Re:神のみぞ知るセカイ (Minadukiyuuka )
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FLAG.01
誤字脱字があったら申し訳ありません。
序盤は原作とあまり変わりませんが、少しずつ改変させていきます。
【冥界法治省極東支局】
地獄の一室には今日も今日とて成果の低い報告と、それに対する上司からの文句が飛び交っていた。
「現在、ヨーロッパの駆け魂は…」
「まだ捕獲率3%⁉︎」
「協力者の生死…」
「協力者のケツ叩いてやらせろ‼︎」
そこへ、一人の悪魔が駆けてきた。まるでこの任務には不適切のような人柄、いや悪魔柄だ。
「遅れました——っ‼︎」
まず、初日から遅刻してくるその姿勢。
「なんだエルシィ‼︎そのほうき‼︎いつまで掃除係のつもりだ‼︎」
エルシィと呼ばれた彼女は未だに前職の仕事道具を肌身離さず抱えていた。
「うう——これがないと落ち着かなくて……」
などと甘いことを吐く思考。彼女は、この任務からはおおよそにつかわしくない。彼女は、そういう悪魔だ。
【亡霊対策室長・ドクロウ】
髑髏の顔に、全身に纏った黒のフード付きのマント。そして、二頭身のデフォルト……まるで、どこかのゆるキャラのようだ。
「地獄も末だな…掃除係が駆け魂隊とは…」
「が、がんばります‼︎」
彼女はそう息巻いた。しかし、彼女の顔には不安の表情がさしてしまった。
「それでドクロウ室長?本当にそんな人間がいるのですか?」
そう。彼女が不安なのは駆け魂を捕まえる上で必要不可欠の存在、協力者の存在である。
「女性の心を、思い通りにできる人間なんて…」
おおよそ、そんな人間はこの世のどこを探してもいるはずはない。しかし、
「いる。」
ドクロウはそう言い切ると、その者の名を彼女に告げる。
「その名も…落とし神‼︎これ以上の「協力者」はいない‼︎まずはこの男を捜せ‼︎」
彼女も自分が信頼している室長が言うのだから間違えないと思い、敬礼のポーズをとった。
「りょうかいです‼︎エリュシア・デ・ルート・イーマ駆け魂討伐に出発しまぁす‼︎」
「あ、おみやげ送ってね人間界の。ビリーのDVDでいいわ。」
「まだやせる気ですか?」
……駆け魂の捕獲率が低いのはこう言うところが原因かもしれない……
【舞島学園高校】
それは片田舎の海のそばに聳える中高一貫の私立校。そんなところに、ボクはいる。
羽鳥ゆう、これが今回のターゲットか…
ボクは目の前にいる新たなターゲットに目をつけ、落としにかかる。
「誰、あんた?」
なるほど……
ボクは次々に正しい言葉だけを彼女に囁きかける。
「どうしてここがわかったの……?」
彼女は頰を染め、ブランコに座ったままボクを見つめている。
抵抗してもムダだよ‼︎エンディングはすでに見えた‼︎
「わ…私…あなたが好き‼︎」
そうしてまた一人、神に、ボクに落とされた。
運命は、常に一本道‼︎
決められた道を駆け抜けるその姿に自分でも面白く思えてボクは笑ってしまった。
「フッ」
これで10000人目のヒロイン攻略‼︎ボクに解けないギャルゲはない‼︎
……そう。ギャルゲである。ギャルゲーム、女の子との恋愛をシミュレーションしたゲーム。その種類は多岐に渡り、数多くのユーザーがいる。
自らの力に…背筋が寒くなる‼︎
「ゲームは楽しいかい?桂木君。」
ボクはこの学校の教師に問われ、その質問に対する答えを考える。
……
……
……
「ボクの知っているゲームのすべてと先生の授業を比較してみました。授業よりおもしろいもの5012タイトル。同じくらいのもの15タイトル。授業よりつまらないもの1タイトル。」
ボクは脳内のデータベースからそう言う結論を叩き出した。
「ホウ。その1タイトルとは?」
なおも問われたが、今はそれよりもやることがある。
「すみません、セーブポイントまで待ってください。」
バシンッ‼︎——
『ボクの名前は桂木桂馬。6月6日11時29分35秒生まれ17歳。身長174センチ、体重53キロ、得意科目、国語、数学、理科、社会、英語、技術。』
その出立ちは、ボロボロだった……
なんで殴られる⁉︎ゲームやっても誰の迷惑にもなってないだろう。
そうボクはボヤいた。いつものこととは言え、殴られることに関して納得いかないからだ。あの教師、いつか体罰で訴えられるぞ。
『ボクの好きなものは…女子だ。当然さ、ボクくらいの年の男子なら…フッ…』
むしろ、女子が好きじゃないなんて言えばそれは異端者だ。
『ただし…』
「オタメガネ———ちょっと、ちょっと!」
遠くから声が掛かる。そして、振り返った時にはもう目の前だった。
「あた‼︎」
その女は止まることなくボクへ強烈な突進を喰らわせやがった。
「おおおボクのPFPがァ‼︎」
そして、概ね被害を被ったのはボクの方だった。
「悪い悪いっ‼︎スピード出すぎてブレーキの限界越えてた。」
その、全く悪いと思っていない態度が気に入らない。……
【2年B組 高原歩美(17)】
『女子と言っても…好きなのはこっち側のじゃない‼︎』
「ね——オタメガネ———今日屋上の掃除やっといてよ!」
現実の女とは実に浅はかである。
「今日掃除当番 私とあんたじゃん?でも私、あんたと違って忙しいからさ——っ…」
どういう神経だ⁉︎ぶつかるのと バカにするのと 頼み事を同時に行うとは‼︎
「今、部活で一杯一杯でさ—。」
そんなこと知るか‼︎ボクにだって用事はあるし、忙しいんだ‼︎
「ふざけるな‼︎断固断る‼︎」
……そして、そこにはすでに彼女はいなかった。ただ無意味に宣言したボクだけが残っていた。
【屋上】
何て理不尽な奴らだ。ゲーム世界の女子を見習え!あの完璧に理論的で美しい存在を‼︎
ボクが好きなのはゲーム女子だけさ‼︎現実なんてクソゲーだ‼︎
立体ではなく平面を、実像ではなく虚像をボクは愛す‼︎
ピコン
[ メールだよ。]
未読メール813通がボクのPFPの画面に表示された。
ふ…今日の迷える子羊たちの便りだ。
ボクはそのメールを確認し、PFPに搭載されたキーボードを展開する。
現実なんて所詮、仮そめの世界。ゲーム世界にとどろくボクの真の存在‼︎『落とし神』‼︎狙った女を恋に落とす神の如き所業。いつしか呼ばれ始めた通り名である。
そうさ。現実のような不合理かつ不条理なものに、かかずらう必要はない‼︎ボクは、ゲーム世界の神だ‼︎
《初めまして‼︎落とし神です‼︎「ゴスゴスぱにっく」ですか‼︎あれはみんな苦労してるみたいですね‼︎》
《こんにちは‼︎落とし神です‼︎「あきいろ」はいいゲームですよね‼︎さて攻略ですがあれは…》
《初めまして‼︎…》
……
……
……
「ふ…」
ボクは迷える子羊たちに返信をして一息つく。
[送信したよ♡]
PFPからは送信を知らせるアラームが鳴った。
「さて、次のメールは…」
そのメールはとても独特だった。ボクはそのメールを見て訝しんだ。
「ん?」
《落とし神へ どんな女でも落とせるという噂を聞く。まさかとは思うが、本当なら攻略してほしい女がいるのだ。自信があるなら「返信」ボタンを押してくれ。報酬は追って連絡する。PS:ムリなら、絶対に押さないように‼︎ ドクロウ・スカール》
なんだ?この挑発のアロマが漂うメールは‼︎ボクを誰だと思ってるんだ⁉︎
「神は、逃げない‼︎」
そう高らかに宣言して「返信」ボタンをクリックした。
その瞬間、稲妻の如くスピードで「何か」が屋上に降ってきた。ボクはその衝撃で吹き飛ばされ、しばらくして煙が晴れると、そこには宙に浮いた一人の女がいた。
「契約 ありがとうございます‼︎神様‼︎さぁ 参りましょう‼︎駆け魂狩りに‼︎」
その女はボクの手を掴むと空高くへと飛んだ。
「う、うわああ‼︎」
そして気がつくとボクはあの女と共に教室にいた。
なんだ?今、空飛んだか?
まだ混乱しているのか、息は絶え絶えで、脳内は疑問符で埋まってしまう。
「ゼ~ゼ~」
……にも関わらず、あの女は呑気にグラウンドの方を見ながら何かを確認していた。
「広域チェックでは反応あり…次は精度を上げて…個人特定…だっけ?」
落ち着け‼︎現実に呑まれるな‼︎順序だてて論理的に考えれば問題はない‼︎
「まずはセーブ‼︎」
ボクはそう言っていつものようにゲームをセーブした。
「整理しよう。まず、お前は何者だろうか?」
黒板に向かって状況を整理していく。しかし、
「私、エリュシア・デ・ルート・イーマと言います。みんなはエルシィって呼んでます‼︎地獄から派遣された「駆け魂隊」の悪魔ですウ‼︎」
なんの、こっちゃ‼︎
ボクの脳内にはある光景が浮かび上がった。それは茶会だ。
「ホホゥ なんのこっ茶でござるか。」
「まこと雅よのう…」
……じゃなくてっ!こう言う時は思い出せ!君子危うき3D女に近寄らず!ここは、関わらないのが得策!
ボクは女を放って退室を図る。
「さて今日は木曜か。ゲーム買いに行くか。」
そんなボクに待ったをかけた女はボクの袖を掴み言い放ちやがった。
「気をつけてください‼︎——首、取れちゃいますよ?」
「首?」
こいつ、何言ってやがる?首なんて……ボクは首に手を当てその存在に気がついた。
「な、なんだ?この首輪?」
そして、教室には沈黙のカーテンが降りた。
「神様は、悪魔と契約されたんですよ。」
「契約書を送られましたよね?室長のドクロウさんあてに。」
け、契約?何のことだ⁉︎……ム…ムム‼︎あ…あのメールか⁉︎ボクは先ほど送られてきたメールの一文を思い出した。
そして女の説明は続いていた。
「地獄の契約は厳しいのでご注意ください。もし、契約を達成できなかったり、許可なく破棄しちゃいますと…」
ボクは不吉な言葉を予感して生唾を呑んだ。そして、断頭台の縄は切られた。
「その首輪が作動し、首をもぎ取ります。」
首を、もぎ取る?ボクは一瞬、本当に何を言っているのかわからなかった。しかしそれだけでは飽き足らず女はなおも説明を続ける。
「し、しかもその後首が…キャー言えません‼︎」
……なのに、大事なところは自分でも言いたくないのか悲鳴に変わってしまった。ボクはそんな煮え切らない態度が気にいらなくて言葉を荒げた。
「言えよ‼︎なんだよその後‼︎」
えぇい!今はそんなことよりも‼︎
「ふ…ふふふざけるなァァ‼︎は、はずせぇぇ‼︎」
こっちの方が先だ‼︎
「大丈夫ですよ。駆け魂を捕まえれば外れますから。」
「かけ…なんなんだそれは‼︎」
ボクは女に説明を求めたがそれは聞いたこともない変な音によって遮られてしまった。
ドロドロドロ
「き…来ましたあ‼︎」
女は自分が身につけているヘアアクセに触れてそう言った。そして、その変な音は鳴り止むことなく女は窓辺の掃除をし始めたのだった。
「あとと」
そして、持っていた箒でしばらくパタパタすると窓辺にこいとボクに言ってポンポン叩き始めた。
「神様こちらへ‼︎綺麗にしてあります‼︎」
ボクが窓辺に近づくとグラウンドを指さして言い放った。
「下の広場‼︎あそこに駆け魂がいます‼︎」
そして、この女が指さしたのはよりにもよってあの女だった。
「あの先頭の娘‼︎はっきりと奴らの気配が見えます‼︎」
「あいつは………」
高原歩美……あんな奴には絶対に関わりたくない!
「か…かけたまってなんだよ?」
ボクは改めて女に尋ねた。すると、女はまるで教科書のようにツラツラとボクに説明して聞かせた。
「『駆け魂』とは地獄から抜け出した悪人の霊魂です。死んでも悪人は悪人‼︎奴らは再び地表で悪事を働くべく地獄の囲いを抜け出し地表へやって来るのです‼︎」
……そんな、霊魂だの、地獄だのまるでファンタジーだ。
「駆け魂を捕まえるのは非常に困難なのです。何しろ、極めて特異な場所に隠れていますので…」
『極めて特異な場所』?人間のどこにそんなものがあるんだ?
「人の心のスキマが、駆け魂の隠れ処なのです‼︎」
「心の…スキマ?捕まえようがないだろう、そんなの?」
う⁉︎話にのっちまった…‼︎ボクは軽く後悔した。流せばよかった……
「そこで、人間の協力者の出番です。心のスキマが埋まってしまえば…駆け魂は居場所がなくなり出てきます‼︎心のスキマを埋めるには恋が一番‼︎落とし神様のお力で、あの娘の心のスキマを埋めていただきたいのです‼︎」
何が恋が一番だ⁉︎第一、ボクは……
「ま、待て待て‼︎ボクに、現実の女を落とせっていうのか⁉︎」
これは死活問題だ。ボクは女に強い口調で問いただした。すると女は、
「えっまぁ…ほどほどに。あの、口づけ程度でいいので…」
——などと女は頰を染めて言い放ちやがった。これには流石のボクも激怒した。
「バカヤロ———‼︎お前はとんでもない間違いしてるぞ‼︎ボクは、現実の女と手をつないだことすらない‼︎そして…現実もそれを望んでは、いない‼︎…現実の女たちはボクをこう呼ぶ『オタメガネ』。」
……教室には再び沈黙のカーテンが降りたのだった。
「ひどい…ひどいです神様…お遊戯の神様だったなんて…」
「ひどいのはどっちだ‼︎」
勝手に勘違いして、勝手に話を進めて、その挙句失敗したら首が飛ぶなんて……
「こんなことだろうと思った…何やっても私、ダメなんだから…」
そう言って女はメソメソと泣きやがった。
「勘違いだろう、結局‼︎契約を解除しろ‼︎」
「できませんすいません」
ペコペコと頭を下げて女はボクに謝罪をした。
「せ…せめてあの…私も一緒に死にますので……契約は対等…協力するものが死んだら悪魔の首も飛びますから。」
……マジですか……
風が、吹いていた。
「ストレッチおしまい‼︎」
「そろそろ走るかー!」
ボクたちはこんなに困っていると言うのに……
「ああ…こんなに近くに駆け魂がいるのに…掃除しかできないなんて…」
「静かにしろ‼︎首が飛ぶ前にやり直すゲームを書き出してるんだ。あれとあれとあれと…」
もう、ボクは首が飛ぶこと前提で話を進めている。完全に諦めモードだ。
「でも…神様は落とし神様なんですよね?現実の女もゲームのように落とせるのでは…?」
「現実とゲームを一緒にするな。ゲームに失礼だろう。」
ボクは目の前の「なんちゃって」陸上部を一瞥して口を開く。
「あれが陸上部?ボクに言わせればあんな精度の低い陸上部はない‼︎」
「精度?」
そしてボクは陸上部の方を見て声を高らかに宣言した。
「誰も、髪をくくってない‼︎」
女には理解できなかったのかポカンとしている。
「……か?髪?そ、それが な、なにか?」
「ふざけるな‼︎陸上部女は髪をくくってるんだよ‼︎」
「きゃ——っ!」
急に詰め寄って力説したからか、女は悲鳴をあげて引いていた。それでも、ボクはお構いなしに説明する。
「陸上部の女ってのは髪をくくってるもんなんだ‼︎あいつらは髪をとめるゴムに魂が宿るのを知らないのか。」
「…。あの…それはゲームの…」
「現実ってのはまったく完成度が低い。こんな世界の女子、攻略できないな‼︎」
そうボクは結論を口にした。なのに、あの女はボクを何度も叩く。
「よ——っし、本気出すぞ——」
髪を、くくった。高原歩美は、髪をくくったのだ。
「神様くくりました‼︎」
「ジーザス‼︎」
ま、まさか……
「か、神様の言う通りになりましたよ。」
「ぐ、ぐーぜんだよ‼︎まだ足りないぞ‼︎た、短パンの陸上部もゲームじゃありえない‼︎ブルマじゃないと動けないな‼︎ブルマだ‼︎」
ボフン
それはまるで魔法のような出来事だった。数瞬前までは確かに短パンだったはずなのに、今目の前にいる陸上部員たちは全員ブルマだった。
「なにい‼︎」
ボクはその出来事に目が飛び出るかのような勢いで見開いた。
キャアー‼︎
驚いたのは陸上部員も同じなのか、グラウンドは悲鳴に満ち溢れた。
「羽衣を変形させて飛ばしました。外見だけなら、私でも変えられます。でも、内側を変えられるのは神様にしかできません。私、神様を信じます‼︎」
女はそこで一度言葉を切り、ボクに詰め寄って言った。
「やりましょう神様‼︎」
……マジですか……
【翌日】
「な、何——⁉︎こらー‼︎何よそれは——‼︎」
そこには高原歩美を応援するための横断幕が所狭しと張られていた。
『がんばれ!高原歩美ちゃん!』『AYUMI』『舞校の弾丸』他にも——
「オタメガ————この——なんなのさ、この恥ずかしい横断幕はー!」
——次の瞬間にはボクは陸上部の狂人な脚力によって蹴り上げられていた。
くそ…なんでこんな目に…しかし、こんな所で攻略を止める訳にはいかない!
「その…大会も近そうなので、応援。」
「屋上の掃除押しつけたのは悪かったわよ。つまりこれが復讐ってわけ?」
高原は近くにあった横断幕の一つでボクの首を締め上げた。
「ギギギ———」
まるで虫が轢き殺されたかのような汚らしい声がボクの口から溢れた。
「次やったら殺すよ‼︎」
気が済んだのか、首を絞め上げていた横断幕を頭に巻きつけるとそう言い残して去っていった。
「か、神様…これでいいんですか?怒られちゃいましたけど…」
まるで関わりたくないかのように木陰に隠れていたくせに……
「これでいい。今はとにかく出会いの数をこなすんだ‼︎ゲームでの親密度は出会いの数に比例する‼︎花が咲くまで水をやり続けるんだ‼︎」
恋愛って言うのは、一本の花を育てるのと同じなんだ。初対面である球根に、出会いという名の水を与え続け、親密度である茎が比例して伸びていき、恋という名の蕾は開花する。
【3日目】
今日は昨日と同じように断幕を張って応援だ。
「なんでいんのよ‼︎断幕やめろ‼︎」
【4日目】
今日は「断幕はやめろ」とのことだったので垂れ幕を屋上から下げてみた。
「バカヤロ——‼︎垂れ幕でも同じだよ‼︎」
【5日目】
今日は至る所に旗を立ててきた。
「もうムシ。」
彼女も流石に怒るのに疲れたのか、こちらを見向きもしない。
「ちゃんと花は育っているのでしょうか…なんかどんどんキラわれていってるような…」
「ゲームではな、「嫌い」と「好き」は変換可能なんだよ。ケンカしたりキラわれるようなイベントも、プラスになってるんだ。」
「では、今は…本当にキラわれてる訳じゃないと…ふうん……」
こいつ、信じてないな。でも本当にキラわれてる可能性も高いがな‼︎セーブロード不可バックログなしファーストプレイのみってどんな攻略だよ‼︎命がかかってなきゃ…誰がやるか、こんなことを‼︎
「ま、またトイレだ…」
ここ最近、失敗した時のことを考えると腹痛でトイレに行くことが増えてしまった。思わぬ弊害だ。胃に穴なんか空いてないよな?
「ごゆっくり。」
何度も言っているからかこいつの反応も淡白になってきた。
トイレに行こうとしたまさにその時、高原歩美は三年の先輩に呼び出されていた。
「ちょおっとォ歩美‼︎こっち来な‼︎」
「はい‼︎なんですか⁉︎」
「なんであんたらが先に走ってる訳?」
「2年はうちら3年が走るまで待機でしょ?」
それは、どこにでもいる、至って普通の先輩たち。
「先輩方は今日は来られないかと…本番まで時間もありませんから。」
「聞いたー?本番だって——?」
「すーっかり選手気分ね———」
「なんで私がホケツであんたが代表なのよ。たまたま一回いいタイムが出ただけじゃん。」
高原はそんな先輩たちの小言が聞きたくなかったのか、大きな声で先輩たちに口撃した。
「罰なら早くお願いします‼︎ほんっとに時間がないですから‼︎本・番・まで‼︎」
「「何こいつ‼︎外周よ——‼︎外周30周ーっ‼︎」」
「了解——‼︎」
彼女はすごいスピードで外周を走りに行った。
「う——‼︎イヤな先輩‼︎人間界にもああいう人いるんですね。」
「ジゴクにもいるのか。」
そんなに共感できるのか?
