鬼人様は面倒ごとを躱したい (フクマ)
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鬼人様は面倒事を躱したい

 少年、宿木棗(やどりぎなつめ)は転生者である。

 自覚があったわけではないし、何なら己の死んだ瞬間すらもろくに覚えてはいない。

 ただ彼は、生まれた時から異常だった。

 その一つが自分の体の中にある力に対する漠然とした理解。

 名称、内容、元々のその力の持ち主。その他諸々、棗としては何がどうしてこうなった、と頭を抱えてしまいたくなるのだが、とにもかくにも彼は化け物であった。

 

(両面宿儺、ねぇ………)

 

 自宅のあるマンション。その封鎖された屋上に忍び込んで寝転がった棗は、空を見上げていた。

 両面宿儺。日本書紀に記された飛騨の鬼神の名。計八本の手足を持ち、頭の前後にそれぞれ顔があり、四つの手で二つの弓を引いたとされる。

 だがしかし、棗の言う両面宿儺はその歴史的な存在ではなく、呪術廻戦に出てくる登場人物の事を指していた。

 性格は天上天下唯我独尊。己の快不快こそが生きる指針であり、その上大抵の者は敵味方問わず抵抗の一つもできないそんな存在。

 千年以上前に、封印されたが残った指二十本は封印するのがやっとで破壊することが出来ず、その上どれだけの月日が経とうとも呪いの力を失わない呪物となった。

 紆余曲折を経て、主人公がこの指を取り込んでしまったことから、まるで坂道を転がる様に物語は進行していく事になる。

 

 そんな両面宿儺の力を、何の因果か宿木棗は有していた。唯一の救いは、力だけを有しており両面宿儺の人格やら何やらは有していなかったことだろうか。

 これは、十数年の人生より裏付けが取れている。ただ目覚めていない可能性というのもあったが、領域展開まで可能となればこの線も薄いだろう。

 

 棗は自分という存在がこの世界の異物であると理解している。

 何故なら、ここは千年前ではないし、自分自身が異形の鬼神となったわけでもない。であるならば主人公成り替わりも考えたが生憎と名前が違う。

 何よりこの世界には、呪霊と呼ばれる存在がおらず、呪術師たちも居なかったのだから。

 代わりと言っては何だが、この世界には神も仏も妖怪も悪魔も天使も居る。それ以外にも様々な人外存在が表の日常生活の裏側で蠢いていた。

 不本意ではあるが、棗もまた何度かそんな輩たちと出くわしたことがある。戦闘になったことも片手の数程度には。

 そこで学んだのは、絡んだ相手が()()であることだ。出来る事なら関わりたくないし、自分から手を出す気はない。

 

 もっとも、火の粉を払う事に抵抗はないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 棗は、己の運勢が元々よろしくないと思っている。これは、自分の中に爆弾のような力を有して生まれてしまった時から変わらない認識だ。

 

 

「くくっ、貴様。妙な力を持っているな?」

 

 

 だから今日も、妙な輩に絡まれている。

 ここ最近町中が騒がしいことは、棗自身も認識していた。認識していたうえで対岸の火事であると判断して手を出してこなかったのだが、今回それが裏目に出てしまった。

 学校帰りの放課後。夕飯の買い物などをした帰路でのことだ。無意識のうちに、棗の口からはため息が漏れていた。

 

 

「はぁ…………俺に何の用だ」

 

「抑え込んでいるようだが、このドーナシークには分かる。貴様の存在、レイナーレ様の障害となるであろうことをな」

 

「………で?」

 

「その命、もらい受ける」

 

「はぁ…………」

 

 

 ()()()()()。棗が抱いたのは、そんな感想。

 今まさに、目の前のナイスミドルは黒い翼を背中に携えて光の槍をその手に顕現させているというのに、当の本人には一切の力みも、恐怖も何もなかった。

 ただ、軽く右手の人差し指と中指を緩く立てて振るった。それだけ。

 

 

「―――――がぁああああ………!?」

 

 

 何が起きたのか、やられた本人であるドーナシークには分からなかった。分からなかったが、気づけば左腕が肩回りの肉と一緒に切り飛ばされて宙を舞っていた。

 激痛を発する傷跡を右手で押さえ、彼は膝をつきながら驚愕の目で目の前の少年を見上げる。

 

 

「貴、様ぁ……!いったい、何をした………!」

 

「お前に、語る必要性があるのか?殺さなかっただけ、ありがたいと思えよ」

 

 

 言いながら、棗は左手にエコバッグを提げて無造作にドーナシークへと歩み寄る。

 眼前に立ち、見下ろす。その目には一切の感情が見受けられない。

 

 

「お前を生かしたのはただ一つ。お前の上司に伝えろ。俺に手を出さないのなら、殺さない。だが、少しでも妙な真似をすれば殺す。一言一句間違うなよ?」

 

 

 陳腐な脅し文句だ。それこそ、ドーナシークら人外でなくとも、そこら辺のヤンキーやチンピラなどもちょっとした凄みの際に口をついているかもしれない。

 だが、目の前の少年のその言葉には無視できないだけの力がある。少なくとも、対面したドーナシークにはそう思えた。いや、理解させられていた。

 自分は今、()()()()()()()。生き残ったのでも、生きているのでもなく生殺与奪権を完全に握られているのだ。

 仮に彼の意に沿わない行動を起こしたとしよう。まず間違いなく殺される。それも、己が死んでいると自覚する間もなく、その命を奪われるだろう。

 そして、目の前の少年はそれをするだけの技量と、それだけの事をしても意に介さないであろう面が透けて見える。

 この世には、触れてはならないものがある。それを今日、ドーナシークは知った。

 同僚と主に言い聞かせようと。この男を怒らせてしまえば、もはや計画とか言っている場合ではなくなってしまう、と。

 

 

「………必ず」

 

「なら、行け。そして二度と現れるなよ」

 

 

 ドーナシークの返答に満足したのか踵を返す、棗。

 無防備な背中だ。だが、その背中を刺し貫こうとする気概など、すでにドーナシークの中には残ってはいなかった。

 三分にも満たないその時間で、両者の間には格付けが済んでしまっていた。そして、諦めた犬は上位存在には吠えない、噛みつかない。

 黒い羽根を散らして空へと飛びあがる姿すら見ることも無く、棗は帰路に就いた。

 もう、その頭の中に先程の事など残っていない。あるとすれば、今日の戦利品でもある豚バラ百グラム百円をどう料理しようか位。

 

 宿木棗はイカレている。人が死のうと生きようと関係ないし、生殺与奪の権利を仮に握ろうともそれすら興味の一つも抱きはしない。

 彼は、両面宿儺ではない。しかし正義の味方でも英雄でもヒーローでもない。

 

 一つ確かなことは、彼は決して善人ではないという事。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 片腕を肩周りからごっそりと失って帰ってきた部下、ドーナシークの報告を聞いたレイナーレは当初報復に移るつもりであった。

 だが、やられた当人であるドーナシークが何度も何度も止めるために、結局のところその行動に移す事はできなかったのだ。

 彼の同僚は、腕を失い腑抜けになったのか、と嘲笑った。だが、その嘲笑を受けてなお彼は三人を止め続けた。

 明らかな異常。そこまで言われてしまえば、流石にちょっかいを出そうとも思わないがしかし同時に興味も沸くというもの。

 

 ()()()()()()()のは、ミッテルト。見た目が少女の外見であるからか、その精神もまた肉体に引っ張られてしまっていた。

 

 

「アンタが、ドーナシークの言ってた()()っすね?」

 

 

 人外たちの時間である夜の入り口、夕方。

 毎週金曜日に公園に屋台を出すクレープ屋で買った、抹茶アイス入りの黒蜜きな粉わらび餅クレープに舌鼓を打っていた棗は、突然の闖入者に眉をひそめた。

 ゴシックロリータファッションとでも言うべきか。そんな格好の金髪の子供。

 頭の中で記憶を辿ってみるが、知り合いではない。もともと、他人の顔と名前を覚えることが苦手で、その上覚える努力をしない棗の対人記憶ほど役に立たないものも無いのだが、とにかく彼に思い当たる節はない。

 

 人違いだろう。そう、彼の頭は答えをはじき出した。今は、その手の中にあるクレープの方が大切なのだから。

 

 一方で、声を掛けた最初だけ一瞬目を向けられ、そしてその後はまるでその場に誰も居ないかのように無視して横を通り抜けられたミッテルトはというと、単純に言って視界が赤くなった。

 彼女は、堕天使。天使が堕天することによって生じた種族であるのだが、彼らは人間以上に己の欲望に正直に生きている。無論、外向きの仮面は存在するが、それほど分厚くはない。ちょっとした精神の揺らぎで容易く取れてしまうことが珍しくない。

 ミッテルトの仮面は正にそれだった。

 彼女にしてみれば、ドーナシークはただ単に日和っただけに思えてならなかったのだ。相対した少年も妙な力を感じるような気がするも、それだけ。

 堕天使は、否人外とは等しく心のどこかで人間という種族を軽んじている。当人にその意図や自覚が無かろうともこれは覆しようのない事実としてそこにある。

 実際のところ、人間は一部を除いて人外に対抗する手段などそう無い。大抵の場合は、相対した瞬間にはその命を薄紙を破る様に、容易く奪われてしまうだろう。

 例に漏れず、ミッテルトもまた高々人間の一人や二人殺すことに苦労などない。その胴体を、光の槍で貫けば即死せずとも、死へと帰結することは変わらないからだ。

 苛立ちのままに、槍を右手に。そうして振り返りざまに自分を無視した命知らずの無防備な背中を貫いて―――――

 

 

「死ね!!」

 

 

 次の瞬間には、その意識は失せていた。

 何が起きたのか。おそらく、ミッテルトはおろか第三者として見ていた者が居たとしても分からなかっただろう。

 知るのは、ただ一人。クレープの最後の一切れを頬張って、甘味に酔いしれる棗のみ。

 彼の背後では、肉片。いや、ただ血飛沫とその中に転がる残骸だけが広がっていた。

 宛ら、赤いペンキをぶちまけたような。しかし、あたりに漂う鉄臭さがその赤色がペンキではないことを声高に主張してくる。

 

 棗にしてみれば、耳周りを飛んでいた羽虫を叩いた程度の認識。三歩も進めば、自分が奪った命の事すら、最早覚えてはいないだろう。

 

 アンタッチャブル。それの分からぬ馬鹿には、死あるのみ。

 

 しかし、力あるモノの常として、大渦は間近に迫っていた。



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鬼人様は平穏無事を求む

 リアス・グレモリーは、ここ駒王町一帯を任せられた若き上級悪魔である。

 別段法的な手続きの上で成り立っているわけではないのだが、一応そういう事になっている………のだが、ここ最近は頭の痛い事態が多すぎた。

 例えば、眷族新規加入。二天龍ともいわれる赤龍帝の籠手を有した兵士と回復系神器持ちの僧侶。

 質より量、と言えばそうなのだがまだまだ二人ともポテンシャルはあれども発展途上と言わざるを得ないのが現状だ。

 もっとも、彼女は身内を大切にするグレモリーの血筋。眷族の強弱にはそれほど頓着はしていないし、何より彼女たちは悪魔だ。数千とも数万ともいわれる寿命を持つ。時間は文字通り腐るほどあった。

 

 話を戻そう。彼女の頭を悩ませるのは、何も眷族たちの事ばかりではない。領地の運営もそうであるし、縄張りに入り込んだ侵入者の撃滅もまたその責務の一つ。

 上記二人の加入も、発端は町に入り込んでいた堕天使一味の悪巧みだ。

 その際の相手は、最高でも中級がやっと。上級悪魔であるリアスの敵ではなかったし、事実部下たちは瞬殺した。実際に主犯格に手を下したのも彼女だ。

 この折に、リアスはとある情報を得た。

 

 

堕天使曰く、この町には鬼人が住む、と

 

 

 思い当たる節はあった。それは、消滅させた堕天使の左腕がなかったとかそういう事ではなく、この町で時折起きていた不可解な事件。

 統治者であるリアスの下には、はぐれ悪魔と呼ばれる主の下から様々な理由で離れ野良となって害をもたらす存在の討伐依頼が少なからず齎される。その内数件が、彼女らが到着したころには既に討伐済みであったことがあったのだ。

