ハイスクールD×D ~自堕落主と相談屋~ (タロー☆マギカ)
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自堕落主の下僕になります!

これだけの文章で結構疲れてる自分がいる。


では、どうぞ



 俺はバカだ。

 

 初めて彼女が出来たからっていい気になって、最高のデートにしようと何度も何度もプランを練り直した。

 彼女の喜ぶ顔が見たかったから、心の底から楽しかったと、言ってもらいたかったから。

 

 

 --その結果がこのザマだ。

 

 

 最終的に俺はその彼女に殺された。幸せにしたいと心から思い、最初で最後に女性として愛したその彼女に……。

 

 今思えばかなり怪しかったよな~~。

 

 一度も見たことの無い女の子から告白されるなんて、一体どこの恋愛マンガだよ。

 

 それを嬉々として受け入れた俺も俺だけど…。

 

 これはきっと報いなのだろう。彼女が出来ただけで……イヤ、彼女じゃなかったのか。それなのにも関わらず松田と元浜にこれ見よがしに自慢して、鼻の下を伸ばしまくっていたのだから。

 

 そんな男の末路としてはピッタリじゃないか……次生まれてくるとしたら今度こそ俺の夢を果たしたいな……そう、俺の…………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………い、……き…………か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ?今…何か聞こえたような気が…。

 

 

 

 

「お~い、起きてっか~?てか、早く起きてくんない?俺もそのふかふかベッドで一刻も早く夢の世界へダイブしたいからさ~」 

 

 

 

 

 ……まただ、さっきから聞こえてくるこの声は

一体なんなんだ?

 

 ああ、そっか……幻聴か…俺はそんなにも心が病んでいたって事か。

 

 声の主(?)には悪いけど、このまま永遠の眠りにつかせてもらうとしよう。そして転生した世界で俺は次こそ、夢を果たすことにしよう。

 

 

 そう!俺の夢もとい、野望は!俺の周りを全員ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまで寝てる気だテメェーーーーーーーー!!」

 

 

 

 瞬間、俺は顔に熱湯がかけられた如く熱気を感じ、日本茶独特の茶葉の香りが俺の鼻腔をくすぐってーーーーーーーーって!

 

 

 

「アッツ!アツい!!冗談とかじゃなくてシンプルにアツい!何これ!?いくら夢の中だからといってやっていいことと悪いことぐらいあるし、

何より感覚がやけに冴え渡ってるしーーーー」

 

「やかましい!起きたらとっととそのベッドから降りろ!そしていい加減、そのもふもふ枕に顔をうずめさせて俺を安眠に誘わさせてくれ!!」

 

 俺はその声がする方向に顔を向ける。

 

 目の前にいたのは片手にコップを持っていて、

怒りの形相を露わにした男子生徒がーーーー

 

「コップじゃねぇ!湯のみだ!」

 

 ウオッ!?心を読まれてる!?一体なぜ?

 

「いいからさっさと降りろ!無駄口叩く暇があったら今の状況を察しやがれ!」

 

 とりあえず俺は目の前の男子生徒の言うとおりにベッドから降り、状況整理をすることにした。

 

 確か俺は彼女(仮)とデートしていて、『あなたの命が欲しい』なんて物騒な事を言われた矢先に殺されてーーーーーー!?

 

 「ま、待ってくれ!」

 

 「あん?なんだよ、まだなんかあんのか?」

 

 俺はとっさに、眠りにつこうとした男子生徒に声をかけた。当の本人は子どものように枕に顔を

うずめ、幸せの一時を俺みたいな奴に邪魔された

せいか、少し不機嫌な感じで返事をしてくる。

 

 一瞬悪いことをしてしまったか、と罪悪感を感じたがすぐさまその感情を振り払い、自分の今一番に思っている疑問をぶつける。

 

 

 

 「俺は確か……死んだはずじゃ…?」

 

 

 

 「ああ、そのことか」

 

 そういうと男子生徒はムクッと体を起こし、あくびをすると『じゃあ、まずはその疑問に答えてやることが先決か……』と呟き、俺に真実を教えてくれる素振りをみせた。

 

 

 

 ものすごく面倒くさそうにしながらーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の彼女は実は堕天使で、そいつの作った光の槍で貫かれてお前はお陀仏になった。ところが、偶然その堕天使の気配をいち早く感じた俺が現場に駆けつけ、もう息をしてなかったお前を悪魔の駒《イーヴィル・ピース》で兵士《ポーン》として覚醒させ、俺の眷属になったにも関わらず未だ目を覚まさなかったお前をここまで運び、介抱してやったという訳だ」

 

 

 

 「なる程………って、イヤイヤイヤイヤイヤ!!」

 

 

 

 俺はその男子生徒からサラリと告げられた真実を未だに理解できないでいた。

 

 悪魔の駒って何!?兵士ってどういう事!?トドメは彼女(仮)が堕天使だったって!?

 

 「恐らくあの女狙いは、お前の体の奥底に眠っている神器《セイクリッド・ギア》が原因とみていいと思う」

 

 また知らない単語が出てきた……せいくりっど・ぎあ?何それ?今海外で流行になってるバンドとか?それとも単なる英単語?俺、そんなに英語の成績よくないからな~~

 

 などと、軽く現実逃避に陥ってきた俺は出されているお茶を一口すすることにした。

 

 取りあえず落ち着こうっと…

 

 そして俺はコップ……じゃなくて、湯のみに口を付け、そのまま中にある薄緑色の液体を喉に流し込む。

 

 「あ、…おいしい」

 

 思わず声に出してしまった。たまらずもう一口いただいてみる……うん、やっぱりうまい。

 

 「だろ?日本人はやっぱり日本茶だぜ。ウーロン茶とか紅茶とかは邪道だ邪道」

 

 そういうと目の前にいる男子生徒も俺と同じように日本茶をすすっていた。一見だらしなさそうな人に見えたけども、飲み方は一級品だ。人は見かけによらないって言葉があるけど、まさにその通りだな。今度見習うことにしよう。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーさて、と。

 

 

 

 「あの……訊きたいことがあるんですけど…」

 

 「うん?なに?」

 

 「もう少し詳細に教えてくれませんか?」

 

 「……いる?」

 

 「いりますよ!!」

 

 おもわず声を荒げ、目の前にいる男子生徒に再び説明を要求した。

 

 それから、この人にはこれから敬語を使おう。

雰囲気からして恐らくは上級生、先輩だ。それに気分をそこねて説明しない、なんてへそを曲げられたりしたら余計困惑しちまう。俺には知らなければならないことがたくさんあるんだ。いや、ありすぎる。

 

 だからこそ、全てを知っていてそうな人に訊けるだけ訊いておけば、少しは気分が楽になるかもしれない。

 

 そして俺、兵藤一誠は不意に俺を殺した張本人、天野夕摩の事を頭の隅で思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分かりやすくまとめると、悪魔だの堕天使だの神だのと、フィクションの中しかいないと思っていた存在は本当にいるらしく、昔その三大勢力で派手なドンパチ騒ぎ、簡単に言えば戦争をしていたらしい。だけど、その戦争のさなか二天龍と呼ばれる二匹の龍が、周りの事などお構いなしに大ゲンカを始めたらしい。

 

 てゆーか、ドラゴンなんて存在もいたんだな。もう何が出てきても驚かない自信が出てきた。

 

 そして、そのバカな二匹のドラゴンを止めるために三大勢力は一時休戦し、そのドラゴンを仕留めにかかった。その後、いずれの勢力もこれ以上戦いを続けても不易だということに気づき、現在は硬直状態が続いているらしい

 

 その戦争で、悪魔陣営は多大な被害を出し、特に重要視されているのが悪魔総数の減少、特に純血悪魔の枯渇問題らしい。悪魔は妊娠率、出生率がきわめて低く、悪魔の数自体を減少させないために、人間と交わる悪魔も少ない無いだとか。しかし、悪魔同士の子どもは前述のような理由でなかなか生まれないらしく、最近は人間との間に生まれた混血悪魔の数の方が多いらしい。

 

 その問題を解決するために出された案が、色んな種族を悪魔に転生させることができるシステム、悪魔の駒らしい。

 

 これを使えば、どんな種族でも例外なく悪魔に転生させる事ができ、死んでいる者に使用すれば

命さえ吹き返す事も出きるらしい。そのおかげで俺は今、天国に行く、いや逝くはずがこの世にとどまり続け優雅にお茶を飲んでいる、ということだ。

 

 ちなみにこの要領で悪魔になった者は転生悪魔と呼ばれ、俺はそこに分類されるとのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それにしてもよくこんな話信じる気になったな」

 

 「まあ……信じないと先に進めない気がしますし、それが真実なら俺はそれを知ることから始めないといけないんです」

 

 「ふ~ん、……そっか」

 

 そういうと先輩(恐らく)はどこか安心したような声をだし、中身を飲みきった湯のみを目の前の高さが低いテーブルの上に置いた。

 

 ーーーーーーそういえば、よく考えたら……。

 

 「一体どこなんすか?今俺らのいる場所って?」

 

 「……気付いてなかったのか?まあ、あまり顔を見てないからここには来たことがない奴だな、お前は」

 

 そして先輩(恐らく)は俺の目を真正面から見据え……。

 

 

 

 「ーーーーーーーー今お前がいるこの場所は、新校舎の使われなくなった元保健室を改良して作られた相談部部室。そして俺はその相談部部長である天童摩耶(てんどうまや)だ。因みにクラスは3ーBだ」

 

 

 

 俺は二、三回まばたきをした後話の内容を理解しようと試みた。てゆーか、やっぱり先輩だったんだ。これからは失礼のないように心がけよう。

 

 命の恩人でもあるわけだし。

 

 因みに俺が理解に苦しんでいる理由は相談部なんて部活自体聞いたことがないからだ。恐らくは地味な部活だったんだろう。学校にカウンセリング室なんてあったとしてもよっぽどな事がない限り、入る事なんてないしな。

 

 「あ、それからお前今日から相談部の部員になれ。お前は一応俺の下僕悪魔な訳だし、その方が色々とやりやすいからな。」

 

 「ああ、はい…………え?」

 

 俺は適当に言葉を返したことを一瞬後悔した。

 

 今何て言ったんだこの人?部活に入れ?今まで帰宅部だったこの俺に、周りの人間が存在すら認識しないほど影の薄いこの部活に?

 

 「……えぇ!?マジですか!?」

 

 「マジマジ、大マジ。てゆーかもう新入部員っていう形でお前の名前生徒会に申請したから」

 

 「えええぇぇぇぇぇぇえええ!!??」

 

 この人本人の意見も聞かずに勝手に事を進めてたのか!?信じられん!何ていう人だ!

 

 思えばあの時、俺に『ベッドから降りろ!』って言ったあの人は自分のことしか考えていないような人だった。

 

 この人もしかして基本、自分に関係あることしか積極的に行動しない人なんじゃないのか?

 

 だからあまり活動しない相談部の部長なんてしているのかも……やべ、ありえる。

 

 ーーまあでも、この人がいなければ今俺はここに居ないわけだし、これくらいのワガママは臨機応変に対応するべきだよな…

 

 「……分かりました。入部する事にします」

 

 「ん、そっか。話が早くて助かるわ。ちなみに俺のことは摩耶でいいよ、よろしくなイッセー」

 

 「はい……へ?何で俺の名前しってるんすか?」

 

 「ああ、お前が気絶してる間コッソリ生徒手帳見させてもらったからな。そこら辺はぬかりない」

 

 「な…なるほど。そういうことですか」

 

 そうでもしないと生徒会に申請とか出来ないからな。納得した。

 

 この人……摩耶さんって時々サラッと驚かせること言ってくるよな~。

 

 心臓にわるいぜ、まだバクバクいってやがる。

当の本人は空になった湯のみにまた新しいお茶を注いでる。一体何杯目だ?計り知れない。

 

 ーーーーあ、そういえばまた気になること言ってたな摩耶さん。

 

 「摩耶さん」

 

 「ふぁに?(なに?)」

 

 お茶を飲みながら摩耶さんが返事を返してくる。飲んでから応えて下さいよ……。

 

 俺は摩耶さんに先に飲んでくれ、と手で合図を送ると摩耶さんは一気に茶を飲み干した。もう残り少なかったのか、それは好都合だ。

 

 よし!

 

 「俺が摩耶さんの下僕悪魔ってどういうことですか?」

 

 「うわ……その説明もしなくちゃならないのか、……めんどくせ」 

 

 俺は何度目かわからない疑問を摩耶さんにぶつけた。

 

 てか、摩耶さん遂にめんどくさいって口に出したな。うすうすそんな気がしてたけど……

 

 しかしそこは相談部部長、キチンと俺の質問に

答えてくれる。

 

 「俺のおかげでお前は助かったから俺の下僕、眷属。はい、説明終了」

 

 ーーーーただし、すっげー適当にだけど。

 

 この人やる気がある時と無い時の差が激しすぎる!それだけで人はこんなにも変わるものなのか……。

 

 「眷属ってなんすか?」

 

 「チーム」

 

 適当すぎんだろ!なんだそれ!?相談部部長がそんな勝手でいいのか!?簡単な答えだから分かりやすかったけども。

 

 「俺の他にいないんですか?摩耶さんの下僕悪魔って、挨拶しとかないと…」

 

 「いないよ」

 

 「…………………え?」

 

 今、……なんて言った?

 

 いない?いないって言ったのか?俺以外だれも?まさかそんなーーーーーーーー

 

 

 

 「現在、天童眷属は『王』である俺と『兵士』であるお前だけだ」

 

 

 

 ーーーーーー瞬間、俺はその事実が告げられると同時に硬直した。もう頭が考えることを拒否しているようにも思えた。

 

 そしてーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんっじゃそりゃああぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 

 俺はこの日、いやこの人生で一番大きいであろう奇声を発した。

 

 

 

 やっぱこの人適当すぎるーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後にこれが赤龍帝として悪魔界、いや全世界の中でも注目視されることになる兵藤一誠と、その主天童摩耶との出逢いであった。




処女作で結構緊張したりしてなかったり。

これからは出来る限り投稿していこうと思うので、暖かい目で見守ってくれるとありがたいです。

ちなみに、ルビ振りはあまり使いたくないので一度使った文字にはもうルビはふりません。

何て読むか分からない文字があったら読み直してくれるとありがたいです。

感想とかま待ってるんで、とうぞよろしくおねがいします!


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悪魔になった翌日です!

展開を考えるのが地味につらい。まさかここまでとは……


 悪魔転生&相談部強制入部事件の翌日、ひらたく言えば昨日の出来事から俺は心身共に疲れ切っていた。

 

 理由は大きく分けて三つある。

 

 

 

 一つ目は単純に寝不足なのである。

 

 

 

 昨日摩耶さんの話を聞いた後、ふと時間が気になって時計を見てみたら、なんと午前一時だったのである。

 

 思えば俺が殺された時間帯は夕方であり、転生させられたにも関わらず、全く起きなかった俺を摩耶さんは無理矢理起こした。

 

 しかし、俺が昏睡状態になっていた時間はさほど長くはなかったらしく、俺が起きた(起こされた)時間は既に午後十時頃だったらしい。

 

 そこからあの信じがたい話を聞かせてもらい、この人の適当ぶりに頭を抱えていたらとっくにあんな時間になっていた、ということだ。

 

 因みに夜遅くに帰ってきた息子のことを、俺の両親は全然心配していなかった。

 

 後から聞いた話によると摩耶さんが遅くなった時のために、ということで親に連絡を入れていたらしい。

 

 あの人は本当なにからなにまでぬかりないよな~。手際がよすぎる。そこら辺の気配りは純粋に尊敬できる。俺のとうぶんの目的はあの人のような男になることだな。

 

 自堕落な所だけは見習いたくないけど……。

 

 それから俺が家に帰る為の用意をしていると、摩耶さんは部室にあるベッドで寝息を立て始めた。なんでも、あの人は偶に部室で寝泊まりしてるらしい。

 

 そこまでになると、もはや住んでいるんじゃないか?と疑いたくなってくるレベルである。

 

 

 

 二つ目はやはり未だ、この現状を素直に受け止め切れていないということ。

 

 

 

 悪魔とか堕天使とかそういう種族がいるということは信じる。実質、俺は今転生悪魔としてこの世に滞在しているのだから。

 

 それに親がいない間に、コッソリ背中から翼を出したりした。その出来事は俺に悪魔となった事実を自覚させるためには、充分すぎる事だった。

 

 

 

 それでもやはり、どうしても、あの時の光景が幻であってほしいと願っていた。

 

 

 

 全部が全部デート前のプレッシャーによって見せられた俺の幻覚、今日からまた夕摩ちゃんと一緒に通学して、学校までの一時を楽しく話しながらすごす。そして帰りも一緒に行動して、別れた所で明日もまたこんな幸せな一日をすごしたいと願う日常。

 

 ーーーーそれらは全て叶わなかった。

 

 頭で理解していても、心がそれを寄せ付けない。そんなジレンマに俺は悩まされていた。

 

 それでも、俺は今こうして生きている。また通学路を歩く事ができている。

 

 隣に夕摩ちゃんがいなくとも、俺は前へ一歩踏み出せている。

 

 彼女の存在は俺にとって、今後の人生の中でかなりまとわりつくかもしれない。新たな恋に一歩踏み出せないかもしれない。

 

 けど今のように、開き直ってまた人生をすごそうとしているように、俺はいつかまた誰かを好きになり、恋人同士になりたいと思う時がくるかもしれない。その時は今度こそ、その子を幸せにしよう。そして俺も同じように幸せになろう。

 

 そう固く決意した。

 

 

 

 さて、以上の理由が俺をナーバスにしている要因である。

 

 え?後一つ足りないだって?おっと失礼した、肝心な事を忘れていたよ。

 

 俺を今こんな状態にしている最大最悪の三つ目の理由はーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「も、もう無理!はじれない!げんがい!」

 

 「ギャーギャー喚くな!後二、三キロちょっとだ、しっかりついてこい!」

 

 

 

 ーーーー今日から始めた摩耶さんとの早朝ランニングである。

 

 

 

 さて、ここで皆さんお気づきになられたであろうか?俺が今疲弊しきっている最大の理由がこのランニングである意味が。

 

 

 

 そう、『早朝』という所だ。

 

 

 

 さっき説明したとおり、俺は午前一時に家に帰ってきた。そこから風呂だのまだ食べていない晩飯を食べるだの歯磨きだのと、色々な事をやっていて俺が最終的に寝た時間はそこから一時間たった午前二時だった。

 

 そして、俺が今までの鬱憤をはらすかのようにでかいいびきをかいて寝ていたら、突然摩耶さんが魔法陣?とかいうヤツで俺の部屋に現れた。

 

 そして例のごとく、俺の眠りを無理矢理妨げジャージに着替えさせた挙げ句、摩耶さんの日課である早朝ランニングにつきあわされるハメになった。

 

 現在の時刻は午前六時。俺達は今の今まで走りつづけて一時間がたとうとしている。つまりだ…俺が今何を言いたいかというとーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たった三時間しかねでないのに、ごれはキツすぎまずって…」

 

 「喋る余裕があるのならまだやれるってことだ、後少しくらい頑張ってみせろ!」

 

 

 

 そういって摩耶さんはペースを落とさずにただ黙々と走りつづけた。

 

 そう、三時間。たった三時間しか寝てないのだ。

 

 いくら気絶してた分を足したとしても、七時間程度しか俺は寝ていない計算になる。

 

 そんな中いきなり走るっていわれて、さらにはこんなハイペースで走っている俺の気持ちを理解しているのだろうかこの人は?

 

 今まで俺の発したセリフを思い出してみて下さいよ……変な所で濁音がついているでしょが。それ程疲れ切っているんですよ俺は!今までずっと帰宅部だった俺が陸上部かと思いたくなるようなハードメニューをこなせるわけ無いでしょうに!

 

 などと、摩耶さんの背中を怨念のこもった目で睨みつけながら考えているとーーーー

 

 「お、そろそろゴール地点が見えてきたぞ」

 

 「!!?」

 

 その幸せな言葉を聞きたいために、俺はどれだけ頑張ったのだろうか……。

 

 俺は摩耶さんの目線の先にあるものを確認した。確かにそこには、このランニングのゴール地点に設定されている公園が視界に飛び込んできた。

 

 子どもたちにとってあの場所は居心地のよい遊び場なのかもしれないが、俺にとっては救いの手を差し伸べてくる女神様のように感じた。

 

 ああ、両手を広げて待っている……女神様が俺を待ってて下さっている。これほど嬉しいことはない!今の俺は音にだって勝てる自信があるね!

 

 「は~い、早朝ランニング終了~」

 

 ……すいません、最後のは調子に乗りすぎました。正直結構、いやかなり辛いです。このまま残りの時間、全部睡眠に使いたいぐらいです。

 

 俺はやっと終わったこの地獄のようなトレーニングに耐えきった達成感を感じ取ったと同時に、

地面に寝転がった。

 

 微かに冷たいコンクリートが心地よく、空を仰ぎながらいつもより早い呼吸を繰り返していた。

 

 今思えば摩耶さんも俺と同じ条件なのに、息を切らさないどころか汗もあまり出ていない。

 

 あの人にとってこの特訓は当たり前でしかないのか……そう思うと摩耶さんはすごい人なんだなということを改めて感じた。

 

 「あの……ハア、ハア、……摩耶さん」

 

 「ん?なに?」

 

 「何で俺を摩耶さんの日課である早朝ランニングに、ハア……誘ったりしてくれたんですか?殆ど、ハア……めんどくさいと言っているあなたが」

 

 「へ?あ~、えっと……」

 

 いつもキッパリと喋る摩耶さんが、今回に限って珍しく言葉を濁していた。

 

 「その、なんだ…お前はまだ悪魔に転生したばっかりだからな。今のお前に出きることは愚直に体を鍛えることしか無いわけで、どんな事をすればいいのか分からないお前にさっさと教えておこうと思ってだな…」

 

 「……え?」

 

 俺は摩耶さんの言っていたことがよくわからなく、情けない応え方をしてしまった。

 

 あの摩耶さんが……めんどくさいばっかり言ってた摩耶さんが俺のために?自分のやっているトレーニングメニューにつき合わせたってことか?

 

 きっとこの人のことだから、頭で覚えるより体で覚えろって言ってくるタイプなんだろうな…。

 

 だから俺と一緒にランニングするために、わざわざ家にまで来てくれて…。

 

 ハハ、まったく…………この人は本当にいい人なんだな。

 

 大抵の確率でめんどくさいとか、負のオーラを感じさせるほどだらしない言葉を発しているが、やる時はちゃんとやるんだな。

 

 その結果がこのランニングが終わった後の様子を見るだけで手に取るように分かる。きっとかなり走り込んできたんだろう。俺みたいな奴じゃ全然想像出来ないほどの量を、距離を。

 

 やっぱりどんな事があってもこの人は俺の目標にしよう。この人が出来ることは、俺も全部出きるようになろう。この人の背中を見続けて、追い続けて、そして追い抜いて、この人に俺の背中がどれほど偉大な物になったかを見せつけよう。

 

 俺は新たな決意を胸に秘めた。

 

 「さ~てと、残った時間は部室のベッドで惰眠でも貪ろうかね。ついでに一時間目の授業もサボろう。うん、それがいい」

 

 …………あんな所は出来るようになりたくないけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーー駒王学園ーーーー

 

 それが俺の通っている学校の名前である。

 

 元女子校であるせいか、この学園にいる生徒総数は女子生徒の方が圧倒的に多い。今頃の男子生徒は女子が多いから、という理由で居場所が無いと思う者が多々いると思う。

 

 しかし俺はその女子が多いという理由で、この学園に入ることを決めた。

 

 だって女の子がいっぱいいるんだぞ!周りが女の子ばかりで囲まれてるなんて最高じゃないか!

こんなチャンス逃すものか、絶対にこの学校に入って俺の夢を果たしてやる!

 

 そんな事を思って壮絶な受験戦争に勝ち抜き、

この学園に通い始めて一年、遂に念願の彼女が出来た。だが………。

 

 

 

 「その彼女に……殺されるんだもんな…」

 

 

 

 俺は誰にも聞こえないような小さな声で呟き、

足を止めた。

 

 ーーーーもし夕摩ちゃんが堕天使じゃなくて普通の女子校生だったら、俺はあの子とまたこの通学路を歩いていたんだろうか……。

 

 もう叶いもしない出来事を頭の中で想像しながら、俺はたそがれていた。 

 

 俺は結局の所、あの子の外面しか見ていなかった訳で内面は見ていなかった。だからあの子の中にあった殺意に気付かずに、デートという名ばかりの行動の後、簡単に殺された。

 

 向こうからしたらよっぽど滑稽だったろうな…。手をつなぐだけで心臓が破裂しそうな程緊張してて、教科書通りのデートプランを実行してたんだからな……。なんだかもう笑えてきた。

 

 彼女にとって俺は……兵藤一誠は一体どんな存在だったのだろうか…。只の殺害対象か、童貞丸出しのケツの青いガキか……どっちにしても悪い意味しか無いな…それ。もしそうだったとしたら、彼女にとって俺はーーーー

 

 

 

 男としてどうでもいい存在だったという事なのだろう。いや、恐らくそれが最有力候補だろうな。…ホントにバカだな、俺は…。

 

 

 

 そんな風に俺はお約束の自虐モードになっていると、突然背中を誰かに叩かれた感覚が走った。

 

 「おっす、イッセー。どうした?何をたそがれてんだよ」

 

 「そうだぞイッセー、いつものお前らしくなかったぞ」

 

 「松田……元浜…」

 

 俺はこの学園で数少ない男子生徒であり、親友である松田と元浜に声をかけられた。

 

 俺達はこの学園に入るために地獄のような受験勉強に耐えきり、そして合格という天国のき切符を手にした同志である。

 

 いつもいつも教室や廊下で変哲のないエロトークで盛り上がっては、着替え中の女子達を覗き見たりしては追いかけられてしばかれる。しかし反省の色を見せたりはせず、懲りずに再び女子の着替えを覗く。そんなバカばっかりしては笑い合い、互いに信頼しあえる最高の友達だ。

 

 「……俺、そんなに元気なかったか?」

 

 「なかったな……まるで彼女に振られた彼氏のごとくしょぼくれてたぞ」

 

 「その例えは間違ってるぞ松田。イッセーみたいな奴なんぞに彼女が出来るわけないだろう」

 

 「酷い言いぐさだな、それ」

 

 俺の事を慰めてくれてるのか、責めて来ているのか分からない友人達と一緒に学校に行こうとしたところでーーーー。

 

 

 

 俺はバカな友人達の発言に違和感を感じた。

 

 

 

 「……松田……元浜……」

 

 『なんだ、イッセー?』

 

 二人同じして、俺の言葉に返事をする。こういう現象を見てみると、改めて二人の仲の良さを感じさせられるな……いや、その中に俺も混じってるんだよな…。

 

 この居心地のいい居場所にしばし歓喜した所で、俺はさきほど感じた違和感を取り除くため、新たな言葉を松田達に向けた。

 

 

 

 

 「お前らさ……天野夕摩ちゃんって……知ってる?」

 

 

 

 

 「……?いったい誰だ、その素敵な名前の女の子は?そんな子学校にいたか?」

 

 「……ッ!?」

 

 松田の『何を言ってるんだ、おまえは?』的な答えを聞き取った瞬間、声にならない疑問が俺の喉まで駆け上がってきた。

 

 あの時、初めてコイツらが彼女を見たとき、隣にいた俺が得意げに現状説明をした。コイツらがあの子を忘れないように、脳内に焼き付けるように自慢げに、得意げに。それをーーーー。

 

 

 

 コイツらはきれいさっぱり、何事も無かったように全てを忘れている……。

 

 

 

 まさか……そんな……。

 

 「ま、まさか!お前が新たに見つけた最高の素材があの学園に存在するというのか!?」 

 

 「なに!?そうなのか、イッセー!?」

 

 「……いや、何でもないんだ。分からないんならいいよ…」

 

 俺は右手で頭を抱えながら、訳が分からないこの事実を理解しようと脳をフル回転させていた。

 

 ……一体何がどうなってやがんだよ!?

 

 俺は隣で叫び続ける松田と元浜の事など気にもせず、胸の中にわだかまりを抱えたまま、学校の校門をくぐったーーーー。

 




自分も女子が学校に多かったりします。


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ケジメつけます!

新しいゲームを手に入れてテンションMAX
代償は執筆速度…


 「それはあれだ、『天野夕摩』っていう存在はこの世から消えたって事だ」

 

 放課後、入部して間もない相談部部室で俺は今朝から抱えていたわだかまりを取り除くため、この相談部部長であり、俺の主でもある摩耶さんに例の事を打ち明けた。

 

 「それで?」

 

 「……それでって、いったいなにが?」

 

 俺の問いに摩耶さんが問いで返してくる。違う、俺の求めている答えはそんなものじゃない!

 

 「だから、なんで夕摩ちゃんの存在が消えてることになってるんですか!」

 

 俺はここに来てからもう何度目かも分からない質問を繰り返し、摩耶さんに問い詰める。

 

 「さっき言ったじゃん。『天野夕摩』っていう存在がこの世から消えてることになってるって」

 

 それに対して摩耶さんもさっきの答えと同じ言葉を口にした。だ・か・ら!!

 

 「なんで夕摩ちゃんがーーーー」

 

 「うるせー!!さっきから同じ事何回も言ってんじゃねぇ!ちったあ自分で考えろ!」

 

 そういうと摩耶さんは読んでたマンガから目を離し、寝そべっていた体を起こして俺と向き合った。……やべぇ、本当にキレてるこの人。そんなに自分の時間がとられるのがイヤなのか……でも、

 

 「……考えましたよ。授業中でも、休み時間の間にも、考える暇がある時は全部その事を考えてました。でも、分からないからこうして摩耶さんに訊いてるんじゃないですか!」

 

 「じゃあもっと考えろ、思考を張り巡らせろ。そうすりゃきっと分かるから」

 

 「ーーーーッ!摩耶さん!!」

 

 俺は我慢の限界が来たかといわんばかりの大声をこの部室でこだまさせた。いや、違う。限界なんてとうに来てた。達していた。それが摩耶さんの一言で超えただけ、臨界点を突破したんだ。この人は俺の知りたい答えを持っているはず、そして俺の気持ちに気づいているはずだ……なのに何で素直に教えてくれないんだ!

 

 段々と沸き上がってくる摩耶さんに対する怒りで思わず狂いそうになる。

 

 「ーーーーあのさ」

 

 不意に摩耶さんが口を開く。

 

 「何でそんな事知りたいわけ?」

 

 「……え?」

 

 俺は摩耶さんの予期せぬ質問になんて答えていいのか分からず、無意識にそんな言葉が出ていた

 

 「だってさ、夕摩ちゃんだっけ?その子はもうお前の彼女じゃないんだぜ。何の関係も無い存在、あかの他人じゃねえか。それなのに何でそんなに知りたがる」

 

 「……ッ、それは」

 

 摩耶さんに言われた事で俺の頭は少しクリアになった。

 

 そうだ、あの子はもう俺にとって関係のない女の子。例え摩耶さんにあの子の存在が消えた理由を訊いた所で、俺はどうする気だったんだ?

 

 もしかして……あの子に殺されたにも拘わらず俺はーーーー

 

 

 

 「……まだあの子に未練があるのか?」

 

 

 

 俺の考えていることが、いや考えようとした事が先読みされ、摩耶さんの口から直接認識させられた。

 

 あまりにも的確で直球な発言に、しばしの間呼吸をするのも忘れてしまう。

 

 直後、脳裏に浮かんだのは夕摩ちゃんの表情。あの時、初めてのデートで見せてくれた屈託のない笑顔。いや……既に孕んでいた邪気を俺がただ見過ごしていただけかもしれないが……。

 

 次に浮かんできたのは夕摩ちゃんの背中からカラスをような黒い羽がはえ、その手に生み出した光の槍で俺を……。

 

 咄嗟に思い出してしまったあの惨劇を忘れようとするために、頭を激しく左右に振る。

 

 脳がかなりの勢いでシェイクされるのを感じた

。ウェ……気持ち悪い、吐き気する。

 

 でも、こんな時なのに夕摩ちゃんの事を思い出している。自分のことを殺した人物、因縁の相手の事をだ……しかもより鮮明に。

 

 俺の事を殺した邪気が露わになっている極悪非道な彼女ではなく、ただ普通な女の子にしか見えなかったあの子を……。

 

 確かに未練があるのかもしれない。なんだって初めて出来た彼女だ。ずっと一緒にいたいと思いたい、大切にするに決まっている、しなきゃ男じゃない。でも、未練なんてほんの少しだけ、微塵も無いなんて言ったら嘘になる。そうだ、俺が彼女の事をそこまで詳しく訊きたい理由はーーーー。

 

 

 

 

 「ーーーーケジメをつけたいんです」

 

 

 

 俺がようやく出したその答えに、摩耶さんはほんの少し眉を寄せる。

 

 「……なんのために?」

 

 「自分のため」

 

 これはすぐに口にすることが出来た。そう、自分のため……さっき言ったようにーーーー。

 

 「ケジメをつけます。もうこれ以上夕摩ちゃんが俺の心に居座らないようにするために……決別するために!」

 

 俺は心の底から思った事を正直に、摩耶さんに向かって吐き出した。あの子が俺のことをどう想ってるかなんてどうでもいい。理由はどうであれ、彼女は俺の事を殺した……笑いながらだ。

 

 なら俺は彼女にとって何でもない存在だったのだろう……道端に落ちてる石ころ程度だったのだろう……。

 

 そんな女の子の事を想い続けてもろくな事がない。下手をすればその心の隙間をつつかれるかもしれない。だから……。

 

 「教えて下さい、摩耶さん!!」 

 

 「…………」

 

 摩耶さんはしばらくの間黙ったかのように思えたが、俺にも聞こえるかなりデカいため息を吐いた後、ようやく俺の知りたかったことを教えてくれた。

 

 「……『天野夕摩』の存在はお前を殺すためだけに設定した物、簡単に言えば器だ」

 

 「……器」

 

 俺は摩耶さんの言った言葉を忘れないようにするために、自分でもその言葉を口にする。

 

 「そうだ。そうやってお前に親近感を抱かせて接近し、お前の信頼している友人からも認めてもらう事で……」

 

 「……自分は危険な存在では無いという事を意識させようとした?」

 

 「そのとおり」

 

 最悪の答えに俺は身を震わせるしかなかった。

手にはこれでもか、というほど大量の脂汗がにじみ出ており、首筋にツウッと冷ややかな汗が流れるのを感じる。

 

 そんな俺の事を気にもせず、摩耶さんはしゃべり続けた。

 

 「んで、後は予定通りお前を殺しやすい状況にするためにデートして、結界で二人きりになった後にグサリ。そのまま全てを闇に葬ろうとするために自らの存在を消した、ということだ」

 

 ーーーーそうか、そうだったんだ。

 

 摩耶さんの話を聞いて俺は一つの結論に至った。

 

 夕摩ちゃん、君にとって俺の存在は……。

 

 

 

 何でもない、ただの人間だったって事だったんだな。

 

 

 

 改めて俺は自分の不甲斐なさに呆れた。

 

 結局俺は彼女の良いところしか見ていなくて、悪いところを見ようとしなかった。だからこんな事になった。自業自得という奴だ。

 

 でも、もし次会うときは俺は君の全てを見る。

 

 堕天使の君も、夕摩ちゃんとしての君も全部見て、それを踏まえた上でーーーー。

 

 

 

 俺は君と対立する。恐らく未来永劫、君とは分かりあえない気がするから。

 

 

 

 「……ん?でも何でわざわざ松田と元浜の記憶まで消したんですか?」

 

 「…………説明いる?」  

 

 「いりますよ!」

 

 摩耶さんはもうこれ以上説明する事は無いと思ったのだろうか、一度手放したマンガに再び手をのばそうとしていた。……いや、そんな読みたそうな目で俺のことみないで下さいよ。なんなら読みながら答えてくれても構わないですから。

 

 そう言うと摩耶さんは先程まで読んでいたページまでマンガを一気にめくり、意識をマンガに集中させた。そして俺の質問に答えてくれ、

 

 「いや~、実はこれ俺の気に入ってるマンガの最新刊でさ。昨日買ったばっかりだからまだあんまり読んでないんだよね」

 

 ーーーーなかった。

 

 「……って、イヤイヤイヤイヤイヤ!俺に対する措置は!?摩耶さんの感想なんて訊いてませんよ!なんで松田と元浜のーーーー」

 

 「うるせー!!そんなのも分かんねえのかお前は!お前が死んでそのお前と付き合ってる彼女が、いきなり行方くらましたら思いっきり怪しまれんだろうが!そうならないために記憶ごと抹消したんだよ!」

 

 な、なる程そういうことか。

 

 摩耶さんの言うとおり、ちょっと考えたらすぐ分かることだったかもしれない。なのに俺は焦って、冷静な判断すらもままならなかった。

 

 俺は何のために摩耶さんから話を聞いた!ケジメをつけるためだ。……なのに今の俺ときたらさっきから言ってた事と真逆な状態になっていて、このままだと摩耶さんに啖呵きったにも拘わらずーーーー。

 

 「別にそこまでむずかしく考える必要なんてないだろ」

 

 「……え?」

 

 俺はその言葉が聞こえてくる方向、摩耶さんの方を見て呟いた。

 

 「お前は言ったじゃねえか、ケジメをつけるんだってよ。でも今すぐとは言ってない。だったらお前の気持ちが整理するまで待って、それからつければいい。その子を殴るなりなんなりしてな」

 

 「……摩耶さん」

 

 目の前でソファーに寝転がりながらマンガを読み、時たま近くのテーブルに置いてあるかりんとうをつまんでいる人から発せられた言葉とは到底思えなかったが、何故か心の芯に響いた。

 

 ……何度も思うけど、この人が俺の主様でよかったな。いつも自堕落で自分の事しか考えてなくて、必要最低限の事しかしないのに誰かのためとなったら構わず動く。これほどカッコイい人はいない。

 

 この人の側にいるとそこはかとなく安心する。

 

 確かに俺は焦っていたのかもしれない。ケジメをつけるだのなんだのほざいておいてウジウジしてたらカッコ悪い気がしてたから。……いや、それ以上にーーーー。

 

 

 

 男があそこまで言った事を実現させなければ少なくとも、この人には追いつけないと思ったから。

 

 

 

 俺の悪魔になってからの目標はやはりこの人に追いつくこと。能力的にも、人間的にもこの人と肩を並べるまで成長するのが俺の夢。

 

 元々はただの人間だった俺がどこまでやれるか分からないけど、やれるとこまではやってやる!絶対あきらめたりしねぇ!

 

 「まあ、お前は元々普通の人間じゃなかったからな」

 

 …………ん?

 

 今摩耶さん何て言った?普通の人間じゃなかったって言ったのか?俺が?

 

 「ーーーーええぇぇぇぇえええ!?普通の人間じゃなかったんすか俺!」

 

 「うん」

 

 摩耶さんの爆弾発言に思考が追いつかず、ただ叫んでいる俺に対して摩耶さんはいつも通りの返事をした。

 

 「ど、どうゆう事ですか?俺が普通の人間じゃなかったって」

 

 「それはーーーー」

 

 すると突然、俺の後ろの方でコンコンッと何かが叩かれた音がした。

 

 「どうぞ~」

 

 摩耶さんがそう言うと、教室に入るときによく聞く音がこの部室に響いた。

 

 誰かが訪ねてきたのだ。この相談部の部室に…。バカな!?影が薄すぎて誰からも認識されないようなこの部室に!?

 

 「失礼します。……天童先輩、お迎えにあがりました」

 

 入ってきたのは少女マンガに出てきそうな顔が凛々しく、かなりなイケメンだった。

 

 いったいどうしてここにこんなイケメンが来たのだろう……お迎え?

 

 「別にいいって言ったのにな~。後、俺のことは出来れば摩耶って呼んで欲しいんだけど」

 

 「いえ、そういう訳には……。あなたに一歩近づけたその時に、名前で呼ぼうと騎士としての誇りに誓いましたので」

 

 「……あっそ」

 

 常時ニコニコしているイケメンに対し、摩耶さんの顔は段々沈んでいった。……呼び方ぐらい別にどうでもいいじゃないですか。俺も何も言われなかったら先輩って呼ぶつもりでしたし…。

 

 しばし状況の飲み込めなかった俺を見越してか、イケメンが少し申し訳無さそうなトーンで語りかけてきた。

 

 「ごめん、いきなりすぎたね。自己紹介が遅れたよ」

 

 一つ一つの言葉がやけに紳士的で、その雰囲気すらも似合ってしまうイケメンが俺に名前を告げた。

 

 「僕の名前は木場裕斗。リアス・グレモリー様の騎士《ナイト》を勤めてるんだ。君は?」

 

 そういってイケメン……木場は俺にはにかみスマイルを向けてきた。こうゆう要素が女子にモテる秘訣なんだろうな~。……べ、別に悔しくないし!

 

 「……兵藤一誠。よろしく」

 

 「兵藤君か……こちらこそよろしく」

 

 そして木場は俺に手を出してきた。握手か……こうゆうのあんまりしたことないな。友情を確かめる為の握手なんて……。

 

 「おう、よろし……ん?」

 

 木場が差し出してきた手に自分の手を重ねようとしたところで、俺は木場のセリフを思い出す。

 

 確か……リアス・グレモリー様の騎士だって……え!?

 

 「ええぇぇぇぇえええ!?リアス・グレモリーって、あの『駒王学園の二大お姉さま』って称されているあのリアス先輩!?」

 

 「う、うん……そうだよ」

 

 「ついでに言えばリアスも悪魔だ。裕斗もな」

 

 「ええぇぇぇぇえええ!?」  

 

 木場の肯定と摩耶さんの補足に俺はただ驚愕するしかなかった。まさかあのリアス先輩が悪魔だったなんて……知らなかった。

 

 「っていうことは、リアス先輩もその……眷属もってたりするの?」

 

 「ああ、さっき言ったとおり僕は部長……リアス・グレモリー様の騎士でね。他にも色んな人がいるよ」

 

 「そ、そうなんだ……」

 

 あのリアス先輩の眷属で下僕だなんて……チクショーうらやましい!

 

 「それじゃそろそろ行くか……あまり気乗りしねぇけど」

 

 言葉通りダルそうに摩耶さんが腰をあげる。

 

 「行くってどこへ?」

 

 「リアスの所、アイツがお前に会いたいなんて言い出してよ。大方眷属を持ったことのない俺が初めて持つことになった下僕であるお前に興味が沸いたんだろ」

 

 摩耶さんが俺の背中を押して部室から出そうとする。……そうか、だから木場はお迎えに来たなんて言ってたのか……てことは!!?

 

 「も、もしかしてリアス先輩に謁見出来たりするんですか!?」

 

 「ああそうだ。ていうか何だ謁見って、そんなに縮こまんなよ」

 

 摩耶さんが少し呆れたといった表情で俺のことを見下してくる。縮こまるななんて無理っすよ!何たってあのリアス先輩に会えるんですから!

 

 「よっしゃーーーーーー!!そうと決まればさっさと行きましょう!麗しのリアス先輩の下に!!

 

 そして俺は苦笑いをしている木場と、もはやどうでもいいやというような無表情である摩耶さんを置いてけぼりにし、高校生にもなってがむしゃらに校舎の中を爆走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後道が分からずにしょぼくれていた俺を木場が情けをかけるように案内してくれた事は言うまでもない……。




次回、遂にリアス登場


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成長しようと試みます!

久しぶりの投稿

やっぱりゲームはおもしろい


 全生徒から憧れの眼差しで見られる駒王学園の二大お姉さまの一角であるリアス先輩に会いに行こうとする今日この頃。

 

 一時の気の迷いか俺はその事実を知ると同時に、場所も分からぬリアス先輩が待っている所まで猛ダッシュで駆け抜けた。

 

 しかし案の定場所が分からぬため、どうすればいいか分からずしょぼくれている俺を、木場と摩耶さんが回収してくれた。

 

 だって仕方ないじゃん!あのリアス先輩に会えるなんてめったに無いことなのに、それが叶うとなったらどれだけテンションがあがるか、同じ男の摩耶さんならわかるでしょ!?

 

 そう言うと摩耶さんは『同じ学年で悪魔だし、結構顔会わせてるぞ』なんて、この学園全男子を敵にまわすであろう恐ろしい呪文を唱えた。

 

 クソッ!あんな絶世な美女と同学年で知り合いだなんて羨ましい!しかも摩耶さんもなんだかんだいって結構なイケメンだし、絶対影でモテてるよ……。

 

 少し気が重くなってきたため、少しでも軽くしようとしたのか無意識にため息が出た。 

 

 そしてそれに連動するかのように摩耶さんもため息を吐く。

 

 「あ~、ここまで来てなんだけど……やっぱりめんどくさいな~」

 

 いつものように(昨日と今日の関係だが)愚痴をもらしながら、少しおぼつかない足取りで摩耶さんが俺の前を歩く。あのリアス先輩に会えるのにめんどくさいだなんて、いったい何を考えてるんだこの人は!こんな機会二度と無いかもしれないというのに!あ、同学年だから結構な確率で会ってるのか。……チクショーーーー!!

 

 摩耶さんの隣にいる木場が『僕もほぼ毎日会ってるよ』と呟いていた。お前は仕方ない、リアス先輩と同じ部活だからな。毎日放課後、嫌でもリアス先輩に会えるんだからな。恐らく向こうは嫌とは思ってないだろうな~。……チクショー!!

 

 「何かさっきから後ろからかなり邪気がこもった目線送られてる気がする」

 

 「あはは……」

 

 相変わらずめんどくさそうにしている摩耶さんと、苦笑いをしている木場とのイケメン二人組が俺の思考を察知したのか、コッチを振り向いて語りかけてくる。

 

 クソッ、これが強者の余裕という奴か!二人は普段通りの事だからと、何も変わらないといったような感じだ……。

 

 俺みたいな小物はまだ心臓がバクバクいってやがる。呼吸も少し荒い。俺はこれからあの有名なリアス先輩にーーーー。

 

 

 

 「いつまで縮こまってるんだよテメエは!」 

 

 

 

 突如、前から聞こえてきた大音声に一瞬体が硬直する。その隣にいる木場は、顔を歪めながら予想してなかっな事態に対応するため、耳を手で塞いでいた。

 

 摩耶さんが、また例のごとく怒鳴っていた。

 

 そして恐らくその理由は……。

 

 

 

 「俺は普段通りならこの後、ベッドに潜って何度目か分からない幸せな一時に身を投げようと思ってたのに、リアスがお前の事が知りたいからとかいう理由でこんな所まで来てるんだぞ!しかも当の本人がビビりまくってるってどうゆうことだ!見てるこっちが腹立つわ!!」

 

 

 

 ーーーーやっぱり自分の時間が盗られたことに怒ってる!

 

 摩耶さんのそのイケメン顔には、似合わない血管模様が浮かび上がっていた。そこまでこの人は俺に対して怒りの感情を抱いているのか……。

 

 「で、でも……やっぱりリアス先輩に会えるとなるとちょっと……」

 

 「つべこべぬかすんじゃねぇ!何がちょっとだ、ただ一つ上の先輩に会うだけだろうが!」

 

 「あ、悪魔としての位は俺より上だし……」

 

 「俺と同じ『王』ってだけだろうが!俺と会う感じで接すればいいんだよ!」

 

 む、無茶苦茶だ……俺の斜め上をいく返答をしてくる。ここは普通とりあえず落ち着けとか、深呼吸しろとか、俺を安心させてくれる言葉をかけるべきなのでは……。

 

 「あの、天童先輩。部長はただの『王』ではなく、現魔王を輩出したあのグレモリー家のーーーー」

 

 「知ってるわそんなもん!いちいち横やりを入れてくるな!」

 

 隣で何か言いたげだった木場にまで火の粉がふりかかってしまった。……何か申し訳ない。

 

 「……いいか、お前が今何をどう思ってるかなんて俺にはどうでもいいことだ。……ただこれだけは言っておくぞ」

 

 怒りが少し収まったのか、声がさっきより穏やかになり、顔には目立っていた血管模様も無くなっていた。そしてーーーー。

 

 

 

 「自分が窮地に陥ったからといって、簡単に他人からの手にすがろうとするな」

 

 

 

 摩耶さんが静かに、俺の目を見据えてそう言った。

 

 いったい何を……?

 

 「お前、さっきまで俺に自分の緊張ほぐして欲しい、とか思ってただろ」

 

 「ーーーーッ!?」

 

 「その反応じゃ図星か」

 

 そして摩耶さんは最後の言葉を言い終えると共に、俺の方へ一歩ずつ距離を詰めてきた。

 

 確かに俺は摩耶さんに、この抑えきれない衝動をどうにかして止めてほしいと思った。そしてその考えを読まれた……。いったいなんで?

 

 「お前程度の奴が考えてる事なんて、カード全部表向きにしてプレイする神経衰弱のように簡単なんだよ」

 

 俺の考えが……簡単にわかる……?

 

 思えば初めてこの人と会ったときも、手に握っていた湯のみの事をコップだと考えていたら違う、と怒鳴られた。あの時も俺の考えは読まれていたんだ。この人には、人の心の中が視えたりするのか?

 

 いつまでも俺が俯いていると、視界に誰かの足が入ってきた。俺は恐る恐る顔をあげる。誰が目の前に立っているかなんて明白だ。そこにいるのは、さっきまで俺のことを怒鳴り散らしていた主ーーーー。

 

 「今度は何うじうじしてんだ、アホ」

 

 摩耶さんが俺の頭に、自分の頭を思いっきりぶつけてきた。簡単に言えば頭突き、パチキだ。

 

 俺は思わず頭に走る鈍い痛みに耐えきれず、頭を抱えたまましゃがみこんだ。

 

 い、イテェ……この人の頭は鉄か何かで出来てんのか?てか、そもそも何でこの人は俺に頭突きなんてかましてきたんだよ。いや……大体理由は分かってるけども。

 

 確かに俺は摩耶さんの言うとおり落ち着きがなかった。リアス先輩に会えると分かった時は狂ってるのかと思うほどテンションがあがってたのに、いざ会うとなると動転しまくっていつも通りでいられなかった。

 

 そんな俺のために大切(?)な自分の時間を割いて、普段来るはずもないこの場所……旧校舎に足を踏み入れて、更には当の本人がビクビクしながら後ろを歩いているもんなんだから当然頭にくる。

 

 しかもその怒りの対象が自分に助けを求めているのだから尚更だ。

 

 その事に摩耶さんは一番腹をたてたんだ。

 

 「……で、どうすんの?」

 

 「どうって……?」

 

 「リアスに会うの?会わないの?」

 

 いろんな意味で痛い頭を押さえたまま、摩耶さんからの疑問を聞き取った。

 

 会えるのなら……会いたい。何度も言うがこの学園全生徒の憧れでもあるわけだし、悪魔的に俺より位もキャリアも断然上だ。そんな人に会えるなんて、この機会を逃したらもう二度と無いかもしれない。

 

 けどやっぱり、いざ会うとなると足がすくんでしまう。俺なんかが会っていいのだろうか、何か問題を起こしたりしないだろうか、そんなことばかりが脳裏をよぎる。

 

 「俺なんかが……会っていいんですかね?」

 

 不意に考えていたことが口に出てしまった。

 

 「あ?向こうから会いたいって言ってんだからいいんだよ。それくらいでビビるな」

 

 「そうだよ、兵藤君。部長はそんなに怖い人じゃないし、安心していいよ」

 

 摩耶さんと木場からの簡単な言葉が、今の俺にはすごく頼りに思えた。同時に体を覆っていた重圧が消え、体が軽く感じた。

 

 「お前は自分が悪魔になりたてで、自信がないのは分からなくもない。……でもな」

 

 そこで摩耶さんは区切りをつけて、

 

 

 

 「自分の事を信じれず、自信がつかない奴には『高み』を目指すことも、ケジメをつけることも出来ない」

 

 

 

 「ーーーー!!」

 

 その一言で俺は目が覚めた。あの時、摩耶さんにケジメをつけるなんて啖呵を切ったときは、そう考えていただけだった。でも、摩耶さんの一言に背中を押されて俺は覚悟を決めた。

 

 今度また夕摩ちゃんに会ったときは敵同士、そして元カノだろうと容赦なく殴る。そう決意した。

 

 だけど、それをするには摩耶さんがさっき言ったとおり自信をつけることが大事なんだ。自分を信じきれない奴なんかに、ケジメなんてつけれるものか。俺はまだ悪魔としてはヒヨッ子で、端から見ればゴミくずみたいな存在かもしれない。……でも いつか俺なしではいられない程周りから尊敬される存在に俺はなる。

 

 「……それで、リアスに会うの?会わないの?」

 

 摩耶さんが俺に先程とまったく同じ質問をしてきた。違うのは言葉の節々に柔らかみがあること。温厚だということだ。

 

 さっきまでは臆してて自信がなかったけど、今の俺にその言葉は愚問というやつだ。

 

 「……会うにきまってるじゃないですか!リアス先輩の美貌を脳内フォルダに保存してやる為にもね!」

 

 「……あそ、ならとっとと行こうぜ」

 

 そういうと摩耶さんはくるりと踵を返し、再び俺の前を歩き始めた。

 

 今日ほど摩耶さんの背中が大きく見えた日は無い。……まだニ日間だけの付き合いだけど。

 

 ヨッシャー!これを機に、転生悪魔兵藤一誠様の伝説が幕を上げるーーーー。

 

 「あ、俺トイレ行きたいから先行っといて」

 

 不意に摩耶さんの口にした言葉に、俺は足を滑らせた。

 

 「ええ!?ついてきてくれないんですか!」

 

 「トイレ行きたいんだから行かせろよ。それとも、俺がいないと不安か?」

 

 「そ、……そんな訳ないじゃないですか!摩耶さんがいなくても余裕ですよ、ヨユー!」

 

 最後の最後で声がうらがえってしまった。本当はついてきてほしい、一緒にいてほしいと思っているが、そんなことを吐露してしまったら俺は自分がイヤになる。

 

 さっき自信を固めたばかりなのに、それを自分で打ち砕くような真似はしたくない。なによりこの人の前であれだけ威勢張ったんだ。それに似合うように、強気でいないといけない、そう思ったからだ。

 

 「終わるまで待ちますよ」 

 

 トイレに向かおうとして、階段を降りようとした摩耶さんを木場が呼び止めた。

 

 「いーよ別に、後でちゃんと行くから。それより一誠はここ来るの初めてなんだから、しっかり誘導してやってくれや」

 

 「……分かりました。騎士の誇りに懸けて、その命を全うします」

 

 木場が片膝をつき、なんとも凛々しい姿勢で摩耶さんに頭を垂れた。その目の前にいる人物は頭をかきながら『そんなにだいそれた事じゃないだろう』と言いながらどこか呆れたような仕草を見せた。

 

 「いいか、お前の主はリアスなんだ。その主以外の人間に簡単に頭を下げるな。騎士のお前がそんなことをすると、リアスが軽く見られるんだからな」

 

 木場は全然そんなことを考えていなかった、といわんばかりに面をくらった顔をしていた。

 

 「……確かにそうかもしれません。肝に銘じておきます」

 

 木場の感慨深い呟きに、摩耶さんは『ん』と短く返事をすると、今度こそ階段を降りていった。

 

 

 

 

 ーーーー途中、何故か中段らへんで摩耶さんが足を止めた。

 

 

 

 そして首を少しねじり、俺の方に顔を向けた。

 

 その目は全てを見透かそうとするように、俺の双眸の奥深くまで覗き込んでいた。

 

 俺はおもわず、摩耶さんの気迫にたじろいでしまった。そしてすぐ理解した。

 

 確かめようとしているんだ。本当に俺が不安を抱いていないかどうかを。少しは男らしい顔をするようになったかを。

 

 声に出して会話していないのに、摩耶さんがそう語りかけて来るように思えた。

 

 ここまで来てこの人にこれ以上余計な気は使わせられない。それに俺自身も、摩耶さんに少しでも認められたい。

 

 

 

 

 だから、今俺がこの人に出来ることはーーーー!!

