿らは、恥に溺れる為に―――ここまで来たのか!?」

 

 

 

 

 

 

宝剣を構えて、構えるクルシュ。

英雄は1人ではない。彼女こそ、紛れもない英雄の1人だ。

その背に、全てを思い知らされた。そして、何よりも自分自身が許せなかった。

 

 

 

 

 

「ぬううううえええええぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

何の為にここへ来た?

悲願を叶える為、だろう?

 

渾身の力で投擲された、モーニングスターが、白鯨の瞼を穿つ。

眼球には届かなかっただろうが、大絶叫と共に攻撃の軌道が逸れた。

 

 

あのバケモノに消された世界の記憶。

悲しみにすら辿り着かなかった者たちも居る事だろう。

今日、その全てを終わらせると誓った筈だ。

 

1人、また1人と、騎士たちが雄叫びを上げる。

 

クルシュのその凛とした佇まい、王者の風格。

それは屈した筈の男達を、魂まで畏縮させた男達の士気を奮い立たせる事に成功した。

 

自らの心を奮い立たせ、己の魂に誇りを取り戻す。

英雄の帰還を信じて疑わず、懸命に戦い続ける少年の後ろで蹲って下を向くのはもう沢山だ。

 

 

恥は―――もう、要らない。

 

 

そして、奮い立つ者たちの魂に応えるが如く、もう一度深く大きく息を吸い込むと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「総員、続けェェェ!!」

【うおおおおおおおおおおお!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

討伐隊の膨れ上がる士気。

それは全力で逃げ回るスバルの元にも届いている。

 

 

「弱者だの負け犬だの、好き放題言ってくれやがったな―――。まぁ、間違ってねぇけどよ!」

 

 

絶望し、馬鹿な行動をするくらいなら、自惚れろ。

どうせなら、ヘラヘラ笑えるくらいに。

 

 

絶望に打ちのめされ、沈むくらいなら笑って―――抗って見せろ!

 

 

 

「ぜってーーーアイツは帰ってくる! 頼むぜパトラッシュ! もっぺん、鼻先までいって、即離脱だ!」

「ギャオオオオ!!」

 

 

 

パトラッシュは吼えると、更に速度を上げた。

前で戦っているランバートに後れを取らない様に、と言わんばかりに。

 

 

背後で、そして側面で、3体の白鯨と死闘が行われている事だろう。

文字通り霧に隠れてしまって解らないが、かの巨体が3倍だ。………これまで被害なく攻め続けてこれたが、あの光景を目の当たりにした今、そんな理想論はもう言えない。

 

 

だが、決して目を逸らせない、後ろ向きに考えない。

 

 

「ぐおおおお!!」

 

 

白鯨との戦、その余波はとんでもない事になっている。

ただでさえ、視界が厳しい状態に加えて、質量が増えたのだ。3体に増えたのだ。霧以外にも戦塵が舞い上がり、それはまるでいつも見ていると言って良い、兄弟の代名詞、暴風の魔法にして、スバルの魔法剣(笑)にも使われてる【テンペスト】の様。

 

 

「こん、じょぉぉぉぉぉ!!」

 

 

パトラッシュは吹き飛ばされたりはしないが、バランスは崩れてしまった。

その結果、スバルは堕ちそうになってしまうが、どうにか握り締めた手綱と鞍に膝をつっかけて、地面スレスレの大スペクタクルを味わったが、どうにか堪えた。

 

唯一、他よりも自慢できる事があるとすれば、己の握力。特に意味もなく木刀を振って鍛えてきた握力が、この時ばかりは大活躍だ。

どうせなら、ツカサがくれた魔法剣で活躍したいモノだが、生憎まだ剣は拾う事が出来てない。

 

 

「かき回して、かき回して―――! クソっ、そんだけじゃ駄目だ! オレぁ、頭脳、担当なんだろっ!? 小賢しい頭フル回転させろっ! なんで、あの野郎は突然増えやがった!? 3体も! 最初ん時は何処にもいなかった筈だろっ!?」

 

 

荒い息を吐き、まさに命懸けの囮行為。

その時点で、スバルの働きは常人のそれを、騎士たちをも含めて遥かに凌駕していると言えるのだが、満足できる訳がない。

 

 

クルシュが言っていた事を思い返す。

白鯨が群れを成す魔獣なのであれば、言い伝えられていないわけがない。

 

 

白鯨の生態については誰よりも無知かもしれないが、無知であるが故に穿った見方が出来る。こちらの世界の住人では考えもつかない事情を思いつく事が出来る筈だ。

 

 

何より、今も尚、命を懸けて兄弟を救おうと白鯨に挑んでいるヴィルヘルムの存在がある。

14年間、ただ只管に白鯨を追いかけ続けてきた剣鬼が致命的とさえいえる複数の白鯨の存在を見落とすなんて考えられない。

 

 

「どうして増えた!? ―――元から、3匹? いや、待てよ……、白鯨っつーのは霧。霧の魔獣って通り名。それが代名詞で……」

 

 

本来の三大魔獣の一角である白鯨は、霧と共に現れて、更には神出鬼没だ。

今回は自分やツカサの存在があったからこそ、より正確に出現時間と場所を知る事ができ、且つ先手を打ち、様々な策を弄してあの霧をどうにか回避する事が出来た。

 

それでも尚、超広範囲に霧を撒き散らしてきたから、大成功・完璧、とは言えないかもしれないが……、霧で身体を隠す理由が他にあるとすれば?。

 

 

「ギュオ!?」

「パトラッシュ!!? ナイスだ!」

 

 

試行錯誤、考えを張り巡らせている間に、活躍してくれる相手の1人が、このパトラッシュ。まさに命を懸けるに相応しい相方。片腕―――いやいや、両足だってくれてやれる。

 

 

「最高だぜ、パトラッシュ!」

「ぐるっ!」

 

 

当たり前だ、と言わんばかりに頭を振る。

霧が四方八方から迫ってくるこの極限の状態で、パトラッシュは見事な走りを見せているが、一発でも当たれば即ゲームオーバーのクソゲーだ。

 

いつまでもパトラッシュに負担ばかりかけてられない―――早くどうにか頭を絞れ!

 

 

 

そうスバルが考えていたその時だ。

 

 

 

 

「わーーー!!」

「はーーー!!」

 

 

 

 

 

心強い援軍が、来てくれた。

 

迫る白鯨の霧とスバル達の間に割り込んできたのはミミとへータローである。

超強い、と言っていたミミは、その実力を如何なく発揮。「わ」と「は」の咆哮は今も尚健在。

 

 

「うおおおおお!! すっげぇぇぇぇ!」

「そーでしょーでしょでしょーー! もっと褒めろ! うりゃーーー!!」

「お姉ちゃんってば……」

 

 

スバルの端的な称讃に対して、身体全身で喜びを表すミミ。へータローの苦労が偲ばれるなぁ、と思わなくもないが、これ以上心強い援軍は無い。

 

 

「援護します。ナツキさん! ツカサさんが居ない(・・・)今、勝ち筋を表してるのは、ナツキさんとあの人達だけですから」

「居ない、って表現に、まだ(・・)ってのを追加しといてくれ、へータロー! 兄弟は絶対に戻ってくる!」

「ええ。そこは信じて疑ってませんよ。……散々、団長に釘を刺されましたから」

 

 

 

へータローの言葉に耳を疑った。

忘れていた訳ではない。リカードの身体が赤く花開いた光景は、今でも目に焼き付いている。

この戦、終えた後にしっかりと感謝と謝罪、……それを全霊で行うつもりだったから。忘れている訳ではない。大事なので2度。ただ、今は申し訳ないが優先順位的に後ろに下がってしまっただけだ。……何せ、絶望に沈みかけたあの驚愕の光景を目の当たりにした後だったから。

 

 

「リカードのヤツ! 無事だったのか!?」

「暴れて大変だったーー!」

「はい、瀕死―――の一歩手前と言った所でしょうか。五体満足とは言えませんが、戦闘から完全離脱、という訳でもありません。……ツカサさんの風が団長を守ってくれました。団長も信じて疑ってません。ツカサさんは必ず戻ってくる、って」

「ライガーのリリディアは残念だったなーー。弔い合戦だ、がおーーー!」

 

 

身体が千切れ、肉片を飛び散らせてしまったあのライガーはどうやら助からなかったらしい。……パトラッシュと心を通わせてる、と言っても良くなってきたスバルにとって歯痒い気持ちはあるが、兎に角、この状況下でリカードの無事を知れたのは僥倖だ。

 

 

「ナツキさんに、伝言も承ってますよ」

「伝言? ……高くつくぞ、とかじゃねぇだろな」

「うーん、本人が言ってくるかもしれませんが、ナツキさんが兄弟と慕うツカサさんから守って貰った借りがありますからね。きっと相殺されると思いますよ。……こほんっ、団長からの伝言はこうです。『なんや、軽ぅなっとるで。あん兄ちゃんの風の守りがあった事を踏まえても、ワイがこの程度で済んでんのがその証拠や』――――以上です」

 

 

へータローの律儀なカララギ弁まで踏襲。

リカードの声マネ。

 

そのモノマネのクオリティに関しては、個人の感想につき、割愛させていただく―――と思ったが。

 

 

「うん。似てねぇな!」

「うん、チョーー似てない! すごー才能ないぞー、ダメだこりゃーー!」

 

 

盛大な駄目だしに、へータローは眉をひそめて『それどころじゃない』と反論しているが、スバルは言いっぱなしでそれ以上は考えず、ただただ別の事を考えている。

 

 

 

 

 

 

 

「……この状況で、軽いとか。ヘビーでベリーハードの間違いだろ、リカード」

 

 

 

 

パトラッシュに完全に身を預けて、再び白鯨の鼻先を突っ切る。

クルシュの斬撃が、ラムやレム、ヴィルヘルムの奮闘が、ミミとへータローのおかげで良く見える。

騎士たちの雄叫びも同じく聞こえてくる。

 

だが、また1人、また1人とその身体を宙に舞わせていく―――が、気がかりがあった。

 

白鯨の消滅の霧。

 

単純なその巨体にモノを言わせた体当たり、リカードが喰らった様な体当たりよりも遥かに凶悪な攻撃手段であるにも関わらず、その霧の直接的な被害が少なく感じる。

 

スバルにだけは確実に解る。何故なら、霧に呑まれたとしても、何故かは解らないがハッキリと覚えているから。白鯨戦を前に、皆の顔は覚えられるだけ覚えた。確かに彼らにとっての悲願は白鯨かもしれないが、スバルにとっては、エミリアを救うために手を貸してくれている人達なのだから。

だからこそ、覚えている。

 

覚えている事を考慮しても、白鯨によって消滅させられた人達は少ないと断言できる。

 

 

 

「ったりめーだ。あの状況ででも咄嗟に皆を守って、更に白鯨の口ん中にいてもリカードまで守った兄弟だぜ? まさに霧の天敵! あの鯨の天敵ってヤツだ!」

 

 

 

スバルは、今はいないツカサが、その残り香が加護を齎してくれていると信じていた。

紛れもなく、白鯨の口、若しくは腹の中で死闘を繰り広げているであろうツカサに、そしてその白鯨を決して逃すまい、と戦い続けている3人に拳を向けて、自身も奮い立たそうと、天へと掲げる。

 

 

「ぜってー尻尾掴んでやる!! ――――――……ん?」

 

 

天へと拳を向けた時だ。

不意に、白鯨の姿がその視界に入った。

 

 

登場場面でこそ、複数現れた白鯨に面食らってしまっていたが、今冷静に見てみると……。

違和感を感じた。違和感を感じる。物凄くビンビンと。

 

 

「まさか……」

 

 

歯噛みし、湧き上がった可能性。クルシュに託され、頭脳派ともツカサから言われ(直接ではないが) 漸く、漸く役に立てる瞬間が来た、と力が入る。

 

パトラッシュに手綱を握る力、引く力で意志を伝えて、パトラッシュもまた、それに応える様に鋭い切替しで、猛然ともう一体の白鯨へと迫る。

 

 

 

奮闘するレムが視界の中に入った。

そして、驚くべき事に そこにはラムの姿もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツカサを―――――――返せッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

拳に暴風を纏い、巧みに操り、かの巨体に攻撃を入れ続けている。

荒れ狂う暴風は白鯨の白い体毛を斬り裂き、その内部の肉質にも切れ目を入れて、鮮血を散らせ続けた。

 

ツノナシ、と以前言っていた筈なのに、その額には光る何かがハッキリと見てとれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、共に戦っていたレムも気づいている。

ラムが角を失ったあの日から、自分が全てを、戦う事も働く事も、全てをやらなければならない、と思い続けてきた。

 

その考えは2人の英雄によって改めさせられ、新たな一歩を踏み出すことが出来たのだが、忘れて無くなった訳ではない。

 

ハッキリ見える。ラムの額に輝くソレ(・・)が。

 

 

 

「ガッ――――!!」

 

 

 

巨体の白鯨の空中での鋭い旋回。

一度回転するだけで、周りにとんでもない余波を生む。

如何に暴風を巧みに操っているラムとはいえ、体躯の差を覆すには至らず、弾き出されてしまった。

 

 

「姉―――様ッッ!!」

 

 

飛ばされたラムを、跳躍して抱きとめるレム。

見事にキャッチし、大事ないかを確認する。……勿論、額のそれの存在も。

 

 

「レム、ありがとう」

 

 

腕の中にいるラムの額には、光るソレは……なかった。

 

 

「……まだ、まだ。テンペスト。ラムは使いこなせてない」

 

 

ギリ、と歯ぎしりし、白鯨を見据えた。

丁度、ヴィルヘルムが跳躍し、その回転する白鯨に一撃を入れる場面が映る。

 

 

 

「ちぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

裂帛の気合、剣鬼の一閃が、白鯨の巨体を貫通するが勢いで突き刺さる。

そのまま、縦横無尽に動き回り、身体中を切り刻んでいく。

 

 

 

「スバル君なら、ツカサ君なら絶対にやってくれます。レムと姉様の英雄は、世界一なんですから」

 

 

レムの力強い言葉と、抱く力の強さ。

激昂しきったラムの精神に、一筋の光を灯す。

 

 

 

 

 

 

「ええ。解ってる。解っているわ。―――だからこそ、さっさと帰ってきなさいよ。もう、待ちくたびれたわ。……ラムの元に、帰ってきて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルは考えを纏めるまとめあげる。

ほぼほぼ間違いない。

 

あの白鯨の特徴(・・)を改めてみれば――― 一目瞭然だ。

クルシュ達が戦っている1体。

ラムとレム、ヴィルヘルムの3人で戦い、更にツカサを取り込んだ1体。

 

もう1体はかなりの高さに居るから、確実に確認する事は出来ないが、想像通りだとするなら、その位置から降りてこない理由も検討がつく。

 

 

 

「てめぇら、3匹居る(・・・・)んじゃ無ぇな!?」

 

 

 

確信を持ち、スバルがそう吼えたその時。

 

 

 

―――――――――――!!!

 

 

 

 

ヴィルヘルムが刻み、ラムが刻み、レムが殴打し続けてきた白鯨の身体が震えた。

 

宙を泳ぎながら、小刻みに震えるその巨躯。それがちょっとした衝撃波となって周囲に伝わってくるが、攻撃の類ではない。

無数有る霧を噴出する口から、黒煙の様な黒い霧が沸いて出てきたと思った更に次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――大口開けて、笑え。

 

 

 

 

 

 

 

白鯨の身体が、その身から発する光に包まれたのは。

 




ピカ――っと白鯨光りました(((o(*゚▽゚*)o)))


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白鯨戦⑨

もうちょい……!! (/・ω・)/
後、2~3話くらい? 


「―――!」

 

 

先ず最初に、スバルよりも遥かに早く異変に気付いたのはヴィルヘルムだった。

ラムとレムが気づかなかったのは、ラムが白鯨の圧により弾かれた為レムが傍へと駆け寄り、戦線をやや外れていた為、である。

それが功を成したのか、或いは――――。

 

 

兎にも角にも、ヴィルヘルムは白鯨の背の上から離脱。

身体中を切り刻んでいた刃を外し、そのまま地竜目掛けて降りた。

 

勢いよく地竜に飛び乗ると、手綱を握り、操る。地竜も解っている、と言わんばかりにヴィルヘルムの指示に従い、駆け出した。

目指す先は、レムとラムの居る場所。

 

 

「レム殿、ラム殿、白鯨に異変が!」

「「!!」」

 

 

無我夢中で攻め続けていたが故に、考える事が疎かになってしまった事は否めない。

だが、それも無理ない話だ。相手は長年に亘り―――400年と言う悠久を生き続け、世界を蹂躙してきた霧の魔獣。

加えて、目の前で愛しい人を喰われた場面を目撃している。

 

冷静に戦え、と言うのが土台難しい話なのである。

 

 

だが、流石に剣鬼。現状 この場で一番の戦闘力を誇る男の声はラムとレムに届く。

 

 

視線を白鯨へと向けた。

 

中空を泳いでいた白鯨が、消滅型の霧を周囲にまき散らしていた白鯨が、全身を震わせている。

その体毛の全てが逆立っているかの様に。

細かな体毛で覆われた白鯨だが、その距離・大きさ故に、初見では流線型の身体にすら思えていた白鯨の身体が、毛が逆立った事により生理的嫌悪感を誘う。

 

 

だが、それがあの白鯨の攻撃手段だとは思えない。

 

 

ガタガタと震える身体、更に今度は。

 

 

 

 

 

 

「ブオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

身を捩り始めた。

旋回し、身体を捻じり、時には大地へ身体を叩きつける。

 

一体何をしているのか? とこの疑問の答えに一番最初に辿り着いたのは、他の誰でもない。

 

 

 

「……遅いわよ」

 

 

 

赤みが掛かった頬を、怨敵である白鯨に向けている、桃色の髪を持つ鬼の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は―――少し遡る。

永遠にさえ思える時。

絶望、3体の白鯨の出現。そして戦意喪失から再び復活。

 

時間にすれば、ほんの僅かだったと言えるかも知れないが、体感時間は恐ろしく長い。

それは、()も同じだった。

 

 

「きゅきゅい………」

「臭い? 言ってる場合か。ガマンしてくれ」

 

 

白鯨に呑まれる瞬間、勝機(チャンス)到来だと思った。

あの大きな口、無数の牙。全てを呑みこみ、消滅させる霧の魔獣の口に勝機を見出す等、狂っていると言われる、正気の沙汰じゃない、とも思われるだろうが、勝機(チャンス)をそこに見た。

 

 

3体に増えた白鯨を削る為の。

 

 

 

 

そして―――全てが整った。

 

 

 

「さぁ、出るぞ。………早くしないと、皆に、ラムに怒られる」

 

 

 

英雄は伏して死なず。

ラムが信じた通り、レムも同じく、そしてクルシュも言った通り。

 

 

白鯨の体内にて、己に風の加護(クルル)を纏わせて、ツカサは顕在していた。

 

 

呑まれた時、咄嗟にクルルを使い、身を全力で守った。外はクルルに、そして内ではマナを溜めに溜めて、白鯨を内側から爆ぜさせる為に。

 

並大抵の魔法では白鯨はビクともしないが、それは外からの話。

レムも言っていた様に、あの白鯨の体毛が、無数に無限に存在するかの様な体毛が魔法そのものを散らしている結果、見た目以上のダメージを与える事が出来ていない。

 

討伐隊の全力の魔法攻撃に加えて、魔石による砲撃、全火力を集中させた最大砲火でさえも、白鯨を落とす事は叶わず、あの名の通り白い身体に焦げ跡さえつける事が叶わなかった。

 

物理的な力でしか倒せないと言うのなら、体躯の差、広範囲への拡散型・消滅型の霧、何より数。圧倒的に人間側に分が悪い。

 

 

だが、それは外からの話。

今ツカサが居るのは、白鯨の内側。

 

 

「テンペスト」

 

 

風の魔法をその掌に発生させると同時に、握り潰す。

テンペストが掌から、右腕にかけて広がっていくのが解る。

 

 

「インヴェルノ」

 

 

続いて氷の魔法を同じく掌に顕現。

同様に握り潰す――――取り込む。

 

 

「ジ・アース」

 

 

土の魔法、大地を操る魔法。

 

 

「エクスプロージョン」

 

 

火の魔法。火焔を生む魔法。

 

 

この世界でも(・・・・・・)代表的、と言える四大属性をその身に宿した。

集中力と膨大なマナを要する。クルルは身を守る為に使っている。おまけに、何処かの誰かさんが何度もコロコロ死んでくれた為、感覚で全盛期の半分程の力。

 

ツカサにとっても、永遠にすら思える時の流れの中で―――ようやく辿り着いた。

 

そして、内側にいても理解出来る。

白鯨が察した事に。

 

 

「―――今更、もう遅い」

 

 

白鯨と言う魔獣は、実は頭が極めて良いと言うのがツカサの評価。

奇襲されて一斉攻撃されたが、決して怯む事は無く、最善にして最悪の手を打ってきた。

 

頭が良いからこその行動。獣のソレではない。

スバルの臭い。……魔女の残り香に当てられても尚、実に理に適った攻撃をしてくる。

 

そんな頭脳の持ち主だからこそ、気付く事が出来たのだろう。

 

 

「オレが、これから何を(・・)するのかを」

 

 

白鯨の腹。

居心地は最悪だ。当たり前だ。

消滅の霧によって消滅してしまう事はクルルの守り故にないが、それでも最悪。

 

この口は、400年の間、どれだけの命を食んできたのだろう?

どれだけの無念をその身体の内に取り込んできたのだろう?

 

 

世界から取り残される、存在そのものを、記憶から消滅させる。

残された人は、悲しみにすら辿り着けない。

文献より確認されているのは、例外的に辿り着いたとしても、失ったものが大きすぎるが故に精神を崩壊させてしまうというもの。

 

 

この魔獣は、一体どれだけの無念を。……この内側だからこそ、感じる事が出来る人々の怨嗟。

 

 

それを背負う、無念を晴らす、なんて気前よく格好をつけるつもりはない。

ハッキリ言えば、自分自身はまだまだ底が浅すぎるからだ。悲しみを背負うには、足りないものが多い。ヴィルヘルムこそが、それを背負うに足る人物だと言えるだろう。

 

 

だが、それでも――――。

 

 

 

「数分、数十分、数百分の一でも、晴らさせてもらうよ」

 

 

 

人々の嘆きを背に、ツカサは前を歩く。

何だか背を押してくれた様な、そんな感覚がした。

 

 

白鯨は今も尚、暴れ続けている。これ以上無差別に暴れられても迷惑だ。

 

 

 

 

「―――万象を成し得る根源の力だ。この世界には無いかもな。………さぁ、この腹に収まりきるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

白鯨の絶叫が腹の中にまで響いてくるが、構わず続けた。

左と右、夫々に纏わせた四属性の力を、合掌の所作を以て、合わせる。

 

 

 

 

 

「大口開けて、笑え。……オレも嗤ってやる」

 

 

 

 

合わさった途端、世界は白に満たされた。

 

 

 

 

 

 

―――カタストロフィ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありとあらゆる光が合わさると、それは最終的に白へと向かうらしい。

何処かで聞いた事がある事象。

 

 

この光景が、まさにそれだった。

 

 

白鯨は身体半分、丁度頭の部分だけを大きく仰け反らせて、身体をLの字に曲げて空を見上げる様な姿勢をとった。

 

大きく大きく口を開き、今戦最大の大絶叫を奏でる。

 

 

クルシュ率いる討伐隊が相手をしている白鯨が、その更に頭上で戦況を見ている白鯨が、視線を一様に向けた。

 

身悶え絶叫する白鯨に全視線が集まったその時だ。

 

 

 

白き波動は、白鯨の全てを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白の世界。

夜払いの魔法も真っ青な神々しい現象を前に、さしもの討伐隊でさえも足が止まる。

士気を上げ、仲間が倒れようとも折れる事なく雄叫びを上げ続けていたが、この瞬間だけは全てが静止したかの様だった。

 

白鯨も例外ではない。

 

 

 

 

軈て、世界に色が戻りつつあるその時。

光に照らされていたラムが、唯一動いた。

その両手を大きく広げて、何かを迎え入れる様な動作をとった次の瞬間。

 

 

 

「「ッ―――――!」」

 

 

 

最愛の人が、ラムの胸の中に飛び込んでくる。

 

 

 

 

「お帰りなさい」

「ただいま」

 

 

 

 

しっかりと胸に抱き留めたラム。

胸の中の感触が、その存在が嘘ではない、と確かめる様に。

 

 

 

―――(ゼロ)になんかなってない、と確かめる様に。

 

 

 

ツカサも、同じく。

白鯨への渾身の魔法を放った直後で、全身に深い倦怠感が襲いつつある中ででも、ラムの傍へと帰る事が出来た安堵感が、倦怠感(それ)に勝った形となった。

 

 

これで、白鯨討伐、大団円! となるなら、このまま暫く――――と言いたい所ではあるが、生憎。Loveシーンはお預けだ。

 

 

 

 

 

「ツカサ。ラムを待たせた償いは、しっかりとして貰うから。この後にでも」

「勿論。それにナイスキャッチ……、だったよラム。今の撃つのに集中し過ぎて、外に出る事忘れてて……」

「…………珍しい事もあるものね」

 

 

 

基本的にはしっかり者な所が多いツカサ。

たま~に抜けた部分があるにはあるが、こと戦闘においてはなりをひそめているという印象だった。

 

裏を返せば、後先考えず誰かを頼ろうとした、という事だろう。

 

 

 

「ツカサ殿!」

「ツカサ君っっ!!」

 

 

続いて、ヴィルヘルムが、そしてレムが駆け寄ってきた。

膨大な魔法攻撃につき、マナを相当に消費してしまった様だが、そこは異端中の異端の1人? であるクルルが居る。

 

 

「きゅへっ! きゅへっっ!! きゅっっっへんっ!」

 

 

空からツカサの頭へと飛び乗って帰ってきた。

……何だか咽てる?

 

 

咽ながらも、ツカサにマナ移譲の光を向けた。

 

マナ補充後、直ぐにもう1発、今のを連発!! と出来れば最高なのだが、生憎そこまでの万能性、超火力兵器、という訳でもないのが残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶお、お、……ぶ、ぐ………おお、おおお…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時だ。

光が完全に晴れたと思った瞬間、あの白鯨が顔を出した。

 

 

「! タフ過ぎるだろ……、だけど」

「もう虫の息、ね」

「ああ。あともう少しで、堕ちる(・・・)

 

 

そこからは、目配せするまでも無い、これ以上言葉を交わすまでもない。

 

 

ラムはツカサの介抱で動けないから、直ぐに共感覚を用いて、レムへと指示。

ヴィルヘルムは、今の一撃で死滅していない事に驚いたが、それもほんの一瞬。時間にしてコンマ数秒レベルの時。

3体の内の1体を確実に沈める最大の好機と見るや否や、跳躍した。

 

 

「アル・ヒューマ!!」

 

 

全力で、最短。

レムは巨大な氷柱を出現させ、まるで攻城兵器の様な氷の槍を出現させると、白鯨に打ち放った。

 

呻く事は出来ても、吼える事は出来ても、動く事が出来ない。

氷の槍と剣鬼が接近している事が、最早見えていない様だ。

 

 

「ちぇえええええええッッッ!!!」

 

 

裂帛の気合。

全身全霊をもって 剣鬼が突きを放つ。

 

あの攻撃、ツカサの攻撃で内臓がやられたのか、或いはもう力が入らないのか、その肉質はこれまでにない程の手応えの無さだった。

 

ヴィルヘルムが放った剣撃は、飛ぶ斬撃となり、白鯨を一直線に貫く。

 

レムのアル・ヒューマが白鯨の額に深々と突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鯨の瞳から完全に光が失われていくのを皆が見届けた。

この期に及び、目の前の光景が信じられないと言わんばかりに、残った白鯨2体は未だ動かず。

 

 

 

「何も寂しがる事は無い。――――直ぐに、貴様の後を追わせる」

 

 

 

ズッ……、と白鯨の身体から引き抜かれる宝剣。

 

ヴィルヘルムが突き立てた剣を引き抜くと同時に、鮮血が舞い散る。

それは まるで、赤い花びらの様に。

 

 

 

「―――まだ、まだだ」

 

 

 

ヴィルヘルムは、剣を強く、更に強く握り締めた。

 

白鯨の屍を、そして一太刀を妻、テレシア・ヴァン・アストレアに捧げると誓っていた。

 

討伐隊と、そして何より英雄達のおかげで願いを果たす事が出来た、と錯覚しかけたが、まだ白鯨は健在なのだ。

 

まだ、終わっていない。

 

終わっても無い事を捧げでもすれば、妻は心底軽蔑する事だろう。

 

 

すぐさま、残党を―――と身構えたその時だ。

 

 

 

「!! ヴィルヘルムさん!」

 

 

 

白鯨の身体が、淡く光出した。

ツカサの声で、討つ事が出来た、と不覚にも錯覚した自分を取り戻す。

 

 

跳躍し、後方へと跳ね飛び、距離をとった。

 

 

 

「これは―――!?」

 

 

淡い光が、白鯨の身体を包んでいる。

間違いなく、白鯨は、3体の内の1体は、これで絶命した筈だ。それだけの感触を経た。身体の内側から破壊され、外からも貫かれ、不死でもない限り、生存するなど不可能だ。

 

 

一体何事、と思っていたその時だった。

 

 

まるで時間が止まっていたかの様に静止していた白鯨の1体が動き出した。

 

 

 

 

 

 

「ブオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

 

 

凄まじい咆哮。遥か高い位置にいて十分以上に離れている筈なのに、耳を塞ぎ、衝撃波に備えなければならない程の咆哮に、英雄が帰還し、白鯨の1体を打倒し、士気が更に上がっていた全員が身を震わせる。

 

 

 

空高く佇んでいる白鯨は、咆哮を止めると同時に、再び霧を発生させた。

それは、これまでの様に自分達を、人間を狙ったものではなく……。

 

 

 

 

「あの野郎! まさか(・・・)―――!!」

 

 

パトラッシュに乗ったスバル。

ツカサが帰還した時は、一目散に駆け寄ってラムの後に力いっぱい抱きしめたい衝動に駆られていたが、色々問題があって離れた位置で見ていたからこそ、その意図を誰よりも早く理解する事が出来た。

 

 

スバルが想像した通り、あの上空の白鯨の放った霧は、打倒し屍となった白鯨、淡く光を放っている白鯨を覆いつくし、呑みこんだ。

 

 

 

次なる絶望へのステージ。

それは、霧によって運ばれてくる。

 



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白鯨戦⑩

よーやく次で終わりデス!( ´艸`)

この話じゃねーのかよ!! って思わしちゃったら、ゴメンサイ………m(__)m
白鯨戦⑪がラストでありまする(*´▽`*)
この話は作戦会議?みたいな感じですな!

文字数結構使ったので切りました(*゚∀゚人゚∀゚*)♪



白鯨……長かったぁぁぁ……(゜-゜)


 

絶望と希望。

それは、何の因果か、運命の悪戯か。

交互に運んでくる。極めて悪質だと思えてしまう程の間隔で。

 

 

最初の希望は情報通りに神出鬼没な霧の魔獣、白鯨相手に奇襲をかける事に成功した事。

 

持てる戦力の全てを懸けて、全力で攻撃し、奇襲で地に落とす事こそ出来なかったが、相応のダメージは見込めた。

少なくとも、あの厄災に終止符を打てる―――という希望が現実のものになる、と感じた者は少なくないだろう。

 

 

そして、次に絶望が襲い掛かる。

 

まさかの白鯨の群れの襲来。あの巨体が3体に増え、更には英雄の喪失。白鯨に喰われた場面は、紛れもない絶望の二文字だった。何より、自分達を守ろうとした上での事だ。

彼を知っている者からすれば、彼には過去の記憶が一切ないのだから、白鯨との因縁がある訳がない。それにも関わらず、命を懸けて守ってくれて―――喰われた。

全身の力が抜けてしまった。羽根の様に軽かった武器が、防具が、身体が、そして意志が 鉛の様に重くなってしまった。

 

 

そんな絶望の果てと言って良い状況でも、クルシュが奮い立たせようと奮闘し、総崩れにはならず。

 

希望がやってくる。

 

光明が見える―――とはよく言ったモノだが、そんな言葉では言い表す事が出来ない程の神々しい光と共に英雄が帰還を果たしたのだ。

 

3体の白鯨の内の1体に瀕死の重傷を与えた上で。

続いて、剣鬼と青き鬼の娘が追撃を与え、白鯨は永遠に沈黙する。

 

 

場が湧きに湧いた。

全身に鳥肌が立ち、気付けば声を上げていた。

まるで神話の一節。その場面に立ち会えたかの様な感覚だったから。

 

 

希望―絶望―希望……とくれば、次は?

 

 

考えたくはない、これで終わりにしたい。そう思う者が殆ど。

だが、生憎世界を蹂躙してきた厄災の化身はそう甘いものでは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

上空高くで戦況を見ていた白鯨が動きを見せた。

リーファウス街道の全てを呑みこまんとする程の霧を、一極集中させるかの様に、討たれた白鯨の1体に打ち放ったのだ。

消滅型なのか、拡散型なのか、それは霧が晴れるまで分からない。

 

 

だが―――その霧はどちらでも無かった。

 

 

 

 

 

「ブオオオオオオ…………」

 

 

 

 

「うそ……だろ―――――?」

 

 

霧が晴れた先に現れたのは、白鯨。

討ち取った筈の白鯨が、動きを見せた。

全身が傷だらけ、あの稲光、白光を浴びて、半死半生だった所に2人の追撃。終わった筈の白鯨が息を吹き返したのだ。

 

希望と絶望を、交互に運んでくる戦場。

その絶望が、加速する―――。

 

 

 

 

 

「呑みこまれるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

そんな時だ。

誰よりも弱い、と称され、誰よりも諦めず信じて吼え続けていた男が、再び吼えた。

 

そして、その声に……再び希望が訪れる。

 

 

 

 

「野郎は不死身なんかじゃねぇぇぇぇ!! カラクリ(・・・・)見破ってやった(・・・・・・・)!! だから、誰一人諦めないでくれぇぇぇぇッ!!」

 

 

 

 

見破った、と言ったのだ。

白鯨の秘密を。

スバルは、皆の一度立ち上がった心が再度踏み潰されていくように感じた故に、大声で怒鳴ったのである。再び折られる時の気持ちを他の誰よりも知っていて、立ち上がるのに要する時間も知っているから。

 

 

今の光景を見ても尚、諦める姿勢を一切見せないスバルの姿に、息を呑む。

クルシュでさえ、この光景を目の当たりにし、初動が遅れたと言うのに、スバルは一切怯む事が無い。

 

 

人々に希望を与える事が出来る者。それこそを人は英雄と呼ぶ。

 

例え力がなくとも、誰よりも弱かったとしても、スバルの声は 再び更に深い絶望という名の霧に呑まれてしまった心を、その心に浸蝕してきた霧を晴らしてくれた。

 

 

 

スバルの言葉に対し、即座に動きを見せる者たちが居る。

 

ヴィルヘルムが、レムが、そして ラムとツカサ、クルシュが。

 

 

 

戦局を担う重要戦力が一同にスバルの元へと向かった。

スバルの魔女の残り香の効果はまだ出ているのか定かではない。

もしかしたらまだ機能していて、集まった途端に標的にされるかもしれない。だが、それでも関係ない。

 

打開策があるのならば、見破ったと言うのであれば、リスクを犯しても聞くだけの価値は十分にあるからだ。

 

 

 

スバルの所に到着し、開口一番。焦らしたりせずに、そのカラクリ(・・・・)を説明。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――分裂している、だと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルシュはスバルの言葉に眉を顰める。

白鯨が複数突如現れた事に対して、何かあるとは睨んでいたが、分裂と言う発想は無かった様だ。

スバルは、クルシュの問いに対して大きく頷く。

 

 

「ああ。間違いねぇと思う。根拠は戦闘力とあの野郎の傷だ。リカードのヤツが軽いって言ってた。それとあの傷。兄弟の風で刻んだ位置。……んで、それじゃまだ足りねぇってんなら、一番目立つのはヴィルヘルムさんが抉り取った左目、それと切り落とした背ビレだ。ご丁寧に鏡映しか? ってくれぇソックリじゃねーか。……んで、極めつけは今のだ」

 

 

戦闘力は単純に、単体だった時と分裂した今では強度が違う。

リカードが言っていた、彼が五体満足な状態でいられた事が何よりの証拠となっている。

 

次に、スバルはあの再生? した白鯨を指さした。

丁度宙を泳ぎ出し、獲物を物色しているかの様に不気味さを演出している。明らかに動きは最初より鈍くなっているのが幸いだ。

 

 

「兄弟がぶっ放した、神なる一撃! 天よりの裁き! 神の裁き(トール・ハンマー)!!! が炸裂! んで、それ食らって見事にボロボロになってた所に再生したは良いが、これまたご丁寧に、抉り取った眼やら背ビレやらまでも反映させてやがる。傷まで反映させる意味が解らねぇよ」

「とーるはんまー? アレは《カタストロフィ》。次を期待してたら厳しいって言わないといけないよ。何せ溜めが凄く長い。後、白鯨の内に入ったから最大級の効果が出ただけだ。連発は難しいし、多分、次はアイツは嫌がると思うから当てるのも難しい」

「技名に関しちゃ、オレのリビドーをそのまま言っただけだから、今はあんま突っ込んで欲しく無かったな! 中二魂揺さぶられたんだよ(カタストロフィ……、そっちの方がかっけぇな! オイ!)」

 

 

それぞれが、互いに自然であろうとするスバルとツカサ。

この場において、絶望と言う二文字が全くもって似合わない者は、この2人以上に居ないだろう。

 

いや、居るとするなら、長年白鯨を追いかけ続けてきたヴィルヘルム。

そして何より2人を信頼し、親愛し、愛情を持っている2人の鬼たちか。

 

 

「レムは無我夢中で解りませんでしたが、確かに傷の位置を見れば………」

「はっ。バルスもたまには役に立つ様ね。褒めてあげなくもない事もないわ」

「それって、褒めねーって事だよねぇ!? 姉様!?」

 

 

ラムの暴言に憤慨するスバルだったが、直ぐにクルルが頭上に現れて、そのスバルの頭に乗った。

 

 

「きゅきゅきゅーー!」

「うん? どーした? クルル。モフモフのサービスは、後で十分だ。いつ、野郎が活発になるか解ったもんじゃねーからな」

「クルルも見たから、スバルの言う通り、だって。……あの霧が当たる直前、間違いなく白鯨は一度消えた(・・・・・)って。再起不能状態になった分身体を1度消して、新たにだしたんだろう、って。結構褒めてるよ」

「!! マジか! っしゃ、俄然説得力が増した、って事でOKか」

 

 

レムとラム、そしてスバルのやり取りを見て、安堵感さえ覚える。

だが、予断を許さない状況なのは確かだ。

 

白鯨が再び分裂した時の反動なのだろうか、今は活動がやや鈍い。だが、それも何時まで保つか解らない。

 

 

「―――ふむ。確かに、かの魔獣が分裂した、というのは間違いないと推察出来ましょう。……ですが」

「ああ。卿の思っている通りだ。白鯨が3体に分裂した、それを理解した所でどうするか、だ。ヤツの一撃は幻想でも幻影でもない。実体がある凶悪なモノ。3体という上限があるのかもしれないが、その脅威は未だこちらを上回る。……ツカサのあの一撃を受けても尚復活した事実が、皆の戦意を再び削る可能性だって大いにある。発破をかけるのは容易い事ではない」

 

 

ヴィルヘルム、そしてクルシュは剣の柄を握り締める。

1体を倒したとしても、アレだけの速さで再び分裂を仕掛けてくるともなれば……。

 

 

「3体の白鯨を殺す。それも限りなく同時に。口で言うのは易いが高い壁だ」

 

 

それぞれが補完する事を考慮しても、確かに同時撃破が最も好ましい。

だが、全ての兵器・武具を用いても、情けない事にツカサ個人のあの火力と比べると落ちる。

それを考えたら、3体同時となれば壁は限りなく高い、果てが見えない程の高さになるだろう。

 

 

そんなクルシュの言葉に、スバルは大きく首を横に振った。

 

 

 

「いいや。3体も殺す必要はねぇよ。―――オレの読みじゃ、1体、1匹だけで良い筈だ」

 

 

 

スバルの答え。

それはこの場の誰にとっても予想外の発言の様で、視線を一気に集めた。

 

皆の視線を感じると同時に、人差し指を天に向かって指し示す。

 

 

 

「自分の分身二匹にビシバシ戦わせて、高みの見物決め込んでやがるあの野郎」

 

 

指し示す先にいるのは、一際高い位置にいる白鯨。

先ほどの分身体を消したか増やしたかした個体だ。

 

 

 

「見物してたかと思えば、次は霧使って、分身補充した。――そんな芸当が出来、且つあの高さに居る理由。それはなんだと思う?」

 

 

 

凝視する。

分身体を屠った時こそ、時が止まったかの様に静止していたが、霧をはき、新たに復活しなおした後は、再び空中遊泳を楽しんでいる様に見える。ゆっくりと空を泳ぎ続けている。

 

 

 

「まさか――――」

 

 

 

ヴィルヘルムが視線を細く、そしてかの魔獣を睨みつける。

卑怯とは言わない。生き残るために、最も合理的な手法、判断をしているだけなのだろう。

 

 

 

「ヤツが本体―――という事か」

 

 

 

クルシュがヴィルヘルムの考えと同じである、と言った感じで言葉を紡いだ。

本体だからこそ、分身を生む事が出来る。本体だからこそ、分身体に指揮を送る事だって出来るだろう。

 

 

それを聞き、スバルは頷く。

ツカサも納得した様に頷いた。

 

 

「……あの分身体を復活させた、というより、アイツが自分を削って絞り出した、って感じか」

「そう願う。じゃなきゃ、無限コンティニューだ。考えたくも無ぇ。……3つに分裂した力を更に絞ったんだからよ、そう願うぜ。………だからこそ、余計に降りてこない筈だ。自分がやられる訳にはいかないからな」

「うむ。……現に他2体の動きが鈍くなっているのは、力が削られたから、と推察できる、か」

 

 

快適~とは言わない。まさか分身体だとしてもやられるとは思っていなかっただろう。だからこそ時が静止したかの様な間があった。

 

 

「じゃあ、アレを叩き落せば―――より勝機が見える、か。よし! 早速やろう!!」

「うぉい! マジかよ、直ぐやろう! って、実行できんのかよ、兄弟!」

 

 

あの空高くに居るのが本体。

アレを倒せば終わる可能性が高い。

 

そこまで解ったが、一番重要な部分が定まっていない。

 

 

その手段―――だ。

 

 

それを短い時間で議論し、決断を下さねばならない、と思っていた矢先のツカサの言葉に、スバルは思わず突っ込んでしまった。だが、ツカサは冗談の類を言っているのではない。

 

 

「腹の中に入って中からブットバス、って言うやり方より遥かにやり易い。―――叩き落す事、それだけに集中させてくれるなら、出来る。……絶対に」

 

 

そう言うと、周囲を見渡す。

白鯨との戦いはまだ続いている。動きは遅くなったが、それでも襲い掛かっており、戦塵が再びあちらこちらで舞いだしたのだ。

 

 

希望を自分達に託してくれているのが良く解る光景だ。

クルシュが居なくとも、剣鬼が居なくとも、自分達で士気を高めて、攻撃をし続けてくれている。

 

それは傭兵の鉄の牙も同じ。

団長が戦線離脱しても尚、誰一人として逃げ出す者は居ない。

命を捨てる覚悟―――ではないかもしれないが、信じてくれているのだろう。

 

ツカサがそう断言した後に、ラムが傍に立つ。そしてツカサ自身も待っていた、と言わんばかりに、その肩をぎゅっと抱いて。

 

 

2人なら(・・・・)オレ達なら(・・・・・)。絶対の絶対。100%、出来る」

「!」

 

 

ラムは一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべたが、直ぐに引き戻した。

 

 

「問題はその後。ラムたちがアレを落とした所で、そこで仕留めきれなければ意味はないわ。一度落としたら、更に警戒される可能性が高いもの」

 

 

問題点を指摘。

あの白鯨を落とす、という事に関しては、もう問題解決した、と言った空気だ。信じて疑わない。

あの高さだ。一体どうやって? と当然疑問がわく。

 

クルシュもヴィルヘルムも、アレが本体と聞いた時は、己の剣に手を当てて考える仕草をしていた。

百人一太刀のクルシュの剣技でも、嘗て先代剣聖をも打ち負かした剣鬼の剣技であっても、届かないと思ったからだろう。

 

 

 

「白鯨2体を相手にしつつ、本体を仕留める策」

「ぬぅ………」

 

 

元々強固だった個体が分裂し、云わば弱体化したも同然だった。

だが、それでもツカサの魔法・ヴィルヘルムやレムの力を以てどうにか堕とす事が出来たが、アレだけの兵力を集め、且つ2体を相手にし、本体を―――となると、中々に難しい。

 

英雄が最も重要な場面でやってくれると断言しているのだ。心情的には、即答でこたえたい気持ちではあるが、現実的な考案をしなければ、ラムの言う通り、再び空へ逃がしてしまう可能性が極めて高い上に、警戒されればその後の戦況に大きく響く。

 

 

「―――ったく、兄弟があの魔法で消耗してる、って事考えたら、ここはオレの一世一代の博打を仕掛ける!! って流れだったってのに。大半持ってかれたじゃんかよぉ」

 

 

 

そんな時、スバルがニヒルな笑みを浮かべながら、そう告げた。

その顔は、あの白鯨を倒す策がある、と言っている様にみえた。

 

 

 

 

 

 

 

「見せ場って意味じゃ、劣っちまうけど。兄弟が落としてくれるってのなら、そっから先は、オレのとっておきの作戦がある。―――乗ってくれるか?」

 

 

 

 

見せ場が劣るというが、白鯨を倒せる策なのであれば劣るも何も無い。

 

そして、その質問は無粋というものだ。どんな作戦であろうと、勝ちに繋がる可能性が少しでもあるなら乗らない訳が無い。

 

 

 

 

 

 

 

「卿らは、本当に凄いな。加護が十全に働いていると言うのにも関わらず、常に正気を疑いたくなる」

「随分な言葉ですね。―――でもまぁ、今更ながら白鯨の腹の中に入って、中から仕留めるなんて、普通に正気じゃないかもです」

 

 

クルシュの苦笑いに、ツカサも笑って返す。

ツカサの言葉も尤もだ。

 

あの白鯨の口の中。当たれば全てを消失させ、世界からその記憶ごと消滅させる霧を放出しているというのに、それを使われる可能性だってあるのに、迷う事なく内部へと突入した。

 

白鯨を知る者なら、普通に正気じゃない。

 

 

「ははっ、だな。つーか、元々あんなデケー奴仕留めようって考えてる時点で、オレらは同類だ。正気じゃねーよ」

「心底否定したい気分ね。バルスにそう言われたら」

「ここは、乗ってくれよ姉様! 格好つけたつもりなんだから!」

 

 

スバルはラムに抗議をする――が、ツカサがそこに割って入った。

 

 

 

「ご生憎。駄目だよスバル。ラムに格好をつけるのは、オレの役目だから。スバルにはそれは任せれない、かな? レムやエミリアさんにだけ、集中してて」

「むぐっっ」

 

 

グッ、と強く肩を寄せる。

その言葉に、行為に、ラムは再び顔を赤く染めると。

 

 

「…………漸く、漸く男になった、のね。ツカサ。惚れ直したわ」

 

 

当然、と思いつつも改めてツカサを思う。

成功する成功する以外ありえない。

 

 

「レムも、頼む。オレと、スバルを」

「勿論です。……必ず、必ず果たして見せます。全てが終わったら、婚礼の儀、ですね」

「祝勝会を先に、だな」

 

 

 

 

温かい風が吹いた様な感じがした。

死の味が、気配が漂うこの場所で。

クルシュは、その風を一身に浴びる。

 

 

 

「―――はははは。そうだな。そうだった。我々皆がそうだった。それぞれの志を完遂する為に、断固たる意志を持つ者たちが此処へ集ったんだったな」

 

 

 

自然と零れる笑み、その新しい感覚にクルシュは心地良い風を感じていた。

そして―――ヴィルヘルムの方を見る。

 

 

「白鯨2体相手だ。―――いけるな?」

「勿論でございます。―――今日まで生き永らえた意味を、今こそここで証明いたしましょうぞ」

 

 

この場に集った全員で、円陣を組み、拳を合わせる。

 

 

 

 

 

「2体の白鯨は我々に任せろ」

「じゃあ、こっちはアイツを任せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白鯨攻略戦。死闘、決着の刻

 



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白鯨戦⑪

白鯨戦しゅ~~りょ~~~ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪

と言っても次の話、最初の方は出てきちゃいますが……(゜-゜)


長かったなぁぁぁ…… ...( = =) トオイメ目


「お兄ぃ、ちょーーすごーーー!! ちょーーーすごーーーー!! 流石のミミもあそこまでは跳べませんなぁ!! だから、すごーーーー!!」

「皆の力だよ。オレ個人って訳じゃなく」

 

 

作戦を聞いた鉄の牙の副団長ミミ。

 

所定の位置へと移動する際に、ツカサとラムと同じく並走しながら興奮していた。

 

白鯨の生態やそのカラクリに関して、しっかりと理解した訳ではないが、あの空の遥か彼方……超高度に居る白鯨を落とす、と言ってのけた事に関しては理解出来た。

 

謙遜しているものの、迷う事なく出来ると言ってのけたのはツカサ自身だ。

絶対の自信の現れもそこに出ているから、正直その謙遜は意味がない。

 

 

「凄い、です。普通ならあそこまで高い所に飛ばれると、攻撃する手段はない、というのが一般的なのですが………」

 

 

現実主義者(リアリスト)である、とスバルが称していた双子の片割れ、ミミの弟のへータローが、目を丸くしてミミに続いた。

 

団長のリカードの言葉を十全に受け止めながらも、あまりにも規格外の事をやってのける衝撃に、驚きを隠せれない様子だ。

 

 

「当然よ。ラムのツカサだもの」

「ははは…………」

 

 

ここで胸を張るのはラムだったりする。

臆面もなく、自分のモノだと発する男らしさには脱帽モノだ。

 

 

「むむむ、お兄ぃが先に唾つけられてたかーーっ! 落としたのカッコ良いぞーー、惚れたぞーーー! って思ってたのにー」

「ちょっ、お姉ちゃん。まだ落とした訳じゃないし、僕達は僕達でやらなきゃいけない事、あるでしょ」

 

 

両手をばーーん、と上げて仰け反るミミをどうにかフォロー。

 

 

「白鯨2体は正直キツイと思う。―――でも、宜しく頼んだ。絶対に、オレ達で堕として見せる。……終わらせてみせるから」

 

「「………………」」

 

 

ハッキリとそう言ってのける所もそう。真剣な顔つき、端正な顔つき、誠実そうな顔付き。どうしても、目つきが悪い方? と比べてしまう。【失礼だな!!】 と先行してるスバルが何か言ってる様な気がするが……気のせいだろう。

 

 

「やっぱ、ミミ惚れた!! お姉さん! お兄ぃ、ちょーだい!」

「ハッ。ツカサを上げたりしないわ。ラムの独占中よ」

「凄く照れくさくて、嬉しい筈―――なのに、なんか物扱いされてる感があって凄い複雑……」

 

 

ラムとミミの言葉。

男冥利に尽きる気もしなくもないが、如何せん一度考えてしまえば……。

 

途中でハンブンコ! や1日交換! など、恐ろしい単語が聞こえてきた気もするが、きっと気のせいだ。

 

 

「仕様がないですよ、ツカサさん。正直、僕もお姉ちゃんの気持ちが解ります」

「……え?」

「あ、いえ。ヘンな意味じゃないですよ。―――その、憧れと言うか、本の物語に出てくる様な英雄を間近で見ている。そんな感じにさせてくれるんです」

 

 

へータローの言葉に一瞬ギョッ!? っとするが、取り合えず安心すると同時に気恥ずかしくなってくるものだ。

でも、ツカサも思う所はある。

 

 

「ありがとう。頑張らないといけないな。――――でも、この作戦の総仕上げはスバルだ。あんな策を、あんな手段を思いつくなんて、ってオレも驚いてるよ。オレが英雄ならスバルだって英雄だ」

 

 

英雄は複数いたって構わない筈だ。

 

前を走ってるスバルだってそうだ。レムにとっての英雄だけじゃない。皆にとっても同じの筈だから。

 

そして、スバルの名を出すと、前にいるスバルは聞こえたのだろうか、嬉しそうに、或いは更に気合を入れて大空に拳を掲げて吼えた。

 

でも、今 白鯨を誘き寄せる様な真似(魔女の残り香)を出したら、作戦実行困難になるので、その辺はまだ止めて貰う。

 

 

スバル以外にも、命を賭して白鯨を食い止めてる皆を見る。

 

 

「率いてきたクルシュさんやヴィルヘルムさん、リカードやミミ、へータロー。……皆英雄だと思ってる。厄災に終止符を打った英雄だ、って。だから、全員で勝とう!」

 

 

ツカサはへータローに拳を向けた。

並走しているが故に、合わせる、当てる事は出来ない。でも、それでも十分だ。

へータローは、歯を見せながら笑みを浮かべて、同じく拳を向けた。

 

 

「はい!」

「よっしゃーーーー!! やっつけて、お兄ぃに、ナデナデしてもらうぞーーー!! いっくぞーー、へータロー――!!」

「わわ、お、お姉ちゃん待って!」

 

 

一際気合が入ったのか、ミミの乗るライガーにもそれが伝わったのか、爆走しながら鉄の牙のメンバー達と合流に向かう。

へータローは拳を引っ込めて、改めてアイコンタクトをすると、離れていった。

 

 

「じゃあ、ラム。―――行こう。ここからが見せ場だよ」

「ええ」

 

 

ラムは応えると同時に、そのツカサの肩を叩いた。

振り返ってみると、頬に柔らかい感触。

 

 

「っ」

「景気付けとあの子に獲られない様に」

「ん。気合、入りました」

 

 

ニッ、と笑うツカサ。

そしてラムは、人差し指を唇に添えながら言った。

 

 

 

「全部終わったら、こっち(・・・)ね」

 

 

 

小悪魔の様に笑うラム。

ツカサもそれに応える様に頷いた。

 

 

頷くと同時に、ツカサとラムの姿は黒いナニカに包まれて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空から見ていてよく解る。

 

左右どちらの戦場でも、小さな人間たちが魔獣の巨躯に獲り付き、そのあまりにも弱々しい、小さいと言わざるを得ない武器を突き立て続けている。小賢しく抗い続けている。

 

炎が場を支配しようと猛り狂っても、すぐさま空から霧が迫り、全てを包み込む。

結果、立ち込める霧は眼下の分身体に味方する事になる。

 

霧に呑まれ、消えていく者たちを見届けながら。

 

 

 

白鯨には知能と呼べるようなモノはない。

だが、時として知能に勝ると言うのが本能と言うモノ。野生の本能、魔獣の本能と言った所だろうか。

最初こそは、分身体がやられた時は胸中穏やかではいられなかった。知能が無かったとしても、その危険性、危険度は我が分身が受けた苦しみを思えば、本能に任せるまでも無く、察する事が出来た。

 

 

そして、驚くべきはここからだ。

知能が無いと言うのに、学習する。

 

 

 

 

―――あの ニンゲンは、キケン。

 

 

 

 

相手を殲滅する。ただそれだけの為に行動をしている様に見えて、その奥深くには刻み込まれているのだ。

 

相手を殲滅する。ただそれだけな筈なのに逆に己が滅ぼされてしまう幻視をそこに見た。

分身体がやられた場面がまさにそれだろう。

 

 

 

その本能の中で、出来うる最大級の警戒をしつつ、霧で世界を覆う様に吐き続けたその時だ。

 

気配を感じたのか、大地に意識を向けなおした。

ただ、あのキケンな人間の気配ではない。

 

それでも凄まじい勢いで収束するマナを、無視する訳にはいかない。

 

 

 

「アル・ヒューマ」

 

 

 

膨大なマナの渦。

その中心には青い髪の少女が居る。

跪き、時間をかけて練りに練ったマナ。氷系統最大の魔法。

 

攻城兵器を見紛う大きさの巨大な氷槍。鋭い先端がこの夜の霧の中でも鈍く光っているのが解る。

 

 

 

その威力は脅威だと感じ取れた。

何せ、開戦一番白鯨が受けた氷槍よりも更に巨躯な氷。

白鯨は知る由もないが、アレは回転を加えたことで更に貫通性が増したが故のダメージだ。

知る由もない事、だからこそ、アレは脅威に感じた。

 

 

 

「―――お願い!」

 

 

 

少女の祈るような叫びと共に、氷の槍が射出された。

1本ではない、2,3,4…… マナを振り絞っているのが解る。全身全霊の一撃。

 

遥か彼方に遊泳する白鯨にも届き得る。

 

それが近づいてくるのを白鯨は感じていたが――――、ここで知能も無い筈なのに、また違う事を考える事が出来た。

 

 

 

―――ナニを、オソレル、しんぱい、がアル?

 

 

 

白鯨は知っている。

霧とは違う白き何かが、我が身の一部と言っても良い分身体を一撃で屠ったのを。

一撃で屠ったのを。

 

それに比べれば、どれだけ矮小なモノなのだろうか。

速度・大きさ共に、余裕をもって確認出来る。

複数来ようが問題ない。

 

 

白鯨は尾を振って風を薙ぎながら宙を泳ぐ。それだけで、生み出される暴風に似た圧力が、氷槍の横腹に当たった。

 

前に進む力が強ければ強い程、横から受ける影響には弱い。

そして、当たらなければ効果は当然得られない。

 

 

1本、2本、3本――――これで仕舞だ。

 

 

 

最後の4本目の軌道を逸らし、そのまま更に高度を上げようとしたその時だ。

 

 

 

 

 

「漸く―――捕らえたぞ」

「―――――――!?」

 

 

 

あり得ない場所から、あり得ない声が白鯨の耳に、聴覚に、脳髄に迄届いた。

互いの大きさ、質量の差を鑑みれば、届いたのは奇跡と言うしかないが、それでも奇跡であっても奇跡ではない、と言える。

矛盾しているかもしれないが、白鯨には、この声は間違いなく届くと断言できるからだ。

 

 

あの耐え難い悪臭とはまた違う。

本能が警笛を最大級に上げている相手。

 

 

 

「地に堕ちる時だ」

「永遠に、ね」

 

 

 

あの男とあの女。自分よりも上に居る現実。

一切関知されず、マナの動きを読まれずにここまで来た。その手段が解らない。

知能が無い白鯨―――否、新たに知能と言うべき器官が出来つつあると言って良い白鯨の脳は、急速に進化し、形成された。

 

何故、何故上に居るのか。何故、気付けなかったのか。

下の膨大なマナの流れは読めた筈なのに、これだけ接近するまで気付けなかったのか。

 

 

初めて魔獣に芽生えた自我。

だが折角の自我も今は混乱の渦中。

 

 

 

そして、漸くその理由が判明する。

 

 

ギョロリ、と動いた隻眼の眼球が、2人をハッキリと捉えた。

 

 

この男は―――。

 

 

 

 

―――我が、霧……まとって………!?

 

 

 

黒き暴風の中に2人は居た。

だが、特筆すべきは(そこ)ではない。

 

その更に外に、霧が……地上に吐き続けていた霧があったのだ。

 

この人間は、まさかの霧に擬態を施した。風を巧みに、精密に操り自身の鎧とした。

丁度、白鯨が霧の海に身を隠したのと同じ様に。

 

 

 

 

「いくよ」

「ええ」

 

 

 

謎が解けた。

解く事が出来た。

 

だが、最早手遅れ。

 

 

 

 

 

「デュアル―――」

「トリプル―――」

 

 

 

 

 

ラムが左手で。

ツカサが右手で。

 

指を全て絡ませて繋いだ先に、極限まで圧縮された黒い暴風があった。

マナを溜めに溜めて……次いでにクルルがラムの頭上に控えて更にマナを籠める。

 

二本が三本に、軈て四本に集まり、稲光も発生。

 

それは四重の暴風。

霧を消滅させる暴風。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「クアドラプル・テンペスト」」

 

「―――――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

現実味の無い感覚、である。

敢えて例えるなら―――空が落ちてきた(・・・・・・・)

 

 

この暴風は吹き飛ばすのではなく、叩きつけてくる。じり、じり―――と飛ぶ力よりも遥かに強い力で地に落とされ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吼えに吼えて、懸命に堪えようとする白鯨だったが、全くと言って良い程動かない。空に壁が出来た、壁が迫ってきている。空が見える範囲の全て。避ける隙間も一切ない。

 

 

 

「後は、精密な操作だ。―――働けよ、クルル」

「きゅきゅっっ!!」

 

 

単に暴れ狂う四重の暴風をぶつけて終わりじゃない。

それをすれば、眼下で戦い続けてる皆に影響がある。

 

イメージは、まさに白鯨が味わってる感覚、風の壁。

余計な破壊は一切せず、これ以上、上げれないと言う領域を作り出し、それを徐々に下げていく。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

ただ、ラムはマナをあまりにも酷使し過ぎた様で、これ以上は何も出来そうになかった。それでも隣に立つために、一緒に居る為に、どうにか奮起しているが……それでも、身体に力が入らない。

 

生命線となっていたマナ移譲の要であるクルルが離れた以上、ラム自身にも危険が迫っていると言って良い状態だった。

 

 

ツカサとクルルが白鯨に呑まれた時、マナを使い過ぎた。

そして、今のテンペストが文字通り最後の一撃だった。

 

 

「大丈夫、大丈夫だ。……後は、オレに、皆に任せても大丈夫。ラム」

 

 

倒れてしまいそうになるラムを力強く抱き留める。

ツカサの魔法で宙に浮いている状態だから、落ちる事は端から無い。

でも、しっかりと腕で抱き留める。

ラムの頭を自身の胸に抱き寄せる。

 

互いの鼓動を感じる。

それだけで、ツカサは力になると言うものだった。

 

そして、それはラムも例外ではない。

ツカサからマナを移譲してくれてる訳じゃない。

ツノナシで、己の身体を維持する事も難しくなった元の身体だが、不思議と何でもできる気がしてきた。

 

 

 

「愛が成せる業―――という事、ね」

 

 

 

それはツカサだからこそだ。

間違いない。

 

ツカサが来る前は、ツカサと出会う前は、ロズワールの事が全てだった。勿論妹のレムもそうだが、女である部分は、ロズワールを愛してしまっていた。憎しみから始まった繋がり、制約が軈て愛へと変わる。

 

こんな事があるのだろうか、とロズワール邸へとやってきた時は思わず笑ってしまった。

 

そして、今。その愛は違う男へ、完全に移り変わってしまった。

尻軽だと思われても良い。浅いと思われても構わない。

 

それで共に在れるのなら……構わない。

 

 

ツカサと言う男と共に在れると言うのなら。

 

 

「……ラム?」

 

 

ラムと握っている手、そしてその身体が、一際力強くなった気がした。

触れているところ全てから、湧き上がってくる様に感じた。

 

 

「ツカサの隣に居るんだもの。一緒に立ち向かうと約束、したもの。……最後の最後まで、共に」

 

 

額が淡く光った。

無理をするくらいなら、預けてくれて良い。目を閉じて良い。

ツカサはそう思ったが、ラムの顔を見たら何も言えない。言うべきじゃない。

 

 

 

 

自分の本質は臆病なのは変わってないな、とツカサは笑う。

ラムに怒られたくない。叱られたくない。

 

 

 

「――――さぁ、落ちろ!!」

 

 

 

渾身の力を籠める。

 

 

 

 

 

 

―――今、自分達が住む世界に、破壊の限りを尽くす白鯨(お前)は、邪魔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白鯨の高度が下がり続ける。

もう半分以下、砲撃や魔法攻撃でも余裕で届く高さ。

 

 

「ここからだ。ここから! 行くぜ! レム!」

「はい!」

 

 

それを見届けたスバルは、ここから始動する。

高さ自体は目算になって曖昧と言えばそうだが、大丈夫だ、と言い聞かせる。

 

レムも、スバルの事を心から信頼し、信じているので、疑ったりしない。迷ったりしない。

 

 

 

「アル・ヒューマ!!」

 

 

 

レムは練りに練ったマナで再び氷を生み出す。

今回は槍ではなく、いわば柱。氷柱。

 

 

「魔法のじゅうたん! 氷ヴァージョン、ってな!」

 

 

形成された氷柱の上に飛び乗るスバル、そしてレムも続く。

 

 

「自分の魔法に、乗って飛んだ事は?」

「レムはありません。これが初めてです」

「っしゃあ! ぶっつけ本番だな! 成功するイメージしか湧かねぇよ!」

 

 

今回は、遥か彼方に居る白鯨を狙った攻撃じゃない。

ゆっくりで良いんだ。速度は要らない。ただ、少しだけ高く跳ぶだけで良い。

あの白鯨にも解るくらいの高さに。

 

 

白鯨にも届くくらいの高さに。

 

 

 

「行きます! スバル君!」

「っしゃああ!」

 

 

レムの意志の通りに、氷柱は空に上がった。

白鯨が落ちてくる、レムとスバルは空に上がる。

 

あの白鯨でさえ、何も出来ず、させず落としてくる風の大魔法だが……。

 

 

 

「近くで見ても、恐ろしい……、なんて全く思えねぇから不思議だ」

 

 

 

超極大魔法!! 当たれば粉微塵!! と言っても良い魔法なのに、スバルはそう評する。

バランス崩したり、近付き過ぎたら、如何にレムのアル・ヒューマとて粉々バラバラは避けられないと思えるのにも関わらずだ。

 

 

 

「当然ですよ、スバル君。ツカサ君と姉様、そしてクルル様の力です。心強い以外の感情、レムは持ち得ません」

「ははっ! 全くだ!」

 

 

 

スバルはレムの言う通りだ、と笑った。

 

一頻り笑った所で、とうとうあの白鯨の姿、その詳細までがハッキリわかる所までの高さに来た。

所々藻掻いているせいか、傷が増えて、ヴィルヘルムが抉った片目の部分、幾つもの傷がより一層スバルにある感情を覚えさせる。

 

 

 

「超気持ちわりぃな、コイツ」

 

 

 

兎に角不快感しかない。

だが、その不快感ともここでお別れだ。

 

 

 

「上ばっかり気にし過ぎて悪いが、下もあるんだぜ? お前らの大好きで、大嫌いで、今にも喰いつきたくなる極上のモンが、よ……!」

 

 

 

スバルは立ち上がり、大きく吼えた。

 

 

 

「レム!! 耳を塞げ! 臭いの方は……スマン!! 我慢してくれ!!」

「はい!! スバル君の臭いなら、何でも良いです!!」

 

 

 

 

レムの了承を聞き、そして更に更に大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

「大サービスだぁぁぁ、よく聞けやぁ!! テメェをどうにかする為に、テメェを超える為に、オレは死に戻り―――――――――」

 

 

 

 

 

言い切った瞬間、だった。

暴風の中にいた筈なのに。身体に影響こそはないが、その聴覚には確実に届いてくる空一面の暴風の世界が、まるで台風の目? に入ったかの様に静けさに包まれた。

 

いや、これは違う。

 

肉体が世界から切り離されたのだ。

静か、ではない。完全に世界から切り離され、時が止まったのだ。

 

全身の感覚が遠ざかり、時間の概念が存在しないであろう場所へと誘われる。

 

 

そして、黒い手がハッキリと見える。

 

 

 

――――頼む。殺して、くれるなよ……。レムも、オレも……。

 

 

 

この黒い手こそが、いや その背後にいるであろう底知れぬ闇こそが、この作戦の肝。

だが、その肝の逆鱗に触れて命を奪われました、じゃ話にならない。

これまでの苦労が全て水の泡―――どころか、最悪の結末にしかならない可能性が極めて高い。

 

だから、スバルは念じる。

 

独占欲が強いとクルル―――あの存在から聞いたが、この瞬間だけは全てを独占させてやるから、力を貸してくれ、と念じ続けた。

 

 

すると、永遠にすら思えた次元の狭間の世界で。

 

 

 

 

 

【愛してる】

 

 

 

 

 

あの声が囁かれた。

どんどん近付いてくるあの声。

 

己の心臓が鷲掴みにされる感覚。まるで稲妻で全身を焦がされたかの様な感覚。

 

 

 

 

力を貸してくれ、その代償がコレなら甘んじて受ける―――!

 

 

 

耐え難い激痛、不快感の筈なのに、スバルはそれすらも呑みこみながら進む。

己を肯定してくれた、受け入れてくれた、と思ったのか、黒の手は、その衝動は更に熱く、激しく燃え盛り――――世界の終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

「戻って……きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

ゴウッ!! と、何かが空を叩いた様な気がした。

上から下から、と白鯨自身も感じられた。

 

そして、それはあの魔法を行使しているツカサにまで届いてきた。

 

 

 

「これは――――」

 

 

 

打ち合わせをしていた訳じゃない。

あの手が来る事は解っていたし、魔女の残り香を発生させると言う事も聞いていたが、まさか物理的な圧力? となって、やってくるとは思っても無かった―――が。

 

 

 

「好都合だ」

 

 

 

ツカサは瞬時に暴風を解除。

延々と頭上から圧を加えられてきた白鯨だったが、これで空に逃げれる、もっと高く、遠くに一度避難出来る……と、結論付けれた筈。自我が芽生えたのであれば尚更。この状況から一刻も早く逃げ出さねばならない、と警笛を鳴らす筈なのに。地に落とそうとする力が消えた筈なのに。

 

 

 

 

 

 

「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

本能や、生まれた自我でさえ容易に上回る、圧倒的な憎悪を以て全てが塗りつぶされた。

これまでの事が全て。何も見えなくなり、ただただ巨大に膨れ上がった憎悪のみを頼りに身体を動かす。

 

 

その悪臭……根源の元を滅する為に。

 

今の白鯨には、上空で起こった全ての出来事でさえ、忘却の彼方だ。

 

 

 

 

 

「きた、きたきたきた来やがった!! レム、もう大丈夫か!?」

「はい!」

「よっしゃ! 今、ぜってーオレくさいよな? 悪い、文句は後だ! 逃げるぞ!」

「じゃあ、失礼します!」

「へ?」

 

 

レムはスバルを抱きかかえた。丁度お姫様抱っこの様な体勢だ。

ここからは、このレムの魔法で逃げる―――と思っていたのだが、予想は外れてレムに運ばれる事になる。

 

 

 

 

 

 

「ぬおおおおおおおお!!? 無理無理無理無理――――!!」

 

 

 

 

 

 

氷柱から飛び降り、目指した先に居るのは―――パトラッシュ。

 

スバルはまさか飛び降りると思ってなかったので、思わず恐怖からレムの身体にしがみ付く……言うならレムの胸の中に顔を埋める形となる。

男の子としては、役得で最高の感触で、本懐! とも言えなくもない……が、それを感じるには、あまりにも恐怖の方が勝っている状態だ。

 

 

大絶叫をしていたスバルだったが、どしんっ! とパトラッシュに無事に乗れた事、安定し落ち着けた事で、漸くレムの胸から離れる事が出来た。

 

 

「じ、事前に打ち合わせしといてねっっ!? まさかのバンジーすると思わないじゃん? 紐無しの!」

「はい! ご馳走さまです!」

「な、何言ってんの!?」

 

 

 

抗議を盛大にした。でも胸の中に顔を埋めた事実もある―――などと考えていたが、今はそれどころではない。

 

 

白鯨が迫ってきている。

スバルの放った悪臭が、これまでと比べても格段に濃いモノだったらしく、地に激突しても尚、我武者羅に動き回り、何とか喰らおうと藻掻いている。

 

 

「うっは~~、効果は抜群ってヤツだな、オイ! 最初考えてた空中大作戦でこれやったら……バクッ! って喰われてたんじゃねーか?」

 

 

絶対喰らってやる!! と言った意気込みが、執念が可視化されてるも同然な白鯨の姿に身震いするが、それもこれまでだ。

 

まだ作戦は続いている。

 

 

ツカサとラム、クルルは見事完遂して見せた。

ならば、ここでやらなければならない。

 

 

「とは言っても、主に頑張って貰うのはお前なんだけどな! パトラッシュ!! これが最後だ。最後!」

 

 

スバルは、パトラッシュの身体を力強く撫でると続けて言った。

 

 

 

「パトラッシュ! お前はドラゴンなんだろ!? かっこいいトコ見せてくれ!」

「―――――ッッッ!!」

 

 

パトラッシュの速度が更に上がった。

風と一体化した様な感覚がスバルにはある。

 

 

白鯨の咆哮が轟き続ける。

 

 

 

剣鬼も戦乙女も討伐隊も傭兵集団も―――英雄も、全て無視して迫ってくる。

 

地を海と見立てたかの様に、大地を削りながら泳ぎ迫ってくる。

 

 

―――迫る迫る迫る。

 

―――駆ける駆ける駆ける。

 

 

 

猛然とスバルを喰らいつくそうと迫りくる白鯨。

竜の名を冠するパトラッシュの全霊をもって、鯨には追いつかれまい、と駆け続ける。

 

 

そして―――。

 

 

 

「喰らい、やがれぇ―――――!!」

 

 

「放てぇぇ――――――!!」

 

 

 

 

スバルの声と、そして終始タイミングを計っていたクルシュの声が、交差した。

 

轟音が幾重も重なり合って場に轟き、獄炎が周囲を焦がす。

白鯨に向けていた集中砲火が、あらぬ場所で巻き起こる。

 

 

いや、あらぬ場所―――ではない。

 

全てが狙い通り、タイミングも完璧なのだ。

 

 

 

無視出来ない程の轟音の間隔は狭まり、近付き……軈てそれは強大な影を生み出した。

空が落ちてくる、と感じたあの時と大差ない程のモノ。

 

目の前の悪臭、憎悪に呑みこまれてなければ、或いは自我が芽生えた白鯨なら、対応しようとしたかもしれないが、それも出来ない。

 

 

 

 

 

持てる全ての力を束ねて破壊の力を放った先は―――この平原の代名詞であり、賢者が植えたとされている大樹フリューゲル。

 

 

 

かの大樹をへし折り、それを武器とし白鯨を圧し潰す。

それがスバルの考えた作戦だった。

 

 

 

 

 

そして、それは成功する。

天を衝く程の大樹の重量に、白鯨は真上から叩き潰されたのだから。

 

 

 

 

その一撃は、あの暴風の様に優しくはない。瞬時に身体の全てを圧し潰すと言わんばかりの力。

 

純粋な物量、質量での攻撃。白鯨を軽く上回る圧倒的な物体を利用した攻撃。

 

大樹と大地に挟まれた以上―――かの魔獣に抗う術はもう何も持ち得てなかった。

 

 

 

大絶叫が場に響く。

それはこれまでにない甲高く……悲痛な叫び。死を予見させる叫びだ。

 

 

 

だが、それでも藻掻き、どうにか抜け出ようとする。

まだ生きる事を諦めてない生命力。

 

 

だが、その命も今終わる。

 

 

 

 

「――――我が妻、テレシア・ヴァン・アストレアに捧ぐ」

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ。

 

 

 

1人の男が、剣鬼が舞い降りてきた。

白鯨の分身体を相手にしながらも、この瞬間を、この瞬間を決して逃さない様に、と。

 

 

 

 

 

14年に亘る執念、そして400年にも及ぶ戦いの歴史に幕を下ろす。その為に。

 

 

 

 

 

 




テレシアさん可愛いデスヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


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恋の歌

 

 

 

剣鬼ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。

 

 

 

煌めく宝剣が岩の様な白鯨の外皮を容易く斬り裂いていく。

風が走り抜ける様に―――。

 

 

鬼気迫るとはこの事を言うのだろう。

剣の鬼(・・・)の名に相応しい雄叫びを上げながら、縦横無尽に白鯨を斬り裂き続ける。そして、白鯨から噴出される鮮血が空と鬼を赤く染め上げていく。

 

だが、今の彼の姿は、何処か美しくも思えた。鬼に相応しくない言葉。それでも、数多を魅了する姿はそこにはあった。

 

ヴィルヘルムが相対しているのは白鯨……ではなく、夢か現か―――或いは幻なのか。

 

 

燃える様な赤い髪を靡かせる1人の少女の姿が、剣鬼の傍にあった。

いや、剣鬼と斬り結んでいる様に思える。

 

 

 

まるで、かの有名な剣鬼恋歌。

 

 

それが今目の前に……幻想として映し出されてるかの様だ。

白鯨の鮮血が舞い散る修羅の場だと言うのに、剣撃の1つ1つが、愛を確かめ合っている様にも見える。1つ剣撃を交わし、また動き、共に全身を巡る。まるで舞踊の様に。

 

 

 

軈て―――赤髪の少女の姿は掻き消された。

 

 

 

剣鬼1人、白鯨の頭上に丁度額の当たりに立っていた。

剣鬼の眼差しと白鯨の隻眼が、この戦で初めて交錯される。

 

痛みに震えているのか、死の恐怖で震えているのかはわからないが、僅かに揺れる巨眼をゆっくり見据えた。

いや、この魔獣は今も尚、諦めてないのだ。最後の最後まで生に足掻こうとする。人も魔獣も、根底の部分に大差はない。生きようとする意志が備わっている限り、最後の命の炎が消えるまで。

 

 

「―――貴様を、悪だと罵るつもりはない。何処まで言っても貴様は獣。善悪を説くだけ無駄な事だ。……故に、ただただ貴様と私の間にあるのは、強者が弱者を刈り取ると言う死生の理のみ」

 

 

強者が弱者を刈り取る。……即ち弱肉強食。獣の世界では、野生の世界では、これ以上ない不変規律だ。

 

 

ヴィルヘルムは 宝剣を、空高くに掲げた。

 

 

 

「眠れ。――――永久に」

 

 

 

突き立てた宝剣による最後の一撃。

それは、これまで切り開き続けてきた全ての切傷をも開いたかの様に、あらゆる場所から鮮血が噴き出す。

 

そして―――最後の小さな嘶きを残し、白鯨の瞳から光が失われた。

 

その巨躯から、完全に力が抜け、今の今まで目いっぱい見開いていた瞼が軈てゆっくりと閉じられる。

 

 

命の炎が、完全に消え去った。

 

 

14年分の想いを―――今ここに果たす事が出来た。

 

 

 

 

 

 

「終わったぞ、テレシア。―――やっと」

 

 

 

 

 

動かなくなった白鯨の頭上で、ヴィルヘルムは空を仰いだ。

 

夜の闇に覆われて、夜払いの魔石を使い明るく照らしてきたリーファウス街道。気付けば朝日が大地を照らす時間帯となっている。

黄金色の空が、ヴィルヘルムの言葉に応えるかの様に、赤髪の少女が微笑んでいる様に、一際輝きを見せた。

 

 

「テレシア、私は……、()は………」

 

 

手の中の宝剣をごとり、と落とした。

 

 

剣の鬼が、剣を手放す時。

 

それは、死ぬ時か、或いは―――想いを遂げた時。

失った剣に震える身体。―――否、万感の想いが今解き放たれようとしている。

 

 

 

 

 

「俺は、お前を愛している――――!!」

 

 

 

 

解き放たれた言葉は、ヴィルヘルムだけが知る、告げられなかった愛の言葉。

最愛の人を失うその日まで、一度たりとも言葉に出来なかった積年の感情が、今空に解き放たれたのだった。

 

 

 

 

解き放たれた言葉は、想いは、一筋の光となって―――この黄金色の空の彼方へ……。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ここに白鯨は沈んだ」

 

 

 

剣鬼恋歌の後に響くは凛とした声色。

息を呑み、言葉さえ無くしていた男達が顔を上げた。

 

現実なのだ、と言う思いが沸々と湧いて出てくる。

 

その想いと共に、白い地竜に跨り、悠然と前へと進み出る少女の一身に視線を向けた。

所々傷が有り、鎧も欠け、薄汚れ、普段のソレとは比べ物にならない程みすぼらしい恰好となっている。

 

だが、その少女の姿はこれまでのどんな時より輝いて見えた。

この少女こそが、自分達を奮い立たせ、そして先頭に立ち、勝利へと導いてくれた。この景色を見せてくれたのだから。

 

 

「四百年の歳月を生き、世界を脅かしてきた霧の魔獣―――」

 

 

そして何より、少女が言う魂の輝き。

人は、その輝きを以て価値が決まる。―――ならば、彼女の魂は如何ほどだと言うのだ。

 

価値などつける事は出来ない。烏滸がましい。

その輝きに身を任せる様に、少女は高く強く拳を振り上げ、高らかに告げる。

 

 

 

「ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアが討ち取ったり!!」

【――――――おおおおお!!!】

 

 

 

想いが今、1つになる。

最早、留まる事のない歓声は怒涛の津波の如く、辺り一面に湧いて出た。

互いに抱き合う者、涙を流す者、かの魔獣に討たれた故人を想う者、……記憶にすら残らぬ歴戦の勇達に捧げる者。

 

この時ばかりは、統率性が失われた、と言っても良いだろう。

 

 

少女―――クルシュは、再び声を張り上げる。

 

 

 

 

 

「この戦い、我らの勝利だ!!」

 

 

 

 

 

歴史に刻まれる戦。

 

数百年の時を跨ぎ、白鯨戦が今ここに終結した。

 

 

 

まるで、それを讃えるかの様に 太陽の光が、朝日の金色の光が、傷だらけの戦士たちを優しく温かく包み込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルヘルムの今は亡き妻への愛の言葉。

それを耳にした時、愛の深さが、その想いが伝わってくる様だった。

 

そして、クルシュの勝利宣言も。更に続く皆の歓声も。

皆の心の底から湧き踊る思いが、伝わってくる。

 

数多の悲劇を生み出し続けた魔獣の討伐。

その悲願が成されたのだと、改めて実感する。

 

その一翼を担えたと言うのであれば、これ程誇らしいものは無い。

 

例え自身の歴史が浅かったとしても、皆に比べれば浅い想いかもしれなかったとしても、共に戦えば同じ戦友。想いの深さ、重さも共有出来る。時間は関係ない、と思いたい。……いや、少なくとも自分は思うようにしている。

 

命を預け、また与り、そして果たす事が出来た。

 

本来であれば、あの中に混じって勝ち鬨を共に上げたい気分ではある―――のだが。

 

 

「―――まだ、やる事が残ってる」

 

 

そう、これで終わりではないのだ。

まだ、通過点に過ぎない。ここから漸く始まるのだ。

でもーーーーーー。

 

 

「……流石に、くたびれた―――――かな」

 

 

通過点にするには大きく強過ぎる大魔獣の討伐だ。

如何に強大な力を携えていたとしても、仕方がない事だろう。

 

ツカサは体から力が抜けるのを感じた。

 

ヴィルヘルムの想いを最後まで見届けた後。

皆の歓声と共に声を上げた後。

 

糸が切れたかの様に、大地へと倒れ込む。

 

 

 

空高くから降りてきたが故に、少々皆より距離が離れていたのも、僥倖と言えるかも知れない。倒れた事によって、余計な心労を描ける必要もない。

間違いなくクルシュ、そしてヴィルヘルムは気にする……どころじゃなくなるだろう。

 

 

そんなツカサを追う様に、共に地に伏す。

万感の想いを胸に、桃色の鬼が手を、足を、身体をそのものを絡めた。

 

丁度、その胸の中に納まる形になる。

とくん、とくん、と鼓動を感じられる。

確かに、生きている。それが何よりも嬉しく、暫く聞き入ってしまっていた。

 

そして、温もりを感じているのはツカサも同じだ。

微笑みを向けると同時に、彼女に自然と聞いていた。

 

 

「俺も、ヴィルヘルムさんの様に、言えるようになるかな……。大切な人に、愛する人に、……どれだけ時間が経ってても、あんなに想いを、込める事……出来る、かな」

「ーーー出来るわ。このラムが保証する」

 

 

きゅっ……。

ラムはツカサに強く抱きつき、そしてツカサもまた、それに応えるように抱き返す。

 

 

 

「……ありがとう。嬉しいよ。オレも、保証するから」

 

 

 

抱き返しながら、ツカサはラムに誓う。

 

 

 

「これまでも、これからも………ずっとずっと、ラムの事を想い、続けるから」

 

 

 

共に倒れ、断言してくれている。

あまりに嬉しく、疲労感も忘れさせてくれる………とは、流石にならなかった。

 

出来うる限界近くまで身体を酷使させたのだ。如何にクルルが居るとはいえ、身体そのものが悲鳴をあげている。

マナを使い過ぎて無理し過ぎた反動が一気に押し寄せてくるのを感じる。

 

 

でも、ラムを想う気持ちがあれば、もっと頑張れる。

そして、この先で起こる悲劇を無くす為、皆で笑うためにも、頑張れるんだ。

 

 

 

「(まだ。……解ってる、だろ? まだ終わってない。………だから、頼むクルル)」

【きゅきゅ!】

 

 

 

実体化を解除し、ツカサの中にもぐりこんだ精霊クルルに声をかける。

ナニカがまた、妙な事をしでかして来たらと思うと正直困った事になりかねないが、今は信じるほか無い。

 

 

 

「ツカサ。大丈夫?」

「うん? ……大丈夫大丈夫。ちょっと草臥れたけど、大丈夫だから。オレはラムに嘘はつかない、でしょ?

無理してない。でも、これからまだ先がある事だって解ってるから、だから……少しだけ、少しだけ休憩してるだけ、だから」

 

 

 

ツカサの言葉を聞いて、ラムは安心すると同時に、いつも通りに戻った。

そして、ラム自身も自覚をする。

 

 

「ラムも、少しばかり疲れた……わ。こんなに働いたのは生まれて初めてかもしれないわね」

「ははは。ならオレも同じだよ。こんなに長く戦ったのは初めてだ。ラムと一緒……。だから」

 

 

ゆっくり、ゆっくりと右手に集中させる。

淡い光が、全種のマナを複合混合させたマナ移譲の時に使う時の光を、手に集中させる。

淡く甘美な光。身を委ねたくなるラムだったが、流石にそう言うわけにはいかない。

 

 

「……無理しなくて良いわ。暫くはラムの感触を堪能するだけにしておきなさい。クルル様から傷や疲れも癒す事が出来て、ラムからはこの抱擁。この世にこれ以上ない至福の時よ」

 

 

 

ラムは、ツカサがしようとした事を察した様で、そっと左手でツカサの右手を抑えた。

それはまずは、自分を優先させる様に、と言わんばかりに。

 

ラムの事が好きだから。大好きだから。愛しているからこそ、何よりも優先させようとする姿勢は解る。当然だ、とラムは解る。何よりも嬉しいし、愛おしい。

 

でも、その結果ツカサが苦痛に苛まれてしまう事になると言うのなら、御免だ。

 

 

ラムは、そっと首筋にキスをした。

これだけで、十分活力になる。

愛しい人と触れ合えるだけで、明日を生きる力になる。

 

それは決してーーーマナにも負けてないとラムは想っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この温かな感触、柔らかく心地良い感触。幸せとは何なのかが解る感触を、堪能したツカサは少しだけ身体に力を入れた。

 

 

「ん……。なら、自分の為に(・・・・・)、無理する事にしよう、かな」

「え?」

 

 

ツカサの言葉の真意がわからないラムは、首筋から顔を離して、丁度ツカサの顔の方を見上げる形になった。

 

 

正直まだ身体を動かすのは億劫だ。クルルだって万能なエリクサーと言う訳じゃない。

もう少しばかり時間が欲しいし、何ならフェリスの治療だって併用して受けたいモノ……だが、今直ぐにツカサは欲しかった。

 

だからこそ、自分の為に―――。

 

 

「ん――――」

「――――!」

 

 

ラムの唇を求めるのだった。

 

大好き、愛していると言う想いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを見届けた後――レムはスバルの腕の中で力を抜いた。

 

 

 

「少し―――、少し……疲れました。申し訳ありません……スバル、くん」

「!! お、おい、レム! レムっ!?」

 

 

 

その華奢とさえ感じる身体から、力が抜け、自身に寄りかかってきたのをスバルは感じた。

柔らかくなる感触に、スバルの喉が恐怖で凍る。

 

マナの使い過ぎ、が頭をよぎった。

オドを振り絞る事になれば、どうなってしまうのか。……それらの講義はパックからそれなりに受けていたからこそ、知っている。

知っているからこそ、恐怖を覚えた。

 

 

レムは、これまでも特大魔法を連発した上に、あの白鯨をヴィルヘルムやラムと協力有りで、とは言っても死力を出し、抗い続けたのだ。

それ以外では、殆ど戦力外な自分を守るために、力を振るい続けてくれている。

 

最後の攻防、間違いなく立役者の1人に数えられる。

それ程までに、力を、死力を出し尽くした。

 

 

そう、思ってしまうからこそ……。

 

 

 

「なんだか、すごく―――ねむいんです……。ごめん、なさい。すこしだけ、ほんの少し、だけ……ねむらせて、ください。目が覚めたらまた……かならず……」

 

 

眠ると言う単語。

今日以上に怖く感じた事はない。

この展開で眠ってしまったらどうなるのか。……二度と起きないんじゃないか、と思えてしまう。

 

安易にやり直しをする力は使えない事を重々知っているからこそ、更に怖く感じてしまう。

 

 

「やめろ―――! 寝るな! やめて、くれ。そんな死亡フラグなんざ要らねぇ。頼む。一緒に、ただ一緒に居てくれるだけで良いから。起きててくれ……」

「………スバル君は、わがまま……です、ね。レムを、ねさせて、くれない……なんて」

 

 

レムの頬が少しだけ緩む。

そして儚く小さくなってしまっている声が、スバルの耳に再び届いた。

 

 

「なら、レムも……わがまま、言っても、良いですか……?」

「!! 言えよ! なんだって言え! オレは、オレに対しての我儘はなんだって聴いてやる、オレに出来る我儘なら、何だってきいてやる、って決めてるんだ! レムだから聞かなねぇ、なんて事は天地がひっくり返っても無ぇから安心してわがまま言ってくれ!」

 

 

スバルの言葉に、レムは半開きだった瞼を、更に少し瞼を開いた。

そして、か細い声で告げる。

 

 

「すきだ、って……いってほしい、です。……ねえさまのような、幸せを……さい……に、……レム、に、も…………」

 

 

掠れた声だ。弱々しい声色だ。

《さい?》とはなんだ? 《(さい)後》、とでもいうつもりなのだろうか?

スバルはそう思った途端に声を上げた。

レムの顔を寄せて、抱き寄せて、告げる。

 

 

「好きだ」

「―――――――」

「大好きだ! 決まってるだろ。誰がオレをたたせてくれたんだ!? 誰が全部捨てて諦めて逃げようとしてたオレを、奮い立たせてくれたんだ? レムだ。全部、レムなんだ。それは兄弟でも、ラムでも……、エミリアでも無かった。最後の最後に、前を向いて歩ける様にしてくれたのは、レム。お前なんだ……! お前がいなきゃ、やっていけない」

 

 

本心からの言葉だ。

 

以前心が完全にへし折られた。

ツカサの事やエミリアの事、様々な思いが頭の中にまだあったのだが、それでも、それよりも遥かに大きく強い絶望に覆いつくされた。

 

そんな闇の中にいた自分に光を与えてくれたのが、レムだった。

 

 

ゼロから始めよう、と手を差し伸べてくれた。

 

 

だからこそ、レムなしではもう生きていけない。

 

レムの力が少しだけ強くなったのを感じる。

 

 

「あぁ……嬉しい、です。愛してます、スバルくん……」

「笑え、笑ってくれよ、レム。笑って話す未来には、お前が絶対に必要、なんだ。お前がいなきゃ、オレは駄目なんだ。嫌なんだ。オレの夢を叶えてくれるのは、お前しかいないんだ」

 

 

逝かせない、と言わんばかりに力強く抱きしめて、言い続ける。

レムの声はまだか細いが、それでもハッキリと聞こえてくる。繋ぎとめることが出来ている、とスバルは思えていた。

 

 

「その未来……、レムも隣にいていいですか?」

「当たり前だ。何度も言ってやる。どこにもいかせねぇ。いかせやしねぇ……。お前は、お前はオレのものだ。オレのものだから誰にも渡さねぇ!」

 

 

声を一際振り上げた所で、レムはハッキリと目を見開いて、真正面からスバルを見て……。

 

 

あれ? さっきまで力なく完全にもたれかかっていて、スバルが居なかったらそのまま、棒切れの様に倒れていてもおかしくない状態だったのに……? と思う間もなく。

 

 

「―――言質、頂きました。もう引っ込めれませんよ」

「へ?」

 

 

スバルに向けて柔らかく、それでいて生気に満ちた顔を見せて微笑み。

 

 

「スバル君のお傍はレムの予約済みです」

 

 

悪戯っぽくからかうように片目を閉じて、レムの指がスバルの唇にそっと触れた。

 

あぁ、自分は担がれたのか……と思うや否や、がっくり肩を落とす。

 

 

「お、お前ぇぇ……、こういうヘビーでダークな冗談はマジカンベンしてくれよぉぉぉ………」

「ふふふ。レムはスバル君のものです。名実ともに。愛して頂けるなら、第二夫人でも構いませんから」

「互いに本音をぶちまけてから、ほんっと一直線だよなぁ、お前は。つーか、はっちゃけすぎだ」

「恋に素直になった女の子は強いモノ、なんですよ。レムは姉様と言うお手本を、道標を見ていますから!」

「ま、まぁラムに関しちゃ、確かに―――以上に言葉が無いよな……」

 

 

愛の力を、白鯨戦でも見せつけられたラムの姿。

今も尚焼き付いている、と言っても良い。

 

 

「はい! 姉様も凄く幸せで、それをレムも感じてて……ですから、スバル君と、って。ちょっと悪戯しちゃいました」

「っっ~~~~」

 

 

てへっ、と笑って見せるレム。

 

パックとはまた違う……ベクトルが違い過ぎる愛らしい仕草。まさに極まってる。

なので、スバルは顔を赤くさせていたが、それを誤魔化す様に……。

 

 

「んじゃーー、なにか!? 姉様と兄弟は隠れてイチャイチャ(死語)してたってんだろーーなーーー、レムが感じたって事はそーーなんだろーーなーーーー!」

 

 

と大きな声を上げていた。

レムは少しまた微笑んで……。

 

 

「はい! ですが、少し前に幸せの感情を途切らせてしまって」

 

 

レムの言葉に補足を入れるかの様に。

 

 

「はいはーーい、ラムちゃんの逆鱗に触れちゃったフェリちゃんが通っちゃうよ~~」

 

 

 

狙ってました、と言わんばかり、それでいて一切悪気有りません、とも言わんばかりな笑顔のフェリスと同じく笑顔は笑顔なのだが、顔が明らかに赤くなってるツカサと、何処か不貞腐れていて、いつもの【ハッ!】ではなく、【ケッ】な、素顔のラムがそこにいたのだった。

 

 

 

 

―――成る程、フェリスが邪魔したんだろうな……。

 

 

 

一瞬で、状況判断するスバル。

 

レムの悪戯のおかげで、今まさに頭が冴えており、まさに頭脳派な一面を再び見せれた! と自画自賛するのだった。

 



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絶対死ぬなよ?

地味に戦後が長くなっちゃった(゜-゜)

ペテさんに会えるのはもうちょっとかかりそうデス!


 

「にゃははは……。しょーがないのよん、ラムちゃん。機嫌なおして~~!」

「大丈夫です。ラムは気にしていません」

 

「……めっちゃくちゃ悪オーラ満載だよ、姉様。ボケもツッコミも入り込む要素皆無だよ」

 

 

下手したら、心臓を狙ってくるあの闇の手……、内に秘めている魔女の手の闇よりも深いのでは? と思ってしまうオーラがラムに出ている様な気がするのは決して気のせいじゃないだろう。

悪戯っ子な所があるフェリスの揶揄いモードも、流石に息を潜めている所を見れば、彼も彼で解っている様だ。

 

王国最高の治癒術士、青の称号を持つ者じゃ無かったら………。

 

 

「超有能な回復役(ヒーラー)じゃ無かったら、威圧だけで気ィ失っちまいそうだなぁ……。回復出来るからこそ、あのキャラ崩さないのかもだが」

「……………」

 

 

フェリスは、死なない限りは治してやる、と豪語する程の治癒の使い手だ。

故に、ラムの凶悪なオーラを受けても……、物理的な攻撃であれば何とか回復が間に合うし、精神的な心のダメージが来たとしたら、……クルシュに甘えて回復する腹積もりなのだろうか。

流石のラムも、あのオーラのままクルシュにまで――――とは考えたくない。

折角の同盟関係なのに、物理的な精神的な亀裂を入れる訳にはいかない。

 

 

「その辺、どーなのよ、兄弟。おつかれ! って互いに讃え合う場面(シーン)カットした上でのこの展開。どーやって収集つける?」

「あ、いや……その……、お、オレだってまさかこんな所で……、最初は考えてなくって……」

 

 

ツカサは顔が赤い。

あの白鯨ですら、黒き暴風で叩き落すと言う功績を堂々と残した男。

スバルが心躍り、胸を弾ませる厨二感満載な超魔法を駆使する男。

 

なのに、今は本当に可愛い以外のコメントが見つけにくい。

レムやエミリア、或いはラムの事だって間違いなく可愛い分類に入るのだが、ツカサはまた別枠だ。完全に。

そっちの気は無いんだけど、初々しい感じが凄い。

自分が熟練(ベテラン)恋愛マスターって訳じゃないのに、スバル自身も色々と初めてばかりなのに、ツカサの反応を見ていたら、何だかちょっぴり上に立てた? って思う高揚感まで演出してくれる。

 

 

「ラムちーとの濃厚キスシーン見られて気まずい、恥ずかしい、ってのは まぁ、解らねーでもねーんだけど そこまでならなくても、なぁ?」

「や、そ、それはそう……だと思う。でも、その、ここで……。あのヴィルヘルムさんの言葉もあって、その――――」

「………ありゃ、心に来るよな。オレだって同じだ。レムにいい様に揶揄われたんだけど、ほんと、心に響いたよ」

 

 

事の経緯はそれとなく聞いている。

フェリスの弁明も当然ながら聞いている。

 

最初こそ、スバルは策士・スバルから名探偵スバル! と言わん勢いで状況から再現VTRを脳内で行っていた。

フェリスがいい空気の時に入り込んだのだろう、と。

名探偵と言う割には、安易で安直な妄想だと思われるかもしれないが、フェリスの様子を見ていたら、そうとしか思えない。

 

 

だが、その後色々聞いてみると、何でもクルシュの命令だったらしい。

 

 

勝利宣言をした後、直ぐにフェリスをクルシュは派遣したのだ。

周囲にツカサはいない。スバルの事は視界に捕えていたが、間違いなく、この見える範囲内でツカサはいなかった。

 

空を飛んでいて、白鯨を落とした後の事は打ち合わせはしていない。

白鯨をフリューゲルの大樹周辺まで誘き寄せる作戦は聞いていたので、結果少々離れた位置に降りてきたのではないか、と予想は立てていた……が、紛れもなく自他共に認める国の英雄の安否確認は、勝利宣言の後は、当然最重要で最優先だ。

 

大体の位置をフェリスに告げて、直ぐに状況確認。負傷等があれば治療を指示もした。

 

改めてフェリスが、クルシュから聞いたその位置を確認してみると―――よくよく確認してみると、なんだか不自然に大地が盛り上がっている。

 

この街道は、白鯨との戦いの傷跡が多く残っている。

大地が抉れてる所ばかりなのに、何やらボコッ、と非常に低い丘。丘の向こう側はハッキリと見えるが、もし倒れていたとしたら、丁度ここからでは見えないだろう。

 

 

 

 

速足で、英雄達の元に駆けつけてみると――――例の場面に出くわしたのである。

 

 

 

「むむむ、ラムちゃんに見つかっちゃっただけだったら、フェリちゃん、さっさと戻って大丈夫~~、って感じだったんにゃケド、ツカサきゅんに見られちゃったのが、痛かったにゃん? もう、濃密で濃厚なちゅ~、してたのに、遠目で見て解るくらい赤くなっちゃって、可愛いっ♪」

「あ、ぅっ………」

 

 

ツカサは当時の事を思い返して……、当時、と言うかほんの少し前の事を思い返して顔を真っ赤にさせた。

 

 

「――― 一体何を恥じる事があるのか解らないわ」

()じゃないよ。恥ずかしい(・・・・・)、だよ……。誰かに見られちゃうなんて思っても……だから」

「堂々としていれば良いのよ」

 

「男らし過ぎるだろ、ラムちー。つーか、()の方だな。うんうん」

「流石姉様です!」

 

 

 

 

散々弄られてたツカサ。

今、ラムの圧力もそれなりに残っていて、フェリスは まさに無言な説教実施中だ。

 

だからこそ、今ここでスバルが居た事を思い返したフェリスは、目をきらんっ! と輝かせて。

 

 

「スバルきゅんも可愛いよネ~♪ レムちゃんの事、あんにゃに必死になって―――お前がいなくちゃ、オレは生きていけない~~!」

「!!! う、うるせぇ!!」

 

 

スバルを弄りだした。

 

無論、あからさまな話題逸らしだ。

それを理解していたスバル。正直、絡んだタイミングが悪かった? ともスバルは思った。

 

ラムの矛先を紛らわせようとしているのが解ったが、スバルにとってはあまりにも痛々しい部分なので、傷口に塩を塗りたくられた様に、無視する事が出来ない。

 

 

「冷静ににゃれば、わかるじゃにゃい? フェリちゃん、クルシュ様の命令を受けるまで、ず~~っと負傷者の手当てして回ってたんにゃし? 悠長にラムちゃんの説教を受けてる時間があるくらいは余裕があるんだ~~って」

「んな、冷静になれるもんかよっっ!! そもそもお前がラムから説教受けてた、なんざ事後報告だ!! ……レムは、オレの事……す、好きって言ってくれた。愛してるっていってくれた! そんな大事な女……の子が、腕の中で今にも―――って感じなんだぞ!? 混乱して当たり前だろうが!!」

「ソコは、男としてキッスで、どうにか愛パワーをレムちゃんに授けて~~ってして貰ったら、レムちゃんあっという間に復活してたよネ! ハイ、スバルきゅんの負け~~、ツカサきゅんの勝利♪」

「っっ~~~!!」

 

 

ぼんっ!! と赤くなってしまったのは、ツカサである。

戦いのときは、本当に凛々しかったし、雄々しかったとも言えるだろう。

 

スバルに対して、ラムに格好をつけるのは自分である、と言い切ったり、白鯨の腹から出てきた時もそう。――――そして、極めつけは最後の口づけ。

 

ラムは全てを覚えている。感触のひとつひとつを、その温もりを、多幸感を、……その何にも勝る甘美さを。

 

だが、今のツカサは―――正直な所、あの時とは比べ物にならない程、かけ離れていると言って良い。

 

その代わりに、湧きに湧き出てくる想い。溢れてくる想いがある。

 

 

「はぁ、ほんと、しょうがないのだから。……ツカサは」

 

 

母性が生まれ、庇護欲を掻き立てられてしまう程の愛らしさ、である。

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ、フェリス! ラムとレムの治療を宜しくお願いするよ! オレから強くお願いする!」

「にゃっ!??」

 

 

ラムとの一件。

話題逸らしをしたかったからこそ、スバルの事を揶揄いだしたのだ。

なのに、また元に戻ってしまう、あの圧力をこの身に再び―――、と思うと、変な汗が出てしまう。

 

 

「クルシュさんには、オレから伝えるから。怪我した皆には悪いけど、予断を許さない人を除いて、2人を優先して欲しいっ! よろしくっ!!」

 

 

 

白鯨討伐の最大の功労者と言って良い男の頼みだ。

誰が断ろうものか。誰が無碍にしようものか。誰が悪いと思うだろうか。

 

そのくらい、フェリスとて容易に解る事―――だが。

 

 

 

「レム。ここはツカサの指示通り、フェリックス様の治療を受けましょう? まだすべき事は残っているのだから、万全にしておかないといけないわ」

 

 

 

ラムは クスッ、と笑っていた。

ツカサの意図を察したのだろう。

 

揶揄われ続けた最後のちょっとした意趣返し、と言うヤツだ。

フェリスにも、ラムは笑顔で。

 

 

「姉妹共々申し訳ありません。フェリックス様。宜しくお願いします」

「にゃ、にゃにゃにゃにゃ――――」

 

 

断るなんてあり得ない。それこそ天地がひっくり返ろうとも。

だがしかし、ラムの笑顔が怖過ぎる―――のである。

 

 

「つ、ツカサきゅ~……」

「……………」

 

 

ツカサは、んべっ! と舌を出して、右手の人差し指で、目尻を下へと引っ張り、赤目を剥き出しにした。所謂、あっかんべ~~である。

この所作の意味を知っているのかどうかは解らないが、自然とそうするのが良いのだろう、と思えたのは、スバルの影響だろうか。

 

 

「ま、観念するこった! わっはっはっは! オレも兄弟とは同じ気分だぜぃ! ラムもレムも、しっかり治療して貰っとけよな!」

「ええ。ツカサとバルスが比べられるなんて、烏滸がましいを通り越して嫌悪と唾棄しか覚えないから、丁度良いタイミングね。消えて」

「ヒデぇぇ!?? 私達が出ていくわ、じゃなく、オレに消えろとか!??」

 

 

ラムの毒舌のキレも元に戻っている。

もう大丈夫だ―――と思っていたその時。

 

 

 

「無事か、ナツキ・スバル。ツカサ」

 

 

問題を起こしてくれた件のフェリスの主、クルシュがゆっくりと現れた。

まだまだ、フェリスは対応を考えてはいたのだが、当たり前だ。クルシュがツカサやスバルの頼みならば聞かない訳が無い。当然だ。当たり前だ当然。何度でも言う。

 

最早、選択肢はなし―――、最初から選択の余地など無し。と言うより自分が蒔いた種。

フェリスは、甘んじて受け入れる~ と言わんばかりに、肩と耳と尻尾を折らせて、ラムとレムの2人と共に、クルシュに事情を説明した後、去っていったのである。

 

 

 

 

取り合えず、フェリスの対応は終わったので、次はクルシュだ。

 

 

「クルシュさんも無事でよかったぜ。……まぁ、俺は兎も角、兄弟は 今し方一戦やり合ってたばっかみてーだが、どうにか……な」

「何だと? 一戦とは?」

「あー、いや。こっちの話だ。気にしないでくれ」

「……………」

 

まだ余韻が残っているのだろう。

先ほどよりは顔色も元に戻っている様だが、ツカサは誤魔化す様に明後日の方向を向いていた。

 

「ふむ。フェリスがもう既にツカサの対応を済ませた、とはつい今しがた聞いた。問題なし、と太鼓判との事。……流石だなツカサ」

 

 

風見の加護があるクルシュは、フェリスが嘘をついていない事は解っている。

 

身体は問題なし、そして 白鯨戦を超えても尚、元気有り余っている(・・・・・・・・・)状態なのだとフェリスは報告している。濃厚なキスシーンを見たのだ。元気が有り余ってるのは、まさに見た通り。

 

クルシュは当然見てないので、ただただフェリスが嘘を言っていない、と言う情報から、流石の一言しか浮かばなかったのである。

 

 

 

純粋にお褒めの言葉を頂けるのは、大変光栄恐縮至極……なのだが、手放しで喜んでいられる様な案件ではないので、苦い顔をするしかないのはツカサ。

取り合えず、誤魔化しながらも、頭を描きながらも、ずっとそっぽ向いているワケにはいかないので、クルシュに向き直した。

 

 

 

クルシュは、頭に【?】と疑問符を浮かべていたが、フェリスも居ないので、その疑問に関しては追及しない事にした。

 

 

「クルシュさん。ご無事で何よりです。討伐隊の皆さんの方は……?」

 

 

勝利を収めて大歓声で、大団円―――で終われる程、生易しい事ではない。

戦いを終えた事、その高揚感の高まり、衝動を抑えきれなかったが故に、衝動的にラムを求めてしまった自分も居るけれど……。

 

 

「ああ。私は大丈夫だ。……だが、討伐隊の皆の消耗は決して少ないとは言えない。白鯨を討って尚、消えた者たちは戻らないのだから」

「―――暴食の権能……、世界からの、消失」

「ッ………」

 

 

クルシュに促されるまでも無い。

 

このリーファウス平原。

 

見渡す限り怪我人が視界の中に居る。

中には丁重に横たえている人。……即ち、命を落としてしまった人数も決して少なくない。

 

だが、共に戦った戦友として、心に、記憶に残る事が出来る彼らはまだ良い。

 

白鯨の消滅の霧で消失された身体は、その魂は元に戻らないのだから。

 

 

「―――ん? あの白鯨んトコでは何やってんだ?」

 

 

スバルが声を掛けた。

大樹の下敷きになったままの白鯨の屍―――の周囲に、生き残った討伐隊の、比較的負傷の少ないであろう面々が集まっていたのだ。

あの白鯨よりも更に巨大なフリューゲルの大樹をどうにかこうにかして、白鯨から除けようとしている様に見える。

 

 

「ああ。白鯨の屍を王都へと運ばなければならないのでな。そして、作戦の犠牲になったフリューゲルの大樹に対しても、何等かの処置は必要だ。戦いの後こそ、気が休まらない」

「運び出す? あのどでかい死体を?」

「全長50mを超す超大型の魔獣だから、全部は多分……。俺が王都に持ち込んだ、白鯨のほんの一欠けらでも、オットーが居なかったら絶対にもっと大変だったし。それでも、大変だとしても、討伐の証に頭部だけでも―――って事じゃないかな。今躍起になって斬る作業をしている様にも見える」

 

 

ツカサは指を指しながら、丁度ヴィルヘルムが居た場所に近い位置に立ち、大きな刃をどうにかこうにか向けたり、風の魔法フーラを利用したりと、試行錯誤しているのが見えて解る。

白鯨の死体を斬る―――なんて事、この400年間一度たりとも無かった筈だ。大変なのは当然。

 

 

「その通りだ。だが、頭部でもあの巨躯……非常に難しいと言わざるを得ないが、出来ないでは話にならないな。四百年、世界の空を泳ぎ続けてきた脅威だ。その屍と言う確かな証拠があってこそ、人心は真の安堵を得る」

 

 

 

無理だろうと何だろうと、運ばなければならない。

当然の事だ。当たり前の事を聞いてしまったな、とスバルは苦笑いをした。

 

 

400年間世界を蹂躙し続けてきた三大魔獣の一角の討伐。

まさに王選における目に見える成果。

 

 

当然、クルシュが功績ばかりを優先する様な卑賎な人柄ではない事くらい解っている。

人の上に立つ器を持つ者、即ち、王の器である事くらい……。

 

別の王候補側についている身としては、正直複雑な気持ちではあるが。

 

 

王選の最有力候補、更に国民の支持も高い。

支持、と言うなら 勲章を授与されたツカサも、広く周知された英雄だと言えるかも知れないが、クルシュと比べたら……無理問題だ。

 

万全中の万全、王選にまさに王手をかけた――――。

 

 

「……ひょっとして、オレ達って、結構マズい後押ししてね? エミリアたんに開口一番裏切りモノだ~~~~って、罵られたって不思議じゃねぇぞ、オレ」

「まぁ、真面目に解答すれば、白鯨って言う世界の脅威を退ける為に、少しでも力になる事が出来たんだ。エミリアさんなら、笑ってくれるよ。………いや、驚かれるかな? すごーく」

 

 

話半分、と言うのは解るが、エミリアを王にする事を目指す身としては、中々にまずい事をしでかしたのは事実としてある。

 

他の陣営に肩入れをし続けている様なモノだ。

ラムやレムも一緒だから、訳を話す事は出来そうなモノ。……でも、それでも、と、ややオーバー気味に困ってるスバル。

 

 

「ふっ。謙遜をし過ぎる事を美徳とは、私は思わないぞ、ツカサ。そしてナツキ・スバルもそこまで暗い顔をする事もあるまい。嘘の風が吹いていない事を考慮すれば、本心であるのは解っているがな」

 

 

クルシュは朗らかに笑い、そして更に続ける。

 

 

「国にとっても、私にとっても、卿らこそが英雄だと思っている。白鯨を落とした英雄だ。……卿らがいなければ、我々の道は半ばで潰えていた事だろう。それ程の功績を、全て当家の手柄にするなどと、恥知らずではありたくない」

 

 

白鯨の亡骸に視線を映して、クルシュは鋭い眼差しを向けた。

あの魔獣を、三大魔獣を、自らが計画していた大征伐で討伐する事が出来たか? と自問自答をすれば、決して首を縦には振れない。

かの魔獣が、三大魔獣と呼ばれ四百年もの間世界を跋扈し蹂躙し続けてきた意味が、理由が、骨身にしみたからだ。

 

そんな魔獣を、方や膨大な魔力とその心力を以て、討伐の要となり、方や類稀なる頭脳。凡そ常人では考えつかないであろう鋭角な策を用いて、討伐の要となった。

 

2人の内、どちらが欠けていても恐らくは駄目だった事だろう。

 

 

クルシュは、目配せをする。

 

 

「此度の協力、感謝に堪えない。何度でも言おう。卿らがいなければ我々は全滅していた。卿らこそが、真の英雄だ」

 

 

そう言いながら、深々とツカサとスバルに対して例の姿勢をとった。

高潔なクルシュに向けられる真摯な謝意。熱が籠ってしまうのも無理はない。

 

 

「俺なんか、兄弟のに比べりゃ――――って言っちまうのは、無粋。……だよな?」

「ああ。人には役割と言う誰しもがあるものだと私は思っている。ナツキ・スバル。ツカサが出来ない事を、卿が行い、そして卿が出来ない事を、ツカサが行う。……だからこその結果だ。自身を卑下にするのではなく、誇ると良い」

 

 

クルシュは、そういうと空を見上げながら言った。

 

 

「誇るべきだ。ナツキ・スバル。卿は 白鯨の出現場所と時間を、そのミーティアで我らに伝えてくれた。足りぬ戦力を整えるのにも奔走し、更には折れかけた士気を、騎士たちの覚悟を奮い立たせた。何処に己を卑下にする要素があると言うのだ? 私にはわからないな」

「っ―――――」

 

 

スバルは、クルシュの言葉を噛みしめる様に、脳と心に叩きこむ様に聞き入った。

その後、ツカサの方を見て。

 

 

兄弟(ツカサ)は、あの白鯨と直接武力でやり合った。分身体の1体を完全に屠って見せた挙句、本体が上空の彼方に居るって分かるや否や、ラムと共に空からあのデケェのを落として見せた。……おかげで、白鯨を釣り上げる事だって出来た。…………オレは、オレでも、兄弟に、ツカサにも届き得る事が――――?」

 

 

頭で思っていた事。

幾度も幾度も考えていた事。

 

羨ましいとだって思った事があるし、嫉妬だって少し前までは持っていたモノだ。

色々と事件が重なり、その性質、悪辣な呪いに似たナニカを背負っている事も知った。

 

誰よりも信頼して、尊敬して、兄弟で友で親友で、と思ってきたが、その背を追う事は止めなかった。

背すら見えないと思っていた。一生追いつく事なんて無いのだろう、と何処かで諦めてしまってる自分も居た。

 

 

「今一度言おう」

 

 

 

スバルの心情を大方読みきったクルシュは、穏やかな表情、それでいて真剣身を帯びた表情でスバルに言った。

 

 

「――誇りに思えナツキ・スバル。もしも、卿の行いが軽んじられる事があるのであれば、私は私の名誉に誓ってそれを正すだろう」

「――――――ッ」

 

 

万感の思い。

ヴィルヘルムやレム、ラムと言った愛を叫ぶ様な想いとはまた種類が違うが、津波の様に押し寄せてくる。

 

 

 

「全部、クルシュさんと同じ。同じ意見だ。オレは近くで見てきたんだから。――――託せるからこそ、全身全霊で、迷う事なく突き進む事が出来た。オレだっていうよ。畏れ多くも頂いた勲章やその名誉に懸けて。いや、存分に活用・利用してでも、軽んじられる様な真似をされたら、黙っていない」

「………ツカサ」

「まぁ、ラムからは仕方ないから我慢してもらうけどね」

「ぐへっ!?」

 

 

まさかのオチに、スバルは思いっきりズッコケてしまった。

良い場面が台無し、である。

 

だが、ラムだったら仕方ない、とスバル自身も思ってるのは事実だ。

 

 

「ったくよぉ、やっぱまだまだ敵わねぇな、兄弟」

「敵う必要なんて無いって。スバルにはスバルにしか出来ない事がある。オレは、オレにしか出来ない事を頑張ってやって……先に進んだら良いと思うよ。……うん、だから―――――」

 

 

 

ニコッ、と笑うと……改めて、改めてハッキリとスバルに告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからも―――絶対死ぬなよ?」

 

 

 

 

 



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夢幻の未来

スバルくん!

大変名誉な場面、とっちゃってゴメンナサイm(._.)m


「少し良いか?」

「はい。大丈夫です」

 

 

今は少し前にスバルは席を外し、クルシュとツカサの2人のみとなっている。

 

スバルが席を外した理由は、何やらレムがあまり穏やかとは言い難い程の大きな声を上げているからだ。

 

つい今し方、ラムは兎も角レムの顔は晴れやかだった筈。

 

それどころか、レムは何処か色艶が増し、色気も同じく増し、可愛らしさも一割以上は増したと言えるだろう。

 

敢えて言うなら1つ大人(・・)になった、と言える様な感じだった筈―――なので、余計に気になったのがスバル。

 

ラムはラムで、スバルに対して並々ならぬ怒気やら殺気やらを込める場面になるのだが、自分自身もある意味 レム同様最高潮~~から、落とされてしまった様な状態なので、スバルどころじゃなかったりする。

 

 

兎も角、スバルは愛している、と言ってくれたレムの決して穏やかとは言えないほどの声が聞こえて、気にならない訳がない。

 

だから、クルシュに1つ礼を入れて、向かったのである。

 

クルシュはクルシュで2人の想いも聞いているので、微笑み1つで見送った。

 

 

その声が長く続いてる、と言った訳では無いし、レムの事はスバルに任せれば問題ないとは、思っていたツカサだったが、取り合えず後に続こうとした。

 

 

でも、話があるとクルシュに呼び止められた形だ。

 

 

 

「正直に言うと、卿と話したい事は山の様にある……が、時間があるとは言い難い、それは互いにそうであろう?」

「……そう、ですね。白鯨の屍も有りますし、オレ達もそう。……今はまだ(・・・・)。でも、オレもクルシュさんとは、またゆっくりと話してみたい、と思ってますよ」

「そうか。それは喜ばしい事を聞いた」

 

 

 

クルシュは少し微笑むと、一歩前に出てツカサに聞いた。

 

 

「先ほどのナツキ・スバルと話をしていた件、聊か気になったのでな。確かに、ナツキ・スバルは武の面においては素人も同然。今回の功績については疑う余地無しと断言出来るが―――、これからも(・・・・・) 死ぬなよ、とはどういった訳だ? まるで死んだ事があるかの様な発言に思えた。嘘の風が吹く様子も見えなんだのでな」

 

 

相手を騙そうとしたり、嘘で欺こうとする等、対象者に邪な考えが浮かんでいるのであれば、相応に見えやすくなるのが風見の加護。

 

ただの冗談、笑話、戯言等であるならば、往々にして見えにくくなる。

それはクルシュ自身にも解っていた。

 

例に挙げるなら、フェリスの会話がまさにソレだ。

時折騙されたりする事も有ったりするので、クルシュもそれなりには学習している。

 

更に言えば、加護を疑う事が何度もあったこの度の戦。己の加護に過信する事の無いように、と改めて肝に銘じた事も重なっている。

 

 

勿論、クルシュと相対……相応の気を以て相対した時の風見の加護を欺く事は至難どころか不可能に近い、と言うのも事実の1つだったりする。

 

 

 

ツカサは、揶揄い目的もあった。

だからこそ、余計な口を滑らせてしまった事にやや後悔をしそうになったが、相手が相手だ。それに、クルシュならば、構わないだろう、と結論。

 

 

「ユリウスの時もそうですし、メイザース領での魔獣騒動、果ては腸狩りとの一幕。本当に、生きてるのが不思議だ、って思うくらいの死線を潜ってるんです。スバルは。……オレの兄弟は」

 

 

もう背中が小さくなっているスバルを見据えながら、ツカサは更に続けた。

 

 

「最早 死と言っても良い、そう思う位の経験をスバルも重ねている。だからこそ、周りが最後の一線、その手綱は握らないといけないですから。レムは勿論、オレもラムも。――スバルに最後の一線は超えさせない様に、って。だから、釘を刺しました。でも、スバルに伝わるかどうかは、まさに神のみぞ知る、と言った所ですけどね」

 

 

苦笑いをしながらそういうツカサはクルシュの方を見なおした。

クルシュもスバルを見据える。

 

確かに、この戦では相応の武力が、魔力がある訳でもないのに、三大魔獣が一角、白鯨相手に見事なまでの立ち回りをして見せた。

 

結果、白鯨討伐を成しえた。

スバルが英雄的な活躍、と称する事に疑問の余地は無く、クルシュ自身も謝った情報が流れれば、自身の名誉にかけてそれを証明するとはっきり言えるのだ。

 

 

 

そして逆に、その危うさも見ている。

だからこそ ツカサが言う様に、一歩、ほんの一歩でも間違いがあれば、その命は容易に散らしていたであろう事は想像しやすいと言うものだ。

 

更に言えば、いつだったかヴィルヘルムがナツキ・スバルの目を見た時に同じ様な事を言っていたのをクルシュは覚えている。

スバルの眼。それは死線を幾度も潜り抜けてきた男の眼である、と。

 

 

 

 

スバルに対し、様々な考えが頭の中を巡る。

――軈て、クルシュの中で1つの結論が導き出された。

 

 

 

「ナツキ・スバルは果報者、だな」

 

 

 

クルシュは、ふっ、と自然と笑みと言葉が零していた。

それは考えて発した言葉ではない。極々自然に口から出てきたものだ。

 

クルシュにとっては珍しい事でもある。

 

 

「愛し、愛され、信じ、信じられ……か。……ほんの少し前までの私の見立てが大いに間違っていたと認めざるをえまい。私の目が少々曇っていた様だ」

「それは、直接本人に伝えてあげた方が良いかもしれませんね。物凄く顔を赤くしてあたふたしてる姿が目に浮かびます」

「それを言うならば、卿も同じであろう? ラムと卿の事、私もフェリスから聞いている。それと卿が、僅かな期間で王都に轟かせたその英雄譚。実は、私に届いている人物像、囁かれている人物像とはツカサ、卿から少々かけ離れていたのだ。……卿が感情豊かである事は、私もよく知っているつもりでな」

「………その英雄譚……は、聞かなかった事にします。ですから、クルシュさんも中身は言わなくても良いです」

「くっ、くくく。そうかそうか。了承した」

 

 

英雄譚。

それは当然白鯨を退けたあの日から始まっているのだろう。

 

更に続くのは、剣聖ラインハルトからの強い推し、最優の騎士と繰り広げた剣撃。何処から広がり続けているのかはわからないが、此度の英雄は、寡黙である、と言うイメージが根強かったりする。

或いは、好ましいとは思わないが、龍に仕えていた英雄が降り立った、と言う類のモノ。

同じく、寡黙であると言う印象。

 

 

本人を前にすれば、その様な人物像は露と消えてなくなるだろう。

そして、より好意的に、好ましく思う筈だ。

 

 

クルシュは、ツカサが願うならば、叶えられる範囲内においては、全身全霊を以て応えたい所存だった。

無論、スバルに対しても同じことを言えるのだが……。

 

 

 

「――――が、ナツキ・スバルには悪いかもしれぬが、私は卿の方を、ツカサの事がより好ましく、上回っていると断言してしまう。以前より伝えていた通りだ。浅ましいと言われても、より当家に誘いたいと言う気持ちが強まったようだ」

「!」

 

 

 

不意にクルシュから言われた言葉。

不意に……と言うより不意打ちと言う方が正しい。

 

 

 

「数多の勇者が集えど、此度の討伐が成った最大の功績は卿に有ると私は思っている。……ツカサ。卿は得難き幸いを、我らに齎してくれた様だ。その全ての功績を、当家に迎え入れて、我がカルステン家の全身全霊を以て報いたい、と強く想っている」

「…………」

 

 

 

その目は真っ直ぐに、何処までも真っ直ぐに自身を見据えていた。

ここまで真っ直ぐに向けられる瞳を、心にまで届いてくるかの様な瞳を向けられるのは、何度目だろう?

 

片手で数える程? 否―――1人しかいない。

 

 

「申し訳ありません、クルシュさん」

 

 

クルシュよりも前に、心を見据えてくれて、心に温かさをくれた人は、1人しかいない。

心の絆を、与えてくれた彼女の為に、この道を行きたい。この世界を進みたい、と思っているから。

 

 

「何処かの陣営、王候補者に仕える者、と言う意味では、オレは束縛なく、自由にさせてもらっている立場だと思います。ロズワールさんから言われた、エミリアさんの一番の騎士にならないか、という誘いも辞退もしてます。………でも」

 

 

拳をそっと握り、そして胸に当てた。

自分自身が解らない事は、今までも、これからも恐らくあるだろう。

完全に吹っ切れた訳ではない。心の弱さも、失う恐怖も、まだこの胸の中に残っている。

 

 

「オレの心は、預けていますから。共に在りたいと願っている人の元に」

 

 

晴れやかな笑顔、何処か赤みが掛かった笑顔。

それらが向けられた人物、寵愛を受けている人物。クルシュも良く知る人物だ。

 

 

良く知るからこそ―――この結果は当然見えていた。

 

 

言う前から解りきっている結果。

だが、それでも挑まずにはいられなかった自分に、少し戸惑いと驚きを覚える。

そして、最後には苦い笑顔だけが残る。

 

 

「……解っていた事ではあるが、それなりに……、いや、相応に応えるもの、だな。卿が降臨()りてきた地が、フリューゲルの大樹(ここ)ではなく、我がカルステン家であれば、とも思ってしまうな」

「あははは……。もし、そうだったらヴィルヘルムさんに捕まってしまってますね。空からの侵入みたいなものですから」

 

 

 

クルシュにしては珍しい。偶然の産物に対しての不満を口にした。

自らが龍になれば良い、と豪語してのけた戦乙女の異名を持つカルステン家の剛毅が、手に入らなかった英雄に対し、運が悪い、と言うどうしようもない現状に対して嘆きを入れている。

無論、そこまで本気である、とは思っていない。本気なのであれば、ここまでの笑顔は出来ないだろう。

 

クルシュとツカサは、少しの間笑い合うと、互いに目を合わせた。

まるで、それが合図であったかの様に、まずはツカサが声をあげる。

 

 

「クルシュさんは、素晴らしい人だと思います。……エミリアさんには悪いですが。短い間でしたが、貴女と接して、これぞ王の風格である、と思いました。肌で感じました。それは オレの偽らざる気持ちです」

 

 

風見の加護を持つクルシュだ。

ツカサのその言葉が本心である事くらい容易に解る。そして、使うまでも無く、解る。

 

 

 

「―――この世界に落とされて、右も左もわからない、記憶もない状態で投げ出されて、あの魔獣と相対して、王都に入って―――本当に言葉にできない程に色々ありました。もしも、寄る辺もなく、何も無い状況でクルシュさんに、クルシュさんの様な方に手を差し伸べられたら、きっと迷う事なく、その手を取り、クルシュさんの為に、力を尽くしていたと思います。……そうなってたら、きっとフェリスと毎日の様に騒がしくしてたかも、ですね」

「――――ああ。確かに。目に浮かぶ様だ」

 

 

クルシュ第一主義なフェリス。

ツカサの様な男が、クルシュの為に力を尽くす―――となったら、フェリスはどう思うか

 

火を見るよりも明らか、とはこの事なのだろう、と言える程だ。

ある意味ではスバルよりも解りやすい。

 

 

 

 

―――なぜだろう。……光景を夢想すればするほど、何処か懐かしい。

 

 

 

クルシュは、自分とフェリス、そしてツカサの3人が居るカルステン家を想像すればするほど、懐かしいと言う不可解な心情になっていた。

 

そして、その理由は直ぐ後に判明する事になる。

 

 

 

 

 

 

次はツカサ自身が、クルシュがそうした様に、真っ直ぐにクルシュのその榛色の瞳を見据えながら告げる。

 

 

 

「自由な立場とはいえ、オレの心の在処は愛する人と共に在ります。ですから、今は政敵の間柄であるのは事実かもしれません。最終的にどんな形になるのかも解りません。でも、オレは……私は皆と共に厄災と戦い、それを打倒しました。……今、ここで生まれた繋がりを、心の、魂の繋がりを絶ちたいとは決して思えないし、思いません」

 

 

心の繋がり。

嘗ては、繋がっていく事を恐れた。失ってしまう時の事を、その時(ゼロ)を考えて、怯えてしまっていた。

だけど、今はもう大丈夫なのだ。立ち向かうだけの勇気を、桃色の少女から貰ったから。

 

 

 

 

「最後の最後まで、私はクルシュ様に、……そして共に戦った戦友達に「―――敬意を払い、友好的であろう」!」

 

 

 

 

最後まで言い切る前に、クルシュが言葉を繋げた。

少しだけ、驚いた表情を見せたツカサだったが、クルシュは逆に笑っていた。

 

 

「まさか、私が言わんとする言葉を、ツカサが先に言ってしまうとは、な。そう言えば、確か卿は未来が見えるのだった。―――成る程、手合わせした時よりも更に脅威に映るな」

「あ、いえ。それは………」

「ふふ。戯言だ。聞き流せ」

 

 

一歩、クルシュはツカサに近付いた。

肩の力を少し抜きながら、少しだけ苦言を告げる。

 

 

「それに卿は優しすぎる。それがいつの日か、仇になる可能性を私は危惧する。……が、無用の心配か」

「いえ。無用、なんて思わないですよ。……ただ、クルシュさんが考えてる通りでしょう。……ラムが傍にいてくれるなら、オレは大丈夫だって思えてます。オレが、オレで居る限り」

「…………存外、堪えるものだ」

「え?」

 

 

クルシュの言葉に、首を傾げた。

そんなツカサの反応を見て、1つ呼吸をすると。

 

 

「思えば、これ程までに気持ちよく、誘いを断られるのは初めての経験だった。成る程。ラムは、最早卿の一部。余地など端からなかった、か。……清々しささえ覚える敗北感だ」

 

 

クルシュの言葉に対して、ツカサは何も言えない。

ラムと共にある未来を決めているのだから、ここまで自身を評してくれているのは光栄であり嬉しい事でもある、が。自身の我儘で、主であるロズワールやエミリアと袂を分かつ訳にはいかないだろう。

不義理な真似は、如何に心の繋がりが出来た相手とはいえ、したくは無い。

 

心の繋がり、と言うのであれば、エミリア達とだってツカサは同じだと考えているから。

ベアトリスに聞かれたら、キモチワルイ! と即答されるかもしれないが、それでも。

 

 

 

「卿の二番煎じとなってしまったが、私からも言わせてもらおう」

 

 

 

クルシュは吹っ切れた様に、続けた。

 

 

「雌雄を決する機会がきたとしても、私は、卿に、……卿らに対し、友好的であろうとここに誓う。いずれ必ずくる決別の日にあっても、今日の日の卿らへの恩義は、私は決して忘れまい。故に敵対する時がきたとて、私は、私も卿らに最後まで敬意を払い、友好的であろう」

 

 

 

同じ言葉なのかもしれない。

意味として見れば、同じ事をクルシュは言っているのかもしれない。

 

だが、ツカサは大きく首を横に振りたい。

二番煎じ? とんでもない。

 

器の大きさが、存在の大きさがまるで違う。

この世界に降り立ってほんの僅かな時を過ごした程度の自分。確かに魔法や力は強いのかもしれないが、そんなものは関係ない。

 

ただただ、クルシュ・カルステンと言う人物が、その言葉を、その口から発すれば、圧倒されてしまうだけだ。

 

もしも、最初にクルシュと共に在ったとしたら……。

 

 

「クルシュさんと最初に出会えたら―――って考えた時、言葉に出した時、此処にいないとはいえ、ラムに悪いと思ってしまった自分も居ます」

 

 

ラムからは沢山貰った。

立ち向かう勇気をくれた。

この世界に居る意味を、絆を、口では言い表すことができない程のモノを貰った。

嘘じゃない。間違いなどあり得ない。愛しているのはラム。

 

 

ツカサはラムを愛している、とはっきり言える。

それでも……。

 

 

 

 

 

 

「……仕方ない、仕方ないです」

 

 

 

 

 

 

ラムを卑下にする訳じゃない。

裏切る訳でも当然無い。

 

ツカサは、色々と矛盾した自分自身に対して、苦笑いをした。

そこには申し訳なさも何処かある様だ。

 

 

 

 

 

「もう、一度でも考えた事は、一度でも口に出した事は、変えれません。飲み込めません……ですから、ラムに思いっきり怒られてこようと思います」

「ふっ……。そうか。どうやら、私は一矢報いる事が出来たのだな。胸がすく思いだ」

 

 

 

 

 

 

故にツカサは、審判をラムに委ねる結論に至った。

自分では処理しきれないと匙を投げた様だ。

 

英雄にしては、聊か情けない思考かもしれない。でもクルシュは何処か満足そうに頷く。

 

 

「卿がそうである様に、私も私の心は、私自身ではない場所に預けてある。――――私の夢の果てに」

 

 

あの日、誓ったフェリスと共に誓った。

 

 

 

フェリスと自分自身と―――自身の中に確かに在る獅子王に。

 

 

 

 

3人で未来を創る、と。

 

 

 

 

「………!」

 

 

 

 

―――ああ、なるほど。そういう事か。そういう事だったのか。

 

 

 

この時、クルシュは理解した。

 

 

 

自分の中に確かにあるかの王の事を思い返した時、クルシュは理解した。

ツカサとフェリスと自分。

騒がしくも、共に笑い合う姿。

 

 

 

―――懐かしいと感じる訳だ。

 

 

 

かの王と……クルシュの中に在る獅子王とツカサが似ているとは言えない筈なのに。

色褪せる事なく、存在し続けている彼とツカサは似ても似つかない筈なのに。

 

 

夢想したその3人と過ごす未来が、かつて過ごしたあの時と、重なって見える。

 

 

 

だが同時に思う事もある。

 

それは、かの王の代わりなど存在しないと言うこと。

唯一無二であり絶対だから。

 

そしてそれは、目の前の彼に対しても同じ事である。

 

 

そもそも、そんな事端から考えてない。

恥知らずではありたくはないし、何より3人に(・・・)卑しいと幻滅されたくもない。

 

 

だが、それでも尚、何故だか心地よくも思える。

納得できている自分も確かにいた。

 

淡く優しい未来の姿に、身を委ねてしまいたくなった自分も確かにそこにはいた。

 

だがそれは、自分の内だけに留めておく事を、クルシュは決める。

 

人の心と言うのは、例え自分の事であったとしても、それは非常に難解である事を自覚しているが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さて」

 

 

クルシュは、それ以上は考えることをやめた。

まだやらなければならない事が多い現実。そこから逃避しないために。

 

 

 

「このまま私は負傷者と白鯨の屍を王都へと運びたいところだ、が。まだ使命が残っている様だな」

「―――はい。その通りです。ここから、ここから本番が始まると言っても良い。皆には申し訳ないが」

 

 

ツカサの言葉に、クルシュは興味をより強く持った様だ。

 

 

「ほう、即ちこの白鯨討伐が肩慣らし……、云わば勝負所を前にした修練と言った所か。……卿程の男が言い切る程の事態が待ち受けているとなれば――――手が必要。そうであろう?」

「……はい。その通り、です」

 

 

白鯨を叩き落とす程の魔を持つツカサが苦々しい顔をする。

 

 

「例え勝てたとしても、………大切なものを、守れなかったら………」

 

 

ここから先を考える。

忌々しい怠惰の集団と一戦交える。

 

アレらとの対決は、白鯨とはまた違った難しさを要する。

以前は、殲滅する事は出来たが、村は壊滅をしてしまった。……護れなかった。

それでは意味はない。

 

だが、今は時間的不安要素は省く事が出来たと言えるが、白鯨との一戦での消耗具合を考えたら不安はある。

暴走するパックを退けた力をまだ切り札として持っているが、使い処や判断を誤れば、例え戻ったとしても、そこ先から辿る道は絶望しか残っていない袋小路になりかねない。

 

 

「ケガ人だって、放っておいて良い状態じゃない。人数も多い。皆命を懸けた、悲願を叶えた後なのに、更に無理を、なんて言えないから。…………クルシュさんにもやらなければならない事がある筈だし、オレの一存で色々決めたりできる訳じゃない。でも、……これ以上頼む訳には………」

「―――ならば、この老躯、使いつぶされるがよろしいでしょう」

 

 

不意に会話に割り込んできたのは、静かな歩調で歩み寄る男。

全身に浴びた返り血が乾く間もなく、更なる死地へと赴こうと決意に満ちた顔をした老剣士ヴィルヘルムだった。

 

 

そして、まずはクルシュより承った宝剣を差し出した。

 

 

「クルシュ様、お貸しいただいたものを、お返しいたします。並びに、此度の1件。心より感謝を申し上げます。―――我が身の悲願がこうして叶いましたのも、クルシュ様のご協力があればこそ。―――ありがとう、ござます」

「私の目的と卿の悲願、互いの利害が一致しただけの事だ。……その剣、今しばらくは卿が持っているがいい。使い潰される事を望むのであれば、丸腰では話になるまい」

「――――は。ありがたく」

 

 

ヴィルヘルムの謝意に、クルシュが短く応じた。

 

 

 

「ツカサ殿。ナツキ・スバル殿にも、私の感謝の意を、お伝えしております事を先に―――」

 

 

 

続いて、ヴィルヘルムはスバルに対しても伝えている事を先に告げた。

そして、その場で膝をついた。

それが相手への最上の敬意を示すモノである事、最敬礼である事はツカサとて解る。

 

 

「此度の白鯨討伐。成りましたのは貴殿の協力あらばこそ。貴殿の力無くしては、天を泳ぐ魔獣に対し、私の剣は届かず、霧に呑まれ、道半ばでこの命尽きていた事でしょう」

 

 

深く頭を下げたまま―――言葉を紡ぐ。

 

 

「ツカサ殿、そしてナツキ・スバル殿。―――この身が今日まで、生き永らえてきた意味を全うする事叶いましたのは、紛れもなく、貴殿らあっての事です。感謝を。感謝を。―――――私の全てに懸け、感謝を申し上げる」

 

 

 

ヴィルヘルムの万感の思いは、あの時聞いた。

彼が戦い続けた歳月に比べれば、瞬きの様。……閃光の様に短いひと時だった事だろう。

 

だが、その一瞬であっても感じられた。

 

 

「貴方の想いを遂げる為の。……白鯨討伐一翼を担えたと言っていただけて、光栄です」

 

 

ツカサも片膝をついた。

 

 

「ヴィルヘルムさんの想いを。愛する人を想うその心を、私は多くを学ばせて貰いました。………私がもし――――って考えると」

 

 

胸が締め付けられる。

14年もの間、ヴィルヘルムはかの魔獣を追い続けた。愛する人を奪った魔獣、白鯨を。

 

自分自身が、同じ境遇であれば……?

最愛(ラム)を失う事があれば……?

 

 

それがどれほど恐ろしい事なのか、どれほど辛い事なのか、どれほどの苦しみなのか。想像が遥か遠く、及ばない。

 

 

その地獄の苦しみの歳月を過ごし、思いを果たす事が出来たその姿を、ツカサははっきりと目に焼き付けた。

 

 

「ヴィルヘルムさん。貴方の費やしてきた歳月を思えば、安易に口に出して良いとは思えません。思いたく、ありません。……ですが、言わせてください」

 

 

頭を下げ、目を閉じていたヴィルヘルムが、はっきりとツカサの眼を見た。

その黒い瞳を、はっきりと。

 

 

 

「―――お疲れ様、でした」

 

 

 

失った者は帰ってこない。

それでも亡くした妻への愛を燃やし続け、到達した。運命と戦い続けて勝利した彼に。

その戦いに明け暮れた日々に少しでも労いの言葉を。

 

 

 

「―――感謝を」

 

 

 

短く、声を震わせた。

ここではあえて口に出す事はしなかったが、ヴィルヘルムは思う。

 

 

 

―――紛れもなく、2人は兄弟なのだろう、と。

 

 

その兄弟である、と言うのは決して比喩などではない。

 

或いはそれ以上。

血のつながりよりも濃いモノが2人にはあるのだろう、と。

 

 

何故なら、少し前―――ヴィルヘルムはスバルからも、戦いの日々を終えた事に対する労いの言葉を、受け取っているから。

 

そして数秒、ヴィルヘルムはツカサと目を合わせた後、クルシュの方を見た。

小さくうなずくのを見て。

 

 

「―――クルシュ様より、許可は頂いております。この身をお預けしましょう。存分にお役立てください」

「………大切な人たちを、護る為に。……敵を滅ぼすのではなく、大切な人たちを、護る為に。どうか、どうか………よろしく、頼みます」

 

 

 

差し出された手。

 

ヴィルヘルムは、言葉に出すまでもない。

出された手を受け取り、力強く握りしめた。

 

 

恩人たちに受け取った返しても返しきれない多大なる恩に報いる事が出来る。

 

―――これ以上ない喜び、なのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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無理する役目

 

 

ヴィルヘルムの協力は、極めて僥倖と言えるだろう。

これから向かう相手は、白鯨とはまた違った厄介さを持っており、エミリア陣営の中でも最大クラスの戦力のツカサにとってもやりづらい相手と言うしかない。

 

魔女教徒との一戦、あの怠惰との一戦は、白鯨の様な単純な物量戦とはまた違う。

大罪司教ペテルギウスを中心に、指先と呼ばれる手練れも揃っており、更に兵員数も半端ではない。

 

正面衝突であれば、エミリア陣営側の有利性は前回のループでも証明されているが、ただ勝つだけでは駄目なのだ。

 

 

「……………」

 

 

ツカサはぎゅっ、と拳を握り締めた。

脳裏に浮かぶのは、アーラム村の皆の姿。

 

敵を殲滅するだけでは駄目なのだ。脳裏に浮かぶ村の皆の笑顔を守れて初めて勝利と言える。誰一人欠けてはならない。

この()に関しては、ツカサは一切譲る気は無かった。

 

それはスバル達にも言える事ではあるが。

 

 

だからこそ、こちら側も相応の兵力が求められる。

 

村の皆を護衛し安全に避難させる組。

魔女教徒と相対する組。

 

少なくとも、その二手は欲しい。

 

 

 

「フェリス!」

「は~~い! クルシュ様!」

 

 

色々と考え込んでいた時に、クルシュから凛とした鋭い呼びかけが場に響き、間をおかずにフェリスがさっ、と現れる。

 

つい今し方、此処から離れていた筈なのに? レムやラムと一緒に。と言う疑問を置き去りに。

 

 

「なんです? クルシュ様! 只今、ラムちゃんに無言なお説教を受けつつ、スバルきゅんと一緒にレムちゃん・ラムちゃんの説得、しょ~~じき、治癒のお仕事よりも大変大変~! だけど、クルシュ様のお願い訊くのは勿論1番だから最優先にゃんですけどぉ!」

「?? 説得?」

 

 

ラムとレムの説得―――と言う単語に反応を見せるのはツカサである。

考え事をしていたのは事実ではあるが、気になる事はしっかり耳に残す事だけは意識していた。だからこそしっかり頭の中に、耳に残ったのである。

 

 

「そそ! ツカサきゅんからも後で説得よろしくネ~! もっちろん! クルシュ様のご命令が最優先にゃけど」

 

 

軽い気持ちで言葉を話すフェリスを見て、深刻な状態ではないだろう、とクルシュは判断していたが、しっかりと確認・言質はとる。

 

討伐隊を一頻り眺めた後。

 

 

「命に関わる重傷者は?」

「重傷者から処置しましたけど、危なくにゃった人はきっちりゼロで~~す! 傭兵の皆さんも含めてにゃ。ツカサきゅん、スバルきゅんの頼みを聴くくらいの力は、み~~んな、残してくれてる! って、士気向上までしちゃってるにゃ。―――――でも、勿論駄目にゃ人にはしっかり駄目、って伝えてます。フェリちゃんはできる子。褒めてくださいにゃ」

 

 

一瞬真剣な顔つきになったが、クルシュに媚びる時は、その様子も消え失せている。

重傷者たちが、この戦いに勝利したがその後に命を落とす―――なんて、美談話に持っていかれるかもしれないけれど、非常に後味悪い結末になってしまう人は1人もいない様子である事の確認は取れた。

 

そこは安心出来るのだが、やはりレムやラムの事、つい今し方の大声の件、気になる箇所が増えてきているのも事実だ。

 

 

ツカサの懸念がクルシュに伝わったのか、安堵の傍らでフェリスの頭を撫でていたクルシュは。

 

 

「残る負傷者は搬送可能か。ならば、フェリス。この場の治療はここまでで良い。お前はこの後、ツカサ、ナツキ・スバルと共に同行し、同盟としての役割を果たせ」

「!!」

 

 

様々な疑念がツカサの中で巡っていたが、クルシュの言葉で、また消し飛んでしまった様だ。

クルシュ陣営にとっての一の騎士であるフェリスを同行させる。

それは即ち、自陣の負傷者より同盟相手を優先させる指示にしか映らない。

 

それに、フェリスはクルシュ・ファーストなのは見て通り、公言して通りだ。

治療が済んでいる、五体満足である、だからと言ってクルシュから離れてしまう事は、フェリスにとっては身を切る様な想いであり―――。

 

 

「了解しました。フェリちゃん、このままツカサきゅん達に同行します。ヴィル爺の治療も道すがら念入りに」

「手間をかけますな」

「にゃ~に。その分、ヴィル爺には存分に剣を振るってもらわなきゃだし? ツカサきゅんが、あ~~んなに想いを込めちゃう様な場面に向かうって事を考えたら、万全も万全にゃ状態にしとかにゃいと!」

 

 

身を切る、断腸の……と言った様子は皆無だった。

クルシュの命令は絶対なのかもしれないが、離れる指示を当たり前の様に受け入れているのに、やや動揺を隠せれないのはツカサだ。

 

だが、これもまたあるべき姿なのかもしれない。

主を第一に考える。それは一の騎士であれば当然の事だろう。感情を優先して、主の意向を蔑ろにするなど、本末転倒も良い所だ。

 

ツカサの場合、ラムと強く深く想っているからこそ、見てくれはアレだが、想い人が居ると言う意味では、フェリスも似た様に思ってしまうのでは? と考えてしまったのだ。

 

それはややフェリスの事を見縊っていた事にもなるかもしれない。

 

 

「にゃにゃ、にゃ~んか、複雑な気持ち? フェリちゃんの事、今色々考えてにゃい? ツカサきゅん」

「いや、そんな事は………」

 

 

考えを読んだのか、如何とも形容し難い表情―――とはこの事と言うべき顔になりながら、フェリスは首を傾けた。無論、そんな表情は一瞬で消え失せるが。

 

 

「にゃふふふ。ツカサきゅんの実力は、この白鯨討伐戦で、もうよ~~く解った事にゃし? 恩をたーーっぷり売っておくって言う面はフェリちゃんにとってすご~く価値がある事にゃの。……ま、複雑にゃけどネ」

 

 

ツカサなら、クルシュがピンチな場面になれば、恐らく打算抜きで助けてくれる事だろう。

その人柄は、接してきた過程でよく理解した。珍しい分類とも言える人柄。

剣聖(・・)に近しい感性。……無論、絶対的に違う面はあるにはあるが。

 

兎に角、クルシュにとっても多大なる益を生むであろう最上の男であるのは間違いない。

色々と複雑なのは、フェリスの中の複雑な男の娘心と言うヤツだろうか。

 

 

「ありがとう。よろしく、お願いします」

 

 

そして、ツカサにとっても当然ながらフェリスの同行はヴィルヘルムの同行にも匹敵すると言って良い。

王国一の治癒術士であるフェリスだ。死なない限り治すと豪語する程の者だ。

あまり考えたくはないが、もしもの時はフェリスが助けてくれると信じて良いから。

 

ただ、フェリスはクルシュの事を第一に考えている、思っている、その事だけは肝に銘じておく。

 

 

 

「にゃっふふ。………ま、ツカサきゅんなら(・・・・・・・・)信じても良いかもネ(・・・・・・・・・)

 

 

 

フェリスは誰にも聞かれない程度の大きさの声で呟いた。

 

夢幻の未来を幻視したのは、クルシュだけではない、と言う事である。

 

 

 

 

「あ、そうそう。ツカサきゅんも説得手伝ってよ」

「?? 説得?」

 

 

突然会話をぶった切って話題を変えるフェリスに追いつけないツカサは、ただ首を傾げた。

誰を説得するのだろう? と。

 

 

そして、その疑問に答えてくれるのは、フェリスではない。

 

 

 

「フェリス様! レムは、レムはまだ納得しておりません!」

 

 

 

レムの声が場に響いてきたから。

時折、苦痛に顔を歪ませてる様だが、それでも覇気だけは一切萎えていない。

 

 

 

「……ラムが居るべき場所はツカサの傍。それ以外はあり得ないわ」

 

 

 

静かだが、レムの激昂以上のモノを内包しているのがその隣に居るラムである。

どうやら、説得と言うのは、レム……そして遅れて行ったラムに関する事らしい。

 

 

「ツカサきゅんに説得して貰いたいのは、レムちゃんラムちゃんの事だにゃん。お留守番して~~って話。クルシュ様と一緒に王都に戻る組に回って~~って」

 

 

ツカサに対してウィンクをするフェリス。

納得いかない鬼姉妹(ラム&レム)

 

3者に囲まれてツカサは混乱気味。

スバルはスバルで、同じ様に説得を任されていたのだろうが、レムの圧の方が上回っている様だった。

 

 

「レムなら大丈夫なんです! これから皆が、スバル君が、ツカサ君が、危ないところに向かうと言うのに、レムや姉様がいなくてどうして……!」

「そんな事いっても、身体、もう動かないでしょ? マナ酷使しすぎ。鬼族の力を使って周囲のマナを取り込んだとしても、器たるレムちゃんラムちゃんの身体には限度ってモノがあるの。マナを取り込めても、酷使した身体は いわばヒビが入った容器みたいなモノにゃ。……壊れてしまったら元も子もないにゃ」

 

 

鬼族は、角を介して周囲のマナを取り込む事が出来る。

だからこそ、無尽蔵のマナを扱える――――様に聞こえるかもしれないが、当然ながらそんな甘いモノではない。取り込めたとしても、フェリスが言う様に容器と称した身体が持たなければ、壊れてしまえば意味を成さない。

 

酷使し過ぎた結果……最悪の状態だって覚悟しなければならない。

 

 

「今は治癒術士として言います。これ以上の無理はさせられません」

 

 

フェリスはいつになく真剣。

死に急ぐ姿勢を見るのは嫌いだ、と言わんばかりに。

声色こそは、殆ど変わらないものの、その雰囲気はラムやスバルを揶揄っていた時とは全然違う。

 

 

 

「ラムちゃんだって、解ってるにゃ? ……自分の身体は、自分だけのものじゃにゃくにゃってる。……感情に流されて、大局を見誤る様な真似はしにゃいよね?」

「ッ――――……」

 

 

 

ツカサの事を指しているのだろう。

ラムにもそれは理解出来る。

超常的な力を有するツカサの精霊クルルのおかげもあり、五体満足以上に戦う事が出来たものの、はっきり言えば依存してしまっていると言って良い状態だ。

 

ラムの角が戻った訳じゃない。

自力で戦えるレムとは圧倒的に違う所でもある。

 

 

「兄弟。……どう思う?」

「…………」

 

 

まだ首を横に振らない2人を尻目に、スバルがツカサに聞いた。

 

 

「オレは、レムに頼むからフェリスの言う事を、って言ったよ。あんま無茶すんなって。―――だから、安心して愛する男達の、英雄の帰りを待ってろ、って。ま、ラムには散々毒吐かれちまったけどな」

 

 

他力本願も良いとこだ、とスバルはスバルで自虐的に笑って見せた。

でも、レムはまだ曲がってない所を見ると………。

 

 

「オレの想像上の事ではあるし、レム自身が口に出した訳じゃねーから何とも言えねぇんだけど……、多分、レムは兄弟……、クルルの手を借りたい、って思ってる筈だ。……それを口に出来ねぇのは、ツカサの負担になるかもしれない、それが天秤を大きく揺らせてる」

 

 

他力本願の見本であると自覚しているスバルにとっては、耳の痛い話だ。ツカサの事を頼って仕舞おう、と言う事なのだから。否定も出来ない。自らがやり続けているから。

 

 

「あーーー、もう。なっさけねー英雄だな、オレ。まさに、レベル1だわ。…………」

 

 

結局は英雄の上に居る、超英雄に任せなければならない事に苦言を零した。

ツカサなら、最善を選ぶ。そして最善を選び、掴みとるだけの力を有している。

 

目指す目標の高さに、目が眩みそうだ、とスバルは首を振った。

だが、だからと言って目指さない訳はないが。

 

 

今、力が足りないのなら、ヴィルヘルムの様に只管愛する人の事を思い描きながら、戦い続ける。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツカサは、スバルの話を聞いてゆっくりと頷くと。

 

 

 

 

「ラム、レム」

 

 

 

 

2人の元へと向かった。

少し身体を震わせたレム。そしてラムも同じく。

 

傍に居たい。傍に有りたい。離れるのは嫌。

狂おしい程好き。愛している。

 

向けている先が違えど、その心の内なる想いは姉妹共々同じだ。

 

 

だからこそ、固唾をのんでツカサの言葉を待っていた。

ただ、その口から発せられた言葉は、全く想像もしていなかった内容。

 

 

「これから、奴らより早く、アーラム村に着けて、皆を避難させるとしたら……王都側だけって考えるのは悪手だと思うんだ。出来る限り目立たせたくないし。土地勘も無いし、地理に詳しいって訳でもないから、2人の意見、聞いてみたい」

 

 

目を丸くするラムとレム。

それはフェリスも同じく。スバルに関しては、ツカサに全て任す! と半ば無理矢理なげやり感になってた為、3人の様にはなってなかった様だ。

 

 

「……ラムなら、半数は王都に、半数は聖域に案内する事が最善と判断するわ。聖域にはロズワール様もいらっしゃるから」

「―――ッ」

 

 

レムよりも早くに言葉を発したのはラムだ。

ツカサの心情やその言葉の裏を読めた―――訳ではない。今回に限っては ラムも解らないから。

 

 

 

「ちょちょ、ツカサきゅん? それってまさかとは思うケド……、ラムちゃん達連れてく、って前提の作戦会議、って訳じゃにゃいよね?」

 

 

間に割って入ってくるフェリス。

呆気に取られていた様だが、フェリスもまた持ち直した。

 

ツカサならば、間違いなく賛同してくれる―――と信じて疑ってなかったからこそ、この対応には目を見開いてしまう。

 

ここで、漸くツカサは本心を口にした。

 

 

「ラムとレムを、これ以上戦わせない、と言う意見には賛同しています」

「んでも、戦地に向かえば、2人は絶対無茶するにゃ!? それくらいツカサきゅんなら解ってる事でしょ!?」

 

 

火を見るより明らかだ、と断言しつつ、フェリスは真剣な顔つきになる。

お調子者な雰囲気だけでなく、表情のソレもガラリと変えてきた。

 

 

「これは、治癒術士としての忠告。今の状態で無理無茶すれば命の保証はしない」

 

 

フェリスの言葉を正面から受け止める。

確かに、ラムやレムが………と考えれば、考える程、身体の内側から焼かれる様な苦しみを覚える。

ヴィルヘルムの14年もの歳月を鑑みた時も同じ感想だった。

 

でも―――。

 

 

「魔法や武器の、武力だけが、戦いじゃない、って思ってます」

 

 

ツカサもまた、真剣な顔つきのままで、フェリスに言った。

 

 

「レムやラムが、傍に居てくれるだけで、安心出来る筈なんです。エミリアさんへの説明や、アーラム村の人達。聖域の事やロズワールさんの事。スバルとオレだけじゃ、役者不足だ。……特にスバルなんか、エミリアさんと仲違いしちゃった勢いだし」

「うぐぐっっ!! 予想外!! まさかの射程外からの強装弾!?」

 

 

思い出したくもない苦い記憶を、突然不意打ち気味に思い出されてしまったスバル。

まさに弾丸を受けたかの様に身体を、くの字にさせてしまっていた。

 

 

 

「クルシュさんの、皆さんのおかげで戦闘に関しての憂いは無くなりました。……だから、2人に無理は絶対させません。……それに無理する役目は、コイツ(・・・)。コイツの仕事ですから」

 

 

 

ツカサは、手のひらにポンッ! と無理させる、と断言した相手を出した。

 

そこには、エメラルドとルビーの輝きを持つ精霊が……、【………え?】と言った感じで周囲を見回していたのだった。

 

 

 

 

 

 

フェリスは納得しかねる、とレムやラムがつい先ほどまでしていた顔をしていたが、最終的には折れる結果(クルシュの一押しで)となったのだった。



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参戦

色んな意味で参戦(笑)



 

「さて、ツカサ。私は これから負傷者と白鯨の屍を王都へ向かわせる。その前に、最後だ。1つ、言わせてくれないか?」

「!」

 

 

ラムとレムの説得―――基、フェリスの説得も終了し、後は白鯨の屍を王都に運搬組(負傷者も含む)とエミリア陣営休出組の二手に分かれて行動を……と言った場面。

 

クルシュがツカサに声をかけていた。

 

何か、他にあるのだろうか、とツカサは足を止めて、振り返ると、クルシュは薄く笑いながら答える。

 

 

「先ほど、嘘の風が吹いていたぞ(・・・・・・・・・・)。―――卿から」

「ッ!?」

 

 

笑みを零すクルシュ。

ツカサの顔を見るに、してやったり、と言った感性だろうか。クルシュにしては珍しい行動だとも言えるが。

 

 

「いや、嘘――と断じる程ではないな。微かに見えた程度。……嘘とは建前。此度の白鯨討伐戦の切っ掛けとなったナツキ・スバルとの会談、そして卿達との出会い。己の加護を疑う事で、更に一段階成長させる事が出来た様だ。ここまで細かな風を見通せる様になるとは。少々複雑とはいえ、やはり私にとっても喜ばしい」

「え、えっと……それはどういう……?」

 

 

ツカサとしては嘘を言ったつもりは毛頭ないのだが、とクルシュを見てみると、軽くため息を吐きながら言葉を紡いだ。

 

 

 

「ラムとレムの同行に関して。フェリスに話をしていた事だ。建前で覆い隠していた様だが、本心の部分が加護()の前では、隠しきれてない様だった。……卿は、ただラムと離れたくないのだろう」

「ッッ」

 

 

ツカサの顔が紅潮する。

ヴィルヘルムの亡き妻へ向けての愛の告白。剣鬼恋歌。それを前にした余韻が、フェリスにラムとの接吻を見られた場面で消し飛んだと思えていた余韻が、まだツカサの中に残っていたのだろう。

 

確かに、此処から先は危険だ。

魔女教と相対する―――紛れもなく、そこは死地だと言って構わない。

かの狂人集団に巻き込まれ、命を落としてしまった人達の数は計り知れない。

 

そんな場所に愛する人を連れて行くなどと、狂気の沙汰だと周囲からは思われても仕方ないかもしれない。

 

 

「そして、卿は我を通すだけの力がある事も、最早証明済みだ。……ここから先、どの様な困難が卿の前に立ちはだかろうとも、私は心配などしていない。卿ならば、……卿達ならば、笑って乗り越えて見せる未来しか見えないからな」

 

 

ツカサは戦わせないと言ったが、ラムやレムを抑える事は至難極まるだろう。2人ともが愛する人の為ならば、と情熱的であり、漢らしいと言っても良い性格だから。流石は双子。

 

そして、ツカサもそれが解ってない訳が無い。

 

それでも、我を通し連れて行くと言うのだから、ツカサはフェリスの危惧すら容易に跳ねのける事が出来ると言う絶対の自信があるのだろう。

それをクルシュは確信しているのだ。

 

 

「……クルシュさんの前では、隠し事なんて無意味でしたね。でも、本当の部分も、勿論ありますよ」

「無論だ。如何に卿が高い実力を保持していたとしても、ラムやレムが、あの村の住人と、そしてエミリアと、過ごしてきた時の長さを超えるのは不可能だろうからな。―――あの2人が居た方が、エミリアも動きやすく、そして決断するのに時間もかからないだろう」

 

 

全てを読まれてしまっている今、無駄に否定をしたりしない。

だが、建前の為に用いた言葉。それは嘘ではないのも事実だ。

 

クルシュは、全て解っている、と笑って頷き、そして改めてツカサを見て言った。

 

 

「ツカサ。私は女としてどうこう言うところまでは考えていなかった筈なのだが、卿には琴線に幾つも触れられてしまったのも事実」

「え――――」

 

 

クルシュは一歩、間合いを詰めた。

 

 

「私の心は、夢の果てに預けてあるのも事実」

 

 

夢の果て。

それはかつて……、否、今この瞬間も紛れもなくクルシュの中に存在している獅子王が見た夢。

その先に向かう為に、クルシュはフェリスと己の中の王と3人で夢に向かって歩き出したのだ。

 

先はまだまだ見えない。果てしない。……果てが無いとも思えてしまう程のもの。

 

 

「そして、私は敗北したままで良しとする女ではない」

 

 

そんな歩むべき王道の先に、ツカサと言う男が居たのだ。

 

 

 

「1度敗北した。それは事実だ。―――だが、私は諦めの悪い女である事を心して置くと良い」

「そ、それは―――――ッ」

 

 

 

どう言う事だ? と言える程ツカサは鈍感ではない。

最愛の存在は居る。それは紛れもない事実。そして、クルシュはそれを当然知っている。

 

それでも尚、歩みを止めるつもりは無い様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃっふふ。………フェリちゃんとしては、めっちゃくちゃ、すっごく、複雑極まってるにゃん。……………でも、何だかツカサきゅんのあの初心(ウブ)な感じ――――……、でもでも、ラムちゃんに熱烈な愛を、行動でしめしていたから、ヘタレって訳じゃにゃいだろうし……」

 

 

フェリスは、クルシュとツカサのやり取りを、その耳を揺らせながら聞いていた。

スバルと共に、エミリア陣営へ向かう者達を一ヶ所に揃えて作戦会議~の役割を担っていた筈だが、クルシュが最後にツカサと話をしたい、と言っていたのを聞いていたからだ。(結構地獄耳)

 

 

「ラムちゃんも、すごぉぉく、複雑じゃにゃい? ここはいっちょ、ツカサきゅんに心だけじゃにゃく、身体でもがーーっちりくっついておいた方が良いと思うにゃん?」

 

 

少々下世話な言い方ではあるが、これがフェリスが出来る最大の抵抗である。

クルシュの事には従うし、何処まででも付いて行く所存であるのは事実なのだが、見てくれや言動、仕草は兎も角、フェリスは立派な男。クルシュの事を何よりも誰よりも大切に思っている心の拠り所。

幾ら認めたり、思う所があったりした所で、諸手上げて万歳! という訳にはいかないのである。

 

 

横で見ていたラムは、そんなフェリスの事を鼻で笑った。

 

 

「愚問です。ラムはツカサとは既に結ばれております(・・・・・・・・)ので」

「にゃにゃ、にゃんとぉ!! ツカサきゅんってば、ラムちゃんとそこまで進んでいたのかにゃっ!?」

 

 

ががーーん、とフェリスは結構な衝撃を受けた。

ツカサは物凄く手が早いのか? 英雄色を好むのか?

