Volksarcheー人々の方舟ー (鶩屋 槐)
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プロローグ 前日譚
全ての始まり、その前日譚
今回これを執筆したのはシンエヴァを見てものすごく創作意欲が湧いたからです。
いや、確かヴンダーって戦艦だったな〜、と思い立ったが吉日。すぐさま筆を取りましたね。えぇ。
アズレン×ヴンダーを探した方もいるのではないでしょうか。私もその1人です。
だが、もう大丈夫!私が書く!
というわけで初投稿作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
「ワタシ」と言う存在に心当たりはない。
しかし「ワタシ」が「私」であったという事実は確かに存在する。
それはどうしようない現実だったものであり、かの未来の礎として大地に生える贖罪の十字架であったのだから。
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窓から入る光は部屋に敷かれた赤いカーペットを眩しいほどに照らしている。
室内を照らす光が差す窓辺に1人の人間がいた。
「今期の特別計画艦。そのエンプティスペースがついに公開されたな」
窓際の人間が口を開く。誰かに語りかけるようなその言葉は独り言でなく、その部屋にいるもう1人の人間に向けたものだった。
「ああ、しかしあの計画艦には謎が多い。そして、他とは違い手間も資金も馬鹿にならない」
室内にある高級感のある椅子に座った男は、肘を机に据え、顔の前で手を組みながらそう返した。
「しかし、公開された以上開発を進めねばならんぞ。そもそも計画艦は上層部からの計画という名の命令だろう。最初から我々に拒否権などあるまい」
「分かっている。計画自体に支障はない」
「架空存在実証及び特別計画艦の実戦配備計画、か。上層部はいったい何を考えているのやら」
「何にせよ我々の計画に変更はない。上層部の目的と我々の目的はそれほど離れたものではないからな」
「ふむ、まぁよか…」
窓際の男が口を開こうとするも、ここで突然のノックにより2人の会話は唐突に終わりを告げる。
そして椅子に座る男が部屋の前にいる存在に入室許可を出した。
「おはよう、2人とも。今日も早いわね。」
扉を開けて入ってきたのは、黒を基調とした軍服に身を包んだ金髪の美女であった。
「ああ、おはよう、ビスマルク」
「おはようございます、ビスマルク。」
彼女の挨拶に2人は先ほどとはうって変わって親しみを感じさせる口調で接する。
「さて、早速だけど今日の業務を始めましょうか。では、最初に先月の決算報告だけれども…」
「それにはもう目を通したよ。まあ、いつも通りだったね」
「流石に仕事が早いわね…」
「指揮官補佐が有能だからね」
「ありがとう、2人とも。それでは、今月分の予算の確認をしましょうか」
2人の賞賛を受け止めた指揮官補佐は、無駄口を叩くなと言わんばかりに仕事を進めるように言う。
「ちょっとぐらい照れてもいいんだぞ?」
「貴方の照れる姿…みてみたいわね」
「さっさと仕事しましょう。というかビスマルク、貴方このあと演習の指揮を執るんじゃなかったんですか?」
2人の軽口をバッサリと切り捨てて、2度目の催促をする。3度目はない、というような目線に2人は肩を竦めて早速取り掛かることにした。
「まあ、やっぱり計画艦かなぁ」
「だろうね。今回の計画艦は効率よく建造できるといいですけど」
「そういえば新しい計画艦が公開されたんですって?どんなKAN-SENなの?」
「それがなぁ…」
「どうしたの?」
どうにも歯切れの悪い返事にビスマルクは怪訝に思ったのか、その端正な顔に疑問の色を浮かばせている。
「基本情報、そして見た目も名前もわからないのですよ」
彼女の疑問に答えたのは指揮官ではなく、その横に立つ副指揮官だった。
「わからない?公開されたんじゃなかったの?」
「えぇ、公開はされました。しかしそれは第三期のエンプティスペースが埋まった、というだけのことです。まあ、開発過程は記載されていたので建造できないことはないのですが」
「つまり、上層部は得体の知れないものを投げつけてきたってことね」
「しかも、他の計画艦と違って必要な資金もデータ量も2倍なんだ。」
「…それは、厳しいわね」
その想像を超えた消費資源の多さに愕然とするピスマルク。その様子にさもありなんと首を振る副指揮官。そして、言った本人も信じたくないとばかりに眉間の皺を抑えた。
「2倍となれば開発部門だけじゃなくて技術部全体の予算のほとんどを食い潰すんですよ。
…ホント、わけがわからないです」
「やらないという選択肢は…無いわね」
「うん、まぁ開発できないこともないからなぁ。
…よしっ!」
そして覚悟を決めたように椅子から立ち上がり口を開く。
「技術部に通達。新しく公開された特別計画艦の建造を開始する。資金は開発部門内の即座に使えるうちの最大限を使う。足りなければ予備費からも出そう」
「承知した。技術部の饅頭たちに伝えてすぐにでも開発を始めるわ」
「頼んだ。さて、じゃあ今日の早朝集会はお開きだな。ビスマルク、演習頑張れよ」
「ありがとう。では、もう行くわ。少し遅れてしまって、ペーターに怒られるのは流石に恥ずかしいから」
と言ってビスマルクが退出するために踵を返したと同時に、突然バタンと音を立てて扉が開いた。部屋にいる全員が扉の方を向く。
そして、入ってきたのは若干顔の強ばったZ23だった。
「ビスマルクさん、ここに居たんですか!早くきてください!みんな待ってますよ!
…あっ、指揮官に副指揮官、おはようございます!」
「おはよう、Z23」
「おはようございます、Z23。今日も元気いっぱいですね」
「えへへ…ありがとうございます!
……って時間ないんでした!ビスマルクさん、行きますよ!ペーターさんが怒りそうなんです」
照れていたのも束の間、Z23は焦った表情でビスマルクに詰め寄った。
「分かったわ。…しかし、どうやら手遅れだったようね。ペーターに怒られてしまうわ」
「何でもいいですけど、一番最初にペーターさんに一言謝って下さいね。ペーターさん、結構小言長いんですから」
「すぐに行く。じゃあ2人とも、また後で」
「失礼しました!指揮官、副指揮官!」
そう言ってビスマルクはZ23に引かれるようにして出て行った。
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「………行ったか。それにしても嵐のようだったな」
「…ああ。
……………それにしてもルディ、お前は何でそんなに重々しい口調で話しているんだ?」
ビスマルクが出て行ってから口調を戻した親友にフォルカーは疑問を投げかけた。
「それは君もだろうに」
「いや、俺はお前に合わせていただけなんだが…」
「だろうね。あぁ、理由だけどね、最初に僕たちが話していた時に部屋の外にビスマルクがいたからだよ」
「ビスマルクが?よく分かったな……
それにしても何でビスマルクがいたらあんな口調で喋るんだ?」
「前にもノリでこんな口調で喋った時があったろう?それが彼女らの中でカッコイイと評判だと風の噂で聞いたからね。ディガー、君も見られるならカッコよく見られたいだろう?」
「…………………………フッ、勿論だ。」
カッコいいと言われて張り切るリュディガーと、それを面白がって振るフェルディナントのその背中はあまり変わらないように見えた。
「さて、この後はどうする?」
「一応今ある書類は片付け終わったし、とりあえずKAN-SEN達と触れ合ってきなよ。僕は技術部に行ってくるから」
「分かった。じゃあ俺は演習を観に行ってこようかな」
「では、また後でな。フォルカー」
「あぁ、後で会おう。カフカ」
重々しい口調に、これまた重々しい口調で返事をする。
わかり合ったような返しに満足そうに微笑みながら、フェルディナントは部屋の外に出て行った。
「さて、俺も行くか。今頃始まったくらいなら、決着はまだついてないだろ」
そう言って最後に残った部屋の主人は、外の世界に踏み出していった。
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鉄血第二○一海軍基地 近海
「いや、ホントカッコよかったわ!