 

 

 

 今まで俺の事を見つめていた摩耶さんは、何かに感心したように『へぇ』と短い言葉を漏らした。

 

 俺の隣にいた木場も、何故か温かい笑みを俺に向かって浮かべていた。

 

 思い当たる節は一つしかないが、それが最有力候補だということは考えにくい……と思う。

 

 今この人とどんな言葉を交わしたところで、この人の中にある俺に対する信頼を深めることは出来ない。だから、俺は言葉を発さず摩耶さんの冷ややかな双眸に向かってーーーー。

 

 

 

 今まであった不安と焦燥を微塵も感じさせないような面構えをしている……つもりだ。

 

 はっきり言って、自分が今どんな表情をしているか分からない。吹っ切れたような顔をしていると自分では自負しているが、摩耶さんから見れば引きつった顔をしているかもしれない。

 

 それでも俺は、今の自分の形相に自信を持って、更に一層今抱いている決意を濃厚にしようと顔面に力を込めた。

 

 しばらくすると摩耶さんは俺達に背を向け、今度の今度こそ、目的地に行くために階段を一段ずつ降りていった。

 

 摩耶さんが俺の眼前から消える最中、微かに笑っていたように見えたのは俺の思い過ごしなのか、そのまま摩耶さんは俺の視界から完全に消えていった。

 

 摩耶さんから見て……今の俺はどうだったのかな……?

 

 憧れの人に自分がどう思われているかを考えると、心臓がいつもより早く鼓動を刻むのを感じる。

 

 「……いい顔をしてたよ」

 

 不意に隣から声がかけられ、その声がする方向に顔を向けた。言うまでもなく、そこにいたのは木場だ。

 

 「そうか?」

 

 「うん。何かこう……男らしい顔つきだったよ」

 

 俺が今一番言ってほしい言葉を木場に言われ、自分でも分かるくらい顔がにやつくのを感じた。

 

 「そ、そうかな~?」

 

 「そうさ。今の君は誰がどう見ても立派な悪魔だよ。胸を張っていい。……それにしても、流石は天童先輩だ」

 

 「え?……何が?」 

 

 「……この際だから言うけど、ここにくるまでの間、ずっと君のことを心配してたんだよ。君に気づかれないように、君の表情をずっとうかがってたのさ」

 

 「ーーーー!!そうなのか!?」

 

 驚愕の事実を知らされた俺は、木場に向かって大声でその詳細を尋ねた。

 

 「うん、まあね。あの人はああ見えて人が良いからね。オマケに、その人が何をどう考えているかが分かるほどの洞察力と読心術を持っている。それで常に、君の事を心身ともに見守っていたのさ」

 

 高い洞察力と読心術……それであの人は俺の考えていることがわかったのか。

 

 「そこまで気を配れる人が、君に対して怒鳴った本当の理由はーーーー」

 

 「……俺を自分自身で立ち直らせるため?」

  

 「そうことになるね」

  

 そう言って木場は、俺に向かって何度目か分からないイケメンスマイルを向けてきた。

 

 ……俺は、最後まであの人に無駄な心配をさせてしまったのか。

 

 つくづく自分が情けないと思う。結局の所、あの人と出会ってから何一つ成長していない。本来ならあの人は、今頃ベッドでうつつをぬかしている所だろう。自分の時間を好きなように有効活用できたはずだ。俺が成長していれば、ここに来るのも一人で出来たはずだ。それが出来ないということは、俺は未だ足踏みをしている最中なのだろう。

 

 

 

 ーーーーいや、成長しなくちゃならないんだ!少なくとも今に限っては!!

 

 

 

 「……どうしたんだい、兵藤君?」

 

 木場が俺に向かって心配そうな声色で尋ねてくる。コイツにも心配されるなんて……どうかしてたな、俺は。

 

 あの人は俺に期待してくれていたのかもしれない。これから先、自分自身で道が切り開けるようになれることを。そうするために、絶対的な自身を俺が持つことを。だから俺に怒鳴ってくれたのかもしれない。心配してくれていた、ということもあっただろうけども、それ以上に……。

 

 ならその期待に応えることこそが、この俺兵藤一誠の今最大限やれること!!そのためにはまずーーーー。

 

 「リアス先輩に会いに行くか、木場!とっとと行かないと待たせちまうしな!」

 

 「……うん、そうだね!」

 

 散々待機させてしまった木場に、これまでの遅れを取り戻そうとするような感じで声をかける。

 

 「ヨッシャーー!そうと決まれば急ぐぞ。麗しのリアス先輩が待ってるんだからなー!」

 

 「え!?ひ、兵藤君!?ちょっとまっーーーー」

 

 後ろから聞こえてくる木場の静止を気にもとめず、初めて来たはずの旧校舎を我が物顔で爆走する悪魔がここにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、俺がいったいどうなったのかは出来る限り察してほしい。




次回、リアス様ついに登場!!

いやホントマジで(焦)


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他にも悪魔はたくさんいました!

 次回、リアス様ついに登場!




 なんてことはないよ(達成感


ーーーー駒王学園旧校舎。普段使われていないと思わされる、名前通りに見た目が古い校舎にリアス先輩がいるとの事。

 

 当然俺ーーーー兵藤一誠はこの場所に足を踏み入れた事は無く、中の構造などに関しては全くの無知であった。

 

 その事を俺は顧みず、ただがむしゃらに未知の領域である旧校舎を走り回った。

 

 

 

 

 理由はただ一つ……リアス先輩に会うため。

 

 

 

 

 さっきまでうじうじしてた俺を怒鳴り散らし、改めて俺の励みになる言葉を掛けてくれた摩耶さんのために。摩耶さんに向けた決意の形が虚構にならないように。

 

 そんな想いを胸に秘め、たった一人の先輩に会うために俺は思い切って行動した。……そこまではよかった。

 

 

 

 

 そう、そこまではーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ゼェ、ゼェ……ここ、どこ……?」

 

 全く分からない場所を全速力で疾走したら当然こうなるわけで……。

 

 『旧』だとしても、流石は校舎。外見はお世辞にも綺麗とは言えないが、中の広さには舌を巻く。おまけに見た目とは裏腹に中は清潔感があふれている。ここが本当に旧校舎なのか疑問を抱くほどだ。

 

 クソッたれ、こんな所で道草食ってる場合じゃないのに……!

 

 だいたい同じような失敗をさっきしたばっかりじゃねえか。なのに高ぶったテンションに身を任せて、後先考えずに出しゃばったからこんな事に!

 

 「ハァ、ハァ……これからどうしよう」

 

 未だ安定しない荒い呼吸を繰り返しながら、とりあえず後ろにあったドアに背をあずけ、そのまま尻餅をついた。

 

 呼吸を安定させるために左胸を鷲掴みにする。しかしその行為はただの気休めにしかならず、実際に呼吸が回復したりはしない。俺はだんだん沸き上がってくる自分に対する怒りを発散させようとするように、左胸肉を掴んでいる手により一層力を込める。

 

 ……摩耶さん、今頃何してるだろうな。あ、トイレ行ってたんだっけ……もうそろそろ終わってる頃かな。

 

 軽く現実逃避に陥っている思考回路をショートさせるために、頭を左右に揺する。ウェ、気持ち悪。なんか前にも同じ事したよな……摩耶さんから悪魔の話を聞いたときだ。あの時も嫌な記憶が脳裏によぎったから、無我夢中に頭を振ったんだ。摩耶さんはそんな俺に全てを包み隠さず教えてくれた。それまでの経緯が無駄に長かった気がするけど……。

 

 「ーーーーって!何で摩耶さんの事ばっかり考えてんだよ俺は!?いくら俺でもソッチの趣味はねぇぞ!!」

 

 もはやデンジャラス(?)の域に達してしまっている思考を今度こそ遮断しようと、ありったけの力を込めて頭部を地面に叩きつける。ハッハッハァ、もう二度とあんな忌々しい事は閃かないぞ。なんか鈍い痛みが頭に走ってるけど気にしない。ドロリ、とした生暖かく赤い液体が滴っているけど問題ない。……いや、あるかな?

 

 などとそんなバカな事を考えていたのも束の間、目の前からさっきまで一緒にいた男子から声を掛けられた。

 

 「ここにいたのかい。探したよ兵藤君。」

 

 「……木場」

 

 「結構走り回ってただろうからね、大丈夫かい?」

 

 「……木場ぁ~~」

 

 俺は少し情けない声で眼前にいるイケメン王子、木場裕斗に寄り添った。当の本人は『ひ、兵藤君!?何故だか分からないけど、頭から血が出てるよ!』なんて言っているが俺にとっては既にどうでもいい事だ。元からあまり気にしてなかったんだからな。

 

 「会いたかったよ~。てっきりこのままリアス先輩に会えないかも、て思ったら元気無くなってきてさ~。せっかく摩耶さんにあんな啖呵切ったのに会えませんでした、じゃカッコつかないからさ~。心配しててさ~」 

 

 「は、ははは……。その必要はないと思うよ」

 

 「え……?あ、そうか。お前はリアス先輩の居場所知ってるからな。さっさと行こうぜ!」

 

 「えと……もう着いてるよ」

 

 「……へ?」

 

 一瞬木場の発言の意味が理解できず、間の抜けた返事をしてしまった。そして木場はさっきまで俺がもたれかかっていたドアを指差し、

 

 

 

 「ここが僕達の、『オカルト研究部』の部室だよ」

 

 

 

 ーーーー俺の所属している相談部と同じように、全然聞いたことのない部活動の部室に、リアス先輩は居るとの事だった。

 

 「…………一つ訊いていいか?」

 

 「どうぞ」

 

 「オカルト研究部って何だよ!!」

 

 俺は今現在、もっとも感じている素朴な疑問を隣にいる木場にぶつける。

 

 「その名の通り、非科学的でありえないオカルト現象を研究する……ていう事に一応なってるんだけどね」

 

 「一応?」

 

 「そうした方が行動しやすいんだよ。あまりこういった部活には入る人はいないだろうから、部員を皆グレモリー眷属で固めるためにね」

 

 「へぇ~。そんな事まで考えてるのか」

 

 懇切丁寧に教えてくれた木場の発言に感心し、目の前の木製の扉を眺める。

 

 確かにオカルト研究部なんて怪しい部活に入りたいなんていう奴はいないだろう。そもそもこの部活があったことすら俺は知らなかった。リアス先輩が居ると知ったらすかさず入部するけどな。

 

 だが生憎、今の俺は相談部の部員兼天童眷属だ。あの人以外の人についていく気はない。なんだかんだ言ってあの人は俺の目標だからな。

 

 いつの間にか隣にいたはずの木場は俺の一歩前に出て、木製の扉を叩いていた。

 

 「木場です。兵藤君を連れてきました」

 

 そう言うと木場は扉に手をかけ、オカルト研究部の部室に入ろうと、

 

 

 

 「チェックメイトよ、摩耶」

 

 

 

 「えっ!ウソ?もう終わり!?ちょ、ちょっと待ってタイム!もう一回やり直そ!!」

 

 「うふふ、そう言ってもう十回目ですわよ。摩耶君はポーカーとかは強いのに、どうしてこういう戦略ゲームはよわいんですかね。」

 

 「……摩耶先輩、弱すぎです」

 

 部室には既にチェスをしている摩耶さんと紅の髪を持つ絶世の美女。その周りには紅の髪を持つ美女に引けを取らない黒髪を持つ美女。更には矮躯な体系で白髪を持ち、ほかの二人とは違う魅力をもった美少女がーーーー

 

 「って摩耶さん!?いつの間に来てたんですか!」

 

 「おう、遅かったなお前ら。……なんでイッセー血出してんの?」

 

 トイレに行ったはずの摩耶さんが既に部室内におり、先程まで戦いが繰り広げられていたであろう駒の位置が初期位置と違うチェス板に頭をつけていた。

 

 「やっと来たのね、裕斗」

 

 「お待たせしました、部長」

 

 「ほんとだよまったく」 

 

 紅の髪を持った美女がそう言うと、俺達の方に身体を向けてきた。というか摩耶さん、場所がどこだろうと構わずだらけきっている。さっきの会話を聞く限りだとチェスで負けたらしいから尚更だ。

 

 「自己紹介がまだだったわね」

 

 知っている。紹介してもらわなくても充分に。

だってその人は、学園の二大お姉さまの一人であり、さっきまで俺が必死で会おうとしていた、

 

 

 

 「オカルト研究部部長、リアス・グレモリーよ。よろしくね」

 

 

 

 リアス先輩本人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「は、初めまして!自分は兵藤一誠といいます。よろしくお願いします!」

 

 「ええ、よろしく。イッセーって呼んでいいかしら?私の事もリアスでいいわ」

 

 「は、はい!光栄です!!」

 

 目の前の紅の髪を持つ美女ーーーーリアス先輩に下の名前で呼ばれるなんてメチャクチャ嬉しい。ここにくるまで抱いていた緊張なんて吹っ飛んでしまうぐらいにだ。

 

 「あらあら、うふふ。なかなか面白い子ですわね」

 

 そう言って俺の頭に包帯を巻いてくれているのがこれまた二大お姉さまの一角、姫島朱乃さん。リアス先輩と同等の美貌を持ち、黒壇のような黒髪。大和撫子を思わせるその風格は如何にこの人が出来た人かということをしみじみと感じさせる。

 

 「はい。これで大丈夫ですわ。後、私の事も朱乃と呼んでくれて構いませんわよ」

 

 「あ、ありがとうございます……朱乃さん」

 

 そう言うと姫島……朱乃さんは『うふふ』、と笑いながらリアス先輩の側へ歩いていった。まさかあの二大お姉さま両方から名前で呼ぶ事を許されるなんて思ってもみなかった。今の俺なら何でも出来る気がするぜ!

 

 「…………塔城小猫です」

 

 そう呟く少女は俺の目の前で黙々とお菓子を口に運んでいた。その一つ一つの行動に思わず愛嬌を感じてしまう。因みにこの子は男女構わず可愛いと誉められており、学園のマスコット的存在だ。

 

 「おう。こちらこそよろしくな」

 

 小猫ちゃんは相も変わらずお菓子をパクつきながらペコリと頭を下げてきた。無口な所もまたいい!

 

 「それにしても珍しいわね。いつも面倒くさいと言っていたあなたが眷属を持つなんて」

 

 「ああ、まあコイツ助ける為に仕方なくな」

 

 そう言うと摩耶さんはテーブルの上にあるお菓子の山に手を伸ばし、

 

 「これは私のです」

 

 小猫ちゃんの目にも留まらぬ速さで繰り出された手刀によってはじかれた。

 

 え、何いまの?普通に見えなかったんだけど。

 

 「ぎゃああああああああああ!!小猫ちゃん遠慮なくね!?」

 

 「……そんなことありません」

 

 この事態を起こした張本人は何食わぬ顔をして、お菓子を口に運ぶ動作を延々に続けている。摩耶さんは叩かれた手を抑えて床の上をゴロゴロ転がっていた。そ、そんなに痛いの?女の子の手刀が……?

 

 「そ、それでこの子には何の駒を使ったの?」

 

 リアス先輩が俺の方を見ながら興味深そうに尋ねた。確か俺の駒って……。

 

 「『兵士』の駒。八個全部消費しちまったから恐らく神器持ち」

 

 そうだ、『兵士』だ。確かチェスで一番前にいるいっぱいいるやつ……て、八個全部消費?神器持ち?

 

 「…………それは本当なの摩耶?」

 

 思わぬ答えが返って来たせいか、リアス先輩が少しシリアスな声で摩耶さんに問う。気のせいかリアス先輩だけでなくこの場にいる全員が息をのんでいるような気がする。

 

 「嘘ついてどうするんだよ。マジだよマジ」

 

 その言葉にオカルト研究部のメンバー全員が驚愕した。

 

 「あらあら、それは……」

 

 「普通なら考えられないね」

 

 「……びっくりです」

 

 一人一人が俺に対して素直な感想を吐露していく……ていうか、

 

 「神器って何ですか?摩耶さん」

 

 「神の恩恵」

 

 出た!摩耶さんお得意の適当受け答え!何がなんだかサッパリ分からん。

 

 「簡単に言うとね、あなたの中には秘められた力が眠っているのよ」

 

 リアス先輩が分かりやすく代弁してくれた。本当にありがたい。しかし、秘められた力と言われてもいまいち実感が湧かない。

 

 「ーーーーイメージしろ。体の奥底にある塊を具現化するように。神器はお前の想いに応える」

 

 珍しく摩耶さんが的確なアドバイスを寄越してくれた。常時こんな風に簡単に説明してくれたらいいのに……。

 

 「イメージか……よし……。」

 

 摩耶さんに言われたとおり俺は出来る限りイメージした。体の奥底に眠る、力の塊……。

 

 突如、俺の左手に今まで感じた事の無い凄まじい熱を感じた。しかし心なしか熱くなく、左手全体が何かに覆われるようなーーーー。

 

 

 

 

 「って、なんじゃこりゃーーーーーーーー!!」

 

 

 

 気づけば俺の左手には真紅の篭手が装着されていた。なんだこれ!?いつの間にこんなモンが俺の左手にはまってるんだよ!しかもちゃっかりサイズ合ってるし。

 

 「龍の手《トゥワイス・クリティカル》ね……確かに神器持ちは驚いたけど、至って普通ね」

 

 リアス先輩は俺の左手のある篭手を眺めながら口を開いた。そんなに特別な物じゃないのか……ちょっとショック。

 

 「……………………」

 

 「……どうしたんすか摩耶さん?そんなに真剣な表情で……」

 

 「……いや、何でもない」

 

 素っ気なく摩耶さんはそう言うと俺の左手から目線を外した。なんか少しおっかなかったな。声のトーンもやけに低かったし。

 

 「つまりコレが……俺の秘められた力、てやつですか」

 

 「まあ、そういうことだな」

 

 摩耶さんは相も変わらず俺の方を見ようとせず、ただ単に呟いた。な、なんか気まずい。

 

 「それにしても……あんなアドバイスでよく神器を出せたもんだな」

 

 「え?まあ……摩耶さんの言葉でしたから」

  

 

 自分でも一体何を言っているか分からない回答に摩耶さんは『ふ~ん』と呟くと、やっと俺に面を向けた。それにしても……こうして見てるとやっぱ摩耶さんってカッコイいよな。黄土色の手入れしてないボサボサ気味の髪。身長だってこの部屋に居るメンバー全員の中で一番高い。極めつけは一流俳優顔負けの容姿。どこをとってもパーフェクトだ……性格以外は。

 

 「なに顔赤らめてんだよ、俺にそんな趣味はねぇぞ」

 

 摩耶さんに指摘され、気恥ずかしくなった俺は気を紛らわせようとお菓子の山に手を伸ばし、

 

 「あげませんよ」

 

 摩耶さんの時とまったく同じ展開が披露された。

 

 「ぎゃああああああ!!小猫ちゃん何でそんな力強いの!?」

 

 「『戦車《ルーク》』ですから」

 

 素っ気なく答えると、小猫ちゃんは普段通りにお菓子をパクつく。『戦車』だからだと?それだけでこんなヤバい力が出るのか……俺もそっちがよかったな。

 

 「それでイッセー、あなたには目標はあるかしら?」

 

 

 「目標?」

 

 唐突に振られた質問に、俺は一瞬戸惑う。しかし答えは決まっている。

  

 

 「摩耶さんです」

 

 「なんで俺なんだよ。夢とか言っとけ、夢とか」

 

 その目標に俺の発言が一撃で落とされた。別にいいじゃないですか、あなたを目標にしてたって……でも夢なら、

 

 「一応あります」 

 

 「どんな夢かしら?」

 

 リアス先輩が早く知りたいといわんばかりに、俺をせかす。

 

 「その前に摩耶さん」 

 

 「なんだよ」

 

 「俺も上級悪魔になったら眷属って持てますか?」

 

 

 「は?まあ……お前が望むなら持てるだろうな」

 

 そうか、持てるか。そうか……なら!

 

 

 

 「俺の夢はいつか上級悪魔になって、眷属全員を女の子で固めます!そして俺だけのハーレムを作ってやりますよ!!」

 

 

 

 俺は高らかに宣言した。そう!この夢こそ、俺が悪魔になる前から抱いていた夢。あまりに現実性が無かったから半分諦めていたが、悪魔になったのなら話は別だ。もはやこの夢は叶わない物では無くなった!やるぞ、やってやるぞ!俺は絶対ハーレム王にーーーー

 

 

 

 「初めて出来た彼女に殺された男が言えたセリフじゃねえな」

 

 

 

 「ーーッ!」

 

 摩耶さんの一言が再び俺の気持ちの高揚を一撃で落とした。同時に思い知らされた。俺の掲げている夢がどれだけバカらしい物か。

 

 「ち、ちょっと摩耶!!」

 

 リアス先輩が俺の事を哀れんでいるのか、声を荒げて摩耶さんに言葉を投げた。庇ってくれるのはありがたいけど……摩耶さんの言っていることは正論だ。

 

 たった一人の女の子ーーーーしかも彼女なんてとても大切な存在を大切に出来なかった俺が、複数の女の子を大切にすることなんて出来るのか……。

 

 例え夕摩ちゃんが俺を殺す為に近づいてきたとはいえ、俺は本気であの子に惚れていた。でも今みたいに浮かれてあの子の本性を見透かせず、俺は殺された。あの時俺が彼女とちゃんと向き合っていればあの子を変えられたかもしれない。そんなことすら出来なかった俺にハーレムなんてーーーー

 

 

 

 「人に余計なこと言われたからって自分の夢諦めようとするなよバカ」

 

 

 

 そう言って摩耶さんは俺のがら空きの額に人差し指をしならせて、その勢いで叩いてきた。

 

 「イッテーーーー!!デコピン!?デコピンすか!?」

 

 もう何度目か分からない摩耶さんからの激励を体に受けた俺は額を抱えていた。イテェ……もしかしたら子猫ちゃんの手刀以上かもしれねぇ。

 

 「夢を……諦めるなって……」

 

 「そのまんまの意味だ、そのまま。ハーレム王?結構じゃねえか。自分の夢が周りからどんな風に思われていようが、どんな事言われようが、結局それを貫けるかどうかがお前の強さなんだ」

 

 

 「……俺の……強さ」

 

 

 俺は感慨深く呟くと、今は篭手が装備されていない左手を見る。何故だか分からないけど、無意識にその方向に視線が行ってしまった。

 

 「お前の左手に出てきたソレはお前の想いの強さが招いた結果だ。それと同じように、自分の夢をバカみたいにただひたすら追いかけたらいい」 

 

 

 「でも……一人の女の子を幸せに出来なかった俺がーーーー」

 

 「うるさいなぁ!そう言っていちいちしょぼくれる時はしょぼくれやがって!お前は過去にたった一度辛いことがあったからってそれをずるずると引き延ばすのか!?」

 

 

 「それは……」

 

 摩耶さんの剣幕に思わずたじろぐ。でもその通りだ。一度つまづいたからといって立ち上がらない理由にはならない。それに俺はもうーーーー

 

 「ケジメつけるんだろ?」

 

 「はい!!」

 

 俺が考えていた事を摩耶さんが代弁してくれた。そうだ、俺はケジメをつける。あの子と決別するために。自分のために、あの子と敵対する覚悟を……。

 

 「さて、用件はすんだし帰ろかな……さっさと部室返って寝たいし」

 

 そう言って摩耶さんはソファーから立ち上がり扉に手をかけ部屋から出ようとした。

 

 この人は頼りになるときは本当に頼りになる。この人の偉大な背中に追いつけるのはまだまだ先の話だということを痛感させられる。でも情けない事に、俺は今の現状が気に入っている。摩耶さんに怒られて、立ち直らせてくれて、自分が変わっていくような感覚を味わう。今はまだそれを感じていたい。でもいつかは、俺もいつかその立場になれるように頑張りたい。この人から認められるぐらい……。

 

 「……摩耶先輩」

 

 今までお菓子を食べていた小猫ちゃんが突如、摩耶さんに言葉をかけた。

 

 「何……小猫ちゃん?」

 

 摩耶さんは眠たいのか、かなり細目になっており早く寝かせてくれと顔が語っていた。何故そんな顔が出来るんだ……あの小猫ちゃんに話しかけられているというのに!

 

 「一手……ご教授してほしいんですけど」

 

 その瞬間、摩耶さんの弛んでいた顔が一気に引き締まった。

 

 「へぇ……いいよ。やろうか」

 

 扉に向かっていた体をこちらに向けてきた摩耶さんから出ている殺気に似た何かを感じ取った俺は体をこわばらせる。あれが……摩耶さん……?

 

 「小猫ちゃんは偶に天童先輩と戦闘訓練をしてるんだ。……見物してるだけで参考になるよ」

 

 壁に背を預けていた木場がいつの間にか隣まで来ていて、木場自身も闘いたいというように笑みを浮かべていた。なら俺は……今ここで見ることが出来るのか。

 

 

 

     憧れている人が闘う姿をーーーー

 

 

 

 




 テスト辛い。本当に辛い。

 


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悪魔の戦闘初めて見ます!

初めての戦闘描写
うまく書けたかな


 旧校舎裏庭にある闘いの場にはもってこいの広場。その場の中央には先程までお菓子をパクついていたロリ系少女と、その少女に痛い目にあわされた男子がいた。

 

 言うまでもなく小猫ちゃんと摩耶さんだ。

 

 木場の話によると、二人が闘う時はいつもここを使っているらしく、地面が何度もえぐれたせいか土質が変わってきているらしい。何ソレ怖い。

 

 「んで、どうする?今日はどんな風にやりあう?」

 

 不意に摩耶さんが口を開き、小猫ちゃんに何かを尋ねていた。どんな風に闘うとは?

 

 「摩耶は小猫のリクエストに応えて対応訓練をしてくれるのよ。例えば摩耶は反撃無しの代わりに攻撃を全力で避けるとかね」

 

 摩耶さんの発言の意味が分からなく、首を傾げていた俺にリアス先輩が分かりやすく説明してくれた。何度も思うけどこんな風に言葉の意味が一発で分かるような発言を摩耶さんにもしてほしい。どれだけ願っても無駄なのだろうが……。

 

 「……摩耶先輩の好きなようにしていいですよ」

 

 相変わらず小猫ちゃんは無表情のまま摩耶さんに戦闘内容をリクエストしていた。す、好きなようにしていいだって!?思春期真っ盛りの高校生男子に、そんな期待されるような事言ったらありとあらゆる妄想がーーーー!!

 

 「……へぇ、本当にいいのかい?」

 

 摩耶さんの口調がいつもの堕落ぶりな物ではなく、鋭利な刃物を突きつけられているような物に変わっていく。な……何か摩耶さんの気合いの入りようが凄まじい。いつも面倒くさいと言っていたあの人の面影がいまや微塵もない。

 

 「あらあら、摩耶君も気合い充分ですわね」

 

 「ええ……素人の俺ですら感じ取れる程ですからね」

 

 摩耶さんがどれだけ身を震わせる程のオーラを発しているのか、この場にいる全員が感じ取れていた。少し遠くから眺めている俺達でさえこれほどの物を感じるのに、対面している小猫ちゃんは一体どれほどの物を感じているのか、想像もつかない。

 

 その恐ろしい、という言葉でしか表せない気迫に怖じ気づいたせいか小猫ちゃんは一瞬たじろぎ、元いた場所から一歩後ろに後ずさった。

 

 しかしすぐに気合いを入れ直そうと言わんばかりにその瞑らな双眸に力を入れ、真正面にいる摩耶さんを睨み返した。す、スゲェ……あの状況で睨み返せるのか。小猫ちゃんの度胸を見習おう。

  

 「……それじゃ、行きますよ」

 

 「いつでも」

 

 オープンフィンガーグローブを着け、様になっているファイティングポーズをとりながら小猫ちゃんがグッと腰を落とす。か、カッコイい。

自分より背丈が短く、年下である少女にそんな魅力を感じてしまった。

 

 対する摩耶さんは今までポケットに突っ込んでいた手を出し、黄土色のグローブを纏った手をダラリとぶら下げた。というかーーーー

 

 「いつの間にそんな物着けてたんですか?」

 

 「ん?まあ……ついさっきだ」

 

 「小猫ちゃんのように構えたりしないんですか?」

 

 「いいんだよ。これが俺のやり方だ」

 

 俺の一つ一つの疑問に摩耶さんが笑いながら答えてくる。ふざけているのか、と思っていたが相手である小猫ちゃんが笑っていないのを見ると、どうやらハッタリではないらしい。グローブの事を詳細に聞きたかったのだがその事には目を瞑る。なんてったって摩耶さんなのだから。

 

 「どっちから仕掛けると思う?」

 

 俺は隣にいる木場に尋ねる。戦闘に関しては未だ素人だからな。自分より精通している者に訊くのが一番手っ取り早い。

 

 「間違いなく小猫ちゃんだろうね。摩耶さんは大抵相手に先行を譲る人だから。」

 

 「先行を譲る?何でそんな事するんだ?先に仕掛けた方が有利になるんじゃ……」

 

 「必ずしも先に仕掛けた方が有利になるなんて事は無いさ。少なくとも、天童先輩はそういう状況下でばかり戦ってきたからね。そっちの方がやりやすいのかもしれない」

 

 木場の発言に少し戸惑いつつ、既に戦闘態勢に入っている二人を見る。

 

 だんだんと空気が張りつめていくのを感じる。

 

 少し離れた所にいる、対峙している小猫ちゃんと摩耶さんの空間だけ別世界であるような錯覚に陥る。

 

 夕摩ちゃんに告白された時とはまた違う独特な緊張感がこの場全体を覆っていく。

 

 両者どちらとも動かず、いつになったら始まるのか分からないが故に目を離せない。何故なら尊敬している人が目の前で闘っているのだ。しっかりと目に焼き付けておかねばならない。なのだが……。

 

 あまりの緊張感に耐えきれず、喉に詰まった空気を無理矢理流し込んだ瞬間ーーーー

 

 

 

 木場の予想通りに小猫ちゃんから飛び出した。

 

 

 

 「はえぇぇぇぇぇ!」

 

 小猫ちゃんの一瞬とも呼べる華麗な動きに思わずそう叫ぶしかなかった。最初に五メートルはあったであろうその距離を、たった一歩で詰めたのだ。

 

 どんなダッシュ力してんだよあの子は!

 

 「…………ッ!!」

 

 小猫ちゃんがこちらまで伝わって来る声にならない気合いを発しながら、摩耶さんのがら空きの顔面に容赦なく右上段蹴りを繰り出す。

 

 危ねぇ!と思った刹那、案の定摩耶さんから鈍器で叩きつけられたようなドデカい炸裂音が響いた。

 

 おいおい小猫ちゃんえげつな!見た目とは裏腹に可愛くない蹴り放つじゃん!まさかこれでもう終わりーーーー

 

 「結構いい一撃だね……力上げた?」

 

 とはならなかった。よく見てみると小猫ちゃんが本来描いていたであろう蹴りの軌道を遮断する物があった。

 

 摩耶さんが力無くぶら下げていたはずの左腕。

 

 それがいつの間にか小猫ちゃんの足と摩耶さんの顔の間にあり、あの恐ろしい蹴りを涼しい顔をして受け止めていた。

 

 「ええぇぇぇぇぇぇぇえええ!?あれを止めるの!?」

 

 「相変わらず驚かされるわ。『戦車』の蹴りを片手で止めるなんて芸当、出来る人なんてなかなかいないわよ」

 

 リアス先輩は出来る限り冷静を装っているが、顔に僅かに流れている冷や汗が先程の攻防のレベルの高さを物語っている。

 

 摩耶さん部室で小猫ちゃんの手刀くらった時スゲェ痛そうにしてたのに、今じゃそれよりヤバいのが飛んできてるくせに笑って対処してる。あれはあれで恐ろしい。

 

 「……それほどでもありませんッ!」

 

 そう言うと小猫ちゃんは今まで上げていた右足を地面に付け、そのまま右足を軸にしての左後ろ回し蹴りを放つ。

 

 さっきからやること一つ一つがえげつない!完全に命(タマ)穫りにいってるよ!

 

 そのまま小猫ちゃんの攻撃がいとも簡単に摩耶さんの体に突き刺さろうとした次の瞬間、

 

 摩耶さんが後ろに飛んで蹴りを空振りさせる。

 

 す、スゲェ……バックステップ。ゲームでしか見たことのない技をこんな所で見ることが出来るなんて……何気にこの勝負金取れるんじゃないか?

 

 「いやいや。バックステップぐらいお前以外の奴全員出来るから」

 

 嘘!?と度肝を抜かれ、すかさず真実を確かめために見物人全員の顔を見る。

 

 ていうか勝負の最中だってのにこの人、何でこっちに気を使ってくるんだ。いつか小猫ちゃんにやられるぞ。

 

 「確かに出来るけど、僕には天童先輩みたいに攻撃が飛んできてから避けるなんて芸当出来ないよ」

 

 「右に同じく」

 

 「私は戦闘は肉弾戦じゃなくて魔力戦だから、そんなスキル磨いてないわ」

 

 順番に木場、朱野さん、リアス先輩がそれそれ自分自身についての事を包み隠さず教えてくれた。

 

 「え?リアス出来ないの?」

 

 「あなたの物差しで他人を計らないで頂戴!」

 

 摩耶さんの『まじかよお前』みたいな態度にリアス先輩が怒気を孕んだ声で対応する。

 

 「でもこの程度の技術、上の階級の奴らは簡単にやるぞーーーー!」

 

 摩耶さんはまだ口を開こうとしていたが小猫ちゃんの繰り出された蹴りによって中断される。因みにこの攻撃はダッキングーーーーしゃがみこんでかわした。

 

 「随分余裕ですね、先輩」

 

 「まあ好きにしていいって言ってたしね。悔しかったら少しでも俺に本気出させてごらん」

 

 「なら……そうさせてもらいます!」

 

 摩耶さんの一言で完璧に火がついた小猫ちゃんは蹴りの回転スピードを上げ、その最中に拳も織り交ぜてきた。しかし摩耶さんは未だ笑みを崩さず、小猫ちゃんからの猛攻を避けるか捌いていっている。

 

 目にも留まらない攻撃、もう何発繰り出されたか分からない神速の弾丸。それら全てが決定打にならず、ただ虚しく空を切るだけ。その状況が五分近く続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「小猫ちゃんもうバテたのかい?まあ前よりかはかなり長く保ったけど」

 

 その言葉通り、あれだけのパフォーマンスを披露した小猫ちゃんは明らかに失速した。息も肩だけでしている状況であり、腕も既に右腕しか上がっていない。しかし小猫ちゃんの眼にはまだ闘志が漲っており、その双眸を見ただけでこの闘いに懸けている想いの強さが分かる。

 

 想いの強さ。俺のような神器使いにはなにより欠かせないもの。摩耶さんの戦い方はまだ俺のような新米には真似できない物だ。でも小猫ちゃんのような想いの懸け方……何に対して頑張るのか、ということに関してはこの闘いを見ておけば何か分かるかもしれない。絶対にここから先は見過ごさない……。

 

 「まだまだ……これからです!」 

 

 自分に言い聞かせるように小猫ちゃんが呟くと、最初の盤面と同じように驚異的なダッシュ力で距離を詰め、そのまま右上段蹴りを放つ。だが、

 

 「勢いが全く無いよ!」

 

 摩耶さんの言うとおりその蹴りには最初のような覇気が微塵もなかった。そのまま蹴りは安易に防がれ未だ戦況は変わらなーーーー

 

 「えい」

 

 「うおっ!?」

 

 この闘いで初めて摩耶さんが驚愕の声をあげた。右上段蹴りが防がれた後、小猫ちゃんはそのまま勢いをつけての水面蹴りを摩耶さんの左足にぶつけた。

 

 「小猫ちゃんは今まで天童先輩の腰から下の範囲を一切攻撃してなかった……。そのせいで天童先輩は上半身の攻撃ばかり警戒してて、下半身に全く警戒を持っていなかった!」

 

 隣で木場がボクシング解説者のような分かりやすく、熱くさせる実況をする。

 

 木場……今のお前の立場何か悲しみしか湧いてこないよ……。

 

 すかさず小猫ちゃんは唯一出来た摩耶さんの隙を逃さないように右ボディーブローを叩き込もうとした。

 

 「くっ!」

 

 摩耶さんは苦しそうな声をあげ、小猫ちゃんのボディーブローを再びバックステップでかわす。

 

 「うわ!いまのはおしーーーー」

 

 「まだだ!」

 

 木場が叫び声をあげ、俺に最後まで発言させなかった。そして木場の言ったとおり、小猫ちゃんのターンはまだ続いていた。

 

 「ーーーーッ!」

 

 小猫ちゃんは摩耶さんがバックステップをとったほぼ同じタイミングで前にダッシュをした。まるで摩耶さんの行動が分かっていたかのように……。

 

 「うそん!?」

 

 流石の摩耶さんもこの事は予測してなかったのか、表示に焦りが見え始めた。

 

 「まさか小猫……摩耶を誘導してたっていうの!?」

 

 リアス先輩が信じられない、といったような驚愕の声をあげる。

 

 誘導って……そんな事できんの!?

 

 「小猫ちゃんは天童先輩と長い間訓練を積んできた間柄だ。戦いのクセなどについては僕達より二手三手詳しい。そこを利用したんだ」

 

 木場が相変わらず実況を続ける。俺としてはありがたいがそれでいいのか木場よ……。

 

 「チャンスだ!天童先輩はまだバックステップの途中だから地面に足がついていない……つまり体重移動が出来ない!加えて水面蹴りをくらい、バランスが崩れた所を無理矢理右足のみで後ろへ飛んだうえ虚を突かれた……防御は考えられない!」

 

 長い説明ありがとう木場!すごいわかりやすかった!だからしばらく黙ってろおまえ……序盤とキャラが全く違うぞ!

 

 小猫ちゃんはこれで終わらせる、といわんばかりに最大最高級の覇気が籠もった蹴りを顔面に向かわせる。

 

 その場にいた全員が『入った!』と思わざるをえなかったその蹴りは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 摩耶さんの頭上を越えてさっきまでと同じように空気を切り裂いただけだった。

 

 

 「な…………!!」

 

 俺は思わず絶句した。そうせざるをえなかった。あれを……かわすのかよ!?

 

 摩耶さんが何の抵抗もせず、ただ飛んでいただけだったら恐らく決まっていたかもしれなかった。しかしそれが叶う事はなかった。摩耶さんは小猫ちゃんの蹴りがもう少しで当たる寸前に、

 

 

 

 上体を九十度以上折り曲げ、無理矢理小猫ちゃんの蹴りを空振らせた。

 

 

 

 「地面に足がついていない状況でとっさにあんなことをやってみせるなんて……天童先輩は相変わらず驚かされる人だ」

 

 木場が俺と同じように信じられない現象を目の当たりにしたせいか、引きつった笑みを浮かべていた。

 

 「あっぶね!あんな恐ろしいモン当たってたら今頃三途の川渡るか渡らないかの瀬戸際に立たされてたわ!」

 

 摩耶さんはそう叫びながら折り曲げていた上半身を元に戻し、顔には冷や汗が大量に噴き出ていた。

 

 一方小猫ちゃんは勝利を確信していた攻撃をかわされ、心身ともにダメージを負い、遂に地面に膝をついた。

 

 勝敗は素人目にも明らかだ。摩耶さんはかなり動揺しているが一時的な物。スタミナにはまだまだ余裕がある。対して小猫ちゃんはこちらまで伝わってくる程の息切れを起こしており、早いスピードで酸素の取り込みを行っていた。

 

 この勝負……言うまでもなく摩耶さんのーーーー

 

 「それにしてもさぁ……」

 

 いつもの調子を取り戻した摩耶さんが不意に口を開く。そのまま押し切れば勝ちは確定してるのに、ここまで来て何故余裕をみせるのだろうか。

 

 全員が一体何を言い出すのか、と疑問に思ったせいか摩耶さんの方を見る。そしてその原因を作り出した張本人は、

 

 

 

 「小猫ちゃん結構かわいいパンツ履いてたね。白色の生地に水玉なんて」

 

 

 

 『……………………え?』

 

 核に匹敵するであろうとんでもないことを暴露した。

 

 俺以外の全員が間の抜けた声を出し、パンツの柄をばらされた小猫ちゃんは顔を真っ赤にしている。

 

 因みに俺はというと、

 

 「そうか!小猫ちゃんの渾身の蹴りをかわすためにとったあの無理矢理の上体そらしで小猫ちゃんの体より下に入り、そのままの状態なら視線は自然と上になっているがために偶然スカートの中にある男にとっての桃源郷を見れた。という事ですねーーーー!!」

 

 さっきまでの木場に引けを取らないであろう完璧な状況説明を大声でした。

 

 羨ましい!女の子のスカートの中を偶然にとは言え見れた羨ましい!大切な事だから二回言った!

 

 「……摩耶先輩、最悪です」 

 

 「いやいやいや。君みたいなかわいい女の子のパンツ見れたりしたら思わず報告しちゃうでしょ」

 

 「分からなくないですーーーー!」

 

 思わず肯定してしまった。周りから冷めた目で見られてる気がするが気にしない。これが俺の生き方なのだから!

 

 「……煩悩、死すべし!」 

 

 そう言うと小猫ちゃんは限界のはずの体を動かし、摩耶さんに何度か分からない蹴りを浴びせようとする。

 

 今の小猫ちゃんを動かしているのは羞恥か、それとも摩耶さんに対する怒りか。多分両方だろう……。

 

 さっきまでの小猫ちゃんとは違い、ある意味凄まじい殺気の籠もった蹴りは摩耶さんの体に、

 

 「つっかま~えた♪」 

 

 またもや届く事はなかった。しかし俺達は、今目の前で起きている光景を信じ切ることが出来なかった。

 

 何故なら小猫ちゃんの蹴りは摩耶さんの体まで届かなかった所かーーーー

 

 

 

 跳び蹴りをくらわせようとかなりの飛距離を飛んだ小猫ちゃんの体が空中で突然停止したのだ。

 

 

 

 ありえねーんですけどーーーーーーーーーー!!

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 




イ「摩耶さんポーカー強いんですか?」

摩「ん?まあな……」

イ「どれくらいすか?」

摩「プロの奴破産させるくらい」

イ「……………………」

 そんな相談部の何気ない会話


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シスターと出会いました!

今日は少し早めの更新


 「いや~、それにしても昨日の勝負は結構危なかったな~。特に最後にしてやられた水面蹴り。小猫ちゃんがバテてなかったらやられてたかもな~。」

 

 『ハハハ』と高々に笑い、せんべいを頬張りながらマンガを読んでいる摩耶さんが急にそんな事を口にした。

 

 「でも摩耶さん、一発も反撃しませんでしたよね。手を出してたら即効で決まってたんじゃないですか?」

 

 小猫ちゃんには悪いが、今俺が思っていることをありのまま摩耶さんに告げる。それほど実力がかけ離れていたのだ。一度も命がけの戦いを繰り広げた事のない俺ですら分かるほど……。命がけで女子の着替え覗いた事はあるけど。

 

 「馬鹿かおのれは。女の子相手に本気で拳を振るう男がどこにいる。あそこにいたのはマスコット系ロリ少女と爽やかイケメン男子だけだったろうが。イケメン男子は簡単に女の子殴らないの。

Do you understand?」

 

 「爽やかイケメン?木場の事ですか……?」 

 

 「ギルティ!!」

 

 訳の分からない事を叫ぶと、摩耶さんは俺に向かって『せんべい』という名の必殺武器を投擲してきた。そしてそれは見事俺の額に深々と突き刺さりーーーー

 

 「ギャャャャャャヤヤヤヤヤヤヤ!!いきなり何すんすか!?」

 

 「因果応報」

 

 摩耶さんはそれ以上は語らないと言わんばかりにソファーから立ち上がり、読み終わったであろうマンガを棚に戻し、続きの巻を手に取った。

 

 何が因果応報だ!俺が一体何をした!?せんべい突き刺される程の悪態を俺はついたというのか!?

 

 「女子更衣室を覗くというハレンチ極まりない行為」

 

 「あれは男のロマンです!」

 

 「否定はしない」

 

 否定しないのかよ!じゃあ何でいちいち言った!?ていうかこの人また俺の心を読んだ。そんなに単純な奴なのかな俺って……?

 

 胸に溜まった虚しさを消すように溜め息を吐き、摩耶さんの向かい側のソファーに座る。

 

 「どうした?溜め息なんかついて……幸せが逃げていくぞ」

 

 「摩耶さんのせいですよ」

 

 「まあそう言うなよ。お詫びに何か相談に乗ってやるから。相談部だけに」

 

 「それなんにもうまくないですよ。元より俺達ってそういう活動する部活でしょ?」

 

 「一言多い奴め……分かりましたよ~。貧乏神は何もせずに大人しくしときますよ~」

 

 ふてくされたように摩耶さんがそう言うとソファーに寝転がり、さっきまで読んでいたマンガに再び没頭し始める。

 

 あ、拗ねた。この人少し子供っぽい所もあるな……扱いが難しい。おまけに欠伸までかます始末だ。このままではまた『眠い』なんて言いかねない。

 

 どうにかして機嫌をよくできないかと話題を探していたら、ふと朝にあった出来事を思い出した。

 

 「摩耶さん……少し相談がーーーー」 

 

 「嘘つけ~。大方俺の機嫌取りにこようとしてんだろ~。あ~やだやだ。」

 

 「いや真面目なことなんですから聞いて下さいよ!」

 

 俺はとっさに大声をあげて摩耶さんに口論した。その雰囲気から察したのか摩耶さんはこっちを向くと、

 

 「…………何?」

 

 とてつもなく面倒くさそうに語りかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、今朝の登校時間まで巻き戻る。

 

 

 

 

 摩耶さんに課せられたトレーニングメニューをやり遂げ、千鳥足で学校までの道のりを歩いていく。

 

 相変わらず摩耶さんの設定したメニューはハードであり、学校が終わった後に出てくるはずの疲れが今ここで噴き出してきた感覚に陥る。そのためトレーニングが終わった後すぐ家をでて、一番乗りで教室に入った後泥のように眠るのだ。家で寝てしまったらそのまま起きずに遅刻してしまうからな。

 

 それにしてもあの人は毎日これ以上の運動をしているのか……信じられん!もしメニュー内容が今より濃密になったら俺死ぬんじゃない?本当にありそうで笑えない。

 

 しかしいずれこのメニューをそつなくこなすようになり、時間がたっていくにつれて摩耶さんのようになれるかもしれない、なんて事を思うと胸が躍る。

 

 昨日あれほど凄まじい強さを魅せられたのだ。自然とああなりたいと男なら思う事であろう。威風堂々としたあの姿、どんな状況に陥ったとしてもあらゆる手段を用いて脱出することが出来るほどの純粋な力。男相手なのに一瞬トキメいてしまったりしてしまうほどのかっこよさーーーー

 

 「って違う!俺は決してそんなことを考えていない!俺は間違ってもそっち方面じゃないぞー!!」 

 

 朝っぱらから特異な事を考えてしまい、近くにあった塀に頭部をこれでもかというほど叩きつける。周りから(朝早いせいかカラスなどの鳥類しかいない)冷めた目で眺められるが気にしない。こっちはそれどころではないのだから……。

 

 「やべ、さすがにやりすぎた。出血で意識が朦朧と……」

 

 冷静になったのと引き換えに大きな代償を払ってしまい、学校までたどり着けるのか怪しくなるほどの事態に陥ってしまった。

 

 くそっ、ここまでか……。こんな所で俺は死んでしまうのか?俺にはハーレム王になるという夢があるのに。せめて最期に可愛い女の子のパンツをこの目で見据えながら、

 

 

 

 「キャ!!あうう……どうしてこんな所で転けてしまうのでしょうか?」

 

 

 

 ーーーーえ?今何が起こった?一体どういった現象が目の前で発生したというのだ……?

 

 状況を整理しよう。

 

 現在俺の体力は絶望的状況、追い打ちを掛けるように大量出血の影響で意識が暗転寸前、最悪の事態になってしまう前にせめて女の子のパンツを見たいと所望した所存。そして神が贈って下さった俺へのご慈悲はーーーー

 

 

 

 目の前の美少女シスターの汚れなき純白下着を見せてくれたこと。

 

 

 

 うおおおおおおおおおおおおお!!本当に見れた。本当に見れたぞ!可愛い女の子のパンツを……男にとっての桃源郷を!!

 

 思わず自分の体調が優れていないにも関わらず、男を本能のみで無理矢理テンションを上げる。

 

 てかこんなハッピーな事態で通常時でいられる男なんてこの世にはいないはずだ。いたらそいつは男じゃない。

 

 そんな事より!このような出来事に出くわせてくれた神様!今俺はアナタに忠誠を誓ってもおかしくない程感謝しております!ああ、我らの主よ!どうかこの先も俺に聖なるお慈悲を……

 

 「ーーーーっテェェェェェェエエエエ!!なんだよこれ!?」

 

 突然頭に不可解な頭痛が走り、思わず地面に膝をつける。

 

 いてェいてェくそいてぇ!何なんだよこの痛みは!頭怪我したからか?それにしても怪我してから結構時間たってるだろ……悪魔になった副作用かなんかか!?

 

 大量の血液で湿っている頭を抱えながら悶えていると、さっきまで転げていたはずのシスターが詰め寄ってきた。

 

 「はわわ……!大丈夫ですか!?凄い痛そう……じっとしてて下さいね。」

 

 優しい声でシスターが俺に語りかけてくると同時に、掌から綺麗な光が発生する。

 

 正確に言うならば、彼女の着けている指輪からだ。

 

 その光はたちまち俺の頭の怪我を治し、少しではあるが頭痛も和らげてくれた。

 

 すげぇ……よく分からないけど今有り得ない出来事が起こってるのは確かだ。一体どういう事なのだろう……?