 相手の等級は、問わない。C級やB級だけでなく、A級、場合によってはS級のはぐれ悪魔が討伐されてきた。

 勿論、リアスとて何も行動を起こさなかった訳ではない。何度となく調査してきたし、町に他種族や神器使いが新たに潜伏していないか探してきた。

 それでも見つからない。

 

 一応、目星を付けてはいる。その内一人は、彼女の通う学園の生徒の一人。

 

 

「リアス。宿木君への接触、どうするんです?」

 

「呼び出し………は、まず無理でしょうね。本当に彼が、あの堕天使の腕を切り飛ばして、更に一人その手に掛けているのなら、何をしてくるか分からないもの」

 

 

 椅子の背もたれに体を預けたリアスは、部室の天井を見上げて息を吐いた。

 宿木棗。二年生であり、成績は平凡。部活動には参加しておらず、交友関係は希薄を通り越して絶無。ただ、当人の容姿が整っているからか、女子受けは悪くない。

 問題は、彼が近くにいた場所ではぐれ悪魔などの討伐が相次いでいる事。全部が全部そうではないし、偶々監視カメラなどに映っている事が大半であったのだが、怪しまない方が無理な話。

 何より、棗の雰囲気は人間にしては()()禍々しい。かなり、注意深く確認せねば分からないが何かしらの力は持っているだろう、というのがリアスの読みだった。

 この場合、自分の眷族への勧誘をするのが悪魔なのだが、過ぎた力は身を亡ぼす。

 かといってこのまま自分の領地でどうこうされるのは、悪魔としての沽券に関わるというもの。

 接触は、必須。味方に引き込めずとも、相互不可侵を結べるのならばそれに越したことはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王学園には二大お姉さまと呼ばれる二人が居る。

 一人は、リアス・グレモリー。紅蓮の美しい髪をした豊満な美少女。もう一人は、姫島朱乃。黒髪の大和撫子然としたこちらも豊満なボディをお持ちだ。

 二人は、学園中の男たちの視線と欲望を掴んで放さない存在。平均的に美少女の多い学園内でもその容姿の優れっぷりは頭一つ抜けていた。

 ただまあ、何事にも例外というものは存在する。特殊性癖であったり、そもそもからしてそれら色欲に興味が無かったり。

 そして棗は後者に該当した。

 

 

「今日は、オムライスにするか」

 

 

 学校に行って授業を聞き、昼休みには屋上か、雨ならば空き教室で昼寝。放課後には買い物に行ったり、お気に入りの店で買い食い。三大欲求は、食欲が完全にメーターを振り切っていた。

 今は、夕飯の献立で頭が一杯。オムライスは確定だが、ソースをデミグラスにするかトマトにするか、そもそも卵は固くするのか、フワトロにするのか。チキンライスではなくバターライスにするのか。付け合わせはサラダにするのかスープにするのか。そもそも、それだけで足るのか。

 食べるのは、棗一人ではあるが彼自身食道楽の気質がある。作るのも食べるのも苦にはならないし、どれだけ食べても脂肪にならない。

 消費カロリーが多いのか、はたまた別の要因か。少なくとも、この痩せやすい要素が食道楽に拍車をかけているのは確かだった。

 

 

「尾行って、こんな感じで良いのか?」

 

「多分、ね。僕も詳しいわけじゃないし、接触は部長もしなくていいって話だったから」

 

「………もう少し、離れた方が良いかもしれません。今までのはぐれ悪魔討伐が宿木先輩の仕業なら、私たちよりも格上の筈ですから」

 

 

 電信柱の影より、団子三兄弟の様に顔を出すのは兵藤一誠、木場祐斗、塔城小猫の三名。

 彼ら三人は、主であるリアスより命を受けて棗の尾行を行っていたのだ。陳腐な手だが、その成功と失敗で関わり方を変える事が出来る。

 距離は二十メートルほどか。少なくとも、この距離はある程度戦いなれた祐斗がもしもの際に逃げる隙のある距離だと判断しての事。

 

 

「なあ、そういえば木場とか小猫ちゃんから見て宿木ってどうなんだ?」

 

「どうって?」

 

「強いかって話」

 

「………少なくとも部長よりは、強いと思いますよ」

 

「マジ?」

 

「多分ね。少なくとも、僕には確証ないよ。ただ………」

 

 

 言葉を切った祐斗は、先を行く棗の背へと視線を送った。

 

 

「隙は無い、かな。もしも、今ここから仕掛けろって言われても僕は無理だと思うよ」

 

 

 無防備に見える背中だ。少なくとも、隙だらけで切りかかればそれだけでバッサリ行けそうな警戒のけの字もない背中。

 だが、どうしても祐斗はその背中に切りかかり、見事傷をつけるだけの自分が想像できなかった。

 何故かは分からない。強いて挙げれば、直感。

 一方で、小猫は小猫で別の理由から棗を警戒していた。詳細は省くが、それは動物的な本能の観点からの理由。

 

 圧倒的な、捕食者。この世に存在するあまねく全てが、彼にとっては捕食対象となりえる。そんな予感。

 だからこそ、彼女は学園でも極力棗には近寄らないし廊下ですれ違う事すらも回避することが珍しくない。今回の命も、リアスからのものでなかったならば断固として行かなかっただろう。

 残る一誠はというと、喧嘩の経験すらも薄いからかいまいち分かっていなかったりする。

 そも、彼から見て棗という男はよく分からないというのが、正直な感想だった。いや、棗も学園どころか町有数のエロ小僧に自分を理解されるなど嫌がるか。

 とにかく、一誠からすれば自分の原動力でもある色欲に対して一切興味を示さない理解できる相手ではなかった。

 

 一方、尾行される側の棗と言えば気付いているのかいないのか。

 

 

(まあ、放置で良いだろ。それより、腹減ったな)

 

 

 いや、気づいているらしい。その上での放置。

 端的に言って、棗は追跡者を舐めている。ペロペロである。

 ただこの余裕にも相応の理由があった。というか、彼自身の力によるところが大きすぎた。

 何せ、一つの作品を通しての最強格の力だ。世界線が変わろうとも、並大抵の相手には引けを取る事すらあり得ず、現状棗は苦戦どころか接戦に陥ったことも無い。これは、彼自身がその手の輩とぶつかった事が無い事にも繋がるだろうか。

 まあ、当然と言えば当然で。棗自身は、自分の力を誇示したいだとか、そんな欲求は欠片もない。

 

 ただ、美味しいものを食べたい。これに尽きる。

 

 しかしまあ、

 

 

「―――――家にまでついてくるのは、面倒だな?」

 

「「「!?」」」

 

 

 唐突に背後から聞こえた声に、三人は勢いよく振り返った。

 そこに居たのは、棗。ポケットに手を突っ込み、見下ろすような眼を三人へと向けていた。

 

 

「一つ、俺に関わるな。二つ、面倒ごとを持ち込むな。三つ、以上二つのどちらかを破った時点で殺す。分かったな?」

 

 

 三つの指を立てて一方的にまくし立てる棗。固まっている三人の反応は芳しくないが、彼にとっては意味も興味もないらしい。

 

 

「分かったなら、お仲間にも伝えとけ」

 

 

 それだけ言うと、ほんの少しだけ、それこそ瞬きの間だけ力の片鱗をのぞかせる棗。

 だがそれで十分すぎるほどに三人には脅しとなっていた。

 血の気が引き、背骨と氷柱を入れ替えたような悪寒が全身を貫いて、歯の根が合わない。逃げたいと叫ぶ本能と、しかし一歩どころか指先の一つも動かせない肉体。

 何より三人は揃って、棗の背後に二面四臂の鬼人を幻視していた。

 

 結局のところ、彼の背中が完全に視界が消えるまで三人はまるでゴーゴンの魔眼で石化してしまったかのように一歩たりともその場から動くことが出来なかった。

 漸く動けるようになった彼らを襲うのは安堵と、それからどうしようもない恐怖。

 三人は誓う。必ず、主であるリアスと、仲間の眷族たちにあの男の危険性を伝え絶対に接触させてはいけない、と。

 

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗く。裏を返せば、触れなければ実害などない。ただそこにあるだけの暴力装置。

 それが、宿木棗という少年であった。

 



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鬼人様は独り嗤う

 平和だ。宿木棗は、晴れ晴れとした気持ちで日の光の下ゆったりとした足取りで目的地へと向かっていた。

 しばらく前の接触から、律儀というべきか周囲のからの干渉が減ったのだ。具体的には、あの直接脅した三人は近寄る事すらなくなった。

 実に気分が良い。それはもう、朝食に卵を焼いたら双子だった時ぐらい気分が良かった。

 踊るような足取りでもなければ、鼻歌を歌ったりもしていないのだが、幾分かその雰囲気は柔らかく―――――見える、様な気がする。

 そもそも、彼に親しい人間が居ないのだ。であるならば、常日頃からのどこかあきれたような無表情からの変化など読み取れるはずもない。

 

 気が抜けていたのだろうか。いや、抜けていたのだろう。

 彼の暮らすここ、駒王町は人外たちの坩堝。学園は、悪魔が居るし、そこら辺にははぐれ悪魔も入り込んでいる。少し前には、堕天使だ。引き寄せる何かがあるのかもしれない、と棗は思ったり。

 そしてこの日、彼の機嫌に水を差すのは新たな勢力だった。

 

 

「失礼、そこの御仁。少し良いだろうか?」

 

 

 機嫌がよかった。だから、傍からの呼びかけに関して視線を向けてしまった。

 そして、棗は速攻で後悔することになる。

 彼に声を掛けてきたのは、不審な二人組であったからだ。この現代社会で時代錯誤に頭の先からすっぽりと足元まで覆い隠す外套に身を包み、声を掛けられなければ男か女かもわからない。

 一応、棗は声によってその不審者の片割れが女性であることを理解した。ただ、立ち止まってしまったチョンボを取り戻せるかと問われれば否だろう。

 

 

「この近辺に教会はあるだろうか?」

 

「………そこの道を真っすぐ行って一つ目の角を右に曲がれ」

 

「そこの道だな。協力感謝する」

 

 

 幸いと言うべきか、やり取りは極僅か。そこら辺の道ですれ違った挨拶程度の会話でこの場を切り抜けることが出来た。

 一つ補足をすると、棗は二人に対して教会の場所を()()()()()()

 彼が教えたのは、公僕。市民の平和をお守りするお巡りさんの詰め所、駒王町交番の場所だったのだから。

 別段、棗自身治安維持に積極的という訳じゃない。そもそも、治安が良かろうが悪かろうが彼にしてみればそこら辺の羽虫が増える程度にしか被害がないのだから。

 言ってしまえば、単なる意地悪。もっと言うなら、気分を害された意趣返し。彼女らが困ろうとも、彼には一切関係ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼノヴィア、並びに柴藤イリナは教会の戦士である。

 彼女らが遠路はるばるこの、駒王町の地を踏んだのは教会から強奪された聖剣エクスカリバーが関係しての事。

 聖剣エクスカリバー。その諸説は様々だが、世界一有名な武器の一つと言っても過言ではないだろう。

 ただ、現在この聖剣は過去に行われた大戦の最中に破損、折れてしまっており、現存するのは七つに力を分裂させてそれぞれ打ち直された劣化品。

 教会が有していたのは、六つの聖剣であり、残り一つは随分昔に紛失済み。そして今回三本が強奪される事となった。

 その回収に赴いた二人。だが、その第一歩は散々なものとなってしまう。

 

 

「あの男……!よくも……よくも……!」

 

「まあ、私たちの格好って傍から見たら不審者よねぇ………」

 

 

 憤慨するゼノヴィアと、どこか無理矢理にでも納得させようとするイリナ。

 発端は、道に迷った折に声を掛けた男から教えられた道にあった。

 親切な人もいるものだと、従って進んでみれば辿り着いたのは、まさかの交番。彼女らにとっての幸運は、運良く駐在さんが見回りに行っていた事。捕まらずには済んだ。

 