『上層部は一体何を考えているのやら』
『何にせよ我々の計画に変更はない』
……ああ!ホントにカッコいい…!」
「姉さん…いつもの冷静さとカッコよさはどこに置いてきたの?…まぁ、カッコいいというのはわかるけど」
「アレを生で聞いたら貴方もわかるはずよ。次は録音してくるわ」
「盗み聞きの次は盗聴録音?あぁ、我が姉が軍法会議にかけられる日は近いのだろうか…」
興奮する姉、ビスマルクに呆れたようにため息をつくティルピッツ。
そして、そこに新たな乱入者達が現れた。
「その話もっと詳しく聞かせてもらえないかしら?」
「我もその話、興味があるな。ペーターお前もどうだ?」
「いや、私は……分かったわよ。見に行くわ。だからそんな威厳もへったくれもない泣きそうな顔で見ないで、グラーフ・ツェッペリン」
「そうか!憎く、滅ぼすべき世界だが、我の娯楽となるものはあるものだな!」
「貴方、世界を滅ぼすとか言ってるけど実のところ一番楽しんでるわよね…」
ペーター・シュトラッサーは楽しげな姉の姿を見て呆れていたが、微笑ましくも感じていた。
そしてその様子を見ていたティルピッツと目が合うとまるで同じような姉を持ったなと言わんばかりに肩を竦めた。それにティルピッツは本当にねと苦笑を返す。
できる妹同士のアイコンタクトとはどんな暗号よりも優秀なようだ。
そして、残念な姉達はどちらも幸せそうな顔で物思いに耽っていた。
「んー、姉妹間の仲の良さをこれ以上ないほど見せつけられてるわね。私、寂しいわぁ」
そんな中で1人残ったプリンツ・オイゲンはちょっと拗ねていた。
「よし、今日はヒッパー……お姉ちゃんを構い倒すわよ〜」
ちょうどその時、その近くで他のKAN-SEN達とビスマルクらを待っていたアドミラル・ヒッパーは、急に悪寒を感じたという。
「さて、みんなも待っていることだし、さっさと始めるわよ。ビスマルク、早く戻ってきなさい」
ちょうど時間になったのでペーター・シュトラッサーはその場の全員に呼びかける。
「今日の演習は第一艦隊と第二艦隊の模擬戦だったと思うけど、合っていたかしら?」
「ええ、その通りよ。…ハァ、今回はハインリヒが変なことしなければいいけれど」
ビスマルクが演習の概要を聞くと、肯定とともに愚痴が返ってきた。
一応鉄血の指導者として部下の悩みを聞いてやろうと思ったのか、ペーターの話を聞こうと水上を走りながら彼女に心配するように問うた。
「ハインリヒがどうかしたの?彼女は通常任務でもかなりの好成績を出しているが」
「えぇ、そうでしょうね。書類上は」
そしてそこから始まったのはペーターが溜めに溜め込んだ愚痴のオンパレードだった。
やれ、話を聞かないだとか。やれ、自由な癖に目標だけはしっかり潰すだとか。
そんな話が十数分もつづくのである。ビスマルクはこれは失敗したと悟る暇もなく、相槌を打ちまくった。
そして、演習場所に着いた時にはまだ始まってもいないのに疲労困憊という様相を呈していた。
「アンタ…どうしたの?すごく顔色悪いじゃない」
ついにはいつも威勢のいい言葉を口にするアドミラル・ヒッパーでさえも純粋に彼女の心配をする始末だった。
「いえ、何でもないわ。そう、ちょっと闇を見ただけ…病みをね…」
「そ、そう。…何かあったら声かけなさいよ。アンタに何かあったら一大事なんだから」
「分かっている。ありがとう」
「べ、別にアンタのこと心配して言ったわけじゃないから!勘違いしないでよね!」
顔を真っ赤にしながら己の陣地に急ぐように走っていくヒッパー。その様子にビスマルクは可愛いと思ったが、それを口にすることはなかった。
言ったらまためんどくさくなると判断したからだ。
「さて、準備は終わったかしら。貴方達、始めるわよ」
ヒッパーと話している間に、全てのKAN-SENの配置が完了したようだ。ビスマルクはすぐさま演習開始の合図を出した。
開始10秒もしないうちに相手艦隊の前衛とこちらの前衛がぶつかり合う。
衝突と同時に相手方の魚雷が発射されるも、バルジによりそれを無力化する。そしてお返しにとこちらの軽巡が主砲を発射するもギリギリで回避される。
一進一退の攻防が繰り広げられる中、私、ビスマルクは後方にいる主艦隊に牽制砲撃をしながらも、相手の隙を伺っている。隣のグラーフは戦闘機や爆撃機で前衛の援護をし、逆隣の我が妹、ティルピッツは私のスキルで強化された砲撃を相手主力艦隊に撃ち出している。と、同時に魚雷を使って前衛の撃破も狙っているようだ。
徐々に戦況はこちらに有利に傾いてきた。が、ここで相手主力艦隊のペーター・シュトラッサーのスキルでこちらの前衛の動きが止められ、集中砲火に晒された。運悪く相手の主砲が命中したようで、こちらの前衛艦の1人が撃沈判定を出され、そこから離脱した。
残った前衛の娘達もボロボロで、一度後退させるために私は一斉射撃による弾幕で相手を近寄らせないようにする。直撃はしなかったが、至近弾による衝撃で相手前衛艦隊の1人を撃破した。
これで漸く同数に戻った、と安心するのも束の間相手戦艦の一斉射撃が私たちを襲った。それによりティルピッツが大破、グラーフは中破と同時に発艦艤装がやられて完全に無力化された。かくいう私も主砲の一つが衝撃でダウンし、舵がやられたのか回避もままならない。
その後、できうる限りの抵抗も虚しく相手の航空爆撃により私は撃沈判定を受けた。そして、旗艦の私が戦闘不能のためこちらの敗北が決定した。
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「ハァ、今回は負けてしまったわね」
「いや、あれは惜しかった。ペーターのスキルの発動タイミングとその後の追撃がとても良かったと思う」
ため息をつく私の姿に悔しがっていると思ったのか、ティルピッツが慰めに来た。別に悔しがってはいなかったのだが、妹の優しさに演習の疲れを忘れるくらいの幸せを感じた。
「たしかにあの手は良かったわね。…あれの対処法をあとで考えてみようかしら」
「なら、私の部屋でやりましょう。最近手に入れた良い豆があるの」
かつては1人で、寂しくてもただずっと我慢していたティルピッツ。その妹が誰かをお茶に誘うということに感動を覚える。
(妹を変えたのは、やはりあの人たちかしら。…指導者として、そして家族としても感謝してもし足りないわね)
「どうしたの、姉さん?」
黙ったままの私を不審に感じたのか、ティルピッツは私の顔を覗き込みながら聞いた。
それに私は心からの笑顔と共に返答した。
「何でもないわ。それと、良いわよ。他の子達も呼んで楽しくやりましょう」
私の返答に少し驚いたような様子でこちらを見るティルピッツ。そして、少しはにかんだように微笑んで頷いた。
聡い妹のことだ、私のこの思いに気づいたのだろう。
しかしそれを指摘することなく、嬉しそうに隣を進む妹。その姿に、あぁやっぱり変わったな、ともう一度微笑んだ。
遠くから「おーい」と呼ぶ声がする。
私はティルピッツの手を取り、繋いだ。妹は今度は驚くことなく、その手を強く握り返してくれた。一頻り一緒に笑って、前を向く。
そして手に伝わる暖かさを感じながら、私たちは仲間たちの下へと走っていった。
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「いやー、良い戦いだった。どちらもなかなかの練度だったな。戦力については心配しなくても良いかな」
1人小さなゴムボートの上で双眼鏡片手に演習を見ていたリュディガー。
彼女らの手に汗握る戦いに心を躍らせながらも、今回の目的たる戦力の分析と把握は達成していた。
「さて、とりあえず戻ろうかな。戻ったらフェルの報告聞くか」
ちなみにこのゴムボート、最先端のステルス装備を載せたかなりすごいものだったりする。なのでKAN-SEN達には気付かれてはいない。
「んー、でもちょっとだけ景色を見てからにしよう。運良く釣り道具もあるし、休憩がてら楽しもう」
その後、超高級なゴムボートで日が暮れるまで釣りを敢行した結果、フェルディナントとビスマルクにこってり絞られることになり、更に罰のとして次の日の仕事量は倍になってしまうのであった。
主人公のヴンダーさんを初回で出さないという暴挙に出た。私だ。
……いや、ごめんなさい。書いてたらなかなか出てくれなかったんです。
おそらく次の次ぐらいに出るでしょう!多分!それまで気長に待っててください。
はい、というわけで前日譚でした。拙い文章ですが楽しめていたら幸いです。
※更新頻度、結構遅くなると思います。ご了承ください。
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全ての始まり、その前日譚 弐
「ワタシ」が型作られていくのを微睡の中で理解する。
嘗ての「私達」から「1人のワタシ」に存在が変化していく。
変化の終わった果てに嘗ての「私」は無い。
だが、不快感はない。
何故なら、其れは新たなるシンワの始まりなのだから。
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「変わらない日々。其れはただの平和か、それとも嵐の前兆か」
「なあ」
「どちらにせよ我々は進まねばならん」
「おい」
「それがただ唯一の生きる道であるが故に」
「耳ある?」
「あるよ。だから良いこと言ってる時に邪魔しないでくれるかな、ディガー?」
「いや、カッコつけてるとこすみませんけどね、一つ言いたいことがあるんですよ」
そこで、漸くフェルディナントはリュディガーの方へ顔を向ける。
「なんだい?我が親友よ。僕の時間を使ってまでどうしても言いたいこと、と言うのを聞かせてもらおうか」
「辛辣ぅ!お前そんな性格だったっけ!?」
「冗談だよ。でも早く言ってくれないかい?」
「いや、お前…ハァ、もういいよ…」
フェルディナントの猛攻にどっと疲れが押し寄せてくるリュディガー。危うく前に倒れ伏しそうであった。
「んじゃ、言うぞ?………計画艦のことだよ。なぁ、普通の計画艦ってどれぐらいで建造完了するんだっけ?」
「一番短かったのはローンの半年だったね。一番長かったのはデータベースの記録上だけど、グローセで約一年半だったと思うけれど?」
「その通りだ。まぁ、大体の計画艦は一年ぐらいで建造が終了する。しかしなぁ…」
そこまで言ってリュディガーは顔の前で組んでいた手を解いて頭を抱えた。
「何で一年経っても全然進んで無いんだよぉ!