或いはラムの方が凄いのか?

 

恐らくツカサの反応を見れば後者だろう。何せツカサの事をそれなりに見てきた。

そんなフェリスからすれば、白鯨討伐戦の間は、気持ちも色々高ぶって色々熱烈だったが、普段はそこまで肉食系では無かった筈だから。

 

 

 

「―――それに、ツカサは、ラムだけに収まる器ではない、とも思ってます」

「へ?」

 

 

 

そして、話はまだ終わらない。

更なる追撃を受けて、フェリスは素っ頓狂な声を上げた。

ツカサとラムは身も心も繋がっているから、付け入る隙魔は無い、と言い切ったのかと思ったのだが……、嫌な予感しかしない。

 

 

 

「繋がる輪が、いったい何処まで広がるのか、どれ程の大きさになるのかは、ラムにも解りません。……ですが、その繋がりの強さ。心の繋がりの強さは、例えどんな結果になったとしても、どんな肩書がついたとしても、ラムが1番でしょう。そこは譲るつもりはありません」

「……………」

 

 

ここまで言われてしまえば、フェリスも理解する。嫌な予感は的中した、と理解する。

ラムは、ツカサは渡さない!! とガッチリきっちり捕まえて置くのかと思いきや、繋がる輪が広がると評している。どれ程大きくなるのか解らないと言っている。

それ即ち、複数いても構わないと言う事だ。そんな許容まで見せている。

 

そして例え、王族と結ばれて……自らが側室の立場になったとしても、愛情、心は負けないと言う絶対の自信まで見せている。

 

フェリスは理解したが――――。

 

 

「にゃにゃーーーー!!」

 

 

複雑極まる心境に、頭を悩ませ、眉間に皺を作るのだった。

 

 

 

軽く受け流し、笑っていたラムだったが、無論フェリスが考えていた様に、ツカサを自分だけのものにしたい欲は当然有る。

 

だが、それ以上に思うのは この世界との繋がり(・・・・・・・・・)の事だ。

ラムだけで十分、ラムが要れば良い、とツカサは言うだろう。そしてラム自身もツカサは負けないと信じている。……だが、それでも尚、(ゼロ)が完全に去った訳じゃない。

 

 

この世に繋ぎとめていく絆は、多くて良い。

 

 

 

でも―――。

 

 

 

 

 

 

「……鬼族の()を、甘く見ない事ね、ツカサ。それに……クルシュ様も」

 

 

 

 

 

 

色々(・・)初めてであったとしても、負けるつもりは毛頭ない、と改めてラムは妖艶な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんか、色々ほっとかれた気もするけど、こっからが本番だしな。しっかりしねーとなぁ……。んでも、やっぱなーー」

「それゆーなら、ワイは鯨戦、後半役立たず、ええとこ、みーーんな、兄ちゃん達に持ってれてもーてるからなぁ、おまけに守って貰っとる上で退場してもーた、情けないわ」

 

 

スバルとリカードが盛大に愚痴り合い。

スバルは、何だか色々蚊帳の外にされた感満載。レムが傍で付きっ切りで居てくれてるから、寂しくはないんだからね! と自分に言い聞かせながら。

 

リカードは、白鯨戦での不甲斐なさを嘆いていた。

ツカサの風に守って貰ったというのに、戦線復帰するまでに時間がかかり過ぎていた。

最後の最後、分身体を少し相手したと思えば、空から白鯨が降りてきて大樹に潰されて、終わり。

傭兵団の団長としては立つ瀬なし、と思ってしまったのだろう。

 

そんな傷心な2人を差し置き。

 

 

「ダンチョー! ミミも、ミミも!! ちょーがんばったー! すごーーがんばったーー!! お兄ぃに、ナデナデしてもらえるかなぁー!」

 

 

一際賑やかな獣人ミミが大騒ぎ。

更に負傷者が比較的少ないと言って良い獣人傭兵団《鉄の牙》の皆も笑いながら集ってくれている。

 

その数、ゆうに15人。

 

負傷者は、副隊長のへータローが率いてクルシュたちと王都へ戻る様だ。

 

 

「そりゃ、ラムの了承を得た方が良いぜ。鬼を怒らせたくなけりゃーな」

「そうですよ。ツカサ君と姉様は、婚儀を控えてます。その……撫でて貰いたい、気持ちは凄く解りますので、頑張れば、優しい姉様なら許していただけるのでは?」

 

 

スバルはラムの了承を得ろ、と言いレムはツカサとラムはくっつくから、暗に駄目である、と匂わせながらも、スバルに撫でて貰った時の快感が心に深く残っているので、拒絶するのは……と思い、云わばどっちつかずな対応を見せていた。

 

 

「むむむむ!! そーだったかー、先に唾つけられてたんだったかー、でもでも~~」

 

 

残念そうにしていても、賑やかさだけは健在。落ち込んでるのか楽しんでるのか、対応に困る場面でもありそうだが、スバルは一言。

 

 

「そもそもだ。ナデナデはともかく、弟のへータローがあんなに消耗してんのに、お前はどうしてそんな元気なんだよ」

「凄く、羨ましい限りです」

「へータローはヒンジャク! ナンジャク! まったくもー、なさけなーい!」

 

 

ミミはミミで、最大級の攻撃をしていた筈なのである。

へータローも皆の指揮を執りつつ、姉の攻撃に合わせて幾度もマナ咆哮? を発射させていたので、十分過ぎる程働いたと言えるのだが、……つまり、弟が普通、姉の方が体力バカなだけだ。

 

おまけに戦闘狂? 狂戦士? な感じが犇々と伝わってくる。

楽しければ、何時までも元気。―――ある意味羨ましかったりするスバルだ。

そして、レムも同じ気持ちだった。フェリスにドクターストップを貰いかけたところを、半ば強引に、更にツカサの手を借りてなんとか残る事が出来たから。

 

そんなレムの心情を察したのか、スバルはレムの頭を軽く撫でてやり、レムは気持ちよさそうに目を細めるのだった。

 

 

「あー、あっちの兄ちゃんが戻って来てからでええと思うケド、お前さんに先言うとくわ」

 

 

ぶん、と自らの獲物を肩に担ぎ、リカードはニヤリと笑いながらスバルに言った。

 

 

「鯨退治で不覚をとったぶん、こっからの兄ちゃんたちの本番、本命の方で活躍したるからなぁ」

「いやいや、本番で、本命で活躍って。オレらが何しようとしてるのか解ってるのか?」

 

 

まだ何も伝えてない。

だからこそのスバルの疑問だが、それに間髪入れずに確信をもって言うのはリカード。

 

 

 

「魔女教と、事構えるんやろ?」

 

 

 

クルシュにも言っていない。

まだ誰にも言っていないのにも関わらず、何故傭兵団の団長がソレを知っているのか。

自然と喉を詰まらせてしまった。

 

それはレムも同様。情報は武器であり防具でもある。安易に漏れて良いモノではない。

今回に限っては、相手が相手なので、説明の手間が省けると言う意味では良いかもしれない―――が。

 

 

「相手はアナスタシアさんだよ。仕入れていたとしても不思議じゃない」

「そうね。ツカサの言う通り。……と言うより、バルスは顔に出過ぎよ、情けない。死になさい」

「顔出てるだけで、死ねって! ヒドイな、姉様!! つーか、オレに死ぬな、ってメッチャ釘さしてる内の1人でしょ!?」

 

 

少々遅れてやってきたツカサとラム、そして何処か上の空なフェリス、ヴィルヘルムとクルシュが好意で残してくれている面々。

 

 

現存する戦力の全てが集まった瞬間だ。

 

 

「そやそや。色々と甘くみんことやで兄ちゃん。情報は鮮度が第一。そんでもって、ツカサの兄ちゃんがゆーように、ワイらはお嬢に雇われの身。色々と耳は利かせとる。ほれ、伊達に耳でかとちゃうんやで」

「そうだーー! ミミはでっかいぞーー!」

「お前のこととちゃうわ、ちびっ子」

 

 

リカードの冗談に、ミミが反応する。

名前が部位と同じだからかより燥ぐミミに、リカードは苦笑した。

 

 

色々と頭に貰ったスバルは、気を引き締める、と言う意味でも頭をひとかき。

 

 

「オレの事忘れたんじゃねーか、って思っちまったよ、兄弟。クルシュさんとはもう良いのか?」

「ッ! あ、えと、うん。だいじょうぶ、だいじょうぶだから」

「??」

 

 

スバルの言葉に対して、ツカサが過剰反応を見せる―――が、この時ばかりは幾らスバルであっても、それが何を意図してるか、察する事は無かった。

 

まさかクルシュが宣戦布告? をして、ラム自身が許容を見せつつ余裕も見せて、フェリスが半ばあきらめている、なんて誰が想像出来ようか。

 

 

「私は妻しか知り得ません。……ですが、男の甲斐性、と言う面においては、長く生きてきたこの老骨であったとしても、ツカサ殿には敵いませんな」

「そんな称讃要りません!」

 

 

半ば揶揄う様に言うのはヴィルヘルムである。

 

ラムは余裕の笑み。というより、慌てるツカサを楽しんでいる節も見える。

益々スバルは解らなくなってくる……が。

 

 

「おっ、来たようやな」

「ん?」

 

 

それよりも現場に動きがあった様なので、深く考える事はせずに、リカードの方に注目した。

 

 

「向こうからくるのは、ワイら傭兵団のもう半分。街道封鎖しとった連中や。昨日の夜んうちに出発しとったから、兄ちゃんたちと顔合わせする機会はなかったんやけどな」

 

 

リカードが言う方向を見てみると―――確かに人影が見える。

それも半分、と言うが、この場に居るクルシュの白鯨討伐隊の数と鉄の牙の残りを足した数と同等程度。

更に戦力が増える事に、これ以上ない安堵感を覚える。

 

白鯨に対して全力で挑んでいなかった事に関しては、少々引っかかる面はあるが、街道封鎖等で無関係の人間が巻き込まれるのを阻止するのも重要な役割だし、リスク対策と言う意味ではこの采配は間違いではない。

 

正直言えば、スバルの手持ちのカードの中にワイルドカードが居るからこその心のゆとりだ。もしも、自分しかいない状態だったら、全力でつっかかる事間違いなし。

並行世界があるとしたら、そこに居るナツキ・スバルが何を考えてるかなど、簡単にわかる。

 

 

「おお、んじゃ、もっと戦力が増えんだな。ありがてぇよ、マジで! んで、そっちは誰が引っ張ってんだ? リカードが団長で、副団長がミミなんだろ?」

「ミミの弟のティビーがやってるー! へータローみたいに、ミミと合体技もバコーンってできるぞーー! いずれ、お兄ぃみたいにあんなでっけーやつも、上から、ズコーーン、っておとせるように、なるんだぞー! すごーー!」

 

 

その疑問に対して応えるのはミミ。

半分、とはいえど、部隊の半分だ。統率する役割の人材は、不可欠だろう。

 

ツカサのあの空落とし(アルティメット・バースト)(スバル命名)を、いずれ習得すると言うミミとそのへータローとやらには、期待が持てる? かもしれないのだが、それ以上に思うのは……。

 

 

「いや、まぁ……その弟が姉弟のどっちに似るか気になる所だな……」

「心配しとるとこあれやけど、ティビーは一番賢い子ぉやぞ。銭勘定から交渉も担当しとるし、お嬢の右腕や。へータローの上位互換やな」

「やめてくれよ!! オレ、まさにそのポジションなんだぞ! 英雄見習いどころか、英雄に憧れた少年だよ!! 兄弟の超下位互換だよ! 単語聞くだけで、がっくりくるんだよ!」

 

 

へータローが不憫に思う以上に、ツカサと連想させてしまったスバルはがっくりと肩を落とす。

レムが慰めてくれていて、大分助かっているが、やっぱり情けなさだけは拭えない様だ。

散々クルシュにも誇れと言われたが………やっぱり男の子には色々とあるのです。

 

ツカサはツカサでまだ話に入って来てないから、みっともない所を見られていないので取り合えずヨシとしよう。………なんだか、ラムの【ハッ】が聞こえてきた気がするが、きっと気のせいだ。

 

 

 

「さて、それは兎も角、猿でも出来る魔女教狩り作戦会議について、アイツらが揃うまでにもっと練っとかねーとな……。カードも情報もバッチリなんだが、説明って部分が結構厄介だ」

 

 

情報の出所に関してが一番厄介。

まさか、未来から痛みを伴いながら帰ってきた、なんて言えるモノじゃない。

 

ツカサなら信じて貰えそうな気もするが、余程の事が無い限りは公言はしないだろう。

 

これは超絶重要な機密事項だ。下手したらスバルだけじゃない。皆の心臓を握られる、と言っても過言ではないから、より一層注意しておかなければならない。

自分の事なら、文字通り心臓握られて強制的に黙らされるが、ツカサの事に関しては言えてしまうから。……あの闇の魔女の代わりに、桃色の鬼が心臓を狙いにきそうだ。

 

 

 

 

「―――――!!」

 

 

 

 

色々と小難しく、アレでもない、コレでもない、と考えていた時。

【鉄の牙】の集団に違和感を覚えだした。

 

その違和感は、軈て確信へと変わる。

目を凝らす、凝視する。……そして、気付く。

 

獣人だけで構成されている筈の鉄の牙のメンバーの中に、明らかに人間が居る事に。

蒼い地竜に跨り、その特徴的で、忘れる筈も無い姿がそこに居た。

 

 

「―――なんで、てめぇがいるんだ」

 

 

色々聞かされていたとはいえ、色々と事情を知った後とはいえ、だから解りました、そうですね、と納得できる程人間出来てないのがスバルだ。

 

 

目の前にやってきたのは、あの日―――原因は自分にあるとはいえ、エミリアと袂を分かつ事になる原因でもある男。

 

 

「援軍に対して、随分な物言いをするものだ。……相変わらずだな、君は」

 

 

互いに立ち止まり、騎竜したままでスバルは対峙する。

 

流石にここまで集まったのだから、ツカサもその人物に気付く。

 

 

「ユリウス!」

「君も無事な様だ。……良くぞ、無事でいてくれた。友人として、騎士として、こう告げなければならないね。遅れてすまなかった。ツカサ」

 

 

地竜から降り、礼節に法った所作を以て、最優と称される近衛騎士団でも高い位に居る騎士が眼前にきた。

 

スバルにとっては因縁があり、ツカサにとっては互いに剣を交えた仲でもある人物。

 

 

 

ユリウス・ユークリウス。

 

 

 

アナスタシア・ホーシン、一の騎士。魔女教討伐戦に参戦。

 

 

 




色んな意味w

ユリウスの魔女教討伐参戦! だったり、ツカサきゅんに対して、クルシュ様の参戦だったり………(〃▽〃)ポッ



覚えてくれてたら、スゲーー―光栄なのですw

昔、タグに【クルシュ&レム】と言うのを入れてました。
それを復活させようかなぁ、とヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪

理由は、VS怠惰&第3章終了までには判明するかと!

……モロバレかと思われマスw


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怠惰討伐作戦会議

会議って名前がつくだけあって……結構長くなっちゃいましたデス……(゜_゜>)


 

「とりあえず、あー、オレ達が向かうのはメイザース領、ロズワールの屋敷だ。そこにおそらく……、いや確定的に魔女教が現れる」

 

 

作戦の説明はスバルを抜擢。

クルシュとの会談もスバルに一任されていて、良い流れを生み出した。今回のスバルやツカサにとっての本番に対する説明も、必ずや、やってくれる事だろう……と、そんな期待に満ちた声掛けではなく、毒吐き増し増し、相応のプレッシャーを与えたのはラムだったりする。

 

 

【魔女教……】

 

 

そんな身内の事はさて置き、魔女教の名を聞いた途端に、表情に複雑な感情が生まれ出した。

白鯨戦は修練であり、本番はこれからである、とツカサがクルシュに言っていた。それは皆にも伝わっているのだ。

だからこそ、相応の相手がこの先に待ち構えているだろうと解ってはいたが、実際にこの耳で聞くと、感じ方もかわってくる。

 

予想が現実のモノになったのだから。

 

 

 

 

 

「君たちは、魔女教が来ると確信しているのは解った。クルシュ様の加護と言う説得力も当然ある。私が気になるのは、白鯨と魔女教の関係性だ。どうして気付いた?」

 

 

ユリウスの疑問に答えるのはスバルではなく、ツカサの方だった。

無論、子供染みた感性で、ユリウスと話したくない! とか、スバルは思ってない……とも言えないが、説得力と言う面では、魔女教・白鯨の関連性に関してはツカサの方が適任なのだ。

 

 

「現在では、あの魔獣の呼び名は【白鯨】となっている様ですが、古い文献では【暴食】と呼ばれていたそうですね。魔女教には大罪の名を持つ幹部が居るとも聞いてます。―――大罪司教と呼ばれている者たちが」

 

 

現在、ツカサが出くわした大罪の名を冠する魔女教の幹部……大罪司教は【怠惰】の1人のみだが、調べてみれば怠惰を含めて6人存在するらしい。

あまりにも有名な話故に、調べるのは簡単だった。……憎悪を以て調べたが故に、容易に行きついた。

今回の件が終われば、ベアトリスの禁書庫で調べれるだけ調べさせてもらえないか? と相談するつもりだったりもする。

 

 

「……それは、私も知っている。いつから暴食から白鯨、と呼ばれる様になったのかまでは記録上では残ってはいないが。かの魔獣を一目でも見れば、白鯨と呼ぶ方が解りやすいと言えばそうだな。……しかし、根拠とするには、まだ弱いのではないだろうか」

「うん。ユリウス……ユーリの言う通りだと思うよ。白鯨の昔の名が暴食って名前だったから、魔女教がやってくる、エミリアさんの事を含めても、それだけじゃ騎士団でも動いてくれないと思う」

 

 

ツカサの言い分に、ユリウス事ユーリは苦い顔をした。

今回は、疑いを持った言い方をしているのだが、ツカサに関しては最早疑う余地等欠片も持ち合わせていないのだ。便宜上、皆にも等しく納得してもらうが為に、話を進めているだけに過ぎない。

 

ツカサの言い方だと、王国騎士団に助力を求めて、真偽不明な情報だからと断られてしまったのだろう。そう想像するのは容易い。

ただ、魔女教がらみの情報は幾つも寄せられている為、仕方ないと言えばそうなのだが……。

 

ユーリの苦い顔はツカサにも解ったのだろう、軽く頷いて見せた。

大丈夫だ、と言わんばかりに。

 

 

「ここからが重要なポイントだよ。……皆も知ってると思うけど、以前にオレは白鯨と相対した事がある。このリーファウス街道でね。………その時は、白鯨だけじゃなかったんだよ。ヘンな奴らに出会ったのは」

 

 

ツカサの言葉を聞いて、事前に聞かされていた身内、スバルやレム、ラムは特に変わらないが、他の者達には緊張の色が見えていた。

 

 

「黒装束に覆われた集団。有無を言わさずに襲い掛かってきた。……その時は、白鯨とのやり取りで、消耗してたから、応戦せずに逃げたんだ。………当時は、自分の記憶も無いし、ここがどこだかも解らないし、襲われる理由だって意味が解らない。……その時の仲間を護る事と自分の事でいっぱいいっぱいで、考える余裕だって無かったんだけど、今思い返してみれば明白。魔女教だったよ。魔女教大罪司教《怠惰》担当、って言っていた」

 

 

 

因みにこれは、この時間軸(・・・)の話ではない。

云わば、並行世界で起きた出来事。

 

オットーと共に、白鯨の魔の手から逃げた後暫く旅をする事になるのだが、その時に遭遇したのだ。

力は大体全盛期だったと言えるかも知れないが、如何せん力の操縦技術が伴ってなかった事も有り、大事を取って記録(セーブ)読込(ロード)を多用し続けた。

結果、最も厄介でありオットーが無事では済まなかった魔女教との邂逅の運命は逃れる事が出来たのである。

 

なので、オットー自身も当然魔女教絡みでは身に覚えが無い筈なので、証人として呼ばれたとしたら、案外危なかったと言える。

 

嘘は誓って言ってないのだが、この正史世界では起こってない事だから。

 

 

 

王都にて単独白鯨撃破の偉業、最高位と呼ばれる勲章を授与された男の新たなる事実に、場にどよめきが生まれる。

 

 

世迷言や、盲信の類じゃないのは、誰もが解る。

ツカサがそこまで言うと、もう信じない者は誰一人としていない。

スバルにも、それが解った。皆の顔は、見ただけで解る程のものだったから。

 

 

「兄弟が、白鯨に続いて、今度は怠惰を退けたって新事実発覚。マジすげー、マジやべー、マジリスペクト!! さあ、もう安心だ!! って言いたいとこでもあんだけど、アイツらは数が滅茶苦茶多いんだ。……今回のは、敵と戦って殲滅するのが真の目的じゃない。村の皆や、エミリアを守る。それが出来なきゃ、オレ達の勝ちにはならないんだ。例え怠惰を倒したとしても……」

 

 

スバルの言葉に、ツカサも同じく大きく頷いた。

 

前回のループでペテルギウスと相対し、正面から戦って勝つ事は可能だ。問題なく出来た。……だが、空から見た敵の規模。隕石魔法で潰したとはいえ、まだまだ出てきたあの敵の数。

数の暴力とはよく言ったモノだ。

おまけに、単なる雑兵と言う訳ではない。武芸・魔法を満遍なく使い、誰かを殺す事に一切の躊躇もない狂人集団だった。

 

それでもツカサやラム、レム、(ついでに)スバルの4人で戦っても勝つのは、大したものだと思えるのだが、戦う術を持ち得ない村人たちの事を考えれば、ある意味白鯨戦より厳しく辛い戦いになるかもしれない。

 

誰一人欠ける事を良しとしていないのだから。

 

村の皆にはちょっとの間避難して、後は平和で過ごして貰いたい。……ただ、それだけだから。

 

 

 

「―――解った。それに騎士団の推測も間違っていなかったのだと、確認も取れたよ」

 

 

ユーリも頷き、周囲を確認。

その表情には最早一欠けらの疑いすら残っていない。本当の意味で信じて万全で望む事が出来る。

 

 

「そう言えば、ヴィル爺が追っかけてた資料でも、そんな結論に落ち着いてたみたいだよネ?」

「―――確証があるとまでは言えませんが、確かに白鯨の出現分布と魔女教が活動した記録が符号する点が幾つか見えましたな」

「ヴィル爺にとっては、白鯨が本命で魔女教はおまけみたいにゃもんだしネ。フェリちゃんも最初聞いた時は半信半疑だったけどぉ、確かに。白鯨のふっるーい名の方を考えてみれば、って思うよネ」

 

 

剣鬼ヴィルヘルム、そして最優の騎士ユリウス。

この2人の太鼓判だ。スバルの表情も明るく、ツカサも同じく頷いて相槌を打った。

 

 

「っしゃ、説得力倍増って意味じゃ、オレ達にとってラッキーこの上ねぇ。そういや、元々白鯨っつーか、魔獣? ってのは魔女が作ったんだろ? なら、アイツらにとっても切っても切れない関係性になりそうだけどな。……性質悪ぃ、猛獣飼ってる感じはすっけど」

「ああ、確かにそう言われているね。魔獣の存在や発生は未だに得体が知れない。普通の生物の様に繁殖する場合もあれば、白鯨のようにふいに湧くものもある。―――もっとも、白鯨の様な例外はせいぜい《黒蛇》と《大兎》ぐらいなものだがね」

 

 

ピクリ、とその魔獣の名を聞いてツカサは眉をひそめた。

 

 

「三大魔獣―――ですね。魔女教と白鯨の関係性が決して少ないものじゃないのだとしたら……」

「わーわー、取り合えず、おっかない魔獣の話は止め止め。マジ、噂して今回のに引っ付いてきたら最悪通り越しちまうよ。三大だか四天王だか、そんなヤベーの通り越してそうな奴らと連戦とか、考えたくも無い」

 

 

魔獣を関する以上、スバルの魔女の残り香は有効だろう。

だが、考えても解る通り、その三大魔獣の一角を討伐出来たとはいえ、ここまで消耗したのだ。

出現時間をハッキリわかった上での奇襲作戦。持てる戦力全てオールベッドして臨んだ対決でさえ、かなり際どかった。

 

なのに、同格クラスの魔獣が出てくるとか、カンガエタクナイ。と言うのがスバルである。

 

 

ツカサは、出てくるなら対処するしかない、と半ば悟りの境地だ。その辺はついていけない、と匙を投げるスバルだった。

 

――――ツカサに付いて行く? 

 

それを聞いていたラム。

後ろで、ハッ! と言っていたのもご愛敬である。

 

 

「魔女教の連中が狙ってるのは、間違いなくエミリアだ。……奴らは屋敷どころか、近くの村ごと焼き払う気だ。―――だから、どうにかして野郎共を追っ払わなきゃならねぇ」

「追い払う? スバルきゅんってば、甘っちょろい事言うよネ」

「……これに関してはフェリスに同意するよ、スバル」

 

 

あの地獄を見たのはスバルだって同じ筈だ、と静かだが、憎悪の炎を宿した目をしながら、フェリスに同意する、と言う形でスバルに訴えた。

スバル自身も、語弊があっただけだ、と言わんばかりに、視線を鋭くさせる。

 

 

「……そう、だな。追っ払う? ついつい軽い口調で言っちまったのは、オレって性分だと思ってくれ。内容通りじゃねぇよ」

「君の軽口については、此処にいる全員が共有しているとも。安心してくれ」

「ちっとも安心出来る様な内容じゃねーし! 過去ほじくり返すのって男らしくないぞ!」

 

 

ユーリの言葉に、スバルは大抗議―――するが、兎にも角にも、今は魔女教の話だ。

 

 

「第一は、エミリアと村の皆だ。皆の安全が第一に優先する。それ以外は殲滅。――――滅殺だ。オレが最前線のアタッカーでやってやりてぇ、って思ってんだが、デバフ特化型なんでな。足引っ張る未来しか見えねぇから適材適所でやってくつもりだ」

「ん。……怒りを覚えてるのはオレも同じだから。一緒に持ってくつもりだ」

 

 

スバルとツカサの魔女教に対する憎悪。

それは、隣でただ黙って傍で控えているだけの筈のレムとラムにも伝わっていく。

 

底知れない憎悪。

 

話を訊く限りでは、遭遇しただけの筈なのに、それだけに留まる様子は無い。

やや、気になる点ではあるが。

 

 

「……解った。君たちの彼らへの怒りは十分過ぎる程、伝わったよ。それに、魔女教が各地で甚大な被害を齎してるのも事実だ。……君たちと同じ境遇の者だって間違いなくいる。負の連鎖を、今解き放たないといけないな」

 

 

ユーリの気取った言い方に関しては、普段ならば文句の1つや2つ、茶々の1つや2つ入れてやろうか、と言う所存だが、生憎今は憎悪が勝ってる。

 

勝った憎悪だったが……あまり、周囲にそれを撒き散らすのも大人気ない、と考えたツカサは咳払いを1つして、どうにか殺気を抑えた。

 

 

「申し訳ない。色々、高ぶってしまったみたいだ。恰好悪い所を見せて」

「いいや。問題ないさ。……彼ら、魔女教に対して言えば、君の感性こそが正しい、と私も断言しよう」

「ッ~~~、ったく。まぁ、あれだ! 怒りと憎悪漲らせて~~じゃ邪推も良いとこだ! エミリアたんに近付いたのもそれが理由だなんて思われたら最悪中の最悪!! エミリアたん最高!」

「にゃーに突然言っちゃってんのサ! ツカサきゅんとユリウスで格好良く締めちゃってたのに、そーゆーとこ、まだまだにゃんじゃにゃい? それに、兄弟兄弟ってツカサきゅんの事ばーっか、スバルきゅん言ってるけど、スバルきゅんだってあれだけ自分の犠牲覚悟の作戦決行して、餌になっちゃって白鯨落としたんだよ? 今更誰がそんにゃ邪推するの?」

「ぅ……、ま、まぁ 別にきょーだいが凄過ぎるから、卑屈になってるって訳じゃないんだからね!」

「これまた、にゃーに言ってんのかサッパリ。でも、にゃんだか、その喋り方、フェリちゃんそそられちゃう」

 

 

ツンデレネタをスバルは披露したが、生憎異世界で需要は無さそうだ。フェリスは盛り上がってる様だが、今日、この日限りで消失しそうな気がする。クルシュに対してツンデレを求めるのは無理だし、クルシュにツンデレかますなんて、余計に無理だろうし。

 

とか何とか色々考えていたが、取り合えず頭を振って仕切り直し。

 

 

「あー、それとちょっと聞きたいんだけど、その、エミリアが名前出すと、魔女教連中が動きだす理由って、どっからきてんの? 白鯨との繋がり云々より、どっちかって言えばエミリア関連で納得してるのが多い気が済んだけど、基本魔女教って実体不明な部分が多いんだろ?」

「………それは、オレも気になる所、かな。予想はある程度出来てるけど」

 

 

予想はしているけれど、言葉にあまりしたく無さそうなツカサ。

予想さえも届いておらず、この場にエミリアが居ないから、居ない場所でなら聞いてみる、と思ってるスバル。

 

色々と呆れた様子のフェリス。

 

 

「記憶にゃい、って公言してるツカサきゅんなら兎も角、にゃーんでスバルきゅんまでわっかんないのかにゃ~」

「うぐっ、耳がいてーけど、時間も有限だ。ちゃちゃっと頼むぜ」

 

 

スバルは慣れっこだ、これから英雄を目指すんだ、と自身に言い聞かせて、気にしない事にした様子。

実を言えば、情報を得る手段は持ち得ている。

最大級の信頼を愛情を得る事が出来たレムの存在がソレだ。

今も常に傍に控えてくれている支えてくれている。そんな彼女に説明を求めれば、色々教えてくれる事だろう。

 

それはツカサにも言える事。

 

 

だが、それはあの屋敷で何度もループした身からすれば、早々安易に話を聞けたりはしない。

 

 

姉妹と魔女教との因縁の深さを知った今、ラムとレムは気にしないのかもしれないが、男達の間柄では、ちょっとした禁忌になっている。特にただでさえ、スバルの魔女の残り香の事もあるのに、これ以上追い打ちをしたくなかったりしていた。

 

 

だが、こうやって魔女教と直接やり合う機会が訪れた以上、全てを知っておかなければならないのも事実だろう。

 

 

「ほーん、まぁツカサの兄ちゃんの例外って事も考えりゃ、スバルの兄ちゃんが知らんのに、仕切ってるのも割とおかしい事でもない気がしてきたわ」

 

 

リカードもその巨体に似合う大きな声で話に割って入ってきた。

どうやら、説明をしてくれる様だ。

 

 

「……魔女教が後生大事に信奉しとるんが《嫉妬の魔女》サテラや。これは知ってるわな?」

「一応な」

「ん」

 

 

リカードの問いに対して、スバルは勿論知っている。

何せ物凄く有名な話であり、スバルが言語、この世界の文字を覚える過程で使わせてもらったイ文字だけの本でも出ている程。

ツカサは、一足先にオットーと共に旅をしている間に、文字に情報に触れた。

そして、ベアトリスからも聞いている。

あの書庫で屋敷の1週間の繰り返しで幾度も目にしたから。

 

 

「実物見たヤツなんぞほとんどの残っとらん。ワイかて聞きかじりやがな。まぁ、魔女教徒がそのサテラを信仰しとるんがわかってたらええわ。んで、そのサテラっちゅう魔女がハーフエルフや。―――それだけでも見えてくるもんがあるやろ?」

 

 

リカードの言葉に眉をひそめた。

 

 

「エミリアの、その見た目の特徴が魔女とそっくりだからってんのか? だからってあの子を責める理由にはならねぇってもんだよ。まさにお門違いの逆恨みだ」

「大抵の奴はそうは思わん。サテラが世界にやらかしたんは、それ程根深いっちゅーことや。そら深過ぎてしゃーないわ。……んで、魔女教の話に戻る訳やが」

 

 

ハーフエルフに対する風当たりの悪さ。

同じ人種と言うだけで、どの様な視線を浴びるのか、想像するだけでも悍ましい。

 

それが、嫉妬の魔女サテラの伝えられている容姿と似通っているエミリアが現れたとするならば、ハーフエルフに対する憎悪の全てを集中させられると言われても、仕方が無い。

 

エミリアの事が好きなスバルだからこそ、毎回憤慨しているのだが、たかだか数ヶ月の付き合い、一瞬の出会い。その想いだけで、この400年を覆せる程、世界は甘くないと言うのも何処かで解っている。

 

それでも口に出さずにいられないのがスバルであり、自重して貰いたい面はあるにはあるが、それでこそスバルだ、と思い始めてしまってるツカサも困ったモノだ、と自虐に考える事だって多々ある。―――無論、ラムは反対派ではあるが。

 

 

話は逸れたが、リカードの本題に耳を傾けよう。

 

 

「単純な話、アイツらはハーフエルフの存在が邪魔なんやろなぁ」

「は?」

「………」

 

 

呆気にとられるスバル。

そして、ツカサはその言葉の真意を読取る。

 

あそこまでの破壊をした怠惰。

何故、そこまでハーフエルフに拘るのか。試練と称して破壊行為を行うのか。

 

その根幹が、邪魔だ、と言うその本当の意味は……。

 

 

 

「なんでだ? 普通に考えて………いやいや、あんな奴らの普通なんて、ある様で無い狂人だってわかってっけど、大好きな同じハーフエルフ。長い目で見りゃ血が繋がってても不思議じゃねーかもしれねぇのに、なんで迫害って考えに?」

 

 

スバルの疑問も最もだ。

あまり考えたくはない。嫉妬の魔女サテラとエミリアは違う。全くの別人だ。エミリアはエミリアだ、と長く言い続けてきたスバルだが、ハーフでも《エルフ》だ。エルフの種族がどれ程の数かはわからないが、少なくとも王都や村では人間の数の方が圧倒的に多かった。

 

種族数が、その絶対数が少ないのであれば……遠い親戚……とか考えられても不思議じゃない。

 

 

 

「信奉し、これ以上ない存在だと思うからこそ、同じ様で違う存在が許せないんでしょう。……似ているのに違う、紛い物。―――その存在が、憎い」

 

 

その声はひどく冷たかった。

口調こそはいつもと違うが、その声の主が誰なのかは直ぐに解る。……フェリスだ。

 

何処までも冷たい目をしていた―――が、直ぐにその表情を崩す。

 

 

「にゃーんてフェリちゃんは推測してみちゃったり?」

「……推測の域を出ないのが現状。後は本人に確認するしかない。………話が通じる相手じゃない事は保証するけど」

 

 

フェリスは陽気な表情に戻った……が、その代わりにツカサが底冷えする様なフェリスの雰囲気を引き継いだかの様に、その瞳の奥は暗く沈んでいた。

 

フェリスも一瞬ぞわっ! とするが、自分のせいでこうなってしまったのか、とやや責任を感じた様で、勢いのままに手を叩くと。

 

 

「はいはーーい、魔女教の奴らが頭おかしいのなんて、今に始まった話じゃないし、そんな感じでいーんじゃない? 問題は、エミリア様を狙う魔女教―――怠惰の方」

 

 

フェリスの言葉に頷くユーリ。

 

 

「魔女教大罪司教……、嘗て 傲慢。憤怒。怠惰。強欲。暴食。色欲。―――大罪の名を冠した6人の魔女がいたが、嫉妬の名を受けたサテラにより呑みこまれている。……その失われた大罪の魔女たちの代わりに、現在名乗っている、と聞いている。そして、嫉妬の名を持つ大罪司教は存在しない。彼らが信奉するサテラの象徴だからね。―――つまり、それ以外の6つ。大罪司教は6人存在する」

「6人………」

 

 

続くユーリの説明を聞いて、底冷えする声色や雰囲気の時とはまた違った緊張を生んだ。

ペテルギウスの怠惰を聞いた時点で、調べていなかったスバルでさえも、想像がついていたが、あんな狂人が他に5人もいるなんて考えたくない。

 

確かに、前回は直接的なバトルにおいては完勝した、と言えなくもないが、能力がえげつなさすぎるのだ。

 

自惚れではないが、時間を行き来する事が出来るある意味反則(チート)を持つツカサ、そして例外的に死に戻りが出来て、情報収集が出来るスバル自身の存在が無ければどれだけの被害を受ける事だろうか……。

 

あのアーラム村の光景を思い返せば……。

 

 

「まとめて来てくれるのなら、全部叩き潰せるまたとない機会でもあるな」

「……おおっ! さっすが兄弟。オレより早く言っちゃってくれてるね! 魔女教そのものを一気に傾けてやれるチャンスだな」

「およ~~、強気じゃん! うんうん、得体のしれない魔女教をぶっ潰すいい機会だっていうのはフェリちゃんも同意見。あの連中、ルグニカだけでも相当舐めたマネしてくれてるし」

 

 

魔女教に対して、思うのは一般的に同じなのだろう。

フェリスでさえ、言葉遣いが変わる程だから。

 

そして、それは騎士の中でも、最優と呼ばれ、騎士の鏡でもあり、非常に真面目な男、ユリウス事ユーリも同じ様だ。

 

 

「白鯨同様、世界中が被害を被っている。騎士団も長く辛酸を味わわされてきた相手だ。私以外にも、多くの騎士がそうだろう。―――機会が得られるのはありがたい」

 

 

模範とされる騎士である彼でさえ、同じなのだ。

全員の意志が1つに。……元々白鯨を討伐した間柄であり、討伐に参加出来なかった者たちも含めて、更に強くなったと言って良いだろう。

 

 

「相手は大勢だ。蛆虫みてぇに湧いて出てくる。でも、ユリウスたちが合流してくれたおかげで、人数的な不安は完全に消えた。……痛みを伴う戦いかと寸前まで考えてなかった訳じゃねぇが、今回に限っては、一方的に連中を蹂躙させてもらうぜ」

 

 

ぎりっ、と強く歯を喰いしばるスバル。

 

意志は同じ、1つだ。

ツカサは勿論の事。

 

一言も口を挟まず、夫々の傍で控えているレムとラムも。

 

 

「1つ、訂正したいのだが」

 

 

そんな中、ユリウスが手を上げた。

 

 

「私の名前はユーリだよ。ツカサの様に、少し間違えたとしても訂正してユーリと呼んでくれないか。ユークリウス家の長子とは親しくしているのは事実だが、間違えない様に」

「あ、スバル間違えてたね」

「いやいやいや、その設定公的な場面以外じゃ完全に邪魔なだけだろ!? この場の全員事情しってっし、わざわざ言う必要ないって思っただけだが!」

「普段から留意する事こそが、肝心な場面でボロを出さない秘訣だよ」

「何言ってやがる! そもそも近衛騎士の格好とかしてきてる時点で、【僕、ユリウスです】って、証明しながら歩いてる様なもんだろーが! 特徴的な髪の色とか、面とかしてんだからよ! 作り込みが浅すぎだ!」

 

 

軽く一悶着があり、―――いい具合に発散出来たから、気を取り直して本題に入れると言うものだ。

魔女教憎し、それは一致団結しているが、怒りは必要以上に力を与えたとしても、冷静さは著しく失われる。

作戦会議をする上では、あまり好ましくない感情の1つなのだから。

 

 

「ありがとう、ユーリ」

「何に対しての礼かは、解らないが。……受け取っておくよツカサ」

 

 

大体察するツカサ。

そして察したツカサを察するユリウスこと、ユーリ。

解ってないのはスバルだけ。

 

 

「ハッ。そういうトコよ」

「どーいうトコだよ!?」

 

 

しれっとラムからの野次が飛びつつ―――本題に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっからが肝心なトコだな。クソったれの魔女教野郎を倒す方法は至ってシンプルだ。―――こっちの動きが割れる前にかち込み。……有無言わさず叩き潰す!」

 

 

 

ゴッ!! と力強く左右の拳を当ててならせるスバル。

意気込みは買うが、具体性に欠けるのも事実。

 

 

「うーん、ツカサきゅんや、ラムちゃん、レムちゃんが居る以上勢いだけ、って訳じゃにゃいと思うんだけど……」

「そりゃ、どーもすいやせんでしたね! 解ってるよ! オレ1人じゃ説得力欠片もねーって事くらい! これから期待しててくださいーー!」

 

 

フェリスはスバルの言葉を聞くと軽く咳払い。

自分からふったとは言え、ここからはかなり重要な話だ。茶化す場面ではない。

 

 

「森の中に居る魔女教。どうやって見つけるの? 400年尻尾を掴ませない連中の集まりにゃんだよ?」

「あー、そこなんだがな。……事前打ち合わせ、身内だけの秘密の会議で、最適解はもう導き出されてるんだよ」

 

 

ニッ、とスバルが笑うとツカサが頷いた。

 

 

「基本は、白鯨の釣り方と一緒で、オレの臭いを使う。つまりは向こうから寄ってくるって算段だ。んで、ネックなのは、広大な森の中だって事。どっから沸いて出てくるか不透明な部分もあるから、その辺の探索は、兄弟が一任してくれる」

「はい。一任されてます」

 

 

ひょい、と手を上げた。

ツカサに対する皆の信頼はよくわかる―――が、一部例外がいる。

 

今の今までは、特に作戦実行の内容では無いので、聞き手側だけだったが、いざ実行内容の話ともなると、憂いは1つでも残ってはいけない、と考えるのが普通だ。

 

 

「一体なんの根拠で、あのメイザース領の広い森林の敵を把握するですか? それに、匂いでつる? 根拠が乏しすぎて、信じろと言われても――――」

 

 

ミミの弟のティビー。

部隊を率いている者として、魔女教と言う世界の敵であり、強大な敵を相手に、不確かな情報で攻めて、皆を危険に晒せられない。

 

そう考えるのは至極真っ当だと言えるだろう。

ただ、ティビーはツカサと一緒に……、つまり白鯨討伐に参加していない。

かの討伐戦に参加していたなら、恐らく信じる事が出来ただろう。

 

 

それをまるで象徴するかの様に。

 

 

「ぎゃんっっ!!」

 

 

ティビーの頭を杖で叩く者が居た。

姉のミミだ。

 

討伐戦に参加し、無条件で信じるに足る様になった者の1人でもある。

 

 

「なにするですかっ!?」

「おにーさんとおにぃを信じらんないなら、ティビーはお姉ちゃんの事信じてついて来ればいーの!!」

「…………」

 

 

いつもの行き当たりばったりの勢いだけ……だとしたなら、ティビーももっと反論していただろう。部隊の命を預かっているのだからそれも当然。

だが、ミミの目は、いつもの勢いだけのモノではない、と弟だからこそ、解った様だ。

 

 

「おにーさんとおにぃ、ってどっちがどっちかわかんないです!」

「あっちのすげーーのが、おにぃで、こっちのぬぼーーのが、おにーさん! おぼえとくよーに!」

「ぬぼーーってなんだそりゃ!?? この世界来て初めて云われた単語だよ!!」

 

 

 

賑やかになるのは結構だが、話を先に勧める事にしよう。

 

 

「まず、えっと……」

 

 

チラッ、と視線を向けるのは先ほど疑問を呈した獣人のティビー。

彼の名が中々出てこなかったが、それも一瞬だ。

ミミがティビーの名を連呼していたから。

 

 

「ティビーが疑問視していた相手の探索だけど、それはオレの魔法で可能なんだ」

「魔法?」

 

 

ティビーは、名を呼ばれたので、取り合えず姉と絡むのを一時中断してツカサを凝視。

無論、広範囲探索ともなれば、興味がわかない訳が無いのだろう、作戦の要でもあるので、他の全員もツカサに集中した。

 

手に平をそっと差し出すと―――周囲に変化が起こる。

 

全員が集まったこの場所は、大体半径5~6mの円形で固まっている。

その皆を最初から包んでいたかの様に、そよ風が、ゆっくりゆっくりと渦を描き―――軈てツカサの掌に潜り込んでいった。

 

 

 

「白鯨を落とした風の魔法【テンペスト】の応用。今見せた通り、これに当たっても無害。攻撃したり、何かを飛ばしたりする風じゃないから。―――ただ周囲に散って泳がせる。そこにある空気の様に。でも、これはオレの感覚と繋がってる状態にしているから、触れれば解る。森の何処に連中が居るのか解るんだ」

 

 

ツカサの説明を聞いて、涼しい顔をしていたユーリだったが、少し顔を強張らせた。

隣のリカードも同様。

 

 

「凄まじい魔法だな。敵地偵察の重要性は、私も良く知っているつもりだ」

「ワイらも同じや。情報は強力な武器。兄ちゃんの今のヤツもワイは全くわからんかった」

 

 

敵陣を丸裸にするも同然な風による探索魔法に驚き、それが周囲に伝わっている所で、ツカサが但し付けをする。

 

 

「そんな良いモノじゃないよ。解るって言っても、触れたモノの位置とかだ。その詳細まで解る訳じゃない。敵味方の判別がつくって訳でもないから、街中とかじゃ意味を成さないし、ひょっと敵が紛れ込んだとしても、それを判別できる訳でもない。広範囲探索が出来る分、長時間するのは大変だし、集中してやらないといけないから、丸腰にもなる。……デメリットが多いけど、今回はメリットの方が大きい。何せ、あの魔獣の群生地でもある森の中で、人型の何かが居るっていう今の状況下なんだから。最大の効力を発揮してくれるんだ」

「そうやゆーてもなぁ、兄ちゃん。十分破格の力やで? 謙遜し過ぎやろ」

 

 

がっはっは! と笑うリカード。

何処までも謙虚でいて、強大な力を持つツカサに改めて、リカードなりの敬意と尊敬の念を送る。

 

 

「……ツカサ。ラムも千里眼を使うわ。戦うな、と言うのには従うつもりだけれど、当初の予定通り、千里眼で手伝いはさせなさい」

「!」

 

 

直ぐ傍にいたラムがツカサに言う。

フェリスに言った通り、ラムとレムはエミリアや住人達の避難側に回って貰う予定だったので、魔女教の連中と相対する場面には連れて行かないつもりだった。

色々と我慢をして貰って、信じて貰う予定だった……のだが。

 

 

「ツカサはラムが心配で心配で仕方が無い事は、ラムにもよくわかってるわ。愛するラムだもの、当然よ。……だから、ツカサが探索の(サーチ)テンペストを使う場所は、安全な場所で行う。そこでなら、構わないでしょう? …………フェリックス様も」

 

 

ラムはそういうと、チラリとフェリスを見た。

もうテコでも聞き入れない事を解っているので、半ばフェリスは呆れた様子で首を振る。

 

 

「ラムちゃんってば、フェリちゃんの言う事は聞いてくれにゃいじゃにゃい。……そこにはフェリちゃんも居る。何かあっても直ぐ対処できる様に、フェリちゃんも傍にいる事。それを条件に加えてくれるなら、太鼓判を押す」

「ラムは構いません。……ツカサ」

 

 

視線がツカサに集まった。

最後は、ツカサは少し笑みを浮かべる。

 

 

「心強いよ。……本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな訳で、超英雄パワーも借りて、連中の位置を把握。そんでもって、オレを餌におびき出して、狩り尽くす。………村人の安全確保。クルシュさんとこの使者が親書をエミリアに渡すって手筈にもなってるから、同盟成立は理解してもらえる。だから、後は魔女教を叩き潰すだけに集中できるってワケだ」

 

 

最後はスバルがそう締めた。

 

 

「……成る程。準備万端。これ以上ない形での奇襲も可能ってわけやな」

「魔女教にこれほど優位に挑める戦いは、そうは無いでしょうな。―――宿願を果たした上に、このような機会を与えられた。血沸くな、と言われる方が難しい」

 

 

剣鬼も燃えている。

宿願である白鯨討伐を無し、燃え尽き症候群の様になるか、と一縷の懸念があったが、この老剣士に安寧と安息は必要ない、と言わんばかりだ。

剣に生き、剣に死ぬ。

 

その相手が世界に仇名すモノであり、恩人の両名を苦しめる相手であると言うのなら、これ以上ない。

 

 

「えっと、取り合えずこんなもん、か。猿でも出来る―――」

「―――スバル。怠惰に関する最後の情報がまだ残ってるよ。スバルが命懸けで得た情報(・・・・・・・・・・・・)

「っと! そだったそだった。……まさか、このオレ最大の功績をオレ自身が忘れるとか、全然笑えねぇな」

 

 

スバルは、苦笑いしつつ、軽く咳ばらいをして皆の視線を集めなおした。

荒ぶる、高ぶる気を抑える様に、また静かになる。

 

 

「もう1個伝える事があった。……怠惰のヤツに関しての情報だ」

「それはつまり、大罪司教本人の情報、と言う事か?」

 

 

スバルはそれに頷き、そしてツカサも同じく頷く。

 

 

「敵の頭の情報忘れてるとか、抜けてるどころの話じゃねぇな、全く。アイツには、【指先】って呼ばれてる部下が居る。薬指、小指、名前で呼んだりしねぇ。特別な部下で信頼してる、って感じでもねぇ。平気で頭握りつぶしたりしてたからな。………それで、怠惰の能力。それは自分の意識を、他人に上書きして、精神的に乗っ取ってきやがるんだ。あちこちに顔を出す理由も、それで説明がつく」

「便宜上、能力の名を憑依―――としてる。……怠惰は、例え絶命したとしても、他の誰かに己の意識を植え付ける事で、生き延びているんだ。信じがたいかもしれないけど……」

「いや、それは無いよ」

 

 

信じられない。

今更、2人の言葉を疑問視するモノはいない。

それは、ミミに殴られたティビーだって同じようだ。

 

 

「以前、私は古い文献で似たような研究を見た事がある。文献によると、術者の魂を焼き付ける対象はかなり限定されている様だ」

「ま、当然だよね。個々のゲートまで上書きするのは並大抵のことじゃにゃいもん」

「ああ。それと同様に、【憑依】にも厳しい条件がある可能性が高い。―――条件は魔女教徒。それも限られた人員にのみ、可能な術法と推測できる」

「つまり、それがさっきスバルきゅんが言ってた【指先】って連中の事ににゃるのかな?」

「ああ。……恐らく予備の肉体。だからこそ、指の名を名付けたのだろう。……大罪司教らしいと言えばそうだ。悪趣味極まりない」

 

 

ユーリはそういうと顔を顰めた。

ペテルギウスの性質の一端を触れただけでも唾棄を覚える。

スバルやツカサ、レムやラムの様に実際に目の当たりにしたら、それ以上の気持ち悪さを覚える事間違いない。

 

 

「ツカサが言っていた様に、例え絶命したとしても、指先が健在な限り、復活を果たす事だろう」

「……裏を返せば、大罪司教の残機、全部削りきる。……指先を壊滅させれれば、野郎の行先は無くなる」

「いや、1つ有るよ。……地獄だ」

「ああ。行先はそこしかないだろう。………そして、大罪司教の今世の最後だ」

 

 

これで全てだ。

全て伝え終わった。

 

 

 

 

 

「―――最後の最後にスゲーヘビーな戦いがある。あれだけしんどい白鯨戦があった後だっていうのに。………白鯨に殺された人も、消された人も居る。倒れた人は戻らない」

 

 

スバルは、スバルとツカサだけが覚えている人たちを可能な範囲内で、その表情を思い返す。

 

 

「白鯨と魔女教は繋がっている。……だから、あの魔獣を落として終わりという訳じゃ無かったんだ。……本当の意味での弔いは、今まで倒れて、世界から消された皆の無念を晴らすのは、ここからなんだと思う」

「ああ。………でも、これ以上犠牲はいらない。此処に居る誰も死なないで完勝する。村もエミリアも、漏れなく全員。誰一人取りこぼす事はしない。……白鯨だって狩ってみせたんだ。魔女教になんか負けてやらねぇよ」

 

 

理想論。

誰一人欠けずに勝って戻る。青々しい理想論だ。まさに青二才。

 

だが、それを強く信じている。信じて疑わない者が居る。

 

そして、信じるに足る力を持つ者がいる。

 

 

 

「誰も死なずにいこう。あんな奴らの為に死ぬのなんかバカげてる。―――それじゃ、いっちょ頼むわ」

 

 

 

 

負けられない戦いが、今始まる。

 

 

 



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丸裸

いや~~ん(´∀`*)ポッ


なシーンは無いデス!




アァンッ!(゜o゜(☆○=(-_- )゙オラァ!!


メイザース領土へと魔女教討伐に出陣する一行。

 

 

「―――良い顔をされるようになりましたね、ヴィルヘルム様」

 

 

地竜に共に跨り、ヴィルヘルムと並走する形となった所で声をかけるのはユリウスだ。

ヴィルヘルムの瞳は、まるで憑き物が落ちたかのようだった。

 

 

「以前、お会いした時とは別人の様です。……ラインハルトも、これで少しは救われる事でしょう」

「―――そう、ですな」

 

 

感謝を伝えた。

生きた意味を全うする願いを叶える事が出来た。

その後は、返しても返しきれない多大なる恩に報いる為に、剣を振るう。例えこの身が滅んだとしても、恩人に少しでも返せる機会を逃す訳にはいかない。

 

剣士として、剣として、今はクルシュと同等と評する御二方に報いる為に。

 

 

ただ―――ユリウスの言葉で、己の事を少し振り返る事は出来た。

 

忘れていた訳ではない。確かに心にしこりを残していた相手。

今代の剣聖ラインハルトに対して。

 

 

「私はあれに対し、真っ直ぐにあれなかった。あれに非が無い事も、悪気が無い事もわかっていたのに、どうしても許せなかった。―――いずれ、その報いを受けましょう」

「そうお考えになられるだけで、十分彼の心も安らぐ筈です」

 

 

苦いものをグッ、と堪えるヴィルヘルムの返答を、肯定するユリウス。

ラインハルトとは長い付き合いだ。彼ならば……とユリウスは信じている。

否、信じて疑わない。

 

 

 

そうして、ヴィルヘルムとの会話を切り上げた後、ユリウスは前を見た。

丁度、スバルとレムの乗った地竜が、他とやや間隔があいたの良いタイミングで、ユリウスは自身の地竜を操り、その横で並走。

 

 

「君にも、礼を言わねばなるまいね」

「うおっ!?? いっきなし、後ろから声かけてくるんじゃねーよ! ビックリするだろうが」

 

 

スバルは、過剰気味に驚いて見せた―――が、それは嘘だ。

クルシュが居れば1発でバレる安易な嘘。

 

まだ、素直に面と向かって話をする事に抵抗があるからこそ、持ち前の過剰反応と声の大きさで気持ちを誤魔化した。

直ぐ傍にはレムが居るのだ。英雄を目指すと宣言した。こんな自分でも愛してくれると言ってくれた大切な人が傍にいるのだ。

あまり、格好悪い事は言ってられない。

 

 

 

レムも、恐らくはスバルのその所作については解っている。理解している。

ユリウスと何があったのかは、レムも聞き入っている。もしも、自分の前でそんな事があったら――――と考えてしまったら恐ろしくもなるが、どういう意図で、そして何を齎してくれたのかを考えれば、……例え事実は変えられず、その事実に対し複雑であったとしても、感謝しかない。

 

口元を軽く吊り上げてレムは微笑む。

スバルもレムも似たモノ同士なのだ。何処となくそれが解り、心から繋がれたと思い、そして幸せを感じていた。

 

 

 

 

「それはすまなかった」

 

 

ユリウスは出鼻を挫かれた……と思う事無く、淀みが一切なく、流れのままにスバルに告げる。

 

 

「此度の白鯨討伐。……本来であれば王国騎士団が果たさなければならない宿願だった。各国が長年に亘って放置してきた厄災に終止符を打った事に、感謝を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむっ、ツカサきゅん。今意図的にフェリちゃんの邪魔した?? スバルきゅんとユリウスの間に入ろーとしたの止めたでしょっ!?」

「あ、あははは……、やっぱり解っちゃいました?」

「当たり前じゃにゃい! だってだって、あくまで白鯨討伐はカルステン公爵の主導―――クルシュ様のお手柄にゃんだよ! 誤解されちゃったら困っちゃうじゃんっ! それと討ったのはヴィル爺、それも大事! ―――確かに? ツカサきゅんも戦果としてはトップに立つ男の子にゃけど、重要なのっ! いっくら、ラムちゃんが睨んでも、ここは譲ってあげにゃーい!」

 

 

ぷりぷり怒ってるフェリス。

いつの間にか絶対零度の様な視線を向けるラム。

 

クルシュの有益に関してはどんな事があっても譲る気が無いフェリスは、今回に限ってはラムの威圧に対しても真っ向から受けて立つ様だ。

 

 

「オレもスバルも、そこは固執するつもりは無いよ。形式上、決めなければならないのであれば、オレは喜んで辞退する。エミリアさんには悪いケドね。……でも、今回のに限ってはそんなものじゃないんだ。ユリウスとスバルの関係の事だからね。いつまでも忌諱してられない事はスバルだって解ってる筈だ」

 

 

そういうと、ツカサは2人の背中を見た。

口元は当然見えないから、何を言っているのかまでは聞き取れないが、恐らく会話は進んでいる事だろう。

 

 

「バルスのバカが無謀にも、ユリウス様に勝負を挑んでボコボコにされた。これ以上恥を晒すような真似をレムの前でもするなら、ラムが矯正してあげるわ」

「あはは、大丈夫大丈夫。きっと、大丈夫」

 

 

 

何も心配いらない。

ツカサはそう言って笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――どっちかってーと、兄弟の戦果の方がでけーから、オレなんざ霞んで消えちまうよ」

「……例え、力で彼に敵わなかったとしても、君の存在が白鯨の討伐、その為の大きな原動力になった事には間違いない。きっとそれはこの場に居る者全員、クルシュ様やアナスタシア様もお認めになる筈。一翼を担った。君のおかげで、もう人々は霧に怯える日々を忘れる事が出来る。―――感謝を」

「…………」

 

 

解っている。

スバルも解っているんだ。

本当の意味で、感謝をしなければならないのはどちらなのかを。

 

 

「オレも、ありがてぇと思ってる。援軍を寄越してくれた事も、それに―――王都での事も」

「……? 手酷く痛めつけて、その上で痛めつけた相手に有難い、と思うのかい? キミは」

「オレに んな趣味はねーっての!! お前だって解ってそれ言ってるだろっ!??」

 

 

ユリウスにとっては大真面目だったのかもしれないが、その軽口が、最後のスバルのシコリを取り除く。

もう、何も止めるものは無い。

 

 

「あん時、騎士を軽んじた事は、オレが悪かった。強い想いや勢いだけじゃ無理だった。……謝ります」

「――――こちらこそ。非礼を詫びよう。あの時の言葉と、その行い。全てを撤回する事はないが」

 

 

ユリウスは、あの時の事を振り返る。

 

丁度後ろに居るスバルと同じ異国の男。

王都に希望を齎してくれた英雄。

実際に剣を交えたからこそ解るその頂。

 

スバルとどうしても比べてしまうのだ。

 

だからこそ、今この場で心から詫びなければならない。

 

 

 

「君を侮った事だけは、……心から」

「ッ―――――」

 

 

 

それが口から出た出まかせでも無ければ、軽い言葉でもない。

最優の名を持つ騎士からの、心からの言葉に感銘を受けるスバル。

 

 

軽く俯き、そして頭をかき……いうか言うまいか、迷っていた事柄を。今決意をして口に出した。

 

 

「お前は、何の事か解らないって言いそうだが、それでも聞いてくれ!」

「――――? ああ、聞こう」

「お前は、命の恩人だ。……オレ達兄弟の命の恩人。感謝しなきゃならないのは、オレの方だ。……随分、言うの遅れてちまったが」

 

 

 

手足を見る。そして最後の額の一撃はツカサが防いでくれたのは違いないが、紛れもなく精神に来る一撃だった。

 

 

「手足折られた挙句に、頭まで割られそうになるわ、歯ぁ折られるわ、ボロッボロにした相手が命の恩人とか、何トチ狂ってんだ? って案件かもしれねぇ。……それでも事実なんだ。……だから、感謝してる」

「…………」

 

 

確かにスバルが言う様に意味が解らない、何の事か解らない、と客観的に本当の意味で知らない者が聞けばそうなるだろう。

打ちのめされた姿は、最早知らない者の方が少ないのだから。

 

それでも感謝の言葉を打ちのめした相手に打ちのめされた側が言った。

 

 

そして、スバルは解らないだろう、と言っていたがユリウスには、その意味は解っていた。

 

解ったからこそ、だからと言ってあそこまで痛めつけて、痛めつけた相手に逆に感謝をされる事になろうとは思いもしなかったから、言葉が見つからなかったのである。

 

 

「はい!! 感謝の言葉はここまで!! ユリウスには無茶苦茶感謝してたとしても、だ! だから、感謝=好きって、なる訳でもねーからな! ……オレはお前が嫌いだよ最優の騎士。……物凄く」

「………ああ、そうだな。それで良い。私も君と友人になれる気はなかなかしないのだから」

 

 

 

吹っ切れたようなスバルを見て、ユリウスは笑って見せた。

友人になれるか否か、それをこの度の戦いで見極めようと、心に決めながら。

 

 

「兄弟の友達は友達、と言う訳にはいかなかったのか? スバル」

「う、うっせーよ! しゃーねーだろっ! 男には色々とあるんだよっ!」

「ハッ、取るに足らない、魔獣畜生にも劣る自尊心(プライド)なんて、バルスには必要無いわ」

「相も変わらず毒舌絶好調だな、姉様!! 兄弟と一緒について来れて、心底嬉しいってか!?」

「はいっ! レムも嬉しいです。スバル君や姉様、ツカサ君と最後まで一緒に居られて。スバル君の吐息も、くすぐったいですが、もうレムにとってはご褒美になってます!」

「っっ~~~~!! そ、それはそれで恥ずかしいから、次から口に出す前に申告してくれ、レム!!」

 

 

ツカサが合流し、途端に賑やかになる。

メイザース家のお抱えメンバー、エミリア陣営は、数にしてみれば少数ではあるが、底知れないナニカを、ユリウスは垣間見た気もした。

 

そして、白鯨にも勝るとも劣らない世界にとっての厄災を退けに行く戦いの前とは思えない程の陽気さ、お気楽さも。―――それが、何よりも頼りがいがある、と言うものだ。

 

そして。

 

 

「―――見えてきたな」

 

 

 

景色が変化した。

朝を迎える街道の彼方に、薄く見え始めたのは緑の木々。

長い長い平原の終わりと、ロズワール邸やアーラム村を囲む大森林の入り口。

 

それは、魔女教との総力戦。あの狂人と再び相まみえる機を迎える事を意味する。

 

 

 

「リカード、ユリウス、ヴィルヘルムさん」

 

 

 

ツカサは先頭組に走っていて、尚且つ皆の指揮者でもある2人に声をかけた。

集団で、このまま森へと突入するのは目立ちすぎるからだ。

 

あの時、オットーと共にこの森へと足を踏み入れた後、暫くして直ぐに連中に見つかってしまった。

 

あの時とは状況が違うとはいえ、万全を期す必要があるから。

 

 

 

ツカサの指示通り、森の入り口にて警戒を強めながら、討伐隊は歩を止めた。

 

 

 

「ん――――、じゃあ、ラム。やるよ」

「ええ」

 

 

ランバートから降りると、軽くその頬と頭を撫でる。

応えるかの様に、ランバートは、ツカサの手に己の頬や頭を擦り寄せると、離れていった。

 

 

掌に神経を集中させ、マナを集中させた。

 

数秒後、逆巻く風が沸き起こる。

それは、ほんの僅かな害意の稚気すら感じられない、寧ろ心地良い朝の風――と思える程のもの。

 

 

「テンペスト」

 

 

ツカサがそう呟くと、まるで閃光が走り抜けたかの様に、彼の手の中の風が周囲に散らばった。

 

木々を躱し、岩や倒木を縫い、風を追い越しながら、この森林の隅から隅まで、余す事なく広がり続けた。

 

 

 

そして僅か数十秒後――――。

 

 

 

「いた」

 

 

 

早速ツカサの風の結界が感知した様だ。

目を見開いた。

 

 

「ラム。森の西側。……例の洞窟に居るのは間違いなし。そこから少し南に……行った所にも控えてる」

「了解――――――」

 

 

ツカサの言葉を聞きつつ、ラムも千里眼を発動させた。

彼女と波長の合うモノと視界を共有する能力。

波長が合えば、森の生き物、魔獣をも含めて全てと視界を共有する事が出来るのだ。

 

そして、更に付け加えると、ツカサに介して千里眼を施す事で、ツカサのテンペストと連動させる事も出来るのだ。

どう言う理屈なのかは正直不明。

 

クルルが出来ると言い、ラムは愛の力だと断言し、ツカサはより強く繋がる事が出来たと喜んだ。

 

 

サーチ能力は、更に精度を上げた。

テンペストで触れた生き物の中のラムと波長の合うモノを優先的に千里眼で映しだす事が出来る。

 

 

 

だから――――。

 

 

 

「見えたわ」

 

 

 

あの黒装束の集団を最短にして迅速に見つけ出す事が出来るのだ。

 

 

 

「王国の潜入任務とかがあれば、ツカサきゅんとラムちゃんにぜ~~んぶ、依頼した方が良いにゃん、って騎士団長に進言した方が良いレベルだよね~、これ」

 

 

呆れる程の精度に、最早笑うしかないのはフェリス。

軽口を言えてるのはフェリスだけであり、他の者達も感銘・感心・感動等を余裕で通り越して、呆れるしか出来ない、と言うフェリスの意見に同調する勢いである。

 

 

 

「呆けてるのは結構だけど、皆にも覚えて貰うんだから。―――ユリウス、頼むよ」

「ああ、承知した」

 

 

続いて、この魔法には続きがある。

 

ラムの千里眼とツカサのテンペストが繋がり、更なる外部からの駄目押し。

 

最優の騎士ユリウス・ユークリウスの力がそこに加わる。

 

 

男女の愛の力を前に、無粋極まるとユリウスも思わなかったと言えば、嘘になるかもしれないが、常に最善を尽くさなければならないのも事実だから、何も言わず行使した。

 

因みに余計な茶々をスバルは入れたりしていたが、もれなくラムからの駄目だしと言う名の一撃を受けて、弾き出されたりする。

 

 

「イン、ネス。―――ネクト」

 

 

ユリウス・ユークリウスと言う騎士。

嘗てツカサと相対した時に見せた真の実力は、身体能力の高さや剣の腕だけではない。

 

 

六属性全ての準精霊を操る《精霊騎士》その姿こそがユリウスの本来の姿だ。

 

 

そして、ネクトとは陰陽を司る準精霊インとネスの力。

系統魔法を掛け合わせた言葉を介さずとも、他者に伝える事が出来る高等魔法である。

 

 

 

『バルスの役立たず、死になさい、でも、ツカサが苦しむのは駄目。バルスの役立たず、死になさい、でも、ツカサが苦しむのは駄目。バルスの役立たず、死になさい、でも、ツカサが苦しむのは駄目。バルスの役立たず、死になさい、でも、ツカサが苦しむのは駄目。バルスの役立たず、死になさい、でも、ツカサが苦しむのは駄目。バルスの役立たず、死になさい。死ぬ手前まで行きなさい』

『スバル君と共に在りたい。……出来る事なら、レムも一緒に戦いたい。いつまでも一緒に。離れるのはとても辛いです』

 

 

「うおおおおお!!!! なんだこれなんだこれ!?? つーか、言葉にしなくても基本毒舌全開なのかよ、姉様は!! レム! ありがたいけど、今回に関してはマジで村の皆と一緒に聖域に誘導の役目は全うしてくれ! 頼むから!」

 

 

届くはずのない距離と心の思念波がとんでもない勢いでスバルに流れてきた。

比較的に近かったからか、特に鬼姉妹の心の声は大音量だ。

 

そして、やや遅れて……

 

 

『なるほど、凄まじい力です。力を合わせるとここまで強大なものに成り得るとは……、まだまだ学ぶべき事が多い。……だが、今は魔女教徒の位置を確実に把握する事に集中を』

『これ、頭もしんどいわ。あっかんなぁー、あんな兄ちゃんが頑張ってくれとんのに、頭に加えて傷しんどくなってきたとか、情けない事極まっとるわ。泣き言いっぺんでも聞かれたら、傭兵引退もんやで、これ』

『おおお、たのしそーだな! すごーー景色見える! すごーーー!! ミミ、空飛んでる!? すごーー!! すごーー過ぎて、お腹空いてきたーーー! リンガたべたーーい』

『集中しなければならないのに、お姉ちゃんがお腹空かせた顔になっちゃってます。……僕がこんなに苦労しちゃうのは、お兄ちゃんがいないから。甘やかしたらいけないのに、甘やかさないと面倒になる気がするのが辛い所です』

『ご命令だから仕方にゃいけど、クルシュ様が心配だにゃー! 色んな意味で? ツカサきゅんの事狙っちゃってるって……、側近として?? 戦力として?? にゃよねにゃよね?? …………まさか、まさかにゃけど、ツカサきゅんが嫁に来るとか……?』

 

 

 

「くぅうぅぉぉっぉ!!」

 

「スバル。どうやら君は精霊との親和性が高すぎる様だ。だが今は、情報を皆に伝えるのを優先させるから、深呼吸をして耐えてくれ」

 

 

スバルだけが盛り上がってしまっている様だが、生憎全員がスバル程では無いにしろ、森全体の情報が入り込んでくる。ツカサのテンペストで感じられたモノが、ラムの千里眼で見た光景が、頭の中に入り込んでくるが故に、中々に混乱している状態だ。

 

 

 

 

 

だが、その苦行を乗り越えた先に、得られるモノの大きさは計り知れない。

 

 

 

 

「敵さんの拠点が完全に解ったわ。……更にゆーたら、どうも村に紛れ込もうとする気満々の不届きモンもおるみたいやな」

 

 

敵の位置を完全に把握。

更に言えば、ツカサが言っていた敵か味方かまでの区別はテンペストでは無理だ、と言っていたが、それをラムの千里眼がカバーしてより完璧に仕上がった。

 

 

「……魔女教(アイツら)に紛れるなんて、随分解りやすい。全く隠す気が無いのか、って思うくらいだ」

 

 

ツカサもぎりっ、と歯を喰いしばる。

行商に化けた魔女教の姿もハッキリと解った。顔に焼き付けた。

化ける事によって、何をしようとしているのか。……簡単に想像が出来る。

 

 

「魔女教幹部。―――総大将と思しき存在だけは確認出来ませんでしたな」

 

 

ヴィルヘルムがそう呟くが、その点はツカサが抜かりない。

いや、ツカサだけじゃない。レムもラムも、スバルも解っている。

 

 

「怠惰の居場所は大体検討がついています。……一先ず、最短で安全に村に急行。エミリアさんにも同時進行で説明して、万全の準備で、敵を殲滅しましょう」

 

 

悪辣なる怠惰ペテルギウスの姿を、千里眼であっても写さなかったのは、僥倖と言えるかも知れない。

 

怒りで、どうなるか解らないから。

 

そして、その怒りはスバルにも覚えがある。

潰された亡骸。

涙と血でグチャグチャになった正視できない程傷付けられた子供達。

 

女子供まで惨殺し尽した魔女教徒。

 

 

 

そして、2度も(・・・)―――エミリアを殺した。

 

 

 

 

「つまり、連中を丸裸に出来たって訳だ。………次はオレ達で何もかも先回りして潰す。地獄を見た分、10倍にして、返してやろうぜ」

 

 



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小さな勇気

バトルpartはまだデス。

怠惰ぁぁぁぁぁぁ(/・ω・)/


 

さぁ、ここから魔女教連中を蹂躙だ!!

やられたらやり返す。10倍返しだ!!

 

この世界線ではまだ何もしてない?

 

答えはNOだ。

 

存在するだけで悪。

綺麗事抜きに、本当にそんなモノが存在するとは、笑ってしまうと言うもの。

連中が暴れまわり、幾多の悲劇を生み出し続けたか。

魔女と言う名の免罪符にもならない単語を用いて、種族が同じである、と言う理由だけで、ハーフエルフも嫌悪され続ける歴史を彩って……、そして世界の未来では、必ず悲劇を起こす。

アーラム村の壊滅、エミリアの死……そして怒りに震える巨獣による世界への八つ当たり。

 

そのトリガーが、怠惰なのであれば、最早万死に値する!

 

 

 

と、このまま殴り込みをといきたい所だが、更に万全を期す為に作戦会議はまだ続く。

 

以前ツカサも言っていたが、今回はただ殲滅出来れば良いと言う問題ではない。大切な人を、皆を守る事が出来なければ意味が無い。

誰一人欠ける事を良しとしていない。

 

400年もの間、世界に対して多大なる被害を齎し、悲劇を生み続けてきた魔女教。その一角相手に、あまりにも甘すぎる考え、と思われるかもしれないが、ツカサはそれを譲らない、当然スバルも同じく、である。

 

そして、この場に集った者たちの中で、その考えを変えさせようとする者など皆無。

犠牲はつきものだと説き伏せる者も皆無、である。

 

戦に挑み、その結果おとしてしまう命ならまだしも、此処から先に居るのは平和に暮らしていた村人だ。弱肉強食の理の世界とは違う。

 

 

 

「なぁ、せっかく懐にスパイがいるってわかったんだ。上手く逆手にとって、偽情報を掴ませれば、とりあえずエミリアたちを安全に逃がす時間が作れる、って思うんだが」

 

スバルの提案に、皆が注目する。

少々怪訝そうな顔をしているのはリカード。

 

魔女教連中の位置も完全に把握し、奇襲をかける事だって容易だ。これだけの条件下の中であれば、このまま攻め入っても犠牲者を出さずに殲滅、は十分可能だろう、と。

 

 

「あー、勿論。兄弟や皆の力なら、連中を一網打尽に出来る。全く疑っちゃいねーんだけど、……それでも、何よりも助けるべき命を優先させてくれ」

「反対する理由は一切ないよ。スバルが先に言わなかったら、オレが言うつもりだった。顔が割れた、だからさっさと始末する、ってなったら、あの連中の動きが読みにくくなる。最悪、この森の外からの増援とでもなったら、より危険になるからね。把握出来たのは、あくまでこの森の中だけだから」

 

 

魔女教の実態は、正直な所不明確な所が多い所。

あの白鯨も魔女教に関連する魔獣なのであれば、あんな神出鬼没な大魔獣まで飼っている事になる。……森の外から一気に増援が押し寄せてくる、なんてパターンも決してないとは言い切れないだろう。

戦える者達であれば、捌く事も出来るだろうが、乱戦にでもなってしまえば、必ず犠牲者が出る。そして、真っ先に犠牲になるのは村人たちだ。……それも、力のない女子供から犠牲になるだろう。

 

 

皆が一様に、スバルの案に頷いた。

 

 

「間者への対策は問題ない、と私も判断する。どういった偽の情報を流すかは、君に一任して良いのだろうか」

「スゲー不安な言い方だな、おい。……不安かもしれねーけど、小賢しい頭で考えてやっから信じれ。それに、レムが一緒だからな。ヘンだと思われた時点で、横っ面ひっぱたいてもらうわ」

 

 

スバルは、ちらりとレムを見た。

頼りにされている意図をくみ取ると、レムははち切れんばかりの笑顔をスバルに向けた。

 

 

「レムレム。バルスってば、とんだマゾ野郎だから、鬼化の力使って気付けしてあげなさい」

「はい姉様。頑張ります!」

「ちょいまてちょいまて!! オレの頭が吹っ飛んじゃうパターンじゃねーか、お手柔らかに、お手柔らかに頼むぜ、オイ!」

 

 

レムの鬼化全開のビンタ。

如何にレムの身体が万全ではないとは言っても、そんなものを、軟弱貧弱生身な極々一般人の身体能力なスバルが受けてしまえば、良くて重症、大体即死だ。

 

 

「ラム。この……少し離れた位置、結界の周囲を見回ってるのは……フレデリカさんで間違いないよね?」

「――――ええ。顔をフードで隠しているけど、間違いないわ」

「屋敷の外に出てきてくれてたのは、運が良い。彼女とも合流して、現状を伝えておきたい。その足で、エミリアさんの居る屋敷に向かう、って手筈で。だから、村に入った後は 二手に分かれて行動をしよう。間違っても、連中の警戒網に引っかからない様にね。―――……あの間者の顔は焼き付けてるし、テンペストはかけたままにしておくから。動いたら、直ぐに解る」

 

 

広範囲の探索魔法をこのままキープし続ける事に、ぎょっとするのはフェリスだ。

 

 

「そーんにゃ、ものすっごく魔法を使い続けるのにゃんて、ツカサきゅんのマナ、大丈夫にゃの? 空っけつになっちゃったら、後々が大変だよ??」

 

 

フェリスの言う通りだ。

現在、ツカサの存在はこちら側でも最大戦力。

安全を意識するあまり、本番の戦いで力を発揮できないのであれば、本末転倒も良い所だ。

仲間を信じてるから~~と美談に持っていけるかもしれないが、それでも最善と過剰の分別はつけて置くべきだろう。

 

 

「ありがと、フェリス。大丈夫だよ。……無理する、させるのは、コッチ(・・・)だって言ってた通り、頑張って貰うから」

 

 

そういうと、ひょいっ、と取り出した(様に見える)のはツカサの精霊クルル。

その特徴的なエメラルドに輝く耳をピコピコ動かして、《聞いてないよーー》みたいな表情をしている気がするが、耳の動きが愛玩動物過ぎる、とスバルが目を輝かせたりしたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女教の森の中での警戒網を突破し、結界を確認しているフレデリカとも問題なく合流、そして村へと到着した。

ただ、件の間者には動きがあった。どうやら、一足先に村へと向かった様なのだ。

それが何を意味するのか解らないが、単独で動く所を見ると、ただ紛れ込む(・・・・・・)だけだと言う方が公算が高いだろう。

 

 

「如何にカルステン家より、同盟に関する親書を受け取っているとはいえ、突然の武装集団で押しかけてくるとは、少々肝が冷えましたわ」

「それについては申し訳ない。……事が事、なので御叱りはまた後に。……全てが終わった後にしてくれると助かるよ、フレデリカさん」

 

 

だが、森の見回りをしているフレデリカにとってしてみれば、突然の訪問。おまけに大人数。カルステン家の一団は勿論、鉄の牙の傭兵、ユーリと偽ってる近衛騎士のユリウスに、青のフェリス。

驚くな、と言う方が無理がある。

 

 

「ラムの姿を見たら疑う余地はないと判断するのが普通の事よ。フレデリカの対応に問題があるのであって、ツカサが気に病む事は無いわ」

「あらあら、より強くツカサ様とは結ばれた様ですわね、ラム」

 

 

ツカサに対して、御叱りは後、と言う旨を了承しようとする刹那、ラムが割って入ってきた。偶然なのか、トンデモナイ嗅覚なのか、恐らくツカサ関連であれば、ラムの嗅覚はレム以上なのだろう。

 

 

 

「軽口はそこまでよ。これからエミリア様に伝える事は解っているでしょうね?」

「はぁ。その軽口を始めたのはラムからですのに。……解っておりますわ。森に潜む不埒者を排除する為にも」

 

 

 

フレデリカも、森の異様な気配については、何となくではあるが察知をしている。

こういう時は、ラムの千里眼の方がより鮮明に、ハッキリと調査出来る事ではあるのだが、生憎ラムは不在だった。

だからフレデリカがより注意深く村や結界を見回る日課を増やし、更にはエミリアも自発的に見回る回数を増やして対応していたのだが……、何一つ引っかかる事無く、口に出す訳にはいかないが、少々不安を覚えていた矢先の事。

 

口では肝が冷えた、と称しているが、先頭に居るスバルやツカサ、そして勿論ラムとレムの姿を見て、心底安堵したのが本心だ。

―――先輩メイドとして、その様な情けない姿は見せなかったが。

 

 

 

そして、少し進んだ後に、村の入り口へと到達した。

当然、ここまでの騒ぎだ。村人の気付いている。武装集団に不安げな顔を向けていたが。

 

 

「――――おい、あれって、ツカサ様じゃないか?」

「本当だ。ツカサ様、それにラム様。スバル様とレム様も一緒だ! 戻られたのか」

「あーーー! スバルだーー! ツカサだーーー!! 帰ってきたーー!」

「空中相撲の決着だーーー!」

 

 

ラムが言っていた様に。

信頼している人達の姿を見れば安心すると言うものだ。

見ず知らずの集団が、心底信頼している人が率いている集団となって、警戒を解く事が出来た。

 

命を懸けて村を守り、子供達を守り、平和と平穏を齎せてくれたあの魔獣騒動の手柄は、思いのほか大きい。

ウルガルムだけでなく、ギルティラウから岩豚とトンデモナイ数の魔獣を撃退したのだ。いう人がいえば、当然と言い切るかもしれないが。

 

 

「……ここから、大変だよスバル」

「あぁ、解ってるよ」

 

 

ツカサとスバルは表情にはなるべく出さない様にしたが、気を引き締めなおした。

 

 

フレデリカと合流した時に、聞いている。

村の安否が気がかりとなり、一先ずロズワール邸へ避難を呼びかけに村へと降りたエミリア。

あれ程までに、村に降りるのを躊躇っていたエミリアだったが、村が危険だ。自分以外の誰かが脅かされる、ともなれば行動は早い。躊躇いも無い。

 

だから、皆の元へと向かった。

今回は、あの認識阻害のローブは持っていない。ありのままのエミリアの姿を見せて。

 

 

そして、帰ってきた答えが―――。

 

 

【王選の話は聞いております。―――貴女の素性がハーフエルフであることも】

 

 

危険が迫っている。

それが解ったとしても、その原因は何故なのか? 

何故、こんな辺鄙な村を襲う必要があるのか?

あまりに無意味で不可解。……ならば、原因は決まっている。

ハーフエルフの存在が全てだ。

 

平和な村を脅かされるその怒りを、家族に危害が加えられるかもしれないと言う嫌悪を、全て目の前の少女エミリアに向けたい所ではあったが、そこまでは至らなかった。

 

村人にも良心と言うものもある。

 

 

「貴女の言葉には従えません。――それが私達の総意です」

 

 

正面だって申し出を断る事にした。

背を向け、顔を背け、視界に入れない様にする事にした。

関りさえしなければ大丈夫だ、と己に言い聞かせる様に。

 

 

 

準備は着々と進められている。

アナスタシアの計らいも有って、揃えられた竜車の数々。

村人皆を乗せるだけの数は揃えられており、後はラムが言う様に少しでもリスク分散させるため、王都行と聖域行へ分ける。

 

王都に入ってしまえば、クルシュが居る、近衛騎士も居る。間違いなく身の安全は保障されるだろう。カルステン家の計らいも有れば、衣食住にも困らない筈だ。

 

そして聖域。

詳しい場所は知らないし、内情も解ってないが、そこにロズワールが居る、と言うラムの言葉が全てだ。

彼ならば、領民の身の安全は、己の責を以て保証してくれるだろう。そして、災いを打ち払うだけの力も持ち合わせている。王国筆頭魔導士の冠を持ち、青以外の全ての色の称号を持つ男なのだ。

此度の魔女教討伐戦や白鯨討伐戦で参戦出来なかったのは悔やまれるが。

 

 

問題解決に向けて、もう走り出している。

後は、物理的な問題じゃない。……人の心に起因する問題が残っている。

 

そう、彼らの説得だ。

 

 

エミリアに対しては一切聞く耳を持ってくれなかった。

歴史を鑑みれば仕方ないのかもしれないが、スバルにとっては、何よりも我慢ならない事柄の1つ。

魔女なんて知らない、ハーフエルフなんて知らない。ただのエミリアしか知らない。ドがつく程のお人よしで、何でも前のめりで一生懸命、時折柔らかく笑って見せる姿は万人を魅了すると言ったって良い。

そんな少女の顔が暗く、沈み、淀んでしまう。それがハーフエルフ。切っても切れない魔女との関連。

 

王選でも嫌と言う程聞いた。

 

 

だが、それを村の皆にぶつけるのは間違っている。

村の皆の中では、それが常識として根付いており、―――ある意味では証明もされているから。村の壊滅と言う最悪の未来を視てきたからこそ、解る。

 

 

「ツカサ様、スバル様」

 

 

そんな中、先に歩を進めたのは《ムラオサ》と呼ばれ、それでいて村長職とは無縁のご老人。

いつもの惚けた年寄り風な装いが、完全に消されており、ただただ毅然とした様子で前に立った。

 

 

「物々しい方々をお連れになったのは、有事に備えての事ですかな。……既に、フレデリカ様から聞き及んでおります。―――同盟、そして森に怪しげな気配がある、と」

「…………」

「い、いや、それは……!」

 

 

スバルが何か言いかけたが、それを制するツカサの手。

そして――。

 

 

「もう、誤魔化すのは止めてください! オレ達だってとっくにわかってます!! ……ある意味、覚悟を………っっ」

 

 

悲痛な声を上げたのは青年団の若者。

村での魔獣騒動の際にも、共に戦った間柄でもある。

 

 

青年の言葉で、完全に決壊をした。

口々に、森に潜む存在の正体。言葉にすら出したくないもののの、正体を口にする。

 

 

《魔女教》

半魔(ハーフエルフ)

 

 

 

不安と恐怖を我先にと分かち合う。

 

3度、この村には悲劇が起こった。

パックが暴れ出し、問答無用でスバルが殺されて戻った1度目。

原因を追究しようとして、パックと相対した2度目。

アーラム村へと戻り、エミリアの安否こそ確認は出来たが、村は壊滅していた3度。

 

 

皆が不安だったからこそ、最善の手段を取る事を拒んだ。……その差し出される手が、災いを齎すモノの手だと思ったから。

 

 

 

「少し、聞いてください。……オレ、皆に嘘をついていました」

 

 

 

そんな時に、ツカサの言葉が静かに、小さく響く。

予想外の言葉。《嘘》と言う言葉に、恐怖で縛られかけていた皆だったが、僅かにほどけて、注目する事が出来た。

 

 

 

「オレは、隣国の大魔法使いなんかじゃありません。……ロズワールさんの計らいで、そう名乗っていただけなんです」

「! そ、それは一体どういう……?」

 

 

 

以前伝え聞かされていた身の内話が嘘だった。

それに対する驚きは勿論あるが、一体、この告白に何の意味があるのか、そちらの方も気がかりだ。

そして、悪い方へと想像を膨らませてしまうのも無理はない。魔女教や魔女、ハーフエルフとこの村を救ってくれた大恩人であり、英雄であり、村の一員でもあるツカサが繋がってしまっているのか? と否定したくても、疑いたくなってしまう。

 

 

 

 

―――そして、その後に語られた話。ツカサの口から語られた身の内話は、誰もが予想してなかった事柄だった。

 

 

 

 

王都にて、話を聞いていた者以外は、まだ伝わっていない話。

記憶障害があり、自分が誰かも解らず何処から来たのかも解らない。

 

 

「何も解らず、暗闇に居たオレでしたが、こうして温かく村に迎えられて。皆が手を取ってくれて、離さないでいてくれて。―――迎えられたからこそ、オレがオレで居られてるんだ、って思ってます。凄く偶然で幸運で……身に余る程光栄で……」

 

 

両手を見ながら、ツカサは更に紡いだ。

当然、次に思うのはあの屋敷に居る少女の姿。

 

 

ハーフエルフと言う名の宿命。

魔女に似た容姿と言う呪い。

 

それを背負って懸命に前を歩こうとしている少女の姿。

 

 

 

「―――彼女は、今も尚、闇を彷徨ってます。……記憶が無いからこそ、安易には言えないかもしれません。でも、オレが、エミリアさんの為に、出来るのは、これだけしか、なくて」

 

 

 

そういうと、ツカサは90度上半身を折って、頭を下げた。

 

 

 

「どうか、彼女を、エミリアさんを助けてあげてください。彷徨って、迷子になって、悲しみに暮れている彼女に、手を伸ばしてあげてください。……彼女は悪い子なんかじゃない。温かく、オレを迎えてくれた内の1人、なんです」

 

 

 

 

記憶が無い。刷り込まれてない。

だからこそ、世界に刻まれた魔女の恐怖を真の意味で知らない身。

 

だけど―――まだ出来る事はある。

 

 

「村の皆に、出来る事。――――必ず、皆を守ります。オレの全てに懸けて、皆を守ります。怖がらなくて良い。もう、大丈夫なんだ、って心から思える日を目指して、身を粉にして戦います。―――だから」

 

 

 

 

ツカサの言葉に、もう何も言えない。

支持表明をしたロズワールに、そして元凶でもある魔女に。ハーフエルフに、エミリアに、口々につく悪態は完全に消え失せている。

 

 

ただ、思うのは、ほんの少し前の事。

 

 

村の最前線で、魔獣の脅威から皆を守ってくれたあの大きな大きな背の人。

とても明るく、優しく、それこそ太陽の様な人。

 

 

だけど、今、彼はあの頃の姿とは程遠かった。

 

 

返しても返しきれない恩、とさえ思えた人の姿を、こんな風に、悲痛な想いを背負わせる様にしたのは、一体誰だろうか。

 

 

皆が一様に言葉を発する事が出来ない状況で、ざんっ!! と大きな音を立てて動いたのは横にいたスバルだった。

 

地面に手をつき、頭を思い切り地面に叩きつける。

 

 

 

「頼むよ、皆。―――オレからも、お願いします」

 

 

 

言葉は短めに、懇願の姿勢を示す。

スバルにも言いたい事は沢山ある。

エミリアの事を、沢山言いたい。

一緒に笑い合える子だと、そして他の誰でもない、彼女こそがそう思っていると。……皆の不安が紛れるなら、と自分に矛先を集めさせて我慢をしているんだ、って事。

 

何より、他人の為に損をする事ばかりを選んで、自分が傷つくだけで済むのなら、迷わずそうする姿を。

 

言葉にするのは容易いかもしれない。

だが、今は言葉よりも誠意を以て相対する事を選んだ。

 

自分程度が頭を下げた所で、一体何になるのかはわからない。

だけど、ツカサ1人に頭を下げさせて、何もしないのは許せなかった。

 

 

 

そんな時、だった。

 

 

 

 

 

「どうして? どうしてみんな、話を聞いてあげないの?」

 

 

 

 

ひどく真っ直ぐで、真っ正直で、全く飾り気のない一言。

幼い子供の声。

 

頭を下げた為、姿は見えない。でも声を聞くだけで解る。

赤みがかかった茶髪の少女、大きなリボンを結わせた少女、ペトラだ。

 

 

「こんなに、たくさん、たくさん困った顔してるツカサなんて、泣きそうな顔なんて、みたくない。スバルだって、そう。いっつも楽しそうに笑うスバルの方が良い。わたしたちと一緒に、はしゃぎまわって、らじーお体操して……、そんなスバルの方が良い。……こんな、泣きそうな顔、わたしはみたくない。なのに、どうして助けようとしないの?」

 

 

 

飾り気がなく、真っ直ぐだったからこそ、他の誰よりも村人の心に深く抉る。

 

何より、ペトラ自身も辛く、悲しい事なのだろう。

 

 

 

助けてくれた2人。

遊んでくれた2人。

大切で、大好きな2人。

 

でも、今の姿は………。

 

 

 

 

《わたしは、みたくない》

 

 

 

 

金縛りにあったかの様に動けない村人の皆に変わって、ペトラが今一歩足を進める。

子供ながら感じた異様な雰囲気の中、小さな少女は、勇気を振り絞って前に出る。

 

 

 

 

「わたしは、助けてあげたい。わたしに、できることなんて、少ないのかもしれないけど……それでも!」

 

 

 

 

ペトラは、ぐっ、と目に滲んでいた涙を拭い去ると、完全にツカサやスバルの側に立つのだった。

 

 

 

 



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巨獣(猫)再び

「や~~、ジ~~ンとさせて貰っちゃったよ♪ ツカサきゅん!」

「……本心だから。言葉と決意。それが村の皆伝わって良かったよ」

「………う~ん、揶揄うつもりで行ったのに、にゃ~んか反応が違ってフェリちゃんつまんにゃ~い」

 

 

村人たちの説得。

 

最終的には、子供のペトラが振り絞った勇気に背を押された形となった。

まずは、村の子供達が我さきにと声を上げたのだ。

ペトラが前に出ると言うのなら、それに続かない訳が無い。リュカを先頭に、一目散に駆け寄ってツカサとスバルを囲んだ。

 

守ってくれる。その見返りがエミリアを助けてあげて欲しいと。

守らせて欲しい、と懇願して、その見返りがまだ幼気な少女を助ける事。……いや、助けると言うのも烏滸がましい。ただ、受け入れる事。

 

嫌悪し唾棄の念すら覚え、何よりも恐怖の象徴でもあるハーフエルフ。

 

そうじゃない。

ただのエミリアの姿を見て欲しい、と。

 

 

そして、地面に額を擦り付け、懇願するスバルの姿。

彼もまた、身体を張って魔獣から子供達を、村を守ってくれた内の1人だ。

上下の関係がある訳が無い。ツカサもスバルも、等しく大恩のある人であり、もう、皆信頼し、信用している筈なんだ。

 

そんな人に、人達にいつまでこの様な行動をさせるのか。

子供達が動いたのにも関わらず、自分達はそれでも尚拒絶するのか。

 

 

【あぁ、もう。しょうがないですね。ツカサ様も、スバル様も】

 

 

 

乱暴に頭をかきむしって前に出るのは、最初に不満を口にした青年団員の1人。

優劣をつける訳ではないが、やはり思ってしまうのはツカサの事。

 

 

ツカサの力は甚大だ。

村全体を覆いつくす土の魔法で、皆を守り、ギルティラウを筆頭に、岩豚やウルガルムと言った魔獣たちを蹴散らしたのを、村の住人は間近で見ている。

皆が助けられた。

あの時の村の防衛の殆どはツカサのおかげだ。ツカサが居なければ、犠牲者は確実に出ていた。……壊滅的な被害を被っていたと言っても良い。

 

そんな力を持つ人であれば、強大な力にモノを言わせて、従わせる方が圧倒的に早い。

王都にて、勲章を授与された、と言う話はもう聞き伝わっているし、権限を発令させたって良い筈なのだ。

 

だが、彼はそう言ったことは一切しなかった。

ただただ頭を下げ続ける。

 

スバルも出遅れたとはいえ、最初から最後まで地面に頭を擦り付けている。

 

 

【そんな一生懸命、守ってくれるなんて言われちゃ……仕方ないでしょう】

 

 

困った顔をしていたが、それでも何処か顔は晴れやかだ。

魔女教とハーフエルフ。世界に齎した被害を鑑みれば、絶望しかけたっておかしくない状況だった。

それでも、笑顔を取り戻す事が出来た。

 

 

【歳をとると嫌だね。なんだか涙腺が脆くなって……】

【本当に、困ってしまいましたよ。なんて脅し方をするんですか、まったく】

 

 

口々に呆れ半分な内容の言葉が飛ぶが、その声色には確かな安堵と温もりがある。それがハッキリと解った。

エミリアを拒絶する時の色は一切ない。それを感じる事が出来たからこそ、子供達が来ても尚、まだ地に額を着けていたスバルも顔を上げる。

 

 

【わっ、スバルの顔が真っ黒だよ!】

 

 

それに気づいたのは、ペトラだ。

 

 

【……ふふ、ふふふ】

 

 

ツカサもそれに気づいて、少し笑い声を上げた。

感慨極まる。願いを聞き入れてくれた村人に感謝をしつつ……。

 

 

【クルル。スバルを拭いて上げて】

【きゅきゅいっ!】

【へ? ぶわっっ!!!?】

 

 

顔を上げた真っ黒な顔目掛けて、此度スバルは初めての種類の攻撃?魔法を受ける。

それは水だ。顔面目掛けて水鉄砲を受けた。水系~と言えば治癒だったり、レムやツカサのヒューマ、インヴェルノと言った氷だったりなのだが、純粋に水をぶっかけられたのは初めてだった。

 

おまけに、クルルはテンペスト……否、規模の小さな風、ウインドを発動して顔を強制的に洗濯&乾燥。濡れた服も髪も完璧。

 

 

【ぶはっ、ぶははっっ!? い、いっくらなんでもあらっぽ過ぎるっ!?】

 

 

プルプルプル、と顔を振った時にはすっかり元通り。

 

目の中に確かにあった涙も拭い去るまでもなく、洗い流してくれていた。

 

色々と抗議! といきたい所でもあるが、此処は先にしなければならない事がある。

ツカサと目配せをしながら、改めて村人たちを見て。

 

 

【ありがとな、皆……】

【本当に、ありがとう】

 

 

2人でまた、礼を告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バルスは兎も角、肝心の話を何もしてなかったのは、ツカサらしからぬ事だわ。ええ、バルスは兎も角」

「ひでぇ!! 2回言った!」

 

 

場面は元に戻る。

感涙極まる村人たちとの和解の舞台。

確かにフェリスの言う通り、見る者が見れば感動する場面だと言えなくも無いが、結局の所いったい何をすれば良いのか、何をするのかが抜けてしまっているのも事実だ。

 

村人の皆とエミリアが仲良くなる―――まではいかずとも、拒絶をしない様に、助けてくれる様に取り繕う事は出来たかもしれないが、申し訳ない。今はそれよりももっと重要な事がある。

 

今迫る危険をどう回避するのか。

 

 

「ラムが傍にいてくれたから。ラムとレムなら、バッチリフォローしてくれる、って思ったんだよ」

 

 

ツカサは気恥ずかしそうにそっぽ向きながらそう言った。

それを聞いて、ラムは胸を張る。

レムもレムで、手を叩いて笑顔を見せた。

 

 

「当然でしょ」

「はい。微力ながら、これからもレムはお手伝い致します」

 

 

そう、このラムとレムがバッチリ後々の説明をしてくれたのである。

いたたまれなくなったスバル、ツカサを他所に、今回の損害に対する賠償の類は全てロズワールが持つ旨も伝えており、皆は身一つで王都・聖域へと逃げる算段だ。

 

聖域組には、ラムとレムが、王都組には ヴィルヘルムとフレデリカが夫々護衛についてくれる事になっている。

 

この時、聖域に向かう事に関してフレデリカが難色を示し、王都組へと変わった事が少々気になったが、あまり聞かない事にした。

 

 

「これが男としての差と知りなさいバルス。先は果てしなく長いわね。………見えないわ」

「ぐぅぅ……」

 

 

ツカサは恥ずかしい、と言いつつも、しっかりと隣に居てくれる人達の事を、ラムとレムを信じているから、と繋げた。ノータイムで。

それがその場凌ぎな上っ面な言葉じゃない事くらい、2人ともが解っているし、スバル自身もよーく解ってる。

感情的になりつつも、絶妙、天才的! と言わんばかりに回りに頼る事が出来るツカサの阿吽は最早芸術の域だ。

 

スバルにでさえ、ツカサは頼る場面が幾つもあった。

当然、それらが相手の自尊心(プライド)を満足させるだけの様な上っ面じゃないのは、身に染みて解っている。

 

ほんと、先が見えないと言うラムの言葉が痛い程突き刺さるのだが。

 

 

「こうご期待願う!!」

「はっ」

「はい! スバル君はレムの英雄ですから。いつも、いつでも期待をしていますよ!」

 

 

姉妹して、それも双子なのに、こうも反応が違うと言うのも面白いと言うものだ。

 

 

 

 

 

 

「にゃはは。ほーんと、これからやる事考えたら、あ~んにゃに和やかに話してられないって思っちゃうんだけどね~」

「……変に硬くなってない、って思ってくれる方向で宜しくお願いするよ」

「ほいほーい。そっちはべっつに問題にゃいんだけど、フェリちゃんはやっぱし、エミリア様を言葉巧みに騙して、村の人達と一緒に遠くに追い払う作戦、納得いかにゃいんだよね」

 

 

フェリスは、揶揄ってる声色を残しつつも、最後の部分に関しては真面目に答えていた。

作戦上では、怠惰の殲滅は問題ない。ここまで奇襲出来る形であり、更に間者の存在も対処しているから、穴が無いと言えばそうだ。過信する訳ではないが、絶対的な自信がそこにはある。後は、持てる全てを力に変えて、怠惰へとぶつけるだけだ。

 

 

「その言い方、スバルが聞いたら更に騒ぎそうになるな」

 

 

エミリアを言葉巧みに騙す。

傍から聞いてなくても人聞き悪い。

 

 

「だってだって、エミリア様を遠ざける必要があるのか、って問われたらにゃ~。……フェリちゃんは無い、って答えるもん。スバルきゅんは、ぜーんぜん曲げずな平行線だったけど、エミリア様には、戦う力だってあるし、この領地を護る理由だってある。……違う?」

 

 

純粋たる力を考えたら、パックと言う大精霊を擁するエミリアの戦力は当然ながら大きい。

前回ででも、村こそ守れなかったが、エミリアとフレデリカの2人で、怠惰と渡り合う事も出来ていたのだから。

 

―――だが。

 

 

「試練」

「??」

「あ、いや。……エミリアさんと魔女教を関わらせたくないのはオレもスバルと同じだよ。単なる力だけで、解決できるような事じゃない。……ハーフエルフであるエミリアさんと、試練と称して迫ってくる魔女教。……悪い予感しかしないから。まだ、まだ知らないナニカ(・・・)が、魔女教(あいつら)にはある様な気がして」

「―――例えば?」

 

 

フェリスの顔が楽観的なモノから、真剣な顔つきにへと変わる。

ツカサは知っている闇の手を知っている。スバルの身の内にある底知れぬ程の闇。それが具現化したのがあの闇の手。ほんの一部、片鱗を見ただけでも計り知れないナニカを感じ取れた。それこそ、世界1つ壊す程の力を。

記録(セーブ)&記録(ロード)を容易に上書きし、あまつさえ破壊してしまうのだから、尚更だ。

 

 

「……あまり、言葉にしたくないよ。皆聞いてて良い気分にならないと思うし、オレも出したくない。エミリアさんはエミリアさんだ。ただ、同じ種族(・・・・)ってだけで」

「…………はぁ」

 

 

フェリスもツカサが何を言おうとしているのか大体察していた。

ツカサ自身の口からそれを聞こうと思ったのだが、口を閉ざしてしまった事に対して不満は残る。

 

だが、正直聞きたくない分類である事も解る。

荒唐無稽な話―――とは思えないから。目の前の男が正体不明の超人であり、英雄である事を考慮したら。

 

 

「フェリス。この問答はもう決まっている事だろう。お前がクルシュ様に期待する在り方がある様に、スバル殿にも、エミリア様に望む在り方がある。―――そして、それを支えるのがツカサ殿だ。こちらの考えを強要するのは宜しくない」

「ヴィル爺……」

「意志は尊重する。そして何より、真摯である事は理解した筈だ」

 

 

ただ、安易な考えからエミリアを遠ざける、なんて事はスバルは話してないのは解っていた。

その根幹部分までは流石に解らないが。

 

 

「お前がクルシュ様を慕う様に、スバル殿もエミリア様には健やかであって頂きたい。―――好いた女子の安寧を願うのは男児として自然な事だ」

「………オレとしては、それはラムに言ってあげたい言葉、でもありましたね」

 

 

スバルとラム、レムが話をしている方をツカサは見た。

ヴィルヘルムの言う通りだ。好きな人には幸せになって貰いたいし、健やかに有って欲しい。間違っても危険が迫るのを承知で、その死地へと誘うのは嫌だ。

 

だが、今回は例外。

 

 

「むむ! でもでも、それって、ツカサきゅんは矛盾しちゃってにゃい? ラムちゃんをこーんな危ないトコに連れてきたんにゃし? 言ったよね? ラムちゃん、結果的にレムちゃんもそう。2人の身体の方は限界に近いって。これ以上酷使したら、オドまで削る事になるって。スバルきゅんと違って、好きな女の子の健やかな安寧は願ってにゃいっていうの?」

 

 

自身の意見が通らないとみるや、少々悪戯っ子の様に指摘するフェリス。

だが、ツカサは首を横に振った。

 

 

「フェリスの言う通り。言動と行動が一致してないのは理解してるよ。結果ラムは一緒に来れたから、好都合だって思ってるかもしれないけど、……エミリアさん同様、無理にでもここか離す方がラムにとっては安全だし、オレも安心する」

「ほらほら」

「フェリス。……今のはスバル殿の考えを私が考察したのであって」

 

 

ヴィルヘルムの言葉を遮る様に、ツカサは一歩前に出た。

 

 

「―――片時も離れたく無かった、って言うのが正しい。オレのエゴだよ。クルシュさんにも見抜かれてしまったし」

「!」

 

 

建前で隠す様な事はせず、ありのままの気持ちをフェリスに告げた。

ラムの力が必要だったのも本当だ。村の皆を護る為に。……でも、それ以上にツカサはラムと離れたく無かったのかもしれない。

でも、結局は直ぐに離れる事になるのだが。

 

 

「……はいはーい。ほんと、お熱いよネ。結局ラムちゃんは聖域組で、戦闘に参加しにゃいから、離れちゃうって言うのに」

「ん………、それ以上は我儘言えないよ。ラムの願いも叶って、オレのも叶って。……でも、何処かで帳尻を合わせなきゃいけないから」

 

 

ツカサは拳を握った。

ずっと傍にいてくれると言った。言ってくれた。……ならば、その先の為に。未来の為に力を振るう事をツカサは決めているのだ。

 

その道を塞ごうとする、壊そうとする魔女教(アイツら)は、邪魔でしかない。

 

 

魔女教(あいつら)は、ここで是が非でも殲滅する。結果、ラムもレムも、エミリアさんも村の皆も、全員安全。それだけを考えて行動する」

「ちょいちょい、作戦会議ってんなら、オレも入れてくれ。今からエミリアの所に行くんだろ? シナリオはきっちり出来てるからよ!」

 

 

ちょっと遅れ気味でスバルが到着。

タイミングが良いのか悪いのか、フェリスは苦笑いしつつ、その持ち前の猫耳を垂れ下げた。

 

 

「スバルきゅん、タイミングわる~~い、フェリちゃんの愚痴、ぜーんぶツカサきゅんにぶつけて終わっちゃったよ~」

「なんだそれ。つーか、オレに愚痴言う気だったのかよ」

 

 

フェリスは、またぶり返すのも長くなるし、ツカサ以上にスバルも今回のエミリアを逃がす件に関しては絶対に曲げないのは解ってるから、何を言っていたのかは、語ったりせずに首を横に振って笑った

 

 

一先ず、フェリスとの件はこれで良い。

話も一区切りだろう。擦り合わせは必要かもしれないが、大部分は決まった。スバルがどうにかこうにか、名演技を見せてくれる。

後は、魔女教の動向を見張るだけ。ラムの千里眼は多用すると身体に負担が大きいから、使うのは、ツカサのサーチ・テンペストだけだ。

もう、それだけで問題ない。

 

テンペストの準備をしようとしたその時だ。

視界の中にユリウスが見えた。

 

 

「あ、ユリウス、お帰り。さっき頼んでた件は――――」

「ボクのことかい? それならちゃんと聞いてるから安心して」

 

 

その場に割り込んできた第三者の声に、殆ど全員が息を呑んだ。

ただ、スバルとツカサ、少しだけ離れた位置にいるラムとレムだけが落ち着いており、ツカサに至っては、話しかけられた当人なので、それに応える様に上を見上げた。

 

 

「久しぶり。パック」

 

 

ふわふわと宙に浮かび、長い尾を揺らす猫型精霊――パックだ。

違う時間軸では争った間柄でもある。殺意をその身に受け、愛する人や大切な人、兄弟、仲間、全てを白で覆いつくそうとした張本人。

 

必ず対面する時は来る、とは思っていても一縷の不安が頭の中にあった様だが、その不安は杞憂だった。

何ら問題なくパックと相対する事が出来たから。

 

 

一度、殺されたスバルも同様に。

 

 

「はい久しぶり。……でも、ちょっと君には話さなきゃいけない事があるんだ。わかるかい?」

「ああ、勿論解ってるよ」

 

 

ひょい、と手を掲げてテンペストを発動させた。

 

今までのテンペストは、暴風を使った攻撃魔法だから、今回のサーチ系はまるで別物。

超広範囲索敵魔法(神の眼)、とでも名付けておくべきか……と命名しようとしたのがスバルだったりするが、それはまた別の話。

 

 

 

そして、今使ったテンペストも少し勝手が違う。

 

 

 

「パック。オレからも言わせてくれ」

 

 

よっ、と手を上げて入ってくるのはスバルだ。

 

 

「スバルも久しぶりだね? どっちかと言えば、ボクはスバルの方にきつ~~く、言ってあげたい気分でもあるんだ。ツカサには、お願いをした間柄だし、約束~とはちょっぴり違うからね。ボクも今は頗る調子が良いし、愛娘についた悪い虫の退治でもしようかな~、って思っちゃったり?」

「……いや、オレが悪い事したのは解ってる。エミリアとの約束破ってこっちまで帰ってきた。兄弟やラム、レムまで巻き込んで戻ってきた。言い訳のしようがないオレの罪だ」

「!」

 

 

まさか、こうもハッキリと答えてくるとは思わなかった様だ。

読心を使えるパックも、スバルのその謝意が心から来ている事も解る。

 

 

「パック。お前が怒る理由だって解る。精霊術士にとって、約束って言うのがどんだけ大切なモノなのか、オレは全然解ってなかった。―――それを学んだ時にはもう既に遅かった、って言うべきだ。だから、お前が罰を与えなきゃ気が済まないってんなら、大人しく受ける覚悟もある。……でも、それは今じゃないんだ」

 

 

本音で、心から真摯に。

嘘偽りのない言葉をパックに告げる。

エミリアに危険が迫っている事、それを護る為に来た事。それを告げる為に。

 

何度も間違って間違って、兄弟にしりぬぐいをして貰って……。でも、今は拭ってもらう訳にはいかない。

エミリアの親と称する精霊(パック)を相手に、逃げる様な真似をするワケにはいかない。

 

 

「エミリアに危険が迫ってるんだ。エミリアを助ける為に。……その為に、約束を違えてでも、戻ってきた。今も尚、予断を許さない状況なんだ。頼む協力してくれ」

「……随分と調子の良い話だね」

 

 

訝しむ様にパックはスバルを見下ろす。

エミリアの事を心配しているのも、助けようとしているのも解る。

全て嘘じゃない事も解る。

それでも、事は愛娘であるエミリアの事だ。不穏な気配が、歪な気配が近づいてきてる様な気はしていた。

 

実の所、パックの虫の居所が悪かったのは、スバル云々と言うよりも、どちらかと言えば、警戒網に引っかからない魔女教の連中にあったのだ。

 

どうしたものか、と腕を組んで思案している最中。

 

 

「巻き込んだ、ってスバルは言ってるけど、意志は全員同じだよ、パック」

 

 

掌の風を森の全域に飛ばした後、更に反対の左手の上にクルルを召喚して、パックを見据えた。

 

 

未来(さき)視えた(・・・)。……そう言えば、納得してもらえるかな? オレが、オレ達がスバルの我儘に対して文句ひとつ言わず、それどころか、大所帯で戻ってきた事も含めて」

「――――……」

 

 

ツカサの言っている意味をパックはある程度だが理解出来ているつもりだ。

 

虚実もあるが、大部分が真実であるからこそ、虚実を見抜く事が出来ない。導き出される結果が、エミリアの為になる、エミリアを敵視していないに繋がるから、尚更パックにも見る事が出来ない。

 

 

「視えたからこそ。……オレ達はここに戻ってきた。皆でやらなきゃ、全部終わってしまう(・・・・・・・・・)。―――この意味も、解るよね」

 

 

エミリアを失ったあの瞬間から、パックの全てが終わったと言っていた。

言葉を話す事も拒絶した。

最後の最後で、希望の糸が見えて、魔女教の事を口にした。

 

 

「終わらせない。そうだろ? スバル」

 

 

ツカサはスバルを見る。

そして、スバルは力強く頷き、胸を大きく、強く叩いた。

 

 

「終わらせてたまるかよ。エミリアは大事だ。超大事だ。絶対に救ってみせる。――――オレは、あの時(・・・)そう誓ったんだ」

 

 

眼下の2人の人間。

生まれて幾星霜―――様々な人間と会ってきた。色んな人間を見てきて、人と言う生き物を解っていたつもりだったが……。

 

 

「やれやれ。ボクもまだまだ無知だって事なのかな? 凄く長生きはしてきたつもりなんだけど」

 

 

解らない。

この2人に関しては別枠で、ある意味別格だ。

 

 

ただ、それでも唯一間違いが無い。絶対だと解る事がある。

 

 

「……君たちがリアを大事に思ってる事。それは痛い位伝わってきてるよ。この件とは別に、話してみたい事が増えちゃったんだけど、それはボクの契約上(・・・・・・)、話をする事は出来そうにないのが残念だけどね」

「…………」

「きゅっ!」

 

 

ツカサはちいさく頷き、クルルはひゅんひゅんと、回りながらパックの元へ。

 

 

「クルル。君もボクの愛娘の事――――ずっと想っててくれるかい?」

「きゅんっ!」

「………はは。そうだよね。出会った時から好きだって言ってくれてたよね。それに、君はこのボクの親友にもなってくれたんだった」

 

 

パックはそう言うと、ゆっくりと手を上げた。

クルルも同じく上げて、ぱちんっ! と手を交わす。

勿論、【にゃっ!】と【きゅっ!】の合いの手も添えて。

 

 

「ごめんごめん。ツカサ。もう守らなくても大丈夫だよ。しっかり抑えたから」

「……はぁ、その辺はしっかり解ってたんだね」

「うん。君の風の魔法で、大精霊(ボク)の威圧から、皆を護ってたのは解るよ。さらっ、とそんな事が出来るのが、やっぱりとんでもないけど」

 

 

髭をこしこし、と触ると続けた。

 

 

「あー、愛娘に引っ付いてきたのが、君の方だったら、ボクも安心して余生を過ごせるってもんなんだけどね~~」

「あ!! コラパック!! 兄弟に娘やる! なんて言わねーよな!? エミリアたん一筋はオレだけだぞ!」

 

 

カラカラ、と笑うパック。

スバルも異議あり! と口にしてはいるモノの、笑顔だ。

 

他の面々も、ツカサの風に覆われて、守られていた事を実感していたとはいえ、ほんの一瞬でも、あの大精霊のとんでもなく強烈なプレッシャーを身に受けたのだ。

終焉の獣の名に相応しい、身も凍るような威圧感。一瞬でも受ければ息が止まる。息をするのも忘れる―――のだが、パックが解放し、ツカサも風の領域を更に伸ばして周囲の探索に回ったのを確認すると、本当の意味で安心する事が出来た。

 

この中では、距離的にも武力的にもフェリスがきつかっただろう。

 

 

「も、もう大丈夫? いきなり殺されたりしにゃい?」

「ふふ。安心しなよ。同じ猫耳仲間じゃないか。ボクがそんな怖い精霊に見えるかい?」

 

フェリスの憂慮に軽口で応じるパック。

と言うより、頬を膨らませてぷんぷん、と怒る仕草まで。

 

何度も言うが、ツカサの風で護ってくれたとはいえ、一瞬でも受けたのだ。笑えない冗談だ、と言えなくもないが、風の守りの無い今でも消えたところを見ると、もう大丈夫なのだろう、と理解した。

 

 

「実を言えば、最初からそんなに怒ってなかったんだけどね。さっきの村の人達に話をしているところも、影でこっそり聞いてたから」

「え……、そ、それは気付かなかった。クルル(おまえ)も気付かなかったのか?」

「きゅきゅ~~♪」

「【聞き入ってたから】って何だよそれ! パックが来てたなら、さっさと言ってくれても良かっただろっ!?」

 

 

状況を考えたら。

前の次元でも暴走する巨獣と相対した事を覚えている筈のこのクルル。

 

もうひとつのナニカと変わった訳ではない様子なのが性質が悪い。

クルルも何処となく愉悦を望んでるのか、と疑ってしまいたくもなる。

 

 

「んだよそれ。オレの土下座は、そんな安売りするつもりなかったのに!」

「うんうん、ツカサに便乗した形だったけど、スバルもナイスだったよ? 下手に言葉にするんじゃなくて、行動をする。それもダイナミックに。そう言う意味じゃ、加点だね」

「だーーもう!! それより、エミリアの為の話し合いしようぜ! 掘り返すの禁止! さっき散々言われた!! つーか、ユリウスも! パックと接触出来たんなら、先に言えってんだよっ!」

 

 

飛び火するユリウス。

そんなスバルを他所に、ユリウスは平然と返す。

 

 

「いや、意図して驚かせたわけではないよ。大精霊様がいらしたのと、蕾たちが戻ってきたのは同時の事だった。穏当に話し合いが済んで一安心、と言った所かな」

 

 

ユリウスの周囲にも瞬く光が居た。

彼女――と呼んでいる事から性別があるとすれば女の子なのだろうか。準精霊だから大精霊のパックに当てられて、怯えている様な感じだったのだが、今はそんな様子は無い。

安心した、と言っている様にも見える。

 

 

小さな精霊も含めて皆が一安心、と言った所で本題だ。

 

 

「パックをここに呼ぼう、って言うのはスバルの案。エミリアさんを避難させる為には、パックの説得が絶対条件だったからね。オレも最善だと思ってたから言わなきゃ言うつもりだったし」

「リアの身の安全、って言われちゃ、ボクは絶対に首を縦に振るよ。スバル風に言うなら、OKってヤツかな」

 

 

ぐっ、とOの形を作るパックに苦笑いする

 

 

「流暢に、完璧に使いまわしてくれて、教え込んだ身とすれば、感無量だよ。フレデリカやパックまで抱き込んで置いたら、エミリアだって頑なに拒むワケにはいかねーだろ?」

「だね。反対できないと思うよ。………でも、ほんと凄い入念な準備してたんだね。親書貰った時からある程度解ってたつもりだったんだけど、想像を遥かに超えられちゃったよ」

 

 

それ程までの事態なのかい? とパックは聞きたかったようだが、スバルが聞かれる前に答えた。

 

 

「相手は魔女教の連中だ。あいつら相手なら、いくらやってもやり過ぎって事はない。幾ら、兄弟が世界最強の兄弟だったとしても、更に入念な準備を整える。勝ち戦しか、オレはしねーのよ」

「はっ。結局は他力本願って訳じゃない。乞うご期待と言ったのはどこのバルスだったかしら?」

「っ~~! こんなタイミングで突っ込んでこないで、姉様!! これからです! 今回のは成長途中なので、温かい目で!!」

 

 

いつの間にか、村人への説明を終えて、レムと共に傍に控えていたラムだったが、ここぞと言うタイミングで駄目だしをするのは流石の一言だ。

 

和気藹々、としても良いんだが、生憎パックはそうはいかない。

 

 

【魔女教】

 

 

その名を聞いてから。

何処か遠くを見ている様な、そんな仕草。

 

彼もまた、何か因縁めいた事があるのだろうが、それを追求する事はしなくて良いだろう。

パックもまた、話そうとしていないのも解るから。

 

 

 

「それで? スバル発案、リアを騙して連れ出す方法の詳しいやり方は?」

「言い方!! んでもって、オレ発案とか付け加えるのヤメテ!! ほんとの事だとしても凹む! 更にお前にまでそう言う風に言われるとより凹むだろうが! それに、話きいてたんなら、大体解ってるよなっ!?」

 

 

 

 

何はともあれ、まずは目先の脅威を回避するのが先決。

 

スバルは、何処からともなく取り出したローブを掲げて高らかに言った。

 

 

 

「秘密兵器を投入しつつ、皆で小芝居だ」

 

 

 

 



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番外編
夢幻之未来


番外編デス!
しれーっと目標にしてた100話到達記念(笑)

ぶっちゃけ、リゼロエイプリルフールネタの1つ、胡蝶之夢デスが(笑)





 

日の光が天窓から降り注ぎ、温かな世界をより大らかに彩ってくれている。

この陽光に包まれ、身を委ねればどれ程幸せな事だろうか……と、儚き夢に思い馳せる間もなく、羽ペンを走らせ続けている男が1人。

 

一体いつから起きていたのだろう?

いや、或いは夜型の勤務……夜勤明けだとでもいうべきだろうか?

 

もう、それを考えるのも億劫であり、面倒になってきた今日この頃。

 

 

「おはようございますっ! ツカサ様っ!」

 

 

元気一番、それこそ太陽の様な笑顔と共には言ってきたのは、専属メイドの1人でもあるペトラ。虚ろな目をしていた自分自身に活を入れてくれる存在……とでも言えば良いだろう。僅かに落ちかけていた脳が活性化。今まさに、脳が震えている状態だ。……いやいや、震えるのではなく、フル回転させる事にしよう。

 

 

「おはよう、ペトラ。今日も元気で何より……」

「はいっ! ……って」

 

 

元気よく挨拶を返したは良いが、離れていてもよく解るツカサの状態。

目の当たりにして、ぎょっとしたペトラは。

 

 

「わわわっ、ツカサ様だいじょうぶですか!? 何だかお顔が真っ青ですよっ!?」

 

 

一目散に駆け寄った。

 

シャキッ! としたのは間違いないが、だからと言って表情まであっという間に治せてしまう程の器用さも無ければ、ペトラ万能説でもない。

気持ち的には大丈夫なのだが、ペトラにしっかりと堕ちかけてた顔を見られてしまった様なので、心配をかけてしまった様だ。

 

一目散に……パタパタ、と愛らしく駆け寄ってくるペトラ。

 

心配です、凄く。そう言っているのが良く解る。聞くまでも無い。

だから、ペトラが言葉を発するよりも早く、傍に来て届く間合いに入った所で、素早く頭を撫でてあげた。

 

 

「大丈夫大丈夫。昨日はちょっとだけ、本当にちょっとだけ忙しかっただけだから。ヴォラキアから帰って直行して……、あ、でも道中で魔獣騒動もあって、………大兎がまた出たって目撃情報の真偽もラインハルトと一緒に……、貧民街(スラム)改善案での現場確認と、検証と、あとそれと、これと、あれと………」

 

 

指をおりおり数えていく仕事(ワ~ク)

机上(デスク)だけでは終わらない。事件は現場で起きている。それが津波の様に怒涛に押し寄せてくるパターンもたまにはあるのだ。とっても大変な悪夢(お仕事)

 

ただ、王国民の身の安全は大丈夫か? と言う問に関しては問題ない。

実際に、危険性の高いのは大兎案件だけだが、今の所は大丈夫だ。戮兎(キリングラビッツ)と見間違えたとの事。

個体での強さを鑑みれば、圧倒的な数の暴力でモノを言わせる大兎単体よりもよっぽど脅威だが、我らがラインハルトとツカサが居れば何ら問題なし。そこら辺の害虫駆除程度で終わる。

だから、骨身を削って働いてくれてるツカサには感謝、である。

 

………だからと言って休みが必要じゃない訳が無い。

 

生憎、ツカサの場合はラインハルトの様な超人ではないから。

段々考えるのが億劫になったので、考える事すら放棄してしまったのが、今の現状である。

 

 

「つ、ツカサさまっ! 本当にだいじょーぶですか!?」

「あ、ああ。うんうん。大丈夫大丈夫。朝から元気なペトラを見れて、元気、分けて貰えたよ。ありがとう」

 

 

ぽん、ぽん、と二度程軽く頭を触り……そして本題に入る。

 

 

「私に、もっと他に何か出来たら……」

 

 

と、思案中のペトラ。

これは好都合だ、とツカサは意地悪く笑いながら告げる。

 

 

「うん。バッチリな仕事があるよ。えっと、たぶん、ほぼ間違いなく。絶対中の絶対に今スバル寝てると思うんだけど、ペトラ起こしに行ってくれる? 仕事も大量にあるからさ」

「あ、はい。それは勿論」

「うん。あ、でも起きて直ぐ来て、って訳じゃないから。うん。半刻くらいはスバルとゆっくりした後で、この手紙をスバルに渡して欲しい。あ、ちゃんと時間はしっかり守ってね? し~~っかり、スバルと一緒にゆっくりする事。最近、甘える事だって出来てなかったんだし?」

「ふぇっ!? そ、それは………その………」

「はい、決定。これは指示……と言うより、オレからの命令って事で」

 

 

スバルと甘える………と言う言葉を聞いて、顔が真っ赤に染まるペトラ。

その姿を見て、軽く安心するのはツカサだ。ペトラには、割と心配ばかりかけているから、申し訳なると言うものだ。

なので、ツカサは笑顔で親指を立てた。

ペトラは、まだ戸惑っている様だった。

命令って何だっけ? と頭の中でグルグル回りながら……兎に角 命令ともなれば、完璧に遂行しなくてはならない。

 

 

「そ、その! 行ってまいりますっ!」

 

 

そして、ペトラだって立派な女の子。……好きな人、特別に好きな人と一緒に居る時間も必要だろう。

スバルの周りには、沢山女性が居るから。

 

 

「――――ひとの事、言えないんだけどね」

 

 

書類の山の極々一部を整理整頓しつつ、ぼやくツカサ。

ちょっと前までは、考えられない様な事が起きている。

 

考えられない所じゃない。摩訶不思議、世の神秘、言葉では言い表す事が出来ない様な事態に見舞われていると言っても決して過言では無いだろう。

 

 

そんな時だった。

ペトラが出て言って数十秒後、再び扉を叩く音が聞こえてきたのは。

 

 

「どうぞ。あいてますよ」

「―――失礼する」

 

 

軽く声をかけると、間を置かずに返事、そして扉が開いた。

顔を見ずに、声だけで解る。……相当不機嫌、ご機嫌斜めだと言う事が。一発で知らしめてくれると言って良い。

凛とした声色こそ相変わらずだが、僅かに怒気を加えるとこうまで威圧感が倍増しになるのか、と戦慄ものだ。

 

そして、その戦慄を感じながら、その人物を見た瞬間から、何故不機嫌なのか理解する。

いや、思い出す―――と言った方が正しい。

 

 

「……ごめんなさい。昨日中にクルシュさんの所には行く予定だったんだけど、思いの他時間がかかって……」

「…………」

 

 

じろり、と鋭い視線を向けられる。

嘘偽りを一切許さない、と言った類の視線だ。

実際、クルシュ―――彼女の前では、嘘偽りは不可能だと言って良いので、端から無駄な努力となり得るから、早々に降伏宣言をした方が早いのである。

 

 

「ツカサ。卿が私との約束を違える等と滅多にある事ではない。余程の事があったのだろう。……だから、謝る様な事はしないでくれ」

「………あれ? 怒って、ない?」

「? 卿には怒っている様に見えるのか? 私は心配をしていただけだが」

 

 

どうやら、早とちりだった様子。

 

 

「(私は可愛げのない女だからな。卿を取り巻く他の婦女とは明確に違う。剣を振るう事以外積極的でなかった事をこうも悔やむ事になろうとは)」

 

少し表情が歪むクルシュ。

彼女は怒ってない。眉間に皺が寄っていても怒ってない。射貫く様な鋭い眼光を向けられていたも怒っていない。

………彼女の表情から、それらを見分けるのは相応のスキルが必要である、必要になる、とこの時、ツカサは実感をしていた。

 

 

「……それにやはり、ラムが羨ましくなるな」

「あ、いや……」

 

 

あたふた、としているツカサを見ると、突然しおらしくなるクルシュ。

彼女には似合わない、そぐわない顔だ。

 

 

「卿は、……ツカサは、ラムであれば、直ぐに考えを読む事など容易いだろう? これまでにも幾度と見てきたのでな。………成る程。私はまだまだ足元にも及んでいないらしい」

「…………」

 

 

ここにはいない桃色の鬼、ラム。

以前クルシュにハッキリと告げていた事があった。

 

言葉は少ない。ただただ【1番】と言う言葉。

公平ではあっても、その中に確かに存在する1番と言う立場は揺るがないし、揺るぎない、と。

 

この時、クルシュは勿論受けて立つ構えであり、遣り甲斐の有る、追いかけがいのある事柄だと頷いた。

心と言う匙加減の難しい、明確な結果が出るとも言えない曖昧な感情に忌諱する優劣だ。

その様なものに、優劣をつける事自体が烏滸がましく、……そう言った感情を一手に集中させている男にとっても、それは望んではいない事くらい解る。

 

だが、今まさに明確に、確かに、自身がそう感じてしまったとするなら、多少は気落ちもする。

 

 

「! ―――なんのつもりだ」

「…………」

 

 

視線を下に落とし、ツカサの姿をその視界が捕らえていないのを確認すると同時に、即座に間合いを詰めた。そして、そのクルシュの身体を腕に抱き、胸に抱き寄せた。

 

心地良い感覚であり、感触だ。いつまでもこのままで居たい―――と淡い夢を思い浮かべそうになるが、それでもそれを堪能するのは今の自分には、許せそうもない。

 

 

 

「クルシュさん。オレの心を読んで欲しい」

「……………」

 

 

ツカサの懇願に、耳を傾けない……なんて事をクルシュがするワケが無い。

そして、風詠みをするまでも無い。

 

腕に抱かれて、胸の中に導かれて、ここまでされて、ここまでして貰って……察する事が出来ない程鈍感ではないつもりだ。

だが―――。

 

 

「……私が見る事が出来るのはまだまだ限られている。心の機微、表層は見れたとしても、その内までは見透かすのは容易ではない。無いからこそ、ラムの事を羨んでしまう。情けない事にな。………だから、すまない。卿の口から、聞かせて欲しい」

「…………」

 

 

クルシュの言葉を聞き、ゆっくりと、ツカサは身体を離した。

密着していては、心地良くてもその顔を見る事が叶わないから。

その頬に手を添えて、ツカサは続ける。

 

 

「未熟だろうと、何だろうと、この道(・・・)を進むって決めた。オレ自身が自分で選んで決めた事なんだ。その道筋で、至らない事をクルシュさんに、感じさせてしまったんだとしたら、それはオレの責任(せい)。ラムだって、クルシュさんだって、皆悪くない。だから全部、オレにぶつけて欲しい。……それをオレの我儘だと思って、聞いて欲しい」

「………私がツカサが悪いと思った事など」

 

 

常日頃の働き。

世界に齎せてくれた福音。

ありとあらゆる情景がクルシュの中に流れ、溢れ出てきた。

 

溢れんばかりの想いも。

 

 

「……卿のそれは、我儘と言えるのか?」

 

 

想いを胸に抱いて、クルシュはツカサの手を取った。

頬に添えられ、己の体温とツカサの体温が合わさり、更に赤く熱くなったその手を。

 

 

「ツカサの我儘なら、私は何でも聞いてやりたい。そして、その代わりに私の我儘も聞いてもらおう」

「―――ん」

 

 

クルシュが求めているもの、我儘と称しているもの、言われるまでも無く即座に理解すると同時に、行動に移した。

言葉よりも雄弁あり、伝わる想いも甚大。

 

 

重なる唇。

そして、遠慮がちだった舌が、軈て快楽に身をゆだねる事を決めたかの様に、伸びてきて愛しい男の口内を自分色に彩る。

 

息をする事も忘れて、互いに欲する。肉欲に溺れても良い。この瞬間ならば、と。

 

半刻の時を生んだのは、この時の為だったのか……、とクルシュは蕩けた視界の中で理解する。

会話を盗聴していた訳ではないが、ペトラとツカサのやり取りは外にまで聞こえていた。

 

 

半刻程、ゆっくりした後に手紙を渡せ、とツカサは指示をしている。

それを見たナツキ・スバルの行動は手に取る様に理解出来る。

 

 

僅かに開いた時を存分に堪能しよう。

この甘美を心行くまで。

 

たった半刻に過ぎない時間ではあるが、多忙極まるツカサのスケジュールに少しでも枠を作って貰った事には感謝しかない。

確かに、先日の仕事後にはひと声かける様に約束を交わしてはいたが、アレは不可抗力も良い所で、ツカサに責は無いとクルシュは解っている。

 

だから、だからこそ―――ほんの僅かな逢引の刻を心行くまで。

 

 

 

 

 

「(………別の男をほんの一瞬でも考えてしまったのは、私の落ち度だな)」

 

 

 

 

 

得られる切っ掛け、それをほんの少し考えた過程で、出てきた別の男、スバルの事を頭に過らせた事に後悔するのは、凡そ半刻を過ぎた後。夢の様な世界から目を覚ました後の事。

 

クルシュは自分自身を戒める様に苦笑いをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に十数分後。

 

しっかりと見形を整え、部屋のメイキングも済み、珈琲を手に優雅な一時を過ごしていた時だ。

 

 

「だぁぁぁぁ!! お、オレが悪かったぁぁぁ! た、たのむ! 亡命するなんて言わないでくれぇぇっっ!! 兄弟! みすてないでーーー!」

 

 

バンッ!! と勢いよく扉が開かれ、それと同時に宙を跳び、ダイビング式の土下座をする男が居た。

そう、勿論ナツキスバルである。

 

 

ペトラはしっかりと言いつけ通りにしてくれた。

半刻以上は必ず時間をかけてスバルと一緒にいて、時間を見計らって渡された手紙をちゃんとスバルに手渡した。

 

夢見心地、気持ちよさそうに横になってたスバルが、だらしない体勢のまま手紙を見るや否や、顔を真っ青にしていき、ベッドから跳び起きたのは言うまでもない。

 

 

 

【業務改善求ム。多忙、山積ミ、忙殺、目回ル。―――改善兆、視エヌ場合、亡命辞サズ】

 

 

 

短い文がデカデカと書かれており、真っ青を通り越して真っ黒になる所だ。

ツカサの存在は最早世界中に知れ渡っており、亡命するとなれば、一大ムーブメント。

各国が挙って押しかけるは、諸手を上げるわ、何なら縄で縛ってでも連れて行く過激派も出かねない。

 

更に言えば、ツカサが居なければルグニカに居る意味無し! と言わんばかりに、あれよあれよと流れて行って、ルグニカが傾く事待ったなし。

 

 

手紙を見て、しっかり身支度を整えて、ペトラに感謝して――――ツカサの所にまで来れた所要時間、新記録達成である。

 

 

 

 

「亡命?」

 

 

聞き捨てならない単語を耳に入れた瞬間、反射的にツカサを見たクルシュ。

眼が合うと、ツカサは苦笑いをして頷き、片目を閉じて見せた。

 

それだけで、それだけの仕草で言わんとする事を理解出来る。ほんの少し前まで、羨む気持ちを持っていた筈なのに、今は穏やかだ。

交わるだけで、こうも変わるのか、とクルシュは仄かに笑った。

 

 

「だが、ノックも無く、部屋に飛び込んでくるなどと、関心出来ないぞ、ナツキスバル。卿も表舞台に身を置く立場。普段の行動、礼節を重んじる様に、とマイクロトフからも常日頃言われている筈だった、と記憶しているが?」

「そりゃもう、常日頃スパルタ式で…………ぁ」

 

 

マイクロトフからの教育と言う名の説教。

日々、耳タコの様に聞いているスバルなので、更に聞くとなると耳が痛くなる思いなのだが……、ここで漸く気付く。

この部屋にはクルシュとツカサの2人切りだったと言う事。

2人ならば、貴重な2人きりな世界なのであれば、そう……妄想全開な場面が繰り広げられている展開な筈で……。

 

 

「ッッ!?? く、クルシュさんっ!? や、やっべ、オレまさかの出歯亀ッッ!?? 覗いて喜ぶ趣味は無ぇつもりだし!?」

「でばが? ……その意味は良く解らないけど、今は大丈夫だよ。……後ほんの少しでも早かったら、クルシュさんに切り捨てられてたかもしれないけど。冗談抜きで」

「ヒェッ!?」

 

 

覗きの趣味は無い!! と力説するは良いが、スバルはツカサの言葉を聞いて戦慄。

何せ、クルシュの百人一太刀をこの身に受けるのを想像してしまったからだ。

だからこそ思わず姿勢を正しつつ、土下座先をクルシュにも変更し、只管謝り倒すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後―――クルシュは退室。

スバルとツカサのマンツーマン指導? である。

 

 

「あのさ? 一応オレは裏方で言うなら影から王国(ルグニカ)を支える立場な訳で。何で表で頑張るって事になったスバルの後始末。色々仕出かした後始末に、こう何日も駆り出されなきゃいけないのかな? って昨今スゲー思ってて。だから、戒めも込めて、印鑑まで窘めて手紙にした訳です。署名の数々とか用意しようかな、って思ったけど時間の都合上、やらなかった」

「うわっ、メチャクチャ凝ってた!?? あ、いや……お、仰る通りであります。オレの不徳の致すところで……」

「色々とお怒りなのは、オレ以外にも多数いる事も忘れないでね? スケジュールが大いにズレちゃって。唯一喜んだのはラインハルトくらいだから。………まぁ、クルシュさんはさっきのやり取りである程度は晴れたと思うけど」

「うひぃっ!?」

 

 

怒らせたら怖いランキング上位を間違いなく独占しているであろう面々を想像すればするほど、悪寒が止まらないとはまさにこの事だ。

 

 

「取り合えず、今日の公務をバッチリ終わらせてからね。今日の陽日中には終わらせてよ」

「あ、いや……今日ってさ。ラムが居なくて……」

「それは当然。だってラムは先日からちゃんと時間空けとく様にって、凄く釘さされてたから。それに、親子の交流を妨げたりしないよね? スバル」

「……勿論デス」

 

 

どこかの邪精霊みたいな口調になったスバルだった。

でも、現実逃避するのにはまだまだ早い。

 

ドサッ、ドササッ! と更に書類の山が顕わになったからだ。

ぱっと見、霊峰は――――ゆうに5は超える。

 

 

「コレ、陽日中で!?? マジっっ!??」

「マジもマジ。頑張れ。あ、レムに頼るのは止めてあげてよ。断らないとは思うけどさ」

「身重なレムに、んな事させれる訳ねーでしょ! 男の風上にもおけんわ! そりゃ」

 

 

絶望しきった顔でも、意地と言うものがある。

レムは、スバルが言う様に現在身重……第一子妊娠中なので、仕事はお休みを(ほぼ強制的に)取らせている。

レムがついていないから、スバルのパフォーマンスが落ちたのは当然なのだが……そのしわ寄せが現在ツカサに絶賛向いていて、昨今大変だった、と言うのが真相だ。

 

 

まぁ、誰でも想像が出来そうなものなのだが。

 

 

「あ、大兎の件だけ伝えて置くよ。復活した、って言うのは完全にデマだった。兎違い」

「……そりゃ、不幸中の幸いだよ。また、あの群れを相手にするとか、考えたくねー。ベア子もあん時みたく万全じゃねーし」

「偏に、スバルのマナ量が少ないのが原因だけどね。修行頑張ってみる?」

「この殺人的スケジュール間で修行とか!? 何処のサイヤ人だよ! 無理だよ!」

 

 

スバルはブーブー文句を言いつつも――――自分が蒔いた種でもあるし、何時までもツカサにおんぶにだっこであって良い訳じゃない。

 

漸く、漸く追いつく事が出来たかもしれないのに。

 

 

【はっ! どの口が】

 

 

……かもしれない。気のせいかもしれない。妄想かもしれない……が、兎に角背を並べ、表と裏で国を運営するまでに至っているのだから、あまり情けない姿は見せられない。

 

 

「可愛い嫁たちに、これ以上情けねー真似は御免、ってな」

「スバルが考案した写真技術を、今の土下座のトコで撮らせてあるけど、後で皆に見せようか?」

「YA・ME・TE!」

 

 

仕事の量は考えない事にした。

兎に角兎に角数を熟す。

 

スバルは勢いのままに、霊峰に突入して回収、そして自室へと引っ込んでいった。

 

 

【ドナドナド~~ナド~~ナ~~………♪】

 

 

と、聞き覚えがある様な無いような哀愁漂う鼻歌交じりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ばぁんっ!!

 

 

 

本日2度目。

スバルが霊峰の全てを回収し、退出した後勢いよく、それも乱暴に扉が開かれた。

こんな真似をしてくるのは1人しかいない。と言うか、スバルに関しては今回が特別と言う事もあって、実質乱暴に入ってくるのは1人しかいない。

 

 

「―――さぁ、妾と楽しむぞ、ツカサよ!」

「ただいま、忙殺中です……」

「不敬じゃ。優先順位をはき違える出ない」

 

 

ぽんぽんぽ~~ん! と、書類たちが宙を舞う。

 

流石に散らかす訳にはいかないので、咄嗟に風の魔法、テンペスト簡易版を発動させて、書類の束をかき集めて、暴君の傍に置かない様にポジショニングした。

 

 

「くくっ、相も変わらず器用なものよのぅ。惚れ惚れするとはこの事か」

「来てくれるのは嬉しいし、褒めてくれるのだってオレは嬉しいよ。だからかな、もひとつ我儘言うとしたら、アポイントは事前に取ってくれると更に嬉しい」

「妾が暇を持て余すのは気分次第でいつになるか知れん。ツカサが嬉しいと申すのなら、多少なりとも考えなくは無いが、如何せん不可能に近い」

「……プリシラさんに不可能って言葉があるんだ。初めて聞いた」

 

 

あはは、と笑うツカサ。

そう、やってきたのは真っ赤なドレスと、隠す事のない豊満な胸を携えた美女プリシラである。

新たに異国より取り寄せたと言う扇子を振りかざし、傍若無人を振舞うが、これもいつもの事なのだ。

 

もう、楽しんでいる節がある。

 

 

「来てくれるのが解ってたら、相応の準備が出来るし、持て余す時間も少なくて済むからね。……なんせ、最近は兎に角忙しくて」

「あの凡愚に全てをやらせておけばよかろう? 役に立たんと言うなら、アルをそこに挿げ替えるが」

「や、それはヤメテ。と言うか絶対嫌がる。スバルも、今ではしっかり表の顔として触れ回ってるし、周知もされてるから、それが突然甲冑の男に変わったとなれば、国が揺らぐ」

 

 

羽ペンを仕舞い、苦笑いをしながらプリシラと相対した。

 

 

「アレが表の顔か。ツカサも趣味が悪い。あの様な雅さの欠片も無い男を王座へと下し、その覇道、王道を歩ませるとは。―――この妾をも下し、簒奪したというのに、情けなくもなる。今すぐにでも四等分にしたくもなる」

「それされたら、オレも一緒に死んじゃうかもしれないから、ヤメテ」

 

 

真紅の瞳が愉快そうに揺れる。

言葉こそ乱暴極まっていて殺伐としているかに見えるが、プリシラと言う女性と接していると、彼女の本質と言うものが解ってくるものだ。

 

天才的な山勘が、加護によって培われている様で、彼女は彼女でその加護に胡坐をかく訳でもなく、自身の足で己の覇道を歩んでいるのだ。直ぐ傍で見ているからこそ、彼女のそう言った一面をしっかり目に焼き付ける事適ったとも言えるが。

 

 

「ああ、あの凡愚の不始末を妾が持ってきてやった事を思い出した」

 

 

何やら、胸の谷間に指を入れた。

目のやり場に困る振舞だが、何とか堪えて不始末とやらを確認するツカサ。

 

 

「あ、それは新技術だ、って言ってた……」

「うむ。らいたー、と、ぺんらいと、じゃ。持ち運べる大きさの火付け器とラグマイトを軽く凌駕する灯り」

 

 

少しイラつきながら口端を歪めると、まずはライターの先、火が出る口を見せていった。

 

 

「技術開発班からのモノを一部苦すねておいたが、火の調節に不具合があったのか、特大の火球が出おったわ」

「!!」

 

 

ツカサは思わず立ち上がって、プリシラの頬を触りながら。

 

 

「火!? 大丈夫だった!? 火傷とかッ!?」

 

 

慌てるツカサとは実に対照的に、少し呆れ半分なプリシラは手に持った扇子で軽く頭を小突き。

 

 

「妾を愚弄するでない。多少の不備で妾に何か起こる筈が無かろう。この世の全てが妾の都合よく出来ておる、と言う認識は多少改まった所で、妾の力は健在じゃ」

「そ、そっか。それはそうだよね。……良かった」

 

 

そう言うと、胸を張って、ツカサを見た。

扇子でアゴ先を上げると、その真紅の眼でしっかりとツカサの黒い瞳を見据える。

 

 

「都合が良い風に、運んだの。……こうやって、久方ぶりに、その様な面を拝む事が出来たのじゃから。愛いヤツじゃのぉ、全く」

「むぎゅっ!?」

 

 

そう言うとプリシラは、その豊満な胸で、ドレスに収まりきらん勢いの弾力あり、且つ数多の男を虜にすると言って良い胸で、ツカサの顔を埋める。

 

 

「ぺんらいと、とやらは、何やら光が安定せん。点滅を繰り返し、断続的にそれを見続けたが故に、発作を起こした者も多数でたとの事じゃ。……まぁ、大事には至らなんだ。安心せよ」

「むぎゅっ、むぐっ」

 

 

夢見心地とはこの事かもしれないが、あまりの長時間はヤバイ。窒息する。

 

……まぁ、ツカサは器用な魔法使いでもあるから、普通に大丈夫なのだが、それは平時であればの話。

 

 

 

「くっくっく。……あの凡愚も凡愚なりに立ち回っとるようじゃが、今国の重要な役目につき、それを果たして居るのはツカサ、貴様じゃ。こうやって悩殺し、結果傾国の美姫―――と呼ばれるのも良い気はするが、安心せよ。妾は気まぐれじゃ。愛いたい時に愛い、貴様を隅々まで味わいつくすだけじゃ。―――精も根も尽き果ててもらおうぞ。今度こそ(・・・・)な」

「ぷはっ! あ、ぅ…… お、お手柔らかに………」

 

 

スケジュールを考えれば……、いや、この時ばかりは考えない。

プリシラの手が伸びてくる、再びあの魔性な豊満な胸が迫ってくる。柔肌の全てが迫ってくる。

男の、オスの本能と言うものを直接揺さぶりかけてくる。

 

 

そして、ツカサはこの道を決めている。決めたのだから、決して逸らす事もせず、抗おうとも当然しない。

蹂躙しようものなら、全力で受けて立つ構えだ。

 

 

その後―――再び引き分け(・・・・・・)となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ、幾らツカサ君でも疲れるんやな。顔に出とるで?」

「うん。そりゃ、ラインハルトの様に超人って訳にはいかないよ」

「いやぁ、ウチから見ればどこからどう見ても、超人なんやけどなぁ。……でもまぁ、人間らしさも垣間見て、安心出来る気もするけどね」

 

 

ニコニコと笑いながら対面ソファに座っているのはアナスタシアだ。

ホーシン商会のトップとして、裏方役のツカサと会談中、である。

 

 

 

「今日の業務、ナツキ君も頑張っとるんやろ?」

「! 知ってたんですか」

「そらもう。ここに来る前に立ち寄ったけんね。一心不乱ってのは、今のあの子にピッタリかもしれんね。それが良い方向に進むかどうかは……まぁ、ギャンブルと同じや」

「まさか、アナスタシアさんからギャンブルって言葉を聞くとは。保険を常に残して、裏もとって。常に勝ち筋を見て必勝。運を天に~なんて、らしくないって思いますよ」

 

 

あはは、と笑うツカサを見ながらアナスタシアは微笑むと。

 

 

「そら、商才だけで全部手に入るんなら、言うつもりは無いで? やっぱ、どんだけ欲しくても手に入らんもん、ってのはあるんやし、ウチは今回でそれを悟ったんや。国、それにツカサ君、とかな?」

 

 

ぴんっ、と額を軽く押して微笑む。

 

 

「囲っとる娘たちと一緒になるんも悪くないか~、って思ったけど」

 

 

軽く鼻先に指を添えて、ツカサの眼を見ながら微笑み、それを絶やさぬ様に言う。

 

 

「ウチ、独占欲強いんや。――結ばれたら、ず~~っと、ずっとずっと、一緒に居とぉなる。そんで、ツカサ君はそれにきっと答えてくれるやろ? 他の娘らに対してもそう。何事も最後は自分の身体。金で買えんもんの1つ。大切にせなあかん。だから、こうやって遠巻きに付き合う道をウチは選んだんや。今にツカサ君よりええ男が現れるやもしれんからなぁ」

「あ、あははは……。凄く光栄ですよ。……ありがとうございます。アナスタシアさん」

「…………、まぁ、ツカサ君よりええ男なんて、それこそ届かへん領域やろうけどね」

 

 

不意打ち気味に、短く優しく、ツカサの唇とアナスタシアの唇が合わさった。

 

 

「ちょっとしたご褒美くらいは頂こうかな? 投資の件の結果報告。……事前払いって事で」

「ッ……ッと言う事は、良かったって事で良いんですよね?」

「勿論や。ウチがこの世で二番目に大事なツカサ君から預かったこの世で一番大事なお金で失敗なんかできへんよ? その辺は信じてな」

「疑った事無いです。日々、常々、アナスタシアさんから教わってますから」

「ふふ。なら、ウチも教えて欲しいなぁ」

「え?」

 

 

アナスタシアは、そっと、手を首に回して、鼻先を自らの鼻先に当てて。

 

 

「ツカサ君の弱い所、とか?」

 

 

妖艶に微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっりゃああ!!」

「はぁ」

 

 

ちょっとした小休憩。

外の空気でも吸おうと、長い廊下を歩き、バルコニーへとやって来て、深呼吸をしていた矢先の事。

 

気合一発、掛け声と共に飛び掛かってきた不審者があり。

まさか場内に不審者の侵入を許すなど、近衛兵たちは一体何をしているのだろう? 王国騎士団の練度を疑う訳ではないが。

 

 

等と、一瞬考えた。ほんの一瞬。0.1秒にも満たない時間だ。

 

 

「へへっ! 兄ちゃん久しぶりだな!」

「久しぶり、フェルト。挨拶代わりにケリ入れようとするなんて。実に過激な振舞を教えているんだね。アストレア家では」

 

 

誰がやってきたのか解るから。

誰がそんな事をするのかも解るから。

 

自由奔放、誰にも縛られず、風の様にかける少女、フェルトだ。

生憎、剣聖ラインハルトに捕まってしまった訳ではあるが。

 

 

「ほんとだよな! 今日も色々言われたんだぜ? 兄ちゃんの前でくらい一服させてくれよ」

「ラインハルトの前で我儘言えば良くない?」

「あの石頭が、聞いてくれる訳ねーだろ、兄ちゃん! 解ってていってねーか!?」

「ははは。まぁ、ね。ラインハルトとはついこの間、久しぶりに一緒に同行してもらったし、色々聞かされてるよ」

 

 

フェルトの家での立ち振る舞い。

難儀極まる淑女としての立ち振る舞い。

 

身内ネタで言えばスバルにも似通った所があるので、ツカサも他人事とは思えない様子。

 

 

「おお、あん時はほんっと助かったぜ、兄ちゃん。久しぶりにロム爺と水入らずだったしよ! ……まぁ、貧民街の方にも行ってみたかったんだが、メッチャ止められて」

「そりゃ……ね。でも、改革も順調だし、そう遠くない日に達成出来たら良い……って思ってるケドね、中々難儀で」

「そりゃ、貴族連中の意識改革? とやらが一番めんどくせーだろーよ。頭ん中なんざ、簡単に変えられてたまるかってんだ」

「うーむ。そう言われると、凄く複雑。少し変えるだけで、良い風が吹くって思うのに」

「まっ、他ならぬ兄ちゃんの言葉なら、上っ面くらいなら効果あっかもな? 年中無休で手綱握っててやれよ」

 

 

けらけら、と腹を抱えて、無茶を言いながら笑うフェルト。

ただ、上っ面だけ、と言うのは悲しくなる。

 

 

「それなりに頑張ってきたつもり……なんだけど、上っ面だけかぁ……」

「あーーー、兄ちゃんが色々やってくれてんのは、あたしにだって解るんだぜ? そりゃスゲーし、スゲー感謝もしてる。……でもやっぱ、それは兄ちゃんに集まるもんで、今までまるっきり下に見てた奴らに対して視線を変えて話せ、なんてやっぱ無理があるってもんだ。両方にとってもな」

「……時間はやっぱかかる、か」

「おうよ! ……でも、兄ちゃんなら―――って、思うあたしもいるんだよ。良い王様になって全部変えてくれって。あっちの兄ちゃんより、よっぽどやるんじゃね? って」

「うん。スバルの役までオレがする、ってなったら倒れる自信ある。ここで脱落だね」

「ええ! そりゃ困る! あーもう、あっちの兄ちゃんももうちっと頑張ってくれりゃなぁ」

 

 

あっちの兄ちゃん、と言うのは当然スバルの事だ。

波長も合うし、気もあう。嫌いって訳じゃ当然無い。

 

だが、如何せん比べる相手が……と思ってしまうフェルトである。

 

 

「スバルは頑張ってるよ。でも、満足して貰っちゃ困るから、それなりに刺激は与えてるケドね」

「……うっは。一瞬ぞくっ! ってなった。兄ちゃんの刺激ってヤツ、相当キツイんだろうな」

「そうでもないよ? 全部放り出して、亡命でもするよ? って言ったくらいで」

「そうでもあるわ!!! そんなの起きたらあの兄ちゃんどころか、国中大騒ぎだろ!!」

 

 

 

その後も、暫く談笑は続く。

軈て、ラインハルトが音もなくやって来て―――途中で抜け出した? と言うフェルトを連れて、これまた音もなく去っていくのだった。(何故かフェルトの声まで消えてる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日のスケジュールも殺人的だ。

 

 

時間を取るのも一苦労……どころの話ではない。

世の中スケジュール通りに行く方が珍しい、と言う気構えで居る方が丁度良い、と思う位あれよあれよ、と色々とやってくるから。

 

スバルに、あの霊峰を全て譲渡してなければ、今頃は―――と背筋が寒くなるが、どうにか終える事は出来た。

 

 

当のスバルは、時間指定はしたものの、まだまだ終わる気配もなく、エミリアが手伝いにいっているらしい。

時折、小休憩を取る傍ら、レムに会いにいったりもしている様だ。

 

愛する人達が傍にいるなら、スバルもきっと大丈夫だろう……、と儚げな表情……如何とも形容し難い表情をしながら、ツカサは気持ちを切り替える。

 

 

時刻は、冥日9時―――より少し前。

 

 

約束時刻より早い。

当然の心掛けだ。

 

 

軽く、扉をノックすると直ぐに【開いてるわ】と言う返事が返ってくる。

静かに、ゆっくりと扉をツカサは開けた。

 

開かれた先の光景を見て―――ほっと一息を入れる。

当初はかなり衝撃が走り、かなり動揺し、かなりの修羅場となった一夫多妻の案。複数の妻。

それを受け入れた。

 

内政と同じ位、誰にでも愛情を分け隔てなく注ぐ事を意識して、全力を尽くしてきたつもりだ。

 

高貴な血筋の男性が妻を沢山娶り、確実に血を残すのは自然な事。極めて普通な事……と、結構洗脳? に近しい事をされた様な記憶が残ってるとか残ってないとか……。

 

それは兎も角、それでもこの場所へと帰ってきた時は特別な感じがするのは否定できない。

分け隔てなく、と頭では思っていても……。

 

 

勿論、そのことはツカサ以外の皆が知っている。知っていて許容している。

いや、違う。我もが続く、と言わんばかりに水面下で競っていると言っても良いかもしれない。表ざたには殆どなってないが。

 

 

「お疲れ様、ツカサ」

「うん。……ただいま。ラム」

 

 

最初に結ばれた人が、ラムだったから。

この事実だけは、もう変えられない。

時間を遡り、戦い続けてきた身であるツカサであっても、もうそれは変えられない。……変えるつもりもない。

 

 

「ルドラは……よく眠ってるみたい、だね」

「ええ。今し方ね。また大泣きして大変だったわ。……ほんと、そこだけはラムに全く似なかったわね」

 

 

生まれてから直ぐに妹を助け、神童と呼ばれていたラムの幼少期。

とんでもない記憶力は、当時の事を鮮明に覚えているのだ。

泣く事なくただ気善と振舞い、そして妹の為に力を振るう。そんな赤子がラムだ。

 

 

「……あはは。それは誰にも真似できないと思うよ。ラムだけ唯一無二だ」

 

 

ツカサも勿論それは知っていて、知っているからこそ苦笑いをする。

ルドラは生まれてきた時も大泣きする。気が付いた父と母を探しているのか、オシメか、大泣きをしているからてんやわんやだ。専属のメイドがそれなりにフォローをしてくれるが、それでも四苦八苦。

 

親を知らないツカサは、自分自身が父親になれるのかどうか不安で仕方が無かったが、愛おしい子を、ルドラを見ると。……ここに生きた証である我が子を見ると、命賭してでも守り抜くと言う新たな力が湧いて出てくると言うものだ。

 

 

ルドラを起こさぬ様に、ラムの傍らに座る。

 

 

「ほんと、大変だったわね。ツカサはもうツカサ1人のものじゃないのだから。気をつけなさい。……ラムやルドラに心配を掛けさせないで」

「うん。ありがとう。……大丈夫だ。ラムとルドラが居る限り、オレはなんだって出来る。……無敵で、最強だって思える」

「ふふ」

 

 

ラムは両手を広げた。

 

 

「ルドラが独占していたラムの胸は、今開いてるわ」

 

 

そう言うのとほぼ同時にツカサはラムに抱き着いた。

丁寧に優しく、包み込む様に。

 

 

「なかなか一緒に居られなくてごめん。………ラムこそ、ラムの身体はラムだけのものじゃないんだから、気を付けて。ラムたちに何かあったら、それこそオレは心労で倒れてしまいそうだよ」

「大袈裟ね。ラムは大丈夫よ。勿論、ルドラも。……それに」

 

 

ラムは腹部を摩った。

もう1人―――新たな命が芽吹き、ラムの中にいるのだ。

 

愛おしそうに一撫でし、ツカサもそのラムの手に自身の手を添えた。

 

 

「ラムが手を貸せない現状、正直もどかしくはあるわ。ツカサは大丈夫でも、お荷物がいるから」

「手を貸せないんじゃなくて、貸させない(・・・・・)だからね? ラムが強いのはオレが一番よく知ってるし、大丈夫だって言うのも解るけど。それでも駄目。これはオレの我儘だから、終わったら、オレを怒って良いよ」

「……ツカサの我儘なら、誰もが聞いて上げたくなるのは当然の事よ。……このラムでさえ、ね。だから怒る理由が無いわ」

「ありがとう。だから、ラムは暫く休む事。………ふふ。ロズワールさんの所の時とは大違い、だね」

 

 

昔の事を思い出して思わず吹いてしまうのはツカサだ。

眠っているルドラを起こさない様に配慮はしたが。

 

 

「あの時は、レムやオレにまで色々任せる事が多くてさ」

「ラムはラムで楽をする為に、死力を尽くしたと言って良いわ」

「うんうん。いつもブレない前向き思考。……そんなラムが大好きです」

 

 

そっと口づけを交わした。

ラムの弱い所を、ツカサは知っている。

 

ラムは不意打ちに弱い。まさかのタイミングでラムを求めたら……顔がいつも以上に赤くなる。

そして、それはツカサも同じだから。赤くなったツカサを見て更に色を濃くさせるのだ。

 

 

「「―――ん」」

 

 

暫く見つめ合い、長く長くそれぞれが唇を求め合う。

舌を絡ませ合い、互いの口内を己の色で染め上げる。

 

 

長い長い時を経て―――2人は唇を離した。

名残惜しそうに、2人の間には半透明の糸で繋がっている様だが。

 

 

「これ以上は駄目、ね。もっともっと愛し合いたくなってしまうもの。……フェリスにも止められてるし」

 

 

ラムの中では自制した結果の様だった。

そんなラムを見てツカサも朗らかに笑った。

 

 

「でも、離れたくない」

「……ラムも同じよ」

 

 

 

 

互いに絡み合いながら、ベッドの中へと潜り込む。

激しく愛し合いたい衝動が、幾分かラムの中で暴走して、それが額のツノとなってしまった場面が幾つかあったが、しっかりとツカサが自制した。

無論、ツカサ自身も男なのだから、自制したとしても反応する所はあるが、それをラムが見逃す筈もなく―――。

 

 

 

色々と自制しつつも、相応に熱く燃え上がる夜が部屋の中で繰り広げられるのだった。

 

 

 




起こりえるかもしれない未来―――デス!(((o(*゚▽゚*)o)))

まぁ、先はワカリマセンが(゜-゜)


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再来の王都
説得&宣戦布告


あけおめデス‼
今年もよろしくデス!