 その後何とか、滞在予定地に辿り着いたのだが、そこでゼノヴィアの怒りとも言うべきか騙されたことに対する不満が噴出していた。

 ただ、彼の弁護をするならば速攻で通報しなかっただけ良心的だ。もっと言うならば、手を上げられなかっただけ幸運。

 一応彼にだって一定範囲の常識は存在している。もっともそれは、その場でやってしまった場合のリスクリターンを天秤にかけての話。リスクがリターンを下回れば、惨劇は直ぐに起きる事だろう。

 

 

「まあ、恨み言はそこまでにしときましょ。今から悪魔側に一報入れに行かなくちゃいけないんだから」

 

「………ああ、そうだったな………だが、やはりあの男には一度言っておきたい!」

 

「それは、私も思うところあるけど………そういえば、同じ位の年に見えたよね。もしかしたら、学園に通ってるかもしれないし。何なら悪魔側で知ってるかもよ?」

 

「むっ………それもそうか。よし、イリナ。すぐに行こう。そして、あの男に苦労の鉄槌を食らわせるとしようじゃないか!」

 

 

 フンス、と鼻息荒く右手を突き上げるゼノヴィア。

 割と頭の残念な彼女は、しかしこういう場合の切り替えというべきか、行動力はかなりのもの。

 

 時刻は深夜。夜陰に紛れれば、不審者ルックな二人も通報の憂き目にあうことも無いだろう。

 ここで、世界的な補足を。

 この世界には、神話体系による勢力というものが存在している。そして、どの勢力もそうなのだが基本的には排他的。互いに交流を持つことはそう多くない。

 その中でもとりわけ内部の軋轢が酷いのが、悪魔、堕天使、天使の所属している三大勢力。周囲からは聖書陣営とも呼ばれる彼ら。

 過去に、互いの種族すらも根絶せんという大戦を起こしておりその際には多くの血が流れ、いまだに三勢力は互いに睨み合いのまま消耗し続けているのが現状だった。

 相容れないのは、互いに仕方がない部分があるのは否めない。歴史、もとい昔からの風習や教育は変える事が難しく、何より悪魔も天使も堕天使も長寿すぎる。大戦経験者がボケる事無く後世にまで恨み辛みを伝えてしまえば、悪感情の風化などもはや不可能だろう。

 

 話を戻そう。今回の任務の為に駒王学園にある悪魔の拠点の一つ、オカルト研究部へと顔出したゼノヴィアとイリナの二人。

 元々、友好的どころか見敵必殺の怨敵同士な両陣営。まともに会話だけで終わるはずもなく、更にいつもならば一歩引いて事態を俯瞰するタイプの祐斗が噛みつきに行ってしまうのだから、話はポケットに突っ込んだイヤホンコードの様に絡まっていく。

 何故か始まる二対二の手合わせ。しかし、戦闘経験が全く足りないつい最近まで素人であった一誠とイリナはどこか真面目さに欠け、ゼノヴィアと祐斗の方も片方が雑念が多く冷静さに欠けて、悪魔陣営の敗北と相成った。

 

 混沌としていく場に、更に一石を投じてしまうのがゼノヴィアだ。

 

 

「そういえば。この学園に、両目の下にそれぞれ傷のある男子生徒は居るか?」

 

 

 何気ない質問。だが、その男子生徒が誰を指しているのか分かってしまったオカ研メンバーには緊張が走っていた。

 それは、見える地雷。その上接近感知で爆発する可能性があるのだから救いようがない。

 

 

「………ゼノヴィアは知り合いなのか?」

 

「いや?ただ、今日道を聞いただけだ」

 

「その教えられた道が、交番に通じてたってわけよイッセー君」

 

「知っているのなら、教えてもらおうか」

 

 

 ゼノヴィアの言葉に、返ってきたのは沈黙。内面が混乱しきっている祐斗が別にして、グレモリー眷属一同は()との接触を避けなばならない。そして、彼に面倒事を運ぶ訳にもいかない。

 故に回答は、

 

 

「―――――さあ、知らないわね」

 

 

 惚ける。リアスの選択は、それだった。

 例え違和感を抱かれようとも、彼女らは宿木棗に触れられない。関与しない。関連しない。関係しない。

 最悪を避ける事もまた、舵を握る者の務めであるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千差万別。これは人間のみならず、この世に生きる生きとし生ける存在全てに当てはまる要素だろう。

 当然だ。生き物はコピー&ペーストで生まれる訳ではない。似通った面が多々あれども、どこかに差が生まれてしまう。

 

 堕天使幹部コカビエルは退屈だった。

 彼は、戦闘が好きだ。戦争が好きだ。血沸き肉躍る激戦の果てに、生を掴み相手を死の渦へと突き落とすのが好きだ。一方的な蹂躙劇が好きだ。致命の一撃が交差した瞬間の圧縮された時間が好きだ。

 戦争が生きる糧であり、生きる理由であり、戦闘こそが彼にとっての原動力。

 それほどまでの戦争狂にして、戦闘狂の彼は飽いていた。

 平和。過去の大戦を終えて戦力が疲弊していることは分かっていたが、それを差し引いても安穏とした空気が充満し、戦場のヒリヒリとした空気と血と泥の避けられる世界がコカビエルにとってはあまりにも退屈が過ぎた。

 

 それ故、彼は今回動く。教会より聖剣を強奪し、この町にいる魔王の妹を殺すことによって過去の大戦を再来させようと考えたのだ。

 世界が滅ぼうと、自分が死のうとも、彼自身が満足いく戦場を、戦争を、戦闘を。

 

 ああ、だが―――――

 

 

「はぁ……!はぁ…………!」

 

 

 ()()()()()()()()

 何を間違った。両手をついて、己の汗と滴る血液によって汚れていく地面を見ながら、コカビエルの脳は必死に働いていた。

 事の発端は、言ってしまえば彼の気まぐれ。戦闘的な勘とでも言うべきか、この町には尋常ではない強者が居ると歴戦の第六感が警鐘を鳴らしたことに始まる。

 

 戦闘者の本能とでも言うべきか、その姿を視認した瞬間体中の血が滾る様な感覚を覚え視界が赤く染まったのだ。

 彼にとっての幸運は、即死しなかったこと。彼にとっての不幸は、出会ってしまったこと。

 

 襲撃された彼、宿木棗は現在出力を絞っている最中であった。理由は特にない。

 指の本数でいえば、二本かそこら。もっともこれは、彼の感覚であるため手加減が成功しているのかしていないのか分からなかったりする。

 そんな折に訪れた襲撃。反射的に反撃してしまった棗だが、相手が即死しなかった事から手加減は成功か、と頷いていたりする。

 

 余談だが、相手が聖書にも書かれる堕天使の幹部であり、その中でもとりわけ戦闘に順応したタイプであったから死ななかっただけで、並大抵の人外では確実に三枚おろしのつもりが細切れになってしまう事をここに記す。

 

 

「き、さま………!」

 

「ふむ……これが()()()か。存外、調整が面倒だな………そもそも、俺がお前たちに配慮しなければならない理由もないか」

 

 

 見上げてくるコカビエルを見下ろしながら、しかし棗の興味は彼に対して一切無かった。

 気にかかるのは、襲われたこと―――――ではなく、自分自身の加減の必要性。襲われることに関しては、これまでも何度かあった為に今更気にも留めない。

 手加減がうまくなる事の利点。

 

 襲撃者を、殺さずに生け捕り出来る。反論、達磨にすればいい。

 

 そんな思考が棗の脳内を過った。そもそも、彼は襲撃者を捕えようと考えた事が無かったのもまた、手加減を覚える必要のなかった要因の一つとなるだろう。

 何故なら、捕虜というのは存外手間がかかる。場所、時間、食事、排泄その他諸々の世話は捕らえた側が行わなければならない。

 棗ならば、彼の住むマンションの一室の他に敷地などは有していないし、態々捕虜の為に新たな部屋を借りるなどナンセンス。作った食事にしても食べさせるのは癪であるし、排泄の世話など以ての外。

 

 時間の無駄だったな、とため息をつく棗だが、その一方でコカビエルはというとどうにかこうにか傷を塞いで立ち上がっているところだった。

 そして、ズタズタになったマントを脱ぎ棄てる。

 

 

「逃げるのなら、止めないぞ?」

 

「ほざけ……!人間風情が………!」

 

「人間風情、か………クヒッ」

 

 

 吠え、光の槍を手に携えるコカビエルに対して、棗が浮かべたのは歪んだ笑みだった。

 そのまま、俯き肩を震わせ、そしてそれはどんどん大きくなっていく。

 

 

「クヒッ…クハハッ………クハハハハハハハハハハハハッッッ!」

 

 

 爆笑。だが、その笑い声にはどこか嘲りが感じられた。

 

 

「気が変わった。遊んでやる」

 

 

 ニヤニヤと馬鹿にするような笑みを顔に張り付け、棗は右手の人差し指を挑発するように動かした。

 突然の心変わり。だが、コカビエルには現状それらを気にするだけの余裕などない。

 

 

「オオオオッ!!!」

 

 

 槍を手に、その不遜な態度の()()を穿たんと突撃を敢行。

 大戦を生き抜いただけはあると言うべきか、その加速は中々のもの。それこそ、常人や中級程度の人外であるならば、気づけばその穂先に刺し貫かれていると思われるほど。

 ただ、相手は常人でもなければ中級に収まる様な存在でもない。ぶっちゃけ、魔王クラスかそれ以上と言われても納得できそうな人間なのだから。

 

 

「―――――その程度じゃあ、刺さってやれんなぁ?」

 

 

 ()()()()()を鷲掴んだ棗は、嘲笑を貼り付け歯ぎしりするコカビエルの顔へと、己の顔を近づける。

 高密度に圧縮された光というのは、ただそれだけでも兵器のようなものとなる。堕天使幹部ともなれば、その一撃は致死の一撃となってもおかしくない。

 でありながら、棗は涼しい顔で槍を掴み。あまつさえ、その先端を()()()()()()()

 そして、槍を掴んでいない手は拳を握る。

 

 

「精々、死なないようにな」

 

「何ヴォッ!?」

 

 

 突き刺さる拳によって、コカビエルの体がくの字に折れ曲がる。

 突き抜ける衝撃と、一瞬の間を置いてその体は大きく後方へと吹き飛んでいった。

 ご丁寧にも、結界が張られたこの区域。コカビエルの体は空中を斜め上へと直進していき、

 

 

「頑張れ、頑張れ」

 

 

 顔面を掴まれ後頭部から結界へと叩きつけられてしまう。

 窓ガラスに何かしらがぶつかった時のような腹の底に響く轟音と、その直後に亀裂の走る音が響く。

 砕け散る結界。宙を舞う、コカビエルの体。フィジカルの面では明らかに負けている。それ即ち、腕力や俊敏性などでは勝ち目がないという事。

 ただ一点、優っているとすればそれは種族的な要因だろうか。

 

 

「~~~~ッ!なめるなよ、人間ッ!!」

 

 

 宙を舞っていた体を無理矢理動かして、翼を翻したコカビエル。

 そう、これこそが唯一勝る部分である空中機動力だ。

 棗は確かに空中に躍り出ることが出来る。だがそれは、あくまでも跳躍であって飛翔ではない。跳ぶ、と飛ぶの違いだ。

 昇るコカビエルと、墜ちる棗。そして、戦闘における高さのアドバンテージというのは得てして馬鹿にできない。

 掲げられるコカビエルの右腕。呼応するように、彼の周りには複数の光の槍や剣が形成されていき、その切っ先全ては地面へ、より正確に言うならば棗へと向けられている。

 

 

「抉られろォオオオオッッッ!!!」

 

 

 降り注ぐ、破滅的な光の雨。直撃することになれば、その対象はまず間違いなくただでは済まない。

 ()()()()()の、話だが。

 

 

「―――――クヒッ」

 

 

 落下しながら、棗は左手で刀印を構えるとその指先をコカビエルへと差し向けていた。

 

 

「―――――『解』」

 

 

