Parasitic-Disease (イベンゴ)
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01

       1

 

 

 ・一日目

 病院のベッドで目を覚ます。

 記憶と意識が混濁している。

 思考がうまくまとまらない。

 目覚めた当初は、言葉もうまく話せなかった。

 看護士との会話から自分の名前を知らされる。

 九頭竜(くずりゅう)隼人(はやと)

 言われてみればそうであったような気もする。

 しかし自覚はない。ともかく自身のことを簡易デバイスに記録しておく。

 だがこのデバイスとはなんだろう。

 看護士の前でこれを取り出したところ、ひどく驚いていた。

 当たり前のように取り出して使用したが、問題があるのか。

 あったような気もする。人目に触れてはいけないものだったのか。

 以後は人目を避けることにしよう。

 医者の言葉によれば、私は何らかの事故で怪我を負ったらしい……。

 

 

 ・二日目

 体の傷は思ったほど大きくはないらしい。

 しかし、しばらくは安静だと医者が言った。

 また、自分の肉体をずいぶんと賞賛していた。

 最近の子供とは思えない強靭さで、ものすごい回復力だそうだ。

 よくわからないが、ひ弱であるよりは良いことだろう。

 それにしても、記憶の混乱はひどいものだ。

 時折、ごく自然に日本語とは違う言語が出てくる。

 英語のようだが、どうも違うらしい。

 これは英語に堪能な内科医の意見である。

 体中がひどく痒い。

 それを訴えると、看護士がタオルで体を拭いてくれた。

 後にシーツも交換する。

 看護士はフケや垢の量が普通ではないと首をかしげていた。

 それだけ回復が早い証拠だろうと医者は前向きな推測を語っていた。

 確かに自分の肉体が変わっていく感触はある……。

 

 

 ・三日目

 体の痒みで目が覚める。

 朝から体を拭かれ、またシーツの交換。

 あちこちに痛みは走るが、立って歩くことができるようになった。

 看護士に隠れてデバイスを弄ってみる。

 これがどういうものなのかはわかる。

 魔法を使用するために必要なものだ。

 しかし、この社会で魔法の存在は公になっていない。

 だが、記憶の中ではそれが当然のように行使されている現実がある。

 それとも、私という存在が異端なのか。

 確かに病院内では私と同じような容姿をしている人間はいなかった。

 銀髪にオッドアイ。きれいな顔だと看護士は誉めてくれた。

 容姿が優れていて特に悪いことがないので、肯定すべきことなのだろう。

 記憶がハッキリしてくるにつれ、違和感が強くなってくる。

 

 

 ・四日目

 やはり痒みで目が覚める。

 初めて入浴の許可が出た。

 全身を湯で洗浄するのは非常に気分が良い。

 下腹部に違和感が強く感じることに気づいた。

 排泄行為がうまくできない。

 性器が収縮しているのをハッキリと感じるのだ。

 バラバラであやふやだった記憶がどんどん明瞭になってくる。

 それと同時に違和感も強くなり、混乱が増す。

 私の名前は九頭竜隼人。日本人である。

 本当にそうだろうか? 私の容姿は明らかに平均的な日本人ではない。

 魔導師ランク総合SSS+。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 この記憶はなんだ? 魔法は普通に使えた。

 光のゲート。そもそもデバイスを出し入れしているのはこれだ。

 

 

 ・五日目

 深夜。日付が変わってすぐに行動を開始した。

 転移魔法を使い、病院から抜け出す。あっさりと成功。

 しばらく街を徘徊するうちにまた体が痒くなってきた。

 だが銭湯などを使うわけにもいかない。

 早朝に森の中で王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を展開。

 まさか携帯の宿泊施設まであるとは思わなかった。

 この分だと身一つで世界中どこへでもいけそうだ。

 浴室の鏡で自分の姿を確認する。

 髪や瞳の色に変化が見られる。また顔も以前と変わってきているようだ。

 出かける気になれず、一日を宿泊施設の中ですごす。

 今まで以上に肉体の変化が早くなっているのがわかった。

 記憶の混乱は続いている。次第に日本で過ごした記憶が薄らいできた。

 忘れるわけではないが、自分が経験したという実感がなくなりつつある。

 私はまだ九頭竜隼人なのか?

 

 

 ・六日目

 髪や瞳が完全にブラウンへと変わった。

 いずれ黒く染まるのは確実だろう。

 肉体の変化は著しいが、劣化しているわけでもない。

 森の中で密かに試した結果、今まで以上に調子が良かった。

 魔法の技術も熟練したかのように肉体に馴染みつつある。

 文献なども参考にしたかったが、慣れ親しんだ魔法技術の本はなかった。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)で取り出す魔導書は興味深い事柄が多かったけれど

私のよく知るミッドチルダとは違いが多すぎた。

 私。そうだ、私は自分を私と認識しているのだ。しかし九頭竜隼人は自分を俺だと認識して

いたはずなのだが……。

 この違いは一体何なのだろうか?

 ひどく頭が疲れた。甘いものが食べたい。甘く冷たいフラベルーシェが良い。 

 ミッドチルダでは伝統的な氷菓子だ。

 おかしい。何故そんなものを私が知っている? 私は転生者のはずだ。

 転生者? なんだ、それは。生まれ変わり? 誰の? 頭痛がする。

 わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。

 

 

 ・七日目

 一日中街を徘徊した。

 夕日がきれいだった。

 髪が完全に黒くなった

 

 私は誰だ?

 

 

       2

 

 