ペテさんに会える様に、ガンバルマス! (*´▽`*)


 

 

「ほのかに香る甘い匂いがオレのヤル気を増進させられる―――」

「うん。何だか凄く変態の様に見える」

「はっ、汚らわしい」

「大丈夫です。変態なスバル君でもレムは愛せます!」

「スッゲー―辛辣!! 冗談に決まってるじゃねーか! それにレムはレムで しれっとオレの事ディスってるよね?」

 

 

スバルがもったいぶりつつも、取り出したる秘密兵器。

それは、今スバルが着こなしている白いローブ―――エミリアの私物だったモノ。

 

 

「認識阻害の術式で編みこまれているらしいし、エミリアさんと顔合わせにくいスバルにとっては、確か必須かもしれないけど……、どう? パック」

「う~~ん。娘の私物を羽織ってクンカクンカしてる姿見ちゃったらねぇ。娘、やれないかな?」

「だぁぁぁ!! はい、もうやめます! ふざけるの止めます! 早速準備開始で!!」

 

 

親? であるパックの実に心に突き刺さる一言。

何せ、これまでは普通にふざけたやり取りの中で、愛娘であるエミリアはやれない! と言うセリフが決まっていたのだが、今のは普通。普通なやり取り上だった。

だからこそ、スバルの心にドストレートに突き刺さったのである。

 

 

「兎に角、エミリア安全対策(スバルpresents)その①だ!お前にも芝居とあと、全部片付いた後の説明とかフォローとか協力してもらうからな、パック!」

「お芝居は兎も角として、仲直りは自分で頑張りなよ。そもそも、スバルが一方的に考えすぎって感じがするけどね」

「ぐぬぬ……。あ、じゃ エミリアたん怒ってなかったりすんのか? パックが見てても!?」

「ん――――。怒ってないと言うか………無関心?」

「それはそれで嫌だ!! もっと嫌だ!!」

 

 

怒られるのは当然嫌。嫌われるのなんてもっと嫌。

 

だけど、怒りもせず、何も無く無関心。

それこそが地味に一番傷つくのだ。

 

 

「――――――ん」

 

 

パックと遊んでるスバルを他所に、ツカサは再び探索用のテンペストを発動させた。

周囲のマナの僅かな動きを察知したのか、或いはツカサ自身とかなり近くにいるから察知する事が出来たのか、パックはピクリ、と耳を動かしていた。

 

 

「成る程。ああやって、周囲を探索してるんだね。ボクから皆を護ってたのとはまた違う。風のマナの応用? あ、感覚をリンクさせてるみたいだから、ネクトも、かな?」

 

 

腕を組み、ツカサの術を解析―――と言うより考察しだしたパックだったが、流石の何百年を生きる大精霊であっても、知らない事は知らないし、理解出来ない事だって多くある様子。

そして、何よりも頼りになり過ぎる男、色々パックにとってもミステリアスな男ではあるが、それを考慮したとしても……、鬼姉妹の1人を籠絡

 

 

「はぁ~~、やっぱツカサの方が娘預けるの安心するんだけど?」

「しみじみ言うなよ! 確かに兄弟はやばスゲーヤツですけれども! 兄弟にはエミリアたんじゃない、愛妻がいるんだ!」

 

 

パックの小言に、盛大に喚き散らすスバルだった。

 

 

 

 

「……愛妻。まだちょっぴり気が早い、かな」

 

 

もう今更なのだが。

白鯨戦では散々ラムに言い切って、ラムからも惚れ直した、と言わせて。

終わった後は、出歯亀(フェリス)が居たとはいえ熱烈な口付けを交わして―――もう今更何を照れる事があるのだ? と疑問に思ってしまうのだが、ゾーン? に入ってない素面なツカサは照れ屋さん。

盛大に喚くスバルの声はバッチリ届いていたらしく、顔を赤くさせていた。

 

 

「時間の問題、だと思うわ。ラムはいつでも良いもの」

「!」

 

 

小さく独り言を―――のつもりだったけれど、ラムにはしっかり聞かれていた模様。

ラムのツカサにしかほぼ見せない ニコッ、と屈託のない笑顔。……だが、それはちょっとした悪戯っ子の様な面もあったりする。

ツカサの事をラムが知らない訳はないので、今の心情も手に取る様に解る。解った上での事、なのである。

 

 

「そうですよ。ツカサ君。全部終わったら婚礼の儀。白鯨討伐の時に約束をしたじゃありませんか」

「あははは……。そう、だったね。全部終わったらきっと。……あ、でも、レムはスバルの傍に居なくて良いの?」

「はい。レムはスバル君から村人を聖域までお送りする役目を頂いております。……その、離れ離れになってしまうのは寂しいですが。いつもスバル君の事を想ってますので、レムは大丈夫なんです」

 

 

レムのスバルへの愛情の深さもきっとラムのツカサへの愛情に負けてない。

それが解っているからこそ、相手を選べ、と言いたい気分なラムも口を噤んでいる。

 

勿論、スバルが一緒に居たら、盛大に毒を吐くのだが。

 

 

「―――どこが良いのかしら。あんな男」

「やっぱり辛辣だね。好いた惚れた、は自由だし、スバルは良い男だって、オレも思ってるよ」

 

 

ツカサの言葉を聞いても、ラムは、フンッ、と鼻息荒い。

最愛の妹の相手ともなれば、当然厳しい視方にもなるのだろうが……一応訂正をしよう。

やっぱりラムはラム、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな話をしていたのは露知らず。

スバルはスバルで、パックと重要な話を続けていた。

 

エミリアとの仲持を断られ悔し気に唸るスバルだったのだが、ならばそれ以外の事でパックには協力を願うまでだ、と。

 

 

「パック。あと1個だけだ。頼みがある」

「んー? 何かな?」

「これは、オレら2人の頼みだって思ってくれ。―――屋敷に残ってる、引きこもりの説得だよ」

 

 

この場所から脱出させる者。

それはベアトリスも勿論含まれる。

 

制約が色々とあり、複雑極まりないのはスバルとて、解っている事だが、禁書庫から一切出られない訳じゃない事も解っている。

魔獣騒動の時も、雪祭りの時も、ベアトリスは外に出てきてくれたのだから。

 

ただ、今回は規模が大きいお出かけになるから、一筋縄ではいかないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――場面は不可思議な空間。

無数の書棚とその書棚を埋め尽くす本に支配された空間。

 

間違いなくアーラム村にはそぐわない。……いや、アーラム村には無かった筈のロズワール邸の禁書庫が、アーラム村の……ペトラの家の扉と繋がったのだ。

無論、一瞬、一度切りとは言え、家主にはしっかり了承を取った後、ではあるが。

 

 

「―――クルル、久しぶりなのよ」

「きゅきゅ♪」

 

 

邂逅一番、ベアトリスの表情は如何とも形容し難い……、敢えて言うなら【無】に近しい表情だったのだが、ツカサが一緒に連れてきていたクルルを、その胸に抱かせると、表情が和らいだ。

クルルを一緒に連れてきたのは正解の一言だ。

 

だが、だからと言ってベアトリスが言う事を聞くと言う保証は一切ない。

クルルも、それを理由に説得するつもりは無い様だ。……ベアトリス自身の問題でもあるから、それに土足で踏み荒らす様な真似はしないらしい。

 

 

―――ナニカ(・・・)とは思えない程の感性だ、とツカサは思ってしまったりする。

 

もう、厳密に言えば別の存在なのかもしれないが、何時アレが顔を出すのか解らないから、あまり気を緩めてはいられないのが心情。

 

 

「すっげーな。まさかペトラん家がベア子の寝室になっちまってるのは。お手軽リフォームだぜ」

「………その腑抜けた顔した男が一緒なのは誤算だったかしら。にーちゃのお願いの中にクルルが居たから我慢してやるだけなのよ」

 

 

ラム以上の毒を吐くベアトリスは、クルルを腕に抱いたまま、向き直った。

 

 

「クルルとそっちの男。2人だけで十分だったんじゃないかしら。お前まで来る必要ないのよ」

「ヒデェな! そこまで堂々と仲間外れにすんじゃねーよ。オレ、泣いちゃうぞ!」

「用が無いならさっさと出てくのよ」

「だーもうっ。オレが出てくときは兄弟は勿論、クルルも一緒だからな! 本題に入る前のちょっとした和やかなやり取りを理解してくれよ。堪え性の無いヤツだな、おい」

 

 

いつも以上に辛辣なコメント。

それだけでも解る。ベアトリスをいつも以上に、クルルが居ると言うのにいつも以上に不快にさせる原因が迫っていると言う事に。

 

 

「……ベアトリスさん。もう、解ってるんですよね? 外で何が迫ってきてるのか」

「………………」

 

 

その人のモノではない瞳を真っ直ぐツカサに向けて、軽くため息を吐くとポツリと告げた。

 

 

「魔女教」

「! マジかよ。知ってたのか。ってか、聞いてたのか?」

「別に。誰からも聞いちゃいないかしら。元々、屋敷の連中と親しく話す関係でもないのよ。ただ、あの不埒な連中が、屋敷の周りをうろついているのは知ってるのよ」

 

 

魔の気配。

それを察する事が出来たのか。

 

それなりの大人数である筈なのに、ラムの千里眼を用いても、ツカサのテンペストが無ければ発見に至らなかった、と断言できる程、隠密に行動してきているあの集団をベアトリスは禁書庫内に居ただけで、察知した、と言う事なのだ。

 

やはり……ベアトリスは強大な力を持つ。

それはツカサは勿論、スバルだって解っている。

 

あのラムを連れ帰ったループの時、ロズワールとぶつかり、ラムから身を護ろうとしてくれたベアトリスをスバルは見ているから。

変人ではあるが、王国筆頭魔導士であるロズワールにも勝るとも劣らない……、態度だけを見れば、ロズワールよりも上だ、と思わせてくれる程の力を持つベアトリスを見ている。

 

 

――――でも、力だけじゃない。それ以上に見ている事があるのだ。

 

 

 

 

 

「そこまでわかってんなら話は早いぜ。とにかく、お前の言った通りの状況だ。エミリアにも色々小細工打ってる。パックだって協力してくれてる。だから、後はお前も一緒に……」

「ベティーはいかないのよ」

「ッ………」

「あ?」

 

 

スバルの申し出に、間髪入れずに返答したベアトリス。

拒否と言う返答をしたベアトリスに呆気にとられるスバル。

 

ただ、ツカサだけはただ苦虫をかみつぶしたような表情をしているだけだった。

 

 

「ベティーはいかない。そう言ったかしら? いくら理解が追いつかないお前の頭だったとしても、言葉は解る筈なのよ。ベティーは、ここに残る。この屋敷、禁書庫からでていくつもりは毛頭ない。それだけでも理解して、とっとと出ていくかしら」

 

 

ベアトリスはそう言うと、……クルルでさえ、解放した。

突き放す、様なやり方ではないが、抱きしめていた腕から、クルルを解放した。

こんなに早く、解放されたのは初めてだったので、クルルも心配そうにベアトリスの顔を覗き込んだ。

 

その時だけ、ベアトリスは笑みを浮かべた―――気がした。

 

 

 

「まて、まてまてまてまて! お前、やっぱ状況が見えてねぇんだな!? ここはヤバイ。連中が何をしようとしてるか、お前は知らねぇんだよ!」

「あの不埒な連中が何をしでかそうと、ベティーには関係ないし、自分の身くらい自分で守れるかしら。ベティーはここに残る。これ以上議論するつもりもないかしら」

 

 

 

ぴしゃり、と言ってベアトリスは解放したクルルを再び優しく触ると、ツカサの方へと向けた。

 

 

「行くが良いのよ。…………」

 

 

最後の方は、極めて小さな声だった。スバルには勿論、ツカサにも聞き取れない程消え入りそうな声だ。だが、傍にいたクルルにはハッキリ聞こえていた。

 

【また、会えたら……】

 

とベアトリスは呟いたのだ。

 

 

「ベアトリスさん」

「……誰がなんと言おうと、お断りなのよ。もうこれ以上は禁書庫も開かない。そう、誰がきたとしても、この禁書庫には立ち入らせない」

「―――オレは何ひとつ納得しちゃいねぇぞ。ベアトリス、ツカサ」

 

 

スバルは一歩、前に出る。

ツカサが何処か仕方ない……とんな様子、風貌だったからこそ、スバル自身が前に出たのである。

 

 

「オレは何だろうとお前を連れて行く。それだけだ!」

「……まだそんな事を。ただのニンゲンが何ほざくのかしら。守って貰わないと直ぐ消し飛びそうな貧相な分際で」

「それは否定しねぇ。だがよ。それでもお前は、どんなに強くて、どんなに可愛くても、オレの眼には、小さな女の子なんだよ! そんな子を、こんな危ねぇ所に残したくなんかない! 他にいらねぇ!」

 

 

幾度もベアトリスには吹き飛ばされた。

マナを徴収された事で、身体をメチャクチャにされた事だってあった。

ベアトリスの強さは、それなりに知っているつもりだ。

 

だがそれでも、圧迫感で気圧されそうになってでも、スバルは踏みとどまる。

 

 

ベアトリスは、それを聞いて思わず痛みをこらえる様な顔つきで目を瞑った。

あの表情―――スバルは見た事がある気がする。

何度目のループだったか、定かではないが、それでもこの顔は覚えている。

 

 

「……ベティーはいかない。これ以上何も惑わすのは止めて欲しいかしら。お前は強情で、何よりも傲慢。大罪の名、それが今のお前には相応しいのよ!」

「強情だろうが傲慢だろうが、関係ねぇ! オレは間違っちゃいない。お前は間違ってる!」

「スバル!」

 

 

ツカサは、スバルを手で制する。

 

 

「ッ……そうだろうがよ! 何で、今にも泣きそうな面してる子を、駄々こねてるだけの様な小さい子を危ない場所に残していけるんだよっ!! お前だって、ツカサだって解ってるだろっ!?」

「解ってないのはスバルの方だ。ベアトリスさんを、更に苦しめてるのもスバルだ」

「ッ―――! 苦しめる? どう言う事だよ」

 

 

ツカサは、真っ直ぐにベアトリスを見た。そして、その瞳を数秒間見た後……スバルに向き直す。

 

 

「もう、忘れた訳じゃないだろ? ―――……契約」

「ッ―――」

「あの巨獣の言葉。全てを滅ぼし、終焉を齎すかの様な巨獣の存在。あの時の事―――もう、忘れたのか?」

 

 

ツカサの言葉を聞いて、スバルは目を見開いた。

それは、スバルだけじゃない。ベアトリスも同様だ。……だが、そんなベアトリスの顔は見えない。

 

 

「契約に従う。契約を破る。……その重みをオレ達は知っている筈だ」

「ッ、だ、だからと言って!」

「そうだよ。だからと言って、ベアトリスさんを1人に残していけないのはオレだって同じだ。……だけど、何も知らない状況で、何も契約の事を知らない状態で、何に縛られているのかもわからない(・・・・・・・・・・・・・・・・)状態で、食い下がるのは間違ってる」

「ッ!」

 

 

巨獣を相手にした時、アレは世界を滅ぼすまで止まらない勢いだった。

一体なぜ、そうするまでに至ったのか? その原因は?

 

 

直ぐにハッキリした。

エミリアが――――……。

 

 

だから、戻ってきた。

エミリアを失う事を拒絶するのは当然だが、結果として、あの時の巨獣の契約を護らせる為にも繋がった。

契約の重さ。それは大なり小なりあるだろうが、最大級を自分達は味わった筈なのだ。

 

 

全てを犠牲にする。世界をも喰らう程、重たいモノだと。

 

 

「ベアトリスさん」

「―――――」

 

 

ベアトリスの顔はツカサは視ずに、続ける。

 

 

「貴女が何に縛られているのか。貴女の契約の根幹は何なのか。オレ達は知りません。禁書庫を護る(・・・・・・)。それくらいしか知らない。だからこそ、貴女を強引に出す事も。本当の意味で(・・・・・・)出す事も、出来ないと思ってます」

 

 

そう言うと、振り返って告げる。

 

 

「でも、忘れないで下さい。オレか、スバルか。……絶対に、貴女を解放して見せるって」

「―――要らぬお節介、かしら」

「駄目です。もう。……もう――――」

 

 

 

 

 

 

――――貴女が悲しんでる顔を、見てるから。

 

 

 

 

 

 

 

ツカサはそうとだけ言うと、再びベアトリスから背を向けた。

そして、クルルはその肩に乗った。

 

スバルの肩をそっとツカサは叩き、横切るって、禁書庫の出口、アーラム村に繋がる扉の方へと向かった。

 

 

「―――ああ、そうだよ。オレは行き当たりばったりで、ただただ感情に流されるだけで、だからと言って兄弟みたいな力もない。我を押し通すだけの力も持ち合わせていない」

 

 

スバルは拳を握り締める。

ベアトリスを連れて行く。それが無理だと解らされて、押しつぶされそうな気分になる。

ベアトリスに吹き飛ばされた時よりよっぽど痛く、辛い。

 

そして、それはツカサ自身も同じ気持ちだと言う事も、解っている。

駄々こねるだけの子供である事は、もう止めたから。

 

 

愛する人が出来た。愛してくれる人が出来た。

ならば、大人にならなければならない。

 

 

無論、スバルの出来る範囲内ではあるが。

 

 

「ベア子。オレからも言う。これだけは覚えとけ」

「…………」

 

 

ベアトリスは視線を逸らせる。

ツカサとはまた違うその雰囲気。

特に、惑わされる気分になってしまうから、直視に堪えなかった。

 

 

 

「スゲー力を持つ兄弟が。ベア子やパックでさえ一目置いて、……それ以上な男ツカサが。お前を解放する男の中に、このオレの名を言った」

「――――たまたま、ここにいる男がお前だけだった。それだけの事なのよ」

「んなもん知るか! 兄弟が、自分かオレか、どっちかがお前を連れ出すって言ったんだ。―――オレの名も、言ったんだ」

 

 

小さい自分の力を、また信じてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「精々カクゴしとけよベア子! お前をいつかそこから連れ出して――――、その綺麗なドレスが泥まみれになるまで、遊び倒してやっからな!」

 

 

 

 



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エミリアだまくらかし作戦開始

ペテさんに早く会いたい(∩´∀`)∩

でもまだ………(´;ω;`)ウゥゥ


怠惰怠惰怠惰ぁぁぁ(゜-゜)


2人の男が視界から遠ざかってゆく。

それを口に出したはずだ。口に出し、望んでいる様に伝えた筈だ。

 

新たに出来た友。……ひょっとしたら、悠久の時をにーちゃと慕うパックの様に、1番にはなれないかもしれないが、共にあれるかもしれない大精霊クルルを突き放してまで。

 

 

「――――――」

 

 

扉が開かれる。

そこを潜れば、もう入ってこれない。

この屋敷……いや、村から出ていくというのなら、もう二度と帰ってこない可能性だって大いにありうる。

不埒者だと一蹴したが、魔女教が齎してきたものが一体どれ程のことなのか、ベアトリスは知っているから。

 

もう―――二度と………。

 

 

 

 

「――――いか………」

 

 

 

 

ベアトリスは手を伸ばした。

その姿を、2人の男たちが見たのなら、きっと踵を返して戻ってくるに違いない。

声が届いたのなら、戻ってくるに違いない。

 

だが、ベアトリスはそこまで。それ以上先へは進まなかった。

 

 

 

「―――さよなら」

 

 

 

別れの言葉を告げる。

聞こえたとは思わないが、なんの因果か、あるいは単なる偶然なのか、その言葉を発した直後に空間は歪みを見せた。

それ即ち、もう2人は扉の先へと行ってしまったということ。

 

ベアトリスは2人がいなくなったら、禁書庫との繋がりを強制的に断つつもり……だったのだが、マナを練ることがなかなか出来ない。

頬に涙が伝う。

 

なぜこんなものが流れると言うのだろうか……?

望み通り、出て行った筈……なのに。

 

 

 

「―――お母様。ベティーはいったいいつまで………。おかあ、さま。おかあ、さま」

 

 

 

 

それはまるで縋るように。迷子になった幼子のように。

クルルを抱いていた腕の中には、再びいつもベアトリスが持っている分厚い本が収められている。

 

もう誰にも届くことのない世界から隔たった空間で、ベアトリスの悲痛な声が静かに響く。

 

彼女の本当の願い。

それを聞き入れる者は誰もいない。

叶えてくれるものもいない。

 

ただただ、腕に抱かれている黒い本に問いかける。

そして―――何も答えてくれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どわぁぁぁぁぁ!!」

「っ、っと」

 

 

普通に歩いて扉から出た筈―――だったのだが、突如宙に投げ出されてしまった? ような感覚に見舞われる。

ペトラの家の扉から禁書庫へと入った筈。だから、出ていくとしたら、そのままペトラの家から出る筈なのだが……。

 

 

べしゃっ! とスバルは転倒。

ツカサは何とかキープ。

 

空間を超えることによる歪みか、感覚がおかしくなるのか、兎に角変な感じがした。

ロズワール邸とは勝手が違うと言う事なのだろうか。

 

 

「君にはたびたび驚かされるよ。スバル。突然光と共に出てきたは良いが、よもや地に飛び込むとは思いもしなかった」

「うっせーー! 好きでダイブしたわけじゃねーよ! 兄弟と比べてんのなら今はまだ修業期間中だ」

「そうか。……なら、私も似たようなもの、なのだろうね」

 

 

ふっ、と笑いながらユリウスはスバルの手を引っ張り上げた。

 

 

 

「ユリウス。ネクトで視ていてくれてると思うけど、オレのテンペストに変化はあったかな?」

「いいや。大丈夫だツカサ。まだ動きはない」

「了解。………」

 

 

 

いつもであれば、ツカサの方が先にスバルに手を差し出し……となりそうな場面なのだが、どこか心此処にあらずと言った様子だ。

 

その様子だけでもよくわかる。

 

 

「そろそろ、時間も迫ってるね。ラムたちにも再確認しておくよ。あ、スバル大丈夫?」

「ああ。また戻ってきたら、ベア子にドリルびょーんの刑にしてやろうぜ兄弟」

 

 

ツカサは、そうだね、と笑いながらこの場を離れていった。

 

 

 

「……上手くいかなかったのだね?」

「ああ。だめだったよ。どっちが強情なんだっつーの、って感じでよ。兄弟……、ツカサの方はまぁ、結構気にしてると思うけど、まぁその辺は大丈夫だって思って良い。オレみてーに引きづったりしねーからよ」

「そこは疑ってはいないさ。無論、彼の背は守らせてもらうがね」

「け―――っ! オレだって修業明けにゃ、現代知識駆使したチートプレイしてやっからな!」

 

 

軽口で誤魔化しているが、スバルも相応に気にしている。当然だ。

だが、大人であろうとした事と、ツカサの事も考えているから、いつもな軽口男っぷり、空気読めない発言男っぷりを発揮するに至ったわけだ。

 

 

スバルもそうだが、どちらかといえばツカサの方。

ベアトリスを連れていけなかったのは、これで2度目になる。

 

 

最初は、ラムを――――ラムをあの絶望の袋小路の場面から連れ帰った場面。

ラムばかり意識してしまって、忘れがちになりそうな気もするが、あの場にはベアトリスもいたのだ。

 

ラムも一緒に連れていく時に、複数の時間遡行(ロード)をした事がなく、見えない敵もいて、不確定要素を増やすわけにはいかない事もあって、ベアトリスを連れていく事はしなかった。

 

ベアトリスは 何も言わなかった。過去に戻るような力を示唆しだした時、唖然とはしていたが、口を一切挟む事はなかったのだが、ただただ悲痛な表情をしていた。

今回のそれと何ら変わらない。

 

 

「うーむ、やっぱり駄目だったんだね」

「パックか」

 

 

ひょっこりとユリウスの後ろから現れたパック。

ひげを触りながら、土まみれになってしまってるスバルを見て……少し疑問。

 

 

「あれ? 手酷くベティーに追い払われた、って感じじゃないね。ほんとにただ転んだだけ? なんで?」

 

 

スバルにグサッッ! と突き刺さる一言を、この見た目愛玩動物は、言ってのけた。確かにすっころんだだけだ。恰好は最高に悪い。

 

流石は、癇癪で世界を滅ぼす様な化け猫だ。腹黒い。

 

 

「あーあー、ユリウスに次いでお前もかよ、パック! ったく、兄弟くれーじゃねぇか。情けかけてくれてんのは」

「……まぁ、彼は優しい。優しすぎる所あるし? 今もベティーの為に心じゃ泣いてくれてるのがわかるしね」

「……オレも同じ気持ちだ、ってだけ言っとく。……クソ、契約、契約か。一体何処の誰が、あんな小さな女の子を縛りつけてるってんだ」

 

 

ヤキいれてやる、と憤慨するスバルだったが。

 

 

「結構実力つけて実行しないと、超あっさり返り討ちに合うだけだよ、ってだけ言っとくね? 契約についてやその他諸々、僕から話す事は出来ないし、ベティーの件については、ここまでにするよ」

「わーーってるよ。……契約ってもんは、パックやベア子。お前らみてーな、すげー精霊を縛る程重いもんだって、実感してっからよ。……最近のオレが聞きたくない単語ランキング1位になっちまってるけどな」

 

 

この2人の不思議な男の子たちは、本気で心配をしてくれているのがパックにはわかる。

片方は、相応の力を持ち合わせているからこそ、出来る事、と理由付けすることが出来そうだが、もう片方は吹けば飛んでいくような弱者だ。自分の身すら守るのも難しそうな一般人が、戦場に赴いて、他に気に掛けるなんて、そうそう出来る事じゃない。

 

勿論、巨大な力を持つもう片方の男の影に隠れて……であれば、出来なくもないと思うが、そういう気配はもう見えない。

修業、と本人がいうように強くあろう、強くあろうとしているのがわかるから。

 

そうしないと――――救えない事がわかっているから。

 

 

そんな不思議な男たちだからこそ、パックもある程度は歩み寄るのだ。

 

 

 

「大丈夫だよ。ベティーが禁書庫に残るのはさ。悪い案じゃない。知らずにベティーの【扉渡り】を破れるとは思えないし、屋敷の中なら自衛の手段だってある。残るって決めたベティーを信じてあげて」

「あいつに何度ぶっ飛ばされてるって思ってんだ。今更力量を疑っちゃいねーよ。……ただ、オレは連れ出したかった。あんな悲しそうな顔をする女の子をほっておけなかった。駄目かよ」

「ダメ、とは言わないけど、我を通すのなら、わがままを通すのなら、相応の力が必要だよ。……ツカサだって連れ出す事はしなかった。つまり、足りなかったって認めたって事でしょ? 君が目指してる頂にいる彼が引き下がっても尚、君はわがままを通そうとする? まだまだ半人前以下なのに?」

「――――大精霊様」

 

 

容赦のないパックの発言に、こわばりを見せるスバルを見て、これまで黙っていたユリウスだったが、口を挟んだ。自身が以前スバルに突き付けた現実ではある……が、前に進もうと足掻き、前進をし、認め始めている男を少しでも……と。

 

そんなユリウスの事を、パックはわかっていたのだろうか、その長い尻尾を抱きしめてスバルに告げる。

 

 

「ごめんね。別に意地悪をしたいわけじゃないんだ。君たちには感謝してる。ベティーの事もだけど、リアの事も。ホントだよ」

「大精霊様のお言葉は確かに辛辣ではある。……だが、真理だ。受け止め、前に進むしかないだろう。今、君が兄弟と呼び、目標と定めている男の様に」

 

 

スバルは顔を上げた。

ほんの少しだけ、下を向いている間に、もうツカサは次にできる事を、しなければならない事を実行しているのだ。

無力を理解して、それでも進んでいるのだ。

 

ならば、止まってなどいられない。

 

 

「そろそろ、だったよな? 合流すんのは」

「ああ。まだ、かの風には変化はないがそろそろ……む」

 

 

テンペストに反応があったのだろう。ユリウスは顔を顰める。

そして、それは離れた位置にいたラムやツカサも同じ。

 

 

少し速足で、ラムとレム、そしてツカサは戻ってきた。

 

 

「捉えたわ。森に入る一団を確認。……あの間者もね」

「うん。オレも視えたし、感じた」

 

 

 

もう、後ろを向いている暇はない。

 

ここから先は、ミスをするわけにはいかないから。

 

 

 

「あとで、ベア子にはお仕置き悪戯100連発だ。計画を実行に移そう。行商人たちと合流して、村のみんなを避難させる。エミリアに聞かせるシナリオは話した通りだパック。よろしく頼んだ」

「ん。大丈夫。オレは悪戯なんかするつもり無いけど。皆は勿論、村にも屋敷にも手は出させない。封殺して、魔獣(ウルガルム)の餌にするつもりだ。森は血で汚れるかもだけど、それだけは許してほしい」

 

 

あの優しいツカサが、凶悪な表情を作る。それに戦慄を覚える――――者はもう誰もいない。

魔女教に対して、並々ならぬ憎悪を持つ事をもう知っているからだ。

 

 

「ベアトリス様にいたずらするだなんて、とんだ変態野郎ね、バルス」

「ぅおい! いい感じで意気込んだんだから、水ささねーでくれよ、姉様! つーか、オレはロリコンじゃねーからな!」

「大丈夫です! スバル君は素敵です!」

「レムの無条件ベタ褒め、突き刺さる心に優しくて、嬉しいのは嬉しいが、ちょっち恥ずい!!」

「ふふ」

 

 

盛大な抗議を入れたスバルだったが、いい具合に力が抜けたのも事実だ。

無論、ツカサも例外ではない。ベアトリスの事魔女教の事、余計な力が入ってしまっていたから。

 

だが、今はもう皆柔らかい表情だ。

 

 

「よっしゃ! パック! エミリアはこの小一時間、外の事は気づいていない。それは間違いないんだよな?」

「うん。それは大丈夫だよ。ぐっすり……ではないけど寝てるから。心労の方が心配だったから、ボクがちょっと多めにマナを吸って寝かせておいたんだ。それにほら。ひょっとしたらスバルが氷漬けになってたり、連中に串刺しにされてたり、細切れにされてたりして、それをリアが見つけたら、ショック受けちゃうかもでしょ? それは可哀想だから。―――リアが」

「おめーまでブラックジョークすんのやめれ!」

 

 

少々小言が長い気もしなくもないが、許容範囲ではある。

 

 

 

「フェリスやヴィルヘルム様、鉄の牙の皆、そして村人たちも心の準備はできている。あとは、君の始める号令を待つだけだ。……無論、私も同じだ」

 

 

 

力強くうなずかれ、スバルは村の中央へと目を向けた。

皆も同じくスバルに視線を向ける。

 

沢山の命を背負っているのだ。例え兄弟……ツカサが一緒であったとしても、掛かる重圧はとてつもない。

だが、それでも譲れないものはある。

ベアトリスに対するわがままは通らなかったが、ここからは必ず通す。

 

 

「始めるとしようぜ。……希望の悪巧みってやつを実行するために。――――作戦開始(スタート)だ!」

 

 

 

エミリアを送り出し、憂いを消し、気持ちよく魔女教を殲滅するために。そのお膳立てをここから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パックがいう通り、彼女の今朝の瞼は異様に重かった。

単純に寝不足気味だから……という理由もあるだろうが。

 

エミリアは差し込む日の光が瞼に当たり、微かに感じる痛みを体で受けなければ、きっと目覚める事もなかっただろう、と実感しつつ、目を覚ました。

 

 

「もう、朝……なんだ」

 

 

何度か瞬きをする。まだ夢現な気持ちではあるが、やらなければならない事が多い。

 

王選が開始され、ここから始めるのだと意気込んだは良いが問題があまりにも多い。

自身がハーフエルフだという事もあるが、その他には、突然クルシュ陣営との同盟の親書を受け取った事も拍車をかける。

 

なぜクルシュがと思ったが、すべてそこに書かれていたのだ。

 

 

◇ エリオール大森林の魔鉱石の分譲

◇ 英雄ツカサとの懇意

 

 

話し合いも何もする間もなくすっかり纏まってしまっている事に蚊帳の外のような疎外感を感じるが……そうもいっていられない。

書状の中には、巷で話題に上がっている盗賊団の名も刻まれていたからだ。

民を脅かす存在であり、共にとらえなければならない敵である。

 

そのために自衛、出来うることをと忠告を受け取っている。

 

その盗賊団の残忍さは王都でも有名で、集落全滅、女子供問わずにといった事例も報告されているので、アーラム村の皆も標的になりかねない。

 

だからこそ、フレデリカと共に見回りを増やし、アーラム村にも避難経路として屋敷へ向かってほしい旨を伝えたのだが……、そこでも―――――。

 

 

「わかってたつもりだったけど……、ほんとに、つもりなだけ、だったんだ私」

 

 

認識阻害のローブはここにはない。忘れてきてしまった。

あれは一着しかないから。

 

 

いや、それは単なる言い訳だ。

王選が始まった今、身分を偽ってこのメイザース領に留まる事はない。

隠れて、明かさず、その期間は終わった。始まった瞬間に終わった。決意の証として、あのローブを置き去りにしたのだ。

 

 

だが、結果は―――村人から拒絶をされてしまった。

 

 

ローブをしていた時は、楽しくお話をしていた人たち。

ローブだけじゃない。………スバルやツカサと共にいれば、本当に心から安らげて………。

 

 

 

「だめ。そんな弱気でどうするの、私。……スバルだって、ツカサだって、頑張ってる筈だもの。それに、ツカサに言われたように……スバルと、しっかりお話するためにも、頑張るって決めたんだから」

 

 

躓いてはいられない、と強く握りしめた。

拒絶された。村の総意だと言われた。心に深く傷を残したのは事実。

それから目を背ける事なんかできない。

 

でも、あゆみを止めるわけにもいかない。

 

 

「リア。朝から眉間に皺が寄ってるよ? やる気満々! なのは良い事かもだけど、それじゃ、かわいい顔が台無しになっちゃう」

 

 

そんなときだ。

ふいに声をかけられた。その相手は当然パック。

 

 

「おはよう、パック。今日は早いのね」

「おはよーリア。早寝早起きを心がけようと思ってね?」

「?」

 

 

朝の何気ない会話だった……が、長年共にあり、父と娘と言う程の信頼関係を持つ2人だ。

ほんの些細な違いだったとしても、エミリアは勘づく事が出来る。

 

 

「――――何かあったの?」

「んー、ばれちゃった? それは嘘。本当はリアの事が心配だったから。最近じゃいろいろとあったし。村での事だって大変だったでしょ?」

 

 

微妙に歯切れが悪い、と思ったパックだったが、エミリアは村での拒絶の事を思い返し、パックへの疑念はすぐに消えた。

 

心労と寝不足。クルシュ陣営との突然の同盟にも当然驚いたが、やはりすべてを占めるのはその内容と村人の事だ。

 

恐怖と否定、残酷な言葉こそなかったが、見えない刃となってエミリアを刻んだのだから。

 

 

「大丈夫。もとからわかってたこと、だもん。だから私は、信頼して貰えるように。安心だって思ってもらえる様に。―――もっともっと頑張るんだけなんだから」

「ん―――、わかっててもさ? ほら、例えば転ぶってわかってても転んだら血が出ちゃうし、小さな傷でも積み重なっていけば痛くなっていくんだよ、リア。結果はわかってても、それを実際に味わう事とは別だってボクは思うな。頑張るっていうのも良い事だけど、リアの身体が第一だよ」

 

 

カラ元気で、強引に無理やりに、と無理しているのがよくわかる。

 

 

「でも、それでも私が頑張るしかない、って思うの。皆に強制するなんて、したくないけど、安全を考えたらそれも……。……パックはわかる? 頑張る以外に、どうしたら良いのか。……その、なにを、どう頑張ればいいのかとか……。皆にも安心で、幸せで…………」

 

 

頑張る、という言葉は使っていても具体性がない事はエミリアも理解しているようだ。

ただただ、頑張るという言葉を免罪符に、無茶をし続ける事がわかる。

 

だからこそ、ここ数日は大変だった。傍にいるパックだからこそ、よくわかる。

 

 

「ん―――。ボクがいえるのは、やっぱりリアの好きなようにすればいいんじゃないかな、って事かな。リアが無理して、無茶して、体壊しちゃうのなら、その前にぜーーったい止めるけど、したいことは、リア自身が決めて。それで、ボクはリアが何をしようとずっと味方だから。リアの邪魔する相手はボクの敵。それだけかな」

 

 

誰よりも心強い味方の言葉ではある……が、現状を打破することを望むエミリアにとって慰めにはならなかった。予想していたし、具体的な事を、提案をしてくれたら……と甘えたくもなってしまう。

 

パックの事はよくわかっている。

自分自身のみで完結し、完成してしまっている。

だから、エミリアが望む事、自分以外の安寧、それはすべて二の次になってしまっているのだ。

 

 

「取り合えずさ。どうするにしても、あの村の事はほっておけないんだろうし、まずは金髪の子の報告を待つ事だと思うよ。今朝、村に向かってるって聞いてるし」

「え? フレデリカが? あの子もずっと休んでないはずなのに!」

「ふふ。あの子は、他の青髪の子や桃色髪の子の先輩だからね? 二人がいないときはより張り切っちゃうんだって。それに自分の事は自分で管理できるだろうし、大丈夫だよ」

 

 

パックの冷静なフレデリカの評価を受けて、自分よりはるかに出来るんだろう……と思わず自己嫌悪になってしまう。

幾ら寝不足とは言ってもフレデリカは起きて村へ行っていて……方や自分は寝過ごしている。自己管理ができてない、と言われてるのと同義だ。

 

 

しっかりしないといけない、とやっぱり思う。

 

 

「……パックだけだったら、私もっともっと落ち込んじゃってるって思う。でもね」

 

 

エミリアは、落ち込む度に、思い出すようにしてきた。

今もおそらく頑張っている2人の事だ。

 

 

「パック以外に、私の味方なんだって。ハーフエルフだってわかってても、私の味方だって。頼って欲しいし、助けてほしいって言ってくれた人がいるもん。―――スバルからは、直接聞けてないけど。私、まだまだ頑張れるんだから」

「むむ~~~、おとーさんとしては、複雑な心境なんだよね~。ウチの娘。もっとこう、わる~~い、感じの男の子に簡単に騙されたりしない?」

「そんな事、ありません!」

 

 

エミリアはむくれたが、それでも先ほどの表情よりは良い。

 

そうパックは思い直した後、……作戦開始。

 

 

「―――おっと、リア。屋敷に誰か戻ってきたよ」

「フレデリカ。村のこと、聞いておかないと」

 

 

頑張る、と両拳を握りしめて、エミリアは手早く着替えて部屋を後にする。

普段は、エミリアの身嗜みにうるさいパックなのだが、ここ数日間は細かい指定はしてない。気遣わせている……とエミリアは思っていたりするが、今日に限っては微妙に違う。

そういったほの些細な差異に関しては、さしのエミリアも気づく事は出来ない。

 

 

「あ、ボクはちょっとベティーの顔を見てくるよ。何かあったら呼んでね?」

「えっと、うん。わかった。ベアトリスによろしくね」

 

 

廊下を出てすぐに、パックはベアトリスの元へ行く、と言い残して別れた。

 

先ほどのやり取り―――エミリアが知る由もない事ではあるが、二人とやり取りをしたベアトリス。パックがそれをお願いした立場でもあるので、あとフォローは入れておかないといけないだろう。

 

自然に分かれる事が出来たので、色々と好都合でもある。

 

 

 

「……ベアトリスとも、戻ってから一度も会えてないな。やっぱり、2人を王都に置いてきた事、怒ってるのかな。それにクルルも一緒、だし」

 

 

ベアトリスは、エミリアの目から見れば2人のどちらとも仲が良かった。

とりわけ、精霊クルルとの仲の良さは、一目見れば明らかで、あそこまでベアトリスがはしゃぎまわるのは、パックと共にあれる時だけだったから、エミリア自身もうれしく思っていたりした。

 

そんな2人と1匹を置いて行ってしまった事が、許せないのかな……、そう思うようになってしまったのである。

 

 

だが、今はそれどころじゃない。

一息つく為にも、ベアトリスと話をする為にも、頑張るしかない。

 

そう思い直し、エミリアはフレデリカの元へと向かう。

 

 

 

 

「―――エミリア様。おはようございます」

 

 

ホールにエミリアがつくと、直ぐにフレデリカの顔が見えた。

 

優雅にお辞儀をし、いつ見ても立ち振る舞い見事なフレデリカ。

今日もフレデリカの姿からは、疲労の色は一切見受けられない。

こういうところが自分と違うんだ……と自己嫌悪と学ばなければならない、と言う意欲を同時に合わせ持ち、頭の中でぐるぐる考え込んでいた為、エミリアはすぐ隣の人物に気づくのが遅れてしまった

 

 

「エミリア様、お客様がお見えになっています」

「えっ」

 

 

フレデリカの方へと歩いていく際も、ずっと考え事をしていた。

そのせいで、言われるまで気づけなかった。

 

 

「エミリア様、突然の訪問をお許しください」

 

 

一段とたくましい体格をした老齢の男が立っている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり―――森の中。

 

 

 

「ラム。絶対無理しないでね」

「大丈夫よ。ツカサもラムと一緒に居た方が、色々と燃え上がるでしょう?」

「あ、あははは。……うん。そうだね。まずは害虫駆除からやろうか」

 

 

ツカサのテンペストとラムの千里眼。

合わさったこの警戒網を潜り抜けるのは、最早魔女であってもできはしない、とラムは思う。

 

事実、魔女教が動いたのがわかったからだ。

 

1人はあの洞窟から飛び出してきて。

もう1人は、森の中で待機していて。

行商人に扮したあの男が動く様子はまだ見せないが、事前に配置するつもりなのだろう。

 

 

更にもう1人、1人……ガサガサ、とまさに害虫の様に群がってきている。

スバルに聞いた話だが、こういう不快感を持つ害虫の名をGと言うらしい。

Gは決して好きになれない、消滅させるべきものだ、とツカサは改めて思った。

 

 

そんな害虫が複数人揃い、アーラム村を目指しているのが解る。

 

 

作戦遂行の障害にならない為にも、ここで求められるのは気付かれずに殲滅。

静かに忍び寄り、その命を絶つ。

 

本来なら、ラムは聖域避難組と共に行動を―――だった筈だが、大規模な戦いにならない小競り合いなら大丈夫だ、と自己申告をした。

当然、フェリスは難色を示し、無論ツカサも同様だったが、ラムが押し切った形である。

 

 

「ラムには指一本触れさせないよ」

「大丈夫よ。ラムも触るつもりはないわ。ラムに触るのも、ラムに触れて良いのも、もう塞がっているもの」

 

 

足りないマナは、クルルを介した新たなるマナで代用する。

極小のマナだけで、相手の急所、首の頸動脈を裂く。

 

 

離れた位置ではユリウス達が始末する。

静かに、一言の悲鳴さえ上げさせず、ただただ、その命を奪っていく。

 

 

 

例え小規模だとしても、万が一にでも散って村人や自分達に被害がないように、少数精鋭で殲滅していった。

 

 

 

 

 

「―――――ん。エミリアさん、かな」

「ええ。バルスがちゃんと騙して連れてきた様ね」

 

 

 

あらかた殲滅し、森で動く者はもういない状態にした後、再びテンペスト・千里眼を発動させる。

作戦通り、エミリアは屋敷から出てきたようだ。フレデリカ、ヴィルヘルム、そしてローブを身に纏ったスバルも一緒。

 

 

「一度戻ろう。ラム、お疲れ様」

「ええ。……この程度なら、この後もツカサについて行っても問題ないわ。まったく」

「……ごめん。いや、お願い。お願い、だから……」

「……ふふ。冗談よ。だから、そんな悲しそうな顔しないで。ラムは離れたくないけど、ツカサのそんな顔を見たいわけでもないから。……心配をしてくれているのは嬉しい」

 

 

ラムの言葉にほっと胸を撫でおろす。

 

 

 

「心臓に悪いよ。スバルじゃないけど、悪趣味な冗談はやめてくれると嬉しい」

 

 

 

 

ツカサは苦笑いをしながら、ラムにそう告げるのだった。

 

 

 

 

「ユリウス、フェリス。ネクトでもう既にわかってると思うけど、誰もいないから、一度村に戻ろう」

「ほいほーい。やー、ツカサきゅんってば、素早く殺っちゃって、その後の死体処理までバッチリじゃん? ほんとどっかの国の暗殺者だったりする? って思っちゃうよ」

 

 

近づいて、氷漬けにして砕く。もしくはラムの様に鋭利な風の刃で命を両断する。色々な手段を取ってきたが、フェリスがいうのはその後だ。

 

ジ・アースを利用して簡単な地形操作をし、エクスプロージョンで火を起こして燃やして土中に埋めた。痕跡を限りなく残さないやり方だ。

これなら、万が一 警戒を解いた時にここを通った魔女教の連中がいても、気づく事はないだろう。

 

 

「さすがにそれは人聞き悪いよ………。一応、ルグニカの偉い人から、勲章みたいなの、受け取ってる身分なんだけど……」

「勲章みたいなの、じゃにゃくて、勲章にゃの。文句なしのこの国でいっちばんすっごいやつ。フェリちゃんも欲し~~。クルシュ様がほめてくれるにゃ~~」

「ならば、団長のいう通りに従い、騎士として武勲を積み重ねていくしかないだろうな。フェリス」

「にゃにゃ! それはちょっと~~―――――……」

 

 

ユリウスのいう事も最もなのだが……、フェリスには何やら色々あったのだろう。

フェリスの様子を見ていたらわかるというものだ。

だが、ツカサは特に突っ込む事はしなかった。

 

 

「フェリスの意見はともかく、私もツカサを見てまだまだ学ぶべき事が多い、と思える。日々精進だ」

「光栄だよ。本当」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、エミリア達が村に到着した後少し遅れて、ツカサ達も戻った。

 

因みに、スバルはエミリアに帰ってきた事を明かす予定はない、としてる為、自ずとツカサ自身もエミリアとの再会は後回しにしている。

連鎖的にレムとラムも同様なので、エミリアはこの場に4人が戻ってきている事は知らない。

 

 

 

そんなエミリアが今、困惑しているようだ。

また、スバルが何かしたのか? と思えたがどうやらそういうわけでも無さそう。

 

 

 

いや、困惑している、と言うよりは驚いている、と言うのが正しかった。

 

 

 

 

「―――よろしくお願いします、お姉ちゃん」

 

 

 

 

エミリアの前には、村の子供たちがいる。

どうやら、今 竜車に乗るように促されている様だ。

 

子供たちと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど。小賢しくも、少しは考えている様ね、バルス」

 

 

 

その意図を一番最初に理解したのはラムだった。

 

 

「あ……、そういう事か」

 

 

少々遅れてツカサも納得。

 

 

 

「やっぱりスバルは良い男だ。ね? ラム」

「ラムにはツカサがいるもの。バルスなんて眼中に無いわ」

「………それは、嬉しいんだケド、流石にスバルが、ね」

 

 

可哀想……と思うツカサだったが、ラムは意見を曲げない事もわかるので、最後まで言い切るのではなく、ただただ苦笑いをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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純粋無垢な優しさ

 

 

 

「―――よろしくお願いします、お姉ちゃん」

 

 

それは、ツカサ達が見た光景。

エミリアが驚いた理由。

 

ぺこり、と頭を下げる赤みがかかった茶髪の少女に対して、である。

竜車はあと1台しかない。他の竜車はもう出て行ってしまっている。だが、目の前には子供たちが取り残されている。

親御さんはいったい何処にいるのか? 何をしているのか? と様々な思考で頭の中がいっぱいになってしまっていた。

 

幾ら、それなりに見知った相手で、名前もわかっている相手だとは言っても、それはあの(・・)ローブを使っていた時の事だ。

認識を逸らしていた。自身がハーフエルフだということを隠して付き合ってきた。

もう、全てがわかった今――――。

 

 

「えっと、これって何かの間違いじゃない? 変よ」

「いいえ。変ではありませんわ、エミリア様。……厳正なる話し合いの結果、この様な割り振りとなってしまいましたの。王都へと向かう組も相応に警戒をしておかなければなりませんし、人数制限の兼ね合い状、この子たちと一緒に乗ってもらうしか無いのです」

 

 

不安に駆られるエミリアに対し、淡々と説明を続けるのはフレデリカ。

本当に何でもない、いつも通りな雰囲気で、何も特別めいた事ない、と言わんばかりに。

 

だが、幾らフレデリカがいつも通りの雰囲気だと言っても、エミリアはそうはいかない。

彼女にとってはいつも通り(・・・・・)じゃないのは明白だからだ。

 

王都まではそれなりに時間がかかる。以前、少ない人数で相応の走力を持つ地竜に引いてもらった竜車でも、時間はかかった。

 

それはつまり、この子達と数時間共に過ごすという事に他ならない。それも竜車と言う密室で。

 

エミリアの驚きは、自分の事よりも子供たちに対してのものでもある。

自分と一緒に居る事、同乗すること、それはこの子達やその親御さんたちへの配慮に欠けているのではないか? と。

 

如何に頑張れる! と今朝言っていた通りだとしても、それは自分の範囲内しか無理だ。他人を不快に思わせないように頑張る―――事は出来ない。

 

嫌な思いをする事。……自分は耐えれるかもしれないが、この子達が可哀想だ。

 

 

「今からでも、他の竜車に分けてのせてあげられない? その方がこの子達だって……」

「―――誰だって、自分と一緒に乗るのは嫌がる筈、ですか?」

「っ………」

 

 

エミリアが、なるべくその言葉をはっきり言わない様に、遠回し、遠回しに告げようとした時、まるでそれを見越していたかの様に、内心を先読みされてしまった。

 

それは、屋敷から一緒に来た隊員の1人。

 

今朝、屋敷へとやってきた老齢の男性は、当初、初めて出会った時は御者をしていた男。

クルシュ陣営に所属している部隊の隊長、ヴィルヘルム・トレアスだった。

森に潜む大犯罪者集団を追って、ここまで来たとの事だ。それは親書にも書かれている内容と一致しているから、疑ったりしてないが、急を要したのは、今まさに内心を読んで見せた彼の登場によってだ。

 

 

 

―――曰く、森に奇妙な動きがあったらしい。

 

 

 

もう、一刻の猶予もない、と思わせるには十分だった。

クルシュ陣営に、クルシュにばかり頼ってられない、自分も残って対応を、と思っていたエミリアだったが、その時間も惜しい。

 

今もそうだ。押し問答している間に、もしも―――誰かがケガをしたら? 自分の領地で、領民を守り切れなかったら? と思ったら、即断即決すべきだと思うが、こればかりはなかなか頷けない。

 

これまでの長い長い歴史が。―――決して浅くない傷が、心に深く浸食し、蝕んでいるのだから。

 

だが、そんなことは関係ない、と言わんばかりに、彼は続ける。

 

 

「それ、この子達に確認した事がありますか? 嫌われてるんだって、嫌がられるんだって、勝手に思い込んでしまっているだけでは?」

 

 

村で一緒に遊んだ時、最近では雪まつりを盛大に行った時。本当に楽しそうだった。

でも、それは自身を認識していなかった為だから……。

 

 

「……そんなこと、聞かなくてもわかってるの。だから、それがお互いの為だって」

 

 

改めて、確認することを恐れてしまう。

 

パックがいった通りだ。解っていても、言われると解っていても……実際に言葉と言う刃で切り刻まれるのは、痛い。……とても。

 

そんなエミリアの葛藤を一笑するかの様に、彼はさらに告げた。

 

 

「ここにいるのは子供6人、竜車は1台。……こんな所で躓いてちゃ、君の願いをどうやって叶える?」

「っ――――。あ、あなたは」

 

 

エミリアは、彼は自分の事を知っているのか? と問おうとした。

話しぶりを聞いていて、エミリアはそう感じたからだ。

背を押してくれている様にも見えた。

 

そんな人―――初めて会う(・・・・・)人の中では、彼だけだったから。

 

 

続いて、彼はエミリアから視線をそらせると、ペトラの前に片膝をついた。

少女の視線に合わせて、静かに問いかける。

 

 

「どうだ、ペトラ。君はあのお姉さんと、一緒の竜車はどうしても嫌か?」

「っ――――」

 

 

解っていたって痛い。

そんなわかり切った事を、どうして彼はいうのだろうか。どうして意地悪をするのだろうか。

 

ただただ、傷つけられる質問の答えを――――。

 

 

「そんなことないよ?」

 

 

向けられるのは、傷つけられる筈の言葉だった。

だが、おかしい。いつまでも痛みが来ない。言葉が刃となって来ない。

 

 

「わたし、お姉ちゃんと一緒なの、嫌だなんて思わないよ」

「………え?」

 

 

空耳だったのだろう、聞き間違いだったのだろう。

次にこの少女が言葉を発する時が……と身構えていたエミリアだったが、それは来なかった。

ただただ、言葉の意味をしっかり把握するのに時間を要した。痛みのない言葉。いや、その逆だ。

温もりがそこにはある。温かくて、心地よくて………、だが、驚きを隠す事が出来ない。

言葉の意味を理解し始め出したら猶更だ。

 

そんな驚きのあまり、硬直しているエミリアに、ペトラは、はにかむように微笑んで告げた。

 

 

「お姉ちゃん、お芋のハンコのお姉ちゃんでしょ? いつもスバルと一緒に、朝のラジーオタイソー見に来てくれてた」

「それ………は……」

「えっと、後はほら! ちょーっと……変わったが猫ちゃんの雪の像、作ってたのもお姉ちゃん、だよね? あはっ。ツカサが教えてくれなきゃ、わかんないよー、って楽しそうにしてたのも、わたし、覚えてるよ」

 

 

アーラム村での恒例のラジーオタイソー。

スバル主催で始めた朝の日課。エミリアの付き合う様になって結構長い。

 

そして、自分達の事情でみんなに迷惑をかけた……雪祭り。その事情、詳細は省くが、その時も皆で楽しく過ごす事が出来たと思う。

話しかける事は出来なかったが、傍にいて、みんなの楽しそうな姿を見て、それだけで満足だった。

その時の自分を―――目の前の少女は見ていてくれた……。

 

 

「いつもお顔は見えなかったけど、お姉ちゃんが楽しそうにしてたの、わたし知ってるよ? スバルも、ツカサも、すごく楽しそうだった。お顔見えないし、何を話してるのかはわかんないけど、あんなに楽しそうに話してるお姉ちゃんを、わたしは怖いなんて思わないよ?」

「………ぁ」

 

 

続けて出てくる少女の言葉は、凍てつかせたエミリアの心をまるで溶かしてくれるかの様だった。

空元気だった。無自覚のつもり―――だったのだが、その深奥ではしっかりと理解していた。凍った心を、空元気で覆い隠し、無理やり動かしてるだけに過ぎなかった。

 

不意に、目の奥に熱いものがこみ上げてくる。

のどが詰まる。

耳が燃えそうに熱い。

 

 

「だから、お姉ちゃん。一緒に乗ろ? みんなが、お姉ちゃんを一人ぼっちにさせようとしてるって言われてたの。でも、わたしは手を繋いでて上げるから。お姉ちゃんは、一人ぼっちなんかじゃないんだよ」

「――――ぁ、う、うん。……うんっ」

「もう、さみしくないよ。皆と一緒にいれば、さみしくない。しなくていいんだよ」

「うんっ……」

 

 

無邪気で無垢。

こんな子に、どうして自分は決めつけてしまったのか。悪意や理不尽の思いを強制してしまっていたのは自分の方だ。

 

その純粋なまなざしに、心から救われる。

胸が苦しくなってくる。

 

自分を知っていて(・・・・・・・・)……こんな風に言ってくれるのは、初めての事だから。

 

 

「オレもっ!」

「おねえちゃんといっしょにのる!!」

「はやくいこーぜー!」

「りゅーしゃだよ、りゅーしゃ! すっげー、かっこいーー!」

 

 

他の子供たちも騒ぎ出した。

少女だけじゃない。この場の子供たち全員の総意だったことが解る。好き放題駆け回っていて、落ち着きがない様子が、本当に心地よい。

 

 

「もー、みんなってば、はしゃいじゃって。……あはは、ごめんね、おねえちゃん。皆うるさくしちゃって」

「……ううん。大丈夫。へっちゃら、です。嬉しい、嬉しい気持ちが大きいから。それに―――」

 

 

いつも、隣にいてくれた人の事を思い出す。

村へと手を引っ張って行ってくれた。この少女……ペトラの記憶に、思い出に残る様に、きっかけを与えてくれた。

 

そして、もう1人。

村を命がけで守ってくれた。

味方だと言ってくれた。

 

2人の男の子たちを思い出して、エミリアは更にはにかんだ。

 

 

「騒がしいのは、慣れっこだから。この2ヵ月で、特に―――ね」

「えへへ。だねっ」

 

 

繋がれた温もり。その心地よさがすぐそばにあることをエミリアは実感する。

 

 

「我儘だったのは、私……だった。ごめんなさい、フレデリカ。えっと、聖域の方は……」

「大丈夫です。エミリア様。順次抜かりなく行っておりますわ」

 

 

王都行に関しては問題ないが、聖域となれば、地理に詳しいものがいかないと案内ができないだろう。あそこは、メイザース家が管理している場所。王国きっての変人……ではなく、筆頭魔導士のロズワールもおらず、諸事情で聖域に赴く事が出来ないフレデリカもいないとなれば……と、心配をしていたが、フレデリカは首を横に振った。

 

手配をしている、と。スカートを摘まみ、丁寧にお辞儀をするフレデリカ。

心配は皆無だ、と言って良い。

 

 

「あなたにも、ありがとうってお礼を言わなきゃ………あれ?」

 

 

 

そして、続いて―――最後に、このやり取りの最大の功労者に感謝を―――と視線を向けようとしたが、彼はどこにもいなかった。

白いローブを来た少年だ。それなりに目立つ色の筈なのに。

 

 

「どこに、いっちゃったの?」

 

 

 

取り残された様なエミリアの声に、フレデリカはため息を吐く。

 

 

「(殿方としては、減点―――ですわよ? スバル様。……致し方なしとはいえ)」

 

 

フレデリカは、自身の右肩を見た。

そこには、半透明……いや、ほとんど透明。そこにナニカが居る事を認識した上で、目を凝らして視ないと、間違いなく視逃してしまう程の存在感が薄いナニカが居た。

 

それは、額に紅玉の宝石があり、緑の身体を持つ……。

 

 

 

「後は、よろしく頼みましたわ。ツカサ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――枝木をかき分け、草地を踏み、駆け足で森の中をかける。

 

隠密行動が原則だ。存在をなるべく隠して行動を―――としていたのだが、今はそれどころじゃない。

 

 

「なぜだ。なぜ、もう出発を……? オレも、オレの竜車もここにあるというのに」

 

 

住人を避難させる為の誘導が行われているのは当然知っていた。

その行商人に紛れていたのだから、当然だ。

 

試練から逃れる為に、この場から逃げる。

 

そんなことはあってはならない、許されない事だ。だからこそ、時間はしっかりと確認し、裏も取り、信用も得てきたつもりだったというのに。

 

その焦燥感が、他にも伝わったのか、無数の黒き存在が一同に集った。

もう、目立つなどと言ってられない。逃すわけにはいかないからだ。

 

 

「……馬鹿な。少な過ぎる」

 

 

だが、ここで違和感を覚える。

事前配置していた筈の信徒たちの数が異様に少ない。

臨機応変に、勤勉に遂行するために、幾重の策を施していた筈なのに、いつの間にか存在が掻き消えたかの様に姿を消していた。

 

 

 

だが、だからと言ってすべき事は変わらない。

焦燥感もある。驚きも隠せれない。だが、すべき事は変わらない。

 

たった4人であっても、行う。

狼煙を上げるには、聊か不足だと言えるが、それでも足止め程度なら十分だ。

予定を前倒しする事になるが、これもすべては尊き意向に従うため。

 

 

その旨を伝えようと、懐に手を入れ、取り出したのは掌に収まるサイズの手鏡。

単に化粧を整えようとする為に取り出したのではない。

それは単なる手鏡ではあらず、俗にいう【ミーティア】。

 

その名も対話鏡。

 

 

遠方の対になる鏡と言葉を交わす為の魔法道具。

希少品なミーティアではあるが、この手の道具としては数が多くあり、入手しやすい。

それでも、持たされるものは、信徒の中では限られている。……信仰心を認められ、その上で、司教様の腹心―――【指先】に選ばれたものだけの栄誉。

 

 

「――――――」

 

 

彼は、手鏡を使用、起動させようとした。

今しがた、数刻前に同志たちに伝えた情報とこの供物たちの行動の大きく食い違った事実を伝えんがために。

 

 

だが。

 

 

「なるほどな。周りとの連絡手段だけが謎だったけど、つくづくミーティアってやつは便利なもんだ」

「スバルのけーたい、ってヤツは もっと凄そうだけどね。なんせ白鯨の出現時間まで解るんだし」

「はっはっは。格が違うってヤツよ。……んでも、道具にばっか頼るってのはいただけねぇな。目の前にいない相手に話すだけじゃなく、こうやって相手の顔を見てコミュニケーションを図る。連絡確認・報連相、企業じゃ重視されてる事だろうぜ。ま、オレまだ学生だけども」

 

「―――!??」

 

 

慌てて後ろに飛びのいた。

丁度、竜車を背にする様に。背後を取られない様に。

 

 

陽気な声が届いてくる。村とは正反対の方角から、黒い霧に紛れて。

 

 

「このローブ必要なかったかもな? 兄弟の隠れ身の術! いや、お見事」

「白鯨の時は白い霧。ここでは薄暗い森。条件が一致しないと、最大の効果は得られないよ。過信する訳にもいかないし」

 

 

まだ、陽気な声が響いてくる―――かと思いきや、突如姿を現した。

黒い霧に覆われていて、わからなかった男が2人。

 

 

「さて、オレとエミリアの感動の再会を邪魔してくれた罪は重いぜ、お前ら」

 

 

それも―――最大要注意人物の一人が。

無論、それは軽薄な戯言をいう方の男ではなく、その隣の――――

 

 

「お前は―――」

「お前()だろうが!」

 

 

行商人に紛れていた魔女教徒―――ケティ。

メイザース陣営での最大最強戦力であるツカサの超接近に、直ぐに臨戦態勢を取る。

 

明らかに無視された感覚満載なスバルが何かわめいているようだが、それどころじゃなく――――。

 

 

「――――遅い」

「!!」

 

 

来ていたのはツカサだけじゃない。

 

後3人いた同志たちは、瞬く間に殲滅されてしまった。

絶命を確信できるほどの血しぶきを上げながら、地に倒れ伏すのをはっきり見たからだ。

 

 

「はいはーい。フェリちゃんの可愛い~手でしっかり隅々まで確認してあげちゃうからネ~」

 

 

続いて、要注意人物が一人。王国で青の称号を持つフェリスも現れ、その傍らには……。

 

 

「フェリス。こちらはすべて片付いた。……が、油断はするなよ」

 

 

王国騎士団、最優の騎士ユリウス。

 

最大戦力のすべてがこの場に集った、と言って良い。

 

 

「抵抗するのはお勧めしない。もうこの場にいるのは君だけ。無用な苦しみを与えるような趣味はない」

 

 

完全に機先を潰されてしまった。

 

 

「こらぁ!! てめー、この期に及んで、オレの事カウントしてねーだろ!!」

「日々精進しないといけないね。君も」

「うっせーーー! 今は修業期間中だって言ってるだろっ!!」

 

 

ユリウスなりの気遣い? なのだが、スバルにとっては火に油だ。

そんなやり取りが続いて、ようやくケティはスバルの方を本当の意味で見た。

軽薄で品がなく、そんな男だが 間違いなく主導者なのだから。

 

 

「グ……、ナツキ・スバル」

「ようやくだな。疎外感バッチリなボッチ気分だったぜおい」

 

 

 

その後、ヴィルヘルムは流れるような動きで、ケティの手を縛り、そして、ご丁寧に竜車を持ってきたようなので、その支柱に縛り付けた。

フェリスもしっかり身体を確認。

 

 

 

「にゃる程。……さっきの奴らには無い術式が刻まれてる。この役者っぷりを考えても、ケティが指先である事は間違いにゃし」

「ぐっ………!」

 

 

男とは思えない愛らしい笑みを浮かべるフェリス。

クルシュに褒めて貰う事を原動力に頑張っているのだろうか。……だが、その愛らしい笑みや優しい手も、一度牙を向けば凶悪極まりないモノになるが。

 

 

指先の一人である事は判明出来た。

足の指はおそらくないから、10本。

内、先ほどの作戦で2本失っているから、後7本。

 

ケティを見下ろしながら、ツカサは告げる。

 

 

「害虫駆除に、大分気を使ったんだ。……よくやってくれた、と褒めて貰いたいもんだ。ケティ」

「なぜ、なぜ……」

「なぜバレた? か? 早い話、お前がスパイだってのは、兄弟やオレがフレンドリーに話し始めた時からバレバレだったんだよ。見つけた方法は企業秘密。……んで、その上でお前を今の今まで泳がせた。その理由……無ぇ頭だったとしても、わかんじゃねーか?」

 

 

スバルは、今の今まで無視されてた勢いだった意趣返しなのか、頭に人差し指を向け、嘲るような顔つきで、見下した。

 

 

「村に行商人に紛れて堂々と入ってくる魔女教。その役割は? ………村の子供たちでも分かりそうなものだけどな」

「っ―――――! 貴様ら、オレを……!?」

 

 

直ぐ横で控えているツカサも嘲笑……ではなく、心底嫌悪し、憤怒もし、今にも殺しそうな雰囲気を出していた。

完全に拘束しても尚、向けられている底知れない殺意。常人であれば、それだけで意識が昏倒しそうなものをさらされ続けるが、腐ってもケティは魔女教、怠惰の指先だ。そこまでの無様は晒さないようだ。

 

 

「そう、そのとーり。そんな大間抜けがいるんだ。折角だから、罠に使ったんだよ。……2時間だ。お前は、2時間遅れのスケジュールを仲間に報告したんだ。……もう、逃れられないぜ。何もかも先回りされて潰される。――――その恐ろしさ、今度はお前らが知る番だ。………お前らに殺された人たちの分まで、覚悟しろよ。破滅まで、待ったなしだ」

「ッ――――――………」

 

 

この時だ。ケティからの表情が消えたのは。

 

驚愕していた筈だった。

混乱し、まだまだ定まっていない筈だった。

 

だが、その表情は消え失せた。

 

一瞬、まるで表情が闇に消えたかの様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――もってきた(・・・・・)

「あん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルは、ケティに睨みを聞かせる。

竜車にガッチガチに縛りつけられ、このまま市中引き回しの刑でも、と思っていたその時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――破滅をお前らに(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目をむき出し、歯を見せながら邪悪な笑みを浮かべ―――やがて、スバルの意識が真っ白に染まった。

 

 

 

 





村の外のケティ。
村の中、行商人モードなケティなら、痴話げんかすんな~と割と話してくれるケティだけど、一度魔女教モードになると無口。

でも、漫画版のケティさんは流暢にしゃべってたり(笑)


(∩´∀`)∩


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捕虜=友達

真っ白。

それしか言えない。

 

ただ、一瞬―――ほんの一瞬、身体が熱く感じた。

それ以外はまるで痛みもなく、苦しみもない。

 

 

―――……ああ、コレが安楽死(即死)なのか。

 

 

何が起きたのか理解していない筈なのに、スバルは本能的に自身が死んだと結論付けた。

 

今、何処か浮遊感を覚える状態なのは、これまででは初めての事。だから、死を意識しつつも、自分がどうなってしまっているのか全く分からない、とも思っていた。

 

この世界に来て、楽な死に方は……あまり考えたくはないが、ロズワール邸で呪殺された時だろう。眠っている間に命を落としたのだから、苦痛も痛みもない。ただ大きな混乱は伴ったが。

 

 

 

―――これからも、どうせ、死ぬならコレが良い……。

 

 

 

スバルはそうも思う。

弱く非力で、他力本願上等でなければ、このファンタジーな異世界転生モノで生きていけない。

これからも、そう言う場面()を避けるのは難しいだろう。

 

そして、いつも通りあの闇の手が自分を迎えに来る―――、そう感じていたその時だ。

 

 

 

 

【死んだら絶対許さない。死ぬ手前まで何度も殺すわ】

 

 

 

 

真っ白な世界に声が、……そして桃色を見た気がした。

そして、次第に白の世界に色が生まれていく。

 

 

 

 

 

 

【オレの手の届く範囲で、―――誰かを、失わせてたまるか】

 

 

 

 

そして、あの男の……誰よりも信頼出来る男の声が耳に届いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――っっ!!?」

 

 

そして、スバルの意識は覚醒する。

先ほどまでの浮遊感はもうなくなっており、自分の足で立っていた。

あまりの事に、バランスを崩してしまい、思わず倒れてしまったのが、取り合えず大丈夫だ。

 

辺りを見渡してみると、白は何処にもない。世界は色で埋め尽くされ――――軈て、目の前の光景もハッキリと映し出しはじめた。

 

ただ、理解が追い付かない。

 

 

 

 

「な、に、……が……ッ!?」

 

 

 

ただ、見たままを言うとするなら、魔女教の間者だった行商人ケティが、その竜車ごと氷漬けにされている。

 

顔部分だけは、凍らされておらず、会話する事は出来そうだ。物凄く寒そう、生きている方が拷問だと思える氷漬けの刑。

 

 

 

「残念だったな。オレには、騙し討ち(それ)は通じないんだ」

 

 

 

誰もが困惑し、混乱している中で、あの男だけは動いていた。

いや、あの男こそが、ケティを氷の中に閉じ込めた張本人、と言って良いだろう。

 

そう、ツカサだ。

 

 

 

「オレの手の届く範囲で、もう誰も傷つけさせない。誰も死なせない。殺させない。――――だから、お前はここで終わりだ。……直に、残りの指、それだけじゃなく、身体も全部そっちに逝く。先に逝って待っていろ」

 

 

 

ツカサがそういうと、ケティの顔が一瞬で凍った。

 

何が起きたのかわからないまま、彼は氷の彫像となり―――軈て、竜車共々粉雪の様にはじけ飛んだ。

 

 

人も竜車も木々も、全てが同じように粉雪の様にはじけて宙を漂う。

一見すれば、冷酷とも言える場面だが、それ以上に不可思議な事が起きたという事が皆解った様だ。

 

 

「ごめん、フェリス。……捕虜として捕まえておかなきゃいけなかったかもしれないけど」

「にゃ!? い、いや、それは構わない……っていうか、一体にゃにが起こったの!??」

 

 

人の命を救う側の人間であるフェリス。

無論、時と場合もあり、更に相手は魔女教。やりすぎるという言葉自体が無い相手。

 

だが、それでも本来ならば、ケティに関しては拘束・捕縛、色々と使い道は考えられていたのだ。

 

事前に打ち合わせをしていた事柄でもあり、それを破って始末した事をツカサは詫びたのだが……、そんな事はどうでも良い。

 

 

「今、間違いなく爆発した! みんにゃ、吹っ飛んじゃったよね!? 1回死んじゃった、って思ったくらいなのに、一体にゃにがどーにゃったら!? 白昼夢!?」

 

 

フェリスは覚えている。

ケティの邪悪な笑みと、全てを滅ぼす爆炎の閃光を。ゼロ距離でそれを受けたスバルは勿論、ヴィルヘルム、ユリウス、そしてツカサに自分。

誰もが、五体満足でいられるわけがない距離での爆発、大爆発を受けた筈だった。

アーラム村をも飲み込む勢い、小さな集落くらいなら、吹き飛ばす程の大爆発を。

 

 

「―――私も、覚えている。あの朱に染まる視界を、その熱を、覚えている。故にフェリスがいう白昼夢の類では……」

 

 

ヴィルヘルムも困惑している様だった。

 

そして、ただ一人――――知っていて、尚且つ一番早くに理解していた男がユリウスだ。

 

 

「今のは、ツカサ。君が助けてくれたのだろう?」

「!!」

 

 

確信をもってユリウスはツカサの名を出した。

フェリスも、フェリスで、説明がつかない現象を受けて、いまだ混乱の渦中だったが、それを起こした者の名を聞いて、改めて驚愕し、その名を持つ者……ツカサの方を見た。

 

確かにこの超常現象を起こした者、と言う事でその候補では頭の中で上がっていたが、それでもありえない光景だったから、早々口に出したり出来なかったのである。

 

 

「やっぱり、ユリウスには解っちゃう……かな」

 

 

ツカサは肯定する様に苦笑いをした。

 

 

「君と剣を交わした間柄だ。……あの時の違和感の正体、凡そあり得ない戯言だと思えてしまうが、最早疑う余地はなく、確信に変わった。……ツカサ。君は未来視が出来る。そして、それをある程度共有する事も出来る。……違うかい?」

「――――その通り、だよ」

 

 

ツカサは頷いて見せる。

厳密にいえば、ユリウスの解答は不正解だが、起こった結果としては、その答えもある意味正しい。

数秒先の未来を見せ、甚大なる被害が起きる事を確信。そして、それを未然に防いだ。

 

未来視を剣術に応用させれば―――と考えれば、ユリウス自身があの模擬戦で受けた違和感の正体も説明がつく。

 

 

ただ、ツカサが行っているのは、記録(セーブ)読込(ロード)の超高速使用。

その副作用? なのか、自身だけでなく、相手も認知してしまう。

だが、認知した所で直ぐに理解できるわけもなく、種を知らなければただただ混乱してしまうだけだ。

 

故に、相手をからかう(・・・・)事が出来る、と言うわけで、ツカサの中に居る、クルル(ナニカ)は、その力を揶揄者(ザ・フール)と呼んでいるのだ。

 

 

「ただ、連続使用するのは無茶だから、こういう場面に限り、だけどね」

 

 

そして、付け足しも当然怠らない。

揶揄者(ザ・フール)は、起きた後に回避する力だ。でも、ユリウスが導きだし、そしてツカサも頷いた未来視。

それは常にしておかなければ、今のような場面で回避するのは難しいだろう。

 

 

「だから、そんな大したことじゃないよ」

「い、いやいやいや、そんにゃ能力聞いたことにゃいよ! 大した事ない訳にゃいから! 破格すぎるから!」

「わわわわ、わかった! わかったから! そんな揺らさないで」

 

謙遜するツカサを見て、フェリスは大憤慨?

ツカサの襟元をもってガクガク、と前後に揺らした。

驚くのも解るし、全員にもれなく揶揄者(ザ・フール)の影響がいく事まで考慮してなかったツカサの落ち度もあるが、そろそろ離してもらいたい、とフェリスを宥めた。

 

 

 

その後、ユリウスは勿論、ヴィルヘルムからも感謝の意を伝えられて……最後に尻もちついてるスバルの元へ。

 

 

 

よくよく考えたら、共有読込(シェア・ロード)は何度も一緒に行っているが、揶揄者(ザ・フール)は初めてだったかも、と思いツカサは手を差し伸べる。

その手を見て、スバルは漸く色々と理解が追い付いた。

 

とてつもなく遠い背中を再確認すると同時に、あの白の世界でラムに怒られた事も再確認。

安易に死を考えた事もそうだ。

 

 

 

「ほら、スバル。まだまだ死ねない。ゆっくりしてられないよ」

「!! あ、ああ。だよな? (………当然だよな。そりゃ、ラムにも叱られるってもんだ。……つーか、マジギレ?)」

 

 

 

(それ)をわかっていたのか、ツカサも片目をぱちんっ、と閉じながらスバルに笑いかける。

スバルも、このまま座りっぱなしで良い訳がない。盛大にしっぺ返し食らった形にはなるが、ここからだ、と奮い立たせ、立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あなたたちに、精霊の祝福がありますように」

 

 

 

それは避難用の竜車に乗り込んで、アーラム村を離れるエミリアが討伐隊に残した祈りの言葉だった。

スバルも、認識阻害のローブに身を包み、その祝福を賜った。エミリアの加護、愛情の加護。なんだって出来る気分になる。

 

 

スバルは、エミリアの加護を堪能していた時、ツカサは。

 

 

「我が願いを叶えてくださっただけでなく、この命まで救って頂きました。―――返しても返しきれない恩情に、今こそ、報いましょう。この命賭して」

「ヴィルヘルムさんも必ず無事で。……恩情と言ってくれるのであれば、必ず生きて、必ず生きてまた会いましょう。―――約束です」

 

 

エミリア達の護衛についていくヴィルヘルムと約束を交わしていた。

この命を賭けてでも、とヴィルヘルムは言ってくれている。あのケティの自爆から救った後も、言われた。

 

だが、ツカサは命などいらない。

繋がった大きな輪を、その繋がりを、大きく、大きくなったその繋がりが無くなってしまう事こそが、ツカサにとって何よりの苦痛なのだから。

 

ヴィルヘルムも無論、それを知っているつもりだ。

故に、大きく頷くと、最早恒例となっている拳合わせをツカサと交わした。

 

 

「ヴィルヘルムさん」

「―――スバル殿も、ご武運を」

 

 

エミリアの加護を存分に堪能したのだろう。

スバルもヴィルヘルムの元へとやってきた。エミリア達を守る最高戦力である彼に、全てを託す。

無論、心配などしていない。

剣鬼を穿つような者がいるとすれば、それは悪魔だ。

平気で相手を騙し、背後から突き刺す、武士道からはかけ離れた悪魔。

 

 

そう、あの魔女教以外にはない。

 

 

その魔女教は、……怠惰は今日をもって滅びる。その為に自分が出来る事、なんだってする。スバルは決意を新たに持った。

 

 

「エミリアはもう大丈夫だ。ペトラ達がしっかり見ていてくれる。……1人にしないでくれる」

「うん。間違いないね」

 

 

チラリとペトラと目が合った時、彼女はとびっきりの笑顔で答えてくれた。

その笑顔を見たら、もう安心しかない。

 

 

「それにしても、人の心を弄ぶような外道になっちまったよな、オレ。空気読めない、人の心も気持ちも読めない、って言われてた頃が嘘みてぇだよ」

「ははは。そんな事ないよー、って一応言っておくね。……ラムがここに居たら、毒舌100%待ったなし、だから」

「……いなくても、言われなくてもわかっちまうよなぁ。王都ん時、散々言われたし」

 

 

スバルは、王都でのラムとのやり取りを思い返した。

惚れた女と世話になってる男の両方を困らせてしまったあの時の事。

 

更に言えば、ツカサよりも先に、ラムのツカサへのプロポーズを聞いた事も。

 

 

 

――――それを考えただけで、想像上のラムから特大のテンペストを受けたので、決して口には出さない。ツカサの前では言わない、と心に誓う。

 

 

 

「それに、スバルだけじゃないよ。オレも思った。仮に、エミリアさんが魔女教に気付いて、原因が自分だ、って分かったら……考えるまでもない。彼女なら踵を返す。間違いなく。――――でも、今は傍に子供たちがいる。家族と離れ離れになってる子供たちが」

「………ああ。間違いなねぇ。それに逆にあいつらがエミリアを引き留めてくれそう、って打算もある。………いや、マジで後で知られたら軽蔑されそうだ」

「共犯だから。オレからは言わない様にするよ。……ラムはわかんないけど」

「ラムだったら、めっちゃ言いそうだよっ! エミリアに軽蔑されるとか、イヤだから内緒にしてて、って頼んでくれよ兄弟!」

「あははは。そうだね。考えておくよ」

 

 

もう、皆が合流して、そんな楽しい事になっているのを想像できるスバルの頼もしい事。

スバル自身も、この戦では大変な役割を担っているというのに。

 

 

……散々、ラムに釘さされ、レムにも釘さされ、と大変なご身分なのに、やはり精神面はとんでもなく図太い。

 

 

 

「エミリアさんは絶対大丈夫。ヴィルヘルムさん達もいる。子供たちもいる。それに、片時も離れない精霊(パック)もいる。この場所よりも遥かに安全だ。保証するよ」

「ルグニカの英雄からの保証か。何よりも安心できる、ってな」

英雄(そこ)までくるんでしょ? スバルは。……のんびりしてらんないよ」

 

 

ニヤッ、と笑うとそれに同調するかの様にクルルも現れて、スバルの肩に乗った。

いけるいける、とうなずいている様に見える。

 

 

「果てしなすぎる道のりだよ。目指せ英雄! ガキの夢って感じなのもまぁ、辛ぇな。……でも」

 

 

直ぐ傍にいるのだ。

掛け値なしの英雄が。

 

その背中は忘れないし、追いかけ続ける―――とスバルは思っていたその時だ。

 

 

 

「――――おーー、村の連中と半魔の嬢ちゃんは出たみたいやな。うまくやったやないか」

 

 

 

野太いカララギ弁が投げかけれる。

大鉈を担いだリカードだ。その鉈には夥しい血痕が付着していた。ズボラっぽい所のあるリカードは、武器の手入れを豆にするとは思えない。

仕事を熟し、直ぐに帰ってきたのがよくわかる。

 

即ち、仕事は果たせた、と言う事なのだろう。

 

 

だが、それよりも。

 

 

「オレの可愛いエミリアたんを半魔とか呼ぶのやめろ、半犬」

「……まぁ、オレも好ましくない、かな」

 

 

ハーフエルフと半魔を混合するな、とスバルはにらみつけた。

無論、ツカサも睨みこそはしない。あまりにも根深すぎる歴史があるからだ。多少なりとも仕方がない面はあるのだ。

それは、アーラム村の皆を見てもよくわかる。

 

でも、その歴史等は知らなくても、エミリアの事は良く知っているつもりだ。

だからこそ、ツカサも不快感があったのだ。

 

スバルは、単純に惚れた女を侮蔑するような発言は許されないだけだろう。

それに、ツカサがもしも―――鬼族のラムを侮蔑されたとすれば? 間違いなくスバルと同じ態度を取る。

 

 

リカードもそれはしっかり感じ取ったようで。

 

 

「おお! なるほどなぁ、その半犬ってので分かったわぁ! そんなんで呼ばれるとか意外と屈辱的やな。勉強になったわ!」

 

 

皮肉を盛大に笑い飛ばす豪快さ。

そこには、悪意の類は一切ない、ただ侮蔑、差別の歴史、習った単語がそのまま口に出ただけ、と言うのが解る。

 

あまりにもあっさりとしていた為、さしものスバルも毒気を抜かれたようだ。

 

 

「どうだった? 魔女教の連中。オレのテンペストとユリウスのネクト、最初はラムの千里眼。全部合わさって、大体は把握できてたと思うけど」

「あのなぁ、兄ちゃん。あっこまで敵さんの事丸裸にしといて、ありえへんぞ? お嬢とちゃうけど、兄ちゃんの事、喉から手ぇ出る程欲しいってもんや」

 

 

敵の位置を大体把握。

それも、ラムの千里眼まで一緒となると……。

 

「戦場を素っ裸で闊歩しとる連中、仕留めれんか? って聞かれてるも同然や。そんなもんしくじっとったら、傭兵引退もんや」

 

 

熟せない方があり得ない、とリカードは大いに笑った。

 

 

「おお! 流石だぜリカード! んで、奴らの連絡網の件はどーだった??」

 

 

 

スバルも、先ほどのエミリア侮蔑の件は置いといて、成果についてリカードに聞く。

 

 

「そっちの兄ちゃんも、かなぁりツキ回っとるなぁ。一発や一発。こいつが一発目の奇襲で、見つけといたで」

 

 

対話鏡をスバルに投げ渡した。

ケティから奪ったソレと同種のモノだ。

 

 

「これで、奴らの連絡網は 潰れたって判断して良いかな。……もちろん、他にも複数あるかもしれない、って可能性は捨てきれないけど」

 

 

ツカサは、手を掲げて、再びテンペストを発動させる。

今回は傍にユリウスはいないから、全員に感覚共有する事は出来ないが、それだけでも十分だ。今更、ツカサのテンペストを疑問に感じる者は誰もいないから。

 

 

「動く気配は全くない。あの洞窟周辺もそう。……一切伝わってないよ」

「っしゃあ!! 計画通り、ってヤツだな」

「やな。つーか奴らは、計画的で几帳面なんやな。ハッキリそれが今回裏目ったわけや。お手柄やで」

 

 

 

 

そして、そのほんの少し後。

リカード以外の鉄の牙の面々が飛び出してきた。

 

誰一人欠けていない。間違いなく。全員がライガーにまたがり、広場を元気に駆け回る。

ライガーたちにもケガは無さそうで安心できた。

 

 

「ひゃっはー! みなごろしだー!」

「ちゃんと捕虜も取りましたです! お姉ちゃんは人聞き悪い事言わないですよ」

 

 

 

微笑ましい―――とは言えない血なまぐさい。

容姿からはかけ離れた会話が飛び交う姉弟たち。あの2人も無事な事に安堵を覚える。

 

 

 

「捕虜……大丈夫? それ」

「ああ、それだ。オレも思った! オレらん時、自滅カクゴ! 死ぬ間際の最終攻撃(ファイナル・ディスティネーション)かけてきやがったヤツがいたんだ」

「ふぁいな、あ?」

「大爆発しようとしたんだ。道連れ狙ってた。……そんな連中だから、危険は無いかな、って。鉄の牙の皆を疑ってたりはしないけど、ちょっとね」

 

 

目の前で仲間たちが吹き飛んだ光景を、一度目撃しているツカサにとっては、そう危惧するのも仕方がない事だ。

 

だが、そんな心配を他所に、リカードは笑って言う。

 

 

「大将らが、そない不安しとったらあかんやろ! 大丈夫や。あー、連れてきたら解るか。おーい、ちょい、さっきの奴連れてきてんか!」

 

 

リカードの大声に反応して――――いや、反応するよりも前から、既にここに連れてくる予定だったのか、それはやってきた。

 

それは丸太に縄で縛られた1人の人間。

 

 

「~~~~~っ!」

 

 

その人物を見て……唖然とするのはツカサだ。無論、スバルも同じく。

しっかり縛られて、丸太に括られ、今にも火をくべて、炙られそうな……そんな男。

 

 

「魔女教のねぐらの奥におってん。たぶん、運悪く連中に取っ捕まっとっただけや思ぅねんけど――――」

「リカード、ありがとう!」

「お、おうっ!?」

 

 

空いた方の手を、ギュっ、と握りしめ、ぶんぶん上下に振るツカサ。

ツカサの、その慌てた行動は 予想してなかったようで、リカードは面食らっていた様だ。

 

ツカサは、直ぐに離すと、捕虜の方へと駆け出した。

 

 

 

「大丈夫、オレが保証する。彼は友達だ」

 

 

 

ライガーたちを含めて、鉄の牙の面々に深々と頭を下げた。

 

 

 

「皆! 友達を、助けてくれて本当にありがとう!」

「ふぐぅ~~~~~~、つか、つかささぁぁぁぁぁぁぁんっっっっ!」

 

 

 

感慨極まったのか、丸太に括られたままで大泣きを始めたのは、オットー・スーウェン。

 

前回のループでは、メイザース領土にまで共にきて、直ぐに分かれた。

無事である事は疑ってなかったが、それでも心配だった。

 

 

今回は、何をどう行動したのか、あの魔女教の連中につかまっていた様だ。

 

 

 

「だーーーーーっはっはっはっは! お前、つかまってたのかよ、オットー! あいつらに捕まって無事とか、運が良いのか悪いのか! いやー、アレだ! 悪運強いよなぁ、互いに!」

「いだ、いだだ、痛い痛い!! 何すんですか、ナツキさんっっ!!」

 

 

その後、スバルからも、バシバシバシバシ、と激励に激励をされて―――――、そのスバルの激励があまりにも長すぎて、痛みを訴えるオットー。何せ身動きとれない状態なのだから。

おまけに、なかなか拘束を解いてくれない。

 

バシバシ、と叩く強さが結構重く感じてしまうのは、それだけスバルも心配していたのだ、と言う事がオットーにも伝わってくる。

 

 

だが、それはそれ、これはこれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わか、わかり、わかりましたから! 早くほどいてくれませんかねーーーーー!!!?」

 

 



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怠惰⑤

ようやく、ようやく会えマス(∩´∀`)∩
ペテさんヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪(∩´∀`)∩



まぁ、まだすこ~~しだけ、デスが<m(__)m>

頑張ります!


スバルはさんざっぱら笑い飛ばした。

只管笑って笑って笑って――――ようやくオットーを解放。

 

 

「いや、ほんっと!! 助けてくれてありがとうございます。って、素直に言いたくない気分になったんですが!? 主にナツキさんが居るだけで」

「おー、なんて言い草。命の恩人グループなんだぜー、オットー。商人なのに、悪い噂たっちゃうかもなぁ~~。それって、死活問題なんじゃないの~~? ほれ、今回の件とはまた違った意味で」

「ド外道か!! なんで、ツカサさんの友達のアンタは、そんな外道でいられるんですか!? ああ、もう! ありがとうございます! 死活問題より、実際に死んじゃうかもしれない問題の方が何倍も嫌でした! 生きた心地なんて、ちっともしなかったですからね、チキショウ!」

 

 

オットーとは前回、必ず会おう――――的な、感動的な場面で別れた。

魔女教の連中がオットーを付け狙おうとした時、ツカサも文字通り見た通り壁を張って追っ手を防いだ。

絶対に無事。絶対に大丈夫――――と疑ってない状態で、別れて……今回の合流。

 

いろんな意味で安堵して、その照れ隠しにはしゃいで見せるスバルの気持ちは分からなくもないだろう。

ただ、オットーに関しては、当然ながら時間遡行(ループ)を体感してないので、なんのことやら。

前回の最後は、王都での再会以来で、スバルとツカサは兄弟分、程度の認識しかない。

 

だから、いろんな意味で理不尽極まりない仕打ちだったと言えるのだが、それを考慮しても命拾いしたこの現状は喜ぶしかないのだ。

 

何せ、山間の洞窟の奥で磔にされ、生贄寸前だったのだから。

ツカサのテンペストでも、ラムの千里眼でも届かない部位に居た事もあって、本当に幸運だと言える。

まさに悪運。

 

 

 

「――――ほんと良かったよ、オットー」

 

 

 

オットーの肩に手を回すのは、ツカサだ。

そして、オットーはこれ見よがしに、散々な扱いをされたスバルに対して、毒を吐く。

 

 

「お友達として、付き合う人は選んだ方がいい、って思っちゃうのは僕だけですかねぇ? ツカサさん!? とんでもないド外道ですよ、ナツキさんは!」

「…………」

 

 

わざと、スバルにも聞こえる程度の大きさで、告げ口をする形で言う。

幾ら兄弟分とは言っても、オットーからしたら、ツカサは国をも認めさせた英雄であり、友達だ。スバルと比べたら絶対的に上であるという認識。

ラムがここに居たら、間違いなく【当然よ。何を馬鹿な事を考えているの】と言い切って見せるだろう。

 

そんな事をオットーは言っても、ツカサが答えるのは1つしかない。

スバルに対しての事じゃなく、オットー自身の事。

 

 

「ははは。今、今言えるのは、ほんとによかったって事だけだよ、オットー。無事で何より」

「――――――ぅぅぅぅ、つ、ツカサさんは、僕を何度泣かせるおつもりですかぁぁ……、僕、僕が泣く時は………」

 

 

 

色々と我慢して、それとなくふざけて、気を紛らわせてるつもりだった。

だが、ツカサのそれは、芯から……、心の底から心配をして、そして助かった事に対して喜んでくれている。

ここまで自分の事を想ってくれる友達がこれまでにいただろうか?

 

 

だが、オットーは知らないのだ。

ツカサも、勿論スバルだってそう。

 

何度も繰り返す。

それは目に見えない傷。魂に刻んだ傷。

悲劇の数だけ受けた傷。それを全て抱いて……歩いている事を。失っていた命を、滅んだ町や村の記憶を、魂に刻み付けている。

 

何度も、何度も、明日が来る事を願う。

その夢を決して捨てずに歩き続ける。例え、その先に塞がれた袋小路があったとしても、必ず命が繋がり、続く様に歩みを止めない。

 

 

悲劇をいくつも超えて、いつも探し続けている。本当の希望を。

 

 

 

「……兄弟は心底熱い人間だ、ってこったよ、オットー。良かったな? こんな所某桃色な彼女に見られちゃった日には―――――、桃色の死神と化しちゃうかもよ?」

「グスッ――――も、もう! ナツキさん! このタイミングで何言うんですか! 連想しちゃったじゃないですか! すごく怖いメイドさんの事っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、当然ながら絶大なる信頼を得ているツカサとスバルの保証だ。

オットーの身分はちゃんと保証された。

保証はされたが、まずどうして魔女教に捕まったのか? なぜここに来たのか? 尋問開始である。

 

 

「で、どういう経緯で捕まったんだ? オットー。お前、フルールって村にいたんじゃなかったのか?」

「なんでナツキさんが僕の動向を把握しているのか、怖い所ではありますが………」

 

 

フルール在中、その情報は勿論ループの賜物である。

 

 

「あー、えっと……そのぉ……、非常に言葉にしにくい個人的な都合で……」

「まぁ、言いたくないならいいよ。――――ところで、話変わるけど、今さ、この領地に集まる行商人って、メイザース辺境伯の屋敷に小金目当てで集まるヤツが大半なんだよな。若しくは、どこかのオトモダチに頼る気満々、って感じなヤツ? 後者だったら、スゲーうまくいく可能性極大だしなぁ」

 

 

スバルの言葉にオットーの顔があっという間に真っ赤に染まった。

 

 

「話全然変わってないんですけど!?? もう、全部わかってますよねぇ! わかったうえで聞いてますよねぇ!? ええ、そうですよ! もうツカサさんがメイザース領に戻ったって話仕入れて、直ぐに向かったんですよ! メイザース領に関しては、行商人の間でも色々儲け話が飛び交ってて、兎に角皆出し抜いてやろうとも思って! だから悪路突っ切ろう、ってやったら運悪く奴らに取っ捕まった間抜けですよ! ええ、他力本願極まってる上に金儲け、悪巧み!! おまけに最悪な連中! 白鯨にも会って、魔女教にまで出会って、間抜けっぷりが磨きがかって! さあ、笑え! 笑わば笑え!」

 

 

オットーの慟哭に、ツカサは深くため息。

 

初めて会った時も白鯨に苛まれた。自画自賛をするわけではないが、あの時一緒に行動をしてなかったら、あの時落ちた竜車がオットーの所じゃなかったら、彼はこの場にはいないだろう。

それに加えて、実の所―――オットーとの旅で、妙な連中と出くわしたことがある。今思えば、あの黒装束の連中は魔女教だったのだろう。

 

どういった理由か、まだ王選も始まってもないのに、ハーフエルフであるエミリアの事をかぎつけたのか、その下見なのか……、よくわからないが、問答無用で襲い掛かってきたループがあった。

無論、よくよく事情が分かってなかった当時のツカサは、ただ只管回避する事ばかりを選んでいたので、オットーは知る由もないが。

 

 

「オットーは、すごく不幸体質なのは分かったから……、ほんっと自重してよ?」

「ぅぅぅ……、わ、わかってるつもりなんですよぉ……、でも、でもでも、向こうからやってくるので……」

 

 

オットー自身も痛い程自覚しているので、ツカサの一言に、ヨヨヨ~と項垂れてしまった。

そんなオットーを見て、今度はスバルが。

 

 

「そうなんだよな。オットー。お前さんの事、兄弟から聞いてるぜ。いや、これまでも含めて、マジで無事でよかったよなぁ。……ちっ、オレも思わず貰い泣きしちまいそうだぜ……」

「なんですか!? その人を小馬鹿にしたような安っぽい涙は! 胡散臭いの通り越しちゃいましたよ! 寧ろこうまで対照的だと逆に凄いんですが!?」

「だろ? オレが目指す背中―――遠すぎて霞んじまうぜ……」

「いつまでその臭い小芝居続けるんですかねぇ!!」

 

 

 

一仕切り、スバルとオットーの小芝居が終わった所で。

 

 

「まったく……、ラムさんが居ないから、僕はただ感謝をするだけで終わっていた筈なのに、ナツキさんがその部分を担うとか。―――性格悪すぎですよ」

「ラムがいない間に、ツカサの事盗ろうってか? そりゃ、悪鬼となってオットーを地の果てまで追いかけまわすだろうよ、決定事項」

「変な風に言わないでもらえますかねぇ!? 友達で、感謝も十全に、それだけですよ! 僕にそんな趣味はありません!!」

「はいはい、取り合えずその辺で……、えっとOK?」

「おう、OKだ!」

「お、おぅけ、ってなんです?」

 

 

スバルに習ったスペルを活用する事で、スバルの気を引く事も出来るだろう、と判断したツカサ。

案の定上手くいって、注目してくれた。

 

 

「オットー。これからは安全確保を間違いなく出来るまで、皆と一緒に居て。……それと、一つ聞きたい事がある。ケティの事だけど」

「助かりますよ、ツカサさん! えっと、ケティさんの事、ですか? 王都で別れて以来一度も会ってませんが。確か、ケティさんも独自に動くとは言ってましたが、細かい所までは」

「ケティはもうどこにもいないよ。……アイツは魔女教の間者だった」

「――――――は?」

 

 

ツカサの大告白を聞いて、数秒後、オットーは大絶叫をするのだった。

 

 

 

 

「そら、魔女教であり、行商人の方も相応にやっとったんやろ。慣れ親しんだ相手が、まさかの魔女教。ビビるわなぁ!」

「スゴーーびびった! でも、半べそかいて洞窟でビービーいってた時と比べたら、おにーさん、元気になった! チョーよかった!」

「って、ちょっと待ってください! 黙っててくれるって約束してませんでしたっけ!?」

 

 

 

 

ケティの正体にビックリしてたら、男の子の恥ずかしい部分を暴露されるという結果に繋がってしまって、またまたオットーは大絶叫。

 

今の今までも、泣いていたのに、裏で泣いていたからって何だってんだ? とはスバルは言わないが。

 

 

「ああ、そりゃ仕方ねぇ。うんうん。あの魔女教相手だぜ? 安心しろ。オレは誰にも言わない。ここにいるオレと兄弟と、ミミとリカードと、あと【鉄の牙】と、討伐隊だけの秘密ってわけだ」

「それって、最早公然の秘密では……?」

「涙の数だけ強くなれる、って言うし。今後見返していければ良いんじゃないかな? オットー」

「うぅ! ツカサさんの優しさは大変ありがたいのですが、今はすごく染みます! ええ、傷にとても染みる!! 治る薬なのかもしれませんが、すごーーーく染みる!!」

 

 

涙目になるオットーの肩を叩くツカサ。

 

 

「色々ご愁傷様だった、って言いたいけど、儲け話の件はオレからもロズワールさんに言ってみるから。とにかく生き残る事だけ、オットーは考えてて」

「つ、ツカサさぁぁん……」

「おう! 強く生きろよオットー! 白鯨に魔女教ときて、最早天運地に落ちた。つーか見捨てられたかもしれねーが、兄弟は見捨ててねぇからな。もちろんオレもだ」

「だから、どーしてナツキさんが言うとこんな釈然としないんですかねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本格的に、オットーとのやり取りは終了した。

オットーは加護の力もあり、竜車の操縦はお手の物だし、非戦闘員かもしれないがやる事はここにもある……と言うわけで色々仕事をしてもらうという事で配置についた。

 

 

「知人との感動的な再会。もうよかったのかい?」

魔女教(あいつら)が待ってくれるなら、もっとやってても良いんだけどね。……ほんのちょっとだけ、風が揺れたから、この辺りで」

「……了解した」

 

 

テンペストを改めて発動させて、周囲を警戒するツカサ。

そして、そんなときスバルは苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 

 

「―――ったく、兄弟が信じてる相手は間違いない、って思ってる自分と、疑うべきは疑え、って思っちまう自分もいる。オットーは大丈夫だ、って分かってる筈なのに……結果裏で小細工して、汚れる様な仕事のやり方して……、我ながら性格悪いな、おい」

「ふふ。それはある意味君の美徳でもあるかもしれないな。……凡そ、ツカサが持っていない部分を君が担う。ある意味では理想的な2人だと、私は思う。―――今回の件も、君のその性格の悪さが我々を救った面も、決してない訳ではない筈だろう? 誇りに思うが良い。――――人には言わないほうがいいと思うが」

「何べんもある意味つけんなっつーの! お前の性格の悪さもなかなかのもんだぜ。まさにプラスとマイナス。オレとじゃ、反発するわけだ」

 

 

オットーの事を少しでも、ほんの少しでも疑え、と思っている自分とツカサなら大丈夫頼り切れ、と思う自分。どっちも情けなさすぎる自分だ、と自虐する所にユリウスの言葉だ。

 

喜んでいいのか悪いのか、実に微妙な誇りを伝えられ――――その代わりにユリウスも同類だと告げる。

 

マイナス同士だから反発し、プラスなツカサだからこそ、惹かれ合うのだと。

 

 

「はいはーい、そこの性格悪いお二人さん。ちょっとお話してもいーい?」

 

 

そんな中で、更に一番性格が悪そうな猫耳男娘がやってきた。

 

 

「なんだ? 性格悪い猫耳」

「まー、なんて言い草にゃんでしょ! ツカサきゅんが忙しくしてるから、気を使ってスバルきゅんたちに~、って思ったフェリちゃんの慈愛。それにみんなの為に一生懸命尽くして尽くして尽くしているのににゃー」

「ツカサは今、周囲を視ていてくれている。ネクトと重ね合わせる必要は今は無い様だから、我々が聞くよ。それにフェリス。君の尽力には常に救われている、とも言わせてくれ。わかったことは?」

「んっんー、魔女教徒の話。指先のことはなんとなーく解ってきた、って事にゃよ」

 

 

魔女教徒たちは一人残らず殲滅されている。

あの自爆の件を考えたら、生け捕りは非常に危険だから仕方ないにしても、青の称号を持つフェリスからすると、それは複雑なのかもしれないが、皆の命、危険には変えられない。

 

 

「死体漁りして何か分かったってのか?」

「にゃ~~、すごーー嫌な言い方! スバルきゅんには教えてあげにゃーい!」

「って、悪かった悪かった。そろそろガチで真面目で行く。指先の事はなんでも知っていて損はねぇからな」

 

 

フェリスもスバル同様に、これ以上はふざけるのはやめにして、検証結果を告げた。

 

 

 

「まず、魔女教の死体を幾つか調べてみてわかったのは、自害用の猛毒になる魔石が仕込まれてる、って所。でも、ケティのソレはまた違う。ツカサきゅんが、ケティがやる前にやっちゃってるからある意味検証は出来にゃいんだけど、ほぼ間違いなく爆裂術式が仕込まれてる、って言っても良いにゃ。……自殺用と巻き添え用、だネ」

 

 

一体どれだけの人間を殺すつもりなのだろうか。

あの爆発の威力は、直ぐに現実逃避をしてしまったスバルでもわかるくらい凶悪なモノだった筈だ。

それこそ、建物くらい余裕でぶっ飛ばしてしまいそうな勢いの爆発。

 

アレが10本分と考えたら、憂鬱になる。

 

 

「情報漏れ対策っつーより、大罪司教の【憑依】のためっぽいな。身体を取り換えるのが死ぬ前提なら、気絶とか拘束とかされる事を考えりゃ、自殺っつー対策は必須だ」

「爆発の術式……おそらくは外部から発動させる方法もあるだろう。……ツカサが見せてくれた未来の光景。あの爆発が意図的に外部から行われれる可能性を考えてみれば、より恐ろしく感じる。確かに、未来でも見据えていなければ、回避することは極めて困難だ」

「んっんー、取り合えず、死者になっちゃったら発動はしないのは間違いにゃいよ。本人のマナを利用して発動させるわけだしね?」

「へー……、つーか、なら死んでるヤツから情報色々つかんだフェリスって、結構……いや、メチャクチャすげーんじゃね??」

 

 

生きているからこそ、マナが身体を循環し、そしてそのマナから様々な情報を調べる事が出来る。

フェリスは元々凄い魔術師なのだが、スバルにここまでストレートに言われたのは初めてだったりもする。

 

 

「そりゃ、フェリちゃんだもん。とーぜん、デショ! 他には指先のマナ残滓を他の死体と比べたら一目瞭然。生きてたとしても、外す事も簡単にゃ」

「おお!! やっぱスゲーよ! 流石フェリス!」

 

 

スバルは、今度はフェリスのその細い手を取って上下にぶんぶん、と遠慮なく振った。

 

 

「にゃにゃにゃ! だーかーら、当然だにゃ、って言ったじゃん! ま、一重に? じっくり調べる事が出来る状況を作り出してくれたツカサきゅんや、スバルきゅんの情報、色々見抜いてくれたおかげでもあるにゃ」

 

 

スバルを見て、そして今も尚警戒を続けてくれているツカサを見てフェリスは言った。

 

 

「見てわかるとーり。もう、甘ちゃんな事言ってられにゃいよ? あいつらの自害は他を確実に巻き込む。……今回はツカサきゅんがいてくれたおかげで被害は0に抑えれた。―――意味、わかる?」

「わからないわけあるか。あんだけ優しい兄弟が、道を示してくれたんだぜ? オレがしり込みしてられっかってんだよ。……大事な人たちとあの外道ども。天秤に乗せる事自体烏滸がましいわ」

 

 

覚悟を問いただすフェリスの瞳。

そこに一切躊躇する事なく、スバルは頷いて見せた。

 

今更何を迷う事があろうか。

 

怒りと憎しみは何も生まないなどと綺麗事な厨二小説みたいなのは腐る程読んできたわけだが、実際に体験してから言ってもらいたいものだ。

 

アーラム村を焼いた連中を、村人全員の苦悩と絶望に満ちた死に顔を、……そして、エミリアを殺した連中を。

 

 

大罪司教【怠惰】担当 ペテルギウス・ロマネコンティ。

 

 

それは、ツカサだけじゃない。スバルにとっても標的。出来る事なら、実力が追い付けるのなら、この手で引導を渡してやりたい相手だ。

生憎、それが叶う事が無さそうなのが残念な所ではあるが。

 

最高戦力が整っているというのに、わざわざ難易度ナイトメアに持ってくる意味が解らないから。

 

 

「ふーん。ホント、スバルきゅんってマシになったんだネ。と言うか、ツカサきゅんの傍にず~~っといて、あの体たらくが情けにゃさ過ぎだった~~ってのもあるけど」

「その辺も理解してるつもりだ。目標と理想が目の前にいて、お手本にもしてなかった以前までの自分をぶん殴ってやりてぇよ」

「ふふ。ま、フェリちゃんから褒められるには、まだまだ足りにゃいケド、頑張ってネ」

「褒めて貰うつもりはねーよ。……まだ、な」

 

 

スバルの事がフェリスは元々最初から嫌いだった。

可愛い顔して、どこまでも辛辣。何処となく性質はラムに近い。

 

だが、おそらくはフェリスこそが王都で出会った人たちの中で、最もスバルを厳しく評価している人物だ。

 

おそらくは同族嫌悪――――……、以前それを口にしたのを覚えている。

自ら戦う為の力に欠けた者同士なのだ。

 

 

「嫌ってた、ネ。今はフツー。んで、ツカサきゅんは、フェリちゃんのクルシュ様狙ってるなら、超嫌い」

「アホか。ラムとツカサを見てて、なんでそんな風に感じる? つーか、ラム激怒待ったなしだろ」

「んーにゃ。ラムちゃんはラムちゃんで、色々割り切りそうな気がするんだにゃ~。必要なら構わない、みたいにゃ? んで、誰が来ても負けにゃい、って感じ?」

「クルシュさんが王になって、その相手に英雄であるツカサをって感じか? 国にとって必要だから、って感じに考えてるのか? ご生憎だな。王になるのはエミリアだ」

「ふふ~~ん、ちょーし、乗らないでよネ」

 

 

フェリスはエミリアが王になる、と言う言葉に対して、一笑に付す……事はしなかった。

たった小さな一歩でしかないが、彼女はこの村の意識を、ハーフエルフに対する認識に変化を齎せた。

それは、彼女自身ではなく、側近のスバルやツカサの力である事は間違いないが、それでもエミリアの身内であり、陣営の一員の功績だ。

小さな、それでいて間違いなく一歩を踏み出した。時を重ねれば、それが大いなる一歩と繋がるかもしれない、と否定はできないからだ。

 

 

だが、だからと言って負けるつもりは毛頭ない。

クルシュを王にする。

 

 

それは、かのお方に誓った事でもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

そして―――ツカサが戻ってきた。

 

 

 

動きが見えた(・・・・・・)

「こちらも準備は十全に整った」

 

 

 

ツカサがそう一言短く告げる。

そして、隣にいたユリウスも整った事を告げた。

 

それだけで十分だ。十分過ぎる。

 

皆も既に集まってきている。

後は、あの時同様、スバルの号令待ちだ。

 

 

 

 

「さぁ、今度こそ決着だ。―――怠惰と運命様に、目に物見せてやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、何度目になろうか。もう思い出したくもないが。

 

 

 

 

「―――ようこそ、おいでになりました。寵愛の信徒よ」

 

 

 

 

幾つもの災いを世に齎してきた存在。

その魔の手が、最愛の人に、親愛な人たちに向けられた。

 

こうなれば、交錯するのは最早必然であり――――運命だ。

 

 

あの思い出したくもないもうここではない世界で出会った時と同じ場所で、同じ姿で。

いや、厳密にいえば少し違う。

 

森の開けた先にある洞穴の中ではなく外だから。

作戦の通りに。

 

 

 

 

「ワタシは魔女教大罪司教、【怠惰】担当――――」

 

 

 

幾度顔を合わせたとしても、この男だけは心を許す事は出来ない。

何度繰り返しても、同じ答えしか見つからない。

妥協点を見つけ合おう、なんてマエムキなケント―も出来ない。

 

 

 

「ペテルギウス・ロマネコンティ、デス!!!」

 

 

 

 

 

 

 

【ペテルギウス】

 

 

 

 

ペテルギウスが名乗ったのとほぼ同時に。

ここにはいないツカサと、そしてスバルも確信をする。

 

 

ユリウスのネクトで2人の感覚をつなげた訳でもないというのに、ほぼ同時にその名を頭の中で呟いた。

説明はできないが、確信が持てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その顔も、声も―――今日この場限りで終わりにしよう。

 

さぁ、終わりの、始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「司教様、よ」

 

 

 

 

 



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怠惰⑥

ペテさん会いたかったぁ(⋈◍>◡<◍)。✧♡
そして、サヨナラw って感じでしょーかな。


 

スバルからの発案だった。

 

当初は、直ぐに臨戦態勢に入る。あまり時間をかける必要はなく、即座に殲滅する。

魔女教大罪司教……即ち、魔女教の幹部連中を生け捕りなどと、考えた事も無い面々からすれば、即座に滅する事が盤上一致だった筈なのだが、スバルだけは違った。

 

 

【エミリアの為にも。……今後、連中が上等かましてくる事を考えても、付け狙う理由を吐かせたい】

 

 

試練と称してエミリアを襲っているのは解る。

だが、その試練とはいったい何なのか? 

 

連中に話が通じないのはこれまでで、よく解る事で、性質が悪い事に死を一切恐れてない配下を常に従えているから、直ぐ自爆・自害してくる。

だから、知りたかったとしても、実際無理ではないか? と言う意見も多々あった。

 

 

だが、スバルの言う事も最もであり、必要な事だと判断したツカサは賛成し、問題ない事も皆に伝えた。

 

 

【スバルは、魔獣に好かれる体質みたいだから、魔女教の連中も向こうから寄ってくるんだ。前は連れてかれそうになっただけだったし、即座に殺されるって心配はなさそうだから、話す分は大丈夫】

 

 

魔獣やら男、それもイカれた連中に好かれてうれしくない! 好かれるのはエミリアやレムだけで十分! と言うスバルの慟哭が場に響いたが、ツカサが問題ない、と言うのなら誰もが問題ない、と思ってくれた。

 

改めて、皆に信頼されている事が嬉しくなるというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、作戦は伝えた通りに。雌雄を決する時は上空に合図送るから、それまでに殲滅してくれてると助かる、かな? まぁ、待つのも全然問題ないけど、あんまし対面したくない相手だから」

「やから何べんも言うとるやろ? 敵さんの位置がモロバレ。万全での奇襲。これ出来んとか、どんな傭兵やねん。その辺は信頼してくれや」

「信頼してない訳ないじゃん。――――一緒に白鯨倒した間柄なんだよ?」

「ははっ、なんやむず痒ぅなってくんな、兄ちゃん!」

 

 

それは、スバルが狂気の男、ペテルギウスと対面を果たす少しばかり前の事。

ペテルギウスからある程度の情報を得る為の作戦を皆に伝え、改めて傭兵団、鉄の牙、そして討伐隊の皆に説明をした。

 

テンペストとネクトのコンボで、改めて敵の位置を再確認させた上での殲滅作戦だ。

リカードが言う様に、この条件下での敗北はありえない。敵もそれなりの強者がいるようだが、何ら問題なし。

 

 

「ミミもすごーー頑張る! おにぃに、ナデナデしてもらう為、頑張る!!」

「あ、あははは。そのくらいなら何時でも大丈夫なんだけど」

「頑張ったごほーびが一番おいしく感じるの! だから、おにぃ!」

 

 

ミミは、ビッッ! と親指を立てて前に出した。

 

 

「まじょきょー、幹部、ぶっ倒して来てネ! やっちゃったら、もっともっと惚れちゃうゾ!」

「鉄の牙、副団長からの熱烈なアピール、ほんと光栄極まれり、だよミミ。――――任せといて」

 

 

同じく親指を立ててミミに答える。

そして、直ぐ傍に控えているティビーの方を見て。

 

 

「ティビーも宜しく頼むよ。ヘータローの分も。上手くいった暁には、報酬の件、ロズワールさんに直訴するから、期待してていいから。もちろん、自分達の命は最優先してね?」

「愚問なのです。いざとなったらお姉ちゃん担いで離脱するですから。――――でも、とても気合の入る魅力的なお話を聞けたのです。僕は、実際にこの目で見て判断する派。お兄さんの実力を目の当たりにした訳では無いですが、この探索能力や他の皆評価を聞いても、もう疑ってないのです」

 

 

ティビーは、ツカサに頭を下げた。

 

 

「後ろは任せるです! 期待に応えてこその【鉄の牙】なのですから!」

「ん。すごー、期待してる」

「あー、おにぃがミミの真似した! してくれた! うおーーー、ティビー、ミミすごー気合入った!!」

 

 

ミミが大きく手を回す、ミミのこの士気? が他の団員達も士気が連鎖していく。

 

 

「行くですよ、お姉ちゃん」

「あいあーーい!」

 

 

そう言うと獣耳姉弟は去っていった。

リカードはやれやれ、としながらも大鉈を担ぐ手に力が入っているようだ。

即ち、やる気ゲージはMAXだという事。

 

 

「銭、たんまり貰える未来が、こないハッキリ見える仕事は久しぶりや。――――稼がせてもらうで、兄ちゃん」

「よろしく!」

 

 

獣人の大きな拳とツカサの拳が重なり、互いに勝利を約束し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万全な体勢で、静かにそれでいて確実にペテルギウスの指先を狩っていく。

 

スバルも事前に、それを確認しており、ちょっとした連絡係にしている半透明化クルルを通じて、ツカサにも伝えていた。

 

 

そして、今―――かの狂人と対面。

 

 

「おお、良き日デス、素晴らしき日デス! まさか試練のその日に、こうして新たな愛の寵児を迎えられようとは! 感涙、感動、感激でワタシの胸は張り裂ける寸前なのデス!!」

 

 

盛大に唾を飛ばしながら喚き続ける。

一体この痩躯な身体の何処にそんな力があるのか……、本当の意味で初めて会った時のあの光景、部下の顔を握りつぶして見せたあの光景がスバルの脳裏によみがえり、イヤな汗が出てきたが、お構いない。

 

ただただ、作戦通りに決行するだけだから。

 

 

 

「――――お初にお目にかかります、大罪司教様!」

 

 

 

初めて出会った時。

お世辞にも、ペテルギウスが言うような良き出会いではなかった。

 

他人には見えない不可視の妙な手で引きずり回された挙句に、トラウマレベルの光景を見せつけられたのだ。

だから、今回もある程度はカクゴしていた。速攻で戦闘開始、となり情報も何も得られない事をカクゴしていた。

 

だが、それこそ気味が悪いくらいに大歓迎っぷりに拍子抜けしてしまう、と言うものだ。

 

 

後は、自分の演技力、大俳優ナツキ・スバルを演じるだけだ。

 

 

 

「此度の試練、直前での合流になり、誠にお恥ずかしい次第! ですが、この身、この魂! 何卒、教徒の末席に、司教様の【指先】に加えて頂きたく、馳せ参じました!」

 

 

いっそ大袈裟にする勢い。

と言うより、ペテルギウス自身が大袈裟極まってる対応をしているから、何ら違和感がない。新人だろうと中途採用だろうと、配下に加わり、魔女や魔女教に尽くす~一面を上っ面だけでも見せれば、この狂人は狂喜乱舞なのだから。

 

―――まぁ、ここに来る時点で、並みの人間はすでに狂気の分類に入っている事間違いなく、上っ面だけの付き合いなど出来る筈もないだろうが。

 

今回のスバルの一番の幸運。――――あまり、幸運と呼んで良いのかわからないが、やはり自身の身体に深く纏わりついている《魔女の残り香》の存在だろう。

これがあるからこそ、ある程度正気を保っていられるのだ、と自覚している。

 

力なくとも、与えられた理由が解らず意味不明だとしても、自分でも力になれる、エミリアの為に動ける。……親友であり兄弟であり、心の友でもある兄弟と共に戦える。

 

ペテルギウス程ではないが、スバルにとっても歓喜の瞬間だと言える。

 

 

「――――――おぉ、おおぉぉ!! なんと、なんとなんとなんと!! 初々しく情熱的な信仰なのデスか!!」

 

 

 

そう、ペテルギウス程ではない。

これは真似できない。……とスバルに一瞬で思わせる程の狂乱ぶりだった。

 

全身を震わせて、感激に涙し、喜びをあらわにする。いろんな性質に目を瞑れば、ひょっとしたら理想的な上司トップクラスに入るのかもしれない。

 

いろんな、たくさん、ものすごく、目を瞑れば、だが。

 

 

「なんと澄んだ目で、その寵愛を一身に浴び、愛を叫ぶ―――。なんとなんと、これほどの信徒を、ワタシはこれまで見逃してきたというのですか!? これほど、わが身の怠惰を呪った事は記憶にないのデス! アナタの、アナタ程の! 敬虔な愛の寵児を!! 見逃した我が身の不徳を! どうか、我が怠惰を許してほしいのデス!!」

 

 

狂乱が過ぎて、自傷行為にも走る。

出会った時も、爪を全部食いちぎって血涙流していたな、とまた嫌な記憶が蘇った。

爪の痛みは、古来から拷問の類で利用されていて、神経がかなり通っていて、滅茶苦茶激痛な筈なのだが、狂喜狂乱のままにしてるペテルギウスを見ていると、自分の方が痛くなってしまう。

 

何せ、今回は岩肌に躊躇いなく何度も何度も額を打ち付けているのだから。

頭突き、岩と頭、どっちの強いか勝負でもしているというのか、これでもか、と打ち付けている。

 

ペテルギウスが異常者である事は重々承知しているし、何があっても驚かないだけの心構えはしている……が、流石に自傷行為が行き過ぎて死なれでもしたら困る。

指先が死んでる事に対して、気づいた様子はないが、それでもまだ死んでいない指先に乗り移りでもされれば、皆が危ない。

ペテルギウスの攻撃手段(見えざる手)を看破できる人材のすべてがここに集中しているのだから。

 

 

「おやめください! 司教様! そのような行い、魔女様もお喜びになりません!」

「嗚呼、しかし、しかししかししかししかししかしぃぃぃっ! ワタシは、自らの怠惰を! 大罪を! 愛に報いれぬ不実を!! 他に贖う術を持たないのデス!!」

「そんなことはありません! 魔女様ならば、愛すべき信徒が傷つく姿より、寵愛に報いようとする懸命な在り方に、試練を遂行する意思に、その全てに対し、お喜びになるはず! 貴方様を失ってしまう事こそが、一番の悲劇だと感じるはず!」

 

 

今日ほど口から出まかせを言った事はないな―――、とスバルは内心毒付く。

だが、思いのほか効果はあった様だ。

ペテルギウスは自傷行為をピタリとやめて、大きく目を見開いてこちら側を見てきたから。

 

視線が合う、大きく頷く、(上っ面な)意思が伝わる。実に嬉しくない。エミリア、レム、2人に取っておきたいモノばかりだ。

 

 

そう毒づいている事は露知らず、ペテルギウスは憑き物の落ちたような顔で涙を流し……。

 

 

「―――――すべて、アナタのおっしゃる通りデス」

 

 

異常に穏やかに言われた直後―――最悪に見舞われる。

 

 

「ッ~~~」

 

 

なんとなんと、ペテルギウスに強く抱きしめられたからだ。

野郎に抱きしめられて喜ぶ気は無い。100歩譲ってフェリスならまだ良い。

そしてそして、変な意味ではないが、番外編的に言えばすべて乗り越えた先の男同士の友情に花咲かせる~と言う意味でのツカサとのスキンシップだけが許される。変な意味ではないが。

 

このペテルギウスに対しては、生理的嫌悪感しかない。思わず合図(・・)を送りたくなる衝動に苛まれた。

そんな思考は通じないのがせめてもの救いか。ペテルギウスはスバルの心情には一切気付く様子なく、並みだを流しながら凄絶に嗤った。

 

 

「嗚呼!! ワタシは間違っていた! 誤っていた! そう、そうなのデス!! そう、試練! 試練! 今のワタシに求められているのは、自罰でも自裁でも自決でもなく、試練なのデス!! それらを忘れて自傷の悦に浸るなど、なんたる怠惰!! アナタの言葉で目が覚めたのデス!! 感謝! 感謝ぁぁ!!」

 

 

思う存分この野郎にボディブローをかましてやりたい。

クルルの風を借りて、風神剣ならぬ、風神拳で地の果てまで吹っ飛ばしてやりたい。

 

だが、生憎自分にはクルルやツカサの魔法を借りたとしても、そんな威力は無いし、出来ない。運がよかったな、ペテルギウス、と内心何度目かの毒を吐く。

 

 

 

「怠惰なるワタシに価値など皆無!! 勤勉であることこそがこの世で最も尊き事! 怠惰なるワタシはこの世で最も唾棄すべき悪徳! ならばワタシは勤勉さを以て、報いる事、そう、この己の宿業である怠惰との決別! そうデス、そうなのデス! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、愛に、愛に、愛愛愛愛愛愛愛愛あいあいあいあいあいあいあいあいあぃぃぃぃぃぃぃにぃぃぃぃぃぃ」

 

 

 

言論に一貫性がない。

元より、そんなもの求めていないが、それにして無茶苦茶だ。清々しいとある意味思う。

この支離滅裂どころか壊滅状態な論理、一体何処に泣き所があるのか、狂ってしまっている涙腺。次には笑い出して、怠惰を捨てるという。

怠惰担当とはそう簡単に捨てれるものなのか? と深く考えない様にする。

 

頑張ってする。

 

 

狂喜的な人間に接していたら、こちらの思考回路がどうにかなってしまいそうだが、今のスバルにはそれは無い。皆無だ。

何なら何度でも頭の中で毒づきながら会話を続ける事だって出来る。……無論、武力に物を言わせるような肉弾戦ではなく、悪口合戦なら、の話だが。

 

 

 

でも、今重要なのはその試練だ。もう何時でも良いという合図(・・)もその手の中で示している。

後は自分が試練を聞き出すだけだ。

 

 

 

「司教様。試練の話をしていただけませんか?」

 

 

ここからが核心であり、最も慎重に言葉を選ぶべきポイント。今の今まではいわばウォーミングアップでありお遊びだ。

 

 

ペテルギウスは、怠惰は、――――魔女教は試練と称してエミリアに何をしようとしているのか。

かの規模が解らない今、エミリアとの因縁が続く可能性は大いにある。

だからこそ、聞いておかなければならない。他ならぬ本人の口から。

 

 

「司教様との合流にあたり、是非、此度の試練のことをお聞かせ願いたいのです」

「試練――――、そう、試練デス! 試練なのデス! 試練を執り行い、試さねば! 此度の半魔が器に足るか、魔女を降ろすに足るか、試さなければならないのデス!!」

 

 

裏返った奇声、生臭い息。すべてに嫌悪と唾棄を覚える。

ついに核心部分をつく事が出来た……が、想像の何倍もの嫌悪に思わず立ち眩みをしてしまうが、何とか堪えた。

 

 

「魔女を降ろす……器?」

「合えば擁し! 合わねば排し! 半魔として生を受けし、その器! 魔女に相応しからんや否や、魔女の愛を封ずるに能うか否か! 試練を以て試すの、デス!!」

 

 

目的が、これでハッキリした。

相変わらずの無茶苦茶さだが、言葉の符号を合わせていけば、見えてくる。

 

 

「試練の結果、器に相応しいなら、その体に魔女を降ろす……」

「いずれ来る運命の日に、魔女はこの世に再誕せり――――デス! その瞬間に立ち会うために! そのために【指先】と共に万全を期す。……それがワタシの愛なのデス!」

 

 

言い切った、出し切った、感無量。

と言わんばかりの晴れ晴れとした顔、感涙するペテルギウス。自分の世界でこの上なく幸福に時を過ごしている事だろう。

 

心底吐き気がする。

毒を考えるのも思考するのもやめた。ただただ胸糞悪い。

 

 

つまりアレだ。

こいつは、こいつらは、あれほどの残虐行為を行い、あれほどの虐殺をもたらし、皆を苦しめ、世界をも巻き込み――――。

 

 

「エミリア自身には、何の価値も見てないのか」

 

 

魔女と言う不確かな存在。何百年も前の厄災であり、見たこと等あるはずもない連中が、想像上の魔女を勝手に信仰し、数多の悲しみと憎しみを生み出し続けた。

 

何よりも、エミリアを全く見てない。

 

彼女の存在に心を揺すられるナツキ・スバルにとっても耐え難い屈辱だ。

 

 

 

「――――ここで終わりだ、怪物め」

 

 

 

口に出すつもりはなかった。

だが、出てしまった。

止められなかった。

 

他力本願ゆえに、甘えて偉そうに胡坐をかいて、そんなのは本当と書いてマジと呼んで……本当(マジ)で恥知らずだ。

 

背中を、英雄を目指すと愛してくれる人に誓った以上、そうなりたくはない。だからこそ、負担になるような真似だけは回避するつもりだった……が、今回に限っては無理だった。

 

後で、謝罪の意を伝えておこう、と思う。……無論、伝えられる側は、何も思わない所か同調して一緒に怒ってくれそうだが。

 

兎も角、ペテルギウスには全く聞こえていない、耳に入っていないようなので、続ける。

 

 

「………司教様、ご高説拝聴いたしました。魔女教の理念、聞きしに勝るそのご覚悟、まさに感服の至りです。此度の試練、必ずや成し遂げましょう」

「おお、おおおぉぉぉぉ!!! やはり、やはりアナタは素晴らしい! そうデス! そうなのデス! 我々は一丸となり、一心不乱にこの身を投じて本懐に臨むのデス! 寵愛を受けたその日から、ワタシという存在は全霊を以て愛に報いるだけの塵芥――――……ああ、嗚呼、サテラ! アナタのモノなのデス!」

 

 

そのサテラ、魔女がこの目の前の狂人の事が眼中にないと悟ったら一体どんな顔をするだろうか?

そっち方面には非常に興味を持てるが、聞くべき事はもう聞いた。

 

 

 

「―――福音書に記されし、言葉が愛を物語るすべて! ワタシの未来を導くのデス!! ゆえにこそ、ここにすべてが……、ワタシのすべてが在る、全てが在るのデス!」

 

 

何処から取り出したのか、大きく掲げた黒い書。

ページを凄い勢いでめくり、口の端では泡を浮かべてまた嗤う。

 

覚えがある。この福音書と言う代物。

これを奪い、解析をすれば―――より核心に踏み込む事が出来るだろう。

 

 

「―――福音の、提示を」

 

 

 

音を立てて、福音書を閉じたペテルギウス。

魔女教への入門書を見せろ、と言う事だろう。

 

 

ある日送られ、やがて魅入られ、狂人となる。それまでの道筋を見せろ、と。

 

 

見せるのは一つしかない。

 

 

 

「――――それ、は?」

「見ての通り、《ミーティア》でございますよ、司教様。身に覚えがあるのでは? ……指先の一人、ケティが持っていたモノでもありますしねぇ」

 

 

ペテルギウスは、今回に限ってはスバルと同じ様に意味が解らない、と顔を傾ける。首の骨が折れんばかりの勢いと角度で。

確かに見覚えはある。ケティの名も寵愛を受けし信徒だ。知らない訳がない。

 

だが、それらをかき消す程の驚きが眼前で起こる。

自分自身だけを移す鏡だったのだが、やがて光を放ち、そこから先を映し出したのだ。

 

 

【おーー、映った映った! わぁ、聞いてた以上に怖い顔が映った!】

 

 

鏡を通して聞こえてきたのは、いかにも状況にそぐわない可憐な声。

スバルからその顔は見えないが、ペテルギウスにはハッキリ見えている事だろう。

 

意味が解らない、流石のペテルギウスも、これ以上沈黙をし続ける事は無い様だ。

 

 

 

「えええええ、アナタは、いいえ、アナタ方は何を!!」

【っていうか、スバルきゅん、おっそーーーい、もうとっくに始末しちゃって暇弄ばしてたヨ~~。数にして10本。指チョッキーーン、ってなわけで。――――――トラトラトラ!】

「――――ッッ!!」

 

 

無理解、と思ったその時だ。更にこの上をいく驚愕な事態が起きたのは。

 

 

 

辺りに響く鳴動。

震天動地ともいえるべき現象が湧き起こり、スバルたちのいる場を揺らす。

 

 

「うおおおっ、わ、わかって、わかっていたっちゃわかっていたんだが」

 

 

何とか踏ん張って転がるのを阻止。

そしてペテルギウスもある意味流石だと言えるか、無様に転んだりはしなかった。

 

 

軈て、この森の木々よりも遥かに高い壁が四方八方、円形状に回りを囲いだした。

空でも飛べない限り、この場から逃げ出す事は出来ない光景。

 

 

だが、一部だけは空いている。

 

 

 

 

 

「「――――――――!!!」」

 

 

 

 

 

此度の戦い。必ず参戦する、と意気込んでいた2頭の竜がまさに捨て身のタックルをペテルギウスにかました。

 

 

 

「ガッ、ピョッッ!??」

 

 

まず一頭がペテルギウスを跳ね上げ、もう一頭が宙にいる状態のペテルギウスにダイビングヘッドバットを打ちかます。

 

変な奇声を上げて吹き飛ぶペテルギウスを見た。

その見事な連携のとれた地竜たちは、揃って咆哮を天へと上げた。

 

 

それが本戦開戦の合図。

 

 

 

「我、奇襲ニ成功セリ―――ってな」

「十分だ。十分。見事な演技で、よくぞ、ここまで我慢したよスバル。ほんと凄い」

「褒められる様な事じゃねーよ。オレが出来るのはこのくらい。連中に好かれちまう体臭と小賢しい悪知恵。……兄弟並みに強けりゃ、エミリアの事聞いた時点で締め上げて、はい終わり、って格好よくいく感じ、なんだけどな」

 

 

 

地の囲いを生み出した張本人が、空から降りてきた。

パチン、と手を合わせて合流を果たす。

 

これでもう、ペテルギウスには用はない。

いや、もう最初から無かったと言って良い。

 

ペテルギウスも魔女教も、理解が一切できない全世界共通の敵だという事を再認識したまでだ。

 

 

 

 

「は、はあ?」

「何が起きたか、わからないようだから手短に説明する、ペテルギウス・ロマネコンティ」

 

 

 

 

 

大地を踏みしめる。

それが呼応したかの様に周囲には白い輝く霧が発生した。

 

そして、上空には黒い竜巻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、逃げられない。逃がさない」

 



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怠惰⑦

 

 

 

驚きの連続で、然しもの狂人も思考がまとまらず混乱極まっていた。

極々一般人からしてみれば、普通にしていても、普段通りだったとしても、混乱極まってしまう様な相手、そんな狂人ペテルギウスであってもだ。

 

だが、それはある意味仕方がない事だと言える。

何せ己の持つ絶対の存在【福音書】に記述されていない出来事が、こうも立て続けに起こる事など、これまで長い年月世界に試練と称して厄災をばら撒き、怠惰ではなく勤勉だと災いを齎し続けてきて初めての事だったからだ。

約束された未来、福音を得る為の行動に誤りは無い筈だと、狂ったように妄信、狂信しているからこそ、思考が停止してしまっていた。

 

二頭の地竜に攻撃。

かちあげられ、吹き飛ばされた事など考えていない。所々負傷している事など意に介していない。

 

 

「直ぐ別れる事になる。……言いたい事があるなら、今の内に言っとく事を勧めるよ、スバル」

「すっげー嫌な勧め方だなオイ。でもまぁ、オレも兄弟と同じくらい、キてるってだけは言っとく。十分どころか、十全にわかってるつもりだ」

 

 

試練の前に立ちはだかる2人。

何も記されていない。

 

身悶えする様な魔女の寵愛を、その残り香を受け取っている男が反旗を翻す事も、この狂人には理解しがたい、理解できない事なのだ。

 

 

「狂った頭でもわかるよーに、言ってやるよ。【慎重に検討を重ねましたところ、御社の社風とは致命的に合いません。誠に勝手ではありますが、内定を辞退させていただきます。貴殿の今後のご活躍と発展をお祈り申し上げます】ってところだ。………まぁ、お前がここから生きて逃げれたら(・・・・・・・・)の話ではあるがな。今後の、ってのは」

 

 

懇切丁寧に言っているつもりだが……、ツカサは苦笑いをした。

 

 

「スバルの地方の方言? ってヤツかな。多分理解できないと思うね。すごく丁寧に断ってるのは解るのに」

「おうよ。分からなくて結構。ただ嘲笑ってるだけだからよ。残り幾ばくも無い人生の最後に、ってな」

 

 

戻ってきたパトラッシュの頬にスバルは手を当てた。

そして、それはツカサも同じく、ランバートが求める様に首を垂れていた。

夫々の地竜は己が主の元へと馳せ参じ、それこそペテルギウスが言う主の寵愛を一身に受けている。

気位の高い種である地竜と言うが、ここまで愛嬌が良いと、ドラゴン、恐竜と言える格好いい顔が最高に可愛く見えてくるものだ。

 

 

「今、なんと、なんと言いました? ――――逃がさない(・・・・・)?」

 

 

スバルが言った事をガン無視するペテルギウス。

否、まるで彼の時間軸にズレでも生じているかの様だ。

 

 

「否、否否否否否否否否否ッ!! …………アナタ、こうも言いましたね? このワタシに対し、もう逃げられない(・・・・・・)と」

 

 

恩寵を預かり、魔女の寵愛を一身に受けたスバルの拒絶反応よりも、何よりもペテルギウスが目を真っ赤にさせて、その血のように赤い目を向ける。

何度も何度も搔きむしり、血涙が流れているかのように目元から多量の血が流れ出る。それでも全く意に介さない。

 

 

「なるほど、なるほど、アナタ……怠惰じゃないようデス。どうやら勤勉の様デス。……これは、これはこれは、初めて、初めて、初めての事、デス」

 

 

 

ペテルギウスは、その権能を全開にさせた。

周囲の木々をなぎ倒し、大地を抉り、狂人を取り巻くその陰の本数が増える。

間違いなく、前のペテルギウスより遥かに多い。

 

その増えた見えざる手を感じ、ペテルギウスは目を見開きながら、それでいて声色は静かに言った。

 

 

「我が《指先》に預けた筈の因子が戻った。――――アナタがやったのデスね?」

「正確にはオレの、オレ達の仲間だよ。大恩人たちだ。返しても返しきれない程の恩を貰った」

「…………」

 

 

ツカサは平然と会話を続けているが、スバルはそうはいかない。

これまで、否、前回の時に出会ったペテルギウスの性質、性格、その狂人っぷり。頭の中で考えたくはないが、それでもスバルの中で出来上がっているペテルギウス像は、ここで意味不明に狂喜狂乱、狂いに狂いまくって、それこそ魔獣の様に見境なく襲い掛かってくるものだと踏んでいた。

 

地竜にぶっ飛ばされるだけでなく、魔女の寵愛を否定して、軽くいなして、侮辱するようなもの言いで……、ブチギレ案件だと思っていたのだ。

 

だが、この狂人の振る舞いは、静かだ。静かすぎる。

 

 

そう――――まるで、嵐の前の静けさの様に。

 

 

狂人は大きく大きく天を仰ぐ様に、両手を掲げて宣言する。

血走らせた狂人の血涙、瞼を裂いたのか,或いは食い破った爪から出る血なのか、血飛沫を周囲にまき散らせながら。

 

 

異様な雰囲気だったが、だからと言って怖気づいた訳ではない。

ツカサと同じ、十全に彼の気持ちが解る。

否、それ以上だ。

 

スバルは、2度もこの狂人にエミリアを殺された。

他の誰もが覚えていなくても、世界でたった2人だけが覚えている世界であったとしても、間違いなく起こりえた(・・・・・)世界と言う訳で、覚えておかなければならない。魂に刻み付けておかなければならない。

目の前の狂人に、愛しい人を殺されたのだ。

 

ツカサにとってみれば、愛する人―――ラムを殺された様なモノだ。そういう意味ではスバルの方がキれている。

キレる……それに見合う実力があれば、真っ先に血祭に上げる程には。

分相応、身の程を弁えているからこそ、最善を尽くすように行動を心がけているだけなのだ。

 

 

「この暴挙、この暴言、それには報いを。勤勉に勤め上げてきた我が指先。先に逝って待っているが良いのデス。今、今、今今今、いまいまいまイマイマイマいいまいまいまいまぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

 

 

これまでは格好つけてました。

演技でした。

でも我慢できずに、とうとう素が出てしまいました。

 

―――と言わんばかりに静かな立ち上がり、話し方だったペテルギウスは一変。変貌し、破顔し、滅茶苦茶になった。

 

 

狂った様に顔を掻きむしり、血走った目をはっきりとツカサへと向け、あの無数に増えた見えざる手を向けた。

 

 

「報い、報い報い報い報い!! そう、報いなのデス!! その四肢を捥ぎ、魔女に魂を捧げ、果たすとする―――デス!!」

 

 

爆発的にペテルギウスの影が広がる。

膨れ上がる無数の漆黒が、やがて一本の巨大な黒い腕となる。

圧倒的密度と物量、仮に見えていても、この大きさと速度では、回避するのは非常に難しい。

 

だが、それでも微動だにしない。

ツカサは勿論、スバル自身も。

 

ツカサの手には、いつの間にか剣が握られている。

それは、ヴィルヘルムがクルシュより賜った数振りの宝剣の一振り。

 

かの白鯨戦においては、基本魔法で対処していたツカサだった。だが、この度の戦において、物量戦ではなく森の中での白兵戦で、近接戦闘では絶対に剣も必要、役に立つ筈だとヴィルヘルムから受け取っている。

 

それは、主より受けた剣の筈だが、クルシュも了承済みとの事だ。剣を捧げる相手ではない事が心苦しく思うのだが、それを気にするクルシュではない、とヴィルヘルムは毅然と言い放った。

守る為に、戦う為に、己が信念を魔だけではなく剣にも込める事が出来るのであれば、どんな鈍であったとしても、帯刀しておけと。

 

老骨と揶揄する剣鬼が、剣を託す。いつも以上に重く感じたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「―――黒龍閃(クロノ・テンペスト)

 

 

 

 

ペテルギウスの闇とはまた違う漆黒の闇がツカサの剣に帯びる。

明らかに違うのは、ペテルギウスのような禍々しい闇ではない。それは、まるで黒曜石(オブシディアン)の様。怪しくも美しさを纏った闇、黒だった。

 

 

 

 

真一文字に振るった剣は、膨大な質量に物を言わせて迫るその巨腕を文字通り一刀両断の元に切り伏せ、更に切り口から爆風が起きたかの様に、周囲に闇撫での手を四散させた。

 

 

「腕捥ぐ~、とか言っておいて、叩き潰そうとした、とかじゃねーのかよ、コレ。自傷行為バッカしてっから、近視・乱視になっちまうんだよ、ばーか」

 

 

視線はペテルギウス。いつも通りの挑発する傍らでも、ツカサの剣がスバルの視界の中にあり続ける。

憧れ以上のものがスバルの身にふつふつと湧き起こる。

最高に格好良いのは、自慢の兄弟だ。

 

 

「―――つーかよ、兄貴って呼んで良い?」

「嫌」

「だよな? いうと思ったよ兄弟(・・)

 

 

兄弟と呼んでいるのに矛盾しているが、それでも上でもない下でもない。

 

そういう風に、考えたくない、とツカサは言って軽く笑った。そして、それはスバルも解っていた様だ。同じく軽く笑って返す。

 

 

そんな談笑、日常の一コマのやり取りをしている間、時間が止まっていたのはペテルギウスだ。

 

権能を全開にさせた。

指先が全滅したなどと、記憶にない事態だ。それでも、失った分だけ魔女因子が、その寵愛が身に集まるのも事実。

全てを込めて放った権能が……。

 

 

 

「アナタ、何を、何を、何をしたというのデス!!? いえ、そちらのアナタも!! 我が権能が見え……、ありえない、あってはならない! この与えられし寵愛を!? なぜ、なぜなぜ、なぜなのデス!??」

「オレは、コイツのおかげで」

「そんで、オレはわかんねーな。身体に残り香つけてく魔女にでも聞いてくれよ」

 

 

ツカサが指を己に指すと、それに呼応する様にクルルが顕現され、その肩に乗る。

スバルはスバルで、どういう理屈かわからないが、スバルの身の内にいる魔女が影響を齎せている事は理解できていた。

 

ペテルギウスのあの見えざる手のような権能。スバルで言うなら、《死に戻り》。権能を持つ者同士だと共鳴して見える様になる……などと仮説を立てている。

 

 

「精霊術士!!?」

「嫌悪する顔向けてるけど、その100倍はオレも思ってるから。お前に対して、……ああ、クルル(コレ)に対しても、ちょっとくらいは」

「きゅきゅんっ!」

 

 

クルルを目にした瞬間、ペテルギウスには嫌悪、唾棄、ありとあらゆる負の感情が、形となってその表情に現れ出ていた。生理的嫌悪感と言うなら、ツカサ、スバルだって負けてない。何せ心底気持ち悪いのだから。

 

 

「寵愛寵愛言ってるけどな? 生憎、お前らの言う魔女――――サテラは、お前らには見向きもしてないよ。もう、とっくの昔にフラれてる」

「――――!! それは、一体どういう……、我らが魔女の寵愛を愚弄するなどと!?」

 

 

見えざる手が見えた事よりも、その混乱よりも今のツカサの発言に目と耳を疑うペテルギウス。そんなペテルギウスを嘲るようにツカサはつづけた。

 

いつ、どの時のペテルギウスであっても、この言葉は何よりもキクのだろう。

最早自明の理。

 

 

 

「もう、心に決めた人が出来てしまってるから、だよ。当たり前だろ? 横恋慕程醜いモノは無い」

「オレとしては、複雑極まりないんだがなぁ、エミリアたん一筋! ……んでも、右手にエミリアたん、もう片方にレム。塞がっちまってるから。それでも、構わない~~って、ぎゅ~~~って捕まえてくるんだぜ? ハートを。生まれ出でて十数年。どうやらオレにもモテ期到来、モテる男の苦労が漸く理解できた気分だよ、なぁ兄弟?」

「そこはオレに同意を求めないで」

 

 

 

言葉のほとんどがペテルギウスには理解できなかったかもしれない。

だが、その真意は容易に読み取れる。

 

つい先ほどまで、静かで強者な雰囲気醸しだしていたくせに、一皮むけたら、弱い犬程よく吼える状態。

(それでも、見えない権能やら指先やらの性質は十分凶悪で、初見で対応するのは難しすぎるから、十分強敵なのだが)

 

格好つけてた? キャラはもう完全に霧散。臨界に達した憤激、怒髪天をつく。

それは自傷行為となって現れる。狂人は己の指の付け根までをかみつぶし、爪・骨・肉全てを食いつぶしていったのだから。

見ているだけでも痛々しいが、それ以上に心の底から見下す事が出来ているので、大した視覚的ダメージにはなっていない。

 

 

 

 

 

 

「おのれ、おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれれれれれれれれれれれれぇぇぇぇぇぇ――――――!!!」

 

 

 

 

 

 

なぜ寵愛……見えざる手が見えるのか、権能を察する事が出来るのか、様々な疑問は残っているが、それらを埋め尽くす憤激が闇の手となって形作り、再びツカサやスバルの元へと伸びて出てくる。

 

先ほどのような一本の巨腕ではなく、無数の腕。

質より量、と言わんばかりの波状攻撃。

 

一本であれば霧散し直ぐ終わるだけかもしれないが、あの無数の魔手は四方八方に飛び散り、最早狙いつける事さえ忘れてすべてを蹂躙し始めている。

 

まるで、破壊だけを求めている様に。

 

 

 

 

 

その時だ。

 

ペテルギウスの頭上……、丁度ツカサが囲ったジ・アースの壁面の頂に光る何かが見えたのは。

 

 

「怒りで周りが見えてない。だから、お前は怠惰なんだよペテルギウス」

「おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇえええええええ」

 

 

ツカサの警告にも似た挑発は一切耳に入らず、ただただわめき続けるペテルギウスの頭上。

闇の手の発生源、腕の根本辺りに虹の光が差し込んだ。

 

 

 

 

「アル・クラウゼリア」

 

 

 

 

虹と黒。

再び交わる時。

 

 

 

 



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怠惰⑧

 

 

「ユリウス!」

「うっおぉぉっっっ!??」

 

 

虹が黒を払ったその衝撃がスバルの身体を揺らす。

いや、揺らすどころじゃない。少しでも気を抜けば吹っ飛ばされてしまいそうな勢いだった。

 

スバル自身も帯刀していた為、剣で堪える事が出来たのとクルルの加護……もとい、風を纏っていて多少なりとも防護壁になったのが幸いした。

 

 

 

全てを消滅させる勢いの極光……そう見えたが、どうやら終わらせた訳じゃないようだ。

 

 

スバルの目にさえ見えた、ツカサは勿論、ユリウスにも同じくわかっているだろう。

 

 

不可視の手、魔の手を両断する事は出来たが、ペテルギウス本体に届くまでに、身を躱された。束ねに束ねた手だったがゆえに、それを犠牲にし、回避していた。

犠牲と言っても、切っても生えてくる。ペテルギウス本体を倒さなければ何度も蘇ってくる仕様の様だ。

 

 

 

「全くお前ってヤツは!! どーせそんなデカいのカマすんなら、背後から盛大にやっとけってんだよ!」

 

 

 

 

 

アル・クラウゼリア。

 

六属性のマナを束ねた虹の極光。

まさに正義の味方、王道騎士様が使いそうな光の御業。スバルの中のイメージにドンピシャリな一撃だ。

ツカサの漆黒を纏った力、黒の剣技も凄まじく惚れ惚れすると言えるが、最高の騎士であり、エミリアと言う光を護る剣として、イメージに嵌るのはどうしてもこの虹の剣だ、と認めたくないがスバルは思ってしまう。

生憎、属性はどちらかと言えばスバル自身も黒(陰)なのだが。

 

 

「申し訳ない。背後から斬る、少々気が引けたのでね。ただ、正面からでも背後からであっても、あの妙な手で身体を覆っている以上、致命傷は見受けられないだろう」

「そうだとしても、ヴィルヘルムさんなら、ズバっとやっちゃってくれてたと思うんだけどなぁ、んで、お前はやっぱ想像通りだよ」

 

 

悪態をつくスバル。

だが、その悪態は単なる誤魔化し、()だ。

 

そしてペテルギウスはユリウスが言っている様に、あの手が障壁となり、本体を両断するまでには至らなかった様子。だが、その衝撃をも完全にいなす事など出来る訳がない。

吹き飛ばされて背後の元洞穴、その成れ果ての岩肌に衝突して転がっている。

 

 

「やはり、ツカサ。君は驚かない様だな。未来(さき)を視通す君の眼に、私の姿は映っていたのかい?」

「ああ、勿論。視えていた。……これだけは言わせて」

 

 

改めて、黒の剣を構えながら、ツカサは言った。

 

 

良かった(・・・・)よ」

 

 

ユリウスが合流する、と言う話は事前に上がっていた。

 

作戦上では、スバルの事もあり【指先】の殲滅後に、ペテルギウスを討つという手筈になっていたが、その凶悪性、魔女教の幹部と言う事もあって、当然 厳選しなければならないだろう。

 

不可視の手を見る事が出来るツカサ、そして同じくあの手を見る事が出来、本人の体質、魂の乗り移り先であり、魔女教の懐深くに容易に入り込む事が出来るスバル。

 

この2人がペテルギウスと対峙する事は安全・完全勝利への絶対条件だったから。

 

だからと言って、2人にすべてを任せて良し、とする訳にはいかずに名乗りを上げたのがユリウスだった。

 

 

「ああ、それは私も思う。君の隣で王国の為に、――――世界の為に、戦える事を私は光栄に、そして誇りに思う」

 

 

ユリウスは、虹の極光を剣に纏わせながら、ツカサのそれに応えた。

 

ツカサは良かったよ、とまるで心配の言葉を口にしたが、それは決してユリウスの事を侮ったり軽んじたりしている訳ではない。英雄と称される程の力を持つツカサ、その庇護下に置かなければ皆が心配だ、と聞こえる者もいるかもしれないが、それは決してない。

 

そもそも、心配など皆無なのだから。ここへユリウスが来る事に対し、疑いの余地はない。

 

 

「後もう少しでも、私がここに来るのが遅ければ―――すべて終わっていたのだろう?」

「………そう、かもしれないね。怠惰(アレ)を始末するのに、待ってられないって思ってた」

「ふっ。確かにそうだな。ならば、私はこう言おう。間に合って良かった(・・・・・・・・・)、と」

 

 

ツカサの魔女教に対する憤怒は、底知れぬモノがある。

魔女教に対しては、憤怒よりも怖れの方がどちらかと言えばこの世界には大きいだろう。それほどまでに、世界に被害を、厄災を齎してきたのだから。

 

そして、ユリウスはツカサの未来視の力の一端を経験した事で、ツカサの憤怒の根幹を知れた気がした。

 

未来を旅すると言っても良い権能。

 

恐らく魔女教が齎した破滅(・・・・・)を視たという事なのだろう。

それがもしも、彼に近しい者たちであれば? このメイザース領の村を、エミリア陣営を亡き者にしていたとすれば?