【6日目】
「あれ?応援男今日来てないね♡」
「さみしい歩美であった。」
「バカヤロ——そんな訳あるか‼︎」
そんな噂をしていた時、三つのバルーンが屋上から上がった。
『I♡AYUMI』『I♡AYUMI』『I♡AYUMI』
「わーなんだ⁉︎」
「うわーアドバルーン懐かしいー。」
そんな声が、グラウンドからは聞こえた。
「すいません羽衣が足りなくて、3本しか作れませんでした。」
「1本でよかったのに‼︎」
余計な気配りばかりしやがって。
「いよいよ明日は大会当日です。私たちの応援でぜひ歩美様を一位に‼︎そしてあの先輩達を悔しがらせたいです‼︎とっても‼︎とっても‼︎」
先輩にいやな思い出でもあるのか…
ボクは片手にフルーツバスケットを持ち、そんなことを思った。
「これだけ応援して勝てば、歩美様もきっと神様を好きになります‼︎」
グラウンドの方が一際うるさくなった。それはグラウンドから目を離したほんの一瞬の間に起こった。
高原歩美が転んだのだ。ハードルの一つに足を引っ掛けて、転倒したのだ。
【保健室】
「ええ——?ねんざ——⁉︎」
一際大きい声が廊下まで響いた。
「なんで……大会は明日なのに…」
足に巻かれた包帯を見ながら高原歩美は絶望の表情を浮かべていた。
「でも、なんか変じゃなかった?今日のハードル。」
「そうよ‼︎あそこだけ台の間隔短かった‼︎」
部員たちはフォローなのか、ハードルについてあーでない こーでもない。と騒いでいた。
「でなかったらすっ転ぶわけないよ‼︎」
「誰が動かしたのかな…」
誰が、か…
「絶望的です~大会で優勝してくれないと私たちは…」
首が取れる。その事実は声には出なかった。
でも、ボクが考えているのはいつだって攻略のことだけだった。
「ケガ…先輩……ハードル……応援……」
ボクは脳内データベースから幾多の攻略法と今回の出来事を比較、検証してみた。そして、見つけた。
「見えたぞ。エンディングが‼︎」
「ええ⁉︎」
女も流石に驚いたのか、その声は疑問符だらけだった。
「まちがいない‼︎今、攻略90%辺りだ。」
ボクのデータベースは間違いないと断言している。
「90%⁉︎ ど、どうしてわかるのですか?」
見たことがある。ボクにはあるんだ。全く同じ光景が、その記憶が。
「まったく同じ展開のゲームを…やったことがある。「ソルフェージュ」のそなたか「キャラメルドロップ」のハッカか迷ってた。でもケガした後行った場所で分岐した。ハッカだ。」
「まさかそのゲーム通りにやるんですか?」
そんな訳あるか。
「まさか。名前ぐらい変えるさ。」
地獄の悪魔はまるで神にでも祈るように目を瞑った。
でも、そんなことをしている暇は僕達には無い!
「おい‼︎ここが勝負だ。………今から、告白しにいくぞ‼︎」
今まで、何千何万と繰り返してきたが、現実ではこれが初めて……
「か…神様…」
女はまるで茹で蛸のように真っ赤になった。
緊張も羞恥もボクの感情だろうに……
「どうしたのよ桂木…こんなとこでなんか用?しばらく私運動場には用ないよ‼︎しかも呼び出しの手紙が乗っかってたこれ‼︎これイヤミ⁉︎こんなもんもらって喜ぶ訳ないでしょ‼︎」
彼女は松葉杖をついて、片方の手にはフルーツバスケットを握っていた。
「それ食べて元気出して、明日の大会出てもらおうと思って。…うお‼︎」
ボクが淡白にそう答えるといろんなフルーツが宙を舞ってボクのところまで投げられる。
「この足見て言え‼︎大会なんか出られると思うの⁉︎」
彼女も自棄になったのかフルーツを思いっ切り投げる。でも、ボクはそれをキャッチして断言する。
「思う。…だってケガなんかしてないから。」
「な…」
そう、彼女はケガなんかしていない。彼女のケガは見せかけ。つまり、仮病だ。
「…ハードルでこけたくらいでケガなんかしないよ。」
「走ったこともないくせに‼︎スピードを考えてよ‼︎」
確かに、走ったこともないハードルのことなんかボクには皆無だ。でも、
「確かに全力で走って転倒したら危険だよ。でも…あの時は全力で走ってなかった。」
「な…なんで…わかるのよ。そ…そんなの…」
わかる。その変化を、ボクは見逃したりしない。
「髪、くくってなかった。」
「!」
彼女の顔には驚愕の表情が見える。
「本気出す時はいつもくくってたよね。もしかして……最初からコケるつもりだった?」
彼女は手に持ったフルーツを投げる前に腕を振り下ろし、松葉絵をついて浮かせていた左足を地面につけた。
そして彼女は語り始める。
「これでよかったのよ。先輩たちもこれで大会に出られる——先輩たちの言うとおりだよ。先生の前でたまたま走れちゃって選手になっちゃってさ…ずっと練習してたけど、タイム全然出ないし…私なんか…私なんか出ない方がいいんだよ。」
そこで一度話を切り、後悔の言葉がその口からついて出た。
「どうして走れなくなっちゃうのさ…こんなに練習してんのに…」
後悔の言葉と一緒に出てきた大粒の涙は重力に負けて下へ下へと落ちていく。
「もういいの…ビリなったりしたらおしまいだもん。」
おしまいなもんか。少なくとも、ボクの中では……
「一生懸命走ったら、それでいいじゃないか。順位なら、君はとっくに一番とってるよ。ボクのなかで。」
ボクはメガネを外して「オタメガネ」とはもう言わせない。
「バ、バカー‼︎」
歯の浮くような言葉は彼女の顔を赤く染め、忘れていたフルーツをもう一度投げ始める。
「な、何キモいこと言ってんのよ‼︎大体あんたが変な応援するから…」
そして、フルーツの底に埋まっていた真新しいシューズをその眼に焼きつけた。
彼女はボクの袖を掴み、俯いた髪の間から赤くなった顔を覗かせていた。
「来てくれる?明日も……応援に来てくれる?」
「う…うん…」
くそ!現実なんて、ゲームに比べれば取るに足らないものなのに……
「……ありがと。」
彼女はそう言うと、ボクの唇に重ねるようにキスをした。
彼女の背中からは駆け魂と思わしき、まるで前時代的な幽霊が出てきた。
「出ました‼︎勾留ビン‼︎」
女は待っていましたとばかりに大きなビンを抱えて、その中に駆け魂を詰め込む。
「駆け魂勾留‼︎やった——‼︎神様ありがとうございます‼︎」
この後、歩美は大会に出場し、ぶっちぎりで優勝した。
「すごいー歩美——」
「ふっふっふどうだ‼︎」
良い結果だったからか、自分が載った新聞をクラスのみんな自慢していた。
「見て桂木っ、新聞のっちゃったよ‼︎」
普段、誰とも話さないボクだが彼女とくらい話してもバチは当たらないだろう……
「……高原……おめでとう。」
「応援、ありがとうね。桂木」
彼女はボクの耳元でそう囁いた。
「歩美——‼︎」
彼女は……歩美はクラスメイトに呼ばれてそちらを振り向く。
「あ、私、いくね」
そう言って歩美は行ってしまった。
ボクは止まったままだったゲームを再開させた。
「よーし、朝のHRをはじめる。」
またいつも通りの毎日が始まる。少しだけ変わった人間関係も、また新しい関係に変わっていくだろうと思いながら。
そういえば、あいつはどこ行った?あんなこと言っていたが……
「——神様!感服いたしました‼︎やっぱりあなたは落とし神です‼︎私、神様について行きます‼︎早速手続きをして参りますので‼︎……あ、忘れてました‼︎神様、こちらを。」
あいつはボクに一枚の紙切れを渡してどこかに行ってしまった。
「そう言えば、まだ読んでなかったな。」
あいつから渡された紙を出して読んでいく。
《拝啓、落とし神様 駆け魂捕獲ご協力につき、私ども地獄はあらゆる力を持って望まれるものを用意いたしましょう。なお、攻略した女子たちはあなたと絶対に結ばれます。》
げ、現実の女と結ばれる⁉︎……これが、協力に対する報酬、なのか……?
「おいオタメガ‼︎なんだあれ‼︎」
「どこに隠してたあんなの!」
現実とは掛け離れた世界を覗いた気がしたが、男子どもが騒いだせいで呼び戻された。
一体何ごとだ?
ボクは教室前方に視線を向ける。そして、そこにいたのは……
「本日転校してきました 桂木エルシィです。お兄様の桂馬ともどもよろしくお願いいたします。」
(おいおいおい‼︎どういう設定だそりゃ‼︎)
これが、ボク「落とし神」と使えない悪魔「エルシィ」との駆け魂集めと、攻略されていく娘たちについての最初の物語だ。
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FLAG.02
“前回のお話“
ボクの名は桂木桂馬。
ゲームの発売日とスポーツ中継の延長を認めない17歳。
ゲームの世界に生きて幾年月。
いつしかギャルゲ攻略の天才…「落とし神」と呼ばれるようになっていた。
ゲームよりも純度の低い“現実“になどなんの興味もない‼︎
ところが‼︎突然空から女が降ってきて全てが変わった‼︎地獄から来たと言いはるその女の差し金で、ボクはとんでもない仕事をさせられた。
人間の心のスキマに逃げ込んだ悪人の魂を追い出すために、現実の女を恋に落とすことになっちまった‼︎しかもこれらの出来事が‼︎ボタンを押してないのに勝手に進行してしまうんだよ‼︎プレイヤーの都合をまったく考慮しない鈍感な展開‼︎
改めてクソゲーだ‼︎現実は‼︎
とどめに‼その地獄女、ボクの妹を名乗って同じクラスに転校してきやがった‼︎
ど…どういうつもりだあいつ…
「桂木に妹なんていたの?」
他の生徒に気づかれないようにこっそり話しかけてきたのは高原歩美だった。
ボクが落とした現実の女。そして、ボクの恋人…
「知るか、あんなやつ」
それでも、ボクにとって生きる世界はゲームの世界。現実の世界にいちいち構ってはいられない。
ボクはゲーム機のボタンを押しながら、高原に淡白に答えた。
「ふーん…」
そんな高原の目はあの悪魔女に向けられていた。
見られているとは思っていないだろうあの女は……
「へーこの娘、桂木の妹?」
「かっわい〜〜‼︎」
「妹なのに同じ学年なんだ。」
「エルシィって本名―?」
見事な質問責めにあっていた。そりゃあ、転校早々あんな爆弾を投下すれば当然だろう。
ボクの妹。それはつまり、クラスで一番の変わり者の妹を意味する。
「本当に妹——?オタメガ 桂木なんかにゃもったいないよ——」
……ほっとけ!
面倒な男子にこれまた面倒な質問をされた。ボクが教室、いや学校でどんな目で見られているか、こいつにだって話したはずだけどな…
ここは無難にやり過ごすのが吉。なのにあの女は……
「「なんか」って失礼ですよ⁉︎かみ…お兄様はすごい人なんです‼︎今に‼︎お兄様はこの世のすべての女性の憧れになるんですから‼︎」
………教室の空気が一気に凍てついた。そして、教室は笑いの渦に巻き込まれた。
HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!
「ちょっと!…」
「いいんだ」
ボクは今にもつかみかかろうとしている高原を制して、ゲーム機の止まった手をもう一度動かす。
「ボクは別に怒ってないから。」
ボクが今怒っているのは……あの悪魔だけだ。
【放課後】
それは学生にとって青春を過ごす時間。
ある者は、部活を。
ある者は、友達と雑談を。
ある者は、無為に時間を費やし。
そしてボクは…悪魔に追われていた。
「ついてくんな‼︎お前とはもう一切接触しないぞ‼︎この悪魔‼︎」
ボクに災厄をもたらす悪魔。金輪際関わってはいけない部類の者。
「か、神様待ってください——っ。私、まだ人間界の右も左もわからないんです。」
知るかそんなこと‼︎だいたい、
「言った通り 駆け魂は捕まえたぞ‼︎もう契約は終わりだろ⁉︎なんだそのフロシキ。このギロチン首輪‼︎早く外せ‼︎」
ボクは未だに首に巻かれた物騒なものに触れながらあの悪魔に問いただす!
「まだ契約は終わっていません。一匹駆け魂を捕まえただけです…この街にはまだ…駆け魂が沢山、忍んでいます‼︎」
契約が、終わってない?駆け魂を捕まえただけ?沢山?
「お、おい‼︎この街中の駆け魂をみんな捕まえろってのか⁉︎」
冗談じゃない‼︎そんなの命がいくつあっても足りるもんか‼︎
「で、ですから、私も神様と更に協力できるように、室長に頼んで色々「手続き」をしてもらいました。妹で同じクラスなら、ずっと一緒にいられますので…」
「コラ、ま、まさか家にまで来るつもりじゃないだろうな?」
「こちらでは兄妹は同居しないのですか?」
同居以前に兄妹じゃない‼︎
「だから妹じゃねーだろ‼︎現実への譲歩もここまでだ‼︎家への進出なんてさせるものか‼︎」
これ以上、何があっても譲歩はしない‼︎ボクの現実はボクが守る‼︎
クイクイ
袖を引っ張られる感触で後ろを振り返るとそこには高原歩美が頰を染めていた。
「わ…私は、行ってもいい…?」
り、現実に侵略を受けている⁉︎確かに高原を落としたのはボクだが…ボクと高原は恋人だが…ここは慎重に返答を…
「う、うん…」
……はっ⁉︎ボクは何を言っているんだ⁉︎
【桂馬の母・麻里】
「まーまー珍しい‼︎桂馬にお友達がいたなんて!座って座って。うち席だけは沢山あるからホホホ。」
店先のドアを開けると、迎えてくれるのはボクの母さんだ。
「一名、友達ですらじゃない。」
ボクは後ろに控える悪魔女を指して言い放つ。
「へー、桂木ん家ってカフェだったんだ…」
高原は高原で少し驚いたようで、外に置かれた立て看板を見たり、店のあちこちをチラチラと視線が行ったり来たりしている。
【桂馬の家 カフェ・グランパ】
ボクの家兼母さんの働き場所だ。まあ、家の一部が店なのだが。
「まあ、お優しそうなお母さま。」
こいつ、ボクの横から入り込んで母さんの目の前に立つ。
「入ってくんなよ‼︎…高原、好きな席座っててくれ。」
「で…今日はなんの用——?」
母さんはお冷やをトレイの上に乗せて歩いていたのだが……悪魔女の発言のせいでトレイからすべて落としてしまった。
「私、ここのお父様の隠し子です。」
母さんが固まった。いや、空気が凍りついた。
「ホ、ホホホおもしろい子。やめて——っ!」
母さんは現実を受け入れまいと必死になる。しかし、そんな希望はあっけなく砕け散った。
「これ…私の死んだ母からの手紙です。」
「どれどれ…」
その手紙を読んだ母さんは眼鏡を外し、電話を取ると同時に髪を解いた。
「もしもし あなた?うん、私よ。話、聞かせてもらおうか?なんの話⁉︎自分の下半身に聞けー‼︎この外道‼︎」
「……」
「ねぇ、桂木…」
悪魔と高原が目線で問いかけてくる。言語もわからず、でも罵倒とだけわかるそんな声が、母さんの口からは出ていた。
「元暴走族なんだ。」
母さんは元暴走族だ。今でもたまにバイクに乗っているが……ここまで酷いのは初めて見るぞ……
「○×☆■♨︎♨︎ ○」
あまりにも酷いので悪魔にあの手紙について聞いた。
「あ、あの手紙は……」
「室長入魂のニセ手紙です。」
なんだ⁉︎入魂のニセ手紙って‼︎
「へえ、明日からまたしばらく外国?取材の数だけ子供作ってんだろ、てめーは‼︎もう帰ってくんな!」
母さんは電話を切り、投げ捨てるとこちらに駆けてきた。
「桂馬!父さんのことは忘れな!もう奴は死んだ‼︎安心おし‼︎あんたら兄妹の面倒は私が見る‼︎」
おい!悪魔‼︎母さんになんてもの読ませたんだ‼︎この数分で家族が崩壊したぞ‼︎
「待て待てー‼︎」
「ところでこの娘は?」
まとめて抱きしめられた中に、知らない娘がいれば気になるだろうが、早く誤解を解いてくれ‼︎爆弾女‼︎
「あぁ、高原歩美さんは兄様の恋人ですよ‼︎」
この悪魔、本当に爆弾なんじゃないのか?
「た、高原歩美です‼︎よろしくお願いします‼︎」
——それが、数時間前のできごと。そして、ボクはゲームを買う。
「ボクは認めないぞ‼︎」
買い物に着いてきた爆弾悪魔をボクは家族と認めない
「う、う〜で、でも…お母様は一緒に住んでいいって…」
そんなこと知るか‼︎
「その代わり一人追放されそうだぞ。母さんは今、高原に愚痴を聞かせながら離婚届の鋭意執筆中だ‼︎」
ボクは荒んでしまった母さんに高原を与えた。彼女なら、母さんの心を鎮められるだろう。そしてその間、ボクはゲームを買い、新しい女の子たちを攻略する。
「わ、私なんでもします‼︎家にいさせてください‼︎」
「ダメだ。お前と……一緒に住むことはできない。お前は、妹として設定が甘い‼︎」
「せ…設定。予想外の理由…」
甘く見るな‼︎貴様の設定は甘々だ‼︎
「お前にいい言葉を教えてやろう。『妹の 品質示す エンブレム BMW』」
「び、BMW⁉︎」
「……それは妹が妹であるための基本条件。
まずBLOOD血縁‼︎血がつながってること‼︎義妹とか‼︎妹分みたいな‼︎軟弱なキャラは所詮 他人他人‼︎
そしてMEMORY二人の思い出‼︎家族ならではの質量 そろった思い出‼︎これぞ兄妹の代えがたい絆‼︎
何より兄をうやまう心。WONICHANMOE ヲ兄ちゃん萌え‼︎」
「……最後の一つ、急に苦しくなったような…」
むっ、そんなことない‼︎
「お、限定版まだ残ってる。」
ボクは棚に残っていた限定版のゲームに手を伸ばした。
「せ、設定なんて別にいいと思いますけど……‼︎」
……別にいい……別にいい⁉︎
「別にいいで済ませてきた結果、現実は腐ってゆくのであります。世界はもっと厳密であるべきだ。妹未満のやつを妹とは呼べない‼︎お前とは思い出はないし‼︎ボクをひどい目にばかりあわせるし‼︎ そもそも同じ血が流れてないだろーが‼︎」
ボクは振り向き、あの悪魔女に指を向ける。
そのボクの指をこの悪魔女は咥え、齧った。女の口からはボクの血が流れたがその血を飲み込んだのだ。
ボクは驚きのあまり情けない声を出して指を引っこ抜き、血の出た指を押えた。
「こ…これで、同じ血が流れましたよ……私、なんとしても駆け魂狩りを続けたいんです‼︎どうかおそばにおいてください。」
そ…そんな屁理屈が通るものか‼︎
「こ、こ…断る‼︎」
ボクはそう言い残すと手に持ったゲームソフトを会計まで持っていく。
「こちら同じソフトの通常版と限定版になっておりますが…」
「それでいいです。」
早くしてくれないかな……
「こちらも同じソフトの通常版と限定版に…」
「いいです。」
早くしろよ……
「こちらも…」
「いーんだよ‼︎」
しつこい‼︎
ボクは悪魔女を置き去りにして先に帰宅する。
「神様——神様、また難しいこと言ってたな…えーと……よーするにいい妹になればいいんだ‼︎うんうん‼︎まかせてください‼︎」
あの女、また変な勘違いでもしてなければいいが……
——ボクが帰宅する頃には高原と母さんはすっかり意気投合していた。……話が飛躍しすぎて『花嫁修行』や『結婚』なんて話題も聞こえてきた。——
そしてボクは例のごとく、部屋に籠ってゲームを始めていた。そして、次々と新しいヒロインたちを攻略していく。やっぱり、現実よりゲームだよな‼︎
「おに——さま——っ。神様でおにーさま——— 神にーさま———っ。」
……なのにドアをノックしてきたのはあの悪魔女だった。せっかくゲームで可愛い娘たちに囲まれていたのに‼︎
「なんだお前‼︎出てけよ——‼︎」
「まあまあ♡おにーさま。ここが神様の部屋ですか?」
「見るなよ‼︎」
見られてたまるか‼︎
「神にーさま、お腹がすきましたよね?お母様がお忙しいので…今晩は私が夕食を作りました‼︎」
誰のせいで忙しくなったのやら……こいつ、夕食を作ったって言ったか?悪魔の、食事……
「もしもし警察?家の中に殺人シェフが…」
ボクはこんな奴の料理を食べたくない。気づけば電話で警察を呼んでいた。
警察に連絡を入れているところを後ろから羽衣で抑えられ、全身拘束の上、席へと強制的に座らされた。
「は、羽衣をはずせ‼︎もう読めてるぞ、このパターン‼︎くそマズい料理出してくるんだ‼︎メニューはパスタかカレーかな‼︎」
こんなの定番中の定番だ‼︎
「わ——すごい‼︎メニュー当たりました。はい——ペストカトーレ三途仕立て———」
その料理は、変な生きた魚と、変な生きた貝と、変な生きた目玉が乗ったパスタだった。要するに、変な生き物が乗った変なパスタだった。
「三途の川の魚を使ってるんですよー。人間界に来る前に沢山釣っておいたんです。こっちの魚より2倍は美味しいですよ♡」
そんな魚の説明をされても……それにこっちの魚の2倍美味しい?それでもこの見た目は……
「見た目は5万倍悪いわ‼︎おご⁉︎」
羽衣で口を強制的に全開まで開かれる。
「神にーさまのために心をこめて作りました♡はい、あーん。」
あーん?流し込む作業にその言葉を使うな‼︎その言葉は神聖な言葉なんだ‼︎
「おごごご——意外とうまいな。」
あの見た目からは、想像もつかない。
「でしょう?」
「この悲鳴は気になるが…」
口の中からあの生きていた魚たちの噛み潰された悲鳴が聞こえてくる。
「それと 気づきませんか?神に〜さま?」
ボクはこいつの言葉が気になってあたりを見回してみる。
「なんか…この部屋きれいだな。」
「この部屋だけじゃありませんよ。他の部屋もお店も、私が掃除しておきましたっ‼︎」
掃除?ただ掃除しただけでここまできれいになるものなのか?