 その夜、何となく寝つけずにいた八神はやてはおかしなものを見た。

 屋根の上をふわふわと浮いている子供の姿である。

 黒いコスプレみたいな格好をした、きれいな顔をした女の子だった。

 一瞬幽霊か幻覚かと思ったが、あまりにもハッキリと見えるので、

「あ、あんた……なんで浮いてるん?」

 思わず声をかけてしまった。

 女の子ははやての元に降りてくると、

「そういう魔法だから」

 簡潔な返事をくれた。

 女の子はいわゆる魔法少女らしい。

「あんたどっから来たん」

「一応この街の出身……だと思う」

「なんで一応?」

「記憶に少し混乱があるの。いや、あるんだ……」

 返事をしてから女の子は口元に手をやる。

 しまった、という感じだった。

「そうなんか。でも、なんでこんな夜中に飛んでたん?」

「自分でもよくわからない」

「家の人、心配してるんとちがう?」

「家はある……だけど、家族はいない」

 キッパリと魔法少女は語る。

「ほんまに?」

 はやては念を押す。

「ええ」

「ふーん……。ほな、立ち話もなんやし、うちに寄っていかん?」

「そっちこそ、家の人は?」

「おらんよ。一人暮らしやもん」

 はやてが笑うと、少女はかすかにひそめた。

「あなたみたいな子供が?」

「自分かて子供やん」

「そうだけど」

「夜風がさむうてかなんわ。入って入って?」

 こうしたわけで、はやては魔法少女を家にあげてしまったのだった。

「私は八神はやて言います。あんたは?」

 ホットココアを出しながら、はやてはまず名前を尋ねた。

「クズリュー、ハヤト……だと思う」

「な、なんやペンネームみたいな名前やね。それに、男の子みたいや」

「私は男だけど」

「……いや、嘘やん? その格好とか、言葉遣いとか。カンペキ女の子やで」

 はやてがそう指摘すると、魔法少女は顔色を変えて、

「トイレはどこ!?」

 大声で尋ねて、魔法少女は弾丸のようにトイレ駆け込んでしまう。

 しばらくしてから、

「あなたの、言うとおりみたい……」

 魔法少女は神妙な顔をして、トイレから出てきた。

「……なんや知らんけど、それも魔法?」

「変身魔法はあっても、完璧に性別を逆転させるようなものは知らない」

 魔法少女は嘆息をしながら、ココアを飲んだ。

 しばらくして、

「そういえば、あなたは車椅子ね?」

「うん。ずうっとこうなんよ。原因はわからんのやけど」

 はやてが苦笑をすると──

「原因不明ね。何なら、調べてあげてもいいわ」

 いきなり黄金の輝きが走ったかと思うと、魔法少女の手に見事な装飾がなされた宝珠らしき

ものが握られている。

「そ、それって魔法のアイテムちゅうやつ?」

 魔法少女は驚くはやての言葉に答えず、ジッと宝珠を睨んでいたが、急に部屋を出て行った。

 が、すぐに戻ってくる。

 その手には、鎖で縛られた分厚い本が抱えられていた。

「これが原因のようね」

「へ……!?」

 目を見開くはやての前で、魔法少女は再び黄金の光から何かを取り出した。

 稲妻のような形状の刃を持つ短剣。

「ルールブレイカー」

 そんな言葉と共に、振り下ろされる短剣。

 この時、目には見えない何かがハッキリと切断されるのをはやては感じ取った。

 その後魔法少女は長剣を取り出して、本を真っ二つにする。

 一瞬女の悲鳴みたいな音が聞こえたけれど、本はあっという間に灰になり、消え去った。

 次に、魔法少女は小さな薬瓶を取り出すと、一滴ずつはやての足にかける。

 心地よい熱さが足に広がっていくの感じるはやてに、

「明日病院に行ってみるといいわ。きっとすぐに歩けるようになる」

「お、おおきに」

「じゃあね」」

 かろうじてお礼をいうはやてを残して、魔法少女は夜の空に消えていった。

「……ハヤト。日本人の名前みたいやったけど、見た目カンペキに外人さんやったなあ」

 少女が見えなくなった後、はやてはポツリとつぶやくのだった。

 

 

 翌日、言われたとおりに病院に行くと、担当の女医は驚いていた。

 リハビリも不気味なほどにうまくいき、魔法少女の言葉どおり2~3日後には杖こそ必要で

あったものの、いくらか歩けるようになった。

 そんな時、はやては病院の待合室で聞くともなく噂を聞く。

 病院から抜け出して、そのまま行方不明になった男の子の噂だった。

 まるで女の子のような美しい容姿で、銀髪にオッドアイだそうである。

 はやては何故だか、あの黒髪の自称魔法少女を思い出した。

 

 

 



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02

 

 

       1

 

 

 九頭竜隼人が行方不明になって三日が過ぎた。

 そのせいか、クラスの空気は平穏なものになっている。

 一言でいって彼は嫌われ者だったからだ。

 かといって、ありがちないじめの対象などにはならない。

 そんなことのできる相手は、クラス内どころか学校のどこにもいなかったからだ。

 上級生はもちろん、教師たちだって怪しいものである。

 日本人どころか人間離れした整った顔だちと、超人的な体力を持つ隼人。

 傲慢で他の子供を露骨に見下した言動をとる少年だった。

 また、それに見合うだけの才能や実力があるから、なお悪い。

 一度だけ、彼より体の大きい男子が喧嘩を売ったことがあった。

 柔道を習っていたそうで、腕力には自信があったのだろう。

 しかし、結果はひどいものだった。

 ハッキリ言って、大人と赤ん坊が勝負したようなものである。

 生半可な柔道経験など何の役にも立たず、強いて言えば受身を取れたくらいだ。

 しばらくして、その男の子は学校に来なくなった。

 それ以後、隼人に積極的に関わろうとする者はいない。

 そもそも隼人と話の合う子供は一人もいなかった。

 ただ、隼人のほうから接触していた子供はいた。

 

 高町なのはという女の子だ。

 

 しかし、なのは自身は隼人のことが苦手だった。

 いくらきれいな顔でも、仲良くしたいと思えるような相手ではない。

 でも、それではすませられないところがあった。

 本当の意味でキッパリ拒絶できるようになったのは、最近のことだ。

 友達のアリサなどは単純に嫌いですましているが、なのはの場合は違う。

 善良で素直な性格ながら、自分の根っこに自信を持てていなかった。

 そのせい、なのだろうか。

 なのはには明瞭な夢や目標、胸を張って自慢できる特技はなかった。

 理数系は得意だが、文系や体育は苦手。

 その得意な理数系も、それをどう生かしていいかはわからない。

 反面、隼人は学力でも体力でも負け知らず。性格を除けば完璧超人だ。

 少なくとも、なのはの目からはそう見えた。

 だから、相手を否定したくてもしきれない自分が確かにいた。

 お前は何かあいつに勝っているものがあるのか? と、心の奥でささやく声がする。

 けれど、そんななのはに胸をはれるものができた。

 

 それは、遠い世界からやってきた魔法の力。

 

 

       2

 

 

 私立聖祥大学付属小学校──の校舎屋上。

 立ち入り禁止となっているその場所に、少女は悠然と立っていた。

 黒い髪を風になびかせながら、そこから見える風景を見つめている。

 ……わけではなかった。

 その手にある青い宝石を静かに見つめている。

 これを手に入れたのは、ついさきほど。川原の片隅でだ。

 強い魔力を秘めた宝器らしいが、いささか不安定である。

 念のために魔力で封じ込めた後、今こうして掌中で弄んでいる。

 調べたところ、どうやら使用者の願いをかなえることができるらしい。

 だが、それがどの程度のもので、どう作用するのかは不明。

 例えば、

「世界一の美女になりたい」

 と願えば、世界中の女を見殺しにするようなものということもありうる。

 

 それにしても、と少女は下のグラウンドを見ながら考える。

 自分はどうしてこんな騒がしいところに来たのだろう。

 記憶によれば、自分はこの学校に通っていた。それは確かだ。

 かといって、別にまたここに来たいわけでもない。

 勉学をしたい思えば、もっと効率的でレベルの高い場所や人員を確保できる。

 会いたい人間がいるわけでもない。

 記憶にある人間はいくらもいるが、特に思い入れは感じないのだ。

 ふと思い出すのは、高町なのはという少女。

 今の思考なら、取るに足らない凡庸な、少々器量が良い小娘だ。

 この小娘というのもおかしいな。自分と彼女は同い年なのに。

「なぜ、ずいぶん年下のように感じるのかしらねえ……?」

 九頭竜隼人という名前を持つ、少し前まで少年だった少女は笑った。

 性別どころか、その容姿も隼人のそれではなくなっている。

 黒い髪と瞳を持つ、白人種に近い風貌を持ったものだ。

 自分の現状について、知りたい。理解したい。

 少女が切に希望するのは、その一点につきる。

 だが、その回答を掌中の宝石に問うつもりはなかった。

 使用するにしても、色々とテストをしてみるべきだろう。

 そのうち、少女は下のほうがやかましいことに気づいた。

 どうやらグラウンドから少女の姿が見えてしまったらしい。

 下から人がやってくる気配もする。

 小さく舌打ちを漏らして、少女はその場から飛び去った。

 