 

 

彼の変貌と言って良いその姿勢、その辻褄が合う。

 

 

 

 

 

「おうコラ!」

 

 

ここで、忘れられてないか? とスバルが2人に愚痴を零し始めた。

 

 

「そりゃ、オレだって乞うご期待っつっても、イキナリボス相手に出来るって思ってる程バカなつもりはねーけどなー。オレだっているんだぞ、ユリウス! 忘れてねーか?」

「? おかしな事を聞くものだねスバル。君程特徴的な男の事を、忘れるなどと、私には出来る自信がないよ」

「よーし、それ絶対褒めてねぇな!?」

 

 

ユリウスは、スバルの方を見た。

奇しくも、あの時刃を向け合った者同士が、3人共が同じ方向を見て、刃を構えている。

 

ユリウスは薄く、笑みを零した。

 

 

「いや、こう言い換えよう。私は君を信じている。―――心より」

「!」

 

 

ユリウスの心の内、それが見えたかの様だった。

スバルも、その言葉が本心からくるのか、或いは虚言を言っているのか、それくらいは理解できるつもりだ。

 

 

「私は、君と言う男を侮り、ひどく打ちのめした男だ。あの行いに私なりの理由と意義があったと今も誓って言えるが、それは君には関係のない独善的なものに過ぎない。―――おそらくは、君は理由を彼から聞いているかもしれないが、私はそれを肯定したつもりもないし、するつもりもない」

 

 

ユリウスはそういうと、今度はツカサを見た。

 

 

「だが、それでも私は私自身の心に従い、君を信じるに足ると、値すると決めた。この道を形作ってきた君に、敬意を込めて」

 

 

それは、決してツカサの隣にいるからだ、ツカサを信じられるから、そのついでにスバルも、と言っている訳ではない。

信用に足る者の友人だから、信じられるといった安易なモノではないという事を、ユリウスは暗に言っている様だった。

 

ツカサも薄く笑い、そして小さく頷いた。

 

 

ユリウスはつづけてスバルに問う。

 

 

「君はどうだろうか。この死地と言っても過言ではない場において、私を信じられるのだろうか」

 

 

王選の場で、スバルはこれ以上ない醜態を晒した。

信じていると言われた男を、唯一無二だと言って良い男を嫉妬(・・)から裏切り。

愛している同じく唯一無二の女に悲しい顔をさせた。

 

あの練兵場では、そんな自分への戒め、償い、そんな気持ちが頭のどこかにはあったかもしれない。

だがそれでも、小さな力でも、小さな自尊心(プライド)でも、男が面と向かい合い、戦うと決めたのなら、足りない力でも一矢報いる気概を持っていたつもりだ。

 

 

だが、一矢報いるどころか、汚名を塗り重ねる形になり、完膚なきまでに打ちのめされ、打ち砕かされた。

 

 

後々に、ツカサの口からあの日の真実。

 

ユリウスの口からきいた訳ではない、ツカサの中の想像上での事もあるかもしれないが、それでも真をついている。

あの日、近衛騎士団の中でも過激な思想を持つ者がいたらしく、侮辱したスバルに報復に打って出る、と言う声も上がっていたそうだ。

 

そこで、ユリウスは強引であったとしても、己の経歴に傷をつけたとしても、公の場にてスバルを打ちのめし、言うなら全体の鬱憤を晴らす事にしたらしい。

かなり乱暴に聞こえるが、突然斬られてしまう辻斬り等にあえば、その時点で死んでしまい、ツカサ自身にも多大なるダメージが……と考えれば、ユリウスが止めてくれたと言っても過言ではない。

 

 

確かに感謝だ。感謝。

 

 

 

だが――――。

 

 

 

「結果を見れば、感謝しかねぇってオレも思ってる。……けどな、オレはお前が大嫌いだ」

「ああ、それは知っているとも」

「ふふっ」

 

 

 

スバルの言葉に、思わず含み笑いをするツカサ。ユリウスも解っていると言わんばかりに頷いていた。

 

 

「なんか典雅な感じの雰囲気がイラつく。隣合わせで戦う姿とか、兄弟と一緒に戦う今の姿とか、滅茶苦茶雰囲気マッチしてて余計にイラつく。喋り方も胡散臭ぇ事極まれりだ。お前とラムくらいだぜ、明らかに兄弟と並べてオレを遥か下、地獄の底まで見下ろしてる感満載な上に面と向かって言ってくるのはよ」

 

 

幾ら命の恩人だと言っても……わかっていた。

スバルは最初からユリウスの事が嫌いだった。

 

 

だが、これはボタンの掛け違いかもしれない。

 

 

ユリウスだけじゃない。

本来ならば、ツカサ自身にもこの手の感情は向けられていたかもしれないのだ。

 

強大な力を持ち、それを誇示する事もせず、スマートに解決し、英雄的な活躍を見せる。

これだけでも嫉妬心を向ける所満載な相手だ。

 

そんなツカサをここまで信じる、唯一無二の存在となった理由は、その人格よりも当然、死に戻りの共有だ。この世界で唯一、孤独ではない事を確認させてくれる初めての相手だったから。

 

死を繰り返し、見えない傷を負い、皆自分を置いていくんだ、と思っていた中で、血だらけになりながら、ツカサと言う男がやってきた。

 

自分のせいだ、と思い自分自身を責めた事もあったが、それ以上にツカサには申し訳ないが嬉しい気持ちの方が強かった。

異世界に来て、その中でさえ孤独だったのだから。

 

 

解る。だからこそ解る。

ツカサもユリウスもスバルにとっては同じ(・・)なんだ。

 

 

「それにあんときゃ、手足折られて、頭割られて、永久歯までこそがれた。そりゃ、この世の地獄を味わった分、トラウマレベルNo.1は既に更新されたかもしれねーけど、普通に現在絶賛トラウマレベルNo.2だぞ。手加減って言葉知らねぇのかてめぇ」

「言っておくが、あれでもだいぶ手を抜いていたよ。それに、あの苦痛が2番目なのか。となれば、1番が知りたくなるね」

「1番に関しちゃ黙秘だ永遠に。アレ上回るなんざあり得ねぇ―――つーか、ちょっと待て。アレで手加減か? あんだけ襤褸雑巾にしてくれたってのに??」

 

 

スバルの中の1番。

《死の無限体感》byスバル命名

 

あの苦痛に関しては、今後生涯、一生、永遠に、……アレを超える苦痛は無いと思える。

確かに、以前ツカサが表現した通り。身体をバラバラにされながらも死ねない。苦痛だけが永遠に続いてる。時間の概念がそもそもどうなってるのかわからない分、永遠に続く感半端ない。

更に言えば、クルルが途中で引き戻してくれたから、アレで最後まで行ってたら発狂・廃人になって、今もこの異世界のどっかでベッドに縛り付けられているだろう。

 

 

その件は兎も角、ユリウスの手加減発言にスバルは目を見開いた。

 

 

「うん、手加減だね、スバル。今のユリウスの一撃見ればわかるんじゃない?」

 

 

冷静に戦況を見据えつつ、ツカサが補足を入れる。

ペテルギウスは起き上がってくる気配はまだない。悠長に会話できるのも、このメンバーだから、この2人がいるからだ、と改めて実感しつつ……。

 

 

「それもそーーでしたね!! あんなキラッキラなピカッピカな一撃食らったら、消し飛んじゃってるよな! 手加減、確かに手加減だな! 理解できたと思ったら、スゲー腹も立ってきた。最高に嫌なヤツだって」

 

 

力もないくせに自称騎士を名乗った自分。

見合う力があるのにも関わらず、精神面から騎士を背負うのを断ったツカサ。

 

 

それだけでも、十分過ぎる程の恥ずかしさだ。

 

 

加えて、ユリウスから無力さ無知さ無謀さ、色々教わった。

恥を晒した。

 

騎士としての在り方をユリウスは示した。

 

 

ツカサを兄弟と呼び、その隣に恥じぬ男になりたい。

肩を並べて立ち、最愛の人達を守りたい。胸に秘め、乞うご期待……と言い続けている。

 

 

この世界で、隣に立てるだけの力を持つ。スバル自身が求めてやまない《騎士》の姿が、ユリウス・ユークリウスと言う男の姿なのだ。

 

 

 

「―――オレはお前が大嫌いだよ、《最優》の騎士。だからこそ(・・・・・)、オレもお前を信じる」

 

 

 

スバルはまっすぐにユリウスの目を見た。

己の持つ剣……、まだまだこの2人に到底届かないであろう弱々しい剣を握りしめながら。

 

 

 

「お前がすげぇ騎士だってことを、オレの恥が知ってるからな」

 

 

 

スバルの答え。

その答えに、まるでユリウスの周囲に揺蕩っている準精霊たちが連動したかの様に輝きを増してきた。

 

 

 

 

「オレもスバルとユリウス、2人を信じてる。スバルに便乗した、ってなっちゃうかもだけど、―――信じて疑ってないよ」

 

 

 

スバルの言葉には、スバルには、不思議と吸い寄せられる。

ツカサもそうだった。

ラムは色々と切って捨ててるが、恐らくラム自身も言葉と裏腹に、スバルの事を認めているだろう、とツカサは思う。彼には人を引き寄せる何かがある、と。

 

だからこそ、自分も含めて彼の周りには沢山の人が集まり、結果大きな大きな輪となる。

 

それが繋がる事を求め、それを失う事を何よりも恐れたツカサが見るスバルと言う人間の姿だ。

 

 

 

「ならば、私も全霊で、信頼(それ)に応えなければなるまい」

 

 

 

ユリウスは天に剣を掲げた。

精霊たちが、更に強く激しく瞬きを見せる。

 

 

 

「っしゃ。3人の心は1つって訳で、サクっと決めますか? どーせ、岩下でピンピンしてるだろうしな」

 

 

 

剣を前面に向けて、スバルは吼えた。

 

 

すると、それが合図だったかの様に、瓦礫が宙へと爆散する。

ペテルギウスを覆っていた瓦礫は、粉微塵へと姿を変え、宙に漂っていた。

 

 

 

「わざわざ、こちらの決意表明に気を使って待ってくれるなんて、思いもしなかったよ」

「――――そろそろ、茶番も終わりそうだと思いましてネ」

 

 

 

どうやら、吹き飛ばされて気を失う――――などとはならず、やり取りを地の下で傍観……沈黙を守り続けていた様だ。

わざわざ土中に埋もれた状態で待つ。狂人ならではの発想と行動だろうか。

 

漆黒の魔手を無数に生み出し続けるペテルギウス。

それは、先ほどユリウスに斬られた時よりも遥かに多い数だ。

 

 

「そういえば、アナタ……。このワタシに逃がさない、逃げられない、と。たった3人。この場にいるのはたった3人……デス」

その話(・・・)に戻るのか。開戦って感じに吼えてたと思うんだが」

 

 

ツカサの嘲笑にボギンッ!首を90度折り曲げ、イヤな音を響かし、指を捥ぐ勢いで噛みつき、血涙を流し、頭を掻きむしる事で応えるペテルギウス。

会話など元より成立していない相手だから仕方がない。

 

 

「それも精霊、精霊、精霊、精霊術士!! 何処までも、本当に、何処までも!!」

 

 

忌々しそうに視線を向けてくるペテルギウス。

その照準に合わさったのが、ツカサとユリウス。

厳密にはツカサは少々勝手が違うかもしれないが、ペテルギウスの目から見れば、精霊クルルの姿を見てきた者からすれば、ツカサも立派な精霊術士。

ユリウスと言う新たな精霊術士が加わった事で改めて、その血走った顔と視線を向けられてしまう。

実に不快極まりない事に見舞われる。

 

 

 

「ワタシの道、ワタシの愛、ワタシの勤勉さを阻もうなどと烏滸がましいのにも程があるのデス!! 我が前に道はたった1つ! アナタ方を下し、残る者どもを八つ裂きにし! 試練を遂行する! それしか無いのデス!!」

 

 

向けられた殺意は、この場の者達だけに留まる事はなく、漆黒の手の数だけ膨れ上がっていく。

 

 

 

「逃がさない!? それはこちらのセリフ!! 誰一人逃がすつもりは無いのデス!! 我が勤勉さを前に、跪き、慄き、平伏すが良いのデス!!」

 

 

 

 

この空をも埋め尽くす勢いの手。

明確な殺意を以て、迫ってきた。

 

 

 

「あぁ、ァァァアアア、怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰怠惰ァァァァ―――――!!」

 

 

 

押し寄せる魔手。

空を覆う程の魔手のその総数は数えきれない。20、30,いや100は超えるか。

まるで津波のように世界を覆いつくしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怠惰と言うより馬鹿。それが似合う」

「ああ、同感だ」

「つーか、……オレ以下?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな絶望的、とも言える世界の中において、今にも潰されそうな場面だというのに、呆れ果てた声を出す。

 

 

「テンペスト」

 

 

魔手と同じ漆黒、荒れ狂う暴風が、竜巻が迸る。

迫る魔手を寄せ付けぬ様に黒き風の防壁で阻む。

 

 

「アル・クラリスタ」

 

 

ツカサのテンペストの合間合間を縫うように、針の穴を通すかの様にやってきた魔手を、極光の剣が待ち受ける。

瞬く間に、魔手は霧散し、暴虐を起こすなどと出来る訳がない。

 

 

「オラァァ!!」

 

 

ちゃっかり、残った最後の1本。

それ目掛けてスバルも剣を振るった。

 

テンペストを纏わせた剣。制御が出来るギリギリのラインは、例の魔獣騒動の際に実験済み。ラムの3割程度にも満たないテンペストだが、それでも魔手を跳ね飛ばすくらいは出来る。

 

 

この程度だと、例え魔手が1000集まった所で、3人には届かないだろう。

 

 

「―――――は?」

「いや、今更何を驚くんだ……? お前のその手の優位性は、相手に見えない事だろ? 見えてる時点で、ただの動きの鈍い攻撃手段ってだけでしかない。それとも数に物いわせれば何とかなるって浅はかな考えでも持ってたのか?」

 

 

津波の如き攻撃を防ぎ、涼しい顔をしている面々に、ペテルギウスは唖然とするほかない。

 

そう、相手に見えている時点で己の権能の優位性、絶対的優位性とでも言って良いソレが無くなってしまっているのだ。

そして、見えていたとしても、素早い攻撃だったらまだ効果はあったかもしれないが、あまりにも遅い。

 

 

「我が六属性を束ねた刃で斬れる事は最初に実証済み、にも関わらず、数だけの攻撃手段とは。底が知れるというものだな、大罪司教」

 

 

そう。

そもそもな話、ユリウスの最初の攻撃の時も、あの虹の極光は魔手を吹き飛ばし、消失させている。

 

 

「オレでも、も~ちょっと別な手段考えるぞ。まぁ、オレがお前の立場だったら絶対に逃げ一択だけどな。そっちの方が、ちょっとは生きられる」

 

 

頭に指を向けて、ぐるぐると円を描くのはスバルだ。

所謂くるくるぱ~~! と小ばかにした仕草なのだが、それが通じるかどうかは不明である。

 

 

 

「違う!! アナタ、アナタデス!!」

 

 

 

ペテルギウスは、ユリウスの方を指さして、血泡を吹かせながら叫んだ。

 

 

「見えていない筈デス。見えざる手が、みえ、見える筈が、見える訳が!! 我が恩寵が、我が愛の導が、ワタシ以外に、こうも、こうも、こうもこうもこうもこうもこうもこうもこうもこうもこうもォォォォォォ!!」

 

 

 

つまりは、最初のユリウスの振り下ろし、それは見えざる手、魔手を狙ったのではなく、ペテルギウス自身を狙った一撃。その結果斬れた。それだけの事だと判断していた様だ。

つまり、ペテルギウスから離れた所に伸ばした無数の手は見えない筈だと踏んでいた。

ツカサのテンペストで阻まれたのも当然驚いたが、合間を縫って切り込んだ手で、握りつぶそうとしたのだが、それを斬られた。正確に、ピンポイントに、間違いなく見て振り切った。

 

 

それが、ペテルギウスにとってすれば、ありえない光景だったのだ。

 

 

「いまだに気付けてない改めて馬鹿なお前に対して、冥土の土産を送ろうか」

 

 

ツカサが一歩前に出て、ペテルギウスに告げた。

 

 

 

 

「お前のその手。―――今はもう、誰にでも見える(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 



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怠惰⑨

 

 

 

「な、な、なにを、なにをなにをなにをなにをなにを!! アナタはいったいなにを!!」

 

 

 

 

 

誰にでも見える(・・・・・・・)

話がまるで通じないと思われた狂人ペテルギウスだが、何の皮肉か漸く話が出来る様になった。

 

一般的に考えるのであれば、魔女教大罪司教ペテルギウスと、会話が出来た~等と、嬉しいなどとは思えないのだが、今回に限っては例外かもしれない。

 

 

「ほんとほんと、よーく見える。目ぇ悪くたってよーく見えるぜ? そのドス黒い気持ちわりぃヤツ」

 

 

ツカサに続く形で、スバルも盛大に挑発する様に、額に手を付けて笑いながらペテルギウスに告げる。

 

 

「私も同じく。正直、見えて喜ばしいものではない事は確かなのだが、脅威を排除するという面では、この上なく都合が良いと言うものだ。【怠惰】の権能を縛ったも同然だからな」

 

 

ユリウスもツカサやスバルに倣って、ペテルギウスの現状を告げた。

自身の権能に絶対を信じて疑わない狂人に対し、一番効くのはそれを覆し、認めたくない現実を突きつけるというものだ。

 

 

「まだ解ってない怠惰な馬鹿に答えを見せてやる」

 

 

ツカサは嘲笑しながら、ペテルギウスを見る。

未だに納得がいってない狂人は、頭を前後左右に振り続けて狂乱している。今の時点で攻撃魔法の一つや二つ、ユリウスなら一足飛び足で剣撃を当てて御仕舞、と言うのも悪くはないが―――、この男には、ペテルギウス・ロマネコンティと言う男には、それだけでは足りない。

 

試練と称して世界に厄災をばら撒き、アーラム村を、エミリアを襲った。……幾度(・・)も。

 

 

その度、パックが消し去ったかもしれないが、だからと言って気が晴れる訳がない。

 

 

 

ツカサは両手を広げて、ここに来てからずっと仕掛けていた魔法を解除。

 

 

ペテルギウスに纏わりついていた黒いナニカが、キラキラと銀に輝く粒子状に姿を変えて、みるみる内にツカサの手の中に戻り―――軈て消失した。

 

 

「目に見えないだけで、そこに在る事には変わりはないだろ? 白鯨の霧を真似るのは正直嫌だったから、せめて【白】から【黒】に変えてみた」

「なるほど、―――確かに見えなくなった。まさに見えざる手か」

「達人とかだったら、周囲に土埃でも巻き上げて煙幕にして~、とかやっちまいそうだが、兄弟の場合、相手が気づかない内につけてんだしなぁ。達人超えちゃってるわ。神域だわ。背中遠いわ」

「日々研鑽を忘れずに、積み重ねる事が重要だよスバル。それにヴィルヘルム殿に師事し、剣を少しの期間でも学んだのであれば、解る筈だ」

「へーへー、解ってますよーーーっだ! そんなスマートに指摘せんでもじゅーーぶん」

 

 

ツカサが解除した事により、再びペテルギウスの【見えざる手】は復活を見せる。

と言っても、ユリウスの目にのみ見えないだけであり、この場において、無条件で看破している人間が2人いる事には変わりない。

 

 

「あー、だからって種明かしの間を狙って~って小賢しい真似しても無駄だぜペテルギウス。お前のその手は、兄弟の黒霧なくたってよーく見えてる。魔女様の香水のおかげでよ?」

 

 

権能が復活を果たしたというのに、悠長に会話を続けて居られるのは、それが理由だ。

 

呆気に取られて目を丸くさせていたペテルギウスだったが、漸く再び狂乱する事が出来た。

黙っている時が異常だ、と思わせてくれるペテルギウスは流石である。

 

 

「笑えないのデス!! 冗談ではないのデス!! あってはならないことなのデス!! そのような手法で、小細工で、子供騙しで! ワタシの愛を! 忠誠を!! 蔑ろにぃぃぃぃ!!!」

「こんな手法、小細工、子供騙し。まさにそれだ。誰にでもわかりそうな手品の種。それにさえ気付けなかったお前にだからこそ、こう言ったんだよ」

 

 

大きく一歩、足を前に踏み出し―――狂人の目を真っ向から受け止め、それをも上回る眼力を以て押し返す様に威圧すると、今度は嘲笑うかの様に吐き捨てた。

 

 

 

 

怠惰な馬鹿(・・・・・)

 

 

 

 

 

プツン―――――――。

 

 

今度こそ、ペテルギウスの逆鱗に触れたようで、何かがプツリ、と切れた音まで聞こえてきた。

その血走った眼の中の瞳部分は完全に裏返り、白目状態になる。白に血涙の赤が混じり、余計に悍ましく彩りながら再び見えざる手を全開で繰り出した。

 

テンペストに阻まれ、虹の極光に切り刻まれ(1本はスバルの剣)た見えざる手であったが、やはり一度に出す事が出来る上限は決まっている様だが、消費する様なものではないらしい。

消滅させても直ぐさま新たな魔手を繰り出し続ける。相応の精神力を削るであろう事は想像できるが、眼前の狂人が、それを気にする訳がない。命尽きたとしても、触れてはならないモノに触れたツカサを血祭に上げる、四肢を捥ぐ、と言った本懐を遂げるまで止まりはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルぅぅぅぅぅ、ドォぉぉぉぉぉぉナァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、ペテルギウスは怒りに我を忘れていた様に見えたが、ちゃんと考える所は考えていた様だ。

見えざる手ばかりに頼っていた訳ではない。土魔法ドーナの最上位アル・ドーナ。

 

地面を隆起させて、土を操る魔法。

自分周辺の大地を決壊させる勢いで、この周辺一帯の地形を変える勢いがある極大魔法だった。

 

 

「うっおぉぉぉっっ!!?」

「くっ!?」

 

 

当然、その射程距離はツカサ、ユリウス、スバルたちのいる地面にも容易に届く。

大地が、まるで大海原の波の様に揺らいだかと思えば、突如宙へと押し出されてしまったのだ。

 

 

「ゆだん、ゆだんゆだんゆだんゆだんゆだんゆだんゆだんユダンユダンユダンユダ―――――デス!!!」

 

 

白目のまま、両手を天へと掲げ、血涙を流し、高らかにペテルギウスは宣言。

狙い通りに、3人を宙に放り投げる事が出来た事に、少なからず調子を取り戻したようだ。

 

 

 

「ワタシは!! 400年!! 魔女の寵愛を一身に浴びて!! その意思を体現するそのために勤勉に勤めてきたのデス!! そのワタシに、ワタシに対し、魔女に対し、不敬極まりない暴言、暴挙、狂言、妄言! すべてを踏み躙る背徳者!! 肉片となりて、その罪悔いるが良いの――――デス!!」

 

 

空中では身動きが取れないだろう。

上手く魔法を使う事だって出来ないだろう。

 

―――そう、全てがペテルギウスにとって都合が良い相手の状態になっているだろう、と縋っているだけなのだ。

 

400年と言う永き悠久の時の中を生き、人類から見れば悪夢の様な事件であったとしても、ペテルギウスにしてみれば勤勉に勤め上げてきた。

それが、その積み重ね上げてきたすべてが、足元から崩れ去る感覚――――。

 

考えてはいけない、感じてはいけない、頭の片隅であったとしても駄目だ、と狂気狂乱の中にも確かにある恐れ。

 

 

それをまるで見透かしているかの様に、狂人の目に見える狂人(ツカサ)は浅く息を吐くと、小さく呟いた。

 

 

 

「敵前で油断なんて、お前の様な馬鹿がする事だ」

 

 

 

大地が地殻変動しているかの様な轟音が響くこの中で、ペテルギウスは確かに聞いた。

 

そして、まるで時間が停滞しているかの様に、景色がゆっくり、ゆっくりと動く。

狂人(ツカサ)の挙動の一つ一つがハッキリ見える。

 

そして、それを自分は止める事は出来ない。

 

 

 

「テンペスト」

 

 

 

両手で使う風の魔法。

それは、荒れ狂う黒き暴風だった先ほどとは違い、今度はスバルとユリウスを優しく包み込むと、その風を鎧の様に見立てて、アル・ドーアによる礫の攻撃から身を護り―――。

 

 

続いて、ペテルギウスの方を指さした。

 

 

ゆっくり、ゆっくり……、心臓が異様な速さで動き続けているというのにも関わらず、時の流れは異様な程に緩やか。

 

そう――――まるで、走馬灯の様に。

 

 

その時間の流れに逆らう事は出来ない。

ペテルギウスは、ツカサの指さす方をゆっくりと見てみる。

 

そして、それを見た瞬間――――血走らせていた眼が更に大きく、眼球が飛び出る勢いで見開かれた。

 

 

そこにいたのは、鮮やかなエメラルドの体毛、額にはルビーの宝石、身体全てが光輝いている精霊の姿がそこには合った。

 

これだけ主張しているというのに、なぜ足元にいるのに気付けなかったのか、ペテルギウスは自問自答で頭の中がパンクしそうになるが、言葉は一切話す事が出来ない。

あれだけ、喚き散らせていたというのにも関わらず……。

 

 

「ジ・アース、インヴェルノ」

 

 

頭上で聞こえてくるツカサの声。

それに連動する様に、地の精霊の輝きも増していき―――、軈て終末は訪れた。

 

 

 

 

 

「ヴォルケーノ」

 

 

 

 

 

大地より吹き出るのは、白銀の氷槍。

まるで噴火したのかと見紛う勢いでペテルギウスの身体を大地ごと押し上げて、吹き飛ばした。

 

 

 

「ゥガッッ!!??」

 

 

 

その一撃は、相手を凍らせて捉える―――と言った生易しいものじゃない。

鋭利な刃や或いは強靭な棍棒か、冷徹な冷気を纏った無数の武器が、ペテルギウスの身体中を切り刻み、或いは打ち尽くし、一瞬の内に半死半生にさせるだけの凶悪な魔法だった。

 

 

 

そして、宙に吹き飛ばされた後に、更に続くのは虹の極光。

突き出された刃は、正確にペテルギウスの身体中心を捉えた。

 

そして、ドスッ! と鈍い音が響く。

 

 

 

 

「たとえ肉体が滅んだとしても、その魂は逃げると聞いている。我が虹の極光は貴様の邪悪な魂さえ逃がさない。―――虹の彼方へと散るがいい!」

 

 

 

 

ツカサの風を受け、己の剣にすべてを込めたユリウスの剣は、ペテルギウスの身体を貫いたが、その突進技の勢い・威力が共に強かった事もあって、突き刺されたままではいられず、ペテルギウスの身体は更に勢いよく大地へ向かって弾け飛んだ。

 

だが、下からは未だ氷結の噴火は依然と続いている。

大地から吹き荒れる力と空から降り注ぐ虹の極光。

 

挟まれてしまった狂人に成すすべはもう何も無い。

 

 

「次いでに食らっとけ! 唸れ烈風!! 纏え神風!! 兄弟(テンペスト)を纏ったオレの一撃は、大谷越えだ、ぜっっ!!」

 

 

空中にいる状態であっても、姿勢を崩さず、拾っていた拳大の石を投球する事が出来たのも、偏にツカサのテンペストの領域であったからこそだ。

 

更に大地へと落ちていくペテルギウスの身体に間に合う様に強引に強気に、口で言ってるだけで、実際にちゃんと風をその石に纏わせる事が出来たかは定かではないが、それでも尚、肩をフルスイングして投げた石は、超速球、超新星、と呼ばれるに相応しい速度だった。

 

単純に考えれば、空から大地に向かって投げる、おまけに地上で投げるのと大差ない安定さを空中で手に入れる事が出来ているので、スバル自身の球速に加えて、テンペスト・重力と様々な力が加算されているのだ。

 

因みにスバル自身は野球少年だった事はない。有名選手の名も、ニュースで知った程度。

ただ、近所のバッティングセンターには通ってストラックアウトに燃えた時代はあった。

プロ野球選手でさえ、パーフェクト達成困難のあのゲーム、プロを超えてやる、と熱く燃え上がった時代があった。

 

様々な糧を経て、皆の信頼も勝ち得て? 更に更に奇跡まで味方につけ、剛速球となったストレートは、地に落ちるペテルギウスに追いつき、その額にガツンッ! と重い一撃をくれてやる事に大成功。

 

 

ペテルギウスが、砂埃を上げて大地へと最初に激突。続けてユリウスとスバルが降りる。

 

 

「勢いが強過ぎて仕留めきれなかったのは初めての経験だ」

「アレで死にきれねぇとか、殺すよりヒデー状況にしちまったな。――――全く同情はしねぇ」

 

 

優雅に着地したユリウスとは実に対照的に、地に足がついた時点で風の加護が無くなったので、自前の体重が突然戻った影響もありたたらを踏むのはスバル。

 

 

そして、最後の最後まで、2人が無事に下に降りるまで見届けた後に大地へと降り立ったのはツカサ。

 

 

3人が揃った所で、スバル風に言えば襤褸雑巾と化し、身体中から血を吹き、流しているペテルギウスを見下ろす。

 

 

「馬鹿、な、ばか、な、バカ……な……、そんな、ばか、な……」

 

 

歯を食いしばり、血泡を吹き、涙を零し、信じられないという顔でペテルギウスは焦点が定まってない目で3人を見上げた。

 

 

「逃がさない、逃げられない。言った意味が解ったか? スバルが反旗を翻した時、逃げに徹さず、立ち向かった時点でお前は終わっていたんだ」

 

 

無情にも襤褸屑の様に倒れ伏している敗者を労わる姿勢は一切見せず、ただただ無感情にその狂人を見下ろすツカサ。

そこには人の善い彼の姿は何処にもない。

 

だからこそ、心の優しい彼にここまでの顔をさせる魔女教に改めて怒りを覚えるのはスバル。

無論、ユリウスも思うところが無い訳ではないが、それ以上に魔女教の、特に精力的な活動をしている【怠惰】に対しては王国騎士団の使命としてと言うよりも遥かに嫌悪感が勝っているから、ツカサの怒りにも同意する立場である。

 

 

「おわれない、おわれる筈が、ない! 終わっていい筈がないのデス!!」

 

 

【終わっていた】その言葉を聞いた途端、半死半生でもう死を待つだけの身体の筈のペテルギウスの目に再び生気が戻った。

 

 

「ワタシは、勤勉に、勤めてきたのデス! 怠惰な諦めに浸るなどと……、例え馬鹿と罵られようとも、諦め、立ち止まり、伏して死を待つなどと、怠惰極まる終わりに甘んじる考えなど、持ちえない、許されないの、デス! だから、ならば、なんとしても……!」

 

 

生気が戻った。

その狂気も戻った。

喚き、藻掻き、蠢き、全身満遍なく受けた傷を更に自身で広げて血で周囲を染める。

 

出血多量で死ぬ。普通に見れば誰もがそう言い、匙を投げる事だろう。

無論、治癒に関しては右に出る者はいないとされる、青の称号を持つフェリスを除けば。

 

フェリス自身も、助けるなんて気は全く無いと思われるが。

 

 

 

「わが、指先―――全て失い、このままでは、滅びを免れ得ぬ……、デスが。デスが、デスがデスがデスがデス―――――が!」

 

 

 

上半身を僅かに起こし、血みどろの顔面をツカサに向けて、ニタリと笑った。

 

 

「アナタに、地獄を見せるには―――十分、デス。ワタシには、まだ―――残された器が、あるの……デス!」

 

 

全て視通され、先回りされ、ペテルギウスの指先は既に壊滅している。

これ以上ない索敵能力である、ラムとツカサのコンボに加えて、鉄の牙を含めたこちらの戦力での奇襲。たった1本でも残っている可能性は皆無だと胸を張って言える布陣だ。

 

 

「―――――嗚呼、脳が……震える」

 

 

全てを先回りされようとも、よもやこれは知る筈がない。知れる訳がない。解る筈がない。

今も尚、ペテルギウスは、僅かな疑念と恐怖心が一瞬僅かに燻ぶったが、それは直ぐに忘れて行動に移す。

 

 

指先―――予備の肉体。

それがないのであれば、その代わりを現場で見繕うだけだから。

 

 

そんな時だ。

最早消えかけた、消える寸前、ペテルギウスだった(・・・)身体の一部、聴覚に何かが届いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここからが見せ場だよ、スバル」

「おう! ……今回こそ(・・・・)決めてやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、狂人の最後の最後まで、こびりつき、離れなかった【恐怖】だった。

 



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怠惰⑩

ペテさん……サヨナラ……( ;∀;)

取り合えずそう言う事デス‼ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪





 

 

見せ場(・・・)

 

ツカサにそう言われた途端に、スバルの中で熱く滾り、燃え上がるナニカ。

狂人だろうと何だろうと、何でも来い! と両足でガッチリ地面の感触を確認し、踏ん張る形で、それ(・・)を迎え撃つ。

 

 

図々しくも、他人の身体に勝手にお邪魔してくる異様で異質で、不快な存在。

胸の奥深く、心臓とはまた違う部分に食い込み、ねじ込み、肉体の制御権を強奪する目には見えない寄生体。

 

朽ち果てかけている肉体を捨てた寄生体ペテルギウスの甲高くひび割れた高笑いが、スバルの脳に響く。

 

 

「脳が、ふるっ、える!! や、は、りぃぃぃぃ!! この肉体はワタシを収める器として機能、したの、デス! 否、否否否否否!! これ程馴染むとは、想像以上! 何十年ぶりの事かぁぁぁ!」

 

 

スバルの身体で狂気狂乱を体現するペテルギウス。

元々スバルも結構奇行が目立つ部分があるから、割と違和感がないと思うのは、ツカサだけじゃないだろう。

きっとユリウスも同じ感想を持っている筈だ。

 

――――と、どうでも良い感想を頭に思い浮かべている間にも、ペテルギウスの舞台は止まらない。

 

 

「さぁ、さぁさぁさぁさぁさぁさぁぁぁ!! どうデス!? どうデスか!? ワタシの道を如何に塞ごうとも! アナタにコレを防ぐ術がありますか!? 否、否否否否否否否否!! あるわけがないのデス! その様な術、ある訳がないのデス!! 既に肉体は我が制御下! あぁ、あぁぁぁぁ、嗚呼、怠惰、怠惰デスね!」

 

 

 

狂気狂乱を続けるスバル・ペテルギウス。

そんな彼に対して向けられる視線。……それはペテルギウスが想像していた、いや、願っていた代物ではない。

 

絶望に染まる顔ではない。

 

八方ふさがりで、如何に巨大な力を持っていたとしても、この状況下では、友である筈のスバルを犠牲にする以外ない。

 

仲間意識が高い事は、ペテルギウスにも十分解る事。

そうでなければ、村を救う為にここまでの行動をとったりはしない筈だ。

 

 

「―――自信があるというのに、なぜそうも不安そうに喜ぶんだ? 今のお前……姿形はスバルのモノだが、今のお前は、最初の時のソレとは全く違う。上辺だけで薄っぺらだ」

「ハ?」

 

 

ペテルギウスは、何を言っているかわからないと目を見開いた。

絶望に染まってない。なぜか?なぜか?なぜか?

 

考えうる答えは多くはない。

スバルを犠牲にした上で滅する。人一人を犠牲にして、魔女教幹部を討てるというのなら、正直安いものだ、と考える者もこの世界には多いだろう。

なぜなら、ペテルギウスが魔女教大罪司教【怠惰】担当として、幾星霜……試練を世界に求め、齎し続け、どれ程の人間がその身勝手な大義名分で命を落としたのか、数えきれない。

 

それは、かの三大魔獣の白鯨にも匹敵すると言っても良いから。

 

 

「確かに。私もそう思う。不安、無理にでも声を出そうとしている印象だ」

 

 

ユリウスもツカサが言う事を肯定した。

2人とも、犠牲を是とする人間じゃない筈だ。その筈なのだ。

 

なぜ、なぜ――――……。

 

 

「アナタは、アナタ方は、この身体を、ワタシが支配しているとは言え、友人の身体なのデス。それを、斬る―――と言うのデスかな? 斬れるというのデスか!?」

 

 

不安の裏返し。

間違いない、と核心出来る程、ペテルギウスは焦りに焦っている。

スバルの身体の身体機能を全て把握したとでも言うのか、その額には脂汗がにじみ出ており、膝は笑っている様にも見える。

 

 

「いいや。やらないよ」

「うむ」

「――――ハァ!?」

 

 

そしてまた、想定外の返答。

薄く笑みを浮かべたまま、ツカサもユリウスもそれぞれの得物を構えるのを止めている。

攻撃をしない、と言っているのだ。

 

 

 

 

「ならば、ならばならばならばならばならばならばぁぁぁ!! アナタ方はいったい何を考えてるというのデス!?」

 

 

 

 

再び甲高く、耳の奥に響く大奇声を放つ。

得体にしれない悪寒に苛まれ始めて数秒後。

 

 

「はっ!! 怖いのかよ! あんだけ色々やってきたお前が今更!?」

【何!?】

 

 

ペテルギウスではない。

紛れもなく、間違いなく、スバル自身の声がその身体から出てきたのだ。

 

 

【アナタ、アナタまで、まさか、まさかここまで見越していたというのデスか!?】

「おうよ。こっからがオレの見せ場、オレだけが出来る見せ場だ」

【~~~~~ッッ!! アナタ方はいったい何なのデスか!! ワタシが、ワタシがアナタ方に何をした!? なぜ、なぜ立ちはだかるばかりか、ワタシをここまでェ!! 筋違いの逆恨み、見当違いも甚だしいのデス!!】

 

 

己が何をする為にこの地へと赴いたのか、それが齎す負の連鎖は? なぜそう簡単な事が理解できないのだろう。

いや、ペテルギウスにとっては、まだ起こっていない未来の事。エミリアに試練を課し、村人を供物として捧げ、それを実行できた時こそ、正当性が出るというモノの筈なのに、全て一足飛び足でやられてきている。

 

 

これではまるで、未来を――――。

 

 

 

 

「見せ場だー、って気合入れてやったつもりなんだが、マジで拍子抜けするほど、楽に出てこれたよ。……まぁ、だからと言って腹割って話したりとかはしねぇけどな。なんせ、相手人間じゃねーし」

【――――! アナタ、アナタはいったい何を!?】

「いや、バレてないとでも思ったのか? ぜーんぶお前の種は割れてんだ。そう上で、兄弟は最初にこういったんだよ。《逃げられない、逃がさない》ってな」

 

 

スバルは続けて話した。

ペテルギウスと言う存在について。単なる憑依する寄生体で収まるモノじゃないという事を。

 

 

「まっ、実を言うとあっちの可愛らしいモフモフの精霊()が正確に教えてくれたってのが正しいけどな。―――精霊・ペテルギウス・ロマネコンティ!」

【―――――!!!】

 

 

高らかに正体を暴くスバルの声。

ペテルギウスが当初から感じていた恐怖とはまた違った所から、違った角度から身体を抉り、貫かれた。

その【痛み】は、これまで以上のモノ。自傷行為をし続け、今回は全身くまなくボロボロにされた【痛み】を遥かに超える程のモノだった。

 

 

「こっちの精霊サマの方が大分スゲーんだぜ? なんせ全知全能? とか言っちゃってくれてる上に、もふっもふのさいっこうの毛並みなんだからよ」

【ダマレ! ダマレダマレダマレダマレダマレ!! このワタシを精霊などと! そんな下等な存在と一緒にするなッ!!】

「おーおー、ダブルスコアどころか、トリプルスコアのボロ負けだよお前なんか。精霊の格付けは完了。下等はお前なんだっつーの。いや、精霊っつーか、お前邪霊だろ」

 

 

普段の仕草を見ていれば、精霊などと言う神々しい響き――――だが、パックやらベアトリスやらも精霊だから、一概に言えない所が少々引っかかるが、兎にも角にも、邪が似合う、邪悪が似合う魔女教所属の精霊を、精霊などとは確かに呼びたくない。

 

スバルが言う様に、邪霊、邪精霊だ。

 

 

【このワタシは! 精霊を超越した存在なのデス!! 寵愛によって、曖昧なる自意識を脱却し、目的を獲得した選ばれし存在なのデス!! 愛が、ワタシを変えた! 全ては魔女の為、魔女のために―――――!!】

「おーい、スバルー。見せ場で、相手を揶揄って楽しんでる所申し訳ないんだけど――――そろそろ本当に耳障りになってきたよ」

「うぉ……、中身が別モンでもオレの声を耳障り……、兄弟にそう言われると辛いぜ」

 

 

以前は、ペテルギウスに憑依しかけられた時。相応の苦悶や苦痛、全身全霊を賭して、どうにか身体の支配権を奪い返そうと抗いに抗い、最後は話す事だけ出来る様になった。

 

だが、今のスバルはどうだろう?

精神を乗っ取られかけても、全く怖気づく所か、ペテルギウスを精神的に追い詰めていっているではないか。

 

 

 

「仕様がねぇな。……喜べよ、ペテルギウス。オレからの餞だ。最後に合わせてやる」

【ッ!! 何を! 誰と!! 一体何の話を―――!!】

「―――お待ちかねの魔女様に、だ」

 

 

 

求めてやまない、愛してやまない魔女に合わせるとスバルは言ったのだ。

その様な真似出来る訳が、と普段ならばペテルギウスも更に苛烈に激昂する事だろうが、この時ばかりはそうはいかない。

漂白された狂気の思考が完全に停止するのを感じた後―――スバルは自らその瞬間を引き寄せる。

 

 

 

「―――オレは、【死に戻り】をして」

 

 

 

禁忌の言葉。

ペテルギウスから抗う事は正直楽勝の気分だったが、これはいつまでも慣れる事はない。

 

スバルの中のトラウマレベルNo.1に匹敵する……と言っても良いくらいのモノだから。

以前ユリウスの滅多打ちがNo.2だと言ってしまったが、実の所その少し上はいる。言うならNo.1,5が。

 

世界は色を失い、全ての動きが止まる。

軈て、何よりも深い闇を背負って、それはスバルを迎えにやってきた。

 

 

 

 

 

【うんうん、独占欲の強い子みたいだね~? 君との秘密を知ろうとした人、許さないっ! って感じだったよ】

 

 

 

 

 

スバルの中に住まう闇―――魔女。

それをまるで可愛いらしい娘、と言わんばかりに称するクルル(ナニカ)の言葉だ。

 

秘密を話しただけで、誰かが知ろうとしただけで、許さないと心臓を潰しにかかる。

それも、聞けばその魔手はスバル自身だけでなく、他者にまで及ぶとの事だ。

 

そんな苛烈で激烈で、激熱な愛を身に纏ってる存在がいる中に――――異物が混入したらどうなるか?

一緒に居れる空間に、異物が入り込んだらどうなるか?

 

 

 

憑依の対応策。

速攻で、その解決策を仕込んでくれた、あの存在に、この時ばかりは感謝だ。

 

ツカサは勿論、スバル自身も一瞬感謝して、直ぐに気を改めたが。

何せ、ツカサの死の体感(・・・・・・・・)を味合わせてくれたのも、あの存在なのだから。

 

 

 

 

 

 

【――――私を、利用、した?】

【そんな事ないよ~♪ でもさ? 彼の身体を狙ってる男がいるんだよ? 他でもない可愛い君の手で、やっちゃう方がよくない? って思っただけ】

【―――――そう。なら、良い】

 

 

 

 

いつの間にか始まった全てが止まった世界での会話。

今回ばかりは勝手が違う様だ。

 

 

 

 

―――他人の中に一体何人お邪魔してんだよ、ばかやろーーー!

 

 

 

 

と、盛大に抗議してやりたい気分になってくるが、生憎この世界で声を上げたりは出来ない。

 

 

【―――どうして? どうしてあなたは、私に、ここまで 良くしてくれる?】

【ん? あっはは。良くしてるつもりは無いんだけど、そだね~。うん♪ その方が―――――楽しいからだよ】

【そう―――。じゃあ……、私を……●●●てくれる……?】

【それは駄目。そこには干渉しません。楽しみが減っちゃう】

 

 

 

何か、重要な話をしている様な気がしたが……、肝心な部分が聞き取れない。

 

そんな時だ。

自分以上に、放っておかれた異物……ペテルギウスの声が聞こえてきた気がしたのは。

 

 

【これ――――は、いったい……? あなたは、あなた様が、我が愛を……】

【うるさい】

 

 

だが、その声は速攻で消されてしまう。

 

 

 

【この場所に、これ以上入って来ないで】

 

 

 

ほのかにだが、確かに憤りをその声に感じた。

怒りにも。つい先ほどまで悠長にお茶会みたいにお話をしていたというのい、一瞬でそれは姿を変えた。

 

怒りと憎しみと呪い。

 

入り混じりながら、それらは一点に迫る。

当然、招かれざる者――――ペテルギウスだ。

 

決して認められる事はなく、愛される事も当然ない。

今確実に、拒絶をされた。その信仰を捧げる事すら許されない。

 

 

【―――消えてしまえ】

 

 

一瞬だ。

その声がした途端に、ペテルギウスの存在が掻き消えた。

視界がハッキリ見えている訳ではないというのに、確かに感じた。

 

 

 

【ふふ。凄く愛されてるね~~? 君も♪ まぁ、これ以上は野暮って事で】

 

 

 

もう一つの存在は、いつの間に戦いの場に来たのか、いつの間にこの世界に入り込んだのか、様々な疑問を全て置き去りに、勝手にやってきて勝手に出て行った。

 

確かに、戦っている時は、()()()()()()()だった筈だが……。

 

 

 

そして、とうとう二人きり。

 

ただ静かになった世界。

漆黒の闇が確かに自身の身体に、魂に語りかける。

 

 

 

 

 

 

愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

 

 

 

 

 

ただただ無心に、愛を囁き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あぁぁがぁっ!! 戻ってきたぁぁ!!」

 

 

 

永遠を思わせる苦悶。

先のペテルギウスの憑依とは比べ物にならない程の苦行から解放され、スバルの意識は現実に覚醒した。

 

 

【一体、オレと嫉妬の魔女に何の関係があるんだってんだよ】

 

 

それは、現実に解放される直前に、苦行の中においても、スバルの中を一定の割合を占めていた疑問。クルル(ナニカ)に聞いてもそれは答えてくれなかった。

 

 

「―――っ、他力本願上等なオレだが、これに関しちゃ、オレ自身の力で解き明かしてやらねぇといけねぇ……か。一応、惚れられちまってるからな」

 

 

あの存在の愛の囁きだけは頂きたくない。

何よりも、自分の両手は既に塞がっている。

愛を囁きたいのも、囁いて欲しいのも、もう決まっているから。

 

 

「――――っと、それより!」

 

 

色々と耽っている暇はない、とスバルは直ぐに視線を変えたが……、もう終わっているも同然だった。

 

 

 

「解ったか? お前は眼中に無いって事が」

「こん、な……、はず、は………、こんな、けつ、まつ……あり、えない……の、デス」

 

 

 

既に致命傷だったペテルギウス。

スバルの肉体を乗っ取る事で生きながらえようとしたその目論見は打ち砕かれ、最早死を待つだけの身体に舞い戻り、その苦痛に喘いでいる。

 

 

 

「出ていくまで何度でもやってやる、って気概だったってのに、たった1回でギブたぁ、根性なしも良いトコだぜ!」

 

 

それだけ愛されてるという事だね、とツカサは言いたかったが、口を噤む。

何せ、ここにはユリウスもいるからだ。スバルが変な事を言ったり騒いだり、はユリウス自身も解っている事だが、そこにツカサが入って状況を説明してしまうと――――あの嫉妬にまみれた魔女が憤慨するのが目に見えている。

 

ラムとレム。今の所許されている範囲は4人までだ。ナニカの存在で何とか出来るとは思うのだが、あの愉快犯をそのまま信頼すると手酷いしっぺ返しを食らうので、しない。

 

 

「今度こそ終わりにしよう」

「ああ」

 

 

私がする、と名乗り出てくれたのはユリウス。

万象を切り裂く虹色の剣を手に、その魂を今度こそ虹の彼方へといざなう為に。

 

そして、一息つく間もなく、死に体なペテルギウスに容赦なく突き刺した。

 

ゴフッ、と口から血が噴き出し、焦点の合わぬ目で天を仰ぎながら、感情の内を爆発させた。

 

 

「何故、何故、何故ぇ――――! 魔女よ……! 魔女よぉぉ! これほどまでに、アナタのために捧げ、あれほどまでにアナタの為に尽くして、思いつく限りのすべてでアナタに報いたというのに、何故、何故――――!!」

「好いた惚れたは自由。例えそれが世界の半分を吞み干した魔女、……嫉妬の魔女サテラであったとしても、選ぶ自由はある。お前は見向きもされなかった。ただの独り善がりだ」

 

 

もう幾ばくも無い命であったとしても、ツカサの見下ろす眼光には同情の欠片もない。

ただただ、冷徹に事実だけをその狂人の黄泉への餞別にと送るだけだ。

 

 

 

「つか、つか、つかつかつかつかつかつかつかつか―――――――――――!!」

 

 

 

 

 

 

――――ツカサぁぁぁ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

血飛沫を口から噴出しながら、最後の力でその名を叫びながら、見えざる手を発動させた。

だが、最後の残り香、華々しく散ろうと言うその心根さえも、ツカサは許しはしない。

 

 

「テンペスト」

 

 

いつの間にか、ペテルギウス周囲には、暴風が湧き起こり、無駄な破壊を拒んでいたからだ。

幾度も手を伸ばし、弾かれ、時には搔き消され、最後の残り香でさえ、残る事が出来ない。

 

 

 

「オレがお前がスバルの中にいた時、ただ黙って見ていただけだと思っていたか?」

 

 

 

暴風の結界は、軈て範囲を狭めていく。

余計な破壊を一切しない。それでいて―――外に何も逃がさない。

ペテルギウスの見えざる手も、これからする事(・・・・・・・)も。

 

 

 

「その身体は人間のモノだ。なら、精霊としてのお前自身の身体は何処にある?」

 

 

 

命尽きるまで、狂った様に喚き続けるペテルギウス。

ツカサの問いに答える事はない。

 

 

「肉体が滅んだとしても、その精神は、その精霊としての形は現世に残る。……そうだろ?」

 

 

確信があるわけではないが、間違いない筈だ。

 

パックやクルル、ベアトリスといった様に、その身体は人間のソレではなく、精霊として己のオドを核としてマナで身体を構成したもの。ペテルギウスの身体は傷つけば血が出る。骨も折れる。間違いなく生身の人間。

 

パックは、エミリアが持つ石の中に入っている様に、人間の中に入っているペテルギウスは、その肉体が死に絶えれば、もう入る肉体が無くなれば恐らく精霊としての姿が顔を出す。

 

 

ただ、魔女の愛に狂い、厄災をまき散らし、暴走するだけの邪精霊の姿に。

 

 

「それを許す訳無いだろ」

 

 

ツカサはテンペストの結界の中で新たに魔力を溜めた。

そう、スバルがやり合っていた時に溜めていた3種の力に加えて、もう1種……今溜め直した。

結界用に使っていたテンペストの力を……風の魔法をその腕に窶す。

 

 

彼の腕の中には4種の魔法が存在している。

そして、訪れるは白の世界。

万象を成しえる根源の力。

 

 

 

 

―――カタストロフィ―――

 

 

 

 

 

 

もう存在しない世界の分の悲しみや怒り、そのすべてを込めて。

狂気を白で覆い、掻き消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女教大罪司教【怠惰】担当ペテルギウス・ロマネコンティ。

 

VS

 

エミリアとレムの【自称英雄・自称騎士】ナツキ・スバル

王国とラムの【英雄】ツカサ

王国の【最優の騎士】ユリウス・ユークリウス

 

 

 

大罪の一角、崩れる。

 







予告!(かもしれない………) 
ソロソロ、原作とちょっと違う方向へ……? (-ω-;)ウーン


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終わりの始まり

Re:ネタバレから始まる苦しむ生活(笑)

この書き方は初めてかもデス(-ω-;)ウーン??


 

 

 

 

 

―――終わったと思っていた。

 

 

 

 

王選と言う関係・立場を省いたとするならば、此度白鯨(厄災)を退け、怠惰(破滅)を退け、全て解決し、皆が幸せになる筈だった。

 

繰り返す旅の中で、確かな希望の未来にたどり着いた筈だった。

 

決して順応する事も無い、身体に慣れが生まれる事も無い悲劇を魂に刻みながら、繰り返す時の旅路。

悲劇の数だけ流した涙。それを何度も拭い、夢見る事をあきらめずに、塞がれたと思われた命の道を……必ず紡ぐ旅路。

 

 

決して楽ではないこの険しい道を、他の誰でもない。自分でこの道を征くと決めたのだから、歩みを途中で止めたりはしない。

 

 

だが―――それでも、終わったと思っていた。

 

 

 

 

 

それでも、安息・安寧を許さないかの様に、ゼロ(・・)は迫ってくる。

 

 

 

 

 

世界は再び流転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――サ。

 

 

懐かしい声が聞こえてくる。

心地良くて、温かくて、安心する声。

 

 

――――ツカ……

 

 

初めて愛を教えてくれた人の声だと認識するのに時間は掛からなかった。

暗闇の中で、必死に手を伸ばす。

 

伸ばしたその手は闇の中にある微かな光の向こう側に。愛しい人が待つ場所に――――。

 

 

 

 

「ツカサ?」

「ッ―――――!」

 

 

 

 

闇から光へ。

そして、世界が色を帯びた。

眼前に広がる鮮やかで、艶やかな存在を彩った。

 

 

「にゃ、にゃはは……、ツカサきゅん? そんなショックだったの? ゴメン、ゴメンってばにゃ~。その、初々しくてついチャチャを……」

 

 

広がった世界で、真っ先に認識できたのは愛しい人(ラム)、そして、逢瀬―――逢引の時を邪魔した男の猫娘(フェリス)の2人。

 

 

「何も恥る必要は無いわ。ツカサの相手がこのラムだもの」

「あ、あははは……ラムちゃん、怖~~い……、にゃ、にゃ、ツカサきゅんだけじゃにゃくってぇ~、ラムちゃんもゴメンネ?」

「―――別に、怒ってなどいませんが」

「お、お、怒ってるにゃーーーー! 絶対怒ってるにゃーーー!! クルシュ様の本気お仕置き並の威圧、とんでもにゃいにゃーーー!」

 

 

ラムとフェリスの絡みもどこか遠くに感じる。

あの時は確かにこうだった。この時はこうしていた。人は本来過去には戻れない。時間遡行と言うモノは、この魔法が使える世界においても、因果律を覆す程の行使であり、仮に成功した所で、世界の核であるオド・ラグナにより、神罰? が下るとされている。

 

自分が何故こんな力を持つのか、厳密にいえばわからない。

でも、この気持ちを味わう度に、嬉しく喜ばしく、心の底から良かったと思える。

 

そして、このやり取りが、心地良くて、優しくて、愛しくて……。

ツカサはラムに抱き着いた。

 

 

「!」

「にゃっ!?」

 

 

強く、強く抱きしめる。

その行動に、行為に、驚きを隠せれないのはフェリスは勿論、ラムも同様だった。

 

丁度、ラムとツカサは口づけを交わしていた。白鯨を討伐し、勇者たちを称えるかの様に、この朝日が照り付けている太陽の光の元で、密に交わしていた蜜月。

 

それをフェリスに邪魔され(見られて)、我に返ったツカサは今の今まで気恥ずかしさからか、顔を信じられない程赤くさせて俯いていたのだから。

 

フェリスも、ツカサの初心さは察しているので、面白半分怖いもの知らず半分で、茶々を入れた(偶然を装って)。

どっちも予想通りだった――――が、ラムが想像以上だったので、戦慄を禁じ得ないが、大体は予想通り、想像通りだった筈なのだが、ここで取ったツカサの行動には疑問が残る。

 

 

「あ、あ~~、フェリちゃん、お邪魔みたいだネ?」

 

 

流石のフェリスも、こうも堂々と愛を交わす男女に、二度も茶々を入れるなんて無粋な真似はしない。

そそくさと背を向けて、場を離れていく。

 

 

 

「ラム――――ごめん」

「!」

 

 

 

そして、ラムを強く強く抱きしめたツカサ。

彼女のその耳元でそっと謝罪の言葉を口にした。

驚きはしたが、それでも漸く男になった、男が上がったツカサなのだから、耳元では愛の言葉を囁いて貰えるとばかり思っていたラムだったが、ここで漸く……事情を察する。

 

その声は、あまりにも悲痛に満ちたモノだったから。

 

 

 

 

「ツカサ。……戻ったの(・・・・)?」

 

 

 

 

 

ほんの一言で良い。

ツカサの事ならラムには解る。

 

隠すような事はツカサはしないが、もしも仮に、戻ったことを意図的にツカサはラムに隠していたとしても解る。

それが例え、ラムを想っての事だったとしても、ラムには解る。そして要求する。約束させる。

 

 

1人で抱え込ませない。

ラムも共にあるのだから、と。

 

 

そして、紛れもない只事ではない事態が起きた事も意識する。

白鯨討伐成功後だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、この戻った時間軸ではまだ存在していない未来での出来事。

 

魔女教大罪司教【怠惰】を討伐した直ぐ後の事。

 

 

 

 

 

 

そう、ペテルギウスを白の魔法で、その身体を、影を、一切の存在すら残さず消滅させた。

 

テンペストで周囲をガードしていた事と、その上昇気流に乗る形で、カタストロフィは空へと消え去り、余計な破壊はしていない。

白鯨の時は、内部からの魔法だったからその時点で気にならなかったが、今回ばかりは相応に気を遣うというモノである。

 

 

「!」

 

 

空を見上げていた時だ。……1冊の本が落ちてきたのは。

 

 

「アレでも消滅しなかったのか、或いは吹き飛ばされてたまたま難を逃れたのか……」

 

 

落ちてきたのは見覚えのある書。

そう、あのペテルギウスが後生大事にその身に持っていた1冊の書だ。

【福音書】と本人は言っていた。

テンペストにもカタストロフィにも影響されず、残っている所に、福音と称したとしても、多少気味の悪さを覚える。元々の持ち主の事を鑑みれば、気味が悪いのはある意味当然の事だが。

 

 

「あいつが持ってたヤツか」

「ん。そうみたいだね。何書いてるのか、全く読めない―――……、それなりに勉強はしてきたつもりなんだけど」

「お! ならここはオレの出番か? 置いてけぼり食らった時とか、エミリアたんとのデートプラン練った時とか、結構べんきょー重ねたし!」

 

 

ツカサが広げて読めない、と言ったのを見てスバルが手を上げた。

自分も読んでみると。

特に問題ないか、とツカサはスバルにそれを渡す。

 

 

ぱらぱら、ぱらぱら、ぱらら~~。

 

 

数ページめくった所で、どうやら結果はツカサと同じようだ。最後の方は読む気ないのが解る程の流し読みスタイルになっていたから。

 

 

「読めねー、イでもハでも、ロ、でも見た事ねー。カタカナひらがな漢字数字英語アラビア語、ヒンディー語……とまぁ、習得したわけでもない言語を言ってみたが、それでも全く……。ユリウスはどうだ? 読めるか?」

「――――君たちはそれが何なのか理解した上で、目を通しているのかい?」

 

 

普通に読もうとしている2人に一瞬呆気に取られていたのはユリウスだ。

彼にしては珍しい事。だが、それは裏を返せば、それだけ気を張り詰めなくても良くなった、と力がユリウスも抜けたんだ、と言う事にもなるだろう。

 

 

「へ?」

「いや、福音書、って言ってた事くらいしか、知らない、かな? 少し魔女教について調べた事はあるけど、教団全員が持ってるくらいしか」

「ああ、スバルは知らず、ツカサは正しい認識を持っていた様だね。ただ、少し調べが浅かったと言っておこうか」

 

 

これまた不遜な扱いを受けた気もしないでもないスバルだったが、福音書については知っておいても良いだろう、と敢えて口出しはしなかった。

 

 

「福音書、魔女教徒であればだれもが手にする教徒の証であり、教典だと言って良い代物だ。真偽は定かではないが、魔女教に入信、その見込みのある者に送られ、その書に【魅入られた】が最後、敬虔な魔女教徒となる」

「え゛――――――」

「ただの本……とは思ってなかったけど、魔導書? の中でも性質が悪い分類に入りそうだ……」

 

 

噂の真偽は定かではないという通り、噂だけが独り歩きしている可能性も捨てきれないが、如何せん、魔女教のイカレ具合はこの場の誰もが知っている事だ。

ペテルギウスを筆頭に、その部下、指先、その他大勢、見ているから。

 

ケティは例外として、まともに意思疎通が取れたのがペテルギウスだけと言うのが何とも言えない感覚になってくるが……。

 

 

「ひょっとして、実は元々普通の人間で―――それがあの福音を読んだせいで、洗脳的な事されてああなった……とか?」

「それなら、オレ達もそうなってた可能性が高いから、違うと思うよ。……元来、生まれた時既に悪、って言うのも少なからずいると思う。その括りが魔女教―――」

「……だよな? そう、だよな? ……ペテルギウスは例外、司教様だけは例外で、後は巻き込まれた、とかじゃないよな……?」

 

 

何を気にしているのか、はっきりと解る。

気持ちは分からなくもないが、真偽が把握できない以上、考えない方がまだ良いものだ。

 

 

「いろんな意味で巻き込まれる体質だから。スバル自身に対して福音が届かない様にしてよ? あんな風になったら流石に最終手段に打って出るから」

「さ、最終って!? やだよ、それ! 氷漬けとか勘弁だよ! 絶対気を付けるよ! ……でも、オレが気を付けてどうにかなる問題か?」

 

 

何とも言い難いスバルの表情をしり目に、ツカサはその書をどうするかを思案。

ユリウスは危険物の様なもの、と称している様だが、だからと言って灰に帰すにはまだまだ早計だと思う。

 

 

「回収はしておいた方が良いって判断するけど……」

「本気かい?」

「うん。多分だけど、【名指し】でその書に選ばれない限りは、魅入られる事は無いって思うから。……文字はある程度しか習ってないから、絶対とは言えないけど、自分専用(・・・・)じゃないし、今も大丈夫だから取り合えず、って」

 

 

ツカサの答えに、まだ顔を顰めているユリウス。

友として、色々心配してくれている顔だというのは解るので、とても好ましい。

 

 

「―――ん、オレも兄弟に賛成。なんせ、敵の幹部、大罪司教の持ち物だろ? 安全対策バッチリな後に、色々解読出来たら、実態に迫れるかもしれねぇ。何百年も謎って噂の連中だ。リスクと引き換えだったとしても、備えは必要だろ」

「そうそう。もう、スバルも今更何があっても驚く事なんて早々ないでしょ?」

「いやいやいや、まっさかあの白鯨をぶっ飛ばした魔法を至近距離で受けるたぁ、思ってなかったから超驚きはあるよ! つーかあんと気は殺す気だったのか!? 兄弟!」

「え? それは事前に大丈夫って言ったじゃん? それに、スバルがヤられたら一番困るの誰か、って分かってるでしょ?」

「そりゃ、言われたし、知ってもいるが! あの神なる鉄槌打つ! なんて話事前にしてなかったろーが!」

 

 

もう福音書の話はどこへやら……、スバルはツカサの【驚く事はもうない】発言を聞いて、ほんの少し前のトンデモ映像を思い返していた。

如何にテンペストで守られ、テンペストの軌道で消えていったカタストロフィだったとしてもだ。

 

トラウマレベル更新! ――――かもしれないのだ。

 

直近であの白の世界を体感してしまったのだから仕方ない。今回ばかりは、軽く笑っていたユリウスも、スバルに同情している。

 

 

 

 

黒と白。

 

 

 

今までのイメージで言えば、ぱっと思いつくのは 黒=闇、白=光、闇=悪、光=聖。

そう連想していた。してきていた。

 

昨今で、ツカサの黒いテンペストを何度も見てきている事もあり、黒のイメージも元々かっけぇ! と思い直して来ていたというものあって、一概にはそう言えないかもしれないが、それでも大体のイメージは前者だ。

 

 

だが、光と言うモノに心底恐れおののいたのは、初めての事かもしれない。

 

光と闇は常に隣り合わせ。

光が差せば、そこには影が生まれ―――闇となる。

 

 

だが、強すぎる光は、影をも取り込み、全てを取り込み、軈て無となる。

ペテルギウスとはまた違う狂気をそこに感じる。……そんな色だった。

 

 

「―――ツカサ。あの時(・・・)言っていた本職の魔法の力、言うなら白の魔法なのかい?」

「そうだね。でも、あの時、ユリウスと模擬戦をしたときに言ったのはは風の魔法だから、厳密には別のモノなんだけど」

 

 

ツカサは掌に極小の竜巻を生み、そして掌握して潰して消した。

ユリウスとの立ち合いの時に、確かに本職は魔法だと告げたし、あの場で大規模な魔法を使おうものなら、周囲への被害がとんでもない事になりそうだったから、使用できなかった。

 

無論、それは近衛騎士たちの力量を軽んじているからの考えではなく―――――如何に身体を酷使し、鍛え上げた所で、物……建物とかはそうはいかない。

王国の、それも城を一部であっても壊してしまえばどれ程の損害となってしまうのか……、想像が全く出来ないから。

 

 

「私は、別の機会を得る事が出来た―――と言う事だ。改めて、君の力に敬意と感謝を。―――白鯨を、そして魔女教の一角を、王国の仇敵を沈めてくれた事に」

「そんな、止めてって。これは皆で掴んだ勝利なんだから。今のも、ユリウスの虹も、力を貸してくれた。だから、あの狂人の命脈を完全に断つ事が出来た。……スバルだってそう。スバルがいなきゃ、アイツを油断させたり、おびき寄せたり出来なかった。一人じゃ無理だ。絶対に、無理だった。そんな戦いだった」

 

 

白鯨にしろ、怠惰にしろ、単体で齎す凶悪性、その効果範囲がとんでもない。

如何に巨大な力を要していたとしても、一人で出来る事には限界がある。

 

それに肌で感じた王国最強の男ラインハルトがいる事も、ツカサの考えに説得力を持たせていた。

 

悪を許さず、打ち滅ぼす 剣聖の力。

実際に力を見たのは一度だけで、軽く話をしただけだが、それでもその強大さは直ぐに解った。この世界の頂なのだという事も。

 

 

でも―――そんな男を持ってしてでも、世界には厄災がまだまだ蔓延っている。

白鯨しかり、魔女教もそうだ。白鯨と同格の三大魔獣が他にも2体いると言う。

 

 

だからこそ、より強く思う。

 

1人じゃ無理だ。1人じゃ絶対に。

 

 

「よせよ、照れるじゃねーか~」

「ここで謙遜を少しでもしない所が実に君らしくて良いね」

「よーし! それも褒めてねぇな!? つーか、ユリウスに【君らしい】だけじゃなく、【らしくて良いね】まで言われたのが死ぬほど意外だよ」

「そうかい? ……まぁ、私も君と言う男を受け入れ、認め、信頼してきたからこそだろう。だから、今はこう言えるよ。【我が友、ナツキ・スバル】と」

「うっは~~~~!!! めっちゃくちゃ、こそばゆいからそれヤメレ!! こういうエンドロールにそれ言うのヤメレ!!」

「―――――はぁ、ここで倒れちゃいたいくらい力が抜けちゃったんだけど、流石にねぇ?」

 

 

 

 

ペテルギウスは、白の魔法だけではなく、ペテルギウスを討つ間際に、一太刀浴びせた虹の極光も加わっていた。

言うならば、クラウゼリア・カタストロフィ!! と、スバルが色々格好いい名前模索に大声で命名しようとしていたが、ツカサとユリウスは辞退したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、だった。事態が一変したのは。

 

 

 

【ツカサさん!! ナツキさん!! 聞こえますか!? 応答してください!!】

 

 

 

スバルの懐にある対話鏡から大きく、そして焦りがあり、聞き覚えもある声が響く。

 

 

この場の誰もが嫌な予感がしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

【直ぐに村へ戻ってきてください! 火急の知らせです!】

 

 

 

 

 

 




ラムちー分補充♪
ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪


プゲラッ‼️(゜o゜(☆○=(-_- )゙オラァ‼️


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凶報

Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン




オットーからの火急。

 

 

所詮は、オットーからだろう?

 

 

スバルはと言うと、急いで戻りながらも楽観的に考えようとする。

 

一体これ以上何があるんだ? 白鯨を滅ぼし、怠惰を打ち破り、一体これ以上何があるというんだ? と高をくくっていた。

 

 

だが、スバルの考えている事も最もだ。

 

 

何せ、王国―――世界が400年もの永き時を苦しめ蹂躙し続けてきた【白鯨】。

同じく魔女教の一角【怠惰】。

 

 

それが一度に押し寄せてきたと言う前代未聞な事態、それを食い止める事が出来たのだ。

そもそも、起こる可能性だって、一体どれだけの確率だ、どんだけ悪運強いんだ、と思わず笑ってしまう程だ。

 

 

だから、大丈夫。

 

エミリアは絶対大丈夫。

一縷の不安はどうしても拭えないが、それでも大丈夫だと信じて―――アーラム村へ戻った。

 

 

 

 

 

そして凶報(・・)を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

凶報(それ)を聞いた時点で、アーラム村に残っていた僅かな兵力は ほぼいなくなっていた。残っているのは、スバルやユリウス、そしてツカサを乗せるための竜車と鉄の牙の極一部。

 

そして、何故その凶報が直ぐに解ったのかその理由。

 

 

「対話鏡。……カルステン家では現在2つ所有しているそうです。1つは王都にある大型の鏡を1つ、そしてもう1つはフェリスさんが持ち合わせていました」

 

 

魔女教の連絡手段であったミーティアの【対話鏡】。

元来、ミーティアとは希少品であり、量産化する様な事が出来ていないものの対話鏡に関しては、比較的入手しやすい道具に分類されるものだ。

それに魔女教が持っている物をカルステン家が持っていても何ら不思議ではない。

 

 

そして、聞こえてきた凶報――――。

 

 

 

 

 

「……王都へと戻っていた討伐隊の半数が、怠惰とは別の魔女教に襲われ。そして、殆ど壊滅(・・・・)したそうです」

 

 

 

 

 

 

それは、耳を疑いたくなる内容だった。

信じられなかったし、信じたくなかった。

 

そして、何度も何度も彼女(・・)の姿がフラッシュバックしてしまうのを止められなかった。

彼女は―――エミリアの為に、自分達の為に。……いや、彼女自身に打算があり益あるだけだ、と笑うかもしれないし、こうなった(・・・・・)のも彼女自身の責任。負い目に感じる必要はない、と笑うかもしれない。

 

 

笑っていても、凛々しく高潔で……、それでも柔らかく笑う姿はとても魅力的で……、

信じたくない。信じられるわけがない。

 

 

 

もう――――そんな彼女が、彼女の笑顔が、見れなくなってしまったなんて………。

 

 

 

 

 

 

 

エミリアは無事だった。

ただ、その代わりに――――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルステン家に激震が走る。

 

 

 

 

 

 

 

―――クルシュ・カルステン死亡

 

 

 

 

 

 

 

 

その衝撃は、凶報は、カルステン家に留まるわけもなく、王国全土に広がっていった。

刻一刻と波紋は留まる事を知らず、広がり続けている。

 

王候補の内の一人が死去したのだ。それも最有力候補と名高く、市政からの支持も圧倒的に高い彼女が。

 

 

 

 

何かの間違いであってほしかった。

 

そんな筈はない。ツカサはオットーからその知らせを聞いた時、最初こそ信じられない、何を言っているんだ? と嘲笑していたのに、彼の顔を見ている内に、知らず知らずに彼の胸倉をつかみ上げてしまった程に。

 

乱暴に彼の身体を前後に揺さぶり、冗談だろ? と嘘だろ? と希望を口にする。

だが、オットーは何も言わずただただ、悲しそうな顔をしていた。

 

 

その後は、ユリウスやスバルが直ぐに止めてくれて、ツカサもオットーに謝罪をしたが、信じられない、信じたくない、そのことばかり、その単語ばかりが頭の中を駆け巡り続けていた。

 

 

 

魔女教の犠牲になった者達は、あの討伐隊のほとんど全てだった。

唯一の生き残りが鉄の牙の極一部。

ヘータローも半死半生でかろうじて命を拾った程度の重症だった。

重症であっても、懸命に身体に鞭を入れて、即時離脱の指示を出したからこそ、被害を免れた。此度全滅にならなかったのは、ヘータローの采配のおかげとも言える。

 

そう……ヘータローのおかげで、敵の正体が掴めた。

 

動けない程の重症のヘータローは、鉄の牙の皆に自分を顧みずに援軍を要請するために王都へ走れと指示。

 

そして幾重にも重なりあった死体の山にいた事で、死体に擬態する事が出来、ヘータローは命を繋いだ。

気を抜けば直ぐにでも意識が黒に染まる中、懸命に繋ぎとめた。だからこそ、獣人の耳は彼らの僅かな話を聞き取り、匂いこそは、死臭に塗れていたから効かなかったが、目でハッキリとその容姿を克明に見ていた。

 

 

敵の名。

仇の名。

 

 

魔女教大罪司教【強欲】担当:レグルス・コルニアス

魔女教大罪司教【暴食】担当:ライ・バテンカイトス

 

 

 

その中に特に有名とされる【強欲】の名が出た時に、ここまでの被害が出てしまった原因を見た。

クルシュの実力の高さは十全に知っている。白鯨討伐においても一戦級を演じた猛者だ。彼女の伝説では、白鯨と同じ三大魔獣の一角をその百人一太刀の初手で追い払ったとも伝え聞いている。

紛れもなく屈指の強者と呼べる猛者だ。如何に白鯨戦で消耗していたとしても、彼女ならば……と思ってしまうのだが、それをかき消してしまうのが、やはり【強欲】の名。

 

決して博識とは言えないが、この世界の知識の浅いツカサでさえ、その記録は目にしている。魔女を調べる時に嫌にでも目についた、と言うのが正しいだろう。

それに、ユリウスにも怠惰と並ぶ強欲について、以前改めて聞かされた。

 

 

 

【城塞都市ガークラ陥落事件】

 

 

 

世界図の南方―――ヴォラキア帝国でも最も堅固な防備で知られた国境沿いの大都市。数千常備兵に加えて、【帝国の英雄】をも討ち破った。

それも【強欲】たった1人で。

 

 

【怠惰】ペテルギウス・ロマネコンティと【強欲】は並ぶと称されているが、事力関係では圧倒的に【強欲】が勝っているという事は、最早疑う余地はない。

 

ペテルギウスの権能も確かに凶悪であり、何も事前に知らない状態で迎え撃てば、即座に屍と化してしまうだろう。

だが、犠牲を伴いながら、痛みを伴いながら、戦い続ければ突破口はおそらく見る事が出来る。数千と英雄のいる大都市の兵力であるならば、痛みを伴ったとしても、陥落まではいかないだろう、と推察できるからだ。

 

だが、【強欲】はそうはいかない。

 

その名を聞き、此度の被害を聞き、改めて戦慄が走った。

実は、この世界に来て、戦慄が走る様な事は【強欲】を除けばたった1度しかない。だからこそ………覚悟(・・)を決めなければならない、と強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――皆、凄く忙しい所に、集まってくれてありがとう。……心から感謝するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この場所は、カルステン家の応接室。

もうずいぶん昔の様に感じる。

この場で、エミリア陣営の為に駆け引きを行い、軈てクルシュを口説き落とす事に成功した。

白鯨を、怠惰を討伐する為、彼女達の力を借りる事が出来た場所だ。

 

 

だからこそ、この場で話をしたい、とツカサは思っていた。

彼女達と始まったのは、この場所からだと思っているから。

 

 

 

「……いや、構わないさ。私は君を信じている(・・・・・・・)のだから」

 

 

先に目を閉じた状態で返事をしたのはユリウスだった。

アナスタシア陣営ではあるが、ユリウス自身も多忙極まっている所に、色々と返上してこの場へと駆けつけてくれたのだ。感謝しかない。

 

 

「ワイも同感やな。つか、兄ちゃんやからやで? こんクソ忙しい中で眉唾なもん聞かされて、無視せずこんだけ動くんわ」

 

 

鉄の牙を代表してリカードが駆けつけてくれた。

姉のミミ、そして弟のティビーはヘータローの傍にいる。

ヘータローは、かろうじて命を取り留めている状態。今もなお危険な状態には変わりないからこそ、姉弟が傍にいるのだ。安心、出来る様に。

 

何より、王国最高峰の治癒術士、青の称号を持つフェリスの手を借りる事が出来ない状態なのだから

 

 

「私も同感です。……正直、今は藁をも……ッ」

 

 

ヴィルヘルムも同様にし、そして静かに唇を嚙み締めた。

ツカサやスバルを恩人と呼び、クルシュと同等のものを捧げた、と言っても……状況が状況。彼女の死去は、ヴィルヘルムにとっても内側から心を抉られる様なものだった。いや、身体の傷ならまだ生温い。

白鯨を追い続けてきて14年。

この無為に過ごしてきた時間を、もう終わらせるために、最後は今生に別れを告げ、1人単身果てる為に剣を振るおうとした時に、その手を握ってくれたのが彼女だったから。

 

 

「兄弟。……エミリアは」

「うん。エミリアさんには席を外してもらってる。フレデリカさんが傍にいてくれてよかった……」

「ッ――――」

 

 

エミリアの心境も思わしくない。

当然だ。

クルシュはエミリアを助けようとしたが為に、その命を失ってしまったのだから。

 

 

「フェリスも、何とか止める事が出来た。今は10人がかりで診てくれている」

「……わかった」

 

 

 

そして、当然この場にフェリスはいない。

 

 

クルシュの死を、他の誰よりも信じたくなく、王都へと駆けつけ、その身体を抱き寄せて、マナを送り続け、治療をし続けた。

もう魂の残ってない身体を幾ら治療しても、幾ら外見だけは元通りに戻っても、その身体は動く事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

治す、治す、治す、治す、なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども、ぜったいぜったいぜったいぜったいぜったいぜったいぜったい―――――――――………。

 

 

 

 

 

 

 

 

軈て、それが無理だと解った途端に荒れ狂う荒波を遮り続けていた防波堤が決壊したかの様に、泣き叫んだ。

自傷行為を続け、中にはその力を使って相手を傷つけ、手が付けられない程に暴れ続けた。

軈て、その矛先はフェリスの自傷の傷を治そうとしたエミリアに向けられた。

 

 

 

 

 

【クルシュ様を殺した】

 

 

 

 

 

エミリアの心に深く刺さる刃となって、放たれた……。

 

 

 

エミリア自身に危害が加われる事は無かった。

 

当然だ。エミリアの傍にはパックがいる、フレデリカもいる。

選択肢の限られる攻撃手段しか持ちえないフェリスが、その上獣の様に荒れているだけのフェリスで太刀打ちできる相手じゃなかった。

 

 

クルシュの仇にも手が届かず、クルシュも救う事が出来ない。

 

 

そんな状態に、絶望の底に落とされたフェリスが取る行動は、もう自殺しかなくなってしまっていた。

 

それを止める為に、何人もがフェリスの傍にいる。王国騎士団としての仲間の皆が、時にはマーコス団長までもが足を運び、フェリスを助けようとしてくれている。

 

 

だが、それでも―――その命が、精神が、魂が費えるのも時間の問題だ、と言われていた。

 

 

 

 

フェリスがこの場にいない事は心苦しく思うが、それはもう自己満足でしかない。

自身の刻まれた傷、魂に刻まれた傷が、少しでも癒えたら良い、と言う自己満足でしかならない。だが、それでも良いとツカサは思った。

 

この悲劇の責任……自分にもあるのだから、全て受け入れて、傷も受け入れて進むしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「荒唐無稽な話に聞こえるかもしれない。…………でも、皆に話した通り。オレは【クルシュさんを必ず救う】……だから、力を貸して欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚悟を胸に抱いて、全てを救う覚悟を胸に抱いて進む。

欲張りと言われるかもしれない。それこそ……【強欲】である、と。

 

それでも、ツカサはその道を選んだ。

 

彼女を見捨てて、未来(・・)へは進めない……と。

 

 

 

「まさか、君の本当の力(・・・・・・)が時間移動だったとは、ね」

 

 

 

ユリウスの額にも汗がにじみ出ていた。

いつも、涼しい顔をしている彼には珍しい事だ。

 

だが、いつもの自分でいられない程の事が起きようとしている、歴史の分岐点、時空の分岐点へと立ち会っているのだから、仕方がないという事だろう。

かつてない程の衝撃だったから。

 

 

「ユリウスとの模擬戦は、ほんの一瞬だけど過去(・・)へと戻ってたから、その剣を躱す事が出来たし、受け止める事も出来た。高速で連続した時間移動は、相手にさえも未来を見せてしまう。だから、ユリウスも見たんだ。……消滅した未来を」

 

 

ユリウスがツカサに剣を振るう。

紛れもなく、ツカサを穿った一撃を見舞う。

それらの未来は、訪れる事は無かった。

つまり、ツカサが言う様に、一撃を入れた未来が、消滅をしたからだ。未来を見て起こらなかった現実も見て、だからこそ混乱する。

 

 

「ただぁ、解らんのは、その兄ちゃんの言うヤツ? それがマジやったとして、何でワイらにそれを言うんや? そんな大層なもんが出来るんやったら、別に言わんでもええ。必要ないやんか?」

 

 

リカードの言い分も最もだ。

過去に戻れるというのなら、戻るつもりだというのなら、事前に話をする必要もない。この世界はもうなかった事になるのだから猶更だ。

 

 

「この力、そこまで、便利じゃないって事だよリカード。……当然、代償を伴う。だからこそ、絶対に失敗は出来ないんだ」

「……ほー?」

 

 

半信半疑どころか子供の戯言レベルに聞いているリカード。口でそれを言わないのは、場の空気を読んでいるからだ。

 

最初にヴィルヘルムも言っていた通り、今は藁にもすがりたい者達ばかり。そんな場の空気を更に悪くさせる事は言うつもりは無い。

 

ただ、もしもコレが本当に戯言だった時は、盛大に便乗して罵声を浴びせるつもりではあるが。

 

 

「オレが皆に聞ききたい事は、ただ1つ。【怠惰】を、【ペテルギウス】をオレ抜きで討つ事が出来るか、否か。皆の意見を聞かせてほしい」

 

 

その言葉を聞いて、ピクリと眉が動く。

 

 

「それは、即ちツカサ殿。……貴方が、【強欲】と【暴食】の大罪司教と相対する……と言う事ですかな? ―――そのつもりならば この剣も……」

 

 

ヴィルヘルムの表情も険しくなる。

ツカサの言う代償の件もヴィルヘルムは予測が出来ていた。

 

そう、嘗てスバルが死に戻った時の余波をツカサが受けた時。路地裏で血まみれになって倒れたあの時。それを介抱したのはカルステン家、クルシュなのだからヴィルヘルムが知っていても不思議ではない。

 

それを考慮した上での事だ。

 

【強欲】はクルシュの仇。それを恩人であるツカサ一人に押し付ける訳にはいかない。誰よりも恩義を感じているのが、ヴィルヘルムなのだから。

 

 

何より【強欲】の強さはヴィルヘルム自身も解っている。

 

 

嘗て討たれた帝国の英雄、それは剣鬼として相対した【八つ腕】のクルガン。剣を交えた間柄だ。それをも討った底知れぬ強さ。加えて未知の敵でもある【暴食】がそこにはいるのだ。

 

恩人であるツカサを1人ではいかすまい、と目で語っていたが。

 

 

「ヴィルヘルムさんの申し出は凄く有難い。……でも、解って欲しい」

 

 

ツカサは首を横に振った。

 

そして、自身の力についてを離す。

 

 

「戻った時に、一番難しいのは【未来で起こった事を伝える事】なんだ。そんな事いきなり言われても、狂人かと思われて終わってしまうのが普通だから。……でも、今回は悠長に説明している時間は無いんだ。戻れる時間地点も決まっている。自由自在と言うわけにはいかない。………だから、一番自然にクルシュさん達と一緒に王都へ戻る事が出来るのは、全てを知ってる(・・・・・・・)オレだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

厳密にいえば、共有読込(シェア・ロード)があるから、記憶の共有をする事も出来るが、今は少しでも力を消耗させたくはない。

だから連れていけるのは精々1人までとして、連れていくのはスバルだ。

 

分かれる場合、スバルの生存率は少しでも上げておかなければならない。

 

何故なら、スバルの戻る地点、時間の指定は、あの魔女が勝手に決めるというもの。万が一、スバルが死んでしまえば、その時点で消耗度合いは桁が違い且つ戻る場所がもしも取り返しのつかない地点だったとしたら、その時点で終わりだ。

 

ツカサの記憶(セーブ)地点も壊されてしまう。もう、誰も救えない。

 

 

それは、スバル自身も解っている筈だ。だからこそ、スバルも覚悟を決めてくれた。

 

 

この話し合いをする前に、戻るという話をスバルにした。

ラムを連れていく、と話をしたあの時の様に。

 

 

スバルにしてみれば、エミリア陣営は皆無事であり、エミリアは勿論、レムもラムもフレデリカも皆無事だ。だから、戻る必要は無い。

聖域の様子は解らないから厳密にはまだわからないが、それでも聖域は大丈夫だ、とフレデリカもラムも言ってくれたのだから、信じるに値する。

 

暴食や強欲以外の魔女教が向かっていたら、と考えたら……背筋が凍るが、それでも今は大丈夫だと信じる他無い。

 

レムやラム、何より聖域にいるロズワールを。

 

 

 

 

愛する人達は皆無事。

だから、もう一度言おう。戻る必要は無い。

 

 

だが、スバルも当然全てを割り切れる程、人でなしではない。

自分だけが助かってそれで終わり――――で良しとする訳にはいかない。

 

 

【兄弟が、オレをこんな感じにしたのかもな】

 

 

と、スバルは思っていた。

 

もしかしたら、ツカサと出会ってなければ……、空気が読めないのは相変わらずだが、自分の手の大きさを知ってる分、何でもかんでも守ろうなどと考えなかったかもしれない。

エミリアやレム、ただ1つだけを守り抜く事が出来ればそれで良い、と思っていたのかもしれない。

何せ、ツカサと違い死に戻り地点を任意に選べたりしない所も痛いし、その使用回数も未知数。死の苦しみ、痛み、孤独も全て知っている。

だからこそ、こんな風には動かなかったかもしれない。

 

 

でも、今は違う。

 

 

全て纏めて抱えて、全てを助けようとしている男と一緒に居るから。

その背中を見て、英雄としての道を進むと決めたから。

 

もしも、ツカサが余裕綽々、何でもできるスーパーマンの様な男なら、ここまで感情が揺れる事は無かったかもしれない。

でもツカサは違う。

傷つけば血が出る。血が出れば倒れる。ツカサはスーパーマンじゃない。人間だ。

 

ただ、大切なモノを守る為に、死力を尽くして頑張っている人間だから。

 

 

 

「話ぃ戻すケド。兄ちゃんが過去に戻ったとして、確かにワイらに事前に襲撃の事伝えんは兎も角、怠惰討伐情報伝えんのも、結構骨が折れる作業やな。兄ちゃんこれんってなると今回の件、兄ちゃんとラム嬢ちゃんの索敵能力にはずいぶん助けられた口やからのぉ。アレが無いんと在るんとじゃ、難易度の桁が違うで」

「ッ………」

 

 

そう、ラムとツカサの索敵能力。

テンペストと千里眼で広範囲の敵の位置を把握、更にはユリウスのネクトで感覚をつなげ、全員に共有したのだ。頭の中で映像化までされた。これ以上ない程の情報、魔女教の一人が持っていたアジトの地図なんかは在っても無くても同じと言える。

 

 

「魔女教連中は、オレの匂いで釣れる。それは今回の件で実際に解ってくれただろ?」

 

 

そんな時、スバルが手を上げて答えた。

スバルの魔女の残り香に寄せられて、魔女教が寄ってきたのは紛れもない事実であり、実際に目で見て確認出来ている事だ。

 

 

「正確な位置は解らなくても、オレがいれば炙りだす事は可能だ。まぁ、皆の力頼りまくる前提の話にはなるんだが」

「ふーむ」

「少し弱気が過ぎるのではないか? スバルが奴らを引き付ける事が出来るのは明白だ。ならば、奇襲するのはたやすい事だろう? リカード。……それに相手は君の部下、ヘータローも重傷を負わせた仇も同然なのだが」

「そんくらいわーっとるわユリウス。だが、感情・私情を挟めるもんじゃないのも確かやろ? 兄ちゃんっつーでっかい戦力抜きで、怠惰と一戦交えようってんや。いくら考え過ぎたとしても、足らんって事は無いもんやろ?」

「…………。それもそうだね。すまない。どうやら私の方が感情的になっていた様だ」

「今日、一戦交えてみて彼奴らの力量は把握しました。手練れは多数おりましたが、こちらの戦力を鑑みても、見劣りしないでしょう」

 

その後はヴィルヘルムも交わり、戦力がかけた状態で、怠惰と一戦戦う事を、真剣に議論してくれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのことが、ツカサは嬉しくてたまらなくなってきた。

丁度、スバルの魔女の残り香、引き寄せ作戦が上手くハマれば何とかなるだろう、と結論付いたその時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……信じてくれて、ありがとう」

 

 

ツカサは、感謝の言葉を口にしていた。

荒唐無稽、世迷言、狂人の戯言、いろんな言葉で軽く片付けられそうな事柄だから。

 

そんなツカサの顔を見た面々は、何をいまさらと半ばあきれた様子で告げる。

 

 

 

「まぁ、もし嘘やゆーたら、鉄の牙で一生タダ働きさせて貰うけどなぁ!」

「いや、彼は我が騎士団が貰い受けよう。傭兵で腐らせておくには勿体なさすぎる人材だ」

「何ゆーてんねんユリウス。鉄の牙でおるっちゅう事即ち、お嬢の膝元になるって事やろうが。お嬢の一の騎士名乗るんやったら、抱き込むのが当然やろ」

「いいえ。ツカサ殿はカルステン家の立て直しに尽力をしていただきたく。―――クルシュ様も、それを強く望んでおられるでしょう」

「いーや! 兄弟はエミリアたんのトコにいるべきだ! エミリアたんの隣はゆるさんが、エミリアたんの手足の如く働くのはゆるーす!」

「す、スバル? 流石にそれは不謹慎だから……」

 

 

 

エミリア陣営に戻るというのは、幾らなんでも……と思っていたが、全員が笑っていた。

 

 

 

「この場の全員が、貴方の事を信じているという事ですよ。ツカサ殿。――――どうか、クルシュ様を」

 

 

 

そして、最後にはヴィルヘルムが膝間付いた。

そんなヴィルヘルムを、そして皆を見ながらツカサはハッキリと告げた。

 

 

 

 

 

 

「―――必ずクルシュさんを助ける。約束する」

 

 

 

 




戻る前提! な世界だったとしても、クルシュさんが……なシーンを文字化するの抵抗MAXΣ( ̄ロ ̄lll)ガーン


さてさて、1度で3度美味しい、魔女教大罪司教との3連戦!!
予備知識なし! 戻れる回数制限在り?(疑)
ノミ以下さんは嫁さんに大事なモノ預けたまま参戦ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪
ライ君は、ペロペロ(^ω^)ペロペロ
















――――――――いやいやいやいや!Σ(゚д゚lll)


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優しい夢・メニュー画面※考える時間④

怠惰、暴食、強欲………

纏めて面倒見れるのって、ラインハルトさんを除けば、アヤマツ系当のスバル君………、まぁ、、ご都合主義満載、神様(笑)な、クルルの中に居る《ナニカ》くらいじゃないかなぁ………(-ω-;)ウーン


















――――こりゃ、やっぱやべぇ!??Σ(゚д゚lll)ガーン


全ての確認をし終えた後、ツカサはとある部屋に訪れていた。

入り口に兵士、中には衛生兵や医師、治癒術の心得のある者は全て揃っている。

 

だが、その全員の表情が重く、険しいものになっていた。

 

その理由は明白だ。

部屋の中央に陣取っている寝台、その上に眠らされている人物がその理由だ。

 

この部屋に来た時点で、経過報告は聞いていた。

暴れて、叫んで、暴れて、叫んで、暴れて………、どんな薬でも魔法でも止まる事がない。自分自身の力で治し、また暴れるを繰り返し続けた。

整っていた顔立ち、肌艶、髪――――全てが乱れ、所々に血が付着している。

 

これでも比較的良い様だ。

 

最初は抑えに徹していた兵士たちを含めた全員も、今は手を止めている。もう、暴れる事が無くなったから。

だから、何度も身体を拭い、綺麗にし、身なりを整える事が出来たのだ。

 

クルシュが好きだった彼の姿を、あのままの状態にはしてはいけない。

 

主と言う大きな光を失い、道しるべを失ったも同然な者が殆どだったが、それでも彼女の意思を数分、数十、数百、数千、数万分の一であったとしても継ぎたい。それらがあったからこそ、この者達は誰もが手を止めなかった。

 

 

彼が――――フェリスの精神が崩壊するまで。

 

 

 

「…………」

 

 

僅かに目が開き、光のないその瞳の中は暗黒が広がっている。

瞳孔が開き、生きているかもわからない状態となってしまっていた。

ほんの僅かだが息が漏れる音と静寂仕切った室内に響く衣擦れ、鼓動、それらがフェリスが生きている証として、場に響き続けた。

 

 

だが、それだけなのだ。

 

 

 

 

もしも―――フェリスがフェリス自身を見たとしたなら?

 

そして、治そうと躍起になってる周りを見ていたとしたら?

 

 

 

【生きる意志に欠けてるヤツ嫌いにゃ】

 

 

 

そう言って、一笑していた事だろう。

救いたくても救えなかった命が幾つもある。助かりたいと涙を流し、生にしがみつこうとしながらも、無情にも突き放されてしまった命も幾つも見てきている筈だ。

 

だからこそ、フェリスはそう言って笑うと思う。

それが例え、自分自身の事であったとしても。

 

 

フェリスにとっての【生きる意志】。

それは、クルシュだけだった。それが今の彼を見ていたら嫌でもわかるというモノだ。

 

 

 

ツカサは、ゆっくりとフェリスの傍へと歩いた。

その歩む道に、少しでも障害になると思った兵たちは明け渡す様に離れて行き、軈てフェリスまでの道が綺麗に出来上がる。

 

 

「フェリス様は、もう―――――……」

 

 

 

メイド服を着たカルステン家の侍女であろう女性が、その目に涙を浮かべて、歩み寄ったツカサに伝えた。

手を握っても揺すっても、もう何も反応しない。

先ほどまでの暴れていた時の方が良かった。青の力で害される方がまだ良かった。誰もが絶望していた。

 

 

「驚いた。……本当に、驚いたよ。フェリスのそんな顔を、見る日が来るなんて……」

 

 

ツカサはそっと腰を掛ける。

侍女もゆっくりと離れた。

 

もうこのまま一生目を覚まさない状態か、或いは死か。そんな二択しか残されてないとされている。

 

それでも尚、一筋の光に賭けてみたい、とも思っていた。

ルグニカが英雄の一人が目の前にいるのだから。

 

 

 

普段ならば、それも考えられない。

英雄と称していたとしても、永年に渡り言い伝わった英雄と言うわけではない。英雄の家系、その血筋と言うわけでもない。日も浅く関係性が極めて乏しい状態、全てが謎に包まれている異国人なのだ。

その様な者に頼り切るなどと、クルシュが見ていたら、フェリスが見ていたら、きっとお叱りの言葉が屋敷中に飛ぶ事だろう。

 

それを解っていても、解っていたとしても、縋る物がもう他に無い。それを叱る者が他にはいない。光がもうない。

 

……だからこそ、現れた光に縋るしかないのだ。

 

 

 

「驚いた。……驚かされた。だから、そのお返しをしようか」

 

 

 

薄く、それでいてハッキリとその顔には笑みがあった。

不思議な感覚に場が包まれる。まるで見ている者全てに安寧が訪れる……、そう思えてしまう程の穏やかななにか。

 

 

「繰り返してきた。何度も、何度も。全部救いたくて、悲劇を全部無かった事にしたくて、オレは繰り返してきた。見えない傷は、フェリスにも治せない。あぁ、そう言えば治せない傷(それ)を見せてもフェリスには驚かれたんだったかな。……じゃあ、今回のであいこか」

 

 

フェリスに向かって、笑っていたツカサは 真剣な顔になって、ハッキリと告げた。

 

 

 

 

 

「―――オレは、こんな終わりは認めない。絶対に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェリスは―――泡沫の夢を見ていた。

 

不思議だった。悪夢なんかじゃなかった。夢の中では精神も安定していた。

全く制御できなくなってしまった心と向き合う事が出来た。

 

なぜ、なぜ出来る様になったのかは自分でもわからない。

 

 

ただ―――わかるのは……。

 

 

 

『フェリス……』

 

 

 

目の前にいる。

手を伸ばせば届く。

友達(・・)の姿がそこにはあった。

 

 

 

『余はそなたに口酸っぱく告げた筈だったのだがなぁ……、一人で考え過ぎるな、と。たった一人の友からの忠告でさえ、聞き入れられんとは、余はその程度の男なのか』

 

 

 

わざとらしくお道化て見せる姿。

懐かしい―――とは言えない。常に傍にあり、常に傍で導いてくれる。クルシュと同じで、フェリスの半分は、彼の物なのだから。

 

 

 

『黙っておらんで、何か申したらどうだ? それとも、余の顔なぞ、遠の昔に忘れてしまった、と申すか?』

 

 

 

お道化ていた姿にどこか寂しさが含まれている。

如何に泡沫の夢だったとしても、夢であると認識できていたとしても、この人にそんな顔をさせたくないフェリスは、勢いよく飛び出し。

 

 

『で、殿下の事を忘れるなど―――! わ、私のたった一人の友達を、忘れる事なんて……ありません』

『ぬ? まだ言うのか。余はこうも言った筈だぞ。余は最初の友ではある、だが、最後の友にする必要などはない、一人になってはならんと告げた筈だ。寧ろ厳命だ厳命』

『っ、っっ……、で、でんか……わた、わた、わたし……は……』

 

 

伸ばせば届く距離に、かの姿がある。

驚くべき事に、触れる事さえできる。

 

夢―――と言う言葉で、それだけで 片付けられる程のものじゃない。

 

フェリスは大粒の涙を流した。

情けない自分の元に、友が還ってきてくれたのだと。

 

 

 

『わたし、わたしは……、ひとりに、なってしまいました………』

 

 

 

夢であっても、優しい夢であったとしても、もう半分の存在であるクルシュを失った痛みまで忘れさせてくれる程優しい夢ではない。

いっそのこと、全てを忘れさせてくれればと思う事だってあるが、失ったものがあまりにも大きい。その心は、魂は、失ったものを求め続け、軈て同じ道を歩くだろう。

 

 

 

『ふむ?』

 

 

 

だが、そんな大粒の涙を流すフェリスとは対照的に、彼はいったい何を言っているのか? と首を傾げだした。

視界が涙でぼやけているのにも関わらず、その姿をフェリスはハッキリと視認する事が出来る。

 

 

 

『ふっ……フェリスよ。よく考えてみるが良い。……もしも、だ。もしも、本当にそなたが一人になってしまった、と言うのであれば、この余の隣には、かの女子が、逞しく、素直で、可憐で、……何よりも尊く、そして愛おしい女子が、余の隣におる筈。………そうは思わぬか?』

『ッ―――――え』

 

 

 

優しい泡沫の夢なのなら、彼ともう1人……この場に来て欲しい人がいる筈だ。

彼に言われて周りを、辺りを見渡すが、この世界には2人しかいない。

 

 

 

『うむぅ……。余も久方ぶりに言葉を交わしたいと思った所ではあったのだが……、いやいや、残念などと思ってはならん事くらいわかっておるぞ?? だがな、しかし……』

 

 

 

彼は、いつ、どこにいても、肝心な時に言葉を濁してしまう。

もしかしたら、最後の時も――――。

 

 

 

『クルシュ様に、殿下は何も言えてないのですか? ………へたれの、ままでしたか?』

『何を言う!! ちゃぁんと、余は告げたぞ! 恐るべき未来計画! 妃に迎え、フェリスを騎士とし、末永く共にいる、この計画を! ………確かに今生では叶う事は無かったが、次なる世界では必ず成就して見せると、心に決めておる! だからこそ、魂となりてもそなたらを想い、獅子王たれと言い聞かせておるのだ! ここまで出来るのは余以外におらんぞ! わっはっはっはっは!』

 

 

 

最後の最後には想いの丈を伝える事が出来たのか、と少し安心するフェリス。

だけどこれは悲しい話。……その筈なのに、もう叶わない話なのに、………偽らざる笑顔と声のままに、彼は告げてくれている。

それよりも、取り乱し、泣き叫びそうになったというのに、普通に話をする事が出来るのも驚きだった。

 

 

 

 

そして、彼は大きく口を開けて笑ったのちに、また―――真剣な顔になって……。

 

 

 

 

 

『フェリスよ。……まだ終わっておらん。フェリスも、クルシュも、まだ何も終わっておらん』

『え……?』

 

 

 

何が終わっていないというのだろう?

確かに優しい夢かもしれないが、目を覚ました時にすべてを忘れて、また絶望におとされるに違いないと思っていても、言葉にして欲しいと思っていても、ほんの一瞬甘いだけの致死性猛毒である言葉は聞きたくない、と思っていた。

 

 

だが、想像していた言葉とは全く違う。

 

 

 

『全く。あの様な男が世に存在(・・・・・・・・・・)するなどと……、世の中は理不尽である! ……いやいやいや、だが早計だ。余も負けるつもりは毛頭無い!! だがだがだが……、クルシュは返事をしてくれらなんだしなぁ……。むむむむむむ、だが、こちらへ来た時こそが真の勝負と言えよう!』

 

 

 

一体、何を言っているのだろう?

あの男とはいったい誰の事を差しているのだろう?

 

 

いや、フェリスの中では薄々だが、わかった気がしていたが、それはありえない。

 

 

この目の前にいる彼は――――フェリスの中に存在するだけの記憶の残滓。

なのにも関わらず、……その男を知っている筈がない。フェリス自身が言わせる筈もない。

 

 

こんな、一人の少女を取り合う男の勝負! みたいな展開になるわけがない。

だって、3人いつまでも一緒―――が幸せだった夢の筈だから。

 

 

 

『フェリス。忘れるな』

 

 

 

いつの間にか、彼の周囲には光で満ちていた。

1人で唸っていた彼は、よくもまぁ、コロコロと表情を変えれるものだなぁ、と感心させられる。

 

 

 

そして、光で包まれたと同時に、ハッキリと言葉が耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クルシュは、大丈夫だ。――――信じて待つがよい。例え、終わる世界(・・・・・)であったとしても、最後まで……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に光が宿り、勢いよく身体を起こす。

泡沫の夢から覚め、現実と言う悪夢が戻ってきた筈だというのに、破壊の衝動は一切起こらない。

 

それを目の当たりにした周囲から驚きの声、表情と共に……、軈て抱きしめてくれた。

 

何故こうなったのか、一体何が起きたのか、それを理解する事が出来ない。

理解するよりも早く―――侍女から伝言を受けた。

 

 

 

【大丈夫。必ず何とかする】

 

 

 

短く、そう告げられた。

何が大丈夫なのか、と憤慨したい――――筈だったのに、心が軽くなる。それも強制的に。まるで、彼が傍で抑えてくれているかの様に。

 

 

 

『言ったであろう? ―――――信じて待てばよいのだと』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういう、風の吹き回しだ?」

「どういうってひっどいなぁ、ボク、いっつもこんな感じじゃなかった?」

 

 

全てを終えて、後はスバルと合流して戻るだけと言う場面。

 

ナニカ(・・・)が顔を出した。

 

 

いや、最初から分かっている。

この愉快犯は、なんの気まぐれか……。

 

 

「フェリスに夢を魅せたのはお前だろ」

「ふむぅ。やっぱボクと君は繋がってるからバレちゃうんだね♪」

「………………」

 

 

フェリスを助けてくれた。

それは間違いない。

 

だが、どうしても手放しで喜ぶ事が出来ないのだ。

 

この愉快犯が齎してくれた力は、そのほとんどが良い方向へと進む活力になっている。

時を遡る力もそう。スバルの身の内にいる存在との事もそう。英雄としての力もそう。

 

根源はこの存在の筈なのだ。感謝こそすれど、もう邪見にして良い相手じゃない……と言う事くらい、頭の中ではわかっているのに。

 

 

「それでいーんだよ」

「!」

「ボクは好きにさせてもらってるだけ、ボクが楽しめそうな事をしてるだけ。その結果、どっちに転ぶか(・・・・・・・)は、その都度のお楽しみ。なんだから。勘違いしちゃヤダよ? 単なる都合の良いお助け精霊~ってわけじゃないからね? 最後に信じられるのは自分が持ってる力!」

「……勘違いなんざ、するか」

「ふふっ。あ、一応言っておくケド、ボク、君の親の仇! とか、嫁の仇!! とかじゃないよ、って事だけは言っておいてあげる」

 

 

 

そうとだけ告げると、姿を消した。

記憶の無い以前の話をしているのだろうか、と一瞬思ったが……、もう戻らないモノだと認識しているので、特に気にはしない。

 

それに、そんなわかりやすく、単純な事で嫌悪する様な相手じゃない事くらい、もうわかっている。

 

 

「すまん兄弟。取り合えず全部済ませてきた。……エミリアは、大丈夫だ」

 

 

丁度スバルが戻ってきた。

タイミングが良いのか狙ってたのか、もう考えるのを止める。

 

 

 

「そっか。良かった」

 

 

 

そうとだけ言うと―――再び白の世界へ。

 

世界を巻き戻そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メニュー画面・考える時間。

 

 

 

 

 

 

遡る時が、これまででも特に短いのでは無いだろうか。そして戻るメンバーもスバル一人だけだからだろうか。思った以上に消耗はしていない。

僥倖だった。

 

或いは、身体が慣れ始めているのかもしれない。

これが、成長と言うモノなのだろうか……。

 

「スゲーな。死にそうになる度にどんどん強くなるとか。やっぱ兄弟サ●ヤ人? スーパーついちゃう??」

「その、さいやじん、ってのは知らないって前に言わなかったっけ? ………でも、毎回言うけど、それを言うなら、スバルの方も十分凄いから。怠惰(アレ)と戦う覚悟が、より厳しい戦いをする覚悟が出来たってのが特に」

「兄弟が、ツカサが命賭けるって言ったんだ。目指せ英雄を心情としてるオレが、ここで立ち止まるなんて、あり得ねぇ。………エミリア一人助けて、レムも無事、オレらだけ全員無事ではい終わり、なんてゲスな考え、持てなかったよ。いや、元々持ちたいもんでもねぇが……、ちょっとは考えた。……でも、一瞬だ。考えたとしても、持てなかったんだよ」

 

 

 

ぎりっ、と歯を食いしばるスバル。

クルシュを巻き込んだのは言わば自分達だ。

白鯨を討伐し、それで終わりな筈だった所、無事だった兵士を援軍として寄越してくれて、最少限の兵力で王都へと帰還した。

或いは、しっかりと戦力が整っていたとしたら?

怠惰戦が完勝だったからこその後悔だ。

 

 

「今は後悔してる時じゃないよ。何せ、後悔を幾らしても、挽回できる機会があるんだから。幸運以外の何物でもない。オレの場合でも、スバルの場合でも。……繰り返しを許されている稀有な存在同士、ね」

「……互いに色々えげつねぇけどな。方や死ぬのがトリガー、方や戻れても結構苦痛継続&巻き込まれ時死より最悪とか。――――アレ? やっぱオレがいっちゃん足引っ張ってねぇ!?」

「………今ここに毒舌担当はいないからさ? 変なの求めちゃ駄目だよ」

「求めてる気は全然ないんですけどね!!」

 

 

ツカサもスバルも軽く笑う。

この場所だけだ。

 

時間と言う概念が存在しない場所。矛盾してるかもしれないが、あまり時間をかけてられる場所、と言うわけでもないが、それでも一度落ち着き、整理し、最善を模索する事は出来る。

 

 

「オレの索敵(テンペスト)が使えない以上、やる最善は1つ」

「ああ。地図持ってるヤツ速攻で叩く。んで、ケティの野郎も前回通り泳がせた後に拘束。爆発する危険があるって事が知れたのは良かった。兄弟がいなくても何とかなりそうだ」

 

 

フェリスがいる。

物騒な術式を刻まれてたとしても、ゲートからマナに干渉してあっと言う間に外す、なんてことも出来そうだ。

 

 

「スバルの話術にもかかってくるね。何で知ってるの? 当然の疑問だ」

「その辺りは、任せてくれ。――――今回は状況が状況だ。ふざけた雰囲気は出さねぇ。オレが間違ってたら、八つ裂きにしてくれて良い、って勢いで無理にでも信じさせる。ケティの件で、嫌でも信じる様になるとは思うがな」

「……時間遡行で、やっぱり一番厄介なのは、相手への説明……だなぁ」

「そりゃあそうだろ。……でもま、一人じゃない。だから、なんでも出来る。――――やってやる」

 

 

スバルは拳を前に出した。

 

 

「オレの隣にはエミリアたんとレム。……そんでもって、兄弟はエミリアたんの懐刀」

「え? 今オレ、道具扱いされてるんですか?」

「ちっげーよ! なんっつーか、その、何となく雰囲気で分かってくれっての! これでも大判振る舞い! 何せエミリアたんの懐を譲渡してんだぜ?? あのローブ以上のエミリアたんの香り! 最高じゃねーの!」

「いや、それは全然嬉しくないんだけど――――でも、まぁ」

 

 

ツカサは苦笑いしながらも、拳を突き出した。

 

 

「ペテルギウスの野郎は、オレが仕留める。……だから」

「ああ。オレは暴食と強欲。ライ・バテンカイトスとレグルス・コルニアス。奴らから、クルシュさんを逃がす(・・・)

 

 

 

互いの目的を再確認。

 

 

 

「また、王都で会おう」

「それ死亡フラグっぽいから止め――――ッ! って言いたいが、同感で、絶対だ。王都で兄弟が余裕綽々で待ってる姿が目に浮かぶぜ。……クルシュさん達と一緒にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、元の次元へと戻る。

 

ラムとの再会。

それは願った形では決してない再会。

 

そして……ラムには包み隠す事なく全て告げた。

ラムに隠し事はしない。それを約束しているから。

 

 

「――――事情は分かった」

 

 

腕を組み、頷くラム。

ここからどうするのか――――これもまた、ある意味第一関門だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ラムを置いていくのだけは許さないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その関門に堂々と立ちふさがるのは、他の誰でもない。ラム自身だった。

 

 

「でも、ラムはもう戦えない筈だ。フェリスからもこの先言われる。これは絶対(・・)だから」

「…………」

「それに聖域には、理由は聞いてないけど、フレデリカさんは行く事が出来ない。だから必然的に案内役として、ラムとレム、2人の手が必要なんだ。だから……」

「聖域はレムに任せなさい。ラムもレムも、場所は知っているし、古馴染みもそこにいる。あっちはラムがいない事に文句を言ってきそうだけれど、贅沢は言わせないわ」

 

 

是が非でも、ラムはついてくる。

そう言っている。

 

 

 

 

手練れである筈のクルシュでさえ、命を落とした場所。……死地と言って良い場所へ。

 

 

 

 

「お願いラム」

「嫌よ。……絶対」

 

 

ラムは、頑なだった。

いつも以上だった。

 

 

「ツカサ。今回の相手は最悪よ。他の誰でもない。ツカサ自身がそれを解ってる筈」

「――――――ッ」

「目的が、魔女教を撃退じゃなく、クルシュ様達を逃がす(・・・)ってツカサが言いきってる時点で」

 

 

【暴食】と【強欲】

 

ラムも知らない訳がない。

その危険性も、当然ながらツカサ以上に知っていると言える。

 

何せ、ロズワールの屋敷へとやってきて、エミリアを王候補として推薦する立場を取った時点で、魔女教との衝突は避けられないと踏んでいた。

調べれる範囲では遠の昔に調べている。

 

相手は一騎当千どころの騒ぎじゃない。

国の全戦力を用いても、どうなるかわからない相手なのだ。

 

 

「……ツカサの力なら、情報収集をして、最善を模索する事だって出来る筈。今回だって、そのために戻ってきた筈なのだから」

 

 

時間遡行の能力、やり直す事が出来る能力の最大の利点は、その情報収集力に在る。

例え敵わない相手だったとしても、何度も挑戦すれば光明が差すかもしれないし、他の手立てだって見つかるかもしれない。悪かった所を改善し、繋ぎ合わせ、最後には導く。

 

それが出来るツカサだからこそ、これまで乗り切る事が出来たのだから。

 

 

 

だからこそ、そんなツカサだからこそ、【逃げ】の一択を取った時点で、ラム自身が知っている以上に危険な相手、その強大さを理解する事が出来るというものだ。

 

 

「ッ――――――。で、でも。そんなヤツの所に万全じゃないラムを一緒に連れて行くなんて」

「戦うのではなく、逃げに徹するだけなら、今のラムだって役に立つわ。竜車もレム程じゃないにしろ、扱えるし、手は多い事に越したことはない。クルル様のお力をお借りすれば、ラムも戦う事だって出来る。ツカサが言っていた事よ? 1人じゃなくて、2人なら、って。………それに」

 

 

ラムは、ツカサをまっすぐ見据えて、告げた。

足手まといになる可能性も十全にある状態でさえ、ツカサと共に行くと頑ななラムの真意。

 

 

 

 

 

 

「ラムが傍に居れば、ツカサは馬鹿な事(・・・・)を考えたりしないでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ノミ以下さんやライ君が出てくるのは、次の話くらいでしょーか(∩´∀`)∩




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強襲

ノミ以下さんが………(∩´∀`)∩


戻ってきた事実。

 

それを知るのは、ツカサとスバル、そして訳を聞いたラムだけだ。

説明自体は、スバルじゃ心臓握りつぶそうとする物騒な魔女が憑いているから、ツカサからするしか出来ない。だから、レムに対して説明をするのはスバルからでは出来ず……、でもしっかりとスバルは、前回の世界の記憶は保持しているので、レムの告白(2回目)を受ける時は、非常に照れくさくしていた。

 

レムの一世一代、渾身の告白。

 

先を知っているから、と邪見にする訳にはいかないから、と気恥ずかしくなりそうながらも、スバルはちゃんと費やして見せた。

 

 

タイミング! タイミング重要! と、戻ってきたタイミングに関してのみ、文句があるスバルは、ツカサに対して盛大なクレームを頭の中でしていたのは言うまでもない。

 

 

 

そんな穏やかで、温かく、幸せで、甘い現実は、この瞬間だけを以て終わり。

ここから先は辛く険しく苦しい、現実が待っている。

 

 

 

 

誰も欠けない様に、誰も失わない様に乗り越える。

持てる力のすべてを振るわなければならないのだから。

 

 

 

 

 

 

―――街道を行く竜車の揺れ。それに身を任せつつもツカサは周囲の警戒を怠らない。

 

 

眩い朝日、それに暖かな風。

それらをテンペストに乗せて感じる。

 

まさに勝者の夜明け。

厄災を退けた勝者……勇者たちを祝福、或いは労う天からの褒賞。

 

間違いなく起こるとはいえ、穏やかだと言って良いこの空気の何処に、修羅場が待っているのかと問いたくなってくる。

 

それは、列をなしている竜車に乗る負傷している勇者達から醸し出されている雰囲気にもあると思う。

隊の雰囲気のそれは、重傷者が少なからずいる状態であっても、宿願を果たした達成感だけがその場に現れていた。

 

今はまさに凱旋。王都への凱旋。

悲願成就、それは王都につけば万感の賞賛と共に迎えられる事になるだろう。

 

 

 

それを壊した者が、この先に――――。

 

 

 

「浮かない顔だな、ツカサ」

「ッ……すみません。信じていますが、やはり心配なのはどうしようも……」

「そうか」

 

 

表情に現れていたのだろう。

それをクルシュに読まれた。

 

だが、風見の加護が読めるのはそこまでだ。

 

ツカサの心配や怒りと言った風は、メイザース領に蔓延る魔女教に向けられているモノだ、と解釈が出来る。

事実、クルシュはそう思っていた。

 

 

「今更ながら聞く。……本当に卿は良かったのか? ナツキスバルにエミリアを、メイザース領の危機を託し、自身は帰路を選択したのは」

「……ええ。先ほども言いましたが、信じてますから。スバルなら、皆ならきっと大丈夫だって」

「ああ。フェリスとヴィルヘルム、同行した討伐隊の勇士。リカードら鉄の牙の助力。……決して負ける布陣ではない、と私からも太鼓判を押そう」

「――――ありがとうございます」

 

 

ツカサは、白鯨を堕とした時に、分身体に放ったあの極大の魔法 カタストロフィが齎した身体への影響はかなり凄まじく、その反動が来てしまった……と言うのを言い訳にし、王都帰還組へと加わっている。

 

盤上一致の英雄なのだ。手厚く扱う様に、とクルシュに言われていたが、ラムと一緒なら何処でも構わない、と言い クルシュやラム、そして他にはヘータローらも乗る竜車に乗っていた。比較的軽傷で済んでいる者達が乗っている竜車。

 

因みにラムは時折千里眼を多用し、クルルの力も借りて周囲を警戒し続けていた。無論、休ませつつだが、今は竜車の幌を背に預けて、休んでいる。……ツカサの肩や背を借りたい所ではあるが、この先を知っている身としては、今はそういう訳にはいかないというラムなりの配慮だ。

 

 

 

 

そして、この時間軸でも、ツカサは、リカードや残るヴィルヘルム、フェリスにもしっかりと身体の現状を伝えて、戻る旨を伝えている。

大なり小なり驚かれはしたが、最終的には皆納得し、労いの言葉をかけてくれた。

 

ただ、フェリスに関しては盛大な警戒、危機感、色々とクルシュに対して、そして自分に対しても言ってきたが、その辺りはラムがいるのだ、と説得。納得したかは定かではないが。

 

実のところ、ツカサが王都帰還組に加わる事は何ら不思議ではない。

王国最高の治癒術士、青の称号を持つフェリスでさえも、匙を投げる様な出来事がツカサの体内で起きているのだから。ある意味簡単に誤魔化せる。

クルルの治療? 自己再生能力? その他諸々、フェリスに見てもらうまでに、しっかりと遅めていたから。

 

風見の加護があるクルシュに説明するのが一番骨が折れた。

嘘偽りの風を瞬時に見破る。だからこそ、ツカサは真実だけで彼女を誤魔化す必要があった。

 

断っておくが、スバルに託したから大丈夫だ、と言うのは誤魔化したわけじゃない混じり気の無い真実。

 

その為に、戻る前に皆と話を重ねているから。……そして約束をし、断言もしてくれた。ツカサ一人欠けたとしても、必ず守って見せると。

それは決して勢いに任せた感情論などではない。

やり方が限られているというのなら、その中で最善を見出し、そして仕留めて見せる、と。

 

今回使う事が出来ないのは、ツカサの戦力に加えて、ツカサのテンペスト、ラムの千里眼、更にはユリウスのネクト、それらが合わさった超広範囲索敵能力。

 

戦力云々の前に、それが無いのが一番痛いと言えるかもしれない。

情報は武器だ。

そしてこの力は最早反則の分類の魔法。

 

だが、その件に関しても直ぐにユリウス、ヴィルヘルム、リカード共に一笑してくれた。

 

頼り過ぎれば、寧ろ傭兵として騎士として、兵士として廃れるだろう、とまで言ってくれた。

元々スバルが発案していた魔女教の内通者の件が割れている以上、多少時間がかかっても問題ない、と。

 

 

本当に大丈夫なのだ。絶対に大丈夫なのだ。

怠惰を、仕留める事は十分出来る。

誰一人欠ける事なく。

 

 

 

「……オレは、共に(・・)王都へと帰らなければなりませんから」

「―――ほう、して その理由は?」

「……やらなけれ(・・・・・)ばならない(・・・・・)()がある。今は、それだけでご勘弁願えませんか? ―――戻った時に、全てを話します。必ず」

 

 

クルシュの視線が一瞬細くなった……が、直ぐに表情を和らげた。

 

 

 

「そうだな。私も卿とはゆっくりと話をしてみたい、と常々思っている身。それは卿自身にも伝えている。……折角の機会だ。この場だけで終わらす事もあるまい? それに帰還した後直ぐに、とは言う訳にもいくまい。此度の騒動、その全て終わった後、当家へと招待したいが、構わないか?」

「はい。勿論。……エミリアさんやスバルも一緒で、構いませんか? その、政敵……ですけど」

「私の立場上難しくはある、が、我々は同盟を組んだ間柄だ。……何より、政敵どころか、世界の敵を屠る事が出来た今、会談を躊躇う必要などは毛頭ない。何より全てを当家の手柄にする様な恥さらしにはなりたくないのでな。大々的に報じるつもりだ。……エミリアの立場も多少なりとも好転すれば良い、とも私は思っている」

 

 

何よりも畏怖し、恐怖の象徴足る者【嫉妬の魔女】

その容姿と瓜二つ……とまでは言わないが、銀髪・ハーフエルフと特徴が一致しすぎているエミリアを見る目、一体どう思われているのかなど、容易に想像がつく。

 

 

だが、そのエミリアが世界を苦しめ続けた暴食の化身 白鯨を討ち、更には同じく世界を苦しめ続けている魔女教の一角、怠惰を討ち沈めたとするなら……? 如何に民衆から支持されており、且つ人気も相応にあるカルステン家が発表したとしても、それを安易に鵜呑みにし、エミリアを信じるとは思えないが……それでもクルシュが言う様に好転する事を願わずにはいられない。

 

 

エミリアが頑張っている姿を短い期間ではあったが、見てきているから。

 

 

そして、クルシュもそれが嘘でも上辺でもなく本心から思っている事は、彼女の様な加護がないツカサでも解る事。

 

 

 

 

【――――失ってはならない】

 

 

 

 

 

より強く、より強く、ツカサは拳を握りしめるのだった。

 

 

 

「やはり、私は気休めを言うのは得意ではなかった。不安の種とは幾ら潰しても尽きぬもの。その原因が己に在るというのなら、自らの覚悟や研鑽でどうとでも乗り越える事が出来よう。……ツカサ。卿ならば猶更な。だが、相手あっての事となるとやはり難しいか。―――許せ」

「謙遜を。……クルシュさんの優しさに、皆救われてますから。オレも同じです」

「優しさ―――か」

 

 

幼少期より花より剣を、鍛錬を、とし続けてきた女に優しさ……、似合わないなとクルシュは軽く笑って見せる。

 

 

 

 

「ん―――」

「っと、ラム? 大丈夫か?」

 

 

 

 

そんな時だ。凡そ半刻程眠りに入っていたラムが眠りから覚ましたのは。

 

 

「大丈夫だ」

「……ええ。解っているわ」

 

 

その大丈夫に含まれる風に、やや違和感を覚えたクルシュだったが、ラムから出ている風は負の要素が一切ない。

身体の芯から、心の芯から、ツカサの事を信じ、そして信じられ、愛し、愛されているのが解る。

 

 

「羨ましいな」

 

 

 

不意にそう呟く。

この2人が出す心地良い風。身を委ねたくなる程の優しい風はクルシュも中々に経験がないものだ。

 

願わくば、陣営に――――、自身の傍にと思ってしまうのは、女々しい感情だろうか?

 

 

「ラムは、……私はクルシュ様もラムと変わらない。……同じ(・・)だと思っております」

「何?」

 

 

羨ましい、と言う言葉をラムは聞いたのだろう、外を警戒しようと、テンペストを発動させたツカサから視線を外してクルシュを見る。

 

 

「それは興味深い話だな、ラム。その心、是非とも道中聞かせて貰いたいもの――――む」

 

 

 

クルシュが小さく唸るのとほぼ同時だ。

 

 

 

 

「――――アイツか(・・・・)!!?」

 

 

 

 

 

 

ツカサの怒号が竜車を揺らし、突然の事に困惑する者達が増え、そして――――正面を走っていた竜車が突如として《崩壊》した。

 

広範囲を意識し過ぎていた。

盲点だった。

 

だが、少し考えればわかる事だ。

城塞都市をも一人で陥落させた程の存在。この様なちっぽけな竜車など文字通り、見た通り、粉微塵に吹き飛ばす事だって出来るだろう。

 

 

だが、まさか魔法などを使うのではなく、己の身体で……、正面から衝突してくる。そこまでは読み切れなかった。

 

 

 

その代償が、血霧が吹きあがり、一瞬で血の惨状へと変貌した竜車だろうか。

地竜も、竜車も、そして中に居た筈の負傷者たちも、一切合切が根こそぎ容赦なく破壊され、粉微塵にされていた。

 

 

 

「―――――敵襲!!」

 

 

 

眼前に広がる光景。

ツカサよりは一足遅れたかもしれないが、クルシュが強引に衝撃への同様を己の活力をもってねじ伏せ、隊列に警戒を呼び掛けた。

 

 

一体何があったのか、正面から砲弾でも受けたのか、或いは魔法か、血煙が張れ、無残な姿となった竜車があった元に、一人の影が見えた。

 

無手、無防備、無警戒。無時期で無邪気で無作為で、あまりにも無遠慮な悪意。

 

 

 

「――――轢き殺せ!!」

「駄目だ!! アレに触るなぁァッ!!」

 

 

クルシュが号令をかけると同時に、ツカサはそれをも超える声量を以て、その命令を停止させる。

 

 

「全員、つかまれ!! 地竜はそのままで!!」

 

 

すると、竜車の前、御者の元へと向かい前方面へと手を翳した。

 

 

 

 

 

―――ジ・アース。

 

 

 

 

 

ツカサの魔法の掛け声とともに、地形が変化。

 

眼前の人影まで一直線だった筈の街道の一部が隆起し、突如斜面が生まれる。

だが、地竜でも十分走る事が出来る程の角度であり、緩やかな巨大なアーチの橋が建造、出来上がり、狂人を飛び越える架け橋が出来た。

 

 

 

「!」

 

 

 

一瞬、ほんの一瞬だが、その人影を見た。

少なからず驚いている様にも見えた。

恐らくこのままぶつかってくるのだろう、と本人は思っていたのだと推察できる。

 

まさか、突然巨大な建造物を創造し、その橋を以て頭上を飛び越えていくなどと、想像していた訳もないのだろう。

 

 

だが――――。

 

 

「まったく、やめてほしいなぁ、出会いがしら、突然ひとの頭の上飛び越えていくとか失礼極まってるんじゃない? それにさぁ、もしも、これが崩れてきて、僕に当たったらどうするつもりだったの? ひょっとして誰が傷つこうが構わない思考の持ち主だったりするの? とてもじゃないけど、まっとうな人間のする事とは思えない」

 

 

のんびりとした声だった。

穏やかな声だった。

 

その声の主が、ほんの少し前に、何人も虐殺したなんて思いもしない程の穏やかさ。

 

すると、橋を構成していた大地が、突如として崩壊した。

 

何を放たれた? 魔法か? 物理的な衝撃か? 

 

解らないが、間違いなくほんの僅か、一瞬で大地をも粉微塵へと変えて見せたのだ。丁度―――竜車にそれをした様に。

あの男が穏やかな声のままに、ほんの一瞬で破壊し、粉微塵にして見せたのはツカサの魔法だが、あくまで大地(・・)だ。

 

 

大地の上に立ち、生活している人類、動物、果ては魔獣まで、その母なる大地の強度(・・)は解っている筈だろう。

白鯨だったとしても、こうまで破壊し尽す事は出来ない。

 

 

 

だが、それをも見越した上で、先手を打つ事が出来る男がいる。

 

 

 

 

――――テンペスト

 

 

 

大地を隆起させ、その上を進み、破壊の余波で吹き飛ばされる寸前に、ツカサの風に乗って竜車は宙へと舞った。

 

 

だが、全てを救えたわけじゃない。

 

 

結果、前方を走っていた竜車3台、後続を走っていた竜車1台が犠牲となった。

 

 

無残に破壊つくされた大地から悠然と歩いて出てくる人影。

一見なんの変哲もない人物。

 

まだ遠目ではあるが中肉中背で長くもなく短くもない天然ものであろう白髪。

更には頭髪に合わせたのか、白い衣服まで華美で貧相でもなく顔にもこれと言った特徴がない。

 

だが、それこそが恐ろしい。

 

どんな豪傑な男なのか、どれ程の傷を負った男なのか。

ある程度予想、予測をしていたが、どれとも当てはまらない。

 

ただ、立っているだけで、ただ歩いてくるだけで、瓦礫の山と化していた大地を次々と粉微塵へと姿を変えていく。

 

 

本当に、ただ歩いているだけなのだ。

 

 

 

「ツカサ……」

「ラム。絶対、絶対にオレから離れるなよ。―――――接近戦は、絶対に駄目だ」

 

 

 

アレの異常性にいち早く気付いたのは、ツカサに次いで、大量の汗を流し、目を見開いているラムだ。

 

千里眼を用いて、ここらあたりの昆虫、鳥、と言った波長の合う視線と共有し、その一部始終を見ていたからだ。

 

本当に、比喩抜きで、男は何もしていないのだ。ただ、ゆっくり歩いていただけだ。それだけで、竜車を正面から砕き、大地を崩壊させたのだ。

 

 

「礼を言おう、ツカサ。助けられた。あのまま命令のままに直撃していたら私も同じ運命だった」

 

 

恐らくクルシュは、()も攻勢に打って出たのだろう。

突然の襲撃であったとしても、満身創痍だったとしても、瞬時に対応するのは流石の一言だが、今回のは相手が悪すぎた。

 

 

 

だが、それは前の世界(・・・・)の話だ。

 

この世界においての、死は、その筋書きは変更されたのだから。

 

 

 

 

 

 

体勢を整え直すクルシュは、眼前に広がる光景を目に焼き付けながらツカサの隣に立つ。

 

崩壊させられた大地よりも、四散した竜車の残骸、そこに居たという証である赤く染まる大地に目を奪われる。

 

そこには人の形など一切なく、粉微塵へと姿を消してしまったが、彼らは間違いなく、紛れもなく、あの場所にいたのだ。

 

 

「私の臣下に、よくもこれほど惨い事を。……貴様、いったい何者だ」

「前に出ちゃ駄目だ。アレとは距離を取る。――――距離を、取ってくれ」

 

 

臣下を目の前で斬殺されて、鋭い戦意を瞳に宿し、クルシュは男に問う為に一歩前に出たが……、それをツカサに静止された。

 

あの白鯨に対しても常に攻勢に打っていたツカサが、あまりにも消極的ともいえる事に違和感を覚え不意にその顔を見た。

 

その顔を見て、思わず戦慄する。

 

そこには、頭から幾重に重なり、混ざり合う血の筋を流し、目に入ってもそれを拭う余裕さえ一切無い彼の姿があった。

 

 

 

「なるほどなるほど、そうだよね、君たちは僕の事を知らないわけだ。それはそうだ。―――でもさぁ、ちょっと待って? それより知らないからって、僕の事を、初対面の筈なのに、突然《アレ》呼ばわりとか、失礼極まりなくない? 教養の乏しさがうかがえるよね。なってない、ってヤツかな? おまけに、ただ歩いていただけの僕にいきなり攻撃してきた所もそう。それっておかしくない? そもそもこの街道って皆のものじゃないの? 君のものなの? 一体いつ君のものになったの? 勝手に歩いてたら、突然なんかでっかいので、やられちゃうの? わかんないけどさぁ、平和に暮らしたいだけのこの僕を脅かそうとしてるって事自覚してる? それがどれだけ自分本位か自覚してる?」

「――――口を閉じろ」

 

 

 

止まる事の無い軽口が突如止まる。

 

何故なら、次の瞬間、男の姿が眼前から無くなっていたから。

 

 

 

 

 

 




ライ君の出番はおあずけかな(-ω-;)ウーン
一番嫌いそうな単語(∩´∀`)∩












――――ノミ以下さん、やっぱ やべぇΣ( ̄ロ ̄lll)


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幻視

ヤベェ……、ノミ以下さんもペロペロ君も――――


 

「逃げだ。逃げるしかない。――――全力で、逃げろ!」

 

 

たった今、目の前で。

暴虐の限りを尽くした男を消して見せた。安堵する声が上がるよりも早くに、ツカサの怒号が飛ぶ。

最前線、殿の位置にはツカサが、そしてそのすぐ後ろにはクルシュもいる。

 

他にもまだ戦える五体満足の討伐隊のメンバーが控えているが、真っ先に撤退、逃げろと指示したツカサの声に、直ぐに従えた。

 

クルシュに発破をかけられ、奮い立ち、白鯨に立ち向かっていった勇士たちなのだが、逃げと言う言葉に疑う事も無く、撤退する事に一致団結。

 

 

―――それほどまでに、狂気を内包していたから。白鯨が可愛く見える程に。

 

 

 

 

 

 

「ラムッ!! 急げ!! ランバート!」

「ッ―――――!」

「ギャオオオッ!!」

 

 

続くツカサの声とほぼ同時にラム、そしてツカサと共についてきたランバートも唸る。

 

この場から素早く離脱する為には、直ぐに竜車を、地竜を動かさなければならない。

 

速く足を用意し、撤退戦をしなければならない為、鬼族として、種としての格の違いを地竜に見せつけ、本能で感じさせ、迅速に確実に従えて動かそうとする。

 

ランバート自身は、地竜達と会話する事が出来るので、直ぐに指示通りに動く様にと仲間たちに向かう。

 

 

「良し、良い子ね。―――ツカサ! 今……………………」

 

 

 

 

 

――――この時、ラムは自らの死を幻視()た。

 

 

 

 

 

最初から最後まで、死の瞬間まであまりに生々しく痛々しく、ハッキリと覚えている。

 

一体何処から湧いて出てきたのか、小柄な男がラムの目の前、竜車を跳ね上げて出てきたのだ。濃い茶色の髪をひざ下まで伸ばした背丈の低い少年。身長はおそらくラムと同じかそれ以下。そして年齢も凡そ2,3歳は下だろう。

 

そして、何よりも感じるのは強烈な悪寒。

あの消し飛ばした男と同質のものを内包しているかの様な――――。

 

 

だがしかし、流暢にここまで考える事が出来るのは何故か?

身体は動いていないというのに、相手の姿、容姿、その手に持つ両刃の武器に至るまで、隈なく相手を観察する事が出来ている。まるで、時間の流れが緩やかに、凝縮されたかのよう。

 

 

そう――――これは走馬灯。

 

 

あのすべてを焼き尽くされた日。あの炎の日に、ラム自身も経験した事がある絶対的な死の予感。悍ましい笑みを浮かべ、人の物とは思えない鋸状の歯を剝き出しにしてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「――――あァ、美味そうだ! どんなもんでも、一口目が一番そそられるッ!! 美味いのか、不味いのか、その瞬間こそが極上の愉しみ(スパイス)だァ! ―――――じゃァ、早速、イタダキマスッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死と言う避けられない運命の流れが幻視()えた。

遍く生きとし生ける者全てに、まるで予め決められていたかに思える。

 

そして、運命が齎したのは厄災。厄災(それ)は死は、隣り合わせ。

 

 

 

だが。

 

 

 

「お預けだ糞餓鬼」

 

 

 

運命の流れ。

それさえも力づくで捻じ曲げ、押さえつけ、平伏させる事が出来る人がここにいる。

 

 

 

「ァァ?」

 

 

持ち上げられた身体、浮遊感を感じる身体。

ただ、それだけは解るが、今、たった今、自分に何が起きたのか全く理解できなかった。

 

 

 

「おかしいね!? おかしいよ!? おかしいさ!? おかしいかも!? おかしいとも!? おかしいじゃない!! ぜっっっっったいあり得ないッッ!!」

 

 

宙に投げ出されたかと思いきや、次に迫るのは巨岩。

超高速で迫ってくる巨岩を、混乱極まる思考の中、回避する事も出来る訳もなく、それは直撃。

 

 

「――――――――!!」

 

 

そして、吹き飛ばした先に居るのは、つい先ほどまで消えた、と思われていた男の姿。

この刹那のタイミングで、土中から、地面を吹き飛ばす勢いで出てきた。

 

 

 

―――アレの力……権能、それを利用する……!

 

 

「消し飛べ!」

 

 

迫りくる全てを例外なく粉砕してのける白い男に小柄な男をぶつける。

竜車であっても、風の刃であっても、大地の一撃であっても、全てをまるで無抵抗のままだというのに、粉砕していく。風も大地も人も地竜も、その前には例外なく粉微塵にされる。

どういった能力かは把握出来ていないが、強力過ぎる力は、己が身、―――その仲間にも牙を向く事を思い知れ。

 

ラムの窮地を救ったのは当然ツカサだ。

未来()を知り、過去()へと戻る事が出来るからこそできた芸当。

 

見事に、襲撃者からラムを救って見せ、その相手はテンペストで巻き上げ、無防備な所を、ジ・アースの巨岩で強烈な一撃を見舞わせた。

 

 

ただし、この時ツカサはミスを犯した事に気付いていない。

 

 

 

そもそも―――彼の力ならば、最初のあの男の襲撃をも回避する事が可能だった筈だ。

竜車が吹き飛ばされ、何人も犠牲となった。続いて回避しようとしたが、理解できないとてつもない破壊力を前に、再び失った。

 

だが、それでも回避できるだけの力をツカサは持ち合わせている。

未来を知り、過去へと戻る事が出来るという力は、それほどまでに凄まじい能力だから

 

だが、それをせず、今に至る。断っておくが、ツカサはただ彼らを見捨てたという訳ではない。命に優劣をつけたという訳でもない。

 

今何よりも必要なのは、皆が無事で助かる為には、敵の情報。それを一にも二にも、三にも考えていたからだ。

今回の敵は、白鯨の様な未来を見ても回避不能な物量戦じゃない。

力こそは圧倒的だが、一個人が相手なのだ。

難しいかもしれないが、やりようはある、逃げる事も出来る筈。だからこそ情報収取に全力を尽くし、最後には戻るつもりだった。

この巨大な、強大な敵から身を守る為に、皆で帰るために、1つでも情報を持ち帰る事が目的だった。

 

 

―――――いや、違う。

 

 

ツカサは、ミスを犯した事など本当は解っている。

それでも――――頭ではわかっていても、ミスであるとは、認めたくなかったのだ。

 

例え、終わる世界だったとしても、例え戻れたとしても、認めたくなかった。

止めれるのなら、止める事が出来るのなら、何度だって同じ事をする。申し訳ないとも同時に思う。なぜなら、今命を落としてしまった戦友たちにしてみれば、贔屓だと思われるかもしれないから。でも、それでも許してもらいたい。

 

 

ラムがいなくなってしまう(・・・・・・・・・)なんて、耐えられない。

 

 

 

ラムを助けた事が、失敗(ミス)などと、思いたくない。

 

 

そして、ツカサが投げた()は。

 

 

「ァァァァッ!! やってくれたね! やってくれたよ! やってくれたさ! やってくれたな! やってくれたかも! やってくれたとも! やってくれたじゃない! やってくれたんだな!! ――――良いネェ良いネェ! この飢餓!! この空腹感以外に!! 感じるナニカ(・・・)!! 新たなる扉!! それをのり超えた時の達成感からくる美食!! 空前絶後の美食ぅぅ!!」

 

 

 

届く事は無かった。

あの小柄な男の身の熟し……尋常じゃない。コンマ数秒レベルの世界で、あの状況で巨岩から脱出しただけでなく、悠々自適に歩いてきているのだ。

 

そして、言わずもがな、背後の男もそう。

その衣服は傷1つ無い。巨岩の破片が、明らかに今男がいる場所に直撃した筈なのに、なんでもないように立っている。

 

 

 

「何者なのだ、お前たちは――――!」

 

 

 

クルシュもこの異常性に思わず身体の芯が震えていた。

白鯨を前にしても、一切引かず諦めず、仲間たちを奮起させ、最後の最後まで抗った戦乙女と呼ばれる豪の者でさえも、次元が違うと言わざるを得ないからだ。

 

そのクルシュの震え、恐怖する背後の者たちに、多少なりとも気を良くしたのか、小柄な男は、後ろから歩いてくる男よりも先に、前へ前へと出て、高らかに名を、【魔女教大罪司教】と宣言――――する事は出来なかった。

 

 

 

「お前らから名乗る必要は無い。時間の無駄だ。――――魔女教の暴食と強欲。レグルスってヤツとライってヤツだな」

 

 

 

 

間に割って入るが如く、立ちはだかった男がいるからだ。

無粋であり、無礼であり、癇に障るとはこの事。幹部に対しての扱いがあまりにも雑。

 

だが、それらの感情を全て押しのけて、ただただ疑問だけが支配していく。

 

そう、目を丸くさせる小柄な男―――ライ・バテンカイトスは再び奇妙な感覚に見舞われていた。

そう、あの時、ラムを襲ったあの時にも感じたこの感覚。

 

 

 

「あのさぁ?」

 

 

 

ただ、もう1人の男は違う様だ。

頭をボリボリと掻きむしりながら、心なしか言葉に刺々しさが出つつ、歩く速度も上がった白い男――――レグルス・コルニアスは、視線を細め、顔を歪めて、にらみつけてきた。

 

 

「そろそろ、いい加減にしてくれないかなぁ。君はどうやら僕の名を知ってるって事は解った。でもね、僕は君を知らないんだ。それって僕だけ知られてるのに、不公平じゃない? 一個人の情報の漏洩、即ち僕の私財を君は奪った事に相違ないって事になるよね? まぁ別に構わないよ。名前くらいなら心の広い僕だから、ある程度は見逃してやる気にもなるし、それに名乗りたくないのなら別に僕は君の名なんか必要としてる訳じゃないし、無欲な僕が得たい知識なんてものもたかが知れてる。でも、幾ら平和が好きな僕でもあまりに礼儀知らずな君を見ると流石に我慢の限界ってものがあるんだよ。解る? 礼儀に関してはさぁ、人間関係を始めるにあたってもまずは名から知るべきだし、お互いを知っていく事から始まるよね? 僕はこれでも気遣いが出来る方だから、なるべく誰とでも友好的に社交的に、打ち解けて接していきたいと心がけてるんだ。常々そう思ってるって言ったも過言じゃない。まず、安心させるための土壌づくりから始めて、徐々に構築していって、新しい繋がりの輪が出来る。それが円滑で円満な人間関係の構築って言えるんじゃないかな? もちろん、恩着せがましい事はいうつもりは毛頭ないし、ずげずげと明かすわけでもない。でもやっぱり、僕が知らないうちに、知られちゃってた、って事、僕は知らないのにそっちは知ってるって事、それは僕の数少ない私財を無礼にも奪い取ったって事なんだよね? 無欲で理性的な僕に対する権利の侵害をしたって事だよね」

「…………」

 

 

まくし立ててくるレグルス。

最初から怒気をはらんでいたのは気付いていたが、それ以上に狂気が口から言葉が紡がれる度に、大きくなっていく。

 

 

「今度はダンマリか。権利を侵害してる、って指摘してるのにダンマリって事はもう認めてるって事だよね。聞いてる筈じゃん、聞こえてる筈じゃん。その耳がついてるならさぁ、そっちでは会話は出来てるんだしさぁ、僕だけ除け者にしてるって事になるのか? つまり差別主義者って事になるわけだ。権利の侵害だけでなく、差別を息をする様にし続けるって、人間としてどうかと思うんだよね――――――どこまで僕を蔑ろにする気だ?」

 

 

言葉の語気がこれまでにない程強張り、強くなり、狂気が膨らんだのを察した瞬間。

 

いや、瞬間、などとは言えない。

明らかに怒っている筈なのに、レグルスの初動はあまりにも遅い。

だらりと無造作に腕を下げて、その下げた腕が振り上げられた。一瞬、微かな風が巻き起こった。

 

 

その直後―――大地が割れる。直線状の大地、いや、大気、否、世界。―――全てが割れた。

 

 

そして、同時にくるくると舞い上がるのはツカサの左腕。

肩から腕にかけてが綺麗に両断されており、血しぶきをまき散らして地面に落ちる。

 

その衝撃は凄まじい。だが、それ以上に凄まじいのはあまりの切れ味の良さ。あの動作で、何故ここまで鮮やかに、筋肉・骨・神経、全てにまるで隙間を開けた、と思える程の斬撃を放つ事が出来るのだろうか。

 

実際に見た訳ではないが、細胞の1つ1つが一切潰れてない様に思える。仮に素早く腕を取り戻し、それを接合させれば、即つながりそうな予感がする。離された事を理解しているのは、常に流動している血液だけで、他の細胞たちは離された事にさえ気付いていないかの様。

 

 

 

「――――?」

 

 

 

そんな未来を、レグルスは幻視()た。

振るった一撃はツカサを割り、その次いでに世界を割った筈だった。

 

 

だが、今眼前に広がる光景は一体なんだろう?

 

確かに大地や世界は割れた。綺麗に世界に切れ込みが入っていて、その先は地平線の彼方。何処まで続いているかわからないだ。

 

なのに、目の前の男の腕は健在。

 

まるで……無かった事にされた。

 

 

そう――――無かった事(・・・・・)にされた、と認識した途端、レグルスは目を見開き、声を荒げ始める。

 

 

「―――――今何をした?」

「…………」

「答えろ! 話しかけてんだからさぁ! 相槌の一つくらい打つのが当然ってもんじゃないの。人として当たり前のことがどうしてできないわけ?」

「いきなりやってきて、いきなり仲間たちを殺して、いきなり腕を斬ったヤツに人として当たり前がどうとか言われたくないがな。―――と言うか、最初のヤツはもう忘れたのか? ああ、許してくれたのか? 人の頭飛び越えて、ってヤツ。随分優しいんだな」

「それは黙ってた君が、突然話し始めたからだろ? 会話のキャッチボールってヤツが途切れたからこその結果だろ? 幾ら僕が優しいからって、不遜な態度を取られたら黙ってられないよ。そもそも最初の頭を飛び越えたヤツ? 僕が許した? そんなわけないじゃないか。考えてみればわかる話だ。人を跨がない、なんて幼子でも覚える作法だ。当然言おうと思ったよ。ただね、指摘の順番を変えただけであって、僕が言おうとした事実は変えられない。なのに何、さも言い負かしてやった感出しちゃってんの? 幼稚もここまできたら極まってるね。デカい図体していて幼稚とか、歪で欠落した自分の在り方、意識しなきゃかえれるものもかえれない、なんでそれに気づかない訳? 知らず知らずのうちに、心を土足で踏み荒らし続ける人生を送ってるって事に全く気付けない、哀れで醜い欠落者なんだな、君は―――」

 

 

レグルスは、次により大きく腕を振るい、今度は両断するのではなく、世界を粉砕させる()を巻き起こそうとしたその時だ。

 

 

「!!」

 

 

ボゴンッ! 轟音と共に、レグルスの身体が傾いた(・・・)

比喩ではない。綺麗に90度傾いた。

 

 

「お前のそれが一体どういう理屈なのか、全くわからないが、立ってた地面(・・・・・・)は流石に直ぐ破壊しないみたいだな。……当然か。歩くたびに、そこらの地面陥没させてたら、この星の底にまで行ってしまいそうだ」

 

 

この男、レグルスには何をしても効かない。

 

これまでで検証済みだ。

竜車をぶつけても、巨岩をぶつけても、風の刃をぶつけても、前の世界(・・・・)ではクルシュの斬撃、ラムの斬撃、数多の攻撃をぶつけてもその涼しい顔を変える事は出来なかった。

 

そして、その手から繰り出される攻撃は凶悪無比。

同じ場所に存在を許さない、と言わんばかりの代物だ。

 

凡その予想では、腕を振るう事で鎌鼬、魔法に似たナニカを形成させて両断する。

あの刃の発動のトリガーはその手の動作。

 

だが、そこでレグルスの攻撃を完結させるには早計過ぎる。

 

あの巨大橋を粉砕する時も、腕を振るってなかった。

本当に歩いてきただけだった。

 

 

 

つまり、何かをする都度、レグルスがそこに破壊を求めたなら、それに力が応え、破壊する必要のないものと判断したら無傷のON/OFFが出来る。

 

 

動作の全てが攻撃手段であり、防御手段でもある。はた目からみれば、全く予備動作無しでの攻撃をし、全く防ぐ気が無いのに、全てを遮断する、と言う性質が悪すぎる力だ。

 

加えて、一体どういう原理なのか、絡繰が理解出来ない。単純に想像するのは攻撃無力化、身体無敵化。想像したくはないが、そうでもないと説明がつかないのだ。

 

だが、ツカサが着目したのはレグルスの立っている足元。

 

先ほど、レグルスを視界から消したのは、実は地面を陥没させただけなのだ。

ジ・アースの応用。地面を隆起させ、岩、砂利、―――大地を以て攻撃をする魔法なのだが、隆起させるという事は地形を変えさせるという事、つまり大穴を開ける事も出来るのだ。

 

大地の奥、100m以上はあろう深さにまで突き落としたが、大地を割りながら平然と戻ってきた。

戻ってきた事には驚かないが、戻る際、【上や横に進む】時は、その障害になるものは全て例外なく問答無用の破壊を以て押し通っている。

だが、着地し、悠然と歩いてきている。

 

 

 

 

「お前と話してる暇はない。考える時間が欲しい。―――少し空で遊んでろ」

「――――――――ッッ!」

 

 

 

 

抉り出された大地と共に、レグルスは発射された。

 

途中で抉り出された地面は粉微塵にされるだろうが、一度宙を飛び、吹き飛ばした後であれば 相応に時間が稼げる筈だ。

 

 

 

「何せ――――」

「そろそろ良いかナァ!!? オレ達の空腹感! 飢餓感!! 満たされないこの暴食!! 味わっても良いかナァ!?? 待たされたな! 待たされたよ! 待たされたさ! 待たされたとも! またされただろうさ! 待たされたんだろう! 待たされたからこそ、もう暴飲!! 暴食!! ――――お預けは、説教よりも嫌いな事なんだよなァ。僕たち、オレ達は再認識したよ」

「変なのがもう1人いるんだ」

 

 

 

狂人を1人退場させた所で、またもう1人いる。

大罪司教との連戦とはこう言う事なのだ。

 

ただ、お行儀よく待ってられる様な性質じゃない事くらいわかるのが、この【暴食】と言う存在だ。

 

それはつまり、レグルスと言う【強欲】が別格なのかもしれない。

下手にあの男の攻撃範囲内に入れば相応の被害を被る。だからこそ、おあずけ(・・・・)に甘んじていたのかもしれない。

 

 

「――――ラム、クルシュさん、動けるか? 立てるか?」

「あ、ああ。問題ない」

「……大丈夫よ」

 

 

死を幻視()たのは、ラムだけじゃなかった。

クルシュもそうだ。

 

あのレグルスの一撃の元、身体を両断されてしまった身体を見た。形容しがたい痛みも感じた。

だが、それらが全て夢だったかの様に、悪夢だったかの様に、覚めれば四肢はついているし、身体はバラバラになっていない。

 

あまりにも不可解で不気味で、人が踏み込んで良い領域を超えているとさえ思えた。

 

だが、断っておくが、クルシュも当然ラムも、死地だから言ってツカサ一人に任せて良い、と考えている訳ではない。

 

如何に強大な敵であったとしても、如何に動けない程の恐怖を味わったとしても、クルシュもラムも、己の命惜しさに全てを丸投げして任せたりなど出来る訳がない。

 

クルシュは己が通ってきた道を進む為、そしてラムは愛しい人を守る為。

 

この身など惜しくない、と思っているから。

 

 

 

だが、今回に限っては話は別だ。

 

 

 

逃げろ、待て、攻撃するな。

 

 

 

 

全てそれに従っているのだ。

臆したわけじゃない。それが最善であり、この窮地を脱する為に必要な事だと判断したから。

敢えて言うとすれば、不甲斐ない自身に嘆いている。―――その時間さえ今は惜しいから、心の中では吼え続けている。

 

 

 

 

 

「事態は何も好転してないけど、時間は稼げた。レグルス(アレ)はどうせ直ぐに戻ってくる。……それにライ(アレ)にも対処しなきゃならない。―――今は、逃げる。逃げて生き延びる事が勝―――――――」

 

 

 

その次の瞬間だった。

 

 

 

死の雨(・・・)が、世界に降り注いだのは。

 



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『◼️◼️◼️◼️◼️』

( ´~`)( ´~`)( ´~`)


ラムは心臓を鷲掴みにされたかの様に、突如胸が苦しくなった。

 

 

―――そして、次の瞬間には身体に悪寒が走り……嫌な予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

王都に戻る際に、魔女教の襲撃を受ける。

 

 

確かに魔女教とは、永きに渡り世界に災厄、厄災を、振りまき続けた最悪な存在だ。

その性質は凶悪で、極悪で、兇悪で、残酷―――、言葉じゃ言い表す事が出来ない程のものだ。

 

 

でも、そんな闇を具現化した様な奴らをものともしない大きな光が常に傍にいるから大丈夫なんだ。

 

 

闇や影が、どれだけ迫ってきたとしても、明るく、暖かな光は皆を包んでくれるから、大丈夫なんだ。

 

 

それに、その光は、自分の心をも満たしてくれた。溢れる愛しさで満たしてくれた。

 

当時は、心から愛している、と思っていた相手が居たと言うのに、心変わりをした事。それも指摘されて、心変わりをした事を告げた時もあり、心底卑しい女だと思えた。―――でも、自らの心に従った。抗えなかった。抗うつもりも無かったのかもしれない。

元々、最初に愛した男は、自分の事を見向きせず、そして全く気付かれもしなかった事も、ある意味では良かったと今なら思える。

 

 

 

大きな光が傍にいる。

【白鯨】も【怠惰】も退けた。

ここから先に待ち構えているは、【強欲】と【暴食】

 

でも、大丈夫だと、強く想っていた。

絶対に、大丈夫だと。

 

 

ただ、不安だったのは己が身を顧みない所にある。

だからこそ一緒に来た。

一緒にいれば、きっと大丈夫。最後にはラムの元へと帰ってきてくれる。

 

約束を、したから。

 

 

 

それなのに、何故だろう?

