千雨infinity(改稿版) (雑草弁士)
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Prologe:00

 ギシッ……。

 

 何かが軋む音がする。長谷川千雨は全身全霊の力を振り絞って、その重い瞼を開いた。

 

(何だってんだよ、コレ……)

 

 彼女がぼやける目の焦点を必死になって合わせると、その視界にひしゃげた車のボンネットと、蜘蛛の巣の様にヒビが入った車のフロントガラスが映った。彼女はいつもかけていた伊達眼鏡が何処かへいってしまっている事に気付く。彼女は思わず舌打ちをした。いや、しようとした。だが彼女の舌は彼女の意志に反して、ぴくりとも動こうとしない。

 

 千雨は少し前の事を思い返す。彼女はこの日、PCを新調するために冬休みの1日を利用し、秋葉原まで出かけていた。そして買い物を終わって電車に乗り、埼玉県麻帆良市まで帰って来た所でトラブルが発生する。電車が先の駅での飛び込み事故でストップしたのだ。

 

 彼女は心中で悪態をつきながら、そこから歩いて帰る事を選択する。彼女が居住している麻帆良学園中等部女子寮までは、距離的には1駅から2駅と言った所であり、決して歩いて帰れない程ではなかった。それに彼女は本日PCと言う大きな買い物をしたため、財布事情はお寒い限りであり、タクシーを拾うのも躊躇われた。

 

 だが彼女はそれでもタクシーを使うべきであっただろう。何故ならその帰り道の途上で、彼女は信号無視の自動車に轢かれたのである。彼女を轢いたその自動車は、その衝撃で運転操作を誤り、そのまま道路沿いの建物に突っ込んで止まった。あろうことか彼女を押し潰す形で。

 

(……ヤバい。マジでヤバい)

 

 遠くなる意識を、千雨は必死で繋ぎとめる。彼女の胴体はひしゃげた自動車のボディと建物の壁面とにはさまれており、ぐしゃぐしゃに潰れている。即死しなかったのが奇跡と言えた。これほどの損傷を肉体に被りながら、苦痛は無い。その事が逆に、千雨に事態が窮迫している事を教える。

 

(死ぬ……のか?)

 

 見遣れば、眼前にあるヒビ割れたフロントガラスの向こうで、ぐんにゃりとした2つの人体があった。それは派手に着飾った男女で、膨らんだエアバッグの上に乗り上げる形で、フロントガラスに頭を叩き付けられていた。

 

 おそらくはその男女は、シートベルトをしていなかったのであろう。そのため衝突の際に、シートから放り出される様にしてエアバッグに乗り上げ、フロントガラスに頭部を強打したのだ。その身体から命の灯が消え去っている事は、一目で解る。その頭が、無残に潰れていた。

 

 その男女の死に様が、千雨に恐怖の感情を呼び起こさせる。

 

(……いやだ。あんな風になりたくない。こんなのって、ねえよ。私は……)

 

 事故が起こったと言うのに、誰もやって来ない。不幸な事に、目撃者は誰も居なかった。千雨の身体から、刻々と生命が失われて行く。視界が霞んでゆく。

 

(助けてくれ、誰か……。誰か……!誰でも、誰でもいいからさあ!死にたく、し、にた、くない!)

 

「コッチラ! 急ゲ!」

 

「生きているか!?」

 

(!!)

 

 突然かけられた声と共に、千雨の身体を押し潰していた自動車の車体が動き出す。建物の壁面にめり込んでいた車体が、後方へ引き抜かれた様に吹き飛んだ。酷く損壊した千雨の身体が地面に崩れ落ちる瞬間、誰かの腕がその身体を支え、そっと地面に寝かせる。

 

(……誰……だ?)

 

「コレハ……。 酷イノラ……」

 

「……く。……君、聞こえるか!?」

 

 千雨の視界の中に、誰かの姿が映る。声からすると、少年の様だった。もう1人誰か居る様だったが、そちらは視界の外だ。そして少年の姿も、霞んで殆ど見えない。彼女は必死に瞼を動かす。もう彼女にはそれしかできない。

 

 するともうひとつ、青年の様な声が聞こえる。

 

「光一……。ダイ……。警察と救急車を呼びました。ですが……間に合いません。いえ、それ以前にこの世界の……この時代の技術では、もはや手の施しようがありません。彼女は……もうすぐ死にます」

 

「ダメカ……」

 

「リープ……。ダイ……。アレを使おう」

 

「!! ……まさか『16th』を!? しかしアレは!」

 

「本気ナノラ!? 光一、ソンナコトシタラ……」

 

 視界外の2つの声は、焦ったように反論する。だが少年は譲らない。

 

「それ以外に方法が無いんだ!見捨ててはおけない……」

 

「……今トランクをこちらへ持ってきます」

 

 リープ、と呼ばれた者の気配が遠ざかる。少年らしき者――光一、と言う名らしい――が千雨に語りかけた。

 

「少しだけ……。あと少しだけ頑張ってくれ。そうすれば……。いや……。もしかしたら……。

 君は……きっと俺を恨むのかも知れないな。だけど……。それでも……」

 

 千雨の意識は朦朧としてきた。何か冷たい暗闇の様な物が彼女を飲み込もうとしている様に感じられる。彼女は懸命にそれに抗う。千雨は必死に瞼を動かした。彼女にできる唯一の動きで、自分の心を伝えようとしたのだ。この光一という少年は、何処の誰とも知れないが、そんな事はどうでも良かった。

 

(死にたく、ないっ! 私は、わた、し、は! しに、た、く、ない! たすけてくれ! た、すけ……て……!!)

 

「リープ!はやく!」

 

「待ってください、今……」

 

(たす……け……)

 

 そしてその日、長谷川千雨は死んだ。

 

 

 

 千雨は目を開いた。

 

「……あれ?」

 

 そこは何処かのアパートか、マンションの1室の様な部屋だ。6畳間ぐらいの部屋の端に、安物のパイプベッドが置いてあり、彼女はその上に横たわっていた。彼女は慌てて起き上がる。

 

「……なんだこりゃ!?」

 

 千雨が視線を下ろすと、ズタズタに裂けて血まみれになった自分の服が目に入る。彼女は泡を喰って裂けたシャツを捲り上げ、自分の腹を見る。そこには傷一つ無い、珠の肌があった。彼女は呻く様に言う。

 

「う、嘘だろ……? 夢だったのか? い、いやそれだとこの服の説明がつかねえ……」

 

 彼女の胴体……腹部は確かに、事故を起こした自動車と建物との間にはさまれてぐしゃぐしゃに潰れていたはずなのだ。それが夢で無い証拠に、彼女の服はズタボロになり、彼女自身の血が大量に染みついている。彼女はぺたぺたと掌で腹部を触り、撫でまわして感触を確かめた。

 

「いったいどうなってやがる……」

 

「あ、目が覚めたんだ……。あ……」

 

「え?」

 

 その時、部屋の扉が開いて誰かが入って来た。千雨はそちらを向く。そこには優男と言えるぐらいには整った顔つきの高校生ぐらいの少年が、ぽかんとした表情で立ちつくしていた。と、その少年が急に後ろを向く。彼は小さく叫ぶように言った。

 

「服! 服下ろして!」

 

「え? あ……」

 

 千雨は今の自分の状態に気付く。彼女はその少年の前で、シャツの前を思い切り捲り上げて、腹部と下着……ブラジャーを思い切り晒していたのだ。彼女は思い切り叫んだ。

 

「~~~~~~~~~~!?」

 

 少年といっしょに部屋に入って来ていた、胸に十字型の模様があるシェパードらしき犬と、アメリカンショートヘアーらしき黒猫が、2匹揃って『やれやれ』とばかりに首を左右に振った。

 

 

 

「……醜態を晒して申し訳ありませんでした」

 

「い、いや。こっちもノックなりなんなりしてから入るべきだった。ごめん」

 

 千雨と少年は場所を応接間に移し、ソファに座りつつ互いに頭を下げていた。が、やがて少年が顔を上げる。彼は徐に口を開いた。

 

「……さて、聞きたい事とか色々山ほどあるだろうけど、まずは自己紹介からだな。

 俺は東光一。こっちの犬はリープ。猫はダイ。ちなみにここは俺のマンションの部屋」

 

「あ、わ、私は長谷川千雨……です」

 

「……?あー、顔を上げてくれない、かな」

 

「す、すいません。私はちょっと、その、め、メガネが無いと人と顔をあわせるのが、ちょっとその、つらくて。だ、伊達メガネなんですけどっ!」

 

「……あー、そっか。んじゃ顔は伏せててもいいよ、ごめん」

 

 少年――光一は苦笑して言った。だが次の瞬間、彼の表情が引き締まった。雰囲気が一変し、緊張感が辺りに満ちる。

 

「……さて。何から話すべき、かな」

 

「! ……。あの……。あの事故は、本当にあった事なんです……よね?」

 

「……ああ。それは君が着ている服の惨状からもわかると思う」

 

 千雨は息を飲む。だが彼女は意を決して口を開いた。

 

「なら……。なら、なんで私は無事なんですか!? 医者に診てもらったわけじゃないけど、ざっと様子見て、何処も怪我してる様子は無い! 何が起こったんです!?

 ……あ、す、すいません興奮して」

 

「いや、気持ちはわかるから、いいよ。俺にも経験があるから。……これから俺は、君にとても残酷な事実を教えなければならない」

 

「残酷……?」

 

 光一は少々躊躇(ためら)った。だが彼は意を決して口を開く。

 

「落ち着いて聞いてくれ。君は新たな肉体を得て生まれ変わった……!!」

 

「!!」

 

「あのとき、君は死んだ!! そして今の君は機械の肉体に君自身の『クオリア』――魂のような物――を移植された、『マシナリー』だ!!」

 

 千雨は思わず下げていた顔を上げる。彼女はその言葉を笑い飛ばそうとした。

 

「じょ、冗談……でしょう? そ、そんなSFじみた話……」

 

「本当だ!」

 

 だが突然ソファから立ち上がった光一の厳しい声が、千雨の言葉を真正面から叩き潰す。次の瞬間、光一の姿が変わった。精悍なその姿は、黒を基調としたロボットの様に見える。身体のそこかしこに、機械的な意匠があった。そして胸の真ん中に、赤で『8』のマーク。

 

 千雨はその姿を凝視する。すると視界の中にアイコンの様な物が出現し、そこには『8th』と表示されていた。視線を下げると、リープと呼ばれていた犬の姿もまるでロボット犬の様な姿に変わっている。彼女の足元には、ダイと呼ばれていた猫が、まるでロボット猫の姿に変わり、歩み寄って来た。

 

 姿の変わった光一は沈痛な声で語る。

 

「俺も一度死んだ人間だ。そして『マシナリー』となって蘇った。君と同じ、なんだよ長谷川……」

 

「あなたを助けるためには、他にやり様がありませんでした……」

 

「ユルシテヤッテクレ……。他ノ方法ハ、ナカッタノラ……」

 

 リープが元のシェパード犬の姿に戻りつつ、溜息混じりに言葉を発する。ダイもまた、黒猫に姿を変えつつ悄然と言った。犬猫が喋ると言う常識外の事実がとどめになったのか、千雨はがっくりと身体から力が抜けるのを感じた。ぎしりとソファが軋む。

 

 もう信じないわけにはいかない。目の前に、機械仕掛けの人間と、機械仕掛けの犬猫の実物がいるのだ。彼女は顔を下に向ける。

 

 その様子を見つつ光一もまた、人間体に戻り対面のソファに腰掛けなおした。

 

「なんで、だよ……。う、嘘だろ?そんな、だって……。こんなにあったかいし、脈拍だってあるし……。これが、これが機械仕掛け、これが偽もんだって言うのか!? この身体がッ!?

 なんで、なんで私が……こんなことに……」

 

「長谷川……」

 

「長谷川さん……」

 

「……」

 

 光一とリープが気遣いの声を掛ける。一方のダイは無言だ。彼等の声が聞こえない様子で、千雨は吐き捨てる様に叫ぶ。

 

「こんな事なら……。こんな事ならッ!!」

 

「あそこで死んでいた方が良かった、か!?」

 

 千雨の叫びに重ねる様に、光一が強い口調で言葉を発した。千雨はびくりと顔を上げる。その双眸からは涙が流れていた。光一は彼女の目を強い視線で見つめると、静かに言う。

 

「……どうしても、どうしても耐えられない。そう思ったならば……何時でも言ってくれ。そのボディ、『16th』から君の『クオリア』……君自身を消去する」

 

 そう言い放つと光一はソファから立ち上がり、踵を返して部屋を出て行った。

 

 残された千雨は顔を伏せる。その肩がふるふると震えていた。リープとダイは、千雨に話しかける。

 

「長谷川さん。できるなら光一の事を悪く思わないで下さい。あなたを何とか助けたい一心だったんです」

 

「光一モ、一度死ンダ人間ナノラ……。長谷川ノ(ツラ)サハ、重々理解シタ上デ……」

 

「……わかってるよ。でも今は頭がぐちゃぐちゃしてて、何も考えられない。しばらく1人にしてくれ」

 

「「……」」

 

 リープとダイもまた、部屋から出て行く。一人残された千雨はしばらくソファに蹲っていたが、やがてぽつりと言葉を漏らす。

 

「……あんな。……あんなつらそうな苦しそうな顔されたら、文句も何も言えねえじゃねえか。クソ」

 

 彼女の脳裏には、いざと言う時は『16th』ボディから千雨を消去すると、そう光一が言い放ったときの彼の顔が焼き付いていた。それはとても苦しそうで、つらそうで、そして寂しそうな表情だった。




本作は、以前自サイトで連載しておりました二次創作SSの改稿版です。ずいぶんと放置していた作品ですが、そのままにしておくのも惜しいので、改稿してこちらに投降させていただきました。
もっとも大きな変更点は、改稿前はマシナリー・アニマルはマシナリー犬のリープしか居なかったのですが、こちらではマシナリーキャットであるダイが加わっています。


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Episode:01『機械仕掛けの超人』

 麻帆良学園都市……それは埼玉県麻帆良市に存在する、幼等部から大学部までのあらゆる学術機関が集まってできた都市である。そしてそれを構成しているあらゆる学術機関を総称して、『麻帆良学園』と呼ぶ。

 

 だがこの麻帆良学園には、裏の顔がある。麻帆良学園都市は、実はこの世界の裏側に潜む『魔法使い』達の街であり、日本における二大魔法使い組織の一方の雄、関東魔法協会の一大拠点でもあるのだ。そしてこの地には様々な魔法関係の遺跡や遺物が存在しており、また魔法関係の要人も多数在住している。その上この土地は、極めて重要な霊地でもあった。

 

 それ故に麻帆良の地は、常に狙われる立場にあった。貴重な魔法関係の遺物を狙う者しかり、要人を狙う者しかり、はたまた地脈の集まる霊地としての霊力に惹かれて集まる魑魅魍魎しかり、である。そのため、麻帆良学園では『魔法使い』やそれに準ずる能力を持つ者達を警備員として配し、それらの脅威から麻帆良学園を護っていたのだ。

 

 そしてこの夜もまた、麻帆良の地を襲う敵がやって来る。学園の警備員の任に就いている『魔法生徒』――『魔法使い』ないしはソレに準ずる能力を持つ学生の総称――である桜咲刹那は、愛刀である野太刀『夕凪』を片手に、森の中でその敵を待ち構えていた。この場には刹那自身の手によって人払いの結界が敷かれており、一般人は入ってくる事ができない様になっている。

 

 彼女はもう片方の手で携帯電話を取り出し、相棒であるスナイパー、龍宮真名をコールした。

 

「……龍宮、敵は?」

 

『もう1分もしないうちにやって来る。二時の方角だ。どうやら相手は自然発生した妖怪の様だな。どんな能力を持っているかわからない。気を付けろ』

 

「ああ」

 

 刹那は電話を切ると、それをポケットに仕舞い込む。そして彼女は夕凪の柄を両手で握り、構えた。と、その時メキメキと彼女の前方の木々がへし折れると、何か巨大な物が刹那の前に姿を現した。その大きさは、全長7~8mはある。耳障りな絶叫が辺りに響いた。

 

キシャアアアァァァ!!

 

 刹那は跳躍した。直後、彼女の居た場所に何かが叩き付けられる。それは粘つく糸の塊だった。

 

「糸! ……土蜘蛛か!」

 

 その巨大な妖怪……土蜘蛛は、鬼の顔、虎の胴体、そして八本の長い蜘蛛の足を持つ異様な姿をしていた。この妖怪は、本来は山に潜んでおり、旅人をその糸で雁字搦めに捕らえて喰らうと言われている。だが今回はこの妖怪は、麻帆良という霊地の霊力により自然発生し、その霊力に惹かれて麻帆良中心部を目指して行動しているのだ。

 

 こう言った魑魅魍魎の厄介な点は、魔法の秘匿義務と言った物を意に介さない所だ。本来『魔法使い』達は、一般人達に対し魔法の事が知られる事を禁忌としている。麻帆良学園の要人や貴重な遺物を狙って来る連中にしても、極一部の特に過激なテロリストもどきの連中を除いては、一般人に対する魔法の秘匿義務をきちんと心得て活動している。そのため麻帆良側としても、対処はある意味でやり易いのだ。

 

 だが妖怪や魑魅魍魎共にとっては、そんな事は知った事ではない。特に知能の低い化け物どもの場合、交渉すら成立しない。彼等はただ本能のままに暴れるだけなのだ。いや仮に知能が高くとも、人間との間に相互理解が成り立たない事の方が圧倒的に多い。

 

 そう言った存在が麻帆良中心部の街中に暴れ込み、結果として魔法の存在が一般人に暴露されるなど、麻帆良側からすれば考える事すら恐ろしい事態である。なんとしても人払いの結界が敷かれたこの場にて、討ち果たさねばならなかった。

 

「……斬岩剣!」

 

 刹那の振るう野太刀、夕凪が土蜘蛛の胴体に斬り込む。土蜘蛛は絶叫した。

 

キシャアアアアァァァァアアアアァァァァ!!

 

 だが土蜘蛛のその巨体故に、その傷はあまりにも浅い物でしかない。刹那は舌打ちをする。だがそのとき、真名の撃った術法処理済みの弾丸が、土蜘蛛の鬼の顔……その額に着弾する。

 

キンッ!!

 

「なっ!?障壁!?」

 

 土蜘蛛は、急所を高密度の強力な魔力障壁で護っていたのである。真名の放った弾丸はその障壁に阻まれて、なんら効果を上げる事はできなかった。

 

 次の瞬間、土蜘蛛は口から粘つく糸を無数に吐き出す。その様子は、まるで蜘蛛の糸による結界だった。その狙いは刹那だ。広範囲に糸が散らばっているため、避けるのは至難である。刹那はその糸を斬り払おうと技を放った。

 

「くっ、百烈桜華斬ッ!!」

 

 刹那のその技は、大半の糸を斬り払った。それにより刹那自身は糸の結界から逃れる事ができた。だが僅かに斬り払えなかった残りの糸が、得物である夕凪に絡み付く。粘つく糸に絡み取られ、夕凪はその切れ味を封じられてしまう。

 

「しまった!く、なんたる未熟……。」

 

キシャアアアアァァァァ!!

 

 真名の撃ったライフル弾が、土蜘蛛の胴体に何発も着弾する。その度に土蜘蛛は悲鳴の様な咆哮を上げるが、実の所大したダメージにはなっていない様だ。だがその隙に、刹那は土蜘蛛から距離を取る事ができた。

 

 と、刹那のポケットで携帯電話が鳴る。右手でべとべとになった夕凪を構えたまま、刹那は左手で携帯電話を取り出し、電話に出た。

 

『刹那、もう少しだけ時間をかせげるかい? 予備戦力として待機していた高畑先生が、今こっちに来てくれるそうだ。

 なお他の『魔法先生』や『魔法生徒』達は各々別の奴を相手にしていて手いっぱいらしい。もっとも、その蜘蛛の妖怪が今回は最大級らしいけどな』

 

「龍宮か? 連絡してくれたのか。すまない、正直助かる。こいつ、大技を使う隙を与えてくれない。じゃ、切るぞ」

 

 そう言いつつ、刹那は瞬動術で後退する。瞬動術とは、刹那自身を始めとするある一定レベル以上の戦闘者達が会得している、戦闘時における移動術である。気、あるいは魔力の加護をもって、おおよそ3~7m程の距離を瞬時に移動する技術だ。

 

 土蜘蛛は後退した刹那を追って前進すると、その細長い脚を振り下ろそうとした。だがその脚が振り下ろされる直前、真名の撃った弾丸がそれに直撃する。土蜘蛛の脚は衝撃で弾かれた。だがしかし、脚を覆っている甲殻は頑強で、ライフル弾の直撃にも損傷を負った様子は無い。刹那は携帯電話を再び仕舞うと、再度斬岩剣を見舞った。

 

「くらえ! 斬岩剣!」

 

キシャアアアァァァ!!

 

 だが夕凪の刃は蜘蛛の糸により封じられているため、その切れ味は著しく落ちている。そのため、斬岩剣本来の威力は出ていなかった。胴体へ若干の打撃を与えはしたものの、軽傷に過ぎない。そこへ土蜘蛛の脚が襲い来る。刹那はぎりぎりで体を躱すと、敵の胴体に斬りつけようとした。

 

 しかしその瞬間、刹那はつんのめるように危うく転倒しかけた。右足が地面に張り付いた様になって、離れなかったのである。ぎょっとした刹那は、自らの右足を見る。それは粘つく糸に絡まれ、べっとりと地面に粘り着いていた。そしてその糸を吐いたのは、数センチほどの小さな土蜘蛛が数匹である。

 

(しまった……! 子蜘蛛!)

 

 反射的に刹那が顔を上げると、親の土蜘蛛が今まさに口を開いて糸を吐かんとしている所だった。更に土蜘蛛は、同時に前脚での攻撃を仕掛けようとしている。万事休す、だった。

 

(お嬢様……!!)

 

 その瞬間、刹那の頭によぎったのは、自分が護るべき大事な幼馴染の笑顔だった。眼前に土蜘蛛が吐き出した無数の糸が、そして二本の前脚による刺突が迫る。もはや逃れる術は無かった。

 

 

 

 いや、無いはずだった。

 

 

 

「……え?」

 

 気付けば刹那は、土蜘蛛からかなり離れた場所に横たわっていた。頭がぐるぐる回る様な、まるで乗り物酔いにでもかかったかの様な感じがしている。見上げれば、何者かの影が彼女と土蜘蛛との間に立ちはだかっていた。

 

ギシャアアアアアアウウウウウアアアアアァァァァ!!

 

 土蜘蛛が今までにないほど大きな悲鳴を上げた。見れば土蜘蛛の前脚が2本とも、中程から斬り飛ばされて失せている。いや、それだけでは無い。土蜘蛛の胴体に深い斬り傷が無数についており、そこから臭い体液が流れ出していた。更には何体もの子蜘蛛が叩き潰され、その躯を晒している。

 

「……あー、大丈夫か? 加速して助け出したからな、しばらく目が回るぞ?」

 

「え……?」

 

 その声に、刹那は驚く。彼女はてっきり助けてくれた相手の事を、高畑先生――麻帆良学園に勤務する教師でもある『魔法使い』、所謂(いわゆる)『魔法先生』の中でも屈指の実力を誇る、刹那や真名の担任教師――だとばかり思っていたのだ。だが今聞こえて来た声は少女の物であった。彼女はその人影を凝視する。

 

 空にかかっていた雲が吹き払われ、月明かりがその人影を照らす。刹那は息を飲んだ。黒を基調としたボディ、その身体に走る赤いライン、随所に見られるメカニカルな意匠、女性的というか少女らしいボディライン。その少女はまるで、機械と人の中間の存在に見えた。

 

ギシャシャアアアアァァァァアアアアガガガガアアアア!!

 

 土蜘蛛が吼える。自らの身体に負わされた怪我もさることながら、叩き潰された子蜘蛛の惨状に怒り、嘆いているのだ。

 

 と、その機械の様な黒い少女が斜め前へと歩いて行く。地面に横たわる刹那を巻き込まない位置へ移動したのだ。土蜘蛛は、子蜘蛛を殺したのがその黒い少女であると理解しているのか、黒い少女へ向けて突進した。そして土蜘蛛は大量の糸を吐きだす。刹那は思わず叫んだ。

 

「あぶない!」

 

 だがその瞬間、黒い少女の姿が瞬時に消える。キイイィィン、と金属音の様な、あるいはジェットエンジンの音にも聞こえる様な音が周囲に響き渡った。

 

「……瞬動術?」

 

 そう呟きながら刹那は、それが瞬動術では無い事に気付いていた。瞬動術には欠点もあり、一度瞬動に入ってしまうと方向転換ができなかったりする。黒い少女は土蜘蛛の周囲を周回する様に動いているらしく、彼女が使っているのは、瞬動術ではありえない。

 

 さらに言えば、黒い少女は目にもとまらぬ超高速で移動しながら、土蜘蛛に連続して攻撃をしかけているのだ。そう、超高速で移動しつつ、縦横無尽に駆け回っているのである。更に言えば、その超高速機動を既に数十秒間連続して行っている。これは一瞬しか効果の無い瞬動術では、決してありえない。

 

キシャシャシャアアアアアウウウウアアアァァァ!!

 

 土蜘蛛は絶叫する。黒い少女により、8本あった脚は全て中程から斬り飛ばされ、胴体もズタズタに斬り裂かれていた。苦し紛れに糸を吐くが、その糸さえも散り散りに斬り飛ばされてしまう。

 

 そして最後の時が来た。土蜘蛛の胴体の、胸部分が破裂する様に炸裂して吹き飛ぶ。どろどろとした体液が流れ、その真っ只中にぼとりと鬼の顔をした土蜘蛛の首が落ちた。

 

 黒い少女が超高速機動……加速を解除し、その姿を現す。刹那はその姿を凝視した。黒い少女の前腕部からは、飛行機の翼にも似た刃が伸び、ヴン……と微かな音を響かせている。刹那には分からないが、これは黒い少女の白兵戦用武器、超音波ナイフである。刹那は息を飲んだ。

 

 そこへ第三者の声がかかる。

 

「刹那君、大丈夫かい?」

 

「やれやれ、らしく無いな刹那。お前がやられる程の相手じゃあるまいに」

 

 それは刹那の担任教師にして凄腕の『魔法先生』であるタカミチ・T・高畑と、刹那とペアを組んでいたスナイパーの龍宮真名であった。刹那は慌てて立ち上がろうとするが、まだ目が回っている。彼女は倒れそうになった。

 

「あ……!」

 

「おっと」

 

「あ、す、すいません先生。」

 

 倒れかけた刹那を支えた高畑は、彼女に手を貸したまま黒い少女に顔を向ける。

 

「僕の生徒を助けてくれてありがとう。ところで君は一体……?っと、それよりまだ終わっていない、か」

 

「……」

 

 黒い少女は高畑にも真名にも、そして刹那にも顔を向けていなかった。彼女が見ていたのは、土蜘蛛の骸である。高畑は刹那を真名に預けると、彼もまた土蜘蛛の骸に向き直った。

 

 原型を留めているのは腹だけという有様の土蜘蛛の骸だったが、突然それがびくりと波打った。そしてその中から、何かがざわざわと這い出して来る。それは何十、何百と言う土蜘蛛の子蜘蛛であった。刹那と真名が眉根を寄せる。流石に生理的嫌悪感が勝った様だ。高畑は溜息をつく。

 

「これを全部潰すのは骨だね。仕方が無……!?」

 

 高畑が何か技を繰り出そうとしたその時、突然黒い少女が両拳を前に突き出した。そしてその両拳から、雷にも似た凄まじい電撃が放射される。

 

 指向性電撃装置……そのパワーは10万kwに達する。無数の子蜘蛛どもは全てが電撃に撃たれてあっと言う間に黒焦げになった。蛋白質の焦げる嫌な臭いが周囲に立ちこめる。

 

 全ての子蜘蛛が焼き尽くされたのを確認すると、黒い少女は踵を返す。高畑は一瞬あっけに取られていたが、気を取り直して黒い少女に声をかけようとした。

 

「あ、君……」

 

「……守るべき生徒をあんな化け物と戦わせるのはどうかと思いますが、先生」

 

 だが黒い少女はそう言い放つと、一気に加速状態に入り姿を消した。黒い少女の加速は、瞬動術を連続で使っても追い付けない。突き付けられた痛い台詞に、高畑は右手で頭を掻く。その表情は、少々老けこんで見えた。

 

 

 

 千雨は麻帆良学園中等部女子寮の自室で、頭を抱えて転がりまわっていた。

 

「だーーーーーーッ!! なんだ私ーーー!? 何が『守るべき生徒を戦わせるのは云々』だよ!! クサいっつーの! あんなん私じゃねー!」

 

 そう、この台詞から分かる様に、あの黒い少女の正体は千雨であった。いや、千雨の正体があの黒い少女と言った方が正しいだろうか。千雨は急に転がりまわるのをやめると、独り言つ。

 

「……マトリクスを書き換え、外形を変えるのは『マシナリー』の基本機能。今の私の本当の姿は、あの『戦闘形態』、か……」

 

 千雨は自らの右手を見る。彼女が精神を集中すると、その手が形を変えて行く。それは紛う事なきあの黒い少女の手……随所に機械的な意匠の見受けられる手だった。千雨は頭を振り、その手を人間体の手に戻す。

 

「ふー。しかし『魔法先生』に『魔法生徒』……。『魔法使い』……かあ。正直信じ難いが……。っつーか非常識なんだよ。いや、今の私が言えるこっちゃ無いけど」

 

 千雨が麻帆良学園の秘密、『魔法使い』の存在に気付いたのは、ごく最近である。ぶっちゃけた話マシナリーとしての能力で、携帯電話の電波に乗った警備担当の『魔法先生』や『魔法生徒』達の通話をほとんど自動的に傍受し、聞くともなしに聞いてしまったのだ。それにより彼女は、この麻帆良学園が『魔法使い』達の街である事を知ってしまったのである。

 

 本当はプライバシーと言う観点から、携帯電話の会話などはわざと聞かない様にフィルタリングするのが礼儀と言う物だ。だが千雨はマシナリーとなってまだ日が浅く、自らの能力を自在に扱えるわけでは無い。それ故に、ついつい携帯電話の会話が聞こえてしまったと言うわけだ。ちなみに警察無線などの音声も拾う事ができる。

 

「しっかし、あの妖怪……でいいんだよな。気色悪かったなあ……。桜咲や龍宮の奴、いつもあんなんと戦ってやがんのかぁ……」

 

 千雨は土蜘蛛を倒した後の事を思い返す。ずたずたに引き裂いた土蜘蛛の残された腹から、大量の子蜘蛛が溢れ出て来た時の気持ち悪さはとんでもない物がある。思い出しただけでも彼女は怖じ気立った。

 

 あの時高畑先生の機先を制する形で指向性電撃装置を用い、子蜘蛛どもに10万kwの電撃を浴びせたのは、別に高畑に先んじたわけでもなんでもない。単に彼女があまりの気色悪さに耐えきれず、反射的に電撃を放っただけであった。

 

 ちなみにこの日、千雨が刹那を危うい所で助けたのも、実の所偶然に近かった。実は彼女は夜間にこっそり外出し、人目の無い山中で自らのマシナリーとしての能力訓練を行うつもりだったのである。

 

 そして山中へ至る途中の森の中で、刹那が土蜘蛛と戦う姿を目撃……と言うよりはセンサーで感知し、興味にかられてそれを覗き見していたのだ。そして刹那が窮地に陥ったのを見て、思わず飛び出してしまったと言うのが事の顛末であった。

 

 なお先に述べたマシナリーとしての訓練と言うのは、千雨にマシナリーとしての身体を与えた本人、東光一からの宿題である。曰く、いざと言う時にマシナリーとしての力を十全に発揮するため、そして逆に、ひょんな事でマシナリーとしての力を迂闊に発揮しないため、マシナリーのボディの使い方に習熟しておく必要がある、との事だった。

 

 閑話休題。千雨は溜息を吐く。

 

「あー、失敗したか、な?この学園を牛耳ってやがる『魔法使い』連中に、私の存在を知られた事になるからなあ……。まあでも……クラスメートを見捨てるのも後味わりぃし……。仕方無いっちゃー、仕方無い、よな。

 うん、今度の休みにでも光一さんとリープに相談しに行くか。あと『魔法使い』連中についても相談しておこうかな。んじゃ今日は風呂入って寝よ」

 

 そう言うと、千雨は風呂道具を用意して大浴場『涼風』へと向かった。ちなみに次の休みまで待たなくとも、自らの体内無線を使えば何時でも光一達と相談ができるのには、彼女はまったく気付いていなかったりした。




今話は、改定はほとんど無しで改稿前とほぼ変わりありません。
千雨の初陣ですが、加速機能と言うマシナリーとしての基本的機能だけで余裕で勝てる相手でした。超音波ナイフとか、電撃とか、使う必要は無かったんですけどね。でも、素手で触るのイヤでしたし。敵の腹から出て来た子蜘蛛とか。
まあ、触るの嫌だったけど数匹は手足で潰さざるをえなかったんで、それは嫌々ながら頑張りましたけどね。

ちなみに、せっちゃんがこの程度の相手にやられかけてたのは、千雨が活躍するためのご都合主義全開です。ごめんなさい。


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Episode:02『逃避』

「……って言うわけなんですよ。何考えてるんですかね、魔法の修行に10歳、いや数え年だから実年齢は9歳ですか……そんな子供を教師として送り込んで来るなんて。それにあんなお子様に教師としての義務を負わせるっていうのは、学生側にも本人にも、いい事だとは思えませんよ。

 しかもいきなり担任教師ですよ?あの子供と生徒側、どっちにも負担が大きいでしょうが。いや前担任の高畑先生もしょっちゅう出張とか行ってて、担任教師としての義務をきちんと果たしてるとは言い難かったんですが……」

 

「……少なくとも長谷川が大変なストレスを溜め込んでるってのは、よくわかった」

 

 千雨の剣幕に、光一、リープ、ダイは若干引き気味だった。ここは光一のマンションである。千雨は例の携帯電話の通話傍受によって得てしまった情報について相談するため、日曜日の休みを利用してここに来ていたのだ。

 

 その情報とは、この世界には『魔法使い』と呼ばれる特殊能力者達が存在し、麻帆良学園都市がその『魔法使い』達の街である、と言う事である。千雨は最初のうちはその事についての説明をしていた。だがそのうちに感情がエスカレートし、気付けば麻帆良の日常において『魔法使い』達がもたらしていると思われる変事やトラブルについて、盛大に愚痴を垂れ流していた。

 

 それらの変事の中でも最たる物が、しばらく前に前担任タカミチ・T・高畑に代わり彼女達麻帆良学園本校女子中等部2-Aの担任になった子供先生、ネギ・スプリングフィールドの事である。

 

 ネギは僅か10歳――数え年であるため、実年齢は9歳――の天才少年だ。この年でイギリスのウェールズにあるメルディアナ魔法学校を首席卒業しており、最終課題の修行として『日本で先生をやる事』を与えられた。そしてその修行を果たすため、日本の麻帆良学園で教職に就いたのである。

 

 だがいくら天才児とは言え、子供は子供。その様な子供が担任教師となる事に、千雨は頭を痛めていたのだ。実際既にその子供先生は、幾つかの魔法がらみと思われる騒ぎを起こしていた。主に女生徒が脱げると言う、少々破廉恥な方向性で。

 

 もっともネギが担任となっている2-Aの面々は能天気かつ妙に大らかな輩が多く、そのためか魔法がバレると言う事は無かった様だが。

 

 と、そこへ絨毯敷きの床に寝そべっていたリープがふと訊ねる。

 

「ところで長谷川さん。先程の話ではついつい傍受してしまった携帯電話の通話から情報を得た、と言う話でしたが……。それにしては詳し過ぎませんか?」

 

「う゛……」

 

 その指摘に、千雨は硬直する。リープはじっと千雨を見つめた。ダイも千雨を見つめる。光一もそれに倣う。千雨は観念した。

 

「う……。じ、実は……。電波傍受であのガキ……ネギ先生が来るって事知ってから、ネット経由で学園長のノートPCにダイブして情報盗った……んです。学園側が正気とは思えなかったんで、つい……」

 

「長谷川……」

 

「長谷川さん……」

 

「長谷川……。アンタ……」

 

 光一とリープ、ダイは、疲れた様な声で千雨を窘める。光一は頭を振り、顔を引き締めると千雨に向かい言った。

 

「長谷川。あまり無理はしないでくれ。電脳戦は危険なんだ。電脳空間で致命傷を負えば、現実世界の君も死ぬ。……まあ、この世界、この時代のネットワークには、それほど強力な敵になる存在は無いとは思うけど。

 電脳戦の訓練は、今度必ず時間を取るから。最初のうちは必ず俺と一緒にダイブする事。いいね?」

 

「はい……」

 

 千雨は肩を竦めて小さくなっていた。光一はそんな千雨の頭に手を置いて、優しく撫でる。彼の顔には柔らかい頬笑みが浮かんでいた。千雨の顔が紅くなる。だが彼女は光一の手を振り払おうとはしなかった。

 

 千雨は問う。

 

「光一さん。あんた、一体何処から来たんだ?麻帆良の技術力は常識を外れてる。ウチのクラスにもロボットの学生がいるぐらいだ。誰も不思議に思ってないけど、さ。たぶんアレも魔法関係なんだろうさ。

 ……だけど光一さんやリープ、そして私の今の身体は、そんなウチのクラスのロボを遥かに超えた科学力の産物としか思えない。ただでさえ高度な麻帆良の技術力を、ブッチぎってるんだ」

 

「……。そう、だな。ある程度は話しておいても良いか。もう戻る事は叶わない世界の事だし……」

 

 光一はそう言うと、千雨の頭から手を除ける。千雨はその手の感触が去るのを、無意識に少々名残惜しく感じる。光一は(おもむろ)に口を開いた。

 

「俺はある時、電車のホームから落ちた女の子を助けようとして、身代わりみたいな形で電車に轢かれたんだ。そして死んだ俺は、東八郎……先代の『8マン』からこのマシナリーボディ『8th』を貰って蘇り、『8マン・ネオ』として戦う事になったんだ。

 敵はこのボディそのものや、他のマシナリー達、更に様々な軍事サイボーグ、超科学兵器等を造り出した超国家機関『ジェネシス』……。あまりに強大な敵だったよ」

 

「……」

 

「途中経過は今のところ省くけど、何年もの長い戦いの末、俺達はかろうじて勝利した。そしてあの最後の決戦の時、俺はある『超エネルギーシステム』の暴走を抑え込もうとして、リープやダイと共に時空の歪みに捉われて……。

 気付いたら、この世界にいた。俺の元いた世界の十何年、あるいは何十年もの過去に酷似した、この世界に」

 

 千雨は目を見開く。

 

「過去に……酷似した世界?」

 

「うん。俺の世界の過去そのものじゃ無い事はすぐに分かった。一応ネットが存在してたから、そこから情報を引き出せたから。歴史や地名の微妙な違いとかな。俺とリープからすれば、『極めて過去に近い並行世界』って所かな」

 

「……正直、予想を斜め上に突き抜けた話でいっぱいいっぱいです」

 

 千雨は溜息を吐く。光一は柔らかく微笑む。だがその瞳には、一抹の寂寥感が垣間見えた。千雨はそれに気付いたが、何か言う前に光一が話を続ける。

 

「ちなみに君の身体である『16th』は、『ジェネシス』が造ったアディッショナル・ナンバーズのマシナリーに、俺が持つ『8マンのマトリクス』をコピーした物だよ。俺である『8th』よりも後発のマシナリーだから、実の所秘められたポテンシャルは俺よりも高いんだ。

 俺とリープがこの世界に来た時に、未使用のそのマシナリーも巻き込まれて一緒に来たんだよ」

 

「え゛っ!? 光一さんよりも強いんですかっ!? 私が!?」

 

 驚く千雨だが、リープとダイが苦笑まじりにそれを否定する。

 

「いえ長谷川さん。長谷川さんには戦闘経験がほとんどありませんし、その能力を使いこなしてもいません。ですからあくまで伸び代が光一よりもあると言うだけであり、もし今戦ったら光一どころか私にも勝てませんよ」

 

「戦イカタニヨッテハ、ダイトハ良イ線イクカモ。デモ、ダイハ直接戦闘用ジャナイ……。長谷川ハ、イマノトコロ、ソノ程度……」

 

 リープとダイの台詞に、千雨はなるほどと納得する。そして光一の話の中で一寸だけ気になった事を尋ねた。

 

「ところで光一さん、あんた一体いま何歳なんです?見た目高校生ぐらいにしか見えないけど、何年も戦ったって……」

 

「ああ、そっか。俺はついつい外形を、最初にマシナリーになった時の年齢のままにする癖がついてるからな」

 

 光一はそう言って、身体の外観を変化させる。身長が伸び、スーツ姿になったその姿は、今まであった少年らしさが失せて大人の男っぽさが醸し出されていた。光一は軽く微笑すると言葉を続ける。

 

「実年齢は今の所23歳だ。もっともこっちの世界に来た時に戸籍を作ったんだけど、それでは16歳って事になってる。ちなみに学校には行ってない。大検を取って、麻帆良学園がやってる工学系の通信制大学に籍を置いてる。

 ……大人の姿の方が良ければ、こっちの姿で応対するけど?」

 

「い、いえっ! さっきまでの姿でいいですっ! な、なんか違和感がっ!」

 

「そっか」

 

 光一は失笑して姿を少年の物に戻す。千雨は大きく息を吐いた。実際の所彼女は、違和感と言うよりも何か気恥かしかったのだ。先程まで気安い感じで話していた相手が急に大人になられると、狼狽してしまう。そんな千雨と光一を、リープとダイが『やれやれ』と言った様子で眺めていた。

 

「随分話が逸れちゃったな。話を戻そうか。と言っても、学園の『魔法使い』達に関してはとりあえずこちらからは静観するしか無いと思うけどね。直接こちらに何らかの手出しをしてこない限りは」

 

「……そう、ですよね。けど、『魔法使い』かぁ……。なんでそんなファンタジーがこんな風に現実を侵食しやがるんだか……。現実にそんなもんが居るなんて、考えもしなかったけどなあ。

 SFに片足どころか両足、いや首までどっぷりと浸かってる私が言う事じゃないかもしれないですけど」

 

「そうですね。私など長谷川さんから話を聞いた今でもまだ半信半疑です」

 

「ソウデモナイ……」

 

「「ダイ?」」

 

 悲し気なダイの呟きに、千雨とリープはきょとんとする。しかしリープはすぐに、何かに思い当たったかの様に『ハッ』とすると、ダイに頭を下げた。そして光一もまた、口を開く。

 

「いや、俺達の世界にも『超能力者』は存在したからね。『超能力者』が居るんなら、『魔法使い』だって居てもおかしくないさ」

 

「ウン……。ダイモ、ソウ思ウ……」

 

 光一の目に、一瞬だけ哀しみの陰りが走る。リープは思わず視線を下げた。ダイは光一の脚に、身体を擦り付ける。まるで慰めるかの様に。千雨はふと思う。

 

(光一さんは……。『超能力者』がらみで、過去に悲しい事があったのかな。たぶん……きっとそうだ)

 

 しばしの沈黙の後、光一はあえて軽い口調で言葉を発する。

 

「それに長谷川から『妖怪』の映像を受け取っただろ?あんな物がいるんだ。『魔法使い』ぐらいじゃ驚くには当たらないさ。

 まあとりあえずは、『魔法使い』達には俺達の正体は隠しておくべき、だな。麻帆良大工学部やら麻帆良工科大に拉致されて分析、分解されるってのは、ぞっとしないし」

 

「……そうですね。でもそうだとすると、妖怪と戦ってた桜咲……。あ、私のクラスメートですけど、それを助けたのはまずかったですかね?」

 

「長谷川は、その事を後悔しているのかい?」

 

 急に真正面から光一に見つめられて、千雨はどぎまぎする。だが光一の瞳が真面目な事を理解すると、彼女は思わず背筋を伸ばした。そして彼女は深く息を吐いて自分を落ち着かせると、首を横に振った。

 

「いえ、後悔してません。あそこで保身に走って桜咲を見捨ててたら、凄く後味の悪い思いをしたと思います。そんなのはご免ですから」

 

 その答えに、光一は満面の笑みを浮かべる。それを見た千雨は、思わず赤面した。光一は力強く頷く。

 

「ああ、それでいい。それで、いいんだ。長谷川がやった事は、決して間違いじゃ無い。きっとそれは、正しい事なんだ」

 

 

 

 千雨は光一のマンションを出て、街を歩いていた。

 

(結局は現状維持、か。まあそれしか無いんだけどよ。でもまあ愚痴を聞いてもらっただけ、気は晴れたか。……こんな魔法なんてファンタジーが関わった悩みなんて、理不尽さをネットのチャットで大衆に訴えるワケにもいかねーしな。……まあ言葉を飾って内容を(ぼか)せばいいのかも知れないけど、やっぱり直截(ちょくせつ)的に話せる相手がいると、気が楽だよな)

 

 駅のある方向へ歩きながら、千雨は色々と考える。学園の魔法使い達の事やそれに対する自分の立ち位置、光一達の事、それに自分自身の身体の事など。

 

(しかし光一さんから出された能力トレーニングの宿題、けっこう厳しいもんがあるよなあ。まあ事情はわかるけど。きちんと力を使いこなせる様になっておかないと、下手な時についついうっかり力を使っちまわないとも限らないからな。……うっかり体力測定なんかの時に加速装置で高速転移なんかしちまったら、とんでもねえからな。

 仕方無ぇ、今日も時間を見て人気のない山中にでも出向くか……。はぁ……私はインドア派なんだが……)

 

 ふと喉の渇きを覚えた千雨は、何処かに自動販売機でも無いか、と辺りを見回す。自動販売機は無かったが、喫茶店が見つかった。そこそこ人気のある店らしく、見た限り満席では無いものの結構客が入っている。

 

(……機械の身体だってえのに、喉が渇くとはね。良く出来てるよ、まったく。飲み食いも普通にできるし。……本当は飲み食いしなくても良い身体だっつーのに)

 

 千雨はその店に入ると、奥まった席が空いていたのでそこに座る。そして店員が水を持って来たので、一番安いブレンドコーヒーを注文した。やがてコーヒーが運ばれて来る。千雨は香りを楽しみつつコーヒーを啜り、そしていきなり()せた。突然千雨の『耳』が、警察無線の緊急連絡を傍受したためである。

 

『……緊急! 緊急! 八十九銀行東麻帆良支店にて銀行強盗発生! 犯人は4名、各々拳銃を所持しており……』

 

 パトカーのサイレンが辺りに鳴り響き、喫茶店の客達が立ち上がって窓際へと駆けよる。よりにもよって事件が起きた銀行は、千雨が入った喫茶店の目の前だったのだ。千雨は頭を抱えた。

 

(クソ、私が出張る事はねえ! 警察に任しときゃいいんだ! 落ち着け!)

