もし祓くんが祓ちゃんだったら (夜の魔王)
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もし祓くんが祓ちゃんだったら

「起きてください、一夏さま。朝ですよ」

 雀の鳴き声が聞こえる早朝、一夏は誰かに体を揺すられて目を覚ます。

「ふぁぁぁ……おはよう、祓」

 微睡みを振り払った一夏が見たのはベッド脇に控えたメイド服風に改造されたIS学園の制服を着た黒髪の(・・・)少女。

「おはようございます一夏さま。朝食の支度はできております。それとも先に着替えますか?」

「取り敢えず洗面所に行かせてくれ」

 

 

「ところで祓。学食があるんだから、別に毎食料理作ってくれなくてもいいんだぞ?」

 祓の用意した朝食を食べながら、何度も言ったことを再び口にした。

「どこの馬の骨とも分からぬ者が作ったものを一夏さまに食べさせろ、と?」

 シンクで徹底的に食器を洗う祓はその手を休めて一夏を振り返る。

「よろしいですか、一夏さま。あなたは現在世界初の男性IS操縦者として注目を集められる身。女尊男卑をこじらせた馬鹿な女どもや、その仕組みを解明しようとする科学者(むのう)どもから狙われる身なのですよ? もう少し警戒心を強めていただかなくては」

 祓は一夏を少し強い口調で(たしな)めたあと、ふと遠い目をして素の口調で呟く。

「はぁ。なんで私はあの日風邪をひいて寝込んでしまったんだか……私さえ居れば一夏さまが見世物になることもなかったのに……」

「あれは俺が道に迷ったのが悪いんだから、お前が気にすることはないって」

 これで何度聞かされたか――祓は聞かせるつもりはなかったのだが、聞こえてしまった――わからない台詞に一夏が苦笑気味に声をかけると、祓は感動したように身震いする。

「嗚呼……勿体無きお言葉、ありがとうございます。以後は自身の体調にも気を配り、二度とあのような事が起こらないようにします」

 感激に身を震わせる祓を見て、一夏は困った顔をして困った幼馴染を見据えるのであった。

 

 

 事の起こりは数ヶ月前の入試シーズンの事だ。

 一夏は道に迷い、本来受けるべき入試会場を間違え、そこにあった男には動かせないはずのISを動かしてしまったのだ。

 当然、今までどんな男でも動かすことのできなかったISを男が動かしたことはすぐに全世界に知れ渡り、一夏は身の安全の確保という名目で、IS操縦者を育成する教育機関――IS学園に入学することになった。

 その様にしてIS学園に入学することになった一夏。彼はそこで幾つかの驚くべきことに出くわした。

 一つは職業不明だった自分の姉――織斑千冬がIS学園の教師をしていたこと。二つ目はかつて離れ離れになった幼馴染、篠ノ之箒と再会したこと。三つ目は入試の日は風邪で寝込んでいた何故だか自分の身の回りの世話を焼く少女――水無鴇祓がいた事だ。

 何故三つ目に驚いたのか。それは、彼女はIS学園の入試を受けていないのにも関わらず、普通に新入生として居たからである。

 風邪を引いた特別処置ならいざ知らず、そも祓はIS学園を受ける予定はなかったのだ。

 しかも、IS学園は入学こそオープンなものの(倍率はかなり高い)、途中編入となれば国からの推薦を必須とする超エリート校だ。

 そんな中に入試を受けずに入学するために(一夏も同じ立場であるがそれは特例中の特例である)、どんな手を使ったのかを想像するだけで恐ろしい。

 ついでに部屋(IS学園は全寮制である)には鍵をかけていたというのに、それを無かったかのように侵入しているのも怖い。ちなみに朝食の材料は寮生なら誰でも使える厨房に用意されている物なので怖くはないらしい。毒見もしてるらしいし。

 

「一夏様、どうなされましたか?」

 湯呑を持ったまま動かなくなった一夏を見た祓に声をかけられて、一夏は回想から帰ってきた。

「いや、入学当初は色々あったなと思ってな」

「……ああ、確かにそうですね」

 メイド服風に改造された制服のエプロンで手を拭きながら、祓も遠い目をした。

 同じようにちょっと前を思い返して一夏は思うのだ。

(目の前の幼馴染はちっとも物理法則とか常識を順守しないな……)

 