「掃除ってレベルなのか、これ。新築みたいにピカピカだぞ。」
「ウフフ——そうでしょう?なにしろ掃除係を、300年やってましたからっ!」
「300年⁉︎」
こいつ、見た目に反して……
「はいっ このホウキとは298年の付き合いです。このホウキさんはすごいんですよー。魔力が込められていて、みるみるゴミをはけちゃうんです。お見せしましょう。ほら、神様の食べ残し。こんなのは最小パワーで十分です——っ。ひとなでで集まります。」
こいつが最小パワーと称してゴミを掃いたら「隣の家まで破壊する惨事」になってしまった。もちろん、この家には大きな穴が空いた。
「おい…」
「あ、パワー最大になってた。」
本当に使えない——ぐるるる キュルルル……
「腹いてー‼︎さっきのパスタだ‼︎あーくそ‼︎どっちから怒ればいいんだ——‼︎」
ボクはトイレに篭りながら嘆いた。やることなすことデタラメすぎる‼︎
——腹も大分治まってきたのでボクは風呂に入ることにした。
ボクは風呂に入るのにもゲーム機を持っていく。もちろん、防水対策は万全だ。
それにしても、アイツは悪魔としてキャラ弱いくせに、結果だけは常にベルゼバブ級だ‼︎
「やつと一緒にいるといつか破滅しそうだ。一刻も早く追い出さないと‼︎まして妹なんて絶対ダメだ‼︎そうだよBMWを忘れるな。」
思い出もない‼︎兄を思いやる気もない…
ボクは今までの悪魔女とのやりとりを思い出して…おかしいことに気がついた。
「な…なんか条件が揃い始めているような…や…やばいぞ…‼︎」
しかし最後のピースは絶対はまらない‼︎理由はカンタン、本当の妹じゃないからだ‼︎
「あーよかった。」
次の瞬間あたりは暗くなり、目の前も見えないほどになってしまった。
「ん…停電?」
「……っ、」
ボクはこの暗がりの中、ボク以外の何かに触れた。
「なっなんだ⁉︎なんか触ったぞ。」
その何かの正体を掴むためにいつもは締め切っている窓から外の明かりを取り込む。
「あ——明るくしてはダメです‼︎」
目の前にはあの悪魔女。まったく、いい冗談だ……
「あわぁああぁ‼︎な…なんだーお前は!」
ボクはお風呂のフタを体の周りに巻き、こいつに見られないようにする。……ついでに、ボクもあいつから目を逸らす。
「だ…大丈夫です。羽衣巻いてきてますから。あの〜〜わ、私のせいでその……神様、お腹こわしてしまったので……せめてお尻でも流そうかと…」
なんでだよ‼︎
「いらん‼︎ボクは犬か‼︎な…何をやったって家に入れないぞ‼︎とってつけたような妹イベントくり出してきやがって‼︎」
どれもこれも、ゲームの世界じゃ日常茶飯事だ。だがな、それを現実に持ってくるな‼︎
「とってつけてないですよ。私、本当の妹です。私、お姉さんがいるんです。あ、あの料理…お姉様によく作ってあげてたんです。私のお姉さん‼︎すごい悪魔なんですヨ‼︎お姉さまは何をしても優秀で…まさに悪魔の中の悪魔でした‼︎それに比べて私は…来る日も 来る日も掃除…お姉様、どうして姉妹でこんなに違うの… だから…駆け魂隊に呼ばれた時はもう死んでもいいって思いました‼︎やっと やっと…悪魔として働けるんだもの‼︎300年も待ったんだ…今回の駆け魂狩り…絶対に失敗は許されません‼︎」
長々と説明しやがって……
「そんなこと、知るか‼︎」
ボクは強い口調で、情に絆されることなく言い切る。そしたら…泣いた。
「…………………………うっうっ……うっうっ。」
この程度で泣きやがって……
「なんで現実女の悩みなんかに付き合わないといかん。ボクはゲームの世界の人間だ‼︎フンイキでは流されない。もっと論理的に正当でなければ。」
そう。ボクはフンイキになんて流されない。論理的だ。論理的……
「…論理的に考えて…お前を、ボクの妹として認める。」
……まったくもって残念だ。こんな結論が最善だなんて。
「本当ですか⁉︎」
「残念ながらこれが最善だ。ボクはお前と早く縁を切りたい。だからと言って追い出してもイミがない。この首輪があるかぎり、お前とボクの縁が切れることがないからな。となると、ベストな方法はひとつしかない。駆け魂を捕まえまくって契約を終わらせる‼︎そのためにボクらはずっと一緒にいるんだ‼︎」
「ありがと——ございます‼︎」
「触るな‼︎ボクにとって最上な手なだけだ。ついでにお前もいい成績あげて、姉ちゃんにほめられたらいいさ。」
ボクにとって最上な手。それがこいつのメリットとほんの一部被っただけだ。
「 神様……ありがとうございます。 あ、神様っ‼︎私、お風呂場でいーことしたんですっ!ホラ、神様のゲーム機——きれーにしておきましたよ——」
……この女、今どこからボクのゲーム機を出した?……
「お…おい、水洗いしたのか…?」
ゲーム機にとって致命傷。絶対に行ってはいけないこと。
「いえいえ、もう念入りにせっけん洗いですよ♡」
……せ、せっけん⁉︎そんなの、水洗いよりダメじゃないか⁉︎
「やっぱ今すぐ出てけお前は——!!!」
こんな奴、百害あって一利なしだ‼︎早速出て行ってもらおう‼︎
「ええ——神様——っ!」
泣いても許さん‼︎ゲーム機を壊すということはボクのセカイを壊すのと同義‼︎
「ちょっと桂馬——家が大変よ‼︎」
リビングからは母さんの声が聞こえた。
——この後、壊れた家はあの悪魔がきれいに直したそうだ——
次回は「中川かのん」攻略回に入ります。
青山美生 推しの人は申し訳ございません……
次回の更新は4月15日を予定しています
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FLAG.03
お気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!
拙い駄文ですが、これからもよろしくお願いします!
『発表しま————す‼︎本年のNNS音楽賞最優秀新人賞は‼︎ 中川かのん さん‼︎』
スポットライトが一人の少女を照らし、スタジオは盛大に盛り上がる。
『みんな——————ありがと————』
その少女は集まった多くの観客に感謝を告げる。
「う——っ‼︎かのんちゃん———っ‼︎今一番人気のアイドルさん‼︎う——かわいいなぁ——神にーさま、見てくださいよ——」
そして、お馬鹿そうにTVの向こうにいる人物を指すのは悪魔で、ボクの妹で、この家の居候である。
「お前TVっ子だな——」
悪魔がそれでいいのか?
こいつも随分この家に馴染んだな……料理は相変わらずだし、小さいミスで大きな損害出すくせに…
「あ——っエルちゃんのそのリボン、かのんちゃんのマネーっ?」
母さんも騙されてるなんて思いもせず、まるで本当の我が子のように接する。
そして、かのんって誰だ?
「あ——っ♡わ、私もアイドルさん気分を味わいたくて——」
リボン一つで悪魔がアイドルになれてたまるか!
「フン、アイドルとかTVとか、もはや前時代の遺物だよ。 今世紀は、ゲームアイドルの時代だ‼︎」
時代はすでに移り変わっている!遺物、そんなものにかまけている時間はない‼︎
「あんなかわいい娘が現実にいるんですよ⁉︎現実にいないかわいい娘より上です‼︎」
現実にいないかわいい娘より上?…笑止千万‼︎
「フ、逆に現実であることが、リアルアイドルの限界なんだよ。 アイドルとは何か⁉︎それは『永遠の夢の体現』‼︎ 現実のアイドルはど〜〜しても劣化するんだよ。年をとるし しわもできるし、タバコ吸ったり 不祥事で引退したり、年とって聞きたくもないバクロ話したり、 しかし‼︎ゲームの中のアイドルは違う‼︎現実のアイドルが3Dであることにあぐらをかいている間に、分進秒歩の進歩をとげるゲーム女子‼︎」
『まだドット絵だよ——』
八十年代はまだまだ技術が追いつかなかった…
『声が出る⁉︎色もキレイに!』
九十年代に入ると一気に技術は進歩していく。
『育成ができるようになったよ。』
『立体——‼︎』
二千年を超えると画面の向こうでは動き回るアイドルがそこにいた。
『ストーリーや設定も充実‼︎』
『歌も自在に歌えるわ‼︎』
今のゲームアイドルに不可能はない‼︎
「劣化を知らない高スペックは、まさに次世代‼︎現実のアイドルなど今や沈みゆく船‼︎新しい時代には新しい船に乗らなくては‼︎はいはい——船が出るよー‼︎新しい世界行きの船が——‼︎」
ボクは新しい世界行きの船の船頭となり、皆を導く。そう、ボクは神だからな‼︎
「あ、あ——あゔ——‼︎わ、私も乗せてください——っ‼︎」
今更縋ったってもう遅い!!この船はすでに出港した‼︎
ボク達のおふざけはどんどんヒートアップしていく…まあ、それもすぐに打ち止めとなる。なんせ、ボク達のボスは母さんだから……
「行儀よく、食べなっ‼︎」
ボク達は行儀よく、静かに、夕飯を頂いた。
【翌日・学園】
お昼になって、クラス中が少しざわめく中、私は神様を探していました。
「神にーさま——パン買いに行きましょう——あれ?いない…もうーできるだけ一緒にいましょうって言ったのに——ん?なんだろう…⁉︎今日の教室…なんだかあやしいフンイキです。」
「ねえ、エリー 桂木 知らない?」
—高原歩美さん。にーさまの恋人で、『最初の』の攻略者。にーさまを一歩、現実に連れてきた人。そして、私のお友達です‼︎
「私も探してるんですけど見つからなくて……歩美さんもにーさまに何か用ですか?」
「いやー…一応、付き合っているわけで……その、お弁当作ってきたから一緒に食べたくて」
「まー♡」
ザワザワ
私達が会話をしていると、クラスの中が先ほどより一層騒々しくなった。
「ほんとか…?」
「あ——さっき来るとこ見た。」
廊下には多くの人がカメラを構えていた。
「今日は特に人多いね———」
「そりゃあ2か月ぶりだもんね。」
窓際に座る二人が何か事情を知っていそうなので聞いてみた。
「あの…何が2か月ぶりなんでしょう?」
「そっか、エリーはまだあったことないんだ。」
歩美さんも何か知っているご様子なのですが、私には全く見当もつきません……
「登校してくるのよ、」
?誰か登校してくる?そういえばこのクラス、一つ空席があったような…
そんな、たった一人の登校でここまで騒々しくなるものなのか、私は少し疑問に思った。でも、次に出てきた人物名を聞けば私だって落ち着いてはいられない。
「中川かのん さ・ま・が。」
【南校舎・屋上】
「いつ駆け魂を追い回させられるかわからないからな——できるだけ本数やっとかないと…南校舎は穴場だし……エルシィもわかんないだろ。」
協力するとは言ったができることなら、現実での攻略なんてしたくないものだ……攻略は高原だけで十分だ。
ボクは周りに誰がいようとお構いなしにゲームをする。それでも、この場所の開放感はいいものだ。そんないい場所だからだろう…あの女がいたのは…
「♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪」
口ずさむリズムは空気に溶け込んでいく。
きっと自分もこの場所にいるのは一人だけだと思ったのだろ。女はツラツラと独り言が出てくる。
「……ふう…最優秀新人賞か……私、がんばったな…がんばったな…今のアイドルって派手で元気な子ばかりなのに…私みたいに地味で古臭いので良かったのかな。」
でも、そろそろ、私…アイドル…でいいのかも…みんながあんなに…応援してくれる……私を見ていてくれるなら…
「さ——っ今日は勉強♪学校も久しぶりだもん!アイドルは大変だ‼︎あはは。」
[ぴこーん]
そんな女の独り言とは関係のない音が、ボクのゲーム機から発せられる。
「あ…人いたんだ。独り言聞かれちゃったかな。こんにちは。この場所知ってるなんてツウだねっ!」
目の前にきた女はボクに聞かれたと思っている独り言が恥ずかしかったのか、その顔を赤く染める。
しかし!そんなことはボクと全く関係ない!
「誰だお前?ボクは忙しい。話しかけるな。」
この女、どこかで…しかし!ボクは先導者だ!新しい世界行きの船を途中で降りるわけにはいかない!よって、ボクはゲームを継続する。
「あ…あはは そうだね…そりゃ私を知らない人もいるよね。」
少しばかり、周りの温度が下がった気がする…
それは、きっと恐怖だった。そしてボクのPFPに突きつけられる「恐怖」の権化、スタンガン。女はスタンガンの電源を入れ、発せられる電流がPFPを通してボクの体全体に伝わる。
「うぎ‼︎ガア⁉︎」
これではまるで引き潰されたカエルのような声だな…
「ど…どうして知らないの…わ…私、やっぱりアイドルなんてウソだウソだウソだ。」
女はスタンガンの威力を強くする。そして、ボクは……丸焦げになった。きっと注意書きが張り出されるだろが、このスタンガンは安全じゃない!
※黒こげになりますが安全なスタンガンを使用しております。
「誰も私のこと知らないんだ…や、やめて…不安にさせないで…どうして知らないのおお!」
……ボクは、なにをしたのだろ?ただ、「知らない」と言っただけでこの仕打ちはあんまりじゃないだろうか?
「うごげが——‼︎」
※安全なスタンガンです。
だから、ぜんぜん安全じゃないだろーが‼︎
「セーブをを、ゼーブをざぜでぐれえええ」
ボクは必死だった。ゲームのデータを飛ばされたらたまったもんじゃない‼︎
ボクにとっての不幸が、ここで止まってくれればどれだけよかったことか…
こちらへ向かって駆けてくるのは、箒を持った、羽衣をつけた、この女と同じリボンをつけた、悪魔だった…
「おに——さま——どーして教えてくれなかったんですかー‼︎かのんちゃんと私たちが同じクラスだって‼︎」
かのん?…誰だ、そいつは?
しかし、ボクよりもこいつにはスタンガン女の方がお気に召したようで、ボクの心配をすることなく女の方に視線を移した。
「は、はううか…かのんちゃん⁉︎おおおに〜さま〜何か書くもの〜っ!」
書くもの?そんなのあるか‼︎や、やめろ‼︎ボクの持っているものに…
「わ——ボクに触るな‼︎」
こいつ、ボクのPFPを奪ったかと思うとスタンガン女の前に出した。
「あ、あの…サイン…これに‼︎」
さ、サイン⁉︎ボクのPFPにそんなもの書かせるか‼︎
「ボクのPFP‼︎」
「私のこと知ってる‼︎サイン‼︎書きます‼︎書かせて‼︎」
「サイン」という単語を聞いた瞬間、目の色を変えて一心不乱に書き始めやがった。
「わー宝物にします‼︎」
この悪魔…そのPFPはボクのだ‼︎サインなどいらん!さっさと返せ‼︎
「ボクのPFP‼︎」
返ってきたPFPの画面には、しっかりサインが書き込まれていた…
「わわ——すごいっこんな有名人が同じ学校なんて——……」
興奮し切り、情けなく頰がたるみ切ったその笑顔。有名人を目の前にしたこいつの反応…なんていうか…
「なんつー小市民なアクマだ。」
「有名だなんて…まだまだだよ。私…みんなに…みんなの心に…私の歌を響かせたいの‼︎」
スタンガン女はまるで今までのことが嘘みたいに、自分の夢をボク達に言って聞かせた。
「もう響いてますよ——っ!」
こいつ、どんだけ心酔してんだ…スタンガンだぞ?
「あ、あはは もう——」
そんな自分の夢を肯定されたからか、頬を赤く染めて、照れ臭そうに誤魔化した。
「なのに、ひどいですよ おにーさま。かのんちゃんと同じクラスなのに、名前も知らないんですか⁉︎」
その瞬間、女の肩が震えた。放つ言葉も少し震え、カタコトになってしまっている。
「オ…オナジクラス…?その人…同じクラスだったの…?」
気づいた時にはボクはスタンガンの餌食になっていた。
「うぎ‼︎」
ボクの口からは、またしても引き潰された…以下略。
「お…同じクラスの人にも知られてない…私なんかアイドルジャナイ……ゴミ…ゴミヨゴミゴミゴミ。 また消えちゃう… 不安ニサセナイデ…不安ニサセナイデ…」
手に持った2コのスタンガン。そして生気のない目。その出立ちはさながら、ヤンデレヒロインのようだった…って、それどころじゃない‼︎
「わ————2コはマズいぞ2コは‼︎」
いくら安全表記のスタンガンだとしても、2コでやれば確実に殺れる。
ボクの命なんて簡単にとれるだろう。ついでにゲーム機の命も刈りとること間違えなしだな‼︎
感ジル…コノヒトはタダのヒトじゃナイ…コノヒトは…私のテキ…‼︎
「タオす‼︎私‼︎あなたを‼︎名前教えて‼︎」
なんの脈絡もなく名前を聞かれて、ボクも気が動転したのかこんな女にうっかり教えてしまった。
「か…桂木……です。」
「桂木くん タオす‼︎タオす‼︎」
倒す…?な、なんかヤバい奴にからまれたな…に、二度と会いませんよーに!こんな疫病女、損にしかならない‼︎
ボクは手を合わせて拝んだ。それにしても、
「ボク 何かしたか?」
一体、ボクの行動のどこが問題だったのだろう?
「神に——さま——‼︎大変————‼︎」
またうるさいのがやってきた。元はと言えば、こいつが余計なことを言ったせいでスタンガンを当てられることになったんだ‼︎よって、
「お前にも会いたくない‼︎」
「そんなことより‼︎」
そんなこと?この間、「そんなこと」で、ないがしろにしているから…と話したはずなんだが…
頭につけたドクロマークのセンサーを手で覆い、なにかを隠していた。
まさか…
「あの人です、あの人ですよ‼︎バレないように手で抑えてたんですけど、ほら、センサーが!」
そう言って、覆っていたものを露わにする。ドクロの目は赤く点滅し、あの音が響く。
ドロドロドロドロ!