 

 千雨はコーヒーカップの取っ手を握りしめ、あおる様にコーヒーを流し込む。外から拳銃の発砲音が聞こえた。悲鳴が上がる。

 

『犯人グループは客と銀行の行員を人質に立て篭もっており……』

 

(今回は前とは違う! 前は、桜咲は顔見知りだった! 今回はそうじゃ無い!)

 

 千雨は伝票を持ってレジへと向かう。外の騒ぎはますます大きくなる。

 

(見知らぬ誰かがもしも死んだからと言って、私に何の責任がある!?)

 

 千雨は呆然としている店員を呼んで、コーヒー代金を押し付けると店の外へと出る。

 

(私の知った事か! この身体が超人的な力を持ってるからと言って、中身の私はただの一般人なんだ! ただの小娘なんだ!)

 

 千雨はその場から走り去った。




なんか本当は、麻帆良には悪人いないらしいんですけどね。ちょっと設定曲げてます。

さて、千雨は必死に自己弁護しつつ、喫茶店を出ます。彼女がどういう選択肢をとるのかは、次回をお待ちください。


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Episode:03『I’m afraid.』

 八十九銀行東麻帆良支店のロビーで、目だし帽を被って顔を隠したステレオタイプな銀行強盗が、拳銃を見せびらかす様にして客や行員の様子を見張っていた。その数は4名。その内のリーダー格と思しき男が、銀行カウンター内に置かれていた電話にがなる。

 

「包囲を退かせろって言ったろうが! それと逃走用の車だ! はやくしねぇと人質を殺すぞ!」

 

 男は乱暴に受話器を叩きつけると、仲間に向かい叫んだ。

 

「おい! 適当なのを1人表に連れ出して、見せしめに殺せ!」

 

「わ、わかった。おい! てめえだ!」

 

「ひ、やだ! やだあぁ!」

 

「みちるちゃん! やめて、私が代わりになりますから、その子を放して!」

 

「うるせぇ!」

 

 言われた仲間の男が、年端もいかない少女を引っ立て、その母親を蹴り倒して気絶させた。だがリーダー格の男はそれを止める。

 

「馬鹿野郎! 適当ってのは、でたらめって事じゃねえぞ! 女子供は逃走の時の人質だ! 野郎を殺せ!」

 

「す、すまねえ! んじゃてめえ、来い!」

 

「ひ、ひやぁああぁ!」

 

 中年の男性銀行員が引っ立てられた。引っ立てた犯人の男は嫌らしく笑って言う。

 

「運が無かったな。さ、表に出な」

 

「い、いやだ、死にたくない……。たすけてくれ……」

 

「諦めなっ!」

 

「あんたが、な」

 

 何処からともなく、少女の様な声がした。次の瞬間、犯人の男がいる真上の天井板が崩壊し、そこから何か黒い影が降りて来る。黒い影は、人質を引っ立てていた犯人の男を叩き伏せた。肋骨が折れる、嫌な音が響く。黒い影は、少女の様な形をしていた。

 

 リーダー格の男と、残り2名の犯人の計3名が、慌てて拳銃をその影……黒い少女に向ける。リーダー格の男が叫んだ。

 

「サツか!?」

 

「……ったく、よりにもよって私が近くにいる時に、迷惑な真似してくれやがって。何考えてやがんだよ! だいたい金が欲しけりゃ、もっと賢く稼ぎやがれ! こんな割に合わねえ事しねえでよ! 迷惑なんだよっ!」

 

「「「……あ?」」」

 

 犯人達はあっけに取られるが、それも一瞬の事。彼等は即座に気を取り直すと、一斉に発砲した。だがその弾丸は一発足りとも命中しない。黒い少女の姿は瞬時に霞み、消える。

 

 キイィィンと耳鳴りの様な金属音に似た音が周囲に響き、犯人達の持っていた拳銃が銃身を縦に斬り飛ばされてばらばらに分解した。更に犯人達の腕や足がへし折れる音が派手に聞こえ、その全員が崩れ落ちる。直後、黒い少女が再び姿を現した。

 

 黒い少女は言わずと知れた、戦闘形態になった千雨の姿だった。

 

(くっそ、手加減がうまくできねえ……。色々折っちまった。人の骨を折る感触って、気持ち悪ぃもんだな、ちくしょう)

 

 千雨は内心で毒づく。たとえ凶悪銀行強盗犯と言えど人間を傷つけたと言うのは、千雨の一般人としての感覚には重い物がある。

 

 その時、悲鳴の様な少女の叫びが上がった。

 

「あぶない!!」

 

 千雨は反射的に体を躱す。その瞬間、千雨の身体に掠る様にして銃弾が通り過ぎた。千雨は慌てて振り向く。そこには警備員の服装をした男が、拳銃を構えて立っていた。

 

 おそらくは事前に潜り込んでいた、犯人グループへの内通者だろう。その男は舌打ちをすると、千雨に警告の叫びを上げた少女を掴み上げ、銃を突きつけた。

 

 男は忌々しげに言う。

 

「やってくれたな……。何者か知らねえが、おかげで計画が滅茶苦茶だ」

 

「……警察が来た時点で、全部おじゃんになってるって思うのは、気のせいか?」

 

「てめえ!」

 

 千雨の台詞に、男は激昂する。千雨は慌てて男を宥める。

 

「オーケー、オーケー。わかった。落ち着け。その子を放せ。余計罪が重くなるだけだぞ」

 

「ち、逃げ切れねえのはわかってらあ、ちくしょう。ああちくしょう、どうせここで金が手に入らなきゃ、俺達ぁオシマイなんだよ。

 ヤバい借金のカタに、移殖用にハラワタやら角膜やら皮膚の一片、血の一滴に至るまで、残さず売り飛ばされるコトに決まってるんだ! どうせなら、行く所まで逝ってやらあ! 人質、皆殺しにしてやる!」

 

「おい待てって!!」

 

「黙れっ!動くな!」

 

 男が拳銃を人質の少女から離し、狙いを千雨に移した。千雨はその銃口を見つめつつ、千載一遇のチャンスとばかりに高速転移しようとした。

 

 

 

 そしてその拳銃がばらばらに斬り裂かれた。

 

 

 

「は? ……ぐうっ!?」

 

 鈍い音がして、警備員の格好をした男が崩れ落ちる。

 

「はい?」

 

 千雨はまだ高速転移していなかった。突然の事態の急変に、頭が付いて行っていない。ともあれ千雨は放り出されかけた少女を抱きとめた。

 

「……っと、大丈夫か?」

 

「う、うぇえぇ……。こ、怖かった……。うええぇぇえぇぇん……」

 

「ああ、泣くな。もう終わったから、な?」

 

「大丈夫か、『16th』?」

 

 その時、突然声がかけられた。千雨はその声の方を見る。そこには千雨の戦闘形態に似た、黒を基調としたマシナリーの姿があった。その胸には、赤で『8』の文字。視界の中には『8th』のアイコン。……光一の戦闘形態である。

 

「こ、光、じゃなかった、『8th』……でいいんですか?来てたんですね」

 

「君より一拍遅れたけどな。それと『8マン・ネオ』と呼んでくれると嬉しい。拘りのある名なんだ」

 

「どっから入って来たんです?」

 

「通気口」

 

 見ると彼の斜め後ろにある通気口の給排気口の、その蓋が吹き飛んでいた。

 

 光一はふっと笑うと、その口を開く。

 

「さ、もう行かないと。警察が来る」

 

「あ、ちょ、ちょっと待って……」

 

 千雨は慌てて抱きかかえていた少女を降ろし、踵を返した光一の後を追う。2人が高速転移して加速状態に入った直後、銀行の中の様子がおかしいと気付いた警官達が突入してきた。

 

 

 

 パトカーが集まり騒がしい銀行前を後にして、千雨と光一は並んで歩いていた。と、光一の体内無線にコールが入る。隣を歩いている千雨からだった。

 

『……本当は、事件なんか無視して警察に任せようと思ったんですよ』

 

『うん、それも間違いじゃない』

 

『ですよね。被害者達は顔見知りでもなんでもない他人だし。第一、こういう時のために警察があるんだし』

 

『……』

 

 光一が黙っていると、千雨が言葉を続けた。無論、口には出さずに体内無線による通話である。

 

『だけど……。気付いたら銀行に忍び込んでた。そして、銀行員のおっさんが殺されそうになった時、飛び込んでた。

 素人が下手に手を出して失敗して、被害が広がったら、どうする気だったんでしょうね、私。現に最後の一人、警備員に化けてたやつを見逃すって失敗をしたし。正義のヒーローにでもなったつもりだったのかよ、私』

 

「でも誰一人死ななかった」

 

 光一が体内無線ではなく、口に出して言った。びくりと千雨の肩が震える。光一は続ける。

 

「犯人も含め、誰一人として死ななかった。人質には傷一つ無い」

 

「だけど……。だけどっ……」

 

 その時、突然光一の右手が千雨の左手を握った。千雨は顔を上げる。視線の先には、光一の優しい目があった。光一は呟く様に言う。

 

「怖かった、んだろ?」

 

 千雨は小さく頷く。彼女もまた呟く様な声を、なんとか絞り出す。

 

「怖かった……んだ。あの妖怪なんかと戦うよりも、ずっと怖かった。妖怪はなんて言えばいいのか……。現実感が、小さかったって言うか……。殺すのにも躊躇は……無かったんだ。

 でも、あの銃口は、こ、怖かった。それに、手加減を間違え、て、殺しちゃ、う、のも、こ、怖かった。ひ、ひとごろし、になりたく無かった。で、でも人質、を、殺され、るのは、も、もっと怖かった、んだ。そ、そうなって、後から後悔に、苛まれ、るのの、方が、嫌だった。怖かった」

 

「俺も怖いよ……」

 

「!」

 

 光一は小さな声で、しかしはっきりと言った。

 

「俺も怖い。かつて怖かったし、今も怖いし、これからも怖いだろう。ずっと、ね」

 

「こ、光一、さんは……」

 

「だけど立ち向かう。だから立ち向かう。怖いからこそ、それに立ち向かえるんだ。

 ……ごめん、何を言ってるのかわからないな、これじゃ。だけど、これだけはわかって欲しい。長谷川は一人じゃ無い」

 

 その言葉を聞いたとたん、千雨の目からはらりと涙がこぼれ落ちた。彼女は思わず袖口で涙を拭く。そして今度は真っ赤になって下を向いた。

 

 そしてその後千雨は駅まで光一に送ってもらった。駅に着くまで、光一は千雨の手を放さなかった。いや、千雨が光一の手を放さなかったのかも知れない。まあ、どちらでもいい話ではあるが。

 

 

 

 明けて月曜日、千雨は2-Aの教室に登校していた。窓際から4列目、前から5段目の自分の席に着く。と、そこへ麻帆良パパラッチを自称する報道部員、朝倉和美がやって来た。千雨は怪訝な顔をする。

 

「おはよーちうちゃん。良い週末だったかな?」

 

「な、なんだよ朝倉。私がどんな週末過ごそうと勝手だろ。……って言うか、そのハンドルネームで人を呼ぶな。どこで知りやがった手前」

 

 千雨がそう言うと、和美はにんまりと笑う。

 

「いやー、実は日曜日に八十九銀行東麻帆良支店に強盗が入ったってニュース、知ってる?」

 

「なっ!?」

 

「いやー実は私もその時現場近くに居てさー。拳銃を持った銀行強盗を、謎の人物がばったばったとなぎ倒したって言うじゃない。まあ警察が来てたし、その現場には入れなかったんだけどねー。

 でもってさ、そこで見ちゃったんだよねー。ちうちゃんを、さ。ちなみに写真も撮ったよ」

 

 千雨は顔面蒼白になる。

 

「な、お、おい!」

 

「ふふふ~ん、どーしよっか、な~♪ この写真」

 

「待て、待て待て待て!」

 

 千雨は和美の胸倉を掴むと、教室の後ろ扉からそのまま廊下へとダッシュした。そして廊下へ出ると千雨はドスの効いた声で和美に問う。

 

「何が望みだ、朝倉ぁ……」

 

「ん~、そだね~。折角のスクープだし」

 

 和美はにやりと笑う。千雨は唾を飲み込んだ。緊迫した空気が漂う。

 

 と、突然和美は笑いだした。

 

「あははは、な~んてね。心配しなくてもいいよ♪ 人の恋路の邪魔なんかしたら馬に蹴られちゃうしね~」

 

「は? 恋路?」

 

「またまたー。ま、写真も返してあげるよ、ホラ。ネガも渡すから安心して」

 

 そう言って和美がネガごと渡してきた写真を見て、千雨は目を丸くした。千雨はその写真を見る瞬間まで、そこには千雨が戦闘形態に変身する様子でも写っているのだとばかり思い込んでいたのだ。だがそこに写っていたのは……。

 

「いやー、ネットアイドルちうちゃんの趣味がああいう優男だとはねー。なんとなく筋骨隆々としたマッチョマンが似合うんじゃないかと思ってたんだけど」

 

「……」

 

 そう、その写真に写っていたのは、光一に手を引かれ、赤面して下を向いて歩く千雨の姿だったのである。その写真を見た千雨の顔は、今度は蒼白から一気に紅潮した。

 

「なななななな、お、おまおまおまえ、かか勘違いすんじゃねーぞ。別に光一さんは私と付き合ってるってワケじゃ……」

 

「へー、コーイチさんって言うんだ。名字は?」

 

「だだだ黙れっつってんだろ朝倉てめぇ!」

 

「いや言われて無い。今初めて言われた」

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 千雨は完全にテンパっていた。そんな千雨を尻目に、和美は教室へ戻って行く。

 

「ああ、そろそろ朝のSHR始まるね。急いで戻らないと。んじゃお先」

 

「あ、てめぇ待てコラ!……行っちまった。くっ、私も戻るか……」

 

 自分も教室へ戻りながら、ふと千雨は和美が返してよこした写真に目を向ける。ピント、構図、その他諸々がきちんと整った、いい写真ではあった。確かにこれだけ見れば、千雨と光一の逢引写真にしか見えまい。

 

 千雨は右手で頭を掻きつつ、和美の勘違いをどうすべきか考えながら、教室へと入って行った。写真とネガを無意識のうちに大事そうに仕舞い込みながら。




今話も、ほぼ改定なしで大元のままですね。

結局ちうたんは、銀行強盗事件に介入してしまいました。正義感と言うよりは、見捨てる事を恐れた結果なのですがね。でも、光一は『それでいい』と言ってくれます。千雨をネット越しの虚像をではなく、真正面から肯定してくれる人って、作中に少ないと思うんですよ。原作ネギは、そう言う面ありましたよね。


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Episode:04『不憫な少年』

 3学期も終わったある春休みの日の夜、千雨は中等部女子寮の自室で、『自分自身』とPC(パソコン)をLANケーブルで繋ぎ、電脳空間へとダイブしていた。

 

「ふう……。いつ来ても『ここ』は、殺風景だな。……壁にテクスチャでも貼るかな」

 

 千雨の姿は、いつもの人間体である。彼女の周りには彼女のPC(パソコン)自体を表す、感覚質化されたポリゴンっぽい部屋があった。ちなみにその部屋の中には、やはりポリゴンっぽい立方体が複数ふよふよと浮いている。これは千雨のPC(パソコン)にインストールされているアプリケーションソフトやデータを表している。

 

 彼女はそんな浮いている立方体の1つに触れてみる。するとデータが展開され、千雨の周りに様々な画像が映し出された。それは千雨が作ったホームページ、『ちうのホームページ』のデータ群だった。千雨はそこにある自らのコスプレ写真を、暇潰(ひまつぶ)しがてら1つ1つチェックしていく。

 

(あ゛。コレ修正甘い。なんでこんなのアップしちまってたんだッ! 画像サイズが小さいから目立たなかったのは幸いだな……。修正だ、修正ッ!)

 

 フォトシ○ップを使わずに『素手』でjpeg画像を修正し、それを貼り付けたhtmlファイルを、千雨はFTPツールも使わずに『素手』でサイトのサーバーの方角へと押しやる。パソコン自体を表している部屋の壁に描かれた幾何学的な線が輝き、データが流れて行くのが『視え』た。

 

(ふう……。こうやって電脳空間にダイブすると、色んなアプリとか要らなくなっちまうな。写真の画像データも微に入り細をうがつまでチェックできるし。なんつーか、すっげぇ楽だわコレ。ん~~~!)

 

 一仕事終えた千雨は伸びをすると、開いていた『ちうのホームページ』のデータを閉じる。

 

(さて、どーすっかな。まだ約束の時間まで多少あるし……。ゲームでもやるかな)

 

 千雨は適当な立方体――シューティングゲームのアプリケーション――に手を伸ばすと、それを起動する。しかし彼女は思わず呻く。

 

「うげ」

 

 彼女の眼前に展開した画面上では、本来はアニメーションの様に滑らかに動いているはずの自機や敵機が、ぺかぺかと点滅しつつのろのろと、カクカクと動いていた。これはマシナリーである千雨の量子脳があまりに高速なため、ダイブしているPC(パソコン)の速度との差が大きすぎる事が原因だった。はっきり言って、ゲームにならない。

 

「だ、駄目だこりゃ。っていうか、シューティングやアクションじゃないゲームやりゃ良いのか。……ありゃ? 来たかな?」

 

 その時、部屋にノックの音が響いた。彼女は声を上げる。

 

「どうぞー」

 

 すると部屋の壁から、黒猫を肩に乗せた一人の人影が滲み出て来る様に出現した。誰あろう、光一とダイである。彼等は自分のマンションの部屋から自分のPC(パソコン)を介して電脳空間にダイブし、千雨のPC(パソコン)までやって来たのだ。光一たちは千雨に挨拶する。

 

「コンバンハ」

 

「こんばんは。お待たせ」

 

「いえ、まだ約束した時間より早いですよ」

 

「そっか。じゃ早速行くとしようか」

 

「ウン、イクノラ」

 

 光一とダイの言葉に、千雨は表情を引き締める。本日光一たちが出向いて来たのは他でも無い、千雨の電脳戦トレーニングにつきあうためであった。

 

 千雨は光一に、トレーニングのための目標を訊ねる。

 

「何処にします?」

 

「麻帆良学園それ自体の持ってるデータバンクでいいだろう。騒ぎになると何だから、今日のところは見つからない様にこっそり覗く練習ってことで。ついでに『魔法使い』に関係した情報も、色々と貰ってこよう。

 本格的な電脳戦の訓練は、また今度時間を取るよ。その時の仮想敵は、防壁をガチガチに張った俺のPC(パソコン)を予定しとく。」

 

 そして光一は、肩を竦めて見せる。

 

「実は今回の目標のデータバンクは、先に一寸下見して来たんだ。だけど『魔法使い』達の電脳技術って、ヤバい物があるな。この時代にそぐわない技術がある。充分注意するようにな。

 さて、行こう」

 

 そう言うと、光一は形態形成マトリクスを書き換え、戦闘形態……電脳戦形態へとその姿を移行した。その姿を見て、千雨は疑問の声を上げる。

 

「あれ!? いつもの戦闘形態じゃ、ありませんね?」

 

「ああ、この姿は電脳戦に適した形態なんだ。」

 

 その姿は、基本的な形状は普段の『8マン・ネオ』の戦闘形態に良く似ているのだが、細部が積層パネルを重ね合わせて束ねた様な形をしていた。ちなみにダイもまた、戦闘形態に姿を変えている。ただしダイの姿は、ポリゴンチックになっている他は基本的に、普段の戦闘形態と変わらない。

 

 光一は千雨に向かって立つ。

 

「長谷川にも……『16th』にも、戦場に応じて形態形成マトリクスを書き換えて即応する能力はあるはずだ。長谷川も電脳戦形態を『創って』みたら?」

 

「私が、ですか……」

 

 千雨はまず普通に戦闘形態を取る。『8マン・ネオ』に似たその姿は、しかしこの電脳空間内では若干CGっぽく見えた。そして千雨は双眸を閉じ、精神を集中する。やがて千雨の身体は光に包まれ、変化して行く。しかしその姿は安定を欠き、収束しない。

 

 そこへ光一が手を伸ばす。そして手にある端子からデータを千雨へと流し込んだ。すると今まで安定しなかったその姿は徐々に安定して行き、やがて光一の電脳戦形態に似た形状に落ち着いた。光一は千雨を褒める。

 

「うん、上手く行ったな」

 

「光一さんが手伝ってくれたからですよ」

 

「俺はほんの少し手を添えただけさ。今の感覚を忘れない様にな」

 

「準備デキタナラ、行コウ」

 

 ダイの言葉に頷くと、光一は部屋の壁に手を当てる。するとそこから彼の身体は壁の向こうへと突き抜けて行った。千雨とダイも彼の後を追う。外から見ると千雨のPC(パソコン)は、データやアプリケーションのそれに似た立方体で、そこから光り輝くデータラインが虚空へと伸びていた。

 

 千雨と光一、そしてダイは、データライン沿いに虚空を疾走する。その速度は、まるで電光の様だった。幾つもの立方体や球体――おそらくはプロクシ等のサーバ群――が、前から後ろへと物凄い勢いで流れて行く。千雨は電脳空間を疾走しながら、最近起こった事について色々と駄弁っていた。

 

「……ってわけで学期末のテストではウチのクラスが学年一位を取ったんですけどね」

 

「へえ。それはおめでとう」

 

「でも、そのテストで分かったんですけど……。私の頭……量子脳っていわゆるコンピュータですよね?でも特に頭が良くなった気はしないんですよ。結構テストで苦労しましたからね」

 

「ああ、それは生前における俺達の脳の働きを正確にエミュレートしてるからだな。俺にも経験があるよ。頭が超高性能のコンピュータになったからと言って、難しい理論とか理解できる様にはならないんだよな」

 

「……悪い意味で、よく出来てますね。ハードが良くできてても、中のソフトが駄目なら限界性能を活かしきれないって事ですか」

 

 不貞腐れる千雨に、光一は苦笑する。

 

「駄目なソフトだって事は無いだろう。長谷川は聡明だと思うぞ」

 

「なっ……」

 

 千雨の顔は赤くなる。そこにダイが割り込んだ。

 

「マア、足リナイ知識トカハ今後蓄積シテイク必要ガアル。応用力モ鍛エナイト駄目。ケド基本ノ記憶力ヤ演算能力ハ、長谷川ガ慣レレバ自在ニ使エル」

 

「そうだな。長谷川が自分の量子脳の使い方に慣れるに従って、その手の能力は尋常じゃないレベルになるはずだぞ? 現に今も無意識にその演算能力を使ってるからこそ、こうやって電脳空間にクオリアを投影してられるんだ」

 

「そんなもんですか……」

 

「そんなもんだ。さて、着いたぞ」

 

 2人と1匹は、一際巨大な球体の前で足を止める。その球体の表面には、まるで電子回路網の様な模様が刻まれていた。これが麻帆良学園の主データバンクを管理しているホスト・サーバである。2人に、葡萄の粒にも見える小さな球体の集合体が寄って来た。

 

 光一はそれに触れる。

 

「気を付けて。防衛システムの巡回プログラム、ウォッチャー(みはり)だ。俺達からすればあまり大した事ないけど、それでもこの時代からすれば信じられないほど高度なプログラム体だ。

 欺瞞情報を流して、正規のユーザーに見せかける……。長谷川は俺のやり方を見て、そっちに行ったウォッチャーで同じ様にやってみてくれ」

 

 光一の手から光……データの流れがウォッチャーに送り込まれ、浸食する。するとウォッチャーは警戒モードから通常モードに戻り、元来た方向へと去って行く。

 

 千雨も言われた通り、自分の方に寄って来たウォッチャーに恐る恐る触れ、欺瞞情報を送る。ウォッチャーは見事に騙されて、通常モードになると去って行った。千雨は溜息を吐く。

 

「ふう……。次は、この中ですか?」

 

「ああ」

 

「けど便利ですね、この電脳空間関係の能力は。今まで必死こいてやってた事が、片手間扱いでできる」

 

「……。ハッキングとか、やったことあるのか……」

 

「は? え、ええ。一寸たしなむ程度に」

 

 たしなみでハッキングするなと言う話もあるが、ともあれ2人と1匹はウォッチャーを見事に騙し、ホスト・サーバの壁に触れてその内部へと潜り込む。その中にはデータやプログラムを表す立方体や球体が、千雨のPC(パソコン)の中と同じように数多く浮かんでいた。もっともその個数自体は桁違いであったが。

 

 データ群に仕掛けられているロックやトラップを解除しつつ、光一と千雨はそれらのデータを閲覧して行った。

 

「……あ。この辺の情報は、学園長のノートPCにダイブした時に()った情報といっしょだ。げげ。こんな機密ランク高い情報だったのか。そんな大事な情報を私用のノートPCなんかに落として保存しとくなよ、危ねーな。情報管理がなってねーよ……」

 

「確かにそうだな。……うん?」

 

「どうしました?光一さん」

 

「いや……」

 

 光一は口を濁す。不審に感じた千雨は光一が見ているデータに自分も接触し、読み取って見る。次の瞬間、彼女の表情は強張った。

 

「これは……」

 

 そこには4月から麻帆良学園英語科教師として本採用になり、新学期から千雨達のクラスになる3-Aの担任に就任する予定の、ネギ・スプリングフィールド少年のプロフィールが詳細に記されていた。

 

 彼はナギ・スプリングフィールドと言う英雄――千の呪文の男、サウザンドマスターと言う二つ名を持つ――の一人息子であった。そのためネギは、その英雄の後継者として嘱望されていると、そのデータファイルには記載されている。だがしかし、英雄の子供であるネギは、決して幸せな子供では無かった。

 

 まず第一に、彼には両親が居なかった。父親である英雄ナギは、10前に失踪、おそらく死亡した物と断定されている。母親については何の情報も無いが、どうやらネギが赤ん坊の頃には既に傍にいなかったらしい。

 

 そして第二の不幸は6年前、英雄ナギに恨みを持つ者の仕業と思われる凶行が、当時3歳のネギを襲っていた事である。爵位級の上位悪魔を筆頭に無数の悪魔が何者かによって召喚され、ネギが暮らしていた村を襲撃、壊滅させたのだ。

 

 村人の大半は石化されて石像になってしまい、助かったのはネギ自身と、その従姉であるネカネ・スプリングフィールドと言う少女のみであった。つまりネギはその現場に居合わせ、故郷の村が壊滅する様をまざまざと見せつけられた事になるのである。

 

 千雨は吐き捨てる様に言葉を発する。

 

「ち、胸糞悪ぃ……。親が遺した負の遺産、かよ。3歳児狙って、何が楽しい」

 

「……そうだな、長谷川。そんな事は許せない。……結局犯人は分かっていないみたいだな」

 

「……その後あのガキは魔法学校を飛び級で主席卒業、最終課題として麻帆良で教師になった……ってわけか。……あのガキも、大変なんだな。色々とかましてくれたヘマに腹立ててたけど、そもそもあんな子供にあの能天気なクラスを纏めろって言うのは酷だしな。

 しかしイギリスの魔法学校にせよ麻帆良学園にせよ、上層部ってやつは何考えてんだろーな。あんな子供に先生っていう、専門の人間でも大変な仕事を押し付けるなんざ……」

 

 ぶつぶつと呟き続ける千雨だったが、ふと今まで何処かに行っていたダイが戻って来たのに気付く。

 

「どうしたんだ、ダイ?」

 

「……変ダ。イクラ探シテモ、ネギ・スプリングフィールドノ母親ノ記録ガ無イノラ」

 

「「え?」」

 

 千雨と光一は、眉を(しか)めた。ダイは言葉を続ける。

 

「イクラナンデモ、データ無サスギラ。ココダケジャナク、ココニ接続サレテル『まほねっと』トイウ『魔法使い』専用ネットノデータマデ、洗イ浚イ見テ来タ。ケド全然母親ノ情報ハ無イ。

 父親デアル英雄ナギ・スプリングフィールドノ情報ナラ、山ホドアル。……タダシ、コチラモ若干データ欠如。ダケド、ソノ妻ノ、ネギ・スプリングフィールドノ母親ハ……」

 

「まったく無い、か。まるで『わざと消去』したかの様に」

 

「!!」

 

 千雨は息を飲んだ。一方のダイは、光一の言葉に頷く。そして光一は千雨に向かい、真剣な顔で語り掛けた。

 

「ネギ少年は長谷川の担任なんだよな。俺の勘だと、ネギ少年の周辺にはまだ何かあると見ていい。おそらく本人に責のある事じゃないが……。充分気を付けておいた方がいいな」

 

「……どんだけ不憫(ふびん)なんだ、あのガキゃあ」

 

 千雨は苦々しい気持ちで呟く。周囲の無味乾燥な電脳世界が、やけに肌寒く感じた千雨だった。




改めて思うに、ネギってどうやってあの程度の軽い歪み方で済んだんですかね? わたしが彼だったら、とんでもない問題児に育ってた自信あります。いや、ネギも問題児だと思いますが、それでもまあ、かなり良い子ではあるとも思うんですよ。



……いや、問題児的側面の根っこは深いですがね。



頭がいい割に、他人の気持ちとか察する想像力無いですし。1巻冒頭でいきなり明日菜を勝手に占って、勝手に占いの内容を当人に教えたり。恋人になれるんだからいいだろって、惚れ薬作ったり。千雨が制止()めないと、クウネル(アルビレオ)に負けた小太郎を慰めに行くところだったり。
ああいうのは絶対に、孤独に育って来たのが影響してますよねえ。


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Episode:05『揺らぐ心』

 麻帆良学園のデータバンクで電脳戦訓練をした翌日、千雨は自室で新作コスプレの自己撮影を行っていた。ちなみに新作と言っても、別にわざわざコスチュームをお針子仕事をして製作したわけではない。

 

 いや、元々本来は、彼女は自ら裁縫をしてコスチュームを作っていたのだが、今回は違うと言うだけの話だ。ぶっちゃけた話、今回のコスチュームは彼女がマシナリーとしての能力を使い、マトリクスを書き換えて外形を変化させた物なのである。

 

(……マシナリーのこの能力、レイヤーには夢の能力だな。材料費もかからねーし、イメージさえしっかり出来てればいくらでも何種類でも再現可能だし……。

 しかもマシナリーになってから、ニキビとかできなくなったもんな。いや機械の身体だからあたりまえなんだがよ……。おかげで写真、前みたく死ぬほど修正しなくとも良くなったし)

 

 千雨はほんの少しばかり、マシナリーの身体に感謝する。もっともだからと言って、マシナリーになった事による苦悩や悲哀が薄れるわけではないが。

 

 とりあえず彼女はPC(パソコン)の前に座り、自らの首筋にLANケーブルを接続して電脳空間にダイブ、ホームページの編集、更新作業を行う。更についでにチャットルームも覗いてみる。そこでしばらく常連と駄弁ってから、彼女は電脳空間を離脱した。

 

(う~ん……。もうHP(ホームページ)の編集や更新程度じゃ、電脳空間でのスキルは殆ど磨けないな。これぐらいの事でいちいちダイブしてたら、『通常のPC(パソコン)関係の技術』が錆びちまうかもしれねー。うん、今後は自重しよう。……楽なんだけどな、ダイブして作業すんの。)

 

 千雨は肩をぐるぐると回す。マシナリーとなった身体は肩凝りなどとは無縁であるはずなのだが、なんとなく肩凝りした様な錯覚を覚えるのだ。彼女は頭を振る。

 

(ダメだ。なんかこーネットやってても、しっくり来ない。満たされない……ってワケでもねーんだが……)

 

 彼女は、完成しかけたパズルの残った最後のピースが、実はそれだけが違った別の絵だったと言う様な感慨を覚えながら中空を見つめていた。が、彼女は突然立ち上がってマトリクスの書き換えで外見を普段着に変え、玄関から表に飛び出した。

 

「あー苛つく。……仕方ねえ。光一さんからの宿題でもするかね。カラダ動かして苛々(イライラ)発散するってのは、キャラじゃねーんだが……」

 

 苛立たしげに呟くと、千雨は麻帆良の外れの方角へと向かう。彼女は途中物陰で戦闘形態に変わると、高速転移して加速状態に入り、常人の目には映らない速度で人気のない山中へと疾走した。周囲には既に道も無く、木々の密集した森があるばかり。そんな中を彼女は、少しもぶつかりもせずに超高速で走り抜ける。

 

「くそ、なんでこんな苛々(イライラ)してやがんだ、私は……」

 

 光一からの宿題である能力トレーニングの内、今千雨が目標にしているのは『超音速』である。これは光一が彼女のボディにあらかじめ転写しておいた『8マンのマトリクス』の内でも、かなりの切り札になり得る程の物だ。だが千雨は未だに超音速での機動を物にはしていなかった。

 

「もっとだ……。もっと速度を上げろ……!! ……む!?」

 

 その瞬間彼女は、突然移動方向を変え、すぐ傍らに立っていた大木の梢へと跳躍する。そして彼女は高速転移を解除し、左手でその木の梢を掴み体を固定すると、前方を凝視した。

 

 彼女が急に疾走を止めた理由は、彼女の優秀なセンサーが前方に人型の存在を感知したためである。

 

(……こんな所に、登山者か? 登山道からは随分と離れてるはずなんだが。いや、これは……)

 

 千雨の通常視界には、何も見えてはいない。しかし通常で無い視界……サーモグラフィによる熱感知映像には、しっかりと人型の熱源が映し出されていた。

 

 その熱源は明らかに千雨のいる方向を目指して、高速で……加速装置による高速転移ほどではないが、明らかに常人ではできない速度で迫り来る。そしてその熱源は、千雨が身を預けている大木の隣の木に登って来た。だがその姿は、通常の視界ではやはり捉える事はできない。

 

 千雨は思い切って声をかけた。

 

「オイ、そこに居るのは分かってる。出て来いよ」

 

「ござっ!? ……できるでござるな。こちらの隠行を見破るとは」

 

 一体何処に隠れていたんだ、と思わなくもないが、隣の木の梢に忍者服を着た長身の少女が姿を現す。器用な事に、彼女は梢の上に見事にバランスを取って、直立していた。その姿を見て、千雨は思わず彼女の名前を呼んでしまう。

 

「げ、長瀬っ!?」

 

「おや、御仁は拙者の事を御存知でござるか?」

 

「あ、い、いや。こっちが勝手に知ってるだけで、実質初対面だ。気にするな。」

 

 そう、現れた忍者服の少女は、千雨のクラスメートである長瀬楓であった。いつも『ござる』とか『にんにん』とか言っている、ベタな忍者的キャラクターであったが、本当に本物の忍者であったとは千雨も気付いてはいなかった。いや千雨も、胡散臭い変人であるとは思っていたのだが。

 

 ちなみに長瀬楓は麻帆良学園本校女子中等部2-A――春休み明けからは3-Aとなる――の中で最も成績の悪い5人組『バカレンジャー』の一員であり、バカブルーの称号を持っていたりもする。閑話休題。楓は千雨の言葉に首を傾げる。

 

「そうでござるか。……う~ん、どっかで会った気もするでござるが。それもごく最近」

 

(げ。……鋭い)

 

 言うまでも無いが、現在千雨の姿は戦闘形態である。その正体が長谷川千雨である事はまずばれないであろうが、万が一ばれると色々とまずい。内心焦る千雨の気持ちにはかまわず、楓は話しかけて来る。

 

「ところで自分だけ一方的に名前を知られていると言うのも、何かあまり良い気分では無いでござるな。御名を伺っても?」

 

 にんにん、と笑う楓をなんとなくぶん殴りたくなる自分を何とか抑制し、千雨はぶっきらぼうに答える。

 

「……とりあえず『16th』って名乗ってる」

 

「しくすてぃーんす、殿でござるか?ええと……」

 

「あー、16番目……って意味だ。……あまり気にすんな。本名は名乗るわけにゃ行かねーんだ。悪ぃな」

 

「あー、あいあい」

 

 千雨は掴まっていた大木の梢を放すと、地面に着地する。楓もそれを追って、飛び降りて来た。だが千雨は踵を返す。

 

「何処へ行くでござるか?」

 

「いや、お前と言う先客が居たんで、な。今日の所は場所を変える」

 

「貴殿も修行にでも来たのでござるか? 別に場所を変える必要は無いでござろう? ここは誰の物でも無い場所でござれば」

 

「……いや、誰の物でも無いってわけじゃないと思うぞ。調べたわけじゃないが、たぶん麻帆良学園の法人の土地だとか、じゃなきゃ国有林とか、そんなもんだろ」

 

 思わず突っ込んでしまった自分に、千雨は内心しまったと思う。彼女はあまりここで楓と会話をするつもりは無かったのだ。だが楓はかまわず続けて話しかけて来た。

 

「しかし密生した森林の中を縮地法並の高速で疾走するとは、恐るべき手だれでござるな。ただ……その割に気配があからさまで騒々しいのが気にかかるでござるが。

 普通は、と言っては何でござるが……。普通はあそこまで腕が上がれば、自然と気配の消し方とかも身に着く物でござるが」

 

「……」

 

 千雨は楓に背を向けたまま、呟く様に言う。

 

「……付け焼刃、だからな」

 

「ほう?」

 

「私はある日突然、とある事情でこの力を手に入れた。インスタントなんだよ。日々修練の積み重ねで手に入れた力じゃねぇ。だから色々とアンバランスだし、持ってる力自体使いこなせて無い。

 ……だから訓練しに来たんだよ。力を持ってるのに使いこなせてないと、いざと言う時に満足に使えないし、使う必要も無く逆に害になりかねない場面で、うっかり使っちまうかも知れねぇ」

 

 悲しげとも、苛立たしげとも、どちらとも言える様でどちらとも言えない口調で、千雨は言葉を吐く。彼女はクラスメート相手に、いつになく饒舌になっていた。

 

 普段彼女はクラスメート相手には、壁の様な物を作っている。特に性質的に能天気な部類に入る楓等が相手であれば、その傾向は顕著(けんちょ)となるはずだった。それがついついこうやって話をしてしまっている。何かしら、鬱積(うっせき)していた物があったのかも知れない。

 

 楓はその様子を、じっと眺めている。と、彼女はその口を開いた。

 

「『16th』殿。よかったら拙者と手合わせしてもらえんでござるか?」

 

「は?」

 

 

 

 

 

(……一体なんでこんな事に)

 

 千雨は内心で呻く。一旦は申し出を断ったものの、楓は案外押しが強く、何時の間にか手合わせを承諾させられてしまったのである。ちなみに押しが強いと言っても、楓のそれは強引なのではなく、のらりくらりと捉え所の無いやりとりをしている内に、何時の間にか承諾させられてしまったと言うのが本当の所だ。

 

 今、彼女等は山中の森の中に少々開けた場所に、向い合って立っていた。

 

「……おい。はっきり言って勝負にならねーと思うんだが。私は体術とか素人だから、普通にやったんじゃてめえに勝てねーし。かと言って、加速装置使ったら今度は逆に、こっちが有利になり過ぎる。どっちにせよ、全く勝負にならねーと思うぞ」

 

「加速装置でござるか!?まるでサイボーグ○○9でござるな!……いいでござるよ。その加速装置とやら、使ってくだされ」

 

「……どうなっても知らねえぞ」

 

 千雨は加速装置を起動し、高速転移する。そして彼女は楓の方に向けて走った。一撃で終わらせると言うか、寸止めあるいは投げを打つつもりだった。だが千雨は楓の事をまだまだ舐めていたと言えるだろう。

 

 すっと楓が横方向に跳んだ。瞬動術、あるいは縮地法と呼ばれる移動技術だ。加速状態にある千雨からすれば、そう速いスピードでは無い。その気で走れば追いつける、程度の速度である。だから彼女は走る方向を転換して、追い付こうとした。だがその瞬間、彼女は呆然、いや愕然とする。

 

 楓が何人も居た。正確には7人居た。影分身の術である。

 

(ち、本当に忍者なんだなコイツ! ……どれが本体だ!?)

 

 楓とその分身達は、千雨の主観でのろのろと移動している。いや、高速転移している状態の千雨から見て、のろのろとでも動けると言うのはとんでもない事だ。普通の人間なら、凍りついた様に動きを止めているはずなのだ。千雨はセンサー群を解放して、サーモグラフィや音響探知でどれが楓の実体なのかを見破ろうとする。

 

 果たして本体の楓がどれかは何となく判明した。偽者の楓は、何と言うか体温分布がおかしいのである。だが厄介なのは、どうやら偽者の楓にも実体がありそうな事であった。つまりは分身にも、本体と同等かは知らねどある程度の戦闘能力があると言う事だ。

 

 事実分身達は、のろのろとではあっても千雨を迎え撃つ様に位置取りをしている。そして本体は直接狙える様な位置にはいない。

 

(……なら分身から潰して行く!)