てか、漸く戦術データの入力が終わったところってどういうことだよ!」
「まぁ、饅頭達は悪く無いよ。彼らはとてもよく頑張ってくれている」
「勿論それは十分理解しているんだがなぁ。
……何にせよ遅い、遅すぎる。はぁ、資金繰りが大変だ…」
そう、開発には開発資金だけでなくその他諸々の費用がかかるのであった。
そんな中、饅頭という不思議生物のおかげで人件費だけは気にしないでいられるのはありがたいことだった。
「まあまあ、時間をかければかけるほどにその価値は高まっていくともいうじゃないか。
………それがKAN-SENなら尚更ね」
フェルディナントが慰めるもリュディガーは依然頭を抱えたままだった。いや、その手がだんだん顔の前に降りて来ている。
そしてそのまま両の手を組む。いつもの威厳のある組み方ではなく、掌底を合わせまるで神に祈るような姿勢になった。
「高速建造材は無いのかよ…
………おお、神よ!願わくば我に計画艦用の高速建造材を与えたまえ!」
「うわぁ…こんな事で神に祈る人がいたとは。
…まあ、仕方ないと言えば仕方ないかな」
リュディガーのその行いに少し引くフェルディナント。しかし共感するところがあったのか同情するように目を瞑った。どちらの顔も心労のせいか少々老けて見えるようだった。
そんな第二○一海軍基地のTOP2が揃いも揃って老い顔で佇む部屋にノックの音が響く。
2人は顔を引き締めると、すぐさま入室許可を出した。
そして、入って来たのはZ1だった。
「よぉ!指揮官。どうだ?楽しんでるか?」
そして開口一番、2人に朗らかに挨拶の言葉を発する。
「おぉ、よく来たな。まあ、いつも通りだよ」
「こんにちはZ1。いつも通り職務に励んでますよ」
「そうか。俺はいつも通りお前達との日々を楽しんでるぞ!」
Z1の屈託のない笑顔と共に放たれたその言葉に、2人は先程の雰囲気を忘れて破顔した。
「そうか、それは良かった。ん?その手元の手紙は何だ?」
「あ、そうだった。忘れるところだったぜ。
これが指揮官宛に届いてたから持って来たんだ」
そう言ってこちらに手紙を差し出すZ1。リュディガーはそれを受け取りながら、彼女の頭を撫でた。
「ありがとうな。気がきくのはいい事だぞ」
それを聞きながらもされるがままになっているZ1はとても嬉しそうだった。
「おう、次も任せろ!戦闘だけじゃなくて日常で気遣いも出来る、それがZ1様だからな!」
そう言って胸を張るZ1。しかしその双丘は見た目の年齢を反映したものだった。
故にその姿は子供が背伸びしているようにしか見えず、2人からすれば威厳よりも可愛さが立つように思えた。
「えぇ、次も何かあればお願いします。そうだ、お菓子食べますか?前に重桜に視察に行った時に買って来たものがあるんですよ」
「本当か!ああ、もちろん食うぞ。そうだ、妹達の分もお願いできるか?」
「ええ。たくさんあるので後で箱ごと渡しますよ」
そう言ってフェルディナントは隣の部屋から暗い色の四角い物体を持って来た。
「羊羹、というものです。かなり甘いお菓子なのでこちらの抹茶もどうぞ」
「感謝するぜ!____おお、甘くて美味いな」
「だろう?さて、俺も一つ貰おうかな」
うまそうに食べるZ1に自分も食べたくなったのか、羊羹をねだるリュディガー。
しかし、フェルディナントが突きつけるのは無情なる現実だった。
「ならその報告書を書きまとめてからにしましょうか?その後なら何切れでもどうぞ」
「なあ、やっぱり今日お前俺に辛辣だよなぁ!」
「はっはっはっ!やっぱりお前達面白いな!
____うげっ、苦いなぁコレ!うちの小さい子達には飲ませられねぇなぁ」
和やかな雰囲気を楽しむZ1。しかし出された抹茶を飲んだ瞬間、その苦味に顔を顰める。
ちびちびと何度か飲んで漸く慣れたようだ。グッと一息で飲んだ後、勢いよく立ち上がった。
「ご馳走様!美味かったぜ。あ、持って帰る奴にあの緑のは要らない。あれは苦すぎるからな。」
「わかりました。ですがやっぱり甘過ぎると思うので、代わりにほうじ茶を入れておきます」
「ほうじ茶?まあ、苦くなければ何でもいいぜ。出来れば袋に入れてくれないか?」
「ええ、構いませんよ。……はい、出来ました。落とさないように気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう。うちの子達が喜ぶぜ。
じゃあまたな!」
そう言ってZ1は元気いっぱいに部屋から出て行った。
そして、Z1と入れ変わるようにローンが入って来た。
どこか物欲しそうな顔をしながら2人の方に目を向けている。
「やあ、ローン。どうしたんだい」
「…………………………………羊羹」
「…っ!」
狂気に染まる双眸がフェルディナントを射抜く。その目線は全てが凍りつかせ、その狂気は身を焦がし尽くすようだった。
「黙ってたんですか?ねぇ、私にそのお菓子のことを黙ってたんですか?ねぇ、どうしてです?私に食べさせてくれないつもりだったんですか?私を無視しようとしたんですか?そんなの許せない……許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせないユルセナイユルセナイユルセナイ…」
そして瞬時にフェルディナントの前に移動し、肩をガシッと掴んだ。その様子は蛇に睨まれた蛙、いや、肉食獣が覆い被さって草食獣を今にも喰わんとするようだった。
「………ユルサナイデスヨ?」
しかし、ここで怯んで何も出来ないほどフェルディナントの精神は軟弱なわけではない。
このようなことに対処出来なければ副指揮官など務まらないのだ。
「はい、あーん」
「あむっ…!」
急に出された黒い物体に思わずかぶりついてしまうローン。その瞬間、彼女の顔は先程までの表情が嘘のように綻んだ。
「これは…すごく甘いですねぇ。しかし、拗さはない甘さです。如何にも"重桜"という感じの上品なお菓子ですね。」
「とある駆逐艦の子には不評でしたが、やはりその羊羹の後には抹茶が最適だと思うのです」
そう言って、ローンの前に緑茶を差し出す。
受け取ったローンはそれを物珍しそうに見ながら一口ズズッと啜った。
「この苦味で羊羹の甘さの余韻が引き立ちますねぇ。とても美味しいです。この抹茶と羊羹、また貰えますか?」
「えぇ、構いませんよ。後で渡します」
「ふふっ、ありがとうございます」
ローンの機嫌が持ち直したのを見てフェルディナントは気づかれないように大きく息を吐く。
そして、その様子を面白そうに見ていたリュディガーはそろそろ本題に入ろうと歪めていた口を開いた。
「さて、ローン。そろそろ本題に入りたいんだがいいか?」
「えぇ、いいですよ指揮官。何でも聞いてくださいね〜」
食べている間ずっとフェルディナントの肩を掴んでいたローンは漸くリュディガーの方を見た。
ローン。彼女は鉄血の艦船であり、同時に計画艦のうちの1人だ。
まず鉄血の計画艦、架空艦とも言う、について説明する。
基本的に架空艦はどのKAN-SENも強力な力を持っている。
それ故に鉄血は、他の陣営への情報漏洩がないように情報規制を行っている。その対象には同盟関係にある重桜も入っており、鉄血が架空艦という存在に対しかなり重要視していることが分かる。
そして、開発艦計画に携わるのはその秘匿性故、上層部の一握りと一つの艦隊のみなのである。
つまり、それが第二艦隊という訳だ。
その中でも第二○一海軍基地でしか架空艦の建造を行っていない。第二○二海軍基地以下では架空艦の研究やデータ分析、兵装開発、そして架空艦のデータを元にした技術開発などを行っている。
技術開発による成果には例えば"B.B.弾薬"がある。正式名称は"架空砲撃弾薬"だ。
これはKAN-SEN達が戦闘中に弾薬切れになってしまった時、本来の威力には程遠いが新たに弾薬を装填することができる、というものだ。
架空存在から発せられる波長パターンを解析し、実態がなくともそこにある、という事実だけを抽出するという技術によってイメージ上の弾薬という形に押し込めているのだ。
これにより敵艦隊との戦闘で弾薬切れに陥った時でも戦闘継続でき、帰還率も大幅に上昇した。
ちなみに他陣営でも同じような技術が開発されており、そのデータ元もやはり架空艦だったりするのである。
さて、話を戻すと今まで特別計画艦はローン、フリードリヒ・デア・グローセ、マインツ、オーディンそして、ドレイクの公開された全てのKAN-SENを建造している。この内ローン以外はリュディガー達が着任する前に建造されており、今は他の基地に派遣という名目で所属している。
そして、最後に建造されたローンはそのままリュディガーの指揮下に入ったのである。
そのローンが今回何故呼び出されたのか。
その答えをローンも薄々勘づいているのかその顔に疑問の色はなく、リュディガーに対し穏やかな笑みを浮かべているだけであった。
「今回の本題は、特別計画第三期6番艦についてだ。便宜上これからは36艦と呼称する」
「あぁ、一年前から開発が開始されたKAN-SENですねぇ。確か、名前や能力といった情報が何もわからないとか」
「その通りだ」
ローンの確認の言葉に首肯するリュディガー。そしてここからが大事なことだというように身を乗り出す。
「36艦は一年前から開発を継続しているが、未だに建造途中の代物だ。情報の開示も無い。
そしてローン、お前に聞きたい。お前は今回の計画艦をどう見ている?」
「どう見ている、とは?」
言葉は疑問の体でありながらも、その顔はどこか愉快さを含んだ表情に見える。少なくともそこに疑問の色はない。
「本来ならば埋められるはずのないエンプティスペース。それが埋められた。それがどういうことかお前なら理解しているのではないか、ということだ」
「お前も含めて架空艦とは本来ならば存在しないものだ。それが存在している。私はそこに違和感を覚える。
何故上層部はそんなものを作れた?セイレーンとの戦いでは確かに有用だ。しかし、どうやってそんな技術を開発した?そして、そんな秘匿すべき技術を何故内外に発表したのだ。あの時は同盟関係にあったとしても、無から有を作り出す技術はそれだけで世界の覇権を握れる代物だというのにそれを大した見返りも無く国外に公開した」
ここまでローンは怪しげな微笑みを浮かべながらリュディガーを見ている。何も言わないということは、この答えはあながち間違っていないのだろう。
そしてリュディガーはそのまま話を続ける。
「何度も言うがその技術は世界を獲る力がある。というか、無から有を作り出すというのは最早神の所業だ。だからこれは本来ならば秘匿されているはずの技術なのだろう」
「では、そんな秘匿されているはずの技術は何故公開される必要があった?そこに俺は一つの仮説を立てた」
そこでリュディガーは机にあったコーヒーを手に取り口に運ぶ。そこに口を挟んだのは、今まで静寂を保っていたフェルディナントだった。
「ここに貴女達の開発記録があります。そして、ここの項目を見てください」
そう言って指さしたのは何らかの数値が打ち込まれている表だった。
「これは貴女達架空艦の存在値、ここでは存在しているときに発する波長の大きさを数値化したものだと思ってください、貴女達のそれは普通のKAN-SENと比較して遥かに高いのですよ。
そして、次のページを見てください」
ローンが紙を捲ると、同じように他のKAN-SENの存在値が記載されていた。
ただし、その数値は異様なほどに小さ過ぎるものだった。
「この数値は?」
入室以来ずっと張り付けたような笑みのままだったローンの顔に困惑の色が広がった。
「36艦の船体構築完了時、すなわち建造過程の8割完了した時における存在値、その試算ですよ」
フェルディナントの言葉に先程までの余裕のある雰囲気から一転、ローンは頭を抱えてワナワナと震え出した。
「これが…?ありえない…なにかの間違いではありませんか?………私達の…未完成であった私達の…漸くこの渇きから解放されると思ったのに…こんなのはあまりにも…あまりにも残酷ではないですか!!!!!」
「落ち着け!しっかりしろ!」
突然のローンの凶行に驚くも、肩を支えて落ち着くように言い聞かせる。
長い時間にも思えるようで実際には1分も経っていない短い時間の後、漸くローンの目はリュディガーの顔をしっかり捉えた。
「………あぁ、すみません。もう大丈夫です。
でも、もう少しこのまま…出来れば、一生」
「そんな冗談が言えるのなら、もう大丈夫だな。ほら、離れろよ」
「えぇ〜、そんな殺生な〜」
いつの間にかいつもの笑みに戻っているローン。側でそれを見ていたフェルディナントには執務室に漂っていた異様な狂気が霧散するのがよくわかった。
「…さて、そろそろ聞かせてもらっていいか?