「か、駆け魂⁉︎」
あの時と…高原の時と同じ、またボクの、落とし神の攻略が始まる。
「そーです、駆け魂です‼︎」
ドロドロドロドロ!
この音だけが、二人で残った南校舎屋上に響き渡った。
雑多の中、中川かのん は下を向きただ歩いた。
「かのんちゃんだ!」
「学校来てる‼︎」
周りは、確かに私をすごいと、アイドルだと言ってくれる。…でも、あの人は私を知らなかった。あの人は私の存在を揺るがす。だから、絶対
「たおす たおす」
小さく呟く言葉には、誰も気づかない。
「中川かのん さんが、神様の次の標的です‼︎」
エルシィは何も考えていないかのように意気揚々と喋るが、ボクには一つ懸念があった。
「……高原に、何て言えばいいんだよ……」
その日、ボクは高原になんと言えばいいかずっと悩んでいた。どうにかして、悲しませない選択を、と……
【翌日・朝・舞島学園】
「 中川かのん 身長161cm体重45kg 3月3日生まれ16歳。久々に登場した「せいとーはアイドル」さんか…」
雑誌に載っている、誰もが知れる公開情報。攻略するのなら必須情報だ。
「まさか かのんちゃん が…次の駆け魂の持ち主だったなんて。」
エルシィは雑誌と睨めっこをしながらそんなことを言っていたが、ボクはまだこの女を攻略するとは言っていない。だいたい、
「こいつには関わりたくない。見なかったことにしよう。」
「そんな〜〜神にーさま〜〜」
泣いて縋ってもダメだ‼︎あの女はボクからとんでもないものを奪っていった。ボクの「命」です。
「ボクは3D女は嫌いだ。だが、もっと嫌いなものがあった‼︎ それは、スタンガンを使う3D女‼︎ あいつの攻撃でPFPのデータが飛んだ‼︎もう、顔も見たくない‼︎」
「ダメです‼︎忘れたんですか⁉︎この仕事は私たち命もかかっているんですよ‼︎」
「命もセーブデータあっての物種である。だいたい、駆け魂もなんで女の中ばっかり入ってるんだよ?おかしいだろ!」
「それは、駆け魂が取り憑いた宿主の子供として転生するからですよ。」
女の子供…もし、高原を放っておいたら…ボクはそんなことを想像してしまう。
「おっはよー!桂木!エリー!」
後ろからボク達の間に背中を叩きながら入ってきた人物がいた。高原歩美だ。
「……おはよう、高原……」
ボクは考えていたことがことだけに、高原に顔が向けられない。確かに、成り行きこそ最悪だったが、ボクは高原を攻略した……
そこで一つ、疑問が浮かんだ。
ボクは高原のことが好きなのだろうか?好きだと胸を張って言えるのだろか?
ボクはそんな堂々巡りに、果ての見えない思考の渦に迷い込んでしまった。しかし、そんなボクとは裏腹にエルシィの顔には屈託のない笑みが浮かんでいた。
「おはようございます!歩美さん!」
——一方、その頃 ——
「お疲れさまでした——」
そんな、昨日の悩みを感じさせない声がスタジオ内に響く。収録が終わって、退室の挨拶だ。そして、そんな声にはさまざまな返答が返ってくる。
「お疲れ————」
仕事に対する労いの言葉。
「新人賞観てたよ————」
この間取った賞について言葉。
「おめでと————」
「おめでと————」
祝いの言葉が重なる。
「マネージャーどうでした今日?私、問題なかったですか?」
私はマネージャーに確認を取る。何か問題があれば、私は……
「完璧だよ——」
それは撮影の関係者の言葉だった。
「いつもカンペキいつも‼︎」
手放しで褒められてやっと、私は私に自信が持てる。
「よかった……」
「いや——まじめだね——いいね——」
「がんばりすぎなくらいだよ。歌よし、顔よし、性格よし‼︎」
「怖いものなしだろ、もう‼︎」
私がいなくなってからも、お褒めの言葉は止まなかった。……なのに、どうして……
私は昨日会ったばかりの私を知らないあの男の子の顔が頭をよぎった。
「女三人寄れば姦しい」というが、後ろからは二人にも関わらず姦しい声が聞こえてくる。
「それでさ——」
「そうなんですか——」
「そこのお店が——」
「へえ——」
ボクは相変わらず、答えが出ない問題で頭を悩ませていた。
挙げ句の果てには、自分の気持ちがまったくわからなくなってしまった。
教室に着くと、エルシィは高原と分かれてまたボクの隣にくる。
「神にーさま、これはとにかくやるしかないんです、やるしかないんです———」
そんな風に言って、持っていた箒を振り回している姿は、まるで買ってもらえないことにぐずる子供のようだった。
「あ——」
ボクは思考がまとまらなくて生返事が口をついて出た。
「神様……」
ボクのそんな様子にエルシィは心配そうな視線を向けるのを背中越しに感じた。
自分の席まで来て椅子をひくと、一枚のCDがボクの机から落ちた。
「ん?なんだろ?なんか机に入ってた。CD……?」
そのCDには、呼び出し状が書いてあった。
『桂木くんへ 放課後昨日の場所に来てください。おねがいします。 来てくれないトキはおしおきさせてもらいます…。 かのん』
「か…かのん……?」
ボクはその呼び出し状を見て、昨日の悪夢を思い出す。PFPのデータが……
「来ないとおしおきって書いてますよ。」
エルシィも後ろからボクの持っていたCDを覗き込んで嫌な現実を突きつける。
「ねえ桂木―」
一度荷物を席に置いたのか高原が戻ってきた。
「今日こそ一緒にお弁当食べようね!」
そのお弁当が、最後の晩餐になるかもしれない……
ボクの頭にはそんなことが浮かんでいた。
【放課後】
「今日は部活があるから一緒に帰れないんだけど……」
高原の表情は少し曇り、一緒に帰れないのが寂しいようだった。
自分の気持ちがわからない今、ボクはゲームの中のセリフを選んで彼女に伝える。
「いいよ。また今度一緒に帰ろう。」
「うん!」
高原は曇りが晴れ、満面の笑みになった。
「部活、頑張れよ。」
「ありがとう!桂木!」
そう言って、高原は走って行ってしまった。
そして、ボクはその場にしゃがみ込んだ。
「また今度、か……」
まだ自分の気持ちがわからないボクは、どうすればいいのか、どうするべきなのか、どうしたいのか、自分の取るべき行動がわからなくなった。
そして、そんな気持ちでボクは死地へと赴く。
【南校舎屋上】
「す…すいません。わざわざ来ていただいて。すぐに、終わります。」
キョーハクしてきたわりに腰の低い奴……
「なんだあのコート。」
中川かのんは、今の季節には必要のないであろうコート、マフラー、深めの帽子をかぶった姿でそこに立っていた。
暑そうだな…
「きょ、今日のことはヒミツです。マネージャーさんに知られたらしかられますので…ここであなたを倒します‼︎すいません‼︎」
眼鏡を取ると、彼女の雰囲気が少し変わった。
そして、着ていたコートなど脱ぎ去ると左手に持ったマイクを掲げるステージ衣装姿の中川かのんがそこにはいた。
「聞いてください‼︎「ALL4YOU‼︎」です‼︎」
そう宣言して、彼女は屋上にセットされたステージで自慢の曲を歌い始める。
「ええ———⁉︎かのんちゃんが歌う⁉︎」
木陰に隠れたエルシィも驚きのあまりつい言葉が出てしまう。
そしてこの頃、どこからか聞こえてきた中川かのんの曲に学園全体が騒然と響めきたつ。
「あ?」
「何か聞こえる?」
「かのんちゃんの曲じゃね、これ⁉︎ 「ALL4YOU‼︎」だよ‼︎」
「どっから鳴ってんの?」
しかし、その発声源がどこかわかるものはいなかった。……ただ一人を除いて……
そんなこととはいざ知らず、中川かのんは拳を高くあげ、自慢の歌を歌い上げる。
「ALL」「4‼︎」「YOU‼︎」
「うわ———うわ〜〜〜 か…かのんちゃんが、こんな近くで歌ってる〜〜っ! か、神様のためにわざわざ…?な、なぜなんでしょう……」
不安が、私の、中川かのんと言うアイドルの存在を薄れさせる。それは桂木くん…あなたが私を不安にさせるから…あなたが私の存在をゆるがす人だから…必ず…私のファンになってもらいます‼︎
「ど、どう……⁉︎」
私は桂木くんを見て驚いた。驚きすぎて声が出なかった。
[ピコ]
私が、歌っていたのに…それを、無視して…ゲーム?
私を無視して…ゲーム?…ゲーム…ってなんだっけ?
「で、結局今日はなんの用なんだよ。歌きーとけばいいの…?」
歌を…聞く?歌を、聞いていたの?ゲームをしながら…?
そんなの……信じられない‼︎
「出た‼︎」
無意識のうちに出た私のスタンガンに彼は怯え、脱兎の如く逃げ出そうとする。
……は⁉︎ダメだ‼︎これじゃあ、彼を私のファンにはできない‼︎私の悩みを払拭できない‼︎
「‼︎あ——‼︎た、大変‼︎あ、明日もここで‼︎必ず‼︎絶対‼︎来てください‼︎」
私は脱ぎ捨てていたコートやマフラーを回収して屋上から退散する。
これに、ボクは歓喜した。泣いて喜んだ。守られた。守られたんだ!
「な、何かわかんないが助かった…ボクのPFPよ‼︎」
ボクの命、ボクにとっての空気!これがなければ、ボクは死んでしまう!
「神様——‼︎どーしてあんな冷たい態度をとるんです‼︎ か、かのんちゃんがわざわざ近づいてきてくれるのに‼︎」
近づいてくる?そんなのダメに決まっているだろ‼︎
「見極めろ。ここは乗ってはいけない流れだ。『WATCH OUT‼︎ 美味しすぎる イベントを 拾って食べたら 毒フラグ』ゲームじゃ、恋愛は「女の子を追いかけること」に等しい。逆に向こうから追いかけてくる時はトラップの時がある。他の女の好感度下げたりね。特にアイドルは会いにくい設定が多いのに向こうから会ってくるなんて…これはスルーが吉‼︎」
高原に見られたら…そう思うと胃が痛い。
「ま、データも飛ばされたしな。」
「それがメインの理由ですかね。」
【夜・桂木家】
「神にーさま———かのんちゃんがTV出てますよう。」
TVに映る中川かのん。その姿は、戦に負けた敗残兵のごとく落ち込みようだった。
「今日は かのんちゃん、自慢のぺットを紹介してくれまーす。」
バラエティ番組なのか、その手には水槽に入った亀が持たれていた。
「はい……キタローです。」
その声のトーンはまるで幽霊のようだった。
「きゃーかわい——」
共演者はそれを一生懸命盛り上げるが、その差がより一層、その空間の中川かのんと言う異物を浮き彫りにした。
「落ち込んでる———これでいいんですか神にーさま———?」
「り…り…理論的にはな……」
……もう、目を逸らしてばかりはいられない……ボクは“ハーレムルート“へ移行する‼︎
【翌日】
学園に向かう途中、高原の背中が見えた。
今日は朝練ないのか…
ボクは少しだけ早足になって高原に追いつく。
「…高原、おはよう…」
「……」
しかし、彼女に投げかけた言葉は返ってくることがなかった。
「…バカ…」
そう言い残して、彼女は走り出してしまった。
ハーレムルートに乗り出そうとしたらこれだ。一体、何が高原をああしたのか…ボクにはわからなかった。
「…エルシィ…高原を、頼む」
ボクは側にいたエルシィに高原を頼んだ。
「…昨日のが、見られてたのか…?」
ボクが何をやっていても、考えていても、時間は等しく流れていく。気がつけば、時間はすでに放課後だった。
【放課後・南校舎屋上】
「初めて人前で歌います。 新曲「ハッピークレセント」聞いてください‼︎」
ボクの心情とは裏腹にこいつの声は意気揚々としていて、昨日のTVで見せたあの幽霊のようなトーンではなかった。
しかしなんだって、こんなにこだわるんだ…たかが一人に知られてないだけで…
[ピコン]
『神様、歩美さんは今日は部活を休んでまっすぐ帰るみたいです。追いかけますか?』
ゲーム機のディスプレイにはエルシィからのメールが書かれていた。
『わかった。今日はもう大丈夫だろう。こっちに戻ってきてくれ。』
ボクはエルシィにメールを返信をして、今後について思案する。
高原歩美のこと…
中川かのんの駆け魂のこと…
これからの、攻略のこと…
そして今、中川かのんの歌に 乗るべきか、乗らざるべきか………
心なしか、彼女の表情が明るい気がする。
うん、今日はいい調子‼︎今ならドームでもできる‼︎ そうよ私は…もう昔とは違うんだ‼︎ “私は、アイドルなんだ‼︎“
彼女はボクに確認を求めるように聞いてきた。
「どうでした⁉︎」
そんな彼女にボクは居眠りという反応を返した。
い…胃が痛い…
ボクは腹痛に耐え、攻略を続行した。
そして聞こえてきたのは、彼女の悩みだった。
「……ダメダ… ダメダ… ワタシナンテダメダ… ダメダ ダメナンダ…」
彼女のそんな生気のない声を最後に、その場から姿を消した。
「き…消えた……⁉︎」
読んでいただきありがとうございます。
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さて、次回の更新ですが、閑話が4月22日で、本編が4月29日を予定しています。
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FLAG.03.5
今回はオリジナルです!
桂馬がかのんにあっていた時,歩美はこんな想いだった、と言うのを書いてみました!
原作には無い部分なので上手く書けているかは分かりませんが是非読んでください!
【同時刻・帰路】
「あっ‼︎…私、忘れ物しちゃったみたいです!取ってくるので、先に帰っておいてください!」
わざとらしくそう言って、エリーは私を置いて学校へと駆けていく。私だけが、一人…
昨日、かのんちゃんの歌が聞こえてきて私は高等部の校舎を全て見て回った。そして、見つけてしまった。南校舎の屋上で、桂木が…私の恋人が、ベンチで一人 かのんちゃんの歌を聞く姿を。
私の心はまるで「以前」の様に騒ついた。あの、大会前の様に…
桂木は、私の。
私が、桂木の恋人。
……なのに、その隣に自分ではない誰かがいるだけで、不安になって、怖くなった。
でも、それは私だけだったみたいだ。
今朝には、あいつはケロッとしていて、普通に話しかけてきた。何食わぬ顔で…いつもみたいに。それが、私には耐えられなかった。許せなかった。不安に思ったのも、怖くなったのも、私だけで。私が好きな桂木への恋が、私の独りよがりな恋に思えてしまうから…
だから、私は聞かなかった。どうして、かのんちゃんと一緒にいたのか。聞かなきゃいけないはずなのに、聞かなかった。私は、この自分に芽生えた恋が偽物であると思いたくなかったから。
「はぁ…」
私はため息一つつき、俯いて帰路についた。この不安も、怖いのもきっと気のせいだろうと思い込むことにして…
そしたら、私は途端に何をすればいいのかわからなくなった。
帰ればいいのか?
学校に行けばいいのか?
部活に行けばいいのか?
桂木に…会いに行けばいいのか?
何も、わからなくなってしまった。そして、ただ道に立っているだけだった私に声をかけたのは何の偶然か、桂木のお母さんの 麻里さん だった。
「あら、歩美ちゃんじゃない!こんなところで何してるの?」
「…麻里さん…」
私の眦にはほんの少し涙の跡があった。それを見られたくなくて、私は嘘をついた。
「いえ、何でもないんです!ただちょっと目にゴミが入っちゃっただけで…」
そう言って、元気なふりをして、目を擦って誤魔化す。
「歩美ちゃん…大丈夫?」
……きっとこれは目にゴミが入ってとか、そういう事ではないだろう。
やっぱり、親子だな…嘘をついても、すぐに見抜かれてしまう。
擦る手を止めて、私は苦笑を浮かべる。
「大丈夫じゃ、ないかもです。」
「…よかったらコーヒー飲んで行かない?サービスするわよ。」
優しいな…
「…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。」
私は麻里さんと一緒に「カフェ・グランパ」に向かった。
どうやら、私も一人ではないみたいだ…
【カフェ・グランパ】
「好きな席に座ってね。今日はもうお店閉めちゃうからくつろいでて。」
麻里さんは入口にかかっているプレートを「CLOSED」にした。
「コーヒー、淹れてくるわね。」
私は入り口にほど近い一人がけのソファーに座った。
座った席からは丁度、麻里さんのコーヒーを淹れる姿が見えた。その姿が、私にはキレイに思えて、つい見惚れてしまう。……若いなぁ……
しばらくすると、麻里さんはおぼんにコーヒーカップを二つ乗せてやってきた。
麻里さんは私の前の席に座ると持ってきたコーヒーカップの一つを私の前に置いた。
「それで、桂馬と何があったの?」
持ってきた自分の分のコーヒーを飲みながら聞かれたけれど、私は何を答えればいいのか分からなくなって、出されたコーヒーを一息に飲み干す。ブラックのままだったけれど、そのコーヒーは今まで飲んだどんなコーヒーよりも美味しく感じた。
おいしい…
そう思った瞬間、大粒の涙が止めどなく溢れてきた。溢れて、溢れて、空のコーヒーカップにポタポタと溜まっていく。
そんな私を見て、麻里さんは言った。
「歩美ちゃんは…我慢、してたんだね?」
私には、麻里さんが心を見透かしているのではないかと思えるほどだった。
我慢…我慢、か……そうか、私は我慢をしてたんだ。不安で怖いのを誰にも話せなくて、我慢してたんだ。
「ありがとう」
感謝を告げられた私は、なぜ?という気持ちが私の涙を止めた。
「桂馬の事、ちゃんと考えてくれて ありがとう…でもね、きっとそれは違うと思うんだ。」
え?
「あいつは、バカで、ゲームばっかりやってるようなやつだけど……歩美ちゃんの事、ちゃんと考えてると思うから。だったら、歩美ちゃんは我慢なんかしないで、ぶつかればいいんだよ」
ぶつかって、いいのかな…?
そう言われて、私の中で何かが吹っ切れた。
私は、桂木が…好き。だから、あいつの隣には私がいたい。かのんちゃんが相手でも、それは、変わらない。
「ありがとう、ございます…なんだか、見えた気がします!」
「いいのいいの……それで、何が原因なの?やっぱりあいつが変なこと言っちゃった?それとも「恋のABC」でもやっちゃった⁉︎♡」
…なんか、変なテンションになった…?
麻里さんは目を輝かせて前のめりに聞いてきた。
「ちょ、ちょっと……」
「あ、やっぱり恥ずかしい?でもね!将来的に「娘」になるかもしれないなら今のうちから聞いておきたくて!」
麻里さんって、こういう人だったんだ……
私はこの先、一生 麻里さんには逆らえないだろうと、この時思った。それは力ではもちろんのこと、人としての器の大きさでも……
「あ、あはは…」
気づけば私はさっきとは違った苦笑を浮かべていた。
「ねえ、聞かせてよ!」
——その後、私は私たちに何があったのか、麻里さんに話した。
「…桂馬って、やっぱり底抜けのおバカなのかな…?」
麻里さんは額に手を当てて自分の息子に思案していた。
「教育、間違ったかなぁ…」
「そんな事ないですよ‼︎」
私にはこの時、教育は間違っていないと、はっきり断言できた。
「確かに、あいつはゲームばっかりやってるし、バカだと思う変な奴ですけど…私は、そんな変な部分も含めて全部、好きですから‼︎そんなあいつを育てた麻里さんの教育が間違いだなんて、私は思いません‼︎」
「歩美ちゃん……やっぱり、「この間のお話」真剣に考えてくれない‼︎」
少しばかり目を潤ませた麻里さんは私の手を取って懇願する様に言った。
「この間のお話」…それはきっと、もっと私たちにとって先のお話。私には想像が付かないような、そんなお話。純白のドレスに包まれて、お互いの愛を確かめる。そんなお話…
「でも、私…まだ17歳ですし…」
「大丈夫 大丈夫!私だって桂馬を産んだの18の時だし!私だってサポートするから!」
「でも……」
きっと、私のこの煮え切らない態度が麻里さんには許せなかったのだろう。
麻里さんはメガネを外し、髪を解いた。
「…歩美ちゃん…歯ぁ食いしばりな!」
麻里さんは拳を構え、私はそのあまりの怖さから殴られることを覚悟して、目を瞑った。
……ぷにっ
「…はひ…」
私が覚悟していた痛さは一向に訪れず、頬を引っ張る独特の痛みが残るばかりだった。
「みゃりしゃん?」
「…ぷっ、あはははは!」
ちゃんとした発音ができない私が面白かったのか、麻里さんの顔は笑顔だった。
「ごめんごめん!…でもね、結婚で必要な覚悟なんてさ、その人とずっと一緒にいる。ってだけだなんだよ。だからね、好きな人がいる。その人とずっと一緒にいたいと思えたら、それはもう、結婚の覚悟はできたって事なんだよ。」
それなら、私にその覚悟は……
「——はい!今日のお話はここまで!そろそろ暗くなるから、気をつけて帰りなよ。」
そう言って、麻里さんは私の背中を押し出してくれた。
もう、「以前」の様な不安も怖さもない!