 瞬間、光の雨たちは細切れになる様にして切り刻まれていく。

 斬撃。攻撃手段としては実にシンプル、故に強い。棗の場合、その破壊力は()()()()()()鉄筋コンクリートの高層ビルを両断できる鋭さがあった。

 見えない斬撃を前に、コカビエルの投下する光の槍や剣は増える………のだが、意味がない。

 斬撃は優に百を超える数の光を切り刻み、そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――…………なぜ、戦った………」

 

「なぜ、か。強いて挙げるのならば、お前の目だな」

 

 

 空を見上げるコカビエルの問いに、棗はポケットへと両手を突っ込み見下ろしながら答える。

 体の下半分に加えて、羽の大多数、両腕、左耳を失ったコカビエルが息絶えるのは時間の問題だろう。その残った体に刻まれた傷は決して浅くないのだから。

 

 

「お前たち人外は、口では人間風情と見下しながら俺の力を見ると、途端にその目には怯えが浮かぶ。口から出るのは、虚勢。身に纏うのは、虚栄。実に下らん」

 

「………」

 

「だが、貴様は最後、この瞬間においても俺に対する怯えを抱かず、そして見せなかった。なかなかどうして、楽しめたぞ」

 

 

 棗の言葉に、嘘はない。そも、嘘とは後ろめたいから、あるいは隠したいからつくのであってそれらが一切無い彼にしてみれば嘘をつく理由も必要性もない。

 

 

「………だが、俺は……貴様の敵………足りえなかったぞ………」

 

「そんな事は、問題じゃあない。俺とお前の間に戦闘行為が発生した。その事実がそこにあるだけだ。そも、俺は何者の味方でもなければ、敵でもない」

 

「………?」

 

「俺は、俺の理によって動く。そこに正義も悪もない。後付けの理由ほど無駄なものは存在しないからな」

 

 

 前世はどうあれ、今生の棗にとってあらゆる全てがどうでもいい。興味があれば、現状は飲食とそれに付随する調理行為位か。

 そもそも、前世の記憶自体が曖昧模糊。もう、昔の名前も遠い記憶の残滓となって掠れ切っていた。

 

 ボソボソと靄となって消えていくコカビエルを見送り、棗は空を見上げた。

 

 彼は知らない。強すぎる力というものは、魂を歪めてしまうのだと。

 

 その兆候は既に出ている。ただ、彼が気付かないだけで。



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鬼人様と烏と鳩と蝙蝠と

 闇、蠢く。人外というのは、人間と同じく、いや人間以上に欲が深い。

 それに加えて、世界を混沌に落とすだの本気で言ってしまい、尚且つ混沌となった世界でも自分は大丈夫だと本気で思っているあたり救いようがないのだ。

 

 

「………」

 

 

 宿木棗は、気づけばその場に立っていた。いや、正確に言うなら寝て起きたら何故かこの場に居た、という方が正しいだろう。

 棗の感知能力は言ってしまえば、割とザルだ。これは、彼自身大抵の攻撃は致死へと至らず、仮に致命傷を負うことになったとしても、それこそ心臓を破壊されようとも生き残り再生させる事が可能であるから。

 

 話を戻そう。棗は気づけばこの趣味の悪い神殿のような場所に居た。

 彼にしてみれば、馴染みのない場所だ。

 

 

「………はぁ、面倒この上ないな」

 

 

 首を回して関節を鳴らし、肩を回してあくびを一つ。時計の類も持ち歩いておらず、生憎と携帯なども手元にはない。

 薄暗い周囲は時間感覚を壊してしまいそうな、そんな雰囲気。

 どうしたものかと棗は、体を伸ばしながら周囲を見渡すがそこでスポットライトの様に天井からの光が差した。

 照らされるのは、棗が立つ場所の正面。宛ら王座の様に高くなった場所、そこに置かれた豪奢な椅子とそこに座る男だ。

 

 

「図が高いぞ、人間」

 

「あ?」

 

「喜べ。その力、我ら真なる魔王の為に使うことを許してやる」

 

 

 ファーストコンタクトは、失敗。それは、誰の目から見ても明らかというほかない。

 だが、種族柄椅子に座る男、シャルバ・ベルゼブブに人間に対する低姿勢など出来るはずもないのだから。

 彼は悪魔だ。初代魔王ベルゼブブの血統を引き継ぎ、裏技(ドーピング)によって強大な力を誇った初代魔王に匹敵する実力を有している。

 性格は、傲慢不遜でありプライドが異様に高く、同時に己に対する苦汁を嘗めさせたと認識した対象には徹底的な恨みを抱く。

 要するに、只管に質の悪い存在であるという事。プライドの高い小物ほど、相手にするだけ面倒なものは居ない。

 

 今回、そんなシャルバが彼にしてみれば高々一人間でしかない棗にコンタクトを取ることになったのは彼が堕天使幹部を文字通り一蹴してしまったからだった。

 大戦の折より生き残ってきた堕天使幹部。その実力は上級悪魔ですらも一蹴するほどでもあり、そもそも堕天使という存在自体が悪魔との相性が悪いと言わざるを得ない。

 そんな存在を打倒する人間。十中八九、神器使いであるとシャルバは仮定し、その力を自分たちの計画の一助として使ってやろうと考えた。

 所詮は人間。神器を封じ込める結界を張り、その上で対面しているあたり小物さに拍車がかかっている。

 

 一方で棗は棗で、呆れると同時に困ってもいた。

 まず、ここが何処だか分からない。目の前の存在が悪魔であることは分かるのだが、それだけ。この場の情報を得るには不足と言う外ない。

 一つはっきりしていることは、目の前でペラペラと何やら連ねている偉そうな男が、ムカつくというもの。そして、この場には自分以外に敵しかいないという事。

 棗は、両手で印を組んだ。

 

 

「何をして――」

 

「領域展開―――――『伏魔御廚子』」

 

 

 シャルバは、否彼を含めた禍の団旧魔王派は勘違いしている。

 宿木棗は神器保有者()()()()。特殊な力を持ち合わせた、人間の中に産まれた一種のバグ。人間でありながら、魔王となりうる器。

 その力は、初代魔王に匹敵する、程度では収まらない。少なくとも、裏技を使った旧魔王派幹部陣営であっても一瞬で肉塊へと変えられる。そんな存在なのだから。

 

 気付いた時には遅かった。領域展開は、一種の呪術における極致。己の心の中である生得領域を術式を付与して外部に構築する結界であり、その中では術者にはバフ、並びに術式に対して必中効果を付与することが出来る。

 どれだけ強力な攻撃も当たらなければ意味はない。この()()()()()()()という可能性を打ち消す事こそ領域展開の強みだ。

 この必中効果。防ぐには、呪術で受けるというもの。他にも手段としてはあるにはあるが、どれもこれもジリ貧と言わざるを得ず、領域からの逃走にしても、そもそも領域展開というのは閉じ込める事に特化した結界だ。まず逃げられない。

 一番有効なのは、自身も領域を展開する事。この場合、勝つのはより洗練された領域。相性や、呪力量の差によっても左右されるが綱引きのような勝負となる。

 だがしかし、棗の、否両面宿儺の領域展開は既存の領域展開とは一線を画す。

 まず、規模。半径約二百メートルが領域であり、内部にいるあらゆる存在に二種類の斬撃が絶え間なく襲い掛かり続ける。

 一方で、領域そのものは結界によって区切られておらず、『逃げる』という選択肢を相手に与えるからこその規模であるとも言えるだろう。

 もっとも、斬撃はほぼ不可視。気付いた時には切り刻まれているのだから、逃げるもクソもないというのが実際のところなのだが。

 

 

「………」

 

 

 時間にすればどれほどだろうか。

 今の今まで建っていた豪華な屋敷は、瓦礫の山へ。中に居たであろう者たちは、棗を除いて等しく瓦礫の山のどこかへと消えてしまった。

 彼と接触しなければ、シャルバ・ベルゼブブは生きていただろう。最終的に死ぬことになろうとも、少なくとも何かしらの爪痕を残せたはずなのだ。

 自分で自分の首を絞め、窒息した。ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧魔王派がたった一人の手によって壊滅した頃より時計の針を少し戻して、駒王学園では三大勢力による首脳会談が行われていた。

 

 

「―――――それじゃあ、次はこの町に現れた堕天使幹部と、彼を倒した存在についてかな。この辺は、把握済みかい、アザゼル」

 

「聖剣強奪に関しちゃ、コカビエルの独断専行だ。そも、俺としちゃ今さら戦争なんざする気はない。ただでさえ、数が減ってるってのにんな事出来るかって話だ」

 

「では、アザゼル。そのコカビエルを討伐した存在に関してはどうなんです?」

 

「それに関しちゃ、俺よりもそっちのサーゼクスの妹辺りがよく知ってるんじゃないか?」

 

 

 堕天使総督アザゼルによって水を向けられる形で、視線はリアスの下へと集まる。

 彼女含めた眷族面々が今回召集されているのは、聖剣強奪の件に図らずも関わってしまったこと、加えてのこのコカビエル討伐の下手人に関する情報を求められての事だった。

 ただ、問題があるとすれば彼女ら自身、資料以上の事、例えば彼の為人であったり、力の根幹などは知る由もないという点。

 

 

「私たちも、そう知ってるわけじゃないわ………何より、()()()()()。私たちはそう決めてるの」

 

「リアス。その件に関しては、こちらにも報告が上がっていないよ。それにも理由はあるのかな?」

 

「ごめんなさい、お兄様。でも、報告を上げないリスクと彼に関わるリスクを考えたら、こうするしかなかったの。私には、僕を守る責務があるもの」

 

「だけどね、リアス。私は―――――」

 

「そう、責めるんじゃねぇよ、サーゼクス。リスクヘッジは必要だろうが」

 

「………そもそも君が部下の統率を取れていたなら、こんな事にはならなかったんじゃないか、アザゼル?」

 

「生憎と俺は、根っからの研究者気質でな。元々、総督なんて役職にゃ向いてねぇんだよ。それよりも、サーゼクスの妹、あー………リアスだったか。そのコカビエルを倒した奴は、神器の持ち主か?」

 

「知らないわ。さっきも言った通り、私たちは彼と関わる気はないの。知ってるとしても、この学園の生徒としての基本事項位よ」

 

 

 リアス自身、そこまで彼に対する恐怖はない。恐怖は無いが、しかし彼女は自分の眷族たちを本当の家族の様に大切に思っている。

 そんな大切に思っている彼ら彼女らが、名前を出すだけでも震えるような相手だ。思うところがないわけではない、が触れて爆発する爆弾も触れなければ爆発しない。ホームタウンにそんな輩を放置することは危険にも思えるが、関与する方が危険なためリアスは前者を選択していた。

 

 一方で彼女から情報が得られないと判断した悪魔陣営代表のもう一人、セラフォルーが自身の妹に水を向ける。

 

 

「ソーナちゃんはどうなの?その人の事、知ってる?」

 

「………宿木棗君の事でしょうね。と言っても、私もリアスと同じように書面での彼の情報しか知りません。そもそも、接触もありませんから」

 

 

 簡素に締めくくったのは、学園の生徒会長支取蒼那。本名は、ソーナ・シトリーであるが、人間界では漢字を用いている。

 彼女もまた、棗に対する調査は完全に行き詰っている。というか、そもそもリアス達以上に関りが薄いと言えるだろう。

 何せ、棗は一匹狼。彼自身が意図しておらずとも基本的に一人のため、入ってくる情報は信憑性に欠け、人を寄せ付けない雰囲気もある。

 何より、彼自身悪いうわさが流されようとも、学園には変態三人組を筆頭に色物には事欠かない。学業成績も申し分なく、そもそも噂のような実際の悪事も行っていないのだから生徒会として立ち入るわけにもいかなかったのだ。

 そして今回、堕天使幹部を文字通り一蹴したならば、最早本格的にかかわる気も起きない。

 

 とはいえ、子供たちが関わりたくないと言っても、大人たちはそうもいかない。況してや彼らは、それぞれの勢力の代表としてこの場に居るのだから。

 

 

「こちらで、調べてみるべきかな。危険だとしても、何も知らずに相対する方が更に危険だからね」

 