 だが、飛び立っていくらもしないうちに、別の気配を察知した。

 自分と同じく、魔力をまとったものの接近である。

 少女は空中で動きを止めて、それを待ち構えた。

 現れたのは、黒いバリアジャケットをまとった金髪の少女。

 金色の瞳がジッと少女を見つめている。

「あなたの持っているものを、渡して」

 デバイスであろう斧のようなものを手に、金の少女は言った。

 だが、少女は答えられない。

 金の少女から目が離せないまま、呆然としていた。

「あなたの持っているジュエルシードを、渡してください」

 金の少女はもう一度警告するように言ったが、それすらも届かない。

 雑多な、ノイズにも似た記憶の奔流に少女が抗えない。

 それをもたらしたのは、紛れもなく目の前の──

「あり……しあ?」

 何故そんな言葉が出たのかもわからないまま、少女はつぶやいていた。

 だが、これだけは確実だ。

 自分は子の少女を知っているのだと。

「──え?」

 少女の反応に、金の少女は身構えながらも当惑しているようだった。

「あなた……誰!?」

 頭痛にも似た錯綜が走る頭を押さえながら、少女は相手を睨む。

「わ、わたしは……」

 若干ひるむ金の少女に、少女は無意識のうちにつかみかかっていた。

 突発的な行動とその速度に対応しきれず、金の少女は容易く胸倉をつかまれてしまう。

「あなたは誰!? だれ!? だれ!?」

 胸倉をつかんだまま、少女は力任せに相手を揺さぶる。

 その狂気にも似た圧力に耐えかねたのか、

「フェイト……。フェイト、テスタロッサ……」

 搾り出すような声で、金の少女は言った。

「てすた、ろっさ……」

 聞いた言葉を繰り返しながら、少女は揺さぶる手を止める。

「フェイトを、はなせええええええええ!!」

 その隙を突くかのように、鋭い咆哮をあげて何かが飛来してくる。

「ち!」

 少女はつかんでいる少女──フェイト・テスタロッサをそれ目掛けて放り投げた。

 それは、投げ飛ばされたフェイトの体をあわててキャッチする。

「使い魔……」

 乱入者の正体は、獣の特性を持つ女。その素性をわずかながら少女は察する。

「こいつ、よくも……!」

 使い魔は牙を鳴らして少女を威嚇するが、その効果はない。

「教えてもらうわ。あんたのことを……」

 宣言しながら、少女は王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)より鎖の宝器を取り出す。

「ああっ……!」

 神を捕らえるその鎖は、ほんの一瞬でフェイトを使い魔ごと縛り上げた。

「フェイトとか言ったわね。あんたは、何物?」

 少女の問いに、フェイトは無言だ。

 静かな赤い瞳から拒絶の意思がハッキリと伝わってくる。

 それに対して、少女は青い宝石を見せた。

「……ジュエルシード!」

「欲しければ話しなさい。お前が何者か」

「あんた、管理局じゃないよねえ……」

 フェイトに代わるように、使い魔がうなった。

 違う──と少女は静かに首を振る。

「何を……話せばいいの?」

「全て──と言いたいところだけど」

 少女はジュエルシードを弄びながら、フェイトを見つめる。

「あんたが何者で、何故これを集めているか。とりあえず、こんなところかしら?」

「……わたしはフェイト・テスタロッサ。ジュエルシードを集めているのは、お母さんが必要

だと言っているから」

 テスタロッサ。

 その言葉がフェイトの口から出た時、少女は鈍痛のようなものを頭に感じる。

 いくつもの記憶が飛び交い、あるいは消えていくような。

 少女の反応がフェイトに不気味なもの映ったらしく、表情を強張らせている。

「ぷれしあ……てすたろっさ」

 意図せぬ言葉が、少女の口から漏れた。

「……知ってるの!?」

 それにフェイトが反応し、縛られたまま使い魔がうなる。

「──あなたは、プレシアの……娘?」

 頭を押さえながら、睨むような視線で少女は問う。

 うなずくフェイト。

 それを見た瞬間、少女の目の前が赤く染まったような気がした。

「違う……!」

 そして、少女が放ったのは否定の言葉である。

「プレシア・テスタロッサの娘は、アリシア・テスタロッサのはず……。フェイトじゃない」

「何を言ってるの……?」

 フェイトは、次第に狂気を宿していく少女に脅えながらも、

「わたしは、お母さんの……プレシア・テスタロッサの娘」

「違う!! 違う!! 違う!!」

 少女は黒髪を振り乱して、なおも否定した。

「プレシアの娘は、アリシアだけ! 他にはありえない!」

「何なんだよ、こいつ……。頭が、おかしいんじゃないのか……?!」

 フェイトの使い魔は、呪縛されながらもフェイトを守ろうと身を堅くする。

「そんなこと……そんなことは、ないよ! わたしは……」

「黙れっ!!」

 反論しようとするフェイトの首を、少女はいきなりつかんだ。

 少女、いや人間離れしたその握力に、見る間にフェイトの顔が青くなっていく。

「ち……きしょう! フェイトから手をはなせ、はなせぇ!!」

 使い魔の悲鳴が、虚しく空にこだましていく。

 

 



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03

       1

 

 

 フェイトは混乱したまま、その意識を鈍らせていた。

 何故あったばかりの相手に、自分を否定されなければいけないのか。

 彼女は、何故こんなことを言うのか。

 多くの疑問も、次の瞬間には消えていくようだった。

 それほどまでに、首を締め上げる力は凄まじかったのだ。

 ぼやけていく視界の向こう側、何故か怖い顔をした母親の顔が見えた。

 記憶の中では優しく微笑んでくれているのに──

 今は、一度たりとも笑ってくれたことはない。

 何かあれば、厳しくフェイトを〝しつけ〟した。

 それを甘んじて受けているのも、ひとえに母のことを信じているから。

 なのに。

 

「かあ、さん……。どうして……」

 

 その時のフェイトには、かすれた声でつぶやくが精一杯だった。

 しかし、それで十分だった。

 

 かあさん(・・・・)

 

 その言葉に、少女はフェイトから手を離していた。

 フェイトは真っ青な顔ながら、大事はないようである。

 

「馬鹿な……。なぜ私は……」

 

 顔を押さえながら、少女は一人身悶える。

 主を思い、自分を罵倒する使い魔の声などまるで耳に入らない。

 あの少女の主張に、どうしてこうまで激昂してしまったのだろう。

 自分が自分で不可解だった。

 混乱しながら、少女は去って右手を振った。

 それを合図に、フェイトたちを拘束して神器の鎖が消え去る。

 

「てめえ……! よくも……!」

 

 ゲホゲホと咳き込んでいるフェイトを気遣いながら、使い魔が吼えた。

 うるさい犬だ。

 少女はそう思いながらも、掌中にあったものをフェイトたちにほうった。

 種の名を持つ宝石、ジュエルシード。

 光りながら宙を舞うそれを、キャッチしたのは使い魔ではなくフェイト。

 

「……あんたらがそれを必要としているのなら、手助けしてもいい」

 

 乱れた髪を直しながら、少女は言った。

 

「どういうこと……?」

 

 ジュエルシードを確認しながら、フェイトは用心深い眼差しで言った。

 

「そのジュエルシード、番号らしいものが確認できたわ。ということは、そのロストロギアは

一つではなく、複数存在する。違うかしら」

 

「……そうよ」

 

 フェイトは肯定する。

 

「残るジュエルシードは見つけ出すのを、手伝ってあげる。その代わり……」

 

 条件を出そうとする少女を、フェイトと使い魔は鋭い目で睨む。

 当然だろう、自分を、自分の主を唐突に絞殺しようとした相手だ。

 

「プレシア・テスタロッサに会わせなさい。それが条件」

 

「そんなこと……!」

 

「言っておくけど──」

 

 フェイトが叫ぼうとした時には、少女は彼女の眼前に移動していた。

 転移魔法ではない。

 しかし、瞬間移動したとしか思えない機動性だった。

 

「これは提案でも、相談でもない。命令よ」

 

 冷然とした声で言い放つ少女の手には、フェイトのデバイスが握られていた。

 一体いつどのようにして奪ったのか、フェイトには全くわからない。

 

「返して……!」

 

 フェイトが手を伸ばそうとした時、少女の姿はかき消すように消滅する。

 