 

 「はい、これで大丈夫ですよ。まだどこか痛みますか?」

 

 「あ、ああ……もう大丈夫だ。ありがーーーー」

 

 「キャ!!」

 

 俺が最後までお礼を言う前に、シスターのベールが風に流されて行く。俺は小走りでベールを拾いにいくと、落とし主であるシスターの所まで届けてあげようと踵を返した所で、

 

 「ーーーーーーーー」

 

 言葉を失った。理由は明白ーーーー目の前にいるシスターが予想以上の美貌を持っていたからだ。

 

 日光を跳ね返すほど端麗で腰まで届くほど長い金髪。吸い込まれそうになるエメラルドグリーンの瞳。顔立ちは外国人のそれで、いかにもシスターを勤めている事が分かるほどの神聖なオーラ。

 

 それら全てが圧倒的な魅力を放っており、息をすることすら忘れてしまう。

 

 「あ……あの……?」 

 

 「え……?あ、ああ……ごめん」

 

 シスターの掛け声で我に返り、手にとっていたベールを返す。

 

 「いえ、わざわざ拾ってくださりありがとうございます。優しいんですね……」

 

 「そ、そんな事ねぇよ。これくらい普通だ普通……」

 

 何とか冷静さを保とうとするが、このシスターの前では全て徒労に変わる。

 

 反則だろそれは!思った以上にスペックが高い。容姿だけならリアス先輩達に引けを取らない。胸部には若干残念さが感じ取れるが……。

 

 などと頭の中で思考を張り巡らせていると、シスターがおどおどした態度で尋ねてきた。

 

 「あ、あの……お願いがあるんですけど……」

 

 「ーーーーお願い?何?」

 

 一瞬夕摩ちゃんの事を考えてしまった……あの時夕摩ちゃんも同じ事を言っていたからな。

 

 でもこのシスターはそんな恐ろしい事を言わないだろう。何故だか分からないがそう確信できる。

 

 「その……教会に連れて行ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえば俺は兵藤一誠っていうんだ。イッセーでいいぜ。お前は?」

 

 「は、はい。アーシア・アルジェントといいます」

 

 アーシアか……いい名前だ。この子にピッタリだ。性格も今のご世代には絶滅したかと思われる清純系だ。この子が嫁になってくれたらどれだけいいことか。

 

 「あ、ちょっと待って下さい」

 

 そう言うとシスター……アーシアは公園で泣いている男の子に駆け寄る。

 

 怪我したのか、あの子。見たところ擦り傷程度の軽い怪我だが、まだ幼いのだから仕方ない。俺も実際泣いてたしな……。

 

 アーシアは男の子の怪我をした部分に手をかざすと、俺の時と同じように薄緑色の光を発光させる。なかったはずの指輪を発現させてーーーー

 

 あれは……ひょっとして神器?でも神器を知ったのだって昨日だし……あんまり自信がないな。

 

 「お待たせしました。行きましょう」

 

 「お、おお……」

 

 それからたわいもない話をしながら教会までの道のりを歩いていった。彼女と話すのは楽しかったし、ずっと話していたいと思う程彼女は魅力的だった。

 

 しかしそんな幸せの時間は長く続かず、教会の形が目に見える程歩いていた。

 

 「あれがこの街にある教会だ。でもあんな古い教会になんの用なんだ?」

 

 「それは……知り合いと会う約束をしてまして」

 

 あんな所で待ち合わせだなんて……もっとマシな場所を思いつかなかったものかーーーー

 

 不意におかしな感覚が俺を襲い、これから先に歩を進ませる事を躊躇わせる。

 

 何故だか、これ以上先には行ってはいけない気がする。本能って奴か……?

 

 「ありがとうございますイッセーさん。ここまででいいですので後は……」

 

 「お、おう。そうか……気をつけてな」

 

 アーシアは『それでは』と言うと、俺が踏みいる事が出来ない領域へと進んでいく。

 

 彼女の小さな背中が遠くへ行くのを俺は後ろから見守りながら、

 

 「アーシア!」 

 

 「はい……?」

 

 「また会おうぜ!」

 

 「!…………ハイ!」

 

 アーシアは俺に向かってその言葉と一緒にとてつもなく魅力的な笑みを向けてきた。

 

 俺はアーシアの姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、その直後学校まで猛ダッシュで駆け抜けた。

 

 「フフフ……ハハハ」

 

 笑いが止まらない。頬が緩みまくる。笑みがこぼれる。

 

 「フフフフフフフ」

 

 ペースを上げる。スピードが増す。向かい風が強くなっていく。

 

 「フハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 悪の秘密組織のお偉いさんのような笑い声をあげながら通学路の疾走する。

 

 大声を出さずにはいられない。テンションが高くなるのも無理はない。何故ならあの時アーシアが俺に向けてくれた純粋無垢な笑顔が頭から離れずーーーー

 

 

 

  俺の心を射抜いてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なるほどなるほど。つまりお前が悩んでいるのは思ったより朝早くに学校に来てしまい、まだ入ることが出来ない校舎に年がら年中鍵が開いている我が相談部の部室から潜入し、その事がソーナにバレないか危惧しているということだな」

 

 「全然違いますよ!森羅万象まるまる違いますよ!!」

 

 俺の話を一部始終聞き終わった摩耶さんは何を思ってか、まったく意味の分からない結論に至っていた。

 

 何をどう考えたらそんな考えになるんだ。おかしいだろ!?あの流れからして俺の悩みなんて、

 

 「で、何?お前結局その子に惚れたの?」

 

 「え!?いや……あの……その……」

 

 俺の考えようとしたことを摩耶さんが口に出し、ピンポイントで当てられた俺は動揺するしかなかった。

 

 なんでこの人はこういう時だけ的確な言葉を掛けてくるんだ!相変わらず恐ろしい!

 

 「いや、あの……惚れたっていうかその、アーシアの笑顔が未だ頭の片隅に残ってて多分消えないんだろうな~って思いまして」

 

 「それが惚れてるっていうんだよ!」

 

 そう言うと摩耶さんは再び『せんべい』を俺に向かって投擲してくる。そのままそれは俺の額に吸い込まれてーーーー

 

 「あぶねぇ!」

 

 寸前でよけた。そのまま『せんべい』は空中を走っていき、部室のドアに深々と突き刺さった。

 

 二発目は絶対にくらわん!あんな恐ろしいものを既に体で経験してるんだ。是が非でも避けてやる!

 

 「それで?何に対してお前は悩んでんの?」

 

 「えと……あの子を好きになっていいのかな~って」

 

 「あ?」

 

 「だ、だって彼女一人大切に出来なかった俺が今更ーーーー」

 

 「まだ言ってんのかテメェはーーーー!!」

 

 「スンマセン!!」

 

 摩耶さんに怒鳴られて俺はいま卑屈な考えをした自分を許せないでいた。

 

 また俺はうじうじ悩んで、摩耶さんに怒られるのか……まったく、ダメダメだな俺も。

 

 いつまでそうやって悲観的でいるんだ。そんな事考えてたって夕摩ちゃんは戻ってきたりしない。仮に戻ってきたとしても、彼女とよりを戻す事はないだろう。なら俺に出来ることはただ一つーーーー

 

 前向きになること。それだけで十分だろう。

 

 

 

 因みに俺が必死に謝っていた理由は二つあり一つはおれの失言がだらしなかった事についての純粋の謝罪と、二つ目は怒り狂って『せんべい』を投げまくっている摩耶さんを宥めるためだ。

 

 

 

 

 




イ「摩耶さん必殺技とか持ってます?」

摩「あるよ」

イ「どんなのですか?」

摩「○つ裂き光○」

イ「それ別の意味で危ないですよ!」

 必殺技の恐ろしさを知ったイッセーだった。


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悪魔契約しに行きます!

祝日は早く書ける。文字数多くなったけど
アーシアさんヒロイン力高すぎ。後悔はしてない


 「ったく、何が悲しくて悪魔契約なんざやらなきゃならないんだよ。それもこれも全てリアスとソーナのせいだ」

 

 「ははは……」

 

 時刻は既に深夜。現在俺と摩耶さんは悪魔契約という物を行う為に、薄暗くなった道路沿いの道を歩いていた。

 

 悪魔契約というのは、悪魔の事を知っている一般人に頼まれた依頼を実行し、成果がよく満足してもらったらそのまま契約を取るといったものだ。

 

 「契約取れたらいいことあるんですか?」

 

 「知名度上がるだけじゃねえの?全然したこと無いから俺も知らん」

 

 何とも適当な受け答えだったが摩耶さんは本当に知らないらしく、ポケットから出したケータイを操作しながら、

 

 「くそったれ、もうこんな時間かよ。リアス達がはぐれ悪魔討伐に行くから、代わりに今日の依頼人とコンタクト取れなんざ面倒くさい事言いやがって。リアスもリアスでベッド人質にとるなんざ反則だろ。俺アイツいなかったら生きていけないんだからな」

 

 明らかに苛つきながら愚痴を漏らし、目的地に向かって重い足どりで進んでいく。

 

 さっき摩耶さんが言った通り、俺達はあくまで代理人として依頼人の所へ向かっていた。

 

 リアス先輩達は『はぐれ悪魔』と呼ばれる主のもとを離れた悪魔を討伐する用事が出来たため、摩耶さんに今日の依頼を押しつけたのだ。

 

 その時のこの人の第一声はーーーー

 

 

 

 『イヤだよ面倒くさい。俺今まで契約とかしたこと無いんだから。理由?訊かなくても分かるだろ?』

 

 

 

 だった。

 

 隣で一部始終を聞いていた俺はため息を吐き、呆れていた。

 

 所がリアス先輩が生徒会長の名前を出し、応じなければ相談部にあるベッドを即刻撤去する、という脅しを掛けた瞬間、摩耶さんは二つ返事でリアス先輩からの頼み事に応じた。

 

 この人ベッドを人だと思ってるよ。だって人質って言ってたんだぜ……物を人扱いするなんて、この人はどれだげベッドが大切なんだよ。多分この世を探しまくっても、ベッド一つのために頑張る人なんて摩耶さんぐらいしかいないんだろうな~。

 

 「……お前今俺の事心の中でディスってるだろ」

 

 「そ、そんなわけないじゃないですか!」

 

 怖ええええええええェ!またこの人心読んできた!これからは摩耶さんの前であまり行き過ぎた考えをするのは止めとこう。

 

 どうにかして話題を変えようとネタを探すため

、脳の回転を全力で上げる。そして一つの疑問が見つかった。

 

 「摩耶さん……訊きたいことが」

 

 「今度は何?」

 

 「さっきも部室でいったとおりシスター……アーシアに会ったとき変な頭痛がしたんですけど……何でか分かりませんか?」

 

 「変な頭痛だぁ?」

 

 摩耶さんはしかめっ面で俺を見下ろし、唸りながら原因を頭の中から探し出してくれた。

 

 「そうだな……お前の事だからどうせその金髪シスターちゃんと出会わせてくれてありがとう神よ!みたいな事思ったんじゃねえのか?」

 

 「うわ……ビンゴです」

 

 相変わらず摩耶さんの洞察力は恐ろしい物で、おれの疑問に対して適切な答えを返してくる

 

 しかも珍しく分かりやすい!

 

 「俺達は一応悪魔だからな。まったく正反対の性質を持っている神の事を慕う素振りを見せると頭痛が襲ってくる訳だ」

 

 なん、だと……あの摩耶さんが一度ならず二度までも理解しやすい回答を!?天変地異でも起きるんじゃないか?

 

 「お前やっぱり俺のことーーーー」

 

 「全然馬鹿にしてないですよハイ!」

 

 「……まだ何も言ってないんだか?」

 

 しまったァァァァアアアアア!!この人さりげなく俺を誘導しやがった。策士……策士だ!もう一度言おう。策士だ!

 

 「くそったれ……後輩にはバカにされるわ面倒くさい歩行運動しなくちゃならないわ……もっとすぐに行ける方法は無いのか?ったく」

 

 「あ……その事何ですけど摩耶さん」

 

 「あ?」

 

 俺はポケットに手を突っ込み、リアス先輩から受け取った紙を出す。

 

 何故俺がリアス先輩からこんな紙を貰っているかというと、本来は摩耶さんに渡すはずがこの人は依頼を引き受けた後、ふてくされて寝てしまったのだ。それで仕方なく俺がもらった。

 

 今の今までその存在を忘れており、摩耶さんの発言で思い出した。

 

 「リアス先輩が言ってたんですけど、その紙に魔力を込めると魔法陣?みたいのが発動して一気に依頼人の所まで行けるらしいです」

 

 「お前それ先に言えやーーーー!!」

 

 そう言うと摩耶さんは俺の体に目掛けて容赦ない打撃をぶち込んできた。

 

 ……この人絶対ベルト取れるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………何でこんな面倒くさい事に巻き込まれなきゃならないんだよ、ったく」

 

 もう何度目か分からない摩耶さんの愚痴が部屋の中で木霊する。それほど部屋の中は静まり返っているということだ。

 

 というか何でこの人こんな非現実的な光景目の当たりにして平常心保てるんだよ。こっちは吐き気催して油断すれば胃の中身全部ぶちまけてしまいそうだ。

 

 あの後摩耶さんは直ぐに魔法陣を展開し、依頼人のマンションにワープした。そのままエレベーターで依頼人の部屋まで行き、ドアが半開きになっているという見慣れない光景が目に入った。

 

 嫌な予感がしたが依頼をすっぽかす訳にも行かず、一応声を掛けてから部屋に入った。

 

 ところが返事は帰ってこず、予感は更に強味を増し、早足でリビングに向かった。

 

 そしてそこに広がっていた光景はーーーー

 

 

 

 男の人が見るも無惨な姿で頭が下の方に向けられて吊されていた。

 

 

 

 駄目だ……これ以上この場にいたら気がおかしくなりそうだ。

 

 「頼むから吐くなよ。血みどろで汚い部屋が、お前のゲロで更に汚くなるなんて考えたくもねぇ」

 

 摩耶さんはそう言うと男の人……恐らく依頼人だった人の所まで歩を進める。途中パシャパシャ、と水たまりを踏んだときと同じような音が響き渡る。だがこの場に広がっているのは真っ赤な鮮血。出ている量は、俺が自ら頭をかち割った時とは比べ物にならないほどだ。

 

 「まだ血は渇いていない……このオッサン、死んでからそんな時間経ってないな」

 

 冷静に状況整理をする摩耶さんが少し異常に感じ、同時に頼もしくなってくる。多分この人がいなかったら狂ってただろうな俺……。

 

 「それにしてもあまりよろしくない趣味だな。逆十字架……教会へのささやかな反乱か?」 

 

 そう言って摩耶さんは隣にあるソファーに目線を配る。声のトーンも下がっており、たちまち小猫ちゃんと闘う前の摩耶さんを思い出す。

 

 一体誰に言って……?

 

 

 

 「イヤ~~~~、オレっちとしては観てるだけで絶頂マックスになる最高傑作なんだけどね~。お気に召さなかった?」

 

 

 

 摩耶さんの視線の先にはおちゃらけた返事を張本人ーーーー神父服を着た青年が座っていた。

 

 髪色は小猫ちゃんを思わせる白髪。歳は恐らく俺とあまり変わらないであろう外国人的な顔立ち。

 

 しかしその男の雰囲気は明らかに異常だった。

 

 同じ聖職者であるアーシアから感じ取れた優しい雰囲気が、コイツからは感じ取れない。寧ろこれ以上コイツと対峙したくないと思わされる程禍々しいオーラ。

 

 コイツがしたのか……これ?なんでだよ、神父だろ?なんでこんな非人道的な事やってんだよ。しかも自ら進んで……愉しんで。

 

 「はぐれ神父か……道理で腐った性根してる訳だ」

 

 「あり、そんな事言っちゃう?君達悪魔だって同じような奴らでしょ。そんな奴らに頼るこのオッサンも同罪さ~。だから断罪してやった。何も可笑しいとこなくね?」

 

 「否定はしない……。実質権力に酔っている悪魔はゴロゴロいるからな。だがお前のように、凶気を剥き出しにしてるバカはいないがな」

 

 神父は摩耶さんの発言がカンにさわったのか、ソファーからゆっくり立ち上がると摩耶さんにガンを飛ばした。

 

 「バカって誰の事言ってるの?もしかしてオレっち?言葉選ばないと怪我するぜぇ」

  

 「どっちにしろやりあう気満々だったろテメェ。やるならやるでさっさとしようや。こちとら無駄足だった挙げ句、こんなふざけた面倒事に巻き込まれてよ~。帰ってさっさと寝たいんだわ」

 

 互いに殺気と凶気を撒き散らしながら、戦闘が始まるまでボルテージを徐々に上げていく。そんな気すらするほど場の空気が目の前の男二人によって支配されていく。

 

 そのまま十秒近く戦闘は開始されず、先に痺れを切らしたのはーーーー

 

 「はい死刑ケッテェェェェェエエエ!ぶっ潰れろコラァ!!」

 

 神父がどこから取り出したのか、筒のような物を右手に、拳銃を左手にもって摩耶さんに飛びかかっていった。

 

 そのまま右手を振り上げると、筒の先から光の刀身が現れ、摩耶さんの命を狩りに行こうと垂直に振り下ろされた。

 

 な、なんだよあれ……。アニメの世界じゃないんだから!

 

 「摩耶さん!!」

 

 俺は思わず摩耶さんに警戒してほしいように叫び声を上げる。

 

 あんなの当たったら多分摩耶さんでも……!!

 

 しかし俺の気遣いは取り越し苦労となった。

 

 昨日摩耶さんが小猫ちゃんとの戦闘で魅せてくれた鮮やかな体裁きで刀剣を避ける。直後摩耶さんは左上段蹴りを神父に向けて叩き込む。

 

 「当たらねえよ、んなモン!」

 

 神父も同様に、摩耶さんの蹴りを冷静にスウェーバックで避ける。

 

 そんな……摩耶さんの蹴りがあんな簡単に……!

 

 「心配すんなよイッセー。元から当てる気なんざねぇからよ」

 

 摩耶さんが俺の方に視線を向けまたもや俺の心を読んだのか、安心させようと俺に声を掛けてくる。

 

 ていうかまた余裕見せてますけど大丈夫なんすか!?斬り刻まれますよ!

 

 「テメェ……調子こいてんじゃーーーーグッ!?」

 

 突如神父が呻き声を上げ、銃を持ってる左手の甲で目を擦る。その隙を逃さず摩耶さんは左足を地に着けた後、小猫ちゃんのお株を奪う右後ろ回し蹴りを神父に浴びせる。

 

 「ガッ、ハッ…!」 

 

 見事としか言いようがない蹴りは鮮やかに神父の胴体を捉え、自らが磔にしていた男の人の所まで吹っ飛んでいく。

 

 「摩耶さん……何かしたんですか?」

 

 「回し蹴り」

 

 「その前です!」

 

 俺が訊きたいのは神父が目を擦るハメになるまでのプロセス、過程が知りたかった。なんでアイツは急に目なんか気にし出したんだ……ゴミでも入ったのか?それとも摩耶さんが何かして……。

 

 「ほら、俺今もだけどずっとオッサンの血の上に立ってんじゃん。それで靴に付着した血、アイツの目ん玉めがけて振りかけてやったんだよ。不謹慎だけど」

 

 そう言って摩耶さんは男の人の方を向くと申し訳なさそうに頭を垂れ、目を瞑った。

 

 黙祷か……摩耶さんもこの人が理不尽な理由で死んだことに何も思ってなかった訳じゃなかったんだな。せめて安らかに……。

 

 「立てよクソ神父。お前の事はそんなに嫌いじゃないが、こんなふざけた真似した落とし前つけてもらわなくちゃならないからな」

 

 顔を上げ、閉じていた目を開けた摩耶さんはいつにもましてキレていた。ここに来るまで俺にあたっていたレベルとは段違いで、今にも神父をボコボコにしそうな勢いだ。だが敢えてしない。ボコらない。なぶり殺しにするつもりだろうか……?

 

 「ハァ、ハァ……ふざけやがって!よりによってこんなキタねぇオッサンの血ぶちまけやがって!テメェだけは絶対に殺す!」

 

 「やってみろよコラ」

 

 摩耶さんが手招きで神父を挑発する。その行為で完全に血が上ったのか怒りの形相を露わにし、とても聖職者とは思えない言葉を吐きながら剣を振るう。しかしーーーー

 

 「クソっ!なんで一発も当たらねえんだよ!素直に俺に斬り刻まれろよこのクソ悪魔!!」

 

 全ての斬撃は摩耶さんの体を捉えることは無く、空気を切り裂く音しか聞こえない。どんな状況下であっても、いつもと同じ技術を披露している摩耶さんを観て、ここが殺伐とした空間である事を一瞬ながら忘れてしまっていた。

 

 「えいっ」

 

 どこかで聞いたことのあるセリフを言いながら摩耶さんは横になぎ払われた剣をしゃがみ込んで避け、体制を変えずに回転しながら神父の足に目掛けて蹴りを放つ。

 

 あれは、小猫ちゃんが摩耶さんに一矢報いた水面蹴り!

 

 「なっ!?」

 

 神父は左足をはじかれ、驚愕の声を上げると同時に体制が左斜め下に傾く。摩耶さんはそのまま勢いを殺さずに回転動作の途中で立ち上がって行くと、その勢いを利用した悶絶モンの右上段蹴りを神父の顔にめり込ませる。

 

 「フボッ!?」

 

 情けない声を出した神父は先程回転蹴りをくらった時と同じ様に宙を舞う。そのままリビングの出入り口付近に不時着し、重いものを落とした時と同じような音が響く。

 

 「もう一度言ってやる……立て」

 

 未だ怒りは収まらないのかまだ神父を殴りたい

、といったような発言をかます。それに影響されたのか神父は剣を杖代わりにして、震える足を支えながら立ち上がる。神父も相変わらず形相を変えず、その怒りの色は更に濃くなっていくように感じた。

 

 「殺す……殺す……テメェだけは絶対に俺が殺す!」

 

 恐ろしい言葉を発しながら神父は摩耶さんを睨みつけ、そのまま拳銃を摩耶さんにつきつけた。

 

 しかしその銃の引き金が引かれることはなかった。なぜならーーーー

 

 

 

 「な、何をしているんですか!?フリード神父!」

 

 

 

 この部屋に本来来るはずの無い人物が乱入してきたからだ。

 

 修道服に身を包み、金髪を靡かせて部屋に入り込んだ少女はあの時出会った、

 

 「アー……シア?」 

 

 俺の心を射止めたアーシア・アルジェント本人だった。

 

 「イッセーさん?どうしてここに…………キャャャャャャャ!!」

 

 アーシアは甲高い悲鳴をあげ、その場に尻餅をついた。無理もない……こんなグロテスクな光景は女の子が見るものじゃない。

 

 「アーシアちゃぁぁぁん。何?君もしかしてこのクソ悪魔の知り合いな訳?悪魔と聖女の禁断の恋ってやつですかぁぁぁぁぁ!?」

 

 今まで摩耶さんに視線を向けていた神父ーーーーアーシアにフリードと呼ばれていた男は俺の方を向き、凶気を孕んだ目つきで俺を睨む。

 

 一瞬その眼差しに怖じ気づいてしまった俺は体

を震わす。

 

 コイツ……目つきが既に人間の持ってるソレじゃねえ!もっと違う何かだ!

 

 そんな事を考えさせられる程、目の前の神父は狂っていた。そして摩耶さんに向けていた銃口を今度は俺に向け、

 

 「なんかムカつくから最初にお前から殺してやる……その後俺をこんなに殴ってくれた超絶クソ悪魔をーーーー」

 

 「も、もう止めて下さい!フリード神父!」

 

 今まで腰を抜かしていたはずのアーシアが俺の前に立ち、庇うように両手を広げてフリードを見据えていた。

 

 「……何してんのアーシアちゃん?もしかしてその悪魔庇う気?」

 

 「イ、イッセーさんは悪い人じゃありません。この人はいい人です……」

 

 「ハアァァァァァ!?何言ってんのお前!?悪魔にいいもクソもあるかよダボォ!」

 

 フリードはそう言うとアーシアの華奢な体に蹴りを入れ、おもいっきり壁に叩きつけた。

 

 「アーシア!テメェ……何しやがる!」

 

 「ザコはそこで黙ってろ!」

 

 直後、俺の足に今まで感じたことのない凄まじい痛みが走った。

 

 「グッ、ガァァァァァア!?」

 

 「イッセー!この野郎……!」

 

 「おっといいのかい?それ以上動くとこのいけ好かないザコ悪魔君の首斬り落としちゃうよ?」

 

 摩耶さんは俺に向かってこようとしてた足を止め舌打ちをし、歯が砕ける程の勢いで歯をくいしばる。

 

 くそっ……よりによってこんな時に足引っ張っちまった。てゆうか俺何されたんだよ?

 

 血が噴き出している足を見てみると、両太股にさっきまで無かった穴が一つずつ空いていた。

 

 もしかして……撃たれたのか?でも、発砲音がしなかったぞ!?なんでこんな怪我してんだよ!

 

 「あのさ~アーシアちゃぁぁぁん。俺達はぐれの仕事は手を汚してなんぼなの。それなのにまだ信仰とか信じちゃってるわけ?ふざけるのも大概にしろよコラァ!」

 

 アーシアが……はぐれ?そんな事、あるはずが無い!きっと騙されてるだけなんだ!

  

 アーシアを蹴り、殴り、髪を乱暴に扱うフリードを見て、沸々と怒りが湧いてきた。足に力を入れようとしても、痛みと出血で立ち上がれない。

 

 くそっ、くそ!何でこんな時に限って役立たずなんだよ俺は!

 

 「それにしてもムカつくわ~。どうやって発散しよ……そうだ!ーシアちゃんスタイルそんなに良くないけど、顔だけは一級品だからな~。ここらでいっちょパクリと食べちゃうってのもありかな~!初めてが俺みたいなはぐれとだなんて凄く興奮するでしょ!?きっと世間の皆様もそう思うだろうぜ!!」

 

 「い……イヤ!そんなの……イヤ!!

  

 涙を浮かべて必死の叫び声を上げているアーシアと、そんな風にしたフリードを見てて俺の心境はーーーー

 

 

 

 「…………せよ」

 

 

 

 完全にプツンときた。

 

 「あ?」

 

 「………なせよ」

 

 さっきまで使い物にならなかったはずの足に無理矢理力を込めて、フリードと同じ目線の高さに合わせようとする。

 

 「何ぃ?聞こえねぇんだけど~。クソ悪魔の最期の足掻きって奴?さっさとくたばっちまえば楽になってたのによ~。」

 

 フリードが最初と同じおちゃらけた口調に戻っていたが、耳に入ってこない。聞こえるのは皮肉にも、アーシアの泣き声だけ。

 

 動け……!動けよ俺の足!今だけでいいんだ。アイツに一発ぶち込むだけの働きをしてくれるだけでいいんだ!

 

 震える足を無理矢理伸ばし、片手を壁につけながらも不様に立ち上がった。

 

 気を抜くとまた膝着いちまいそうだ……!

 

 「イッセー……さん」

 

 アーシアが涙を溜めた目でこちらを見てくる。その眼差しは明らかに助けを求めていた。

 

 待ってろ……今助けてやる。

 

 「カッコイいィィィィイイ!!まさか本当に立つなんざ思わなかったわ!まさかお前本気でこのクソビッチに惚れてんの!?」

  

 そうだよ惚れてるよ悪いか……あとアーシアはビッチなんかじゃねえ。ますます腹が立ってきやがった。

 

 血で滴る足を一歩前に踏み出し、フリードへの距離を詰める。あのムカつく顔面に絶対一発入れてやる。だから今だけの辛抱だ……!

 

 痛みでどうにかなってしまいそうな意識を必死につなぎ止め、惚れてしまった女の子を助ける為に俺はーーーー

 

 「離せっていってんだよクソ野郎ォ!!」

 

 これでもかというほどの強さで床を蹴り、クソ神父に向かって突貫する。

 

 「ハ!?何で動く事が出来るんだよお前!!」

 

 うるせぇ!こっちだってなぁ、いっぱいいっぱいなんだよ!今でも二度と立ち上がれなくなりそうなぐらい足が限界なんだよ!

 

 それでも……それが理由で惚れた女の子助けられませんでした、じゃ話にならねぇんだよ!決めたんだよ!もう二度と大切なモン護れない男にはならないってな!それほどアーシアは今の俺にとって……

 

 

 

 大切な存在なんだよ!

 

 

 

 「ぶびぁ!」

 

 フリードの顔面に念願の左ストレートを打ち込み、アーシアから離れさせる。アーシアはそのまま力無く床に倒れ込んだ。生憎支えてやる程の力は今の俺にはなく、片膝を地面に着かせた。離れた所で摩耶さんが口笛を吹く音が聞こえる。

 

 どうでしょ……今の俺、かっこよかったっすか?

 

 「イッセー……お前やる時はやるんだな。正直俺も立てないと思ってた」

 

 「ひどい!!」

 

 「悪かった悪かったって。お前の想いがどれだけすごかったかはその左手が証明してるよ」

 

 「…………え?」

 

 摩耶さんに言われて左手に目をやると、オカルト研究部で見た赤い篭手がいつの間にか装着されていた。

 

 そっか……俺の想いに応えてくれたのか。ありがとう……。

 

 そんな事を思っていると、一つの魔法陣がこの部屋に展開された。色はリアス先輩の髪と同じ紅の色……まさか!

 

 「助けに来たわよ摩耶!……ってもしかしてもう終わった?」

 

 「んにゃ、一応まだ終わってない」

 

 はぐれ悪魔を討伐していたはずのリアス先輩逹が駆けつけ、現在の戦況を摩耶さんが一言で説明する。

 

 まだ……終わってない?

  

 俺はフリードをぶっ飛ばした方向へ視線を移すと、ボロボロになりながらも立っているフリードの姿があった。両頬は俺と摩耶さんにボコられたせいか、真っ赤に腫れ上がっていた。

 

 「逃がすと思ってんのかタコ……!言っただろ、テメェラだけは絶対に俺が殺すってなぁぁぁ!」 

 

 雄叫びを上げながらフリードが今までと比べものにならない速さで俺に接近してくる。

 

 まずい……!もう体がまったくもって動かねえ!やられる……!

 

 フリードが剣を掲げ、俺の脳天目掛けて真っ直ぐに振り下ろしてくる。『もう駄目だ……!』と自分の死期を予期し、目をつむったその刹那、

 

 「あ!?何なんだよこれは!?」

 

 フリードの口から予期せぬ言葉が発せられた。

 

 一体何が起こったのかと目を開けてみると、

 

 

 

 剣を天空に向けてる状態で、ピクピクと痙攣しているフリードの姿があった。

 

 

 

 「う……動かねぇ。何だよこれ、何なんだよこれはぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 何が起こったのか理解できないフリードはただただ大声を上げ、唯一動く首だけを動かしていた。その素振りから、必死に体全体を動かそうとしているのが分かる。

 

 この現象は……確か小猫ちゃんと闘ってる時にもあった……。

 

 思わず摩耶さんの方を見てみると、いつの間に

か両手には小猫ちゃんとの戦闘の時に使っていた黄土色のグローブが着けられていた。そのグローブは心なしか、少し光っているようにも見えた。

 

 あれって…もしかして神器?

 

 「部長!もうすぐここに堕天使の者逹が来ますわ!これ以上の長居は……」

 

 「そうね……。皆!一時退却するわよ!」

 

 一時退却?それって逃げるって事か?確かに今はそれが最善の手かもしれない。何か堕天使が来るって言ってるしな。…………って!

 

 「アーシア……アーシアはどうなるんですか!?」

 

 俺は最も気にしている疑問をリアス先輩に問いただす。リアス先輩は少し顔をしかめ、

 

 「残念だけど、この魔法陣は私の眷属しか転移出来ないのよ。あなたは摩耶に送ってもらえばいいけど……」

 

 「そんな!アーシアを置いていくんすか!?こんな所にアーシアを置いていったらーーーー」

 

 「イッセーさん」

 

 すぐそばにいるアーシアから声を掛けられ、振り向くと俺の手に自分の手を重ねているアーシアの姿があった。

 

 「私は大丈夫ですから……行ってください、イッセーさん」

 

 「でも……!」

 

 「いつかまた……きっと会えますから」

 

 「……ッ!」

 

 アーシアの作った精一杯の笑顔に、俺は胸を痛めた。

 

 俺はこの子のこの笑顔が見たかったんだ。見たかったからこそ、このクソ神父に一発入れてやったんだ。なのに最後の最後で護りきれなかったなんて……!

 

 自虐的な気持ちになっていると、俺の足下に魔法陣が展開される。リアス先輩のとは違い、摩耶さんの髪色と同じ黄土色……まさか!

 

 「逃げるだぁ?冗談じゃねえ。こちとら不完全燃焼なんだよ。キッチリ決着つけるまで引き下がれるかってんだ」

 

 声の主はその言葉から分かるように、未だ闘気が萎えておらず、寧ろ段々と濃くなっていくように感じた。言うまでもなく俺の主だ。その人が今俺の目の前まで歩いて立ちふさがる。俺を護るように……。

 

 「摩耶さん!!」

 

 「お前らは先に帰ってろ。コイツは俺が片す」

 

 「摩耶!直ぐに堕天使の軍勢がここに到着するのよ!ここは一回態勢を立て直して……」

 

 「一人が多数になるだけだろ。寧ろそっちの方が暴れやすくていい」

 

 リアス先輩の提案を速攻で拒否し、まるで戦闘狂のような笑みを浮かべる摩耶さんがそこにいた。

 

 「摩耶さん!!」

 

 「ぐだぐだうるせえなぁ。俺がそんな簡単にやられるタマだと思ってんのか?安心しろって。明日には帰って来てやるからさ」

 

 「でも……!」

 

 「うるせえってんだよ!俺だってなぁ、一人で気遣いなく心行くまで暴れたい時があるんだ!特に今みたいなくそムカつく状況であればあるほどだ。分かったらとっとと行け!このボケが!」

 

 こ、怖ぇぇぇぇぇえええええ!この人やっぱり自分の快楽邪魔されたら怒り狂う人だ。最初会ったときから分かってたけど。それにしても暴虐の限りを尽くす事が快楽だなんて、この人は時々理解できない感性をもってらっしゃる。

 

 俺は心の中で自分の力不足を歯がゆく思い、拳を握りしめる。俺がもっと強かったら摩耶さんに加勢出来たのに……。だけど今更そんな事を考えても現実は変わらない。だから今の俺に出来ることはたった一つ……!

 

 「絶対……帰ってきてくださいよ!」

 

 この人の帰りをひたすら待つこと。ただそれだけだ。

 

 摩耶さんは何も言わず俺に背を向け、親指を立てて見せてきた。

 

 ハハ、やっぱこの人超カッコイい……。

 

 「何カッコつけてんだコラァ!テメェら全員俺が殺す!逃がすわけねぇだろがぁぁぁ!」

 

 「そう焦るなよ。俺が相手してやっからさぁ」

 

 今にも暴れ出しそうなフリードを宥めるように摩耶さんが口を開く。しかしそれでこのクソ神父が落ち着くわけもなく、より一層凶気が強くなっていく。

 

 大丈夫だ…。摩耶さんは、こんな奴に負けるわけない!

 

 俺はそう確信すると、すぐ側で寝転がっているアーシアの手を少し強く握った。

 

 初めて出来た彼女に殺されてから、心のどこかで女を好きになるのが怖かったけど、そんな不安すら吹き飛ばしてくれた少女。その少女の双眸を見据えながら、

 

 「また……会おうな」

 

 「……はい!またいずれ……」

 

 再び会う約束を交わす。いつになるか分からないけど、また絶対に会える。この子の笑顔を見ると、何故かそう思わされる。

 

 摩耶さんがこちらを見て優しく微笑んでいるような感じがしたが、俺は最後までアーシアの笑顔から目を離さなかった。

 

 そして俺の足下にある魔法陣は段々と光の強さを増していき、

 

 

 

 俺の視界全体を黄土色の光で覆った。




摩「さて、邪魔者も居なくなったし、とっととやろうや」

フ「ああ、お前のその体全部斬り刻んでその顔を絶望の色で染めてやる!」

摩「いいねぇ。実は俺、お前の事そんなに嫌いじゃないぜ」

フ「悪魔に好かれてもうれしかねぇよ!殺す!!」

摩「面白ぇ……やってみろ!」

 天童摩耶が駒王学園から姿を消した。


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アーシア捜します!

前回頑張って書きすぎたせいかなかなか辛かった。結構な駄文になっていると思いますが、最後まで読んでくれるとありがたいです。



 『いいことイッセー。今後あのシスターとは関わりを持ってはいけないわ。聖と魔は互いに相反する存在。本来交わる事のない者同士が深い関係を持てば周りからは軽蔑され、最悪上層部の奴らがこの事を口実に拮抗状態だった三竦みの関係を壊しに来るかもしれない。そうなれば戦争。文字通り命懸けの戦いになるわ。そうならないためにもここは我慢してちょうだい。分かったわねイッセー?』

 

 それが今日の朝、通学路で偶然顔を合わせたリアス先輩から言われた忠告。

 

 理屈は分かった。言いたいことは理解した。リアス先輩の心中を感じ取れた。だけどーーーー

 

 

 

 解せねぇ。こればっかりは引き下がれない。

 

 

 

 惚れた女の子をあんな危険な奴らの側にこれ以上いさせる訳にはいかない。誰が立ちふさがろうとねじ伏せる。誰に何と言われようと止まらない。俺のやりたい事は最後まで完遂する。

 

 「間違ってませんよね?摩耶さん……」

 

 自分以外しか存在しない相談部部室に、俺の呟きが虚しく響く。そんな気がするほど静まり返っていた。

 

 あの一件以来、摩耶さんは俺達の前に姿を現していない。

 

 あの一件、と言っても昨日の出来事ーーーーフリードと呼ばれる神父と遭遇し、摩耶さんがたった一人でその場に残り、戦闘を継続ーーーーなので今日帰ってきても可笑しくはないのである。

 

 何故ならあの人は、今日には絶対帰ると言ったから。あの人の台詞には何故かその気にさせられる不思議な力がある。だからきっとあの人は帰ってくる。その時にまた落ち込んでたりでもしたら、あの人にキレられる。それだけは避けたい。

 

 カッコよく言ってるけど、キレられるのはマジで避けたい。だって怖いもん。あの人怒ったら。

 

 「と、とにかくだ。この場でうじうじしてても始まらないし、今日は授業すっぽかしてアーシア捜索といこう。うん、それがいい」

 

 鬼となった摩耶さんの恐ろしいイメージを頭の片隅に追いやるために、アーシア捜索をわざわざ声に出して決断した。

 

 決めちまったからにはしっかりやりきらねえとな。あの人にキレられる。

 

 そんな事を考えてしまったせいか、再び浮かんでくる摩耶さんの鬼となった姿……。

 

 「ーーーーッ!!さ、さっさと行こう!そうしよう!行動の速い男は好感が持てるしな!!」 

 

 冷や汗を掻きながら相談部部室の扉に手を掛け、早足で意中の女の子の安否を確かめに行った。

 

 因みに焦りすぎて、ソファーから立ち上がる時に足がもつれて転けてしまったのは秘密だ。

 

 我ながらなんと情けない事か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーーーとりあえず意気込んで部室を出たものの、どっから捜すかな~」

 

 場所は変わって住宅街。アーシア捜索の為に部室を出たのはいいが、如何せん当てがない。正直言っていきなり八方塞がりの状況なのである。

 

 なので現在、何も考えず適当に歩き回っているのだ。生憎今の俺にはこれぐらいしか出来ることが無く、悪魔の力を使えば簡単に見つかるかもしれないが、悪魔になってから日が浅い為上手く力を使う自信がない。

 

 うっかり人前で人外の姿を見せてしまえば問題になることは目に見えてる。そうならないように、足を運んで成果を出すしかないのだ。

 

 「とはいえ、このままだとやっぱりヤバいよな」

 

 次第に焦燥感が沸き立ち始め、その感情が俺の行動をより一層速める。

 

 早足で歩き回っていたが、段々と駆け足へと変わっていき、激しい呼吸を繰り返しながら意中の少女の姿を捜す。

 

 会いたい……もう一度会いたい。

 

 俺の行動は、信号でしか止める事が出来ない程の勢いで街中を駆け回った。もう一度アーシアに会うために。ただそれだけの為に。

 

 直視すれば光の反射で目をやられそうになる程輝いている金髪。宝石のようなグリーンの瞳。外国人女優が持っているような端麗とした容姿。

 

 日本人には備わっていない魅力的なパーツ一つ一つの事を鮮明に思い出せる程、俺は彼女の虜となっていた。

 

 曲がり角がすぐそこだというのに一切スピードを緩めず、最高速を維持したまま角を曲がった。

 

 「キャ!!」

 

 「え?あ、ああ!!スンマセン!急いでたものでつい!!」

 

 曲がった角の少し先にいた女性を突き飛ばしてしまった罪悪感が俺の足を止める。

 

 女性の手を取って立ち上がらせようとした所で、俺は一瞬硬直した。その女性が一際美しかったからだ。

 

 直視すれば光の反射で目をやられそうになる程輝いている金髪。宝石のようなグリーンの瞳。外国人女優が持っているような容姿ーーーーん?

 

 

 

 「いたたた……あっ、イッセーさん!?」

 

 

 

 「ア、アーシア!?」

 

 会えたーーーーーーーーーーーーーーーー!!まさかというタイミングでのエンカウント!!角で女の子とぶつかるとか、どこの恋愛マンガだよ!しかも自分の好きな人て!

 

 「ほ、本当にイッセーさんなんですか!?」

 

 「あ、ああ。俺だよ、アーシア」

 

 いきなり目的の女の子と会えたことに、少し戸惑いながらも話し掛ける。

 

 だってもっと時間かかると思ってたんだもん!かなりしんどい作業になるかもしれないけれど、アーシアにもう一度会えるならいくらでも時間を潰してやる!って意気込んでたのにいきなり会えたんだもん!そりゃちょっと驚くわ!!

 

 だがそんな驚きも、彼女の声を聞く度にだんだんと喜びに変わっていく。 

 

 何故なら眼前に、自分の意中の女の子がいるのだ。しかも俺にその感情を抱かせる決定打になった笑顔を浮かべながら。

 

 「本当に……本当にイッセーさんなんですね!」

 

 「ああ。また会えたな……!」

 

 アーシアの涙をためている双眸を覗きながら歓喜の声をあげる。向こうも同じ気持ちだったのかな……だとしたら気が狂いそうになる程喜んじまうぜ!

 

 その後何度も『イッセーさん!イッセーさん!』と叫びまくるアーシアを立ち上がらせ、力を入れすぎると壊れてしまうのでは、と思わされる程華奢な手をとってその場を後にした。

 

 俺も会えて嬉しいけど、あんなに叫ばれたら周りから変な目で見られちまうよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえばイッセーさん。イッセーさんはガッコウという所に行ってないんですか?その格好、見るからにガッコウの制服ですよね?」

 

 「え゛!?あ、いや……その……」

 

 再び場所は変わって公園。ここに来るまで、俺達はいたる所を歩き回った。

 

 女の子を何時までも地べたに座らせる訳にもいかず、あのまま住宅街で足を止めるべきではなかったからだ。あのままあそこにいたら、周りからは女の子を泣かしている性悪な男として見られていたかもしれない。そんな有りもしない悪評が広まるのを避けるために、一目散に逃げ出した。あの時はマジ焦った……。

 

 だがもう一つ、アーシアとの二人きりでの行動には理由があった。

 

 それは彼女にもっと色んな事を知ってほしかったから。だから俺が一方的に連れ回したのだ。

 

 ペットショップ、ゲーセン、ジャンクフード店。その他にも色々な所を二人で訪れた。周りからは『シスターが何でこんな所に?』とか『もしかしてコスプレ?』などと聞こえたが、敢えて聞こえないフリをした。ナンテイッテタノカボクニハワカリマセン。

 

 そして今に至る訳だが、アーシアの方からすれば、学生である俺が何故こんな所で時間を費やしているのか、と疑問を感じて当然だ。だが本心をそのまま伝えるというのも恥じらいを感じる。だって……!

 

 「おまえに会いたかったからだ」

 

 なんて言えるかーーーーーーーー!!こっぱずかしいわーーーーーーーー!!そんな男前な台詞、本人の目の前で告げられる程俺は人間出来てません!まだまだ未熟です!

 

 「じ、実は今日学校休みでさ!何もする事無いからとりあえず家から出て何かしようと思ってたんだ!」

 

 「え?……制服でですか?」

 

 ミスった!選択を誤ってしまった!そりゃそうだよね!わざわざ休みの日に制服で彷徨く奴なんてそうそういないよね!ど、どうしよう……。

 

 「もしかして……お休みしたんですか?」

 

 「へ!?な、何言ってんだよアーシア。今日は休みだって言ったじゃないか。学校自体が休みなんだからサボった訳じゃないよ」

 

 「でもイッセーさんと同じ制服を着てる人を見ましたよ。……サボったんですか?」

 

 墓穴掘ったぁぁぁぁぁああああああ!!もう駄目だこれは。言い逃れ出来ない!本当の事を言うしかないのか?いや、でも、その…………。

 

 くそったれ!こうなったら腹くくってやる!!

 

 「本当はさ……お前に会いたかったから、学校抜け出してまで捜し回ってたんだ」

 

 「…………え?」

 

 隣にいる大好きな女の子から、間の抜けた声が発せられた。口はポカンと開いており、目を丸くして俺の方に視線を向けた。彼女の驚きようから、そんな返答が帰ってくるとは予期していなかった、というように思えた。

 

 つーかヤバイ、ハズい!勢いで言ったけどやっぱり恥ずかしい!だが今更止める訳にはいかない!ここまで来たら最後まで言っちまえ!

 

 「……最初にお前に会ったときから、ずっとお前の事を考えてた。今どこで何してるのか。少しだけでもいいから、もう一度お前に会いたいと思ったりもした」

 

 「……どうして、そんな事を……?」

 

 アーシアが少しずつ俺に詰め寄ってき、彼女の端整な美貌が目と鼻の先にまで迫ってきた。両頬は気のせいか、少し赤く染まっているように見えた。

 

 妖艶としたその魅力の前に、しばしの間呼吸をするのを忘れてしまう。このままだと、この先言おうとしていた台詞まで忘れちまいそうだ。

 

 ……違う!そうやって理由を作って逃げようとするな!ここまで来たら言うしかないんだ。さっき決意したはずなのに、出来なかったら俺はもう男じゃねえ!

 

 「ーーーーアーシア!!」

 

 「ひゃい!?」

 

 突如大きな声で自分の名前を叫ばれたせいか、

普段なら言わないであろう言語を発し、肩をすくめていた。俺はその両肩を掴み、

 

 「俺……俺は、アーシアの事がーーーー」  

 

 

 

 「あらぁ、私みたいな美女にフられたからって今度はアーシアちゃんにまで手を出すのぉ?フフフ、あなたって意外と欲張りなのねぇ」

 

 

 

 一世一代の告白をするつもりが、上空から掛けられた言葉で遮断される。

 

 ……なんで、なんであの子の声がするんだよ?あの子が今、ここにいるってのか?

 

 俺は恐る恐る視線を斜め上に向ける。すると視界には、あの日以来会うことはなかったカラスのような羽根を生やした美女が浮いていた。

 

 

 

 「ーーーー夕摩、ちゃん……?」

 

 

 

 「久しぶり~イッセー君。殺したと思ってたけど、生きてたんだぁ~。案外しぶといねぇ~」

 

 眼前には不敵な笑みをこぼしている俺の元カノ、天野夕摩ちゃんの姿があった。

 

 格好は俺とデートしたときのような清楚な洋服に身を包んでおらず、露出度が極めて高めのボンテージを着込んでいた。

 

 普段の俺なら喜びの絶叫をあげながら、彼女の身体の隅から隅まで見渡していただろうが、生憎そんな気分にはなれなかった。

 

 何故ならあの服装は、俺を殺したときと同じ服装だったのだから。俺は現在歓喜ではなく、恐怖に体を支配されていた。

 

 「……レイナーレ様」

 

 隣にいたアーシアが彼女のもう一つの名前であろう単語を呟いた。レイナーレ……それが夕摩ちゃんの本当の名前か。

 

 「アーシアちゃん、こんな所で何をしているの?約束の時間までには教会に戻ってくるように言ってあったのに、全然来ないからコッチから出向いちゃったわよ」

 

 言葉の節々には夕摩ちゃんの時だったような可愛らしさは無く、気を悪くさせられる雰囲気がにじみ出ていた。怒りではなく、恐怖という方向で。

 

 くそっ、足が震えて言うこと聞かねぇ。フリードと戦ってた時は動いてたのに、今はその時の面影が全く無い。はっきり言って微動だにしない自信があった。誉められる事じゃねえけど。

 

 「申し訳ありません。……ですが、もう少しだけお時間を寄越してはくれませんでしょうか?」

 

 「はぁ?何言ってんの?あんたみたいなクソシスターに何でそんな事してやらなくちゃならないのよ。はっきり言うけど面倒くさいのよ」

 

 その台詞に俺は少しイラつきを覚えた。アーシアを……クソだと?アイツは何を言っていやがる?

 

 「おい……レイナーレ」

 

 「……クソ野郎が私の名前を気安く呼ぶんじゃないわよ!!」

 

 夕摩ちゃんーーーーレイナーレが恫喝をあげると同時に、彼女の両手に光の槍が生成された。俺は一度……あれに刺されて死んじまったんだ。

 

 恐怖で足が竦んでいるのにも関わらず、レイナーレはその槍を問答無用で俺に投擲してくる。

 

 俺は近くにいたアーシアを弾き飛ばし、危険が及ばない範囲に避難される。しかし、俺がアーシアに気を取られている中、光の槍は俺の命を刈り取りに向かっていた。

 

 「くそっ!」

 

 すんでの所で回避行動を取り、致命傷は負わなかったものの、爆風で吹き飛ばされてしまった。

 

 「イッセーさん!!」

 

 「へぇ……あれをかわすなんてねぇ。身体能力が人間の比じゃないわねぇ。もしかして悪魔になったの?だから生きてたりするのねぇ。ハハハハ!」

 

 心を癒されるようなアーシアの声をかき消すように、レイナーレのふてぶてしい笑い声が公園中に木霊する。

 

 「アーシア、早くこっちにいらっしゃい。そうじゃないと、あの坊やを殺すわよ?」

 

 アーシアの双眸が大きく見開かれ、レイナーレを見た後に俺の方に視線を移した。そしてその目

を力強く瞑って、

 

 「……分かりました。今すぐ戻ります」

 

 「アーシア!?駄目だ、行くな!」

 

 「クソ悪魔は引っ込んでろ!」

 

 レイナーレはそう言うと再び俺に向かって必殺の槍を向けてくる。さっきのダメージが蓄積していたせいか、再び完璧には避けられず、爆風で身を踊らせることになってしまった。

 

 情けねぇ!槍は直撃してなかったじゃねえか!なのになんで避けらんねえんだよ!

 

 「イッセーさん!レイナーレ様、もうやめてください!私は直ぐそちらに戻りますから!!」

 

 「あ~ら、いい子ね~アーシアちゃん。それなら速くこっちに来なさいな」

 

 レイナーレに手招きをされながらアーシアは言葉を掛けられ、それに応じた証拠としてレイナーレの方へ歩いていった。

 

 「アーシア……行くな!アーシア!!」

 

 「イッセーさん……」

 

 アーシアはレイナーレの所までたどり着くと、踵を返してこちらの方に顔を向けてきた。

 

 その表情は笑顔になっているものの、緑色の双眸からはかなりの涙が溢れていた。

 

 違う……俺が見たかった笑顔はそんな物じゃない!

 

 「私、短い間でしたけど、イッセーさんと色んな所に回れて楽しかったです。もう思い残す事はありません」

 

 「何言ってんだよアーシア!俺ら友達じゃねえか!もっと色んな所行こうぜ!きっとたのしいから!」

 

 アーシアは胸の前で両手を強く握り、俺に目を合かせないように俯いた。

 

 「友達、ですか。そう思ってくれていたのを知れただけで、私はもう大満足です。私もイッセーさんの事は友達だと思っています」

 

 「……アーシア」

 

 俺は唇を噛み締め、自分の力のなさに劣等感を感じていた。時々鉄の味がするが、そんな事は気にしてられなかった。

 

 「ねぇ~、もう終わった~?だったらさっさと帰りましょうよ。いいかげんこの茶番にも飽きたし」

 

 「…………分かりました」

 

 それだけ言うとアーシアは俺に背を向け、二人の足下に魔法陣が発現した。その背はどこが哀愁が漂っているように感じた。

 

 「アーシア!!」

 

 もう何度目か分からない叫び声を上げると、アーシアは顔だけを俺に向けてきた。

 

 「イッセーさん。私、今日の事は絶対に忘れません。これほど楽しい日々を過ごした事なんて無かったんですから。……場違いかもしれませんが、私……イッセーさんの事がーーーーーーーー」

 

 

 

 そこから先は聞き取ることが出来なかった。魔法陣の光が強くなり、効果を発揮したのだ。つまり、アーシアはレイナーレと共に教会へ……。

 

 

 

 

 「ーーーーくそっ!くそっ!クソォォォォォオオオオオ!!」

 

 俺はこれでもか、というくらい腹の底から声を絞り出し、両手を地面に向かって打ち込んだ。

 

 俺は……惚れた女の子一人護ることが出来ないのか!!

