東方友戦録 (彗星のシアン)
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第1話 幻想入り

この作品は、東方プロジェクト及び仮面ライダーの二次創作作品です。二次創作設定や独自解釈が含まれる可能性があります。

 

 

 

 

 

《プロローグ》

 

青く澄み渡る空、さんさんと照り付ける太陽。とある高校の校舎にこだまする生徒たちの声。

2016年7月、徐々に気温も上がり季節はそろそろ蒸し暑い夏を迎えようとしていた。

そして夏の到来はなにも、異常なほどの発汗を促し生徒たちの生活の気力を奪っていくだけではない。

むしろその逆で、皆の心は楽しみと緊張で日に日に高揚していった。

なぜなら、夏休み前の一週間に開催される年に一度の祭典である文化祭と体育祭がすぐそこまで迫っていたからだ。

持ち寄ったメニューを丹精込めて振る舞う上級生の模擬店。なれない設定に苦戦しながらも創り上げる劇。炎天下の中、何週にもわたってグラウンドで練習する体育祭の大トリのダンス発表。

新学期が始まってから三カ月と少しが過ぎ、クラスの仲も深まっていた。

一人一人が様々な思いを胸に秘め、待ち遠しい日々を送っていたある日のこと。

何やら校舎内にただならぬ雰囲気が流れていた。

耳をつんざく金切り声を上げる女生徒に顔色を真っ青にしながら目には涙を浮かべ嗚咽を口にする男生徒。頼りにするべき教師たちは皆ひきつった表情をしてその場で固まっていた。いや、固まらざるを得なかったというべきだろうか。

誰しもの心に恐怖が隅々まで浸透していたそんな状況でさらに追い打ちをかけるように最悪の事態が訪れてしまう。

騒然とする人混みの中を突き抜けるように、一発の銃声が校舎に響き渡った。

誰も予想もしなかった今日と言う日のこの出来事によって、ある一人の少年の人生が終わりを告げ、そして、新たな物語が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

1・幻想入り

 

不思議な感覚だ。体がゆらゆらと揺られるようだ。

周囲を切り裂く悲鳴、体を走り抜ける激痛。段々と遠のいてゆく意識の中、確実に死を覚悟した・・・・・のだが、どういうわけか生き延びたらしい。

 あの日、あの時、平凡な高校一年生のこの男、一夜友希の平凡な日常に突如として現れた謎の集団。恐らくリーダー格と思しき男の手に握られた真っ黒な拳銃から放たれた一発の銃弾に心臓を撃ち抜かれたはずなのだ。どう考えても生き延びられるわけがない・・・。

 そもそもとして、あまりに一瞬のうちの出来事だったので友希にはあの時学校内で何が起きていたのか、そしてあの男たちはいったい何者だったのか、何もかもが分からないのだ。

 いったい何がどうなっているのか。

今までの人生でかつてないほどの情報量の多さに友希の頭は混乱を極め、しばらくの間動こうという気にすらなれなかった。

 しかしこのまま何もしないのも我慢ならなかったので、混乱する脳内を整理しつつ重く閉じたまぶたをゆっくりと開く。と同時に友希の混乱に拍車がかかるのだった。

 目に飛び込んできたのは真っ赤でそして少し白がかった空なのか曇天なのか、異様としか言いようのない空。血のように真っ赤に染まった広大な水面。先にうっすらと見える岸のような場所。

そして落ち着いてに視線を下げると、自分はその上に浮かぶ木製の小船の上でゆらゆらと揺られていたことが分かった。

「なんだよ・・・これ・・・」

 余りにも奇妙な光景に思わず吐露してしまう。

「やっと気が付いたかい」

 ふと後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには自分と同じかもしくはそれ以上の背丈をしている比較的大柄の赤髪ツインテールの女性が舵を片手に立っていた。しかも背中には巨大な鎌を携えている・・・。

「あんた随分長いこと気を失ってたんだよ。三途の川瀬で転がってたところをわざわざ拾ってやったんだ、感謝して欲しいもんだ」

(なんだ? 三途の川? やっぱり俺は・・死んだのか?)

「あのまま転がっていたら、そうだねぇ・・・。追い剥ぎに会っていたかもねぇ。いや、もう会ってるのか」

 友希の気持ちも知らず、女は控えめにケラケラと笑い出す。

 死んだ死んでないの話の前に、余りにも非現実な出来事や言葉にもはや友希の頭は追いついておらず、ただ口をあんぐりと間抜けにも開けていた・・・ような気がしていた。

「何が起きているのかわからないって感じだね。別にあんただけに限ったことではないさ。みんなそう。そんな体になっちまって不便だろうけど、もう少し大人しくしてておくれよ。落ちたら大変だからね」

(そんな体?)

 女の言動に疑問を感じふと自分の身体を確認する。

「・・・っ!」

 そこに見慣れた人間の胴体は無かった。

あるのはただ、真っ白で艶やかなソフトクリームの先端を彷彿とさせる奇妙な物体だけ。手や足や口を動かしている感覚はあるのにそこに現物はなく、差し詰めよくある人玉のイメージそのままであった。

「うわぁ! ・・なに! ・・・死んで・・人玉⁉ ・・・はあぁっ⁉」

「ちょっと!」

 激しく動揺して暴れたせいで木船が大きく揺れ、水しぶきが上がる。

 そして驚嘆の声を上げると同時に友希は自分が先ほどからずっと言葉を発せれていないことに気が付いた。なぜなら今の友希には口はおろか顔すら存在しないのだから。

「ちょっとあんた! 大人しくって言ってるだろう⁉ 急に暴れないでおくれよ!」

「本当に・・・俺・・死んだのか?」

「重症だね、こりゃあ」

 友希の考えが分かっているのかいないのか、さも見慣れたかのようにため息をつき冷静な女。

「・・・? ・・・?」

 未だ状況を理解できず、若干過呼吸気味な友希。

 そんな友希の事などお構いなしに女は悠々と船をこぎ続ける。

 それからしばらく経ってだいぶ荒かった心境も整ってきたころだったが、ふと冷静になって考えると友希の頭には今度はどうしようもないくらいの焦りが込み上げてきた。

 友希には夢があった。それは、科学者になって研究をして生活を送るというものだ。

 実現できるとかできないとかとかではなく、純粋にただかっこいいと思っただけだが、今までそれで人生を頑張ってきたのだ。それが今日、あっけなくこのような結果になってしまった。友希にはそれがどうしても納得いかなかったのだ。

 自分は今まで何のために頑張って来たのか。夢をかなえる以外にもまだやりたいことだってたくさんあったというのに。

 そう思いながらそっと水面に顔を近づけてみる友希。

「間違っても三途の川に飛び込もうなんて思わないことだね。そっちの世界では三途の川に飛び込めば生き返れるなんてことが言われているみたいだけど、だれがそんなこと言い出したのかねえ。落ちれば引きずり込まれて終わり。その後どうなるのかは・・・想像もしたくないね」

 女はまるで友希の心を見透かしているかのように生き返りの話を始めた。

「引きずり込むって・・・誰に?」

「気になるなら飛び込んでみるかい? 私はいいよ、別に」

 女は不気味に笑いながら友希を横目で一瞥する。

 さっきからこの女はいったい何を知っているのか。いや、おそらく全てを知っているのだろうか。あまりにも冷静な女の態度に根拠もないのにそう思ってしまう。

「俺は・・・」

 心を落ち着かせ、友希は口を開く。

「俺はまだ死ねない! 死にたくない!」

「・・・!」

 唐突なことで少し驚いた様子の女。

「まだやりたいことだっていっぱいあるし! こんな体じゃ何もできないし! そりゃあ、嫌なことだってあるだろうけど・・・それでも・・こんなので終わりってあんまりだ・・・」

「・・・・・」

「もっと見たかったなぁ・・・」

友希の口調が段々とおとなしくなってゆき、そして静寂が訪れた。

 何か言ってくるかと思いきや、黙り込みなにかを思案するようにうつむき加減になる女。船を漕ぐことも止め、波の音すらも聞こえない。

 しばらくの静寂。友希もどうしたものかと考えていたその時だった。

「・・・いける・・・」

「・・・えっ?」

「あんたを生き返らせることができるって言ってるんだ。うまくやればね。あとはあんたに覚悟があるかどうかってところだね。」

「ほんとですか⁉」

あまりにも待ち望んだ答えについ大声を出してしまう友希だったが、その喜びは本物だった。

(これは面白そうなことになりそうだねぇ。最近特にこれといったこともなかったし。あのあのスキマ妖怪ならきっと)

友希の喜びとは裏腹に女は妙な企みをしていたが、もちろん友希はそんなこと知る由もない。

「で、肝心の覚悟はあるのかい?」

「覚悟?」

「そうだよ。一度命を落とした者がその記憶をもって再び生を受けるなんて、それ自体がかなり異なことだからね。簡単にはいかない。」

 間髪入れずに女は続ける。

「それに加え、あんたの行く先は元居た現実と比べてかなり特殊なところだからね。事の成り行き次第では天国にも地獄にもなる場所さ。正直言って私にもどう転ぶか見当もつかないのさ。・・・それでも生きたいかい?」

「・・・はい。生きたいです・・・」

 この時、あまり考えずに答えを出してしまったことを、後に若干後悔することになるとは今の友希には思いもよらなかった。

「分かったよ。それじゃあ、もう少し静かに乗っていてくれるかい。いいね、し・ず・か・に、だよ」

 友希の期待と女の企みを乗せて、小さな木船は血色に染まる川を再びゆっくりと進んでゆく。

 

 

 

「さあ、着いたよ」

 しばらくして特にこれと言って特徴のない殺風景な浜に到着したのだが、船から降りようとしたとき友希はあることに気づく。

「ん? あれ・・足?」

 霊魂の先端だったはずの足が通常の人間の足に戻っていたのだ。足だけではない。体全体が以前までの人間の体に戻っていた。

「とりあえず元の実態は返しておくよ。そのほうがスムーズにいくだろうしね。さあ、行くよ」

そう言って連れられるがままに後を歩いてゆく友希。

しばらく歩いているうちに現れた巨大な門をくぐり、その先の皇室のような落ち着いた雰囲気の廊下をさらに歩いてゆく。

 いくつもの曲がり角を経てそろそろ友希の足も疲れてきていた時だ。

「着いたよ」

「ここは?」

 たどり着いたのは先ほどの巨門よりかは小さいが、何とも言えない威圧感を感じさせる大きな扉の前だった。

「ここは怖~い怖~い閻魔様のお部屋さ」

「閻魔って、あの閻魔?」

「そうさ。だから、くれぐれも失礼のないようにね。さもないと問答無用で舌を引っこ抜かれちまうかもねぇ」

「・・・」

 まるで子供をからかうかのような口調でからかわれムッと間にしわを寄せる友希。

そんな友希を尻目に女は何かを覚悟するかのように軽く深呼吸する。

「それじゃ、行くよ・・・」

そう言うと女は両手を扉に添え、ゆっくりと力を入れ前方に押し開ける。

友希も女に続き部屋の中へ入ろうとしたその時だった。

「只今戻りましたー!」

 唐突に声を張り上げる女。

「いやー、もう参りましたよー。向こうの彼岸は霊魂の多いのなんのって、今までで一番よく働きましたよー。いやー疲れた疲れた!」

 余りにも演技臭い言動の嵐にきょとんとしてしまう友希。いったい何に対してこんな態度をとっているのか全くわからず立ち尽くすほかなかった。

「それじゃあ疲れたんでこれで失礼しま―」

 勢いそのままに友希の手を引き部屋を通過しようとした瞬間。

「待ちなさい小町」

 後ろから友希の耳を貫いたのは幼くも威厳に満ち、とても落ち着いた声。

声の出所を注視するとそこには奇怪な冠のような装飾物を被り、きっちりと整えられた服装で席に座る中学生ほどの緑髪の女の子の姿があった。

「な、何でしょうか・・・四季様・・」

「・・・あちらの閻魔から連絡が入っています」

「・・・!」

「「サボってばかりでいつもどこにいるのかわからない」「いてもいなくても変わらない」だそうですよ」

「・・・・・」

 小町と呼ばれた女は先ほどから一言も発せず、額から尋常ではないほどの汗が噴き出している。

「それに後ろのその彼は? なぜ実態を取り戻しているのですか? 許可した記憶はありませんが」

 やっとこちらに話題を振られたので改めて姿勢を正してみる友希。

「いずれにせよ、どういうことかしっかりと、納得のいく説明をお願いできますか?」

 終始変わらず落ち着いた様子で淡々と話してはいるが、目は全く笑ってはいなかった。

しかも、まっすぐと小町を見つめるその瞳、その姿は、まさに蛇。自分は蛙。

あまりに強大なものを目にしているようで、恐怖ともとれる感情によって完全に体が固まってしまい、動くことすらままならなかった。

別に自分が怒られているわけではないのだが、友希は性格上怒りの雰囲気に飲み込まれやすかったのだ。

 先ほどから汗をかきながらぼそぼそと何かをつぶやいている様子の小町。その小町ににらみを利かせている四季という名の少女。会話に入るスキを見失って混乱していると今度は後ろから。

「相変わらずのようね。あなたのところの死神は」

 自分たちが入ってきた扉のほうからの声に振り向くと、白いふわふわの帽子に地面すれすれのところまである大きなスカート、白を基調とした全体像に勾玉のような模様がなされた前掛けの垂れた服装をした、またも小町と同じほどの高身長の金髪女性が立っていた。

 しかもその女は、閻魔の少女と同等の大きさほどの威圧感を放っているが、その感じ方はまるで別物。まるで体が粘土のようにぐにゃぐにゃに曲げられるような変な感覚に襲われ、少しの息苦しさまで感じてしまう。

 女性はゆっくりと歩を進めてくるのだが、間髪を入れずに閻魔様は質問を投げかける。

「まだ帰っていなかったのですか? 八雲紫」

「幻想郷の創始者の一人として、幻想郷のあらゆる場所を視察する権利はあると思うのだけど?」

「・・・まあいいでしょう。小町、あなたが言わないのならその子に直接聞くまでです」

 三人の視線が一気に友希に注がれ、今まで全く会話に入れなかったぶんまたも恐縮してしまう。

「はっ、初めまして! えっと一夜友希、15歳です!」

 必死に息を整えながら話す。

「俺は・・・、死にたくないんです。まだやりたいことだっていっぱいあったんです! こんなところで終わりたくはないんです!」

「そうは言ってもですね、一度死を迎えたものを、理を無視して生き返らせるわけにはいかないことくらいは冥界の者でないあなたでもわかるはずです」

 冷静に眈々と反論する閻魔様。

この間、友希と四季の会話の後ろで小町と紫による視線での無言のやり取りが行われていたことに、周りで働く2・3人の者も含め誰も気が付かなかった。

「あなたと同じで世に未練を残した者は多くいます。あなただけを特別扱いすることなど断じてできません」

「・・・・・」

きっぱりと断られてしまい、次の言葉が出てこず黙り込んでしまう。

(やっぱ・・無理かあ・・・)

 突然訪れた死。少しの希望を頼ってみたものの、突きつけられた現実にとてつもない虚無感を覚える。

 そんな友希の気持ちを知ってか知らずか、紫と呼ばれる女性が軽い口調でそっと近寄ってきた。

「そうよねぇ。その若さで急に命を落として「はい、天国か地獄か~」なんて辛すぎるわよねぇ」

「・・・・・?」

急にどうしたのかと思いポカンとしていたが、閻魔様はその不審な言動に目を細める。さらに小町はほくそ笑んでいるのを隠しきれていない。

「やっぱりやりたいこともまだまだあるだろうし、生きるチャンス、欲しいわよねぇ~」

「紫・・・。あなたまさかっ!」

 いきなり声を荒げた四季に何事かと驚く友希。

そこにさらに追い打ちをかけるように、急に体が宙に浮いているような感覚に襲われる。咄嗟に足元を見るとそこにはぽっかりと空いた穴、というよりファスナー全開のチャックのようなものが口を開けており、中の暗闇からは無数の眼球がこちらを凝視していた。

「ひっ・・・!」

 またしても視界に飛び込んできた異様な光景に、友希の心には恐怖が込み上げて出したことのない声を出してしまった。

「一名様ご案な~い!」

「まずい!」

咄嗟に駆け寄り手を伸ばす四季。

しかし時すでに遅し。引きずり込まれるように穴に落下していく友希。

「せいぜい頑張んなよ~!」

「小町っ!」

落下していく友希を見送り手を振る小町に鬼のような形相で激昂する四季。

「まあいいじゃない。責任は私がとるわ」

手に持った笏を振り下ろそうとする四季を紫は片手で制止した。

「紫、あなたもです! いったい自分が何をしたか分かっているのですか⁉」

「何って、いつもどうりよ。人間を幻想郷に送り込んだのよ」

「それがだめだと言っているのです! むやみやたらと何も知らない人間を幻想入りさせるなと前にも忠告したはずです!」

 悠々とした態度でいる紫に怒りが収まらない様子の四季。

「~~~~~っ!」

 非常に納得がいかないようで先ほどまでの毅然とした態度からは想像もできないほど顔を赤くして苦渋の顔をしている。

「・・・仕方がありません。彼・・一夜友希の死亡手続きを解除、責任は私がとります。小町、あなたは後で二十四時間説教フルコースです。覚悟なさい」

「いやいや、何とか言ってくださいよ紫様!」

「自業自得だと思うわ」

「そんな! 話が違うじゃないかあ~!」

 直接会話を交わしたわけではないので至極当然のことだとは思うが、その場で泣き崩れる小町。

そのころ友希はというと絶賛落下中であった。

「待て待て待てー! どうなんの俺! わけ分からないんですけどぉ!」

眼の覗く空間を抜け再びチャックの隙間を抜けるとそこは・・・天空だった。

「!!!!!!!!」

こんなの焦らないはずがない。命綱もなしに山よりも高い位置を急降下していたのだから。しかも何の予告もなしに、急に。

 広がる広大な田畑、咲き誇る花畑、各部にみられる里や巨大な岩山、はるか遠方の空に見えるのは空に浮かぶ島のようなもの。奇しくも雄大なその世界のその景色に若干の感動を覚えたが、それもすぐに絶望の現実によってかき消される。

 ぐんぐんと着実に地面へと近づいてゆく。どうしようもない感情が友希の心に込み上げてくる。

(あぁ・・・。何で俺が・・こんな目に・・・)

あまりにもさんざんな今日という日に、再び始まった?人生最初で最後の深い絶望を味わうことになろうとは。

 ゆっくりとまぶたを下ろし、暗闇の中で終わりの時を待つ友希。彼にはもはや意識などないも同然だった。

段々と意識の奥底へと落ちてゆく。そして、ついに・・・

 

ドパンッ

 

通常高所から叩きつけられたときに生じるであろう音とはかけ離れた、とても鈍く水々しい不思議な音が周囲の森の中に響き渡る。

 こうして、人生で二度目の死を体感した友希。ここから壮大な物語が始まろうとは、友希は微塵にも思わなかった。

 しばらくして静かな森中で何者かの足音が友希のもとへと近づいてくる。

「あれ? 人間が・・倒れてる・・・?」

 

 

 

第1話 完

 



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第2話 不思議の郷

天空からの落下をどういうわけかまた生き延びた友希は再び見知らぬ地で目を覚ました。ここはどこ? なぜ助かった? 様々な疑問と出来事が頭の中を飛び交いますます混乱するなか、そこに青髪の謎の少女が現れる。その少女は友希のことを盟友と呼ぶのだが・・・。


2・不思議の郷

 

あれからどれだけの時間が経っただろうか。

「ん・・・うう・・・・・」

(なんだ? 俺・・・どうなったんだ)

はるか上空に放り出され地面に叩きつけられたのだがら確実に死んだはず。

しかし友希はなぜだか生き延びており、かすかにだが意識が残っていた。

風にさらされていたせいか冷えきった体を包み込む温もり。かすかに聞こえる機械音。

朦朧としていた意識が次第にはっきりとしてきたこともあり自分の置かれた状況を確認しようと友希はゆっくりと目を開ける。

「・・・・・ここは?」

 開眼し暗闇から解放されたその目に飛びこんできたのは、様々な資材が乱雑に積み重ねられた小学校の図工室のような狭い部屋だった。

木材や鉄板、六角レンチやギトギトに固まって壁に付着した油など、いかにもつい最近まで何かを試行錯誤していたような様相で、かつ部屋には独特なにおいが充満しておりあまりいい気分ではなかった。

 しばらくわけもわからず部屋を見渡しているとさっきまで鳴り響ていた機械音がいつの間にかやんでおり、何者かの足音が近づいてくることに気が付いた。

「あ! やっと起きたね!」

部屋に一つしかない扉から姿を現したのは、油で汚れた水色の服とスカートを身に着け、緑色の帽子を浅くかぶり小さめのリュックサックを背負った青髪の少女。

少女の姿を見た友希はその不思議な姿にまたしてもいろいろと疑問ができてしまう友希。

しかしながらまずは最も気になることから聞いてみることにした。

「えっと、俺って・・生きてるってことでいいのか?」

「?」

 いきなり訳のわからない質問をされたので目を丸くする青髪の少女。

 友希にも変なことを聞いている自覚はもちろんあったが、最初に死んでからというもの不自然かつ非科学的なことが起こりすぎていて混乱が表に出てしまっていた。だが今の友希にそんなことを気にかけるほど余裕はなかったのだ。

 どれだけたどたどしかったとしても一刻も早く分からないことをなくして自分の置かれている状況を整理せねばと言う意識が前のめりに働いていた。

「う~ん・・何も思い出せないってこと? つい一時間ほど前に私のこの工房の前でびしょ濡れで倒れてたんだよ?」

 その言葉を聞いて咄嗟に全身に手をやる友希。

 確かに友希の身に着けている制服や髪の毛は湿っていた。先ほどから感じていた妙な寒気はそのせいだったのだろう。

しかしなぜこんなに濡れていたのかは友希にもわからなかった。

 一つまた一つと増えていく疑念に、友希はさすがにお手上げ状態で一旦考えることを止めてしまった。

「どう? 思い出せる?」

 記憶喪失だと誤解している様子の少女に対し、友希は急いで訂正する。

「あっいや、大丈夫だから。記憶喪失とかじゃなくて、ちゃんと分かるから。俺の名前は一夜友希。えっと・・・助けてくれたんだよな? ありがとう」

「いいよいいよ気にしないで! 人間が倒れていたんだ、助けるのは当然だよ! なんたって人間は盟友だからね」

「盟友? 人間?」

 確かに友希は犬でも魚でもなく人間だが、なぜ同じ人間である彼女が友希のことを人間と呼んだのだろう。若干の不自然な言い回しにもしやと予感を感じる友希。

「そうだ、君が名乗ったのに私が名乗らないなんておかしいね。私の名前は河城にとり、河童の一人にして幻想郷一の発明家さ!」

 予感的中。

 死神、閻魔大王ときて次は河童だ。この少女が嘘を言っているようには思えなかったし、何よりすでに目を疑う状況にいたのだから。いい加減驚くこともなくなってきた。

「えっと、にとり? その・・・気になったんだけど、幻想郷?っていうのはここの事か?」

 にとりが河童であることを半ば強引に納得しつつ、一つ一つ謎を紐解いていくように質問をぶつけていく友希。

まずはおそらくこの場所のことであろう幻想郷というワードについて。

「幻想郷っていうのはこの世界のことだよ。人間だけじゃなく、私たちのように人間以外の妖怪や幽霊、神様なんかがこの幻想郷で暮らしているんだ。盟友・・友希は見たところ里の人間じゃないようだけど、外の世界から幻想入りしてきたのかい?」

「う~んと、幻想入りってのがどういう感じなのかよくわかんないけど、俺さっき空から落ちてきたと思うんだけど・・・」

「空から?」

顎に手を添えいかにも悩んでいる様子のにとり。

「そんな幻想入りの仕方聞いたことないなぁ」

 この世界の住民であるにとりにわからないのならこれ以上の詮索は無駄だろう。

 分からないことは未だに多かったが、とりあえずここが友希の知っている世界とは別の世界であるということと、その実態が似ても似つかない特殊な所であるということだ。

 あと自分が死んでいなかいということ。

「とりあえずどうやって入ってきたのかは置いておいて、外の世界から来たなら友希は行くところがないんじゃない? あてもないんじゃ・・・?」

 そういえばそうだった。

 幻想入りだの妖怪だの理解の追いつかない問題より、すぐ目の前に重大な問題があることに今更気が付いてしまった。

(しまったなぁ~、住むところもないし友達もいない。完全に孤立じゃん・・・)

 このことに気が付いたとたん体中から汗が吹き出して他のことに頭がいかなくなった。

 そんな動揺の様子に心配したのか、見かねたにとりからとある提案が持ち掛けられるのだった。

「よかったらしばらくこのにとり工房に居候する? ちょうど今何の注文も入ってないから、その間に友希の家も作ってあげるよ!」

「え⁉ まじで⁉ いいの⁉」

 思ってもみなかった願ったり叶ったりの提案につい身を乗り出し反応してしまう友希。

「っていうかにとり、家が作れるのかよ⁉」

「若干の鉄感は否めないだろうけど、善処するよ。何か要望があれば聞くけど?」

 あまりにも屈託のない笑顔で友希に対して尽くそうとしてくれるにとりについ感謝が溢れて泣きそうになってしまったが、すぐに当たり前の疑問が頭に浮かび我に返る。

「なぁ、何でにとりは初対面の俺にそこまでしてくれるんだ?」

 その疑問に対し、にとりは何の迷いもなく返答する。

「盟友だからだよ」

「さっきから言ってるその盟友ってのは?」

「私たち河童と人間たちのつながりは古くてね。もともと河童は人間に対してからかうような態度をとっていたらしいけど、襲ったりはしなかった。それが功を奏してか、両者は互いに助け合い平和に暮らしていたそうだよ。今では河童のことをあまりよくない風に思ってる人間が少なからずいるみたいだけど、私はそんな昔からの『盟友』たちとこれからも仲良くしていきたいって思ってるんだ! お得意様もいるんだよ?」

 友希はこのにとりという少女のことを何一つ知らない。だがこれだけは言うことができる。

「・・・にとり。お前、めちゃくちゃいいやつだな! ありがとう!」

「えへへ♪ そういわれると、恥ずかしいよ」

「いや、本当に! え~と外の世界だっけ? そこにいたときにはそんな優しいこと言ってるやつなんてほとんどいなかったもん!」

 と言っても、小学校や中学校しか経験したことのない子供の未熟な人生観に過ぎないが。

「もしよかったら、幻想郷中を案内してあげようか?」

「まじで⁉ ありがとうー! 友達作らないとって思ってたんだよ!」

 友希の心からのお世辞に気をよくしたのか、願ったり叶ったりの提案をしてくれるにとり。

「だよね! よし。そうと決まればさっそく外に出よう!」

「うぇ⁉」

 善良な少女の慈悲に感じたことのないほどの感動に打ちひしがれる友希だったが、感情が高揚していたのはにとりも同じであった。

 強引に腕を引いて勢いのままに廊下を抜けて扉を開け、友希を工房の外へつれだしたにとり。その瞬間、今まで友希の頭の中に居座り続けていた混乱と疑問が、まるで大雨の後の快晴のように一気に晴れていった。

「・・・綺麗」

 最初に出てきた第一声がそれだ。

 芸術や絶景には触れてこず疎いのでよくわからない友希だが、目の前に広がる風景には何とも形容しがたい美しさがあることは直感で理解することができた。空気も心なしかおいしく感じるのだ。

 真っ青に染まった空に巨大な入道雲が一つ。じりじりと照り付ける太陽によって川や砂利原に陽炎が生まれており、いかにも夏といった印象を受ける。

周りには木々が生い茂っており、かなり広範囲にわたって森が広がっているよう。さらにその先には、そびえたつ巨大な岩山が顔をのぞかせており、まるでフィクションの世界に迷い込んだようなそんな感覚を覚えた。

「どう? なかなかきれいでしょ? 幻想郷って」

「ああ、さすが幻想って名がついてるだけはあるな~」

「特にここら一帯は空気も澄んでいるし静かで、河童には必要不可欠な川も近くにあるから気に入ってるんだ」

 確かにここらへんは、鳥のさえずりや川のせせらぎ音など自然の音がしているだけで、心地のいい静けさで満ちている。

「それと、さっきも言ったけど私が河童であるように、この幻想郷には人間以外にも妖怪や亡霊、妖精や神様なんかが暮らしているんだ。だから一人で出歩くのはお勧めしないよ」

「ん~、でも河童って言っても俺からじゃ同じ人間にしか見えないんだけど・・・。髪色以外は」

「まあ、恐い容姿をしているものもいるけど心配はしなくてもいいと思うよ。というか人間みたいな恰好しているものもかなり多いんだけどね。力を持つものは大概がそう」

友希もさすがに落ち着いてきたようで、近くの川沿いを歩きながら会話を進めていく。

「とりあえずはこの目で見てみないことにはにわかには信じられないな」

「だよね。外の世界には妖怪とかはいないんだよね?」

「行ったことないのか?」

「うん。実は幻想郷には特殊かつ巨大な結界が張ってあってね、物や電波とかは大丈夫だけど生き物は自由に出入りできないようになっているんだよ」

友希はふと青空を見上げるが特にそれらしいものはなく、「はぁ」と抜けた声が漏れた。

「出入りするにはある妖怪に頼まないといけないんだけど、神出鬼没だから基本出るのは難しいね。入ってくるにはもう一つ方法があって、外の世界で誰の記憶にも残らないこと、つまり外の世界で忘れられたものは幻想郷に入ることができるんだ」

「・・・なんか嫌だな」

「まあね~。私は生まれた時から幻想郷にいたけど、そもそも妖怪なんて忘れられた種族が反映してできた幻想郷みたいな感じだからそこまで悪い気分じゃないよ。今でも十分楽しいしね」

「・・・・・」

 小町が言っていた覚悟の意味が少しずつだが分かってきた気がしていた。

 おそらくだが、神はもちろんのこととして妖怪も亡霊も人間にはない強さや力を持っているはずだ。大体のフィクションはそうだ。ただしこれはノンフィクションだが。

 その証拠に、先ほどにとりに強引に連れ出されたときに感じた強い引きは、並みの成人男性のそれを超えていたように感じた。ので、自分を含めた人間という種族はあまり繁栄していないんじゃないかとか、そもそも人間は存在しているのかとか、そんな予感が頭をよぎる。

 それに、幻想郷というある種結界で隔離された世界で自分にいったい何ができるだろうか。

今の自分の手持ちは何もない。お金も一文無しだ。実質のサバイバルだが、生き抜く覚悟ということだろうか。

 そんなことを考えて歩いていると、友希はふと肝心なことに気づいた。

「なぁにとり。俺たち今どこに向かってるんだ? すでに結構歩いてる気がするんだけど」

「うん。とりあえずまずは幻想郷の守護者に挨拶しに博麗神社に行こうと思うんだ。やっぱり幻想郷に住み着くうえで彼女を知っておくのは必要だと思うし。・・・なんか住み着くって動物みたいだね、撤回するよ」

「・・・いや、別にいい」

 始まりはどうであれ、自分が望んだことなのだからもう引き返せるわけもなく、この不思議な世界での新たな人生の始まりに良くも悪くも胸が躍っていた。

もちろん外の世界での死があまりにもあっけなく、幽霊になれたままなら確実に怨霊と化すレベルで未練と不消化が募ってもいたが。

 俺は今日という日をきっと忘れはしないだろう。そんなことをふと思いながら着実に歩を進める。

眼前にそびえる長い階段のある丘をその目に据えながら・・・・・。

 

 

 

 

 

 

                                   第二話 完

 



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第3話 博麗の巫女

にとりに連れられるままに行動する友希は、長い階段の先のとある神社に足を運ぶことに。そこには幻想郷にとって重要な役割を担う存在がいるとにとりはいうのだが、現れたのは覇気のなさそうに話す不思議な格好をした一人の巫女だった。


3・博麗の巫女

 

「ちょっと待って・・早いよ・・・ちょっと・・・」

「大丈夫か? あとちょっとだから頑張れ!」

 幻想郷の守護者であるという人物のもとを目指し、友希とにとりは丘の頂上へと延びる階段を上っている最中であった。

 友希は何の造作もなく淡々と上っていたのだが、妖怪であり体力も人間などを上回るはずのにとりがなぜかものすごくばてており、友希がにとりを見下ろし心配する少し変な構図となっている。

 ちなみに友希は小・中学陸上経験者で選手としての経験もあり、体力には少しばかり自信があったのだ。

「よし! 着いたな!」

 頂上に到着し、うんと背伸びをする友希。後を追うようににとりも頂上へと到達する。

「いやぁ、最近はあっちの工房にこもりっぱなしで体がなまりすぎちゃって、ほんとまいっちゃうよ」

「にしてもなまりすぎじゃないのか? 半分もいかないうちにへとへとだったじゃん。どれくらい籠ってたんだよ?」

「んと・・・・二カ月?」

「長っ! そんなに⁉」

「たまたまだよ⁉ たまたま! 今回はつい夢中になちゃって・・・」

にとりのいい方からするにあの工房以外にも他があるようだが、二カ月も帰らないなんてにとりの発明愛がよくうかがえる。

「それより! 少しくらい助けてくれたって良かったんじゃないの?」

「いや、確かに女性を無碍に扱うのは俺も感心しないけど、なんせ妖怪だろ? それくらい大丈夫だと思ったんだよ・・・」

「もっと開発で疲れた乙女をいたわろうって気持ちを持ってよぉ!」

「開発で疲れた乙女って何⁉ 痛っ、だめ! 引っ張らないで⁉」

「ゆーるーさーんーぞー!」

 この場所にたどり着くまでそれなりに長い道のりだった。その間あれこれにとりと話し、仲が深まっていることに気が緩み大人げなく騒いでしまった。

 達成感で忘れていたがここは神聖な神社の境内。あまりうるさくするのは推奨されない。

「ちょっとあんたたち! 人ん家で何騒いでんの! ゆっくり昼寝もできないじゃない!」

 響き渡る怒号にしまったと恐縮し、友希の額を冷や汗が伝う。

二人共が声の方向に顔を向けると、そこには赤と白を基調とする巫女服の少女が立っていた。外の世界感覚ではその姿は普通ではなく、顔の大きさほどもある赤いリボンに加え見慣れない装飾で髪を結わっているのも友希の目を引いた

「何よ、何かついてる?」

「あ・・いやぁ、その・・」

 見慣れない服装でつい見入ってしまった。そして何も考えておらず言葉に詰まってしまう友希。

 どうにも初対面では自分からはうまくしゃべれない。

 それを見かねたにとりが、何かを思い出したかのようにとっさに話し始めるのだった。

「この人はね、さっき幻想入りしたみたいで、えっと、名前はね」

「一夜友希。よろしく・・・」

「・・・・・」

「・・・?」

 印象を悪くしないようになるべく物腰の低い感じであいさつしたのだが、どこかパッとしないような顔を浮かべる巫女。

「あなたが紫の言っていた人間ね。残念だけど私にできることは何もないわ。生きるも死ぬもあなた次第、じゃあ頑張ってね」

「えぇぇ・・・」

 言っていることは至極正しいことに違いない。それはわかるが、とても興味のなさそうな返しをされたので動揺を隠しきれない友希。それどころか相手に対して冷たい印象すら抱いてしまった。

「にとりもよ。私だけが幻想郷の仕組みを知っているわけじゃないんだから、あなたが自分で何とかすればいいのよ。それが一番私にとって楽じゃない?」

「いやでも、彼は外の世界から来たんだよ⁉ 返してあげなくちゃいけないんじゃ?」

 にとりのその言葉に友希はギョッとした。

 なんたって友希は自分で生きたいと願ったがゆえにこの世界に飛ばされたのだ。元の世界に帰れるのならそれはそれでもいいのだが、おそらく外の世界では友希は死んだことになっているのではないだろうか。いや死んではいるのだがだとすれば再び友希がいるのはおかしいだろう。

 それにだ、友希はすでにこの世界の美しさに半分魅了されつつあったのだ。今更帰ってくださいではなかなか気分が乗らないのも事実であった。

「今回に限ってそれは無理よ。正確には自業自得」

 どうやらこの巫女はある程度のことはすでに把握しているようだ。

「いつものように本人の意思に関係なく幻想郷に入ってきてしまったのなら私はやるべきことをやるわ。でもあなたは望んでこの世界に来たのでしょう? それなら今更帰りたいなんて言わないわよね」

 正確にはこんなところで死にたくないと言っただけで、なにも幻想郷に行きたいなどとは一言も言っていない。しかしそんな言い訳をしたらまるで本当に帰りたいですと懇願していることにもなりかねない。ので、友希は癪だが口をつむぐことにした。

 眠りを妨げてしまったせいかどうやら巫女は相当眠たかったようで、目元をこすりながら大きなあくびをして見せる。

「それだけなら私も反論するかもしれないわね。でも仮に帰ったところで何ができるっていうの? 死人がよみがえったってことにするのかしら?」

 友希の心配事を見事に語ってゆく巫女。しかしいかんせんその顔に腹が立つ。

「紫からも変に釘を刺されているし、今回ばかりは手を出すのははばかられるのよね~」

 確かにこの巫女が言っていることは正論中の正論、友希自身も納得はしている。だが巫女が口を開けば憎まれ口や言わなくてもいいようなことが要所要所に見受けられ、どうしても心にいら立ちが芽生えてくるのだ。

つまり最初の印象はすこぶる良くないということである。

「まあいいわ、とりあえず自己紹介されたからにはこっちも名乗らないわけにはいかないわね。特に博麗の巫女としてはね」

 巫女は改まって服装を軽く整えこちらを向きなおす。

「異変解決は私にお任せ! 下劣な妖怪どもはコロがしちゃうぞ♡ 人呼んで楽園の素敵な巫女、ぴちぴちの博麗霊夢十五歳だぞっ!」

「「・・・・・」」

 いったいどう反応すればよいのやら。

 友希はともかくとしてにとりまでもが黙ってしまうのだから、おそらくいろんな意味でこの巫女は様子がおかしい。

「お、おう。よろしく・・・」

 先ほどまでのやつれた顔はカっとはじける笑顔に変わり、そして再びやつれていく。というか色も段々と赤くなっていく。

「ちょっと、そんな目で見ないでよ。あんまり慣れないことするものじゃないけど、こういうのがお望みだったんじゃないの? 巫女服少女の萌え姿よ、喜びなさいよ!」

「いや俺は何も言ってないだろ⁉ ていうか十五歳って同い年かよ⁉ 正確には俺は早生まれだからもしかして学年一個下か?」

「あら、そうなの?」

 別に意識したわけではなかったが友希が振った小さな話題の移り変わりに咄嗟に食らいつく霊夢。

「なんだか今日はいつも以上に荒れてるね。しかも楽園の巫女って、誰も人呼んでなんか・・・」

(ギロリ)

「う・・・すみませんでした」

 やつれたり明るくなったり怒ったり、この巫女は本当に感情の起伏が騒がしい。

 そのせいか話の主導権を握られているようで友希としては心地よくなかった。

 この幻想郷の守護者と言われるからにはさすがというべきか。自分の道を行く、誰も寄せ付けないような妙な存在感を感じさせられるのだ。ただ服装やそれ以外は普通の人間のようにしか見えない。

「まぁ、そうね・・・。確かに一人で生きていくには幻想郷のことはある程度知っておく必要があるわね」

「そういえば、あの妖怪の賢者様は今日はいないの?」

「いいえ、ついさっきまでいたわよ。あんたたちが来る前にそそくさと帰っていったけど」

スキマ。その言葉には友希にも少し思い当たる節はあった。

「なぁ、そのスキマの妖怪っていうのはどんな姿をしてるんだ?」

「姿って・・・特徴のある帽子に丈の長いスカートに陰陽勾玉の前掛け、桃色の傘を持った金髪のいかにも性悪そうな女だけど、そんなの知ってどうするのよ?」

「いやさ、俺その人にここに落とされたんだけど」

「ええ、紫の悪いところよね。面白半分でそういうことするんだもの。対処するこっちの身にもなってほしいわ」

スキマ妖怪こと紫という女性はすでに霊夢に友希のことをにおわせていたようで、霊夢は心底面倒くさそうに深いため息をつく。

「で、あんたたちこれからどうするつもり? 案内した方がいいかしら?」

「・・・どうすんのにとり?」

「えっと、他のところも周るつもりだったんだけど・・・」

「なら気をつけなさいよ。人間がやすやすと足を踏み入れていい場所なんてそうないんだから」

人間が足を踏み入れてはいけない場所がたくさんある、と言うことはやはり幻想郷では人間はとても弱い立ち位置にあるのだろうか。

実はここにきてから友希にははっきりとは明るい未来が見えてこないでいた。

自分の満足のいく人生が送れなかったことから望んだ転生という道。覚悟をしろと小町に言われたように、変わった環境にいちいちいちゃもんをつけるわけには当然いかない。

妖怪、死神、落下、そして生存、世界を守る巫女。元居た外の世界と言われる場所とは常識のまるっきり違うこの世界でこの先どうなるかなど全く見当もつかないわけで、どうしようもない不安感が友希の心を掴んで離さないのだ。

しかし、先の人生の不安は外の世界でも同じだったはずだ。ここに来たからと言うのは甘えだろうか。

(・・・ここでの勝手もまだよくわからないし、なるようになるとしか言えないか。とりあえずまずは・・・)

友希は心の中で一旦の整理をし、一呼吸をおいてから話し始める。

「よし! 異国の地ではまずは話せる友達を作らないとな」

「異国の地って・・・」

「次はどこに行くつもりなんだ? にとりと一緒なら心強い!」

 急なテンションに少し困った表情をしているにとりを見て霊夢がとある提案をする。

「決まってないんならレミリアのところに行ってみたら? この前暇してるって言ってたわよ」

「あの吸血鬼姉妹のところ? 大丈夫なの?」

「まぁ特に騒ぎとかも起こしてないし、何より幻想郷に来た頃よりずいぶん丸くなったと思うわよ。特にあのメイドは、最近なんてここにお茶しに来てるくらいよ。ていうかにとりも知ってるでしょ?」

「それはそうだけど、時計の修理を頼まれるくらいであまり交流はないんだよ~」

「よくわからんけど、まずはその吸血鬼? のところに行くのか?」

 死神、妖怪、ときて今度は吸血鬼だ。ホラーのオンパレードと言ったところか。

「あんた、あっさり受け入れすぎじゃない? 吸血鬼よ? 怖くないの?」

「知ってはいるけど外の世界にはいないし、河童のにとりだって全然怖くないじゃん。・・・もしかして血吸われる?」

「さぁ? 切り刻まれて夕食にされるかもね」

「・・・・・」

世界が世界なので冗談かどうか判別できないのが怖さを倍増させている。

「友希、怖がらせようとしてるだけだよ」

「わかってるよ・・・」

 いくら実感がわかないといえど、冷静に考えてみると吸血鬼と言えば西洋で恐れられていたモンスターの代表格だ。そんな恐ろしい存在のもとにおいそれと顔を出していいものか。

しかしそんな非現実的な存在が多く住むというこの世界。どこに行こうと、誰に接近しようと、いずれにせよ友希にとっては未知の世界で、選んでいられないのが現状なので行動するほかない。

「よし! そんじゃ、止まってても仕方ないし行くか!」

「うん、そうだね!」

 団結して二人が歩みを始めようというその時。

「ちょっと待ちなさい!」

「えっ⁉」

「どうした霊夢?」

「あんたたち、この博麗神社に足を踏み入れておいてただで帰れると思っているのかしら?」

「何⁉」

 思いがけない言葉に咄嗟に身構え・・・

「出ていくならお賽銭入れてからにしなさい!」

「・・・へ?」

 これまた突拍子もなく巫女とは思えない言葉が霊夢の口から発せられ、変な声が出てしまう友希だった。

「あの・・・友希。霊夢はとってもお金がないんだ・・・」

 申し訳なさそうに霊夢を一瞥しながら口を開くにとり。

「ちょっと! そんなにはっきり言うんじゃないわよ!」

「お金がないって、人に賽銭をねだるほどなのか?」

「そうよ! 悪いかしら? これでもギリギリで生きてるのよ!」

 霊夢の瞳孔がガン開きになっていることからもどうやら本当にギリギリらしい。霊夢の愚痴は止まらない。

「大体いっつも異変解決してるのは私なのに何でお礼の一つもないのよ! 何なら魔理沙のほうが言われてるわよ! 私だって人間なのよ⁉ やる気でないわよこんなの!」

目尻に涙まで浮かべながら必死になって訴えられるので、さすがに友希もかわいそうになってきた。あと、押しが強い。

「分かったって! ええと~財布、財布は~?」

何気に今気が付いたが、服装は死んだときのそのままだったので、白いカッターシャツに夏服の黒長ズボンの上下制服姿だった。

そして、今の友希は一文無しだった。

財布は学校のロッカーの中にしまったままである。

「(ボソッ)すまんにとり」

 にとりは慌ててポケットからガマ口財布を取り出しなけなしの十円玉を賽銭箱に放り投げた。

「頼んどいてなんだけど十円って・・・」

 あまりの寂しい金額に友希が突っ込もうとしたが。

「どきなさいっ!」

「おわっ!」

 急に二人のことなどお構いなしに霊夢が賽銭箱めがけてダイブをかましてきたのだ。

「ね! これでよかったでしょ?」

「マジか・・・どんだけ執念深いんだよ」

「ガルルルル・・・」

 賽銭箱を抱え込み周囲を警戒し威嚇するその姿はまさに獲物を眼中にとらえた飢えた狼、とてつもない威圧感である。

 ある意味、幻想郷の守護者と言われるほどの大物としては十分すぎるほど癖が強いが、彼女から常に感じる存在感は友希にもずっと何となくだが感じられた。

 

 

 

 予想以上に時間を食ってしまったので軽く霊夢にあいさつをして足早に博麗神社を後にする友希とにとり。

「えっと、次はさっき霊夢が言ってた吸血鬼のいる館、その名も紅魔館に向かうよ!」

「ああ・・・そうだな・・・」

にとりの話をうつむきながら締まりのない返事で返す友希。

「・・・? どうかしたの?」

「あ~いや、何で俺あの高さから落ちて平気だったんだろうって。いくら幻想郷が普通とは違うからって訳がわからなさすぎないか?」

「う~ん。どれくらいの高さかは分からないけど、確かに空から落ちてきて地面に叩きつけられたにもかかわらず傷一つないなんて、いくら幻想郷と言えどおかしな話だよね」

「ん~・・・」

再び森の中へと歩きながらしばらく二人とも黙り込む。

それからしばらく歩き進めたとき、再びにとりが口を開いた。

「おそらくなんだけど、幻想入りした時に何らかの能力が付与されたんじゃないかな?」

「能力?」

「そう。なんて説明すればいいかなぁ~。全員が全員持ってるってわけじゃないんだけど、中には特殊な能力が使える者たちがいてね。原理のわからないものや持ち前の力を使って魔法なんかを使う者もいるんだ」

「へえ、面白そうじゃん! で、俺もその能力に目覚めたかもしれないと?」

「目覚めたんじゃなくて「付与」されたの」

「付与・・・?」

 友希にはいまいち想像ができない話だがにとりは淡々と話しを進める。

「この幻想郷はまるで意思を持っているかのように能力を誰に与えるかを選んでいる、というのが私の見解さ。実際に気になったから前に統計を取ってみたんだ」

さらににとりは自慢げに続けた。

「原理のわからないものに限定するけど、どうやら幻想郷で生まれた者は人外が50パーセント、人間が10パーセントの確率で能力を付与され、新たに幻想郷入りしたものは5パーセントにも満たない確率で付与されていることが分かったんだ。それ以外にもさっき言ったもともと持つ力を能力としている者もいるけどね。主に人間じゃないけど」

「要は人間は幻想郷じゃ弱いってことだな」

「そうだね・・・。人間は基本的に幻想郷のほぼ中心にある人里で固まってコミュニティを形成しているんだ。それに人里では里の外や妖怪の山には一人で近づかないようにしている。妖怪を恐れているんだね」

「妖怪の山って?」

「私の家があるところだよ。他にもいろんな妖怪が跋扈しているんだ」

「ふ~ん・・・」

 幻想郷に対して外の世界は人間によって形成された世界といってもいい。実際に支配しているのは人間だろう。

だからと言ってほかの生物を関係ないとするのは良しとされないが。

 だがこの世界は違う。人間より高等な種族なんて数えきれないほどいて、さらに檻の中に閉じこもるように隔離されているような生活を余儀なくされているらしい。

 また一つ友希の心の中で不安が生まれた。

「って、話がそれすぎたな。それでその能力ってどうやって確かめるんだ?」

「う~ん、なんかこう「出ろ~!」って感じで力んでみたら?」

 自称幻想郷一の発明家の発言とは思えないほど抽象的な発言に歩きながら思わず拍子抜けしてしまった。

「適当だなぁ。まぁいっか、行くぜ~! 出~ろ~!」

 外の世界でも趣味のせいで子供っぽいだとか脳内年齢が低いだとかよく言われていた友希だが、それでも今のはさすがに恥ずかしい。先の霊夢のようにだんだん顔が赤面していく。

(・・・?)

 自分でもわかる顔の微弱なほてりにうつむき陰っていると、やけに回りが静かなことに気が付く。先ほどまで得意げに話していたにとりの声が聞こえない。

「・・・ゆ、友希。これは・・・どういう・・・」

「んえ? っおわああああああ!」

 にとりのひどく動揺した声色に友希も咄嗟に顔を上げる。

にとりが動揺するのもうなずけた。目の中に飛び込んできたのは、二の腕から先がまるで溶け落ちたように欠落した無残な友希の腕だった。

しかもおかしなことに、溶け落ちている部分には色がなく無色透明になっており、中の肉や骨も見えなかったのだ。

「「うわああああああああああ!」」

 静けさに満ちた森林を切り裂く男女の悲鳴。

それが、いよいよこれからが怪しくなってきた友希の幻想郷での生活、これから巻き起こる奇想天外な物語の開始の合図となる。

一行は次なる目的地である紅魔館を目指す。果たしてどんなことが待ち受けているのか今はまだ誰も知る由はない。

 

第3話 完

 



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第4話 スカーレット・ヴァンパイア

幻想郷における個々の「能力」の存在について聞かされ、自身の身体に起きた変化にひどく困惑する友希。しかし立ち止まっている暇はない、そうにとりに鼓舞されやむなく次に向かうのは湖の奥にそびえる真っ赤な館。門の前までやってきた二人だったが、そこにはあろうことか居眠りをする門番が構えていて・・・。



4・スカーレットヴァンパイア

 

「ふう、よし。落ち着いてきた・・かも・・・」

 あの衝撃からしばらくがたった。

 とてつもない疲労感と混乱。正直もう何も考えたくないと思うほどだ。

ゆっくりとだが歩き続け、その先にあった川沿いで休憩をしている友希とにとり。

 独り川のほとりでしっかりとある両手で顔を洗い、ショックと夏の暑さで噴き出した汗をぬぐってすっきりした友希だったが、今まで客観的に幻想郷での奇妙な出来事を感じていたのに対していよいよ自分の体にまでおかしなことが起き始めたのでどうにも気持ちが収まらないでいた。

「・・・・・」

 水面に映り込む自分の顔を見て少ししかめたかと思うと、友希はすぐに目をそらす。

 あの後どうなったかというと、驚きと恐怖で足元がおぼつかなくなりその場で大きく転倒してしまった友希だった。そしてその拍子にない両腕のほうから体をかばうように手をついてしまった。(何度も言うが今その手はない)

するとまたもや奇妙なことが起きたのだ。

おぞましい腕がズプリと地面に沈み込んだ。もちろんそれにも驚き、勢いよく抜くように飛び起きた。すると今度はどういうわけかさっきまでなかった腕が完璧にもとどうりになっているではないか。本当に訳が分からない。

そんなことがあって動揺しながらも何とかここまで歩いて来た次第だった。

「ん~~~!」

 幻想郷に来てからずっと噴水のように湧き出てくる疑問と何とも言えない恐怖を振り払うように頭をかきむしる友希。それを横目ににとりは何かを考えている。

「にとり、どうした? 俺なら大丈夫だし時間もそんなにないんだろ? そろそろ動かないか?」

「ん・・ああそうだね、それなら行こうか。とは言っても・・・」

 にとりは川の下流の方向に目をやり指をさす。

「すぐあそこに見えるのが紅魔館なんだけどね」

 にとりの指す先には、おそらくこの川が流れ込むであろう湖が森林の木々の隙間から見えており、さらにその奥、湖を超えた先に赤く染まった巨大な屋敷とその時計塔がそびえ立っていた。

「あれかぁ・・・」

「あっ、ちょっと待って」

 足早に館へ向かおうとする友希の服をつかむにとり。

「あ、いや、止まらなくてもいいや。歩きながら聞いてほしいんだけど、おそらく友希の能力は『水になる程度の能力』だと思うんだ」

「水に・・なる・・?」

「おそらくね。でも、今まで自分の体そのものを別のものに変化させる能力なんて見たことも聞いたこともないんだよね~。でもでも、実際この目ではっきりと見たからなあ・・・」

「・・・付与確率が低いうえに前例のない能力ねぇ・・・」

 何やら特別そうな雰囲気なので友希の心には若干の嬉しさが込み上げてきたが、誰も知らないとなると何もかも自分で模索しないといけないということだ。それにこの手の特別な能力にはリスクがつきものだということも友希は知っていた。

「それにもう一つ根拠があってね。私の能力は『水を操る程度の能力』だから、さっきから友希の体を操れるかやってるんだけど、たまに反応する時があるんだ」

「うそ、全然気づかなかったんだけど」

「だから、いつ発動するのかなって思って。感覚的にどう?」

「う~ん、感覚ねぇ。あの時は力んだだけなんだけどなぁ」

 ちなみに二の腕の先がなくなったときは、ないところの感覚だけ完全に何も感じなくなっていた。今思い出しても身震いがする。

「・・・本当に俺の能力が水だとしたら、さっき腕が戻ったのは地中の水分を受け取ったからってことなのか? にしても無意識だから詳しいことはちょっと・・・」

「そっか・・・。参考までに吸血鬼のお嬢様にでも聞いてみようか。湖畔の周りに沿うようにして進めばすぐだよ」

「そだな、止まってても仕方ねーし、行動あるのみだな!」

 そう言って友希たちは森林の中から頭をのぞかせている館に向かい歩を進める。

と、いう調子で気を引き締めて館の門の前までやってきたのだが、なんとここにきて思いがけず足止めを食らっていた。

「・・・これ、どうすんの」

「これはいつもの調子なんだけど、おかしいな」

 もちろん遠くから見ただけでもわかったが、案の定外の世界では見たことのないほどとてつもなく立派な豪邸だったので門番くらいはいるのだろうと思った。だが予想外だったのは、問題の門番が眠っていたということだ。

「おかしいって、何が?」

 にとりは眠っている門番の頬をつんつんと触りながら。

「この門番は『気を操る程度の能力』を持っていて、いつもはすぐに気を察知して起きるんだけど。これは相当深いところまで落ちてるね」

「いやマジでどうなってんだよ、これ」

 マンガでしか見たことのない大きな鼻ちょうちんを作って仁王立ちで寝ているこの門番。中華風の動きやすそうな服装、いわゆるチャイナドレスのような緑色を基調とした着物を着た橙赤色の髪をした女性で、気を操るというだけあって寝ていても・・・強そうか?

ただ、仕事中にこんなに爆睡できるんだから肝はすわっているのだろう。

「でもこれじゃあ中に入れないじゃん」

「う~ん、先に違うところに行く?」

「その必要はありませんわ」

 諦めて次の目的地へ行こうとしたその時、突如として後ろから声をかけられ驚き振り返るが、そこには何者の姿もなく・・・。

「あ痛たたたたたたたた! 以後このようなことのないようにしまあいいたたた!」

「その言葉いったい何度目よ! お嬢様の顔に泥を塗らないようにといくら言えば分かるの⁉」

 確かに先ほどまでこの場には友希とにとり、そして門番の三人しかいなかったのだが、突如としてメイド姿の銀髪の女性が新たに増えており、彼女によって耳をひねり上げられ悶絶している門番。

「今度という今度は・・・」

 そう言ってどこから取り出したのか、メイドの女性は両手で合わせて八本の鋭利なナイフを出現させ、門番の女性に向かって突き立てた。

「うわっ!」

 咄嗟に顔を隠す友希。

「ちょちょっと待って! 私たち気にしてないから! そこまでしなくても!」

 急いでにとりが二人の間に割って入る。

「ほら、にとりさんもこう言ってることですし。ね?」

(ギロリ・・・)

「あ・・・すみませーん・・・」

 まるで剃刀のように輝き冷ややかで鋭い目である。

「にとりに感謝しなさいよ・・・」

「あのー? 落ち着きました・・か?」

 突如訪れた殺伐とした空気を警戒し、とても申し訳なさそうにかつ小さな声で友希は様子をうかがうようにして話に割り込む。

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。こちらの方は?」

「ついさっき幻想入りしてきた盟友、人間の友希だよ」

「・・・・・」

「友希?」

 メイドの女性を注視しながら硬直し立ち尽くす友希。

 肩よりは上、かといってショートと言えるほど短くはない美しい銀の髪。宝石のように透き通った青色の瞳。トップモデルもびっくりの美しく整った顔立ち。すらりと長い脚。顔、腕、手、足、見える肌のすべてに共通するきれいな肌。

「あの・・・何か?」

 相手を困惑させていることにすら気づかないでいた。

 友希自身が一番よく分かっていた。一目惚れである。

「あっ、すみません! おっ俺はっ、一夜友希って言いますっっ!」

 友希は別に女子慣れしていないとかではない。男子だろうが女子だろうが普通に会話できる。

しかし友希には恋をした経験がなかった。彼女なんてもちろんいたことはない。むしろ高校生になったばかりなのに誰かのことを幸せにするなんて荷が重すぎるとさえ思っていたのだ。

「ふふっ、なんだかおもしろい方ですね。初めまして、この館のメイド長を務めている十六夜咲夜と申します。よろしくお願い致しますわ」

きりっとしていてなおかつ優しさもあるいい声と表情だが、普通に考えて社交辞令的な何かだろう。

しかしながら、先ほどの門番に見せた厳しい態度とは全くの別物で自分に優しくしてくれているのか、友希の頭にはそんなことばかりが浮かんでいた。

「そしてこちらは、どうしようもない居眠り門番の紅美鈴です。」

 申し訳なさそうに頭をかきながら笑う門番、美鈴。

「それでご用件は?」

「さっきも言ったけど友希は幻想入りしたばかりでここに住むことになって、今幻想郷を友達作り兼案内しているところなんだ。それでまず霊夢のところに行って、紅魔館ならいつでも相手してくれるって聞いたから来てみたんだけど・・・」

「霊夢ったら、まるで紅魔館が年中暇しているみたいじゃない。でもわかったわ、今日突然の事なら連絡のしようもなかったでしょうし。そういうことなら私がこの紅魔館を案内して差し上げましょう。友希さん、私についてきてください」

「は、はいっ」

「あ、いいの?」

「ええ。客人をもてなすのもメイドの立派な仕事ですから」

 今更だが、霊夢が言っていたお茶しに来るメイドというのは彼女のことだろう。

 にとりと共に咲夜の後をついていく友希。

「さぁ、こちらです」

 促されるままに門を抜けて正面の玄関の扉を抜ける。

「うわ~! すっごいな~、これ!」

 外から見るだけでその立派さは十分伝わってきていたが、中に入るとなおさら感動が込み上げてきた。

 全体的に濃い赤色を基調とした内装でまとめられており、上層階と大きく吹き抜けになっているので玄関から見えるだけで五階分の廊下で囲われている。

それに伴って多くの部屋の扉が確認でき、そして巨大なエントランスの真ん中には五階廊下まで伸びた大階段が存在感を放っていた。

「驚きましたか? 西洋でも類を見ないほど立派な館です。しかしながら、この幻想郷には趣向こそ違えど、立派な建造物はそれなりに存在しますから、紅魔館だけが特別というわけではありませんが」

「へぇ・・・」

後をついていきながら思ったのは、一人で徘徊していると慣れないうちは確実に迷子になるということ。

廊下を歩いているうちに同じような扉と廊下を何度も見てきたしどういう部屋なのかも雑把に説明されたが、それでも扉の外見は全く同じなので今のところ窓から外の景色を見て景色の違いで判断するしか位置を知るすべはない。

「到着しました。こちらがこの館の主、レミリア・スカーレット様のお部屋です」

さすがはメイド長、と言うかこの館で働いている以上当然のことなのであろうが、まったく迷う様子もなくこのとてつもなく広い館の中を移動し、ものの十分ほどで目的の主の部屋まで到達した。

とは言っても目の前の扉は特にきらびやかな感じもなく、今までの道中にあった扉と同じ様相だった。果たして本当にこの扉の奥に様とつけて呼ばれるような位の高い人物がいるのか。

咲夜はドアへと手を伸ばし、三回優しくノックをする。

「十六夜咲夜です。ご客人の方がお嬢様に挨拶をと」

「いいわよ。入りなさい」

 扉の向こうから聞こえたのはいかにも育ちの良さような威厳と気品にあふれた声だった。しかし、それと同時に少し幼さも感じたのだが、それに関しては友希は特に気にも留めなかった。

「失礼します」

 ゆっくりと開かれる扉。友希は無意識に服装を整える。

 意を決しにとりと共に歩みだしたその瞬間、中から漏れ出す華やかな花の香。

「よく来たわね。幻想郷で生活をするにあたって、この紅魔館の主である私、レミリア・スカーレットに直々にあいさつを志願するなんて良い心掛けね。ほめてあげるわ」

 ほかの部屋と大きさはさほど変わらないが、貴族の宮殿にあるような装飾の施されたカーペットにレースのついた寝具、眼前には二台の長いすと一台の長机が横向きに配置されており、さらにその奥にはほかの部屋にあるよりは二回りほど大きいデスクとその上に積み重なる書類が見えた。そしてそこに腰かけている女性こそが・・・。

「あっ・・・」

 少女だ。小学生高学年くらいにも見えなくもない少女。何なら冥界で会った閻魔様より幼いもはやロリだ。

「あの友希さん? どうかなさいましたか?」

「あ、いや・・えっと」

「いいのよ咲夜。私の姿を始めてみる者はみんなそう・・・。いち館の主がこんなにも幼い容姿をしているものだから驚いているのね」

「うぅ・・・すみませんっ!」

「あなたが謝る必要なんてないわ。悲しいことだけれど、もう慣れてしまったもの」

 もう少し正確に容姿のことを言うと、頭は薄く紫がかった髪に八雲紫と同じようなふわっとした薄ピンクの被り物、同じく薄ピンクで統一された服と丈長めのスカート。

背丈が低く小学生ほどの容姿をしているが、背中にはしっかりとした黒い羽が生えており真っ赤に輝く瞳をしていて、話に聞いていたとおり吸血鬼であることは間違いがなさそうだった。

「客人って、俺たちが来ること知ってたん・・ですか?」

「ええ、知っていたわ。あなたの名も、何のために来るのかも。なぜならあなたたちはここに来る運命だったのだから」

 よくわからない理論を言われたが、手を胸にやり誇らしげに胸を張る当主レミリア・スカーレットに口出しは無粋だと心で悟った。

「ふふ、実は私が先んじてお知らせしておいたのですよ」

「そ、そうね。確かに咲夜から知らせられたわ。でも、運命だったのは本当よ!」

 肝心なところをメイドに指摘され苦い顔で言い訳をするレミリア。

 この会話を聞いている限り、どうやらメイド長である十六夜咲夜は、この館全体をを実質的に管理しているだけあって館の主であるレミリア・スカーレットに対しての発言力がそれなりにはあるようだ。それに対し、レミリア・スカーレットはどこか少しかわいげのある抜けたところがあるように思える。

「そうよ! こんな話をしていてもキリがないわ!」

 これ以上掘り下げられたくなかったのか、レミリアは半ば強引に話を切り上げた。

「あなた、仲間を増やそうと思っているのでしょう?」

「いやまぁ仲間ってほど大層なものは求めてませんけど、まだこの世界のこと全然知らないので、やっぱりいろいろなことを話せる友達がいると思うんです。もちろん寂しくないようにってのもありますけどね」

 友希にとっての友達とは微妙なもので、同じクラスの者の中で気の合う者は自然と親しくなれるし、合わなければ一度話せばその後は話しかけられなければもう話さない程度になる。が、友希にはそんなことはどうでもよかった。『一度言葉を交わせば友達』それが信条だったからだ。

 実行できているかどうかは別として、それくらいの気持ちで接していた。

 しかし今回は事情が違う。初めての土地、妖怪やその他人外がたむろし気を抜くと命の危険もある恐ろしい土地でもある。

ボーっとしていたら何も始まらない。それどころかせっかくの第二の人生が早々に幕を閉じることになる。

ほかの人間だけでなく今目の前にいる吸血鬼にも言えることだが、本来ならばまったく接点がないのだ。同じクラスで授業を受けたり体育祭で協力したりするのとはわけが違う。自分から積極的に動かなければいけない、友希にはそんな気が激しくしていたのだった。

「だから、あの~、失礼かもしれませんけど・・」

「みなまで言わなくてもいいわ。ええ、なってあげようじゃないの。その友達ってやつに」

 その場にいた友希とレミリア以外、すなわち咲夜とにとりは唖然とまではいかなくても目を丸くしていた。

「失礼ですが。まさかお嬢様がすんなりと人間との友好関係を結ばれるとは思いませんでした」

「本当にどういう意味よ!」

 自分の従者に裏切られ、つい勢いでツッコむレミリア。

「いやでも、私も「なんでこの私が!」って突っぱねられると思ったよ」

 にとりと同じで友希も正直そう思っていた。

「以前の私ならそうしていたでしょうね。でも今は、すっかり幻想郷に毒されてしまったみたいでねぇ。賑やかなのはいいことよ。って、それは咲夜も同じでしょうに・・・」

「ふふっ、その通りかもしれませんね」

 レミリアの軽いツッコミに優しく微笑んで返す咲夜。『従者』と言うより『分かり合える友』といったような印象を受ける友希。

 ここで一瞬緩んだ空気を引き締めるように「コホン」とせき込むレミリア。

「とりあえず! この私があなたの友達になって、ついでに協力もしてあげるわ!」

「ええ⁉ ありがとうございます!」

 正直もっと難航するかと思って身構えていたがそれは杞憂だったようだ。

こんなに大きな館を構えているくらいの権力を持つ者と知り合いになれたことは本当にうれしかった。

「あと、協力関係になったのだからそのたどたどしい敬語ももうやめなさい!」

 感謝され慣れていないのか、少し恥ずかしそうにしながら強い口調で命令してきた。

「え、いいの?」

 意外な要求にすでに敬語が崩れてしまっている。

「言ったでしょう? 変に慣れすぎたのよ、この世界に。今ではこの私に純粋な敬意を払うものなどこの館の者くらいで、他の者に言われるのはなんだかむず痒いのよ!」

 何というか本当は吸血鬼であることなんて嘘なんじゃないかと思うほどに拍子抜けだった。

「分かった、レミリア・・・?」

「それでいいのよ。とりあえず私は残りの仕事を終わらせて、そのあとこの館の住民を紹介するわ」

「では、私は紅茶を入れてきますね」

 そう言って静かに退出する咲夜。

「その間、館を見て回るといいわ。くれぐれも迷子にならないようにしなさい。それとにとり、また修理を頼みたいのだけどいいかしら?」

 そうしてにとりとレミリアを残したまま友希も退出することにした。

 まるでわらしべ長者のごとくつながりが連鎖しておりなかなかさいさきが良いので、心から安堵する友希だったが。

「さて、これからどうしようかなぁ」

あまりにもスムーズに事が進むので未だに幻想郷の本質が見極められていないような気がしてこれからの展望に思考を巡らせる。それに伴いボーっと館内を歩き回っていた。

しかし、言われた通りこの館は広すぎて迷いそうだ。

角を曲がろうとして先を見たが全く様相の同じ廊下がただただまっすぐに伸び、無機質な印象から少しばかりの恐怖が込み上げてきたのだ。

「ほんとに、でかいよなぁ」

何の気なしに言葉を漏らし廊下を引き返そうとしたその時だった。

先ほど歩いて来たほうからフラフラと近づいてくる一つの人影に気づいたのは・・・。

「・・えっと、大丈夫・・か?」

 どこか具合の悪そうな人影の正体は、先ほどのレミリアと同じような体格をした金髪の少女だ。

(・・・似てるな。もしかしてレミリアの妹か何かかな?)

 心配して声をかけたのはいいが、本当に足取りがおぼつかない様子で目線もどこかうつろな様子に不気味だとすら感じた。

一度咲夜に知らせるべきだと思い、とりあえずどこかで休ませるために友希は少女に手を伸ばす。

「離れなさい‼ 今すぐに‼」

「えっ⁉」

 後ろから物凄く焦った様子で飛翔してくるレミリアに音で気がづいた。そしてそれを確認しようと首を後ろにやる・・・間など与えないほど一瞬の出来事であった。

「しまった‼」

 とてつもない衝撃と共に視界が暗転しレミリアの方向へと体が吹き飛ぶ感覚。

何が何だかわからなかった。ただ微かに最後に見た金髪の少女の目には先ほどのうつろさはなく、鋭くこちらをにらみつけるまさしく吸血鬼のイメージそのものだった。

 取り返しのつかないことになったという様子のレミリア、未だゆらゆらと立ちうすら笑みを浮かべる少女。その間に横たわる・・・上半身のない男の身体。

 瞬間、胸が苦しくなるほどの静寂がその場を支配した。

 

第4話 完

 



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第5話 その妹、破壊者につき

館の主との面会で事なきを得た友希だったが、突如として謎の存在に攻撃を受けてしまい無残にも第二の人生に終止符が打たれたかと思われた。主のレミリアとそのメイドである咲夜はこの出来事に後悔の色をにじませるが、目の前でにわかには信じがたいことが起こるのだった。


5・その妹、破壊者につき

 

「よし、完成ね・・・」

 主レミリア・スカーレットの命により紅魔館内部キッチンルームにて人数分の紅茶を用意していた咲夜だったが、なんだか妙に嫌な予感がしていた。

 つい先ほどかすかに聞こえた声はレミリアの怒鳴り声のようなもの。聞きなれた声だ、おそらく間違いはない。

 このキッチンは先ほどのレミリアの自室から直線で結んだとしても100メートルほどは離れているであろう場所に存在する。それに加えて階層も違う。

声の大きさから考えて少なくとも冗談や何かでないのは明確である。

「もしや妹様が何か・・・?」

 作りなれた紅茶をトレイに乗せ、色の抜けた静寂の廊下を焦らず歩いて行く。

 ・・・案の定、予感も推測も的中だった。

 レミリアの自室へ歩いている途中、さほど離れていない自室前の角を曲がったところにその光景は広がっていた。

「そんな・・、何てこと・・・」

トレイをその場で手放しレミリアのそばへと駆け寄る咲夜。

口も利かぬレミリアの目線の先には、横たわる上半身の欠如した友希と思しき体。そして、その体を睨みつけ殺気を放つもう一人の金髪少女。

目の前の胴体から出たのだろうか。周囲の地面には液体が付着しており、ただでさえカーペットで赤い廊下をさらに濃血色に染めていた。

「・・理解しました。ごめんなさい、友希さん・・・」

 先ほど手放したトレイを再び手に取り、ふところから壊れているのか針の動いていない古い懐中時計を取り出し見つめ、つぶやく。

「時は・・・動き出す」

その時、止まっていた針が再び時を刻みだし、世界が再び彩りを取り戻した。

「フラン、あなたなんてことを!」

 動き出したレミリアの放った怒号が廊下に響き渡る。その怒号に我に返ったかのようにハッとし、徐々に目に光が戻っていく金髪の少女。

「あぅ・・お姉さま、私・・・」

 少女の首は重く垂れ、どうすればよいのかわからず動揺する子供のような苦渋の顔に歪んでいった。

「はぁ、とりあえずこのことを霊夢に連絡して頂戴」

「霊夢にですか?」

「友希たちは霊夢にわざわざ幻想入りしたことを挨拶しに行ったのでしょう? であれば、さすがの霊夢でも後の状況に少しは興味を示すと思うの」

 レミリアは神妙な面持ちで友希の遺体に近付き、続ける。

「もしこの事態を隠ぺいしたとして、霊夢が疑問を抱いて追及、そのことに気づけば一気に危険視されて居場所すらなくなるかもしれないわ」

「・・・・・」

「まったく、これだから情は・・・」

 確かに今までに築いてきた信頼関係を崩すのは得策ではないし今更敵対したいとも考えていない。が、しかし、だからと言ってあっさりと罪のない命が費えてしまったことを受け入れられるとも思わない。

「とにかく友希のことは不幸だったとしか言いようがない・・・いや、フランのことをすっかり伝え忘れていたのは私の責任ね・・・」

「いえ、私もそのことにいち早く気付くべきでした。メイド長としての注意が足りませんでした」

 暗い顔で向き合い会話する二人を同じく曇った顔でうかがうフランと呼ばれる少女。しかし、彼女の瞳に映っていたのはそれだけではなかった。

「・・・以前の私たちなら、どうとも思わなかったでしょうね」

悲しむでも悔やむでもなく、小言のように発せられたその言葉に、聞こえたはずの咲夜は答えることもなくただ沈黙が続いた。

「あれ? ちょっと待ちなさい。血の匂いが、していない・・・⁉」

「えっ、それはつまり・・・⁉」

 自分としたことがと冷静に鼻腔の感覚を探るレミリア。

「あっ・・えっ? いやぁ・・・」

 フランの動揺したようなその声に二人同時にふり返る。

「・・っ、どういうこと⁉」

「…これは!」

 横たわる死体が、目の前で、ゆっくりと、地面に飛び散る液体を乱雑に吸収し、なくなった部分を形成しながら起き上がっていく。

「ダメ・・・ごめんなさいぃ・・」

 完全に元に戻ったかと思えば、今度はゆらりとフランに迫ってゆく友希。

 仕返しをされる。

人間など殺ろうと思えばいともたやすく殺れる。

でも目の前のそれは、人間にも吸血鬼にもない動きをした。

ただでさえこの時期に加え、力のありように悩まされているというのだから、できればこれ以上トラブルは起こしたくない。ゆえにフランは戸惑い、反応が遅れてしまった。

 一歩後ずさりをしたその瞬間。

「今の何だぁ⁉ 急に爆発したかと思ったら体がグニョングニョンになって、お前がやったのか⁉」

 急に間合いを詰められ勢いよくまくし立てられたので、目を丸くして硬直してしまうフラン。

「いやでも危ないと思うぜ、俺じゃなかったら確実に死んでたからな。それにしても何で急に? もしかして触られそうになったから? 怖かった? だったらごめんな。別に俺、怖い人じゃないいいだぁぁぁっ!」

 やってしまった。迫る勢いがすごすぎて、つい横から勢いよく友希の頬をぶん殴ってしまった。

 身体はそのはずみで廊下の壁に激突、再び壁一面に液体と化した友希がぶちまけられる。しかし今度はすぐに元の人型に形成されてゆくのだった。

「うぅ、これは・・完全に嫌われたか?」

「もぉーーー! 何なのよ~⁉」

 どうやら少女の頭は完全にパンクしてしまったようで、頭をかきむしり大声で喚き散らす。

「咲夜ぁ~‼」

 理解の追いつかない存在から逃げるように、一目散に十六夜咲夜のもとへ駆け寄り、後ろに隠れながらこちらをにらんでくるフラン。その目は先ほどの狂気に満ちたものではなく、実に子供らしいかわいげのあるものだった。

「私も頭が痛くなってきたわ・・・」

 レミリアも頭を抱え、状況を整理しようと唸る。

「お~い!」

 すると友希から見てレミリアのいる側の廊下奥からにとりが叫びながら近づいてきた。

「ちょっと聞きたいことがあったんだけど・・・何かあったの?」

「私たちにもよくわからないわ」

「もしかして友希の能力を見たの?」

「能力?」

「おお、にとり! なんか今回はすんなり戻れたぞ!」

 混乱する紅魔組の三人を差し置いて、一人でうるさく盛り上がっている友希。

「これはいったいどういうことなの⁉」

「実は友希は幻想入りした時に能力を手に入れちゃったらしいんだ」

「その能力の片りんがさっきの・・ぐちゃぐちゃ?」

「~多分それ。能力は『水になる程度の能力』で間違いないかなと」

 二人顔を見合わせるレミリアと咲夜。とその様子をのぞき込むフラン。

「私も友希もこの能力についてはよくわかっていないから、何を聞かれても満足のいく回答はできないと思うよ」

「ふむ・・・」

 うつむき何かを思案するようなしぐさのレミリア。

「まぁ、そういうこと。で、その娘は?」

 手を振りながら軽く微笑みかける友希だったが、やはりフランには顔をそらされてしまう。

「そうだったわ。さぁフラン、自己紹介をしなさい」

「・・・・・」

 三秒ほどその場でもじもじを繰り返し、その口から言葉が発せられる・・・かと思いきや、自分に注意が集められたのが耐えかねたのか後ろを向いて勢いよく廊下を走り去っていってしまった。

「はぁ、やっぱりこの時期はデリケートね・・・」

「すみません友希さん。あの方はフランドール・スカーレット様。お嬢様の実の妹様です。訳あって今はあまり他人と接することはできないのですよ。嫌われたわけではないと思います・・・おそらく」

「はぁ・・・」

 友希は頭をかきながら気の抜けた声を漏らす。

それもそのはずで、友希にとって命に係わるほどの脅威の力を幻想入りして初めて体験したのだ。どういった感情で言葉を発せばいいのかまだ整理がついていなかった。

とはいえ水になる能力のおかげで助かったこと、自身がほぼ不死身に近い存在であることを知らしめられた喜びもあったが。

「・・・・・」

 顎に手を添えながらまたもや何かを考え込むレミリアだったが、さすがの咲夜も少し心配になってか不安そうにしている。

「あの、どうかなさいましたか? お嬢様」

「・・・まだ予定したより早いわね、河童と話の続きをしてくるわ。さっきみたいに自由にしていてちょうだい。その体なら・・・大丈夫でしょう? 咲夜、フランが外に出ていかないようにしっかり見張っていて頂戴ね」

 そう言い残してその場をそそくさと後にするレミリア。

 その体ならとは、もう一度あのフランという子に会ってもという意味だろうか。それにしてもあの危険性と自分に向けられた嫌悪感を目の当たりにしたのに、わざわざ向けさせるようなことをするだろうか? また外に出ないようにするとか何か手段を講じる必要があるように思えるのだが。

 少しの不信感を抱きつつも、いつの間にか咲夜さんも消えて一人になっていたので、友希はとりあえず先に進むことにした。

 

 

 

それからしばらくして、友希は階層を変えて一階上の三階にて性懲りもなくフラフラと徘徊していた。

「んん?」

ふと廊下の先に目をやると、一人立ち呆けて窓の外の景色を見つめているフランを見つけてしまった。その時同時にフランも友希のことに気づいたようで、ハッとしてすぐに近くの部屋に駆け込んでいった。

「おい待てよ!」

 何を思ったのか友希自身にもわからなかったが、咄嗟にその足はフランを追いかけてその部屋の前まで運ばれていた。

何ができるかは見当もつかなかったが、とりあえず嫌われる誤解だけは確実に解いておきたいと無理やり納得し、ゆっくりと開口する。

「なあ、もし俺のことを怖がっているなら全然そんなことないから。あ、でも怖がらせたのならそれは謝る・・・」

「・・・・・」

(やっぱり無理かなのかぁ?)

 正直、この紅魔館にきてからずっと違和感のようなもやもやとしたものがずっと心の中にあるような、そんな気がしていたのだ。

何かこの幻想郷の闇の部分や人間の立ち入ってはいけないことにさらされているような、そんな不安のような感覚が友希の中にしつこく居座っていた。

「・・・もし見当違いなことを言ってるんなら気にしないでほしいんだけど。その・・・この館って、なんかあったのかなー・・なんて」

 この発言も友希自身何が言いたいのかうまくまとまっていなかった。が、率直な気持ち、疑問ではあった。

「さっき俺を吹き飛ばしたときと今の雰囲気が違うのもそうだけど、それ以上に君の・・フランちゃんのことを多くは説明せず特別問題視もせず、何事もなく消えていったレミリアと咲夜さん。それに、本当に君が危険な存在なら外には出さない、でも館内では特に干渉せず野放しにする、それってちょっと中途半端すぎるような気がするし。・・・何かおかしいなって」

「・・・・・」

 やはり返事はない。

 もしかすると思ったより深刻な問題なのかもしれない。本当に触れてはいけないデリケートなことなのかもしれない。そう思えばすんなりとあきらめられるような気がした。

しかしながら、このままでは嫌われたままになってしまう。

しかししかし、こういう時にこそ潔く引き下がらなければもっと大変なことにもなる、それくらいは友希も考えていた。

(仕方ないか・・・)

 諦めてその場を立ち去ろうとしたその時。

「いいよ・・・、入って」

「・・・!」

 部屋の中から聞こえてきた控えめでか細い声。

 急なことで少し動揺したが、ゆっくりと息を整えドアノブに手をかけ、部屋に足を踏み入れる友希。

「・・・・・」

 部屋の中はひどく簡素で、あるものと言えば小さな化粧台と目立った装飾のない質素なベッド、部屋の隅には空っぽのクローゼットくらいだった。そしてそのベッドの端で腰をかけながら足をプラプラとさせうつむいている金髪の少女、フランドールスカーレット。

「ここ・・座って・・・」

 何も言わず見渡している友希に向かって、何を思ったのか隣をポンとなでて座るように指示してきた。

「いいの?」

 友希の問いに静かにうなずくフラン。

 恐る恐る隣に腰を下ろしたはいいが、緊張してか一言も言葉を交わすことなく十分はたってしまっただろうか。幼女と二人は非常に気まずい。

だが、やっと初めに口を開いたのはフランのほうからだった。

「・・・私ね、ずっとここに閉じ込められてたの」

「ここって、紅魔館のことか?」

 閉じ込められていた、つまりは幽閉かあるいは監禁だろうか。いきなり飛び出してきた不穏な言葉に友希は思わず息をのむ。

それと、やはり監禁の歴史があるということはそれだけ危険な存在だということになる。それがフラン自身なのかフランの何か能力についてなのかは定かではないが・・・。

「さっきあなたにしちゃったこと・・ごめんね、あれが私の力。あれでいろんなものを壊すの・・・。それが楽しくて仕方なかったの」

どんどんとうつむき加減が大きくなってゆき、同時に心なしか声も震えていっているように感じる。

「それから、お姉さまが異変を起こした時に外に出てきて。外には知らないことがたくさんあって、いろんな動物がいて、ほかにも楽しいことがこんなにあるんだって・・・思ったの」

(要するに、過去にレミリアが何か事件を起こして、そのどさくさに紛れて解放されて外の環境に触れることで破壊の衝動かなんかに変化が出てきたと・・・)

 外の世界でもかつて、身も心も腐敗し自殺を図るほどに疲弊していた男が子猫と一緒に暮らし、ストレスが解消され見事に社会復帰を果たしたという事象があったことを友希は記憶していた。

それと同じように、フランも触れたことのなかった自分とは違う種、閉鎖的な館とは違う開放感のある環境に置かれることでその心に変化が起きたのだろうか。

しかし、それではさっき襲われた意味が分からない。それにずっと震えた声を発し恐れていることはいったい何なのかも。

「・・・何か怖いことでもあるのか? そういえばデリケートな時期って言ってたけど」

 軽々しく聞きすぎたのではとすぐに口をつぐむが、意外にもフランは一拍置いて割り切ったように質問に答えだした。

「あのね、簡単なの」

 そう言ってフランは寂しそうに自らの手のひらをのぞき込んだ。

「みんなキュッてしたら簡単に壊れちゃうの。楽しかったのになくなっちゃって、なんだか嫌になって我慢してみたの。そうしたら心臓のムズムズが止まらなくなって、怖くって」

 次第に手は握りこぶしになり目視で分かるほどに震えだした。

「・・・それでね、今度は気が付いたらいろんなものが壊れるようになって。収まることもあったけどまた始まって、さっきもあなたを・・・」

「禁断症状か・・・?」

 まるで薬物のように病みつきになれば簡単には抜け出せない。

 と言うよりもとからそう言ったことをする生物ならば、本来の活動をやめること自体色々な弊害が生まれそうなものである。

 結局は種族は違えど根本は人間と同じなんだと友希はしみじみと感じるのだった。

「私・・どうすればいいの? どうするのがいいの? わからない、怖いよぅ・・・」

 うつむき涙をこぼすフラン。幼心ながらよほど混乱しているのだろう。

子供との接し方には自信があった友希だが、いざ目の前で泣かれるとどうしてよいかわからず黙ってしまう。

 しかしこのまま沈黙を貫くわけにはいかないことくらい重々承知している。男としての責務か、年上としての余裕を見せるためか、謎の使命感に駆られていた友希は話がまとまっていない状態ではあるが自分の思っていることを率直に伝えることにした。おそらく無理やりな言葉でなだめようとするよりそのほうが心に響くのではと考えたのだ。

「さっきの衝撃を受けるわけだから、壊れるってのは死ぬってことも含まれてるよな。ならほかの生き物を殺すのはいけないことだな。やめたほうがいいのは間違いないと思う」

「なんで?」

 本当に不思議そうに友希のほうに体を向けるフラン。

「じゃあ逆に聞くけど、フランは死にたい?」

 唐突な質問に目を丸くしたフランだったが、その質問の答えは実に簡単で。

「いやだよ。死んじゃったら楽しいことできないもん」

「そうだな。それはフランだけじゃなくてみんなそうなんだよ。みんな死にたくないし、みんな楽しく生きていたいんだよ。みんなフランと一緒」

 うつむき黙って話を聞くフランを尻目に友希は続ける。

「つまり何が言いたいかって言うと、自分がされて嫌なことは他人にもするなってこと。もちろん自分のしたいことを我慢しすぎるのもよくないし、やっていいこととやっちゃいけないことの線引きは人それぞれだけど、それは二の次の問題だと思う」

「・・・・・」

「楽しく生きたいんだったら自分だけじゃなくて相手のことも考えられるようにならないとな。どうしても無理な時は苦しくなるまで我慢しなくていい。もしさっきみたいに暴走したりフランが悪い道に進みそうになったら、レミリアや咲夜さん、他の館の人が引き戻してくれると思う」

「本当に?」

「うん。みんななんやかんやでフランのこと心配してると思うぜ!」

 座りながらフランのほうに向きなおり、一層強く訴えかける。

「フランの家族とか友達とかがきっと目を覚ましてくれると思う。だから細かいことは気にせずフランの思うようにやればいいんだよ。殺しがどうしてもしたいなら無理に止めることはできない。多分幻想郷は外の世界の倫理すら通用しないような気がするんだよな。何なら我慢できなくなったら俺で解消すればいい。なんたって俺は水だからな! 何ともない!」

 両手を腰にやりカラ元気で胸を張ってみせる友希。

「・・・・・」

 そんな友希にお構いなしにフランはうつむき黙り続けている。

 友希的には自分の言いたいことはすべて言ったし、悪くはなかったと思っていたのだが。

 やりたいことをやればいいとは言ったものの、先ほどもフランに言ったように当然として友希は殺しはよくないと思っているし、やってほしくないとも思っている。が、この世界では殺しの能力を備えた者などざらにいるようで、もし人間を主食とするような者がいれば生活のためには仕方がないのかもしれないし、こちらのルールが通用するわけもあるまい。その標的が自分なら真っ先に否定しそうだが。

 沈黙もしばらく続いていよいよ苦しくなってきたときだった。

「あら、ここにいたのね。二人とも一緒とは思はなかったけれど」

 平然として扉を開け入ってくるレミリア。

 はじめはフランに対するレミリアの対応に不信感を覚えたが、事情を知ってからレミリアの冷静な顔を見た今では信頼というか姉妹ならではの絆のようなものを感じており、レミリアなりの判断なのだと安心した。

「用事終わったの?」

「ええ、約束どうり館の住民を紹介するわ。とは言ってもあと二人だけだけれどね。それと、私からの提案なのだけど・・・」

 立ち上がった友希のそばに歩み寄りフランのほうへと顔をやるレミリア。

「これから幻想郷で生きてゆくうえで自分の身は自分で守る必要があるわ。そしてそのためには感覚を掴んでおくべきだと思うの。ということで友希、フランと模擬戦をしてもらうわ!」

「え?」

「お姉さま?」

『戦う』とはもちろんスポーツのような平和的なものではなく、相手は吸血鬼なのだから命の危険を感じざるを得ない。

だがなぜレミリアはただの人間である友希をそんな危険にさらそうと考えたのか。友希はおろかフランにすらも皆目見当がつかなかった。

このレミリアの提案により、幻想郷で生きてゆくということ、自分の置かれた状況、そして自分の存在について、友希は否応なしに思い知らされることになるのだった。

 

 

第五話 完



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第6話 ”みず”知らずの力

狂気の妹フランドール・スカーレットとの対話を経て、彼女の抱える不安と揺らぎを知ることとなった友希。外の世界とは違う幻想郷特有の悩みを垣間見たのだがそれもつかの間、レミリアの突拍子もない思惑により今度は地下の図書館へと足を運ぶことに。次々と嫌な予感に襲われるなか訪れた超巨大な図書館には、とある悪魔と紅魔館最後の要人である大魔法使いの姿があった。


6・“みず”知らずの力

 

「・・・・・」

 あれから一言も発さずに館内を歩き続けること十分ほどが過ぎた。

 昼食の仕込みをしていた咲夜さんも合流して、友希は先頭のレミリアに連れられフラン、にとりと共に紅魔館の大図書館なるところを目指している最中であった。

 それからまたしばらくして、ようやく今までの廊下とは雰囲気の違う大きめの扉に突き当たる。

「ここよ」

 そういうとレミリアは扉に手をかけゆっくりと押し開ける。ゴゴゴと鈍く重たい音を上げながら物々しい雰囲気が漂うなか、その扉の奥へと歩を進める。

「すっげ~、なんだこれ・・・!」

 扉の奥に広がっていたのはおそらく建造物十階建てに相当するであろう、あるいはそれ以上ほどの高さを誇るシェルターとでも言わんばかりの巨大な空間だった。

 友希は小走りで目の前の木製の柵に近寄り乗り出してみるが、先ほどまで歩いてきていた廊下は館の四階部分に相当していたので、今友希のいる図書館の最上階部分から少なくとも四階分下ると一階に、さらに六階分地下に広がっていることになる。

「すごいでしょう? 大きさも蔵書数も幻想郷一よ」

「うん。外の世界でもこんなに大きな図書館、見たことも聞いたこともない」

「それに実は、この大図書館だけで紅魔館の半分ほどを占めているんですよ」

 しかもさすがは幻想郷というべきか。その巨大な館内を重力を無視した無数の本棚がふわふわと浮いて動いているのだ。

到底人間の取れる高さ距離ではないし仕組みも外の世界の感覚では全くもってわからない。

「ついてきなさい。そこのらせん階段から降りるわよ」

 言われるがまま大きならせん階段を下っていく友希たち。

 おそらく友希に合わせてもらっているので「羽は使わないのか」と野暮な発言は喉元の当たりでとどめておく。

「あれ、お嬢様? 今日はパチュリー様とのお茶会の予定は入っていないはずですが、どうかなさったのですか? それに見かけない方もいらっしゃいますねぇ」

 着々と下っているとどこからともなく赤髪ロングの黒を基調とした落ち着いた服装の女性が空中を飛んでレミリアに話しかけてきた。

「今日はこの人間の要望で友達作りのために館の住民を紹介して回っているのよ。一夜友希よ、今日幻想入りしてきたらしいわ。彼女は小悪魔、この図書館の司書そしてここに住み込む引きこもり魔法使いのお世話係をしてくれているの」

「もしかして、その引きこもりの人が・・・」

「ええ、この館最後の一人の住民よ。後は妖精メイドたちがちらほらって感じね」

 吸血鬼に続いて西洋妖怪の代表格である悪魔・魔法使いもとい魔女のお出ましだ。

妖精メイドとは、先ほどから館内で見かける羽の生えた小さなメイドのことだろう。

 にとりから幻想郷は様々な種族が共存していると聞かされていたが、この館だけでも異種混合っぷりがすごいうえどの種族も人間のような姿かたちをしているのでどうにも信じきれない。

「よろしくお願いしますね、友希さん。では私はこれで!」

 友希を見据え一瞥した小悪魔は何か用事があるようで、そそくさと上部を飛び交う本棚のほうへと飛び去って行くのだった。

 その後階段を下り終えとても大きな本棚の間を縫うようにしてどんどん奥へと進む一行。

「ないとは思うけれど机から移動していなければ・・・あ、いたいた。パチェ~!」

 大きく手を振るレミリアの目線の先には、本棚が羅列する中少し開けた場所にポツンとデスクがおいてあり、そこに鎮座する紫色の突っ伏した何かの存在があった。

「ん? なんだ、ボール? 頭か?」

颯爽と駆け寄り名前を呼びながらその物体をゆするレミリア。するとその紫色の何かはもぞもぞと動き出した。

友希たちも急いでレミリアのもとへ駆け寄る。

「どうかなさいましたか、パチュリー様」

「んん・・心配いらないわ。夜通し本を読んでいたせいで、つい寝てしまっただけよ・・・。それよりも、みんな勢ぞろいでいったいどうしたのかしら?」

 ゆっくりと起き上がったそれは、紫色のいかにもインドア派といったダボダボの寝巻のような服装と被り物に身を包んでおり、眠たそうに眼をこする顔にはうっすらとクマができている。

「あ・・初めまして、一夜友希と言います。よろしくお願いします」

 図書館だということもあってか友希は様子をうかがうように物腰低めにあいさつする。

「あら、ここに館の外から人間が来るなんて珍しいわね。この前白黒の泥棒猫が侵入して以来だわ」

「どうかしら? 寝てた間に侵入されてるかもしれないわよ?」

「トラップがあるから大丈夫よ、レミィ」

 トラップがあったのか・・・。見かけによらず怖いことをする人だ。

「そうそう、それでこの友希に館を案内するついでにみんなのことも紹介しているの。何でも友達になってほしいそうよ」

「そうなんです。気兼ねなく話せる人が欲しくて」

「いいわよ」

「えっいいの?」

 あまりにもあっさりと受け入れられたので咄嗟に友希の口から思いと矛盾した言葉が飛び出てしまった。

 周りで見ていたレミリアや咲夜も簡単にいくとは思っていなかったのか、少しの間目を丸くしてフリーズしていた。

「あなたが言ったんじゃない。別に問題はないわよ。見たところあなた、外の世界から来たようだけど、違うかしら?」

「はい、そうですけど・・・」

「なら外の世界のことも教えてもらえそうだし特に私にデメリットはないわね。私に一声かけてくれるならここにある図書も自由に借りていっていいわよ。ただし読書中は邪魔しないでちょうだい」

 ここでやっと魔法が解けたように話し出す咲夜。

「でも・・意外ですね。パチュリー様のことですから冷たく突き放すのかと」

「あなたの私に対してのイメージは時々間違っているわよ、咲夜。私は別に人間を底辺の種族だとは思っていないわ。もちろん愚かなものも多いけれど、この子は初対面の相手に頭を下げて挨拶をするくらいには礼儀もなっているようだし。機会を逃すほうが愚かでしょう?」

 どうやらこのパチュリーという魔法使いは冷静に物事を客観的に判断できる精神的に大人な人物のようだ。ただ友希としては付き合いにメリットばかり気にされるのはあまり気分のいいものではなかったが。

 レミリアが何か話し始めようとしたが、それよりも先にパチュリーが再び口を開く。

「で、用はそれだけじゃないでしょう? それだけならフランをここに連れてくる意味はない・・・違うかしら?」

「さすがねパチェ、説明が楽で助かるわ」

 ここから先の話は聞かされていないのか、咲夜と先ほど後ろから加わってきた小悪魔はそろってレミリアのほうに顔を向けている。しかし、友希とフランにはわかっていた。

そして、特に友希は自分の能力の理解もまだなのに、このままでは命にかかわることになるかもしれないのでみんなに判断を仰ぎたかったのだ。

「この広い図書館を使って、簡単な戦闘を行いたいの。そのためにパチェに許可を取ろうと思って」

 やはりその話題か。

友希は緊張で心臓を握られるような、そんな苦しい感覚を感じて胸に手をやる。

「・・・まさか、フランとその人間を戦わせるなんて言わないわよね」

「そうよ」

 友希の気も知らないで軽い物言いをするレミリア。そしてその発言に呆れ気味のパチュリーと理解できないでいる咲夜と小悪魔。

「ど、どういうことですかお嬢様⁉ なぜ友希さんが妹様と戦う必要が⁉」

「何を言い出すかと思えば・・レミィ。あなた冷静になりなさい」

 二人に間に挟まれたところで激しく首を縦に振っている小悪魔。

「みんな落ち着きなさい。この私が何の考えもなしにそんな無茶なことを言うと思うのかしら?」

「そうは言ってもね・・・」

 突然の思いがけない提案に頭を抱え黙り込むパチュリー。その様子を緊迫した表情で見つめる友希。

「友希がただの人間であることを考慮して、戦闘は弾幕ルールではなく弾幕と肉弾戦の混合よ。戦闘をする目的は二つ。『友希に幻想郷の厳しさを教えること』そして『フランの破壊衝動の発散』よ」

「もし本当に考慮しているのなら、人間にフランの欲の発散が務まらないことぐらいわかると思うのだけど」

 レミリアの説明のすきをついて呆れ気味に鋭く指摘するパチュリーだったが、すぐさまレミリアも反論する。

「パチェは知らないから当然よね~。この友希は、なんと水になる程度の能力の持ち主なの! つまり友希はただの人間とは違って、死なないのよ!」

「何ですって⁉」

 パチュリーが急に勢いよく立ち上がったことにより椅子が音を立てて倒れた。

その表情と瞳は驚きというより興味津々な子供のように輝いており先ほどまでの倦怠感はどこへやらといった感じだ。

 嫌な予感がする・・・。

 

 

 

「はぁ、何でこんなことに・・・」

 たくさんあった長机やいす、本棚はパチュリーの魔法によって綺麗に部屋の端に陳列し、完成した即席の簡素な闘技場の中でフランと共に向かい合って立たされている友希。

 どうやら友希だけではなくフランもこの決闘には納得がいっていないようで、もじもじと体をくねらせ目も泳いでいる。先ほど友希を襲ってきたときとは全く違うそぶりに、本当に自分を変えたいんだなと葛藤を感じた。

「あのー! ほんとにやるの⁉」

 ちょうど図書館の、外でいう一階のあたりの高さをぐるっと一周するように存在している、柵付きの見張らせる廊下。そこから見下ろしているレミリアに向かって再度確認をする。

「もちろんよ! これは必要なことなのよ!」

「パチュリーさんはさっき反対してくれたじゃないですか!」

 今度はその横のパチュリーにも助けを求めてみるが。

「ごめんなさいね、私の好奇心を止めることは誰にもできないわ。体が液状に変化するなんて、いったいどういった仕組みなのか。能力の全貌を早く知りたい!」

「そういうことよ。もしかしたらこの決闘であなたの能力のことがもっとよく分かるかもしれないじゃない。しっかりやりなさい!」

 交渉失敗だ。

 自分のためにやってくれているという一応の建前があるのであからさまには態度に表すことはできないが、それでも友希はドッと肩の力が落ちるのを感じざるを得なかった。

「浮遊する本棚、抑えきれない好奇心、ねぇ・・・」

「ん? 何か言ったかしら?」

「いや、何もない!」

 諦め、ため息をつきながらフランのほうへと向き直る。

 フランもそれに気づいたようで、うつむきながらも友希のほうへと顔を向けた。

「もうどうにもならなさそうだけど、戦うっていったいどうすれば? 俺はいいとしてもさすがに女の子を殴るわけにはなぁ」

「やっぱりやめようよ。きっと止まらなくなるよ、私・・・。友希も壊されるの嫌でしょ?」

「いざとなったら止めに入るから心配はいらないわ!」

 早く始めろと言わんばかりの大声で反応するレミリア。

 それに対して友希は「だったら今すぐこのバカげた状況を止めてくれよ」と心の中で全力でツッコミを入れる。

「だそうだ、フラン。俺さっき部屋で言ったよな。我慢できなくなったら俺で解消すればいいって。その言葉に嘘はない。俺は水になってどんな攻撃も受け流せるからな! ・・・多分」

 そう言って友希は自分の身体をパシャンとはじいて見せる。

 とはいえいったいどういうタイミングで水になれるのか、または生身に戻れるのかははっきりしていないことを忘れているわけではない。

 一瞬よぎった最悪の想像を払拭するように、思い切り頭をかきむしり必死に心の緊張を落ち着かせようとする友希。

「だから、思い切りやれ!」

「・・・わかった。私、頑張る・・・!」

 先ほどから動揺していたはずのフランだったが、覚悟を決めたのか肩幅ほどに足を広げて腕をだらりと脱力させる、なんだかやばそうな構えをとってみせるのだった。

「・・・・・」

 相手が相手だということもあるが、それ以上に見られている緊張感がすごい。

異世界での本格的な戦闘というただの高校生には未知の領域への恐怖も相まって、痛いほどの静寂が友希と図書館を包み込んでいた。

 そして、そんな空間に触発されるように友希もゆっくりと構えをとった、まさにその時だった。

「・・・っ⁉」

 何が起こったのか、あまりにも一瞬のことで友希は理解ができなかった。

 気合を入れて、構え、しっかりと眼前のフランを視界にとらえたその瞬間、とてつもない勢いですぐ目の前までフランが迫ってきた。そしてその一瞬、迫るフランの表情は完全に獲物を狩る猛獣のそれだった。

見開いた眼から覗くスカーレットの瞳、不敵に笑う口元、狂気に満ちたその顔を見た途端、友希の身体は考えるよりも先に逃げるという選択肢を選んだ。まさに本能が行動を起こさせたのだ。

しかし、フランの強襲を知ることができたとはいえ、それでも人間の避けられるようなそんなちんけなスピードではない。

勢いで吹き飛ばされ、転げる友希の右腕はまたしても肩からえぐれるように吹き飛んでいた。

「っはぁ! やばい!」

 予備動作なしでの急な回避によりびっくりした心臓をなだめるように急いで深呼吸を体にかける。そんな友希をさらに追い詰めるようにフランの第二撃がすぐさま襲い掛かろうとしていた。

「へえ、まさか本当に水なのね。すごく興味深いわ!」

 友希の気持ちも知らず呑気に感嘆の言葉を漏らすパチュリー。

 友希は友希でフランとは別に自分の身体がいったいいつ急に戻ってしまうのか、心配で仕方がなかったが。

「あははははははっっ!」

「うおおっ!」

 再びフランが友希めがけて狂気の表情で襲い掛かる!