<ジュエルシードが集まり次第、連絡する。デバイスも、その時に返してあげる>

 

 声をなくすフェイトに、無機質なが冷酷につげた。

 

「くっ……」

 

 愛らしいに似合わない形相で周囲を睥睨したフェイトだが、やがて力なくうなだれる。

 

「ふぇ、フェイトぉ……」

 

 それを慰めるように抱きしめる使い魔。

 二人に残されたものは、一方的に投げ当たれられたジュエルシードただ一つのみ。

 

「どうしよう……アルフ。バルディッシュを……」

 

 使い魔(アルフ)の胸の中、震える声でフェイトは言った。

 

「今は出直して、改めてあいつを探そう? それに、フェイトはここ連日無理のし通しだろ。

そんな状態じゃ、勝てるものも勝てなくなるよ」

 

 そう言ったものの、アルフはあの黒髪の魔導師に勝てるという確証を持てない。

 野生の勘ともいうべきものが、相手の危険性を察知していた。

 

 

       2

 

 

 夕暮れ時、海鳴市の浜辺を少女は一人歩いていた。

 服装も、人目につくようなバリアジャケットではなく、そこらの店で買えそうな無難なもの。

 手には、先ほど手に入れた複数のジュエルシードがある。

 やってみた結果、ジュエルシードの探索は一日もかからなかった。

 探索用の宝具で場所は容易に知れたし、小間使い代わりとなる宝具もあった。

 答えのわかっているパズルを解くよりも平易な作業だ。

 十数個のジュエルシードが手中にあるが、これで全てではない。

 フェイトの持っているものの他に、他の探索者が持っているものが。

 すぐにでも、取りに行くか。

 一瞬そう考えた少女だったが、行動には移さなかった。

 何となく、気疲れがしている。

 それに──

 

「フェイト……」

 

 出会ったあの魔導師の少女が、頭から離れない。

 しかし、同時に彼女の拒絶したい自分がいる。

 その感情の正体がつかめず、自分でもひどく気持ちが悪かった。

 どこかで身を休めたい。

 少女はまた宿泊施設の宝具を取り出そうとして、やめた。

 考えてみれば、何故こんな根無し草みたいなことをしているのか。

 自分には家があるはずなのに。

 どういうわけか、帰るという選択肢さえ浮かばなかった自分の家。

 しかし、記憶の中には家族と過ごした記憶がまったくない。

 これはどういうことだ。

 不思議には思うが、特に感情が揺さぶられることもない。

 そのため、かえって余計気にかかってしまう。

 

「帰ってみるか……」

 

 一人つぶやき、少女は転移魔法を使用した。

 特に障害もなく、少女は問題なく自宅へと戻ることができた。

 海鳴市内の中では、やや郊外に位置する場所に立つこじゃれた高級住宅。

 それが、少女の生家。

 しかし目の前で家の様子を見ても、何も感じることはなかった。

 人が踏み込んだような形跡はあるが、荒らされたという感じではない。

 察するところ、警察だろうか。

 それでも臆することもなく、少女は中へと入った。

 

 中は、こざっぱりとした清潔な部屋ばかりだった。

 家具も生活用品、嗜好品もすべて一流品ばかり。

 一応記憶の中にあるものと、何も変わりはない。

 しかし、それがどうにもおかしかった。

 豪邸と呼んで差し支えないほど大きく立派な家だが、少女の──九頭竜隼人の暮らしていた

ことは記憶でも、間違いはない。

 しかし、中の様子からして隼人以外の人間が住んでいた形跡がなかった。

 記憶を探って一人で過ごした形跡しかないので、間違ってはいないのだが。

 隼人はいくらませていても、まだ九歳の児童である。

 そんな子供を一人暮らしさせる親がいるのか。

 仮に親がいないにしても、保護者が一緒にいるはずではないのか。

 アメリカなどでは、子供だけで留守番させていれば犯罪となる。

 

「なぜ、親がいない……」

 

 ずっと住み暮らしてきたはずの場所を歩みながら、少女はつぶやいた。

 記憶の中に親は、いなかった。

 しかし赤ん坊が、幼児が、一人でどうやって暮らしてきたのだ。

 探る記憶の中では、世間的な『大人の役目』を果たしてきたのは、

 

「……宝具?」

 

 人とそっくりの形を自動人形たちが、黙々とそれをこなしてきた。

 赤ん坊であった頃の世話も、保護者代理の役目も、すべて。

 戸籍上の親は、いる。いや、いたことになっている。しかし、その記憶はない。

 生まれた直後か、それともいくらかたってかは知らないが──すでに死んでいる。

 そういうことになっている。

 

「私は、だれ?」

 

 頭を抱えて、いつしか少女は座り込んでいた。

 瞳を閉じた闇の中を、記憶が走る。

 私は──いや、かつて少女であった誰か転生と、それに伴う贈り物をは望んだ。

 それは、かなえられた。

 美しい容姿と、完璧な肉体。強大な魔力と、英雄王の財宝を。

 だが、それだけか?

 

「違う……」

 

 少女は、首を振った。

 深い深い記憶の中──誰かが自分を見ている。

 両親でもなく、自分を生まれ変わらせた何者かでもない。

 紫の髪をした美しいが、どこか不気味な青年。

 青年は、狂気を宿した目で笑っている。

 危険を感じた。だから、逃げ出した。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を用いて。

 逃げた。

 自分を創った場所を破壊して、自動人形たちに守らせながら。

 そして、前世の故郷でもある地球へ。

 以降の記憶は、先に思い出したものとあまり変わりはない。

 赤ん坊の頃から、すでに生前の記憶を持っていた。

 早熟というよりは、ミュータントのような赤ん坊。

 しかし、この家には恐れる肉親も他人もいない。

 前世とは異なり、魔法や異世界が存在する夢満ちる場所。

 ここで、彼はやり直そうと思い、行動した。

 止められる者は、誰もいなかった。

 

 だが、あの時──

 

 自分の中で、別の誰かが動き出した。

 ずっと、気がつかなかった。

 そいつ(・・・)は、自分が創られた時から、この身に潜んでいた。

 そのせいで、あんなことに。魔力の暴走で、錯乱しかけて傷を負う。

 意識を失って、その後は。

 

 今や、そいつ(・・・)こそが九頭竜隼人の本体となっている。

 かつて、九頭竜隼人であったものの〝大よそ〟は、

 

 

 

 

 食い尽くされた。

 

 

 

 

「だったら、私は……」

 

 いつの間にか立っていた洗面台の前、鏡を見ながら少女はつぶやく。

 鏡の中からは、困惑した美しい顔が自分を見返している。

 

 

 



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04

 

 

       1

 

 

 果たして、兆候はあったのか。

 冷水で満たした浴槽の中、少女は考える。

 今にしては思えばではあるが、あったように思う。

 そして、それは魔力を使えば使うほど増えていったのかもしれない。

 だが、九頭竜隼人という力におぼれた驕慢な人格は、そのことに気づきもしなかった。

 ならば。

 浴槽から上がった少女は、丁寧に体を拭きながら笑う。

 これもまた今となってはだが、良かったのかもしれない。

 魔力も、身体能力も、英雄王の財宝も、あれ(、、)には過ぎたオモチャだったのだと。

 少女は冷笑して、バリアジャケットをまとう。

 ならば、当面の問題は『私』のこととなる。

 封印状態にしたフェイトのデバイスを見ながら、少女は唇を引き締める。

 九頭竜隼人に成り代わった自分が何者であるのか、それはきっとあのフェイトという少女が

握っている。

 いや、彼女の後ろにいるプレシアという女が握っているのだ。

 ならば、手早くジュエルシードを集めて会いに行かねばなるまい。

 庭に出た少女は、銀に輝く聖杖を王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)より取り出す。

 偉大なる古代の魔術師が振るった杖。

 ミッドチルダ式の魔法でも、充分に威力を発揮してくれるだろう。

 そして、少女は跳んだ。

 目指すは場所は、残るジュエルシードを持つ未熟な魔導師の住処。

 高速で飛行魔法を展開する中、少女は考える。

 何故わざわざジュエルシードを集める必要があるのだろう、かと。

 自分の持つ宝具ならば、相手の居所を突き止めるなど容易い。

 わざわざフェイトを介する必要性などあるものだろうか。

 約束をしたから? いや、違う。

 

「母さんが必要としているから」

 

 フェイトはそう言った。

 どうも自分は、よくわからぬうちにプレシアのために行動しているのでは?