お前が知っていることを」
「わかりました。では、お話ししますねぇ」
落ち着いたローンから聞かされた話は、彼らの想像を絶するものだった。
___私達計画艦は、かの世界では建造どころか設計図も不完全な状態で建造中止となった船なんですよ。それ故、私達の力は"想像による補完"がなされています。
ところでお二人とも、子供の頃"僕の考えた最強の〜"みたいなことを考えたりしませんでしたか?
あぁ、いえ、別に恥ずかしく思うことはないですよ。"オトコノコ"なんですからね。ふふっ。
では、そんなことを考える時って、1から全部1人で考えられますか?
まあ、大体は無理ですよね。殆どがどこかで見たような武装だったり、外見だったりを取り入れます。
それと同じですよ。
私たちが持っているのはただそこに"あったかもしれない"という"伝承"、それと建造中止時点での情報ぐらいです。
まあ、わたしに至っては構想段階の設計案しかなく、あったのは取り付けられるはずだった武装の設計図だけだったんですけどねぇ。あはは。
……そんな悲しい顔をしないでください。それが私が存在するという唯一の証拠だったんですから…。
で、そんな私たちなので全員が想像による補完で史上の船よりも強くなっています。
まあ、いわば私達自身が"僕の考えた最強の船"ということになりますね〜。
そしてそんな私たちの最後、つまり36艦は私たちの終着点として建造されるんです。
36艦は我々のような"あったかもしれない"を想像で補完したものではなく、"あったらいいな"を想像で肉付けした船なんですよ。
つまり、想像力100%の最強艦船ってことですねぇ。どこの少年誌の主人公なんですかそれは。
んんっ!まあ、そういう訳でして、終着点たるその船は常に最高、最強、最大でなくてはならないんですよ。難儀なものですね〜。
ですが、その強さ、存在値でしたか?それは計画艦ですら無い普通のKAN-SENにすら及ばない。
それすなわち、私たちの存在する理由に反する、ということなのです。
何故なら、私たちがソレを作る最強たらしめる為の試金石だからです。
だから私は混乱した、ということですね〜
__ここまで私を、私達を愚弄するのか、とね。
静かな熱を秘め、流れるように語ったその話は、彼らにどのような感情をもたらしたのだろう。
そう思って語っている間とじていた目をそっと開く。そして、そっと2人の顔を見た。
その瞬間、その心の裡に溢れんばかりの悦びが溢れ出た。
その目に入った2人の顔に表情はなく、どちらもただ、こちらを見るのみであった。
しかしその目は、その胸中に抱く熱情を映していた。
この2人が、私を、心の底から見てくれている。
その事実が、私を、体の内から火照らせている。
その熱の何と甘美なことか。
どうしようもない私の、どうしようもない現実を、どうしようもなく足掻いて、そしてどうすることもできない。
その虚無感こそが私に安寧をもたらしてくれる。
ああ、それこそが私の___________
「なんか悦に浸ってるところごめんなさい。見せたいものってこれだけじゃないんですよね」
その言葉でローンの意識が引き戻される。それでも、その脳内は熱によって浮かれたままだった。
「とりあえず、次のページを捲ってください。実を言うと、これが見せたかった情報です」
熱に浮かされたまま、何も考えることなくその言葉に従うローン。
その瞬間、水を大量にかけられた時のように、ローンの身体から急激に熱が引いていった。
「完成時の存在値が…ゼロ?」
「えぇ、その通りです。36艦の完成時の存在値はゼロ。この数値は存在する限りあり得ない、あり得てはいけない数値です。それこそ、存在値がマイナスになるよりもずっと」
そう言ったっきり黙り込むフェルディナント。そして、先ほどのように狂乱することはないが、考えるそぶりを見せるローン。そこで口を開いたのは、今まで黙りこくっていたリュディガーだった。
「さて、ここで俺の仮説を聞いてくれ。今までコイツが言っていたことも頭の中にとどめながら、な」
そう言って、一つ一つゆっくり語り始めた。
___さて、確か何故上層部は架空艦というような既存の技術を大きく凌駕する技術を公開したのか、だったな。
俺は、この技術は本来秘匿されているはずのものだったと言った。
ここで注目すべきは「秘匿されているはず」というところだ。
「されているべきもの」ではなく「されているはずのもの」と言ったことには理由がある。
「されているべきもの」というのはそこにそれをしなければならない、という必要性がある場合に使われる。
それに反して、「されているはずのもの」はそれをするのは当然で、それをしないのはありえないということだ。
本来の歴史では、存在しなかった事象。それがお前たちを生み出す「架空艦技術」というわけだ。そして、今、それが公開されている。それはあり得ないことだ。つまり、あり得ないことが起こるほどの理由があるということになる。
その理由はわからないが、一つだけわかることがある。
お前たち架空艦、そしてKAN-SENが存在するということには何らかの明確な意味があるということだ。それは恐らくセイレーンも例外ではない。
まあ、セイレーンとの結び付けに関しては、KAN-SENの出現時期によるこじ付けに過ぎないがな。
だが、俺はこの仮説にある種の確信めいたものをもっている。恐らく、上層部が我々にKAN-SENについて開示していない情報がある。そして、それこそがこの仮説を真実たらしめる鍵であると俺は考えている。
「とまあ、これが俺の仮説だ。上層部の仮説の中には、セイレーンの技術力が現在の技術では再現不可能なことから、奴らは未来から来ており、未来では勝つことのできない敵がいるために過去の俺たちに力をつけることで対処しようとしている、という説があるがな」
そこまで言ってリュディガーはローンの様子を見る。彼女もまたリュディガーの方を見ていた。
その様子は真剣そのもので、一字一句しっかりと聞いているようだった。
それを見て、最後に36艦について述べようとしたその時。
「っ!これは?」
「非常警報です!クソッ!一体何があったんだ!セイレーンか!?」
「とりあえず、事態の確認だ!各員、状況報告!」
全員が慌てる中、リュディガーは机に取り付けられたスイッチを押しながら事態の確認を命じる。すると、すぐに執務室に通信が入る。
『こちらペーター・シュトラッサーよ。現時点でセイレーンの侵攻は確認できない』
「ありがとう。ほかに気づいたことはないか?」
その時、ペーターとは違うもう一つの声が回線に割り込み、質問に答えた。
『こちらビスマルク。どうやら開発ドッグにて原因不明の衝撃波が発生したようだ。ただ今そちらに急行している。あと、現場近くの饅頭達や非戦闘員に避難命令を頼むわ』
「了解だ。俺達も直ちにそっちに向かおう」
進言の通りに命令をした後、リュディガーはフェルディナントとローンの方を向く。
そこには艤装を展開させたローンと身一つで向かおうとするフェルディナントが居た。
「話は聞いていました。直ぐに向かいましょう」
「道中の護衛をしますよー」
リュディガーは支度の早過ぎる2人に呆れると同時に彼らの姿に頼もしさを覚えた。
「ああ、行こうか。それとローン、そのままじゃ扉を通れないぞ」
「私の道を阻むのなら、扉といえども容赦はしないですよ」
小気味の良い言葉の応酬に笑い合う2人。軽口を言い合えるくらいには冷静になってきたところで、今の状況を考える。
「さあ、行きますよ。ローン、先導は任せます」
「了解しました。では行きますよ〜」
ローンの言葉を皮切りに3人は部屋から走り出していった。
______________________
私は他のKAN-SEN達に避難指示を出していた。それが粗方終わり、今は練度の高いKAN-SEN達を引き連れて開発ドッグに向かっていた。
並走するティルピッツが私に顔を向ける。
「姉さん、一体何があったというの?…いつもの母港とは空気が違う」
肌に感じる威圧感。それを我が妹も感じたようだ。戦場とは違う、表現し難い空気の重さにどうやらいつも以上に口数が減ってしまっていたようだ。すぐさまいつもの口調で返答する。
「わからないわ。でも、恐らく指揮官達も動いていることでしょうし、心配することはないわ」
「…そうね。あの人達なら大丈夫か」
会話をしている間にも疾走し続ける。そして開発ドッグの正面まで来た。しかし、私たちの足はそこで止まってしまった。
別に足が動かないわけではない。ならば何故止まったのか。
それは、私たちの目の前で起こっていることが私たちの想像以上のものだったからである。
崩壊する開発ドッグ。
そこだけ違う世界であるかのように、赫く変わった世界。
空には名状し難い色彩の多重の円環が広がっている。
その中心にあるのは、
「…光の…翼?」
見たこともない大きな人型の物体が光り輝き、その物体から出た光はまるで翼のように思われた。
「…なんなのあれは?」
思わずと言った様子で呟かれたその言葉は、赫い世界に掻き消される。しかしそんなことも気にならず、ただあの光の巨人を見続ける。目を離してはいけない。そんな確信を胸に抱きながら。
______________________
誰かが呆然と何かを呟く声が聞こえる。しかし、それが気にもならないほど目の前の光景に圧倒されている。
「あれは…いったい何なんだ?…ルディ」
あまりの光景に自分で考えることを放棄してしまった。だが、その問いに答える声は無い。
どうやら彼もこれに圧倒されてしまっているようだ。
誰も喋らない、ただただ圧倒される状況でただ1人、嬉しそうに口を開く者がいた。
「かの世界の再現を超えた新たな可能性の誕生」
まるで祝詞のように、全てを祝福するように。
「その祝福は人類に福音をもたらす」
ローンは滔滔と語り続ける。
「そう…これは歴史の改変。そして、新たな歴史が始まる!」
その顔を歓喜に歪め、最後の文言を言い切る。
「世界が、変わるんですよ」
そして、ローンはそれっきり黙りこくった。
その言葉を聞いていたリュディガーを含め、その場にいる者は皆動かない。全員がただ、何かが変わるのだという雰囲気を肌で感じるのみだった。
それ故、その直後に起こったことに誰も反応できなかった。
ビュンッ!と音を立て、何かが視界の端から飛び出した。それは真っ直ぐ光の巨人に向かって飛んでいき、そのまま貫いた。
その瞬間、目の前が光で満たされ思わず目を覆ってしまった。
そして、次に目を開けた時、そこにはいつも通りの空と空気があった。思わず夢だったのかと思うのも束の間、崩壊した開発ドッグが目に入り、それが現実だったのだと思い知らされる。
いったい何があったのだと周りを確認しようとする。そして、先ほどまで光の巨人がいた場所の真下。そこにソレはいた。
すらりとした肢体。そして、濃青の髪に包まれたその顔はやはりKAN-SEN達共通の美少女と言える。しかし何処か神聖さを感じさせ、近寄り難い雰囲気を持っていた。今は閉じられている瞼がも彼女の神聖さを引き出している。
そしてその腕には、先ほどの景色を凝縮したような赫い槍を抱いている。その形状はシンプルで、両端が尖っており、螺旋模様が浮かんでいるのみであった。その槍を見ていると、どうしても目が離せないという気分に襲われる。しかし、そこでリュディガーはハッと正気に戻った。
彼女は服を着ていなかったのだ。
リュディガーは今ほど自分のヘタレさに感謝したことはない。
そして正気に戻った直後ではあるが、すぐに周囲に指示を出す。
「フェルディナント!しっかりしろ!いいか、まずは怪我人の確認だ!ビスマルク!他のKAN-SEN達と共にそこにいる少女の保護!残った者はフェルディナントの指示に従え!」
その言葉を聞いたフェルディナントとビスマルクがすぐに動き出す。その2人に遅れて、皆が一斉に動き出した。
それを見ながら、リュディガーはこれから来るであろう波乱にため息をつかざるを得ないのであった。
______________________
海域座標???