不安が、身体中にまとわり、へばり付き、離れようとしないのだ。

 

 

 

 

 

「――――ッ!」

 

 

 

 

その一番の理由、ラムは、ツカサと短くも濃く長く時を(・・)共にしたからか、歪み(・・)を感じられるようになった事に尽きる。

 

何故感じる事が出来るのか、その理屈はわからない。

だが、直感で解る様になってきている。

 

 

 

「―――今、時間が……、また(・・)

 

 

 

そう、感じる事が出来るのだ。

一緒に戻った訳でもないと言うのに―――時がまた(・・)、戻った、と。

 

それは、共有読込(シェア・ロード)の様に100%覚えてる訳じゃない。未来(さき)で何があったのか、はっきりと覚えている訳じゃない。

 

ただ、直感で時間が巻き戻った事実を、朧気ながらも認識する事が出来たのだ。

それも、感じる歪みは 1つや2つじゃない。あまりにも複雑に入り乱れており、考えられない、数えきれない、頭の中が混乱し破裂してしまい兼ねない程の衝撃を受けていた。

 

 

慌てて、ラムは竜車の中を見渡して探した。

無論、探している相手はただ1人だ。

 

 

 

 

 

「はぁ~~~、僕って姉弟の中じゃ、やっぱりダメダメですよ……、ティビーは全ての面で僕より優秀ですし……」

「――――いや、そんな事は無いよ」

「そーでしょーか? ツカサさん。……絶対、お姉ちゃん、きっと今頃僕の事【へータローは貧弱軟弱~】って言ってると思いますよ? ……まぁ、お姉ちゃんは元気すぎると思いますけどね」

 

 

 

目で探したら、直ぐ見つける事が出来た。

グッタリともたれ掛かっているへータローと話をしているその背が目に入った。

 

 

「……へータローのおかげ、なんだ」

「え?」

 

 

意気消沈気味。

撤退組に加わってからと言うもの、ずっと意気消沈していたヘータローと話をしていた。

ラムの中にあった心配の心が、一瞬だけ安堵し……そしてすぐさまその安堵感は消し飛んだ。

 

 

「ヘータローのおかげで、皆が助かる(・・・・・)。ヘータローが居なかったら、全滅していた。……お前のおかげなんだ。誇って良いと思うよ。恐れ多くも、王国から勲章を頂けた俺が太鼓判を押す、よ」

「……どういう、事ですか? え……ツカサさん? 大丈夫……ですか?」

 

 

ヘータローからしてみれば、彼とはほんのつい先ほどまで、普通に話をしていた筈だった。

ほんの少し、落ち込んで目を逸らせた後に、明らかに変わった姿を見て、思わず目を見開いた。……驚いたのだ。

まるで、生気を奪われたかの様な顔だった。それに、綺麗な黒髪だった髪の色が白へと変っているのが目立つ。

 

 

そんなヘータローを他所に、ツカサは手を伸ばしてその頭を撫でた。

 

 

「感謝してる。……ありがとう。ヘータローのおかげで、大切な人を、皆を、護る事が出来る」

「ッ、つか、ツカサ、さん……?」

 

 

ヘータローは更に驚く。

触られた事に対して、ではなくその手だ。

 

頭を撫でられる事から、伝わってくる体温。獣人は人間とは遥かに多い体毛もあり、素肌の人間と違って相手の温もり、体温が伝わりにくい。

だが、それでもハッキリと分かった。

 

人である筈なのに、その手には熱が無い。

冷たいのだ。

 

それは、まるで――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ―――!?」

 

 

ほぼ同時に、もう1人、混乱極まっている者が居た。

それは、つい先ほどまでラムと話をしていたクルシュだ。

 

腰を下ろし、これから先の対応に頭を悩ませながらも、皆と達成感を共有し、ラムとも談笑していた筈だった。ただ、それだけの筈だったのだが、目の前に広がっていた光景、白昼夢とは思えない程のリアルさ、痛覚、ありとあらゆる情報が身体の芯に伝わってくる。

 

 

異様な光景だった。

魔女教の襲撃があった筈だった。竜車は粉々にされた。生き残った臣下たちを何人も虐殺した。

 

ツカサのおかげで、生き残った者たちも居たが、その殆どは、次々と粉砕させられ、その命を散らされた。自分の攻撃は一切通らず、ただただ護られる事しか出来なかった。無力を嘆いた。

そして、自分自身もただでは済まなった筈だった。

致命傷を受けた筈だった。

 

フェリスが居ない今、絶望的だと思えた状況だった。

 

最後に覚えているのは、降り注ぐ雨。

一滴一滴が死を呼ぶ、【死の雨】だった。

 

 

だが、それは今は? どうなってる? 頭が混乱する。思わず叫び出してしまいそうな衝動をどうにか抑える。

 

クルシュが見た光景は掻き消えている。

 

 

「クルシュさん」

 

 

混乱しきってる頭だった。

普通ならば、他人の声など入らない。入れる余裕なんてない。それは如何にクルシュ程の精神力の持ち主だったとしても同様の筈だった。

 

そんな頭でもハッキリと聞こえてくる、頭に入ってくる声があった。

 

鮮明に、はっきりと、そして何よりも落ち着ける様なそんな声。

 

 

 

「―――黙っていて、すみませんでした。これが、オレの力(・・・・)です。……落ち着いて」

 

 

 

混乱しきった頭に入ってくる声。

そして、クルシュを身体を包む暖かな風。風見の加護と相まってか、より精神を落ち着かせる事が出来た。

 

 

 

「つかさ!? 今のは、今のは、一体――――ッ」

「この先に、何があるのか(・・・・・・)。この先で、何が起きるのか(・・・・・・・)。もう、知っている筈です」

「つか、さ?」

 

 

混乱する頭であっても、入ってくるツカサの声。

そして、落ち着いていく精神。

 

だからこそ、気づく事がある。

ヘータローやラムが気付いた様に、目の前のツカサの様子が明らかにおかしい事に。

 

 

そして、ラムが駆け出した。

 

 

「ツカサっ!?」

「―――もう、時間が無い」

 

 

ふらりと揺れる身体。まるで、力が入っていないかの様な身体。

ラムの不安、心配がピークに達する。

 

 

 

ツカサは、生気の無い眼で、ラムを見た。

少しだけニコリと笑うと……目を軽く伏せた。

 

 

「ごめん、ラム。約束―――守れそうにない(・・・・・・・)

「ッ!? な、なにを言っているの」

「でも、これが唯一の道(・・・・)。これしか、無かった。だから、オレは逃げた訳(・・・・)じゃないから。それだけは……ラムにだけは、わかってほしい。ラムなら、わかってくれる……よね? しんじてる」

 

 

 

ツカサは、ラムを抱きしめた。

ツカサに抱きしめられたラムは……戦慄する。身体の震えが止まらなくなる。

愛しい人に抱きしめられていると言うのにも関わらず、ラムの心は冷え切っている。

 

 

この感覚は、覚えがあるから。

 

 

 

こんなに触れているのに、こんなに傍にいるのに、愛しい人が目の前にいる筈なのに心が震え、凍っていく。

 

ツカサは、ツカサの身体からは全く生気を感じられない。

冷たい身体。まるで、死んでしまっているかの様な冷たい身体だから。

 

 

それは、あの時……、世界が白銀に染まり、時間が逆行し、ツカサが鮮血で染まったあの時と同じだった。

いや―――それ以上。

 

 

 

「愛してくれて、ありがとう。ラム」

 

 

 

耳元で愛を囁く。

それはまるで餞のよう。

死にゆく者からの、最後の餞……。

 

 

 

「クルシュさん。……どうか、ラムを、みんなを、よろしくおねがいします」

「――――ッ」

 

 

理解が追いついているとは言えない。

だが、言葉に出来なくても、クルシュにも解る事はある。

 

この先に、魔女教が待ち構えている。

 

【強欲】と【暴食】の2名。

 

たった2名により、壊滅的な被害を被ってしまう。

それは、白鯨を退けた王国の英雄の力をもってしても、届かない程のもの。

 

 

厳密にいえば、ヴォラキア帝国の城塞都市をたった1人で壊滅させた【強欲】レグルス・コルニアス。かの存在、かの男だけ、どうしても突破する事が出来なかった。

 

クルシュは覚えている。

レグルスだけがどうしても無駄だった。あの無敵の身体、不可視の攻撃、絶対の破壊の能力、権能だけがどうにもならなかった事を覚えている。

 

何をしようとしているのかは、わからないが、決してさせてはいけない、1人にしてはいけないと、クルシュは本能的に察した。

故に事細かく問いただそうと、止めさせようとしたが、それよりも早くにラムが動いた。

 

 

 

 

 

「何をするつもり……? いいえ、何をしようとしても、ラムは絶対にこの手を離すつもりはないわ。ツカサが逝くと言うのなら、ラムも最後まで一緒に連れて逝きなさい。―――一緒に、立ち向かっていくと約束……した筈よ。心を、強く持ちなさい、と言った筈よ」

 

 

 

 

 

 

生気の無い身体に、ラム自身が生気を与える様に。

マナを移譲してくれている様にラムからツカサへと伝わる様に、身体を抱きしめ続ける。

 

ラム自身にそんな力はないが、想いの力は時として現実を超える事だってあると信じて、ラムはツカサの身体を抱きしめた。

 

ツカサが倒れていた時にもしていた様に。

 

 

「ツカサは言った。―――絶対に、ラムの所に返ってくるって。約束する、って言った筈よ」

 

 

一筋の涙がラムの頬を伝う。

もう殆ど時間は残されていない事はラム自身も解っている。ここから、あの魔女教が手始めに先頭の竜車を襲撃する。そこから惨劇が始まる。全て、覚えている。

こんな事をしている時間はないと分かっている。それでも、手を放す事は出来ない。

 

 

 

「――――ごめん」

 

 

 

ツカサは、ラムの身体を抱きしめ返した。

 

 

 

「ラムが、ラムが死ぬのだけは堪えられそうにない。もう、ダメ。……ラムが、ラムが……」

 

 

 

 

涙が、瞳から溢れ、軈てラムにまで伝う。

 

 

 

 

「ラムが、オレが生きた証だ」

 

 

 

 

ラムの顔を見て、涙だけが流れる無表情のままの顔をラムに向けて、その唇にそっと口づけを交わした。

その口付けには、これまでの甘美さが、身の内側から溢れんばかりの多幸感が全くと言っていいほどない。

 

まるで全ては虚構だったかの様。

 

 

愛しい人に触れているのに、触れてない。

 

 

ラムには、ただただ、冷たい死の味がしていた。

 

 

 

 

 

 

軈て、淡い光がラムを包む。

その光は粒子となりて、ラムだけでなくクルシュを、ヘータローを、この竜車そのものを、討伐隊全体を包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

―――紅玉に眠りし瞳。

 

 

 

 

 

 

ツカサの中から、あの精霊が姿を現した。

目映い赤の光で、周囲を染め上げた。

 

 

 

 

 

―――神々の導きに目覚めん。

 

 

 

 

 

 

掌の大きさの精霊が徐々に身体を大きく大きく変貌させた。

 

大きな四足獣の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――我が聖戦に光を。

 

 

 

 

 

 

紅玉の光を放つ真紅の獣は、ツカサの身体へと消えてゆき、更に輝きを増した。

 

 

 

 

 

「ラム」

 

 

 

 

 

繰り返していた世界は、【108回目】にして漸く時計の針を先へと進める。

 

 

 

 

 

『 ◼️◼️◼️◼️◼️』

 




やーっぱし、この段階では無理かなぁー( ´~`)


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『ありがとう』

この話で決着? まで行くかと思ったけれど――――リゼロはやはり、甘くない( ´艸`)



 

「それ、は………」

 

 

ラムは、目の前の光景に唖然とする。

神々しいまでの光。全てを包んでくれる鮮やかな赤と緑で彩られた神秘的な光。

 

ラムには見覚えがある。覚えている。

決して好んでいなかった力。

クルルの力だけではなく、あからさまに毛嫌いをしている【ナニカ】の力の一端。

世界を滅ぼすあの【終焉の獣】でさえ退ける事が出来る絶対の力。

 

 

 

 

―――神霊同化(トランス)―――

 

 

 

 

 

『クルシュさん』

「ッ――――、つか、さ……なのか?」

 

 

あまりにも圧倒される姿。

その荘厳な御姿は、見ただけで、接しただけで直ぐにでも頭を垂れ、平伏してしまう程の威厳が確かにあった。

 

 

『皆に、指示を。――――これより、地形(・・)を変えます。動揺を、どうにか抑えてください』

 

 

ツカサ? は穏やかに笑うとクルシュにそうとだけ告げると、ラムの頬を人撫でして、その身体に回した腕を優しく取る。

 

決して離さない。一緒にいく。

その気概を持って抱きしめていたラムだったが、まるで力が抜けてしまったかの様だ。取られた腕はツカサから優しく外される。

 

その手を取ったツカサは、愛おしそうに頬擦りをする。両目には涙で溢れていた。

 

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 

愛を囁くのではなく、感謝の言葉を贈られた。

それが心からの感謝だというのは、胸が痛いほど伝わってきた。

 

 

ゆっくりとした動きで、次に外へと赴く。

ラムは声が出なかった。追いかける事が出来なかった。

 

 

 

 

『ランバート』

「―――――!!」

 

 

 

竜車を引いていた愛地竜ランバートにツカサが声をかける。

いつの間にか背に乗られた。それも、その姿は、普段のツカサのソレとは全く異なっているのだが、ランバートは一切暴れる様な事はしない。

何故なら本能的に、それが誰なのか理解したからだ。

 

 

 

『これからちょっと驚くと思う。……他の地竜達を、落ち着かせて、纏め上げてくれ。お前なら、出来るよな?』

「……フルルッ」

『ん。……流石。流石はランバート』

 

 

ランバートの頬に触れる。

ラムの時と同じ様に、ランバートに感謝を伝える。

 

 

『ありがとう、……皆を頼んだよ』

 

 

断る事など出来やしない。

ラムの様にツカサについていくと拒否したかった気持ちを、その本能を、どうにか抑える事が出来た。

主が今何を望んでいるのか、一番何を望むのか、ランバートにはそれがハッキリと見えたからだ。それが例え最後になってしまうかもしれなかったとしても、抗う事が出来なかった。

 

 

 

そして、ツカサは竜車の上にふわりと浮かぶと、両手を掲げて唱えた。

 

創造(クリエイト)

 

そして、その手から淡い光の粒子が世界を照らさん勢いで放たれた。

 

 

 

 

―――ジ・アース

 

 

 

 

つい今し方、クルシュに言っていた荒唐無稽な言葉を実現させる為。

まるで大地そのものがツカサを主と認め、命じられるがままに形を変える。

 

 

歩いてきている魔女教の2人を中心点とし、山岳地帯や峡谷を創造してみせた。

 

 

あの連中を囲み、皆に近づかせない様に。

逃げるまでの十分の時を稼ぐ為に。

 

誰も失わない様に。

 

 

それは嘗て、世界を滅ぼさんとした【終焉の獣】、その絶対零度の息吹を止めた大地の盾――――よりも遥かに強大で荘厳な自然を創り上げていた、

 

 

 

当然、突然の天変地異に誰もが驚き戸惑い、悲鳴に似た声を上げる―――が、地竜達は落ち着いていた。

少し前に、上げられたランバートの咆哮。

それが、夫々の竜車を引く地竜達に伝わり、パニックに陥り、事故を起こしてしまうという事態を未然に防ぐ事が出来た。

 

慌てふためく人間たちを無視する様に、山岳地帯を迂回する為に右折。

 

ツカサが竜車に乗るのはここまでだ。

 

ふわりと宙に浮くとそのまま竜車を宙から見送った。

 

 

「駄目ッッ――――!!」

 

 

その時だ。竜車の幌を突き破り、空を跳ぶ勢いでラムが飛び出してきた。

その額にはラムの角が、鬼族の証である角が、光で形成された角が出現していた。

血走る目、あふれる涙、一心不乱に宙に居るツカサの元へと飛ぶ。

 

今飛ばなければ、今死力を尽くしてでも、彼の元へと向かわなければ、もう二度と会えない。もう二度と触れられない。

それを、ラムは知ってるから。

 

 

神霊同化(それ)は、戻る事を前提(・・・・・・)にした世界で使う力だって言ってた筈よ! ……戻らなかったら、使う前に戻らなかったら どうなるか解らない、ってツカサも言ってた! 約束、ラムとの約束を破らないで! ラムを1人にしないでッ!!」

 

 

伸ばした手、駆けあがった空。

空で待つのは己の全てと言って良い(ツカサ)

 

だが、ラムのすべてを込めた想いは、光に届く事は無かった。

 

 

優しい風がラムを包み込んだから。

命を振り絞った鬼化の力。この力が切れればラムの身体にも相応の影響を及ぼす事だろう。鬼の角を亡くしたラムが、無理矢理に顕現させた力なのだから、当然だ。

 

だが、それをさせない。

 

約束よりも大切な事があると知っているから。

何よりも生きた証であるラムが無事でなければ、意味は無いから。

 

 

 

 

「ツカサァァァァ!!」

 

 

 

 

ラムは周囲の風を思いっきり殴る。

自分を護ってくれている事は解ってる。それでも殴り続ける。

 

殴る、殴る、

殴る、殴る、

殴る、殴る、

 

殴る殴る

殴る殴る

殴る殴る

 

なぐるなぐるなぐるなぐるなぐる。

ナグルナグルナグルナグルナグル。

 

 

 

 

だが、それらも全て、この慈愛の風はそっと受け止めてくれる。

投げ出した命を、全て癒し元に戻してくれる。

まるで、駄々を捏ね続ける我が娘をあやすかの様に。

 

軈て、ラムは拳を降ろし、そして叫んだ。

 

 

 

「ゼロになるよりも辛い事がある、それを誰よりも知ってる筈なのに―――、それを、それをラムに味わえと言うの!!? これ以上、痛みを背負えと!? ツカサはそんな残酷な事を、死よりも辛く苦しい残酷なことを、ラムに押し付けて、1人で逝くというのッッ!!?」

 

 

 

涙を流し叫び、そして再び殴りを再開する。

 

虚空を見つめている空虚なツカサに、魔女教たちだけを見てみるツカサに、向かって届くと信じて。

でも、ツカサは何も答えない。

 

ラムの叫び。……それはツカサの中で何度も何度も何度も自問自答を繰り返してきた事だから。

居なくなってしまったらどうなるのか、何度も世界を繰り返してきたツカサが、その苦しみを知らない訳がない。そして今、何度も見てきているから。

 

 

それでも……。生きていて欲しい。

ラムが生きれる道を、皆と進んで欲しい。それがツカサの願いであり、導き出された答えだった。

 

 

 

 

 

「もう未練は、何もない、何一つ残してないというのッ!? ラムの英雄は、ラムの英雄は――――――!!」

 

 

 

 

【ラムの英雄はこんな所で負けたりしない筈よ!】

 

 

涙を流しそう訴える。

ラム自身も解っていた。心のどこかで解っていた。ツカサがこれを選ぶまでに、どれ程の地獄を潜ってきたのか、この答えに至るまでに、地獄と言う言葉が生ぬるく成る程の道をたどり、悲劇を繰り返してきたのか、頭では解っていてる。

 

それでも、身体は、心は、ツカサを求め続ける。

だからこそ、喉が潰れようとも叫び続けたのだ。

 

 

 

空へ空へと向かうツカサに………、死地へと向かおうとするツカサに手を伸ばし、叫び続ける。

 

 

 

そして、ツカサはゆっくりとラムの方を向いた。

 

 

 

姿形こそは人のモノではないが、それはラムが良くしる顔だった。

 

まるで空気の様に傍にいて当たり前。

何より生きていくのには必要不可欠なもの。

無くてはならない、無くなるなんてあり得ないもの。

……いつの間にか、ラムを虜にしてしまったもの。

 

 

愛しい愛おしい、愛する人の笑顔だった。

 

 

 

 

『――――負けないよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女教大罪司教【強欲】と【暴食】の両担当は、突如起こったこの異常事態に、流石に歩みを止めて唖然とした。

 

場所はリーファウス街道。

 

直線状一本道の街道に、突如 山が出現したから。

如何に魔女教と言えど、如何に異常者だらけな魔女教、それも大罪司教だとしても、この世のものとは思えない自体に、その光景に、ただただ目を奪われた。

 

 

「こりゃァ、一体どういうことだァ?」

「さあ? 僕にも理解できないね。まさに今の君の事と同じさ」

「なるほど! なるほど! つまりはアレだ! 僕たち、俺たちの食事を邪魔しよう、ってのが近づいてきてるってのは解った! 僕たちのペットがやられたヤツが、直ぐ傍に居るって事も解った! こんな事ォ、出来るヤツなら、僕たち俺たちのペットくらい堕として見せるよねェ!」

 

 

暴食、ライ・バテンカイトスは盛大に腹を鳴らせ、歯を鳴らせた。

カチカチカチカチ、と鳴らし舌なめずりをし、食事をする事が待ちきれないと言わんばかりの煌々とした表情で。

人間業じゃないのは一目瞭然。

だというのにも関わらず、自分達が問題なく食事にありつけると思えている所も末恐ろしい。

 

普通ならば、この異常事態には見紛えるだろうし、体勢を立て直す為に退く事だって視野に入れるだろう。

だが、この怪物は己の【暴食】にしか興味は無い。

飢餓を、空腹を、それらを満たそうとする欲求しか頭にないのだ。

 

そして、何よりも―――横にいる【強欲】レグルス・コルニアスの存在もある。

何も問題ない。

 

大罪司教同士だ。同じ魔女教と言う同志。だから仲間意識がある―――と言う訳では無い。そんなつもりは毛程もない。ただ、互いに利用し合っているだけに過ぎない。

 

 

「いいね、いいよ、いいさ、いいな、いいかも、いいとも、いいんじゃない、いいだろうともさ! 俄然僕たちは愉しみになってきた! 愈々俺たちも待ちきれない! この飢餓が満たされるッッ!! そんな予感が、豊作! わくわくが、止まらないんだっっ!!」

「この状況を前にして、そんな事を言えるだなんて、やっぱり理解できないよね。卑しい欲塗れになってないで、今は一体どういった状況なのか。突然道を変えられた無神経極まりない輩がどこに居るのか、色々と考える事は他にあるんじゃないの? それを考えていたら自然と今何すべきか理解できる筈だし、自然と我欲だって抑える事だって出来る筈だよね?」

「説教は僕たちにはいらないし、俺たちは嫌いだ。あんたの言う事が正しいのか間違ってるのかも興味ない。僕たち俺たちは、今まさに空腹極まってるこの腹、それを満たす事、それ以外はいっさいどーォだっていいんだよ!」

 

 

互いに言い合っている様だが、歩みを止めたりはしない。

歩き続けて、今まさに突如形成された山岳地帯へと足を踏み入れようとしたその時だ。

 

 

「ォ!?」

「――――!」

 

 

固い筈の大地が、まるで柔らかくなったかの様に、ぐにゃりと揺れた。

一般的な物理法則を無視する事が出来るレグルスは兎も角、ライはこらえきれなくなり、地面に四つん這いになって堪えた。

 

 

 

山岳地帯がその間も形を変え続け、軈て2人を完璧に包み込み、朝日が昇る時間帯だというのに、闇を形成した。

 

魔女教たちには似合いの黒い空だ。

 

 

 

 

 

 

 

『ようこそ、魔女教大罪司教の御二人。……申し訳ないが、ここから先は通行止めだ』

 

 

 

 

 

 

闇の世界に、輝く光が現れた。

緑に輝く身体、赤く輝く額、凡そ人間ではないのは一目瞭然だ。

 

一体何なのか、何者なのか、と考える一瞬の隙をつき、ツカサは手を巨大化させて伸ばした。

狙いは当然、【暴食】ライ・バテンカイトス。

 

握りしめ、引き寄せ、至近距離、真正面から睨みつける。

 

 

『こんな姿をしてるが、これでも歴とした人間。ツカサって言う。以後お見知りおきを。……覚えなくても良いが』

「は、ははは、ははははは! いいね! いいよ! いいさ! いいな!! いいかも! いいとも!! いいしかないんじゃないか!! キタ、キタキタキタ!! 過去どんな食材たちと天秤に合わせても合わせても合わせても合わせても、釣り合わない、そんな超大物が釣れた!! 僕たちは、俺たちは、感極まっている! どれ程美味しいのか、今まさに、この胃袋が欲しがっているっっ!!」

 

 

カチカチカチカチと、歯を鳴らせ、歓喜の涙と涎を垂れ流す。

まるで何日も、何十日も、死ぬ直前まで食事にありつけず、漸く食する事が出来る喜びに浸っているかの様。

そして、それは大袈裟な表現ではない。

【暴食】とは、そういうものだから。

 

 

「お前か? お前だな? お前かも? お前だよな? お前しかいない? お前だろう!? 俺たちのペットを殺したのは、お前だな!? 間違いなく、この胃袋が叫んでいる! お前がそうだとな!」

『胃袋が叫ぶのか。随分器用な事だな。――――ああ、今は肯定しておこう。白鯨を地に落としたのは、俺だ。……アレには空が似合わない。だから、地へと堕ちてもらった。……400年、好き勝手してきたんだ。もう、十分だろう?』

 

 

鋭い歯を見せ、涎を垂らしまくるライに対し、一切嫌悪感を見せず、その手を離さず、淡々とツカサは返す。絶対的な自信をその身に醸し出しながら。

そして、ライはそれさえも極上の味付け(スパイス)だ、と更に興奮した。

 

 

「一体、一体一体一体一体一体一体一体!! 一体!!! どれ程のものがため込まれてるのか!? これを超えるモノは最早この世には存在しないと断定できる! これぞ美食の頂点! ないね、ないな、ないよ、ないさ、ないとも、ないだろうさ、ないだろうとも、ないだろうからこそ! 今から暴飲! 暴食!! 全てを喰らって僕たちの心を、俺たちの胃袋を、悦ばせる!!」

 

 

大地に囲まれた黒い空を仰ぎ、ライは感慨極まった様に宣言する。

言っている意味を理解する事が出来たのは、正直心苦しい。

彼らを退ける為に、彼らから皆を守る為に、なるべく理解しようと努めた。地獄が生ぬるい程のものだった。狂人を理解しようとするなんて、ツカサは、スバルから受け続けた地獄の方が、精神衛生上 辛うじてマシだ、と思えてしまう程だった。

 

無論、実際にスバルがここに居て、死のうと突撃しようものなら、絶対に止めるので、ただ思ってるだけに過ぎないが。

 

 

『前口上はもう十分だ。さっきから食う食う言ってるけど、掴まれてるこの状態でどうやって食うんだ? そっちのヤツに助けでも求めるのか?』

 

 

揺らぎない自信。

絶対的な自信がある事を相手に示しながらの挑発。

 

全てを知っているが故に、何をするのが最適かが解っている。

 

直ぐにあの場面、あの状況に持っていく為に。

 

 

 

「アァァァ、悪かった悪かった! 悪かったさ! ――――じゃあ、白鯨を堕とした英雄、ツカサ君! 遠慮なく、イタダキマスッ!!」

 

 

 

ライが狙いを定めるのは、ツカサの大きな大きな手。

それを愛おしむ様に舌にのせた。

 

本来、ライは食事をするとき、相手を食べる(・・・)時情報収集を必ずする。怠らない。

何故なら、ミスは許されないからだ。

発動条件(・・・・)を誤ってはいけないからだ。

 

だが、この時のライは失念していた。

あまりにも強大で巨大で荘厳足るご馳走。その正体はルグニカ中を既に巡っている程の男。

 

ツカサと言う名の英雄がいる。

王国が認め、最高位の勲章を授与し、剣聖が認めた英雄の名がツカサだ。

だから、迷う事など一切なく食事を迫った。

 

過去比肩するものなど無い、と言える相手を堪能したくて、本能に身を任せて…………。

 

 

 

「ウッ……!」

 

 

 

 

そして、それが、その短絡的な考え方が破滅を産む結果となる。

 

 

 

舌を這わせた瞬間ライはうめき声を上げた。

先ほどまでは、頬が紅潮し、多幸に満ちた顔つきだったというのに、一気に地の底まで落とされた、そんな顔だ。

 

そんなライを見てツカサは嗤った。

 

丁度良い。白鯨の様に、地に落とされてしまえばそれで良い、と。

 

ライが気に入らない。

愛しい人の名と、その文字数が、そして一文字でもかぶっているのが我慢なら無い。虫酸が走る。

 

だからこそ、力を込めて握りあげる。

 

 

 

「げぇぇぇっ!!」

『汚いから、ってまだ離してやらないぞ。……それに生憎だったな。暴食の種、もう割れてるんだよ』

 

 

 

嘔吐し、咽び続けるライ。

その存在を、名を世界から消す暴食が、無様にも失敗した事を現す光景である。

 

呻き、苦しみ、胃液を出し続けるライ。

 

 

『相手を食べるのは、名が必要。―――それも、正確な名。それを知り、対象者の掌を舐めて初めて【暴食】は完遂する。……意地が悪い能力だが、当たれば問答無用の白鯨の霧に比べたら、種が解ればやり易い。――――お前が、お前たちの方がアレのペットになればどうだ? 無論、もうこの世にはいないがな』

「ぎっっ、うぐっっ、んぐっっ」

 

 

実際に形あるものを口にした訳ではないのにも関わらず、苦しみ嘔吐する以上は、己の胃袋の中身を放出する以外ない。

だが、一度はそれを許したツカサの巨躯の腕だったが、吐き出すのは勿体ないだろう? と言わんばかりに、口を閉じさせた。

先ほどから一転。違う意味で暴れ狂い、解放を求める胃袋は、ライ自身をも操っているかの如く発狂する。

 

 

 

『――――本来なら、お前も、お前たちも、ここで終わらせてやれれば良かったんだが、な』

 

 

 

最早聞こえていないであろうライに向かって、余裕を見せていた筈のツカサは初めて苦々しい顔をした。

 

だが、心配はない。

 

きっと皆がやってくれるから。

 

 

 

 

『俺の顔を忘れるな、ライ・バテンカイトス。……あぁ、ロイ・アルファルドもか。……どっちでも良い。―――この顔を生涯刻み付け、忘れるな。【暴食】を滅ぼす者の顔だ』

 

 

 

そう告げると同時に、ツカサは大きく振りかぶる。

そして、頭の中に刻まれている地図を思い浮かべた。

ここらの人の気がない方へ……、出来れば大瀑布まで飛んでいけ、と言いたい所だが、それは叶わないから、なるべく誰にも迷惑をかけず、誰にも影響がなく、誰にも知られずに、そのまま朽ち果てれる場所へ。

 

 

 

『飛んでいけ』

「――――!!!」

 

 

ライは目を見開く。

この化け物は、何故自分の事を、自分達の事を知ってるのか、何故権能を、その発動条件を知ってるのか、と頭の中が混乱極まった。

だが、直ぐにそれどころじゃない、と思い返す。

 

死の前兆を見た気がしたから。

 

 

 

 

風の魔法を乗せたツカサの一投。

それは、暴食を投げたから大暴投……と言う訳にはならず、真っ直ぐ一直線に天へ。

天を貫いて闇の外、明るい世界へと弾きだされた。

青空の下へと投げ出された事によって、本人の気持ちも晴れやかになる………かどうかは一切保証しないが。

 

『チッ』

 

投げ終えた後、静かに舌打ちをする。

 

流石だと言えるだろう。何せ頭をかち割る勢いで投げつけ、天を覆う山に叩きつけられる筈だったのにも関わらず、ライは寸前の所で受け身をした。それが見えた。

食事を失敗し、苦悶の表情だけは消す事は出来ず、身体も五体満足ではいられないかもしれないが、それでも確実に命はつなげる事が出来た様だ。

 

 

―――心底、残念だ。

 

 

消す者の顔。消す事が出来なかったが、もう、会う事が無いだろう。

だから、だからこそ願う。

 

願わくば……忘れぬ悪夢として、亡霊として、その身に、その記憶に、少しでも刻まればと。

狂人の精神力であれば、例え悪夢だろうと、直ぐに忘れて、また世界に災いを齎すかもしれないが、少しでも、ほんの少しでも、躊躇い、怖れ、怖気づき……人々が暴食の餌食にならない様に―――。

 

 

 

 

 

 

そして、本番はここからだ。

 

 

『さて……』

 

 

ライの相手をしている間、レグルスは予定通り大人しくしていた。

相手の出方を伺っていた事と、この異様な空間に連れてこられた? 事もある程度はあのレグルスも警戒させていた様だ。

 

 

「あのさぁ、まぁ、アイツを吹き飛ばした事に関しては、僕は別に口にはさむつもりは無いし、何なら気分が悪かったから、逆に礼を言いたい気分でもあるんだけど、この僕をこんな薄気味悪い場所に閉じ込める様な真似して、一体どういうつもりなの? その姿を見るに、人間とは到底思えないんだけど、言葉を話せるって事は獣じゃなくある程度の感性くらい持ってるって事でしょ? 一体何処の誰だか知らないけどさ、僕たちを知ってるのに、僕はお前の事は知らない。僕の私財を盗んでいた、って事に他ならないよね? それに――――ぶっ!!」

 

 

 

 

延々と続くレグルスの会話を遮る様に、顔程の大きさの礫を弾いた。

 

何度も何度も何度も何度も繰り返し、最早達人の域にまで達した【強欲】のイラつきポイントとタイミングを完璧にした渾身の嫌がらせ、である。

 

それと同じだけ、強欲(レグルス)の意味の無い中身もない馬鹿な論理を聞き続けてきたのだ。ある程度は同情をしてもらいたいもの、である。

 

 

 

『誰がお前とペラペラ話すと思っているのか? お前、勘違いしてない? 俺はお前と話すつもりは無いし、とっとと世界から退場してくれ、としか思ってないんだ。解ったか? クズの中のクズ、レグルス・コルニアス』

 

 

 

これは恐らくスバルの影響もあった事だろう。

或いはラムの毒舌も。

 

 

様々な糧を贄として、ツカサも成長する事が出来た。……あまり、皆に見せたくない光景だから、それもある意味好都合だと言える。

 

礫を直撃させられたレグルスは、当然無傷。軽く砂埃を払いながら、余裕を見せようとしているが、明らかにイラついてる様子で声を上げた。

 

 

 

 

「人がさぁ話してる時に―――ぶっっ!」

 

 

 

 

無論、それも途中でツカサは強引にやめさせた。

 

攻撃の全てが、まるで効かないのはよく知っている。

 

試したから。何度も何度も何度も何度も、気が遠くなりそうになる程に、試したから。

 

だからこそ、解る事がある。

 

試し続けた中で、得た結論。

レグルスの命脈を絶つ術は、現時点では、この限られた時間内、範囲内では不可能だという事。

 

でも、それでも問題なかった。

 

レグルスは、身体的には無傷だからと言って、精神が蝕まれる訳はない。

それも、その性質は短気極まりなく、常に自分が上でいなければ気が済まず、破綻している理論武装で口撃をしてくるレグルスに対して、この手法は最適で丁度良い。

 

 

 

『ああ、そうだったな。お前には言葉が通じないんだった。この程度、幼子でも理解できると思うのに教養の欠片もない。幼子、赤子、お前はそれ以下か。いや比べる事も烏滸がましい。……お前は虫以下だ』

 

 

 

ただ、只管に挑発を繰り返す。

周りが見えず、癇癪を起し、暴走させることを目的として。

 

 

 

 

「この僕を愚弄するな!! 下等生物がァッ!!」

 

 

 

 

当然ながら激昂したレグルス。

 

己の権能、反則とも言って良い周囲一帯の全てを武器化能力。

 

届く範囲の全て、この場においても岩木は勿論の事、砂や水、果ては目に見えない空気でさえも、レグルスの手にかかれば、即座に最悪最強の武器へと変貌する。

 

怒りに任せて足を蹴り上げ、舞い飛ぶ砂利は全てを貫通する散弾銃へと変貌し、振り上げた右手は世界をも両断する刃となって縦横無尽にこの場にて暴虐の限りを尽くした。

 

ジ・アースで形成していた山はものの数秒で見るも無残な荒地へと変えさせられた。闇が完全に消失し、レグルスを照らす様に朝日が顔を出した――――が、それも一瞬の事だった。

 

 

 

『ジ・アース』

 

 

 

ほんの一瞬で、再び山を形成し闇へと姿を変える。

この場を照らすのは、赤と緑の輝きだけだ。

 

 

「!!」

 

 

一瞬で元に戻された事もそうだが、何よりもレグルスが驚いたのは、攻撃が当たった筈なのに、平然としている目の前の存在に対してだった。

 

 

そして、嫌がらせと言う名の攻撃も健在。

 

 

『どうした? お代わりが必要か? ならば何杯でも馳走しよう。存分に味わえ』

 

 

呆気に取られている間に、再びレグルスの顔面に向かって岩をぶつける。

いや、今度はインヴェルノの氷をエクスプロージョンの炎で溶かし、地面を泥濘にさせて、それをベチャリとぶつけた。

レグルス自身には一切汚れはつかないが、それでも視界が泥で覆われて塞がれてしまうのだけは防げない。自らの身体を伝って落ちていく様も、不快極まりない。

 

 

「~~~~~~ッッ!! こっのっ、身の程知らずがぁぁぁ!!」

 

 

今のレグルスは、宛ら癇癪を起した子供の用だ。

目を血走らせ、振り回される腕。振るわれ暴虐の限りを尽くす。羽虫を子供が癇癪で殺す様に。

 

 

 

だが、それでも終わりは来ない。ただただ繰り返されるだけだ。

 

 

 

周囲を壊してもまた、一瞬で元通りに戻る。ツカサの身体にも一切届いていない。

 

周囲を復元した後には、レグルスに対して効果は抜群な幼稚ともいえる嫌がらせが継続される。

 

泥を、水を、氷を、火を、岩を、と様々なバリエーションで、主に顔目掛けてぶつけられ続ける。

 

その意図は、攻撃するものではない、と言うのははた目から見れば明らかだろう。

氷にしろ岩にしろ、当たる勢いもなければ威力もない。強欲の無敵の権能を持つレグルスの身体じゃなかったとしても、ある程度の武芸を収める者なら回避も余裕だろうし、直撃したとしても、少しケガをする程度に徐々に調整され続けている。

 

 

ただ只管に、レグルスをイラつかせるだけ。ただ一切、考えさせる事もせずに、ただただ、レグルスを挑発し続けた。時には言葉で、時には物理で。

 

 

繰り返す。

繰り返す。

繰り返す。

繰り返す。

 

 

何度でも。

何度でも。

何度でも。

何度でも。

 

 

 

 

 

 

永遠とも思える破壊と創造の繰り返し。

 

 

 

 

 

そして―――――――終焉が訪れた。

 




ノミ以下さんと一先ず3章での激突は次回で決着デス…… 結構長かった……、あまり出てない筈なのに(-ω-;)ウーン
108回も書いてない筈なのに(´ε`;)ウーン…


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幸か、不幸か

第3章終了~~(*´Д`)
長かったデス<m(__)m>


幾千幾万と繰り返し続けてきた破壊と創造。

 

如何に餓鬼がそのままデカくなっただけのレグルス。屁理屈と自己弁護、何処まで行っても利己的、そんなレグルスであったとしても、頭が冷えて考え始めるだけには十分過ぎる程の時間が経っていた。

 

 

「あのさぁ、一体」

『いつまで無駄な事をする気だ? だろ?』

「ッ~~~。この僕の」

『思考を勝手に君が押し付けるな!! 権利の侵害だ!! 下等生物が!! だろ? 同じ事の繰り返しとはまさにこの事だな』

「~~~~~~!!!」

 

 

 

とはいっても、レグルスにとっては相手は未知の敵であり、煽りのスペシャリストでもある。

更に加えれば一言一句、違えない言葉を確信をもって言い返してくる所も気味が悪く感じるが、それ以上に激昂して潰さずにはいられない、と煽り耐性が限りなく低いレグルスは、また同じ様に繰り返した。

権能を存分に使いまくった圧倒的な破壊である。

壊しても、壊しても、直ぐまた元に戻る。

 

 

こういったやり取りが更に続いたが……漸く完全に頭が冷えたレグルス。

自分自身の権能がここまで通じない相手は初めてであり、だからこそ冷めた(と言っても異常なまでに時間がかかったが)。

 

自らに対しての攻撃も通じてないから千日手、意味を成さない、全く無意味な時。

 

 

「君と遊んでやるのは」

『もう飽きた――――。解った。そろそろこちらの種を明かそうか。……お前はもう、終わりだ』

「はぁ? 一体何を言い出すのか。君は学習能力ってものが無いの? 君の攻撃だけど一体僕に対してどれだけ傷をつける事が出来たの? これだけ時間があって、これだけ何度も攻撃してきて、全く視えてない君の低能さには、呆れ果てて言葉も出なくなってくるってもんだよ。まぁ、僕は優しいからさ。教えてやる事に関しては別に構わないって思う様になってきた所に、また無礼な物言いをして、優しい僕にも、平和主義な僕にも我慢の限界ってものがあるんだよ。でもまぁ、僕には僕で愛する妻たちを家に待たせているし、そろそろ帰ってやらないと妻たちも心配するだろうからさ、今日はここまでにして、後日徹底的に――――」

 

 

そこまで言った所で、ツカサは指をぱちんっ! と鳴らせた。

 

途端に、周囲を覆っていた岩山が崩れ落ちる。

レグルスとツカサを球体状に、広く広く覆っていた山々は粉微塵となって崩れ落ち、軈て貫通する。

 

そこから見えてくるのは、地を照らす朝日の光――――などではない。

 

 

空に瞬く無限の光。

そして何処までの深い暗黒。

 

 

レグルスとツカサの足場だけを残して、全てが消失。

 

 

 

「――――! こ、ここは!?」

 

 

 

転移でもさせられたのか、と目を見開くレグルス。

そんな驚くレグルスに対して、ほくそ笑むのはツカサだ。

 

 

「……お前は、あの星の病気だ。だから星から追い出す事にした。それだけの事だよ」

 

 

徐々にツカサの身体が崩れ落ちていく。

最後の灯、と言わんばかりに、緑と赤の輝きを瞬かせながら。

 

 

「一体、一体何をしたぁ!!? ここは何処だ!? この僕を一体何処に連れてきた!!」

「―――流石だな。大気を封じ込めていたジ・アースを解除した状態で。……星の外(・・・)にいる状態であっても、お前は健在か。時間を止める力(・・・・・・・)って言うのも、大概反則的な力だな」

「!!」

 

 

無意味に、無価値に、無駄に攻撃を続けているだけだとレグルスは思っていた。

それこそレグルス自身がそれを言えば完璧なブーメラン発言になるが。

 

 

「何故、何時、僕の、この強欲の権能を――――!」

「答えてやる義理は無いな。……それに俺は欲したけど、お前に対しては(・・・・・・・)、【冥土の土産】は必要無いだろ? ……いつ、死ぬかまではわからないし。……このまま、永遠にこの満天の宙を漂うかもしれないし、な」

 

 

そう言うツカサの身体は、既に半分までが消失。

鮮やかな粒子を宙に散りばめ、消失、消滅を感じながらも、満足行くと言った笑みを浮かべ続ける。

 

 

「その停止した心臓、鼓動を始めるのは一体いつだ? 本当に永遠に止めたままでいられるのか? あの世界の外に出てきても?」

「―――――ッ!!? まさ、まさか、まさかまさかまさかまさか!!?」

 

 

認めたくない、だがそれでもこの場所は、上も下も右も左もない暗黒の世界。遠くで鮮やかに光っている光点が見えるが、この場を明るく照らす程のモノではない。

 

そして、レグルスは、この光景には見覚えが当然ある。

毎日、毎日、毎日、毎日―――――太陽がその役目を終え、月へと交代したその後に、見る空。曇りの無い空は、何時もこんな感じだった。

 

 

「ああ、戻ろう(・・・)としても、多分無駄だよ。相当遠くに飛んだ。時々バレない程度に方向転換とかしてるから、俺にも帰る星がどっちにあるのか、何処にあるのかわからない。……ひょっとしたら、別の世界にたどり着くかもしれないな。それも、また一興……か。相手がお前ってのだけは最悪だが」

 

 

首下までが完全に消失。

後は頭を残すだけとなった。

 

 

「ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!! 僕を元の場所に戻せっっ!!」

 

 

レグルスは、慌てて腕を振るう。

だが、この場所にはレグルスが武器にしていた空気は無い宇宙空間。放たれる大気の刃、全てを両断する刃は放たれる事は無かった。

顔半分消えた所で、にやりと笑う。

 

 

「あぁ――――……なるほど」

 

 

不意に、1つの結論が浮かぶ。

 

 

あの時(・・・)のパックもこんな感じ、だったのかーーー……」

 

 

もうあと少しの命。

そんな中で、得た結論に、そのパックの名をここで呟いたのには、理由があった。

 

 

あまりにも、状況が似ているからだ。

 

 

そう、パックが怠惰ペテルギウスにエミリアを奪われ、魂まで凍てつかせた、と言ったあの世界線。あの時とあまりにも酷似している。

レグルスは、ラムの命をーーー……。

 

 

 

心情の中、深層域であってもあの地獄を悪夢を思い返すのは耐えられない、と彼は直ぐに考えを改める。

パックの心情だけを考える。

 

あの巨獣は契約に従ったとはいえ、世界を破滅させる所までいった。

世界を破滅させる序章として仇を、……ペテルギウスを殺した時の、その最後の時は、きっと口角をあげて笑ったと思う。

 

 

相手が憤慨し、激怒し、軈てそれはどうにもならなくなって絶望に沈む事だろう。

最後まで、それを見る事はどうやら叶わない様だが、それでも未来(さき)は視える。

 

もう、戻れないというのに、未来(さき)が視える感覚がする。

 

だからこそ、笑う。

 

 

 

そして、激怒したレグルスの顔が徐々に驚愕の顔に変わる。

この場に連れてきた張本人が、このまま姿を消すとなれば、いよいよ死へのカウントダウンが始まる事を、レグルスは察したからだ。

 

ぼろ、ぼろ、と最後に残った足場も消失する。

 

 

 

「――――最後の最後で、ようやく叶う」

 

 

 

レグルスは、彼のその笑顔を確かにみた。

醜い程歪めた顔で、彼をーーーツカサを見た。

 

 

そして、それを合図にまた笑う。

 

 

 

「……その顔が視たかったよ。馬鹿」

 

 

 

 

それだけを言い残し、ツカサの身体は完全に消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありえない、ありえないありえないありえない。どういうことなんだよ。意味が解らないよ。なぜ僕がこんな目に遭わなけりゃならないんだよ。僕を、この僕を一体誰だと思ってるんだ。僕は、大罪司教【強欲】レグルス・コルニアスだ。この世で最も満たされていて、最も個として確立した! 唯一無二であり、絶対であり、何一つかけた要素のない存在だ!

なのに、なぜこんな目に遭わなけりゃいけない。ただ、ちょっとだけ遊んでやった。遊んでやっただけなんだ。いや、本気を出して遊んでやった。敬意を払い、全力で遊んでやっただけなんだ。相手に対し、敬意を払い、常に全力で立ち会う事、それは騎士道精神、ってヤツにもつながる筈なんだ。ふざけるな、ここまでこの僕がしてやったと言うのに、何故こんな報いを受けなければならないんだ。わけのわからない不条理を受けなければならないんだ。平和を願っているだけの僕に、どうしてどうしてどうして。恩を仇で返した意味が解らんヤツも、僕がアソビを捨てて、本気で殲滅する事にしたら、直ぐにでも消滅、粉微塵、バラバラのぐちゃぐちゃになってた、って言うのに、調子に乗るだけのって途中で消えやがって、死にやがって。死んだら終わりな筈なのに、死んでも尚、この僕に付きまといやがって。つきまとい気質、性犯罪者だって言うのか? 僕には美しい妻がいる。可愛い妻もいる。男なんてお断りだって言ってるのに、なんでこうも付きまとうっていうんだ。同性愛者だって言うのか? 考えられない。吐き気しかしない。嫌悪感しかない。もう、何もかもが煩わしい! なんでこうなったって言うんだ。僕はずっとずっとこれまでうまくやってきた筈なのに。何年も何十年も百数十年もずっとこうして、誰より忠実に大罪司教をやってきた。初めて魔女因子に選ばれてこの権能を手に入れて、稼ぎの悪いくせに酒浸りの父親とぐちぐちと毎日毎日不平不満を垂れるばかりの母親と僕の取り分まで虎視眈々と目を光らせてる卑しい兄弟たちを皆殺しにして、僕を小馬鹿にしようとした目で見てくる村の連中も、僕をあんなどうしようもない村と家に押し込んだ町の連中も、そもそも町や村を何もせずに放置して、無能運営されてた国の連中も全てバラバラにして全部消してやったんだよ! これが

、僕の生き方で漸く僕と言う完璧な存在の一歩を踏みしめる事が出来た。僕が完成されはじめた瞬間だった。僕の僕しか出来ない生き方。何もいらず、無欲で、強欲なんてほど遠い、何もかもが煩わしい。常に満たされてる。持ってなかったんじゃない、いらなかったんだよ。押しつけがましい屑どもめ、僕は何もいらないって言うのに、与えた気になって上から目線で、可愛そうな者を見る目で、見下して押し付けてきた屑。満たされた僕に何も言わない人間だけが、言えない人間だけで構成されていればそれでよかったんだ。なのになんでアイツは邪魔をした。僕が何をした。何故あんなヤツが存在する。僕とはまた違う次元に居るって言うのか。今もどこかでほくそ笑んでるって言うのか? この僕を! ヤメロ、やめろ、やめろよ! 僕の事を見るな、僕の名前を出すな、僕の事を話すな、良い事でも悪い事でもやめろ。悪い事しかしてない、って思うが、それでも万が一にでも良い事を言ってたとしても、それを止めろ、息をするな、呼吸をするな、全てが煩わしい。そもそも、個で完結していれば、僕たちは出会う必要だって無かったわけじゃないか。基本分かり合えない。心は踏み荒らされずに済む方法なんてないんだ。なぜなら、お前と僕は全く別の存在、別の人間なんだから。リスクを払ってリターンを得に行くなんてどう考えても頭がおかしいとしかいいようがない。その頭の悪さには同情さえ禁じ得ない。冷静になってみればわかるって言うのに、その冷静って言葉すら知らないのか? いや、いやいや、僕以外の人間の全てがこれだ。全てこうなんだ。全ての人間が熱に浮かされてるだけなんだ。他人を求めるのなんてそれこそ無益で無為、無意味な事だって、普通に考えればわかる筈なのに、いやまてよ。普通って定義がアイツには当てはまらないって言う方が正しいのか。だから、あの偉そうな王候補の女の傍に無意味にいて、たまたま僕たちが歩いてるだけだって言うのに、突然襲い掛かってきた。普通の神経ならあり得ない。僕一人は残して、もう一人だけを解放するって言うのも明らかにおかしい。差別だ。あれの方が異常なんだ。食べる事しか頭になく、食べる為には全てを犠牲にして良いって考えてる最悪の思考の持ち主。アレを解放して僕をそのまま捉えるって、どういう頭の構造をしていたら、そんな結論になるのか、甚だしい事も極まってる。これだけ僕を侵害しておいて、まだ僕に何かを求めるっていうのか、要求を突きつけるのか。僕を返さないというのか。どこまでやれば僕は憐れまずに済むんだ。どれ程欲深いんだ。そうさ、そうさそうさそうさそうさそうさそうさ。

 

 

 

お前こそが強欲の名に相応しい、浅ましい、卑しい、どうしようもない存在なんだろっ!!

 

 

 

 

 

 

 

レグルス・コルニアスの心境である。

彼の権能を用いれば、その気になればこの世の物理法則の全てを無視して行動する事が可能だった。風を置き去る程早く、常識では測れない次元で刹那に、この世のものとは思えない程の圧倒的な力を以て殲滅が出来る。

その力を用いれば、必ず勝てた筈だ、とレグルスは信じて疑わない。

 

ただ、これだけは言える事だ。

最初の段階で言えば、それらの権能を全て使い、逃げに徹し、囲う牢獄からの脱出も容易かった事だろう、と言う事。

如何に巨大で強固な壁が眼前に広がっていたとしても、それは無限に出現し続ける訳ではないから。なかなか微調整が必要になるかもしれないが、何よりも大切にしている存在の元へと突っ切る様に、動けば彼は手段を変えらずにはいられないだろう。

ルグニカ王国方面へと破壊の衝撃を放ち続けたとしても、恐らく彼の性質状……それを止めずにはいられない筈だ。

 

 

但し、これも言える事。

 

 

彼は全て解った上で、ありとあらゆる手段を検討し、繰り返し続け、――――あの場でとれる唯一無二の最善策を用いた。

 

繰り返す事が出来ない存在であれば、その手からは絶対に逃れる事は出来ないだろう。

 

 

レグルスは足をバタつかせる。

蹴りを入れる。虚空を蹴り続ける。だが、彼のイメージする圧倒的で超常的な速度とは思えない、進んでいるのかさえ分からない状態が続いていた。

 

この世の物理法則の全てを無視する事が出来る最強の力。

だが、この場所は言わばこの世(・・・)ではない。 レグルスの力は全て否定され続けた。

 

 

 

今はまだ良い。彼の権能が生き続けている限り、この場でも彼は生存出来る。

だが、権能が切れた時が最後の時。それがいつになるのか、レグルス自身にもわからない。

絶対的なタイムリミットは確実に存在しているが、それでも早くなる可能性だって大いにある。

 

その待つ時間こそが、レグルスのこれまで犯してきた罪を清算する時間となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが――――幸か、不幸か。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは面白くない」

 

 

 

 

 

 

 

 

幸か、不幸か。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまらないなぁ、やっぱし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰にとっての幸運で、誰にとっての不運か。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~~~、あっ、そーだ。折角だし――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ソレは 一体何を齎すのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊び方、変えようかな♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、世界は動き始める。

 




リゼロな世界では、星の形は丸いのかな? 大瀑布とかの存在忘れちゃってたけど( ´艸`)

リゼロな世界の宇宙から見たら、どんな風に見えてるのかな~~、と思っちゃいました<m(__)m>


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永遠の契約
門出


第4章開始しますヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪

色々難しい……((+_+))


「ようこそっ!! ボクの城へ! まさか、こんなにも早くにボクの夢が実現するとは思わなかったよ! いや、改めて思う。死後の世界がこれ程までに輝いてみえるなんて思いもしなかった! ボクの知識量が如何に乏しくて、微々たるもので、僅かしかないという事が、君に、いや貴方様に巡り合えて、心底思い知らされたんだ。だからこそ、持ちかけてくれた遊びは、ボクにとってこの上ない、類を見ない、無上の、絶頂の、究極の、最上の、至上の、至高の、モノであると断言できる! 貴方様と出会えて、直ぐに別れてしまう結果になってしまった時はボクも凄く残念だと思っていた、枕を濡らし、断腸の思いだったんだけれど、この世界に間違いなく居るというその事実だけで、貴方様と繋がっている事を実感したんだ。そう考え始めたボクの精神は最早、常に最高潮に達しているいっても決して過言ではないだろう。そう、これは男女の関係で言い表すとすれば、最愛に等しい、生まれたままの姿で飛び出し、抱きしめ、性欲の限りを尽くしたい、と思ったんだ! 勿論、一方的な片思い、過剰な愛の押しつけである、と言う事は解ってる。ボク自身が見てくれには少々自信があるからと言って、無遠慮に無防備に、無神経にそのような事をしたりはしない。貴方様と言う存在は、ボクにとって未知で、不確定で、不確実で、不確かで、これまでの400年分の知識を総動員した所で、意味を成さない。1にさえ到達しないと断言できる。ああ、これほどまでにボクの強欲を満たしてくれる……、いいや、満たすなんて生易しいものじゃなく、溢れ漲り、軈ては決壊し知識の濁流となって流れ続けるだろう。これまで培った時間がまるで足りない、無になったと言っても良い――――」

 

 

 

ここは天国と見紛う世界か。

暖かく穏やかで、情熱でも溢れている様な世界。その中心には小高い丘があり、白で装飾されたガーデンパラソル、テーブル、椅子があり、熱弁しつつも空席に案内し、国賓的な相手に対して配慮を怠らない。

この世界は、この熱烈に熱弁している彼女(・・)の心境そのものを現している事だろう。

 

それには当然訳がある。

 

 

「ちょっとばかり、アソビを変更してみたんだっ♪ まずはこちらの話も聞いてもらいたい、かな?」

「!!」

 

 

延々と出続ける彼女の口に、人差し指を当てて、片目をぱちんっ、と閉じる。

 

 

触れられた事、触られた事、至近距離で、こんなにも近くに顔がある、肌がある、手がある、温もりがある。彼女の熱はいよいよ臨界に達しようとしていた。

顔を真っ赤にさせた後、ぼふんっ! と小さな煙を頭上に浮かべながらも、コクコクっ! と勢いよく顔を上下させる。

 

 

「今回のお題はさ? 君が、君たちが俺たちを見つける事(・・・・・)を目的としたアソビ……だったよね? あっ、受け答えはして欲しいよ」

「!!」

 

 

取り合えず、黙って話を聞け、と言われていたと思っていたのだろう。

両手でどうにか言葉を口にするのをこらえていた彼女だったが、そういった意図が一切視えない。

寧ろ、会話のキャッチボールを望んでいる様に見えた。一方的に話をしてばかりだった自分を諫めたい気分の様だ。

 

無論、それも熱が入ればすぐに忘れそうな気もするが、それも愛嬌。

 

 

「そう、そうなんだ! ボクは頑張って貴方様を探そうとした! 勿論、貴方様の相方様――――」

「言い難いでしょ? 貴方様~~なんてさ?」

 

 

仄かな笑みを浮かべたまま、対面する様な形で、用意された空席に腰を下ろす。

穏やかに笑うその姿は、見る者全てを魅了する―――と言っても決して大袈裟ではない。

彼女が知る中で、同じ属性、最も位が高いと言って良い【色欲】であったとしても、足元にも及ばない程のナニカを感じた。

 

 

「俺、僕、我、私、ワタクシ………ふんふん、今回は《俺》にしとこうかな」

 

 

腕を組み、足を組み、決して逸らせない視線を真っ直ぐに見据え、吸い込まれそうになるその悪魔的、神秘的、幻想的、妖艶的なその魅了を一身に浴びて身悶えしつつも堪えきる。

 

 

 

「俺の事は……【ナニカ】。いやっ、ちょっと待って。それじゃ使い回しだし。ちょっと捻って……」

 

 

 

名を教えてくれる。

その甘美の至上さは、一体どう表現すれば良いのだろうか。

この世のありとあらゆる知識を、叡智を求め続け、溜め込み、世界中のあらゆる人間に求められてきた存在をもってしても、―――言葉を見つけられなかった。

 

それは、目の前の存在がただ単に普通の人間的な会話を求めて、しようとしているだけに過ぎないというのに、それでも彼女は――――【強欲の魔女】には最適解が、その言葉が出てこなかった。

 

 

 

 

「そうだな、【ゼロ】でよろしくどーぞ♪ あの子(・・・)にも紹介した事だし、丁度良い」

 

 

 

 

そして、言葉がなかなか出てこない中、漸く出てきた言葉が、印象があった。

 

 

「何だか、随分ヒト(・・)に近づいた様な………」

 

 

 

それが不敬な発言ではないか、と。立場を弁えない発言ではなかったのか? と

これまでは、自分が、自分達が()の立場だったから、失念していた。

そして、改めて心に刻んだのだ。上には上がいて、その果ては見えないのだと。

 

事、知識に関しては絶対を持っていた彼女であっても、例外ではないのだから。

 

 

そんな思わず絶望してしまう程の失言に、彼女は顔を強張らせる。謝罪の言葉を羅列しようとしたが。

 

 

 

「はっはっはっは! それは嬉しい嬉しい評価だね。【我が愉悦】何よりも優先させる、って言ってもさぁ、折角このヒトの世(・・・・)に一欠片でも降りてきたんだ。ヒトにある程度は近づけてないと困る。随分久しぶりなんだし。―――――それにしても、何個前の世界(・・・・・・)だったかな?」

 

 

 

笑顔で許してくれた事に、心底安堵すると同時に、抑えきれない好奇心が全面に出てくる。

指を折り折り、数えている仕草。一体何の数を数えているのか?

 

最早疑っていない。

言わずもがな、それは【世界の数】

 

ここのモノではない、別の世界。自分も知らない世界の知識が目と鼻の先にあるのだ。

 

 

 

「ゼロ様っ!!」

「あ、様いらないよ?」

「ゼロくんっ!!」

「……ふふん。知りたい? 色々と」

「勿論、勿論、勿論だともっ! 沢山、沢山聞かせてはくれまいか!?」

 

 

 

小高い丘に、穏やかな風が舞う。

彼女は、椅子から飛び起き、テーブルを超えて、相手に―――ゼロの手を取る。

 

ゼロを、求める彼女の姿に、にやりと笑って見せた。

 

 

 

「ゼロに抗う少女を待つまでの間、アソビに付き合ってくれるならね? お嬢さん」

「勿論さっっ! なんでもするよ! なんでも捧げるよ! ああ、出来るなら――――」

 

 

 

折角、名を呼ばせてもらってるのだ。

ならば、自分の名も呼んでもらいたい……、と思ったその時。

 

先を呼んだ様だ。人差し指を額に当てて言った。

 

 

 

 

「エーキードーナっ!」

「~~~~っっっ!!」

 

 

 

こんなにも甘美なモノがこの世に存在するのだろうか?

いや、自身の存在を、死後の存在であることを考えたらこの世〜と言う表現は些か違うだろうか。

それでもあの世とも言えない。現世に留まっているからそれは違う。

でも、この世だろうとあの世だろうと、今の世界だろうと死後の世界だろうと、これ以上は無いとエキドナは断言できた。

 

 

「ふふふ。よしよし〜」

 

 

そんなエキドナの心を読んだとでも言うのか……、目の前の絶対的な存在、唯一無二の存在、強欲の全てを満たしてくれる存在は朗らかに笑うと今度はエキドナの頭を撫でてくれる。

幼子が親に対して抱く感覚………の様なものをエキドナは体感する事が出来た。

 

自身には、無縁だと思っていたというのに。

 

 

 

そしてーーーー

 

 

 

永遠に続いてほしいと心より願っていたと言うのに。

2人の蜜月が始まると思っていたのに。

余りにも短く………終わりをむかえてしまった。

 

 

 

 

 

 

「あーーー、ドナずるいぞーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

何故なら、早速、間に割り込まれてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――曇天の空模様。それはまるで自分達の幸先が悪いことを暗示させている様にも思える。

 

 

「もう、行くのか。ナツキ・スバル」

 

 

屋敷の門の外にまで見送りに来てくれる女性。

彼女の顔もまた、この空模様の様に曇っている、と言って良い。

はた目から見れば、十分過ぎる程凛々しいお姿だ、と言われるだろう。民衆の前に立てば、遺憾なくその存在感を発揮する事間違いなしだろう。

 

だが、彼女の事を知る者ならば、傍にいて、よく知る者ならば、その心境は解るというものだ。それが、彼女の様に風見の加護が無かったとしても、解る。

 

 

「クルシュさんがそういってくれるのは有難いんだけどさ。……そろそろ、やらなきゃいけない。いい加減にしねーと、叱られちまうよ。…………その、叱ってくれんのを待つってのも良いかって思ってる俺もいるんだが、それ考えちまうと、遠ざかっちまう様な気がして……な」

 

 

誤魔化す様に頭を掻きむしり、ナツキスバルは、目の前の女性、クルシュ・カルステンから視線を外して正面を見た。

 

 

クルシュ邸の前には、複数の竜車が並び、皆がせわしなく動いているのが解る。

彼らはアーラム村の住人だ。

 

不安しかない、自称騎士を先頭に駆り立てた、チートなしの魔女教討伐……だったが、大方の不安帳消し。見事【怠惰】の大司教を退け、屋敷と村の安全を確保する事は出来た。

 

 

前回のループと異様だ、ズルい、狡い! と喚きそうになった、喚いたのは言うまでもない。

 

 

そう、前回の【怠惰】……最初の討伐の際は、【怠惰】の名を持つペテルギウスは一度吹き飛んでそれで終わりだった筈なのだ。

無論、ヤツの憑依先である【指先】も、スバルのループ知識を用いて、アジトの地図と対話鏡を奪い、迅速的かつスムーズに全て潰す事が出来た。

正直、超広範囲索敵能力+五感の共有の凄まじさを改めて痛感させられたのは1度2度3度……数えきれない。

 

だけど、それでもノーミスで、ペテルギウスまでたどり着き、これまたノーミスでペテルギウス討伐が出来た。

無論、一人で出来る訳がないので、気障な精霊騎士の手を借りて。

感覚を共有する【ネクト】を使用する事で、ユリウスにもスバルの視界……即ち【見えざる手】が見える様になったのだ。

 

後は簡単。見えない攻撃や憑依の手段こそが、凶悪極まりない初見殺し能力だったペテルギウス。全てを潰した後は、ユリウスの剣技の方が何枚も上手。スバルもちょこっと手を貸して無事討伐……となったのだが、ペテルギウスはなんと、己の肉体が滅んでも精神は――――! 的なノリで、某長編アニメで出てきそうな祟ってくる神みたいに、バケモノになって追いかけてきたのだ。

 

正直、スバルは生きた心地がしなかった。

エミリアに対しても危険が迫っているという、これまた前回のループにないパターンも広がっていて、自分一人だと、難易度がハードどころの話じゃなくなるのだと、痛感させられた。

 

 

だからこそ、この達成感は素晴らしかった、と言える。All OR NOTHING! とどこかで聞いたことのあるセリフが頭を過る。全てを得るか、亡くすか、それに勝ったのだと最後は諸手を上げた。

 

文句なしのハッピーエンドだった。

 

 

 

 

だが、それも直ぐに闇に蹴落とされる。

今も尚、闇の中で藻掻いている状態だ。空模様所の話じゃない。

 

 

 

「不甲斐ねぇ……オレ一人じゃどうしようもない、ってのが改めて痛感させられた。でも、だからと言って、ここで止まってる訳にはいかないんだ。……クルシュさんに対して、申し訳なく思うが、きっと進展がない。ずるずる世話になりっぱなしになるってだけで」

「返しても返しきれない対価を当家は受け取っている。故に、そこは気にする必要はないナツキスバル。エミリアを含め、な」

「ご厚意だけ、ありがたく貰っておきます。……クルシュさんも、色々とやる事が残ってる筈だ。課題だってある。白鯨に怠惰の件然り、他の連中もそう。下手討つと欲張り商人チームも迫ってきそうですからね」

「アナスタシア・ホーシンか。無論、手立てを考えてない訳ではない。無用な心配だナツキスバル。……卿は、卿達がしなければならない事に、集中してくれ。私達も、その助力になる。惜しみはしない」

 

 

此度の討伐の件。

 

確認できた白鯨・怠惰の件は、王選候補者さん陣営の共同作戦、と言うべき内容だったが、現状を見れば、アナスタシア陣営が頭1つ抜け出た印象が否めない。

無論、クルシュ陣営が負けている、とははた目から見れば言えないが、此度の討伐戦、相応の傷。……それは紛れもなく、アナスタシア陣営と比べると、クルシュ陣営の方が遥かに大きいからだ。

 

そして、そんなクルシュ陣営よりもはるかに……はるかに大きく傷を抉り、更に磔にされて、身動きが取れない。そんな状況にされたのが、エミリア陣営。

 

 

ハーフエルフと言う素性を明かしたエミリア。

 

 

後に芝居であると判明したが、最初は王選の当て馬―――と、ロズワールが言った通りだ。

あまりにもエミリアの容姿、種族は世間に対しての風当たりが強かった。世界を滅ぼしかけた【嫉妬の魔女】の特徴と瓜二つともなれば……、スバルは決して納得は出来ない事柄ではあるが、払拭するのには相応の時間と手間がかかるだろう。

 

でも、それでも心強い仲間がいた。

どんな困難であっても、一緒に居れば笑って乗り越えれると信じて疑わない、そんな唯一無二の友人が、親友が、兄弟が、……この国の英雄が傍に居た。

 

 

だから、きっと大丈夫だと思っていた。後は、自分こそが、スバル自身が横に立つに相応しい男になるだけ。自分次第だ、と考えていた。

エミリアの騎士として、――――英雄の一翼として、隣に立てる様に。自称をのけた騎士。目指すは英雄。長き道のりだが、到達して見せると思っていた。

 

 

 

 

それはエミリア陣営の大きすぎる痛み。

それは英雄の消失。

 

 

 

ルグニカ王国承認、最上位勲章授与、文句なしの英雄。

 

 

 

リーファウス街道の大地の一部と共に、消失。

 

 

兄弟が戻って来てみれば、何処にもいなかった。

笑って待っていてくれるとそれこそ信じて疑ってなかった。

自分の事だけを考えていれば良い。兄弟の心配なんて、10年どころか100年、1000年早いと思っていた。

 

戻ってきたら……、何処にもいないのだ。

 

ただ、そこに居たのは取り乱した英雄の愛妻ラム。

 

 

あの日、もう無くなった世界で見た光景の再来……否、それ以上のものだった。

絶望の全てを、この世のあらゆる不吉を、その身に纏い決して解かれる事の無い状態にまで陥ってしまっていた。

 

 

 

「……兎に角、色々と話し合いをしなければならないので、いっぺん全部持ち帰らせてください。ロズワールにも事の顛末を話とかなきゃだし、不安がってる村の皆も家に帰してやりたいんで」

「……そうだな。心休まるのは故郷。私も、諦めていない。信じて疑ってないとはいえ、心を打つこの悲しみは、どうしようもない。ならば、少しでも心休まる場所が良いだろう。家族が共にあれば、乗り越える事だって出来る」

 

 

最早何も言うまい。

無粋だ、と捉えたクルシュは目配せをした。

 

 

「それが済み次第、俺も全力でツカサの……、兄弟を探します。幸いにも色んな伝手がありそうなのもこちらには居るんで。クルシュさんばっかりに任せる訳にはいきません。………アイツは、俺たちの英雄でもあるんで」

 

 

ラムが聞いたら激怒しそうな事を言っちまったな、と心の中でぼやくスバル。

クルシュもそうだな、と軽く笑って見せると。

 

 

「当家も、重要事項の1つであると位置付けている。故に、そちらも相応の気概を以て当たるとここに宣言しよう」

 

 

ライバル宣言させられた様に聞こえた。

これまた、ラムが聞いていたら一体どうなっていた事か、と苦笑いする。

 

互いに笑いあった後。

 

 

「おっと。長話してて悪いな。もう少し待ってくれ」

 

 

スバルの地竜、パトラッシュが鼻息を荒くしてやってきた。

クルシュと楽しそうに話す事に思う所があるのか、無いのか、それはパトラッシュだけ、もしくは、パトラッシュと話す事が出来る加護持ちだけだろう。

 

 

「ふふ。地竜の中でも気難しいとされるダイアナ種が、こうも短時間で懐くとは。2人には驚かされる事が多いのを改めて感じさせられるよ」

「なんなんですかね? これに関しちゃ、一緒なんですが、ほんとただの直感だったんですよ。パトラッシュと、それに――――」

 

 

ちらり、と後ろを見る。

パトラッシュの様に近づいてきていない。

ラムと一緒に居る地竜の姿がスバルの目に入ってきた。

 

 

「ランバートもそう。単なる相性? だけで済ませちゃいけない気もしますね」

 

 

【白鯨】【怠惰】討伐の件もそうだし、【強欲】【暴食】に対しての立ち回りも そう。

パトラッシュとランバートは、その力を遺憾なく発揮してくれた。他の地竜だったとしたら、こうはいかない、と思える。

 

 

何処か、儚げにランバートを見ているスバル。

流石に違う地竜を見続けるのは、どうなのか、と思ったパトラッシュは気位の高い横顔をこすり付けて、固いうろこでスバルの手を鑢かけにした。

 

 

「ぎゃああ! 乗ってた時は気付けなかった! 想像以上に鱗が痛い! 大根おろしな気分!!」

「……成程。地竜がこのように戯れるのですな。勉強になったのと同時に微笑ましくも思えます。これも信頼関係の為せる業、ですな」

「本当に!? 猫がネズミを転がして遊ぶ~みたいな力関係の構図になってる感満載だよ? ちょっと兄弟の愛竜見てただけだってのに。あっちはもう絶対の主いるって解ってる筈なのに」

 

 

腕を削られたのは良い気付けになったのかもしれない。

その気付けに乗ってくれたヴィルヘルムにもある意味感謝だ。

 

悪い気持ち、運気が下がり続ける様な心持ばかりではいられない、と気を新たに持つ事が出来たから。

 

……或いは本当に、剣鬼にとっては、今の鑢られる激痛は、子供の児戯……戯れに過ぎないのだろうか? 

 

 

 

「まぁ、責任もって、保護者の元にランバートは戻す決意だ、って事で納得してくれよ。パトラッシュ」

「フルッ」

「それと―――」

 

 

スバルはヴィルヘルムを見た。

 

 

「ヴィルヘルムさんともしばらくお別れになるのが残念です。……傷、養生してくださいよ」

「ご心配をおかけします。――――どうやら、この傷(・・・)からは、出血が殆ど無い状態に収まりました。それを幸いというべきかは難しい所ではありますが」

 

 

新たな決意に満ちた目をして、空を仰ぐ剣鬼。

永年追いかけ続けた仇を討ち、悲願を果たし、生きながらえてきた意味を全うした、とも言えた剣鬼が新たに続く意味を見出したのが、その肩の古傷。

 

 

それは、白鯨との一戦で傷つけられたものでもなければ、怠惰討伐の際でもない。

この傷を、ヴィルヘルムに、剣鬼につけたのは先代剣鬼……テレシア・ヴァン・アストレア。

 

【死神の加護】を用いてつけられた傷は、決して癒える事が無い傷。青のフェリスの力を以てしても同様。

そして、その加護は攻撃を受けた者が近くに居れば居る程に、効力を増すという厄介な代物。

 

 

そう―――その古傷が開いた、と言う事実がヴィルヘルムが新たに残った僅かな人生の全てをかける足る事実を告げている。

傷をつけた相手は死んでいる筈だから。白鯨と戦い、命を落とした筈だからだ。

この世にいない筈の妻からのメッセージに思えてならない。

 

それも、魔女教が来たと同時に開く傷。その因果関係は決して無視できない。

ヴィルヘルムは、魔女教を追いかけなければならないのだ。

 

クルシュも容認している事もあり、目的を完遂する為に走る事が出来るのも幸いだと言えるだろう。

 

 

 

スバルは思う。剣鬼は、14年もの歳月を亡き妻の為に捧げ、追い続けた。そして悲願を果たして尚も、燃え尽きる事なく、腐る事なく新たに追い続ける。

 

 

ここでどうしても連想させてしまうのは同じ状況となったラムの姿。

性別こそ違う。最愛を守った男として、ある種の憧れの気持ちは持たなくもないが、それでも実際に体験したいとは思えない。

残された者の悲しみを、よく知っているから。

 

そして……こうも当然思う。

 

ツカサがそれを考えなかったわけがない、と。

 

あのツカサが、その道を選んだという事は、他が全て塞がっていたという事だと。

この身か、最愛か、選ぶとしたらどうするか。そんなものはスバルとて一緒だ。断言できる。

 

 

 

 

ラムもきっと、そう思っている事だろう。

剣鬼と同じ道を歩む筈だと確信できる。

 

 

 

間違いない。ここで終わるわけがない。

ならば、自分に出来る事は一体なんなのだろう? 

足りない手で、足りない頭で、足りない能力で、ちょっとでもツカサやラムの為に―――――――。

 

 

「ほいほい、スバルきゅん。ラムちゃんから伝言預かってるよー」

「へ?」

 

 

そんな時だ。フェリスに突然話しかけられたのは。

それは実にタイムリーな内容。

 

 

 

「【足りない馬鹿バルス。余計な気遣いは無用よ。足りない馬鹿バルス。死になさい】だってぇ♪」

「前後に暴言!? かと思いきや最後に、一段とひでぇの来たなぁオイ!! そんでもって、声・雰囲気結構似てるよ! ヤメロ!!」

 

 




ま、まさかの……orz
主人公&ヒロイン交代危機!!!……(笑)








ギャッホゥ⁉️(゜o゜(☆○=(-_- )゙ラムパーンチ‼️
キャッホゥ!? (゜o゜(☆○=(-_- )゙ツカサパンチ‼️


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必ず見つける

あまり進んでなーーーいヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪ 
(-ω-;)ウーン



( ..)φメモメモ 



頑張ります(゜.゜)



 

 

「ラムちゃんならだいじょーぶ。スバルきゅんの10倍は強い子だから」

「わーってますけど!? 姉様がスゲーのは、超わーーってますけど!? そんな憐れむ様な目でみんな!」

 

 

ラムからの言伝のついでに、フェリスはラムの現状をスバルに伝える。

そうはいっても、ラムとフェリスとでは相性が良い―――とは言えない。出歯亀の件、逢引の邪魔の件で、触れれば殺すオーラがラムに宿っていたのは言うまでもない。

だが、当然ラムも公私のけじめはつけるし、弁えているので、ガン無視やら毒舌やらは、流石にフェリスには言わない。

雰囲気だけにとどめてる。

 

 

―――それはそれで高威力なのだが。

 

 

「―――それで、ホントに屋敷に帰るの?」

「あん? ……そりゃな。ここで静養するって言う選択も無い訳じゃねーが、アーラム村の皆の件もあるし。……何よりも、兄弟の件だ。ロズワールにも一報入れて、取れる手段を全力でする。……こっちでするより、戻って色々と確認したりして、具体的に行動(・・)してた方が良い。気がまぎれるってもんだよ。勿論、クルシュさんやフェリスに対しての皮肉ってわけじゃないぞ」

「べぇーーつぅーーーにぃーーー? フェリちゃんってば、そんな風に感じてにゃいもん。……まぁ、クルシュ様の命令は絶対にゃし? ………ツカサきゅんの想いもクルシュ様を通じて聞いちゃった訳にゃし。フェリちゃん自身に想う所がにゃいわけじゃにゃい……。そこまで性格悪くにゃいもんネ。スバルきゅんとおんなじで」

 

 

ばつが悪そうに、フェリスは空を見上げた。

痛いほど、青い色の空が広がっている。

青とは癒しの称号、国一番の治癒の力を持つ者の称号な筈なのに……、心の傷までは癒す事が出来ない。

 

クルシュも無事だった。白鯨戦では命を落としてしまったメンバーも居たが、怠惰に関しては討伐隊の殆どが五体満足。

大勝利と言って良い戦果を得て、王選に向けても幸先が良いと言えるが、どうしても心が晴れない。

 

 

「なんでそこで俺の名出すんだよ」

「ぷーいっ」

 

 

フェリスはプイっ、とそっぽ向いた。

 

 

「………悪い未来を見た。その先のお前の姿を見た。泣き崩れ、泣き叫び、精神が崩れる。そんな姿を見た。耐えられなかった」

「―――――」

 

 

 

それは、ツカサから聞いた、と言う事にしている事。

実際はスバル自身もその光景はしっかり見ている。魂に焼き付けている。

 

あの世界で必ずやり遂げる、未来をつかんで見せる、と共に心に、魂に刻みつけたのはスバルも同じだからだ。

だからこそ、クルシュの風見の加護であっても、【ツカサから聞いた】と言うそれが有る意味虚言であるとは見抜けなかった。

 

 

「お前からすりゃ、バカバカしい、荒唐無稽な話だって一蹴すっかもしれねぇ。……でもな、俺みたいな無知蒙昧にして、天涯孤独、弱肉強食なら速攻で食われそうな側の男が、ここまでやれたのは、兄弟のおかげだ。……兄弟がいてくれたから、ここまで来れてる。英雄(アイツ)の名誉に誓って、その力は嘘じゃねぇ、と言っておくぜ」

「バーカ。嘘だにゃんて、フェリちゃんが思う訳にゃいじゃにゃい。スバルきゅんを、……ツカサきゅんを嘘呼ばわりしちゃうと、クルシュ様の事まで嘘つきって言っちゃう事ににゃるんだし!」

 

 

時間遡行(ループ)系の話は本当に頭が痛くなる、理解するのが難しい……と、匙を投げるぞ! と思ってしまうスバルだったが、自らの身に起きた事だ。加えて、大恩人どころか、最早家族で兄弟の男が命を賭けてくれたのだ。

頭がパンクしようが、爆発しようが、しっかり頭に刻み付けておく事にしている。

 

 

【強欲】と【怠惰】

 

 

魔女教と相手にする為に、魔女教に勝つために、繰り返し続け、その繰り返しの中で、クルシュにもしっかりと告げたらしい。

何故戻ってきたのか、未来で起きた事、クルシュ自身の運命、全てを話した。

一体、どう云う力が働いたのかはわからない。

 

本来は、共に過去へと戻る為には、セーブポイントに一緒に戻る為には、相応の術が必要となる筈だった。

 

だが、クルシュはそんな記憶は無いとだけ言っていた。

どうやら、あの時が止まった白の世界には入っていない様だった。

 

何故、クルシュは記憶を保持する事が出来たのか。本人もわからない、ただただ朧気だが覚えている、記憶に残っているとだけ言っていた。

まるで、単独で時を超えたかの様に。

 

そして、どうやらその現象はラムにも起きていたらしい。

 

 

【強欲】と【暴食】

 

如何に、【怠惰】は一蹴出来る程の戦力を持っているツカサとはいっても、大罪司教2人を、それも世界に最凶、最強と恐れられ、城塞都市をたった1人で滅ぼし、英雄を屠った【強欲】を相手にする状態で、余裕があったとは思えない。

全てを救う事が出来るからこそ、心情を優先して、効率的、合理的な考えを省く事はあっても、心情を優先して、全てを失うなんて、そんな事はしない筈だ。

 

ツカサの意思で、共に戻ったのではない。

だとするなら……紛れもない。理由付けなんて無粋な事はしない。

 

 

【想いの力】

 

 

それに尽きるだろう。

 

 

 

「ブーーーー! スバルきゅん! とっととツカサきゅん探して、ラムちゃんにしっかり謝ってさっさと夫婦になれ~~~って、言っちゃって!!」

「お。おう?? 突然どーした」

「うるさーい。約束したからネ! ………戻ってくるまで、いや、これからもずっと。何がどうなろうと」

 

 

フェリスはまっすぐにスバルを見た。

そして、きっとその背後に居るであろう……ツカサに対しても。

 

 

「クルシュ様だけは必ずお守りする。紡いでくれた命、決して傷つけたりしない」

「―――――――ああ」

 

 

それは、フェリスにしかできない事だ。

傍に居続ける存在にしか、出来ない事だ。

 

 

「だから、約束しっかり守ってネ? じゃないと、体中のマナを暴走させて、狂い死にさせちゃうんだからネっ!」

「可愛い顔と声で、トンデモねー事言わないでくれますっ!?? ………(狂い死、か)」

 

 

この世の地獄を経験したスバルにとって、狂い死にさせるとは片腹痛い、と思わずツッコミを入れた最後には笑っていた。

死を経験し、入門編とはいえ死にたくても死ねない無間地獄も体験した。これ以上のモノは無い。……かといって、比べる耐えれると、フェリスの自称・狂い死に地獄を体感したい訳ではないが。

 

 

「いつまで準備に手間がかかっているのバルス」

「あ、スバル。ご挨拶はちゃんと済ませた? 他の準備は??」

 

 

そんな時、丁度エミリアと共にラムが戻ってきた。

ロズワールの指示ではないが、ツカサの付き人を全うできない以上、次点の仕事はエミリアの付き人だ。だから、彼女の傍に仕えている。間違ってもスバルの方じゃない。

 

兎に角、準備出来た、とグッと親指を立てて片目をぱちんっ、とスバルは閉じて答えた。

 

 

「その様子だと問題なさそうね。屋敷まで出発は出来る?」

「モーマンタイ。俺とパトラッシュで曲芸運転したって平気。なんなら、ウィリーしちゃうよ」

「よくわからないけど、すごーく嫌な予感するからうぃりーは禁止ね」

 

 

よくわからないいつも通りに徹するスバル。

エミリアも相当落ち込んでいたが、どうにか前を見なければと奮起をしているので、その気遣いをスバルはしているのだろう。

だからこそ、いつも通り、いつも通りにお道化て見せている。

 

そんな心情を当然ながらラムも察している。察しているからこそ、【ハッ】と小さく鼻を鳴らした。言葉にすらしない侮蔑の意思。全て見通した上で、その上で嘲笑ってくるラムの強さには、ただただ舌を巻くし、感心するし、脱帽するし、敬服で、目を見張る想いだ。

 

 

エミリア、ラム、スバルの3人が集まり、軈てもう1人。

 

 

「エミリア様。村人全員滞りなく―――」

 

 

ぺこり、とお辞儀をするのは長身のメイド姿。スバルよりも遥かに上背があり、グラマラスな身体、チャームポイントはそのギザギザの歯。フレデリカである。

 

 

「ハッ。バルスよりも遅いなんて、同じロズワール様のメイドとして情けない限りだわ」

「まぁ、嫌ですわ。全て時間通り、滞りなくです。それに私はこれでもラムの事を想ってお仕事に努めただけですのに、やはり貴女は可愛げのない子ですわね」

「何度も言ったわ。可愛げなんていらない。ラムは十分以上に可愛いもの。これ以上を求めるなんて、神罰が下るわ」

 

 

そう仄かに笑って見せるラム。

フレデリカも同様だ。

 

このフレデリカとラムのやり取りは、何度も何度も見ているが、やはり心がほっとする……、そんな感じがするのはスバルだけじゃなく、エミリアもそうだろう。

今でこそ普通に接しているが、ツカサが居なくなった当初のラムの事を思えば……、やはり胸が締め付けられる。

ほっとしていても尚、やはり失ったものがあまりにも大きすぎるが故に、落ち着かない。

まだ、バカみたいな話であったとしても、続けていた方が大分楽になる。

 

エミリアと言う主を差し置いて、そのメイドたちが勝手に盛り上がるとは何事かー! 失礼だーー、と普段ならば思うかもしれない状態だが、誰一人咎める者はいない。

フェリスも、クルシュもヴィルヘルムも、皆笑っている。

 

 

「ほいほーい。それ以上は帰ってから楽しんだ方が良いと思うのよねん。だって、名残惜しいケド、そろそろ出発のお時間だから」

 

 

ぽんぽん、と手を叩くのはフェリス。

いつまでも、気が休まるのなら、いつまでもしていて良い……とクルシュもフェリスも実の所思っているのだが、生憎仕事と言うモノがある。

その辺りは皆解っているので、皆がフェリス―――ひいてはクルシュに注目した。

 

一歩前に出たクルシュは姿勢を今一度正すと。

 

 

「まず、繰り返しになるが、此度の白鯨・魔女教討伐。私は……我々は決して忘れない。この恩義は、永遠に忘れる事は無いだろう。何れ来る雌雄を決する機会が訪れても尚、私は忘れまいとここに誓う」

「――――いえ、私は、私は、クルシュ様にお礼を言われるような事はなんにも。私、この数日はほとんど蚊帳の外だったので……」

「俺の活躍はエミリアたんの活躍、俺の兄弟の活躍は俺とエミリアたん――――いだっっ!!」

 

 

エミリアのモノ、と言うのならまだ良かったが、ツカサの功績まで自分のモノにしようとしたので、容赦のない踏み抜きがスバルの足を直撃した。

 

 

「じょーだん、じょーだんだっての。兎に角、俺も、兄弟もエミリアたんの活躍、その手柄はエミリアたんのものだ。受け取ってくれ」

「スバルきゅんの場合、やらかしもエミリア様のものになっちゃうけどネ」

「よけーーな事言うなっっ!!」、

 

 

恐縮するエミリアをスバルがフォローするのだが、なんだかんだと周りから駄目だしされてて、格好がつかない。

これもまた、雰囲気を少しでも良くする為には良い事なのかもしれない……と無理矢理思う事にする。空元気でも良い。

 

失ったものを取り戻した後に、思いっきり愚痴って、思いっきり罵倒して、思いっきり毒吐いて、……後は、思いっきり抱き着けば良い。無論ラムが。

 

 

「大丈夫です。これから私もしっかりと話し合いはしていきたい、って思ってるから。私も―――色々、出来る事を探していきたいと思ってます」

「――――――」

 

 

クルシュはまっすぐにエミリアを見据えた。

呪われた人生とも言って良いハーフエルフが背負った業の深さ、他人がそれを本当の意味で知る事は出来ないだろうが、それでも、真摯な瞳で見据えるエミリアは、それを受け止め、前へと進む覚悟は出来ている様だ。

失ったものばかり数えず、いや最後まであきらめずに全て胸に抱いて、前へと進みだす。

 

 

「……必ず、また会おう。エミリア、ナツキスバル」

「はい。……私は同盟を組んでいても、クルシュ様と対立する候補です。負けない様に、頑張ります」

「ああ、そうだな。受けて立つ―――と言える程、私は胸を張れる成果を残したとは言い難い。私は英雄に助けられたのだから。助けられた命、拾った命だ。……王国の英雄が私を救った。……それに恥じない生き方をする。ただ、それだけだ」

 

 

クルシュはそう言って表情を少しだけ和らげた。

そして、ラムとフレデリカの方を見る。

 

 

「ラムとフレデリカも息災でな」

「「―――クルシュ・カルステン様。我が主、ロズワール・L・メイザース様に代わり、御礼を申し上げます」」

 

 

息の合った、とはこの事なのだろう。

体格こそは違うが、ラムとレムがいつもシンクロをしている時と大差ない。礼儀作法も完璧だった。

 

 

「ラム」

「――――はい」

 

 

クルシュは、2人からの礼をしっかり受け取った後、再びラムを見る。

 

 

「その髪留め(カチューシャ)に付けられた()……、良い輝きを放っているな。まるで、ラム自身の魂をそこに見た気分だ」

「…………これは、ラムの生きる目的の1つですから」

「ああ。解る」

 

 

クルシュは少しだけ目を伏せる。

ラムの持つ(ソレ)……一体何なのかは事前に聞いている。聞いているからこそ、この場でクルシュはラムに話題として挙げたのだ。単に着飾ってるだけじゃないのだから。

 

 

「以前、私とラムは同じと言ったが、どうやら少し違う様だ(・・・・・・)。……差を、つけられた気分だよ。存外堪える」

「いいえ。私はそうは想いませんが」

 

 

ラムはそう言うと、再び礼儀作法に乗っ取って、エイド服の先を摘まみ、頭を下げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――必ず、見つけてみせます(・・・・・・・・)

「ああ。―――私も存分に、腕を振るう事にしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 



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英雄の行方

おそ~~くなりました……大変デス


 

 

 

 

―――屋敷への帰途についた竜車内は、重苦しい空気だけが支配していた。

 

 

 

 

「―――――――」

 

 

 

 

 

大型の竜車は、クルシュから報酬として贈られた内の1台だ。

パトラッシュ、ランバートに続いて竜車1台プラス。

当然ながら、クルシュはこれじゃまるで足りない、と言っていたが、受け取るべき本人が不在である以上、ナツキ・スバルの報酬として受け取るまでに留める事としたのだ。

 

だが、スバルの活躍の事を考えると、それでも無欲が過ぎる、と諫められたのは言うまでもない。

 

兎にも角にも、重苦しい空気の車内に居るのは、スバルとエミリア、そしてラムとフレデリカだ。

元々、ラムは自分から話をして、盛り上げる様な性質ではなく、淡々と主の傍らに居て、熟すべき仕事を熟すだけ、と言うのが主流。

 

これまでの陽気さ、明るさは半減以下となっていて、その原因が一体何なのかも当然言うまでもない。

フレデリカも最初こそは気を使い、それなりに古なじみの由もあって会話をしていたが、それも長くは続かない。可愛げのない後輩、と言っていた様に元々仲良しこよしと言った訳では無かったのも少なからず影響があるだろう。

そんな中でも甲斐甲斐しく勤めてくれているフレデリカが居なければ、この場の重々しさは、倍増しだったかもしれない――――と思うとスバルは苦笑いをする。

 

 

「……これは、ガキどもが別の竜車に乗ったのも失敗だったかもな……、いや それは安直な考え、か」

 

 

と、口ずさむ。

王都に戻る際の竜車内では子供たちで賑わっていた。

エミリアと一緒に帰還する事もあり、王選などの話もあって聞かれたくない事もあるだろう、と言う配慮から、村人たちが配慮してくれたものだ。

 

だが――――子供たちが乗っていたからと言って、結局万事解決といかない、寧ろ更に悪くなる可能性もあったので、一概には言えない。

 

 

やはり、そこでも絡んでくるのが、我らが英雄・ツカサの存在だ。

 

 

元々ロズワール邸の下男として仕えていたスバルと違い、ツカサは村を拠点としていた。

ラムと相応の仲になりつつあった後は、徐々にロズワール邸で過ごす時間も多くなってはいたのだが、スバルよりは付き合いが長くなっている。

 

スバルの目玉と言えば、朝のらじーお体操。

大声上げてヴィクトリー! と村人の皆と爽やかな汗を流す朝の運動。

でも、その場にはツカサも居るので、やっぱりアーラム村の人達との付き合いはスバルよりツカサの方が優勢、である。

 

 

そんなツカサが居なくなったのだ――――。

 

 

子供たちは目に見えて消沈していたのは目に見えて解るし、何より物分かりが良いペトラが特に気落ちしていたという事も、拍車をかけた。

 

ツカサは暫く留守にするだけだ、と。またきっと会える、と。大人たちは言っていたのだが……、それを簡単に信じる子供たちは誰一人としていなかった。

当然だ。大人たちでさえ信じられない、信じたくない。討伐隊の皆に聞いて回った者もいる。

子供たちには聞かす事が出来ない事実……、魔女教大罪司教相手に、単身立ち向かい……そして消息不明となったのだ。それは、地形を、大地をも変える程の戦いだったらしい。

 

決して長いとは言えない付き合いだったが、村人は皆ツカサの事を知っている。その強さを知っている。優しさだって温かさだって知っている。だからこそ……深い深い悲しみに包まれていた。それを子供たちが感じ取れない訳がない

 

いわば悪循環となってしまっているのだ。

 

 

「――――そろそろ、もうこの重苦しい空気を、沈黙を変えましょうよ。と言うか、もう僕が耐えらそうにありません」

「いや、さらっと入ってきて突然何言いだすんだよ。ってか、お前いたんだ?」

「いたよ!! いるに決まってるじゃないですか!! 僕がそもそも、なんのためにナツキさんに協力したり、魔女教に振り回されたりしたと思ってんですか!?」

「兄弟との盃交わす為?」

「言ってる意味わかんないです。何ですかソレ?」

「んじゃ、趣味とか?」

「余計意味不明ですよ! 命がいくつあっても足りない趣味ですねぇ!?」

 

 

大袈裟に唾を飛ばしているのはオットー。

御者台から顔をのぞかせたオットーは、此度も予定通り、予定調和。魔女教に取っ捕まっており、それを鉄の牙が保護してくれたのだ。

 

 

【オットーの事、よろしく頼むよスバル】

 

 

ツカサにも、念押しで言われていた事だ。鉄の牙が助け出した以上、時間的な要因も含めて、間違いなく今回も助け出せる……と99.9%は想っていたが、オットーは生粋の悪運所持者。

万が一、万が一、0.1%でも――――と考えてしまうのは仕方がない。

 

だからこそ、最後までツカサは彼を頼むとスバルに言った。

 

少々妬ける話ではあるが、かの英雄が初めてこの世界に降り立った時。

この世界での初めての友達がオットーなのだ。

スバルにとっては形こそ男女と違う面はあるものの、スバルが初めて出会ったエミリアの様なモノ。

※リンガ売りのおっちゃん? 三バカとんちんかん? 知らんなぁ。

 

 

何よりツカサに頼られたのだ。応えなければ男じゃない―――と奮起した切っ掛けでもある。

 

それに、今回の英雄喪失の大事件。オットーもかなりの衝撃と深い悲しみをその頭と身体と心に刻まれていた筈なのだ。

助け出された時、必ず助けるとツカサに言われて――――と言う文言をオットーの耳にも入れたから余計に。

 

そんな中でも大袈裟にでも明るく振舞おうとしたオットーを無碍にする事は出来ず、かといって、スバル自身がしなければならない事だった、と言う考えも捨てきれないので、オットーを揶揄う事にしたのである。

 

なので、意地悪く笑いかけながら続けた。

 

 

「ま、そりゃ冗談って事にしといて―――解ってるって。お前の目的の半分はロズワールとの話し合いと積み荷の買い取りだ。もう半分はいつ達成できるか解らんし、こっちとしても最善の努力はするつもりだが、暫くお預けって事にしといてくれ。だから、腹空かせた犬みたいな顔してんなよ」

「誰が腹空かせた仔犬ですか!? と言うか、ロズワール氏との件、ほんと頼みますよ。お願いします! ほんとのほんとに僕の人生が懸ってるんですから! 尚、後者に関しては僕は一切心配してません。寧ろ、僕の幸先の悪さの方が心配です!」

「自虐ネタにしてはぜーんぜん笑えねぇなぁ? こっからの商談も破断に終わったりして――――」

「不吉な事言わんでくださいよ!! ここはツカサさんの事は心配いらないっ! って言った僕にその理由は!? って聞く場面でしょ!」

 

 

オットーの抗議の声に、【ハッ】と小さく鼻を鳴らすのはラムだ。

ラムは意図して空気を重くした訳ではないし、エミリアもいる手前、そんな不遜な対応を取ってしまえば、ロズワール邸のメイドとしても失格の分類に入る。

 

でも、それでも周囲の空気にさえ気付けなかったのは、やはりラムの髪留め(カチューシャ)にある羽の存在。

青みがかかった鮮やかな緑、青緑それは時折瞬く様に、ほんの僅かだが光っている様に見える。

 

不思議な事に、他者よりも早くに視覚的に見えてないラムがその瞬きに気付く。

ラムが持っているから、ラムの傍にあるからか、その僅かな輝きに反応出来るのは、見ている側じゃなくラム自身。

そして、今は【ツカサ】の名を聞いて 竜車の中の会話に加わった? 形である。

 

 

「ああ! 今鼻で笑いましたねっ!?」

「ハッ。何言ってるか解らないわ」

「いや、また笑った! 絶対解ってるでしょ! ソレ!」

 

 

ここぞとばかりに、オットーはラムにも噛みつく。

寧ろ、コレが本当の目的だった……かもしれない。

信じて疑ってないとはいえ、片時も離れない、一番傍から離れたくないのはラムの筈だから。

 

 

「ここまで色々と進退かけても、友達を信じて、自分も信じて頑張ってる僕にひどいですよ、ラムさん!」

「随分と損な性分をしていると評価するわ。一体何を仕事にしているのかは、ラムは知らないけど、商人にはきっと向いていないわね」

「また、解った上で言ってますよねぇ、それも!」

 

 

ここで少々出遅れたスバルが再び参戦。

揃ってオットーをいじりにかかる。

 

 

「まぁまぁ、ラムもきっと悪気は……うん。悪意しかねぇよ。だから落ち着けって」

「悪意しかないのに、落ち着けってどういう事ですかねっ!??」

「―――まぁ、それはそれと、オットー。お前にはすこ~しばかり言いづらいんだが」

「な、なんですか……?」

 

 

ツカサ関連に関しては当然ながら、ここにいる誰もが何も疑ってない。

だが、オットーにとっては他にもある。ツカサを心配していないからこそ、もう半分が重要になってくる。

ロズワールとの話し合い、積み荷の買い取りと専属契約(ツカサ御付き商人)。

でも、相手があのロズワールだともなれば……、元々不幸属性MAX。スバルと良い勝負するくらいはMAXなオットー。

何をどうやっても、手玉に取られて遊ばれる姿しか想像できないし、見えない。

ツカサ専売特許の未来視? が出来る様になった気分だ。

 

 

「何とか力を貸してやりたいのはやまやまなんだが……、やっぱ、本人には言えねぇよ。勝算薄々なんて」

「ハッキリ言っちゃってくれてますよねぇ!? 隠す気なんてない、寧ろこっちも悪意満載なんですが!?」

 

 

オットーの言う通り、一切隠す気がないスバルのモノ言い。

性質が悪い事に、ここは単なるいじりではなく、ロズワールとの商談が望み薄である事を暗に言っている事くらい解る。

その辺りはマジで死活問題だ。

心配していないとはいえ、ツカサがいない現在、橋渡しをしてくれそうな人選は限られている。

 

頭を抱えながらチラリ、と見たラムの顔は無そのもの。軽くまた【ハッ】と笑ってあしらわれたので、期待値なんて0.1もない。

 

そんな突然始まったラムを含めた3人の大喜利に、エミリアは大きな瞳を丸くさせていた。

その横のフレデリカは、一先ず安心した様でほっと胸を撫でおろすだけに留めている。

 

 

「私、知らなかった。3人ともすご――く、仲良しなのね。びっくりしちゃった」

「仲良しなんてとんでもありません、エミリア様。この2人は、バルスはロズワール様の使えない使用人。だからラムの下僕。オットーは、勝算も幸も薄い、ただの通りすがりの商人。エミリア様のお考えとはほど遠い関係性です」

「ぅおいっ!?」

「ひどいっっ!!」

 

 

再び始まるは大喜利。

エミリアはただただ笑う。

 

 

「姉様の答えじゃわかんなかっただろうけど、エミリアたん、こいつにとっての俺は ただの命の恩人ってだけだよ」

「否定できないから釈然としないっ!」

「頼まれたのは~、間違いないけどぉ~~? 実際の所は、大恩人な筈なんだよね~~」

「解ってますよ! なんなんですか、その小憎たらしい言い方っ!」

 

 

魔女教に捕まり、生贄寸前だったオットーの救出。

ツカサの力を、スバルの死に戻りを知る由もないオットーだから、スバルが一番救出に貢献した、と言う形となっている……と解っている。釈然としないようだが。

 

直接的な救出ミッションは、【鉄の牙】のメンバーで、ミミやらリカードやらなのだが、そこは忘れたふりをする。

 

 

何はともあれ。もう竜車内の空気は大丈夫だ。

ラムも、あの羽に注視し過ぎていた、と口には出さないモノの、解っている事だろう。フレデリカともまた絡みだしているところを見ても。

 

 

「そして、その事に感謝しつつ、取り合えずお前とはいったん、お別れのお時間です」

「あ、ちょっと! そうやって直ぐに僕を邪魔者扱いして――――」

 

 

連絡口の戸を閉めて、スバルはオットーの叫びを途中で遮る。

暫く、ほんの暫くの間だけは、オットーは何やら連絡口の向こう側で喚いていた様だが、直ぐには止まった。

まるで、役目はここまで―――と言わんばかりに。

 

 

 

「はぁ……、全く」

 

 

 

世話が焼ける……とオットーは一息ついた。

傍には、ランバートとパトラッシュが控えている。自身の竜車を引いてくれていた地竜には申し訳ない気分でもあるが、この二頭相手なら許してくれるだろう。

もう既に相手がいて、自分等眼中に無いのだから。

でも、1人いない。欠けてしまっている。

 

 

「早く、早く帰ってきてくださいよ、ツカサさん。ナツキさんだけじゃ、きっと駄目です。駄目なんです。……ラムさんを御する事が出来るのは、唯一無二、貴方だけなんですから」

 

 

オットーは空を見上げながらつぶやいた。

背後で何やらクシャミをした様な気がしたが―――――気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょい真面目に話します。気まずい空気を読んで黙るとか、超俺らしくない。こんなもん続けてたら、兄弟に愛想つかれるどころか、横っ面殴られる」

「……そうね、私もスバルに賛成です。黙っちゃうのは確かにスバルらしくないもん。いつも元気で無茶ばっかりして、誰かの気持ちなんて関係ないぐらい騒がしい子だもん。……ね? ラム」

「はい、エミリア様」

 

 

一番気を遣わなければならない者、と言えば半身を、自分の半分を失ったと言って良い程の悲しみに暮れていたラムに対してだろう。

だが、そのラムがいつも通りに戻ろうとしている、表面上に限りかもしれないが、それでも戻ろうとしているのにも関わらず、他がダンマリと言う訳にはいかない。

 

 

「そこに無能の二文字を、付け加えてください」

「やっぱ来ますよね! 相変わらず安定辛辣毒舌姉様」

 

 

スバルを揶揄って遊ぶ所もいつも通りの調子だ。きっと戻ってる。

 

 

「ツカサが戻ってきたら、すごーーく、お説教しないといけないね。皆に心配かけた分、そのお礼として、何かお願いごと、聞いてもらうんだから」

「おっ、エミリアたんのそれ賛成! 結構楽しみだったりするよ」

 

 

エミリアの言葉に同意しながら手を上げるスバル。

 

 

「あっ、でもでもでも、エミリアたんLOVEなのは俺だけだからね! そこんとこは兄弟にも渡さないからね!」

「はいはい。解ってます」

「わ、解ってくれちゃった!? 嬉しいケドちょっぴり照れる……」

「スバルがツカサを目指してるのは十分知ってるし、色々と負けたくない気持ち、私にも解るから」

「………そ、そーいうトコじゃないんだけど」

 

 

エミリアの事が好きだ、と告白はしっかりできた。

相思相愛を改めての確認だったら凄く嬉しい天にも昇る想い―――――なのだが、エミリアの認識はちょっぴりズレていて、意気消沈するスバル。

当然、ラムは【ハッ】と鼻を鳴らす。

 

 

「身の程を弁えないとはこの事ね。バルスはエミリア様の小間使いも良いトコ……、いいえ、小間もこなせてないわね。無駄遣いよ」

「無駄遣いって、最早違う意味になってんじゃねーか!」

 

 

 

ラムの調子もきっと元通りだ。

だからこそ、エミリアは意を決した。

人を気遣うなんて、正直苦手であるとエミリア自身は勿論、他の皆も大体は解っている。

だけど、エミリア自身もハッキリと聞いておきたい事があるのだ。

 

 

「うん。……ええっと、ラム。もうそろそろ、教えて欲しい、かな」

「――――――」

 

 

スバルを弄っていたラムの挙動がピタリと止まった。

 

 

「また、説明をしてくれる、って言ってた事……」

 

 

その内容。

当然ツカサの事だ。

ラムがラムでいられる理由にも繋がる事。

 

英雄を失った、とエミリア自身にも聞かされた当初の事を思えば……。

 

 

 

 

「ツカサの事、教えてくれる?」

「仰せのままに」

 

 

 

 

ラムだけの胸の内にしまっていた真実。

ラムがラムでいられる最大の理由を今話すのだった。

 

 

 

英雄(ツカサ)の行方についてを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間を少し遡ろう。

 

リーファウス街道があり得ない地形へと変化していたが、迂回して何とか王都へと向かっている一行。

 

 

 

 

 

「いやいやいやいや、地形変えるとか。それ前に聞いたまんま。パックとロズっちの魔法合戦レベルじゃねーかよ」

「えーーっと……、パックの時とはすこーし違うと思う。魔法で作った氷はある程度の時間が経てば消えちゃうから、パックが使った魔法は、地形を凹ましちゃったけど、新しく作る~なんて事は出来ないと思うな――――」

「…………だよねぇ」

 

 

ロズワールとパックの魔法合戦。

その事件の詳細は省くが、エリオール大森林の地図を描き直さなければならない程には荒れに荒れた。強大な魔法、マナとマナのぶつかり合いによる余波で、大地は削れ、森林は吹き飛び、凡そ大戦争でも起こったのか? と思われる様な有様ではあったが、事リーファウス街道の惨状のそれはまた違う。

 

何せ新たな創生だったから。とても立派な山々が形成されていて、迂回するのに大変だった。

それに峡谷? まで出来ていて、底が見えず、クレーターの様に大穴が開いているかと思えば、その残骸が周囲に一切ない。まるで、大地丸ごと球体状に消しちゃったイメージだ。

 

荒れ果てた大地とは全然違う。違う大地を運んできた、と言う方がしっくりくる。

そんな無茶苦茶をやって見せたであろう男は、スバルにしても、エミリアにしても1人しか知らない。

 

 

「んっん~~、でも妙だな。兄弟なら、元に戻してそうだけど……、少なくとも、アーラム村を囲んでたヤツは綺麗さっぱり元通りに戻してたし? 皆の仕事にも影響があるから~って」

「あ、それ私も思った。きっとツカサもへこたれちゃったんだと思う。すごーく危ない犯罪集団と戦ったんでしょ?」

「へこたれた、って今日日聞かねぇな……って、それは置いといて。まぁ、そうだね。―――過去一ヤベェ連中と戦ったんだと思うよ」

 

 

魔女教に関してはエミリアにはまだ話をしていない。

あまり、連中とエミリアを近づけたくない、と言うのは今回のループでも同じだったからだ。

 

だから、作戦通り凶悪な犯罪集団が襲ってきて、その1部隊がメイザース領に、もう過半数以上が王都側へと進行していたのを食い止めて~と言う流れにしている。

便宜上、ツカサは白鯨との一戦で消耗し過ぎたから王都帰還組に入った……と言う事にしているがエミリアにはそれは告げていないから、ツカサが戦った、と言っても矛盾は生まれないだろう。

 

ここまでの規模で戦えるのであれば、帰還組に入る必要ないじゃん、って思ってしまうから。

 

 

「とまぁ、でも身内が地形変えちゃいました~~、なんて事がバレたら非難轟々……、兄弟にはしーーっかり詫びって貰わないとだね、エミリアたん」

「んー、でも皆の為に頑張ってくれたんだよ? 責めるのはすごーく可哀想」

「じょーだんだって。兄弟には感謝こそすれ、責めるなんてありえねーし、そんな資格はまだ俺持ってないよ、って言いたいよ」

 

 

散々助けられた。

孤独から救ってくれたのに加えて、全てを終えて戻ってくる事が出来たのも、間違いなくツカサがいてくれたからだ。

 

エミリアの突然の死から再びループが始まった。

 

立ちはだかるのは魔女教……【怠惰】【強欲】【暴食】。

それに加えて、世界の厄災であり三大魔獣が一角【白鯨】。

 

一国の軍事力を要する―――どころの騒ぎじゃない。これまでの被害の規模を考えたら、全世界が手と手を取り合って一丸となって戦わなければ退ける事が出来ない相手、と言ったって良い。

 

そんな絶望の袋小路だ、って言って良い。死にゲーの糞ゲー、メーカークレーム物であり、修正をさっさと入れろよ、と何度だって通告して良い程の極悪難易度。

 

それを乗り越える事が出来たのは。

誰一人欠けずに、乗り越える事が出来たのは、間違いなくツカサのおかげだから。

 

 

「――――まぁ、こーいう事考えてっと、フラグがたっちまうから、そこはオットーを生贄に捧げて乗り切るか!」

「何だか凄く不吉な事言われた気がするんですが――――!?」

「あれ? 居たの??」

「いますよ! いるに決まってるじゃないですか!」

 

 

ナイスなタイミングで連絡口がガラっ、と開いた。

盛大に文句と唾を飛ばすのはオットー。

 

居ない訳がない。何なら、今回の魔女教討伐戦においてもかなりのファインプレイをした者の内の一人だから。

 

細かな詳細は省くが、結論から言えば、オットーのおかげでエミリア爆死と言う最悪の未来を防ぐ事が出来たのだ。

 

エミリアを脱出させる様に選んだ竜車に小規模な村であれば余裕で吹き飛ばす事が出来る【火の魔石】が組み込まれていたらしい。

それは、魔女教間者であったケティの竜車に仕掛けられていたらしく、これはツカサは勿論、スバルにも想定外の出来事だ。

何せ、道連れ爆発したのは本人に刻まれていた術式によるものだと思っていたし、竜車事氷漬けの粉微塵にしてしまったので、その拍子に火の魔石も綺麗な結晶へと変わってしまっているから解りようがない。

 

先に脱出したエミリアに追いつく為に、オットーの力を借りたのだ。

オットーが持つ加護、【言霊の加護】により最短にして最速でエミリアに追いつく経路を割り出し、強引極まりないルートで追いつく事が出来たのだ。

 

その際に、無用な働き者が最後の勝負を仕掛けてきたが――――それも省く。

 

 

「俺の最高の活躍の場を省くってどーいうこった!?」

「一体何にキレてるのかわかりませんよ! この野郎!! あーーーもうっ、ちゃんと約束守ってくださいよ、ナツキさん。僕の人生が懸ってるんですから!」

「その辺は大丈夫だって、それこそ何べんも言ってるだろ?」

「…………」

「ほれほれ、兄弟がオトモダチの事、見捨てるって思う? そんな薄情?」

「――――それは、まぁ。確かに。思いませんね」

「俺と全く違う反応にムカッときた。やっぱ、止めてもらおうかな、止めようかな。全身全霊で」

「なんでそんな事で全身全霊だすんだよっ! 僕頑張ったでしょっ!??」

 

 

唐突に始まったオットーとスバルのじゃれ合いには、エミリアは思わず大笑い……仕掛けたが、直ぐにやめる。

疲れて眠ってる子供たちがうるさそうに、声を上げていたからだ。

 

 

「2人とも。――――しぃ~、しないと駄目でしょ?」

「「ハイ……」」

 

 

アーラム村の子供たちも全員無事。

最初の方こそペトラが起きていたが、今では子供たちに混ざって寝落ち中である。

そんな寝ている子達の前で騒ぐなど言語道断、だ。

 

いそいそ、とスバルも定位置に戻り、オットーも視線を前へと向き直した途端に再び声を上げた。

 

 

「あ、見えてきましたよ!」

 

 

そう、長旅もここまでだ。

随分、本当に随分長く旅をした気分になる。

 

無事に、王都ルグニカへと到着する事が出来た。

 

 

「どんだけ遠回りしたか、解らねぇよなぁ……兄弟」

 

 

どさっ、とだらしなく竜車内の幌を見上げるスバルはそう不意に呟く。

 

まだまだ、やらなければならない事は多いかもしれないが、ここを一先ずゴールとしよう――――。

 

 

晴れやかで、清々しい気分のままに、もう目と鼻の先にあるルグニカへと向かう。

 

 

 

 

あのルグニカがゴールの筈だった。

まだまだ仕事は沢山あるとは解っていたが、それでも一件落着の筈だった。

 

この慌ただしい王都を前に、尋常ではない事態が起きている、と気づくのには時間は掛からなかった。

 

当初は白鯨を討伐した事に対して、王国が沸いていたと思い、ある程度の力を貸せた身とすれば、少しばかり鼻を高くしても良いのではないか、と思っていたのだが、そんなお祭り騒ぎと言う訳ではない。

 

 

 

――――命と引き換えに。

 

 

 

その言葉が、スバルの耳に届くのは、エミリアの耳に届くのも、時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都へと戻り、一先ずはカルステン家へとスバルたちは向かう。

カルステン家においても、非常に慌ただしい様子だった。

 

無論、スバルはある意味2度目の帰還な上に、前回は当主を失う事態となったカルステン家も見ているので、ある程度の耐性は出来ている……と思っていたのだが、それは淡く、儚く、泡沫に、散り征くだけだった。

 

王都から嫌でも聞こえてくる声には決して耳を貸さなかった。

そんな訳がない、と。あり得ない、と。カルステン家で――――クルシュにしっかりと問いただす、と。

 

絶対に、そこにはいる筈だから。

皆が無事なのであれば、絶対に居る筈だから。

 

 

 

 

「――――――すまない」

 

 

 

 

 

だが、そこで会ったのは、これまでにない程に、視た事がない程憔悴しているクルシュの姿。

それでも皆を導く為に、奮闘をしているのは解るが、それでも憔悴しきっているのは目に見えて解る程だった。

 

フェリスが付きっ切りで傍に居るとはいえ、心の治癒までは出来ない。

 

或いは、自分達だからこそ―――、身内だからこそ、その姿を晒す事が出来たのかもしれない。

 

 

「い、いや、待ってくれよクルシュさん。冗談にしても性質が悪すぎるぜ、全然笑えねぇよ」

 

 

英雄喪失。

スバルの頭の中で何度も何度も流れる言葉。

消しても、消しても、消しても、消しても、纏わりついてくる。

 

死に戻りをする際に、際限なく無限に感じる程囁かれるあの闇の愛撫に匹敵する程のモノだった。

 

 

 

「………すまない。事実、なんだ」

「―――――――」

「そん……、な」

 

 

 

スバルの時間が止まった。

エミリアの時間は止まりこそはしない。カタカタと身体を震わせているから、止まる事はない。

 

まるで、走馬灯の様に、エミリアの脳裏には描かれ続けていた。

 

 

 

【胸を張って言えますよ。色々と勉強して、色々知ったけれど、俺は何の含みもなく言えます。俺は、俺たちはエミリアさんの味方なんだって】

 

 

 

何度も何度も言われた言葉だった。

上辺などではない。心からの好意であり、信用であり、信頼だった。そんな事は初めてだった。

初めて出会った男の子たちは、皆優しかった。ハーフエルフなんて関係ない。エミリアと言う個人を見てくれた。接してくれた。心から楽しかったし、あの日々は生涯にわたって忘れる事は出来ない大切な宝物だった。

 

 

【スバルだって同じ……断言する。でも、それ以上は言えない、かな? そういう約束だから】

 

 

スバルの事も言っていた。

それは、あの時の事を言っているのだと、今のエミリアでも解る。

 

 

 

――――好きだ、大好きだ、超好きだ。

――――良い所、1000だって、2000だって言える。

――――そうやって、俺の特別扱いをしたい。

 

 

 

 

――――エミリアが好きだから、俺は君の力になりたいんだ。

 

 

 

スバル自身の口からでしか、伝えてあげられないものだ。

約束を交わすまでもない。想いは、気持ちは間接では駄目。直接伝えなければならないから。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

エミリアの傍らに居る大精霊パックも、この時ばかりは神妙な顔つきをして崩さなかった。

エミリアの心を救ってくれてありがとう、と言葉を交わしたのはつい数日前の事だ。

 

そして、今は魔女教相手に立ち回り、結果エミリアを救ってくれた事は理解している。

エミリアの心に深い傷を残してしまった状況と齎してくれた現状を天秤にかけると……、エミリアの事しか見ていないパックでさえ、心が揺れる。

 

 

 

――――娘を残して、何で逝くんだ。

 

 

 

人知れず、歯を食いしばっていた。

 

 

「ラム……、ラムはっ!?」

 

 

そんな時だ。エミリアの口から、桃色のメイドの名が告げられたのは。

 

ここまで戻ってきて、アーラム村の皆は見かける事が出来たが、ラムは見ていない。

何処にもいない。

 

そのエミリアの問いに、再びクルシュは表情を暗くさせる。

クルシュにそんな顔をさせてしまい、力になる事が出来ない自分に腹立たしさを覚えつつあるフェリスは、エミリアの傍へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ラムは」

「クルシュ様。私が案内致します」

「………あぁ、フェリス。頼んだ」

 

 

 

 



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ソレの名はゼロ

た~~いへ~~ん、たいへんたいへんヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪

つーかーれいたー(/・ω・)/

ギャアアアΣ(゚∀゚ノ)ノギャー


何とか投稿デス……orz


これまで、どうやって暮らしていたのか、どうやって息をしていたのか、どうやって自分が生きてきたのか、――――全てが解らなくなる。

 

記憶が、思い出が、魂が、目に見えない刃でゆっくりと削られ、軈て消失していくのが解る。

 

幸か不幸か、魂の全てが消失したら、恐らくは生ける屍も同然になってしまうのだろう事は、今の状態でも理解できた。

 

その時までの辛抱だと、自虐的に笑む事も出来よう。

これ程の痛みを未来永劫抱えて生き続ける苦悩がこの先も続くくらいなら、その方がマシだから。

 

 

心が死に、生ける屍となり……、そこから先が全く視えない。

故に待ち遠しく思いつつも、そこに待つ深淵の先が怖くてたまらない。

 

 

《彼》は、光だった。

だから闇の中に居る訳がない。これから向かう先に、彼がいるとは到底思えない。

後を追ったとしても、きっと彼はそこにはいない。

 

 

「――――――――――」

 

 

地獄の苦しみ。

これを解った上で、彼は自分に味合わせたかったのか? 交わりはしなかったが、身体を重ね、心を重ね、唇を交わした間柄。情の中でも最上の愛を互いに感じられた間柄。

そんな相手に、ここまでの苦悩を求めようと言うのか?

 

 

いや、違う。解っている。解っているんだ。

心が、魂が削られたせいか、自身が二分してしまった様に思える。

時を戻す事が出来る彼が、あの最後の姿の彼が、一体何を想ってそう行動したのか。

 

 

 

【■■が、オレの生きた証】

 

 

 

幾度も幾度も世界をやり直し、やり直し、繰り返し、繰り返し……軈て袋小路に追い込まれた。道がどこにも通じていない、繋がってない所にまで追い込まれた。

(ゼロ)になる事を恐れた彼が、時の旅の中で、残してしまった者達の苦悩を、苦しみを視てきた彼が、それを選ばざるを得なかった理由。

解る、解るんだ。

 

 

「―――――――――」

 

 

自分の身を切る方が良い。

愛する者を失う悲しさに比べたら、愛しい人を失う苦しみに比べたら自分の身体を、命を、幾らでも差し出せる。

 

偽物じゃない、全てが本物の世界。やり直しを続けた世界は全て本物。何度も、何度も、何度も、彼は自身の死を視た。

 

たった1度でも、ここまで苦しいのにも関わらず、彼は何度も繰り返しながら、死を視てきた。それが、あの姿に なって現れた。生気を感じられない、一切の温もりを感じられず、黒い髪は白に染まり、目の中は淀み、袋小路に追い込まれた身体は、もう既に枯渇していた筈だ。

 

 

「―――――――――」

 

 

そんな時……、不意にその手を見た。

その手の中におさめられているのは、一本の羽根。

それは、彼が大地と共に天へと昇り、この世界から消失した後の事。

その名を呼び続け、呼び続け、声が枯れても、血反吐を吐いても、周りが止めても、一切構わずに、泣いて、泣いて、泣いて、泣き叫んだ後、空から落ちてきてその手の中に納まった。

 

まるで、形見であると。最後の生きた証であると言わんばかりに自分の元に戻ってきた羽根。

緑色の羽根は、彼が精霊と一体化した時に纏っていた。

それを手に取り、また泣いた。泣いて泣いて泣いて泣いて……気が付けば今のこの場所に来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――そして、また……世界が流転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生の実感がないからこそ、この場所に誘われたのだろうと本能的に解る。

 

何故なら、つい先ほどまでの身を焦がし続けてきた悪夢が、まるで夢の様に淡く、儚く、消失していったから。痛みも悲しみも、全て塗りつぶされた様な感覚。

 

 

 

「……………なら、迎えに、来てくれるもの、でしょう?」

 

 

 

言葉を話す事が出来る。

どうやって声を出していたのかさえ思いだせそうになかった筈なのに。

 

 

「ようやく、死に誘われる様になった。……随分と、長く感じたわ」

 

 

ここは死する世界。

あの白の世界と何処となく似ている感じがするが、死を連想させる方が遥かに強い。

 

先ほどの通り、全ての苦しみが、痛みが、塗りつぶされて、無になってる様な感覚がするから。

それも全て、彼の苦しみの上で成り立っていたと言う事も知らないで。

 

或いは、不死身で無敵で、英雄な彼ならば大丈夫だと勝手に思い込んだその報いだったのだろうか……。

 

 

 

 

『――――漸くだ。漸く決まった。ここから始まる。始める』

「……………。どうせ迎えが来るのなら、ツカサ(・・・)が良かった。一目だけでも、会いたかったわ」

『そうか。それは残念だった。―――我は………ゼロだ』

「そう。………皮肉なものね。今になって、ゼロが本当に迫ってきたなんて」

 

 

 

 

そんな時に不意に後ろに気配を感じた。

不意じゃない。最初からずっといた様なそんな感覚。驚く事もしない。

 

ただその後ろの存在が彼―――――ツカサじゃない事だけは解った。

そしてその名乗りを聞いて、ラムは嘗ての事を思い返す。

 

ゼロになる事を恐れ、ゼロが迫る事を恐れ続けた。

ゼロに抗う様に、共に抗う様にと決めた。

 

そして、ゼロと出会った。

確かに、なんという皮肉だろう。互いに誓い合った心の半身が失われた後に、ゼロがやってくるなんて。

 

振り向く事もせず、ただ淡々と言う。

 

 

「さぁ、ラムを連れて行きなさい。何処に行くのかは、知らないけれど。……もう、何処でも良いわ」

 

 

死へと通じる最後の門、その門番、死神、色々と連想させるが、早く自分を―――ラムと言う存在を消してくれるのであれば、なんでも良かった。

願わくば、最後に一目会いたいが、それが叶うとは思えない。

 

だが、そんな僅かな願いでさえも叶う事は無かった。

 

 

 

 

『連れて行く? 何を言っているんだ。――――連れて行く訳なかろう』

「………は?」

 

 

 

 

愛しい人に会うどころか、連れて行く事もしない。永遠に苦しめと言うのだろうか。

 

正直、怒りを覚えた。

 

でも、随分久しぶりに感じる感情だ。

 

 

 

『何度も何度も繰り返して繰り返して、あの男の背に乗ってきたのがお前達だ。……もう、そろそろ、自分の足で進む時ではないのか?』

「………否定はしないわ。ただ、生きる意味を失った以上、進む未来()はない」

 

 

 

何度も何度もツカサには助けられた。

身体も心も、全てを助けてくれた。

愛しさで身を包んでくれた。

そんな彼がいない未来に歩を進めるつもりはない。

連れて行かないのであれば、ただただ立ち止まるだけだ。

 

 

 

 

 

そんな時だ。

一筋の光明が――――視えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふむ。……その先に、もしかしたら―――――待っているかもしれない(・・・・・・・・・・・)、としてもか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界に色が戻る。

場面は再び元の場所へ。

 

 

 

「ラムの前に現れたソレ(・・)は、ゼロ(・・)と名乗ってました」

 

 

 

エミリアとスバル、フレデリカ、そして背後のオットーもラムの説明に耳を傾け続けた。

客観的に、にわかには信じがたい事実ではあるが、ラムを知る者からすれば それが虚言の類であるとはどうしても思えない。

 

 

 

「……進む先で見つけてみろ、とゼロは言ってました。後戯れ(ゲーム)だとも言ってました」

 

 

全て終えた後、ラムはいつものラムに戻っていたのだ。

フェリスに案内されて、エミリアやスバルと合流した時には既に戻っていた。失い、憔悴し、自我の崩壊の危険性などフェリスに言われていて、まだツカサの事でさえ認める訳にはいかずに足掻いていたと言うのに、ラムまで……と悲痛に満ちていた一行の肩透かし感は言うまでもない。

 

ラムはレムがいない状態でもしっかりと身嗜みを整え、着替えも済ませ、部屋に入ってきたスバルには毒を吐き――――いつも通りだった。

 

ただ1つだけいつもと違う事もある。

そのいつも身に着けている髪留め(カチューシャ)には緑に輝く羽根が備え付けられていた事だけ。

 

 

 

ラムの復活もそうだが、英雄喪失と言う耐え難い苦痛に光明が見えた事は、カルステン家においても福音。圧倒的な福音だった。まるで闇に沈んでいた地に、光が差した様。

 

ツカサは大丈夫だ、と最初から解っていたスバルもラムから話を改めて聞いて安心する。それと同時に、ラムの言うゼロについては不信感しか覚えなかった。

 

 

「って、随分趣味が悪ぃゲームだな、オイ!! それってひょっとして……つーか、ひょっとしなくても、兄弟がいっつも毛嫌いしてた【ナニカ】ってヤツがゼロって名乗ってるだけじゃねーか。高確率で」

「え? え? 何か、って何? 人の名前、なの?」

「ゴメン。エミリアたんは、あの兄弟にも嫌いなヤツ(・・・・・)がいたって事聞いてなかったんだね。パックは知ってたか?」

 

 

スバルの問いに対して答える為、エミリアの中に居たパックがひょい、と身体を出した。

その長い尻尾を身体に巻きつけつつ、考えを巡らせる……が。

 

 

「ボク自身が聞いた訳じゃないし、そんな話題も無かったから、わかんないかなぁ。ツカサだけじゃなくて、クルルもそんな事言ってなかったしね? ただ………、何となくわかる事はあるよ」

「なぁに? パック。解る事って」

「ツカサの異常体質。それに未知の大精霊(クルル)の存在。どれもこれもあまりにも異質過ぎてたからこそ、目を逸らしちゃってた部分があるんだけど……、ひょっとしたら、クルルかツカサの中、オドの奥の奥に、外からじゃ検知出来ない部分に、彼らじゃない何か(・・)が居た、って事になるんじゃない? 名も解らないそれ。だから ツカサは【ナニカ】って呼んでた。って感じ? 殆ど推察だけどね」

 

 

ふむふむ、とパックは頭の中で自身の考えを並べつつ―――続けた。

 

 

「得たいの知れないナニカ。ツカサ程の男が意味なく嫌うなんてありえないと思うよ。……これまでも大精霊であるボクの枯渇したマナを快復させたり、バラバラ、グチャグチャ、不自然を通り越してたツカサのマナを紐解く様に治していったり、マナ切れを一切起こしてる様子も無かったクルルの存在。……ひょっとしたら、これってクルルの力じゃなくて、そのナニカが絡んでたのかもね。クルル自身が嘘ついてる様には感じられなかったけど」

 

 

パックの説明を一通り聞いた後にスバルは拳を鳴らせた。

 

 

「その辺の解答を聞く為にも、ラムが言った様に兄弟を探して答え合わせする必要がある、って事だな。ぶっちゃけ、味方なのか敵なのか、そんなわかりやすいカテゴリーに入ってない奇妙な存在っちゃ存在なんだが……今は前に進むっきゃねーよな」

 

 

 

実際な所、スバルはある程度の本質は知っているつもりだ。

相手は典型的な愉快犯だ。

色々と楽しんでる節があるのは、スバルだって解ってるつもりだ。途方もない巨大な力を持つナニカ。本人は自身の事を全知全能の神? と冗談交じりに言っていたが、実際の所単なる冗談とは思いにくい。

 

 

「よくあるラノベの神様的なポジションのヤツが、介入してきたってやる事成す事1つ!」

「……ゴメン、ちょっと何言ってるか分かんないかな」

 

 

よく解らない単語に、エミリアは首を傾ける。

解らなくて良い、とスバルは想ってる。あまり触れて良い存在じゃなさそうなのはこの場ではラムの次に解っているのがスバルだから。

 

 

「兎に角、オレ達がすべき事はロズワールとの合流。色んな意味でも手を借りてぇし、何なら兄弟の情報を持ってる可能性だって十分だ」

 

 

スバルの知る限り、この世界(・・・・)においては、表裏に最も通じてそうなのがロズワール・L・メイザースだ。

ツカサやナニカ基、ゼロについては枠外感が否めないが、それでも様々大小枝分かれしてる道の先に、交わる先に、あの道化姿がどうにも浮かんでしまう。

 

そもそも、あの道化師は何のつもりで今回の魔女教襲撃に関与しなかったのかも気になる所だ。もしも対策を練って対応策を講じておけば……こんな事態にそもそもならなかったかもしれないのだから。

 

 

「てな訳でだ姉様。バッチリアイツ見つけて、しっかり慰謝料払ってもらう事にしようぜ。心配かけたお詫びに、ってな」

「ハッ。ならバルスには今直ぐにでもラムに謝罪と慰謝料を払ってもらいものだわ」

「ええ!? って待て、一体なんの慰謝料だよ!」

「突然ラムの話を遮って勝手に話を続けて勝手に盛り上げて、挙句の果てにこのラムを不快にさせた。当然の罪よ」

「かーーー、姉様ならそういうだろうさ! んでも、今回のに関しちゃ、人一倍頑張らせてもらうつもりだって意味でしゃしゃり出ちゃったよ。その変の意気込みだけは買ってもらいたいもんですがね~」

「人一倍って。バルスには掛け算がわからないのかしら? 一倍にしても意味なんてないわ」

「確かにそうだけども! 俺の故郷じゃ、人より頑張ることをそう表現するんだよ! この時の一倍は二倍、三倍って意味なの。オレ、めっちゃ頑張るって事なの」

「―――バルスが頑張る? 不安しか残らないわ。一倍が二倍、三倍って、余計な手間がラムたちに降りかかりそうよ。そもそもバルスの頭は大丈夫?」

「わかったよ! 言い直すよ! 雑用だろうが情報収集だろうが、みんなの二倍も三倍も頑張らせてもらう! これで良いだろ?」

「ええ。少しは認めてあげなくもないわ。でも、バルスがラムたちの二倍も三倍もだなんて現実的じゃないわね。寧ろ一倍だって怪しいものだわ」

「ごめんラムちー姉様! 掛け算の件、そこだけは完璧に忘れてくれ! すっげー客観的に自分みて辛くなってきた」

 

 

ラムとスバルの小競り合い? を見てこれまで口を挟まず聞き手に回っていたフレデリカは口元に手を当ててクスクスと笑う。

 

ツカサについては、間違いなく自分以外の皆の事の方が詳しいし、信じるに足るだけのモノを持っているとも思ってる。

伝え聞いてきたた話を纏めたら……、正直驚きを通り越す程の活躍を見せてる殿方がツカサ。まさしく次世代の英雄の名に相応しいとも思うが、それ以上にフレデリカが思うのはやはりラムの事。

 

確かに可愛くない後輩ではあるが、長い付き合いだ。幸せになって貰いたいし、幸せな顔を見て居たい。

だからこそ、ラムが復活した事は我が事の様に嬉しいし、これからも少しでも力になりたいと思っている。

 

 

「見つける……」

 

 

だからこそ、ラムが幸せになるには、その隣には絶対に彼が必要である、とフレデリカも当然思っている。

だが、現時点ではあまりにも情報が少なすぎる。世界中の全てを探せ、と言う事なのだろうか? それこそ雲をつかむような話だ。

カルステン家と同盟を結び、夫々の出来る限りの手を尽くしたとしても、到底足りない。

 

 

「進む先、と言うのは……」

 

 

少ない中で、気になる情報の1つがラムが言う【進む先】

下手に闇雲に探すよりは良いと思えるが、その先とはいったいどこを差すと言うのか。

 

 

「……兎にも角にも、まずはメイザース領へ、ですわね」

 

 

今まさに進んでいる先にあるのがメイザース領だ。

そこにまさか―――と安直には考えられないが、可能性0とも言い切れない。

 

 

 

「……ラムではありませんが、責任を早々に取らなければならないと思いますわよ? ツカサ様」

 

 

 

 

淡い期待を胸に、一行はメイザース領へと向かうのだった。

 



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ゼロと魔女と

ちょ~~……たいへん……

ちょっち短いっす……m(__)m


 

 

 

「おおーー、ゼロはすごいんだなー! いったいいくつなんだ!?」

「いくつ? ああ、齢って言う意味かな? う~~ん……こっちの時間軸で言えば、1000000000………、いやいや、時間って概念自体曖昧なものだし、わかんないかなぁ。取り合えず沢山、って事だけかな?」

「おおおおお!! すごいなーー! すごいなーーー!!」

 

 

きゃっきゃっきゃ、と楽しんでる2人を見て、あからさまに嫉妬の念に駆られるのはエキドナだ。

強欲である彼女は何でも欲しがる性を持ち合わせている。故に、知識の宝庫、根源の記憶、異世界の神……どんな言葉で表してもまだ足りないゼロを何処までも欲している。

ゼロと共にあれば、紛れもなく強欲は満たされると言って良い。欲すれば欲しただけ、満たされるのだから、終わりがない。底なしの強欲を自負していたが、ゼロを前にすれば形無しだろう。

 

そして、今。

 

 

「むぅ~~~……」

 

 

頬を思いっきり膨らませて、顔を赤くさせて剝れている。

嫉妬――――大罪の名を関する物の中では特に不快、不快感しかない代物なのだが、この時ばかりは、彼女(・・)の気持ちもどこか解る気がした。

 

 

「おー、ゼロがすごいのはわかったーー!」

「ふっふっふっふ~~。そういうテュフォンも中々どうして」

 

 

ゼロが何気なく、傲慢の魔女テュフォンの頭を撫でる姿を見るのも、辛くなってくる。と言うより狡い。幼い魔女のテュフォンにここまで嫉妬を向けてしまうとは、自制が必要だ、罰が必要だ、大罪だ、と頭では思っていても、無理なものは無理だった。

 

 

「ゼロゼロってばぁ、ダフネの相手もしてくださいよぉ~。ゼロゼロくらいなんですよ~? ダフネと目を合わせてお話出来るのって~」

「んん? あー、ダフネのは綺麗な目だ。綺麗すぎるから、俺以外には見せない様にしろよ?」

「見せれませんってばぁ。ゼロゼロだけが特別なんですってばぁ。見たら最後――――ムフフ~~、な状態になっちゃうんですってばぁ」

「ほーん。ムフフ~ねぇ? ………んじゃ、今後多分ここに来るだろう、()を実験にしてみるのも悪くないかも??」

「わぇぇ~~、ゼロゼロってば、性格悪くなっちゃってませんかぁ?? と~~っても素敵な方だなぁ、ってダフネ思ってたのにぃ」

 

「む、むむむむぅぅぅ……」

 

 

狡い、狡い狡い狡い狡い狡い!

いつの間にか、やってきてたもう一人の暴食の魔女ダフネと凄く楽しそうに話しをしているのが狡い。

至近距離で、まさにゼロ距離で目を合わせてるその所作。見ているだけで悶えそうになる。自らをそこに当てはめて考えると狂おしい程に思ってしまう。

 

 

 

「なによなによなによっ! そーやってあたしの事除け者にして、すっごく楽しんでっ! 狡い、狡い狡い狡い狡い狡いっっ!!」

 

 

地団太踏んでる憤怒の魔女ミネルヴァだけが、ひょっとしたら自分の心情をくみ取り、体現してくれているのかもしれない。

いつの間にか直ぐ後ろに居て、地団太踏んで大地を破壊して治してを繰り返している。軽い地震が起きてるので、ミネルヴァが来ているのは直ぐに解るだろう。

 

 

「いつ、除け者にしたんだよ? ほらほら、おいでおいで」

「もう! バカっ! 人を子供扱いしないで!! バカっっ!」

 

 

口ではバカバカ言ってる癖に、物凄く嬉しそうに駆け寄ってる姿はまさに子供のソレではないだろうか?

わき目もふらず短いスカートをはためかせながら、その胸に飛び込んでいく様は、絵になると言えばそうだが。

 

 

「ぶすっ………」

 

 

ヤッパリ納得がいかない。

ここは強欲が魔女、自分の城な筈なのに、なんでこうも逢引を邪魔されてしまうのだろうか?

 

その疑問は簡単に説明がつく。

本当に簡単で解ってはいるんだけれど、納得できてないだけだ。

 

 

ゼロは―――――。

 

 

 

「はぁ。その辺にしておくさね。ふぅ。そろそろエキドナが泣いてしまうじゃないか。はぁ」

 

 

 

この怠惰の魔女セクメトでさえ立ち上がらせるだけのモノを持ってる。

この世界のありとあらゆるモノ(・・)を、持っている。満たされるナニカを持っている。

 

ありきたりに表現するとすれば、まさに全知全能とでも言うべきだろうか。神がいるとしたら、きっと彼の様な存在を言うのかもしれない。

ただ、あまりにも人界に振れ過ぎたせいか、もうヒトのソレにしか見えない。

底知れないナニカを内包し、外側は好青年。

 

魔女たちが瞬く間に乙女へと戻ってしまう程の。

 

 

「泣かせる? それは駄目だな」

「ッ!!?」

 

 

それに一言、一句、言葉を交わし合っているうちに、その中身がまるで入れ替わっていくかの様だ。

 

 

「どうした? エキドナ。まだ聞かせたりないなら、もう少しあの世界(・・・・)の深淵を覗かせてあげても良いぞ」

 

 

耳元で囁く甘い誘惑。

その甘美さは、この世の物とは思えない。

……まぁ、今の自分は死後であり、この世ではないと言えばそうなのだが。

 

 

「はぁ、ボクだって乙女なんだ。ゼロ君と一緒に2人で楽しんでいたのに、あれよあれよと言ううちに、他の子達がやってきたら、そりゃ気分の1つや2つ、悪くなったりするさ」

「なんだ。それだけか」

「そうさ。実に新しい経験だ。素晴らしいかな、と思っていたんだけど、少々刺激が強過ぎるんだよゼロ君。君には乙女を学んでもらわないといけないな。そうだそうだ。沢山の世界を教えてくれたお礼に、ボクがそれを教えてあげようじゃないか」

 

 

両手を広げて、胸襟を開いて話をしよう、と輝かんばかりの表情、煌々とした顔を見せるが……、呆れ果てる様にセクメトはバタリ、と倒れた。

 

いや、立ってるのが疲れただけなのかもしれない。

 

 

「はぁ。一体何処の誰が、ふぅ。乙女を教えれるって? はぁ。この世の誰よりも、そぐわない、とは私達を言うんじゃないかい? ふぅ」

「そうよそうよ!! 乙女を教えれるのは私しかいないわ! 全てを癒し尽すこの拳に賭けて!! 教えてあげるわ!!」

「はぁ。拳振るってる時点で、乙女とは程遠いと思うけどねぇ。ふぅ」

 

 

どさり、と倒れているセクメトの視線に、いつの間にかゼロがやってきていた。

 

 

「っ……。驚くじゃないか。ふぅ。危うく、寝転んだばかりだったのに、はぁ。起きてしまう所だったさね」

「悪い悪い。テュフォンとの約束があったんだって。ほらほら、セクメトたって」

「??」

 

 

怠惰を関する彼女があっさりとその怠惰を放棄させて、立ち上がらせる光景に目を見開く――――事はない。もうこの場の誰もが驚かない。そんなの日常茶飯事、とさえ思える程ありふれた、ありきたりな光景だと思っているから。

 

 

「はは! なー! ゼロは、今はパパなー!」

「……ふぅ。はぁ。…………悪くないさね」

 

 

テュフォンを真ん中に、セクメトとゼロが左右に分かれ、それぞれ手を取る。

まさにこの光景は……。

 

 

 

 

 

 

 

「異議あり―――――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

きっと連想させただろう。

そう、光の速さで連想させた筈だ。

超簡単に、考えるまでもない。

本能のままに感じる。そして、許容できない。

 

 

 

「流石のボクも、それを黙って見てられる程、大人しい魔女じゃないつもりだよ」

 

 

ミネルヴァに初動こそ遅れはとったものの、取り囲む形で包囲した。

 

 

「じゃあじゃあ、ダフネは、ゼロゼロの膝枕、いただいちゃいますぅ~。味見しますね? しても良いですね? はい、ぺろぺろぺろ~~」

「お?」

「ってコラ!! それじゃ、膝枕じゃなくて膝抱だろ、ダフネっ!! と言うか、イキナリ拘束解いた上に、そのムカデから降りてくるのやめてよ! 驚愕通りこしてイラっとするからっ!」

 

 

ほんの少しの間だったが、夫婦を演じる事が出来てある程度満足したのか、セクメトはもう一度寝ようとした時だ。

 

 

「ふぅ。はぁ。アンタもうじうじしている暇があったら、ふぅ。ワタシ達みたいに動けば良いさね。……ふぅ」

「えっ、で、でも。わ、私なんか、その……えと、えと……っ」

「全員まとめて、ふぅ。囲ってくれるさね。はぁ。何を遠慮する必要がある? ……ふぅ」

 

 

色欲の魔女カーミラ。

ゼロの争奪戦に乗り遅れたのか、はたまた、愛を向けられ続け、愛で世界を満たそうとした自身の権能も、まるでそよ風が如く、ゼロの周囲を凪ぐだけにとどまっている事にやっぱり唖然としていたのか。

 

それでもやっぱり根幹部分では混ざりたい、と思ってる様子。

 

 

「これで皆揃ったな。ほら、カーミラ」

「あ、ぅ………」

 

 

いつの間にか、本当にいつの間にか。時間でも削って空間を飛び越えて、そこに在るのがさも当然かの様に存在する圧倒的なゼロの存在感。

 

 

ぜロは、指をぱちんっ、と鳴らせた。

 

 

すると、空間に歪みが現れ、軈て窓が形成される。

ゆっくり、ゆっくりと開かれる窓。

そして、笑顔で告げるゼロ。

 

 

 

「次のゲーム、一緒に覗いてみない??」

 



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聖域へ

たーいへんたーいへん(/・ω・)/(/・ω・)/

ひとがいないよ~~♪
あしがぼうのようだよ~~ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪



……ガンバリマス<m(__)m>


「ゲーム……、ふぅ。随分とまぁ、意地の悪い事を考えるもんさね。はぁ」

 

 

現世から果てしなく長い隔りがある夢の城。

その庭とも言える小高い丘に、この城をして更に不思議空間と呼べる代物が存在していた。

一見、それはただの窓に見える。……が、浮いている窓をただの(・・・)とは呼べないだろうが。

 

 

「意地悪い? へぇ、セクメトはそう思うんだ。……なんで??」

「そりゃ、そーでしょ?? あの娘に課したのって、相当大変なんじゃないの。あのセクメトが言う位には!」

 

 

ミネルヴァは、目に涙をためて、流しながら窓の外を眺めている。

そこに居る少女―――桃色の髪を持つ少女を想い、憂い、そして涙となって流れているのだろう。

 

 

「ほんと、憤怒って言葉似合わないよミネルヴァは。泣いてあげるなんて とても優しくないと出来ないよね~~っ!」

「わぷっ、ちがっ、な、泣いてなんかないわよっ! あたしが望むのは苦しみ悲しみ泣き喚き!! 痛がる声を撲滅する事なんだからっっ!! 今のままじゃ、絶対あの娘(・・・)大変な目に遭うじゃない! 苦しんだり、悲しんだりするじゃない!! もしも駄目だった時、どうなっちゃうか……。だからこそ、この拳の癒し、今すぐにでも、ぶつけてあげたいのにっ、あたしの怒りが、憤怒が、行き場をなくして嘆いているのよっ! そもそも意地悪なゼロが悪いんじゃないのっ! 悪い悪い! 極悪よっ!!」

 

 

ミネルヴァの力説!

だが、やっぱり撫でられるのは嬉しいし心地良いし。あの力説、憤怒の言葉とは裏腹に非常に嬉しそう。

 

でも、あの娘に対する想いは曲げない。

胸元でぎゅっと、拳を握りしめて、そしてそのたわわな豊満な胸を揺らせながら力説することを止めないミネルヴァだった。

 

夢の城の中に居なければ、窓の外に飛び出していけるのなら、今にも向かってしまいそうな勢いがある。

 

 

「ん―――? ルヴァ、ゼロはアクニンちがうぞー? でも、もっかいためしてみるかっ」

 

 

ミネルヴァの頭を撫でる為に、今は右手を使っている。

開いた方の左手をそっと両手で包み込む様に、触れるのはテュフォン。

 

目を輝かせて、ゼロを見上げて。

 

 

「なー、ゼロ いーか?」

「うん? ああ。成程。いいよ。まーったく問題なし」

「んんーー、やったーー! ―――――ツミハ タダ イタミニヨッテノミ アガナワレル」

 

 

テュフォンはニコニコと、ゼロの手を取りぶんぶん振って感触を確かめて―――やがて満足する。

ゼロの身体には一切反応はない。

傲慢の権能を用いても、ゼロは笑っているだけだ。

見てるだけで心地良く感じるその笑顔。

2度目の結果、解り切った結果ではあるが、大満足のテュフォンは手に集中していたのを外し、花開く様な笑顔をゼロに向けた。

 

 

「ほらなー、ゼロアクニン違うよなー」

「ふっふっふ~。我は……俺は、型に嵌める方が難しい、ヒトの物差しで測るなど無理なのだよ~~ってトコなんだけど、テュフォンにはちょ~~っと難しかったかな?」

 

 

ミネルヴァに続いて、テュフォンの頭も撫でる。

気持ちよさそうに目を細めて、軈てゼロに抱っこを強請った。

 

 

「んー。んーー。テュフォンも一緒にみるっ!」

「はいはい」

 

 

ひょい、と抱きかかえて窓の外を見る。

別に抱っこされなくても位置調整は出来るのに……。

 

 

「ぐぅぅ……。やっぱり、テュフォンばかりずるいっ! 今のゼロ君の場所は、ボクの傍だった筈だよっっ!」

「へっへー。ドナたくさんゼロと遊んだだろー? 今テュフォンのばんなー? テュフォンのパパなー」

「そこまで遊んでないよっ! 遊べてないよっ! さぁ、ここからだ、もっともっと話そう! ってなった時、あれよあれよと君たちが出てきたんじゃないか。……ここ、ボクの城なのに」

 

 

両手をぶんぶん、と振って抗議の声。

最初から、ず~~~っと抗議をしっぱなしだったのはエキドナ。

彼女にとっては、最早初めてだと言って良い。知識以外にもここまで欲するのだから。叡智を求めるがあまり、死後の世界にすら未練を残す程の知識欲。

もう、ここまで骨抜きにされてしまうとは、一体どうしたものか……。

 

でも、これは最早抗えない欲なのだ。

何よりも優先される頂点に位置する者なのだ。

 

 

「だから、ほら。エキドナも傍に来てって。色々と文句言う割に、自分から離れて行っちゃうんだから。欲がないって思ってしまうかもよ? 強欲なのに??」

「!! ……そ、それは確かに……、強欲の魔女として、あるまじき行動、だった……」

 

 

図星をつかれ、エキドナは そそそそ、とゆっくりゆっくりゼロの傍に来て、その身体に密着させた。

触れる温もりを通して、これだけでも様々な事を得られる何にも代えがたい感覚。

 

何よりも恐ろしく思えるのだが、それでいてこの蕩ける様な感覚はやみつきになる。

 

 

「あぁ、甘美だよ………。ゼロ君……」

「それで、エキドナも意地が悪い、って思う? セクメトが言ってたみたいに?」

 

 

絶頂を迎えようとしているエキドナは置いとき、ゼロは はて、と首をかしげていた。

 

ここは、取り繕った言葉ではなく、忌憚のない意見を述べるべきだろう、それこそが喜ばれる、とエキドナは即判断。

 

 

「仮に、ゼロ君のゲームを 試練(・・)と称するのなら……、ボクが課しているこの聖域の3つの試練を突破する事よりも厳しいモノになる、と判断するかもしれない」

「そっか。うーん……、でも あの娘にとってはどうだろ?」

 

 

エキドナの答えを聞き、改めて窓の外に佇む少女を見る。

 

 

「わ、私、は……」

 

 

その問いに対して答えるのはエキドナではなく、カーミラ。

 

 

「あの、子は、愛が、愛があるから、愛を、強く、求めてるから、頑張れるって、思う……よ? あの子にとって、希望が、そこに……ある、から。だから、希望、をくれたゼロ君、の事……も、愛してるんだ、って思う……よ」

「へぇ……、カーミラはそういう意見、か。色々と多種多様で興味深い。結末が今からでも楽しみだっ」

 

 

愉悦に頬を綻ばせるゼロの顔を見て、皆等しく笑顔になれる。

笑みに加えて、頬が紅潮していくのを感じる。

 

 

「でもぉ、ゼロゼロはぁ~、あの娘がぁ、失敗しちゃってもちゃぁんと、チャンス、与えちゃうんですよね~~? だぁって、ゼロゼロってば~ と~~っても優しいんですからぁ。ダフネにいつまでもぺロペロを許してくれてるぐらいにはぁ。生的な意味でも優しいですねぇ~」

「んっんーー。チャンスかぁ。終わっちゃうのはつまらないし、でもやり過ぎると、ヒトは途端に面白みが無くなってくるんだよ。……楽しめる範囲内でも限度を見極める、かな? あ、後………」

 

 

ゼロは、自身の身体を見る。

今もずっと膝にかぶりついてるダフネの頭を撫でつつ―――その身体の更に奥に焦点を当てた。

 

この身体にはもう1つ魂(・・・・・)が混ざっている。

 

 

「時間かかったり、色々とあったりしたら、俺の相方(・・・・)の方が先に起きそうな気もするかな?」

「おおーー、あの時の(・・・・)ピカピカなぁー!」

「違うよ、テュフォン。今はツカサと名乗ってる。初めてあったあの時の彼とは似て非なる者なのさ」

「ほい、エキドナ正解」

「!」

 

 

正解、と聞きエキドナは小さくガッツポーズをした。

間違いなく存在するこの身に住まう魂。

あの時回収してそのままだから、まだ原型は留めてないと言えるのだが……。

 

 

 

「ふむ。今代の【強欲】の魔女因子を受け継ぐ男と一戦交え……その身と引き換えに 打ち負かし、そして力尽きた、と聞いたが、ゼロ君の中に彼は居るのか。――――実に興味深い」

「あー、その事だけど。もう終わっちゃうのは残念過ぎるし、面白くないから引っ張り戻してきたんだけど、その時に何だかあの男の方もくっついてきた(・・・・・・・)っぽくてさ? 実は打ち負かせてないんだよね」

「………え?」

 

 

 

乙女な顔つきをしていたエキドナだったが、また気になる事、好奇心を擽られることを聞いて、知識欲の権化、強欲の彼女の姿が顔を出した。

数多の物語、世界の物語をゼロから聞いた。その中にも儚く短いその悲恋の話も当然聞いている。

結末は確かに悲しいものだ。自らの命と引き換えに、少女そして信頼し、大切だと言える仲間たちの命を救った。

そして、その少女はこの世の終わりが来たかの様に、涙を流し続けた……。軈て生への未練を完全に立ち、死の国へと旅立とうとした時に、ゼロと出会い、再び歩き出した。

 

言うならば、新たな章の始まり。

 

実に、興味深いの一言だ。

 

 

これが、今の今まで聞いていた物語。

でも新たな展開を聞かされて驚き、目を見開く。

 

今代の強欲 レグルスはまだ健在である、と言う事。

なんでも、ツカサを引っ張り戻した時に一緒にくっついてきた、と簡単に話している。

意図的に助けたりしない限り、あの状況では終わり以外の道は無かっただろう。

この星の外へと追放したのだから当然だ。

 

―――が、どうやらあのレグルスと言う男の糸はまだ繋がっている様子。

 

 

「(……ゼロ君、ほんとに気付いてなかった、って感じだ。……そんなのってあるのかな? 有象無象、興味の対象外? でも、なぁ……楽しむ事を第一って言ってるのに、らしくないって言うか)」

 

 

まるで、気にも止まらない虫けらだから気付けなかった、とでも言うのだろうか?

と、エキドナは色々考えを巡らせてみるが、答えは自分の中では出ない。

 

 

「はぁ。……ふぅ。まぁそれにしても凄いものさね。あの娘も、とんだ大物に想いを寄せたものだね。……はぁ」

 

 

セクメトも軽く何度もため息を吐きつつ、窓の外の少女を見る。

茨の道どころの話ではない。険しすぎる道、地獄旅、それを迷う事なく進もうとしている少女の姿がそこにあり、怠惰を冠するセクメトをして、驚嘆に値すると言える様だ。

 

 

「これだから、ヒトが一番面白い。次の瞬間には想定を想像を超えてくる。―――それがヒトだから。数多の世界を眺めてきて、これだけは揺るがない真実だと言える」

「それは。きっと愛してるから、だと思う。愛があるから。……あの娘は、彼を愛しているから。大切な存在だから、諦めたくないし、認めたくない。……だからこそ、きっと皆の想像を超えてくるって、そう思う」

「おお、カーミラもそこまで断言してくれるか。―――楽しみだ」

 

 

笑顔のまま、窓を眺め続ける。

それに続く様に、周りの乙女たちも視線を向ける。

 

 

彼女は、彼女達が今目指している場所から始まる。

大きな大きな試練。

 

そして、その試練とは 彼女だけに留まらない。

 

 

「ふむ。あちらの娘にとっても、そうだな。きっと茨の道だと言えよう。そして、あの娘は超える事は出来ないと、ここで断言しておこうか」

「………エキドナ、今本当に嫌な目つきしてるわ。鏡で自分の顔を確認しないと、ゼロに引かれるわよ」

「ご忠告感謝するよミネルヴァ。でも、ゼロ君はボクの感情に左右されたりはしないと断言してくれたヒト(・・)だ。だから、一切心配していないし、彼女に対する悪意もそのままボクの中で持ち続ける事にしているよ」

「……それ、ゼロが頼んだとしても?」

「………仮定の話は無駄じゃないかい?」

 

 

ミネルヴァは、ゼロの方を向いた。

折角ここまで楽しい楽しいひと時、生きていた頃は考えられない団欒を味わっているのだ。エキドナが自分の意思で変えられないのなら、ゼロの事なら言う事を聞くと言うのなら、それが一番良い―――と、どうにかして欲しいと視線を向けるが。

 

 

「簡単な事ならまだしも、個々の意識にまで過干渉するのは嫌だなぁ~と言う訳で駄目。あまりに干渉し過ぎても良くない、って事くらい俺にも解るし? 俺の意思で縛るのって面白く無さそうだし」

「けちっ! けーーちっ! けちんぼっ!!」

「ふっふっふ~~。あ、それと―――――」

 

 

ゼロは、窓を眺めながら……、とんでもない爆弾を落としてきた。

 

 

 

「あの子達が来たら、また戻る(・・)。だから、皆の意識からも俺は消えるつもり」

 

 

 

一瞬、静まり返った後―――つまり、嵐の前の静けさ。

無音の世界が訪れ、即座に大音量、大絶叫がこの城に響くのだった。

 

 

 

だって、窓の外のあの子達が向かっているのは聖域。

つまり、この城だから。

 

甘い甘いひと時が、楽しい楽しいひと時が、突然終わろうとしたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓の外に目を向けてみると―――そこから見える景色は変化していた。

それは目的地が近いことを意味している。

深緑の森深くに、特殊な決壊で守られているとされる場所……【聖域】に。

 

 

 

 

「…………」

「姉様? どうか、なされましたか?」

「いいえ。なんでもないわレム。……何か、バルスを殴りたくなっただけよ」

「ひでぇ!?? いきなり暴言と暴力が飛んでくんのかよ!?」

「ふふふ、ほんと皆すごーく仲良しね」

「いやいや、エミリア様! 何だかスゴク物騒な事言ってる人がいますよ!? 今まさにナツキさんがヤられちゃいそうですよ!?」

 

 

エミリア一行は、聖域を目指して移動中、もう少し。

同行者は、御者であるオットーに移動を任せ、エミリア・ラム・レム・スバルの5人。

ラムは何やら電波? でも受け取ったのか妙にイライラと腹立たしい気分になっていた。

不快感はあるが、以前までの絶望感と比べたらなんてことない、と鼻息を荒くさせながら、スバルに八つ当たり。オットーには引かれ、周りは仄かに笑みが生まれている。

 

 

 

 

 

因みに何故、この場にレムがいるのか。

 

それは少々厄介事に巻き込まれたからだ。

聖域へと赴く理由も、そこにある。

 

 

 

 

 

ここで少し―――時間を遡ろう。

 

 

 

 

 

村人を無事魔女教の魔の手から逃がす事が出来た。

被害もなく良かった。もしもツカサの事を聞かれたら、虚構を交えて真実は隠して説明をしよう、などと対策を練っていたのだが……、帰還した村の様子があからさまに変だった。

 

見慣れたアーラム村の筈なのに、そこには人の気配が全くない。無人の村になってしまっている。

つまり聖域へと向かった皆は、戻ってきていないと言う事。

王都から村に戻ってきた村人たちは皆不安を隠す事が出来ない。

 

ラムの話では、聖域までにかかる所要時間は凡そ7,8時間。王都側は3日。

それにも関わらず、王都組よりも遅いと言う事は……、何かあったと判断できるだろう。凡そ、穏当なモノではない事態が。

 

少々慌てた一行(主にスバルとエミリア)だったが。

 

 

『レムが屋敷にいます』

 

 

ラムの一言で半ば無理矢理に頭の中を落ち着かせた。

ラムの共感覚でレムの存在を感知。

レムは、村人と一緒に聖域へと向かった筈なのだ。それなのに、レムだけ帰ってきていると言う事はいよいよ只事ではないのが解る。

 

兎に角、今はレムと合流し、事の説明を聞こう。

 

 

「レムが屋敷に居るなら、いったんそっちだな。……オットー、お前も泊まる当てとかないだろ? だから一緒にこい」

「え? ……うえええぇ!?? 辺境伯の御屋敷に!? りゅ、竜車で寝泊まりする方が気楽なんですが!?」

「うるせぇ! 大人しく巻き込まれてろ! オットーの目的と外れてもねーだろ! ってなわけで、皆! 悪い。しっかり把握してくるから少しだけ待っててくれ!」

 

 

オットーの泣き言は却下。強引にねじ伏せて、スバルは村の人々に声をかける。

家族と離れ離れになってしまってる人達もいる。だからこそ不安が尽きない。その不安をひょっとしたら、取り除く事が出来るかもしれないのが、屋敷のレムだ。

ラムが共感覚で感じた以上、レムの方からこちらに来る可能性も十分あるが、あまり公衆の面前で話せる内容なのかどうかも解らない今、自分達が屋敷へと向かうのがベストだろう。

 

 

 

 

 

 

―――と言う訳で、懐かしきロズワール邸へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「ううう、遠目で見るより実物ははるかに大きいですね……、ますます場違いな予感が」

「ここへきてビビるってなんなの? つーか、オットーも十分巻き込まれ体質だし、巻き込まれてるし、潜ってきた修羅場ってもんを考えたら十分過ぎる程耐性ついてるだろうに」

「そ、そりゃそーなんですけど、全然種類が違うんですから仕方ないでしょう!? ……あぁ、せめてツカサさんが一緒なら安心して落ち着けるんですが」

「へーへー、悪かったでござんすね! 不安しかない俺で! んでも、それこそ命知らずだな。ラムの前で、ツカサ落とす! みたいな事言うなんて。ご愁傷様です」

「なんでそんな変な話になるんですか!? だから僕は男色家じゃないですからねっ!? 最悪な風評被害齎そうとするの止めてください!」

 

 

遊んでる2人目掛けて、ラムはいつの間にか持ち出したトレーでそれぞれの頭を殴る。

 

 

がっ がんっ♪

 

 

 

と妙にリズミカルに。

 

 

「いつまで馬鹿な事言い合って遊んでるのよ。張っ倒すわよ」

「それ、張った倒す前に言うセルフ!! もう、ぶっ叩かれてるよ! 地に倒されてるよ!!」

「ラムさん、ヒドイっっ!!」

 

 

頭を抑えてこのまま抗議!! といきたい所だが、屋敷の扉が先に開いた。

 

開くと同時に、【スバル君!!】と聞き覚えのある、スバルにとって会いたかった人物の1人である青髪の少女が飛びついてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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強欲の魔女・只今不機嫌中……

め~~っちゃたいへん、おくれちゃってごめんなさいm(__)m……

...( = =) トオイメ目 なんとかがんばります……m(__)m


 

 

 

 

 

―――遺跡、と呼べば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

この場所は間違いなく遺跡。

如何に異世界転生を果たしたスバルとて、そのくらいは解る。

ただ、解らないのはなんでこの場所に自分が来てしまったのか? だ。光輝き、気づけばこの場所に居た。

 

だが、現状に嘆いている暇はない。兎に角、不明点は多いものの、先へと歩を進める事にする。一歩、また一歩、足を踏み出す事に反響音が響いてくる。この感覚はあの怠惰ペテルギウスと出会った時の洞穴の感じと似ていると感じた。

 

 

あの狂人の顔を思い浮かべた結果……こんな場所で、最悪なヤツを想像をしてしまった、とスバルは軽く自己嫌悪に陥ってしまうが、気を紛らわせると言う意味では良かったのかもしれない。

永久の闇と言うものは、精神を蝕んでくる。如何に最凶を既に経験済みとは言え、だ。

 

 

 

「―――――」

 

 

 

歩いて、歩いて……何も見えてこない。

ほんの数メートルさえも得ない闇の中。

何処までも続く様な深い闇、歩を幾ら進めていても、まるで終わりがないように思えてくる。

 

 

「しゃらくせぇ! ってな。……終わりが視えねぇ闇ってのは、もう既に経験済みだ。全く痛くねぇ闇なんざ、怖れるに足らない、ってな!」

 

 

精神が幾ら蝕まれたとしても、それでスバルの心を折る様な事にはならない。

積み上げてきた経験が糧となり、極小ではあるものの、間違いなく非力で一般人程度の力しかないスバルを成長へと促しているから。

特に肉体面よりも精神面だ。歩を止める訳がない。

 

 

「……諦めるかよ。諦めねぇよ」

 

 

次に考えるのは、ラムより聞き出した事。

ラム自身は話すつもりは無かった、と言っていたから、多分偶然にも聞き出す事が出来たのは、この遺跡に……この先に【答え】があるかもしれない、と言う事。

 

最後の最後まで、格好をつけまくって、頑張って背を追いかけてきたつもりなのに、果てしなく先まで行ってしまった兄弟が、ここに居るかもしれない。

 

無論、心配もある。

共に一緒に来た少女たち……エミリアとレムの事。

男である自分が守らなければ!! とスバル自身も最高に格好良い事を言いたい気分ではあるが、彼女達は悲しきかな……自分よりも何倍、何十倍も強いから。

 

でも寄り添って、一緒に歩いて、生き続ける事くらいは自分にもできる。できる、つもりだ。

 

 

「―――なんの力もない、無能な俺。出来るのは命使って身体張って、前へ進む事くらいだ。……でも、そうすりゃ、届く……よな? 俺もあの会話が最後の言葉~なんて認めたくねぇよ。リアルな死亡フラグってのがこの世界に実在してたまるか」

 

 

誰もいない静寂が支配する中、気丈にふるまおうと、自身を鼓舞しようと声を上げながら先へと進み続ける。

ひょっとしたら……、もしかしたら……と淡い期待も込めて。

 

もしも、万が一に会えたのなら――――。

 

 

「ラムに恨まれちまう、かもな。……んだが、貸し作っておくのも悪くねぇ」

「――――その娘がキミを恨むかもしれない? 成る程成る程、でもボクも君を何だか恨みたい気分なんだけど、その辺りは キミとしてはどう思ったりする? 興味深くないかい?」

 

 

 

ふいに、声が響いた。

何処となく不吉を体現しているかの様なその声。

ありとあらゆる負が内面に押し寄せてくるかの様な声が、頭の中に響いてきた。

 

でも、それでもスバルは耐える。

世の地獄があるとするなら、間違いなくあの死の体感。それ以上は無い、と確信できるからだ。

 

強靭な精神で、その声に臆する事なく反応しつつ―――足を止めた。

 

そして、その次に感じた事は……。

 

 

―――アレ? 何だか不吉って言うより、棘があるって感じか? ひょっとして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と頭の中で考え事をしていたら、いつの間にか終わりを見失っていた筈の闇の中だったのだが、……唐突にその闇が終わりを告げた。

あっという間に、闇は瞬きの間に晴れて、色を亡くした筈の世界が鮮やかに彩られていく。

 

足元は、遺跡特融のごつごつとした感触、色気の無い石造りの畳だった筈なのに、一面緑の草原が広がっており、先を見ると小高い丘が視える。

 

そして、そんな大自然―――と言って良い場所に、何だかアンバランスな存在が、ぽつん……とあった。

 

 

 

「いつまでそこにいるつもりだい? こっちへきてはどうだい? ほら、話をしようじゃないか」

 

 

 

あまりの光景にスバルは硬直してしまっていた様だが、その声でどうにか身体を反応させる事が出来た。

小高い丘の上に、置かれたアンバランスな代物……大自然の真っ只中にぽつん、と置かれているのは日除けのパラソル、白いテーブルに白い椅子。本当にそれだけ。

どうやってこの場にそれだけを運んできたのだろうか? 車でもあるのだろうか? ただ地平線の果てまでが緑だ。何処にもプレハブ小屋の様な資材置き場は見当たらないし、この場所からどうやって目の前の存在は帰ると言うのだろう?