私は桂木が好きで、私は桂木の隣にずっといたいんだ!
「麻里さん、ありがとございました。また、遊びに来てもいいですか?」
「いつでも来てね。歓迎するから!」
そうして、私はもう一度 帰路についた。
今度は…ちゃんと話すからね。桂木…
読んで頂きありがとうございます!
今回は少し短めだったので、もしかしたら次回の更新が前倒しになるかもしれません!
※FLAG.05の進捗具合によりますので、確かなことは言えません。最悪、予定していた一週間後には必ず更新します!
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FLAG.04
最近、第二、第三の推しが私の中で急浮上してきている…
自分で書けば書くほどそのキャラのことが好きになっていくのが、なんだか怖い…
(一推しが食われる…)
PS 昨日はハクアの誕生日でした!おめでとう‼︎
栞 の回を書き終わって時間があればハクアの回も書こうと思っています。
【学園・南校舎屋上】
中川かのんがその姿を消した。
歌っていたはずのステージから忽然と消えたのだ。
…って、現実にそんなことがあってたまるか!
ボクは彼女がいた場所を注意深く見てみる。すると、
「…なんか透けてないか?」
限りなく透明に近い中川かのんの姿が、そこにはあった。
「ダメダ…ダメダ…ワタシノウタナンテダレモキイテナイ…」
あの頃と同じ…
『あれ、いたの?あんた?』
一緒にいたはずなのに、いつの間にかいないものとして扱われる。
あの頃と同じ…
『先生もよく見たんだけどなー、まさか連絡網にお前を書き忘れるとは…ごめん』
担任の先生が、連絡網の中に私の名前を書かなかった。
あの頃から、何一つ変わってない。新人賞をとっても、「完璧」だとほめられても、私は昔の私のままなんだ‼︎
「な、何も変わってない!私…まだ透明なの‼︎」
なるほど‼︎
ボクは気づいた。彼女が何に悩み、苦しんでいるのか。
「いや、ちがう!ちゃんと歌 聞いてたよ‼︎」
先程の居眠りからは無理があるだろが…
「ウソ‼︎寝てたくせに‼︎」
案の定、彼女は懐からスタンガンを抜くとボクに当てようと連撃をくり出し、最終的にボクの後ろにあった木に当てつけ、木を折って見せた。
スタンガンって、こんなこともできるのか…?
「寝てたのは……その……それほど素晴らしい歌だったからさ‼︎まるで天国にいるようだったヨ‼︎」
そういうと、彼女は操り人形の糸が切れたように、その場から力なくさっていった。
「い…生きのびた…」
ボクはスタンガンという恐怖から無事生還できたことに安堵した。
「神様——大丈夫ですか——かのんちゃんも怒りますよ、神様ずーっとムシしてるから…」
こいつ、隠れて見てやがったな…
いつの間にかエルシィはボクの隣にいて、文句を言ってくる。
「…それよりも…高原は?」
「…歩美さんだったら、先程メールで送ったように今日は部活を休んで帰りましたよ?」
「そうか……でもなエルシィ、ボクだって好きでやってんじゃないぞ‼︎あいつの、中川かのんの「悩み」を知るために揺さぶってたんだよ。」
「あ、ああまでして悩みを知る必要あるんですかぁー‼︎」
「当たり前だ‼︎攻略ってのは、悩みを聞かないことには始まらないんだよ‼︎『「悩み」はボクらのキラカード 命かけても手にいれな‼︎』大丈夫だ。悪い印象も、最後にフォローしたからな。」
「あれフォロー?」
「悩みを話し始めたら攻略は既に50%地点にいる。ここからは積極的に会いたい、が……難しいな……」
今まで、ゲームではハーレムルートを幾百、幾千とやってきた。しかし、現実ではこの体たらくだ。
高原に、どう接すればいいのかまるでわからない。
かけるべき言葉の選択肢は山ほどある。でも、その言葉が、高原を前にすると全く出てこない。
「…もう、歩美さんに事情を全て話してはどうですか?」
「それは最終手段だ…地獄だなんだと言っても信じてもらえないだろうし……高原を傷つける結果になる。それだけは…ダメだ。」
「………それで、かのんちゃんの方はどうするんですか?かのんちゃんは忙しいからあまり会えないですし…」
「……それならあとは、あいつの悩みを話せる奴が、他にいないことを祈るだけだ。」
「?」
エルシィはまるで何を言っているのかわからないのか、首を傾げていた。
[メールだよ♡]
ボクのPFPから慣れ親しんだメールを知らせる声が流れる。
来たな…
【なるさわテレビ・一階・ロビー】
そこにいる中川かのんは、さっきのまま…「透明」のままだった。
ま、まだ落ち込んでる…ほ、本当に透けてるのか?駆け魂と関係あるんだろうか?
中川かのんは脅迫状代わりに使ったCDを出して、その裏面をボクに見せた。
「このメルアドってやっぱり桂馬くんのだったんだ…CD、私のコートに返してあった…私…透明じゃない?私の歌……届いてた?」
「あ、ああ…いい歌だった…」
詰め寄ってきたかのんにボクは返答をする。すると、かのんの体はみるみる「元通り」になった。…そして底抜けに明るい声が返ってきた。
「ほんと⁉︎ああ、よかった……あのままじゃ仕事にならなかったもん。」
あのまま仕事をやっていたら、間違いなく放送事故だぞ…
「……」
「やだなー久しぶりに、ちょっと落ち込んじゃった。」
あれがちょっと…?
かのんは自分で自分を小突き、ちょっと落ち込んでいたことを告白する。
「このCD封あいてたね、桂木くんちゃんと聞いてくれてたんだっ?それで、あの…またメールしていいかな?私…学校の友達いなくて、ちゃんと話した人、桂木くんが初めてなんだ。」
話したか?スタンガンをバシバシ当てられていただけのような…
ボクは当然イエスと言いたいが…なんだろう…このイヤな予感…
[メールだよ。]
懐から聞こえた声に、ボクの嫌な予感は警鐘を鳴らす。「それを見たら、後戻りできないぞ」と。
『ヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネヨロシクネ………』
画面一面に書き込まれた「ヨロシクネ」の文字…それだけじゃなく、その光景は下にスクロールしても全く変わらなかった。一体、何行書いたんだ?
「ヨロシクネ♡」
…その日から、ボクのPFPはメール音が鳴り続ける悪夢が始まった。
【翌日・某所】
[メールだよ♡]
ボクはかのんに呼び出された。それは、ボクがゲームを買っている時のことだった。
「ごめんね呼びだして。ちょっと落ち込むことがあって。」
こんなことで腹を立てたり、挫けたりしない!根気良く!
ボクはかのんに励ましの言葉を送った。
[メールだよ♡]
ボクはかのんに呼び出された。それは、ボクが食事をとっていた時のことだった。
「収録で失敗しちゃった…」
こんなことで腹をたてたりは…しない!根気良く!
…その後もかのんからの呼び出しは途絶えることがなく、 そのメールの数は1日に36回に及んだ。
[メールだよ♡]
「私泳げないの…ステージから落ちたら…」
…根気良く…
[メールだよ♡]
「寝ぐせが直らないの…」
根気にも限度があるぞ‼︎
【翌日・学園】
「…ねえ、エリー 最近、桂木 忙しそうだけど、何かあったの…?」
あの日、麻里さんに励ましてもらって、桂木にいざ話しかけようと思ったら桂木はまるで何かに追われているように忙しくしていた。
「…えーーっと……今、兄さまは兄さまにしかできない仕事をしています!」
エリーはまるで何かを誤魔化すように言ったけれど、桂木にしかできない仕事。そう聞いて、私はエリーがこのクラスに初めて来た時言っていたことを思い出した。
『今に‼︎お兄様はこの世のすべての女性の憧れになるんですから‼︎』
私には、エリーが何を言っているのかわからなかったけど、今現実に一人 桂木の隣に現れた女の子がいる。
「…桂木にしか…できない仕事。それって、私には手伝えないの?」
桂木にしかできなくても、私にだって手伝えることはきっとある。せめて一つでも、私に手伝えることがあるのなら…しかし、そんな希望は容易く否定される。
エリーは首を横に振った。
「お手伝いはできません…本来、私が兄さまを手伝わなくていけないんですけどね。あははは……でも、この仕事は、兄さまにしかできません。私たちがからめば、それはきっと、かえって兄さまの邪魔になってしまいます。」
エリーは、どこか寂しそうに私にはできないと、そう言った。
「…そっか…」
私にできることがないのなら、私は…
『ぶつかればいいんだよ』
背中を、強く押されたんだ。
ガラガラ
私は桂木が廊下に出たのを横目に捉えた。その桂木が、左右にフラフラとしていたのも…
私は慌てて廊下に出る。すると、桂木は壁にもたれかかっていた。
「…ねえ、桂木…」
私は桂木の背中に声を投げかける。
そして、桂木はその疲れた顔をこちらに見せると、途切れ途切れに言葉を発する。
「…高原…ボクは…お前に、言わなきゃ、いけないことが…」
私は桂木の言葉を切って喋り始める。
「いいの…まだ、いいから。あの時、屋上で中川さんと一緒にいたのも、今 忙しそうにしてるのも、桂木にしかできない仕事が終わってからでいいから…教えて…?」
私は言った。桂木にぶつかった。ぶつかれたよ、麻里さん…
「…わかった…全部終わったら、話すから。」
桂木の顔は少しだけ、ほんの少しだけだけれど、晴れたような…そんな気がした。
そして、桂木はお腹を押さえながトイレと向かっていった。
「私、待ってるから…」
私の呟きはきっと桂木には届いていないけれど、私はそれでいいと思えた。
【数日後】
[メールだよ♡][メールだよ♡][メールだよ♡]
1日36回に及ぶメール着信の悪夢。そして、向かった先のほんの小さな問題。その精神的攻撃は、落とし神であるボクをも苦しめて、ボロボロにした。
「神様―しっかりしてくださーい。」
そんなボクは現在、荷物としてエルシィに運ばれている最中だ。
見えてきたのは、隣の鳴沢市にある大きなホールだった。
【鳴沢臨海ホール】
「桂馬くーん‼︎こっちこっちー‼︎」
かのんは今までボクを呼ぶときは決まっていつも落ち込んでいた。しかし、今日のかのんは根本的に何かが違った。て言うか、元気だった。
「あれ?落ち込んでない…」
「桂馬くん‼︎私、今日すっごいライブするの‼︎一万人も入るんだって。こんな大きな所でやるの初めて‼︎す…すごいでしょっ!」
緊張しているのか、そのテンションはいつにも増して高かった。
でも、「落ち込んでいないのならボクを呼ぶな」という気持ちが表に出てしまって、感謝の言葉がカタカナ発言になってしまう。
「へ——それ言うためにわざわざ……アリガト。」
かのんはボクに背を向け、ホールに向かって話し始める。
「夢みたい…私を見に、みんながやってくるなんて。なーんの取り柄もないし…誰からも相手にされない存在だったのに…私はもう、透明じゃないっ!」
まるで、過去との決別。今までの自分の否定だった。
でも、
「かってにせ——」
ボクにはどうでもいいことだった。
だからボクは、イヤホンで外界の音をシャットアウトした。もちろん、手にはPFPが握られている。
「もーゲームばっかりして‼︎話 聞いてたの——⁉︎」
「聞いてる。」
ボクはかのんへ生返事を返す。
「も——っ、せっかく衣装見せてあげようと思った…のに……」
その声は少し残念そうだったがPFPの画面を覗き込んで、一変した。一変して、喜びに満ち溢れていたと思う。
「あ———‼︎私の歌——‼︎」
ボクの片耳から奪ったイヤホンを自分の耳にはめて、ボクのすぐ真横まで近づいた。
「ああ⁉︎」
ボクは驚きから悲鳴にも似た声が出てきた。
「桂馬くん、私の歌聴いてる——」
まるで、今までやられた仕返しをやられているようだ。
「や、やめろ‼︎よ、予習だよ予習‼︎」
「なんの予習———?」
くそっ‼︎からかいやがって‼︎
「私の歌…よかった?」
かのんはボクの前まで来ると、胸元が見えてしまう姿勢で聞いてきた。
や、やめろー‼︎
「よかったらほめてほしい——ほめてほめて———」
そう言って、おねだりを求める姿はまるで犬だ。
ボクは、紅潮してしまった頬を誤魔化すようにそっぽを向いて、かのんの頭を撫でた。そして、かのんは笑顔に満ちた表情をしていた。確かに、笑顔に満ちていた。
「じゃ——ね——」
そして、かのんはホールの方へと走っていった。
「さすが神様——‼︎絶好調ではありませんか‼︎もうさっきのナデナデじゃなくて、口づけでもよかったぐらいですよ——‼︎もう彼女の心のスキマは、埋まってるはずです‼︎」
残念だが…そんなことには決してならない。
エルシィの安直さに落胆していると、一際大きい声がボクたちにも聞こえてきた。
「捜して‼︎」
その姿を見るに…マネージャーと言ったところだろうか。
マネージャーの表情には明らかに焦りが見えた。
「かのんちゃんがいないぞ‼︎」
「失踪した‼︎」
スタッフの慌ただしいフンイキがこちら側まで伝わってくる。
「えー⁉︎そんな———」
エルシィも信じがたい事実に驚いていたが、ボクは違った。確信があった。
来たぞ…‼︎エンディングが…見えた‼︎
「かのんちゃんが失踪って……神様のおかげであんなに元気だったのに…また逆戻りしちゃった⁉︎」
逆戻り?そんなことあるもんか。ここは現実だぞ。
「落ち着けポンコツ悪魔。ちゃんと、前に進んでるよ。ここが…最後のイベントだ。」
慌ただしく騒ぎ立てるエルシィに声をかけ、覚悟のギアを一段上げる。
「おいエルシィ、ここは最重要ポイントだぞ。絶対、一番にかのんを捜し出すんだ‼︎このイベントは他の誰にも渡さない‼︎ギャルゲーマーの‼︎名にかけて‼︎」
他の誰かになんか渡さない。これはボクがやらなきゃいけないことだから…
「捜すといっても、かのんちゃんは気配をなくせるんですよ?この広い場所で透明人間をどうやって捜すんです?」
全くだ。しかし、そんな悠長なことは言っていられない。
「困った時はひとまず、選択肢総あたりだ‼︎」
目の前の選択肢をすべて、地道に正解に近づくやり方。
「それどういう方法ですか⁉︎」
「手当たりしだい捜すぞっ。」
ボクは走り出す。一分一秒が惜しい。
「フツーに言ってくださいよー。」
エルシィは文句を言いながら羽衣で空を飛び回る。
ボクは色んなところに行った。
ホール周辺に、来場客の並ぶ列、その他にも探すべきところは手当たりしだい探した。しかし、それでもかのんを見つけることはできなかった。
「いませんね——」
エルシィはベンチに腰掛けて文句を垂れる。見つからない。それでも、コンサートの時間は刻一刻と迫ってくる。
「コンサートの開演までに見つけないと…中止になったらアウトだ‼︎しかし見えない奴を…どうやって見つけるか…」
ボクが見つからないかのんと止まらない時間に落胆していると、エルシィが何かを思いついたような表情をする。
「神様‼︎駆け魂センサーがありますよ‼︎透明でもこれで位置がわかります‼︎かのんちゃんの駆け魂はキロクしてあります‼︎再探索しましょうっ!」
そう言ってセンサーをいじり始める。
ドロドロドロ
…いじり始めた途端、その音はなり始める。それはつまり、
「ち、近いですよ‼︎ど…どこだろ…?」
ドロドロ
そう言って、エルシィはベンチからどんどん離れていく。しかし、かのんは思ったよりも近くにいた。
「!いたっ!」
かのんはボクの真横に座っていた。それなのに、気づけなかった……
「か…かのん…」
ボクは周りが見えていない、自分の世界に入り込んでしまったかのんを呼び起こす。
「け…桂馬くん‼︎」
かのんはボクの姿を見ると、目を丸くして驚いた。そして、どこか嬉しそうだった。
「…何してんだ?今日はすごいコンサートするんじゃなかったのか?」
ボクは少し強い口調でかのんに問いただす。
「そ…うなんだ…そうなんだけど…そうなんだけど…そうなんだけど‼︎」
かのんは、どうしてかうまく話せないでいた。そしてその原因も、ボクにはわかっていた。
「また 透明になるのが怖い?アイドルになって目立たない自分から抜けだした…でもいつも不安なんだ。人から注目されなくなったら…ほめられなくなったら…また透明になる気がして…」
「そ…そうなの…そうなの‼︎桂馬くんは私のことなんでもわかってる‼︎」
「ぐ、ぐーぜんだよ。そんな話に出あったことがあるだけだ。」
「桂馬くん…桂馬くん…」
かのんはボクに抱きつくと、まるで縋り付くように、どこか悲しそうに言った。
「桂馬くんずっと私といて‼︎私を勇気づけて‼︎私を見てて‼︎あんな沢山の人にほめられるのムリだよ…今回こそ…私…失敗する…」
「君は失敗しないよ。」
眦に涙を浮かべたかのんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして、ボクから数歩離れた。きっと、想定外だったんだろう。きっと、いつものように自分の言ったことを肯定して、励ましてくれると思ったのだろう。
「君は、失敗しない!…少なくとも、ボクはそう信じているし、お前の歌は…そうさせるだけのものを連れてきた。」
かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!かのん!
かのんを呼ぶ声。それはホールから響く、かのんを望む者たちの声。かのんを見てくれている者たちの声。
「…確かに、お前はスタンガンを使うし、小さいことでボクのことを呼びつけるし…正直、嫌いだった。」
ボクがそう言うと、かのん はまるでこの世の終わりのような顔になった。
だけど…まだ終わらせない‼︎
「でも…だからこそ‼︎お前の歌は輝いていた‼︎…ボクは、お、お前の歌 いいと思うぞ…だ、だから‼︎……」
ボクは深呼吸した。今からすることは非人道的だ。もしかしたら傷つけてしまうかもしれない。
それでも、言わなければ…始まらない…
「…だからボクは、かのんが…好きなんだ…」
「私…私は…君のために…歌っていたい‼︎…それで、いいのかな?」
ボクはかのんを引き寄せて耳元で囁く。
「いいよ。かのん は、失敗しない。だから、行っておいで…」
「…ありがとう。……行ってきます……」
そう言って、かのんはボクの首に手を回して、そっと唇を重ねた。
そして、かのんの中から駆け魂は出ていった。
「駆け魂勾留‼︎」
少し離れた場所にいたエルシィは瓶に吸い込まれていく駆け魂に蓋をした。
その後、かのんのライブは大成功し、彼女は自ら光り輝く、「星」になった。
彼女のライブで、ほんの一瞬だけ歓声が止んだ。それは、つまらなかった、退屈だった、期待不足だった……と言うことではなく、ただすごかった。観客みんなを圧倒するライブを、彼女はしたのだ。
「…桂馬くん、私のライブ…どうだった?」
ライブの後、少しだけ時間ができたと言ってボクはかのんに呼び出された。
かのん は少しだけ不安そうに聞いてきた。
きっと、自信はあるけれど、確かな言葉が欲しいのだろう。
「……まだまだ、だな。」
「…そっか…」
かのんは少しだけ残念そうに言うと視線を下げた。
「…でもまあ、現実のアイドルも、悪いもんじゃないって、思えたよ…」
「⁉︎そう…そうだよ‼︎現実のアイドルも悪くないよ‼︎……待っててね桂馬くん‼︎絶対‼︎いいライブだって言わせて見せるから‼︎」
そう言ってかのんは軽く頰にキスをした。
「またね、桂馬くん!」
かのんは少し頰を染めて走っていった。
これで終わり…と言う訳にもいかない。
ボクは向き合うべき現実を直視した。——幸せにするために——
次回は、桂馬がついにハーレムルートへの第一歩を踏み出します!