「漸く…漸く"救い"が現れた…!あれらを打ち倒す、大いなる力が!」
「ああ、ああ!"審判者"さま!これで…これで私たちの悲願が叶いますわ!」
「私が、未来へ届けます。あの"神殺しの力"、"創造の槍"を、貴方さまへ」
「だから待っていてくださいね?"審判者"さま」
やったー!一万字超えた!いやー、時間なかったけど頑張った。
ヴンダーちゃん、次の話ぐらいで漸く出るとか言ってたけど、今回で出てくれました。…喋ってないけど。喋ってないけど!
次回、ヴンダーちゃんの着任式です。
ちなみに、ヴンダーちゃんの見た目はシンエヴァの最後に出てきたレイさんぐらいで髪の色と服は葛城艦長的な感じです。(帽子なし)
*感想受付設定 非ログイン状態でも可にしました。
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第一幕 アズールレーンVSレッドアクシズ
見知らぬ、少女
私の目の前の光景が目紛しく変化する。
白い駅。
人々が行き交う姿。
大きな物体。
古びた学校。
蒼い海。
蒼い空。
そして、最後に見たのは
赫い、大きな瞳だった。
______________________
朝。そして麗かな光がカーテン越しに薄らと白い部屋を照らす。開けられた窓から入った風がカーテンをはためかせ、そのまま部屋にある寝台の主の頬を撫でた。
すると、寝台の主の目がぱっちりと開いた。寝起きだと言うのに既に眠気など無い、とでも言うかのように欠伸一つしない。そして、その可愛らしい小さな口から声が漏れる。
「………知らない、天井」
そのままぼうっと天井を見ていたが、唐突に視線を前に戻し、とりあえず起きようと思ったのか体を動かす。
すると、コンと人差し指に何かが当たる。その違和感に思わず左手の方を見ると、そこには少女がいた。
予想外の事態に寝台の主が硬直していると、少女がうーん、と唸る。その声に漸く硬直から抜け出した主が恐る恐る揺さぶった。それでも起きなかったので起こすのは諦めて状況把握を再開した。
今、私は清潔なシーツが敷かれたベッドの上に座っている。隣の少女は…まだ寝ているようだ。前屈みの体勢で辛く無いのだろうか。とりあえず、右手側に置いてあったケースの中の毛布を彼女の肩に掛けておく。
さて、続けよう。右手奥に扉が見える。そこが唯一の出入り口のようだ。そして、左を見ると窓がある。窓は開け放たれており、そこから見えるのは…
「……青い、海」
何故か私はその景色に胸がいっぱいになった。その全貌を視界に収めるため、窓辺まで歩いて行く。
そして、桟に手をかけてそのまま外に身を乗り出すと、心地の良い海風が顔に当たった。海風は独特な匂いだったが、自分でも不思議なほどに感動した。
心いっぱいにその景色を楽しんだ後、部屋を出ようと踵を返す。すると、先ほどまで隣で寝ていた少女と目が合った。どうやら、気づかない内に起きていたようだ。とりあえず話を聞こうと思い、少女に話しかける。
「おはよう。ここはとてもいい景色ね」
「っ!お、おはようございます…」
ずっと固まっていたのに、律儀に挨拶を返してくれた。この子は恐らく、真面目で良い子なのだろう。情報を得るため、さらに話を続ける。
「ところで貴方は誰かしら。そして、ここはどこなのか教えてくれる?」
「わ、私は1936A型駆逐艦、Z23ですっ!きっ、気軽にニーミと読んでください!
あ…あと、ここは独裁軍事国家"鉄血"第二○一海軍基地母港です。貴方が誰で何故ここにいるのか私には分かりませんが、具合を見るようにと指示されています」
つまり、彼女は私の面倒を見てくれていたようだ。とりあえず、感謝しておこう。
「私の面倒を見てくれてありがとう。疲れているなら休んだほうがいいわよ」
先ほどまで寝ていたことは指摘せず、彼女の体調を心配する。彼女、ニーミさんはそれに気づいたようで、少し頬を染めながら口を開いた。少し声が上擦っているのはご愛嬌、と言うものだろう。
「あっ、ありがとございますっ!でも、大丈夫です。
………あっ、起きたら連れてくるように指揮官に言われてたんでした」
指揮官、つまりニーミさんの上官だろう。その彼または彼女のところに行けば詳しい話が聞けるだろうか。
思案する私にニーミさんは話しかける。
「そんなわけで、指揮官のところに行きます。というわけでついてきてください。えっと…お名前なんですか?」
そう言ってニーミさんはなんでも無いかのように私の名前を聞いた。
私の、名前。私を表すモノ。私は。ワタシは…
考えれば考えるほどにわからなくなっていく。あるはずなのに。思い出せない。
どうしても分からない、そう伝えようとニーミさんの方に顔を向けた。
その時、カーテンが風に翻り、堰き止められていた太陽の光が室内に差し込んだ。その光が彼女の顔をはっきりと私に見せる。
彼女は真面目そうな面立ちでこちらを見ていた。そして最初に見た時のように目が合うと、はにかみながらも微笑んでこちらをしっかり見てくれた。
それを見て、ふと頭の中に言葉が浮かぶ。
それがはっきりと形になった瞬間、気づけば口にしていた。
「私は…そう、私はヴンダー」
そう言った後、何となくもう一度窓の外に目を向ける。
窓から見える海は、最初に見た時よりもずっと綺麗に見えた。
______________________
彼女は不思議な人だ。
そう思いながら隣を見やる。そこには無表情ながらも何処か幸せそうな顔で海を見る、ヴンダーと名乗った女の人がいた。
昨日彼女を医務室に連れていくように言われた時、いったいそこで何があったのか全く分からなかった。
倒壊した建物。火を噴き上げる重機。そして、駆けつけた時に見た皆の顔に浮かぶ恐怖。
あのいつも冷静沈着なビスマルクさんでさえも、何処か怯えたような表情だったのだ。それに驚かずしていられようか。
そんな状況で見知らぬ女の人がいる。それを見れば嫌でもこの人とあの状況の関連性を疑ってしまう。
そこまで考えて、ふと思いついたことがある。
ヴンダーさんはここ一年ほど開発を続けられてきた計画艦の一人だろう。恐らく、建物があった場所から考えて、あれはヴンダーさんの開発を進めている時に起こった事故だ。そう考えると、自分の記憶にない艦名であることにも説明が付く。
でも、ならば何故指揮官たちはこのことを発表しないのだろう。やっぱり私の仮説には穴があるのだろうか…。
なんやかんや考えている中に執務室の前に到着した。
失敗した。あの後、ずっと無言のままここまで歩いてきてしまった。
そう思った私は、ヴンダーさんにすぐに謝った。
「ヴンダーさん!ごめんなさい!お名前を聞いた後、無視したような感じになってしまいました。
私、ついつい考え込んじゃう性格なんです…」
元はと言えば、名前を言った後にヴンダーがすぐに窓辺の方を見始めたが故に、会話が無くなったのであった。しかし、そんなことを欠片も考えず、ただただ自分の非として謝罪するその姿勢は、生来の真面目さと謙虚さをヴンダーに感じさせる。
「いえ、構わないわ。元々私が喋らなかっただけのこと。貴女が謝る必要なんて無いわ」
「それでも、です。考えすぎちゃうのはいつもの癖で、そのせいで他の人に迷惑をかけてしまうことも多くって…」
ニーミのそれは真面目を通り越して、頑固を拗らせているようにも感じられた。それ故に、ヴンダーは彼女にかけるべき言葉を探す。彼女を決して否定しないように。同じ轍を踏まないように。
「よく考える。それは貴女の良いところだわ。決して短所などではなく、貴女の持つ一つの個性。もしかすると、それが誰かに迷惑をかけるかもしれない。けど、それ以上にその慎重さが仲間を助けるきっかけとなる。絶対に。だから…
だから、貴女のその個性と仲間を信じなさい。誰一人だって、貴女のそれを疎んでいるわけがないのだから」
そう言って、ヴンダーさんは扉に手をかけてそのまま中に入っていった。
仲間を、信じる。この考え癖…"個性"は誰かの助けになっているかもしれない。
そう言われた時、私の心が少し軽くなった。私が迷惑をかけている。そう思ってばかりいた。
けど、違ったんだ。ただ私がそう思い込んでいただけ。だから…また、他の子達と話してみよう。そして、ヴンダーさんに感謝の言葉を告げに行こう。
「後で、会えると良いな……2人っきりで」
ニーミは自分の考えに甘酸っぱさとほんの少しの切なさを覚える。
その時、心の奥底にできた小さな歪みにニーミ自身も気づくことはなかった。その歪みが、後に大きな捻れとなるのかもしれない。
しかし、そこにあるのは心の中に宿ったほんの少しの甘い思いだけなのである。
今は、まだ。ただそれだけのことであった。
______________________
「なかなか良いことを言うじゃないか、元々詩人だったりするのか?」
「であれば、今ここにいる私はいったい何者なのか。そして、その答えは貴方にも既に分かっているのでしょう」
開口一番に言われたのが揶揄うような言葉だった為、返答が少々キツくなってしまう。指揮官だろう青年はそれを意にも介せずそのまま言葉を続ける。