 

 地面に膝と頭をつけ、両拳は頭の少し上の方に叩きつけるように置く。

 

 ーーーーケジメつけるんだろ?ーーーー

 

 「全然つけれてねえじゃねぇかよ……俺……!」

 

 とっさに摩耶さんの言葉が脳裏に浮かび、自分の口から出た言葉を遂行出来なかった自分を恨めしく思う。

 

 俺は……弱い……。その事を改めて痛感させられた。

 

 

 

 




リ「チェックメイトよ、裕斗」

木「お手上げです。……やっぱり部長はチェスが強いですね」

リ「私なんかより、ソーナの方がもっと強いわよ」

朱「うふふ、確かにそうですわね~」

小「……会長は強すぎます」

 相談部のようには暴れず、平和に過ごすオカ研メンバー。


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教会乗り込みます!

ちょっとフラグ立ててみたりしました。
テストやっぱばりツライ。


 「それにしてもよくここに来れたよなー。俺って奴は」

 

 日は既に沈み、代わりに月明かりがこの場を照らす。普通の人ならとっくに寝てる時間帯だろうが、俺にはどうしてもやらなければならない事があった。

 

 故に俺は今、リアス先輩には今後近づくなと忠告されたはずの教会の前にいた。悪魔にとって聖なる物は害があると聞いていたが、こうして眼前にあるだけでここまで悪い気分になるなんて思ってもみなかった。

 

 アーシアに教会の場所まで案内した時感じた物とは天と地の差だ。

 

 だけど俺はあの建物の中に足を踏み入れなければならない。俺の気分がどれだけ悪くなろうと、後で悪魔界や他の勢力をも巻き込もうと、たった一人でケンカを売ることになったとしてもだ。何故ならここには俺の想い人がいるはずだから。

 

 「絶対に助け出してやるからな。……アーシア」

 

 気合いを入れるためにわざわざ俺の目的であるアーシア救出を声に出し、教会の入口まで歩を進める。

 

 あの子は何があっても絶対に助ける。もう一度会って、あの時伝えられなかった俺の心情を吐露する。あの笑顔をもう一度、いや何度も見るために。

 

 そして胸の奥に潜めるもう一つの目的。それはーーーー

 

 「ーーーーケジメつけてやる。レイナーレ……お前をぶっ飛ばして!!」

 

 教会の扉の前まで辿り着いた俺は左腕を引き、思いっきり目の前にある木製の扉に目掛けて突進させる。

 

 この教会が長い間放置されていたせいだろうか扉はいたる所が傷んでおり、呆気なくバラバラに砕けた。

 

 今ので敵に俺が侵入して来た事がバレたかも知れないが知ったところではない。元よりここにいる者全員を叩きのめすつもりだったんだ。どうってことはない。

 

 地面に散らばっている木片を蹴飛ばしながら教会の中に入る。周りから見れば、今の俺はどんな風に見えるのだろうか?自分の力の無さにイラつき、物にあたっている惨めな男だろうか?それとも、

 

 

 

 「気負いすぎじゃね?俺から言わせれば憎悪に支配された復讐者に見えるけどぉ?まあ、そこんところは悪魔なんだからしょうがねぇかあー。キャハハ!」

 

 

 

 突如教会に響いたふざけたような口調に、俺は思わず耳を疑った。

 

 ……何でアイツの声が聞こえる?アイツがここにいるっていうのか?そんな訳ない。あるはずがない。だってアイツは摩耶さんが……。

 

 いくつもの思考が頭の中を駆け巡っていたその時、剣と銃を持った白髪の神父が俺の前に立ちふさがった。

 

 「グッドイブニィィィィィング!!誰かと思ったら俺のハンサム顔に一発ぶち込んでくれた奴じゃ~ん。お前もいつか斬り刻んでやりたいとおもってたんだよね~。キャハハ!」

 

 「フリード……!!」

 

 二度と顔を合わせたくなかったはぐれ神父、フリード・セルゼンが高らかに笑った。

 

 「つーかお前もよく懲りずにここまで来たねぇ。誰かに止められたりしなかったの?もしかして心配してくれる友達すらいないの!?」

 

 「……それぐらいいるさ。聞き分けが悪いからひっぱたかれたりしたよ」

 

 そう言って俺はあの時の痛みを思い出し、叩かれた頬にソッと手を添える。

 

 実はここに来るまでに学校をサボっていたことがオカ研の連中にばれ、捜索活動を行っていた木場に発見され、そのままオカ研部室に連れ込まれ説教に近い説得を受けたのだか、聞く耳を持たない俺にリアス先輩がビンタをかました。

 

 正直あれはめっちゃ効いた。ただの平手打ちがあんなに痛いとは思わなかった。それほどリアス先輩の想いがあの一撃に籠もっていたのだろう。

 

 だが俺はそれでも諦めきれず、その場は適当に相槌を打ち、部室を出た後に一目散に教会目掛けて突っ走った。バレたら怒られるだろうなぁ。

 

 だが思いの外収穫はあった。それは目の前のクソ神父を叩きのめせるという事。だがその前に、

 

 「オイ……摩耶さんはどうした?」

 

 「あ?マヤサン?誰だよソイツ?」

 

 「お前をこてんぱんにぶちのめした人だ!覚えてないなんて言わせねぇぞ!」

 

 恫喝じみた問い掛けが教会に木霊する。あの人がこんな奴に負ける訳がない。そんな事あってはならないんだ!

 

 「うるせーなぁ。もう夜なんだぜぇ、そんな大声で怒鳴るなよ、近所迷惑だろが。つーか一々殺した奴覚えてるほど俺も暇人じゃないの。キャハハ!」

 

 ………………は?今、何て言ったコイツ?殺した奴を覚えない?摩耶さんを覚えてない?じゃあコイツはあの剣で、あの拳銃で摩耶さんをーーーー

 

 「ーーーーウソだ」

 

 「あ?」

 

 震えた声が漏れる。手に自然と力が入る。

 

 イラつきが前にもまして強くなる。目の前にいる男を立てなくなるまで殴り倒したい。そんな感情が徐々に俺の身体を支配していった。そして、

 

 「お前みたいな奴に摩耶さんがやられるわけないだろうが!!」

 

 左手に赤色の篭手を発現させ、一直線にフリードに向かって走り出した。死闘を繰り広げるために……。

 

 「キャハハハハ!俺とやりあおうってか!?いいねぇいいねぇ最高だねぇ!お前みたいな単細胞を痛めつけて殺るのが一番楽しいんだよなぁ!!」

 

 フリードはそう言うと銃口をこちらに向け、何の躊躇いも無く引き金を引いた。

 

 コイツに躊躇なんて生易しい感覚があるなんて思ってはいない。たがフリードのとった行動は、瞬時に俺の過ちを理解させた。

 

 それは拳銃という遠距離武器をもっている相手に、バカ正直に特攻したことだ。相手の攻撃が始まってから避けるなんて芸等は、摩耶さんぐらいのレベルじゃなければ出来ない。ましてや発射された銃弾を避けるなんて事、相手の行動を読んでいない限り荒唐無稽の出来事だ。

 

 銃弾は無慈悲にも俺の脳天を貫こうとただ一直線に飛行してくる。俺にはこの状況をどうこうする技術を持ち合わせてはいない。飛んできた銃弾は吸い込まれるように俺の方に向かっていきーーーー

 

 

 

 ーーーー着弾こそしたものの、身体を貫通するまではいたらなかった。

 

 

 

 「………………マジ?」

  

 フリードから間の抜けた声が聞こえてくる。

 

 それもそのはずだ。銃弾が貫通しない人間なんて、この世の中探しまくっても見つかるわけがない。

 

 そう、普通の人間には不可能な行動だ。

 

 だが俺はなんだ?人間には違いないが、その前に俺は今悪魔なのだ。人間にはやれない事を平然とやってのける事が出来る。

 

 俺はフリードが銃を構え、必殺の一撃を叩き込もうとする前に、悪魔の能力を既に使っていた。故に無傷で済んだのだ。済んだのだが、あくまで貫通させないための措置を行っただけであり、衝撃時の痛みはダイレクトに伝わってくる。

 

 「っ、てぇぇなあぁぁぁぁ!」

 

 叫び声を上げながら尚もフリードに突貫する。

 

 だって痛いんだもん!銃弾でやられたのはこれで二度目だけど、やっぱ馴れないわ!というか馴れたら馴れたで恐ろしいけど……。

 

 そんな事を考えていたのも束の間、フリードとの距離を詰めた俺はすぐさま篭手を装着してある左腕に全体重を乗せ、フリードの顔面にめり込ませる。

 

 「ふぶぉ!」 

 

 どこかで聞いたことがあるような情けない声を出し、そのまま後ろへ吹っ飛んでいく。今の俺の一撃は初めに会った時とは違う。

 

 何故なら俺は今、『戦車』の力を持っている。

小猫ちゃんと同じような桁違いの攻撃力と防御力を今俺は司っている。

 

 これこそが『兵士』の俺が持っている唯一の能力ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーーー『昇格(プロモーション)』だ。よく覚えとけよ」

 

 不意に摩耶さんと交わした会話が脳裏によぎる。

 

 俺は小猫ちゃんと摩耶さんの戦闘が終わった後、相談部部室に帰ってきた直後摩耶さんに質問をした。

 

 内容は俺達転生悪魔の駒の特性だ。

 

 『戦車』である小猫ちゃんの特性はさっきの戦闘を見る限り、桁外れの攻撃力を保有しているということは分かった。だが、肝心の俺の特性についてはまだ分かってはいなかった。

 

 やむなく俺は摩耶さんにこの事を打ち明け、『兵士』についての事を根掘り葉掘り訊くことにした。

 

 「『昇格』……ですか」

 

 「そうだ。実際のチェスにもあるルールでな。相手の陣地に『兵士』が入った時点で『王』以外の何かになれるってやつだ」 

 

 因みに摩耶さんの話によると、『騎士』はスピードの上昇。『僧侶』は魔力量の増加。そして『女王』は『王』以外の全ての能力を兼ね備えてるらしい。

 

 それって朱野さんチートばりに強いんじゃないですか?無想できたりするんじゃないですか?

 

 「条件はさっき言ったとおり敵の陣地内に入ることでな。これについては『王』である俺が敵地だと判断すれば簡単なんだが……一々その判断を下すのが面倒くさいから、ある一定の条件を満たせばいつでも使って構わない。」

 

 「条件……?」

 

 すると摩耶さんは俺に顔を思いっきり近付けてきた。吐息が掛かるほど密着しており、摩耶さんの美形な容姿が目と鼻の先にあるため、顔が自然と熱を持ってしまう。

 

 ていうか面倒くさいって……俺にとって重大な事なのに、それを面倒くさいなんて言われると少しムッと来るな。だが何時でも使えるようにしてくれるのはありがたい。

 

 そして摩耶さんはゆっくりと口を開き、

 

 「お前の『昇格』時に課す条件とはーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーーー使いたい時こそ使え、ですよね」

 

 誰にも聞こえないであろう声量で静かに呟く。

 

 正直いったい何を言っているのか分からなかった。あの後俺は状況を把握するべく、摩耶さんに言われたことを何度も脳内で再生した。しかし何度再生しても、辿り着く結論は一つしかなかった。

 

 ーーーー絶対単に面倒くさいだけだ!!

 

 ……いや、実際そうなのであろう。その会話が終わった後、摩耶さんはおれの言葉に何も返さず、ベッドに潜り込んでしまった。

 

 俺はそのいい加減さにイライラしていたが、寝る前の摩耶さんから一つの言葉が発せられた時、不思議とその感情は消え失せた。

 

 ーーーーまあ、その時は精々頑張れやーーーー

 

 「……頑張りましたよ摩耶さん。見てくれてますか?」

 

 視線を上の方に向け、天井で遮られている世界に声を投げ掛ける。

 

 届きそうで、届かない場所。

 

 「……本当に、負けたんすか?」

 

 自然と頬に温かい液体が走り、思わずそれを制服の袖で拭き取る。

 

 ……まだ俺には、やらなきゃいけない事がある。それをやり遂げるまでにはあの人に顔向け出来ない。胸を張ることが出来ない。

 

 アーシアを助けるまでは。

 

 俺はそのまま歩を進め、辺りを散策していると地下室への階段を見つけた。見るからに怪しく、その先にアーシアがいると確信した。隠し階段、って時点で怪しすぎだしな。

 

 そして階段を降りようとした刹那、

 

 「オイオイオイ……このまま素直に行かせると思ってんのかクソ悪魔ぁぁあ!!」

 

 「な!?」

 

 先程ぶっ飛ばしたはずのフリードが既に立ち上がっており、怒りの形相でこちらを睨んでいた。

 

 「許さねぇ……絶対に許さねぇぞテメェだげは!一度ならず二度までも俺に拳当てやがって!生きて帰れると思うなよタコがぁぁぁぁぁ!!」

 

 フリードがさっきまでとは比べ物にならない殺気と狂気を撒き散らしながら銃口を俺に向けてくる。

 

 マズい……!さっきの攻撃は不意打ちみたいな物だ。アイツ並の実力者相手に二度同じ手段は恐らく通じねぇ。かといって単純に実力で勝負すればこっちが負ける可能性が高すぎる!勝ったとしてもその後アーシアを救いにいく余力が無いかもしれない……!けれど……

 

 「……やるしかないんだぁ!」

 

 俺は腹をくくり、瞬時に『女王』にプロモーションする。さっきと同じようにフリードに向かって突進しようとした瞬間、

 

 

 

 一振りの剣が俺とフリードの間に投擲された。

 

 

 

 「え!?」

 

 「誰だぁ!?」

 

 俺は驚愕を含んだ声で、フリードは怒気を孕んだ声をあげながら教会の入り口に目を見張る。

 

 そこにはーーーー

 

 

 

 「ーーーー騎士としてこういう剣の使い方はしたくなかったんだけどね」

 

 「……間一髪です」

 

 「木場に小猫ちゃん!?何で……」

 

 「愚問だね、兵藤君。僕達が敵地に単独で向かっていく友達を放っておく連中だと思っているのかい?」

 

 「え……バレてたの?」

 

 「当然です」

 

 突如駆けつけて来てくれた木場と小猫ちゃんに救われたのはよかったが、俺の行動が全て筒抜けだった、と考えると正直自分に不甲斐なさを感じる。

 

 俺の勝手な行動で皆を巻き込んでしまった。もっと俺に力があれば、もっと上手くやっていたら一人でどうにかする事が出来たのに……!

 

 「水くさいじゃないか。僕達は友達なんだよ」 

 

 「……え?」

 

 「一人で何か出来ないようならば僕達を頼ればいい。友達の頼み事ならば喜んで引き受けてあげるっていうのに。……覗きとかなら勘弁だけど」

 

 そう言って木場はいつものイケメンスマイルを俺に向けてきた。

 

 「……あなたが死んだら摩耶先輩はきっと悲しみますからね。あの人のそんな顔は死んでも見たくない」

 

 そう言って小猫ちゃんはいつ見てもみとれてしまう程完璧なファイティングポーズをとる。

 

 二人は、俺を助けようとしてくれている。こんな情けない俺を。

 

 ーーーー頼れる仲間がそこにいる。

 

 それだけで俺はさっきまで沈みかけていた元気をもう一度ひねり出せた。自然と笑みが零れてしまう程。

 

 「行くんだ兵藤君!この場は僕達が引き受ける!」

 

 木場の叫び声で俺は本来の目的を思い出し、後ろにある階段を視線を移した。

 

 そうだ……俺はアーシアを助けに行かなきゃならないんだ!

 

 俺はそのまま脱兎のごとく走り出し、目的の場所に向かって一気に疾走した。

 

 「行かせるか……うおっ!?」

 

 「……摩耶先輩が、アナタみたいな外道にやられる訳がない!」

 

 背中越しにもかかわらず、小猫ちゃんの怒りがどれほどの物か分かる。それだけあの子は腸が煮えくり返っているのだ。

 

 ……ていうかあの子もしかして摩耶さんの事……。

 

 俺は階段を降りようとした足を止め、二人の方に体の向きを変え、声を上げた。

 

 「二人とも!帰ったら……俺のことイッセーって呼んでくれよ!!」

 

 それだけ言うと俺はそのまま薄暗い地下室向かって駆けていった。

 

 あの二人は負けない……絶対に!

 

 だから俺は俺のやるべき事をやりとげる。俺の事を助けに来てくれた二人のためにも。

 

 待ってろよ……アーシア!




小「……ここから先は通しません!」

木「友達に行けって言っちゃったからね」

フ「知るか!んなことどうでもいいんだよ!俺は地下室に行ったアイツを切るんだよぉ!」

小「貴方の相手は私たちです!」

?「いやソイツ俺の獲物だからぁぁぁぁ!!」

 黄土色の髪を持つ男が乱入してきた。


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あの人が帰ってきます!

 テストやら何やらあって更新が遅れてしまいました。これからもこんな事が続くかもしれませんが、気長に待ってくれるとありがたいです。
感想などもお待ちしています。


 長かった階段を遂に最後まで降り、目の前には大きな扉が立ちふさがっていた。

 

 教会の入口にあった物を彷彿とさせるデザインだが、決定的に違うのは鉄製だという事だ。

 

 手に触れるとひんやりとした感触が手のひらから伝わってくる。この寒冷とした扉の先にアーシアがいると思うといてもたってもいられなくなり、手にあふれん限りの力を込め、押し開ける。

 

 そこにはフリードと同じような服に身を包んだ神父が大勢存在し、祭壇の上には露出の多いボンデージという扇情的な恰好をしているレイナーレ。

 

 そして片方の乳房をさらけ出し、十字架に磔にされたアーシアの姿があった。

 

 「アーシア!!」 

 

 俺の咆哮が響き渡る。

 

 たちまちアーシアはこの場にいるはずのない人間の声を聞いたせいか、沈みきっていた顔を上げ、ハイライトが消えている双眸で俺のいる方を凝視した。

 

 「イッセー……さん?」

 

 「ああ、俺だ。分かるかアーシア!?」

 

 俺は再度叫び声を上げ、アーシアに己の存在を認知させようとした。そして今の状況を察したのか瞳に光が戻り、あふれんばかりの涙を浮かべていた。

 

 「イッセーさん……どうして……?」 

 

 「どうしてって決まってんだろ!」

 

 俺は篭手が装備されている左手をアーシアに向け、

 

 「ーーーー好きになっちまったからだよ!」

 

 アーシアに対する想いを包み隠さず告げた。

 

 「…………え?」

 

 告白された当の本人は信じられない、といったように怪訝そうに俺を眺めるが、ようやく言葉の意味を理解したのか頬を赤く染めていた。

 

 「だからお前は誰にもやらん!お前を欲しいと言った奴は俺が真っ正面から叩き潰す!」

 

 正直自分でも恥じらいを覚える台詞を吐きながら大量の神父がいる祭壇まで突進する。

 

 「アナタ元カノの前でよくそんな言葉言えるわね。いくら私でも少し妬けちゃうわ」

 

 嘘つけそんな事全然思ってないだろ。じゃなきゃそんな風に人を食ったような笑みが浮かべられる訳ないからな。

 

 レイナーレの発言とその態度に若干怒りを憶えながらも、目の前にいる邪魔な神父逹を一掃するべく強化された身体能力を存分に発揮する。

 

 現在俺は上の階で使用したプロモーションの効力が未だ残っており、『女王』の力を身に纏っている。はっきり言って負ける気がしない。

 

 だが、それもいつまで続くか分からない。加えてプロモーションしたのは大分前の話。効力切れがいつ迫ってきても可笑しくない状況下にある。

 

 そうなったら戦闘経験が微塵もない俺は簡単にやられるだろう。それは自分でも自覚している。

だから俺に取れる策はたった一つ。それはーーーー

 

 ーーーー短期決戦だこの野郎!!

 

 そう決心した刹那、俺の行動は速かった。

 

 目の前に現れる神父にとりあえず殴りかかる。『女王』にプロモーションした俺の一撃は『戦車』にも匹敵するので、ついさっきフリードをぶちのめした時と同じ現状が起きる。

 

 そのまま周りにいる神父逹に見境無く攻撃ーーーーというより最早只の暴力ーーーーを繰り返し、片っ端から無双していく。

 

 神父逹は今の俺に到底適わない、と思ったのだろうか、俺を中心に円を描くように包囲した。

 

 そして一定の距離を保ったまま、どこから取り出したのかフリードも持っていた拳銃を俺に突きつけ、掃射した。

 

 個人で適わないと思ったからこそ、集団で攻めてくる事を選んだのだろう。だがそれでも、

 

 「俺は止まらねぇぞ!」

 

 銃弾の雨霰に敢えて突っ込み、強化されている悪魔としての能力が身を護る。

 

 痛恨的なダメージは負わないものの、螺旋回転で生み出された鉛玉の威力は相当な物で、思わず足を止めたくなる程の痛みを催す。

 

 それでも決して足を止めず、目の前にいる標的目掛けて一心不乱に拳を振るう。

 

 何かが潰れるような感触が拳から伝わり、人を殴ったという事実を痛感させる。

 

 だがコイツらはそれ相応の事をした!殴られて当然の事をした!だから俺は手を緩めない!

 

 神父逹に対する憎悪が一層強くなっていくのを感じ、それを拭い落とそうとただただ男逹を殴り倒す。

 

 ーーーーだが。

 

 「がッ……!」

 

 肩に焼かれたような痛みを感じ、思わず行動を中止し、膝をつく。何が起こったのか訳が判らず、痛みが走った肩を触ると、ヌチョっとした液体感のある物があった。

 

 血。肩の丸い傷口からドロドロ流れている俺の血。

 

 この事実から察するに、どうやら俺は撃たれたらしい。だが銃弾は『女王』の力で貫通しないように身体を強化したはずだ。それが発動しないということはつまりーーーー

 

 

 

 ーーーーたった今、プロモーションは効力切れだって事だ。

 

 

 

 「くそったれ……!」

 

 俺はすぐさま立ち上がり、未だ残っている神父逹を睨む。神父逹は俺の気迫に一瞬たじろいだように見えたが、さっきのようなチートじみた力を使えないと悟ったらしく、なぶり殺すようにダメージを少しずつ与えてくる。

 

 「ぐっ……がはっ!」

 

 剣で斬られ、銃で撃たれ、終いには拳で殴られる始末。明らかに弄んでいるという事が窺える。

 

 「イッセーさん!もう……もう止めて下さい!このままじゃイッセーさんが……」

 

 アーシアの悲痛の叫びが聞こえ、思わず寸断しそうになった意識をつなぎ止め、満身創痍になりながらも闘志を萎えさせる事をしなかった。

 

 くそったれが……助けようとした女の子に逆に心配されてるじゃねえか。そんなんでどうするんだ兵藤一誠!やるからには最後までやり遂げるんだろうが。

 

 ーーーー摩耶さんのように!

 

 「あら?もしかしてまだ戦うの?アッハハハ!どうしてそこまで『魔女』と呼ばれ蔑まれているこの子を助けようとするの?頭オカしいんじゃないの!?」

 

 レイナーレがアーシアを侮辱すると共に、ゴミを見るような目で俺とアーシアを見ながら笑う。

 

 アーシアが……魔女だと?蔑まれてきただと?

 

 だったらお前は何なんだレイナーレ。俺を殺して満足するだけでは飽き足らず、アーシアにまで手を出すお前は何なんだ?さっきから品性のない笑い声をあげるお前は何なんだ?

 

 お前は一体何様なんだよレイナーレ!

 

 「……そこを、どけ」

 

 壇上にいるレイナーレを一瞥した後、眼前にいる神父逹に視線を戻す。

 

 コイツら全員何があってもぶちのめす。腕が斬り飛ばされようが、足が蜂の巣にされようが関係ない。どんな事があってもぶったおす!

 

 「そこをどけぇぇぇ!!」

 

 アーシアが俺の名前を涙混じりの声で叫ぶのを聞きながら、渾身の力を振り絞って標的に向かって突貫する。

 

 ーーーー直後、背中越しから伝わってくる鉄製の物体が砕ける物音。

 

 この状況下で聞き入れることはないであろう音が響き渡り、入口にあった扉が倒れた事で上がった土煙から一つの人影が姿を現した。

 

 手入れされていないボサボサの黄土色の髪。面構えはどこか消極的ーーーーていうかぶっちゃけやる気がないーーーーだが、それに相反し容姿の方は顔のパーツ一つ一つが整っている。

 

 欠伸をしながら頭髪をかきむしるその姿は、何度も相談部の部室で見た憧れの存在……

 

 

 

 「摩耶……さん……」

 

 

 

 俺の主、天童摩耶がそこにいた。

 

 「んだよイッセー。お前まだ金髪シスターちゃんにコクってないの?そんなんだからこんな薄汚い野郎共に蹂躙パーティーなる物が開催されるんだよ?」

 

 「いや全然話の主旨が理解できませんから!あと今さっきコクりましたよ!」

 

 「え?マジで?」

 

 相変わらず破天荒な人である摩耶さんは『えっ、何?コイツマジで告ったの?いやでもコイツやるときはキッチリやるしなぁ』などと顎に手を当てながら失礼な事を呟いている。

 

 何すか、コクっちゃ駄目ですか?仕方ないじゃないですか!あの場面であの状況下じゃあ言うしかないじゃないですか!

 

 「あ、うん。分かった分かった。分かったからとっととさがれ。後は俺がやっとくから」

 

 心読まれた!?たった一日味わってないだけで凄い久しぶりな感じがする。ーーーーって、

 

 「やっとくからって……神父全員をですか?」

 

 「うん」 

 

 「無茶ですよ!だいたい摩耶さんフリードに殺されたんじゃないんですか!?」

 

 「勝手に殺すな。あと殺されてたらこんな所にいるはずないだろ。あの時フリードとタイマンはってたら堕天使の奴らが来て面倒くさいから纏めて相手してやったら向こう側が逃げたんだよ。おかげで睡眠不足なうえ不完全燃焼だし暴れ足りないしでイライラしてんだよ」

 

 「向こう側が逃げたって……」

 

 俺は驚愕の真実を告げられ、目を丸くして摩耶さんの方を見つめる。

 

 フリードも並大抵な奴じゃないのに、それに加えて堕天使の奴らも相手にして優勢。しかも最終的には退かせたって、いったいどれだけ暴れたのだろうか……。

 

 ん?そういえば……

 

 「上にフリードがいたはずですけど……」

 

 「ああアイツ?小猫ちゃんと裕斗に盗られそうだったから俺が真っ先に狩ってやった。と言っても、派手にぶっ飛ばしただけだから多分まだどっかいると思う。次会ったときはキッチリたこ殴りにしてやるけどな」

 

 「そ、そうすか」

 

 怖ぇぇぇぇえええええ!!この人何で戦闘の事になるとこんなに表情が活き活きしてるの!?顔笑ってるけど目がまったく笑ってねぇ!完全に据わってらっしゃる!

 

 「ねぇアナタ逹。いつまでそんなに余裕ぶってるの?今どうゆう状況か察してる?」

 

 「金髪シスターちゃんから神器盗ろうとしてるんだろ?可愛い顔してえげつない事考えやがって。でも生憎そんな事させるつもりはないけど」

 

 そう言って摩耶さんは唐突に右腕を振り上げ、それと同時にアーシアを束縛していた鎖は砕け散り、摩耶さんが左腕を引くと同時にアーシアの身体は宙を舞い、そのまま俺の腕にすっぽり収まるように着地した。

 

 「なっ!?」

 

 レイナーレが信じられない、と言ったような声を出しながら怪訝そうにこちらを見る。

 

 俺も現在何が起こっているのかまったく理解できず、アーシアの重みが腕から伝わって来た事でようやく今の事態を認知する事が出来た。

 

 「イッセーさん……」

 

 アーシアが今、手の届く所にいるという事を。

 

 「アーシア!!」

 

 たまらず俺はありったけの力でアーシアの華奢な身体を抱きしめ、彼女の存在をよりいっそう実感しようとする。

 

 「はわわわ!い、イッセーさん!?」

 

 アーシアが頬を紅潮させ、わたわたと震えながら俺の方を凝視してくるが、抵抗はしてこなかった。

 

 それどころか俺の腰に手を廻してくる始末だ。思わず空いている方の手でアーシアの頭をこれでもかという程撫でる。

 

 指を入れると何の抵抗も無く沈んでいき、一本一本が視認出来るほど流麗な絹糸のような髪。触り心地もよく、人形を撫でているのではないかとまで錯覚させられる絶大な魅力に、ますます俺は虜になった。

 

 「うふふ。イッセーさん……」

 

 「アーシア……」

 

 「おーい。イチャつくならせめて二人きりの時にしてくれないか~?段々腹立ってきたんだけど」

 

 摩耶さんに指摘され、意識してしまうと思わず俺も顔が熱くなり、アーシアから少し距離を取る。アーシアも言われてから気づいたのか、今までとは比べ物にならないくらい顔を真っ赤に染めている。まるでトマトのようだ。

 

 「あ~、クソッ。リア充爆発しろ。今すぐ四肢を爆散させろ」

 

 「さっきから聞こえてますよ!恐ろしい事言わないで下さい!」

 

 摩耶さんの手に掛かれば本当に爆死しかねん。それも拳で。笑えない冗談である。

 

 「そんな……どうして我々の計画に感づいた!?それもアーシアに一切触れずに救出するなど、いったいどんな手段を使った!?」

 

 「さあ?どんな事したと思う?少なくとも、今からゴミくずのようになるお前らに教えても得なんかないしな」

 

 「な!?」

 

 質問を罵倒で返されたせいか、レイナーレはその端正な顔を怒りの形相に歪める。

 

 「でもお前を倒すのは残念ながら俺じゃない。イッセーだ」

 

 「え?」

 

 「え、じゃねえよ。お前あの娘ぶちのめす事でケジメつけるんだろ?何時つけてもいいって言ったが、今が間違いなくその時だと思うぞ」

 

 摩耶さんの鋭い眼光が俺を貫き、その気迫に思わず身体を強ばらせる。

 

 でも確かに、俺は摩耶さんの前で宣言した。ケジメつけるんだって。この人のようになるために、自分が言った事は絶対にやり遂げるって。それになによりーーーー

 

 

 

 ーーーー未練が残らないようにキッチリしなければ、新しい道を歩む事が出来ない。

 

 

 

 俺は少し離れた場所にいるアーシアを一瞥し、微笑みかけてから摩耶さんの方に視線を移した。そして、

 

 「ーーーーやります」

 

 摩耶さんから目を逸らさずに、決意のこもった表情を見せつけた……つもりだ。

 

 すると摩耶さんは不敵な笑みを見せ、『そうかいそうかい』と言いながら指を鳴らし、神父逹の方へ歩き出した。

 

 「なら俺も俺のやるべき事をやろうかな。自分の言ったことはしっかり守らねえとな。それとイッセー、お前金髪シスターちゃんに何か着せてやれよ。女の子がする恰好じゃないよそれ」

 

 「え?…………あ!」

 

 摩耶さんに指摘され、アーシアに俺の着ていた上着を羽織らせる。

 

 だって胸出てんだもん。摩耶さんが言ったように女の子がする恰好じゃないし、第一他の奴に見られるなんて我慢ならん!

 

 「さあて、色々あったが始めようぜ……お前らも退屈してたろ?」 

 

 そう言って摩耶さんはいつの間にか例のグローブを装着した手で髪を巻き上げ、

 

 

 

 「ーーーーテメエらはここで俺が喰い散らかす」

 

 

 

 そう静かに宣言した。

 

 たったそれだけの動作で、この空間がたった一人の男による殺気で支配された。




木「小猫ちゃん……僕達何してたっけ?」

小「兵藤……イッセー先輩を助けました」

木「その後フリードと戦ってたんだよね?」

小「突如乱入して来た摩耶先輩が蹴散らしましたけどね」

木「う、うん。そうだね……そうなんだよね」

 もう少しスポットライトを浴びたかった木場であった。


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修羅を見ます!

執筆スピードが上がらない。これもホームワークのせいだ。サブタイトルがそろそろ限界。




 「ヒャハハ!おいおいどうした~?まさかもうへばったなんて言うんじゃねえだろうなぁ?」

 

 勝負は一瞬だった。いや、最早勝負とは言い難い惨劇が目の前で繰り広げられていた。

 

 プロモーション時の俺とは比べ物にならない程の身体能力。

 

 それが周りの神父逹に余すことなく尽くされ、マンガでしか見たことがないような速度で吹っ飛んでいくはぐれエクソシスト集団。

 

 正直いって悲惨すぎる。敵である俺ですら可哀想に思えてくる程だ。隣にいるアーシアなんて顔を真っ青にして事の一部始終を目撃している。

 

 何より一番印象的なのがこの現象を起こしている張本人ーーーー摩耶さんが笑いながら戦闘を行っている事だ。

 

 摩耶さんの身体の至る所に付いている斑点模様は、全て神父逹の返り血で形成された物だ。その姿を見るだけで、どれだけ大勢の神父逹を殴り倒したのかは想像に難くない。

 

 次々と襲いかかってくる神父逹を的確に、鮮やかに捌いていく摩耶さん。極めつけはしなくてもよい攻撃をわざわざ相手にかまし、両拳を血で滴らせていた事だ。オーバーキルという奴である。

 

 改めて言おう…………怖ぇぇぇぇえええええ!!

 

 恐ろしい!恐ろしいよ!あの人が味方でホントによかったよ!目の前で繰り広げられている残虐行為を見物するごとにその気持ちが増していく。……決してあの人には逆らうまい。

 

 などと考えていたのも束の間、俺のすぐ横を神速と呼べるスピードで通り過ぎていった神父が最後の砦だったらしく、戦いを終えた摩耶さんが天を仰ぎながら呟いた。

 

 「あー、物足りねぇな。もっと骨のある奴はいないのか?少なくともフリードはお前らよりかは骨があったぞ」

 

 そう言うと摩耶さんは壁や床、さらには天井までにもめり込んでいる神父逹を一瞥した。

 

 因みに摩耶さんの足下には数々のクレーターを作ることになった人物逹の血で出来た水溜まりが

いたる所にあった。

 

  …………もう何も言うまい。

 

 「う、嘘でしょ。いくらあなたが強すぎるからといってその強さは反則でしょ!あなた一体なんなのよ!?化け物なの!?」

 

 「何でそんなにビビってる?アイツらが俺より弱かったから負けた。それだけの事だろ?」

 

 それだけではないと思う。決してそれだけではないと思う。

 

 レイナーレはこの世の終わりを予期したような顔になっており、肉付きのいい身体を震えさせ、二歩三歩後ずさる。

 

 気持ちは痛いほど分かる。俺もさっきから身体がガタガタ震えてるのを必死で抑えてたりしてる。アーシアが近くにいるのに、情けない姿は見せられないからな。

 

 「さてイッセー。次はお前のターンだ。何度も言われてウザったいだろうがもう一度言っておく。ーーーーやれるな?」

 

 「やれます……アーシアの事頼めますか?」

 

 俺は摩耶さんからの最後の決意確認を即答で返し、さっきから痙攣している足を支えながら立ち上がる。

 

 だって目の前であんな無惨な暴力事件見せられたら誰だってこうなるだろう。そのテの現象を見慣れた奴なら大丈夫だろうが生憎俺は未だに慣れていない。摩耶さんからの言葉に返答出来てることすら奇跡に近い。

 

 だけど俺はそれをしなくちゃならない。奇跡を起こさなければならない。眼前で立ち尽くしている憧れの人に、カッコイい姿を見せなければならないから。そして、

 

 

 

 惚れた女の子とこれからも一緒に歩んでいくためにも。

 

 

 

 

 「……イッセーさん」

 

 アーシアが俺を心配するような素振りを見せる。その双眸にはうっすらと涙を浮かべており、胸の前で両手を強く握りしめていた。

 

 本当に優しいな……この子は。初めて会った時からそうだった。聖職者と呼ぶに相応しいオーラを醸し出し、たちまち癒されたような気分になる。それこそが彼女の魅力なのだろう。実質俺もその部分に惚れ込んだのだから。一番の魅力は笑顔だがな。

 

 そんなアーシアの不安を取り除く為に、俺は彼女の吸い込まれそうになる瞳を覗き込み、心のそこから思ってる言葉を掛けた。

 

 「アーシア。何度も言うけど……俺はお前の事が好きだ」

 

 「ふ、ふぇ!?いいいいったい何を言ってるんですか!?」

 

 「何って、俺の気持ちを素直に伝えただけなんだが?」

 

 「~~~~~~!!」

 

 俺の場違いな発言にアーシアは目に見える程顔を赤くし、何やらブツブツと呟きながら狼狽えていた。

 

 いや俺だってこの状況で何言ってんだよって思うよ?でもアーシアにそんな陰がさしたような顔をしてほしくなくて、せめて俺が一番好きな笑顔を見せて欲しかったからあの一言を言ったんだが、思うようにいかなかったようだ。

 

 後ろで『惚気てんじゃねえよ、さっさと逝けよ、早くしろよ、そこで押し倒せよ』という恐ろしい独り言が聞こえてきた。二番目の台詞はどこかおかしい気がするし、最後にいたっては何を言っておられるのかまったく理解できない。これを支離滅裂と言うのだろうか。相変わらず恐ろしい人だ。

 

 「とにかくアーシア、俺がお前に惚れたっていうことには嘘偽りは無い。いきなりこんな事言われて気が動転してるって事も理解してる。ただ……この戦いが終わったら、返事をくれないか?」

 

 「イッセーそれ死亡フラグ」

 

 空気を壊すなぁぁぁあああああああああ!!

 

 さっきから何なんだよアンタは!?自分のやるべき事が終わったからって自由すぎるだろ!コッチは真剣にアーシアとこれからの事をーーーー

 

 「うだうだ言ってねーでとっとと行け。それとも俺が直々に逝かせてやろうか?」 

 

 「兵藤一誠、行って参ります!」

 

 未だビビっていながらも(大半は摩耶さんのせい)、俺は俺のけじめをつけるために元カノの方へ向かった。アーシアとは後でゆっくり話し合うとして、今は目の前の問題を片づけますか。そうしなければ俺の身が危ない。

 

 「あ、そうだイッセー。一つアドバイスをやろう」

 

 不意に摩耶さんがそんな事を口にし、皆の視線が思わず摩耶さんの方に惹かれる。誰だってどんな状況下でもアドバイスなんて物があれば耳に入れたいモノである。ていうかレイナーレにも聞かれてるけど大丈夫なのか?

 

 「大丈夫大丈夫。今から言うことがあのクソビッチに聞かれたからって支障をきたすことはねえよ」

  

 「な!誰がクソビッチよ誰が!」

 

 ビッチ呼ばわりされたレイナーレが思わず声を荒げ否定する。

 

 「いやだってそんな恰好してる女にビッチじゃないって言われてもなぁ……」

 

 確かに説得力が感じられない。今回ばかりは摩耶さんに激しく同意する。この人と感性が一致するなんてめったなことではないだろう。そのめったなことをレイナーレは引き出したのだ。ある意味恐ろしい相手だ。ていうか摩耶さんまた俺の心読んだな……いい加減驚かなくなってきた。

 

 「さて、横やりが入ったが話を続けるぞ」

 

 先程から『無視するな!コッチ見なさい!』などと叫んでいるレイナーレに耳を傾けず、摩耶さんが俺の方に向かって歩いてきた。そしてすれ違いさま、俺の肩に手を置くと同時に美形な顔を俺の頭部近くに接近させてきた。

 

 「金髪シスターちゃんの事を強く思い描け」

 

 「へ?」

 

 戦闘についての助言が飛んでくるかと思いきや、いきなり精神論を言い渡されたので思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。ていうかアーシアの事を想えって……普通諦めるなとかじゃないんですか?

 

 「神器はお前の想いに応えて進化する。お前が本当に金髪シスターちゃんを想ってるなら……神器はお前に力を分けてくれるさ」

 

 そう言って摩耶さんはアーシアの方まで歩いていき、『さっさと終わらせてくれよ~。こちとら早く寝たいんだ』と手を振りながら呟いた。

 

 欠伸をしている姿はさっきまで修羅を彷彿とさせた人物とは到底思えなかった。だが、今の摩耶さんの後ろ姿はどこか安心出来るような不思議な感覚があった。

 

 まるで兄貴がいたらこういう気持ちになるのかな……。

 

 「イッセーさん!」

 

 摩耶さんの向かう先にいる俺の想い人から名を呼ばれ、視線を思わずそちらに移す。

 

 アーシアは一瞬何かを言おうとしたが寸前でそれを噛み殺し、両手を強く握り締めて俯いた。そして彼女が顔を上げると、俺が彼女に惚れた一番の要因がそこにあった。

 

 「……絶対帰ってきて下さいね。私はまだ返事をしていないんですから」

 

 その一言と極めて可憐な笑顔は、俺のこの戦闘に対する思い入れを助長するには十分な物だった。いや……十分すぎる!

 

 「シャー!見てろよアーシア!今からあのクソビッチぶっ飛ばして俺に惚れさせてみせるからな!」

 

 遠くで『誰がクソビッチよ誰が!』なんて怒鳴り声が聞こえるが生憎今の俺はアーシアの事で頭がいっぱいなのだ。悪いがお前の為に割く頭は一ミリたりとも無い!

 

 そんな事を考えていた直後、俺の左手から眩い光が発生し、手のひらサイズでしかなかった『龍の手』は肘まで強固な鉄で包む立派な篭手になった。

 

 直後、『Boost!』という機械音が篭手から響き渡り、手の甲に着いている宝石が一際強い光を放つ。

 

 何だか分からないけど……不思議と力が上がっていくような気がする。これなら行ける!

 

 レイナーレ、元カノのお前を吹っ飛ばすのに迷いなんか微塵もねえ!速攻でケリつけてアーシアから告白の返事もらうんだからなー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何だアイツ。俺の助言より金髪シスターちゃんの返事の方が大事なのか?何か腹立つわ~」

 

 イッセーとレイナーレから少し離れた所で、摩耶とアーシアは二人の行く末を観ていた。

 

 先程から摩耶はイッセーの気合いの入りようが気に入らないと言ったように、ときたま怒りを孕んだ声で静かに呟いていた。

 

 しかし羨望の対象である男からのアドバイスより、惹かれている女からの返答どちらをとる?と問われたら断然後者を選ぶだろう。それが性欲の強いイッセーなら尚更だ。

 

 摩耶はイラついている態度を取りながらも、その表情には憂いに似た感情を浮かび上がらせている。

 

 彼はイッセーの左手に装備されている篭手を一瞥し、口角を段々と上げていく。それは摩耶の憂いを増幅させている事を意味していた。

 

 「あ、あの……」

 

 文字通り悪魔の笑みを浮かべている摩耶に、アーシアが恐る恐る声を掛ける。人一倍優しい心を持っている反面、人一倍気が弱い彼女にとって今の摩耶に声を掛ける事は中々出来た事ではなかった。

 

 「ん?何?」 

 

 しかし彼女は声を掛けた。理由は明白単純である。

 

 「イッセーさんは、勝てますか?」

 

 そう、眼前で戦っている悪魔の男の子を気にかけているが故にだ。

 

 初めて自分に出来た友達。そして自分の事を好きだと言ってくれた初めての男の人。

 

 初めに出会った時からアーシアは彼の事で頭がいっぱいだった。

 

 遠く離れた異国の地で自分の言語が通じないという絶望的な状況でありながらも、自分の使命を全うするために右往左往していた自分に手を差し伸べてくれた彼。教会の近くまで案内してもらい彼は学校があるため別れたが、その時からずっと彼の事を考えていた。

 

 また会えたらいいな。そんな事を考えながら彼女は自分の目的地へと歩を進めた。

 

 そして二人はそれ程時を待たずして再び邂逅した。最も、その場の状況はそれに見合った物ではなかったが。

 

 自分がフリードに暴力をふられ、その上操を強奪されそうになるまでの事態に陥ったとき、彼は一目散に自分を助けてくれた。

 

 その後ろ姿にアーシアは何故だか分からないが目を奪われ、イッセーの事を見つめる彼女の顔つきは恋する乙女のソレだった。

 

 そして彼が戦線から離脱し、彼の主である男がフリードと堕天使達を圧倒した。予想外の事態に陥った敵軍は一時撤退を図り、その隙に黄土色の髪を持つ男に逃げる事を催促され、ひとまず身を隠す事にした。

 

 再び途方に迷っていた時、彼女はまたもや彼の事を考えていた。自分の事を助けてくれた彼。一度ならず二度までも、彼は自分の事を助けてくれた。自分の身を省みずにだ。

 

 自分は聖教徒、彼は悪魔。立場は完全に敵対していようとも、彼自身を敵対視してはいない。もう一度彼に会いたい。そうすれば自分の抱える気持ちに気づくかもしれない。

 

 そんな事を考えていると、曲がり角で誰かにぶつかってしまった。彼の事ばかり考えてしまっていて、目の前を注視していなかった。これは明らかに自分の落ち度だ。謝罪の言葉を口にしようと顔を上げた先には、

 

 彼だ。自分の事を二度に渡って助けてくれた男の子。彼も自分とこんな所で会えるとは思っていなかったのか、その表情には驚愕の色が見て取れた。

 

 その後彼と色んな所を見て回り、時には遊んで、時には食事をしてと、何時になく楽しい時間を過ごしていた。

 

 そして休憩がてら公園のベンチで座っていた時、彼が自分の肩を掴んで何かを言おうとしていた時だった。

 

 あの時の彼の表情は真剣そのものでその表情を見たとたん、彼女の中でくすぶっていた感情の正体を悟った。

 

 

 

 自分は、この人の事を好いているのだと。

 

 

 

 目の前の少年に恋心を抱き、そのせいで彼のことをずっと考えていたことにも納得がいった。

 

 だが……だからこそ。彼を危険な目に合わせたくなかった。

 

 だからあの場に現れたレイナーレについていき、彼から離れる事を決めた。

 

 胸が張り裂けるぐらいに痛かった。だが、目の前で彼が痛めつけられるのを目の当たりにするぐらいなら、コッチの方が断然マシだ。

 

 もう二度と会うことはないだろう。そんな事さえ思っていた。だが、人生という物はそんな簡単に決められる物ではなかったようだ。

 

 彼が来た。自分を助けに来た。十字架に磔にされている状態で彼女が見た光景は他でもない意中の男性の姿だ。

 

 別れた時より一層胸の痛みを感じた。ただあの時と違うのはその痛みを伴う原因となった感情が嬉しさによる物だということだ。

 

 それから紆余曲折あったが最終的に自分は助かり、彼は全ての決着をつけるためにレイナーレに向かっていった。心配になるのは当然の事だ。

 

 そして答えを知るであろう彼の主である男は、アーシアからの問いに答えた。

 

 「そーだねー。7:3でイッセーかな?」

 

 「か、かな!?かなって何ですか、かなって!?どうしてそこで疑問系になるんですか!?」

 

 「いやだって正直言って戦闘経験とか力の使い方は断然向こうの方が上だし、イッセーは自分の命が懸かった真剣勝負っていうやつは初めてだしな」

 

 「だったらどうしてイッセーさんが戦わなくちゃいけないんですか!」

 

 期待してたような返答は帰ってこず、寧ろ最悪と言っていい程の答えが帰ってきたことに、アーシアは動揺を隠せなかった。

 

 因みに完全に余談ではあるが、命懸けの戦いなら既にフリードとの対決で経験済みのイッセーである。最も、たった一戦だけなのだが。

 

 「落ち着きなよ。何もイッセーが負けるとは言ってないじゃない」

 

 「それは……そうですけど」

 

 そんな曖昧な答えより、彼の身の安全が保障されているという確約が欲しかった。

 

 そんな彼女とは裏腹に、イッセーの主である摩耶は先程から溢れ出る感情を抑えきる事が出来ず、彼女に聞かれないように声を押し殺して笑っていた。

 

 そしてもう一度、必死の戦闘を行っている我が兵士に装備されている篭手を見て、心の中で呟く。

 

 さあ、俺に見せてくれよイッセー。

 

 

 

 "白"と同等の力を持っていると言われている実力をーーーー!

 

 

 

 明らかに戦闘狂(バトルジャンキー)の思考をしている摩耶は、赤色の篭手から視線を自分の兵士であるイッセーに移す。そして再び獰猛な笑みを浮かべる。

 

 摩耶はこの勝負を7:3と言ったが、それでも控えめに見た方だろう、と密かにイッセーに期待を抱いていた。

 

 

 

 

 




 摩「久しぶりだわ~ここに出てくるの」

 ア「いったい何のことを言ってるんですか?」

 摩「そういや君はここ来るの初めてなんじゃない?」

 ア「へ?」

 摩「いやいやゴメン、何でもないんだ」

 次元をも超越した言葉を吐く摩耶であった。


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元カノぶっ飛ばします!

やっと……やっと投稿できた。これも全てあの憎たらしいホームワークのせい。夏休みが終わったのに終わらせてない自分が悪いんですけどw

てなわけでようやく投稿できました!これからは本当に早く投稿できるようにしよう。


 「下級悪魔の分際で私に勝てると思ってるの!?」

 

 はるか上空から文字通り『必殺』の槍が俺に目掛けて降り注いでくる。何故必殺なのかと言うと、俺達悪魔にとって光は害なのだ。かすっただけでもかなりの激痛が襲う。

 

 まだ俺が人間だった時にアレを一度くらったがために二度とあれはくらいたくない。だって凄く痛いんだもん。アレのせいで俺は死んで悪魔になって摩耶さんの下僕になってアーシアに出会って新たな恋に目覚めたんだ。

 

 ………………。

 

 あれ?よくよく考えたら死んでからの生活の方が充実してないか?それはそれで悲しいんですけど……。

 

 「チョロチョロ動き回ってないでさっさと死になさい!」

 

 戦闘には一切関係のない事を考えていた刹那、すぐ目の前に光の槍が投擲され、その際に発生した衝撃波で後方に吹っ飛ばされる。

 

 「ぐおっ!」

 

 背中から地面に叩きつけられ肺から空気が一気に排出される。やべぇ……あと一歩踏み出してたらやられてた。

 

 「ほらほらイッセー頑張ってー。早くしないと蜂の巣にされちまうぞ~。あ、この場合は串刺しの方がいいのかな……どう思うイッセー?」

 

 「知るかぁぁぁぁあああああああああ!!」

 

 遠くから聞こえてくる応援とは程遠い言葉が俺の精神を一気に覚醒させる。このいい加減な台詞を言っているのは間違い無く我が主だ。

 

 ムカつく!あの人すげームカつく!俺が必死に戦ってるのにやられるコトが前提で話を進めてやがる。絶対アンタの度肝抜くぐらいの戦い繰り広げてやるからな!

 

 『Boost!』

 

 再び俺の左手ーーーー正確にはその腕に装着されている篭手ーーーーから聞こえてくる機械音。

 

 さっきから気になってたんだけどこれ何の音なんだろう?この音が響く度に不思議と体が軽くなっていくような気がする。後何故か摩耶さんがニヤついてるし。

 

 「あらあらどうしたの?逃げ回ってるだけじゃ私を倒すことなんて出来ないわよ?まあ、あなたみたいな下級悪魔が私を倒すなんてこと事態不可能なんだけど♪」

 

 言ってろクソビッチ。その減らず口二度と叩けないようにしてやる。

 

 とはいえ、確かに戦況は拙いわけで、レイナーレはカラスを彷彿とさせる翼をはためかせて空中で静止しており、こちらの攻撃が届かない。向こうは光の槍を躊躇なしに投擲してくるので、避ける作業だけで精一杯な始末。俺にも何か飛び道具があればいいんだけど、無い物ねだりしても仕方がない。

 

 何とかして地上に降ろしたいところなんだけど……さてどうするか。

 

 こっちも翼出して同じ土俵で戦うか?いや無理だ。俺はまだ翼で飛ぶ方法を知らない。付け焼き刃な技術で戦りあっても負けるのが目に見えてる。

 

 くそったれ、八方塞がりとは正にこのコトか……マジでどうしよう。

 

 「イッセー!しゃあないから助言くれてやる!」

 

 遠方からとても頼りになる言葉が掛けられる。ありがてぇ!あれだけ啖呵きっといて情けない話だけど利用できるモンは全部利用して、

 

 「お前がやられたら俺が後始末しとくから思いっきりやれ、特攻だ!」

 

 だから何故あの人は俺がやられる前提で話を進めるのか。

 

 「イヤですよそんなの!」

 

 「そうですよ!私まだイッセーさんに返事してないんですからそんなコトになったら……困るんです……はぅ」

 

 アーシアは自分が何を口走ったのかを理解した瞬間顔を真っ赤にして俯いた。

 

 カワイイ!あの子のああいう一つ一つの仕草が堪らなくカワイイ!アレを見るためなら俺はどんな死地にだって赴いてみせる!