 友希もそれに合わせ回避を試みるが、やはり体が速度についていかず攻撃の一端を受けてしまう。

 何とか目で行き先を追うことはできる、何とかできるのに、体が対応できない。もどかしすぎるっ。

「何とか腕を回復させないとっ」

 以前の教訓から思い切り床に欠損部分を押し当ててみる。が、回復もしなければ沈み込む様子もない。

「水が必要なら無駄よ。この空間には水はおろか水分すら存在を許していないわ。だって本に水分は天敵だもの」

「そゆことね! 納得しましたあぁぁぶなっ!」

 狂気の吸血鬼が縦横無尽に飛び回るこの空間では腕がないなんて命とりすぎる。

 フランの猛攻を必死に避けつつ(よけきれてはいないが)咲夜へと呼びかけを試みる友希。

「咲夜さん、お願いします水ください!」

「すみません、午後のために用意しておいた紅茶しかありません! それに・・・」

「友希! 戦闘中に誰かに助けてもらおうなんて、実戦じゃ通用しないわよ!」

 確かにそうかもしれない。だが友希はもう我慢ならなかった。

「このままじゃすぐやられる! そうなったら発散させるのも厳しさを教えることもできないだろ! 頼む!」

 厳しさに関してはすでに身に染みているつもりだがそれはこの際置いておこう。

「あっ!」

 飛び交うフランの攻撃が友希の左足を勢いよく切り裂いてゆく。そして両足もズタズタになっていくせいでまともに立つことすらままならないのだ。

 その様はまるで鳥に襲われる赤子のように痛々しいものだった。

「お嬢様!」

「~~っ、仕方がないわね!」

「どうぞ友希さん!」

 上階から友希めがけて午後のための紅茶を盛大にぶっかける咲夜。

 あたり一面に紅茶の橙赤色と澄み渡るさわやかな香りが広がる。

友希はすぐさまその紅茶に這いずり体からすべて吸収し、中身の欠如したすっからかんの制服の中に少し色のついた胴体を生やしていく。

自分で想像してもなかなかにグロテスクだが今の友希にそんなことを気にかけている余裕はない。

「うう、空中にほっぽり出されて襲い掛かられて紅茶ぶっかけられるって、こっち来てからさんざんすぎるだろ⁉」

「友希さん、頑張ってください!」

「あ、は~い!」

 咲夜の可憐なるエールに気分を良くしたのもつかの間、上層階にいる咲夜を見上げた友希の目に映ったのはそれだけではなかった。

「えっ、星⁉」

図書館の暗い天を覆う無数の色とりどりの光球。とその中にフラン。

その大文字に広げた四肢を勢いよく振り下ろした次の瞬間。

「まずいっ!」

 一斉に無数の光球が友希めがけて雨のように降り注ぐ!

「いっけぇぇぇ!」

「うおぁぁぁぁぁ‼」

一層無邪気なフランとは対照的に出したことのない音域の断末魔を上げる友希。

とにかく走ってはみるものの雨が避けられないのと同じように、上を見上げながら猛スピードで迫りくる光球一つ一つを避けるのには無理があった。またしても少しずつ少しずつ体を削り取られていく友希。

(これが弾幕ってやつか! とにかくどこかに隠れないと、あっという間にお陀仏だ!)

 ここで前に向きなおる友希だったがまたしても思いがけないものを目にしてしまう。

 まるで友希を捕らえんとする虫かごのごとく、きれいに網目を形成する弾幕群がそこにはあった。

そして格子の大きさや角度を変えながら迫りくるい、しかも気づかぬうちに四方八方を完全に包囲されてしまっていたのだ!

「禁忌『カゴメカゴメ』‼」

「行くしかないか!」

 これ以上逃げ回っていても何も好転はしないと意を決して真正面に飛び込み弾幕の間を縫わんとする。しかし、不慣れなことに加え特殊な動きを繰り返す弾幕に悪戦苦闘し、全身に食らってしまい体が吹き飛ばされてしまった。

 ばらばらに飛び散る水片を必死に吸い集めながら、勢いそのままに端に連なる本棚たちの中に飛び込む友希。

「っはぁ・・はぁ、きっつい!」

 咄嗟に移動させられ窮屈に立ち並ぶ本棚の隙間に置いてあった机の下に身をひそめ様子をうかがう。

フランはどうやらかくれんぼが始まったと思い徘徊を始めたようで、そう長くはもたないことを感じ取り段々と焦りが募っていく。

(心なしか体が重くて動きづらいような・・・。しっかりしろ俺、どうすればいいか考えろ)

 本来ならば外の世界で発揮したかったほどにぐるぐると高速で思考を巡らせる友希。

(そうだ。まだわからないことだらけのこの能力だけど、何か他に応用できることは?)

 不意に両手を前に出し、まじまじと観察してみる。

 するとあることに気が付いた。

能力のおかげで友希の体がうっすらと透けており、先ほど体中に浴びた紅茶の茶葉かすが水中と化した体の中をゆっくりと浮遊している。

(体が濁るって、なんかごろごろするな。体の中に不純物が・・・)

 友希の中で何かが引っかかる感触がした。

それから少しして。

「う~ん、鬼ごっこは楽しいけど、もう飽きちゃった。全部壊そうかなぁ、そうすれば探すのも簡単だし、もしかしたら死んじゃうかも。あはは」

自我は保っているようだが、それでも狂気の表情は絶やさないフラン。外の世界の感覚だとどうしてもわざとやっているんではないかとすら思ってしまうほどだ。

「まずいわ。いくら私の結界が張ってあるとはいえ、フランの能力となると結界ごと破壊されかねない。あの子も隠れたままだし、やっぱり無理だったのよ」

 さすがにしびれを切らしたのか、パチュリーが出した終了の提案をまだ納得がいかないような表情で思案するレミリアだったが・・・。

「まだですパチュリー様! あれを!」

 声を張り上げる咲夜の指す方を一斉に凝視すると、そこには何やら様子の違う友希の姿があった。

「・・・・・」

フランの後方にたたずむ友希。

「いったい何を・・・?」

 謎の行動に不思議さを隠しきれないパチュリーの目に映る先で、友希は大きく深呼吸をして見せる。そして。

「ふっ!」

 急に体を委縮させたかと思うと、友希の身体から大量の蒸気のようなものが一気に噴射されていく。

「あれは・・・もしかして、やはり友希の能力にはまだまだ可能性が⁉」

 若干興奮気味になるレミリアを尻目に目を丸くしている他一同。

「すご~い! 何が起こるの⁉」

ただ自らの知りえない何かが目の前で起きていると好奇心を掻き立てられ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねながらさらに高揚した表情をするフラン。

「⁉」

 だが、傍観していた者のみが気づいていたのだ。

 蒸気のほうを見ているフランの背後空中で、睨みつけ、振り切れんばかりに湾曲した友希の右足がフランを捕らえていたのを。蒸気の中はすでにもぬけの殻だった。

「きゃぁっ!」

 直撃だ。人間技とは思えないくらいに、恐ろしく早く鋭い蹴撃がフランを襲う!

「・・・っ‼」

追われ続けていた友希の反撃が、今始まる!

 

第六話 完

 




この話を見て「最高」だと言ってくれた心優しい方、「最低」だとおっしゃる目の肥えた方、また評価する程の事でもないというお忙しい方の皆々様。何はともあれこの話を見てくださってありがとうございます。作者のシアンです。

今回初めて後書きを添えてみましたが、とりあえずひとこと言わせてください。

「最後のは某海賊マンガのギア○○ではありません!」

参考にしていないと言えばうそになりますが、友希の強化や考えはできるだけ差別化しているつもりです(汗)。もちろん今回も今後も。

初めてなので少し長く話してみますが、「自分の頭の中の想像を何とか形にして誰かに届け楽しんでもらいたい」そう考えて始めた二次創作小説の投稿ですが、なにぶん自分に文章力がない! 自分で納得のいくように描写できなかったり皆さんに思いどおりの絵や感情を伝えきれている自身もありません。これは小説の評価にも直結するはずです。
さらに追い打ちをかけるように小説を書く時間が全然ないのです! 自分がまだ学生であるということもあって学業だけで一週間に何日も徹夜をする始末。
自分でいうのもなんですが想像力には自信があり、もうすでに頭の中には大量の設定や話のアイデアが溢れかえっているのですが、それに対して出力があまりにも遅すぎると頭を抱えています。
しかしながら想像し書き出し現実に産み落とすこの作業は今の自分の支えにもなっているのでやめたくはないのです。

今はまだ不完全な話の内容で不快に思われることも多いかと思いますが、どうか暖かい目で見守ってやってください。だってまだ仮面ライダー出てきてないもん! そこがある意味メインだもの! 
きっとこの先友希の辿る物語はもっと面白く刺激的なものになることでしょう。(プレッシャー)
まだ皆さんからの評価を見るほどのメンタルはありませんが、それでも一生懸命物語を紡いでいきたいと思います。これからも東方友戦録をよろしくお願いします。

ご傾見ありがとうございました!


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第7話 逆襲のハイドロマン

狂気の吸血鬼の圧倒的な力の前になすすべなく逃げ回ることしかできなかった友希だが、謎多き水の能力の力の一端により覚醒し格段のパワーアップを遂げた様子。両者相手の動きにに探りを入れながら戦うが、その無茶苦茶な力のぶつかり合いに紅魔館は悲鳴を上げる。その場にいる皆が固唾を飲んで行く末を見守る中、あまりにも特異な力には何かしらのデメリットが付きまとうことに友希は気づいていなかった。


7・逆襲のハイドロマン

 

「おらぁぁっっ!」

 思い切り振りきった右足が横腹を直撃し、勢いよく地面を転がってゆく吸血鬼フランドール・スカーレット。

 目の前で起きたことに理解が追いつかないのか、パチュリーや小悪魔、咲夜、レミリアまでもが呆然と口を開けながら目を丸くしてその光景を凝視する。

「よぉし、できた! 成功っ!」

 攻撃を終え地に降り立った友希の身体はうっすらと透けて、正確には何のよどみもなく澄み切っており、図書館につけられたシャンデリアの光を受けてキラキラと眩く閃光を放っていた。

「えっ、何⁉」

 同じくフランにも状況がうまく呑み込めていないようで、起き上がるやいなや首をキョロキョロとさせ混乱している。

 と、ここで我に返ったレミリアたち。

「今・・いったい何が起きたというの? 人間業にはとても見えなかったのだけど・・・」

「蒸気に気を取られていて見ていませんでした」

 魔法使いのパチュリーでも一目見ただけではその正体に気づくことはできなかったようだ。

「友希さんの能力は水になる能力ではなかったのですか、お嬢様⁉」

「詳しいことは私にもわからないわ。でも、実態変化なんて見たこともない特殊な能力なんだもの、何か秘密があってもおかしくはないはずよ! そしてあれがその片鱗に違いないわ!」

 自らの思惑どうりと今までに見せたカリスマあふれる?言動は一変して無邪気に興奮するレミリア。

「でも人を本気で蹴るのってなんかいやだな。でも、やらないとまずいよなぁ・・・」

 友希自身は全くもって好戦的な性格などではなく、はしゃぎはするがクラスの中ではどうも目立ちきれない、そんな普通な性格の人間だ。もちろん誰かを蹴り飛ばしたり暴力をふるうことなどしたことがなかった。

 ましてや相手は吸血鬼と言えど女の子である。いくらこの世界のルールとはいえ、友希にはどうしてもまだ踏ん切りがつかないでいた。

「だめだ・・しっかりしろ俺っ。やらなきゃやられる!」

 勢いよく両手で顔をぬぐい気合を入れなおす。が、そのすきを見逃さなかったフランはその瞬間をつき一気に友希の懐に飛び込んできた!

「・・・!」

 だがそれも鈍く輝きを放つ今の友希には無意味だった。

「あぶねぇ!」

 先ほどとは違い、余裕をもってよけきることに成功したのだ。そして瞬時にフランのがら空きの腕をつかみ思い切り反対方向へと投げ飛ばす。

「うぅ、まだまだっ!」

 投げ飛ばされた勢いを相殺するようにフランは羽を広げて空中で急停止。

 だが再攻撃の構えをとる間もなく、すでにフランのもとに友希の猛追が迫っていた!

「はぁっ!」

 再びふりぬかれる友希のこぶしに、後退して避けるほかないフラン。だがいくら退こうとも、もはや人外のスピードを手にした友希の猛攻に対し状況は全く変わらない。

「ふっ! はっ! はあぁぁっ!」

 全く予想外の出来事に戸惑いが残っているのか、フランはうまく攻撃にまわれないでいた。

それに対し友希は、はじめは勢いあまり空振りそうでいたが、着々とその力の感覚をつかみ自分のものへとしつつあった。

 しかしながらこの力のことは友希自身にも全くよくわかっていないことには変わりない。

 先ほど机の下に隠れているとき、ふと頭の中をよぎった体から不純物を完全に取り除くという考え。

紅茶を浴びてから妙に体が重くなったように感じたことからヒントを得て実践してみたはいいが、まさかこんなにもうまくいくとは思ってもみないことであった。

 今の不純物をを取り除いた友希には世界がまるで違うように見えており、今まで目で追うことがやっとだったフランのスピードも、大人の人間が全力で走るより少しだけ素早く俊敏に動いているなぁ程度の感覚で目視できるようになっていた。それは視覚だけではなく友希の五感全ての能力が高められており、より正確に動き跳び避ける、格段の身体能力の向上を感じていた。

 ここで状況を立て直すためか、フランは空中高くに飛翔してこちらを見下ろしてきた。

「・・・っ楽しい! 楽しい 楽しいっ!」

 フランの表情は高揚感や無邪気さだけでなく、今までに見せたどの狂気の表情よりもとびぬけて恐ろしいものがあった。それは友希の心に生まれたひと時の安心を再び死の恐怖のどん底に叩き落すほどに・・・。

「ねぇ、もっと遊ぼう! いっぱいいっぱい壊してあげるっ!」

 瞬間、フランの周りにまばゆく輝く大小さまざまな光球が浮かび上がり、そのそれぞれが隊列をなし、たくさんのきれいな模様を描きながら飛散してくる。

その弾幕はもちろん友希のところにもかなりのスピードで飛来してきた、というより半分ほどが友希をめがけてであった。

「禁弾『スターボウブレイク』‼」

「・・・!」

 しかし、友希に焦りの表情はない。

 なぜなら、今の友希は先はどの友希ではないから。

本気でないかもしれないにしろ、フランのスピードを目視でかわすことのできる今の友希にとって弾幕をかわすことなどいともたやすいことであった。

 感覚的には通勤ラッシュの人混みの中を、人の流れに逆らってよけながら進むようなもの。

「ほっ、はっ、そいやっ!」

まるで踊りのステップを踏むように、冷静に弾幕の隙間を見極め淡々と避けて徐々にフランへと近づいてゆく。

「すごいですね。さっきまでとはまるで動きが違います。飛べないというだけで霊夢に似たものを感じます」

 いかにも感嘆という顔を浮かべて話す咲夜。

「あら、私が友希に負けるなんてありえないわ。フランだって少し戸惑っているようだけど、まだまだこんなものではないわ。ああなったフランはなおさらね・・・」

「大体、咲夜だって人間にしては異常よ」

 そんな会話をするレミリアたちを差し置いて、友希とフランの戦いはますます激化してゆく。

「うおおおおおっっ‼」

「たあああああっっ‼」

 的確に、その攻撃の一つ一つに殺気をまとわせ、全力で狂乱し猛威を振るうフランドール・スカーレット。

 得体のしれぬ異常の力を振りかざし、見様見真似の攻撃をただひたすらに考え、貫き、安寧を得ようとする一夜友希。

 二つの力のぶつかり合いは、レミリアたちにどこか鬼気迫るものを感じさせた。

「・・・っ、重くなってきた!」

 激しく動き回ったせいか、友希の身体は再び空気中の塵やホコリが付着し身体能力向上の効果が切れてきていた。

 それに加え、今までにしたことのない激しい戦闘が長引いていることにより友希の体力にも限界が迫っていたのだ。さらに言えば、ずっと緊張感に晒されていることで本能的な焦りも隠し切れなくなってきてもいた。

「そろそろ決めるか・・・!」

 そうつぶやいたのをフランは聞き逃さなかった。

「まだまだ遊び足りないよ!」

大きく振りかぶった強烈な一撃が友希を襲う・・・ことはなく、すでに跡形もなく姿を消していた。辺りには少量の蒸気が。

「もぉ~、また⁉ もうかくれんぼは飽きたぁ!」

 そう言うとフランは今まで以上に大量の不規則の弾幕や激しく大暴れをかます。

 しかし、友希の姿はどこにも見当たらない。誰も逃げたとは思わなかったようだが、完全に消え去っていた。

「友希の気配はある。少なくとも図書館から出てはいないようね」

「だとしても今更隠れて何の意味があるというの? あの調子だとそろそろ限界そうだし」

 暴れまわりホコリを舞わせるフランの様子を曇り顔で見下ろしながら、パチュリーは友希の行動に疑念を持つ。

「皆さん、あれ何でしょうか?」

「・・・?」

 久しぶりに口を開いた小悪魔の言葉に気づき、その指すほうへと一斉に顔を向けてみる。

 そこにあったのは、無色透明のチューブのようなもの。さらにそれが部屋の隅を這うようにして扉を抜け、外へと続いていた。小悪魔は光の反射でそれに気づき、みんなに知らせることができたらしいのだが。

 しかしフランには見えておらず、依然として暴れまわっている。

「そろそろ私の張った防御魔法も切れそうなのだけれど・・・」

 先ほどから激しい戦いが行われているというのに周りの本棚や床に全く傷が入っていないのは、魔法使いパチュリー・ノーレッジの防御魔法をこの図書館全体に付与しているからである。魔力の継続消費に加えフランの弾幕や突進を耐え続けているため、防御壁を維持しておくことが難しくなってきたようだ。

「そうね。もう友希の力も見れたことだし、十分かしら」

 フランの過剰なまでの暴走を見越してか、チューブの謎など忘れたように足早に切り上げようとするレミリア。だがしかし、その瞬間に視界の端に映り込む一人の影が。

「こっちだ! フラン!」

「・・・っ⁉」

 大声で叫び声をあげる友希のもとへ一斉に視線が注がれる。

 高くそびえる本棚の上で勢いよくフランめがけて走りだす友希。そしてその後方へ果てしなく伸び壁にめり込んでいる友希の腕が、徐々に・・徐々に・・引き抜かれ、次第にその全貌があらわになる!

「・・・これは‼」

「えっ⁉」

「ふんぬぅぅぁあああ‼」

 一同は驚愕した。

 この大図書館を埋め尽くさんとするかのごとくそびえる、おそらく水でできているであろう超巨大な塊。見た目は拳とは言い難いいびつな塊だがこんなもので殴られたらただでは済まないだろう。

「こんなに大量の水、いったいどこから⁉」

 今までの冷静な姿からは想像できないほど困惑し取り乱す咲夜。

「ちょっと待って・・・。そうか・・そうよ! さっきのチューブの伸びていた扉の先には妖精の湖がある! それが友希の狙いだったのよ!」

 妖精の湖とは紅魔館に来る途中に沿ってきたあの湖のことである。そして、友希はその湖から姿を消していた間ずっと、水のないこの大図書館に、もとい友希の身体にひそかに水を供給し続けていたのだ。

「うおおおおおおお‼」

 全身に意識を集中させ、力を込めて再び全身から大量の蒸気を発する。

 重みにより落ち行く巨大な腕の塊を、そうはさせまいと勢いに任せ引き寄せ、友希はどんどん加速していく。

「まずいわ! パチェ、今すぐ魔法の強化を!」

「うう・・無茶ぶりすぎるわよ・・・」

 苦しそうに全身を震わせボソボソと詠唱を開始するパチュリー。

「・・・っ!」

 頑張ればよけきれないこともないだろうに、かかってこいと言わんばかりに苦笑しながら、両腕を前に受け身の体制をとるフラン。

 その強大な一撃へのすべての体制が完成したその時、想像を絶する友希の重い拳が炸裂する!

「くらえぇっっ!」

風を切りうなりをあげながら迫りくる巨大な塊が、ついに狂気の吸血鬼を芯にとらえた!

そして、そのままの勢いでフランと共に壁に激突、大量のしぶきが爆発四散しあたり一帯にはじけ飛ぶ! そしてその残骸は再び波となり、まるで豪雨のように大図書館全体に降り注ぐのだった。

同時にその衝撃で館全体がグラグラと振動を起こしていた。

 友希は戦いの中で、図書館全体に何らかの防御がなされていることは大体予想できたので思い切りかましたのだが、それでも館の状態や皆の慌てようを見て少しやりすぎたのではないかと心配と後悔の念がよぎった。

 それからしばらく、衝撃の余韻としぶきでできた霧によりとても図書館だとは思えない荒れた様相が続いた。その中心にはただ辺りを見渡して呆然とする友希の姿。

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

 起死回生を狙った一撃を放ち終えた友希は、その疲労と達成感に苦渋の表情を隠しきれず肩で呼吸をする。ゆっくりとフランのもとへと歩を進めてみるが、なぜか足取りはおぼつかない。

「お嬢様、大丈夫ですか」

 友希の起こした水しぶきを頭からかぶったレミリアだが、なぜか予想以上にヘロヘロになっていて気に掛ける咲夜。

「・・・彼の力のこと、少しわかったわ」

 ゆっくりと起き上がりながら声を絞りだす。

「今の友希は、体の中にあるありとあらゆる水以外の不純物をさっきの蒸気に乗せて取り除いたのね。その証拠に、友希の水をもろにかぶった今の私は、とても・・・弱っている!」

「純水ですか・・・?」

「ええ、まったく忌々しいわ。わかっていれば避けてやったのに・・・。というかなんでにとりは何もしないのよ! 守りなさいよ! 能力で操って!」

「いやぁ、咄嗟のことで自分を守るのが精いっぱいで・・・」

申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げるにとり。

 手すりにつかまり、息を荒げながら戦いの行方を見守ろうとするレミリア。

 そして、レミリアが純水により弱っているということは・・・。

「ははは、はぁ・・・はぁ・・・」

立ち上るしぶきの霧の中から、同じく息を切らしながらたどたどしい足取りで現れるフラン。

 弱々しく見える姿とは反対にフランの表情にはまだ余裕があり、友希には未だに殺気が感じられた。少しでも終わりを確信した自分の浅はかさに情けなくなる。

「ぜっっっっっったい、許さない‼」

 先ほどまでかすかだった殺気が再び爆発し、友希に向けられたあまりにも鋭い眼光はそれだけであとずさりしてしまうほどであった。

 しかし、友希の様子がおかしい。

 今までのような平然さが感じられず、うつろな目でフランを見ていた。さらには、構えて開いた両足もかすかにふるえて定まらないでいたのである。

 大きく翼を広げ今にもとびかかってきそうなフランに危機感を感じているにもかかわらずうまく力が入らない。

「禁忌『フォーオブアカインド』‼」

 フランが何かを叫んだのは聞こえたが、頭が回っていないのでそれにすらも反応を見せない友希。いつの間にか体もいつもどうりの状態に戻っており、鈍い輝きも失われていた。

 迫りくるフランをただ見つめ、息も整っていない様子である。

(おかしい、力が入らない。どうすれば・・・)

 全然考えがまとまらない。しかしだ。

 まず対処すべきフランのことが考えから完全に消え、そしてとても遠くの何の変哲もない本棚の間にググッと何かを感じ気になって仕方がかくなってしまった。

(なんだ、人が・・?)

 そこには何者かの影があり、ゴソゴソとうごめいて何かをしているのが分かった。

 なぜこんなにも遠距離で存在に気づくことができたのか。なぜだかわからない。

何となくの違和感が友希の視線を急激にそこに注がせたのだ。

「あっ・・・」

 ふと我に返った時にはもうすでに遅かった。

 爪を立て、友希に向かって勢いよく振りかぶるフランが、すぐ目の前まで迫ってきていた。

 しかもその姿はいくつかに分身したように複数体見える。

 何か幻想郷らしい超常的な力を使ったのか、ただの友希のめまいがそう見せているのか、そんなことはもはやどうでもよくなっていた。

 あまりの疲労感とその恐怖から、全身の力が抜けてゆく。

 そんななか友希は最後の力を振り絞り、先ほどからこちらから見えている得体の知らないものに向かって腕を伸ばして苦し紛れの水鉄砲を手から発射する。

 そして、力尽きその場に倒れこんでしまった。

「・・・‼」

その際驚いたことに、襲い来る四体ものフランの攻撃を倒れこむ途中友希はすべて避けたのだ。

 しかし驚いたのもつかの間、当然ながらフランたちはすぐさま床の上の友希に対して再度全員で攻撃を仕掛けようと爪を光らせる。

「咲夜!」

「はい!」

 まさに間一髪だった。

 フランたちの強烈な一撃はすでに地に到達しており、寸でのところで咲夜により友希は救出されていた。その間まさに瞬きよりも早く、常軌を逸したものだった。

「小悪魔!」

 間髪入れずに長時間にわたる魔力消費で完全に動けなくなったパチュリーに代わってレミリアは小悪魔に指示を出す。

 次の瞬間複数の魔方陣が計四人のフランを囲い込み、電撃によるものと思われる強制拘束を開始するのだった。

それにあてられると見る見るうちに四人のフランが再び一つとなりその場に伏せてしまう。

 一瞬のうちに様々なことが起こり終息したことで大図書館の高まった緊張の糸がほどけていく。

「・・・?」

 しかし今度はドタドタと大きな足音がどこからともなくこちらに近付いてくるではないか。

 不思議そうにレミリアが先のドアに目をやると・・・。

「いったい何事ですか、パチュリー様!」

 突き抜けんばかりの勢いで扉をぶち開け出てきたのは門番の紅美鈴だ。

「お嬢様と咲夜さんまで⁉ まさか敵襲⁉」

 おそらく先ほどの友希の巨大な一撃による衝撃を感じ、焦って駆け付けたのだろう。その顔色は真っ青で、額には大量の汗をかいている。

 訂正しようとレミリアが声をかけようとするも、なぜだかすぐさま美鈴の視線はレミリア達とは別の奥の本棚に注がれてしまう。

 それもそのはず、そこには紅魔館組には見覚えのある金髪ロングで白黒の衣装を身にまとった人間の姿があったのだから。

「あっ! 魔理沙さん!」

「くぉぉ、痛たたたた・・・」

 何があったのかとても痛そうに頭を抱え込みながらその場にうずくまっていた。

「あぁっ! 魔理沙! あなた性懲りもなくまた本を盗みに来たのね⁉」

 その場によろよろとパチュリーも駆けつける。

「さっき友希の打った弾幕はあなたを狙ったものだったのね」

「だっ、だから! 盗んでるんじゃなくて、しばらく借りておくだけだぜ!」

「じゃあ何でこそこそするの?」

「うっ、それは」

 うつむき加減でだんまりを決め込む魔理沙という少女。

「やっぱり盗みじゃない!」

 先ほどまでの威勢はどこへやら。逃げられないと分かってか自分から正座しながらシュンとしてしまった。

「なんだか私が出てこなくてもよかったみたいでほっとしました。一時はどうなることかと、ハハハ」

「何を笑っているのかしら?」

「ハハ・・ハ・・・」

背後から忍び寄る咲夜に左肩をわしづかみにされる美鈴。

「またしてもネズミの侵入を許して・・・、やっぱり門番の仕事さぼってるじゃない」

「・・・・ス、スミマセン」

 紅魔館の人々及びその他人間と妖怪が一堂に会し、先ほどまでの殺伐とした雰囲気もすっかりなくなっていた。

 フランも疲れが相まってか、電撃によって気絶してその場に倒れこんでしまっている。

 幻想郷を生き抜く難しさを知らしめさせ、友希の秘密を暴くための激しい戦いは、勝敗がつかずじまいでの決着となったのだった。

 

 

 

第7話 完

 




どうも、今回も最後まで読んでいただき誠にありがとうございます、作者のシアンです。
今回のお話を書いている中でやっぱりどこかで見たような展開や技だな(一貫して友希が)としみじみ感じていました。東方や後に出てくる仮面ライダーに似た展開や話はある程度オマージュとして許容していただきたのですが、それ以外の作品の影が見えるような話には個人的にもしたくはないのですが、初めの辺りは仕方がないのかもしれません。

と言うのも実は、この先も含めて物語の初めの部分は五年も前に考えられたものなのです。今現在も学生という身分でこの小説を書いていますが、ともなれば五年前と言うのは今以上に若く非常に未熟な状況でありまだ物事に対する考えもしっかりとはしていなかったでしょう。そんな状態で想像した物語だからこそ内容にかなりの悪点が見受けられる(少なくとの私自身はそう感じています)のです。しかもアイデアはすべて紙に書いたりするのではなく頭の中に置いておくだけにしていたものですから要はめちゃくちゃフワフワした物語のようになってしまっている。

一応この場で書き出しているときにしっかりと修正をしているつもりなのですが、いっちょ前に伏線や前後のつながりを意識していたせいで変えようにも変えられない事態に陥ってしまい頭を抱えている次第です。

物語の行く先自体は全く変わっていませんが、中身の細かい部分で全体の質が決まってくると思っていますのでできるだけ読み手の皆さんにとって引っかかる部分の無いようにしたいのです。

ただこの点に関しては私の力量不足としか言いようがありませんのでこれからも意欲的に改善していきたいと考えています。何卒よろしくお願いします。

今回の後書きも結構長くなってしまいましたね。
今後も未熟ながら一生懸命物語を紡いでいきますので不束者ながら皆さん楽しんでもらえると幸いです。
次回は紅魔館を抜け新たなる場所に向かうみたいです。そこにはまたしても「姉妹」がいるようで・・・。

ご清見ありがとうございました!


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第8話 読心地獄少女S

幻想郷にきて間もないうちにこの世界のルールと向き合うこととなった友希だったが、深く考える余裕もないまま再びレミリアの計らいによって次に向かったのは何とも不気味な雰囲気が漂う地底空間。友希は案内役の魔理沙を連れて聞いた通りの館を目指し行動を開始するのだが、まさかのトラブルに遭遇してしまい見知らぬ土地で一人はぐれてしまうのだが・・・。


8・読心地獄少女S

 

 あのフランとの戦いの後、友希が再び目を覚ましたのはとある紅魔館の一室でのことだった。

赤を基調としたシンプルなベッドの上、窓の外から見える空の具合から推測するにおそらくそんなに時間は経っていないのだろう。

「んん、ここは・・・?」

「あ、気が付きましたか。体の具合はどうですか?」

 横からの声に顔を向けると、そこにはいすに腰掛けリンゴの皮をむきながらやさしく微笑みを漏らす咲夜の姿が。

「女神・・・」

「え? 今なんと?」

「いえ、何でもないです! 咲夜さんこそ何を?」

 ふとこぼされた微笑みを見た率直な感想を恥ずかしながらに濁し話題を変える友希。

 大げさなどではない。その美貌やすでにある友希の咲夜に対する好意が拍車をかけ、「こんな美人に看病してもらえるなんて」と心の底から幸せが込み上げてくる。友希にとって初めての気持ちだ。

「覚えていらっしゃいませんか? 友希さんはあの模擬戦の後気を失ってしまわれていたんですよ」

「・・・もしかして、今までずっと俺の看病を?」

 失礼ながら友希の脳内はずっと看病のことで頭がいっぱいである。

「はい。リンゴいかがですか?」

 もうほんと天使。

 差し出されたリンゴと笑顔にまたもや感想が心にあふれてしまう。

「ありがとうございます。でもすみません。リンゴ、アレルギーなんです。ごめんなさい・・・」

「それは失礼しました! すぐに変えのフルーツを・・・」

「だ、大丈夫ですよ! もう元気です! ほらっ!」

 看病してくれただけで感無量なのにこれ以上何か手を煩わせるわけにはいかないと思った友希はひたすらに元気をアピールして見せる。しかし実際にはそんなことはなく、まだめまいが少し残っていた。

「そうですか? では・・・」

 ゆっくりと腰を置きなおす咲夜。

「そうそう、友希さんが倒れた理由はおそらく脱水症状かと思われます。能力と症状を考慮するとそれが一番信憑性が高いかと」

 それを言われて初めて気がついた。

 どうりで周りに氷のくるまれたタオルが所狭しと転がっているわけだ。

 そして瞬間的にこの脱水症状を治す方法をひらめいた。それは実に単純、水を十分摂取することだ。

水になった状態で蒸気として出した分だけの水を体に取り込めば、おそらくは大丈夫だろう。

ただ毎回大量の水を飲まなければいけないのは難儀だが。

「そういえばフランは⁉」

「妹様なら大丈夫ですよ。今は疲れて別の部屋でぐっすり寝ておられます」

 それを聞いて友希はほっと胸をなでおろす。

 吸血鬼ならば特に心配はいらないとも思ったのだが、それでも慣れない戦闘を経験して力加減もわからずに思い切り殴ったりしてしまった。そのことに対する罪悪感や心配を募らせていたのだ。

「今は安静にされるのがベストでしょう。そういえば友希さんは今友達を作っているのですよね? またどこかに行かれるのですか?」

 唐突に咲夜から質問を投げかけられた。

「ええ、まあ。もう動けますしフランに声をかけてから、またにとりに案内を頼もうかと」

「あの、そのことなのですが・・・。実はにとりさんが先ほど紅魔館を後にされまして。何でもアイテムを作るとか?」

「あ、そういえば作ってくれるって言ってたっけか・・・」

 アイテムとはいったい何の話なのか。咲夜にはよくわからなかったがにとりが作るものはいつもよくわからないので特に気にも留めなかった。

「友希さんは幻想郷に来たばかりでお金の持ち合わせもないと聞きましたが」

「・・・確かに、お金がないと何にもできない。・・・どうしましょう」

アイテム云々の他にもにとりは友希の家も建てる計画をしていると早急に話していたのだ。そうなるとお金を払わないといけないだろうし、それ以前にお金がなければ生きていくことすらできないではないか!

身近にあった何よりも大きな問題だ。考えただけでも友希の額からは冷や汗があふれ出ていた。

「そこでですね、にとりさんからの提案なのですが・・・」

 何か言いたそうに口ごもる咲夜。そして友希はそれを不思議そうにのぞき込む。

「もしよろしければ、この紅魔館で執事として働きませんか?」

「・・・!」

 思いがけない提案に目を丸くする友希。

「お嬢様もこの提案には賛成してくださっています。・・・どうでしょうか?」

 正直、友希にはこの提案を断る理由など何一つとしてなかった。

 お金が必要なのは言うまでもないが、執事という言葉からの連想や咲夜の仕事をちらほら見ている限りでは、館内の清掃、食事の準備などが主な仕事だろうと予想できる。

レストランの接客などお金や人との積極的な対応がないのは友希にとってありがたいことだったから。

 そして何より咲夜と一緒にいられることに胸を躍らせていた。もちろん公言はできないが。

「ぜひ! お願いします!」

「本当ですか⁉ よかった! あっ、すみません、大声をあげてしまって。じ、実は男手も欲しいなぁと思っていたんですよ」

「そうなんですか・・・?」

 崩れてしまった髪形を整える咲夜と、うれしい話に頬を緩ませる友希。

「あー、何かめっちゃ安心しました。本当によかったです。そうすると、次はどこ行きましょうかねぇ」

「あの、そのことなんですけど」

 顎に手を添えて考え込む友希を見て、咲夜が口を開いた。

「お嬢様のご友人になら今すぐに連絡を入れることが可能です。少々気難しい方ですが、お嬢様からのご紹介とあらば大丈夫かと」

「へえ、いったいどこにいる人なんですか?」

「それが、少しわかりにくく。さらに友希さん一人で向かわれるとなると、さすがに危険すぎるかと・・」

 自らの提案に難色の表情を示す咲夜だったが、そこへ・・・。

「その心配はいらないわ!」

「「えっ⁉」」

 突然の声に二人して首を向ける。

 そこにいたのは、主役登場と言わんばかりに胸を張るレミリアと服の襟をつかまれ引きずられて来た、図書館にいたあの金髪の少女だった。

 おそらくパチュリーにかなり絞られたのだろう。金髪の少女はその頬を赤い手形に染め、目にはうっすらと涙を浮かべていた。

「魔理沙に同行させるわ。よって心配ご無用よ!」

「ん? 誰?」

 ドンと体ごと前に突き出される少女だったが、友希は気絶していたのでもちろん誰だか覚えているわけもなかった。何かを感じたあの時だって明確に存在を意識していたわけではなかったのだ。

 そのことが魔理沙という少女には頭に来たようで、涙にぬれた目を鋭くとがらせこちらを睨み叫んだ。

「お前に邪魔されてひどい目にあった普通の魔法使いだ! コノヤロー!」

 

 

 

 フランの様子を見てからみんなにあいさつをし、紅魔館を後にして三十分ほどが経っただろうか。

たどり着いたのは、大きく口を開けまるで吸い込むように冷気が流れ込む不気味な洞窟への入り口だった。

 嫌々に同行してきた自称魔法使いにに導かれるまま不安な気持ちを抱えながらここまで来た友希は、明らかにただ事ではない目の前の空間を見て全身の身の毛がよだった。

しかしそんなことはお構いなしにどんどんと奥に突き進んでいく魔理沙。

魔理沙は半ば怒り気味でさっさと用を済ませようというのが目で見て分かったが、それは友希も同じこと。何を話しかけても物調ずらでまともに会話すらしてくれない調子が続いていたせいで友希も段々腹が立ってきていた。

そんなにひどい目にあったのが気に食わないなら初めから泥棒なんてしなければいいのに。そう告げれば「泥棒じゃない。永遠に借りてるだけだ!」なんて訳の分からない理論を展開され、「こそこそしている時点で悪気があるじゃないか」と思ったもののこれ以上話しても無駄だろうと無理やり自分を納得させてきたのだ。

そんな少しの過去を思っていながらも友希たちは着実に洞窟の中を進んでいく。

そしてもっと不安なことにこの洞窟、向こう側へと抜けているのではなくどうやら下っていっているみたいなのだ。

途中井戸のような原型をした垂直降下地点やロッククライミングを彷彿とさせるほどきりたつ岩肌を慎重に下って行った。

となると地下のマントルか何かに通じている非常用通路なのかもしれないと、友希はまたしても言い知れぬ不安感に駆られるのだった。

それから十数分歩いたところでやっと出口がお目見えしたのだが、明らかに地下に下ってきたはずなのにそこからは暗めながらもしっかりと灯りが煌々と漏れ出しているではないか。

 というより、もとからレミリアの友人がいるところを目指して歩いて来たのだから先に何かないとそれはそれでおかしいのだが。

 先へ先へと進む魔理沙を追い悲鳴を上げる体に鞭を討ち一気に下へと駆け降りる。

 するとその先に広がっていたのは、ぼんやりとした暗がりの中で大量のちょうちんなどの淡い光により浮かび上がる地上顔負けの里の姿だった。

 多くは木造の建築物であろうか。一・二階建ての家や宿屋、飲み屋などが立ち並んでおり、里中には川までと流れている。

 地底なのだから当たり前なのだが日の光は注がれておらず、天を仰げばそこには鍾乳洞のように鋭く突出した岩が存在している。そこから不規則に滴り落ちる水滴は氷のように冷たく、肌に触れるたびに飛び上がってしまうほどだ。

 地底に広がる予想外の、不気味ながらも優美な風景にちょっとだけ感動しながら徐々に里中を歩を進ませる。

 しかし何かがおかしい。全く人の姿がない。

 どこかで宴会でもやっているのか笑い声が薄っすらと反響して聞こえるのみで見渡した限りではどこにも生き物の姿が見当たらない。

「なぁ、ここっていつもこんなに静かなのか?」

「んん? ああそうだな。暗くて湿っぽくて私はあんまり好きじゃない」

 奇妙な雰囲気を警戒しつつもただひたすらに魔理沙の後をついてゆく。

そんな中異変を感じたのは目的となる館を探して里のちょうど中腹あたりまで来た時のことだった。

 サササという謎の音が近づいてきたかと耳をすませてみれば、今度は風に乗って何か糸のようなものが顔にかかり驚いて咄嗟に払いのける。

この感覚は今までで一度は感じたことのあるもの・・・そう、クモの巣だ。

 ハッとして見渡すが、すぐ前方にまで迫っていたのは見るもおぞましい大きなクモの大群。それが地面や家の壁を埋め尽くしてこちらに進撃してきていたのだ。

 それを見るや否や友希はとてつもない叫び声をあげて一目散にクモに背を向け、確実に今までの人生の中で最速のスピードを出し薄暗い街道を全力で駆けてゆく。

 しかしながら中学を卒業してからしばらく運動をしていなかったせいですぐに息が切れてしまい、自分の怠惰を恨む。

だがだからと言って止まるわけにはどうしてもいかない。息も絶え絶えになりながら見渡しのいい大通りをがむしゃらに走り抜ける。

どこに向かっているのか分からず魔理沙の声もいつの間にか聞こえないが、それよりも今すぐにこの状況から抜け出したい。そんな時目の中に大きな石造りの館らしき建物が飛び込んできた。

その風貌はまさに紅魔館を想起させるもので玄関らしき広場には噴水が作られており、館の壁には温色でまとめられたステンドグラスがちらほらと見受けられる。

 クモから逃れるためにはスキマのない完璧に身を隠せる場所が必要だったとはいえ、その恐怖から友希は後先考えずに中庭を超えてその館の戸を引き中に転がり込んでしまった。

 高鳴り高速で鼓動する自らの心臓を手を添えてなだめる。

 それから冷静になり周りを見渡すと、外見だけでなく内装の床にまでステンドグラス調のデザインが見受けられ、洋館の紅魔館とは異なりどこかギリシャチックな薄暗い神秘的な印象を受ける。

 しかしながら魔理沙はいったいどこへ?

 友希も一心不乱に逃げていたので周りを確認せずに来てしまった。それゆえに魔理沙を一方的に攻めることはできないが、ナビゲーションを失った精神的負荷は友希にとって大きかった。

 普通に考えてこれでは不法侵入なのでとりあえず館から出ようと背後のドアに手を駆けるも、レミリア達からの情報によれば目指すべき目的地も紅魔館と同等の大きな館、地底の奥にたたずむ目を引くものだというのでこれかもしれないと思い、思い切って足を踏み入れていくことにした友希。

 内装は紅魔館でも感じたような似た廊下と部屋の繰り返しで、薄暗いこともあってかどうにも目が疲れ気がめいってしまうほどだ。

 ゆっくりと館内を進んでいるうちにたどり着いたのは、廊下の突き当りに現れた他のものとは違う二回りほど大きな扉。

 そのたたずまいから、おそらくこの館の主はここにいるのではないかと予想し、恐る恐る三回ノックを繰り返してみる。

 アポは取ってあるから大丈夫。自分は招かれた客人だ。と心に言い聞かせながら。

 すると中からとても静かな声で返事が返ってきた。友希はノックした身ではあるがその素直な反応に正直驚いた。

 恐る恐る扉を引き中に入ろうとする友希だったが、どうしてそうなったのか上半身が押し出されたような感覚に襲われ、思い切り中へ転倒してしまった。

 突然男が突入してきて地べたに横たわっているのだから、不思議のまなざしを送られるのは理解ができる。しかしそこにいた桃色髪の少女の目は、まるで理解できないものを見るかのようなとてつもなく冷ややかで蔑んだまなざしを友希に送っていた。

 これに友希は・・・傷ついた。

 

 

 

「と、これで全部よ。これが私の能力。他者から忌み嫌われ続けてきた力。どう? 怖い?」

「・・・・・」

 友希の目の前の少女は、今までの友希に起こった出来事をどういうわけか知っていたかのようにマシンガントークで復唱してきた。

 友希の前でやる気のなさそうな顔をしているピンク色の髪の少女の名は古明地さとり。そしてその能力は『心を読む程度の能力』であり、自身の身体についている赤い血管のような管と接続されている胸前の眼球のみの器官が関係しているのだろうか。ずっと友希のほうを見つめている。

先ほどの内容はすべて友希の心を読んで話していたのだが、どうやら本人はこの自身の能力に嫌悪感を抱いているようで、それはその振る舞いや言動から見て取れた。

 ちなみにさとりの話した内容は細かいところは省かれているにしろ本当に当たっており、部屋に突入して嫌悪のまなざしを向けられた後、互いに自己紹介を済ませてから気だるげにしているさとりに向かって彼女の能力についての興味を示したが最後、先ほどまでの長い話が始まってしまったのだ。

 しかし。しかしだ。

さとりのご丁寧な回想は全て、残念ながら肝心の友希の耳には全く入ってきていなかった。

「・・・あなた、さっきから上の空という感じだけど、私の話ちゃんと聞いていたのかしら?」

「えっ・・ああ、うん。聞い・・てた・・・?」

「はぁ・・、これだから人間は。ほんと気分悪い・・・」

 何やらぶつぶつと言っているが、それも友希には聞こえない。

 友希のまなざしをほかの何よりも引き付けるその原因は、他でもないさとりにあった。

 正確には、さとりのそばでくっついている何者かの存在に平然としているのが不思議で完全に意識がもっていかれていたのだ。

 さとりは話をきちんと聞かない友希に対しひどく機嫌を損ねたようだが、友希にしてみれば鼻の穴両方に指を突っ込まれて鼻血が出るのではと心配になるくらいにほじくられているのにもかかわらず、何も起きていないかの如く平然とした顔で話すさとりのほうが信じられなかった。誰だっておかしいと思うはずだ。

 しかも鼻に指を突っ込んでいる当の本人である緑髪の少女は満面の笑みで罪悪感のかけらもないなのだから余計に怖さ倍増である。

「・・・なぁ。それ、大丈夫なのか?」

「指をささないでください、不愉快です」

 確かに失礼な行為だったと反省する友希。だが無論、指したのはさとりにではない。

「いや、でも、結構痛いと思うんだけど・・・」

「あなた・・さっきから何を言っているんですか? 気でも狂ったんですか?」

「酷ぇな! ああもう、なんでなんだよ⁉ もしかして見えてるの俺だけ⁉ 幽霊⁉ 怖えよぉ‼ だれかぁー‼」

 さとりがイライラしているのは分かるが友希も同じくらいイライラしてきていた。ので耐えかねて叫んでしまった。本当に気が狂っていると思われても仕方がない。

「見えてるって・・・まさか⁉ こいし!」

 さとりもようやく気が付いたのか思い切り体を震わせた。それに合わせるように緑髪の少女はさとりから離れ、友希のほうにテトテトと小走りで寄ってくる。

 とはいえまださとりには見えてはいないようで、少女が離れた今もずっとただひたすらに顔を真っ赤にして体から振り払っている。

「なぁ、もう女の子は俺の目の前にいるけど」

「えっ・・・」

 友希のほうに目をやりしばらく目を凝らすさとりだったが、なぜかやっとその姿が確認できたようで次第に顔が晴れていくとともに憤怒の表情に変わっていった。

「こいし! あなたまたお姉ちゃんに変なことしてたわね⁉」

 さとりはこいしと呼ばれるその少女を捕らえようと腕を大きく広げとびかかる。そしてそれを顔色一つ変えずにひらりとかわし、先ほどの友希と同じように地べたにはいつくばってしまったさとりを気にも留めず友希のほうに向きなおるのだった。

「お兄さんすごいね! はじめから私のこと見えてたよね? すごいすごい! はじめてだよぉ!」

「やっぱり普通は見えないの? えぇ・・」

「そんなに暗い顔しなくても大丈夫だよ! むしろ慣れていかなきゃだめだよ! 世の中目では見えないことなんてたくさんあるんだからさっ!」

「励ましたいのか叱りたいのかどっちなの?」

 このこいしという少女、非常につかみどころが分からない。少し話しただけでも何となくそれは伝わった。

とても元気な様子で友希に話しかけてくるのだが、その目にはどこか吸い込まれるような、奥深くまで続く洞窟のようになっている、そんな気がするのだ。なんというか焦点が合っていないような、うつろなような。

 それに姉妹ゆえに同じ眼球の器官がついているのだが、こいしの方は紫色で強く目を閉じている。

「おかしいです・・・。なぜ姉妹である私に見えないのにあなたのような低俗な人間にこいしが見えるのですかっ・・!」

「どういう原理かとかなぜ俺に見えるのかはこの際置いておいて、俺の扱いひどくない⁉ 俺そこまで嫌われることした覚え無いんだけど・・・」

「なぜ感知できるのかのほうが遥かに大事です!」

 気が付けばすでに近くにこいしの姿はなく、他人事のように部屋の端にある本棚を物色していた。

まるで瞬間移動したのかと疑うほどに行動が読めない。というか見えない。

時を止めたり心を読めたりが普通に行われるのだから、瞬間移動ができるものがいたとしてもおかしくはないのかもしれないが、どうもこいしのそれは瞬間移動とは別物のようだが・・・。

「別に俺も最初から見えてたかって言われると断言はできなくてさ。初めはこの部屋には二人しかいないと俺も思ってたんだけど、なんか違和感を感じてそこを見たら見つけたって感じなんだけど」

「わからないですね。いったいどうして・・・?」

うつむきながら真剣に思案するさとり。その様子から本当に珍しいことなんだなと思いつつこいしの方へと再び目をやる。と、その瞬間。

「あっ! そうだ!」

 突然こいしが声を上げこちらの方を向いたかと思うと、友希のそばまで近寄ってきて目を輝かせながらとある提案を持ち掛けてきた。

「かくれんぼしよう!」

「え? かくれんぼ? なんで今?」

「理由なんて何でもいいじゃん! ねぇ、早く早く!」

「あ、おい! ちょっと!」

「ああっ! 待ちなさい、あなたたち!」

 二人を制止しようと手を伸ばすさとりだったが間に合わず、またしても気にも留めない様子で強引に友希の袖を引きながら部屋を飛び出していくこいし。

「なあ! さとりのことはいいのかよ⁉」

「いいのいいの! あっ、おりーん! おくーう! 一緒に遊ぼー‼」

 引っ張られるままに直進する前方にはまた別の二人の人影が。

「・・・? お空、今何か言ったかい?」

「うん? 何にも言ってないよ?」

 何やら会話をしていた二人組をこいしはこれまたお構いなしに呼びとめ、大きな羽を生やした高身長ロングストレート髪の女性の方の腕を強引に引っ張り連れて行こうとした。

「どんだけかくれんぼやりたいんだよ!」

「ん? 体が勝手に動く? およよ、どうしよう!」

「ちょっ、ちょっと待ちなよ! どこ行くのさ、お空! そこのお兄さん・・・もダメなのかい⁉」

 もしやとは思ったがやはりこの二人にもこいしの姿は認知されていないのだろう。

 連れていかれる二人を追いかけてもう一人の、三つ編みをした猫耳赤髪の女性も猛ダッシュで後を追ってくる。

 この状況はカオスだと、すでに友希は考えることをやめた。

「あははははは~!」

「・・・・・」

 満面の笑みで廊下を走り抜けて玄関のある方へと角を曲がり消えてゆくこいしたち。

彼女たちををただただ見送ることしかできず、再び静寂が訪れた空間で一人立ち尽くし取り残されたさとり。

「何なのよ、まったく・・・」

 声をあげたり体を打ったりしたせいでしばらく動かしていなかった体が疲弊したのか、さとりは大きくため息をついた。

いや、それだけではないだろう。

「恐れるどこか友達だなんて・・・。訳が分からないわ、あの人間・・・」

 

 

第八話 完




どうも、最後まで読んでくださってありがとうございます! 作者の彗星のシアンことシアンです。
今回のこの後書きでは、この東方友戦録においての原作との時系列の違いについて触れておこうと思います。

まず初めに確認しておきたいのはこの物語の年代は2016年(もっと細かく言うと第一話時点では2016年の7月)です。つまり今後登場する最新の仮面ライダーは「仮面ライダーエグゼイド」であり、それ以降のビルドやジオウは登場しません(時系列が進めばその都度物語中でも友希はその存在を認識し登場します)。どのようにライダーの力が関わってくるかはまだ言えませんがそういうことです。

そしてもう一つ重要なのが原作の異変との関わりです。
自分は二次創作小説において無意味な原作との相違は控えめにしていきたいと考えているのですが、これに関してはしっかりと物語を紡ぐうえで定義しておきたいと思います。
とは言っても東方に関してはもともと明確な時系列が明かされておらず、あるのは異変ごとの前後区別くらい。さてどうしたのものか。
私自身皆さんには裏の事情を考えずに一つの物語をめいっぱい楽しんでほしいのでここは敢えてたんぱくにかつ物語的に説明します。

まず初めにこの世界の幻想郷では今から丁度四年前に謎の赤い霧に覆われ生命が活力を失うという異変が起きました。俗にいう紅霧異変です。この2012年時点でレミリアたちが幻想郷に現れ異変を起こしました。
そしてその後紅霧異変を皮切りに今までの幻想郷ではありえないほど高頻度で異変が頻発するようになります。それは皆さんがよく知るであろう異変たちが順番そのままに次々とほぼ三カ月に一回のペースで巻き起こるようになってしまうのです。
これには霊夢だけではなく他の様々な者たちも不安を感じざるを得ません。異変を起こした当の本人たちに聞いてみても皆特別何か意思があって重ねたわけでもないというのです。そしてそんな幻想郷全体を襲う不思議な現象のさなか突如として現れたのが本作の主人公一夜友希なのです。つまりこの時点ではつい最近までいわゆる「東方紺珠伝」にあたる事件が巻き起こっていたのでした。それ以降の異変に関しては今後関わってくることがあるのかどうか・・・。

友希の出現もまた立て続けに起こる異変の一部なのか前触れなのか、幻想入りさせた八雲紫に何か思うところがあるのか、それは誰にも分かりません。

というのが友戦録における時系列のざっくりとした概要です。これについては結構重要なことなので今後自然な形で友希たちも触れていくことでしょう。う~ん、難しいですね!
ということは皆帰ってきたばっかりなので疲れているんじゃないですかね?そんな中友希が来ても割と親切に対応してくれる辺りみんな優しいですね~。

はい。長くなってしまいました。目が疲れたでしょう?今回はこれでお開きとさせていただきます! ご清見ありがとうございました!


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第9話 虐げられしモノタチ

なぜだか向けられたさとりの鋭い視線に疑念を抱きつつも、こいしに連れられてペットだという二人と共に遊びに参加する友希。とはいえずっと暇をつぶしているわけにもいかないことを時は刻々と告げていく。地底という日のない世界はいかにして誕生したのか。そしてさとり達古明地姉妹の抱える闇とはいったい何か。その表面がお燐の口から語られるのだった。


9・虐げられしモノタチ

 

「ん~・・・こいし様どこ~? 出てきてくださーい!」

「馬鹿だね、それじゃかくれんぼにならないじゃないのさ・・・。お兄さんもこいし様の気まぐれに巻き込まれて災難だねぇ。悪気はないから付き合ってあげておくれよ」

「別にいいよ。それにおれもかくれんぼなんて何年振りかわからないし、ちょっと楽しいかも」

 こいしに連れられ玄関先の噴水の広場まで飛び出してきたのだが、それから何の有無も言わさずにこいしが隠れ役でそれ以外の三人が鬼ということが決められ、速攻でかくれんぼが始まってしまったのだ。

 一体それのどこが問題なのかというと、こいしの姿はなぜだか簡単に見ることができないという点に決まっている。それゆえ、かくれんぼの鬼にまわられたということは、見つけ出すのが容易ではないということになる。

 先ほどはどういうわけか友希には見えていたものの、一度見失ってしまった今ではなかなか見つけ出せないでいた。かれこれ二十分はこうやって三人で探している。もう何度同じところを探したか分からない。

「う~ん、見つかんないよぅ。早く仕事に戻らないとまたさとり様に怒られちゃうよ~!」

 どうやらこいしのこの自己中っぷりは今に始まったことではなく、随分と前からさとり及び“ペット”たちも振り回されていたようだ。

 ちなみに今共にこいしのかくれんぼに参加させられているふたりの女性については先ほど把握した。

 長身でボサボサの黒髪長髪に大きな緑色のリボン、白いシャツの胸元には赤い猫目を模した鉱石、緑のスカートから延びる右足には岩石でできたブーツのようなものを履き、最も特徴的な背中から生える巨大な漆黒の羽をもつ、お空こと霊烏路空。

 友希よりも少しだけ低身長で赤毛、そして猫耳と髪の両サイドから垂れる三つ編み、深緑の生地に散らばる火花のような柄の入った裾の長いワンピース。極めつけはお尻から伸びる二股に分かれた尻尾のある、お燐こと火焔猫燐。

 どうやらお空もこのままずっとかくれんぼをしているわけにはいかないらしい。

さとりのあの押しつぶされそうになるくらいの重圧感のあるまなざしと言ったらもう・・・。いくらこいしが強引に引っ張ったからといって、途中で話も付けずに飛び出してきてしまったのが痛いところ。

早いところ戻らなくては、これ以上機嫌を損ねるとなんだかまずいことになりそうで友希も怖かったのだ。

「もうあきらめなよ。今までだって見つけるのに二時間で済んだらいい方だったじゃないか。それか飽きてこいし様自ら諦められる、それでも最短で四十分くらいかい?」

 思ったよりひどい理不尽ゲームだった。

「だいたい、何の仕事してたか覚えてるのかい? お空」

「ばかにしないでよー! それはさすがに・・・・。えっと・・・なんだっけ?」

「・・・このやり取りも何回目だと思ってるのさ。ほんとにもう・・・」

「もしかしてなんだけど、鳥頭とかって、そういうこと?」

 ご名答と言わんばかりに深くうなずくお燐。同時にため息も深い。

「でもねぇ、私たちも他人事ではないんだよね」

「本当だよな」

 友希も同じく深いため息をつく、と同時に噴水にもたれかかりながらお燐とともに一服を図る。

 そうしているうちにふと友希は先ほどさとりの部屋で感じたものと同じ違和感に襲われた。もしやと思い噴水から地霊殿本殿を見上げると。

「あっ、見っけ!」

「え⁉」

 驚きの表情を浮かべてお燐も後を追うように見上げると、そこには館の三階のあたりの壁面に引っ付いているこいしがいた。

 さとりもそうであったが、友希が存在を知らせてそこに第三者が注目することでなら他の者にも視認ができるようになるようだ。

普通の人間相手での勝負であればお燐やお空ならいとも簡単に発見できるだろう。人間とは規格の違う妖怪であるだけではなく、動物としての鋭い感覚も持っているはずだからである。

しかしこいしに対してはそれも特に機能していないようなので、先ほどから友希はこれもこいしの持つ何らかの能力の効果なのだろうと考えていた。

「よっし! 俺たちの勝ちだな!」

「まだだよ! 捕まえないと勝ちじゃないの!」

 かくれんぼにそんなルールがあっただろうか?

どうやらいつもは思いどうりにお燐やお空が混乱するのを見て楽しんでいたのだろうが、今回はそうはいかず思ったよりもずっと早く友希に発見されてしまったので腹を立てた様子。少しばかり強引な感じがするが、言い出しっぺもゲームマスターもこいしである限り従うほかない。

「ここはあたいが・・・」

「人間だと思って、甘く見るなよ!」

随分と勇みよい言葉が聞こえ友希の方を確認するが、そこにはすでにどこから生まれたのか真っ白い蒸気のようなものが充満しているのみであった。

 何が起きたのか理解できずにいると。

「きゃあっ!」

 すでに友希はこいしのもとへと到達し、がっちりとこいしを捕らえているではないか。

 これにはお空もお燐も驚きを隠せないようで、両者とも開いた口が塞がらないといった様子だった。

「むぅ~・・・」

「やっぱり、俺たちの勝ちな」

 

 

 

「しっかし、お兄さんすごいね! もしかして妖怪かい?」

「いやいや、ただの人間だよ。あれは俺の能力『水になる程度の能力』だ!」

「それでもすごいよぉ! 人間じゃないみたいだった!」

「俺もレミリア達もまだこの能力についてはよくわかっていなくて、確かに普通に考えたら怖いよなぁ」

 かくれんぼが終わりを告げ、何もやることがなくなった友希たち四人は玄関先のちょっとした階段に座り込み駄弁っていた。

 すでに忘れてしまったのか、先ほどまでの仕事に対する感情はどこへやら。四肢をだらりと伸ばして緊張感のない顔で息を抜くお空。その膝の上でこいしが昼寝をしている。

 そんなゆったりとした空間から、友希はせっかくなので気になっていることを聞いてみることにした。

「ちょっと気になったんだけどさ。やっぱり、こいしも何らかの能力を持ってるのか? いや持ってるよな。いったい何なんだ?」

「・・・・・」

 急に訪れる静寂。

 先ほどまでの雰囲気とはがらりと変わって、どこか切なそうな顔で何かをためらっている様子のお燐。

 横では相変わらずお空とこいしがマイペースな空気間を醸し出しているが、友希はとてもそんな軽い感じの話題ではなかったのかと話を振ったことを若干後悔してしまう。

「・・・こいし様の話をするのであれば地霊殿の・・・いや、この旧地獄がどういう存在なのかから説明していかなくちゃならないのさ。少なくともお兄さんは普通の人間とは違うようだから、知っておいてほしいと思う」

 お燐のただならぬ雰囲気に静かに息をのむ。

 この土地の存在。簡単に能力を知るだけのつもりが何やらただ事ではない様子。

 しかし友希にとっては、いずれ幻想郷の歴史についても追い追い知っていかなければいけないと思っていたので、これは好都合だとも思っていた。

 いつの間にやらお空とこいしは完全に寝落ちしてしまったようだが、お燐はこれを好都合だと言わんばかりに早速顔をあげ友希に向かって話し始めた。

「まず初めに聞きたいんだけど、ここに来るとき何か感じたことはないかい?」

「えっと、なんか神秘的なところだなって思って、それから湿気がすごい・・とか? あとは、クモの大群に襲われて大変だったとか、それくらいなんだけど・・・」

「クモは好きかい?」

「いや~、かなり苦手。クモに限らず昆虫全般苦手なんだよ」

 これに関しては即答が可能だった。

どんな分野においてもあまり好き嫌いは多くはない方なのだが、虫に関しては男の友希でも女子のように断末魔をあげ一目散に逃げ惑うほど恐怖の存在なのだ。

なぜだか明確な理由はないが、単純に見た目が奇妙で理解がでいないのが大体の要因だろう。

「なら理解が早く済むだろうね」

「・・・?」

「この場所旧地獄は、旧と名の付くように以前は閻魔が判決を下して魂が落とされる場所・地獄として使われていた。そう簡単には近づけない・・・いや、近づこうとする者なんて皆無な恐ろしい場所だったのさ」

 確かに友希にとっての地獄のイメージは地下に落とされるといった感じのもので、それに相反して天国は天高くの場所に昇天するイメージであった。しかし、つい先ほど冥界にいたときは、空中を落下してきたことから明らかに上空に存在していたし、閻魔室に向かう途中には天国と地獄へと通じる道が見受けられたので同じく上空にあると思われるのだが。

 つまりもとは地上に存在した地獄が新たに上空に移設されたということなのだろうか。

「地獄の場所が変わったのは、地上に生きる生物たちのすぐ近くに命なき異界の者、しかも地獄に落ちるような凶悪な存在がいるのはあまりにも危険で対策をとるべきだとされたからさ。まあ、考えれば当たり前のことなんだけどね。地獄の空気は私たち妖怪のみならず神さえも近くにいるだけで気分が悪くなっちまうからねぇ」

「まさか、その地獄の空気が未だ染みついてるからこんなに暗くてジメったいのか?」

「それもないとは言い切れないけど、もっと理不尽な理由さ」

 一息置いてから続けるお燐。

「地上の者から嫌われたやつがこの地に追いやられたんだよ」

「嫌われたやつ?」

「昆虫を体現した者たち、その存在自体が人々に悪影響を及ぼす者たちや不要になったり処分に困ったがらくたまで、ありとあらゆる嫌われ者がもともと避けられていたこの土地に一緒くたんに放り込まれた。それも大半が悪意のない人間の勝手な都合でね」

「そういうことか・・・」

 あのクモたちも人間の好き嫌いで旧地獄でしか安心して暮らせなくなったということだろうか。

 当然ながら友希は、昆虫がもともと嫌いということもあって複雑な気持ちが込み上げた。

 なにぶんそこに住む存在が真横で友希を見つめているから。

「さらには自ら安息地を求めて地底に下ってくるものまで現れて、あまりにも多くの存在が旧地獄に来たためにいつの間にやら嫌われ者の集落が出来上がっていった。それがあの里さ」

「・・・そうなると最悪な土地としての認識に拍車がかかるな」

「そう。そうななると当然のように、地底の者たちは人間に対して憎悪にも似たの感情を燃やすようになった。もうずいぶんと前の話だけど、全員ではないものの未だに人間を嫌っているものもこの地底には少なくはない。さとり様もそのうちの一人なのさ」

「どうりで俺への対応が初対面とは思えないくらいきついわけだな」

「気分を悪くしたのならごめんよ。さとり様も本当は優しい方なんだけど、ちょっと訳ありで、その訳にこいし様がかかわってくるんだよ」

「そんでもって、その訳っていうのは、聞いてもいいのか?」

「・・・何も知らないで、過去の人間の罪をかぶるのは嫌だろう? それに、少しでもさとり様たちのことを知っておかないと、友達にはなれないよ?」

 今まではあまりにもすんなりと行き過ぎていたのかもしれない。

 そもそもとして、この幻想郷は今まで生きてきた外の世界とは勝手が違うだけでなく、野性的な死の危険に常にさらされているのだ。本来ならば今頃死に絶え、八つ裂きにされ、化け物のえさにでもなっていても全くおかしくはない。にとりに拾ってもらったことから始まり、今までの運がよかったのだ。

 そして今回のこの件は明らかにその幻想郷の野性味、世界の抱える闇の部分が垣間見えている。

 友希には、ここで生きていく以上そう言った部分とは真摯に向き合っていかないといけない、そういったある種責任感のようなものもあったのだった。

「さっき言った通り、さとり様たちは初めからこの地底にいたわけじゃない。もとは地上で暮らしていたんだって。目立たないようにひっそりと」

 先ほどから漠然と昔の話をしているが、さとりもこいしも随分と幼い見た目をしている。つまりはいったいさとりは何歳なのだろうか。

 女性に年齢を聞いてはいけないことくらい友希でも知っているのでこんな時にあえて聞きはしないが。

「それでね、もとからあまり人間とも触れ合ったりはしてこなかったらしいんだけど、人間たちの里が大きくなってきたりさとり様たちが食料に困ってきたりしたことから、正体を隠してだけど人間の里に赴くようになっていったらしいんだ。もとから人間にはいい印象を持っていなかったみたいだけど、その時はまだ悟り妖怪としての能力を制御できていなかったせいで、常に人間の自分に対する見下しや恐れ、卑猥な感情を感じ取ってしまっていたらしいんだよね」

お燐は淡々と自らの主の過去を話し続ける。そしてここからが問題だった。

 さとりはともかくこいしはその時から無邪気な性格は変わらなかったらしく、心配するさとりをよそに頻繁に外出して人間の里にも意欲的に行っていた。そしてこいしはその持ち前の明るい性格から積極的に里の子供たちとの関係を築いたらしい。

 重要なことにこの時点ではさとりはこいしの心を読むことができていた。つまり今はこいしの心だけが読めないのだという。

 唐突にお燐から明かされた事実に当然疑問符を浮かべた友希だったが、その疑問に触れる前に先の話が進んだ。

 だがこの先についてはお燐自身も正確な情報は得られておらずどうも漠然とした内容が語られたのだった。だがそれでも古明地姉妹の抱える心の闇と人間に対する気持ちが何となく理解できるほどではあった。

 こいしは人間に裏切られたのだ。

 それはもちろんこいしが妖怪であることに起因するが、加えて心を読むことができる悟り妖怪であることがばれてしまったからだった。

心を読み心の内を明かしてしまう悟り妖怪は古来より人間からは奇妙で災いを呼ぶ存在だと恐れられてきた。そのせいでこいしは体にだけではなく精神的にも大きな傷を負ってしまったのだ。これ以上は深く語れない。

そしてそれによってこいしの心は二度と開かないよう閉ざされてしまったのだそうだ。

この一件に対してさとりは復讐も何もしなかった。というよりすべて自分の中で完結させてしまったのだ。

元から意識して関わらないようにしていたこともあり、さらに極端に人間を嫌うようになった。

たった一人の家族をこんな目に合わせたのだからその気持ちは同情せざるを得ない。そして同時に友希は同じ人間として先人の過ちを恥じた。

「怖かっただろうさ。人間よりはるかに寿命は長かろうと世の中のことをよく知らない子供であったことには変わりはないからね」

「それに追い目も感じたさとりは、さらに人間に対する憎悪をって感じか」

「主の悲しみはペットの悲しみって、こういうことだよ・・・」

 闇を抱えた無意識の少女と気持ちよさそうによだれを垂らし寝る鳥妖怪、爆睡中の二人を尻目に人間の友希とその当事者のペットは場に流れる重い空気の中黙り込んだ。さらにそこに、後ろの玄関扉の隙間から覗く何者かの瞳が・・・。

「・・・どうも他人事じゃないような気がするな。なんかごめんな」

「なんでお兄さんが謝るのさ。あ、嫌な話をを蒸し返したとかそういうこと?」

「いやまあそれもだけど、同じ人間として恥ずかしいって話。嫌な人間がいるってのは俺も知ってるけど・・・何だかな」

「そんなこと・・・」

 お燐が変に気負う友希を慰めようとしたその時だった。

「そんな安い同情はいりません‼」

 突然後ろの玄関扉が音を立てて勢いよく開き、そこから涙を浮かべ顔に怒りをにじませたさとりが友希めがけて走ってきた。

「人間であるあなたごときに、私たち姉妹がどんなに嫌な思いをしてきたか分かってたまりますか! 心にもないことばかり言わないでください!」

「さとり様っ! 落ち着いて!」

「あなたは黙っていなさい!」

 熱が入りすぎているさとりは友希の胸ぐらにつかみかかり叱責した。

 あまりの勢いに圧倒された友希は目を丸くしてその場で尻もちをついてしまう。そしてそのまま人ならざる者の強力な力でねじ伏せられてしまった。

「もとはと言えばあなたたち人間が、自分たちを世の中の支配者とうぬぼれ疑わず、自己中心的に地上を作り替え、私たちを惨めにも追いやったのがすべての始まりではありませんか! それを・・何が「他人事じゃないような気がする」ですか! ふざけないでください!」

 さとりは力任せに友希を揺さぶり、そのせいで友希は強く頭を打ってしまった。もちろんさとりはそんなことはお構いなしだ。

「さとり様・・・」

 しばらくしてさすがに体力が底を尽きたのか、ぜぇぜぇと息を切らし停止するさとり。隣では先ほどまで深い眠りについていたこいしとお空が何が起きたのか訳も分からずいつからか困惑の表情を浮かべていた。

「・・・・・」

 いきなりのことで面を食らってしまったが、友希は依然胸ぐらをつかみ続けるさとりを静かに見つめる。

「・・・そんなこと言っても、実際にそう思ったんだから仕方ないだろ」

 さとりの圧力に若干圧倒されながらも正直に自分の思いをぶつけてみる友希。

さとりには隠し事はできない。そんなことをすれば余計に彼女を刺激してしまうだろうから。

「・・・・・」

 友希はさとり妖怪ではないので彼女が何を思ったのかは分からないが、友希が言葉を放ってから一拍おいた後さとりの掴む手はなぜか緩んだのだった。

 恐る恐る立ち上がる友希。さとりの顔は見たくても見れない。

 自分に向けられた怒りが空気感を伝って痛いほど感じられるから。

「・・・本当に人間って身勝手で傲慢で無責任ですね」

「確かにそれは否定できない。でもだからって全部人間が悪いって決めつけるのは良くないだろ」

 言い返した友希にさらなる鋭い視線が突き刺さる。

 胸のあたりにある三つ目の悟りの目が友希をじっと嘗め回すように見つめてくる。

「ではこいしがああなってしまったのは全て仕方のないことだとでも? 手を挙げた人間を笑って許してやれと? そうは思っていないようですが、果たして本心でしょうか?」

 さとりはじりじりと友希との合間を詰め寄る。

 心の中を覗き込みながら独り言のように会話を続け、友希の心のうわべをさらに剝がしにかかるさとり。

「・・・っ!」

 そんなさとりの行動に友希は咄嗟に遠ざけるようさとりを振り払ってしまったのだった。

 そんなことをしては、まるで図星をつかれさとりの疑いを肯定しているのと同義であると分かっていながら。

「出ましたね、本性が」

「・・・・・!」

 何も言い返せない。

 今の自分の行動だけではない。正直なところこの確執は友希個人で答えを出せるとは到底思えなかった。

 どう発言し故人の過ちを弁明しようともおそらくさとりの心を溶かすことはできないのだ。

 そしてそれに気が付いているがゆえに友希の思考は完全に行き止まっていた。

「・・・じゃあ、俺にどうしろって言うんだよ」

 行き場のない不甲斐なさと怒りを抑えながらさとりに対し問いかけた。

 そしてその答えは、予想どうりだがある意味では友希の曇った心情をきれいさっぱりと晴らしてしまう、そんな無情なものだった。

「私の前から消えてください」

 さとりの口から言葉が発せられた瞬間、その一瞬だけ何も考えられなくなった。灰色の曇天が晴れ、真っ白な『何もない』色へと変わるように。

 後で気が付いたが、同時にその時の記憶も曖昧なものになっていたのだ。

 まさに意識がもうろうとする友希を現実へと引き戻したのは、先の冷静な発言とは裏腹に怒りと憎悪に満ち溢れた鈍音。心が読めない友希への皮肉を込めた心写しの玄関扉を閉める音だった。

 

 

 

「無理だ無理だ! もう何も浮かばん! 俺にはどうすることもできないっ!」

「お兄さん・・・」

 別に友希がこの問題をどうにかしなければいけない決まりなどは何もないのだが、それでも元来の性格なのかどうにかして手を差し伸べられないものかと真剣に考えていただけに突き放された反動は大きかった。

 何もかもどうでもよくなった友希は玄関階段下の地べただというのに幼稚にも寝転がりふてくされている。

 それを何とも言えない表情と感情を抱きながら見つめるお燐とお空。

 そして相変わらず自由奔放なこいしはまたしてもどこかに行ってしまったようだ。あるいは気づいていないだけで近くにいるのか。

 友希はそんなことを考えることにすら億劫になっていた。そしてそれがまたこいしに対しておざなりな気持ちになっているような気がして、心をさらに締め付けることが嫌で無理やり忘れようとまた子供のように大声でかき消すことの繰り返しだ。

「さっきのさとり様は私も見たことがないくらい怖かったから、私たちもどうしたらいいのかわかんないよ」

 うつむきがちに声を絞り出してきたお空。

「しばらくはさとり様一人にした方がいいだろうね。機嫌が悪い時や何か考え事をされている時はいつも自室に籠ってしまわれるから」

 お燐も眉間にしわを寄せ、どうしたものかと考えを巡らせている様子だった。

 大体そもそもとしてレミリアはなぜ自分をさとりのところに向かわせたのか、それが友希には心底疑問で仕方がなかった。

 何も考えがないわけがないのだ。

 友希にならさとりをどうにかできると踏んだか? それなら期待外れも甚だしい結果になってしまった、土下座でも何でもして詫びたい。

 それともまだ終わりじゃない、衝突の後にある何かが目的か? だとしても友希にはすでにこの先のさとりとのビジョンなど文字通り全く想像すらできないでいる。と言うかできれば今は考えたくない。

 いずれにせよ今日はどんな顔をして紅魔館に帰ればいいというのか。どんな考えがあるにせよさとりを紹介したレミリアには当然メンツと言うものがある。お嬢様となればそれも人一倍だろう。

「あああーーーっ、もう‼ どうすればいいんだよぉ‼」

 次から次へとどうしようもなく雪崩れてくる心配事が友希の脳内をかき乱す。

 とうとう爆発した友希の感情、お燐とお空はそれに驚きつつも同情や不甲斐なさを顔ににじませることしかできないのであった。

 地底の天井を仰いだ状態で大きくため息をつきおもむろに目を閉じる友希。

 思考や心配は頭の中で考えるのに感情や思っていることは心すなわち心臓で行われているととらえるのがどうも人間のイメージらしいが、さとりの場合も心を読む力と言っていいるものの結局は頭の脳みその部分を読んでいるのだろう。

 つまり友希の今の脳内と同じように意識していないにもかかわらず情報がとめどなく流れてくる。心を読むとはそういう感覚なのかもしれない。

 だとすればそれはそれでまたさとりは辛い思いをしているのではないだろか。

「私・・やっぱりさとり様のこと見てくる!」

「あっ、お空!」

 お空は悪く言えば鳥頭で考え無しだが、別の言い方をすれば自分の気持ちに正直な純粋な子なのだ。お燐も同じ気持ちだったらしく、自分の気持ちを抑えられなくなってさとりのもとへと駆けて行った彼女の背中を心配こそすれ静かに見送った。

「・・・・・」

 無意識のうちに友希の呼吸は深くなっていた。

 「もう何も考えたくない」「自分にはどうすることもできない」。いくらそんなふうに考えようとも結局はさとり達姉妹のことが心配事として頭の中に染み出してくる。

 どれだけ混雑する脳内を払拭しようとしたところで、そんなことすら無意味で不可能なことなのかもしれないといい加減にうんざりしてしまう友希。

 おそらく自分は元来から節介焼きな性格なのだろうと、結局のところ暗黒空間での思案の果てに最後に得た結論はそんな姉妹とは関係のないことくらいだった。

「あれ? どうしたんだい、久しぶりだねぇ」

 心なしか気持ちが落ち着いてきたような気がした友希だったが、ふと放たれたお燐の誰に言ったかもわからない言葉が気になりパッと閉じた瞳を開く。

「こんにちは!」

「・・・え?」

 友希の目の前には見知らぬ女性の顔があった。

 今の友希は仰向けになって寝転がっている状態にもかかわらず、その女性はまっすぐに友希と顔を合わせて胴体が見えない。つまり彼女は・・何らかの方法で宙からぶら下がっているのだ。

 外の世界出身である友希の普通の感覚では理解しがたい状況ゆえ次の言葉を発するまでに少しばかりブランクがあったことだろう。

 そんな友希の緊張を察してか垂れさがる少女の頬が少し緩んだかと見えたその瞬間、彼女はべーっと口を大きく友希に対し開いて見せてきた。

 その中には、ここに来る前友希を追いかけまわし恐怖させた大きなクモたちが所狭しとうごめいていた・・・。

「・・・っ!」

 血の気が引く音がこうもはっきりと聞こえたのはこれが初めてだった。

 とは言っても急に『無音』だったが。

「うおああああああああっっっ‼」

 まるで地底そのものを揺れ動かすかのごとき轟音。音そのものに物理的な力を感じるほどその叫び声は異常だった。

 突如現れた謎の宙づり少女が友希にもたらした新たな恐怖。

それはかろうじて残っていた友希の思考を一瞬にして消し飛ばしてしまった。

 だがこれには友希も本望だろう。

なぜなら「何も考えたくない」、それがまぎれもない友希自身の望んだことだったから。

 

 

第九話 完




どうも~、作者のシアンです~。
もう本当に情けない限りです。
いきなりいったい何かと言うと、自分の想像以上に投稿が遅くなってしまったことにたいしてとても懺悔したい気持ちでいっぱいなのです。一カ月くらい空いたのではないでしょうか。
まあ、リアルタイムで見てくださっている方がいるとは思えないのでどうしても後見の人に向けて書くのがいいでしょうね。
おそらく今後もこう言ったことが続くと思います。ここで私情を長々と書くのは違うので詳しくは言いませんがこの間にはそうとう悩んでました。このまま続けてもいいものかと・・・。私が学生なことが原因でそうとうリアル生活が辛くなってきていて小説を書く時間がないんですよね。でも書こうと決めました。
なにぶん初めて自分で一歩を踏み出したことなので中途半端では終わりたくないと自分で思ったんです。

もっといっぱい書きたいのですが色々と思うところが多すぎてもうよくわからなくなってきました。いや、別によからぬことを考えているとかではないので心配してくれる方がいたとしたら心配しないでください。

はい!次回予告!帰還・花畑・人形!以上です!
ではまた!ご清見ありがとうございました~!


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第10話 花畑の女王

10・花畑の女王

 

 すでにかなりの時間が経過してしてしまい日はすっかり傾いて一面の夕焼け空である。空一面美しくオレンジ色に染まった光景を見てやっと、友希は別の世界へと来たことを実感したのだった。

 本当に濃密すぎる一日だった。

 腹部に走った激痛から始まり、血に染まった赤い川、命綱なしのバンジー、ドロドロになってなくなった自身の腕、それから怒涛の吸血鬼との殺し合いと心を読める妖怪との喧嘩。

「いやあ、濃すぎるっ!」

 感慨深すぎてついに声に出して漏らしてしまう友希。

「何、一日が? 大変だったみたいだね~」

 相変わらずずっと優しい笑顔を向けながら友希の方をのぞき込む金髪の女子。ちなみに魔理沙ではない。

 先ほど地霊殿でクモを口に含み大胆に登場した彼女である。名を黒谷ヤマメと名乗る、金髪を茶色の大きなリボンで後ろにまとめ、同じく茶色の上下一体となった大きなスカートをはいたこの子はなんと友希が追いかけられたあのクモの大群をまとめる親玉で、先ほどはほんの出来心で驚かせたのだとか。

 そんなこんなで今現在、もう時間が遅いことに気を使ったお燐は、夕闇の中を人間一人では危ないということでこのヤマメを付き添いによこしたのだ。

幸い彼女はとても友好的で友希の付き添いにも嫌な顔一つせず首を縦に振ってくれた。

「・・・・・」

「もしかしてだけど、まだ怒ってるのかな? ごめんなさい、つい出来心でやっただけなんだけど、まさかあんなに驚かれるとは思っていなくて・・・」

 感傷に浸っていただけなのだが、妙に口数の少ない友希を心配してか、申し訳なさそうに弁解するヤマメ。

「いや別にもういいけど、驚かれたり恐れられたりするのは地底にいる人なら慣れてるんじゃないかとも思うんだけど?」

「それにしても君は驚きすぎよ。あと人じゃなくて妖怪ね」

 もしかすると、妖怪と友達になりたいだとかわざわざ地底に乗り込んできたとか、そのおかげで友希を若干特別な(おかしな)人間だと思われているかもしれないがそれは違う。

 友希はいたって普通の人間である。嫌いなものは昆虫や海洋生物を含む甲殻類と怒られることと電話すること。

友達になりたいとは思っているが、知らない人と話すのは苦手な人見知りの気があり、結構勇気を振り絞ってもいる。

能力におびえていないのは、友希自身がこういった能力系の物語が好きと言うこともあり、憧れと言う名のドーピングにより少しだけ嬉しさが勝っているだけに過ぎないのだ。

それにしたって戦闘の経験はおろか武術の知識も皆無で、痛いことは嫌いな至極普通の若い人間の男なのである。何も特別なことはない。

「ここまでくればもう大丈夫かな」

「うわぁ~、すっげぇ・・・」

 森林を抜けちょっとした丘の合間を縫うようにして進んできたのだが、そこを抜けた先に広がっていたのは終わりが見えないほど広大に広がるひまわり畑だった。

それだけではなく真っ赤な夕日に照らされ一帯がまばゆく黄金色に輝くその光景は圧巻の一言である。

「すごいでしょ? 私も何回見ても飽きないなあ、この景色」

 分かる。凄くよく分かる。これからもこの光景が見れると思うとそれだけでぜいたくな気分だ。

「ヤマメはもう帰るの?」

「いいえ、帰ろうと思っていたけどやめたわ。友達を一人紹介してあげる。うまくいけばいいけどね」

「ここにいるのか? ありがとう!」

 これまた願ってもない提案で嬉しい反面、完全に油断していた友希の身体から緊張の冷や汗も染み出してきた。

 実のところここでヤマメが帰ったとしても花畑の奥にはすでに小さく紅魔館が見えているので問題はなかった。

 だが今となっては友希には後がない。再び自覚し、奮い立たせ、その歩を進める。すべては平穏な幻想郷ライフのため!