オリジナルなので、修羅場の書き方が甘いかもしれませんが是非読んでください!
更新は5月2日を予定しています!
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FLAG.05
今回もオリジナルの話です!
話が重複しているので読みずらかったら申し訳ありません…
今日は 高原歩美 の誕生日!
歩美の魅力が強すぎて、尊くて、心臓に悪い…
桂馬side
夢を見た。
かのんのライブの後、ボクは久しぶりに夢を見た。
夢のわりに、やけに現実的な夢を……
『歩美、ボクは…』
『……ごめん』
『かのん、ボクは…』
『ごめんね…桂馬くん』
夢はそこで覚めた。
でもボクから離れていく二人を見て、何故だか涙がこぼれ落ちた。
「……もう、全部を隠すのは無理だ。それでも、彼女たちには……」
「…神様?」
部屋を覗き込んできたエルシィはどこかよそよそしかった。
「なんだ、エルシィか」
ボクは涙を拭いて見られたくない物を隠す。
すると、エルシィはボクの部屋に入ってきてボクの所まできた。
「やっぱり…お辛いですか?」
え?
「もし…神様がお辛いのでしたら、歩美さんとかのんちゃんの『記憶を消す』こともできます。」
記憶を消す。
もしかしたら、これ以上の解決手段はないかもしれない。
でも、それは落とし神としてのプライドを傷つけるものだった。
落とした女の子を幸せにしない。
その責任を放棄する。
そんなこと…あって良いはずがない。
「記憶は、消さなくていい。それよりエルシィ…一つ、頼みがあるんだが…」
「⁉︎か、神様が…私に頼みごと⁉︎な、なんですか?」
エルシィはまるで天変地異の前触れではないかと訝しんでいた。
失礼な!
ボクは契約書の続きをエルシィに突きつけて問いただす。
「《私ども地獄はあらゆる力を持って望まれるものを用意いたしましょう。》この言葉に偽りはないな?」
つまり、ボクが望めばそれを用意する。
それがエルシィのもう一つの仕事だろう。
「え、ええ。確かに、私に言ってもらえれば望まれるものを用意いたしますが…」
「それなら———を用意してくれ。」
ボクはエルシィに必要なものを言うと紙とペンを用意した。
ここからはボクのデータベースにもない。
ボクが彼女たちに言わなければいけないことを言葉にする。
そのためのシナリオを書き上げる。
彼女たちを幸せにする責任は、他の誰にも渡さない。
ボクは書き上げた手紙を封筒に入れる。
明日は、決戦日だ。
【学園】
ボクはこの日、誰よりも早く学校についた。
そして、封筒に入れた手紙を歩美の机に入れる。
それから、ずっとゲームをしていた。
何作クリアしたかわからない。
でも、乾いた何かが潤うことはなかった。
今まで、ゲームはボクの空気だったはずなのに、まるで毒ガスでも吸っているかのようだった。吸えば吸うほどボクの表情は険しいものになっていった。
ふと、現実に目を向ければ歩美が二階堂に怒られていた。
歩美は怒られていると思えば、顔を真っ赤に染めて慌てふためく。
……二階堂に、何を言われたんだ?
気にはなったが、ボクはもう一度ゲームの世界に入り込む。
すると、後頭部に強い衝撃が伝わる。
二階堂め!
…気のせいか?あいつ、いつもより怒ってなかったか?
——その怒っている理由が自分の望んだもののせいだなんて、この時のボクは思いもしなかった。
【お昼】
ボクは歩美に軽く声をかけようとするが、歩美は猛スピードで教室から出て行った。
話したいことも、話さなきゃいけないはずのことも、考えたはずなのに…歩美を目の前にすると、それが全部消える。
そんな風に軽く落ち込んでいた時、エルシィが「二つの小箱」を持ってやってきた。
「神にーさま!お待たせしました!なんだか受理に手間取っちゃって…」
「いや、上出来だ。最悪、放課後までに用意できていればよかったからな。…………一度しか言わないから、よく聞けよ。…あ、ありがとう。」
ボクは二度とないだろう、エルシィを褒める行動をとった。
この後、これがないと話にならない。彼女たちに、悲しい思いをさせてしまうだけだ。
あの、夢のように。
この日のことを、ボクは一生忘れないだろう。
現実を見つめ、現実に引き寄せられ、現実に希望を抱いた、この日のことを……
歩美とかのんに、——を渡したこの日のことを。
放課後の屋上。
目の前には一人の少女。
彼女はボクのことを見てはくれなかった。
「……歩美、ボクは……」
ここが、きっとこの物語の岐路だ。
歩美side
【学園】
いつものように部活の朝練をして、着替えて、自分の席に着く。
当たり前になった生活習慣。そんな私にも恋人ができました。
その恋人がつい先日、学園の『星』と一緒にいるところを見てしまった私は彼に説明してほしい旨を伝えた。
そして、それはとうとうやってきた。
『歩美へ 南校舎屋上で待ってる。放課後、話したいことがあるから来てくれ。 桂馬』
机の中には桂木から私宛の手紙が入っていた。私は桂木の方を見た。桂木はいつものようにゲームをしていたが、その表情はどこか思い悩んでいるようだった。
「…ら…原…高原‼︎」
「は、はい‼︎」
私は授業中にも関わらず集中を欠いていたせいか、先生に指されたことに気がつくのに時間がかかってしまった。
「お前…私の授業 聞いてなかっただろう?」
私の目の前まできた二階堂先生は私を見下ろす形で問うてきた。
「す、すいませんでした‼︎」
私は起立して先生に謝る。すると先生は私の耳元で囁いた。
「…桂木を見るのもいいが、ちゃんと授業は受けろよ。」
私は見透かされた心のうちに、つい紅潮してしまう。
「な、なな…なんのことですか⁉︎」
私は精一杯ごまかそうとするが、先生には通じないようだった。
「まあ、ほどほどにしておけよ。何事も節度をもって、だ。」
そう言って、先生は桂木の席の後ろまで歩いて行き、教科書を振り上げる…
バシンッ‼︎
——と盛大な音が教室に響き渡る。
いつもの光景。いつもの日常。だけど、どこか、違っている様に私は感じた。
【お昼】
「…高原…」
私は目の前に立つ桂木の姿を見て、教室から離れたいと思った。
「ごめん 桂木!私 用事あるから!」
そう言い残すと、私は全速力で教室から逃げ出した。
もちろん、用事なんて何もない。逃げ出す言い訳が欲しかっただけだ。
逃げて、逃げて、行くあてもなかった私は、トイレに逃げ込んだ。
逃げ込んで、私は聞きたくもないことを聞いた。
「——ねえ、私 面白い聞いちゃったんだよね」
「何を聞いたのよ?どうせどうでもいいことでしょ?」
聞いたことのない女子の声だった。私はつい聞き耳を立ててしまう。
「この間さ、屋上でかのんちゃんがライブやってたのよ‼︎」
きっと、私が見たやつだ。
「えー‼︎それホントなの⁉︎」
「ホントもホント!…でね、ここからが驚くんだけど…実は、あの『オタメガネ』のために歌ってたみたいなのよ‼︎」
「何それ⁉︎かのんちゃんがオタメガネのためにライブ⁉︎デマじゃないの?」
「も−!ホントだってば‼︎」
——その後、彼女たちはトイレから出て行ったけれど、私の中には吐き出せない何かのせいでトイレから出れなかった。そのうち、昼休み終了のチャイムが鳴ったので私は無理やり体を動かして、教室に戻った。
【放課後・南校舎屋上】
私の前には、桂木がいる。
昼休みに逃げてしまった手前、顔を合わせずらい。
「……」
私は視線ばかり下がってしまう。
「……歩美、ボクは……」
なんでよ。なんで、歩美って呼ぶのよ?いつもみたいに高原って呼びなさいよ。じゃないと…調子狂うじゃない…
桂木が、かのんちゃんと会っていたことを私は知っている。
そのことを、私は桂木に伝えている。
いまさら何を怖がる必要がある?そう言い聞かせて、私は踏み込む。
「……ねえ、桂木…教えて、くれるんだよね?…かのんちゃんと、どうしていたのか…」
桂木の言葉を遮った私の問いかけは、私の一番聞きたかったことだ。
「それは…それが、ボクの仕事だから」
仕事?…一緒にいて、歌を聞くのが…仕事…?
桂木は言い淀んだけれど、前を向いていた。……私とは、違って。
「仕事って、なんの仕事よ?」
少し、不機嫌になってしまった。表情に出てしまっているのが自分でもわかる。
「……女の子を、攻略…惚れさせる……それが、ボクの仕事だよ。」
…攻略?…惚れさせる?……それって……
桂木の口から出てきた正気を疑う言葉に、私はほんの少し…心当たりがあった。
私は、ほんの少し前の…大会前の練習を思い出した。…あの時の応援を、思い出した。今まであまり話したこともないような私に、いきなりどうして?と思っていた……けど、それなら…私は?私も…攻略されたの?私は攻略された内の一人なの?
私は何かを言おうとして口を開く。だけど、
「……っ」
口を開けば何か言葉が出てくると思った。
でも……結局、私は怖がる必要がなくても逃げてばかりだ。
自分のことを、どう想ってくれているのか、気になるくせに正直にそのことを聞けないでいる。
「…それでも、ボクは…!」
桂木は何かを言おうとして、言葉を切った。
何を言おうとしたの?どうして、言ってくれないの?
…やっぱり、ダメだよ…麻里さん
私は相談に乗ってくれた麻里さんの顔が鮮明にフラッシュバックする。
そしたら、なんだか涙が出てきた。
怒りの涙か、悲しみの涙か、私にもわからない。
「…桂木にとって、かのんちゃんはなんなの⁉︎」
ただの八つ当たりに近かったその問いかけは、私の醜い心が表に出てしまった証拠だった。
私が想っているのだから、私のことを想ってくれなきゃやだ。
そんな、醜い心。
私は、桂木のことが好きで…だけど、桂木の隣にはかのんちゃんがいて…どんなに想っても、届かないと思ってしまう。
この間、消えたはずの思い。なのに、その思いは私に喰らいつく。喰らいついて、私のことを離さない。
私の心の奥深くにある醜い…嫉妬。
たった一言。「お前が好きだ」と言ってくれれば……そんなことを思ってしまう。
「桂馬…くん?」
きっと神様のいたずらだ。そう思って私は後ろを振り向いた。その声が、誰の声かなんてTVを見ていればわかってしまう。
そう。私の後ろにいたのは、中川かのん だった。
「……かのん……」
「…その人は、誰…なの?」
——きっと、修羅場とはこういうことを言うのだろう。
「どうして、かのんちゃんが…?」
私は、遊びだったんだ……この時はじめてわかった。
私は説明して、振られるために呼び出されたんだ。
「桂馬くん…どうして、私を呼んだの?」
そう言って、かのんちゃんは携帯電話を見せる。
『かのんへ 南校舎屋上で待ってる。放課後、話したいことがあるから来てくれ。 桂馬』
「私のこと、好きだって言ってくれたじゃん‼︎」
え?
私は、自分だって言われたことのない言葉を言われたかのんちゃんが羨ましかった。
「……」
「私の歌 聞いてくれるって言ったじゃん‼︎」
「……」
どうして?
私は、自分だって言われたことのない言葉を言われたかのんちゃんが妬ましかった。
「どうして私だけを見てくれないの‼︎」
「……」
私には…言ってくれないのに…
「いい加減にして‼︎」
私は怒鳴った。
私の方が先だったのに…私には言ってくれなかった。
そして気づいた。桂木には……きっと私じゃダメなんだと。
そう思ったら、怒鳴らずにはいられなかった。
桂木は言葉を続ける。それは、かのんちゃんの問いかけに対する
「……それも全部……二人に話さなきゃいけないことがあるから、ボクはここにいるんだ。」
私は、真っ直ぐな桂木の目を見ることができなくて、視線を落とす。
私の醜い心が表に出てしまわない内にここから逃げ出したい。
そう思うと、私は桂木に背を向けていた。
「ごめん 桂木…私、帰るね…これ以上、辛い思い…したくないから」
私は結局、逃げることしかできないんだと思った。逃げて、どうにかなることでもないくせに、逃げ出す……それしか、できないと、わかっているから。
「歩美!」
逃げ出す私の手を、握ってくれる桂木の手が…暖かく感じる…
なのに、口から出てくる言葉は桂木を否定するものばかりだった。
「離して‼︎…どうせ、私も!かのんちゃんも!あんたにとっては、ただのゲーム!遊びだったんでしょ‼︎」
……これ以上、この優しい桂木を見ていたら戻れなくなってしまう。
だから私は自分から突き放す。
……だけど、桂木は手を離してはくれなかった。
「違う‼︎遊びなんかじゃない‼︎……確かに、成り行きこそ良くなかった。でも…ボクは、歩美も!かのんも!好きなんだ‼︎」
やっと……言ってくれた。
やっと……聞けた。
待ち望んだ桂木からの言葉。
私の胸は早鐘を打って鳴り止まない。
「な、何どうどうと二股宣言してんのよ‼︎」
頰の染まる感覚が伝わってくる。
いくら強い口調を使っても自分でもわかってしまう。
嬉しい…
調子のいい言葉ばかり並べて…これだって、演技かもしれないのに…
「初めてだったんだ‼︎……現実も、悪くないって……思えたのは。だから…」
桂木は私とかのんちゃんの前で膝をついた。
その姿はさながら、王子様のようだった。
そして、二つの小箱をポケットから取り出した。
「これが…ボクの選んだ道だ。……もしかしたら、辛い思いや、傷つけてしまうこともあるかもしれない。それでも、隣には…“歩美“ “かのん“ …お前たちにいてほしい」
そう言って小箱を開ける。その中には…
「…指輪?」
私の前に出された指輪には小さいけれど緑色に輝く宝石が付いていた。
「…つけて、もらえるか?」
あ、
私の頰に涙が伝う。
私の意思とは関係なく涙は流れていく。
桂木と関わるようになってから、私は泣いてばかりだ…それでも、この涙の意味は悲しみじゃないとないと、私はわかっている。
「…はい、喜んで」
私の指につけてくれた指輪が、私と桂木との…確かな繋がり。
私はその“繋がり“にキスをする。“繋がり“が、私の心を満たしていく。“繋がり“が、私は一人きりじゃないことを教えてくれる。
隣にいるかのんちゃんは私を見て少しだけ笑った。
「お名前、聞いても良いかな?」
「…私は、高原歩美 です…」
「そっか…私、歩美さんにも負けないから」
そう言ってかのんちゃんは左手を出した。
この手を握れば、私たちは——
「私だって、かのんちゃん相手でも負けないから!」
友達と同時にライバルだ。
【帰路】
かのんちゃん……かのんは残っている仕事があるからと言って先に行ってしまった。
私は桂木の手を握る。
もしこの先、桂木が他の女の子を惚れさせても私はもう悲しまない。
それが、桂木の選んだ道だから。私はその隣を走る。
桂木が苦しんだ時には、私がいる。
私は桂木の耳元で小さな声を出す。
「私が、一番だから…かのんにも負けないから。だから、私をちゃんと見ててね?」
桂木が目を丸くして驚いていたから、私は面白くなってつい笑ってしまう。
——私は、桂木が好きだから——
『おめでとう 歩美。一歩前進だな』
誰かが、私を祝福してくれた。
そんな気がした。
かのんside
つい先日のことだ。
私は鳴沢ホールでのライブを成功させた。
……そして、私は勇気をもらった。
桂馬くんから、心を満たしてくれるような勇気をもらった。
私は桂馬くんに、恋をした。
今日は桂馬くんに、
『かのんへ 南校舎屋上で待ってる。放課後、話したいことがあるから来てくれ。 桂馬』
と言われたので、マネージャーに相談して少しだけ時間を作ってもらった。
「話したいことってなんだろ?」
私は南校舎の階段を登りながらそんなことを考えていた。
「○☆△」
屋上からは誰かの言い合う声が聞こえてきた。
先客かな?
その声は階段を登れば登るほど大きくなっていく。
——この声は、桂馬くん?
私は南校舎屋上の扉を開ける。そして、そこには桂馬くんと…知らない女の子がいた。
「…桂木にとって、かのんちゃんはなんなの⁉︎」
その姿が鮮烈だった。その表情を見れば、この子がどう言う存在かすぐにわかった。
「桂馬…くん?」
だから、私は聞かずにはいられない。この光景を見せるためにわざわざ呼んだの?
あの日言ってくれた「好き」は、偽物だったの?
「……かのん……」
桂馬くんは私の名前を呼ぶと、その口を閉ざした。
「…その人は、誰…なの?」
私は桂馬くんに、目の前にいる女の子について聞いた。
「桂馬くん…どうして、私を呼んだの?」
私には、どうしてこの場に呼ばれたのか全く見当がつかなかった。……いや、なんとなく想像はついていた。
その想像が当たっていないことを祈るように、私は桂馬くんに聞いた。
…そしたら、言葉が溢れてきた。
それは、桂馬くんが私に言ってくれた言葉。
「私のこと、好きだって言ってくれたじゃん‼︎」
「……」
どうして?どうして答えてくれないの?
「私の歌 聞いてくれるって言ったじゃん‼︎」
「……」
どうして?どうして言ってくれないの?
「どうして、私だけを見てくれないの‼︎」
あっ
私の口から出た願望が、私にはどうしようもないものに見えた。
「……」
……桂馬くんは、答えてくれない。
私を止めてくれなかった。
それが、答えだと思った。
「いい加減にして‼︎」
私を止めてくれたのは、名も知らない女の子だった。
きっと、彼女も私と同じなんだと思った。
彼女も、桂馬くんが好きで、その気持ちが溢れているんだ。
私の、気持ちは……
「……それも全部……二人に話さなきゃいけないことがあるから、ボクはここにいるんだ。」
桂馬くんはそう言って、私たちを見据えた。
「ごめん 桂木…私、帰るね」
そう言って、走り出す彼女の気持ちが、私にはわかるような気がした。
聞きたくないんだ。
聞いたら 私たちは気持ちを一つ、捨てなければいけなくなるから。
その気持ちを捨てることが、苦しいから、聞きたくないんだ。
「歩美!」
桂馬くんは彼女の手を取った。
私も…後ろを向いて走り出せば、追いかけてくれるだろうか?