 

 「そうゆう訳だから覚悟しろレイナーレ!お前は俺がぶっ飛ばす!」

 

 「結局特攻なんじゃねえか」

 

 後ろから何か不愉快そうな声が聞こえてくるが気にしない。今の俺にはアイツを倒すことしか頭にないんだからな!

 

 「あらあら、真っ正面から向かってくるなんてナメられたものね。だったらお望み通りに殺してあげる!」

 

 明らかに昂ぶっているレイナーレはそう言うと両手に光の槍を生成し始め、完成した直後俺の命を刈り取ろうとその『必殺』を投擲する。

 

 俺はそれに当たらないように細心の注意をはらいながらレイナーレ目掛けて突貫する。槍が落ちてくるであろう場所に目星をつけ、そこを通過する際には走るスピードに緩急をつけて相手の狙いをずらす。

 

 だがやはり戦闘経験は向こうが圧倒的に多いせいか、それを見越して相手は狙いを修正していく。そのせいで避けれたはずであろう槍は完璧には避けきれず、俺の腕や足に切り傷を作る形となってしまった。

 

 正直言ってマジ痛い。ぶっ刺さっていないのにも関わらずこのダメージだ。急所なんかに刺さった時なんかは恐らく俺の身体が消滅するだろう。それほどのエネルギーを感じる。

 

 思わず漏れてしまいそうになる苦痛の声を噛み殺したまま前に進み、遂に制空権を所持しているレイナーレの真下に到達した。

 

 「そこから一体どうする気?」

 

 レイナーレの余裕な声が上から届いてくる。確かにここまで来たのはいいが相手ははるか、とまでは言わないが結構な高さで陣取ってる。あそこまで跳ぶのは今の俺にとっては至難の業だ。

 

 ーーーーだけど俺にはこれしか出来ねぇ!だからやる!

 

 『Boost!』

 

 俺の決意に応えてくれたかのように篭手から三度目になる機械音を耳にする。それと同時に力が膨れ上がっていくかのような感覚。

 

 「おおぉぉぉおおああああ!!」

 

 咆哮を上げ、足下にクレーターを作るかの勢いで地面を蹴りあげレイナーレに接近する。

 

 「なっ……!?」 

 

 流石のレイナーレのこの展開は読んでいなかったのか、珍しく驚愕を露わにした。

 

 後少し、後少しで届く……!

 

 目的の堕天使を掴まえるために、左手をこれでもかという程伸ばす。だが、

 

 

 

 俺の指先が微かにレイナーレのつま先に触れるという情けない結果となってしまった。

 

 

 

 「クッ!」 

 

 俺の体は物理法則に従って少しずつ下に落ちていっている。視界に映るのは安堵と嘲笑が入り混じったような表情をするレイナーレ。このまま地面に落ちてしまえば俺の勝機は皆無だろう。アーシアの返事を聞けないまま死んでいくなんて……。

 

 「嫌に決まってるだろうがぁぁぁあああああ!」

 

 とっさに背中から翼をはためかせ、視線は尚もレイナーレに向ける。

 

 「そこから一体何が出来るっていうの!?」

 

 レイナーレの勝利を確信したかのような質疑に、俺はすかさず応答した。

 

 「テメェをぶっ飛ばすんだよクソビッチ!」

 

 ビッチ呼ばわりされたレイナーレは怒りで顔を真っ赤に染め上げ、その手に光の槍を生成し始める。

 

 アレがマトモに当たったらやっぱくそ痛いんだろうな~。正直言って戦り合いたくない。女を殴るコトに関しては一切の遠慮はない。だってアイツは俺を殺した張本人だし、今じゃ赤の他人だ。一応元カノっていう設定はあるが……。

 

 よし決めた。背に腹は代えられない。覚悟決めよう。どんな結果になろうが俺はとことんあの女と戦ってーーーー。

 

 「いや俺には勝つしか選択肢残されてないからぁああああああああ!」

 

 どんな結果になってもだと?冗談じゃない!俺にはアーシアからの返答を聞くというある意味この戦闘より緊張感のあるイベントを過ごさなきゃならんのだ!そのためには、

 

 「お前は邪魔なんだぁ!」

 

 俺は瞬時にレイナーレとの距離を詰め、彼女のガラス細工で出来たような美脚を掴む。

 

 「なっ……」

 

 そして彼女が驚嘆の声をあげると同時に足を掴んでいる腕を振り下ろし、天を飛翔していた堕天使を地に落とすコトに成功した。

 

 俺には翼で飛ぶ技術はまだ無い。だが、ほんの一瞬だけ浮かぶコトだったら出来る。それを空中で行って、レイナーレとの距離を無理矢理詰めたのだ。

 

 おかげで無様に地面に着地するコトになってしまったのだが。ーーーー思いっきり頭から落ちました。

 

 「ハア……ハア……よくもやってくれたわねこの下級悪魔が!」

 

 端正なツラは所々汚れており、憤怒でその顔をより一層歪ませる。その姿は正に悪魔のそれだ。背中から生えている物が俺とは違うがな。

 

 結構高い位置から落ちたというのに、俺の身体には目立った外傷がそれほどなかった。この現状を見て、改めて悪魔になってよかったと思ってしまう。レイナーレの方もそんなに目立った外傷は無いように思えるが……。

 

 「もういいわ!じっくりとなぶり殺しにしようかと思ってたけどチャッチャと殺してあげる!」

 

 レイナーレは怒気を孕んだ声でそう宣言すると、生成した槍を投げるのではなく、手に持ったまま俺の方へ走ってきた。

 

 まさかとは思うけど白兵戦か!?アイツ近距離戦闘も出来るのかよ!?

 

 レイナーレは瞬時に俺に肉迫し、『必殺』の威力を持つ槍を刺突してくる。

 

 幸いと言っていいのか、さっき無茶な跳躍をしてしまったせいで足に力が入らず、地に膝を着けたと同時に俺の頭上を槍が通過する。

 

 鼓膜に鋭利な物が空気を切り裂く音が届き、死が一歩手前まで来ているコトを知らせる。

 

 やべぇ。今の攻撃がモロに当たってたら……。

 

 直後、ただならぬ殺気を肌で感じ、視線を上げると槍を振りかぶっているレイナーレの姿が映った。

 

 ヤバい……殺られる!

 

 とっさに俺は襲いかかってくる槍を防ごうと右手を前に突き出す。

 

 しかしそれで防げる訳がなく、槍は何事もなかったかのように俺の右手に風穴を作った。

 

 「ぐ、がぁぁぁぁああああああああ!」

 

 身が焼かれるような激痛が俺の体を走り、思わず意識を手放しそうになってしまう。

 

 これは……予想以上だわ。気合いで耐えれると思ったけれど、そう簡単にはいかなかったや。だいたい光って俺達悪魔にとって毒な訳だし、さっきまで『必殺』の威力だってコトを理解してたじゃないか。

 

 遠くでアーシアが涙声で何かを叫んでいるのが聞こえてくるが、ダメージのせいで声がよく聞き取れない。

 

 アーシア……本当にお前のコトが好きだったよ。もう一度お前の笑顔が見たかったのに、最後の最後でその顔を悲しみに染めちまった。本当に……情けねぇな、俺。

 

 悔しいけど、アーシアのコトは摩耶さんに任せよう。あの人なんだかんだ言っていい人だし、きっとアーシアのコトを笑顔に出来る。アーシアだって摩耶さんなら、きっと心を開くに違いない。

 

 俺は一大決心にも似た諦めをつけると、全てを終わらせて休みたいが為に目を閉じようとし、

 

 

 

 ーーーー自分が窮地に陥ったからといって、簡単に他人からの手にすがろうとするな。

 

 

 

 摩耶さんに言われた言葉を思い出した。

 

 そうだ、あの時確かに決めたんだ。俺がケジメをつけるって。俺一人でやり遂げてみせるんだって……!

 

 さっきまで手放しそうになった意識をなんとかつなぎ止め、槍に刺さっている手をそのまま前に動かし、レイナーレの腕を掴んだ。

 

 「……ッ!アンタまだ!?」 

 

 レイナーレが何か叫んだように聞こえたが、生憎俺はレイナーレに意識を向けちゃいない。

 

 だってやっぱこの槍めさくさ痛いんだもん!さっきまでは意識が朦朧としてたからそんなに痛みは感じなかったが、今は意識がより鮮明化しているから再び身が焼けるような痛みが俺を襲ってきてるんだもん!

 

 でも止まれねぇ。止まっちゃいけねぇ。ここで止まるわけにはいかねぇ。お前は今ここで、この俺様が、

 

 「ぶっとばす!」

 

 『Boost!』

 

 篭手から何度目かの機械音が鳴り響くと同時に、世界が反転するくらい頭を大きく反らし、視界に何も映らない程の速さで頭を振り下ろした。

 

 「ガッ……!」    

 

 俺の頭突きがレイナーレの顔面を綺麗に捉え、彼女の顔を歪めた。比喩とかじゃなくて本当に。

 

 とはいえ頭突きをかました俺の方もかなりキツい。頭の中から直接頭蓋骨を叩かれてるような感覚だ。

 

 痛いだろうレイナーレ。俺も痛かったんだ、今のお前が抱いてる気持ちは誰よりも分かってやれるつもりさ。なんせ俺もやられたんだからな……一番尊敬してる人に。

 

 ただ俺とお前の違いは、やられた相手がどうでもいい奴かそうじゃないかだけだ。でもその僅かな違いがお前にかなりの傷を負わせるコトになるっていうのを教えてやる!

 

 永遠に近い感覚で流れていた頭痛を気力で押さえ込み、今もなおたたらを踏んでいるレイナーレに向かって左拳を叩き込もうとする。

 

 「ひっ!」

 

 直前で気付いたレイナーレが女の子らしい悲鳴を上げたが、今更勢いを緩める気はない。これで全てを終わらせる!

 

 自分でも信じられないくらいの速度で篭手を装備した左腕がレイナーレに突貫し、

 

 「ふっ飛べこのクソ天使ぃぃぃいいいい!」

 

 柔らかい肉を叩いた感触が左手の骨から伝道し、それが元カノをはるか前方にぶっ飛ばしたというコトを理解するには充分な刺激だった。

 

 レイナーレは背中を壁にぶつけ、そのままズルズルと地面に伏していった。

 

 ようやく……終わったぁ。

 

 念願の決着をつけるコトが出来たからか、それとも無事生き延びるコトが出来た安堵からか、自分の何かがプツンと切れた感覚がした。

 

 遠くでアーシアが俺の名を呼んでいる気がしたのでとりあえず左手を天にかざしてみたが、それを最後に俺は意識を完全に手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……セーさん!しっかりして下さいイッセーさん!」

 

 どれくらい、眠っていたのだろうか。

 

 気がつけばアーシアが身を乗り出して俺のコトを看ていてくれて、その隣では摩耶さんが面白いものが観れたと言わんばかりに笑っていた。

 

 アーシアの優しさには相変わらず癒されるが、摩耶さんの俺に対する扱いがさっきからヒドい。この人絶対人の不幸は蜜の味とか言うタイプの人だよ。簡単にいったら絶対Sだよ。

 

 「いや俺はSなんかじゃねえよ。ただの戦闘狂だ」

 

 うわぉ、久々に出た読心術。相変わらずその的確率には舌を巻く。しかし自分で自分を戦闘狂だって言うのはどうなのだろうか。それから自堕落というのを忘れていると思う。

 

 「イッセーさん!よかったぁ、目を覚ましてくれて。もしイッセーさんが起きてくれなかったら私……」

 

 「アーシア……」

 

 胸のあたりに温かい水滴が落ちてくるのが伝わってくる。だから……アーシアにはそんな顔は似合わないっての。

 

 「アーシア、笑ってくれよ」

 

 「イッセーさん……」

 

 「俺はさ、お前の笑顔に惹かれちまったんだ。だからさ……涙なんか拭いて俺に笑顔見せてくれよ」

 

 アーシアの頭を撫でながら俺は静かに懇願する。絹糸のような金髪が俺の手をくすぐってくるような気がして少しこしょばい。

 

 「……はい!イッセーさん!」

 アーシアは手の甲で涙を拭うと、宝石よりも価値があるであろう笑顔を向けてきた。悪魔で俺の価値観でだけど、誰にも否定はさせないね。 

 

 俺もアーシアに笑顔を向け、そのまま数秒互いを見つめ合った。

 

 こ、このままいけばまさか……キスとか出来るんじゃねえか!?

 

 心臓の音が聞こえるくらいせ静寂が俺とアーシアを包む。

 

 ヤバイヤバイヤバイこれはヤバイ!めさくさ緊張する!レイナーレとデートに行ってた時よりも心臓がバクバクしてる。気のせいかアーシアまで頬を赤く染めてるし!

 

 「イッセーさん……」

 

 「アーシア……」

 

 アーシアから甘い声が発せられ、それと平行して彼女に吸い寄せられるように顔を近付ける。

 

 アーシアもゆっくりと目を瞑り、互いの影が段々と近付いてーーーー

 

 「あのさぁ、おたくら見せつけてんの?それは俺に対する当てつけですか?そういうのは二人きりの時にしてくんない?」 

 

 摩耶さんの一言で一気に現実へ引き戻された。

 

 途端に俺達は凄まじい速度で距離を取り、お互いが明後日の方向を向いていた。

 

 何でアソコで口開くんだよ摩耶さん!あのまま行けばハッピーな展開は確実でしょうが!

 

 「あーやだやだ。周りに気を使わず自分達だけの世界に入るんだからな~。これだからリア充は」

 

 摩耶さんが怨念にも似た独り言をわざと聞こえるぐらいの大きさで呟く。

 

 タチ悪!そして腹立つ!そしてそれに連動して顔を赤くするアーシア可愛い!

 

 「なあイッセー」

 

 さっきとはうってかわって真面目な口調で俺に話しかけた摩耶さんは、遠くで気絶しているレイナーレを見ながら俺に問う。

 

 「ーーーーケジメはつけれたか?」

 

 それは、俺が悪魔になって、そしてこの人の前で初めてきった啖呵。そして俺の目標にも似た何かだった。

 

 あれからそんなに長い時間は経ってないのに、もうここまで来ちまったのか。

 

 いや、ようやくここまで来れたんだ。だからこれぐらいで満足せず、更に前を歩くとしよう。

 

 俺はアーシアの所までゆっくりと詰め寄り、彼女の双眸を覗き込んで答えた。

 

 「ーーーーつけれたに決まってるじゃないですか!」

 

 「……かっかっか!そうかいそうかい!」

 

 本当に心の底から楽しそうに摩耶さんは笑った。そして、俺の目の前に拳を突き出してきた。

 

 俺は一瞬何をすればいいか分からず戸惑ったものの、こういう時にするコトなんて決まってるようなもんだった。

 

 右手で握り拳が作ろうとしたが風穴が空いているのを忘れていたため、鋭い痛みが走ってきた。しばらくは飯も満足に食えそうもないな。

 

 俺は改めて左手で握り拳を作り、目の前で笑っているーーーー今度は兄貴のような優しい笑みーーーー尊敬している人の拳に、

 

 自分の握り拳をコツン、と当てた。




イ「そういえば摩耶さん今までどこにいたんですか?」

摩「溝に足つっこんでケガして動けなかった」

イ「は?」

摩「溝に足つっこんでケガして動けなかった」

イ「いやそれ絶対嘘ですよね!何でそこで嘘つくんですか!ちょっと聞いてます!?」

これが相談部の日常


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これからの日々、今までの日々

「あ!ダークポケモンがいるわ!」
そんなコトを言う女の子と旅をするゲームをまた始めだした今日この頃。
そしてサブタイトルがもう限界。これからは『~ます!』じゃなくなるかもしれません。ある程度はがんばりますけど……


 「ア、アーシア・アルジェントです!これからは相談部の皆様と共に活動させて頂きます!よろしくお願いします!」

 

 「アーシアちゃんカタい、カタすぎるよ。もう少し柔軟になっても俺はいいと思うけどな~。それから皆様とか言ってるけど、他のメンバー俺とイッセーしかいないからね?」

 

 相談部部室内でアーシアの律儀な自己紹介が終わり、摩耶さんがそれに口出しする。俺も一瞬そう思ってしまったが、それがアーシアの魅力でもあるのだから仕方がない。仕方がないと思うな!うん!

 

 ーーーーあの戦いから少ししたある日、アーシアが正式に駒王学園に転入するコトになった。

 

 なんでも摩耶さんがリアス先輩にそうしてくれるように頼み込んだとか。

 

 因みにリアス先輩もあの教会の外で堕天使達と死闘を繰り広げていたとのコトだった。知らない間に色んな人に迷惑掛けてたんだな、俺。

 

 それから教会の中で俺と摩耶さんはリアス先輩からたっぷりとお説教を喰らった。

 

 あの教会は俺達ーーーー殆ど俺と摩耶さんーーーーが暴れまくったせいで戦地後のような殺伐とした建物になってしまった。ありとあらゆる所に亀裂が入っており、少しさわっただけで壁はボロボロと崩れ落ち、床は少し歩いただけで新たな亀裂が生まれる始末。

 

 このままでは教会自体が崩壊しかねないので、仕方なくその場にいた全員で修復作業に取りかかった。神を拝める為にある教会を悪魔に破壊された、なんてコトが知れ渡ったら戦争になるかもしれないからだそうだ。

 

 その張本人である摩耶さんは少し手伝った後にすぐ寝てしまった。もっとも、小猫ちゃんに蹴り起こされていたが……。

 

 因みにその修復作業中、小猫ちゃんはずっと摩耶さんの後ろをついて回っていた。摩耶さんと一緒に瓦礫の処理をしたり、セメントを壁に塗るのも一緒にやっていた。……ついでに摩耶さんが寝始めたら起こしたりもしていた。

 

 その様子をオカ研の皆様は温かい目で見守っていた。まるで娘の恋が成就してほしいと願う親のような感じで。

 

 ……ていうか小猫ちゃんあれだよね。絶対摩耶さんに惚れてるよね。摩耶さんの後をついていく姿なんて愛しい飼い主を追い掛ける猫のような感じだったし。それを口に出したら小猫ちゃんに蹴り飛ばされてしまったが……。

 

 でも摩耶さんは小猫ちゃんからの好意に気付いていないらしく、その後もただ普通に作業をこなすだけだった。小猫ちゃんも『どうして気付いてくれないんですか……』と独り言のように呟いた後、ソッポを向いて帰路についてしまった。

 

 後に女性陣から摩耶さんは罵詈雑言を浴びせられ、その場で正座をするというカッコ悪いコト極まりない事態に陥っていた。はぐれ神父達と戦っていた時に感じた修羅のような雰囲気が微塵もなかった。

 

 それにしても何で摩耶さんは小猫ちゃんの好意に気付かないんだろう。あの人読心術とか観察眼なんかは人一倍すごいのに、どうして自分に向けられている感情を察するコトが出来ないんだろうか。

 

 などと呆れつつ、教会での出来事を鮮明に思い出していたら、アーシアが突然目に涙を浮かべ始めた……て、ウェ!?

 

 「ど、どうしたんだよアーシア!いきなり泣き出したりなんかして……そんなにこの部活に入りたくなかったのか?」

 

 「いえ、そうじゃなくて……今この瞬間が本当に幸せだな~と思いまして。そしたら急に涙が……」

 

 「何だろう、軽くディスられた気がする」

 

 アーシアが涙を拭いながら俺達に笑顔を振りまく。だがその表情には少し硬さがあり、何かを隠しているように俺は思えた。摩耶さんに関してはノーコメントで。

 

 「それで?過去に何かあったりした?」

 

 摩耶さんもその笑顔の裏にあるものに気がついたのか、アーシアに問い掛けた。俺に感じ取れるコトが、この人に感じ取れないはずないもんな。出来れば小猫ちゃんからの好意にも気づいてほしいものだが……。

 

 アーシアは笑顔を崩した後、顔をうつむかせ、今まで何があったのかを話し始めた。

 

 アーシアが持っている神器の名前は『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』と言うらしく、能力はケガを治すという回復系の物らしい。

 

 この神器の特性とアーシアの困っている人を見かけたら放っておけない、という優しい性格が合わさってか、彼女は教会の連中から『聖女』と呼ばれていたという。

 

 だがある日、アーシアは目の前で傷ついていた悪魔を治療した。それが教会の連中に知られてしまい、天敵である悪魔を助けるとは何事だ、というコトでアーシアは『魔女』という不名誉な烙印を押されてしまったらしい。

 

 アーシアの心優しい性格が、その場では逆効果になってしまったのだ。アーシアはただ、自分の信念に従って行動しただけだというのに。

 

 家族もいない。友達もいない。文字通り天涯孤独の身でアーシアはこれまでの人生を過ごしてきたのだ。その重圧は、俺のようなやつには到底計り知れない。

 

 「なんだよそれ……向こうが『聖女』とか勝手に祭り上げといてテメェらに不都合なコトがあったら簡単に切り捨てるのかよ!ざけんなよ!」

 

 「アーシアちゃんにキレても問題は解決しねぇよ。少し頭冷やせイッセー」

 

 「あ……」

 

 アーシアは未だ顔を伏せており、前髪で顔が隠れているため表情が読み取れない。肩を震わせているので、俺は彼女が泣いていると思った。

 

 「ご、ごめんアーシア」

 

 「いえ、いいんです。もう過去の出来事ですし、さっき言ったとおり今は幸せですから」

 

 「確かに教会の奴らは性根が腐ってやがる。アーシアちゃんみたいな年端もいかない少女を平然と捨てやがるんだからな……反吐が出る」

 

 最後の一言はいつものふざけたような口調ではなく、戦っていた時のソレでもなかった。

 

 もっともっと深くて、暗い。正に『闇』と言っても過言ではない程の威圧感を醸し出していた。

 

 「摩耶……さん?」

 

 「……ああ、何もない何もないぞ。気にするなイッセー」

 

 いつもの調子に戻った摩耶さんは目の前のテーブルに置いてある湯呑みを掴み上げ、そのまま自分の口へ持って行った。

 

 この人にも恐らく過去に何かあったのかもしれないが……本人が何もないと言っているのだから今の所は気にしないようにする。だが……いつかは言ってほしいと思う自分がどこかにいる。

 

 この人のコトをちゃんと知った上で、俺はこの人に並べるようになりたいんだ。いや、知らなければ並べない。だから、あの人からそのコトを告げられるまでの男になってみせる!

 

 「ところで話は変わるんだけどよ……」

 

 いつの間にか湯呑みを口から離した摩耶さんが俺とアーシアに目線を送り、

 

 

 

 「アーシアちゃんってイッセーに告白の返事したの?」

 

 

 

 ーーーー今までのおもぐるしい空気が一変して別の意味でおもぐるしい空気を作る要因を口にした。

 

 心臓の鼓動が一気に速くなる。バクンバクン、と太鼓を乱打されたように激しい音が自分でも聞こえる程に。

 

 そうだった。今の今まで忘れてたけどアーシアからの返事ってまだ貰ってないじゃん!レイナーレと戦ってた時はキッチリ覚えてたけど、あの後アーシアの笑顔を見れただけで胸がいっぱいだったからすっかり忘れていた!

 

 ヤベェヤベェヤベェヤベェ、メチャクチャ緊張する。どうしよう、断られたりしたら俺身投げする自信あるわ。いやマジで。

 

 「……イッセーさん」

 

 「は、はい!」

 

 思わず声がうらがえってしまい、自分が起こした醜態を自覚して更に顔が熱くなる。

 

 「私は教会の皆さんには未だ敵意を向けられています。『魔女』というあだ名のせいで周りから非難させるかもしれません。……もちろんイッセーさんも」

 

 それでも、とアーシアは一度区切って、

 

 「それでも私はーーーーイッセーさんの側にいてもいいんでしょうか?」

 

 「当たり前だ!」

 

 ようやく顔を上げたアーシアはーーーーやはり泣いていた。目から滝のように涙を溢れさせ、顔もくしゃくしゃな表情になっていた。

 

 「俺はお前を独りになんかしない!ずっとずっと俺が側にいる!お前を支えてやる!だからアーシアも俺の側にいろ!絶対幸せにしてみせるから!」

 

 アーシアは言質を取った途端、涙を含んだ目を大きく見開き、また泣きそうな顔になると俺の胸に顔をうずめてきた。

 

 「……ずっと、ずっと一緒にいます。イッセーさんと一緒にいます。側に……います」

 

 制服の胸の辺りに温かい水滴が染み込んでくる。アーシアがそれ程涙を流しているという証拠だ。さすがにこれ以上泣かす訳にはいかないよな。

 

 「……アーシア」

 

 俺は愛しい女の子の名前を呟き、俺の胸から彼女の顔を離す。

 

 「イッセーさん……」

 

 視界にアーシアが入る。いや、もはやアーシアしか入っていない。

 

 目は泣きすぎたせいか赤くなっており、彼女の端正な容貌が台無しになってしまっている。けれど、アーシアに対する俺の評価は変わらない。

 

 俺はアーシアのその美貌に自分の顔を近付ける。俺が何をしようとしているのかを察したのか、アーシアも目を閉じてその瞬間を待った。

 

 俺の唇とアーシアの唇が誰かに一押しされたら重なるといった所で、

 

 「『ダメよ!ここは保健室なのよ!誰か来たら大変じゃない!』『そんなコト言ってる割にはお前も嫌がっている素振りを見せないじゃないか……期待しているんだろ?』『そ、そんなコトあるわけ……アッ!』」

 

 摩耶さんが読んでいる漫画のページを急に朗読し始めた。

 

 その場面が丁度俺達のやろうとしていたコトと似ているので恥ずかしくなった俺は思わずアーシアと距離をとる。アーシアも思うところがあったのか、顔を真っ赤にして明後日の方向を向いている。

 

 今思い出したけどここって元保健室だったんだっけ……ていうかその漫画絶対未成年が読む代物じゃないでしょう!

 

 「それにしても我が天童眷属も今やメンバーが三人になったのか……早いもんだな」 

  

 「え、三人?誰か新入りが入ったんですか?」

 

 摩耶さんがとても気になるコトを口にしたので、俺は思わず摩耶さんにそのコトを訊ねる。……まだ顔が熱い、絶対俺の顔真っ赤だよ今。

 

 「誰って……目の前にいるじゃねえか」

 

 「目の前ってーーーーまさか!?」

 

 「はい。そのまさかなんです」

 

 そう言った途端アーシアの背中から俺と同じ悪魔を彷彿とさせる翼が生えた。……いやアレ悪魔の翼じゃん!

 

 「アーシア、悪魔になったのか!?」

 

 「はい。イッセーさんと同じになりたくて部長さんに頼みました」

 

 「因みに使った駒は『僧侶』だ。あとアーシアちゃん。これからは俺のコト摩耶って呼んでくれるとうれしいな~」

 

 「分かりました。えと……マヤさん?」

 

 「発音が少し可笑しいけど……この際目を瞑ろうか」

   

 俺の知らない間で摩耶さんとアーシアが着実に友好関係を築いていた。 

 

 俺が可笑しいの?今この状況についていけてない俺が可笑しいの?

 

 「アーシアちゃんは一応留学生ってコトになってるからホームステイという理由で住居先決められるけど、どこがいい?」

 

 「イッセーさんのお家がいいです!」

 

 なにやらとんでもないコトまで決定してしまったらしい。俺とアーシアが一緒に住むっていうーーーー

 

 「ええぇぇぇぇえええええ!?」

 

 「奇声上げるなよイッセー。いいじゃねえか、好きな女の子と一つ屋根の下なんざ今時漫画の世界ぐらいでしかありえねぇんだぞ」

 

 「い、いやでも……!」

 

 アーシアと一つ屋根の下なんて俺の理性が保てるかどうか分からない。そういうのはもっと俺達自身が大人になってから……。

 

 「イッセーさん」

 

 アーシアが不意に俺の服の袖を掴み、上目遣いで訴えてきた。

 

 「ダメ……でしょうか?」

 

 「全然いい!大丈夫!すぐ住もう今住もう!」

 

 「案外チョロいなお前」

 

 摩耶さんが何か言っているが聞こえない。男がどれだけの思いで決意したとしても、女の子の前ではどうにもならないコトもあるのだ。

 

 「という訳で摩耶さん!俺これからアーシア連れて親説得しないと駄目なんでもう帰ります。お疲れさんした!」

 

 「え……い、イッセーさぁぁぁん!?」

 

 俺はアーシアの手を取り、すぐさま部室から出て家へと帰宅するためいつもの帰り道を猛然と走り抜ける。

 

 俺にとって今この瞬間がなにより大切な時間だと、アーシアの手の温もりから思った。

 

 絶対にこの子を守り抜く。

 

 部室を出て行く最中、摩耶さんが優しい笑みを浮かべていた気がするが、真実は不明だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「イッセーの奴ハリキリすぎだろ。まあ、好きな子と一緒に住めるようになるんだから仕方ねぇか」

 

 自分しか居なくなった部室で摩耶はどこか呆れたようにそう呟き、手元にある湯呑みを自分の口へと持って行く。

 

 正直言って、自分がこんな風に楽しい人生を過ごせるとは思っていなかった。

 

 悪魔の世界に身を置いている理由すら特には無い。普通な日々を過ごし、偶に強い奴と戦う。それだけが自分の日常だと思っていた時があった。

 

 だが、それは違った。摩耶が思っていたようなコトは、全てこの駒王学園に入学してから変えられた。

 

 同じ悪魔の同級生ができ、後輩まで増えて、更には自分の下僕すら持つようになった始末。摩耶にとってはその日々がどれも予想の斜め上を行くものだったが、不思議と悪い気分じゃなかった。

 

 いつの間にか自分は皆に必要とされており、自分も皆を必要としている。今の自分がいるのは皆が居てくれたからと言っても過言ではない。そんなコト、絶対本人達の前では言わないが……。

 

 するとズボンのポケットの中で、何かが振動した。摩耶はその振動している物体をポケットの中から取り出すと、その物体の画面に出ている『通話』と表示されている部分をタッチする。

 

 その後、その物体ーーーー携帯電話を自分の耳まで持って行く。

 

 『ようバカ息子。最近調子はどうだ?元気にしてるか?』

 

 「いきなりなんだってんだよ、義父(オヤジ)

 

 電話の主はまさかの義父であった。早いうちに両親を亡くした自分を拾ってくれた恩人でもあり、父親でもある人物からの電話だった。

 

 『お前さんからの手紙が届いたもんでな。ちょいと珍しいから、掛けてみようと思っただけさ』

 

 「ああ、ちゃんと届いた?面白いコト書いてあるだろ?」

 

 『確かに面白いっちゃ面白いが、何でこんな特ダネを手紙なんかで知らせてくるんだよ。今はデジタルの時代だぜ?オマケに下っ端の堕天使にソレを持ってこさせるなんてよぉ』

 

 「別にいいじゃねえかよ。偶々そういう気分になったんだよ」

 

 摩耶は回線の向こう側にいる義父にそう言うと、今度は茶請けであるせんべいを頬張り始めた。

 

 結論から言うと、摩耶は堕天使達を逃がした。もちろんその中にはレイナーレも含まれている。

 

 教会に突入する前に、リアス達の姿を見た摩耶はリアスに『堕天使を生け捕りにしてくれ』と頼み込んだ。

 

 リアスは要望通りに堕天使を生け捕りにし、自分の目の前に引っ張り出してくれた。何故そんなコトを言ったのかというと、摩耶は堕天使達と交渉をしようと目論んでいたのだ。

 

 自分の書いた手紙を届けてくれるなら、命だけは見逃してやろう、と。

 

 それを言った瞬間、堕天使達は怪訝そうに摩耶を見つめ、リアス達は摩耶に考え直せと言ってきた。

 

 だが摩耶は周りの意見に一切耳を傾けず、堕天使に手紙を渡した。

 

 レイナーレ達もその提案に乗ったほうが一番の得策と考えたらしく、手紙を届けるコトにした。

 

 このコトで摩耶はリアスから説教されるハメになったのだが、本人は何一つ反省していなかった。

 

 『まさかお前さんが眷属を持つようになるとはな。しかも、よりによって赤龍帝なんてなぁ。名前はなんていうんだ?』 

 

 「兵藤一誠。因みにアイツは自分が赤龍帝ってコトを知らないでいる」

 

 『はぁ!?というコトはなにか?その兵藤一誠とかいう奴はコッチの世界に入ったばっかりってか?』

 

 「そういうコトになるな」

 

 すると義父が大きな溜め息をついた。

 

 『……ハッキリ言うぞ摩耶。ソイツじゃあ今の白龍皇には勝てねえよ』

 

 「そいつは分からないぞ?なんたってアイツは俺が育てるんだからな」

 

 イッセーを擁護した摩耶は目の前にあったせんべいを全て平らげ、渇いた喉を湿らせるために日本茶を飲んだ。そして確かに口にした。

 

 イッセーを育てる、と。

 

 『……なるほど。確かにお前が赤龍帝を育てるとなれば、間違いなく驚異になりえるな。後でアイツによろしく言っておくよ』

 

 「ああ、よろしく言っといてくれや」

 

 そうして摩耶は電話を切ろうとしたところで、

 

 『そうだ息子よ。最後に訊いておきたいコトがあるんだが』

 

 「……なに?俺これから寝ようとしてたんだけど。用件なら早く言ってくれ」

 

 『ハハハ!そいつは失礼したな。そいじゃあ訊くが……』

 

 義父は声を低くし、真剣な雰囲気で摩耶に問う。電話越しで話しているのにも関わらず、その一言で摩耶は周囲の空気が重くなる感覚がした。

 

 『下っ端共を逃がした最大の理由はーーーー殺したくなかったからだろ?』

 

 「……それだけか?だったら切るぞ、俺は寝たいんだ」

 

 義父が何か叫んでいるようにも聞こえたが、摩耶はそれを無視した。画面に出ている『通話終了』という部分に触れると、そのままソファーに携帯を投げ捨てた。

 

 そして宣言通りに摩耶はベッドに倒れ込み、目を閉じた。しばらくすると、あれだけ騒いでいた相談部の部室とは程遠い静寂な時間が訪れた。

 

 

 

 摩耶の携帯の画面には、彼の義父である堕天使総督の名が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天童眷属メンバー

 

 『王』:天童摩耶

 

 『兵士』:兵藤一誠

 

 『僧侶』:アーシア・アルジェント

 

 そして、次に使われた駒は『女王』の駒であり、新メンバーは駒王学園関係者全員が予想もしていない人物であった。 




ア「あ、あの……部活動はしなくてもいいんですか?」

イ「心配すんなってアーシア!こんな所に人なんてまずこないから」

摩「そうそう!そうなるように俺はこんな部活作ったわけだしな!この部屋に来る奴なんてよっぽとの暇人とかそんなんだぜ!」

客「す、すいません……」

イ&摩『………………え゛?』

 相談部にお客様が訪ねてきました。


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番外編1 相談部のお仕事

オリジナルへと突入
うまく出来たかな‥…


 ○月○日

 

 今日はテストで百点を取った。それをママに言ったらほめてもらえた。お姉ちゃんからも、お父さんからもほめてもらえた。

 

 ほめてもらうというのはとてもうれしいコトだって気付いた。だからぼくはこれからもテストをがんばろうと思う。

 

 ○月△日

 

 帰りのST(ショートタイム)で、ここ最近不審者が彷徨いていているので注意して下さい、と言われた。なんでもその不審者は出会った人を老若男女関係なしに攫うらしく、攫われた人はまだ帰ってきていないらしい。

 

 その話を帰ってママやお父さんに話すと、二人は既に知っていたらしく、口を揃えて『夜中には出歩くな』と言った。

 

 言われなくても、夜なんかに出歩く理由がない。心配しなくても平気だよ。

 

 ○月□日

 

 今日はいつもより早く起きた。ひんやりと、フローリングの冷たい温度を素足で感じながらリビングに向かったら、ママがテーブルに突っ伏して寝ていた。

 

 何でこんな所でママが寝てるの?

 

 そんなコトを考えていると、お姉ちゃんが起きてきた。お姉ちゃんもママがリビングで寝ていたコトに疑問を感じたのか、リビングに入る手前で足を止めたが、直ぐにママを起こしに行った。

 

 「こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよ?」と語り掛けながら、お姉ちゃんがママの肩を揺らす。

 

 しばらくするとママは閉じていたまぶたを開き、目の前の僕達に気がつくと、「ごめんね。寝坊しちゃった」と言って、僕達の朝ご飯を急いで作り始めた。

 

 僕は早く起きただけだから、そんなに急いでご飯をつくらなくてもいいのに……。

 

 ○月×日

 

 昨日の夜遅くに、トイレに行きたくなったので自分の部屋から出たら、リビングに未だ光が着いているのが見えた。

 

 僕は恐る恐る中を覗き見ると、ママとお父さんが何やら言い合いをしていた。

 

 「もうお終いね」とか、「お前とはもう暮らせない」とか、何だか聞いてて胸が締め付けられるような会話をしていた。

 

 ママとお父さん……ケンカしてるの?

 

 するとお父さんは椅子から立ち上がり、こっちに向かって歩いてきたので、僕は急いで自分の部屋に戻った。

 

 乱暴に部屋のドアを開け、ベッドに飛び込み、布団を頭からかぶる。

 

 もしかしたら、お父さんとママは離婚しちゃうかもしれない。

 

 イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!

 

 お父さんとも、ママとも、まだまだ一緒にいたいのに……どうしてケンカなんかしてるの?

 

 お願いだから止めてよ。二人の言うコトちゃんと聞くから、好き嫌いしないでちゃんとご飯食べるからーーーーほめてくれなくてもいいから、そのかわりに仲直りしてよ。

 

 ママ、お父さん。僕はまだーーーーーーーー

 

 ○月!日

 

 お父さんとママとの間で会話がなくなった。

 

 お父さんはママが用意したご飯を食べた後、何も言わずに自分の部屋に行ってしまうようになった。

 

 ママも何も言わずに、僕達がご飯を食べてる間に家事を済ませようとする。

 

 本来は楽しい空間であろう食卓の場で、ママが食器を洗う音しか聞こえない。

 

 カチャカチャ、と食器同士が触れ合って生じる金属独特の高い音。それだけがこの場を支配していた。

 

 前は家族皆で楽しく会話しながらご飯を食べていて、この瞬間をとても楽しみにしていたのに……今になっては苦痛でしかない。

 

 お姉ちゃんも今の状況を良くないと思っているのか、ママとお父さんを何とか喋らせようと話題を振る。

 

 だけど二人ともそれに応じず、同じような気まずい空気が場を支配するだけ。

 

 どうすれば、二人は仲直り出来るだろう?

 

 どうしたら、もう一度家族皆で楽しい生活を過ごせるようになるだろう。

 

 僕はーーーーどうしたらいいんだろう。 

 

 もう、分からないーーーー

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それで?これが二、三日前に家出した弟君の日記?中身だけ見てみると、中々シビアな状況になってるんだな」

 

 「…………はい」

 

 駒王学園新校舎の隅っこにある元保健室ーーーー相談部部室にまさかの客人が現れた。しかも裕斗のように悪魔の力を持っている奴じゃなく、ただの一般人が。

 

 一応ここの部長として籍を置いている俺ーーーー天童摩耶は目の前のソファーに腰掛けるいる女の子の相談にのっている。まあ、簡単に言ってしまえばカウンセリングなんだか……。

 

 相談の内容は弟君の日記に書いてある両親の離婚問題。確かにどんな相談でも受け付けるが、僅か十八歳である俺様にこのテの相談はかなり荷が重すぎるのではなかろうか。人生経験まだまだのヒヨッ子だぞ?

 

 「あ、あの……遅くなってしまったんですけど、お茶をお入れしました」

 

 お盆に乗せていた二つの湯のみを恐る恐るテーブルの上に置く金髪の少女ーーーーアーシア・アルジェントことアーシアちゃん。……あれ?言い直せてなくね?まあ、いっか。

 

 アーシアちゃんがこの部活に入って少したったある日、『自分に出来るコトを探します!』とか大声で叫び、紆余曲折を経て見つけた仕事が茶を淹れるコトらしい。

 

 以来アーシアちゃんは俺が望むといつも茶を淹れてくれるようになった。相談部にあるのが日本茶というコトもあってか、外国人のアーシアちゃんが淹れる茶はまだ少し味に違和感があるものの、何故か心を落ち着かせてくれる不思議な効果がある。

 

 もしかしたら彼女の心遣いが茶にまで影響しているのかもしれない。何でか分からないがそう思わせられるほど、俺はアーシアちゃんの淹れる茶を気に入った。

 

 「それで……家出した弟は今どこにいるんだ?」

 

 そんなコトを訊いてきたのは我が『兵士』であり、赤龍帝でもあるーーーー本人はまだ知らないのだがーーーー兵藤一誠である。

 

 悪魔になって日が浅いが、その経験不足を帳消しに出来るほどの能力と根性を兼ね備えているコイツを、俺は心底気に入っている。

 

 自分の気持ちにバカ正直になれる奴なんざ、今時珍しいからな。コイツがどこまで行けるか見てみたいと思う。

 

 ついでにこの部活の紅一点、アーシアちゃんの彼氏でもあるのだが……ケッ!

 

 「……摩耶さん?一体何故こちらを睨むのですか?鬼のような形相をして……」

 

 「気にするなイッセー。お前が気にするコトではない」

 

 イッセーからの言及をさりげなく受け流し、アーシアちゃんが淹れてくれた茶を一口すする。……あぁ、やっぱりうめぇ。

 

 俺がアーシアちゃんの淹れてくれた茶に感銘を受けていると、イッセーの質問に女生徒が律儀に答えた。

 

 「弟は……祥吾(しょうご)は今、あの子の友人の家で寝泊まりしています。私がそれを知ったのは今朝で、両親はまだ弟の居場所を知りません」

 

 どうやら弟君の名前は祥吾と言うらしい。昨日今日知り合った俺達の前で、つい弟の名前を出してしまうくらいに、彼女は滅入ってしまってるのだろう。

 

 「でもさ、何で君の親は弟君の居場所を知らないんだよ。そういう情報は普通先に親に行くもんでしょう?」

 

 恐らく相談部メンバー全員が思っているであろう疑問を部長である俺が代弁する。親である以上は、子供のコトを誰よりも分かってやらなきゃならんからな。

 

 「実は、母が今祖母の家に帰ってまして……ご飯は私が作ってるんですけど、父はそれを食べた後直ぐに部屋に籠もってしまって……」

 

 「……どういうコト?」

 

 俺は中々真相を話さない彼女にしびれを切らし、さっさと話させようと催促するが、

 

 「その……両親はまだ、祥吾が家出したコトに気付いてないんです」

 

 「………………は?」

 

 返ってきたのは到底理解出来ず、そしてこれ以上ないくらい(はらわた)が煮えくり返る応えだった。

 

 実の息子が家出したコトを知らない?なんだそりゃ、ふざけてんのか?

 

 母親がそのコトを知らないのはまだ許せる。なんせその場にいないんだからな。だが、

 

 「何で親父さんがそのコトを知らないんだよ?」 

 

 俺の感情を怒り一色にしている張本人のコトを訊いた。

 

 「……さっき言った通り、父はご飯を食べたら直ぐに自室に籠もってしまって……。家の現状すら知ろうとしないんです」

 

 腹の底からどす黒い何かが駆け上がってきて、思わず俺は手に持っていた湯のみを握り潰した。

 

 部室内で女性二人の怯えたような声が聞こえたが、俺は気にせず眼前にいる女の子に話し掛ける。

 

 「じゃあなにか?君の親は息子そっちのけで自分達の我を通してるってわけか?」 

 

 「…………」

 

 目の前にいる女の子は俯いてばかりで何も言わず、俺はその沈黙を肯定と取った。

 

 「なら結論を言ってやる。君の両親は弟君が危惧したように間違いなく離婚する。そして君達姉弟もどっちかに付いてってお別れするハメになるのさ」

 

 「ちょ、ちょっと摩耶さん!」

 

 「それはあまりにも言いすぎですよ!」

 

 我が『兵士』と『僧侶』が女生徒を擁護する。生憎だが、俺はお前らみたいに相手のご機嫌を気にしながら発言なんてしない。思ったコトはズバズバ言うタイプなんでな。

 

 「……どうしようも、ないんでしょうか?」

 

 ようやく女生徒は口を開いたが、声に僅かに嗚咽が混じっていた。

 

 次第に女生徒は肩を小刻みに震えさせ、目から水滴が滴っていき、それがテーブルを叩く音が聞こえてくる。 

 

 「私も、お父さんとお母さんと離れたくない!皆ずっと一緒にいたい!家族皆でまた一緒に楽しくご飯食べて、笑って……暮らしたい……」

 

 とうとう女生徒は顔を両手で覆い、俺らが見てるにも関わらずにわんわん泣き始めた。なんだか俺らがいじめてるように見えるんだが……あと、アーシアちゃんがつられて泣き始めちゃってるし。

 

 さすがの俺も、目の前で女の子に泣かれては気分が悪い。

 

 俺は溜め息を吐きつつ、目の前で号泣している女生徒に声をーーーーアドバイスを投げかけた。

 

 ……ご機嫌取ろうとか、そんなコト考えてないんだからね!

 

 「……君がそうしたいんなら、素直にその気持ちを親にぶつけるべきだと思うよ。こんな所で泣いてたって、どうにもならないでしょう?」

 

 「……ッ!」

 

 女生徒は顔から手を離すと、服の袖で涙を拭き取った。

 

 「……そう、ですよね。やっぱりそれが……一番手っ取り早い解決方法なんですよね……」

 

 そう彼女は呟くと、ソファーから立ち上がり、弟君の日記を持って部室から立ち去ろうとする。

 

 「お、おい!ちょっとーーーー」

 

 イッセーが女生徒を呼び止めようとするがそれは失敗に終わり、扉の開閉音が部室に響いた時には、もう既にいつものメンバーしか居なかった。

 

 俺はテーブルの近くに置いてあった回覧板のような物を開き、そこに必要事項を記入していく。

 

 「あれでよかったんですか、摩耶さん!」 

 

 「あ?あれって……なにが?」

 

 イッセーからの糾弾を受けながらも、俺は筆記作業を続ける。視線は当然回覧板ーーーー報告書に向けたままでだ。

 

 「あの子をあのまま帰してよかったのかってコトですよ!せめて俺らもこの問題に一緒に取り組むとかしてーーーー」

 

 「おいおいイッセー、お前何筋違いなコト言ってんだよ」

 

 「え?」

 

 俺はイッセーの台詞を遮り、持論にも似た極論をぶつける。視線は尚も、下を向いたままで。

 

 「俺らは『相談』部なんだ。依頼主の相談に乗ってやった時点で、俺らの仕事は既に終わっている。それなのに依頼主の事情に首を突っ込むのは、俺達のするべきコトじゃない」

 

 「だけど……!」

 

 「だいたいあの子(女生徒)の家庭事情に首を突っ込める程、俺達はあの子と懇意にしてるか?例え懇意にしてたとしても、家族内の問題には他人が簡単に干渉しちゃいけないんだよ」

 

 「ぐ……」

 

 イッセーは何も言えない悔しさに身を焦がしているのか、血が出るんじゃないか、と思うぐらい拳を強く握っていた。

 

 思わず視線がソッチに行ってしまうぐらいの気迫だからな……。ぎゅぅ、て何かを凝縮するような音すら聞こえたもん。

 

 「で、でも!私達にも何か出来るコトがあるんじゃないでしょうか?」

 

 「ないね」

 

 アーシアちゃんの思いやりを軽くあしらい、筆記作業を終えた俺はソファーから立ち上がり、この部室を後にしようとする。

 

 「つまづいた奴に必ずしも手を差し伸べなくちゃならない、なんて理由はないし、つまづいた奴も自分で起き上がらないといけない時があるんだよ」

 

 最後にそう言い残すと、俺は『ちゃんと部室の鍵閉めてから帰ってね~』と告げ、目的の場所へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にある木製の扉を少し控え目に叩く。

 

 コンコンコン、と渇いた音が響く。

 

 「どうぞ」

 

 扉の先から入室を促す声が聞こえてきたので、俺は一切の躊躇も無しに扉を開ける。

 

 「よう。今日は珍しく来てやったぜ」

 

 「…………本当に珍しいですね。まさかアナタからここに来るだなんて」

 

 俺の目の前にいる彼女はその言葉通り、目を丸くさせて俺の方を凝視している。作業中だったのか、手にはシャーペンが握られていた。

 

 「ほい、とりあえずこれが今月の活動報告書で~す、会長♪」

 

 「……何でアナタはそんなに上機嫌なんですか?」

 

 「べっつに~」

 

 この部屋の主であり、この駒王学園の生徒代表でもある彼女ーーーー支取蒼那ことソーナ・シトリーに報告書を提出する。

 

 言うまでもなく、この部屋は生徒会室だ。

 

 何故俺がこんな所にいるのかというと、相談部創立時にソーナからある条件を提示されたからだ。

 

 『そのようなふざけた部活を存在させるコト自体不本意なのですが……それがアナタの本拠地になるのなら私は目を瞑りましょう。ただし、一ヶ月の間でどんな活動をしたのかを随時記録し、それを生徒会室にまで持ってきて下さい。この条件を呑めないなら、相談部などというふざけた部活は認めません』

 

 とのコトだった。

 

 俺はわざわざ生徒会室まで報告書を持ってこないといけない、という面倒くさいコト極まりない条件を呑むか呑まないかで葛藤していたが、安息の地が手に入るコトとどっちが大事かを比べると、決断は早かった。

 

 ……今更思ったら早すぎたかな。もっと簡易的な条件とかに出来たかもしれないのに。

  

 俺が昔の思い出に浸っていると、目の前で報告書を読み出したソーナは端正な美貌を強ばらせた。

 

 「これは……かなり重い問題ですね」

 

 「重すぎるわ。危うく俺の体が潰れるんじゃないかって思ったもん」

 

 「いや、それはないでしょう」

 

 ソーナが俺の弱ボケを処理し、さっきまで目を通していた報告書を閉じる。

 

 それと同時に、今まで溜まっていた何かを吐き出すかのように嘆息する。 

 

 「この学校に、これほどの傷を抱えてる生徒がいるなんて……自分が不甲斐ないと感じます」

 

 「は?なんで?」

 

 ソーナが突然わけの分からないコトをしゃべりだし、俺は思わずその真意を問う。

 

 「私は会長であるが故に、この学園を素晴らしい物にしなければなりません。経済的な問題だけでなく、生徒が心からこの学園を素晴らしいと思えるような、そんな居場所にしなければならないのです」

 

 彼女は報告書を俺に手渡した後、窓の方へ視線を傾けた。

 

 空は既に朱く染まっており、少し薄暗くもある日光だけが生徒会室を照らしていた。

 

 「それなのに私は、このような悩みを持つ生徒を出してしまった。そのせいで彼女の家庭が崩壊したりでもすれば、私は自分の不甲斐なさを一生恨むでしょう」

 

 『生徒一人救えないような私には、夢を叶えるコトなんて出来ないでしょうから』と悲哀の表情を浮かべた彼女はそう呟き、それ以降何も口に出さなかった。

 

 生徒会室が異様な空気に包まれ、時計の針の音が聞こえる程静寂な空間になった。

 

 俺はこれ以上ここに居続ける意味も無いので、踵を返して相談部の部室に戻ろうとしたところで、

 

 「別にいいんじゃねえの?救えなくても」

 

 「……え?」

 

 ソーナに背を向けたままで、俺が今思っているコトを口にした。

 

 彼女はそんな言葉が聞こえてくるとは思わなかったのか、唖然としたような声を上げた。

 

 「お前がこの学園の生徒全員の問題を解決するなんてコトは不可能だ……どんな奴が生徒会長でもな。現に自分の問題を自分で解決した奴を俺は知っている。逆に悩み一つすらない学園なんて、俺は奇妙に思うがな」

 

 俺はそう言うと、自分の下僕である『兵士』のコトを思い出す。

 

 アイツは好きな女の子の為に体張って、がむしゃらに戦って、最後には幸せになるコトが出来たんだ。

 

 初めて出来た彼女に殺されるというトラウマを抱えていても尚、アイツはアーシアちゃんと共に居るコトを選んだんだ。

 

 ソーナは俺の持論を反復していたが、自分の考えは曲げない、とばかりに首を振った。

 

 「それでも私は、せめて目の前に助けを請う生徒がいれば……それを救いたいと思います」

 

 「…………そうかい」

 

 それだけ言い残すと、俺は木製の扉を開け、生徒会室を後にした。

 

 俺はその帰り道で、何か煮え切らない感情を抱いていた。

 

 「解せねぇ……」

 

 それはソーナに対してではなく、今日相談に来た女生徒に対してだ。

 

 あの子の両親が弟君の家出を知らないならば、それをあの子の口から両親に知らせてやれば全てが解決する。

 

 だが彼女はそれをしない。そのコトに俺は不可解なモノを感じていた。

 

 極めつけは、女生徒が相談部部室を出て行く時の一言。

 

 彼女はどうすればこの問題が解決するかを理解しているようだった。それなのに、彼女はその方法を実行しようとしない。

 

 そして泣き止んだ後の彼女の顔は、悩んでいるようにも、悲しんでいるようにも見えなかった。

 

 考えることを放棄したーーーーまるで死人のような生気のない表情をしていた。

 

 「……解せねぇ」 

 

 俺はそう呟くが、当然この声を聞いている者は誰一人いない。

 

 夕暮れのせいで朱く染まった廊下を、俺は一人不機嫌になりながらも歩いた。




摩「部室鍵しまってるんだっけ‥……まあ、いつもの場所なら開いてるだろ」 

 「ガチャン」←窓が開かない音

摩「ん?」

 「ガチャガチャガチャ」←何度も試すがやはり開かない

摩「……あいつら窓も閉めていきやがったーーーーーーーー!」

 この日摩耶は久々に家へと帰りましたとさ


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番外編1 相談部のお仕事 その2

テスト習慣……クソがーーーーー!