 

 千雨は手近な分身に狙いを定め、その胴体に拳を叩きこんだ。ちなみに相手が分身であっても、超音波ナイフや指向性電撃装置は使わない。さすがにそれらを使ってはオーバーキルだからだ。

 

 拳を叩きこまれた分身は、まるで風船が破裂するかの様に、スローモーションでゆっくりと消滅していく。と、残りの6人の楓が再び縮地法をもって移動した。その速度は、千雨が走るよりもやや遅い程度だ。

 

 千雨は近くを跳び過ぎようとする移動中の分身に追いつき捕まえると、投げ飛ばして地面に叩きつけた。その分身もまた破裂して消えて行く。そして千雨は他の分身を追いかけようとした。

 

 しかしそれは果たせなかった。

 

「何っ!?」

 

 たった今潰した分身に隠れる様にして、千雨を狙い苦無(クナイ)が飛んでいたのだ。加速している千雨からすれば、その速度は大した事は無い。やや遅いと感じられる速度で宙を飛ぶ苦無(クナイ)を、千雨は楽々躱す。

 

 加速能力を持つマシナリーである千雨からすれば、苦無(クナイ)などたいした脅威では無い。彼女はやった事は無いが、飛んで来る銃弾さえも掴み取る事が、スペック上は可能であるのだ。だが問題はそこでは無い。

 

 問題は、『苦無(クナイ)が千雨をめがけて飛んできた』事だ。

 

「高速転移中のマシナリーを……。加速中の私を……。捕捉、した!?」

 

 恐るべきは、楓の気配察知能力と言うべきだろう。彼女は超高速で動き、姿さえ捉えられない高速転移中のマシナリーを、狙い撃って見せたのだ。

 

 苦無(クナイ)を躱した千雨は勘に従い、一気にダッシュしてその場からの離脱を図る。その勘は正しかった。千雨めがけて、5本の苦無(クナイ)が飛んで来たのだ。飛んで来る苦無(クナイ)を、千雨は遥か後方に置いてきぼりにして走る。

 

(嘘だろ!? ばけもんか長瀬は! なんで加速中の私を正確に狙える!?)

 

 千雨は弧を描く様に走った。前方に楓の分身が1人居る。その分身はスローモーションの様に動き――それでも実際はとんでもない早業である――苦無(クナイ)を投げつけようとしていた。その懐に飛び込み、千雨は一撃を加える。

 

 だがその分身がはじけて消滅すると殆ど同時に、千雨の周囲四方から楓の分身と、そして本体が縮地法で間合いを詰めて来ていた。その各々が苦無(クナイ)を構えている。

 

「くっ!」

 

 千雨は今できる全速力で動いた。一撃、二撃、三撃、その拳による打撃の全てが、的確に楓の分身の胴体を穿(うが)って行く。千雨本人は気付いていないが、その動きは達人の武術家にも迫る物があった。

 

 これは光一が『16th』のボディに複写しておいた、『8マンのマトリクス』に付随する『8マンの戦闘経験』による物である。身体のサイズや、何より千雨の意識の問題で自在に使いこなすには至っていないが、それは確かに千雨の身体の中に根付いていた。

 

 そして四撃目が本体の楓の鳩尾に突き刺さる。

 

(あ、やべ……。本体に加減無しに攻撃しちまった! って、アレ!?)

 

 その打撃は、しかし効果を表さなかった。何やら柔らかい物……いや、楓の腹も柔らかいと言えば柔らかいのだが、そうではなく何か綿の詰められたクッションでも殴ったかの様な感触がして、千雨の拳は中途半端な打撃しか与えられ無かったのだ。

 

 そして楓の持っていた苦無(クナイ)が千雨の顎の下に突き付けられる。千雨から見ればスローモーションの様な動きではあったが、今の一連の攻防のためにそれを躱す余裕は彼女には無かった。

 

 苦無(クナイ)を突き付けたそこで、楓の動きは静止する。千雨は息を飲み込み、加速を解除した。

 

「……あー、あー。負けだ、私の」

 

「いや、流石に加速装置と言うのは凄い物でござるな。紙一重でござったよ」

 

 楓は額に汗を浮かべ、地面に大の字になる。その息は荒い。流石に彼女にとっても、加速能力を持つマシナリーとの戦闘は、それが模擬戦とは言えかなりの負担となった様だ。

 

「ちょっといいか? 最後の一撃を防いだの……ありゃ何だ? それと良く加速中の私を正確に狙えたな?」

 

「あれは気による防御でござるよ。気を集中して攻撃を防いだのでござる。もっともあの一撃を防ぐのに、残存していた気の大半を消耗してしまったでござるが。

 そして貴殿を狙えたのは、修行により培った勘と、あとは気配の察知でござるな。前にも言ったでござるが、貴殿の気配はあからさまで察知し易いでござる」

 

「……もうひとつ、いいか? ……なんで私と手合わせを? おまえは古と違って、強そうな相手と見れば誰彼(だれかれ)無く戦いを挑む様な癖は無かったと思ったが?」

 

 古と言うのは千雨と楓のクラスメートで、フルネームを古菲(くーふぇい)と言う。中国からの留学生で拳法家であり、バトルマニアの側面を持っている。ちなみに楓同様に『バカレンジャー』の一員であり、バカイエローの称号を持っていたりする人物だ。

 

 楓は千雨の問い掛けに対し、少し考えた後に返事を返す。

 

「んー、なんと言うか……。何か悩んでいると言うか、心配事があるのでござろう? しかも即座には解決しない類の物が。で、あれば……。何か八つ当たり気味であっても、何かに思い切りぶつかって見れば、少しは気が晴れるのでは、と思ったでござるよ。もっとも、拙者では役不足であったかも知れんでござるが」

 

「……『役不足』ってのは、役者に対して役の方が不足してるってことで、転じて『実力不相応に軽い役目』って意味だぞ。それを言うなら『力不足』だ」

 

「ござっ!?」

 

「……ま、確かになんか軽くはなったよ。サンキュ」

 

 楓は寝転がった姿勢から上体を起こし、草の上に脚を伸ばして座る。千雨もまた、その隣に腰を降ろす。しばし2人はそのまま何も喋らずに過ごした。やがて千雨が訥々と語りだす。

 

「なあ……。普段能天気に見える奴でもさ、ヘビーな過去を持ってたりするんだよな、これが」

 

「そうでござるな」

 

「そんでもって、そいつ現在進行形で重責とか背負わされてんだよな。たとえ一見能天気に見えようと」

 

「ん」

 

「そいつに一寸同情する一方、自身に振りかかった不幸があってさ。それに潰されそうでさ。なんつーか、こう……。上手く言えねぇな。なんか、揺らいじまったんだよな。でもまあ、それでも先へ進むしか無いんだけどな」

 

 千雨は立ち上がって、街の方へ向かい歩き出す。楓もまた、立ち上がってそれを見送る。少々歩いた後、千雨は一寸振り返って訊いた。

 

「……なあ長瀬。なんでこんな事してくれたんだ?」

 

「友を心配するのは、当たり前でござるよ。にんにん」

 

「ちょ、お前もしかして私の事わかって……。いや、どっちでもいいか。お前なら」

 

 そして千雨は高速転移を行い、加速してその場を後にする。楓はそれを見送ると、本日の夕食の材料を集めるため、森の中へと消えて行った。




長瀬楓さん、バカブルー颯爽と登場の巻。そして真っ向から加速装置に立ち向かえる技量と身体能力。って言うか、超音速を未だモノにしていない千雨さんだから、かろうじて、って所ですね。

でもって、その真価は戦闘能力ではなしに、その深い懐。厚い友情。たぶんおそらくきっと、ちうたんの正体に気付いてる可能性が大ですねー。明言はしませんけど。

あとサイボーグ○○9が伏字になってない件について(笑)。


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Episode:06『桜通りの……』

 4月に入って春休みが終わり、新学期が始まった。新クラス――と言っても前年度からそのままの持ちあがりである――の3-Aの教壇には、今年度から正式な教師となった新担任が立っていた。椎名桜子と鳴滝姉妹が叫ぶ。

 

「「「3年! A組!! ネギ先生―っ!!」」」

 

 わあぁーっとノリの良いクラスの連中が一斉に唱和した。担任の教師――僅か数えで10歳という年齢の子供先生――ネギ・スプリングフィールドは照れながら頭を掻いている。それを見ながら、千雨は深く息を吐いた。

 

 かってであれば、千雨はおそらく『バカどもが……』とでも内心で毒づいていただろう。いやこの能天気なクラスの連中を、彼女は今も馬鹿だとは思ってはいるのだが。それはともかく、ついつい彼女の視線はネギに向かう。ネギは教壇で、3-Aの面々に対しての挨拶を行っていた。

 

(こいつ……。とてもそうは思えねーが、あんなに重い過去を抱えてやがんだよなぁ……。とてもそうは思えねぇけど。頭はいいけどバカだし)

 

 そこへ源しずな先生がやって来て、ネギに今日は身体測定である事を告げる。うっかり忘れていた今日の予定を思い出したネギは、慌ててクラス一同に向かって言葉を発した。

 

「で、では皆さん身体測定ですので……。えと、あのっ、今すぐ脱いで準備してください!」

 

(ホラ、バカだ)

 

 ネギの失言に、桜子と鳴滝姉妹が囃し立てる。

 

「「「ネギ先生のエッチ~~~!!」」」

 

「うわ~~~ん! まちがえましたー!」

 

 ネギは慌てて教室から、全速力で離脱して行った。それを見遣りつつ、3-Aの女生徒達はイイ笑顔で語り合う。

 

「ネギ君からかうとホント面白いよねー」

 

「この一年間楽しくなりそーね」

 

 千雨は衣類を脱ぎつつ、心の中で溜息を吐く。

 

(ふう……。あのガキからかうのもいいが、あんまり度を超すんじゃねえぞ。ただでさえあのガキは、色々大変なんだからよ。ったく……。

 って何で私があのガキを心配してやんなきゃならねーんだよ。ん……。まあ、仕方無ぇか。色々と知っちまったもんな。つい気になっちまうのは、普通だ普通。……でも、普通じゃねぇんだよな、私は)

 

 下着姿で突然ずーん、と落ち込んだ千雨を、周囲の者は不思議そうに眺める。そんな千雨の肩をぽんぽんと叩いて慰める者がいた。千雨は振り向く。そこに居たのは楓であった。

 

「……なんだよ」

 

「いや、長谷川殿が何やら落ち込んでいたようでござったからな」

 

「ん……。ま、サンキュ。大丈夫だ」

 

 千雨は春休み中に麻帆良外れの山中で、楓と出逢っていた。その時楓は『16th』の戦闘形態を取っていた千雨の事を、『友』と呼んだ。千雨はその事を少々の気恥かしさと共に、ほんの僅かな戦慄をもって思い返す。

 

(コイツ、勘が鋭いからな。薄々勘付いてやがるんじゃねーかな。薄々って言うか、コイツの中では確信のレベルで。

 ……まあでも、騒ぎ立てもしてないし、しないだろコイツなら)

 

 ちなみに千雨は、春休み中何度か山中に赴いて、光一からの宿題である能力トレーニングを行っていた。しかし先ほど述べた1回を除き、千雨は楓とは遭遇していない。その事を、自分でも気付かぬままに若干残念に思っている千雨だった。

 

 なお余談であるが、千雨は春休み中努力したにも関わらず、未だ超音速の機動を会得してはいなかったりする。この事について千雨は、自分には才能が無いんじゃないかと内心思っている。もっともそう言う方面の才能は、千雨は欲しいとも思っていなかったが。

 

 千雨は身体測定の体重計の前に出来ている列に並ぶ。列の前の方で、桜子とクラス委員長である雪広あやかが何やら騒いでいたが、千雨はしれっと聞き流した。彼女はそのまま考え事に浸る。

 

(……しかしどうすっかな。体重とか身長とか座高とか。前年度のデータきっちりそのまんま、ってのは何か変だろ。ほんの少しだけ変えるかな……。けど、今の年頃の平均的な成長って、どのぐらいなんだ?

 くそ、今日が身体測定なんだって知ってたんだから、前もってネットで調べときゃ良かった……)

 

 マシナリーである千雨は、彼女が望んでマトリクスを書き換えない限りは成長も老化もしない。だが前回の身体測定結果と寸分たがわず同じ結果と言うのは、傍から見てあきらかに異常と言える。とりあえず彼女はどのデータも、前回の測定結果よりも微妙に心持ちだけ増やして置く事にした。

 

 やがて千雨の体重測定の順番が来て、そして測定し終わる。次は座高でも測定しようかと、彼女は別の列に並んだ。と、彼女の耳に誰かの声が飛び込んで来る。

 

「――だな神楽坂明日菜。ウワサの吸血鬼はお前のような元気でイキのいい女が好きらしい。十分気をつけることだ……」

 

「え……!? あ……はあ」

 

 それはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う一見小学生にすら見える小柄な金髪の少女と、そして神楽坂明日菜と言うツインテールの髪形をしたオッドアイの少女の会話だった。

 

 ちなみに明日菜は所謂『バカレンジャー』の一員であり、バカレッドの称号を貰っている。この2人は普段は絡む事の少ない、珍しい組み合わせだ。千雨は眉を寄せる。エヴァンジェリンが言った『吸血鬼』と言う言葉が引っ掛かったためだ。

 

 千雨は、このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う10歳程度にしか見えない少女が、実は600歳を超える真祖の吸血鬼である事を知っているのである。無論それは、春休み中に麻帆良学園のデータバンクにダイブして盗って来た様々な情報に、その事実が記されていたためだ。

 

(よりによって『吸血鬼』であるてめえが、そう言う事言うかよ。しかも既に失効してるとは言え、600万ドルの賞金首だった程の『吸血鬼』兼『悪の魔法使い』。

 しかし今は麻帆良学園本校中等部に通うように呪いをかけられ、魔力も限界まで封じられて学生兼麻帆良学園の警備員、か……。しかし……)

 

 千雨は麻帆良学園のデータバンクではなく、学園長個人のノートパソコンから盗って来た情報に思いを巡らす。そこにはエヴァンジェリンについて、学園長の個人的な書き込みが添付されていた。

 

(本来なら3年で解かれるはずの呪いが解かれずに、今年でもう15年目。15年間中学生をやり続けているっつーのは、いくらなんでも……。しかもその呪いをかけたのがあのガキの父親である『英雄』ナギ・スプリングフィールド……。

 学園長は個人的にはマクダウェルに同情的っぽい。だけど麻帆良学園の長兼関東魔法協会理事としては、どうにも動けない……ってか)

 

 千雨は更に考える。今度はエヴァンジェリンと会話していた神楽坂明日菜についてだ。

 

(神楽坂は神楽坂で、あいつのデータにゃ不審な点ばっかりだったな。まず両親に関するデータが全く無ぇ。それに小等部低学年の頃に海外から転校してきたって事になってんのに、出身国とか出身地とかデータが全く無ぇ。

 元担任の高畑が保護者やってるが、高畑自体学園長に次ぐ強さの魔法先生で、色々と重要人物らしいし。裏に重てぇ事情があるって言ってる様なもんじゃねぇか。神楽坂本人にゃ自覚無いみたいだがよ。見た目はただの能天気な女子中学生なのに……)

 

 何となく苛立(いらだ)った千雨は、右拳を握りしめる。

 

(ったく、なんでこんなに重い事情抱えた奴ばかりがいるんだよ。そう言った連中を1クラスに集めたのは、何らかの意図があるんだろうけどよ。

 って言うか私自身今は重い事情抱えたうちの1人になっちまってるじゃねーか! 学園側では把握してねーだろうけどっ!)

 

 思わず千雨は、叫んだ。つい、叫んでしまった。

 

「だーっ!? なんだってこんなコトになっちまってるんだっ!」

 

「へ? そんなに座高高く無いよ?だーいじょうぶだって長谷川! あんたの脚は充分長いから!」

 

「え?あ、ああ悪ぃ早乙女。突然叫んじまって」

 

 何時の間にか千雨の並んでいた列は進み、彼女は無意識に座高計に腰掛けて座高を計測していた。彼女は座高計を操作していた早乙女ハルナに軽く謝罪をする。

 

 と、そこへ廊下から叫び声がかかった。保健委員、和泉亜子の声だ。

 

「先生ーーーっ! 大変やーーーっ! まき絵が……、まき絵がーーー!!」

 

「何!?」

 

「まき絵がどーしたの!?」

 

「わあ~~~!?」

 

 亜子の叫びに、クラスの面々は慌てて教室の扉や廊下側の窓を開く。廊下でぽつんと立って身体測定が終わるのを待っていたネギが、突然廊下に飛び出して来た半裸の女生徒達に大慌てになる。千雨はその騒ぎに精神的な頭痛を覚え、米神を揉んだ。

 

 

 

 騒ぎの原因であった佐々木まき絵は、結局の所特に大した事もなく保健室で眠っていたらしい。ネギと何名かの生徒が様子を見に行き、付き添っていた源しずな先生から話を聞いたところ、麻帆良学園内の『桜通り』にて、ぐっすりと眠っている所を発見された様だ。戻って来たネギが教室で説明した所によれば、ただの貧血らしいとの事だった。

 

 以上が、千雨が聞いた話である。特に取り立てて大した事の無い話であった。そう、そのはずであった。たとえ、満月の夜になると桜通りに真っ黒なボロ布に身を包んだ吸血鬼が出没する、などと言う噂話があったとしてもである。

 

 だから佐々木まき絵が桜通りでその吸血鬼に血を吸われたなどと言う妄想は、笑い飛ばしてしかるべき馬鹿話なのである。

 

『……そう、馬鹿話……のハズなんだがな。なんで私は日も暮れたこの時刻に、桜通りまでやって来たりするんだろう、リープ、ダイ』

 

『光一に感化されたのではありませんか?彼は誰かが危地にある場合、自らの身も顧みずに事件に飛び込んでいきますからね。……ちなみに光一は、今晩も合成麻薬の取引を潰しに出ています』

 

『……ソレニ、吸血鬼ガ馬鹿話ジャナシニ実在スルッテ事ハ、長谷川ハ知ッテルハズ。ダイハ半信半疑ナンラケド……』

 

 千雨は視界の中に開くウィンドウに映る、リープとダイの姿に視線を遣った。彼女とリープ、そしてダイは体内無線のチャンネルを開き、それによって会話しているのだ。千雨は溜息を吐く。

 

『はぁ……。光一さん、相変わらずだな。最近麻帆良学生の物と思われるサイトの掲示板やブログで、悪を叩く謎の超人の噂が話題になってるぞ。『エイトマン・ネオ』って名前が出てる時もある。

 まあ、良いことしてるんだし、力量も確かなんだから、制止()めるのも何だけど、一寸(ちょっと)自重した方がいいんじゃねえかな。麻帆良の『魔法使い』達とかちあったら、どうすんだよ』

 

『ああ、先日誘拐犯を捕まえた時に、現場で出逢ったそうです。その時は捕らえた犯人達と誘拐された子供とを『魔法使い』連中に渡して、さっさと退散したそうですがね』

 

『……。光一さんホント大丈夫なのかよ……。ところでリープ、私が光一さんに感化されてるってどう言う事だよ』

 

 眼鏡の奥で半眼になり、千雨はウィンドウの中のリープを睨む。リープは真面目腐った口調で、千雨に答えた。

 

『級友が血を吸われているのかも知れないのが、気にかかってどうしようも無いのでしょう?』

 

『そ、そう言うわけじゃ……。ねぇんだよ、多分……。桜通りの吸血鬼が本物で、仮にそれがマクダウェルだったとして、だ。奴にも色々事情、あるっぽいからな。それに佐々木の件含めて、騒ぎになるのを嫌ったのかも知れないけど、被害者が死んだとかって話は聞いて無い。だから……マクダウェルの仕業だったなら、吸血自体を止めようって気は、実は無い。無い……んだが。

 だけどその被害者を放り出して行くってのは、一寸、な。意識も無く完全に無力化された被害者が、こんな道端に放置されてたら、色々とマズいだろ。変質者だって出ないとも限らないし。いや吸血鬼自体がある意味変質者と言や変質者なんだが……』

 

『……光一に感化されてるのか、元からそうだったのかは知りませんが、貴女は優しい人ですね』

 

『ダイモ、ソウ思ウ』

 

 リープとダイの台詞に、千雨は顔を赤らめる。

 

『ばっ、な、何でそうなるんだよっ!? わたしは吸血自体は放っとくって言ってるんだぞ!?』

 

『それも級友の事情を鑑みての事でしょう。そして貴女はその上で、自分にできる事をやろうとしている。

 ……そうですね、私たちも手伝いましょう。今からそちらへ向かいます。』

 

『べっ、別にいいって。吸血された被害者を『偶然に』発見して、保健室なり女子寮なり交番なりへ運ぶだけなんだから』

 

 助力を断る千雨だったが、しかしリープとダイの押しは強い。

 

『イヤ、万一ニ備エタ方ガ良イノラ』

 

『不測の事態が起こらないとも限りませんからね。直線で空を飛んでいけばすぐ着きます』

 

『……そう言やリープ、空飛べるんだったな』

 

 犬が空を飛び、猫がそれにしがみ付くと言う情景を思い浮かべ、千雨は壮絶な違和感を感じる。と、そこへ小さく声がかかった。

 

「あ、あの……。長谷川……さん?」

 

「わあ!?」

 

「きゃっ!! ……あ、あの、ごめんなさい。驚かせちゃったですー……」

 

「み、宮崎!?」

 

 そこに居たのは、千雨のクラスメートである宮崎のどかであった。愛称『本屋』と言われる読書好きで、図書委員でもある。更には麻帆良学園の中に存在する巨大図書館『図書館島』を探索するための中学、高校、大学合同サークル『図書館探検部』にも所属したりもしている。ちなみに彼女は制服姿だ。

 

 千雨は息を整えると、のどかに話しかける。

 

「宮崎、今帰りか?」

 

「は、はいー。長谷川さんはどーしたんですか?」

 

「あー、いや一寸ヤボ用で出張って来ただけだ。気にすんな。んじゃあな」

 

 千雨はさっさとのどかを帰してしまおうとした。桜通りの桜並木の何処かに隠れて張り込もうと思っていた千雨にとって、のどかが居る事は障害になる。のどかはそんな千雨の思惑には気付かず、しかし素直に頷いた。

 

「はい、長谷川さんも気を付けてくださいねー。それじゃあお先に……!?」

 

ザワッ……。

 

 急に生温かい風が吹き渡った。のどかがビクッと体を震わせる。千雨は反射的に体内のセンサーを全開にした。彼女は思わず舌打ちする。

 

(ちぃっ! マズった! だらだらリープたちと駄弁って無いで、さっさと何処かに隠れときゃ良かったんだ!)

 

「ひ……!!」

 

 のどかが恐怖の声を漏らす。彼女の視線は通りの脇にある街灯の上に向けられていた。無論、千雨の視線もまたそちらに向いている。

 

 ……その街灯の上には、黒いボロボロのマントを纏い、同じく黒いとんがり帽子を目深に被った何者かが立っていた。一見ただの不審者であるソレは、しかし異様なまでの威圧感を放っている。間違いなくこれが、桜通りの吸血鬼、なのだろう。そして千雨の予想通りであれば、その正体は彼女のクラスメートであるはずだ。

 

 千雨は苛立(いらだ)ち、ギリリ……と歯ぎしりをした。




いよいよ吸血鬼事件開始です。他のわたしの『ネギま!』二次でも触れてますが、吸血被害者放り出して行ったらヤバいですよね。


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Episode:07『とりあえずの離脱』

 千雨は、宮崎のどかを庇う様に立ちはだかった。彼女が睨み付ける街灯の上に立つ怪人物は、呟く様に言う。

 

「25番、長谷川千雨……そして27番の宮崎のどか、か。悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ。……だが片方の相手をしている間に、もう片方に逃げられるわけにもいかんな。……眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)!!」

 

 怪人物は懐からコルク栓をした試験管と丸底フラスコを取り出すと、投げつけて来た。空中で試験管とフラスコは砕け、中の液体が混じり合う。するとそこを起点に、爆発的に霧が発生し、千雨とのどかを包み込んだ。

 

 千雨は背後にいるのどかが意識を失い、倒れ込もうとするのをセンサーで感じる。彼女は振り向くとのどかを抱きとめて、後ろに飛び退る。街灯の上の怪人物は、一寸驚いた様子だ。

 

「ほう?レジストしたのか?」

 

 この『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』の魔法は、催眠性の霧を発生させ、それに包まれた生物を眠らせると言う効果がある。霧を吸いこまない様に息を止めても、皮膚から成分吸収されるために無意味だ。

 

 だが千雨は、マシナリーなのだ。睡眠が必要無いわけではないが、人間用の睡眠薬など――それが魔法によって合成された物であっても――意味をなさない。それ故に、彼女にはこの魔法は効力を発揮しなかった。

 

 千雨のセンサー……サーモグラフにより、マントと帽子で隠れている怪人物の身体の熱映像が捉えられる。

 

(ち、やっぱりマクダウェルかよ!)

 

 そう、その怪人物はエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルその人であった。千雨は思わず頭を抱えたくなった。本来なら千雨は、吸血の対象者を救護するためだけにここに来たのである。だが今まさに千雨自身が、血を吸われそうな立場なのだ。

 

(ちっ……。絶対に私の血を吸われるわけにゃ、いかねー……。やっぱ、来なきゃ良かったか?)

 

 千雨はマシナリーである。その身体はレントゲンやMRIすらも、生身の人間であると騙せる程の高性能な機械体だ。当然ながら、その身体の表層部分には『赤い血』すら流れている。下手な血液検査など誤魔化せるほどの人工血液だ。

 

 だが吸血鬼にソレを吸われた場合はどうだろう。いくらなんでも、誤魔化せるとは思えない。エヴァンジェリンに血を吸われると言う事は、千雨の正体が露見(ろけん)すると言う事に直結しかねない大事なのだ。

 

「……まあいい。どちらにせよ同じ事だ。血を吸った後で、今の魔法に関する記憶も消させてもらおう」

 

「!?」

 

 エヴァンジェリンが街灯の上から飛び掛かって来る。千雨はのどかを抱えたまま、素早く飛び退った。その運動能力に、エヴァンジェリンは怪訝(けげん)な思いを抱き、首を傾げる。

 

「!? ……長谷川千雨、貴様本当に長谷川千雨本人か?」

 

「!!」

 

 そのとき千雨は閃く物があった。彼女はマトリクスを書き換えて、外見を変化させる。

 

「……!? 馬鹿な!タカミチ!?」

 

 そう、千雨は外見をかつての担任教師、タカミチ・T・高畑の物に変化させたのである。千雨は高畑の姿で口を開く。その声も、高畑の声その物だ。

 

「いけないな、マクダウェル君。夜遊びもほどほどにしておいた方がいい」

 

「!? 貴様、誰だ! プライベートでは、タカミチは私の事をエヴァと呼ぶ!」

 

「おお、これは失敗したかのう。ふぉ、ふぉ、ふぉ……」

 

「じ、爺!? ……いや、それも本当の姿では無かろう。貴様何者だ」

 

 今度は千雨は、麻帆良学園の学園長たる近衛近右衛門の姿を取っていた。千雨は顎髭を撫でつけながら溜息を吐く。

 

「ほ……。やれやれ、今大事なのはワシの正体ではあるまいに。どちらかと言うと、正体を誰何されるべきなのは、おぬしの方じゃろうて?」

 

「く……」

 

 エヴァンジェリンは悔しそうに黙り込む。千雨は姿を自分自身の物に戻した。いくらなんでも何時までも自分の格好を、ぬらりひょんその物の学園長の姿にしておきたくは無い。……美意識的な意味で。

 

 これでおそらくはもうエヴァンジェリンは、千雨の事を『長谷川千雨』本人だとは思っていないだろう。それが千雨の狙いだった。おかげで非常識な行動も取れる、と言う物だ。具体的に言うと高速転移、とかである。それに時間稼ぎも上手く行った。

 

 次の瞬間、何処からともなく2つの影が降って来て、千雨とエヴァンジェリンの間に割り込む。その影の一方は大型犬の姿、もう一方は黒猫の姿をしていた。リープとダイである。彼等は体内無線を使って、千雨に話しかけた。

 

『無事ですか、長谷川さん』

 

『ヤッパリ、来テ良カッタノラ』

 

『ああ、大丈夫……。来てくれて助かった』

 

 リープはエヴァンジェリンに向かい、唸り声を上げて見せる。ダイもまた、シャーっと威嚇の声を上げた。あくまで普通の犬猫のフリをしているのである。千雨とリープ、ダイは、エヴァンジェリンと睨み合う。

 

「さて、どーすんだい吸血鬼さんよ。このまま睨み合ってても、らちが……」

 

「待てーっ!!」

 

 台詞の途中で、突然割り込みが入った。全センサーをエヴァンジェリンに集中していた千雨はびっくりする。だがリープとダイは、闖入者(ちんにゅうしゃ)に気付いていたのだろう、動じる様子は無い。この辺りは、年季の違いと言う物だろう。

 

 割り込んだ声は、千雨とエヴァンジェリン、それに千雨の手の中にいるのどかの担任教師、子供先生ネギ・スプリングフィールドの物だった。

 

「ぼ……僕の生徒に、何をするんですかーーーっ!!」

 

 見遣れば、ネギは普通ではとても出せないぐらいの速度で疾走して来る。千雨はセンサーの一部をそちらへ向けた。すると小さく叫ぶ様なネギの声が拾える。

 

「ラス・テル・マ……あ、駄目だ! 人がいるから魔法は……」

 

 千雨は眩暈を覚えた。魔法が秘匿される物だと言う事は、どうやら麻帆良の『魔法使い』達にとって常識であるらしい。だがその常識を、この子供先生はきちんとわきまえているのか怪しい物である。

 

 日常生活における常識において非常に怪しい所があるこの少年は、その本領であるはずの魔法の世界においても常識無しなのだろうか。それとも呪文詠唱をぎりぎりで思い止まった事を若干なりと評価するべきなのだろうか。

 

 何はともあれネギは千雨達とエヴァンジェリンの間に割り込んで、エヴァンジェリンに向かい杖を構えて立つ。

 

「貴方が『桜通りの吸血鬼』ですね!? 一体何の目的があって、僕の生徒達の血を狙うんですかっ!?」

 

「ふふ、知りたいか?なら私を捕まえてみるがいいさ」

 

「くっ……。あれ? でもこの声何処かで……。だけど……」

 

 ネギは何やら苦悩している様だ。おそらく、千雨達の前で魔法を使ってはいけない、などと考えているのだろう。魔法が使えなければネギは只の10歳……数え年であるから、満年齢では9歳の少年に過ぎない。まああと1ヶ月もすれば誕生日なので、そうなれば堂々と10歳と言えるのだが。

 

 ネギは叫ぶように言った。

 

「長谷川さん! 宮崎さんを連れて、逃げてください! こいつの相手は僕がします!」

 

 おそらくは担任しているクラスの生徒達を危険に晒したく無い気持ちが半分、魔法を使って戦うためがもう半分と言った所のネギの提案を、千雨はとりあえず受け入れる事にする。彼女はのどかを横抱き――所謂お姫様抱っこ――にして走り出す。

 

「わかりました! けど私らが逃げおおせたら、ネギ先生も逃げてくださいよ!」

 

 そして彼女は体内無線でダイに頼み事をする。

 

『ダイ! 気取られない程度に離れた所から、マクダウェルとネギ先生の様子を探っててくれ! 私とリープは宮崎の安全を確保してから戻るから!』

 

『ワカッタノラ』

 

 千雨とリープは、その場を走り去る。一方のダイは、近場の桜の木に駆け上がった。おそらく、その木の上から監視するつもりなのだろう。

 

 千雨とリープは走った。すぐに後ろの方からズバアッ!とかバキキキキン!とかパキイイン!とか派手な音が聞こえてくる。どうやらネギとエヴァンジェリンが魔法で戦い始めたらしい。

 

(まだこっちが充分離れてないっつーのに。本当にあのガキ共は魔法隠すつもり有んのかよ? ……ん? アレは……)

 

 千雨の前の方から、2人の人影がやって来るのが見える。神楽坂明日菜と近衛木乃香、ネギが居候している女子寮の1室の住人である。言わばネギの保護者と言っても良いかもしれない。

 

 ちなみに木乃香はこの麻帆良学園学園長近衛近右衛門の孫娘であり、なんと極東随一の魔力を秘めていると言う存在である。しかし彼女自身は、彼女の親の意向もあり、魔法には関わらずに育てられている。当然彼女自身、魔法の存在は知らない一般人の扱いである。

 

 それはともかく、彼女達は千雨と彼女が抱きかかえているのどかに気付くと、小走りに寄って来る。リープはさっと並木の陰に身を隠す。

 

「長谷川じゃない! どうしたの本屋ちゃん!?」

 

「千雨ちゃん、のどかは一体どうしたんや!?」

 

「……今しがた、例の吸血鬼に襲われたんだ。宮崎は気絶しちまって、進退窮まった所にネギ先生が割って入ってくれて、それで逃げる事ができたんだ」

 

「「えええぇぇぇっ!?」」

 

 一寸ネギが美化され過ぎたかも知れない。それはともかく、千雨はのどかを2人に預ける、と言うか押し付ける。

 

「宮崎の事頼む。私はネギ先生の様子を見に行く」

 

「え、あ、ちょ、ちょっと長谷川! 私も行く! このか、本屋ちゃんお願いね!」

 

「あっ!? えっ!? わ、わかったえ!」

 

 千雨は一瞬、げっ、と思う。明日菜に付いてこられては、戦闘形態に変わる事ができない。高速転移は、加速率が低くても良いならば人間体でも使えなくも無いが、明日菜の前ではそれも使えない。

 

 だが明日菜を止める上手い言い訳を思いつかない内に、明日菜は走り出してしまった。仕方なしに千雨も、元来た道を走って戻り始める。ちなみにリープは翼を生やして、夜の空へと舞い上がった。真っ暗であるため、その姿を捉える事は難しいだろう。

 

 そして明日菜は疾走する。凄まじい速度だ。と言うか、千雨からすれば信じ難い速度である。

 

(か、神楽坂の奴、速いッ!? 人間体とは言え、マシナリーだぞこちとら! それが追い付くのに苦労するってぇのは、何だよ!?)

 

「長谷川、体育で、手ぇ、抜いて、たの!?」

 

「ああん!?」

 

「私の、全力と、変わらない、スピード、じゃない!」

 

(会話しながら全力で走れるって……。なんなんだよ、てめえはよ! ……ん!? ……コレだ!)

 

 千雨は急に速度を落とした。明日菜は怪訝(けげん)な顔で、こちらも速度を落としつつ振り向く。

 

「どうしたの?」

 

「いや……、さすがに、無理、し過ぎた。先、行って、くれ。」

 

「……! わかった! じゃ先行くね!」

 

 言うや明日菜は全力を出し、すっ飛ばして駆けて行く。それを見送った千雨は、そっと桜並木の陰に隠れる。そしてそこで彼女は、戦闘形態に移行した。

 

『ダイ! ネギ先生たちは!?』

 

『今、空中戦ヤッテルノラ。場所ハ、ココ』

 

 視界内にウィンドウが開き、地図が表示される。千雨は体内無線で叫ぶ。

 

『了解だ! リープ! 急ごう!』

 

『こちらも了解です』

 

 そして千雨は高速転移し、目的地点目指して加速状態で疾走したのだった。




千雨、いったん離脱してのどかさんの保護を優先しました。まあ、そりゃそうですよね。ネギ君は一応魔法と言う戦う手段を持ってますし。


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Episode:08『Double Eight.』

 ネギは窮地に陥っていた。空を飛んで逃げるエヴァンジェリンを魔法で武装解除(エクサルマティオー)し、ある建物の屋根の上にて追い詰めたまでは良かったが、そこに伏兵が潜んでいたのだ。いや、追い詰めたと言うのもネギの主観でしかない。実の所ネギはエヴァンジェリンに、伏兵がいる場所まで誘い込まれた、と言うのが正しいのであろう。

 

 ともあれネギはその伏兵、エヴァンジェリンの『魔法使いの従者(ミニストラ・マギ)』絡繰茶々丸の圧倒的な体術の前に、呪文を唱え終わる前にその出がかりを潰されてしまい、魔法を使う事もできずに取り押さえられてしまったのである。

 

 エヴァンジェリンは、ネギの父親サウザンドマスターに呪いをかけられた恨み事をひとしきり(わめ)いた後、にやりと不敵な笑みでネギに顔を近づける。

 

「このバカげた呪いを解くには……奴の血縁たるお前の血が大量に必要なんだ。……悪いが死ぬまで吸わせてもらう」

 

「うわあ~~~ん! 誰か助けて~~~っ!!」

 

 ネギは茶々丸に押さえ込まれたまま半泣き、いや全泣き状態で叫んでいる。その首筋に、エヴァンジェリンが噛みついて血を吸い始めた。

 

ばきっ。

 

 そしてエヴァンジェリンと茶々丸は何かに吹き飛ばされた。

 

「ぎゃぶうっ!?」

 

「あっ」

 

 エヴァンジェリンと茶々丸は、屋根の上を転がりながら体勢を立て直す。エヴァンジェリンはなんとか、と言った風情で。茶々丸は比較的楽々と。彼女達が立ち直って周囲を見回すと、そこには3つの影――1つは人間型でネギを抱きとめており、1つは大型犬の様な姿、1つは猫の形状をしている――があった。無論その影は、千雨とリープ、ダイの戦闘形態である。

 

 千雨はネギを屋根の上に降ろすと、彼に声をかける。

 

「……あー、加速して助け出したからな。しばらくは目が回るぞ。……って、この台詞前にもどっかで言った覚えがあるな。ま、いいか。しばらくは動かずに、屋根に伏せてじっとしてろ」

 

「あ……、あ……」

 

「あー、あー、喋るな。怖かったのは分かるからよ」

 

 そして千雨はエヴァンジェリンと茶々丸に向かい合う。だが千雨が口を開こうとした時、エヴァンジェリンの方から話しかけて来た。

 

「くっ、貴様……。貴様だな? 先程長谷川やタカミチ、爺に化けていたのは。それが貴様の本性か……。そしてそのメカっぽい犬猫みたいな奴らが、先程飛び込んで来た犬と猫だな?」

 

「ん……。まあそうだな。……んでもって、だ。『桜通りの吸血鬼』サンよ。あんたの事情は分からんでも無い」

 

「……何?」

 

 エヴァンジェリンは怪訝な顔をする。千雨は続けた。

 

「あんたの状況には、同情の余地は充分にある。っつーか、実際同情しちまったしな」

 

「貴様……!」

 

 エヴァンジェリンは目を吊り上げた。その瞳は、怒りに(らんらん)々と輝いている。

 

「貴様如きがこの私に! 『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』『不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)』『童姿の闇の魔王』と呼ばれたこの私に! 私に同情だと!? ふざけるな!」

 

「ふざけちゃいねーよ。って言うか、同情するかどうかはあくまであんたの話を聞いた側の問題だ。あんたが誇り高くて同情を嫌うとか言うのは、また別の話だ。

 それに同情するなって言ったって、感情の問題だからな。しちまったもんは仕方が無ぇだろうよ。感情をそこまで制御できるのは、悟りを開いた奴か仙人ぐらいなもんだろ」

 

「くっ……」

 

 千雨は肩を竦める。

 

「そんな事もあって、一寸血を吸うぐらいなら、放って置くつもりだった。今までの所、桜通りでの犠牲者は一寸した貧血程度で済んでたからな。だが……。

 だが、死ぬまで吸うとあっちゃあ止めざるを得ない。あんたにゃ悪いけどさ」

 

「……茶々丸」

 

「はい、マスター」

 

 茶々丸が前へ出る。と、それにあわせてリープが前に出る。ダイもまた、ネギを護る様にその(かたわ)らに移動。千雨もまた、身構えて位置取りを変える。エヴァンジェリン主従と、ネギ、ダイとの間に入る形だ。エヴァンジェリンが舌打ちをする。

 

「ち……。魔法薬も無い状況では、分が悪いか。退くぞ茶々丸!」

 

「はい、マスター」

 

 茶々丸はエヴァンジェリンをその肩に乗せ、屋根の上から空中へ飛び出す。その背中と脚から、スラスター光が噴射されていた。どうやらそれで空を飛ぶらしい。最後にエヴァンジェリンは千雨に向かい、問いかけた。

 

「貴様……。名はなんと言う。」

「ん……。『16th』……いや。」

 

 千雨は少し悩んだ。『16th』と言うのは、アディッショナル・ナンバーズ・マシナリーとしての番号に過ぎない。『8th』である光一が『エイトマン・ネオ』と名乗っている様に、自分も何か、『らしい』名前を持った方がいいのかも知れない。……『ちう』?それはハンドル名兼ネットアイドルとしての芸名だ。

 

 千雨は即興で決めた。16は8の2倍、つまり『ダブルの8』と言う所から持って来た、比較的安直な名前かも知れないが、『8マン・ネオ』たる光一に連なる存在の名称としては、そう悪くも無いだろう。彼女はその名を口にする。

 

「私は『D-8(Double Eight)』……『ディー・エイト』だ。」

 

 実は『8ウーマン』とか『8ガール』とか、『8マン・フィメール』とかも考えたのだが、いまいち言葉の座りが悪かったため、お蔵入りとなった。

 

「そうか……覚えたぞ『ディー・エイト』。覚えておけ、貴様はかならず我が手で引き裂いてくれる」

 

「それではネギ先生並びにお二方、失礼いたします」

 

 茶々丸が空中でぺこりと礼をすると、次の瞬間エヴァンジェリン主従の姿はそこから消えていた。いや、千雨達のセンサーからすれば、高速で飛び去って行くその姿はしっかりと捉えられているのだが。

 

 千雨はネギに向き直る。

 

「さて……大丈夫か、ネ……じゃない、少年」

 

「あ、あうあう……。こ、怖かったです~~~!」

 

「駄目そうですね」

 

「ソウナノラ」

 

「あー……」

 

 千雨とリープ、ダイは、泣きついて来るこの少年をどうやって泣き止ませようか、頭を捻る。だがその答えが出る前に、3人――正確には1人と2匹――のセンサーに、急速に近づいて来る1人の人物が引っ掛かった。ドドドド……と、地響きの様な音すらも聞こえて来る。千雨とリープは顔を見合わせた。

 

 次の瞬間、何者かが飛び込んで来た。

 

「ウチの居候に何すんのよーーーっ!!」

 

 明日菜だった。千雨とリープは明日菜がかまして来た壮絶な飛び蹴りを、瞬時に高速転移してひょいと躱す。小柄で真っ黒なダイは、最初から飛び蹴りの対象になっていない。目標(ターゲット)を見失った明日菜の身体は屋根の上をすっ飛んで行き、その縁から落っこちそうになった。ちなみにこの建物は8階建てで、26~27mの高さがある。

 

「きゃああああぁぁぁぁっ!? ……あれ?」

 

 明日菜が落ちそうになった所を、リープが銜えて止めていた。ちなみに屋根の上にその爪が喰い込んでいる。更に千雨が溜息を吐きながら駆け寄り、落ちかけた明日菜の身体を屋根の上まで引っ張り上げた。

 

「あ、アリガト……。って、違ーーーう!! あんたが今度の事件の犯人なの!? しかも子供いじめる様な真似し……」

 

「あ、アスナさんっ! 違います! 違うんです! その人達は僕を助けてくれたんです~~~!」

 

「……え゛っ!」

 

 泣きながら叫ぶネギの言葉に、明日菜は思わず顔を引き攣らせる。千雨はなんとなく雰囲気的に脱力する物を感じ、がっくりと肩を落とした。

 

「あー、あー。分かってもらえたんなら、それでいいさ。その少年の事はあんたに任せたぞ。それじゃな。2人とも、行こう」

 

「はい」

 

「ワカッタノラ」

 

「あ、え、ちょ、ちょっと待って……」

 

 狼狽する明日菜にはかまわず、リープが翼を生やして夜空へと舞い上がる。千雨とダイはそれに抱きついて、一緒に大空を飛んだ。その影は、あっと言う間にネギや明日菜から見えなくなる。

 

「あ……行っちゃった」

 

「……う……うっく、ひっく」

 

「ネギ!」

 

 明日菜はしゃくりあげるネギに向き合う。彼女は叫ぶように言った。

 

「も~~~、あんたってば一人で犯人追っかけてったりして! 本屋ちゃんと長谷川を逃がせたのはいいけど、そしたらすぐにあんたも逃げなさいよ! 怪我でもして取り返しのつかないコトになってたら、どーすんのよバカッ!!