 

 

「ここはボクの城だよ。なんでボクが自分の城から帰らなきゃならないんだい? こここそがボクの居場所。………ず~~~っと、添い遂げる気満々だったのに、何だか色々と記憶の節々に穴が開いて、自分自身でもよく解らない状況が極めて不愉快だね。また新しい自分に会えた事を好ましく思うよ」

 

 

何処へんが好ましいんだ?

言葉に発する事は出来ないが、どうやら目の前の少女――――真白の色だけがすっぽりと抜け落ちたように白い印象の少女は、相当御機嫌ナナメらしい。

 

 

一見すれば全てが妖艶。背中に掛かる程の長い髪、露出の少ない白い肌、目を奪われてしまう程白く、細い肢体、そして漆黒のドレス。端的な美貌。……魔貌。

 

そんな少女にスバルはかつてない程の戦慄を覚える。怖れを覚える。怖気を覚える。

目の前の少女の存在感は、これまで相対してきた敵―――独り立ちを意識したペテルギウスよりも、皆で協力して勝鬨をあげたあの白鯨よりも、遥かにデカく……とてつもない圧迫感だ。

 

 

「しゃら――――くせぇ……!」

「おお」

 

 

だが、それらを一掃する様にスバルは一歩また前に出た。

あの闇の深淵具現化した様な少女との距離を詰める。

 

 

「へぇ……」

 

 

ここで、頗る機嫌が悪かった少女の表情が一変した。

口端は少し上がり、面白いモノでも見つけたかの様に微笑みを向ける。

 

 

「ふむ。ボクとした事が少々大人気なかったようだね。驚かせてしまって悪かったよ。とりあえず自己紹介といこうか? ……キミはきっと、ボクの事が知りたいと思う筈だし。ボクもキミを知りたい。――――お互いに欲している存在(・・・・・・・)を認識し、知識として共有する為にも」

「ッ――――!?」

 

 

目の前の狂人の言葉に目を思わず見開くのはスバル。

どうにか一喝できた。前へと歩を進める事が出来た。だが、それだけだ。それ以上はなかなかに時間がかかってしまいそうだ、と思っていた矢先の少女の言葉。

欲している存在?

 

もしも――――いや、ほぼ間違いない。

ラムの言葉と、その場所に佇むこの人外の少女、全ての状況が1つの解を指示している。

 

 

 

 

「ボクの名はエキドナ。―――【強欲の魔女】と、そう名乗った方が通りが良いかな? ああ、キミに八つ当たりしちゃったけど、これはボク自身の詰めの甘さ、脇の甘さが原因だ。【強欲】あるまじき失態を犯しちゃって、只今意気消沈気味でもある。それはキミにとっては関係の無い事だ。―――改めて、謝罪をしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――時は少し巻き戻る。

 

 

ロズワール邸へと帰還を果たし、レムとも再会を果たした。

エミリアやレム、愛しの2人を、最愛の2人との再会を果たす事は出来た。

 

だが、この場においてやはりまだ足りない。

 

 

「………姉様」

 

 

レムも話を聞いてからラムに付きっ切りになっている。

帰還した当初こそ、仔犬の様に尾を振ってスバルの元へと馳せ参じていたが、ラムと会い、全てを聞き、姉を支える事に注視する事にしたのだ。

 

他の誰でもない、スバル自身がそれを願った。

あまりにも力不足だから。

他の誰でもない、レム以外に適任はこの場において誰もいない。

 

 

「大丈夫よ。余計な事をバルスに吹き込まれた様だけど、全くをもって問題ないわ」

 

 

気丈―――と言う言葉とは少し違う。

一縷の希望を胸に抱いているラムは、本当に見たところは完全に通常に戻っている。

 

ただ、レムだけは共感覚でラムの精神にダイレクトで感じる事が出来るから、敏感になってしまっている。

 

 

特に、カルステン邸に居た時のラムの状態を共感覚で感じている為、猶更だ。

 

 

「スバル様の気遣いも、ラムの前では形無しですわね」

「いや、ほんと。……でも、それでよかった、って俺は思ってるよ。マジで」

 

「レムレム、バルスってば罵られて快感を覚える変態みたいよ」

「姉様姉様、スバル君がどんな性癖を持っていたとしても、レムは愛しています」

 

「こうやってディスってくんのも、日常って感じで良いよな、こんちくしょう!」

「ふふふ。スバル様はお優しいですから。ラムもきっと解っていますよ。本当、人を今にも殺しそうな眼付ですのに、とてもお優しいですわね」

「フレデリカまでディスってんのかよ! 傷つく心だって俺持ってるからね!?」

 

 

ラムとレムには性癖と弄られ、フレデリカに関しては変えようのない目つき、身体的特徴でい弄られ、この場は更に笑いに包まれる。

 

そう、笑う方が良い。――下を向いている暇はない。

 

 

「スバル」

「! エミリアたん」

 

 

そうこうしている内に、エミリアがやってきた。

 

 

「オットー君には取り合えず客室で待ってもらってるけど、一緒じゃなくて大丈夫?」

「なんで、俺とオットーセットにしたがってるのよ、エミリアたん! 一緒に居たいのはエミリアたんとレム、俺の両手は塞がってます! そもそも野郎は対象外!」

「ふふふ」

 

 

ゆっくりとした仕草で、愛らしく笑う。

ラムの気が紛れる相手がレムだとしたら、現時点でスバルはエミリアの方だろう。

レムには申し訳ない。聖域へと向かった後の出来事がかなり濃かったから。

 

 

「……取り合えず、今後の事を話しましょう」

 

 

エミリアの一声に身体の芯が引き締まる思いだ。

彼女も思う所が沢山あるのだろう、何処となくその声色はこれまで以上に凛々しいモノに感じられた。

 

 

「おっと……そうだそうだ。エミリアたんゴメン。ちょっと話遮っちゃっても良い?」

「はい。大丈夫よ。今後の話をするんだもん、スバルから話してくれても問題なしです」

「あ、いや。横やりは居れても、司会進行する気はないんだけど……こほんっ。ここに帰ってきて、まだ挨拶出来てないヤツ(・・・・・・・・・)がいるから。そっちにいっときたい」

 

 

 

スバルの言う人物、一体誰の事なのだろうか……? と考えるまでもない。

この場の誰もが解っている。

 

 

「ベアトリス……」

 

 

ロズワール邸の禁書庫を守る大精霊ベアトリス。

最後に出会ったのは、あの狂人ペテルギウスと相対する前。

 

必ず戻ってきて、アソビ倒してやる、と宣言してきた。

……兄弟の言伝も預かってその分、過剰気味にベアトリスには接してきた。無論、その後直ぐにぶっ飛ばされたが、それでもハッキリと残してきたのだから、帰還報告はしなければならない、それが筋だ。

 

 

「ベアトリス様の禁書庫に、魔法で隔絶された空間に、大精霊様がご自身の魔力で以て、外界から遠ざけている部屋に入る事が出来るのは、この場においては、スバル様くらいですわ」

「無力なバルスでも、ベアトリス様とは仲は兎も角、相性だけは良いから、出来る事のようね」

「なんか、この手のやり取り懐かしい気がしてきたよ! んでもって、ラムがそういったと同時に、ベアトリスは一言文句言いに来る! ってのが定番なんだが……」

 

 

ちらっ、とスバルは扉を見た。

そう、何度もラムにはスバルとベアトリスの間柄について、揶揄い半分で弄ってきている。その都度、【そんな訳ないかしら!!!】と怒声と共に扉が開かれるのが、スバルの中でも十分過ぎる程定番となっているのだが…………ベアトリスがこの場へとやってくる気配はない。

 

 

「寝ちまったんじゃねーのか? あいつ………。兎も角、一声かけてくる。エミリアたん、良い?」

「うん。大丈夫。ベアトリスによろしくね」

 

 

 

 

 

 



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福音書

遅れたぁ………たいへんだったぁぁぁ………
暑すぎるぅぅぅぅ………

ごめんなさーい……


( ;∀;)( ;∀;)( ;∀;)


 

 

いつまでも開かない扉を前に、ベアトリスはただただ本を捲り続けていた。

只管待ち続けて今日……幾星霜を、悠久の刻を生き続けるベアトリスは、ここ数日間程待ち焦がれた日はない、と自覚をしていた。

 

いつもであれば、常に本に視線を送り続けている筈なのに、時折扉の方へと向けてしまう。向けまいとしてもどうしても向けてしまう。

 

あの喧しい騒々しい痛々しい、不躾で……言葉にするのもバカバカしくなる男が、あろうことか魔女教と相対する旨を自身に伝え、出て行った時からずっと。

無論、ベアトリスの本命はその男……スバルではない。

 

 

 

 

――― 一欠片だけ付いてきた。

 

 

 

 

スバルの後ろに居た存在に対してだ。

スバル自身も気づいてなかった様だが、ひょっとしたら彼がスバルに付けて行ったのかもしれない。

 

その存在は、ベアトリスにとって、無意識に視線を動かし、想いを馳せる程。

 

もう、一体いつだったか……、忘れてしまう感覚が芽生える。

 

 

 

そう―――期待(・・) と言う気持ち。

 

 

 

 

 

そんな時だ。

 

 

不意に扉が開く。

ついに待ち焦がれた瞬間か、と思ったが、違った様だ。

扉がほんの少し空いただけで、その存在を感じ取れたから。

 

 

「よぉ、久しぶりだなベア子」

 

 

歯を見せ、手を上げて声をかけてくるスバル。

いつも、いつでもどこでも呆れる程陽気を装うその顔は、正直見るに値しない。

 

 

「―――屋敷が騒がしいかと思っていたら、戻ってきていたのかしら」

 

 

ベアトリスが用事がある相手がいるとすれば、それはスバルじゃない。

スバルの後ろに居る存在(・・・・・・・)だ。

 

 

生憎、今回は本当に誰もいないようだが。

ただただ、呆れ果てる程の顔がそこに居るだけだ。

 

 

「お前が戻っていると言う事は、にーちゃも戻ってきてる筈なのよ。あの娘とメイド妹、それに余計な虫もついているのを感じるのが気になるかしら。唯一のマシな男がいないのが、心底同情するのよ(―――クルルとあの男はまだ戻ってきてない。……………)」

「そりゃ、オレの目標の兄弟だ。常に先に行ってる。……オレは後ろから追いかけるだけだ。そんで、パックはエネルギー充電中なのかまだ顔を出してこねぇ。エミリアたんの次いでみたいに扱うのは気に入らねぇな。最後はオットーだが、まぁ別に良いや。無視無視。……虫だけに」

「やかましいのよ」

 

 

つまらない軽口も憎々しいが健在のようだ。魔女教相手と一戦交えて、それなりにすり減ってくれば良いモノを……、このスバルと言う男は死んでも治らないのだろう、とベアトリスは判断する。

それはある意味正解なのだが……。

 

 

そうこうしている内に、スバルはゆっくりと禁書庫内を歩き、ベアトリスに近づく。

 

 

「それにしてもけっこう顔を合わせんのも久々だよな。前回はペテルギウス、魔女教をヤルって話以来だから、1週間くらいか? いや、10日?」

「まだそんなもんなのかしら。ベティーからしたら、この部屋の中で過ごしている内は、外の時間の経過の大小はあんまり興味ないのよ」

「よぉよぉ、そんなツンケンしてっと可愛い顔がやっぱ台無しだぜ? ドレスが泥んこになるまでアソビ倒す、って約束は健在なんだからな」

「そんな約束、した覚えないかしら。なんなら、今すぐにお前のよく滑る口から血を吐かせて、泥の代わりに血の色に染めてやってもいいのよ?」

 

 

どうやら大分ご立腹の様だ。無論、ベアトリスは大体こんな感じだと言う事はスバルにも解っているが、それでも何となくだがいつもより機嫌が悪いのが解る。

 

この澄ました顔をどうにか壊してやろう、笑顔のそれに変えてやろう、と想い行動をしてみても良いが生憎役者不足だ。情けない話だが。

 

 

「お前が戻ったということはここしばらくの騒ぎは収まったとみていいかしら」

「ああ。……バッチリだ。だから、お前の事心配して屋敷を探し回ってたエミリアたんとかレムにもちゃんと謝っとけよ」

「ベティーが? 謝る? 誰にどうしてそんな必要があるのか理解に苦しむかしら」

「ったく、つまんねぇ意地ッパリだなおい。あんまりお前が強情なら、オレの方から関係者のみんなに代理で謝っといてやるよ。感涙して鼻水ずびび、感謝感激! って」

「捏造するんじゃないのよ! 涙なんて、もう長い事流しちゃいないかしら!」

 

 

挑発的な軽口、ベアトリスの文句。またこうして言葉が交わせている事に感慨が生まれると言うモノだ。

ただ、唯一違うのは……こんな2人のやり取りの間に割って入ってくれて、フォローをして場を整えてくれる大人(・・)が居ないと言う事だろうか。

居なかったら、スバルが折れるまで延々と続く羽目になるやり取り。

 

少しだけ、ほんの少しだけスバルの中の決意が揺らいでしまう。

また、あのバカバカしくも楽しいひと時の再来を望み、甘えてしまう。

本当に苦しいのは……、一番心を砕き、どうにか立ち上がった女の子(ラム)がいるというのに。

 

スバルは両頬を軽く叩き、そして左右に首を振ると。

 

 

「まぁ、ちょっとした脚色は目ぇ潰れよ。生憎評論家も不在だ。監督はオレ。決定権もオレ」

「なら、ヤられる前に殺るとするかしら?」

「物騒だな、おい! それはそうと、たまには大声だして好きなだけ喚くのも悪くないもんだぜ? 足掻くって行為はオレも嫌いじゃねぇし」

「流石、空回りして、倒れて、女の膝の上で喚いていた男の言葉ともなると、含蓄があるってものなのよ」

「それは忘れてくれませんかね!? あっ! 間違っても兄弟にいうんじゃねぇぞ!!」

「さぁ? クルルは聞いていた様な気がしないでもないのよ」

「うぎーーーー!!」

 

 

気合が漲ってたのは良い事だ。

協力者も増えて、敵の正体も掴みかけ、明かな光明も当然見えていた。

だが、精神が肉体を凌駕する様な漫画的展開にするのには、自分自身のステータスの高さ、levelを甘く見ていた。

 

身体から、脳からのブレーキ命令を無視して動き回った結果が、あの黒歴史。

 

エミリアの膝の感触は役得と言えなくもないが、あれだけ大見えを切ったうえでの、あの介抱……幾らスバルでもプライドと言うものがあるから、妄りに広められては叶わない。

 

 

「そもそも、あのメイド姉が知ってる以上、あの男に伝わらない訳がないかしら。ご愁傷様なのよ」

「……ですよね!! ああ、兄弟の優しさの上にオレはいかされてるんだ、って今更ながら実感したよ、こんちくしょーー! 今後こうご期待、だよ! 兎も角、兎も角だ! お互い無事でよかったな、ベア子! 今はそこで合意って事にしとこう!」

「合意もなにも、お前が勝手に話しだしただけかしら。いつだって勝手に」

「そうだな。いつもオレの勝手だ。お前と話す時は大概そうだった。そんでも、独断専行ってわけでもないんだぜ? 色々オレだって相談してるし。パックだって賛同してくれた。屋敷の鬼ごっことか、雪まつりの時とかも」

 

 

とりとめのない話を始めるスバルに、ベアトリスがその双眸を細める。彼女の視線に射抜かれながら、それを感じながらもスバルは身振り手振り、共通の思い出を語った。

何度も繰り返して、自分や兄弟、ラムやレムしか知らない情報も多少はあるから注意が必要になるが、それでもベアトリス相手だったら、多少の粗相は見逃してくれる。

 

 

「―――魔獣騒ぎの時もそうだな。あんときは呪いの事でお前には世話になった。村の皆も、お前には幾ら感謝してもし足りない程だぜ」

「やめるのよ」

「とは言っても? 結局は兄弟の独壇場! にオレがちゃっかり潜り込んで、がぶがぶやられた分も、何とかナツキスバル囮大作戦で何とかクリアして、あぁ、アレもアレで大変だったな―――」

 

 

ここで、乾いた音が炸裂し、スバルの早口が強制的に中断された。

 

ベアトリスは先ほどまで見ていた本を乱暴に閉じて、その音を以てスバルを黙らせたのだ。

 

 

「とっとと本題に入るかしら。―――この弱虫」

「…………あぁ、そうだな」

 

 

罵る言葉に反論はない。

それは彼女の見解が正しい。

ついさっきも甘えそうになったのだ。ベアトリスを目の前に、今は居ない男の事を想い馳せ、縋ろうとしたのだ。

これが弱虫でなければ一体なんのか。

 

 

本題に入る前の軽口。それをベアトリスはとっくの昔に見抜いている。

 

 

 

「まずベア子……。お前は、お前とロズワールは、どのくらい今回の事を知ってたんだ?」

 

 

 

勇気がいる問いだった。

それはツカサの件にも通じる。

 

ナニカと接した時に明かされた秘密。

それはラムにしか理解が出来ない内容だったとのことだ。

 

ラム自身にしか知らないし、ラム自身が真に明かさない、としている。

ただ、それにはロズワールが関わっていると言う事だけは理解した。そして何よりロズワールの思惑を、自分は知らなければならない。

 

死地へと誘ったのは、あの男である可能性が極めて高いのだから。

 

 

つまり、この問いに対してベアトリスの答え次第では、これまでと同じように話せなくなる事だってあり得る。

 

 

「――――――」

 

 

 

スバルの問いに対して、ベアトリスは沈黙した。

今の今まで、本題に入れ、と言わんばかりの態度だった彼女が、突如重く口を閉ざす。

 

 

「……ベアトリス」

 

 

返事はない。その事実が何を意味するのか……、考えうる中でも最悪の答えがスバルの頭の中に過る。

でも、それと同時に思うのはベアトリスになんと言って欲しいのか、だ。それも自分の中では答えが見出せてない。

 

ラムのいう試練。そして今回の騒動の黒幕ともいえるかもしれない立ち位置に居るロズワール。

 

……全てを聞き、受け入れる為に、エミリアやレムたちにすら、挨拶してくる、と言う名目でベアトリスと2人きりになったのだから。

 

 

「仮に……お前はベティーになんて答えて欲しいのよ」

「か、仮の話なんかしてねぇよ! それに、オレがなんて言って欲しいかも今は関係ない。オレが欲しいのはイエスかノーか、若しくはもっと突っ込んだ答えかだ!」

 

 

予想外の答えに思わずスバルは声を荒げる。……だが、ベアトリスはそんなスバルの様子を前にしても意に返さない。冷ややかな姿勢と表情のままだ。

 

 

「意気込まれたところ悪いケド、ベティーには何の事だかわからないかしら。ベティーはお前の教師じゃないのよ。なんでも丁寧に教えてやると思ったら大間違いかしら」

「ぐ――――っ、誤魔化すな! ロズワールの考えを聞かされてる一番可能性が高く、一番信頼してるのが、お前だってそう言ってるヤツがいるんだ!! ……アイツが信頼してるのは、ベアトリスともう1人、ラムだけだ。でも、アイツの手からラムは離れた。ラム自身がそれを望み、ロズワール自身もそれを許容してる。……つまり、お前しかいないんだよ。オレもお前の態度を見てたら同感だ、って思う」

「………あの半獣の娘か、メイド姉に聞いたのかしら。………確かに、見立て通りと言ってやるかしら。ほんの少しだけ。―――でも、ベティーとロズワールとの繋がりに、今回の事は関係ないのよ。ベティーは何も知らないかしら」

 

 

今回はきっぱりベアトリスは否定した。

だが、だからと言って疑念が晴れる訳じゃない。

 

 

「でもお前は1人で屋敷に残った。何の得策もない、この屋敷に。……おまけに、外じゃ、魔女教の連中が暴れてたんだ。大罪司教が3人も。それでも聞かされてない、で押し通すつもりか?」

「自分の身ぐらい自分で守れる。だからベティーはここに残ったのよ。ロズワールは無関係かしら。……ただ、アレが何も考えてなかったとはベティーも思わないのよ」

 

 

世界に災いを、厄災をまき散らし、それだけの力を有する魔女教大罪司教の話をして、存在されている内の半数以上が集ってる事実を突きつけても、ベアトリスの表情は崩れない。

あの人外連中を前にしても、身を守れると言いきってるところを見ると、やはりベアトリス自身もかなりの強者だと言って良いのかもしれない。

 

だが、それでも―――あの英雄が己が存在を、全存在を賭けて、愛する人を守る為に、大切な人達を守る為に戦って漸く退けた相手なのには変わりない。

 

それも、この世界にまだ日も浅い自分達でさえ解ると言うのに、あのロズワールが対策らしい対策をしていないなんて考え難い。

 

レムやラム、フレデリカ、エミリア、そしてベアトリス。危険にさらされているのにも関わらず、誰もが口にする答えを有していない。

 

 

「オレもお前も、周りの連中もみんな、ロズワールを買いかぶり過ぎてるだけなのか? あの魔女教を相手に無策な筈がないって。……あの連中の脅威は嫌って程………、そう、そうだ!」

 

 

ここでスバルはある事を思い出し、徐に懐を弄る。

まさに天啓と言って良いタイミングで思い返す事が出来た。それに従い、ベアトリスにみせたかった代物を差し出す。

 

 

 

「ベアトリス。これを見てくれ」

 

 

―――それは、表紙と中身を血で汚した黒い装丁の本。

 

前回は、ツカサが倒し、今回は自分が倒した男からの戦利品。

戦利品と言えば聞こえが良いかもしれないが、曰くつきの本。最悪の一冊だ。内容は奇妙な術式の影響で読む事が出来ない様で、所有者の資格が無ければ無用の産物だと思える。

 

もう今更だが、前回のループで、ツカサとしっかり議論しておいた方が良かった、と思える。皆は解らなくても、あの超常的な存在であれば読み解く事が可能だと思えたからだ。

 

ただ、愉快犯故に、手を貸してくれる……なんて希望的観測に過ぎないかもしれないが、聞いておけばよかった、と今更ながら後悔もしている。

 

 

「ベアトリス。お前ならこの本の事で何か解るんじゃない――――」

「福音……、書?」

 

 

ここでベアトリスは初めて表情を変えた。焦燥感にはやり、早口になるスバルの言葉を止めるのには申し分ない威力が込められている。

 

 

「どうして、よりによってお前がその本を……」

「これは奪い取った戦利品だ。オレと兄弟……、いや、今回はオレが奪った。複数きてた魔女教連中の内の一角。その首謀者からな」

「……その持ち主は?」

「死んだよ。車輪に噛まれて。……オレが殺したんだ」

 

 

か細いベアトリスの問いかけに、スバルはその事実から目を逸らさずに断言する。

今の今まで、これまでは力がない故に、頭を使う事だけを注視してきた。

だが、いつも前線で戦ってくれていたツカサの事を思えば、この事実を受け止める事くらいなんでもない。人を殺めた事実は、例え、相手がどれ程の存在であったとしても、拭いきれない。

兄弟が、ツカサがこの気持ちを胸に戦い続けてきたのだから、当然自分もこの程度はしなければならない。

 

 

……とはいっても、ペテルギウス・ロマネコンティは厳密に言えば人ではなく、他人の肉体に寄生し、意のままに操る精霊―――邪精霊だ。

だから、まだマシなのかもしれないが、それでも人の形をし、喋る事も出来るから同じだとカウントしている。

 

 

あれの命を奪った。引導を渡した。

そうしなければならない、大切な人を守る為に、大切な兄弟との約束を果たす為に。自分だけでもやり遂げて見せる、本懐を遂げた。

 

そこに後悔が一切なかったか? と問われれば嘘かもしれない。だからこそ、自分が出来るのはあの男を覚えておく事だけだ。どれ程気持ち悪く、憎悪し、殺意を滾らせた相手であったとしても、初めて殺す意思を以て殺めた存在を忘れないでおく。

 

 

「――――……お前も、ベティーをおいていったのかしら、ジュース……」

「……? 誰だって?」

「別に、なんでもないのよ。それより、お前が大罪司教の一角、《怠惰》を殺したなら、魔女因子はどうなったかしら? それも複数の大罪司教が来た、と言うのなら他は今どうなってるのかしら?」

「……魔女、因子?」

 

 

ベアトリスの言葉に今度はスバルの方が無理解を示す。

厳密に言えば、後半部分は答える事は出来る。ただ、前半部分だけが自分に最も当てはまってるから、より強く頭の中に食い込んできたのだ。後半部分はツカサが命を賭けて撃退した事だけしか知らされていない。あまり口にしたくない事でもあるから、と言う理由もあるが。

 

 

「……ッ。まぁそうも言ってられねぇ、か。……他の大罪司教、《強欲》と《暴食》は、兄弟が撃退した。命を賭けて、あの兄弟が連中をぶっ飛ばしたって話だ。生死は不明。死体は見つかってねぇ。……だから、生き延びてる可能性が高いらしい」

 

 

余り言いたくない事ではある。

でも、自分の気持ちだけを優先する訳にはいかない。ベアトリスにはしっかりと聞かせる必要はあるだろう。

 

 

「それで次だ。前半部分。何も知らないヤツに突然専門用語で説明するなよ。魔女因子って何なんだ? 殺したら魔女因子? アイツらが降りつけてる香水みたいなのが漂ってくるってのか?」

「…………知らない? 本当に知らない? 3つの大罪を前にして、最低限の知識もない? だとしたら、お前は何の為に怠惰を殺したというのよ。それにロズワールは一体何を……」

「かかる火の粉を振り払っただけだ。兄弟に至っちゃ、迫る脅威をぶっ飛ばしてくれた! あんな連中が来るって解ってりゃ色々対策しててもおかしくねぇってのに、ロズワールは何してんだよ! って話だ! いや、ロズワールのヤツは【聖域】ってトコから帰ってきてねぇ! レムが言うには動けない状態だって言ってたが、それだけだ。アイツが一体何考えてるのかオレの方が聞きてぇぐらいだ!」

 

 

噛みあってるとは言えない会話にしびれを切らしてスバルは叫ぶ。

途端に、ベアトリスの表情が変わった。

 

 

いや、焦点がぼやけた、と言って良いだろうか。

 

 

まるで正面に自分がいると言うのに、自分を見ていないような。

――――まるで、自分の後ろに何かが………。

 

 

 

 

 

 

『もう、時期に―――――だよ。ベティ』

 

 

 

 

 



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その瞳に映るもの

おそくなりましたぁ………つーかーれいたーーーー(´ε`;)ウーン…


 

 

 

「お前の望むモノ、欲しがる答え、それは全て聖域にあるかしら」

「は?」

 

 

ベアトリスの焦点が定まっていない、或いは僅かにぼやけた輪郭の更に後ろ側に立ってる誰かを見ている様。

そんなベアトリスの視線に、スバルは思わず背後を振り返ってみたが、当然ながら誰もいない。扉が開く様な事になれば自分も気づく筈だし、そう易々とこの禁書庫に入れない事はスバル自身がよく知ってるから。

だが、気のせいだった、と片付ける訳にはいかない。確かに今一瞬何かがあった(・・・・・・)

この感覚は、禁句(タブー)を口にして、あの魔女に魅入られる感覚にも似ているから。

 

 

後ろには誰もいない筈―――と、妙な安心感が芽生えたかと思えば、ベアトリスから突然の【答え】にまた別の意味で驚く。

 

 

「ロズワールの思惑、福音書の意味、魔女因子。……聖域には、それらを知る答えがあるのよ。欲しければ向かえばいい。半獣の娘、メイド姉妹、聖域への道には困る事は無いと言えるかしら」

「ちょ、ちょっとまて! いきなり急すぎるだろ!? あれだけもったいぶっておいて、いきなり答え教えるとか!? 今なんかあったろ(・・・・・・・・)ベアトリス! 無知蒙昧で鈍感総理なオレでも ちらっと気づけた。なんだったんだよ、今の!?」

 

 

魔女に魅入られている以外は、殆どただの一般人に過ぎないスバルでも気付けたのだ。ベアトリスが気付かなかったわけがない。それも、あれだけ渋っていた答えにたどりつく為の道を示したのも証拠だと言える。

 

 

「さぁ? ベティーは何も感じなかったのよ。オマエの気のせいじゃないのかしら?」

「嘘つけっ! つーか、お前が突然答えてくれるっつー状況証拠だけでも十分だろ! そもそも、聖域に行かなくたってお前が話してくれるだけで良いじゃねーか」

「…………そういう訳にはいかないかしらッ」

「ッ!??」

 

 

一際大きく開かれたベアトリスのあの瞳。

吸い込まれる様なその瞳を見て、思わずスバルは口を噤む。

 

 

「ベティーにはベティーの契約がある。話さない権利もある。これ以上の譲歩はしない。ベティーにも求めるもの、欲するもの、色々とあるかしら。これ以上オマエが踏み込むのは、それらを邪魔するも同義なのよ。……それを知って尚、お前は踏み込んでくると言うのかしら? ベティーの領域に」

 

 

いつもの怒りとはまた違う。

これまでのベアトリスとはまた違う。

 

それをスバルはその瞳に見た。

 

それは、魔女教撃退の時に話をしたベアトリスとも、前のループでツカサと共に会った時のベアトリスとも何かが違う気がした。

 

先ほど感じられたナニカ(・・・)が、間違いなくベアトリスに影響を及ぼしたとしか考えられない。

でも――――。

 

 

「解ったらさっさと出ていくが良いかしら。―――もう、これ以上話す事は何もないのよ」

「ッ―――!! だ、だからちょっと待てよ! いきなり過ぎて……、って、お前またオレを強引に追い出すのか!?」

「こうでもしなければ、出て行かないオマエだから仕様が無いかしら。ここまで言っても尚、ベティーの領域に……●●に、オマエは―――――」

 

 

最後の方がよく聞き取れない。

何故なら、身体が宙に浮きベアトリスから離されているからだ。

これは、背後の書庫の扉から感じられる空間が超常的な力に捻じ曲げられる風圧。

 

先ほどの、第六感的な感覚で無いと知覚出来ない様なナニカとはまた違う物理的? な現象。

 

つまり、ベアトリスはこの場からスバルを追い出そうとしていると言う事だ。強制的な《扉渡り》とでもいうべきか。

 

 

 

「ベティーは全てを示した。後はオマエ次第。これ以上、甘えるのは止めにするかしら。――――あまりにも傲慢が過ぎると、腹が立つってものなのよ」

「ちっくしょっ! このっ! こちとら英雄見習いなだけの一般人だぞ!? こんなファンタジー世界でまだまだ通用しない……、くそっ! ちっとくらい教えてくれても――――ベア子っ!!」

 

 

何とか抗おうと藻掻きに藻掻くが、それでもその圧からは逃れられない。

 

 

そんなスバルに、嘲笑を向けるベアトリス。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オマエも、もっともっと足掻いて足掻いて、絶望の底(・・・・)を知る所から始めるかしら。もう、ベティーは十全に味わった。………もう、頃合いと言われてもいい。言われたい……かしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなベアトリスの瞳には一滴の涙があった。

そして、その瞳の中には自分が居ない様にも思えた。

 

ベアトリスは一体何を見ているのか、その瞳には誰を映し出しているのか、それがスバルには解らない。

 

だが、不思議とそれは、その流れる涙はスバルは安心出来た。

 

この種の涙は、そうまるでエミリアの様な――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と、色々考えていたが、直ぐに考える事が出来なくなる。

扉に吸い込まれ、完全に宙に浮き、投げ出されて締め出されてしまったから。

 

更に言えば……。

 

 

「――だぁ!!」

「ぎゃーー!!」

 

 

扉渡りの先、その扉が通じる先にいた人影に思いっきり当たってしまったから。

弾かれた勢いは相応なもので、スバルは盛大に後ろにひっくり返り、可哀想かな不運にも貰い事故を受けた人物はスバルの下敷きに。

 

 

「な、何故 僕が出てきたばかりのトイレからナツキさんが………っ」

 

 

それも、怪奇な事にトイレの個室から出てきたばかり、出入り口は1つしかなく、誰も居なかった筈の場所から飛び出してきたスバルに、下敷きになりながらも驚愕するのは不運と隣り合わせ、オットーだ。

 

 

「いててて………。ったく、何で良い顔してんのか意味不明だっつーの! 泣いてる癖にこれまで以上に生気に満ちてたじゃねーか! なんだ、この悔しい気持ち」

「って、いったいいつまで僕のこと尻に敷いてるつもりですか!? 早くどいてくれませんかねえ!?」

 

 

オットーの上で色々と思う所があったスバルは、考え事を再開。勿論、オットーのこと、オットーへの謝罪……ではなくベアトリスについてだ。

 

最初こそは、普段のベアトリスと同じだった。

魔女教が迫る中、それでも外へと出ない、スバル自身とツカサ、何よりパックの勧めがあっても頑なに契約を口にし出てこなかったあの何処か寂しそうな顔と同じ様に感じた。

 

だが、さっきのは違う。

 

 

「なんだっつんだよ。何か変な……ん? 何か? ………ナ・ニ・カ?」

 

 

ここで、鈍感総理? なスバルも漸く気付く事になる。

それが本当なのかどうかは不明だ。今の自分では知覚出来ない存在なのだし、何よりツカサ、そしてあのモフモフ2号でもある緑色の精霊も見当たらない現状で、ソレ(・・)を認識できるわけがない。

 

でも、それでもなぜか納得が出来て、更に安堵感にも包まれる。

 

 

「――ったく、無力なオレの方を助けてくれ、っつんだよ。……いや、それは駄目か。絶望は知ってる。その底だって見たつもりだ。……でもまだ、足掻ける。まだまだ足掻ける。……兄弟に追いつくには、ただ我武者羅に前に進むしかねーんだ。だろ? 英雄見習い」

「って、だからいつまで僕の上で!?? いい加減耽ってないで現実もどってきてくださいよナツキさん!!」

 

 

尻の下でグリグリされてるオットー。

可哀想なオットー。

 

最終的には、確信犯なスバルだったが、流石にキレそうだったのでやめてあげる事にするのだった。

 

 

 

「つうわけで、だ。これから聖域へGOだ! OK?」

「ごお、も、おうけい、もわかんねぇ!! 早くどいてくださいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漸くスバルの尻から解放されたオットーは、身嗜みを整えつつ苦言を呈する。

 

 

「実際のとこ、なんでナツキさんがトイレから転がり出てきたんですか。やめてくださいよ、トイレに隠し扉とか隠し通路があるみたいな怖いこと言い出すの」

「ばーか、そんなんじゃねぇよ。ただ、お前と連れションしたいな、ってオレの気持ちが引き起こした一欠片の奇跡だよ」

「全く答えになってないし、答えになってない答えが何よりも怖いんですけど!?」

「あ~~、オットーの場合はアレだな。兄弟と一緒に連れションが一番だったっけか? えっぐい趣味だよなぁ……。兄弟狙っちゃった日にゃ、桃色な姉様が何するかわかんねーぞ? 幾ら兄弟でも、トイレ時くらいは無防備だと思うし?」

「変な事言わないでくださいよ! 風評被害が起きそうで怖い!! 僕は男色家じゃないです!! ノーマルです! アブノーマルじゃないです!!」

「兄弟と男同士で絡み合う……、やー 兄弟もフェリスに迫る勢いで可愛い所もあったし? 案外オットーと気が合ってるのもひょっとして………」

「だーかーら! ツカサさんにも失礼じゃないですか!! 違いますっ!!」

 

 

ホモ疑惑、ゲイ疑惑で遊んでるスバル。

オットーも顔を真っ赤にさせながら怒ってるので、傍から見たら冗談なのか本気なのか………。

 

そんな時だ。

 

 

「ぶっっ!!」

「うげっっ!!」

 

 

何処からともなくやってきた銀加工のトレーが2人の側頭部に直撃。

リズミカルに衝突音を奏でている様だが、間違いなく痛いだろう。

 

 

「ツカサはラムのモノよ。馬鹿な会話にツカサを入れないで」

「ひえええっ!? ら、ラムさん落ち着いて! 僕100%被害者ですよ!?」

「流石は姉様。いつの間に。兄弟の話題がでりゃ、次元でも超越するってか……」

 

 

オットーは懸命に弁明。スバルはスバルで笑っていた。

彼にとっての懸念事項であるベアトリスの件。……力になれてないのは少々寂しいかもしれないが、それでも好転してるのは間違いないので、ある意味肩の荷の1つが降りた気分。

だからこそ、笑うのだ。

 

 

「はっ。取り合えず、エミリア様とレムに言いつけておきましょう。バルスが男色の毛がある件について」

「ちょっっ!! じょ、冗談だって、解るだろっ!?? つか、そんな噂流したら、ラムだってダメージヤベー事になるだろ!?」

「ラムの愛はその程度で褪せる事なんて無いのよ。ただ、不快な芽は潰すに限るわね」

「やべぇ!? どう転んでも潰される未来しか見えねぇよ!? どーしよオットー!? オレら大変だ!」

「大変だ! じゃねーです!! 何で僕ここまで巻き込まれてんですかねぇ!?」

 

 

白鯨から魔女教、この世の負の遺産に巻き込まれ続けたオットー。

仕方のない事である。

 

 

「仕方ないで済ませないでくださいよっ!!」

「はぁ……、取り合えずため息だけオットーの代わりに吐いとくわ……。幸運が逃げても良いように」

「って、僕の幸運逃がしてんじゃねぇですよ!!」

 

 

 

何処となく楽しそうにしているのはスバル。

一番不幸に見舞われているのはオットー。

 

ラムは、そんなスバルに思う所があるのか、そしてそれは自分にとっても益のある内容ではないのか、と直感し、取り合えずエミリアやレムへの暴露は保留とするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしているにエミリアやレム、フレデリカと合流。

 

 

 

「スバル、オットー君と一緒だったんだ。仲良しさんね」

「っ~~~! エミリアたん! 今のオレにはその言葉めっちゃ刺さる! ヤバいくらい刺さるから勘弁して。オットーとの関係は油で繋がってるだけ。兄弟戻ってきたら即バイバイだから邪推しないでよねっ!」

「って、なんなんですか! その最後の素直になれないで悪態ついちゃうみたいな無駄縁起! つーか、ナツキさんがポイしたとしても、ツカサさんが僕を見捨てるなんて全くこれっぽっちも思ってませんからねっ!!」

「……やっぱ、お前も兄弟狙ってんじゃねぇ?」

「違いますよ!! ああ、ラムさんトレー(凶器)準備するのヤメテ貰えますっっ!?」

 

 

スバルのツンデレ―ションにオットーが反応し、軈てツカサにまで飛び火。更にそんなツカサの純潔? はラムのモノだと言わんばかりに凶悪な鬼のオーラを凶器に込めてスタンバイ。即命乞いをするオットー図の完成である。

 

 

「スバルってば、やっぱりすごーく意地っ張りになるのよね。色々あったユリウスの仲直りしたぐらいなのに」

「意地を通してこその男の子、みたいな古い感性もちだからねー。あー、後ユリウスと仲直りしたか? っていわれりゃ、素直にうなずけませんよ? いっくら助けてもらったからって、色々割られたの根に持ってるんで、ふぉーえばー」

「はいはい」

 

 

確かにユリウスとは共闘したし、数多のルート全部で役に立つ男! な評価。(スゲー上から目線)

だからと言って、頭を木刀で滅多打ち……より、エミリアの手の甲にキスが何よりも許せぬ! と言う訳でやっぱり邪険に扱ってるのである。

 

 

「それで、スバル。ベアトリスとはちゃんとお話しできたの?」

「ああ。出来た。オレ自身がちゃんと話せてれば胸張れるんだが、なんつーか………他人の成果横取りすんのって、結構クルもんがあって……。これがオットーとかのなら全然OKなんだが」

「またシレっと僕を巻き込む。もう知りませんからね!」

 

 

オットーネタを未だ続けるスバル。

ぷいっ、と顔を背けるオットー。そしてレムが入れてくれたお茶を寂しそうに喉に通して一服。

可愛い仕草、と見えなくもないが。

 

 

「(オットー様とスバルくん、とても仲良しです。……何でしょう? レムの中でモヤモヤが………)」

 

 

ラムに言われた訳ではないし、共感覚も使ってないが、レムもどことなく思う所があるのだろう。

でも、だからと言ってレムの中での1番が色あせる訳はない。

一挙一動のスバルを見逃さず、穏やかに笑みを零し続ける。

 

 

 

「それにしても、やはりスバル様は凄いですわね。ベアトリス様の禁書庫に立ち入る事が出来る、と言うのは」

「なんだよ、フレデリカ姉様。疑ってたのか?」

「いえ、この屋敷にきてまだ日は浅いですが、何度も目撃しておりますので、今更疑う様な事はしませんわ。暫くお暇を頂いていたとはいえ、わたくしは旦那様の下で働いて10年以上。その間にベアトリス様とお会いした回数を思えば、致し方なし、と思ってくだされば幸いです」

「あ~~、そういわれりゃそーかもなぁ。ベア子の部屋当てゲーム、即制する事が出来るのってぶっちゃけ、オレか兄弟、そんでパックとクルルの4人(内2匹)くらいだし」

 

 

フレデリカは、暫く口元を抑えながら含み笑いをすると、スバルの方を向き直した。

 

 

「ですが、最早スバル様であれば何も驚かない、と言うのが私の中での結論でもありますのよ。あのエミリア様がスバル様がどれだけ頼りになるか、それはもう以前とは比べ物にならない程聞かされております。言葉を尽くしていただきましたので、私も期待をしております」

「へ?」

「ちょっ、フレデリカ!?」

 

 

思いがけないフレデリカの発言にスバルの困惑、そしてエミリアの狼狽が重なる。

 

 

「レムがヤキモチを妬いてしまうのも無理はありませんわね」

「別に妬いてませんよフレデリカ。レムは愛を頂けるのであれば、第2夫人でも構わないので、妬く理由が1つもありません」

「………成る程、虚勢の類、と言う訳でもなさそうですわね。この短期間にここまでの殿方。私はスバル様以外では、ツカサ様くらいしか思い浮かびませんわ」

「ハッ。ツカサとバルスを一緒くたにしてほしく無いわね。フレデリカの浅はかな底が知れると言うものよ」

「ふふっ。そうかもしれませんわ」

 

 

鬼姉妹を魅了、ハーフエルフも魅了。そして自分も信頼に値すると思っている。

片方は最早掛け値なしに王国の英雄だ。見劣りするものの、スバルも最も大きい候補であるカルステン家、ホーシン協会から信頼を得ている。

 

異国より訪れたまさに異端者ともいえる2人。その成果の上げ方が凄まじい。

期待しない方が有りえない、と言うのがフレデリカの意見。

 

 

「えっと、違うの。確かに待ってる間フレデリカにスバルの事沢山話したけど、大袈裟で……」

「いえ、僕も一緒に聞いてましたけど。正直ナツキさんも隅に置けないなぁ、と。てっきり、自分だけ女っ気なしで膝抱えてると思ってたんですが」

「オットー君までっ!」

 

 

シレっとオットーまで参加。

これまで揶揄われ続けてきたのでちょっとした意趣返しのつもりだったんだが……。

 

 

「なんでオレはその場でその話を聞けなかったんだ………」

 

 

スバルはスバルでエミリアからのお言葉が聞けなかった事にショックを受けて、オットーどころではなく不発。【聞いてねーし!】とオットーは肩を落とすのだった。

 

 

「スバルの前でなんて話せません! 恥ずかしい……。もう、フレデリカ! 皆揃ってベアトリスとの事も取り合えず終わったんだから、話を先に進めましょう!?」

「あら、以前は誤魔化されてくださいましたのに。少々可愛げがなくなりましたわね。レムと言い、ラムと言い。……少々寂しくもありますわ」

「ふーれーでーりーかっ!」

 

 

フレデリカは寂しい、と言いつつも笑っている。

エミリアの癇癪も続く。それらが可愛くて仕方ない。

 

 

「ハッ。ラムは十分可愛いと何度言わせれば理解するのかしら? それともフレデリカは世界が危機に陥っても構わないと?」

「うわっ! スゲー切り返し方!?」

「そうですよ、フレデリカ。姉様は素敵でこれ以上ないくらい可愛いので、それは間違いだと思います!」

「――――ふふふっ」

 

 

 

 

 

 

幾ら可愛いとはいっても、いつまでたっても話が先に進まないのは駄目だ、と言う訳で後ろ髪惹かれる思いを抱きつつ、スバルが声をかける。

 

 

「それで今後の事だけど、やっぱ当初の予定通り聖域に向かうのが良い」

「うん。勿論。村の人達と約束もしたし、ロズワールと話をしたい事が沢山ある。だから、聖域に向かいます、って話をフレデリカとしてたの。レムとラムが居るから場所は大丈夫だし、でもフレデリカは……」

「ええ。私は共に向かう事は出来ません。……申し訳ありませんが、御屋敷の留守を任せてもらう、と言う立位置が好まれますわ」

「うん。それは私も納得してる。だからスバルにお願いが……」

 

 

スバルにお願い、と言う言葉を聞いてスバルはハッ! と身体を揺らせた。

 

 

「ちょい待った! ひょっとして屋敷に待機! とか? だとしたらタンマだ! マジ、そこは話し合おう! 確かに体調は万全とはいえねぇけど、オレも行かないといけないんだ! 戦うばっかが人生じゃないし、向かう位なら絶対大丈夫――――な筈だから! だって、オレってば、兄弟にも頭脳担当って言われてたんだぜ? 語弊があるって言っとかないとラムから叱責貰うから一応付け足しとくけど! つまり何が言いたいかって言うと、必要な事なんだ! 勿論、エミリアたんと離れたくないってのもある! だから―――」

「ちょっとまってスバル。すごーく勘違いしてる。置いて行くわけないじゃない」

「置いてけぼりはいやだいやだいやだいやだい――――……ん? 今なんて? なんてったの?」

 

 

ベアトリスとの事もある。直感的ではあるが、聖域に全てがある―――と言う言葉の中には、今求めているモノ、ツカサとの件も何かある、と思ってる。

ならば、自分が行かなければならない。絶対にだ。

ツカサが居ない今、時を遡る事が出来るのは自分だけだ。必ず必要になってくる筈だから―――とかいろいろと頭の中で渦巻いていたが、エミリアの言葉とその触れられた手に全て吹き飛ばされてしまった。

 

 

「だから、一緒にきてっていったの。……まだ私は不安だから。レムやラムにはほんと、すごーく申し訳ないけど、スバルにいてもらいたい、から……」

「わかりますエミリア様。スバル君は素敵ですから」

「わかりませんエミリア様。バルスは無能ですから」

 

 

久しぶりの姉妹のシンクロ……にはならず。

 

 

「ヒデェな! 姉さま! とうとうエミリアたんを、未来の王様の候補を真っ向から否定しちゃったよ!?」

「まぁ、肉壁くらいにはなると言えるわね。無論、行き過ぎたら(・・・・・・)矯正が必要だけど」

「……気を付けます。サー」

 

 

この中で数少ないスバルと何よりツカサの禁忌を知る者であるからこその辛辣な一言。

今ここにはいないツカサに対して更なる追い打ちは許さない、と釘を打った形である。

 

 

 

「そして、ここで漸く僕が大いに役立つんです」

「そこのお前。なに脈絡もない突拍子な事言いやがるんだ? 痴呆発症したか?」

「それ、ナツキさんだけには絶対言われたくない事ですねぇ!? 聊か強引だったことは認めますが、聖域に向かう足については、僕を頼ってください、と言いたいんですよ!

 そもそも、こんな大事な話を部外者の僕が聞いているんですよ? 最初に疑問に思わないといけない事でしょう?」

「ああ、そら考えてるよ」

 

 

スバルが、オットーの言い分に対して大きく首を縦に振った。

それが以外だったのか、オットーは逆に首を横に傾げる。

 

 

「部外者に聞かせて良い話じゃねぇのは明らか。この屋敷には地下牢ならぬ座敷牢があるって話だからな」

「そういう発想の転換は求めてないんですがねぇ!??」

 

 

聞かせても良い。捕えておくだけだから。それがスバルの答え。

魔女教にも捕まって散々な目にあったオットーにとって、あまりにもブラックが過ぎる。

 

 

「因みに、フレデリカ姉様もお墨付きだ。住み心地はヨシだってよ」

「ええ。保証しますわ」

「って、フレデリカさんも乗っからないでくださいよ!」

 

 

冗談だと解っていても? オットーはがっくりと肩を落とした。少々疲れたのだろう。ツッコミ、と言う役目も大変だから。諫める係(ツカサ)がいないので猶更。

 

 

「こーら。2人ともそんな風にオットー君を除け者にしたら駄目でしょ? せっかく自分から協力したい、って言ってくれたのにひどいじゃない。オットー君がいてくれるのと、いないのじゃ、聖域に行くのだってきっとすごーく大変なのよ?」

「おぉ……! 聞きましたかナツキさん? これが本来あるべき対応ですよ!」

「ああ、久々にE・M・Pって声高らかに言えるぜ。E・M・P!」

「………やっぱり突拍子もない事を突然言い出すって面じゃ、ナツキさんの右に出る者はいないですよ。なんです? その言語」

 

 

スバル言語が理解できなかったオットー。エミリアの対応に感激しつつも、身体の力が抜けた感覚だった。何度目か解らないが。

 

 

「ま、確かに大所帯になりそうだ。オレとエミリアたん、レムとラム。こんだけ揃ってて、パトラッシュとランバートだけってのは、アイツらに負担がかかりそうだし、オットーの竜車も使わせてもらうって考えりゃ快適さも増すってか。………でもなぁ」

「でもな? なんです? 含みある言い方ですね。僕の善意が気に入りませんか?」

「悪ぃが顔の怖い果物屋以外の商人に無償の善意は期待しねぇって決めてんでな。善意以外担保になる商人の方が話はシンプルだ」

 

 

これまでスバルが関わってきた商人たちを思えば当然のこと。そこにふざける要素は皆無。

ラッセルやアナスタシアと言った国の中でも、外でもトップクラスの商人の手腕を見てきたのだから。怖い顔の商人こと、カドモンが別枠なのは小細工を弄する必要もないくらい単純だし、何より娘を助けた時の情の厚さを見ればそれだけで良い、アレが演技だとは思えない。演技だったとしたら、アレはアレでバケモノだ。

 

それは兎も角として、オットーはどちらかと言えばわかりやすいカドモンよりかもしれないが、商人傾向はどう見繕っても、ラッセルやアナスタシア寄りで間違いない。

 

 

「お前の魂胆は何となく読めてるよ。大方エミリアに協力的に接して、その後の後ろ盾、ロズワールの印象も良くしたいんだろ? 兄弟は長期出張中で今いないし、一番のパトロンを一時的にも失った形だこれに限る、って感じだぜ。つーか、元々油の買い取りよりもそっちメインだったし、100%間違いねぇだろ?」

「……いえ、あの、そこまで清々しく腹の底を暴露されると、ですね? 後ろめたくないつもりなのに、その……」

「え……オットーくん、そうなの?」

 

 

スバルの話が本当だと言うのはオットーの姿を見れば如何にエミリアでも解る。

でも、本人にしっかりと確認をしなければならないのも事実。

だから、真っ直ぐ本人の目を見て話を聞く姿勢で……。

 

 

「え、エミリア様の純粋で純真な目が痛い痛い痛い!! すみません! そんなところなんです!! 僕自身も成り上がって、ツカサさんを専属契約させて貰えるくらい上に行く、って誓ったんですっ! ここで躓く訳にはいかず!! でも、不利益な事は絶対しない、悪い事は起きない筈なんで、信じて許していただければと思いますっ!!」

 

 

あっさり敗北したオットーは自白。

スバルだけなら開き直りで強引に、と言うのも余裕だが流石にエミリアには無理だ。

 

 

「まあ、あれだ。あんまりオットーを責めてやらないでよ。本当に心から善意だけで出来るヤツって、超人的な力を持つ者だけだって相場で決まってるんだ。エミリアたんが知るヤツなら、兄弟は勿論、後はラインハルト、とかな。自分の行いに最後まで自分だけでもケリをつけれる。そんなのが出来るヤツなんて一握りだ。それ以外の凡人が何とか生き残るには小賢しくいきていくしかねぇ。…………エミリアたんも簡単にやってるけど、やっぱり結構やる側は難しいんだ」

「……ラインハルトやツカサの事はよく解る。何か問題があっても、あっさり解決しちゃうから。でも、私がしてる事については別。そんなに立派だなんて思ってないから。……スバルもそうなの?」

「オレがエミリアたんに尽くすのは100%下心だからね。不純も100%なら純粋になるってもんかな?」

 

 

相手によく思われたい、対人関係における行動は紐解けば原点はそれに尽きる。

……が、それが全てとは言わない。この短期間で見てきたから。例外的な立ち位置だったとしても、実際に見た以上全てだとは言えない。

 

つまりは、人間は簡単ではない、と言う事なのだ。

 

 

「だから、下心が見え見えのお前の好感度は実は高いぜ。安心しろよオットー」

「ナツキさんに言われると釈然としないんですが………」

「ハッ! ツカサを求めてもダメよ。ラムからの慰めで我慢なさい」

「ラムさんから慰めって言葉聞けるなんて思わなかったですよ!? それに僕ツカサさんって言いました?」

 

 

ここにいる面子は誰もがそうだ。簡単ではない。

簡単ではないからこそ、面白いともいえるが。

 

 

「あ~~、そんな顔してたわ」

「どんな顔ですか!?」

「バルスと同類顔」

「うぐっつっ!??」

「んな顔すんなよオットー!! つーか、ラムだって結構不純じゃねーか! 兄弟と子供作ろうって迫ってただろ? 不純異性交遊ってヤツじゃねーの!?」

「不純な訳がないじゃない。ラムが純粋にツカサを欲してるだけだもの。良い男には良い女が近づく。それだけの事よ」

「! つまり、オレもエミリアたんが近づいてきてくれたから,良い男って事に――――」

「まぁ、物事には例外と言うものは存在するわ」

「シレっとディスるのヤメロ! 傷つく!」

 

 

どこまでも楽しそうにしているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 



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精霊とエルフ

 

 

 

「聖域に全てが―――か。その全て(・・)の中にお前も入ってるのかよ? ……兄弟」

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての準備を終え、屋敷から聖域へと出発したスバルたち。

少々準備期間を要したが、滞りなく聖域へと向かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出発時に変わった事と言えば、驚いた事にペトラが屋敷のメイドとして就職を果たした、と言う所だろうか。

スバルもまだ高校生。更に若い12歳のペトラが就職して立派に働ける大人………、少々複雑だったが、可愛らしい妹分だ。末永い目で見守ろう、と結論が出た。

 

 

屋敷はフレデリカに加えてペトラが居る。問題ないだろう。

ベアトリスだって寂しくない筈だ。

 

 

 

「(曰く付きの亜人族……その受け入れ先が、聖域か……)」

 

 

聖域の特性を聞かされたのを思い出し、スバルは乱暴に頭をかく。

種族として、人間と亜人との間に溝が存在するのは最早定番。ファンタジー世界のお約束だと言える。

それはスバル自身も解っている。解っているが、どうしても譲れないし認めないし、憎悪を漲らせてしまう結果につながるのだ。

 

 

何せ、亜人蔑視――――その最たるものがハーフエルフへの根深い敵愾心だから。

 

 

心情は理解できる面はあるものの、その犯しても居ない業を背負い、ただ只管に前を向いて頑張り続けてきたエミリアの姿を知ってる。知ってるからこそ、こればかりはどうしても譲れない。

例え世界に背く事になってもだ。

 

 

ただ、それをするにはどうしても力が居る。世界を纏めるに足る絶対的な力があれば……と何度も思った。

そして、それを可能にするほどの力と人徳、人格を持つ最高峰に位置するのがツカサだと思った。

なんの含みもなく裏もなく、真っ白な状態で、強大な力を携えても尚、驕らず胡坐をかかず、自分の大切な人の為にその力を使う。

大切な人の為なら命も惜しくない。

 

そんな男でありたいと思った。大切な人―――愛する人の為ならば、と。

 

外の風景をじっと見つめているエミリアを見て、猶更―――。

 

 

「どうしましたか? スバル君」

「うん? ああ、何でもないよ。ちょっと聖域の事を考えてただけだ。……そういや、歴史の本で亜人戦争ってのもあったよな? 歌とかもリリアナから聞かされてたし」

 

 

そんな時、不意に傍にいたレムから声をかけられた。

流石に亜人差別だとか直接的な事は言わず、歴史の勉強~的なフリをして戦争話題にすり替えたのだ。

 

 

「はい。亜人戦争は 凡そ100年前の事ですね」

「そんで今更だけど、あの【剣鬼恋歌】ってヴィルヘルムさんの異名に似てね? もしかしたらあの人の剣鬼の由来って―――」

「いえ、あれはヴィルヘルム様自身が由来となった物語ですよ」

「………へ? マジ?」

「はい。マジです」

 

 

事実―――あの剣鬼恋歌に歌われる主人公はヴィルヘルム本人。

剣聖と剣鬼の出会いから全てが彼自身の紡いだ物語なのだ。

 

まさに歴史に名を遺す人物。スバルの知人でもある筈なのに一致していないとか、あまりにも小人が過ぎる。

 

 

「ハッ。ヴィルヘルム様とアレだけのやり取りをして、先代剣聖を娶った事実をしって、会話を重ねて、これだけ物語と符号点が幾つもあると言うのに解ってなかったとか、情けないのを通り越して呆れるわねバルス。それが通常だとしても嘲笑ものよ。その点、ツカサは知っていたわ。加えて剣鬼の様に生涯を誓い、想う事が出来るのか、と自問自答をしていたわね。……まぁ、間違いなく出来るとラムは伝えたんだけどね。ツカサも思う所があったようよ」

「へーへー、悪ぅござんした姉様! ………ま、オレだって思うよ。兄弟が出来ない訳ねぇって。あの歌の主人公―――ヴィルヘルムさんにも全く負けてない戦果と結果を残してくれてるんだし」

 

 

ツカサが齎したモノ、ツカサが残したモノ、それらを考えたら決してあの歌の主人公に見劣りするとは思えないし、寧ろ上回ってるとさえ思う。

永き歳月をかけた時間や各人それぞれで違う愛に関連する事は一概には言えないかもしれないが、愛を向けられ、向けている本人が認めている以上、それ以上の評価の仕様が無いだろうが。

 

 

「ふふっ。早くツカサも戻ってこないとだね。こんなに楽しそうにしてる輪の中に入れないのはすごーく残念だし、後からツカサが聞いたら辛くなるし、悔しがるだろうな、って思うの」

「そりゃそーでしょー、エミリアたん。オレだって兄弟からエミリアたんのレアシーン見逃した~的なの何個も聞いてて、唇を噛み締めて悶えていたんだよぉ」

「れあしぃん? ちょっと何言ってるか分かんないかな」

 

 

いつも通り、朗らかな会話を続けるのだが……エミリアの様子は何処となく暗い。

その理由は明らかだ。

 

 

「パックのヤツ、やっぱ顔出さなかった? エミリアたん」

「……うん。今日も、出発準備期間中も、何度も声はかけてるし、契約の繋がりは感じるんだけど……、こんなに長く顔を魅せないことって滅多にないからすごーく心配」

 

 

ここ数日で起きた異変の1つにパックの存在がある。

エミリアの契約精霊であり親代わりを自称する子猫の姿を一切見かけてないのだ。クルルが居なくなったからと言って、パックまでいなくなる必要は無いのに。

 

 

「ほんとはパックとも聖域の事も相談したかったんだけどね」

「うーん。パックの分の戦力ダウンってかなり痛いからなぁ……。オレがパックの分までヤル!! なんて殊勲な事 今の見習いなオレじゃ口が裂けてもいえねぇし」

「大丈夫ですスバル君! スバル君が出来ない分は、このレムが身を粉にして頑張ります!」

「レム~~、その心意気はマジ鬼がかってる……ほんと感謝してもしきれねぇよ」

「えへへ。褒めてくれても構いませんよ?」

「いっくらでも褒めるぜ! 褒めちぎってやるぜっ!!」

「っっ~~~~~~、れ、レムは幸せです! スバル君ッ!!」

 

 

頭を差し出されて、幻想? の尻尾や耳まで見えてきて、本当に可愛らしい女の子だ……とスバルは思いつつ、思いっきり頭を撫でた。

 

もう1つの最愛、妹が幸せそうなのは良いが、スバルがそうなのはイラつく、と言う事でラムが一声。

 

 

「肉壁しか取り柄が無いのだから、出来ない分、その小賢しい頭をフルに活用する事ね。バルスにはそれしかないわ。肉壁しか取り柄が無いのだから」

「二回肉壁言うな! 実際肉壁になってヤバくなったら嫌なのラムも一緒の筈だろっ!??」

 

 

まさに《飴と鞭》な感じ。

エミリアとレムの甘やかしや癒しがあるからこそ割合が獲れている、と言うモノだ。ソレほどまでにラムは辛辣。いちいちごもっともだから寄りきつい。……いい具合に尻を叩かれてる、と思う事にしている面もあるが。

 

 

「ふふふふっ。私もすごーく皆の事頼りにしてるから。でも、私だって頑張れるからね。パックが一緒じゃなくても微精霊の子達だっているし、私もスバルの事守ってあげられるから」

「うぅぅ……、エミリアたんマジ天使~なのに、英雄見習い、目指せ兄弟、を心情としてる身としてはやっぱり堪えるモノがあるよぉ………。で、でもそのセリフオレが言えるようになる、言えるようにするから待っててね! 勿論、レムもだぞ!」

「わかった。すごーく期待して待ってる」

「流石はスバル君です! レムは感服致しました!」

 

 

嬉しい反面、やっぱり強くなりたい欲求が高まってくのを感じてスバルは思わず頭を垂れた。

その後は すぐに、いつも通りラムの【ハッ!】が聞こえて毒舌トークを聞いて終わり、である。

 

 

 

 

 

 

「そういや、フレデリカはガーフィールに気をつけろ、って言ってたけど、ラムやレムは問題ないって言ってたよな? 実際どうすりゃ良い訳? 警戒? 安心??」

 

 

契約で話が出来ないフレデリカが唯一スバルは警戒した方が良いと言うのがガーフィールと言う名前だ。

 

 

「全く問題ないわ。問題視する意味も不明よ。ただの負け猫ガーフだから」

「姉様がいらっしゃれば大丈夫です。スバル君」

「また他人頼り……って、負け、ねこ? ガーフィールって猫なの?」

 

 

ふっしゃー! と爪立てて襲ってくる? 風貌が一瞬頭を過る。

だが、猫は猫でもヤバい系の猫を知ってるので、猫だと聞いても安心は出来ないが。

 

 

「まぁ、バルス程度ならそれこそ一瞬で襤褸雑巾にされるでしょうね」

「それ全然安心できないヤツ!!」

「恨まれてる可能性も捨てきれないわ」

「会った事もないヤツにか??」

「恨みを買ってるのはツカサの方よ」

「なんでここで兄弟が恨まれるのっ!?」

 

 

揶揄われているのか、真面目なのか、判断に困る話ではあるが、少なくともスバルの中で、ガーフ基、ガーフィールは要注意人物(猫?)だと認識を改めるのだった。

 

 

そしてエミリアは、スバルたちのやり取りを見て、口元に手を当てて笑っていた―――が、時折表情が陰る。

 

 

そして、それはとある場所に到達した時から顕著に表れ始めた。

 

 

「森に入ったわ。―――そろそろね」

 

 

ラムの一言からだ。

殺風景だった道筋が、深緑の森へと姿を変える。

 

この森深くに存在する聖域。特殊な結界で守られている聖域。いよいよ、その領域内へと足を踏み入れたのだ。

 

 

「…………」

「エミリアたん、ひょっとして緊張してたりする?」

「ッ―――! すごい、なんでわかったの?」

 

 

エミリアの様子は逐一観察していたスバルは直ぐに気付く。

でも、これはスバルじゃなかったとしても……。

 

 

「キミのことなら何でもわかる、って言いたいとこだけど、今のは誰でもわかるよ。なぁ? 2人とも」

「はい。スバル君は素敵ですから」

「バルスに花を持たせてあげるつもりだったのだけど、あまりにも遅いから甲斐性が無さすぎて呆れそうになったわ。ギリギリ及第点を挙げたくなくもないわ」

「よーし、レム甘々、ラム辛辣! ってな訳で、皆解ってるよーエミリアたん。……皆がついてる。だから安心して~ってくらいしか言えないのが何だかなぁ」

 

 

エミリアの力になりたい! と常日頃思ってはいるが、やっぱり力不足はどんな場面でも思ってしまう。仕方がない事なのだが、日々精進だ。

 

 

「ううん。心配させてごめんなさい。もうすぐ聖域に……亜人族だけの村につくって思うと、ちょっと……」

「ああ……、そっか。こっちこそごめん。そこまで頭が回ってなかった」

「ハッ。情けない」

「申し訳ありませんでした!!」

 

 

エミリアの緊張の原因……、考えてみれば明らかだ。

フレデリカの説明でもラムやレムからの説明でもあった。聖域とは単なる亜人族の集落ではなく、【訳アリの亜人族】が暮らす場所なのだ。

 

 

「エミリアと同じ境遇の………」

 

 

最後まで言いきる事は無かったが、それでも可能性が無い訳じゃない。十分あり得る話なのだから。

 

 

「……私、自分以外のハーフエルフには合った事ないの。あんまり、そんなこと考えた事なかったけど、でも――――……」

 

 

聖域にはもしかしたら……? と思うのだ。

それを確かめるには、やはり聖域に行くしかない。

 

 

「でも、レムやラムは知ってるんだし? ここで答え大発表~とかは?」

「……申し訳ありませんスバル君。エミリア様」

「契約よ。フレデリカ同様、妄りに聖域について口外する事は出来ないの。理解しきれないのかしら?」

「理解したよ! とりま、言ってみただけだよ!! あーもう、臨機応変って存在しても良いと思うんだけどな!」

 

 

そんな時だ。

 

 

「―――は!? え、エミリア!?」

「え? あ……これって……!?」

 

 

 

突然、車内に異変が発生した。

異変の起点は外でもないエミリア自身。レムもラムもスバルと話をしていたから気付くのが遅れた。対面式で座っていたスバルだからこそいち早く気付く事が出来た。

 

彼女の胸元、その内側から突然青い光が膨れ上がって、エミリアの服でその光を抑えておく事が出来る訳もなく、一瞬で青く染め上げた。

 

 

「石が、光って……!? スバル! 皆!」

「聞いてないわよ。フレデリカ……」

「これは一体!?」

「ちょいまて、まじで嫌な予感しかしない! エミリア、借りるぞ!」

 

 

激しく光る青い輝石。

スバルにとって、この光景は初めてじゃないし、何ならトラウマの1つとして数えられるものだ。

赤く光輝く魔石。それは今まさに爆発寸前で―――――どうにかこうにか、白鯨の首なし死骸、その体内に放り込む事で九死に一生を得たあの場面がどうしても浮かぶ。

 

 

「スバル君!?」

「大丈夫だレム! 一応、近づくな! 何もなけりゃ、後で拾ってくる。だから、今は外に――――ッ!? エミリア!?」

 

 

次にスバルが見た光景……それは崩れ落ちるエミリアの姿と言う最悪の光景。

ラムやレムが傍に居るとはいえ、見たくない光景に咄嗟に手を伸ばす。伸ばして、伸ばして伸ばして――――どうしても届かない。

叫んで叫んで叫んで――――それでも…遠い。

 

一瞬にも満たない時の狭間。

 

 

 

 

そして気付けば、知らない場所にいた。

 

 

 

 

 

「どこだよ、ここ。……って、んなお約束いってる場合か!? エミリア!! レム! ラム! オットー!! どこだよ!!」

 

 

 

いたはずの竜車の車内じゃない。全く見覚えの無い降りた覚えもない、気づけば森の中。

転移させられたのは自覚出来た。

 

 

「頬、つねっても痛い。夢とかの類じゃねぇ……。兄弟ん時みたいに仮想空間に入る、って感覚でもねぇ。これは現実だ。……だとすれば、ベアトリスの扉渡りみてぇな空間転移。……それもこの手の中の輝石がトリガーか」

 

 

混乱極まってるが頭は働く。

あの青い輝石が発光した事でこの状態になった。だからそれ以外考えられない。

 

 

「ちぃ……、エミリア倒れてたんだぞ。2人が見ていてくれてるとはいえ、安心できねぇ……!」

 

 

原因が解らない。

あの輝石が原因だと思うが、エミリアが倒れて自分達が大丈夫だった、と言う理由も解らない。

解らない事が重ねて起こると、人はパニックを起こすと言うモノだが、生憎スバルの精神力は常人の域をはるかに超えている。

 

 

「一先ず、大急ぎで戻らねぇとな。犬ッコロみてーなヤツがいねぇとも限らねぇし」

 

 

地獄を見てきたスバル。焦り、安心できず不安……であったとしても、パニックを起こして何もかも手につかない、なんて事にはならない。

自分が出来る最善を選ぶ事くらいは出来る。

 

勿論―――不安は尽きない。

エミリアやレムラムの事もそう、そして何より……

 

 

「フレデリカ……一体何したんだ? あの輝石のせい? 何か関係あるのか? ……あぁぁもう! 今考えても答えでねぇ! 取り合えず、合流だ! せめて森を抜けて――――ぁ?」

 

 

 

自分1人の無力さは嫌って程解ってる。

こんな所で死に戻りを発生させたとしたら、下手をすればループに嵌る危険だってある。

慎重に、それでいて確実に皆と合流を―――と足を踏み出したその時だった。

 

人影と目があったのは。

 

そして、何よりも驚愕する。

 

 

 

人影は1つ。だが、特筆すべきはもう1つある存在。

鬱蒼と茂る深緑の森の中で最も目立っていて、尚且つ同化しているともいえる矛盾。

あの緑玉の輝き、紅玉の輝き、忘れる訳がない。

 

 

 

 

――――クルル………!?

 

 

 

 

 

人影と共にあるのは、願って止まなかった存在が1人。

かの英雄が使役している大精霊。

幾度も助けてくれて、自分に同じ視線になれるよう英雄の苦しみも体感さやが……させてくれた存在。

 

求めてやまない存在の内のひとつ。

 

 

 

「お前ここにいたのかよ!? いやぁ、ベア子、マジナイス! マジで、愛してる! ベア子万歳!! 答えの全て(・・・・・)が此処にあったんだな!? おーい、クルル! オレだ! 解るかー!」

 

 

もう1人の人影の事よりも先に、あの緑と赤の輝きを纏う存在に声をかけ続けた。

 

そして少し近づいた所で、もう一人の存在のその特徴に気付けた。

 

 

「あれ? 一緒にいる子……、女の子の耳、長くない?」

 

 

そう、特徴の1つ耳が長い事。

幼気な少女の姿で、耳の先が尖っていて、通常の人間より長く思う。

エミリアと比べても明らかに。

 

 

「ひょっとして、エルフ?」

「―――――」

 

 

クルルの存在を見て、安堵感がとんでもなく出たのだろう。

全く無警戒に、それでいて堂々と間合いを詰め続けるスバル。

そのエルフを連想させられる風貌に興味を持ち、更に近づいたその時だ。

 

 

「は!? え? いや、ちょっと!!」

 

 

あの少女と精霊は、まるで幽鬼の様な動きで背を向けて突然走り出した。

あまりに想像してなかった展開にスバルは反応が遅れる。何より嬉しかった自体が突然一変した。

 

 

「クルル!? クルルだろっ!? ちょっと待てよ! いつでもモフモフして良いって約束忘れたのかよ!? どこいきやがる―――っ!!」

 

 

あの存在がクルルである。間違いない、と今も思ってる。

だから、ただ揶揄っているだけなのだろう、と思っていたのだが、考えとは裏腹にどんどん距離が出てきて、段々と病み上がりなスバルも息が上がり……。

 

 

「く、くっそっ……、こな、くそぉ!」

 

 

どうにか最後の力を―――と足を前に出し続けた。

逃げる背中を懸命に追い縋る事数分。もう背は完全に見失ってしまった代わりに、森を抜ける事が出来た。

 

 

「抜けた―――……? けど、なんだここ」

 

 

開けた先にあった空間に苦し気に顔を顰める。

しんどい中で走り続けたから、と言う意味もあるが、兎に角流れ出る汗を拭い、正面にある奇妙な建物に首を傾げた。

 

 

石材を積んでくみ上げられたそれは、ひどく原始的な建築様式―――と言わざるを得ない。

ファンタジーの世界だからとは言っても、ここまで原始的な遺跡は初めてだった。

外観の大部分は緑の蔦や苔に覆われていて、わずかに剥き出しの壁面は派手にひび割れている。

歴史を感じられる赴き、恐らくは数百年は下るまい。半分程が森に浸食されているところを見ても、人の手から離れて数百年、と言った感じだろうか。

 

 

「……墓場、って感じだ。一瞬ピラミッドっぽく思ったし……って、それよりも! くっそ! 最悪だ。見失った……。つーか、何で逃げるんだよ!? 逃げた先にアイツが居たりすんのか!? だったら、猶更追いかけて…… いや、ラムを連れてきた方が良いか? アイツの千里眼なら…… いや、でも無理させ過ぎても不味い。クルルが居ない状態で力使い過ぎたらどうなるか、火を見るよりも明らかだ……」

 

 

探し人、と言えば 現時点ではラムが最も最適な能力を持っている。

波長の合う存在と視界を共有する千里眼の能力。アレとツカサがテンペストが合わさった時の索敵能力のすさまじさはスバルも体感している。現時間軸に置いて知るのはスバルとラムだけになるが。

 

兎に角、誰かを探すとなると、どうしてもラムの能力が必要だろう。レムに心配をかける訳にもいかないが、それでもラムの本懐でもあるから、どうにか最適な行動を……と、スバルは見逃してしまった自身の不手際に対する失望を隠しつつ、考えを張り巡らせた。

 

 

確かに不手際だ。ラムから100を超える罵倒が飛んでも仕方ない。

でも、それでも良い。

手がかりほぼゼロ、ベアトリスの言葉、証言だけだったのだが、実際にこの目で見たのだ。

聞くだけでなく、見る事が出来た事実は、スバルに失望よりも興奮と高揚を齎したのだ。

 

 

 

 

 

「……周りに もうはいねぇ。ならこの遺跡に……だろ? 期待すんな、って言う方が無理だ。……行く。行ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

そして、この後……スバルは遺跡の闇の中に誘われ――――不機嫌な魔女と相対する事になるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――場面は 始まり(ゼロ)に戻る。

 

 

 

あの存在―――不機嫌な強欲の魔女。

エキドナと名乗る少女の元へ。

 



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番外編 Memory Snow
突然の寒波


つーかーれーたー……、たいへんでたいへんで…… ((+_+))




オリ主、ツカサ分が当分無くなっちゃいそうだったので、ちょっぴり横道逸れます……


時系列は、少々過去に戻って――――番外編、メモリースノー編です\( 'ω')/


 

 

とある日の朝。

アーラム村にて。

 

 

 

 

「あれ、スバル。こんな時間に村に来てるなんて珍しいな」

「んげっ!!? 兄弟っ!? 何故ここにっ!??」

「……人の顔見るなり『ゲッ!』とは随分なご挨拶だな。何故って、オレ元々アーラム村を生活の拠点に~って話してるし」

 

 

 

 

 

近頃はロズワール邸でお世話になってる事が多いから、スバルも錯覚したのかもしれないが、元々はツカサはアーラム村の【なんでも屋】。別にこの場所にいても何ら不思議じゃないのだ。

 

 

「それにスバルには色々と貸しがあると言うか、もう簡単には返しきれない程度に積りに積もってる、ってオレ認識してるんだけど?」

「その節は、マジで世話になりました!! 兄弟には足向けて寝れません! 感謝感激多謝でございますっ! 今後ともどうぞ御贔屓にでございまするっ!!」

 

 

流石にスバルも失礼極まりない、と思ったのか綺麗に90度腰を折って謝罪。

親しき中にも礼儀あり、と言う事だろう。土下座せんばかりの勢い~~だったが、それは止めた。

ツカサ相手なら何ら問題ない―――とスバルは思っている。原因は村の子供たち。

何故子供たちかと言うと……喧しそうな声が聞こえてくるのだ。地に頭をこすり付けてる場面は1度見せてるが、今はそんなシリアスな場面じゃない。

だから、あまりに無防備な姿を見せてしまえば、その時点で玩具にされて、貴重な時間を失ってしまう、と考えたからである。

 

 

 

 

 

 

あの魔獣騒動から数日後。

 

 

 

 

 

 

もう、ウルガルムは相当数討伐した。

ロズワールは勿論 エミリア・パック組も相当念入りに調べているから、恐らくはあんな事は起こらない、もう大丈夫―――だとは思うけど、朝の日課として自発的にツカサも見回りに来ているのだ。

 

確かに魔獣は掃討。

結界も機能してる。

でも、あの主犯とされる魔獣使い、メィリィと名乗る少女にも逃げられている今、警戒は幾らしていても問題ない筈だ、と言う理由もあった。

 

 

アーラム村を拠点にして生活基盤を整えるのが当初の約束、エミリアやラムを助け、徽章を取り戻す為の御礼だったのだが、ここ暫くはロズワール邸で居候させて貰ってるので、そろそろ なんでも屋業を再開しても良いかな………っと、村の子供たちを相手にして考えてると、屋敷に通じる道から人影が見えた。

 

それがスバルだった、と言う事だ。

 

 

「ツカサ~~! ボールまだぁ~~?」

「そろそろ空飛ぼうよ、ツカサ~~」

 

「「「「あっ!!」」」」

 

 

因みに、子供たちの事を相手にしていた―――と言う事は傍に子供たちもいる訳で、当然スバルにも気付く。

 

 

「スバルだーー!」

「スバルきたーー!」

「ヘンなかっこ~~!!」

「この、かっこつけ~~!!」

「こわいかお~~!!」

 

「後半全部悪口じゃねーか、こんガキど―――もっ!??」

 

 

あっと言う間に取り囲まれてしまった。

そしてあっと言う間に押し倒されてしまった。

 

体躯の差などなんのその。リュカ達の一斉攻撃には成す術なし。

もみくちゃにされて、これを数百倍は凶悪にしたものが、あのウルガルムにガブガブされてる、と言う場面になるのだろうか。

 

 

 

「ぐっはぁぁぁぁ、オレめっちゃ忙しいのにっ! めっちゃ極秘ミッションだったのにっっ!!?」

「みっしょん? って言うのはよくわかんないけど……こんな目立つ格好して、堂々と村横切って、極秘も何もないでしょ」

「そーだよ、スバルー。凄く目立ってたよ」

「うぐっっ、そりゃそーだけど、気分っつーか何つーか……、ってか、ツカサにペトラ! 手ぇ、空いてたら助けてくれ~~! こいつら、デートん時も邪魔に入ってきそうで厄介なんだよ~~!」

 

 

リュカ達に押しつぶされかけてるスバルからの悲痛な声に苦笑いするのはツカサで、ペトラは聞きなれない単語に反応した様で首を横に傾けた。

 

 

「スバルー。でいと、ってなに?」

「デートってのは愛し合う2人の嬉し恥ずかしの秘密のお楽しみ、ってヤツだよー! ってか、お前らマジで邪魔すんじゃねーぞ!?」

「……むっ」

 

 

デートの意味を知り、スバルの言葉を聞いてペトラは頬を膨らませた。

まだまだ子供……とはいえ、ペトラだって女の子。想う所の1つや2つはあると言うモノだ。

 

 

「十中八九、そのお楽しみの中に皆が入ってくるな」

「不吉な事言わないでくれよ兄弟!! 兄弟はラムちー姉様といちゃいちゃラヴラブ出来てて良いのかもだが、オレのエミリアたん成分はいつも不足気味、欲してるんだからよぉぉ!」

「……いちゃいちゃもらぶらぶ、もあまり聞かない言葉だけど、なんか恥ずかしくなってきた」

「……ツカサは、ラム様が好きだもんね? それでスバルは…………むぅ」

 

 

やっぱりペトラはむくれている。

勿論、ペトラもツカサ同様《いちゃいちゃ》や《らぶらぶ》は知らない。

でも、何となく解る。スバルが言っていた愛し合う2人~の件を聞けば大体解る。

だからこそ、むくれて頬を膨らませているのだ。

 

勿論ペトラが頬を膨らませる理由はスバル。

色々あって、ペトラはスバルの事を気にし始めているから、である。

 

ツカサも同じ土俵と言えばそうなのだし、最初こそ優しくてとても強いツカサに惹かれる~となりかけていたのだが、あのラムの存在があまりにも大きく、あまりにも隙が無く、あまりの圧だったので、完全に芽生える前に圧されてしまい、無意識に気になる方向性を変えられたのだ~~~と言うのは、誰も知らない事実である。

 

 

そんなペトラの様子に気付いたのか、ツカサは頭に手を置いた。

 

 

「それはちょっと間違い。皆の事だって好きだよ。この村が大好きだから、頑張れたんだ」

「~~~~っっ、こ、こども扱いしてるでしょ~~~!!」

 

 

頭を撫でながら非常にこっぱずかしい言葉を臆面もなく言うツカサに思わず赤くなって抗議するペトラ。

スバルはスバルで、散々いちゃいちゃだのラヴラヴだのデートだの言っておいて今更だが、それ以上にストレートな言葉を聞いて、いたたまれなくなってしまっていた。

 

 

勿論、子供たちの追撃が止む訳ではないが。

 

 

「あ、秘密だったらオレ達もあるもん!」

「知ってる知ってる! 秘密の場所~~! さ、いこうスバルっ! 今からいこうスバルっ!!」

「ツカサーー! ボール遊びはまた後でねっ!?」

 

「はいはい。あの場所に行くんだな。んじゃ、皆。スバルの案内と世話をよろしく頼むよ? さっき言った通り、オレちょっとムラオサに用事があるからさ」

「「「「はーい!」」」」

「ちょっと待てぃぃ!! なんだよ! オレの世話って!? 兄弟いかねーの!?? オレ1人だけにガキども押し付けて去るっての!??」

「少しの間だけ、って約束してたんだよ今日は。取り合えずがんばって!」

 

 

 

スバルは抗議の声を張り上げるが、ツカサはただただ笑顔で手を振って見送るだけだ。

 

 

「ペトラも、皆の事よろしくな。結界を超えるのだけは駄目だよ? ああは言ったけど、やっぱペトラが一番頼りになる。……正直、スバルよりも」

「ッ! うん! 任せて」

 

 

頼りにされてる事が嬉しかったのか、ペトラは目を輝かせながら手を挙げた。

 

そして、それもしっかり聞いていたスバルの猛抗議が再び場に木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――うん。今日も平和だ」

 

 

 

 

 

 

 

暖かな風が頬を撫でるのを感じる。

アーラム村のなんでも屋業は、現在村に来たついでに、頼みを聞く~と言う限定的な営業になっているが、こうやって村の皆が元気で過ごしてるのを見るだけで、十分英気を養ってもらっている。

 

 

色々と騒がしいが、それでもあれだけ血に濡れた、殺伐とした日々が、繰り返してきた日々がまるで嘘のよう。そんな陽気な朝――――の空に変化が見られたのは ほんの直ぐ後のこと。

 

 

「………? あれ? 空が――――」

 

 

 

切っ掛けは、ほんの些細な事。

何となく~程度の違和感から、あの騒動が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。

まだ意識が覚醒する前だったが、明かな違和感を覚えた。

 

身体の半身が感じるのは温かくて、とても心地良さ。

中々に形容しがたい。語彙力の無さ故か、ピタリと当てはまる表現、言葉が見つからない。

 

どうにかこうにかして、例える事が出来た。

 

 

言うならばこれが『幸せの形』なのかと思える様な多幸感だ。

 

だが、それは永遠ではなかった。泡のように消えて軈てなくなり、意識が覚醒段階に入ると同時に、次に感じるのは異様に寒さだった。寒さが意識覚醒を加速させて……軈て目を見開く。

 

 

 

「ん、ん………」

「朝よ。起きなさい」

「……おはよぉ、らむ………」

 

 

目を擦って、身体を起こすと―――そこにはいつもの光景。

鬼姉妹の姉、桃色の髪の少女、ラムの姿。

朝目が覚めると必ず彼女が傍に居てくれる。

 

最初こそは驚いたり慌てたり、如何にラムとはいえ、女の子に寝顔を覗かれてる……と言う事に顔を赤くさせたりしていたが、慣れとは怖いモノだ。

 

色々と飽き性で、ロズワール関係以外は案外ズボラ、スバル関係では忘却する様な少女だが、ツカサ事に関しては、特にこの朝のお勤め(・・・・・)は殆んど欠かすことが無い。

 

色んな意味で自分に正直な少女なのだ。

 

 

()少女よ」

「一体誰に突っ込んでるのかは、敢えて言わないでおくよ……、くぁ………」

 

 

ラムの姿をハッキリ視認すると、ツカサはあくびを1つしながら、身体を起こす。

しっかりとかけられた布団を捲り、改めて気のせいじゃなかった、と認識する。

 

それは、覚醒する前の多幸感――――ではなく、目覚めてからも感じている異常な気温に、だ。

 

 

「なんだろ? 今朝は物凄く冷えない? メイザース領内ってここまでの気候変動がある地域……だったりするのかな?」

「いいえ。少なくとも、ラムたちがロズワール様にお仕えする様になってから、この時期にここまでの寒波は無かったわ」

「ん―――」

 

 

1度や2度くらいなら、寒暖差程度で有りうる話だと結論するだろう。

その程度なら、天気が曇りだったり、雨が降ったりとすれば簡単に下がるからだ。

だが、ここまでのは普通ならば考えにくい。正確な外気温が分かる訳じゃないのだが、少なくとも体感で10℃以上は下がってる。

 

 

「(……また厄介事? クルルに探らせてみようかな……?)」

 

 

因みに、例によってクルルは現在ベアトリスの所に半居候状態になってる。

基本的に平和状態だったら、クルルを活用する場面が激減するので、ベアトリスの元へと連れて行ってるのだ。

体よく厄介払い~な感覚で。

 

ベアトリスからすれば、クルルに対する扱いに抗議の1つや2つ盛大にする案件なのだが、寂しがり屋な所がある彼女だ。口で文句を言いつつ、頭の中でははしゃぎ回ってる。宛ら子供の様に。

つまり、誰にとっても良い事なのだが、やはり有事の際は、あのクルルの力も借りなければならない。ツカサがクルルに完全依存していると言う訳ではないが、いるのといないのとでは、使える力、その幅広さが全く違うから。

 

 

ツカサは色々と考え事をした後、不意にラムの顔を見た。

 

 

「ラムって、寒いのは大丈夫だったんだ?」

 

 

ラムのメイド服はロズワール邸仕様なのかカスタマイズされている。少々目のやり場に困ってしまうが、胸元や肩口など、露出部分があり、どう見ても冬用―――とは言えない服だ。

 

でも、ラムは平気そうにしていた。

 

 

「……今のラムは(・・・・・)、問題ないわ」

「へぇ……。ん? 今のラム??」

 

 

何処か意味深な言葉を出すラムに首を傾げていると。

 

 

「きゅ~~!」

「っと!」

 

 

クルルが戻ってきて、ツカサの肩に乗った。

 

 

「ベアトリスさんに迷惑かけてない? 大丈夫?」

「きゅきゅっ!」

「……まぁ、話半分にしとくよ、お前の場合は。っとそれより、クルル。昨日見たあの空(・・・)の事だけど、この寒波と関係あると思うか?」

「きゅ~………」

 

 

先ほどの疑問は、もう気にならなくなり、早速この寒波についての話題になった。

クルルとツカサが話をしているのを横で聞いていたラムは、仄かに頬を赤く染める。

 

頑張って平常心を取り戻した筈だったのに……、また顔を赤く染めた。幸いな事にツカサは気付いていない様だが。

 

 

 

「……ラムは十分温もりを堪能したもの。ツカサはこの世の至福、その最上を甘受していた筈なのに、全く気付いてない。………ご愁傷様、ね」

 

 

 

 

 

 



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つまらない野暮用

 

 

 

クルルの様子は少々おかしかったが、取り合えずツカサは追及する事はしなかった。

その理由は、背後に《ナニカ》が居ないであろう、と本能的に察したからだ。

ツカサの中で、人格否定しているのは《ナニカ》だけであり、クルルに関しては信頼している。……ただ、いつクルルに扮してナニカが出てくるかが解らないから、完全に心を許す――――なんて事は出来ないが。

 

無論、それは有事の際は省く。

 

 

「(……意図的にクルルが何か隠し事をするとしたら、多分……)」

 

 

愉快犯じゃないと言うのであれば、恐らくこの屋敷に来て直ぐに向かった禁書庫で何かがあったのだろう。つまる所、ベアトリスとパック、或いはロズワールも絡んでいるかもしれない。

 

 

「……とは言っても、今の所そこまで被害被ってる訳じゃないし、良いか。気温もまだ大丈夫だし」

「そう。良いと言う事はつまり今日も暇と言う事。ラムの仕事を手伝いなさいツカサ」

「………そういう意味での良いか、じゃないんだけど、うん。了解」

 

 

隣にいるラムが突然仕事を押し付け………仕事の手伝いを依頼しているが、当然の様にツカサは了承した。

以前までは、それとなく~~自然に~~~と、ラムの仕事をツカサが手伝う様に持って行っていたのだが、最近は小細工なしのストレートで手伝ってくれ、となっていた。

 

 

勿論、ツカサは断らないし、ラムの事をよーく知ってるので、全く気にしてない様だが。

 

 

「大丈夫よ。報酬ならしっかりと支払うわ。バルスの給金から」

「うん。ありがと。これでも一応、アーラム村の何でも屋だからね。報酬は素直に嬉しいよ」

「――――って、うぉいぃぃ!! 何でそーなるんだよっ! 兄弟もナチュラルにうなずいてんじゃねー!! オレとエミリアたんの愛の逃避行の為にもお給金は絶対超必要なんだよっ! そもそも、兄弟はべらぼうにお給金貰ってるって話も聞いてるぞ! 格差社会反対反対!!」

 

 

因みに、直ぐ傍にはスバルも居たりする。

屋敷中の掃除をレムと行ってる最中。少々ラムとツカサから距離は離れていたが……、スバルにも聞こえるくらいの大きさの声でラムは話をした様だ。

つまり、確信犯と言うヤツである。

 

 

「ハッ。どの口でほざいてるのかしら。ツカサとバルスの仕事量を鑑みれば当然と言うモノよ。それともバルスはツカサに見合うだけの成果を出せるとでも言うのかしら?」

「うぐぐぐぐぐっ………」

「あー、いや……、そもそも、基本お手伝いさんな仕事なのに、上も下も無い気がするんだけど……。勿論、スバルの給金貰おう、なんて思ってないからね? 一応念のため」

 

 

ラムの会心の一言にぐうの音も出ずに項垂れるスバル。

確かに魔獣騒ぎの事やら、ツカサ自身の力やらを考えてみれば……対等などと口が裂けてでも言えない。本気で言った訳じゃないのだが……改めて現実と言うモノはかくも苦しい、と認識せざるを得ないのだ。

色々とフォローをツカサは入れてるが、あまり効果はなさそうである。

 

 

「大丈夫ですよ。スバル君は素敵ですから。直ぐにでも、姉様やツカサ君も納得する成果を魅せてくれる筈です!」

「っ~~~~~! れ、レムの無条件持ち上げが傷に染みるっっ!! 頑張りますとも! 今後とも是非に御覧になってくださいだとも!!」

 

 

レムはレムで、スバルを甘やかす――――訳ではなく、常に至上に置き、期待に満ちているので、ある意味スバルの監視人的になってる。こうまで期待された目で見続けられたら、サボったり弱音吐いたりが出来ないのだ。

それだけ期待してくれるのはスバルにとってもありがたい事だが、目指すべき頂きの高さがヤバい事も解って貰いたい気分でもある。

 

無論、エミリアの為にも下を向いたり、後ろを向いたりする暇はないのだが。

 

 

「近頃は平和だし。頑張ってよスバル。オレもオレで色々と頑張るから」

「うぅ、強者の余裕オーラが可視化するってもんだぜ兄弟。兄弟の頑張る、と色々はマジ最強コンボの最難関クエストだったりしそうで……っとと、ちょっと待て。兄弟、よく見て見りゃ、その格好寒くね? オレの服より余裕で薄地、つーか夏仕様じゃん」

 

 

スバルがここで着目したのは、話題逸らしにも使ったのが今のツカサの格好だ。

子供たちの相手をしていた事や今は朝もそれなりに早い事もあり、動きやすいラフな格好になってるが、それでも肌が露出している所が所々ある仕様の服で、ハッキリ言ってメチャクチャ寒そうなのだ。

 

 

「ハッ。無粋ね。ラムが傍に居るのだから、当然全く問題ないわ」

「何が当然で、何が全く問題ないのかわからん……。って、そうか!? お肌とお肌で温め合ってましたってか!? そりゃ、朝目覚めたら傍にはメイドさんがいて、そんでもって、そんな事(・・・・)してくれた日にゃ、神が10個はつきそうなシチュエーションだな!! ……でも、まだ村の子供も起きてる様な時間ですよ、姉様。アダルティな話は夜の方が良かったりしません事?」

「問題ないわ。いつまでも成長しない子供は目の前にもいる様だけど、ラムは全く気にしにないもの」

「子供で悪かったな!! 恥じらう姉様、ってのも全然期待してなかったよ! つーか、これそもそもただの嫉妬だよ嫉妬!! オレだってエミリアたんと温めあいたぁぁい! 兄弟がう~ら~~や~~ま~~し~~~いぃぃぃ~~~」

 

 

ラムとツカサが触れ合いながら体温を維持してる~なんて、想像しちゃったスバル。

男女のそれで行われるその光景を想像しちゃったスバル。

あまりにも羨ましすぎる様で、わき目もふらずに頭をぶんぶんと振りまわしている。

 

因みに、ツカサはラムのいう事は話半分に聞いていたりする。

寝顔を覗かれる、起きたら傍にいる―――って事は多々あるが、肌と肌を~~の部分が話半分の原因だ。

流石にラムがそこまでするとは思ってないからと言う事と、ツカサ自身覚えが無いからだ。

 

……もしも、寝ている時、それもそれなりに深い眠りの時だったら……? と聞かれれば……。

 

 

「あれ? こんなところで皆何してるの?」

 

 

そんな時、ひょっこりとやってきたのはエミリア。

彼女の来訪もあって、ツカサは考える事を一時止めた。

でも、スバルは今も狂乱してる様に頭を振り回してる。その欲求をぶつけたい相手? が目の前に来ていても気づかない様子だ。

 

ちょっぴり憐れだと思ってしまう。

 

 

「おはようございます、エミリアさん」

「子供なバルスが生きるのが辛くなり、癇癪を起して物に当たりそうだったので、レムとラムが注意していた所です。聞く所によれば、どうにも発作が出てしまって様で、余命幾ばくも無い可能性が有るとか、無いとか」

「ええっ! そうなの!? スバル、そんなに辛いなら言ってくれれば良かったのに。私やパックもいるし、王都の方に行けば治癒術の専門の人だっているから、安心して。……ぁ、でもツカサの様に治癒術を受け付けない様な発作だったら……どうしよう……。スバルにも私、全然恩返せれてないのに……」

 

 

ラムの冗談に本気で心配してしまうエミリア。

流石に、ここまで来たらスバル自身も気づいたようで、取り乱して振り回していた身体をぴたっ! と止めるとエミリアに向き直った。

 

 

「違う違う違う! エミリアたん! オレすっげーー元気! めっちゃ元気!! 生きるのに辛くなったりしねーし!! だって、オレにはエミリアたん、って言うエミリアたん(EMT)が存在するんだぜ! それにオレは二十歳未満だっつーだけで、それだけでずっと子供扱いしてくるの止めてくんないかなぁ!? 姉様。確かに、酒は飲めない、保護者がいねーと裏サイトも覗けない年齢だって事は認めるけど!」

「また、変な事言い出した……。余計に話が拗れちゃうってヤツじゃない? これ」

 

 

ツカサの何処か呆れた様子にスバルは、きょとん……とした。

 

 

「そんな変な事言った? オレ」

「うん。酒が飲めない云々は、年齢制限があるから仕様が無いと思うけど、その【うらさいと】って言うのは聞いたこと無いから。まぁ、オレの勉強不足かもしれないけど、スバルって変な言語いっぱいしってるから。オーケーとかマジとか」

 

 

ツカサはそう言いながら、皆の方を見た。

 

 

「うーん……、確かに私もお勉強中だけど、その【うらさいと】って言うのはなにかは知らない言葉ね……。あ、お酒はルグニカじゃ15歳以上から飲んでも問題ないわ」

「レムも解りません。流石はスバル君。博識です!」

「バルスの様子を見る限り、イヤらしい言語であるのは間違いないと思うわ。汚らわしい」

「姉様1人だけ毒舌相変わらずっ!! ってか、15歳からいけんの? ならオレは大丈夫だわ。兄弟は?」

 

 

一応、ツカサの言う変、と言う意味は理解した。

確かに現代っ子以外じゃ、相応に思春期を迎えて、ピンクな妄想を膨らませている様な青少年たちじゃないと解らない単語だ、と認識しつつ―――思うのはお酒が飲める年齢。

日本じゃ二十歳から、となってるがこの世界、ルグニカ王国はもっと早く、緩い様だ。

 

 

「ん~……。正確な年齢ハッキリしないからなぁ。でも、流石に15歳以下って事は無いと思う」

「そりゃそっか。……こんな子供居たら驚くわ」

「更に泣きたくなる、の間違いじゃないの」

「姉様うっせ――――っ!」

 

 

ラムの毒舌も絶好調。

そんな彼女の視線がツカサの方に向いた。

 

 

「ツカサは、お酒を嗜んだ事はあるの?」

「いいや? 旅してた時も周囲の警戒があって、皆飲むって感じじゃなかったし、王都でもそう。だから飲んだことは無いよ」

「そう」

 

 

ラムは意味深に考える。

そして、その横顔は何処か妖艶さを醸し出していて、何やら只ならぬ雰囲気に。

 

 

「レムレム……。姉様何考えてるっぽい?」

「ふふふ。さぁ、レムにもわかりません。ただ、姉様はとても素敵で、とても可愛らしい、と言う事くらいしか解らないですよスバル君」

「うわっ、解ってそうで黙ってるっぽい??? ………いや、何となくだけど………」

 

 

スバルは、ツカサの肩に手を乗せて、そして耳元でぼそりと呟く。

 

 

「18禁な展開にするんじゃねぇぞ? 兄弟。怒られちゃうからな?」

「いや、何言ってるのかわかんないんだけど。その変な笑みヤメテ!」

 

 

 

「それより、スバルの体調は大丈夫、って事で良いのかな? 私すごーく心配なんだから。もう少ししか生きられない、まだ何も返せれてないのに、そんなの嫌よ?」

「おぉぅ、EMT! エミリアたんマジ天使……! そこに戻っちゃうのね。だいじょびだいじょうび! ラム姉様の冗談だよぉ、エミリアたん。オレ元気元気! 今日も頑張って仕事熟してるよぉ!」

「そう。なら良かったわ。もうっ、ラムもあんまり驚かせないでよ?」

「申し訳ありませんエミリア様。バルスが騒いで」

「オレのせいなのっ!??」

 

 

スバルの言ってる事、その意味がちょっと解らない~と常々エミリアは言ったりしているが、流石に余命幾ばく~~等は解る。

ラムの冗談だと言うのは察しているが、一応スバルに直接聞いておきたかったようだ。

 

 

「ふふふ。あ、そうだ。私はもう大人だから、そのスバルの言う【うらさいと】? って言うのに、保護者として一緒に見てあげても良いわよ」

「おおぅ……、そこにも戻って、言っちゃいますか、エミリアたん! やっさしぃ~~~! ……けど、天使なエミリアたんがそんな事言っちゃ駄目! 裏サイトの件はすっぱり忘れてくれてOK! 特殊な言語だからね!」

「………イヤらしい」

「だぁからぁ、そんなのじゃねーよぉ!(……でも、強く反論できないのがきつい!!?)」

 

 

ラムは見事に裏サイトの本質部分を察知出来た様子。これまでのスバル言語ではぐらかすのは初めてだと言う事もあるだろう。

 

 

「きゅきゅ~♪」

「わっ! クルル」

 

 

そんな時、エミリアの頭にクルルが飛び乗った。

いつもはパックの定位置なのだが、今パックはいないようなので、クルルがそこを陣取ってる。

 

 

「エミリアたんの頭に乗りたい………って言うのは無茶だよねぇ」

「それは当たり前、っとと、すみませんエミリアさん。ウチのヤツがいきなり」

「あ、やっ、別に良いの大丈夫っ! クルルにはすごーく、すごーーくお世話になってるから」

 

 

ツカサが謝罪して、クルルに戻る様に指示しかけた時、エミリアが頭の上のクルルの両手を掴んで、手を繋いでふりふり、と左右に揺らせた。

 

 

「ほ、ほら! ベアトリスとベッタリばっかりだったから、私とも交流して欲しいなぁ~って。私、おっちょこちょいだから、逆にクルルに迷惑かけちゃわないか心配で!」

「おっちょこちょい、ってきょうび聞かないよ、エミリアたん。つーか、オレの方がエミリアたんとベッタリぬくぬくしたい……。てな訳で! エミリアたんっ! 明日のデートよろしく~~っ!!」

 

 

スバルは、デートの事を今思い出したのか、悲痛だったり取り乱したりな先ほどの狂乱から一転、両頬に手を添えて、その頬は仄かに赤みを帯びて、クネクネと身体を動かしていた。

傍から見ても普通にキモチワルイ動き。ラムは軽蔑と侮蔑と嫌悪と―――色んな視線でスバルを見据えていて、いたたまれなくなったスバルはラムに抗議をするのが定番! である。

 

 

ただ、少しいつもと違うのはエミリアだった。

明日のデート、と言う言葉を聞いて、慌てていたエミリアの表情がまた変わる。

 

 

「! そっか。そうだった。明日は、スバルとでぃとで………」

「うんうん! 兄弟とラムちー姉様の様にお肌とお肌で~~ってのは、まだ早いにしても。色んな所に2人で行って、沢山思い出を共有して、沢山遊んで! 今エミリアたんと出来る事、沢山したいんだっ! 明日は早く起きて楽しみにしてるからなぁ!」

「………そ、そう。それは楽しみね!」

 

 

「ん? 何だかエミリアさんの様子が変じゃない?」

「バルスと会話するのも疲れるから仕方ない事よ。それにエミリア様もバルスに割く時間が勿体ない、と思い直したのかもしれないわ」

「辛辣……。でも、そんな感じじゃない気もするけど。……それにクルルと接してた時も」

 

 

何処かぎこちない。

エミリアは常々、スバルに対しても多大なる恩があると言っていたし、出来る事ならなんだってする精神だ。下心満載とはいえ、デートの言葉の意味も知っても尚、その程度で良いの? と拍子抜けした程。

今更スバルとの約束を反故にするなんて到底思えないのだ。

 

 

「明日は晴れて温かくなれば良いなぁ~~って、あれ? そう言えばエミリアたんもラムみたいに薄着だね。その格好で寒くないの?」

「えっ!!? さ、寒くなんて全然ないけど? 寧ろ暑いくら? すごーくポカポカ……」

 

 

ここまで来たらスバルだってわかる。

エミリアの様子が明らかに変わった事に。

 

 

「……どったのエミリアたん、急に様子が?」

「え? いえ、なんでも無いわ! それじゃ、私は野暮用があるから! すごーく急な野暮用なの! あ、ツカサ。ごめんなさい、ちょっと今日暫くクルルと一緒に居ても良い? すごーく急な野暮用にクルルがとても必要でっ!」

「ん。大丈夫ですよ。エミリアさんに迷惑かけないようにな?」

「きゅきゅ~~!」

「ありがとっ! じゃあねっ!!」

 

 

エミリアの頭に居るクルルは手を振って答えた。

エミリアはぎこちない動きであっと言う間に出て行ってしまった……。

 

 

 

「………………」

 

 

 

あっと言う間にエミリアがいなくなってしまって、何だか、イヤな沈黙が流れた――――。

そのイヤな沈黙、雰囲気を流してるのはスバル。

 

 

 

「ハッ」

 

 

 

そして、そんな沈黙を破るのはラム。

当然ながら遠慮のえの字すらない。

 

 

 

 

「野暮用と言うのは、取り立てて言う程ではない、つまらない用事の事。つまりバルスはそんな野暮用以下の存在って事ね」

 

 

 

 

そんなラムの言葉は、デートを明日に控えたスバルにとってこれまでのどの毒舌よりも威力が高い。本日一番の超高威力。

 

それは刃となり弾丸となり砲弾となり――――見事、スバルのハートを打ち抜くのだった。

 



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極寒

 

 

「んっん……、取り合えずオレには教えておいた方が良いんじゃない? 何かあった時に動けるように」

「きゅ~~きゅ~~♪」

「はぁ……、そんなわざとらしい誤魔化し方しなくても良いよ。言わないって分かったから。………なんかイラッてきそうだし」

 

 

クルルがたまに帰ってきてはエミリアの所へと訪問している。その理由は未だに教えてくれない。エミリアも同様だった。兎に角誤魔化す、はぐらかす、論点逸らすばかりだ。

ただ、本人はそれで誤魔化せてると本気で思っている様で、それがまた面白かったりするのだが。

 

 

「ラムと一緒に居る様に、と大精霊様は告げているとのことだけれど、それはただツカサがラムと一緒に居たい理由付けに大精霊様を利用している様にも思えるわね。それも夜も更けたこの時間。……成る程、とうとうツカサも獣の様な欲を抑えきれなくなったのね。美少女であるラムを前にしたら、仕方のない事だわ。よく我慢した方だと褒めてあげなくもないわ」

「うーん……、ラム物凄い事考えてるけど、今回のは結構気にしてるし、心配もしているからね? エミリアさん達の件だし、危ない事はないって思うけど……正直、今の クルル(こいつ)が言う事は無視できないから」

 

 

ツカサが寝泊まりしている部屋には、ラムが一緒に来ている。

勉強時間や朝のご奉仕(と言う名の目覚まし)、仕事の合間などラムと一緒に居る事は結構多いので、今更ながらのクルルの指示———なのだが、正直な所 今回はいつもと違う様な気がするから、ある程度の注意はしている。

 

クルルの中に居る愉快犯(ナニカ)が遊んでる……可能性も否定できないが、それでも注意しておくに越したことはない。

 

 

「……女を察しなさい。何度も言うけれどツカサに足りないのは、そういう所(・・・・・)よ」

「そういう所って言われても……。あぁもう。それよりもオレはスバルの事も心配だよ。だって、アイツが死んじゃったら、今度こそオレもヤバいかもしれないんだしっ! だ、だからそーいうことで他は考えられないのっ! も、もっとほら、有意義な話、対策とかいろいろとっ!」

 

 

ラムがそっと腕を絡ませて、耳元で囁く。

すると、ツカサは顔を真っ赤にさせて、耳まで赤くさせながらもフイっと顔を背けた。

腕を振り払ったりまではしてない。そんなツカサの姿が可愛らしくてラムは笑みを浮かべる。これまでも何度かある展開。今日もガードが固くて手を出してきたりはしない……と思うが、その辺りはじっくりと、だ。ラム自身がこの展開を楽しんでたりするから。

 

 

「――――まぁ、冗談はここまでにしておいて」

 

 

ラムはあらかた満足したのか、腕を離してツカサに向き合った。

全てが冗談……とは言えないだろうが、ラムも色々と気になっている様なのだ。

この異常に冷える気温。寒波が来る季節ではないというのに。

 

 

「……また、危機が迫っている、と言うのかしら? ロズワール様の領地内、いえ このロズワール邸での不貞行為。もう流石に怒りを禁じえないわ。……ツカサはどう思うの」

「正直に言えば、危機って呼ぶ程の事はない、って言うのがオレの今の感想……かな。本当に危ない事だったら、エミリアさんだって変に黙ったり誤魔化したりしないだろうし、それはクルル(こいつ)にも言える事だし。……ただ、1つだけ気になってるのは――――――――」

 

 

 

その日は、夜通し今後について話をしよう、としていたツカサ。

 

実はラムと夜通し同じ部屋で……と言うのはこれまでに無い。いつもはラムが先に寝てしまったら寝室に運ぶし、夜寝て起きたらラムの顔がある……と言うのが定番で、一緒に寝て一緒に起きる……なんて事は今回が初めてだという事と、先ほどのラムの挑発めいた言動もあってしっかり目がさえてしまったのである。

 

 

ラムの好意やその想い、少々刺激が強いアピール。

全てツカサには届いているが、それでも受け取る事が出来ないのは本人の心に起因する問題。

そして、ツカサ本人は知る由もないが、自身のその心に巣くう闇に対しラムも気づいていた。

 

 

そしていつか、いつの日か、ツカサの闇に触れる所、その深淵まで踏み込みたい―――、近づきたい――――と、心に強く思うのはラム。

でも、ツカサの方から打ち明けて貰えたら嬉しい、と言う想いもある。

 

 

 

いつの日にか―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

 

 

 

 

いつの間にか寝てしまったラムとツカサだったのだが、とある異常が起きて、叩き起こされた。

と言うより、直ぐに起きてなかったら危なかった。気づかなかったらそのまま死んでいたと言っても良いレベルの異常だ。

 

 

 

「………これは、只事じゃない、な」

「ッ、ッッ……ッッ……」

 

 

 

部屋の中が、目に見える全てが氷結し、部屋の中が辺り一面銀世界と化していたのだ。

 

当然、昨日とは比べ物にならない。この極寒地に身体を震わせ、温もりを求めてツカサに抱き着いてるラムの姿もある。

 

でも、これはラム自身もここまでするつもりは無かった。

不可抗力だと言って良いし、こんな風に距離を詰めるつもりも無かった、と言う気持ちもある。

 

でも、そんな気持ちなど関係ない。ただただ心の温もり……じゃなく体温的な物理的な温もりを欲してツカサに抱き着いたのである。そうしなければ、本当の本当に命の灯まで消えてしまいかねないから。

 

 

「いつの間にこんな氷点下に……? 窓だけじゃない。全部凍り付いてる。あ、空気中の水分が凍って光ってるみたい……。これダイアモンドダストってやつ……かな? まさか部屋の中でそんなのが見れるなんて………」

「ッ~~~。つ、つかさ。布団、毛布にくるまり、なさい。ラムも一緒に、許すわ。はやく、はやくっっ! はやくっっっ!!!」

 

 

冷静に色々と分析し、見渡している時、勢いよく抱き着いてツカサの中でガクガクと震えているのはラムだ。

 

何だかこういう時のラムは、色恋~と言うより庇護欲を覚えさせられる。守ってあげなければ、とより強く思う。

 

だから、ツカサは頭をよしよし、と摩りながら軽く抱きしめる。

 

「ラム寒いの苦手だったんだね」

「も、物事には限度、と言うモノがあるのよ。それに得手不得手なんて主観的な問題に過ぎない、わ。勝手な事言わないで。ひ、日頃からよくやってるツカサに、ラムからの御褒美と思って、抱擁を受け取りなさい。もっと、もっと強く……!」

 

ラム自身もガタガタと身体を震わせながら、ツカサの温もりを求めて強く抱き寄せる。

ツカサは、ラムの様子に苦笑いをしつつ、ラムがかなり震えてるのは密着しているから解る。恥ずかしい以上に、結構危ないのでは? と思った。体調を崩してしまうかもしれないし、下手したら凍傷にもなりかねない。それにこの極寒を流石に体温だけでカバーするには心もとない。

 

 

「出来るかどうか……わかんないけど」

「ッ、ッッ???」

 

 

ツカサは、指先に力を集中させて、色々と試してみるのだった。

―――現在、クルルが居ない事もあって結構難しい……と眉間に皺を寄せながら。

 

 

そんなツカサをラムは身体を密着させながら上目遣いで眺める。

当初こそ、余裕の《よ》の字も無かったが、ツカサの試し(・・)が成功すると同時に、余裕を取り戻し、そのまま色々と堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっ……。オレが無事だから大丈夫だとは思ってたけど、兎に角無事でよかったよスバル」

「ぶぶぶぶぶ、ぶじなもんかよぉぉ、ど、どうみても異常気象だろぉぉぉっっ!! おかしいだろぉぉ! す、すいぶん、あ、ありとあらゆるすいぶん、凍らされて、は、鼻ツララ、マジでできててっっ、これ死んじゃうヤツじゃないのかよぉぉぉっ!!」

 

 

台所へと赴いてスバルとレムを発見した。

どうやら、レムは寒さで死にかけてたスバルを救ってくれたとのこと。冗談抜きで命の恩人だから感謝しなければならないだろう。

 

スバルはどうにか温かい紅茶を流し込んで体温保持に勤しんでる様だが、それでも全くおいつかず、ただただ冷気と戦っていた。

 

 

「え、エミリアたんとの、でーとは、ちゅうしに、なるわ、夢で天に召されかけて、それが正夢になりかけるわ、さ、さんざんな目に、あった、ぜ……」

「ハッ。あまりにも貧弱過ぎて嘲笑を禁じ得ないと言った所ねバルス。少しはツカサを見習ったらどうなの。これからの自分見てくれ発言に責任を取らない無責任で無能な男、それがバルスと言う男。己を律する事も出来ず、負けた憐れな姿。エミリア様には同情するわ」

「そんな、明かな暖房設備ばっちしなヤツに言われてもねーぇぇ!! どーせ兄弟暖房仕様になってんだろっ!?? このままだと殺意に繋がりかねないよ姉様!!」

「ええ。バルスが望むというのであれば、受けて立つしかないわ。短い付き合いだったわね、バルス。永眠なさい」

「よっしゃぁ、受けて立つ!! って言いたいが、結局どうあがいてもオレが死ぬしかねーのでやっぱナシの方向で頼んますよ姉様!」

 

 

ラムは虫けらを見るかの様な目で、スバルを嘲笑う。

しっかりと毛布を羽織って、ツカサの傍にぴっちりついてて、ぬくぬく状態である事はスバルの目から見ても明らか。

そもそも、先日……急に外気温が急降下し出した辺りから、ラムのサボり癖が一気に加速した所から見ても、どう考えてもラムは寒さに強い、なんて有りえない。有りえそうにない。

なのにも関わらず平然としているのに違和感を覚えない者がいる訳もないだろう。

 

 

「兄弟ッッ、ほ、ほっとどりんく、てきなの、のんで、さむさにつよくなった! とかだったら、いっぱい御馳走してください、どうかたのんますっっ!!」

 

 

 

顔を青くさせて、紫色にもさせて、歯をガチガチ震わせて鼻水ずるずるさせて、レムに介抱して貰ってるスバルはツカサの方を見て懇願する。

 

 

「流石にそんな器用な事はムリだよ。一応、エクスプロージョンとテンペストの応用で、身体周囲に膜を張ってるけど、適温調整しながら、これを広げるのは凄く難しい……、一番難しいのが、適温に保つ事だ。もっと練習時間が有れば解らないけど……。ほんと火の魔法って扱い難しい。汎用性も低いし……」

 

 

これまで、代名詞の様に風の魔法テンペストを使っていたツカサ。

火の魔法は確か魔獣相手(ギルティラウ)に使ったくらい、だろうか。あの火災旋風はスバルも見ているので、気を抜いたら火炎地獄になってしまうのを想像してしまうと、今以上に顔が真っ青になってしまう。

 

 

「ハッ。バルスは、レムと言う世の至高の妹から介助されてるも同然だというのに、更にツカサを求めるというのかしら?」

「恐縮です、姉様!」

「か、かかか、かいじょ!? そこまでいってねーよぉ!!」

 

 

介助の意味くらいスバルも知っている。

入浴やら食事やら……排泄までも支援を必要としている―――人な訳ない。

確かに、レムは鼻紙を持って対処してくれてるけど、入浴サービスやトイレサービスまで受けるつもりは毛頭ないから。

 

 

 

「はい! スバル君の介助はレムにお任せください!」

 

 

 

でも、当の本人はヤル気満々な様子。時折頬を赤くさせてる所を見ると……スバルとのあれやこれやを想像している様だ。レムはムッツリさんな所があるのだろう。

 

 

「いや、たのまねーから! そこまでいってねーから! だいじょうぶだからっっ」

「なら、ツカサに抱き着こうとしている、と言う事かしらね。男色家の気があるとは薄々感じていたけど、両方なんて心底軽蔑するわ」

「もっとちげーーから!! エミリアたんとまだ触れ合えてないってのに、だからって男に逃げたりしねーから!!」

 

 

こんな感じで、楽しそう? に騒いでいたら。

 

 

「おーゃおや、随分と楽しそうな声が聞こえてくるじゃなーぃか」

 

 

屋敷の主であるロズワールもやってきた。

バッチリ着込んでいて、防寒対策問題なさそうな出で立ちで。

 

 

「楽しそうじゃねーーよ! あまりに寒すぎて、喜怒哀楽の感情の内、怒以外忘れそうなんだけどぉぉ!! 怒すらも忘れたらその先は死以外見えない気がするんだけどぉぉぉ!!?」

「おーやおや? 確かによーぉく見てみると、確かにスバル君は気分が悪そうだねーぇ」

「悪いじゃなくて寒い、だろ!! 幾らなんでも異常気象過ぎねぇ!? 一日で一体どんだけ下がってんだよ! お天気お姉さんも真っ青だよ!」

 

 

この場で凍えてるのはスバルだけであり、何だか自分以外の皆が不正? してる様な気がしてならないスバルは、大きく声を張り上げた。

寒さもある程度誤魔化せて―――――無い。ただただ只管に寒い。

 

 

「やれやーれ、弱気な事だぁーね。心身ともに己を高く保つ事でどれだけ気温が下がろうと平常心を忘れずにいられる、と言う事をしっかり学んだ方が良いと思うよーぉ」

「ンなモコモコの服きたヤツに言われても説得力ねーよ!! 何でもれなく俺以外の面子は快適環境保ててんのよ! 職場改善要求!! 労基に訴えたくなってきたよ!」

「ロズワールさん、おはようございます」

「おーやおや。ツカサ君も一緒だったのかーぃ。じぃーつに対照的な2人だーぁね。随分器用なマナの使い方をしている様だ。――――これはこれは、わたぁーしも実に刺激になってるじゃなーいか」

「スゲー嫌味! でも、笑い飛ばせる余裕もねーよ!! そこで魔法談義する前に、暖房設備導入を検討してくれよお願いします!」

 

 

 

会話の流れをぶった切る感じであまり好ましくないかもしれないが、家主であるロズワールに朝の挨拶をするのは当然の事、とツカサは軽く頭を下げた。

ラムもレムも同様に、主に一礼をする。

つまり、騒いでるのはスバルのみ、である。

 

 

「ふむふむ。今回の1件。ツカサ君の大精霊様がまた対処してくれるのでは? と思ってた部分もあるにはあるのだけど、流石にもう限界かーぁな?」

「………なんだよ、それ。この異常気象の原因知ってるって感じがすっけど? つーか、クルルが対処って、兄弟も知ってたって事か?」

「そんな恨めしい顔しないで。オレも何も聞いてないよ。アイツが、ここ数日何か色々と隠してるのには気付いたけど、頑なだから」

 

 

ツカサも呆れた様にため息を吐く。

その態度から、ツカサは嘘をついてないだろう、とスバルは納得し……改めてロズワールの方に向いた。

 

 

「いやいや、クルルでも抑えられない怪奇現象でも起きてるってのかよ。なら一丸となって、それやっつけなきゃならねーんじゃねぇの!?? ほら冬将軍、みたいなのやってきて大変だって言うんなら、皆で頑張って大急ぎで対処しよう! 先生、兄弟、お願いします!」

「一丸となって、って言いつつ他力本願じゃん……」

「こちろら英雄見習いなつもりなだけの、ただの一般ピーポーだよ! 超級クエストに受注するにゃ、参加資格ってのが足りねーの。解ってくださいよ兄弟!」

 

 

何かを話し終えると直ぐに鼻水が出てくるからレムに拭いて貰って、また話してレムに拭いてもらって、の繰り返しだ。もう既に介助されてると言っても良い気がしてきた。

 

 

「スバル君の方は結構寒いの苦手だったりするんだねーぇ」

「冬は寒い事に文句を言い、夏は暑い事に文句を言い、春は眠い事に文句を言い、秋はマツタケが高い事に文句を言う、模範的な英雄見習いだよ、こんちくしょー」

「ハッ。自分で言ってるだけね。本気で言ってるなら返上しなさい。身の程ってものを弁えたでしょ」

「弁えてるよ! でも心で思ってるくらい良―じゃないの!! 俺の心ん中のカンフル剤なんだよっ!」

「……十分口に出して言ってたけどね。まぁ、それは兎も角。そろそろ本題に入りません? ロズワールさん」

 

 

ツカサが落ちの見えないやり取り、その流れを断ってロズワールに言った。

 

 

「見た所、この現象は屋敷周辺……村まで届いてない範囲で留まってます。……それと先日までのやり取りやさっきのロズワールさんの期待とか、その他諸々全部合わせて考えてみると……色々と予想はつきますが」

「へ? そーなの!? ……そりゃよかった。村の畑とか、雪かきとか大変だと思ってた」

 

 

寒さに喘ぐだけでなく、一応スバルも村の心配はしていたのだ。

 

 

 

「……流石だねーぇ。確かに、冷気が外に漏れない様に、しっかり頑張って結界を張ってくれた子達がいるよーぉ。精巧な結界、それを目で捉えるなんて、やぁっぱり、規格外の言葉がキミには似合いそうだねーぇ」

「……何となく、ですよ。やっぱり村も心配なんで。この寒波は流石にきついでしょう?」

 

 

 

これ程の異常気象が村全体にも襲っていたとしたら?

下手をすれば犠牲者が出かねない。ムラオサや村長を筆頭に、高齢者も村にはいるのだから。

 

 

「ふっ……。領地を預かる身としても、君たちが村人と、子供たちと仲良くしてくれてるのは嬉しい限りだねーぇ」

「住まわせてくれてますし、お世話にもなってますし。相応に報いないと、ですから」

「あ~~、俺はたまたまだからな。それに子供に関しちゃ異議ありだ。なんせ俺は我儘で無鉄砲な子供って生き物は好きじゃねーんだし? 懐かれちまったから多少・仕方なく、義理堅く、相手してやってるだけに過ぎねぇよ」

 

 

実に対照的な返事を返す2人。

だが、その根幹部分は変わらないのも解る。2人ともが村に対して友好的であろうと、大事にしようとしているんだという事が解る。

 

 

「なーるほど、なるほど。ツカサ君。これが以前スバル君が言っていた《ツンデレ》と言うヤツだと思うよぉーお。ツカサ君はどう思うかねーぇ」

「実に、符合する点が多くあるかと。これ程わかりやすいのは他にありませんね。同意見です」

「成る程。……バルスがすると嫌悪感以外ないわね」

 

 

「あああああ~~~、レム! 何だか鼻が出てきたわ。ずびび~~、を頼む! 鼻がやばいわぁぁ」

「はいっ、スバル君のずびびはレムにお任せください!」

 

 

照れ隠しなのか、スバルはレムに鼻紙を貰って――――ではなく、レムにしっかりと鼻水を処理してもらうのだった。

 

 

そして、ロズワールは踵を返すと、振り返りながらウインクをする。

 

 

 

 

「さて、そろそろ現場へと向かうかい? この寒さの対処をしてくれている3人の元へ、あぁ~ぁ、片方は会う事が出来るのはスバル君とツカサ君に限り、だったりするけどねーぇ」

 

 

 

 

ロズワールの言葉を聞いて合点がいく。

ここまでくればスバルも解る。

 

寒さを対処してくれている3人。

 

 

「容疑者確定じゃん。今いない3人、って事だろ?」

「寒さの原因が誰なのかも、言わずもがなって所かな。冷気、氷系統を扱うって所を考えても、やっぱりパックしかいないよ」

「ぁ………」

 

 

この場にはロズワール、ツカサ、ラムにレム、そしてスバルの5人が居る。

そしていないメンバーの数をかぞえてみたら……。

いやいや、それ以上にスバルは何故解らなかったのだろうか、と頭を抱える。

 

 

だって身近にいたから。

氷を用いて暴れ回ったあの見た目可愛らしい、モフモフしたいその①、パックの存在を。

 

 

 

 

 



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発魔期? 発情期??

 

 

「エミリア様。朝早くから失礼致します。ちょぉ~~っと、宜しいですか?」

 

 

取り合えず、容疑者確定であり、状況証拠もそれなりに有るので、ロズワールを先頭にスバル、レム、ツカサ、ラムの5人はエミリアの部屋の前へと来た。

冷気が可視化されていて、いつもの雰囲気とは程遠い。極寒地獄をその扉に感じるのは決して気のせいなどではないだろう。

 

あのスバルでさえ、エミリアの部屋の前~といつもならテンションが高い筈なのに、只管に険しい顔をしていた。

 

 

「ツカサ。どう?」

 

 

ピッタリとツカサの身体から引っ付いて梃でも離れないのはラム。

腕を抱いたまま、上目遣い……までは流石にロズワールも居る手前、していないようだが、ツカサに聞く。

読み通りであるかどうかを聞く為に。

 

 

「ん……。間違いないよ。クルル(アイツ)もエミリアさんの所にいるし、冷気の流れ? みたいなのも間違いなくここ。ただ、エミリアさんが何を言うのかだけが読めないね……」

 

 

ツカサはそんなラムに対してもうツッコミや在り来たりな【動き辛い】などの文句は言わず、いつも通りだと流して受け答え。

 

風の魔法、テンペストを操り色々と感知していた。攻撃系当の魔法ならばともかく、万能系、応用系な魔法はクルルが居る状態といない状態とでは、比べるべくもないが、この程度ならば問題なさそうだ。

 

エミリアの事はよく知っているつもりだ。

いつも一生懸命で頑張りやで……兎に角、周囲に迷惑をかける事を嫌っている。

パックはエミリアがやりたい様にしろ、といつも言っているが、彼女はいつも他人を優先する傾向にあるのも事実だ。勿論、自分の願いを叶える為にも頑張っているが。

 

そんな彼女が、この状況をヨシとしているとは思えない……と言うのがツカサの本音。

 

 

『ろ、ロズワールっ!?』

 

「………エミリアたーん。俺も居るんだけど~~」

 

『ええっ!? スバルもいるのっ!?』

 

 

そして、色んな意味で複雑なのはスバルだ。

自称・エミリアの騎士であり、エミリアの事を一番よく解ってる下男スバル。

ツカサ以上に、エミリアの様子が気になるつもりだし、犯人(パック)が何をしているのかも気になる。

この面子の中では一番ダメージを受けている以上、スルーをする訳にもいかないから、ロズワールの次に声をかけたのだ。

慌てた様な声が中から聞こえてくるが……直ぐに出てくる気配はない。

 

 

『えと、えとえと、ちょっと待ってねっ!? もうちょっとだけ!』

 

「じゃ、ここはスバルが先陣と言う事で」

「右に同じだーぁよ。すーばるくん?」

「ん―――――」

 

 

このまま待つわけも、待つつもりも無い……のは言うまでもない。

スバルは、特攻隊長を任された気分ではあるが、エミリア関係なのだから、第一陣を譲ってもらって断る訳にもいかず、小さく頷くと扉のノブに手をかけた。

 

 

だが、その手は直ぐに離される事になる。

 

 

「っ~~~~めたっっ! なんだこれ!? ドライアイスかっ!?? って、エミリアたん平気なのっ!? こんな状態で!!」

 

 

あまりにも冷たすぎて、凍傷になりかけた。

一瞬でも持ってられなかった為、直ぐに手を外して手をモミモミと擦り合わせる。

 

 

「ハッ。情けないわね、バルス。エミリア様に対する想いをいつも口にしている割には、その体たらく。情けない事ここに極まってるわ」

「しょうがねーでしょ!! こんなん!! 俺、今生身だよ!? 文句言うなら、その立ち位置変わってくれよ!」

「ハッ。幾らバルスが男色家に目覚めたとしても、ツカサを譲るつもりは無いわ。ラムのモノだもの。諦めなさい」

「大丈夫ですよ。レムは、スバル君が男色家だったとしても問題ありません!」

「いや、問題大ありだよ! 大いにありだよ! 風評被害来ちゃったよ! そんな気無いから!! 極寒地では、あったか装備は常時しておきたい、ってだけだよっ!!」

「………人を暖房器具みたいな扱いされてるの、凄く複雑……」

 

 

目の前の問題から脱線して楽しそうに言い合っているのは結構なのだが、エミリアを放っておいて良いのだろうか?

 

と思っていたんだが、エミリアの方からの返答が早かった。

 

 

『えええ! ほ、他の皆もいるのっ!?』

 

 

ロズワールやスバルだけじゃなく、ラムやレム、それにツカサまで部屋の前に集まってる。

その状況に、明かな焦りが……、最初から焦りはその声に現れていたのだが、それ以上の焦りがエミリアの声色に現れていた。

 

 

「そーだよ、エミリアたんっ! なんか、俺ホモ疑惑かけられててスゲー心外でさっさと誤解徳から! エミリアたん一筋だから!! その一筋なエミリアたんに聞くけど、これほんとどーなってんの!? いう事色々あるでしょ!?」

 

『………え、えっと、いうこと、いうこと』

 

 

スバルの言葉に少しだけ間を置いて――――。

 

 

『お、おはようございます?』

 

 

本日初めての顔合わせ(厳密には合わせてないが)。

だから挨拶からスタート。

 

挨拶から始める一日生活

 

間違ってはないが……。

 

 

「って、違うよ!! ああもう、ホモも嫌だし、エミリアたんも心配! だから開けるぞ? もし着替え中だったらありがとうっ!!」

『ええ! ごめんじゃなくて!?』

 

 

冷たさくらい我慢できる! とスバルは堂々と扉を開けた。

本当に冷たかったが、この場面を打開するにはエミリアの部屋に入り、エミリアに事情を聴く事が一番だと思ったからだ。

セクハラ発言については目を瞑って貰いたい。

 

勿論……大いに興味があるエミリアの着替えシーン。興味津々で有れば、男色家の気が無い事の証明になったりしなくもない……? と思ったから……。

 

 

「ハッ。汚らわしい、イヤらしい」

「それでこそスバル君ですっ」

 

 

だが、そうは問屋が卸さず、益々嫌な評価になりそうな感じだったのだが、もう後には引けない。

 

 

ばんっ! と部屋に乗り込んでみたらあらビックリ。

 

ビュオオオオ―――――!! 

 

 

と、ここは何処の雪山ですか? どんな吹雪ですか? と言いたくなる様な銀世界が広がっていた。スバルの部屋が可愛く見えるくらい、どんな模様替えすればこんな部屋になるのか解らない。

兎に角、部屋の中から吹きすさぶ氷結の嵐はスバルの全身を鋭利な刃物で突き刺して来る様な寒さだった。

 

これで吹き飛ばなかった自分をほめてあげたい気分だ。

 

 

「さ、ささささ、さむぅぅうぅぅ!! な、なにこれ!?? ほんと、どーいうこと!!?」

 

 

それでも堪えきれず、倒れそうになるが、そこはツカサが背を支えてくれた。

 

 

「―――クルル(お前)も絡んでるとは思ったけど……防ごうとしてたってわけね」

「きゅきゅっ!」

「おはようっ! じゃないよ、全く……。一言相談しろ、っての」

 

 

丁度扉の頭上辺りに、冷気を懸命に止めていたクルルの姿があった。

扉の外が凍り付いてないのは、あの扉がこの猛吹雪の圧で吹き飛んでないのは、多分クルルがある程度守っていたから、だろう。

片手を上げて『やっ! おはよっ!』とでも言いたそうな所作には正直イラッとするが、間違いなく良い事をしている。楽しんでるのかもしれないが良い事をしているのは間違いないので、あまり言えないのが現状。取り合えず頭の中で、心の中で毒吐く程度にしている。

そうこうしていると、エミリアが強引な入室にハッと振り返り―――。

 

 

「だ、駄目じゃない! 部屋の持ち主が許す前に入ってきちゃうなんて、失礼っ……そう、すごーく失礼でしょ!?」

 

 

どうにかこうにか、この吹雪を生み出しているであろう場所を、発生させてるであろう原因を隠す様に両手を広げて猛抗議。

でも、なかなか思う様な上手い言葉が出てこない。

 

何とか考えて、考えて――――。

 

 

「だから、ほら……あのっ、だからっ! やり直してっっ!!」

 

 

つまり、入ってくる前からやり直せ、と。

目の前で起こってる事実は綺麗さっぱり頭の中から消して……。当然そんな事はムリな訳で。

 

 

「取り合えず、クルル(おまえ)はもう、こっち戻ってこーい」

「きゅっ♪」

 

 

パっ、とクルルが手を離した。

すると……。

 

 

「うごごごごごごごごごごっっっ!!??」

 

 

更に一段階威力が増した氷の暴風がスバルの全身を叩いた。

どうにもこうにもならないので、取り合えずツカサはクルルを手元に戻すと、スバルの方へと向かわせる。

 

ぴょこんっ! と頭の上に乗って暫くすると―――。

 

 

「ここ、殺す気か兄弟っっ!!」

「そんな訳ないでしょ。何度その逆の事言ったと思ってんの……。ほら、大分マシになってない?」

「ぁ……そう言えば………でも寒いっっ!! メッチャ寒いっっ!!」

「その辺は我慢して。流石大精霊の力! すごいっ! って感じで」

「どんな感じだよっ!? すごい、じゃなくて迷惑! だよ!!」

「スバル守ってるのも、一応精霊なんだけど?」

「すごく、すごーーーーく助かってますとも!! ぁぁ……取り合えず先に進めねぇとな……」

 

 

猛吹雪で体力気力共に奪われ続けていたスバル。

絶対にないとは思うが、万が一にでもまた戻ろうものなら、今度こそヤバいと自覚してるので、ツカサはスバルの守護をクルルに任せたのだ。

 

色々と凄い力の持ち主ではあるんだが、そこまで万能ではないのか、本気で鎮める気が無かったのかは不明だが……、現時点では出来るのはこのくらい、エミリアの手伝いもこのくらい……と言う訳なのだろう。

 

 

「あっ、ちょっっ、く、クルル!?」

「えっと、エミリアさん? 一応、クルルの持ち主は俺になってるので……エミリアさん風に言っちゃえば、持ち主だから構わない、よね?」

「あ、あぅ、あぅあぅあぅ……」

 

 

クルルはエミリアと一緒にバレない様に工作をしていた者の1人。

どうにか黙っていてもらえていたのに、ここに来て……、でも、ツカサが言う通りクルルはツカサの精霊だ。だから、本当の意味で縛る事なんかできない訳で……。

 

 

「そーんなモジモジしてるエミリアたんカワイイ~~、EMTぃ~~~、って言って楽しんでいたいけど、問答無用で先に進めるよ。ロズっち」

「はいは~~い?」

「この部屋はエミリアたんのモノ。んで、この屋敷の所有者はロズっちだ。……どうする?」

「入室を許可しま~~す!」

 

 

ロズワールもロズワールで大概楽しんでる様だ。

イイ感じの笑顔で許可を出した。

 

これでもう、エミリアの論理は破綻している。屋敷本来の持ち主、その主が許可を出した以上はムリ。

元々ムリがある発言だったのだけど、そこは目を瞑ろう。

 

 

「ろ、ロズワール……っ! す、スバルもだめ、だめだったらぁ……」

「ぅ、凄く色っぽい!! とか邪な考えしちゃいそうだよ、エミリアたん! んで、俺にとってはご褒美なんだけど、今は問題解決が先! 寒さの原因はアレだろ? パック! 娘が頑張ってるのに、隠れてて良いのかーー」

 

 

パックの名を出した途端、エミリアは突然気を付け!! と言われんばかりに直立不動でぴんっ! と背筋を正し、明後日な方角に視線を泳がせながら―――。

 

 

「え? え? 何の事?? 原因ってなに?? 全然、じゃないけど、わかんないっ!! パックなんて知らないから!!」

 

 

最後のあがき、と言わんばかりに訴える……が。

 

 

「いいよ~リア。どっちにしろそろそろ隠すのは限界があったからね。でも、ぼくの事知らない! はちょ~~っと傷つくなぁ~」

 

 

パックは隠れてたわけじゃない。

エミリアが両手を広げて隠していた? 先に……そのベッドの上に居た。

 

 

「もぅっ! パックのバカっ!! ほら、その……言葉のあや? って言うのかな? ……それより、もうちょっとで誤魔化せそうだったのに」

「いやいや、後100年かかってもムリだったから。エミリアたん俺の事なんだと思ってんのさ?」

「ハッ」

「ハイそこ、姉様! 嘲る様に笑わないで!」

 

 

そうこう言い合ってる間に、ツカサがひょい、と横から覗き込んでパックの姿を確認した。

 

 

「やっぱりパックだったね……。見た感じ、内包するマナ。抑えきれないマナが外に溢れ出してる、って感じで良いのかな?」

「うんうん、そんな感じの認識で良いよ。詳しく言えば、発魔期、って言うんだけど、その説明も改めてするよ。ツカサもクルルに怒らないで上げてね? ぼくを頑張って助けてくれようとしたからさ」

 

 

パックの言葉に、スバルの頭の上に居るクルルが反応して、片手を上げて《きゅっ!》と鳴いた。

パックもパックで、いつも通りな掛け合い、《にゃっ!》と手をあげた。

 

 

「おーや、おや。何でもやってしまう型破り、規格外と称しても良い大精霊様にも、出来ない事があった事が驚きだーぁね。逆に」

 

 

暫くの間、やり取りを楽しそうに眺めていたロズワールだったが、此処でまた知的好奇心でも出たのか、パックとクルルの双方を見ながらそう呟く。

 

 

「お前なぁ……。パックの枯渇したマナを戻したりして上げれたんだから。今回のだって、その……色々と応用? して出来たりしなかったの?」

「きゅ~~……、きゅ! きゅきゅきゅ?? きゅきゅっ!」

「―――――ん!! ……それなら仕方ない。絶対仕方ないよな……解った。ありがとう」

 

 

クルルの言葉? を聞いて、イヤな顔をするツカサ。

いつもクルルには文句を言ってるイメージがあるんだけど、直ぐに仕方ない、と言えるとなると相応な理由があると思うのだが……、感謝まで伝えているのは尋常ではない(スバル談)

 

 

 

「とりあえず、場所移動しない? クルルの言語翻訳もして貰いたいし、はつまき、だかは発情期だかの説明もして貰いたいし」

 

 

 

スバルの提案で、皆揃ってダイニングルームへと移動した。

丁度、ベアトリスも居たので、ロズワール邸メンバー全員で。

 

 

その道中―――

 

 

「クルルにナニ言われてたの?」

「いや、何度か戻した(・・・)って。パックの冷気を抑える過程で色々と試してたら」

「へ? 戻した? ……それって、もしかして、もしかしなくても……」

「十中八九そう。……スバルの死」

「マジかよ!! なんでそーなんだよ!!? あ、いや……今朝も正直ヤバかったし、有りえる話と言えば、そう……なのか? ………いや、マジで感謝だぜクルル……。寒いからってわけじゃねーけど、肝冷えた……」

 

 

クルルの件をスバルに説明。

 

何でも、発魔期で色々と皆に内緒で抑える方法を模索していたら、ちょっと手が滑って色々台無しになりかけた……とのこと。

そこでクルル自身の判断で何度か時間遡行(セーブ&ロード)を行ったらしい。

ツカサが出来るのだから、クルルが出来ても全くおかしくないのだが、色んな意味で人外なクルルだとは言え、あの身体がバラバラになる様な極限の苦痛のペナルティが全くいかないのが、正直納得しかねる、と言うのがツカサの率直な感想だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、それでそれで? 俺にも解る様に説明して貰いたいな。その発情期ってのは何なんだ?」

「発情期じゃなくて、発魔期だよスバル。そもそも動物じゃあるまいし、ぼくに発情期なんてないよ、失礼しちゃうにゃ~~」

「それはわざとかな? わざと猫っぽい仕草してんのかな? あらゆる角度からコメントに困るんだが」

 

 

パックは猫な見た目だが、その正体は大精霊であり、終焉の獣とも言われる四大精霊が一角だ。

とんでもない存在―――なんだが、今の仕草は猫そのもの。舌で毛繕いして、顔をコスコスと洗って……どこからどう見ても喋る猫と言うヤツだ。

 

 

「さっき、兄弟が言ってたから、大体の状態ってのは頭に入ってるつもりなんだが……、そのハツマキ? ってのは誰にでもあるもんなのか? ほら、魔法使う人達全員、みたいな?」

「いいえ。発魔期は一部の強い魔力を持った存在だけに起こる現象です。魔力の強さは、オドの資質に左右されるので、本当に限定的なんですよ」

 

 

つまり、パックの様な強大な存在の様に、溢れんばかりの魔力を持つ者達にしか発生しない持病……みたいなモノだろうか。本人は大した事無さそうだが、周囲に甚大な被害を齎す持病だから、ある意味厄災と称しても良いのかもしれない。

嫉妬の魔女の件があるから、案陰そう表現をしたりはしないが。

 

 

「おど? おどってーと……、え~~……」

「その辺りは、ベアトリスさんの所でちょっとだけど勉強してたでしょ? もう忘れた?」

「う゛……、しょ、しょーがねーじゃん……。まだまだ、文字覚えてる最中の身なんだし」

「ハッ。元々常識を疑ってたレベルだから今更バルスがどれ程無知だったとしても聞き流せる、と言うものね。浅慮浅薄が今まさにその身に溢れているわ」

「全く聞き流せてねーし! 普通に毒吐いてるし! 俺はこれからベンキョーして賢くなって、エミリアたんの隣に立つのっ!! 大器晩成型なのっ!!」

「ハッ」

「うわっ! 斬って捨てられた!!」

 

 

面白おかしくやり取りしている面子を見て、眉間に皺を寄せつつ唸ってるベアトリスが助け舟を出した。

 

 

「全く、お前達に任せると話がちっとも進まないかしら。はぁ……まぁ、知らないのはそこのバカだけだけど、知らなかったら知らなかったでうるさくしそうだから、仕様がなくベティが教えてやるのよ」

「それ全然感謝出来ねぇよ! せめて名前で呼んでくれっての!! ――――って一応ツッコミつつ、話を先に進めたいのは俺も同じだから、よろしくどーぞ」

 

 

盛大に駄目だししたつもりなのに、もう受け入れたのか何なのか、変な笑顔で両手を差し出すスバルに、違う意味で皺がベアトリスの広いおでこに出来そうだった。

 

 

「イラっとするかしらっ!! ……はぁ」

 

 

でも、スバルのペースに巻き込まれて、百害あって一利なしなのは明白、と言う事でため息を1つして説明をする。

 

 

「オドは魔力の器。ゲートから取り込んだマナを溜め込む気管かしら。つまり、優れたオド程、多くのマナを扱えるかしら。でもどんな器にも容量の限界があるのよ」

 

 

ベアトリスが説明していく。

その間スバルは、あっ、そう言えば。それ知ってるかも、と茶々を入れてきたが、構わず続けた。

 

そして、ロズワールもベアトリスから繋げる形で講釈する。

 

 

「限界を迎えたオドからはマナが溢れ出てしまうかぁーらね? その前に発散させる必要がある、って事だーぁよ?」

「そういう意味じゃ、ニンゲンにしては優秀な分類のお前にも発魔期があっても不思議じゃないかしら。でも、見たところそれは感じられないのよ。クルルも含めて。―――お前とクルル。一体どう云う構造で、どういう理屈、原理なのか、今更ながら好奇心が湧いてきたかしら」

 

 

オドの講釈から、明かに資質と言う意味では一級品であるツカサ。

大精霊の分類で、今回の騒動を防ぐ事は出来なかったものの、異常な力を持つクルル。

 

この2人にも起こりえる話だ。そして発魔期に関する知識も無かったから上手く対処していた、とも思えない。

戦いで発散出来ていた、と言う事もあるにはあるが、魔獣騒動からそれなりに平和な時間が続いていたのでパックの様に起こっても不思議じゃなかったのだが、クルルも問題ない、と言っていた。

 

知らない知識を欲するベアトリス。……それは彼女の親の影響あっての事……だったりするが、それはまた別の話。

 

 

「きゅきゅ?」

「どう、って言われても……。そもそもオドを意識したり知覚できたりもしませんし、意識して対処してるってわけでもないですよ。結構酷使してきたので、それが良い具合に発散されたかもしれませんが……調べるのにも限界があるとも思います。誰よりパックが一番よく知ってるのでは?」

 

 

ツカサが倒れた時、身体のマナを直接診たのはパックだ。それでいて実を言えばベアトリスも診ている。

その2人が解らない以上、どうしようもない、と言うのが結論だ。

パックが此処までな影響を周囲に及ぼしているのを見ると、今後自分にも――――――と不安にならないか? と言われれば不安に思う。

 

でも、今はどうしようもないから、その時になって考える……としている。

少なくとも、秘密裏に事を済ませよう、と言うのはムリだという事が解ってるのも大きなメリットだ。

 

 

 

 

「なるほど。つーまり、ツカサ君の身体をよぉ~~く、ふかぁ~~~く、調べてみれば。その特異性をもっと知る事が出来るかもしれない。ツカサ君にとっても己を知るという事は悪い事でもない筈だーぁしね? ここは1つ、ラムに調べさせてみようかーぁな?」

「はい。ご命令とあらば、この命に代えましても、ラムは責務を全う致します」

「……ん? え?」

 

 

 

何だかロズワールはいつも以上にその道化具合に磨きがかかった様に表情を歪ませて笑い、ラムはラムでいつもの仕事以上な気合が面に現れていて、そして何よりも頬が赤く染まっていってる感じもする。

抑えられない情熱? をこの極寒な部屋の中に発生させたのか、魔法で温かくしているツカサよりも遥かにラムの方が熱を帯びた。

 

 

 

 

 

 

 

これは、ラムの発魔期―――――いや、どちらかと言えば発じょ………

 

 

 

 

 

 

 

「と言う訳でツカサ。あなたの身体を隅から隅まで、ラムの手で調べさせて貰うわ。これは仕方の無い事よ。ロズワール様の命令をラムは全うします」

「え、い、いや、その、なにがと言う訳? と言うかなんか怖い……よ? ラム。何でそんな話に? あれ?」

「今更気にする事無いし、恥ずかしがる事も無いわ。もう既にツカサの身体はラムは見ているのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ラムの手により、ア―――――ッッ、な事があったとか、無かったとか……。

 

 

 

 

 

 



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寒さを凌げっ!