「ああ?俺としちゃ、触らぬ神に祟りなしだと思うがな」

 

「堕天使の貴方がそれを言いますか」

 

「今回ばっかりは仕方ねぇだろ。コカビエルの奴を、一蹴ってことは最低でも神滅具の禁手に到達したレベル。高く見積もれば、そこらの軍神レベルだ。そんな輩が、自分の周りを嗅ぎまわされて不興を買うなんざ俺はごめんだね」

 

 

 アザゼルは、面倒を嫌う。彼としては、神器の研究が出来ればそれでいい。そして、神器使いでない人間の強者など見えている地雷と言わんばかりに避けたい存在でしかなかった。

 何より、この世界には出歯亀が多い。自分で突っつかずとも自然と、自分からハチの巣に指を突っ込むような馬鹿が居るのだ。

 自分はそれを外から眺めればいい。それから、接触するか否か判断を下す。汚い手だが、処世術としてはありふれた手法。

 

 それからいくつかの議題が話し合われ、そして最後に和平を結ぶ段階においてそれは起きた。

 禍の団の襲撃。そして、堕天使陣営であった白龍皇の離反。

 辛くも襲撃を退けた三大勢力だったが、ここで更なる凶報が悪魔陣営より齎されることとなる。

 

 冥界に存在する、シャルバ・ベルゼブブの居城が壊滅。彼含めた、旧魔王派はその尽くが連絡途絶。

 

 そして、それを成したのが()()()()()であったこともまた、今回の件を面倒に昇華させる一因でもあった。

 

 

「………儘ならないものだね」

 

 

 頭が痛いと眉間を揉む、サーゼクス。冥界の統治者として、彼は件の人物との対話を余儀なくされることになる。

 そして、この一件が更なる混沌を呼び寄せる事など誰の目から見ても明らかと言う外ないのであった。

 



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鬼人様は混沌への道をただ進む

 瓦礫の山に腰かけて、宿木棗は空を見上げる。

 胡坐を組み、頬杖をついて憮然と見上げる彼の内心と言えば、

 

 

「………腹が減ったな」

 

 

 三大欲求に従うというもの。

 シャルバ・ベルゼブブを屋敷ごと文字通り細切れに卸して挽肉以下の存在に変えた後、彼はこうして途方に暮れていた。

 現在地が分からない。これが一番。仮に分かったとしても、帰る手段がないというのが二番。

 腹立たしいとも思うが、しかし既に元凶はこの世に居ない。彼を中心とした半径二百メートルは既にズタズタに切り裂かれて原形をとどめていないのだから生存者を探すこともまず不可能。

 もっとも、そんな事に心を痛めるようなタイプであったならば棗はこんな事してはいない。いつだって人間の最後の一線を守るのは損得勘定と一握りの理性なのだから。

 勘違いされるかもしれないが、棗は理性をしっかりと持ち合わせているタイプの人間だ。ついでに一定の倫理観や道徳心も無い訳では無い。

 であるならば、ここまでの殺戮行為に出ないだろう、と思われそうだがそうではない。

 

 イメージは、天秤。彼の中には、均整の取れた天秤があり常日頃ならば、これが動くことはない。

 動くのは、誰かしら他人と相対した場合。

 片方に乗るのは、リスク。相手を害した場合、最悪命を奪った場合に起きるであろう様々な不都合。

 もう片方に乗るのは、リターン。目の前の相手を物理的にであれ何であれ、抹消した場合に得られるであろう利点。

 この天秤、基本的に人外などを相手にする場合、リスクは限りなく軽くなってしまう。これは、相手から仕掛けてくる正当防衛の原則が働いているから。命を奪えば、過剰防衛にもなるのだが、そこは法の適用外な人外が相手。むしろ、無抵抗の結果自分の命を脅かされる可能性が無きにしも非ずなのだから、目を瞑る。

 そも、彼は誰彼構わず手を出して傷つけたことはない。脅したことはあれども、それは言葉と威圧感までで実際に手を出すことは先ず無い。

 今回に当てはめれば、棗は気付けば勝手に連れてこられ、剰え自分を奴隷にしようと画策するような相手に寝起きで対応を迫られたのだ。

 寝起きの目覚まし時計に人が苛立つように、棗もまた苛立った。その上、相手は人外で典型的な人間を下に見るような相手。手心を加えようとも思えない。

 

 

「………ふぅ、やっとお出ましか」

 

 

 長かったな、と棗は眉を上げる。

 彼が見る先。なかなかの威圧感を発している一団が近づいてくるのが確認できた。そしてそれが、棗にとっての待ち人でもある。

 

 立場を変えるが、この場に差し向けられたのは上級より上。それこそ、最上級とも称される者たちのみであったりする。

 なにせ、相手は新魔王に力負けしたとはいえ、魔王の系譜。最上級の一角でもあったシャルバ・ベルゼブブ並びに旧魔王派をたった一人で解体してしまうような怪物。上級以下の人材を差し向けた所で、被害が広がるだけだろうからだ。

 だがしかし、悪魔陣営は勘違いをしている。

 棗は、相手がシャルバ・ベルゼブブであるから手に掛けたわけではない。旧魔王派であったから手加減しなかった訳では無い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、彼はその手に掛けたのだ。

 

 ほら今も。座り込む棗の前方で扇状に囲んでくる悪魔たちの表情は決して好意的とは言えない。

 

 

「今回の()()()()。その関係者として、来てもらおう」

 

「………へぇ、()()()()()()。それが、お前らの答えってことで良いんだな?」

 

 

 対応を、間違った。少なくとも、この場に差し向けるのは名家の貴族ではなく、実力で上り詰めたような叩き上げを送り込むべきであったのだ。

 スッ、と棗の目が細まり頬杖をついていない左手の指、人差し指と中指が持ち上げられ、軽く振られる。

 たったそれだけの動作。だが、効果は絶大。

 

 

「なっ、貴様ァッ!!!」

 

 

 不可視の斬撃が、棗に最初に声を掛けた悪魔に襲い掛かった。

 哀れ、その首と胴体は泣き別れ。反応をすることも無く、その生命活動を停止させる。

 吹きあがる鮮血の噴水に理解の追いつかなかった周囲だが、その顔や服、地面が地に汚れたことで正気へと戻り、そして激昂。

 それぞれが、それぞれの得物や術、拳を構えて不埒者へと殺気を叩きつけた。

 だが、向けられる当人である棗には、柳に風。むしろ、呆れた目を彼らへと向けている。

 

 

「立場を弁えろ、阿呆が。俺が()()()で、お前たちが()()()だ。その点を、見誤るんじゃあ、ない」

 

 

 ここまでの破壊の限りに加えて、今まさに一人の悪魔の命を奪っておいてのこの言い草。どちらが悪役か分かったものではない。

 ただ、棗の立場からすれば、譲歩する必要など皆無というもの。

 一方的に連れてこられて、その上一方的に、高圧的に連れて行こうとするのだから抵抗するのも致し方ない。

 惨劇の回避は、もはや不可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 急ぎ、冥界へと戻ってきたサーゼクスは、その報告に目を丸くした。

 

 

「壊滅……?戦闘行為が発生した、と?」

 

「はい。数名の貴族が、自身の眷族を率いて向かったようですが………連絡は途絶しています」

 

「………」

 

 

 完全に拗れている。サーゼクスは、己の浅慮さを呪うしかない。

 彼自身、魔王として就任して冥界のかじ取りを行わなければならない立場であるが、如何せん神算鬼謀の蔓延る政治の世界を生き抜くにはどうしても経験が足りない。

 その結果が、今回の拗れの原因でもあるだろう。彼は、統治者としてあるにはどうしても甘さが残ってしまっていた。

 統治者に求められるのは、横暴さだけではない。治める側として、時に下の意見を聞き入れる寛容さも必要になるだろう。だが、聞き入れすぎるのは部下の増長を招く。時に厳しく糾弾し、締める処はキッチリと締めなければならない。

 

 サーゼクスは、この塩梅が足りない。それこそ、敵対者に対して最初に説得が出てしまうあたり、非常になり切れない人の好さが滲む。

 もっとも、この一手引いてしまうような態度は、超越者とも呼ばれるその実力が関係していることは否定のしようがないのだが。

 

 

「………私が行こう。他の貴族たちには、これ以上手を出さないように通達しておいてくれるかな」

 

「危険では?」

 

「既に、そんな事を言っていられるような事態じゃないだろう?リアス達の報告からも考えて、彼が自分の意志でやって来たとは思えない………シャルバ・ベルゼブブが何かを企み、結果としては失敗した。それに加えて、貴族たちも手を出してしまったとなれば、もう穏便には済ませられない」

 

 

 見通しが甘かった。これに尽きるだろう。

 最初から自分の眷族を送り出し、戦闘回避を徹底していたならば。そう考えようとも、既に後の祭り。時計の針は巻き戻らないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――………時間の無駄だな」

 

 

 右手を緩い拳にして頬に当て、頬杖をついた棗は胡坐をかいたまま呆れたように言葉を投げかける。

 シャルバ・ベルゼブブの屋敷の跡。瓦礫の山が広がっている光景は変わらないのだが、そこに鉄臭いデコレーションが施されていた。

 補足をすると、彼は一歩もその場から動いてはいない。より正確に言うならば、()()()()()()()。そして、敵は動かすことが出来なかった。

 不可視の斬撃は、そもそもモーションが殆ど必要なくそれに加えてまず防ぐことは不可能。

 通常攻撃がこれの時点で、近接戦闘が得意な者は詰んでいた。なんせ、棗との対面を果たした時点で既に間合いに居たのだから。距離を詰める前に、その体はばらばらに切り刻まれてしまう。

 であるならば、遠距離ならばどうなのか。こちらも同じく、バラバラ。遠距離から魔力弾を放とうとも刻まれるし、斬撃自体の射程も広く、距離減衰など期待するだけ無駄。

 防御不能、回避不能、迎撃不能。残る選択肢は、逃亡ぐらいだが逃げる事にも最低限の実力というものは必要なわけで、棗から逃げる最低ラインは瞬間移動。もはや、無理ゲーである。

 

 結果、広がったのは凄惨な現場だけ。返り血を彼が浴びてないだけで、その周りは血みどろであった。

 

 いい加減に、棗もうんざりしてきていた。それでも、全力殺戮ショーな暴力の化身的な行為に及ばないのは、偏にここが自分のテリトリーではないから。

 仮に、全てを衝動のままに破壊し続ければどうなるだろうか。スッキリはするかもしれない。その過程で、自分の知らない美味に出会えるかもしれない。

 だが、その先がない。殺して、壊して、その先に待つのはたった一人の荒野だけだ。

 本家宿儺のような、殺戮欲求や戦闘欲求は棗にはない。武人的な気質も無ければ、戦う事を忌避するタイプでもあるだろう。

 

 ただそれも、あくまでも彼が巻き込まれない場合に限る、という但し書きがつく。

 

 

「………なんだ?」

 

 

 ガバガバな棗の探知に違和感が引っかかる気配が一つ。

 位置は目の前、二メートル。胡坐をかいて、頬杖をついた状態である事は変わりないがそれでも、彼の意識はその場所へと注がれる。

 果たして、空間に亀裂が走った。

 

 

「―――――…………みつけた」

 

「へぇ………」

 

 

 裂けた空間。そこより現れるのは、黒髪の幼女。死んだ目をして、黒のゴシックロリータなファッションに身を包んだ幼女だ。

 瓦礫の山へと降り立って、その暗い瞳は真っすぐに棗へと向けられた。

 

 

「我、オーフィス」

 

「………宿木棗」

 

「ん。ナツメ、変な力持ってる。見せる」

 

 

 片言のような、たどたどしい話し方はその見た目相応のものに思える。

 しかし、その小さな体に内包した力は世界屈指どころか、世界最強。

 無限の龍神。それこそが、今目の前で棗の目の前にいる存在の肩書であり、『ムゲン』の片割れでもある。

 その力は、正しく無限。下手な小細工など必要のない絶対的な強者存在。

 