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居るはずのない人がいる顔合わせ

「えー、皆さん。これから一年、皆さんの副担任を勤めます山田麻耶と言います。よろしくお願いしますね」

 IS学園に入学した俺は、前も後ろも女子に囲まれていた。IS学園はほぼ女子高だったので、それも当然なのだ。

 そんな中唯一と言っていい男子である俺は白いカラスのようなものだ。つまり注目の的。

 しかし、ここには保護という名目で入れられたはずなのだが、背中にひしひしと敵意の混じった視線があるのは気のせいだろうか。

 というか、男がISを操縦できるようになって一番困るのはIS乗りであり、IS学園ってむしろ敵地(アウェイ)なのではないだろうか。しかも寮生活なのでいじめが始まったら逃げ場がない。おお、俺はまさにかごの中の鳥ということか。

「……斑くん、織斑くん!」

「あ、はい!」

 考え事をしていたら突然副担任の先生に名前を呼ばれた。ちなみに担任の先生はまだ来ていない。

「今自己紹介してて、今織斑くんの番なんだけど、いいかな?」

「はい、わかりました」

 わかったから教壇の上から俺の顔を覗き込むのはやめてほしい。教壇に押し付けられた胸が形を変えて、こう、なんとも言えないものがある。これが困った幸せという奴だな。

「えっと……織斑一夏です」

 ……まだ何か言えという期待の眼差しが痛い。こういう時は何を言えばいいんだろうか? そう、確か趣味とかを言えばいいはずだ。趣味は読書と言えば無難と誰かから聞いた気がする。でも俺は文字を見ると頭が痛くなるタイプなのだ。

「趣味……と言えるかどうかわかりませんが、家事は得意です。あと、中学校の頃は剣道部に所属してました」

 本当はアルバイトしたかったのだが、中学生は雇えないと言われたので泣く泣く部活動に精を出すことにした。友達の家(飲食店だった)を忙しい時に手伝って小銭稼ぎはさせてもらったが。

 これだけ言えば十分だろう。期待の目も落ち着いたことだし。まさか自己紹介で個人情報を洗いざらい話せというわけでもあるまいし。

「はい、ありがとうございました。では次の人――」

 よし、お許しが出た。これからは考え事せずにちゃんと自己紹介を聞いておこう。ただでさえ俺は人の顔と名前を覚えられないんだから――

 

「なんでお前がここに居るんだよ!」

 これはとある人物の自己紹介を聞いた俺の第一声だ。

「いきなり騒ぐな、馬鹿者」

「うごっ!?」

 その直後に俺の頭部を衝撃が襲った。

(聞き覚えのある声と何度も食らったことのある打撃……まさか!?)

 その攻撃の主に振り返ってみると、そこには職業不明だった(たった今判明した)実姉が立っていた。

「千冬姉、なぜここに!?」

 その答えは薄々わかっていながらも尋ねずにはいられなかった。

「私がここの担任だからに決まっているだろう。それと、私のことは織斑先生と呼ぶように」

「いや、そんな事より千冬姉!」

 バシンッ!

 俺の頭部が手にした出席簿に叩かれた。

「織斑先生、聞いてください」

「言ってみろ」

「なぜ、なぜ祓がいるんですか!」

 右腕を突き出して作り笑顔を浮かべた祓を指差す。他人の空似ということはありえない。

 IS学園の制服を祓の普段着であるエプロンドレス風に改造した上で、濡れてるかのように艶やかに輝く長い黒髪を結い上げ、自己紹介で「趣味:一夏さまのお世話」とかいう奴が他にいるだろうか。いや、いない(反語)。

 あいつは元々の俺と同じく藍越学園を受験していたはずなのだ(入試当日に風邪を引いて休んでいたが)。それがなぜIS学園にいるのだ。

「生徒の個人情報を漏らす教師がどこにいる。聞くのだったら本人に聞け。――ホームルームの後でな」

 早速聞こうとした瞬間に釘を刺された。流石は俺の姉だ。行動を読まれてる。

「わかったのなら座れ。自己紹介はまだ終わってないぞ」

「はい……」

 小脇に抱えられた出席簿がピクリと動いたのを見て、それは大人しく引き下がるしかなかった。だがこれだけは言いたい。

「千冬姉、出席簿は人を叩くものじゃない」

 バシッ

「織斑先生だ」

 

 クラス全員と担任である千冬姉の自己紹介が終わると(千冬姉の自己紹介の時は教室が金切り声に包まれた)、そのまま一時間目が始まってしまった。

(祓を問い詰めるタイミングが……)

 いや、今はそれどころではない。授業が始まってしまったのだ。

 俺がISの勉強を始めたのはつい一週間前、基本用語を覚えるだけで精一杯で授業について行くだけで精一杯でよそ見をする余裕がないのだ。

 ちなみに学園の案内は一切ない。そんな暇があったらISの知識を覚えろとのことだ。

 だったら通常授業なくしても良くないか? わざわざそれぞれの言語に合わせて授業するなんて無駄ではないだろうか。

 というか教科書五冊って。五冊って! そんなに覚えられるか!