 ……ってアンタ、首から血が流れてるじゃないの。だ、大丈夫?ネギ……」

 

「うっ……、ひっく。ぐすっ……」

 

「ん? ……わっ!」

 

 ネギは明日菜に飛びついた。明日菜は思わずよろける。

 

「うわーーーん! アスナさーーーん!」

 

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ。あ、危ないって。屋上なんだから」

 

「こっこわ……こわ、こわかったですーーー!!」

 

 ネギは全泣き状態で明日菜に縋りつく。明日菜はそれを必死で宥めた。そこへ声がかかる。

 

「……何やってんだ、お前ら。うひゃー、高ぇ。一寸怖いなこりゃ」

 

「あ、長谷川!あ、そっか。来たんだ」

 

 それは人間体に戻った千雨であった。千雨はあの後、適当な所で空を行くリープたちから離れて人間体に戻ると、ネギ達がいる建物まであらためてやって来たのである。実はあのまま女子寮へ帰る事も考えたが、それだと明日菜あたりが千雨を探して歩き回りかねない。表向きは、明日菜は千雨をおいてきぼりにして、ネギ達を追った事になっているからである。

 

「んで? ネギ先生は?」

 

「ん、たいした怪我は無さそうだけど、すっかり怯えちゃって……。ホラ、もう大丈夫だからね。何があったのか、ちゃんと話してちょうだい?」

 

「……いや神楽坂。それよりはまず下に降りようぜ。こんな高い所じゃ、落ち着く物も落ち着けねーだろ」

 

「……それもそーね。んじゃ降りよっかネギ」

 

 千雨、明日菜、ネギの3人は屋根の上から天窓を通って建物の中へ入る。階段を降りながら、千雨は考えた。

 

(……ったく。なんでこんなコトになったんだろうなあ。やっぱり吸血被害者の保護とか考えずに、寮でネットしてれば良かったか?

 ……だがなぁ。もし来なければ、このガキは今頃……。いやその場合神楽坂の助けが入った、か? ……あー、だとしてもマクダウェルと絡繰相手じゃあなあ)

 

 千雨の視線の先では、ひっくひっくとしゃくりあげながら、明日菜に慰められつつ階段を降りるネギの姿があった。千雨はなんとなく苛立ちを感じる。その苛立ちは段々と募って行った。やがて彼らは地上へと降りる。ネギは未だ泣いていた。

 

 千雨は突然ネギの前にしゃがみ、視線を合わせると大声で一喝する。

 

「ネギ先生!! しっかりしやがれっ!!」

 

「ひっ!」

 

「ちょ、長谷……」

 

 明日菜が思わず千雨を止めようとする。しかし千雨はそれに構わずに話を続けた。

 

「いいか! てめえは頑張った! てめえが飛び込んで来たおかげで、宮崎を吸血鬼から助けられた! てめえは頑張っただけじゃなく、きちんと成果を出したんだ! そりゃ100点満点とはいかなかったろうさ! だが低く見ても70~80点ぐらいは取れてる! 充分に及第点だ!

 それとも何か!? 宮崎の無事は、てめえに取って、取るに足りないもんだってのか!?」

 

「あ、そ、そんな事は……」

 

「だろ!? だったらびくついて泣いてねぇで、胸を張れ!! てめえは頑張った!! てめえは良くやった!! だったら胸を張れ!! 堂々と胸を張って、誇りやがれ!!」

 

 ネギはふるふると震えた。その目からは、未だ涙が零れ落ちる。だが彼は腕でその涙を必死に拭うと、決然と顔を上げた。まだ涙目ではあるが、その瞳には力が戻っている。

 

「……ありがとうございます、長谷川さん」

 

「いえ……。つい口調が荒くなりました。すいませんでしたネギ先生。……まあ、結果に満足しちゃいけませんけど、繰り返しになりますが今日宮崎を救えた事に関しては、誇らなきゃ駄目です。まあ、満足はしちゃいけませんがね」

 

「……あれ? いつの間にか私、空気になってる?」

 

 明日菜が、何処となく寂しそうに呟く。そんな明日菜に向かい、千雨は言葉を発する。

 

「悪ぃ、神楽坂。私は先に帰る。ネギ先生のこと、頼むな」

 

「あ、長谷川。何だったら一緒に帰らな……」

 

 明日菜の台詞を最後まで聞かずに、千雨はその場を走り去った。その千雨に、体内無線のコールが入る。念のために周囲を警戒していたリープとダイからだった。

 

『長谷川さん』

 

『長谷川……』

 

『リープ、ダイ。何かあったのかよ。』

 

『いえ、問題はありません。……長谷川さん。長谷川さんも、誇らなきゃ駄目ですよ?』

 

『長谷川モ、ヨクヤッタノラ』

 

 千雨は一瞬で顔を赤くする。彼女は照れ隠しに、怒鳴った。

 

『て、てめえら! 聞いてたのかよ!』

 

『聞くともなしに』

 

『オナジク』

 

『~~~~~!!』

 

 千雨は声にならない叫びを、体内無線のチャンネルで上げた。リープとダイはその叫びを黙殺し、言葉を続ける。

 

『あのネギと言う少年を助けたのは長谷川さんです。少なくとも、その事は誇るべき出来事ですよ』

 

『……。けど、よ』

 

『ケド、ハ無シナノラ。長谷川ハ良クヤッタ。誇ッテイイノラ。』

 

 リープの声には、深い優しさが、ダイの声はちょっと面白がる様な雰囲気はあったが、賞賛の響きがあった。千雨は頷く。

 

『……うん。……サンキュ、リープ。サンキュ、ダイ』

 

『どういたしまして。では私たちは光一のマンションに帰ります。おやすみなさい』

 

『ユックリ休ムノラ』

 

『おやすみ』

 

 千雨は夜の道をひた走る。その顔には、ほんの僅かに頬笑みが浮かんでいた。




と言うわけで、一応原作に近い形で今回は一段落つきました。原作と違う点は、ネギ君が叱咤されて必死に我を取り戻してる事ですね。この事は、後々ちょっとだけ本筋に関わって来ます。

それど、改稿前との大きな違いですが、千雨が名乗る名前が変更になりました。旧作では『ダブル・エイト』でしたが、いまいち座りが悪い様に想っていたので、ダブルの頭文字であるDを取って、『ディー・エイト』と名乗らせる事に。微妙なところですが、若干少しだけ言葉として座りが良くなったかな、と思います。

……『8ガール』『8マン・フィメール』『8ウーマン』は何か違いますよね。言葉の響き的に。


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Episode:09『其は誇れるか』

 真祖の吸血鬼、エヴァンジェリンと対決して敗北を喫した翌日、ネギは勇気を振り絞って学校に姿を現した。わざわざ勇気を振り絞らなければ出勤できないと言うのは何と言うか少々情けないが、それでも彼は頑張って出て来たのである。まあ、子供であると言う事を考慮すれば、褒められてもいい事かも知れない。

 

 職員室で雑務をこなした後、ネギは朝のSHR(ショートホームルーム)を行うため、3-Aの教室へやって来る。ちょっと歩き方がぎくしゃくして、腰が引け気味になっているのが情けないと言えば情けない。顔も緊張に引き攣っている。教室へ行けば、エヴァンジェリンと会わなければならないから、仕方無いと言えば仕方無いのだろう。ただしその瞳だけは、強い意志を宿らせていた。腰は引けているが。

 

 だが教室へやって来ると、ネギは拍子抜けする。エヴァンジェリンの席が空席だったのだ。

 

「あれ? エヴァンジェリンさんいない……? 欠席かな?」

 

「……マスターは学校には来ています。すなわちサボタージュです」

 

「わあっ!?」

 

 後ろから声をかけた茶々丸の台詞に、ネギは飛び上がる。昨夜ネギはこの茶々丸の体術に、手も無く捻られていたのだ。茶々丸はそんなネギの様子に、動ぜずに言葉を続ける。

 

「……お呼びしますか、先生?」

 

「い、いやとんでもない!……じゃなかった。ええと……いえ、SHR(ショートホームルーム)まではまだ時間ありますね。何処にいるか教えて下さい。こちらから会いに行きます」

 

「はい、わかりました。マスターは屋上にいらっしゃいます」

 

 ネギはやや腰が引けつつも、それでも冷静に応対する。腰は引けていたが。彼は悲壮な覚悟を決めた顔で、ぎくしゃくとした足取りで屋上へ向かう。

 

 その様子を見つめる、一対の視線があった。千雨である。彼女は独り言ちた。

 

「やれやれ、大丈夫かよあのガキゃ……」

 

 

 

 ネギは屋上へと出ると、周囲を見回してエヴァンジェリンを探した。エヴァンジェリンはすぐに見つかる。彼女は屋上の端に据え付けられた物置きの陰で、それに背を凭せ掛けて、足を投げ出した形で座っていた。

 

 彼女の方へ歩み寄りつつ、ネギは彼女に声を掛ける。

 

「エヴァンジェリンさん! もうすぐSHR(ショートホームルーム)です! 教室へ戻ってください!」

 

「!」

 

 エヴァンジェリンは一瞬驚いた様な顔をする。だがすぐににやりと笑うと、ゆったりと座り直す。

 

「ふ……。大した立派な先生ぶりじゃないか、ネギ先生?昨晩マジ泣きしていた子供と同一人物とは、とても思えないぞ」

 

「……正直な話、やせ我慢ですよ。今も脚が震えるのを抑えるので、精一杯です」

 

「いや、抑えられてないぞ。ぷるぷる震えてるが」

 

「ええっ!? あ、いや今はそれは関係ないですっ! もうすぐ始業ですから教室へ戻ってください!」

 

 ネギは顔を紅潮させて、叫ぶように言った。それを眺め遣り、エヴァンジェリンは疲れた口調で言葉を発する。

 

「やれやれ、大した勇気だな。あれだけやられたならば、恐怖にかられて逃げ回るかと思っていたんだが」

 

「……だからやせ我慢の空元気ですよ。怖いからって仕事を放り出すわけには行きませんからね。さあ、教室へ……」

 

「……行って、どうなる?」

 

「え?」

 

 エヴァンジェリンは鼻で笑って、続ける。

 

「どうせこの呪いが解けない限り、私は卒業できん。いくら真面目に出席した所でな。それどころかこの呪いは、学外に出る事は修学旅行すらも許してはくれないのだぞ? 歴とした学業の一部である修学旅行にさえも、な。

 そんな状況下で、真面目に授業に出ようと言う気になれるか?そしてもしも呪いが解けたとするならば、私が中学校などに通う意味もない。どちらにせよ、私が出席しない事でのマイナスは、私自身には無い。あるとすれば、貴様の教師としての評価程度だろうよ。そして私に貴様の評価など、気にする必要があると思うか?」

 

「……」

 

「ほれ、もう朝のSHR(ショートホームルーム)が始まる時間だぞ。さっさと行け。私一人のために、他の生徒を蔑ろにしてもいいのか?」

 

「あ……」

 

 言い負かされたネギが、それでも何か言おうとした瞬間、突然何者かが割り込んで来た。

 

「エヴァンジェリンさん! ネギ先生になんてことおっしゃるんですの!?」

 

「うわ!」

 

「わぁ!?」

 

 それは麻帆良学園本校女子中等部3-Aの委員長、雪広あやかその人であった。その後ろには、神楽坂明日菜、近衛木乃香、佐々木まき絵、宮崎のどか、綾瀬夕映、長瀬楓、古菲、椎名桜子、鳴滝姉妹などがぞろぞろと付いて来ている。その最後尾には、千雨ががっくりと肩を落として立っていた。

 

(ったく……。何でこう言う事になったんだ。私はこっそり物陰から様子を窺うだけのつもりだったのに……)

 

 千雨はネギが屋上へ向かった直後、それとなくそっと自席を離れて、こっそりと屋上へ向かった。そう、そのつもりだったのだ。

 

 だがネギがわざわざエヴァンジェリンを探しに行ったと言う事で、昨夜の事件の事情を知っている明日菜がネギを心配して、千雨とは別に動いた。そしてそれを追って木乃香が、更にそれに釣られるかの様にいいんちょ以下若干名が、屋上へと走ったのである。

 

 結果として千雨は屋上へと向かっている所を見つかり、彼女ら一同と一緒くたになって屋上出口で隠れて様子を窺う破目になった。そして今、ネギの窮地? に思わず飛び出したいいんちょを追って、屋上に出て来る事になってしまったのだ。

 

 エヴァンジェリンとネギは、慌てる。呪い云々の話を聞かれていたら、魔法を秘匿する上で大事だからである。

 

「き、貴様ら一体どこらへんから話を聞いていた!」

 

「えー?そこの屋上出口からだよー。」

 

「意味が違うわ、バカピンクがッ!」

 

「そんな事はどうでもいいですわ! さ、SHR(ショートホームルーム)が始まりますわよ!」

 

「ちょ、ちょっと待て貴様! 放せ! ええい放さんか、やめろ……」

 

 エヴァンジェリンは、あやかを始めとしてまき絵、古、桜子、鳴滝姉妹などに引っ掴まれ、教室へと引っ立てられて行く。ネギは唖然としてそれを見送った。そこへ夕映に促されたのどかが声をかける。

 

「あ、あのー、ネギせんせー」

 

「は、はいっ!?」

 

「昨晩の吸血鬼騒ぎの時には、また助けていただいたそーで、どーも有難う御座います」

 

「あ、いえ、はいっ!あ、でも僕だけじゃないんですよ。長谷川さんもです」

 

「え゛う゛っ!?」

 

 千雨は妙な声を上げる。

 

「あ、はい。長谷川さん、どーも有難うございました」

 

「い、いや。一番頑張ったのはネギ先生だからな。ネギ先生の方、優先しろよ。私はいいから。……あ、それより今は始業時間だ。マクダウェルを呼びに来ておいて、その教師の方がSHR(ショートホームルーム)に遅れたらまずいでしょうネギ先生」

 

「あ、そ、そうですね。じゃあ皆さん、行きましょう!」

 

 周囲の女生徒達が、一斉に頷く。彼等は急ぎ足――校内で走るのは禁止――で、3-Aの教室に向かった。

 

 階段を下りる途中、楓が千雨に話しかけて来る。

 

「長谷川殿も、吸血鬼騒ぎに関わっていたでござるか?」

 

「ん?あー、まあ、な」

 

「大変だったでござろ?」

 

「ん。ただ、『だった』じゃなくて、現在進行形で大変だな。もっとも私じゃなくネギ先生が」

 

「で、ござるか……。もし何かあったら、拙者にも言って欲しいでござる」

 

 千雨は横を向き、楓の顔を見た。楓は何時も通りの糸目で、笑顔を崩さない。千雨は溜息を吐いて、楓に応える。

 

「ふう……。まあ、機会があれば……。タイミングとか合えば、な。そんときは何か頼むかも知れん」

 

 楓はにんにん、と呟く。千雨はなんとなく、にやりと笑ってみせた。

 

 

 

 その日の朝のSHR(ショートホームルーム)にこそ強引に出席させられたものの、その後はエヴァンジェリンは全ての授業をサボった。ちなみにクラスメートに見つからない様にだろう、屋上にはもう姿を現さなかった。

 

 居場所を口止めされたらしく、茶々丸も沈黙を守る。そのためエヴァンジェリンの行方を突き止める方法は、ネギおよびクラスメート達には無かった。

 

 そしてそのまま数日が過ぎる。その間、女子寮の大浴場で下着ドロのネズミらしき小動物が出たり、ネギがオコジョをペットとして飼ったりと言った小事件は起こったものの、エヴァンジェリン関連の事件そのものに、大した進展は無かった。

 

 そんなある日の放課後、千雨は寮へ帰ろうとする途中、不審な行動を取るネギ達を見つけた。

 

(……ありゃネギ先生に神楽坂?何やってんだ、あいつら……)

 

 彼等は植え込みや物陰に隠れてこそこそと移動し、何やらその先の様子を窺っていた。どうやら誰かを尾行しているらしい。千雨は彼等の視線の先を見遣る。そこには1人? の人影? があった。

 

(……絡繰じゃねぇか)

 

 その人影? は、エヴァンジェリンの従者、絡繰茶々丸であった。彼女は人間ではなくロボット――正確にはガイノイドと言うらしい――だから、人影ではなくロボ影とでも言うべきだろうか? 千雨は茶々丸を尾行するネギ達を、更に尾行する。

 

 千雨の耳に、ネギ達の声が聞こえて来た。

 

「茶々丸って奴の方が一人になった! チャンスだぜ兄貴!! 一気にボコっちまおう!」

 

「だ、だけどカモ君……。やっぱりこう言うのは卑怯って言うか……」

 

「ひきょーじゃねーよ!! 兄貴だって殺されかけたんだろ!? 命の危険がある時に、甘い事なんざ言ってられねぇってばよ!」

 

「ま、まあ……あんたやまきちゃんを襲った悪い奴らなんだしね。なんとかしなくちゃ……」

 

 千雨は眉を顰める。どうやら彼等は茶々丸を奇襲して、倒してしまうつもりらしい。千雨はなんとなくだが不快感を感じる。まあ各個撃破は、戦術としては普通だろう。それに先に仕掛けて来たのはエヴァンジェリン側だと言うのも本当だ。

 

 だがその行為が万人の共感を得られるかと言うと、怪しい物があるのは確かだろう。

 

(……にしても、声からするとあのガキと神楽坂の他に第三者がいるみてえだが?……まさかガキの肩にいる、あのイタチか!?……ったく、なんてファンタジーだよ)

 

 アルベール・カモミール……略称カモはイタチではなくオコジョ妖精である。まあイタチ科である事は間違い無いのだが。とりあえずネギ達は、まだ人目があるために、今ここで茶々丸を襲撃する事は断念した様だ。

 

 茶々丸に目を遣れば、彼女はレジ袋に何やら荷物を入れて歩いている。と、その先に幼稚園児程度の少女が泣いているのが目に入った。

 

「うえーん、うえーん! あたしのフーセン、あたしのフーセン!」

 

 見ると、少女の立っている傍らの桜並木の枝に、真っ赤な風船が引っ掛かっている。茶々丸は、しばし何事か考えていた様だった。だが突然その背中から、スラスターの噴射口がせり出す。そして茶々丸は背中と両脚のスラスターを吹かして、空中へと飛び上がった。ネギ達は、唖然としてそれを物陰から見守る。

 

 そして茶々丸は、桜に引っ掛かった風船の糸を手にすると、少女の所まで降りて来る。少女は茶々丸に礼を言った。

 

「わーーー! お姉ちゃんありがとー!」

 

 ネギ達は呆然としていた。どうやらネギ達は、茶々丸がロボットだと漸くの事で気付いた様だ。

 

「さすが日本だよなー。ロボが学校通ってるなんてよう」

 

「じゃ、じゃあ人間じゃないの!? 茶々丸さんって! へ、変な耳飾りだなーとは思ってたけど!」

 

「え゛え゛え゛っ!?」

 

「ぅおおい!! 見りゃわかんだろぉ!?」

 

 その様子を見て、思わず千雨は頭を抱える。

 

(……今さらだろーが。それに尾行してるんなら、もうちっと静かにしろよ。って言うか、唯一絡繰がロボだって気付いてた常識人? が、一番非常識な喋るイタチだってのがまた……)

 

 その後も茶々丸は、歩道橋を苦労して登っている老婆を背負って渡してあげるなどの良い人っぷりを披露したり、小さな子供達に纏わりつかれるなど街の人気者っぷりを見せつけたりしていた。ネギ達、特にネギはその光景に、茶々丸を襲撃するのをためらう様子を見せる。

 

「カモ君……。もうやめない?」

 

「な、何を言ってるんだよ兄貴ぃっ!? 情に絆されたのかよ!? いいか!? 奴は悪者! 兄貴を殺そうとしたんだろっ!?」

 

「う……」

 

「だ、だけどこの2年間クラスメートだったんだし……。それに滅茶苦茶いい奴じゃないのよ」

 

「うおおぃ! 姐さんまでっ!」

 

 その様子を見遣りつつ、千雨は何回目になるかわからない溜息を吐いた。

 

(はぁ……。まあ、揺らいじまうのは仕方ねーよな。ガキだもんな。……けど、気持ちが揺らいでるんなら、やめといた方がいいと思うんだが……。

 ん?何の騒ぎだ?)

 

 その時、ちょうど茶々丸がいる少し先の辺りで、何やら騒ぎが起こっているのが見えた。切れ切れに声が聞こえて来る。

 

「大変、どうしましょう」

 

「警察に連絡をー」

 

「仔猫がドブ川の真ん中にー……」

 

 見ると、ボール紙の箱に入った仔猫が、ドブ川の真ん中を流されて行く。千雨は思わず飛び出そうとして、その自分の気持ちに一瞬唖然とする。

 

 以前の彼女の立ち位置は、あの仔猫が流れて行くのを遠巻きに見ている人々と同じでは無かっただろうか。あの仔猫を哀れには思っても、自分で手を出そうとはしなかったのでは無いだろうか。

 

(光一さんに感化されちまった、かな。いや、単に心理的なハードルが下がっただけって考えもあるな。前だったら、そう簡単には助けられない。けど今なら、ちょっと手を伸ばせば簡単に助けられるだけの力がある……)

 

 だが千雨より一瞬先に動いた者がいた。ネギである。

 

「大変だ! こ、仔猫が!」

 

「おおおい! ちょっと待て兄貴ぃっ! 今尾行中だってばよ! って兄貴ぃっ!!」

 

 ネギは隠れていた植え込みの陰から飛び出した。魔力で走力を強化しているのだろう、その速度は異様に速い。見ると、茶々丸がブロックで組まれた川岸から、ドブ川の中に入ろうとしている。ネギはその横を通り抜けざまに、茶々丸に自分の持っていた杖を押し付けた。

 

「茶々丸さん、これ持っててください!」

 

「えっ……」

 

 ドブンと音を立てて、ネギはドブ川に浸かる。水深はけっこう深い。だが必死のネギは、上手くバランスを取ってドブ川の中を進んで行く。そして彼は流れるボール紙の箱から仔猫を抱き上げた。

 

 ネギは180度後ろを向くと、岸の方へと戻って行く。だが冷たい流水の中を歩いて、疲労が激しい。下手をすると、流れに足を取られてひっくり返ってしまいそうだ。その危うい様子は、傍からも見て取れる。それを見ていた人々からも、心配そうな声が上がった。

 

 その時、ドブ川の真ん中、ネギの後ろ側に飛び込んだ者がいた。飛沫が撥ねてネギの背を濡らす。その者はネギにすっと近付くと、さっとネギを抱き上げ、高く跳躍した。

 

「うわっ!?」

 

「じっとしてろっ!」

 

 誰あろう、戦闘形態になった千雨である。千雨は岸に着地すると、ネギを降ろした。見守っていた人達から、安堵の声が上がる。

 

「よかったー」

 

「あの子が飛び込んだ時は驚いたけど……」

 

「……ねえ、アレって『8マン・ネオ』じゃないの!?」

 

「あ、ホントだ。ソレっぽいな。……あれ?だけどアレは女の子っぽいぞ?」

 

「たしか『8マン・ネオ』って、男……だよな?」

 

(ハァ……。光一さん、随分有名になってやがる……)

 

 千雨は内心溜息を吐いた。そこへカモを肩に乗せた明日菜が駆け寄って来る。

 

「ネギ!無茶してんじゃないわよっ! あんたが流されたら、どーすんのよ!」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

「……ネギ先生、ご無事ですか?」

 

 茶々丸がネギに訊ねる。ほとんど無表情であるのに、何故か心配そうな様子が見て取れた。ネギは応える。

 

「あ、だ、大丈夫です茶々丸さん。それと……どうもありがとうございました、『ディー・エイト』さん」

 

「いや、別にいいよ……。それより少年、いくらなんでもあんたの体格じゃ、この川に入るのは無茶だ。この程度の川でも、溺れないとは限らないんだぜ?勇気と無謀を履き違えちゃ駄目だぜ」

 

「はい……」

 

 ネギはすっかりしょげてしまう。千雨はそんなネギの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫で摩った。

 

「ま、だけどその猫を助けようって気持ちは、間違いじゃねぇと思うぞ」

 

「!」

 

 ネギの顔がぱっと明るくなった。千雨はその顔を見て、思わず人知れず照れてしまう。

 

「……あー、んじゃ私はこの辺で失礼する。んじゃな、少年」

 

「あ……」

 

 千雨は高速転移してその場から姿を消した。残されたネギ達はしばし呆然としていたが、やがて自分を取り戻す。

 

「あ……っと。それじゃ茶々丸さん、僕はもう行きますので、この仔猫をお願いします。あと杖、どうもありがとうございました」

 

「あ、はい……。どうぞ、先生の杖です」

 

 ネギと茶々丸は、仔猫と杖を交換する。ネギは杖を受け取ると、茶々丸に別れの挨拶をする。

 

「茶々丸さん、それじゃ失礼します。また学校で」

 

「はい、先生。……お気を付けて」

 

「あー、茶々丸さん、また」

 

「はい神楽坂さん。また」

 

 明日菜も茶々丸と挨拶を交わす。彼等はやや急ぎ足で、その場を離れた。周囲に人がいなくなると、カモが文句を言う。

 

「兄貴、なんで飛び出しちまったんですか!? これじゃあ、あの茶々丸ってロボを不意打ちしてやっつけちまう計画が台無しじゃないかよ!」

 

「いや、これで良かったんだよカモ君」

 

「何がいいってんだよ!」

 

 ネギは明日菜の肩に乗っているカモを、じっと見据える。カモは思わず息を飲む。

 

「あのままもし仮に茶々丸さんをやっつける事ができたとしても、僕は絶対後悔したと思う。もし勝てたとしても、卑怯な手で生徒をやっつけたらその瞬間、僕は先生として失格だよ。

 そうしたら僕の修行はそこで終わり。いや、修行とか関係なく、僕が僕を許せなくなるよ」

 

「……でもよ兄貴。負けたら死ぬまで血を吸われちまうんだろ? 死んだら全部終わりじゃねーか」

 

「そうだね。でもここは曲げられない。前回は負けたけど、それでも誇れる物が残った。だから、なんて言うのか……踏み止まれた。でも勝っても誇れる物が無いんじゃ、きっと何かを踏み外しちゃう。だから……。

 ……心配してくれてるのに、ごめんねカモ君」

 

 ネギの真摯な言葉に、カモは沈黙する。入れ替わりに、それまで沈黙を守っていた明日菜が、あえて明るく声を上げた。

 

「……さて、難しい話は終わりにしましょ。ネギ! あんたずぶ濡れじゃない。ドブ川だったから臭いし! 早く帰ってお風呂に入んなさい! それとその背広、急いでクリーニングに出さないと完全に駄目になっちゃうわよ!」

 

「そうですね。それじゃ……は、は、ふぁ……」

 

「ギクッ!?」

 

「ハクション!!」

 

「きゃあああぁぁぁっ!!」

 

「うひょーーーっ!?」

 

 ネギのくしゃみで彼の魔力が暴走し、明日菜の制服とカモを吹き飛ばした。幸いな事に人通りは無かったが、明日菜は下着姿でその場に座り込む。

 

「やだあ! もう! こんの馬鹿ネギー!!」

 

「ご、ごめんなさーい!」

 

 2人と1匹のそんな様子を、桜並木の樹上から眺めている者がいた。黒を基調としたボディ、その身体に走る赤いライン、随所に見られるメカニカルな意匠、そして少女らしい身体つき……。『ディー・エイト』こと、千雨の戦闘形態である。

 

 千雨は小さく呟く。

 

「最後はしまらなかったけど……。いっぱしの事言うじゃねぇか、ネギ先生。……ま、頑張れ」

 

 そして彼女は高速転移すると、今度こそその場から疾走り去って行った。




茶々丸襲撃ですが、ネギ君は自分で思いとどまりました。他人から何か言われてとか、襲撃したところに割り込まれてとかじゃなく、自分で思いとどまりました。前話での千雨の叱咤が効いてたためなんですけどね。
他にも、逃げ回らないで頑張って学校来たりとか。ほんのちょっと、原作から微妙に変えてます。

わたしの作品だと、ネギ君を贔屓(ひいき)にする傾向あるなあ……。いや、ネギ君は歪んでるのは歪んでるけれど、同情しちゃうんですよね。幾多のアンチ物でアンチの要因になってる部分も、彼のせいじゃないと思ってますし。


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Episode:10『探し人、見つからず』

 その日ネギは元気はつらつと言った風情で、学校に現れた。何か腰が引けていた先週末とは大違いである。

 

「おはようございますっ! エヴァンジェリンさんいますかっ!?」

 

「あー、ネギ君おはよー」

 

「お、おはよーございますー」

 

「エヴァンジェリンさんなら、まだ来てないですが」

 

 早乙女ハルナ、宮崎のどか、綾瀬夕映の図書館探検部3人組から、朝の挨拶がてらエヴァンジェリンの不在を告げられたネギは、何やら拍子抜けした様子だ。

 

「へ……。あ……。そうですか……」

 

「何やカゼでお休みするて連絡が……」

 

 和泉亜子から渡された、エヴァンジェリン及び茶々丸の欠席届を見つつ、ネギは何やら考え込む。と、彼は徐に歩き出した。

 

「うーん……。よーし!」

 

「あっ、ネギ!どこ行くのよ」

 

 遅刻寸前で教室に滑り込んで来た明日菜がネギを呼ぶが、彼の足は止まらない。だがその襟首を後ろから引っ掴み、止めた者がいた。千雨である。

 

「ネギ先生、何処へ行くんですか」

 

「あ、ちょ、一寸エヴァンジェリンさんの所まで家庭訪問に……」

 

「その前に朝のSHR(ショートホームルーム)でしょう」

 

「あ! そ、そうでした!」

 

 千雨は米神を揉む。どうやら精神的な頭痛を覚えたらしい。彼女はネギに向かい、言った。

 

「元気が出たのはいいんですが、先生……。もう少し周りを見る余裕を持ってください」

 

「す、すいません」

 

「それと先生が担当している授業、ウチのクラスは午後までありませんけど、他のクラスは大丈夫ですか?それ放り出して行ったりしたら、まずいなんてもんじゃ無いですよ」

 

「そ、それは大丈夫……なハズです」

 

「ならいいんですが。……あー、まずは朝のSHR(ショートホームルーム)です」

 

「はい!」

 

 千雨は自席に戻ろうとする。その途中、楓がいたので軽く手を上げて挨拶した。楓も手を上げて答礼する。ふと千雨は、楓の視線がネギに向いており、その視線が何と言うか慈しむ様な色を湛えている事に気付く。千雨は楓に歩み寄った。

 

「……ネギ先生、何かあったのか?」

 

「先の土日に、山中で拙者が修行してると、そこへネギ坊主が来たでござるよ。何事か悩んでいる様子であったので、一寸ばかり一緒に修行したんでござる」

 

「そうか……。納得行った」

 

 千雨はその場を離れ、自席に戻った。彼女は思う。おそらくは楓は、千雨の時と同様、ネギに対し何かしらの一寸した――当人にとってはとても大きな――助力をしたのだろう。先週までのネギは、頑張ってはいても何処か無理をしている風情があった。今の彼にはそれが無いか、少なくとも以前よりずっと小さくなっている。

 

(……ま、元気なのはいいんだが。あとは変な風に暴走しなけりゃいいんだがな)

 

 やがてSHR(ショートホームルーム)が終わると、ネギは早速エヴァンジェリン宅へすっ飛んで行く。そして彼は、彼が担当する授業開始ぎりぎりまで戻って来なかった。

 

 ちなみに帰って来た時ネギは、何やら微妙な表情をしていた。それを見た千雨は、また多少不安になったらしい。

 

 

 

 次の日ネギは、非常に浮かれていた。エヴァンジェリンが彼の担当する英語の授業に出席していたのである。彼女曰く、『昨日世話になったから授業ぐらいには出てやろうと思った』だそうである。それでネギは、エヴァンジェリンが考え直して改心してくれた物と思い込んだのだ。

 

 その様子を見て、千雨は眉根を寄せる。彼女にはネギの内心を知る術は無いが、それでも大体の所を(おもんぱか)る事ぐらいはできた。

 

(……すっかり油断してやがんな。けどマクダウェルの奴は、たぶん諦めたわけじゃねーぞ?15年もこの土地に縛り付けられるって事がどう言う事か、私にだって分かるたあ言えねえ。だが、ちょっとばかり親切にされたからって、諦められる事じゃあ無ぇ事ぐらいは分からあな。

 まあ、次の満月まではまだ間があるからな。それまでは心配しねぇでも良いか?)

 

 千雨にはマシナリーとしての超人的な能力がある。だがさすがに予知能力までは持っていない。エヴァンジェリンが本日この夜に、最終作戦を決行しようと考えているとは、彼女は知る由も無かったのだ。

 

 

 

 この日の夜8時、麻帆良学園都市全体は、年2回行われる一斉メンテナンスにより、深夜12時までの間、停電となる。エレベータも停止し、街灯も消え、生徒達は外出禁止となるのだ。

 

 千雨は寮の自室で、停電に備えてPCの電源を落としていた。ちなみに寮で同室のザジ・レイニーデイは外部団体である曲芸手品部の部室などに泊まり込んでおり、ほとんど自室には帰って来ない。そのためこの部屋は、ほぼ彼女が独り占めしている様な物だった。

 

「……と。これで全部電源は落としたな。冷蔵庫も4時間程度なら問題になる食材は無いし。……いつもの訓練のために出かけようにも、一応外出禁止だしな。見つからないとは思うが、万一見つかったらごちゃごちゃうるさいし。

 ……やる事ぁ無いから、寝るか。こんな早くから寝るのは、久しぶりだな」

 

 8時寸前に、千雨は電気を消してベッドに潜り込んだ。だが彼女はすぐに飛び起きる事になる。それは麻帆良学園都市全域に張られている学園結界を管理している部署からの、学園長への緊急連絡を傍受したためであった。

 

 最近千雨は基本的に、携帯電話の通話は傍受しない様に心がけている。ただし学園長である近右衛門が持つ、『裏向きの仕事用』の携帯電話だけは別だ。彼女はその携帯電話への着信や、その携帯電話からの発信は、意図的に選択して傍受する事にしていた。

 

 理由は彼女に言わせれば、万一自分の事が知られたりした場合の予防的措置、と言う事らしい。

 

『学園長! 学園結界に電力を供給している予備システムが停止しました! 原因は不明ですが、おそらく外部からのハッキングによる物と思われます!』

 

『む……。それは一大事じゃの。万一に備え、至急学園各所に封印されておる妖物の監視に、人を向かわせる。それと学園都市外縁部の警備陣にも注意を促す。学園都市全体のメンテナンス作業も、急がせるわい。正システムが復旧すれば、学園結界も復旧するでの。

 そちらは予備システムの復旧に全力を上げておくれ』

 

『はっ!』

 

 千雨は飛び起きると共に、苦々しく思う。

 

(学園結界が落ちた!? まず間違い無ぇ、マクダウェルの仕業だ! いや、絡繰かも知れんが、マクダウェルの意志が介在してる事ぁ確かだろう。麻帆良のデータバンクから盗って来た情報では、学園結界がマクダウェルの力を抑制してるって事だったからな。これで奴ぁ、本来の吸血鬼としての力を発揮できるってワケだ……。

 ……どうするんだ、私? あのガキを護るのか? あのガキを護って、全力全開の齢600歳の吸血鬼と事を構えるのか? マクダウェルにだって、同情すべき点は多々あったろうが?)

 

 

 千雨は一瞬躊躇する。だがすぐに彼女は自室の窓を全開にすると、戦闘形態に変わり、そこから飛び出した。

 

(……考えるのは後だ! このまま何も手出しせずに放って置いたら、たぶん後から後悔する! そいつは御免だっつーんだ!)

 

 そして千雨は高速転移して加速すると、夜の闇の中へ駆け出して行った。

 

 

 

 高音・D・グッドマンは、自らの影を身に纏い、その拳を無数にいる骸骨の妖怪の1体に叩きつけた。この骸骨の妖怪達は、特級の霊地である麻帆良の霊力に惹かれて集まって来た物だ。

 

 高音に殴られた骸骨は、粉微塵に砕け散るが、敵はその1体だけではない。わらわらと寄って来る骸骨の集団を、高音は多数召喚した影の使い魔をもって防ぐ。

 

「くっ……。数が多すぎますっ……」

 

 唇を噛みつつ、高音は吐き捨てる様に言う。その台詞には、動く骸骨と言う不気味な妖怪に対する嫌悪感、そして隠しきれない恐怖感が見て取れた。しかし誇り高い彼女は、それを噛み殺しつつ必死に戦う。

 

 と、その時呪文詠唱の声が響いた。

 

「メイプル・ネイプル・アラモード!! ものみな(オムネ)焼き尽くす(フランマンス)浄化の炎(フランマ・プルガートゥス)破壊の主に(ドミネー・エクスティンク)して(ティオーニス)再生の(エト・シグヌム)徴よ(レゲネラティオーニス)我が手に宿りて(イン・メアー・マヌー・エンス)敵を喰らえ(イニミークム・エダット)紅き焔(フラグランティア・ルビカンス)!!」

 

 高音の『魔法使いの従者』たる佐倉愛衣の左手から、強力な爆炎が発生し、複数の骸骨を焼き尽くす。愛衣は叫んだ。

 

「お姉さま!囲まれます、下がってください!

 ……メイプル・ネイプル・アラモード!! 火の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス)17柱(イグニス)集い来たりて(コエウンテース)敵を撃て(サギテント・イニミクム)!! 魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)火の17矢(イグニス)!!」

 

 愛衣が放った炎の魔法の矢は、その1本1本がそれぞれ別の骸骨妖怪を貫き、燃え上がらせる。素晴らしい魔法の制御力であった。ただしその術者当人である愛衣は、一寸腰が引けている。更に言えば、声も若干震えが隠せていない。

 

 やはり骸骨と言う物は、人間の恐怖感に訴える物があるのだ。それから考えれば、中学2年生である彼女には、流石に厳しい物があるのだろう。

 

 その時である。骸骨の妖怪たちは突然2人の魔法生徒への攻撃を中断した。高音と愛衣は怪訝に思ったが、チャンスとばかりに攻撃しようとした。だが次の瞬間、彼女等は大いに驚く。

 

「えっ!?」

 

「そ、そんな……!?」

 

 無数の骸骨の妖怪達が、1体に合体し始めたのである。

 

 この骸骨の妖怪は本来、1体1体はたいした敵では無い。脅威なのはその数だけであったのだ。……つい先程までは。だが今やその無数の骸骨の妖怪は、1体の巨大な骸骨へと合体していた。その身長たるや、7~8mはあるだろう。巨大骸骨……これぞ彼の有名な、がしゃどくろであった。

 

 本来これほどに強力な妖怪は、学園結界に影響されてその力を封じられるはずである。学園結界は、それが強い妖であるほど、強力にその力を発揮するのだ。がしゃどくろは本来、ぎりぎりではあるがその『強い妖』の範疇に入っていたはずなのだ。学園結界が普段通りの力を発揮していれば、骸骨妖怪どもは合体する事など、有り得なかっただろう。

 

「くっ! 愛衣、下がって支援に集中なさい! 黒衣の夜想曲!!」

 

「お、お姉さまーーー!?」

 

 高音は操影術の近接戦闘最強奥義を展開する。彼女の身体に一際大きな影の使い魔が纏われ、その身を護った。これで普通の打撃は、彼女には一切効果が無いはずである。あらゆる打撃は、彼女が身に纏った影の使い魔が自動的に防御し、その衝撃を吸収してしまうのだ。

 

 だがしかし、がしゃどくろに真正面から立ち向かうのは無謀だった。がしゃどくろはその巨大な腕を無造作に奮う。その攻撃は高音に直撃した。

 

「きゃ……!」

 

 高音は見事に吹き飛ばされた。いかに身に纏った影の使い魔が衝撃を吸収するとは言え、がしゃどくろの一撃はその影の使い魔ごと彼女を吹き飛ばしてしまったのである。殴られた衝撃自体は吸収されたために、高音のダメージはさほどでは無い。だが吹き飛ばされた時彼女にかかった重圧()は凄まじく、意識が飛びかける。

 

 そこへ愛衣の援護の魔法が叩きつけられる。だが先程までの骸骨妖怪には非常に効果的であった炎の魔法だが、合体したがしゃどくろには表面を少し焦がす程度のダメージしか無い。がしゃどくろは愛衣の攻撃にはかまわず、高音にその巨大な脚で蹴りを入れようとした。

 

「お姉さまーーー!!」

 

 高音は目を瞑り、歯を食いしばる。打撃によるダメージは考えなくとも良い。だが吹き飛ばされた時の重圧()で気を失ったりしてしまっては、操影術は解除されてしまい、無防備になってしまうのだ。

 

 だが何時まで経っても、がしゃどくろの蹴りは襲って来ない。高音は目を開けた。すると彼女の目の前に、1.5mはあろうかと言う巨大な頭蓋骨が転がっている。がしゃどくろの頭だった。良く見れば、がしゃどくろの身体はばらばらに分解している。

 

 キーーーン、と言う金属音にも似た、あるいはジェットエンジンの音にも似通った音が、周囲に響き渡っていた。

 

「こ、これは……」

 

「お姉さま!大丈夫ですか!?」

 

「愛衣、何があったの!?」

 

「わ、わかりません。突然この音がしたかと思ったら、あの巨大な骸骨の首が落ちて、五体がばらばらになったんです」

 

 そして突然、金属音に似た音は消えた。それと同時に、1人の人影がその場に姿を現す。黒を基調として、赤いラインが走る身体に、若い女性……少女に見えるボディライン、そして随所に見られるメカニックな意匠。誰あろう、それは千雨のマシナリーとしての戦闘形態だった。

 

 千雨は(わめ)く。

 

「だーーーっ!! またハズレかっ!! いったいあのガキゃ、何処にいやがるんだっ!!」

 

 千雨は、麻帆良学園の敷地を縦横に高速転移して全力で疾走しつつ、何かしら騒ぎが起こっている場所を回り、ネギ達を探していたのだ。だが彼女が見つけた騒ぎは、いずれもネギやエヴァンジェリンとは関係の無い騒ぎばかりであった。

 

 高音は半ば呆然としつつ、千雨に問いかける。

 

「あの……貴女はいったい?」

 

「……下がってろ、そこにいると電撃の余波を受けかね無ぇぞ」

 

 千雨は高音の問いには答えず、その両拳から強烈な……最大10万kwにも達する電撃を放射する。その電撃はばらばらになったがしゃどくろに襲いかかり、その残骸を焼き尽くした。

 

 やれやれと言う風情で、千雨は肩を落とす。そして彼女は再度高速転移して加速すると、瞬時に姿を消した。マシナリーの高速転移に付随する、金属音に似た音の残響が、あっと言う間に遠ざかって行く。

 

 高音はぽつりと呟いた。

 

「なんだったんですか、今のは……」

 

「あ、私噂で聞いた事あります。最近麻帆良で……いえ、麻帆良だけじゃないですけど、噂になってる、黒いメカニックな超人の事。たしか『8マン・ネオ』とか言ったはず……。

 あれ? でも今の人は女の子でしたね? 胸に『8』のマークもありませんでしたし。あれ? じゃあ違う人なんでしょうか?」

 

 愛衣は一生懸命考えるが、答えの出ようはずも無い。ただ確かなのは、この夜彼女達が千雨……『ディー・エイト』に救われたと言う事だった。ちなみにこの夜、麻帆良のあちこちで似た様な事が起きていたと言う。




ネギ君、原作本編とさほど変わりはありません。まあ、少しは精神的に改善されたと言っても、劇的に変わるわけじゃないですものね。

そして千雨さん。頑張ってます。ちょっと空回りしてますが、頑張ってます。何かできる能力(ちから)があるのに、何もしないでいられるかと言うと、逆の意味で難しいですよね。
まあ、たまには『手出ししちゃいけない』とか『何もしない方が良い』場合もあるんでしょうけれど。だけど『手が届く』のに、『手を伸ばさない』のは、やはり相当な覚悟とか必要だと思うんですよねー。心も痛いでしょうし。



あと、呪文詠唱のルビ振るの、大変でした(笑)。


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Episode:11『超音速』

 麻帆良のあちこちを走り回った千雨は、肉体的にはともかく、精神的にはかなり疲れ果てている。だがその苦労が報われ、彼女はようやくの事でネギを見つける事ができた。ネギは麻帆良学園都市外れの橋の上で、エヴァンジェリンと茶々丸に捕まっている。千雨は舌打ちした。

 

(ち、結局捕まってやがんのか。くそ、マクダウェルを弾き飛ばして……)

 

 千雨は加速状態のまま疾走し、エヴァンジェリンに掌打で充分手加減した一撃を加える。

 

ゴワンッ!!