 「それにしてもさ、何でこんな物が家のポストに入ってたのかね~」

 

 「まだそれ言いますか?」

 

 何気ない会話を交わしながら、俺とイッセーは

制服姿のままで校外に出ていた。

 

 本来ならば授業も終わり、部室で怠け惚けているはずの時間帯ーーーー要するに放課後ーーーーなのだが、昨日久々に帰った家に届けられていた物のせいで、俺は幸せの一時を手放さなければならないのだった。

 

 俺は再度、手に持っている紙に書かれた文面に目を通す。

 

 『祥吾をそろそろ引き取ろうと思ってるのですが、あの子がわがままを言って出てきません。これ以上他人の家に迷惑を掛けるのはいただけないので、あの子を引き取る手伝いをしてくれないでしょうか?兵藤先輩と一緒に、指定の場所に来ていただけないでしょうか』

 

 そしてもう片方の手に握っている別の紙には、弟君が今居るであろう場所が書かれていた。

 

 『祥吾』という名前が出てきている以上、この手紙を書いたであろう張本人は、この前相談に来た女生徒だろう。

 

 ていうかイッセーのコト先輩って呼んでる辺り、彼女は一年生だったのか。知らなかった。

 

 そしてこの手紙が届いたコトを部室で呟いたら、アーシアちゃんが『絶対に行くべきです!』と涙目で説得してきたので、仕方なく行動に移すコトにした。

 

 だってそうしないとアーシアちゃんいつまでたっても泣き止まなさそうだったし、隣でイッセーが怒気を孕んだ目で見てくるしで息がつまりそうだったからな。……仮にも俺先輩だよ?部長だよ?主だよ?

 

 「それにしても帰りたくないってだだこねるなんて、どうやら弟君は相当病んでるみたいだな」 

 

 何となくそう呟いたが、俺の隣で歩いている『兵士』には聞こえていたようで、弟君を擁護するような発言をかます。

 

 「それは……しょうがないんじゃないですか?親が目の前で剣呑な空気漂わせて、あまつさえ離婚しだそうとしてるんですから……」 

 

 イッセーはそう言った後、悲哀に満ちた表情をしながら、目の前にある信号を見つめた。

 

 信号のランプは赤くひかっており、俺とイッセーは足を止めるコトを余儀なくされていた。

 

 因みにアーシアちゃんは既に家に帰っている。呼ばれたのはあくまで俺とイッセーだからな。夜遅くまで掛かるかもしれないこの仕事に、女の子を関わらせる訳にはいかない。

 

 まだ夕方とも呼べる時間帯であるせいか、交通量がやたら多い。けたたましいエンジン音があらゆる所から耳に届き、目の前をかなりの数の車が通り過ぎる。

 

 信号待ってる時って、本当に時間経つのが長く感じるよな~。

 

 それから待つコト数分。信号のランプは青に変わり、それにつられて周りの通行人が再び歩を進め始める。

 

 俺とイッセーも目的地に向かうために、今まで停止させていた足を再び動かし、横断歩道を渡る。

 

 それからしばらくは目的地に向かうコトだけに専念していたが、気になるコトがあったため、俺は再び足を止めた。

 

 「どうしたんすか?」

 

 イッセーが俺が足を止めた真意について訊ねてくる。

 

 「おかしい……」 

 

 「おかしいって……何がですか?」

 

 手に持っている紙を睨みながら、俺はイッセーの問いに答える。

 

 「この紙に書かれてある通りに道を進めばーーーー駒王町を出る」

 

 「……は?」

 

 イッセーは俺が何を言っているのか理解できて

ないらしく、間の抜けた声を出した。

 

 「ここら一帯は細かく仕分けされていてな。この先が行き止まりであるにも関わらず、別の町に分けられている程にな」

 

 俺とイッセーとの距離は五歩くらい離れているが、イッセーの今居る地域は既に駒王町ではない。

 

 反対に俺がいる場所はまだ駒王町の範囲内であるが、一歩踏み出せば俺も駒王町を出るコトになる。

 

 それから二、三キロくらい歩けば文字通りの行き止まりにぶつかる。たったそれだけの領域に、別の市名が付くほど細かく仕分けされているのだが、

 

 「そんな些細な問題、何てコトないでしょう。一体何にそこまで神経質になるんですか?」

 

 イッセーの言うとおり、そんなにだいそれたコトではないのだ。子どもの頃からずっとーーーー俺より長くこの町に住んでいるイッセーすら気付かない程の些細な問題。

 

 だがそれはあくまで、表向きの、だ。

 

 「それだけならいいんだが、この先は建物がめったに存在しない。あるとしたら、小さな廃工場がかなり奥の方にあるだけ……」

 

 「だから一体それの何がーーーー」

 

 

 

 「そんな人通りの少ない所でやれるコトなんて、一つぐらいしかないだろう?」

 

 

 

 「ーーーーッ!」

 

 イッセーは俺の言いたいコトを察したのか、息をのみながら俺達の行く先を眺めている。

 

 そう、ここでは、

 

 「痴漢が大量発生してるんですか!?」

 

 ーーーーどうやら理解していなかったようだ。

 

 俺は溜め息を吐きながら一歩を踏み出した。この時点で、俺も駒王町から出たコトになっている。

 

 「この地域では特に多い事件があってな……とてつもなく虫酸が走る類の、な」

 

 「事件って……何の?」

 

 イッセーは俺の声のトーンから、痴漢などという破廉恥な問題では到底収まりきれない事態だと践んだのか、さっきまでおちゃらけていた態度を改め、真剣な眼差しで俺のコトを凝視する。

 

 俺はゆっくりと口を開き、この町で頻繁に起きている事件の真相を語った。

 

 

 

 「ここではかなりの確率で人だったと思わしき肉片が発見される。その現場には、魔力の痕跡が必ずある状態でな」

 

 

 

 イッセーは俺の告げた事態がどれほどの物かうまく飲み込めておらず、しばらく放心状態のまま突っ立っていた。

 

 町が違うだけあって、漂っている空気もだいぶ違っており、物騒な事件が多く起こっているせいか空気が重苦しく感じる。

 

 しばらくするとイッセーは我に返り、レイナーレと戦っていた時を彷彿とさせる勢いで俺に詰め寄る。

 

 「じゃあ、なんで何もしないんですか!魔力の痕跡があったってコトは、悪魔の仕業っていうコトですよね!?分かってて野放しにしてるなんてどうかしてますよ!」

 

 「お前の言っているコトはもっともだが、それをとやかく言ってもどうにもならんぞ」

 

 「だから何でなんすか!」

 

 俺の答えに納得いかないのか、イッセーは尚も詰め寄ってくる。視界にはイケメン、とまでは言えないが、少しは容姿が整っているイッセーの顔しか映っていない。

 

 ちょ、どんだけ近づくんだよ。俺にソッチの気はないんだっての。

 

 両手でイッセーの肩を押し、イッセーとの距離を空ける。

 

 あの状況を見られたりでもすれば、俺の沽券に関わるからな。……あ、ここあんま人居ないんだった。

 

 俺は納得がいっていないせいで荒々しくなったイッセーを黙らせるために、こればっかりはどうにもならないというコトを理解させようとした。

 

 「この場所はさっきも言った通り駒王町じゃない。リアスが占めているのはあくまで駒王町、ここは管轄外だ」

 

 「そんな……たったそれだけの理由で人が殺されるという事態を黙って見過ごすんですか!?」

 

 「そうだ。わざわざ管轄外の場所で起こってる事態に手を出したりしたら、調子に乗っている、とか思われるからな」

 

 『まあリアスの場合は、マジでこの場所で起こってるコトを知らないからだろうな』と付け加え、リアスの評価が底辺に至らないよう措置をとる。

 

 リアスにはぐれ悪魔掃討の依頼を出しているのは、リアスの実家であるグレモリー家。当然向こうはリアスが占めている駒王町の現状しか知らせておらず、この町に関する情報は一切提示しない。

 

 もしこのコトがリアスの耳に入れば、根が優しいアイツはすぐにこの事件を解決しようとするはずだ。だが、悪魔業界の方はリアスが行った行為を良い目で見ない奴も出てくるだろう。さっき言ったように、調子に乗っているとかそんな風にな。

 

 それを避けるために、グレモリー家はリアスにこのコトを隠蔽し、余計なコトをさせないようにしているのだろう。

 

 だがそれはあくまで、リアスのコトを想ってやっているコトなのだ。愛する娘に悪評がいかないように、親が影から守ってやっているのだ。

 

 故にリアスに対する落ち度は一切無い。あるとすれば、

 

 「ならーーーーどうして摩耶さんはそれを知ってながら見てみぬフリをしてるんですか!」

 

 他でもない俺自身だ。

 

 「…………まあ、お前の怒りはもっともだ」

 

 目の前で怒り狂っている後輩の意見は、実に的を射抜いている。そう、全ては俺がーーーー

 

 

 

 「おやおや、まさかこんなに早くバレるとは思ってませんでしたよ」

 

 

 

 ーーーー不意に、唐突に、真上から紳士のような風格を持つ台詞が投げかけられた。

 

 俺とイッセーはまるで磁石に引きつけられるように、瞬時にその声がする方向に視線を向けた。

 

 「な、なんだ……空耳ーーーー」

 

 「お前の後ろだバカ!」 

 

 いつまでも突っ立っているイッセーを引き寄せ、両腕で抱え込みながらバッスステップをとる。

 

 ……何が悲しくて男なんぞを抱きかかえなきゃならんのだ。

 

 「ほう?手の届かない距離であったにも関わらず、瞬時に下僕悪魔との距離を詰める……しかも微動だにしないで、とは。どういう手品を使ったのですか?」

 

 「言うと思うか?」

 

 「まあ、それはそうですね」

 

 イッセーの後ろをとったはずだった男は、驚いたような表情をしたが、俺の返答に薄ら笑いを返し、被っていたシルクハットをさらに深く被った。

 

 「んで?お前は一体俺らに何のよう?」 

 

 腕の中にいたイッセーを放り、紳士のような立ち振る舞いをする男に目的を訊く。

 

 後ろの方で『摩耶さんヒドい!』なんて声が聞こえてくるが気にしない。気にしないね、うん。

 

 「別に構いませんよ。聞かせてあげても。何故ならーーーー」

 

 道路一面に魔法陣が浮かび上がり、俺とイッセーの周りを邪悪な雰囲気を持つ光が包む。

 

 「アナタ達はここで息絶えるのですから」

 

 男はシルクハットをとり、自分の胸に持っていくと、腰を九十度に折り曲げ見事なお辞儀を披露する。

 

 さっきまで黒い光を放っていた魔法陣から何人もの男が召喚され、俺らの退路を塞いだ。

 

 それと同時に、俺達の命を刈り取るために殺意の籠もった魔力弾が向かってくる。

 

 「ギャーーーー!これもうどうしようも無くないですか!?俺の人生早くもバッドエンドーーーー」

 

 「喚くなバカが」

 

 「……え?」

 

 みっともない叫び声をあげる我が『兵士』を落ち着かせるために暴言を吐く。

 

 落ち着かせるためにバカにするなんて、我ながらどうかしてると思うけど……。

 

 「バカな……一体どういう能力を使えばそういうコトになるのだ!?」 

 

 魔力弾を放った男の一人が大声をたてる。

 

 「だ~か~ら~。それを言うと思ってんのか?お前は」

 

 コキコキ、と首を鳴らしながら男を睨み、尻餅を着いているイッセーを無理矢理立たせる。

 

 「摩耶さん……何ですかこれ?」

 

 「俺の能力」

 

 イッセーからの問いに端的に答えると、俺は周りを囲んでいる男達を一瞥した。

 

 誰もが皆揃いも揃って驚いており、口を開けたまま静止してる奴や、冷や汗を大量に流している奴もいた。

 

 理由は単純明快だ。アイツらが俺達に向けて放った渾身の攻撃は、

 

 

 

 全て俺達に着弾するコト無く、弾の原形を留めたまま静止していたからだ。

 

 

 

 簡単に言えば魔力弾を停止させたのだ。模擬戦の時に小猫ちゃんに使ったのと同じようにな。

 

 「ほい、返す」

 

 俺は黄土色のグローブに包まれた手を高くかざし、指をスナップさせて、パチン、と音を鳴らす。

 

 直後、今まで活動を停止していた魔力弾は再び動き出し、目的の命を刈り取ろうと滑空した。

 

 向かった先はこの殺人兵器の使用者ーーーー魔法陣から出てきた男共の方だ。

 

 「な……ああああぁぁぁあああ!?」

 

 耳をつんざく爆音と断末魔が響き、男達が次々とご退場なさっていく。かろうじて逃げ延びたのは、見るからに実力がありそうな二人の男だった。

 

 「……イッセー、ソイツら二人はお前に任せる。俺はさっきからあそこで調子乗ってるエセ紳士ぶっ飛ばすから」

 

 俺は首を上に傾け、電柱に立っているリーダー格の男を睨みつける。目が眩む程の光量を放っている夕日と、深く被ったシルクハットのせいでどんな顔なのか見当がつかない。

 

 「お、俺がすか!?戦闘慣れしてる奴を二人同時に相手するなんて俺には……」 

 

 「もし勝てたらアーシアちゃんと簡単に一線越えられる方法を教えてやる」

 

 「セイクリッド・ギアァァァアアアア!」

 

 『Boost!』

 

 「やっぱチョロいなお前」

 

 俄然やる気になってくれた『兵士』に他の二人は任せ、俺は大将同士の話し合いをすべく別の電柱の頂上まで跳ぶ。

 

 「訊かなくてもいいコトだと思うけど……お前らって『はぐれ』だよな?」

 

 「いかにも」

 

 男は手に嵌めてある白手袋を取り外し、俺の方へ投げてきた。

 

 ……オイオイオイ。

 

 「随分古風なコトするんだな」

  

 「僭越ながら、私はアナタと純粋な勝負をしたいとおもっておりまして」

 

 そう言った紳士然の男はシルクハットを取り外し、邪魔だと言わんばかりに乱暴な仕草で後方へ投げ捨てた。

 

 シルクハットは風に乗り、優雅に揺れ動きながらこの場を去る。

 

 そして男は再び毅然とした態度を取りながら堂々と自分の名を告げた。

 

 「ここまで来て、名乗らなかったという無礼をお許し下さい。私の名はボルドラン……以後お見知りおきを」

 

 「……天童摩耶」

 

 「存じております」

 

 向こうが名乗ってきたので一応俺も名乗ったらこの仕打ち。……ていうか、

 

 「何で俺のコト知ってんだよ。俺あんまり悪魔業界で有名じゃないはずだけど……」

 

 そう、俺の評価は悪魔界ではさほど高くはない。それどころか、最低辺だと言っても過言ではないのだ。まあ、名前だけなら知られててもおかしくはないけどーーーー

 

 「天童摩耶、駒王学園の生徒で3ーB所属。現在は相談部の部長を勤めており、つい最近そこにいる少年、兵藤一誠を初めての眷属にする。因みに駒は『兵士』。そしてそれから少しして、彼と恋人関係に至った『聖女』、アーシア・アルジェントを『僧侶』として眷属に迎え入れる。更に数日後、とある女生徒に家出した弟について相談を請ける。そして今、アナタはその女生徒から呼び出しを受け、ここから先に進もうとしている……ですよね?」

 

 背中を誰かに撫でられたような悪寒が走り、咄嗟に俺は自分の腕で体を隠した。

 

 「………………何お前、もしかしてストーカー?」

 

 「恐縮です」

 

 誉めてねえよ!つかなんで否定しようとしないんだよ、やめてくれよそういうの!

 

 内心ではビクつきながらーーーーある意味怖いからなーーーー俺は目の前にいる変態に問い掛ける。

 

 「お前さぁ……女生徒(あの子)に何かしたか?」

 

 「弟を人質に取り、アナタをここへ誘い込むよう命じました」

 

 「…………あ?」

 

 ふつふつと怒りが湧き上がり、手に持っていた白手袋を思わず握り潰す。

 

 コイツがこれほどの情報量を持っているなら、あの子が俺の家の場所を知っていたのも頷ける。

 

 問題はあの子が俺をわざわざ呼び出した訳なのだが、目の前にいるクソヤロウのおかげでハッキリした。

 

 「彼女にはこのコトを誰にも言わないよう命じました。無論、肉親にもね。断れば弟君の命は無い、と脅したら簡単に言いなりになってくれましたよ。最近は夜に出歩いている人間を捕まえては殺すのが趣味になってきてまして先日捕まえたのが偶然にも彼女のおとーーーー」

 

 「うるせえよ」

 

 ボルドランの戯言を寸断し、手に握っていた手袋を丸める。

 

 ボルドランは俺の気迫に一瞬たじろぎ、薄ら笑いを浮かべていた顔が初めて驚愕の表情に切り替わった。

 

 「お前は……あの子がどんな顔してたか知ってんのか?」

 

 「……はい?」

 

 ボルドランの返答に殊更憤怒の感情が高まる。

 

 あの子はもうどうしたらいいか分からずに、ただ言われたことを実行するただの傀儡になってしまった。

 

 その時のあの子の顔は、死人同然の無気力な顔だった。

 

 普通に生きて、普通に生活して、普通に過ごしていくはずだったあの子の運命を変えたボルドランを、

 

 「絶対許しゃしねえぞ、変質者(ヘンタイ)が」

 

 「……恐縮です」

 

 誉めてねえっての。

 

 俺は手に持っていた白手袋を後方へ放り投げる。

 

 丸めた手袋はシルクハットのように宙を舞うコト無く、物理法則に従ってただ純粋に落ちていく。

 

 パサ、と。

 

 手袋が地面に落ちた時の渇いた音が聞こえたーーーーように感じたーーーーと同時に、俺とボルドランは跳躍し、互いに握り拳を振り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リ「私……最近出番が無いような気がするのだけど」

ソ「私なんてまだ一話しか出てませんよ。私よりかはましですよ」

リ「私だってねぇ!スポットライトを浴びたいと思うときがあるのよ!」

ソ「アナタなんて次にかなり派手なスポットライトを浴びるでしょう!」

リ「何を言ってるのアナタは!」

 ヒロイン勢の虚しい叫び


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番外編1 相談部のお仕事 その3

ダンガンロンパ面白いーーーーーーーーーー!
代償は執筆速ry


 決闘という概念が一体どういう物なのか、僭越ながらこの俺ーーーーー天童摩耶が説明させていただこう。

 

 ……あのヘンタイの言葉遣いがほんの、ほんのすこ~しカッコイいと思ってしまったためか、『僭越』なんて文字遣っちまった。やっぱ俺にこんな上品なセリフは似合わんね。

 

 まあ、基本的に決闘は自分の名誉の為に闘い、時には何かの事件に巻き込まれた際、無実を証明するために行われた物でもある。

 

 ただまあ、無実を証明したはずの人物が実は有罪だったなんてコトもあり、決闘はその正当性が問われ、最終的には廃止になった。

 

 現に日本でも、決闘は法律で禁止されているからな。

 

 あのヘンタイーーーーーボルドランが俺にけしかけた決闘は言うまでもなく前者の方である。

 

 そしてその申し込み方法は、相手の足下に白手袋を投げつけて、相手がそれを拾えば決闘が受理されたということになる。

 

 他にも相手を白手袋で叩くなどの方法があるらしいが、俺との距離が空いていて、更には両者とも電柱の上に立っていたのだから、ボルドランは俺の胸らへんに手袋を投げてきたのだ。

 

 足下なんかに投げたら拾う前に落ちちまうからな。

 

 俺が古風なんて言ったのは、この手袋のコトを指している。今時決闘なんてするバカいないし、いたとしても決闘状とかで済ますだろうからな。

 

 因みにさっきも言ったが、決闘は法律で禁止されている。……まあ、バレなきゃ犯罪じゃあないんですよ♪

 

 ましてや俺らの裏の顔は日本のーーーーーいや、この世界の法律すら通用しない悪魔そのものなのだ。いちいちそんなコト気にしていたらラチがあかない。

 

 そんなわけで、俺は今現在ボルドランと熾烈を極めた闘いーーーーーもとい決闘を繰り広げている。

 

 「ホラホラホラホラ!どうしたんですか?アナタの実力はこんな物ではないでしょう!?それとも私程度には本気も出さずに終わらせるという余裕ですか!?」

 

 やべえコイツ超うぜぇ。そして根っからの戦闘狂だ。さっきから笑いながら俺に拳を振るってきやがる。

 

 紳士のくせに変態で更には戦闘狂。

 

 コイツ一体何個特徴持ってんだよ。歩くキャラ百科事典かっつーの。

 

 だがしかし、そんなボルドランの一撃が目の前を通り過ぎる度に、肌で空気が振動したような衝撃が感じ取れる。

 

 偶に俺の体を捉えようとする打撃も、受け流しただけで骨に響くような重みがあった。

 

 俺とここまで打撃戦が出来て、尚且つ小猫ちゃんを凌駕しかねない戦闘センス。

 

 ……間違いないわ。こいつの特性は『戦車』だ。しかも不意打ちとかで主を殺したのではなく、己の力のみで倒したのだろう。コイツにはそれほどの実力を感じ取れる。

 

 うわ~、嫌だな~。イッセーも道ふみ外したりしたらこうなるのかな~。

 

 ありもしない未来を想像しているのも束の間、ボルドランが俺の命を刈り取ろうとするために渾身の右ストレートを打ち放つ。

 

 俺はそれを右手の平で受け止めるが、あまりの威力のせいで足に力を入れ、地面から離れないよう踏ん張るのを余儀なくされた。

 

 ボルドランの視界には多分、苦痛で顔を微妙に歪ませている俺が映っているのだろう。ボルドランはほんの少し口角をつり上げ、楽しそうに笑い声を漏らしていた。

 

 その態度が気に入らず、俺は手のひらに収まっているボルドランの拳を捨てるように扱うと、さっきまでだらしなくぶら下げていた両腕の手のひらを交差させるように地面に接着し、そのまま逆立ちをするような姿勢になると、腕を回転させ、連動させるように体自身も回転させる。

 

 体操の開脚のように大きく広げていた両足は、遠心力が味方してくれたおかげで結構えげつない威力を持った蹴りへと昇華した。

 

 簡単に言えば、カポエイラキックみたいなものだ。

 

 「ぐっ……!」 

 

 さすがにこんなトリッキーな動きは予想していなかったのか、俺の蹴りは見事にボルドランの胴体を捉え、呻き声をあげさせるコトに成功した。

 

 あのヘンタイが初めて発した呻き声を聞いた直後、思わず『ざまぁ!』と心中で叫んでしまった。

 

 今までアイツ余裕ぶっこいてた喋り方してたからな……これで少しは紳士ぶるのを止めるだろ。

 

 再び俺とボルドランとの間に距離が出来、嵐のような怒涛の攻撃がようやく止んだ。

 

 ボルドランは蹴られた部位を抑えながら、前髪で隠れぎみになっている双眸で俺の方をじっと睨んでくる。

 

 右手で前髪を掻き揚げ、美男子とも呼べる美貌を露わにしたボルドランは俺に問いかけてくる。

 

 ていうか何で俺の知り合いは結構なイケメンが多いんだろうか。しかもそいつら性格面に措いて悲しき汚点を背負ってるとか……完全にギャグだろ。一番マシなのは裕斗ぐらいだよ、ほんと。

 

 「一つ、訊いてもいいですか?」 

 

 「何だよ?」

 

 「私の調べた情報が正しければ、アナタは私と同じか、それ以上の戦闘狂だと確認しています。それなのにも関わらず、アナタは先程から戦闘を楽しんでいる素振りを一切見せません。……私との勝負は楽しむ程高度な物ではないと?」

 

 「あ?そんなことかよ……お前の訊きたいコトって」

 

 思ったよりくだらない質問が来たので、俺はボルドランが知りたいであろう答えを伝える。

 

 「アーシアちゃんの時はよぉ、イッセーが後でどうにかしてくれる、ていう心の安心……て言うより、余裕があったから楽しんでたんだよ」  

 

 「心の、余裕……?」

 

 ボルドランは俺が何を言っているのか理解できてないのか、俺の台詞を反芻する。

 

 まあ、普通の奴は俺が何を言ってるのか訳が分かんねーと考えるだろうな。……目の前にいる男は普通じゃないけど。

 

 「でも今のこの状況は俺がどうにかするしかないじゃん?あの子の問題だからと言って、お前ら悪魔が関わってるとなっちゃあの子だけじゃどうしようもならない」

 

 つまり俺が何を言いたいのかというとーーーーー

 

 

 

 「楽しむべき戦闘と、やり遂げなければならない戦闘の区別くらいつくんだよ。」  

 

 

 

 そう言って俺が真っ先に思い出したのは二人の男の姿。

 

 一人は俺より年下で、ドラゴンの力を宿しているのにも関わらず俺にまだ一度も勝ってない弟のような存在。そして強い者を求めて戦いの日々を送る程の戦闘狂。

 

 もう一人は俺の義父の一人で、戦闘こそが我が快楽、とまで言える程戦いにドハマりして、戦争が終わった途端再び戦争を起こそうかと考える程の戦争狂。

 

 俺の人格はこの二人がきっかけで形成されたと言っても過言ではない。

 

 だが俺は二人のようにはならない。戦いを楽しむコトだけを考えて、自分が何のために戦っているのかを理解できなかったら、それは只の自己満足だ。

 

 満足した後、その出来事をよくよく思い返してみれば、下らないことしかやってきていない。

 

 そうならないよう、俺は『戦い(ケジメ)』と『闘い(娯楽)』の区別をつけて雌雄を決する。

 

 もう二度と同じ過ちを繰り返さないために。

 

 「お前を今ここでボコボコにする」

 

 首、指、手首。ありとあらゆる関節を鳴らした後、ゆっくりと歩き出しボルドランとの距離を徐々に埋める。

 

 ボルドランは納得のいく答えを俺の口から聞いたからか、不敵な笑みを浮かべながら手に持っているシルクハットを深く被り、

 

 「そうですか……どうやらアナタは私が追い求めている物となりそうだ。そうと決まればーーーーー」

 

 シルクハットを取り、俺に向かって投擲してきた。さながらブーメランのように。

 

 ていうかさっき被ったばっかなのに早速捨てるってどうゆうこと!?最近はジェントルマンが帽子投げるのが流行ってんの!? 

 

 仕方なく俺は足を止め、シルクハットを軽く弾き返そうとした所であるコトに気が付いた。

 

 アイツ……シルクハット捨ててなかったっけ?

 

 戦う前に邪魔だと言わんばかりにどこか彼方へーーーーー。

 

 意識が思考だけに傾いていたせいか、気が付けばシルクハットがかなり俺へと肉薄していた。

 

 さっきまでは只の帽子に見えたそれが、今になってはおぞましい凶器に見えた。

 

 挙げ句の果てには毒々しく、禍々しいオーラを醸し出しているように見えーーーーー

 

 「いや何か変なオーラ纏ってるーーーーー!?」

 

 防御本能が働きかけ、俺は次の動作を急変した。

 

 上半身を九十度以上反らし、紙一重という所でシルクハットが頭上を通過していく。

 

 シルクハットはそのまま旋回し続け、電柱にぶつかった所で勢いを緩めるーーーーーコトはなかった。

 

 物理法則を無視するかのように前進しようとし、遂には電柱をへし折ってしまった。

 

 そのままブーメランと同じ要領で戻ってき、再び俺の命を刈り取ろうと接近してくる。

 

 一体どんな素材で出来てるんだよあの帽子!?

 

 ほんの少し冷静になった俺は跳躍するコトによって攻撃をかわし、目的を見失ったシルクハットは主人に向かって推進していく。

 

 ボルドランは優雅な立ち振る舞いで飛んできた帽子を掴むと、再び頭の上にそれを乗っけた。

 

 「やりますね。只の帽子と油断してくれていれば、今頃アナタもあの電柱と同じ様になっていたというのに……」

 

 「お前……そのシルクハットは一体何なんだ?」

 

 「言うと思いますか?」

 

 「思わねえ」

 

 くそ、コイツ腹立つ!さっき俺が言ってた台詞取りやがった!案外根に持つタイプかよ……面倒くさいコトこの上ないな。

 

 とは言えあのシルクハットの正体が何なのか分からないが故に、迂闊に手が出せない訳で。

 

 裕斗や俺と同じ創造系の神器か?でなきゃ、あんなおかしな威力を持つ帽子がこの世にあるわけないもんな。

 

 もう少し敵の情報を探りたかったのだが、当然向こうは待ってくれない。何度目かになる帽子を取る仕草は、ボルドランが攻撃体制に入るコトを予期してた。

 

 俺は飛んできた帽子をグローブの力で絡め取ったが、未だ推進力を失わずただひたすらに前へ進もうとしていた。

 

 目の前で回転運動を繰り返しているシルクハットを注視していたせいで背中から伝わってくる殺気に気付くのに一瞬遅れてしまった。

 

 ボルドランがいつの間にか俺の背後まで接近しており、既に放たれていた回し蹴りが右腕に炸裂する。

 

 あまりの威力の高さ故、俺は塀の所まで吹っ飛ばされた。

 

 咄嗟に腕で防御したのはいいものの、ハンマーで骨を砕かれたような鈍い痛みが体中を走り抜ける。

 

 「つかこれ……折れてんじゃねえか」

 

 本来曲がらない方向に曲がっている自分の右腕を一瞥し、『砕かれたよう』どころじゃない状況に陥ったコトを鼻で笑う。

 

 もう笑うしかねえよこれ……笑ってねえとすっげえ痛いもん。

 

 尻餅を着いていたままだとカッコ悪いので、俺は地面から臀部を離し、そのまま立ち上がった。

 

 アイツなかなか嫌らしいコトしてくるじゃねえか。あれだけシルクハットを印象づけておいてそれを囮に使うなんてよ。

 

 「どうしました?まさかこれで終わりなんてコトはないですよね?」

 

 エセ紳士はいつの間にか新しいシルクハットを被っており、自分の策が通用したからか顔がさっきよりもニヤツいていた。

 

 くそったれ、その顔絶対に苦痛で染めてやる!

 

 「時にですが……アナタの『兵士』は無事生き残ってるのでしょうかね?」

 

 「あ?いきなりなんだよお前は?」

 

 突然イッセーの話題をフってきたボルドランの意図が読めず、俺は首を傾げた。それと連動して、右腕に鈍い痛みが走る。

 

 ……出来る限り体を動かすのは止めておこう。

 

 「いくら彼が神器持ちだからといって相手は二人。それも兵藤君よりかなりの実力を兼ね備えており、兵藤君の持っている神器は只の『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』。精々彼が私の仲間と戦えるのは五分程度と思いますが?」

 

 「そうか?俺はイッセーが勝つのに全財産賭けてもいいぜ?」

 

 「……やけに自信がおありですね。私の知らない何かが彼にあるとでも?」

 

 「あるね。大ありだ」

 

 俺は左腕を自分の顔の高さまで持って行き、人差し指をピン、と立てた。

 

 「一つ目は俺があいつに提示した報酬。それだけであいつの戦闘力はガラリと変わる」

 

 アーシアちゃんと一線越えられるかどうかが懸かってるからな。今のイッセーは恐らく上級悪魔を凌駕しかねない実力を兼ね備えている。

 

 てゆうかあいつアーシアちゃんと彼氏彼女の関係になったんだからキスの一つぐらい簡単にしろよな。邪魔してんのは俺なんだけど……。

 

 「二つ目はお前が持っているイッセーに関しての情報が間違ってるコトだ」

 

 次に俺は薬指を立て、手をピースサインのような形にした後、ボルドランにもう一つの可能性を示した。

 

 ……左腕動かしてるはずなのに右腕がめさくさ痛ぇ。骨折れたのなんて初めてだからこんな風になるなんて思ってもみなかった。

 

 「……何ですって?」

 

 ボルドランはそこで初めて疑惑の表情を作った。

 

 「お前言ったな。イッセーの持っている神器は只の『龍の手』だって。それを聞いた瞬間、俺はお前の目はまだまだだなって思っちまったよ」

 

 「それは一体どうゆうーーーーーッ!」

 

 ボルドランは信じがたい光景を目にしたせいか、これまでにないくらい瞳孔を開いている。……つかそんなに開いて大丈夫なの?

 

 対して俺は後ろから足音が聞こえるコトから、誰かがコッチに来ているのを理解した。

 

 それが誰かだなんていちいち振り向かなくても分かる。だってソイツは、俺が絶対に勝つって分かってたから置いてきた奴なんだ。

 

 「摩耶さん一体どこまで移動してるんですか!?捜すのに苦労しましたよ!」

 

 息を切らしながらシャウトしているのは言わずもがな、俺の『兵士』だ。

 

 「お疲れさんイッセー。敵さんはどうだった?倒すのに苦労したか?」

 

 「したに決まってるじゃないですか!……つか摩耶さんはまだその変態倒してなかったんすか?」

 

 イッセーが後ろで『俺が最初に倒した。二人相手だったのに先に倒しきった♪』と虫酸が走る台詞を吐いていたが、俺の右腕を見たのかやけに焦ったような声を出した。

 

 「摩耶さんその腕……!」

 

 「大丈夫だって。ハンデみたいなもんさ」

 

 俺は他の筋肉を使うコトによって力が入らない右腕をプラプラと左右に振る。

 

 ふぇぇ、痛いよ~泣きそうだよ~。でも泣いたらイッセー余計に心配するだろうしな……あと高三にもなって泣くのかカッコ悪いから嫌だ。

 

 「ハンデ、ですか。ならこれからはもう少し本気を出してくれるというコトですか?」

 

 ボルドランは露骨に嬉しそうな笑みを作り、頭に乗ってあった帽子を取り外すと同時に俺達に向かって投げてきた。

 

 俺はイッセーの首根っこを掴むと、帽子というな名のブーメランを避けるべく真上に跳んだ。

 

 「うわわわわ、高ぇぇぇぇえええ!」

 

 「黙ってろ、舌噛むぞ……ッ!」

 

 流石に二度目なので今度は感知し、イッセーに『ちゃんと受け身とれよ』と耳打ちし、さっきまで俺らが立っていた所に放り投げた。

 

 「えっ、ちょっ、何ーーーーーーーーーー!?」

 

 我が『兵士』が驚きの声を上げているが、俺はイッセーの心配をしている余裕はない。

 

 「さすがに二度同じ手段は通用しませんか。しかし自分の眷族を逃がす為に自らが囮になるとは、その事故犠牲精神には感服するばかりです!」

 

 俺の更に上の空間を支配しているボルドランは迸る程の殺気を撒き散らしながら、空中で一回転するとそのままの勢いでかかと落としを決めにきた。

 

 体操選手かと思わせられる程の華麗な回転運動とは裏腹に、威力は必殺という質が悪いコトこの上ない攻撃が容赦なく披露される。

 

 「くそが……ッ!」

 

 両腕を十字にクロスさせ、ボルドランからの攻撃に備えたが全ての威力を吸収しきれず、三振した野球選手がヘルメットを地面に投げるような勢いで落下していった。

 

 背中からかなりの激痛が走り、路面に叩きつけられたコトを自覚する。

 

 「がっ……!」

 

 やべぇ、最悪。右腕は神器で無理矢理動かしたからかもう感覚すらないしさっきのでかなりダメージが溜まった。あと同じのを二、三発もらったら多分オチる。

 

 最悪なシチュエーションが頭に浮かび、それを否定するかのように二本の足で立ち上がる。

 

 「摩耶さん!」

 

 「でぇじょうぶだって。ハンデみたいな……もんさ」

 

 空元気を振り回すが、生憎イッセーにもバレる始末。そろそろ本格的にやべぇな。 

 

 「…………くくっ」

 

 ボルドランは勝利を確信したのか低い笑い声を漏らし、

 

 「ハハハハハハハ!」

 

 堂々と大声で笑い出した。

 

 「勝てる、勝てるぞ!私は遂に目的を達成するコトが出来る!アナタという強敵に打ち勝てば、『奴』も私を無視するコトは出来なくなる!」

 

 一体何言ってんだコイツは?アドレナリンが分泌されすぎておかしくなったか?

 

 イッセーもボルドランを怪奇を見てるような目で見つめーーーーー

 

 

 

 「私はもう一度、『白の龍』と戦える!」

 

 

 

 ーーーーーその言葉を聞いた瞬間、俺は何故だが、風前の灯火に近かった闘志が蘇るのを感じた。

 

 ボルドランは、『アイツ』と戦ったのか?しかもあの言い方だと、どうやら『アイツ』に負けたらしいが。

 

 「アナタは私の目的の為の架け橋になる!私は今ここでアナタと兵藤君を完膚無きまでに叩き潰しーーーーー」

 

 ボルドランが最後まで言いたかったであろう言葉を紡ぐコトは出来なかった。何故なら、

 

 「ギャーギャーギャーギャー喧しいんだよ、石油王。いいからとっとと決着つけようぜ」

  

 俺が神速とも呼べるスピードでボルドランに接近し、アイツの腹を思いっきり蹴り飛ばしたからだ。

 

 もう限界、みたいなコトをさっきまで言ってたが前言撤回だ。コイツは何があってもぶっ潰す!

 

 「おいイッセー」

 

 「な、なんすか!?」

 

 しゃべりかけられるとは思ってなかったのか、それとも俺がいつもの調子を取り戻したコトを不思議に思っているのか、イッセーは困惑したような声を発した。

 

 そんな我が『兵士』に、俺は絶対的な自信を持って宣言する。

 

 「絶対に勝つからよぉ、最後まで俺の戦い見とけよ」

 

 イッセーは少し驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの明るい笑みを作った。

 

 「ウス!信じて待ってますから!」

 

 「お前ソレアーシアちゃんみたいな可愛いヒロイン系の女の子が言う台詞だぞ」

 

 最後の最後までおちゃらけた態度を取った俺は、直ぐにボルドランのいる方へ体を向けた。

 

 ボルドランも既に体制を整えており、何回か地面を転がったのか服装がかなり乱れていた。

 

 「さーて、アルマゲドンとしゃれこもうか?」

 

 俺とボルドランは戦闘狂の証である『笑み』を作り、第二(ラウンド)へと突入した。




イ「そういえば何でボルドランのコトを石油王って呼んだんですか?」

摩「いやほら、帽子武器にして戦うなんてまるっきりあの人じゃん」

イ「……それって誰ですか?」

摩「スピードワーーーーー」

イ「はいアウトーーーーー!」

正直ここまで続くとは思ってなかった。



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番外編1 相談部のお仕事 その4

デュラララ!面白かった
ついつい夜更かしして観てしまった。


 「そらぁぁぁああああ!」

 

 ボルドランが放つ威圧的な一撃を、上半身を反らすコトによって紙一重で回避する。

 

 そのまま重心を後ろに持って行き、小猫ちゃんの蹴りをかわした時と同じように体を九十度ぐらいに折り曲げる。

 

 このままでは頭が地面にゴッツンコしてしまうので、両足の力を地面に伝導させ、後方宙返りと同じ要領で体制を立て直す。

 

 反撃もせずにただ避けるだけだと、ボルドランのペースになってしまうので宙返りすると同時に蹴りでボルドランの顎をカチ上げる。

 

 この技って何ていうんだっけ……確かサマーソルトキックだったような気がする。

 

 「ぐっ……!」

 

 呻き声を上げたボルドランはゆっくりと後退し、片膝を地面に着けた。

 

 顎を蹴り上げたんだから脳が揺れて軽い脳震盪みたいなのが起きてるはずだ。いくら悪魔であろうとなんだろうと、内臓を鍛えるコトなんて出来っこないからな。

 

 ……あれ?脳って内臓だっけ?まあ、どっちでもいいや。

 

 再びボルドランと俺との間に距離ができる。

 

 ボルドランは手数が多いし、しかもその一発一発がスゲー重いから勢いに乗せたら忽ち面倒になる。この状況ははっきり言ってありがたい。

 

 流石『戦車』。小猫ちゃん並みの戦闘力だと思ってたが、多分実力は小猫ちゃんより上だ。

 

 ……何か腹立つな~。自分の弟子的存在が同じ土俵で実力が劣っているというコトを思い知らされると。

 

 この戦いが終わったら小猫ちゃんをかなり育ててあげよう。絶対そうしよう、うん決めた!

 

 ……あれ?これって死亡フラグじゃね?

 

 などとバカなコトを考えていると、もう体が回復したのか、ボルドランが地面にクレーターを作るほどの脚力で俺に接近してきた。

 

 凄まじいダッシュの勢いが乗った拳が容赦なく俺に向かってき、何とかかわそうとするが時すでに遅し。

 

 ボルドランの攻撃は俺のボディに突き刺さった。なんと見事なフラグ回収♪

 

 「ごほっ!」

 

 肺から空気が一気に排出され、呼吸をするコトを体が拒否する。

 

 しかし俺も只ではやられない。ボルドランのボディブローがヒットする瞬間、即座にバックステップを取るコトによって威力を軽減したのと距離を取るのを同時に行うコトが出来た。

 

 なのにこの破壊力……。アイツあんな細い体のどこに化け物級の膂力を隠し持ってるんだよ。いくら『戦車』だからってこの怪力はおかしいだろ。

 

 ……さっき俺が言ってたコトと矛盾しているような気がするが、気にしないでおこう。

 

 「摩耶さん大丈夫っすか!?」

 

 戦闘の余波が届かない安全圏の方から俺の名を呼ぶ声が聞こえる。我が『兵士』、兵藤一誠君ことイッセーだ。

 

 「小猫ちゃんのコト考えてたらさっきの攻撃もらった。……俺さ、帰ったら小猫ちゃんにーーーーー」

 

 「それフラグーーーーーーーーーー!」

 

 イッセーが魂からの叫びをかますコトによって、何とか俺の死亡フラグ建設は阻止された。

 

 ……さて、フラグ回避も出来たコトだし、そろそろおふざけなしの真剣勝負と行きますか。

 

 「その目……」

 

 「あ?」

 

 「アナタの目は、まるで『白い龍』に似ています。しかも私が『白い龍』の名を口にした瞬間、アナタは人が変わったように好戦的になった。……アナタは『白い龍』と何か関わりが?」

 

 「ああ……まあ、弟みたいなもんだよ」

 

 『アイツ』の話題が出てきたからか、自然と笑みを作ってしまう。俺がいなくなっても『アイツ』はうまくやれてるのか……まあ、『アイツ』は寂しがるようなタイプじゃないからな。

 

 ていうかボルドランから見て、今の俺って好戦的なんだ。別にこの戦いが楽しい訳でもないのに……訳わかんねえや。

 

 「弟……まさか『白い龍』をそんな風に呼ぶ人物がこの世にいるとは思いませんでしたよ!ならーーーーー」

 

 ボルドランは頭に被っていた帽子を外すと、もう何度目か分からない投擲行動へと動作を移す。

 

 「アナタを倒せば、『白い龍』が私ともう一度戦ってくれるというコトが確立された、というコトですね!」

 

 結構強引な結論に至ったボルドランがシルクハットを投げてくる。もう救いようがない程戦闘にハマってるじゃないですか、ボルドラン君よぉ。

 

 飛んできたシルクハットを上に跳んでかわしても、神器の力で止めても、ボルドランはいつの間にか俺のすぐ後ろに回っている。

 

 帽子に気を取られている間に接近してくるなんて嫌らしいコトしやがって。そっちがその気ならーーーーー

 

 「そらよっ!」

 

 俺はボルドランとシルクハットを視野に入れつつ、サッカーボールを蹴るような感覚で足を振る。

 

 すると何というコトでしょう。俺に接近してきた帽子は綺麗に俺の足の甲を捉えたではありませんか。

 

 ……ていうか、俺が狙ってそうしたんだけどな。

 

 「お、おぉおお……ッ!」 

 

 電柱を折る程の威力を持っている帽子は、そのまま俺の足をへし折ろうとする為に前進を続ける。

 

 骨が軋むような痛みが全身を走り、気を抜けば足が一気に千切れそうな感覚に陥る。

 

 しかし残念ながらシルクハットが相手にしてるのは電柱ではなく、この俺天童摩耶様だ。スナック菓子を潰すように簡単にいくと思ったら大間違いだぜ。

 

 「あぁ、らぁああ!」

 

 痛みを堪えながら足を振り抜き、驚異的な破壊力を持つ帽子をエセ紳士にお返しする。

 

 「何!?」

 

 ボルドランは俺がシルクハットを蹴り返して来るとは思ってなかったのか、表情に驚愕の色を滲ませた。

 

 けれどもボルドランの戦闘経験も伊達ではなく、自分に向かってきたシルクハットを跳躍するコトによってこの危機的状況を瞬時に切り抜けた。

 

 だが、

 

 「駄目でしょうが、俺から目を離したらさ~」 

 

 「なっ!?」

 

 ボルドランがシルクハットに気を取られていた一瞬の間に、俺はボルドランより上の空間を支配した。

 

 さっきまでコイツが俺にやってきた戦法だ。シンプルで分かりやすいぶん、シルクハットを跳ね返せる程の実力を持っている奴なら誰でも真似るコトが出来る。

 

 まあでも、俺の場合は足を神器の力で強化したから簡単に蹴り返すコトが出来たんだけどな。……いや、強化と言うより武装かな?

 

 「お返しだクソ野郎が!」

 

 ボルドランが披露した華麗なるかかと落としとは遠くかけ離れた、喧嘩屋が使うようなただ足を振り下ろしたようなかかと落としを放つ。

 

 「がっ……ッ!」

 

 綺麗にボルドランの腹を捉え、何かが壊れていくような嫌な音が聞こえてくる。

 

 直後、ボルドランが口から赤い液体を吐き出し、その液体が俺の頬を濡らす。

 

 ヌメリとした感触がするこの液体を血だと理解したのは、ボルドランが地面に衝突した後のコトだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「化け物ですか………アナタは」

 

 「最近は特に言われるコトはない……いや、少し前にナイスバディの堕天使に言われたっけな」

 

 戦いが終わり、ボルドランは脇腹を抱えながら道路に出来上がったクレーターの真ん中に寝そべっていた。因みに俺はボルドランのすぐ近くに座り込んでます。

 

 さっき血を吐いていたコトもあり、内臓が逝ってしまったか、と思われたが幸いアバラだけで済んだらしい。

 

 それにしても、キック一発でオチるなんて思ってもみなかった。この俺の右腕をぶち折るくらいの実力を持ってる奴なら尚更だ。

 

 もう少し戦わなければいけないと思っていたのに、こんな簡単に決着が着くなんておかしい。何か理由でもあんのか……?