 一方で、棗はそんな事を知る由もない。知る由も無いが、目の前の存在が強いという事は理解していた。少なくとも、座っていてどうこうできるような相手ではないのは確か。頬杖を外し、胡坐を解いて立ち上がる。

 

 

「死なすか」

 

「我、死なない」

 

 

 開始の合図など存在しない。

 全身に独特の刺青のような模様が浮かび上がった棗は、先手必勝として右手の刀印をオーフィスへと向けた。

 

 

「『解』」

 

 

 放たれるは、不可視の斬撃。

 三本ほど、オーフィスの小柄な体に線が走り、直後にその線を区分けとして大きく弾けた。が、()()()()の事で無限が死に至ることなどありえない。

 ウロボロスだ。終わりと始まりが同時に存在し、尚且つ繋がることによって円環を成し、結果として終末が消える。

 バラバラとなったオーフィスの右手が動く。棗へと向けられた掌には魔法陣が浮かび上がり、目を眩ませるほどの光を発して、そして弾けた。

 地盤ごと爆散し、空に伸びるほどの粉塵が巻きあがる。

 その天辺より飛び出した棗は、空中で姿勢を整える事無く粉塵に隠れて見えない地面へと斬撃を叩きつけた。

 上から下まで真っ二つ。左右に完全に断たれた粉塵と、その先で薄く煙を上げて真っ二つとなった大地。

 並の相手ならば、これで終わっている。

 

 ()()()()()()

 

 

「―――――」

 

 

 言語化できない言葉。宛ら、うめき声のような、唸り声のような、詠唱のような、そんな声がオーフィスの口より零れる。

 どれだけ体を切断されようとも、無限に傷をつける事は叶わない。切断状態から直ぐに元に戻ったオーフィスはその右手を空へと掲げた。

 浮かび上がる魔法陣。極光と共に放たれるのは、人はおろか大型のトレーラーを丸々飲み込んでしまいそうな大きさの火球だ。

 まるで地上に太陽が降りてきたかのよう。その表面からの熱気で瓦礫は乾燥し、粉を吹いていた。

 

 

「………チッ」

 

 

 空中の自分へと飛んでくる火球を確認し、棗は舌打ちを一つ。そして、左手を熊手の様に指を曲げて力を込めた。

 一閃。軌道は、左斜め下から右斜め上へ。斬撃ではなく、己の呪力を込めて振り抜くだけだ。

 技もへったくれも無い。だが、力を持ち合わせた存在にとってはただの暴力であろうとも致命の一撃となりえた。

 弾ける火球。その隙間を縫うようにして、棗は頭より地面へと真っ逆さまに落ちていく。

 握るは拳。落下の速度を上乗せされた一発は、まるで隕石の落下のような破壊力を有していた。

 

 衝撃。拳と拮抗するのは、二重の魔法陣。

 数秒の鍔迫り合いの様な時間が過ぎ、それからどちらともなく距離を取った。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 無言の二人。揃って無言であるが、共通して()()()()()()

 オーフィスが本気で戦えば、そもそもここ冥界は原形を留めないだろう。棗に至っては全身に文様が浮かんでいるが第三、第四の目を()()()()()()

 

 

「ん、強い」

 

「戦うのは、性に合わんな。お前の様な相手は、金輪際断りたいもんだ」

 

 

 先に魔力の高ぶりを消したのは、オーフィス。ついで、肩を回した棗の体からも紋様は消えた。

 怪獣大戦争の様なやり取りも、二人にとっては小手調べに過ぎない。

 

 

「………しかし、参ったな……腹が減った」

 

「ナツメ、空腹?」

 

「ああ。腹が減った。お前、何か食い物持ってないか?」

 

「ない………ナツメ、なぜ冥界に居る?」

 

「連れてこられたからな。お陰で帰り道が分からん」

 

「人間界?………こっち」

 

 

 頭を搔く棗の、空いた手を取ったオーフィス。

 彼が問う前に、彼女は空間へと亀裂を走らせた。飲み込まれ、そして消える。

 

 残るのは、凄惨な破壊の現場。

 半ば融解した瓦礫たち。大きな傷跡が刻まれた大地。

 かくして暴威は世に放たれた。



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鬼人様は渦中へと放り込まれる

再三書き直して、何を書きたいのか分からなくなったので一度、投稿しときます









 禍の団、旧魔王派のトップ、シャルバ・ベルゼブブ含め拠点諸々が粉砕された日より暫く。

 本来ならば、破壊を振りまいた男である宿木棗に対する報復行動に出てもおかしくはないだろう。

 なんせ相手は、()()。神器などが無ければ人外に勝てる道理の無い()()存在なのだから。何より、悪魔というのは総じてプライドが高かった。

 だがしかし、その末路に待つのは破滅だけ。

 

 

「―――――時間の無駄だったな。もう少し、お前たちは建設的な時間の使い方を知らないのか?」

 

 

 ズボンのポケットへと両手を突っ込み見下ろしてくる棗を前にして、クルゼレイ・アスモデウスは絶望というものを嫌というほどに味わわされていた。

 旧魔王派三首領の一人でもあったクルゼレイは、復讐に焦がれていた。

 カテレア・レヴィアタンは、三大勢力のトップに消され、シャルバ・ベルゼブブは拠点もろとも目の前の人間に消された。

 野心と復讐心が彼の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、その結果起こした今回の襲撃。

 念入りに、神器を封じる結界に拉致し、そこから念入りな拘束魔法をかけたうえでの遠距離から袋叩き。

 安全策を採った。その筈だった。軋むプライドから必死に目を逸らして。

 

 だがしかし、宿木棗(規格外)に安全策は通用しない。

 そもそも、安全策というのは一定水準を仮定してそれ以上の対策を施すやり方だ。無難であり、安全といえば聞こえは良いが、想定外には対応できないことも珍しくない。

 今回は正にそれだった。

 まず大前提。棗の神器不所持。この段階から既に対応を誤った。いっそのこと、重力数十倍などの物理的な足止め結界にぶち込む方がまだマシだったはずなのだ。

 次に拘束の魔法。あくまでも両腕の動きを縛るだけで、()()()()までは縛っていなかった。そして、彼の斬撃は軽く指を振るだけでも最上級悪魔を刻む。

 拘束は、掛けると同時に破壊され、遠距離からの攻撃はそれを上回る速度の斬撃によって攻撃そのまま術者本人も切り刻まれた。

 そして、今に至る。

 

 

「………なんなんだ、貴様は……!」

 

「ん?お前たちは、分かったうえで向かってきたんだろう?俺は、人間さ。お前たちの馬鹿にする、矮小で愚かで、非力なうえに欲の深い人間だよ」

 

「ふざ、けるな……!貴様のような人間が存在するものか………!存在していいモノか………!」

 

「………はぁ、分からん奴だな」

 

 

 見上げてくるクルゼレイを見下ろしながら、棗は一つ溜息をつくと血濡れの悪魔の前に座り込んだ。そして徐に人差し指と中指を揃えて、そのほかの指は開いた手で彼の頭を掴む。

 

 

「お前たちの前にある事が、事実だ。態々俺に喧嘩を売り、そして勝手に自滅していった。それも全てお前たち自身が自ら招き入れた結果だ―――――()()お前たちが身の丈に合わない事を望んだからこその、未来だ」

 

「貴様ァッ………!」

 

「そら、結末をくれてやる」

 

「待―――――」

 

 

 言うなり、揃えられた人差し指と中指を起点にして斬撃が走る。

 頭のてっぺんから股下へ向けての斬撃だ。クルゼレイの脳は、痛みという電気信号を受け取る前にその機能を停止していた。

 美丈夫と言っても良かった顔に縦の赤い線がまず走り、その目は白目を剥いて鼻血が流れる。

 そして、鈍い肉の音とそれから濡れた塊が地面に落ちる音を立ててその体は真っ二つとなって沈黙した。

 同時に、結界が崩れ棗の体は元の町へと戻ってくる。

 

 これにて旧魔王派は、壊滅。残党が居れども、それらは全て雑魚ばかり。

 余談だが、どこぞの変態貴族悪魔が手を組もうとしていた相手が壊滅したために、どこぞの赤龍帝にボコボコにされる事になるのだが、それは棗の知る由もない事。

 件の彼は、血みどろの殺戮劇を開催したばかりだというのに一切気負う事なく大きく伸びをする。

 

 

「………焼肉食いに行くか」

 

 

 うん、と頷き足を向けるのは馴染みの焼き肉屋。

 彼にしてみれば、食欲というのは如何なる障害があろうとも衰える事のないモノ、であるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここまでか」

 

 

 そんな言葉を絞り出す事しか、彼にはできなかった。

 人の身でありながら、人ならざる者たちを討伐、ないしは圧倒する存在である人類のバグ(宿木棗)を見てしまえばそれもまた致し方なし。

 彼の常套手段は、徹底的な分析からの執念深い対応策にある。

 自分が弱っちい人間であるという認識のもとに行われるそれは、その身に宿した神滅具も相まって究極のテクニックタイプと呼ばれるほどの実力へと至る下地がある。

 そんな彼が、同じく人間とされている棗に対して興味を持つという事は、自然な事でもあった。というか、他陣営と比べても目を付けていたのは随分と早かっただろう。

 目を付けた目的と言えば、自分の陣営に引き込めないかという点。戦力というのは、一度集め始めると、どれだけの大勢力となろうとも不足を感じてしまうのが世の常であるから。

 

 話を戻そう。今回旧魔王派のクルゼレイの依頼により制作した結界装置。そこにある細工を施していたのだ。

 それが今、その目で見た結界の内側を記録できる機能。これにより、更なる情報収集を狙って秘密裏に取り付けられたもの。

 結果、得られたのは宿木棗は規格外という結果だけなのだから微妙な表情の一つもしたくなるというもの。

 

 

「また、彼の記録を見ているのかい?」

 

「ゲオルク………ああ、彼は強い。()()()()

 

「こちらに引き入れるかい?」

 

「………正直なところ、迷っているさ。確かに、彼は強い。恐らく禁手化した神器使いであろうとも一蹴される程度には、な。戦力として組み込めるならば、これ以上のものはないだろう。ただ―――――」

 

「その方法が浮かばない。確かに、天上天下唯我独尊を地で行くような存在を繋ぎとめる手段など無い、か」

 

 

 ただ強いだけならば、何とでもなる。力で下回ろうとも知をもって、あるいは理をもって手元に置くことが出来るかもしれないからだ。

 だが、相手が自分本位な存在ならば話は別。自分よりも相手が上であると認めなければ、誰の下にも就くことはない。轡を並べることも無い。

 可能性としては、敵の敵は味方理論。要は共通の敵を前にして、一時的とはいえ繋がりを作り、そこから関係を発展させていく方法位か。

 少なくとも、戦闘行為は最終手段。現状でかち合えば、まず間違いなく一方的に殺される事になりかねない。

 

 

「とにかく、彼には接触厳禁だな。得るモノよりも失うモノの方が圧倒的に多い」

 

 

 逃げ腰と揶揄されようとも、彼はそう判断を下した。

 仮に戦うならば、場を整え相手の力をすべて丸裸にしてから。

 

 ただ、彼は知らない。これからそう遠くないタイミングで、鬼人様の機嫌を損ねる事になるなど。

 今はまだ、知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今や世界的な注目を集める町、駒王町。

 三大勢力の和平会談が行われたから、だけではない。今代の赤龍帝が存在し、今では聖魔剣使いや聖剣デュランダルの担い手、ヴリトラ系神器使い等など話題に事欠かないからでもあった。

 そんな町だが、今回は北欧神話からのVIPが訪れている。

 北欧の主神にして、知の亡者オーディン。VIPもVIP。仮に粗相があれば、神話大戦に発展しかねないそんな存在の訪問だ。

 

 

「噂の鬼人。この目で見てみたいもんじゃな」

 

「座ってろ、爺」

 

 

 案内役に抜擢されたアザゼルは、襲い来る頭痛と腹痛のダブルパンチにぶっ倒れそうな心地だった。

 内心で自分に押し付けてきた残り二つの陣営のトップを毒づきながら、どうしてこうなった、と過去に思いを馳せる。

 