 畑とは言えどしっかりと木柵で隔てられ、ひまわりの中を突っ切るように道が慣らされている。

その大群は友希たちの身長をゆうに上回り、見下ろされるような感覚を覚えた。

 しかしながら、ひまわりは外の世界にもあったにもかかわらず成長における何の障壁もない状態で育ったものがこんなにも大きく生命力に満ちたものだとは知らなかった。

 友希の住んでいた地域はとても都会とは言えないが、それでも田畑と自然だけでなく商業施設や公共施設もちらほら見られる町であった。にしてもこうやってひまわりと肩を並べて立つことなどなかったので、軽く感激である。

「にとりから聞いてたけど、ほんとに幻想郷って自然が多いよな。心なしか空気もおいしいような気がするし」

「ん~、外の世界がどんなところかは私にはわからないけど、確かにのどかでいいところだとは思うよ。河童たちはよく技術革新だ何だってよく言っているけど、作ったものはほとんど出回っていないから、ここ数十年は特に変わってないよ」

「河童ってにとりのことだよな? 技術革新を掲げてるなんて、やっぱすごいんだなぁ」

 そんな他愛もない会話をしながら、ひまわりで浮かび上がった畑道を着々と歩き続けていると。

「あ、いたいた・・・けど、あれって」

「・・・?」

 ヤマメの見つめる方向に何者かが立っていた・・・二人。

 たしかヤマメが言うには友達は一人だったはずだが。

 一人は頭に赤いリボンをつけ、黒い服と赤いスカートを身に着けた、またもや金髪の女の子。

もう一人は遠目から見てもわかる高身長の凛とした女性。大きめのピンクの日傘をさし、上着とスカートを赤いチェックでそろえた服装に緑色の短めの髪。どことなく只者ではない雰囲気が漂っている。

「お~い! メディスン~!」

 友希はてっきり大人びた長身の女性の方を紹介してくれるのかと思っていたのだが、予想に反して真っ先にこちらにふり返ったのは可愛らしい少女の方だった。

 こちらからもヤマメの後を追うように駆け寄る。

「ああ! ヤマメ、久しぶりー!」

 見た目は完全に小学生。だからこそか上下関係を感じさせない、めちゃくちゃフランクな物言いで駆けよ・・・浮かび寄る少女。

(羽ないのに飛んでる⁉ どゆこと⁉)

 フランのように羽があって飛ぶのはそれはそうかもだが、このメディスンという名の少女はそういったようなものが全く見受けられないにもかかわらずフワフワと浮遊していた。

 妖怪だとか吸血鬼だとか非現実的なものとすでに触れあっているくせに「いまさら何言ってんだ」と思うかもしれないが、目に見える怪異ならまだしも不可視の物理法無視の現象はさすがに友希も目を丸くした。

「何よ人間、じろじろ見て。何かおかしいことでもある?」

「え・・ああ、ごめん。何で浮いてんのかなって」

 つい気を取られて初対面にもかかわらずまじまじと見てしまっていたようだ。

「知らないわよそんなの。ていうか幻想郷では空を飛ぶことなんて珍しくもなんともないじゃない」

 そういえばこいしも浮いていたような。完全に幻想に麻痺してきている。

「あなた、別の世界の人間ね」

 ここでやっと、特に何かリアクションをするでもなくただ静かにたたずんでいた緑髪の女性の声を聴くことができた。透き通った綺麗な声だ。

「あ、はい。外の世界と呼ばれているところから、今日幻想入りしてきました。一夜友希って言います」

「どうりで見慣れない変な格好をしているはずね」

 不思議なことにこの緑髪の女性は友希が外の世界の人間だと知っても動揺するどころか表情筋の一つも動かさなかった。

 今までは友希の素性を明かすと、面白がる者、驚いて興味深そうにする者、皆何らかのアクションを起こしていたのだが。溢れ出る余裕とその鋭い目、それでいてレミリアやさとりなど一組織の当主クラスとも違う。何か、明らかに別格な何かがある。そう友希の第六感が彼女に対して告げていたのだ。

「で? ヤマメが直接私のところに来るなんて珍しいよね? 何か用?」

 どうもこのメディスンという少女、友希とヤマメで少しばかり態度が違うように見える。

 時間にしてつい少し前の出来事を思い出し嫌な予感を感じ取る友希だったが。

「うん。友希は幻想郷に来たばかりで何もわからない状態だけど、その状況を打破するべく友達を作りながらいろんなところを見て回っている途中らしくて」

 何が言いたいのかという感じでじっと見つめる二人。

「さっき地底に来てくれたんだけど、この際だから二人も紹介しようと思って。(まあ、幽香さんは偶然だけど)」

 ヤマメは親切にも友希の代わりに要約して説明してくれたのだが、どうやら反応はかなり良くないようだった。

「それって友達になれってこと⁉ 私と⁉ 人間が⁉」

「ああ、そういうことね。よかったじゃないメディスン、友達ができて」

 少し嘲笑気味に、からかうように提案されているところが余計に友希の心にダメージを与えた。そんなに友達という響きが滑稽なものに聞こえたのだろうか。

 どういうわけか腹が立ったようで、友希にさらに追い打ちをかけるようにメディスンが発言に噛みつく。

「冗談じゃないわ! 私に何のメリットがあって人間なんかと友達にならないといけないわけ⁉ ああ、憎たらしい!」

 メリットがないだけではなくて、憎らしくもあるのか⁉ さとりでもそこまではっきりとは言わなかったというのに!(思っていたかどうかは別だが)

「やっぱりそう簡単にはいかないかぁ・・」

「そうよ! 無理よ!」

「ごめんなさいね、気を悪くしたわよね? あんな言い方されたら」

 なおも少し面白そうに笑みを浮かべながら、友希の後ろに回り込みフォロー?をいれる緑髪の女性。

「彼女はね、人間をものすごく恨んでいてねぇ。近いうちにでも人間を皆殺しにする作戦を決行しようとしていたとっても恐ろしい妖怪なのよ~」

 その発言の感じといかにもメディスンに向けて遊んでいるかのようなそぶりから冗談だということは見て取れたが、そんなことよりあからさまな超絶拒否を受けたことによるショックを見た目に出ないようにすることが今の友希の頭の中を埋め尽くしていた。

「ええ、いつか絶対っ・・・」

 いや、マジなのかよ⁉

「でもさ、前に閻魔様から釘を刺されたんでしょ? 忘れてないよね?」

「い・・いやぁ、それはそうだけど・・・」

「閻魔様って、もしかして四季っていう名前の人?」

「もう会ったことあるの⁉」

 話を聞いてみると、何でも以前ちょっとした騒動があったときに人間に対して攻撃的な思想をもっていることが閻魔である四季映姫に知られてしまい、いとも簡単に世間知らずだと一蹴されてしまったそう。

 それからはずっとひっそりと人間を知るために活動をしていたようなのだが、その考えだけはどうしても変わらないでいるようだ。

「ていうか、そもそも何で人間がそんなに嫌いなんだ? 今度はどんなひどいことが・・・?」

 不意にさとりたち姉妹のことが頭をよぎる。

外の世界にいるときから、友希には人間がいささか進化という事象を口実にしてやりたいようにやっているように感じることがしばしばあったのだ。森林伐採だとか、地球温暖化だとか、どれだけ環境を守ろうと声をあげる人がいたところで結局は止まらないのだから・・・。挙句の果てには人工知能などと言う自らよりより高次な存在を生み出しこき使おうと考え出した。自惚れが過ぎるのでは、そう思った。

この分なら、幻想郷で注がれる人間への目の原因も、人間に対する憎悪の根源も、どちらも人間自身で間違いはないだろう。メディスンの件はどうか・・・。

「ひどいなんてものじゃないわよ⁉ 人間どもは私たち人形のことなんてこれっぽっちも気にかけず。遊んでいれば無理に引っ張ったり汚したり、飽きれば何の未練もなくすぐゴミにするじゃない! ほんっと最低!」

 浮いていた体をわざわざ地におろしてまで地団駄を踏み、怒りを体全体であらわにするメディスン。

 これも、もしかすると人間が悪い気もするのだが、友希にとってはあまりピンときていなかった。というか、メディスンがなぜそんなにも人形に対して感情移入するのかがまず分からない。

「どうせあなたも管理しきれない数の人形を手に入れてひどい扱いをしていたんでしょ⁉」

「いや、人形は俺の趣味じゃないなぁ」

 そう、趣味じゃないのである。友希だけだはないだろう、男なら大半は。

「あまり見ないもんね、男の人で人形集めてる人」

 時折ヤマメが客観的視点で中立を保ってくれるので、友希としては心強いことこの上なしだ。

「え・・・そうなの?」

「大体はそうね。あなた、いったいこの一年ほど、何を見てきたのかしら?」

 そこに緑髪の女性までもが加わる。

「人形もないし、フィギュアとかも高くて買ったことは一度もないんだよね。どっちかって言うと携帯ゲーム機派」

「???」

 別に人形好きの男子がいないとも人形好きが悪いというわけでもないのだが、この幻想郷でも同じように人形遊びは女子の嗜むものというのが一般的な認識のようだった。

「・・・・・」

 常識を覆されたと驚いているのか自分の非を認めたくないのか、メディスンは軽くうつむいてもじもじと黙りこくってしまった。

 その様子は少し不憫にも感じた、と言うよりもこのまま親密になれずに気まずい空間で終わりたくはなかったので、友希は一歩前へ踏み出して自分から行動してみることにした。

「人形のことはよくわからないけど、お前の考えが全部間違ってるわけじゃないと思う」

 外の世界において人形とは、可愛いもの飾って趣を感じるものという側面のほかに、古来より魂を宿すもの呪いの媒介とするものなど霊的な側面も強い。それも人間の自分勝手な感情に動かされる、あくまで物言わぬ偶像として。

「人間ってあくまで自分たち中心で考えるから、命あるものと思って心からかわいがってくれる人間でさえどこかそういうおざなりな意識が頭の片隅にあると思う。でもよく考えてみてくれよ? 本当に要らないものなら最初から作る必要はないし、手に入れたいとも思わないだろ?」

「どういうことよ」

「つまり、人形は人間にとって必要なものってことだよ。どれだけ簡単に捨てられようと、必要のないものは作られすらしない。もちろん俺たちにも非は当然あるけど。恨んでた存在をすぐに好きになれってそれは無理だと思うけどさ、ちょっとずつ人間の良いところも探してみてくれよ」

「・・・・・」

 毎度のことながら根本的な解決になっているのかどうか怪しい。思ったことをただ口にするだけの慰めだが、少しでも双方にとって何か救いになればと友希は心からそう思ったのだった。

「まあ、観察するのは女の子だけにしといたほうがいいかなぁ? 男はあんまり人形遊びとかしないだろうし、大人は色々と嫌な印象を与えてより嫌な気持ちになる可能性があるし・・・」

 人間が勝手な生き物だっていうのは友希自身前から感じてはいたが、こうやって外の世界ではありえないような事象や存在について体感し考えさせられなければ人形の悩みなどには一生気づかなかなかっただろう。

 不思議な幻想郷の抱える人間と妖怪の確執と言うのはこれからも付きまとっていくようなそんな気が友希にはしていた。果たして人間が悪いのか、それとも妖怪が固定概念を強く持っているのか。はたまたそれ以外の何か要因があるのかどうかはまだわからない。

 と、そんなこんなで徐々に空の色が暗くなっていることにふと気づく。

「まあ、友達はそんなに無理強いするものでもないし、また今度ってことで」

「・・・いや、なるわ。友達」

「「えっ・・」」

 仰天と言うほどではないが、いったいどんな気の変わりようだと友希はヤマメと二人して目を丸くする。

「そんなに偉そうに人間のこと言ってくるんだったら、あんたに付きまとっていろいろと聞き出してやるわ! そのほうが手間もかからないだろうし!」

「・・・付きまとうって、俺今から紅魔館に帰るんだけど?」

「えっ。あそこって怖い吸血鬼がいるところじゃ・・・?」

 理由は何にせよ、知らない土地にまた知り合いができたことは友希にとって喜ばしいことである。

 あとは呪い殺されるようなことがないようにだけ気を付けておくべきか。

「さっすがメディスン! 話が分かる!」

「友達はいいけど、付きまとうのは・・止めにしようかな・・・」

 ヤマメとメディスンはとても仲がいいように見えるのだが、冷静に考えると地底とこの花畑にはそれなりに距離がある。にもかかわらずどのようにして知り合ったのか少し不思議でもある。

地底にいる妖怪はあまり外には好き好んで出てはこないと聞いたが、ヤマメに関してはそんなことはないのだろうか。それは様子を見て居れば大体わかった。

 

 

 

友希にとってはこれで完全に一件落着した気でいたのだが、何と事態はこれで終わりではなかった。

見知らぬ人との会話も、人間が故の軽蔑の目も、今はすべてが払拭され晴れ渡った気分で、友希はますます夕焼け空に染まった大空を呆然と眺める。

そんな折、後ろでヤマメと軽くじゃれあっていたメディスンがとある提案をしてきたのだ。それが、友希にとってまた新たな悩みの種を生むとは少しも思わず。

「あっ、そうだ!」

「ん? どうかしたの、メディスン」

 気を抜いていた友希も、この時には何かよからぬことが始まりそうな予感がしてメディスンの方にチラッと目をやった。

「この際だから幽香とも友達になれば?」

「え・・・」

 ヤマメが固まった。そしてその場の空気も一気にピリついた。

「えっと・・でも、それって・・・」

「・・・・・」

 当の緑髪の女性、幽香はさっきからずっとそばの花壇に水をやって背を向けている。しかもさっきからの話が全て聞こえているであろうにもかかわらず、こちらのことなど意に介さないといった様子で黙々と作業を続けているのが余計に気まずい。

 友希にはこのピリつきがいったい何を意味しているのかいまいちよくわかっていなかったが、なんとなく幽香という女性にとって友達という言葉は良くなかったのかと勝手に身構えてしまう。

 この話題を持ち出されなくとも、その眼つきや雰囲気からあまり他人に興味がないのが容易に分かる。それくらい近づきがたいオーラを放っているのだ。外の世界にもここまであからさまな人はそういない。

「えっと、なんかまずいの?」

「いやあ、まずいというかなんというか・・・。彼女ははあまり他人とは関わろうとしないことで有名なんだ」

 ヤマメのもとに近づき顔を寄せ、非常に小さな声で状況を確認しあう。

 そして友希の予想は当たらずも遠からずという感じだった。

 さらにおそらく、メディスンはその事実を知らなかった。有名だといっているのに全く知らないなんていったいどれだけ世間知らずなのかこの人形。もしくは空気が読めないのか。

「どういうこと⁉ そんなの初耳なんだけど⁉」

 当の本人はなかなかいい反応だ。

 しかし困った。どうにかしてこの気まずい空気を変えなければ。そう思う気持ちはここにいる三人とも同じであったが、いかんせん幽香の懐に入り込むのは恐縮だった。事実確認をしてしまってからではなおさらである。

 とはいえこの状況はまるでよく知りもしない他人を噂だけで仲間外れにしているようで気分のいいものではない。

 らちが明かないことを焦ったのかヤマメが果敢にも切り込んでいく。

「そ、そうだ・・」

「いらないわ」

「・・・・・。え?」

 一瞬。

 耐えかね何の考えもなしに発したヤマメの言葉は、内容が明かされることのないうちに真っ二つに両断された。

「誘ってもらって悪いのだけど、友達なんてものには興味ないの。私」

 興味がないとは、言葉の返しようがない。

無駄のない、そうですかとしか言いようがない無慈悲な返答である。

 「なぜですか」と、「どうしてそんなこと言うのですか」と問うことも考えたが、ただでさえ委縮していたというのに希望のない言葉。友希の気持ちはすでに折れかけていた。

 それにだ、友希は本心から幽香と友達になりたいとは思っていなかったのだ。

怖い、近づきがたい、どうすればいいかわからないから適当にメディスンの提案に乗っただけ。そんな男に反論の余地はもちろん権利すらない。

むしろ、ついでで事を済ませようなどと、あまりにも失礼なことを考えた当然の報いとして友希は自らを恥じた。

「・・・今日はもう遅いわ、早く帰りなさい」

「・・・・・」

 この気まずい状況を誰も晴らすことができず、夕日に向かい、こちらに背を向けて花畑の奥に消えていく幽香をただ見つめることしかできなかった。最後の言葉に感じた優しさだけが唯一の救いだ。

 今日という一日を友希は一生忘れることはないだろう。

 無念、驚愕、恐怖、同情、悲しみ、後悔。数多の感情が渦巻き深く理解をすることに今までで一番苦労させられたからだ。何より死んでまた違う世界で生き返った、この経験こそがすべてであると感じざるを得ない。

その後、ヤマメの親切を断って一人で紅魔館の門をくぐった友希は、咲夜に促されるままに部屋に入り、大きなベッドに寝転がりながら思案を巡らせたのだった。

友達という存在についてこんなにもいろいろ思わされたのも友希にとっては今日が初めてであった。

やはりどこの世界でも現実とはうまくいかないもので、未だに多くの不安要素が残っている。と言うより、当初より多くなっているような気もする。

「入りますよ。友希さん、夕食の準備が整いました・・・が、さすがにお疲れのようですね」

 ノックに対する返事がなく、彩りの良い豪勢な食事を持って入ってきた咲夜だったが、そこには着替えもせずに夢の中に落ちた友希の姿が。

答えの出ない問答を頭の中で繰り返すうち、疲れから夕飯も食さず眠りに落ちてしまったようだ。

「仕方がありませんね。よい夢を」

 そう言い残すと、指をパチンと弾き、たちまち消えていなくなる咲夜。同時に友希の身体は掛け布団の中に綺麗に収納され、苦しくないようにカッターシャツのボタンも外されていた。

 濃密な一日だったが、幻想郷での奇妙で不思議な、『平凡』な人間の物語はまだ始まったばかりである。

 こうして友希の意図しないうちに運命の一日が幕を下ろすのだった。

 そしてこの時、にとりは。

「・・・完成だ。私に、不可能はないっ!」

 

 

第十話 完

 




最後まで読んでいただいてありがとうございます、作者のシアンです。
依然としてどうにもやることが多いことに変わりはなく、執筆活動にあてられる時間が少ないので更新が遅くなってしまいました。おそらくあと何年かはこの状況が続くと思われます。
今の私の予定では別シーズンをまたいでこの作品を続けていくつもりなのですが、どうにも続けていくのが困難になった場合はこのfastシーズンだけで終わらせようと思っています。不本意ですが。
まぁまだ10話なのでこの話は早すぎましたね。何話分になるかは分かりませんが少なくとも各シーズンはキリのいい形で終わりますので。

さて、皆さんはお気づきでしょうか。今までの10話分がすべて一日の話だったということに。幻想入りしてからまだ一日目でこの濃さは書き出している私としてもびっくりです。

次回はついに仮面ライダーの登場回です! いったいどういう風に登場するのか。誰がどのように関わってくるのかなど乞うご期待です! 仮面ライダーのことを知らないという人でもその魅力を伝えられるように頑張って綴りますので、どうか暖かい目で見ていただけるとありがたいです。


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第11話 This's the 仮面ライダー!

妖怪、幽霊、神。様々な怪異が共存し同時に牽制しあう、外界の記憶から忘れ去られた者たちの集まる世界『幻想郷』。そんな常識を外れた世界へ意図せずして『幻想入り』してしまった一人の男・一夜友希は、とある吸血鬼の館の屋上で夏の灼熱にうなだれていた。周りの環境が環境なだけに半ば強制的に心機一転を余儀なくされた友希だったが、それでも不安を完全にぬぐいきることはできるはずもなく。そんな彼を取り込んだ幻想郷にかつてない危険が迫っていようとは未だ誰もが予期していなかったのだった。そしてそれを打ち砕かんとする、とある『概念』もまたすでに幻想郷へと落とされていたのだった。


さんさんと降り注ぐ、肌を刺すような日の光。

むき出しの地面は熱せられたフライパンのように熱くなり、まとわりつくような陽炎が夏真っただ中であることを視覚的に自覚させてくる。

肌を伝う汗、カラカラに乾いた喉、目に見える陽炎のぼやけと非現実的な幻想郷と言う名の響きが、何とも感じたことのない不思議な感覚に友希を誘う。

 身体の力を抜きながらそんな感傷に浸っていると、ふと後ろから聞こえた声に現実へと引き戻される。そんなことを休憩し始めてからすでに3回は繰り返していた。

「紅茶が入りました。どうぞ」

「んあ・・あぁ、ありがとうございます」

 だらしなく崩していた体勢を正し、支給された執事の衣装を整え、差し出され置かれたティーカップを自らの方に寄せる友希。

「お嬢様も、お飲みになってください」

「ええ、ありがとう咲夜」

 白い丸型のテーブルをはさんで反対側に座るレミリアは優雅に少量の紅茶をすする。

 今現在、テーブル全体を覆えるほどに大きな日傘のもと、紅魔館の屋上にて景色を眺めながらのお昼休憩のティータイムをしていたところだ。

 友希もレミリアの後を追わんと飲みなれていない紅茶に口をつける。

「・・・・・」

 紅茶とはどういうものかなど基礎的な知識も経験もないが、友希にはこの紅茶が『すごくおいしいもの』というふうにただ感じた。もう一度飲みたいとすら思った。

「・・・ほんとに咲夜さんは何でもできますよね。この巨大な紅魔館のメイド長として目を光らせるだけでなく、料理もすごくおいしいし掃除も完璧だし、時も止められるんですもんね」

「いえ、私なんてまだまだですよ」

 恥ずかしいのか咲夜は頬を少し赤らめながら手ぶりを交えて否定する。

「そんなに謙遜しなくてもいいわ、咲夜。時々詰めの甘い時もあるけれど、今友希が言ったことはすべて本当のことよ。私の自慢の従者なのだからもっと自信を持ちなさい」

 冗談交じりにレミリアが友希のフォローを入れた。

 しかしこれはレミリアにひどく賛同だ。時を止めることができると聞いたときはさすがに言葉を失った。こればかりは謙遜されたら逆にこっちの面目が立たない。

 ただ、口にはできなかったが、友希にとって咲夜の一番のポイントは・・・その美貌にあった。

整った顔立ちは可愛さと同時にカッコよさをも感じさせる不思議なもので、その白い肌やスレンダーな体系と相まって友希の心を鷲掴みにして離さない。

そんなことはとても言い出せない。

「それで、仕事の方は順調かしら?」

「うん、まだ館内清掃だけだし、これくらいなら」

 数日たった今では少し幻想郷にも慣れてきたであろうということで紅魔館での勤務に参加し始めていた。

 もとからにとりが友希の自宅を建設するまでの間紅魔館に住まわせる代わりに、咲夜の負担を少しでも軽減させるために執事として働くという約束を交わしていたのだ。

なので、咲夜が運んできた朝食を早々に食べ終えると、少数しか存在しないという男用の奉仕服、つまり執事服を出してもらい着替えを促された。それからは今の昼休みまでずっと咲夜に仕事のやり方を教え込まれていたのだ。

 仕事内容は今日の午前に行っていた館内の清掃や紅魔館の庭及び周辺の花壇の整備、食事の配膳、来客への対応など。どれもバイトの経験のない友希にとっても何の苦も無くこなせる業務だったが、何が一番きついかと聞かれればそれは力仕事でもコミュニケーションでもなく館そのものの敷地の大きすぎることである。

 一本の廊下だけでも裕に二百メートルはある上に、六枚が並べた大きなガラス窓がいくつも付いているため、これを全階層できれいにするのは並みの苦労ではないのだ。

 幸い友希には水になる能力があるし大体の感覚はつかめてきていたので脚立も水を汲んでくる手間すらもいらず、咲夜の助力もあったためかなり効率よく全館制覇を達成したのた。しかし今まで咲夜がこの途方もない作用を一人で担っていたことを思えば、彼女への賞賛の念と共に常軌を逸した離れ業に舌を巻く。

「午後は玄関周りにある花壇の手入れについてご説明しますね」

「咲夜も、まともな部下ができてうれしいんじゃないかしら?」

「・・・まともって、俺のほかにも誰かいるのか?」

「あら、気づいていなかったのかしら? 確かに紹介するほどでもないとは思っていたけれど、あなたの目には映っていたはずなのだけど」

 友希は特に気にしていなかったのだが、そういえば何人いるのかはわからないにしろ所々でちらほらと簡素なメイド服を身に着けた妖精やゴブリンがいることを思い出した。

 まともでないというのは少し言いすぎな感じもするが、確かに昨日の様子も見ただけでも咲夜にたびたび激を飛ばされていた。それを見ていた友希もあまりいい気分ではなかったことを覚えている。

「見たところ友希は能力のコツもつかめてきたようじゃない。あまり役に立たないようでは捨てられても文句は言えないとあいつらに伝えておいてちょうだい、咲夜」

「はい、かしこまりました」

 ・・・やはり、どれだけ見た目が幼いとはいえ吸血鬼。どんな部下だろうと使えないと判断すれば、即断で切り捨てるなんて慈悲のないこと。

一館の主として部下をまとめ上げるだけの器の大きさと、支配的かつ合理的な冷徹なる意思を持ち合わせているようだ。

 本当に、よく友達なんてものを快く受け入れてくれたものだと、友希は密かに冷や汗をかいてしまうのだった。

「そういえば最近、人里の物騒なうわさも聞くわね。暴動だとか妖怪に襲われただとか。まぁ誰が侵入しようと返り討ちだけれど」

「それ以前に美鈴さんがいるから大丈夫だって」

「確かに美鈴は優秀な門番よ。眠っていても気配には気づけるから。でも、爆睡しているときはそうもいかないようなのよ。爆睡して、その分働いて、疲れが来て爆睡の繰り返しよ」

「そういえば、初めて来たときも寝てて気づかなかったな」

「その後のお説教が効いて随分頑張ったようなので、次の日の昼頃は爆睡していましたけどね」

 レミリアも咲夜も少し困ったような顔をしたのだが、本気になってクビにしないのは彼女の頑張りをしっかりと買っているからだろう。それか、怠慢を帳消しにするくらいの何かがあるのか。

まだまだ紅魔館の内情についてはわからないことばかりだと友希は紅茶をすすりながら思った。

「そういえば友希さん、今朝にとりから何か受け取っていたみたいですけど、いったい何を?」

「ああ、それはですね、言うなれば『超すごいもの』です!」

 友希は待ってましたといわんばかりに席を立ち、その物品を取りに行こうとしたのだが、まさにその時だった。

 

ボガンッ‼

 

「っ!」

「言ったそばから・・・」

 何かを悟ったのか冷静にカップを受け皿に添え置くレミリア。

 突然の爆発音に警戒しながら、二人同時に屋上の柵から身を乗り出し、音のした玄関広場の花壇に目をやる友希と咲夜。

「ぎゃははははは! この館全て破壊してやる! んでもってついでに金めのもんでも奪って自由になってやるぜ、ぎゃはは‼」

 いかにも悪者が言いそうなセリフを吐き、またしても悪者のテンプレートのような濃い顔面と図体の、おそらくは・・・耳のとがっている、ゴブリンだろうか。が、突撃してきたのだった。

「あいつどっかで見たことあるような・・・。いやみんな同じような顔だから気のせい?」

 姿そのものだけではなくこの強襲の感じに友希は身に覚えがあった。しかしそんなことより・・・。

「あいつ、身の程ってもんが分かってないのかよ⁉」

 そう、ここは巨大な紅の洋館。外から見てもゴブリンごときが乗り込もうとする場所ではないはずなのだ。しかも単身で。

「全く、愚かにもほどがあるわ」

 この事態にレミリアも咲夜も動じる様子はない。

「おかしいですね。彼はうちで働いているゴブリンです。確か粗相をしたので外で反省させていたはずなのですが・・」

 やはり友希の感覚は間違ってはいなかったようだ。あれは紅魔館で勤務していたゴブリンだった。

 しかしだとすればこの館がどれだけ恐ろしいところか十分に理解しているはずである。にもかかわらず威勢よく謀反を起こすとはいったいどういう風の吹き回しなのか。

それにゴブリンは人間よりは上でも妖怪やモンスターの括りではかなり下位に位置する存在のはず。そういった意味でもこの行動はあまりにも愚か。

まさか幻想郷では吸血鬼をしのぐほどの力があるのかないのか、どちらにせよ友希には好都合だった。

「掃除してきます」

 咲夜が柵に手をかけ力を籠めると、その腕を不意に友希がつかむ。

「ちょっと待ってください! 実は試したいことがあって、ここは俺に任せてもらえませんか?」

 まさかの申し出に咲夜だけでなくレミリアも目を丸くする。

「大丈夫なんですか⁉ いくら不死身ともいえる能力を持つ友希さんでも、まだ完全には使いこなせてないんですよね? 雑魚とはいえ、ただの人間では太刀打ちは難しいですよ」

「ただの人間なら・・ね!」

 そう言って屋上の館内入り口から息まいて突入していく友希だったが、咲夜は不安が募るばかり。そしてそんな屋上の面々には目もくれず、依然として破壊活動を続ける侵入者。

「オラオラァ! 誰もいねぇわけねぇよなぁ! それとも俺にビビっちまったのかぁ⁉」

「あぁ、せっかくの花壇が。これは、幽香さんになんと言えば・・・」

「それは、罰として美鈴にやらせればいいわ」

 何もできず、ただ崩れ行く花壇を見つめるだけのもどかしさを感じる咲夜をよそに、突き破られた門の外で大きな鼻ちょうちんを作りながら爆睡する門番のなんと呑気なことか。

 激しい爆発音、眼球を突き刺すがごとくの閃光。

ステンドグラスを通して彩られる玄関大広間を越え、爆風吹き荒れる戦場へ飛び込んだは、勇気か無謀か、たった一人の人間の男!

「おい! やめろ!」

 玄関の大扉を勢いよく開けて飛び出した友希だったが、すでに先ほどまでの綺麗な花壇は見る影もない。

「あぁ・・? んだよ、人間なんかお呼びじゃねぇんだよ。さっさと失せろ! それともそんなに死にてぇのか?」

「残念だけどよ、もう一回死ぬ気はない!」

 啖呵を切ったのは良かったが、実のところ友希はめちゃくちゃビビっていた。

友希自身がこうも大胆に行動したのは中学の頃の合唱コンクールの壇上でスピーチをした時以来で。前提として人前で発言するような目立つことはほぼNGの、心配性で緊張しいである友希にとってこの状況は新鮮でかつ足の震えを抑えるのがやっとだったのだ。

たとえ、強大な英雄への一手をその手につかんでいようとも・・・。

「俺ならできるんだよな・・・。いや、もうやるしかない!」

「ごちゃごちゃうっせぇ! 死ね‼」

「友希さん!」

 いきり立つ異形が友希めがけて突進を始める。

 屋上からのぞき込むメイドが激を放つ。

 同時に、友希の腰には蛍光色の奇怪なカラクリが巻かれていた。

「・・・」

 自信を奮い立たせるため大きく息を吸い、迫りくる悪を鋭く睨みつけ、そして、叫ぶ‼

「変身‼」

『マイティアクションX!』

 友希の手に握られたピンク色のデバイスから高らかにその名が宣言されると、桃色の波動と共に友希の背後に文字と映像の不思議なビジョンが映し出され、その中から謎の茶色いブロックがいくつも飛び出してきた。

 その勢いで突進が逆に阻まれ吹き飛ばされていくゴブリン。

 さらに間髪入れずに友希はそのデバイスを腰にしたカラクリに差し込む!

『ガシャット!』

 するとどうか、友希の周りを中心に謎のパネルと思しきものが次々と展開していく。

 そしてそのパネルの一つに友希が触れたかと思うと、けたたましい歌と共に今度は友希の身体がピンク色の光に包まれていく。

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム⁉ アイム ア カメンライダー!』

「何だぁ⁉」

「くっ、これは⁉」

 包む光のまぶしさについ目を覆ってしまう周囲の一同。だが、それもつかの間、すぐに元の光度に戻り、ゆっくりと目を開く。すると・・・。

「えぇっ⁉ 何ですかそれ⁉」

「あはははっ! 面白い人間だとは思ったけど、まさに想像の斜め上を行くわね! 咲夜、降りるわよ!」

 驚きを隠せない咲夜と喜びに沸き立つレミリア。

 先ほどまで友希がいたそこには何とも愛嬌のある、二・三等身ほどのキャラクターらしき影が。

ピンクの反り立つ髪、ボテッとした白を基調とする胴体、それに見合った同じく白い短く太い手足。そして一番目を引くのは、ゴーグルのような造形の中にある絵にかいたような愛らしさ満点のオレンジ色の瞳。

「てめえ! ふざけてんのか⁉」

 このシリアスな戦場の雰囲気に全くふさわしくない風貌のその「何か」を見てさすがに馬鹿にされていると感じたのか、ゴブリンが声を荒げる。

だが今の友希にはその声が届かないほどの感動が津波のように押し寄せていた。

「すげぇ、マジだ。マジで変身できてる! やったぁ‼」

 この反応からするに目の前の生き物は友希で間違いない。

変身の効力なのか、想像される質量では考えられないほどの高度でピョンピョンと跳ね、嬉しさを爆発させる友希。

「ぶっ殺してやる‼」

 やっとと言うべきか、ついにしびれを切らしたゴブリンが友希めがけて再び突進をしかける。が、そんな威勢もすぐに凌駕されることになろうとはこの時のゴブリンは思いもしなかった。

「はっ!」

 歓喜の跳躍から着地したのもつかの間。勢いそのまま思い切り地を蹴り、屋上から飛び降りてきたレミリアと咲夜を置き去りにして、友希は相手の顔面めがけて頭から突撃をかました。

 これが思いの他効いたのか、ゴブリンは立ち上がるもよろめき立つ。

 そしてさらにそんな状態のゴブリンのことなど意に介さず、変身した友希はすぐさま次の一手に出た。

「はっ! ほっ! ジャンプ力もっ、めちゃくちゃ、上がってるっ!」

 やはりその短い脚からは想像できないほど機敏に、空中に静置したブロックを飛び渡っていく。

 何を思ったのか、おもむろに上にあったブロックを拳で破壊する友希。

するとブロックは砕け、中から何やら絵柄の書いた黄色い色をしたメダルのようなものが飛び出してきた。

「思った通り! アイテムゲット!」

『高速化!』

 友希がそのメダルに触れた途端、効果音と共に体が黄色く発光しだした。

 やっと立ち直ったのか、すぐさま友希の方へと向き直るゴブリンだったが、メダルの宣言のとおり効果が付与された友希はすでに目にもとまらぬ速さでゴブリンに対し体当たりの連撃を食らわせてゆく!

「お嬢様、あれはいったい・・どういうことなのでしょうか・・・」

「姿を変化させる存在ならいくつか知っているけれど、あそこまでまるっきり別の姿になるのは・・。おそらく、時折友希の言ってた仮面の何とかって存在はあのことかもしれないわね」

「するとあれは、にとりさんの開発したものなのですね」

「本当に、友希も河童も飽きさせないわね!」

 謎のキャラクターと化した友希の戦いを見つめながら未だに深々と考察に興じる二人であったが、同時にかなりの戦闘の音が鳴り響いているにも関わらずまだなお眠りこける美鈴に対し、静かに呆れはててもいたのだった。

「調子に乗るんじゃねぇっ!」

 劣勢に見えていたゴブリンだったが、さすがは単身で乗り込んでくるほどのことはある。突進してきた友希のでかい桃色頭部を全身で受け止めて、大きく振りかぶり地面に叩きつける。

「ぐあぁっ!」

 今度はその図体らしく鈍い音を立てて転がっていく友希。さらに怒れる異形は起き上がらせまいとすぐさま強烈な追撃を放ってきた。

「おらおらおらぁ‼」

 一撃一撃に力を込めた凶悪な拳やひざが容赦なく変身した友希の身体に叩き込まれる。しかし、友希はその間もずっと受け身の体制でスキを窺っていたことにゴブリンは気が付いていなかった。

 友希自身も不思議ではあったのだが、戦闘はおろか取っ組み合いのけんかすらしたことのない自分がすんなりと力を発揮しているのは、何を隠そうこれこそが変身の与える大きな恩恵の一つなのである。

 変身とはその者の身体能力向上はおろか、ものによってはそれに応じた特殊な機能や精神的な影響をも及ぼし、変身者を根本から別人へと変えてしまいかねない文字どうりの人知を超えた力なのだ。

 そして案の定、攻撃を耐え続けた友希は相手の疲れによって生まれたスキを見逃さなっかった。

「今だっ!」

 勢いづいて大振りになったゴブリンの一撃を、図体を丸めるようにして脇の下を転がり抜けていく友希。そしてすかさず近くにあるブロックを手当たり次第に体当たりで破壊し、新たに別の赤色のメダルを手に入れた!

『マッスル化!』

 一口にすかさずとは言っても変身による力の増強は人間のそれをはるかに凌駕させるもの。ゴブリンをかわし形勢を整えるこの一連の動作は、おそらく咲夜には明確に視認することができなかったはずなのだ。そしてそれはゴブリン程度の低級妖怪にも同じこと。

 盛り上がった勢いを砕かれ少し反応の遅れたゴブリンに対して、友希は間髪を入れずに無防備になったヤツの背中に思い切り右ストレートを叩き込む!

 最初に取得した高速化の黄色いメダルに対し、赤色のメダルは一定時間の攻撃力強化を及ぼすのだ。

 再び言うが、変身とは変身者を本来以上の領域へと自動的に格上げするものである。変身をしている友希はもはや常人を凌駕する、それこそ昨日戦ったフランと並ぶかもしくは超えるかの攻撃力やスピードを(フランが本気ではなかったであろうことは別として)デフォルトで発揮することができるのだ。やはりそのおかしな風貌からは、そんなことは微塵も想像できないが。

 そんな強さの上からさらにメダル、正確にはは「エナジーアイテム」で速度や攻撃力を上増しすれば、それはもう凶悪であることは容易に想像できるだろう。

「ぐあぁぁっっ・・!」

 しっかりと視認できていないとはいえさすがは人間とは違って感覚で咄嗟に身構えたゴブリンだったが、完全に裏目に出てしまった。

 さらに強化された友希の一撃をもろに受け止めてしまったがゆえに、全ての衝撃を食らって激痛が走ったことだろう。

 案の定その場にうずくまってしまったゴブリンに対し、友希はさらに回り込み容赦なく蹴りの追撃を放つ!

 勢いよく吹き飛ばされたゴブリンはとんでもない勢いで正門横の美鈴の寝ている裏壁に激突し、レンガを崩壊させて埋まってしまった。

「ふいぃー・・・」

「なかなか強いじゃない。ちょっとよく見せなさいよ」

 一旦は緊張から解き放たれて息を吐きだしながら力を抜く友希だったが、休む暇なく興味津々なレミリアから隅々まで体を観察され困ってしまう。

「これが、にとりからもらったもの・・・。仮面の戦士、ですか?」

 咲夜が腰のデバイスと挿し込んであるアイテムを指さし友希に尋ねる。

「はい! この姿こそが正義の戦士、仮面ライダーエグゼイドです! この腰につけたのがゲーマドライバーっていうベルト、このピンクの、挿したのがガシャット。特にこれはマイティアクションXっていうアクションゲームなんです!」

 と、元気よく説明した友希だったが、大体予想できたことだが咲夜もレミリアもぽかんと口を開け何を言っているのか理解できないといった様子。

ここに来てからはゲームはおろかテレビすら見ていない。自然が多いことといい館の雰囲気といい、この幻想郷と言う世界は歴史も文化も外の世界ほど発展はしておらず、なおかつ友希の知っている各時代や場所の様相が混在した存在なのだと理解し、そして慣れず混乱もしていたのだった。

「と・・とにかく、この姿になれば友希さんも私たちと同じように戦えるということですね」

「そうですよ! 全然戦ったことがなくても大丈夫なんです! しかもこの姿だけじゃない、もっとたくさんのライダーがいて、生まれ続けているんです! ・・・分かりました?」

「まぁ、大体わかったわ。要は、心配はいらないんでしょう?」

(お嬢様、適当にお返しになりましたね)

「・・・・・」

 まあ分からなくても当然だろう。

 なにせ友希自身も本当に変身できるなんて思っていなかったし、初めてこの姿を目にしたときはとても先代のライダーのように戦えるとは思えなかったから。だいいち、急に説明をまくし立てられれば分かるものもわからないという話だ。

 そんなやり取りをしているうちに。

「ありえない・・・ありえない有り得ない‼ 俺様が、こんなふざけた野郎に‼ それもっ! 人間ごときにぃぃ‼」

 勝手にたまっていた怒りが爆発し頭に血が上って、緑色だったその肌が真っ赤に染まってしまっている。

 しかしそんなゴブリンとは逆に、大きな仮面の下で友希は笑っていた。それは他でもない、変身したことへの喜びと勝利への確信からくるものだった。

「人間だからってなめてるからそうなるんだよ。だいたい俺相手にそんなんじゃ、レミリアとやったって結果は同じだったに決まってるだろ。よくそんなんで殴り込んできたな」

「お、俺は・・・、俺は・・こんなもんじゃねえ! もっと強い! こんなはずじゃ・・!」

「「・・・・・」」

 明らかにおかしい。

 何がおかしいか、具体的に言い表すことはできないがここにいる皆がそう感じていた。

この全く根拠のない大きな自信にしろ、今の心配になるくらいの挙動の不審さにしろ、どう見ても普通ではなかった。

 あるいはレミリアと咲夜ならば気がついたであろうが、特筆すべき異常さはその目である。充血し瞳孔は震え、狂っているとでも言わんばかりの様相であったのだ。

「レミリア、咲夜さん、最後まで俺に任せてもらってもいいですか?」

「そうね、きっちりとけじめをつけなさい」

「いいですけれど、勝算はあるのですか?」

「はい」

 勝利への確信を持った理由。それは、このぽってりとした姿、攻撃は受けたものの勝負を優勢に持ってこれたこの姿が、まだ『レベル1』であったから。

 この戦士の力の根源は、先ほども友希が言った通りゲームである。

つまり、ゲームにつきものなもの。レベルアップがまだ残されているということ!

 二人に対してしっかりと返事を返した友希は、ゆっくり前に出るとその場で大きく腕を広げ、再びめいっぱいの息を吸いあげる。

 取り乱し地べたに膝まづくゴブリンをその目に据え、左腕を力いっぱい引き、右腕を鋭く左上に向けて突き出す!

 叫べ!

「大・変身!」

『ガッチャーン! レベルアップ!』

 突き上げた右腕で蛍光ピンク色のレバーパーツを思い切り展開すると同時に、ピンク色の光のプレートが出現、友希の身体を包み込んでゆく。

『マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!』

 そこから先は友希以外の誰一人として目の前で起きた状況を瞬時に理解したものはいなかった。

 ありのまま起きたことを話そう。

 まず世界がおかしなブロック状のコミカルな質感になったかと思うと、友希は高く大空にジャンプ。さらに空中でおかしな衝撃波を放ちながら強烈なキックを放つ。

さらにさらにそこから、急にオレンジ色の目がなくなったかと思うと顔が縮小化し、その裏から標準サイズの八頭身ボディが出現して再びレミリア達の目の前に降り立ったのだった。

 ピンク色のつんつんヘアーにオレンジ目の入ったゴーグル。同じくピンクの胴体に胸部を守るHPの入ったプロテクター。ところどころ黒の線があったり、蛍光グリーンのバングルがあったり、体系こそ常人となったがレベル1以上に奇抜な見た目にはなったてしまった。

 しかし見た目だけで判断してはいけない。

 混沌渦巻く幻想の世界に降り立ったは、縦横無尽にエリアを駆けてノーコンティニューで悪を討つ『究極の救急』。 仮面ライダーエグゼイド アクションゲーマーレベル2!

「やっと、まともなサイズになったわね。どうやったかは知らないけれど」

「奇抜ですが、私は割と好きですよ、その姿。どうやったかは知りませんけど」

「ですよね! かっこいいですよね! 俺にもわかりません」

 もちろん友希も、初めからこの全身真っピンクな姿をかっこいいと思えたわけではない。が、かっこ悪いとも思わなかった。むしろ、この姿が動いているところを想像するとわくわくが止まらなかった。

 そして案の定、実際に動いているところを見るたびにそのかっこよさに友希はしびれたというわけだ。

「さっきからころころと変な姿に変わりやがって、てめぇはいったい・・・何者なんだよぉっ‼」

 ここへ乗り込んできてから段々と様子がおかしくなり、今ではもはやおびえてしまっているゴブリンが友希に迫る。

 しかし、そんなことにはお構いなしに友希は高らかに名乗りあげる!

「俺の名は一夜友希! そしてこの姿は、アクションゲームの力で戦う正義の戦士! その名も仮面ライダーエグゼイド! 覚えておけ!」

「仮面ライダー・・エグゼイド・・・?」

 聞きなれない単語に、しっかりと吟味するように復唱するレミリア。

 友希本人も初めてながら、かっこいいセリフを何の辱さもなく言い放った後の何とも言えない開放感と満足感に早くも癖になってしまいそうだった。

「・・・っ!」

「っしゃぁ! かっこよく決まったし、そろそろ終わりにするか!」

 友希が宣言したことで完全に委縮してしまったゴブリンに対し、先ほどとは比べ物にならないほどの驚異的な脚力で一瞬にして詰め寄り、ほぼ同時に胸部に強烈なキックを叩き込む!

 その反動で友希は一回転の後着地、ゴブリンは館壁に激突する。

「な、何ですかっ⁉ 敵襲⁉ 敵襲ですか⁉」

「はぁ、やっと起きたわね、美鈴。しばらくそこでおとなしく見ていなさい」

「はえ? 咲夜さん、これは⁉」

 激しい戦闘とベルトからなるけたたましい音声のおかげでさすがの美鈴も眠気がそぎ落とされていったようで、ボロボロになった門からひょっこりと顔をこちらにのぞかせこちらを確認する。

『ガシャコンブレイカー!』

 友希が手前に手を出すと、ABボタンのついたミニサイズなハンマーが出現。

「うおおおおおっ!」

 ほどなくして、巻き上がった土煙の中から半ば勢い任せに友希に向かってゴブリンが突進してくるが、それに合わせるように友希の方からもゴブリンに向かって迎え撃つ。

「おらあっ!」

 ゴブリン決死のパンチも虚しく友希のハンマーに軽くはじかれ、そこへカウンターを放たれる。

 その一撃は軽そうに見えて実はかなり重いようで、ゴブリンは体感のよろめきを隠しきれない。

 これを好機と見た友希はすかさず付属のAボタンに触れる。するとハンマー内部から鋭利なピンク色の刃が出現し、ハンマーモードからソードモードへと変形をして見せたのだ。

『ジャ・キーン!』

 刃を突き立て大振りの斬撃を敵めがけて放つ!

「はあっ!」

 そこからはアクションゲーム特有の身軽なジャンプアクションをいかした連斬連撃の応酬である。

フラフラながらも反撃を試みようとするゴブリンだったが、四方八方からの斬撃に翻弄されるばかりか、反撃できたとしてもいともたやすくいなされてしまうのだ。

 さらには友希が空中のブロックを利用することで、基本値以上のアクロバットな技も確実に決めてゆく。

「人間とは思えないほどの身軽さね。これがライダーの力と言うことなのかしら」

「それに、あの変形する武器もかなり多彩な技を繰り出せるようですね」

 レミリアや咲夜の強さはもちろん並の人間を凌駕しているのだが、目の前で行われている特殊な戦いには興味を示しているようであった。

 次に友希は連続攻撃を食らわせながらBのボタンを三回連続で押し込んだ。

「・・・!」

 連撃を全て防ごうとして完全に疲弊してしまっている、よろめき立つゴブリンの腹部に向かって再び大振りで横一閃を振りぬく友希。

 するとどうか、一撃を放ち終わりすでにゴブリンの背面に友希が立っているにもかかわらず、斬撃によるゴブリンへのダメージは初激の一回とその後どういうわけか遅れてきた二回の計三回分だった。

 それだけではとどまらない友希は、ふり返りざまにBボタンを二回押し、再びゴブリンを切り裂く。

「ぐっあぁぁぁ‼」

今度は上から下へ向けて放った斬撃が直撃したのち、連続して逆の下から上へ駆けあがるようにゴブリンに斬撃が襲い掛かる!

「すごい・・・。どういう原理かは全くわからないけど、とにかくすごい!」

 変身しただけでなく超人のように動き回り、普通に生きているだけでは体感できない全く新しい世界が開けたように感じた。

 「自分の好きなものを共有したい」。そんな軽い気持ちでにとりにライダーのことを教えたつもりだったが、まさか実物を作ってしまうなんて・・・。

もちろんすごいのはにとりだが、それ以上に幻想郷という世界そのものの持ちうる可能性の幅に友希は感嘆のため息をつくばかりであった。

「ああ・・・、はぁ・・はぁ・・」

 ゴブリンは完全に満身創痍、見るも同情したくなるほど顔色から何からもうボロボロである。

「もう相手は戦闘不能でしょうか?」

「たとえそうだとしても、我が紅魔館に喧嘩を売った罪は思いわ。そろそろ終わりよ!」

「最後はもちろん、必殺技で決まりだ!」

『ガッシューン!』

 ベルトに挿してあったガシャットを引き抜き、仮面越しに息を勢いよく吹きかける。そして、ベルトの右横についている小型のホルダーの最上部に勢いよく差し込む!

『キメワザ!』

『バ・コーン!』

 ガシャコンブレイカーを再びハンマーモードへと変形させ、Bボタンを計六回連打。

「おらぁぁぁっ!」

 すぐさまゴブリンとの合間を詰め寄り、下から一気にかちあげる!

 すると友希の思惑通り、体の浮き上がったゴブリンは六回連続分の叩き上げを次々とくらいぐんぐんと大空に打ち上げられていく。

 その隙に友希は淡々と近くにあったブロックを破壊しお目当てのアイテムを手に入れた。

『ジャンプ強化!』

 その宣言どうり地を蹴った友希は驚愕のジャンプ力を見せ、瞬きほどの速さで先に飛ばされたゴブリンよりも上部に到達。その場でつかの間の制止、体制を整えた。

 未だスロットホルダーではガシャットからエネルギーチャージの駆動音が鳴り続けている。

 強制的に空中に投げ出されたゴブリンはその余韻で今も若干の回転を見せていたが、その恐怖に打ち震えた瞳にははっきりと右足裏をこちらに向け最終攻撃の準備を整えた蛍光ピンクの戦士の姿が映しだされていた。

「これで終わりだっ‼」

「・・・っ!」

溢れ出た気合と共にスロットのボタンを押し込む!

ためにため込んだエネルギーが一気に右足に集中し吹き上がるのが地上の咲夜から見てもはっきりとわかった。

奴の胴体にその右足がめり込んだのはそのすぐ直後だった。

だがその一撃は一撃などでは終わることはなく、アクションゲームの特性を生かしたエグゼイドのお家芸ともいえる空中での二段ジャンプ。そして流れるようにその場で回転を繰り返し、二撃・・三撃・・と様々な箇所に確実に重い一発が直撃する!

レミリアも咲夜も美鈴も、誰もその目の前で行われる攻撃にただ何も言わずに見つめるだけであった。

羽をもつレミリアやあるいはこの世界の常識的に飛行が可能な咲夜なら、あんな攻撃は造作もないことなのだ。

しかし瞳に映るのは奇怪な姿をしたピンク色の仮面の戦士。しかも中身は外の世界から来た人間。

まさに幻想。この世界の摂理ともいわんばかりの無理やりな事象の混合が、今目の前で繰り広げられていたのだった。

そしてついに、幾度の蹴りを叩き込み最も強力な最後の蹴りを放ったその瞬間、すでに何度も聞いた甲高い威勢のいい宣言がガシャットから放たれる。

同時に空中を覆うように紅魔館を見下ろすかの如く、その宣言もとい必殺技の名がバン!と映し出される。

その名も!

『マイティ クリティカルストライク!』

「はあぁぁぁぁぁっっっ‼」

 爆風爆音とともにゴブリンの身体が元花壇のあった広場に勢いよく叩きつけられる。

 その威力は地面のタイルが剥がれて隆起してしまったほどだ。

 すべての攻撃を終えてレミリアと咲夜の近くに再び空中二段ジャンプを駆使してふわりと着地した友希は、地面にめり込んで動かなくなったゴブリンの姿とつかの間の沈黙を吟味しながらその場で静かにたたずむ。

 もはや何を思ったのか、ゆっくりと這い上がり目の前の戦士の背に向けて右手を伸ばすゴブリン。

 が、すでに気力も体力もそこを尽きたのだろう。何もできずただその場に顔面から崩れ落ちるだけであった。

「ぐはっ!」

 必殺技から流れ込んだエネルギーが一気に暴発したのだろうか。

倒れこんだゴブリンは友希たちの目の前で大爆発を起こし、爆炎の熱気と真っ黒な黒煙が辺り一面に広がったのだった。

炎の持つ橙色の灯りが辺りを照らし風景を暗化させ、それを受けて桃色のライダーエグゼイドの眼光が鋭く輝くのが妙に印象的で、何とも言えない威圧感を放っている。

 その姿に咲夜は、今まで吸血鬼の従者として仕えてきた後にも先にも強く生きてきた彼女が、おそらく初めて固唾を飲むということをした。それほどまでに身を焼くような衝撃に見舞われたのだった。

「キマった・・・」

 友希も同じようなことを考えていた。というより実は意図して一連流れ・演出を作り出していたのだった。

「それで、キマったのはいいのだけれど。あれはいったいどうするのかしら?」

 レミリアの指さす先には先ほど爆発四散したはずのゴブリンが。

 爆発したとはいえ本当にぐちゃぐちゃに目も当てられないほど木っ端みじんになったのではなく、先ほども言ったようにあくまでエネルギーの暴発なので真っ黒こげですんでいる。しっかりと息もある。

「どうするって・・・目を覚ましたら事情聴取じゃないの?」

「そっちじゃないわよ! 花壇の方よ!」

「彼のことはこの私、紅美鈴にお任せください! あれだけボロボロなら、多分もう変な気は起こさないでしょうし。それにしても! かっこいいですね、これ!」

 今まで何もできず呑気に睡眠と傍観をしていた美鈴が、ここぞとばかりに門から出てきて主張をしてくる。

 そして注目の先はやはり友希のその姿である。

「あ、分かります? 仮面ライダーの良さが!」

 美鈴に対して不信な感情を抱いているのは他の紅魔館の面々だけなので、おだてられるままに気分を良くした友希は二人にかまうことなく軽快に解説し始めるのだった。

 横ではやはり呆れ顔のレミリアと眼力鋭く美鈴を睨みつける咲夜であったが、当の美鈴はその雰囲気に気づいていながらも何とか飲まれまいと明らかに不自然に友希に絡んでゆく。

 この時をもって完全にこの騒動は収められたとばかりに思われたがまだはっきりとしないことがある。

ゴブリンの異常なまで行動の数々だ。少なくとも今までにこんなことは一度もなかった。

あの奇妙な赤色の目もそうだが個々では力の弱いゴブリンが単独で犯行に及ぶこともおかしい。さらに咲夜からの発言もあったが、今回の首謀者となったゴブリンは紅魔館に雑用係として所属していたゴブリンだったのだ。咲夜の言動から元々こういう野蛮なことをするような兆しはなかったようなのだが、結果的に行動に移してしまっている。

友希は咲夜やレミリアが見誤ることはないはずだと根拠に乏しくともそう思っていたし、当の二人もいったいどうしたことかと疑念を持たずにはいられなかった。

しかしながらこの場にいる誰もが今回の騒動を真剣に重く受け止めようとは思っていなかったのであった。一応酒の場の肴程度に頭の片隅に置いておこうと、その程度の認識でしかなかったのである。

だが、まさかこの騒動が幻想郷を混沌の渦に巻き込む前代未聞の事件へとつながることになろうとは、この時は誰も想像すらしていなかった。

「あぁーーーっ!」

 その場にいた皆が驚き、声の聞こえた紅魔館の上の階を見上げる。

 そこには三階の一部屋の窓からこちらを指さし体を乗り出しているフランの姿があった。

「いいないいな―! 私もその変なのになりたい! なんなのそれぇっ!」

 そんなフランの興味を受け、得意げに拳を突き上げながら高らかに言ってやる友希。

「これが、仮面ライダーだ!」

 その仮面の下で友希は、精一杯の笑顔を見せていたのだった。

 

 

                                  第十一話 完

 




どうも! 作者の「彗星のシアン」です!

さて今回投稿を開始して11話目にしてやっと仮面ライダーを登場させることができました!(まだ11話かよ! 投稿ペースが遅すぎるだろう!)
この回を紡いでまず思ったことは「戦闘シーンを文章で表現するのって難しい!」ということでした。戦闘シーン自体は前の回にもありましたが何よりも仮面ライダーの戦闘は独特な設定や不思議なシーンが多いので、映像や画像を使用しないぶん「どうしたら自分の頭で思い描いた戦いを文章だけで表現できるか。伝えられるか。どの表現が一番しっくりくるか」などない頭を振り絞ってかなり苦労しました。早く慣れたいですね。

なぜ初登場の仮面ライダーがエグゼイドなのかは以前の回の後書きでも触れたと思いますがこの物語を想像した時が、またこの物語の舞台の時代が仮面ライダーエグゼイドの放送開始をした当時だったからです。なので今後登場するライダーやフォームはある程度登場の時系列に従ったものとなります。もちろんエグゼイド以前のライダーについてはそれには従いません。

そして最後に触れておきたいのはライダーの登場方法についてです。と言うのもこの物語も例には漏れず二次創作作品なわけですので、ライダーを登場させると言っても本人を登場させるのかオリジナルのライダーを登場させるのか、いろいろとあります。
この東方友戦録においてはオリジナルの主人公がすべてのライダーに変身できる(ようにしてもらった)んですね。
本当にすべてのライダーに変身できるのか。何も制限はないのかなど疑問は出てくるかとも思いますが、そこら辺の設定についても作中でしっかりと触れていく予定ですのでお楽しみにしていただけると幸いです。

まだまだ物語を紡ぐことに慣れていないうえ時間もなかなか確保できない状況ではありますが、これからも地道にですが投稿を続けていこうと思います。今回も最後までご清見ありがとうございました!
次回は早くも新ライダーが登場! さらには物語にも不穏な暗雲が立ち込める⁉


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第12話 剣と正義と快楽と

仮面ライダーの初陣から程なくして。まるで何事もなかったかのように時が進むなか、友希は咲夜と共に人里を訪れていた。友希にとっては初めてだった戦いの興奮などそう簡単に晴れるわけもなく、意中の相手と二人で行動している状況も相まって落ち着かぬ様子で里中を練り歩く。しかし人里は今何かよからぬ状況にあると聞かされていた。何事もなく里を出られるはずなどなかったのだった…。


 あのゴブリン騒動からわずか二時間後、そろそろ傾きだしたカンカン照りの太陽に照らされながら、友希は咲夜と共に自然的にできた無整備な林道を黙々と進んでいた。

 しかしながら、友希は未だに先ほどの余韻から抜け出せずにいた。

 もちろんかねてからの夢であった仮面ライダーへの変身や妖怪に対して対等以上に戦うことができた喜びがあったことは言わずもがなであるが、それよりもこの余韻はあまりにも自然にかつすぐに日常生活に戻っていった周りの反応に対する驚きと不自然さが大きかったせいもある。

「あの、咲夜さん・・・?」

「はい? どうかしましたか?」

 たまらず咲夜に話しかけるが、いかにも何かあったのかと言わんばかりの顔で友希に対し疑問符を投げかけられたものだから、あたかも自分がおかしいんじゃないかと錯覚してしまう。

「いえ、その・・。あんなことがあったのに、結構みんな平然としてるなって思ったんですけど・・・」

「そんなことはありません! まさか友希さんにあんな姿に変身する力があったなんて、私は久々に興奮しました。今でもそうですよ」

「それはにとりのおかげですよ。俺が最初から変身できたわけではないです。って、そっちじゃなくて、ゴブリンのことですよ! 玄関前の庭だってボロボロになったじゃないですか!」

 にとりの力添えあってこそのライダーへの変身だったのだが、咲夜にほめられたのは素直にうれしかった。しかしだ、友希が問うているのは騒動に対する意識のことであり、もっと動揺したり対処に追われたりと普通ならそうなりそうなものだが。

「実はあれくらいの惨事は日常茶飯事なんです。止められるものならば止めますが、そうでないときも少なくはありません。そうですね、紅魔館で働いていただく以上は平常時の家事炊事だけではなくあのような騒ぎへの対処の仕方もお教えしておく必要がありますね」

 大方予想はしていたが、やはり慣れしかないのかと小さく肩を落とす友希。

 幻想郷に来てから数々の人外に遭遇してきたが、やはりどの観点から見ても人間の地位は低くか弱い存在であるというのは痛いほどよくわかった。そしてそれゆえに、この世界では外の世界とはまた違う意味で生きにくく、別の危険であふれかえっている。

 にとりにも言われたことだが、幻想郷に来て初めに会ったのがにとりで本当によかった。もし一人で行動していて凶暴な妖怪に襲われでもしていたらただでは済まなかったであろう。

 こうやって今、咲夜と共に夕飯の買い出し及び行きつけの紹介を兼ねて二人で行動しているのはそういう意味も含まれているのだ。

「そろそろ見えてきましたよ。あれが人里です」

「思ってたより少し遠いんですね」

 人里、それは唯一の人間の安息地。居住区がある広範囲にわたった里。様々な商いが行われている商業の場でもある所だ。

 これもにとりから聞かされていたが、友希が実際に来るのはこれが初めてであった。

友希の家もこの人里に建てられるのかと勝手に思っていたのだがそうではないらしい。

 冷静に考えれば、妖怪であるにとりが白昼堂々人里のど真ん中で建設を始めるのもおかしな話であった。

「こちらです」

 咲夜に促されるままに森から路地へと抜けてゆく。

「おお・・・、ここが!」

「はい、人里へようこそ!」

 縦にも横にもいくつもの道が交錯する大通り。せわしなく行き交う人の波。着物や茶屋であふれかえる店の数々。

 商業の中心地と言われて納得の賑わい様に思わず友希は息をのんでしまった。

 さらにそのほとんどが外の世界で見たことのないような古いながらどこか風情を感じる建物ばかりである。

 時代劇でよく見るくし団子屋に木の板に乗せて簡素な出店販売を行う八百屋。地面に布を広げてさらにその上に色とりどりで上質な絹を販売している織物屋など、まさに江戸時代のような様相に自分がタイムスリップでもしてきたかのような感覚に陥りそうになる。

 前に行った地底の里とは雰囲気がまるで違っていた。

「すごい・・! 圧巻と言うか違和感と言うか、ちょっと変な気分」

 うまくまとまらなかったが、要は初めて活気のある同じ人間の営み風景を見て友希は感動していたのだ。

「今日もいつもと変わらずにぎやかです! と言っても、ここは人里の中でも特に賑わっている場所で居住区はもう少し先になりますし、田畑を所有している家もありますから一口に人里と言っても様々な場所があるんですよ。目的のお店は少し外れたところにありますからついてきてください」

 そう言って友希より先に人混みのなかを突き進んでゆく咲夜。

「ここの方が品ぞろえは良さそうですけど?」

「確かに品ぞろえは多いですが、私の今までの経験と目利きによれば一番の品はこの先の方が多いんです。お嬢様や妹様の好みも完璧に把握していますので、今のところは変更の予定もありません」

 確かに咲夜の作る料理も入れた紅茶も、食べた瞬間に全然舌の肥えていない友希でも過去のおいしいものランキングでぶっちぎりの一位に輝くほどのもので、その食材に並々ならぬこだわりがあったとしても驚きはしない。むしろそうでなければおかしいとさえ思う。

 おふくろの味などの感情を抜きにすれば技術的には外の世界のどの料理も咲夜の料理にはかなわないだろう。それほどまでにうまい。別に言うほどの高級料理は食べたことはなかったが。

「あとは、この大通りにいるとなぜだか周りからの視線が気になってしまうんです。私の思い違いなら、・・・お恥ずかしい限りです」

 そりゃあ咲夜さんがきれいだからに決まってるじゃないか、と心の中で友希はめいっぱいのツッコミを入れた。

 仮にそうでなかったとしても、ほとんどの人が和風の着物で着飾っている中ではメイド服はあまりにも目立つ。

 外の世界でも違和感がないのは秋葉原くらいだろう。

 かくいう友希も今は男物の執事の衣装に身を包んでいるので周りの人からの目線は正直痛かった。

 そんな調子で人気が少なくなった外れの店に到着するなり、咲夜からのいつもの品物の説明やなかった時の対処法など様々なことを叩き込まれメモしていく。

 八百屋、魚屋、茶葉屋に料理用具などの金物屋など様々である。

 店員の咲夜に対する態度も実に寛容で、どうやら紅魔館に務めていることもそこには吸血鬼の姉妹がいることも、皆表立って口にはしないがすべて承知の上で取引をしているようであった。

 とは言っても実際恐れてはいるようで、皆口をそろえて吸血鬼姉妹の評価はどうだとか失礼はなかったかどうかとか、レミリア達の機嫌を気にしているのだ。

 その一方、吸血鬼をもうならせる咲夜の料理の腕もすでに周知の事実なようで、その咲夜のお眼鏡にかかったと尋ねた店の店主は誰もが誇らしげな表情をのぞかせていた。

「なんだかんだ言っても、人間もうまく生きていけてるんですね。なんか安心しましたよ」

「それは、さとりさん達のことですか?」

 さすがは咲夜、勘が鋭い。

「それもありますけど、何かにつけて人間が悪者になっていたり嫌われていたりしたので肩身の狭い生活をしてるんじゃないかとずっと心配だったんです」

「そうですね・・・。そもそも人間の数自体妖怪やその他の怪異に比べてとても少ないですから、余計にそう感じるのかもしれませんね。そういえば昨日のうちにさとりさんからお嬢様に連絡がありまして、無礼な人間の男が訪ねてきたと」

 そんなあたかも強引に手を引いたかのような言われようからすると、相当気分が良くなかったとうかがえる。

「まぁ、散々でしたよ。もう地底には行かない方がいいと思います」

 あの時はさとりのペットたちにおおいに助けられた。

「あと、さとりさんの妹様からまた一緒にかくれんぼがしたいとのことでした」

 どうやらこいしの方からは気に入られたようで、また地底に赴く理由ができたことは友希にとって実はそんなに悪いことではなかったのだった。

 たしかにあの重苦しいじめじめとした雰囲気はなかなかきついものがあるが、それでもさとりとわだかまりが残ったまま金輪際の関係になるよりはましだったのだ。

「わかりました。ありがとうございます」

 周るべき商店も先に述べたものに加えて一つ二つあったくらいだったので、咲夜の説明があったとしてもほんの一時間くらいに収まった。

 日はさらに傾き先日に見た綺麗な夕焼け空が人里を照らしていた。それはもう言葉を失うほど美しく、何とも風情のあるその情景はどこか外の世界には失われた人間同士の温かみのようなものが象徴されているのではと勝手に考え込んでしまうほどであった。

 というのも咲夜御用達の店が並ぶこのエリアは賑わいを見せていた里の中心部からは離れた場所で人の姿はチラホラしか見受けられず、加えて子供たちが思い思いに遊んでいる様子が見えて幾分か静かなのだ。なのでより一層心が落ち着くのだろう。

「そういえば友希さん、おなかすいていませんか?」

 唐突な話についていけず言葉に詰まる友希。

「今日は友希さんにとって初めての人里でしたし、あんなことがあってただでさえ疲れたでしょう。ですのでここは私のおごりと言うことでどこかで一休みしませんか?」

「いいんですか?」

「はい! 遠慮はしないでくださいね。あそこのお団子屋さんにしましょうか」

 そう言って咲夜が指さした先には、時刻はかき入れ時の三時過ぎだというのにそれからするといささか閑古鳥が鳴いているような面構えのいい団子屋が民家に挟まれてあった。

 客は見えているだけでも店前の椅子に一人、里の中心から少し離れているだけで民家が多くさっき遊んでいた子供たちがたむろっていてもおかしくはないはずなのだが。

 それなりに綺麗にされた砂道を大きめの水路(と言っても木船が浮かべられるほど水は流れてはいなかったが)が二分しており、道路沿いには規則正しく木の民家や空き地などが並んでいる。

住みやすそうなのに、もっと人が出てきていてもいいはず。

 そんな言い知れない不安を抱えた途端先ほどまで里に抱いていた安心感とは裏腹にその風景が不気味に思えてしまった。

 そんな考えを振り払うように、友希は咲夜と共に店へと入って行くのだった。

 

 

 

「うまっ!」

 さびれた街並みからは想像できなかったが、出された団子はとてもおいしかった。

「触感がもっちもちで鼻からほのかな香りが抜けていきます~」

「ほんとうに、これはおいしいですね!」

「そう言ってくれるとこっちも鼻が高いねぇ!」

 いつもテレビで見ていた見様見真似のグルメコメントに団子屋の大将が食らいついた。

「おっちゃん! 僕にもちょうだい!」

「私にも~」

「あいよ~!」

 友希達のおいしそうに食べる姿にに引き寄せられたのか、外で遊んでいた子供たちが徐々に団子屋に寄ってくる。

 (なんだ、結構人集まってくるじゃん。やっぱり杞憂だったか)

 先ほどまでの閑散とした雰囲気はどこへやら。しばらくすると大人たちもちらほらお目見えしだし、ちょっとした地域の集会ほどの規模になった様子を見てまたしても心が温かくなる友希だった。

「あっ!」

「どうしました、咲夜さん」

 和やかな友希の心に一抹の緊張を走らせたのは咲夜の一声。その場で立ち上がり何事かと友希や周りの人たちも咲夜を見上げてしまう。

「すみません、私としたことが一つ購入するものを忘れていました! 他愛のないものなのでついてきていただかなくても結構ですので、ここで待っていてください。あっ・・と、残りの分も友希さんが食べてしまってください。私はかまいませんから」

 あの才色兼備、完璧人間の咲夜がミスをするなんて。やっぱり人間なんだなと物思いにふけりながら小走りで走ってゆく咲夜の背中を友希は見送るのだった。

 というか友希の世話をしていてくれたから気が回らなかったのではないか。そう思うと咲夜に対して申し訳ないような気もする。

お団子と一緒に出された抹茶を冷めないうちにスッと喉に流し込みながら咲夜の分の三食団子を味わう友希。

「お~い、子供たち。危険だからもうそろそろおうちに帰んなよー」

「「は~い!」」

 一見すると何でもない子供たちの安全に気を配った大将の優しい一言がふと耳に入ってきた。しかしそれに友希は何となくだが引っかかったのだった。

「何かあったんですか?」

「いや実はな、最近全身緑色の変な怪人に子供が襲われたってことが立て続けに起こっててな。そんでここいら一帯のやつはみんな警戒してんのよ」

「それってもしかして、鼻と耳がとがっている、ちょっと小柄な奴ですか?」

「ん? 詳しいことは体験してねえからわかんないんだけどな、たしかそんな感じだって話だ。兄ちゃん耳が早いねぇ。人里じゃあ滅多にそういうことは起こらないだろ、だから怖くてな。まったく俺たちが何したってんだよ」

 完全にゴブリンだ。しかも今日の紅魔館での一件に似た事例だった。

 先ほど妙な引っ掛かりを覚えたのは、先の件での経験や不可解な点があったことから気が張っていたからかもしれない。

 人里じゃあ滅多に起こらない。ならなぜ最近になって妖怪が人里に乗り込んでくるようになったから。それはレミリアも言っていたことだ。

紅魔館に対し無謀な単身突撃を仕掛けたゴブリンと言い、急に妖怪たちの気が荒くなったとでもいうのだろうか。だがレミリアやさとりはどうってことないといったような感じだった。

いくら考えたところで幻想入りしてわずかの人間にどうこう言えるようなことはない。しばらく思索した挙句ついに友希は考えることをやめてしまった。

だがしかし、そんな緩んだ友希の心につんざくような悲鳴が響いたのは、それからわずか数秒も経たない後だった。

「きゃああああーーーーー‼」

 その場にいた全員がシンクロしたかの如く一斉に同じ方向に顔を向け、そして同時に嫌な想像を頭によぎらせる。

「なんだ⁉」

 案の定、であった。

「カカカカカカカッ」

「ケケケケケケケッ」

 視線の先には見るもおぞましい異形の怪物が二人も。

「手ぇなっが!」

 異常なほどに腕だけが伸びたやつと、

「足なっが!」

 異常なほどに足だけが伸びたやつ。

「そうだ! 俺たち!」

「私たち! 二人合わせて!」

「「手長足長‼」」

「・・・・・」

 友希の発言に合わせるように、頼んでもいないのにコントのような掛け合いを見せる謎の二人組。「名前そのまんまやん」そう思ったことは、今はいい。

 胴体はほぼ人間と変わらない容姿をしているが、手と足が異常に発達していることに加え目が大きく眼球をぎらつかせているのだ。

 その発言から予想するに、足が長い方が男、手の長い方が女と思われ、どう見てもいろんな意味でやばい二人組である。

 情報量が多いせいか友希含め周りの人たちもほんの少しの間沈黙が訪れたが、一人の女性の逃亡によってすぐに悲鳴の嵐へと変えられてしまった。

 さらにそこへ悲鳴を聞き外に出てきた人たちも合わさって里はすでにパニック状態だ。

「おいお前ら! いったい何のつもりだ!」

 先ほどの紅魔館の時とは違う。

 今回は予備動作無しですぐに妖怪に向かってメンチを切る友希。なぜなら友希が隠して持ってきた袋の中には最強のアイテムが入っていたから。あのゴブリンを蹴散らしたヒーローの力が。

「おーおー、何だ人間⁉ お前から死にたいのか⁉」

「私たちにはチャンスが訪れたのよ! だからまず人里をつぶすの! 理由はないわ!」

「なんだと⁉ だいたい、来るならせめてもっと知名度の高い妖怪が良かったわ! なんだよ手長足長って! そのまんまじゃん⁉」

 理不尽な破壊者と理不尽な説教者。いつの間にかその二人だけを残し、遠目から数々の人たちがその状況を見守っていたのだが。

「もう! ごちゃごちゃうるさいのよ!」

 そう言って長い両手を思い切り振り上げたかと思うと、上空に火球が出現しどんどんと膨れ上がっていく。

「どんな原理だよ」

 ぼやきながらもすぐさま後ろにある袋を手に取る友希。

「大将⁉ あんたも早く逃げて!」

「兄ちゃんはどうすんだよ⁉ それに俺はこの店を見捨てていくことはできねえんだよ!」

「・・・っ!」

 このての行動をとる人間の未来はだいたい二つに一つ、何かに助けられて偶然にも生きるか、本当に大切なものと一緒に心中するか。どのマンガや特撮でもそうなるのがお決まりだ。

 しかしもう考えている猶予は残されていない。

 友希の背後ではもうすでに完成した巨大な火球を今にも放たんとし構える手長。

「消えろっ!」

「くそぉ!」

 それを見ていた誰もが大将と友希の死を覚悟したであろう。ただし、友希以外は。

 

ドカンッ‼

 

直撃した火球は業火を巻き上げながら友希たちもろとも店ごと包んでゆく。

 夕焼け空よりも赤い火柱が、周囲にも届くぐらいの熱風を巻き上げ燃え盛っている。

 その光景は周りで傍観していた力を持たぬ者たちにとって絶望そのものでしかなかった。

次は自分たちも・・・。そんな思いに心がむしばまれていった。

「まずこれは手始めに過ぎない! だろ⁉」

「そうよね! どんどんいくわよ!」

 威勢よく再び両手をあげ火球の準備に取り掛かろうとしたそのとき。

「ん? ねえ、炎の中に何か・・・」

 民衆の誰かが声を上げた。

「・・・お、おお! 生きてる・・・! 俺は生きてるぞっ!」

 この声は、炎に飲み込まれたはずの団子屋の大将だ。

 何が起こっているのか訳が分からないという妖怪二人組の表情がさらに歪んでゆく。

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャゲーム? アイムア仮面ライダー!』

 里の人たちには聞き慣れないけたたましい音声が里の一角に響き渡る。

 さらには、巻き上がる炎がどんどんとある一点に集約していく!

「見ろっ! 何だあれは⁉」

「・・・!」

 鈍い音を立て炎がついに完全に集まり消えてなくなったとき、団子屋の大将とその店を背にした謎のぼてっとしたものが民衆の眼前に姿を現したのである。

「何だ⁉ さっきの人間か⁉」

「変わった⁉ 変な格好に⁉」

「変だろうが、そのうちかっこよく見えてくるさ」

 声からわかるようにその太った何かは友希、そしてこの姿もエグゼイド同様仮面ライダーである。

 見た目から一目瞭然のその白く大きな胴体は同じだがゴブリン騒動のときのエグゼイドとは違い、今回のライダーは頭に水色の騎士の甲冑を身に着けたようなそんな見た目に加え、左手には小さな盾を装備している。

「いったい何なんだお前は!」

 今回もまんまと名を聞かれたので友希は得意げに答えて見せる。

「俺の名は一夜友希。そしてこの姿は、その名も仮面ライダーブレイブ!」

 そう。このライダーの名はブレイブ。漢字こそ違えど友希と同じ名を冠した勇気の騎士である。

「っしゃあ! 早速行くぜ!」

 奇怪な姿の謎の戦士の登場に混乱する人々の感情を置いてきぼりにし、勇敢にも自分の三倍以上もでかい足長に対し突進を仕掛ける友希。

「馬鹿めっ!」

 安直な攻撃に造作もないといった余裕ぶりで足を大きく薙ぎ払う足長。

 だがその攻撃を寸でのところで避けた友希は迷わず手長にパンチを放つ。初めからねらいは手長だったらしい。

 攻撃は受けたものの、手長もさすがは妖怪と言ったところ。咄嗟だったが攻撃を受けてすぐ、しっかりと長い腕を鞭のようにしならせ友希に向け勢いよく放った。

「ふんっ!」

 そしてすかさず友希はその手に持つ盾を手長の攻撃に合わせて構える。

 するとどうだ。手長の手と友希の盾が接触した瞬間にパキンという金属のはじけたような音が鳴り響いたかと思うと、その場で手長だけが後ろに大きくはじき出されたではないか。

 これこそが仮面ライダーブレイブの力の一端。エグゼイドの二段ジャンプ然り、はじめからブレイブの盾に付与されている能力。その名はジャストガード!

タイミングよく相手の攻撃に合わせて盾を構えることで、その攻撃を完全に無効化しさらに相手の体勢を崩すことができる能力である。

そして何を隠そう先ほどの炎の集約も、このジャストガードを駆使してダメージを無力化した応用技だったのである。

こういった人知を超えた能力についてはもちろん初めから友希の頭の中にあるのではなく、変身した時点でそのライダーの詳細について理解できるようになる仕組みによるものだ。

普通に聞くと全くおかしな話だが、もしヒーローが何ができるかもわからずもたもたしてやられたらそれこそ目も当てられない事態であろう。

だからと言って納得するのもおかしい気がするので、そこは開発者のにとりに直接聞いてみるしかなさそうだ。

「何をしている!」

 不甲斐ない様子の足長にたまらず友希の後ろから再び足長のキックが振り下ろされる。

 しかし変身した友希には恐れるに足らず、エグゼイドほどではないが強化された跳躍を見せ見事空中に回避して見せた。

「すげーぞあいつ!」

「兄ちゃん、おめーどうなってんだそりゃあ⁉」

 自分たちが恐れていた妖怪をいとも簡単にいなし翻弄する友希に人里の住民たちは羨望の眼差しを輝かせる。

「かっこいいだろ~? シャキーン!」

こうも注目されるのは慣れていない状況だからか、調子に乗ってその場でポーズを決めてしまう友希。

そんな時、どこからか聞き覚えのある声がした。

「友希さん! これはいったい?」

 早々に自らの失態を埋め合わせ足早に戻ってきた咲夜だ。

「あっ、咲夜さん、お帰りなさい! 見てくださいよ! 仮面ライダーブレイブです!」

「えっとこれは、あの二人が人里を襲っているという認識でいいんでしょうか?」

 状況把握のためか友希の姿に関してはすでに突っ込むことはしなかった咲夜。

「はい。何でも、チャンスが来たとかなんとかで。でも破壊の明確な理由はよくわからないです」

「仲間が増えたぞ! どうしてこうなるんだ!」

「さっさと終わらせるわよ!」

 さっきから余裕のある友希と冷静に仲間に加わる咲夜を見て焦ったか、しびれを切らした首謀者二人は激昂し間髪入れずに飛び掛かってきた。

「私は手の長い方を引き受けます。友希さんは足の長い方を」

「分かりました!」

 そう言って丸腰にもかかわらず手長の方へ突っ込んでゆく咲夜。

 手長足長も戦力を分散させるやり方を選んだようで、足長は咲夜を無視して友希の方を睨みつけた。

 妖怪らしく人一倍大きい瞳から放たれる眼光は不気味を通り越して変な威圧感すら感じるものだった。

 そんな足長を見て友希はゆっくりと拳を構える。

 しかし足長は友希の予想に反して予備動作無しの弾幕を雄たけびと共に爆発させたのだ。

こればかりは盾を構えるどころか反応することすらできなかったので、その弾幕をもろに食らってしまいその場に膝をつかされてしまった。

「くそっ!」

 見た目の安直さに反してまだこんな技を隠し持っていたのかといら立ちを隠しきれない友希だったのだが、そんな感情は聞こえてきたある声によって一気にかき消されてしまうのだった。

「ううっ、痛い! 痛いよおっ!」

「嫌だよ! 死なないで!」

「えっ・・・⁉」

 後ろに足に弾幕の流れ弾を受け足から血を流している男の子一人とそばに駆け寄る女の子の姿が。

 足長が放った炸裂弾幕が友希以外にもついに被害を及ぼしてしまったようだ。

 友希はすでに変身しているため痛いとはいえそれほどダメージはなかったのだが、生身のそれも子供にはとても痛いに違いない。

 子供に何てことするんだと頭に浮かんだ怒りの言葉をぶつけてやろうと敵を睨み返すが、これを好機ととらえてすでに突進してきていた足長を見て友希の肝は一気に縮み上がるのだった。

「お前たち! 大丈夫か⁉」

 子供の保護者だろうか。青白色の髪をした女性がけがをした子供に駆け寄ってきた。

 だがこの状況では守るべき対象が増えてしまったにすぎず、足長は追加してお構いなしの弾幕を思い切り放ってしまった。

「まずい!」

 弾幕が着弾してしまうよりも先に、仮面ライダーの驚異的な身体能力を駆使して駆け寄っていく。

 そして即座に足長、及び牙をむく弾幕群の方へ向き直りその小さな盾を構える友希。

「今だっ!」

 直撃した弾幕は友希に全くダメージを与えることなく、威力もそのまま帰って足長がダメージを受けその場に倒れこんでしまった。

 手元の盾から大きく展開した幻影壁ごしに弾幕のスピードを見極めジャストガードをうまく成功させることができた。この咄嗟の行動には友希本人も、自分自身よくうまくいったものだと戦闘中感心してしまった。

「君は⁉」

「えっと、保護者の人ですか? この子たち連れてあっちの家の影に隠れててください。もうそろそろ終わりにするんで!」

 そう言ってその場からの退避を促すと、友希は仮面の下から足長を睨みつけ前回のエグゼイドの時と同じようにベルトのレバー部分に手を駆ける。

 そして今度は、ゆっくりと冷静な声ではっきりと宣言を口にするのであった。

「術式レベル2」

『ガッチャーン! レベルアップ!』

 勢いよくかつ確実にレバーを開き、中からは水色の大きなパネルが出現し友希の身体を包み込んでゆく。

『タドルメグル! タドルメグル! タドルクエスト!』

 背後にいた少年少女と一人の女性は見た!

 レベル1のごつい体がふわりと宙に浮かびだすと途端にあたりの様子が一変。急に暗転したかと思えば友希の周りに無数の扉のようなものが現れ、その場でビュンビュンと旋回を行う。その中の一つの扉が友希の後ろに位置づくとレベル1の身体が一気にはじけ飛び、中から本来の八頭身ボディが姿を現したのだ。

 続いて足長は見た!

 足長の目線からは、ただ暗転した空間の中で扉の大群に囲まれ姿が見えなくなった友希の図としか理解ができなかった。

 そして友希の身体が扉の奥で完全によくわからなくなったとき急にその扉が開き、その中からすらっとした八頭身の水色の騎士が姿を現した。

「これは、いったい⁉」

 保護者の女性は目の前で起きた事象が全く理解できていない様子で、その興味深さから子供たちを連れて逃げることすらも忘れて友希の後ろ姿に見入ってしまっていた。

『ガシャコンソード!』

「はあぁっ!」

 勇気が目の前に手をかざすと、そこにエグゼイドの武器であるガシャコンブレイカー同様にABボタンが付いている剣先から炎が噴き出した特殊な風貌の剣が出現。

 それを気合を込めて友希はその場で振り下ろす!

 銀色の鉄仮面から覗くは悪を突き刺す鋭き眼光。水色に輝くその甲冑は正義に燃ゆる決意の証。仮面ライダーブレイブ クエストゲーマーレベル2!

「くそお! 何なんだよお前ぇ!」

 予期せぬ事態の連続にたまらなくなったのか本日二回目のヒーローもののお約束のような振りがあったので、友希はここぞとばかりに周りのオーディエンスに見せつけるように高らかに名乗り上げる!

「言っただろ、俺は悪から人間を守る正義の戦士! 仮面ライダーブレイブ! よくその目に焼き付けとけ!」

 友希の大声が人里に響き渡る中、端を発したように剣を構え勢いよく足長に突進していく。

 レベル1と同じで人間の状態の時よりはるかに強く俊敏な動きであることは変わらないが、それを加味したうえでもレベル2はさらにその上をいっていた。

「・・・!」

 人知を超えた妖怪である足長でももうすでに友希の動きを目で追うのがやっとだ。

 形は違えど手長足長の放つ炎の弾幕のように友希もその灼熱の刃で長く伸びた足を切りつけてゆく。

 負けじと地団駄を踏み友希を振り払おうとする足長だったが、そんな攻撃も何のその。冷静に見極めほとんどその場から動くことなく攻撃をさばききってしまったのだ。

 そしてばてたのか、足長の動きが鈍くなったのを友希は見逃さなかった。

 すぐさま近くに置いてあった謎の宝箱に手を伸ばし強引に開けて見せる。すると中からは見覚えのある黄色いメダルが飛び出してきた。

 そう、この宝箱はエグゼイドのときの大きなブロックと同義で、中には様々なエナジーアイテムがランダムで収納されているのである。

 エグゼイドに変身するためのゲーム「マイティアクションX」では大きなチョコレートブロックが、今現在使用しているブレイブに変身するためのゲーム「タドルクエスト」では宝の木箱がアイテムドロップのカギになっているのだ。

『高速化!』

 飛び出した黄色のメダルは高速化付与。

 足長の復帰を拒むように目にもとまらぬ速さで足を切りつける!

「ぐあぁぁぁぁっ!」

 足への高速の連続攻撃にたまらず体勢を崩し、その場に勢いよく倒れこむ足長。明らかな身体のバランスの偏りに目を付けた友希の作戦勝ちである。

「あっ、あんた!」

「よそ見は禁物ですよ」

 劣勢の片割れを見て動揺する手長に対し鋭いナイフを容赦なく突きたてる咲夜。

「よし! 次は・・・」

 昨夜の牽制に感謝しつつ友希は手元の剣についているAボタンを押し込んだ。

『コ・チーン!』

 刃の部分が裏側に回転し今度は炎ではなく青白い冷気が勢いよく噴出する。

 エグゼイドの武器「ガシャコンブレイカー」はAボタンを押すことでハンマーモードとソードモードの2モード変形が可能な代物であったが、このブレイブの武器「ガシャコンソード」は変形ではなく炎と冷気の2属性変化が可能な武器なのである。

 次の瞬間、氷モードに変化したガシャコンソードを剣先を地面に向けて思い切り突き刺す友希。

 すると驚くべきことに地面から大量の冷気が噴き出し、足長もろとも大きな逆つららが製氷されたのだ!

「うぐぅ・・体が、っ動かない!」

「堪えるだろ?」

 強烈な拘束に身動き一つとれなくなってしまったようで、その様子を見ていたすべての人はあまりの出来事に「おおっ!」と驚きの声を漏らしてしまっていた。

『カ・チーン!』

『ガッシューン!』

 友希は再びボタンを押し込み炎の刃に変換すると、今度はベルトに刺さっているタドルクエストガシャットを抜き取り、剣の柄の部分に存在するスロットの穴にガシャットを差し込んだ。

『ガッシャット! キメワザ!』

「こいつで終わりだ!」

 必殺技の宣言が剣側から行われると同時に、赤き炎と青き氷のエネルギーが稲妻のようにガシャコンソードに集まってゆく。

「ヤバいぃっ‼」

「あんたぁぁー!」

 友希は腰を低く構え、鋭い眼光でしっかりと足長を捕らえた。

 剣を握る右手に力を籠め、腰から足へと気合を入れ。今、一撃必殺の一閃が悪に向かって放たれる!

「はああっ!」

「あああああああ!」

 空高くに巨大な必殺技の名が出現する! その名も!

『タドル クリティカルフィニッシュ!』

 里にそびえたつ氷柱を横に一刀両断、灼熱の炎の剣からこぼれる火の粉と塵尻に砕けた氷の結晶がチラチラととてもきれいな輝きを放っていた。

 足長に刃を突き立てた後も友希はしばらくその体制のまま勝利への余韻と降り注がれる歓声に浸っていた。

 悪から人々を救った、しっかりと名乗りもした。それに加え完璧な勝負の流れで友希の頭の中のかっこいい戦い方そのままの、まるで本当にあの見入っていたヒーローの世界の一員になったようだった。

「ふいー・・・」

 大きな息を吐き体中から張り詰めた緊張と力を抜いてゆく。

 今のかっこいい戦いを咲夜は見ていただろうか。そんな淡い希望が心の中に満たされてゆく。

 ベルトのレバーを閉め、刺さっているガシャットを抜き取ることで変身の解除を行いながら、そっと未だに戦闘をしている咲夜の方へ目をやる。

 友希はその時見た光景をこの先ずっと忘れることはないだろうと思った。

 大きな腕を一心不乱に振り回し、何とか攻撃を当てようとする手長。しかし、そんな無茶苦茶な攻撃などもろともせず完璧にかつ息を切らさずに対応している咲夜。

 その様は、まるで優雅に舞っているかのよう。

そのしなやかな体から繰り出される美しいまでの体技。決して無駄のない完璧な立ち回り。

あくまでも友希の主観によるものだが、そのどれもが友希の目完全に奪っていったのだ。

友希の方が早く戦闘が終わってしまったのは、咲夜が余裕有り余るおかげで遊んでいたからではないか、そう思うほどだ。

初めはただの一目ぼれだった。しかし今回のこの場面を目の当たりにしたことで、友希の感情はさらに強固たる確信へと変貌を遂げたのだった。

その容姿の可憐さだけでなく、戦闘者としてのギャップと決して取り乱すことのないその落ち着いた様子など、美しさ。そう、友希の感じた咲夜の持つ魅力とは、ただ甘いだけの可愛さではなく恋熱で沸騰した自身を落ち着かせ冷ませてくれるようなその芯の強さにあったのだ。

「友希さんも終わらせたようですし、そろそろ私たちも終わりにしましょうか」

「うう、くそ! くそ! くそぉ!」

「あなた程度の賊には、スペルカードを使うまでもないわ」

 そう言って咲夜はまたも華麗に手長の攻撃をかいくぐって完全に優位な状況に立った。

 そしていつの間にか両手に無数のナイフをかざしながら一気に詰め寄ったかと思うと、次の瞬間目にもとまらぬ早業で次々と手長の各部に刃を突き立ててゆく。

「・・・・・」

 その沈黙は痛みなのか絶望なのか、その一瞬の出来事の後手長は一言も発さずでその場に倒れこむ。

 あまりの早業に友希は開いた口が塞がらないでいた。

 二人の怪人が地に伏せた瞬間、友希一人だけの時とは比べ物にならないほどの歓声が辺りを包み込んだ。

 そしてそれと同時に団子屋の中で隠れていた男が一人、友希たちのところへ駆け寄ってきた。

「おうおう! 兄ちゃんたち、すげえな! ありがとよ、この里守ってくれてなぁ!」

「いえいえ、これくらい朝飯前ですよ!」

 気をよくした団子屋の大将と気をよくした友希が手を取り合い嬉しそうに団らんを交わす。

「いろんな姿があるのですね」

 さっきの張り詰めた表情を説いた咲夜が友希へと会話を振る。

「あ、はい! 姿と言うより、別のライダーがまだまだいっぱいいるんですよ! あのもしかしてなんですけど、咲夜さんは倒すのにわざと時間をかけてたんですか?」

 少しだけ意地の悪い聞き方になってしまったとついどもる友希だったが、咲夜は特に意に介さない様子で見つめ返した。

「以前は早々にカタをつけていましたが、ここ数年では能力も極力使わないようにしていますし慎重に慎重を重ねて相手をよく見るようにしているんですよ」

 にしても観察しすぎではと思うほどに最後はいともたやすく速攻で終わらせていたが、これ以上のことは別に聞いたところで「そうですか」としか返せなさそうなのでやめておく。

「どうですか? かっこよかったですか? あの最後の必殺技、一気に切る所とかメッチャ緊張しましたけど、最高にかっこよく決まったと思うんですよね~!」

「・・・・・」

 咲夜は口にこそ出さなかったが一つ心配していることがあった。

 それはほかでもない友希のこと、強大な力を手にした者の未来への暗示。

 友希は明らかに調子に乗っている。自分の強さに酔ってしまっている。本人は気が付いていない様子だがそんなことは誰が見たって一目瞭然であった。

 これは誰が悪いわけでもない、もはや必然の事象なのだ。かつての自分がそうであったように・・・。

 大事なのは、どんな形であれそれにいち早く気付くこと。自分に向き合えるかどうかなのである。この世界ではそれができなければ危険な目に合う。

それを咲夜は心の中で強く唱えた。友希の心の芯に届くことを願って。

「あの・・・友希さん」

「どうしました? 早く帰んないとレミリ・・お嬢様に叱られますよ!」

 時はすでに夕暮れ時、暗闇がそこまで迫ってきていた。

「・・・後のことは、霊夢に任せればいいわね」

 かすかに残る夕焼けの赤と落ちてきた闇の青を背中に受け、そそくさと人里を後にする友希。そしてその後ろから、食料の包みをもって煮え切らない顔をにじませる、後を追う咲夜の姿が森の中へと溶けてゆくのであった。

 

第十二話 完




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。作者の『彗星のシアン』です。

今までもちょくちょくこの後書きの場で『東方友戦録』の執筆状況を自分の身辺の話と共に話してきたのですが、あまりリアルのことについて読者である皆さんに考えさせるというのはどうにもよくないことなのではないかと考えました。できるだけ皆さんには別の世界で巻き起こる愉快な物語を、気兼ねなく純粋な気持ちで楽しんでもらいたいと思いましたので、これからは物語の内容についてだけを話していくことを心がけます!(できるだけ…)

さて今回は『東方友戦録』の第12話でした。前回初めて仮面ライダー『エグゼイド』が登場してからはや二時間後で次なるライダー『ブレイブ』が登場しましたね!ここで補足ですが、エグゼイドもブレイブも『仮面ライダーエグゼイド』と言う作品に登場する一号・二号ライダーです。なのでゲームをモチーフにしているというのは変わりませんし、これから先別作品のライダーが出てきたときにはその都度作品内で紹介させていただきます。(興味を持っていただけましたら、ぜひご自分でお調べください!)

そして今回のお話の肝は「力を手に入れた友希の心」ですね。こういった作品ではもはやお決まりともいえるかもしれませんが、力を手に入れた主人公は往々にして思い上がり過ちを犯すもの。はたして友希は過ちを犯してしまうのか、はたまたあるべき信念に気づくことができるのでしょうか。この先もこうご期待です!


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第13話 仮面戦士の秘密

外の世界より友希が持ち込んだ概念、『仮面ライダー』。その存在のことは徐々に幻想郷に広がりつつあった。そんな中にとりから新たなアイテムの情報を得た友希はフラン・美鈴と共にラボを目指し森を突き進んでいた。概念だろうと妄想だろうと形として創造してしまうにとりの卓越した技術が今回はどんな形で見られるのかと心躍らせながら促されるままに奥へと進んでいく一行が行きついた先は、地下に増設された巨大な施設だった。


13・仮面戦士の秘密

 

「いやぁ、ほんとに夏真っ盛りって感じだなぁ」

 ここ数日紅魔館で働きながら寝泊まりさせてもらっていた友希は幻想郷での生活にも慣れ始めており、外の世界への未練も少しづつではあるが着実に克服していた。

 そんな折、唐突ににとりから工房に来てほしいと連絡があったのは今日の昼十時頃であった。

 それからサッと身支度を整え、林の中を工房に向かって足早に突き進んでいる最中なのである。そしてそこには友希以外の姿も。

「で、何でフランまでついて来てるんだ? しかも美鈴さんまで駆り出して」

「だって最近な~んにも面白いことないんだもん! 暑いからってチルノたちも引きこもってるしさ。 それに、友希についていったら面白いことありそうだから!」

 そう言って屈託のない笑顔を見せるフランだったが、一度吸血鬼の本能からくる狂気の笑みを目の当たりにしている友希にはその笑顔は、まだ嫌な思い出を想起させるトリガーに過ぎなかった。

「美鈴さんは咲夜さんの代わりですか・・・」

「ええ、まあ。 妹様のお相手はいつも私なんですよ。 私が妹様の攻撃に耐えうるほど鍛えているからといつも言われるんですけど、たぶん厄介払いです。」

「そんなことは~・・・」

 口調とは裏腹にそこまで嫌そうなそぶりは見せない美鈴。それどころか、フランに対して日光が直射しないように日傘を差してあげるその様子は、なんだか嬉しそうなほどだった。

 それにおそらくだが咲夜もレミリアも、なんだかんだ言って本気で美鈴のことを邪魔だと思っているようには友希は思えなかったのだ。

現に初めて美鈴と咲夜に会ったとき、咲夜が気にしていたのは世間体とそれによって引き起こされる主人の威厳損失だった。

仕事をこなしていなかったのを怒っていたわけではない。つまり、働き方に関してはいろいろあれどその必要性はしっかりと理解しているのではないだろうか。

それにだ。本当に厄介払いをするほどならば、もうとっくに解雇されていてもおかしくはないはずだ。

「ていうかさ、前から思ってたんだけど、こんなに日が強いのに日傘くらいでどうにかなるもんなのか? 日光って」

「ん~、難しいことはよくわかんない!」

 吸血鬼の弱点についてはいろんな説があるが、どんな存在の弱点にしろ外の世界ではあくまで非現実的なもので、事実かどうかなど真剣に考えるのは熱心なオカルトマニアぐらいだ。

 むしろファンタジーに理論を持ち込んで真剣に解説しようなどという方が野暮だと叩かれそうなものである。

「あ、でもちゃんと日焼け止めは塗ってるよ!」

「日焼け止め?」

 まさかそんな安直な。

「日焼け止めもにとりさんから頂いているんですよ。それもにとりさん特性の強力なやつを」

 野暮だなんだと言っておきながらあれだが、友希はどっちかと言うと理系なのだ。なのでこのような話を聞くとどうしても仕組みを考えたくなってしまうのだが・・・。

 日焼け止めで防げるのなら吸血鬼は日光ではなく正確には紫外線や赤外線などの特定の波長光に弱いとも考えられる。灰になるとも聞いたことがあるがそれは日光の熱によるものなのか。はたまた他の原因があるのか。

 いずれにせよ、おそらく幻想郷の雰囲気から察するに日焼け止めなんてものは最初からはなかったであろう。それを吸血鬼の特性を分析して作り上げてしまうなんて、やはりにとりはすごい奴だと友希はひしひしと感じたのだった。

「なんだかんだにとりさんにはいろいろと便利なものをいただいてるんです。ほんとに感謝してもしきれませんよ」

 他愛もない話をしながら歩みを進めること約二十分。やっとにとりの工房が目に入ってきた。

「ありましたよ。あそこです」

ドアに駆け寄りノックをしようとしたところ、丁度のタイミングで中からにとりが大量の機械を抱えながら出てきた。

「おお、ようこそ盟友! それと、なんで門番と吸血鬼の妹が? まぁいいや、入って入って! あ、くれぐれも中の物は壊さないでくれよ」

 よほど何か見せたいものでもあるのか、抱えていた機材を放り出しまくし立ててきた。

 友希はとにかく来てほしいと言われただけでその詳しい内容は全く聞かされていなかった。

 何を思ってか、にこにこと満面の笑みを浮かべながら友希たちの背中を押し、入室をせかすにとり。

 にとりの工房は紅魔館や人里からはそれなりに離れており、魔理沙の住んでいる魔法の森の比較的近くにある清流の流れる川にまたがって存在している木製の建築物である。紅魔館や地霊殿に比べたらはるかに小さな外観だが、普通の民家よりは一回りほど大きな見た目をしている。

 そしてその内装も特にこれと言って代わり映えもなく、入ってすぐに普通の木製の廊下が目の前に現れ左右に合計で四つほどの部屋が分かれている。そしてそのどれもが別の作業に特化したもので、初め幻想入りをして気を失っていた友希が介抱されていた木製製品の修理・部品などの細かいものの整理・製品同士の接合などを行う木工室や機械製品の調整・試験などを行うメンテナンス室、様々であるがそれでも目新しいものがあるわけではなかった。

「まっすぐ行って下ね」

「え、下?」

 廊下の先にはおそらくリビングであろうか、大きめの机がドンと置いてあり台所のようなものも見える。

 そこから左に行けば川の上にまたがった広い実験室がある。

 しかし下というのはどういうことであろうか。その場にいる誰もがピンときていなかったが言われるがままにリビングに直進してみる。

「「・・・!」」

 台所のそばの床に穴が開いており、しっかりとした作りの梯子がかなりの深さに伸びている・・・。

「えっ、これは・・・」

「なになに⁉ どーなってるの⁉」

「あ・・・! 妹様ぁ⁉」

 友希の直感は嫌な予感を告げる。しかし遅かった。

「うおいぃっっ‼」

 テンションが高いときのフランには気をつけねばなるまいと心の辞書に書き加えておかねばなるまい。

 勢いよく友希の隣で階段の先を見下ろすフランだったが、興味に突き動かされた彼女は思い切り友希の背中を押し込み、友希もろとも中の空間に落下してゆく。

「あはははははは!」

「あああああああ!」

「友希さーーーん!」

 ここ最近のうちにいったい何度高所から落下することになるのか。

 もちろん慣れるわけなどなく一瞬とてつもない恐怖に襲われるのだが、以前と違うのは今の友希には不死身ともとれる能力があるということだ。

 そのおかげで少しは冷静になることができたようで、落ちても大丈夫だと思えたとともに落下してゆくその空間が高さ10メートルはあろうかというくらいの巨大なホールのような場所だということを把握することもできた。

 

 バッシャーン!