 

 「実を言いますと……」

 

 ボルドランは俺の思考内容を察したのか、

 

 「私は『戦車』の特徴である、鉄壁と呼べるほどの防御力を備えていないのです」

 

 俺の考えを補完する一言を発した。

 

 「……は?一体何で?」

 

 が、正直俺はボルドランが告げた真実を理解できないでいた。

 

 悪魔界のシステムを管理、及び開発したのは他でもない現魔王の一人だ。悪魔の駒もそれの一つに入る。

 

 あれほどの人が生み出したシステムに不具合が出るなんて考えにくい。だとしたら、一体何がボルドランを生半可な『戦車』として覚醒させてしまったのか。

 

 「私の主は上級悪魔になりたてで、浮ついていたんでしょう。眷属にした下僕悪魔にありとあらゆる嫌がらせを実行し、逆らえば力でねじ伏せる。そんな人だったんです」

 

 ボルドランは自分の過去を眈々と語り出した。

 

 確かに上級悪魔でそんな奴はゴロゴロいる。自らの権力を好き勝手に振りかざし、下僕悪魔だからという理由だけで何をしてもいいと思ってる奴が。

 

 だがそれは案外的を射抜いており、そのような下劣な行為は一切罪には問われない。ただ、聞いてて不愉快になるのは違いない。

 

 現に俺は、右腕が折れているにも関わらず、握り拳を作っているんだからな。

 

 怒りのせいかアドレナリンが大量分泌されてるせいか、痛みは一切感じなかった。

 

 「そして私を転生悪魔にする時に、主は『戦車』の駒を半分に折って私に使役しました。理由は単純、どうなるのか知りたかったからだそうです」

 

 「何だよそれ!ふざけんなよ!」

 

 隣からかなりの轟音が響いてくる。いつの間にか近くにいたイッセーが耐えきれなくなり、怒りを露わにしたのだろう。

 

 俺と同じように拳を握り、ギリギリと音が聞こえる程歯を食いしばっていた。

 

 俺はそんなイッセーを一瞥し、ボルドランが再び語り出したので視線を戻す。

 

 「結果私は『戦車』もどきになってしまい、主から受ける嫌がらせは他の者より過激な物となりました」

 

 「駒半分になっただけで性能がそこまで変化するのか?」

 

 「現に私がそうなっているでしょう。もっとも、それに気付いた上層部はシステムを改変したらしいですが、私が『戦車』本来の力を取り戻すコトはありませんでした」

 

 ボルドランは腕を地面に叩きつけ、抑え込んでいた感情を吐き出すように、天に向かって叫んだ。

 

 「私はーーーーー悔しかった!上司だからという理由だけで自分を好き勝手にされ、自分こそが絶対だとでも誇っている主の顔を見るのが!私を唯一庇ってくれた仲間を……麻里を救えなかった自分自身に!」 

 

 『麻里』という人がボルドランにとってどれだけ大切な人だったのかが、嫌と言うほど理解できた。

 

 その人の名前を口にした途端、ボルドランが目から涙を溢れさせたからだ。夕日で涙が照り帰り、ボルドランの顔がほんの少し輝く。

 

 「だから私はあの時手に入れた力をーーーーー『凶気の紳士(ブラック・ジェントル)』を使って主を殺した!私は間違っていない!だから負けるはずがない!麻里の為にも、最強であり続けなければならないのだ!それが彼女との約束だから……なのに」

 

 「甘えてんじゃないよ、ったく」

 

 俺は重い腰を起こし、尻を何回か叩いた後背伸びをした。

 

 ポキポキと音がなり、刹那の間に浮遊感に似たものを感じ取る。

 

 「負けを認めるのも一種の強さなんじゃないの?実質、お前と戦ったコトがある『白い龍』さんは俺が何度も叩きのめしたコトがあるしさ」

 

 「あの……『白い龍』が!?」

 

 「ああ。『アイツ』は自分の負けを認めて何が足りないのかを自覚した後、それを補うための修行を自分に課してたぜ。そういう心の強さがお前には足りないんじゃないの?」

 

 まあどれだけ強くなろうが俺も強くなっていったから差が縮まるコトはなかったけど♪

 

 「心の強さなど……ただの詭弁だ!誰もが強靭な精神を宿していたら強くなれるとでも?決して諦めない根性を持つ者だけが強くなれるとでも言いたいのか!?」

 

 「誰もそんなコト言ってないだろ。何を目指して、何を心の支えにするのかは人それぞれだしよ」

 

 『アイツ』は負けたくないという意地と、強い奴と戦いたいという欲求がそれだったからな。あるいみ歪んではいるが、非人道的なコトは一切していない。

 

 そういう面では、『アイツ』はボルドランよりはるかに強い。だからそれが実力差に繋がる。そしてーーーーー

 

 「多分コイツの方がお前より強いぞ」

 

 俺はそう言ってもう一人の弟分であるイッセーの頭をポンポン、と叩いた。

 

 「ふぇ!?ま、摩耶さん何言ってんですか!?」

 

 イッセーは自分が会話に混じることがないと思っていたのか、かなり狼狽している。

 

 「私が兵藤君に……負ける?そんなわけないでしょう!」

 

 「俺はそうは思わないけどな。……イッセー、もしお前がコイツと戦って負けたらアーシアちゃんが盗られーーーーー」

 

 「勝ちますね!いや、勝てますね!十秒で血祭りにしてみせますよ!」

 

 早えよ、まだ最後まで言ってないだろうが。それにいくらなんでも十秒で血祭りは無理だと思う。

 

 ボルドランはイッセーの言い分に納得できないのか、イッセーの方を見て問い掛けた。

 

 「どうして君は……そんなにまで真っ直ぐでいられるんです?」

 

 端で聞いていた俺は、その質問は野暮だと思ってしまいつい笑ってしまった。

 

 「どうしてって……好きだからだよ」

 

 イッセーがその問いに答える。

 

 「それだけ……ですか?」

 

 「それだけだよ。ていうか、いつだって俺はそれだけで戦える」

 

 「……好き、だからですか……それだけで強くなれるなんて……」

 

 ボルドランが何時までたっても認めようとしないため、イライラした俺は会話に割り込んだ。

 

 「うるせーなお前はァ!お前がそこまで強くなったのだって『麻里』って人との約束を果たすためだろうが!そこまでその約束に執着してるってコトは、お前も麻里さんが好きだったんだろ!?」 

 

 ボルドランは面を食らったような顔をし、何回か目をしばかせた後、呟いた。

 

 「……私は、彼女を愛していた。彼女との約束を果たそうとするうちに着実に力を付け、主と同じようになってしまった。約束を口実にして、人を傷つけるのを楽しんでしまった……そうか、私は……」

 

 間違っていたのかーーーーー

 

 最後にそう言ったボルドランはゆっくりと体を起こし、ふらつきながら歩を進めた。

 

 「彼女の弟はこの先にある廃倉庫にいます。三日も飲まず食わずなので、かなり空腹なはずです」 

 

 「マジか、それならさっさと助け出してやらんとな」

 

 彼女、というのが女生徒のコトであるのはすぐに理解できた。ていうか、俺はあの子の為に戦ったんだからな。

 

 俺はボルドランの隣を素通りし、倉庫に向かって走る。

 

 「私を……捕らえないのですか?」

 

 後ろから戸惑いの声が聞こえる。

 

 「んなこと言われても、俺にどうしろって言うんだよ。リアスやソーナみたいな権力持ってないんだし、捕まりたいなら自首なり勝手にしてくれ。したくないならしなくてもいいし」

 

 「かまわないのですか?」

 

 「別にいいんじゃね?だってーーーーー」

 

 俺はボルドランに背を向けたまま、

 

 

 

 「目的さえ見誤らなければ、何度でもやり直せるんだからな」

 

 

 

 俺の本音を言った。

 

 『麻里』って人との約束を改めて認識した以上、アイツはもう道を踏み外すコトはないだろう。それぐらい、今のアイツは清々しい。

 

 「やり直せる……ですか。麻里はこんな私を許してくれますかね」

 

 「どうなんだろうな、知らねえ」

 

 「随分勝手ですね、摩耶さん」

 

 我が『兵士』が何か言っているが聞こえない。今俺の鼓膜は、ボルドランの声しか拾っていない。

 

 「麻里が言っていました。……優しい人がタイプなのだと」

 

 「……そうかい」

 

 ボルドランに笑みを向けると、俺は今度こそ倉庫に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イ「結局ボルドランの神器はなんなんですか?」

摩「戦ってみたところ、恐らく創造系だろうな」

イ「へぇ~。ところで摩耶さんのはどんなのですか?」

摩「創造系」

イ「何を創造するんですか?……ちょっと、何でなにも言わないんですか、ちょっと!?」

次回、番外編終了


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番外編1 相談部のお仕事 その5

ポケットモンスターOR面白い!
代償は執筆ry
それとテストが重なった。皆さんすんまそん。


 「あ、あの!この度は、たたた大変お世話になりまして!私のせいでこんなコトになってしまってなんと言ったらいいか……!」

 

 「いいからいいから、もう顔上げなって。その台詞今日で何回目だよ」

 

 俺の目の前でペコペコ頭を下げている女生徒は、もう数え切れないくらい平謝りしている。

 

 あの後俺とイッセーは、倉庫内をくまなく捜したところ見事弟君を発見。そのまま保護し、彼女の家に弟君を届けてあげたのである。

 

 家から出てきた彼女は相変わらず無気力な顔をしており、俺の姿を見たとたん驚愕を露わにしたが、俺の背中にいた弟君を見て突然泣き崩れた。

 

 今まで自分がしてきた行為に対する罪悪感と、弟君が家に戻って来たコトで溜め込んでいた感情が一気に爆発したのだろう。夜中だっていうのにわんわん泣き出して、めさくさ声が響いてた。

 

 周りからいらぬ誤解を生んだら面倒くさいので、無理矢理家に押し入って彼女が落ち着くまで居座ってた。

 

 まああれだけの事件に巻き込まれたのだし、当然っちゃあ当然か。

 

 「あの、本当にスミマセンでした!私のせいで先輩が、その……腕を」

 

 「気にしなさんなって。腕の一二本ぐらい折られても死にゃしないよ」 

 

 女生徒が言うとおり、今俺の右腕はギプスで固定されて使い物にならなくなってる。

 

 本来なら全治二ヶ月は掛かるものを、アーシアちゃんのおかげで二週間にまでなったのだ。これしきの対価で一家族が元どおりになるなら安いもんだ。

 

 因みに全治までさせようとするとアーシアちゃんの精神力が枯渇しそうなので止めておいた。アーシアちゃんは無理をしてでも治そうとしていたが、俺が丁重にお断りした。腕が使えないコトで、アドバンテージが出てくるコトもあるからね。

 

 さて、その女神とも呼べる優しい心を持つアーシアちゃんは今、

 

 「……………………」

 

 「あの、アーシアさん?どうしてそんなに俺の側に寄ってるのですか?後輩だって目の前に居るし……恥ずかしいんだけど」

 

 現在進行形でイッセーとイチャラブしてます、はい。

 

 何でも自分に黙ってコトを運んでいたことを怒っているらしく、さっきから頬を膨らませてイッセーの腕にしがみついている。

 

 イッセーは性格はドスケベなものの、心はウブなんていうラノベみたいなキャラをしているから、こういう状況には恥じらいを覚えるようだ。

 

 そして今更だが相談部の部室にはテーブルが一つ、そしてそのテーブルを囲むようにソファーが四つ置かれてる。

 

 俺と女生徒は向かい合うように座っており、その隣のソファーにイッセー達が座っている為、奴らのイチャつきぶりが視界に入ってきてイラつくがあーだこーだ。

 

 「死ねこのくそ野郎が!」

  

 「いきなりなんなんですかアンタは!」

 

 俺の切り札とも呼べるせんべい手裏剣をイッセーは噛んで止めた。

 

 ぬぅ、もう耐性が付いたか。もう少しこの武器で殺れると思ったのに。

 

 「あの、何で私達のコトを助けてくれたんですか?」

 

 「へ?」

 

 突然女生徒から話し掛けられ、彼女が未だこの部屋にいるコトを思い出した。……彼女の存在を忘れるほどムカついてたからな、仕方ない。うん、仕方ない。

 

 隣で上級生がイチャついてるせいか、顔がほんのりと赤くなっているように見える。彼女も彼女で思うところがあるらしい。

 

 だって目の前でイチャつかれたら……ねぇ?

 

 「だって先輩言ってたじゃないですか。相談部の仕事は相談だけだって。相談が終わればその事態には一切関与しないって」

 

 ……聞いてたのかよ。この子意外と地獄耳だな。

 

 さすがのボルドランも自分が悪魔だというコトを告白していないため、女生徒は悪魔のコトを一切知らない。

 

 まさか悪魔のコトをそのまま言う訳にはいかないし……どうしよう。

 

 俺はどう答えたらいいか悩み、左手で頭を掻く。

 

 途端に俺は、彼女が初めてこの部屋に来たことを思い出した。

 

 ……そうだな。

 

 

 

 「君には涙が似合わないと思ったからだよ」

 

 

 

 我ながらクサい台詞だと自覚しながら、彼女に俺の本心を告げる。

 

 あの時、死人のような顔をし、あまつさえ涙を流すほど弱っていた彼女を俺は長い時間見たくなかった。だから深く関わらないようにした。

 

 けれども現実はそんなにうまく行かず、何の因果か俺は結果的に彼女を助けた。

 

 でも俺は後悔はしてない。最終的には彼女の元気な姿が見れるようになったのだから。

 

 ……今の俺を見たら『アイツ』は何て言うかな。変わったな、かな。それともいつも通りだな、かな。

 

 まあ何と言いますか、俺は見事目の前にいる女の子を笑顔に出来たんですよ。ガキの頃から俺はちゃんと進歩したってコトだな。

 

 ーーーーーもう二度と、あんなコトにはならないために、俺は強くなる。

 

 「………………ふぇ」

 

 「……ん?」

 

 自分がいいコトをした、と余韻に浸っていると、目の前にいる女生徒が何やら変な声を発した。

 

 見ると女生徒はさっきまでほんのりと赤く染めていた顔を、今ではリンゴのように真っ赤になっていた。

 

 ……あれ?俺何か変なことした?

 

 「摩耶さんそれは……」

 

 「だ、大胆ですぅ……」

 

 いつの間にか二人の世界に入っていたはずのカップルが俺の方を見て言葉を漏らしていた。顔は女生徒と変わらないぐらい真っ赤になっている。 

 

 俺は何か良からぬコトをしでかしてしまったのでは、と思い未だ硬直状態の女生徒の肩に触れようとした時、

 

 

 

 「そ、それはいくらなんでも不意打ちですよーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 耳元でクラッカーを鳴らされたような爆音が鳴り響き、しばらくの間体が硬直する。

 

 その隙に彼女は真っ赤な顔を両手で覆い、一目散に部室を出て行った。

 

 ……うわ、やっぱ俺何かしでかした?後でちゃんと謝っておこう。

 

 「……摩耶さんってもしかしてジゴロですか?」

 

 「あ?いきなり何言ってんだよお前は」

 

 意味不明なコトを言い出したイッセーを軽くあしらい、テーブルに置いておいた報告書を取ろうとした所で俺は気付いた。

 

 「あの子、生徒手帳忘れてんじゃん」

 

 テーブルの上に鎮座していたそれーーーーー女生徒の生徒手帳を手に取る。

 

 さっき思いっきり立ち上がったせいでポケットから落ちたのだろう。ていうか生徒手帳なんて大切なもんポケットに入れとくなよな。

 

 何組かを調べる為に開く。

 

 忘れたんならソーナに報告書持って行くついでにこれも持って行ってあげーーーーーーーー!

 

 「どうしたんすか?摩耶さん」

 

 「……いや、なんでもない」

 

 俺は手に取った生徒手帳をポケットに入れた後、報告書に必要事項を記入し終わったと同時に生徒会室に向かう。

 

 「え、もう会長の所に行くんすか?」

 

 「おう、今日はもう鍵閉めといて……窓以外の」

 

 前回の失敗から学び、一応釘を差して部室を後にする。

 

 俺は生徒会室に行く道中で、もう一度女生徒の生徒手帳を出し、名前の欄を凝視する。そこには部室で見たときと変わらない、あの子の真名が記されていた。

 

 

 

 ーーーー幾瀬京香(いくせきょうか)

 

 

 

 それが彼女の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 「そうですか、無事収集がつきましたか」

 

 「まあ、一応な」

 

 所変わって生徒会室。俺は一週間で二度もこの部屋に足を踏み入れるコトとなった。

 

 普段は部室でぐーたらしてる俺がこんなに働き者になったなんて、過去の俺が知ったらきっと驚くだろうな~。

 

 「……何ですか、その俺は変わったんだぜ、みたいなドヤ顔は」

 

 「え、そんな顔してた?」

 

 「してました。いつもよりだらしない顔になってましたよ」

 

 「ひどくね?そこまで言うなんてひどくね?いつもよりって俺そこまでビジュアルひどくないでしょうが」

 

 「珍しく授業に出てくると思ったらその授業中に惰眠を貪る。その時の表情は緩みまくりで、挙げ句の果てにはよだれすらーーーー」

 

 「止めろお前!何かハズいから止めろ!」

 

 否定しきれないほどの判断材料が揃ってやがるな。つか、俺寝顔よりドヤ顔の方がひどいってソーナにどんな風に見られてんの?

 

 完全に脱力した俺は地べたに寝転がり、床に円を描くように指を動かす。

 

 これでも少しは顔に自信あったんだけどな……ちくせう。

 

 そんな俺を見て、ソーナは心の底から面白そうに笑い、一応フォローを掛けてきた。

 

 「冗談ですよ。普段のアナタは魅力的な男性ですよ。ここだけの話、アナタのコトを気にかけてる女の子が何人かいるんですよ」

 

 「うーそーだーねー。授業中よだれ垂らして寝てるようなダメ男誰が好きになるんだよ」

 

 「そう思うなら少しは生活習慣を改めたらどうですか……全く」

 

 頭上から紙をめくる音が聞こえる。ソーナが報告書に目を通しているのだろう。

 

 俺はというと、未だ床に寝そべってふてくされている。もうこのまま寝てしまおうかな。

 

 左肘を床に着け、左掌に顔を乗せる。休日に色んな家庭の父親がよくやる寝転がり方だ。

 

 だが俺の眠気は珍しく一気に霧散する。何故ならーーーー

 

 

 

 視界の先にソーナの生足があるからだ。

 

 

 

 ソーナが使っている会長机は色んな学校の校長が使っているような大きい机だが、珍しく下らへんの板が切り抜かれており、普通の生徒が使う机のような構造になっている。

 

 そこから無防備に曝される女子高校生の生足に目が釘着けにならない男子なんていると思うか?いるわけないだろ。

 

 自慢じゃないが、俺だって性欲ぐらいある。イッセーまでとはいかないが、普通の男子生徒を凌駕してると思う。

 

 故に俺は、匍匐前進しながらその絶景まで近寄る。

 

 「報告書を見る限り、彼女のその後は心配なさそうですね」

  

 「そうだな」

 

 適当に相槌を打ち、尚も目的地へ進撃する。

 

 すると、嬉しい誤算が出来た。

 

 遠目からでは分からなかったが、少し近づいただけで絶対領域が可視になりつつあるのだった。

  

 スカートが覆い被さっているため、領域内は薄暗いがかなり近付けば鮮明に見えるはずだ。

 

これはもう最後まで行くしかないな。ここで立ち止まっては男が廃るしな。

 

 幸いソーナは報告書を読むコトに没頭してるので、こちらの行動に気を配っていなかった。

 

 細心の注意をはらいつつ、遂に俺は脳天を机内に入れるコトに成功した。

 

 目線を真横に送ると、雪のように白く、本気で握りつぶせば簡単に粉砕できてしまいそうな華奢な足がすぐそこにあった。

 

 しかも何か女の子特有の甘い香りがする。使ってるボディーソープがいい物なのか、それがソーナの魅力をより一層引き立てている

。 

 このまま上を向けば男子全員が夢見る禁断のーーーー!

 

 そうして俺はこの目に楽園をしかと焼き付けようとして顔を上げた。

 

 しかし目に飛び込んできたのは真っ暗な闇だった。それと同時に、鈍い痛みが鼻先に生じた。

 

 「ギャーーーーーーーーーーーー!」

 

 「アナタは一体何をしてるの!人が話しかけてるのに無視してると思ったらこんな破廉恥な真似をして!」

 

 ソーナは天井に突き刺さるんじゃねえか?と思うくらいの勢いで立ち上がり、端正な顔を真っ赤に染め上げていた。

 

 両手でスカートを押さえ、恥ずかしそうにもじもじと動くその様に、彼女本来の聡明さは感じられず、寧ろ萌え要素が強いコトこの上ない事態になっていた。

 

 だが俺はそんな彼女の知られざる一面を見れたコトに歓喜していた。

 

 アイツあんな顔するんだな……これはいい土産を手に入れたもんだ。

 

 「少しは反省しようという気概は無いのですか!?」

 

 「あぶね!!」

 

 ソーナは煮えたぎっている怒りを発散するためか、俺の頭に容赦なく足の裏(スタンプ)を落としてくる。あんなの当たったら顔潰れるわ!

 

 「お前そんなコトしてくる奴だっけか!?もっとこう、力より知、みたいな奴じゃんお前!」

 

 「アナタが下らないコトをしなければこんな行為に及ぶコトは無かったわよ!」

 

 絶対領域を見たいと思うコトが下らないとはどういうコトだ!女しか分からないコトがあるように男にしか分からないコトだってあるんだぞ!

 

 だがそれを言えばソーナから更なる鉄拳が飛んで来そうなので、俺はやむなく口を塞ぎ、緩慢と立ち上がった。

 

 ふと、視界に入ったソーナの膝は、ほんの少しだけ赤くなっていた。

 

 それから察するに、俺はどうやら膝蹴りを食らったらしい。いきなり視界が真っ暗になったのも、ソーナの膝が急接近したせいだろう。

 

 ……いろんな意味で良いものもってやがんな、コイツ。

 

 ソーナもこれ以上俺が何もしないと結論づけたのか、大きく深呼吸をした後再び席に着いた。

 

 「それで、この生徒の名前が記されて無かったんですが?」

 

 ソーナは声に怒気を孕みながら俺に語り掛ける。

 

 やべ、ちょっと面倒コトになってきた。どうしよう……。

 

 「ああ、それだったらさ……」

 

 とりあえず俺はポケットに入れていた生徒手帳を取り出し、ソーナに渡す。

 

 未だしかめっ面をして俺を睨んでいるソーナだが、最後には渋々生徒手帳を受け取った。

 

 「これは?」

 

 「女生徒が落としていった生徒手帳。それに名前書いてあるから」

 

 「……他人の生徒手帳をポケットに入れるなんて、感心しませんね」

 

 「……別にいいんじゃね?」

 

 明後日の方向を見ながらソーナと会話を交わす。部室で俺はコイツと同じ思考をしてたからな。返す言葉がないわ。

 

 「全く……あら?」

 

 生徒手帳を開いて女生徒の名前を見たソーナは、以外だと言わんばかりに高い声を上げた。

 

 それと同時に、さっきまで滲み出ていた負のオーラが霧散する。

 

 「幾瀬さんですか……驚きましたね」

 

 「知ってんの?」

 

 「知らないんですか?

 

 これまたソーナは以外だ、と言うような感じで女生徒ーーーー京香ちゃんについて説明する。

 

 「彼女は一年生の間で『駒王学園のマドンナ』と呼ばれる程人気のある女子生徒で、搭城さんと人気を二分割する程です」

 

 「…………まじ?」

 

 「まじです」

 

 俺は数秒間完全に思考を停止させた。

 

 そして脳裏に蘇ってくるのは友の記憶。

 

 そこまで人気のある女の子だったなんて……あの犬野郎が知ったらどうなるかな。

 

 妹がいたなんて聞いたコトないけどな……従妹だったりするのかな?まあ、どっちでもいいけど。

 

 「元気にしてるかね……鳶の奴」

 

 「鳶?」

 

 思っているコトが口に出ていたらしく、ソーナは聞いたコトがない名前に首を傾げている。

 

 「鳶って、鳥の名前ですか?」

 

 「ん、まあ……そんな感じだ」

 

 言葉を濁す俺にソーナはこれ以上の追及をしなかった。何か事情があると思ったのだろう。それほど大したコトではないが、今はまだこのコトを言うべきではない。

 

 「……てゆうかさ」

 

 俺は話題を変えるために、生徒会室を見渡した後、口を開く。

 

 「前々から気になってたんだけどさ、何で俺がここに来る時ってお前しかいないの?」

 

 そう、俺がここに来る日は何故かソーナしかいない。

 

 普段はこの生徒会の副会長であり、ソーナの『女王』でもある椿姫がいるはずなのだ。仮に椿姫がいないとしても、他の役員が一人ぐらいいるはずだ。

 

 「…………ええ、後は簡単な仕事だけなので、皆は遅くなる前に帰らせたんですよ」

 

 「……ちなみにその仕事って?」

 

 「アナタとの対談です」

 

 簡単な仕事……俺と話すコトが簡単な仕事……。

 

 ハハハハハ、その通りなんだけど、こう面と向かって言われるとちょっと凹むわ。

 

 「それじゃあ……もう何もするコトないし帰るわ」

 

 重たい足取りで出口まで歩き、扉に手を掛けた所で後ろから声が聞こえてきた。

 

 「前に言いましたよね」

 

 「あ?」

 

 「このような問題を抱えている生徒が通っているというコトが悔しいと。その問題が解決出来ない自分の不甲斐なさに腹が立つと」

 

 「そういえば言ってたな、そんなこと」

 

 俺は扉から手を離し、替わりに背中を扉に預ける。

 

 「この前も言ったとおりお前が気にするコトじゃないだろ?皆色んな思い背負ってんだ。それがいいもんか悪いもんかなんて、そいつ次第だろ。その背負う物すらお前は管理するのか?」

 

 「そこまでは言いませんが、もしそれが悪い物だったら切除したいとは思いますね」

 

 「だから何で?」

 

 「決まってるじゃないですか」

 

 そう言うと彼女は、

 

 

 

 「悪い物を背負って高校生活をおくるより、良いものを背負って高校生活をおくりたいからですよ」

 

 

 

 俺に微笑んだ。

 

 夕日が窓から差し込み、ソーナの肌や流麗な黒髪が照り映え、ソーナが一際美しく見える。

 

 まるでソーナ自身が輝いているような……。

 

 いつもは堅い顔をしているソーナが、偶に笑うといってもほんの少ししか顔を崩さないソーナが、今目の前で満面の笑みを浮かべている。

 

 「……そんなことしたって、お前が楽しい高校生活をおくれるとはかぎらねぇだろうが」

 

 思わずそのギャップが原因で見惚れてたなんてコトがバレないように、俺は慌てて扉の方を向く。

 

 いつもより心臓の鼓動が早い……くそったれ、俺らしくもねぇ。

 

 「生徒が楽しそうにしているのを見てると、私もそういう気持ちになるのよ」

  

 「なんだよそれ、どっかの生徒会長かよ」

 

 「生徒会長よ」

 

 そう言えばそうだった。やべ、頭が全然回ってない。

 

 「だから私はアナタの背負っている物も取り払いたい。何か不憫があれば言って下さいよ、その腕」

 

 「え、ああ……」

 

 何とか頭を働かせ、俺らしさを出すための答えを選出する。

 

 「ーーーーじゃあさ、俺こんな腕になっちまったからしばらく授業出ねえわ。ノートとってくれたら助かる」

 

 「…………は?」

 

 ソーナは情けない声を出し、行動を停止した。

 

 まるでネジが止まったロボットのように。

 

 だがそれも束の間、すぐさまいつもの調子に戻ったソーナは再び物凄い剣幕で立ち上がると、大声を上げて怒鳴り散らした。

 

 「一体何を言ってるのアナタは!ノートをとるのは百歩譲って頼まれてあげます。だけど授業には出なさい!」

 

 「背負っているもの降ろしてくれんだろ?」

 

 「アナタ出席日数が足りてないのよ!このままじゃ留年するかもしれないのよ!分かってるんですか!?」

 

 俺も段々といつもの調子に戻ってきたが、これ以上この場に居座ってボロが出たりしたら発狂してしまうかもしれないからすぐさまこの場を後にする。

 

 「それじゃ、そういうコトで」

 

 「待ちなさい!まだ話は終わってなーーーー」

 

 後ろで尚も怒鳴り続けているソーナを無視し、生徒会室を出る。

 

 危ない危ない。あれ以上生徒会室に居たら二重の意味で危なかった。

 

 「……さて、帰ろかな」

 

 まだ心臓がバクバクいっているが、我が部室にかえるまでにはいつものようになってるだろう。だから大丈夫、うん気にしない。

 

 「……背負ってるもの、ね」

 

 京香ちゃんも背負っていた物が無くなったから、あんなに笑顔になれたのだろう。

 

 あんな笑顔が出きるようになったのだから、家族のコトはもう心配しなくても大丈夫だろう。

 

 俺はソーナの言っているコトが正しいのか分からないが、少なくとも間違ってはいないだろう、というコトを考えながら部室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全く、相変わらず勝手な人ですね。……それにしても、『気になってる女の子がいる』って言うのは嘘じゃないんですけどね。現に生徒会で、天童君のコトが好きな女の子が一人……いるのだから」




京「ねえ、小猫ちゃん」

小「何ですか?京香さん」

京「天童先輩って……彼女いたりするのかな……?」

小「……………………え?」

京「ご、ごめん!今の無し忘れてぇぇぇえええええええ!」

 ここにもまた一つ、新たなる恋が。


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戦闘校舎始まります!

ここから少しずつ戦闘校舎に入っていきます
荒北さんマジカッケェ


 「こんなん終わるわけねぇだろがバカヤローーーー!!」

 

 放課後の相談部部室に絶叫と、テーブルを強打する音が響き渡る。

 

 それと同時に、山積みにされていた書類が宙を舞う。

 

 俺ーーーー兵藤一誠は今日これで何度目か分からない光景に頭を悩ませながら、目の前にいる相談部部長兼天童眷属の『王』である天童摩耶さんに愚痴を言う。

 

 「いい加減にしてくださいよ摩耶さん。これじゃあいつまでたっても終わらないじゃないですか」

 

 「仕方ねぇだろ!普段は絶対やらねぇ仕事を今日に限って大量にこなしてるんだからよ!くそったれ、こんなん出来るわけねぇだろソーナの奴~~!」

 

 そう言った摩耶さんは頭を掻きながら左手に握っているペンを再び紙の上で走らせる。

 

 それに連動するかのように、俺も再び作業を開始する。

 

 俺達は現在、相談部という立場上滅多にやらないであろうデスクワークをやっている。

 

 どうしてこうなったのかと言うと、話は一時間前ぐらいに遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………何これ?」

 

 「簡潔に言ってしまえば始末書です。アナタにはこれを明日までに提出してもらいます」

 

 女子生徒ーーーー摩耶さんから名前聞いたけど、たしか京香ちゃんだっけ?ーーーーの家庭事情が解決してから数日、相談部の扉が開く音を耳にする。

 

 この部活のコトが広まって客が増えたのか、と思いきや来たのはまさかの会長ーーーー支取蒼那先輩だった。

 

 冷静沈着、才色兼備。 

 

 そんな言葉がよく似合う、可憐で聡明な先輩が現在、我らが部長の前で恐ろしいコトを口にした。

 

 「はぁ!?ふざけんな出来るわけないだろんなコト!これほどの量を一体どうやって明日までに片付けろって言うんだよ!?」 

 

 摩耶さんの言うとおり、テーブルの上にはこれでもか、という程の量の紙が鎮座していた。

 

 紙の山は全部で三つに分けられており、全ての紙を積むと天井にまで到達するんじゃないか?と思えるレベルだ。正直言ってシャレにならない。

 

 その化け物を、俺達三人で明日までに終わらせろ、と言うのだから会長が今この時だけ悪魔に見えても可笑しくはないだろう。

 

 「ていうか何の始末書だよ!俺が一体何したって言うんだよお前は!」

 

 「先日の件にも出てきたボルドランと呼ばれるはぐれ悪魔を意図として逃がしたコト。……町の破損調査証並びにアナタが暴れたコトによってボロボロになった……町の改修に掛かった費用報告書。その他諸々、全てアナタが関わっている物だけ抽出しました」

 

 淡々と内容を語る会長が、どこかしら疲弊しきっているように見えた。

 

 これだけの書類を選別したコトによるものか、摩耶さんの対応によるものなのか。多分、両方が原因で疲弊しているのだろう。

 

 流石に優秀な会長であっても、問題児である摩耶さんの世話を見るのは骨が折れるらしい。事実、摩耶さんは授業中でも寝てるらしいしな。酷い時は、授業にも出てこないとか……。

 

 その度に会長が摩耶さんの世話をやいているとなったら、どんなに優秀であっても疲弊してしまうのは仕方ないコトだろう。

 

 何たってそれ(優秀)すら遥かに凌駕するのが、摩耶さんの自堕落なのだから。

 

 その摩耶さんは未だ会長の言い分に納得していないのか、尚も反論をぶつける。

 

 「だからって何で俺がこんなコトしなきゃならないんだよ!リアスがはぐれ悪魔退治した時の事後処理はやるっていうのに、何で俺のだけはしないんだよ!」

 

 「そうですか、分かりました。それでは、ここにあるベッドは撤去という措置を取らせてーーーー」

 

 「しょうがないな、やってやるよ。お前も度々の職務が大変だろうしな。自分でやれるコトは自分でやるよ」

 

 遂に会長が摩耶さんを論破するコトに成功した。常日頃摩耶さんの世話を見てるだけあって、何が決定打になるのかを熟知しているようだ。

 

 以上のコトから、俺達は一度もやったことのないデスクワークに明け暮れることになる。

 

 そして作業が効率よく進んでいるのかというと、冒頭の出来事を参考にしてほしい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あの……少し休憩にしませんか?私、お茶淹れてきますから」

 

 そんな殺伐とした空間に響く、鈴をならしたような声。

 

 俺の彼女ーーーーアーシア・アルジェントが休憩を提案した。

 

 アーシアも今の今まで黙々とペンを走らせており、摩耶さんが暴走する度に散らばった紙を集めていたりしていた。

 

 そんな気遣いが出来る彼女が、更なる気遣いをしようと言うのだから涙が出てくる。

 

 ああ、アーシア。お前がいなかったら俺はもう色々な意味でやられてたよ。

 

 「それじゃあお言葉に甘えて貰おうかな。頼めるかアーシア?」

 

 アーシアからの気遣いを無駄にしないために、その提案を受ける。

 

 「はい、分かりました」

 

 アーシアは笑いながらそう言うと、ソファーから立ち上がって棚に置いてある急須と湯のみを取り出した。

 

 茶葉は一人あたり二グラム程度が丁度いいらしく、小匙で掬ったものを急須に入れる。そしてそれを三回ほど繰り返す。

 

 それから急須と湯のみをお盆に乗せたアーシアは、ゆったりとした動作でテーブルに戻ってきた。

 

 「もう少しで出来るので待ってて下さいね」

 

 アーシアの言うとおり、茶葉が開くのにお湯を入れてから一分ほど時間を費やすため、こうして待っていなければならない。その僅かな時間を俺は、デスクワークに向ける。

 

 しばらくの間カリカリ、という乾いた音しか聞こえなかったがそれも束の間、アーシアが急須に手を伸ばし、それぞれの湯のみに茶を注いでいく。

 

 注ぎ始めは味が薄く、次第に濃くなっていくので均等に注ぎ回さないといけない。

 

 俺でも知らなかった複雑な過程を、外国人であるアーシアは慣れた手つきでこなしていく。和洋折衷とは正にこのコトだな。

 

 時たま髪の毛を掻き分ける仕草がアーシアの魅力と合わさって、より一層雅な淹れ方に見えてしまう。

 

 やべぇ、デスクワークなんかやってる場合じゃねえ。俺は今全力でこの子を愛でたい気分でいっぱいーーーー

 

 「手止めるな!仕事しやがれ!」

 

 突然襲いかかってくるシャーペンの芯。それら全てが俺の額に突き刺さる。

 

 「ギャーーーーーーーー!い、いきなり何すんすか摩耶さん!」

 

 「うるせぇ!口動かす前に手を動かせ!アーシアちゃんに見とれてないでよ!」

 

 「何言ってんですかアンタは!こんな可愛い彼女に見とれない男なんていますか?いるわけないでしょう。だから俺のやってるコトは正しいんです!」

 

 「か、可愛いだなんてそんな……。私より魅力的な女性なんて山ほどーーーー」

 

 「アーシアちゃんお茶こぼしてる!それ以上湯のみに茶入らないから!うわ、ちょっ、書類濡れるーーーーーーーー!」

 

 今日もいつも通り騒がしい部活動になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやくデスクワークから解放された俺とアーシアは帰路についていた。

 

 あれから濡れた書類はドライヤーでかわかしたり、上から雑巾を被せたりと色々やってみたが回復させることは出来なかった。

 

 加えて生きていた始末書も片づけないといけないから作業が遅々として進まなかった。最終的には、

 

 『もうやってらんねぇ!ベッド撤去されるからなんだってんだ!そんなんだったらずっとベットに寄生してやらぁ!』

 

 と摩耶さんが溜まりに溜まっていた不満を遂に爆散させた。

 

 テーブルを派手にひっくり返し、部室内をかなり荒らす始末。もうこれ以上の勤務続行は不可能だと判断した俺は、アーシアを連れて逃避するコトにした。

 

 一瞬だけ摩耶さんに鬼を見たような気がする。渡る世間はーーーー

 

 「何を考えているですか、イッセーさん?」

 

 「いや、ちょっとさっきまでの出来事を思い出してただけさ」

 

 愛する彼女から話し掛けられたため、バカみたいな思考を頭の片隅に追いやる。あれ以上先は考えちゃダメだな。

 

 「それにしてもよかったんですか?マヤさんをほったらかしにしてしまって」

 

 「それは……うん、なるとかなるでしょう」

 

 明日の出来事が安易に想像出来るため、冷や汗をかきながらアーシアからの問いに答える。

 

 きっと俺は明日、見るも無惨な姿で発見されるんだろうなぁ。

 

 でもあそこは逃げるしかなかったんだ。そうしなければアーシアを救うコトが出来なかったから……アーシアに被害が及ばないようにするためにはああするしかなかったんだ。

 

 せめて最後は、華々しく散ろう。

 

 「アーシア……俺、お前に出会えて本当によかったよ」

 

 「ふぇ!?い、いきなり何言い出すんですかイッセーさん!?」

 

 純情無垢な彼女は、俺からの不意打ちに顔を赤らめていた。

 

 そのさい俯きがちに目を逸らす所なんて、最高のチャームポイントだった。

 

 前言撤回!ヤッパリ俺はまだ死なん!死ぬわけにはいかん!俺にはアーシアを愛でるという重要な任務があるのだから!

 

 「そ、それにしても……マヤさんにもそう思える人がいたりしないんでしょうか?」 

 

 アーシアが恥ずかしさのあまりに、無理矢理摩耶さんに関する話題へと持って行った。顔にはまだ熱があるのか、頬が赤く染まったままだ。

 

 ……いい人、かぁ。

 

 「摩耶さんに惚れてる女の子って言ったら小猫ちゃんに、京香ちゃん。それに……会長かな?」

 

 「会長さんもですか?」

 

 「俺は……何となくそう思うんだけど」

 

 ぶっちゃけあの時、摩耶さんに呆れながら始末書の内容を説明していたが、どこかしら嫌そうには見えなかった。

 

 寧ろ自分から進んで世話をやいているような……ほっとけないって感じで。

 

 まああの人は見た目的に人が良さそうだから、同じ学年であり友達でもある摩耶さんを気遣ってるだけっていう可能性もあるかもしれない。

 

 つか、思いつくだけでも三人いるとか、摩耶さんやっぱりモテるよなぁ。あの人見た目はいいからな……性格に難がありすぎるけど。

 

 でもキメる時はカッコ良くキメてくれるし、事実京香ちゃんはそれが原因で摩耶さんに惚れたんだからな。あれで惚れなきゃおかしいだろ、逆に。

 

 あれ?ていうコトはそういうラブコメみたいな展開が小猫ちゃんや会長にもあったってコトなのかな……うわ、めっちゃ知りてぇ!

 

 「マヤさんに恋人が出来たら少しはマシになりますかね?」

 

 「難しい所だな……あの人彼女が出来ても『眠たいからデートしたくない』とか言ってたりして」

 

 「そ、それはさすがにないんじゃないですか?」

 

 苦笑いを浮かべながら摩耶さんを擁護するアーシア。

 

 そして『マシになる』というキーワードだけで話が成立してるコトに内心びっくりしている俺。

 

 「まあでも、アーシアの言うとおりそれはないな。大切な人を足蹴にするなんて摩耶さんがするわけないし」

 

 さっきも言ったとおり摩耶さんはキメる時にはキメる。物事の区別がキッチリとつく人なのだ。

 

 そんな人が女性と正式に付き合うコトになった

のなら、その女性を死ぬまで大切にするだろう。あの人はそういう人だ。

 

 そんなコトを考えていた矢先、今度はアーシアから思いがけない一撃を入れられた。

 

 「大切な人と言ったら、イッセーさんでいう私みたいな人ですか?」

 

 若干照れながらも笑顔でそう告げる恋人に、俺は気が狂いそうになる程愛おしくなった。

 

 今まで摩耶さんのコトを考えていたというのに、いきなり自分達の話題に再び変えるなんて思ってなかった。しかもその発火材がアーシアなんて尚更だ。

 

 俺は少しでもアーシアとの繋がりを持ちたいと感じ、アーシアの手に自分の手を重ねる。

 

 「あ…………」 

 

 アーシアは俺がした行為を理解したのか、赤くなっていた頬の色を更に濃くする。

 

 白くてすべすべな肌、それでいて柔らかくてモチモチとした女の子としての触感がダイレクトに伝わってくる。

 

 時たま握る力を強弱したりすると、向こうも同じコトを繰り返してくる。  

 

 そんな何気ない行動が俺の感情の高ぶりを助長させる。

 

 アーシアの指に自分の指を絡めるように、それでいて何かを包むようにするーーーー恋人繋ぎというやつに繋ぎ方を昇華する。

 

 「あ、あわあわあわ」

 

 まさかここまでするとは思ってなかったのか、アーシアが一目で分かるほど狼狽していた。

 

 それ自体が俺をここまで高ぶらせているというのに。

 

 それにしても、俺にとってのアーシアが、摩耶さんにもいつか出来るのかな。

 

 俺とアーシアが彼氏彼女になった経緯は結構いきなりだ。摩耶さんも同じようにいきなり彼女とか出来たりしてしまうんじゃないだろうか。

 

 そう、例えばーーーー

 

 

 

 絶世の美女に寝込みを襲われたりして。

 

 

 

 「……いやいやいや、それはないだろさすがに」

 

 非現実的な妄想を振り払うために、そう呟く。

 

 いくら摩耶さんでもそこまでの事態に発展するようなコトは起こらないだろう。もしそうなれば、駒王学園男子全員の怨念を買うコトになる。

 

 そんな大それた事態にはならないよう願いながら、隣で尚も狼狽えている彼女と一緒に帰宅した。




リ「私の処女を貰って頂戴……摩耶」

摩「殺すぞクソ野郎!さっきまで雑務に追われてやっと寝れたと思ったら起こしに来やがって!そういうのはイッセーにやれ!」

リ「あの子にはもうアーシアがいるでしょう!」

摩「つべこべ言わずさっさとどけぇ!」

リ「ちょ、乱暴にしないでーーーーキャ!」

 そんな事態が起きてしまいました


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いつも通りの日常です?

ランドロスの厳選終わらんマジ鬼畜


 「おーい、イッセー。これから購買行くんだけどお前もどうだ?」

 

 ようやく授業も半分以上が終わり、現在は昼休みの時間帯。

 

 別の場所に行って弁当を食べる者もいるため、教室が何時もより広くなったように感じてしまう。

 

 購買を利用している者は買ったその場で食べるか、友達が集まってる所まで行って食べるか、など様々な選択肢がある。

 

 そしてその購買をよく利用しているのが、俺の親友である松田と元浜だ。

 

 二人とは長い付き合いで、よく一緒に女子更衣室を覗いてはそこで着替えてた女子達に粛清されていた。

 

 それでも俺達は覗くコトを止めなかった。何故ならそこに桃源郷があるからだ。

 

 だが俺は最近それから足を洗いつつある。理由は当然、

 

 「あ、悪い。俺アーシアが作ってくれた弁当食べるから」

 

 覗く必要が無くなったからだ。俺には常にアーシアが隣に居てくれるから。

 

 今も俺の隣にいるアーシアは、俺がアーシアに惚れる要因となった笑顔を振りまきながら、鞄に入っていた弁当を広げている。

 

 前にハーレム王になるなんて戯れ言を吐いていたが、今になって思えば本当にバカらしく思う。

 

 俺にはもったいないぐらいの彼女がいるのに、他の女にうつつを抜かす訳にはいかない。

 

 ……いやでもやっぱり男である以上女の子の柔らかい感触に包まれたいという願望もないわけではーーーー

 

 「何故だぁぁぁあああああ!何故イッセーにだけあんな可愛い女の子をゲット出きるんだぁぁあああ!」

 

 「泣くな元浜!ここで泣いたら、ここで泣いたらあぁぁあああ!」

 

 「うるせえなお前ら!そんなに俺に彼女が出来たコトが可笑しいか!?」

 

 アーシアがこのクラスの一員になり、俺の彼女であるコトが知られてからというもの、コイツ二人は毎回こんな反応をする。

 

 女子達だって全員がアーシアの側に駆け寄り、『考え直した方がいいよ!』だの『騙されてるよ!』など俺の評価が低いというコトをアーシアに分からせようとしていた。

 

 いくら何でもあれはひどくないか?女子に嫌われるような犯行を枚挙にいとまがない程重ねてきたツケだと自覚しているが、彼女が出来たコトをとやかく言われる筋は無い。

 

 故に俺とアーシアの関係については素直に見守ってほしいと思う。

 

 ……いやでもやっぱり女子達の言い分も分かるし、俺も松田か元浜に彼女が出来たら同じ反応をするだろうというコトがいとも簡単に想像ーーーー

 

 「ちくしょう!仲間だと思ってた俺達がバカだったんだああぁぁああああ!」

 

 「お前なんかアーシアちゃんとイチャラブしながら愛を育んでいけばいいんだぁぁあああああ!」

 

 「蔑んでるのか応援してんのかどっちだよ!」

 

 魂からの叫びを上げながら退場していく友人二人の背中には、少し哀愁が漂っているように見えた。

 

 今度女の子紹介して……あげられるような子一人もいないや。だって全員高嶺の花だもん。

 

 「愉快な人達ですね。イッセーさんがいい人であるように、あの人達もいい人ですね」

 

 俺のぶんの弁当も用意してくれていたアーシアが、顔を少し赤くしながらそう言った。

 

 恐らく元浜のイチャラブの部分に反応したのだろう。アーシア自身はまだ汚れを知らないピュアな女の子であるため、こういったワードですぐ恥じらいの感情を露わにする。

 

 初めは俺も周りからーーーー特に摩耶さんにーーーーからかわれたりしたらすぐ赤面していたが、今となってはもう慣れたもので、皆も俺の反応が薄くなったせいかからかわなくなってきた。

 

 それでも未だ松田と元浜の抗議や、女子達によるアーシア説得は続いているのだが……。

 

 「あの二人は本当にいい奴らだよ。なにをする時もずっと一緒だしな」

 

 覗き行為だけでなく、ゲーセン巡りやカラオケなど普通の高校生がするような娯楽をいつも三人でしていた。

 

 最近俺が悪魔になり、相談部に入ったコトから二人とは疎遠がちになっているのだが、それでも俺と友好関係を保ってくれているコトにはいくら感謝してもしきれない。

 

 アーシアの言うとおり二人の人間の良さを噛み締めていたら、後ろからおちゃらけた声が届いてきた。

 

 「なにって一体ナニをしていたのかしら?兵藤」

 

 到底昼食時には聞かないであろう言葉を口にした本人が誰なのか一瞬で理解した。

 

 ……極力アイツにアーシアを接触させたくないんだけどな~。

 

 俺は溜め息を吐きながら後ろを振り返り、何食わぬ顔で立っていた女子に文句を言い放つ。

 

 「桐生!アーシアのいる前でそういうコトは言うなって何度も言ってるだろ!」

 

 「そういうコトって言われてもどういうコトか分かんな~い。それより兵藤の弁当は相変わらずの愛妻弁当ですかな?」

 

 「話を逸らすな!ていうかなんだよ愛妻弁当って!」

 

 「知らないの?新婚ホヤホヤのお嫁さんが夫の為に真心込めてーーーー」

 

 「そういうコトじゃねえよ!」

 

 人を食ったような態度で女子生徒ーーーー桐生藍華は流暢に言葉を発する。

 

 俺達変態三人組ーーーー不名誉な渾名だがーーーーに話しかけてくる唯一の女子であり、ソッチ方面の話題が好きなトラブルメーカーである。

 

 また、男性のアレを見ただけで数値化するコトが出来るため、一部の人間からは『匠』という渾名で知られていたりする。

 

 因みに俺の中での要注意人物の筆頭でもある。コイツのせいでアーシアが汚される危険もあるし、アレを数値化されるなんてたまったもんじゃない。

 

 「い、いきなり何言い出すんですか桐生さん!」

 

 「あら、アーシアったら照れちゃって~。別に間違ったコトは言ってないでしょ?」

 

 「気が早すぎます!私達はまだそういうんじゃ……」

 

 「でもいつかはそうなるんでしょ?」 

 

 「そ、そりゃ……いつかはイッセーさんと身を固めたいと思ってますが……」

 

 条件反射のように顔を真っ赤に染め、モジモジと動くアーシアの姿に愛嬌を感じてしまう。

 

 うは、やっべぇー!めさくさ可愛い!

 

 「うは、やっべぇー!めさくさ可愛い!とか思ってんじゃない?兵藤?」

 

 「人の心読むなよ!」

 

 そういうのは摩耶さんだけでいいっていうのに!

 

 「それはそうと兵藤。あんた達もうシた?」

 

 「くぼぁ!」

 

 止まらない桐生の爆弾発言に、思わず変な解答をしてしまう。

 

 休む暇も与えてくれない桐生の手腕が、ここに来て最悪の状況を生み出してしまった。

 

 「お前はさっきから何言ってんだよ!」 

 

 「何よ、言わせる気なの?やっぱりアンタは肉食ね~」

 

 すると桐生は『こういうコトよ』と言いながら、右手の人差し指と親指で輪っかを作り、左手の人差し指をその輪に差し入れし始めーーーー

 

 「おい止めろお前!それはシャレにならないから!」

 

 俺は迅速に桐生の両手首を掴み上げる。

 

 「あら?もしかして私襲われるのかしら?」

 

 「だからお前そういうコト言うなって!」

 

 明らかに楽しんでいる桐生とは裏腹に、俺の心中は穏やかではない。

 

 アーシアの目の前でこれ以上害になる物は見せられない。摘める芽は出来る限り摘む!

 

 桐生は俺の腕を振り払おうとする素振りを見せるが、俺は更に手に力を込めるコトによってそれを妨害する。

 

 俺を挑発するかのように笑みを浮かべる桐生。だが、その顔から滲み出ている脂汗から、彼女に余裕がないコトが手に取るように理解できた。

 

 何たって男である上に、悪魔でもあるからな。コイツ程度ならいとも簡単に制圧出来るわ!

 

 さすがの桐生もこれ以上の抵抗は無意味と判断したのか、溜め息を吐きながら手にこもっていた力を抜く。

 

 これにて一件落着ーーーーそう、思っていた。

 

 「桐生さん。あの、さっきの行動は一体どういう意味が?」

 

 せっかくこの問題に収拾がつくかもしれなかったのに、最愛の彼女が余計なコトを口にする。

 

 それが動力源になったのか、桐生の顔に邪悪な笑みが蘇り、アーシアの問いに関する答えを説き始める。

 

 「そうねぇ、アーシアに分かるように言ったらーーーー操を捧げる、かしらね」

 

 「み、みさ……ッ!」 

 

 その言葉を聞いたアーシアは、これまでとは比べものにならないほど顔を真っ赤にした。

 

 周りには水蒸気のような物が見えーーーーるように思えるーーーー、顔が燃えてしまうのではないかと心配してしまうほどだ。

 

 いつもなら愛嬌を感じ取る仕草なのだが、ここまで行くとさすがにやりすぎだ。

 

 それでも口を閉じようとしない桐生を止めようとした矢先、

 

 『イイイ、イッセーぇぇえええええ!』

 

 購買に飯を買いに行ってた親友二人が、叫び声を発しながら戻ってきた。

 

 かなり急いでいたのか、二人は肩だけで呼吸を繰り返していた。

 

 手に持っているパンは握りつぶされており、パンを包んでいるラップには焼きそばがこびりついている。

 

 恐らく二人が買ったのは焼きそばパンだったのだろうが、二人の手の中にあるそれは原形を保ってはいなかった。

 

 桐生も二人の焦りようが半端じゃなかったからか、目線を二人の方へ向けている。

 

 一体何をそんなに焦ってるんだ?

 

 「イ、イッセー……」

 

 一足早く回復した松田が、ここまで焦っている原因を述べる。

 

 「お前んとこの部長滅茶苦茶怖いじゃねえか!」

 

 ……何でそこで摩耶さんが出てくるの?

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 松田の話によると、二人は購買で焼きそばパンを買った後、喋りながら教室に戻ってこようとしたらしい。

 

 あまりにも会話が盛り上がってしまったため、周りをよく見てなかった松田が、摩耶さんにぶつかってしまったとのコト。

 

 松田は即座に謝罪をしたが、それに対する摩耶さんの反応が、

 

 『あぁ?』 

 

 との一言だけだったらしい。

 

 体が射抜かれそうな鋭い眼光に、二人は戦慄を覚えたと言う。

 

 やがて摩耶さんは二人を睨みつけるのを止めた後、購買で普通にパンを買ったらしい。

 

 そしてその買ったパンを、肉食獣が他の獣を食べるかのように、豪快に食いちぎったらしい。

 

 その姿を見た二人は恐怖が更に込み上げて来て、急いで教室に戻ってきたとのコトだ。

 

 以上の点から、摩耶さんの機嫌が悪いというコトは明らかだ。そしてその原因となった出来事が何なのか、残念ながら心当たりがある。

 

 恐らく昨日俺がデスクワークをすっぽかし、アーシアと一緒に帰ってしまったコトに苛立ちを感じているんだろう。

 

 そう考えてしまったら、当事者である俺には一体どんな仕置きが待っているのだというのだ……。

 

 そのせいで残りの授業は全て馬の耳に念仏状態。隣にいるアーシアがかなり心配していた。

 

 このままではアーシアに気苦労を掛けてしまうので、早急に気持ちの整理をする必要があった。

 

 だが時の流れというのは残酷な物で、俺にそれをさせないまま放課後まで針を進める。

 

 「やっべ……滅茶苦茶怖ぇ」

 

 内心恐怖で揺れる中、俺は重い足取りで相談部へ向かっている。

 

 かすかに聞こえる運動部の叫び声が、俺にとっては悟りに聞こえる。

 

 そろそろ現実を認めろよ、と。

 

 そんな妄想にふけってしまうコトが自分の首を絞めているというのに気付きながらも、考えるのを止められない。

 

 断ち切れない負の連鎖に苦しめられている俺に救いの手を差し伸べてきたのは、やはりアーシアだった。

 

 「考えすぎですよイッセーさん。いくらマヤさんだってそんなに根に持つコトはありえませんよ」

 

 「そうかなぁ……」

 

 あの人地味に子供っぽい一面あるからなぁ……やるコトは大人で中身は子供って面倒くさいコトこの上ない。

 

 「それにその……マヤさんにも悪い所があったというか、面倒くさがらず真面目にしていれば……」

  

 どうやらアーシアにも思うところがあるらしく、言葉を濁す。

 

 彼女がそんなコトを思うなんて意外だったが、そうなるまで奇行に走った摩耶さんの意外性が異常だと改めて認識させられる。

 

 そうだ、そうだよ。摩耶さんが面倒くさがらず素直にペンを走らせていたらこんなコトにはならなかったんだ。確かにあれだけの業務を捌くのは骨が折れるが、受け持った以上最後までやりきるべきではないのか。

 

 部室に着く頃には不安が憤怒に変わり、恐怖なんて微塵も感じなくなった。

 

 今日こそガツンと言ってやろう。『アナタは部長なんだからもっとしっかりして下さい!』って。

 

 そんな決意を抱きながら、俺は相談部の扉を躊躇なく開く。

 

 勢いがついた扉はかなりのスピードでスライドし、端にぶつかった瞬間クラッカーを鳴らしたような大きな音が響いた。

 

 「うるっせえな。もっと静かに開けらんねえのか」 

 

 やはりと言うべきか、俺達より先に部室に居た摩耶さんはソファーに寝転がりながらコントローラーのような物をいじっていた。

  

 口調もいつもと変わらない物で、松田の話に出てきた摩耶さんの雰囲気とかなりかけ離れている。

 

 ……もしかして機嫌直ってる?早くね?だとしたらさっき部室前で意気込んでいたのは何だったのか。

 

 出鼻を挫かれたような気分になり、すっかり意気消沈してしまった俺は摩耶さんが手にしている物体について訊ねる。

 

 「何持ってるんですか摩耶さん?」

 

 「ゲームコントローラー」

 

 俺の質問に答えつつも、視線をこちらに向けようとしない。

 

 摩耶さんの視線の先には、昨日まではなかった薄型テレビ、更に側にはゲーム機が鎮座していた。

 

 プレイしているのは格闘ゲームのようで、摩耶さんが操作しているであろう男性キャラクターが女性キャラクターをたこ殴りにしていた。

 

 何故摩耶さんが優勢だと分かったか……それは摩耶さんが有り得ないスピードでコントローラーを操作し、それに連動して男性キャラクターが怒涛の勢いで女性キャラクターを攻撃していたからだ。

 

 ……何ですかあれ。俺も松田と元浜と一緒に遊ぶ時にゲームとかやるから腕前はかなり上だと自負していたが、摩耶さんのテクニックはそれを遥かに凌駕している。

 

 あの人暇な時にゲームとかしてるのか?