 そもそもの発端は、北欧神話との和平交渉でオーディンがこの日本の駒王町へと足を踏み入れる事になった件だ。

 当然というべきか、勢力というものは大きければ大きいほどその個人単位での意識の統一化というのは難しくなる。

 北欧神話も同様で、神の一人が和平には反対。その結果、この町に新たな戦いの風を運んでくることとなった。

 それだけならば、まだ何とかなる。問題は、この町に触れるどころか、近づきたくも無い爆弾の様な男が居る点だ。

 

 宿木棗。最近では、鬼人と多方面から呼ばれる存在。

 

 神器でも無く、現在の技術体系からも逸脱した力を有した人間であり、同時に台風の目となりつつある存在でもある。

 そんな相手を、知の亡者でもあるオーディンが放っておけるはずもなく、二言目には棗の話題だ。

 

 

「あの男にゃ、こっちも手を出す気はねぇんだよ」

 

「あの悪ガキが、随分と消極的ではないか」

 

「消極的だろうと何だろうと、奴は話してどうこうなる様な輩じゃねぇんだよ。オーディン、アンタが北欧の主神だなんて大層な存在じゃなけりゃ、さっさと放り出して首チョンパされるのを見送ってるところだ」

 

 

 ヤダヤダ、と首を振り懐から取り出した錠剤をペットボトルの水で流し込むアザゼルを尻目に、オーディンは己の白いあごひげを扱きながら頭を回していた。

 研究者気質と言えども、アザゼルは大戦を生き残った実力を有している。開発した人工神器を用いれば、神クラスの出力も可能だ。

 そんな男が、接触すらも拒む存在。興味が掻き立てられない方が難しい。

 

 未知を知りたい。それこそがオーディンがオーディンたる所以だろう。

 なんせこの神は、知識を得るために片目を犠牲にし、ルーン文字の全てを知るために自分を串刺しにしてユグドラシルで首を括り、自分自身(オーディン)に己を捧げるような神なのだから。

 そんな神の興味が向けられる人間。

 どうしたものかと考え、そして考え付くのは悪だくみ。

 その結果、神話体系に何かしらの不具合が起きるかもしれないし、逆に起きないかもしれない。

 

 それすらも、()()()。だからこそ、智の神は行動を起こすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿木棗には、駒王町において馴染みの店というのが幾つか存在している。

 干渉して来ず、飯が旨く、食事のみに集中させるそんな店。

 それは、焼き肉店であったりラーメン屋であったり、すし屋であったり、はたまたステーキ、フレンチ、イタリアンと料理の種類は問わない。

 共通するのは、それらの店ではまるで人が変わったように棗は大人しいという点。

 

 

「あむ………」

 

 

 ナイフとフォークを行儀よく使いながらも、その一口は大きなステーキの凡そ四分の一を持って行った。

 ソースが口の端を垂れる事も、口の周りを汚すことも無く、口を開いて噛むことも無い。

 芳醇な肉の甘みと、酸味と甘味、塩味などが複雑に入り混じったソースのハーモニーを味わいながら、次の一切れを切り分けていく。

 付け合わせなども食べ終えて、皿を避ければ次の皿が彼の前に置かれた。

 時折、パンを千切って口へと運び食べ進める事、実に十三皿。四百グラム十三皿だ。食べ過ぎというものなのだが、彼の腹部は満腹による膨らみは確認できない。

 最後に、ウーロン茶を飲み干し一つ息を吐きだす。

 確かな満足感。腕のいい料理人というのは、やはり良いものだ、と内心で呟きながら食後の余韻に浸る棗。

 この瞬間の為に今を生きていると言っても過言ではない

 

 故に、この時を邪魔する存在はたとえ()()()()()()()()()()

 

 

「―――――ここに、オーディンが居るのか?」

 

 

 ずかずかと入ってきたのは、黒い服に銀髪の美丈夫。かなり独創的な見た目であるが、この店においては誰も突っ込まない。

 

 

「お客様。こちらへ―――――」

 

「必要ない。豚の餌など食えたものではないのでな」

 

 

 傲慢極まる男の言葉が、棗の耳に届く。

 余韻を邪魔する不届きものだ。ついでに、気に入っている場所を貶す様な発言でもある。無視はできない。

 席を立ちあがると、財布をテーブルの上に放りずかずかと大股で嫌味な男の下へと歩み寄る。

 

 

「おい」

 

「む、なんだ貴さ―――――」

 

「来い」

 

 

 目にもとまらぬ早業で、口ごと顎を右手で鷲掴みにした棗は、おろおろとする店員へ財布から代金を抜いておくように言うと、そのまま暴れる男を引きずって店の外へと向かってしまった。

 入り口を抜け、引きずり、引きずり、向かうのは路地にあったゴミ捨て場。

 

 

「―――――ゴアッ!?貴ッ様ァ……!!」

 

「失せろ、ゴミ屑。二度とその面見せるな」

 

「ふざけるなよ、オイ。この我にここまでの行いをして、生きて帰れると思うのか!!!」

 

 

 ごみを振り払い、魔力を昂らせていく男、ロキは血走った目で目の前の少年、棗を睨み付ける。

 

 北欧神話において重要な役割と同時に有名どころの一柱でもあるトリックスター、ロキ。

 魔法の扱いに長けており、その実力は並の悪魔や天使程度一蹴する程度には優れている。

 だが、彼を語るうえで最も重要なのは、神をも殺す牙を有する狼、フェンリル。その生みの親であるという点だろう。

 全勢力の中でもトップ10入りするほどの力を有し、その牙は神を殺し、爪の一振りは神滅具の禁手化した鎧すらも切り裂くほど。

 

 そんな彼が、なぜ好きでもない人間の店に訪れたかと言えば、オーディンが原因だ。

 言ってしまえば、誘い込まれた。如何に魔法の扱いに優れていようとも、相手は森羅万象全てを知りたいと目を失ったような神だ。油断も重なれば、相手の思惑通りに動いてしまう可能性も十分あった。

 その結果が、今の惨状。

 もはや、プライドはズタズタだ。この汚辱は、目の前の少年を殺し、その上でラグナロクを引き起こさなければ収まりが付かない。

 

 こうして、まんまとどこぞの隻眼爺の思惑通りに相対した神と人。その果てに待つのは、凄惨な現実だけだった。



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鬼人様は毒を吐き拳を振るう

 基本的に、宿木棗というのは自分本位な人間だ。それは前世からの気質の継承か、あるいは突っ込まれた力による副産物か。

 だが、自分本位であるからこそ周辺被害を考えて戦闘に際して場を変える事があった。

 例えば、自分の気に入りの店が近くにある場合。彼の持論ではあるが、料理人の腕前や目利きは取り返しのつかないものであると棗は考えていた。

 故に、彼は町を駆け抜ける。

 

 

「待てェッ!!!逃げられると思うなよ!!!」

 

「………」

 

 

 ビルの上を宛ら八艘跳びの様に飛び回りながら後方を確認すれば、文字通り鬼の形相のロキが追って来ていた。

 首を刎ねれば、こんな鬼ごっこに興じなくとも済んだだろう。だが、棗はその選択肢を今回ばかりは蓋をして目を逸らしていた。

 

 彼は端的に言って、不機嫌であったのだ。誰しも、自分の好きなものを馬鹿にされれば腹に据えかねるのと同じこと。

 棗にとって食事は、あらゆる事柄よりも優先される事であると同時に、唯一の娯楽だ。正に、食道楽

 だからこそ、()()()()()()。それは、料理人であり、その店の店員であり、食材の生産者であり、卸売りの目利きであり、食に携わるあらゆる相手に向けられている。

 故に、これから行うのは()()()()()()

 

 町を抜け、距離を取り、やがて辿り着くのは特撮の聖地、採石場。

 ダイナマイトやらドリルやら騒音を発する道具を用いるここは、周辺への被害を考慮して人里離れた場所に作られる事が多い。

 背後から飛んでくる魔法を躱した棗は、この採石場に降り立つと漸くその足を止めてロキへと向き直っていた。

 

 

「観念したか。冥途の土産に、命乞いの一つでも聞いてやろう」

 

「………」

 

「どうした?今更怖気づいて―――――」

 

「………クヒッ」

 

 

 肩を震わせて俯いていた棗より零れるのは、嘲るような笑い声。

 

 

「随分と、面白い事を言う奴だ。何様だ、お前」

 

 

 嘲る様に、空に浮かぶロキを見上げる彼の表情は歪んでいた。

 見たものに不吉な震えを走らせる様な、そんな笑み。だが、ロキには神としてのプライドがあり、走った悪寒に対しては無理矢理目を逸らし、寧ろ怒りをより助長する燃料へと変えていく。

 掲げられる右腕。肺一杯に空気を吸い込み、最強の先兵を呼び出した。

 

 

「来い、フェンリル!その牙をもって、傲慢無知な輩を塵へと変えろ!!」

 

「グルルルル………」

 

「ほう……」

 

 

 現れる、巨大な狼。両肩より天を突く角がそれぞれ生え、背は白銀の毛並み。一方で、そのほかの毛並みは濃紺だ。

 人間からすれば、文字通り見上げるような巨躯。それが今、棗の目の前で唸りを上げて姿勢を低くし、今まさに食らいつかんとその牙を剥いていた。

 

 神を食らう狼。北欧神話においては、予言によって神々はその存在を恐れ成長し巨大化し、尚且つ強くなり続ける力を見咎め拘束することになる。

 この拘束に際して、最初にレーシングと呼ばれる鎖が用意されるも、暴れるフェンリルを抑えることが出来ず破壊されてしまう。次に用意されたのが、レーシングの二倍の強度がある鎖、ドローミ。しかしこれもまた破壊されてしまう。

 困った神々は、ドワーフに依頼して、彼らはグレイプニールと呼ばれる魔法の紐を作り上げた。ちなみに、この紐は猫の足音、女の顎髭、山の根元、魚の吐息、熊の神経或いは腱、鳥の唾液という六つの材料で出来ていたとか。

 果たして、この紐はフェンリルを拘束してみせた。その際に、テュール神の右手首を嚙み千切ったと言われている。

 以上が神話の一部抜粋。この後は、ラグナロクにおいてフェンリルは戒めより脱して、オーディンを一飲みにしてしまう。そして、その最後はヴィーザルによって上顎と下顎を上下に引き裂かれてしまうとも、その心臓を鉄の剣で貫かれてしまうともいう。

 

 話を戻そう。この世界におけるフェンリルは、生みの親であるロキを遥かに超える力を有していた。それこそ、世界でトップ10にも食い込めるほどの実力だ。

 その武器は、やはり牙、並びに爪。守りは、分厚い毛皮と堅牢な骨格、弾力のある筋肉。

 要するに、その肉体そのものが大抵の生物よりも遥か上に位置していると言って良いだろう。

 

 強者となるべく生まれてきた、強者。それこそが、フェンリルであった。

 

 右手だけをポケットから出してフェンリルと相対する人間を見下ろしながら、ロキは内心で蔑みつつ、同時にオーディンへの怒りを募らせていた。

 元々、彼は和平に対してマイナスの印象しかなかった。そも、三大勢力である聖書陣営自体に悪印象を抱いている。

 というのも、聖書陣営は北欧神話のお膝元で別の神話である自分たちの神を信仰するような宗教を広げてしまったから。それを差し引いても、他勢力は滅ぼすべき、というのがロキの持論だった。

 その前座。眼下の人間がフェンリルの玩具として無惨に殺された後、その骸を晒して火種とする。

 

 もっとも、それは()()()()()であったなら、だが。

 

 

「―――――お座り」

 

「ギャブッ!?」

 

 

 今まさにその大口を開けて食らいつかんと棗へ襲い掛かっていたフェンリル。その牙を防ぐことは、まず不可能。

 だがその前に、彼の右手がフェンリルの鼻先を掴んでいた。

 そして、()()()その頭を思いっきり地面へと叩きつけるではないか。

 猫が伸びをするような格好で叩きのめされるフェンリル。その硬い岩盤の地面に半ば埋まった頭部に乗せられるのは、棗の右足。

 再び巻き起こる粉塵。巨体が沈む。

 