「悪かったよ。さて、とりあえずその椅子に座ってもらえるか?今、こいつにお茶を出させよう」
「私は別に君の給仕ではないのだけどね。まあ、新しい仲間になる方の為だ。私も一肌脱ぐとしましょうか」
もう1人の青年が私に緑茶を出してくれる。その色は綺麗な緑色で漠然と相当高いものなのだろうと思った。
茶飲みを火傷しないように両手で持ち、ズズッと啜る。まず感じたのは舌に触れた時の熱さ。続けて、その香りが鼻を抜ける。苦味が爽やかで仄かな甘みを感じる。これは美味しい。やはり見立ては間違っていなかったようだ。
その余韻を楽しんでいるとそれを見ていたのか、お茶を出してくれた青年から驚きの声が漏れる。
「見たこともないでしょうに、躊躇なく飲みますね…もしかして、知ってたりします?」
ああ、そうか。ここでは一般的な常識のみを入力されているだけなのが普通なのか。
「知っている…のかもしれない。よく分からないわ」
「そうですか。不思議なこともあるのですね」
そう言いつつも何処か探るような目つきでこちらを見る青年。その目線になんとなく居心地の悪さを感じる。そして、そこで椅子に座った青年が口を開く。
「さて、そろそろ本題に入ろう。今日君に来てもらったのは、俺たちに君自身の事を教えてもらうためだ。まず、名前と艦種を教えてくれ」
私はその言葉に頷き、私自身を説明する。
「私は、ヴンダー。"Autonomous Assault Ark Wunder"略して、AAAヴンダーよ。艦種は…一応、戦艦だと思うわ。特別計画艦、その集大成。それが私。けど、今は未成艦として存在しているわ。何故かは分からないけど、建造途中の中途半端な状態で開発が停止されたのだと思うわ」
その言葉に少し挙動不審になる目の前の青年。ゴホンと咳払いをしてから今度は彼が喋り始めた。
「う、うむ。ありがとう。あと、申し遅れたが、俺はリュディガー・ダーク・ジグムント・フォルカー。中佐だ。そして、こっちが」
「フェルディナント・グライフ・カフカです。階級は中佐です。よろしくお願いします」
「フォルカー中佐にカフカ中佐ね。承った。しかし、どう呼べば?彼女、ニーミさんは貴方たちのことを"指揮官達"と呼んでいたわ。私もそれに合わせるべきなのかしら」
「いや、呼び方はなんでも良い。まあ、大体のKAN-SEN達は"指揮官"と呼んでくれてはいるが、正直言って名前で呼んでほしかったりするんだよなぁ」
「私も"副指揮官"という地位にいますが、別になんでも良いですよ。ただ、わかるような呼び方にしてください」
「わかったわ。とりあえず、先程の呼び方にするわ。
ところで、私のことで何か質問はあるの?」
呼称問題については一件落着したところで、また話が戻る。
彼女の言葉に少し考えるリュディガー。そして思い付いたのか、ゆっくりと口を開いた。
「聞きたいことは三つだ。一つ目は、お前達の言う"かの世界"での経歴。二つ目はお前の武装について。そして、最後にあの槍についてだ」
二つ目まで真顔で聞いていたヴンダー。しかし、最後の"槍"にの話に入ると、急に難しい顔になった。
「槍…か。まあ、致し方ない、か」
「どうした?」
「いえ、なんでもないわ。だけど、先に槍の話をしても良いかしら?そちらの方が都合が良い」
「別に良いが…何故だ?」
「まあ、話すより先に見てもらった方が早いわね」
そう言ってヴンダーは徐に両手を上に掲げるた。
いったい何を、と彼らが考えた瞬間それはやってきた。
血のように赫い槍。それが彼女の手の上に浮いていた。あの時に見た光景がまた甦ってくる。
思わず、胸の前で手を握ってしまう。何か大切なものに縋るように。恐らく、隣の親友も同じことをしているだろうという確信を頭の片隅に置きながら、"槍"を見続ける。
そして、彼女がその槍を握った瞬間、その恐怖が霧散する。その代わりに、何か温かいものが心の中を流れていく気がした。そのおかげで漸く復活したリュディガーの口が言葉を紡ぐ。
「そ、その槍はいったい何なんだ…それを見るたびにおかしな気分になる」
「そうね…これは、"名も無き聖槍"だわ。今はまだ。それと、これが司る可能性があるのは、希望と絶望。そして、創造。今はそのどれでもないけど」
「…司る?本当にそれは何なんだよ……まあ、お前のスキル、とでも考えておけば良いのか?」
「まあ、仕方ないわね。元々これはこの世界にはあるはずの無いものだから。まあ、貴方達がいうところの艤装、とでも考えてもらえれば良いわ。ちなみに、今使えるのは創造能力と私の封印を解く機能ね」
「ちょっと待って下さい。創造能力?それはどんなものですか?」
ここで、兵站を取り仕切るフェルディナントの目が光る。その雰囲気に気圧されながらも、ヴンダーは律儀に答えた。
「文字通り、ありとあらゆるものを創造できるわ。思い浮かべたものなら何でもね。設定しておけば、自動で生み出されるはずよ」
「マジですか…その能力はおいそれと外に漏らすことはできませんね…」
「その通り。……かの世界では、これを悪用した例もあることだし、それが賢明だわ」
「そういえば、お前のいう"かの世界"ってどんなところだったんだ?話の断片から判断する限り、他のKAN-SEN達とは違うようだが」
「あぁ、言い忘れていたわね。私のいた年代は、彼女達のいた時から約100年後の世界よ。
それについては長くなると思うから、心して聞きなさい」
そう言ってヴンダーは話し出した。"時に、西暦2015年"から始まる、運命を仕組まれた少年少女達と道を見失った大人達がたどる、世界の終焉までの道のりを。
そして、その話が終わった後、リュディガー達の胸に残ったのは微かな悲しみと大いなる無力感だった。
「これは…けっこう心にくる話だな」
「ええ、救いのない、悲しい話でした…」
彼らはそんな風に憐れみの言葉を向けた。しかしそれを否定したのは、他でもないヴンダーだった。
「いえ、それは違うわ。彼らは彼らの願いを全て叶えた。それによる最後は彼らに安寧をもたらしたのだと思う。だからこそ、その思いを受け継いだ私がそれを悲しい話で終わらせるわけにはいかない。これは、彼らの福音であるべきなのだから」
そう言うと、ヴンダーは目を瞑る。その胸に抱いた想いを反芻するように。忘れないように。
その間、誰も喋ることはない。彼らも彼女の言葉に思うところがあったのだろうか。
「そうか…ありがとう、話してくれて。
これで、お前のいた世界についてわかったわけだが、そこでの経歴は何かないのか?」
「かの世界では勲章なんてなかったわ。私は、全ての生きる種を守るための方舟だったから。
…名誉などではないけど、嘗ては"希望の舟"、"神殺しの力"を持つ船とも呼ばれていたわ」
「神殺し?なんか、アイリスだったら即死刑のようなワードだな…まあ、お前が言う世界ならさもありなん、か」
最近内部で分裂した国を思い出しながら、リュディガーは呟く。そして、これで聞ける話は全部聞いたとばかりに机に手をついて立ち上がった。
「よし!事務的な話はおしまいだ!さて、今からは楽しい時間だぞ〜。フェルディナント、先に行って指示を出しててくれ」
「わかったよ。では2人とも、お先に失礼」
「え?いや、私の武装についてが残っているんじゃ…」
「それは後でもいいだろ。今は一緒に着いてきてくれ」
そう言うと、リュディガーはヴンダーの腕を持って立ち上がらせる。その突然の行いにされるがままになるヴンダーは驚き過ぎて、声も出ないようだ。
そして、2人はフェルディナントの後を追うように廊下を歩いて行った。
______________________
「ちょっと、どこへ行くの?あと、1人で歩けるからこの手を離して」
「そんなに邪険にするなよ…傷つくだろ…っわかった!わかった!だから足を蹴るな!」
「指揮官でなければ、この槍でツンツンするところだったわ」
「ちなみに、ツンツンとはどのような…?」
「三分の一の確率で、形状崩壊するか、他人を拒絶する壁を可視化するぐらいまで強化できるか、若しくは転生するか、ぐらいね」
「つまり、死ぬかボッチ度が高まるか死ぬかってことですね、全部致命的なダメージでありがとうございますふざけんな!」
「とりあえず早くどこに行くのか言いなさい。さもないと…」
そう言って、ヴンダーは右手で持つ槍をチラつかせる。それにビクッとなるリュディガー。
「…今から行くのは、大講堂だよ。言ったぞ!だから槍を向け…向けないでくださいお願いしますぅ!」
「まだよ。何しに行くのか言いなさい。何か変なことをするつもりではないでしょうね?」
「ヴンダーってもしかして、ニュルンベルクっぽい?」
「そのニュルンベルクという人には会ったことないけど、艦船なら該当するわね。それよりも早く言わないとブッ刺すわよ」
「女の子がそんなこと言っちゃいけません!…ッゴメンナサイ!それについてはついてからのお楽しみです!」
「ハァ……言うつもりはないようね。分かったわ、では…」
「そうか、わかってくれたか。まぁ悪いようにはしな…」
「聖槍百連突きぐらいで許しましょう」
「死刑確定ッッッッ!