 

 「してるぞ。寝すぎて寝れない時とか、ソーナからの説教から逃げるためにゲーセン行ったりしてな」

  

 ……もう既に読心はやられてるから驚かないぞ。驚かないからな、うん。

 

 「じゃ、じゃあ……とりあえずお茶淹れますね」

 

 アーシアがいつものようにお茶を淹れようと、茶葉が入っている戸棚に向かう。

 

 どうやら俺の心配は杞憂だったようで、いつも通りの放課後が幕を開ける。

 

 『あ、あぁぁぁああああああああ!』

 

 ーーーーそう、思った直後だった。

 

 テレビから女性の悲鳴が轟き、思わず俺は視線をテレビに向ける。

 

 どうやら決着がついたらしく、摩耶さんのキャラクターが女性キャラクターを押し倒し、マウントを取っていた。

 

 だが、女性キャラクターを押し倒すどころじゃ飽きたらず、摩耶さんのキャラクターは女性キャラクターの唇を無理矢理奪いにいった。

 

 え?何これ?格闘ゲームだよね?格闘ゲームだよね!?

 

 目の前で繰り広げられている戦況に戸惑い、ゲームのジャンルを疑い始めた瞬間、

 

 

 

 男性キャラクターがそのまま女性キャラクターの顔の肉を食いちぎった。

 

 

 

 

 「……………………え?」 

 

 その悲惨な光景を目にした俺は、一体何が起こったのか理解出来なかった。

 

 男性キャラクターの攻撃は止まるコトを知らず、じわじわと女性キャラクターの顔を削っていく。

 

 やがて全てを食らいつくすと、残っていたのは夥しい量の血液と、顔だけない扇情的なスタイルをした女性の肉体だけだった。

 

 「……え?」

 

 やはり理解できない。どうしてこんな悲惨な光景をこの場所で目撃せねばならぬのか。

 

 そして何故摩耶さんがこのゲームを選んだのか!

 

 「さあ、どうしてだろうな……それよりお前の彼女さっさと介抱してやれよ」

 

 「え?」

 

 摩耶さんに言われてアーシアがいる方を見てみると、そこには泡を吹いて気絶しているアーシアの姿があった。

 

 「ア、アーシア!?大丈夫かアーシア!?」

 

 急いで俺はアーシアを抱きかかえ、いつもは摩耶さんが寝ているベットに寝かせる。

 

 作業中にあの光景を見てしまったのか、アーシアの手には急須が握られていた。アーシア……あんな光景見たら一番驚きそうだからな。

 

 「なあ、イッセー」

 

 「は、はい!」

 

 ただ名前を呼ばれただけなのに、背骨に直接命令されたように感じてしまう。

 

 あの時、男性キャラクターが女性キャラクターを食い尽くした瞬間ーーーー摩耶さんは笑っていた。

 

 この人の感性はやはり戦闘に酔っている。そんな状態の摩耶さんから名を呼ばれるのは正直言って怖い。

 

 コンマ一秒を切る勢いで背筋を伸ばし、摩耶さんの次の発言に耳を傾ける。

 

 「死体の臭いってさぁ、どんな感じか知ってるか?」

 

 ーーーー刹那、俺は確信した。

 

 摩耶さんやっぱりキレてました♪

 

 

 




イ「そのゲームとかテレビどうやって買ったんすか?」

摩「ソーナに部費ねだったらくれたからそれで買った」

イ「もっとましなもん買ってくださいよ!」

摩「じゃあ次エロいビデオでも借りに行くか?」

イ「いいですねそうしましょう!」

 後日、ソーナから説教を喰らう男子生徒二人の姿が……


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摩耶さんキレてます!

モチベーション上がらなかったり、フェイト見たり、試験だったり、モチベーション上がらなかったり、ケンイチ見たり、モチベーション上がらなかったり。やっとのおもいで投稿しますた。

 ……モチベーションを上げる薬とか欲しいなぁ。


 ……さて、この状況をどう切り抜けようか。

 

 さっきの発言からして、摩耶さんが激オコプンプンなのは確実。ヘタに刺激すればかなり募っているであろう鬱憤が俺に向かって一気に放出される。

 

 逃げる、という選択肢が一瞬浮かんだが、俺ごときの脚で摩耶さんから逃げ切るなんて到底不可能。ましてやアーシアを置いて逃げる訳にはいかない。

 

 となると今の俺に残されてる道は何か……真剣に考えなければ殺される!

 

 俺は普段使わないーーーーたとえ授業中だとしても!ーーーー脳みそをフル稼働させ、生き残れるかもしれない唯一の道を模索する。そのために、昔の記憶も引っ張り出す。

 

 何か使える物があるかもしれない……思い出せ、そして今に繋げろ!

 

 ーーーー何?お前そのシスターに惚れたの?ーーーー

 

 ーーーーケジメはつけられたのか?ーーーー

 

 やはり鮮明に思い出せる物といったらあの時の死闘。生まれて初めて誰かの為に命懸けで戦い、そして自分の為に戦ったあの時間。

 

 はっきりいって俺はあの戦いを忘れるコトは無いだろう。あの出来事があったから今の俺が形成されたんだ。忘れてしまえば、俺は何のために力をふるえばいいのか分からないタダの人形になってしまう。

 

 俺は絶対に俺が何のために戦うのかを忘れまいと、固く誓ーーーーて違う!今俺がやりたいのはそんなだいそれたコトじゃない!

 

 俺は今生と死の瀬戸際に立たされてるんだ。ヘタな選択をすれば冗談ぬきで死にかねない。このコトを懐かしんで話せば、

 

 『リア充自慢かボケナス!』

 

 なんて理不尽な怒りが飛んでくるのは必至だ!もっと慎重にーーーー

 

 「それにしても……」

 

 さっきまで残酷極まりない格闘ゲームをプレイしていた摩耶さんは、もうやりきったというような顔をし、手に持っていたコントローラーを放りながら呟いた。

 

 突如耳に入った摩耶さんの声に、俺は意識を向けた。

 

 「昨日の客は他の奴らより一層塞ぎ込んでたな。一体何をそんなに悩んでたんだか」

 

 どうやら昨日、俺とアーシアの知らない間に客が来ていたらしい。摩耶さんの一言を聞く限り、その客が抱えている悩みはかなりの物なのだろう。

 

 何せわざわざ、こんな影の薄い部活にまで救済を望むほどだ。

 

 だが、俺にとってはやっと示された救いの道の一つ!客には悪いがこの話に乗っかって摩耶さんのご機嫌を取る!

 

 俺はアーシアが寝ているベッドの端に腰を下ろし、摩耶さんに昨日の事柄について尋ねる。

 

 「昨日客なんて来てたんですね。一体いつ来てたんですか?」 

 

 とりあえず無難な切り出しで摩耶さんの台詞を誘導する。これで摩耶さんは俺に昨日の出来事を説明せざるを得ない。そこから何か解決策を模索するしか方法はーーーー

 

 「ああ、そっか。そういえばお前ら居なかったっけな。何せお前ら、俺をほっぽりだして二人で仲良くランデブー決め込んでたもんな」

 

 墓穴掘ったぁぁぁあああああ!やべえよ、これ完全にやべぇよ!摩耶さんやっぱりまだ俺らが勝手に帰ったコト根に持ってるよ!

 

 こころなしか摩耶さんの表情に段々陰がさしていってるように見える。キレてるのかな、あれやっぱりキレてるのかな!?

 

 体中のいたるところから嫌な汗が噴き出し、服が肌に吸い付いて気持ち悪い。夏場の体育の授業中みたいな不服感が俺を襲う。

 

 やっぱり素直に謝った方がいいのかな。そうすれば被害は必要最低限の物に抑えられる。そうしよう、やっぱりそうしよう!

 

 俺はベットから跳ねるようにして立ち上がり、電光石火の勢いで摩耶さんの前で正座する。

 

 突然のコトで摩耶さんは俺を怪訝そうに眺めている。

 

 アーシア、父さん、母さん。どうか先立つコトをお許しください!

 

 バン、と激怒した人が机を叩いた時になるような爆音を響かせながら床に手を付き、そのままの勢いでヘドバンを決め込もうとしたところで、

 

 「……すいません。どうやらお取り込み中みたいだったようですね」

 

 後ろから爽やかな、それでいて聞いた者を魅了するかのような声が耳に入った。

 

 俺はこの声の主を知っている。学園中の女子に好かれ、男子には妬まれているイケメン騎士。

 

 「大したコトじゃねえよ。それよか何しに来たんだ、裕斗」

 

 摩耶さんがその名を口にし、俺はその真偽を確かめるために顔を後ろに向けた。 

 

 やはりと言うべきか、木場裕斗が扉の前に立っていた。

 

 木場は現在の状況を理解しかねているのか、表情は困惑してるようで少し固い。

 

 それもそのはずだ。ここは部活として大した行動をしていないのにも関わらず、運動部顔負けの謝罪オーラを出していたら誰でも戸惑う。

 

 「あの、立て込んでるようならまた暇な時に来ますので……」

 

 遂には気を遣ってそそくさと退出しようとする始末。ここらへんの融通が利くあたり、流石はリアス先輩の騎士と言いたいが、今ここで木場に帰られたら俺は再び無言の重圧に身を置かねばならなくなる。それだけは避けたい!

 

 そしてその願いが通じたのか、我が部長はソファーから体を起こし、木場に対面する形で座った。

 「別に構やしねえよ。つうか、今がその暇な時だしな……要件は?」

 

 摩耶さんが仕事モードに入りーーーー相談時にほんの少し真面目になるだけーーーー木場にここに来た用途を話すよう促す。

 

 さっきまで漂っていた謝罪オーラは完璧に消え失せ、俺がやっていた行為も過去の遺物と化した。

 

 俺は何事も無かったかのように別のソファーに座る。ヘタに刺激すればまた空気が変わりそうだからな。

 

 木場も俺達が相談に乗ってくれると分かって安堵したのか、笑みを漏らしながら摩耶さんの目の前にあるソファーに腰を下ろす。

 

 そして、木場がここに来た理由を話し始めた。

 

 「リアス部長についてなんですがーーーー」

 

 「断る」

 

 早!断るの早!木場がまだ何も言ってないのに仕事断ったよこの人!あと相談部が相談断ったらお終いでしょうが!

 

 驚く俺とは裏腹に、木場はこうなるコトが予測できていたのか、特段変わらない様子でしゃべり続ける。

 

 「アナタがそうおっしゃる理由は知っています。それでも僕は、こうやって相談部に足を運んだんです」

 

 「それはとんだ見当違いだな。残念だが他を当たれ」

 

 食い下がる木場に辛辣な言葉を投げ掛ける摩耶さんの意図が分からず、たまらず俺は木場を擁護するために口を開く。

 

 「ち、ちょっと待ってくださいよ!」

 

 「あんだよ?」

 

 「摩耶さん!何でそんなにリアス先輩のコトを目の敵にするんですか!?ケンカでもしたんすか!?」

 

 「別にそんなコトしてねえよ。ただリアスのコトが気にくわないってだけだ」

 

 「気にくわないって……一体なんで?」

 

 分からない。摩耶さんが何を思っているのか理解できない。

 

 あんなに綺麗で、芯があって、慕われているのが一目で分かる程のカリスマ性を持っているあの人が気にくわないなんてーーーー

 

 「俺に夜這い掛けてきた挙げ句、何もしないで帰って行きやがったからな。あんなの只の嫌がらせだろ。こっちは睡眠時間減らされてイライラしてんだ」

 

 「自慢かコノヤローーーーーーーー!!」

 

 分からない。この人の言っているコトがさっぱり分からない!

 

 リアス先輩のような人から迫られたら反応しない男なんていないだろう!それなのにも関わらずこの人は自分の利益(すいみん)を優先して行動してーーーーまさか!?

 

 

 

 摩耶さんってもしかして薔薇方面の人間!?

 

 

 

 「はっ倒すぞボケナス」 

 

 額に鈍器で殴られたような痛みが襲い、気が付くと俺は天井を見ていた。背中からは冷えた鉱物の感触がする。

 

 ……あり、もしかして本当にはっ倒された?

 

 未だ痛みがする額を押さえながら、上体を起こす。

 

 摩耶さんが人差し指だけを俺に向けてるのが視界に入った。……もしかして、デコピンなんかでふっとばされたの?俺。

 

 ていうかこの人また心読んだよね。もう驚かないわ。デコピンで倒されたのはショックだけど。

 

 「……気にくわないんだよ」

 

 摩耶さんが同じ台詞を吐くのを鼓膜で感じ取る。だがその声色はさっきまでのとは違い、理解しがたい何かを孕んでいるように思えた。

 

 悪魔の世界に足を突っ込んだばかりの俺には分からない、何かが。

 

 「誰でも良かったんだよ」

 

 「誰でもって……何が?」

 

 今の摩耶さんに話し掛けるのはかなり抵抗がある。一問一答してるだけで変な緊張感が場を包む。それほど今の摩耶さんは機嫌が悪かった。

 

 「自分を抱いてくれる男が誰でもよかったってコトだよ。今のリアスにはグレモリーの誇りもクソもない。何をどうすればいいか分かってない幼児みたいなもんだ」

 

 「そんなコトはありません!」

 

 摩耶さんが淡々と紡ぐ言葉に、木場は聞き捨てならない事柄があったのか、急に声を荒げる。

 

 「確かに部長は自暴自棄になっている。けれどグレモリーの誇りを捨ててはないし、誰でも良かった訳じゃありません!」

 

 「いいや、誰でも良かった。アイツは俺を男として見てなかった。自分が窮地から脱却するための道具として見ていた」

 

 摩耶さんの雰囲気が徐々に暗いものになっていく。

 

 何者も寄せ付けない、未曽有の領域に潜んでいる何かを引き出してきている。

 

 俺はその正体を漠然とだが知っている。アーシアが入部した時に見せたーーーー『闇』。

 

 俺達の知らない何かが、摩耶さんにはある。そしてそれが、摩耶さんが今キレてる原因なのだろう。

 

 「それがムカつくんだよ……反吐が出る」

 

 この台詞で、確信した。

 

 「……どうしても、相談にのってくれないのですか?」

 

 「嫌だね」 

 

 摩耶さんは相変わらず首を頑として縦に振らず、木場に辛辣な返答を続ける。

 

 ここまで食い下がった木場も、とうとう限界を感じたのか、険しい表情をしながらソファーから腰を上げた。

 

 「……分かりました、失礼します」

 

 踵を返し、俺達に背を向けた木場はそのまま部室を出ようとする。

 

 その背は震えており、拳は硬く握られていた。それだけで、木場がどれほど悔しい思いをしているのか一目で分かる。

 

 ーーーー俺は、知り合いを助ける力すら無いのか!

 

 木場には劣るが、俺も自分の不甲斐なさを歯痒く思う。

 

 会話の核心に触れるコトさえ出来ず、二人の話を黙って聞くコトしか出来なかった。

 

 相談部は相談をするだけ。摩耶さんの方針通りの展開になったが、俺はやはりそれだけでは満足出来ない。

 

 困ってる人を、ましてや友人となれば、手をさしのべーーーー

 

 「相談にのってくれれば、リアス部長が書類の件を会長に何とかするよう言ってーーーー」

 

 「しょうがないなぁ~。コッチに戻りなさい木場君。友人を放っておく訳にはいかないからね」

 

 「……………………」

 

 もう何も言うまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて、裕斗の話を聞いた後、俺達は今オカ研の部室に足を運び、リアス本人から昨日どうしてあんな奇抜な行動を取ったのか問いただそうというわけだ」

 

 「何すかその説明口調?」

 

 「気にするな我が兵士よ」

 

 摩耶さんの言ったとおり、俺達は今四人でオカ研の部室に向かっている。俺、木場、摩耶さんの男三人組と俺の背中で眠っているアーシアだ。

 

 最初はアーシアを連れて行くかどうか迷ったが摩耶さんが、

 

 『アーシアちゃん目を覚ましたら一人置いてけぼり喰らってた、なんて可哀想だな~。しかも周りに知らない男がいて為すすべもなく弄ばれてたりしたら……』

 

 なんてコトを言うもんだから速攻で背に乗せた。

 

 恐らく摩耶さんはアーシアを背負いたくなくて俺に押し付けようとしたんだろう。だがそれは愚の骨頂。摩耶さんに言われずともアーシアは誰にも触らせたりはしない。ましてや俺の隣

を歩くイケメン二人組には!

 

 「おい、隣からなんかすっげ~殺意向けられてんだけど。俺何もしてないよ?裕斗、お前何かした?」

 

 「い、いえ……特になにも」

 

 摩耶さんはあっけらかんとした態度で歩を進め、苦笑いを浮かべる木場が併行する。 

 

 木場は最近苦笑いが板についてきたような気がする。

 

 摩耶さんみたいな自由人に付き合わされた結果だろう。摩耶さんが急に話を聞いてくれるようになった時、部室でも苦笑いをかましてたからな。

 

 「ーーーーッ!」

 

 そんな木場が、今度は眉間にシワを寄せ、顔の筋肉が緊張感で強張ったような表情を見せた。

 

 「……この僕がここに来るまで気付かないなんて」

 

 「どうしたんだよ、木場?」

 

 不意に立ち止まり、騎士の顔になった木場を戸惑いながら凝視する俺。

 

 木場のこんな顔を見るのは、摩耶さんが小猫ちゃんと模擬戦をする時以来だ。二人の間に迸っていた、足が地面に縫いつけられたような緊張感によってあんな顔になった。

 

 つまりーーーー今木場はそれと同等の緊張感を抱いている。

 

 「……結構ヤバいやつか?」

 

 「うん。恐らく……最上級クラスの持ち主だ」

 

 最上級……その言葉がどんなに危険な意味を持つのかは一瞬で理解出来た。

 

 上級悪魔よりも上……言ってしまえば、摩耶さんより強いというコト。

 

 化け物(摩耶さん)を凌駕する化け物が、今から俺達が向かう場所にいるというコトだ。

 

 「繰り返して訊くけど、ヤバいんだよな?」

 

 「うん、そうだよ。どうかしたのかい?」

 

 「いや、だってさ……」

 

 木場が今この瞬間に最上級クラスの気配に気がついたというコトは、木場を凌駕する実力を持っている人物ならその前の段階で気づいていたはずだ。

 

 そして俺達の中で一番の実力者が誰なのかは言わずもがな。その人物が、

 

 「お~い、何してんだよ。さっさと部室行ってリアスから話聞き出そうや。そうすれば俺はソーナからとやかく言われなくなるからよ」

 

 何事も無いという感じで、俺達より速く先に進んでいる。

 

 強烈なプレッシャーを放っている張本人がこの先にいるというのに何があの人の足を止めさせないのか、俺には到底理解出来なかった。

 

 隣で木場が『恐ろしい胆力だね……』なんて呟くが、最早あれはそんな言葉で片付けられないと思う。ただ、これだけは分かる。

 

 ……摩耶さんは俺より、遥か先の領域にいる。




イ「そういえば腕治ったんすか?」

摩「ゲーム出来るくらいには治ったが、無理したらまたポッキリいくな」

イ「例えばどんな?」

摩「小猫ちゃんの蹴り受け止めるとか」

イ「ほぼ治ってんじゃないすか」

 もう少しで完治


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不死鳥、来ます!

『サバイヴ』っていい響きだよね



 「この方の名はライザー・フェニックス様。フェニックス家の三男にして、リアス・グレモリー様の婚約者でございます」

 

 ……さあて、またまた到底理解出来ない状況に陥ったぞ。落ち着け俺、鎮まれ俺。

 

 たしかコトの切っ掛けは、俺達四人がオカ研の部室に到着した所から始まった。

 

 壁に彫られている読解不能な文字や、片隅に添えてある蝋燭など、相変わらずこの部屋の装飾は俺の理解の範疇に収まらなかったが、目の前にいた人物はそれを凌駕した。

 

 銀細工を溶かしたような銀髪に、陶器を彷彿とさせる艶やかな肌。顔つきは幾多の仕事場を経験したベテランのそれで、多少の出来事じゃああの顔を歪めさせるコトは出来ないと思うほど。プロポーションはリアス先輩を上回るかもしれないナイスバディで、身に着けているメイド服がその魅力をより一層引き立てる。

 

 リアス先輩や朱野先輩ですら手の届かない高嶺の花なのに、この人は手を伸ばすコトすら許されない存在に思えた。

 

 実質、心を読まれたのか摩耶さんに『あの人リアスの兄貴の嫁さんだぞ』と言われた時は、確かに手を伸ばしてはいけないと肝に銘じた。

 

 あと、寝てるはずなのにアーシアに頬を思いっきりつねられた。……見惚れていたなんてコトは断じてない。

 

 目の前の麗人はグレイフィアさんというらしく、リアス先輩の家でメイドをやっているらしい。何故メイド服を着ていたのかにこれで合点がいった。

 

 なんでもリアス先輩のプライバシー関連について家から遣わされたらしく、それが終わるまではリアス先輩に付き添うらしい。当の本人は迷惑だ、と顔で表しているが。

 

 そしてそのプライバシーが原因で摩耶さんに夜這いを仕掛け、既成事実を作ろうとしたらしい。

 

 既成事実を作らなきゃならないほどのコトって、一体何なんだよーーーーなんて思ってた矢先に、部室に朱色の魔法陣が展開した。

 

 そこから、何もかも一瞬で焼却するかのような熱気を帯びた炎をさらけ出しながら、ホストのような格好をした男が出てきた。

 

 それがライザー・フェニックスであり、リアス先輩の婚約者らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソファーに座っているのはライザーとリアス先輩だけで、俺達相談部は部屋の隅に立っている。

 

 木場や小猫ちゃんは、何かあったらすぐに対応するためか、リアス先輩のすぐ後ろに控えている。その斜め後ろには、今回の騒動を管理するグレイフィアさんが。

 

 リアス先輩の懐刀と称される朱野さんは、ライザーとリアス先輩に紅茶を淹れていた。

 

 「粗茶ですが」

 

 「ああ、ありがとう。しかし相変わらず、リアスの『女王』が淹れてくれた紅茶は格別だな」

 

 「……恐縮です」

 

 ライザーに接待をする朱野さんは、どこかいつもと違うような感じがした。

 

 ポットを傾けた時にあの人はいつも楽しそうに笑っているのに、今は仕方なく笑っている感じーーーー簡単にいえば愛想笑いを浮かべているようにしか見えなかった。

 

 朱野さんだけでなく、木場も小猫ちゃんもどこかいつもと違う。ライザーが来てから、オカ研のメンバー全員がライザーを敵視している。

 

 そしてそれは、コトの張本人であるリアス先輩が一番強烈だった。

 

 ライザーの隣に座っている彼女は、豊満な胸を隠すように腕を組み、更にはスカートの中を隠すように足を組む。自分の恥部は決して見せないといった態度で、表情はどこか不機嫌そう。おまけにライザーと一向に目を合わそうとしない。

 

 あまりに不思議だったので、俺は隣にいる摩耶さんに小声で囁いた。

 

 「何で皆こんなに敵意抱いてるんすかね?」

 

 「知るかタコ」

 

 返ってきたのは罵倒だった。これ以上分かりやすいセリフはないと思うほど。

 

 「つかもうこれ俺達いる必要ある?ここから先はリアスの問題なんだから俺達が干渉しちゃったらいかんでしょ。だからとっとと退散しようぜ、まじで」

 

 予想外の客と事態が重なってしまった結果か、摩耶さんが堕落してしまった。

 

 ここに来るまではあんなにテンションが高かったのに、今は意気消沈としてらっしゃる。大好きだったゲームを取り上げられた子供みたいになっていた。

 

 しかも本気で帰ろうとしたのか、摩耶さんは踵を返して、扉に歩を進めた。

 

 流石にそれはまずい、と感じた俺は、すかさず摩耶さんを阻止するために行動に移る。

 

 「ちょ、何やってんすかアンタは!木場があそこまでして頼み込んできたんですよ!ここで帰る訳にはいかんでしょうが!」

 

 「うるせぇ黙れ!俺もう帰ってゲームする!そして寝る!この縛られた学園生活に唯一残されたオアシスを求めるの!」

 

 「子供かアンタは!」

 

 「まだ子供だもん!俺まだ18だもん!未成年だもん!」

 

 遂に『だもん!』なんて子供っぽい語尾を付け出した摩耶さん。俺は摩耶さんを羽交い締めーーーーするためにアーシアには悪いが、壁に背がもたれるようにして、彼女を床に降ろしたーーーーして止めているが、ここまで自分の欲望に忠実なこの人ははっきり言って相手に出来ない。

 

 相手にする意味がない、という意味もあるが、もし相手にしたら単純に力量の差で俺が負ける。実際摩耶さんは俺を引きずりながら、扉との距離を徐々に詰めて行っている。

 

 そんな不毛な争いをしている俺達を、ライザーは憐れみの眼で見ながら、少し不機嫌そうに口を開いた。

 

 「リアス……どうしてこの場に君の関係者以外の者がいるんだ。アイツ等も一応悪魔のようだが、あんな小者を俺達と一緒の空間に居させる理由は無いだろう」 

 

 「黄土色の髪をした彼は私の同級生よ。そしてそれを羽交い締めにしてるのが彼の『兵士』。そのすぐ近くで眠っているのが『僧侶』」

 

 「そんなコトを訊いているんじゃない!俺はあんな屑共をここに置いておく意味が無いはずだと言ってるんだ!」

 

 俺達のコトを屑呼ばわりするライザーに、俺は少し苛立ちを覚えた。確かにここまで口が悪かったら、皆から悪印象を持たれてても仕方がない。

 

 そしてリアス先輩もライザーの発言に苛立ったのか、声を少し荒げて言葉を発する。

 

 「彼らに迷惑を掛けたのは私。その謝罪をするために私は彼らをここに呼んだのよ。そこに偶々アナタが来ただけ。突然来たアナタに彼らのコトをとやかく言うのは止めて頂戴」

 

 「俺達のこれからを話し合おうって時に、あんな奴らがいたら邪魔になるだけだ。君はコトの重大さをちっとも分かっていない」 

 

 そう言ってライザーは、リアス先輩の雪も欺くような白い肌をした太股を、なんの躊躇もなく触った。まるでこれは俺の物だ、とでも言わんばかりに。

 

 そのまま太股を撫で回すライザーに、オカ研メンバーは不快感を覚えたのか、より一層強く睨み付ける。

 

 かく言う俺も、婚約者だからといって好き勝手に体を触る行為に言い難い何かを感じている。ここまでくると、もうライザーに好印象は持てそうにない。

 

 リアス先輩も流石に我慢できなくなったのか、ライザーの手を強引に振り払うと勢いよくソファーから立ち上がった。

 

 これ以上ライザーと肩を並べたくないというように。

 

 「いい加減にして!私はアナタと結婚する気なんてないわ。私は心の底から好きになった人としか結婚なんてしないわ!」

 

 乙女の夢丸出しの発言を聞いた俺は、あの人にもあんな可愛いところがあるんだな、と思ってしまった。……なんか足下がすっげー痛いけど気にしない。決してつねられてなんかない。

 

 だが、

 

 「リアスぅ」

 

 そんなコトは許さないと言わんばかりに、ライザーはリアス先輩の頬を思いっきり掴むと、自分の顔に近付けた。

 

 主に無礼を働いた不死鳥に木場達は最大級の警戒をする。周りから痛いほど敵意を向けられているのに、ライザーはお構いなしに口を開く。

 

 「俺だってフェニックス家の看板を背負っている。泥を塗るわけにはいかないんだよ。どうしても籍を入れないと言うならば、俺はこの場にいる全員を殺してでもッ!」

 

 瞬間、魔法陣が展開した時に出てきた炎が、ライザーの周りから迸った。

 

 肌を刺すような鋭い熱気がこの場を包み、咄嗟に俺達は顔を腕で覆った。もし目をやられたりでもしたら、たまったもんじゃーーーー

 

 「……熱っ!」

 

 ……この鈴を鳴らしたような声は、まさか!?

 

 足下から聞こえてきた悲鳴に、俺は神速と呼べるような勢いで反応し、羽交い締めにしていた摩耶さんを突き飛ばした。

 

 『痛ぁ!』なんて声と、人が倒れ込んだ音が聞こえてくるが、あの人にかまっている暇は一秒たりともない。そんなコトより、俺にはやらなくちゃいけないコトがある!

 

 地べたに座り込んでいる恋人ーーーーアーシアのもとに駆け寄り、彼女を業火から護るために、俺自らの体で壁の役割を果たす。

 

 「ぐうっ!」

 

 背中に途轍もない熱を感じ取ったが、目の前にいる彼女の為ならこんな体は安いもんだ。喜んで差し出してやる。

 

 「え……イ、イッセーさん!?」

 

 最愛の彼女の無邪気であんなにかわいらしかった寝顔が、今は悲痛な面もちになっている。……心配掛けちまったかな。

 

 「お止めください、ライザー様」

 

 傍観を貫いていたグレイフィアさんが口を開き、ライザーとリアス先輩の間に割って入った。

 

 ライザー自身も急な出来事で戸惑ったのか、規格外の威力を持つ炎を出すのを止めた。 

 

 「これ以上粗相を起こすようならば、私はルシファー眷属の一員として、この場を収めなければなりません」

 

 グレイフィアさんはその鋭い目つきでライザーを睨み付け、体中からライザーとは比較にならない程大きな魔力を拡散させる。

 

 その圧倒的戦力差に、俺は背筋が凍った。敵意を向けられているのはライザーなのに、まるで俺が狙われているような感覚。この場にいる全員が束で掛かっても倒せないであろう圧倒的な力。

 

 「……いいなぁ、おい。やっぱり(あね)さんとは一度やりあいたいわぁ」

 

 そんな力を前にしても、大胆に、それでいて静かに、戦闘意欲をさらけ出す強者がこの場にいた。そしてその呟きは、俺のすぐ横から聞こえてきた。

 

 摩耶さんのセリフは俺以外の奴には聞かれていなかったらしく、グレイフィアさんは婚約の話を着々と進めて行っている。

 

 ていうか、摩耶さんいつの間に俺の横に突っ立てるんですか。しかもグレイフィアさんのコト姐さんって呼んでるし。

 

 「まあ、一応目上の人だしな。粗相があっちゃいかんでしょ」

 

 ……粗相とかそんなコトをこの人が気にするなんて、意外だ。

 

 「イッセーさん、大丈夫なんですか!?」

 

 アーシアが涙を貯めた目で俺を見つめながら、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』で俺の背中の火傷を治していく。

 

 かつてはこれが原因で『魔女』と呼ばれるようになったのだが、そんな渾名とは正反対の気質が彼女には溢れている。

 

 アーシアを追放した教会の連中は、正に愚者の集まりだと思う。

 

 俺はアーシアをこれ以上泣かせないために、彼女の頭を撫でながら話し掛ける。

 

 「大丈夫だって。こんなのレイナーレの時と比べたらかすり傷程度さ。お前がそんなに心配する必要はないよ」

 

 アーシアはその言葉を聞いた瞬間、『よかった』と囁きながら俺の胸に飛び込んで来た。彼女の白くて細い腕が背中にまとわりついたが、治療のおかげで痛みは微塵も感じなかった。

 

 そんなことより、今は心臓がバクバクいってて破裂しないか心配です!

 

 「本当に心配しました……気が付いたらイッセーさんが苦しそうな顔をしてて、私を庇ってくれてた。私のせいで誰かが傷付くのを見るのは……ましてやそれがイッセーさんだなんてーーーー」

 

 「アーシア」

 

 俺は腕に力を込め、アーシアを強く抱き締める。女の子特有の柔らかい体が貼りついてきて、俺の心臓の鼓動は更にヒートアップする。

 

 それでも俺は彼女を離さない。

 

 そうしなければ、アーシアがまた自分を責め立てるからだ。 

 

 「そんな顔するなよ。俺が好きでやってるんだからさ。俺はいつだってーーーー」

 

 そう、俺はいつだって、

 

 

 

 「お前の笑った顔が見たいんだから」

 

 

 

 俺がアーシアに惚れた要因を絶やしたくないんだ。

 

 「……イッセーさん」

 

 アーシアは背中に回していた手を、いつの間にか俺の胸部に乗せていた。そしてそのまま、朱の差した美貌を近付けてきた。

 

 こ、これはもしかして……いけるとこまでいけるんじゃないですか!?

 

 俺も磁石のようにアーシアの顔に近寄り、お互いの距離が段々と縮まる。

 

 破裂寸前の心臓は、既に許容限界だというコトを俺に伝えたいのか、これまでにないくらいの速さで血液を循環させている。

 

 やがて、彼女の顔が視界を占領する。

 

 血液が回りすぎてるせいか、体中が痒い。今すぐ体をかきむしりたい衝動にかられるが、それ以上の願望が目の前にあるのだ。そんないつでも出来ることは、後でやればいい。

 

 そして、とうとう俺達の距離は……俺とアーシアの唇が重なろうとして、

 

 

 

 

 「……コイツラは何故俺達が婚約話をしている時にイチャついている?」

 

 

 

 

 焼き鳥野郎から最もな意見が投げかけられた。

 

 俺はその言葉で我に返り、壊れたブリキ人形のように緩慢に首を動かした。

 

 そこには色々な感情が入り混じった光景があった。

 

 ライザーは少し苛立ちが混じったように俺を見つめ、

 

 リアス先輩は呆れたように肩を落とし、

 

 グレイフィアさんに至っては無表情。

 

 木場は苦笑し、朱野さんはいつものほがらかな笑みを浮かべ、小猫ちゃんは侮蔑を込めた目でこちらを睨んでくる。

 

 ……正直耐えられません。

 

 「…………きゅぅ」

 

 アーシアも臨界点を突破してしまったのか、さっきとは比べ物にならないほど顔を赤くし、俺の胸に糸が切れた操り人形のごとく倒れ込む。

 

 「あ、アーシア!?」

 

 先に逝ってしまった彼女の顔に手を添えると、使いすぎた携帯電話のように熱かった。

 

 や、やっぱりめちゃくちゃ恥ずかしかったんだな……俺も今同じ気持ちだからもしかしたら後追うかも!

 

 「まあいい……それよりリアス、俺達もそこのバカ共みたいに愛を育んでいこうじゃないか」

 

 「冗談じゃないわ!アナタは私が必ず消し飛ばしてあげるわ!レーティングゲームで!」

 

 …………え、なに?どうして婚約話からそんな物騒な話題に発展したんですかねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




イ「なんでこんな展開になったんすか?」

摩「おまえらがイチャついてる時になったんだよ。いいから行くぞ、もう眠い」

イ「うぇ!?ち、ちょっとまーーーー」

リ「合宿をするわよ!あなた達相談部も付いてきなさい!」

イ&摩「…………は?」

 なんだかんだで巻き添えに


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合宿開始です!

SAO-LS面白い!
代償はry
試験中なのに……


 遥か上空から降り注いでくる灼熱の陽光に、辺りから聞こえてくる、身に染み渡るような蝉の声。

 

 たったこれだけの要因が、既に初夏を迎え始めてきているというコトを俺に自覚させる。

 

 こんな日はクーラーをガンガンに利かした家で静かに過ごしたいのだが、ある事情でそれとは縁遠い状況下にいる。

 

 では、俺が今どこで何をしているかというと、

 

 「ぜぇ、もう……無理……しんどい、暑い……疲れた……ッ!」

 

 身が焦げると錯覚してしまうほどの炎天下で、リアス先輩率いるオカルト研究部の合宿先である場所ーーーーちなみに山らしいーーーーへ向かっていた。

 

 ……とてつもなく重い荷物を持ちながら。

 

 「な、なんで俺がこんなこと……」

 

 額から噴き出る汗を拭い、俯きながら一歩を踏み出す。足跡の深さがおかしいのを見る度に、重量感のある荷物を持っているコトを自覚する。

 

 そんな地獄を乗り越えようとしていると、隣を歩いている摩耶さんが語り掛けてきた。

 

 「修行にはおあつらえむきのメニューじゃねえか。よかったな、イッセー」

 

 「よかないですよ!」

 

 俺は摩耶さんの背中を睨みながら言い返す。摩耶さんは何も持ってなく、文字通り手ぶらでここに来ている。

 

 アンタは何も背負ってないからそんなコトが言えるんだ!

 

 「あのなイッセー。何も背負ってない奴なんかより、何かを背負った奴の方が何万倍も強いんだぜ?」

 

 「カッコイい台詞で誤魔化そうとするなぁ!」

 

 相変わらずだなこの人は……何かあれば面倒事を回避しようとしたり、俺の心をまた読んだり。

 

 「だいたい今回の合宿はオカ研のメンバーを強化するのが目的でしょ?何で俺までこんなコトを……」

 

 俺に対する措置について愚痴りながら、眼前のリアス先輩の背中を追う。

 

 リアス先輩がライザーと結婚したくないから対決するのは分かる。そのために力をつけようと合宿をするのも頷ける。

 

 しかし、俺達相談部が駆り出される道理が分からない。挙げ句の果てには俺まで修行をつけられる始末。ハッキリ言って踏んだり蹴ったりだ!

 

 「まあ、それについてはお前に同意するわ。何で俺がこんな……ほら見ろイッセー、俺がさっき言ってたことが証明される瞬間が来たぞ」

 

 「は?一体何言ってーーーー」

 

 「遅いです、イッセー先輩」

 

 死角から聞こえる可愛らしい声。

 

 それに誘導されるように視線を向けると、俺より何倍も大きな荷物を持った小猫ちゃんが俺の横を通り過ぎていった。しかも涼しい顔をして。

 

 「うぇ!?な、なんで小猫ちゃんあんな大きな荷物背負って平然といられるの!?」

 

 「それはね、彼女が『戦車』だからだよ。イッセー君」

 

 今度は爽やかな男の声。しかもそれが隣から。

 

 反対の方を向くと、いつものイケメンスマイルを浮かべている木場の姿があった。俺のと同じ大きさの荷物を背負っているというのに、随分余裕があるようだ。

 

 「案外余裕そうだな裕斗。なんならイッセーの荷物少し分けてやろうか?」

 

 「い、いえ。それは流石にキツいので遠慮しておきます……」

   

 摩耶さんが唐突に木場に修行をキツくするよう催促してくる。因みに摩耶さんは木場の隣にいる。

 

 つまり今、俺、木場、摩耶さんの順に横一列に並んで歩いているのだ。

 

 「いや~、イッセーに荷物落とされたりでもしたら困るからさぁ。少しだけでもいいから背負えって、な?」

 

 何が摩耶さんをその気にさせるのか、しつこく木場に俺の荷物を背負うよう言いつめる。

 

 てゆうか今、摩耶さん変なこと言ったような気が……

 

 「皆!もう頂上はすぐそこよ。諦めないで頑張りなさい!」 

 

 目的地が近付いて来たからか、目の前にいるリアス先輩がコッチを振り返り、激励を送る。

 

 優雅な紅髪が宙を舞い、自分がここにいるというコトを強く主張しているように見える。あの人の魅力はなんと言ってもあの紅髪だから、視界に入ったら自然に目で追いかけてしまう。

 

 「やっだぁ~もう、浮気ですかイッセー君?そんなにリアスのコトを情熱的な眼で見ちゃって」

 

 どうしよう、俺の主がものすごくうざったらしい。

 

 俺が心に決めた女の子はいつだって一人だけだ。リアス先輩に劣らない優雅な金髪を持った、聖女とも呼べる清らかな心を持った女の子。

 

 「はいはい、アーシアちゃんね。そんなの皆知ってるコトなんだよ。ワロスワロス」 

 

 「アンタは一体何がしたいんだぁ!」 

 

 この人の破天荒ぶりにはこれ以上ついていけん!間違ってるのはこの世界だといわんばかりの行動の数々には不可解を通り越してもはや呆れる。

 

 それより摩耶さんが言ったように、俺はアーシアにのコトが一番大切だ。だから、

 

 「はぁ……はぁ……ふっ、あ……」 

 

 後ろの方で不規則な息づかいをしている彼女を、俺はここに来てからずっと心配していた。

 

 アーシアも俺達と同じ様に、荷物を背負っている。俺や木場のような大きな荷物ではないが、彼女の華奢な体では到底背負いきれないような大きさだ。

 

 俺とアーシアの距離はだいぶ離れているというのに、その疲労が手でとるように分かってしまう。

 

 俺とは比べ物にならないほど大量の汗を流し、その汗が彼女の白い肌を伝って地面に落ちる。赤く染まった端正な美貌と、陽光を照り返す汗が異様にマッチしていて、妖精のような色香と妖艶さを醸し出している。

 

 ……正直その姿に興奮してしまったのは秘密です。

 

 「アーシア、本当に大丈夫なのか!?」

 

 とはいえ、何時までもその姿に見とれているわけにはいかない。彼女にとっては、俺のような(よこしま)な感情を抱く余裕すらないのだ。心配していないと言えば嘘になる。

 

 「大丈夫ですわ。イッセー君は気にしないで先に行ってください」

 

 喋ることすら出来ないアーシアの代わりに、朱乃さんが答える。

 

 朱乃さんがアーシアについてくれているのは素直に嬉しいが、ここに来た目的はオカ研の強化合宿だ。

 

 そのオカ研の一員である朱乃さんが自分の時間を割けていないというコトに関しては、罪悪感を感じてしまう。

 

 「余計なコトは考えんな。朱乃がいいって言ってるんだからいいんだよ。っと、どうやら着いたようだぜイッセー」

 

 俺の心を読んできた主の言葉を聞いた瞬間、上り坂が平坦な道になり、膝に重りをくくりつけていたように感じていた重量感が、幾ばくかはマシになった。

 

 摩耶さんの言うとおり、ようやくの思いで目的地に着いたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋でジャージに着替えた後、打倒ライザーにむけての特訓が開始された。

 

 何度も言うがこの特訓は俺達相談部ではなく、オカ研のメンバーが強くなるために実施したものだ。特訓には当然、実践を想定したメニューも組まれている。そのため、俺達相談部が相手をするというコトで話がついているらしい。

 

 だがしかし、摩耶さんの腕はまだ完治状態ではないため今回はお預け。アーシアは戦闘タイプではないため論外。

 

 したがって、残された俺が相手をするコトになるのだが、悪魔歴の短い俺がオカ研メンバーの相手を勤めるというコトはーーーー

 

 

 

 「いだだだだだ!小猫ちゃんギブギブギブ!」

 

 

 

 ーーーーかなりの高確率で死に直結する。いやマジで。

 

 さっきまで木場と対決していたのだが、視界に映らないスピードで動き回る木場に、為すすべもなくタコ殴りにされ終了。

 

 摩耶さんに水をぶっかけられ、落ちてた意識を強制的に帰還させられた。

 

 側には俺のコトを心配していたアーシアと木場がいた。アーシアは目に少し涙を貯めて、俺のコトを本当に心配してくれた。

 

 木場もアーシアまではいかなくとも、俺のコトを多少気にかけてくれていた。

 

 けどアイツの目は、全く物足りない、と語っているように見えた。

 

 次は小猫ちゃんとの対決になったが、小柄な体格をしているわりにはかなりの運動量で攻めてくる彼女に何の抵抗も出来ず、簡単に関節技を決められてしまった。

 

 摩耶さんとの勝負を見ていたから強いのは分かってたけど、正直ここまでとは思ってなかった!

 

 「は~い、二人ともそこまで~。それ以上やっちゃったらイッセー関節はずれちゃうから、小猫ちゃんもう止めたげて」

 

 すぐ近くで闘いを見ていた摩耶さんが、手を叩きながら静止を掛けてくる。

 

 小猫ちゃんは俺と摩耶さんを一瞥した後、ため息をつきながら技をといた。し、死ぬかと思った。

 

 「イッセー先輩、弱すぎです」

 

 その台詞は俺の心をえぐるには十分すぎる威力をほこっていた。年下の女の子にそんなコト言われるなんて思ってもみなかったからな……ハッ

キリ言って泣きそうです。

 

 地に膝と手をつけ、黄昏ている俺を無視し、摩耶さんは次なるメニューを言い渡してきた。

 

 「よっしゃ、次は関節技無しでやりあおうか。お互い打撃のみの真剣勝負。こうでもしないと技のバリエーションがないイッセーには不利だからな」

 

 どんな条件があったとしても、今の俺が小猫ちゃんの相手をするのは骨が折れます。摩耶さんお願いですから代わって下さい。

 

 「いいか小猫ちゃん。打撃はただ当てるだけじゃなく、急所をえぐるように攻撃するんだ。そうすればどんだけ頑丈な奴でも、多少の隙は生まれるからな」

 

 「分かりました」

 

 「分からないでーーーー!そんなコトされたらもう俺生きていけない!」

 

 摩耶さんの小猫ちゃんに対する指南が気合い入りすぎて怖い。一体何があの人をそこまでやる気にさせるんだ!

 

 「はい、じゃあよーいスタート」

 

 「え、嘘、ちょま、あぁぁぁああああああ!」

 

 主の合図と共に地獄が始まり、俺は喉が枯れるくらい叫び声をあげ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身を焦がすと錯覚してしまう程の暑さが嘘みたいに消えた時間帯。陽光を放っていた太陽に代わり、月光を放つ月が空を支配している。

 

 なかなか寝付けなかった俺は散歩がてら外を歩いていたら、バルコニーで本を読んでいたリアス先輩を見つけた。

 

 眼鏡を掛けていた先輩はとても知的そうで、トレードマークの紅髪が月の光を照り返してる様は、今までとはまた違う妖艶さを醸し出していた。

 

 おまけに裸体が透けて見えるネグリジェがそれを助長させているーーーー!

 

 「……イッセー、そんな所で一体何をしてるの?」

 

 リアス先輩の扇情的な風貌に見惚れてヘンなテンションになっていたら、向こうから声を掛けてきた。や、やべ!もしかして怒られる!?

 

 「え、えっと……これはその……」

  

 何と言い訳をしたらいいか分からない俺は、つい言いよどんでしまう。そんな俺をどんな風に見たのか、リアス先輩はクスッと笑みを浮かべ、隣の席を指差す。

 

 「こっちに来て座りなさい。少しお話しましょう」

 

 そんな胸躍るお誘い、断る理由があるはず無い。

 

 「はい!失礼します!」

 

 勢いよくリアス先輩のもとへ駆け寄り、隣の席に腰掛ける。

 

 俺の変わりようがおかしかったのか、リアス先輩はまた笑みを浮かべた。

 

 それからは色んなコトを話した。

 

 リアス先輩がこのゲームにかける意気込み、対戦相手であるライザーの殲滅法、拭い落とせぬ不安。

 

 そして、リアス先輩が一番大事にしている夢。

 

 

 

 自分をグレモリーとしてではなく、リアスとして見てくれる人と結婚するコト。

 

 

 

 自分はグレモリー家の次期当主。

 

 そのコトについて誇りを持っているし、重圧を感じるコトもある。

 

 だけど、やはり自分は女の子。そういった夢を持ってしまうコトもある。

 

 仮に今回の縁談を破談に出来たとしても、また新たな縁談が来るかもしれない。そういったやからはきっと、自分のコトをグレモリーとしか見ていない。

 

 リアス先輩の口から言葉が淡々と出てくる。そのたびに彼女の顔が、どこか悲しそうに見えてしまう。

 

 紅の髪を靡かせ、威風堂々としたリアス先輩が、年頃の少女同然の悩みを抱えていた。

 

 そんなリアス先輩を俺は少しでも慰めたかった。でも、今の俺に出来ることはほとんど何もなくて。

 

 「俺はリアス先輩のコト、リアスとして好きですよ」

 

 この話を聞いた奴なら誰でも言えるような、そんな安っぽい言葉しか告げることが出来なかった。

 

 その台詞を聞いたリアス先輩は、一瞬だけ呆然としていた。だが、その意味が自分の求めていた言葉と合致したと理解したときには、顔を赤く染めていた。

 

 俺もこれ以上その場に居たら恥ずかしくて死んじまいそうだったので、早急に立ち去った。

 

 こんな真夜中にあれだけの美貌を持つ人と二人きりで話していたら、余計眠れなくなる。さっさと戻ってベット入って寝よ!

 

 …………だけど。

 

 「リアス先輩にも……夢があるんだよな」

 

 当たり前の事実に気づかされ、寝室に向かっていたはずの歩みを止める。空から放たれる光は、側にある木が遮ってるため、俺の周り近くだけ一段と暗い。

 

 あの人にも夢があって、その夢を叶えるために今ここで強くなろうとしてる。

 

 それなのに、俺のような出来損ないを修行相手として扱っている。木場や小猫ちゃんに大したアドバンテージがないのにだ。

 

 摩耶さんが闘えないのが理由だが、俺を相手するより、木場と小猫ちゃんがやり合った方が効率がいいと思える。

 

 「これじゃあまるでーーーー」

 

 「俺が修行してるみたいじゃん……か?」

 

 真上から声が聞こえてくる。俺はその方向に、思わず視線を向ける。

 

 首を上に傾け、その声の主を視認する。

 

 「何でこんな夜中に起きてるんですか、摩耶さん」

 

 膝裏で木の枝を挟むようにして、摩耶さんが宙にぶら下がっていた。

 

 「いや~、たまには俺も夜の散歩とかしたくなる時があるのさ」

 

 とても信じられない言葉を吐く我が主。この人がそんなコトを思ったならば、この世界の終わりを意味する、と言っても過言ではない。

 

 「おいおい何だよその目は。お前俺の言ってること信用してないな?」

 

 腹筋の要領で体を起こした摩耶さんは、そのままの勢いで俺と同じ地の上に着地した。

 

 首を何回か鳴らした後、いきなり摩耶さんが俺の意中の核心を突いてくる。 

 

 「まあ確かに、裕斗や小猫ちゃんの為にならないのは確実だよな。お前のような奴が相手じゃあよ」

 

 「ッ!」

 

 あざ笑う主から告げられた、非情な現実。

 

 否定しきれないが故に、形容しがたい感情が胸の中で渦巻いていく。

 

 それを消去したいが為に、摩耶さんに思っているコトを全てぶつける。

 

 「だったらどうしたらいいんですか!俺のような奴がここに居たって何の役にたたないのは俺が一番理解してるんです!木場には一度も見たことのない目で見られたし、小猫ちゃんにはため息を吐かれた……それで気付かない訳がないでしょう!」

 

 滞りなく出てくる言葉の数々には、俺の本心が込めてある。それを感じ取ったからか、摩耶さんから嘲笑が消えた。

 

 「あれだけ自分の夢に忠実なリアス先輩の邪魔になってる!俺にはあの人程の信念が無い!そんな俺がリアス先輩達にしてやれるコトなんて何もーーーー」

 

 「だったら強くなればいい」

 

 摩耶さんが俺の吐露を遮り、一歩近付いてくる。

 

 「弱いコトが枷になってるならば、アイツらより強くなってしまえばいい」

 

 また一歩、摩耶さんが近付いてくる。静寂な夜に、足音だけが響く。

 

 「そんなの……この短期間で出来るわけがーーーー」

 

 「出来るさ」

 

 遂に俺と摩耶さんとの距離が無くなった。目の前には、俺を見下ろしている主の姿があった。

 

 「お前にもリアスに劣らない信念を持ってる。人なんざ心変わり一つで簡単に変わるもんだからな」

 

 「俺に……?」

 

 摩耶さんの言ってるコトが到底理解できず、俺は自分の左胸部に手を添えた。

 

 「そうだ。お前自身まだ明確に理解してないが、お前の信念は一定の水準を超えている。それにお前には俺がいる」

 

 親指で自分を指差す摩耶さんに、俺は心底カッコイい、と思ってしまった。

 

 かなりの時間が経ったのか、いつの間にか月は浮かぶ位置を変え、それに倣うよう光の放射角度も変わる。

 

 俺と摩耶さんの場所を月明かりが徐々に照らしていき、摩耶さんの素顔を鮮明に見れるようになったところで、

 

 

 

 「今日からお前は俺の弟子だ」 

 

 

 

 摩耶さんが口を開く。

 

 そして、俺を強くしてくれるコトを主張した。

 

 「……………………え?」

 

 情けない声が出てしまった俺。そんな俺に現実を理解させようと、摩耶さんが乱暴に頭を撫でてくる。

 

 「なんだなんだなんだ?せっかく俺がお前を一人前にしてやろうって言うのによ。もっと嬉しそうにしろバカ!」

 

 いつもの調子に戻った摩耶さんを見て、俺はこの人の言ったコトがようやく理解できた。

 

 この人が、俺を強くしてくれる。

 

 その意味が体の奥底に浸透した瞬間、俺の目から大量の水滴が溢れ出した。そして、

 

 「お願いします!!」

 

 呪詛のように紡いでいた感情の爆発より、ドデカい声量を持つ声が口からこぼれ出た。




摩「やっぱリアスんとこはすげーな。別荘なのに結構いいテレビあんじゃん」

イ「すごいっすね。てかそろそろ荷物降ろしていいすか?」

摩「構わないぞ。デリケートに扱えよ」

イ「は?一体何が入ってーーーーなんじゃこりゃぁぁあ!?」

摩「さ~て、そいじゃあ始めますかな」

 入っていたのは全てゲーム機という名の鉄の塊。


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