 そんな疑問がチクリと、夏場のやぶ蚊みたいに胸を刺す。

 だが、それもすぐにどうでも良くなった。

 いずれにしろ、ジュエルシードはこの地にあるべきではないものだ。

 ならば、事情はどうあれ早急に封印することに間違いはないのだから。

 少女は好戦的な笑みを浮かべ、夜の空を稲妻のように駆けていく。

 

 

       2

 

 

 それは、まさに突然の出来事だった。

 塵芥の舞う、歪んだ視界の中で高町なのはは必死でユーノに呼びかける。

 

<ユーノくん、何が起こったの?! まさか、ジュエルシードの、暴走……?>

 

<逃げて……。誰かが、襲ってきたみたい、だ……>

 

 苦しげな念話だけが伝わってくるが、相棒の姿は確認できない。

 放課後と共にジュエルシードを探索したが、街中をあちこち飛び回ってもジュエルシードは

一つも見つけることはかなわなかった。

 また、あのフェイトという女の子と会うこともなかった。

 寂しそうな瞳をした、ほっておけない女の子。

 もう一度きちんと話をしたいと思っている女の子。

 何も進展がないまま日が暮れて──

 沈んだ気分で夕食についた時、いきなりそれは起こった。

 閃光が走り、頭の中でユーノの絶叫が響いた。

 

「なのは!」

 

 そう叫んだのは、姉だったか。それとも母だったろうか。

 ざわりと、なのはのが全身が総毛だったのは立ち上がった直後だった。

 立ち上がろうとするなのはの前に、黒い影が降り立った。

 

「あ……!」

 一瞬、あのフェイトという女の子かと思ったなのはだが、すぐに間違いだと気づく。

 そこにいた、黒い髪をしたフェイトとはまるで違う面立ちの少女。

 しかし、何故だろうか。どこかフェイトと似ているような気がした。

 

「ジュエルシードを渡しなさい」

 

 そう言った黒い少女は、返事を待つ気もないらしく、いきなりなのはをつかみ上げる。

 

「なのは!」

 

 横から、父の叫びが聞こえた。

 しかしどういうわけか、いつまで経っても助けは来ない。

 苦しい息の下、なのはは必死に目を走らせる。

 もはや原型をとどめていない部屋の中、父も母も、兄も、姉もいた。

 しかし、みんな紫の光輪によって縛され、動きを封じられている。

 父も兄も見たこともないような顔で呪縛に抗っているが、進展はない。

 

「みんなに、何をしたの……!?」

 

 圧倒的に不利な、もはや敗北と言ってもいい状態にありながら、それでもなのは叫ぶ。

 この理不尽な乱入者を、許すことはできなかったから。

 が、少女は手早くなのはの体をまさぐり、待機モードのレイジングハートを取り出す。

 

「この中のようね」

 

 赤い宝珠を見つめながら、黒い少女は黄金の輪を呼び出す。

 そこから、銀色に輝く鍵のようなものが出現した。

 途端にレイジングハートから、複数の青い宝石が浮き上がり出す。

 

「ジュエル……シード! あなたも……」

 

 フェイトと同じように、これを求めているのか。

 

「はなして……! それはユーノくんの……! どうして、こんなこと」

 

 なのはの叫びに、黒の少女は聞こえていないような態度だった。

 

「これで、全部」

 

 少女は満足そうにうなずいた後、レイジングハートを放り捨てる。

 次に、なのはから手を放した。

 

「待って! 話を……」

 

 投げ出されたなのはは、それでも床を這いながら少女に叫ぶ。

 しかし、黒い少女はなのはたちに一瞥もせずに、突如として消えた。

 それが魔法の力によるものだと理解したのは、なのはだけだったろう。

 少女が消え去った数秒後、高町家の人々を呪縛して光の輪が、消失する。

 

「なのは、なのは……! 大丈夫!?」

 

 途端に母がなのはに駆け寄り、その小さな体を抱き寄せる。

 

「う、うん……。お母さんは……」

 

 なのはは虚脱した表情ながら、母を気遣う言葉をのべる。

 だが、その口調にはまるで力がなかった。

 短い期間ではあるが、なのががユーノと一緒に懸命にやってきたこと。

 それらが、強大な暴力とすら言いがたい力によって、踏みにじられた。

 あの少女と、自分の間には超えがたい巨大で分厚い壁がある。

 虚空に手を伸ばすなのはに、

 

<なのは……無事、なの?>

 

 苦しそうなユーノの念話が届く。

 

<ごめん……。ジュエルシード、取られちゃったの……>

 

<いいんだ。なのはが、無事なら……>

 

<ユーノくんこそ、大丈夫なの……?>

 答えは、なかった。

 

 代わりに、なのはの元に一匹のフェレットがフラフラと走りよってくる。

 どうやら、大きな外傷はなさそうだった。

 

 ──良かった……。

 

 友人の無事を確認して、なのははゆっくりと意識を暗い底へ落としていく。

 

「なのは……なのは!」

 

 叫ぶ母の声も、なのはにはひどく遠い世界のものに思えた。

 

 ──どうして、こんなことするの……?

 

 闇の中、高町なのはの眼は黒い少女の背中を見ていた。

 

 

       3

 

 

「うそ……」

 

 空中に舞う青い宝石の群れを見つめて、フェイトは呆然としていた。

 後ろに立つアルフも、同じような表情をしていたに違いない。

 

「これで、あなたの持つものと合わせれば21個。全てそろったわ」

 

 黒い少女は、宝石を舞わせながら鋭い瞳で語る。

 一日、いやわずか半日。

 それだけの時間で、彼女は本来自分がやるはずだった仕事を完遂した。

 まさに、魔法(・・)のように。

 

「こうなれば、どうせ母……プレシアのもとに行かねばならない。その時に私を同行させる」

 

 少女は宝石の一つを手に取りながら、フェイトを見る。

 その瞬間、フェイトはまるで母が眼前に立っているような気がした。

 もちろん前にいるのは、名も知らぬ魔導師の少女。

 母さん(ママ)ではない。

 

「…………」

 

 それでも、いや。だからこそか。

 フェイトは返事ができずにいた。

 目の前にあるジュエルシードが喉から手が出るほど欲しい。

 だが、この得体の知れない少女の姿をした怪物が、母に何をするのか。

 もしも、そうだとしても自分には止める力も手立てもないのだ。

 

「前にも言ったけど」

 

 ゆっくりと少女が目を細める。

 途端に、無数の黄金の渦がフェイトとアルフの周囲を覆いつくした。

 渦からは、剣、槍、斧、あるいは鉄棒や鈍器の類が凶悪な顔をのぞかせる。

 

「これは、命令よ。」

 

「ひとつだけ、約束して」

 

「なにかしら」

 

「何があっても、母さんに……手を出さないで」

 

 ギュッと拳を握り、フェイトは振り絞るようにそう言った。

 

「いいわ」

 

 少女は、それにうなずいた。

 