 

「―――――生来、獣というのは自身よりも上の存在に対して頭を垂れるもんだ」

 

 

 フェンリルの頭に乗せた右足。体を前に倒して膝を少し曲げ、その膝に右腕を乗せる態勢をになった棗は、真っすぐにその金色の目を覗き込む。

 

 

「分かるか、()。お前が尾を振るべき相手は、奴か。それとも別な者か」

 

 

 囁くように、唆すように、その声は決して張る様な声量ではない。故に、空に居るロキには、何が起きているのか分からなかった。

 

 

「何をしている、フェンリル!さっさと、その愚者を殺し骸を晒させろ!その牙で噛み裂いてしまえ!」

 

 

 唾を飛ばし、同時に己の掛けた呪縛を行使する。

 だが、

 

 

「なん……だと………!?」

 

 

 呪縛は発動しなかった。それどころか、結ばれていたはずの制御の契約すらも意味を成していないではないか。

 何が起きているのか、全くもって分からない。だが、その間にも状況はロキの不利な方向へと転がり落ちていく。

 

 棗が足を退ければ、フェンリルもまた立ち上がる。そして、真っすぐに見つめ合った後、その巨体は百八十度反転していた。

 

 

「犬、殺さずに連れてこい。痛めつけるならば、口の利ける程度でな」

 

「グルルルル」

 

「ッ、フェンリルよ!生みの親である我に牙を剥けるのか!?」

 

「何を言うかと思えば………子は、独り立ちするものだろう?」

 

 

 大きめの岩に腰を下ろし、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべる棗。足を組んで、両手はズボンのポケットへと収めた彼は明らかな傍観者の姿勢を取っていた。

 本当ならば、彼自身が自らの手でロキを叩きのめそうと考えてもいたのだ。だがそれは、フェンリルが現れた事により計画変更。

 明らかに自分の力量以上の存在を従えているその姿を確認して、内心の鬼畜の箱が開いた。

 

 奪ったうえで、奪い取った相手に嗾ける。

 

 これほど、相手のプライドをへし折る事は無い。少なくとも、彼はそう考えた。

 一方でロキもまた、絶体絶命の危機に陥ったと言っても過言ではない。

 

 そも、彼の場合は彼自身の魔法の実力はあれども、寧ろその子らの方が強かったりする。

 フェンリル然り、ミドガルズオルム然り。ちなみに後者は、ヨルムンガンドとも呼ばれる存在だ。

 

 今までは、嗾ける側であったというのに、それが逆転した今、ロキの内心を占めるのは絶望、ではない。

 

 

「おのれ………人間風情が……!」

 

 

 嚙合わせる歯が軋み、握った拳は血が滴る。

 これほどの屈辱を味わったことが、彼にはなかった。それも、相手は神でも人外でもなく()()であるという点もまたその屈辱に拍車をかける。

 故に、その行動に出たのもある意味では当然であった。

 

 

「貴様を殺せば、この茶番も終わるだろう!!!」

 

 

 差し向けられた右手。その前に現れるのは極光を放つ魔法陣。

 一切の躊躇も、ほんの一握りの手心すらも加える事のない魔法の一撃が棗を襲う。

 直撃すれば、人間はおろか人外であろうとも並大抵の存在は消し飛んでしまう事になるだろう。

 

 ()()()()、の話であるが。

 

 

「―――――馬鹿が」

 

 

 持ち上げられる左手。その手と魔法がぶつかり合う。

 本来ならば、触れるどころか近づくだけでもその肌を炙られる事になるだろう。

 だが、そこに発生した光景はそのどちらでもなかった。

 

 

「な………」

 

 

 ロキ、絶句。

 全力全開の本気の一撃ではなかった。なかったが、上級悪魔であろうとも問答無用で消し飛ばせるであろう一発を放ったつもりだった。

 だが、その結果は座ったまま左手を持ち上げた棗がそこに居る、というもの。放った魔法は、完全に打ち消されてしまっていた。

 受け入れがたい事態に固まるロキ。そして、棗は立ち上がる。

 

 

「犬、下がれ。手を出すなよ」

 

 

 その言葉にフェンリルは大人しく下がると、その場に伏せの姿勢をとった。

 確認するまでも無い。棗は振り返ることも無く前へと歩を進め、そしてロキを見上げた。

 

 

「元来、プライドの高いものというのは二種類に分けられる。己のプライドの為にその身を研鑽し、力をつける者。もう一つは、己のプライドの為に都合の良い夢幻(幻想)を見る者。お前は後者だ。お前自身の力なぞたかが知れている。子と言ったが、その犬もまた同じことだろう?お前自身が自分そのものに見切りをつけたも同然だ」

 

「何を、言っている………」

 

「分かっているのだろう?自分は、()()()()()()()、と。これ以上は、どう足掻いても()()()()、と。そこで、そこな犬を生み出した。自分の(しもべ)として、等と尤もらしい理由をつけて」

 

「………」

 

見下(みくだ)さねば生きていけないんだろう?見下(みお)ろさなければ安心できないのだろう?何故ならお前は、()()()()であるのだから」

 

 

 呼吸が浅くなり目を見開くロキを見上げる棗は、淡々と、しかし狡猾に()()()を済ませていく。

 言葉とは、言霊だ。

 良い言葉を使えば、良い事が。悪い言葉を使えば、悪い事が。言葉というのは世界に対して何かしたの影響を与える力があると日本では昔から伝えられてきた。

 単なる、アミニズム的な考えだけではない。()()()()()()の言葉には、確かに力が宿るのだ。

 

 棗の言葉は、まるで毒の様にロキへと回っていく。

 常の彼ならばこんな事にはならなかった。だが、今はプライドの根幹を揺らがされ、精神面がガタガタ。その上、最強の手駒であったフェンリルを奪われた状態。

 そこに、今の今まで自分自身が目を逸らしてきた()()()()()()部分を突かれた。

 悪い想像というのは一度膨らみ始めると、燃料を与えられるだけ膨らんでいく。もちろん、個人差はあるが、なまじ頭の良い者ほどドツボに嵌りやすいというのはある。

 

 

「我、は…………」

 

 

 グラグラと己の価値観を揺らがされ、正解などないであろう決めつけが頭の中でグルグルと駆けまわる。

 そして、棗は仕上げに手を付けた。

 瞬間、その姿は地面より掻き消え、現れるのはロキの目の前。

 

 

「お前の立ち位置を教えてやろう」

 

 

 凶悪な笑みを浮かべた棗の右腕が一閃される。直後に、ロキの体は地面へと叩きつけられていた。

 盛大に巻き上がる粉塵。その中央、半ば窪んでクレーターのようになった岩盤の中心で四つ足ついて項垂れるロキ。

 その垂れた頭の上に、棗の左足が乗るとそのまま顔面が地面に叩きつけられることも気にする事なく、その頭を踏みつけた。

 

 

「これが、お前だ。何も持ち合わせず、持とうとしなかった者の立ち位置だ。愉快だろう?全てを見下そうとしたお前が、最も見下され、踏み躙られる存在だったとは、なあ?」

 

 

 悪意を持って嗤う棗に対して、最早ロキに歯向かう気力など存在しない。

 格付けは、終わった。例え、ロキが再起を果たそうとも、再び相対すれば骨の髄にまで刻まれた圧倒的な無力感が顔を出すことになるだろう。

 だが、これで終わりではない。

 棗は聞いていた。この足元でうずくまった男が、とある名前を呼んだ事を。同時に察する。この不快な事件の()()()

 

 殺意はない。だが、落とし前を付けさせる。

 

 

「お前に一度、チャンスをやろう」

 

「チャン、ス………」

 

「ああ、そうだ―――――お前の探し人。そいつの所まで、俺を連れていけ。お前は、()()()()()()()

 

 

 言葉は、甘い毒となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北欧神話の主神であるオーディンが日本へとやって来たのは、和平の為。

 元々、神話体系というのは閉鎖的だ。これは仕方ない側面がある。

 神話というのは、世界の話だ。そして、世界というのは基本的に一つで完結しておりそれ以上が外部から持ち込まれる場合は()()となる。

 閉鎖的な世界の住人は、総じて保守的だ。何故なら、今その瞬間で満足し、安定しているから。

 

 

「―――――では、そのように」

 

「まあ、そうかのう」

 

 

 会談も一段落。三大勢力代表側と比べれば熱意の無いオーディンだが、これもまた安定には必要な事なのだから熱の有無は関係ない。

 面白い事ではない。ではないが、立場というのはそういうものだ。

 

 そうして、一息ついた時、ソレは起きた。

 警戒のための結界が破壊され、同時に会談室の壁もまた粉砕される。

 

 

「ゴルルル……!」

 

 

 突っ込んできたのは、ラグナロクの引き金にもなりかねない存在、フェンリル。

 だが、会談の場で最も衝撃を与える事になったのは、そのオオカミの背より降りてきた一人の人物だ。

 

 

 

「お前が、オーディンか」

 

 

 その立ち姿は、まさに天上天下唯我独尊。北欧の主神であろうと、知った事かと言わんばかりの横柄な態度だ。

 一方で、場は混沌へと突き進んでいく。

 この場には、四大魔王に加えて、天使長まで居た。

 だが彼、宿木棗が見るのは隻眼の主神のみ。

 

 

「「オーディン様!」」

 

 

 最初に再起動を果たしたのは、護衛であった堕天使のバラキエルと戦乙女のロスヴァイセ。

 半ば盾になる様にして、オーディンとそれから真っすぐに主神へと足を進めてくる棗の間へと割って入り、その手に魔法陣を出現させる。

 だが、その魔法が放たれる事は無い。

 

 

「―――――束縛の鎖をこの手に」

 

 

 涼やかな声とともに、異空間より放たれるは幾筋もの鎖たち。

 それは、護衛だけでなく三大勢力の首脳陣含めた敵対者全てを拘束してみせた。

 鎖を放ったのは、棗の後方。フェンリルと並ぶようにして宙に浮いたロキだ。その顔からは、表情という表情は抜け落ちており、しかしその全身からは滾る様な神気が溢れる。

 神すらも、己の手中に落としたのかとすわ驚かれようが、棗の足は止まらない。

 

 

「お前だろ?俺のところにアイツを送り込んだのは」

 

「さあて………仮にそうであったとしてどうする。儂を殺すかのう?」

 

「逆に聞くが、お前に殺すだけの価値があるとでも思うか?」

 

 

 会話をしながらも、両者の距離は棗が歩を進めれば進めるほどに縮まっていく。同時に、緊張感も高まってきた。

 

 

「ほう、儂にはお前に殺される価値が無い、か」

 

「ああ、無いな」

 

 

 断言する棗に対して、オーディンはここで初めて眉を顰めた。

 北欧の主神という立場は、伊達ではない。世界的なパワーバランスを担っているのは事実であるし、仮にその座が崩れ落ちれば世界的な混乱を齎す事にもなるだろう。

 そんな神に対して、()()()()()()()。そう言い切った棗。

 

 

「では、何をしにここへ来た。魔王か?天使長か?」

 

「その御自慢の知識をもって予想を立てればいいだろう?」

 

「うぅむ………」

 

 

 詰まる距離の中、オーディンの思考が加速する。

 そも、智の神がただ一人の人間に興味を抱いたのは、その力もあるが何よりもその特異性によるところが大きい。

 人間離れした身体能力。未知の力。不可解な術。凡そこの世界における力とは、何かが根本的に違うその在り方。

 英雄となりうる器かと問われれば、その才気は十二分に過ぎるだろう。本人の諸々は、抜きにして。

 

 宿木棗は、オーディンをして未知だ。予想はできようとも、それは事実とは到底言えないもの。

 

 故に、未来は分からない。

 

 

「―――――時間切れだな」

 

 

 残り距離、一歩。

 そして、オーディンは見た。

 

 

「―――――ブゥッ……!?」

 

 

 一度の瞬き。その隻眼が開かれた瞬間には、顔面から伝わる激痛。

 一切の抵抗も、何もかもを許さない。

 

 その日、オーディンはこの世に存在して初めて、

 

―――――人間に殴られる経験をした。



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