 

 

「そろそろ、娘の情操教育に悪いと思うから、その辺にして貰いたいんだけどね、ツカサ」

「えええ!! 俺が望んでやってるみたいな事言わないで!!」

 

 

ラムに押し倒されそうになる寸前の所で、ふよふよ~と普段よりはゆっくりゆったり空中遊泳しながら傍にやってきたパック。

何処か、ニヤニヤ~と表情を緩ませていた様にも思えるが、やっぱりエミリアには見せられない、と言う親心の方が勝ってるので、止めに入った形なのだろう。

その表情は、エミリアが見てなければOK、とでもいうのだろうか。

 

 

「と言う訳で、ロズワール。話も先に進めたいし」

「まぁ、そうですねーぇ。ラーム」

 

 

パックに言われた時は止まってなかったラム。

その手の動きがどことなくヤラシさが見えていたので、止められない止まらない~状態だったが、流石にロズワールに言われたともなれば聞かない訳にはいかない。

 

淀みない、スムーズな動きで元の定位置に戻ると。

 

 

「はい、ロズワール様」

 

 

まるで、何事も無かったかの様に一礼した。

 

 

「ツカサ君の調査(・・)は、また別の機会で、と言う訳でどうかねーぇ? 流石のラムも皆が見てる状態で、とはいかないだろう?」

「いいえ。ロズワール様のご命令とあらば、どのような事でも。そして、ご命令通り逢瀬(ちょうさ)は別の機会に致します」

 

 

と言う訳で、ツカサは捕食される? 前に離された。

 

 

「兄弟……、次に会う時は気を付けとけよ? その、処女(いろいろ)喪失しないようにな。後ろの穴注意、だぜ」

「変な事言うなっっ!!」

 

 

何処か心配している様で、それでいてやっぱり楽しんでる様子、加えて生々しいR18なシーンを面前で繰り広げられるかもしれないという、男の子な部分なちょっとした期待。

スバルも色んな意味で大変だったのだ。

 

兄弟と言う程信じているし、信用しているし、信頼しているツカサと性格や口の悪さはさておき、間違いなくこの世界に来ても五指に入るであろう美少女のラムの逢引……。

 

ちょっぴり想像してしまった事くらいは許して貰いたい。

ツカサが重ねる相手がエミリアだった場合は全力で阻止する気概は絶対に持ってるので。

 

 

———と、誰に咎められるわけでもないのに、自己弁護するスバルだった。

 

 

 

 

「え? え? じょうそう教育ってどういう教育? 私、覚えなきゃいけない事はどんなことでも覚えるよ?」

「だーーーめっ!! 情操教育は大切だけど、兄弟とラムのヤツは天使なエミリアたんが覚えちゃダメなヤツですっ! 今はもっと他に大切なお話あるでしょっ!?」

「???」

 

 

 

パックに止められ、スバルが言ってた事が気になり、更に若干赤らめてるラムやいつも見ないツカサの様子から更に興味をそそられる事になったエミリアだが……、取り合えず止められたのでそれ以上は言わない様にした。

 

何より―――。

 

 

「ぁ……、そ、そうよね。パックの発魔期の事が、あるもんね。ごめんね……」

「わ~~~お!! 別にエミリアたんを責めてる訳じゃないのよ!! それとこれとは話が別なの。だから、そこん所注意しといて!!」

 

 

スバルは慌てて落ち込むエミリアを宥めようとし、そして視線をベアトリスに向ける。

 

 

「ってか、ベア子! 話がいつまでも進まない、っつっといて、めっちゃ脱線させてんのお前だろー!! ほらほらほらほら、話元に戻してどーぞ!」

「ふんっ! ベティーにとってもお前の無知を補完する事なんかより、あの男の事を知る方がよっぽど為になる、ってものなのよ! それくらい知っておくかしら!!」

「なにおーー!」

 

 

ベアトリスと勢いで口喧嘩する事によって、話を逸らせようというスバル高等技術だ。

取り合えず、それが功を成した様で、ベアトリスも半ば呆れ果てながらため息を吐き。

 

 

「オドの説明、だったかしら」

 

 

何処まで話したか……、とベアトリスは腕を組んで少し考えて―――続ける。

 

 

「にーちゃ程のオド、マナを溜め込む器であったとしても、容量には限界ってものがあるのよ。その溢れ出るマナを発散させているのが今の状況。発魔期と呼ばれるものかしら」

 

 

取り合えず話は元に戻ってくれたのをヨシ、としつつスバルは自分なりに掻い摘んで解釈をする。

発情期———ではなく、発魔期について。

 

 

「成る程、つまりお腹が爆発する前に出す、って感じで……」

 

 

 

一息ついたベアトリスは、改めてレムに入れて貰った紅茶を口に運び―――。

 

 

「だから便秘みたいなもんか」

「ぶーーーーっっ!!」

 

 

スバルのトンデモ解答を聞いて盛大に口から吐き出した。

 

 

「クルルガード」

「きゅきゅきゅっ!」

 

 

口から噴射される紅茶が眼前に迫ってくるのが分かったので、色々あって正直ツカサ自身もグチャグチャしていたのだが、その辺りはクルルを使ってガード。

クルル自身も、風を使って水滴の一粒も残さず巻き上げて、ラムが用意したゴミ箱の中にインサート。

 

 

「おお~~、なんか芸術的。紅茶が空中で凍ってて、ダイアモンドダストオブ紅茶ってか?良かったな、ベア子。お前の吹き出しシーンを綺麗に、見事に回収してくれたぞ」

「わけわかんない事言うんじゃないかしら! 誰のせいだと思ってるのよ。言い方ってヤツを考えるかしら!!」

 

 

スバルに盛大に文句を言うベアトリスだったが、取り合えずツカサはクルルを押し付けて何とかあやすと。

 

 

「スバルの例え話は俺もどうかと思うけど、取り合えずこの状況の原因は解った。パックのオドが限界で溢れ出たマナが周囲を凍結させてる。氷の系譜で良かったよね。これが火を扱う大精霊(・・・・・・・)だったら、ここら一帯が火の海になってたんじゃないかな?」

「まぁ……そうかもしれないね」

 

 

ツカサの火を扱う大精霊、と言う話を聞いて、一瞬眉を潜めた。

それを扱う大精霊の事を、パックは勿論、エミリアも知っているから。

 

精霊とエミリアの絆の物語の序章で、その存在と対峙したから当然だ。

でも、それをツカサが知る訳もない、と少し首を振った。

 

 

「随分とまぁ、はた迷惑な便秘解消法だな、オイ」

「う……、黙っててごめんなさい……」

「いや、エミリアたん責めてる訳じゃないのよ? つーか、子の責任は親のもの、親の責任も親のもの、なんだからエミリアたんが謝る必要なんて無いから! それよか、この発情期……、じゃなく、発魔期についてもっと解説して貰いたい、って気持ちの方が強い」

 

 

スバルは、意気消沈し、今にも泣きそうな顔をしてるエミリアを宥める為に必死に言葉を取り繕う。

 

 

「例えば、ホラ。これ定期的に行われるイベントだったりするの? とか? 今までどうしてたの~って」

「え、えと。年に2回くらいは……。今まではエリオール大森林で皆に迷惑掛からない場所だったから……って、今は思ってます……」

「うん、森でリアと暮らしてた時は定期的に発散してたし、特に問題なかったからね~。でも今はこっちに来て、ボクも大人しくしてたからその反動が出ちゃったんだよ。てへへ☆」

「てへへ、じゃねーよ。全く。……魔力の発散が必要な事だってことは理解したし、特に問題ねぇ。……でも」

 

 

スバルは周囲を見渡した。

確かにここ数日で一気に冷え込んだ。

掃除をする為に水桶に張った水はあっという間にシャーベット化するし、厚着してたのに異様な寒さで夜は凍えた。

 

だが、命の危機を感じたのはたった1日だ。

 

 

「この2~3日で急激に影響強まったのは何でだ? 加減してたんじゃねーのか?」

「……その辺の答えは、多分コイツも絡んでくる、って思う」

 

 

スバルの疑問に対して、それの答えを求める様に、ベアトリスの元で戯れてるクルルに、ツカサは視線を送る。

 

 

「王都での戦いで、パックを助けた時の応用、マナを吸収しようとでもしたんじゃないのか? クルル。んで、吸収する方が譲渡するより遥かに大変で、思わず――――って感じ?」

「きゅきゅきゅっ!」

「そのとーり、じゃないよ、バカ! つーか、俺にもそれ連絡くれてても良かったじゃないか」

 

 

ツカサの言い分も最もだ。

一緒に居たら何か出来るかはわからないが、少なくともクルルが何度か時間遡行をして調整をしていた様に、ツカサにもそれは出来るから、もっと適度にやらせる事だって出来た筈。

クルルが時間遡行を使うのは、恐らく緊急事態くらいだろう。周りに気を遣う~なんて事をするキャラじゃない筈だから。

 

そう言うとパックが手を振った。

 

 

「ああ、その辺はホラ。あまりクルルには怒らないで上げてよ。ボクが秘密裏に、ってクルルにお願いしたんだ。ツカサは働き過ぎで、それに全然恩も返せてないのに、ってリアが気にしちゃったからね。後は、少しずつやってたんだけど、クルルも楽しそうだったし、ボクもついつい、もっともっとイケルっ! 皆気付いてないし、チョロいチョロい! もっとカモンカモンっ! って感じでやってたら、こうなっちゃって」

 

 

大変だったのは解るし、結局マナが周囲に溢れて銀世界になっちゃったのも理解したんだが……、やっぱり想像の通りだ。杜撰なマナ管理、アソビでマナ管理した結果がコレ。

間違いなくクルルを操作した方が皆に迷惑かけなかったのに、と頭を抱える。

 

ただ、エミリアの気持ちも解るので、ツカサはそれ以上は何も言わず苦笑いだけをして頷いた。

 

 

「仕事雑だろそれ! 結局兄弟に迷惑かけちゃってるじゃねーの!」

「ぅぅぅ……… ご、ごめんなさい……」

「あああ!! ごめんごめん、エミリアたん!」

 

 

でもスバルがちゃっかりエミリアの地雷踏んじゃって、また落ち込むのだった。

 

 

「これで解ったかしら?」

 

 

やれやれ、と改めて紅茶を啜るベアトリスが続ける。

 

 

「発魔期は、にーちゃ程の大精霊なら切っても切り離せない問題なのよ。同じ存在であるクルルの手を借りてもこうなってしまうのであれば、もう必然と言って然るべきかしら」

 

 

どうしようもない天災の様なモノ。

ヒトは疎か、大精霊でさえも避けて通れぬ道、とベアトリスは断言する。

 

 

「このクルルとにーちゃ、2人の愛くるしい存在を前にすれば、そんなものは些細な問題、と認識するが良いかし―――」

 

 

そして、最後まで言い切る事は出来なかった。

何故なら、底冷えしてきたのか、或いは我慢の限界だったのか、ベアトリスの鼻から一筋の体液が流れ出てきた……。

どうにか踏ん張って【ズビビ~】と引き戻す。

 

 

「お前も無理してんじゃん! 鼻啜ってんじゃん!! ってか、読めたぞ。そもそもクルルでどうにかしよう、って言いだしたのはお前だな? ベアトリス。んでもって、クルルの力でもどうにもならなかったから、今度は慌てて結界を張ったりして小細工した、と。正直に言えよ、ここまで状況証拠が揃ってりゃ、次はクライマックスの自白シーンだ」

「ちーんっっ!! ………何の事かさっぱり解らないかしら」

「鼻かんでる~~」

 

 

取り合えず、事情は分かった。

分かったからこそ、安堵もする。

 

 

「取り合えず、村の皆が無事だって分かっただけでも十分だよ。この範囲内だけに限るって言うなら不幸中の幸いだけど、安心だ」

「欠片も安心できねーんですけど!」

「でも、クルルも抑えきれないんじゃ、どうしようもないよスバル。ただでさえ、抑えてる状態でこれ何だから。極寒地に野宿しに来た、って思ってマエムキに」

「危険満載じゃねぇか!! 冬将軍も真っ青だよ!」

 

 

残念ながらスバルはただの人間。

いや、厄介極まる人間だ。

超寒波の耐性は無く、このままだと凍死する危険性・可能性大。

 

 

「でも、ある程度発散出来たら収まるのが、発魔期って事だから。案外直ぐかもしれないよ? その辺りはどうですか、エミリアさん」

「えと、その……、うん。ツカサの言う通り、あとほんのすこ~しだと思うの。そうよね? パック」

 

 

願う様にパックに聞くエミリア。

だが、その淡い期待は……。

 

 

「うん。そうだね~。後2日くらいこのペースのままやらせて貰えればバッチリだよ。ツカサとクルルには苦労駆けちゃうけど、もうちょっと付き合ってもらえないかにゃ~?」

「まぁ、仕方ないね。元々、クルル(こいつ)の事はコキ使ってくれて良いって認識だから、俺の事は気にしないで良いよ」

 

 

イイ感じで話がまとまりそう――――な訳がない。

 

 

 

「まてまてまて~~! このままのペースでやられたら明日の朝には、俺の凍死体が転がってるよ! それに、ラムだって絶対ヤベーって! 兄弟って湯たんぽなけりゃ、絶対にアウトだ! 賭けたって良いね! だろ? ラム。寒さに強い! な訳ないもんな? 今朝だって寒さを理由に寝坊しようとしてただろ!?」

 

 

 

スバルの問いに対し、ラムは鼻で笑う。

 

 

「ハッ、愚問ね。このラムがツカサから離れるとでも思ってるのかしら」

「ほら駄目なんじゃねーか!!」

 

 

この超寒波を乗り越えれる。

それは勿論ツカサ在りきな話。

四六時中ひっついてくっついてゴールインする気満々で、心なしか、寒さのせいじゃない。ラムの表情がその桃色髪並に赤くなってる気がしてきた。

 

 

「てか、ずーるーいー! 俺も兄弟式の湯たんぽプリーズ!」

「ぷりぃず?」

「ああ、頂戴! 下さい! お願いします! の意。この山場を抜ける為にも兄弟の力が必要なんですよ、先生たのんます」

 

 

つまり、ツカサの身体をスバルも求めている、と言う構図になる。

それを想像したベアトリスは、寒さのせいじゃないだろう青くなった表情をスバルに向けた。

 

 

「オマエ、その娘の色香に惑わされただけでなく、男色の気があるなんて、度し難い所の話じゃないかしら。広く害成す存在と言われても仕方がないのよ。絵的にも存在的にも」

「すげーーー全否定された!! ちょっとまてまて!! だから、俺はエミリアたん一筋なの!! でも、ほら、こう―――――湯たんぽをマナに乗せて、俺の身体に打ち放ち、こう……適度な外気温を確保したり、空気の層を作ったり!!」

「……そんな器用な事出来ないよ。ロズワールさんは出来そうですか? 俺はムリです」

 

 

ちらり、とクルルの方を見ても首を横に振る。

自分で制御して、自分の周囲だけ~~と言うのならまだしも、別のモノに付与するのは非常に難しい所の話じゃない。攻撃属性を持たせるのは、風の剣をスバルに渡す事が出来たので実証済みと言えばそうだが、風と火とでは扱いの難しさが段違い。

 

火が危ないのは、村の子供でも知ってる事だから。

 

 

「それは扱いが難しいねーぇ。ちょっとでも力加減を間違えればスバル君は、ぼんっ! だし、コントロールをミスすれば、それでもボンっ。……いーやぁ、或いはボワッ! かもしれないねーぇ」

「ぼんっ! もぼわっ! も怖すぎるよ! 凍死体か焼死体かの二択とか、何処の地獄だ!? 極寒と焦熱か!?」

 

 

スバルが盛大にブーイングを飛ばす。

だから、ツカサも改めて首を横に振った。

 

 

「王国筆頭魔導士であるロズワールさんを以てしても難しいんだ。だから、一番現実的なのは、スバルが頑張って思いっきり着込んで、暖を取って寒さをしのぐ―――が一番じゃないかな?」

「解ってると思うけど、もし死んだら10回は殺すわ。そのつもりで」

「姉様こえーーよ!!! いや、マジで冗談抜きでそれしか無いか……。超える自信マジでないけど。……っとと、着込むっていや1つ」

 

 

何かを思い出したのか、スバルはエミリアの方を見た。

まだ申し訳なさそうに顔を俯かせている彼女に、少しでも明るくなってもらえれば―――と思ったのか、或いはただの欲、性欲を持て余し過ぎたのか。

 

 

「エミリアたんはその格好、そんな薄着で寒くないの~? 冬服のエミリアたん見たい~~!」

 

 

エミリアの容姿について、だ。

無論薄着の方が色々とふくよか、豊満に実ってるたわわを拝めて、ありがたや~~~! なのだが、それでもそれ以上に心配になる。エミリアの柔肌が凍傷にでもなったら大変だから。

そして何よりもイメチェンしたエミリアを見たい、と言うのが8割。

 

 

つまり、欲求を抑えられない後者がスバル。

でも、そんな俗世なスバルに対してもエミリアは真摯に答える。

 

 

「あ、あのね。私はパックと契約……してるでしょ? だから、パックの魔法から受ける影響を調整できるの。………なので」

 

 

両手の人差し指をそれぞれ合わせて……再び沈む。

 

 

「この寒さでも……大丈夫なのです」

 

 

皆がこんなに大変な目に遭ってるのに、その元凶(とは少し違うが)の自分が何も問題ない現実に押しつぶされそうになってしまっていた。

 

 

「エミリアさんは全然悪くないし、パックの方も仕方ないんだし、そこまで気落ちしなくて大丈夫だから!」

 

 

あまりの沈みように、ツカサも慌ててフォローに入った。スバルではないが、エミリアの消沈っぷりを目の当たりにしたら、庇ってあげたくなる気持ちにさせられるから。

 

 

「それにラムは……まぁ、大丈夫だと思うけど、レムはどう? 大丈夫かな?」

「はい。確かに少々堪える寒さかもしれませんが、レムは問題ありません。暖かな姉様やツカサ君、何よりスバル君の傍に居れば、レムはポカポカなんです」

 

 

震えてる様子も全く噯にも出さず、直立不動で責務を全うするレムは、速攻で即答した。

大丈夫だと。

 

 

そして、当然ながらロズワールとベアトリスも……。

 

 

「ベアトリスさんは、大丈夫?」

「平気かしら。禁書庫に居れば全くを持って問題ないのよ」

 

 

今はダイニングルームに居るからだ、と言わんばかりに身体を少々小刻みに震わせるベアトリス。見た目幼子な姿だから心配になるけれども、ベアトリスも大精霊が一角。問題ないだろう。

 

 

「ロズワールさんは……まぁ、心配する方が失礼、ってものだし」

「いーぃや、ツカサ君。このわーたしを心配してくれるなーぁんて、嬉しい限りだねーぇ。とまぁ、一応言っておくと、心配は杞憂である、と答えておこう」

 

 

頭をスっ、と形式的に下げるロズワールの姿を見て、本当に大丈夫・心配皆無、であると実感できる。

 

 

「だから、ほんと。スバルだけだからさ? エミリアさん。だから、そんなに落ち込まないで。落ち込むくらいなら、ほら、発魔期を終えた後のスバルとの、でぃと? を盛大に思いっきりやってご褒美上げる~で良いと思うし」

「!!! 兄弟最高じゃん!! そうだよそうだよエミリアたんっ! 兄弟の言う通り! 悲しそうな顔してるエミリアたん見るの辛い~~! エミリアたんはEMT! だから、そんな顔せず笑って笑って。そんでもって、まぁ俺だけがヤベーのは事実は事実。だから前向きに対処法を考えようよ」

 

 

ツカサやスバルの言葉を聞いて、少なからずエミリアの表情にも光がもどる。

 

 

「それよか、兄弟の方が心配なんじゃね? 眠ってる間に、ラムに食べられちゃう~~な~~んて事があるかもよ??」

「まっさか。幾らラムでもそんな………」

 

 

振り向いてみると、ラムは速攻で顔を逸らせた。

 

——大丈夫、だよね?

 

と小首を傾げながら言っても返答無し。

それがそれで非常に怖い。

 

 

 

「とまぁ、兄弟が色々卒業する前に、娘に迷惑かけてる親の尻ぬぐいを考えようぜ――――はッッ!!」

 

 

 

ここで、スバルに天啓が舞い降りる。

誰よりも一番危険な位置だからこそ、誰よりも一番生きたい、エミリアとデートしたい、と言う気持ちが強いからこそ、回避する為に脳がフル回転したのだ。

 

 

「あれじゃん! 何も俺たちが屋敷に居る必要なかったんじゃん!! 寒さは、ベア子やクルルがどうにかしてくれてる! だから、パックが言う2日で終わるってペースでやってる間に、屋敷の外で過ごせば!!」

「流石スバル君です! レムは感服致しました!」

 

 

スバルの(自称)名案に、レムも色めき立つ。

 

 

「今の季節、本来の季節は暑くも無く、寒くも無く――――」

「スバルスバル」

「へ?」

 

 

ツカサがくい、と向ける先には大きな窓があり、曇り硝子な為外側がよく見えない。

でも、ひょいと風のマナ、テンペストを応用して外を開けてみると……。

 

 

気付かなかった。氷結地獄の中だったから、無音だと勘違いしたのか?

かなりの土砂降りで、雨音が屋敷中に響き渡っていた。

 

 

「見た感じ、当分止みそうにないかしら」

「なんで!!?」

「わぁ……まだ陽日なのに真っ黒な空……。この分じゃ野宿は無理そう」

「でも! 大丈夫だって! このくらいの雨ならテントでも張れば!!」

「……よーく見て聞いてよ。風だって拭いてるし、時折凄い音もしてるよ? テントなんて飛ばされたりしない?」

「そーもそも、この屋敷の主たる私にも野宿をしろと言いたいのかなーぁ? スバル君?」

「ロズっちは、普通に屋敷の中に居てもモーマンタイってヤツじゃん……。別に淋死するってわけじゃないだろうし……」

 

 

どうしたものか、とスバルは考える。

最悪身体的に迷惑をこうむってるのは自分だけ。だから、テントを外に張ってどうにかこうにか……とも考えられるが、魔獣騒動の件もある。また何かの事件があった時に単独だと危険だろう。

だから、ロズワールやツカサも一緒に……と考えては居たが、流石にこの大雨、嵐の中連れてくのは無理だし申し訳がない。

レムなら無条件で付いてきてくれそうだが、その間の屋敷の仕事はどうなる?

もっと言えば、スバル自身も下男。働かざる者食うべからず、だ。

 

 

「考えろ、考えろ……、こうあったかくて、ぽっかぽかで、心も身体もリフレッシュして、甘~~~いひと時—————はッッッッ!!?」

 

 

 

そして、再びスバルに天啓が舞い降りる。

 

 

「そうだそうだ!! 物理的にも心的にも、ぽっかぽっか、顔は真っ赤っか! ある! 乗り越えれる!」

「スバル、それってどんな?」

「ふっふっふ―――。それはこうだ! 屋敷中の火の魔石を全て集めて、大浴場の湯を沸かす! ―――で、2日間皆で――――――温泉大作戦ってのはどうだ!? お肌とお肌で温もり合う! 雪山でも古来からやってる神聖な儀式だぜ!! 邪な考えはないよ! ないんだよっっ!!」

「流石スバル君です! レムは感服致しました!!」

 

 

エミリアやレムの裸————を想像しなかったわけではない当然ながら。

勿論水着的なモノを着用する事は間違いないだろうけれども、それでも心と体は確実に5℃は上がる。のぼせてしまう危険性を考慮しなくちゃいけない。

 

 

「うん。良い考え……ってあれ? でも今大浴場って……」

「ヤラシイ。ラム以外の裸も見たいって想像しているのね」

「凄い誤解。節操なしじゃないし、皆の、ラムの裸、……想像してないから。……何なら、俺の方が……その、みられちゃってる、わけだし………」

 

 

ラムから理不尽気味なツッコミを受けた瞬間は、スバルの様に想像してしまった感は否めない。でも、それ以上にラムには生まれてきたままの姿を見られてしまった事に対する羞恥心がまた脳裏にフラッシュバックしてしまって、顔を赤くさせた。

ある意味、隠蓑に出来て良かったと言える。

 

 

「…………ふふ」

 

 

ラムもどことなく妖艶。

色気がむんむんと出てきそうな勢い。

 

でも、それはそれとして事実は伝えておかなければならないだろう。

 

 

「バルスの醜い獣欲が発散される事は出来ないわ」

「ものすげーー失礼な言い方だな、姉さま!! 獣欲云々はさておき、最適解にして、最高の手じゃん! 暖炉の火よりも広範囲で、屋敷中の火の魔石の力なら、そこら中から湯気が出て、サウナっぽくもなって―――――」

 

 

スバルが意気揚々と性欲を省いて説明に入るが、ラムはツカサの腕を取って立ち上がった。

 

 

 

「論より証拠よ。何故発散される事がないか、その目で確かめてみれば良いわ」

「だから発散なんか元々しねーーよ! ………うん、しねーよ……」

「声小っさ………」

「う、うるせっっ」

 



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そうだ! 雪祭りをしよう!

 

ラムにより案内されたのは大浴場。

 

 

「こ、これは―――――マヨネーズ…………?」

「はいっ! マヨラーのスバル君の為に頑張って作っている所ですっ!」

 

 

そこはどこもかしこも凍り付いていて、このままじゃ機能しないだろう……と思っていたのだが、そこはファンタジーな世界。火の魔石を利用し、温めれば必ず溶ける。何なら、火を扱う事が出来る凄いのが2人はいる。

だから大丈夫……と、意気込んで付いてきたのだが……。

 

 

「何ていうか……あれだね。マヨネーズが凍るとこうなっちゃうんだ? 匂いは……うーん、完全に冷気に閉じ込められちゃってるって感じかな。匂いは全然しない?

……寒さで鼻が効かないのかもだけど」

「ええ。だから残念ね。浴場でラムの裸体を拝むのは無理そうよ。恨むならバルスを恨みなさい。惜しいことをしたわ」

「だ、だーかーらっ、考えてないってば! ラムは一体俺の事どんな風に見てるのさ!」

 

 

普段のスバルなら、ツッコミの1つや2つ、間髪入れずにする所だったが、そうもいかない。

いちゃいちゃ(死語)している2人に気を取られる訳でもなく、ただただスバルは固まっていた。

 

確かに溶かす事は出来るだろう。

でも、その後どうしろ、と言うのだ? これは由々しき事態、トンデモナイ事態だ。

ロズワール邸下男として、掃除するにしても大変だ~~ではなく、ただこのマヨネーズの行く末を憂いている。

 

これらを処分するなんてマヨラーとしてどうなのか。

そんな罰当たりな真似が出来るというのだろうか。

 

 

そんな風に固まってるスバルに気づいたツカサは、ラムからの攻撃? を誤魔化すかの様にスバルに話しかける。

 

 

「ほら、以前スバルがマヨネーズ風呂に入った時の話、覚えてる?」

「……忘れる訳無いだろ。あんな光景。おまけにあの時の俺は死にかけてる」

 

 

返事が出来るところをみると、取り合えず、スバルは聞く耳はあったようだ。

なので、ツカサが言う以前の事件を思い返す。

 

 

予備知識も無いままに、日本人のDNAに刻まれた温泉魂を解放する様に、加えて言えばその日はマヨネーズをこの世界に降臨させて、その味を堪能出来て、世界が輝いている! と豪語する程のテンションだった事件当日。

 

この現場で輝きを放ってる湯船。

 

多分そう言う類の濁り湯だと思って飛び込んだ……結果、大変な目にあった。

 

全身に纏わりつく形容しがたい感触、理解不能な状況。

身体が上手く動かせず、油故に物凄く滑る。目も口も鼻も全て閉じられて、本当に死ぬ―――と思って一口舐めてみたら、あら不思議。自分がよーく知ってる味、何ならついさっきまで感涙しながら食べていた味とそっくり――――どころじゃなく、その味そのものだった。

 

 

「レムが頑張ってスバルの要望に応えた結果だよ。つまり、スバルの責任」

「なんでだよぉっ!! 頑張る方向性おかしいだろ!? それにあの時、レムの事叱ったしッ!??」

「『バッカじゃねぇの!?』 とか『全世界のマヨラーを冒涜したぞ!』 くらいしか言ってなかったじゃん。上手く説明しきれてないスバルが悪い」

「えええ!! マジで俺が悪いの!?」

「だって、ねぇ? レム」

 

 

くるり、とレムの方を見た。

レムは本当に解ってない、と言わんばかり。

それでいて今回は会心の出来、と言わんばかりに目を輝かせて、鬼には無い筈の尻尾や耳を嬉しそうに動かして(る様に見える)。

 

 

「はい! 前回は量が少ないから怒られてしまいまして。スバル君はマヨネーズ風呂に入らないと命の危機と、どっぷり浸からなきゃ大変な危険域、命拾い、とおっしゃってました。ですから、今度は前回以上の量のマヨネーズ風呂、に仕立てました」

 

 

この量のマヨネーズを作る労力を考えたら……涙ぐましくも思ってしまう。

それだけの愛や情熱を込めて作ってくれたのだ。

 

 

「えへへ。褒めてくれても構いませんよ?」

 

 

ニコニコ笑ってるレム。

取り合えず、ツカサもレムに笑みを向けて―――スバルの方へ。

 

 

「ね? スバルがちゃんと言わなかったのが悪い。レムは一途に頑張っただけ」

「いや、どっちかってーーと、姉様の教育の賜物だから姉様が悪い」

「ハッ。自分の不出来を他人に擦り付ける。程度の知れる男だと自ら言ってるも同然ね。言うまでも無い事だけど」

「…………」

「ん?」

 

 

ラムの毒舌。

いつものスバルなら色々と騒いだりツッコんだりの連発だった筈だが、妙に大人しい。

 

 

「あぁぁぁぁ………も、もったいない……」

「ああ、なるほど……」

 

 

このマヨネーズ風呂を前に項垂れてしまった様だ。ツッコミ等出来ないぐらいには。

 

このマヨネーズ風呂を利用する訳にはいかない。

かと言って、これを沸かして食べる気にもならない。

ちゃんとした調味料入れに入ってるマヨネーズじゃなかったら……。

エミリアやレム、ラムと言った美少女の残り湯で作ったマヨネーズ~と言うのなら、スバルも赤面もの、最大級、最強、最高級クラスのマヨネーズになっていただろうが、残念な事に、この大浴場を利用しているのは美少女たちだけじゃないのだ。

自分も利用しているし、……ツカサもそう。更に言えば……ロズワールも(当然だ)

 

野郎成分がすこぉぉぉしでも混入、異物混入している時点で、この目の前のマヨネーズは廃棄処分以外の道無しなのだ。……悲しい事に。

 

更に更に言えば、マヨネーズの汚れを落とすのは難しい……。このレベルになってきたら、ちゃんとした風呂に入れるのは一体いつになる事やら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大浴場に居てもただただ寒いだけなので、取り合えず暖炉のあるダイニングルームへと戻ってきた。寒さも更に増して来て、兎に角暖を取ろうと毛布に包まり、暖炉の前で火に当たる。

 

 

「ぅぅぅ……、さ、寒ぃぃ……、暖炉の傍でこの寒さかよぉ……」

「ハッ。情けない。心身ともに己を高く保てば、どれだけ寒くなろうとも、平常心を保てる、と言うロズワール様の有難い教えを受けて、何も成長しないなんて。ハッ。憐れね」

「一度に二度の『ハッ!』御馳走さんです! それよか兄弟と嬉し恥ずかし、サービスシーン満載な行動してるねーさまに言われたくねぇよ!! なんなら、兄弟からちっと離れてみてくれや!! ほんのちっとでも良いから!」

「ハッ。何を言っているの。これは日頃のツカサの働きを、ラムと言う至上の美少女の抱擁を持って、応えているだけに過ぎないわ。つまり、ツカサへの代価。この状況とは何にも――――」

 

 

ここでツカサがひょい、っと素早く離れてみた。

すると、これまでの暖が取れていた空気の層から外に出てしまうラム。

一瞬で身体が震えて、足先から頭のてっぺんまで震えると即座にツカサの方へと駆け寄った。

 

 

「……………」

 

 

そこには鬼が、否、鬼と阿修羅の複合体? がいた……。

殺気だけで、ここまで具現化させてしまうとは……。

 

 

「ご、ごめん、ほんとごめん。ちょっぴり揶揄ってみたかっただけで………」

「……………」

「ぅ」

 

 

なので、早々に謝罪をするツカサ。

ラムはと言うと、再び暖を取る事が出来ると同時に、外の冷気にも負けない程の極寒の視線をツカサに浴びせ続ける。

暖を取った事で鬼阿修羅は姿を消した様だが、それでもその視線は非常に痛い。

 

ツカサもラムの視線を受けて、数秒前の自分を殴りたくなる気持ちだ。今、この瞬間も下手な言い訳やら揶揄ったりやらは絶対してはいけない、と警笛が頭の中で鳴り響いていた。

 

 

「許さないわ。このラムを虚仮にしたのよ。相応の報いを受けるべきね」

「……ゴメンなさい」

 

「めっちゃ必死じゃん……。ったく、ニンゲン湯たんぽ持ってるラムちーはほんと羨ましいこった!! あああああ、さむいさむいさむいさむいさむいさむい……」

 

 

スバルもスバルで、苦言の1つでもラムに言ってやろうと思ったのだが……、触らぬ鬼に祟りなし、と言う事で特に何も言わず。

取り合えず2人のメロドラマを見せられて、体温が少々上がる想いではあるが、もうその次元で解決できる寒さじゃなくなってきた。

 

兎に角火を、火を身体に当ててどうにか体内から温かくしないと死に直結してしまう。

 

 

「あっはは。ほんとツカサってば面白いしカワイイよね。ボクの冷気を防いじゃってるのも流石だけどさ、ラムとのやり取り見てたら、こっちまで微笑ましくなっちゃうよ~~。気、抜いちゃってこのままマナぜ~~んぶ出しちゃいそう」

「出しちゃ駄目です!! 何考えてんだよバカ」

 

 

後ろでは、可愛らしい、愛らしい言葉を言っているな~~と思いきや、まさかの発言にぎょっとするスバル。

まさに死神。死神がそのまま鎌を振り上げて、魂を刈ってくる。そんなのスバルが了承する訳もない。

心なしか、吹雪が発生した様な気もしなくもない。

 

 

「つーか、俺に影響のない所でやってくれよ! 例えば屋敷の外! 外でテキトーに大魔法ぶっ放す! とかできねーのか!? ほら、大空に向かって……ハァァァァ!! みたいな!」

 

 

屋敷の中でちびちびと行ってるから、じわじわと木綿で首を絞め続けられてる様な苦悩を味わってしまうのだ。

だから、この際一気にドカンッ! と行ってもらいたいのがスバルの願い―――だったが。

 

 

「へぇ~、つまりキミはぼくにくれる、って言うのかい?」

 

 

パックはニコニコと笑いながら……軈て、歯を剥き出しに、目を鋭くさせ、凍てつく殺気を剥き出しにして改めてスバルに告げた。

 

 

 

 

 

 

「この世界を滅ぼす――――滅亡許可書を」

「あげねーーけど!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

全力で拒否した。

つまり、そういう事らしい。

パックが全力で空に放ったからと言って、自分が大丈夫な訳が無い、と。

世界を担保にしているところを見ると…………。

 

 

「臨界点だからって、核兵器空にぶっ放せ! って言ってる様なもん、ってことかよ……。メルトダウンだよ。真っ青だよ。生き残れる自信皆無だよ」

 

 

間違いなく、傍に居る自分もアウト。平気そうなのは自分以外の皆さんだけど、ツカサがもれなく道連れになってしまうので、その案は絶対に却下される。ラムがまさに鬼になる。

 

 

「あはは。冗談だよぉ。そんな事したらリアに叱られちゃうしね」

「叱られるからやらねぇって答え結構怖いんだけど!?? エミリアたんが天使でマジ良かった! マジ、EMT!」

 

 

エミリアが世界征服~なんて考えだしたらパックはあっと言う間に世界ぶっ壊しちゃいそうだ、って事だから。

 

 

「そんな事態になったら、王国側だって黙ってないだろうし。……嫌だよ。そんな戦争みたいなの起こさないでよ」

「……兄弟、よくそれで話したり出来るよね。それ息出来てんの?」

 

 

ラムにしがみ付かれている。何なら顔にまで埋もれてる。

なのに、ふがふがっっ! って、ギャグ漫画みたいな台詞じゃなくて、ちゃんとした声が聞こえてくるのは何故でしょうか?

 

「そして何より――――う、羨ましくなんか、ないんだからねっ! エミリアたんにそれしてもらいたい!! なんて思ってないんだからねっ!!」

「………なんだ。スバル結構余裕じゃん」

「ツカサもね。ラムが此処までしてるというのに」

「……………」

 

 

ラムはちらり、とツカサの顔を見た。

どう見ても、何処からどう見ても赤く染まってるのが分かる。ラム自身も確信犯。スバルに絡んだのもどうにかこうにか逸らせようと、平常心でいようとしている心の現れ。

何だか楽しい。間違いなくドがつくS属性なラムは、このまま暫く様子を伺いつつ、包容力? を徐々に強めていくのだった。

 

 

「ふふふっ。レムも嬉しくなってきます」

 

 

そんな(ラム)の様子をしっかりと共感覚で解っている(レム)

流石に、スバルに同じ様な事は出来ないが、今のスバルの様子を、一挙一動の全てを脳内に収めよう。そして少しだけ、ほんの少しだけ……妄想の中で至福を得ようとするのだった。

 

 

 

 

「ぅぅぅぅ~~~さむむ……ってかよぉ。この発情期……じゃなく、発魔期って精霊だけに起こる事なのか? ロズっちやベア子は?」

 

 

どうにか寒さを紛らわせる為にあれやこれやと考えては口に出すスバル。

そうでもしないと、雪山で遭難したノリで眠くなって永眠して戻ってツカサぼろぼろ、ラムにぼこぼこ、な未来しか見えないから。

 

 

「ワタシの場合、日常的に魔力を使って調整しているからねーぇ。以前までのお勤めはツカサ君に任せて以来、マナの全体使用量は減っちゃったけれど、オドには常に余裕を持ってるよーぉ」

「おー……成る程。ってか、ラムちー姉様? ひょっとして男とっかひっかえ……あべしぃっっ!!?」

 

 

ロズワールがツカサに譲った発言を聞いて、ラムはひょっとして交代交代でロズワールとツカサを……と邪な考えを持ってスバルはラムに聞こうとしたのだが、有無を言わせない風のマナを使った魔法フーラ(撲殺ver)でスバルをぶっ飛ばした。

 

 

「変な事言わないで。ぶっ飛ばすわよ」

「ぶっ飛ばしてから言うんじゃねーよ!! つか寒い!! 寒い寒い寒い!!!」

 

 

暖炉からぶっ飛ばされて、冷気100%な場所に。おまけに毛布も飛んだので、半ば半泣きになりながらも必死に、懸命に定位置へと戻った。

 

 

「べ、ベティーも似たようなもんかしらぁ。禁書庫と扉渡り、あ~~つ、ついでに言うと、メイド姉の様に口やかましい、さむいさむいわめく情けないニンゲンをぶっ飛ばすのにもや、やく、立ってるのよ」

「人をサンドバッグみてーに言うなよなっ! つーか、ベア子も寒すぎてちゃんと舌回ってねぇじゃん!」

「――――つーん」

 

 

ベアトリスも見た通り、いっぱいいっぱいな様子。

パックの事が大好きで大好きでたまらない彼女……でも、流石に極寒の中、何でもないを装うのは難しい様だ。

 

 

「はぁ、かわいいかわいいベア子は、とりあえず置いといて」

「む―――!!」

 

 

切って捨てられた。

それもスバルに。

思わず怒りそうだったベアトリスだが……寒いので、無かった事にした。

 

ちらり、と今度はレムとエミリアの方を向くと、レムは直ぐに左右に首を振る。

 

 

「発魔期が発生する程の強力な資質は、それこそ限られた方だけなので」

「私も、魔法使いとしてはあんまり見たいで、だから発魔期とは無縁なの……あ、で、でもパックの事で経験は豊富なの! だから今回はゴメンなさい……。反省してます」

「いや、今日のエミリアたん自虐ネタヤバいよぉ。そんなエミリアたんもプリティーだけど、笑ってるエミリアたんの方が良いから」

 

 

気にしないで、とスバルも言っている。

ツカサだって時折フォローをしている。

 

だけど、エミリアは意気消沈から昇って来ない。

それ程までに責任を感じているのだろう。口ぶりから察するにある程度の自信もあったのかもしれない。それが打ち砕かれてしまったので、余計に気落ちしていると推察できる。

 

 

「ん……。パックはここ最近で効率よくマナ消費出来たのってあった? このままじゃ、責任感の強いエミリアさんが可哀想だ」

「大賛成。俺も参考にしたい」

「ん~~~、2人ともリアの事心配してくれて、ほんとありがとね~~。だから、当事者としてボクもちゃんと協力しなきゃ! ん~~~~~~~~っと、最近じゃね……」

 

 

パックは暫く考える。

屋敷での騒動は大体がスバル・ツカサ・ラム・レム・最後にロズワールで解決したから、あの騒動……、魔獣騒動に関してはパックはノータッチだ。

つまり、それ以前の話になってくるわけだから、スバルもツカサも知らない……筈だったんだけど。

 

 

「王都で黒い女の子と戦った時かな? だってほら。マナ切れしちゃったくらいだし?」

 

 

パックの説明を聞いて、ゲンナリするのはツカサだ。

 

 

「全然知ってたよ、心当たりあるどころか、俺も当事者だったよ……。頬染めながら腸腸言ってくる人は駄目な方向で」

「右に同じだよ! あんな物騒な相手もう一度連れてこい、って言ったって無理だから! 俺、実際腹割かれちゃって大変だったから! 凍死か腸かってどんな究極な二択だよ!!」

「いや、別に来ても腸くれてあげるつもりは毛頭ないからね? 凍死もさせるつもり無いよ。いよいよ駄目なら冷凍保存してどうにか超えさせてあげよう、って思ってるから。それとあの異常者も流石に無謀な突撃はしてこないでしょ。今いるメンバーを考えても」

「いやいや、真面目な答えを待ってたわけじゃねーからな。解ってても、トラウマってのは拭えないからトラウマって言うの! つか、冷凍保存の件まだ生きてたの!?? それも絶対ダメッッ!!」

 

 

以前、スバルがコロコロポコポコ死ぬもんだから多大なるダメージをツカサが負ってしまっただから、これ以上死ぬのなら、冷凍保存して封印して逃げる~とツカサは言っていたのだ。……本気じゃないとは思うが。

 

 

「う~ん、後は森にリアを迎えに来たロズワールが1番かなぁ? 恥ずかしいけど、随分大騒ぎしちゃった気がするしね?」

「あ~~ぁ、あれは確かに刺激的でした。ワタシもあれだけの魔法合戦を繰り広げたのは、人生でも初めての出来事だった、かーぁもしれませんね」

 

 

これは初耳。

どうやら、パックとロズワールは激突した事がある様だ。

以前、エミリアの故郷? と言って良いのかはわからないが、ロズワールと出会ったのは、エリオール大森林、と言う話は聞いた事があった。でも、そこでパックと戦った、と言うのは初耳だ。

 

 

「そんな事があったんですね?」

「うん……。パックもロズワールもすごーくやり過ぎて。パックなんか、変身までしちゃって大変だったの。地形がいくらか変わって、地図書き換えちゃったくらいで」

「いや、どんなのだよそれ。パックのヤツ、変身とかあるんだな。……つーわけで、強敵と書いて強敵(ともだち)作戦は却下します!」

 

 

地図書き換える程の大魔法合戦をやられた日には、この屋敷はおろか、村も全滅しかねないので当然却下。

 

 

「えぇ~~! 今回はほら! ツカサだっているんだよ? 三つ巴でもっともっと面白い事になりそうじゃんっっ!! どっちの勢力に彼が加勢するか? で、ボクだって絶対危なくなりそうだから、今後危機感持って戦えるかもなのに~~?」

「シレっと兄弟まで抱き込もうとしない!! そもそもケンカで地形変えないの! 伊能忠敬に謝れ!」

「タダタカさん、ごめんなさーーーい。これで良い?」

「あのー……、俺、そんなの参加しないからね? 巻き込まれてるだけで、基本戦いが好きだって訳じゃないし。必要に迫られて、だから。後、そのただ、たか? って誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、エミリア・スバル・レムの3人は薪の準備。

火を絶やさない様にする為には必要な事だ。

そして、ラム・ツカサ・ベアトリス・ロズワール・パックは火の番。

 

燃やすモノが有っても、火種が消えてしまってはシャレにならない。

少なくとも、火を扱える魔法使いは必要な訳で、その使い手が2人は確実にいるので。

 

 

「こうも巧みに火のマナを扱える所を見るとね。ワターァシも、王国筆頭と呼ばれて長いけーれど、ツカサ君にその称号を譲りたくなってきた、かーぁもね」

「いえいえ。そんな事無いですって。俺の場合は大体クルル(コイツ)をこき使ってるだけなので」

 

 

火の番をしているのは主にツカサだ。

時折、薪が燃え過ぎず、それでいて適温に保てる範囲で火を絶やさない様にしつつ、ついでに氷漬けにされている暖炉周囲も温めておいて、微調整に微調整を重ね続けてた。

周囲は超寒波で最悪かもしれないが、実に快適な気温、気候が生まれている様な感じだ。

勿論、こいつ、と言ってるクルルの力のおかげ。

 

 

「こういう時の為の、クルル(こいつ)ですから」

「ずーぅいぶんと辛辣に当たる様だ。その様な精霊使い、ワターぁシが知る限り、ツカサ君が初めてだーぁよ」

「………まぁ、何でそんなに? って質問はしないでくださいね。記憶が定かではないですし。……ただ、なんていうか、生理的嫌悪感に似てる感じで」

 

 

上手く言語化出来ない、自分自身の語彙力の無さを嘆きたくなる気持ちではあるが、それでもクルルとの関係性はハッキリと口に出来ない。

これは心からの本心だから、読心術を嗜む者であっても読む事は出来ないのだ。

 

 

「クルルの愛らしさを前になんたる言い草かしら!」

「まぁまぁ、ベティーも落ち着いて。ああ口では悪く言っても、ちゃんと2人は通じ合ってるってボクたちなら解るでしょ? ほら、えっと~~スバルが言ってたヤツ……。アレだよ。【ツンデレ】って言うヤツだよ」

「取り合えず、パックのそれは否定しておきます」

 

 

クルルを心の底から愛でているベアトリスは憤慨。

パックは、そんなベアトリスを諫めつつ―――読心術が効かないからって、結構テキトーな事を言ってて、ツカサがそれを全力で否定した。

 

 

「ふむ。スバル君の言ってたつんでれ……。確かに、ちょぉ~~っと違うかもねーぇ」

「ちょっとじゃないです。デレ? が有りませんから」

 

 

ぶんぶん、と頭を振って拒絶するツカサ。でも、少々加減はしている。

何故なら、自分の膝の上にいるラムに気を使ってるから。

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

いつの間にやら、ツカサに抱き着いていたラムが膝枕にシフトチェンジしているのだ。

軽く頭を撫でて髪を梳いて……色々とやってるんだけど、ここで危機感を口にした。

 

 

「……うーん、ロズワールさん、雇い主、主を前にして ラムってば大丈夫なんですか? 異常気象だから幾らかは目を瞑るにしても……。その辺り、どんな感じです?」

 

 

ラムに対して苦言を……と言う気持ちは勿論あるが、それ以上に心配している。

普段からレムが主流となって屋敷の業務を行っているのだが、ここまでだらけたら如何にロズワールでも、お叱りの1つや2つ、ラムに対してあるのではないか、と思っているから。

 

ラムは、あの毒舌の切れ味から忘れそうになってしまうが、ロズワールに対しては敬愛精神を持っているのだ。ロズワールからの言葉だったらラムにとっては高威力となりうるから……心配だったりするのだ。

 

 

「……ほんっと、ツカサってば優しいよね。こんなに心読んで気持ちよく、気分よく感じるのって、物凄く久しぶり……いや、初めての事かもしれないし、本当に好ましいよ」

「ッ……」

 

 

パックの読心術を忘れていた訳ではないが、こうもストレートに心情を読み、好ましいと言われたら流石に照れてしまう。

ロズワールも少々含み笑いをしながら続けた。

 

 

「ラムは、ワターシが可愛がってる従者の1人。大精霊様と同じく、私も実に好ましい限りだねーぇ。……結論から言うと、ツカサ君。君の心配は無用だ」

「――――と言うと?」

 

 

ツカサは、ラムの頭を撫でていた手を止めて、パックからロズワールの方に視線を移した。

 

 

「ワターシが、ラムに命じているからねーぇ。レムがスバル君専属である様に、ラムはキミ専属の侍女だ。そして、自然体でキミに接する様に、と。可能な範囲内とは言ってあーるが、心を許せる相手足りえるならば、不興を買わなければ如何なる事をしても良い、とも伝えてある」

「……え、えっと、それって……」

「なぁーに。浅はかな考え、浅慮な考えと笑ってくれたまえよツカサ君。キミは白鯨を撃退し、此度王都より褒賞が得られる程の勇の者。現在は王選を控えている。……なるべく、心強い人材は手元に置いておきたい、と考えるのは至極当然の事、だーぁからねーぇ」

 

 

それを今バラしても良いのだろうか? と思わず思ってしまうが……、ツカサに関してはスバルの死に戻りの件は不動、当然として、それ以上にラムやエミリア、レムたちと一緒に居たから、アーラム村の皆とも交流をしてきたから。

今更、別の所に行きたいとは思わないし、思えないから……。

 

 

「そっ。そんなツカサだからこそロズワールは打ち明けたんだろうね。……まぁ、この子があまりにも自由にし過ぎてたら、流石に不自然だからこれ以上黙ってるのもメリット無い、って思ったのもあるかもね」

「んっふっふっふ」

「成る程……。なんというか……その、……恐縮です」

 

 

ラムを宛がってまで、引き留めようとした。

ラムとロズワールの繋がりが強固である事はツカサも解っているからこそ、恐縮し過ぎて萎縮してしまいそうになる。

 

 

あのレムとの死別の件で。選択の余地は無かったかもしれないが、信頼をくれと言って応えてくれた時点で、ラムは心を開いてくれてるとツカサ自身は思っている。

 

 

 

でも―――――だからと言って、ツカサ自身がその心に、心に入っていけるかどうかは別の話なのだ。

今も尚、燻ぶる心の中の闇が、ラムの存在が日に日に大きくなるにつれて、より濃く、深く、確かに存在する深淵の闇が晴れない限り………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時、だった。

薪の追加を取りにいっていたスバルが勢いよく中に入ってきて。

 

 

 

【第1回チキチキ ロズワール邸雪祭りの開催だ!!】

 

 

 

騒いだのは。

 



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張り切って雪像作り

明けまして、おめでとうございます
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

今年もよろしくお願いしますm(_ _)m


 

 

 

現在、村人の全員がロズワール邸へと集合している。

 

無論、招集をかけたのはスバルだが、領主であるロズワールにしっかり承認を得ている。

盛大に執り行うと。

 

 

ただ、村人たちにはこの極寒の地となってらるロズワール邸周辺は辛いのではないか? と危惧をしていたが、それも問題なしで杞憂だ。

全員が事前に催し物について事前にある程度聞いているので(意味はいまいちだが)、しっかり防寒対策はしているから。

更に付け加えて、パック・ベアトリス・クルルの三者が寒波を封じ込めてる結界を少しだけ外側に広げた程度なので、広がった分寒さは抑えられている。

 

それにもしも、危なかったら直ぐに適温である屋敷の結界の外へと退避~と言う注意事項も備えているので、安全対策はバッチリだ。

 

 

そんな安全対策など無意味!

と、思える光景も広がっている。

 

 

 

 

 

 

子供は風の子—————。

 

 

 

 

 

 

開催直前、子供たちが我さきにとやってきて燥いでる姿を見て、スバルがぼそりと呟いたが……、言わんとする意味はツカサにもわかった。

寒さなんてなんのその。風の子なら暑かろうが寒かろうが関係なし。

村で遊ぶのと何ら変わらない、寧ろパワーアップしてる子供たちを見たらよく解る、と言うモノだ。

 

 

そして、予定通りの時刻になるとスバルは手をツカサの方へと差し出し。

 

 

「んじゃ、兄弟。頼むぜ」

「良いよ。取り合えず、スバルの要望通りに出来てる~……と思うかな? でも大丈夫? 頭濡れるし、何より寒いでしょ?」

「こっからホットになるんだぜ! 全く問題ねぇよ!」

 

 

バサッ‼ と羽織ってるマント(の様に見えるジャージの上)を傍目かせて、ツカサにつくてもらったスバルデザインの王冠? それとトーチも雪像で拵えている。全て装備完了でいざ出陣。

 

 

スバルは村人の皆の前に躍り出ると、これまた用意したちょっとした高台の上に立ち、大きく息を吸い込む――――。

皆もスバルが来たのを察し、雑談をしていたのを止めて注目。

あの賑やかな子供たちでさえ空気を読んでスバルに集中した。

 

それを確認した後、スバルは大きく口を上げて宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降り積もる雪が屋敷と心を覆っていきました! 一面、白・白・白の景色! だが、明けない夜は無い様に止まない雪も無いのです! 寒空なんてサヨナラよ! ロズワール邸季節外れの雪祭り!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高らかにそう宣言すると、今度はいつものスバルポーズ(足を横に大きく踏み出し左手を上げて指を掲げるポーズ)

 

 

 

「みんなぁぁぁ!! ニューヨークへ行きたいかぁぁぁ!!?」

「「「――――――……??」」」

 

 

群衆の皆さん、一緒に盛り上がりたい気分ではあるが、如何せんスバルの言う【にゅーよーく】の意味がよく解らない。

それでも、ノってくれるのが子供たち。

別に気にせず、ただただ本能が赴くままに子供一同、両手を大きく上げて―――。

 

 

「「「「おーーーー!!」」」」

 

 

と返した。

それを見たスバルが再び。

 

 

 

「どんな事をしてでも、ニューヨークへ行きたいかぁぁぁ!??」

 

 

 

 

次は、もう皆が一緒に続く。

子供たちが先陣を切ってくれたのに、進まない訳にはいかず、大人たちも意味はそっちのけで、大きく腹の底から、寒さを吹き飛ばす様に。

 

 

 

【おおおおおおお!!】

 

 

 

 

と、勇ましく返事。

場の盛り上がりは増しに増し、まさに熱気渦巻く。

 

 

「にゅーよーく、ってなに?」

「スバルの故郷にあった町なんだって!」

「あいとよくぼーがうずまく町なんだって!」

「うずまき~~~~!!」

 

 

子供たち限定で、(と言うか、最初に根掘り葉掘りスバルから聞いた)ニューヨークの名の意味は教えて貰ってる子供たち。

でも、幾らなんでも……と、大きくため息を吐くのはツカサだ。

 

 

「子供になんて単語教えるんだよ、スバル……。愛と欲望って。オイ」

 

 

ビシッ! と思わずツッコミを入れる~~~が、スバルには当然聞こえない。

何故なら、結構離れているから。

 

 

「ツカサも気になるかしら? バルスのような欲に忠実な男が愛と欲望が渦巻く、と言う程の魔窟よ。つまりツカサの男の性が疼くというもの、と言えるわね。………ハッ」

「自分で言っといて、鼻で笑うのヤメテよラム。そもそも、気になるも何もスバルの話は、半分以下でしか聞いてないから、そこまでキョーミ持てなかったよ」

 

 

両手を広げて、首をぶんぶん、と振ってるツカサに対し――――。

 

 

「ほらほらほらぁぁ、兄弟もノリにのって!! ニューヨークへ行きたいかぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

地獄耳か? いやいや、さっきのツッコミ声は完全に聞こえてなかった筈なのに、何故今のが聞こえているのか。

 

兎にも角にも、皆の視線が一気に集まってる。

そんな場面で、スバルの話は半分以下~とテンションを下げる様な空気読めない解答をする訳にはいかず。

 

 

「お、おおおお!!」

「きゅきゅ~~~!!」

 

 

取り合えず、肩に乗ってるクルルに手を伸ばし、むんずっ!! とひっつかむと、スバルに倣って右手を掲げて大きく声を出した。

 

クルルも結構雑に扱われたのだが、気分よく、鳴き声と共に右手を挙げて、更には自分の額の紅玉を光らせてサンシャイン! な演出まで追加。

アドリブで無理矢理な筈なのに、ここまで盛り上げるさまは、まさにエンターテイナー。

 

 

【うおおおおお!!!】

 

 

その光景が妙に神秘的だったらしく、場の盛り上がりが更に増した。

 

 

「さぁさぁ、我が自慢の兄弟も今日と言う日を寝ずに楽しみに待ち続けて疲れて、最後は女中の胸の中! 夜はハッスル×100 男の性! うらやまけしからん! と思う事なかれ! その鬱憤を今日と言う日に全てぶつけよう!!」

「(だーかーーーら!! 子供の前で何言ってんだ! つーか、冤罪どころか捏造だ!!)」

 

 

と、言いたいが取り合えず何も気にせず盛り上がってるようなので、どうにか堪える。

 

 

「なるほど。色々と溜まっている、という事ね」

「なんでこういう時だけ、スバルに乗っちゃうのかなぁ、ラムさんは!」

 

 

にやり、と妖艶に微笑むラム。

寒さで? 頬が朱色になってるラム。

何処となく捕食者な雰囲気を醸し出すラム。

異性として考えても、非常に魅力的な筈、普段から自画自賛している様に、十分過ぎる程美少女の分類に入る筈なのに……。

 

 

 

―————やっぱしちょっぴり怖い。

 

 

 

それは兎も角として。

 

 

「さぁ、今からルール説明! っつっても、いたってシンプル! あ、簡単、って意味な? 皆で雪像を作って、独創性と創造力を競い合う! 優勝者には豪華景品も用意してるからなぁ!」

「えー、にゅーよーく行けるの!?」

「あ~~、期待させちゃって悪いがそれはちょっと遠すぎる! 無理だ! けど、ニューヨークに勝るとも劣らない、素晴らしい優勝賞品を用意したからな! さぁさぁ、優勝目指して、頑張ってくれぃ!」

 

【おおおおおおお!!!】

 

 

流石に異世界からやってきたスバルの故郷にご招待するのは無理がある。

どうやってやってきたのかもわからない現状だから。

それはそれとして、第1回チキチキ ロズワール邸雪まつり! の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、この異常気象を逆手にとって、お祭りにしちゃうなんて……やっぱし、スバルの発想力と言うか想像力と言うか、いろいろ規格外と言うか……その、うん。すごい! ただただすごい、って単語しか浮かばないや」

「どーかんどーかん。僕としてもまさかの一言だよ。発魔期の僕の力で村の皆と遊ぶ~、なんて発想。スバルくらいしか持ちえないと思うよ? ツカサも出来なかったみたいだしね」

「いや、オレ基準にしたり、比べられたりしても困りますって。そっち方面でスバルと競ってませんし、敵う気もしません」

 

人には得手不得手と言うモノが存在する。

スバルの突拍子も無く奇抜で、それでいて合理性もあって、そんなアイディアを湯水の様に連想させるのは最早一種の才能だ。

到底真似出来る物じゃないし、出来るとも思っていない。

 

 

「当然ね。ツカサがバルスの真似をするなんて、このラムが許さないわ」

「言うと思った。しないし、出来ないから安心してってば。それより、ラムはどんな雪像作るの?」

「………もう決めてるわ」

 

 

ラムは少しだけ考えるそぶりを見せると、何だか晴れ晴れとした様子、何かを決心した様子で前を見据えていた。

そして、それだけ答えると歩み始める。

一体、どこへ到着するのかはわからないが……。

 

 

「何だか嫌な予感がする――――」

「……変なトコで読心術使わないでください」

 

 

いつの間にか、頭上へとやってきていたパックが、ツカサの心情を呟く。

明らかに楽しんでるこの猫精霊に苦言を呈しながら、ツカサも予定通りスバルの方へ向かうのだった。

 

 

「どーせ隠せないならお祭り騒ぎにしちまえば良い作戦! バッチリだよね、エミリアたん!」

「ふふっ。私もシャカリキ頑張ってすごいの作るからね!」

「しゃかりきって、今日日聞かねーなぁ……」

 

 

エミリアとスバルが楽しそうにしている所悪いんだけど……、一応景品的な仕事もツカサは任されていたので、その再確認の為スバルとエミリアの下へ。

 

 

「仲良しさんな所ごめんね、取り合えず、クルルに頑張って貰って景品用のちょっとした玉作成できたよスバル。何の特殊な効果も無いけど、これで良い?」

「良すぎるな!! それ!!」

「わぁぁ、すごーく綺麗……。クルルの額の石と一緒だね? 大変だったんじゃないの?」

 

 

ひょい、っとスバルに投げ渡した石は、エミリアが言う様にクルルの額で光ってるルビーの宝石……のソレに近い輝きを発している。

でも、それは太陽光などが反射して光ってる様に見えるだけで、別にクルルの様に魔法を発動させたりしている訳ではない。

分類上はただの石、と言う事になるんだが……。

 

 

「宝石商も真っ青だよ、兄弟! コレ、店出したら一生安泰どころか、超大金持ちになんじゃねっ!?」

 

 

高価なモノ、超高級宝石を手渡されてスバルは思わず声が裏返る。傷でもつけたら大変だ。

幾ら見た目中身共に高校生で、セレブな生活している訳じゃなかったスバルでも、宝石の希少価値くらいは想像は出来るのだ。

 

これをエミリアにプレゼントした日には―――――、と妄想がはかどる。

 

 

 

「絶対ヤダ。無から有を作るのって相当しんどいみたいで、気軽な気持ちでやってみたんだけど…………」

 

 

 

ツカサはひょい、とクルルをつまみ上げて続ける。

 

 

「メチャクチャ疲れました」

「きゅきゅきゅ~~~」

「お、おう。ごくろうさまでした? なんかスマン……」

「や。折角のお祭りだし、なんとか頑張ってみたよ。スバルだって豪華景品用意したんでしょ? 毎日毎日何度も何度も~って感じなお祭りって訳じゃないし、頑張れるよ。でも、商売は絶対ヤダ」

 

 

そう言って笑うツカサを見て、スバルは引き攣った笑みを浮かべた。

確かに、豪華景品を謡った。それも盛大に。でも、どう考えてもツカサの宝玉(それ)に比べたら霞む。霞むどころじゃなく、掻き消える。

この世界じゃ多分絶対に手に入らないモノではあるが、それでも――――――――。

 

 

「あ、なるほど! つまり、ツカサはラムにプレゼントする為にも、あまり増やしたくない、って事でしょ? それ、すごーく良いって思うの」

「え?」

「!」

 

 

エミリアの言葉に首を傾けるツカサ。

スバルはスバルで、身体に電流が走った様に痺れあがる。

 

確かに、異性に宝石プレゼント~なんて、男の甲斐性。男の格が上がりそうなイベント逃したくない。高飛車なお嬢様キャラでもない限り、宝石渡されて嫌な顔しないだろう。

 

そして何より、エミリアになら絶対に似合う筈だ。

 

ぜひとも、今後に起るであろうイベントを成功させるためにも、何より直近でデートイベントもある。明らかに乗り気じゃなかったエミリアの様子は、パックの発魔期のせいだと分かった今! 全てが終わった後のデートイベントにて、トゥルーエンド、ハッピーエンドを迎えるためにも………。

 

 

「兄弟。ここはひとつ商談を――――」

「だからヤダってば。色々な事が控えてるのに、あまり力使い過ぎたくない。……スバルにも解ってもらえると思うんだけど?」

「はい……。重々承知しておりまする……」

 

 

スバルの願いも脱無しく、ツカサに一蹴されてしまった。

それにバトルパートに関しては完全なお荷物である、と自覚してツカサに物凄く世話になっているのも自覚してるので、直ぐに頷いた。情けない感MAXな気分だけど、間違いなくエミリア陣営最強格の男を自分の甲斐性の無さで消耗させる訳にはいかないだろう。………普通に。

 

 

「………でも、そっか。ラムにっていうのは」

 

 

項垂れてるスバルをしり目にツカサはボソリと呟いた。

何かをプレゼントする、なんて事は今までやってないし、考えた事も無かった。

スバルの雪まつりの景品~と言う名目で軽い気持ちで考えてやってみて、大変な目に合ったけれど……、急拵えだったからと言う理由もあるし、それなりに時間をかければ行けるのではないだろうか? と考えたのだ。

 

そして、勿論プレゼントを上げる対象を考えてみれば――――。

 

 

 

「ふふふっ。すごーく仲良しだもんね」

 

 

 

エミリアの言う通り。

顔が赤くなり、熱くなるのを実感しつつ……自分の中に確かにある()の部分もしっかり見据えつつ………、ツカサは頬を指先で搔きながら小さくうなずいてみせるのだった。

 

 

「お? そーいやぁ……」

 

 

取り合えず、エミリアプレゼントは自力で、そもそも今回のデート? では別に考えていた事もあるし、今更感あるが、あまり頼るのも情けないので、と気を取り直し皆の様子を見て回ろう――――と考えた時、1つ思い出した。

 

 

「ちょいと兄弟失礼! オレ、野暮用思い出したから、任せて良い?」

「うん? 問題ないよ。一応、オレも審査員の1人になってるからね」

「っしゃ。よろしく頼んだ!」

 

 

スバルはそういうと、ロズワール邸へと入っていった。

それを見送るツカサと困惑するエミリア。

暫く考えて考えて、それでも解らなかったのでエミリアはツカサに聞く。

 

 

「ツカサ。スバルどうしたんだろう? 皆の事審査する、ってすごーく意気込んでたのに。見てなくて大丈夫なのかな? あ、見るのは完成したのだけって事? でも皆が頑張って作ってる姿も見るべきって私は思うな」

「スバルはきっと呼びに行ったんだと思うよ? ほんの少しでも、スバルの方が遅かったら、オレが行こう、って思ってたから」

「え? それって―――」

「あははっ。直ぐに解るよ。きっとスバルの事だから、余計な事までして――――」

 

 

ツカサが解説するまでもない。

エミリアもスバルが向かった先に心当たりがあった。直ぐに答えを導き出せた筈だった。

 

でも、ツカサが解説するよりも、エミリアが自力で答えを導き出すよりも早くに―――。

 

 

「ぷろびっしべすっ!??」

 

 

ロズワール邸の一室、窓から盛大にスバルが落ちてきたのである。

 

 

「あーーー! スバルがふってきた!」

「ゆきと一緒におちてきた!!」

「しろい恐怖を知るがいい!! そりゃーーー! 皆こうげきだーー!」

 

 

目立つ子供たちの制作場に落ちてしまったので、今度は雪合戦に巻き込まれるスバル。

 

 

 

「ベアトリスさんを呼びに行った、でも余計な事して追い出された、って所じゃないかな?」

「ふふふっ。スバルならすごーくありそう! ………でも、ベアトリスの事もしっかり考えてくれてるスバルってやっぱりすごーく優しい」

「だね。………ん」

 

 

ツカサは、ゆっくりと手を翳して小さな風を生み出す。

その風は、ツカサの身体を包み込むと、ゆっくりと浮上させた。

 

 

「ツカサ?」

「ベアトリスさんはきっと断ったと思うけど、やっぱり皆で雪まつりを楽しみたいからさ? オレも何とか誘い出してみるよ」

 

 

そう言うと、ツカサは軽く手を振って開けっ放しになってる部屋の窓の方へと向かった。

そんな後ろ姿を見たエミリアは、目を細めながら微笑む。

 

 

「そう。ツカサも一緒。すごーく優しい」

 

 

花開く笑顔を向けて、ツカサを見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく! アイツはほんとトンデモないヤツかしら!」

 

窓の外を見下ろし、頬を膨らませているのはベアトリス。

口では怒っていても、その表情は何処か穏やかにも見えた。

 

 

「あはは……。やっぱり、スバル余計な事した?」

「余計どころの話じゃないのよ。このベティーの頭に雪の塊をのせてきたかしら! 侮辱するのにも限度ってものがあるのよ!」

「侮辱……と言うより、スバルはベアトリスさんとも遊びたかったんだと思うよ。……大人ぶってても、何処か子供っぽくて。村の子供たちと遊ぶ時なんか顕著に表れてて。やっぱり皆で遊ぶ方が楽しいって思うから」

「お前も人の事言える立場かしら? 物凄くブーメランで、頭に突き刺さってるのよ。この屋敷中を子供と駆け回ってたヤツがどの口で言えるのかしら」

「―――それは……ごもっともな事で」

 

 

以前、屋敷の中で追いかけっこをして遊んだ事が確かに在った。

最初はいくら何でも―――と思ったが、ロズワールは笑って許可を出したし、その日はスバルも下男の仕事休みだとかで、思いっきり遊びに付き合わされて巻き込まれた。

 

ラムには色々と苦言を貰い、レムはレムで子供と遊ぶスバルが可愛いと頬を緩め―――間違いなく平和で幸せな空間が出来上がっていたが、ベアトリスの指摘通りなので、ツカサは何も言えず。

 

 

 

「まぁ、だからこそ、かな?」

「?? 何がかしら」

「オレもスバルと同じ。ベアトリスさんとも遊びたいな、って。一緒に参加してほしいかな、って思ってるよ」

「…………」

 

 

ツカサの言葉にベアトリスは言葉に詰まる。

その間に、ツカサの肩からひょい、と跳び出したクルルがベアトリスの頭の上に乗った。

 

 

「きゅきゅぃ」

「クルルも、だって」

「あ、ボクも同意見だよ。ちょっと乗り遅れちゃったけどね」

 

 

次にパックもやってきた。

間違いなく好意的な精霊二匹。ニンゲンの中でも好印象のツカサから誘われていて、ベアトリスは黙っていられる訳もない。

 

 

「クルル……、にーちゃ………。むぅ」

 

 

そして、ベアトリスはゆっくりとした動作で踵を返し、部屋の外へ。

基本的に禁書庫から動こうとしないベアトリスが外に出る時は、食事時くらい。クルルやパックと遊ぶ時も禁書庫の中で済ますので、今このタイミングで外に出ると言う事は、それ即ち―――。

 

 

「やったね」

「ええ。やりました」

「きゅきゅっ!」

 

 

一緒に参加してくれる、と言う意思表示。

パックもエミリア至上主義な所は当然あるが、それでもベアトリスの事は妹分として気にかけている。だからこそ、面倒を見ようとしてくれてるスバルは勿論、純粋に好意的に裏表なく接してくれてるツカサにも好印象―――どころか感謝をしたいくらいだ。

 

パック、クルル、ツカサの2匹と1人は、それぞれハイタッチを交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪像作りも徐々に形が整えられて行ってるのが見て解る。

特別審査員枠であるツカサも気合を入れてみなければならない、と襟を正した。

 

 

「城や鎧……凄いなぁ。雪でああも上手く造形が出来るなんて」

 

 

そしてその1つ1つのクオリティーの高さにツカサは驚いていた。

芸術性、創造性……多分どれも自分には難しそうなので審査員側で良かった、と何処か安心したりもしている。

 

スバルはこの手のお題は以前のらじーお体操のパック&クルルハンコで証明しているので、最後の砦として出場しても良かったのでは? とも思ったりしていると―――。

 

 

「寒いだけに喉元過ぎれば熱さ忘れる、ってかぁ!? 笑えねぇよぉぉ!!」

 

 

ちょこっと離れていても直ぐ解る大きな声が響いてきた。

 

勿論それはスバルのモノで、一際大きな雪像の前で絶叫している。

それは遠目からでも何を作ったのかはっきりわかるモノで……。

 

 

「これってウルガルム?」

「はい! ツカサ様。自信作です」

「あ、こちらもご覧ください。偏ってしまうのはどうかと思いましたが、想像以上の出来になったかと思われます」

 

 

グッと力を入れる村の青年団のお二方。2人が選んだモチーフは動物。

動物―――と言うか、魔獣だ。

1匹はツカサが言った通りウルガルム。

忘れる筈もない。何せ森の中でやり合った事があるし、スバルが腰を抜かしてしまってる意味も解る。死にかけたのだから当然だろう。幾らやり直せる力を持っていたとしても、死が安くなるわけでもないので気持ちは解る。

死ぬほど、死ぬよりキツイ目にあってるツカサなら猶更だ。

 

そして、もう1匹は……。

 

 

「確か、これって……」

「私自慢の作品。ギルティ・ラウです!」

 

 

あの魔獣使いが乗っていた魔獣だ。獅子、馬、蛇と言ったいろんなモノを組み合わせた様な魔獣。どっちも良い思い出ではないのは確かだ。

 

 

「出来はスゲーし! インパクト重視なのも〇! でも、心の傷がガッツリえぐられる配慮はマイナス点! なので残念ながら7点です!」

「10点中7点だからそれなりには高得点って事かな? うーん……、それにしてもこんな立派な雪像になっちゃって、……こいつら、あっという間にやっつけちゃったからちょっと悪かったかなぁ、って思っちゃうかな……」

「悪く思わなくて良いから! 魔獣だから! やっちゃってくれてなかったら、オレは勿論、連帯で兄弟もメッチャやばかったから!!」

 

 

ギルティラウは燃やして、最後にウルガルムもツカサ、ラム、レム(ついでにスバル)でフルボッコにした。

選んだ魔獣が岩豚であったなら、少なくともあの2匹よりは大変だった、と思えなくもないが……ある意味あの2種の魔獣も不憫である。

 

 

 

 

 

 

そして、合流したスバルとツカサは改めて各作品を眺めていて―――1つのこれまた異色な作品に出合った。

もうその作品はスッポリとシーツ? に覆われていてぱっと見は解らず、他の城や鎧、先ほどの魔獣の造形達と殆ど変わらない作品だと言えるが、何より作者が際立ってる。

 

 

 

「――――」

「あら、ツカサ。遅かったわね」

 

 

そこにはラムの姿がある。

そして、無論ラム1人ではない。レムの姿もそこにはあった。

 

 

「これはレムと姉様の姉妹合作の雪像です!」

 

 

2人で力を合わせて完成させたとのこと。

 

 

「いや、めちゃデカいな、これ。さっきの魔獣よりもデカい……と言うより、幅広くないか? ひょっとしてレムと姉様、2人2つずつ、仲良く並んで作った、って感じか?」

「あらバルスも居たの。存在を認識するのに時間がかかってしまったわ」

「存外な扱いしてくれんなぁ、姉様。つーか、オレ兄弟の前に立ってんだけど?」

「学の無いバルスでも、ラムとレムの超芸術的作品に引き寄せられてきた、と言う事ね。ええ。納得だわ」

「聞いちゃいねーな……」

 

 

それはそれとして、確かに気になる出来と言えばそうだ。全容がはっきりしない点も、興味をそそられるポイントになってる。

 

 

「レムは嬉しいです。姉様とどうしても参加して遊びたかったですから」

「ははぁ、だから力が入って大きく仕上がった、と」

「はい!」

「レムとラム、2人の技術と姉妹愛を結集した自信作よ。ロズワール様からも高得点を得られたわ。恐れおののくが良いわ、バルス」

「なんでオレだけに攻撃的なの!? そろそろやめてくれない!? こう見えてもオレ審査員だからね!? 心象悪いと高得点に望めないよ!?」

「ま、まーまー。それでこれ、見せてもらっても良い? 一応、ロズワールさんとスバル、ムラオサの3人とオレが特別枠の審査員だから。拝見させてもらうよ?」

「ふふ。さぁ見てみるが良いわ」

 

 

ラムは自身満々にわざわざ風の魔法を使って色々と演出して、シーツをめくって見せた。

 

 

「これが、姉様の指示とレムの微力によって出来あがった最高傑作です!」

 

 

レムの一言により、ラムは殆ど何もしてない事が判明したのだが……、それ以上にこの作品に目を奪われてコメントが出てこなかった。

スバルは思いっきり目を見開き、顔を引き攣らせてる。

ツカサはツカサで、放心状態。

 

それも仕方がない。

 

 

「おーやおや。君たちもラムとレムの力作を見に来たようだねーぇ」

 

 

そこへまるで見計らったかの様にロズワールもやってくる。

とんでもない力作を高評する様に。

 

 

 

 

 

それは寝そべってるスバルの背にツカサが乗り、何やら指を指している構図。

 

 

 

 

 

まるでスバルが空を飛んで、その背にツカサが乗って大空へ飛び立つ構図……に見えなくもない。

 

 

 

「いや、そんな上等なもんじゃねーだろこれぇぇぇぇぇぇえぇ!!」

 

 

 

 

そしてスバルの慟哭が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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雪の記憶

結構長くなっちゃいましたが、この話にてメモリースノー編は終了です!m(__)mm(__)m


 

 

 

「凄かったね。あの雪兎の雪像……。まさに優勝って感じだったよ」

「………まぁそうだな、すごかったな」

「?? 歯切れ悪いねスバル。(と言うか棒読み?) 人一倍はしゃぎそうな気がするんだけど、妙に大人しかったし、何かあるの?」

「べっつにー……」

 

 

 

 

第1回チキチキな雪まつりは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

今大会の優勝は、雪兎の雪像を作った【ペトラ】に決まった。

審査員全員が盤上一致で決定だ。

 

 

その出来は、凡そ雪像とは思えない、と言うより生き物を象ったとも思えない程に細部が細かく仕上がっており、今にも動き出しそうな装いは、まるで雪に命を吹き込んだかの様だ。

でも、生き物とも思えないので命を吹き込む~と言う表現は聊か語弊がありそうだが気にしない。

 

 

因みに、見事と言うのであれば、レムとラム、そして村の子供たちが拵えた【スバル】や【ツカサ】の像も上手く出来ていると言えるのだが、更に1段階、否2段階は上だと言わざるを得ない。

ありとあらゆる部分を曲線ではなく直角に表現したあの出来、ロズワールもベタ褒めする程だ。

 

 

「ふん。バルスの要素さえなければ、だわ。このラムとレム、姉妹愛と技術を結晶させたあの像の負けは皆無だった筈よ」

「審査員がオレって解ってた癖に、オレを踏みつけた雪像作るとか、配慮無さすぎるのにも限度ってもんがあるだろっ!? どこの世界に審査員の1人にケンカ売る様なの作るってんだよ!」

「ハッ。バルスごときに売る物なんて何も無いわ。どうしても、と懇願すると言うのなら考えて上げなくもないかしらね」

「嫌ですーー!!」

 

 

毒を吐くラムだったが、真っ向から言い返すスバル。

レムの構想、頭の中ではスバルが縁の下の力持ち~と言った感じで皆を支える! をコンセプトに、巨大な力を持つツカサが敵を屠る! だったのだが、アレはどう見ても背中と頭に足が設置してる時点でそう判断するのは難しい。

どう見てもツカサがスバルを踏みつけている。百歩譲ってスバルで空を飛ぼうとしている? 場面だ。……そんな場面起こりえないが。

 

それに聞けば、ラムたっての希望で最終的なあのポーズになったのだから、レムは否定できないし、アレこそが至高の出来だと信じて疑わないので、性質が悪いのにも限度がある。悪意の塊だろう。

 

 

「でもでも、姉様は特別賞を受賞出来た訳ですし!」

「……ええ。そうね。まぁ、当然と言えば当然。その審査員はまともだっただけのこと」

 

 

そう言うと、懐から取り出したのはネックレス状にして首から下げている薄赤色の石。

まるでラムの桃色の髪の様な色合いの石で、それこそがツカサからの特別賞。

 

 

「全く、俺の優勝賞品が掠んじゃうじゃねーかよ、兄弟!」

「いや、(アレ)はクルルに完全に任せた石で、そんな大したものじゃないと思うよ? 皆で楽しく吹雪を超えようが本当の目的だし、そこまで良いのじゃなくても良いかな? って思ってたけど……、正直、あのくらいで良いのかな……? って思っちゃった程で……」

「いやいや、あんな綺麗なの殆ど宝石だから! クルルの額で光ってるヤツみたいだったから! 優勝賞品がお菓子で、審査員賞が宝石とか、どんだけの格差!? 暴動が起きかねぇぞ!?」

 

 

優勝賞品は、スバルの世界から持ってきたという【コンポタ】と言うお菓子。

そして審査員(ツカサ)賞は、スバルが言う通り宝石。

 

確かに、格差が惨い……と思わなくもないが。

 

 

「ペトラも皆、嬉しそうに楽しそうに食べてたから大丈夫大丈夫。それに……、たまたまこの賞は公にせずに授与したから、皆も何を貰ったか解らないって事になってたし」

「……まぁ、不機嫌なラムを宥める為に、やった、って感がにじみ出てたけどな」

 

 

優勝を逃したラムの様子は確かに明白だった。

私は不機嫌です。と言葉にせずともハッキリ伝わる程で、正直ツカサの賞も身内贔屓が否めないけど、ラムの機嫌が良くなったのと個別授与だった事も合わさって結果オーライなのだ。

 

 

「む~~~、私の出来もすごーく良いって思ったのに。点数が9点なんて! ベアトリスなんて7点よ? すごーく不服」

 

 

そして、直ぐ横でラムとはまた違った意味で不機嫌です! を体現しているのはエミリアだ。

3人が10点満点で採点している今回の大会。

エミリア9点、ベアトリス7点と言う事は平均3点以下な2人。

残念な出来、と言う事になる。ベアトリスも不満で不服なのか解らないが、評価後はさっさと戻ってしまった。

 

でも、ベアトリスは兎も角、あのエミリア大好き人間なスバルも辛辣な点をつける程の出来だった、と言う訳だから相当なモノだと言える。

 

 

「今回の催し者はリアとベティーにはちょっと難しかったから仕方ないよ。芸術性を追求すれば、ひょっとしたら一発逆転、が有ったかもしれないけどねぇ……」

「きゅきゅ~~」

「ってほらほら、クルルだって慰めてるし、モデルのパックだってそう言ってるんだからエミリアたんもそろそろ機嫌直して~。やっぱりほら、厳正かつ公平に、が審査の原則だからさ? 芸術性より、より被写体に似る様に作成する方がポイントが高い訳で……」

 

 

エミリアが拵えたのはパックの石像。

でも、そのパック(疑)の雪像は、とうの本人が横に並んでいても解らない程の《めい(・・)作》だった。

物凄く垂れた口と目。潰れた餅の様な顔。猫の造形とは思えない何処か別の星から来た様な生物……。似通ってるのは片耳が垂れてる部分だけ……と、失礼ながら言いたくなる。

いつもはエミリアの頭上はパックの定位置なのだけど、今はクルルがぴょこんっ、と飛び乗ってエミリアの頭を撫でている。

癒される場面で、実にほのぼのとしているのだけど、当のエミリアはまだ納得いってない様にプリプリしている。

 

 

「ええー! でもこのパック、ちょっとだけ大味かもだけど、すごーーく似てる出来だったでしょ?」

「怒るエミリアたんもかわいい~~~~けど、この件に関しては……。えっと、その辺、モデルなパックさん。コメントはどうでしょ?」

 

 

エミリアの事はなんでも愛す! となるスバル。

完全に丸投げである。

 

 

「んっん~~、リアの目にボクがどう映ってるのか怖くなっちゃうけど。アレだよ。普通の人には芸術過ぎて理解出来なかったんだと思うよね~」

「きゅっ、きゅきゅっ! きゅーきゅー!」

「クルルもまた次頑張れば良い、ってさ。今日で採点方式解ったでしょ? って。後他の人も凄かったから~って」

「そっか……。そうだよね。次頑張れば……か。うん、確かに優勝したあの子の作品も、ラムとレムの作品も凄かったもんね」

「流石パックさん、それにクルルも。まさに100点満点の回答です。……まぁ、クルルはきゅーしか言ってないから、パックの捏造って事も有りえるが」

「失礼しちゃうにゃ~。そんな訳にゃいじゃん」

「きゅんっ!」

 

 

何とかエミリアも納得? してくれてる感じがしているのでヨシとしよう。

この手の評価点は、万人が納得するようなモノではないので難しい事極まれりなのだから、エミリアにもその辺りを学んでいってもらえれば良いと思う。

 

 

「ツカサくんツカサくん」

「ん?」

 

 

そんな時、レムに呼ばれたツカサは振り返った。

そして、耳打ちする。

 

 

「姉様へのプレゼントをありがとうございます」

 

 

レムから耳打ちされたそれは、姉に対する礼の言葉だった。

でも、ツカサはこれこそちょっと不服気味。プレゼント、ではなくつかみ取ったモノだから。スバル風に言う賄賂や袖の下~と言う訳じゃない。

 

 

「いやいや、レムとラムの2人の実力だよ。こればっかりは贔屓って思われるかもしれないけど、出来はロズワールさんやムラオサ、スバルだって評価してたしね? 優勝こそ出来なかったかもだけど、十分。……でも、2人の合作だから正直2人に用意したかったんだけど、クルルが短期間じゃ無理だって文句言ってて……」

 

 

そして最も不服なのは賞品の件。

結果的にラムにだけ授与となったのがツカサにとっての不服だ。

そもそも、あの作品は姉妹の合作~と銘打っているが、殆どレムの力作。ラムは横から指示していただけ、と言う話も上がってきてるので。

 

でも、レムはそんな事は全く気にならない様で、ただただ笑顔で応える。

 

 

「いいえ。レムは姉様のあの素敵な笑顔が見れただけで十分満たされてます! それでも足りない、と思ったらスバル君の今日の寝顔で補いますよ!」

「……あ、あはははは。それは良かった……ケド、寝顔云々はスバルと交渉してね?」

「はいっ」

 

 

レムの場合、スバルを起こすという重大かつ重要な仕事を任されている為、交渉以前に道は整えられているので、無駄な事なのだ。

でも、スバルにとって良い事か? と問われれば間違いなく複雑かつ恥ずかしい事なので、一応ツカサがそう言っただけに過ぎない。

 

それに―――――。

 

 

「…………」

 

 

微笑みながらあの赤石を眺めてるラムを見たら、何だかツカサ自身もスバルと同じ様に恥ずかしくなってくるのである。

色々見られたり触られたりしてるのはお互い様なので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の打ち上げ兼宴会。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大成功を収めたパックの発魔期対応+雪祭りを記念・祝して盛大に執り行おう! とスバルの計らいでロズワールからも許可を得て、合成な食事・ワイン等をどんどん取り出して並べた。

 

 

「ええ~~、本日はロズワール邸雪まつりにご参加、ありがとうございました! そしてお疲れ様でした!」

 

 

勿論、その音頭をとるのはスバルだ。

発案者であり、結果まで出したのだから、主役だと言って良い。

 

 

「俺もなんだかんだで楽しかった! 来年パックがまた発魔期になったら、その時はまた雪祭りを! 今度はもっと派手にやろう! ――――って事で」

 

 

スバルはグラスを高く上げて乾杯宣言。

勿論、皆それに乗って唱和した。

 

 

「カンパイ!」

【カンパ~イ!】

 

 

これは今日の大成功を記念した打ち上げ。

主も使用人も分け隔てなく、皆で1つになって盛り上がる。

 

御馳走を前に、スバルは勢いよく腹の中にかきこむ。

パックは、何故かティーカップの中で寛いでいる。どうやら、カップの中には酒が入っていて、所謂酒風呂を楽しんでる様だ。

クルルは、そんなパックの横でビスケットをサクサクサク、と小刻みに噛んで食む。幸せそうに、美味しそうに。

愛玩動物と言っても全然イケル2匹の精霊の姿は、見る者を魅了すると言って良い。

 

と言っても、目を輝かせているのは直ぐ隣のベアトリスだけなのだが。

 

 

「ラム、今日はお疲れ様~~~……って」

 

 

ツカサも、グラスを片手に、料理を皿に盛りつけつつ、ラムの所へと足を運んで……ちょっぴり絶句。

何せ、もうラムの前のテーブルには、さっき乾杯をしたばかりだというのに、空き瓶が2本程あるから。……勿論、それで終わりな訳はなく、次の酒瓶を、ワインを開ける開ける。

 

 

「ぺ、ペースが速いんじゃない? 大丈夫?」

「問題ないわ。鍛え方が違うのよ」

 

 

顔色を一切変える事の無いラムは一息でグラスの中身を飲み干した。

そして、視線でツカサに飲む様に促す。ツカサ自身は口をつけた程度だったんだけど、致し方なし、とラムに倣ってグラスの中身が半分になるくらいには飲んだ。

 

まだ飲み干してないけれど、一先ず口を離し、今度はニコリと微笑むと、ラムの空いたワイングラスを取って注ぎこむ。

 

 

「何だかんだ言って、ラムも参加してくれて凄く嬉しかった。ありがとう」

「礼を言われる様な事じゃないわ。ラム自身がラムの意思で参加をしたかった。だから参加した。それだけの事よ」

「ふふ。でも、言いたいから、だから俺の意思で勝手に言わせてもらうね?」

「……好きにすると良いわ。存分にラムを崇め奉りなさい」

「はは~~、ラム様ありがたや~ありがたや~~」

「ん。……ん?」

 

 

あれ? ツカサはこんな感じの受け答えだったっけ? とラムは一瞬違和感を覚え、改めてツカサの顔を見た。

その顔は普段のソレとは全く違っていて――――。

 

 

「もう酔ったのかしら?」

 

 

まだ自分のグラスの半分も減っていない様だが、ツカサの様子を見る限り、十中八九間違いない、と思うのは仕方がない。

 

 

「いいや、酔ってない酔ってない。オットーにも、オレ酒強いって言ってたようだし。これくらいじゃ全然酔ってないよ」

「そう?」

 

 

くいっ、と残ったグラスを空けるツカサ。

益々赤みを帯びるその顔。

千鳥足~こそにはならないが、身体が左右にゆっくりと揺れてる様な気もする。

いつも気を引き締めてる様子のその表情が綻び、ふにゃりと崩れている。

スバルがよく近くに居るからか、色々と比較してしまって大人びている風貌にいつも見えていたのだが、今は年相応な顔に……、否 幼くも見える。

 

そして、こんな機会は早々あるもんじゃない、とラムは揶揄いたい衝動に苛まれ~~~一瞬も我慢せずに行動に移した。

 

 

「ツカサ。こっちに来て座りなさい」

「んっん~~? りょーかい」

 

 

100%間違いない、と思いつつ、ラムはツカサを椅子に座らせた。

 

 

「えっと、どしたの? ラム??」

 

 

赤くなって、顔を緩ませてるツカサは、ニコニコと笑いながらラムの顔を見た。

普段の笑顔とはまた違うその顔を見れて、ラムは何処かご満悦。

そして、いつもはツカサに甘やかされてる場面が多いと思ったラムは。

 

 

「今日は、ツカサこそがお疲れ様よ。バルスの面倒を見るのはそれこそ面倒だった筈。ラムからの労わりを受け取りなさい」

 

 

ツカサの頬を摩り、軈て頭を撫でた。

ラムの身長でもツカサを撫でる事が出来る様に……椅子に座らせたのである。

 

 

「?? おれ、がんばったのかな? ほんとに??」

「…………」

 

 

きょとん、とするその姿は、あまりにも無防備なツカサ。

 

 

「ええ。よく頑張ったわ。流石はラムのツカサ(・・・・・・)ね」

 

 

どさくさに紛れて、そんな事を言ってみたかったり。

頭を摩ってみると、その感触は何とも形容しがたく……、心地良い。レムを撫でる、撫でられる時とはまた違った多幸感が、達成感に似た何かもラムの中で芽生えつつあった。

或いは無償の愛に似た感覚なのかもしれない。……ただ、ラムはこれでもか! と見返りを求めたい気持ちが有るので、その境地にまで至っていないと断言はできる。

あくまで、似た感覚、とだけ。

 

当のツカサはラムの言葉を細かに聞き取れるだけの脳の働きは出来てないらしく。

 

 

「そっか~~。それはよかったよ。うれしいっ。みんなと仲良く、いつまでも、仲良く、いっしょに」

「ええ。それは叶うわ。ただ、1つだけ条件があるわよ」

「うん? なーに? ラム」

「今後、お酒を飲むときは必ずラムの直ぐ近くに居る事。約束しなさい」

 

 

確実に大物になる男であるツカサ。

こういった場面は幾つも今後体験していくことだろう。

出来うる事ならば、自分の手の届く範囲内に留めて貰いたいと思う。

 

 

「ん。りょーかいです。ラムに従いますっ。あ、もう1杯……」

「まだ駄目よ。もう少し、ラムのなでなでを堪能しておきなさい」

「ん! たんのーしますっ! ……きもちいいね」

「当然よ。この世の至高とも呼べるものなのだから」

 

 

頭を起こそうとするツカサの額に、ラムは手を押し当てて横になる様に促す。

また、きょとん……とするツカサだったが、直ぐにふにゃりと表情を綻ばせて、言われるがままにするのだった。

 

 

 

「おーやおや、成程。ツカサ君にも、こーぉんな所があったんだねーぇ。とっても可愛らしいじゃないか」

「可愛らしいというか、最早別人と言っても同義なのよ。一体アイツは誰なのかしら?」

 

 

ロズワールとベアトリスは一緒にワインを嗜む―――程ではないが、あのツカサの状態を見て、それとなく部屋を出て行こうとしたベアトリスは歩を止めて、ロズワールは口端を歪ませて、その様子を見入っていた。

 

 

「無防備な姿を晒せるだけ、信頼しきってくれていると考えると、嬉しい事じゃなーぁいかい?」

「ベティーは別に何とも。アイツがどこで何をしようと関係ないかしら」

「そうかな? ツカァーサ君が我々の陣営に居てくれる、と言う事は――――」

 

 

ロズワールは頭上を見上げる。

すると、そこにはクルルの姿が有った。

パックと共に愛玩動物の様になっていたのも束の間、何時の間にか、自分のグラスをその小さな手で持ってワインを器用に飲んでいるではないか。

きゅはー、と可愛らしく。

 

でも、ツカサの様に酔っぱらう様な様子は見せない。

 

 

「大精霊様とも共に有れる、と言う訳だ。ベアトリスにとってしても、これは良い事だと思わないかい?」

「………まぁ、クルルと一緒なのだけは、認めてあげても良いかしら」

「ふふ。素直じゃないねーぇ」

「ベティーはいつだって素直かしら。冗談は化粧とその性癖だけにするのよ」

 

 

ベアトリスはふんっ! と鼻息荒くさせると、同じく手に持ったワインを口まで運ぶ。

偶然なのか狙っていたのかは解らないが、頭上で飲んでいたクルルもロズワールとベアトリスの間に降りてきて、グラスを差し向けた。

 

こちんっ、と3人で合わせて、再び嗜むのだった。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、スバル君」

「レムもお疲れ~、色々手伝ってもらってありがとな。今度また埋め合わせするからな」

「大丈夫ですよ。スバル君には寝顔をいつも見せて貰ってますので」

「おう! ……って、ちょっと待って。今何か変な事いった?」

「いいえ。変な事は言ってませんよ?」

 

 

そして別の場所では。

豪華な御馳走を胃袋に入れて、それなりに腹が起きてきた所にノンアルコールを嗜むスバルと、そのスバルと一緒に飲む為にやってきたレムがいた。

日頃の感謝、今日の感謝を互いに伝える。ただ、レムが言ったトンデモ発言は無かった事にされた様だが……。

 

 

「そっれにしても兄弟酒弱いんだなぁ~~、なんつーか、ベタ過ぎてこっちが赤くなっちまうよ」

「ふふふ。いつもいつも、姉様がツカサ君に甘える事はあっても、逆の事は中々ありませんからね。アレだけ無防備なのは、スバル君と同じで眠っている時だけでしょうか」

「まぁ、幾ら超人兄弟でも寝てる間くらいは休息タイムってわけで―――――いやいや、やっぱ変な事言ってるよね? レムさん?? オレが寝てる時ナニカしてんの!?」

「いいえ? 変な事は言ってませんよー。それに、スバル君は変じゃありませんから」

 

 

会話がかみ合わず、堂々巡り。

ただ、あまり触れてはいけない……、自分自身の恥部な部分も明らかにされそうな気がするので、スバルはそれ以上は踏み込まずに忘れる事にするのだった。

 

 

「おーやおや、スバル君はお酒は飲まないんだねーぇ。ツカサ君の様に、独特なスバル君も見てみたい、って思ったりしてるよーぉ? 《今夜は帰りたくないの……》とか言い出しちゃうスバル君だったりする?」

「なんだ、その合コン的なノリのヤツは。噂程度にしか知らないけど、こっちでもあるとは思いもよらなかったよ。オレは積極的に酒を飲んだりした事はねーよ。未成年だしな」

 

 

こちらの世界では14歳から酒OK。

だから、厳密に言えばスバルも飲酒OKなのだが、五体に刻まれたDNAが、日本人は酒とタバコは20歳から、と警笛を鳴らしているから手に着けていないのである。

 

ただ、ツカサに関してはしっかりとした年齢が解っていないという事も有るが、明らかに14歳以下ではないだろう、と言う事でオットーと旅をしていた時から飲んでいたとか。

……その時の様子はどうだったんだろう? と何やらむず痒くなってくるが、その辺りは闇な部分として疑問点は忘却する様に務めた。

 

 

それは兎も角として、ロズワールにとってしてみれば想定外。

 

 

「おーやおや。スバル君の性格からしたら、絶対に粋がって嗜好品には手を付けるモノだと思ってたーぁのに」

「駄目よ。子供がお酒飲むなんて。背が伸びなくなっちゃうんだから」

 

 

スバルは絶対に飲むだろう、と思っていたから。ツカサが飲むのなら猶更。

そして、そんな会話に割り込んでくるのはエミリアだ。彼女はまだ酒を一滴も飲んでいないらしい。

 

 

「ちょっとちょっと、エミリアたん! オレだって王国の法律破る程幼くねーからね! 今年で18だから! 大人大人!」

「ハッ。どこのバルスが大人だというの。思わず嘲笑してしまうわ」

「年齢的な意味でね、姉さま!! それ言っちゃ、そこで甘えっ子になっちゃってる兄弟(ツカサ)だって怪しく見えちゃうよ!?」

「これはラムの特権。今日の賞品の様なモノよ。バルスの残念な頭では理解しきれない事も世の中にはある。よく覚えておく事ね」

「何、その無茶苦茶な論理!? つか、何時の間に兄弟自体が特別賞扱いになっちゃってんのっ!?」

「ばるす、うるさい」

「って、兄弟!?? マジキャラ変わっちゃってるよ!?」

 

 

未だにごろごろ~と借りてきた猫の様に頭を撫でられ、目を細めているツカサを見て叫ぶ。

と言うか、最早あなた誰? 状態だ。酔っぱらったらこうなる人も居るのかぁ……と1つ勉強になった。

 

まぁ、酒乱するよりはこっちの方が良いと思うが。酒のんで暴れたりしたら、手が付けられない。

 

 

「バルスとツカサを一緒にするなんて、身の程知らずも良い所だわ」

「いやいや、オレだって飲んでねーけど、そんな酒癖悪い大人にならないつもりだから! つーか、相変わらずな読心術止めちゃってくれるかなぁ!?」

 

 

わーわー喚いてるスバルを見て、エミリアはしみじみと思う。

 

 

「スバルって18歳なんだ……。なんだか、すごーく意外」

 

 

大人だったら、自分の事を大人大人連呼したりしないと思うし、もっと落ち着きがあっても良い、とエミリアは思ってるから。

でも、スバルはどう見てもかけ離れている、としか言えない。

 

 

「――――つかぬ事をお聞きしますがエミリアたん。エミリアたんの中ではオレって一体いくつになってるの?」

「え? えーーっと、えっと……じゅう…………」

 

 

考えに考えて、頭の中を整理して、これまでスバルに抱いていた感想の1つ1つをかき集めて――――導き出した結果がこれ。

 

 

「12! あ、いや、13歳!」

「いやいや、それじゃフェルトより年下じゃないか!! 12も13も大した差無いからね!! ってか、エミリアたんこそ幾つなの? 女性に年齢聞くなんてデリカシー……って言いたいけど、気になってきた」

「私は13歳じゃありません。お酒はまだ飲んだ事無いけど、飲める歳ですっ」

「そこは疑ってないよ。エミリアたんが13歳ならオレが犯罪者になっちゃうから」

「え? なんで??」

 

 

13歳……、小学生が終わり、中学生になったばかりの子に恋心を抱き、デートデートと言ってる自分は間違いなく補導対象の危険分子(ロリコン)だ。

 

でも、それは絶対に無いと断言できる。

エミリアが持つ色気、この場でNo.1の豊満なぼでぃ……それが13歳なんて考えられないから。 

 

 

「それに、パックがお酒飲んじゃ駄目だって。でも、今日は飲んでみようかなぁ~って思ってるの。ツカサも楽しそうだし」

「ええ~~、聞いてないよリア。前にも言ったでしょ? お酒は悪い大人の飲み物! リアの前に出されたお酒は全部ボクが責任をもって飲み干しちゃうからね!」

 

 

パックが間に入ってなぜかシャドーボクシング。

虚空に乱れ射ちをして、仮想敵? であるお酒をモノの見事に全て撃破してご満悦。

 

明らかに自分が飲みたいだけだろ、と言う無粋なツッコミは無しだ。

 

 

「まぁまぁ、今宵くらいは良いんじゃないかい? 折角の酒蔵から見つかった年代物のお酒がこんなにもあるのだからねーぇ」

 

 

エミリアの保護者は反対気味だけど、ロズワールは進めてくる。

そして―――。

 

 

「そーだよぉ、エミリアさん。おさけ、すっごく美味しいよ?? のみすぎ~に注意したら、大丈夫っ! 美味しいし、楽しいし、良いトコしかないからぁ。ささ、ラムもグラスあいてるよ」

「はいはい。頂くわ(それにしても、これ以上泥酔、変化はないのね)」

 

 

頭をなでなでしていたラムとされるがままだったツカサはいつの間にかこちらへやってきていた。

その手にはしっかりとグラスが握られているし、口調や表情、……性格? が普段と違っていても、足取りはしっかりしている。

オットーがツカサは酒が強い、と言っていた様だが……それは気を使っての類ではなく、本当に強いのかもしれない。

ただ、ラムはこれ以上の変化は無いのか……と少し残念そうにもしていたが、いつも以上に接近したりしても、離れる事の無い飲酒モードのツカサも良い、としていた。

 

この状態か、或いは寒波のせいで離れられない状態にでもならないと……直ぐに飲酒とは違った意味で顔を赤くさせてツカサは距離を取ろうとするから。

 

 

「ん~。じゃあ、やっぱり私も頂くね」

「……はぁ~~しょーがないにゃ~~」

「って、パックはしっかり買収されてるじゃねーか。クルル。お前いつの間にパックの傍に?」

「きゅきゅんっ♪」

 

 

エミリアはロズワールから酒を受け取った。ツカサからの後押しも有った。

ここで、パックがエミリアから酒を奪い取って飲み干す~~~となったかもしれないが、それはクルルによって阻止される。

いつの間にやら、パックに酒グラスを渡していたから。

頬を赤くさせながら、美味しそうに飲むパックは今は酒に夢中。酒と言う新たなステージに足を踏み入れようとしている娘そっちのけで。

 

 

「まぁ、楽しけりゃヨシ、ってか」

 

 

スバルは特に深く考えもせずに、成り行きを見守り―――――――――そして、楽園(エデン)が眼前に開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~~~~~っっ、どーしたのぉ、スバル~~、へんな顔して~~」

「~~~~~~!!」

 

 

まずエミリアの豹変した。

白く透き通った肌に健康的? な赤みが加わり、それが幼さがまだ残る美少女に色気として表に出ていて、更に更に頭を左右に揺らす事によって、その豊満な胸も一緒に揺れる。

いつもは決して見せないはしたない姿に、スバルは言葉にならず完全に魅了されてしまった。

 

 

「スバルへんな顔~~~! それに、こんなに増えちゃって~~~ずるいっっ!」

「うへぇっ!?」

 

 

エミリアの視界の中のスバルは一体どうなってしまっているのだろう?

酩酊状態なエミリアには、スバルが変な顔で(いつも?)、更に複数に増えてるらしい。

 

 

「ふえちゃって、こんなにふえちゃって~~~、おかし、ひとりじめするんだ~~~!」

「わひぃぃっ!??」

 

 

最後には、スバルを押し倒してしまった。

 

 

「あはははっ。エミリアさん、ってば。だいじょう~~~うぇっ??」

 

 

同じくらい酔っていても、様子が一向に変わらないツカサが、押し倒した2人を助けようとしたのだが、それはラムによって止められた。

 

 

「バルスにとって、生涯一度限り、一生に一度の至福の時よ。それを奪ってしまっては、流石に可哀想だわ」

「え? え? そーなの??」

「ええ。酔ったエミリア様の介護は、ツカサでは荷が重すぎる。バルスに任せるべきよ」

「ええ~~。でも、ほらほら。レムも来たよ?」

 

 

ツカサの指摘通り。

エミリアに押し倒されたスバルの横にレムが付いていた。

何やらスバルの事を、かぷりっ! と。

 

 

「あはははっ。2人ともたのしそうっ。それにカワイイなぁ~」

「…………ツカサはラムだけを見て居なさい」

「え?」

 

 

ぐいっ、ぐりっ、とツカサの頭をひっつかんでラムの方に強引に振り向かせた。

 

 

「ラムはどう?」

 

 

真っ直ぐに見つめるラムを見て、ツカサは笑いながら言った。

 

 

「もちろん、ラムだってカワイイし、すごくたのしそうだよっ」

「……当然ね」

 

 

きゅっ……っと、ラムはツカサを抱きしめる。

適当な答え、正しい答え、欲しい答えを一発で当てて見せたツカサへの御褒美と言わんばかりに。

 

 

その後も暫くラムは言わせたり、撫でたり撫でられたりを繰り返す。

ここが大っぴらな場所でなければ寝室に―――――と思ったり思わなかったり。

取り合えず粗方堪能したその時、スバルが声をかけた。

 

 

「お楽しみの所申し訳ありませんが、ラムちー姉様にお1つご質問いいですか?」

「……………ハッ」

「YESと取りますぜ、姉様。レムって酒弱いの? 鬼ってオレの知識の中じゃ酒強いイメージなんだけど? 現にラムは全く酔ってないし。酔って無防備な兄弟を頂こうとする気満々だし」

 

 

暫くスバルに噛みついていたレムは、気づけばスバルの膝で眠ってしまっていた。

エミリアもスバルの肩に寄り掛かって夢見心地状態。

 

記憶を遡っても、そんなに飲んだ様には思えない。エミリアもレムも。何だったらツカサも。

 

 

「鬼族が種族的に酒に強いのは事実ね。小さい頃からラムもよく大人たちと飲み比べをしたものだわ」

「当たり前の様に未成年時代の飲酒を告白してくれたなぁ~~」

「あはははっ。ラムは今も昔も、すごくかわいい、ってことだね~~」

「……兄弟が酔うとこうなるのか、取り合えず誰でも彼でも褒めちぎる、みたいな? ……よし、覚えておこう」

「ばるす、すばる? とにかく、がんばりなよーー。しんじゃ、だめ、だからねーー」

「…………オレに関してはいつも心配されんのね。後、目潰しの呪文はラムちー姉様だけで十分だから。スバルでよろしくどーぞ」

 

 

ちょっぴり切なくなったスバルは、頑張ろうと心に決めた。もう何度目か解らないが、それでも何度でも、何度も頑張ろうと。

心配をかけず、そして自分自身の力でエミリアの力になれる様に。

 

 

 

 

 

 

その後———1人で外のテラスで飲んでいたベアトリスと合流。

皆で一緒に星空を見上げながら楽しんだ。

スバルの名が星由来と聞いて、皆で驚いたりバカにしたり。

ツカサの名の由来は全く解らずただただ覚えているのは名だけだった、とちょっぴりしんみりとした雰囲気になりかけていたり。

最後のは、正直聞くんじゃなかったとスバルは後悔したが、当の本人は本当に楽しそうで、殆どが酔っぱらっていた事もあって、直ぐに楽しい雰囲気戻って大丈夫だった。

 

 

パックの発魔期もこれにんて最後。

 

 

 

「最後のマナを使って、王都の皆にも雪の御裾分け~~~~!」

 

 

 

空に向かって放たれた神々しいマナは、大気中に散らばり、軈ては鮮やかな白の雪を世界に彩る。極寒地獄の様なモノではなく、皆を楽しませる。皆の記憶に残る雪を降らせたのだ。

 

 

「たのしかった。それに、凄く綺麗。皆の記憶にも残ると良いな……」

「そう簡単に忘れられねーよ。……ま、兄弟はメッチャ酔ってっから、ひょっとしたら忘れちゃってるかもしれないな」

「んーーーー、それは辛い所。酒が強いっていわれたけど、自分じゃわかんなかったしさ」

 

 

酔った時の記憶は定かではない。全然有りえる話だし、ベタな話でもある。

だからこそ、そこに付けこむ者も絶えない訳で……。

 

 

「ハッ。イヤらしい」

「何も言ってねーですけど!? どっちかっつーと姉様の方がヤベーんじゃねーですかね? 性欲に素直だし、鬼らしく鬼の様に兄弟襲っちゃうシーンが目に浮かぶって感じですよ!? 18禁になっちゃう」

 

 

 

 

本当に色々と楽しかった。

この宴の記憶がひょっとしたら消えちゃうかもしれないのは寂しいけれど、それでもきっと少しは残る筈。皆で見上げたこの雪の記憶。楽しい記憶。

カラッポだった自分に少しでも満たしてくれるように降り積もっていく記憶を抱いて、ツカサは空を見上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

レムは酔っていたが、しっかりとスバルよりも先に起きてその寝顔を楽しむ。

エミリアとスバルは約束通りに2人でデート。

 

3人とも心行くまで楽しんだ。

 

 

だけど、ツカサは過去最高最大に飲んだ様で、初めての二日酔いを経験。

記憶も正直あやふやであり、楽しかった事は覚えているが、この経験に関しては今回限りにして貰いたい、と頭を抱える。

折角の楽しい(筈の)記憶が、二日酔いの苦しみで上書きされてしまいそうだから。

 

ラムはそんなツカサの看病をする。

看病をしながら……ツカサは嫌がるかもしれないが、まためでたい時に、それこそ来年のパックの発魔期の時にでも同じく酒を進めて、酩酊状態ツカサとまた飲み交わそう、と思うのだった。

 

 

 

 



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永遠の契約
白の城の中で


やっと戻ってきたエキドナさんヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪




 

 

「随分警戒している様じゃないか。こんな幼気な1人の乙女を前にして」

「……悪ぃな。確かに幼気感は否めないが、それでも《強欲の魔女》なんて名乗った相手に警戒するなは無理な相談だ」

「へぇ……。まぁ、それもそうだね確かに。ボクもそれなりにヒト(・・)に近づけたかも? って思っちゃってたんだけど、まだまだ足りないらしい。これは手落ちだ」

 

 

不機嫌さは表立っては出ていない。

それでも、表面上はエキドナは楽し気に笑っている様にも見える。

 

 

「キミも聞きたい事が山ほどありそうだ。無論、ボクも同じだけどね。……でも、闇の中に足を踏み入れる事を躊躇している。逆鱗に触れるかわからない状態。故に無言で出方を窺っている、と言った所かな?」

 

 

エキドナの言葉は、耳の中に入ってくるが、頭の中には上手く入って来ない。中々に理解が追い付かない。

 

正直、スバルは今でも駆け出し逃げたい。

力の限り全力で。この世界がどこまで続いているのかは理解できないが、それでもこの目の前の強欲の魔女と対面し続けるよりは幾分かマシな気がしてならない。

 

 

「ッ…………」

 

 

でも、そんなスバルの弱い気持ちを抑えて奮い立つのは、この眼前の圧倒的な存在だけが自分が、そしてラムが探し、追い求めている宝物を、自分にとってかけがえの無い存在(・・)を知っているという確信だ。

 

その確信を前にすれば、恐怖心なんて二の次に押し込める事が出来る。無論、死だけはどうしても躊躇してしまうが。

あの痛み・苦しみには慣れる事は無いから、と言うのもあるが、それ以上にこの命を命がけで守ってくれたあの男に向かう最悪な厄災、呪がまた蝕んでしまうかも、と思えばそう易々と命を賭けるなんて言葉も出せないし、出来ないのだ。

 

それにラムとの約束の件もある。

 

どういう訳か、ラムは死に戻りや記憶・読込(セーブ&ロード)で起こる時空間の歪みを察知する事が出来る様なので言い訳が出来ない。

愛の力とはどこまでも偉大で強大か……。と、他人ごとの様に思えるが、絶対に命を最後の最後まであきらめる訳にはいかない。

 

 

「どこまでも無視をする、か。やれやれ、ここまで来てしまえば本格的に傷付いてきたよ。こんなか弱い一介の乙女を前にして、男の子にそんな目で見られて。………これでもボクは今傷心中なんだ。更に傷を広げようとするその行為、何も思わないわけじゃないだ」

「何度も聞くが、お前の中の乙女ってのは《死亡フラグ》ってルビ振ってる様にしか聞こえねえよ。確かに期待はある。ものすげー期待値は高い。でも、それと同等、或いはそれ以上の危険値があるんだ。……それを感知するオレん中の警戒センサーの反応が尋常じゃねぇんだよ」

 

 

兄弟の為に、わが身等今更惜しくは無い。

でもそれでも、無駄死にをして安い命を消費して、また消耗させるなど考えたくもない。それはあの苦痛より、死ぬより、何よりも痛い。

それでも、この眼前の見た目少女は明らかに白鯨や怠惰のそれに匹敵する。いや、それ以上だとも言える。

無策で突っ込んでいける相手じゃないのだ。

 

 

「ふむ。決意は満ち溢れている。だけど、それ以上に警戒しなければならないナニカ(・・・)が、君の中には存在している、か。当然だとは思うけれど、それはボクにはどうすることもできないな。ただ、ボクが言える事はせめてお茶が冷める前に席についてくれる事を望みたいだけだよ。――――有意義な(・・・・)時にする為にも」

 

 

目の前の凶悪が、根源とも言えるべき魔女と言う象徴が、解りやすい餌を引っ提げて、更に一歩迫ってきた気がした。

有意義、と言うのは、このエキドナにとってだけじゃない。間違いなくスバル自身にも言える事だと。

 

だが、いい加減覚悟も決める。

 

仮に、エキドナの要求を断った所で、進展は無い。

この何処まで続いてるか解らない一見穏やかな平原はどんな魔窟より、魔境よりも恐ろしく、厄介な場所だと思っているから。

 

その出口の場所も、その扉の鍵も、全てを知っているのがこのエキドナであり、選択肢は無い。少なくとも、今死なない選択肢はそれしかない。

 

 

「わかった」

「ほう? 判断が早くなった気がしたよ。何か気が変わる事でもあったのかな?」

「じたばたしてぇ気分だが、じたばたしてられない場面だ、って事も理解しただけだよ。……んでも、1個だけ聞かせてくれ。オレは今、真っ暗な遺跡の中にいた筈だ。気づいたら別の場所ってのも経験が無い訳じゃない。でも、理由が解らないってのが気持ち悪い」

 

 

転移の類はスバルも経験がある。

この世界に降り立ったのもそうだし、それ以降は死に戻りと彼の時間遡行(ループ)の力だ。最初の異世界転移に関しては理由が解らないが、それ以外はちゃんと説明が出来る事情。

でも、今回のは解らないなりに、その理由がわかる相手が目の前にいる。

 

 

「何故ここに来たか? それは恐らくは陰魔法に該当すると思われる。でも、残念だ。今君は勘違いをしているよ。君の肉体的な空間の移動を体験した訳じゃない。ただ、君は不機嫌気味だったボクに対する新たな癒し……、ボクのお茶会に招かれただけさ」

「不機嫌だった、っつーのは見てわかるわ! そもそも、お前の城ってのがわからねぇよ」

 

 

改めてこの小高い丘周辺を見渡していても―――――理解できない。

城と呼べるパーツが尽く消失しているからだ。今も穏やかとさえ思える微風が頬を凪ぎ、何者にも囚われないこの空間は、この世界は開放感に満ち溢れている。……それでも魔窟、魔境と感じるのは目の前の強欲の魔女と名乗るエキドナのせいだ。

 

 

「色々と説得力はあるにはある。けど、城は無ぇな。お前の領地、借金の形に椅子とテーブル以外持ってかれたって事か?」

「ふふふっ。なるほどなるほど、君()やっぱり面白いな。それにボクもいつまでも喪失感に浸ってる場合じゃなくなってきた。これ程までボクを前に減らず口を叩けたのは同じ魔女を除けば数える程しかいない。その数がまさか死後に増えるとは、本当何が起こるか解らないね。だからこそ―――面白い」

 

 

軽口に笑うエキドナ。

どうやら、本当に不機嫌さは無くなった様だ。

経験が乏しいと言わざるを得ないスバルであっても、不機嫌になった乙女は数度見た事があり、それが解消される場面も幾つかある。

それだけで女の内面が解る、なんて豪語するつもりは無いが、目の前のエキドナの事は信じてみようと思う。

 

 

自分に興味を持った。

 

 

それだけに関しては。

 

 

「わかった! オレも腹ぁ括る!! 席について、茶のひとつやふたつ、頂こうじゃねぇか!」

 

 

退けない。

退けない強い思いを背に、スバルは真っ白な椅子に腰かけると、同じく白で構成されたテーブルにある白のティーカップを手に取る。

城だけに白で構成ってか。洒落で言ってるのなら嘲笑の1つや2つ、プレゼントしてやろうではないか、と。

 

そんなスバルの行動を見てエキドナは少しだけ驚いた素振りを見せると、また面白そうに笑った。

 

 

「凄いねキミ。魔女の差し出したものを一気に飲み干すなんて。向こう見ず……と言うより勇敢。随分と勇敢な男のコの様だ。さっきまでの怯えが嘘の様だよ」

「はっ。今し方言ったつもりだけどな! 腹ぁ括ったってよ。第一、お前が俺を殺そうなんて思ったら速攻でやられる自信がある。オレの強さは模範的な一般ピープル並だからよ。この世界のバケモノたちと比べちゃ、そりゃ非力で無力だ。でも、だからと言って何も出来ない訳じゃねぇ。……腹くくった以上、やれる事なら何でもやる。魔女(・・)の差し入れだか何だか知らねぇが、ありがたく受け取ってやるよ」

 

 

最後にスバルは《ごちそうさまでした》と行儀よく〆て、エキドナの方を見た。

微笑んでる彼女のそれはまさに乙女と呼ぶにふさわしい容姿かもしれない。……雰囲気やこの場所を除けば。何処かのカフェでデートでもしてる場面で無かったのが残念だ。

 

 

「まぁ、オレの両手は埋まってるけどな!」

「へぇ、それは残念………とだけ、一応形式的に言っておこうかな。ボクもボクで、生涯共に有りたいと思った。……も居る、居たからねぇ。キミの様に埋まってる、と言う事にしておくよ」

「そかそか。そりゃ、今後のご健闘をお祈り~~~……の前に、この茶だけど」

 

 

スバルは、飲み干し殆ど空となったカップを見ながら聞く。

 

 

「なんつーか、味楽しむ余裕も無かったからアレかもだが、一体なんの茶なんだ? 無味無臭?」

「ああ、そのお茶はボクの城で生成したモノだからね。言ってしまえばボクの体液だ」

「っっっなんてもん飲ませてんだ、てめぇ!??」

 

 

椅子を蹴って立ち上がり、スバルは飲んだばかりのこのお茶ならぬ体液を吐き出そうとするが……全然上手くいかない。

 

 

「あぁぁ、ひょっとしたら、あの方がもしも、このお茶を飲んでくれていたら、キミの様な反応をしてしまうのかな……? いや、それは違う。ほとんど思いだせないが、あの方も新しい事を喜んでくれるボクと同じ。それにボクは見てくれだって悪くないと思うし、それも合わさって―――」

「回想入ろうとすんな! そもそも、いくら美少女の体液でも飲めるかよ! オレの性癖はノーマルだ! んでもって、お前が言ってるのは多分(・・)オレの兄弟の事かもだが、そっちも当然ノーマルだ!!」

 

 

エキドナは、ぴくんっ! と反応を見せた。

今はむせかえって大変なのは自分自身、と言いたい所だが、そこからのエキドナの動きは凄まじいの一言。

 

 

「そうなのかい!!?」

 

 

前のめりに顔を覗き込んで、明らかに焦った様子なエキドナ。

そりゃそうだろうよ! と言ってやりたいが……。

 

 

「そりゃそうだろうよ!!」

 

 

と、言ってやったスバル。

でも、よくよく考えたら、夫々の想い人のモノなら或いは――――――と思わなくもないが、エミリアやレム、それにラムに対して失礼な気もしたのでそれ以上考えない様にした。

特にラムの侮蔑な視線は、アレは威力が籠っている。視線が風の刃となって自分を切り刻んでしまう、と脳裏に想像できたから。

 

 

「そう、なのか……。なら、しっかりと事前にあの方には説明をしてもらった上で、受け入れてくれるかどうか、その確認が必要だ」

「ソレ、オレにもしてもらいたかったよ! ノーマルだからな! ノーマル!! ぐええっ、クソ、全然吐けねぇ! おい、身体に悪かったりとか、そんなじゃないよな!? オレの身体は生身のノーマルタイプ。超人タイプじゃないんだぞ!?」

「ふむふむ……。彼の意見も重要だが、その先に行けたのなら……次はやはり直接的な体液交換? つまりはそれにふさわしいのは接吻だと言えるだろうか。……発魔期を解消させる時に用いた技法が使える? いや、検証しようにも完全にロスト状態では話にならない」

「こらぁぁ! 話きけっっ!!」

 

 

何故かシンギングタイムとなってしまったエキドナに今度は逆にスバルが前のめりになって圧力をかける。

エキドナもスバルには当然気付いて、色々聞いてなかった? と思ったのに実はしっかりと頭には入っていた様で直ぐに答える。

 

 

「ああ。それに関しては安心してくれて良いよ。限りなく身体に吸収されやすい代物だからね。なにせ体液だ」

「真顔で言うのやめろ! 事務的に体液飲まされるとか、どんな職場だよ!」

 

 

このエキドナは過去最大級の危険度を醸し出していた筈――――なのに、何だか辟易としてしまう。

でも、途端にこれまでの緊張が薄れ、以前よりも遥かにやり易く対応が出来る様になった感は一体何だろうか?

慣れた?

いや、幾ら空気が読めず、いつもいつでも全力前進な気質を持ったとしても、こうも早くエキドナに、魔女相手に慣れるなんて早々考えられない。

 

 

「キミもやはり選ばれた人間である事に間違いはない様だ。ボクは盲目になってしまっていたけど、このボクを目の前にして普通に立っていられる所を見れば一目瞭然」

「何がだよ。いきなりエキセントリックな対応してきて、アブノーマルを植え付けようとして、ここまでしたら退き気味になる筈なのに食らい付いてきたのが意外だったってか? そりゃ、なんてもん飲ませた!! って言う気持ちは嘘じゃ無ぇケド、それでも退路なんてオレはもう持ち合わせてないんだよ」

「いや、退路も何も、退く事も進む事も普通は出来ないんだ。だってボクの前に立つと普通の人なら吐くんだから。面白いだろう?」

「何も面白くねぇよ!!?」

 

 

あまりにも不安ワードばかりなやり取り。退路なく前進すると誓っていても、どうしても疲れが表面化してしまう。

でも、だからと言ってここで終わりと言う訳にはいかない。改めてエキドナと向き合う。

 

 

「さて、こうして話をしているだけでも、ボクは得られるモノがあるのには違いないが、そろそろ先へと進むのはどうだろうか? キミも退路を断ってる、と言ったのは冗談の類ではないのだろう?」

「………そう。そうだよ。雰囲気にのまれていたけど、その通りだ。色々と聞きたい事は多い! 例えば、妙な遺跡に居た筈なのに、変な城に何できたんだ? って事や、お前っつう魔女のこと。嫉妬以外は滅んだって聞いてるからな。聞きたい事は山ほどある。―――――――でも、全部ほっといて、お前にいの一番に聞きたいのはこれだ」

 

 

 

確かに、エミリアは心配だ。

でも、悲しいかな、そこまでの心配はしていない。

何せ、スバルはエミリア陣営の中でも最弱……、下手したらオットーよりも劣る戦力。

でも、エミリアの傍にはレムとラムが居る。次いでにオットーも居る。自分1人が弾かれた所で戦況に影響があるとは思えない。……悲しいかな。

 

出来る事は自分の身は自分で何とか守る事と……何か1つでも得る事。

 

 

 

「エキドナ! お前は俺の兄弟―――――。ツカサの事を知っているのか!? いや、ツカサよりもどっちかと言えば、アイツの中に居る(・・・・・・・・)ナニカ……ゼロの事!」

「!!!」

 

 

 

 

スバルの言葉を聞いたエキドナは、消失していた筈のパズルのピースが復活し、ピタリとハマったのを感じていた。

 

 

 

そう、そうだ。ツカサ、ツカサにナニカ―――――ゼロだ。

まだ全てを思い出したという訳じゃない。肝心な所はスッポリ抜けてる事実は変わらない。でも、その名を、その至高の名を聞けただけでも尽きる事の無い強欲が刺激され、一気に満たされるのを感じる。間違いなく感じる。その名はもうこれ以上自分の中から出してはならない。消失させてはならない。どういう力なのか、そもそも抗う事など出来ないのかもしれないが、それでも今新たに植え付けられた記憶、その名、キミの名、貴方様の名、あの方の名、それを強欲の中にシッカリと刻んで見せた。もう離したくない、抱き込んだ。まだ名前だけしか得られていないが、この目の前の彼と会話を楽しむ事で、会話を重ねる事で、―――ゼロから重ね続ける事で、自分の中の喪失感が満たされ、強欲も満たされて行くと確信出来る。ゼロと言う名、ツカサと言う名から響き渡るメロディを、それを紡ぐ物語を、心行くまで、この特等席で見て居たい、味わいたい。感じたい。未知と言う名すら生易しく感じるその全てを、この身で、この全身で、ボク自身の全て存在を賭けて、味わい尽くしたい。この強欲こそが、また引き合わせると信じている。いや、信じたい。

ボクごときがたどりつける相手じゃないというのも解っているんだ。でも信じる。信じるという力の強さを、曖昧であやふやで、不確かで不真面目な抽象的な表現に過ぎないかもしれないが、ボクが出来る事はそれしか無いのだから。目の前のゼロくんにとっても、何よりツカサにとっても代え難い存在であるナツキ・スバルと共に、ゼロを追い求めよう。それしかない。それが最善なんだ。勿論、その道中も堪能しなければならない。ナツキスバルしか持ちえない、出せない知識が存在するから。それもまた何モノにも代えられない未知。ここからはボクが、真摯に正直に、全てを打ち明けなければならないだろう。それで、彼が納得してくれるかどうかは解らない。でも、この墓所で囚われている以上、外の事は肉体を持つ彼にしか出来ない事だから。彼に手を貸す事で、またゼロくんと会う事が出来るのだろうか? 或いは、彼と敵対する事でその彼を助ける為に、ゼロくんが再び降臨するのだろうか? どっちが最適なのか検証してみないと解らないが、それでも、ナツキ・スバルのボクに対する心証、好感度を下げる事は止めなければならないのは確かだ。ボクたちは良い協力関係を気付ける筈だ。全てはゼロに、ゼロを、ゼロに、ゼロゼロゼロゼロ……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り合えず、こっち向いて話をしねぇ?」

 




ドナ長文は、良い文字数稼ぎ(*´▽`*)
でも、飽きてしまった……( ;∀;) と言うより、難しいm(__)m ゼロくんの名を連呼する事で終了w (………》中もず~~っと名を読んでたり(/・ω・)/


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貰ったモノは資格だけ

 

 

 

「だぁぁぁぁもうッッ! とっとと先に進めるぞ!」

「おお、そうだったね。済まない、ボクとした事が少々夢中になってしまっていた様だ」

「少々か? アレで? ……ほっといたら年単位でこの自称・ボクの城に一生放置される、って思ったぞ」

 

 

ばんっ! とスバルは感慨耽ってるエキドナに対して、テーブルに両手を強く叩きつける。

正直、後々考えてみれば、これは聊か強引で何より危険ではないか? と思った自分も居た。何せ相手は【強欲の魔女】ツカサが居なくなってしまった元凶である【強欲】の名を冠する魔女なのだから。

 

でも、どうやら心配は杞憂だったらしい。

エキドナも我に返った様で見た目可愛らしく頬に人差し指をついていたから。そんな様子を見れば杞憂だった、と思うのが正解だ。

 

それにこのエキドナの様子、絵的に見れば十分過ぎる程魅力的な光景なのだが、生憎エキドナを知った以上、そんな気は更々ない。

 

 

「うむうむ。ボクにすれば君自身にも当然興味があるし、新鮮さと言えば間違いなく喜びの感情も出ている」

「あんま嬉しくねぇな……。兄弟の次いで、って感じなのが特に」

「いいや、未知と言う意味で語ると言うのなら君も同等だよ。ただ、情報量には天と地以上の差がある、と言わざるを得ないが」

「上げといて落とすのかよ、ほんっとに魔女ってヤツは。……まぁ、別に良いけど」

 

 

スバル自身もツカサについて、ひいてはあの中に存在していた《ゼロ》について比べられたとしても存外、何も思わない。

と言うより、スバルの中では《ゼロ》こそが、転生モノのお約束、神様的なポジションの存在だと思ってるので、天と地の差、と言われてもその通りだ、と納得しかない。……いや、何れは人類は宇宙まで飛びたてる~と言う事を鑑みると、まだまだ弱い気もするが。

 

 

「んじゃ、話を纏めるぞ。……お前」

「ボクの名はエキドナだよ。強欲の魔女、エキドナ。どうせなら名を呼んでくれた方が嬉しいかな」

「オレに呼んで貰えてうれしいの?」

 

 

スバルはきょとん、とした。

何せ、情報や未知とはまた一切関係の無い呼称。

意中の相手でないのに名を呼ばれて嬉しい、とは思えなかったからだ。

 

 

「そりゃそうさ。ボクだってこう見えて乙女だ、って言っただろう? 『お前』とか『おい』とか『そこの』とかよりは名で呼んでもらいたいじゃないか」

「……何だろ、時代錯誤甚だしい、熟練老夫婦みたいな感が………」

「いやぁ悪いね。流石にキミと番関係になるとまでは言えないんだ」

「誰もンな事言ってねぇよ! オレの両手は塞がってるって言っただろっ!? それにそっちも似たようなの言ってたじゃんっ!」

 

 

また話が逸れ始めたので、ブルンブルンッ! とスバルは首を振って更に頬を挟み込む様に叩いて気を入れた。

 

 

「エキドナ。お前は兄弟———ツカサの事やゼロの事、直接的に何か手がかりを持ってる、とかは無いって事で良いのか?」

「ああ。遺憾な事にね。……かのおヒトの力はボク程度なんかまさに有象無象。遠く及ばない、果てが見えない。いや無いとも言える。それほどまでに強大で、この世のものでもあの世のものでも無い。恐らくはその気になればこの世界の誰もが接触する事など出来はしないだろうね」

「………、だろうよ」

 

 

時間を自由自在に移動しているところを見てもそうだ。

そんな超強力な能力者、色んな世界(物語)で見てきたが、その殆どが最強格の存在。

時間を移動していると言えば、自分の身に住まう魔女も死に戻りと言う形で時を遡っているが、あくまで任意でいつでも、と言う訳ではなく、かなりの制約……死と言う圧倒的恐怖を体感しなければならない程に縛られている制約がある。

 

それに何より―――この世界の畏怖の象徴でもあるあの嫉妬の魔女をアッサリと説得? 篭絡? して見せたところを見てもそう。

 

 

「……更にいや、ここに降りてきたのもほんの一欠片の力……って言ってたもんなぁ」

「!!! それは本当なのかいっ!?」

「お、おう。本当だ。つか、そんな身を乗り出してこなくても良いだろ。もったいぶらずに知ってる事は全部話す。だから、お前も俺に協力してくれよ」

 

 

エキドナは、スバルの申し出を聞いて、ポンッ! と手を叩くと大きく頷いた。

 

 

「よし、良いだろうっ!! キミは本当に幸運だ。こうもアッサリ、この強欲の魔女と協力関係を結べるなんて、歴史上でも片手で数える程の実績だ」

「ほんとだ。嫌にアッサリだな。……後々が心配になってくるってもんだ」

「ヒドイものだね。ボクはただ想い人に会いたいし、知識欲の権化だから全て知りたい、ただそれだけなのに」

「わりぃ、可愛い風装っても、お化けにしか見えんわ」

「これはこれは、言い得て妙、だね。何せボクは死んでる。魂だけの存在だから、化けて出ていると言われても間違いじゃないさ」

 

 

エキドナはそういうと――――突然雰囲気を変えた。

 

 

 

「―――ボクは強欲。キミも知りたい欲、と言えば間違いなく強欲とも呼べる。だからこそ、肯定しよう」

 

 

 

その雰囲気は周囲にも影響を及ぼす。

今の今まで手をついていた筈の真っ白なテーブルは消え失せ、今座ってる椅子だけしか形を成さない。落ち着いた草原の様な場所だったのに、そこも削がれた。ありとあらゆる無駄の、この世界からそぎ落とし、殆どが失われた後はただの闇……、黒く澱んだ闇だけが広がっている。

 

 

 

 

「さぁ、キミは何が聞きたい? あのヒトに通じる道は無いかもしれないが、それ以外なら知る全てを答えてあげれる。飢餓から世界を救う為に、天命と異なる獣を生み出した《暴食の魔女》ダフネのことかい? 世界を愛で満たそうと、人非ざるものたちに感情を与えた《色欲の魔女》カーミラのことかい? 争いに満ちた世界を嘆きながら、あらゆる人々を殴り癒した《憤怒の魔女》ミネルヴァのことかい? 安らぎを齎すそのためだけに、大瀑布の彼方に龍を追いやった《怠惰の魔女》セクメトのことかい? 幼さ故の無邪気と無慈悲で咎人を裁き続けた《傲慢の魔女》テュフォンのことかい?」

 

 

 

魔女の事を知るのは目の前のエキドナを除けば、《嫉妬の魔女》サテラただ一人。

聞き覚えの無い、今の世界には記録の無い、その失われた筈の歴史の残骸が周囲に彩られていく。

 

 

「ああ、勿論このボクもそうさ。ありとあらゆる叡智を求めて、死後の世界にすら未練を残した知識欲の権化、《強欲の魔女》エキドナ。……今はただ、強欲を満たしてくれる存在の影を追い求める、夢見る儚げな魔女のことかい?」

 

 

自分を強調する事も忘れず、そして強い想いを向ける事も忘れず。

 

 

「…………」

 

 

よくよく考えてみれば、エキドナはラムの存在を忘れている、或いは知らないのだろうか? 向ける視線の先、輪郭が違ってピントが合わないのかもしれないが、それでも同化? してるも同然のあの2つの存在だから、綺麗な三角関係になりかねない。

そして、強欲の魔女の存在も確かに圧倒的な死を予見させる程の威圧感、存在感を放っているのは間違いないのだが………あのラムもスバルにとっては似たようなモノだ。

生暖かく見守りつつ、自分はエミリアやレムとイチャイチャ(死語?)シテレバイイ……とか一瞬考えそうになったのだが何故だか、死よりきつい生き地獄? な未来が見えた気がしたので、それ以上は何も踏み込まない様にした。

 

 

そんなスバルの心境を他所に、エキドナは続ける。

 

 

 

「――――それとも、全ての魔女を滅ぼし、自らの糧として世界を敵に回した《嫉妬の魔女》。あの忌むべき彼女のことかい?」

 

 

 

最後の彼女(・・)を告げた時が、一番強烈な《死》をスバルは感じられた。

だが、だからと言ってなんだと言うのだろう。

 

 

「いまの、おれが、しりたいのは、きょうだいのことーーー一一択だ!!」

 

 

スバルは自分自身を奮い立たせる様に闇色に染まった地を力強く踏みつける。

 

《死の気配》

 

それは最早スバルにとっては児戯に等しい。

死以上の苦しみを、何度も体験したのだから。

そして、スバルにとっては不本意極まりない事かもしれないが、エキドナが差し出したお茶も良い具合に働き始める。

 

 

「……やはり、キミは面白い。意図せずとはいえ、驚かせてしまったと言う自覚はあると言うのに、その気迫は、気概は驚嘆に値するよ。この魔女の性をその身に浴びても尚、立ち続けるキミに敬意を表そう。……が、キミが今考えていた内容については頂けないな」

「…………は?」

 

 

ツカサの事を知りたいのはエキドナも同じ筈なのに、とスバルは首を傾ける。

 

よく解らないが突然、エキドナは頬を膨らませた。

今の今まで、何処となくラスボスの風格さえ纏っていた彼女が、突然コメディチックな顔になったのだから仕方がない。

 

そして、その理由も直ぐに判明。

どうやらスバルは心を読まれてしまったようだ。

 

 

 

「その桃色髪の少女が彼の事を愛しているとしても、ボクも同じだったとしても、三角関係などと言う対立は成立しないよ。何せボクは生きてないんだからね?」

「………どうしても説得力無ェよ。【絶対負けねー!】 みたいな顔つきでそんな事言われても」

「おっと」

 

 

エキドナは咳払いを1つ行う。

 

 

「そういうのは言わぬが華、と言わないのかい? ナツキ・スバル。……それと、もう大分馴染んだのではないかい? まぁ、しっかりとボクの顔を直視しながらご指摘を頂いた時点で、もう解っていた事だけどね」

「??? ぁ……」

 

 

先ほどまで広がっていた闇色の世界。

殆どが黒で塗りつぶされ、眼前のエキドナを象徴する白色のみ、だった筈なのだが、それは唐突に終わりを告げる事になった。

 

 

「おお、一体何がどうなったってんだ? いつの間に……、気づいたら戻ってた、ってレベルじゃ無ぇなこれ」

「適合者は馴染むのが早い。加えて、キミが彼と過ごしてきた濃密な時は、相応の力を授与(ギフト)した、とも言えるかな」

「そんな主人公みたいな力持ててねぇし、貰っても無ぇよ。兄弟に迷惑バッカかけちまってたから、いい加減俺も頑張れる分には頑張る、って決めただけだ。……そうでもしなけりゃ、お前の言う桃色の鬼が死よりヤバい仕置きにくるんでね」

 

 

スバルはそういうと、どさっ、と椅子に深く座り込んだ。

確かに何とか精神が持っていた様だが、それでも滲み出る脂汗だけはどうしようも無かったようで、拭いつつ胸を強く叩いた。

 

 

「ってか、適合ってなんの事だ?」

「おや? 解ってなかったのに受け答えした、と言うのかな? 随分と剛毅な事だね。ほら、さっきお茶を飲んだだろう? あれで魔女因子に働きかけて、キミの抵抗力を強くしただけさ。キミは自力で抗い、立っていた様だけど、随分違う筈だよ」

「さっきの茶にそんな効力が……って、また思い出しちまった!! 体液飲んじまったって事実をっっ!!」

「また拒絶するなんて、キミは魔女泣かせな罪な男だね」

「どっちかってーとオレは被害者だ!!」

 

 

大罪を犯した者なら1人屠った。だからこそスバルは自信を持って言える。被害者だと。

 

と言うより、自分から飲んだとはいえ、体液飲まされた時点で十分被害者だ。

 

 

「それで、もう1個聞き覚えある単語で、聞き捨てならない単語があったな。魔女、因子とかなんとか。一体何の事だよ?」

「ここ数日の間に、キミは魔女因子の持ち主を殺しただろう? その死に際し、魔女因子は新たな依り代にキミを選んだ、と言う事だ。この墓所に入って無事なのも恐らく大部分はその魔女因子のおかげだと思うのだけど、ボクが知覚出来ないだけで、キミ自身に働きかける彼の力も作用している……のかもしれないね」

 

 

エキドナは、ほうっ……と白の肌に赤みを帯びさせた。

悲しい悲しい別れの後すぐに、またゼロに繋がる可能性の高いスバルが現れたと言う幸運を、再び噛み締める。

 

 

最初は不機嫌だった筈なのに、もうそんな感情は露と消えてしまっている。

不機嫌も、ここ暫く感じてなかった感情の1つで、それを知れたのもある意味では喜ばしいのかもしれないが……、やはり、覚えていない心にぽっかり空いた大きな穴を、埋めるかもしれないこの甘美さには及ばない。

 

 

「……俺が殺った《怠惰》か。……ベア子が言ってたのはこういう事だった、ってのかよ」

 

 

ベアトリスの言葉を思い返しつつ、スバルは大きく首を振った。

 

 

「確かに、魔女だ魔女だ、って聞いてりゃ、その魔女因子とやらがここに来れた原因だ、って思うが、確かにお前の……エキドナの言う通り。おれは兄弟を見つけるまで、兄弟を助けるまで、前のめりで行くって決めてた。そんな兄弟が今も力を貸してくれてるって方が良い。そっちの方が断然オレ好みだ。それでエキドナ。お前の見立てを聞いてみたい。……オレが兄弟に会えるとしたら、何をすれば良いと思う?」

 

 

厳密に言えば、ラムからある程度は聞けているが、それも正直ふわふわした話だ。ラム自身の目的? 本懐? が何なのか解らないスバルにとってしてみれば何も解らないも同義だから。

それでもラムにも、ツカサとはまた違った譲れない一線がある様で、下手に聞けないと言うのが現状。最愛の妹レムでさえも、その心の内までは解らないのだから猶更。

 

だからこそ、この強欲の魔女、エキドナの存在がデカい。

不本意で、不可抗力で、突然襲われた感もあるが、それでもスバルにとっても目標であるツカサとあた出会う事。そのゴールに向かう可能性があるのは間違いなくこの目の前の存在なのだから。

 

そんなエキドナだが、スバルのいう様にゼロとも再会できる事を意識した故にか、妄想モードに再び入りかけていたエキドナは直ぐに戻ってくる事が出来ていた。

 

 

「……そうだね。どうにかこうにか、頑張って自分自身の記憶の残滓を拾い集めようと努力をしているんだけど、中々に上手くいかない。色々と沢山話せていた筈、なんだけどね。……ただ、彼も本分はボクと似たものだとは思うんだ。……この強欲の様に、新しいもの常に、底なしに欲する。そして心行くまで楽しみたいと。……だからこそナツキスバル。キミ自身が今後も必ず当たるであろう困難を乗り越えに乗り越え、その限界直前まで突き進めば……或いは、と見ている」

「拷問かよ。ドSか。村人Aな戦闘力レベルのオレに、ガチ戦闘、ガチ試練、ガチボス討伐とかやれってか? 確かに愉快犯っちゃ愉快犯なナニカ、……ゼロの事を考えて見りゃ、十分あり得るな……。でもまぁ、強欲の魔女様の言葉だ。不本意だが、一番信じられるかもしれねぇ」

「様付けしといて不本意とはヒドイな。ボクだって彼にあって、彼の胸に飛び込みたい気分なんだケド? キミだってそう言うヒトが居るんだろう? ……そして、キミは直ぐにでもソレが出来る。十分過ぎる程恵まれてて、憎むべき彼女の感情がボクに生まれてしまいそうで怖いよ」

 

 

ここでよく理解できたのは、エキドナはやはりと言うか【嫉妬】に対しては良い思い出が無いらしい。当然と言えば当然。6人の魔女を全て呑みこんだのが嫉妬の魔女と言われているのだ。自分を殺した相手に対して好印象を持ってる訳がないのだ。

 

 

「んじゃあ、次だ。オレは、オレ達は聖域って場所を目指して走ってたわけだが、よく解らんうちに貰った石が光だして、気づいたら遺跡、墓所? 城? よく解らんが、お前の傍に来てた。この怪奇現象をどう説明する?」

「まぁ、確かに怪奇ではあるね。陰の魔法を受けた可能性を見出す事以外に、ボクには知りようがない事さ。外の事は解らないから。ただ、キミのいう聖域にはもう入っているよ?」

「!! マジで!? その情報けっこうデカいぞ!!」

 

 

スバルはがばっ! と告げられた事実に胸躍らせ、勢いのままにエキドナの量の肩を掴んだ。さっきまで、白鯨や怠惰以上の脅威を感じていた目の前の魔女に対し、随分と思い切った行動をとったモノだ、と自分でも思うが……触れてみた感想は、エキドナの肩は細い、と言う事だろうか。見た感じ、太ってはいないと思っていたが。

 

 

「太ってるなんて、女の子に言って良いものじゃないと思うのだが?」

 

スバルの心をんだエキドナは再び頬を膨らませつつ、真っ直ぐ見据える。

 

 

「それにしても随分と大胆な行動をとるじゃないか。ナツキスバル。目的地に到達していた事実がそんなに驚きなのかい? 遺跡、墓所、強欲の魔女であるボクとの邂逅。……十分連想できそうな情報が揃っていると思ったんだが」

聖域(・・)って言われてるくれーだから、聖属性一択だって思ってたんだよ! まさかガチガチな闇属性、魔女が居るなんて思っても無かったから仕方ないだろ!?」

「ふむ。陰ではなく闇。確かにどちらかと言えば闇の属性……とは正しい判断だ。また1つ、違う感性に触れて、知れてボクは嬉しいよ」

「そんなんで嬉しいのかよ。ってか、それよりマジでここはもう聖域なのか?」

「ああ。その通りだ。キミの言う通り、遺跡の外は聖域だね。正確にはこの墓所を護る為の場所が【聖域】と呼ばれている」

 

 

聖属性ではなく闇属性かもしれないが、この際それはどうでも良し。

 

 

「つまり、夢の城を出て、遺跡を飛び出したらエミリア達と合流出来るって言う訳だな? よっしゃ、俄然外に出たい欲が出てきた!! んで、この城から出るにはどうしたら良い?」

「え? ああ、それは簡単で単純だ。起きようと強く念じるか、外から起こされるか。もっともここは特殊な夢の中だから、ボクが起こそうと思わなければ起きられないかもしれないね」

 

 

意味深に笑うエキドナ。冗談にしては性質が悪いので苦々しい顔をするスバル。

 

 

「意中の人物に会えないからって、妥協してオレにしたけど、やっぱイライラしてるから道連れでいつまでも起こしてやんない! とか言い出すんじゃないだろうな……?」

「いやいや、別に帰りたいと言うのなら構わないよ。そもそも、ボクがお茶会に招待したんじゃなく、キミが勝手に入ってきたわけだしね? 丁度機嫌が思わしくない時に入ってきたのもキミだ。ボクに責任ある、みたいな言い方は心外だよ」

「成る程……。命賭けるのもOKで、死ぬ苦しみ以上を知ってる俺が、一瞬でもガチビビりしたよ。この緊張感。どうしてくれんのよ? シリアスさん、今きっと息してないよ?」

「まぁ、シリアスさんは息出来ないだろうね。ボクの前に立てるのはキミくらいな筈だし。シリアスさんが、ゼロくんの庇護下にあると言うのなら、解らないが」

 

 

取り合えず、エキドナは外に出してくれるつもりなのはよく解った。

 

 

「ふむ。でも、もうキミが外に行っちゃうのは寂しさを覚えるね。確かにキミの言う通り意中の相手じゃなかったとしても」

「キープ君だから逃したくないの、みたいに言いやがって。悪女かよ」

「悪女、そりゃ、ボクは魔女だからね。悪い悪い魔女さ」

「男ったらし、ってヤツだよ。悪党な方じゃなく」

「……ボクの魅力で彼を惹きつける事が出来たなら、ここでキミはもう彼と再会できてた筈だよ………………」

「……なんか、スマン。変なトコ触れちまったな……」

 

 

ごほんっ、とスバルは咳払い。

少々デリカシーが無かったと反省もする。

 

 

「んじゃあ、協力関係といきますか。今度またお茶会招待してくれ。そん時までにそれなりの情報得てたら、エキドナもオレを外に出すメリットってヤツが増えるだろ?」

「そりゃまぁ…………、ふむ、それもそうだね。死者相手に、それも魔女にそんな簡単なことの様に約束を取り付けるのも驚嘆だが、キミの言う通りメリットは大きい。その案に乗るとするよ」

 

 

ぱちんっ、と指を鳴らすと――――世界が歪んだ。

そして、一枚の扉が出現する。

 

 

「そこから出ればお望みの外の世界……気づけば墓所の中だ。長く魔女をしていて、こんなにも目まぐるしく展開なのは初めてだな。ワクワクするかもしれないよ」

「そりゃ良かった。下見るより上向いて涙零れない様にして歩いて感動の再会、といきたいもんだ」

 

 

スバルは軽く笑うと席を立つ。

そんな時———。

 

 

「ああ、ちょっとまった」

 

 

エキドナから引き留められた。

 

 

「魔女のお茶会から帰るんだ。最後に対価を頂こうか」

「へ? ………言っとくが、オレは万夫不当の一文無しだぞ? 今後のツカサ情報を担保、とか駄目?」

「それは魅力だが後払いは駄目だよ。それに魔女の対価は金銭じゃなく制約。この茶会に関する出来事の口外禁止。でも、ここに彼の情報を得た状態であれば、記憶の扉が開く様に調整しておくよ」

「随分しっかりしてんなぁ!」

 

 

外に口外禁止~と言う事は、恐らく口外すればペナルティが待ってるだろう。

もしかしたら――――。

 

 

「つまり、外に出たらエキドナとの事を綺麗さっぱり忘れてて、兄弟関連の情報を得たら、あら不思議。頭の中にエキドナが復活! みたいな感じか?」

「ああ、そんな感じだね」

「ほんっと、イイ感じの使いっパシリ扱いだよこれ。全然得たモノねーじゃん!」

「まぁまぁ、それともう1つ面白いのを上げるよ。―――――君に、この【聖域】の試練に挑む資格を与えよう」

 

 

急に違う話題が入り、スバルは混乱する。

 

 

「は? 今度は資格? ……ってか試練ってなんだよ。さっきも言った通り、オレの戦闘力レベルは一般ピープー程度だぞ。寧ろ以下と言ってくれても良い。人外(お前ら)から見ればそんなもんだ」

「随分と自虐的に言うが、全くをもって大丈夫さ。物理的な戦う力を必須としていないからね。……今はまだわからなくても、この場所のことを知ればその価値に気付ける。そうなったときがどうなるか、ボクは楽しみで仕方ない。……キミがぶつかった壁に対して、彼がどう反応するのか。……また再会できるのも遠い未来の話じゃないのかもしれないね」

 

 

試練に挑めばその結果次第ではひょっとしたら―――――

エキドナが考えている事はスバルにも解る。やっぱり性格悪い魔女だ! と思いたい気分だが、此処へきて、次なるステージの匂いがする事間違いない試練と言うワードにはスバル自身も少々期待してしまう。

 

 

ただ、あの愉快犯であるゼロは、自分が擦り切れて摺り潰されて、限界のギリギリの更にギリギリまで到達して漸く庇ってくれた様な存在だ。安易で甘い期待はしない方が良い……とも心の何処かに留めておく事にした。

 

 

それにしても――――。

 

 

「魔女より愉快犯の方が性質悪い気がしてきたぜ」

「そうかい? ボクは実に好ましい限りさ。この身の全てを捧げたって構わないよ」

「マジで随分と好かれちまったんだな。やっぱし、兄弟と同じ天然ジゴロってヤツ? 異世界でハーレムでも築こう、ってか? ……羨ましくなんか、ないんだからねっ!!」

「……はあれむ、とやらは聞いたことが無いし、新しい言語に知識欲も疼くと言うモノだが、その本質は理解したよ。――――ボクは断然否定派だ!!」

「いやいや、メチャクチャムキになっちゃったよ。……なんかあったか?」

 

 

魔女とゼロの戯れの会。

スバルは知りようのない事だが、思い出して不機嫌気味になり、つーん、とだまってしまったエキドナ。

もう話つもりも無いので、スバルには永劫明かされる事は無いだろう。

 

 

 

「取り合えず、次回期待しとくぜ。今はエミリア達のが心配だ」

「ああ、ボクもここで待たせてもらうよ。……キミが齎す行く末についても、同じくね」

 

 

 

そんな言葉を交わし合った後、エキドナは不意にスバルに近付き、その額を軽く押した。

背後に倒れる様にスバルは後ろへと下がり――――次の瞬間には開いた扉に飲み込まれる。

 

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 

落ちてゆく、闇の中に。

消えてゆく、光の中に。

 

ただ、恐怖心は全く無い。

その点においては一般人のそれとは比べ物にならない程鍛えられているな、と何処かどうでも良さそうにスバルは思い―――――夢の世界を後にした。

 



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怒髪天の鬼

 

 

 

目が覚めた時の印象は、その感触は……最悪に近い。

ゴツゴツと固いモノが頬に当たる。どうやら、柔らかいベッドの中ではない事は確かだ。

 

 

「ぁ……、ここ、は? ……あれ? ……んん??」

 

 

最悪な寝心地は兎も角として、それ以上に正直不快にさせるモノがあった。

まるで心にぽっかりと穴が開いたかの様な、記憶を司る脳の海馬が欠けた様な……何かがあったのは確かなのに、その根幹が思い出せない。

 

 

【ボクも似たようなもの、なんだよ?】

 

 

そして、何故だか解らないが、頭に変な声が響いた気がしたのも嫌な気分になる。

今の今まで一緒に有った声の様な気がするのだが……、どういう訳だか解らない。

 

取り合えずまぁ、それはそれとして、思い出せないのなら仕方ない、とスバルは立ち上がり、頬についた土ぼこりを手で払い、暗がりの中を進み続けた。

取り合えず、で置いとける程にその妙な声は無視できると判断したのだ。それより現状の確認の方が圧倒的に優先順位が高いから。

この場所、見たところどうやら古い遺跡の跡———その中に入って10m付近と言った所だろう。

真っ暗な闇……と言う訳でなく光が差し込んでいるのは本当に心強いと感じた。外に間違いなく出れるのだから。脱出には困らない

 

 

「とにかく、外だ。外に出ねぇと……。エミリアやラム、それにレムとだって合流しねぇと……」

 

 

長時間あの最悪な環境下で寝てたとでもいうのだろうか? 身体はバキバキで頭は重たい。

それでも何とか前に進む。今の自分(・・・・)にはこの遺跡には用は無い筈。それだけはハッキリとしている。理由は解らないが、そう感じる。

今、必要なのは外にある【聖域】へと向かう事だ。そこに皆が居る筈だから。

 

全ての答えが待ってる筈—————だから。

 

 

「くそっ……、なんか蚊帳の外って感じがして妙に嫌な気分だ。……これまでは全部知った上で行動出来てたつもり、なんだけどなぁ……。オレの死に戻りは使う訳にはいかねーし」

 

 

とことんツカサと言う絶大な信頼と親愛(笑)を向けられる相手に依存体質だったんだな、と笑うスバル。エミリアの騎士になると意気込んだはいいものの、こうもあの力が、あの存在が心細くなってしまうのは情けない。孤独は、何よりもきつく、何よりも苦しい毒と成りうるから。

真なる意味でその孤独を最初に埋めてくれたのが、ツカサだったから。……そして秘密を共有出来ているラムも候補に挙がるが、そんな事言った日には大変な目に遭いそうだから絶対に口には出さない。

 

そんな時、だった。

遺跡から外に出て、太陽光を一身に浴び、一息つこうとしたその時———。

 

 

「――—よォ。そんなッとこから堂々と、いい度胸してんじゃァねェか、テメェ」

「あ……?」

 

 

不意打ち、とまでは言うまい。その存在は真正面からやってきているのだから。

あまりにも注意散漫だったのは自分自身の落ち度だから。

 

 

「いッくら、テメェが信用されようがなァ、俺様にとっちゃァ関係ねェ話なんだからよォ!!」

「……はい?」

 

 

まるで今にも噛みつきそうな雰囲気を纏い……いや、実際にトゲトゲしいその牙が顔面の中で一番目立っているから、真面目に噛みつかれて、かみ砕かれそうな勢いだ。

差かだった短い金髪は、某地球外星人とでもいうのか? 額には目立つ白い傷跡が生々しく、その男の凶暴さ、獰猛さを表している気がしてならない。

猫背に丸めた背丈は、決して大きいとは言えず、何なら自分より遥かに小さな上背ではある……が、他者に侮らせないほどの濃密な気配が、殺気が前進から垂れ流している様だ。

 

 

「おうおう、ビビってんじゃねェぞ、余所者!! てめーは運が無かった。それだけの事、ッだからよォ!! 此処にゃ、オレ以外の誰も居ねェんッだッからよぉ!!」

「いや、ちょっと待て。話は聞く。でも頭ン中が追い付いてない。一先ずどういう事か説明を―――」

「ハッ!! そいつァ無理な話だァッ! 【考えるよりガングリオン】って事だからよォ!」

「がんぐ、? あん?」

 

 

応酬に混じら得た謎の慣用句————よりも何よりも、どうにも好戦的な気がしてならない。向きだした牙、それに構えた両手はまるで猛獣の爪を出そうとでもいうのか? でも、アレで一振りされたら、自分がどうなってしまうのか……木の葉の様に吹き飛ぶ姿が容易に想像できる。

こっちの方がでけぇぞ! と言いたい所だが、まだまだ英雄見習いのLv1である身とするならば、こういう話聞かない系統のタイマン、野生丸出しな相手と事を構えるのは難しいを通り越して鬼難易度だ。

ユリウスとの模擬戦(と言う名のリンチ)よりも難易度が高いのではないだろうか?

 

 

「【聖域】の最強は、この俺だァ。それをアイツに証明するッ為にも、逝ってもらうぜェ兄ちゃんよォ!! せいぜい、不運を恨めや、【右へ左へ流れるバゾマゾ】みてェになれッ!!」

「いや、待てよ待て!! マジで待て! ちゃんと話をしてから―――」

「【めくってもめくってもカルランの青い肌】一切聞かねぇッ!! (こっち)の方が早ェェ!!」

 

 

制止の言葉は一切聞かず、何をそんなに怒っているのかもわからず。気が付いたら男はもうすでに懐にまで入ってきていた。

凄まじい速さ、この俺じゃなきゃ見逃してるね。とこじゃれた噛ませ犬発言の1つや2つ、残してやりたかったのだが、もう遅い。

襟首掴まれて思いっきり吹き飛ばされたからだ。

 

 

「おっっ、あ―――――っっ!」

 

 

信じられない程の怪力だった。小柄なその体躯の何処にそんな力が―――と思いたいが、あの白鯨戦を体感している身としては、この程度で驚いてはいられないだろう。何せ可愛らしいミミ、ティビー、ヘータローらの戦闘を見ているのだから。あの3人と眼前の男を比べたら更に半分くらいに小さい。

野生と言うのはかくも恐ろしい存在なのか……と、悠長に考えていた間に。

 

 

「だ、ふ―――――――!!」

「おおおお! パトラッシュちゃん、凄すぎます! ナイスタイミングっ!!」

 

 

いつの間にか来ていた竜車。そこにはオットーの姿もあり。

視界が反転しているが、しっかりと耳は聞こえるし、パトラッシュの、愛地竜の声だって聞こえてくる。

見事な竜さばきなオットー……と言うよりは、聞く感じパトラッシュの位置取り(ポジショニング)が絶妙で、スバルは竜車の中に放り込まれる形になった、との事らしい。

 

 

「おっと、オットー、なんでここに?」

「パトラッシュちゃんと僕に助けられた後の第一声がそれですか! 兎も角た、大変だったんですよ!! ナツキさんは消えちゃうし、ラムさんもなぜかあの後に消えちゃうし! エミリアさんは―――」

 

 

最後まで言い切る前に、パトラッシュが走り始めた。

咆哮と共に、引いていた竜車を外し、あの男に飛び掛かる。

 

 

「成る程なァ! 痺れる判断だァ! いい地竜、いやいい女だぜ、てめェ。他じゃ飽き足らず、てめェみてェな女抱き込んでる姿みてッと、より殺意(ヤル気)も湧いてくるがなァ!!」

 

 

パトラッシュの捨て身の攻撃。

それは突き出された男の左腕を捕らえるにとどまる。

どうにか食らい付こうと藻掻くが、膂力はあの男の方が遥かに上か。腕力に物を言わせて。

 

 

「痛ェ目には遭わせねェ! ちーっとばかり寝とけや!」

 

 

そのまま有りえない背筋力で地竜を大地から放り投げてしまった。

 

 

「パトラッシュを……なげた」

「えええ!?」

 

 

大きなパトラッシュがうめき声を上げながら、放り出される。流石に経験した事が無い事だろう。

白鯨戦で、ツカサのテンペストで巻き上げられた事はあるが、あれは最後の最後までアフターケアまでしてくれてたし、傍らに居たツカサの愛地竜、ランバートも居たから大丈夫だったのだが……。それは兎も角とんでも光景を目の前にした2人は流石に言葉を失う。

 

 

「なさッけねぇよなァ、よォ大将。いい女ァ前に出させて、挙げ句テメェ自身は三下の横で震えてる、ってかァ!?」

「だ、誰が三下ですかッ! 舐めないでくださいよ! 僕はこれでも行商人の端くれ! ツカサさんと一緒に旅も経験し、最悪な暴漢に対しての対応を直ぐ横で見てました!! これまでの経験が、全て僕の糧になってるんですッッ!!」

 

 

オットーはへっぴり腰ながらも、闘志をほんのちょっぴり宿した眼を向けた。

そう、曲がりなりにもオットーはツカサと共に旅をした間柄。

スバル自身も聞きかじった程度ではあるが、実はツカサとの旅、つまりツカサがこの世界に降りて間もなく、白鯨を追い払った後に魔女教とも出くわしていたりする。

当然、ツカサが撃退した訳だ。オットーは特に役に立ったわけじゃないのはご愛敬。

 

でも経験が糧になるのは当然ある話だから、まさか秘められた力が覚醒する時だったりするのか!? って、思っていたんだけど……。

 

 

「行きますよ!! スーウェン家流暴漢撃退術———だふんっっ!!」

「るっせェよ、このド素人。見てくれみてりャァ大体わかんッだよ! あのイイ女に免じて半殺しですませッたらァ。寝てろ」

 

 

勢いが良かったのは、威勢が良かったのはほんの一瞬。

いつの間にか、間合いを完全に殺され、接近され、オットーは何をする事も無く額を指で弾かれた。

 

 

「ぎゃあっ!!」

 

 

傍目から見て完全にデコピン。

デコピンでヒトが飛ぶなんて、何処のバトル漫画だ! とツッコミたい気分ではあるが、そうも悠長にしてられない。

パトラッシュ、オットー、……次は自分の番だから。

 

 

「ぐっ――――!」

 

 

スバルは竜車の中を見た。

 

ほんの少しではあるが、オットーの話は頭に入ってる。

この竜車の中にはラムがおらず、エミリアただ1人になってしまっていると言う事。そしてそのエミリアは眠っている無防備状態。

そしてラムが消えてしまったのは正直想定外だ。

 

あの妙な石の光のせいで転送されてしまったのは自分だけだと思っていたのだが、その余波なのか、或いは別の理由なのか……、ラムまで消えているとは思わなかった。

完全武闘派なレムとは違う、とラムは言っていたが、事ツカサ関連で齎せるラムの愛あるパワーはレムに引けを取らない、とスバルは思っている。

ここで全滅するとなれば、ラムは文字通り怒り狂うだろう。……スバル自身がやられでもすれば、その代償がツカサの方へと向かってしまうのだから。

 

 

ここで諦めるつもりは無い。

竜車の中で眠っているエミリアを護らなければならないから。

 

 

「おうおう! イイ女に加えて三下までやられて、んで、テメェは前にも出れねェ。そんなもんかァ!? あ? 【剣聖レイドは竜を前に剣を抜いて笑う】って気概でくりゃぁちったァ感心の1つや2つ、向けてやッてたが、テメーは何だ? 腰抜けか?」

「……あああ? いい加減にしろ! オレ目ェ覚ましたばっかで何もかんもいきなり過ぎんだ! キャパオーバーだ! 頭ン中が追い付いてねーだけだ! ちっとは話聞けや!!」

「なーに、情けねェ事言ってやがッんだ。とんだ英雄サマだぜ。【ミルキスに退路なし】ッて状況でまだ対話だァ!? レムのヤツ、この腰抜けの何が英雄だ。誰が何の英雄だッってんだよぉ! こんな腰抜けの何処が英雄だってんだァッ!?」

 

 

ドンッ!! と地面に対して怒りを漲らせて足で踏み抜いた。

冗談でも比喩でもなく、地震が起きた気がした。

 

絶望的な状況なのだが、光明が見え、1つの誤解が解けそうな気がしなくもないが……如何せん相手が聞く耳持たずじゃ意味はない。

 

 

「テメェがどんな魂胆で、一体どんな力ァ使ってラム捕まえたか知んねェが。テメェはそんな器じゃねェ。いっぺん死んで出直して来いやァ、腰抜けのツカサクン(・・・・・・・・・)よぉぉぉぉぉッッ!!」

 

 

超武闘派より完全なる頭脳派なスバルに、某英雄と比べられては困る。

何故この男がこれ程までに怒りを顕にするのかも何となく読めた。

 

この男から【レムの英雄】と言う単語を言葉を聞いて、マジで自分の事を狙ってる!? と脳裏に過ったが、その直ぐ後の人名を出してくれて直ぐに誤解であると解った。

 

何だか身近に、物凄く身近に居る魔女(かのじょ)の気配を、この目の前の男から発せられる情炎に感じられる。

そう、【嫉妬】と言う名の炎が感じられる。

 

紛れもなく、この男が求めていて、この男の源となっているのは――――。

 

 

 

「ギャオオオオッッ!!」

「ぬおおっっ!?」

 

 

突如、乱入してきたのはパトラッシュ――――ではなく、もう一頭の地竜。

男の横っ腹目掛けて勢いのある頭突きをかました。

それと同時に、その地竜に跨るもう1つの影が動く。

 

 

 

 

「エル・テンペスト」

 

「どっっわぁぁ!」

「ぎゃあああ!」

 

 

 

 

 

そう、この男が求めているのは青い鬼に対してではなく、もう1人の赤い……桃色の鬼の方。

 

 

 

「弁明の余地なし、ね」

 

 

 

突如乱入してきた地竜、そして吹き荒れる暴風は、目の前の男は勿論スバルも容赦なく巻き込む。

 

 

 

 

 

「一体、誰がツカサで(・・・・・・)誰の事を腰抜け呼ばわり(・・・・・・・・・・・)しているつもり?」

 

 

 

 

 

粗方吹き飛ばした後、まさに鬼の形相で見下ろしてきた。

まるで空気が歪んでいるかの様な……、まるで一段階怒りで変身したかの様な凄まじい怒りがそこに内包されており、まさに怒髪天を衝くとはこの事だろうか……。

 

 

いつものスバルなら、軽口の1つや2つ飛ばしてやるのも吝かではないが、もう限界———と言う訳で、成されるがままに荒れ狂う暴風に身を任せるのだった。

 

 

 

 



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魔女の墓地

 

「どこのバルスか解らないけれど、道に迷った挙句にガーフに絡まれるとか、幸薄いも此処に極まったわね。英雄見習いだとか、目指すとかほざいた口は何処へいったのかしら? ああ、少しでも期待したラムが馬鹿だった、それだけの事ね」

「解らないっつっといて、何だよそれ。中途半端にするくれーなら最後までその設定貫けよ」

 

 

只今聖域内にある集落へ到着した所です。

鬼神の如きラムの御怒りをどうにかこうにか鎮めるのに躍起になっていたが、あの後大変だった。

大変、ってだけで済ませる訳にはいかない! と力説したい程だ。《ツノナシ》で武闘派じゃなくなった設定も一体何処へ行ったのか……。

愛ある力、と本人は言っていた様な気がするが、あんな地獄の鬼でさえも、どんな鬼でさえも裸足で逃げ出す様な鬼神を前に、何処に愛ある要素があるのか、と言いたくなる。

 

当然ながら、普通にやり取りできるようになった今でも、それは口に出して言わないが。けーーーーっして言わないが。大切な事なので2度思ったスバル。

 

 

そんなスバルの隣には、あれだけ殺意を漲らせ、何処かの波動に目覚めたか? と思える嫉妬の情炎を浮かべていた金髪の問題児が大地に額を擦りつけて許しを乞うている。

頭には幾つものタンコブが出来ていて、ギャグテイストでありながらも、地獄の苦痛だと言うモノ解ってスバルは身悶えた。本当の地獄めぐりをしてきた筈なのに、そのアドバンテージがさっぱり活かせないのはどういう訳だろうか。

 

 

「だから言ったでしょう? ガーフ。レムのいう事が信じられなかったのですか?」

「……すいぁぁぁ、せん、でしたァ………」

 

 

一応、名前もスバルは知った。

どうやら、フレデリカに【気をつけろ】と言われていたガーフィールと言う名の人物が、この男らしい。ただ、もう上下関係はハッキリしたと言うべきだろうか。レムは今でこそ優しく諭す様にガーフィールに言い聞かせてる様に見えるが、スバルを襲った事実を知った途端に、鬼が2人になったのはついさっきの出来事。

麗しき姉妹愛を以てすれば、この狂暴な牙を持つ殺意の波動をどうにかこうにか覚えたガーフィールなぞどうしようもない、と言う事だろう。

ただ嵐が去るのを待ち、許しを請う他ない。

 

 

「まぁ、ガーフも男の子。英雄と名の付く彼に挑みたくなる気持ちは分からなくも有りませんが、少々背伸びが過ぎましたね」

「レムさん! そこは解って上げちゃ駄目ですよ!? オレ、英雄目指すっつっても武闘派と違うから! どっちかってーと智将の方だから!」

「ふふっ、レムにとってはスバル君はもう英雄です。目指すまでも無く、英雄そのものだとレムは断言します。ですから、大丈夫なんですっ!」

「相変わらずなレムのスゲーーー高ぇ評価が、心の傷に染みてくるぅぅぅ! 根拠のない大丈夫は恐怖でしかないっっ! ……はぁぁ、レムとラムで飴と鞭って感じじゃねぇよなぁ……。ってか、ある意味世界で一番厳しくて甘くない、って感じだよ」

 

 

スバルに会えた事が何よりのレムにとっての正しく精神安定剤。

ラムと違い、ガーフィールに向かう怒涛の武力が多少なりとも和らいだのはある意味スバルのおかげだから。

だからと言ってラムを止めたりはしてない。当然だ。

 

 

「まぁ、それはそれとして今このタイミングで聞くのは正直空気読めねぇ所の騒ぎじゃねーけど、……お前って、ラムの事好きなの?」

「あァ?」

 

 

土下座姿勢だったガーフィールの頭が90度回りスバルの方を見た。

頭のタンコブの大きさからそれなりに変形しているのでは? と心配だったが(グロテスクな絵を見るって意味で)顔面は大丈夫そうだ。

 

 

「そりゃァ……良い女に雄は惹かれる。強くて優秀なら尚更惹かれる。ンなおかしい話じゃねェ」

 

 

牙を折られてしまったかの様に項垂れているガーフィール。

これは力で押さえつけられてる、と言う訳じゃないのだろう。

 

 

「ここまで、強くなってる、ってェなれば、尚更だろォ? 一体、この短期間でラムにナニがあったッてんだァ」

「そりゃお前。愛する男の為に女が強く~~っつぅ、普通なら逆パターンがラムに対して起きたってだけだろ」

「がァ…………」

 

 

ガーフィールが意気消沈しているのは、紛れもなくラムは自分に気が無い事をまざまざと見せつけられた他にならない。純粋な力比べをしたのかもしれないが、それでも失恋を重ねたうえでの勝負ともなれば、100%な自分を出せる訳も無い。……ある意味、スバルにも解る気がするから。

 

 

「だからと言った筈ですガーフ。姉様は挙式を控えています。……帰ってくれば、ツカサ君とは晴れて夫婦となり、レムにとって義兄様となるのですから」

「グガッッ!!?」

「気が早いわよレム。決定事項とはいえ、予定は立てられてないのだから」

「ギャワァッッッ!??」

 

 

失恋を重ねて、男は成長をしていくと言うモノだ。

今は憐れに映るが、今後とも精進せよ、ガーフィール……とスバルは思った。

 

それはそれとして、集落の奥へと一行は進む為に、竜車へと乗り込むのだった。

 

 

 

 

「ちょっと!! みなさん僕の存在、綺麗さっぱり忘れちゃってませんかねぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜車の中で、半死半生気味だったガーフィールとレムから粗方こちら側の情報は聞けた。

エミリアも無事目を覚まして更に一安心だ。

 

 

「…………」

「エミリアたん、大丈夫?」

「え! だ、大丈夫大丈夫。ちょっと、落ち着かない感じはするけど、大丈夫です」

 

 

目立った外傷も無く、意識もクリアで問題ない、と本人は言っているが、明かにそわそわしているのが目立つ。

少なくとも、聖域の中に入る前のエミリアとは全然違うのがスバルの中で引っかかった。でも、本人が大丈夫と言うので、明かな不調のサインでもなければ過剰に反応しない様にしよう、とスバルは思う。

 

 

「(うーむ。エミリアたんも心配だけど、こっちも(・・・・)なぁ……。つか、あの口ってぜってーフレデリカの……)」

 

 

ガーフィールとフレデリカの関係性もスバルの中では何となく察しがついた。身体の一部分を見れば一目瞭然。……なぜかガーフィールは解ってない様子だったが。

 

でも、それはそれとして、ある程度復活したガーフィールは勢いよく立ち上がるとラムをビシッと指さしながら吼えた。

 

 

「おいラム! テメェが異常にムカついてッんのは、こっちの野郎とツカサッつぅ兄ちゃんをオレが間違えたッ、ってだけで間違えちゃァいねェよなァ!? 【儲け話の陰にデリデリデあり】じゃねェよなァ!?」

「まーたオレとお前の間じゃ、言語翻訳バグってるよ。それ慣用句か? 一体どういう意味なんだよ」

「良い話には裏がある、と言う意味ですよスバル君」

「翻訳さんきゅー、レム」

 

 

スバルの疑問には当然答える者はレムだけだった。

本当にありがたい。

 

そしてラムは【ハッ】と鼻を1つ鳴らせた後にレムに続く形で言った。

 

 

「当然よ。ラムのツカサは唯一無二。一体どこのバルスと間違える様子があると言うの。ツカサを腰抜け、呼ばわりした事……。その罵倒も、バルスに向けられたと言う意味で解釈し直すと誓ったから、まぁ良いわ。………これでも解らないのならその頭の中に叩き込んであげましょうか? ―——物理的に」

 

 

最後のラムの言葉にゾクリ、としたのは気のせい等ではないだろう。

スゲー釈然としない腰抜け発言はとりあえず置いといて、物凄く寒気がした。

 

物理的に、それも頭の中に~~と言うのはつまり、脳みそに直接叩き込むと言う事だろうか。

物理的に叩き込むと言う事なのだから拳で頭の中にイン? 