「そんなことでいいなら、誓ってあげる。あなたの母親に害をなすことはしない」

 

 すらすらと、そんな言葉を並べ立てた後、

 

「もっとも、あなたの安全は保障しかねるから、妙な行動はしないことね」

 

「お前!」

 

 少女の冷淡な声に、アルフは牙をむく。

 だが、当のフェイト本人は起こるどころか、満足そうに首を縦に振っていた。

 

「それで、いい。母さんが無事なら……」

 

 健気な。

 人は、こんなこのフェイトという娘に感想を抱くだろうか。

 少女は微かな苛立ちと、衝動を抑えながら疑問に感じた。

 頭の片隅で、遠い過去の記憶がわずかに頭を見せる。

 10歳かそこらの少女にとっては、5年10年前ははるかな古代だ。

 

 人口の子宮とでもいうべき設備の中、特殊な溶液に浸っていた自分。

 自分を、おそらくは製造(、、)したであろう人々。

 

 あの青年の名前は、何といっただろう。

 それがまだ、少女は思い出せずにいる。

 

 プレシア・テスタロッサに会えば、それもハッキリするかもしれない。

 

 そして、この王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)のことも──

 

 

 



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05

「……ジュエルシードは?」

 

 開口一番、プレシアはそう言った。

 それ以外のことは、どうでもいいという態度。

 しかも、心底そう思っているのが伝わってくる。

 斜め後ろには、フェイトとその使い魔が居心地悪そうにしている。

 奇妙な感覚だった。

 初めて相対するはずの相手だが、どこかで見たような。

 いや、ずっと一緒にいたような気持ちさえるする。

 そのくせ懐かしいという感じはなく、他人以上に他人に感じるのだ。

 プレシア・テシタロッサ。

 美しい顔だが、その死人のような肌色は彼女の命が長くないことを示している。

 

「私は──」

 

 名乗るべき名前に関して、少女は躊躇してしまう。

 九頭竜隼人という名前にもはや実感はない。

 十年生きてきた生きてきた時間すら希薄で、はるか昔どころか他人事だ。

 

「ジュエルシードを見せなさい」

 

 プレシアの言葉に、少女は肩をすくめた。

 本当にこちらの正体など、どうでもいいらしい。

 しかし、このままでは話が進みそうもないので、

 

「それなら、ここよ」

 

 保管していた二十一の青い宝石を宙に浮遊させた。

 途端に黒い魔導師の表情が変わるが、それを少女を見逃さない。

 プレシアが動く前に、ジュエルシードを王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)へと収納する。

 

「こんなものいつ渡してもいいけれど──その前に聞きたいことがあるの」

 

「……なにかしら」

 

 一瞬鬼のような形相をしたプレシアだが、ゆっくりと手を下ろす。

 

「まず。こいつは、本当にあなたの娘なのかしら」

 

 後ろのフェイトを指して、少女は問うた。

 身を硬くするフェイトと、瞳を冷たくするプレシア。

 

「私の記憶──情報では、あなたの娘はアリシア・テスタロッサ……のはず」

 

「……!」

 

 少女の言葉に一番動揺を見せたのはフェイト、ではなく

 

「何が言いたいのかしら」

 

 プレシアだった。

 外見はほぼ無表情だが、その内心が大きく揺らいでいるのを少女は確信する。

 こいつは、やはり自分の過去に重要な関係があると。

 

「私はただ自分の知っていることを言っただけ」

 

 しれっと、少女は言い放つ。

 当然ながら、プレシアのほうは納得した様子ではない。

 それどころか、いつ攻撃魔法を撃ち込んでくるわからない雰囲気だった。

 ズキリ──と。

 蒼白な女の顔を見ているうちに、少女の頭が微かに痛む。

 痛覚に訴えるというよりは、頭の奥へノイズが走るという感じだ。

 

「****……」

 

 いつの間にか、自分でも意図しない言葉が漏れた。

 その途端、プレシアが今度こそ明確な動揺を見せる。

 手にした長杖──自身のデバイスを取り落としかねないほどに。

 

「母さん……?」

 

 フェイトが気遣うように近寄ろうとする。

 しかし、それは両者の間に展開した魔法障壁に阻まれた。

 それはまるで、フェイトを拒絶するプレシアの心を具現化したのように。

 

「何故、それを──」

 

 ゾッとするような声で、プレシアは少女に問う。

 

「さあ、どうしてかしら? 自分でもよくわからない……」

 

 少女は首を振った後、少しだけ目を閉じる。

 

「……私は、どこかの研究施設で造られた。こんな記憶はありえないはずなのに」

 

「つく、られた?」

 

 フェイトが驚いて少女を見る。

 プレシアも同じように驚いているようだが。 

 その瞳に映る意思は、別のものを宿していた。

 

「あの時のことは、よくおぼえていない。ただ……私の製作者は──」

 

 こんなような男だった、と。

 少女は記憶している創造者の情報を、語って聞かせた。

 

「ジェイル・スカリエッティ……」

 

 苦しげな息の下で、プレシアはその名前を口に出す。

 

「どうやら、知っているようね」

 

「……ええ」

 

 いつしか、プレシアは先ほどまでの殺気や悪意を消していた。

 

「二人きりで話さない? Dr.テスタロッサ」

 

 チラリと後ろのフェイトたちに注意を払いながら、少女は提案する。

 

「そうね──」

 

 応えながらも、プレシアはフェイトに視線を向けようとはしなかった。

 

「フェイト。下がっていなさい」

 

 ただ、冷徹に命令をくだしただけ。

 フェイトはわずかに逡巡したようだが、すぐに使い魔(アルフ)と共にその場を辞する。

 

「素直ないい子ね」

 

「──」

 

 少女の言葉に、プレシアは何も返さない。

 しかし、少女のほうは気にせず、自分のことを語り出す。

 

「まず率直に言うと、この姿は元々の私の姿じゃない。最近、急にこうなったの」

 

「変身魔法、というわけでもないのね」

 

「ええ。細胞レベルどころか、遺伝子レベルで別人になってしまった。これが少し前の私の、

と言うのも抵抗うがあるけど……そのデータよ」

 

 少女は自分のデバイスから、完璧ではないが大よそのデータをプレシアに提示した。

 

「男……?」

 

「ええ。そればかりか、見てのとおり容姿も声も全て別物」

 

 少女は肩をすくめて、冷笑気味に唇を歪める。

 自分自身という自覚さえ薄れつつある、九頭竜隼人に対して。

 

「…………」

 

 が、プレシアはそんな少女の態度を見ている様子はない。

 ただ食い入るように、九頭竜隼人のデータを睨み続けている。

 

「……やっぱり、そうなのね」

 

 やがて、ため息と共にプレシアは顔を上げた。

 

「あなたは、スカリエッティの試作品の一つ。プロジェクトF.A.T.Eのプロトタイプ」

 

「……使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究、でいいのかしら?」

 

 少女は頭をかきながら、記憶を整理するように返す。

 プロジェクトF.A.T.E。

 その名称を聞いた途端、何故かするするとそれに関する情報が沸いてくる。

 

「正確には、それから分派した研究の……というべきでしょうね」

 

「と、いうと?」

 

「どう言うべきかしら──」

 

 プレシアは長い黒髪をかきあげながら、ふうと息を吐いた。

 

「認めたくはなかったのだけど……。いえ、まだ確証はないわね。できれば、あなたの髪の毛

でも何でもいいから、サンプルになるものをちょうだいな」

 

 少女は髪の毛を一筋抜くと、そのままプレシアのもとに送る。

 受け取ったプレシアは、手際の良い動きで髪の毛を分析にかけ始めていった。

 いくつものグラフや数値が浮かび上がる中、プレシアは深いため息を吐き。

 そして、どこか疲れたような顔をして少女を振り返る。

 