………なあ、嘘だろ!嘘だと言ってくれぇ!!!」
会って初日とは思えないほどの会話の濃さ。その好感度の上昇スピードは、もはやリュディガーは何かしらの超能力を持っていると言っても過言ではないほどだ。
…それが好感度なのか甚だ疑問ではあるが。
和気藹々?と戯れているうちに、2人は大講堂へとたどり着いた。そこで、リュディガーはヴンダーにここで待つように言ってどこかへ行ってしまった。
1人ポツンと残されたヴンダーがそろそろ空の青さへの感動も薄れてきた頃、漸くその扉の中から声が届く。
「ヴンダーさん、いますか?開けるので、少し離れてください」
その声は忘れもしない、ニーミのものだった。それにしたがってヴンダーは扉から少し下がった。
「離れましたか〜?…よし、それでは開けますよ!みなさん準備はいいですか?っちょっ、ハインリヒさん!それは違います!」
あまり締まらないなぁ、そう思いながら待っている。漸く準備が整ったようだ。また、同じ扉からニーミの声が聞こえてくる。
「お待たせしました!それでは行きますよ〜!」
その言葉とともに扉が開け放たれる。
そして、そこには沢山の女の子達が集まっていた。
「ようこそ!我らが鉄血、インヴィディア・ベースへ!私たちはヴンダーさんを歓迎します!」
女の子達の最前列、この一番前に立ったニーミさんが大きな声でそう言った。そして、クラッカーの大きな音が響く。その音に続いて、周りの女の子達が歓迎の言葉を言ってくれた。
それを聞いて私はこう思った。
ああ、これからはこの子達が仲間なのだ。
この日、初めて"ワタシ"は鉄血の艦船"AAAヴンダー"になった。
その顔に浮かべた笑顔と共に。
最初の描写、シンジ君が綾波と出会った時のあのフラッシュを参考にしたんですけど、文で見るとかなり遅めに感じられますね。やっぱり難しいです。
あと、遅れたことに関しては職業柄色々忙しかったので、見逃して貰えれば…そして、感想もいただければ…嬉しくて執筆スピードが上がるかもしれません。
次回予告
ついに邂逅するヴンダーと鉄血のKAN-SEN達。
彼女達の間に結ばれるのは友情か、それとも別の何かか。
次回 海、飛び込んだ後
さぁてこの次もサ…「サービス、サービス、です」
…貴女誰なの?「私は、綾波なのです」
まさかの2人目っ!ま、まぁ気を取り直して。
次回もお楽しみにネッ!「楽しみ、です」
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海、飛び込んだ後
そして、今回はかなり短いと思います。
次はもっと早く投稿できるように頑張ります…!
大講堂。そして、今居る広間はその名からは想像できないほどの絢爛豪華な内装だった。白塗りの壁や天井には蔓のモチーフを主とした金色の装飾が施されている。壁面には海戦に臨む艦船を主題にした絵画や神話の一場面を描写した絵画、そして歴代の指導者達の肖像画が掛けられている。その中にビスマルクのものもあり、そこに佇むのはまさに完全無欠な鉄血の指導者、といった風格を感じさせるものだった。決して、上官達の会話を聞いて興奮する様な変態さは微塵も感じさせない。
そしてその大広間には、今、多くのKAN-SEN達がひしめき合っていた。恐らく、この母港に居る全KAN-SENがここに集っているようだ。それぞれが手にグラスを持って仲間との会話に興じている。ビュッフェ形式のため、これ幸いと喰らい尽くす勢いで料理のあるテーブルを渡り歩いている者もいた。
何故、今日これほどの数のKAN-SEN達がここに集ったのか。それは、他でもないこの私の母校着艦を祝うためだ。
覚醒してからここまで色々なことがあったが、ここまで展開が早いと流石の私でも流れに身を任せるしか無かった。
現に私は今、ニーミさんに腕を引っ張られながら他のKAN-SEN達に挨拶に回っている。顔を合わせて一言二言言葉を交わして、すぐに次に向かう。息を吐く暇すらすらない程の忙しさだ。
そして、もう一つ悩みの種がある。
KAN-SENは見た目に不相応ながら常人の何倍もの膂力を持っており、いつもはそれをセーブしているが戦闘時にはその力を解放している。そしてそれは隣を歩くニーミさんも例外ではない。それ故にニーミさんが思いっきり掴んでいる左腕が何気に痛いのである。KAN-SENである私が痛い、ということは成人男性であれば圧砕されているほどの力が込められているということだ。何に焦っているのかは分からないが痛いのでそろそろ離してほしい。
「最後はビスマルクさんに挨拶をしておきましょう。それが終わったら、今度は一緒に美味しい料理を食べましょうね」
私の心中を知ってか知らずか、ニーミさんはとびきりの笑顔を携えて、私の腕をより強く握る。
どうやらまだ離してはくれないようだ。
遠い目になりながら、ニーミさんに引っ張られて少女らの間を進んでいくと、妙に人の少ない場所に躍り出た。そして、目の前に立ってのは黒い礼装を着こなした、金髪の麗人だった。
「この人がビスマルクさんです。KAN-SENでありながらこの国の指導者でもあり、鉄血の中で一番偉い人なんですよ!」
ニーミさんがそう紹介した女性、ビスマルクさんはその口元に微笑を湛えながらこちらに歩み寄ってきた。しかし、私は彼女がこちらを見た瞬間、その表情が少し強張ったのを見逃さなかった。
「ふむ……あぁ、卿は確かあの時の。もう具合は大丈夫なの?」
「えぇ、もう大丈夫。迷惑を掛けたわね」
「迷惑なんてことはないわ。我ら鉄血は戦友を決して蔑ろにしない。仲間を助けるのは当たり前のことよ」
「そう………貴女のような指導者が居る場所なら、この母港はきっと素晴らしい場所なのね」
「ふふっ、ありがとう。しかし、その賞賛は私だけのものにするには少し重すぎるわ。私だけではなく、ここに居る彼女達やここを支える鉄血の人間達、そして指揮官達のおかげでもある」
「そういうことが言えるからこそ、貴女は指導者として皆に頼られているのだと思うわ」
「褒めすぎだわ…………
…だが、ありがとう。誰かに認められる喜びを久しく感じていない我が身には、これ以上ないほどの賞賛だったわ」
そう言って彼女はこちらにその手を差し出した。私は迷わずその手を握り返す。
彼女は含みのない、純粋な笑みを浮かべてこちらを見つめている。最初こちらを見た時に見せた表情の強張りはもう見られない。これで彼女とは良い関係が築けそうだ。
「終わりましたか?終わりましたよね!ではヴンダーさんはもう連れて行きますよ。それでは!」
先ほどまで黙って見ていたニーミさん。どうやら何かがお気に召さなかったようだ。若干眉を顰めながら、また私の腕を掴んで引っ張ろうとしている。
その様子にビスマルクさんは最初は驚いていたが、何かを察したようで苦笑しながら握手していた手を離した。
「ちょ、ちょっと、ニーミさん?まだ話は終わってないの…」
「いや、もう終わりましたよね?それに、なんで私のことをさん付けで呼ぶんですか!呼び捨てにしてください!」
「いや、会って間もないのにそんなこと…」
「呼・ん・で・く・だ・さ・い・!」
「いや、しかし…」
「ふふふっ、あっはははははは!」
堪えきれないという様子で笑い出すビスマルク。それに驚いたのかその近くにいるKAN-SEN達は全員動きを止め、笑い続けるビスマルクを凝視している。そして漸く落ち着いたのかお腹を押さえながらも、こちらを見据えて口を開く。
「ヴンダー、諦めて名前で呼んであげなさい。いずれ呼ぶつもりなのならば今から呼んでもいいはずよ。ついでに、私の事もビスマルクでいいわよ。ふふっ」
未だ笑い続けるビスマルクを置いて、先ほどよりもちょっと不機嫌になったニーミに引っ張られながらその場を離れていく。そしてその後、そのパーティの間はずっとビスマルクの笑い声が私の耳から離れないのであった。
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母港沿岸部 近海演習場
雲ひとつない晴天。水面が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。ここは、母港にある隠れた絶景スポットだ。
そして、心地の良い風がその景色を眺める者達の頬を撫でる。
「今日もいい天気だな!まさに演習日和だ。そう思わないか?」
「僕もそう思うよ、ディガー。けど今日は演習じゃなくてヴンダーの武装確認だけどね」
そう言って、フェルディナントは同じように景色を見ていたヴンダーに顔を向ける。
「えぇ、とりあえず"船体"を出して貰いましょうか」
「早く見たいですねぇ。……できれば、この後お手合わせ願いたいです〜」
ここに来ているのは、リュディガとフェルディナントに加えて、ビスマルクとローン、そしてヴンダーの5人だった。フェルディナントの言葉通り、彼らが今回ここに来た目的はヴンダーのかの世界での姿の確認、そして彼女の武装の確認だ。
「ルディ、計測器の準備を。ヴンダー、いけるか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、私の我儘を聞いてもらって」
「構わないさ。その方がより確実なデータが取れるんだろう?それに、この程度の労力なんてあって無いようなものだしな」
「ディガー、計測器の準備ができたよ。全て正常だ。いつでもいける」
「分かった。さて、始めよう、ヴンダー」
各々がそれぞれ配置につく。フェルディナントは少し離れた場所で電子機器を並べ、データを取っている。その横にはスキルでバリアをはれるローンが護衛として張り付いている。そして、リュディガーとビスマルクは彼らよりも海に近い場所におり、そこから少し前方の崖ギリギリにヴンダーが立っている。
「いつでもいいぞー!とりあえず最初は"船体"を出してくれー!」
「了解した!ではいくわよ!」
その声に計測を始める機器。
世界最強の戦艦がその姿を見せる瞬間をその場にいる面々は固唾を飲んで見守っている。
そして、儀式が始まった。
ヴンダーはその手に赫い槍を顕現させる。