 

 水の打ち付けられる音がその広い空間に反響した。

「ねぇ~、大丈夫?」

「ぶくぶく、だいじょうぶくぶくぶく・・・」

 大きな音に血相を変えてのぞき込むにとり。友希は能力のおかげで水たまりのようになりながらも無事なようだった。

「大丈夫だけど、金輪際やめてね」

 以前レミリアに聞いたがフランは長い間地下生活を送っていたらしく、外界にほとんど触れていなかったがゆえに精神年齢や感情抑制機能が発達していないのだそう。

 その話を聞いてからはフランの勢い任せの行動にも納得したが、おそらくフランは今その遅れから自力で脱しようとしているのではないだろうかと友希は考えている。

 フランは自身の行動の数々を振り返って、外の者たちと楽しく暮らすにはどうすればよいか、むやみに命を奪うのはいけないことなのかなど自分自身で考え変わろうとしている。初めて話した時のフランの表情が友希には忘れられなかったのだ。

 ふとそんなことを考えているうちに美鈴とにとりが本来どおり梯子を使って下まで降りてきた。

「妹様~、びっくりしましたよ~」

「あはは、ごめんごめん~」

「やっぱり、吸血鬼姉妹の妹と関わるのはちょっと怖いよ」

 前々から紅魔館には出入りしているらしいにとりも、やはりフランの行動には警戒しているようだった。

「それはそうとして、ここはいったい何なんだよにとり。地下にこんなにでかいところがあるなんて」

「ここは私が極秘で開発したトレーニングルーム兼シミュレーションルームさ! 次々にロールアウトされていくライダーのアイテムたちを実際に模擬戦闘などで試したり、純粋に戦いに慣れるための練習を行ったりする場所なんだよ。もちろん弾幕ごっこも練習できるよ」

「それってもしかして、俺のために・・・?」

「そうだよ。 まあ、私としても未知の技術がどんな風に作動するのか確かめたいからね」

 一体にとりはどこまでお人よしなのか。

 人間のことを悪く思わず手厚くかくまってくれたり、右も左もわからない状態の友希にいろいろなところを案内してくれたり、家まで作ってくれるにもかかわらず戦い慣れしていない友希のために練習場まで作ってくれるなんて。

 いくらお金やキュウリを求めるとはいえ、いくら何でもうまくいきすぎている。にとりがいなければ友希は今頃どうなっていたかわからない。

にとりには感謝してもしきれない。そうにとりを見つめながら友希は思った。

「そういえば、友希さんが使っているその戦士の力はにとりさんが作っているんですか? 日常での話を聞いている限り、友希さんが熱中しているオリジナルのものが存在すると思っていたんですけど」

「そうだよ。詳しい説明は省くけど、外の世界からライダーに関する電波だけを傍受してそれをもとに具現化しロールアウトする機械を私が開発したってわけ。もちろん友希から詳細な依頼を受けてから急ピッチで作ったんだけどね」

 時はさかのぼり、幻想入りしてからまだ数日しかたっていなかったころのこと。

 そのころからにとりの人間に対する奉仕癖はいかんなく発揮されており、今後の幻想郷案内の計画から友希の自宅設営(土木工業は専門外にもかかわらずだ)に至るまでできることのすべてを尽くしてもらっていた。

 ある日にとりはこんなことを言い出した。

「いろいろ協力している代わりと言っては借金やキュウリの件があるからおかしいんだけど、もしよければ外の世界のことを少し教えてほしいと思うんだけど」

 にとり曰く、近頃の幻想郷においてはエネルギー産業や生活を豊かにする機関など技術革新が起こりつつあるそうで、技術や文化的に大いに発展しているとうわさされる外の世界のことについて興味を持ち始めていたのだそう。

 そんな話を持ち掛けられ難しいことは分からない友希が悩んだ末に思い付いたのが、自分の大好きな仮面ライダーの話題だったのだ。外の世界の発展に関連しているかどうかは怪しいところだが・・・。

 それから友希の話を食い入るように聞いていたにとりは理解し終えるや否やさっそく調査を開始し外の世界のテレビやインターネットの電波の傍受に成功。その内容や歴史を瞬く間に吸収していった。

 最終的には友希の力説も相まってか、すっかり仮面ライダーというものにドはまりしてしまったにとりは、たった一日足らずで実際のベルトなどを現実に落とし込むマシンを開発してしまったのだ。

 いったいどうして変身など明らかに現実離れしたことができるものを作れたのかと友希が問うても、にとりは「イメージや設定をそのまま具現化しているだけで、どのような仕組みなのかは考えるだけ無駄」と濁されてしまうのだった。

「そうだったんですか。さすがにとりさんですねぇ」

 優希も大いにそう思う。

「でね、今日ここに呼んだのはそれに関してなんだけど」

 そう言ってにとりは数多ある服装のポケットの一つから紺色と黄色の二つのガシャットを取り出して見せる。

「これが新しく完成したアイテムなんだけどね、同時にこの空間も実用できるようになったからせっかくだからここでデータも取らせてほしいと思ったの」

 まさかのこの空間までもが同時進行で最近になって作り出したものの一つだったなんて、にとりへの羨望のまなざしが止まらない。

「『バンバンシューティング』と『爆走バイク』か・・・」

 にとりが取り出したガシャットのうち、スクエア状の隻眼プレイヤーがタイトルに映っている紺色のシューティングゲームが『バンバンシューティングガシャット』、ファンキーなバイクで荒野を駆けるライダーがタイトルに映る黄色のバイクレースゲームが『爆走バイク』である。

 どちらもエグゼイドやブレイブとは違うゲームの種類であり、もちろん使用したその戦闘スタイルも全くと言っていいほど変わってくる。

 戦い方は変身者によって変わるのではないのかと思われるかもしれないが、実は変身後のスーツやその装備にかなり依存してしまう。第一、友希にしろオリジナルの変身者にしろ戦闘のプロフェッショナルなわけではなく、完全な素人が戦うためにはシステムに助けてもらうほかないのだ。

 おそらくにとりはそれも含めてどういうふうに作動するのかを知ろうと思ったのではないかと思案しながら、ガシャットを手に取り何気なく構えてみる友希。

 それと同時に持参してきた変身ベルト『ゲーマドライバー』を友希が腰に装着したとき、フランが何かを思い出したように急に大声を上げ近寄ってきた。

「あーーっ! それ私も使ってみたいー!」

そう言えば前々から友希が変身しているところを見て物欲しそうな顔で見ていたのを思い出した。しかしそのつどレミリアや咲夜が、フランは勢い余って壊すのがオチだからといって友希の意向に関係なく決して触らせはしなかった。

だが今このタイミングで誰も邪魔するものがいないとふんで行動に出たに違いなかった。

「んー、別に俺はいいけど、慎重にな。絶対に壊しちゃだめだからな?」

「へーきへーき! だってこれ絶対面白いもん!」

 割と乗り気な友希だったが、その横では小刻みに首を振りながらやめてほしいと必死に目で訴えかけるにとりがいた。

 ただでさえ危険な存在だと名の通っている紅魔館の妹吸血鬼だというのに、おもちゃ感覚で触られては破壊はほぼ必至だ。その証拠にさっきの発言からも分かるが、「面白ければ壊さない、詰まらなければ容赦なくぶっ壊す」とまさにフランの凶悪さがひしひしと伝わってきていた。

「あのー、さっきからにとりさんが声にならない叫び声をあげてるんですがそれは・・・」

「いやほんと、だめだって! だってこれ多少の傷とかは修復できるけど大破とかしちゃったらもう二度と作れないんだよ⁉」

「えっ⁉ そうなの⁉」

 そうなのだ。先ほども言ったとおり、このベルトやアイテムと言ったものはあくまで外の世界から得た電波や想像力を形として現実にロールアウトしただけのものなので、にとりにもその機構は理解できていない。それゆえに一度直しようのないほどにまで壊れてしまえば本当に直しようがないのだ。

 もう一度具現化すればいいではないかと思うかもしれないがそれもできない。なぜならただでさえ自然の成り行きから外れて人為的に外の世界から情報を引っ張ってきているのだから、これ以上の正式な理由を介さずの個人的干渉は幻想郷のお偉いさん方である賢者とやらに何を言われてもおかしくはないからである。

 無機物や波長などは人間などの意志を持つ生命が幻想入りするよりかははるかに結界を越えてきやすいが、それでも頻繁にかつ強制的にでは幻想郷の状態が悪化しかねない。それほどまでに実は不安定なものなのだ、この幻想郷という世界は。

「マジか・・・」

 その事実を聞いてさすがに友希ものほほんとは考えていられなくなったので、フランにガシャットとベルトの返却を促そうとするのだが、時すでに遅し。

「よーし! 行くわよー!」

 すでに遠くの方でベルトを腰に身に着けガシャットの起動ボタンに指をかけんとしていた。

「ちょちょちょっと待てフラン!」

「何よー⁉ 大丈夫だって言ってるじゃない、信じてくれないの⁉ だいたい私強いもん! だからライダーは私一人でいいんだもん!」

 フランの手にしているバンバンシューティングガシャットは仮面ライダースナイプに変身するためのアイテムで、まだ本編に登場したばかりなので友希にも詳しくはわからないのだが、スナイプのオリジナルの変身者である花家大我と言う男は、医者の資格がないにも関わらず法外な金で処置を施す闇医者で執拗に他のライダーのガシャットを狙う危険極まりない男なのだ。よって傲慢な今のフランの態度にはどこか一致するところがある。

「君じゃ変身できないから! 頼むから返してぇ!」

「えー⁉ そんなぁ!」

「そもそもそれを具現化するための機械を作るのにすらいろいろと苦労して調整に調整を重ねてやっと実現したんだから! その機械でロールアウトした外の世界の概念を使いこなせるのはおそらく外の世界になじんでいるものだけなんだ。初め私が変身しようとしたんだけど、無理だったの」

 確かにそうだ。手っ取り早く実験の成果やデータを手に入れたいのならばにとりが自分でやってしまえばいい。

 だが幻想郷で使用できるようにするうえでいろいろな制限をかいくぐった結果、つい数日前まで外の世界の住人だった友希にのみ使える代物となってしまったみたいなのだ。

 しかしだ、そんな事実を聞かされてもなおフランの好奇心を抑えることは不可能だった。

「そんなのわかんないじゃん! お姉さま言ってたもん! 私なら常識だって壊せるんだって!」

「お嬢様~」

 フランの性格にはレミリアも気を付けていたはずなのに、高貴な吸血鬼姉妹としてのプライドには打ち勝てなかったということか。

『バンバンシューティング!』

 例によってガシャットのボタンを押し込むことで、こちらに向きなおっているフランの背に大きくゲームのスタート画面が映し出される。

「へ~ん、しんっ!」

 ガシャットを持つ右手を天高くつき上げて高らかに宣言し、手加減なしに勢いよくドライバーに挿し込むフラン。

『レッツゲーム! ムッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム? アイムア仮面ライダー!』

「ええ⁉ どゆこと⁉」

「変身できてる⁉」

「んん? なんか動きづらいからもう次行っちゃおー!」

 本邦初披露なスナイプのレベル1の姿がついにお目見えすると思いきや、あろうことか動きにくさを理由に速攻でレバーを開きレベル2への変身シークエンスを開始してしまった。

『ガッチャーン! レベルアップ! ババンバン! バンババン! バンバンシューティング!』

 ぼてっとしたレベル1の身体が空高く舞い上がり、手に持った銃で空中に現れる的を次々と撃ち抜いてゆく。ものの数秒ですべて打ち抜いたフランは最後に一発天に向かって弾丸を発砲すると、同時にそのレベル1ボディがはじけ飛び中から洗練されたレベル2の姿が現れた!

 今までのどのライダーよりも鋭くとがった赤い目、頭部のメットには様々な戦闘を補助する装備が付いており、そこから右目を覆い隠すように黄色いパーツが飛び出している。紺色のスーツに野性を思わせる虎のような模様。右肩からはもっと蛍光イエローの強い、ハニカム構造が印字されたマントをかけている。

 その地に降り立ち堂々とたたずむは、敵を定める隻眼の鋭き眼光、マントをなびかせ装備を唸らせる孤高のミッションハンター。仮面ライダースナイプ シューティングゲーマーレベル2!

「わぁい! 変身できた! かっこいーい!」

「気をつけてよー。その状態じゃおそらく能力は使えない。と言うか変身の状態に異常をきたす可能性があるからできるかどうか試そうなんてのもやめてね!」

 よほどうれしかったのかその場でぴょんぴょんと跳ねまわるフランだが、その見た目からオリジナルの変身者の酷くクールな性格と比較してしまい友希には何とも異様な光景に見えて仕方がなかった。

 友希たち三人はフランの強行をやれやれといった様子で眺めていたが、変身が完了したフランを見たにとりはしぶしぶその空間の二階部分側面にある指示室に入り観察とデータ収集の準備を整え初める。が、フランは往々にして破天荒を繰り返すのだった。

「たああああっ!」

「うわっ! ちょっと、妹様ぁ⁉」

 フランは何の脈絡もなしに勢いよく美鈴に向かって拳を振り下ろしたのだ。

しかしここはさすがと言うべきか。美鈴はとびかかってきたフランの気を瞬時に感じ取り、反撃するとまではいかずともしっかりと受け身を取って攻撃をいなした。

「本来は戦闘用ロボットを作ってあるからそれを使おうと思ってたんだけど、さすがに耐えきれないかなぁ・・・? 紅魔館門番を務める君の方が敵としては適任だろうね!」

「だってさ、美鈴♪ ってことで行っくよー!」

「そんなぁ・・・」

 美鈴が紅魔館の門番を任されているのはもちろん腕が立つからなのだろうが、その説はは人間や外部の妖怪たちに対してのことで幻想郷の実力者や紅魔館内の手練れに対してはあまり当てはまらないのだ。

 しかしそれもそのはず。美鈴曰く、そもそもとして弾幕勝負が得意ではなく幻想郷における勝負にまず向いていないという。

 だが今は少なくとも弾幕勝負を前提としていない、ライダーとの戦いなので美鈴に有利に働くかもしれない。スナイプは銃を使うライダーだが・・・。

「よっしゃ、俺も変身するか!」

『爆走バイク!』

 友希は手にした黄色いガシャットを起動させ、その場でくるりと回転してすらっと構えて見せる。

「変身!」

「あ! 友希も変身するのー⁉」

「・・・!」

手元からドライバーの第一スロットにガシャットを差し込むと周りにキャラクターの選択画面が展開。そしてその中の一つを慣れないながらに回し蹴りで蹴り飛ばして選択!

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム? アイムア仮面ライダー!』

友希の身体が黄色い光に包まれてゆき、ぼてっとしたレベル1の体があらわになる。

「ノリノリで行っちゃうぜ~!」

 でかい頭には縦にピンクのとげトサカとサイドに耳のように飛び出したパーツ。大きな水色の目をし、その両手にはいかにも物騒な巨大なバイクのタイヤのような装備を構えた強烈な見た目である。

 友希はこのライダーのオリジナル変身者である九条貴利矢になりきったチャラい口調でフランに便乗する形で美鈴に攻撃を仕掛けだす。

「こうなったら、私も本気でやらせてもらいますよ!」

 美鈴はさすがにこの状況はもう逃げられないと思ったようで一気にいつもの構えと鋭い視線を友希たちに向ける。

「ふふん♪ 私知ってるもんね! 美鈴は弾幕勝負が苦手なんだ!」

 先ほどまでは拳を交えたファイティングなスタイルで取っ組みかかっていたフランだったが、そう言ってレベルアップの時も使っていたスナイプの標準武器『ガシャコンマグナム』を取り出し容赦なく美鈴に向かって銃弾を浴びせ始めた。

 これには美鈴も不快感が顔からにじみ出す。

「へぇ~、なら俺も!」

 さらにまたまた友希はフランに便乗し、両手のタイヤを美鈴に向かって構える。するとなんとその軸から突起したパーツから細長いレーザーののような弾幕が連続で放たれたのだ。

 しかし美鈴も妖怪であるうえに鍛えているため一筋縄ではいかない。弾幕を目と気で見てしっかりと的確にかわし細かな攻撃で立ち向かってくる。

 変身をした二人だが、フランはおそらく自分のものに比べて弾幕の威力が弱いことや能力が防がれていることからむしろ戦いにくいのではないだろうか。また友希はレベル1の機動性の無さが仇となり美鈴の攻撃をよけきれていないでいた。

 そして美鈴はそのことをすでに見切っていた。

「うわぁっ!」

「・・・っ! ライダーと素手で渡り合うなんて⁉」

 フランは本調子ではない様からスキを突かれ、腹部に重い一撃をお見舞いされてしまう。

 そして友希はフランに気を取られている美鈴を見てすかさず飛び掛かるが、美鈴は見事に友希の方を見向きもせずに今度は蹴りを放ったのだ。

「うう・・・!」

 押されてきている。

弾幕では美鈴が不利かもしれないが、さすがに近接戦に持ち込まれたとなると今度は友希とフランが圧倒的不利な立場に追い込まれてしまった。

何しろ仮面ライダーへと変身して強化された身体能力に対して悠々と対処してしまう、友希からしてみたら驚愕の力を発揮する美鈴には全く想定外だったのだから。

「ダメかと思いましたが、もしかしていい感じですかね?」

「んもうっ! 変身したから強いのにぃー!」

 いつもと違う戦闘スタイルに不便さを爆発させるフランだったが、それでも変身を解除せずに仮面ライダーのままでいてくれるのは友希には実はうれしいことであった。

 友希にとって仮面ライダーとは憧れの存在であり、胸を熱くさせてくれる素晴らしい存在。それが無碍に扱われたとなると、いくら中身がすでに強いとはいえさすがに憤りを感じざるを得ないであろう。

 そしてそんな不利に陥っている友希たちを見て焦ったのか、にとりはすかさず声を上げる。

「友希! レベルアップも試してみて!」

「ああ!」

 掛け声とともに友希はその大きな腕でベルトのレバーを勢いに任せ展開する。

『ガッチャーン! レベルアップ!』

 両手に持っていた巨大なタイヤパーツを思い切り上空にぶん投げると、自身もそれを追うように空中にジャンプ! その瞬間周りの風景も変化し、重力反転からの先ほど投げたタイヤを再び両手に持ってそれで幻のレースサーキット場を爆走してゆく!

『爆走! 独走! 激走! 暴走! 爆走バイク!』

 ロードから外れ崖の上から勢いそのままで飛び出した友希及びレーザーレベル1は例によって空中で体がパージしレベル2が飛び出してきたのだが、その姿は今までのエグゼイド系ライダーの中では見たことのない二輪車を彷彿とさせる見た目をしていたのだ。

 今の時代は乗るだけがライダーじゃない! フィールドを縦横無尽に駆け巡る乗られるライダー! その名も仮面ライダーレーザー バイクゲーマーレベル2!

「え⁉ なにこれ⁉ どういうこと⁉」

 地面に落ちてきた友希の奇怪な姿を見てさすがのフランも興味を通り越して困惑の色を浮かべていた。

「乗れ! 俺にまたがれ!」

「こう?」

 外の世界ではおなじみのバイクだがさすがに幻想郷では浸透していないようで乗るものだという認識すらも無いようであった。しかし悠長に操作方法を教えている暇などなく、目の前から美鈴が迫ってきていた。

「左右の出っ張り部分を持って直感的に方向を変えろ! 他の操作はできるだけ俺がサポートするから!」

 そう言ってフランの意見も聞かずに友希自身が思いっきりアクセルをふかし美鈴と真正面から向かっていく。

 唐突なことながら持ち前の動体視力と運動神経でしっかりと見て回避した美鈴。

 友希も体がバイクになるなんてもちろん初めての感覚で慣れようとするのに必死であったが、意外なことにフランは早くもこの状況をすでに楽しんでいるようでキャッキャと笑いこけていた。

「楽しいのが終わっちゃうのは悲しいけどもういいや! 一気にきめちゃおー!」

「あんまり調子に乗ってると足元すくわれるぞ」

「だいじょうぶだって! たあぁっ!」

 周囲を猛スピードで駆け回る文字どうりのライダーに翻弄される美鈴に対し体制を整え、爆音を響かせながらアクセルをふかして見せるフラン。そして次の瞬間美鈴に向かって猪突猛進していく!

「・・・! 受けて立ちます!」

美鈴が冷静に構えなおすまで3秒もかかっていなかった。

 ものすごい勢いで向かってゆくフランと友希だったが、そこからフランは友希もびっくりの怒涛かつ奇抜な発想で攻撃を仕掛けたのだった。

「・・・むっ!」

 美鈴が大勢を立て直したときすでにフランは高速のバイクを推進力に踏み台にして美鈴ん向かって思い切りジャンプ、そしてタックルをかました。

 その勢いは単なるライダーの身体能力を超えており、これにはさすがの美鈴も対応できずもろに食らってしまった。

 さらにここで美鈴に異常が発生する。

「体が・・痺れ・・・!」

 秘密はフランがタックルの瞬間に自身の蛍光イエローのマントを覆いながら突っ込んできたことにある。実はこのマント、触れた者を痺れさせスタンさせるという特有の効果がある優れもので、変身した時点でその装備のことはすでにフランの頭に情報として理解されていたのだ。

「はあぁっ!」

 乗り手を失った友希が動けない美鈴に向かってそのまま突っ込んでゆく。

 そしてやはり避けることができずに吹き飛ばされてしまう美鈴。

 このままではだめだと確信し美鈴はすぐさまぎこちなく立ち上がろうとするが、その時前方で構えているスナイプとレベル1に戻ったレーザーの姿を目の当たりにした!

「ガシャコンマグナムにベルトのガシャットを挿すんだ!」

「挿すって・・ここ?」

『ガシャット! キメワザ!』

 その音が鳴った瞬間、マグナムの銃口に深い紺色のエネルギーがどんどんと集まってゆく。

「よし、俺も!」

『ガッシューン!』

 友希はその大きな手でベルトのガシャットを抜き取り、右腰のスロットに装填。

『キメワザ!』

宣言が入り黄色いエネルギーが両手のタイヤパーツの銃口に集められると同時に、フランの後ろに立ちながらその両サイドから銃口をのぞかせるように構えた友希。

「決める!」

「行っけえええええ!」

「まだ、体が・・・‼」

『バンバン クリティカルフィニッシュ!』

『爆走 クリティカルストライク!』

 銃弾によって空間が破壊され、バイクのタイヤ痕が空中を駆け、二つの必殺技の名がそれぞれ連なって現れる。

 美鈴に向けられる三つの銃口からそれぞれ強力な弾幕が勢いよく放たれ、未だ痺れを抱える美鈴はなすすべなく迫りくる弾幕を一身に受けることとなったのだ。

 直撃の瞬間、巨大な爆発と共にその上空に英語でGAME CLEARと文字が浮かび上がる。

「やったあ!」

「ん、いい連携だったな!」

「れんけい?はよくわからないけど、すごくかっこよかった!」

 友希にとっては何度変身しても色あせることはないであろう刺激的な体験なのだが、さすがと言うべきかフランはまるでおもちゃで遊んでいたかのようにすぐに使いこなしケロッとしている様子だった。

 そして見事に爆散した美鈴はと言うと、普段のフランとの弾幕勝負後と同じように衣服はボロボロになり、黒いすすを全身にまといながらトボトボと元気をそがれた様子で友希たちの方に歩いて向かってくる。

「やっぱり駄目でした~。なんだかとばっちりだなぁ、もう」

 そう言っていつもの美鈴らしくないため息交じりの呼吸を吐いた。

「だいたい私の気の操作でも解けない呪縛があるなんて、聞いてませんよ・・・」

「それはあれがゲームの効果のようなものだからですよ。ゲームではプレイヤーがシステムをいじれないように、あのスタン効果も絶対にある一定時間は効き続けますから」

「いやぁ、いい感じだったよ! まさかスタンヘキサマントの効果も試してくれるなんて!」

 スタンヘキサマントとはスナイプ常備のあの痺れさせる黄色いマントのことである。

 にとりは目で見て武装の効果を観察するだけでなく、この地下空間の壁部に設置されたスコープのようなもので変身者の体温変化や放たれるエネルギー値などをデータで算出し、それを今後の発明などに役立てるべく友希をここに呼んだのだ。

「で、今回ロールアウトしたのはこの二つだけ?」

「うん。後はこっちで微調整なりなんなりしておくから、今日はありがとうね」

 そう言って目を輝かせながら今日とったデータの情報紙をもって自身の研究室に消えてゆくにとり。

「私たちももう帰りましょうか。なんだかんだでもうすぐお昼時です」

「その必要はないわよ」

「・・・⁉」

 急に背後から声が聞こえたのでふり返ると、そこにはバスケット片手にたたずむ咲夜の姿が。

「咲夜さん⁉ 何でここに⁉」

「お嬢様が、この際なのでにとりの工房近くの河原で食事でもどうかと提案なされたのですよ。なので紅魔館は妖精メイドに任せてこちらに赴いたというわけです」

「わあい! ピクニックみたい!」

「妹様はまず追加の日焼け止めをお塗り致しますね」

「いいですねえ、咲夜さんの料理が自然の中で食べられるなんて」

「美鈴、あなたは抜きよ。昨日の居眠りの件、時効になるには早すぎるのではなくて?」

「そんなぁ・・・!」

仮面ライダーは今はまだ憧れを強く孕んだ夢の力のように映っているかもしれない。

しかしこの幻想郷での物語はまだまだ始まったばかり。まだ知らないことやわからないことばかりでこの先何が起こるかわからない。

待ち受けるは天にも昇る幸福か、それとも身を焼くほどの絶望か。この世界ではどちらも容易にあり得ることなのだ。

そしてそのことにまだ、友希は気づいてはいなかった。

 

第十三話 完




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました、作者のシアンです。

今回の13話で重要なことをまとめると、
・仮面ライダーの力(ベルトや武器やアイテム)を幻想郷で再現するには、スペックに応じ
 た時間がかかる。
・設定などを現実で再現するため、或いは幻想郷を脅かす存在にならないようにするために
 アイテム毎に調整が必要。
・一度失ったベルトや武器やアイテムをもう一度再現することは容易ではない。
・変身するライダーとの波長が合えば、誰でも変身が可能。(友希は無条件ですべてのライ
 ダーに変身可能)
と言ったところでしょうか。
調整の具体的な内容や誰がどのライダーに変身できるかなどは、追い追い物語の中で語られていくことになるでしょう。

今回の話を書いているときに、作中で原作の仮面ライダーの変身者について触れた場面があったと思うのですが、それについても今後は控えた方がいいのかなぁと考えています。というのもこれを書いてしまうことで仮面ライダーを知らない方がとっつきにくくなってしまうと考えたのです。せっかく東方も仮面ライダーもよく知らない方でも楽しめるような作品にしたいと言っているのに、あまりマニアックな話題を持ち出されても「知らんがな!」とか「よくわかんない」となってしまってはあまり気分が良くないですもんね。
そしてなにより書こうと思えばどこまでも細かい設定を書けてしまう。さすがにそれではキリがありませんし、情報過多になってしまいかねません。

小説を書く技術は全くと言って皆無な私ですが、こうやって回を重ねるごとに改善点を見つけてより見やすい物語を皆さんんお見せしたいと考えています。何卒温かい目で見てやってください!
最後に予告!次回、ついに別作品のライダーが登場します!そして意外なキャラクターが友希と初対面を果たす⁉


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第14話 遭遇!二人はゴースト!

外の世界から来た『普通の人間』である友希にとって想像もつかない目まぐるしい日々が続く中、レミリアから初めての給料と休暇を得て賑わう人里の観光に花を咲かせていた。しかし幻想郷ではつかの間の平和など脆いもの。里外で闊歩する異形たちによって脅威にさらされた人間の叫びが、再び友希の耳に飛び込んでくるのであった。


 その日は友希にとって初めての休暇日であった。

 すでに普段着と化している幻想入りした時そのままのカッターシャツと丈の長い黒ズボンの制服を身にまとい、朝から紅魔館の門を出て人里の様々な店を見て回っていたのである。

 午後には用を終わらせたにとりと合流してしばらくできていなかった幻想郷巡り兼友達増やしを実行する予定もあった。

 幻想入りしてからにとりと出会って紅魔館に就職して、あれから早一カ月ほどが経とうとしていた。季節は夏真っ盛りを通り越し、昨日は少し曇っていただけで肌寒さすら感じたほどで、しみじみと時の流れを感じていた。

 にとりはあれからもずっと自分の商売の傍ら仮面ライダーについての知見も自分なりに深めているようで、しばらく工房にこもって詰めていたらしくその尋常じゃないほどのあくなき探求心に友希は心から感心していたのだった。

「・・・ん! ごちそうさまでした! おいしかったです」

「あいよ! お粗末さんでした!」

 時刻は丁度昼前。お腹が減った友希は少し早めの昼食をとるために近くの蕎麦屋に足を運び、そして今完食し腹づつみを打ったとことろであった。

「やっぱ、自分で稼いだお金で食べるご飯は一味違うなぁ」

 人生で初めて給料をもらったのは今から三日前。初月給として少し早めにもらえたもので、レミリア曰く「そこまで高くないけど文句はないわよね?」だそうだが、友希にとって高いのか安いのか感覚がそもそもわからなかったし、こういうものは金額の問題ではないとも思っている。あったのはそれを上回る感慨と喜びだった。

 ちなみに幻想郷で出回っているお金は外の世界と共通のものに調整されているようだ。

「さて、結構見て回ったし、次はどうするかな・・・」

 今現在の場所は、以前仮面ライダーブレイブに変身し咲夜と共に共闘したあの里の端の一帯。大将の営む団子屋の近くであった。

 昼食前に回っていたところは常時賑わいを見せていた中心街で、明らかに現在の居場所より華やかかつ品ぞろえも多かった。

「人混みの中で疲れたし、あっちののんびりしてる方に行こうかなぁ」

 あの日友希たちの戦いを目撃していたここいらの人たちが時折声をかけてくれるときがある。

 ありがとうとかかっこよかったとか年配の方から子供まで言い寄ってきてくれるのがうれしくて、思い出しただけで友希の顔からほほえみが零れ落ちる。

 自分の活躍を思い浮かべてニヤつくなんて自分でも気持ち悪いとは思っていたが、それでもやめられなかった。それが自分の理想とする、外の世界ではなれなかった人間像だから。

 にとりや咲夜からのアドバイスとして、ここら辺の人たちには友希自身が変身できることをあまり言いふらさないようにお願いしてある。

 なぜなら仮面ライダーの力は一人間が使うの強すぎるであろう力であり、あまりにも有名になってしまえば他の血気盛んな人ならざる者たちの標的になったり、あるいはこの幻想郷のパワーバランスが極端に崩れてしまうことを懸念して幻想郷における賢者クラスの人物が友希に対して何らかの措置をとることも考えられるからだそう。

 仮面ライダーとは人知を超えた、この幻想郷には存在しなかった異業の存在であり、拒絶反応を起こしかねないということらしい。

 以前再び霊夢に会った際言われたことがある。

「あなたのこと私なりに調べさせてもらったけど、あなたを外の世界に返すことはできないわ」

 まず外の世界に帰れる方法があることに驚きだが、そうだとしても友希はもう外の世界で再び生きることはかなわないというのだ。

 その理由も聞いてみれば当然の理由だった。

「あなたはすでに一度向こうの世界で死んでいるんでしょう? そこから予期せぬ形で再び体を取り戻し、二度目の生を受けた。つまり外の世界で生き返ったわけではない、そこが理由の肝よ」

 つまりこういうことだ。友希は冥界でいわば不正的に命を取り戻し、幻想郷と言うもともと友希が存在していた世界とは別の世界に二つ目の存在を得てしまった。ゆえに未だに外の世界では友希のもとの身体つまり死体は存在し、なおかつ幻想郷にも体があるというおかしなことが起こっているのだ。

「外の世界から直接幻想入りしてきた人間は何度か送り返したことがあるけれど、あなたは外の世界ではすでに死んでいる身。外の世界に帰ったところであなたの居場所はもうどこにもないわ」

 そんなことは薄々理解していた。

 もともと帰れるとも知らなかったし、死んでしまった時点で外の世界との決別は余儀なくされ、何度も外の世界のことを思って辛い気分にもなっている。

 しかし改めて面と向かってその事実を突きつけられると何ともキツいものがあった。

 そして問題は次の霊夢の発言である。

「まぁ、幻想郷は来るもの拒まずであらゆるものを受け入れてくれる場所・・・って紫がいつも言ってるし、実際妖怪とかいろいろ危険はあるけれど細々と生きていく分には大丈夫だろうから安心して。それに人間相手なら私も何か手伝えることもあるだろうし、頻繁でなければ頼ってくれてもいいわよ?」

 あらゆるものを受け入れる・・・、細々と生きていれば・・・。

 正直霊夢の実力がいまいちよくわかっていないのだが、幻想郷において様々な危険から世界を守護すす存在である霊夢が今まで受け入れがたい脅威を抑え込み、そして幻想郷の受け入れることができる存在にまで抑制しているとすれば、もしこの世界を救うほどの強大かつ特異な仮面ライダーの力が霊夢を凌駕する場合、それを持つ友希は幻想郷には受け入れられないということになるのではないか。

 危険視を免れないのではないか。そう考えただけで友希の額からは冷や汗がにじみだしてきた。

「・・・のどかだなぁ」

 何か心配事があると他のことにうまく手が付かなくなってしまう。

 今回も嫌な妄想のせいで心ここにあらずな状態に段々と落ち入り始めた友希であった。

 仮面ライダーは友希だけが変身できるわけではないし、まだ幻想郷のことはほとんど知らないことばかりで杞憂に終わる可能性の方がはるかに多いことを思い浮かべ、自分の心をなだめながら日が降り注ぐ田んぼ道を歩いてゆく。

 幻想郷は外の世界に比べて江戸時代の様相からほとんど発展しておらず、また人間以上の存在や捕食者がそこいらに存在するため楽しみも多くはなく日常における危険の多さも増えてくる。

 しかし外の世界で縛られ続けていた勉強に関してはそこまで重んじられているわけではなく、何事も自身の持つ力で解決したり弾幕勝負で決めたりできる点においては少し肩の荷が下りたような気がしていた。(もちろんそれは人間以上の存在に限っている節があるが)

 

 

 

それからしばらくの間、特に何も思うこともなくぼーっと黒目を泳がせていると。

「・・・ん? どうしたんだ、あの人」

 目の前の田んぼ道を進んだ先にとある一人の女性が具合の悪そうによろめきながら歩いているではないか。そのお腹は大きく膨らんでおり、女性は妊婦であることが想像できた。

 それを見て手を貸した方がよいかと考えていると、すぐその後ろの茂みの中から複数の小柄な子供のような影が妊婦の女性めがけて突進していく。

 友希は明らかに食事をとった後の眠気交じりの注意不足に陥っていた。

 その子供たちが何をするのか、何の疑いもなくしばらく見つめていると、その女性を囲んでちょっかいを出し始めたのだ!

「・・・・・んん?」

 その小柄な妖怪たちが妊婦の女性を囲んで集団リンチし始めたのだぁ!

「・・・ダメじゃん‼」

 気づくのが遅い。

 その遅れを取り戻すかのように友希は全身に力を込めて自らの体内の不純物を可能な限り凝縮、そして一気に蒸気として体内から放出させ疾風のごとき素早さで女性のもとにかけてゆく。

「お前ら何やってんだ⁉」

「・・・っ⁉」

早々に友希の存在に気が付いたようで全員が即座に少し間合いを取り、一斉に友希に対して警戒の構えを取り始める。

ざっと数えた感じだと全員で十匹くらいだろうか。どいつもこいつも必死の形相で女性を狙っていた。

そして友希はその様子を見てすぐさま気が付いた。

この妖怪たちは以前から問題になっていた妖怪の凶暴化の特徴である充血と瞳孔の開いた瞳をしていた。つまりこの妖怪たちもその例外ではなく、謎の影響を受けているということだろう。

 今にも襲い掛かってこんとする妖怪どもに注意しながら倒れこむ女性にも気を配ろうとする友希。

「あの・・大丈夫ですか⁉」

「うう・・・、お腹が・・生まれ・・・」

「ええっ!」

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。

 この人はすでに陣痛が始まっており、そしてどういうわけか自力で歩いてどこかの病院に駆け込もうとしていたのだ。そして何とも不運なことにその状況をたちの悪い集団の妖怪に襲われてしまい、痛みに耐えながらまさに命がけで妖怪から逃亡を図っていたというわけらしい。

 そしてこんな時に限って友希には変身のためのベルトの持ち合わせがなかったのだ。(いちいちアイテムの詰まった袋を背負って行動するというのも、それはそれで考え物だが)

「うう~、どうすればいい? やるしかないか?」

 仮面ライダーに変身できなければなんと非力なことか。

 だがそんなことを言っているほど余裕はない。今目の前にいる異形は本気で人間を殺めようとしているのだから。

 なんとしてもこの場を、この女性と共に切り抜けなければならないのだ!

 しかし丸腰の友希にそんなことができるのか。いや、ここは幻想郷。外の世界とは違う、やるしかない。

「はぁっ!」

 再び全身に力を込めて体の中の不純物を放出する友希。

 それを合図に妖怪たちも一斉に飛び掛かる。

 十体が一気に襲ってきたが今の友希は身体能力が飛躍的に向上しており、それは視覚も例外ではなかった。

 比較的ゆっくりと飛んでくる妖怪一人ひとりをしっかりと目で見てかわし、蹴りこみ、そして女性への攻撃もしっかりと防ぐ。

「きゃあああ!」

 女性の叫び声が響く。友希も紅魔館で常に妖精や危険な吸血鬼と隣り合わせで今でこそ慣れてきていたが、普通の人間なら化け物の襲撃を受ければ叫び声くらいあげるものだろう。

「こいつらぁ・・・。ちょこまかすんなよ!」

 妖怪どもも負けてはいない。その小さな体を生かして友希を翻弄させてくる。

 友希にも次第になかなか攻撃がうまくいかないいら立ちが高まってきていた。

「これで、どうだっ!」

 相手の翻弄をかいくぐり強烈なキックをお見舞いしてやろうと足を振りぬくが、咄嗟に背中を向き友希のキックをもろに受けたかと思うと・・・。

「・・・痛っったたたぁぁ~~っ!」

 この妖怪の背中はとてつもない強度を誇っている。

おそらくこれがこいつらの最大の防御手段であり隠し玉だったに違いない。痛がる友希に向かって、スキができたと言わんばかりに一斉に飛び掛かる!

「ああっ、くそ! 腕飲むなぁ!」

そこからはもう混戦も混戦で何が何やらわからない。

 友希も何とか女性に近寄らせまいと注意をそらせることで精いっぱいになっていた。

 痛みと使命感と疲労で行動が鈍くなり、意志も段々と揺らぎつつある。

 そんな中、ある一匹の妖怪の痛烈なキックが友希の腹部にもろに直撃し、女性のそばで倒れ悶絶してしまった。

 咄嗟に反応してしまい力んだせいで胴体が実体化してしまい痛みを感じてしまっているのだ。

 小さいその図体からは想像もできないほどの重すぎる一発。あまりの痛みに声も出ないので逆に妊婦の女性に心配されてしまう始末。

「ああ、仏様っ!」

「かはっ・・!」

 当然現実はフィクションのようにうまくはいかない。

 なすすべなく倒れこむ人間二人に対して容赦なく妖怪どもは牙をむき出しにする。

(何とかこの人だけでも逃がさないと!)

その考えも虚しく一気に複数の拳が振り下ろされた、その時!

「伏せろ!」

「えっ⁉」

 正直何が起こったのかわからず、二人ともしっかりと伏せてはいなかっただろう。

 目の前を雷のように鋭く眩い光弾が妖怪たちを焼き払いながら駆けて、そして消え去ったのだ。

 あまりに一瞬の出来事で地に付した複数の妖怪に呆然と目をやるのがやっとだった。

「ぼーっとするな! まだ残ってる!」

 声のする方に目をやると、先から迫ってくるのは・・・足がなく、フワフワと浮遊した人影!

「幽霊⁉」

 シンプルな濃緑色のワンピースに複数枚のお札が貼られ、緑髪で頭には平安貴族のような縦長の黒帽子をかぶった、外の世界出身の友希の感覚からして何ともずれにずれまくった風貌の女性が猛スピードで近寄ってくる。

 そしてその足は、友希にも身に覚えのあるあのソフトクリームのような白いフニャフニャでできた、まさに幽霊を彷彿とさせる下半身をしていたのだ。

「大丈夫か⁉ いったい何があった⁉」

 散らばって倒れている妖怪の群れを横目にこちらに寄り話しかけてきたその女性はとにかく敵ではないようだった。

「あ、あの・・この人妊婦で、もう生まれそうなんです! 早く病院に連れて行かないと・・」

「なるほど、そんな大変な時に餓鬼の群れに目をつけられたのか」

「餓鬼?」

「知らないのか? 餓鬼は基本群れを成して生き物全般を襲う小型の妖怪だ。名前にもあるようにこいつらはいつも腹を空かせているから、食えるものを見つけたら見境なく捕食しようとする厄介な妖怪だ。さしずめ腹ん中の赤ん坊のにおいに惹かれてきたんだろう」

 状況を瞬時に把握し、慣れた様子で淡々と解説をする幽霊らしき女性。

「こいつら強くて、しかも群れなんでどうすることもできませんでした」

「そりゃそうだ。人間が妖怪に立ち向かおうなんてするもんじゃない。餓鬼には経験がある、任せなよ」

そう言って幽霊の女性はおもむろに立ち上がり(浮き上がり?)、広がって警戒している餓鬼どもを直視もせずただその場で静かに目をつむり出す。

「はあああああ・・・」

 その場で高まってゆく緊張感に誰も動くことができなかった。

 徐々にピリピリと全身の毛が逆立ってゆくような感覚が襲い始め、次の瞬間から直立したままの女性周辺に火花と共に黄色い稲妻が走りどんどんと激しくなってゆく。

 それも幽霊の女性と友希、さらに妊婦の女性だけを避けるように走ってゆくのだ。まるで生きているかのように。

(何なんだこの人・・・⁉)

 そんな疑問もつかの間、急につむっていた目を見開いたかと思うと掛け声とともに一斉に周りの雷電を敵に向かって一斉に放ったのだ。

 一気に周りを囲っていた餓鬼たちに大きな発破音をあげながら稲妻が駆けてゆく。

 その威力は凄まじいもので、次々と餓鬼が感電し目を回していく。

 しかしながら地に付したのはそのうちの数匹だけで、残党はその衝撃にひどく取り乱し血気盛んに大声をあげながら目の前の幽霊に飛び掛かる。

「やっぱりこれじゃ威力にムラがあるな。一匹ずつが確実か・・・」

 何やらぶつぶつとつぶやきながら飛び掛かってきた餓鬼一匹を華麗にかわし、それぞれに対して戦闘に持ち込んでゆく幽霊女。

 友希はその後姿を見てとあることを考えていた。

 先ほどの雷電攻撃を受けた餓鬼の様子から察するに餓鬼はすでに自らの戦い方を見出しており、その強固な背中の皮膚を攻撃させたうえでスキを作り相手を崩して制しているのだ。

 そしてその戦法に有効な手として、体の内部を駆け巡る電気の攻撃が挙げられるのだろう。だからこそこの幽霊の女性はそれを理解したうえで経験があると立ち向かうことができたのだ。

 さらに電気が有効だと分かったところで、友希は重要なことを忘れていたことに気づいた。

 つい先日にとりより渡されたとあるブレスレット型のデバイス。おもむろに胸ポケットから取り出したそのシンプルな銀の腕輪は、大きな変身のためのアイテムをいちいち持ち歩かなくても済むようにするもので、腕に装着して頭の中で取り寄せたいアイテムを思い浮かべ述べるだけでなんと手元に転送することができるというこれまた常識はずれな発明品である。

 しかしながらまだ試験中のため取り寄せられるものは非常に少なく、たまにだが不具合が確認できるということなので友希は試験を頼まれていたのだった。

 そしてこの腕輪で取り寄せられるアイテムの内の一つにこの状況にぴったりのアイテムが存在していたのだ。

「よし!」

 立ち上がった友希は左手首に腕輪を装着、頭の中で思い浮かべながら両手を腰のあたりに勢いよく添える。

『ゴーストドライバー!』

 名乗り音と共に何もない腰に浮かび上がってきたのは、真ん中にのぞき込める穴の存在する今までのエグゼイド系とは全く様相の異なるベルトだった。

「・・・おい! 何するつもりだ⁉」

 何やら動きを見せた友希に気を取られる幽女。

 友希はまた謎の黄色い球状のアイテムを取り寄せて目の前で構える。そして側面のボタンを押し込んだかと思うと中に見えるアイコンが変化した。

 ドライバー天面のボタンに手をやり、ガパっと開いた部分にその黄色いアイテムを入れ閉める。

『アーイ!』

 変身の始まりを告げ、自らを誇示するかのような掛け声がベルトから放たれる。

『バッチリミナー! バッチリミナー!』

 またゲーマドライバーとは違ったけたたましい音声が鳴り響いたと思えば、なんとベルトの穴の開いた部分からシルバーを基調としたイエローのストライプが入った謎の幽霊と思しき物体が出現したのだ!

 そしてその幽霊は戦う少女を助けるがのごとく餓鬼に突進してゆき、同時に友希たちの周りを守るように旋回する。

「は⁉ 何だ⁉」

「ああぁ、お助けを・・・」

友希は眼前で印を結ぶような動作を繰り出し気合を入れて叫ぶ!

「変身!」

『カイガン! エジソン!』

 高らかに宣言してベルト右のレバーを引いて押し込むとベルト穴の眼球を模した部分の模様が瞬きで変化し、そして友希の身体がオレンジ色の粒子に包まれ黒ベースかつ橙色の模様が刻まれた姿に変わってゆく。

 さらにそこに先ほど出てきた謎の幽霊をまるで、パーカーを羽織るように自らの身体にまとったのだ!

『エレキ! ヒラメキ! 発明王!』

 飛翔するゴーストをまとった瞬間、先ほどまで無地だった顔面に黄色い電球を模した仮面が装着される。

 全身の素体は黒く橙色で表された骨格のような模様が刻まれている。上半身には銀の上着を羽織っており、ところどころの黄色がアクセントになっている。

頭にはパーカーに付属するフードをかぶっており、そこから二本のアンテナのようなものが飛び出していた。

 世界を変えた発明王をその身に宿し、頭脳と雷電で勝利を見出す幽霊戦士。その名も仮面ライダーゴースト エジソン魂!

「何だそれ・・。あんた、いったい・・・?」

「ちょっと電気借りますね」

 戸惑いをよそ目に友希は幽霊少女の周りに帯電している電気を頭のアンテナから吸収しようと図る。

 頭の二本のアンテナに電気が線を描いて伝っていく。その際友希はずっと静止したままで、うつむきながら神経を研ぎ澄ませていた。

「お・・おい、何するか知らないけど、餓鬼は待ってくれそうも・・・」

 じりじりとこちらに詰め寄ってくる餓鬼どもに警戒を強めたとき。

「閃いた!」

 そう言ってマスクの電球模様がまさにピカッと発光し、あたりを明るく照らし出した。

 その光に驚いたのか餓鬼の群れは後ずさり。

『ガンガンセイバー!』

 ほぼ同時にベルトの目の穴の部分に紋章が浮かび上がり、そこから新たな武器が形を組み替えながら出現する。その影はさながら銃のよう。

「一気に殲滅します! その人抱えて浮いていてください!」

「分かった・・・!」

 状況が状況なだけに友希の提案に疑問を持つ間もなく、かなり佳境に差し掛かっている様子の妊婦を抱え友希の頭上で停滞する幽霊少女。

『ダイカイガン! エジソン オメガドライブ!』

 再びベルト横に突き出たレバーを操作すると、音声と共に空中に描かれた眼球の目の紋章が変化し一気に体中の電気が銃に集中してゆく。

 勝負が決しようとしていることを餓鬼どもも察したようで、個々に雄たけびを上げながら鋭い爪を友希に向かって立て迫る。

 それと同時に友希はその銃口を敵にではなく、密かに足で掘っていた簡単な穴に押し込んでそのままトリガーに指をかけた!

「くらえぇぇぇ!」

まさに瞬間だった。

その様相はまさに駆け上がる稲妻。地面を範囲的に広がった電気は、各餓鬼のもとまで到達すると一気に足から頭にかけて走ってゆき、強烈な感電を引き起こしたのだ。

通常感電とは電気の逃げ場がなくなった時体の中に電気が溜まってしまい起こる現象だが、この場合は全く関係がない。たとえ空に向かって放電されていても友希が操るこの稲妻は、電気が溜まる溜まらないに関わらず友希が意図して感電するようにしたものだから。

周囲にいたすべての餓鬼が黒焦げになり口から黒煙を垂れ流しながら次々と地に付してゆく。

「なるほど、地面から電気を伝えれば確実にかつ一気に命中する。考えたな」

 降りてきた幽霊の女性は納得と言った表情で再び地面に降り立ったのだが、肝心の妊婦の方は今にも破裂しそうなくらいに顔を真っ赤にして苦しんでいる。

「あんたのことは今は置いておくとして、早く永遠亭に連れて行かないとまずい」

「えっと、そこが病院なんですか?」

「ああ。しかし問題はそこまで時間がないってことだ。」

 思いのほか会話がスラスラと進むので、良識のある人でよかったと半ば心の中で一安心する友希。

「飛んでいけばいいんじゃないですか?」

「さすがに妊婦を一人じゃ時間がかかりすぎる。だめだ。」

「俺も飛べますよ」

 すでに最初に出会ったころからかなりの時間が経過しているのもあって、きっとこの妊婦さんも声に出せないではいるがきっと早くしてほしいといきどうりを感じているに違いない。そう感じただけで友希はいてもたってもいられなくなった。

 自分の今持てる限りの力で助ける!

 友希は別の黒いアイテムを取り出し、そそくさとベルトの操作を済ませる。

『アーイ! カイガン! オレ! レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!』

 出現したのは先ほどのエジソンとは違う、黒い様相にオレンジの線が入った幽霊。

 今まで着ていたシルバー・イエローのパーカーが光となって消え、あらわになった素体の上からその黒い幽霊がパーカーとして羽織られる。

 これが自らの命を燃やし、人間の可能性を信じて戦う一本角の幽霊戦士! 仮面ライダーゴースト オレ魂! ゴーストの基本形態である。

「これなら飛べます! 二人でなら全速力で何とかなるんじゃないですか⁉」

「・・・ああ、行くか!」

 そう言って二人で妊婦を持ち上げ空中10メートルあたりをスーッと移動してゆく。

 その間妊婦の女性は怖がるようなしぐさを見せたが、今や一刻を争う状況なので気には留めなかった。

 友希にとってのせっかくの休暇がこんなドタバタな状況に変貌を遂げ、にとりとの約束があることもあり少し困惑の色があったのだが、これが幻想郷における重要人物との出会いになるとはこの時の友希には思いもよらなかった。

 

第十四話 完




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。作者の『彗星のシアン』です。

さて今回のお話で初めて『仮面ライダーエグゼイド』以外の他作品からライダーが登場しました。その名も仮面ライダーゴースト! 『仮面ライダーゴースト』という作品における主人公、一号ライダーです。その力は名前の通り幽霊の力、正確には実際に存在した英雄(偉人)のゴーストを身にまとい憑依させることでその英雄の能力を使用するというものです。特に今回ではエジソンのゴーストをまとって電気を操っていましたね。他にも様々な英雄の力が存在しますし今後も登場させていくつもりですが、興味を持った方は色々と作品についても調べてみてくださいね!

さらに今回友希と初めて対面を果たしたのは蘇我屠自古という幽霊の少女でした。彼女はいったい何者なのか。今後どういう形で友希と関わっていくのか。詳しいことはまだ何も語られていませんが東方を深くご存じの方は考察を、よくわからない方は今後の展開を楽しみにしていただけると幸いです。

今回の後書きは短いですがこれにて失礼しようと思います。ありがとうございました!
次回は今回の続き、友希が初めて訪れる場所『永遠亭』での物語が展開されます!


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第15話 その赤眼は何を見る

今にも出産しそうな妊婦を抱え、全速力で空中を突き進む友希と名も知らぬ幽霊少女。しかし目的の病院は人を飲み込み惑わせる魔の竹林の中に存在するらしく、案内人なしではたどり着くことは不可能だというのだ。ただでさえ急を要する状況だというのに…。どうしてもいら立ちが募る友希だったが、さらに追い打ちをかけるように幻想郷一の罠師が目の前に立ちふさがる!


 見知らぬ足のない幽霊の女性とゴーストに変身した友希は、妊婦さんのことを考え人目につかない田畑のルートを低空飛行でかつ最速で突き進んでいた。

 そのうちに目の前の奥の方に見えてきたのは、うっそうと緑が生い茂る地帯。随分と木々の背丈が高いことやうっすらと縦線のようなものが見えていることからおそらくは竹林ではないだろうか。

「見えてきたな」

「あの竹林の中ですか? じゃあ上から直接行きましょう!」

「もしかしてあんた、外の世界から来たのか?」

 唐突に話が切り替わったことに少し驚いたが、それよりも彼女の鋭い予想に友希の注意が注がれた。

「なんで分かったんですか⁉」

「そりゃあ服装も見ないものだし、餓鬼のことや永遠亭のことを知らないんだろ? 里の者がそこら辺のことを知らないはずがないからな」

 別に友希にとっては外の世界の出身であることを隠そうとも思っていなかったのだが、やはりどこか世界に染まり切れていない部分を心の中で後ろめたく思っていたのだろうか。指摘されたとたん少し顔が熱くなってしまう友希であった。

「ていうか、早く行かないと!」

 半ば強引に話を逸らすかの如く友希は大きく声を張る。

 しかしそれを幽霊少女は制止した。

「いや、だめなんだ。上からじゃ絶対に入れない」

「なんでですか?」

「永遠亭の周りには特殊な結界が張られているのんだ。地上からじゃないと入ることはおろか視認することさえできない」

「なんでそんなことするんですか? 人間相手じゃそんなことする意味ないのに」

「幻想郷じゃ脅威を与える存在なんてごまんといるし唐突に出現することもざらじゃない。その結界すらもあまり意味はないのかもしれないな。まあ、とりあえずはその場しのぎの防衛みたいな感じだろう」

 話しが終わるとゆっくりと地上に降り立つ一同。

「じゃあ揺らさないようにゆっくり行きましょう!」

「まだ無理だ! 軽率に入ると帰ってこれなくなるぞ!」

「えっ・・!」

 聞き捨てならないことを言われたようで竹林に向きかけたその足をゆっくりと元の位置に戻してゆく友希。

 ただ妊婦の呻きが聞くに堪えないレベルに達してきたこともあり、どうにもはやる気持ちを抑えられない。

「ここはただの竹林じゃない。どういうわけかこの竹林に足を踏み入れた者は短くて数時間、長くて数週間この中を彷徨うことになる。無論だが人間が多いな。理由はわからない、竹林自体が意志を持っているなんてことも言われているが実態はよくわかっていないんだ。永遠亭の結界も関係しているのかもな」

 この幻想郷という世界では唐突にこのような恐ろしい側面が顔を見せることがある。

 どれだけ順調にいってようが優しい者たちとの交流を深めようが、弱い存在が容易く飲み込まれてしまうような世界なのだ。実際、最近見られるようになった妖怪の凶暴化現象以前からほぼ毎月のように人間や力の弱い妖怪が姿を消し、また死体となって森の中などで見つかっていたそう。

「じゃあどうすれば!」

 ここでも人間の弱さ、あるいは経験の少なさが顔をのぞかせる。

 友希は無意識のうちにその一刻を争う状況に対し過度の焦りを見せていたのだが、そのせいで言葉にとげが生まれてしまっている。

「まあ落ち着きなって。そのために今案内人を探しているところだから」

「案内人・・・?」

 言いながら友希は変身を解く。

 先ほどから幽霊少女が辺りに注意を向けていたのは案内人なる人物を探していたからだというのだ。

 そう言われるとそうだ。妊婦である女性が非常に苦しい思いをしてまで歩いて向かおうとするほどこの竹林の中の病院は里の人間にとって大事な場所なのだろう。

 そんな病院がたどり着けるかどうかわからない、運が良ければではいけない。

 となると必然的に、こんな危険な場所であっても大丈夫だと人々を安心させる要素が必要になってくる。

 そしてそれがこの竹林の『案内人』なのだろう。

 しかしその案内人はこの竹林で迷うことがないのだろうか? 当然の疑問が浮かんだ。

「でもなぁ、ごくたまにどこかに行ってて不在の時があるんだが・・・お、いたいた」

「・・・あの人か」

 二人の目の前には、いかにも入り口ですよと言わんばかりにぱっくりと口を開けた竹林の中に続く道が存在し、その手前の竹にもたれかかってうつむきながら爆睡している一人の存在があった。

「おーい、生きてるか? 藤原の」

「んん、死ねないんだよ。なんだ久しぶりじゃないか・・ってどうしたんだその人⁉」

寝ぼけ眼で目を細めながら声の主を確かめたかと思えば、その手に抱えるもがき苦しむ妊婦を見て飛び上がってきた。

その人物も日常ではあまりで出くわさないであろう特徴的な服装をしており、白いシャツに真っ赤なもんぺを着用しそこにはまたしてもお札のようなものがたくさん張り付けられている。綺麗な白髪かつ超長髪の幾又ポニーテールを携え、その瞳は炎のごとく真っ赤に染まっていた。

「実は道端で妖怪に襲われていたみたいでな。予断を許さない状況だ、案内を頼めるか」

「ああ、もちろんだ。ん? そっちは・・・」

「あ・・初めまして」

 友希の存在に気づいて軽く前へ乗り出し見る。

「・・・・・」

 なぜかその場に流れる静寂の空気間。

 案内役の白髪の女性は、友希を見た途端に目を見開いて凝視し制止してしまった。

「・・あの、なんかおかしいですか?」

「え⁉・・ああ、すまない何でもない・・・」

 急に我に返ったように目に光が戻り、後ろを向いてしまう『藤原の』女性。

 なんだか様子がおかしい。

初対面の友希はもちろんのこと幽霊少女にとってもなかなか見たことのない動揺のようで、その反応に首を傾げていた。

「おい! 早く行くぞ! 時間がない!」

 いくら何でも道草を食いすぎていた。焦った一同は早々と案内を受け竹林に足を踏み込んだのだった。

 

 

 

 竹林の中は予想どうりと言っては何だが、揺れる竹の葉の間からさんさんと木漏れ日が降り注いでおり、緑に彩られた神秘的な装いを見せている。

 吹き抜ける風は数多の影の避暑地と相まって非常に心地がよかった。

 しかし奇妙に思える点も存在した。

「なんか・・・思ったより遠いんですね」

「ああ、早くしないと本当に危険だ」

 外から見た感じではいくら大きいとはいえ知れていたほどなので急げばものの数分でつけるのではないかと予想していたのだが、友希にはすでに十分は歩き続けているのではないかという風に感じられた。

 それも自分がおかしいのかこの竹林がおかしいのか、どちらもありうるから困る。

 そんな思いを抱きながらも確実に歩を進めていた時だった。

「・・・ここらへんからは少し浮いた方がいいな」

「え、なんで?」

 友希が聞き返したその直後、友希の足には地面の感覚はなく、そしてまた視界が地面に埋もれていった。

「・・危ないっ!」

 もとから浮いていた幽霊少女は落ちそうになる友希と妊婦の身体の両方につかみかかったがそんなに器用にはいかず、もう一人の女性の協力もあって妊婦さんは何とか守ったものの友希は重力に任せて地面にぽっかりと空いた穴に吸い込まれていった。

「遅かったか・・・」

「おーい! 大丈夫かー!」

 いったいどれだけの深さがあるのか、外からだとうっすらとだが友希の姿が確認できた。

「俺は大丈夫ですから! もう先に行ってください! この調子じゃ手遅れになります!」

「分かった! 後で迎えに来るから!」

 友希自身は何が何だか訳が分からずイライラして突発的に先に行けとは言ったものの、本当の本当にいったい何がどうしてこうなったのかが分からないでいた。

 先ほどもんぺの女性が飛ぼうといったのはこの穴のせいなのだろう。ということはここら一帯にはたくさんの同じような落とし穴が存在しているのだろうか。

「ふ~・・・」

 友希は体をリラックスさせ水になり、おそらく四メートルくらいはあろうかという地上部分に手と腕を吸着させ脱出を図る。

「よいしょっ、と・・・」

 ヘリの部分に腕をひっかけ支えながら外に顔を出してみる。

「ばあっ!」

「・・・っ!」

 すると目の前に急に謎の人物が近距離に顔を寄せ思い切り脅かしてきたのだ。

 そして人並みにびっくりした友希は手を滑らせてしまい再び穴の奥底へ真っ逆さま逆戻りを食らってしまった。

「あははははっ!」

「くそ・・、何なんだよお前っ!」

 穴の入り口に立ちながら落ちた友希をのぞき込み楽しそうに笑っている何者か。逆光によりその輪郭が目に飛び込んでくるが、その影の頭には何やらウサギの耳のような細長いものが付いており、背丈は子供のように小さく見えた。十中八九妖怪で間違いないだろう。

「悔しかったらここまでおいで~」

「こんの野郎っ!」

 友希は勢いに任せて水になった腕を伸ばし、勢いよく外に向かって飛び出す。

 そしてすぐに周りを見渡し、先ほどの影を見つけたので捕まえようと飛び掛かったのもつかの間、気づけば友希の身体は再び地の底にあった。

「あっはははははっ! バッカみたいだね~!」

「・・・」

 まさかの二段構え、それも一メートルもない超至近距離に同程度深さのの落とし穴が掘られていたのだ。

 執念か生きがいか、いずれにせよこの用意周到さ加減はもはや達人のそれである。

 しかし友希にとってはそんなことはどうでもいい。

いくら子供とはいえなすすべなく一方的に馬鹿にされるのはどうしようもなく腹が立つ。たとえ大人げないだとか器が小さいだとか言われようと、心の底からいら立ちが沸き上がってくる感覚は紛れもなく本物だった。しかもこんなにも大変な時に。

 ゆっくりとだが着実に、静かに穴の中から脱出する。

 そして悪ガキウサギを睨みつけ、手元にはゲーマドライバーと紫のガシャットを構えた友希。

『マイティアクションX!』

「ん? なにそれ?」

 友希の背後のディスプレイと紫色の波動により周囲の地形にモザイクがかかってゆくその情景を見たウサギ妖怪はどうにも様子がおかしいことを感じて、先ほどまでの嘲笑顔からは打って変わって眉をひそめ固まってしまった。

「グレード2・・・変身」

『ガッシャット! ガッチャーン! レベルアップ!』

 友希の身体が見る見るうちに紫色の光の板に飲み込まれてゆく。

『マイティジャンプ! マイティキック! マ~イティ~アクショ~ンX!』

「ええぇ・・・」

 目の前で唐突に行われた既視感の全くない奇妙な事象に呆気にとられたウサギ妖怪は、頬を引きつらせながら知らずのうちに恐怖ともとれる困惑の声を漏らした。。

「・・覚悟しろよ、てめぇ」

 そうこぼした友希は何の助走もなしに駆け出し、妖怪に一気に詰め寄る。

 対して少女は未だ起きたことへの整理がつかず一歩たりとも動くことができなかった。

 

 

 

「おい、永琳! いるんだろ! 急患だ!」

「ああもうっ! 他の患者さんもいるんですから、大きな声を出さないでください!」

 白髪のもんぺ女性の声に反応して建物から出てきたのは、紫ロングの髪型をして学生服をまとった女性だった。そしてその頭には兎の耳も・・・。

 先ほど友希のことを後回しにして向かった少女二人は、目的地である竹林の病院「永遠亭」に到着していた。

「陣痛を訴えてからもうかなりの時間が経っているんだ。頼めるか?」

「はい、もちろん!」

 患者を運ぼうと近寄り手を差し伸べたとき、今度は中から赤と紺の二色をあしらった白髪長髪を後ろで一本に結ったいかにも責任者といった雰囲気の女性が姿を現す。

「様態は?」

「衰弱もひどく、危険な状態です」

「・・・なるほどね。緊急出産措置を行うわ。準備をしてくるから私の診察室のベッドに運んでちょうだい。安全を考慮しててゐと一緒に頼むわ」

 そう言い残し再び院内に姿を消したのを確認し、紫髪のうさ耳ガールはそのてゐとやらを探すが一向に見つからないようで深いため息と怒りの表情で顔を赤らめた。

「私が持とう」

 そんな彼女を見かねてもんぺの女性が手を貸す。

 ひと悶着が片付いたところで安堵の表情を浮かべた幽霊少女はずっと腕にかけていた竹網のカバンを下ろし、永遠亭側面の縁側に腰を掛ける。

 永遠亭は竹林の中にあり日陰のせいで薄暗いじめじめとした印象を受ける場所であるが、実際は腐食の一つも発生していない非常に病院らしい清潔さにあふれたところだ。

 また今見渡しただけでもウサギやその妖怪がちらほら見受けられるように、永遠亭はこういった異形の住処にもなっているため人間にとってはあまり居心地のいい場所ではないのかもしれない。しかし、この病院は幻想郷随一の腕を持つ医者がいるということもあって、年間でかなりの人間や妖怪が利用する重要な場所でもあるのだ。

 竹林の隙間から覗く青空とそれを今にも焼こうとせん太陽の光を眺め、疲れを払拭しようと物思いにふける。

「・・・・・」

 ふと近くでもちをついていたウサギの妖怪に目をやったその時だった。

 

ジバババババババッッ‼

 

 先ほど通ってきた竹林の獣道の方角から、体が振動で震えるほどのけたたましい炸裂音が一帯に鳴り響いたのだ。

「なんだ⁉」

急な出来事に飛び浮く幽霊少女。

そしてほぼ同時に竹林から姿を現したのは、友希にちょっかいを仕掛けたあのウサギ妖怪だった。

「た・・助けて! ヤバいのが来るぞー!」

 非常におびえた様子で血相を変えてこちらにいる同じウサギの妖怪たちに必死に訴えかける。

「どうせまたいつもの嘘でしょう? もう引っ掛かりませんよ!」

「どうせならもっと手の込んだことしてくださいよ~」

「今回は違うんだって!」

 あまりの様子にウサギたちは半信半疑で竹の奥をのぞき込む。すると・・・。

『ギュ・イーン!』

 謎の禍々しい声が聞こえたと同時に、竹林の中から赤い眼光が怪しく光る謎の黒い怪人が姿を現した。

「あれは・・・⁉」

 腰にはゲーマドライバーが装着されていることから友希であることがうかがえる。

 しかし不思議なのはその姿。

つんつんヘアーと無駄のないスーツ造形のそのシルエットはまさにエグゼイドそのものなのだが、色味は黒にも見えるほどに深い紫をしており、何より恐ろしいのはその目であった。

 エグゼイドとは違い、より鋭く吊り上がっていることに加えてどこか遠くを見つめるようなその目は怪しく真っ赤に光っている。

 闇夜と同じく世に紛れ、静かにかつ狡猾に敵を仕留める謎多き黒紫の戦士。 仮面ライダーゲンム アクションゲーマーレベル2!

 無言の状態で不気味に立ち尽くす戦士はゆっくりと顔を傾けウサギたちに標準を合わせる。

「あ・・ああ・・・!」

 いったいどんな仕打ちをされたのか、完全におびえきっているいたずらウサギ少女はもうあきらめたようにその場から動こうとはしなかった。

 それを感じていたかどうかはさておき、徐々に歩みを向け一気にその距離を詰め寄った友希であろうその戦士は、右手に装備していた紫色のガジェットで攻撃を加え始める!

「ぎゃっ!」

 一見小型に見えるそのデバイスのような装備からはなんとチェーンソーの刃が飛び出しており、痛々しいまでの金切り音を響かせながら切り捨てる。

 しかし不思議なことにダメージはあれど物理的な傷はないようで、受けた本人も悶絶はしようとも我に返れば傷はなく不思議そうに起き上がった。

 そんなウサギ妖怪をよそに未だ冷めることのない黒色の戦士は敵意をむき出しにして無言のまま次々と連斬を放ってくる。

「ごめんなさい! ごめんなさい! もう笑ったりしないから! 急いでるときに邪魔したりしないからぁ!」

 必死になって謝るも虚しく、ただひたすらにチェーンソーの恐ろしい音が一層強まるだけであった。

「くっ・・!」

 その懇願が平謝りだったのかどうかはわからない。しかし聞く耳を持たないと分かった瞬間心の奥底の反抗心が顔を出し闘志がこもった表情を見せたかと思えば、ウサギならではの跳躍力を生かして一気に永遠亭の屋根瓦までジャンプし来れるものならここまで来てみろと言わんばかりに友希の方を見下ろしてきたのだ。

 しかし友希はすでに行動を開始していた。

『チュ・ドーン!』

 右手のデバイスを基底部分から一旦取り外し、向きを入れ替えて再び設置する。

 すると先ほどまで小型のチェーンソーだったものが二つの銃口をもつビームガンへと変貌を遂げる。

 そしてウサギがふり返ったその時にはすでに銃口は向けられていたのである。

「ふぎゃっ!」

 次の瞬間容赦なく放たれた光弾は見事に妖怪ウサギに命中し、足を滑らせ屋根の上から転げ落ちてゆく。

 その光景を見ていいた他のウサギたちは、容赦ない攻撃を受ける彼女が生粋の嘘つきでありいたずら好きの困ったやつであるということを周知していたし、いい加減お灸をすえてやらないといけないとも思っていた。そしてそれはしばしばここに通っている緑髪の幽霊少女も同じこと。

 しかしながらそんな気持ちが同情に変わってしまうほどに目の前で行われている仕打ちは残虐性を秘めたものだった。

 逃げようと思えばその跳躍を生かして颯爽と逃げられるものの完全に恐怖で腰が砕けてしまっており、お尻を引きずりながら後ずさりするしかない状況になってしまっている。

「・・・終わりだ」

『ガッシャット! キメワザ!』

 どこからともなく禍々しさ全開の紫色エネルギーが右足に充填され、同時にゲンムの鋭い目が真っ赤に発光しあたり一辺が物々しい雰囲気で包まれてゆく。

「ちょっと! さっきからうるさくしているのは誰よ⁉」

「ゲッ! 鈴仙!」

 今にも戦闘が終幕を迎えようというときに建物の中から先ほどの制服のうさ耳の女性が怒りをあらわにしながら顔を出してきた。

 怒りの矛先が自分たちであることは理解できたが今更この状況を止められるわけもなく、親指でホルダーのボタンを押し込み溜まったエネルギーを開放しながら上空に飛び上がる友希。

 標的のいたずらウサギは出てきた女性に気を取られているようで完全にスキが生まれてしまっている。

『マイティ クリティカルストライク!』

「しまったぁ!」

 時すでに遅し。

 空には大きく必殺技の名前が刻み込まれ主張。

 エネルギーによって黒紫の発光を帯びたゲンムの右足は確実に標的を捕らえ、空中から一直線に降下し見事に腹部にヒットした。

「うわああああ‼」

 ウサギは見事に吹っ飛び・・・と言うよりは、ゲンムは直撃した瞬間に腹をけり上げて空中で回転したのちに背を向け見事に着陸したので地上や病院への被害は最小限に抑えられていた。

 これは友希の心ばかりの配慮である。

 強烈な一撃を食らって目を回しながら永遠亭の外れに落ちた妖怪ウサギだったが、そんなことはお構いなしにズンズンと近寄る影が一つ。

「て~ゐ~。あんたどこほっつき歩いてたのよ! ほんと、いてほしい時に限っていなくなるんだから!」

 落とし穴を掘っていたこのいたずらウサギの名がてゐ。先ほど妊婦の搬送のため助力を得ようとしていたのはこの兎のことだったよう。

「事情はよく分からないけど、あんたにお灸が据えられたようでよかったわ」

 そしてこの制服を着た他の兎と比べて長身で良識のありそうな彼女の名は鈴仙・優曇華院・イナバ。この永遠亭に住まう医師の助手兼薬売りである。

 てゐに対する周りの反応や対応からするに、てゐはあまり皆から好かれていないようでむしろ手を焼いている存在なのだろう。先ほどから鈴仙の顔には怒りと呆れの表情がずっと取れないでいる。

「決まった。超かっこよかったんじゃない?」

 そうぶつぶつと独り言のように話しているのは謎の戦士・ゲンムだ。とは言っても中身は友希でほぼ間違いはないだろうが。

「・・なあ、その姿は・・・」

 さすがに誰もがまず気になっているであろう質問を投げかけたのは周りの兎どもでも友希のことを知る幽霊少女でもなく、院内から出てきた案内人のもんぺ少女だった。

「あ、これですか? かっこいいでしょう? 仮面ライダーっていうヒーローです! と言っても、この姿はゲンムって言って正義のヒーローって感じではなくて、おそらくはダークヒーローってくくりだと思うんですけどね」

 早速友希の仮面ライダー好きが口から火を噴く。

 だが彼女は友希の熱弁をよそにどこか物憂げな顔を浮かべる。

「・・・? どうかしました? えっと・・」

「ん・・ああ、いや何でもない。そうだ、自己紹介がまだだったな。私は藤原妹紅、この竹林の自警団的なことをやってるんだ。竹林に入りたいときは声をかけてくれ、いつでも案内するよ」

 自分の自己紹介を終えた後すぐに隣に寄ってきていた幽霊少女に目で合図をやる妹紅。

「私は蘇我屠自古。何をやってるかって言われると答えにくいんだが、ある人のところで手伝いをやってる。あと、見ての通りすでに死んでるが誰かの怖がる顔が見たいとかそんな趣味の悪いことはしないから安心してくれ。まぁたまに人里にいるから会ったときはよろしくな」

 二人の自己紹介を受けたからには自らもこたえなければなるまい。

『ガッチョーン! ガッシューン!』

 ベルトを操作してその変身を解く友希。

「俺は一夜友希って言います。一カ月くらい前に外の世界から幻想入りしてきました。好きなことは仮面ライダーとか他特撮に関すること全般です。よろしくお願いします!」

「なるほど、見かけない顔だと思ったのはそういうわけだったのか」

 幻想郷は外の世界に比べたらかなり小さいと聞いていたのだが、それでもいち世界なのですべてを回るには休みなしで数カ月ほどが必要だろう。しかしそれでも外の世界よりは狭い、ゆえに幻想郷にいる住民ならば大体顔は割れているということなのだろうか。

 そうでなかったとしても、すでに友希が知るだけでも個性派ぞろいなので忘れたくても忘れられないだろう。

「えっと、なんだかうちのてゐが迷惑をかけたみたいでごめんなさい」

「いや、あなたが謝る必要はありませんよ!」

「いえいえ、彼女も曲りなりにもウチの一員なのでそういうわけには。あ、私の名前は鈴仙・優曇華院・イナバと言います。この永遠亭でお師匠様の助手をしています」

 友希の目の前に立ちながら深々とお手本のような挨拶をする鈴仙。

 その姿は友希にとっても非常に好印象であったのだが、ただ一つ友希と目線を合わせないようにしている様子なのが気にかかった。

「あの、ごめんなさい。目をそらしてばかりで気分を悪くされたかもしれませんが、これには事情がありまして・・・あなたのことがどうこうというわけではないのでご承知おきくださいぃ~」

「大体さあ、迷惑っていうかちょっと落とし穴でからかっただけであんなにむきになっちゃってさ・・・」

 そう言いながら会話に割り込んできたのは当の本人、いたずらウサギのてゐ。やはり反省などしていなかったようだ。

「なにが「からかっただけ」だ。苦しんでる妊婦が見えなかったとは言わせないよ」

「てゐ。あんたマジなの、それ。まさかそこまで腐ってたなんて・・。吹っ飛ばされて当然よ!」

「これを機に落とし穴稼業から足を洗ったらどうだ?」

 屠自古と鈴仙からの圧に苦笑いのてゐ。

 追い打ちをかけるように口角をあげながら冗談交じりに言い放つ妹紅。

 本気で言っていないあたり、もう半ばあきらめモードなのだろう。今までも何度も同じ会話をしているのが容易く想像できた。

 そんなことをしているうちに友希は肝心なことを思い出した。

「あっ! そういえば妊婦の人どうなりました⁉ 助かりました⁉」

「それは・・・」

「無事よ」

 友希の後方から聞こえた声に皆一斉に振り向く。そこには先ほどの白髪の責任者風の女性が額の汗をぬぐいながら立っていた。

「非常に危険な状態だったけれど、何とか赤ん坊も母親も命に別状なく手術を終えられたわ」

「よかった・・。さすがは師匠!」

 師匠と呼ばれているということは、この人が例のこの永遠亭の医師ということなのだろうか。

「ねえ、もうそろそろ終わった?」

 さらにその後ろから申し訳なさそうに顔を出してきたのはまさかのこの後待ち合わせをしていたにとりだった。

「えっ⁉ にとり⁉」

「あれ? 何で盟友がここに?」

「あら、知り合いだったのね」

 友希は午後のにとりとの約束に間に合うかどうかを地味に気にしていたのだが、にとりも集合場所の工房にいなかったということはいったいどういうことなのか。

 頭に浮かんだ疑問を投げかけようとしたそのとき、永遠亭のお師匠様によって友希の目線に割って入る形で話を遮られてしまった。

「積もる話もあるでしょうからとりあえず中に入って頂戴。私もあなたと一度話をしてみたいと思っていたの」

 柔らかい物腰でしゃべっているのだがどうにも顔が笑っていないような感じがして、友希には少し苦手なタイプなのか変に身構え動きがぎこちなくなってしまっている。

 そんなこんなで一行は促されるままに永遠亭の中に入ってい行くのであった。

 

第十五話 完




どうも! 東方友戦録の作者『彗星のシアン』です!今回も最後までお読みいただきありがとうございました!第15話、いかがだったでしょうか?

友希はキレやすいですね~。いや、私もおそらくキレますね…。とても急いでいる状況であったり何かやりたいことがあるときなどに絡まれるとプッツンきちゃいますかね~。あのような場面でてゐと遭遇するとは、なんとタイミングの悪い…。
とはいえ友希の新たなライダーの力で粛清されましたね。登場した仮面ライダーゲンムは見た目が不気味で、使用する武器もチェーンソーとビームガンという凶悪性の高いものであり、キレた友希とは相性抜群でした(ぜひ画像検索してみてください)。さらに言えばエグゼイド系のライダーは医療を目的としたライダーで、今回のロケーション『永遠亭』との相性も何かといいのです。ぜひ共通点など探していただけたらと思います。

それではここらへんでお暇させていただきましょう!
次回も話続きです。永遠亭内でいったい何が行われるのか、こうご期待!


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第16話 治める奴ら、狙われる貴方

妊婦を救うため目指したはずの永遠亭に辿り着くやいなや、なぜだか丁重に奥の間へと通された友希。そしてそこにはいるはずのない河城にとりまで…。顔色が良くない彼女のことを横目にいったい何が行われるのか。不安な気持ちを抑えきれない友希はその後、幻想郷の現実の一端を聞かされることになるのだった。


日陰の冷たい空気に肌を撫でられる。

竹林の間を抜ける風の音に風情を感じる。

永遠亭の一角、厳かな空気の漂う和室でにとりと共に何者かを待つ友希。

長方形の木製の机の上には二人分のお茶と茶請けが置かれているが、どちらもまだ手は付けれれていない。

友希は始めて来る場所と言い知れぬ緊張感で音を立てることすらはばかっていたのだが、どういう訳かにとりまで先ほどから全く動かないばかりか変に顔色までおかしい。

 そんな折、ついに張り詰めた糸を切るように座敷の障子がスーッと開かれた。

「待たせてしまって申し訳ないわ」

 そう言って中に入って来たのは、どうやらこの永遠亭唯一の正規の医者であるという銀髪の長髪を結った女性、八意永琳。

 さらにその後を追うように鈴仙も顔を出し、廊下に誰もいないことを確認したうえでそっと障子を閉めるのだった。

「あなたたちが連れてきた妊婦の彼女だけど、様態は安定しているわ。生まれた子も特に異常はなかったわ」

 ゆっくりと腰を下ろしながら淡々と会話を始めてゆく。しかし友希たちは未だ黙ったままだ。

「緊張しているのかしら? 何もしないから安心していいわよ」

「・・・でも、俺に話すことって」

 あまりに慎重な面持ちだったので何か悪いことをしてしまったと思っていた。

 実際のところ鈴仙が怒っていたように大分と外で騒がしくしてしまったのでその件かとも思っていたのだがどうやら関係がないらしい。

「ええ、そのことなのだけど。まずはその前に・・・」

「・・あ、私?」

 永琳の目線の先はにとりに向かっていた。

「まだ話の途中だったでしょ。そしてその話の内容には、少なからずあなたが関わっているの」

 そう言って永琳は横目で友希を見ながら懐から謎の紙を取り出した。

「・・これは?」

「この河童が開発していた錠剤の成分データおよびその不確実性についてまとめた書類よ」

「錠剤?」

 にとりが何かしらの錠剤を開発していたなんてのは友希には初耳だった。

ましてやにとりは医者ではなく科学者である。それも工学系の。

それなのになぜ専門的な知識もないにとりが薬の開発に着手していたというのだろうか。

「にとり・・お前薬も作れたのか?」

「いやぁ・・そのぉ・・・」

「いいえ、作れないわ」

 歯切れの悪いにとりの返答にいら立ちを隠しきれない永琳が割って答えた。

「薬に対する知識が十分にないにもかかわらず薬の大量製造をしようとしていたのよ。それもあろうことか、ろくな検証もなしに他人に投与しようとしていた。そしてその対象こそが何を隠そうあなたなのよ」

 今度ははっきりと友希の方に顔を向けてより強い口調で訴えた永琳。

「つまりあなたはあと少しでこの薄汚い妖怪の実験台になる所だったのよ」

「ちょっとちょっと、薄汚いはひどいよ! それに実験台って、まるで私が盟友を手にかけるような言い方じゃないか⁉」

「あら、違ったのかしら?」

「まぁまぁ」

 永琳的にはにとりが行おうとしていた所業はとても許しがたいものらしく、それによって口から出た叱責がにとりにも怒りが伝染してしまったよう。

 これは看過できないと咄嗟に友希が間に割って入ったのだ。

 友希の感じた通り永琳は良識のある人物のようで、ゆっくりと深呼吸で気持ちを抑え手元のお茶を少量口に流し込んだ。

「えっと、それでどういうことなんだ? にとり」

「う、うん・・・」

 にとりも手元のお茶を一気に流し込み、大きくため息を吐いた。

「私はただ盟友の、友希のためになるならと思って作ってただけなんだ。まぁ、もちろん知的好奇心がなかっと言えばうそになるけど・・・」

「何が『もちろん』よ。人体に投与するものをそう簡単に使うことは許されることではないの。だから、せめて私に協力を仰ぐべきだったと叱責しているのよ」

「はあ・・・」

 とりあえずは両者落ち着いたようだったのだが、肝心の友希には突拍子もない話ばかりなのでいまいちピンときていなかった。

「でも何で急にそんなことを? 俺も何も話聞いてないんだけど」

「それは・・・」

「それは・・?」

 気づけば隣の障子には複数体の人型の影が差していた。つまり外の妖怪ウサギたちが聞き耳を立てていた。

 それを阻止するかの如く鈴仙らしき影が追いかけまわすのが見えた。

 影だけでそんなやり取りが見て取れたが、部屋の中ではそんなことは気づいていないかのごとき静けさが支配している。

「それは、仮面ライダーを自分で作ってみたくて・・・」

「仮面ライダーを・・作る⁉ にとりが⁉」

「あ・・いや、発想の発端はってことね! 今はもう考え直しているし、この錠剤を使っただけじゃ完全な変身はできない・・・予定」

 あまりにも予想だにしない解答にあっけにとられてしまう友希。

 隣で聞いている永琳はいまいち何のことだかさっぱりの様子だが、それでもなお眉間に寄ったしわは消えてはいない。

「簡単に言うとね、この錠剤は別の二人がお互いに飲むことでその双方を融合させる効果を持つ薬なんだ。」

「二人の人間が・・・融合ぉ・・⁉」

「幻想郷ではそういったことも場合によっては可能かもしれない。実際魔法使いの扱う魔法や強力な妖怪の能力なら考えられる。けれども、技術を用いて強引に行おうというのならなおさらしっかりとした検証が必要なはずよ。それをものの一カ月程度の科学的思考で片づけてしまうなんて・・・」

「うう・・、いけると思ったんだけどなぁ・・・」

 にとりはその類まれなる才能を武器に今までかなりの成果を上げてきたようだ。しかしそれが今はあだとなり、明らかに過信ともとれる発言が二人の耳に飛び込んできた。

 その瞬間合わせたわけでもなく友希と永琳で二人顔を合わせた。一人は呆れ、一人は困惑である。

「いいかしら? あなたが作ろうとしているものはこの世の理に反するものよ。幻想郷内でそんなことを指摘するのは今更なような気もするけれど、少なくとも人工的に作り上げた人知を超えたものにリスクの伴わないものはない。代償の大きい小さいに関わらずね。」

 永琳は続けてこうも言った。

「私の腕と知識を見込んでかたまにいるのよ、都合のいい無理難題な薬を作ってほしいと言われることが。もちろん作る前からできないと断言はできないし一応制作に取り掛かることもあるわ。でもね、私は決して自惚れたりしない。さらに言えばどんなに簡単な薬でも必ず検証を行っているわ。薬とは人体に投与し影響を与えるもの。だからこそ生半可な気持ちと覚悟で世に出すものではないのよ。」

 話を聞いているだけでも永琳の医者という職業に対するあふれんばかりの思いがひしひしと伝わってくる。

 その熱き説得の言葉ににとりはもちろんのこと友希までもが息をのんだ。

「あなたはそれを薬ではなく発明品だというかもしれないけれど、体の中に入れて効果を発揮するのだからそれはれっきとした薬よ。というか、見た目がそのままカプセルじゃない」

「なぁにとり。ここは先生の言う通りもっとしっかり作りこむべきじゃないか? それでにとりが目の敵にされるのは俺も嫌だから」

「う~ん、そうだなあ・・」

 その後しばらく何の反応も示さずに黙りこくってしまったにとりだったが、誰も返答を催促することはなかった。

 ごく一般の人物からすればこんなことはなんて事のない今すぐ永琳先生の言うとおりにするほかない事案だと思うであろうが、にとりは生粋の技術者でありそれで生計を立てているし永琳先生もプロの医者である。なのでにとりはにとりなりにかなり思案を巡らせているであろうし、永琳先生もそれを重々理解したうえで決断を迫っているのだろう。

 そんな二人の会話に、友希の入り込める余地など全くなかった。

「ゆ、友希が言うなら。友希が言うなら、仕方ない・・かな・・・」

「うん。・・・うん?」

 にとりの解答を聞いて一瞬納得したのだが、どうもうまく口実に使われたような気がして後で首をかしげる友希。

 しかし沈黙が友希に伝えたようにこれはにとりの熟考した結果の言葉である。無論友希も、永琳も、これ以上口答えしようなどとは思わなかった。

 何よりこれはもとから望んでいた返答なのでひとまずはこれでいいのだ。

「それでなんだけど・・」

 口をすぼめていかんせん納得がいかない様子のにとりを申し訳なさそうに眺める友希に対して、永琳はカチッとスイッチを切り替えたように何の余韻もなく友希に話題を振ってきた。

「はいっ!」

「次に本題に入ろうと思うわ」

 友希がここに呼ばれた理由。最初先送りにされてしまった友希に関する話題がここで息を吹き返す。

「さっきの話でもそうであったように、あなたはにとりにすでに作ってもらっているものがあるんじゃないかしら? この幻想郷に本来はあるはずのない力を」

「あっ、それって」

 横に置いてある袋の中から先ほどまで使っていた蛍光色が目立つ物体を取り出す。

「このベルトのことですか・・」

 永琳先生の「さっきの話でもそうであったように」という前置きから友希は変に勘ぐってしまい、自分も怒られるのではないかと体を硬直させてしまう。

「そう、確か・・ライダー?」

「はい、仮面ライダーのベルト。これはエグゼイド系のライダーが使うゲーマドライバーというものです」

「ええ、そのライダーのシステムのことでいつかは面と向かって話す必要があると思っていたのよ」

 やはり怒られそうな雰囲気に少しばかり臆してしまうが、それよりもすでに仮面ライダーのこと、それを使う友希のことが幻想郷中に早くも伝わっていることに驚きとも恥ずかしさとも言い切れない感情を抱き、少し口角が緩む友希。

「まずはあなたに問いたいの。この力を幻想郷で使うこと、このシステムをにとりに作らせていることをあなたはいったいどう思っているのかしら?」

「ちょっと! 作らせているって・・・」

 咄嗟に口を挟もうとするにとりだったが、永琳の目から放たれる強烈に鋭い視線により言葉なくして抑圧されてしまった。

「あ、あの。作らせているというのは違って、僕が好きな仮面ライダーの話をしたら厚意で作ってくれることになっただけなんです」

「言葉の綾があったことは謝るけれど、本題はそこじゃないわ」

 友希の弁解には大して目もくれず、あくまで前述の問答への返答が重要なよう。

本意がどうかは未だ友希には分かりかねるが、張り付いた空気間とおよそ血色のない永琳の語りが友希の委縮に拍車をかけていた。

「その・・、どう思っているとは、具体的にはどういった・・・?」

「何も難しいことはないわ。ただ率直に、どういう気持ちで、それを使って戦っているのかしら?」

 何を思って、戦っている?