「まさかねえ……いえ、その顔を見た時から気づくべきだったのかしら?」

 

 言い終えてから、プレシアは悪夢でも振り払うように首を振った。

 

「──で? 余計なことはいいから結論をお聞かせねがいたいわね」

 

 少女の淡々とした声に、プレシアは一瞬妙な笑みを浮かべたようだった。

 

「可愛げのないこと……でも、それも仕方ないわねえ」

 

 プレシアは手を振り、少女の前にあるデータの映像を展開させる。

 それを読み取るうちに、少女の脳裏に様々な記憶が浮かび、形になろうとしていた。

 データは、現在の少女のデータと、ある人物のそれを比較したものだが\。

 

「見てのとおり。私とあなたの遺伝子情報はほぼ同じものよ」

 

 言われて、少女は思わず自分の顔に手をやる。

 どこか記憶にある、自分の新しい姿──それは、目の前の人物に酷似している。

 

「あなたは、私の遺伝子情報をコピーしているというべきかしら」

 

 プレシアは、少女を見ながら低い声で告げた。

 

「遺伝子ばかりじゃない。私の記憶や知識すら受け継いでいる。完全かはわからないけど」

 

「……なるほど」

 

 少女には、特に否定する気持ちはわかなかった。

 むしろ今まで不明瞭だったものが、急速に晴れやかになり爽快ですらある。

 この姿は、年齢を別とすればプレシア・テスタロッサそのものなのだ。

 

「急に沸いてきたこのおかしな記憶や知識は、あなたのものというわけね」

 

寄生薬(キャリアー)

 

 プレシアの言った単語に、少女は反応する。

 

「それは何? ……残念だけど私の記憶にはない」

 

「あなたの作成者は、犯罪者として終われる身の上だった。危険も多い。だから、万一のため

保険を考えていた。例えば、何らかのトラブルで自分が死んだ時のね……」

 

「つまり?」

 

「ここは科学者として、大いに語りたいところだけど。時間が惜しいから要点のみ言うわ」

 

 プレシアはその瞳で少女を見据え、指を突きつける。

 

「あなたに投与された寄生薬(キャリアー)はね、文字通り人間の肉体に別の人間を寄生させるもの。いえ、むしろ書き換えるためのもの──というほうが的確かしら? 投与された人間は時間の長短に関わらず寄生薬(キャリアー)の素体となった遺伝子に侵食され、やがては全くの別人となる」

 

 理論上はね、とプレシアは底で言葉を切り、大きく咳き込んだ。

 押さえた手の平から、赤黒い液体がしたたっていく。

 

「……私の場合は、あなた──プレシア・テスタロッサというわけね」

 

 少女は自分の手を見ながら、ため息をついた。

 プレシアの容態など、気にもかけない。

 

「だけど、完全じゃない。所詮は劣化コピーよ。記憶は知識はあるかもしれない。仮に完全な

記憶と姿を持っているとしても……」

 

「ただそれだけ。オリジナル本人とはなりえない、ということね」

 

「……理解が早くて助かるわ」

 

 口元をぬぐいながら、プレシアは若干つまらなそうに言った。

 少女のが態度が、あまりにも冷静なものだったからであろう。

 そんな大魔導師の前に、黄金の渦が小さく輝いた。

 一瞬警戒するプレシアだったが、その手に収まった薬瓶を訝しそうに睨む。

 

「これは……」

 

「肉体を健康体に戻せる薬よ。使いたければ、使いなさい」

 

 少女は薄く笑って、立ち上がった。

 

「プレシア・テスタロッサとしては不完全なコピーだけど……。しかし、劣化ではないわよ」

 

「……」

 

「私は魔力でも、戦闘能力でもあなたをはるかに超えている。あなたが病み衰えていなくても

負けはしない。そういう意味では、オリジナルを超えたコピーよ」

 

 言い残すと少女は転移魔法を展開して、消えた。

 

 そして、 

 

 コロン。

 

 呆然としているプレシアの前に、21個の青い宝石が無造作に転がった。

 

「確かに……約束は守ったわけね」

 

 プレシアは、微かに笑ったようだった。

 

 

 

 



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06

 

 

       1

 

 

 九頭竜隼人の邸宅。

 その内部をいくつもの人影が動いていた。

 いずれもモデルの整った顔と均整の取れた肉体を持つ美女たちである。

 それらが、メイドのような服装で忙しく動き回っているのだ。

 人間ではない。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)より取り出された、自動人形である。

 やっているのは大掃除……いや、改築というべきか。

 自分の部屋は自分で改装しながら、少女は時々窓の外を見る。

 海鳴市は普段と何事も変わらないまま、つつがなく動いている。

 もちろん小さな視点で見れば様々な人間模様やドラマがあるのだろうか。

 それでも、世の中全体に大きく影響するようなことはない。

 平和なものだな、と少女は思った。

 自分のオリジナル……プレシアは無事に旅立ったのだろうか。

 時の庭園を辞する時、置いていったものは薬だけではない。

 密かに彼女の目的に役立ちそうなものをいくつか残してきた。

 中には死者を蘇生させるという宝具もあったが、果たしてどこまで通じるのか。

 死して後、あまりにも長い時のたってしまった者に効果があるのかどうか。

 彼女を止めようと思えば、できた。

 しかし、それをしたところでどうなるのか。

 プレシアの気持ちは理解できると同時に、冷たく客観的にも見ることができる。

 そして、出た結論はやりたいようにやらせておくことだった。

 置いてきた宝具は、次元震による災厄を考慮したものもある。

 仮に最悪なこととなっても、せいぜい時の庭園が消えるだけですむだろう。

 少女は改装を少し中断して、自動人形にお茶を入れるように命じた。

 

 その命令を下した直後──である。

 

 近くに感じた気配に、少女は警戒を強めた。

 何者かが、転移魔法でやってきらしい。

 

「まったく……」

 

 管理局だろうか? 少女はその姿のまま、静かに窓を開けた。

 家の上空に、転移魔法の魔法陣が浮かんでいる。

 そして、二つの人影があわただしく姿を現した。

 

「おや……」

 

 視認できたものに、少女は少し意外そうに声をあげる。

 フェイトと、その使い魔だ。

 アルフはフェイトを抱きかかえた格好で、よろめくように浮遊している。

 

「何をしにきたの」

 

 少女は声をかけると、アルフはグッと息を呑む。

 それから、

 

「あいつは、行っちまった……」

 

 言いながら主人を抱きしめるアルフ。

 抱かれているフェイトの顔は、こちらかでは見えない。

 

「まあ、せっかくだから上がったら? お茶くらいはご馳走するわ」

 

 

       2

 

 

 この来客のおかげで、家の改装は一時中断……には、ならなかった。

 地下に作らせた一間にフェイトとアルフは案内されている。

 やや小さいとはいえ、その造りは上の客間にも負けない立派なものだ。

 フェイトは部屋のソファーで横になり、死んだように眠っている。

 何があったのか、少女はすぐ理解できた。

 プレシアはアルハザードへと旅立ったらしい。

 そして、置いてきた宝具は有功に働いてくれたようだ。

 

「で。私に何の用?」

 

 優雅な手つきで紅茶を飲みながら、少女はアルフに問う。

 

「なあ……。あんた、あいつの……プレシアの何なのさ。いや、あいつと……」

 

「……まあ、遺伝子上はつながりのある人間ね」

 

 ある意味では、同一人物と言えなくもない。

 そんなことを内心で弄びながら、少女は答える。

 

「やっぱり……」

 

 ──まあ、わかるか。この顔だし……。

 