 

 しかしその打撃は、何ら効果を表さなかった。千雨が手加減していたと言う事もあるのだが、その攻撃はエヴァンジェリン自身に当たる前に、何か別の物に当たって威力を散らされたのだ。それは封印解放状態のエヴァンジェリンが常に纏っている、魔法障壁であった。

 

(ち……! 以前マクダウェルと戦った時は、この程度であっさり障壁を破壊できたのに! いや、そうか。コイツ今は学園結界が落ちて、魔力が全開状態なんだったな。それで障壁の強度が桁外れに上がってやがるのか)

 

 千雨は瞬時の判断で、ネギを引っ掴んでその場を離れる。そして彼女はエヴァンジェリン達から充分離れた吊り橋主塔の陰で、高速転移を解除した。エヴァンジェリンは急に魔法障壁を殴られた上にネギがいなくなり、驚き騒いでいる。

 

 ネギは小さく呻いた。

 

「あ……?」

 

「喋るな。ゆっくり深呼吸してろ。加速して助け出したからな、前と同じで目が回ってるハズだ。……いいか、私が時間を稼いでやる。身体が回復したら、とっとと逃げろよ。」

 

 そして千雨は再度高速転移すると、加速状態でエヴァンジェリン主従の前に移動し、わざと加速を解除する。エヴァンジェリンは目を見張った。

 

「貴様は! ……たしか『ディー・エイト』だったな。そうか、坊やがいなくなったのは、貴様の仕業か」

 

「まあな。……なあ、どうしてもネギせ……少年の血が必要なのか? 他には方法は無いのかよ?」

 

「ふん、他の方法がある様なら、こんな所でこうしてはおらんわ。これはようやくの事で巡って来た、千載一遇の機会なのだ」

 

 エヴァンジェリンの答えを聞き、千雨は顔を俯かせて深く溜息を吐く。そして彼女は顔を上げた。その眼には決意の色がある。彼女は(おもむろ)に言った。

 

「……仕方無ぇ。どうやら私は、てめえと戦わないとならないみたいだ。やりたか、無かったんだがな」

 

「は! 今さらだな! 来るがいい!」

 

 茶々丸がエヴァンジェリンの前に出て、構えを取る。エヴァンジェリンは呪文を唱え始めた。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来れ(ウェニアント)氷精(スピリトゥス・グラキアーレス)大気に満ちよ(エクステンダントゥル・アーエーリ)! 白夜の国の(トゥンドラーム・エト)凍土と(グラキエーム)氷河を(ロキー・ノクティス・アルバエ)!」

 

 千雨は瞬時に高速転移する。加速状態の千雨からすれば、茶々丸もエヴァンジェリンも動きは止まっている様な物だ。千雨は彼女の主観で動きが止まっている茶々丸の脇をすり抜け、エヴァンジェリンに迫る。

 

(……今のマクダウェルの障壁に私の攻撃が通じるか?いや、それ以前に、私にできるか?うかつにハイパワーでぶん殴れば、障壁を貫いた残余の威力でも、人体を致命的に破壊してしまうかも知れねえ。たとえ相手が吸血鬼だったとしても、生きた人間相手に、そんな威力で攻撃できるのか?)

 

 千雨の拳の一撃は、本気になれば鋼の塊さえも穿ち砕く事が可能である。しかしそんな攻撃が直撃してしまえば、エヴァンジェリンの身体は粉々になりかねない。とりあえず千雨は、40%程度の力で殴りつける。だがその一撃は、障壁に防がれてしまった。

 

(ちっ……。まだ甘く見てたかよ!)

 

 千雨は次は50%程度にパワーを上げて、ぶん殴る。その攻撃もまた、障壁に防がれてしまった。60%でも、70%の力でも、それが80%であっても、エヴァンジェリンの障壁は持ち堪える。

 

 そして90%の力で殴り、またも障壁が軋みはしても持ち堪えた時、千雨は嫌な予感を覚えた。彼女は跳躍し、橋を支えるケーブルの上に降り立つ。次の瞬間、エヴァンジェリンの前方数メートルの橋上面が、全て凍って行くのが見えた。

 

 エヴァンジェリンの魔法、「凍る大地」の効果である。先程千雨が加速する前に唱えていた呪文が、たった今詠唱完了したのだ。うかつに今までの場所にいたなら、膝下から氷に閉じ込められて動きを止められてしまっていた所である。

 

(ちくしょう!これでどうだ!)

 

 千雨はエヴァンジェリンの後方に飛び降り、とうとう全力全開の力で殴る。

 

バリン!

 

 エヴァンジェリンの魔法障壁は、ついに音高く破れた。だが結局、障壁を破るのに力の大半を使い果たした千雨の拳は、エヴァンジェリンの胴体にやんわりと食い込んだだけに終わった。エヴァンジェリンの瞳が笑っているのが、千雨には見える。あたかもそれは、獲物を捕らえた獣の様な瞳だった。

 

 千雨は全力で飛び退(すさ)る。

 

(……ヤバいッ!!)

 

 千雨は転倒する。彼女の左脚が凍りついていた。エヴァンジェリンが無詠唱で行使した、氷の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』によるダメージである。千雨は加速を解除した。全ての力を、損傷の回復に当てるためである。

 

 加速を解除して姿を現した千雨に、エヴァンジェリンは称賛の拍手を送る。もっとも半分以上嫌味ではあるが。

 

「凄まじい物だな、『ディー・エイト』。私の……真祖の吸血鬼の魔法障壁、それも封印解放されて全力全開の私のソレを、単純な力技で破るとは、な」

 

「へっ、高速転移中の私を、自分を囮にして捉える様な奴に褒められてもな。すっかりしてやられたよ」

 

「貴様は気配があからさまだからな。捉えやすいと言えば捉えやすい。まあ、私以外の奴になら充分通用するさ」

 

 その台詞を聞き、千雨は内心で舌打ちする。

 

(くそっ……。生きて帰れたら、長瀬にでも気配の消し方、教えてもらうかな……)

 

 そんな千雨の、悔しそうな気配を感じ取ったのだろうか、茶々丸を背後に控えさせたエヴァンジェリンは、嘲笑を浮かべて言う。

 

「……ふん。話を長引かせているな?」

 

「!!」

 

「貴様の脚が、急速に解凍、回復しているのには気付いている。だが、そんな余裕はやらんよ。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。氷の精霊(ウンミリア・スピリトゥス)千一頭(グラキアーレス)集い来りて(コエウンテース)敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の千一矢(グラキアーリス)

 

 エヴァンジェリンの右掌から、1,001本の魔力の氷柱(つらら)が射出された。それは各々別個の軌道を描き、千雨に迫る。

 

 先程高速転移中の千雨に命中したのは、エヴァンジェリンが速さと早さを最大限に意識したため、無詠唱のしかもたった1本の『魔法の射手(サギタ・マギカ)』であった。だが今度の攻撃は、エヴァンジェリンがわざわざ呪文を詠唱して放つ、本気の攻撃だ。

 

 いや、完全に本気とは言い切れないのかも知れない。エヴァンジェリンが使ったのは、矢の本数が桁外れに多いとは言えど、基本魔法である『魔法の射手(サギタ・マギカ)』である。これはエヴァンジェリンの、『貴様など大呪文や秘呪文を使うまでもない』と言う意志表示なのかも知れない。

 

 だが実際の所、それで充分だ。今の手負いの千雨など、全開状態のエヴァンジェリンに取っては塵芥に等しいのだろう。

 

 千雨は迫る氷の魔法の矢を見つつ、苛立(いらだ)っていた。

 

(ふざけるな……)

 

 エヴァンジェリンの魔力によって構成された、魔法の氷柱(つらら)が迫る。

 

(ふざけんじゃ、ねえ……)

 

 1,001本の魔法の矢が、千雨に引導を渡そうと迫り来る。

 

(こんな……。こんな事で、2度も死んでたまるかよ! 私はまだ何もやっちゃいない!何もできちゃ、いないんだ! ふざけんなあああぁぁぁッ!!)

 

 

 

ドン!

 

 

 

 千雨の周りから、音が消えた。そして彼女に新たな感覚が目覚める。目でも耳でも、皮膚感覚でもない、全く新しい感覚……レーダーである。1,001本の氷の魔法の矢が、確実にレーダーに反応している。その全ての位置が、明確に判る。

 

 空気の感覚が変わった。まるで水の様に、千雨の身体にまとわりついてくる。千雨はそれを切り裂いて疾走した。そして千雨は、ついに『音速の壁(サウンドバリア)』を突破する。凄まじい衝撃を感じた後は、いきなり静かになった。

 

 そう、千雨はついに超音速での機動を会得したのである。彼女の姿は、何時の間にか変わっていた。基本的には、今までの戦闘形態と変わらない。だがよりスリムになって前面投影面積や空気抵抗が減り、膝や肘などにカナード翼が飛び出している。凍りついていた左脚は、既に完全に復元していた。これが千雨……『ディー・エイト』の超音速形態である。

 

(これは……何処かでこの感覚を味わった記憶がある。何処か、遠い何処かで……)

 

 それは光一……『8マン・ネオ』から移植された、『8マンのマトリクス』に付随する『8マンの戦闘経験』による記憶だ。千雨はその戦闘経験に従い、疾走する。橋の上に、無数の氷の華が咲いた。千雨が超音速で疾走した事で衝撃波が発生し、その衝撃波に触れた氷の魔法の矢が誘爆したのである。

 

 千雨は方向転換し、最大加速で走り続ける。その目標は、橋の真ん中に立って千雨を嘲笑っているエヴァンジェリンだ。超音速の域まで加速している彼女以外にとっては、時間的にはほとんど経過していない。エヴァンジェリンは千雨が彼女の魔法から逃れた事すらも、未だ認識していないだろう。

 

(もう手加減なんて言ってらんねえ……。ソニックブーム……。超音速によって生み出される、大気のハンマー……。それで奴を……打ちのめす!!)

 

 千雨がエヴァンジェリンの脇を駆け抜ける。凄まじい衝撃波が、エヴァンジェリンを襲い、彼女の魔法障壁をいともあっさり打ち砕いて、更に彼女を打ち据えた。エヴァンジェリンを叩き伏せた衝撃波のほんの余波が、傍らに控えていた茶々丸をも吹き飛ばす。

 

 茶々丸は麻帆良湖に落ちそうになった所を、自らのスラスターによる噴射で空に浮かび、難を免れた。千雨は加速を解除して、ズタボロになったエヴァンジェリンに両拳を向ける。指向性電撃装置をいつでも使える構えだ。茶々丸は自らの主を呼ぶ。

 

「マスター!!」

 

 その瞬間、エヴァンジェリンの姿が無数のコウモリに変わり、分解する。そしてそのコウモリが再び空中に集まると、やはり瞬時にエヴァンジェリンの姿に戻った。その身体には、傷一つ無い。但し着ていた衣服はズタズタになったままだが。彼女は宙に浮かび、苛立(いらだ)たしげに言葉を発する。

 

「やってくれたな……。肉体の再生は疲れるし、面倒だと言うのに。……だが一つ、詫びておこう。貴様を見くびっていたよ。ここまでの事ができるとは、な。だが吸血鬼……特に真祖はただの武器では死なん。貴様にとっては残念な事だが、な」

 

「……へっ。ずっと見くびってくれてても、私はかまわねえよ?その方がこっちとしては楽だかんな」

 

「そんなに自らを卑下することもあるまい。私が本気を出すに値すると認めてやったのだから、な」

 

 互いに言葉での牽制を繰り返しているが、実の所こうなれば千日手に近い。千雨から見れば、エヴァンジェリンに空を飛ばれては、攻撃の手段は指向性電撃装置しか無く、果たしてそれでエヴァンジェリンの魔法障壁を破れるかどうかは分からない。たぶんおそらく破れるのでは無いか、とは思うのだが確証はまったく無い。

 

 一方エヴァンジェリンの側からしても、千雨が超音速での機動を繰り返せば、魔法攻撃を狙って当てる事など不可能に近い。先程の様に相手の攻撃を誘って無詠唱『魔法の射手(サギタ・マギカ)』を当ててやろうにも、もうおそらくは千雨は引っ掛からないだろう。

 

 そして千日手となれば、実は勝利は千雨の物だったりする。麻帆良学園都市のメンテナンス作業が終了し、停電が終われば、今現在落ちている学園結界は復旧してしまう。そうなれば、エヴァンジェリンの魔力は再び失われ、彼女は10歳相当のただの子供同然になってしまうのだ。そうなればエヴァンジェリンは、もはやネギの血を吸う事もままならない。

 

 

 

 だがその時、年端もいかない少年の声が、周囲に響いた。




千雨はなんとか超音速を会得いたしました。そしてエヴァンジェリンとも、仕切り直し……と思ったところで! どうやら水入りの様です。

今回で改稿前部分を終えようかと思っていたのですが、ちょっと長かったので更に一回分割いたしました。


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Episode:12『努力と友情、そして勝利』

 その時、年端もいかない少年の声が、周囲に響いた。その声は、ネギ・スプリングフィールドの物である。

 

「やめてください! エヴァンジェリンさん! 『ディー・エイト』さん! ……エヴァンジェリンさん、あなたの標的は僕のはずでしょう!?」

 

「なっ! 馬鹿! 調子が戻ったら逃げろって……!」

 

 それはネギの声だった。彼の後ろには、ネギの保護者役である明日菜と、ネギの使い魔であるオコジョ妖精のカモがいる。千雨は一瞬、怒りと心配とで我を忘れそうになった。

 

 だがそれも、ネギの次の台詞を聞くまでであった。

 

「僕がここに出て来たのは、僕を逃がそうとしてくれた『ディー・エイト』さんのお気持ちを無駄にする事だって、分かっています。ですが、このまま逃げちゃったんじゃ、駄目なんです!

 僕はいつまでも逃げなきゃならないですし、エヴァンジェリンさんはいつまで経っても僕の血を狙い続けるでしょう。今後似た様な機会があれば、エヴァンジェリンさんは何度でも同じ様な事を繰り返すでしょう。

 それじゃあ何の解決にもならないんです。また何人も被害者が出る事は、なんとしても避けなければならないんですっ!」

 

「……待て。また何人も、って事は、もう誰か被害者が出てるのか?」

 

「まき絵さん、アキラさん、ゆーなさん、亜子さんが吸血鬼の下僕化されてしまいました。今は気絶してもらってますけれど……。この事件が終わったら、吸血鬼化の手当てをしないといけません。

 だから、もうそんな事にならない様に、エヴァンジェリンさんと僕の間で、『なんらかの決着』をつけておかないと駄目なんです! もし僕が負けて血を吸われる結果になったとしても……」

 

「……」

 

 ネギの言葉に、千雨は気圧される物を感じる。彼女は頭を振った。

 

「あー、あー。分かったよ。アンタがそこまで覚悟決めてんなら、何も言えねーさ。あ、いや1つばかりあった、な。

 手前、もう少し他人を頼りやがれ。他人に助けを求める事は、悪ぃこっちゃねぇぞ?特にてめえは子供だ。誰かに助けを求める事は、別に恥ずかしい事じゃあ無い。大の大人だって、やってる事だ。

 それに、だ。1人で突っ走るのは、一見格好いい様に見えるが、アンタを応援したい、助けたい、そう思ってる人間に対して失礼になる事だってあるんだぜ?」

 

「はい、わかってます。アスナさんにも同じ様な事、言われました。……お願いします、『ディー・エイト』さん。アスナさんといっしょに、僕がエヴァンジェリンさんと1対1になれるよう、力を貸してください」

 

 千雨は頷いて見せる。そして彼女は改めて、エヴァンジェリン主従に向き直った。

 

「……と言う訳で、選手交代だ。話の間、待っててくれたんだろ?サンキュ」

 

「ふん、少しぐらいはかまわん。それより坊や、さっきは半ベソだったのが、味方が来たとたん元気になったな?」

 

「ええ。これほど心強い物だとは、思っても見ませんでしたよ」

 

 ネギはエヴァンジェリンの皮肉に、真正面から応える。そして彼は一枚のカードを取り出した。

 

契約執行(シス・メア・パルス)90秒間!!ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)『神楽坂明日菜』!!」

 

「何っ!? 『魔法使いの従者(ミニストラ・マギ)』だとっ!! ……ふん、急ごしらえのパートナーが、どれほどの事あらん。

 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」

 

 2人の呪文詠唱の声に乗って、茶々丸が突貫してくる。それを明日菜が迎え撃った。と、明日菜に向かう茶々丸の攻撃を千雨が掴んで止める。今千雨は、超音速形態を解除して通常の戦闘形態に戻っていた。走力ならばともかく、単純なパワーにおいてはこちらの方が若干有利だ。そして茶々丸をここで明日菜と2人がかりで釘付けにしておくには、超音速は必要無い。

 

「悪いがアンタにゃ、ここで私らと睨み合いをしてもらうぜ」

 

風の(セプテンデキム)精霊17人(スピリトゥス・アエリアーレス)! 集い来たりて(コエウンテース)……!」

 

 ネギはポケットから、星型のヘッドが付いた1本の小さな杖を取り出す。それは彼が昔使っていた子供用練習杖だ。彼が本来使っていた大きな魔法の杖……父親の形見の杖は、先程エヴァンジェリン達に捕まった際に麻帆良湖に投棄されてしまっていたのである。

 

「何だそのカワイイ杖は! ハハハ、喰らえ! 魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の17矢(グラキアーリス)!!」

「くうっ! 魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)雷の17矢(フルグラーリス)!」

 

 エヴァンジェリンとネギの放った魔法の矢が、ネギの眼前の空中で激突し、爆煙を上げて互いに消滅する。

 

(……曲がりなりにも、撃ち合えてんじゃねーかよ。マクダウェルの方は若干手加減してるみてーだがな。……ま、そうか。マクダウェルはあのガキの血が欲しいんだ。粉微塵に吹き飛ばすわけにもいかねーか)

 

 千雨は明日菜と共に、茶々丸の攻撃を封殺しながらネギの様子を見遣った。茶々丸自身がネギとエヴァンジェリンの戦いに気を取られている様子であるため、その程度の余裕はいくらでもある。

 

 また再び、ネギとエヴァンジェリンの魔法がぶつかり合い、爆煙を上げて相殺された。ネギは勝負に出る。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス)風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)!!」

 

 それはネギが今使える中で、一番強力な魔法だ。だがエヴァンジェリンもまた、呪文を唱える。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス)闇の精(グラキアーレス・オブスクーランテース)!!」

 

 それはネギが唱えていた呪文と、同種の魔法だ。エヴァンジェリンはネギと真っ向から撃ち合うつもりの様だ。それはエヴァンジェリンの戯れであろうか、それともネギの事を単純に侮っているのだろうか。

 

 いやもしかするとエヴァンジェリンには、ネギに対しての期待の様な物でもあるのかも知れない。少なくともエヴァンジェリンは、本来彼女が使えるであろう強力な大呪文や、秘呪文の類を使ってはいなかった。

 

雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ)吹きすさべ(フレット・テンペスタース)南洋の嵐(アウストリーナ)!」

闇を従え(クム・オブスクラティオーニ)吹雪け(フレット・テンペスタース)常世の氷雪(ニウァーリス)! ……来るがいい、ぼーや!!」

 

 2人の魔法が炸裂し、激突する。

 

闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!」

雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

 

 同種の魔法だけあって、威力的にはほぼ互角だ。となれば、あとは術者の力量次第である。流石に600年余の研鑽を重ねたエヴァンジェリンの力は凄まじく、ネギは徐々に押され始めた。

 

「ぐうっ……。くくっ……。」

「う、うう……。ああ……。」

 

 ネギの持つ子供用練習杖に、罅が入る。あくまでこの杖は子供用の練習用であり、この様な大出力に耐えられる造りにはなっていないのだ。だがネギは諦めてはいなかった。彼は後先考えない全力を身体の奥底から無理矢理に引っ張り出し、壊れかけた杖に注ぎ込む。

 

 暴走と言っても良い魔力の奔流が、ネギの魔法、雷の暴風を後押しした。

 

「な、何っ!?」

 

 エヴァンジェリンの闇の吹雪を押し切ったその魔法の余波が、エヴァンジェリンを襲った。雷と風のエネルギーが、周囲を荒れ狂う。明日菜と茶々丸が叫んだ。

 

「ネギー!!」

 

「マスター……!!」

 

「……2人とも一応は無事だぜ?」

 

 千雨が呟く様に言う。彼女の身体に搭載されているセンサー群は、茶々丸のそれを性能的に遥かに凌駕しているのだ。立ちこめていた煙が吹き払われると、そこには、荒い息を吐くネギと、ズタボロの状態で宙に浮かぶエヴァンジェリンの姿があった。ネギの手の中で、子供用練習杖は砕けてしまっている。

 

 溜息を吐き、千雨は頭を振った。

 

「今の一撃だけなら、ネギ少年の勝ち、だな。もっともこれで終わるかと言うと……。あ、いや終わりだな」

 

 千雨の『耳』には、麻帆良学園学園長近衛近右衛門の携帯電話に連絡する、メンテナンス作業完了報告の電話の内容が傍受されていた。

 

『学園都市のメンテナンス作業、完了いたしました学園長』

 

『ほっほっほ、急がせてしもうて済まんの。予備システムの方は、まだ復旧できんそうなのでのう。早速正システムを起動してくれたまえ。これで学園結界が復旧できるわい』

 

『了解です。では早速……』

 

 突然茶々丸が叫んだ。彼女は今夜の停電が始まってからずっと、学園結界の様子をモニタリングしており、そのシステムの復旧を感じ取ったのである。

 

「いけないマスター! 戻って!!」

 

「な……、何!?」

 

「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!! マスター!!」

 

「いや、お前らが学園結界の予備電源を落としたりするからだ。だから学園側が急いで正規のシステムを復旧させたんだ」

 

 千雨の言葉にはかまわず、エヴァンジェリンは急いで橋上に戻ろうとするが、間に合わなかった。エヴァンジェリンの身体を、電撃に似たスパークが包み込む。彼女は叫んだ。

 

「きゃんっ!!」

 

 学園結界の復旧により、魔力の封印が戻ったエヴァンジェリンの身体は、10歳の少女の物に等しい。無論、空を飛ぶ事など不可能だ。彼女は麻帆良湖へと落下して行く。茶々丸がスラスターを吹かしてそれを追うが、間に合わない。

 

「――魔力がなくなればマスターはただの子供、このままでは湖へ……。あとマスター泳げません! ……!?」

 

「エヴァンジェリンさん!」

 

 ネギが落下するエヴァンジェリンを追い、橋の手摺を蹴った勢いで麻帆良湖に飛び込んで来る。後先考えずに、エヴァンジェリンを助けるつもりだ。彼は先に湖へ投棄されていた、父親の形見の杖を呼ぶ。

 

杖よ(メア・ウィルガ)!」

 

 湖面に漂流していたネギの杖が、まるで生き物の様に飛んでくる。だが間に合うかどうかは危うい所だ。ネギは落下しつつ、右手でエヴァンジェリンの腕を掴む。彼は飛んできた杖に、左手を伸ばした。だが水面まではあと僅かである。

 

「!!」

 

 ぎりぎりで、本当に水面ぎりぎりで、ネギは杖を捕まえてそれに跨った。と同時に、彼はエヴァンジェリンを引き上げる。ビキっと彼の右腕が、筋を痛めた音を発する。だが彼は無事にエヴァンジェリンを救い上げた。

 

 エヴァンジェリンは、ネギに向かい呟く様に問う。

 

「……なぜ助けた?」

 

「え……。だ、だって……。エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか」

 

「……。バカが……」

 

 何やらいい雰囲気である。明日菜が呟く様に言った。

 

「……なんか私、空気?」

 

「……心配ありません。私も空気になっています」

 

「俺っちなんか、最初っから空気だぜ」

 

「私もかよ……」

 

 明日菜に追従した茶々丸やカモの言葉に、千雨は疲れた様に続けた。そんな千雨に、明日菜が微笑む。

 

「え……と。『ディー・エイト』さんだっけ?ネギがピンチの時、護ってくれたんでしょ?ありがとうね」

 

「ん。いや別に礼を言われる様な事……だったかも知れねえな、アレは。あ、いや私はそのつもりは無かったんだが、全開状態のアレの相手は、流石に骨が折れた」

 

「でしょ。だから素直にこっちのお礼、受け取っておいて」

 

「わかった」

 

 やがて橋の上に上がって来たネギとエヴァンジェリンが、彼等の方へやって来る。ネギは満面の笑みを浮かべ、対してエヴァンジェリンは少々むくれている様子だった。ネギは千雨の方に歩み寄る。

 

「『ディー・エイト』さん! 今日は助けてくださって、どうもありがとうございました!」

 

「ん……。まあ、アンタも良くやった、よ。ま、今回の所はネギ少年の勝ち、でいいな? なあマクダウェル……だったか?」

 

 千雨がエヴァンジェリンに名字を訊いたのは、実の所演技だ。まかりまちがっても、『ディー・エイト』の正体が千雨であるなどとは思われるわけには行かない。それ故彼女は、『自分がエヴァンジェリンの名前を正確には知らない』と言う演技を行ったのである。

 

 エヴァンジェリンはそれには気付かずに、普通に応える。

 

「ああ、マクダウェルだ。にしても、予定通り停電が続いておれば、私の勝ちだったぞ?」

 

「そりゃ、有り得ねえな。お前らが学園結界の予備電源なんぞ落とすから、学園結界を復旧させるために学園側は大急ぎでメンテナンスを終わらせて、正規の電源を復旧させたんだ。下手すりゃ、もっと早く電源が復旧してたかも知れねぇぞ?お前が私に一時的に叩きのめされた、あの瞬間あたりに」

 

「く……。ふん、分かった、分かったよ。確かに今日のは1つ坊やに借りだ。今後坊やの授業には、きちんと出てやるし、見境ない吸血行為もやめる。それでよかろう」

 

 不貞腐れた様なエヴァンジェリンの物言いに、周囲の人間は各々苦笑なり微笑なりの笑みを浮かべる。千雨は付け加える様に言った。

 

「ああちなみに、だ。学園結界は別にてめえの魔力を封じるための物じゃねえ。ソレはあくまで副産物だ。本来は強力な霊地である学園都市内で、強力な魔物や妖物が暴れるのを防ぐためのもんだ。だから今回、結界が落ちたせいで結構色々大変だったみたいだぞ?」

 

「ええっ!? そ、それじゃあ麻帆良の街が大変な事に!?」

 

「ああ、いや。大変だったのは警備の皆さんだ。街自体には影響は全く無いから安心しろ」

 

 あんまり安心できない事を言いながら、驚くネギを落ち着かせる様に、千雨は彼の頭を撫でる。やがて千雨はネギの頭から手を放し、別れの挨拶をした。

 

「さて、んじゃこの辺で私は失礼する。じゃ、またな」

 

「あ、はい! またお会いしましょう!」

 

「じゃ、またね!」

 

「んじゃあな姐さん」

 

「ふん……」

 

「それでは御健勝で」

 

 千雨は高速転移して加速し、その場を後にした。一瞬で、ネギ達の姿が後ろの彼方へと消える。と、千雨は体内無線を使ってコールを掛けた。

 

『光一さん、居るんでしょう?たぶんリープもダイも。なんで来てくれたかは分かりませんが』

 

『ああ。やっぱり気付いてたか。』

 

『はい、来たのはつい先程ですが。』

 

『オツカレ、ナノラ』

 

 加速して疾走しつつ、千雨は頭をめぐらす。すぐに彼女に並走する3つの影が現れた。それは光一……『8マン・ネオ』と、リープ、そしてリープの背に乗ったダイである。当然の事ながら、彼等の姿はいつもの戦闘形態だ。

 

 光一は、(おもむろ)に言葉を発する。

 

「本当は、さ。長谷川の声が聞こえたとき、すぐに来ようと思ったんだけど、途中で妖怪に苦戦する魔法使い達を見つけてしまって。それで手伝ってるうちに遅くなった。すまない」

 

「声?私、何も通信した覚えは……」

 

「無意識だったんでしょうね。凄い剣幕の声が響いてきましたよ」

 

「スゴイ声ダッタノラ。『ふざけんなあああぁぁぁッ!!』ッテ」

 

「あ……。あん時か……」

 

 それは千雨がエヴァンジェリンの魔法の矢を逃れるため、超音速形態を発動させたその瞬間の叫びだった。千雨は思わず赤面する。だが千雨はすぐに立ち直り、光一に報告すべき事を言う。

 

「ところで光一さん。超音速、つい先程なんとか物にしましたよ」

 

「! ……そうか、おめでとう。よかったよ、これで一安心だ」

 

「超音速機動を物にしたとなると、これで私の戦闘能力は追い抜かれてしまいましたね」

 

「別に戦闘能力で、リープを追い抜きたいわけじゃなかったんだけどな」

 

 複雑な思いの千雨だったが、光一の次の台詞にがっくりと来る。

 

「これで次の訓練に入れるな」

 

「!! ……ま、まだあるんですか」

 

「まだまだあるさ。長谷川には申し訳無いけれど、全ての能力を十全に使いこなせる様になってもらう。

 ……俺達マシナリーは決して兵器じゃあ無い。だけど兵器として使えば、恐ろしい武器になる。包丁や金槌、バールの様な物が、その気で使えば人殺しに使える武器になる様に、ね。だから扱い方を間違えたり、迂闊に使ったりしない様に、心してしっかり学んで欲しい」

 

 光一の声は硬く、重々しい。千雨は息を飲んだ。

 

「特にこれから使い方を練習してもらう能力は、本当に危険な力だ。武器にもなる力、じゃなくて本物の武器、兵器そのものだから……。本家の『8マン』である東さん……東八郎さんは、俺にこの『8th』ボディを与えた時に、危険だからそのマトリクスを封印していたほどだ。

 だけど俺はその能力を封印せずに『16th』ボディにコピーした」

 

「……何故です?」

 

「俺は最初にその能力の封印を破って発動させた時、激烈な怒りにまかせて強引に封印を破ったんだ。その結果、俺は暴走した。相手は千人を超える人々を虐殺したテロリストだったんだが……。だけどそれでも、むやみやたらに『人間に向かって』使っていい力じゃあなかった。たとえ暴走して、自分自身の制御が利かない状況であったとしても……。

 だから俺は、あえてその力を封印しなかった。『16th』を受け継ぐ人に、俺の様にならないで欲しかったから。きちんと最初から理性を持って、その力をコントロールできる様になってもらいたかったから」

 

 千雨は光一の声に、深い悲しみを感じた。彼女は思わず光一に問う。

 

「……そんな大事なボディを、私のためなんかに使って良かったんですか?」

 

「うん。長谷川を助けるために使えて、良かったと思ってる」

 

「私、力に溺れるかも知れませんよ?もしかしたら好き勝手絶頂にこの力を使うかも」

 

「そうなったら、命を懸けてでも俺が止めるさ。……でもきっと大丈夫だ、長谷川なら」

 

「……。その……。光一さんの期待に沿えるよう、頑張ります」

 

 彼等はそのまま疾走し続けた。そこへリープとダイが突っ込みを入れる。

 

「……光一、長谷川さん。まことに言いづらいんですが……」

 

「中等部ノ女子寮ハ、トックニ過ギタノラ」

 

「「!」」

 

 光一と千雨は思わず足を止めた。光一は言う。

 

「こりゃ、しまったな。つい話に夢中になってた。どれ、戻るとしようか」

 

「あ、いえ、いいです。1人で帰れますから!」

 

「……そうかい? 気を付けてな」

 

「はい! では!」

 

 千雨は180°方向を変えると、再び高速転移して走り出した。その表情は、何とはなしに明るい。千雨は女子寮に向かい、走る。

 

 この夜は色々な事があったが、なんとか大団円で終わってくれた。危険もギリギリであるが、乗り越えられた事であるし。彼女の心は軽い。今日は安心して眠れそうだった。




ほぼ原作と同じ道筋で、ネギが勝利しました。ただし、ネギ当人の心の持ちようなのか、『くしゃみ』による暴走に頼らずに、必死になって自らの内から引き出した魔力によって、勝利しています。

そしてようやくの事で、改稿前に発表していた所まで追いつきました。次回からは、完全新作部分となります。



そして、やっぱり魔法の呪文にルビを振るのは、物凄く大変でした……orz。


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Episode:13『帰りたい、早く終われ』

 千雨は疾走(はし)っていた。先日会得した超音速ではなしに、亜音速でだ。その姿は、超音速形態や標準の戦闘形態とは異なり、若干ながら重装に感じられ、そして戦闘的に見える。

 

 彼女の頭の中に、光一の声が響く。体内無線による通話だ。

 

『今から目標のデータを送るよ』

 

『わかりました!』

 

『長谷川、『力』に飲まれないで、しっかり制御下に置くんだ。そして、『力』に溺れないでくれ……』

 

『は、はいっ!!』

 

 千雨の肩や背中にある幾つものハッチが展開する。千雨は精神を集中して、狙いを付けた。次の瞬間、千雨の上半身が爆煙に包まれて爆発する。いや、そう見えただけの話だ。展開した各ハッチから、一斉に小型のミサイルが発射されたのだ。その数、36基。

 

 そして千雨は、36基の小型ミサイルを事細かに制御すると共に、両腕を前方に差し伸べる。その肘には、通常形態や超音速形態にも存在する超音波ナイフが突き出しているが、この姿のそれはより一層、大型になっている。

 しかし今回は、それの出番は無い。今回の主役は、その脇から前腕の先に向けて突き出している、やや小さめの角状のパーツだ。

 

 その角状パーツから、強烈な閃光が(ほとばし)った。先のミサイルの着弾と前後して、閃光は崖の法面(のりめん)へと突き立つ。

 

 そしてミサイルと高出力レーザーが叩き込まれた、採算が取れずに廃棄された採石場は、地獄の様な風景になった。

 

 

 

 ダイが猫缶を美味そうにがっつく。リープもウェットタイプのドッグフードを嬉しそうに食べている。そんな中、千雨は光一が差し出したサンドイッチ弁当を受け取りつつも、なかなか口にする事ができないでいた。

 

「……うん。気持ちはわかるよ。あんな破壊力が自身に秘められているって理解してしまったら、悩むとか以前に……」

 

「ええ……。悩みに思うとか以前の話ですね。唖然とか呆然とか、そんな感じです」

 

 光一と千雨は、山奥の廃棄された採石場に、粉々の石片の山とガラス質のクレーターが出来たのを眺めて、溜息を吐いた。だが光一は言う。

 

「これ、まだ取っ掛かりなんだよ。俺と君の身体には、もっと物騒な兵器システムがマトリクスとして刻み込まれている」

 

「いえ、来るときに説明されましたから、頭では理解してます……」

 

「……そうなんだよなあ。俺も仲間たちが居なかったら、乗り越えられたかどうか。そして俺には、変な言い方だけど、その力を振るうべき『敵』が居たからね。

 まあでも、力の使い方を間違えないって言うのは本当に苦労したなあ……。って言うか、使い方を間違えて暴走した事が何回あったかな。無関係の人に力を振るう事こそ無かったけどね」

 

 光一も、サンドイッチを手でつまみつつも、それを口に運ばずに遠い目をしている。そう、千雨たちはこの土曜日、千雨の訓練のためにこんな山奥までやって来たのである。ちなみに何故土曜日かと言うと、日曜日は翌日の月曜日が修学旅行初日であるため、その準備に使わなければならないのだ。

 

 けれども千雨の訓練、ことに兵器関係の訓練はできるだけ急ぐ必要があった。これこそ、うっかり迂闊(うかつ)にその能力を行使したりしたら、本気でえらい事になるのだ。と言うわけで、千雨は比較的使い方が簡単で、すなわちうっかり使ってしまいかねない武器2つを選び、訓練していたのである。

 

「……ペンシルミサイルに、光線銃レーザー。おそろしい威力ですね……」

 

「うん。……俺はこの兵器類を、なるべくなら使わないで欲しいと思う。だけど、使わざるを得ない場合もあるかも知れない。その時は……」

 

 そして光一は、決然と言った。

 

「ためらわないでくれ。君に無理矢理に力を与えた俺が、言って良い台詞じゃないかも知れない。だけど、いざと言う時に『力』を使う覚悟だけは、しておいて欲しい」

 

「……放って置けば、わたしは死ぬところだったんです。って言うか、死んだんですが。仕方なかったんですよ。そんな苦しそうな顔、しないでください」

 

「え? お、俺はそんな顔してたかい?」

 

「していましたよ、光一」

 

「ウン、シテタノラ」

 

 リープとダイにまで言われてしまい、光一は頭を掻いた。そして千雨は口を開く。

 

「本音を言えば、そんな(きび)しい覚悟ができるか怪しいんですがね。でも、了解です。できるなら使わない、けれど必要な時はためらいません。『力』に飲まれない様に、けれど臆しない様に、そして『力』に溺れない様に……。

 こうして口に出して約束しておけば、少しでも自分の気持ちに足しになるかも知れませんからね」

 

「うん、頑張ってくれ。さて、明後日からは長谷川は修学旅行か」

 

「困ったもんです。わたしはハワイに投票したんですが、僅差で京都に決まってしまいました」

 

 凛々しく決意を表明したばかりなのに、いきなりしょんぼりと肩を落とす千雨。まあそれは仕方が無い事だ。修学旅行の行先がハワイではなく京都だったのだし。なお、千雨が京都を避けてハワイに投票したのは、ちょっとばかり深刻な理由がある。実は彼女や光一が、麻帆良のデータバンクから奪って来た情報が、その大元であったのだ。

 

 麻帆良の地に本拠を構えている『魔法使い』連中の組織を、関東魔法協会と言う。これは基本的に、海外から入って来た西洋魔術師たち及び西洋魔術を学んだ者たちの組織である。この組織の事実上の長は、麻帆良学園学園長の近衛近右衛門である。ただし彼の役職は理事であり、理事長では無いが。

 

 一方で、京都の地にも日本古来の呪術を伝えている組織がある。これを関西呪術協会と呼ぶ。関西呪術協会の長は、近衛詠春と言い、彼は近衛近右衛門の娘婿であった。ただし近右衛門の娘であり詠春の妻である女性は、既に亡くなっているが。

 

 この関東魔法協会と関西呪術協会は、昔からあまり仲が良くない。双方のトップに親類関係があるため、当代に於いてはかなり仲は改善されてはいるのだが。しかしそれでも双方の関係は、『比較的ヌルい冷戦』とでもいうレベルであった。

 

 そんなわけで、千雨は京都行きを避けんがためにハワイに投票していたのだった。麻帆良から京都に行ったら、危険が危ない。まあ千雨の投票は、無駄にはなったのだが。千雨はハワイに行きたいのではない。京都に行きたくないのだ。彼女は溜息まじりに、愚痴を吐く。

 

「東に属する麻帆良学園の修学旅行生が、京都へ出向く。これが普通の生徒と、普通の教師だけなら全然問題ないですよ? だけどネギ先生は、一応は関東魔法協会所属の『見習い魔法使い』です。何がしかの問題、起こってくれと言っている様なもんでしょう」

 

「他にも調べてみたら、出席番号9番春日美空君やら、出席番号15番の桜咲刹那君やら、『魔法生徒』の面々が数名居るからなあ。特に桜咲君はヤバいだろう。元々西の一員だったのが、13番近衛木乃香嬢の護衛とは言え、東に鞍替えしたんだ」

 

「桜咲もなあ……。近衛の護衛とは言え、何なんでしょうねアレは。以前から微妙な関係だとは思ってましたが、護衛と知って改めてその行動を考えて見ると、それはそれで『アレで護衛になってるのか』と26時間35分06秒88ほど問い詰めたいですよ」

 

「長いですね」

 

「ト言ウカ、細カイノラ」

 

 リープとダイが、食事を食べ終えてツッコミを入れる。千雨と光一は、自分たちが食事を中断したままである事に気付き、慌ててサンドイッチを急ぎ食べた。

 

「むぐ、さて……。修学旅行だけど、重々注意して行って来てくれな?まあ関西の方の術者たちも、一般の先生生徒たちには手出ししないだろうけれど……。でも、それを期待して無警戒で居るのはそれこそ不用心だ。」

 

「ええ、そのつもりです」

 

「必要なら、何時でも呼んでくれ。本気で走れば新幹線より速いから」

 

「光一、それどころか超音速出せるじゃないですか」

 

「超音速ハ、衝撃波出ルカラ、マズイノラ」

 

 マシナリーアニマルたちのツッコミに苦笑しつつ、光一は考え込む。その様子を見つつ、千雨は改めて今回の訓練について思う。強大な破壊力を持つ兵器としての能力訓練は、狭い日本では色々と難しい、と。

 

 普段拳銃の訓練をあまり行えず、その割にいざ事あらば百発百中を期待される警官たちや、普段あちこちの団体から文句を言われ、演習するのも大変な自A隊員たちに、思わず共感を覚えた千雨である。

 

「他の能力の訓練は、どこか良い場所は無いかな。いや、今日訓練したうちの光線銃レーザーですらも、出力を一定以下に抑えての訓練だったし。もっとパワーを上げる訓練をして、感覚を掴んでおいて欲しいしなあ……」

 

「理論上の最大焦点温度は6,000億度でしたか。宇宙恐竜ゼ○トンには及びませんが、ウルトラ○ンとかの惑星上での光線技より熱いんですね。まあ、そこまで温度上げると、数秒で銃身焼き切れるんでしたか」

 

「そこまで温度上げる必要が出たなら、素直に別の強力な能力使った方がいいよ。だから練習場所考え無いといけないんだが……」

 

 ぽかぽかと日差しが暖かい。正直このまま昼寝でもしてしまいたい気持ちになりつつも、千雨たちは今後どこで訓練したものか悩んだ。

 

 

 

 そして翌々日の月曜日早朝、千雨は大宮駅の新幹線ホームで項垂(うなだ)れていた。

 

(ついに来ちまった。修学旅行……。わたしだけ急病って事で、帰っちゃダメかな……)

 

 いや、帰ったら駄目だろう。それに千雨が居ないところで、彼女が予想した様なトラブルによりクラスメートに何らかの被害が出たら、彼女自身が後悔に(さいな)まれる事になるのは目に見えている。

 

 千雨は小さく溜息を吐いた。本当は盛大に溜息を吐きたいところであったが、目立たないためになんとか我慢する。彼女を含めた麻帆良学園女子中等部3-Aの面々は、班ごとに分かれて新幹線へと乗り込む。

 

(帰りたい、早く終われ、修学旅行……)

 

 千雨の思いを置き去りにして、新幹線は楽し気に騒ぐ女子中学生の群れを乗せ、走り出した。




いや、千雨の立場だったら……。麻帆良と京都の裏を知ってれば、修学旅行の京都行きは可能な限り避けたいですよねー。京都に決まっちゃったら、仮病使っても行きたくないですよねー。
でも、ズル休みしちゃったら自分の知らない所で、クラスメートとかが危険になったりしたら、再起不能なくらい心理的ダメージを受けそうですよね。さすがにソレは嫌すぎるので、鬱々(うつうつ)としながら千雨は修学旅行に出て来ました。

そして千雨と光一の持ってる戦闘能力は、元々『8マン』のマトリクスに入っていた物だけじゃありません。いや、『8マン』のマトリクスに入ってた分だけでもエラく物騒なんですけどね。
とりあえず、今の段階では……。

・加速装置(超音速を含む)
・衝撃波による大気ハンマー(加速装置の応用・超音速)
・8マンナイフ(超音波ナイフ(高周波ブレード))
・10万kwの電撃放射
・ペンシルミサイル
・光線銃レーザー

今登場してるのは、このぐらいでしたかね?
でも、まだ8マンの能力はあるんですよね。ぐぐっちゃうと、何があるのか分かりますけど(笑)。


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Episode:14『カエルと酒樽』

 千雨は、気分的に疲れ果てていた。今さっきまで彼女はクラスメートと共に、新幹線の車両内に突如現れた、108匹のカエルを捕まえて集めていたのだ。引率者の1人、源しずな先生はカエルが苦手なのか、失神してしまっている。後は保健委員の和泉亜子なども同様に気を失っていた。

 

(まったく、何だってんだ……。やっぱり問題起こりやがったよ。突然何の脈絡もなく、今まで居なかったカエルが出現するってのは、絶対に魔法関係だろ。魔法の秘匿ってのは、どうなってるんだよ、関西呪術協会……。

 い、いやいやいや。この程度の嫌がらせで済んでると考えた方が良い。と言うか、そうとでも考えねえと、やってらんねえ……)

 

 と、ここで突然千雨の脇を、何かが高速で飛び過ぎて行こうとする。そしてネギが声を上げた。

 

「あーーーっ!? 鳥!?」

 

 千雨はつい反射的に、その自身の傍を飛び過ぎようとした飛翔体を、素手で掴んだ。最初に鳥の羽毛の様な感触がする。続いて右手の中でそれが失われ、紙を握りしめた様なクシャっとした感触に変わった。

 

「何だこりゃ……」

 

 千雨が右手の中を見遣ると、クシャクシャに潰れた呪紋が描かれた紙札がそこにあった。そしてはらりと、別の封書が床に落ちる。千雨はそれも拾い上げた。

 

(麻帆良学園の封蝋がついた書簡に、この呪符っぽい紙札……。たしかこの紙札は、わたしがうっかり掴み潰すまでは、なんかツバメみたいな鳥だった……。あ、これって式神ってやつか?)