 思った以上に深い問いに思わずうつむいて考え込んでしまった。

 それに友希にとってこんな今まで見てきたヒーローにありそうな問いにスッと答えられないというのは地味に心にくる事例でもあったのだ。

「いいわ、もう」

「・・・え?」

 言い方がずっとクールなので本当に怒っているのか、それとも単にやんわりとした言い方が苦手なのかが分からないのだが、どちらにせよ友希はショックを受けた。突き放されたように感じた。この程度も答えられないのか、お前はだめだと自分を否定されたような気がした。

「回りくどい言い方をして悪かったわ。要はそのライダーの力、そしてそれを使いこなすあなたは、もうしばらくしないうちに完全に幻想郷の重鎮たちから要注意の監視対象になるだろうということよ」

「監視⁉」

 思いもよらない一言が永琳の口から飛び出した。

「ええ、先ほどの外での戦いを少し見ていたの。それで思ったのよ。この力は使い方を誤れば相当厄介な存在になりうる・・とね」

「・・・・」

 この指摘ににとりは反論せず受け入れるような寛容な表情を見せていた。

 と言うのも、この件に関してはにとりからも友希に向けて、また自分自身にも言い聞かせるように少し話していた。

 あまりぶっ飛んだものを作ってしまうと幻想郷のお偉方からきつい目で見られるのだと。

つまりそれが現実に起こりそうだということである。

「・・・もしかして、もう?」

「その可能性はあるわね。私自身、あなたのことを知ったのはもう三週間ほど前になるわ」

 三週間となると友希が幻想入りしてからわずかに二週間ほどたったころ。まだライダーがエグゼイドしか変身できなかったころになる。

 知れ渡るのがかなり早いように思えるかもだが、幻想入りしてきた外の人間が奇抜に姿を変え戦い、妖怪と仲良くやっているとなると注目を浴びるのも納得がいかなくはない。

「そしてさらに深刻なのは、最悪の場合あなたごとこの幻想郷から排除されてしまう可能性がある」

 何やら本格的に雲行きが怪しくなってきたがここで友希は唐突に頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。

「・・でも、確か幻想郷はすべてを?受け入れるとかなんとかって聞いたことあるんですけど・・・」

「ああ、それは間違ってはいないけれど、あくまで博麗大結界を通過してきたものは幻想郷から受け入れられたという抽象的な比喩表現なのであって、幻想郷内のその他の要因でどうにでもなってしまうわ」

 友希は再び曇った顔をする。

「でも別に俺悪いことなんてしてませんし、他の人から何か言われたこともありませんよ?」

「幻想郷の住民たちが驚異的に見なしていなかったとしても事態は簡単にはいかないものよ」

ここで永琳は体勢を整えさらに神妙な面持ちで改めて友希の方を見据える。

「幻想郷における支配関係や権力闘争は明確にどうとは分けずらいのだけれど、特に外せない勢力、重鎮と呼ばれる者は全部でだいたい五人いるの。妖怪にして賢者である八雲紫。白玉楼の幽霊姫 西行寺幽々子。守矢神社の主神にして山の神 八坂神奈子。命蓮寺の妖怪僧侶 聖白蓮。そしてこの私、永遠亭の医者 八意永琳。月の頭脳とも呼ばれているわ」

「えぇ⁉」

 とても厳かな雰囲気の人だとは思っていたがまさかそんなにも偉い人だとは思ってもいなかった。

今更ではあるが友希は少しばかり縮こまって頭を垂れた。

「あれ? 永遠亭には月のお姫様がいるけど、お医者様が代表なんだね」

 今まで特に口をはさんでこなかったにとりがここで申し訳なさ全開で指摘する。

「姫はあくまで月の民。居座らせていただいているとはいえ地上のあれこれに首を突っ込む意思はないようね。他力本願とも取れるけどこれは姫なりの配慮なのよ」

 お茶をはさみ一息ついたところで再び話を続ける永琳。

「さっき言った五人の中でも最も実行権が強く、実質的に幻想郷を統べるのは賢者 八雲紫よ」

「賢者・・・?」

「そう。もっとも、幻想郷における賢者とは幻想郷を創造した者たちのことを指す場合がほとんど。実際のところ賢者は紫を除いて皆幻想郷の内情には非積極的不干渉の態度をとっていて、陰でこの世界の行く末を見守っている感じに捉えられるわね」

 五人の重鎮に幻想郷の賢者。

 友希の頭の中には外の世界にもあるドロドロの社会カーストの三角ピラミッド図が思い浮かんだ。

 権力やお金、それによる醜い潰しあいに至るまで若いながらも外の世界で培ってきた現実の嫌な部分を想像していた。

 一見ファンタジーな世界に見える幻想郷も普通に生活するだけでも外の世界とは大違いで、妖怪に襲われて死ぬなんてこともざらにある非常に危険な一面を持ち合わせている。

 ゆえに勝手なイメージで友希は幻想郷が外の世界とは完全に離反したものだと思い、外の世界の嫌な部分が感じられることのない場所だと逆に美化していたのだ。

 だからこその失望感、もしくはなかったと思っていた締め切りが実はあって明日だった時のような焦燥感が胸の奥から込み上げてきていた。

 実際上下関係に縛られている様子は今のところ見受けられないので断言はできないが、どこの世界に行きつこうとも結局同じような道をたどることになるのかもしれないと友希はしみじみと思ったのだった。

「その、ちなみになんですけど・・・」

「私はあなたをもっと観察して経過を見るべきだと思うわ。結論を出すにはあまりにもあ早すぎる」

 さすがはトップ5に数えられることだけはある。

 友希がみなまで言わずとも言いたいことはお見通しと言った感じだ。

「ほかの皆もそう判断は急がないはず。5人以外の主要な人物からも特にあなたの話は聞いていないもの、今のところは大丈夫よ」

 主要な人物とはレミリアやさとりなど巨大な館を持っている者たちのことをいうのだろうか。明言はされなかったがその人物たちも把握しておくべきだろう。

「でも気を抜かないで。忠告したようにその力は幻想郷にとって脅威となりうる可能性を秘めた、いわばブラックボックス。事の進み次第、あなたの使い方次第でこちら側の判断はいとも容易く切り替わる」

「・・・・・」

 永琳には何か思うところがあるようだったが、友希にとってはこれまでもこれからも身に覚えのないであろう話だったので軽く眉をひそめる。

「特にさっきの・・・」

 その話だろうか。何かを言いかける永琳だったが急に口が止まった。

「いえ、忘れてちょうだい」

 明らかに何か言いたげだったが重要な情報が多かったので友希は集中して考え込んでいたために聞き流してしまっていた。

「これで話は終わりよ」

 友希とにとりが静かになって何やら思案しているうちに一言添えて永琳がその場に音もなく立ち上がる。

「悪いのだけど私はこれから患者の診察に行かなくてはいけないの。ウドンゲに任せっきりじゃあ心もとないのよ」

 ウドンゲとは鈴仙のことだろう。

 咄嗟に友希は座ったままで軽く一礼をし、その間に永琳は障子からそそくさと消えていった。

 医者という仕事柄忙しいのだろう。勢いや面を食らったなどということはないが、なぜだか嵐の後の静けさのような感覚を友希は感じていた。

「・・・にとり。疲れた・・」

「うん・・、そうだね・・・」

 がっつり怒られたにとりと不安をあおられた友希。両者はまるで放心状態のように天井を仰ぎながら覇気のない声色で共有しあうのであった。

 

 

 

 それからしばらくして日が陰り、あたりが薄暗くなり始めたころ。

 一通り会話を終えた友希とにとりが妹紅の案内のもと永遠亭を後にするその後姿を鈴仙は心配な顔で見守っていた。

 つい先ほどあいさつを交わし見送った時にはやはりてゐと戦っていた時のような覇気は感じられず、顔には出ていなかったがどこか疲弊した様子だったのだ。

 ちなみにてゐは友希に痛い目にあわされた後、他の患者と同様に病室で寝込んでいた。

「あの子たちのこと、気になるかしら?」

 玄関口から見ていた鈴仙の背後から一日の診察を終えた永琳が声をかける。

「・・・随分疲れた様子でしたが、大丈夫でしょうか」

「今伝えなければいけないことはしっかりと伝えたわ。後はそれをどう受け止めるか。その結果次第でこの先の運命ははっきりと分かれるでしょう。特に一夜友希」

 残念ながら友希は永琳の期待する結論には未だたどり着いていない。

 以前までの彼のままなら容易に気づけたかもしれないが、今の友希は自分でも想像できていない何か、理想で塗り固められた何かに気づけていないのだ。

 完全なる盲目だった。

「私たちが言えたことではないけれど、ここ最近の幻想郷は騒がしいわ。何か嫌なことが起きそうな、そんな気がするのよ」

「・・・・・」

 鈴仙は永琳の考えることがおそらく異変以上の何かの発現を予見しているのではいかと考えた。

 近年立て続けに起きる異変。

 自らが加担したこともあったが被害者の側に立ってみると遠慮したい気持ちでいっぱいだ。

 幻想郷特有のものなのでよくあることで片づけることもできるのかもしれないが、幻想郷の守護者である博麗の巫女 博麗霊夢に言わせると約三年前のレミリア率いる紅魔館組が引き起こした紅霧異変以来定期的に短いスパンで異変が引き起こされているこの現状は非常に気持ちの悪いことだという。

 しかしここで鈴仙は自らの予想に疑問符を浮かべる。

「あの人間がそんなに重要なんでしょうか? 確かに変わっているとは思いますけど、そんな人幻想郷にはいっぱいいますよね? 特に異変を起こしそうってことですか?」

「そんなに深く考える必要はないわ。ただいち人間へのアドバイスとしてもっとよく考えて行動しなさいと言っただけよ」

 そう言い残して再び院内に消えてゆく永琳。

 すでに姿は見えなくなっていたが鈴仙はしばらくその方向から目を離さなかった。

 特に何かあったわけではないが、何かが引っかかっていたのだ。それが良いことにしろ悪いことにしろ自身のこういった感には我ながら的中の自身があったから。

「・・・・・」

 雰囲気というものは波長と似ている。

 大地の震動とか風のうなりとか、人の感情の起伏にだっていつもと違えばかすかな違和感を発しているもの。

 鈴仙の能力、『狂気を操る程度の能力』もとい『波長を操る程度の能力』によりその手のものには敏感なのだ。

 杞憂かもしれないにしろ友希の持つライダーの力はいままでの幻想郷にはなかったもの。幻想郷に何かしらの変化が起きるのはほぼ間違いがない。

 友希たちにとっても鈴仙や永琳にとっても含みの残る不穏な一日となったのだった。

 

 

第十六話 完

 




最後まで読んでいただきありがとうございました。作者のシアンです。

今回は変身することも弾幕勝負に発展するでもない、文面を見ただけでも大人しい印象の回でした。さらにはこの『東方友戦録』の世界観の一端が垣間見えたかと思います。(実際はそんなに深く世界観を作っているわけではありませんが・・・)
第16話で最終的に大事なことは、友希が非常に際どい道を歩んでいるということです。いくら幻想郷がすべてを受け入れると言っていても、その存在に害をなすものが現れた場合何らかの形で粛清或いは再形成が行われるのです。それは巫女の存在や他の異変の結末を見ても明らかでしょう。
いずれにせよ今後の友希の行動次第でこの物語も予定より早く終焉を迎えることになってしまうのです。(汗)

とはいえ今の時点ではなんとも言いえないのが正直なところ。私も皆さんも静かに見守っていただけると幸いです。

ここまでのご清見ありがとうございました!
次回、さらに心の揺らぎが増す友希の前に、圧倒的な存在が立ちはだかる⁉


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第17話 地底に輝く一等星

永遠亭の医者『八意永琳』が伝えた助言によって、言葉にならない不安が友希の心を支配しだす。自らの仕事にも身が入らなくなってしまい、挙句の果てに地霊殿へのお使い(と言う名の厄介払い)を言い渡された。ショックを受ける中またしてもこいしのかくれんぼに駆り出されて、いよいよ滅入ってしまう状況。しかし、さらにそこに追い打ちをかけるように、地底に潜む脅威が襲来する!


 ライダーとして戦う意味とは何か。

 つい前日永遠亭の医者であり幻想郷の重鎮の一人である八意永琳に諭された友希はそのことについて以来ずっと考え続けていた。

 何をするにしても執事業に身が入っていなようでしっかりしようとすればするほど未熟な自分に腹が立つ。挙句の果てにはメイド長である咲夜に迷惑をかけてしまい、ここ地霊殿にお使いに行ってほしいと厄介払いされてしまった。(咲夜にそんな気がないことを祈りたいが)

 昔から親にもっと簡単に考えろと注意されてきたが、どうしたってそんな抽象的なことを言われただけでは納得がいかなくて反発していたのをふと思い出す。そもそも友希本人に難しく考えている自覚がないのが痛いところである。

「んん~? なんだか本調子じゃないみたいだね、お兄さん。あたいが何か手を貸してあげようか?」

「え・・ああ、ごめん。別に大丈夫」

「そうかい? かれこれ二十分くらいこいし様探してるけど・・・。まぁ、普通は見つけようとしても見つけられるようなものでもないんだけどさっ」

 草むらの前で四つん這いになりながら硬直していた友希に対し、後ろからひょうきんな声で話しかけるお燐。

 また考え事に夢中でフリーズしてしまっていたようだ。

 時間をかけて地底まで歩いて来た友希はさっさと用事を済ませて帰ろうとしたのだが、気付かぬうちにこいしにつかまっていた挙句以前約束したかくれんぼの続きを早くしようと強制されていたのだった。

 しかも駄々をこねているこいしを見て姉のさとりは助けてくれるのかと思いきやまさかの承諾。

 こいしには手を焼いている様子ではあったので遊び相手として友希がいるのは助かるのだろうか。しかし心を読めるさとりのことなので、おそらくは人間嫌いの延長線上でわざと友希を帰らせないようにして困らせたとも考えられる。

 外の世界であれば咲夜にスマホから遅れる旨を伝えればそれで済むのだが、幻想郷にはそんなものはない。にとりなら似たツールを持っているような気がしなくもないが、今は友希ただ一人。水になれるとはいえただの人間の友希にはテレパシーや魔法通信なんかももちろん使えないのでどうしようもない。

 もし無断で門限を過ぎるような真似をすれば・・・咲夜に嫌われてしまう!

 だとしても、特に打開策ももなくひどく落胆する友希。

「はぁ・・見つからん。・・・休憩しよ」

 いつぞやのように玄関扉前の小階段に腰掛ける。

「ていうか、お燐は何やってんの?」

「あたいはいつもどうり死体集めさ。今日は景気が悪くて出直しを食らっちまったよ~」

 以前聞いて驚いたがこの化け猫。何と仕事(趣味)が死体を集めることだというのだ。

 聞けば地底に彷徨う霊魂の管理をする傍ら死体をあさっている死体マニアなのだと。

 そんなものどうするのかと問えば牙を見せ不敵に笑みを返すただそれだけで何も教えてくれはしなかったのだ。

 誰かに害を与えるようなことはしていないとは言うものの、死体が欲しいなんて言うやつのことは信用ならないのであった。だって人間だもの。

 最悪自らで死体を量産しているのではないかとすら思えてしまう。

「お空は?」

「仕事。なんやかんやでいっつも中途半端だから、今日はずっと出てこれないだろうよ」

 頭が弱い、通称鳥頭だと思われるお空は何かあるごとに気がそっちに向いてしまい、気が付けば自らの仕事場を離れ誰かと遊んでいることが多いようだ。

 今回もその例にもれず、友希の気配を感じたお空は会いに行こうとしたのだが、お空にとっては運悪く館内を歩いていたさとりに見つかってしまい強制的に戻されていたのであった。

「なんやかんやでみんなしっかり定職についているのな~」

「何をもっての感想だい? お兄さんも吸血鬼の館で働いているんだろう?」

「ただのバイトだよ。やってることも咲夜さんより簡単なことばっかりだし。なんか、これでいいのかな~って変に思って・・・」

「大変なんだねぇ」

 ここにきてやっとお燐は友希の隣に腰掛けた。疲れを感じさせるため息を交じえて思いを漏らす。

「さっさとこいし探して、咲夜さんの手伝いに戻った方がいいかな」

 と言いつつも上の空で地底の天井を見つめ続ける友希。

 何も言わず耳を傾けるお燐。

 二人の無言によって音の無い空間がその場を支配するが、すぐに異変に気が付いたのは化け猫ならではの聴力を持つお燐だった。

「・・・地震? またお空が何かおいたをしでかしたのかな?」

「ん~? 確かに言われてみれば・・・」

 お燐の気づきに友希も耳を澄ませてみると、確かに微かな地鳴りのような音が聞こえていたのだ。

 しかしまだお燐は違和感を拭い去れないでいる。

「いやでも、地中からじゃない・・。向こう⁉」

 地面に耳を当て震源を探るとすぐにお燐は驚いた表情で地霊殿の正門外側の方に目をやった。

「・・・」

 友希もただならぬ予感がしてゆっくりと同じ方向に目を向ける。

 すると奥の方、正門から伸びる地底の大通りの先に何やら煙のようなものが巻き上がっているのが確認できた。

「あれは・・・!」

「えぇ?」

 友希がお燐の意味深な反応に反応し返したとき、それと同時に数十メートル先の発煙から何かが上空に飛び出すのがお燐には確認できた。

 とっさにお燐の腕が友希に伸びたのだが、飛び出てきた何かはものすごい勢いで友希たちをめがけて落下してくる。それゆえに何が何だかわからない友希は反応が遅れて行動が鈍ってしまったのだった。

 友希は見た。飛来してきた物体には人間のような胴体があり、豪快になびく長い金髪が輝きを放っていた。そしてその者の額には大きくそびえる赤き・・・角!

「えいっ! どーーーん‼」

 友希は飛んでくる物体を凝視していたせいで逃げることを忘れていた。がしかし、横から友希めがけて激突してきたこいしによって大きく体がもたれ、お燐と共に弾き飛ばされてしまった。

 そして轟音と共にその物体が地霊殿に到達したのはまさにほぼ同時。

 瞬間にしてあたり一面は巻き上げられた土煙によって埋め尽くされ、地面には大きく亀裂が一気に走る。

「おわあああああー‼」

「にゃあああああー‼」

「あははははははー‼」

 加えて猛烈な爆風が起こり友希たちをなぶるように駆けてゆく。

 土煙と共に小石や土の塊もが飛び交い、視覚、聴覚、痛覚に恐怖が押し寄せる。

「いったい何事っ・・きゃあ!」

 さすがにこれほどの震動が地底を揺らしていればさとりも気づかないわけがない。

 異変を感じたさとりは咄嗟に玄関から飛び出してきたのだが、未だ漂う土煙に困惑の色を隠しきれない様子だ。

 うずくまり事態が落ち着くことを待つ友希たち。

 さとりは口周りを手で覆い必死に何が起きたのか確認しようとする。

 次第に爆風は落ち着きあたりの景色も鮮明になってくる。

「あぁ・・、やっぱり・・・」

 一番に口を開いたのは真っ先に謎の物体の正体に気づいたであろうお燐。周りの様子もあってか青ざめた表情で言葉を漏らす。

 次第に明らかになってゆくその姿。

 先ほど遠目から確認できたことは間違いではなく、人間のように四肢のある体に黄金の長髪、服装は上半身は白の半そでで下半身は軽く透けた素材に赤いストライプの入った丈長の奇妙なスカート。そして最も目を見張ったのがその額から敢然と伸び立った大きな赤い一本角。その角には前面に目立った黄色い星のマークが刻まれていた。

「えっ・・誰?」

 友希は小さな声で何か知ってるであろうお燐に対して問いかけたつもりだったのだが、なぜか反応したのは降ってきた女性の方でギロリと友希に向かって目力の入った視線を送ってくる。

 さらにこちらに向かってゆっくりと近づいてくるのでどうすればいいかと再びお燐を頼ろうとする。しかし怯えと言うより遠慮のような顔でうつむき硬直していたので、これは頼りにならないと思い諦めて女性の方を見直す友希であった。

 なんという緊張感だろうか。見つめられるだけで息がしづらくなるような気がして苦しい。

 角だけで判断するならば、彼女は鬼だろうか。体格も華奢ではなくがっしりとしていていかにも強そうだ。

「お前が、最近外の世界から入って来たっていう人間か?」

「は・・はいぃ・・・」

 緊張のせいでマンガみたいな言葉詰まりが起き、声も若干かすれ気味になってしまった。

 いくら存在が知れ渡っているとはいえ何か絡まれるようなことをした覚えは友希にはない。

「勇儀さん久しぶりー!」

 能力のせいですっかり存在を忘れていたこいしが友希の背中から大きな声で飛び出してきた。

「おー古明地妹。また随分と長い間見なかったが、今度はどこほっつき歩いてたんだ? あんまり姉ちゃんを心配させるなよ?」

「うん! 分かったー!」

 慣れているということなのかこの女性の存在だけでなく先ほどの強烈な登場の仕方にすら全くと言っていいほど動じている様子を見せないこいしに、少し感心を覚える友希。

「いったい何をしに来たのですか? なぜ静かに来ようと思わないのですか?」

 遠目からでもわかった。さとりは今とても不機嫌だ。

 それもそのはず、勇儀と言う名の女性が着地した時にその衝撃で地面がめくれ上がり玄関前は大荒れの状態。さらには引き起こされた爆風によって辺りや地霊殿の外壁部分に土ぼこりが付着し一気に汚れがついてしまったのだ。

「ああ、まぁそう怒るなって。いっつも引きこもってばかりでお前もたまには刺激が欲しいだろ?」

「それとこれとどう関係があるのですか⁉ 本当に、鬼と言うのはどうしてこうもいい加減で適当で人の迷惑を考えないのですか?」

「ん? いい加減と適当って一緒じゃ・・・」

「ギロリ・・・」

 やはりこの女性は鬼で間違いなかった。どうりでとてつもない雰囲気がしているわけである。

 そしてその大きな存在感をまるでもろともせず逆にその人を見下すような冷え切った目で面と向かって真っ向からメンチを切るさとりもすごい。

 まったくこいしのことといいなんて姉妹だと、まるで他人事のように友希はただ見つめる側にまわってしまっていた。

「いや、今はこんな言い合いをしに来たんじゃない。お前だ、人間!」

「いや、だからなんで⁉」

 本当に訳が分からない。なぜに友希は鬼に狙われるようなことになっているのか。

 分からなさ過ぎてつい声をあげてしまった。

「知らないのか? 地上じゃ姿を変えて妖怪を狩りまくってる人間がいるって一部の間じゃ有名人なんだぜ、お前」

「なんか変な情報が盛られてるんですけど・・・」

「そうなのか?」

 自分のことが知れ渡るのはまだいいが変な風に脚色されるのは誤解を招くのでごめんだ。

 これではまるで悪みたいな印象を持たれてしまっても仕方がないではないか。現にこの鬼はそんなうわさを聞きつけて友希のもとへやってきたようなのだから。

「友希に会いに来たのー? あ、もしかしてかくれんぼ? すごいんだよ! だって私のこと・・・」

「いや、そういう遊びをしに来たんじゃない」

 今度は今までの少し相手を逆なでするような言い方ではなく、何やら覚悟を秘めた強い口調でこいしの能天気な見解をバッサリと否定し、依然として友希に目線を合わせてくる。

「むしろ逆だ。この私と一対一の真剣勝負と行こうぜ、人間!」

「だから、何でそうなるんですか⁉」

 まさかの鬼から直々の決闘の申し込みときた。

 これにはさとりもお燐も目を丸くし大きく口を開けて驚きを隠せないようだった。

「ちょっとちょっと! お兄さんはただの人間なんだよ⁉ 勇儀さんと戦ったりなんかしたら命が危ぶまれるよ!」

「あぁ? だから、こいつはただの人間じゃないんだっての。姿を変えて、変な術も使うらしい。なあ人間」

「すごいすごーい! そんなこともできるの⁉」

「え、ああ、まぁ・・・」

 褒められるのは嬉しいがそれで自分の命が危なくなるのはシャレにならない。

「そういえばまだ名前を聞いていなかったな。とその前に、私の名は星熊勇儀! 全妖怪の中で最も強い鬼! の中でもさらにその頂点に立つ者、それが私、星熊勇儀だ!」

 あまりにも豪快かつ自信満々な自己紹介に友希は若干たじろぎ反応が遅れてしまったが、それに答えんとして堂々と勇儀の眼前で胸を張る。

「俺は一夜友希! えっと・・外の世界出身の人間! あとは・・仮面ライダーに変身できるし水にもなれます! それと、今は紅魔館でアルバイトしてます!」

「やっぱり変身できるのか。よろしくな!」

 この勇儀という鬼、女性とは思えないくらい男勝りな風格を放っている。

 威勢よく自己紹介を交わしたのはいいものの、依然として友希の命の危険は去ってなどいない。

 鬼の実力がどの程度のものなのかはよくわかっていないが、周囲の反応から妖怪界最強を名乗るだけのことはあるのだろう。

 しかし困ったことに、友希にも危険な予感は感じれていたはいたのだが、それでもかなり自らの力を過信していたのだ。

 ここにいる妖怪たちや地上にいる者全員がもし同じ状況に立たされたとするならばだれ一人としてこの申し出を受けるものなどいないだろう。力の差、圧倒的恐怖、そして末路。鬼とタイマンをはって無事で戻ってきた者など数えるほどしかいないのだから。

 たとえ戦いが手加減ありのお遊びだったとしても同じ。と言うより鬼に手加減などできっこないと、これも全員が知っていることだ。

 だが外から来た友希は知らない。それに先ほども言ったように自らの力(厳密にはライダーの力だが)を過信しうぬぼれているから余計に危険なのだ。

 言ってしまうが友希は完全に自らの手にした力に陶酔しきっている。

 憧れである仮面ライダーに変身できた喜び、そのカッコよさ、今まで戦いにおいて思いどうりに相手をねじ伏せてきた自分への自信。そのどれもが友希の注意を鈍らせているのだ。

「それにしても、あなたがこの人間に固執する意味が分かりませんよ・・・」

「どうせお遊び気分に決まっています」

 友希の身を案じてかまだ食い下がろうとしないお燐に対して、心を読むまでもないといった様子でさとりが冷静に返す。

「なぁに、萃香との賭けに負けちまったのさ。負けた方が巷で噂の人間に会いに行って勝負するってな。今回はあいつの運が勝ってた」

「・・・お兄さん、悪いことは言わないから断っておきなよ。お兄さんが何ができるかは知らないけどさ、鬼になんか勝てるわけがないんだから」

 おびえた表情で諭すお燐。しかしそれを聞いた勇儀も黙っていなかった。

「おいおい、鬼であり最強を謳うこの私が賭けに負けてその上何もできずに帰ってきました~なんて笑い話にもなりゃしない。何が何でも戦ってもらう! それともしょせん噂は噂、他の人間みたく怖くて逃げだすのか?」

「賭けに負けたのは自分のせいでしょうに」

 皮肉めいた言い方で重箱の隅をつつくさとり。

 しかしもうすでに友希には、そんなちょっとした言葉すらも聞こえていなかった。

 先ほども言ったとおり、今の友希は盛大にうぬぼれている。

 さらに断っておきたいのだが、少なくとも友希は幻想入りする以前ならこんな性格ではなかった。本来ならばむしろ逆で、慎重に物事を見定め必要な段取りをすべて行ったうえで行動を起こすような、石橋を叩いて渡る超堅実派な性格をしているのだ。それゆえに危険な行動は可能な限り避け周りになんと言われようと自分のペースを守ってきた。

 無理に友達を作りに行ったり話しかけたりも行わない男だったが、状況が状況なだけあり幻想郷ではにとりの援助を受けながらでも積極的に話せる友達を作っている。

 兎にも角にも友希は勇儀という鬼のわかりやすい挑発にまんまと乗ってしまった。無論本来の友希ならお燐の協力を無理やり得てでも断っていただろう。

「ライダーの力はそんなもんじゃないぜ! 俺は負けない!」

 あくまで仮面ライダーの力であり友希自身の力ではない。自らの水になれる能力のことでもない。

「よく言った! じゃあさっそく変身しな!」

「あああ、どうしましょうさとり様~」

「・・・別にいいんじゃないですか。好きなようにすれば」

「そんなぁ~」

 さとりにはすでに友希の慢心がお見通しなのであろう。

 それをあえて忠告も制止もしないところが、さとりの友希に対する感情の表れともいえるのだが。

『マイティアクションX!』

 例のごとく右手のブレスによって瞬時にアイテムとベルトを呼び出し慣れた手つきで操作する友希。

「おお! これは!」

 友希の背面にでかでかと出現したディスプレイに、鬼だけでなくその場の誰もが目を丸くした。

『ガシャット! ガッチャーン! レベルアップ!』

 頭に軽く血が上っている友希は、レベル1を通り越して即座にレベル2に移行した。

『マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!』

 空中に飛び上がったかと思えば、次に着地してきたのは全身真っピンクなつんつん頭のエグゼイド。あまりにも奇抜な見た目にお燐は驚き、さとりは呆れ、勇儀に至っては高らかに大笑いをかます。そしてこいしはいつの間にやらいなくなっていた・・・。

「何笑ってんだよ!」

「あっはっはっはっ!」

 自らの大好きな仮面ライダーを馬鹿にされたと感じた友希は勢いに任せて怒りをあらわにする。

 しかし鬼の笑い声は収まることはなかった。

「すまんすまん。想像してたのの斜め上をいってたから、つい噴き出しちまったよ。ほら、かかってきな!」

「ああもう! むかつく!」

『ガシャコンブレイカー!』

 一気に合間を詰めて飛び掛かった友希は、即座に手元にハンマーを呼び出し勇儀めがけて振り下ろした。

 全く手加減したつもりはなかった。しかも直撃した瞬間痛々しいほどの打撲音が鳴り響いたのだが、ハンマーの向かった先は勇儀の手中ど真ん中で。

「はぁ⁉」

 いともたやすく受け止められてしまったこともそうだが、何よりもうブレイカーがピクリとも動かない。

 あまりにも動かないものだから、一瞬だけ友希が宙づりになってしまった。

「何だぁ? こんなもんか?」

 ハンマーを防いだ腕の奥で不敵に笑う勇儀の顔にすぐ気がついた。

 反撃を恐れて全力で引っ張るのだが、やっぱり動かない。

 次の瞬間友希の仮面の真横から強烈な力が加わってきた。

「ふんっ‼」

「があっ!」

 とんでもない勢いで吹き飛ばされていく友希。

 いくら変身して身体が強化されているとしても痛いものは痛いしダメージも体にかかってくる。

 友希は声にならない叫びをあげながら殴打された頭右側面に手を当てやりうずくまってしまう。

「ちょっと! 勇儀さん⁉」

「うるさいぞ! 一対一のサシに口出すんじゃねぇ!」

 容赦のない一撃を見たお燐は咄嗟に勇儀に対して注意を促そうとしたが、逆に喝を入れられてしまった。

 そんな勇儀の顔は依然変わりなく高揚の笑みを浮かべていた。

 脚部に力を籠め、地を蹴り一気に友希の方へと接近を仕掛ける勇儀。

「あああ~痛ってぇ!」

 だいたい50メートルは飛ばされただろうか。

 その先にあった家の積まれた樽の中に突っ込んでしまったようで、中の酒を思い切りかぶってしまっている。そのせいで妙に辺りが酒臭くなった。

 友希は戦闘中であることを思い出しハッとして立ち直った、がすでに勇儀はすぐそこまで迫っていた。

 瞬間に体から噴き出す冷や汗を感じながら手元のガシャコンブレイカーのBボタンを高速で五連打し負けじと接近してゆく。

「おらぁ!」

 今度は直撃の瞬間、勇儀はその場で立ち止まりピクリともせず仁王立ちでその一撃を受け止めた!

 ブレイカーの一撃は勇儀の胸ぐらにクリーンヒットし、さらにそこから今放った渾身の一撃と同じ威力が4連続で次々と襲い掛かる。

「・・・どうなってんだっ」

 全くであった。

 文字通り全く聞いている様子がない。

 相手は動いてすらいない。いなすことも威力を和らげることもできなかったはずだ。

 にもかかわらず勇儀はその場から一歩も退くことはなく、さらには呼吸も全く乱れていないではないか。

 勇儀の立っている場所は沈み込んでめくれていたことから威力はかなりあったはずなのに。

「今のは『少しだけ』効いたなぁ」

 何も防御されていなかったので今度は簡単に勇儀のそばを離れることができたのだが、この戦闘において友希はたった二度の接近で勇儀が他の妖怪とは全く格が違うことに今更ながら全身で感じていた。

「くぅっ・・・」

 しかしながら、一度乗ってしまった戦いゆえに自ら負けを認めるのは友希のプライドが許さなかった。

 今はただの人間とは違う。変身しているのだからうまいことすれば勝機はあるかもしれない。仮面ライダーはいつだってそうやって危機を乗り越えてきたのだから。

 友希は心の底からそう思った。

 少し勇儀との間隔をあけ、反対の家屋に立てかかった黄色いメダルを獲得しに動く。

『高速化!』

「ふん、なるほどな」

 次の瞬間二人は同時にその場から飛び上がり、次々と屋根の上を飛び回りながら拳を交えていく。

 高速化は元の走力の約三倍ほどの効果を付与するものであり、エグゼイド アクションゲーマーレベル2はデフォルトで100メートルを約3.2秒で走りきることができる。

 にもかかわらず、勇儀はこのスピードに食らいつけているではないか。

「早く動けば振り切れるとでも思ったか? 力の代償は動きの鈍さとでも? 残念! 私たち鬼はすべてにおいて、他生物をはるかに凌駕しているのさ!」

 友希は変身しているおかげでこのハイスピードの中でもしっかりと意識をもって戦えているが、駆け付けていたお燐とこいしにはわずかな時間にしか感じられていない。

 ゆえに息をのむ暇もないほどすぐに二人が地に落ちてきたように見えていた。

 無論、打ち負けた友希はまるで羽を射られた鳥のように無様に転げ落ちる。

 対して勇儀はまるで何も起きていなかったかのようにどっしりと地に足をつけ、その場で伸びまでして見せたのだ。

「なかなか面白い力だし、人間とここまでやりあえたのは久しぶりだから、今日来たのは案外ハズレじゃなかったな。けど当たりでもない」

「あぁ・・、マジかよ・・・」

 もはやこの鬼に勝利できるビジョンを見失いかけていた。

 現在顕現しているどのライダーのシステムでも勝機は、おそらくない。そんな考えが友希の心を支配し始めていた。

 しかし完全に希望がついえたわけではない。

 おそらく今日すでににとりが完成させているであろう新たな力。現在変身しているエグゼイドの新たなフォーム、ガシャット二本差しだ!

 うぬぼれたプライドが友希の身体を勇儀へと向かわせる。

 手元には見知らぬ赤いガシャットが握られていた。

『ゲキトツロボッツ!』

 ベルトのレバーを元に戻し二つ目のスロットに力任せに差し込む。

 右腕を高らかに上げ、ぐるっと三回ゆっくりとまわしながら叫んだ!

「大・大・大変身!」

『ガッチャーン! レベルアップ!』

 友希の奇怪なポーズに目が行っていた勇儀だったが、それよりも驚いたのはいつものように友希背面に映し出されていたディスプレイから謎の生命体が飛び出してきたことだ。

 真っ赤な小型ロボットのような見た目で感情は読めないが意思はあるようで、そのまま勇儀に向かって突進していったのだが簡単にいなされたしまう。

『マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!』

 いなされ弾き飛ばされてきたロボット、もとい『ロボットゲーマ』はそのままの軌道でエグゼイドのもとへ寄ってきたかと思うとあろうことか口を大きく開け、頭から一気にかぶりついた!

『アガッチャ! ぶっ飛ばせ! 突撃! ゲキトツパンチ! ゲキトツロボッツ!』

 赤い光を放ちながらロボットゲーマがエグゼイドの周りにまとわり武装されてゆく。

 その容姿はまるで巨大なグローブを構えたメカファイター。胸周りから肩にかけて赤を基調としたアーマーが装着され、左腕には巨大な強化アームを装備。頭部周りには額に目立つVマークのある真っ赤な保護プロテクターを装備している。

 悠然と立つその戦士は、多彩な技と容赦なき力を併せ持つパワフルプレイヤー! 戦場の剛腕者。 仮面ライダーエグゼイド ロボットアクションゲーマー レベル3!

「更に変身か・・・。面白いじゃないか」

 未だなおたくましい笑顔を忘れない勇儀。

「いくぞ!」

 アクションゲームの脚力はそのままに、体中に満ちるエネルギーによってこれまで以上の高さに飛び上がり、そこから全体重を乗せたアームパンチを重力に任せてふりおろす。

 接触の瞬間轟音が唸り、地底中に響き渡る。

 これには勇儀も堪えたのか少し眉をひそませたのだが、友希の進撃はまだ終わっていなかった。

「うおおおおおおっ!」

「・・・っ!」

全身に思い切り力を籠め力任せに勇儀ごと押し進んでいく友希。

 ガシャコンブレイカーでたたいた時にはピクリともしなかったのに対して、今の友希はまるで別物だ。地面をめくりあげながらも確実に勇儀が押し負けていることからもロボットアクションゲーマーのパワーが見て取れる。

「こいつは・・! ふんっ!」

 負けじと勇儀が力を込めたことにより力が拮抗したことで友希の進撃が止まった。

 しかもその気迫とぶつかり合うエネルギーが風を巻き上げ、オーラのようになって現れ始めたのだ。

 ぐぐぐと唸り声をあげながら押し込む友希。余裕の笑顔が消えかけている勇儀。

 殺伐とした雰囲気がその場を支配し、お燐はかたずを飲んだ。

 いつまで続くのかと不安にもなったのだが、ふとした隙に両者の力が抜け急に距離を取り構えなおしたのだった。

 すかさず友希はベルトに刺さったゲキトツロボッツガシャットを抜き、左腰のスロットに差し込みボタンを押し込む!

 勇儀も何かを察したのか、より一層腰を落とし腕に力を籠める!

『ガシャット! キメワザ!』

「はあああああ・・・」

「こ・・これはぁ・・・。離れた方が・・・、ってこいし様⁉ どこ⁉」

 今更こいしの不在に気づいたお燐だったが、まるでその声が合図になったかのように両者一斉に前へ出る!

『ゲキトツ クリティカルストライク!』

「くらえぇぇぇっ‼」

「はあぁぁぁぁっ‼」

 もう何度も拳と拳がぶつかり合っているが、この一撃ばかりは今日一番。冷え切った地面が、連立する家屋が、陰気な空気に包まれた地底全体が、耐えられないとばかりに震えた。

 友希と勇儀、二人を中心にして土煙が吹き荒れる。

 空の樽や木の板、お燐が風にまかれ飛ばされた。

「ふんんんぬぬぬぬ!」

 荒れ狂う砂嵐の中で一瞬だけ、お燐は二人の拳に稲妻が走った・・・ように見えた。しかしその一瞬の後、自らの一撃による衝撃のせいか二人はどんと突き放されていく。

「っは、ああっっ!」

 あまりの衝撃にスーツに包まれた生身の左腕が悲鳴を上げていた。

「くっ、やるねぇ・・・。こうでなきゃわざわざ来た意味がない!」

 分かりきったことかもしれないが、鬼と言うのはどうも戦いや勝負事が大好きらしい。

 友希とは違いこの状況を楽しんでいるのだ。

 対して友希は、先ほどからの激しい行動を伴う戦闘でもう満身創痍と言っても過言ではないほど疲れ切っている。

 しかしそんなことはお構いなしに、すでに勇儀はまたも友希めがけて突進を仕掛けてきている。

「うそだろぉ・・・」

 このまま素直に負けを認めた方がいいのではないか。そのほうが早くこの状況から楽になれる。そんな考えが友希によぎったときすでに目の前に勇儀はいた。

 戦える喜びによってより一層パワーが上がっているのか、先ほどとは比にならないほどの速さだった。それゆえに友希には反応ができなかった。

 二人を見つけたお燐が止めに入ろうと駆けてきたその時だった。

「そこまでにしてくれる?」

「・・・っ!」

 すでに振りかざしていた拳が、二人の間に現れた人物の顔面をかすめようかと言うところで間一髪静止した。

 鬼の攻撃の前に出るなどと命知らずなこの目の前の金髪の少女は勇儀と面識があるようで、何事もなかったかの如く自然と会話を始めてしまった。

「あなたたちが騒がしくするから、ここら辺一帯が崩壊してしまいそうよ。おかげで住民たちも引き込まってしまったわ」

「ここいらはいつだって人気が少ねぇじゃねえか。そんなに変わらんだろう?」

「だとしてもこれ以上暴れられるとうるさくてかなわないわ。この先の橋にも危険が及びかねない。いや、あなたのことだから絶対にただじゃすまないわよね。まったくその元気さがいったいどこから湧いてくるのか、妬ましい・・・」

 淡々と言葉をまくし立てた少女。

 さらにそれに加担するようにどこからともなくさとりが現れ口をはさんできた。

「全くですよ。私たちの安息の地を何だと思っているんですかね?」

「わかったよ! ったく、おい人間。今日はもう帰っていいぞ。興が覚めた」

「・・・・」

 まるでヤンキーに雑に絡まれるようにいともあっさりと飽きられてしまい、友希は変身も解かずただ茫然と立ちつくしてしまっている。

何と言う虚無感。頭に上っていた血が一気に下降していくのがはっきりと分かった。

そして、それと同時にどうしようもない情けなさが友希の心に津波のように襲ったのだ。

力の差に絶望したからか。それとも馬鹿にされたまま何もできなかったからか。

いずれにせよ叫びたくても叫べない何とも形容しがたい感情が心の中で渦巻いて、最後にはお燐に連れられ半ば強制的に地底を後にしたのであった。

 

 

「しっかし、お前らが人間の肩を持つなんてな」

「どこをどう見たらそんなふうに解釈できるのよ」

 友希の背中を静かに見送った後、さとりと勇儀、そして戦いに割って入った謎の少女 水橋パルスィは、遠慮しながら家屋から出てくる住民たちを横目に話していた。

「私はただあんたたちが暴れるせいで・・・」

「まあ、そう恥ずかしがるなって! 私たちが戯れてるのを見てうらやましくなったんだろ? ハハッ!」

「・・・あんたのそういうところ、大嫌いよ」

 パルスィの気持ちを知ってか知らずか冗談めかしくからかう勇儀。

 対して確実にパルスィの心の内を知るさとりは静かに不敵なほほえみをパルスィに向ける。

「何よ。さとり、あなた余計なことは言わないでよね」

 さとりに対しても突っかかるパルスィだったが、何かを察したような勇儀もクククと声をそろえて笑い始めた。

「ああもう! ほんとあなたたちといると調子が狂うわ! 妬ましい、妬ましい、妬ましいっ!」

 端から見れば微笑ましい空間にも感じられるかもしれないが、実際は地底の中でも特に恐ろしいメンバーの終結に周囲の妖怪は恐れをなさずにはいられなかった。

 軽く笑いを飛ばしながらさとりは思案する。

(それにしても、私も彼には少し興味が湧いて来ましたね。・・・気は乗りませんがもう少し、気長に観察を続けてみましょうか)

 何やら不安な思索が多々巡らされる中、心の中に大きなしこりができてしまった様子の友希はいったいこれからどうなってしまうのか。

 未だ放心状態の友希は、お燐の持つ荷車に乗せられただ悠然と揺られているのみだった。

 

第十七話 完

 




最後まで読んでいただきありがとうございました、作者のシアンです。

前回のことがあっていよいよ心に迷いが生じ始めた友希。まだその正体には気づけていないようですが、仕事にも支障が出て焦りが隠しきれていませんね。
そんな中、友希を襲ったのが鬼の『星熊勇儀』でした。その圧倒的な力で友希を、仮面ライダーを圧倒する勇儀に私も書きながらハラハラしておりました…!
その後何とか難を逃れた友希でしたが、友希を助けた少女『水橋パルスィ』はいったい何を考えているのでしょうか。そしてさとりも何か思うところがあるようです。すこぶる不安ですね…。

さて今回の話で私が苦労したのが、やはり戦闘描写です。先に圧倒的な力と書かせていただきましたが、それを文面で表現することのなんと難しいことか!
仮面ライダーの攻撃を受け止めたり、屋根の上を縦横無尽に駆けたり、波動が感じられたり。言葉で表すとなんだかくどい感じになってしまったようで何度も何度も書いては消し書いては消し…。
伏線のようなパルスィとさとりの会話の先にある展開も、組み立てるのに苦労しました。本当にこのまま進めて不自然はないのか…、少し不安です。

何はともあれ無事第17話まできました!これからも読んでくださるとありがたい限りです!
次回、第18話!ついに友希の不安の正体が明らかに!?その正体に友希はどう立ち向かうのか!こうご期待!


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第18話 決意のbeatを刻め!

生活や仕事への支障が顕著に出始めたことで周囲からの目や自分への不信感が無視できないほどに高まってしまった友希は、今日も今日とて昼から自由行動を言い渡され人里をふらつくしかなかない。そんな外の世界にいたころにも陥ったことのない状況に一人頭を抱える友希に手を差し伸べたのは、いつぞやの幽霊少女だった。


18・決意のbeatを刻め!

 

 友希が幻想入りを果たしてからすでに早一カ月半が経過しようとしていた今日この頃。

 いつもどうり自らに与えられた寝室で一人朝を迎え、メイド長の用意した朝食に舌鼓をうつ。そしていつもどうり朝から執事としての業務に専念しつつ、紅魔館外の草むしりに精を出す。そんなこんなで気づかないうち、いつもどうりに昼食を迎えようとしていた。

 しかし、ただ一点においていつもとは違った。

 自らの力のことである。

 日を追うごとにどんどん考えが深まっていって、心に重荷を背負わされているような気分がここ数日間ずっと続いていたのだった。

 何とかメイド長の咲夜や雇い主のレミリアには心配をかけないよう心掛けてはいるもののなんだかとっくにばれているような気もして、それはそれで気分がよろしくない。

 力のことと言えば、まず最初に思い当たるのは永遠亭で永琳先生に言われた言葉だ。

 力はむやみやたらに使っていいものではないというのはそこまで理解に苦しむものではない。自分はいいことのために使っている。人に不幸を振りまく悪い妖怪や人に力をふるうような凶悪生物を退けようとしている。友希はそう思っていた。

 引っかかったのは幻想郷のお偉方から危険視されるというところである。

 なぜ力を持つ者が危険視され、最悪排除までされなければいけないのだ。この世界において明らかに非力な人間を守る存在がいてはいけないというのか、と。

 この友希の思想が正しいのかそうでないのかはこの際置いておいて、ライダーの存在を認めてもらえない悔しさがあったのだ。もっと言えば自分の考えや行動がないがしろにされているような、そんなもどかしさがあった。

 そこに追い打ちをかけるように立ちはだかったのは勇儀という鬼の存在。

 威勢よくとびかかったはいいものの、その圧倒的な力の差を前にして勝ち続けの自信と自らのプライドは情けなさと恥ずかしさによって見事に打ち砕かれた。

「はぁ・・・。どうすればいいんだよぉ~」

 殺伐さはあるものの外の世界よりかは単純な仕組みのこの世界と仮面ライダーへの変身が友希の心を舞い上がらせていたのだが、どうやら楽観が過ぎていたようだ。

「あの・・・」

「ん?」

 背後から遠慮がちな弱々しい声が聞こえてきたのでふり返ってみる。そこには黒髪で後ろ髪を結った妖精メイドの一人が友希を見つめていた。

「えっと・・どうかしたの?」

「あのっ、メイド長が午後からは休んでもいいって。友希さんに伝えてほしいって言ってました。だから・・・」

「・・・マジかぁ。伝えてくれてありがとう」

 その後妖精メイドはぺこりと可愛くお辞儀をしてから足早に友希のもとを去っていった。

 紅魔館で働く妖精メイドにしてはやけに内気で礼儀正しい子だなと少し不思議に思ったのもつかの間、そんなことよりと友希は彼女から伝えられた内容を思い出し、窓のふちに手を置きながらわかりやすく落胆するのだった。

「やっぱり気づかれてたのか・・。まぁレミリアと咲夜さんのことだし、薄々感づいてるんじゃないかな~とは思ってたけどさ・・・」

 友希は自分だけが必死になっていたことが恥ずかしかった。それも紅魔館やこの幻想郷で暮らしている人ならざる者たちよりもまるで自分が強いと言わんばかりに悩んでいるのが知られたくなかったのだ。うぬぼれているようですごく恥ずかしいから。

「しかもっ! 他人を使って仲介して言われたのが絶妙に傷つくっ! もしかして避けられてる⁉」

 小声でブツブツと言いながら半歩ずつ周りをウロチョロする姿は誰がどう見ても不審者のそれだった。

「・・・面と向かって言われても耐えられないんだけどな。どんな顔してたんだろ、咲夜さん」

 しょぼんとしておとなしくなった友希は服のボタンに手をかけながら自らの部屋に足早に戻っていくのだった。

 

 

 

 午後一時。

 日の光がより一層身体を照り付ける中、食事は外で済ませると言ってかれこれ一時間も外をぶらぶらと目的もなく散策していた友希。

 どうしてもみんなに会いにくいと感じたので外に飛び出してきたはいいものの、何をすればいいのかまったく見当もつかなかった。今は川沿いにある大岩に腰掛け大空を仰いでいる。

「・・・・・」

 思い返せばどうも幻想入りしてから自分が抜けているような気がする。

 心ここにあらずとは少し違って、どうにも感情が振り切れてない、何かが感情を引っ張っているような感覚がしていた。

 考えれば考えるほどにまるで自分が自分じゃなくなっていくような感覚に陥ってしまう。

 あるいは全て考えすぎなだけかも・・・。

「んぁああああああ~! 俺の何がだめなんだよ!」

 幻想郷に来てから外の世界への未練を考えることがしばらくあった。

 それでも過ぎたことだときっぱりと諦めて、文字どうり第二の人生を歩もうと心に鞭をうったはずなのに。結局なんだかうまくいっていないことがさらに友希の羞恥心に拍車をかける。真実がどうであれ友希は現在それにより気力を失いつつあるのだ。

「・・・・・」

 無意識に右腕の転送ブレスに手を触れる友希。

 もう完全に慣れてしまったのか、初めて変身した時の興奮はいつしか当たり前になっていたことにも気づく。

 初めて負けたのはつい昨日のこと、とてつもなく悔しくて帰りの途中に無理やりお燐を振り払い一人で紅魔館に帰ってきたのだ。今更だがお燐には悪いことをした。わざわざ地底から出してくれて、加えて付き添ってくれていたにもかかわらず制止を振り払ったのだから。

 紅魔館に到着してからというもの誰の言葉も上の空に返答してしまい、さぞ心配させたことだろう。

 しかしながらこの感情は、友希にとって今までには感じたことのないものなのだった。

 今までの人生でここまでお先真っ暗になったのはこれが初めてなのだ。

 他者から与えられた力でも、驚異的な強さ、常軌を逸した能力、何よりすべてを終わらせた後の高揚感と言ったら、心の跳ね上がりが体全体に響き全身が武者震いして止まらないほどだ。

 それがいともたやすく、一瞬で、崩れ去った。

 友希は本当に自らを見失っているのかもしれない。その証拠に友希は外の世界にいたころの自分を思い出そうと必死になっていた。

 そうすればこの不安から解放される、なぜだかそう思って。

「・・い。・・・お・・うき・・」

 どれだけ思案しようとも何一つとして解決などせず。気付かぬうちに立ち上がり、ただひたすらに友希は歩を進める。

「おい! 一夜友希!」

「うおあああ!」

 急に右耳に大声が響き渡り、女々しく飛び上がり足元がおぼつかなくなる友希。

「どうしたんだ? 上の空じゃないか」

「あ・・屠自古さん・・・」

 そこには以前初めて会ったときと同じく、両手に食料で満たされた竹製の籠を抱えながら友希の方を見つめる幽霊、蘇我屠自古の姿があった。

「ひどいじゃないですか、急に大声を出すなんて。びっくりしましたよ」

「五回ほど声をかけたんだけどな、まさかそんなに驚くとは思わなかったよ」

 うっすらと笑みを浮かべながら面白そうに話す屠自古。

「あれ・・、その足は・・?」

 胸をなでおろしたついでに友希は自分の足元に目線を向てたのだが、同時に幽霊である屠自古に人間と変わらぬ足がついていることに気が付いた。

「ああ、いつもはない方が便利だからそのままにしているんだが、こうやって人間たちがいるところに来るときは、霊体を練ってただの人間っぽく見せているのさ。実際はちょっとばかし浮いてるぞ」

 言われてからよく見ると確かにゆっくりとだが体が上下しているのが分かった。

「で、どうしたんだ? 何か悩み事かい?」

「・・・あの、最近俺どうすればいいかよくわかんなくて。なんかこう、パッとしないっていうか・・」

「永遠亭の医者に言われたことか?」

 友希は屠自古のことも只者ではないと認識していた。

 その証拠に今も永琳の言葉が不安の始まりになったことを簡単に見抜いてしまった。その場にいなかったにも関わらずだ。

「よくわかりましたね」

「そりゃあ、お前は特異で、それでもって彼女に呼び出されたのなら大体話の見当はつく」

「まぁ、それだけじゃないんですけどね・・・」

 友希は心の内に秘めた思いを余すことなく屠自古に打ち明ける。(当然見当のつかないこともあったが、それも含めてだ)

 その途中屠自古は一言も発することはなく、ただ黙って友希の言葉に耳を傾け続けた。

 普段口調はどこか男勝りで気の強い印象を受ける人だが、こうやって真摯に悩みの相談に乗ってくれるあたり友希のことを気にかけてくれる姉貴分のような存在なのだろう。

「・・・っていう感じなんですけど」

「そうか。幻想郷に来たばっかりだっていうのに、早々に縛られて大変だな」

 屠自古は買い物籠の中から笹の葉に包まれた三色団子を取りだし友希に差し出しながら聞いたことの整理をする。

 あまり誰かに相談したりすることはしてこなかった友希だが、不安と相まって緊張で団子が喉元を通らなかった。がしかし、そこは厚意に甘え一口ずつ押し込んでゆく。

「だがまぁ正直なことを言うとな、おそらくお偉い様方の懸念は当たりつつあると思う」

「それってどういう・・?」

「つまり・・・」

 気づかぬうちに団子一本を食べきり竹串をそっと置いたかと思うと、急に友希に顔を近づけそして言い放つ。

「このままいけばお前は確実に消されるってことだ!」

「・・・え?」

 ここは何か慰めの言葉やアドバイスを心の底から期待していた友希だったが、完全に面食らってしまった。

 ただでさえ不安と熟考の末心身ともに疲弊しているというのにそんなふうに突きつけられてしまったものだから、もはや友希の心は何が正しくて何が悪いのか混乱してしまってろくにリアクションも取れなくなっていた。

「・・・以前竹林で、お前が変身して戦っているところを始めて見たわけだが。お前の戦い方からは狂気を感じた。まぁ弾幕勝負が基本の私が体一つの戦いを語るのはおかしな話かもしれないけど」

「まさか・・・」

 てゐとのあの戦いのさなかで友希が心血を注いでいたのは相手の歪んだ意思を正そうというものではない。ただ自らを誇示したいという欲望に飲まれていた。

 人の気持ちや状況を鑑みず悪行を楽しみとする非道な妖怪を、圧倒的に打ちのめすその姿を見せることに夢中になっていた。今更ながら気持ち悪いと思ったが本当にそうだったのだ。

 もちろん始めはてゐの有り得ない態度にかなり腹を立てていた。しかし永遠亭に戦場を移していたころには正直その感情がかなり薄れてはきていたのだ。

 自らの雄姿を、かっこよくユニークな仮面ライダーの魅力を皆に見せたいと思っていた。

 さらに言えば友希は自分の力に完全に酔っていた。

 以前も言ったが無論友希が今まで使ってきたライダーの力は友希自身のものでなければ友希が何か苦労をしたわけでもない。虎の威を借る狐状態と言えるだろう。

とてつもなくバカみたいな結論だが実際問題これが論点で間違いない。

「確かにあのてゐとかいうウサギは嘘つきでいたずら好き、いいうわさは聞かないよ。以前うちの仲間が腹を立てて帰ってきたのを覚えてる。しかしだ、あの時の様子じゃ完全にお前の攻撃におびえてたみたいだったじゃないか」

 その当時周りにいた者たちにはてゐのおびえようと友希の圧が見て取れただろう。だが不思議なもので当の友希本人には全くその自覚がなかった。

「・・・お前には自分が力に酔っている自覚があるか? いや、ないよな。あればあんな風にはならないだろう。相手が悪かったのは言うまでもないがお前にも喝をれなきゃダメみたいだな。」

 あまり熱く語るような感じには見えない屠自古だが、この時ばかりは友希の肩をつかみしっかりと自らの方へ体制を変えさせたうえでより厳しい口調で言い放つ。

「今のお前は自分の私利私欲を満たしたいだけだ! お前はそれでいいかもしれないがな、自分のことばかりを考えている奴にこの世界は決してうなずきはしない! たとえどんな正当な理由があったとしてもだ・・・」

 熱くなりすぎた自分をなだめるようにゆっくりと目線を落とす屠自古。

「実はな、昔の私にも今の言葉は当てはまるんだ。自分のためではないかもしれないが、とあることに心血を注ぎこみ過ぎて周りのことが見えていなくて、無関係な人達たちにかなり迷惑をかけてしまったことがある。自分たちが正しいと信じて疑わなかったんだ。もっと他にやりようならいくらでもあったのに」

 友希には意外だったが屠自古の言っていることはどうやら本当らしく、真剣な表情で語りかけているのがひしひしと伝わってくる。

 おもむろに再び友希へと顔を向ける屠自古。その目には必死に訴えんとする力強さと悲しさが混在していた。

「なあ、お前はどうなんだ? それが本当のお前なのか? 言ってたよな、かっこいい正義の力なんだって。それを好んで使うような奴が、心の底から誰かを痛めつけるのが好きな奴なわけがない! 力の大きさに戸惑っているだけなんだって、私は信じるぞ」

 一度にまくしたて説得した屠自古は旦落ち着こうと深呼吸を始め、やがて緊張の糸がほどけたのか笑みと軽い笑いが屠自古に生まれ始めた。

「いや、ははは。いきなり熱弁して悪かったよ。少し自分と重ねてしまった。私らしくないよな、まったく・・。とにかくだ! 一度客観的に自分のことを整理してみた方がいい。それがお前の悩みへの私の答えだ。」

 そう言って屠自古は腰かけていた大木の長いすから立ち上がり、籠を手に持ち友希を振り返る。

「また機会があったら神霊廟に連れて行ってやるさ。太子様も少なからずお前には興味を持たれてらっしゃるご様子だった。いずれ紹介したいからな」

 続けて「またな」と軽くあいさつを交わすとスタスタとその場を去っていく。

 彼女がすでにこの世のものではないということを知っているがゆえに、その歩みの若干のぎこちなさに気が付いた。

 

 

 

 それからいくらかが経過し、日もそろそろ傾きだしている時刻になってきた。

 しかし未だなお友希は同じ場所に腰かけたままだった。

 友希は今とてつもないほどの後悔に苛まれていたのだ。いや、もっと正確に言えば後悔より自らの情けなさを恨む心の方が友希を支配していた。

 自らの拳を力強く握りしめ、その瞳には涙さえ浮かべていた。息さえも苦しく感じる。

 他人に言われて初めて気が付いた。自分では全く気づけなかった。

 こんなにも単純なことに。

 いつも戦士たちの活躍をテレビの前でかじり付くように見ていた。登場人物たちが正義を唱え、苦悩し、過ちを犯し、そして乗り越え成長する様を幾度となく目にしてきたのだ。

 にもかかわらずこの醜態。

 画面の前で、「これしきの事で」とか「自分でもうまく扱えるんじゃないか」とか、当事者の気持ちなんて微塵もわからないくせに、なめた言動をしていたくせに、結局いざ自分の番となれば真っ先に力と承認欲求の果ての快感に飲み込まれ、無様に後悔と自責の念に駆られているどうしようもない男だ。

確かに仮面ライダーは大好きであり、自分で自分のことを良識のある人間だとも思っていた。しかしまさか全く自分のやっていたことに気づけないなんて、もはや訳が分からない。

 ・・・とにかく動かねば。

 何をどうすればいいかは依然としてわからずにいたが、動かなければ何も始まらない。これも仮面ライダーから学んだはずだったものだ。

 自らの愚かさに気づいたとたん、今までの友希の記憶が、思いが間欠泉がごとく噴き出してきた。そして同時に友希の心から邪な思いがあふれ出し、流れ落ちてゆく。

 行く当てもない。だが友希は動かずにはいられなかった。どうしても動いていないと気分が落ち着かなかったのだ。

「あ、おい! 兄ちゃん!」

「・・・・・」

 途中にいつもの団子屋の大将が声をかけてくれたのだが、友希の耳にはその声が入ってこなかった。

 自分の本来の考えを取り戻したと言えど心に与えられたショックは消えず、未だ周りに目をやるという意識はできないでいるようだ。

 今もさっきまでも、考えの本質はあまり変わっていない。ただそれを捉えたうえでどう感じるか、どうしたいかが冷静に見えてきた。

 ただならない様子から何かを察したのか、友希を見かけた者たちは揃って口をつぐみ、大将はゆっくりと自らの仕事に戻っていったのだった。

 その間も友希は立ち止まることなく、決意の表情で本人もわからぬどこかに向かってただ歩を進めていく。

 

 ボガンッ‼

 バキバキィッ‼

 

ほどなくして友希が人里を抜け森林の中に入って行こうとしていたその時、丁度前方から何かが飛び交う音と共に痛々しい何かがちぎれるような音が耳に飛び込んできた。

「なんだ⁉」

 友希は咄嗟に走り出し音の聞こえた奥の方へと足を踏み入れてゆく。するとそこには・・・。

「うわぁっ!」

 何が起きているのかその光景を目に入れようとしたその時、勢いよく友希めがけて餓鬼が一匹吹き飛ばされてきた。

 驚いて咄嗟に避けはしたものの、友希の足元に激突し友希自身も少しよろめいてしまった。

 餓鬼が飛んできた方向へと目を向けると、なんとそこで交戦していたのは博麗の巫女こと博麗霊夢だったのだ。

 そしてその後ろには涙を流してうずくまっている小学生くらいの女の子がいた。

「・・・なるほど」

 現在は先ほどのことがあり、頭のさえわたっている友希。すぐに大体の状況を把握し、冷静に見定めることができた。

 かといって目の前で行われているのは肉弾・弾幕交えた本気の戦闘。しかも弾幕と言っても霊夢が使用しているのは恐ろしく長く鋭い針だ。

 友希には詳しいことはよくわからないが普段霊夢が使っている御札や針は妖怪や幽霊などの妖の類に有効なものらしい。前に再び霊夢と対面した時に教えてもらったのだ。

 その様子を見て突っ立っている友希のことを霊夢は見つけたようで、期を図らいながら声を張り上げる。

「ちょっとあんた! そんなところにいると危ないわよ! もっと離れてなさい!」

 意識や視線は友希の方に向いているのに霊夢は攻撃の手を一切緩めることはなく、様々な方角からの餓鬼の攻撃を巧みにさばき、かつ反撃を仕掛けている。

 何の知識もない友希ですらその戦いの様子から、霊夢の守護者たる実力がはっきりと確信できた。

「はぁぁぁっ!」

 気合の雄たけびをあげながら敵の攻撃をかわしたと同時に空へ舞い上がり、後退しながらもしっかりと弾幕を張ることで見事に相手の集団にダメージを与えた霊夢。

 友希は軽く「おお」と感嘆の言葉を漏らしたが、霊夢にとって今の判断は気に食わなかったようで眉間にしわを寄せながら相手側を睨みつけている。

 それもそのはず。霊夢は今の今まで背後に動けない少女をかばいながら戦い守っていたにもかかわらず、その場所から離れたしまったからだ。よって今、少女を守るものは誰もいない。完全無防備のやられ放題狩り放題と言うわけだ。

 ・・・本当に?

「おらあああっっ!」

「「グガァッ‼」」

 危機にさらされていた少女のもとに駆け付けたのは紛れもない、友希だった。

 餓鬼たちが少女に夢中になっている隙に、両腕を水にして思い切り背後から鞭のように叩きつけ退けたのだ。

「霊夢! この子は俺に任せろ! どこに届ければいい⁉」

「・・・っ⁉」

 霊夢はこの協力者を予想していなかったようで、少し面食らったように言葉に詰まった。しかしすぐに状況を把握し友希に向かって指示を出す。

「里の子であることは間違いないわ! でもどこの子かまではわからない・・・」

「俺はさっき里のはずれの方から来たんだけど⁉」

「なら中心部の方ね。きっと騒ぎになっているだろうからすぐわかるわ!」

 友希は意図せずに言ったのだが、里のはずれと言えば人里の中でも一か所しか存在しない。その他の里の端と言えばろくに人が住んでおらず、あるのは田んぼと森林、あともの好きの変わった人間のみであるからだ。

 他の者がどれだけ把握しているかはさておき、どうやら霊夢は幻想郷の大体の地形と分布は頭に入っているようだ。それゆえの判断スピード。。

「ほら、もう大丈夫だから」

 友希はうずくまって泣いている少女を優しくなだめる。そしてほぼ同時に霊夢も動き出した。

 霊夢のもとから里の方向めがけて御札の嵐が吹き荒れる。

 そのおかげで餓鬼が散らかされ、里に伸びる一筋の道が完成したのだ。

「よし! 急げぇ!」

 勢いよく少女を抱え上げ一気に走り出す友希。しかしその瞬間友希の耳には霊夢の「まずい!」と言う声がかすかに聞こえてしまった。

 その言葉のとおり、餓鬼たちは多少御札の効力に臆してはいるものの、意を決して友希のもとに飛び交ってきたのだ。

 しかしすでに友希はただ走り出しただけではなかったのだ。

 飛び出した友希の二歩目は、地に着いた瞬間腰を落とし足全体に力を入れることで下半身だけから不純蒸気を排出し、脚力だけを格段に強化させた。

 そのおかげで強力なダッシュを決めた友希は飛び掛かった餓鬼をいとも簡単に振り切り、その後まるで通勤ラッシュ時の歩道の人の波を縫って進むかのように軽快にかつ俊敏に駆け抜けていくのであった。

「あれがあいつの能力・・・」

 霊夢のことはお構いなしに少女を担いで走り抜ける友希。

 その速さはまさに人外で、友希自身も上半身が持っていかれそうになるほどであった。

「いいぞ、もう着いた!」

 瞬く間に森を抜け、注目する人々を置き去りにし、あっという間に人里の中心街付近に到着してしまった。

 友希は今までライダーの圧倒的に特異な力に魅了されていたせいで全く気にも留めなかったのだが、ここで自らに与えられた『水になる程度の能力』の凄さを改めて再確認したのであった。

「おっ、あそこか⁉」

 友希の眼前にはある家屋の近くに群がる人々が見えた。

 それとほぼ同時に近付いてくる足音に気が付いた人だかりが一斉に友希の方へと目を向ける。

「おお! たか子!」

「おい、たか子ちゃんが戻ってきたぞー!」

 担がれている少女のことを認識した人々は口々に声を上げ、歓喜の表情で勢い余って滑ってくる友希を受け止めてくれた。

「はいっ! お届け完了!」

「ああ仏様、ありがとうございます・・・」

「あんたが見つけてきてくれたのか! ありがとう・・ありがとうっ・・」

 おそらくこの少女のご両親だろうか。母親は戻ってきた娘を抱きしめ神仏への感謝の念を送っており、父親からは手を強く握り首を垂れながらブンブンと縦に振りまくられた。

 周りにいた民衆は隙あらば友希を胴上げでもしてやろうと言わんばかりに大声で群がってくる。

「あぁ、あの、違うんです。確かに森の中で妖怪に襲われはしていたんですけど、俺はただ送り届けただけです」

「じゃあ、いったい誰が・・?」

「博麗の巫女です! お礼なら霊夢に言ってください! じゃ、俺はこれで!」

 再び蒸気を噴き出し飛び出していく友希。

 颯爽と現れ颯爽と消えていった一人の男の背中を前に、ただ人々は呆然と立ち尽くし、ただ少女とその両親だけは深く腰を曲げ友希を見送るのであった。

「はぁ・・はぁ・・」

 一心不乱に走り続けた友希は能力の消耗も加えてかなり息が上がっていた。

(早く霊夢のもとに駆け付けないと)

 初めてこの身体強化?の応用能力を使ったときのように、あまり長時間複数回使いすぎると脱水症状が現れ一旦休みにならざるを得ない。

 そのことを頭に思い浮かべながら友希は再び交戦中の霊夢のもとへと戻ってきた。

「あんた早いじゃない」

「そりゃあ、早く霊夢を助けないと・・・」

「あのねぇ、博麗の巫女をなめてもらっちゃ困るのよ? この程度の雑魚、一人で十分よ」

 二人して背中を合わせ敵を威嚇する。

 往復してもなお霊夢と餓鬼の群れの戦いは終わっていなかったが、これは霊夢が遅いのではなく友希が頑張りすぎたのだということを友希はしっかりと理解していた。ゆえにわざわざ指摘すなんて野暮なことはしない。

「あんたこそ戦えるのかしら? いくら能力があっても十分戦えるとは限らない」

「それも問題ない!」

 そう言って友希はブレスから呼び出したベルト、そして二個のアイテムを構える。

『タドルクエスト!』

 一方は以前も使用経験のあるロールプレイングゲーム、タドルクエスト。しかしもう一方は出来立てほやほやの新顔だ。

『ドレミファビート!』

 軽快な音楽と共に友希の後ろにディスプレイが二つ展開される。

 そのうちの一つから黄色い小型ロボットが姿を現し、二人を取り囲む餓鬼たちにけん制を仕掛けていく。

「なるほど、あんたにはまだ珍妙な力があったんだったわね」

「おうよ!」

 いくら気概があるとはいえ、さすがに二回連続の能力の行使は前例がないゆえ不安である。それを考えると新作のテストも踏まえてここでライダーの力を使うのが最も安全で、かつ効率的なことは容易に考えが至ったのだ。

 勢いよくゲーマドライバーのスロットに二本差し込み一気にレバーを解放。そして叫ぶ!

「変身!」

『ガッチャーン! レベルアップ!』

 決意を新たにして叫ぶ「変身」は今までのものとは覇気が違った。それは友希の感情の表れかもしれない。もう二度と同じ過ちは繰り返さんとするその心の・・・。

 辺りを照らしながら徐々に友希の身体も変貌を遂げてゆく。

『タドルメグル! タドルメグル! タドルクエスト! アガッチャ! ド・ド・ドレミファ・ソ・ラ・シ・ド! OK! ドレミファビート!』

 ノリノリな音声と共に黄色いロボット、ビートゲーマが友希の頭からかぶりつき、変形して、上半身のアーマーとなってゆく。

 ベースは仮面ライダーブレイブの素体だが、その上から頭部には黄色いメットと薄い桃色をしたバイザー、同じく黄色の胸アーマーと左肩には二対のスピーカーが。そして右腕にはDJが使うようなターンテーブルが装備されている。

 一見戦いに向いていないような見た目のこの戦士。剣と魔法に音色の力を併せ持つ、気鋭のエンターテイナー兼バトラー! 戦場と言う名のフロアを沸かす! 仮面ライダーブレイブ ビートクエストゲーマー レベル3!

「まーた変なのが来たわねぇ。足は引っ張らないでちょうだいよ!」

「そのつもりだ!」

 友希の変身を見届けた後再び気持ちを入れなおす。とはいえ友希も霊夢も、これ以上この戦いを長引かせるつもりはなかった。

 差し込んだばかりのドレミファビートガシャットを抜き取り、腰のキメワザスロットに差し込む友希。

 霊夢は友希の行動には目もくれず空中から華麗に攻撃を仕掛けてゆく。

「はぁっ!」

 すると友希の肩にあるスピーカーから音符のような形の泡が次々と飛び出し、餓鬼の周りをふよふよと取り囲んでゆく。

 餓鬼の一人がその音符に飛び掛かると音階の「レ」の音を立てながら軽くはじけ飛んでしまったではないか。

「霊夢! リズムに合わせて音符と同時に餓鬼を攻撃しろ! ここら一帯はすでにゲームフィールドだからお前でも能力にあやかれるはずだ!」

「ええ⁉」

 次の瞬間、スピーカーから音符と同時にテクノ音声のようなサイバーな楽曲が響きだした。

「はっ! ほっ! ていっ!」

 友希は手慣れた様子で音符をはじきつつ餓鬼に攻撃を連続で繰り出してゆく。

 何を隠そうこれこそがドレミファビートの能力。攻撃に合わせてタイミングよくリズムを刻むことでどんどんと攻撃によるダメージが増加していくのだ! 最大ダメージ倍率はなんと四倍!

 とはいえ友希はリズムゲームの経験はほとんどない。なので今回の難易度は簡単に設定されている。それも頭にかぶっているメットの効果で自動的に難易度調整がされるのだ。

 さすがと言うべきか。霊夢は幻想郷の守護者たる所以を遺憾なく発揮し、戦闘経験とセンスですぐにこの特異な状況に適応し、弾幕を交えてうまく音符をはじいている。

「ギャアッ!」

 以前は苦労した餓鬼の強固な背中の皮膚だが、今回は攻撃力がどんどん増していっているため段々と攻撃が通るようになっていた。

「もうそろそろ決めるか!」

「なんであんたが仕切ってんのよ!」

「あ、いや、そういうわけじゃ・・」

 なんだかんだ言って霊夢は友希のもとへと降り立ち攻撃の体制を整える。

「こいつら全員一か所に集めなさい。そうすれば最後は私が決めるわ」

「よし!」

 友希はスロットに手をやりボタンを素早く二度押しする。

『キメワザ! ドレミファ クリティカルストライク!』

「はぁっ!」

 必殺技の名前と共に現れたのは、音符とそれを並べる五本の線。それが大きく餓鬼たちを取り囲み、徐々に徐々に小さく絞られてゆく。

 めいっぱい縮んだ線に縛られた餓鬼の群れにはバチバチとダメージが蓄積されていく。

 そしてお祓い棒を構えて力をためていた霊夢による渾身の一撃がそこに加わるのだ。

「あんたたち程度に、霊符はもったいないわ」

 最後に、二人の気合と力が最高潮となったその時、強力な勝利のビートが放たれる!

「うおおおおおお!」

『夢符 封魔陣』!

 その瞬間あたり一面は光の渦に飲み込まれ、大きな音と共に爆発が巻き起こった。

 

 

 

辺りに転がっているのは痛手を負い気絶した餓鬼、占めて五十体ほどはいるだろうか。

友希は近くにあった大きな岩に腰掛け変身とそれ以前による疲労の蓄積を回復していた。

一方で霊夢はケロッとしており、あたかも何もなかったかのように友希に話しかける。

「それで、あんたちゃんとあの子を届けられたんでしょうね?」

「それはもちろん」

「じゃあ今日はこれでお開きね」

 霊夢は基本的に働くのが面倒なようなので、今回も動かさせられたことに対して皮肉を込めた言い方で返して見せた。

「あ、ちょっと待って。ここから迷いの竹林ってどう行ったらいいんだ?」

 そそくさと帰ろうとする霊夢を引き留め、つかぬ事を聞く友希。

「ここからなら道なりにまっすぐ進めばいずれ着くわよ。何? 永遠亭に用があったの?」

「まぁ、そんなところ」

「あとそうだ。あんたその戦士の力だけど・・・」

 友希は一瞬だけドキッとした。

 きっとこの話題はこれからも友希の戒めとなり、消えることはないのだろう。

「あんまり使いすぎるんじゃないわよ」

「・・・ああ、もうむやみやたらとは使わない。これからはこの力に頼るんじゃなくて俺自身も強くならなきゃダメだろうし」

 霊夢は興味が薄そうに「ふうん」と鼻で反応するとすぐに友希に背を向け、おそらく博麗神社の方角へと飛んでいくのであった。

 このやり取りだけ見れば霊夢はかなりたんぱくな性格だと感じるかもしれない。

 しかし友希は薄々気が付いていた。

 以前博麗の巫女の本業は博麗大結界の維持と異変の解決にあるということをレミリアの武勇伝の中から知識として得ていたのだが、それから考えると霊夢がわざわざ今回のような事件に顔を出す必要はないはずなのだ。

もっと言えば、人間と人ならざる者の間には互いに過度に干渉はしないという暗黙の了解が存在することも知っている。つまり、霊夢は動かなくてもいいにもかかわらずあの少女のために餓鬼たちの食事を邪魔したわけである。

もっとも友希の妖怪の邪魔はたくさんしてきたわけだが、それは正義と言う建前で自らの力を誇示していただけであった。

ただ霊夢はなんだかんだ言って誰かが虐げられていることが見過ごせないのだろう、と友希は考えてつい口元が緩んでしまう。

また考え事をしているうちに迷いの竹林の入り口、藤原妹紅のもとにいつの間にか到着していた。

今日はほとんどを考えの時間に費やしていて、あまり思い出がないと変な気分になってしまう。

友希の用事はいつ完了してもおかしくはなかったが、結局一番奥の永遠亭にまで案内してもらうことになった。

そこでとある人物を発見しゆっくりと近づく。

その人物は・・・因幡てゐ。

「・・えっと、何かなぁ?」

 やはり友希に対して妙にトラウマを持っているようで、無理に笑おうとしているのがまるわかりだった。

 改めて面と向かって対峙するとかなりむずがゆかったのだが、友希は意を決して自分の思いを伝えた。

「その・・、前はやりすぎた! すまん!」

「・・・え?」

 予想外の言葉に固まってしまうてゐ。

「前って急いでるのを邪魔したあの日のこと? だとしたら・・、自分でいうのもなんだけどさ、お兄さんが謝るのはおかしくない?」

「えぇ?」

「いやその、あの時は私もさすがに空気読めてなかったと思うし、ちょっと笑いすぎたかなーって」

 今度はこの言葉は友希にとって予想外のものだった。

 まさかてゐが自分なりに負い目を感じてくれていたとは。てっきり生意気なだけの奴かと思い込んでいたのでなんだか安心した友希であった。

「そ、そうか・・・」

なんだか変な空気間になってしまった。

そんな時空気を見計らってか永遠亭の中から永琳がぬっと出てきた。

「あなた、せっかく来たのだからゆっくりしていったらどうかしら?」

 質問として投げかけられた言葉のはずだが黙々とお茶の準備をしている辺り友希に拒否権はないらしい。促されるままに縁側に連れていかれお菓子を出されてしまった。

「・・・もしかしてこの餅ってお前が作ったのか?」

「・・・うん、そう」

 今日のこの一件で友希は自らの過ちに気が付き、生まれた確執も一つ埋めることができた。

 これは友希にとって大きな進歩となるだろう。

 未だ彼の物語は始まったばかりだが、言いようのない未来への不安に一筋の光が差し込んだようで、友希の心も最後はとても穏やかとなったのであった。

 

第十八話 完




最後まで読んでいただき、ありがとうございました。作者の『彗星のシアン』です。

今回の話ではついに友希が自身の非を知り認めることになりました。
一概に友希のどこが悪かったとは言えないとは思います。幻想郷内でも自己中心的に他を虐げる者は当然います。しかしながら友希の心はそれまでの自分を許さなかったのです。

実はちょっとだけ話としては薄かったかなぁと考えてしまっているんですよね。一話にまとめるのは少し無茶だったかなと…。
さらには今回の話を紡いでいて感じたことなのですが、自分はどうやら誰かが悪いことをしている、その事実に直面するようなシチュエーションが苦手らしいのです。そんなことではだめだとは思うので、前者の問題も踏まえて今後慎重に考えていきたいと思います。

さて次回以降、心機一転友希の新しい毎日が始まります。ここが仮面ライダー登場と同じく一つの転機になることでしょう。
次回第19話ではもう「半分」の幽霊との出会いが友希の幻想郷人生に色を付けることに!?
乞うご期待! ありがとうございました!


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第19話 師匠のできた日

自らの過ちを自覚し、そして決意を新たにした友希は、正しき強さを手に入れるため誰かに師事しようと計画を実行に移す。しかし事はそう簡単にはいかず頓挫するかと思われた矢先、咲夜からのある提案によって友希には新たな従者との出会いが待っていた。


「あら、どうかしたの? 咲夜」

「お嬢様。どこかで友希さんをお見掛けしませんでしたか?」

「いないの? まさかサボり⁉」

 紅魔館にて某日。友希の調子の悪さに言い知れぬ不安を感じていた咲夜だが、それが杞憂だったと分かったのは良かった。しかし今再び不安が再燃しつつあった。

「いえ、そうではありません。つい三十分ほど前に館の者に休憩のお茶菓子を出してもらうよう言ったっきり姿が見当たらないんですよ。私も先ほどまで館の清掃にあたっていましたので状況が把握できていないんです」

「・・・それならもう問題ないわ。あれを見なさい」

 レミリアはすぐ横の窓に顔をやり、そこから庭を超えて見える紅魔館正門を指さした。

 そしてそこには門の隙間から見え隠れする友希の姿が。どうやらとても疲れているようでフラフラと足元がおぼつかないのが見て取れた。

 今友希がいるのは正門の外、つまり美鈴のいる場所である。

「ね? あれたぶん友・・・」

 レミリアが咲夜の方を振り返るとすでにそこに咲夜の姿はなかった。

「・・・仕方がないわね。美鈴よ永遠なれ」

 場所は変わり。当然、紅魔館正門。

 その場にはあまり聞いたことのない、嬉々として張り上げる美鈴の声が響いていた。

「さあさあどんどん行きましょう!」「もっと腰を落として! 力が落ちてきていますよ!」「ここからあと五回放ちましょう!」「友希さんの本気、私に見せてください!」

 この発言からやはり友希は外にいたことを確信できた。

「ぜぇ、ぜぇ、きっつ・・・」

 そして同時に友希の疲労困憊な声も聞こえてきていた。

「・・・!」

 友希は門の隙間から確認できた咲夜に向かって咄嗟に合図を出してはみたものの、すぐに美鈴に腕をつかまれ引き戻されてしまった。

「まだまだこれからですよ! 私と一緒に汗を流し青春のひと時を・・・」

 瞬間、友希の顔は歓喜の表情に、美鈴の顔は恐怖の表情に歪む。

「大丈夫ですか、友希さん? あ、ネクタイが緩んでる。こっち向いてください」

「え・・あ、ありがとうございます」

 一瞬のうちに紅魔館内部に場面が切り替わったことに少し動揺しつつも、咲夜に気にかけてもらえて少し頬が緩んでしまう友希。

 外では美鈴の断末魔が響き、そして静寂が訪れるのであった。

「なぜあんなことになっていたんですか?」

「そのー、咲夜さ・・メイド長に言われたとおりお茶菓子を配っていたんですが、最後に行ったのが美鈴さんのところで、ちょっとした世間話の流れになったんです。そこでふと自分を鍛えようと思ってるって言ったらああなりました」

「それは、災難でしたね」

 咲夜は友希の身に起きた出来事に同情してくれはしているものの、おそらく前にも前例があったのかそれは仕方がないと言うように笑って見せた。

「あれ? 友希さん、鍛えたいんですか?」

「あーはい。正確に言えば、幻想郷でも十分やっていけるだけの強さがいると思いまして。俺って結局仮面ライダーとか能力に頼りすぎてて、自分自身は全然強くないなぁって思ったんですよ。弾幕は撃てなくてもせめて基礎体力とか戦闘の技術とかを知っていた方がいいと思うんです」

 友希は細かい詳細を暗に伏せつつも自らの考えを咲夜に打ち明けた。

 しばらく咲夜はうつむいて何やら考え事をしていたようだが、そのうちパッと顔をあげ友希にとある提案を持ち掛けたのだ。

「今日の午後時間ありますか? 一緒に来ていただきたい場所があるんです」

 

 

 

 その後すぐさま紅魔館を後にし、本来午後に咲夜が一人で訪れるはずであったとある場所に足を運んだのであった。

 その場所とは紅魔館から湖をはさんで反対方面にあり、森を抜けて何とも長い階段を上った先にあった巨大な敷地面積を持つ立派なお屋敷だった。

 大きく全体を取り囲む白壁に木製の門。中にはまるで時代劇にでも出てきそうなほど雅な和風の屋敷が広がっている。

 門から屋敷まではそれなりに距離があり、その間には砂利で作った波の意匠に池と小さな石橋が。何から何まできっちりと手入れの施された美しい庭が友希を魅了した。

 咲夜の後をついて歩くように門をくぐり、おそらく使用人と思しき白髪の少女に促されるまま屋敷の一室に案内され、そこで今まさにこの屋敷の持ち主を待っているという状況である。

「・・・紅魔館もそうですが、ここも立派でしょう?」

「そうですね~。あと和室なのが妙に懐かしく感じます」

 幻想入りしてからずっと紅魔館でお世話になっているので洋風の建築に慣れてしまい、古き良き日本の風景が友希の心に染み入るのであった。

「そういえば、何で俺を連れてきたんですか? というかここっていつも来てるんですか?」

「いつもと言うわけではありませんが、定期的に良質なお茶の葉をいただきに来ているんです。以前お嬢様が急に「たまには異国のお茶が飲みたい」とおっしゃったことがあり、それ以来ここ『白玉楼』に緑茶の葉をいただきに来ているんですよ」

 どうやら見える部分だけではなく中身も完全に和の要素が詰まっているらしい。

「緑茶は紅魔館にはないんですか?」

「はい。いつもは紅茶が主流ですので。恥ずかしながら私も他のお茶のことはいまいち知識不足なもので、ここの主人・・というよりその従者が和食に特に秀でているので頼らせていただいているのですよ」

「なるほど・・・」

 友希はいつもおいしいと言って咲夜の淹れる紅茶を口にしていたのだが、やはりどちらかと言うと緑茶やほうじ茶といった和の飲み物の方が飲みなれているせいか好きだし、丁度そろそろ恋しくなっていたところだった。

 それにしてもいくら従者が何でも言うことを聞いてくれるからと言ってもさすがにレミリアの無茶ぶりが過ぎるというか、本当にわがままだなぁと言葉にはせずとも心の中でかみしめる友希。

「・・・あの、ここ寒いですね」

「大丈夫ですか?」

 階段を上り始めたあたりから感じていたのだがどうも妙に寒気がする。

 感覚的な寒さももちろんあるのだがそれ以外にも何か不安のような恐怖のような、神経の芯からなめ回されているかのようなそんな嫌な感覚も感じているのだ。

「もしかして風邪ひいちゃいましたかね?」

「あら~、それは大変ねぇ。お布団貸してあげましょうか?」

「へっ・・・?」

 急に寒気が高まったかと思えば唐突に後ろから声を掛けられ、自然と顔をそちらに引き寄せられるように向ける。

 音もなく人がこちらをのぞき込んでいた。顔と顔の距離、僅か十数センチ。

「あああーーっ‼ あっ、あっ、はっはああっ!」

 友希は自分でもこんなに間抜けな声が出せるものかと驚いてしまうくらい、気色の悪い驚き方をしてしまった。

「友希さん⁉」

「あっ、だっ、大丈夫ですー!」

 とんでもなくかっこ悪いところを見られたと思い自責の念と共に恥ずかしさが込み上げる。顔も真っ赤に赤面し、それはもう寒気を忘れてしまうほどだった。

「あらあら、いい反応ねぇ~。予想以上だわ~」

「もう、またあなたの可愛い従者に怒られてしまうのではなくて?」

「妖夢も、あなたも、ちょっと硬すぎるのよ。これくらいの方がきっと楽しいわよ~」

「・・・・・」

 無意識的に自らの胸に手をやる友希。どうやら相当びっくりしたようだ。

「ふふふ、とはいえいきなりごめんなさいねぇ。妖夢がお茶を用意してるのだけど、待ちきれなくて出てきちゃったわぁ」

「えっと・・・」

「自己紹介ね? 私はこの白玉楼の主、西行寺幽々子よ~。あなたのことは紫から聞いているわ、よろしくお願いするわね~」

 正直友希は拍子抜けしてしまった。

 主がいるというのは聞いていて尚且つこんなにも立派なお屋敷を見た後だったのでいったいどんな威厳のある人物が登場するのかと思えば、まさかこんなにおっとりした人だとは・・・。

 桃色の髪に瞳、服装は水色で浴衣のような印象を受ける。ところどころや帯にはフリルが付いており、どことなくフワフワした印象のせいで余計にこの人のおっとり感に拍車がかかっている。

「あ、一夜友希って言います。よろしくお願いします」

「うんうん、礼儀も良いし、しっかりしているわねぇ」

「はぁ・・・」

 横で見ている咲夜は慣れているのか何食わぬ顔でただ友希の顔を見つめている。

 しかし本当にこの人がこの屋敷をまとめる主なのだろうか。見れば見るほどそんなに力量のある人には見えない。

サイギョウジ・・・?

 ここで友希は自己紹介で提示された幽々子の名字にふと引っかかった。

 この西行寺と言う名にどこかで聞き覚えがあったのだが、いったいどこだったか・・。

 そう、以前永遠亭にて説教をされているときに永琳先生から聞いた「幻想郷における重鎮五人」の中に、確かに亡霊の姫として西行寺幽々子の名があったのをここでようやく思い出した。

「あら? どうかしたかしら?」

「あ、いえ、何でも・・ないです」

「・・・?」

 歯切れの悪い友希の様子に微笑みながら首をかしげる幽々子。

 しかしこの瞬間、先ほどの言いようのない恐怖が再び友希の心に現れ始めた。

 なぜなら友希は何げない彼女の微笑みを見たとき、笑顔によってまぶたで湾曲した目のその隙間からかすかに覗く幽々子の瞳には光がなかったから。

 ただの人間であり何か特殊なものを感じることなど全くできない友希だが、外の世界にいるときから人を観察してその雰囲気に合わせるなどは得意なのだ。よって不用意に踏み込んではいけない人や危ない気配のする人は大体だが分かるほどにはなっていた。

 そして例にもれずこの西行寺幽々子の笑顔から感じたものもその類のものだった。

 「顔は笑っているが、目が笑っていない」と言うやつである。

光の関係で目の部分が暗くなりそういった印象を受けるのではないかと言われれば否定はできない。しかしこの人を見ているとどうも試されているような、そんな気がしてならないのだ。

そういった意味ではこの西行寺幽々子も権力を得るのにふさわしい、とてつもない意志を秘めた人物なのかもしれない。

 そんなこんなでつい友希の方から失礼ながら目をそらしてしまった。

 この状況をどうしたものかと悩みかけたが、ここでちょうどいいタイミングで先ほど案内をしてくれた従者らしき少女がお茶受けを携えて現れてくれた。

「お茶をお持ちしました」

 白髪の少女は軽く一礼しお茶を配り、その後幽々子の隣に自らも座った。

「それじゃあ本題に入ろうかしらねぇ」

「はい、咲夜はいつもどうり緑茶の茶葉でよろしかったですよね?」

「ええ、いつも本当に助かっているわ。幸い、まだお嬢様の熱は冷めていないからこれからもよろしくお願いするわ」

「お安い御用よ、ねぇ妖夢」

「はい! 頼っていただけるのは光栄ですから!」

 友希はこの会話の光景になんだか落ち着かなかった。

 選定された木々に瓦の張った木造建築が目を見張る中、目の前にいるのは思いっきりメイド。本来和の文化には存在しないもの。外の世界でも田舎などでは相成れず、存在するのはハイカラな秋葉原くらいである。

 それが友希の目の前で平然と共存する様は見た者にしかわからない異様なものがあった。

「それと、こちら一夜友希さん。あなたと以前里で会ったときに会いたいと口にしていたのを思い出したから一緒に来てもらったの」

 唐突に話が振られ軽くうろたえる友希。

「ああ、あなたが今話題の! 私はこの白玉楼で幽々子様の従者兼庭師兼剣術指南役をやっています、魂魄妖夢といいます。よろしくお願いします!」

「一夜友希です。よろしくお願いします」

「そんなにかしこまらなくてもよろしいですよ。年齢も近く見えますし、気軽に妖夢と呼んでいただければ」

 年齢が近く「見える」ということは、おそらくこの少女も白髪で上下濃緑色の服装を身にまとった人間のような見た目をしているが人間ではないのだろう。つまり「人間のあなたと比べると、私のほうが年上なんですが見た目は変わらないので」ということだと友希は勝手に解釈した。

 大体は幻想郷の風土に慣れてきたということなのだろうか。

 そしてその根拠に、先ほどからずっと薄く透けた白いもちのようなものが彼女の後ろをついて回っているのである。

 それがいったい何なのかは友希には分からなかったが、今は初対面の緊張のせいでとても聞く気にはなれなかった。

「っていうか俺って今話題になってるの⁉」

「ええ、里の一部の方では里を守護してくれる頼もしい存在が現れたとうわさされていました。私も聞きましたよ。たしか鬼と真っ向から立ち向かったと!」

「ああ、そういえばそんなことも・・あったなぁー・・・」

 まさかそんな地底でのやり取りまで知れ渡っているとは。いったい誰が触れ回っているのやらと、情報の巡りの速さに舌を巻く。

「でも今後はやめた方がいいですよ。鬼と勝負して無事に生きていることなんてそうありませんからね。今回は運がよかったと思うべきです」

「うん。それはもう、身にしみてわかったよ」

 正確に言えば友希から喧嘩を吹っ掛けたわけではないのだが、ここは戒めのためあえて言わないことにした。

「私も紫から話は聞いていてどんな子なのかと楽しみにしていたの」

 霊夢との会話や永遠亭の時もそうだったが、度々話に出てくる紫と言う名の人物。友希をこの幻想郷に入れたあの不思議な雰囲気の女性のことだろうが、話には出てくるものの実際は幻想郷に来てからは一度もあったことがない。

 話だけを広め、話を媒介にしてその存在を知らしめられているのだが、友希を幻想郷に招き入れたその真意は友希自身も気になっていた。

「・・・そこで、そんなあなたに頼みたいことががあるんです」

 幽々子の言葉が終わるなり、先ほどとはうって変わって真剣な面持ちで友希の目を見る妖夢。

「私と、一度手合わせをお願いできないでしょうかっ!」

 目を見開いて鬼気迫る形相で迫られた。

「えっと、なんで? どういうこと?」

「それは・・・」

「妖夢ったら最近すらんぷ?とかいうのになっちゃったらしいのよ~」

「もうっ、幽々子様! 自分で説明しますから!」

 何の脈略もなく戦ってほしいとはさすがに友希には理解しがたい。それも人ならざりかつ剣術指南も行っているほどの相手に友希ごときがかなうはずがない。

 いったいどういうことの運びなのかを詳細に知りたい。

「先ほども言った通り私は里の小さな剣術道場にお邪魔してそこで指南を行っているんですが、最近どうも自らの太刀筋に迷いが感じられるというか、妙に自信が湧かないんです。こんな状態の私に誰かに剣を教える資格などない」

「そんなに思い詰める必要はないって言ってるんだけど、聞かないのよねぇ」

 確かにそれはスランプあるいはスポーツ選手などによくあるイップスと言うやつの症状で間違いはなさそうだ。でもだからと言って友希と戦うことには何の関係性も感じられないと思うのだが・・・。

「そんな折里であなたの噂を耳にしたんです。姿を変えてとてつもない力で里を救った人間の殿方がいると!」

「えー、つまり変身して戦えって?」

「そうです! こういう時は実戦で勘を取り戻すのがいいと紫様に教えてもらいました。でも基本的に幻想郷では弾幕勝負をしなくてはならない。血を流すのは暗黙の了解なんです。そこで確か里の人はその男性が剣を使って戦っていたと聞いたんです! それなら試合という名目で手合わせしていただけるのではないかと思って」

「なるほど・・・」

 それはおそらく以前、咲夜同伴で初めて買い物の仕方を教えてもらっていた時の仮面ライダーブレイブのことだろう。

 つまり妖夢の言いたいことはこうだ。

 自分のスランプを治すために友希が変身して特別に剣を使って戦ってほしいということ。

 この依頼は不可能ではないが友希自身はあまり乗り気になれなかった。

 ついこの前のあの日以来、むやみにライダーの力は使わないと決めたのだ。その上いくら変身して身体能力が強化されるとはいえ剣の経験など友希にあるはずもなく、妖夢の役に立てる気が全くしない。

「いやでも、俺別に強いわけじゃないし、あんまり自信がないっていうか・・・」

「そこをどうかお願いします!」

「友希さん、私からもお願いします」

 意外なことに咲夜もこの妖夢の提案には積極的に加わってきた。

「私事で申し訳ないのですがいつもお世話になっている手前どうしても無碍にはできないんです」

 咲夜が言うなら、というか咲夜のためになるのならここは体を張ってもいいかな、そう段々と心が傾き始める友希。

「う~ん」

 未だ決断に悩む友希を見て、ここで最後の一押しを咲夜が放つ。

「ではこうしましょう。この協力を受ける代わりに今後妖夢に剣術を指南してもらうことができる。どうでしょう? 妖夢のスランプも治って友希さんも強くなれる。たしかそれが今の友希さんの望みでしたよね?」

 さすがは咲夜、友希の特に何気ない会話を漏らさず記憶しそれでいて瞬時に魅力的な条件を提示してきた。というか初めからこれを狙っていた感すらある。

 そしてこの話は友希にとってまたとないチャンスであった。

 当初は肉体的な強化を図りたいと考えていた友希だったが、確かに武器を操る心得を得ておくのも必要だと思ったのだ。

 美鈴の指導を受けるのが厳しくなった今、自身のやりたいことに協力してくれる人材は願ったり叶ったりというわけだ。

「それは・・いいなぁ」

 とはいえやはり不安を簡単に拭い去ることはできず、友希は数秒間咲夜の条件を吟味した。

 そして、友希の答えは出た。

「分かった。何ができるかはまだわからないけど、できるだけのことはする」

「ありがとうございます!」

 始めて見たときはそうでもなかったが、今目の前で歓喜の表情で友希の手を握る妖夢は結構感情表現が豊からしい。同じ従者であってもいつも一貫して静かな咲夜とは違い、少し子供のような無邪気さを印象として感じた。

 その横では相変わらず(少なくとも友希にとっては)不気味な笑みを浮かべ見守る幽々子。

 その流れで咲夜を視界に入れようとする友希だったが、またもや発起した妖夢によってグイっと引き込まれてしまった。

「じゃあ早速今からいいですか⁉」

「え、マジ・・・?」

 

 

 

「それでは、よろしくお願いします!」

「・・・」

 承諾はしたものの早速過ぎて心の準備がなっていなかい。にもかかわらずあれよあれよと事は進み、友希の前方約二十メートル先には堂々と真剣を構える妖夢が。

 いくら変身を前提としているからとはいえ何の容赦もなく殺傷武器を人に向ける辺り、この従者は本当は危険なんじゃないかと友希は思わざるを得なかった。

「妖夢~! 頑張って~!」

他にもヤバい人がいた。

 主の幽々子はやっぱりニコニコしながら、さも娘の運動会を見に来た母親のごとく応援を飛ばしている。

「緊張しなくても大丈夫ですよ友希さん。妖夢は相手が人間だということは理解していますから、手荒な真似はしません。もし本当に危なくなるようなことがあれば私がいますから」

 咲夜がることは頼もしいが問題はそこではないのだと心の中でツッコむ友希。

「・・・・・」

 とはいえ承諾した身なので友希はしっかりやるつもりではいるのだ。

 それに話を受けたのには条件がおいしかった以外にもしっかりとした理由がある。

 それが今まさに友希が手元に呼んだ二本のガシャットの内の一つ、黒色のガシャット『ギリギリチャンバラガシャット』のことである。

 実は決意を固めた昨日の夜、紅魔館の自室で就寝の準備をしていた時ににとりから連絡が入ったのだ。

「あ、盟友の友希、略して盟友希! 夜遅くにごめんね。寝るところだった?」

「何で略したし」

「いや~その場の勢いで~。いやそんなことはどうでもいいの! また新しく調整の終わったアイテムがあるから、近いうちに試運転をお願いできるかな?」

「あ~、そういうことか」

 むやみに力を使わないと決めた矢先の連絡だったので今までのようにスムーズにいくか友希は頭を悩ませた。

 しかしこれは友希の問題、友希の罪。関係のないにとりにまで責任を負わせるのはおかしいと感じたので、今回あったことは何も伝えず我慢して何とかしようとその場はそれで話を終わらせたのだ。

 それがこんな形で機会が舞い込んでくるとは。にとりの期待に応えるためにもここは一肌脱ごうと決めた。

「・・・よし! やるか!」

『爆走バイク!』『ギリギリチャンバラ!』

 二つのディスプレイ表示が友希の後ろに現れ、そのうちの一つからは今までのゲーマとは違った等身の人型のロボットが現れ、妖夢に向かって自信満々にメンチをを切って見せた。

 ギリギリチャンバラは古典世界で侍になりきって、未知の妖魔や闇の侍と戦う侍アクションゲーム。この状況で使うことになるとはタイミングがいい。

「おお、これが・・・!」

「わあ! 楽しみねぇ!」

 優希と幽々子の二人が感嘆の息を漏らしたが、隣の咲夜はまた別の意味でため息を漏らしていた。

「友希さん、大丈夫でしょうか?」

 最近の友希の不調を間近で感じていた咲夜は友希のことがどうにも心配だったのだ。友希は咲夜にはおろか誰にもその件については話していないので不安になるのはそのせいでもあるのだが。

咲夜はそんな思いがありながら、自分で言い出した状況な手前今更止めに入ることなどできるはずもなかった。

 そんなことなど知る由もない優希は、覚悟の上の宣言と共に一気にその姿を変えた!