それはつまり、よく昔から言われる脳みそは豆腐より柔らかい。そこにラムの一撃が物理的に入るともなれば――――。

 

 

「怖ぇぇよ!!!」

 

 

想像してしまったスバルは思わず叫んだ。

どう見ても潰れたトマトが可愛いくらいになってしまうグロ画像を想像してしまったからだ。飛び出る脳漿が簡単に想像できたのも最悪だ。

 

肉やら骨やらで守られている以上、血が噴き出すのはアリとしても、贓物の露出は控えめな筈なのに、モロ想像してしまったから。

 

 

「(怖がるスバル君、可愛い……)」

 

 

グロ画像を想像して怯えるスバルをカワイイと言うレム。いつも通りの平常運転である。

 

そんなスバルの叫びにはレム以外は気にしない。

エミリアでさえ、やっぱり自分の事で精一杯な様で特に気にならない様だった。……と言うよりある程度はいつも通りだから。

 

当の本人、ガーフィールはにやりと笑いながらラムを見る。

 

 

「じゃァ、そいつァつまり、その男が聖域(ここ)ォ来た時にィ。……挑んでも問題ねェ訳だ!?」

「ええ。好きにするが良いわ」

 

 

 

ラムがサラッと返答してあげている。

当の本人抜きで。

 

 

「そりゃ幾らなんでも兄弟が可哀想じゃね?」

「ハッ。ラムの約束を破っているのよ? 負け猫の相手するくらい何でもない話よ」

「負け猫って……」

 

 

ツカサに会える。

まだ死んでいない。

その確信があって、速攻でラムはこの手の軽口を言える様になった。喜ばしくも有り、ツカサに同情してしまう自分も居て……それでいて、ちょっとくらいは自分も叩いても良いんじゃ? と思ったりもしてる。

心配かけやがって、と家族がげん骨を落とす様に。

 

 

「っしゃあァっ!! 俄然ヤル気がでッたぜェェっ!! 英雄と拳交えれるんだァ。喜ばねェヤツァ男じゃねェよ」

 

 

歯をガチガチと鳴らせながら感極まる顔をするガーフィール。

ほんのついさっきまで、失恋した男の様な顔をしてた気がしたのが嘘のようだ。また新しいおもちゃを買って貰えた子供のよう。

 

 

「ハッ。負け猫ガーフが何秒立ってられるか、見モノね」

「【レイドはいつでも真っ向勝負】ってなァ!! 小細工抜きでやってやんよォ!! どっちが強ェェ雄か、決めてやるぜェ!!」

 

 

「はぁ……、何か好意がラムから兄弟に向いてねぇ? アイツ……」

「それはあるかもしれませんね。姉様からツカサ君の事を詳しく聞いたのですから、ガーフなら当然、ともレムは思ってしまいます」

「なーる……。まぁ、解らんでもないか。腕に覚えがあるモンならそんなスゲー逸話? みたいなの聞かされちゃあなぁ……」

 

 

あからさまな恋敵としてみていたガーフィール。

姿の輪郭さえ見えない相手をかみ砕く! 勢いだったのだが、ラムからツカサの事を見下ろされながら聞かされて――――次第にガーフィールの反応が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―——国に傅かれ、剣聖を認めさせ、剣鬼を魅了し、永きに渡り世界を苦しめ続けた三大魔獣の一角を堕とした英雄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなの、英雄譚くらいでしか聞かない、書物に記される様な男が居ると言うのだから。

他でもない、ラムの口からそんな男の存在を聞かされたとなったら、ガーフィールは信じるしかない。ラムが嘘をつく理由も無いし、ラムが心底ほれ込むとしたら、それくらい強い雄で無いと有りえないから。

 

 

 

「また、僕を完全に無視して盛り上がってますよねぇッ!! このやられ損な僕を労う言葉くらいくれても良いじゃないですか!! この怒りは一体何処にやれば良いですかねぇ!?」

「うるッせェな、三下ァ! 一世一代のケンカァ決まったんだ、黙ってろやァ!」

「黙ってられませんよ!! って言うか、あなたも原因の1つなんですからね!!」

 

 

オットーが気軽にガーフィールに話しかける事が出来るくらいには、殺伐とした雰囲気は去った、と言って良い。

 

 

「あー、悪い。いたんだな? オットー」

「いますよチクショウ!! 僕の奮闘もまるっきり無視しちゃってくれて!」

「あーあー、うるせェうるせェ。小せェ事気にすんじゃねェよ。謝っただろォが」

「はぁ!? 謝ったっていつですか? まさか、さっきの土下座ですか? アレは全面的にラムさんに対してでしょうが! それとも【悪ィ、ボンクラ。早とちりだった】ってヤツですか!? あれは謝罪じゃなく更なる罵倒ですよねぇ!?」

 

 

如何にある程度雰囲気は良くなったとはいえ、圧倒的強者である立ち位置は変わらないのに、ここまでの態度。流石はオットーと言うべきか。肝が据わってる。

 

 

「オットー……幸薄い、って兄弟にも言われただろ? あまり無茶な事すんな。オレと約束だ」

「喧しいですよ!! それはそれとしても、本当に大変だったんですからね! 竜車が光ってエミリア様が倒れて、ラムさんも居なくなった! ナツキさん、どうしましょう!? と振り返れば、ナツキさんもいない! いったい僕がどれだけ途方に暮れてたと思うんですか!! これ、実はさっきのラムさんの説教の前に話したかったんですよ、ほんとは!!」

 

 

ラムの凄まじい怒りを前にして、それでも割り込めるだけの胆力はオットーには無いらしく……、と言うより、オットーも結構ラムと付き合いが長くなってきたので、ある程度の空気の読み方は学習しているのだ。

 

 

「ハッ。ガーフじゃないけど、小さい男ね。器が知れるわ。知ってたけれど」

「うっっ、本当に大変だったんですってば!! ってか知ってたって何気にヒドイッ!」

「でもま、エミリア様をしっかり護ってみせた所だけは評価しなくは無いわ。バルスと違って」

「え!」

 

 

ちょっと甘い顔、と言うか甘い言葉を向ければころっと反応が変わるオットー。

 

 

自分と違って、と言われた所がやや不本意だが、ここで乗っておいた方がうるさくない、と判断したスバルはラムに同調した。

 

 

「そりゃそうだ。オレはいないわ、ラムもいないわ、オットーしかいない、って状態でエミリアが無事だった。ファインプレイどころの話じゃねぇ。助かった。ほんと感謝してる」

 

 

スバルの追撃。

いつもなら、ラムから再び毒舌の1つや2つ、飛ぶ所なのだが意図を理解しているのだろう。違う意味で空気を読み、ラムは黙っていた。

なので益々オットーは騙され? て、目をウルウルさせながら呟く。

 

 

「お、おおぉ……、ここまで感謝をされようとは思いませんでした……。今までが長かった。物凄く長かったですから……。はい……」

「ちょれェなァ、オイ……」

 

 

ガーフィールの茶々は入ったが、付き合いの長さが違う。

オットーはそのまま偽りの感謝(笑)……とまではいかないが、気持ちがこもった感謝(疑)を受けて感極まった様子で、再びパトラッシュとランバートの方を向くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レム。ロズワール様の容体は?」

「はい姉様。……痛々しい御姿に成られてますが、出来うる事は全て行いました」

「そう。………」

 

 

暫く走ってる間に、ラムとレムの話題はロズワールのものになった。

ここでスバルも声をかける。

 

 

「なになに!? ロズッち怪我でもしちゃってんの? 初耳なんだけど!?」

「はっはっ! 今にもくたばりそうッな感じで笑えるぜェ!」

「いや、全然笑えねぇよ!! ロズっちは、兄弟に次ぐエミリアたん陣営最強クラスの魔導士なんだからよ!」

 

 

ロズワールの実力に関してはスバルも知っている。

王国筆頭とも言われているのだから、色んな意味で有名なのだ。

 

 

「あー、あの野郎については心配するだけ無駄ッだ。オレとレムが付いてやッてる、死なねぇだろうな」

「いや、何残念そうに言ってんだよ。ってもういいや。ロズっちに直接聞けば済む。………色々と聞きたい事山ほどあるしな」

 

 

重症患者であれば、ある程度は穏便にとも思いたいが、事が事だ。……正直遠慮は余りするつもりは無い。

 

 

「色々気取ってるヤツだからなァ。《聖域》なんて呼び方しやがるしよォ……。ここァ、そんなお綺麗な言葉の似あう場所じゃねェ。【強欲の魔女】の墓場って呼び方の方が正しいだろうがよォ」

「――――強欲の魔女!?」

 

 

何処か遠く―――何故だろう? 聞き覚えのある様な無い様な単語……と思ったがそれよりも大袈裟に反応したのはオットーだ。

 

 

「あ、あ、あ、あのっ……まさか、本当に、ここは【強欲の魔女】と関係が……?」

「ちょい待て待て。オットー先に反応してんじゃねぇよ。オレだって色々反応したいのに出鼻くじかれちゃったじゃねぇかよ。なになに? 嫉妬の魔女以外に魔女が他にも居るって事なのか?」

 

 

世界を恐怖のどん底に陥れた恐怖の象徴。

文字の勉強の際、絵本に幾つも描かれていた恐怖の象徴。

それが嫉妬の魔女……と言う事はスバルも知っている。と言うより、恐怖は確かに恐怖だが、クルル(と言う名のナニカ)に説得されて大人しくなった魔女だから、ある意味ではペテルギウスの様な連中の方が怖いと思っている節がある。

 

 

「……やっぱ、嫌な予感ってヤツだよ。兄弟が【強欲】と【暴食】をぶっ飛ばした、って話を聞いてたけど、魔女もそうなのかよ。7人の魔女と7人の大罪司教か。―――――――わ~~ん! 兄弟ぃぃぃぃ!! オレの元に帰ってきてくれぇぇ~~!!」

「情けないわね。耳障りよ。ラムのツカサが穢れるわ。死になさいバルス」

「ヒデェ!! ちょびっと現実逃避したかっただけじゃん! ……そこまで悲痛ってわけでもねーよ」

 

 

色々と色んな意味で盛り上がった所にオットーが入ってくる。

 

 

「改めて考えてみるとツカサさんってやはり物凄い……。実質大罪司教の3人の撃退に関与。おまけに成功って……」

「内1人は討伐完了だけどな。因みにトドメはオレ!」

「僕も傍にいましたし、知ってますよ。それも【怠惰】を。……歴史的快挙である事間違いなしなのですが、ナツキさん見てたらなんかわかんなくなっちゃいます。………って、それよりも【嫉妬】以外の魔女が上がるって事の重要性をまず理解してください」

 

 

オットーの説明に対して、それを繋ぐようにエミリアが口を開いた。

魔女と言う名については、無関係ではないから。

 

 

「すごーく昔。400年前のことだけど、その頃【嫉妬の魔女】以外にも6人の魔女がいたらしいの。でもそれは皆【嫉妬の魔女】にやっつぇられて……」

 

 

随分可愛らしい言葉遣いだ。

でも内情はそんなカワイイものではない。

 

 

「喰われたってことらしいぜ。実際。【嫉妬の魔女】にやられた他の魔女の記録はほッとんど残っちゃァいねェ。ッけど、ここが例外の1つッてわけだァ」

「なるほど。んで、他の魔女の名がマズイって理由は?」

「……あまり話題にしたくはないのですが、魔女教徒の習性なんですよ。ご存じの通り、彼らは【嫉妬の魔女】を信奉してやまないわけですが……、それ以外の魔女は存在すら認めない、許さない。その名を聞いただけでもとんでもなく過激に暴れ回る訳でして……。南にあるヴォラキア帝国はそれが原因で都市を堕とされた、となってます……」

 

 

それは聞いたことがある。

そう、【強欲】がその都市を……帝国の英雄と共に打ち滅ぼしたのだと。ユリウス達から伝え聞いた話であり、ツカサ本人からも聞いた。

 

あの英雄が、逃げの一手。それしか考えない様にしたのは、【強欲】が居るからだと。

【暴食】も十分ヤバい存在。白鯨を知っている以上、無視できる様な相手じゃないのだが、それでも何よりも【強欲】が問題だと。

 

オットーからも細かな説明を聞く。

何でも嫉妬以外の魔女縁の《ミーティア》が出たとかで無かったとか、真偽不明だがそんな類の噂が広がり―――――目をつけられたと。

 

 

「たったそれだけの代償が大都市の滅亡なんです。以来禁句になったとしても不思議ではないでしょう?」

「その厄災を、ラムの英雄はたった1人で退けたのよ。感謝に頭を垂れ、平伏しなさい」

「うん。怠惰の終演に勝るとも劣らないメチャクチャ凄い事でこれも歴史的快挙だって言って良いんですが……、なんでラムさんがそんな胸を張るんです?」

「当然よ。ラムのツカサだもの」

 

 

誇らしいのは当然だ。

自分が何かした訳ではないが、それでもちょっとでも一助と成れたのなら、好ましい事極まれり。

でも、ラム――――そんなに胸を張っても自分のソレ(・・)は、妹のレムと違って―――――

 

 

 

と、邪な事をスバルが考えた途端。

 

 

ガ、ガン!

 

 

と小気味良い、メロディ~を奏でる一撃を、スバルとガーフィールに与えるのだった。

 

……何故ガーフも?

 

 

 



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聖域の結界

 

「お~やおや、これはこれは。スバル君とガーフィールは、随分と仲良くなったものだーぁね? 2人揃って頭の同じ位置に、同じ大きさの瘤とは。随分物騒だと思うが、息ぴったりじゃなーぃかい?」

「たったそれだけで、仲良しこよしに見えてんならいっぺんフェリスんトコ、眼科行ってこいって言いたい所なんだが………、物騒っつーならそっちのケガの方がより物騒だって感じるよ。……ロズワール」

 

 

ロズワールが安静にしている家屋。

それは『聖域』の中では最もまともな形を保った建物だった。

石材で組まれた住居の大きさは、外にある幾つかのモノとはまるで違う。寝そべってるベッドも相応には柔らかそうな気もするし、ロズワール邸や王都の貴族街、クルシュの屋敷等を見てきたスバルだが、圧倒的庶民派なので、こちら側の方が親近感が沸いたりする……が、そんな事はどうでも良いとスバル自身の頭の中で一蹴。

 

 

「ずーぅいぶんな言い様だねーぇ。エミリア様、スバルくん共に久々な再会だと言うのに」

 

 

胡散臭い笑みで2人に手を振ってくるロズワール。

奇妙で奇抜な道化の化粧に、奇矯な言動と振る舞い、彼自身の持つ凡人とは一線を画す存在感もあって、普通の家の中にいる事自体が違和感が凄い。

——と言うのもどうでも良い。

一番気になってるのは、彼の現状だ。

 

今のロズワールの姿を見れば……。

 

 

「それは兎も角。まずはエミリア様がご無事で何よりでしたねーぇ。多少なりともレムに事情は聴いてましたが、あなたの身に何かあってはと生きた心地がしませんでしたよーぉ」

「そう思ったならもっとマシな対応して貰いたいもんだねーぇ! つーか、俺の頭のタンコブ意識する前に、お前自身のスゲー怪我の事気にしろよ! 一体何がどうしたってんだよ!?」

 

 

只今スバルだけが発言しているが、各人各々は口を噤んでいる。

普段の道化師であり変態であり、それらが王国一であるロズワールが痛々しい姿をしているのだ。身に纏っている高級感がある衣類の隙間は全て包帯で覆いつくされている様で、恐らく身体中が包帯でぐるぐる巻き。顔だけは無傷な様だが、あのピエロの顔だけは死守したとでも言うのか、兎に角衣類で視えない部分も見事にミイラ男状態になっているのは想像に難くない。

 

ラムもロズワールの姿を一目見てからと言うモノ、明らかに動揺をしており、何処となく殺気立っている気もする。

もしも、自分の一番星がツカサではなく、ロズワールのままであったとしたら、一対どれ程の規模の八つ当たりと言う名の攻撃を受けるだろうか……、と思わず身震いしてしまう。

 

瀕死の重傷。

 

今のロズワールはその状態だ。

 

 

「おーぉやおや。それを聞いちゃうのかーぃ? 私もこれでも1人の男。こうして醜態を晒しているのも本当は辛い所だ。理由は是非ともスバル君風に言う、《空気を読む》で宜しくしてくれたまえ」

「何言ってるの! ロズワール! そんなわけにはいかないでしょ!? ほんとどうしたの、貴方がこんな大怪我するなんて………」

 

 

ロズワールの強さ。

それは恐らくはこの場でも最も知る者の1人、高いランクに位置するだろうエミリアが悲痛な顔で叫ぶ。

何せ、ロズワールは全力のパックとエリオール大森林の地形が変わる程、地図を書き換えなければならない程の大規模な魔法合戦をしていた王国位置の魔導士だ。

そんな男がこうまでなるなんて、考えたくもないし、心配性な所があるエミリアが無視できるわけがない。

スバルも言いたかった事が沢山あるが、エミリアに一任した。

 

 

「ふむ。どこから話したものですかーぇね。私の負傷に関しては、名誉の負傷、或いは行き掛かり上仕方なく、とお答えしますけどねーぇ」

「そうやって誤魔化さないで。私は真剣に聞いてるの。あなたも真剣に答えて」

「……どうやら、エミリア様も虫の居所が宜しくないご様子だ。それを言うならば、スバル君もそう。ラムもそう。まぁ、それも仕方がない事、何かもねーぇ。この場所では致し方ない事、でしょうか」

 

 

詰問口調のエミリアにスバルが違和感を抱いたのはその時だった。

ついさっきまでは……いや、違う。気づかなかっただけで一体いつからエミリアはこの様な口調になったのだろう?

ロズワールが指摘し、そして自分もそう思い出し……いつ、どの場面でこうなったのか、スバルも聞きたい所ではある。

 

 

「エミリアたん?」

「ぅ…………」

 

 

スバルの視線とロズワールの指摘。

それらに観念した様にエミリアは吐息して先を告げた。

 

 

「ここに着いてから……ううん。違う。結界に触れてからだと思う。ずっと胸がざわついて落ち着かないの。……外で聞いたけれど、ここは本当に何なの? どうして聖域なんて呼ばれ方を……?」

「成る程、魔女の墓場の方がずーぅっと納得できる、と?」

「……ええ。外で強欲の魔女の墓地と聞いてから。よりそう思う様になったの」

 

 

ガーフィール以外、ここの所有者と言っても差し支えないロズワール自身もそう口にした所で、その意味に重みが増すと言うものだ。

ただ、それは聞くべき情報が増えた事に意味する為……。

 

 

「はいはい、取り合えずいっぺん聞きたい事を整理しよう。今のままだと話の方向がしっちゃかめっちゃかに跳ね回ってまとまる気がしねぇよ。結論が出ずに1日無駄にしそうだ」

「おーぉや、まともな提案だ。スバルくんも、暫く見ない間にどうやら随分と変わった様だ。……なーるほど、ツカサ君が武であるなら、キミは智将、頭を持つ。その言葉につまり……二言は無い、と言う事だーぁね」

「おうよ。二言は無ぇよ。……その様子じゃ、兄弟(ツカサ)の事も、その顛末も聞いてるっぽいな」

「……細かな事までは。多少、レムから話を聞いた程度だよーぉ。それも随分と新鮮な情報

だねーぇ。………事細かく聞かせて貰えないかな?」

「…………ああ。解ってる。取り合えず最初は兄弟の功績からだ。クルシュさんとの同盟は成った。ついでに魔女教の【怠惰】を殲滅。【暴食】と【強欲】を撃退。………全部、兄弟の功績だ」

 

 

断腸の思いでスバルはロズワールに告げる。

ラムは当然、誰もがツカサの復活を、復帰を信じて疑わない。でも、今ここにツカサはいない。そして自分が替わりにその功績を口にしている。

それが何故だか悲しく思えてしまうのだ。

 

余計な事を考えてしまったら、ラムに『ツカサを馬鹿にするな』と言われ強力なストンプを貰いそうだから、何とか堪えているが、ある程度はどうしようもない。

 

 

「いてぇぇ!!」

「ラムのツカサを馬鹿にしないで」

 

 

ある意味スバルもラムと通じ合ってるのかもしれない。

考えていた通りの場所に、予想していた通りの台詞と一撃が来たから。

 

 

「悍ましい事を言わないで。気色悪い」

「悍ましいまで言う!!? その上 気色悪いまで付け加えた!! 相変わらず酷すぎるだろっ!? って、いつも通り言っとくよクソっ!」

 

 

ふんっ、と鼻息荒くラムをスバルを一瞥した後はそっぽ向いた。

スバルもスバルで、ある程度気付けにはなった様で、先ほどの悲痛な面持ちが戻っている様だ。

 

 

「ふむふむ。良いじゃないかーぁな。ラムもスバル君も良いコンビだと思うよーぉ? 少なくとも、ツカサ君が帰ってくるまでは(・・・・・・・・・・・・・)、ね」

「ロズワール様。前半部分は全力で否定したい気持ちではありますが、ツカサについて、何か知っておられるのでしょうか」

「ラムちー姉様の信頼度抜群な毒舌はさておき、俺も気になるぜ先生! ラムとレムの共感覚っつースキルである程度しか知れてない筈なのに、実はもうツカサはロズっちが抱き込んじゃってる~とかだったりすんのか!?」

「あ! はい! 私もすごーく気になる!」

 

 

ロズワールのまさかの発言に、ラムとスバル、そしてエミリアも息を合わせた様に食って掛かった。

過剰気味に前に出たスバルに対して、もう一度ストンプをして留まらせたい気分に加えて、痛々しいロズワールの姿を見てあまり負担にならない様にしたい、と思ったラムだったが、流石にツカサ関連ともなれば、順位が覆った今は遠慮は等してはいられない。少なくともロズワールが拒否しない限りは。

 

 

「んっふっふっふ。わたーぁしも彼の事はお気に入りではあるからねーぇ? ここぞの切り札の1つや2つ、忍ばせておいても不思議じゃない、と思わないかーぁな? 無論、切り札故にひーみーつ! でもあるのだけどねーぇ」

「誰にでも内緒にしたい事があるのは解るわ。……でも、ツカサの事だから。ツカサは大丈夫だって信じて良いの? ロズワール」

「ええ。恐らくは、と付け加えさせて貰えるのであれば」

 

 

エミリアは一先ずそれで納得出来た。

でもスバルはそうはいかない。

 

エミリアに説明を終えた後、道化師(ロズワール)は笑ってスバルを見る。その笑みに対して、素直にこちらも微笑み返して―――る訳もなく、何だか背筋がゾワッ! としたのは別の話だ。尻の穴がひゅんっっ! となったのも秘密だ。

 

実はロズワールこそがラムの最大のライバルになっちゃったりするの? とも思っちゃうレベルだった。貞操の危機とはこの事か。

健全で、ノーマルな一般男子にはあまりにも刺激が強過ぎるからこれ以上は正直聞きたくない、突っ込みたくない気持ちが物凄く出てきたけど……そう怖気づいていられるわけもない。

ツカサ関連については、スバル自身も男を見せなければ、命賭して献身したツカサに合わせる顔が無いから。

 

 

「とは言ってもーぉ? 少しだけ教えてあげてもいいよーぉ?」

 

 

ロズワールはニヤリと笑うと、ラムの方を見て一言だけ、本当に一言だけ告げた。

 

 

「『書に新たな記述』が有った。これだけで十分じゃないかぃ?」

「!」

「???」

「へ? どゆこと?」

 

 

本当に一言だけだったので、それも聞き取れなかった等ではなく本当に意味が解らなかった為、ただただスバルは小首を傾げるばかりだ。

 

ただ、ラムだけは違う。表情が強張り、明らかに怒気が一段階増した………気がした。

 

 

「わたーぁしとしては、ツカサ君に然り、そしてスバル君の件も。満足しているとーぉも。まさにまさに、キミ達は得難く待望の拾い物だった。悲願の一助となってくれた。……ここに敬意を払おう」

 

 

それ以上は教えない。

そう言っている様にしか見えないので、スバルはため息を吐く。

 

 

「………そうかい。これ以上教えてくれる気は無ぇ、とも判断して良いか?」

「核心部分、わたーぁしの芯に迫る部分だからねーぇ。おいそれと胸襟を開く訳にはいかないのさ。……解って欲しい所だけどねーぇ。わたーぁしの全てを、裏の裏まで見たいと言うのであれば、じっくりと君を招待しなければならないよーぉ?」

 

 

と、言ってロズワールは布団を広げようとした。

あっちな世界にご招待される気がしたのでスバルは全力で、大股で1歩下がって首を思いっきり横に振る。何なら小刻みに震える。

シリアスな部分な筈だけれど、ここだけは譲れない。

 

 

「ふっふっふ。まぁ、ラムには解る事でもある。補填したいのであれば、ラムに頼ると良い」

 

 

ロズワールはそう言うと片目を閉じて見せた。

どこまでふざけてて、どこまで真剣なのか、やはり常人ではわかりえないこの道化師。本当に煙に巻かれるとはこの事だろうか、どうしても本心がその厚い化粧の奥に隠れてて見えないから。

 

一先ず目先の心配を1つずつ片付けていく事にシフトチェンジをする事にしよう、とスバルは判断。不満は色々とどうしても溜まっていく一方だが、一先ず後回しだ。

 

 

「じゃあ、次だ。アーラム村の人たちの事。レムからは無事だって聞いてたけど、その辺領主様的にはどーよ? 本当の本当に大丈夫なんだな?」

「それは安心してくれたまえよ。……まーぁ、この体たらくでは信用に欠けるだろーぉけど、キミも言う様に私も領主の端くれだからねーぇ。彼らの為に、必至で交渉して大聖堂を避難所として開けさせたさ」

「大聖堂、ね。後で顔出しする為にもその場所の詳細を求む――――って言いたいが、それも後回しだ。皆が無事なら取り合えずは。………んで、次」

 

 

スバルが次に聞きたい事を口にしようとするよりも早く口に出すのはエミリアだった。

 

 

「さっきの、『魔女の墓場』について教えて。どういう意味なの?」

 

 

スバルもそれは知りたかった事だし、横で同じく頭にタンコブ作って不貞腐れてるガーフィールだけじゃ補完にならない。だからロズワールの口から聞きたい質問内容の1つだから異論は全くない。……1つ、あるとするならそのやや硬い声で問い質す態度がいつものエミリアらしくなくて心配だ、と言う点か。

 

 

「意味もなにも、言葉通りですよエミリア様。……ここはかつて、『強欲の魔女』と呼ばれた存在———魔女エキドナの最後の場所であり、私にとって聖域と呼ぶべき土地です」

「……強欲の魔女、エキドナ」

 

 

問いに対する明確な答えと言って良い1つの事実。

強欲の魔女の名は『エキドナ』と言うらしい。

ロズワールの表情も何処か穏やかであり、それでいて心を掻き毟る様な切なさもあり、普段の道化染みた振る舞いが一切ない。胸を打たれる情動とはこういう事を言うのだろう。

エキドナ、と言う名はそれ程までにロズワールにとって重要。

 

 

「―――――――」

 

 

ただ、そんな中ラムの表情だけは能面の様になっていた……事には気付けない。

あのレムでさえも、共感覚を以てしてもラムの心の内は覗く事は出来ない。……元々するつもりも無い、と言う意味合いが強いかもしれないが。

 

 

 

「……えきどな、えき、どな、………エキドナ? 茶?」

 

 

 

ラムのそんな様子、スバルならある程度その表情を見れば察する程度の事は出来ていたかもしれないがこの時ばかりは無理だ。エキドナと言う名を聞いて、しっくりこない奇妙な感覚に包まれていたから。

何故、その名の次に『茶』と発言したのかも意味不明で、自分で言っておいて自分が首を傾げる、と言う珍妙なリアクションをしてしまった。笑われても仕方がない失態だろう。

 

笑う者は1人もいないが。

 

 

「スバル、大丈夫? どうかした?」

「いや、だいじょうびだいじょうび。平気だよエミリアたん」

 

 

エミリアにだけはちょっと勘づかれた様だけど、兎に角何でもない風を装う。

気を紛らわせる為にも矢継ぎ早に次の質問をぶつける。

 

 

「じゃあ次だ。ここが墓所……つまり、魔女の死んだ場所だってのはわかった。けど、なんでそんな曰くありげな場所をロズワールが管理してるんだ? 魔女と一体何の関係があるんだ?」

「それは簡単な事。この土地は代々、我がメイザース家の当主が管理している。それを引き継ぎ続けているのさ。代々の当主……我が家では、当主がロズワールの名を襲名する伝統があるからね。つまりは歴代のロズワールを継ぐものが、この『聖域』もまた引き継ぐことになる」

 

 

魔女との関係の空白部分をスバルの指摘に従ってロズワールが埋めていく。

その説明にエミリアは己の唇に触れて、何か思い耽りながらロズワールに聞いた。

 

 

「歴代の………それじゃ、その『強欲の魔女』とメイザース家は昔から―――」

「――エキドナ」

「え?」

「どーぅぞ、彼女の名を呼ぶときはエキドナ、と名を読んでいただきたい。『強欲の魔女』だなんて呼び方、いかにも邪悪な感じがしてよくなーぁいでしょう? 長ったらしいですしねーぇ」

「えっと、わかったわ。それでここがエキドナの最期の土地で、彼女と付き合いのあったメイザース家がずーっと昔から管理してる、って事で良いの?」

「ええ、その通りですエミリア様。……とはいっても、管理なんて大袈裟な事は何も。エキドナの結界によって迷い森は正式な手順を踏まない部外者を通さない。その上、結界は地の条件を満たす者には特別な効果を発揮する。………それはエミリア様ご自身が体験なされたのでは?」

 

 

この森の結界に触れて何がどうなったのか……、覚えてない訳がない。

 

 

「結界に触れて、気を失ったのはホントよ。でも、ガーフィールの話だと、あの結界に触って困るのは私みたいなハーフだけだって。だから、ラムやスバル、オットー君たちには何も影響はなかった筈でしょ?」

「……あー、いや。実は俺も何ともなかったわけじゃねぇんだけど………」

「僭越ながら、私も少々」

「え? それってどういう事? 私が眠ってる間、何かあったの?」

「………それは、わたーぁしも気になりますねーぇ。あの結界はあくまでエミリア様と同じく、混血(ハーフ)により反応するもの。スバル君は当然、純粋な鬼族であるラムにも反応する筈がない、と言うのが普通だからねーぇ」

 

 

何故スバルとラムが結界に反応したのか。

いや、誤魔化すのは止めよう。ロズワールが気になっているのはスバルではなくラムの方だ。

それが証拠に、スバルの名を出しながらも、その視線はラムを捕らえて離さない。

 

ラムはその視線を受け取ると、仰せの通りに―――と、頭を下げて答えを紡いだ。

 

結界の効果。

 

スバルと同じくラム自身も離れた場所に転移させられたとの事だ。

ラムの話では、あの輝石が輝くと同時に、目の前に金色の何かが出現し、瞬く間に周囲を光で染めた。

そして、気が付いたら周りには誰も居なかったのだ。

 

ラムの場合は、千里眼の力も有り合流は容易に行えたので何ら問題なかった、との事。ただ―――。

 

 

「原因が分かりません。バルスの犠牲によりエミリア様が転移させられると言う最悪な展開は防ぐ事が出来ましたが、ラムの場合はあの輝石が原因ではないかと思われます」

「聖域内に、何か不穏分子がいる可能性がある、と?」

「……現時点では何とも言えません。憶測でしかありませんので」

「ふむ」

 

 

ロズワールはなにやら考える仕草をして……続けてスバルの方を見た。

 

 

「スバル君。その輝石はフレデリカから、と言ったかーぁな?」

「ああ。出発前に渡されたもんだ。俺の転移(・・・・)の原因は明らか。こいつが結界に反応して転移が起きた。間違いない。元々、コイツを持ってたのはエミリアだったから……」

「狙いはエミリア様だった筈。だからこそ、バルスは犠牲になった。良かったわね。身を挺してエミリア様をお守り出来たわ」

「そう何べんも犠牲犠牲言うなよな! オレ生きてるし! でもま、エミリアたんにこれ以上何も無かった、って言う件に関しちゃ同感だ。気を失ったまま何処かに放置ってなってたら正直笑えねぇ」

 

 

スバルは他にも森で出会ったエルフの少女の件は話をしていない。

まるで無感情な人形染みた少女の事を。彼女はスバルに危害を加えず、まるで遺跡へと導く様に逃げて行ったから。……もしかしたら、あの少女がエミリアを攫う算段だった、とすれば……?

 

 

「ふーむ。ラムの言う通り、結界の力で意識を奪われたエミリア様が、更に輝石に転移させられるはずだったとなれば、まさに僥倖と言えるねーぇ」

「まぁ、皆無事に合流出来てるしな。身体の方も異常は無ぇよ」

 

 

手足をぐるぐると回して健全である事をアピール。

スバルはエミリアに笑いかける。………でも、エミリアは俯きがちだ。そのままおずおずとロズワールに問いかけた。

 

 

「フレデリカは結界を通り抜ける為に石が必要だって言ってたの。それで私にこの石を持たせて……それはホントだった?」

「いいえ。残念ながら。結界を抜けるのに必要なのは正しい手順であって、道具ではない。その石はフレデリカが何等かを企んでいた証拠———となりますねーぇ」

 

 

ロズワールの返答に喉を詰まらせて、エミリアが力なく肩を落とした。

それも当然の話だ。今のロズワールの話で、フレデリカの背信は殆ど確定的なことになってしまったのだから。

 

 

「確か、フレデリカとは長い付き合いなんだよな? オレとは比べ物になんねーくらい。……確か10年以上だったか?」

「あの子がまだ幼い頃に召し抱えてからの仲、だーぁね。よくできた子で、私の意向に逆らう様な事はこれまでに一度も無かった筈なんだけどねーぇ。一体何がどうなってるのやら」

 

 

エミリアに代わって質問をしたスバル。

フレデリカとの仲は決して悪かった訳ではない。屋敷の手が足りずに戻ってきた時に、皆とそれはそれは楽しそうにしていた。その光景は今でも鮮明に思い返せる。

ラムとツカサの仲に目を白黒させた事もそう。時折、ツカサを誘惑しようとしてラムを揶揄おうとした事だってあった。(軽く躱していた様だが)レムとだって無論仲良さげそうだった。

ラム至上主義だったレムは、確かに傍目から見れば真面目に何でも熟すパーフェクトメイドだったが、その内心は自身と自身の姉以外はどうでも良い雰囲気が醸し出されていた。

スバルは己惚れるつもりは無いが、それでもレムがスバルに夢中になった事で良い具合に肩の力が抜けた一助と成れた、と思っていて、それに関してはフレデリカも納得していた。

 

2人の殿方が、2人の姉妹をいい方向へと変えた……と歓迎していた。その時のやり取りだって覚えているし、現在。新しいメイド・ペトラを雇い、ラムとレムとはまた違った姉妹の様に楽しく、時には厳しく指導をしていたのも覚えている。

 

あれらの姿が全て偽りだとでもいうのか?

 

エミリアではないが、スバル自身も相当に衝撃を隠せれない。

ツカサの件を聞いた後も、ラムの事を気にかけており、幾ら煙たがれようともそれを変えなかった。長い付き合いだからこそ、ラムの事が解っていると言わんばかりに接し……帰りを待っている者の1人として、願い続けた姿も見ている。

 

 

「フレデリカの企みは見事に失敗。いい気味だわ。……と言うのは冗談だけれど」

「本当に冗談か? めっちゃ怒気を感じたけど?」

「冗談と言った筈よ。でも、制裁は冗談じゃ済まされないわ。一体何を企んでいたのかは知らないけど、今の聖域の状況に深くかかわってしまっている事実を鑑みても、冗談じゃ済まされないわ」

「……こういう場面でラムが2回同じ事を言うってのは……、ヤバ度が上がるってもんだな」

 

 

よくよく考えてみれば、ラムとレムは共感覚で繋がっている。

一体どのレベルで繋がれるのか、細部までは解らないが、聖域組ではないラムが一番こちら側の事情に詳しい、と言うのはスバルも解った。

 

 

「そういや、ハッキリと聞いてなかったな。今聖域の状況ってどうなってるんだ?」

「はぁ、バルス。馬鹿ね。……はぁ」

「2度ため息吐くな! 解るかよ! こちとら色々あり過ぎて、最早頭パンク寸前なんだよ!」

「色々あったのはラムも同じよ。それでも少し冷静に考えれば解る様な事なのに。……まぁそこまでバルスにラムは期待してなかったけどね。………しっかり聞きなさい」

 

 

何故か偉そうに見えるラム。

うん、それもいつも通りだ。

そして、今から推察? を話すであろうラムなのだけど、その情報源は間違いなくレムから受けてるだろう。

つまり、カンニングしながら堂々とテストを解答しドヤ顔で教えようとするものだ。……納得しかねるが、もうこの際どうでも良い。

 

 

「不思議に思わなかったのかしら? 聖域へ逃れてきた住人達、ロズワール様、レム。どうして屋敷に戻らずにこの場に留まっているのか」

「え? そりゃ、順当に考えたらロズっちが大怪我してるから」

「私もそう思う。……その怪我が原因じゃないの?」

 

 

ラムはそこまで言うとゆっくりと、物凄く自然な形で下がり……後は主であるロズワールに任せる、と言ったスタイル。ここでやめんのかよ! レムに聞いたんじゃないのかよ!? と流石にツッコみたかったが、当のロズワールが気にしてない様なので、そのまま自然に、流れる様に、侍女の尻ぬぐいをした。

 

そして、ツッコミなどどうでも良い驚愕な事実が明かされる。

 

 

「―――今、わーぁたしたちは全員、この『聖域』に軟禁されあてる状況なんだよ。私は勿論、レムもアーラム村の人間も。……あ、勿論ここに入った時点で、エミリア様、ラム、スバル君。キミ達も含めて、ねーぇ」

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってぇぇ。いいかげんッ、他人(ヒト)の頭ァしばく力ァ抑えろやラム!」

「躾の成ってない負け猫に何を遠慮する必要があるのか解らないわね。余計で無用な事しておいて」

「さっきのは、そっちの兄ちゃんが勝手にッ突っかかってきただけッだろッ!?」

「勝手じゃねーーし!! 知らん間に部屋出てて、軟禁なんて物騒なワードが飛び出た直ぐ後にまた入室してきて、その上、不敵な笑みやら何やらを演出し出して! 挙句はオットーをヤッちまったよ、みたいな空気まで出して、もう腹いっぱいだよ! 智将な俺はそう言う雰囲気にゃ敏感に感じ取っちゃうんだよ、解れよ!」

「何言ってッか、わッかんねェが、智将っつーのは気に入ったぜ、兄ちゃんよォ。……ラムの言う英雄との一戦が終わった後、付き合えやァ!」

「智将で気に入ったっつーのに、何で武力勝負! みたいな空気だしてんだよ! 全然ちげーだろ!? 専ら俺は頭専門、小賢しいこの頭専門でやらして貰ってんだ! そんでもって、動かざること山の如しの風林火山兵法もやらしてもらってんだよ! だから動かず制圧すんの!」

「!!! ……気に入ったッ! それ、気に入ったぜ兄ちゃ―――だはぁぁッッ!!」

「ぐええっ!!?」

 

 

話が明らかに長くなってきたので、3発目になるラムの一撃で強引に2人を黙らせた。

 

 

「お代わりが必要そうだったから仕方がないわね。ラムの奢りよ」

「「いるかよ!!」」

 

 

3度頭をどつかれて、そろそろ変形してるんじゃないか? と真面目に心配になって……直ぐに気を取り戻した。

 

 

「取り合えず、こっから色々考えてかねーと。……この結界はエミリアたんも出さねー結界になってる以上、どうにかこうにかして《試練》とやらを突破しねぇといけねぇ……。やるしかねぇってか」

「ラムよォ。お前の英雄様は何時、聖域(ここ)に来んッだ?」

「……………直ぐよ。もう直ぐ。……………きっと」

 

 

ラムは確信している。

根拠のない確信ではない。

 

ラムにはまだ……話をしていない事があるのだから。

 

 

 

あの転移された後の事を、ラムはまだ話をしていない。

 

 

 

 

 

 

【ありうべからざるいまを見ろ】

 

 



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ありうべからざるいまを見た

 

 

 

 

「ラムを強引に連れてきて、一体何がしたいと言うの」

「ほほ~う、流石。この状況で全く動じてない。ある意味予想通りかな? それにしてもなかなかどうして……どの世界においてもそヒトという者達の潜在する力は素晴らしいな!」

「………言っている意味が解らないわ。と言うか、いい加減光の中から出てきたらどうなの? ゼロ。眩しくない光って言うのも初めてで相当変だけど、あなたらしいとも言えるわね。……色々と定まってないけれど、また随分とヒトに近付いた(・・・・・・・)感じもする」

 

 

 

それはラムが飛ばされた後の事。

聖域内、深緑の森での出来事。

 

 

この場所では有りえない程の光源が現れた。

こんな事が起これば、ここまで目立つ事が起きれば間違いなくこの森の番犬ならぬ番猫ガーフィールが黙っている筈がないのだが、一向に現れる気配は無い。

待てど暮らせど、だ。ガーフィールにそこまでの期待は基本ラムはしていないのだが、この手の案件に関しては信頼している。聖域を護る盾を自称しているのだから、ある意味当然と言えば当然。怠慢しているのであれば鉄拳制裁モノだろう。

 

 

閑話休題。

 

 

気付いてないのはガーフィールに限らず、自分達が乗ってきたオットーの竜車にも言える事だ。

あの竜車を引くパトラッシュとランバートは異常なまでに利口だ、と言う点もある。

視覚的に光源に気付かない訳がないし、匂いでラムの後を辿る事も造作もない事だろう。

特に今はいなくなっても主人の言いつけを忠実に守る真なる忠臣と言えるランバートがラムの事を気に欠けない訳がないから。

 

それなのにも関わらず、光の他に周囲は一切音が無い静寂。

何処か別の場所に転移させられた可能性も疑ったが、景色は間違いなく見覚えがある聖域の森。聖域内に入っている筈なのだ。

 

こんな異常で不可思議な事を起こせる様な者など早々いる筈もない。

 

ラムは、100%の確信がある訳ではない、でも十中八九間違いないと思いながらカマかけを目の前の光に対してした。

【ゼロ】であると言い切った。

そして、その光はまるでラムの言葉を肯定する様に瞬きを見せ続けている。

 

 

「! そうか、それは喜ばしい限りだ! 嬉しいし、楽しいな!」

「………そう。それは上々ね。それよりもゼロはこう言った筈。ラムの本懐を遂げる時に、ラムの愛する人と再会する事が出来るって。……その言葉が真実である、と言う確証が欲しいのだけど」

 

 

ゼロだけじゃない。ラムにとっても喜ばしく、ここで会えたのも僥倖だと捕える。

正直、ラムの中では最後の最後、つまり自身の本懐を遂げるその瞬間まで姿を現さない、と踏んでいた。

でも、一体何の気まぐれか再びゼロが姿を現したのだ。目的は解らないが、可能な限り探りを入れたい。例え戯れであったとしても、神の児戯であったとしてもそれでも構わない。ラムが真に求むるモノは、この目の前の超常的な存在でしか無しえないのだから。

 

 

「勿論! それは約束する」

「―――――!」

 

 

その言葉に、言質を取れた事に、ラムは自然と口端が緩む。

顔が赤く、熱くなっていくのを感じる。

愛する人の為ならば、彼とまた出会えるのならば、これ以上ない原動力だから。

 

 

でも、そんな想いも次の言葉で一気に砕けた。

 

 

「……って言うか、実な所 今直ぐにでも合わせてあげても良いって思っちゃってる自分も居るんだけど、アイツ、身体を構成する全てがバラバラ(・・・・・・・・・・・・・・)になっちゃってたからさ?」

「ッッ!!??」

 

 

ゼロの口から耳を疑う言葉が出てきたからだ。

 

バラバラになった、とは誰の事を言うのか。アイツとは誰の事なのか。

決まっている。間違いない。そして嘘を言ってるようにも思えない。愉悦を第一に考えてるとは聴いていたが、

あの時の襲撃犯……強欲担当レグルスの能力を考慮すれば幾らでも想像してしまう。悪夢の光景を連想してしまう。

それが他の誰でもない、ゼロの口から語られたともなれば猶更だ。

 

だからこそ、思わずラムは駆け出した。眼前に広がる光の世界をかき分けながら。

進んでいるのかも解らない全てを光で塗り潰されている。ラム自身は意識していなかったが、ハッキリと深緑の森と光の世界の境目まで解る。

 

この世とあの世の境界線、無と言って差し支えない世界へと飛び込んだのだ。

 

 

「ツカサッッ! ツカサぁァッッ!!」

 

 

駆けて、駆けて、駆けて………どこまでも続く光の中を走り続ける。

何処まで駆けたか、時間の流れさえも解らない。

 

 

「あ―――……ちょっぴり意地悪な言い方だったかな? ごめんごめん。でも、違う意味(・・・・)でなら今でも会わせる事は出来るよ? 少し前に居た場所で、面白いモノ(・・・・・)見せて貰ったからそれを参考にして……。よし、それを君にも見せてあげようか。確かエキドナは【試練】の1つ、って言ってたけど。これもなかなか面白い趣向だ。……本当に興味が沸くよ」

 

 

以前までとは明らかに口調が違う。

ヒトに近付いた、とラムは称したが、同じく言った通り色々と定まってなくて、ちぐはぐな印象の方が大きいゼロと言う存在。

でも、今のラムは一切頭の中に入っていなかった。

 

 

悪夢の光景は今も鮮明に脳裏に過る。鮮明に浮かぶ。

 

 

———強欲担当レグルスの常軌を逸した超人的な能力を。

 

 

触れるモノを全て粉微塵、或いは全てを穿ち両断するあの不可侵の力。

それをツカサがまともに喰らったとなれば……粉々になってしまった、と簡単に頭の中で連想させてしまって、離れないのだ。ツカサと言う男の強さを、自分が愛する唯一の男の強さを少しも疑ってない。でも、それでも嫌な光景が頭から離れないのだ。

 

 

 

 

そんな時だった。

ラムの頭の中に、もう何も聞き入れず、ツカサの事以外何も考えられない筈だったラムの脳裏に、妙な声が。……聞き覚えのある声が響いたのは。

 

 

 

 

【ありうべからざる今を見ろ】

 

 

 

 

その声が自分自身のモノである、とラムは最後まで気づけなかった。

ただ、駆けて駆けて、駆けた先で――――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっっ!??」

「ッッッ!!??」

 

 

 

 

 

 

ラムは何かにぶつかった。

それは突然現れた様に思えたから止まる事は勿論、ブレーキをかける余裕も無かった為、まともに顔面強打してしまったのである。

 

 

「って、あっラム! 一体どーしたのさ? 何か忘れ物でもあったの?」

「ッ!? え、あ、あれ? つか―――さ?」

「うん? そうだよ。でも珍しいね、ラムがそんな慌てて走るなん―――て?」

 

 

その背は、その振り向く半分しか見えない横顔は紛れもなく……。

 

 

「うわぁぁっっ!!? え、えええッッ!? どしたのほんと! ラムが泣くとかある!?」

 

 

気付けば、ラムの瞳からは一筋の涙が流れ出ていた。

赤子の頃でさえ、生まれて間もなかった頃でさえ、泣いた事が無かった。

涙なんてラムの中には存在しえないとさえ思った。滲む事はあっても、流す事は無かったまさに鬼の涙が意図せず勝手にラムの瞳から流れ落ちているのだ。

 

厳密に言えばレムを失った時に流した事があるので、存在しえない事は無いと解ってはいたが、あれは別次元の話。

 

違う世界軸のレムの死に流したラムの涙。そんなラムの姿が目に焼き付いて離れず、どうしても救いたい、と言うツカサの自分勝手な自己満足で、ラムを繰り返しの世界に誘ったが……、今はそんな場面ではありえない。日常のありふれた時間。穏やかな時間。なのにも関わらず、そんなラムの姿を驚きながら、ツカサは慌てながら、両手をパタパタさせながら――――あわあわ、と声を上げてる。

何とも情けない姿のツカサ。でも、ラムはそれがどこまでも愛おしく―――。

 

 

「おーい、兄弟~~! なーにしてんの?」

「!!」

 

 

そんな時、不意に聞こえるのはスバルの声。

ラムのプライド的に、スバルに今の状況を見せてしまえば、速攻でスバルの首が飛ぶか、若しくは今後未来永劫生き地獄と言う名の八つ当たりをやりそうな気がして、ツカサ自身も本当に死んでしまいそうな気配がしたから即座に行動。

 

一瞬、ラムの力が緩んだのを確認すると、ツカサはラムの身体を抱きしめた。

 

 

「って、おいおい……、何乳繰り合ってんのよご両人。幾ら城内っつってもよぉ。公私を弁えた方が良いんじゃね? また第●●回 正妻決定戦の火種にするつもりかよ?」

「あ、や、いや、それは……(ラム? ほんとどーしたの?? 大丈夫??)」

「………………………」

 

 

そっとラムに小声で話しかけるツカサだったが、ラムの返答はただただ強くツカサの身体を抱きしめる、抱きしめ続ける事だった。

流石に只事ではない、とツカサは思ってラムの頭を軽く人撫でして……。

 

 

「ラムの事は兎も角、スバルの方は大丈夫なの? 黒蛇案件でてんやわんや、って話聞いてたけど?」

「っっ!? それはそーだった!? そうなんだよ、こういう時に限ってラインハルトは王都にいねーし、なのにも関わらず、超難関な案件が舞い込んでくるし! ここで俺の自慢の兄弟の腕の見せ所~……」

「今立て込んでます。俺自慢の兄弟ならそのくらいの案件片手間だよね? んじゃあ、頑張って」

「んがっっ!!」

 

 

ひゅるるる、っと風を起こすツカサ。

これはいつも逃げ出す時用に使ってるテンペストを用いた移動魔法。低コストで驚く程の効力があり、色んな事から逃げ果せている。

 

でも、ここぞと言う場面では漢を見せるツカサなので、乱用はしてない。

すると言ったら、こういう場面で……。

 

 

「ああもうっっ!! いちゃいちゃが終わったら助けてくれよ!? マジで!!」

 

 

スバルの仕事案件ばかり逃げるツカサ。でも、それも仕方ないとスバルは思っていた。本当に忙殺させる程にツカサを言い様に使い続けた結果なのだ。

沢山の方々に御叱りを受けたし、ツケが回ってきた、と甘んじて受け入れる所存ではあるが、流石に黒蛇案件だ。大袈裟じゃなく国の存亡に関わると言って良い。

 

……最終的にラインハルトやツカサが出張るので、深刻には考えてはいないが、おんぶに抱っこと言う訳にもいかず、出来る範囲で、やれる範囲全開でスバルは今日も足掻き続けるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルドラとレイは………、丁度良かった。今施設で遊んでる時間だった。こんなラム見られたら泣いちゃうよ……」

 

 

ツカサはラムを連れて2人が利用している2人だけの、家族だけの区画(エリア)内へとやってきた。その間もずっとラムは顔をツカサの胸に埋めていて離れる様子はない。

こんなラムは見た事がないし、つい先ほどまで普段通りだった、突然豹変した様なモノだから、当然心配になる。

 

 

「………堪能したわ」

「うわっっ!!?」

 

 

物凄く心配した。

だからツカサはラムと同じ様に漸く抱きしめ返してやれる~とラムの背に腕を回そうとしたその瞬間、引き寄せられていた腕の力が抜けて、すぽんっ、とラムの頭も抜けて思わずバランスを崩しそうになった。

 

 

「びっくりした……」

「驚かせてしまった様ね」

「いや、ほんと! 此処最近じゃ指折りクラスだよ。ほんとビックリした……。ラム、大丈夫?」

 

 

色んな案件を抱えていて、ここ数日は本当に大変で大変だった。身体が3つくらいは欲しい所だ、とぼやく事もしばしばで、そんな中で元気なのは嫁陣と男ではラインハルトだけだろうか。

 

 

「不思議ね。何の違和感もなく溶け込む事が出来る―――と言うのは。何とも形容しがたいわ」

「え?」

 

 

ラムは大きく深呼吸をする。

今の今まで、理性を忘れて駆け続けて、ツカサの姿を見た瞬間タガが外れた様に涙を流し、その温もりを堪能した。堪能し続けた。

 

 

そして、もう満足した。

 

 

この世界を自分は知っている(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

ツカサにはラム以外にも嫁がいる。

まさかの王戦候補者の半数以上をツカサは手中に収めている。1人は離れている様だが、その真意はラムは解っている。知っている。

それぞれがラムの持ちえない武器を用いてツカサに迫り、それらの想いをツカサは全て無下にせず、全て抱きしめて前へと進み続けている。

ラム自身、ツカサの器の大きさは解っていたから、そこまで驚きはしなかった。そして自分が一番である、と言う強い自負と自覚も納得出来た。

ただ、次のがどうしても違和感が拭えない。

 

愛しいヒトが王を裏で支える影武者となり、その王が有ろうことかあのバルスだと言う異常。ツカサではなくバルスだと言う極めて異常事態、この世のモノとは思えない光景。

だと言うのに、ラムは納得する事が出来ている。それが違和感なのだ。

ある意味、良い気付けになったとも言えるが、それはバルス……スバルのおかげだとは思いたくない、と言う頑なさはある意味ラムらしい。

 

 

「ラム?」

 

 

ラムはツカサから離れて歩きはじめる。

向かったのは一寸先にある部屋に備え付けられた大鏡の前。そこで自分を見つめ返している鬼の姿を確認すると、大きく息を吸い込み……そして零した。

 

この世界はとても優しい。平和で、平穏で、何より愛しいヒトがいる。記憶を遡ってみると、レムの笑顔もそこにはある。ラムと同じ様に子供に囲まれて花開く笑顔を見せてくれている。

子は男の子と女の子の2人。本当にわんぱくだ。ただ、バルス要素があるので、あるべき主従関係を子に、その本能に叩きつける事はしておいたラムの姿も思い返せる。

女の子の方は殆どレム要素だけ。黒髪である事以外は何もバルス要素はないので、加減しておいた。ただ存分に可愛がっただけだ。

 

そしてロズワールの姿もそこにはある。

ツカサが来る前まで、想いを寄せていた相手だ。相手が変わった、情が移ったとはいえ、何より故郷の件で決して容認できない事があるとはいえ、ロズワールの想いが成就し、見た事も無い穏やかな表情を見せるあのヒトの姿を見てラムは悲願を成したのだ、と区切りをつけた。

腰まで長く伸びた白い髪を靡かせる彼女の方へと彼は歩き続ける。それが記憶の中での最後の姿だ。

 

そして、最愛のヒトと結ばれ、子宝に恵まれ……2人の成長を我が事の様に…………。

 

 

 

「でも、違うわ。この世界は違う。……例え何処を探したとしても、この世界は無い。そうよね? ツカサ」

「………………」

 

 

 

今の今までラムを心配するツカサだった。

 

国を支える前に、最愛の妻を支える事だけに集中していた旦那だったその表情は陰りを見せる。

恐らくは核心めいたモノがラムの中にハッキリとしていなかったら、今も尚ツカサはラムを心配し続けるだけだった事だろう。

 

 

でも、その心配はもう無い。

 

 

ツカサは直ぐに穏やかなモノに変わった。

 

 

「凄いね。……本当に直ぐに、こんなに直ぐに解っちゃうんだ。ラムは。……俺だって厳密には偽物ってわけじゃないんだけど」

「ラムを見縊らないで。……これももう、何度言ったか解らないわ」

「うん。見縊ってるつもりなんて全然無いよ。だって、俺も(・・)ラムを知ってるから。……だからラムを肯定する。ここはラムの…………【君の記憶と願い】を元に作られた仮初の世界だ」

 

 

そう言ったと同時に、ラムは拳に風を纏わせて、何やら強大なマナ? を練りに練ってツカサの眼前へと突き出す。

どひゅんっっ! と凄まじい暴風が吹き荒れ、部屋の中が無茶苦茶になってしまった。家裁道具は勿論、子供たちのおもちゃまで及びそうだった……が、そこはラムが見事な力加減をしたのか、大丈夫だった。

 

 

「願い? ここはラムが願ったとでも言うつもりなのかしら?」

「………ゴメンなさい。少し訂正します……、色々と手が加わってます………。ありうべからざる今の世界に、少しだけアレ(・・)が干渉して、何やらいろいろ混ざっちゃってます……」

 

 

拳をラムはゆっくりと退く。

当然だ。自分が願う世界がこんなわけがない。

何故最愛の夫が複数の妻を娶るなんて世界を夢想しなければならないのか。

現実的に考えれば、ツカサは世界の英雄たる器。慕う者も多くなり、軈て様々な思惑や想いが交差し、……どうしようもなくなって他の妻を娶ってしまった、事はあると思うが、それを許容はしても断じて願うなんてあり得ないからだ。

 

加えてスバルが――――以下略

 

 

「解れば良いのよ。ツカサの顔で、ツカサの声で、……本当にツカサのままで、寝ぼけた事言わないで。次はハッ倒すわよ」

「ほんと申し訳ない……。ただ、これだけは言わせて欲しい。確かにラム。……キミの願いとは言えないけれど、ここは試練の世界。人知を超えた業を模倣して作り上げた世界。……だからこの世界で暮らしている人達は皆、ボタンの掛け違え1つで実際に息づいていた筈だと言えるんだ」

「……言われるまでも無いわ」

 

 

あり得ない世界じゃない。

様々な選択の果てに起こりえる世界。

その世界線を手繰り寄せる確率は異常なまでに低いと推察されるが……。(特にスバルが―――以下略)

 

 

「……ふふ。ほんと流石だよ。このありうべからざる今を見て、この世界に留まりたい、そのまま身を委ねたい……って思っても仕方ない精度の世界なのに、一蹴だもん。……それと、これも言わせて。……心配しないでラム。俺は大丈夫だから(・・・・・・・・)

「………ツカサはラムとの約束を違えない。それは世界が違っても変わらない。そう言う事よね?」

「勿論」

 

 

あのラムの涙とツカサを求める本能。

それらは十分にこの世界が真実として身を委ねていたとしても何ら不思議じゃない。そうとさえ思えてしまうと言うのに、ラムは堪能した、と言うと同時に世界を一蹴したのだ。

 

そして、改めてラムは言質を取った。違う世界とはいえ、ゼロからではなく、ツカサの口から。それだけでも得られたモノは甚大だろう。

 

 

「それと一蹴したのは当然の事よ。如何に精巧に作られ、本物同然とした術式だったとしても。……ラムの世界はあの世界。ツカサが戻ってくる世界だもの」

「……だね。言ってみただけだよ。本当にキミは羨ましい(・・・・)

「………! 今、変わった(・・・・)わね。一体誰に変わったのかしら?」

 

 

ツカサの輪郭がぼやけるのをラムは見た。

それは本当に一瞬で、瞬きすら許されない程の刹那の時間帯。でも、ラムはハッキリと見据えたのだ。

 

 

「彼にそこまで想われて、キミ自身も彼をそこまで想って。……ここまで羨ましいと思ったのは何時ぶりだろうか。……いや、初めてと言っても良いかもしれないな。ボクも彼を見れるし、この瞬間だけは彼を思い出せるみたいだから、存分に堪能していたんだけど………………、やっぱり乙女な部分もボクには有ったみたいでね。他の魔女達に邪魔された時以上に悔しく感じてしまったんだ」

「――――」

 

 

輪郭が再びぼやける。

眼前にはツカサの姿は最早何処にもなく、そこにはぼやけたまま殆ど見えない何かが居た。

 

 

「ゼロではない、わね」

「ゼロ君だったとしたら、ボクが最高だったよ。キミの言う通り、ボクはゼロじゃない。……この世界を、この術式のオリジナルを描いた者、とだけ言っておこうかな? 聡明なキミの事だから大体察しているとは思うけどね」

「――――」

 

 

察するも何も、自分の口で【ほかの魔女たちに邪魔された】と言っている時点で自分自身が暴露しているも同然ではないか? とラムは思ったが余計な事は口を挟まない。

 

 

「仮に君が試練を受けれるとしたら、本当に一蹴する事だろう。ただ、生憎キミにはその資格がない。ボクがキミに資格を与える事も無い」

「嫉妬は醜いモノよ」

「ああその通りだ。【嫉妬】は忌むべきモノだ。キミの言う通り。悪意を抱くに十分過ぎる劣情の1つだ」

 

 

皮肉を皮肉で返したつもりか、目の前の存在のぼやけていた輪郭は完全に無となった。

 

 

「この先、何が待ち、何がどうなるのか……ボクも月並みに楽しませて貰うとするよ。先が読めず、知りえない事を知る良い機会でもある。【嫉妬】とは全く違うボクの高尚な欲がそれを欲している。―――――――楽しみだ」

 

 

 

そして、世界は完全なる白で包まれた。

闇とは正反対なのが光だと言えるが、完全なる白もまた狂気を覚える。

それでもラムはその身を委ねる様に両手を広げた。

 

 

 

 

 

【頑張ってね? きっと大丈―――――】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果を見れば、ただの余興に付き合わされただけなのかもしれない。

ただの愉快犯、あの人外の玩具にされただけなのかもしれない。

 

でも、言質を取る事だけは出来た。それだけでラムにとってすれば十分なのだ。

 

ツカサは帰ってくる。直ぐには無理かもしれないが、それでも。

 

でもーーーーー甘美な夢だった。

 

取り込まれていても不思議じゃない程に。

甘く儚く眩しく……ゆっくりと精神を犯していく。

ここまでの甘美な毒をラムは知らない。

 

でも、それでもーーーーーーー……。

 

 

 

「ありうべからざる世界(もの)を、見続けてる暇は無いわ」

「はぁァ??」

 

 

 

よく解らない、と言った具合のガーフィールの頭に一発ラムは入れると、気を新たに持つのだった。

 

 

 

 



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エミリアの決意

 

 

「ほっほっほ。ガー坊も随分とまぁ、楽しそうにするもんじゃな。……ワシとしてもそっちの方が好ましい」

「うッせッてんだよババァ。ボコボコ殴られて、楽しッわけあッか」

「まぁ、ガー坊やロズ坊の上を行くスー坊が現れたともなれば、ガー坊にとっては良い刺激にもなると言うものじゃな」

 

 

 

ラムに散々殴られた直ぐ後に、ガチャリとロズワールの部屋から出てきた者がいた。

十代前半の外見、愛くるしい整った容貌、そして白いローブを羽織ってる幼い少女……なのだが、ガーフィールがババア、と称する様に外見と年齢は一致しない。

 

 

「さっきはほんと悪かったよリューズさん。いや、マジでマジで。いずれこっちでも出てくるだろうと思っていたジャンルが出てきたら、やっぱり感動すると言うか、納得すると言うか、色々と頭ン中が小賢しい事になっちゃってたんだ。と言うか考えるより先に口に出てた。……ここに、失礼を謝罪します。ごめんなさい」

 

 

リューズと名乗る少女(老婆?)に初めて出会った時、確かにスバルは結構失礼な事を言った。

細かく言えば『ロリババア』と出合い頭に言った。気づけば口に出していた。

初対面でババア呼ばわりされて、気にならない者は早々いないだろう。如何に温和っぽいリューズであっても。

 

そもそも、スバルはツカサがいないせいで、自重と言うモノを忘れそうになってたので改めてラムから鉄槌、加えてレムにもスバルのより厳しい監視を勅命。

その勅命、レムが大層喜んだのは言うまでも無い。

 

 

「ふむふむ。少々認識を改めないといけないようじゃな。素直に謝罪が出来る、と言う意味ではガー坊より遥かに上じゃな。―――無論、良い意味での」

「お褒めに預かり恐悦至極———っと」

 

 

ぺこり、と頭を下げるスバルを見て朗らかに笑うリューズ。

難しい恐悦至極(四字熟語)? をガーフィールが大層気に入ってるようで、興味津々に、まるで子供の様に目を輝かせてる気がしなくもないが……、それはそれ。

 

 

「これ。気が利かんガー坊じゃな。さっきも言ったろう? 年寄りが来たら、大人しく席を譲らんか」

「おい、三下ァ! さっきの意味、どういうこった? きょうえつ……なんだァって??」

「これ! 話を聞かんか」

 

 

ガーフィールは、日本式四字熟語が大層気になる様で口は悪いがその実、目を輝かせているのがスバルの目でも解る。

見た目以上に子供っぽい。

 

でも、この世界では見た目で判断するととんでもなく痛い目を見ると言うのは解っているので、安易に口には出さないが。

話を聞く限り、ガーフィールがこの聖域最強の男だと言っているし。……実際、腕っぷしにも自信がありそうで、ラムやレムが辛辣なコメントを残している様だが、バリバリな武闘派メイドと肩を並べてる時点で、(ここ最近ではラムも十分武闘派)スバルでは逆立ちしても敵わないのは明白。余計な重傷は避けるべきだ、と空気を呼んだのである。

 

 

「まぁまぁ、折角リューズさんがまた来てくれたってのに悪いんだが、ちっとばかり村の皆の顔を見ておきたくてよ? これから大聖堂に行くんだ」

「ほ? それはそれは残念じゃな。スー坊には色々と聞いてみたい事があったんじゃが……、また別の機会を待つ事にしよう」

 

 

この場所で起こっている事情、決して無視出来ない現状を解決すべく、尚且つ村の皆を安心させてあげる為にも、自分は勿論、エミリアは足を運ばなければならない。

当然だ。

 

 

「大丈夫エミリアたん。……俺が、俺たちがついてる。キミは1人じゃないから」

「―――っ。う、うん」

 

 

聖域に来て、ロズワールに追及する時以外めっきり口数が減ってしまっているエミリア。

それも仕方がない事なのだが、スバルとしてはちょっぴり寂しい。でも、直ぐ傍にレムも居るから………少々複雑な面持ちでも有ったりする。何せ、堂々と二股宣言かましているのだから、男としてそれはどうなのか! ……って思ったりしている。

当の本人たちが、問題なし! と言ってるので甘んじている部分はあるが………やはり生粋の日本人。一夫多妻制な世界じゃないから、戸惑いは隠せれないし、男としての甲斐性もいまいちだ。

その辺、ツカサは上手くやれるのだろうか……? と不意に思い浮かべて。

 

 

「ハッ」

 

 

突然、ラムが鼻で笑った。

やはり、読心の類が使える様なのがしっかりと解った瞬間だ。……主にツカサ関連で。

 

 

「取り合えず、ラムはロズワールの傍に居るとして」

「私達は、さっきスバルが言ってた様に大聖堂へ、ね」

「レム。バルスが粗相をしない様に見張りを宜しくね」

「はい姉様。スバル君の粗相なら、このレムにお任せ下さい!」

「俺が粗相する前提で話勧進めないでくれるかなぁ!?」

 

 

何とも幸先が悪い事この上ないが……兎に角先へと進まなければならないので、その第一歩としてスバルたちは大聖堂へと向かうのだった。

 

 

ロズワールが養生している家屋から、出て聖域の奥———中心に位置する所に大聖堂と呼ばれる場所がある。

そこまで時間は掛からず、簡単に到着出来た―――が、足を踏み入れた途端に、空気が変わったのを感じた。

此処へきて件の試練か!! ———と言う訳ではなく、これは悪い変化ではない。人の気配、そして何よりも喜びの声と共に奥から奥から押し寄せてきたのだ。

 

入って直ぐに1人がスバルたちに気付いて、あれよあれよと言う内にあっという間に、全員に伝わった。そして我さきにと姿を見せてくれたのだ。

 

 

「スバル様!」

「おお、よくぞご無事で!」

「他のみんなは元気ですか!?」

 

 

口々にそう言う彼らは、聖域へと避難していたアーラム村の住人達。

軟禁状態、と聞いて心穏やかではいられなかった。でも、声色を聞く限りじゃ間違いなく村で分かれた時と比較的代わってない。ここで―――聖域で悪い扱いはされていないと、ホッとする。

領主であるロズワールの言い分を疑っていた訳ではないのだが、……正直ロズワールには思う所があり過ぎて、以前よりも遥かに胡散臭く感じてしまっている今日この頃だから仕方ない。

 

 

「ここに避難する様に言ったのは俺だからな。皆が無事で何よりだ」

 

 

スバルの姿を皆が見て、皆が等しく笑顔になる。

そして、スバルの傍に居るエミリアを、レムを確認し――――軈て、もう1人誰かを探すかの様に村人たちは視線を泳がせた。

 

その視線が探しているのは誰なのか……当然スバルには、エミリアには、レムには解っている。

 

 

「スバル様こそご無事でよかった。……ツカサ様はご一緒じゃないのですか?」

「村の皆、向こうの皆は??」

 

 

当然だ。

誰もが思う疑問だろう。

 

ただ、村や残っている半分の住人よりも先にツカサの名が出た事にスバルは誇らしくも思えた。

そして、事前にラムと話していた通りの説明をする。

 

 

「兄弟も村も皆無事だ! 危ない連中は追っ払った! 村の皆も無事だし、王都避難組はもう戻ってきてる。誰も怪我してないし、ぴんしゃんしてるぜ」

【おおおお!!!】

 

 

胸を叩いて太鼓判を押すスバル。

住人たちからは歓声が上がる。……そして、何よりも重要なのはここだ。

 

 

「次いでに聞いて驚け~~!!」

 

 

ばばんっっ、といつも通りのテンションでスバルは指を天におっ立てて高らかに宣言した。

 

 

「もう、皆に隠したりしねぇ。此度の村を襲撃してきたのはクソッたれな魔女教連中だ!! そんでもって、ウチの兄弟は、そんな魔女教連中を蹴散らした! 400年間も世界に迷惑かけてる連中を、兄弟は撃退したんだ!! 今はちょいとばかり仕事し過ぎたから、王都で身体を休めてる。――――言伝は、【絶対に約束は守る。絶対に違えないから】だ!」

 

 

ツカサは村に来て、村で世話になった恩を忘れないと何度も言っていた。

魔獣騒ぎの時も率先して村を護ろうとしたし、子供たちも護った。

 

もう、この村が故郷も同然だから。絶対に何があっても守ってみせると、皆と約束したのだ。

 

それが例え、エミリア関連であったとしても。悪い噂が現実になったとしても。絶対に守る。

だから、エミリアを認めて欲しいと。

 

 

 

スバルよりも先に、怠惰と雌雄を決するよりも前に、村の人たちにツカサは伝えていた。

全てはこの時の為に―――だったんだとスバルは思いたい。

 

 

「で、では! お戻り次第、村を上げて感謝の念をお伝えしなければ、ですな!」

「世界にとっても福音! 吉報ですね!! そうだ! 腕を振るって御馳走を作りましょう!!」

 

「そのためにも、村に帰らないと……ですね。畑や家畜たちの事もありますし」

「でも、領主様のお怪我も心配です。我々の為にヒドイ怪我をなされたのですから」

 

 

これで一歩前進だ。

ツカサの現状を悪戯に皆に言って不安を煽る事はしない。

ツカサは必ず帰ってくる。ツカサのせいで、村の皆が悲しむなんて事はあってはならない、とラムに厳命されているのだ。

 

そして、皆の笑顔の中に確かにある純粋な明日の心配が次の課題だ。

離れ離れの家族、傷を負った領主。如何に魔女教と言う世界の厄災を退けた英雄が村に居て、アーラム村を故郷とし、加護を授けてくれているとはいえ、問題がなくなった訳じゃないのだ。

 

 

「えー皆もっかい注目してくれ!」

 

 

スバルはごほんっ! と大きく咳ばらいし、自分を見る様に促すと、皆は話を止めてスバルに注目した。

 

 

「もう、世界を脅かす厄災に怯える必要はないのだっっ!! ってカッコよく言えりゃ良いんだけど、まだ残ってる連中はいるっぽいからなぁ~~、綺麗事は無しだ! んでも、間違いなく、確実に村は大丈夫。今はみんなの帰りを待っている! ……目下、面倒事はラスト1つになった。ここから出るのが難しいって事だろ? 皆たぶん聞いてるよな?」

 

 

村に迫る厄災は退けた。

世界が怯える存在を、国を挙げても抗えない存在を撃退したと言う事実だけで、お祭り騒ぎになっても不思議じゃないけど、現在の問題から目を背ける訳にはいかない。

 

そう、スバルが言う様に皆が聞いている。

 

そして、王国最高とも名高い魔術師であるロズワールでさえも失敗し、大怪我を負っている事実も重くのしかかる。

 

それら全てを払拭する様にスバルは再び大きく胸を叩くと高らかに宣言した。

 

 

「大丈夫だ!! 何故なら、みんなを解放する為に、【試練】に挑んでくれる子がいるからだ!!」

「!! それは、もしやスバル様が!??」

「っととと、いや、俺じゃないんだ。俺で良いならいくらでもやったんだけど。その~~ほらほら、兄弟ばっかり見せ場取られてさ?? オレも兄弟(・・)って言う以上はもっともっと格好つけてぇ! って気分なんだけど……こればっかりは……ねぇ?」

 

 

意気込みに感化された村人の反応に、スバルは頭を掻いて苦笑する。

スバルとツカサの関係性は、最早村人全員が知る所だ。ラムの辛辣なコメントも同等以上に聞いてるので、特にどちらが上か? 等とは思った事は無い。

違いが互いを補い合い、信頼し合ってる事が十分解るので、それだけで十分なのだ。

 

それに何処となく背伸びをしようとしている様子那スバルを見て、微笑ましく感じたりもする。

 

 

「皆も知ってる筈だ。――――王選候補者のエミリア。彼女がこの《試練》に挑む。……必ず突破してくれる!」

「――――――!」

 

 

スバルの宣言に、村人たちは息を呑んだ。

そんな反応に頷き返したスバルは、大聖堂の入り口で待機していた少女、エミリアを手招きする。

 

一瞬だけ躊躇う姿を見せたが、それでもしっかりとした足取りで、ゆっくりと姿を見せた。

知らない訳がない。皆が良く知る銀髪の長い髪。風に揺らすその銀髪は何処となく神秘的で―――――それでいて、怨嗟も見える様な気がしてならない。

 

でも、そんな負の感情を押し退ける様に、スバルが……ツカサらの姿が重なる。

村を救い、世界をも救って見せようと厄災の前に立つ男たちの姿が。

 

だからか、エミリアの姿を見ても決して目を逸らせる者はいなかったのは。

 

 

エミリア自身もかなりの勇気をもって臨んでいる。

普段羽織っている【認識阻害】ローブ無しで向き合っている。

確かに怖い。逃げ出したい。隠れたい。……でも、それを決して許さないのは自分自身だ。

ここまでこれたのは、皆のおかげ。それなのに逃げるなんてあり得ない。

そんな事をしてしまったら――――自分自身を一生許せない。

 

 

「ま、待たせてしまってごめんなさい。領主、ロズワール・L・メイザースに代わって、この『聖域』の『試練』に私が挑みます。……私じゃ、頼りないかもしれないけど、きっと乗り越えて、皆を結界から解放して見せるから」

 

 

 

自信が無さげだったのは最初だけだった。

この場に立って口を開いたその一瞬だけ。

 

漲る自信———とは到底言えないが、それでも強い決意をその目に確かに見た気がした。

 

エミリアと村人との関係は当然複雑なものだった。

それが変わり始めたのはスバルやツカサが来てからの事、つまり極々最近の事。

村の子供でも知っていると言うハーフエルフが現れると魔女教が暴れ出すと言うまことしやかに囁かれる噂。

世界に甚大なる被害を齎している『怠惰』そして、そのインパクトの強さは右に出る者はいないとされる『強欲』。

それらが、こんな辺境の村に襲いに来るかもしれない存在。それがエミリア、ハーフエルフと言う認識。

 

でも、ツカサが来て……スバルが来て。村が元気になった。村が守られた。……魔女教と言う厄災まで退けた。

此処へきて、今更彼女の言う事など聞けない! と言う者はいないのも事実。

 

 

双方共に、顔を見合わせた瞬間以外は、誰もがエミリアの目を真っ直ぐ見て、時間だけが無情に過ぎてゆく。

軈てエミリアは服の裾をぎゅっ、と握りしめ……後ほんの数秒遅ければ心が揺さぶられて俯いてしまいそうだったのだが、それよりも早くアーラム村の村長である老婆が前に出た。

 

 

「私達は貴女様の人柄を良く耳にし聞いてきた筈でした。スバル様からは勿論、……ツカサ様からも。魔獣の手から村を救ってくれて、子供たちを護ってくれたそのお礼は貴女様に―――、とおっしゃってました。……ほんの少しでも気を許してくれればうれしい、と言うツカサ様の笑顔は今も目に浮かぶ様です。ですが、我々はそんな我欲がない無垢な願いを、我々は踏み躙ってしまった」

「―――――」

 

 

それは、避難する際の事だ。

最後はスバルの説得により、村から脱出する事を了承したメンバーだったが、当初よりエミリアが屋敷へ逃げてくれと提案した時は、その手を拒んだ。

 

感謝をしている。何か出来る事は、と言ってくれるなら……その気持ちを普段から頑張ってくれてる、凄くお世話にもなっている彼女に上げてください。

 

以前ツカサが言っていたことだ。

エミリアと付きっ切りで、傍に居るのはスバルの役目。ならば、ツカサ自身が出来る事は……? エミリアの味方であると言い切った自分が出来る事……それは決して強制ではない。

ただただ只管誠意を持ってエミリアは皆が思う様な存在ではない、と否定する事だけだった。

 

 

そんな願いも、自分達は拒んでしまったのだ。

口では了承していた筈なのに。村の子供たちは当然だと言っていたのに。分別の付く筈の大人が拒んでしまったのだ。

 

 

「どう言い繕うとも…、過去は消せません。私どもは貴女のその手を拒んでしまいました。それなのにも関わらず、またこうして手を差し伸べてくださる。……何故です? 王選のために?」

 

 

エミリアが控えている先の5人の候補者による王選。

その候補者である以上は、当然の事。

 

 

「私ども領民の支持を得たいから、頭を下げて御救い下さる、とおっしゃる。それは自然な事です。それならそれで構いません。ただ………恐ろしいのは理由が解らないからなのです」

「理由が、わからないこと……?」

「はい」

 

 

拒んだ。それも最悪な形で。

スバルにはその気持ちを伝え、汲んでくれた。今この場にツカサが居たとすれば、再び首を垂れる所存だ。

でも、エミリアに対してはどうしても恐怖の部分が勝ってしまう。

 

 

「ハーフエルフであるから、私どもは貴女を拒みました。……それなのにも関わらず、まだこうする。……その理由がわからない。ですから、それを知りたいのです。外ならぬ貴女様の口から」

 

 

如何にスバルやツカサが口で伝えたとしても………エミリアから直接聞かねば効力も弱まると言うものだ。恩義にかこつけて、従えと言うのならそれの方がまだ簡単なのかもしれない。

 

でも、それを決してしない。そう言う以上は……この恐怖を乗り越える為には……エミリアからの真摯な説明が必要だと思ったのだ。

 

 

それを聞いたエミリアは全てを悟り、老婆の目を真っ直ぐと見据え―――そして答えた。

これまでの自分の境遇。苛まれ続けてきた差別意識。

パックとたった2人で、味方は1人の精霊だけで過ごしてきた時間。

そんな時間を思い返しながら……答える。

 

本心からの言葉。借り物ではなく、他ならぬ自分の言葉で。

 

 

「私には……、今立派な事を堪えられる自信はありません。どう頑張っても、借り物の上辺な言葉だって、自分でも思っちゃうから。……それに、すごーく説得力があって、皆の事を納得させられる様な言葉も、上げられる自信がありません」

 

 

拙く、それでも自分の足で立ち、自分の言葉で紡ぐ。

何故、そうしたいのか。純然たる思いを言の葉に乗せて。

 

 

「ただ、私は何日か……短い時間だけど、ここにはいない皆の家族と過ごしました。……大好きな人と離れ離れになってしまったラム()も、いました。過ごしてきたからこそ、強く改めて思ったんです。大好きな人とは、家族とは、一緒にいなくちゃ駄目なんだって」

 

 

自分の胸元を探る様に触れるのは光の乏しい結晶石。

ある日を境に、そこからパックは顔を出さなくなった。

何故かは解らないが……まだたった数日程度だけど、心の底から心細い。

それに、ラムの事も。ラムの憔悴しきった姿も見ている。

 

自分の目で、耳で、心で感じてきたからこそ、強く訴える。

 

 

「私は、あなた達を家族のところに帰してあげたい。そう約束を――――……私に出来る事ならなんだってするって誓ったの。それを果たしたい。ただ、それだけです」

「……………」

「皆から支持してもらいたい、だとかは、正直あんまり考えてませんでした。でも、みんなとは、……みんなとは、えっと……仲良く、したい……とは、思ってます」

 

 

強い決意を持ってはいたが……どうしても、最後の最後は急速に語調が弱くなってしまう。

 

それでも、その想いは確かに伝わった。

裏表なく、心からの言葉だと。

 

 

「エミリア様」

「は、はい」

「都合のいいとは思われるのは承知しております。――――ですが、どうか……よろしくお願いします」

 

 

老婆を始め、前に出ていた村の皆はそれぞれ頭を下げた。

心からの想いを、彼女のこれまでの人生の壮絶さを、……ほんの一瞬かもしれないが、確かにハッキリと感じられたから。

 

 

『この人なら……信じられる』

 

 

誰かに頼まれたから、誰かに願われたから。

そんなのじゃない。

エミリア自身を見て、聞いて、感じて……そう結論した。

村長である老婆の言葉に異議を唱える者は誰も居なかった。

 

 

それを見たエミリアは、緊張の糸が切れてしまったのか……、どういう状況なのか一瞬解らず混乱して、軈てどうにかこうにか頑張って言葉にする。

 

 

「あ、う、こ、こちらこそ! 不束者ですが、よろしくお願いしますっっ!!」

「不束者って、きょうび聞かねぇなぁ」

 

 

咄嗟に出てしまうスバルの中では死語。こちらの世界では解らないが、少なくとも日常会話? をしている中では、聞かない言葉だから、もう死語で良いと思うとやや乱暴気味にき目つつ、苦笑いをした。

 

エミリアにとっての大きな一歩。

厳密にはまだ試練が待ち構えているのだから進んでないかもしれないが、それでも間違いなく大きな一歩となるだろう。

 

 

「エミリア様は、随分と変わられたわ」

「ああ。そうだな」

「それもツカサのおかげね。バルスの役立たずとは違って」

「なんでだよ! ………いや、違うぞラム。あの子が自分で考えた。考えに考えた結果が今に現れた。決して人任せじゃなかった筈だ」

「―――――……まさか、バルスに言い負かされる日が来るとは思ってもなかったわ。今のはラムの失言ね。訂正する」

 

 

いつの間にか、スバルの傍に居たレムの直ぐ隣にラムが来ていた。

ロズワールの傍に居る筈だったが、いつの間にここに来ていたのだろう?

 

 

「……ラム自身も、エミリア様の姿はこの目で見ておかないといけないと思ったからよ。……ツカサの変わりに」

「あ~~、成程。納得だ。お前がロズワールよりも優先させる事っていやぁ、レム若しくは兄弟関係以外ないもんな」

「バルス程度に納得できる程、易くはないわ。身の程を知りなさい」

 

 

解り切ってる、と言わんばかりのスバルにラムは鼻で笑う。いつもの『ハッ』こそは言っていない様だが。

 

 

「姉様。ロズワール様の方は……? レムが言ってきましょうか?」

「大丈夫よ。ガーフに任せているもの。ぞんざいな扱いをすればどうなるか、身を持って知らせるって意味じゃ躾も出来てるわ」

「……惚れた女の弱みってヤツなのかねぇ。報われねぇのが何ともまぁ……ってのは置いといてもだ。ラムもエミリアの心配サンキューな。……今は兄弟の事でいっぱいって時に。ほんと嬉しいぜ」

 

 

スバルのモノ言いに、ラムは今度はハッキリと鼻で笑う。

 

 

「ハッ。何を言ってるか解らないわ。バルスに感謝される様な事をした覚えもする必要も皆無よ。……と言いたい所だけど、ラムは慈悲と慈愛の塊だもの。バルスが感涙してしまうのも無理の無い話」

「いや、感涙って。別に泣いてねぇって」

「ロズワール様が身を削った結果を見届けると言う理由もある。勝手に完結して、感慨耽るのは止めておく事ね。恥ずかしい」

「誰が慈悲だ! 誰が慈愛だ! 兄弟やレム、ロズワールに向けるほんの1割でも俺にくれても良いんだぜ!? ———っつぅいつも通りなツッコミはさておきだ。ロズワールもマジで身体張ったな。とんでもねぇよ。アレ」

「……………」

 

 

ロズワールの傷については、ラム自身も本人に直接大事無いか聞いている。

当然、心配もしている。

 

 

 

 

 

 

でも、それを押し退けてでも―――――あの場で、ロズワールに聞かなければならない事がラムにはあったんだ。

 

 

 

 

 

『……ロズワール様。新たな記載(・・・・・)がありましたか?』

 

 

 

 

 

全ては想い人に通ずる道の為に……。

 



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強欲の願い

 

 

 

「そぉだねーぇ」

 

ロズワールはゆっくりと身体を起こすとラムの顔を、ラムの瞳を真っ直ぐに見据えた。

そして、己の懐に目配せをすると、一瞬だけ間をおいて。

 

 

「『みつけた』。このただ一言だけだったよーぉ。……無論、その真意も凡そ検討はついている。そして今、ラム達(・・・)と再会した事で更に確信が深まり、間違いないと断言も出来る。―――強欲(彼女)が求めてやまなかったのは、狂おしい程に、死して尚、その魂は自身の権能《強欲》のままに欲し求めたのは、()の事だったと言う事。―――少々、いや、かぁーなり血涙を絞る想いだけどねーぇ」

 

 

何処か憎悪にも似たものを、その瞳に感じられた。

それも仕方がない事なのだ。ロズワールの妄執を考えれば、ラムも理解できる。そして、ラム自身もまた、ロズワールが思って止まない存在を、自分自身の想い人に当てはめて考えてみれば、尚解ると言うものだ。血涙どころの話じゃ済まない気がする。

 

 

「(ロズワール様の心情を冷静に分析できる所を見ると……、ラムはしっかりと吹っ切れている、と自覚も出来るわ。……確認するまでも無く、解っていた事だけれど)」

 

 

以前までのラムなら情炎の猛りをその胸に宿し、呪縛(・・)から救うと決意を新たに持つ場面だったかもしれないが、それでもラムの中のゆるぎない不動の頂点が変わった今、そう言った感情は持ちえない様になっていると改めて認識する。

 

少々複雑に思うかもしれない―――と頭のどこかでは思っていたのだけど、そう言う気配も無い。

ラムにとって、ロズワールと言う人物は————

 

 

「時に、ラム」

「はっ」

 

 

ロズワールは、その思い……世界に厄災を齎せた感情の1つをその瞳に宿したまま、ラムを見据えながら聞く。

 

 

「彼の情報。まだ、得られてないのかーぁな?」

「……申し訳ありません、ロズワール様。ラムの存在に賭けて追いかけている所ではありますが……。ロズワール様を蔑ろにする行為でもあり、心苦しく……」

「いーぃや いーぃや、これはわたーぁしの命令でもあるからねーぇ。言った筈だよラム。彼の事を第一として考える事を、と」

「しかし、書の記述が変わった今は………」

「それを踏まえても、だ。複雑だとは言え、彼女(・・)()の繋がりは思った以上に根深く、想像以上に強固となる可能性が極めて高い。彼女の願いが彼だった……。この結果があるからこそ、私は叡智の書(アレ)を用いなくとも、彼女に………先生(・・)に会えるかもしれない、とも思ったりしているのだよ」

 

 

ロズワールは少しだけ穏やかな表情をする。

でも、それも一瞬の事だ。一瞬でまた眼つきが変わる。目は吊り上がり、それはまるで怒りを顕にしているかの様になった。

 

ロズワールが、ロズワール自身がこれまで辿ってきた道筋を思えば仕方なしとも言える。

 

今ここで平和的に目的を遂行できる道があったとして、その道を選ぶ等出来るものなのか。血塗られた道、呪われた道を突き通してきた。

この世の苦しみは、究極的には自分でなんとかするしかない。そう自身に言い聞かせ……その信念を胸に、願いを実現させる為に多くのものを犠牲にし続けてきた。なのにも関わらず、人外の出現。新たなる世界の英雄の出現によって……ただそれだけで全てが叶う様になると言うのなら、これまでしてきた事は何だったのか。

 

 

「ふはっ」

「…………」

 

 

だからこそ、ロズワールは笑う。

だからこそ、ロズワールは思う。

 

今、思考の中に確かにある道。

でもそんな道は存在しえない。

口には出さないが、そもそもこの考え自体が間違いであると、一瞥し笑う。そして思う。

 

 

「書の記述に則り、私は私の道を征く。……私が突き進むべき道、それは変わっていないのだから。例え、何を犠牲にしようと、何が立ちはだかろうと、変わる事はない」

「………!」

 

 

ラムはロズワールの決意の言葉を聞いて一瞬だけ眉を寄せた。

新たなる記述が発生した事は知っていた。妄執し続けるロズワールが変わったあの瞬間を、忘れる筈がない。

でも、あくまで追記されただけで、これまでの道筋は何ら変わったなかったのだ、とラムはこの時初めて知ったのだ。

 

彼を探しつつ、かの強欲を満たす事が出来れば……それだけで辿り着ける—————。そんな安易な考えはもう二度と持たないとも決めた。

 

全ては、本懐を遂げる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――い」

 

 

そう、全ては決まっている。

ただ、重要なのは何時、どのタイミングで、かだ。現在の状態で真っ向勝負して遂げられる程生易しい物じゃない。

……角が無い自分自身を今日程嘆きたくなった日は無い。

 

 

「お———、ラ———」

 

 

手札が、手駒がどうしても足りない。スバルを犠牲にすればイケル! と言うのなら喜んでそうするが、それでは本末転倒になってしまう。絶対に会う為に、その彼を殺すかもしれない事なんて、絶対にしない。させない。もう、あんな姿を見たくない。それはラム自身が心の底から思っている事だから。

 

 

「ぅおおおい!! いつまでも無視すんな! 幾ら俺でもこうも無視され続けると傷つくんだ———あべしぃっっ!!」

 

 

スバルの顔面がラムの面前に突然? 現れたので反射的にラムはスバルの頬をビンタ。

予備動作無し(ノーモーション)のビンタだったので、武道の心得の無いスバルに避ける術なし。何だかんだと修羅場をくぐってきている様だが、まだまだ体術は赤子も同然。成す術も無く、無様に転がった。

 

 

「むさ苦しい顔を近づけないで。不快よ。気色悪い」

「お前が無視するからでしょーーが!! 気色悪いって、そこまで言うかよヒデェ!?」

 

 

考えに耽っていたラムの様子はスバルから見ても解っていた。何時も自信満々なラムにしては何処となく…………。

だから、半ば強引に殴られるのも解ったうえで、スバルは話しかけたのだ。

 

確かに間違いなく戻ってくる。

疑った事は無いし、疑う余地だってない。

 

でも、戻ってくるそれまでに………ラムに何かあると言うのなら、力になりたい優先事項の上位に位置している。替わりになるなんてあり得ないし、ラムが怒髪天を突くだろう事も解っているんだけれど、こればかりは譲れない。自己満足かもしれないけれぼ、譲れないんだ。

 

 

「時にバルス」

「お、おう?」

 

 

色々考えていた矢先、ラムから先に声をかけてきた。いつもなら、ハッ! で終わらせるだけだったのに。

 

 

「遺跡の中に入った件についてよ。身体には何の異常もないの?」

「あー、それか。……うん、全く問題なし。それについちゃ転移の事話した時から嘘ってねぇよ。―――正直、ロズワールの姿見て肝冷やしたケド」

「ハッ。ロズワール様と同系列だとでも思っているのかしら? しょぼくさいゲートだったから無事だった、それだけの事よ。まぁ、良かったわね、とだけ言っておくわ。しょぼくさくて」

「しょぼいって2回言うな!! ……まぁ、事実は事実だ! なーんも言い返せねぇよちくしょー! 英雄見習って日々精進だよ!!」

 

 

身もふたもないとはまさにこの事。

でも、それはそれとして……改めて先ほどの転移について考察を開始する。

 

 

「正直、俺だったから良かったものの……、転移した先にあった遺跡が《試練》の為の場所ってのは反則だよ。資格の無い人間だったら入った時点で最悪な目にあう。……完全に初見殺しじゃねぇか。致死性の高ぇヒデェ罠だなオイ」

「ロズワール様の傷を見れば一目瞭然。バルスが万が一、人並のゲートに恵まれて居れば今こうして悠長に立ってる事さえ出来ないわ。……エミリア様も、何も知らずに入っていたらどうなっていたことか。バルス。貴方も気を付けなさい。……その命、安くはないのだから」

「!」

 

 

ラムの口から安くない、と聞かされて少々面食らった。

もしかしたら……、先ほどの想いがラムに以心伝心……レムとラムが使用できると言う共感覚が如く、伝わりラムに気持ちが届いたのだろうか……、と思案した瞬間、ラムが吐き捨てる様に言った。

 

 

「バルスが死ねば、ツカサが苦しむのだからバルスの命は安く無いわ。……ツカサが苦しむそれも精神的じゃなくて物理的。処分もできない。やっぱり、はた迷惑ここに極まってるわね。存在意義があるの?」

「結構懐かしいセリフだなオイ! まあ、その通りなんですけど! 兎に角、戻ってくる兄弟に知らず知らずの内に追い討ちかけねーようにするさ。いつもいつまでも、作戦《命は大事に》だ」

 

 

スバルは解っている。

ラムに言われるまでもない事だ。

 

『死ぬなよ、絶対死ぬなよ』

 

あの鬼気迫るツカサの姿を思い返して……より思う。

血反吐を吐き、血に伏している彼の姿を見て、なお思う。

自分は絶対に死ぬべきではない、と胸に刻む。

 

ただ———例外は存在している。

 

ツカサも、それは了承してくれている事柄だ。

それは当然、助ける為。ツカサが居ない今、人外の力を、魔女の力を有するのは自分だけ。絶望の袋小路に迷い込んだら、唯一打破できるのは自分だけ。

誰かを犠牲にして、前に進むくらいなら………と。

 

 

 

これ、盛大な前ふりじゃね? と不穏な気配を感じてしまう自分も居るが、それは一先ず置いておこう。

 

 

 

「姉様、スバル君。お待たせしました」

 

レムが、ロズワールの介抱を終えて戻ってきた。

ガーフィールは一緒では無いようだ。

 

 

「おう。レム、お疲れさん。……まあ、この3人だけの方が都合が良い、か。ガーフィールもエミリアたんも居ねぇ状況の方が好ましい。ガーフィールにゃ、あの口元の事もあって話したくねぇし、エミリアにはそもそもあんまり心配かけたくねぇ。試練にだけ集中して貰いたい」

「美少女2人に挟まれてご満悦ねバルス。穢らわしい」

「どんなスバル君でも素敵ですよ」

 

 

ラムとレムのアメとムチ? を何時も通り合間に挟みつつ、スバルは続けた。

 

 

「お前らも思うか? 今回の件……フレデリカが仕組んだんだ、って」

 

 

スバルの表情は険しいの一言。

フレデリカとは、確かにまだ知り合ってまだ日は浅いかも知れないが、それでも先輩後輩、侍女下男とそれなりにコミュニケーションを取ってきたつもりだった。

大変だったけど、楽しかった事だってある。寧ろそっちの方が多い。

なのにも関わらず、フレデリカを疑わなければならないのが、もどかしい。

 

付き合いの長さを鑑みれば、ラムやレムだって胸中穏やかじゃない筈………と、思っていたのだが。

 

 

「確かに、スバル君の言う通り状況を考えてみれば……フレデリカの可能性が仕掛けたとみるのが自然ですね」

「ええ、レムの言う通り。状況証拠はフレデリカが何かを企んでいた事を示してるわね」

「流石姉様は聡明です!」

 

 

葛藤の『か』の字さえない様だ。あっさりハッキリ言いきってしまっていたのだから。

 

 

「つまり、スバル君の咄嗟の判断で、エミリア様は危機を脱しましたのです。やっぱりスバル君は素敵です!」

「ええ。そこだけは認めてあげなくもないわ。バルスよ尊い………割りと尊い犠牲のおかげね」

「ラム、そこ言い直さなくて良いから。それにレム? あーんな怪しさMaxで光ってる石見たら、俺じゃなくても反応すると思うよ? 褒めすぎ褒めすぎ。褒めて伸ばす~ってのもヒジョーに魅力的だけど、その優しさが染みるんだ……」

 

 

スバルはツカサの代わりにはならないと解っていても、その背を追いかけると決めている。だからこそレムに甘えるわけにはいかないのだ。

 

でも、レムはレムで肯定はしてくれても、その実、そこまで甘やかせてくれると言う訳じゃないのもスバルはよく知っている。

 

この世界でラムに次いで自分に厳しく、甘くない。

それでいて自分を好いていてくれる、愛してくれる。それがレムだから。

 

 

そんなスバルの想いもレムに伝わってたようで、ただただ眩しい笑顔を向けてくれた。

ラムからは嘲笑を常にいただいているが。

 

 

「ハッ。変な妄想に浸る前に他にする事があるわよ」

「変な妄想とかしてねーよ。……んで、他にする事とは? 姉様」

「当然、今後の方針。そして注意事項もある。……フレデリカの関与もそうだけど、まずは聖域について、ね」

 

 

ラムはそう前置きをすると、鋭い視線でスバルを見据えた。

その後、レムに向き直り、レムが頷き返したのを確認するとスバルに半歩寄り添ってラムは声を潜めて言った。

 

 

「この場所の解放――それをここの住人の全員が賛同、賛成しているわけではないわ」

「―――っ! そりゃ、一体どういう……?」

「リューズ様やガーフに隠したエルフの件にしかり、フレデリカの行動もそうだけれど、聖域の解放はリューズ様筆頭に、ガーフの様な強権派が言い張って主導しているだけ。中には、この場所に留まる、結界に籠る事を選ぶのもいるのよ」

「ますます解らねぇ。この中に籠ってどうするんだよ。どうなるんだよ」

 

 

ラムの忠告に、眉を寄せる。

ラムの考えとレムの考えは同じようで、軽く頭を下げるレムは、修正する様子も更なる進言をする様子も見せない。驚く様子も一切ない。

この聖域と関わりがより深い2人だからこそ、解る事なのだろう。

 

でも、この聖域で暮らす以上……、いや、ガーフィールの説明通りであるなら、全員が混血……《混じり》の筈。だからこそ結界の影響を受ける彼らは外に出る事が出来ない。

 

 

「それが目的……。いや、それで良いのよ。残りたいものにとって、外との交流は最低限である今が理想的と言う事なの。それをあえて破ろうなんて、されても迷惑……そういうこと」

「……………フレデリカが、そういう連中に協力してる可能性もある、って事か?」

「可能性、と言うのなら否定は決して出来ない。現状、あるだけの情報でそう推測するだけよ。バルスは情に流されやすい性質。………それが全て悪いとは言わないけど、悪手である可能性も高くなると言う事は肝に命じなさい。レムの手を煩わせないで」

「姉様。レムは大丈夫です。スバル君が進む道を、レムはその隣で一緒に進む。それだけですから」

「はぁ……。レムも厄介なのに懐いたものね。時には頬を張ってでも、矯正しなきゃいけない時もあるのよ。……鬼の力全開にしてでも」

 

 

考え込んでいたスバルだったが、最後の最後で余計な一言を言われて慌てて考えを切って両手でブンブンと手を振って答える。

 

 

「鬼の力で張られたら、首の骨が逝っちまうよ!! 命を大事に、なんだ! 大丈夫だ。やれるだけの事はやるし、最善を尽くす。………それに、俺の死に戻り(ちから)は、兄弟にとってのリスクがデカすぎるし、そもそも、こんな俺の事を好いてくれてるレムの前で、そんな手段取りたくねぇ。その気持ちは分かるつもりだ。兄弟がラムを救った時と同じで」

「………………」

 

 

例え、無くなる世界であったとしても……、例え、無かった事にされる世界であったとしても。

実際に起きた世界、実際にあった世界である事には変わりない。

それを魂に刻み、己の道を進み、皆を救い続けてきた英雄の背を見てきたからこそ、スバルも解るのだ。

 

 

「英雄見習いが。言うじゃない」

「流石スバル君です」

 

 

レムは当然として、この時ばかりは珍しくラムもほんの少しだけ感心をする素振りを見せた。

 

 

「それと気になっていたのだけど、その手に巻かれてる白いハンカチは? 随分と古臭いおまじないをしているわね」

「ああ、これか? これはペトラがしてくれたモノだ」

「ええ、知ってるわ。まだ幼い子を誑かすバルス。救い難いわね」

「なんでだよ! ………って、そうだ。ペトラだ。今思えばペトラはフレデリカと一緒に居る。メイド見習いなんだ当然一緒に居る。だから、心配になってきた」

 

 

話の流れ上、全く関係の無いスバルの白いハンカチの件だが、ラムが拾ってくれたおかげで、新たなる問題点も浮き彫りになってきた。

もしも、仮に、フレデリカが悪意ある立場ならば、ペトラの身柄は十分人質になりえる。善意で協力を申し出てくれたペトラに何かあっては申し訳が立たない所じゃない。

一応、屋敷にはベアトリスも居るのだが……ベアトリスがペトラを助ける! なんて光景、想像がつかない。禁書庫で只管籠ってる姿しか頭に浮かばないから。

 

 

「大丈夫ですよ、スバル君」

「……っ、え?」

「そうよ、レムの言う通り。安心なさい。フレデリカが屋敷の新入りに悪さを働くなんてことはありえない。そこまで外道に堕ちる筈もないわ。あの子の事は心配無用よ」

「………レムもラムも、フレデリカの事信じてるの? 信じてないの? どっちなん?」

 

 

フレデリカが怪しい。

それは満場一致であり、レムもラムも同意した。状況証拠だけではあるが、と付け加えていたが、それでも確定していた。

でも、ペトラは大丈夫だと言う。スバルにとって、ペトラは大丈夫だ、と言う2人の意見に対して嬉しく思うけれども、その真意が気になる所でもあるのだ。

 

 

「長い付き合いですから。全てを知る訳ではありませんし、思惑を知ってる訳でもありませんが、ロズワール様の領民でもある、ペトラに危害を加えようとするなんてあり得ません。姉様の言う通り」

「……フレデリカがフレデリカである事。それは疑っていない。それだけの事よ」

 

 

レムとラムはそう言うと、今度は聖堂の奥に居るであろうエミリアの方を向いてスバルに言い聞かせるように言った。

 

 

「ただ、バルスに言える事は気をつけろ、の一言ね。聖域の解放反対派の連中にとって、一番確実な方法はエミリア様に危害を加える事。……誰が敵か解らないのだから、常に気を張りなさい。もう甘えは止めて、独り立ちを期待するわ」

「甘え、に関しちゃ俺も同感だ。ヌルゲー感はとっくの昔に払拭されてるし、英雄見習いLv1だとしても、心構えくらいはいっちょ前に持てる。―――でも、ガーフィールやリューズさんにも内緒にするってのは、穿ちすぎな気もするぞ?」

「警戒する事に越したことはない、それだけの事よ。あの2人と関わる誰かはしている可能性もある。秘密を知っている人間は少ない程良い。少なくとも、全てを終えるまでは」

 

 

ラムの忠告にスバルはぐうの音も出なかった。

その通りだ。

やり直しはもう聞かない鬼畜ゲーだと思って立ち回る。それを常に意識する。

それに、ラムやレムがこちら側の立ち位置である事は大きな有利性(アドヴァンテージ)である事を喜ぶべきだろう。

少なくとも、腹芸無しに心の底からついてくれているのは解るから。ラムは変則的ではあるが間違いなくこちら側。

これは向こう側は知りようがない事実。ロズワールの侍女であるラムやレムが完全にこちら側(ラムはツカサ側!!!)だなんて現状で最高クラスのカードだと言って良い。

 

 

 

「夜には改めてロズワール様が時間を作ってくださるそうよ。感謝しておきなさい、バルス」

「……まぁ、あの傷見れば文句の1つもでねーよ。つっても、それをも計算ずくなのがロズワールだ、って疑いたくなるけどな」

「スバル君。流石にそれは………」

「ええ。それこそ穿ち過ぎと言うものよ。ロズワール様の様子を見たのはガーフとレム。ガーフ……アレに、レムの目を搔い潜って更にロズワール様と思考を合わせる様な頭とその隠形がある様に見えるの?」

 

 

ラムはガーフィールをとことん見下している。

それは今までのやり取りで解っていたし、改めてこの会話で実感できる。可哀想だ。

 

 

「自分に惚れてる男にスゲー辛辣ですね、ラムちー姉様。まぁ、手が塞がった状態じゃ仕方ねぇ、ってもんだけど」

「ええ。ラムに惚れるのは仕方がないわ。世の摂理と言うモノなのだから。それを噛み締めて、諦めると言うのが当然なのだけれど、アレは理解が追い付いていない。無駄だと言うのにね」

「…………」

 

 

何だか、ガーフィールの味方になってあげたい! と言う気もしなくもない。あまりにも辛辣過ぎる。……勿論、実際にそんな事はしないが、兎に角同情心は送ろうと思う。

ドンマイ、と。

 

 

「でも、今のガーフはツカサ君に対して夢中になってますよね」

「ええ。それも間違いない事。……どうしても、背伸びをしたい年頃なのよ。これも無駄な足掻き、になるのだけど」

「……兄弟も可哀想に…………、状況がよく解らんのに、こっちに来たら突然ギザ歯にガジガジされるとか………」

 

 

スバルのそれに対してもラムは鼻で笑う。

遅れてくるのが悪い、と。

ガーフィールに対して辛辣かもしれないが、ラムはツカサに対しても結構キツイ。

それ程までに、心配をかけているのだから、甘んじて受けるべき。愛が深い故に、とスバルはツカサに関しては同情する事は無いのだった。

何処かで、クシャミの1つや2つでも、してくれている事を祈って……。

 

 

 

 

「―――そろそろ、日が沈みます」

 

 

 

暫く話し込んでいて……レムが空を見上げながらそう呟いた。

聖堂の外は、夕焼け色から夜色に染まっているのが視て解る。

ロズワールが時間を作ってくれると言うが、それは試練を終えた後の話だ。

 

エミリアの事を信じている。でも、それと同じくらい……或いはそれ以上に心配にもなる。

 

 

夜が怖い———と思うのは、この世界に来てから何度目の事だろうか……。でも、それは抗う事が出来ない時間の流れだ。

 

《聖域》の解放のために、《試練》によって人を試す夜が———始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やれやれ。ほんと、聖域(ここ)に来て、扱いが雑過ぎる様な気がしてならないのですが」

「くぁー……」

「そう思いますよね? パトラッシュちゃん。僕、こう見えて物凄く頑張ってるつもりなんですけど。……絶対忘れられてますよ。空腹がヒドイ………。まぁ、パトラッシュちゃんやランバートちゃんが傍に居てくれるから、大分気は休まってますケド……、それにしてもナツキさん、恨みますよ……」

 

 

オットーは、苦虫を噛み潰した様な目をしながら恨み節を呟く。

地竜2頭、商人1人。この組み合わせで、狂暴な男が居る上に、《強欲》を冠する地に野宿をしていると言う事実が思いの他心労を引き起こす。

これで、しっかりとガードをしてくれると言うのなら、これで、ツカサと言う唯一無二の親友が傍に居てくれると言うのなら、どんなリゾート地よりも良いと言って良い気分になる所ではあるが…………想い人は傍におらず。

 

 

「ラムさんの気持ち、今なら凄く解る気がしますよ………。それは、ランバートちゃんにも言える事なんですけどね…………」

「――――――」

 

 

パトラッシュと違い、ランバートは寡黙だ。でも、言霊の加護を介さなくとも、オットーはその気持ちが解る。

かの英雄の愛竜だ。信頼し、親愛し、敬愛していると言って良い誇り高い地竜。

主であるツカサの帰りを、そして主の願いを今この場においても護り続けている。

 

オットーを、友達を護ってあげてくれ、と。

 

 

「………早く戻ってきてくださいよ。あまり長くし過ぎると、あなたの願いがランバートちゃんや、ラムさんにとっての呪縛になっちゃいますよ。ツカサさん」

 

 

ラムが傍に居たら盛大に毒舌吐かれるか叩かれるかするかもだが、言わずにはいられなかった。

でも、その代わりここにはランバートが居る。

 

 

「フルルッ!!」

「わ、わーわー、ゴメンなさい!! そうですよね。呪縛~なんかじゃないですよね。思わず言っちゃいましたが、ぼくだって信じて疑わないですよ」

 

 

ランバートが地を蹴って威嚇する様にすると、オットーは慌てて弁明をした。

呪縛となるのは、主が帰ってこないからこそだ。それに縛られ、軈ては呪となってしまう。主の帰りを、永遠に待ち続ける呪縛。……そんなもの、会ってたまるか、なのである。

 

 

「……ナツキさんと言い、ツカサさんと言い、ここまで地竜に好かれる人、初めて見ましたよ。まぁ、レムさんの様に実力で屈服させると言うの中々居ないですが。……はぁ、お腹、空いたなぁ……このまま夜になってもこっちに来なかったら、無理矢理にでも言ってやりますからね! 言霊の加護、舐めないでくださいよ!」

 

 

オットーが気を新たに持ったその時だった。

 

 

「!」

 

 

ランバートが、不意に頭を上げ、聖域の森を見据える。

まだ、夕刻ではあるが、陽光の当たらない深緑の森の中はもう暗い状態に変わりない。ただただ、一点を見据えて腰も上げた。

 

 

「ん? どうかしましたか? ランバートちゃん」

「―――――フルッ」

「え、ちょっと待ってて、って……ど、どこ行くんですか!? 変に動き回ったらガーフィールさんが怖いですよ!!?」

 

 

オットーの静止も聞かず、ランバートは、パトラッシュにオットーの事を頼む、と言伝をして、そのまま森の中へと入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 



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テキトウなしごと

文字数稼ぎしちゃったデス……m(__)m


 

 

 

取り合えず、バラバラになってたので捕まえた。

 

 

そのあとにてきとーに握って、引っ張って、引き寄せて、捏ね繰り回し。

ちいさいのもてきとーに並べて引っつけて、くっつけて、くっつけて、くっつけて……。

このまま終わったら面白くないから、面白くなるように、念も一緒に込めて———さぁ、できあがり。簡単な一仕事みたいなものである。

 

 

 

後は……ここからどうなるか、それは出来上がってからのおたのしみ。

心配? そんなのある訳がない。

 

 

 

 

ヒト(・・)と言うモノを、甘く見てはいけないのだ。

 

それをよーーく知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

揺らり揺らりと揺蕩う身体。

 

 

 

——くるしくて、くるしくて、いたくて、いたくて、でもなにもできない、なにもかんがえられない。

 

 

ソレ(・・)は、己の存在はどういうものなのか、を考えるよりも先に、いつまでこうしていれば良いのか、と悶えていた。

いつまでこの無限に続くかの様な苦悩、苦痛を味わえば良いのか、それらがソレ(・・)の全てをしめていた。

 

 

だから、厳密には何も考えられない、と言う訳では無いのである。

 

 

地獄の様な場所から逃れたくて考えてしまい……軈て、あまりにも溜まりに溜まって爆発したかの様に無茶苦茶になって、結果更なる苦痛と苦悩を味わう。

無茶苦茶になった後は、再び無から始まる。ゼロから苦しみ、軈てまたゼロになる。ソレの繰り返し。

 

終わりがないのがまさしく地獄。無間地獄。

 

しかしなぜ、こんな事になってしまったのだろうか?

 

ほんの少しでも考えの余地がある限り、ソレ(・・)は自問自答も繰り返し続けている。

泣いて、叫んで、喚いて、呻いて、咽び、そしてボロボロになって行きながらも、消える事はない。

 

軈て、幾千幾万を更に重ねた後……1つの光に気付く事が出来た。

 

 

 

それは【淡い赤】の存在。

 

 

 

淡い赤が傍に居てくれた事に気付いた。

どれだけ苦しくても、辛くても、ソレ(・・)ソレ(・・)でいられた理由は、淡い赤が傍に居てくれたからだ。

それを認識した途端に、心は安らぎを覚える。それだけで苦悩も苦痛も取り払われる……まではいかずとも、我慢する事ができる。

 

だが、ここから先も容赦のない地獄が待ち構えている。

 

 

淡い赤が、淡い赤が……遠くにいってしまう。

 

 

傍に居てくれなきゃダメなんだ。苦しいのも痛いのも、淡い赤が居ないと我慢できないから。

淡い赤、そして柔らかな茶に乗って、共に有れた記憶。魂に刻まれた記憶が叫んでいるんだ。

 

 

一緒に居たかった。

共に有りたかった。

傍に居て欲しかった。

温もりが愛しくて恋しくて仕方がなかった。

また、会いたい。触れたい。

とても、大切で大好きで。

 

 

 

————愛してる。

 

 

 

 

会いたい。

会いたい。

 

 

あいたい、あいたい。

 

あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい。

 

 

あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい、あいたい————∞

 

 

 

 

 

………淡い赤、愛しいヒトに。

 

 

 

 

 

 

 

淡い赤が遠ざかる。でも何とか追いかける。ただそれだけを考え、この地獄を耐える。

 

傍から見れば狂気であり、魂の在り方が歪んでしまったとも言えるかもしれない。

何せ、それはまるでかの存在(・・・・)を彷彿させるから。

 

 

 

そして―――そんな地獄の中で夢をみた気がした。

 

 

 

いつの間にか、茶の背に乗せられてる夢。

揺蕩う己が地に足をつけた茶によって運ばれる夢。

 

茶は愛おしそうに甘噛を繰り返しては頬擦りをする。

優しく慈しむ様に。

揺らり、揺らりと乗せられ、運ばれる。

無間地獄の外側へと連れて行ってくれるのか、と胸が苦しくなる。高鳴ってドキドキとする。

この時から、自身の輪郭を自覚し始めた。

どういう存在なのか、一切解らなかった当初。朧気ながら茶が思い出させてくれた。

 

 

 

淡い赤は———、ソレ(・・)が生きた証なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——エミリア様とバルスが突入してから、どのくらいたったかしら……。

 

 

ラムは、聖域の遺跡の前に佇んでいた。

試練を受ける場所、真の意味での魔女の墓所の前だ。

 

 

それは少し前の話。

 

 

日没後、エミリアは皆の期待を一身に受けて、その期待を背負う覚悟もエミリア自身は持ち合わせていて、試練に挑んだのだ。

ガーフィールとスバルは喧しく騒ぎ、それにオットーまで加わって更に五月蠅いのでラムの苦言(と言う名の実力行使?)で少々黙って貰い……ラムは考えに耽っていた。

 

それは、オットーの話を聞いたからだ。

 

 

『ランバートちゃんだけがちょっとはぐれている状態なんです』

 

 

ランバート。

 

ツカサの愛竜であり、ラムの下僕が1頭。

主であるツカサ対し、敬愛の念を抱いているのはラムも重々感じているが、レムの様に嫉妬を向けたりはしてない。

ツカサを取り合い~とまでは発展していないからだ。

ランバートは、そこまで命知らずではなさそうだ、と言うのがラムの評価。でも、ラムの下僕とまではランバートは思っていないのは別の話。

 

全ては主の為に。

 

それだけを一身に考え、それ以外は二の次とまで思うその思考は、一体何があればそうまで至るのか、興味がある所存ではあるものの、その深奥まで探る気はないし、オットーの様に加護を持ってる訳じゃないからそもそもが出来ない。

 

あのランバートは、ツカサの今のところ最後の命令である『皆を頼んだ』と言う命令を忠実に守っている。仮に魔女教の類がまた襲ってきたとしても、その命を散らそうとも責務を全うする事間違いないだろう。

 

そんな地竜ランバートがオットーと別行動をした事に対してラムは引っかかっているのだ。

 

オットーは貧相なナリで、商人とは言ってもその商才は皆無。

加えて不幸属性と言うはた迷惑な代物までその身に受けている様な男。でも、ツカサは友達だと思っている。

広がった輪の中に間違いなく入っている人物の1人だと。

 

ランバートの中では、間違いなく序列は自分より上に位置し、主のツカサの為にオットーの傍に居る……筈だったのだが。

あまりにも情けない従者を見限ったのかもしれないし、放置しても別に問題なく、ツカサの為にもならない、と判断したのかもしれない。

地竜は非常に賢い動物だ。そう結論付けたとしても何ら不思議ではない。

 

……そして、或いは———この聖域に来て、何かを感じ取ったのか?

主の命を背いてでも、行動をしたかった理由が。

 

 

異常事態が起きて尚、ラムの頭の中はそのことばかりを考えてしまっているのだ。

 

 

そんな中、直ぐ横の男……オットーの視線に気付く。

矢鱈視線アピールしていたが、ラムは安定の無視。オットーはジト目を向けていたが、明かに気付いてて無視してるのが解ったので、取り合えず声を出した。

 

 

 

「………ちょっとラムさん。なんか物凄くヒドイ事考えてませんでした?」

「ハッ。何を言ってるか解らないわね。……今はラムに見惚れる前に考えなければならない事があるでしょうに」

「別に見惚れてる訳じゃありませんが!? そりゃ、僕だってランバートちゃんやナツキさん、エミリア様が心配ですよ。……特に、エミリア様の試練の光は直ぐに消えたのに、ナツキさんが飛び込んでいって、試練の光が今も継続してるってなると………」

 

 

そして状況説明に入る。

最初から説明すると

 

① エミリアが試練を受ける為に墓所内へと入った。

② 聖域が試練を受ける者、その資格ありと認め、光を放った。

③ 試練を受けている間は常に光を放っている筈なのに、突然光源が失われた。

④ スバルがそれに驚いてエミリアを心配し、自重も忘れて墓所へと突入。

⑤ 皆が止める間も無く、何故かスバルにも試練を受ける資格があり、と光が発生。

⑥ 全員が色んな事が起こり過ぎて驚愕し、ただただ試練の結果を待つ事となった。

 

つまり、今は完全なる待ちの状態。

大見得切って、スバル入っていったスバルだが、まだ中から何も返答がない。声を上げると言っていた筈だが。

でも、光が出ている以上試練に変化は無いとみるのが自然だろう。

 

 

「おうコラ三下ァ! ラムに見惚れてるッたァ、どういうこったァ!? アァ!?」

「ひぃ!! ご、誤解ですよガーフィールさん!?」

 

 

待ち時間とは退屈なモノ、なのだろう。特に子供であればそれはより顕著に表れると言うものだ。

 

 

「英雄様ァ、ノしてやッたら、次ァ俺が控えてんだ。だが、手前ぇは全部スっ飛ばして割って入るッてのかッ? いけッねッ、ってわかッねぇのかよオイ!」

「ひぃひぃッ、だ、だから誤解なんですってば! ラムさんっ!? 助けてくださいよぉぉ!」

 

 

極上の雌を賭けての超雄同士の決闘!

 

ガーフィールはかつてない程に気合が入りまくっており、それは育ての親でもあるリューズも抑えきれない程。ラムがやれば一撃だが、面倒くさいのか、或いは全部丸投げしたいのか……どっちも同じ意味だが、兎に角手は出してない様だ。好きなようにやらせている。

 

そんな中で情けないオットーの声が響く。

 

「ハッ」

 

ラムは鼻で笑った。

何やらオットーだけでなく、確実に敗北しているであろう未来の負け猫なガーフィールの声も耳に届くような気がするが、それは一先ずラムの頭の中には入らず通り抜ける。

 

何故なら、ラムは余計な事を考える暇がないからだ。

これより再びツカサ関連の事だけで埋め尽くされる。

 

 

———でも、事最愛の妹であるレムの話になればその限りではない。

 

 

会話の中に割って入る事が無かった。

いつも通りのレムであれば、ガーフィールが英雄であるツカサを倒す? なんて話をすれば即座に否定か、無駄な努力をオブラート全開に包んで発している所なのだが、今はただただ墓所の方に視線を向けて離れる事は無い。

 

ぎゅっ……と握られた手を見れば、何を考えているのかなんて容易に解る。

 

 

「大丈夫よ、レム」

「……姉様」

 

 

姉として、妹に言葉を1つ、2つくらいは駆けてあげなければならない、とラムは今更ながら後悔。思考の波に囚われてしまった自分を戒めつつ、レムの肩をそっと撫でる。

 

 

「墓所がバルスを試練の資格あり、と認識している以上、バルスはロズワール様の様に弾ける事は無いわ。リューズ様もおっしゃってたでしょう?」

「……はい。姉様の言う通り、勿論レムは解っているつもりです。……でも、それでも、レムは、レムは………スバル君が……」

 

 

ぎゅっ、と手を握りしめる。

レムは、姉の感覚が解る。共感覚でラムの心情も理解できる。

ラムがツカサの事を心から心配し、会えない時も傷ついている、表情や言葉にせずとも、伝わってくる。

そんな姉の為に、傍に居て少しでも力になれたなら……と務めていたレムだったが、レムにとっての英雄で最愛の人スバルが、ロズワールをもってしても、その身に多大なるダメ―ジを負ってしまうと言う過去類を見ない試練に挑む。

試練と言えば以前、ロズワール邸に侵入してきた灰色の称号を持つエッゾ・カドナーが試練と称して用いたミーティアとは比べ物にすらならない。

 

レムは顔を上げる。

目の前にある墓所の入り口。黒く塗りつぶされた様な闇への入り口は、この世の不吉を顕現している様にも見える。

でも、スバルはその闇の入り口の前に立って笑顔で親指をグッと立てて言っていたあの姿も鮮明に思い出せる。

 

 

『俺を信じて待っていてくれ!』

 

 

スバルにそう言われてしまえば、どうしようもない。

スバルの信頼を、信用を裏切る様な真似はレムには出来ないから。愛を頂けると約束をしてくれたのに、そんな愛する人を裏切るなんて、出来る訳がない。

 

だから、信じて待つ他無い。

 

待つ事……それがここまで辛く苦しい試練であるのか、姉の言葉も気休め程度にしかならない程なのか……とレムはただただ耐え忍んでいた。

 

 

「はぁ。本当に世話のやける妹ね。レム」

 

 

ラムは、そんなレムの頭に手を置いて髪を梳く様に撫でた。

 

 

「レムの惚れた男が、そんなヤワじゃない事くらいラムだって解っているつもりよ。……それに、ラム自身も何度もバルスに言い聞かせているもの。死んだらどうなるか、レムを悲しませたらどうなるか、バルス自身がよく解っている筈だわ」

 

 

 

 

ラムの言葉でレムは救われる。

スバルを信じ切れてなかった、と言う自己嫌悪も多少なりともあったが……これ以上ラムに心配をかける訳にはいかない、と奮い立った。

 

 

「はい。レムは信じて待ちます。スバル君を。……他でもない、姉様の言葉ですから」

「ええ。ラムに間違いはないわ。バルスも命は惜しい筈よ。……それに」

 

 

ラムは空を見上げる。

星々が瞬く、光と闇が広がる(世界)を見上げる。

 

間違いはない、と自らにも言い聞かせる。

 

 

必ず、必ず、……また会える。

 

 

そう、信じている。

 

 

 

 

そんな時だった。

 

 

 

「フルッ」

 

 

 

地竜の小さな鳴き声が聞こえてきたのは。

 



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再会

めちゃくちゃ遅れましたが――――
明けましておめでとうですm(__)m
今年もよろしくです(*- -)(*_ _)ペコリ


聖域の周囲、墓所の周囲は例外なく深緑の森。

陽の光が無ければ、そこはもう一寸先が見えない程深く広い闇が広がっていると言っても良い。――――だと言うのに、これは一体どういう事だろうか?

 

 

地竜の鳴き声がした。

それは何処かへと向かって居場所が解ってなかったランバートのモノだと言う事は直ぐにラムは解った。

だからこそ鳴き声がした時、反射的にラムはそちら側を見たんだ。

 

木々の間から、深い闇の中から確かに見えるランバートの姿。

 

何故、こうもハッキリとその姿が見て取れるのか、普通なら違和感に思う事だろう。

篝火の類も一切ない森の中でランバートの姿を視認する事が出来た異常性に注視する筈だった。でも、それ以上にラムは心を奪われた。目を離す事が出来なかった。

 

ランバートだと何故解ったのか、その理由はハッキリしている。

その姿が見えていたからだ。

なら、何故闇に等しい場所で、ハッキリとその姿を見る事が出来たのか?

その答えは目の前に広がっている。

まるで、ランバートが居る場所だけが日が照り付けているかの様に。ランバートが居る場所が白く光を放っていたからだ。

 

その光の根源から———ラムは目を離せない。

身体も硬直してしまったかの様に動かす事が出来ない。

ランバートの背に乗せられたソレ(・・)を見て……目頭が、身体そのものが熱く、熱く燃え滾る様だった。

 

 

「―――ツカサ」

 

 

不意に声が出た。

それは考えて言葉を発した訳じゃなかった。

極々自然に、当たり前の様に口から出てきたんだ。

 

愛しい人の名を———。

 

 

「ァァ!?」

 

 

そして、森の異変にいち早く気付く事が出来る聖域の番人ガーフィールもラムに続いて反応を見せる。

全く臭わない、あのランバートと言う地竜の匂いはハッキリと解っていると言うのに、その背に運ばれてくる存在が正しく異質そのものだった。存在感が極めて薄い———とでもいうのか、匂いそのものが感じられない。だからこそ、警戒心を露にし、今にも飛び掛かろうと身構えた時にラムの声がハッキリと耳に届いたのだ。

 

 

アレが、あの存在がラムの言う英雄。

国を傅かせ、当代の剣聖を認めさせ、剣鬼を魅了し、三大魔獣の一角を堕としたラムの英雄ツカサ。

 

 

「……『考えるよりガングリオン!!』ってなぁ!!?」

 

 

一足飛び足で、ガーフィールは駆け出した。

目の前に最強の英雄が居るのだ。でも、それは自分と戦ってないからこそ。

自分こそが最強である、と強烈に自負しているガーフィールは持てる力の全てをぶつけん勢いでまるで矢の様に駆ける。

 

 

「ガァァッァァ!!!」

 

 

あの時のスバルとはまた違う。近づけば近づく程解ってくる。

ラムが嘘を言うなんて事は考えなかった、考えもしない事だったが、それでも恋敵であると言う認識が強過ぎて信じられなかった。信じる事が出来なかったが、もう直ぐ目の前にして、そのスケールのデカさに本能が怖気づきそうになる。

 

だが、ガーフィールは止まらない。

喉元に喰らいつく勢いで迫る。

彼が好む慣用句で言えば《崖を背負うミデンに逃げ場なし》。

ここに来て後戻りは出来ない。結果ラムに叱咤されようと、ラムの逆鱗に触れようとも——— 一匹の雄として、止まれなかった。

 

 

「フルッッ!!!」

 

 

ガーフィールの狼藉に気付いたランバートが臨戦態勢に入る。

ラムよりも———……とは言わないが、同等に近い程に主の帰還を待ち続けてきたんだ。漸くその背に迎える事が出来たんだ。

だからこそ許さない、と主を護る気構えで迎え撃とうとしたのだが……。

 

 

「!」

 

 

ぽん、ぽん

 

二度、首筋を叩かれるこの感触。

もう懐かしささえ覚えるこの感覚。

ランバートは臨戦態勢を整えていたのにも関わらず、もう迫ってきているのにも関わらず、固まってしまった。

 

そしていつの間にか自身の背から降りている彼が視界の中に入る。

 

矢の様に、弾丸の様に迫るガーフィールの前に立っている。

 

 

『―――黄。……違う』

「!!?」

 

 

それはガーフィールの頭の中に直接響いてくる様な声だ。

澄んでいて、何処までも透き通る様に響く声はいきなり響いてきたと言うのに不思議と嫌な感じはしない。敵意の欠片も感じられないのだ。寧ろ、敵意を剥き出しに迫っていると言うのにも関わらず、まるで意に介さない感じ。

普段のガーフィールであれば、舐められていると憤慨の1つや2つしていてもおかしくないのだが、如何とも形容しがたい感情が起こり自分でも解らなかった。

 

だからと言って攻撃をする手を止める———と言う訳にはいかない。振り上げた拳を引っ込めるなんて格好悪い事をガーフィールがする訳がない。

 

そのまま振りあげた拳を目の前のラムの英雄(ツカサ)に向かって思いっきり突き出す。

 

 

「うッ———おッッ!?」

 

 

そしてこの時、思いもしない事が起きた。

止められる、弾かれる、躱される、幾つかのパターンを想定していたガーフィールだったのだが、そのどれにも当てはまらない現象が起きた。

突然襲ってくる浮遊感。それはまるで地面から突然竜巻でも発生したかの様だ。

 

 

「なんッッだ、こりゃッぁ!?」

 

 

地に足をつけてこそ本領を発揮する事が出来るガーフィール。

強引に地から足を離されてしまえばどうしようもない。

 

 

轟ッ!!

 

 

訳が解らないまま、ガーフィールは上空の彼方へと吹き飛ばされてしまった。

夜空の星が、月が光を放ち幻想的……とも言える世界。翼を持たない普通の人間であれば立ち入る事敵わない領域にガーフィールは飛ばされてしまったのだ。

 

それは……思わず魅了されてしまいそうになる光景だった。

そして、それ以上に感じる感覚。

 

何故だか解らない。

ガーフィールは元来負けず嫌いな筈だった。一瞬で吹き飛ばされてしまった事に対する憤慨、負けん気、怒気、あらゆる野生の気が出てこないのだ。

 

聖域を護る最強の盾を自称し、研鑽を積上げ続け、誰が相手だろうと負けない。どんな相手であってもその喉元に噛み付く気概を常に持ち続けた。それは現世の英雄が一柱相手であっても変わらない筈なのに……不思議と心地よかった。

 

 

『……でも、この黄……似てる』

 

 

地上までの距離は相当ある。

対処しなければ大怪我では済まないだろう、とある程度落下し始めた時に受け身をしようとしたガーフィールだったが、突如また風に囲まれた。

吹き飛ばされた時のソレとはまた違う。

 

 

『………似てる。匂いがする。……ちがう。いや、じゃない』

 

 

ふわりとガーフィールの身体が宙を浮き……何事も無かったかの様に地に降り立った。

とんでもない力が働いている筈なのに、深緑の森は全く被害を被ってないのも異常だった。

夜の静けささえ感じられる。

何事も無かったかの様に。

 

 

『…………』

「ッ、ああッ!? 手前ェ、なんだッってんだ!?」

 

 

丁重に扱われた。

怪我をしない様に、優しく扱われた。

いつもならば不快感MAXで噛み付こうとする筈……なのに、気が向かわない。

何とかガーフィールは声を荒げるが、もう迫って来ないのを解っているかの様に目の前の男は踵を返す。

それを合図に、ランバートが駆け寄ってきた。

 

頭を下げ、頬をその身体に擦りつける。

それは心から敬愛しているのが解る地竜の所作だった。

 

 

「――――――ジャマよ。ガーフ」

「ラ———ぐえっっ!??」

『…………!』

 

 

いつの間にか、ガーフィールの背後に現れていたのはラム。

いきなりの攻撃、行動にラムの怒りは沸点を突破し、怒号の嵐を、制裁を与えよう! と鬼の力を練り上げてるつもり……だったが、()を目の前にしたらそんな気は一瞬で失せてしまった。

 

ただ、ガーフィールが傍に居るのは頂けない、と手に集約させた風のマナ……我が身にまだ残っている彼の力を込めた黒き嵐(テンペスト)をガーフィールの腹部に向かって打ったのである。

流石のガーフィールも力の入ってなかった状態でソレを受けてしまえばどうしようもない。

吹き飛ばされて離れた場所の大木に思いっきり身体を打ち付けてしまった。

 

「……チっ」

 

頑丈な身体なので、あの程度でどうこうなる訳ではない。でも悪態の1つや2つ言おうと思っていたのだが口から出てこない。……ラムの雰囲気に、そしてあの男に何も言う事が出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………ツカサ」

『―――淡い、赤』

 

 

 

 

 

感慨極まる、とはまさにこの事なのだろうか。

頬に伝う雫が、熱く熱くなる身体が、細胞の全てが、魂が叫んでいるかの様に感じた。

間違いなく、この白い存在は彼―――ラムの英雄ツカサだ。

 

魂がそう叫んでいるから。

 

 

手の届く場所に、ツカサが居る。

ラムは一切躊躇う事なくその身体を抱きしめた。

途端に心の中の何かが決壊した。止めどなく溢れ出る涙。会えない時もずっと想い続けた彼が目の前に居る。触れる。……ゼロが言っていた様に身体がバラバラになんかなってない。

 

 

声にならないラムは、ただただ無言で涙を流し、ツカサの胸の中で、彼以外の他の誰にも悟られない様に小さく嗚咽を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

『あえた。あえた。あわい、あかに』

 

 

 

 

そして、それは彼も同じ。

会いたくて、逢いたくて……狂おしい程愛しい存在を前にしてラムの身体を抱きしめ返した。

何故叶ったのかは解らないし、ラムの事を淡い赤と思う様に、記憶が定まっていないようだが、それでも良い。全て満たされる思いでいっぱいだった。

 

 

 

「『あいしてる』」

 

 

 

違いに愛を囁き合い、接吻と抱擁を交わした。

あの時の様な、絶望に沈む死の味はしない。

 

だが————。

 

 

「!!! 姉様!!」

 

 

ラムは気付けなかった。

他の面子も一体何事が起きたのか解らない、寧ろ時間が止まったと言っても良いくらいに固まってしまっていたが、唯一気付けた、声を出す事が出来たレムが声を上げた。いや荒げた。

 

 

レムの声に反応したラムは改めてツカサを見る。

 

白い光が、徐々に失われて行ってるのが解る。

その身体が透き通り、身体と言う密度が失われて行ってる。

つまり、消失しようとしているのが解る。

 

 

「ツカサッッ!!?」

 

 

再び抱き寄せたが、それでも変わる事はない。

まだ実体はある。だから触れる事は出来る。

でも、着実に、確実に、その身体から発せられていた光は失われ続け、身体そのものも消えようとしている。

 

でも、彼の表情は穏やかだった。

 

 

『漸く……会えた。……愛しい、ひと、に』

 

 

全てが満たされた様なそんな顔だった。

 

あの時とはまた違う恐怖がラムを襲う。

あの時は死を覚悟し、死を以てラムを、皆を助けると決意をした顔だった。生きた証だと。失う事が耐えられない、と。共に生きる事を、最後まで一緒に在る事を諦めた顔だった。

 

でも今は違う。これはそう———まるで、思い残す事はもう何もない———と言わんばかりの顔だ。

 

 

「ラムを置いて逝かせない!! また、またラムに苦しめと言うのッ!?」

 

 

ラムはツカサの身体を抱き寄せる。強く強く抱きしめる。

どういう理屈かは解らないが、この消滅を止められるのはツカサ本人でしか出来ない事だと、本能的に理解したから。

だから声を上げ続けた。

 

 

『あいしてる、あいしてる……。あ、あ、ど、こ……? あい、し………』

「私もよ! ツカサ!! しっかり、しっかりしなさい!!」

 

 

ツカサの声が小さくなりつつある。

ラムはそれを感じ更に声を上げ、力の限り抱きしめた。

離してしまえば、またいなくなってしまう、と本能的に察したからだ。

 

そしてラムとツカサの元へ、レムたちも駆けつけた。

 

レムやオットー、そして試練を見届ける為に来た人達も皆が声を上げようとしたその時だ。

 

 

 

【!!?】

 

 

 

どう形容すれば良いのだろうか?

墓所の中から……ナニカ(・・・)が出てきた。

 

それは何処までも暗い。闇よりも尚暗いナニカは意図も容易くツカサの白の光を呑み込んでゆく。

そして、墓所の中へと引き摺り込んでいった。

 

 

「いかせない!!」

 

 

ラムは引きずり込まれていくツカサに向かって駆け出す。

試練の資格はラムには与えられていない。……あの魔女が資格を与えないと言った以上、この墓所の中に入ったらどうなるか……火を見るよりも明らかだろう。

あのロズワールの痛々しい姿をラムも見ているのだから。

 

でも、一切関係ない。意に介さない。

 

漸く逢えた。

漸く抱きしめる事が出来た。

 

もう2度と離したくない。

 

また離すくらいなら、墓所の中だろうと―――行先が地獄だろうと、共に逝く。

 

 

そしてラムとツカサは、墓所の中へと引きずり込まれていくのだった。

 



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再会・6人の魔女

 

 

 

『―――まずは己の過去と向き合え』

 

 

 

意識が覚醒していく。

今の今まで、己が何なのか、何をしているのか、全てが解らなかった筈だった。ただ、本能のままに……本能が赴くままに身体が勝手に動いていただけだった。

 

でも、急に意識が覚醒し、目の前の光景が脳に叩き込まれるのを感じた。

 

 

鮮明に映る。世界が彩っていく。

その目の前には……彼女(・・)が居た。

 

 

命を賭しても護りたい。彼女を助ける為ならばこの命は惜しくない。

繰り返す時、刻まれる悲劇、それらを全てを抱いてやり直し続けた……。必ず戻ってくる、皆で無事に。死力を尽くして最後の最後まで戦い続けると心に誓った矢先の彼女の死(・・・・)

 

それだけは駄目だった。どうしても乗り越える事が出来なかった。

その光景が脳裏に焼き付いて、離れなかった。冷たくなって逝く身体、生気が無くなっていく瞳。

 

 

『あなたにあえて、ラムはしあわせだった』

 

 

聞きたくない今際の言葉。

最後は幸せそうな顔だった筈……なのに、その顔は歪んで見えてしまう。

 

 

繰り返す時の中で全てを抱きしめて、魂に刻んで、同じ事を繰り返さない様に。

1人、また1人とあの男に蹂躙され、戻る度にそれらを防ぎ、いなし、躱して……悲劇の未来の数だけ、それを少しでも減らす様に、としていた彼の精神に、魂に、致命的な一撃を与えてしまったのだ。

 

 

彼女こそが、この世界で自分が生きた証だから。

彼女が居なくなる世界に、1人だけで留まる事なんて出来ないから。

 

 

 

「―――つか……ッッ」

 

 

 

そんな彼女が今目の前で苦しんでいる。傷ついている。何故かは解らないが、まるで肉体の中で何かが暴れているかの様な、拒絶反応を示している様な、彼女の身体が血塗れになって行く。

助けた筈だった。

大切な約束を破ってしまう事実は覆せないが、それでも彼女を助ける事が出来た筈だった。

なのに―――――

 

 

『―――まずは己の過去と向き合え』

「五月蠅い!!」

 

 

再び、耳元で囁かれる声。開かれる闇。それが良い気付けになった。

それらを一蹴する様に振り払い、彼女の元へと手を伸ばした。

 

 

「ラムッッ!!」

 

 

愛する人の名を叫び、その身体を抱きしめる。

いつだったか、こうやって彼女が……ラムがしてくれた様に。

強く強く抱きしめ続ける。

 

 

「ぁ―――――」

 

 

そして、一体何が作用したのか、或いは想いの強さが奇跡を起こしたとでも言えば良いのか。

彼が知る由もないこの場所……墓所の中。

そこでは資格を持たない者は拒絶され、肉体に致命的なダメージを負う仕様になっている。

ラムも持たざる者。だから、この場で苦しみ続けるしかない筈……だったが、強く抱きしめた結果、その肉体の崩壊を止める事が出来た。

 

 

『―――まずは己の過去と向き合え』

「しつこい!! オレに過去なんかある訳が――――」

 

 

再三に渡る囁きを聞いた途端に力が抜けていく。

抗う余地がないとでもいうのか、1度目、2度目の時は完全に拒絶出来ていた筈なのに、3度目には何も出来ず力が抜けてしまった。

 

でも、それでもラムを離す訳にはいかない。この腕の力だけは抜く訳にはいかない。

 

力なく目を瞑っている彼女を見ると、どうやら自身と同じ様にあの囁きが原因で何かが起こるのだと言う事は想像できる。

 

 

 

 

 

『やっぱり凄い。人と言うモノは……。もう何度も見たんだけど、その度に思うし、言える。全く見ていて飽きないよ』

 

 

また、声が聞こえてきた気がした。

そして、その声に混ざる形で――――。

 

 

『あっ、ここに居たーーー! アレだな! えっと、えっと……。ぶーーー! なんでか出てこない! でも解るぞ! パパ、って感じなヤツな』

 

 

騒がしい声も聞こえてきた……気がする。

随分と幼い感じの声。でも、喜んでいるのが解る。姿が見えないがそれは解る。

 

 

『ふぅ。全く、いきなり駆け出すもんじゃないさね。はぁ。まぁ、私もテュフォンの事を言えた立場じゃないが……。はぁ。立つのも歩くのも怠い』

 

 

続けて気怠く、陰鬱とした声も聞こえてきた。

でも不思議とその気怠さの中に力強い生気も感じられるから不思議だ。怠い、と口にしている様だが、投げ出したりする気は無さそうなのがその声から感じられる。

 

 

『まぁぁぁてぇぇぇぇ!! 私を除け者にするつもり!? そんなのダメっ! 許せない! 怒髪天突破なんだからぁぁぁ!! ようやく、ようやく全て受け止めてくれる相手が出来たのに! ダメダメっ! ずるいずるい! 公平に! 争う事なく、人類皆平等の理想論で! これが一番平和じゃん! ちょっとこっち見なさいよ!! 無視しないでよ!! 無視すんなっっ!!』

 

 

更に続けて、口調こそは怒っている様なんだけど、悲痛な面持ちが容易に想像できる様な泣き声。泣き大声で割って入ってくる声があった。

何にそんなにイラつく、怒っているのか、ハッキリとした事は解らないが、聞く限り除け者にされる事を嫌がってる様に感じる。

 

 

『み、皆……。あ、愛に目覚めたん、だね。うん、愛、は良い事……なんだよ。だから、私はとても嬉しい。とても、嬉しい。まっすぐ、みてくれる。なくした、ずっと、ずっと前に、なくしちゃった事を、おもい、ださせてくれる……。私に向けられない愛。だから、……振り向かせたい。私も負けたくない』

 

 

また次に出てきた声は温厚、それでいて気弱。

弱弱しくも最後はハッキリと意見を言い切る。宣戦布告の気概を感じさせる。

弱腰な声から一転する様は、何処か狂気に近しいモノも感じられる。それはこの声が何度も使っている《愛》とは真逆な感性だと思えるのだが、それでも留まる様子は見られない。

 

 

『あはぁぁ、ダフネもぉ~皆の気持ちぃ、わかっちゃうのがほんと不思議なんですよぉ~~。何せぇ、生きる上で一番大事なダフネの欲求をぉ~、ぜぇ~んぶ後回しにしちゃう事が出来る。出来てるんですからぁ~。だってぇ、そもそもぉ、その愛ぃ、ってのが無くてもぉ――――【人は死んだりしない】 食べられなかったら人は死んじゃうのに……死さえも後回しにしてでも欲するモノ(・・)。……なるほどぉ、これ以上ないくらいお腹に疼いちゃいますよねぇ~』

 

 

続けて気の抜ける様な間延びした喋り方でおっとりマイペース―――かと思えば、後半は鬼気迫ると言っても過言ではない底冷えする様な声。

己の欲に何よりも忠実で、我慢したりしない様で……その根底にある欲をも抑えてトップに躍り出たナニカに夢中な様だ。

いや、それはどの声にも言える事。

 

 

聞こえてきたのは女性であろう無数の声。

 

 

だが、彼女らが見ているのは聞いているこちら側ではない。

それがナニカ、何なのか解らない……が。

 

 

「………なに、か?」

 

 

ここで点と点が繋がる感覚がした。

全てを忘れてしまっていたから、思い出す事が遅れてしまったのだ。

この世界においても異質を極まる様な声をも魅了し、釘付けにしてしまう様な存在なぞ、自分が知る限りでは1つしかない。

 

ある意味魂の救済。

またある意味全ての元凶。

またまたある意味自身の半身。

またまたまたある意味自分の相棒。

またまたまたまたある意味世界の厄災。

またまたまたまたまたある意味全ての災厄。……etc。

 

 

ゼロから苦しみ続ける(・・・・・・・・・・)時、必ず傍に居る存在。

 

 

 

 

 

『キミは本気で隠れようとしていなかった、って事だよね? そう判断して良いって事だろう? いや、間違いない。ボクはそう断言できる。そう思っている。何故ならば、キミとこんなにも早く会える事が出来たんだから、それこそが証明じゃないか。キミと言う超常を超える存在が本気で隠れるとなると、違う次元……いやいや、この世界とは違う別の世界へと旅立つ事だって出来る筈だろう? なのに、こうも早くに再会する事が出来た。ボクがキミを想う様に、キミもボクを想ってくれている、とも言い換えて良いかな? ああ、それよりもまずはここは再会を祝して乾杯といきたい所だね。―――まぁ、他の魔女達も一緒だって所は、ボクに残ってる乙女な部分がどうしようもなく複雑だと嘆いているけれど、それも最早どうでも良いんだ。だってキミとまた会えた。別れた当初、ボクたちの記憶からキミの存在そのものが消えてからと言うモノ、その片鱗をどうにかかき集めて、魔女達で知恵と力を振り絞って……どうにか形に出来たのは良いんだけれど、次に思ったのは会えるのは何百年? 何千年? って言う絶望に似たそれさ。……いや、ある意味覚悟していたとも言うべきモノだね。なのにこうも早くに再会できた! うんうん、やっぱりキミにとってもボクは好ましい存在なのだと、その域にまで到達できたのだと、言えるのかな? 少しくらい己惚れても良いのよね? 夢を見たって良いって思うんだ。だってボクは乙女だから。今日と言う日ほど、ボクは女の身体で生まれてきて良かった、と思った事は無いさ。そう、やっぱり繋がっているんだ。ボクたちはきっと繋がっている。数多の世界を巡り、数多の世界を流浪してきたキミは、今は間違いなくボクと、この世界と繋がっている。繋がりは断ち切りたくない筈、だったよね? ボクもそうなんだ。一度でも結ばれたモノは二度とは離したくないモノなのさ。でもやっぱり複雑なのは他の魔女達が居る事だけど、そこはボクも頑張るから。ボクの昔の知見。男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる、と言うモノだっていう。当初はボクには理解しかねる感情だと思っていたけれど、今ならハッキリと理解できるよ。例え後回しになったとしても、例え、蜜月に割り込みが来て、更に後に回されたとしても、最後の女になる事が出来るのなら、全て目を瞑れる。だからこそボクはこの機を逃すまい、と頑張れると思うよ。もう実体のない魂だけの存在みたいなモノだけど、だからこそより強く、魂と魂で結ばれる事が出来る筈なんだ。だってキミを想うだけで頬が熱く、赤く、強く求める気持ちが止まないんだ。以前のキミは……ボクでさえ思い出す事が出来ない部分が多いかもしれないけど、拒んだりはしなかったよ。ボクの全てを受け止めてくれる。例えそれが過剰な愛、一方的な愛だったとしても、此処にいる全ての魔女の愛―――様々な形の想いを受け止めるだけの器量を持つキミはいつも笑顔で受け止めてくれてた筈さ。アソビをしたい、とも確か言っていたと思う。うん。間違いない。頑張って頑張って記憶の奥底を、深層域を見たからボクは解る。ボクはキミとアソビたい。ずっとずっとアソビたい。1人にさせはしない。ボクの知らない数多の世界を知るキミだけど、きっとキミは、まだまだこの世界の事を知らない筈なんだ。ボクの飽くなき強欲は、この世界の知識・知恵と言う意味では最高峰だと自負している。それに、その……ボクはボクの知識を総動員すれば、きっと良い伴侶……え、えへへへ。……うん、きっとキミの傍に立つ女として相応しくなってみせられる。これから、この世界を共に歩んでいける。だから、ボクの手を取って欲しいんだ!』

 

 

………これはまだ一部だ。ほんの一部に過ぎない。

本音の中の本音、心で思った事がそのまま口に出ているかの様に止まる事なく息継ぎする事もなく、淀みなく……こちらも狂気の一言が似合う性質を持っている事だろう。存在感が半端なく、最後に聞こえてきた声なのに、全てを押し退けていく強さが感じられる。

 

でも、勿論周囲の声も負けてはいない。

 

 

『あーー、ドナ! バルの方みてる筈なのに、すっぽかすのわるいんだぞ!』

 

幼い声が抗議する。

でも、その抗議に対してしっかり反論もしている。

 

『何を言うテュフォン。そもそも、ボクがかの存在を感知出来たからこそ、この墓所へ案内する事が出来たんだ! ならば、優先されるに然りべきだ、と判断するのはごく自然な事だと思うんだが』

 

続々と声が集まってくる。

 

 

『はぁ。試練を与えている最中に、ふぅ。ほっぽり出して別の男に、本命に(・・・)靡く。ふぅ。如何に魔女とはいえ随分とはしたない気がするのは私だけじゃないさね。はぁ』

『そうよそうよ! あの子(・・・)が可哀想じゃん! そっちの試練に関与できるのはアンタだけなんだから、最後までやったげなよ! きっと、泣いてるよ!!? アタシが殴って癒して上げれないのがもどかしい! だからさっさと戻れエキドナっ!!』

『愛、は、譲れない……よ? 皆で共有するの、悪く無い……って、思うけど。エキドナちゃんは、独占しちゃう、感じがするから。―――なら、私だって負けたくない』

『あはぁ~~、ドナドナってば、浮気性なんですねぇ~。ドナドナの分まで、彼をペロペロするので、こっちはだいじょーぶですよぉ~~』

 

 

集中砲火を受けている様だ。

 

 

 

これは、いつまでも終わらない。永遠に続くだろう……と思える。

 

でも、漸く……漸く……。先に進む。

 

 

 

 

『……まずは己の過去と向き合え』

 

 



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