 しかも内容は専門用語のオンパレード。これ辞書がセットでついてたりとかしないのか?

「えっと……織斑くん、何かわからないところありますか?」

「今は辛うじてわかります。ですが、遠くない未来についていけなくなる自信があります!」

 教鞭を取っていた副担任の山田真耶先生に尋ねられたので素直に答える。

「情けないことを胸を張って言うな」

 パァン!

「お、織斑先生! 俺のなけなしの知識が消えたらどうするんですか!?」

 これ以上知識が消えたら本当に授業内容が理解できなくなる。

「一夏さま、わからない事がありましたら私が付きっ切りで手取り足取り教えますからご安心下さい」

 いつの間にか祓が俺の隣で正座していた。

「席に戻れ馬鹿者」

 ヒョイッ

 振り下ろされた出席簿を避けながら、祓は自分の席に戻っていった。うん、気持ちはありがたいけど時と場所と場合(TPO)を弁えてくれ。

 

 

「それで、なんでIS学園に入学してんだよお前」

 授業が終わってすぐに祓の元に詰め寄って問い詰める。

「嗚呼一夏さま、こんな衆目環視の場所では困ります。せめて人目の無い所で」

 ざわっ……

「そういう内容じゃないからな! 勘違いしないでくれよ!?」

 騒めくクラスメイトに向かって全力で訂正を試みる。果たしてどれほど効果があるのだろうか。

「お前もなんでそんなこと言うんだよ!」

「ですが、あまり人に聞かせられるような内容ではありませんので」

「あ、もういいや」

 これ以上聞くと間違いなく面倒なことになる。今でも相当に面倒なのに。

「あの、一夏……」

 キーンコーンカーンコーン

 あ、チャイムが鳴った。

「一夏さま、早くお席に戻られませんと。姉君に席に着いていないのを見つかるとまた出席簿の餌食になってしまわれますよ」

「すぐ戻る!」

 走らない程度に全力で席に着くと同時に、教室に千冬姉たちが入ってきた。

「ほら、席に着け。授業を始めるぞ」

「……うう」

 

「ちょっとよろしくて?」

「よろしくない。今忙しい」

 今の授業内容で理解できない所をチェックして後で先生に聞かなくてはならないんだ。

「それでしたら私が教えます。ここで教えられるようなことは既に全て記憶済みです」

「思考を読むな。だけど助かる」

「あなたの助けになることが私の悦びですから」

 俺に褒められた祓がうっすらと微笑む。なんだろう、可愛いんだけどちょっと怖い。

「ちょっと! わたくしを無視しないでくださいますか!?」

「無視なんてしてないだろ。よろしくてって聞かれたからよろしくないってちゃんと返しただろ」

 ちゃんと返事してやったのに何が不満だというのか。あとほどほどにした方がいいぞ。

「まあ! なんですかその態度は。このわたくしに話しかけられたのなら、光栄の余り地面に(ひざまず)いて感涙するぐらいはしたらどうですの?」

「いや、それはないだろ」

 王様に拝謁した騎士じゃあるまいし。

(というかああ、そんなに威圧的なことを言うと祓が……)

「(ブツブツブツブツ)」

 ああ、遂に祓が俯いて何かを呟き始めた。残り3秒ぐらいだな。

 キーンコーンカーンコーン

「ふっ、ゴングに救われたな」

「ゴングではなくてチャイムですよ」

 よし、祓が元に戻った。

「くっ……また来ますわ」

 もう来んな。お前のためにも。

「……一昨日来やがれ。一夏さま、塩撒きましょう、塩」

「ここ教室だからな?」

 掃除が面倒なのでやめてくれ。

 

「それでは、この時間はISの各種武装特性について説明する。だが、その前にクラス代表を決めなくてはな」

 三限目に教壇に立ったのは山田先生ではなく千冬姉こと織斑先生だった。

「先生、質問があります」

 そんな中で手を挙げたのは祓だった。

「なんだ、水無鴇」

「なぜホームルームではなく授業中に決めるんですか。授業中にしてもなぜ三限目という中途半端な時間なのですか」

 言ったー! 千冬姉に対しても一切躊躇うことなく突っ込んでいったー! 確かに俺も疑問に思ったけども!