『ガシャット! ガッチャーン! レベルアップ!』

「三速 変身!」

『爆走! 独走! 激走! 暴走! 爆走バイク! アガッチャ! ギリ・ギリ・ギリ・ギリ! チャンバラ!』

「「「・・・!」」」

 一同の驚きの原因はその特異な変身シークエンスにあった。

 爆走バイクと言えば仮面ライダーレーザーに変身するためのガシャットであり、レーザーと言えば他のライダーとは異なるバイクの身体が特徴的だ。そして今回も一時はバイクの形状へと変形するところは見受けられたのだが問題はそこからだった。

 ディスプレイから登場したチャンバラゲーマが頭と四肢に分解され、同時にバイク形状のレーザーも変形を始めたかと思うと存在するすべてのパーツがレーザーのもとへと集まり合体したのだ!

 黄色を基調とした胴体、漆黒に黄金のサシ色をした鎧。頭部の兜から覗く鋭い水色の眼光は戦場を気迫で圧倒する!

 高速の駆動と武人の覚悟で戦を制する、気高き誉れの戦士! 仮面ライダーレーザー チャンバラバイクゲーマー レベル3!

『ガシャコンスパロー!』

 友希が右手を前へ出すと、レベル2の時には実装されなかったレーザーの武器がその手中に収まる。

 ABボタンが付いているのはもはやエグゼイド系ライダーのお約束だが、この武器は二本の鎌の形状をしており、黒・黄・桃という目がパチパチとする色味からもわかるようにかなり危険な印象を受ける。

「ふっ・・!」

 端的に息を吐き気合を込める友希。

 雰囲気を感じたように妖夢もその手に持った刀をまっすぐ友希の方へ構える。

「・・・・・」

 その場に流れ出した緊張感にはさすがの幽々子も口を紡いだようだ。

「・・・・・」

 向かって左側にあるこじんまりとした小庭園、その中の時を刻む鹿威しの存在を意識する。

 これもまた実際にはフィクションでしか見たことがなかったシーンだが、おそらく鹿威しが満たされ直下の岩に打ち付けられて風流な音が響くとき、その時こそが動き出す合図だろう。

 風の音すらも静まり返ったこの白玉楼で鎌と刀を構えた両者が向かい合い、今か今かとその時を待ちわびる。

 そしてついに、訪れる・・・。

 

カコンッ

 

「はあぁっ!」

「・・・っ!」

 竹の音と共に勢いよく妖夢めがけて走り出す友希。それとは対照的により体制を深く落とし友希の襲来に構える妖夢。

 そして戦闘が始まってすぐに妖夢には予想外のことが起きた。

「はやっ・・・!」

 変身と言うからどんなものかと期待はしていたものの、明らかに人間の身体能力を超えたスピードに一瞬ながら圧倒されてしまったのだ。

 しかしそこは妖夢も人間ではないし、戦闘における経験も身のこなしも生身で常軌を逸していた。

 開戦とほぼ同時に両者の刃が重なり合い、金属同士の甲高い接触音が響き渡る。

 まずあっけにとられて出遅れてしまった妖夢だったが、その遅れを埋めるように今度はすさまじい切り返しの速さで次の連撃につなげてみせる。

 いくら変身しているからと言っても、所詮基本的な体力や戦闘センスは変身者に依存するのが仮面ライダーである。

 戦闘慣れしていない友希は一呼吸置いてから次の攻撃の「構え」を取ろうとしていたのだが、その考えは甘すぎたようだ。

 迫りくる妖夢の連撃をかわそうと咄嗟に後退を試みるも妖夢の剣の方がはるかに早く、両腕で受け身は取るもののもろに刃を食らってしまった。

「うおあぁぁぁっ!」

 刀一本でかつ両手持ちをしているにもかかわらず有り得ない速度と正確さで切りかかる妖夢に友希は恐怖すら感じてしまった。

 静かな気迫と隙の見当たらない太刀筋、明らかに彼女が人間ではないことが如実に表れている。

「これはヤバいっ!」

 多少強引ではあるが、友希に向かって一直線に進む連撃を腕でいなしながら横に避け何とか抜け出した友希。しかしながらどうにも緊張と驚愕で疲弊の色を隠しきれていない。

 だが実は妖夢も驚いていた。なぜなら受け身を取っていた友希の腕、黒と金の鎧には全く傷一つついていなかったのだから。

 確かに連撃が当たってはいるが手ごたえに乏しいと感じていた妖夢は、その事実を目の当たりにすると今度はさらにもう一本腰に帯刀していた刀を早くも引き抜いた。

「はあ・・はあ・・、二刀流かよ」

 単純に剣が二本に増えただけなのだが、使い手が使い手なだけに笑えはしなかった。

「あれ、大丈夫ですか?」

「心配いらないわよぉ。楼観剣はここに置いてあるし、白楼剣はそもそも有事の時にしか持たせないから。あの二本は名もなき練習用の刀に過ぎないもの」

 妖力の込められた長刀『楼観剣』と死者の魂すら切り裂く名刀『白楼剣』。この二つを使われていたら仮面ライダーの力でもどうなっていたかわからないようだ。

 しかしそれでも妖夢の実力にかかれば無名の刀もそれなりには上物と化す。

 剣のことは友希は知らぬとはいえ、妖夢を危険視するその本能は間違ってはいなかった。

「今更ですが、弾幕やスペルカードの使用はどうしますか?」

「え? 弾幕って、打てるの?」

「ええ、一応は」

 これ以上相手に有利に事が運ぶのであればぜひとも導入していただきたいところだが、正直なところ友希も飛び道具を使おうと考えていたので、ここはややこしいことにならないよう弾幕混合を引き受けることにした。

 それに相手の力がどんなものかはその身をもって体験した。それにより導かれた戦いの方針はもちろん「全力」である。よって格闘も弾幕も何でもありななら都合がいい。

 どうせどちらかが沈まなければこの模擬戦闘は終わらないのだから、すでに若干投げやりの友希にはあまり関係のないことだったのだ。

「では、不完全ではありますが・・・」

「・・・!」

 グググッと上体をくねらせたかと思うと思い切り二本の刀ごと腕を振り切り、あろうことかその斬撃が形を持って友希めがけてくる!

 現実にはもちろん見るのは初めてだった友希だが、弾幕を提案してきた時点で大体予想はしていたのでそこまで驚きはしなかった。

 スパローで力の限り斬撃を弾き消した友希だったが、体を戻すと元居た場所に妖夢の姿はない。

 友希の真上、これもまた普通の人間ではたどり着けないほどの高さにまで舞い上がっていた妖夢。

「だからぁ! 何でみんな飛べるんだよ!」

「いざ‼」

 ただならぬ気迫をまとう妖夢が空中で体を回転させ友希に向かって、二刀を振りかざし弾頭のごとく突撃を仕掛ける!

『断命剣 瞑想斬!』

 先ほどと同じくとてつもない速度で飛来、そして手に持つ二つの刀を余すことなく使用した剣戟の嵐が友希を容赦なく襲う!

 しかし友希もただでは終わらない。さっきはどうにも対処できなかったが、少しでも慣れた友希は変身による複眼の装備をフル活用して一つ一つの刃を確認し、スパローで落ち着いてさばいてゆく。

 やがて地に足着いた妖夢は全方向からの斬撃に進化させさらに勢いを増す!

「‼」

 ・・・驚いたのは友希ではない、妖夢である。

 妖夢にとっては相手を本気で仕留めるつもりで攻撃場所を変えたつもりだったが、それが友希にとっては好都合だった。

 箇所を変えたことによる一瞬の空間の隙をレーザーの眼光は見逃さなかったのだ。

 それにより妖夢の弾幕空間を抜け出した友希は、すでに妖夢を見据え次の手を始めていた。

「馬鹿なっ⁉」

 妖夢はすぐにそのことに気づいたのだが、それでも腑に落ちない。

(いくら先ほどより空間が開いたとはいえ、それでも人間にとらえられる速度ではなかったはず! 見えたとしても抜け出すなんて、なんて速さ⁉)

 友希が抜け出す瞬間は妖夢ですら気づかなかった。

 これが爆走バイクの力、体の各部にエンジンエネルギーを籠めることにより、誰もとらえることのできないほどのスピードを生み出すことができるのだ。

「今度はこっちの番だ」

『ズ・ドーン!』

 友希は二つのガシャコンスパロー鎌モードを連結させアローモードへと変形させる。

 これが友希の考えていた飛び道具の正体である。

 弓を妖夢に向けると同時にエンジン全開で走り出す友希。妖夢によって受けた先の技のように、今度は友希が全方向より攻撃を浴びせかけようというのだ。

「「はああああっ!」」

 縦横無尽に駆け回り光矢を降らせる友希。正確無比な刀さばきですべてを撃ち落とさんとする妖夢。

 両者の気合が咆哮となって表れ、白玉楼の庭がまさに戦場と化したように咲夜には見えていた。

 本来幻想郷では弾幕勝負で物事を決着するという半ば暗黙の了解とでもなったルールが存在し、それにのっとって咲夜も妖夢も雌雄を決する戦いをしてきた。これはある種のハンデ、死者を出さないための策とも解釈できるのだ。

しかし今目の前で行われているのは、手にかける気はないとはいえそんなルールなど皆無のまさに決闘。以前異変を起こしたことのあるこの白玉楼の主西行寺幽々子とその従者魂魄妖夢。そんなルールさえなければ、または悪になりきれていれば結末は変わったのではないか。そんなことを咲夜は自分にも投影して感じていた。

「ううっ・・!」

 長時間にわたる弾幕の対応に、さすがに疲労の色を隠しきれない様子の妖夢。そしてまたしてもその弱みを友希にくみ取られてしまったのだった。

『ス・パーン!』

 この音はパーツが合体して完成した弓モードを再び分裂し、鎌モードへと変形させた音。

 手早くベルトのガシャットをスパローのスロット口に差し込み、友希は妖夢に急接近を仕掛ける。

「しまった!」

「終わりだっ!」

『ギリギリ クリティカルフィニッシュ!』

 ここぞとばかりにジャンプしながら大きく振りかぶり、鎌モードのスパローで縦に切っ割こうと友希が迫る!

 この一撃が勝負を決めることは妖夢も分かっていた。ので、この勝負の中で最も渾身の力を全身に籠めその一撃を迎え撃つ!

 はたから見ていた咲夜と幽々子も思わず目を見開きかたずを飲んで見守る。

 そして二人の刃が今まさに触れようというときに事は起こった。

 妖夢はいつも視覚と直感を両方使って刀を扱っている。

 今回でいえば自分が疲れを見せたこと、それを見逃さないであろうことはすぐに直感で理解できた。詰め寄ってきた友希の攻撃がどのような線を描くかも、体の動きを見ることで完全に見切ることができたのだ。いつもならば・・・。

 これだけでも到底人間にはまねできない芸当、人ならざる妖夢のなせる業だろう。

 にもかかわらず友希、仮面ライダーレーザー レベル3はその業を上回って見せたのだ!

 視覚で見て明らかに大ぶりの縦斬撃、かつ空中で技の派生がないことが分かった。

 しかし友希はその足が地面に到達した瞬間、今度はギリギリチャンバラの力を解放し有り得ない足さばきを行うことにより、着地点での腰の入れ方はおろか振り下ろした腕の遠心力をなかったことにするかのように、一瞬で横振りに変更してきたのだ!

 さすがの妖夢もこれは全くの想定外。なので友希の一撃をもろに腹部に食らってしまった。

「うわぁぁぁっ!」

 横方向に思い切り振り切る友希。

 その勢いで妖夢は思い切り白玉楼に向かって吹き飛ばされてしまう。

 そしてその先には観戦をしている咲夜と幽々子が。

「ああっ!」

 この事態に友希は戸惑ったが、驚いたことに咲夜が動くよりも先にすでに幽々子が機敏に対応していた。

 幽々子が手をかざすと飛ばされてきた妖夢の身体はぐわんと急停止し、幽々子の胸の中へと落ちていった。

「あらあら、妖夢ちゃんったら」

「うぅ・・幽々子様」

 状況に安堵の表情を示す妖夢。だがすぐさま戦闘中であったことを思い出し、戻ろうと友希のいた方角に目を向けたのだが、決着はすでについていた。

「はぁ・・はぁ・・」

 幽々子に抱えられる妖夢の目の前には、終始変わらず肩で息をする友希の姿があった。

 そして自らの首に二つの鎌が突きつけられていることに気づいた妖夢は、次第に抵抗の意思を失っていったのであった。

 

 

 

 後になって妖夢は気が付いた。

 友希の一撃を食らった際に右に持っていた刀を思わず手放していたことに。

 剣士にとって戦闘中に刀を手放すなど言語道断。さすがに妖夢は気を落としてしまったようだ。

「どうか調子の悪さは杞憂であってほしいと願ったのですが、これでは認めざるを得ませんね・・・」

「・・・・・」

 剣士の規律や妖夢の並々ならぬ思いは友希にはまだ理解ができていないので、さすがに首を突っ込むのは野暮として隣でお茶をすする。

「そうねぇ。スランプ自体は誰にでも起こりうることだけど、だからと言って甘やかすわけにはいかないわよねぇ」

「うう・・・」

 悪気はないのだろうが幽々子の一言が妖夢をさらに傷つけた。

「あ、そういえば約束をしていたんでしたね。私が負けてしまいましたので約束どおり剣術の指南をして差し上げましょう」

「あ、いや。勝負の勝ち負けは関係なくて、確か手合わせを承諾した時点で指南はしてもらえるんじゃなかったっけ?」

「はい、その通りです」

 厚かましく解釈の違いを訂正したことに罪悪感を感じ、思わず咲夜の方を見てしまった。

「ああ! すみません、私としたことが・・・」

 友希から見ても分かる。もはや妖夢は完全に自信を失っていた。何よりもう目に光がない。

「でも先ほどの戦いぶりを見ている限り私に剣術を乞う理由が見当たりません。あの刃さばき、身のこなし、何より強い。いったいどこに不満が?」

「あの強さは俺の力じゃないからだよ」

 今の友希なら妖夢の質問にはすんなりと返答できる。

「仮面ライダーの力は俺がにとりに頼んで作ってもらってる他力本願物。俺の能力も生まれつきのものでもなければ、使い方もいまいちわからないことが多い」

 まじめな面持ちで友希の話を聞く妖夢たちに友希はさらに続ける。

「それにだ。ライダーの力はむやみやたらに使わないようにって決めたからな。この世界で生きていくならまず自分自身がもっと強くならないといけないって、そう思ったから俺を鍛えてほしいんだよ。」

 友希には見えていなかったが、友希のことを影で心配していた咲夜は無意識に頬に笑顔を浮かべ、言い知れぬ安心感を得ていたのだった。

「なにも達人になりたいなんて言わない。俺にどこまでできるかもわからないけど、せめて基礎くらいはできるようになっておきたいんだよ! 頼む!」

 軽く両手を膝につき頭を下げて改めて懇願する。

「なるほど、そういうことでしたか・・・」

 友希は頭を下げたままで妖夢も首を垂れ、なぜか幽々子は涙目をぬぐっている。

 この微妙な空気間に変な汗がにじみだしてくる。

「・・・わかりました。あなたの気合十分に伝わりましたから! こちらこそぜひ、剣術指南役としての責務を全うさせていただきます!」

 交渉がうまくいったので思わず友希も顔をあげ、ぱあっと満面の笑みを浮かべる。なにより自分の思いをうまく口に出して伝わってよかった。

 現実的な性分のためどうしても気恥ずかしく、鍛えたい理由を美鈴にこっそりとさりげなく伝えるくらいしかできなかったのでとても安堵であった。

「また一人道場の仲間が増えたわねぇ。本当、最近多いのよ」

 そういえば妖夢は剣術を人里で教えていたのだと幽々子の言葉で気づかされる。そしてそうとなればそれはそれで友希にとっては少々問題であった。

 里の人間と言っても年齢層は若く子供たちが多いのは目に見えていたからだ。

 さすがにもう高校生にもなる多感な時期の男が、里の子供たちに交じって竹刀をふるう姿は、友希自身想像してみただけで身震いが起きた。

「あ、その・・・」

 そうなってしまえばそれまでなのだが、何とか回避できないか頭の中を必死に模索していると・・・。

「いえ、友希さんに限っては道場での指南は行いません」

「へ?」

「あら? そうなのぉ?」

 思いがけぬ妖夢の返答に友希のみならず幽々子も素っ頓狂な声を上げた。

「そもそも友希さんは里の子供たちとは年齢が離れていますし、何より境遇が違います。・・・と言うのは少し建前で、実は定期的にまた手合わせ願いたいと考えていたのですが、いかがでしょうか?」

「あ、ああ! そういうことね! うん、いいよ! 全然問題ないから!」

 別に何も悪いことはしていないが話がうまい具合に進んだので友希はテンパってしまった。

「よかった! ありがとうございます! 強者と手合わせ願えるだけでなく教えることでも自ら学びを得ることができる。こんなにいい条件はありません!」

 先ほどまでの陰鬱な妖夢の雰囲気とは打って変わって、目を輝かせながら子供のように友希と幽々子の顔を行ったり来たり、はしゃぎが止まらない。

「話がうまくまとまったようで良かったです。台所を勝手に借りてしまったけれど大丈夫だったかしら?」

「あ、はい! 問題ありません!」

 咲夜の姿が先ほどからどうも見当たらないと思っていたら、どうやら白玉楼の台所で飲み物を入れていたようだ。

「茶葉をいただいたお返しと言っては何だけど、紅魔館の紅茶をごちそうするわね」

「あらぁ、いい香りねぇ。おいしそうだわぁ」

「本当ですね! 幽々子様!」

 何はともあれやりたいことが実現できそうでほっとしたと同時に、ついに動き出した特訓の歯車により身を引き締める思いの友希。

 またしても湧き出る不安と決意を口元の紅茶と共にゆっくりと飲み込むのだった。

 

第十九話 完




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。作者のシアンです。

今回の話では、新たに白玉楼というロケーションと二人の人物が初登場しました。この『東方友戦録』では白玉楼は、「とある場所を、とある手順で進む」とたどり着ける、結界で隔てられた場所という位置づけです。また登場した二人の人物。『西行寺幽々子』と『魂魄妖夢』のこの作品における人となりや過去は、今のところ特別語ることはないと考えています。つまり知らなくてもストーリー上問題ないし、或いは知っていなくてはいけないとしても原作のそれらとなんら変わりありませんので、興味のある方は調べてみてください。

さて、この回のこの場では友希たちの力関係について少し触れたいと思います。
というのも今回仮面ライダーの力と妖夢の力がぶつかったわけですが、妖夢が勝手にスランプと言っていたり、私の描写が甘かったりで、結局どっちがどれくらい強いのかが分かりにくいと思ったからです。
ズバリ。単純なパワーや能力の幅で言うと圧倒的に仮面ライダーの方が上です。そして弾幕戦への適応やスペルカードなどによるルール範疇での行動においては妖夢たち幻想郷の住人の方が上手です。
つまりルールありかなしかで優劣が変わってくるということなのです。
もちろん技の応用や状況把握など、個人の考え方感じ方でもその都度差は出てくると思われますので、そう言った意味でも友希は不利でしょうね。

とまあかなり分かりにくいことを書いたと思うのですが、また作中でつたないながらしっかりと説明していこうと思っていますので、よろしくお願いします。

今回の後書きはここまでです!
次回、またしても新ロケーションでとある模擬戦闘が開始される!?


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第20話 妖怪寺の魔法使い

季節の変わりも早く、薄暗く寒空が広がるあくる日の早朝。館に忍び寄る人の影。朝からけたたましく鳴る警報の音。一度にして騒がしくなるいつもどうりの紅魔館。仮住まいで起こるそんな騒動などつゆ知らず。師ができて調子づいた友希は、次なる研鑽の場へと移り、そして・・・窮地に立たされていた。


 急激な寒さによって、未だ白くモヤがかった霧が消えきっていない朝の八時。石塀と森林に挟まれた誰も寄り付かない紅魔館の裏手。そこにとある一つの影がひっそりと忍び寄っていた。

 紅魔館は基本的に数多の妖精メイド、そして門番の紅美鈴とメイド長の十六夜咲夜によって厳重に警備されているはずなのだが、この影は驚くべき手際の良さですんなりと館内部への侵入を成功させてしまった。

 その後もまるで館内の構造、使用人たちの動きをすべて把握しているかのように何の問題もなくスムーズに通り抜けていく。

 影はほかの金品や装飾には目もくれず、ただ一つの場所を目指していた。

「よし、無事到着っと・・・」

 その場所とはとてつもない量の蔵書と魔力の充満した薄暗い巨大な空間、大図書館である。

 ここでもまた足早に手慣れた手つきで本棚を物色し、手に持つ袋に次々と蔵書を詰めてゆく影。

 一通り詰め終わり満足した影の主はパンパンになった袋を両手に抱え静かにかつ俊敏にそびえたつ本棚の間を駆け抜けてゆく。

 しかしこの時、侵入してきた経路とは異なる道を通ってしまったことがただ一つの過ちだった。

 

バチンッ!

 

「・・・っ!」

大きな炸裂音と共に体に電流が走る。

 足元には簡易的な魔方陣が浮かび上がり、何者かの右足をガッチリと電気の鎖で巻き取っていたのだ。

 この魔方陣が発動したことがトリガーになっていたようで、次々とあたりの照明に炎がともり紅魔館全体が活動を始める。

「くそっ! 手加減スパーク!」

 懐から取り出した六角形の道具から放たれた低出力レーザーが足元の魔方陣の一部をかき消し、それにより弱まった電撃魔法の隙をつき一気に駆け出す影。

「ドロボー‼」

「早く探し出せっ‼」

 けたたましい足音が紅魔館中に鳴り響き、一斉に妖精メイドたちがあふれ出してゆく。

「いたぞっ! 追え!」

迫りくる足音と弾幕の嵐。ただひたすらに使用人との鉢合わせを避け走り続け、ついには紅魔館の玄関にたどり着いた。

一刻の猶予もない影は思い切り扉をこじ開け、照り付ける朝日を一身に浴びながら正門側へと走り抜ける。

「いったい何ですかっ⁉ え、あっ、魔理沙さん! いつの間に⁉」

「あなたが職務怠慢をしている最中に決まっているでしょう!」

「しまった! 眠りが浅かったか!」

 騒ぎを聞きつけて続々と現れる紅魔館の面々。

 入念な下調べと経験も虚しく囲まれ万事休すの影、もとい霧雨魔理沙。

 そんな魔理沙にさらに追い打ちをかけるように、当の紅魔館組にも予想していなかった増援が駆け付けるのだった。

「キャハハハ! 魔理沙はっけーん!」

 皆が声のする時計台を見上げ驚愕する。

 そこには金色に輝く髪をなびかせ高らかに笑いこけるフランの姿が。さらにフランの腰には蛍光色のまぶしい見覚えのあるベルトが装着されていた。

『バンバンシューティング!』

「変身!」

 フランの掛け声が早朝の紅魔館に響き渡り、同時に魔理沙のもとへと一気に飛び降りた。

『ババンバン! バンババン! バンバンシューティング!』

 フランの身体が青色の光に包まれ地上に降り立つ。

 解き放たれた光から相手を睨みつける鋭い眼光の隻眼の戦士が姿を現す!

「おいおい、変身は友希の専売特許じゃないのかよ!」

 魔理沙はそう思っていたようだが、条件さえ満たせば誰でも変身が可能なことはにとりのところで検証済みである。

 完全な包囲網でなすすべなくその場にへたれる魔理沙。に対して容赦なく射撃を浴びせたフラン。

 その様子を同じく駆け付けたレミリアも目撃していたが、気になったのはそこではなかった。

「そういえば友希は今はいないのね。すっかり頭から抜けていたわ」

「ええ、今はあの妖怪寺にいらっしゃいます」

 自分の意思を律するように深く息をはくレミリア。

 そう。現在友希はとある場所にて一晩を過ごすことになっていた。

 そしてこの紅魔館の事件と時を同じくして、友希もまた新たな戦場にて強敵と相まみえていたのであった。

「くっ、何なんだこの人! さっきとはまるで強さが違う!」

目の前には強者らしく仁王立ちで友希を見下ろす一人の女。

「おやおや、さっきまでの威勢はどうしましたか? あなたから来ないのであれば私から仕掛けるまでです!」

紅魔館での珍事などつゆ知らず、友希はただ目の前にある虎柄の圧倒的存在に敗北を喫する覚悟をするのであった。

 

 

 

 戦いの発端は一時間前にさかのぼる。

 この日友希はとあるお寺のもとで生活をし、朝を迎えたのであった。

 というのも、先日白玉楼にて剣士兼庭師の魂魄妖夢師匠に弟子入り?を果たしたのだが、妖夢には直近で予定が入っておりすぐには相手はできないということだったのだ。

 友希はそれでも全然問題はなかったのだが妖夢は彼女なりに負い目を感じたようで、本人曰く「体だけでなく心も、心身ともに鍛えるべき」「自らを見つめなおすにはとっておきの場所がある」だそうで、そのあとすぐにこのお寺のことを教えてもらったのだ。

 話にだけは聞いていたがなんとこのお寺、平然と妖怪が出入りをしているだけでなく住職は名の通った魔法使い、その補佐を務める人物はなんとあの七福神の一角毘沙門天と関係の深い人らしい。

 その他もろもろ含め、このお寺はいろいろと予想外かつぶっ飛んでいたのである。

 とはいえこのお寺「命蓮寺」の外見は普通の立派な木造建築で、やっていることも仏教の信仰と割と由緒正しきしっかりとした場所なのだ。

 ここに入り浸る妖怪たちも姿こそ愛くるしい者からおどろおどろしい者まで様々だが皆心優しい者ばかりで、ここの女住職である聖 白蓮はそんな他種族の存在達をまるで聖母のごとく優しく包み込んでくれる人物であった。

 そう、何を隠そうこの聖白蓮と言う人物、さらにはこの命蓮寺と言う場所は以前永琳先生から教えてもらった幻想郷の権力トップ5に数えられているお方である。

 医者と幽霊に加えてお寺の住職であり魔法使いとは、なんだか数々の仮面ライダー達を追憶しているような気分になるが実際のところそうなのだ。

 初日は特に何事もなく優しく迎え入れてくれて、そのうえで基本的な仏教の歴史や教えなどを学び、さらには座禅を組ませてもらったりもした友希だったが、思った以上につらい作業で肝心の心が特に疲弊してしまったのだった。しかしそれこそが心を鍛えるということであり当初の目的どおりと言えばそうだ。

 昨日はそのまま就寝し今日もかなり早くから起床して白蓮の経を聞いていた友希。とりあえず友希は経など覚えていなかったのでただ眼を閉じ耳を傾けるだけだ。

 体を鍛えたり技を磨いたりするほど実感や疲労があるものではないが、それでも心は静かに休まっているような整理されているようなそんな感覚だった。

 友希の母方の母が仏教の家だったのでよく経を聞いたり寺に赴いたりはしていたのだが、今は昔と状況も心の内も違う。ゆえに友希の身にはより一層力が入っていた。

 本題に戻ろう。

「そういえば、あなたは特異な妖術を使うとうわさされている人間と同じではないのですか? 確か最近現れた人間はそういう不思議な者だと耳に入れましたが」

 そうやってもはや聞きなれた友希の妙なうわさ話の審議を訪ねてきたのは、この命蓮寺において住職の聖白蓮の最も近くで行動を共にすることの多い毘沙門天代理と名乗る女性、寅丸 星である。

「ああ、はい。多分そうだと思います」

「多分と言うことは少し相違があるということでしょうか」

 その話し方や変に律義で深読みしてしまうその性格から見て、かなりまじめな人なんだろうと感じた。

「いずれにせよあなたの使うその術について少し興味があるのですよ」

 この流れはもしや、と友希は思った。そして的中だった。

「そこで、よければその術を見せていただけないかなと。もちろんあなたの意思は尊重しますよ。ですがその術がもし危険なものであった場合私共としても看過できませんし・・・。ああ、別に幻想郷の自警団になったなんてつもりはありませんよ! ただもしそうだった場合、関わっただけに捨て置けないと言いますか・・・」

「・・・・・」

 まじめだったり良識のある人物は皆決まって力の危険性について注意している。

 寅丸も例には漏れず。友希の話題を耳にして、当の本人が目の前に現れて、それがなんて事のない子供で、となれば「こいつ力をよからぬことに使ってるんじゃないだろうな?」となるのは至極当然のこと。

 それに友希自身つい最近まで身に覚えがありまくりな人間だったが故に余計に胸に刺さる。

「そういうことならいいですよ。でも見せるだけのためにただ変身したことは他の人には言わないでほしいんです。ある種の戒めと言いますか、気軽にはこの力は使わないようにって決めたんで」

「いえいえ、そんなに簡単に終わらせるわけがないじゃないですか。ここはひとつ幻想郷の礼儀、弾幕勝負と行きましょう!」

 何もかもがいつもどうりの流れ。幻想郷にいる人は全員弾幕勝負でしかカタをつけられないのだろうか。

「でも俺、弾幕打てませんよ?」

「あれ? そうなんですか? てっきり妖術とはそういった類のものかと・・・」

「まぁ撃てるのもありますけど、みんながやってるような鮮やかな感じのは無理だと思います」

「・・・?」

 幻想郷の住民が放つ弾幕及び弾幕勝負は激しいだけでなくとても美しいものなのである。

 実際それを勝負の加点の基準にもしているそうなので、だとすればなおさら友希には難易度が高すぎるのである。

「それでは弾幕肉弾混合にしましょう。それなら問題はないはずです」

「あの、仏教ってそういう暴力的なのはありなんですか? もっと平和なのがいいんじゃ」

「問題ありませんよ」

 友希がふと思った疑問を口にしたとき、背後からこの寺の住職の優しい声が聞こえた来た。

 二人ともが声のした寺の廊下をのぞき込むようにして見る。

「確かに故意に他人に対して欲望のまま、または痛めつける目的で拳をふるうことは言語道断、許される行為ではありません。ですが弾幕を含めた勝負、これはこの世界の定められた規律であり、ある意味必然でもあります。両者合意のもとで勝負と銘打って拳と技をぶつけあうというのであれば、この戦いを己を高めるための修行の一環と考え容認しましょう」

「ありがとうございます、聖!」

 友希は初めて面と向かったときに感じていたが、本当にこの聖白蓮という女性はまるで聖母のようなのだ。

 これは形容でも何でもなくまぎれもない事実。物事の全容を冷静に見極め、どんな存在だろうと平等にかつ寛容に接してくれているその様は聖母と言うほかないだろう。

 少なくとも友希が見ているうちではこの人も幽々子と同じく終始微笑みを絶やさないのだが、幽々子と違うのはその笑顔には全くよどみが感じられないということである。しかし全くよどみがないというのもある意味裏を勘ぐってしまうのでそれはそれで怖いのだが。

 いずれにしてもこの女性と話していると悪い気は一切しない。

「それでは早速お願いします!」

「は・・はい、分かりました」

 再び仮面ライダーの力を試されることになった友希だが、今回も割とまんざらではなかったのだ。

 もちろん力を揮えることがではなく、昨日もまたにとりからタイミングよくロールアウトしたベルトを試運転してほしいとの連絡があったからだ。

 そして今回はついに主役ライダーを食う勢いで共に活躍してきた二号ライダーの力が使えるとあって気合が入っていたのだ。

「でも、どれから使ってみればいいかな・・・」

 命蓮寺の石畳でできた歩道をはさんで砂の上に立つ二人。

 とここで友希はあることに気が付いた。

「・・・?」

 目の前に見える寅丸の様子がおかしい。妙にそわそわしているというか、どこか目が泳いでいるようにも見える。

 立派な装飾の施された槍を右手に携えていたのだが、それも少し震えているような・・・。

「あのー、大丈夫ですか?」

「へっ⁉ あ、はい! 大丈夫ですよ! ほんと何にも問題ありませんからね⁉」

 動揺しまくっているのがまるわかりである。

 友希にとって弱いことは恥じるべきことではなく攻め立てられるものでもない。そう感じてしまうのは周りの環境の求める尺度が高すぎるだけにすぎないのだ。

 しかしこの時の友希は、寅丸が自ら戦いを望んできたこととなんだか様子がおかしいことから不覚にも思ってしまった、「この人実は弱いんじゃないのか?」と。

 決して自らが強いとかうぬぼれているわけではない。ただあまりにも相手がうろたえているのが分かったものだから、そんな相手に容赦なくライダーの力をぶつけるわけにはいかないと思った。

「応援していますよー、星ー」

「は、はひぃっ!」

 友希から見ても動揺が見て取れるのに白蓮が気づかないはずがないのだが。知ってか知らずか白蓮の厚意の言葉がかえって星を委縮させてしまった様子。

 どうにも変な感じが残るこの状況に戸惑いながらも、友希はその手に指輪のようなものを転送させる。

 そしてそれを自らの右手中指に装着し、腹部にかざすとそこから銀の扉が装飾された黒いバックルが出現した。

『ドライバー オン!』

「おお、あれが」

「うう・・・」

 未だその泳いだ目で恐る恐る友希の方へ視線をやる寅丸。

 友希は逆の左手に別の指輪を装着して高らかに突き上げる。そしてゆっくりとおろしてゆき両手を回転、左側に腕を突き出しながら気合を入れて宣言する!

「変~身!」

『セット! オープン!』

 左中指の指輪をバックル側面の穴にセットし鍵のように回すと、正面の扉が解放され中から金色の獅子があらわになる。

 友希が腹部に力を籠め何かを放出するように体を大の字に開放すると、バックルから黄金の魔方陣が形成されゆっくりと友希を飲み込んでゆく!

『L・I・O・N! ライオ~ン!』

「姿が変わった⁉」

「魔方陣も見えました! と言うことは、彼も魔法を使えるということでしょうか⁉」

 ギャラリーとして見ていた命蓮寺一派の一人、青髪の雲居 一輪が白蓮に向かって叫ぶ。

「当然、それも意識しましたよ! 金色の獅子! 古の魔法使い 仮面ライダービーストだぁ!」

 友希はその場で軽く構え、ポーズをとって見せた。

 丸い緑の瞳に顔全体に広がる金色の鬣。左肩には金色のライオンの装飾、全身が金と黒で完成されたシンプルだが力強さも感じるその姿。

 魔力を食らい生物の力をその身に宿す、輝きのライオン魔法戦士! 仮面ライダービースト!

「さぁ! ランチタイムだ!」

「くっ、仕方がありません・・・」

 小声でなにやら覚悟を決めた寅丸をよそに、駆けだして一気に距離を詰める友希。

「はあっ!」

 単純なパンチだが威力はバッチリ、その圧まさに荒ぶる獅子のごとし!

 しかしながらこの隙だらけのパンチをしっかりと槍で絡め防御した寅丸。そのままなぎ払い形成を自分に持っていこうとする。

「はっ、ほっ、せいっ!」

 長槍は遠心力が強くかかり、かつ刃先が自分よりも遠いところにあるので、攻撃の強度や自らの体の一部として扱うことが難しい武器である。にも関わらず寅丸はとてもなめらかで正確な突きを繰り出してくる。

 予想が外れなかなか懐に潜り込めない友希は一旦距離をとることを選択。しかしここでも機転の速さを見せた寅丸が弾幕を鋭い矢のようにして発射、友希を追撃する。

「そっちが武器を使うんなら・・・! はぁっ!」

 迫りくる弾幕を魔方陣により召喚したビースト専用武器「ダイスサーベル」で切り払った。

「いい目よ、来い!」

 この武器はダイスと名のつくように柄の少し上にサイコロの目を模したルーレットが付いており、それを回すことによって出た目に応じてより強い攻撃を放てるというユニークな武器なのである。

『4! セイバーストライク!』

「・・・っ! どこだ⁉」

「上だぁ!」

 弾幕によって巻き起こった土煙を利用し、飛び上がり上部からの奇襲をかける友希。

 再び槍で受け身を取ろうと構える寅丸だったが、攻撃の違いに気づくのにはそう時間はかからなかった。

 フェンシングの槍のように鋭くとがったサーベルの刀身がまばゆく発光し徐々に獅子の形へと変貌してゆく!

 正確には発生したエネルギーが変形し独立して分裂を始めている。

「ふんっ!」

 勢いよくサーベルを振るおろした途端、剣から4匹のライオンが寅丸めがけて至近距離で迫る!

「これは・・、だめだっ!」

 通常の攻撃とたかをくくり甘い姿勢で受け止めてしまったことを後悔した寅丸だったが、案の定すぐに体勢が崩れてしまい獅子の牙をもろに食らってしまった。

 せめてもの策として体をくねらせ転がることで衝撃と威力を緩和させる。

「あら? 少し調子が悪いようですね。星ったら、どうかしたのでしょうか?」

「ギクリ・・・」

 何やら痛いところを突かれ額から嫌な汗が噴き出したのは寅丸だけではなかった。白蓮の隣にいた一輪と、水兵服とその帽子に身を包んだ湖畔の亡霊、船長こと村紗 水蜜も寅丸の異変には気が付いており、その正体も知っていたのである。

「このままの勢いで!」

 そう言って新たな緑色の指輪を装着し、ベルトに接続させる友希。

『セット! カメレオン! GO!』

 今度は緑色の魔方陣が展開され、ビーストの右肩から徐々に包み込んでゆく。

『カカ・カ・カカ! カメレオン!』

 急いで体勢を整え友希を視認しようと顔を上げる寅丸。しかし、やはりと言うべきかそこに友希の姿はなかった。

 経験から直感的に自らの頭上を見上げるがそこにも姿はない。

(くっ! こんなこと、いつもなら何ともないのに! 早く・・ナズーリン・・・!)

「・・・!」

 またしても思案に気を取られていた寅丸は、どこからか飛んできた攻撃を見切ることができずその場に倒れこんでしまった。

 いや、見切れる見切れないの問題ではない。そもそも見えない攻撃だったのだから。

 緑のカメレオンビーストリングでフォームチェンジした、仮面ライダービースト カメレオンマントはまさにカメレオンのように姿を周りの風景と同化させる透明化魔法を得意とし、右肩に顔をのぞかせるカメレオンの顔の口からは虫を捕食する際の細長い舌が相手めがけて鞭のようにしなるのだ。

 よって今の寅丸には避けることはおろか視認することすら不可能と言うわけである。

「はぁっ!」

「・・・っ、これは⁉」

 追い打ちをかけるように何かに縛られるような感覚に陥る寅丸だったが、案の定これも友希の透明化魔法と舌によるもの。

『3! セイバーストライク!』

 どこからともなく表れた小型のカメレオンに周囲を囲まれ、縛られたままでなすすべのないまま飛び掛かりの突進を一身に受けてしまう寅丸。

 いくら小型の動物とはいえ魔法で作り出された、加えて仮面ライダーの力で呼び出されたものであるから当然そのダメージは決して軽くはない。

「ぐああっ!」

 体と舌を同時に駆使した連続攻撃の嵐に、たまらず寅丸から苦痛の声が漏れる。

 その期を見計らってか命蓮寺の瓦屋根の上にて攻撃を指示していた友希が寅丸めがけてサーベルを振り下ろす!

 当然縛られ動けない寅丸はなすすべなくもろに斬撃を受けてしまった。

 舌を巻きつけたまま斬ると無駄に舌にダメージを追うことになるので直撃の瞬間に巻き付けた舌をほどいたのだが、それによって固定されなくなった寅丸は衝撃で寺の門のあたりまで飛ばされた。

「くっ・・まさか、これほどまでとは・・・。完全に侮っていた・・・」

 寅丸はとても意外だったようだが、それは友希も同じこと。

 垣間見た落ち着いた風格と口調、そして自ら戦いを望んできたその気概、どれをとっても強者の予感しかしなかったのに割とあっさりと地に伏せさせることに成功してしまったのだから。

 別にもっと手ごたえが欲しいとか物足りないとか、そんなそこかしこにいる戦闘狂みたいなことは言うつもりはないが、どうしても力の差を感じてしまって変に申し訳なくなってしまうのだ。

 しかしだ。今すでに寅丸が勝機を得ていることに、友希は気づかなかった。

 というのも寅丸が吹き飛ばされて門前に伏したそのすぐ後、寅丸の背後に小さな影が一つ接近した。背後であると同時に土煙も少し待っていたので変身した友希にも気づくことができなかったのだ。

「ご主人、もういい加減にしてくれたまえよ。ほらこれ」

「おおっ!」

 背後を振り向かずとも寅丸にはそれが誰だか見当がついていた。

 彼女を、これを、待ちわびていたのだから。

「ふっふっふ、今までのはほんの小手調べですよ。本番は・・ここからです!」

「えっ?」

 一瞬だった。ほんの一瞬。

 ゆえに友希には理解ができなかった。

 今、自らが地に伏し、天を仰いでいることに。

 そのことを考え出すと同時に後から苦痛が滲んできた。

 一点だけの痛みではなく、まるで大木で全身を思い切り殴られたように鈍い痛みが広範囲にじんわりと広がっている。

「うう・・なんだ! 魔法⁉」

「違いますよ。魔法よりもっと、恐ろしく気高きものです」

 友希が寅丸の姿を再び視認した瞬間、今までとの違いに体が硬直してしまう。

 姿は変わってはいない。しかし、その身からあふれんばかりに発せられている威風。今までとは「大きさ」が違って見えたのだ。まるで巨大な虎ににらみを利かされているような、嫌な汗が噴き出すのを自分で感じ理解することができた。

「いったい、どういうことだ・・・⁉」

『6! セイバーストライク!』

 サイコロにおける最大数の6が出たことにより、最も強力な魔力を得た6匹のカメレオンが一斉に寅丸に向かっていく。

 しかしまるで羽虫でもたかっているかのように右腕でフッと薙ぎ払っただけでそのカメレオンたちはもろとも消滅してしまった。

「・・・・・」

 先ほどとはまるで人が変わったような強さを発揮する寅丸に唖然とする友希。

 その間は友希にはずっと長く感じられ、周りで見ていた者たちのざわめきも聞こえてはいなかった。

 しかしそんなにしっかりと時間を感じられていたということは、すなわち寅丸は友希を眼中に収めるばかりで攻撃をしようとしなかったということ。それは強さによる余裕の表れか、弱々しさなど消え不敵な笑みまで浮かべている。

 何も起こらない状況に体が違和感を感じたか、ふと我に返った友希は急いで別の指輪を取り出そうと腰のストラップに手をやる。

 だが友希も薄々気づいてはいたが、そんなことを寅丸が許すはずもなかった。

「ふっ!」

「ぐぁっ!」

 まるで信託の杖のごとくまばゆく発光する槍は、友希の胸元を的確にかつ強烈に突いた!

 そのまま今度は友希が門前まで転がり突っ伏してしまうのだった。

 そしてその衝撃でカメレオンマントが剥がれ解除してしまった。

「ああ! くそぉっ!」

 痛みと悔しさ、そして混乱に声を荒げながら再び前線に戻ろうと顔をあげ前を向いた友希。しかしすでにそこには寅丸の手に持つ槍の刃が友希の喉を冷たくなぞっていたのであった。

「・・・・・」

 全くである。

 全く勝てる気がしない。

 確かに仮面ライダーの力は絶大。使い手の力量にも多少は影響されるものの、それにしたって手ごたえがなさすぎるのだ。

 目の前にただ仁王立ちで友希を見下ろすこの寅丸 星と言う女性は、先ほど友希が優勢になったタイミングで別人のように何もかもが変わり、仮面ライダーの力が、少なくともビーストの力が全く通用しないレベルにまで強くなったのだ。

 理解しがたいこの状況に友希は、ただただ敗北の濃厚な味をかみしめるのであった。

「おやおや、さっきまでの威勢はどうしましたか? あなたから来ないのであれば私から仕掛けるまでです!」

「・・・・・」

 突き立てられた刃に力が込められていくのが肌で分かった。

「そこまでです!」

 寅丸が振りかぶるよりも前に白蓮が厳しくも慈悲のこもった声で決闘の終結を宣言してくれた。

 その一声で友希はドッと疲れを感じ、自然と変身が解除されていく。

 寅丸も肩の力を抜いて大きく息を吐きだす。

 そして周りのギャラリーたち、命蓮寺の仲間たちは寅丸に、無関係の妖怪たちは興味と賛美で友希のもとへと駆け付ける。

「かっこいい! その腰の、見せてくれよ!」

「君、すごいんだねぇ。まさか寅丸様をあそこまで追い詰めるなんて」

「ははっ、そうすか・・。どうも・・・」

 完全に意気消沈してしまった友希は中途半端な生返事しか漏らすことができなかった。「追い詰められたのは、俺の方なんだよなぁ・・・」そう心に秘めたまま。

 

第二十話 完

 




どうも! 作者のシアンです!
この東方友戦録を綴るにあたり、実は一つ悩みが出てまいりまして。(本当はいっぱいあるのですが、挙げればきりがないので・・・)
今までの20話分を顧みても思うのですが、「東方の元ある設定と仮面ライダーの細かな設定をわかりやすく説明して両立するなんて、無理がある!」と、最近よく感じるようになったのです。
「どちらかを知らない人やどちらも知らない人でも楽しめる作品にしたい」と度々後書きでも口にしてきましたが、それって普通に考えて無理じゃね? と結構マジに絶望してます。
というのもやはり、こちらからお話を提供するにあたり、読者の方々に調べるなどの作業を煩わせるわけにもいかないというのが私の考えにあるのです。そして悩んでいるからこそ最近の話の後書きで「興味のある方は調べてみてください」などと考えと矛盾したことを言い出すようになったのが、もう本当にやるせなくて・・・。

と、いうわけで。
少しずつにはなりますが、お話をもっと友希目線強めで綴らせていただくことにしました。(語りが消えるわけではありません)
つまり友希は幻想郷に入ったばかりでまだ何も歴史や因縁などについて理解していないので、それに合わせて語りも「よくわかっていない風」になります!
とはいえそれで話の本筋がよくわからないのではいけないことは重々承知しています! そこは今までどうり、話数を重ねながら自分の腕を上げてカバーしていきたいと考えています! よろしくお願いします!

さて次回予告です!
次回、寅丸に敗北した友希の次なる相手は、今回もチラッと登場した小さなネズミ!?の賢将!


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第21話 虎の威を握る鼠

命蓮寺にて、正直よくわからないまま虎との勝負を終えた友希だったのだが、なんとそれがなかったことに! 住職聖白蓮の発案により出てきた次鋒は、先の戦いで寅丸を助けたかのように見えた謎の鼠妖怪だった。


「今の戦いはなかったことにします」

 一通りの戦闘を終えて寺の石段に腰を下ろしながら一息ついたその矢先に、変わらずの優しい微笑みを崩さず白蓮がそう言い放った。

「え? 聖、いったいどうしたという―」

「宝塔」

「なかったことにするのがっ! 一番いいと思いますっ!」

 友希共々皆疑問に思ったことを寅丸が代わりに解消してくれそうだったのだが、なぜか聖の一言で手のひらを返し同調してしまった。

 周りにいた命蓮寺の者たちは薄々感づいてはいるようなのだが、少なくとも友希にはさっぱりだった。

「本当に申し訳ありません、一夜友希さん。星は少し頭を冷やす必要があるようです」

 ゆっくりと友希の方へと向き直り事情を説明しだす聖。

 一日を命蓮寺で共に過ごしたはずなのだが意外にも住職である白蓮をしっかりと見たことはなく、こうやって面と向かって話しかけられると容姿端麗で落ち着いた雰囲気の漂うその美しい姿に思わず息をのんでしまった。

「詳しくは言えないのですが、星は「宝塔」という神器が力の源なのです。そしてその宝塔をどうやら今の今までなくしていたようなのですよ。本来それだけでも私から喝を入れる必要があるのですが、あろうことか彼女は秘められた力の一端を人間である友希さんに使ったのですから、看過することはできません」

 そういうものなのだろうか。どうして使ってはいけないのか、宝塔とはいったい何なのか、そのあたりが特によくわからなかったが、とりあえず聞いてもわからなそうなのでここは黙っておく友希であった。

「ということで、どうでしょうか? これから改めて試合を行うというのは」

 正直この提案には乗り気にはなれなかった。

 第一寅丸から理由をつけられて勝負をしたのも、やらなくていいのなら戦いたくはなかったのだ。

 しかも力を見せるだけなら先の試合ですでに完了したと言ってもいいはずなのだが。

 そんなことを考えているうちに、本当はこの聖白蓮が力を試したいんじゃないかという考えに至った友希だったが、白蓮からの提案は・・・。

「こちらからはナズーリンに出てもらいましょう」

「えぇ⁉ なぜ私なんだい⁉ 正直、ご主人の一件でヘトヘトなんだけど・・・」

「うう、申し訳ありません」

 戦いの場に自分ではなく他の人を指名したことにも驚いたが、なぜか提案の答えを待たずに試合をすることが決まっていることにいかんせん納得がいかない友希。

「それでは早速仕切り直しましょうか!」

(この人、見かけによらず結構強引なのかも?)

 自分の考えでグイグイ話を進める白蓮に、友希だけでなく周りの数名も苦笑いを隠しきれていなかった。

「はぁ、仕方がない。ほら人間、さっさと済ませるよ」

 そう言って愚痴を垂れながら戦場に足を踏み込んだナズーリンと言う名の小柄な少女は、背の大きさこそ完全に小学生だが灰色の髪の隙間から生えた丸く大きな動物の耳に、スカートの後ろから堂々とはみ出た同じくピンクの尻尾。それに謎の金属棒を携えたその姿はどう見ても人間ではない。その色合いから恐らくはネズミの妖怪だろうか。

 友希も渋々と再びリングに立つ。

 次に使うライダーの力はもうすでに決めてあったが、準備をする友希にナズーリンは声をかける。

「なあ君。おそらく聖様は私なら無茶なことはしないだろうとお考えになって、私をこの場に立たせていることだろうと思うんだ。しかしだ、私も一人の主に使える者。まあ手前ご主人の失態もあるからね、下手に負けられないのさ」

 あれだけ渋っていたのに随分流暢にしゃべりかけてくると目を見開いて話を聞く友希。

「生憎私は肉弾戦なんて野蛮なことは苦手でね。弾幕のみで勝負するが文句はないよね。手加減もしないよ」

 そう言い終わると静かに特殊な型の棒を二本構え、周りにぽつぽつと光の玉が浮かび上がってくる。

「俺だって子供みたいに小さい奴を思い切り殴れるほど肝は据わってないね」

 以前そんなことがあったような気もするが、自分のことを棚に上げて事を進める。

『ゴーストドライバー!』

 友希の腰にすうっとベルトがまかれていく。それはいつかの橙色の幽霊戦士のものだ。

 構えた目玉の形をしたアイテムのスイッチを押し、ベルトに装填する。

『アーイ! バッチリミロー! バッチリミロー!』

 聞いた感じ怪しな音声が辺りに響き渡ると同時にベルトの「目」の部分から青い線の入った漆黒の幽霊がはい出て友希の周りを浮遊し始めた。

 その中心で深く腰を落としながら構える友希。

「変身!」

 いつもどうり宣言し、ベルト右のレバーを引いて押し込む!

 すると辺りが一瞬暗くなり友希の身体が変化し始める。

 出現した幽霊と同じく真っ黒な素体に何やら心電図のようなギザギザ模様の青い筋が浮かび上がった奇妙なその姿。

 そんな友希の上半身に着こなされる形で先ほどの幽霊が憑依し、その象徴として何もなかった顔面にいかにも切れ者を彷彿とさせるるマスクが装着されるのだった。

『カイガン! スペクター! レディゴー! 覚悟! ドキ・ドキ・ゴースト!』

 冷静な意思と信念の冷気が混じり合い、鋭い瞳が戦場を切る。生き様を語る二本角の亡霊戦士! 仮面ライダースペクター!

「俺の生き様、見せてやる! っていうか戦い様を見せてやる?」

「何で疑問形なんだい・・・」

 ビーストとは全く異なる変身に周りの者たちは様々な表情を浮かべた。

 友希からすればよっぽど変な妖怪たちですら、変身には興味津々な様子だった。

「ふっ。もしかして、この命蓮寺に墓地があるからその姿なのかい? さっきのは聖様が魔法を駆使されるから、それともご主人を意識してのこと? 違うかい?」

「いや、さっきのは意識したけど、これは全くの偶然だ。墓地なんてあったのね」

 こんなふうに一見他愛のない会話ができるほど余裕があるそぶりを見せてはいるものの、少なくとも友希は内心バックバクだった。

 やっと終わったと思ったのにまさか仕切りなおす羽目になるなんて。もう痛いのは嫌なのだ。

『ガンガンハンド!』

 ゴーストの時と同じくベルトの目の部分から武器が出現し、腕の形を模したスペクターの専用武器であるガンガンハンドを手にする。

「ようし! 行くぞ!」

 武器を手に威勢よく突撃していく友希だがこれは誤った選択であった。

 開戦前にナズが弾幕のみで勝負すると言っていたのが、緊張により頭から抜けていた。それにより相手の攻撃範囲内に堂々と丸腰で突っ込んでいる状況になっているのだ。

 戦闘のスタイルや判断は変身者に依存する。その最たる例であろう。

「甘いよ」

 友希の愚行にうろたえることなく冷静に弾幕を集中射撃するナズーリン。

 当然友希は驚いて、一瞬でも足を止めようとするが勢いは止まらず、飛び交う弾幕を一身に受けながら突進を続けるほかなかった。

「うおおおおおっ!」

 とはいえ早速痛い目にあってしまった(自業自得ではあるが)友希も負けてはおらず、ナズーリンの想定していた攻撃量を何とか耐えきり、見事に懐まで到達した友希は思い切り武器の平手部分でひっぱたいた。

「うわっ!」

 実に単純な攻撃だったがライダーに変身した友希のパワーは人間のそれとは比べ物にならない。

 体勢を崩したついでに間合いを取り調節するナズーリン。

 そして友希はそれよりも早く悔いを改め、対策としてすぐさま別の紫のアイコンを取り出し装填するのだった。

『カイガン! ノブナガ! 我の生き様! 桶狭間!』

 出現し友希に着こなされた紫色の幽霊は鎧を模した肩部と後頭部に飛び出たちょんまげに押し出た武将モチーフの姿をしており、まさに戦国時代の魔王『織田信長』の魂と言うだけのことはある。

 新鋭の銃を使いこなす史上きってのカリスマ。仮面ライダースペクター ノブナガ魂だ!

「意味のない変化はありえないな」

 そうつぶやいてやはり距離を取ろうとするナズーリンだったが。

「射撃準備ー!」

『ダイカイガン! ガンガンミロー! ガンガンミロー!』

手に構えたガンガンハンドのポンプを引き、先に付いた開き手を握らせる。そして持ち手の近くにある二本角の眼球を描いたクレスト部分をベルトの目にかざしたのだ。

すると相手に向かって構えたガンガンハンド ガンモードから左右に十倍、上下に三倍の計三十個に分裂し、すべてがナズーリンめがけて銃口を向ける!

「なるほど、君も肉弾戦だけが取り柄じゃないわけだ」

「くらえ!」

『オメガスパーク!』

 一斉に放たれた無数の弾幕がナズーリンを襲う!

 しかしながらこのノブナガ魂に球を曲げるような特殊な能力があるわけではなく、ただただ銃から直線的な弾が飛び出すのでナズーリンには避けることは造作もないようだった。

 見事に隙間を縫って飛襲するナズーリンに友希はなすすべがない。と思いきや、近寄ってきたナズーリンの身体を肩から垂れさがるローブがしっかりと巻き取って捕まえてしまっているではないか!

「しまった!」

 ここぞとばかりに体を大きく使って地面にたたきつける友希。

 さらに地に転がったナズーリンに銃弾の応酬をお見舞いする!

 まるで遊ばれているかのようにはじかれながら転がっていく。

 その隙に友希はまた別のアイコンを取り出しフォームチェンジを行うのだった。

『カイガン! エジソン! エレキ! ヒラメキ! 発明王!』

 銀の身体にアンテナのような角のあるこの幽霊は、前にも仮面ライダーゴーストの状態で使用したエジソンゴースト。差し詰め仮面ライダースペクター エジソン魂と言うところである。

 ちなみにどの幽霊でもゴーストがまとえば額の角は一本、スペクターでは額の角は二本になるのだ。

「これなら簡単には避けられないだろ」

 フォームチェンジしたことでガンガンハンドの銃口からは電流が発せられるようになり、所かまわず電気が走っていく。

「うう・・ご主人の時といい、よくもまあこんなに色々と変わるね」

 さらに友希には予想外だったのだが、なぜかナズがずっと持って離さない謎の棒が避雷針の役目を果たしているようで、ひたすらに電気を集めているのだ。

 これによって友希の攻撃はナズーリンに直撃しっぱなし、ナズーリンは苦渋の表情で耐えるしかなかった。

『ナンデヤネン!』

 ポンプアクションで操作して、銃口の握り手を開き手にする。

『ダイカイガン! オメガフィスト!』

 ナズーリンは電流に耐えながら細目で友希の動向を確認していた。

 ガンガンハンドを天に掲げ、エネルギーが具現化し巨大な平手の形を形成する。

 まるでチョップをするように平手を縦にして、思い切りナズーリンめがけて振り下ろす友希!

 このままではまずいと感じたのかナズーリンは力を振り絞り真横へと緊急回避をかける。

 何にも当たらずに攻撃が地面に衝突したので、轟音と共に土煙が巻き上がった。

「はぁ・・はぁ・・。少しよくないね、これは」

 回避には成功したが疲労の色が隠せないナズーリン。いくら妖怪とはいえ電気を一身に長時間浴びればただでは済まないということらしい。

「最後はこれで!」

『アーイ!』

 最後のダメ押しに新たなアイコンをベルトに押し込む!

『カイガン! ダーウィン! 議論! 結論! 進化論!』

表れたオレンジ色のゴーストは、かつて神の定めた生物の真理に真っ向から疑問を呈し、人類の出生の歴史を明らかにした生物学者 ダーウィンの魂の具現体。

そしてそれをまとったスペクターは、生き物の常識を覆す不思議世界の創造主! 仮面ライダースペクター ダーウィン魂!

「ただでは終われないよ。負けるつもりはさらさらないけどね!」

「いや、もう終わりにしたい!」

 攻撃を仕掛けたのは両者ほぼ同時。ナズーは二つの鉄棒に、友希はドライバーのレバーグリップに手をかけた!

 ナズーリンの周りに一斉に出現した光弾からレーザーが友希を狙うが、目の前に現れた謎の正八面体の結晶がまるでミラーボールのように光線を拡散させて、いわゆる弾幕の美しい模様を描き出す!

 それに対して友希はグリップを操作し必殺技を宣言したとたんから、体がまるで流動する霧のような形状に霧散し、弾幕をものともせずナズーリンを一気に取り囲む!

「ななな、なにあれ⁉」

 今まで友希がやった数々の技を見てきた観客たちだったが、これには一番の驚きを見せたようだ。

「そんなっ⁉」

 友希は霧になっているのだから、どれだけ緻密な弾幕を張ろうともその隙間をいとも簡単にすり抜けてしまう。

 両者が動き始めてから三秒ほどしかたっていない。当然戦況が変わることもない。

ナズーリンの周りを友希が取り囲み、ともども徐々に上空へと上がっていく。

 いくらもがこうとも逃れることのできない橙赤色の濃霧がナズーリンを空中で締め付ける!

『ダイカイガン! ダーウィン! オメガドライブ!』

「うわああああ!」

 これが命蓮寺で急遽始まった力試しの決闘、その終幕の瞬間だった。

 始まる前、過去を思い不安だった友希は、この世界のルールに戸惑いながらも自分だけのライダーの力で見事戦い抜いた。

 虎と鼠、二人の雄姿は友希にも確かに感動と影響を与えたことだろう。

「えっと~、その・・・大丈夫か?」

 そう言って恥ずかしそうに右手を差し伸べる友希。

「・・・問題ないよ。私は、人間ほどやわじゃないからね」

 皮肉にも聞こえたがしっかりと友希の手を取り立ち上がったナズーリン。

 そんな二人に賞賛の拍手が鳴り響く中、微笑みながら寅丸とともに見つめる聖。

 時刻はすでに昼になろうというところ。

 帰らなかった紅魔館のことを思いながら、この一件はこれにて幕を閉じたのであった。

 

第二十一話 完




どうも、作者のシアンです!
第21話でした、読んでいただきありがとうございます!
実は前回で20話まで来ていたんですね。気づきませんでした~。

今回の話は少し短くなってしまいましたが、命蓮寺での戦闘が一区切りつきました。(一区切りと言うことは・・・!?)
やはりまだまだストーリーと戦闘描写が薄いですね~。反省を次に生かしていきたいです。

とはいえこの東方友戦録、まだ始まったばかり。
まだ幻想郷の、或いは幻想郷に住むキャラクター達の紹介パートでしかないのです!
恐ろしいことに、まだまだ交錯する重厚なストーリーを描ける基盤にすら到達していません。
なのでしばらくは今回のような短い話・一つの場所場面でしか事件が起きない話が続きます。しばし我慢ください。

さて次回~。
和む友希。外出する僧侶達。そんな状況を知ってか知らずか、正体不明の存在が牙をむく!


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第22話 正・体・不・明

命蓮寺の方々の満足のいく戦いが見せれたようで、すでに村紗を残して外へ出た住職一行。静かになった寺の中で睡眠をとる友希。そんななか休息などとらせまいと謎の存在が影をひそめ、友希と村紗に近づいていることなど予想だにもしていなかった。


「はい。お茶入れてきましたよ~」

「ああ、ありがとう」

 時はもう少しでお昼時になろうかといった頃。

 寺の外周を取り巻く廊下に腰掛けて、ボーっと正門の方を見つめていた。

 2回の激しい運動を経て心身が疲弊した友希は、船長こと水兵服姿の幽霊 村紗水蜜の淹れたお茶を受け取り一息つこうとしていた。

 今現在この命蓮寺の敷地内には友希と村紗しかおらず、他の妖怪たちは皆帰路に着いたり悩みから解放されて軽くなった心で新たな一歩を踏み出したりと、それぞれ思い思いの行動に移し門をくぐって行った。

 そして住職含む他の命蓮寺の面々は、今日の昼食の買い出し兼布教活動をしに人里へと乗り出していったのである。

 友希はあくまでも客人であり、もてなされる側なので待っていてほしいとのこと。村紗はそんな客人友希に万が一があるかもしれないと残された、いわばボディガードらしい。

もともと今日を含めた2日間この命蓮寺にお世話になる予定だったので、待っていることは別になんら突拍子のないことではない。

ボディーガードが必要だと思われたのも、幻想郷では何が起こるか分かったもんじゃないからであり、外の世界の尺度ではあまり考え至らない発想ではある。とはいえ先ほどライダーに変身して戦闘を繰り広げたというのに心配とは、信用されていないのか潜む妖怪のレベルが異常なのか・・・。

「あー、丁度いい温度」

「そうでしょう。最近肌寒くなってきたましたからねぇ」

「そういう割には随分薄着じゃないか?」

 先ほど紹介したように村紗は水兵の服を身に着けており、半そで半パンといういかにも海に出ようかといった肌寒そうな格好をしているのである。

 そしてこの時期になると誰しもが一度は村紗の服装と体調に対して指摘を入れるのだという。

「でも心配ご無用! 私、すでに死んでるので!」

 見た目から村紗は屠自古のように足がないタイプではなく足のある幽々子タイプの幽霊らしく、ぱっと見では普通の人間と判別がつかない。なのでさらっと死んでいると言われたら余計に実感がわかない。でも幻想郷に幽霊はいるし、実際に接したこともある。

 以前訪問した白玉楼でも、その周囲を浮遊徘徊する複数の霊魂をすでに目撃している。

 寒い・熱いは生に関する環境的触覚なので、すでに死している村紗には感じないというこということなのだろう。そう友希は自分を納得させて「そうか」と生返事を返した。

「いやーそれにしても、貴方のような若者が自分の身を鍛えようと考えているなんて立派なことで感心します。何より命蓮寺を頼ってくれたことがうれしいなぁ」

「行ってみたら?って進められて。ある程度自分の身は自分で守れるようになりたいと思ってな。でも、そうだな。心も鍛えないといけないもんな。ここがそういう場所とは想像してなかったな。」

「命蓮寺は、聖様は信用できますよ!」

 この場所で一夜を過ごしてみてわかったことは、命蓮寺にいる人たちはここの住職である聖白蓮をとても慕っているということだ。

 何かあれば聖に聞けば解決すると誰しもがまず聖白蓮の名を口にするのだ。

 彼女たちの間にいったい何があったのかは友希には知る由もなかったし、引っかかってはいたものの聞いてみようという気にはならなかった。ただ聖白蓮がかなりの人徳者であることは明白である。

思えば紅魔館も地霊殿も高い結束力と主を敬愛する心は持ち合わせていた。他も同じである。

「そうだ! この勢いで、貴方も仏教信じてみませんか?」

「いくら何でもノリが軽すぎるだろ⁉ そういうのはいいや。クリスマスも楽しみたいし、お正月も祝いたいし、美鈴さんの餃子も食べたい」

 クリスマスはキリストの行事で間違いないが、お正月自体はどこの宗教でも祝うし中華が食べられなくなるわけはない。詳しくはもっと細かな分け方を必要とする。

 いずれにせよ友希は自由でありたかった。許される限り信じたいものを信じやりたいことをやりたい、ただそれだけなのである。

「なんていうか、外の世界の・・・と言うより日本っていう国はいささか宗教について怖いものとか危険なものって意識があるんだと思う。実際俺もあんまり良いイメージはない」

「そうなんですね・・・。幻想郷じゃ少なくとも里に住んでる人間たちは宗教を大切にしてる。私たちのほかにも自分たちの宗教を持って広めようとしている派閥もいるし、みんなある一定数の信者さんはいるから、それは世界による風土の違いってことで詰め寄らない方がいいかもしれませんね。もとより強制する必要はないし、強制されるなんてもってのほかですから」

「そうだな」

 命蓮寺のことを聞いた以前から、友希は密かに不安を抱いていた。

 それはさっきも述べたように、国民性からくる特有の恐怖心による不安。さらにそのうえで、幻想郷が外の世界のように現実味に侵されたようなつまらない所ではなく、美しく面白味のある所であってほしいという身勝手な願いも含まれていた。

 しかし友希は村紗の思いを聞いて安心した。聞いただけだが、この世界では宗教があるべき姿を保っているような気がしたから。

「うーん、どうも話が途切れちゃいますね。そうだ! 何か聞きたいこととかありませんか? まだ幻想郷のことを知らないことも多いだろうし、私が分かることならなんでも答えますよ。」

 この村紗という少女、かなり周りに気配りができる。それでもってとてつもなく気さくだ。

 友希も感じていたが言い出せないでいたことを代わりに口にしてくれた。

 そしてそれがうれしかった友希は村紗の提案に嬉々として乗ることにした。

「そういえば、一回目の勝負が無効になったのっていまいちよく理解できてないんだけど、どういうことだったんだ?」

 理由については軽く釈明を受けていた友希だったが、正直分かったようなそうでないようなうやむやな気分でいたのだ。

 この二日間で聖からは何度も色々なことについて説明されたのだが、どうにも難しい言葉が多くて理解はできていない。おかげで体や心だけでなく学力についても鍛えなくてはいけないと、また増えた課題に頭を抱えてしまった。

「ああー、あれね。あれはね、星が持っていた宝塔っていう神具が理解のカギです」

「それってあの、水晶玉に変な傘みたいなのが乗ってた、ネズミの妖怪が渡してた置物みたいなやつのこと?」

「そうそう、簡単に言うとあれは星の力の源なんですよ。最初貴方に勝負を提案した時、星は宝塔をなくしていたことに気づいていなかった。だから初めのうちは貴方でも圧倒できたわけです」

 あの時を思い出すと、声色に表情も相まって星がへっぴり腰だったこともあり、端から見れば完全に弱い者いじめのようだったと友希は顔に手をやった。

「ああなった星は本人とは思えないくらい弱体化してしまって、正直なところ妖精にも苦労するかも。でもナズーリンが宝塔を見つけてきて、それが星の手に渡ったときから急に強くなったでしょう? あれこそが宝塔を持った星の真の力なんですよ」

 それがないと力が発揮できないなんて、それはもはや彼女の力と言えるのだろうか?

「確かにあれはヤバかった。全然手も足も出なかったもん」

 友希の世辞にまるで自分のことのように嬉し顔でうなずく村紗。

「ナズーリンと言えばさ、あの手に持ってる鉄の棒は何なの?」

「あれはダウジングロッドていうもので」

「ああ、ダウジングね! あの宝探しの時に使うやつでしょ!」

「そうですそうです!」

 ダウジングと言うのは主に曲がった二本の金属の棒を用いて金やお宝を発見する捜索方法の一つであり、友希自身ももはや忘れていたほどに古いものである。

 もちろんそれに科学的な根拠は何もない不確定性の高い方法であり、ある種の都市伝説的な扱いをうけるものなので外の世界ではすでに信じる者はいない・・・はずである。

「てことはもしかして、ナズーリンできるの? ダウジング・・・」

「うん、いつもしてるねぇ、ダウジング。よくわかんないけど、できてるんですよねぇ、ダウジング」

 幻想郷にいることがだんだん頭にしみついてきた友希には、そりゃあそうだろうと。、こは幻想郷だからできるのが普通なんでしょうと、何だか普通に自らを納得させることができたのであった。

「そういえばみんな遅いなあ。もうそろそろ帰ってきてもおかしくないはずなのに」

「布教とかもしてるんだろ? これくらいかかるんじゃないのか?」

 命蓮寺は人里よりも妖怪の山に近い場所にあるとはいえ、そこまで人里から離れているわけでもない。

 往復に何か苦労があったとしても魔法やら宝塔やらでどうにでもできるはずである。

 それを考えると少し遅いようにも感じられた。

「まぁいいや、私は少しの間席を外します。墓地の掃除をしなくてはいけないので」

「手伝おうか?」

「お気遣いありがとうございま。、ですが客人を働かせるなんて聖に怒られてしまいます」

 そう言ってそそくさと社内に消えていく村紗。

 友希はその背中を見送り、話に夢中で残っていた緑茶をこれ以上冷めぬようにと一気に飲み干した。

 

 

 

「ん・・・、んん・・?」

 香ばしい魅惑の香に脳を刺激され、何一つ見えない暗闇の中から徐々に覚醒してゆく。

「ああ、寝てたのか・・・」

 確認するようにつぶやいた友希は、おもむろにだらしなく垂らしたよだれを裾でぬぐう。

 そして誰もこの場に見えないことをいいことに大きく口を開け、弱々しい声と共にあくびを放った。

「・・・今何時?」

 友希のその言葉に呼応するように、しゃあしゃあと音を立てながら謎の蛇の型をした機械生命体が手元へとすり寄って、次の瞬間二つ折りの小型端末へと変形を遂げた。

 この水色の生命体の名は『コブラケータイ』。毒を持つ爬虫類であるコブラと一昔前の携帯端末であるガラパゴス携帯、単体で二つの機能を備えた仮面ライダースペクターが主に使用するサポートロボットである。

 いつもにとりと連絡を取る際はこのコブラケータイを介している。そのほうが基本連絡は文でとる幻想郷において各段に効率がいいのだ。

 そんなケータイを開き、画面に表示された現在時刻を確認する。

「もう十二時半すぎてる」

 実は先ほど無意識で無人だと思ってしまった友希だったが、改めて辺りを見渡すと本当に誰の姿も見当たらない。村紗すら見えないし気配もない。

 ただ不気味なまでの静けさだけが命蓮寺を支配していたのだ。

「どういうことだ? みんなは?」

 昼食を買いに行ったはずの住職一行がまだ帰宅していないのも気がかりだったが、友希にはもう一つ気になることがあった。

「この匂い・・・」

 先ほど心地よく夢の世界へと落ちていた友希を引き戻した何かの料理の香りだ。

 誰もいないと感じつつも誰かが料理をしているとしか思えないこの香ばしい匂いがそこにはあったのだ。

「腹へったなぁ」

 ふと周りを散策しようと動き出そうとしたその瞬間だった。

 

ベチャッ

 

「ん・・?」

 木製の廊下に手を置いたにしてはどうにもおかしい感触が友希の右手を包んだ。

「これは・・・カレー・・?」

 なめらかな茶色の液体に黄色橙色と食欲をそそる食材の数々。

 友希の右手に、廊下に付着したそれは、紛れもなくインド発祥の香辛料香る料理、カレーである。

 しかしなぜこんなものがこんなところに?

 それだけではない。ここは仏教徒が心身を鍛えその教えを学ぶお寺だ。そのうえ仏教では無益な殺生を禁じるため、極力質素な料理を食することが基本となっている。であるのにも関わらず何故にカレー。

 インドと言えば仏教の中心地でもあるが、だとしても日本や幻想郷で流行っているものとは一線を画するはず。

この不気味な状況に嫌な予感を感じた友希は、その緊張のおかげで背後から何かが飛んできていたことにすぐに気づくことができた。

「・・・っ!」

 ガシャガシャと耳をつんざくような金属音を立て床や障子に叩きつけられたそれは、一見何の変哲もない調理器具や食器であった。

 中には何かの料理が入っていたものもあり、すべてが無残にもぶちまけられて綺麗だった和室が非常に最悪な絵面と化してしまった。

(何が起こっているんだ? 何が起きているのかは分からないけど、何かおかしなことが起きているのは確かだ)

 この状況をどう聖に報告しようか、どうして食器が飛んできたのか、分からないことだらけでどうしようもなく混乱する友希。

 そんな隙をついてか再び不規則に投げつけられた金物どもに、友希は気づくことができなかった。

「危ない!」

「えっ⁉」

 金物から友希を救ったのは墓地の清掃から異変を感じて戻ってきた村紗だった。

「村紗ぁ!」

「しっかり! まさか正門側でこんなことになっていたなんて・・・。いくら水と言えどあんな大砲のような激流を食らっては、ひとたまりもないですよ!」

「ん? 今なんて?」

 村紗との会話にどこか違和感が感じられる。

「いや水って、鍋とか皿とかが・・・」

 村紗の間違いを正そうと石畳の方を見たとき、そこで初めて今起こっている奇妙な出来事をはっきりと確認することができた。

 辺り一面の空中に所狭しと浮遊する鉄鍋や食器の数々。それだけではなく箸や串、お玉やへらなど調理に使用する台所品が友希たちの方をすでにロックオンしていたのだ。

 この状況にもかなりの衝撃を受けた友希だったが、それにしてもまだ村紗の発言とはつじつまが合わない。

「これって・・ポルターガイストか⁉」

「いやいや、違います⁉ まさか見えないのですか、この天変地異のような荒れ狂う大波が‼」

「はあ⁉ 何言って・・・!」

 友希と村紗、二人の言い分には明らかな違いがみられる。

(まさか、見えてるものが違うのか⁉)

 友希の思考は信じがたい事実にたどり着いたのだが、どうやら状況を冷静に整理するような悠長なことは言っていられないようだった。

「来るよ!」

「くそっ!」

 どうすればよいかは全く分からなかったがとりあえずこれ以上本堂を汚すわけにはいかないと考えた友希は、思い切って食器うごめく広場へと駆け出していく。

「あれ、意外と浅い⁉」

 そんな友希を見て相変わらずおかしなことを言う村紗は、友希が反応をあきらめたので勝手に驚き勝手に納得している。

 特にこの状況を打開する手立ては考えていなかった友希だったが、浮遊する食器たちが移動する友希を追うようにして飛び掛かってくるのを見てどこかに原因となっている存在がいるのではないかと直感的に感じた。

 しかしながらいくら周りを見渡してもそれらしい存在は見当たらず、ただ弾幕と化した食器に翻弄されるばかりであった。

「こうしちゃいられない! 船を出そう!」

「え⁉ いや、船なんか出さなくてもいいって! ていうか出せないって!」

 鋭いツッコミのような忠告をする友希がまるで見えていないかのようにスルーして奥の間に消えていった村紗。

「ああ、もう! どうするんだよこれぇ!」

 訳の分からない状況と言うことを聞かない村紗にいら立ちを隠しきれず大声をだす友希。

 虚しくも辺りにこだまして消えるだけの糾弾に他の人たちの帰りを切望する。

 とここで、友希はまたしてもふとあることに違和感を覚えた。

(そういえば当たり前のように感じていたけど、ポルターガイストにしては弾幕みたいに綺麗にそろいすぎてるような)

 幻想郷における弾幕とは弾幕ルールの下で行われる勝負において使用されるものであり、弾幕勝負とは単に当たった当たってないだけではなく実はその美しさも得点のうちに入っているらしい。

 ゆえに弾幕勝負をしているならまだしも、霊的現象であるポルターガイストが美しさを持つ意味が分からないというのである。

 友希の考えどうりまるで規則的な渦を巻くように鍋や皿が回って、友希へと接近してきているのだ。

「となると、やっぱりどこかに・・・」

 弾幕として操っている奴がいる。

 かなり単純な事実に行きついたが、何もわからないよりかは進展したようで友希は希望を感じた。

 とはいえこの状況を打開する手立てがすぐに思いつくわけでもなく、弾幕の手ごわさにも手を焼いてしまうのだった。

 そうやって頭を悩ませながら体を動かしていたせいか、こんな時になにも食べていなかった友希のお腹がしびれを切らし催促の重低音が鳴り響いた。

「ああ、もう! お腹すいたし・・・!」

 どうすることもできずただ狼狽え無様にもお腹を鳴らしている自分に情けなささえ込み上げてきた友希だったが、この状況に焦らされてかいつもより頭の回転が速くなっているようで、ここで新たな手掛かりにたどり着くことになった。

(・・・そういえば、なんで鍋に料理が入ってるんだ?)

 普段の生活では全然気になることではないが、こと今の状況においては確かにおかしいかもしれない。

 実は浮遊している数々の鍋や食器には全て調理済みの料理が盛り付けられていた。

 それが友希にめがけて次々と投げつけられていたのですでに辺りは料理でベチャベチャになっている。

 しかしそれだけでは何にもつながらないが、友希はそこから村紗の様子に思考を飛ばしてみる。

(村紗は確か大海原がどうとかって言ってた・・・。それは、船長だから?)

 ここでついに友希は違和感の正体に、この状況の打開につながる一手をつかみ取る!

(そういえば、この地面に落ちている料理はチキン南蛮だ。こっちはアメリカンドッグ。これって幻想郷にあるものなのか? もし仮に外の世界で独自に作られた料理だとして、そうなるとこのポルターガイストは、見ている人物の求めているものが反映されるのか⁉)

 このような事実は普通に考えれば信じがたいものなのだが、ここ幻想郷においてはこのようにマンガのような展開が当然のごとく行われ、友希もすでに何度か現実離れした状況を体験していたからこそこの考えに到達することができたのだ。

「そうと分かれば・・・」

 そういってまずは自身を狙う弾幕を先に対処するため、ブレスを通じてあるものを呼び出す。

『ゼンリンシューター!』

 実は友希の右手首に身に着けたブレスレットは変身ベルトだけでなく武器を単体で呼び出すこともできるのだ。

 そして友希が呼び出したのはタイヤを模した形状のものがついた特殊な武器「ゼンリンシューター」と、バイクの形をした真っ青な小型アイテム「シグナルカクサーン」。どちらもまだ見ぬバイクモチーフの超音速ライダー 仮面ライダーマッハの使用するアイテムである。

『ヒッサツ!』

 青のシグナルバイクをシューターのスロットに装填し、どんどんと銃口にエネルギーがためられてゆく。

 しかし当然のことながら意思のない弾幕にはヒーローお約束の相手を待つということは理解できない。ゆえに容赦なく溜めのスキを狙うように友希に突撃してくる。

「くらえ!」

『フルスロットル!』

 自身を仕留めんとする弾幕と化した食器や器具が身にあたる前に上空めがけてトリガーを引くことで青く光る銃弾が射出。そしてその弾が空中で制止した次の瞬間、一気にはじけ飛んで無数の銃弾が雨のように隊列をなす弾幕一つ一つに直撃していく。

 それによってさっきまで空中でうごめいていた食器具たちが一斉に地面へと撃ち落とされ、辺りは食べ物だらけになったがその代わりに空中はいつものように非常にすっきりとした。

「あれ、穏やかになってる・・・」

 どこに隠していたのか村紗は簡易な木船を引っ張り出して舞い戻ってきたのだが、友希が弾幕を落としたことで村紗に見えていた荒れ狂う海原と激しい水しぶきも姿を消し凪へと移り変わったようで、意気消沈を隠しきれず肩を落としている。

 そんな村紗を差し置いて、友希は弾幕がなくなったこの一瞬をついてこの二日間で住職より学んだすぐにできる瞑想のやり方を静かに実行に移す。

 目をつむり心はできるだけ無心に。鼻から息を吸い口から吐くに繰り返し。体中に張り詰めた力を解き放つように抜いていく。

 まだまだ完全には程遠いが、今ここで大事なのは自らの心を可能な限り制御することである。

 見えていた弾幕が全て自分の望むもの、すなわち欲によって変形するのであれば、この状況と仏教は相性がいいと言えるのかもしれない。

「・・・」

 友希はゆっくりとまぶたを開いてゆく。

 何かこの状況を打開する何かが起きてほしいと願いそうになるが、これもある意味では欲望である。ことこの状況においてはあまり考えすぎるとかえって何が起きるか分かったものではない。

 ただひたすらに無心を意識しながら(矛盾しているが)、完全に開眼しスッと辺りを見渡してみる。

 弾幕はすでに撃ち落としてあるのでないのは当たり前なのだが、ひとまずは新たに湧いてきていないことに安堵する友希。

 ただそれだけでは何も変わらない。他の手がかりや異変を見つけるべくゆっくりと見まわしていたそのとき、友希は何者かの気配を感じた。

「・・・! 今、誰かいたか⁉」

 ほんの一瞬だが何かが横切った・・・ような気がした。

 だがそれはまるで幻のように周囲の光景に溶け込み消えてしまったのだった。

 しかしその不可解な正体不明の認知により今回のこの状況の容疑者は決まったも同然だった。

 ならばここからどうするか?

「変身!」

 友希の考えはすでに決まっていた。それを見越してのゼンリンシューターとシグナルカクサーンだった。

『シグナルバイク! ライダー! マッハ!』

 見たこともない別のベルトに同様にバイクの形状をした白いシグナルバイクを装填し、友希の身体が装甲と車輪に包まれていく。

「追跡! 撲滅! いずれも、マッハ! 仮面ライダーマッハ‼」

「・・・何してるの?」

 かっこよくセリフと共にキメポーズを決める友希。

しかしそれが何が何だかさっぱりで呆然とする村紗。

純白の身体に映える赤いライン。顔に装着されたバイザーからは青く輝く複眼がのぞく。この姿こそがゼンリンシューターの正式な使い手でありバイクの力で戦う、いわばライダー! 音速を超え、追跡、そして撲滅! 高速戦士 仮面ライダーマッハである!

「からの~」

 友希の手にはまた別の黄色いシグナルバイクが。

『シグナルバイク! シグナルコウカン! トマーレ!』

 先ほどと同様の操作でベルトに装填すると、右胸のあたりに装着された小型タイヤの部分に外の世界でいう「止まれの標識」が印字された。

 このようにマッハはシグナルバイクの力で標識を切り替えて戦うことが持ち味でもあるのだ。

 そして今はシグナルトマーレを使用した絶対停止の司令官、仮面ライダーマッハ トマーレである。

『ヒッサツ! フルスロットル!』

 再び天に向けてカクサーンの装填されたシューターを掲げ銃弾を打ち出す!

 そして今度は弾がはじける前にベルト天面のボタンを勢いに任せて連打・連打・連打!

『今すぐ! トマーレ!』

 ベルトからの命令が発せられたと同時に上空の銃弾がはじけ飛び、先ほどと同じように辺り一面に光弾の雨が降り注ぐ!

 しかし全く同じ手を使っても意味はない。もちろんベルトのボタン連打による効果を期待した、先ほどとは違うものがこの事態を終わらせるカギとなってくれるのだ。

「これは⁉」

 神社の中から見渡す村紗は、目の前の不思議な光景に思わず驚きの言葉を漏らす。

 それもそのはず、地面に落ちた無数の光弾はその場で地中に目に見えて溶けていくようにじんわりと消え、命蓮寺の境内が黄色の網目模様に染め上がっていくのだから。

「これならもう・・・」

 友希の考えは見事に成功した。

 トマーレの力はその名の通り対象の動きを完全に封じてしまうこと。先ほどの連打はベルトに装填されたシグナルバイクの力を増幅させるための行為であり、それによってより強力かつ広範囲なバインドを仕掛けることができるようになったのだ。

 そのおかげでたとえ地面に接していなく空中を飛んでいたとしても、カクサーンの力でこの空間一帯にトマーレの力を拡散させることができた。

 そしてすでに成果は友希と村紗の目にはっきりと映し出されていた。

「ううっ・・、動けない・・・⁉」

 そこには空中で制止する黒髪少女の存在があった。

 いったいどんな奴が幻影なんてものを使用しているのかと思ったら、割と普通な子供が出てきたのではっきり言って拍子抜けだった。

 だがその背には随分と奇妙な形状をした赤と青の羽?のようなものが生えているのでおそらく人間ではないのだろう。

「ああっ! ぬえ!」

「え⁉ 知り合いか⁉」

 知っているのならなぜ思い出せなかったのか。今日あまり役に立っていなかった村紗に対しどうしようもない気持ちになった。

「あ~あ、見つかっちゃった。もう、何なんなのよこれぇ!」

 いかにも悔しがっていそうなセリフを吐く黒い少女だが、その表情と態度からは反省の色はうかがえない。

「悔しいのは私も。何故わからなかったんでしょうか?」

「おっ! それは私の能力に深くまで侵されていた証拠ね。疲れてたんじゃないの?」

 ぬえと呼ばれるこの少女の能力とは、先ほどから見せられていた幻影のことだろうか。

「んで、こいつは?」

 しびれを切らした友希は話に割り込む形で正体に迫る。

「彼女は封獣ぬえ。私たちはずっと彼女の『正体を分からなくする程度の能力』にまんまと惑わされていたわけです」

「正体を・・分からなくするぅ?」

 能力の名を聞いてもいまいちピンとこない。

 友希の結論では幻影は見ている者の欲しているものになって映るはずなのだが、正体がわからなくなることと関連が見つからないしそれ自体も意味がよくわからなかった。

 そんなとき丁度待ち望んだ人たちが帰還したのだった。

「生物は皆何らかの手段で物体の正体を突き止め、納得し、そこからどうするかを初めて思索することができるもの。ですが理解すべき対象となるその物体が自らの意思で自らの正体にたどり着けなくするすべを持ち合わせていたのなら、知覚しようとする者は自らの精神の中で最もそうであってほしい都合のいいものへと認識を書き換えるでしょう」

「聖さん!」

「聖! いったいどこへ行っていたのですか⁉」

「いえ、昼食の買い出しに赴いていたのはその通りなのですが、少し予定が狂ってしまい・・・」

「実は、聖がついでだから途中で在家の訪問に行きたいと言い出して・・・」

 後ろから説明不足の聖を助けるように補足する寅丸。

 その間聖は恥ずかしそうにうつむき頬を赤らめていた。

「本当にすみません。在家さんのことを考えるといてもたってもいられなくなってしまって。今すぐ昼食を準備しますからあともう少し待っていてくださいね」

 あまりにも菩薩のような人だから、そこにいるという事実だけでこの場全体が大いなる安心に包まれているように感じる。

 友希の心にも安心感が満ちていくのだが、そのせいで何か忘れているような気がしてならない。

「・・・そろり・・・そろり」

「ぬえ、お説教はその後ですよ」

「うっ・・・。ちょっとからかってみただけだって!」

 特性上悪用のしやすそうな能力であり使いこなしているようでもあったので、どうにも初犯とは考えにくい。

 みんなもそれが分かっているのか特にぬえの弁解に耳を貸す様子もなく、ただ空中にさらされ冷ややかな目を向けるだけであった。

「・・・ごめんなさい」

「・・・・・」

 そんなぬえを見据えながら友希は自身の変身を解く。

 するとシグナルバイクの効力も消え、ずっと空中だったぬえは自由に飛ぶことを忘れ地面へと真っ逆さまに落ちたのだった。

 いくら幻想郷に慣れてきたとはいえまだどうしても当然のような軽いノリには違和感を感じてしまう友希だったが、その感覚を養っていくこともある種友希の望んだ「幻想郷で生きていくための修行」の一環ととらえることもできる。

 そうやって友希はいつもと同じく自身を納得させるとともに同時に鼓舞する。

 今日もまたいろいろと苦労のあった友希に、ベルトは予期していたかのようにすでに組み込まれたねぎらいの言葉を口にするのだった。

『オツカーレ』

 

第二十二話 完




どうも、作者のシアンです!
第22話のご閲覧ありがとうございます!

今回の話もまたまた命蓮寺回でした。三話連続同じ舞台で話が繋がっているのはフランの時以来ですね。(多分・・・)
今回は正体不明の妖怪「封獣ぬえ」が登場しました。自分の中では結構解釈の難しい能力の持ち主で、どう話を展開しようか迷いました。その割には簡単に終わってしまった感がありますが・・・。
やはり舞台にしろ登場人物にしろ、絞りこみ過ぎると話が薄っぺらくなってしまうんですね。とはいえ友希視点では十分大変な出来事が起こっていて波乱万丈なので、決して友希の人生が薄っぺらいわけではないので、そこのところはよろしくお願いします。

さ~て、次回の東方友戦録は~?(サ○エさん風)
舞台は山奥の温泉地! 何故やら呼び出された友希男一人! ムフフな展開!? 否!
突撃あなたのご正体~で襲い来る、騒がしい彼女は鴉の天狗の新聞記者!? 
乞うご期待!


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第23話 幻想を駆ける文

ある日、親愛なるメイド長から友希へと告げられたミッション。それは非力な少女たちをよからぬ輩から警護するという超絶重要なものだった! 頑張ったご褒美などない・・・かもしれない! しかし友希は立ち向かう。身勝手な要求に、飛んで火にいる何とやらに! 漆黒の夕闇の中で、漆黒の彼奴と。いざ尋常に、友希、初めての弾幕勝負!