それを両手で持って掲げたかと思うと、
思い切り、槍を自らの胸に突き刺し、海に飛び込んだ。
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俺はその光景に言葉が出なかった。
始まりはあの時、ヴンダーがその胸に槍を突き刺した時だ。一瞬思考に空白ができて、それを脳内で理解した瞬間、俺は思わずヴンダーに駆け寄ろうとした。
想像していない出来事に、事前に聞いておけばよかったと後悔する。とりあえず応急処置をしなければと思ってビスマルクを呼ぼうとしたその時、大きな衝撃波が俺の体を襲った。それと同時に海水が衝撃波によって打ち上げられたようで、霧となって視界を妨げる。
いったい、何が起こったのか。
そう思って周りを見渡そうとしたその瞬間、風が吹き荒れて全ての霧を吹き飛ばした。
そして目を開けたその瞬間、それは現れた。
その全長は、普通の艦船の十倍はあるだろうか。少なくとも、測る単位がメートルではなく、キロメートルであることは間違いない。その三胴の左右には鳥の翼のようなものがあり、大きく広がっている。腹部は白い骨状のもので構成されていた。白い骨状のものは後端まで続き、後ろに行くにつれて細くなっている為、尾のようにも見える。前方は鳥の顔のように先が尖っている。全体的に見ても、その姿は鳥によく似ているように思う。その少し下に目がたくさん集まったように見える部分がある。そして、上部には今までに見たことがない程の大きさの艦砲が左右に二機ずつあり、さらに艦砲の後ろと尾の付け根あたりに大きなアンテナのようなものが計3機ある。
とりあえず、何が言いたいのかというと、
ただただ全てが圧倒的なほどにデカい。以上。
「あれは……いったいなんなんだ」
その声は誰のものか。そんなことすら考えられないほどのものが、今、目の前にある。
それは隣にいるビスマルクを同じようで、息を呑む雰囲気が伝わってくる。後方にいるフェルディナントとローンも同じように、驚いて言葉も出ないのだろう。しばらくその場には計測器のアラートが鳴り響くのみであった。
そして、先ほどまで彼らが聞いていた声が、彼らの耳に届く。
『"無人式全自動方舟AAAヴンダー"………これが私の姿。
………そして、これこそが"神殺しの力"なのよ』
聞こえてくる声が頭の中で言葉をなす。それをゆっくりと反芻した。彼女のことを理解する為に。彼女のことを受け入れる為、そして______
(自分の名前を、そんなに辛そうな声で言うなよ…)
ある程度考えがまとまった後、しっかりと彼女、ヴンダーの船体を目に捉えながらはっきりと告げる。
「よし!分かった。じゃあ、次は武装確認だな。とりあえず色々説明してくれるか?」
『へっ?…………えぇ、うん……分かった…わ?』
場の温度を戻す為に敢えて明るい声を出してたのだが、返ってきたのは気の抜けた返事だった。
そして後方と横からの目線をひしひしと感じる。
だが、ここで負けてはならないのだ。押し通す為に、周りに指示を出す。
「フェルディナント!計測終わったか?終わったのなら、ローンと一緒にこちらに来てくれ」
「ディガー、君は………やっぱり君の、その豪胆さは真似できないね…」
呆れたような声が返ってきた。まあ、奴なら俺のしたことの意味を察してくれるだろう。そして、さっきから怪しい雰囲気でハァハァしているローンのこともあいつに任せてしまおう。ちょっとこれ以上の負荷に俺の頭は耐えきれない気がする。
さて、諸問題が解決した(押し付けた)ところでもう一度ヴンダーに確認する。
「さて、ヴンダー。先程の話の続きだが、お前の武装を説明してくれるか?」
『貴方って、案外大物なのかもしれないわね…』
「失礼な。俺は一応、同年代からしたら出世頭なんだぞ」
『ああ、もう分かったわよ。あと、説明のことだけど、艦内でしましょう。立ちっぱなしというのもなかなか辛いでしょうし。指示を出すからそれに従って中に入って頂戴』
「分かった。案内は頼んだぞ」
ヴンダーに了承の意を示した後、今度は後ろを向く。
「おーい、お前ら!後の話はヴンダーの艦内でやることになった。だから、ビスマルクとローンのどちらかが"船体"を出してくれ」
その場にいる2人のKAN-SENの名前を呼ぶ。
すると、ビスマルクが若干食い気味に返事をしてきた。
「なら、私に任せて。すぐに出すわ。
………というか卿、私の存在に気づいてたのね。何も言われないから、私って実は影が薄いのでは、と思ってしまったわ」
「え?………ああ、そうか。そうだな。うーん、いや、別に、妹の方が見た目的には印象的だなー、とか思ってないぞ?金髪巨乳なのに、全体的に黒が多いせいでなんだか暗い、ぶっちゃけると喪服に見える、とも思ってないとも。全然全く」
「ぶっちゃけてしまったら、それはもう思ってると言ってるのと同じなのよ!
…というか、喪服って………喪服……喪女……」
「おいおい、冗談だって。しかし俺はそんなところもビスマルクの美しさや可愛さを引き立てていると思うぞ」
「喪服女…もふ…もふくもふもふ……今なんと?」
「いや、だから可愛いって…」
聞き返してきたのでもう一度同じことを言うと、ビスマルクはキョトンと目を瞬かせた後、納得したように頷いた。
「……ふふっ、そうか。まあ、お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞じゃ無いんだが………いや、そんなに顔を赤くするなよ」
それを言った瞬間、ビスマルクは瞬時にこちらを向く。目を見開き、口を開けたり閉じたりと忙しなくしている。どうやら声が出ないようだ。
『……そろそろいいかしら?見せつけられながら待っているのも辛いだけなのよ』
グダグダとしているうちに痺れを切らしたのであろう。呆れたようなヴンダーの声が響く。
「すまん、待たせた。もう行く。
ルディは…まだローンと格闘してんのか……」
「あはっ!あはははははははははははははっ!」
「ローンっ!くそっ、菓子でも持ってくればよかった!正気に戻ってください、ローン!ちょっ、そこはだっ…ロォォォォォォォン!!!」
後ろを見ると、ローンと取っ組み合いになっているフェルディナントの姿があった。思わず見なかったことにしたくなったが、そろそろフェルディナントの息の根が止まりそうだったので止めに行こうと覚悟を決めた。
『……ねぇ、まだなの………?』
そして、その場にもう何度目かのヴンダーの呆れをを通り越して、もうつらい、というような感情を含んだ声が届く。
それを聞きながら、心からこう思った。
「…………あぁ……空って本当に、綺麗だなぁ」
混沌の広がるこの地から見る空は、どこまでも美しく、綺麗で、俺の視界を満たしてくれる。
少なくとも、目の前のアホらしい、そして面倒くさいこと極まりないであろう取っ組み合いよりは断然綺麗だ。そう思える。心から、本当に。
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海域座標???
「…………漸く……漸く目覚めたか」
その声には強い安堵の色が滲んでいる。その胸中に溢れた感情を沈めるように静かに息を吐く。
そして、そこに新たな影が現れた。
「ふむ、これにアンチエックス共はどう反応するのであろうか」
「喜び勇んで接触するのでは無いか?
……まあ、目指す所は奴らと同じだ。我々もいずれ彼女に会う時が来る」
「そうか、今のところはそれでよかろう。
……しかし、彼女のそばにいる■■■はどうなっておるのだ?奴の"兆し"は、既に周りにも影響をもたらしているのであろう?」
「ああ、しかしまだ焦るほどでは無い。■■■が蘇るのは彼女の中にいる●●●を奴自身が気づいてからだ。そして、それはまだ来るはずもない」
「そうか。……しかし、アンチエックス共が何かやらかさなければいいのだが…」
「それについては大丈夫だろう。あの方がお造りになられたアビータシリーズが記録機構へ渡る情報を制御しているからな。そして、奴らに入力されているのは、■■■の情報のみ。●●●には気づくはずもない。それに、この世界は前提事象からして奴らの知るものとは違う。おそらく、入力された■■■の情報についてもこの世界軸の事実とは全く違う内容だろう」
「別の世界軸で作られた奴らが、この世界軸のことを知るはずもなし、か。
………しかし、それも業腹だな。この世界軸を守ろうと身を挺したのはオースタとアンジュの両名でなく、イ……」
「そこまでだ。ここはまだ安全とは言えない。それに、その名を出せば奴らの記録に矛盾が起こってしまう。あの方はまだここには存在していないからな」
そこまで言ったところで、制止の声がかかった。
その制止にハッとなった後、すぐにその頭を下げる。
「…すまぬ、少々気が抜けていたようだ」
「構わない。漸く、救いを得たんだ。浮かれてしまうのも無理はない。
……さて、とりあえず■■■に接触するのは彼からの連絡が来てからにしよう」
「彼………"マグダラのユダ"、か。奴は信頼に足る者なのか?」
「あれはたった一人のエックスの内通者だ。信じるより他に道はない。
……さて、話はここまでだ。早く安全海域に移動するぞ」
「…了解した。先を急がねばな」
次の瞬間、二つの影は夜の闇に消えていった。そこに月の光が照らされるも、物影一つなく、ただただ水面が揺れるのみだった。
オリジナル設定
船体 KAN-SENのかの世界での姿。アニメ版で母港に停泊してたり、赤城さん達が乗ってたりするやつをイメージしてもらえれば。
本文6666文字。なんだか不吉な数字だなぁ…(訳:次の投稿も遅れるかもしれません)
次回予告
その姿を見せたヴンダー。持っている力は驚くべきものだった。それに対し、リュディガー達は何を思うのか。
次回 大いなる力
次回もお楽しみにネッ!
………しっかし、綾波ちゃんはどこにいったのかしら?
(現在ゲームに熱中している模様)
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