そんな、気持ちが込み上げてきた。でも、そこで追いかけられなかったら。そう思うと、走り出すことができなかった。
「離して‼︎…どうせ、私も!かのんちゃんも!あんたにとっては、ただのゲーム!遊びだったんでしょ‼︎」
そうか
私はつい、納得してしまう。
彼にとって、私と一緒にいたのはゲームだったんだと思うと、ここに呼ばれた理由も必然だった。
でも、桂馬くんはその言葉を否定した。
「違う‼︎遊びなんかじゃない‼︎……確かに、成り行きこそ良くはなかった。でも…ボクは、歩美も!かのんも!好きなんだ‼︎」
その言葉が本物だと、私にはわかった。
私は言葉を届ける仕事をしているから。
彼の言葉に嘘がないことがわかった。
「な、何どうどうと二股宣言してんのよ‼︎」
彼女の言葉は嘘だ。
本当は、嬉しいんだ。私だって嬉しい。
桂馬くんは今、嘘偽りのない言葉を私たちに言ってくれている。
その事実が何より嬉しかった。
「初めてだったんだ‼︎……現実も、悪くないって……思えたのは。だから…」
そう言って、桂馬くんは私たちの前で膝をついた。
その姿が私には…私を守ってくれる騎士に…見えた。
そして、桂馬くんはポケットから二つの小箱を取り出した。
「これが…ボクの選んだ道だ。……もしかしたら、傷つけてしまうこともあるかもしれない。それでも、隣には…“歩美“ “かのん“ …お前たちにいてほしい」
そう言って、桂馬くんは小箱を開けた。
その中には…水色に輝く宝石をあしらった指輪が入っていた。
「…つけて、もらえるか?」
私は頰を染め、コクリと頷いた。
「…よろしく、お願いします」
きっとこの先、他の誰にも言われない言葉を、私は桂馬くんからもらった。
私、もらってばっかりだな…
指につけた指輪が夕日に照らされて輝く。
その光はまるで、あのライブの日のようだった。
『待っててね桂馬くん‼︎絶対‼︎いいライブだって言わせて見せるから‼︎』
あの約束が、いつになるかはわからない。
でも……私の歌うその歌が あなたに届くように。
私は隣にいる彼女を見る。
ああ、この人は本当に桂馬くんのことが好きなんだな。
そう思ったら、なんだか口角が上がった。
同じ人を好きになった彼女なら、きっと私も仲良くなれる。
「お名前、聞いても良いかな?」
私は彼女の名前を聞いた。
この先、長い付き合いになる 友達の名前を…
「…私は、高原歩美 です…」
彼女…歩美さんは私をまっすぐに見つめる。
心根がまっすぐなんだと思えた。
「そっか…私、歩美さんにも負けないから」
私は歩美さんに左手を出す。
私の手を握ってくれた彼女の顔はどこか誇らしげだった。
この手につけた指輪がほんの少し接触する。
「私だって、かのんちゃん相手でも負けないから!」
私たちは、友達と同時にライバルになった。
——その後、私は桂馬くんからもう一つあるものをもらった。
「……ネックレス?」
それはネックレスと呼ぶにはなんの装飾もない、ただの輪っかだった。
「これなら……仕事中でも指輪、つけてもらえると思って……」
桂馬くんは照れているのか少しだけ視線を逸らした。
ああ、どうしてこの人はこんなに可愛いんだろう
……でも確かに、指輪をずっとつけておくわけにはいかない。
「桂馬くん、ありがとう。ずーっと大事にするからね!」
「あ、ああ…」
桂馬くんの隣で、私は歌う。
たとえ桂馬くんが他の女の子を見ていても、私の歌が聞こえるように。
この指輪は、そう思わせてくれる“繋がり“だった。
私は残っている仕事があるから、もう行かなきゃいけない。
一緒に帰る桂馬くんと歩美さんを見て、…いつか、桂馬くんと一緒にお出かけしたいな…
そんなことを思うたび、私は首から下がったネックレスについた指輪を想う。
私たちはいつだって繋がっているんだ。
——桂馬くん、大好きだよ——
『めでたいのぉ! かのん!わらわも嬉しく思うぞ!』
私のことを、一緒に喜んでくれる声。
そんな声が聞こえた気がした。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
次回は 汐宮栞 の回に入ります…が、私の試験が近いため更新が遅くなりそうです。
申し訳ない。
アニメ初心者の時に見たこの作品で、栞が好きだったなぁ。
原作を買ってからも所作の一つ一つに萌えていました…(笑)
女神編で笑って、不覚にも泣いた……
そして、やるせない思いになった。
この作品は、そんな思いを活力に書いている作品です。
共感できたり、こんな話が見たい、要望があれば感想どうぞ。待ってます!
私もできるだけ時間の合間を縫って更新できるように頑張ります!
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FLAG.06
今回から「汐宮栞」編です!
確かに現実を選んだ、二人の彼女を選んで手を取った。だが、それとこれとは話が別だ。
目の前に整然と並べられたゲーム機媒体。やはりボクの体にはこれが無いとダメなんだ!
ボクはそれを操作し目まぐるしく場面は巡っていく。トゥルーエンドへ導かれていく彼女たち。そして思う。落とし神たる者、すべての女の子を幸せにしなければいけない、と。
「桂馬―!そろそろ学校行かないと間に合わないわよ!」
下から響く母さんの声が少し、ほんの少し憂鬱な現実に引き戻した。ただ、嫌な気はしなかった。それは悩みの種が取り除かれたからだろう。
ボクは着替えを済ませ階段を降りる。
「あ、かみにーさま!おはようございます‼︎」
そこには割烹着を着たエルシィが居た。手にはお玉を持っているが、そのお玉には変な液体が着いていた。まさか…
「おい、エルシィ…料理を、したんじゃないだろうな…?」
「?はい‼︎神にーさまに食べてもらいたくて『お昼ご飯』作っておきましたよ!」
そう言ってエルシィはどこから出したのか、風呂敷に包まれた大きな弁当箱…と言うより重箱をボクに見せた。
ボクの背中に嫌な汗がツーっと流れていく。
思い出すのはあのゲテモノパスタ。味は悪くはなかったが、あの腹痛は二度とゴメンだ!
「い、いらん‼︎そんなものはさっさと片付けろ‼︎」
「えー⁉︎せっかく上手くできたのに‼︎食べてくださいよ〜神にーさま〜」
「いらん‼︎ボクはまだ死にたくないんだ‼︎」
ボクがそう言うとエルシィはほんの一瞬呆けた後、満面の笑みで言い放った。
「それは〜歩美さんとかのんちゃんがいるからですか〜?」
「っ‼︎そ、そんな事より、ボクは先に行く」
コイツに揚げ足を取られるなんて…ボクは紅潮してしまったのを誤魔化すようにエルシィの隣を早足に通り過ぎる。
そして靴を履き終わったあたりでエルシィも小走り駆けてきた。
「待ってくださよ〜神様〜!」
ふん、知ったことか。
ボクはエルシィを置いて玄関の扉を開けた。いつもより周りが明るいように感じるのはなぜだろう。そんなことを考えながらボクはゲーム機を取り出した。
————————————————————————————————————————————
【学校】
「エルシィ!お前、少しは一般常識を勉強しろ!」
そう言ってボクは今朝方見た「あの弁当箱」についてエルシィに怒鳴る。
「お前は人間界のこと知らなさすぎる‼︎何度も言わせるなっ!今時のパートナーキャラは『知性』と『個性』が必要なんだ‼︎」
そう!今時のパートナーキャラには必要不可欠な要素、それがコイツには全くと言っていいほどない!きっとコイツには『知性』という言葉が一番縁遠いだろう。
どこに捨ててきたんだか…
「わ——じゃあ神様は今時のパートナーですね。」
…返ってきたエルシィの言葉に一瞬フラつく。一体、どこまでご都合主義なんだコイツは!
「お前主観で話すな‼︎お前がパートナーなの‼︎」
そう、ボクが主人公なんだ。
「私もちゃんと教習受けました‼︎人間界のこともちゃんと勉強しましたよ——日本史なんか「優」でしたよ。ハカセですっ。」
コイツが「優」?ありえない。
ボクは確認のためエルシィに問う。
「……ちなみに、日本史で最後に習ったことはなんだ?」
「確かこんな…」
エルシィは思い描いた光景を空中に映し出す。
『上喜撰 たった四はいで 夜も寝られず』
そこには黒い船に驚く古き日本風の服装をした集団が描かれていた。
…江戸時代、幕末だった…
ボクは落胆とともに怒りをもってエルシィに言い放つ。
「グラウンドの横に図書館がある。そこで世の中のこと勉強しろ!」
まったく、コイツの上司はなにをしているんだか…
へっくし
どこかからかくしゃみが聞こえたが、まぁいいか。
【昼休み・図書館】
私は神様に言われた通り図書館に訪れていました。
その図書館には所狭しと本が並んでいて次へ、また次へ私をユウワクしてきます。
「へ——図書館ですか…こちらの学校はなんでも揃ってるんですね…よーし、勉強しましょう‼︎いっぱんじょーしきいっぱんじょーしき。」
そう息巻いて、一冊の本を手に取りました。
真っ赤な車が印刷された子供向けの本を…
——数十分後——
「う…うう…ううう————————っ!か…かっこいい……ま…真っ赤です‼︎消防車……今の時代はこんなものがカッポしているんですね…」
私は感動しました!も、もっと、この車のこと、知りたいです〜〜他にも消防車ないかな…本多い…
私は辺りを見回して消防車の本がないのを確認して全体へと目を向けた。この本の山から消防車の本だけを探すのは骨が折れそうですし…
「そうだ…‼︎一般常識ではこういう時は受付で聞く‼︎ですよ‼︎」
そう言って私は図書館の中を歩きました。…歩きました。
「あ…あったー。あの——すみません————えと、この本と同じような本はどこに…」
私はやっと見つけた受付の文字に駆け寄り質問するが、そこにいた少女は読んでいる本を置こうとはしなかった。
胸には「図書」の文字があった。
この人、だよね?
「…… ……」
そこにはページを繰る音だけが響いていた。やがて読んでいた本が読み終わったのか彼女は本を閉じましたが、私には気づいてくれません…
……聞こえてない…?
すると彼女は、
「Z」
私は1ミリも反応されず、そのまま眠られてしまいました…
「す、すみませ——ん!」
私は気づいてほしくて大きな声で彼女に呼びかけた。
すると彼女は慌てふためき積んであった本を崩してしまった。
それが恥ずかしかったのかその顔は今朝見た神様みたいに赤くなっていた。
そして長い沈黙の後、彼女は言い淀みながら声を発した。
「…… …… …… …… …… …… な……何か……用でござるか?」
………??
「ござる?」
私は珍しい言葉を聞いたため彼女に問い返す。すると自分でも恥ずかしかったのか口元を隠していた本で今度は顔全体を隠してしまった。そして、読んでいた本のタイトルと表紙を見てなんとなく納得した。
『もっとあぶない岡っ引き④』
そこには日本史で学んだような服装をきた男性がプリントされていた。
読んでた本のセリフがうつったのかな…?
「……何かご用でしょうか…」
彼女はまだ頬を赤くし言い直した。
っ!そんなことより‼︎
「あの——消防車が載ってる本、他にないですか?」
私は先ほど読んでいた消防車の本を見せながら彼女に聞いてみる。
「…… …… ……」
…なにも答えてくれませんでした。
ただ、すごく凝視されたので声をかけてみる。
「あの…」
するとまた本を盾にして一歩引いてしまう。
「…… …… …… …… …… ……放課後に……来てください……」
結構な間の後に彼女はそう答えた。
「ほうかご?放課後ですか?」
今すぐ読みたいのに〜
私は自分の聞き間違えだったのでは、と思い聞き直す。
「…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… ……」
しかし彼女は黙ったまま、なにも答えてはくれませんでした。
口を閉ざしているのに、その表情はとても困っているように見えました。
彼女からの返事を待っていると違う返事が頭につけた駆け魂センサーから返ってきたのです。
ドロドロドロドロ
駆け魂サイン‼︎
「…… …… …… …… …… …… ……静かにお願いします…」
彼女はまた結構な間をとって、少し怒ったように私に注意した。
この人…この娘が…‼︎
【放課後・図書館】
「神様——‼︎こっちです こっちですよ———っ!図書委員の娘に反応が‼︎」
……ボクは駆け魂を見つけたというエルシィに引きずられて図書館まで来た。
「またか……もう図書館は行きあきたよ。」
ボクはPFPを操作しながらエルシィにそう答える。
「え……」
「最近ゲームで絶対出てくるんだよ、図書委員が…今や図書委員は激戦区中の激戦区だ‼︎よっぽどの優秀な奴じゃないと やる気ゼロ だな‼︎」
「*Sigh* 優秀…じゃなかったような…だって消防車の本教えてくれなかった…」
エルシィは呆れたふうに言うが、これは重大なことだ。ていうか…
「しょーぼうーしゃ?……中途半端な奴だったら、抗議のユーザーハガキ出してやるっ!」
「どこ宛に…?」
…さぁ?
————————————————————————————————————————————
ズン
そこには台車に乗せられた数えられないほどの本があった。それを一人の少女が運んで来たのだ。途中、バラバラと数冊落としてしまったがそれだけで大変さはひしひしと伝わってくる。
台車を押しているのが、駆け魂の入っている娘か…一体、何冊あるんだ?
「…… …この図書館で消防車が書いてある本……全部です…これで…458冊あります…ここまでが消防車がテーマの本…これはさし絵に消防車が載っています…これは根津という刑事の思い出話で火事のくだりが……」
彼女は数冊本を手に取ってスラスラと説明をする。
なるほど、だから放課後だったのか…
ボクは彼女がなぜエルシィを放課後に呼んだのかわかった気がした。
「フーン うちの図書館、すごい検索ができるんだな。」
「…… …… …… ……」
ボクが検索のことをすごいと言うと彼女はボクを凝視した。
?…なんだ?
(「…検索じゃありません。」「大体 覚えているのです。」「私…図書館の本…全部読んでいますから…」なんて言っちゃあダメダメ‼︎全部読んでるなんて言ったら、気味悪がられちゃう。わ——‼︎じゃあ消防車の本こんなに持ってきて、それはどうなの?こっちのほうが気味悪いじゃない。2、3冊でよかったのかも… ……しかも得々と説明しちゃって…バカバカ‼︎もう一度どんな消防車が見たいんですかって聞こうかな…いやいや、そんな今さら。前に聞いてなかったのかーって言われそうだし。って、そんなこと言ってる間に、どうしよう… …… ……もう話すタイミングなくなったか…… …… …… …… …… ……)
とぼ…
彼女は何かを言おうとしているのか表情をコロコロと変え、最終的に何も言わずに去って行った
「無口な人ですね。」
エルシィは聞こえないように小さい声でボクに話しかけてきた。
(「人とふれあうのは苦手…でもいいの…」「本さえあれば…ここにいれば…私は大丈夫…」「この城のなかで…私は生きて行くんだ…」)
「なかなかよさそうな奴じゃないか。」
「そうでしょうか……」
ボクは本を読む彼女の姿を見ながらエルシィに言った。
「神様…今回もまた難敵そうですね…」
「ところでお前はなんの勉強をしてたんだ?」
目的を忘れたであろうエルシィにボクはそう尋ねた。
学校の方が大分落ち着いて来たので投稿を再開します。
待っていてくれた皆様、本当に、本当にありがとうございます。
そして、誕生日を祝えなかったみんなにこの場を借りて謝りたいと思います。
月夜、結、栞、天理、誕生日を祝えなくてごめん。今年こそは絶対に祝うから!
更新頻度を上げてできるだけ早くトゥルーエンドに辿り着きたいと思いますので、お気に入り登録よろしくお願いします!
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FLAG.07
「汐宮栞、2年C組 12月26日生まれ。157cm 41kg B型、図書委員。すごく無口な娘でしたね…仲良くなれるものなのでしょうか?」
エルシィはどこから集めて来たのかわからない彼女の情報をつらつらと述べてボクに対しての愚問を問いかけてきた。
「わかるもんか。が、とりあえず、図書委員の女子には鉄則がある。『耳をすませば聞こえてくるよ。文系少女のココロの声が。』 文系少女は物静かではあるが、頭の中では人一倍考えているもんなんだ。ギャーギャー騒ぐわりに頭からっぽ、なんてのと対極だ。」
「へ——」
ボクの説明に空返事を返して来たので、さらに力説する。
「この内的な二面性が文系少女の魅力‼︎控え目‼︎知的‼︎これからは文系少女だよ‼︎学園のマドンナなんて時代は終わった‼︎」
「わかりましたよ————っ!でも…どうやってココロの声を聞くんですか?」
慌てふためいていたエルシィだったが、文系少女攻略の根幹の部分を聞いてきた。
「なに?」
「だって…頭の中の声なんて聞こえないですよ。」
何を言っているんだ?そんなもの…
「これだから素人は…ココロの声なんて…いつでも聞けるじゃないか‼︎ちゃんと画面に出るだろう、モノロー……ちっ、これだから現実は面倒なんだ。」
ボクは口から出しているうちに理解した。現実にはセーブも、ログも、そしてモノローグもないことに…
「えっ?」
「エルシィ、やっぱり攻略不可能だ。」
モノローグなしでどうやって攻略したもんか…
ボクはそんなことを考えながら図書館へと足を向けた。
「神様ァ————」
———————————————————————————————————————————
【昼休み・図書館】
「…… ……」
本棚から指定された本を取り出しては段ボールに入れて行く。そして「処分」と書かれた紙を貼り付ける。簡単な作業ではある。が、私には苦行だ…
(さようなら本たち…まもなくあなたたちは…この図書館を去るの。ある者は他の図書館、ある者は古書店、そしてある者は… 蓄積された知の記憶…それを捨てるなんて…ばか‼︎)
私は背伸びしてやっと届く段からA4判の本を取ろうとして、本の重さに驚き体制を崩してしった。
「…… ……!…!」
ヨロヨロと後ろに倒れそうになったとき、何かが私を支えてくれた。
ドサ
私の後ろに居たのはメガネをかけた…男の人でした…
何秒間そうしていたのか分からないけれど、我に帰った私はすぐに彼から離れた。
「…… …… ……」
慌てふためく私とは違って彼は落ち着いているように見えた。
「これ、処分になる本か…」
彼は体制を崩す原因になった本を拾って処分用の箱に入れてくれた。
(この人…確か昨日の…今、助けてくれたのかな…どうしてだろ?あ、親切か…親切だな。なんで私を…?あ、いや普通かな…そうだ、お礼言わないと…えーっと…フツーに言えばいいのかな?フツーというかごく軽い感じの…あれ?でも昨日会ってるから…「昨日はどうも」的な文をつけたほうがいいのかな。待って待って、向こうは覚えてないかもしれないじゃない。えーと えーといけないっまた迷ってる間にタイミングを失っちゃうっ!早く何か言うの‼︎お礼を早く———っ!)
…その時、目に入ったのは手に持っていた「経済原論」と言う本でした。
「あ、ありがろん…」
(……わ———っ あ、ありがとうでしょー!また本の内容がうつっちゃった‼︎どうしてたった五文字がちゃんと言えないのよ——‼︎)
私は紅潮してしまった顔を本で隠す。すごく、すごく恥ずかしかった…
(早くこの場を離れよう…今のありがろんはすぐさま忘却の地平線に流すわ。)
過ぎ去ろうとする私に、名前も知らない彼はとんでもないこと言った。
「しかし…本ってもんは、もうなくなってもいいな。」
その言葉は、私にとって到底許すことのできない発言だった。
過ぎ去ろうとする足を止め、後ろを振り向く。すると彼はなおも発言を続けた。
「本なんて場所取るばっかりだし。全部データに移しちゃえばいいんだ!」
(な…なんてこと言うの…この人‼︎表紙があって装丁があって、中表紙があって奥付があって、紙の香り!厚み‼︎手ざわり‼︎すべてが世界を作ってるのに……‼︎ディスプレイで見る文字に、あのページをめくる時の緊張感があるというの⁉︎で、でも、価値観は人それぞれかな…それも認める寛容も必要だし…言いたい人には言わせておけばいいか…そもそも知らない人と論争するなんて恐ろしいことできないもの…)
私は何を納得したのか、それとも何かを言うのが怖くなったのか、その場から逃げるように離れて行こうとした。
「全部スキャンしちゃえば、本なんか全部捨ててしまえるよ。」
彼のその発言は私の中の何かを「ブチっ」と切った。
「ば…ばかぁ——」
弱々しい声ではあった。しかし、ほとんど発言をしない私にとって生まれて初めての他人を罵る言葉。
「…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… ……」
その後、我に帰った私の口から謝罪の言葉は出ることなく今度こそ逃げるようにその場から離れた。
———————————————————————————————————————————
「本いらないなんて言ったら本好きの人は怒りますよ——本には本の良さがあるんです。」
何を怒っているのか知らないが、エルシィは本を抱えながらボクに抗議してきた。だが、コイツからの抗議のユーザーハガキなんて読んでいる暇はない。ボクはエルシィの言葉をひらりと躱す。
「ふん、ボクはコンテンツにしか興味ないんだ。」
「もー。」
「ゲームもデカい箱のやつに限ってクソだったりすんだよ。容積反比例の法則ね。」
ボクは今までの苦い思い出をもとに作り上げた法則をエルシィに教える。
「それは知りませんけど——わざわざケンカを吹きかけなくても——」
さもどうでもいいように言うエルシィにボクはゲーム操作する手を一旦止めて言う。
「だがおかげで、モノローグが聞けた。」
「モノローグ⁉︎」
「ココロの声だよ。無口な奴だしな……普通の会話じゃあそうそう出てこない。」
「じゃあわざと怒らせて心からの声を出させた訳ですか。」
「現実はどうしようもなく不親切な設計だからな。モノローグが見えなきゃ、見えるようにしないと近づきようがない。」
「相変わらず好感度が下がることを恐れないところがすごいですね。」
……恐れない、か。ここ最近はそうでもないんだがな……
「ところでお前は何してる?」
「あー‼︎これはですねー、消防車の本です‼︎せっかく栞さんが探してくれたので読もうかと思って——ほらーこんな大きな消防車——これぞ本の魅力ですよ神にーさま♡」
(今回もこいつは頼りにならなそうだな…)
———————————————————————————————————————————
「ばかは……なかったな…」
(どうしてあんなこと言ってしまったのかな……その前にお礼言った相手なのに……トホホのホ。何故にありがとうを失敗する口がバカはきちんと言えちゃうのよ?逆ならよかったのに…!私の口は無能だわ…バカバカ。口のバカ!ああ…人とのコミュニケーションはなんて困難なんだろう…昔から私はテンポの遅い人間で有名であった…でも違うの…頭の中はいつもフル回転してるの‼︎うまく言えないだけ‼︎私の口は心の蛇口として小さいのだ……大好きな本のことですら…本当は24回も読んでた…本の感想を原稿用紙100枚書いていった。気味悪がられた…本は…私を急かさない…安心する…本のなかなら私は自由だ…あまねく言葉を知り、自在に操る万能の人間。ビスマルク曰く、歴史から学ぶ者は賢人、経験から学ぶ者は愚者なり。そして図書館は人類の歴史の塔。人と話さなくても…私はすべてを知ってる。人との交流なんて必要ない‼︎そう、そうよ。……そうなの。私は本の世界に生きるのよ‼︎その通り………)
「……あ…、…あの…、あの!」
大きな声に驚いて読んでいた本を落としてしまい、慌てたせいで積んでいた本の山まで崩してしまう。私は近いところから落としてしまった本を拾っていく。
「はい、これ」
差し出されたそれは私がつい先ほどまで読んでいた本だった。
「…あ、ありが、とう……ございます……」
い、言えた!