紅魔館の朝は早い。

 友希はいつも早朝五時にコブラケータイのアラームでたたき起こされる。

 外の世界にいた時は高校生になってから少し遠方の高校だったので、登校に一時間ほどかかっていたこともあり朝の六時に母親に起こしてもらっていた友希。

だがここ紅魔館ではさらに一時間早い起床が求められる。

 紅魔館で働き始めた当初もあまりに早い目覚めに慣れず何度も咲夜に起こされていたが、今となっては二度寝の誘惑に対しても自制が利くようになってきた。

「おはようございます! メイド長!」

「はい、おはようございます、友希さん」

 いったいいつから起きていたのか。すでに平常運転でキッチンに立ち朝食の準備に取り掛かっていた咲夜にあいさつを交わし、友希はいつもどうりの業務に取り掛かる。

 やるべきことは山積みだ。

正確にはやることは少ないのだが、敷地の大きさゆえにかなりの労力と根気を必要としているので結果的に事を急く必要があるのだ。

とはいえ友希はまだ働き始めて約二カ月程度の新人執事。任される仕事は草むしりや館内の掃除、あと能力を買われてフランの遊び相手になることくらいの簡単な?ものである。

「まずはみんなにあいさつを・・・」

 「紅魔館で働く以上は」という程度の品のある振る舞いや礼儀もメイド長直々に指導してもらった。これもその一環である。

 手早く作業に取り掛かってしまおうとキッチンを出て廊下を進もうとしたとき、何かを思い出した咲夜が友希に声をかけた。

「すみません、友希さん! あなたにお願いしようと思っていたことがあったんでした」

「え、咲夜さんが、俺に?」

 別に何か変な期待をしていたわけでは断じてなかったが、いつもたいていのことは自分でこなしてしまう咲夜が自分を頼ってくれているという事実に、驚きながらも光栄な気持ちでいっぱいになった友希。

「はい、実は・・・」

そう言って遠慮しがちに咲夜は話し始めたのだが・・・。

 

 

 

「で、なんで俺が見張り役なんですかぁ~⁉」

「すみません~!」

 時刻は夜の九時半頃、二人はとある山の山中にある温泉へと足を運んでいた。

 周りは木々や岩石に囲まれ誰も寄り付かない、いかにも秘境と言った感じの場所である。

 そんな場所で友希は目的の温泉にありつけることはなく、なぜか岩壁を挟んで温泉につかる咲夜のために見張り役をさせられていたのであった。

 しかしながら最初から咲夜と混浴などという神イベントは夢幻にすぎないということくらい分かりきっていたこと。問題はそこではなく、なぜ敢えて一緒に入れない友希をわざわざ連れてきたのかということ。代役なら他に山ほどいるはずなのに。

 その秘密は他に温泉につかっている少女たちが知っていることだろう。

「仕方がないじゃない、いくら山奥の秘湯とはいえどんな不埒な輩がいるか分かったもんじゃないもの。こんな無防備な状態じゃ何もできないわ」

「そうだぜ? 女の花園に男であるお前を入れるわけにはいかない。混浴なら他をあたるんだな」

 岸壁を隔てた先でゆったりと湯船に足を延ばしながらつかる霊夢と魔理沙。それと申し訳なさそうに端で妖夢も湯につかっていた。

「でもさすがにこれだけで帰れってのは無しだろ?」

「本当に申し訳ありません。後で私が代わりに見張りに徹しますから」

 自分から誘った手前、友希があしらわれるこの状況をよしとしない咲夜がすかさずフォローを入れる。

「そうか。でも私と霊夢はお先に帰らせてもらうぜ? こう見えても私たちは忙しいんだ」

「そうよ、巫女さんは夜もお勤めがあるんだから」

「私も今日は霊夢ん家でゆっくりするというお勤めがあるんだぜ!」

「全然暇じゃないでしょう。少なくともこうやって温泉でゆっくりできる余裕があるうちは」

 咲夜の普通のツッコミに白けたような顔をする魔理沙。

 朝に咲夜から提案されたのはこうだ。

 以前魔理沙が箒で空を徘徊してた時にこの温泉を発見し、その話が魔理沙から霊夢、霊夢から咲夜と伝わっていきそのうち皆で行こうという話になっていた。そしてここにいるメンバーが集まった時点で霊夢が友希を呼んで来いと咲夜に言ったらしく、それを受けて友希にどうかと持ち掛けた。それから今に至るというわけである。

「私も、幽々子様がお待ちになっていると思いますので・・・。すみません、友希さん」

 若干弱々しい声色で申し訳なさそうに謝る妖夢。とはいえ従者なので霊夢や魔理沙よりは納得のいく理由だ。

「おいおい、みんな薄情だなぁ」

「真っ先に帰ると宣言したあなたが何言ってるのよ」

 またの昨夜の指摘に魔理沙はわざとらしく舌を出しておちゃらけて見せる。

「全く・・・。それで、アリスはどうするの?」

 咲夜は魔理沙とは反対側の、霊夢の隣に座っている見かけぬ金髪の女性にも確認を取ろうと話を振った。

「そうねぇ・・・」

 その女性はしばらくうつむき何かを思案した後、落ち着いた様子で答え始めた。

「私もお暇することにするわ。明日のお茶会の準備をしないといけないし、頼まれたことも特に問題はないと思うから」

 友希はこのアリスと言う女性とは初対面であり、もちろん話したことはない。ここに着いた時もろくに話すらできなかった。岩陰の奥に入って行く咲夜たちの隙間から短めの金髪が見えただけであった。

「でもさ、見張り役なら俺じゃなくてもよかったんじゃないの?」

「それは私も思ったわ。なぜわざわざ彼なの?」

 友希の発した霊夢への疑問に咲夜も乗っかる。

「それは、私にも少し考えがあるのよ」

 いまいち的を得ない解答に友希も咲夜も首をかしげた。

「あなたもいつも手を焼いている奴じゃない?」

 すでに感づいているのか、アリスが咲夜に向かって助言を放つ。

「・・・お嬢様?」

(言っちゃったよ‼)

 おそらくこの場にいる全員がそう思ったことだろう。

「みょん・・・、聞かなかったことにしましょう」

 妖夢の考えにも全会で一致である。

 そんなこんなで他愛もない話をしていると、突然ふわりと友希の肩に黒い羽が落ちてきた。

 湯船の中にも落ちてきたようで、一同の会話がピタリと止む。

「ほら、うわさをすれば・・・」

「・・・・・」

 霊夢たちはいったい何が起ころうとしているのか見当がついているようで、この場が重厚な緊張感に包まれる。

 対して何が何だかよくわかっていない友希は座り込んだまま制止し、大きくかたずを飲んだ。

「はじめまして‼」

「うおわあああああああああ‼」

 以前にもあったように突然の背後からのドッキリに、またしても情けなさ過ぎるへっぴり声を轟かせ、それが虚しく夜の山にこだましてしまう。

「あやや・・・そんなに驚かれると、こちらとしましても妖怪冥利に尽きますねぇ」

「ななな、なに⁉」

「やっと現れたわね」

 霊夢たちの何かの予想は見事的中のよう。

 友希の目の前には一人の黒髪の女性がたたずんでいた。

 白い無地のシャツに椛の模様をあしらった黒いスカート。手には一台のカメラを持ち見た目は普通の人間のように見える。しかし自身で言ってもいたが友希には彼女が人間ではないことは一目瞭然だった。

 なぜなら彼女の背中には大きな漆黒の羽が広げられていたから。先ほど落ちてきた羽も彼女のものだったのだろう。

 さらに頭の上に乗せた装飾と履いていた真っ赤な高い下駄からその種族までもが情報として見て取れた。

「もしかして、天狗?」

「おお! なかなかいい勘をお持ちで。さすがは『突如幻想郷に現れた新星』とうわさされるほどのことはありますね!」

「俺、そんなふうに言われてんの⁉」

「得意の脚色よ。気にしなくてもいいわよ」

 霊夢の冷たい返しをまるでものともしていないように、不気味なまでにスマイルを崩さない天狗の少女。

「なるほどね。なんだか霊夢の考えが分かった気がするわ」

 そうつぶやいたのはアリスだ。

 対して妖夢は全くわからないので、はっきりしてと霊夢とアリスを急かす。

「事の発端は魔理沙だったの。私の知らない所で魔理沙が、秘湯の情報をそこのブン屋(鴉天狗の少女)から受け取った。その情報が交換条件だとはつゆ知らずにね」

 霊夢はさも当たり前のことを話しているかのようにすました顔で解説を始める。

「ほうほう、それで?」

 天狗の手口の話を興味深そうにうなずき聞いていたのは、意外なことに当の天狗本人であった。

 先ほどから随所に見受けられる、言葉ほど中身のない発言や固定された仮面のような笑顔。

 そのほか数々の点においてこの天狗女の軽い性格が透けて見えるようだと友希は思った。

「それを知った魔理沙は私に泣きついて来たってわけ。それでもって今度は私から友希の情報を渡したのよ」

「囮みたいでなんか嫌だぞ」

 霊夢にその気があったのかなかったのかはわからずとも、少なからず友希の気分は良くない。

「ちょっと前にブン屋が来たとき、彼への取材を渋っているのは聞いていたからまだ面識がないというのは想像がつく。だから好都合だと思ったのよ。でもだからってここで取材がしたいだなんて、思ってもみなかったわ」

「ふむ、確かに前々から友希さんには興味がありましたからね。どうにも最近嬉しくも喜べない話題が多くて、思うように取材の日程を作れませんでしたから。しかしだからといって絶対に友希さんでなくてはいけない理由もないですよね? 私も含めてあえてここに来るように仕向けたとか?」

 天狗の意見はもっともだ。

「あんたも知ってるんじゃないの? そいつの「力」のこと・・・」

 この幻想郷の住民たちはどうにも回りくどい言い回しが好きなようで、いまいち話が分かりにくいことがたまに傷だと友希は常々考えていた。

 しかし今回は霊夢の言いたいことが分かったような気がしたのだ。

「つまり、俺が追い払えと?」

「そういえば、私はまだ見たことないわね」

 壁を隔てた湯船の中にいるので顔は分からないが、どうにも他人事のように冷静に分析をするアリス。

 友希自身この世界の住人の勝負に対する貪欲さを幻想入りしてから嫌と言うほど見てきたので、ある程度予想ができたのだろう。

「なるほどなるほど! 確かに興味深いですねぇ、確か「ライダー」でしたか?」

 友希のライダーの力の話題になったとたん今まで以上の絵にかいたような笑顔でグイっと距離を詰めてくる天狗。

「ああ、うん。そう・・だけど」

「ああ失礼しました。私の名前は射命丸文、幻想郷最速にして幻想郷一の「文々。新聞」の記者兼編集長をしています、しがない鴉天狗です! 以後お見知りおきを!」

 ただの自己紹介だというのに爆速のマシンガントークでまくし立て、友希に対して意見のスキを与えない。

 相手の話が終わった瞬間をついて話始めようと友希は前に出るも、文はすぐさま霊夢たちの方へと姿勢を変え問を投げかけた。

「それはそうと霊夢さん。あなたの策には決定的な欠点が存在しますよ」

「・・・敢えて聞くわ、その欠点とは?」

 無視されたこともあり友希は仏頂面で会話を傾聴する。

 策のカギにされた友希はその欠点についていち早く気付き、先ほどから伝えようとしていたのだ。

 そんなこととはつゆ知らず、文は問題の欠点について言及する。

「この方、一夜友希さんが私と勝負し勝利することが前提とされている点です。それもあなた方が退却する時間が確保できているのもいささか疑問ですよ。たとえ友希さんが私についてこれるような存在だったとしても一瞬で事は済むでしょう」

「ていうかなんで俺の名前知ってんだよ」

「これ、あなたの名札です」

 文の手には外の世界の制服についたまま使っていたプラスチック製の名札が握られていた。

「いつの間に・・・⁉」

 友希に近づく瞬間はあったものの、いったいいつ取られたのかはおろか取られた感覚すらなかった。

 どうやったのかはわからないにしても、それが文の強さとして現れているようで友希の鳥肌が立つ。

 さらには言動だけでなく顔からもその自身の高さが見受けられる。

 先ほどの文自身が行った自己紹介での言葉、「幻想郷最速」。羽があることや天狗であることから飛翔することは容易に想像がついたが、博麗の巫女やその他の手練れたちが同席するなかでわざわざ自らを幻想郷一と名乗るということは相当自信があると読み取れる。

 しかも友希にとって恐ろしいのは、幻想郷における一番とは全く想像できぬ計り知れないものの可能性が十分にあるということである。

 ただでさえ常軌を逸した者たちの存在に埋もれて過ごす友希は、幾度となく目の前で起こる異常な光景を目の当たりにして感じていたのだ。考えることはもはや意味のない行為だということすら。

 実際魔理沙のように人間でありながら魔法を操る存在がいることが妙に説得力を増している。

 しかし友希は、意外にも希望を見出していた。「もしかすれば、この状況を乗り切れるかもしれない」と。何よりあからさまになめられているのが、それが仕方がないとしても癪だった。

「あまり友希さんをなめていると痛い目を見るわよ?」

 嬉しいことに咲夜が友希の肩を持ち、実力を認めてくれているように言ってくれた。

「う~ん、私としても見た目や種族で軽率に判断することは避けたいのですが、なにぶん私にも天狗であるというプライドがありますからねぇ・・・」

「大丈夫よ、もし負けても後で私がひねるから」

「じゃあ俺ますますいらねぇじゃねぇか」

 霊夢の言葉にどうも遊ばれているような気がして心境が晴れない。

 もはやこの場に仲間などいないのではと疑いの念さえ湧いてくる。

「それはそうと何で勝負するんです? 私は特に肉弾戦を交えてもらっても構いませんが・・・?」

「いや、弾幕勝負でいく」

「・・・!」

 意外な答えに友希以外の全員が一瞬止まった。

 友希は今まで弾幕を張れないから変身して肉弾戦主体で戦うことを選択してきたというのに、ここにきて幻想郷共通のルールである弾幕ごっこ形式を自ら選んだというのだから。

「友希さん、本当に大丈夫なのですか?」

 さすがに心配になったか、咲夜は岩の壁越しに心配の目を向ける。

「分かりません。でも可能性はあります。それに、いい加減この世界のルールで戦えるようにならないとよくないと思いますから。できるかどうかわかりませんけど・・・」

 そういって友希は近くの袋からもはやおなじみのゲーマドライバーと濃紺のガシャット「バンバンシューティングガシャット」を取り出す。

 このセットは味を占めた紅魔館の妹吸血鬼フランドール・スカーレットによってしばらく私物化されていたものだが、ここに来る前に何かあってはと思い念のため取り上げておいたのだ。

 その際案の定機嫌を悪くしたフランに付け狙われ、今日はもはや仕事にならなかった。

「お手並み拝見と行きましょうか」

 これから戦おうというのにまたしても文は不敵な笑みを浮かべる。しかもなぜかカメラを片手に構えている。ナメているのだろうか。

『バンバンシューティング!』

 例のごとく友希の背後の温泉上部に大きくディスプレイが浮かび上がり、画面にはポリゴン調の狙撃手と銃弾によりひび割れる演出が映りだす。。

 さらに友希は袋から二つ目のオレンジ色の新たなガシャットを取り出した。

『ジェットコンバット!』

 後ろのもう一つの画面には凶悪な笑みと牙がペイントされた戦闘機が風を切ってこちらに向かってくる様子が映る。そしてその中からそれとうり二つの顔をしたロボット「コンバットゲーマ」が飛び出してきた。

 『ジェットコンバットガシャット』は、上空を飛び回る敵戦闘機が放つ弾幕を避けつつミサイルや機銃で撃ち落とす、いわゆる戦闘機シューティングゲーム。つまり幻想郷のルールである弾幕勝負にうってつけの能力を秘めたガシャットと言えるのである。

『ガッシャット! ガッチャーン! レベルアップ!』

 変わる体、合体するゲーマ、鳴り響く変身音と共に辺りが灯りに照らされる!

『ババンバン! バンババン! バンバンシューティング!』

『アガッチャ! ジェット! ジェット! イン・ザ・スカイ! ジェット! ジェット! ジェットコンバット!』

 通常の仮面ライダースナイプの濃紺スーツの上から上半身にオレンジを基調とした装備が付き、背中には両翼が装備され顔面には情報を映し出すためのバイザーが見受けられる。

 ちなみに通常のスナイプは右目が黄色い眼帯で隠されているのだが、この姿の時にはそれが上に上がり両目ではっきりと見ることができるようになっている。

 鋭き光弾は地上だけにとどまらず、天空をも制する! 驚異の射撃能力で全ての敵を殲滅する高速の始末屋 仮面ライダースナイプ コンバットシューティングゲーマー レベル3!

「そうですねぇ、まずは飛べないことには話になりませんよねぇ!」

 生き生きとして言い放った文は勢いよく地面を蹴り、轟音と爆風を起こしながら上空へと飛び立つ!

 変身した友希さえ勢いがすごすぎて思わず目を背けてしまった。

「緊張してる暇はないな、やるしかない!」

 意を決した友希も全身に力を籠め、ジェット噴射によって一気に空へと舞い上がった。

 必死に文を追いかけようとする友希。

 装備されたユニットがうなりを上げるが、空を飛ぶという感覚がつかめないまま実戦で慣れるしかない。それも今すぐに。

 まるで補助輪を外したての自転車練習のように慎重に体重をかける。それでもって超速で飛び回る文についていくため、目の前に表示された画面を目で追い確認する。

「ぐうぅ・・すごい圧・・・」

 変身した時の装備にはほぼ必ずと言っていいほど変身者を外の環境から守るシステムが組み込まれている。そしてこの装備も例には漏れていない、はずなのだがそれでも襲い来る風圧に全身を殴打されているような感覚がある。

 それを変身していない生身で、友希以上の速さで飛ぶ文はやはり只者ではないとつくづく思い知らされる。

 そんな相手への賛辞を心でつぶやいたのもつかの間、真ん前から無数の隊列を組んだ光弾が迫ってきていた。

 そう、友希が今臨んでいるのは初体験の弾幕勝負にして、この世界に生きるうえでの戦いのルール。弱音を吐いている場合ではないのだ。

 顔面の分析機器で弾幕の規則を瞬時に割り出し、マーカーが付けられるおかげで自分の姿を俯瞰で見ることができるため、幾分かは避ける難しさは減っているように思える。

 それに加えて飛行について、まだ触ったばかりだが弾幕を避けているうちに割と直感的な操縦で方向や感覚を制御できると分かった。

 それが分かっただけでも友希にはかなりこの勝負が楽になった気がした。

「ほう、なかなかやりますね・・・。では、これではどうですか!」

 異種族である天狗の気合に脅威を見た。

 何もない空中であるはずなのに空気を蹴ってさらに1・2・3段階ほど加速したのだ。

 あくまで目測ではあるが、明らかに生物でこの速さで動けるものは他にいない。生身ならばなおさら風圧がかかること間違いなしである。

 弾幕を放つときはある程度スピードをうまい具合に緩めているようだが、それでも友希にとっては異次元であった。

(ここではみんな、こんなすごいことを普通にやってんのか)

 戦いの真っただ中だが絶望ともとれる感情にわからされてしまった。

「・・・正直見くびってたぜ」

 文の速さにというより友希がそれに懸命についていけていることに興味津々な魔理沙。

 確かに友希は文に必死に食らいついている。不格好かもしれないがそれでも文の後ろにいるのは友希本人に違いないのだ。

 いつも紅魔館への取材という建前で侵入を図る文と勝負になることもある咲夜は、もちろん文の速さとそのすごさは嫌と言うほど経験している。だからこそ変身しているとはいえ友希がその領域に達していることがうれしくもあったよう。

 おそらく何らかの魔法を駆使して温泉の水面に二人の弾幕戦を映し出しながら、それを見て会話をしているよう。

「あの、一夜友希だったかしら。本当にただの人間?」

 変身はおろか素顔すら始めて見たアリスは、最も友希との付き合いの長い咲夜に疑問を問いかける。

「ええ、そうよ。あの力、あの姿こそ友希さんのもたらした特別なもの。まぁ、妹様も使っていましたが・・・、うまく使えていたわけではなさそうだったわ」

「・・・彼が特別凄いわけではないでしょう。確かに人間としてのポテンシャルは目を見張るものがあるけれど、それも幻想郷ではそこまで珍しいものではないはずよ。ただ、そういう普通はずの人間が特別感もなく湧いてくるのが、私はあまり良くないと思うわ」

 雲一つない夜空には、満天の星空と美しく光り描く弾幕が飛び交う。

 ただし今見えている弾幕はすべて文のものだ。

 勝負と言うからにはやられっぱなしではいられない!

「今度は俺の番だ!」

 紹介の時にも述べたとおり、戦闘機シューティングは飛び回るだけにあらず。

 背面のユニットから伸びた配線の先、友希の両腰には重装備のガトリングガンが吊られている。

 上部に向かって突起した持ち手兼トリガーをがっしりとつかみ取り、文に向かって問答無用でぶっ放す!

「うわっ・・とぉ!」

「はあああああっ!」

文や他の人物たちが放っていた弾幕とは連射の速度と放たれる光弾の速さがまるで異なっている。

仮面ライダーの装備や能力は姿によって大きく偏っているものの、その威力は爆発的なものがほとんどである。

そしてこのコンバットシューティングゲーマーも例には漏れず、とてつもない飛行能力と制御力、そして一番は二つのガトリングから繰り出される超威力・超弾数の光弾。その数なんと毎分5,400発!

「飛べるだけでなく弾幕も打てる! まさにぴったりの姿だな!」

 威力に目のない魔理沙は湯船の中でバシャバシャとしぶきをあげながら嬉々として観戦していた。

「ええ、でも。あれは「弾幕」じゃない」

 霊夢の言う通り弾幕とは光弾で模様を描き相手を包む「幕」を形成して攻めていくことを言うのだ。

このままでは友希の光弾はただの直線連射である。

 霊夢たちの言いたいことは友希にも分かっていた。というより、このままでは勝利することはおろか弾を当てることもできないだろう。

 そこで友希はこういう状況ではどうすればいいのか、今まで仮面ライダーやスーパー戦隊、さらには数々のマンガやアニメを見て培った戦い方や状況打破の方法を頭の中から呼び起こす。

 そして数多ある考えからある一つの考えにたどり着く。

「行くぞ!」

『ジェット クリティカルストライク!』

 スピードを上げた文に食らいつかんと友希も一気に速度を上げ、それに加えて体をくねらせて空中でドリルのように回転し始めた!

 さらに先ほどまでまっすぐに文を狙っていたガトリングガンの銃口を回転する友希の外側に向けることで、まるで風車のように線を描きながら無数の光弾がまき散らかされる!

 その姿はまるで水中で渦を巻き起こしながら突撃してくる魚雷のよう。

「無茶苦茶・・ですが、凶暴!」

 文も思わず口にしたが、規則性のある「弾幕」を張れてはいるものの威力や方向がしっかりと定まっておらず、まさに自滅覚悟の特攻とでも言わんばかりの勢いである。

 それに加えその凶暴さを裏付けるものの一つとして、武器から放たれる弾幕だけでなく背面の小型格納ユニットから射出されたミサイルまでもが別で文を追尾し襲いかかっているのだ。

「くっ・・当たれ! 当たれよ!」

 しかしどれだけ弾幕を撒き当てようとしても、まさにゲームをしているかのようにスレスレのところでかわされ続けてしまっている。そのもどかしさが友希を焦燥感に走らせる。

「あれは、完全に文に遊ばれているわね・・・」

 やはり経験値が違う。

 アリスはもちろんのこと、その場にいた他の全員が友希と文の弾幕勝負を見てそう感じていることだろう。

 しかしこうやって遊ばれている間にも友希の心の中で一つ、文の戦い方について引っかかることが新たに生まれていた。

(あいつ、何でさっきからあんな変な動きしてるんだ?)

 はっきりと確信めいたものは何もなかったが、友希から見て文の動きにはどうにも無駄が多いような気がしてならなかったのだ。

(そろそろ気づいたください、友希さん!)

 友希の疑問が色濃くなってきたのと同時に、経験者の咲夜にもとある勝機が浮かんでいた。

 友希の指摘どうり文の動きを客観的にかつ全体的に見てみると、文はまるで雷を描いているように波打って動いていることが分かる。

 そうでなくとも確実に一定の度合いで角度をつけ方向を変えているのだ。

(ただ遊んでいるだけか? いや・・あいつは必ず俺の弾幕から逃げる方向にカクっと曲がっている。多くて三回・・・。避けるだけなら一回で事足りるはず・・・)

 弾幕が飛び交っているとはいえ友希の思考する時間は十分にあった。

 そして友希はある一つの結論に至った。

「・・・? 弾幕が止んだ?」

 騒がしかった夜空に再び静寂がよみがえった。

 急な出来事に不審に思い友希の方を確認する。と思ったら光弾が申し訳程度に飛んできて文の羽をかすめる。

「なんです・・? 何かおかしい・・・」

 唐突かつ意味不明な攻撃に若干戸惑いながらも、文は避けるため進行方向を変えようと体勢を整えだす。

「今だ!」

その瞬間友希は掛け声とともに全エネルギーを一気に高め、文に向かって急激に詰め寄る!

 当然驚いた文は同じように空中を蹴りながら友希を振り払おうと考えた。・・・がしかし!

「えっ⁉」

 気づいた時にはすでに友希は文のすぐ隣に着けていた。それどころか文の腹部には銃口が・・・。

『ジェット クリティカルストライク!』

 避ける間もなく文に向かって容赦なくマシンガン弾幕の雨が襲い来る!

「これはっ・・・一体⁉」

「よっしゃぁ!」

 思わず友希から喜びのガッツポーズが生まれる。

「なるほど、気づいたわね」

「ん? 気づいたって、何にだ?」

 霊夢自身もその言い分からしょっちゅう文に会って困らされているようなので、当然対文の必勝法は知っていた様子。

 そしてその必勝法に友希は自力でたどり着いた。

 実際そのタネは至極単純で、圧倒され考えることをやめなければ気が付けるようなことだった。

 そのカギは何を隠そう文の飛行方法にあった。文の角度をつけて飛行する理由は何も友希をあざ笑うためにしているののではなく、「そうする必要がある」からである。

 この弾幕勝負が始まる前に文が自分で言っていたように、文は自分が天狗であるという誇りを持っていた。ゆえにあの行動は友希に対するものではないと考えることができる。

 次にまたしても文が自己紹介の時に放った一言、「幻想郷最速」から思考を飛ばす。

 先ほどから弾幕勝負中でまざまざと見せつけられた人知を超えた神業の数々。そかしそれはさすがに世の物理法則に究極的に反するものではなかった。空気抵抗を感じさせないのも妖怪特有の身体の頑丈さをもって何とか納得することはできる。

 となるとそのとてつもないスピードを見て友希が思ったこと、それはどうやって曲がるのかである。

 車でも何でも動いている最中に止まったり向きを変えたりするときは、ある程度無理のない速度にまで減速してから行わなければ遠心力や慣性が働いてうまくいかないものである。いくら羽を持っているからとはいえ、あのスピードを制御するためにはかなりの圧がかかってしまいきついはずなのである。

しかし文にそんなそぶりは感じられない。

 つまり文は極力スピードを維持したまま飛行するために、空気を蹴って無理やり直線的に方向を転換しているのである。

 さらにこの事実に気づいた友希はこうも考えた。

(あの無駄な角度の分を埋められれば追いつけるんじゃ)

 文が直線飛行で曲がるために無駄に付けた角度を自分が曲線を描くように曲がって追えばその分の距離を短縮することができるということだ。

 そしてコンバットシューティングゲーマーにはそれを補うスピードの持続も、文ができない曲線カーブも、能力として可能であったのだ。また、それはそう何回も行える代物でもなかったのだが・・・。

(くっ、立て直さなければ!)

 多少驚いたせいで反応が遅れたが、文はすぐさま体を反転させリカバリーを図るため再び飛び立つ。

 だが時はすでに遅かった。

 文の身体にしみついた戦い方はそう簡単に抜けるはずもなく、同じようにカーブのスキを突かれ体勢を崩してしまう。

 いくら力や能力に差があるとはいえ精神はさほど変わりがない。心のどこかでなめていた人間に、よくわからない方法で今まさに敗北を喫しようとしているわけであるので、脳内は完全にパニックである。

「うう・・・」

「終わりだ」

 いつの間にやら手元に召喚したガシャコンマグナムのスロットにベルトのジェットコンバットガシャットを差し込み、静かに銃口を文に向けて構える。

『ジェット クリティカルフィニッシュ!』

 瞬間、放たれた一発の野太い銃弾が文もろとも急転直下に撃ち落とす。

「あっ、ヤバっ!」

 文が撃ち落とされた先にはみんなが使っている温泉があったのだ。

 このままでは温泉に落ちてみんなに危害が及ぶ。そう直感で感じた友希が真っ先にそのスピードを生かして救いに行こうとするも、上空からの角度ではもろに湯船が見えてしまう。

「あっ・・ちょっ・・見え―!」

 すでに動き出しているからとはいえさすがにまずいと決断が鈍る友希。

「問題ないわ。遮視結界なら勝負が始まる前からずっと張っているもの」

 そういってアリスはゆっくりと両手を天に掲げ何やら唱えたかと思えば、瞬時に上空に綿密な網が形成され、それで文を受け止めようというのだ。

 しかし寸でのところで意識を取りもどした文は網に包まれることはなく、そのままヒョイと避けて空中をフワフワ飛んで見せた。

「せっかくのご厚意ですが、そこまでではないので」

 

 

 

「ああ、疲れた。まだ緊張が収まらない」

 友希は変身を解き、初めての弾幕戦で冷めやらぬ余韻を感じていた。

「もう少し入っていたかったけど、仕方ないわね」

 服装を整えて霊夢一行も岩陰から姿を現した。

「友希さん、お疲れさまでした」

「いやぁ、咲夜さんたちみんなこんなこと毎日やってるんですか? すごいですね・・・」

「なんなら私が強くなるコツを教えてやってもいいんだぜ?」

「魔理沙に任せたら威力馬鹿になっちゃいますよ」

 いつものように他愛もない会話を交わしている端で文はうずくまっていた。

「私が負けるなんて・・・。あの攻撃はいったい何だったの? 私の何がいけなかったというんですか?」

 相当負けたことが気がかりなようで、ずっとブツブツと何かを言っている。

 しかし友希にとって意外だったのは文自身が自らの弱点に気が付いていなかったということである。

 もし本当に何度も霊夢や咲夜と戦闘を交えているのなら気が付いていてもおかしくはないはず。

 だいたい記者を名乗るなら、その観察眼で自らのことくらい知っておいてほしいもの。

「咲夜さんは最初からあいつの弱点に気づいていたんですか?」

「はい、弾幕勝負を始める前にお伝えしておくべきでしたね。申し訳ありません」

「いやいや、そんなの全然気にしないでください!」

 普段と変わりなくやりすぎなくらいに謙虚な咲夜を友希は必死でなだめる。

「でも文はその自分の弱点を理解していないようなんですけど」

「だって弱点を突かなくても勝てるもの」

 さも当然のことかのようにあっけらかんとした顔で答える霊夢。

「・・・霊夢の言葉には少し棘がありますが、でもそういうことです。だからこそ自らに弱点が存在することに気づけていなかったんですね」

「わ、わたしの弱点って・・・!」

「そしてこれからもそれを知ることはなかった~、ってね」

 話を聞いていた文がたまらず食い入るように友希たちに近付くが、それを強引に霊夢が引きはがし妨害した。

 一瞬でも悔しがる様子を見せた文だったのだが、すぐさま何か思いついたようで顔色が変わる。

「はっ、今何か嫌な予感が! もしや、はたての念写⁉ まずい・・・まずいですよ!」

 急に堰を切ったように焦り始めた文にあっけにとられていると、さっそく漆黒の羽を羽ばたかせそれへと飛びあがった。

「あ、またいつかしっかりと取材受けてもらいますからね! それでは、さらばです‼」

「・・・なんか、嵐みたいなやつだったなぁ」

 あまりにも早すぎて肉眼では到底文の背中を見送ることはできなかった。

 勝負中は気づけなかったが、文の通った後は気流が乱れてまるで飛行機雲のように跡が残っている。

「じゃあ、私たちもおさらばするかな」

 友希を囮に使いこんなにも健闘したというのに意にも介さない様子の魔理沙と霊夢を見て、やれやれといった様子で顔を見合わせる友希達。

「それでは私も幽々子様がお待ちになっていると思いますので、これで失礼しますね」

 友希に向かってサッとお辞儀をした後、霊夢たちに続いてフワフワと飛んで帰っていく妖夢。

「私はここで友希さんの入浴の見張りをするわ。アリス、あなたはどうするの?」

「私も帰るわ。あと、友希・・だったかしら? にとりから頼まれてあなたのために繕ったものが簡易脱衣所にあるから」

「え? にとりが? おれに?」

 幻想入りしてからにとりにはお世話になってばかりで本当に頭が上がらない。確か今は友希のために家まで作ってくれているらしい。

 幻想郷に来てからいろいろなことがあって考えることも多くなった友希。

 そしてそのたびに何とも言えない数多の感情の複合が、波打ち際のようにじんわりと心に染みていくのだ。

「これか・・・」

 見た瞬間に気づいたが、前ににとりと話していた友希の好きな色である水色が要所に線としてあしらわれた白地のパーカーを含めた衣装だった。

「好みもバッチリじゃん」

 にとりにもそこまで言った覚えはないが、アリスの計らいだとするとすでに彼女への好感度がすごいことになってしまう。

 脱いだ服と共に脱衣所の板の上に並べておく。

 寒空の下だというのに全くぬるさを感じないちょうどいい湯加減に全身の力と疲れがにじみだし、膨らんだ風船がしぼんでいくように腑抜けていく。

「どうですか、友希さん」

「さいこ~です~」

 一見当たり障りがなくそれを聞いてどうするのかと言ってしまいそうな、意味のない質問にも無心で流れるように答えてしまう。それほどに露天風呂は気持ちいい。

 湯船に肩までつかりながら空を仰ぐ。

 夜空に輝く星々を先ほどの弾幕に見立てることで、幻想郷そのものに思いをはせる友希であった。

 

第二十三話 完



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第24話 ノブレス・エンゲージ・オブリージュ

いつかの半人半霊剣士との出会いから始まった友希の自主修行は、順調に進んでいるかのように思われた。次なる師事の相手として白羽の矢を立てたのは紅魔館直属の門番『紅美鈴』。しかしその目論見を阻むものが現れた。それは同じく紅魔館のメイド長『十六夜咲夜』である。立ち止まるわけにはいかない友希は渦中の二人に対して何とか歩み寄ろうとするのだったが・・・。


『タドル クリティカルフィニッシュ!』

「はあっ!」

 力強く振りぬいた炎の剣から爆炎がほとばしり、迫ってくる妖精の群れに大打撃を与える。

 妖精たちはことごとく吹っ飛ばされ、そして電子の泡となって消滅していくのだった。

 ここは人里近くのにとりの工房。以前も来たことのある地下研究施設である。

 昨日にとりから新しく役立つものを作ったから来てほしいと言われたため、午前の仕事を咲夜に任せて訪れた友希。

「どうだい私の開発したバーチャルバトルシステム、通称『弾幕張れ~る君』は。まだ弾幕勝負に慣れない盟友にはうってつけだと思うんだけど」

「うん、これいいな! これならいつでも練習できるんだもんな!」

 先ほどの妖精たちは高度なホログラムで生成されたバーチャル映像。しかも外の世界のものとは比べ物にならないくらいにリアルで、本当に実物が存在するような感触までした。

「どうやったらこんなの作れるんだ?」

 当然の質問であるし、友希も何の気なしに口にしてみた。

「いやぁそれは企業秘密ってことで、いくら盟友である友希にも言えないなぁ。それにたとえ言ったとしても理解できないと思うよ」

 馬鹿にされたような言葉だったがにとりにそんな様子はないうえ、友希も「そりゃそうだ」と潔く納得した。

「てことは、仮面ライダーの技術を再現してるのも企業秘密?」

「うーん、まぁこれは特に商品化の予定もないし別に・・・。というより商品化したらお偉いさん方に目を付けられるから絶対やらないけど」

 にとりがいつも言うお偉いさん方とは以前に会った永琳や幽々子、聖などの権力を動かす存在のことだろう。

「この幻想郷には博麗大結界の影響で忘れられたものとそうでないものがふるい分けられるのはすでに知っていると思うんだけど、それをもっと細分化すると忘れられたもの以外にも命を持たないもの。例えば鍋とか傘とかそういった無機物や花などの植物。そして「電波」とかは結界を比較的抜けやすい傾向にあるみたいなんだ」

「電波?」

 にとり自身が妙に強調したこともあってか何やらキーワードになりそうなので復唱してみる。

「そう。そして外の世界から自動的かつ自然に結界を抜けられるのであれば、幻想郷側からの能動的な干渉も可能なはず。ということで外の世界の仮面ライダーの電波だけを限定的に傍受して情報を得てるってわけ」

「それはそれで目つけられそうだけど・・・」

「そうなんだよね・・・。それ以外の電波は取らないつもりさ。さすがに命は惜しいから」

 正直そんなにかと思った。にとりの恐怖心の大きさにではなく、「お偉いさん方」が下す代償の大きさにである。

 友希にはまだ幻想郷の力関係や仕組みについて分からないことが多かったが、本当にとてつもなく大きな存在が絡んでいると分かって他人事ではないとつい身構えてしまう。

「じゃあ私は別の作業に移っているから何かあったら呼んでね」

「分かった」

 人通り話し終えたにとりは背を向けスタスタと戻っていく。

 そんなにとりを尻目に友希は特訓を続行しようとしたのだが・・・。

「よし、じゃあ次はこの新しいのいってみよう!」

 友希はブレスからではなく部屋の端の机に置いてあった金色の見た目からして強そうなガシャットに目を付けた。

『ドラゴナイトハンターZ!』

「術式レベル・・何だ? まいっか、変身!」

「あっ、ちょっ、それは!」

 勢いづいた友希はにとりの静止に気が付かなかった。

 

 

 

「少し奮発して作りすぎてしまいましたか」

 午前の業務が終わり早めに昼食の調理をして切り上げてきた咲夜は、友希のいるにとりの工房へと足を運んでいる最中であった。

 手に下げたバスケットには、手作りのサンドイッチと食後のアップルパイが所狭しと積まれている。

 友希の勤務態度は咲夜からしてみれば素晴らしく良く、周りの妖精メイドや美鈴の怠慢に比べれば目を見張るべき存在だ。

なにより主であるレミリアとそりが合っているようで本当によかったと思っていた。

咲夜にとってレミリアとは、敬愛する主人であり親代わりと言っても過言ではない存在。人間の寿命尺度にしてみてもそれなりに長い付き合いだが、レミリアの気まぐれで大胆な考えは未だに理解ができないこともしばしばであり、内心どうなることかと肝を冷やしたこともあったのだ。

しかしそれは杞憂に終わり、レミリアとのやり取りもさることながら丁寧な仕事と素直に言うことを聞いてくれる優しさもあり、正直友希の存在をとてもありがたいと感じていた。

それゆえの奮発とねぎらいの気持ちであった。

「確かこの辺りに・・」

 迷いの竹林ほどではないとはいえ森のど真ん中に立てられた工房なので、咲夜と言えどたまに迷ってしまう。

「あったわね」

 先の川沿いに見える建物に向かって歩を進める咲夜。と、その時だった。

 

グワアァァァァン!

 

「えっ・・・⁉」

 突然辺りに鳴り響く轟音。その発生元はすぐに分かった。

「友希さん・・・!」

 目の前で煙を吐き出す工房に向かって急いで駆け寄る。

 友希が中にいることはすでに分かっていたので水辺から水を汲んで鎮火するよりもまず救出に向かおうと扉に手をかけたその時、中から自力で友希とにとりが飛び出しその場に倒れこんできた。

「おえぇっ! はぁはぁ、ざぐやざん・・よがっだ・・・」

「うう、水・・びずっ!」

「ちょっと、二人とも大丈夫なの⁉」

 二人ともが川に向かって走り出そうとするも、すかさず咲夜が時を止めて水を浴びせかける。

「はぁ、はぁ・・・」

 水を浴びたとはいえ大量のすすをかぶってみすぼらしい姿の二人は肩で息をして遠くを見つめ、まるで満身創痍な様子である。

「ありがとうございます、咲夜さん。にとりも、勝手に使ってすまん・・・」

「いや、あんな所に置いておく私も悪かったよ・・。今度からは、どういうものかしっかり動画を見せておくよ」

「いや動画あんの⁉ 早く言って! 俺も、仮面ライダー見たい!」

 にとりが外の世界からの資料でライダーについて勉強しているのは知っていたが、まさか電波を傍受して番組そのものを見て参考にしているとは知らなかった。

 さらに言えばコブラケータイなどの電話端末はあっても動画を見る機能はついていないのだ。ゆえに今の今まで友希は最新の仮面ライダーを知らないで、諦めの気持ちで過ごしていた。

「これは、しっかりとお洗濯しないとですね」

「うへぇ・・、せっかくのおニューなのに・・・」

 咲夜が指摘したのは友希のすすで真っ黒に染まった服装。

 昨日の温泉での一件から着てみたくてたまらず、わざわざ執事の服装を着替えてから着てしまったのが運の尽きだった。せっかくの白地が見る影もない。

「私も早いとこ片付けないとなぁ」

「ああ、俺も手伝う。もとはと言えば俺が焦って強くなろうとしたのが悪いから」

 実は工房にある弾幕勝負の練習施設はにとりではなく友希の発案だった。

 それもひとえに幻想郷で自分の身を自分で守るため、強くなるために必要なこと。そう思って先走りすぎた結果がこれである。

「私も手伝います」

 咲夜も共に目も当てられないにとりズ工房に入って行く。

 この後結局一日では方が付けられず、にとりに任せて紅魔館に帰宅したのはレミリアが夕食にしびれを切らした午後八時前後のことであった。

 

 

 

(強くなるってやっぱり簡単じゃないな・・・)

 次の日、友希は咲夜より館内の清掃を言いつけられ、窓の拭き掃除を行っていた。

 咲夜も分かっていていつもこの仕事を任せるのだろうが、友希の身体を水にできる能力を駆使すれば咲夜以上の効率で水拭き・乾燥ができる。なのでいつもほぼ作業と化し、こうやって何か考え事をしながらするのが恒例となりつつあった。

(でも強くなるって言ってもムキムキになりたいわけじゃないし、誰にも負けないほど強くなりたいわけじゃない。そもそも弾幕が打てなきゃ意味ないんじゃ・・・)

 強さとはいったい何なのか。

 仮面ライダーに限らず他のヒーローや人間にも必ず求められるテーマだが、いざ自分の中で真剣に考えるとなると難しいものだ。

 一度は思い知った力の使い方。しかしそれだけでは十分ではなく、他にも細かく考えなければいけないことがある。そしてそれが今後幻想郷で生きていくうえでも大事になってくることはやはり間違いないだろう。

 そんな時だった。拭いている窓ガラスの向こうに、少しだけ開いた門からのぞく美鈴さんの姿が目に入ったのは。

 眉間にしわを寄せた咲夜も一緒にいることから、またお説教中であることは明白だった。

「そういえば美鈴さんって強い?」

 というより門番を任されるほどなのだから強くないとおかしい。

 以前半ば強制的に拳法の型のようなものを叩き込まれたときは、確かに気合が段違いだった。

 実のところ職務をねぎらいに行ったり一瞬の交代の時に話すことはあっても、それ以外では今まで全然絡みがなかった人である。

 毎日の食事にも門番であるがゆえに時間帯がずれているため食卓を囲んだことすらもない。

(優しい人だってのは分かるけど、実際のところどんな感じかな)

 美鈴に関して友希は何やら考えが浮かんだが、残り一階の窓ふきを終わらせるべく足早に移動していくのであった。

 

 

 

「よし、終わったな」

 咲夜であっても時止めなしで二時間はかかるであろう全館の窓ふきを、その半分の一時間程度で終わらせた友希は誇らしげにその軌跡を眺める。

「あら、終わったのかしら。ご苦労様ね」

 そう言って後ろから近付いてきたレミリアは手を挙げて友希の肩に手をやった。

「あの、お嬢様。美鈴さんって強いんですか?」

 友希は先ほどから気になっていたことを聞いてみた。

「ええもちろんよ。強い者でなければこの紅魔館の門は任せられないわ」

 やはりそうなのかと心の中で感心する友希。

「あなた最近強くなろうとしていろんなやつに教えを乞うているらしいわね。さしずめ美鈴に興味でも湧いたかしら?」

「何でもお見通しですね」

 さすがと言うべきか恐ろしいというべきか。五百年の人生は伊達ではないということだ。

「いいわ、この際堅苦しい話し方は無しにして、私が話を通してあげる。感謝しなさい!」

 

「ダメです‼」

 

「「ええっ⁉」」

 美鈴のもとに向かった友希とレミリアだったが、先ほどからそこに居合わせた咲夜は意外にもレミリアの考えを否定したのだ。

 なぜそこまで必死なのかものすごい剣幕で二人を睨みつける咲夜。

 友希はもちろん驚いたのだが、それ以上にレミリアは目を丸くさせ何度も瞬きをしてしばらく硬直していた。

「え、何でですか⁉ 今まで修行するの許してくれてたじゃないですか⁉ 仕事ならちゃんとやりますから!」

「執事としての業務内容に不満があるのではありません! というかむしろ素晴らしいです! ものすごく助かってます!」

「じゃあなんで・・?」

 友希からの問いに咲夜は端で背筋を伸ばして正座させられている美鈴に近づき、左耳を思い切りつねり上げながらこう言った。

「業務内容に不満があるのはこっちです! ただでさえ美鈴は職務中に居眠りをし怠慢の限りを尽くしています! それでも結果を残しているのならまだ良し、今まで何度も魔理沙やブン屋に侵入を許している! これ以上何かにうつつを抜かし本業がおろそかになるのであれば許可するわけがありません!」

 怒号と言うほどではないが、咲夜の怒りがじんじんと伝わってくる必死の訴えに美鈴の悲鳴はかき消されてしまっている。

 咲夜の言い分はもっともで友希にも反論の余地はない。

「で、でも、この寒空の中過酷な業務は美鈴にしか頼めないわけで、よくやっていると、思うわよ?」

 ここでやっと口を開いたレミリアだったがショックでうまく話せていない。咲夜の発言の正当性を認めながらも主としての発言が否定された悔しさで、何とか話を通そうとするも過保護気味なコメントしかできず咲夜の意見を打ち負かせるほど説得力のあるものではなかった。

「お嬢様は美鈴に甘すぎるんです! 本来ならば度重なる失態でクビは免れません! クビですよ、ク・ビ!」

 ここにきて勢いづいてきたのか咲夜の下が高速で回る。

「わ・・わたし、ここの主なんだけど? 主、上司、一番偉い。アンダースタンド?」

 思っていたことがあふれるレミリア。なんだか泣いているようにも聞こえるが?

「だからこそ、もっとしっかりとしたご判断を!」

「うう・・・パ、パチェ~‼」

 いつもとは明らかに違う咲夜の様子。いつもの威厳はどこへやら。この高圧的な空間に耐えられなかったのか、ついにレミリアはこの場から逃げ出してしまった。

 咲夜もいつも美鈴に説教をしていたのでついに堪忍袋の緒が切れてしまったのだろうと、いつも温厚な咲夜の豹変ぶりを見て友希は心の中で必死に言い聞かせる。

「最近は里の方でも妖怪が暴れるおかしな事件が度々発生しているというのに、これからもこの状態じゃ困るわ」

「あ、はい。すみません・・・」

 美鈴にいつもの覇気はない。なんならやつれたようにも見える。

「今日はそのままで門番をしなさい。もちろん昼食・夜食は抜きよ。行きましょう、友希さん」

「・・・はい」

 友希の嫌いなことの一つに「怒りの感情」があり、外の世界ではなるべく怒りのない生活を送りたい一心で他人の顔色を窺っていた経緯がある。

そんななかで一つ学んだことがあった。それは普段怒らない人が怒ると本当に怖いということだ。

そしてその例が今の状況だろう。

友希はこれ以上何も言わず、ただ無言で咲夜の後をついていくしかなかった。

 

 

 

「はーーーっ。寒いですねぇ・・・」

 その日の夜、皆が寝静まった頃。紅魔館の門の前で白い息を吐きながらポツリと独り言をこぼす美鈴。

咲夜に言われた通り昼頃からずっと地面に正座をした状態で門番をしていたようだがさしてつらそうな様子はなく、それよりも食事を抜かれたことによる空腹の方に顔をゆがませていた。

 

グウゥゥゥ・・・

 

「何のこれしきっ」

 他から見ればどうしようもなく不憫な美鈴に対して、容赦なく秋の乾いた風が吹きつける。

「あれ・・?」

 そんな時、美鈴は門の内側からある一つの気配を感じた。友希である。

 ギィと鈍い音を立てながら年季の入った木の門がゆっくりと開いてゆく。

 そして美鈴の感じた通り、その隙間から厚着をして小刻みに震える友希が姿をのぞかせたのだった。

「いったいどうしたんですか? こんな夜中に」

「いやぁ、どうしてるかなって思って・・・」

 寒さのせいでうまく動かない表情筋に苦戦しながらも軽く笑みを返す友希。

 わざわざ様子を見に来てくれたことにはもちろん感激だったがそれ以上に、友希の手元には数個のおにぎりが握られており、空腹の美鈴にはそれがたまらなく嬉しかった。

「ああこれ、美鈴さん何も食べてないでしょう。どうぞ」

「ありがとうございますぅ~! 助かりました!」

 予想以上の感動に友希は少しばかり恥ずかしくなった。

 おにぎりは逃げないと言ったが、美鈴はお構いなしにガツガツと口いっぱいにほおばりまるでリスのようだ。

 そんな美鈴を横目で見ながら隣に腰掛ける友希。

「ふぅ、ごちそうさまでした!」

「えっ⁉ 早っ!」

 友希がちょっと目を離した間にすでにいくつかあったおにぎりは全て美鈴の胃袋に吸い込まれてしまっており、友希はアニメのような綺麗な二度見をかましてしまった。

「いやぁ、もうお腹ペコペコだったんですよ~。最大の敵はやはり空腹か」

 手に付いた米粒を一つずつ口に含みながらそう話す美鈴。

「そうですね~」

 美鈴の言葉を軽く受け流しつつ、友希は満天の星空を見上げてゆっくりとため息をついた。

 友希にとっては何の気なしにした行動だったのだが美鈴はそれを見逃さず、一度呼吸を置いてから友希の方へと体を傾ける。

「何かありましたか? 私でよければ相談に乗りますが」

「・・・それはこっちのセリフですよ、美鈴さん。咲夜さんと何かあったんですか?」

 予想外の返答に美鈴は少し驚く。

「どうしてそう思うんです?」

「だって、今日の咲夜さんの美鈴さんへの当たり強くなかったですか? いつも妖精メイドに怒ってるのともまた違う感じがして、あの後ちょっと気まずかったんですよ」

「なるほど・・・」

 美鈴は友希の話を心の中で吟味する。

 咲夜に感じた異常性はそれだけにとどまらず、あの時主であるレミリアに対してかなり高圧的に接していたことが、友希の中ではとてつもなく引っかかっていたのだ。本来ならば、少なくとも今まで友希が見てきた限りならば、絶対にありえなかったことである。

 あの時に限ってはレミリアの威厳やらカリスマやらが完全に消え失せ、見た目相応の子供じみた逃避行動をとっていたのも衝撃的だった。

「・・・友希さんは少し、勘違いをされているのではないですか?」

「勘違い?」

 今度は美鈴の変な返答に友希が目を丸くした。

 自分は目に見えて感じた皆の態度の変化を憂いているのに、いったい何が勘違いなのだろうk。

「友希さんは、なぜ咲夜さんがお嬢様や私に厳しくしたのか分かりますか?」

「・・・・・」

 友希は美鈴の質問の意味からすでに理解できていない。だが、だからと言ってすぐに「分かりません」と返答を返したのでは興味がないように映ってしまい具合が悪いので、ここは形だけでも考えてみる。

 美鈴は友希と同じように天を仰ぎ、その真意を口にした。

「家族だからですよ」

 家族だという言葉の含む意味はまだよくわからずとも、友希の中での紅魔館は少なくともそんなほっこりとしたくくりで見たことはなかった。

「咲夜さんがきつく当たるのは家族としてしっかりしてほしいから、相手のことを思いやっているからなんです」

「つまり・・・単なる主と従者の関係ではないと」

「そういうことです。もちろん私も」

 気が付けばさきほどまで吹いていた冷たい風は止み、雲が流れ夜空に光々と三日月が輝き二人を照らしていた。

 とっくに友希の作ったおにぎりを食べ終えていた美鈴は正座を崩すことなく後ろの門壁に寄りかかり、そして目を閉じ穏やかに話をし始める。

「私や咲夜さん、パチュリー様に至ってもここがかけがえのない我が家なんです。種族や出生が違っていても、みんなレミリアお嬢様の寛大なご厚意で集められた家族。ほかに帰る場所なんてないんです」

「・・・・・」

「だからこそお嬢様には高貴で気高き存在であってほしい。咲夜さんはそんな思いでお嬢様に意見をしたんですね」

 貴族とか西洋意識とか、あまり多文化に触れてこなかった友希にはよく理解できなかった。しかし、美鈴が本気なことは十分に理解ができた。

 別人である咲夜の心境も濁さずはっきりと断言して代弁する辺り、その真剣さがうかがえる。

「皆多少は考えが違えどもその根幹となる感情は同じであると私は信じています。私もお嬢様にはずっと私たちを導いてくださる存在でいてほしいと思っています。ですがたまには息抜きしないと、心に余裕がないと壊れちゃいますよね」

「だからサボってるんですか?」

「いやいや! ちゃんとやってますよ⁉ 寝ているように見えてしっかりと気は張っているんです!」

 とかなんとか言う美鈴だったが、初めて会ったとき爆睡しすぎて気配を感じれていなかったことを友希はしっかりと覚えていた。

「それに、なんか良い感じの事言ってますけど、これって単に美鈴さんが職務中に居眠りをしなければいいだけの話では?」

「い、いやぁ・・。痛いとこつくなぁ」

 美鈴の言い分は理解したし、紅魔館内の関係については疑っても証明の仕様がない。

 しかしながら美鈴の怠慢はそれでは正当化できない。

「ていうか美鈴さんっていつ寝てるんですか?」

 本当に素朴な疑問だが、門番をやっていれば寝る間など存在しないように思える。実際に美鈴がベッドで寝ている姿など友希には想像すらできなかった。

「う~んと、紅魔館がフルで働いているときに少しだけ休憩の時間をもらっていますよ。例えばお昼前とか午後二時頃とか・・・」

「それ睡眠時間足りてます?」

「気を繰れば睡魔に襲われることはまずありませんが、正直なことを言うと、一度しっかり寝てみたいですねぇ」

「そんなレベルなんですか⁉」

 紅魔館は巨大な敷地を有する以上、それぞれの業務が多少なりとも辛いというのは身をもって分かっていたつもりだったのだが、それにしても美鈴の業務形態には群を抜いてブラックさが溢れていることに驚きを隠せない友希。

「どうにかした方がいいでしょう、それ」

「これが私のやるべきことなので、何ともですね」

 友希は何かを考えこむように顎に手を添えうつむき軽く唸った。

 友希には美鈴をねぎらうだけでなく他にも目的があったのだ。というよりそっちの方が本命と言っても過言ではなかった。

「じゃあこうしましょう!」

「ん?」

「美鈴さんの門番を俺が半分肩代わりします! その代わりに美鈴さんが門番をしている間に修行をつけてほしいんです!」

「ええっ⁉ いいんですか、また咲夜さんにダメって怒られちゃいますよ⁉」

「美鈴さんが怒られたのは門番をしっかりやって・・いないように見えるからじゃないですか? 美鈴さんは起きていればずっと気を張り巡らせることができるんですよね? じゃあ俺に修行をつけていても問題はないですよね。むしろそのほうが目も冴えますよ!」

「た、確かに最近体の訛りを感じていましたし、理にかなっているとは思いますが。友希さんの業務が増えてしまいますよ?」

「俺は多少増えても問題ありません。咲夜さんと分担してますし、何より能力のおかげでスムーズに進みますから。時間には余裕があります!」

 今まではゆっくりと入念に仕事をしていたために時間いっぱいまですることが多かったが、友希にはもっと効率化を図れるところもいくつか感じていたのだ。咲夜からも慣れてきたらスピードを上げる練習をしてほしいと言われていたのでこれが良い機会だろう。

「咲夜さんには俺から頼んでおきますから! お願いします!」

「・・・・・」

 またしてもしばらくの静寂が訪れる。

 時がたち、夜空にあった雲が一つ残らず流れ消え去っていた。

 チラチラと輝く星々はまるで運命を示しているように、眩くはっきりと二人の目に映る。

「戦士の力に頼らないため、自分の力で生きるために・・強くなりたいのでしたね」

「はい」

「・・・そのために私の力が必要だとおっしゃるのなら、ご期待に沿えるよう全力を尽くすまでです」

「・・・! ありがとうございます!」

「でもまずは、咲夜さんを説得しないとですね」

 時刻は丑三つ時にもなろうという頃だろうか。何かが前に進んだようで、気持ち高ぶる美鈴とずっと心を縛っていた緊張がほどけ安心した友希。

 二人はその後他愛もない話を交わし、二カ月ほどの計り知れなかった自身の近況について語り合った。

 何者にも邪魔されない静かで落ち着いたひと時だった。

 

 

 

 さらに次の日の朝一番、いつも通り先に支度を済ませ仕事に取り掛かっていた咲夜を引き留め、夜に話し合ったことについて了承を得ようと友希は勢い任せに土下座をかました。

 もちろん何が何だが訳が分からない咲夜はひどく混乱した。

 こんなに狼狽えた咲夜は今まで見たことがなかったが、それでも友希は引き下がるわけにはいかなかった。

 美鈴とすでに約束をしてしまったということもあるが、何より自分で決めたことはなんとしても自らでケジメをつけなければならないと思ったから。そうしないとここで一人では生きていけないと感じていたから。立ちふさがる壁を壊すことにした。

「なぜ、そこまでして強くなることを望むのですか? 幻想郷にいるからといって友希さんが戦う必要なんて何もありませんよ? もし危険が及べば、私やお嬢様が貴方を守ります」

 それはその通りだ。

 しかしただ守られるだけで、危機に直面した時に狼狽えることしかできない。そんな自分の姿を想像したら、自分で戦えるようになった方がよっぽどましだと思った。

 そして幻想郷は、そんな友希の思いを受け入れてくれると感じたのだ。だから行動に移している。

「守るって、家族だからですか?」

「そうです。友希さんはもうすでに紅魔館という小さな世界の仲間。私の数少ない家族なんですよ」

「いえ、違います。ぽっと出の俺なんか貴女の家族じゃない」

 友希は土下座で見えていないが、咲夜の顔が驚きで一瞬歪んだ。

「咲夜さんはそれでいいかもしれないですけど、俺は納得できない。俺にもよくわからないですけど、それじゃ嫌なんですよ。だから俺は自分にできることを全力でします。幻想郷じゃ、それも全然変なことじゃないでしょう?」

「・・・・・」

 どうやら自分でも気づいていなかったようだが、昨日の夜に美鈴と話し合っていたことで、自分の中の気持ちに整理がついていたようだ。

 思っている本当の気持ちがするすると口から出てくる。

 そしてどうやら咲夜の説得もあと一押しのようだ。

「正直どれだけやったって咲夜さんや妖夢みたいに強くなれる予感はしません。それでも! 俺が自信を持ってこの世界で生きていけるようになるには、自分が強くなるしかないんです! お願いします! 許可してください!」

 友希はここぞとばかりに額を床に擦り付ける。

 それを見た咲夜はついに折れたのか、深くため息をつき言葉を発した。

「・・・分かりました。業務の合間に美鈴の指導を受けることを許可します。ただし、自分の本来の業務を疎かにしないこと。そして美鈴が門番をサボらないよう目を光らせておいてもらうこと、それが条件ですよ」

「・・・! ありがとうございます!」

 本当に友希に押し負けて仕方がなくといった様子の咲夜だったがそれでも嬉しかった。

 こうやって自分の思いを真剣に相手にぶつけることは外の世界では一度もなかったことだが、にもかかわらず友希にできたのはこの幻想郷の風土や環境が友希の意識を変えていったからだろう。そういう意味では、友希の精神は知らず知らずのうちに鍛わっていたのだろう。

 そしてさらに、友希にはもう一つ安心したことがあった。

「そうそう、初めから運命はこうなると告げていたのよ!」

「・・・もう、お嬢様ったら」

 友希と美鈴の意思を伝えに咲夜に突撃した時、傍には咲夜だけでなくレミリアもいた。

 友希が来る前に何を話していたのかはわからなかったが、様子を見ているだけでも昨日のわだかまりは解消されているようで、二人ともの顔に笑顔が見られていた。

 このまま険悪な雰囲気が続くようならどうしようかと、心の片隅で心配していたので本当によかった。

「・・・・・」

 会話の様子からいつものような主従関係が友希の目に映っていたが、昨夜の美鈴の話を聞いた今ではそれが今までとは違ったふうに見える。

 守るべき主でありながら大切な家族。過去にどういうことがあったのかもやはりわからないし、咲夜たちの思いも友希にはまだわからない。

 外の世界では絶対に出会うことのなかった境遇とその特殊な感覚。

 おそらくだが幻想郷にはそういった新しい環境がごまんと点在しているような気がする。というかもうすでにいろいろなロケーションに足を運んでいるので、そのたびに感じたことのない不安と興味が溢れるのだ。

「ほら咲夜、朝食が遅れているわよ」

「あっ、申し訳ありません! 友希さんも手伝ってください!」

「はいっ! もちろん!」

 そんなこんなでいつもどうりの幻想郷での日常が再び動きだした。

 まだまだ考えることがいっぱいだが、それでも着実に前に進んでいるという不確実だがかすかな自身が友希を突き動かすのだった。

                                 第二十四話 完

 




ご清見ありがとうございました。作者のシアンです。

今回の第24話は、ライダーの活躍を一旦お休みしての紅魔館の掘り下げ回でした。
まだその一端しか垣間見えなかったものの、紅魔館で働く者たちの他とは違う考え方を描くことができたと思います。
要は単に仕事や運命で縛られた負の関係ではなく、互いに認め合い家族として精神的にも支えあっている関係だということですね。
そしてその考えは主であるレミリアとの間にも・・・。

これからもこうやって、ある一つのまとまりの中にある特別な関係のような話を、原作にあるような複雑な関係や過去の境遇を抜きにして、『東方友戦録』として語っていけたらと思っています。

さて今回もさらりとではありますが、これにて後書きを終了したいと思います。
次回第25話は再びライダー登場、そして新しいキャラクターとの出会いがあります。
目指すは妖怪の山! こうご期待!


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第25話 山の番犬を超えろ!

まだ何も分からなかった、助けが欲しかった過去。にとりの善意による計らいで交わした、『友達を増やそう』作戦?の実行。何だかうやむやになっていたような気がする作戦が、今、復活する! ターゲットは超危険な妖怪の山にあり! 入るためには超厳しい審査あり⁉ あれからいろいろあって成長はしたと思う・・・。けど! お願いしますにとりさん! どうか穏便に~!


「ニヤ・・ニヤ・・」

「・・・なぁ、にとり?」

 友希が幻想郷に来てから早二カ月が経ち、体感だけでなく目に映る景色でさえも季節の移り変わりを感じられるようになってきた今日この頃。

 今現在、友希がにとりと共に向かっている妖怪の山にもその兆しが表れており、緑だった山の葉たちが徐々に下の方から黄色、橙色、赤色と色づき始めていた。その様子は遠目から見てもすでに圧巻である。

 なぜにとりと共に妖怪の山へ向かっているかと言うと、にとりが今まで忙しく手が離せなかったために中断していた幻想郷巡りをここにきて再開するためである。

 そこでにとりが行く場所に指定してきたのは、今までにとり自身や紅魔館の面々からも一人で行くのは危ないとして立ち入りを許してもらえなかった「妖怪の山」であった。

 妖怪と名の付くように、基本的に住みかとしているのは様々な種族の妖怪ばかりで、人里でも立ち入ることはおろか近づくことすらも推奨されていない土地なのである。

 果たしてそんなところに行くのは危険なのではないかと友希も思ったのだが、にとりたち河童も妖怪の山に縄張りを構える存在で、自分がついていれば安全だと豪語したため信頼して今同行しているというわけである。

 しかしそれにしても先ほどからにとりの様子がおかしい。心配というよりなんだか気持ち悪い。

「なんか良いことでもあった?」

「いいや、何も。ニヤ・・ニヤ・・」

「いや、絶対あっただろ⁉ だって変だもん!」

「いやいや! ほんとに何もないよ⁉」

 絶対におかしい。明らかに口角の上りが隠しきれていない。

 しかしにとりに何か企みがあるとしてもこれから妖怪の山に向かって幻想郷巡りをしようということに変わりはないし、友希にいったい何を仕掛けようというのかもまるで見当がつかないでいた。

 突き止めようとしても証拠も動機も不完全で、これ以上は無駄骨に終わる気しかしない。

「・・・それにしてもだな、本当に大丈夫なのか? 妖怪の山って、二人だけじゃ何だか不安なんだけど」

「大丈夫大丈夫、河童の力を侮ってはいけないよ。それに二人じゃないから」

「え? それってどういう・・・」

「あ、来た来た!」

 にとりからの気になる言葉に引っかかるも、すぐさまにとりに遮られてしまった。

 そして声を上げたにとりが指さす方向へ友希も目をやると、先の大きな岸壁の方から一つの白い物体がこちらに向かって飛んでくるのが確認できた。

 その白い何かはゆっくりふわふわと飛んで友希たちの目の前へと降り立った。

「待っていましたよ、にとり」

「久しぶりじゃないか。今日は無理言って悪いね、例の件のことは頼むよ」

「ということは、そちらの方が・・・」

「あ、一夜友希と言います。よろしくお願いします」

 目の前の人物がいったい自分に何をしてくれるのかは分からなかったが、とりあえず初対面で注目をされたのでいつも通りの挨拶を返す友希。

「初めまして。私はこの辺りの妖怪の山へ続く場所を警備しています、白狼天狗の『犬走 椛』といいます。以後お見知りおきを」

 天狗と聞くと、以前の温泉の一件で出会った『射命丸 文』を思い出すが、彼女とは違いこの天狗は髪も服装も白いうえに人間とは違う場所に耳が付いているのだ。そしてそれは白狼天狗の名の通り狼のそれであった。

 服装はスカートこそ黒色だがそれ以外はすべで白色でそろえられており、狼の獣耳は頭の上についている。右手には野太いナタにも見える剣、左手には大きく赤い椛が印字された大楯を携えており、いかにも警備しています! 不審者は攻撃します! と言わんばかりである。

「天狗は聞いたことあるけど、白狼天狗っていうのは初めて聞いたかも」

「そうですね、種族としては大きな勢力を持っているわけではないので、妖怪の山の中では割と肩身が狭いんですよ。天狗派閥の中でも地位は最も下ですし・・・」

 友希はにとりから聞いたことがあった。

 妖怪の山では常時覇権争いやそれに準ずるいざこざが絶えないところなのだと。

 とはいえ武力による戦争や弾幕を介さない殺傷目的の攻撃などは明るみには行われておらず、あくまで形式的冷戦状態として空気感が緊張状態にあるというのだとか。

 そしてそれは種族同士の間だけではなく、その種族の内部でも起こっているらしいのだ。

 目の前の白狼天狗の彼女もその被害?にあっているうちの一人なのだろうと、会話の内容から読み取ることができた。

「とりあえず、今日一日はにとりの頼みであなたを護衛させてもらいます。妖怪の山の中を人間が歩くのは非常に危険ですので」

「椛に頼んだら特例だけどオッケーだって」

「そうなんですか。ありがとうございます」

 話し方といい立ち振る舞いといい、人間である友希に対しても何と礼儀正しいのだろうか。以前の真っ黒天狗とはえらい違いである。

「本当に大丈夫なの? ここの警備がいなくなるけど」

「はい。丁度他の白狼天狗と交代の時間になりますし、上層部には午後から抜けると言って許可は取ってありますから、心配はいりません」

 そう言いながら友希をまじまじと見つめる椛。

「えっと、何か変?」

「い、いえ! 風の噂には聞いていましたが見た目は普通の人間と変わりないなぁと。何でも不思議な力を使うとお聞きしましたが?」

「ああ、それは・・・」

「「仮面ライダー」ですよね! 友希さん!」

 いつものように背中にかけていた袋からベルトを取り出して見せようとした友希だったが、唐突に背後から声をかけられたので驚いてその場でしゃがんでしまった。そしてその声にはかなり聞き覚えがあった。

 例の真っ黒天狗である。

「お前! この前の変態パパラッチ天狗!」

「誰が変態ですか! 人聞きの悪い!」

「いや、パパラッチはいいのかい・・・」

 そう、『射命丸 文』である。

 友希やにとりだけでなく椛までもがうんざりした顔で見つめる中、当の文は以前と変わらぬあっけらかんとした満面の笑顔。元気が有り余っているといった様子だ。

「ま~た性懲りもなく仕事の邪魔をしに来たんですか! 暇ですか⁉」

 前例のこともあり友希は突っかかろうとしたのだが、それよりも先に椛が声を荒げた。

「あなたもひどいこと言いますねぇ。私はただネタ探しのついでにあなたのその凝り固まった頭を少しでもほぐしてあげようとしているだけなのに」

「余計なお世話ですっ!」

 文のひょうひょうとした態度がよほど気に入らないのか何なのか、椛は異常なまでの嫌悪感を見せる。そしてそんな二人のやり取りを見かねて、友希は再度前に出ようと試みるのだが・・・。

「なぁ、俺たち今日は予定が・・・」

「それはそうと見てくださいよこの写真! よく撮れているでしょう、さすがは私と私のカメラ」

 案の定友希の話は遮られ、そして写真に写っていたのは俯瞰から撮った友希たち三人の姿。話しかける前からずっと様子をうかがっていたらしい。

「見出しは、そうですね・・・。山の下っ端妖怪、人間と謎の密会⁉」

「「「いい加減なこと言うな‼」」」

 文の掴みどころのない会話と早く妖怪の山に入って行きたい気持ちとが混ざり、ついに三人の堪忍袋の緒を切らしてしまった。しかも椛に至っては懐刀を思い切り振りかぶり文に向かって切りつける始末だ。

 同じ天狗のコミュニティにいるだけあってか、今までのうっぷんが爆発したらしい。

 しかしその様子を見てもまだ文は面白がって空を羽ばたいている。これがまた椛にはそうとう悔しくてたまらなかった。

「今日という今日はもう許しません! いざ尋常に、勝負!」

「ああっ! 椛!」

 心配になるほど顔を真っ赤にして文に向かって突撃していく椛。

 これで文に少しでもお灸が据えられるのならそれはそれでかまわないが、あくまで今日の目的は妖怪の山の紹介および散策である。取り残された友希とにとりは二人して途方に暮れ顔を見合わせた。

「文の対処法はもう知ってるし、俺も椛さんに加わった方がいいかな?」

「早くしないとすぐに日が暮れちゃいそうだよねー。妖怪の山だってかなり広いから移動するにも時間がかかるし」

 そう言ってにとりは背負っている緑色のリュックサックから複数のベルトやらアイテムやらを取り出す。

「めっちゃ出てくるじゃん⁉ どんだけ入ってんの⁉」

「ふっふっふ。この甲羅は特別でね、どれだけ入れても破れることはないし入れた物の重量を軽くすることもできる、河童の必需品なのさ!」

 自慢げに鼻息を荒らすにとりをよそに、友希は湧き出てくるアイテムに目をやるが・・・、文撃退の必需品がない。

「なぁ、ジェットコンバットは? というかゲーマドライバーすらないじゃん!」

「ゲーマドライバー自体をメンテナンス中だからね」

「タイミング悪いなぁ~」

「あのね、新しいアイテムを生み落とすのも、それをベルトとうまく同調させるのも、簡単時な作業じゃなの! 幻想郷のパワーバランスとか副作用とか、考えなきゃいけないことは山積みなんだから。ほらこれ! 新しいの、使って!」

 感情の忙しいにとりはキッと友希を睨みながら鮮やかな露草色のアイコンを友希の手に握らせる。

「なるほど、弾幕ね」

 友希の仮面ライダーの知識は自身が死んでしまった時期的に丁度ゴーストで止まっており、エグゼイドはにとりに電波傍受で見せてもらっている最中なのだ。

 なのでゴースト以降のアイテムの詳細は見ればすぐに分かる。

『ゴーストドライバー!』

 友希が腹部に手をかざすとブレスの力で腰にゴーストドライバーが出現する。そこに先ほど手渡されたアイコンをセットすると自己主張の激しい待機音鳴り響くのだった。

「変身!」

 ベルトのグリップを押し込むと同時に体が変化し、浮遊するパーカーゴーストが友希にまとわってゆく。

『カイガン! リョウマ! 目覚めよ! 日本! 夜明けゼヨ!』

「あれ? 闘魂じゃないの?」

「あれは絶賛調整中だよ」

 友希の言う闘魂とは仮面ライダーゴーストが一つ目のパワーアップをした姿のことを言い、通常の黒い素体(オレベース)ではなく炎を思わせる真っ赤な体をしている。

そして本来リョウマを含む複数のアイコンは闘魂の時に使用することしかできないのだが、それが今はオレベースのリョウマとなっており不完全なのである。

「よし、ここから狙うか」

 友希はおもむろに銃モードのガンガンセイバーを呼び出し、空中で激闘を繰り広げる文に向かって地上から照準を合わせた。

「ちょっと待って! あともう一つ試してほしいものがあるんだ」

「・・・?」

 いくら変身しているからとはいえ地上からの無謀な狙いににとりは待ったをかけ、友希にある策を伝えるのだった。

 一方先ほどから上空で冷めやらぬ怒りの熱を発し続ける椛はや、はりと言うべきか文の超スピードに翻弄されていた。

 天狗と言う種族は共通して空の支配者であり、飛行する能力とその速さが最大の特徴なのだ。しかしその中でも力の強い鴉天狗、の中でもずば抜けて文は能力が高いようで、以前からあの咲夜も紅魔館から追い払うのには苦労していたそうだ。

「ほらほら、そんな調子では私に追いつくなんて何百年かかるんでしょうねぇ!」

(くぅ・・こんなことでは文さんをさらに調子に乗せてしまうだけです。 もう少し冷静になるべきでした!)

 天狗としての実力の差は戦う前から分かっていた。しかしいつまでも彼女の好き勝手にさせていたら自らの仕事に支障が生じてしまう。なにより自分の気持ちが我慢ならない。

 とはいえやはり椛には若干の後悔があった。

 怒りに任せて威勢よく飛び出してしまった手前、後戻りはできない。そんなことをすれば文にいったいどんな仕打ちをされるか分かったものではないからだ。

きっとありもしない捏造記事として見出しの一面を飾るに違いない。

 そんなことを考えれば考えるほど動きに焦りが見え、弾幕も狙いが定まらなくなる。いやなループに陥ってしまっていたのである。

(私のすべきことは文さんと戦うことではない。成すべきことも成せないとは、私は・・・!)

「あややっ!」

「はっ⁉」

今のは⁉

戦闘中にあろうことか深く悩みこんでしまった椛の隙を埋めるかのように、背後からの光弾が文を強襲した!

「文ぁ! お前にかまっている暇はないんだよ!」

 椛を援護したのは友希であった。しかし声の方へと目をやった椛と文は思わずギョッと目を丸くしたのだった。

 そこには一本の角が生えた戦士に変身した友希と思われる人物。そしてその人物が乗っていたのはなんと、禍々しく睨みを利かす目と真っ赤な口のある漆黒の幽霊船! それが空中を浮遊し椛に向かって進んできていたのだ。

 その後唖然とする二人をよそに椛のそばへゆっくりと船はつく。

「えっと、何ですかこれ・・・?」

「これはですね、ゴーストを支援する自立型の幽霊船『キャプテンゴースト』。あ、俺が今変身しているのが仮面ライダーゴーストで、この姿は『日の丸を背負って逆境の海を突き進む! 新時代の革命戦士 仮面ライダーゴースト リョウマ魂』です!」

「はぁ・・・」

 見たこともない装備とそれをさも当然のごとく扱う友希を見て抜けた声が出てしまった椛に対し、それに反応するかのように鈍い音を立てて鳴くキャプテン。

 見た目こそ異様で不気味なキャプテンゴーストだが、仮面ライダーゴーストの指示に忠実でサポートもそつなくこなす頼れるメカなのだ。

「ちょっとー、私のこと忘れてませんか? 私こんなことをしに来たのでは・・・」

 勝負の最中であることを忘れ、完全に蚊帳の外になってしまっている文。話しこける二人に対して離れたところから声をかけるのだが。

「一緒に行きましょう、椛さん!」

「はい! 今こそ文さんに一矢報いるとき!」

「あー、これ完全に聞く耳持たない感じのやつじゃないですか・・」

 友希の加勢により再び心に火の灯った椛は、文の方を力強く見つめ今にも飛び掛かって行かんばかりである。

「貴方はできるだけ文さんを翻弄してください。その隙を狙って私が一撃を叩き込みます」

「いいですけど、それで倒せますか? 正直この姿じゃ追い詰められないと思います」

「それでも大丈夫です。本当に文さんの注意だけを引いていただければ、天狗のスピードと狼のどう猛さをお見せできるでしょう。私だって天狗の端くれですから!」

 静かに作戦を話し合う友希と椛だったが、そんなことは文にはお見通しであった。

 しかしそれでもなお文は一つの策を思索していた。それは「この戦いにわざと負けること」である。

 文としてもこの策はあまり実行に移したくはなかったのだが、それ以上に優先しなければいけないことが文にはあったのだ。

(仕方がありませんね。こればかりは、私がたきつけたのも悪かったですし)

 ひとしきり考えてそしてまとまった文は、ゆっくりと椛の目を見据える。

 今までには見たことのない言いようのない文の表情に不信感がよぎるも、それが友希の行動に発破をかけキャプテンのブースターがうなりを上げる。

「出航ぉ!」

 とはいえ友希自身にはどうやって文を攪乱しようか、全く考えはなかった。

 前回のようにコンバットシューティングゲーマーで戦えば話は早いのだが、にとりはリョウマ魂をご所望の様子。その上相手は人間じゃないだけに同じ手が通じるとも思えなかった。

 だから友希は、この際持てる機能をすべて活用し戦況だけでなく相手の思惑さえもかき乱してやろうと逆にやる気に満ち満ちていた。自分自身にも分からない戦法が文に予測できるわけがないだろうというわけである。

「正面突破ですか。愚かな、私の力を再びお見せしましょう!」

 友希が銃を構えて文に向かい突き進む!

 文の右手には何となく既視感のある赤い葉うちわがなびく。

「はぁぁっ!」

 いわゆる天狗のうちわだろうか。文の振りかぶりと同時にしなりを見せたそれ。

 しかしその効果は友希の想像のはるか上を行く、風を仰ぐなんて生易しいものではなかった。

 

ボンッ‼

 

 その瞬間友希の耳に何か大砲が放たれるような重圧な音が聞こえたかと思うと、今度は目に見えない鈍器で全身を殴打されたかのような衝撃に見舞われた。

 落とされまいとキャプテンの帆の支柱部分につかまる友希だったが、当然帆も今の風を一身に受けて転覆しそうな勢いでグワングワンと船体を揺らす。

「ぐあぁぁっ・・旋回っ!」

 友希がそう命じると、キャプテンゴーストはうまく船体の揺れを利用し振り子のように向きを変えた。そして友希も負けじとうまく狙いが定まらないながらも文を狙い打とうと銃口を向ける。

「まだまだ、こんなものではありませんよっ!」

 その後も次々と容赦のない突風が四方八方から船体に襲い掛かった!

 しかし友希もやられっぱなしでは終わらない!

「ヒヤッとしたけどこれは好都合だ! キャプテンゴースト、GO!」

「・・・⁉」

 威勢のいい声が聞こえた次の瞬間、文の目の前で不思議なことが起こった。

 先ほどと同様に吹き荒れる突風にあおられながら右左に揺れるキャプテンゴーストだったが、心なしかぐんぐんとスピードを上げ文に近づいているように見えたのだ。

 これだけ船体が不安定なのであれば加速するのはおろかまっすぐ進むことすらままならないはず。しかしどういうわけか友希の乗った船は風をものともせずどんどん接近してくる。

「これは・・いったいどういうわけです⁉」

 以前のこともあってか動揺と不安を隠しきれない文は、さらに体を大きく使ってうちわをなびかせる。その様からも文の必死さが伝わってきた。

 しかしどうやらそれも徒労に終わったようだ。

 甲板で直立している友希こそ振り落とされないようにしっかりと船体にしがみついてはいるものの、当の船はさらに加速を始めついにものすごいスピードで文を追尾するまでとなったのだ。

「そんな馬鹿な⁉」

「すごい・・・。凄いです、友希さん!」

離れたところから準備をしていた椛だが、いつの間にやら友希の不思議な戦い方に見入ってしまい途中からただの観戦者になっていた。

右から左から、前から下から、ひとつずつが台風クラスの威力の高い風であることに変わりはない。だが友希はそれをまるで荒れ狂う大波を進むかのように豪快に乗りこなしている。

 以前に文を追い詰めたジェット機の能力ならまだしも、なぜ船であるキャプテンゴーストが文のスピードについていくことができているのか。その秘密は同乗している友希にあった。

 正確には友希が今現在変身しているリョウマ魂の能力がキャプテンをさらに強化しているのである。

 実はリョウマ魂のパーカーには周囲に存在するあらゆるエネルギーの流れをコントロールしそれを推進力に変えるという能力がある。よって文の操る風によるエネルギーをその能力により取り込み、船の進む推進力としてずっと利用していたのである。

 つまり文が焦ってより強い風を起こせば起こすほど友希たちのスピードは上昇し、最終的に文のスピードに追随までとなったのだ。

 さらに幸運なことに前回の戦いで文に指摘した機動力を上回ればいいという面は、文が繰り出す四方八方からの風によって縦横無尽に駆け回ることに成功しているためカバーできていた。

 したがって現在友希が文を追い詰めているというわけなのである。

「逃がさねー!」

 キャプテンゴーストの帆にしがみつきながら晴天の大空を駆けまわる。

 追いつかれはしないもののしつこく付きまとう船舶に業を煮やす文。

 さらにそれに追い打ちをかけるように友希は文めがけて容赦のない銃撃を放つのだが、文をさらに困らせたのはまたしてもキャプテンの力量だった。

「撃てぇ!」

「・・・っ!」

 キャプテンゴーストは幽霊船だが同時に戦艦でもあった。つまり船体側面から顔をのぞかせた複数の主砲が虎視眈々と文に狙いを定めていたのである。

 

ドン! ドン! ドン!

 

文の操る暴風よりもさらに鈍くそして重厚な音を発しながら大砲は次々光弾を吐き出してゆく。

超スピードで空を駆ける文と風を受けそれを追う友希、二人による高速のチェイスが妖怪の山上空にて繰り広げられる。

「なるほど、どうなるかと心配でしたが杞憂だったようですね。白狼天狗、犬走椛、参る!」

「実践データの撮影ついでに椛の雄姿も記録してるよー!」

 運動会を観戦する親のような反応でカメラを構えるにとり。

 椛も文と違うとはいえさすがは天狗の仲間、かなりの速さで友希にすぐに合流し簡素だが鮮やかな弾幕で文を翻弄し始めた。

「そんな、二対一なんて卑怯ですよ!」

 そうは言いつつもうっすらと笑みを浮かべて実は楽しんでいる様子の文に対し、やはりしぶとさを感じずにはいられなかった。

 友希自身もこんなにも激しい攻防戦は初めてのことで、甲板で揺られながら手に汗を握っていた。

 満を持して参戦した椛は、怒涛の勢いでとても密な弾幕模様を描き友希の攻撃を援護する。

「俺たちはやることがあるんだ。これで終わらせてもらう!」

『ダイカイガン! リョウマ! オメガドライブ!』

 気が付けば文の周りには無数の弾幕が張り巡らされ、逃げ場こそあるもののその模様は文に向かって意味深に伸びている。

 まるでそう、蒼い海原に出現した渦潮のように。

「流れに乗れ、キャプテン! これが最後の『ようそろー』!」

 友希の指示を待ってましたと言わんばかりにぴょんと跳ねたキャプテンゴーストは、渦を巻く椛の弾幕のすぐ上に陣取り弾幕の流れと共に高速で文の周りを旋回する!

 しかもその合間も余すことなく大砲をぶっ放し続けるので勢いは増すばかりだ。

「ならば、これならどうですか!」

 全方位から押し寄せる弾幕の渦にさすがの文も苦戦を強いられたよう。そこでお得意のうちわ捌きを駆使し弾幕を吹き飛ばそうと勢いよく空を仰ぐ。

 だがそれは完全に失策だった。

 すでに渦と言う形で全体の軌道を決めていた弾幕の勢いは止まらず、むしろ風の流れを受けてさらにトリッキーかつ勢いのある弾幕に変えてしまったのだ。

 さらに言えば先述のように友希もリョウマ魂の能力で加速が上乗せされもした。

 目がチカチカするほどに鮮やかな弾幕の不規則な嵐に、もはや文の敗色は濃厚。それは文自身でも不本意ながらうすうす気づいているに違いない。

 本来ならば有り得ない敗北。すでに一度味わった雪辱だが、一度目は自らの過信と油断、そして二度目は自分と比べて劣るとはいえ敵が二人となり手を組んだこと。

 別々の脅威が一つとなり逃げ場を失ったのだ。

「はああああっ‼」

「おらあああっ‼」

 次々と追い打ちを駆けるように生み出されていく弾幕の渦。

 その中を颯爽と泳ぐ幽霊船と放たれた光弾の数々。

 まるで凝縮される物質、獲物を得た魚群、時に逆らう逆花火のように強烈に文に襲い掛かる!

「うわぁぁ! 盟友! 椛ぃ!」

 辺り一帯を照らす激しい閃光と炸裂した弾幕のはじける爆音にあてられるにとりは巻き上がり迫りくる土ぼこりから伏せて身を守った。

 そしてその光は妖怪の山を照らし遠くからは人里からでも確認することができたという。

 

 

 

「はぁ、随分時間食ったな~」

「そう? 実はそうでもなかったりする。ほら、大体30分くらい」

「何はともあれ太陽が昇りきる前に終わらせられて良かったです」

 時刻はすでに昼前。先ほどの戦いを勝利で締めくくった友希と椛、そしてにとりは文を縄で縛り上げ三人で話し合っていた。

 ただでさえ変身して戦うことに体力を消耗するというのに、加えてキャプテンゴーストの激しい操縦で友希の身体は今にも筋肉痛になりそうなくらい悲鳴を上げている。

 椛も軽く息を切らしているのだが、そんな中文は面白がっているようなばつが悪いような、そんな顔をして額に汗をかいていた。

「はいにとり。これ返しとくわ。ブレスとの同期がまだなんだろ?」

「うん、ありがと。これで文も少しは身の振り方を考えるんじゃない? 河童も結構捏造記事に困らされていたからねぇ」

「捏造ではありません! もっと素晴らしく目を引く記事に盛ってあげただけです! むしろ感謝してほしいくらいですよ!」

 この場にいる文以外の全員がこう思ったことだろう。「ダメだこりゃ」と。

「って、こんなことをしている場合ではなかったんでした!」

 急に大声を張り上げて縛られたまま立ち上がる文に、友希は随分騒がしい奴だと苦い目を向ける。

 そんなことはお構いなしに文は会話を続ける。その対象は椛だった。

「椛、大天狗様がお呼びですよ!」

 なぜだろうか。失態を犯してしまったという焦燥感があるはずの文だがそれに加えてどこか明るいような、椛の反応を心待ちにしているかのような別の感情を垣間見ざるを得ない。

 今までを振り返ってみてもそうだがかなり感情が豊かである。

 しかし文は自らの軽率な行動を少し後悔することになった。今までのこともあってか椛はとても攻撃的に文を攻め立てたのだ。

「だ・か・ら‼ 何でそういう大事なことをさっさと言わないんですか、文さんはぁ⁉ しかもその顔、とてつもなく腹が立ちます‼」

 文が振り返えり終えたその直後、つまり文が話し終わる前にはすでに椛の足は動いていた。

 ガッと文の胸ぐらをつかみ上げ眼球をむき出しにして激昂する椛は、まさに狼のどう猛さを体現したかのように見える。その姿に先ほどまでの穏便できりっとした印象を持っていた友希は、少しばかり身の毛がよだってしまうのだった。

「ってこんなことをしている場合ではない! 早く大天狗様のもとへ行かないと!」

「あっ・・ちょっと椛!」

 ひどく焦り出した椛を落ち着かせようと声をかけたにとりだったが、そんなことはお構いなしに今までで一番のスピードでまっすぐに飛翔していってしまった。

「・・・大丈夫かな?」

「めっちゃ焦ってたな」

「それはそうですよ。大天狗様直々のお呼び出しとあれば焦り緊張しない天狗はいません!」

「でも、一緒に来てくれる約束だったんだけどな」

「それなら心配ご無用! 私が代わりを務めさせていただきますよー!」

「えっ、暇なの?」

「ネタ集めの一環です!」

 文に対する感情であれば皆意気投合できるであろう。二人はあからさまに嫌な顔をして文を上から睨みつけた。

「あ・・ははは・・・。わかりましたって、もう何も横槍は入れませんから・・・。だからこれほどいてくださいよ~」

「・・・・・」

 なんというか本当につかみどころのない性格をしていると改めて感じたと同時に、もう考えることが面倒くさくなってしまった友希は何も言わずそっと文の縄をほどいた。

 そして案の定縄から解き放たれた文は嬉々として飛び上がり、そして羽をたなびかせ元気よく空を飛ぶのであった。

「よ~し、ではでは早速行くとしましょう! 次はどこに行くおつもりで?」

「次も何も初めから守矢神社にしか行かないつもりだったよ。そこくらいだろ、妖怪の山内で堂々と人間が歩ける所なんて」

 神社と聞くと真っ先に博麗神社が思い浮かんだ友希だったが、他にも神社が存在しているらしい。そのことを問おうとも考えたがやはりもう面倒くさいので黙ってにとりの後を行く。

「それでは妖怪の山ツアーの始まりです! 私も付いているので心配はいりませんよ!」

(それを一番心配してるんだろうが!)

 転んでもただでは起きない文。非常に上機嫌な彼女にツッコミを心の中で決め、にとりと一緒に渋々と歩を進めたのであった。

 

第二十五話 完

 




どうも、最後まで見ていただいたいてありがとうございました!
作者の『彗星のシアン』です!

いろいろと突っ込みたいところはあるかと思います。
特にこの『東方友戦録』を最初から見ていただいている方は「あれ? そういえばこんなこと言ってたっけ?」みたいな。
説明へたくそですね、すみませんでした!

まずはタイトルですね。超えるのは番犬ではなく鴉でした・・・。
これに関してはもう文が悪いです。誰が何と言おうと文が悪いです。はい。
だって乱入してきたんですもん! 本当はにとりも簡単には入らせてくれないじゃないかって思ってました。椛がね! 
うまくいきそうだったのに! 何事もなく入らせてくれそうな雰囲気だったのに!(それはそれでタイトル詐欺ですが・・・)

あと友達作ろう作戦の事ですね。そんなの忘れてたよって人、多いと思います。
それに過去にもそんなに意欲的に取り組んでなかったような・・・。
すぐに仮面ライダーに変身して、友希が覚悟決める流れまで友達作りなんか全然やってなかったような・・・。
まあこれは、にとりの興味の赴くままって感じもあるので、おそらくまたしばらくしたら忘れているはずです。(それはそれで問題ですが・・・)

なにはともあれ、ここからは心機一転。再び物語が動き始めます!
これから友希たちが向かう場所とは? 次回もお楽しみに!


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第26話 なぜ神の怒りを買ったのか

何やら用事のある椛を見送り、友希・にとり・文の3人は妖怪の山の獣道を進む。目的地は山の山頂にある守矢と言う名の神社だと話すにとりだが、登山をするにはどうにも苦労が予想される。友希の思いなど意に介さずといった様子の妖怪2人は意気揚々と歩を進める。その先にかつてない窮地が待っているとはつゆ知らず・・・。


 見渡す限りの緑。人間のために作られたという林道も申し訳程度で、獣道のように草木に浸食されつつある。

 今友希たちが向かっているとある神社は、妖怪の山の内部に存在するにも関わらず人間が参拝することが可能らしいが、だからと言って全く妖怪に襲われないわけではない。

 しかも手入れがあまり行き届いていないこんな道では誰も通りたがらないだろう。

 その証拠にまだ昼であるというのに薄暗く湿っぽい、まるで樹海の中を歩いているような気分になるのだ。

「ほんとにこの道であってるのか、にとり」

「あってるよ。楽じゃないけど確かに守矢神社に続く旧道だから、我慢して」

 どうやら目的の神社の名は守矢神社と言うらしい。しかし友希が気になった箇所はそこではない。

「いや、旧道ってことはどこかに新しい道があるってことだろ⁉ なんでそこを行かないんだよ!」

「そんなに語気を荒げられても仕方がないんですよ。守矢神社までのロープウェイは今は河童によるメンテナンス作業中で、行っても使わせてもらえない状況なんですから」

「ロープウェイがあるのか・・・。なんか急に近代的だな」

 確かにそんな便利なものができているのなら、わざわざ足で妖怪の山を登ろうなんて大着者は現れないはずなので、この旧道の荒れようも納得がいく。

 ・・・いや待て。歩いて、山を、登る⁉

「俺たちこれから歩いて山を登るのか⁉」

「いいんですよー、私なんか飛べちゃうので。置いて行っても」

「いやいや、山って言ってもあれは無理あるだろ⁉ 富士山級じゃねぇか! てか文は勝手にしろよ」

 そう、目の前にそびえたつ山はとてつもなく巨大で、歩いて登っていたのでは日が暮れてしまいそうなのだ。

 友希自身、生まれ育った地の山に何度か登ったことがあるので山登りの経験自体はあったのだが、いかんせんもう何年も登っていないので体力的に不安が残る。

「大丈夫だよ。今見えているのは妖怪の山全域を見渡した部分であって、実際はもっと緩やかな所も多い。それに参道もしっかりと作られているから、里の人間が日常的に登れるくらいは問題ないよ」

「う~ん・・・」

 まさか真昼間から登山を開始する羽目になるとは。

 紅葉に燃える眼前の大山を仰ぎながら、重い足取りを引きずるように歩を進める友希。

 また当然ながら自然の山は野生動物の宝庫でもある。

 野獣よりも恐ろしい妖怪と一緒に肩を並べ歩いているのだから、何も恐れることはない。しかし人間のための環境が整備されている外の世界とは違い、ここでは当然のようにその野性を垣間見ることもざらだ。

 今、道を行く三人の目の前にはまだ子供のイノシシ、いわゆる『うり坊』の姿があった。それも前足から赤い液体を滴らせて。

「・・・こんなもんかな? 初めてだからよくわかんないんだけど」

「う~ん、巻けてはいるし緩くもないから大丈夫じゃないかな」

 友希はにとりからゴーストドライバーと白いアイコンを受け取り仮面ライダーゴースト ナイチンゲール魂に変身、応急的にだが包帯で手当てを施した。

 外の世界ではよく野生のイノシシには関わるなだとか、自然界に人間が干渉するのはいけないことだとか耳にしていたが・・・。

「これはさすがに、ほっとけないよなぁ」

 いくら何でもこの可愛さは反則である。もしこれを放っておける人間がいると言うのなら正気を疑う。

 それに今はにとりと文もいる。何かあっても友希一人でいるよりは安全だろう。

 そんなことを思っていると、緊張が解けたのかぎこちなく起き上がったうり坊はそそくさと森の中へと消えていったのだった。

 一瞬変身を解いた友希の方を見つめたような気がしたが、多分それは自意識過剰だろう。

「なあにとり、あれってもしかして妖怪にやられたとか?」

「それは断定できないなぁ。そういうときもあるし、単に動物同士の縄張り争いや事故にあったって可能性も十分にあるから」

 普通に考えればそうだ、何も妖怪ばかりが原因ではない。

 幻想郷に来てからもう三カ月は立つだろうか。この世界の実情や力関係は身に染みて分かってきていたし、この場が妖怪が仕切る縄張りであるということもあってか、無意識に警戒心が高まっているのだろう。

 隣にいるのは二人とも妖怪であるというのもまたおかしな話だが。

「済みましたか? それでは先に進みましょう!」

 とはいえ他の動物のことを心配しているのは友希とにとりだけで、文は端の木にもたれかかりながらずっと手に持った手帳とにらめっこをしていた。

 さしずめ「記事にならない」とか「面白くない」とか、文らしいと言えばらしいそんなことを考えているに違いない。こんな身近に正気を疑う者がいたとは。

 文が先頭を切っているのは少々気に食わなかったが、こんな道中で止まっていてはすぐに日が暮れてしまうのは事実。渋々と二人は足を動かした。

 

 

 

「おお、あれが!」

あれから山を登り続けること30分程度、森林を抜けて草原が広がる開放感のある道へと出た友希一行。

そしてその先には、言っては悪いが博麗神社とは比べ物にならないほどに立派な大社が厳かにそびえているのが見える。

 さらに近づいて見てみるとその豪勢さがよりよくわかった。

 非常に鮮やかな鈍色を発する瓦、見ただけで年季と強固さがうかがえる極太の木の柱、きれいに整備された石畳とその周りの砂利。

 極めつけは外の世界でもそうお目にかかれないであろう巨大なしめ縄が、賽銭箱の真上辺りにド~ンとかかっているのだ。

「おお~・・・」

 あまりのオーラに息を漏らすしかない友希。霊夢がいつも参拝客と賽銭の少なさで嘆いている理由が、何となくだが分かったような気がした。

「・・・でも、人がいないようだけど?」

「どうしたんでしょうねぇ。いつもは必ず誰かがいるのに」

「おかしいな、ちゃんと手紙で連絡はしてあるはずなのに・・・」

 今このご時世に手紙なんて・・・とは思ったものの、幻想郷には携帯はおろか電話線すら通ってないので手紙が最も確実な通信手段なのだろう。

 そしてその管理をしているのは他でもない、情報網を網羅している鴉天狗の生業なのだそう。

「ねえ~、天狗の仕事はどーなってんのさ?」

「なぜ失態を犯しているていで話を進めるんです⁉ それに郵便は私の仕事ではありません、知っているでしょう!」

 やはり真っ先に疑いの目を向けられたのは鴉天狗の文だ。しかしこればかりは文の信用の無さが招いた自業自得なので、友希は特に言うこともなく周りを見渡す。

 神社の周囲は切り立つ岩山で囲まれているものの暗くはなく、むしろ岩肌に光が反射して非常に明るい。

それどころか清々しい風が山の間を吹き抜けてこの神社に運ばれているおかげで、開放感に拍車がかかって居心地がすごく良く感じる。

 あまりの心地よさに心を奪われ、友希はふと目をつむってみる。

が、その気分を消し去るように、どこからともなく声が響いてきた。

「その手紙とやらは、これの事かい?」

「えっ・・・⁉」

 静かに自然に耳を傾けていた友希には、意外にもこの声の主の居場所がすぐに分かった。

 見上げる巨大なしめ縄よりももっと上。瓦屋根の最も高いところに日光に照らされて何者かの影が差していた。

「あ、あなたは!」

「えっ、誰?」

 反応から察するに文とにとりには面識があるようで、二人とも大口を開けて恐々粛々といった様子。

 しかしながら当然友希には誰だかさっぱりで、別の意味で大口を開け呆然と見つめるしかなかった。

「ふっ・・・、貴様が紫の言っていた男ね」

 紫。またその名前かとふいに眉間にしわを寄せる友希。

 いつも何やら重要な場面に聞く名前だ。それでいてこの幻想郷に来てからは一度たりともその姿を目の当たりにしたことはない。

 話が早くなるのは友希としても助かるのだが、それ以上に名前や噂だけが独り歩きしていることに多少不安も覚えていた。

 「紫」と言う名前に対する友希の憶測のように漠然とした情報だけが言い伝えられる場合、どうしても分からない部分は受け取り手の都合のいいように想像されがちだ。

 また想像は正の方向だけでなく負の方向に働くときの方が多い。

 負の方向とはすなわち脅威に対する不安。伝わるうちに分からない部分が脚色され、もしや自分に害を及ぼす存在なのではないかと思ってしまうものだ。

そうなってしまえば危機感は暴走・増殖を繰り返しどんどん膨らんでゆく。そしてなかなかその意識を覆すことは難しくなる。ここまでが友希の経験上の知識。

 では今回の場合はどうか。

「よかった、ちゃんと届いていて。彼が書いてあった人間です」

「ああ、我々の平穏を脅かす存在。我々の敵・・・」

「えぇ・・・」

 まさかの後者、それもはっきりと敵であると意識が根付いてしまっている。最も危惧していた事態だ。

「いやいや、違いますよ⁉ おいにとり! 一体なんて書いたんだよ⁉」

「いや普通に盟友を紹介したいって書いたよ⁉」

「【速報】里を守るヒーローは実は幻想郷の敵だった⁉ っと」

「「書いてる場合か!」」

 いつもの調子で変な記事を書こうとする文を二人がかりで制止する。

 そんな中、屋根の上の人物はゆっくりと浮遊し始め、降臨するようにゆっくりと地に降り立った。

 光を全身に受けあらわになったその姿は、紫色の髪をなびかせ紫色の衣装に身を包んだ女性。しめ縄をあしらった装飾や服の模様などを見て何とも偉大そうな感じがするのだが、それ以上にそこらの力自慢の男より大きく見えるのはなぜだろう。見た目にも随分とがっしりした印象を受ける。

 そして表情からは今にも襲い掛かって来んばかりの険しい感情が読み取れた。

「貴様のようなどこの馬の骨とも分からん男に、ウチのかわいい早苗はやらん‼」

「ああ、何か勘違いされてません⁉」

「問答無用っ!」

 友希の言葉に耳を貸すことはなく、にとりの発言を待とうともせず、ゆっくりとだが流れるようにその拳が友希めがけて放たれる!