 

「あーっ! ぼ、僕の親書! 長谷川さん、ソレ……」

 

「ああ、ネギ先生。なんか鳥が飛んでたので、反射的に掴んだら、こんな御札(おふだ)になっちゃいまして。こっちの封書は、親書……って何ですか?」

 

 問われたネギは、非常に慌てる。

 

「あ、い、いや。それは……。が、学園長先生のお使いで、向こうにいるお知り合いに手紙を届ける事になってるんですよ!」

 

「……普通に郵便じゃ駄目なんですかね? 大事な物でも、書留郵便って手もありますし。ネギ先生も、修学旅行中にお使いって、大変ですね。ハイ、これ。

 こっちの御札(おふだ)は、何かびっくり玩具(おもちゃ)の類ですかね? トリック仕掛けの。それ使ってネギ先生にイタズラでも仕掛けようとか。ウチのクラスの連中ですかね? 困ったもんです」

 

「あ、あははは! そうですよね、困ったもんです!」

 

 ネギは千雨から封書と御札を受け取ると、そそくさと立ち去る。それを横目に、千雨は溜息を吐いた。

 

(親書、って言ってたな。って事は、学園長からって言うか、関東魔法協会から関西呪術協会への親書って事か? なんでネギ先生が、ンな物を……。って言うか、それに関しては知らなかったな。ネットに上がって無い情報や、携帯電話で喋らなかった話は、わたしじゃ集めようが無いからなあ……)

 

 まあ、そう言う事だ。千雨や光一の情報収集能力は、電脳世界に著しく依存している。ネット上に上がらなかった情報は、知り得ない。彼等は他にも携帯電話や警察無線の情報を傍受してはいるが、基本それによらない情報もまた、知る事はできないのだ。

 

 そして千雨たちを乗せた新幹線は、京都駅へと到着した。無事に、とは言えないかも知れないが。しずな先生や和泉亜子など数名が、カエルのいたずらで失神させられた事もあるし。まあ、その程度で済んで良かったと千雨は思っていたが。

 

 

 

 そして修学旅行の一行は、清水寺へと向かった。清水の舞台などでは、誰か飛び降りろとか、では拙者がとか、とんでもない事を始めそうになったため、いいんちょなどの良識派? まあ良識派が、それを制止()めるのに苦労していたが。

 

(こいつらは……。まあ、裏に何があるか知らない連中は、いいよな……。のんきに旅行を楽しめるんだからよ)

 

 千雨は肩を落とす。そこへ楓が近寄って来て、声を掛けた。

 

「せっかくの修学旅行だと言うのに、元気無いでござるな」

 

「長瀬か……。お前は、はっちゃけ過ぎだ。いくら忍者だからって、本気で清水の舞台から飛び降りようとすんな。少しは忍べ」

 

「せ、拙者は忍者じゃないでござるよ?」

 

 失笑を交えて、千雨はしかしすぐに真面目な顔を作って言う。

 

「それはまあ置いとこう。ちょっと力を借りたいんだが」

 

「……何でござるかな?」

 

 楓も、雰囲気を真面目な物に変える。千雨は小さく頷いた。

 

「わたしらの一行に、いやがらせを仕掛けてる奴らがいる。それとなく注意を払ってて欲しいんだが。列車の中での、カエルの一件とか」

 

「やはりアレは、人為的ないやがらせであったでござるか」

 

「いや、それ以外の何物でもねえだろ。今のところは、怪我人とか出てないけどな。あれがエスカレートしてくれば、どうなるかわからん」

 

「わかったでござるよ。特にカエルなどと言うおぞましき物を使ってテロを仕掛けるなど、ゆるせぬでござるな」

 

「カエル、嫌いなのか」

 

 忍者のくせして、と言う言葉を飲み込んだ千雨だった。

 

 

 

 3-A一行は、そのまま地主神社へ向かう。そこには有名な、恋占いの石があるのだ。20mほどの間隔を空けて置かれた2つの石と言うか岩があって、それを目を瞑って岩から岩へと渡り歩くと、恋が叶うと言う物である。

 

 早速、いいんちょこと雪広あやか、更にはバカピンクこと佐々木まき絵、更には宮崎のどかなどがその恋占いに挑戦しようとする。だがそれに待ったを掛けた者がいた。

 

「待ったでござるよ、いいんちょ!」

 

「な!? まさか長瀬さん、貴女もネギ先生の事を!?」

 

「「「「「「名前言っちゃってるよー、いいんちょ」」」」」」

 

「そうでは無いのでござる。正直、この気配は触るのも嫌なのでござるが……」

 

 そう言って楓は、結局触らずに手裏剣を投げる。手裏剣の中でも一番安いと思われる、小さな十字手裏剣は、恋占いの岩と岩の間の地面に突き立った。すると地面は広範囲に音高く陥没し、中からカエルの集団が出現する。

 

「お、落とし穴ーーー!?」

 

「またカエルだー!!」

 

 千雨は唇を噛む。新幹線の中での騒ぎは、単にカエルが108匹出現したと言うだけの物だった。故に、カエルが苦手な者が気絶する程度で話は済んだ。しかし今度は落とし穴付きだ。落とし穴の深さは、けっこうある模様だった。

 

 つまりは、落とし穴に落ちた者が怪我をする可能性は、充分以上に存在する。『敵』のいやがらせは、エスカレートして来ている、と千雨は感じたのである。千雨はネギを探して見つけると、声を掛けた。

 

「ネギ先生、神社側の管理者に、危険なイタズラが仕掛けられてた事を報告した方がいいです。あの落とし穴、けっこう深いですよ。落ちたら、危ないです」

 

「え、あ、は、はい! じゃ、じゃあ今から行ってきますね!」

 

 駆けていくネギの後姿を見遣りつつ、千雨は大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 千雨は大きく溜息を吐いた。彼女の目の前では、3-Aの女生徒陣の一部が、完全に酔いつぶれて意識を失っていたりする。彼女たちは音羽の滝の、縁結びの滝の水を必死になって先を争って飲んだのだが、縁結びの滝は上流でせき止められて、代わりに酒が流されていたのだ。

 

 滝が落ちて来る屋根の上まで上がった楓が、その流されていた酒が入った(タル)を証拠品として確保する。一方の千雨は、ネギたちに向かって言い放つ。

 

「ネギ先生、とりあえず新田先生たちを呼んで来ます。先生は酔いつぶれた奴らを手当てしててください」

 

「ま、待つです! 飲酒がバレたら、修学旅行中止の上に、飲酒した人たち全員停学に……」

 

「え、ええっ!?」

 

 綾瀬夕映の言葉に、ネギは顔を蒼白にする。しかし千雨はキツい目線で夕映を見遣ると、厳しい口調で言った。

 

「……馬鹿か。いや、馬鹿なんだな?」

 

「な、なんですか一体!」

 

「お前はこう言ってるんだぞ? 急性アルコール中毒になるかも知れない級友(クラスメート)の命より、修学旅行と停学の方が大事だってな?」

 

「「!!」」

 

「勿論そんなつもりは無かったんだろうけどよ。考えてモノ言え。ネギ先生も、学園長先生のお手紙のお使いの事考えてるのかも知れませんが、万一修学旅行中止になったとしても、事情を新田先生に話してネギ先生だけ帰るの遅らせて、手紙届ければいいでしょう」

 

 そして千雨は、噛んで含める様に言った。

 

「ネギ先生、聞いてください。綾瀬も聞け。ごまかしは、駄目です。勿論、仕方の無いごまかしも存在します。警察が、捜査の都合で身分を隠した私服警官使うのも、広い意味ではごまかしでしょう。

 だけど、自分の欲得ずくとか、失敗とかごまかすのとかは、できる限り避けないと。特に今回のこれは、ごまかしちゃ駄目な奴です。酒に弱い体質の奴がいたら、大事ですよ。今まで飲んだ事なんかあるはず無いですから、判別なんてできませんが」

 

「!!」

 

「じゃ、わたしは行きます。酔いつぶれた連中が容体急変したら、すぐに救急車呼んでください。いいですね?」

 

「はい!」

 

 このとき、ネギの目になんらかの決意が浮かんだのを、千雨は見落とした。まあ、千雨自身にはそう影響がある事では無かったのだが。

 

 

 

 そうして千雨は、事の次第を新田先生たちに報告した。無論、飲酒が当人たちの意志ではなく、音羽の滝に仕掛けられていた酷いイタズラによって飲まされてしまったのだ、と言う事もきっちり報告したのである。

 

 幸いなことに、新田先生は今回の飲酒には、生徒たちの責任は無い事を理解してくれた。度重なるいやがらせやイタズラに、修学旅行を中断して麻帆良へ帰るべきではないかとの意見も一部から出たが、この場は修学旅行続行派の方が、意見を押し通す。

 

 そして新田先生は警察や神社など関係各所と連絡を取り、きっちりとその場の後始末をつける。その他の先生方や当の生徒たちは、先に宿へと送り出し、自分だけ残ってあちこちとの折衝や事情説明など事後処理に走り回ったのだ。

 

「流石だよな、新田先生」

 

「そうでござるなあ」

 

「聞いたか?修学旅行中断派の意見を、『生徒たちに責任の無い事で中断しては、楽しみにしていた生徒たちにとって良くない影響が残る』って一喝して退けたんだそうだ」

 

「厳しいだけの先生では無かったんでござるなあ……」

 

「その分、イタズラの犯人に対してはもう烈火のごとく怒ってたらしいぜ。あー、だけどあんだけ泥酔してて、ヤバい容体の奴が出なくて本当に良かったぜ」

 

 千雨は楓と語り合いながら、バスに揺られつつ宿へと向かっていた。本音では、修学旅行中止であっても彼女としては良かったのだが。だがまあ、他の生徒たちに取っては、中止などになったら悪影響が出るのも確かだろう。

 

「今後は新田先生の胃壁のために、あんまり迷惑かける様な事はやらない様にしとけよ?」

 

「そうでござるなあ……。普段、3-Aの連中は迷惑ばかりかけておるでござるし……」

 

「自分だけ違う様な言い方だな」

 

「せ、せ、拙者も反省してるでござるよ!?」

 

 そして彼女らの乗るバスは、ホテル嵐山へと到着したのである。彼女らを含む、酔いつぶれていないクラスメートたちは、酔いつぶれた面々を運ぶのに大変な思いをさせられたのだった。

 

 千雨は思う。『敵』のいやがらせは、明らかにエスカレートして来ている。相手からすれば、酒を飲ませる程度はたいした事じゃないと思ってるのかも知れないが。しかし今まで酒を飲んだ事も無い女子中学生が、泥酔するほど飲んだのだ。

 

 今回は無事に済んだが、酒に弱い体質の奴らがいたら、えらい事だったはずだ。相手は一般人の生徒を殺すつもりはなさそうだが、だからと言って配慮する気も無いのか、あるいは想像力が欠如しているのだろう。自身が仕掛けた事で、相手がどうなるのか、分かっているつもりで分かっていないのだ。

 

 それを思うと、千雨は頭が頭痛で痛くなる。文法的にはおかしいが、これは重複して記述する事による強調表現だと思って欲しい。何にせよ、千雨はこの先の旅程を頭の中で考え、溜息を吐いたのである。




千草さんたちによる妨害と言うかいやがらせですが、一般人(逸般人も多いですが)を巻き込む事まったく躊躇(ちゅうちょ)してませんよねー。しかも最初のカエル108匹はともかく、次の落とし穴inカエルは引っ掛かった人が怪我するかもですし。
最後の酒樽事件は、どう考えてもアウト。酒飲んだ事ないハズの女子中学生が泥酔して、ほんとに急性アルコール中毒症状出て死んだらどうするんでしょうか。それとも、あの酒樽使った工作は魔法(呪術)関係ないから、OKと言う認識?

……いや、駄目だろ。

東を恨む理由があるからと言って、やる事があまりに杜撰で危険ですよね。
そして本作でも、頑張れ新田先生。


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Episode:15『誘拐未遂と大事な友』

 とりあえず夕食を食べた後、千雨は宿の温泉に入って汗を流す。まあその気になれば、どちらの必要も無い事は哀しいが事実でもある。けれど、嫌々ながらとは言えどもせっかく来た京都であるのだ。美味しい物も食べたいし、温泉にも浸かりたいと言う物。

 

 ただでさえ、ストレスの溜まる状況だったのだ。癒しはいくらあっても足りないと言う物である。そして彼女は、ようやく一日が終わったとばかりに気を抜いていた。気を抜いてしまった。それ故に彼女は、自班の風呂順の後に風呂場であった騒ぎも、気付く事無く見逃してしまう。

 

 彼女はその気になれば戦闘形態にならずとも、自身の体内センサーで宿全体とは言わないが、自分を中心にした家1軒分ぐらいの領域はチェックできる。無論、戦闘形態になればもっと広範囲を調べる事も可能だ。

 

 しかし彼女は、センサーの知覚範囲を普段はあまり広く無い程度に絞っている。そうしないと精神的に色々気疲れする上に、女子寮の他の部屋を盗聴とかしているも同然の状態だからだ。

 

 だが今は非常時だとの認識を、彼女は持つべきであったかもしれない。あえて宿の他の部屋を覗き見する事になってしまっても、センサーで注意深く探っているべきであったかも知れなかった。

 

 まあ、いかに高機能のボディに入っていたとしても、中身の彼女は結局は普通の女子中学生なのだ。しかも今日は色々あって精神的に疲労し、注意力も散漫になっている。気を抜くなと言うのは、やはり(こく)と言う物だ。

 

 ちなみに『人間がそう簡単に、高性能になれるかよ……』と言う台詞がある。これは、かつて光一が元居た世界で敵対していた組織の構成員、『林石隆(リン・シールン)』の言葉だ。その男は、加速能力を持つ軍用サイボーグをその欠点と慢心を突いて、生身で打倒した事がある。

 

 つまりは、そう言う事だ。彼女は先に風呂場で起きた誘拐未遂の騒ぎに気付かなかった結果、『敵』の最大の狙いが関東魔法協会理事の孫娘にして、関西呪術協会の長の一人娘、そして極東最大の潜在魔力を持つ一般人の少女、近衛木乃香である事を知る事ができなかったのである。

 

 

 

 そんな訳で、自分では気を張っているつもりの千雨だったが、廊下で長瀬楓と話をしているとネギと明日菜がやって来る。ちなみに明日菜の頭には謎のオコジョ、アルベール・カモミールが乗っていたりもするが。

 

 ネギが千雨と楓に声を掛ける。

 

「はいはい皆さーん、就寝時刻ですよー。自分の班部屋に戻ってくださーい」

 

「あいよ」

 

「お疲れでござる、ネギ先生。修学旅行初日の夜にしては、静かでござったな」

 

「多くの皆さんが、例の事件で酔っ払って寝ちゃいましたから。それを放っておいて、残りの皆さんも騒ぐわけにはいかなかったんでしょう」

 

 その場の全員が、はっはっはーと乾いた笑いを上げた。

 

「酷いイタズラでござったなあ……。ネギ先生、何やら大変そうでござるな。拙者でよければ、何時でも力になるでござるよ?」

 

「あ、はい。ありがとうございます長瀬さん」

 

 そしてネギと明日菜は、他の起きている生徒の所へと歩いて行った。千雨は大きく息を吐く。

 

「はぁー。どうやら一日終わったか。もう今日は何も無えだろな?」

 

「いや、わからんでござるよ?」

 

「え」

 

 思わず千雨は、楓の方を見遣る。楓の糸目は、厳しい光を宿していた。冗談で言ったわけでは無いらしい。それを理解した千雨は一瞬うんざりした気持ちになるが、それを無理矢理振り払い気を引き締める。

 

「……油断してたか。済まねえ」

 

「いや、長谷川殿はよくやってる方でござる。こう言うのは、慣れが必要でござれば」

 

「そか、サンキュ。とりあえず、班部屋戻らねえとな。んじゃ、何かない事を祈っておこうか」

 

「でござるな。にんにん」

 

 千雨は楓と別れて班部屋に戻る。そして彼女は思った。

 

(やっぱり長瀬の奴、絶対気付いてるよなあ……)

 

 とりあえず彼女は布団に潜り込む。寝言でネギへの偏愛を呟くいいんちょが、何か鬱陶(うっとう)しかった。

 

 

 

 ある時は新幹線車内販売の売り子に化け、ある時は修学旅行宿泊先のホテル嵐山従業員に化けた、今回の様々ないやがらせの騒ぎを起こしていた呪術師は、その最大の目的である近衛木乃香嬢を誘拐し、悠々と逃走していた。呪術師の名を、天ヶ崎千草と言う。

 

 女の細腕で、気を失った女子中学生を抱えて走るのは、さぞかし大変であろうかと思われる。だが実のところ、彼女は巨大なサルの着ぐるみを着込んでおり、それがまるで強化服(パワードスーツ)の様な働きをしているため、大した苦労もせずに木乃香を運べるのだ。

 

 更に言えば、このサルの着ぐるみは猿鬼と言う大型の式神である。いざと言う時には、脱ぎ去って単独(スタンドアローン)での運用も可能な優れものだ。間抜けな外観からは想像もつかない高性能な代物なのである。

 

「フフ、西洋魔術師()ーても大したことあらへん。このかお嬢様まで楽に手に入れてしもたわ」

 

 楽しそうに(うそぶ)く千草だった。しかしその言葉に、返事をする者がいる。

 

「10歳児を出し抜いても、自慢にゃならんだろ。いくら素質は高くても、経験無いんだからよ」

 

「そうでござるな。勝ち誇るのは、まだ早いでござるよ、にんにん」

 

「!?」

 

 千草の行く手にある2本の電柱の上に、1本に1つずつの影が立っていた。片方は忍者装束を着た一見17~18くらいの少女。これが14歳だと知ったら、誰しもが詐欺だと言うだろう。その名を長瀬楓と言う。

 

 もう片方は、スレンダーなスタイルのこれこそ14歳程度に見える少女。ただしその姿は、各所にメカニックな意匠があり、人間型はしているものの人間かどうかは定かでは無い。当然ながら彼女は『ディー・エイト』、千雨の戦闘形態であった。

 

 2人はふわっと言う感じで電柱の上から跳ぶと、千草の前に降り立った。

 

(……長瀬に注意されなかったら、すっかり油断してるところだったぜ。危ねえ、危ねえ。けどやっぱり長瀬、わたしの事完全に気付いてるよな)

 

 千雨は就寝後も、布団の中であえて眠らずに、体内のセンサーを全開にして周辺状況を探っていたのである。まあ人間形態であるから、たいした範囲は探れなかったのだが。しかし千雨の3班と木乃香の5班は比較的近い部屋であった。故に木乃香を誘拐して逃走する千草が、かろうじて熱センサーや動態センサーに引っ掛かったのだ。

 

 そして泡食って戦闘形態になり窓から飛び出したら、同じく窓から飛び出して来た楓と出くわしたのである。彼女らは逃走する千草の前方へ回り込み、一見余裕たっぷりな様子で声を掛けたのだ。

 

「わたしが近衛を救出するから、誘拐犯頼めるか?」

 

「了解でござるよ、『16th』殿」

 

「あ、わたし正式な呼び名を決めたんだ。『ディー・エイト』って呼んでくれ」

 

「む、わかったでござる。では『ディー・エイト』殿……」

 

「応」

 

 千雨は一瞬で高速転移する。超音速形態は使わない。流石に誘拐犯をソニックブームで消し飛ばすのは、まだそこまで千雨は覚悟が決まっていないのだ。それにそれをしてしまったら、木乃香まで吹き飛ばしかねないし。次の瞬間、気を失った木乃香の身体は、千雨の腕の中にあった。

 

 一方の楓は、苦無(クナイ)を構えて瞬動で相手の内懐に飛び込む。一瞬でサルの着ぐるみがズタズタに破壊され、そしておそらくその様な仕組みになっていたのだろう、千草の身体が離れた場所に放り出される。

 

「あひいいいぃぃぃ!?」

 

「む、逃がしたでござるか。体術はなってないでござるが、あのサルの着ぐるみは妙ちくりんな外見と異なり、中々の代物の様でござる」

 

「待てーーー!!」

 

「お嬢様ーーー!!」

 

「このかーーー!!」

 

 そしてその時、ネギ、桜咲刹那、明日菜の声が聞こえた。木乃香が攫われた事に気付き、慌てて追いかけて来たらしい。

 

「ちい! あと少しで駅だったものを! 二枚目と三枚目の御札(おふだ)、もったいないんやけど使わせてもらいますえ! お(ふだ)さんたち、お(ふだ)さんたち、ウチを逃がしておくれやす……」

 

 千草が2枚の御札(おふだ)を自身の前後に投げる。すると千雨や楓の方には突如として大量の水が出現し、激流となって彼女らに押し寄せる。一方のネギたちの前には、爆炎により大文字が描かれてその行く手を阻んだ。

 

 千雨は木乃香を抱えたまま、近場の家屋の屋根まで跳躍する。楓もまたそれに倣い、激流を(かわ)した。一方のネギたちは、焦る。刹那は叫ぶ。

 

「正気か!? 人払いもしていないこの様なところで、こんな派手な術を……!!」

 

「ひ、火を消さないと……」

 

「待ってくださいネギ先生! 派手な魔法はまずいです!」

 

 焦って杖を構えるネギだったが、これも刹那が制止()める。その隙に千草は新たに2体の式神を召喚する。

 

「猿鬼! 熊鬼! くうっ、あとちょっとやったんに……」

 

 そして千草は猿鬼に掴まって夜空に舞い上がる。その後方を熊鬼に警戒させつつ、千草は逃走を図った。

 

「あんたら、覚えてなはれ!? この借りはあわひゃあああぁぁぁ!?」

 

 そして捨て台詞を吐きかけた千草は、恐怖に叫んだ。千雨が民家の屋根の上に木乃香を降ろし、その両拳から最大10万kwの電撃を熊鬼に向けて放射したからだ。熊鬼は、一瞬で消し炭になる。

 

「何言ってやがる。借りはこっちの方が大きいぜ。ち、悪人と言っても、流石に人間を撃つのは……」

 

 流石に人間を撃つのは、千雨も覚悟が決まっていなかった。千草は大空の彼方へと消える。千雨は舌打ちをした。一応は彼女にも空を飛ぶ能力はあるらしい。だがそれは、未だ訓練を行っていない破壊兵器能力の1つと表裏一体の能力(ちから)なのだ。うかつに使うのは、躊躇(ためら)われた。

 

 見遣ると、炎と激流が消えている。オコジョ妖精、カモが叫んだ。

 

「やっぱりだぜ! ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)って言うからにゃ、魔法に対して効果てきめんだと思ったんだ!」

 

「見た目ハリセンだけどね……。なんとかなんないの、コレ?」

 

 明日菜が少々げんなりした様子で愚痴る。その手には、何やら神秘的な力を(まと)わりつかせたハリセンが握られている。『なんでハリセン?』と言うのは、所有者を含めその場の全員の統一見解であっただろう。

 

 このハリセンは、仮契約(パクティオー)により明日菜が手に入れた、魔道具(アーティファクト)である。その能力は、今見せた様に圧倒的な対魔能力。これでぶったたけば、魔法的な存在は魔法であれ式神であれ召喚魔であれ何であれ、一撃必殺だ。

 

 ……見た目、ハリセンであるが。

 

 それはともかく、千雨は木乃香を抱え直すとネギたちの前に飛び降りる。楓もまた、それに倣う。千雨は溜息を吐くと、抱き抱えていた木乃香を刹那に引き渡した。刹那は一瞬泣きそうな笑顔を浮かべ、そして安堵する。

 

「よかった、お嬢様……」

 

「最初から気絶してたからな。その上で、加速して助け出したから多分、しばらくは目が覚めねえだろ」

 

「貴女は……。以前にも、土蜘蛛……蜘蛛の妖怪から助けていただきましたね」

 

「ん? あ、ああ。そんな事もあったっけな」

 

 刹那は木乃香を抱えているので、首だけで頭を下げると言った。

 

「あの時も、今回も、ご助力いただき本当に、ありがとうございました」

 

「……気にすんな。こっちも、あの犯人が気に入らなかったんでな」

 

「だけど、なんで麻帆良に居るハズの『ディー・エイト』さんが京都に?」

 

「え゛」

 

 千雨はネギの悪気無く放った言葉に、一瞬硬直する。と、ここで楓が口を挟んだ。

 

「それは当然、わざわざ京都に来ると言ったら観光旅行でござるよ。そうでござろ? 『ディー・エイト』殿」

 

「あ、ああ。うん、観光だ」

 

 まあ修学旅行も、観光ではあるだろう。楓も千雨も、嘘は吐いていない。

 

「でも長瀬さんと『ディー・エイト』さん、お知り合いだったんですね」

 

「はっはっは、『ディー・エイト』殿は、大事な友でござるよ。言わば、『2人はマブダチ!』って奴でござるな」

 

「……ま、そうだな」

 

「!!」

 

 楓はちょっとした諧謔(かいぎゃく)のつもりで放った、『マブダチ』と言う言葉を当の本人である千雨から肯定されて、ちょっと赤面してしまう。小さく笑みを浮かべた千雨は、だが眉を(しか)めて全員に向けて語る。

 

「ちょっとまずい事態だ。今、警察無線を傍受したんだが……。もうすぐパトカーがここに来るぞ。消防車もな。あの炎の魔法? で、いいのか? アレが見られて通報されたッポイ。急いで姿消せ、お前ら」

 

「!! まずいでござるな。拙者と『ディー・エイト』殿はまあ色々隠れて移動する手段はあるでござるが……」

 

「わ、わかりました! 皆さん、急いで宿に戻りましょう! それじゃ、『ディー・エイト』さん、ありがとうございました!」

 

 ネギの掛け声で、その場の皆は一斉に逃げ出した。無論、千雨は高速転移したので別行動だったが。

 

 

 

 翌日の朝、人気が無い宿のロビー片隅で、千雨は光一に電話をしていた。流石に麻帆良と京都ほど距離が離れると、体内無線はちょっと届かない。

 

「……と言うわけで、長瀬がネギ先生たちから聞いた話だと、『敵』が近衛を誘拐しようとした理由なんですがね。奴らは近衛に秘められた、極東随一の魔力を利用して、関西呪術協会を牛耳ろうって考えてるフシがありそうです」

 

『そうか……。更にそう言う強硬派が、西の組織を掌握したりしたら、面倒な事になりそうだね。わかったよ。俺とリープ、ダイも今日中にそちらに向かうよ』

 

「すみません、光一さん」

 

『気にしないでいいさ。それより、長瀬さん、だっけ? その忍者の娘』

 

「は、はい」

 

 急に話題が楓の事に変わり、千雨はちょっと驚く。

 

『君の正体に気付いてる可能性が高い、って事だけど。でも、話さないでいてくれるんだろう? いい友達じゃないか、大事にするんだよ?』

 

「……はい!」

 

『じゃ、俺たちは出立の準備するからコレで。なるべく早く行くから、待っててくれ』

 

「はい、お願いします! それじゃ!」

 

 千雨は電話を切る。今日は丸一日、奈良にて班別行動の日だ。

 

(わたしらは3班、長瀬は2班。近衛の5班には桜咲と神楽坂が居るが……。不安だ)

 

 なんとか木乃香の近場に居る事はできないか、悩む千雨であった。




まあ千雨も結局は、付け焼刃で強くなっただけの女子中学生なんです。能力に振り回されるかたわら、能力を使いこなしてはいません。常時周辺を見張り続けるなんて事したら、精神的な疲労が溜まる一方です。そう言うときの、効率的な手の抜き方や休み方なんて体得してませんし。

まあ、それでも何とか木乃香誘拐は防ぎました。加速装置があるので、千草が電車に乗る前に捕捉しました。そのせいで、人払いしてないところで戦い? 戦いになってませんでしたが、一応戦いと言う事で。そうなっちゃったんで、警察が呼ばれちゃいましたけどね。

そしてついに、『8マン・ネオ』も京都にやって来ます。でも原作だと、奈良では手出しして来ない上に、この日に騒ぎを起こすのは朝倉なんですよね(笑)。


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Episode:16『悩ましいクラスメート』

 夕刻になって、麻帆良学園女子中等部3-Aの面々は、修学旅行の宿であるホテル嵐山まで戻って来た。修学旅行二日目の今日、彼女らは丸一日、奈良で班別の自由行動だったのである。肉体的な疲労はさほどでも無いのだが、精神的疲労でへとへとになった千雨は、よろよろとバスを降りた。

 

「やれやれ。今日はなんとか何事も無かったが……。けれど今晩も油断はできねえか」

 

「あまり根を詰め過ぎても、それはそれでまずいでござるよ?」

 

「頭じゃ分かっちゃいるんだが……」

 

 楓は流石の自然体である。それをちょっと羨ましく思いながら、楓は楓で物凄い修行の果てにそこまで至ったのだろうと考えると、羨ましがるのも失礼かと千雨は自戒した。

 

「しかしネギ坊主たちは、別な意味で大変だったらしいでござるな」

 

「なんだ? 何かあったのか、結局?」

 

「いや、例の『敵』関係では無いでござるが……。のどか殿がとうとう、ネギ坊主に告った模様でござれば」

 

「ブッ!?」

 

 楓の台詞に、千雨は吹いた。この大変な時に、と思わなくも無い。だが実のところ、裏の事情を知らなければ修学旅行で告るなぞ、普通の生活ではそれこそ普通の出来事である。楓は続ける。

 

「ネギ坊主は当初知恵熱を出してひっくり返ってしまったらしいでござるよ。意識を取り戻してからも、呆然としたりジタバタしたり、今もたぶん思い悩んでいるでござろうな」

 

「あー、とするとネギ先生は、今晩は使い物にならねーな」

 

「まあ、この話はこの辺にするでござるよ。ここには余計な『耳』が多い故に」

 

「だな」

 

 千雨は宿の3班班部屋へと向かう。楓もまた、同じく2班の班部屋へと歩いて行った。

 

 

 

 しばし後、千雨は喉の渇きを覚えてロビーの自動販売機まで出向いた。所詮、『生きていた頃の名残(なごり)』でしかない感覚だが、やはり千雨はそれを捨てる気にはなれない。彼女はとりあえずコーラを買って、飲み干す。

 

「……ぷはぁっ。ん?」

 

 ひと息ついた千雨が周囲を何の気なしに見回すと、こそこそとした様子で宿の外に出て行く朝倉和美を見つける。和美は麻帆良学園の報道部であり、麻帆良のパパラッチと異名を取る、ある意味迷惑な人物だ。そして彼女は、常日頃からスクープを求めてあちこち徘徊している。

 

「あいつ、今度は何を追ってやがるんだ。ん? あ……」

 

 和美の歩く先に『視線(センサー)』を向けた千雨は、その先にふらふらと歩くネギを見つける。千雨は内心溜息を吐いた。

 

(……まったく。次の取材先は、ネギ先生かよ。何の事で取材してるか知らんが、ネギ先生は今、あの『敵』の一件とかの他にも、私生活でも大変らしいんだがな。詳しくは知らんが。どれ、仕方ねえ……)

 

 とりあえず和美に声をかけて、ネギを逃がしてやろうなどと考えた千雨であった。だがその瞬間、事態は急変する。ネギが突然走り出したかと思うと、外の車道に飛び出したのだ。千雨からは見えなかったが、車道に飛び出した猫がトラックに轢かれかけていたのである。ネギはそれを救うべく、飛び出したのだ。

 

 千雨はぎょっとして、高速転移しようとする。ぎりぎりで、間に合うか間に合わないか。いや、ほんの(わず)か、本当にぎりぎりで間に合わない。千雨の脳裏には、自分が一度『死んだ』ときの、交通事故の情景が生々しく思い出される。

 

 そしてトラックが、宙を飛んだ。ネギの魔法、『風花(フランス)風障壁(バリエース・アエリアーレス)』にはじき飛ばされたのだ。唖然とする千雨。見ると、和美もまた唖然としてはいるが、条件反射的にカメラのシャッターを切っているのが見える。

 

 そしてネギは、よりによって和美が隠れて見ている前で、オコジョ妖精と喋りながら杖に跨って空を飛びやがったのである。千雨はネギが無事で安堵したと同時に、和美の次に取る行動があからさまに分かってしまい、凄まじい精神疲労を感じてその場に(くずお)れた。

 

 だが、落ち込んではいられない。千雨は必死の意志力を振り絞り、立ち上がる。そしてスクープだとガッツポーズをしている和美に歩み寄って声を掛けた。

 

「やれやれ。ヤバいネタを掴みやがったな、朝倉」

 

「う、わっ!? は、長谷川!?」

 

「ここじゃ、誰が見てるかわからんから、来いよ。手前が見た(もん)について、説明してやらあ。ほんとは、当人とかの許可も取らずに話しちゃいけない事なんだけど、今回は仕方ねえだろ」

 

「えっ……。ええっ!? ちうちゃん、知ってるの!?」

 

「わたしを『ちう』と呼ぶな。その呼び方知ってるって事は、隠してるって事も知ってんだろ?」

 

 千雨は先に立って、歩き始めた。和美はわたわたと慌てた風情でその後に続く。千雨は頭の中で、和美に何をどの様に話した物か、考えを纏めていた。

 

 

 

 ここは宿の廊下にある、共用のトイレである。基本的にトイレは各部屋にも存在するので、ここにはあまり人が来る事は無い。更に千雨は、体内のセンサー系を全開にして、周囲の様子を探っていた。これは誰にも聞かれるわけにはいかない話だからだ。

 

「朝倉、お前が何を見たのかは、理解してるか?」

 

「……超能力者とか宇宙人かとか思いもしたけれど。あのオコジョが喋ってるのを聞いた限りでは、魔法とか聞こえた。つまりは、人間界の修行に来た、魔女っ子の男の子版かな。と……」

 

「近い(もん)がある。世界にはあちこちに、魔法学校ってえ物がありやがってな。ネギ先生は、そのうち1つの飛び級主席卒業生だ。ちなみにこの世界とは位相を(こと)にする空間に、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とかもあるが、ネギ先生は歴とした現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)の魔法使いだな。

 そして魔法学校では卒業生に対し、最後の修行を課す事になってる。一般社会に出して、修行を積ませるんだ。ネギ先生の場合は、学校の教職。おそらくは対人能力とか、一般社会でいかに魔法を使うか、あるいは逆に、『いかに魔法を使わないか』を勉強させる目的なんだろ。たぶん。きっと。おそらく。だといいんだが」

 

 千雨は、和美がカセットレコーダーを動かしているのに、気付いていた。気付いて、それを制止()めていない。

 

「そしてな? 魔法使い連中の目的は、なんつーのか……。『善き魔法使いたらん』って事らしい。無論、結局は魔法使いも人間だからな。悪い奴もいれば、いい奴もいる。けど、表向きは、それが奴らの目的らしい。ネギ先生は、将来的に『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』って言う、『善き魔法使い』の最高位の称号を目指してるって話だな。

 ここまで聞いて、お前はこの件をどうしたい?わたしは、それを聞きたい。お前、この(ネタ)をどうするつもりだ?」

 

「ん……。そ、そりゃあ……。これだけのスクープだよ!? 魔法使いが実在するって話を世界中に広めて、私の独占インタビュー記事が新聞、雑誌で引っ張りダコに!! 更にはネギ先生をわたしのプロデュースで映画化、ノベライズ化……と……か……」

 

 和美は熱く語ろうとしたが、千雨のしらけた目に言葉が尻つぼみになる。

 

「つまりは、名誉欲、金銭欲だな? 社会正義とか、報道の使命とか、関係なしだな。そんな薄汚れた(きたね)え欲得ずくで、手前はネギ先生の夢を潰すわけだ」

 

「な……!」

 

「まさしくマスゴミって奴だな。やりやがったら、わたしは手前を軽蔑するぞ? しかもネギ先生は、車に轢かれかけた猫を助けようとした、その善意の結果、自分の未来が閉ざされる事になるんだ。その絶望は、計り知れねえよ」

 

「な、だ、ぎ、ギャランティはきちんとネギ君と折半するよっ!?」

 

「そんな問題じゃねえのは、わかってんだろ? それとも、それがわからん程の阿呆か? 学業成績が良いくせに、頭のいい馬鹿ってのは、こう言うもんか?」

 

 和美は黙する。千雨は更に言い(つの)った。

 

「それによ。手前がそれを世の中に広めようったって、無駄だぞ」

 

「え?」

 

「魔法使い連中は、中世時代にあった『魔女狩り』の記憶が、ヒステリックなレベルで染み付いてやがる。一般社会との軋轢を防ぐ目的もあるんだろうけどよ、魔法使いの事を公表しようとしたら、その手の専門機関が動き出して、手前は記憶を消されちまうぞ。ネットで情報を拡散しようとしても、魔法使いお得意の電子精霊とかが動いて火消ししちまう。

 それだけ魔法使い連中は、一般社会に自分たちの存在を知られるのを、恐れてるんだ。まあ、再度の魔女狩りとか起きる可能性は本気で高いと、わたしも思う。

 そして手前が魔法に関する事の公表に成功しようがしまいが、ネギ先生の未来はその時点で閉ざされる。魔法をばらしちまった罪で、ネギ先生は最低数ヶ月、最高でずっと一生、魔法でオコジョに変えられて収監されちまうんだ。当然、麻帆良とはサヨナラだな。そして……」

 

 千雨は冷たい目で、言葉を紡ぐ。

 

「一度刑罰を受けた人間が、一度経歴に傷が付いた人間が、『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』に認定されるなんて、あるはずが無えのは、理解できるだろ? いかに『善き魔法使い』だなんだって言ったって、そこら辺は普通の人間社会だ。ぜんぜんファンタジックじゃ無えんだ。

 いや、魔法そのものだって、ファンタジーじゃねえな。初級の基本魔法からして、攻撃魔法があるぐらいだ。ただの武器だよ。鉄砲みたいな。……ちょっとした杖と寝言みたいな呪文で、人が殺せるんだ。んな(もん)、広めちゃいかんと思うぜ」

 

「……」

 

「……」

 

 しばし、2人の間に沈黙が続く。やがて和美は、カセットレコーダーを取り出して中身のカセットテープを出すと、それを千雨に渡す。更に彼女はデジカメと携帯電話を取り出し、写真のデータを全て消去する。

 

 和美は溜息を吐いて言った。

 

「あーあ……。スクープになると思ったんだけどなあ」

 

「いや、正直安心した。クラスメートを軽蔑する様な事にならなくて済んで、な」

 

「クラスメートから軽蔑されたくないよ、流石にね。マスゴミになるのも、勘弁だよ。でも、なんで長谷川は、そんなに詳しいの? 長谷川も魔法使いだとか?」

 

「違う。ちょっと個人的な事情があってな、非合法な手段で調べた。いかに自分の安全のためにやった事だとは言え、バレたら捕まる」

 

「まだ何か深い秘密がありそうだね。でも、あえて聞かないでおくよ。それじゃ」

 

 そして和美は、共用トイレを立ち去って行った。千雨は大きく息を吐くと、肩を落とす。今回は非常に危ない橋を渡った。上手く行きはしたが、できれば二度とやりたくない。千雨はそう思い、再度大きく溜息を吐いた。

 

 

 

 その夜は幸いなことに、何も大きな事件は無かった。せいぜいが、あまりに生徒たちが深夜まで騒いでいたために、学園広域生活指導員でもある新田先生の逆鱗に触れて、翌朝まで自分たちの班部屋から退出を禁じられたぐらいである。

 

 そして千雨は、自分の班部屋でさっさと布団に(くる)まっていた。一応センサーで周囲に気は配っていたが、ちょっとばかり注意散漫になっているのは自分でも分かる。彼女の精神面は、けっこうなレベルで疲労していた。

 

 そこへ体内無線に着信が入る。それは千雨が心から待ち望んでいた物であった。

 

『長谷川、まだ起きてるかな? 今着いたよ。近くのペット可のホテルに入った』

 

『光一さん! まだ寝てません。って言いますか、布団には入ってましたけど眠るつもりは……。もし『敵』が来たらと思うと……。』

 

『駄目ですよ、長谷川さん。ちゃんと眠ってください。マシナリーと言えども、睡眠は不要なわけではありませんよ? まあ生身よりは少なくて構いませんけどね』

 

 リープのお説教に、千雨はしかしそれに頷くしか無かった。たしかに今、彼女は注意が散漫になっているのは、自分でも理解していたからだ。そこへ猫のマシナリーであるダイが、口を挟む。

 

『ダイジョウブ、ダイガ周辺警戒ヲシテオクノラ。イザト言ウ時ニハ、呼ビ出シ掛ケルカラ、安心シテ眠ッテテ良イノラ』

 

『済まない、ダイ。んじゃ、頼んでいいか?』

 

『イイノラ』

 

『わたしは犬なので、ちょっと飼い主無しで出歩いてたら不味いですね。申し訳ありませんが……』

 

『何にせよ、長谷川。これまでご苦労様。ゆっくり休んでくれ』

 

 光一たちの優しい言葉に、千雨は感謝する。

 

『ありがとうございます。それじゃ、わたしは眠らせてもらいますね』

 

『ああ、お休み長谷川』

 

『お休みなさい、長谷川さん』

 

『オヤスミナノラ』

 

 そして通信が切れる。千雨はほっと安堵して、久々にゆっくりと眠りについたのである。




本作での朝倉和美は、ちょっとはマシな性格にしております。まあ、欲望に目がくらんで突っ走らなければ、原作でも宮崎のどかにインタビューした結果を揉み潰す事にしたりと、理性が働く限りに於いてはマシな反応をしていましたし。

まあ、理性がすっとぶ事が良くあるのは玉に瑕なんですがね。

そしてついに、光一たちが到着いたしました。これで味方は過剰戦力(笑)。
オマケに『ネギ先生とラブラブキッス大作戦』は朝倉が色々思いとどまったので、発生せず。うん、良い事だ(笑)。


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Episode:17『世界ニンジャ戦?』

 翌朝、千雨はゆっくり寝た事もあり、元気を取り戻していた。それは良いのだが、修学旅行3日目の今日は、完全自由行動日だ。京都の町中に、護らねばならない対象者がバラける事を思うと、せっかく取り戻した元気が何処かへ飛んで逃げて行く様な気がする千雨である。

 

 それはともかく、朝食を食べた後に千雨は3班の班部屋に戻り、窓際に座ってぼーっとしている風体を装って、光一たちと体内無線で通話していた。

 

『なるほど、狙われそうなのは近衛木乃香嬢と、あとは魔法先生であるネギ少年、他の魔法生徒たちは、敵からすると若干優先度は落ちるのかな?』

 

『だと思います。とりあえず、普通に班ごとに分かれて動き回るはずですんで……。わたしはいいんちょに一言入れて、班を離れて近衛の方に行こうかと思います』

 

『ソレナラ、ネギ少年ノ方ニハ、ダイガ付イテクノラ』

 

『了解だ。俺とリープは、とりあえず京都の中央近辺で、いざと言う時には何処にでも急行できる様にするよ』

 

『お気をつけて、長谷川さん』

 

『サンキュ』

 

 通信を閉じた千雨は、出掛ける準備をするために立ち上がった。

 

 

 

 千雨は舌打ちする。

 

(ち、人が多過ぎる。敵の位置はわかってるが、おおっぴらに反撃するわけにも行かねえ……)

 

 彼女は木乃香と刹那、早乙女ハルナらと共に、京都の町中を走っていた。流石にハルナや木乃香がいるため、速度はたいした事は無い。人間体であるとは言え、マシナリーである千雨であれば、ついて行くのに苦労は無い。

 

 しかし時折刹那や木乃香に向かって投擲(とうてき)される、暗器が厄介である。暗器を投げる『敵』は、千雨から見ればその位置取りはセンサーでしっかり掴めている。だが他の面々からすれば、『敵』は何処に居るのかわからないだろう。

 

(ちっくしょ、あのゴスロリ女め……。迷惑な……)

 

 そう、暗器を投げて来る『敵』は、白いゴスロリ風の少女であった。そこまでしっかり捕捉しておきながら、この人混みのせいで反撃もままならない。高速転移して攻撃する事も考えたが、衝撃波とか出たらまずいし、相手が楓レベルの技量があった場合は超音速無しだと派手に立ち回る事になる。しかしこの人混みの中で派手な攻撃は、できれば避けたい。

 

(地味な攻撃方法って、わたしは結構少ないんだよなあ……)

 

 突然ハルナが叫ぶ。

 

「あれ!? ここってシネマ村じゃん! 何よ桜咲さん……。シネマ村に来たかったんだ~!? そうならそうと言ってくれれば」

 

「すいません! 早乙女さん、長谷川さん! わ、私、このか……さんと、ふ、二人きりになりたいんです!! ここで別れましょう!!