「忘れてただけだ」

 千冬姉も包み隠すことなく言った!? それでいいのか担任教師。だが、祓はそれで良かったらしい。

「それでは、自薦他薦は問わない。代表に相応しいと思う者がいるなら遠慮なく言え」

「織斑一夏さまを推薦します」

 千冬姉が言い終わるやいなや、祓が俺を推薦した。だが、俺はそんな面倒そうな役職は――

「なお、推薦された者に拒否権はない」

「なん……だと……」

 このままでは俺がクラス代表になってしまうではないか!

(いや、誰かが自薦なり他薦してくれるならまだ可能性が……)

 そう考えたが、みんな俺がクラス代表になることに賛成のようだった。理由は見世物パンダみたいな感じだったので喜ぶに喜べない。

 このまま俺がクラス代表で決定しそうな流れだったが、机を叩く音がそれを断ち切った。

「納得いきませんわ!」

 その声の主はさっき俺に絡んできたイギリスの代表候補生だとかいうセシリア・チャン……いや、なんか違うな。

「そのような選出は認められません!」

「ならどんな選出方法ならいいんですか」

 祓って思った事をそのまま口にするんだよね。これで授業が何回止まったことやら。

 しかし、セシリアさんは祓を強く睨みつけた後も不満を述べ続けた。

「大体、男がクラス代表なんていい恥さらしですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 いや、そんなことは誰も言ってない。後それぐらいにした方が……

「クラス代表はクラスで一番強い者がなるべき。ならばイギリスの代表候補生にして専用機持ちであるわたくしがクラス代表になるのは必然」

「それを言うなら当然では?」

 さっきから祓の口調が刺々しい。そいつ外国人だから大目に見てあげて!

 あと気づいてオルコットさん。そいつそろそろ堪忍袋が限界です。しかし彼女はそれに気づかないのである。

「クラス代表を物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!」

「末期の言葉はそれでいいかコロネヘアー」

 その時、教室に一陣の風が吹き抜けた。

「ヒッ……」

 セシリアさんが引きつった悲鳴を挙げる。無理もない。首筋に日本刀を突きつけられれば誰だってそうなる。ちなみに日本刀の持ち主は祓。

「黙って聞いてりゃ人の主さまをよくも極東の猿呼ばわりしてくれやがったな。死に様を選ばせてやる。斬殺刺殺、どっちから選べ」

(マズい、祓がキレた!)

 キレた祓は基本的には手がつけられない。前にキレた時は半死体の山ができた。その前にキレた時は血の池ができた。

「やめんか馬鹿者」

 ガスッ!

「きゅ!」

 祓の頭に千冬姉が振り下ろした出席簿の角が突き刺さった。グッジョブ千冬姉!

「IS学園は基本的には治外法権なので帯刀を特に禁止していない。だが、使用するのは当然禁止だ馬鹿者」

「だったら、言葉の刃を振り回すのはいいんですか?」

 いいかどうかはさておき、言葉の刃よりも刃物を振り回す方が間違いなく危険だと思う。

「文句があるならIS学園らしくISで決めてもらおうか」

「いいでしょう。ISでの模擬戦という名目でそこの英国産金髪ロールを全力で叩き潰して再起不能にしてよろしいんですね?」

「模擬戦の過程でそうなるというのであればそれも致し方ないだろう」

「いや良くねえよ!?」

 何勧めてんだ教師。

 ISには絶対防御というその名の通り身を守る手段があるとはいえ、祓相手では全く安心できない。

「舐められたものですわね……!」

 セシリアさんは怒りにプルプルと身を震わせていたが、俺たちは別に彼女を侮ってるわけではない。祓がアレなんだ。

「決闘ですわ!」

「だが断る」

「空気全く読まないなお前!」

 あの話の流れでなんで断るのか。なんで断れるのか。あいつのメンタルは鋼並みの強度だな。

「ですが戦うのには同意します」

 ならなんで断ったんだよ。普通に受けろよ。

「それはですね一夏さま」

「おわっ!?」

 祓が一瞬で俺の近くで(ひざまず)いていた。

「決闘とは対等な相手とのみ成立するので、私とあれとでは成立しないのです」

 相変わらず無意識に人の神経を逆撫でするのがうまいな。

「それはわたくしがあなたより下だと言いたいんですの?」

 セシリアさんの体から怒りオーラが立ち上っている気がした。

「は、何を言ってんの?」

 ここで祓もキレた。でも祓、他の人たちついて行けてないからな。

「私はメイド。あなたは貴族。つまり私が下であなたが上! 間違えるとは許すまじ!」

 祓のキレるポイントが他の人たちと違いすぎるからみんなえーって顔してるよ。気持ちはわかる。超わかる。俺も未だに戸惑うことがある。

「それでは、期日は週末の金曜日、放課後とする。問題ないな」

 収拾つかなくなってきたので千冬姉がまとめに入った。

「無論」

「構いませんわ」

「では、授業を開始する。水無鴇はとっとと席に戻れ」

 ……そういえば、今授業中だったな。

 