「うおぁぁっ!」

 咄嗟に友希は横に転がり攻撃を回避する。

 普通の人間ならば当然の反応だが、何やら濡れ衣のこの状況で自己防衛を図ったということは、すなわち半ば罪を認めていると思われても仕方がないということに友希は直後気が付いた。

 意外にも女性は攻撃が外れたことに腹を立てた様子はなかった。むしろ非常に穏やかに体勢を立て直しゆっくりと友希を睨みつけてきた。

 目を合わせているだけだというのにとんでもない威圧感である。次は何をしてくる? なぜそこまで怒りを自分に向ける? 睨まれているだけで心臓が締め付けられているような気分に陥る、まるで新手の拷問を受けているような気分だった。

 だがそれも長くは続かない。

 急にグッと空気が張り詰めるのを感じた瞬間、女性の周辺に突如として光弾が次々と出現、気迫の雄たけびと共に一気に四散する!

「はあぁっっっ‼」

「これはまずいっ!」

 ここで真っ先に逃亡を図ったのは、なんと先ほどまで冗談を飛ばすほど余裕があった文だった。

 強烈な閃光、津波のように押し寄せる弾幕の壁、そして何よりそれはもはや人間の目で反応できるものではなかった。

 驚異の弾幕は一瞬にしてあたり一面を吹き飛ばし、先ほどまでの美しい景観が嘘のように土ぼこり舞う荒れ地にしてしまった。

 とはいえさすがに考えがあったのか大事な本殿は綺麗に避けられていた。と言うより、本殿に接触する前に弾幕が消え失せたかのような痕跡が残っている。

 文は持ち前のスピードで、にとりは早急に甲羅からシールドを展開して身を守った様子。

そして友希はと言うと、ばらばらにはじけ飛んだものの体を水に変えることで何とか難を逃れていた。

しかも今回に関しては人間に反応できなかったことが逆に功を奏していたと言える。

なぜなら反応が遅れたことで体が緊張して生身に戻ることなく水の状態でいられたからだ。

これがもし下手に構えでもしていたらと思うと身の毛がよだつ。

「ちょっと落ち着いてくださいって!」

 にとりが得体の知れない彼女に会話を試みようとする間に、友希はすぐさま文のもとへと駆け寄る。

「おい大丈夫か⁉」

「ええ、何とか・・・」

 文も意表を突かれたのか息が切れて顔色も悪い。どうやらにとりの交渉もうまくいかないようだ。

「って、おいおいおいぃぃぃ‼」

 友希は自分の目を疑った。

 いったいいつどこから持ってきたのか、そんじょそこらの岩山よりも遥かに大きい巨大な柱が太陽の光を遮断しそびえている! それも紫の彼女は片手で持ち上げ構えているのだ!

「そんな馬鹿な! なんでそこまで⁉」

 たまらずにとりは友希に向かって全力で疾走する。

「おいどうなってんだこれ⁉ 何なんだよあの人はぁ⁉」

「人ではありません・・・。彼女は、神です!」

「・・・はぁ⁉」

「砕け散るがいい・・・」

 混乱する感情に任せて言い合っているうちに行動は開始され、そしてすぐさま終わりを迎える。

「盟友! これを!」

「・・・っ!」

 気づかぬうちに近寄ってきていたにとりからまたしてもアイテムが手渡された。

「現状ではこれしかない!」

 この状況では言っていることを理解することはできなかった。

 しかし友希も理解しようとは思わない。一刻も早くこの状況を打開する必要があるから。

 早く仮面の安心を得たいと、心の底からそう思った。

『スタート! ユア エンジン!』

 渡されたベルトを腰に装着、瞬間眩い赤色光に包まれる。

 そしてついに友希たちのもとへと到達した巨大な御柱は先の弾幕とは違い、非常に鈍い音を立てただ一点の地盤を強烈に叩き壊した。

 もちろんそれだけでも威力は異常と言えるものだった。あたりの地表がめくれ上がり、柱の触れた部分はおそらく一メートルほどは沈みこんだのではないだろうか。

「・・・手ごたえが、ない?」

 さすがに神だというだけのことはある。自らの身体とは直接触れていなかったにも関わらず、友希たちが攻撃を逃れていることに気づいたようだ。

 では一体どこへ?

 再び地上に降りてゆっくりと辺りを見渡す神。

「こっちだ」

 唐突に背後から聞こえた友希の声。

意表を突かれたこと意外だったようで、容赦のない裏拳が突発的に放たれる。

 しかし友希には命中しない。すでにそこに姿はない。

 ただ事ではないと直感で察したか、警戒するように少し腰を低くし辺りを見渡す。

『スピード!』

 姿は見えない。確かに声の聞こえた方に今度はしっかりとしたパンチをお見舞いしようと神は振りかぶった。

 そしてその拳が狙った線上に、丁度高速で飛んできた赤い拳が迫っていたのだ。

 両者の拳が勢いよくぶつかり合い、一瞬だが閃光のようなものが走ったようにも見えた。

 神は相手の姿をとらえ逃すまいと事後もさらに強く拳を押し込む!

 触れ合った拳の先には人型をした何か。

 黒のスーツの上に真っ赤な装備が装着され、銀色の複眼が煌々と輝いている。

 さらに一際目を引くのは、左肩から右腹側部にかけて胴体にすっぽりとはまっている赤いラインの入った黒いタイヤである。しかも先ほどからずっと唸りをあげながら高速回転しているではないか。

 一見奇怪な見た目をしている謎の機械生命体に対して、一瞬だが眉をひそめた彼女は驚いているのだろうか。

友希にはおろか周りの誰にも察することができなかっただろうが、彼女は同時にどこか懐かしい既視感のようなものを感じていた。

 その正体に迫りたいとさらにグッと力を籠める神様だったが、それに反応して目の前の戦士も黙ってはおらず一気に腕を振りぬき払ってみせた。

 この赤い戦士だがもちろん正体は変身した友希である。

 友希は左手首にはめたブレスに手をやり何やら操作する。

『スピ・スピ・スピード!』

 今までのライダーのアイテムとは異なり、かなりダンディで低い良い声が響くと同時に胸にかかったタイヤの回転にますます拍車がかかってゆく。

 この奇抜さとメカニカルが融合した謎の赤の戦士は、目にも止まらぬ高速で正義を執行するトップギア警察官。仮面ライダードライブ タイプスピード!

 またしても高速で移動する友希だが、早すぎてもはや何ものとも比べようがない。

 しかしながら標的は一人、神だという彼女に向かってすべての攻撃が一瞬のうちにして浴びせかけられる!

 そのおかげで発生している赤い残像がかろうじて友希の存在を語っていた。

「面白いじゃないか・・・」

 襲い掛かる拳や脚を受けながらそう笑った神。

 友希自身、高速で飛び不慣れな弾幕を浴びせたことはあれど高速でかつ地に足着いて攻撃を放ったことはないので、一発一発の威力には自信がない。当てたらすぐに引いてしまう。

 目の前で攻撃を受ける神の余裕にも薄々気づいていたが、だからと言ってどうすることもできないのでただひたすらに連打をお見舞いする。

「ちょっと! 文も手助けに行ってきなよ!」

「いやいや無理ですって! そんな恐れ多いことは・・・!」

「何を今更⁉ さんざん記事で迷惑かけてんじゃん!」

 友希と神の気迫の戦いの後ろで文とにとりは言い合いを始めてしまった。

 もうこれだけでかなりカオスな状況だが、そこに神がさらなる一手を投じたのだ。

「いい加減に、鬱陶しい!」

「おおぁっ!」

 今まで以上に鬼気迫る表情を見せた彼女はどういった力なのか謎の覇気を放ち、それにより友希は問答無用で後ろに後退させられてしまう。

「俺だってまだまだ!」

 友希の発言を合図にするようにどこからともなくミニカーが神めがけて突進していく。

 それは先ほど友希に渡されたアイテムと形状が酷似しているが色が違い、加えてまるで火球のごとく火をまとって相手の周りを旋回しながら自ら連続攻撃を仕掛けている。

 神はそれを鬱陶しがりはするものの、どうということのないといった感じで弾き飛ばしてしまい、それは友希の手元へと至った。

『タイヤコウカーン! マックスフレア!』

 手に取ったアイテムを操作しベルトから反応が返ってくると、またしてもどこからともなく今度は燃え盛るタイヤが友希めがけて飛んできた!

 そしてタイヤはドライブに既存でついている黒いスタンダードタイヤを弾き飛ばし、代わりに友希の胸にはめ込まれるのであった。

「今度はなんだい?」

 先ほどから珍妙なものを見せられていると若干の呆れ顔をのぞかせる神。

「おおっ、何ですかあれは⁉」

 にとりの言葉攻めにもうんざりの口論から一辺、一方的に文から話を切り上げ友希の別の姿へとカメラを向ける。

「あれはドライブがシフトマックスフレア! でタイヤコウカーン! した、人呼んで獄炎の撲滅警官! 仮面ライダードライブ タイプスピードフレア! スピードもいいけどパワーにも重点を置くつもりだね、盟友!」

 友希に話を持ち掛けられて以来その開発や研究に没頭して、今ではにとりもかなりの仮面ライダーマニアである。

「炎の拳ならどうだぁ⁉」

『フレ・フレ・フレア!』

 燃え盛るタイヤの効果なのか高速の世界がそうさせたのか、再び果敢に立ち向かう友希の行く道には炎が後を引く。

 しかしながらいい加減に受け身はとり飽きたようで、今度は神もついに拳を振り上げる。

 もはや友希は必死だった。

 いくら変身して身体能力の類が強化されたとしても中身は友希であることに変わりはない。

 あの拳が直撃すればどうなる? どうすれば神だという相手に勝つことができる? 退けたとしてどう誤解を解く? というか何で自分に怒りの矛先が向いているのかがそもそも訳が分からない。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」

 一つ選択を間違えれば取り返しのつかないことになりかねない。そんな緊迫した気分だった。

 そんなことを考えていたからなのかどうかは分からないが、不意にできた攻撃の間に自身で違和感を感じる。その瞬間に左の頬に激痛が襲った。

 「しまった」と瞬間で身に起きたことを自覚したがそれもつかの間、今度はさらに強力な一撃が友希の顔面にヒットしてしまう。

 そこからはまさに一瞬の出来事。全身に痛みが濁流のように走ったかと思えば、次の瞬間友希の身体は宙を舞っていた。

「・・・っ⁉」

 言葉を発する暇がなかったのか、それとも発せないほどに衝撃だったのか。友希の口からは苦痛交じりの息が漏れる。

「ふんっっっ!」

空中で身動きのとれぬ友希に対して、さらにダメ押しと言わんばかりの強力な蹴りが入る。

骨こそ損傷はしていないものの無防備な腹部には直撃、少なくとも腹部に足がめり込むくらいには強烈な一撃だった。

そのまま吹き飛ばされた友希の身体は地面に叩きつけられ、その部分の石畳が無残にもめくれ剥がれて衝撃の大きさを物語った。

「ぐあぁぁぁっっ・・‼」

「友希ぃっ!」

「・・・っ!」

 あまりの痛みと苦しさに仮面の下の顔をゆがませ、まともな声にもならない断末魔を絞り出す友希にすかさず駆け寄るにとり。

 文は相変わらずカメラを片手にその様子を神妙な面持ちでうかがっていた。

「・・・・・」

 神は何も言わずただ一歩一歩と友希に向かって歩みを進めてくる。

「ちょっと待って、何かの間違いだよ! 友希は何もしてない!」

「河童風情に何が分かるというんだい? その男は我が守矢を危機に陥れかねない脅威、そして大罪人だ!」

「そんな・・・⁉」

 神に全く話が通じる様子はない。

 速さにはついてくる、炎の連撃も特に効いている様子がない。

 変身を解けば水の能力が生かせ攻撃などものともしないだろう。しかしこちらの攻撃力も一気にそがれる。弾幕も撃てないしほぼ無力と言っても過言ではない。

 だいたい相手に水の能力に対する策がないとも言い切れない。なんといっても相手は人間や妖怪の規格を超えた神だから。それはすでに拳を交え痛めつけられた友希には薄々分かっていた。

 どんな策を巡らせようとも結局神という絶対的な存在の前に排除されてしまう。万事休すか。

「うう、にとり・・・」

「友希⁉ 大丈夫⁉ しっかりして!」

「何とか生きてるよ。それよりも、何とかして逃げられる方法を考えてくれ」

「逃げるって・・⁉」

「ここに来た目的は何であれこの状況はさすがにヤバいだろ! 誤解を解くにしても後だ、何されるか分かったもんじゃない! 時間は俺が稼ぐから早くしてくれ!」

「ほう、愚かにもまだ立つか」

 友希の変身はまだ解かれていない。

 どれだけズタボロにやられようとも生身で立ち向かうよりかはマシだ。

 考えることはにとりに任せて、友希はただ目の前の脅威に立ち向かうことだけに専念する。勝ちは絶望的だが時間稼ぎくらいならばできるだろうと踏んだのだ。

 逃げるなんてことはまるで自分たちに非があることを認めているようで非常に癪だが、正直友希にはそれよりも恐怖の感情の方がさらに大きかった。

 一度死を受け入れた友希だからこそ死ぬことの恐ろしさは身に染みていたし、何より神から発せられる直球の殺気が痛いくらいに心に刺さる。一刻も早くこの状況から脱したかった。

「来い! ワイルド! ダンプ!」

 友希が号令をかけると颯爽と二つのミニカーがもとへと参上した。

「スピードは見切られてる。なら、あんたと同じようにパワーで勝負する」

 少なくともこの神が重量級の攻撃を仕掛けてくるタイプだということは、数回拳を受けて分かった。

 にとりが持ってきたベルトとアイテムは少ないが、その中でも力に対応できるものを使用する。

 この状況の緊張感からか妙にゆっくりとした時間が流れているように感じる。

 両者相手の目を見据えながら、一人は仁王立ち、一人は手に持ったアイテムと手首のそれを静かに操作する。

『ドライブ! タイプ ワイルド!』

『タイヤコウカーン! ランブルダンプ!』

先ほどまでの赤い姿からは一転、輝くいぶし銀の素体に漆黒のボディ、右肩にドリルが付いた黄色いダンプタイヤが丸ごとくっついている姿に。

パワーにパワーをぶつける選択が良いか悪いかは別として、友希が命を懸けたこの大一番に選んだドライブの姿、高速豪快なワイルドマシン 仮面ライダードライブ タイプワイルドダンプ!

パワーを重点に置きながらも一定のスピードも出せるワイルドに、猪突猛進パワー特化型のランブルダンプを合わせて強化した姿だ。

フォームチェンジが完了する前に走り出していた友希と神は、とてつもないスピードと威力でその拳をぶつけ合う。

その瞬間分かったことだが、どうやら何をどう頑張っても目の前の神には敵わないようだ。

タイプワイルドに変えたというのにまだ押し負ける。それどころかどんどんと相手からの力が増している。そのくせ顔には苦労など微塵もにじませず、力強くこちらに圧をかけ続けているのだ。

どうしても勝てるイメージが湧かない。どうにかして、一刻も早く、この異常な相手から逃れなければ本当に命が危うい!

力同士が反発しあい弾かれる両者。

ただ『変身をしている』という事実のみから闘志を奮わせる友希。

「うおおおおお‼ くらえぇぇぇ‼」

「ど、どうしよう! 飛んで逃げる? 地面を掘って逃げる? ああだめ、絶対捕まる!」

「こんなところでコソコソと・・・それでも天狗か? 私は・・・」

 まさかこんな事態になろうとは、ここにいる誰が予想しただろうか。

 厳かな守矢神社、三者三葉の思索入り混じる戦場。

 この状況を打開する手はあるのか? 誰が手を差し伸べてくれるというのか?

 終わりの見えぬこの戦いを、ただ自らの正義を貫くために、再び神と人間の両者が激突する!

 

第二十六話 完

 




どうも、作者の『彗星のシアン』です。

東方友戦録は今回で26話、気が付けば一年間放送の特撮でいうところの折り返し地点にあたる話数を迎えました。(友戦録は折り返しではありませんよ!)
あくまで投稿は自己満足になっていますが、これからも意欲が続く限り物語を綴っていきたいと思います! 見てくださっている方がいればありがたいです、感謝します!

さて今回は新たなロケーション『守矢神社』へとたどり着いた友希一行。
ですがそこで待っていたのは「ずいぶんなご挨拶」。次元の違う神様の怒りでした。
果たして神にはどんな理由があって、どんな思いで友希に拳を向けたのでしょうか?
それも含めてなんとこの話は二部作、次回に続きます!

強大な力に恐怖の感情が膨らむ友希。
予想外の事態に慌てふためくにとり。
何やら内心落ち着かない様子の文。

今回の話の最後にもありましたが、この騒動はいったい誰がどのようにして納められるのか。次回その答えが分かります。また友希の行く先に新たな動きが見える予感がします!
それでは次回もご期待ください!


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第27話 無信仰心大暴れ

なぜ神が自分たちに対して敵意をむき出してくるのか、依然分からぬまま戦いは激しさを増してゆく。本来の幻想郷のルール『弾幕勝負』の枠をはみ出た肉弾戦闘に、友希は踊り、必死に食らいつく。そして身勝手な神の意向が放たれたとき、友希だけではなく共に来た妖怪たちも立ち上がるのだった!


 とあるなんてことない一日。そしてその昼下がり、博麗神社。

 いつもどうりカツカツの収入をはたいて買った里産の玄米を、いつもどうり自分で炊き上げおにぎりにしてかっ食らう。

 「昼食なんてそんなものでいい」、そう思い浮かべて自分を納得させる。そんな流れた対応をいったい何度繰り返したことだろうと、この神社の巫女・博麗 霊夢は縁側で天を仰ぎながら思い浮かべる。

 そう、それでいいのだ。

 人間が食事をとるのはすなわち行動に必要な栄養を摂取するためである。つまり行動する予定がなければ食事など簡素なもので事足りる。

 最近は異変が起きることもなく、あっても雑魚妖怪の対応程度。霊夢にとってはそんなことは大した行動ではない。

 だから昼食は『そんなものでいい』し、今は博麗の巫女とて空を仰ぎ『だらけている』のだ。これは平和なことの裏返し。むしろ素晴らしいことなのである。

「・・・そういえば。あの男、どうなったかしら」

 ふと頭をよぎった男の顔。この間外の世界から幻想郷に来た人間・一夜 友希。

 少し前までは人里で見かけたり何やら噂を耳にすることもしばしばあったが、最近はめっきり情報が入って来ない。

 神社にいることが多い霊夢なので、人間一人の行動を知りえないのは当然と言えば当然である。

 特に友希に対して肩入れするようなこともない。前会ったかぎりだとなんとかうまくやっている様子であったし、恐らくは心配もいらないだろう。

「・・・紫のやつ、一体何を企んでいるっていうの? 今度会ったら多少強引にでも問い詰めてやろうかしら」

 まだ友希が幻想郷に入ってきてから間もないころ、恐らく友希を幻想郷に送ったあの女性・八雲 紫から霊夢は言われた。

「初めはお遊び半分で幻想郷に入れてみたんだけど、何だか面白いことになりそうだからしばらく様子を見てみることにしたの」

 『お遊び半分』、ではもう半分は? それに『面白いこと』とは?

 取り留めもない言葉のようにも聞こえるがそう甘くはない。

 霊夢は知っている。八雲 紫は大妖怪にして幻想郷を創造した賢者の一人。どんな言葉にも必ず意味があり、そして彼女は聡明だということを。

 いつだって裏と表を見透かし、数多の運命を翻弄する妖怪だということを。

「同じ人間のよしみだものね。もう少し気を張ってもいいのかもしれない」

 何かが彼女の中で固まったのか、勢いをつけて状態を起こした霊夢。

 まだ微かに味のする唇をペロリと舐め、ぐんと背伸びをして気持ちを改める。

 やっと重い腰を上げた霊夢。しかし何も知らないとはいえ、やはり動き出すのが遅かった。

 博麗神社からも見える妖怪の山、その裏側。

戦いの粉塵が高く上がり、何かが起こっていることを周囲に知らせていた。

そしてその根元では今まさしく、一人の命を懸けたあるいは一族の安寧を懸けた決死の大勝負が巻き起こっていた!

 

『ダン・ダン・ダンプ!』

「うおおおおお! 貫けぇぇぇ‼」

 まさしく両者が激しくぶつかりあっている最中。

 友希の変身する仮面ライダードライブ タイプワイルドダンプが右手にドリルを装備して、神にその矛先を突き立てていた。

 だが全く手ごたえはない。恐らく相手が前に展開している謎のオーロラのような膜によって防がれているのだろう。

硬くもなければ柔らかくもない。まるで磁力ではじかれているような感覚だった。

「くっそ、抜けもしねぇ!」

 いったい何がどうなっているのやら、人知を超えた力に翻弄されている友希。

 どれだけ息巻いていてもやはりその焦りは収まらないようで、ドリルに注意がいっていたせいで・・・神が天に右手をかざしていたことに気づきもしないでいる。

「友希っ! 上ぇ!」

「なんだ⁉ ・・・雨か⁉」

 一向にびくともしないドリルに力を込めながら上空を見上げると、そこには無数の光点が眩くきらめいている。

 目に見える光の点であることから、すでにただの雨でないことは分かりきっている。だが問題はその大きさと落ちてくる速度。

 それはまさしく弾幕然とした様相で、深く考える暇さえ与えず早速と友希に降り注ぐ!

「防げきれねぇぇぇ‼ ぐあああああ‼」

 やはり雨などという生ぬるいものではなかった。

 粒の一つ一つがまるで槍のようにとんでもないスピードで友希に直撃し、さらに接触した瞬間に破裂するのでダメージも半端ではない。

 ドリルを手放し神から距離をとった友希だが、初めは立って耐えていたのにすぐに地に伏してしまっていた。

 それの激しさたるや轟音が山に響き渡るほど。またしても周り一帯が土煙でまみれてしまった。

「ああ、やっぱりあの方から逃げ切るなんて無謀だ・・・」

 あまりの光景にいつのまにか逃げる策など考えることを止めていたにとり。

 どうやらにとりと文には彼女との面識があったようだが、二人にもこんな状況は初めてみたいだった。

『タイヤコウカーン! マックスフレア!』

 舞う土煙で視認はできなかったが、ベルトから鳴った音で友希の生存と次なる行動を知る。

 ボンッと勢いよく煙を突き抜け、肩のタイヤと両腕に炎を纏いながら一気に神との間合いを詰める友希。

 すると友希には予想外だったのだが、今までロクに動かなかった神が一瞬のうちに移動し、友希の攻撃を回避したのだ。

 その瞬間友希はにとりが逃亡の選択肢を渋っている理由が理解できた。スピードという面でも神は人知を超えていたのだ。それもスピード特化のライダードライブと同等かそれ以上に・・・。

 瞬間始まった目にも止まらぬ高速の肉弾戦。あちらこちらで二人の拳がぶつかったときの火花が散る。

 巻き起こる暴風と爆発の音に、にとりはその場でしゃがみ込み帽子を深くかぶりながら委縮してしまっている。

「もういい加減にしてくれよ! 俺は無実なんだって、話を聞いてくれよ‼」

「お前と話すことは何もないな。戦いを止めたければ、さっさと我が力の前に沈め!」

 同じ高速の中にいてもなお目で追うことが難しい。そんな砂嵐のような空間で気持ちをぶつけるも結局は徒労に終わって、どうしてもいら立ち交じりの落胆が漏れる。

 そして同じく落胆のため息を吐く者がもう一人。無言で立ち尽くし友希たちのぶつかり合いをただじっと見守っていた文だった。

 さすがは鴉天狗といったところで、この暴風の中でもものともしない様子で直立している。

 同じ妖怪の山の者であり人間よりも高次な妖怪である文は、目の前で行われる行為を見て一体何を思ったのだろうか。

 少なくとも彼女の目には少し前のような軽率な眼差しはなかった。

「俺だって、訳も分からずに「はいそうですか」って負けを認めたくない。神だか何だか知らないけど、そんな理不尽が許されてたまるか‼」

 相手にどんな事情があるのかは知らない。だって教えてくれないから。

 教えてくれないくせに自分が絶対に正しいって信じ切ってる。

 そんな奴、神だろうと何だろうとムカつくに決まってる。

 友希の心の中では、もしかしたら敬意のようなものが微かにあったのかもしれない。神様は信じられありがたく祀るのが基本だと、勝手に思っていたのだろう。加えて初対面であったし、失礼の無いようにと思うのは当然のことだ。

 ただどうだ、初対面でこんな理不尽な仕打ちを受けて、こちらが黙って敬ってやるどうりはどう考えてもない。

 もう友希は疲れた。もっと言うとキレた。

『ヒッサーツ! フルスロットル! フレア!』

 友希は手慣れた速度でベルトとブレスを操作し一気にボルテージを高める!

 すると次の瞬間、友希が飛び上がり空中で回転したかと思えば、その回転はみるみるうちに速度を増しタイヤから噴出する獄炎を身にまとい、あっという間にその姿は巨大な火車輪のように変貌したのだ!

 自信が縦に回転しながら方向を制御したり意識を保つことは容易ではないが、それでも友希は自らの闘志にモノを言わせて一直線に神へと突進を仕掛ける。

「いい加減、倒れろぉぉぉ‼」

「力だけでなく、あらゆる面において勝ち目はないとまだ理解できないのか?」

「・・・!」

 火車が接触したその瞬間、神はそれを左腕で受け止めた。何の苦もなく。それも一瞬のうちにピタリと止めてしまった。

 あまりにも簡単に無効化されてしまったものだから、友希には理解が追いつかなかった。

 そのまま友希は強烈に地面に叩きつけられ苦しみの声を上げた。そして、首を鷲掴みにされゆっくりと神の目の前に掲げられる。

「かはっ・・ひゅー・・・」

 友希の喉からは弱々しいかすれた音が漏れ出す。

 荒れた広大な境内に、ただ無情な事実のみが映し出されている。

 そんな得も言われぬ光景に、にとりはただ身をすくめることしかできなかった。

「教えてくれないかしら、一体早苗のどこが素晴らしいと思っているのかを」

「なん・・だ、とぉ・・」

 えらく口数が少ないからそんなにも憤慨しているのかと思っていたが、この状況で友希に問をかけるとは。しかも何を言っているのか、話が理解できないから本当に困ってしまう。

「勘違いしないでほしいけど、早苗の素晴らしいところは挙げれば枚挙にいとまがないわ。当然ながらね。ただ重要なのは貴方がどれだけそれを理解し、どれだけ本気であるかよ」

 分からない。だが分かったこともある。

(この女ぁ、勘違いで初対面の人間をこんなにもいたぶりやがって! しかも自分が正しいと全く疑わないなんて!)

 友希だって初対面の人に対して無礼な態度や感情は控えたい。人間の礼節として。

 だが相手が真っ先に友希の思いを踏みにじった。そして痛みでそれを上塗りした。

 痛みは恐怖へと変わり、興奮へと昇華され、そして神の圧倒的な強さと自己愛はその思いを憎悪へと変貌させてしまった。

 もう友希は止められない。そして何より、止まりたくはなかった。

(こんな奴、神でも何でもない! 絶対にぶっ潰してやる‼)

「しかしこの程度の強さでは元より頼りないことこの上ないわ。加えて神に対し拳を振り上げるその礼節を欠いた舐めた態度。貴様は早苗にふさわしくない。身の程を知れ、野蛮で愚かな人間」

 神の首を掴む握力が強まる。

 と同時に友希の拳が叫びと共に放たれた。

「舐めてんのはお前だ! クソ野郎おおおおお‼」

 一心不乱に叫び友希には周りを見る余裕など皆無であった。

 だからだろう。友希の高速の拳よりも先に、神の背後に弾幕が着火したことに気づかなかったのは。

 そのおかげで喉を掴む手から力が抜けて友希は解放され、そのせいで友希の渾身の拳は空を切った。

「がはっ・・げほっ、あぁ・・・」

 変身は解かれ、ぐったりと地面に倒れる友希。一次的とはいえ死の恐怖から解放されたことで全ての力が抜けたのだ。その安堵感は先ほどまでの凄まじい憎悪をも発散させたほど。

 にとりは見たのだ。友希の危機を救うかのように、神の背中に狙いを定めて弾幕が放たれたその瞬間を。

 そして空間を切り裂き疾風のごとき弾幕を放った張本人の姿を!

「・・・そこで黙って見ていれば良いものを、一体どういうつもりだい? 鴉天狗風情が・・・」

「はぁ・・はぁ・・、文・・・?」

「あ~~や~~~‼ ありがど~~~‼」

 友希を救出してくれたことがよほど嬉しかったのだろう。にとり緊張の糸が切れて顔が涙でぐじゅぐじゅである。

「貴女の私に対する評価などこの際どうでもいいです。あまりにも貴女の行動と言動が酷すぎて、つい手を出してしまいました」

 何だか仕方がなくといった文言だが、友希とにとりには照れ隠しのように聞こえて仕方がなかった。

「この幻想郷にいる人間、妖怪、神、また他の存在は、非常に繊細なバランスでもって成り立っていることくらい知っているでしょう。では、貴女の今行っている行為はどうでしょうか。一方的に力を誇示し、自分本位の考えだけで彼を痛めつけている。これは立派なルール違反。幻想郷における異変首謀者の行動とさして変わりません!」

 何やら難しいことを言ったようだが、要は相手が無茶苦茶しているのが見ていられなかったのだろう。

「ふふ・・そうか。そうだね、確かに私も少しやりすぎたかもしれないねぇ。しかしどうだ? 自分の大切なものを邪な者から者から守ろうと思うのは当然のことだとも思わないか? お前だってそうするんじゃないのかい?」

「なぜ彼が邪だと決めつけるんです? 我々はここに着いてから一度も貴女とまともな会話を交わしていませんが?」

 友希は感心した。一見飄々としている文だがそこはさすが長寿の妖怪鴉天狗と言ったところ、状況をしっかりと把握したうえで混乱した状況下でも冷静な判断ができている。これも新聞記者として曲がりなりにも活躍してきたその本領なのだろうか。

いずれにせよ以前の温泉での一件や椛との共同戦線の際には感じられなかった本気を文に感じたのだ。何より目の前の神よりよっぽど輝いて見えている。

「いずれにせよ、貴女の行いは幻想郷の在り方に反するもの。一度静まっていただこう」

(これに乗じて大和の神の弱みを握れば、天狗が幻想郷を統べる日も近くなること間違いなしです!)

 文はうまく本音を隠して行動に移したつもりだろうが、そんなことだろうと実は友希は薄々気づいていた。

 だがどんな理由であれ、今彼女と協力することは願ってもないことであるし、この場を収めるにはそうせざるを得ない。

『ドライブ! タイプワイルド!』

 瞬時に友希は変身し、その速さをもって文のもとへと駆け寄る。

「助かった、ありがとう」

「まだ状況は悪いままです。気を引き締めてください」

 恐らくあの神が先ほど天狗風情と言い放ったことから察するに、やはり神からしてみれば所詮妖怪も人間と同じくらいのレベルにいるのだろう。

 正直周りの凄さが抽象的にしか分からないので何とも言えはしないのだが・・・。

「彼女の名は八坂 神奈子。複雑な背景を持つ神ではありますが、主には大和の神と呼ばれています」

「一体どういう神なんだ? 無茶苦茶すぎてよくわからないんだが」

 どうも機嫌が少し良くなった様子の神 神奈子は、なぜだか待ってくれているようなのでこの際聞いてみる。

「全容は私にもはかり知れませんが、とにかくドでかい木の柱が大好きで、よくそれを大量生産して他人を殴っているのですよ」

「やっぱりやべぇな‼」

「おい、ほらを吹くな!」

 どうしたって止められない軽口のせいで結局相手を怒らせ、臨戦態勢に入ってしまった。

 仕切り直しに心躍るのか、二人になったことに気合を入れているのか、凄まじい気の入れように大地が地震のように軋みだす。

「あとどれくらいやれそうですか?」

「すでに結構つらいけど、何とか気合入れなおす!」

「もし足手まといになるようでしたら置いてきますからねっ!」

「ちょっと待て!」

 咄嗟に友希は文の羽を掴み制止する。

「ちょっ・・羽は、だめですって!」

「すまん! でも、お前は前衛じゃない。俺のサポートを頼む」

 ただでさえ慣れない高速で参っているのに、そのうえ度重なる神奈子の攻撃で痛手を負っている友希。にもかかわらず続けて自分が先頭に立って戦おうというのはなぜなのか。明らかに妖怪であり戦闘慣れしている文の方が有利に戦える。

「俺のこの姿じゃお前のスピードについていけないってのもあるけど、たぶんお前の速さとか弾幕とかって細かいサポートに向いているんじゃないかって思うんだよ。相手の攻撃を避けるのも上手いし、鴉の高い洞察力も持ってる」

「それは否定しませんが、何より貴方が彼女の攻撃に耐えられる保証の方がない。無理なら正直に休んでいてください!」

「あいつと正面からやり合うつもりはない!」

 気が付けば例の木柱が大量に友希たちを狙っており、それにいち早く気付いた友希は言い放ったと同時に神に向かって立ち向かって行った。

「羽交い絞めにしてでも話を聞いてもらう!」

 やっと自分のペースに持ち込めると思ったのに、結局友希に乱されてしまい文は頭を抱える。

(近づくのは危険だしうんざりだけど、こうなりゃ気合で食らいついてやる・・・!)

 万策通じなさそうな神に対してこの暴策は致し方ないように感じたが、そうなればここからはもっと気が抜けなくなる。せめて蹂躙だけは勘弁したいところだ。

『ワイ・ワイ・ワイルド!』

 勢いに任せてレバーをシフトアップ&一直線に突進タックル!

 多少後ずさった神奈子だがすぐさま押し返し友希の背中に強烈な肘打ち! からの大きく振り払い!

 しかし半ば自暴自棄になった友希は痛みを気合で堪え、神奈子の服を掴み遠心力で振られる体を何とか保持する!

 まとわりつく友希に対してより強力な一撃を叩き込もうと振りかぶる神奈子だったが、その時ものすごいスピードで風が舞い上がり、同時に数多の方向から鋭い弾幕が彼女めがけて放たれた。

「貴方が無茶苦茶な動きをしなければ弾幕は当てませんから、この際思いっきりやっちゃってください!」

 文の姿は見えない。早すぎてドライブ頭部の視覚サポート機能を以てしても捉えられないのだろう。

 この文の攻撃を期にさらに凄まじい神のオーラと殺気を奮い立たせる神奈子。だが友希はもはやお構いなしだ。

 神奈子が何かしようとする前に連続パンチを織り交ぜたタックルを全力で押し込む!

「友希! これ使って!」

 そう言ってカバンの中から二台の新たなシフトカーを発進させたのは、満を持してのにとりだ。

「私じゃまともに戦える気がしないけど、サポートならお任せだよっ!」

疾風に乗った弾幕に加えてシフトカー二台の細かな攻撃が神を襲う。端から見ても非常に鬱陶しい攻撃だ。

しかし優勢に立ったかと思われたのもつかの間、先ほど友希たちを狙っていた大量の御柱が空から地中から一斉に襲い掛かってきたのだ。

「ん~っ、相変わらず無茶苦茶しますねぇ!」

 そう言いつつしっかり避けている様子の文。

「あわわっ! 『空からだけは絶対守~る君』3号ー!」

 一見何の変哲もない大きな傘を広げてその中に隠れるにとり。

「来いっ! フッキングレッカー!」

 友希の呼びかけに応じて、にとりが放ったものの一つで濃緑色をしたレッカー車型シフトカーがやってくる。

『タイヤコウカーン! フッキングレッカー!』

 強靭な鉄線からは何人たりとも逃れることはできない。高速の運び人 仮面ライダードライブ タイプワイルドレッカー!

 タイヤからフックを取り外し神奈子に向かって投げつける。すると見る見るうちに腹部に巻き付いてガッチリと絡めてしまった。

「よし! 捉えたぞ!」

「ナイスです、友希さん!」

「遠隔ロケット一斉発射~!」

 友希が神奈子を捕まえた瞬間、文とにとりも各々の弾幕で追撃を仕掛ける!

「ははは、いいぞいいぞ! 皆、満身創痍で持ちうる手を尽くして激しく弾幕・拳をぶつけ合う! 祭りはやはり心躍るな!」

 友希たちはともかく神奈子もすでに当初の目的を見失っている、というよりもしかしてこっちが本命だったんじゃないかと思うほどの高揚ぶりだ。

 皆神奈子のそんな様子を見て少し引いたおかげで、冷静に何だか嫌な予感がした。

「風の流れが・・・⁉ まずいですっ!」

 その文の忠告の意味は何となくだが友希にも理解できた。空気感とか攻撃の順番とかそういうことではなく、シンプルに大気の流れが急に別方向に激しくなったのだ。

「くおぉぉおるあああっっっ‼」

 神奈子は右手で空を掴むと、雄たけびと共に大きく振りかぶってみせた。

 するとどうだ、まるで空間そのものを掴み揺らしたかと思うほどの爆風の塊が急に吹き荒れたではないか!

 文やにとり、友希もその爆風に殴られ体勢を崩さずにはいられなかった。しかも友希に関しては風だけでなく、神奈子がワイヤーそのものに手をかけ圧倒的なパワーで引き始めた!

「あああ! 遠心力きっっっつーーー‼」

 いくら捉えたとはいえ友希と神奈子とのワイヤーの距離は五メートルはあった。普通五メートル先の人間を振り回そうと思えば、強大な回転力とそれに耐えうる筋肉が必要で人間では到底不可能なのは言うまでもない。

 しかし目の前の神はそれをいともたやすくやってのけるのだ。

 ピンと張ったワイヤーの先に遠心力で引き伸ばされた友希が成すすべなく振り回される。まるで友希で風を絡めとるかのように、神奈子を中心として突風が渦を巻いている。

「くそっ、弾幕の軌道が定まらない・・・!」

「ロケットの目標がブレブレだよぅ!」

 二人は負けじと弾幕を放ち続けるが、かき混ぜられ成長し凄まじい勢いとなった台風はそのすべてを絡めとり無に帰してしまう。それどころかかき混ぜに利用されている友希に全て当たってしまっている。

「こんのぉぉぉ! まだ諦めねぇぞ‼」

『レッ・レッ・レッカー!』

 遠心力でうまく動かせない体にむち打ち、力を込めてブレスを操作する友希。

 ブレスを操作するということは、タイヤの回転を上げるということ。そしてドライブのシステムで装着したタイヤの回転数を上げるということは、全体のパワー・スピード・全体のエネルギーを増強することに繋がるのだ。

 こと今回のシフトアップにおいては神と戦うためのエネルギー増強も必要だったが、今ピンと張ったワイヤーをタイヤの回転を利用して巻き取るようにして神奈子に接近しようというのが一番だ。

 ぐんぐんとワイヤーが巻き取られて友希と神奈子との距離が詰まってゆく。距離が短くなるにつれて振り回されるスピードも遠心力も強まりよりきつい状況になってゆく。

 そんななかでも友希はこの機を逃すまいと必死に空中で攻撃態勢をとった。

『ヒッサーツ! フルスロットル! レッカー!』

「くらえっ!」

 力を込めた拳を振り上げ相手に一撃でも入れようと息巻く友希だったのだが、次の瞬間神奈子は自身に絡まっていたワイヤーをパワーで千切り振り払った!

 要は捉えることができたと思っていたが、神にとってはその程度のことは容易く切り抜けられるレベルのことで、むしろ友希たちの方が遊ばれていたということだ。

 急にワイヤーが千切れてバランスを崩した友希。しかし一度近づくために巻き取ったことによるベクトルはなくなることはなく、無防備になった友希の横腹に神の強烈な拳が炸裂。そのまま上方に向かって打ち上げられてしまった。

 友希が宙を舞うのを見た文は、すかさずうちわで空を仰ぎ友希を包むような風の流れを作る。そして同時に神奈子が起こした竜巻を相殺する向きに風を巻き起こし、見事に打ち消して見せた。

「今です、にとりさん! 上は大丈夫です!」

「よしきた! カモン、『らくらく・くっさくん』5号~!」

 にとりの号令がかかるとすぐに地面が地鳴りを始め、ちょうど神奈子の立っている辺りが徐々にめくれあがってゆく。

 実は相手が友希の接近や文の弾幕に気を取られている隙に、にとりは地中に掘削を行うマシンを待機させ攻撃の準備をしていたのだ。しかし恐らく悟られるであろうと半分諦めの気持ちもあった。そしてそれは的中したようだ。

 今にもマシンが飛び出してきそうな足元を見ても特に動じている様子の無い神奈子。もはや神には何も通じないのだろうか。

 だが先ほども言ったように、にとりは神奈子に攻撃が効こうが効かまいがそれは考慮済みであり、自分の攻撃だけで仕留めようなどとは微塵も思っていなかった。

 その証拠に何も言わずとも文は追撃で先ほどの倍はある量の弾幕を張っている。そして先の文からの合図「上は大丈夫」というのはもちろん友希のこと。上方に吹っ飛ばされながらも文の操る風のおかげで体勢を立て直した友希は、しっかりと神奈子を眼下に捉えながらまた新たなシフトカーをブレスにセットしている。

『タイヤコウカーン! ローリングラビティ!』

 ロードローラー車の押しつぶす力を応用した高圧力空間操作戦士 仮面ライダードライブ タイプワイルドグラビティ!

 そのタイヤが肩に装着された瞬間、タイヤに付いていた1tの表記が目を引く大きなおもりが外れた。

『ヒッサーツ! フルスロットル! グラビティ!』

 必殺技が発動した状態で宙のおもりを神奈子めがけて蹴り落とす友希。

 もし本当に1tもの重さが直撃すれば、いくら神とはいえダメージは免れないだろう。そう文とにとりは予想した。

 しかしおもりの軌道は神奈子から少しズレるように計算してあるのだ。なぜなら目的はあくまで相手の拘束だから。それにも気づいているのか、神奈子に避ける様子はない。

 そのうちに耳を塞ぎたくなるような打撃音が地面に響き渡った。

 その瞬間神奈子を取り囲むように辺りに重力場が発生し、本来の地球上の重力の何倍もの重力が襲う!

 自身にかかる超重力を耐えている神奈子だが、他にも周りから地中から攻撃が迫っていることも忘れてはいけない!

「いけるぞ! 押しきれ!」

 これまで圧倒的な神の力を見せつけられ、何度も心が折れそうになった友希たち。

 しかしたとえ力が通じなくとも、すんなりと負けを認めるなんてプライドが許さなかった。だからこそ三人ともが協力して立ち上がったのだ。

 そして今全身全霊の攻撃が神奈子に対して浴びせかけられている。

 相手の実力がどうあれ、もうこれ以上ないくらいの全力を振り絞った。そこには前まであった絶望感などもうなかった。

 なのに・・・どうして神とは、こんなにも圧倒的なのだろうか・・・。

 友希の頬を何かがかすめた。おもむろに顔を向けてみる。

 にとりの目の前には、美しくも奇妙に光り輝く車ほどの大きさの赤い光玉が空間いっぱいに広がっていた。

 そして文は戦慄した。この神社に来てから時間が経っているとはいえ、体感でもまだ午後二時くらいだろうと思う。しかし今目に見えてとんでもないことが起こっている。

 見渡す限りの青空が、明るく戦場を鮮明に照らしていた太陽が、ぐにゃりと歪み辺りが暗く影を落とし始めたのだ。

 これは十中八九神の力によるものだろうが、なにも時を操っているわけではなさそうだ。

 というのも完全に真っ暗になったというわけではなく、まるで日食時のように微妙な明るさを残しているうえに見えている風景もまだ少しだけ歪んでいる。直接でないにしろ神の覇気のようなものが精神に影響しているのではと思われる。

 長々と説明してしまったが、この間はおよそ瞬きをするほどしかない。

「今すぐここを離れます! 早くっ‼」

「うおおぁっ!」

 友希が周りの状況を知覚してすぐ、文の切羽詰まった声と共に体がぐいっと引き寄せられる。

 引き寄せたのはもちろん文だ。彼女に手を引かれ猛スピードで逃げるにとりの元へ駆け寄って行こうとするが、そんな文の顔を横目で見て今起ころうとしていることのヤバさを知った。

 どこからともなく声が聞こえる。

「人の一生は儚きもの。未来も過去も、明けも夜も変わらぬ。等しく世の上にあり」

 これは「頭の中に直接」というやつだろうか。正直もう何が何だかよくわからん。

「謳歌せよ、人の子よ。畏怖せよ、取るに足らぬ数多の個よ。恐怖こそ原初の信仰だ!」

 暗く影を落とした風景に、点々と赤い光球が輝きを放っている。

 よく見るとその光球は、まるで何者かの命を宿しているように灯りの鼓動を刻んでいる。

 そしてその鼓動は段々と早くなってゆき・・・、弾けた。

 目の前どころか頭の中まで真っ白になる。鳴り響くのは嵐の爆音か、はたまた雷鳴の轟音か。体が、世界が、ぐるぐると周り揉まれ、まるで天変地異でも起きたかのように、全てがぶっ飛んだ。

 そんな情景を神社に続く参道から見ていた二人の影があった。

「あれは、一体何事でしょう⁉」

「あれは神奈子の仕業だねぇ。まったく何やってるんだか」

「そんな悠長にしている場合ですか⁉ 早く戻りましょう!」

 ここに来た時のこの神社は、果たしてどんな風貌だったろうか。

 今この一周まわって綺麗な更地と化した境内は、神のお気に召されるのだろうか。

「あややや・・・、羽・・こんなに抜けて・・・」

「私の努力が、バラバラに。パーツぽろぽろポロロッカ・・・ガクッ」

 今更優しく吹く山風が辺りの粉塵を払いのけ、友希たちの身体を撫でるように這う。

 露わになったのは境内の地面だけではない。憎き紫色の邪神、その無駄に威厳のある堂々とした立ち姿に再び恐怖といら立ちと絶望がぶり返してきた。

「うわあああああっ‼」

 正真正銘の考え無し。ストレス発散ともとれるやけくその咆哮を発し、友希は・・単身で突撃していった。

 文はもう疲弊して声もかすれて出やしない。変身の解けた丸腰の友希の背中を右腕で掻く。

 にとりは先ほどから気絶しっぱなしだ。

 神奈子も触発されてか正面を向かって走り足す。

 まさに泥沼。お互いに戦う理由も忘れ、ただ退きたくない一心が体を動かしている。少なくとも友希はそうだ。

 終わりなど見えない。この後のことなど分からない。誰かこの無意味な戦いを終わらせてくれ。その祈りが通じたようだ。

 生身の人間の拳と強大な神の拳が、今まさに勢いそのままにぶつかり合おうというとき。

「はい、そこまで」

「がっ!」

「・・・っ!」

 急に目の前に謎の人物が出てきたと思ったら、両者に強烈なデコピンが食らわされた。しかもそのデコピンはただのデコピンではなく、神奈子はその場でのけぞるようにして衝撃を逃がし、友希はなんと境内の端まで吹き飛ばされてしまったのだ。

 力を抜いていればよかったのだが、急に出てこられたことでびっくりして体に力が入ってしまい、水になって衝撃を逃がすことができなかった。

「ああっ! 諏訪子様、何やってるんですかもう~! 大丈夫ですかー⁉」

「あちゃあ、二方向で威力を変えるのは、たまに失敗しちゃうんだよなぁ」

「おい諏訪湖! 何するんだい急に! 邪魔するんじゃないよ!」

 どうやら三人は面識があるようだ。

「何するんだはこっちのセリフだよ、神奈子。ほんっと何考えてるのさ!」

「何がだ⁉ 私はただ早苗を不届きな男から守ろうとだな―――」

「はあ・・良かった」

 やっと傍若な神を止めてくれるものが現れたことで、安堵からさすがに全身から力が抜けバッタリと倒れこんだ文。

 頭部に衝撃を受けたことで、目を回して気絶してしまった友希も含め守矢神社を訪れた三人全員が倒れてしまうという緊急事態に、言い合っている二人をよそにただ一人緑髪の女性だけが友希を心配し慌てふためいていた。

「もしもし、しっかりしてください! 気を確かに! 何でこうなっちゃうんですか~⁉」

 

第二十七話 完

 




どうも、作者の『彗星のシアン』です!
第27話 最後まで見ていただきありがとうございました!

今回は個人的にかなり文字を詰め込んだ印象です。凄く見にくいと思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?(いつもそんな感じでは!?)
グダってしまったような気もしますが、何とか神と仮面ライダーの超越的な戦闘を書ききれたと思います。まだまだ精進しなければ!

とはいえ話が終わってもまだ神奈子が襲い掛かってきた理由が釈然としません。最後に出てきた二人の人物の詳細も含めて、次回の話で明かしていきますので悪しからず・・・。

あと今回の話で注目していただきたいのは文とにとりの行動についてですね。少しだけ何を思っていたのか覗いた一節もありましたが、それも含めて彼女たちの妖怪の山内部での立ち位置や関係、性格などが垣間見えたと思います。
いつもは適当にしている文ですが、心の中ではしっかりと考えを持っていてむしろ周りを出し抜く気が満々です。
にとりは今までどうりの優しい性格のようですが少し臆病でもあります。しかしやるときはやりますし自前の発明品を用いてサポートもそつなくこなせます。
神奈子は・・・言うまでもなく皆に恐れられています。あと正確にはある意味難があるようですね。

という感じで、これからも見やすい小説を心がけて作って参りますので、何卒温かい目で見てくださるとうれしいです。
さて次回、物語は友希をさらに山の奥深くへと誘い、とあるミッションが開始されます!
乞うご期待!


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第28話 ミッション・イン・ザ・マウンテン

突如として目の前に立ちふさがった謎の少女の一撃は、理由も分からず始まった神との戦いに終止符を打ち、友希は気絶してしまった。そして目覚めたのは守矢神社の一室。怒涛の展開の連続で疲弊した友希の前に人ならざる者たちが並び、そして事のあらましを語り出した・・・。


第二十八話 ミッション・イン・ザ・マウンテン

 

「う・・、ううん・・・」

 強い衝撃を受けたせいで、脳みそが揺れるように痛い。

 確か、神奈子に拳を食らわせようとした瞬間に謎の人物が間に割って入ってきて、到底考えが追いつかない一瞬のうちに恐らく・・・デコピンを食らった。そう友希はかろうじて記憶しているのだが・・・。

「ああ・・? ここは・・」

 ゆっくりとまぶたを開けてみると、そこは見慣れぬ畳の間。そこまで広くはなく、ごく一般的な外の世界の和室のようだ。

 そんな和室の中央にこれまた普通の白い布団がひかれており、そこで友希は寝ていた。

 非常に懐かしい畳の優しい香りが頭痛を和らげてくれる。今すぐにでも状況を把握したい気持ちは当然あるが、正常に考えが働かないのかこの香りに身を委ねていたくて仕方がない。

 そんなこんなでしばらくぼーっとしていると、どこからか聞き覚えのある声とそうでない声が話しているのが聞こえてきた。

「いくら早苗のためだからって、周りが見えなくなるなんてだめだよねぇ~。同じ神様として恥ずかしいよ」

「そこまで言って差し上げなくても・・。何とか事は治まりましたし。ただにとりさんたちには本当に申し訳ないことをしました」

「まぁかなりヒヤッとしたけど、誤解が解けて何よりだよ」

「私は大きなネタが手に入ったので命を懸けた価値はありましたね」

「記事にされるのはちょっと・・・」

 そうだ、にとりと文。二人と共に強大な相手に立ち向かったのだった。

 ということは、二人と話しているのは・・あと二人か。

 そんなふうな思考を巡らせていると、いつの間にか話声と共に足音が友希のいる部屋へと近づいていた。

 そして部屋の障子がゆっくりと開かれていき、それに伴って友希も上体を起こす。

 障子の先にはにとりと文の他に緑の髪を持ったお姉さんと金髪の小学生ほどの背丈をした子が立っていた。

 瞬間にとりが友希の元へと駆け寄ってきたが、それよりも友希には目の前に立つ見知らぬ女性二人に興味があった。

「友希、もう大丈夫なの⁉ 私にとり、分かる?」

「うん、分かるよ。けどここは? あとこの二人は一体?」

 友希がそう問いかけると、緑の髪をした女性は律義に友希の前に膝をつき優しく語りかけ始めたのだった。

「初めまして一夜 友希さん。私の名前は東風谷 早苗(こちや さなえ)。ここ守矢神社の風祝(かぜほうり)をしています」

 初対面の印象としてはとてもいいのだが、如何せん難しい読みの単語が多く寝ぼけ頭ではよくわからない。

「色々と感じることはあるでしょうが、ひとまずは安心してください。もう貴方を脅かす者はここにはいません」

 そしてこの言葉によって友希は忘れていた最も重要な情報を思い起こした。

「あっ‼ 神奈子は⁉」

 絶望と困惑、そして怒りが一気に心に溢れ出す。と同時に体中のダメージも息を吹き返すように主張し始める。

 そうしてうずくまった友希をにとりと早苗が慌てて寝かせるのだった。

「その件に関しては私が話すよ」

 ここで話に入って来たのは先ほどから見えていた金髪の少女。早苗のように膝をつくことはなく、それ以上にどこか優位的な振る舞いが見られるような気がする。

「うん、すごく怖かったよね。あいつはもとから無茶苦茶な奴なんだけど、まさか人間に手を上げるとは私も思ってなかったんだよね~。まぁとはいえ、同じ守矢神社に住まう神ということで私からも謝るよ。もちろんそこで隠れて聞いている邪神からもね」

 何のことだかすぐには理解できなかったが、そんな友希の後ろから誰かがふすまを開けて入って来たのが分かった。

 友希たちの顔を向けた先に立っていたのは、紫色の髪に背中にしょったしめ縄の輪、紫の上半身に椛柄の入ったスカート。紛れもなく友希たちを襲った人物、八坂 神奈子だ。

 その姿が目に飛び込んできた瞬間友希の胸はキュッと締め付けられ、軽く過呼吸のような症状が表れた。

 気絶する前の戦闘ではもはや克服したはずの恐怖だったというのに、再び見えた途端あの時の痛みや恐怖が鮮明に蘇ってきた。ライダーの力がそうさせたのかアドレナリンが突き動かしたのかは定かではないが、神奈子の与えた傷は気づかぬうちに友希を確実にえぐっていたようだ。

「・・・・・」

「もう、何意地張ってんのさ! どちらにどんな原因があれ、神奈子がこの子に手を出したのは事実でしょ!」

「いや、それはそうだけど、私だって早苗のためを思ってだな――」

 金髪の子に諭され反論しようとする神奈子に対して、意外にも鋭い目つきで黙らせたのは話の渦中にある早苗本人だった。

「・・・ご、ごめんよ。本気じゃなかったとはいえ、・・痛かっただろう」

 先ほどまでの不服な表情を見ているので本気で謝っているかどうかは疑問だが、それでも形式的には頭を下げてくれた。

 しかし当然ながらこれであの理不尽な仕打ちが友希の心からすんなりと消えるわけもなく、謝られた手前複雑な心境にどう折り合いをつければよいか。友希の心は曇ったままだ。

 そんな友希を見かねてか、申し訳なさそうな声でにとりが話しかける。

「あのね友希、今回のいざこざは私たちにも原因が・・いや、私のせいなんだ」

「どういうこと?」

 もしそれが本当なら、自分が神奈子に対して立腹しているのはお門違いになってしまう。あれだけ理不尽だと喚いておきながらそれは・・・。

「実は友希と一緒に守矢神社に行こうと決めてから、神社あてに訪問の手紙を書いたんだ」

 へぇ、そうだったのか。いくらにとりが発明に手慣れているとはいえ、幻想郷全体のインフラを整えることはできない。つまりケータイでメールは打てても相手に送ることができない。だから幻想郷では今でも手紙や狼煙といった伝達方法を多用する。

 しかしそれに何の問題があるというのか。

「で、これが現物なんだけどさ・・・」

「・・・?」

 にとりの持っていた紙を手に取りのぞき込む。

 そこにはこう書いてあった。

『~~~つきましては、東風谷 早苗様にとある男性を紹介させていただきたく思います。つきましては、守矢の二柱であらせられる八坂 神奈子様、守矢 諏訪子様にもご同席いただけると幸いです。つきましては~~~』

「いや、お見合いか‼」

 あまりにも堅苦しい文言が並べられた文を見て、そして戦っている時に神奈子が発していた意味の分からない言動を鑑みて、だいたい分かった。

 つまり神奈子は送られてきたこの手紙を真っ先に見て、娘のように可愛がっている早苗が全く知らないうちにお見合いすることになっていたと早合点し、そんなことは認めんと怒り狂ったというわけらしい。

 この手紙を見ただけでそんなふうに思うなんて、いくらなんでも考えが甘いし、そんなに怒るほどの事なのかとも思う。普通に考えて情緒が激しすぎる、この神様。

「まあ神奈子は特に早苗に対して過保護だし、早苗もいろいろあったから人間付き合いには敏感だから、仕方がないと言えばそうかもしれないんだよね~」

「いえいえ、問題はそこではなく、結果的に私たちに牙を剥いたことにあるのでは? 他の考えを放棄して言論による和解を無視している」

 妖怪の山やそれを取り巻く幻想郷の環境は、内部の絶妙なパワーバランスによって成り立っている。それは神様も例外ではなく、時に静観し時に然るべき手を下す、そんな幻想郷を調整する役割を力ある存在が担っているといっても過言ではない。

 今回に至っては、幻想郷で最も非力な存在である「人間」、人間とうまく

関係を築いている「妖怪」、ひいては互いに意識して覇権を争っている妖怪の山の連中に手を出したとなれば、それは内部からの反発が起こることも当然考えられるだろう。

 そして反発が起これば争いに発展し、周りの罪なき存在にまで影響が及び、最悪の場合幻想郷の破滅に繋がる可能性すらあるのだ。

 あくまで最悪の事態を想定しての考えだが、今まで人と交流していた結果あながちありえないことではないと感じるのもまた事実である。

 恐らく文もそれを危惧しての先ほどの発言だったのだろう。その中にはジャーナリストとして、言葉を扱いその力を理解している文だからこその気持ちも感じられた。

「皆さんにご迷惑をおかけしたことは素直に私たちの責任です。できる限りの謝罪もさせていただきます。ですが神奈子様も諏訪子様も私の事を思っての行動だったんです。どうか許していただけないでしょうか」

 そう言って深々と頭を下げた早苗。

 しかし友希にとって謝ってほしいのは早苗ではなく紫色の邪神のほう。だが、どうにも怒る気にはなれなかった。どちらかと言えばもうこんな不毛な争いは止めにしたかった。

 弾幕戦にしろ肉弾戦にしろ言論にしろ、友希の心は疲弊しきっていて、一刻も早く何の気兼ねもなく風を浴び青空を眺めたかった。

 本当ならば早苗の丁寧すぎる謝罪と配慮の心を憂いて今すぐにでもフォローしたいところなのだが、どうにもそんな気にはなれなかったのだ。友希からしてもこんな自分は意外過ぎるほど。

これ以上神様と争っても勝てないし、なんならもう遠慮したい。

 そして自分の気持ちの煩雑さやこの空間の微妙な空気に耐えられなくなった友希は、ついに部屋を飛び出してった。

「あっ・・ちょっと!」

「いえ、私が行きます」

 何か思うところがあるのか、諏訪子が追いかけようとしたのを制止して早苗が静かに友希の後を追った。

 

 

 

「・・・・・」

 時刻はお昼を過ぎたあたりだろうか。激しい戦闘を経た後気を失っていたので、どれくらいの時を過ごしたのかがいまいち分からない。現時刻を知るすべは見上げた青空に昇る太陽の傾きのみだ。

 本来にとりからの紹介でまたこの幻想郷で話せる存在が増えるというだけの、嬉しくも簡単な行事のはずだったのに、いろいろな思惑が変に絡まってあらぬ方向に向いてしまった。

 友希に非はないが、それでもどうして皆冷静に穏便に事を考えられなかったのかと、やるせない気持ちになる。

 妖怪も神様も、人間より高次なふりをしているくせに思考は単純、むしろ凄さが振り切りすぎて極端になっているのではないか。

 なんにせよ、今日ここで争った意味は・・・微塵もなかった。

 そんなふうに無駄になった時間と労力を静かに嘆いていたら、後ろから近づく微かな足音に気が付いた。

「先ほどからすみませんでした。気に病んでしまわれましたよね・・・」

「あ、いや・・そんなことは・・・。それにあなたが謝ることはないと思います」

 友希にとっても案の定、足音は早苗のものだった。

 早苗は美しい緑髪をなびかせ、ふうと息を漏らしながら友希の隣へと腰かける。

 優希には風祝というのがどういうものかまったく理解できなかったが、白地に青線の入ったシンプルな巫女服らしき服装を見ていると、恐らく巫女かそれに準ずる存在なのだろうと推測できる。またその落ち着いた雰囲気からも、どこか姉のような包容力を感じていた。

「・・・あの、友希さん?」

「はい?」

「先ほど神奈子様と勝負をされている時にチラッと見たんですけど、あの姿はもしかして『仮面ライダー』ではないですか?」

「早苗さん、知ってるんですか⁉ あ、そうか、もう知れ渡ってるんでしたっけ」

「いえ、そうではなくて・・・」

 悲しいかな、友希の沈み込んだ心も仮面ライダーの話となると一気に回復してしまう。

 そして驚いたことに、早苗は仮面ライダーのことを知っていた。しかも人伝いにではなく、初めから知識として知っていたというのだ。

「私実は、友希さんと同じように外の世界からこの幻想郷にやって来たんです」

「そうなんですか⁉ どうりでなんか親近感湧くなぁって感じたのか・・・」

 なんでも早苗は約二年前に先ほどの神様二人と共に意図的に幻想入りしたのだとか。

 どうやって自分の意思で幻想郷にやって来れたのか、なぜ外の世界でも神様と一緒にいたのかなど聞きたいことは多いが、今はそれより仮面ライダーの話をしたい。難しい話はごめんだ。

「やはりあなたの噂は私たちの耳にも入っていましたし、紹介したい男性というのも恐らく友希さんなのではないかと思っていたんですよ。それで神奈子様と揉めている姿を見て確信しました。あれはたしか、『仮面ライダードライブ』でしたよね」

「そうです! 姿を見て名前が出てくるなら本物ですね! 嬉しいなぁ!」

「ドライブは私たちが幻想入りを決めた頃に始まったライダーですから、印象に残っています。仮面ライダーを見れなくなるのは少し心残りでしたから」

 かなりおしとやかな印象を受けたが、意外にもヒーロー好きの庶民派だった。

 自分だって仮面ライダーが見れなくなるなら、わざわざ幻想郷に行こうとは思わなかっただろう。自分と同じ感覚の同じ外の世界出身の人間がいて驚きだ。

「どうしてそこまでして幻想郷に?」

 この友希の何気ない質問に、早苗は顔を曇らせる。

「私たちにも事情があり、あまり楽しい話でもないので・・・。そうですね、またいつか機会があれば」

 わざわざこの過酷な世界に身を投じる理由。神と交流を持っていたという類まれなる境遇からしても、ただ事ではないことくらい分かった。

 またしてもどんよりとした空気が辺りに流れ出す。

「あの・・大変身勝手なお願いだと承知しているのですが・・・」

 どうしてか誰が口を開こうとも暗い雰囲気が一向に拭い去れない。

 友希がずっと神奈子のことで意地を張っていることも要因の一つだろうが、どうやら早苗にもずっと申し訳なさそうにしている理由があるようだ。

「・・・今回の件はどうか口外しないでいただきたいのです」

 今回の件とは、十中八九神奈子が暴れた件だろう。それを秘密にしておいてほしいとは、つまり自分の神社の神様の悪いイメージがついてほしくないということだろうか。

 もし本当にそうなら・・・受け入れられない。

「受け入れがたいことを言っているのは分かっています! でも人々の信仰心が薄れてしまえば神奈子様は・・存在自体が危うくなってしまう・・・」

 神は人間に信じられるもの。人間が望みを託す存在。

 神が人間と同じように年齢のシステムで死んだりするものなのか、言われてみれば疑問だったが、どうやら人間から信じられなくなると死んでしまうらしい。

 少し解釈違いもあるだろうし、あまり率直には信じられないが、早苗がわざわざ恥を忍んで言い出すのだから信憑性はある。

 だが本当にそうだとして、この話をすんなり飲み込めるかといえばそんな訳はない。

 どう考えたって神奈子の自業自得だ。殴り合ったことは確かだが、それは正当防衛で友希に非はない。勘違いの種もにとりが植えたものだ。

 人間がいつだって強者に怯え、素直に言うことを聞くと思えば大間違いだ。

「それに、ここ妖怪の山では常に水面下で種族間の派遣争いが行われていて、少しでも弱みを見せれば―――」

「もういいです」

 怒るでも軽蔑するでもなく、友希はただ、許した。

 提案した本人であるはずの早苗がきょとんとした顔で面を食らうほどにあっさりと。

「ほ・・本当に・・・⁉」

「早苗さんが言ったんでしょう? もう、いいんですよ。それで話は全部おしまい」

 正直なところ納得はいっていない。この申し出を受け入れてしまえば自分の非を認めてしまうことになるとも思った。客観的に見ても自分が不利益を被るばかりか不利になる可能性すらある。

 しかしそのプライド感情を見えなくしてしまうほどに、この不毛ないざこざを解消したいという思いが膨れ上がっていたのだ。

 だいたいそんな情報一つで種族間の争いが勃発するというのであれば、わざわざ自分からそんなヤバい事態を引き起こして身を危険に冒すなど、それこそ意味の分からない行動だ。

「はぁ~~、よかった。恩に着るわぁ。」

「ただし、ちゃんと言っといてくださいね。次は無いですからね! 俺の身体が持たない!」

「はいっ!」

 先ほどまでの暗い顔から一転、コロッと満面の笑みで返事をする早苗。むしろ今までで一番の笑顔である。

「それじゃあ! 今からは二人水入らずの特撮談議と洒落込みましょうか!」

「うえぇぇ⁉」

 急すぎる話の変わりように困惑の色を隠せない友希。まさか早苗が実はこんなにはっちゃけた人物だったとは驚きだ。

「あの! これ触っていいですか⁉ これを巻けば私でも変身できるんでしょうか~?」

 寝ている間もずっと腰に巻かれていたドライブドライバーを鷲掴みにし、まじまじと視線が送られる。もう止まりそうにない早苗に友希はたじたじである。

 そんな二人のやり取りを廊下の角から覗く影が四つ。

「あぁよかった。友希には悪いことしちゃったけど、何とか丸く収まりそうだね」

「いえいえ、私は納得していませんからね⁉ 記事にはしなくとも何らかの対応が成されなければ、大人しく引き下がれませんよ!」

「なんだいまだ言ってるのかい? そうだねここは、いっそのこと全てを無に帰して――」

「ねぇホントに反省してる?」

 どうやら友希が出て行った後も会話を重ね、それなりには折り合いを付けてきたようだ。とはいえ話し足りない者が若干いるようだが・・・。

 長く激しかった守矢神社での出来事もこれにて終了! かと思われたのだが。

和気あいあいと話している友希や早苗、にとり達では気づけなかった。風を切り颯爽と神社を目指す何者かの存在に。

さすがは神と言ったところか、神奈子と諏訪子は何かを感じてふと同じ空の方向を見上げだす。

「おいブン屋。恐らくお前に用があるんじゃないのかい、あの白いのは」

 ブン屋とは文の事だろうか。言葉に反応した文は、何のことやらと二人の目線を追った。

 するとその先には、鮮やかな晴天に米粒一つのような白点が見える。

 その一点はぐんぐんと次第に大きくなり、どんどん文たちの方へと近づいてくるよう。

「げっ‼ あれは椛‼」

 迫りくる点の正体にいち早く気付いた文はいかにもバツの悪そうな潰れた音を発し、その拍子に体を支えていた手を滑らせた。

「わっ⁉」

 ドミノのように次々と廊下に放り出される面々。

 当然音を立てて倒れこんだせいで、友希と早苗に盗み見していたことがばれてしまった。

「ちょっと! 皆さん揃って一体何を⁉」

「まさか盗み見されてたなんて、全然気づかなかった・・・」

 恥ずかしそうにそろってへらへらと笑って見せるにとり達。

 しかしそんなことよりも別の意味で気が気でない文は、山から這い出ようと必死であった。

 だが時すでに遅し。白髪をなびかせた彼女の良く通った声が辺りにこだました。

「大変です大変です‼ 皆さん落ち着いて聞いてください~‼」

「まずは貴女が落ち着くべきでは?」

 何やらただ事ではない様子の椛に対し、早苗が冷静になだめようと言葉をかける。

「お気遣いはありがたいですが、本当にそれどころではないんですっ‼」

「何だい何だい、騒々しいったらありゃしないじゃないか。ブン屋に用があるんじゃないのかい?」

「あ、いや・・神奈子さん?」

 こっちに気を向けさせないでくれと、弱々しく制止する文。

「確かに文さんに対して言いたいことは山ほどあります! ですがそれよりも、友希さん! 貴方に一刻も早くお知らせしなければならないことがあるんです!」

「ほんとに落ち着いて⁉」

 空を飛んできたにもかかわらずまるで走って来たかのように息も絶え絶えな椛。

 早苗や友希の説得の甲斐もあり、まずはその場で十分に息を整えてもらい、どうにか腰掛けお茶をすすってもらうことに成功した。

 しかしそれでもどこかもどかしそうな椛は、急かされるように所々早口で語り出した。

 その話によると、友希と共に文との弾幕勝負を終えた椛は、文から大天狗の呼び出しを知らされた後急いでその大天狗の元へと向かった。しかし行ってみてもそんな話は無く、途方に暮れてしまったそうだ。要は大天狗からの呼び出しがあったというのは文の嘘だったわけである。

 椛は顔を真っ赤にし白髪が逆立つほどに怒りを露わにしながらそのことについて話していた。しかし当の文は、なぜそんな嘘をつく必要があったのかと問い詰めてもはっきりと返答はせず、濁すばかりでらちが明かなかった。そして最後まで誰にもよくわからないままであった。

「本当、私で遊ぶのはいい加減にしてくださいよ・・・」

 いかにも不満な顔でそうこぼし、椛は本題へと入る。

「それでまた騙されたと肩を落としたのですが、その件に大天狗様が興味をお示しになられて。それで経緯を伝えると、ぜひ友希さんにお会いしたいと言われまして」

「まさか⁉ 大天狗に人間が謁見するなど! それ以前に天狗の里に入るなんて・・・」

「いやまず、その話の流れでなんで急に俺が出てくるんだよ⁉ 文が大天狗とかいうのに説教される感じだったじゃん!」

 先ほどまで大人しく努めていた神奈子が取り乱しているのを見ても、大天狗というのは天狗の中でもかなりの上位の存在なのだろう。

 友希にとっては正直それがどの程度すごいのか分からず、混乱して気が立っていたことを良いことに呼び捨ててしまっていたが・・・。

「ですから! 早く来ていただかないと、私がお叱りを受けてしまうんですよ~!」

「椛・・なんかかわいそう・・・」

「とは言ってもねぇ・・・」

 決して椛が自分から同情を誘ってるわけではないと思うが、それでもその場のほぼ全員が椛の境遇に同情し、友希も半ば仕方なくだがその大天狗とやらに会いに行く決心をした。

 しかしながら神奈子だけは依然として取り乱し渋るような態度をとっていた。

「簡単に言っているけど、天狗の領域に人間が侵入することがどれだけ危険なことかまさか分からないわけじゃないだろう?」

「う・・・。そ、それは・・そうですが・・・」

「でも神奈子様。その天狗の側から来いと言っているのですから、なにか策を講じているのではないでしょうか」

「いや~、どうだろうね? 君は多方面に有名だから、もしかしたら試されているのかも」

 次々と展開される守矢組の考察。聞いているだけでどんどん不安なる友希。

 しかし友希が出ていかないことには椛がかわいそうだし、友希や今周りにいる者にどんな被害が飛び火するかも分からない。結局は行かないという選択肢はないのだ。

 では今度は、どうすれば安全に天狗の里を抜け大天狗のもとへ行くことができるのか、それが論点となる。

「見た目とか匂いとかを寄せた方が良いかも」

 友希が意見を出してみる。

「どうです、文さん」

「嗅覚は人間よりかは優れていますが、突出して優れているわけではないので大丈夫ですよ。耳もとがっている者と普通の丸耳の者がいますので問題ないでしょう」

 ただ問題は・・・。

「ですが、さすがに羽がないのはまずいですよ。見せかけだけでもダメです。天狗は基本的にどこでも飛行するのが基本で、歩くのは立ち話や誰かに合わせる場合のみです」

「なら人間みたいな妖怪のふりをすれば? 皆だって見た目は人間とほとんど変わらないじゃない」

「待ちな、まだ一番の問題が残っているよ。気配だ」

 そう。五感や特性には種族別・個々に違いがあるものの、皆一様に持つ感覚、それこそが気配を感じ取る力だ。こればかりは人間には真似できないし、対策の仕様もない。

「そんなの、一体どうすれば・・・?」

 恐らく水になって地中を行くことや変身するなどの方法もこれには通用しないだろう。気配とはその個体特有のもので、かつ内から放たれるものだ。外面や状態が変わろうとも、友希が友希である限り気配は変えられない。

 だが、気配を変えることはできなくとも、気配を隠すことはできる。

「文と椛、それとにとりで友希を囲い、三人の気配で友希の気配を濁すしかないだろうねぇ」

「気配を、濁す?」

「まぁそうですよね・・・。正直リスクは付きまといますが、今はそれしか思いつかないわ」

 う~ん。頭がこんがらがってきた。

 そもそも何で自分が天狗のお偉いさんの所に行かなくちゃいけないのか、そこすら納得いってないのに。ていうか会いたいならそっちから来れば一番楽じゃね? どうしてこっちがこんなに頭ひねって危険を冒さなきゃいけないんだ? どうにかしてよ神様。

「よし! ややこしいのは無しにして、ここは一つ私の案を採用してくれたまえよ!」

 にとり! お前はやっぱり頼りになる奴だぜ! さっきはお前の落ち度とか思ってごめんな!

 

 

 

「おい、何だあれ?」

「変に気迫を感じるが、ありゃあまるで連行、いや公開処刑か(笑)」

 自分たちが歩を進めるたびに、その周辺の天狗がクスクスと密かに笑い声を立てる。

 ここは天狗の里の大通り。目的地を目指すうえでの最短ルートだと文は言うが、正直友希のメンタルはもうボロボロだった。

 先頭ににとり、左右に文と椛を携えて、中心にいるのは河童の労働衣装に身を包んだ友希。

 先に出ていた案の内容とさして変わらないようにも見えるが、にとり渾身のポイントがある。そしてそのポイントが紛れもなく友希を苦しめていた。

 もうわかるだろうが、にとりは友希を河童として天狗に同行している風に見せようと思ったのだ。衣装さえ真似てしまえば、背の高い河童程度だと周囲をだませるだろうと考えたのだ。

 しかしだ。問題はにとりの持っていた予備の河童服である。

 にとりは少女なので予備の服も当然ながら女物だった。上も少し小さいし何よりスカートだ。

 友希に女装の趣味はない。ただこれしかないとにとりが言い張った。そして周りもなぜか満場一致だった。

 あんの神様連中、覚えとけよ。

「・・・・・」

 誰も喋らない。ただ神妙な面持ちで足を動かし前進するのみ。

 だが、この状況に耐えかねたか、文がついに合図をだした。

 事前に決めたことではない。何か意味のある合図が発せられたわけでもない。

 ただこの極限状態の中、沈黙を破った文の合図は瞬く間に皆に共有され、皆の心を一致団結させた。

「あっ、逃げた!」

 進行方向右側に見えた路地裏への細道。そこに向かって静かにかつ迅速に駆けこむ四人。

 基本的には天狗は常に空中を飛行して移動する種族であるので、地上に家を構えることや道を作ることはあまりしない。そんな場所で見つけた路地裏が綺麗に整備されている訳もなく、狭いわ迷路みたいに入り組んでいるわでとても歩きにくい。が、そんなことは今は誰も考えていない。

「おい、やっぱりめっちゃ目立ってたじゃん! 恥ずかしいだけだったじゃん‼」

 少し開けた場所で足を止めた一行だったが、間髪入れずに友希の怒号が発せられた。

「ほんとですよ! なんで我々も辱めを受けなければならないんですか⁉」

「私の案に賛成しといてその言い草は何なのさ! 私だって恥ずかしかったんだからー!」

「ちょ、ちょっと! 落ち着いてください!」

 皆よほど恥ずかしかったのか、相手の事などお構いなしに怒号を浴びせかけだしたが、それを椛が体で止めに入る。

「私たちは少し難しく考えすぎていたのかもしれません。これも良い機会ですから、もう一度冷静になって考え直してみましょう」

 椛の提案どうりだ。何も難しく考える必要はない。

 天狗の里に入ってみて分かった。あのスケール感の中で慌ただしく動く天狗や観光の他妖怪たちを見れば、友希一人の存在など誰の気にも止まらない。ただ目立ちさえしなければ・・・。

「実は先ほど逃げてくる最中にですね、この竹筒を拾ったんです。これを水筒にして貴方に入ってもらうのはいかがです?」

「水のままでいるのは気分の良いことじゃないけど、今はつべこべ言ってられないしなぁ」

「じゃあ少しでも居心地が良いように、この水筒を洗ってきますよ」

 そう言って椛は近くにある川に向かっていった。

「はぁ~・・・。本当に何で俺なんかに会いたいんだ? その、大天狗様ってのは」

「それは分かりかねますが・・・、くれぐれも大天狗様の前では失礼の無いようにしてくださいよ。もし何かあれば連れてきた私たちにもとばっちりがあるかも・・・」

「そんなこと言われても、こっちから訪問しなきゃいけないうえにこんなに苦労してるのにさ、まだ下手に出なきゃいけないってのはどうにもな」

「私も天狗のお偉いさんとはあまり関わりたくないんだよね・・・。ただでさえ天狗社会って上下関係や規律に厳しいから、そもそも河童のスタイルとは合わないのよ」

「しかもですよ、どの大天狗様かも分かっていません」

 天狗社会が厳しい上下関係で成り立っているとはいえ、一つの役職に複数の人物が就いていたり、人物によって厳しさや対応にムラがあったりと、実は単純なピラミッドではないらしい。

「とりあえずです! うだうだ考えていても仕方がないので、ささっと終わらせてしまいましょう! 友希さんはこの筒に入っていてください。後は私たちが送り届けますので」

「よっしゃ! 行くか!」

 かくして気持ちと装い?を新たに友希・にとり・文・椛の四人は再び天狗の里へと繰り出す。

 

 

 

 まず友希たちが真っ先に向かったのは、白狼天狗の詰め所や仕事で忙しい妖怪たちのための立ち食い店が立ち並ぶ下町エリア『木ノ葉通り』。

 この辺りは白狼天狗こそ多くて人間や他の妖怪であれば目立ってしまうが、仕事で忙しなくして天狗の入れ代わり立ち代わりが激しい。その混乱に乗じてしまえば小さな異常など気づかれることはない。以前文もここで揉まれてしまった過去がある。

 天狗の中では匂いに敏感な白狼天狗でも、皆が汗水たらして動き回るこの場所で水になって薄まった人間のにおいに気づくことは至難の業だろうと言うのだ。

「あっ、どうも! はい、非番なんです。ああ、お久しぶりです~!」

「さすが椛は顔が広いわね。注目は集めちゃうけど、円滑に進めそう」

 より位の高い鴉天狗である文も、ここではまるで空気のように気にも留められない。

「それにしても、まさか大天狗が人間を呼び出すなんて・・・。何か心当たりないの?」

 あくまで機密の命であるので、周りの声にかき消されない程度の小声で話すにとり。

「分からないですね。ですが他種族に興味の強い大天狗であれば限られてきます。それにこのミッションが極秘である理由も、他種族に極端に接触・肩入れすることが暗黙の了解的に目を付けられるからでしょうね」

 天狗はただでさえ共同社会意識の高い種族らしく、自らのコミュニティの利益を最優先とする者が多いと聞いている。また密かに幻想郷全体の権利や経済の掌握も狙っているとかいないとか・・・。

 そんな状況だからこそ『人間』である友希をわざわざ『秘密裏』に寄越すなど、何か企てがあるに決まっているのだ。そしてそれを承知の上で協力せざるを得ない文と椛の心境たるや複雑だろう。

「よしよし、あそこが終わりだな。なんだ簡単じゃんか、変なことしなきゃよかったな」

 人通りが若干少なくなり、奥の方に別の小道との合流地点を見つけた友希は、安堵し先の奇策さえなければと後悔の念を滲ませた。

 が、案の定と言えばそれまでなのだが、そう簡単に行くはずもなかったのだ。

「こらぁ、椛ぃ! あんた私に挨拶もなしぃ⁉ 信じらんな~い‼」

「・・・っ⁉」

 いきなり椛に対して向けられた勢い任せの発言。その発信源は木の葉通り最後の露店からだった。

「は、はたてさん⁉ こんなところでいったい何を! 仕事はどうしたんですか、仕事は!」

「ああ~? 仕事のこと思い出させるんじゃないわよぉ、椛の分際で!」

「これは・・・何かあったんでしょうか?」

 一見心配しているような素振りと発言の文だが、その実は笑いを堪えているようで、口元がぴくぴくと苦しそうにしている。

「ど~せ私なんて永遠の二番手ですよ~だ! あんたもそう思ってんでしょ! 全っ然結果でないもんねぇ!」

 茶髪をピンクのリボンでツインテールとしてまとめ、上半身をカッターシャツとピンクのネクタイ、下半身をピンクチェックのスカートと、一貫したピンクコーデで彩ったこの『はたて』なる人物。どうやらベロンベロンに酔っているようだ。

「うわっ、酒臭いなぁ!」

 ドン引いた表情のにとりのところにもその匂いが行った。

「ああもう、お水飲んでくださいよ~」

「ん~、水ならここにあんでしょうがぁ!」

「・・・‼」

 友希は無い目をぎょっとさせた。

 見えないので恐らくなのだが、この女は友希の入っている水筒を和み水として飲むため、にとりから奪い取ったらしい。

「ままま待ってください! それはあああ‼」

「んあーーー」

「まずいっ!」

 一瞬見えた外界の光、その先にある口内洞窟。友希は咄嗟に行動に出た。

「ん、んん? なによ空の水筒なんか持ち歩いちゃって」

「あはは、そうなんですよ~。ちょっと必要になっちゃいまして。おほほ~」

 焦りを抑えようと変な言葉遣いになるにとり。

 この緊急事態には、さすがの文も胸を撫で下ろす気持ちになった。

「ではそろそろ失礼しますよ、はたて。私たちは忙しいんです。ええ、とってもね」

 真昼間から飲んでいることもそうだが、ヒヤッとさせられたことが多少頭にきた文は、満面のドヤ顔ではたてに言い放つ。

「そうね、文々。新聞は盛況だものね! いいのよいいのよ、もうそれで!」

 同業者なのだろうか。とても悔しそうだが同時にとても投げやりな態度で文を突っぱねた。

 「じゃあ」と軽く会釈をしこの場を後にしようとした椛。だが・・・。

「その代わり・・・。椛をいただいていくわ! 私に付き合いなさい!」

「どうぞどうぞ~♪」

「ちょっと文さん⁉」

 急な提案だったわりに、流れるように決まった椛との離別。

 意気揚々と注文を繰り返すはたてと、その腕に挟まれた眉間にしわを寄せた椛。

 これは後々大変なことになりそうだと複雑な気持ちを抱えたにとりを横目に、こちらも機嫌がよさそうにさっさとその場を後にする文なのであった。

「なぁ、本当によかったのか? あれで」

「何がです? 椛は言伝を言い使っただけで、その責任感でついてきていたんです。ここで脱落しようとも私がいれば道案内など容易いことです」

 先ほど水筒の中から緊急離脱し静かに地面の中へと非難した友希は、水筒を取られてしまったため、周りから見つからないようにほとんど地下に埋まった状態で話しかけている。

「ねえ友希。これを」

 依然として自分は正しいと胸を張る文から視線を外し、にとりから何かの紙を受け取った。

「これは?」

「念のため私のしたかったことを終えておこうと思ってね」

「・・・?」

 何のことだかさっぱりな友希。それを問おうとしたその時に、第二の関門へと到着した。

「ここですよー、『天衝き櫓(やぐら)』。ささ、さっさと背負っちゃってください」

「お前・・・、早く帰りたいだけだろ」

 大層な名前の付いたこのそびえ立つ岩山。

 そもそも天狗の里周辺は切り立った崖のあいだを縫うようにして土地があり、多くの住居はその岩肌にくっつくようにして建設されている。

 ただそれに比べても異様なまでに一本の岩山が頭一つ抜きんでている様子は荘厳としか言いようがない。

「う~ん、私のバックパックでいけるかなぁ?」

「いけなくては困りますよ。友希さんは飛べないんですから」

「え、飛ぶの? 階段は?」

「ありませんよ、そんなもの。天狗は皆飛びますからね。こう、窓からこんにちはって具合に」

 窓から入るかは知らないが、実際に里の岩肌には総じて階段が見当たらない。

 また今回はにとりがベルトなどの装備を持ってきていないため、つまり『ジェットコンバット』が使用できず、ライダーの力で飛ぶことができない。だいたいそれでは目立ってしまうので結局ダメ。

「ちんたらもしていられませんよ。この櫓はより高位な天狗しか利用していませんから。いくらお呼出しをされているからと言っても、周りから見れば不審な三人が近づいているようにしか見えませんからねぇ」

「聴取されたら経緯を伝えるしかないじゃない」

「天狗の格好した人間を担いで運搬している時点で、怪しさ天魔様級ですよ。はたして聞く耳を持つでしょうか?」

 文はいつまでも他人事のように話すのだが、それでも的を得た発言ばかり。にとりも黙り込んでしまった。

 しかしこんなところで止まっているわけにはいかない。

最も良くないのは、友希が、大天狗の意思に反して、呼び出しに応じないことである。

例え友好的な部類の大天狗であったとしても、すっぽかしは誰に対しても失礼なことだ。

「何でもいいけどさ、結局行かなきゃいかないんならパッと行こうぜ。到達できなきゃ皆怒られるぞ」

 若干投げやりともとれる態度で反応を返した友希に対し、文は分かっているとふてくされた顔で表現して見せる。

「ね、友希。これ」

 先に飛び立った文を追うため、両脇から友希を引っ張り上げようと後ろに回ったにとりは、小声と同時に友希に紙の端切れを渡した。

「え、何これ?」

「妖怪の山を出れたら、この紙の内容を読んで。もしかすると私も途中でリタイアするかもだから、今伝えておくよ」

 「その発言はフラグでは?」と、友希は思ったが、なにぶん真剣な表情でにとりが言うものだから、指摘するのは我慢してその紙をズボンのポケットに押し込んだ。

「行くよ!」

 どういう変形か、リュックサックから露わになったロケットエンジンが唸りを上げ、友希共々ふわりと浮き上がる。

「所詮は櫓ですから、一直線に行ければ五分とかかりません! もっとも、お二人に合わせなければ一瞬ですけどねっ!」

「結構つらいか、にとり?」

「う~ん、基本は一人用だし、友希は私よりも体重があるから・・・」

 にとりが懸念しているとおり、飛び立ったはいいもののどうにもエンジンの調子が上がらない。早くも定員オーバーで嫌な機械音が響いている。

「到達できれば修理は後でできる! 出力、フルパワー!」

「あっつ! あつつ!」

 にとりは慣れているかもしれないが、友希には背面で轟々と噴き出す火炎は苦痛だ。いくら河童の高機能服に身を包んでいるとはいえ、人間の友希にはその身に伝わる熱は耐え難いものがある。

「ちょっと、あんまり揺らさないで! 軌道がブレる!」

「いやそんなこと言っても・・・。ああ、なんか嫌な予感が~」

「あの~、大丈夫です?」

 先を飛んでいた文が心配になって声をかけてきたのだが、丁度そのタイミングでなんとバックパックに限界が来たようだ。

 ボンッと鈍い音を立てたかと思えば、黒煙を吹き、徐々に徐々に高度を下げていくにとりと友希。

「ああああ、だめだめ! む、無理かも~‼」

「ちょっ・・掴まってください‼」

 文から差し伸べられた手。開いた両手で必死になって、友希はその手を掴み取る。

「後は頼んだよ~!」

 瞬間、にとりは呆気なく降下していく。

「にとり・・こうなることを予期していたな・・・」

「最初から私に頼むのは、河童としてのプライドが許さなかったんでしょうねぇ」

 妖怪の山では数多の妖怪が生活をしている。その中でも群れを成して過ごしている妖怪は数えるほどしかいないのだとか。

 そんな高社会性を持つ妖怪たちには、それなりにプライドもあるのだろう。自分たちの地位をアピールするために。或いは相手にナメなれないようにするため・・・かもしれない。

「先を目指しましょう。もうすぐですよ」

 それでもやはり、知り合いが落ちていく様子には何か思うところがあったのだろう。妙に落ち着いた様子を見せる文は、軽々しくかつスムーズに飛翔を始め、あっという間に頂上の足場に足をかけた。

「お前って・・いや、天狗って凄いんだな」

「今更ですか⁉」

 神の威圧にも圧倒されたが、こういった一つの能力差でさえ、体感すると少し怖気づいてしまう。

 とはいえ文の性格がこうで助かった。多少の不安ならば解消される。

「それで、なんか変わったところだな」

 降り立った足場は、寺社仏閣のような装飾の赤い木組み。それが岩肌に突出しているのだ。

 中国のカルスト地形のような壮大な景色。その岩の頂点に位置するこの場所には、飛び出た足場と必要の疑われる大きな瓦屋根。そして、不自然に設置された扉。

「この扉は?」

「この先が大天狗様のいらっしゃるお部屋に繋がっています」

 こんな岩の中に本当にいると言うのだろうか。にわかには信じがたい。

「でここからはどうすれば? 中の案内もしてくれるんだろ?」

「いえ、この中に入ってしまえば、適当に歩いていても大天狗様の元へたどり着けますよ」

「じゃあ、文はどうするんだよ」

「私はしばらくこの周りを周回しようと思います。今までそれなりに怪しい行動をとってきましたから、怪しまれていないとは言い切れませんからね。文字どうりシラミつぶしです」

 そう言って文はタンと足場を蹴り、沈むように滑空した後まるでジェット機のように尾雲を引きながら、どこかへ飛んで行ってしまった。

「・・・本当に大丈夫かよ」

 激動の一日の先端にある今この状況。どうにも慣れてきてしまったようで、何の気なしに弱音が口から零れてしまう。

 しかし留まってはいられないのはもうわかっている。

 今までもそうしてきたように、進むしか道がない以上なりふり構わず飛び込むのが正しい選択だろう。

 特に言葉にしたりはしないが、友希は覚悟を決めた。

 得体の知れないくぼみに手をかけ、ゆっくりと引く。

 ギィというか細い音が友希の不安を掻き立てるなか、無情にもゆっくりと確実に、扉は友希と外界とを隔絶したのだった。

 

 

 

第二十八話 完




今回も最後まで見ていただき、誠にありがとうございました!
作者の『彗星のシアン』です。(ガンダムではありません)

さて第28話ですが、やっと守矢神社から解放されたかと思いきや、今度は天狗の里へ赴く(呼び出される)羽目になってしまいました。
次から次へとやらないといけないことが増えて、友希だけでなく私も目が回ってしまいそうですよ・・・!

結局のところ、神奈子が起こっていたのは『早苗を取られる』という過保護の勘違いが原因でしたが、それにしたって友希は災難でしたね。むしろよく神の拳を受けて生きていられたと褒めてあげたい。

早苗も友希より3年ほど年上になりますが、友希と同じく外の世界からの来訪者であり、同じくライダーを見ていたファンという共通点の持ち主でした。理解者が増えたことは友希にとって喜ばしいことでしょう。

そしてついに、次回は友希を呼び出した大天狗との謁見です! いったいどんな奴なんでしょう?
友好的かもしれないということでしたが果たしてその真偽は!?
乞うご期待!!


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