 お嬢様、失礼!」

 

「ふえ?」

 

 そしてこれも突然、刹那が木乃香を横抱き……所謂(いわゆる)お姫様抱っこにすると高々と跳躍し、シネマ村の壁を越えて中へと入ってしまう。千雨はちょっと頭が痛かった。

 

(いや、緊急事態なのは分かるけどよ。誰かにこのジャンプ力見られたらどうすんだよ。ここは麻帆良じゃねえぞ。あと、シネマ村の料金……。いや、今の状況で入場の列に並ぶのヤバいのは分かるが……。

 !? 追手のゴスロリも、ジャンプして壁越えやがった!? ち、仕方ねえ。嗚呼(ああ)、わたしも非常識になったもんだ……)

 

 千雨はハルナからこっそり離れると、人目の無い場所でこれもジャンプで壁を越える。後には『女の子同士で二人っきり……。まさか?』とか桃色の妄想に浸るハルナだけが残された。

 

 

 

 千雨は忍者装束の衣装で、シネマ村の中を歩いていた。ちなみに何故忍者装束かと言うと、顔を隠すのに丁度良いからだ。なおこの姿は仮装ではなく、物陰でマトリクスを書き換えて変身した物であった。彼女は体内無線で、光一たちと連絡を取る。

 

『……と言うわけでして。今、そのゴスロリ女を、かなり離れたところから追ってます。人間体でのセンサーの有効範囲ぎりぎりなので、流石に桜咲レベルじゃないかと思われる相手からも気付かれてない……気付かれてないとは思うんですが』

 

『こっちは今、シネマ村に入ったよ。俺も忍者風の外見にマトリクスを書き換えてる』

 

『わたしは忍犬風ですね。と言うか、動物連れてシネマ村に入る訳にはいかないので、わたしも不法侵入ですが。ちょっと申し訳ないですね』

 

 そこで、猫型マシナリーのダイが割り込んで来る。ダイはネギたちの後を()けて行ったのだ。だがあちらでも、何かしら騒ぎがあった模様だ。

 

『ネギ少年ハ、敵襲ヲ何トカ切リ抜ケタ……。タダ、何ヤラ結界トカ言ウノニ閉ジ込メラレテ、シバラク出ラレナカッタノラ。

 襲撃者ノ子供ヲ叩キノメシタ後デ、ユックリ魔力感知? トカノ魔法使ッテ、結界ノ重要部サガシテ、破壊シタミタイ』

 

『そっか。ダイは手出しとかしなかったのか?』

 

『チョットダケ、ヤッタ。ネギ少年ハ、ダイガ長谷川ト一緒ニ以前吸血鬼カラ助ケタノ、憶エテタノラ。

 ソレト、チョットダケ、マズイ。4番綾瀬夕映ト、27番宮崎ノドカ。コッソリト、ネギ少年ヲ()ケテ来テタ……。デモッテ、2人ニ魔法ガ、バレタノラ』

 

『おう、ジーザス……』

 

『それは、不味いな……』

 

『2人ハ魔法ノコト、内緒ニスルトハ言ッテイタケド……。ダケド、見タトコロ、興味シンシンナノラ』

 

 千雨は内心で、頭を抱える。夕映とのどかの2人が魔法に興味を持ち、魔法を学びたいとか言い出したらと思うと、頭が痛かった。可能であれば、後々で太い釘を刺しておく必要があるかも知れない。しかしどの様にして、釘を刺したものか。

 

『長谷川、その件は後で考えた方がいい。今は……』

 

『そうでした。……!? あのゴスロリ女が、この間の晩に出た敵の呪術師と、あと白髪の少年みたいな奴と、落ち合いました! く、ちょっと声が聞き取れない……。近寄って……』

 

『いや、それは危険だ。やめておいた方がいい。それより、そいつらの画像を転送してくれるかい? ……幸い、ここはシネマ村だ。痛手を与えて追い払うぐらいの事は……』

 

『何をやるんです?』

 

『そうだな。こう言うのは、どうだい?』

 

 続いた光一の台詞に、千雨は一瞬唖然とした。だがまあ『いい考えかも知れない』と同意し、彼女は『準備』を始めた。

 

 

 

 刹那と木乃香の追手である月詠は、うきうきとする心そのままに、弾む足取りで歩いていた。彼女は戦闘中毒(バトルジャンキー)である。それが故に、京都神鳴流の剣士として彼女の先輩格である桜咲刹那との、血で血を洗う様な戦いを彼女は望んでいた。

 

 そしてここシネマ村では、唐突に客を巻き込んでの即興劇が始まったりする。それにかこつけて、彼女たちはその劇の振りをして、刹那と木乃香を襲撃するつもりなのだ。それならば、衆人環視の中でもやり様があると言う物だ。

 

 彼女は式神に操らせた馬車に乗り込もうとする。この馬車で、刹那と木乃香の前に現れて宣戦布告を叩きつけるつもりだった。

 

 そして突然、馬車と月詠の間に、2体の影が姿を現す。彼女はしかし、すかさず二刀を構えて誰何した。

 

「何者どすえ!?」

 

「ドーモ。何処ゾノ貴婦人=サン。謎のニンジャです」

 

「ワン」

 

 目の前で、忍者装束の少女? らしき人物が、忍犬と共にオジギをしている。月詠は唖然とする。彼女は神鳴流剣士であるが故に、ニンジャの儀礼を知らないらしい。いや、これはフィクションのニンジャの儀礼であるから、長瀬楓であっても知らない可能性が高いが。

 

 謎のニンジャは、素手で構えを取ると高らかに言った。

 

「やあやあ、とある筋からの依頼で、お主を誘拐するでござるよ! いざ尋常に勝負!」

 

「あ、あら~? ウチはこれから忙しいので、お相手してられまへんのんやけど~」

 

 そう言いつつも、月詠は焦っていた。これから即興劇のフリをして、刹那と木乃香を追い詰める予定だったのだが、その即興劇に自分が巻き込まれるとは。

 

「そう仰らずに。では参りますぞ!」

 

「ワン!」

 

 謎のニンジャと忍犬は、一斉に飛び掛かって来る。峰打ちはやった事無いんやけど、と困りつつも、月詠はその双刀を振るった。ここで役者もしくは観光客を、血の海に沈めるわけにはいかない。彼女は内心で血の涙を流しつつ、相手を斬殺する事を断念、峰打ちで斬りかかった。

 

 そして目の前で、謎のニンジャと忍犬が消える。次の瞬間、月詠の双刀が砕け散り、懐の暗器もまた打ち砕かれた。同時に彼女の体幹にも、染み通る様な深いダメージが与えられる。彼女はかろうじて、動けなくなる様な致命的ダメージだけは避けた。これは、相手の攻撃の気配が荒かったので、何とか読み取れたためだ。ちなみに忍犬の攻撃の気配は、読み取れなかったが。

 

「な……!? 徒者(ただもの)ではありまへんな……?」

 

「誰が徒者(ただもの)だと言ったでござるか? ……一般人の多数いる修学旅行生に、下衆ないやがらせしやがって。迷惑なんだよ」

 

「!!」

 

 姿を再度現した謎のニンジャの言葉に、月詠は内心舌打ちをする。この敵は、本当の意味で『敵』だったのだ。そして彼女は、相手のお芝居に乗って、この場を逃げ出す事に決めた。

 

「ふふふ、残念でしたなあ。ウチは影武者どすえ~。本物の貴婦人さんは、今頃は遠くへ逃げとりますわ~。それでは~」

 

「なんと! それは大シクジリ!」

 

「ワン」

 

 そして月詠は大きく跳躍して、その場から逃れた。刀も暗器も失った今、素手でも戦えない事は無いが、それでは先輩との心躍る戦いにはならない。流石に刹那相手に、勝ち目は無い。身体にも、大きなダメージを受けた事でもあるし。

 

 視界の端に、別のニンジャに雇い主の天ヶ崎千草がこっぴどくやられて、白髪の少年魔術師、フェイト・アーウェルンクスの水を使った転移魔法で逃げ出すのが見えた。

 

 

 

 謎のニンジャもとい、千雨は溜息を吐いた。城の天守閣ではこちらに向かい、光一扮する謎のニンジャMk-Ⅱが手を振っている。光一もまた、即興劇にかこつけて千草たちに戦いを仕掛け、流石の貫録勝ちで式神や使い魔などを消滅させ、相手を撤退に追い込んでいたのだ。

 

 千雨もまた、光一に手を振る。光一は頷くと、姿を消した。千雨もまた適当な物陰で千雨本来の制服姿に戻ろうと考える。と、そこへ、今の様子を観衆たちと遠巻きにして観ていた、刹那が声を掛けて来た。彼女の後ろには木乃香も居る。

 

「あ、貴女は……」

 

「……奴らは一般人を巻き込む事を、さほど気にしちゃいないぞ。人混みに紛れるのは、ある意味悪手だ」

 

「ワン」

 

「その声! 『ディー・エイト』さん!?」

 

 そう、千雨は自分の声にエフェクトを掛け、『ディー・エイト』の声にしていたのだ。と言うか、声ぐらい変えていなければ口調とか同じだし、即座に正体がバレる。

 

 そして刹那は千雨の言葉に何か思う事があったのか、考え込む。彼女は月詠が、今まで刹那たちを追っていた『敵』だと言う事は、重々理解している。そして彼女は木乃香に言った。

 

「お嬢様。今からお嬢様の御実家へ参りましょう。神楽坂さんたちと合流します!」

 

「え……」

 

(なるほど、近衛詠春さんの庇護下に入るつもりか。今の事情なら、一番手堅い手段だな)

 

 千雨と忍犬のフリをしたリープは、その場から高速転移で姿を消した。周辺の観客から、おおお~~~! との声が上がった様だが、それは彼女らの知るところでは無かった。




天ヶ崎千草たちは、自分たちが攻撃する側であって、攻められる側だとは思っても見なかった模様。襲撃計画は、もろくも崩れ去りました。まあ人間体であっても、加速率低くていいなら高速転移使えますし。

ちなみにネギ君も、ダイの手助けはちょっとありましたが無事に小太郎君との戦いを切り抜けてます。原作とは違い、ネギ戦後に獣化した小太郎君はダイにコテンパンにされました。その後で、ゆっくり結界からの脱出方法探しまして。魔法感知系とかの魔法、たぶんネギ君使えますよね? 使える事にしておきます。結界に引っ掛かった当初は、テンパッてて思いつかなかったって事で。

ちなみにバタフライ効果的に、夕映はのどかと共にネギを追いました。そして朝倉とか早乙女は桜咲を追いません。追えません。なので、木乃香の実家に行く人の数は、減ります。


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Episode:18『infinity』

 シネマ村で『敵』の一味を追い払った後、千雨は余った自由行動時間を消化するために、光一とリープと共に京都の街を歩いていた。彼女は体内無線による通信で、光一たちへ話し掛ける。

 

『光一さん、リープ、とりあえず追い払えたけど、奴らまた来ると思いますか?』

 

『まあ、まだ諦めはしないだろうなあ。ただ奴らの狙いは、最大戦力をこちら側に振り向けた事でも分かる様に、おそらくは木乃香嬢だね。次点でネギ少年か』

 

『そんなところでしょうね。ネギ少年の方には、あちらもかなりの実力とは言え、子供1人とそれに操られる式神が送り込まれただけの様ですし』

 

『奴らは、関西呪術協会でも主流派じゃないんでしょうね?』

 

『だと思うけどね。主流派でも東が気に入らないのは多いだろうけれど、それでも消極的にとは言え、東西協調に賛成、と言うよりは目を瞑っている面々が多いはずだよ。そうでなければ、近衛学園長の娘婿が長でいられるわけが無い。

 少なくとも、東と正面切って争いたくは無いんだろうさ』

 

 付け加える様に言われた一言に、多少は安堵した千雨だった。だがリープの一言で、千雨は再度不安になる。

 

『しかし油断はできませんね。魔法の秘匿とやらを軽視し、あるいは無視してでも襲って来る連中がいる以上は。その行いからして、強硬派と言うよりは過激派でしょう。ああ言った輩は、何をやるか分からないだけでなく、何をやってもおかしくありません』

 

『だよなあ……』

 

「さて、とりあえず昼食にしようか。やっぱり京都なら湯豆腐か、それとも湯葉がいいかな。鱧料理って手もあるよなあ」

 

「あ、はい。じゃあちょうど、そこにガイドブックに載ってた店がありますから、そこにしましょうか」

 

 普通に声に出して、千雨は光一と昼食の相談をする。申し訳無いが、リープは店の前でリードに繋がれてお留守番だ。彼等は近場にあった、湯葉専門店へと入って行った。

 

 

 

 夕刻になり、千雨は光一たちと別れていいんちょたち3班の面々と合流、宿へと戻って来た。不思議な事に、宿にはネギ、明日菜、木乃香、刹那、のどか、夕映らの姿もあったが、ちょっとセンサーで調べて見るとどうやら偽者っぽかったりする。おそらく本物は、今晩は関西呪術協会の近衛詠春の庇護下に留まるのであろう。

 

(やれやれ……。これであの『敵』共も、あいつらに手は出せないだろう。いや、となれば腹いせにこっちの方にまた手出しして来るかもな。いや、ネギ先生や近衛に無理に手を出す可能性もあるか。過激派っぽいんだから。何やるか、わかったもんじゃねえ)

 

 鬱々(うつうつ)としながら夕食と入浴を終え、千雨は気合いを入れ直した。とりあえず彼女は自室で、体内のセンサーを人間体でも可能な限り研ぎすませ、周辺状況を探る。だがその集中は、突然の体内無線着信に破られた。

 

『光一、リープ、長谷川! 大変ナノラ!』

 

『ダイ!?』

 

『ダイ、どうしたんだ!』

 

『何が起きたんです』

 

 ダイの声に、千雨は返答を帰す。光一とリープも、自分たちが入っている宿から声を飛ばして来た。ダイは急ぎ事情を説明する。

 

『ダイハ、野良ネコノフリヲシテ、関西呪術協会ノ本山、炫毘古社ニ来テタ……。万ガ一、アノ過激派ドモガ自暴自棄ノ攻撃ヲ仕掛ケテ来ルカモッテ……。

 自暴自棄ドコロジャナカッタノラ。『(ヤツラ)』ノウチノ白髪ノ少年……。化ケ物ジミタ凄腕ナノラ。本山ノ面々ヲ、ホトンド全員……ネギ少年ト一緒ニ来タ子マデ含メテ、魔法トヤラデ石ニシテシマッタノラ。ソシテ悠々ト、木乃香嬢ヲ攫ッテ行ッタノラ』

 

『『『!!』』』

 

『カロウジテ、ネギ少年ト桜咲刹那、神楽坂明日菜ハ無事。攫ワレタ木乃香嬢ヲ追ッテル。ダイモ、隠レテソレニ付イテイッテルノラ。ケレド近衛詠春以下、関西呪術協会ノ面々ハ、全員石ニサレテル』

 

『ダイ、ビーコンを出しててくれ。今すぐそっちに行く』

 

 光一はすかさず答えた。千雨も同じく答えようとしたとき、彼女に声が掛けられる。

 

「長谷川殿」

 

「うわっ!? な、長瀬か」

 

 声を掛けて来たのは、楓だった。いつの間にやら3班の班部屋に入って来ていた彼女は、わざと足音を立てて千雨に近寄って来る。その表情はいつも通り柔和な笑みを浮かべていた。だがその細い目は、真剣な光を湛えている。

 

「長谷川殿……。この様な事をお願いするのは、少々心苦しいのでござるが……」

 

 そして楓は小声で、しかしはっきりと言う。

 

「……『ディー・エイト』殿の力を借りたいでござる」

 

「!!」

 

夕映殿(ウチのリーダー)が、今しがた何やら()()()()に巻き込まれて、大ピンチらしいのでござる。ネギ坊主らも……。

 どうか、『ディー・エイト』殿に()()()()()()いただけまいか?」

 

 あえてこの場合でも、千雨と『ディー・エイト』が別人だと言うスタンスを崩さない楓の律儀さに、千雨は苦笑する。

 

「任せろ。って言うか、『ディー・エイト』も今しがた、仲間からの連絡を受けてな。異常を察知したとこだ。言われなくても、出るところだった」

 

「そうでござったか……。かたじけない。では拙者は、お先に行くでござる」

 

 見遣ると、半開きになった班部屋の扉から、古菲と龍宮真名が覗き込んでいる。たぶん彼女らも楓と共に行くのだろう。楓は踵を返すと、急ぎ部屋を出て行く。

 

 そして彼女たちが部屋を出ると、千雨もまた急ぎ窓を開けて、戦闘形態に変わると外へと飛び出した。

 

『光一さん! リープ! ダイ! わたしも今から行きます! 今しがた、長瀬から応援頼まれました!』

 

『……今回の敵、白髪の少年は強敵みたいだ。特に、魔法で呼び出す他者を石化させる煙には、充分気を付けるんだ』

 

『はい!』

 

 そして加速装置を使い、千雨は駆け出した。

 

 

 

 今、ネギは窮地の真っただ中に居た。遅延呪文(デイレイ・スペル)を用いて白髪の少年の隙を突き、『魔法の射手(サギタ・マギカ)戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)』でその自由を奪ったまでは良かったのだ。だが天ヶ崎千草が木乃香の魔力を使い、行っていた召喚の儀式はほんの僅かな差で完成していた。

 

 そして二面四手の巨躯の大鬼『リョウメンスクナノカミ』が姿を現す。下半身が未だ出現していない状態ですら、全高が40m近いそれは、ネギの現状における渾身の最大魔法、『雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)』すらもあっさりと弾き、傷一つ負わせられない。千草の嘲笑が響き渡る。これで怖い物は無いと。これで東に巣食う西洋魔術師に、一泡吹かせられると。

 

 全霊の力を使い尽し、(くずお)れるネギに、更に脅威が迫る。『戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)』を破った白髪の少年魔術師が、冷徹な視線と共に迫りつつあったのだ。

 

「善戦だったけれど……。残念だったね、ネギ君……」

 

 力を使い果たしたネギに、できる事は残っていない。オコジョ妖精カモは、何か手は無いかと必死に考えを巡らせる。だが手詰まりだ。

 

「殺しはしない。……けれど、自ら向かってきたということは相応の傷を負う覚悟はあるということだよね。

 体力も魔力も限界だね。よく頑張ったよ、ネギ君……」

 

 白髪の少年が迫る。が、彼は突然視線を明後日の方向に向けた。

 

「……!?」

 

ドゴゴゴゴゴゴオオオォォォン!!

 

 次の瞬間、爆炎が『リョウメンスクナノカミ』の胴体に炸裂する。猛烈な衝撃に、その巨体が揺らいだ。千草が悲鳴を上げる。

 

「あひゃあああぁぁぁ!?」

 

 更にその『36発のペンシルミサイルの炸裂』に続き、『焦点温度数十万度の高出力レーザー』が、『リョウメンスクナノカミ』の胴体に突き刺さる。『リョウメンスクナノカミ』は大きくダメージを負い、絶叫を上げた。

 

ごあああぁぁぁあああ!?

 

 その上に、次の瞬間はるか彼方から飛来した砲弾が、『リョウメンスクナノカミ』の4本ある腕のうち、1本を抉って千切り飛ばした。たまらず『リョウメンスクナノカミ』は、身もだえる。

 

ぐがあああぁぁぁあああ!!

 

「な、なにが起っとるんや!? なんで、なんでスクナが……!!」

 

 そして黒い影が、白髪の少年魔術師とネギの間に出現する。高速転移を解除したその姿は、千雨の……『ディー・エイト』の火力戦形態であった。ネギは叫ぶ。

 

「で、『ディー・エイト』さん!?」

 

「ネギ少年、ちょっと下がってろ。あんたの事考えながらだと、ちょっとやってらんねえ敵だ。……あのデカブツよりも、下手すりゃこいつ1人の方がヤベえ」

 

「!! わ、わかりました!」

 

 そう、『リョウメンスクナノカミ』を襲ったミサイル連打と高出力レーザーは、千雨が撃ち放ったものだ。そして『リョウメンスクナノカミ』の腕を1本千切ったのは、光一……『8マン・ネオ』が撃った、『電磁加速砲(レールガン)』である。その砲弾の速度は、秒速12.5km……。マッハ36.7の恐るべき速度で敵を撃ち抜く、超兵器だ。

 

 しかし光一に言わせればソレは……。『かつての仲間、大事な友が俺に遺してくれた、大切なマトリクス……。大切な『能力(チカラ)』だ』と言う事らしい。千雨はその言葉を語った光一の目に宿った光が、涙に見えた。

 

 本来は千雨のボディ『16th』にも、そのマトリクスは転写されているらしい。だがそのあまりの破壊力故に、訓練場所も無く、ぶっつけ本番で用いるのは躊躇(ためら)われた。千雨はそれ故、自分ではそれを用いずに、自身の視界情報を光一に送信(おく)る事で、『電磁加速砲(レールガン)』の照準役を務める事にしたのだ。

 

 そしてネギが後方に下がる。千雨は、再度高速転移し、加速状態になった。

 

 

 

 千雨は口の中だけで、台詞を吐き捨てる。

 

(ち、やりづれえ……)

 

 今、千雨は必死で加速したまま、白髪の少年と戦っていた。白髪の少年は、『リョウメンスクナノカミ』の2本目の腕が吹き飛ばされた時点で、純粋に気配から『千雨が視線を向けた』場所が撃たれている事に気付いた模様だ。そしてあたり構わずに石化の毒煙を放ち、『リョウメンスクナノカミ』への視線を遮って照準をさせない様にしている。

 

 一方で千雨の側からすると、ミサイルは今の所撃ち尽くし、レーザーを使うのはオーバーキル過ぎてまずい。超音速形態になって衝撃波(ソニックブーム)で攻撃しようかとも考えたが、後ろに下がったとは言えどネギが近場に居ては攻撃範囲が大雑把(おおざっぱ)衝撃波(ソニックブーム)は危険すぎた。

 

 更に言えば、素直にぶん殴っても見たのだが、この相手はエヴァンジェリンの全開状態の物に匹敵する強度の馬鹿げた魔法障壁を展開しており、全力でやらねばそれを破るのは困難である。そしてうかつに白兵戦をしては、エヴァンジェリンの時と同様に敵の罠にかかる可能性もある。

 

(くそ、ダイかリープのどっちか、ここに連れて来ておくんだったか? そうすれば、光一さんの照準役をそっちに任せられたのに……)

 

 猫のマシナリーであるダイに、犬のマシナリーであるリープは、実は明日菜、刹那、真名、古菲らの支援に置いて来たのだ。明日菜たちは千草が足止めのために木乃香の魔力を使って召喚した、100体ほどの鬼の群れと戦闘中だったのである。千雨たちはネギを助けるために先行したのだが、ダイとリープは明日菜たちを助けるために、置いて来ざるを得なかったのだ。

 

『長谷川! 照準役無しじゃ、長距離で『電磁加速砲(レールガン)』を使うのは危険だ! 今からそっちへ行く!』

 

『すいません、光一さん!』

 

 千雨は体内無線で、光一に答える。そう、『電磁加速砲(レールガン)』を精密照準無しで撃てば、『リョウメンスクナノカミ』は倒せるやも知れない。だがしかし、その頭部付近に浮いている、捕らわれの身である木乃香の無事は、保証できない。

 

 千雨がここまで来たのは、ネギを救う目的もあったが、近距離で照準と着弾観測をするためもあったのだ。光一は千雨が危険すぎると苦言を呈したが、千雨が強引に説き伏せて先行したと言う経緯がある。

 

 そして千雨は、『指向性電撃装置』で相手を気絶させる程度に威力を絞った電撃を、白髪の少年に向けて放った。だがそれは、曼陀羅模様の魔法障壁に阻まれる。

 

(くそ、どの程度の威力でやれば障壁を破った上で、相手を殺さずに……!)

 

 千雨が敵を『殺す』気になったなら、おそらくは容易に相手を倒せたであろう。相手の魔法障壁は通常時透明である。おそらくレーザーを撃てば、高エネルギーを持っているコヒーレント光である以外は普通の光であるため、魔法障壁を素通しにして命中するはずだ。

 

 だがやはり、千雨……『ディー・エイト』の中身は普通の少女でしか無い。人間の姿をしている相手に、レーザーを撃つのは無理である。千雨は再度、先程よりも若干パワーを上げて電撃を放つ。そしてそれは、容易に白髪の少年の曼陀羅障壁に防がれた。

 

 そして、千雨の感覚からすると極めてゆっくりと、現実の時間では物凄い早口で、白髪の少年の唇が呪文を紡ぐ。高速転移している千雨の耳には、その呪文は届かない。しかし白髪の少年は確実に、石化の毒煙を発生する魔法を発動させた。

 

 そしてその発動地点は、後ろに退避したネギの傍らである。

 

「しまった!」

 

 一瞬千雨の頭が真っ白になる。そして彼女は疾走(はし)った。彼女の腕は、ネギをカモごと抱えて持ち上げ、石化の毒煙の範囲外まで運び去る。

 

 そして、彼女の脚が止まった。高速転移が解除される。

 

「く、ああ……」

 

「やはりネギ君を狙えば、放ってはおけなかった様だね」

 

 千雨の脚は、石化を始めていた。石化の毒煙を、強引に突っ切ったのだ。彼女は加速装置も()め、センサー類すらも絞って、全力をもって機能回復に充てる。だが、回復する速度よりも石化の進行速度の方が早い。

 

(まず、い……! このまま石になった、ら、し、死、ぬ?)

 

「ようやったでぇ! 新入り! ははは、危ういところやったわ! けれど……」

 

 千草の引き攣った笑声が、千雨には鬱陶(うっとう)しい。必死になって、石化の進行を抑え込もうとする。だが、石化は止まらない。脚から胴体、そして胸へと石化は進む。石化したからと言って、本当に死ぬわけでは無いのだが、そんな知識は千雨には無い。

 

(いや、だ!二度も、二度も死ぬのは……。いやだ!)

 

 千雨は胸の中で叫ぶ。

 

 

 

 そして恐怖がそれの引き金を引いた。

 

 

 

ピシッ

 

 

 

 何かがひび割れる。光一の声が体内無線で響く。

 

『長谷川あああぁぁぁ!!』

 

 

 

 周囲が、真っ白な光で埋め尽くされた。

 

 

 

 光一は叫ぶ。

 

「全員、逃げろおおおぉぉぉ!!」

 

「!!」

 

 白髪の少年……フェイト・アーウェルンクスは、石化の毒煙が足先をかすって足から徐々に石化しつつあるネギをカモごと一瞬で担ぎ上げると、虚空瞬動を連発して安全圏まで跳躍する。彼はネギを殺すつもりは無い。いや、人間を殺す事は禁じられているのだ。

 

 ようやく鬼の群れを殲滅し、明日菜たちと共に必死で駆け付けた刹那は、その情景を見る。直系30mほどもあろうかと言う光の半球が、湖の上の祭壇を中心にして発生するのを。その光球に、身体の半分以上を飲まれて絶叫している巨躯の大鬼、『リョウメンスクナノカミ』を。その頭頂部に、捕らわれの身の木乃香と、泡を食って動きが取れない天ヶ崎千草が浮かんでいるのを。

 

 刹那は瞬時に決断し、今の今まで隠し通していた、烏族のハーフである証の翼を広げて、大空に飛び立つ。忌子である証の、純白の翼を広げて。目指すは、護り抜くと誓った幼馴染、近衛木乃香のところだ。『リョウメンスクナノカミ』の躯体は、徐々に光の球体に飲まれて崩れて行く。このままでは木乃香も危ないのだ。

 

 光一……『8マン・ネオ』の視界には、1つのアイコンが浮かんでいた。それは『16th』と表示されている。千雨の身体(ボディ)であるアディッショナル・ナンバーズ・マシナリーの番号だ。しかしそのアイコンは徐々に(かす)れて消えて行き、別のアイコンが浮かび上がって来る。

 

「……『∞』だって!? 馬鹿な……。まさか……。『8th』以外に、存在したのか!? 『(インフィニティ)』システム! 『(インフィニティ)』システム実験機が! 『(インフィニティ)』システム搭載マシナリーが!! よりによって、それが『16th』だった!? まさか、そんなまさか!!」

 

 彼の足元には、リープとダイが駆けつける。だがその彼らもまた、呆然とその様子を眺めているしか無い。

 

ごがあああぁぁぁあああぁぁぁ!?

 

 そして『(インフィニティ)』システムの暴走に巻き込まれた『リョウメンスクナノカミ』は、必死でもがき逃れようとするも、徐々に光の球体に浸食されて喰らわれて行く。そんな中を白い翼が、必死で幼馴染を救わんと飛翔した。




さて、ついに『(インフィニティ)』システム、発動してしまいました。でも、これはまだほんの序の口。バルブがちょっと緩んで、エネルギーが1滴漏れた程度の事です。

被害者は、『リョウメンスクナノカミ』さん。ご愁傷様です。そしてフェイト、心ならずもネギ君が死にそうだったので、助けました。

さて、ストーリーはできてるけど、文章的にまとめるの、次回大変だなあ(笑)。


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Episode:19『infinity×2』

 刹那は羽ばたく。夜空を斬り裂いて飛翔し、一気に『リョウメンスクナノカミ』頭部で捕らわれの、木乃香のところまでたどり着く。そしてパニックになっている千草を蹴り飛ばし、木乃香を奪取、救出した。

 

 そして刹那は呪文を唱え、木乃香の額に貼り付けられた呪符を解呪して剥がす。木乃香はゆっくりと眼を開いた。

 

「あ、せ、せっちゃん……」

 

「お嬢様! いま少しのご辛抱です! 今、皆のところへ……」

 

「せっちゃん……。えへへ、やっぱり……。助けに来て、くれたんやなあ……」

 

「え……」

 

 木乃香は笑って言う。

 

「綺麗な……。翼やなあ……」

 

「お嬢様……」

 

 刹那は一瞬、何時までもこうして飛んでいたい気持ちになる。だが視界の端に、巨大な光球とそれに飲まれて喰われつつある『リョウメンスクナノカミ』が映ると、自分を取り戻した。彼女はゆっくりと、湖岸の人々が集まっているところへ向かい、飛んだ。

 

 

 

 ちなみに蹴り落とされた千草は、なんとか光球の範囲外へ落ちて命拾いした模様である。

 

 

 

 湖岸には、光一、リープ、ダイら『8マン・ネオ』の関係者の他、明日菜、龍宮真名、古菲たち鬼と戦っていた者ら、楓と夕映に小太郎など他所で戦っていた敵味方、そして肝心のネギとあの白髪の少年魔術師が居た。そこへ木乃香を横抱きにした、刹那が降りて来る。

 

 真名がボヤく様に言う。

 

「やれやれ、普通ならオマエのその翼を見て驚かなきゃならんのだろうが……。あの光球のインパクトがでかくて、それどころじゃ無いな」

 

「そこな『ディー・エイト』殿に似た雰囲気の御仁。あれはいったい……」

 

「あれは『ディー・エイト』だ」

 

 楓の疑問に、光一は答える。楓の表情が、普段からすると信じられない程に強張った。光一は続ける。

 

「俺は死にかけた『ディー・エイト』に、あの特別な身体(ボディ)を与えて生き返らせた。それ以外に、方法が無かったから……。その事は後悔していない……。

 だが……」

 

「だが?」

 

「あのシステムが、あの悪夢のシステムが、あの身体(ボディ)に組み込まれていただなんて。それを知らずに、彼女にあの身体(ボディ)を与えてしまった事は……」

 

「そのシステムとは、何だい?」

 

 白髪の少年が問う。光一は、少々躊躇(ちゅうちょ)したが、しばしして答える。

 

「……『(インフィニティ)』システム。無限大とは言い過ぎかもしれないが、そのエネルギー量はおそらく最大に発揮されれば、世界を破壊し尽くすだけの物はあるだろう。その強大なエネルギーの発生と制御のシステムが『(インフィニティ)』システムだ。

 だがそれは、生半可な事で制御(コントロール)できる物じゃない事は、見ての通りだ。あれですら、水道のバルブが緩んで1滴が漏れた程度のパワーでしか無い。俺は彼女に、とんでもない重荷を背負わせてしまった……」

 

「た、助けなく、ちゃ……」

 

ゴトッ……。

 

 今の一言だけですら、必死で言ったのだろうネギが、しかし大地に倒れ伏す。慌てて明日菜がそれを助け起こした。

 

「ネギっ!!」

 

「あかん! どないしたんやネギっ!」

 

「で、『ディー・エイト』さんは……。今まで……。僕を、僕らを、何度も何度も助けて、くれ、ました……。今、『ディー・エイト』さん……が、ピンチなんで……」

 

「……まずいね。ネギ君の魔法に対する抵抗力が高すぎる。中途半端な石化により、体機能が機能不全を……。簡単に言えば、心臓まで石になったら、そこで脳に血流が行かなくなって死んでしまう。普通なら、一瞬で石化するから、石化解除まで保つんだが」

 

「「「「「「ええっ!?」」」」」」

 

 白髪の少年の言葉に、一同は慌てる。そしてネギと、湖上の光球との間を視線がいったり来たりした。どちらも急がねばならない。しかし、どちらも解決手段がわからないのだ。

 

 だが、白髪の少年が何やらモゴモゴと口の中で呪文を唱える。

 

「…………」

 

「え、あ。あ、あれっ!?」

 

 魔力の奔流が白髪の少年から迸る。そしてネギの石化が解除された。ネギは驚く。

 

「な、なんで君が僕を!?」

 

「簡単な事だよ。僕はある使命の元に働いている。千草さんに協力したのも、その一環だ。けれど、その使命において可能な限り、出来得るならば絶対に、死人を出さずに使命を全うしろとも命令を受けていてね。

 僕は使命を成し遂げるためならば、手段を選ぶつもりは無い。けれどその過程で死人を出したり、関係ない所で悪業に手を染めるつもりは毛頭無いんだ。増してや『リョウメンスクナノカミ』があのざまでは、今回の作戦は失敗だ。これ以上、悪事を働く意味も無い」

 

「……何故、それを教えるんだい?」

 

 ネギの問いに、白髪の少年は肩を竦める。

 

「最後には勝てなかったとは言っても、何度も僕の予想を覆してくれたネギ君への敬意さ。ただの子供だと見くびっていた事は、改めてお詫びしよう」

 

「……改めて、僕はネギ・スプリングフィールド。君は?」

 

「……フェイト・アーウェルンクスと名乗っている」

 

 そしてネギはフェイトに問う。

 

「フェイト。君にはあの現象をなんとか収めて、『ディー・エイト』さんを救出する方法はあるのかい?」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

「無いね。だけど、その技術も、知識も、持っているのは彼等だけだろう」

 

「「「「「「!!」」」」」」

 

 一同は、敵であるフェイトに助けを求める姿勢を見せたネギの台詞に驚くが、素直に答えたフェイトにも驚く。フェイトの視線は、光一たち3体のマシナリーに向けられていた。

 

 そして光一は頷いて湖に向けて歩き出す。彼の行く手では、ますます光度を増した光球に、『リョウメンスクナノカミ』が飲まれて消滅するところだった。楓が光一に問いを投げかける。

 

「貴殿! ご尊名をお伺いしても!?」

 

「……俺は『8マン・ネオ』、『8マン』の系譜に連なる者にして、彼の志を継ぐ者だ」

 

「!! 『8マン・ネオ』殿! は、いや『ディー・エイト』殿を助けてくだされ! 彼女は拙者の『友』でござれば! 本当であらば、自ら助けに飛び込みたいでござるよ。けれど……」

 

 光一はちょっと振り向くと、楓の言葉に笑みを浮かべながら言った。

 

「それは残念ながら、自殺行為だ。だから、同じく『(インフィニティ)』システムを持っていて、なんとかできる俺が行って来るさ。君は『ディー・エイト』が帰って来たら、変わらずに『友達』でいてやってくれ。

 彼女には、1つでも多くの『(きずな)』が必要だ。いろんな意味でね。さて……」

 

 その言葉と共に、光一の……『8マン・ネオ』の姿が変わる。まるで炎が人型を取ったかの様なその姿は、恐ろしくも美しかった。光一が、自分の『(インフィニティ)』システムを発動させたのである。

 

 そしてその輝く人型は、水上を疾駆(かけ)て輝く光球の中心へと飛び込んで行ったのだ。

 

 

 

 光一は、自らの身体(ボディ)を物質でもエネルギーでも無い、その中間の不安定な状態に置いていた。この状態であるからこそ、『8マン・ネオ(こういち)』は凄まじいエネルギーが渦巻く、『ディー・エイト(ちさめ)』が発生させた光球の中で存在を続けていられるのだ。

 

 そして光球の中心で、彼はすっかり石化も解けて仰臥している『ディー・エイト』……千雨の姿を見つける。だが千雨は、ぴくりとも動かない。良く見ると、その身体は『8マン・ネオ(こういち)』同様に、光り輝いて若干輪郭がぼやけていた。

 

 光一は千雨の傍らに(ひざまず)くと、その顔を覗き込む様にした。そして光一の額から、通信用レーザーが発射される。それは千雨の額に照射された。光一は千雨の精神にダイブしたのである。

 

 

 

 そこは暗い闇の中だった。とても肌寒い場所だ。その真ん中に、ぽつんと少女が座っていた。

 

「長谷川……」

 

 その少女は千雨であった。膝を抱えて、しくしくと泣いている。そして彼女の身体には、幾重にも有刺鉄線(イバラせん)が巻き付けられて動きを封じている。

 

「これは……。長谷川のトラウマか。無論、死にかけた恐怖も混じってはいるんだろうけれど、それだけじゃない……。周囲の無理解と、それに対する諦め。代償行為による自己肯定。けれど本人も、それが代償行為だと理解してしまう聡明さを持ったのが不幸。そしてそれが更なる諦めを呼んで……。

 それを『(インフィニティ)』が引っ(つか)んで、無理矢理に具象化した……のか」

 

 光一は、手を伸ばして有刺鉄線(イバラせん)に触れる。有刺鉄線(イバラせん)のトゲが、彼の手を刺して激痛が走った。だが光一は怯む事無く、有刺鉄線(イバラせん)を引き千切る。

 

「長谷川! 聞こえるか長谷川!」

 

「うえぇぇ……ん。ひくっ……。えええぇぇぇん……」

 

「長谷川っ!!」

 

 泣いていた千雨が、しゃくり上げながら顔をわずかに上げる。その視線が、光一を捉えた。

 

「長谷川、迎えに来たよ。さあ、ここから出よう」

 

「だ、め……なんです。痛くて、トゲが……。動け、ない……」

 

「その有刺鉄線(イバラせん)は、長谷川が自分で創り出した物だ。長谷川がその気になれば、自分で消す事ができる」

 

 だが、有刺鉄線(イバラせん)は消えない。光一は言い募った。

 

「一瞬だけでいい。勇気を出して……! 俺だけじゃない、君を『外』で待ってる者がいる! リープ、ダイだってそうだ。ネギ少年も君を助けたいって! それに長瀬楓さんも、自分じゃ物理的に無理だから、俺に頼んで来た! 君を助けてくれって!」

 

「長瀬……?」

 

「そうだ! 皆、君を待ってる! 思い出せ! 『君は一人じゃない』んだ!!」

 

「……!!」

 

 そして有刺鉄線(イバラ線)が千切れ飛ぶ。千雨の身体にも、多数の傷は出来た。だがそれでも、ほんの一瞬の間だけであっても、勇気が諦念と精神外傷(トラウマ)を僅かに乗り越えたのだ。

 

 

 

 そして、周辺(あたり)は光で満ちた。

 

 

 

 湖上の光球から、爆発的に光の柱が立ち昇る。それを息を飲んで見つめていた一同だったが、次の瞬間光球が消滅したのを見て、安堵の溜息を洩らした。そして湖の水面を疾走(はし)り、『8マン・ネオ(こういち)』が戻って来る。

 

 水は流体であり、加速状態の超高速からすればコンクリート級の硬さとして扱えるため、彼からすれば水の上を疾走(はし)る事は造作も無い。その両腕には、『ディー・エイト(ちさめ)』が横抱き(おひめさまだっこ)にされていた。

 

 リープとダイが走り寄る。そして楓が駆けた。

 

「彼女は無事でござるか!?」

 

「ああ、大丈夫。まだちょっと身体が麻痺してるけど、意識もあるよ」

 

「よかった……。本当に、よかったでござるよ……」

 

 光一の言葉に安堵した楓は、ふるふると震える手を伸ばして来る千雨に、その手を握りしめる事で応えた。

 

 ここでフェイトが口を開く。

 

「さて、空気読めてない様で悪いけれど。僕は行くよ。今回の計画失敗を、報告しないといけないからね。もしかしたら、二度と会わないかも知れないけれど……。と言うか、会えば戦いになりかねないから、会えない事を祈ってるよ」

 

「このまま捕まってくれてもいいんだけど?」

 

「そうもいかないよ、ネギ君。僕らには、僕らの正義がある。十二億の人々を救わなければならない。そのために、また幾つもの悪を犯さなければならないとしてもね。

 それじゃ……」

 

 

 

バシャッ!