 自分の頬を撫でながら、少女がうなずいているアルフを見た。

 それから、眠り続けるフェイトへと視線を変える。

 

「後々が大変そうね」

 

「そうなんだ。このままじゃ、ずっと管理局に追われる。この子は、悪くないのに」

 

 アルフはうなだれて、フェイトの頬を撫でた。

 

「法にそんな理屈は通じないでしょうよ」

 

 そう冷たく言い放つ少女だが──

 

「でも、まあ……いいわ。ここにいたければ、いたっていいわよ」

 

「本当かい!?」

 

 一瞬嬉しそうな顔をするアルフだが、すぐに警戒するような目つきになる。

 

「血縁者が育児放棄をしてどっかにいっちゃんだから、まあ私に義務がなくもないし」

 

 とはいえ、自分の今の年齢を考慮して少女は噴き出しそうになる。

 プレシアの遺伝子のせいか、フェイトよりは一つ二つくらいは上に見えなくもない。 

 しかし、実質は10歳児だ。

 子供が子供を保護するというのは、法的にも社会的にどうなのやら。

 

「よくはわからないけど、フェイトを守ってくれるのならなんでもいいさ」

 

「そのへんは大丈夫でしょう。多分」

 

「多分って……」

 

「上はしばらく改築やらで忙しいから、少なくとも今日一日は地下にいてもらうわ」

 

 少女はそういうと、パチンと指を鳴らす。

 すぐさまメイドがお茶のお代わりを持って現れる。

 少女はお茶を飲みながら、ふと考えていた。

 九頭竜隼人という名前は、もはや使えないのでは。

 別にその名前に未練も愛着もないし、適当なものに変えてもいいだろう。

 だとすれば、何がいいか。

 フェイトが眠りから覚めるまで、少女はジッとそんなことを考え続けていた。

 

 

       3

 

 

 第2の来客が現れたのは、次の日の午前中だった。

 その途端に、アルフは牙をむき出して戦闘体勢に入るが、

 

「家の敷地内でゴタゴタは困るわね──」

 

 少女の一言に牽制され、渋々拳をおろす。

 フェイトのほうは、聞いているのいないのか、ボケッとしたままであったが。

 そんなフェイトの様子を見て、少女はヤレヤレと首を振る。

 目が覚めてからもずっとこの調子なのである。

 来客たちも、フェイトの様子に何やら沈痛な面持ちだった。

 

「ひょっとしてこの子と、知り合い?」

 

 少女の質問に、来客Aことリンディと名乗る女は否と答える。

 なるほど、なかなか『お優しいかた』らしい。

 ガキ(といっても少女やフェイトより年上のようだが)のくせに堅苦しそうな来客Bも──

やっぱり深刻そうな顔をしている。

 

「それでご用件は」

 

 少女の質問に、AとBは面白くもない漫才もどきの会話を交わしながら、

 

『プレシア・テスタロッサとジュエルシードの行方』

 

 端的に言うとこの二つについて、質問……否、尋問をしてきた。

 

「あ、馬鹿!」

 

 その時、アルフが牙をむいてそれを阻もうとする。

 この途端フェイトの雰囲気が一変したのだ。

 

 ──これは、まずそうね。

 

 赤い瞳に、狂気の光が宿ったのを少女も確認した。

 騒がれる前に、すばやく睡眠魔法をかけてフェイトの意識を遮断する。

 驚いている来客AとBを放って、アルフは眠りに落ちたフェイトの髪の毛を撫でた。

 

「あいつは、消えちまったよ。ジュエルシードと一緒に……」

 

 そして。背を向けたまま、苦々しげにそう言うのだった。

 

「やっぱり……そうだったのか」

 

 来客Bは、力なく肩を落として黙ってしまう。

 

「失敗だったかしらねえ……」

 

 今さらだが、少女は美しい黒髪をかきながら一人つぶやく。

 何が失敗だったかと言うと、プレシアにジュエルシードを渡したことだ。

 

「……どうかな。でも、私は良かったかもしれないと思うよ。あんたが集めてくれたおかげで

フェイトは無理をしないですんだし……。それにあんたが手を貸してなくても、多分おんなじ

ようなことになってたと思う」

 

「──そうね」

 

 アルフの言葉に、少女は複雑な気分でうなずいた。

 不完全だがプレシアと同じ記憶や知識、人格を得た身の上だ。

 客観的に考えて、アルフの意見にはそれなりの説得力があった。

 

「そのことなのだけど……」

 

 来客Aがその顔にある種の威嚇を浮かべて、会話に入ってきた。

 

「私は、管理局に逮捕されると?」

 

「ジュエルシード……ロストロギアの私的使用。魔法の違法行使。かなりの容疑が」

 

「それなら、何故逮捕しないの」

 

 鬱陶しい向上を述べようとするBを遮り、少女はつまらなそうに言った。

 

「捜査に協力してくれるのでしたら、できる限り減刑されるよう尽力するわ。そちらの彼女も

きちんとした保護を──」

 

「そうね。それは魅力的だわ」

 

 フェイトの保護うんぬんについては、少女は同意した。

 

「けれど。私は素直に捕まる気はない。というか、逮捕は難しいと思うわよ」

 

 ごく当然のように言い放つ少女に、来客たちは顔を引きつらせる。

 

 アルフは、少女の横顔を見ながら顔を青くしていたが。

 

「君なあ……!」

 

 Bが語気を荒くしたと同時に、魔法の光輪が彼を拘束していた。

 Aも同様である。

 常識外れの魔力から繰り出された少女の拘束魔法に、なす術もない。

 意識はあるものの、動くことはおろか声を出すこともできなかった。

 

「やろうと思えば、あんたらを含めてアースラ、だったかしら? そこの乗組員全員30秒で

皆殺しにできる」

 

 淡々と、少女は手にした赤い指輪を弄びながら語りかける。

 

「職務に忠実なのはけっこうなことだけど、相手によっては余計な犠牲を出すわよ」

 

 来客たちの情報を調べたのは、指輪の力によるものだった。

 

「どういうつもり、だ……!」

 

 苦しそうな声でBが叫ぶが、しかし少女は驚かない。

 別にBの底力が発揮されたわけでなく、そうなるようにいくらか拘束を弱めたからだ。 

 

「ある程度、こちらのことを知ってもらいたいからよ。あなたたちは色々としつこそうだから

今後のことも考えてね──でないと、お父様の後を追うことなるわよ、クロノさん」

 

 少女の言葉に、Bことクロノはひどく動揺した。

 名前は先に名乗ったものの、何故そこで父のことが──

 Aことリンディも同じような目をしている。

 

「他にも色々わかっている。そう例えば……」

 

 少女は指輪を握りながら、動けない二人の周辺を歩き出した。

 歩きながら、アースラ乗務員の情報を、家族構成なども含めてしゃべり出す。

 

「……と、いうわけで。私を拘束するとか逮捕するという選択をしてくれた場合この人たちの

安全は保障しない。クロノさんの場合は、エイミィ……だったかな。彼女をバラバラにして、

あんたのおうちに宅急便で送りつけこともありえる」 

 

「お前……!」

 

「そういうことにならないように、気をつけてほしいと言っているの。別に猟奇殺人鬼になる

つもりはないけど、私を害するつもりなら何者であろうと容赦はしない」

 

 冷たく宣言した後で、少女は少し後悔をした。

 この場はできるだけ穏便に対応して、こちらの手の内を隠しておけばよかったか、と。

 しかし、この身はどうせスカリエッティの創造物だ。

 将来的には、きな臭いことに巻き込まれる可能性は高い。

 

 ──……いや、すでに関わっているから……今さらかしら。

 

 そう考えて、少女はおかしくもないに唇を歪めるのだった。

 

 

 



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