私はちゃんとお礼が言えたことに内心すごく喜んでいた。
本を受け取り、拾ってくれた人を見るととても活発そうな女の人が立っていた。
たしか…隣のクラスの…名前は……
「ごめんね、大きな声出しちゃって」
(あ、まずはすぐに気づけなかったことを謝るべき?最初に「はじめまして」ってつけるべき?って、タイミングまた逃しちゃう!)
「…………は、はじめ、まして……すぐに、気づけなくて、ごめんなさい」
しゃ、しゃべれてる!
カタコトで、かぼそい声ではあったが、私はかつてない喜びを感じていた。
「それで本を探して欲しいんだけど、いい?」
コク
私は頷いて肯定する。今度こそ失敗しないように……
「コーヒーの入れ方についてなんだけど、そんな本ってありますか?」
「⋯あります。⋯⋯何冊持ってくればいいですか?」
「それじゃあ、初心者向けの本を3冊くらいお願いしようかな」
あれと、これと、あれと、⋯⋯⋯⋯⋯⋯どうしよう、初心者向けの本が選びきれない!でも、ありますって言っちゃったし⋯⋯早く何か言わないと!
「⋯⋯あの、」
キンコーンカーンコーン、キンコーンカーンコーン……
「あっ、チャイム鳴っちゃった!ごめんね!放課後にまた来るから‼︎」
そう言って彼女は走り去ってしまった。
(‼︎と、図書館で走っては……)
私の思考よりも彼女の足の方が早かった。
(……でも、ちゃんとお話し、できた……)
私は話ができたと言う事実に安堵し、満足した表情で読みかけの本を開いた。……でもやっぱり、あの失礼な人のことを考えると心の内はモヤモヤします…
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FLAG.08
栞編 第三話です。
今回のお話は原作に添いつつ、だいぶ分岐しています!
引き続き汐宮栞さんを追いかけている私たちです…
私は開いた本を片目に栞さんがいる方を見やると『おさわがせしております‼︎図書委員 精鋭会議中‼︎』と言う立札が目に入った。
「え——という訳で、諸君‼︎いよいよ来週から、図書館に視聴覚ブースが誕生しますぞ‼︎」
一人だけ立って話している彼女が議題を言うと周りの人たちは拍手をし、思い思いの言葉を述べる。
「CDやDVDも借りられるようになるよ。」
「楽しみ————」
「もっと早く作ればよかったのに——」
「…… ……」
…そんな中でも栞さんは相変わらず無口です。
「増築で予算食ったのよ——」
「ね——バンプ入れよーね——」
「らきすた——」
「私も布教しちゃうよ—————」
「だかららきすた——」
「うるさいな——」
「…… …… …… …… …… ……」
栞さんは「ぎじろく」を書いていますが、なんだか浮かない顔をしています…
「来週の休館日に設置だから、ヒラの図書委員も全員動員よろしくゥ!」
「全員ってまた無理難題を。」
「中等部も——?」
ガタッ!
栞さんがいきなり席を立ち上がると、みんなの視線も彼女に集まりました。
「書記汐宮、何かな?」
司会役の彼女は栞さんに「何用か」を訪ねますが…
「…… …… …… …… …… …… …… ……」
栞さんは何も喋らず、ただただ時が流れていくだけでした。
「言いたいことがあるんじゃないの?」
「いつもこれだもん。」
「もしかしてトイレですか——」
そんな彼女に周りの人たちは思い思いの勝手なこと言いはじめてしまい、彼女は頬を赤らめ、もじもじとしだしてしまう。
「…… …… ……」
「何もなかったら解散ね——」
「じゃーまた来週————」
結局、彼女は一言も喋ることなく会議が終了してしまったのでした。
———————————————————————————————————————————
「神様——栞さんももーちょっと話したほうがいいのでは?」
私は先ほどの出来事を踏まえて純粋な質問を神様にしました。
「話したくないなら話さなくていいだろう?ボクは話さなくても平気だぞ。口なんてそもそも飾りなんだよ。ゲームするのに必要のないパーツだし‼︎ボイスコマンドのゲームは幸いクソゲーばっかりだ‼︎」
……こんな返事が返ってくると、やっぱり神様は神様なんだなぁと思ってしまう。
「ならどうして、駆け魂が巣くったんだろうー?…本当は、話したいと思ってたりして…」
「そんな月並な図書委員は却下だ。」
「神様は何様ですか——?」
そんなやりとりをしていると、こちらに浮かない顔をした栞さんがトボトボと歩いてきました。
(…… …… …… 話し始めるまで待ってほしいなあ…どうしてコミュニケーションに会話が必要なんだろう。私たちのご先祖さま、会話よりテレパシーを進化させるべきだったんだ。そうすれば口下手でも大丈夫だったのに…あーあ……)
先ほどの会議でのことを思いため息が出てしまう。世の中はなんでこんなに優しくないんだろう?
そんな私の目に飛び込んできた珍事。否、決して許されることのない忌むべき行為。
(……!!!……な……な……な……な……落書きしてる——‼︎)
私は勢いよく落書きされているその本を奪い取る。
(あ、この人…き、昨日の暴言人間…‼︎図書はみんなの公共物だよ‼︎怒。なのに落書きするなんて。怒。怒。なんという人なの⁉︎死ぬればいいのにこんな人‼︎)
私は言葉に出せない「怒り」の視線を向ける。
「あ——神にーさま、落書きしてる——」
「訂正だよ。その作者のゲーム年表は間違いだらけだ。本とは情報だ。正確でない情報なんて無意味だろ。」
言い訳だ。目の前の男の人はつらつらと自分のやったことを正当化し始める。
そして、そんな言い訳に私は納得してしまいそうになる。
本を愛する者として、許してはいけない行為のはずなのに。
(そ、それはそうかも…で、でも落書きはダメ‼︎こういう人は同じ理由でもって推理小説の序盤で、犯人の名前の横に、「こいつが犯人ですのじゃ」って書いちゃう人なのよ‼︎辞書のいかがわしい語句に全部丸つけたり…け…消す方の身になってほしいの‼︎)
危うくこの人の口車に乗るところだったけれど、大丈夫。私は今までにあった許されない行為を思い出し赤面しながらもこの人を怒っている。
けれど、この人はまたも許されないことを言い放った。
「訂正もすぐにできないなんて、本はやっぱり前時代的だな。」
その言葉は、この間のように私の中の何か…言葉にするなら、「堪忍袋」の緒を切った。
「あ、あ、あほぉおぉ!」
か細い声だった。喉を通る声はとても震えていた。
彼の耳元で言ったその言葉は、我に返った私をまた真っ赤にした。
私は背を向け、その場から去った。
(…… …… …… …… …… ……)
———————————————————————————————————————————
「神様が女の子を怒らせるのにも慣れてきましたよ。」
「怒らせてるんじゃない、話してるんだよ。」
まったく、何度言ってもわからない奴だな。
「話といっても、「ばか」が「あほ」に変わっただけですよ——」
「大違いだよ。いいか、『物言わぬ文系女子の女心肝臓診るがごとくなり‼︎』」
言ってわかるとも思えないが、ボクは文系女子攻略の極意を教える。
「外側に表れないからといって、内側も静かだとは限らない。裏で大きな変化が起こってるかもしれない。小さなサインを見逃すと、後で後悔するぞ。」
「すると栞ちゃんは肝臓系女子ですか?」
何だそれは。肝臓系なんていう女子はいない。
やっぱり理解できていなかったか…
とりあえず今はイベントのコンボをつなげるだけだ。今の流れを保つぞ‼︎
———————————————————————————————————————————
【放課後】
(…… …… あほも、なかったなぁ…… それにしても、どうしてあの男は……)
私はここ数日目に着くあの失礼極まりない男に言ってしまった言葉を思い頭を抱える。
「……はぁあ」
口をついて出たため息は私の気分をさらに悪くした。
手に取る本を開いてもなかなか文字が私の中に入ってこない。読んでいる時が一番楽しかったはずなのに……
「……の……あ…の……あの!」
その声は聞き覚えがあった。
「ごめんね、本読むの邪魔しちゃって。大丈夫だった?」
私とは決して交わることのないタイプの人間だと思ってきた。そんな人と私はお話をしている。
「……い…いいえ。これが、仕事ですから、気にしないでください」
……まただ。昼休みにやった会議では何も言えなかったのに……今はこうしてしゃべれている。
「…それで、どうでした?」
「うん‼︎前よりも上手くなったって褒めてもらえたよ‼︎」
「よかったです」
私は胸を撫で下ろした。自分がおすすめした本が役に立つと言うのは嬉しいです…
彼女はここ最近、頻繁にコーヒーの本を借りにきてくれる人だ。
何でも、喫茶店でアルバイトを始めたらしく、美味しいコーヒーを淹れられるようになりたいらしい。
「今度は……この本を読んでみてください」
私はカウンターに置いてあった本を彼女に渡した。
「ありがとう‼︎……もし、自信を持って淹れられるようになったら飲みにきてね!招待するから!」
「…はい、待ってますね……高原さん……」
そう言って私はほんの少し微笑んだ。
———————————————————————————————————————————
【さらに次の日】
ペンを持って本に書き込んでいる男がそこにはいた。
……ボクだった……
(また落書き‼︎何度言ったらわかるの?今日は言い訳聞かない‼︎今日こそ‼︎言うわ強気に‼︎言うわ……言うわ……言うわ……)
栞は早足でボクが座っている席に近づいてくる。そして昨日のように書き込んでいた本をバッと取る。でも昨日とは違う。
「それ、ボクの本。」
「!」
「図書館の本じゃないよ。返して。」
本で顔を隠しているけれど、でもその顔がどうなっているかは手に取るようにわかる。
(…… …… …… …… ……ど…どうして攻撃的に出た時に限って、こんな目に…なんなのこの人は…すいません…って言うべきかな…いや…こんな人に…すいませんなんて言うことない‼︎)
(……すいません。)
「あなたは落書き禁止‼︎いえ、全部禁止‼︎」
(私は静かに過ごしたいのに。)
「あなたがいると乱れちゃう。」
(すいません。)
「あなたは出入り禁止‼︎視聴覚ブースなんてできたら…あなたみたいな人ばっかり来て私の図書館が…」
歯止めなくこぼれ出てきた栞の言葉はそこで止まった。
一瞬、自分でも何が起こったのかわからなかったのだろう。
惚けたのも束の間、我に返った彼女は自分の口を押さえた。
「ずわー‼︎私…‼︎思ってることと話してることが逆になってる‼︎…… …… ……」
そう言って栞は小走りで行ってしまった。本を持ったまま……
「ボクの本…」
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【さらに次の日】
本棚の影に隠れているが、視線が気になってしょうがない。
「出入り禁止って…言ったでしょう…わかってるんだ…また私にいやがらせするんだ…」
ボクは少し驚いた。
「ふつうに話してる。」
普通に喋れるようになるまで、もう少しかかると思ったのに……ボクの知らないところで、何かあったのか?
……でも、今はこの流れに乗ろう‼︎
(あれ、本当だ…あれれ?昨日話したせいかな。まことに怒りのパワーというのは恐ろしい…よく考えたら昨日も今日も私から近づいた。変だな 変だな。)
ボクはゲームの手を止めて頬杖をつく。
「……しかし、図書館はいい所だな。外はどこに行ってもうるさいよ。」
…でも、最近は誰かが近くにいるのも、うるさいのも……悪くない。
栞はボクの前に座って、本を置いた。
「そうだよ…図書館は…………素敵な場所だよ…現実の喧騒から守ってくれる。紙の砦なの…」
静寂がその空間に流れる。
「ボク、桂木桂馬だ。」
(…… ……)
「し…」
(……)
「汐宮栞……ですが…」
(…… …… ……)
「ご、ごゆっくり…」
視線を逸らし、辿々しく自分の名前を言って、彼女は行ってしまった。
(な…名前なんか言うことなかったのよ。危険人物なのよ‼︎あの人、急に名乗ったりするから…これは反射です、反射‼︎でも…あの人とは何か通じた気がした…気のせい気のせい。)
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「神様すごいですね、あんな無口な娘ともちゃんと仲良くなりかけてます。攻略間近ですね————」
楽観的な発言だが、たしかにその通りだ…
ココロのスキマ…人嫌い…視聴覚ブース…本が好き…心の声…スキマはどこにある…
思案しながら歩いていたボクは「それ」が目に入った瞬間、足を止めた。
「それ」とは、受付カウンターに一人佇む栞の姿だ。その手には一枚の紙切れが握られていたが、彼女はそれをビリビリに破り捨てた。そしてボクなんか眼中にないかのようにツカツカと横を通って行った。
「なんだ?栞の奴…」
違和感を感じた。そして、それはボクだけじゃなかった。
「何か変でしたよ?」
エルシィもそう感じたようで、ボクたちは栞が破り捨てた紙切れに手をつけた。
「プリント………」
それは公的に発行されたプリントの残骸だった。だが、それ以上のことは何もわからない。流石に破られた紙から内容を読み取るなんてことはできない。
ボクが半分諦めかけたときエルシィは羽衣でプリントの残骸に触れる。
「復元してみましょう‼︎羽衣さんお願い‼︎」
羽衣は瞬く間にプリントを復元し、その姿が露わになる。
「できました————役に立った!」
エルシィは満足そうにプリントをボクに見せる。
なるほど……これか…
そこに書かれていたのは、「視聴覚ブース導入に伴う、蔵書処分のお知らせ」だった。
「エンディングが……見えたぞ‼︎」
ボクは確信した。しかし、物語はボクがいなくても進んでいく。……進んでしまうのだ。
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本当に嫌になってしまう。
どうしてだろう?どうして、本が処分されなくちゃいけないのだろう?
私は本を読みながら帰宅の路についていた。ただ本の内容はあまり入ってこない。
それは私の内に幸せな気持ちと不幸な気持ちが混在しているからだろう。
不幸な気持ちの要因は言わずもがな、蔵書処分についてである。言いたいことがはっきり言えなかった私にも非があるだろう。しかし、それとこれとは話が別だ。図書館の本を処分するなんて、許せない。
そんな不幸な気持ちと同居している幸せな気持ちがいる。
なぜなら、この度私が高原さんにお呼ばれされたからである。つまり、招待である。
『ねぇ!私が淹れたコーヒー飲みにきてよ!』
そう言われたのは今日の放課後だった。
私は少し口角が上がったことを自覚して頭を振る。
そう、これはお礼だ。
今日、彼女が淹れたコーヒーを飲んでそれが美味しかったら彼女はもう図書館に来てくれないのだろう。
少し寂しくもあるが、それでも私が彼女の力になれたのならそれは喜ぶことだ。
私はカバンの中から彼女からもらった喫茶店の住所が書いてあるメモを取り出す。
この辺だと思うんだけど……
太陽も沈みかけであたりは橙色に染まっている。
そんな住宅街を進んでいくと、看板が立っていた。
『カフェ・グランパ』と書かれたそれは高原さんからもらったメモの喫茶店名と同じだ。
Openという札も出ているし、やっているんだろうけど……こういうお店に入るのは緊張してしまう。
そんな私は窓からお店の中を見てみる。
「…あっ、高原さん…」
カウンターでコーヒーを淹れている高原さんの姿が目に入って安堵した。
ここで合ってたんだ……
私は店内をもう少し観察してみる。
すると席に座っているお客に目が止まる。
独特な寝癖……鋭い目つきに、メガネ……そして手に持ったゲーム機……
そう、それはあの人……桂木桂馬だった。
私の空間に土足で乗り込んできた、失礼な人……でも、少し気が合うと思った。その人が席に座っていたのだ。
私は咄嗟に身を隠す。
あれ、何だろう?
私は胸の当たりを抑えた。心臓が強く鼓動した。
ドクン、ドクンと鳴り止まないその鼓動の理由がわからない私は引き寄せられるようにもう一度店内を覗く。
すると、高原さんがちょうどコーヒーを運んでいるのが見えた。
それをあの人の席まで持っていくと、彼女は頬を赤らめながら彼の目の前に置いた。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ
先ほどよりも強く、早く心臓は脈打つ。
何故だろう。見ていたいのに、一刻も早くこの場から離れようとする私がいた。
彼は高原さんが淹れたコーヒーに口をつけ、驚いたような顔をする。それを見て彼女は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑っていた。
あっ
そうか、そうなんだ……
私は走っていた。走るのなんて嫌いなのに。疲れるのなんて、嫌で嫌でしょうがないはずなのに。
そうだったんだ、私……
私の眦から尾を引いて涙が落ちていく。
読んでいただき本当にありがとうございます。
次回はほとんどがオリジナルなので上手く書けるか分かりませんがお楽しみに‼︎
そして、お気に入り登録してくれた方、感想を書いてくれた方、読んでいただいた方、本当にありがとうございます‼︎
これからも怠けず書いていきますのでどうぞよろしく‼︎
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FLAG.08.5
私は何がしたかったのだろう。
あの場から逃げて、せっかく誘ってもらったのに、あの中に入ることができなかった。
あの光景が今も瞼の裏にこびりついて離れない。
別に彼とはそんなに親しいわけでもない。
むしろ嫌いな人間だったはずだ……はずなのに。
いつからだろう?
私の方から彼に近づいて行ったのは。
この感情の名を、私は知っている。
でもそれは、知っているだけだ。
今まで読んできた本の中に書いてあった。
それは私からとても縁遠い感情だ。そう思っていた。
それなのに、あの時、あの場所であの光景を見て、すぐに理解できた。
私はあの憎たらしい彼のことが——桂木桂馬と言う男のことが、好きなのだ。
理由なんてわからない。
彼の行動はいつだって理解不能だ。
本に対してすごく酷いことを言った。
本に修正だと言って、堂々と落書きした。
……それでも、彼は言ってくれた。
『図書館はいい所だ』と。
たった一言。その一言が私の心を開いた。
気づけば私は惹かれていた。
なんて単純なんだと自分でも思う。
でも、この感情は言葉にできない。してはいけない。
彼女が——歩美さんが、傷つくから。
ちょうど彼と時を同じくして私の前に現れたとても活発な少女。
彼女は彼と恋人関係なのだろう。
少なくとも彼女は彼に好意を寄せている。世情に疎い私でも表情を見ればわかる。
彼女を傷つけたくはない。
だって、やっと話せるようになったのだ。
普通に話せて、普通に本を薦められて、こんな私を受け入れてくれる。
そんな優しい彼女を傷つけるようなことを私はしたくない。
だから、私はこの感情を心の奥深くに仕舞い込んだ。
……もう、開くこともないだろう。
私は、彼を好きにはならない。
すると、私の意志とは関係なく身体が動き出した。
でも、何をしているのかは不思議と理解ができた。
何故なら、それは私がやろうとして、出来なかったことだから。
私の好きな物を守るために行動しようとして、でもそんなことしてはいけない。自分なんかにはそんな大それたことは出来ない。そう思っていたこと。
『図書館で籠城する』
それは大切な本を……私の大切な居場所を守るための行動。
気づいた時にはもう図書館の中に居た。
広い広い図書館の中に私一人が立っている。
こんな大それたこと、今すぐやめなきゃ……そう思うのに、私は一歩を踏み出せない。
図書館から出られない。
そして……
私は後ろを振り返る。
そこには「処分されてしまう」本の山があった。
それを見ていると、この本達は私が守らなければいけない。
そう思えてくる。
そうして、私の短い図書館籠城が開始された。
お待たせして本当にごめんなさい!
お気に入り、評価してくれた方ありがとうございます!
この後も不定期になりますがちょこちょこ投稿していきます
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