 

 

 

 フェイトの姿は一瞬で、水に化けて消えた。

 

幻像(イリュージョン)……。小太郎君は、どうするの?」

 

「俺は楓姉ちゃんに負けたからな。素直に捕まるとするわ。かー、貧乏くじ引いたわ。牢屋でも、日曜朝のライダーは観せてもらえるやろか?」

 

「「「「「「いや、無理じゃね?」」」」」」

 

「そやろなあ……」

 

 そして千雨を抱えた光一、リープ、ダイが言葉を発する。

 

「さて、俺たちも今日の所は去るとしようか」

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

「ナントカナッテ、本当ニ良カッタノラ」

 

 刹那と木乃香、明日菜が頭を下げる。

 

「お陰様で、本当に助かりました!」

 

「ほんとやえ。なんてお礼言うてええか……」

 

「ほんと、今回は助かりました! って言うか、前の吸血鬼騒ぎのときのお礼も満足にしてないのに……」

 

 真名と古が口を開く。

 

「やれやれ。結局わたしの働き分はどれくらいに見積もればいいのかな。刹那に請求する額はどれだけにすればいいやら」

 

「うーん。今回の件で、ワタシも修行不足を実感したアル。あの巨大怪獣や、あの光球に立ち向かうにはどれだけ鍛えれば良いアルかね?」

 

「「「「「「いや無理だろ」」」」」」

 

 全員のツッコミが入る。そしてツッコミを入れた1人、夕映が言った。

 

「しかし頭がパンクしそうなのです。魔法とかあまりにファンタジックで、ちょっと浮かれていたのですが……。いきなりソレを超越する超科学の現象……」

 

「済まないけど、この件に関しては出来る限り口にチャックしてくれると嬉しいかな。それと……。

 魔法がファンタジーだなんて、思わない方がいいよ。魔法は俺たちが知る限り、極めて現実的な、『暴力』の道具だ。そうじゃなければ、最低位の基本魔法に『魔法の射手(サギタ・マギカ)』なんて『攻撃魔法(ころしのどうぐ)』があるはずが無い」

 

「「……!!」」

 

 夕映とネギが凍り付く。特にネギの動揺は大きい。今の今まで彼は、『魔法』が当たり前に存在する世界の住人であり、光一が語った様な事は思っても見なかったのだ。何の覚悟も無しに、極めて『普通』に、魔法を学び、身に着けて、そして何の気もなしにその『力』を……『暴力』を振るっていたのだ。

 

 子供たちの様子に、ちょっと申し訳なく思いながらそれでもその反応に満足し、光一は踵を返す。

 

「さて、俺たちも行くよ。それじゃ、また会う日まで」

 

「では皆さん」

 

「サヨナラ、ナノラ」

 

 瞬時に光一、リープ、ダイは高速転移して姿を消した。無論、光一の腕に抱かれたままの千雨も同様である。残された少年少女たちは、各々の思いを胸に、一様に溜息を吐いた。

 

 

 

 ちなみに数分後、ネギの影を(ゲート)にして、救援に来たエヴァンジェリンと茶々丸が出現したりする。来る前に、全てが終わったと知ると、エヴァンジェリンは荒れに荒れたそうだ。




なんとかかんとか、『(インフィニティ)』暴走は収める事ができました。楓さん、目立ってます。ボッチ気味な千雨の、大事な友人枠。上手く良い立ち位置を占めましたね。

フェイト、何とはなしに友好的な雰囲気で去ります。この事が後々にバタフライ効果を起こすか?

割を食ったエヴァンジェリン。クロスオーバー物とかだと、活躍場面を奪われる事が多いですよねー。特に『リョウメンスクナノカミ』戦で。


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Episode:20『修学旅行、閉幕』

 事件が終息した翌日の午前中、ようやくの事で体調が回復した千雨は、宿であるホテル嵐山の中を歩き回っていた。ちなみにネギ以下、関西呪術協会へ赴いた面々だが、まだ帰って来ていない。だが急遽救援に向かった真名、古、そして楓の3名以外は、関西呪術協会の呪術師による式神が身代わりとしてやって来ているので、心配は無いはずだ。

 

 そのはずだったのだが。

 

「……見なかった事にしよう」

 

 千雨は朝食や夕食などに使われるホールが妙に騒がしいので、怪訝に思ってそこに入りかけたのだが。そこの()()を目の当たりにして、すかさず180度回頭。急ぎ離脱する。

 

 そこでは先生部屋に行っているはずのネギ以外の身代わり式神である、明日菜、木乃香、刹那、のどか、夕映らの偽者が、ストリップショーまがいの事を行っていたのだ。まあ、こうなった事には理由はあるのだが。

 

 ネギたちの偽者は、関西呪術協会本山の呪術師たちが飛ばした式神である。しかしその術者たちは、当然ながらフェイトの手によって石化させられてしまっていた。つまり身代わりの偽者たちは、スタンドアローン状態で動いているのだ。

 

 そしてスタンドアローンの式神は、よほど丁寧に創られていない限りは、非常におバカさんなのである。その結果がコレであった。

 

 千雨はとりあえず携帯電話を取り出すと、楓に電話を掛ける。ちなみに番号は、先日教えてもらった。コール音が殆どしないうちに、楓が電話に出る。

 

『長谷川殿! 無事でござったか!?』

 

「おうっ!? あ、ああいや。なんか助けに行ったのに、返って心配かけちまって悪い」

 

『それは気にせんでくだされ。いや、『8マン・ネオ』殿は無事な様な事を言っていたでござるが……。やはり不安は不安でござったな』

 

「いや、そんならもっと早く電話してりゃ良かったな」

 

 ちなみに千雨は、もはや楓との会話で自分の正体を隠す様な言い方はしていない。それに気づいた彼女は、人目がある場所では注意しないとな、と自戒する。

 

「それでなんだが……。ネギ先生たちの身代わりに、関西呪術協会の人が式神飛ばしてくれた様なんだが……。えらい事になってるんだ。暴走して、ストリップショーやってる」

 

『ナント!? それはまずいでござるな……。今、帰還してきた腕利き術者たちが、のどか殿たちの石化解呪をやってるでござるから、それが終わり次第急ぎ帰るでござるよ』

 

「ああ、急いでくれ。待ってるぜ」

 

 ちなみにネギ型の式神もまた、何やら阿呆を先生部屋に振りまいているのだが、魔法先生である瀬流彦先生の尽力でどうにかなっている。千雨は知る由も無いが。まあ、そのおかげで新田先生などが見回りに来ていないので、ストリップショーもどきがバレていないのだが。

 

 そして千雨は、携帯電話を懐に仕舞うと、深々と溜息を吐いた。

 

 

 

 なんとか昼頃にネギたちが帰って来たのを確認、楓とそこはかとなくサムズアップを交わしたり、何故かエヴァンジェリンと茶々丸が中途合流してきたのに内心驚いたり、朝倉が班別の集合写真を撮ったりと、修学旅行四日目は騒がしかったが何事も無く終わる。まあ、『敵』の一味は壊滅し、基本的にそちら方面の心配はいらないのだが。

 

 そして千雨は、班部屋の窓際に座り、外を見ながら光一と体内無線で通話していた。内容は、当然の事ながら『(インフィニティ)』システムについてである。

 

『長谷川……。今言った通り、『(インフィニティ)』は不安定かつ危険なシステムだ。それどころか、未だ未解明な部分も多い。

 ……これは俺がかつて、先代の『8マン』……東八郎さんから、言われた言葉だ。『君は世界を破壊できる力を得た……。それは世界を救う責任を負ったという事だ……。その力、乗りこなせ……。そして私が今いる場所を目指すのだ……』と、ね』

 

『……世界を破壊できる力。世界を救う責任……』

 

『俺は、君に同じ言葉を語らねばならない。勝手にその身体(ボディ)を与えて置いて、ひどい話だと思う。だが……』

 

『光一さん』

 

 千雨は光一の言葉を遮った。そして彼女は言う。

 

『前にも言いましたけど、『口に出して約束しておけば、少しでも自分の気持ちに足しになるかも知れません』から、言っておきますね。この力、乗りこなしてみせます。約束しますよ。

 それに……』

 

『うん……』

 

『それにわたしは、『一人じゃない』……。そうでしょう?』

 

『!』

 

 千雨の言葉に、一瞬の驚きと、そして喜びの感情が伝わって来る。

 

『……ああ。ああ、そうだ! 君も俺も、『一人じゃない』んだ。東さんが俺に託した言葉だ。『忘れるな……。君は一人じゃない……』と』

 

『はい……。忘れません』

 

 光一の語る、初代『8マン』の言葉は、重厚さに溢れていた。初代『8マン』……東八郎は、本当に尊敬できる人だったのだろう、と千雨は思う。

 

 しばし沈黙が続いた。だが光一の声が、その沈黙を破る。

 

『長谷川。もう1つ、『(インフィニティ)』システムの事なんだが……。ああ、いや。俺や君の身体(ボディ)に組み込まれている2基じゃない。もう1基の、そしておそらく、と言うかそうであって欲しいんだが、この世界にあるかも知れない最後の『(インフィニティ)』の事だ』

 

『あと1基……ですか?』

 

『この世界にあるかどうか、本当のところはわからないんだけどね。俺がこの世界に来たときの話は、前にしたよね。『敵組織(ジェネシス)』との最終決戦において、俺、リープ、ダイは暴走する超エネルギーシステムをどうにか停めようと、それに身を投じたって。

 その結果、俺たちと、巻き込まれた未使用マシナリーであった『16th』が、この世界に放り込まれたわけなんだが……』

 

『超エネルギーシステム……。それが……』

 

 光一が、無線の向こうで頷く気配がした。

 

『ああ、最後の『(インフィニティ)』だ。基本、『(インフィニティ)』システムはマシナリーに搭載されて、それに宿った人の意志で制御される。今思うに、それはあまりに危険な『(インフィニティ)』を、人の意識で抑え込もうとしたのではないか、と俺は推測してるんだけどね。

 だけどその『(インフィニティ)』は、マシナリーに組み込まれていなかった。人の意識が介在しなければ、発動させるのすらも困難なはずなんだが、逆に発動してしまったらそれは制御するどころか、単純に抑え込む事すらも難しい』

 

『そんなヤバい物が、この世界に?』

 

『俺、リープ、ダイ、そして君の身体(ボディ)になっている『16th』がこの世界に来ている以上は、その可能性は高い。少なくとも、俺とリープ、ダイの見解は一致してるよ』

 

 千雨は息を飲む。

 

『もしそれが発見されたら、誰かの手に渡らないうちに始末してしまいたい。いや、破壊できる物かどうかすら分からないんだが……。破壊出来ない場合でも、誰かの手に入らない様に厳重な監視下に置いておきたいんだ』

 

『そうですね。それが良いと思いますよ。わかりました。お手伝いさせてください』

 

『済まない……。今の所、まったく見つかってないから、もしかしたらこの世界には来てない可能性もあるけれどね』

 

『だと良いんですけどね』

 

 その後、千雨と光一は2~3の雑談をした後、通信を閉じた。千雨は大きく溜息を吐く。自分の身体(ボディ)の中にある、暴走しかねない危険なエネルギーシステム『(インフィニティ)』。しかもそれ以外にも、マシナリーの身体(ボディ)に組み込まれていない『(ナマ)』の状態の『(インフィニティ)』が存在する可能性。

 

 正直、いっぱいいっぱいだ。だが、やらねばならない。事は、やれるかどうか、ではない。やるかやらないか、なのだ。千雨はボヤく。

 

「以前だったら、賭ける物は自分一人だったんだがなあ……」

 

 今は、そうでは無い。今の千雨は、『一人じゃない』のだ。世界が滅びてしまえば、彼女がその存在に気付けた大事な物……大事な『友』も、愛する者たちも皆、吹き飛んでしまう。

 

「なんとしても……。負けられねえ……。まずは、自分の『(インフィニティ)』システムから、かあ……」

 

 千雨は気合いを入れ直す。窓越しに空を見上げると、夕暮れに星が輝き始めていた。

 

 

 

 翌日の朝早く、修学旅行生一同は京都駅にやって来ていた。引率の源しずな先生が、これからの予定を語る。

 

「ハーイ、皆さん。この後、私達は午前中のうちに麻帆良学園に到着。その後は学園駅にて解散、各自帰宅となりまーす。皆さーん、修学旅行楽しかったですかー♪」

 

「「「「「「はーーーい♪」」」」」」

 

「「「「「「いえーーーい!」」」」」」

 

 いつもながら、この(3-A)連中は能天気だ。千雨はちょっと頭痛がする。だがしかし、その度合いは以前ほどでは無い。随分寛容になったもんだ、と彼女は自分の心の動きを振り返りつつ、思う。

 

 まあ、この連中との付き合い方も、追々にゆっくり学んで行くべきだろう。今までの様に、あっさり諦めるのでは無く。まあだからと言って、自分を捨てるほどに流される気も無いが。ふと、他の連中と一緒になって騒いでいる楓が目に入る。

 

(……ああ言うのも、1つのやり方なんだろな)

 

 ここの所の付き合いで、楓は決して『いわゆるおバカ』では無い事に、千雨は気付いている。まあ、ノリで流されやすい面はあるし、清水寺では舞台から飛び降りかけたが。しかし確たる自身は持ち合わせているし、友誼(ゆうぎ)(あつ)いのだ。

 

 ああやって、周囲と共にバカをやるのも、1つのやり方なのであろう。自分では上手くできる気はしないが。

 

(いや、最初から諦めるのもな。しかしやはり抵抗感が。どうしたもんか。それにあそこまではっちゃけるのも、何か違う気がする)

 

 個々人のキャラ付けと言う物もあるし。とりあえず、無理はしない事にした千雨だった。

 

 

 

 新幹線の車中で、千雨は車窓から外を眺めていた。周囲では3-Aの生徒たちが騒ぎ疲れたのか、すっかり眠りに落ちている。瀬流彦先生、しずな先生、新田先生が其々(それぞれ)に毛布をかけて回っていた。

 

「む? 長谷川は眠っておらんのか」

 

「いえ、神経が高ぶってしまったみたいで。疲れてはいるんですけれど。新田先生、ご苦労さまです」

 

「うむ。疲れているなら、眠らんでも目を閉じていなさい。毛布を掛けてやるから」

 

「ありがとうございます」

 

 千雨は言われた通り、目を閉じてシートを少々倒す。新田先生が、毛布を掛けてくれたので、彼女は再度頭を小さく下げた。新田先生が頷きを返して来た様子が、センサーに感じられる。

 

 そして何時しか、彼女は眠りに落ちていた。波乱に満ちた修学旅行は、これにて幕を閉じたのである。




一難去ってまた一難。なんとか事件は収拾できたのですが、しかしまだ心配の種は尽きません。今の所発見されてはいないのですが、マシナリーの制御下に無い剥き出しの『(インフィニティ)』システムが、この世界に存在する可能性が明らかになりました。千雨はそれに加えて、自分の『(インフィニティ)』システムをも飼いならさねばなりません。

そして作者であるわたしも、ここまで広げた大風呂敷をちゃんと畳めるのか。いえ、頑張りますけど。


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Episode:21『変わる日々』

 今、千雨は森の中でぐったりとヘバって横たわっていた。まあ身体は機械なのであるが、精神がメタメタに疲れたのだ。その隣では、楓がこれも荒い息を吐いて、長い脚を投げ出して座り込んでいる。

 

「ぜーっ、ぜーっ。長谷川殿、やる様になったでござるなあ。超音速無しの縛りではあっても、ちょっとどころではなしに厳しいでござるよ」

 

「それでもよ、超音速無しとは言え加速装置ありのわたしに勝つのって、何なんだよ長瀬……。やっぱり気配とか、消し方もっと練習しないと駄目だな……」

 

「それでも以前よりは、気配が静かになってるでござるよ? ……だけど、顔と言うか頭だけ長谷川殿のままで、身体が戦闘形態と言うのは、やはり何かアレでござるな」

 

 そう、千雨は今、身体は戦闘形態であったが頭だけ千雨の物にして、楓と会話しているのだ。まあ周辺をセンサーでチェックしているので、その状態を見られている可能性は無きに等しいのだが。

 

 何にせよ、何故彼女らが森の中でこんな話をしているかと言うと、千雨は楓と語らって、修学旅行が終わったその週末に、麻帆良奥の山中に修行に来ていたのである。

 

「なんつーか、気配の消し方って言うか、静かにさせ方っつーか。森の中を、鳥とか虫とか飛び立たせないで走れって言われてもなあ……。具体的な方法がわからんと……」

 

「申し訳ないでござるが、拙者も頭で理解してやっているわけではござらぬ。何百回、何千回となく森の中を走り抜けているうちに、いつの間にか体得したでござる故に。

 他には、習字紙を濡らして床に敷き、その上を習字紙を破らずに走り抜けるとかの鍛錬法もあるでござるが」

 

「あ、ソレは比較的有名な忍者の訓練法だよな」

 

「せ、拙者は忍者じゃ……いや、もう長谷川殿でござるし、構わんでござるな。はっはっは」

 

 そして楓は改まって名乗る。

 

「甲賀中忍、長瀬楓でござる。改めて、今後よろしくお願いするでござるよ。あと、拙者の事は名前で構わぬでござれば」

 

「……わかった、楓。こちらも改めて、アディッショナル・ナンバーズ・マシナリー『16th(シクスティーンス)』、『ディー・エイト(Double Eight)』でもある長谷川千雨だ。わたしの事も千雨でいいぜ?」

 

「了解でござるよ、千雨」

 

 木漏れ日が眩しい。厳しい鍛錬による疲労感と虚脱感の中、千雨たちは何とはなしに充実感と満足感を感じていた。

 

 

 

 ふと、楓がぽつりと疑念を漏らす。それは千雨や楓に直接関係する事では無かったが。

 

「そう言えば、ここに来る前にネギ坊主に会ったでござるが……。いつもはもう少し、動きがキビキビしていたでござるが、何やら今日は普通の10歳児レベルにまで落ちていたでござるな?」

 

「ああ、そりゃあそうだろ。昨晩魔法使い連中の動きが知りたくなってな。ちょっとネットにダイブしたんだ。いや、流石にあれだけの事件の後だからな。ちゃんと後始末とかしたか不安でな。

 そしたら、まあまあ無難に後始末はしてたんだけどよ。ネギ先生は、生徒に魔法をバラした罰を受けてた。いや、お前ら含む、修学旅行で魔法を知っちまった連中については、例の『敵』の首魁(しゅかい)である天ヶ崎千草の責任って事になったんだけどな。

 それ以前に魔法を知ってやがった、神楽坂の件についてだ。ネギ先生は、学校に戻って来るなり学園長に謝りに行ったらしい。『明日菜さんに、魔法でのどかさんを救助したところを見られてしまいました、黙ってて御免なさい』って事の様だ」

 

「それは……。筋を通したでござるな、ネギ坊主。しかし聞くところによると、ネギ坊主はオコジョにされてしまうのでは?」

 

 千雨は楓の疑問に、笑って答えた。

 

「いや、それがな。学園長先生は『誰にでも間違いはある。しかも人命救助に魔法を使ったんじゃ。報告が遅くなったのは、いただけんがの。けれど、よく話してくれたのう』って言ってな。と言うか、学園長先生は神楽坂に魔法がバレた事、知ってたみたいだけどな。

 そんで、本来はオコジョ罰なところを学園長先生の権限で目こぼしして、1週間の魔法封印罰だそうだ。魔法が封印されてるから、身体の動きとかもフツーのガキ同然だってわけだな。(おおやけ)の刑罰じゃないから、ネギ先生の経歴にも傷はつかねえし」

 

「学園長先生も、人の上に立つだけの事はあるんでござるなあ」

 

「でもって、学園長先生は今後、まほ大の明石教授とかにいくらか権限移譲して、仕事量を減らすらしいぜ。そして空けた時間で、ネギ先生と近衛に魔法を教えるんだそうだ」

 

「ほほう! ネギ坊主と木乃香殿でござるか」

 

「ほんとは師匠役に、マクダウェルとかも考えたらしいんだが。麻帆良の魔法先生たちの激烈な反対が予想できたらしくてなあ」

 

 まあ、それはそうだろう。いかに麻帆良の警備員として同僚的な位置に居るとは言えど、15年前まで超高額な賞金首だ。それを高名な英雄『千の呪文の男(サウザンドマスター)』の一人息子や、関東魔法協会理事である近衛近右衛門の孫にして関西呪術協会の長たる近衛詠春の一人娘かつ極東随一の魔力保持者の師匠にするのは、流石に外聞が悪すぎる。

 

 たとえ当の本人(エヴァンジェリン)の正体が、悪ぶってるだけの身内に甘いキティちゃんであったとしてもだ。たとえ近右衛門や肝心の『千の呪文の男(サウザンドマスター)』ナギ・スプリングフィールドがエヴァンジェリンに寛容で、同情的であったとしてもだ。

 

「さあて。充分休んだし、再開するか?」

 

「そうでござるな。では……」

 

 そして千雨は、森の中を疾走(はし)り始めた楓に続いて、彼女もまた疾走(はし)り出したのである。残念ながら、鳥や虫は驚いて飛び立って行ったのだが。千雨には、もう少し修行が必要な様であった。

 

 

 

 数日が過ぎた週半ばの水曜日の放課後、千雨と楓は古菲の指導で中国拳法を修行しているネギを見かける。

 

「ありゃん?」

 

「どうしたでござるか、千雨?」

 

「ああ、楓。ネギ先生が中国拳法の修行してんだよ。古を師匠役にして」

 

「ああ、あれはでござるな。ネギ坊主が是非にと古に頼み込んだ模様。なんでも、体術も最低限は学ばねば、イカンだそうでござる。それに……」

 

「それに?」

 

 楓はにっこりと微笑むと、暖かいまなざしをネギに送りつつ言う。

 

「ネギ坊主は、肉体や技を鍛えるよりもまず、心を鍛えたがっているフシがあるでござるな。古にも、技とかを教えてもらう以前に基礎や地道な鍛錬法などの教授を願っていたそうでござるよ、古から聞いたところ。

 『8マン・ネオ』殿に言われた事が、よほどこたえた模様で。『魔法』がただの『武器』と変わらない事、けれど自身がそれを考慮せずに、いかにも普通(フツー)の感覚でソレを行使していた事が、よほどショックだったでござるなあ」

 

「力を手に入れるよりも、まず心を鍛えないといけない、か。いい事だよな。わたしも考え無いとなあ。ちょっと順番は違っちまったが、何の覚悟も無えのに力だけ手に入れちまった。

 しかもその多くは、うっかり使ったりしないためにキッチリ練習しないといけないのに、場所が無くて練習とか出来ねえ。せめて心がけだけでも、しっかりとしておかにゃならん」

 

「鍛錬なら、付き合うでござるよ」

 

「うん、頼む。けどヤバい能力の訓練、どうしようか……。困ったな」

 

 千雨と楓は、その場を離れて寮への帰途に着く。後には、ネギの気合声と古の叱咤の声が響いていた。

 

 

 

 ある日千雨は、PC(パソコン)前で悩みを抱えていた。それは自分の趣味であるコスプレサイト、『ちうのホームページ』の運営についてであった。

 

(……やはり、学業を理由にして活動を縮小すべきだろうか、『ちうのホームページ』を。今のペースで訓練とか鍛錬とかに時間使ってたら、HP(ホームページ)の更新はともかく、チャットとかBBS(けいじばん)とかに顔出すのは難しい……)

 

 いや、HP(ホームページ)の更新自体は今までよりもずっと短時間で効率よく行えるので、それは問題無いのだ。急ぎならば普通にサイト更新作業をせずに、ちょっとばかり自分のPC(パソコン)にダイブして作業すれば、それで済む。まあしかし、千雨は時間が許す限りは普通にPC(パソコン)作業をしていたが。

 

 コスプレ自体、形態形成マトリクスの書き換えで以前よりも自由自在に、容易に衣装を用意できる。しかも無料で、かつ衣装の置き場も自身の記憶領域だけで事が済む。

 

「ただなあ……」

 

 そう、それがコスプレと言えるのであるならば、だが。なんと言うか、それで衣装を作っても、達成感が無いのだ。それ故に衣装の設計こそ頭の中、量子脳の演算能力で済ませてしまっても、実際のお針子作業は未だに自分の手でやっている彼女である。

 

「総じて、なんか達成感が無くなりそうなんだよな……」

 

 口に出して言うと、問題が浮き彫りになった。彼女は視線を製作中のコスプレ用衣装に向ける。それは『魔法少女ビブリオン』と言う魔法少女物アニメの、泣き虫の敵女幹部『ビブリオルーランルージュ』のコスチュームであった。

 

 なんと言うか、千雨は今必死になって、このコスチュームの製作に取り掛かっている。だが完成してしまった後の事が、彼女は恐ろしい。マシナリーとしての能力故に、その気になればこれをマトリクス書き換えで創ってしまうのは、簡単なのだ。彼女は何時でも、『コレを着用した状態』に自らの姿を書き換えてしまえる。

 

 だが、だからこそ千雨は、可能な限り手作業でコレを製作している。確かに衣装の設計とかは、量子脳の演算能力を自由に使える様になって来たためもあり、頭の中だけでさっくり完了している。型紙ですらも頭の中にデータを創り、実際に型紙を起こす必要なしに直接失敗無しに布地を裁ち鋏(たちばさみ)で直接切り出す事もできるのだ。

 

 しかしマシナリーの能力を使うのはそこまで。逆にそう言った能力まで使わないのは、それこそ(ハサミ)や刃物があるのに、手で紙や布を千切るのと変わりない。だから、量子脳の演算能力とかは使う。しかし形態形成マトリクスを使って姿を再現するのと、一生懸命にコスプレ衣装を手作りするのは、全く違うのだ。

 

「だけど……」

 

 そう、『だけど』なのだ。これが完成してしまったら、なんと言うか趣味と言う物に使っている、精神的な『燃料』が尽きてしまいはしないか。それが恐ろしくてたまらない。

 

 だがしかし、完成させずに放置する事もできない。それをしてしまえば、それはそれで『コスプレに対する愛情と言うか執着』が薄れそうな気がするのだ。

 

(なまじ鍛錬とか訓練が、ちょっと遣り甲斐が出て来てるのも、ソレに拍車かけてるんだよな。特に、結果が出た時なんかは確実に)

 

 結局のところ、千雨の価値観が最近変革して来ている事が、最大の問題なのだろう。もしかしたら、千雨は変わる事を恐れているのかも知れない。しかし変化は止まってはくれない。と言うか、既に周辺状況も彼女自身の肉体も、そして精神面も、既に明らかに変化しているのだ。

 

 そして以前からの生活スタイルの一部である『趣味(コスプレやホームページ)』そのものが、新しい彼女の環境や彼女自身に対して、適応して形を変えるだけの柔軟さを持っていないのかも知れない。いったいどうした物か、と千雨は悩む。

 

「どうしたもんだろうなあ……」

 

「……」

 

「……!?」

 

 いつの間にやら、千雨の後ろには本来は寮の同室である、ザジ・レイニーデイが立っていた。ザジは普段、寮の部屋ではなく部活動の曲芸手品部の方に泊まり込んでいる。そのため、寮の部屋には滅多に現れないのだが。そして今、その視線はしっかりと、製作中の『ビブリオルーランルージュ』コスプレ衣装に注がれている。

 

「……いい出来ですね」

 

「へ?……あ、ああ。頑張ったからな」

 

「完成したら、見せてくださいますか?」

 

「……いいぜ。ただ、言いふらすなよ?」

 

 ザジは頷くと、そっと微笑んで部屋を立ち去る。千雨はザジの笑顔を見るのは、たぶんではあるが、初めてであった気がする。現金なもので、誰かに褒められた事で、彼女の悩みは少し軽減した。

 

「見たいってんなら、仕上げないとな。頑張るか」

 

 千雨はPC(パソコン)の電源を落とすと、裁縫道具を出してコスプレ衣装を縫い始める。とりあえず、これを完成させてから他の事は考えよう、と彼女は思った。下手な考え休むに似たり、と言う言葉もある事だし。

 

 そして彼女はこの日、ひたすらにお針子仕事に熱中したのである。




千雨、悩んでます。自身が新しい環境に順応して行くにつれて、過去の自分の趣味が、新しい自分について来れないっぽいのです。とりあえずザジの言葉でそれを先送りにしましたけどね。

ネギ君、本作でも明日菜に魔法バレした事について、学園長に謝りました。これは以前、千雨が「ごまかしはできるかぎり避けるべき」と語った事によりますね。
それと、ネギ君は『8マン・ネオ』から言われた事も、色々考えてます。力を手に入れたいは手に入れたいのですが、それより優先してまず強い心とか必要だと考えました。いい事です。

そしてネギ君と木乃香を教導するために、本作では近右衛門が自身の権限を明石教授とかに幾分委譲してまでもヒマを作って、2人を教える事になりました。まあ、エヴァンジェリンは修学旅行で活躍の場を作者(わたし)に奪われてしまいましたからね。

そして長瀬楓サン、良い友人やってます。更にはザジさん。なんか唐突に出番を奪い取りました(笑)。


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Episode:22『会談の申し込み』

 この日、千雨と光一、それにダイはネットを介して麻帆良学園女子中等部の管理システムに侵入(ダイブ)していた。具体的には、中等部でもごく一部、ごく重要な場所だけに試験的に導入されている監視カメラで映像を盗み見て、卓上の電話機をこっそりスピーカーモードで起動して音を拾っていたのだ。なおリープは、ネットへのダイブが得意ではないため、今日は来ていない。

 

 ちなみに女子中等部の何処(どこ)を盗み見ていたのかと言うと、何故か女子中等部校舎内に存在している学園長室である。もしかしたら学園長である近右衛門は、孫娘である木乃香が女子中等部に在籍しているから、ここに学園長室を置いたのだろうか。そうしたら、木乃香が進学したら、まほ高にでも学園長室を移すのであろうか。

 

 それはともかく、千雨と光一はこっそり学園長室の様子を窺っていた。学園長室に来ているネギの声が聞こえる。

 

『学園長先生、電話でもお話しした通り、フェイトから手紙が来ました』

 

『むむむ。手紙には何とあったのかね?』

 

『いえ、まだ読んではいませんから。けれど、封筒の上に但し書きみたいなのが書いてありまして。僕がこれを学園長先生に見せるのは想定済みだから、気にせずに見せて良いそうです』

 

 映像の中のネギは、懐から封書を取り出した。千雨は訝しむ。

 

「フェイトって、この間の修学旅行でちょっかいかけて来た、あの白髪頭ですよね」

 

「ああ。いったい何を言って来たのか……」

 

 光一も、首を傾げる。一方で映像のネギは、封書を開くとメッセージカードを取り出した。そのメッセージカードは、魔法仕掛けであるらしく、その上にある再生ボタンを押すと幻術で小さなフェイトの姿が映し出される。幻のフェイトは、口を開いた。

 

『やあネギ君。おそらくは近衛学園長も見ているんだろうね? このメッセージはまず第一に、ネギ君に謝罪するために送らせてもらったよ。

 先日に、麻帆良学園に調査のため……。麻帆良学園に僕らの主である、『造物主(ライフメーカー)』が封じられている事の確認のため、僕が送り込んだ悪魔のヘルマン伯爵なんだけど』

 

『『!?』』

 

『彼には、ネギ君には迷惑かけない様にって言っておいたんだけどね。ネギ君には既に僕らの組織が、散々迷惑をかけてるから。いくら魔法世界(ムンドゥス・マギクス)12億人を救う計画のためだとは言えど、さ。

 だけどヘルマン卿、結局はネギ君のお仲間とか攫って、君にちょっかいをかけたみたいで。もっと(しっか)り、完全に命令と言う形でネギ君へのちょっかいを禁じておくべきだった。申し訳ない。謝罪するよ』

 

 光一は呟く様に言う。

 

「ヘルマン卿の事件、って言うのはアレかな? 麻帆良学園本校女子中等部の生徒が2名ばかり攫われて、ネギ少年がそれを追って、最終的には近衛学園長が出張(でば)って事を収めたって事件……。麻帆良学園内の事件記録では、それしかネギ少年が関わった事件は無いからね」

 

「あー、その時はわたし、学園長先生の裏仕事用の携帯電話は傍受してたんですがね。ネギ先生から学園長先生への連絡は表の仕事用、しかも学園長室の卓上電話機に行きましたからね。気付くの遅れたんですよ」

 

 千雨もまた、当時の記憶を思い返す。彼女が事態を知り、攫われた刹那と木乃香を救い出すために現場に向かおうとした時には、もう既に自体は終息していたのである。

 

 幻のフェイトは、話を続ける。

 

『さて、ネギ君。もう1つの用事に入ろうか。『敵同士』である僕らだが、僕らと君らが何故戦っているのか……。その事について、はっきりさせておきたい。色々話せない事もあるけれど……。話せる事は、全部君に教えてしまおうかと思う』

 

『『!!』』

 

『ちょっと一時停止して、メモの準備をしてくれ。このメッセージは最後まで再生したら、自己消去する様に術式を組んでいるからね。これから言う場所と日時で、君と会見したい。こちらは僕1人で行くよ。そちらは何人連れて来てもかまわない。まあ、万一の場合でも、僕は逃げ切るぐらいはできるつもりだからね。

 じゃあ、一時停止をお願いするよ』

 

 ネギは慌ててメッセージカードの画像を一時停止させる。近右衛門が卓上のメモ帳とペンをネギに渡す。そして彼らはメッセージの再生を再開し、フェイトの語る場所と日時をメモした。メッセージカードは、再生が終わると同時に炎に包まれて消滅する。

 

 千雨と光一、ダイはしっかりとその場所と日時を記憶する。

 

「チャント記録ハ取ッタノラ」

 

「そうか。さて、結構長い間ダイブしてたからな。機械的な監視は誤魔化せても、その機械をチェックしてる人間の目は危険だ。気付かれる前に、そろそろおさらばしないと」

 

「ですね、光一さん。じゃ、離脱しましょう」

 

 千雨たちは、一気にネット上の空間を離脱して各自の身体(ボディ)に戻る。千雨は寮の自室のPC(パソコン)前、光一とダイは自分のマンションの同じくPC(パソコン)前である。

 

 千雨は首筋からLANケーブルを抜く。と、体内無線で光一たちの声が響いた。

 

『お疲れ、長谷川』

 

『長谷川さん、今光一とダイから話を聞きました。フェイトが何やら企んでいる模様ですね』

 

『悪意ガ有ルカドウカハ、ワカラナイ。ダケド注意ガ必要ナノラ』

 

 千雨は頷いて言う。と言うか、体内無線で話しているのに頷くと、見た目はちょっと怪しい人だ。寮の同室のザジが、外部団体の曲芸奇術部のテントに宿泊している事に、彼女は感謝すべきかも知れない。

 

『そうだな、ダイ。光一さん、どうしましょうか。ネギ先生たちがフェイトに会いに行くなら、こっそり付いて行きますか?』

 

『難しいところだな。だが……。行った方が良いのかも知れない。だけどとりあえずは、もうすぐ麻帆良学園は学園祭だろう? フェイトもそれを考慮したのか、日時は学園祭終了後しばらくしてからだった。

 この件はもう少し、考えてから結論を出そう。ネギ少年や近衛学園長の結論も、まだ出てないみたいだし』

 

『わかりました』

 

 果たしてフェイトの狙いは、何処(いずこ)にあるのか。千雨はそれを考えながら、いつの間にか自分から巻き込まれに行っている事に気付くと苦笑を漏らしたのである。

 

 

 

 突然小太郎がやって来た。小太郎と言うのは、修学旅行の際に天ヶ崎千草の配下としてネギたちに攻撃を仕掛けて来た、あの犬上小太郎の事である。彼は単に千草に使われていただけの立場であった事、そして捕まってからは真摯に反省の様子を見せていた事から、西の長である近衛詠春が特に許可した事もあり、赦されて釈放されたのだ。

 

 そして釈放された小太郎は、近衛詠春や近衛近右衛門の許可を取って、麻帆良学園本校小等部へと転校する。その目的は、ネギたちと近場で競い、鍛え合いたいと言う物であった。裏表のないその願い故にこそ、詠春や近右衛門の許可が得られたのであるが。

 

 ことに近右衛門は、自身が魔法を教導しているネギに、同年代の友人が居ない事を危惧していた。それが幾分解決できそうだと言う事で、近右衛門は諸手を挙げてそれに賛成した模様だった。

 

「と言うわけで、小太郎が東にやって来た模様でござるよ」

 

「なるほど。わたしも裏の手段(ネットにダイブ)で情報は()ったけど、そっちの手段だと通り一遍の情報しか手に入らねえからな」

 

「まあ、小太郎の件は裏は無い様でござるな。あやつ自身、裏表の無い性格でござるし」

 

 千雨は今、楓と語り合いながら登校していた。その視線は、仮装をして登校している大学部の面々に向けられている。

 

「毎年の事ながら、すげえよなあ……」

 

「そうでござるな。拙者も、初めて麻帆良に来て、初めて学園祭を見たときは、何事かと思ったでござれば」

 

「これでまだ、準備期間中なんだからな」

 

 仮装の中には、怪獣や恐竜、(サムライ)やロボット等々、様々な姿が見受けられる。楓は、忍者の仮装を見て苦笑していたりした。

 

「中々の出来でござれど、やはり今一つでござるなあ」

 

「いや、本職があまり突っ込むなよ」

 

「でござるな、にんにん」

 

「あ。失敗したな。早起きして超一味の屋台で飯食うんだった」

 

 千雨が言った『超一味の屋台』とは、彼女らのクラスメートである超鈴音らがやっている、点心の店『超包子』の店舗の事である。普段『超包子』は、肉まんを始めとする点心の移動販売だけなのだが、学園祭準備期間中に限っては、路面電車を改造した屋台を出して大っぴらに商売をしているのだ。

 

 ちなみに激旨である。

 

「うっかりしてたでござるな。夕食は電車屋台でいただくでござるよ」

 

「そうすっか。あ、やべ。急ごう楓」

 

「おおっと、今日はHR(ホームルーム)でクラスの出し物について相談するんでござったな」

 

 そして千雨と楓は、女子中等部校舎へと急いだ。

 

 

 

 そして今、千雨は頭を抱えていた。いや、学園祭で3-Aが出し物として、メイドカフェをやる事になったのは理解する。だがミニスカの巫女服、ミニスカのシスター服、スクール水着、ミニスカの猫耳付きナース服、幼稚園の制服でのボッタクリ接待は、絶対に何か違う。

 

 練習台にされて、数万円を毟られているネギに、ちょっと憐憫の情が湧く。ちなみに楓は、スーツのインナー姿にジレと呼ばれるベストを着こんだバーテンダー姿で、ひたすらにカクテルを振る練習をしている。流石に巻き込まれるのは避けたか……と思う千雨であった。

 

「あー、おまえら。その辺にしとかないとマズいぞ。隣のクラスは次、新田先生の国語だし、HR(ホームルーム)の時間終わるし」

 

「えっ……」

 

「きゃー!? 急いで撤収、撤収ーーー!!」

 

「だから騒ぐと新田先生来るぞ」

 

 後ほど時間を見て、こいつらにメイドカフェがいかなる物か、きっちり教え込まないといかんな、と千雨は思う。あと、ネギに金を返しておく様に、しっかりと言い含めないといけないだろう。いくらなんでも、無理矢理に練習台にして、何か間違ったボッタクリバーで金を毟るのは、犯罪だ。

 

 と言うか、自分が巻き込まれるのは覚悟の上で、新田先生に引き渡しちまえば良かったかなあ、と千雨は思う。彼女は大きく溜息を吐いた。

 

「やれやれ。楓、お前ちょっと今回のはズルくねえか?」

 

「まあ、そんな気もしたでござるが。と言うか、ああ言った方向に悪ノリが流れるとは思ってもみなかったでござるよ」

 

「ネギ先生が現金毟られるのは、あれはマズいだろ」

 

「わかってるでござる。五月と語らって、こっそり現金は回収したでござれば」

 

 まあ流石に『超包子』の料理長にして、クラスの良心とも言える四葉五月だ。一見馬鹿騒ぎに乗ってるフリで楓と共にカクテルを作っていたが、最後の一線はしっかり守っていた模様。

 

「んなら、良いんだ。いや、あんま良くねえが。なるべく早目に返しに行けよ?」

 

「無論でござるよ」

 

 後は実際に衣装の用意とかしたいいんちょに、色々メイドカフェの資料を揃えて渡しておけばなんとかなるだろう。千雨は自席に戻りつつ、肩を竦めた。

 

 

 

 この時点で千雨の頭にある心配事は、学園祭終了後に待ち構えている、ネギに対するフェイトの会談申し込みであった。だがその前に学園祭で、巨大なトラブルが待ち構えている事を、彼女は勿論光一たちもネギたちも、まったく知り得なかったのである。




フェイトが、何やら企んでいる模様です。ちなみに原作とは打って変わって、ヘルマン伯爵にはネギたちの調査は命じませんでした。このあたり、今までの経緯が異なった事での変動ですね。バタフライ効果と言うには、原因ははっきりしてますが。ネギには、少しはやるじゃないか的に思ってはいますが、直接殴られてないのでそこまで脅威とか敵愾心とか無いので。

だけどヘルマン卿は、ついつい手出ししちゃったので、その件とりあえず謝って、その上で何がしかコナかけようかなと。その程度には評価はしてます。

でもその矢先、学園祭がありますからねー。どうなることやら。


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