祓(男女共通)に常識なんて通用しない。
セシリアは強く生きてください。


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お前が同室か

「さて、お昼です一夏さま。屋上に向かいましょう」

 昼休みに入ると同時に三段重ねの重箱を持って近寄ってくる祓。

「学食の存在一切無視かお前」

 入学式当日から弁当持参で来るのはこいつぐらいだろう。

「おい、一夏」

「お、箒」

 HRの時間からずっとこっちを見ていたが、ようやく話しかけてきたなこいつ。

「久しぶりだな、元気してたか?」

「お前も元気そうだな。それに……」

 箒の視線が俺から祓にスライドする。視線を向けられた祓はにっこり笑って箒に一礼した。

「久しぶりです、箒。ご健勝そうで何より」

「お前も相変わらずのようだな……」

 箒はやや引きつった顔で笑った。二人は昔から仲が悪いというか……箒は祓のことを苦手にしているようだった。

「それでは一夏さま、行きましょうか」

「ああ。それじゃあな、箒」

「待て、学食なら私も一緒に行くぞ」

 立ち去ろうとした所で箒に待ったをかけられる。

「付いてくるのはいいけど、俺たち弁当だから学食には行かないぞ」

 俺の言葉に合わせてこれ見よがしに祓が弁当箱を掲げて見せる。

「なら、購買で何か買ってから行こう。屋上だな? 待っていろ!」

 箒はそう言い残して購買部目掛けて駆け出していった。

 

 

「買えなかった……」

 肩を落として落ち込む箒。心なしかポニーテールも萎れている。

 昼食時の購買部は一歩出遅れたらパンの耳さえ残らない戦場らしい。

「まあ、気にするなよ。俺の弁当分けてやるから」

「む……」

 俺の提案を聞いた瞬間、祓が僅かに眉をひそめた。

「まあ、一夏さまに差し上げたものですから。その一夏さまが上げると申すのであれば私にも異存はありませんが……」

 異存はなくとも文句はあると言いたげな目をしていた。

「ま、まあ食えよ」

「はい箸。それと小皿」

 俺が箸で取ってやろうとしたところ、透かさず祓が箸と小皿を取り出した。

(毎回思うが、こいつはこういう物をどこに隠し持っているんだろう……?)

 一回聞いてみた事はあるが、『内緒です♡』と笑顔で誤魔化されてしまった。

「む、美味い……」

 だったらもっと美味しそうに食えよ。なんでしかめっ面してるんだ?

「当然です。一夏さまに作る物に手抜きは許されず、日々研鑽(けんさん)を欠かさぬ私の手料理が美味しくないはずがないでしょう」

 自信満々に言ってのける祓。たまにその自信が羨ましくなる。

(でも実際こいつの料理美味いしなぁ……)

 店でも開けるんじゃないかってぐらいの美味さだ。祓曰く「一夏さま限定です」らしいが……

「さ、お昼休みもそんなに時間も残されていません。余りゆっくりしている暇はありませんよ」

「ああ、わかってるって」

 その後、俺と箒は昼食を食べながら旧交を深め合った。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ……やっと終わったー……」

 これ以上ないほど視線を一心に受けた一日がようやく終わろうとしていた。

「お疲れ様です一夏さま」

「ああ……なんとか」

 後一時間多かったら耐え切れなかったかもしれない。

「あ、織斑くん。まだ残ってたんですね」

「山田先生、何かあるんですか?」

 今日の授業はもう終わったはずなのだが……書類でも持って、何か手続きでもあるのだろうか。

「はい。織斑くんの寮の部屋割りが決まりました」

「部屋割り? 俺、ここ一週間ほど自宅から通学するんじゃ……」

 男が女子寮に暮らすということで部屋割りに苦労してるとかいう話だったはず……

「当初はそのはずだったんですが、織斑くんは事情が事情なので、一時的に無理矢理部屋割りを変更しました」

 事情が事情。確かにその通りだ。

 俺がISを動かせると知って以降、俺の家にはマスコミや研究者がひっきりなしに訪れて、祓に多種多様な方法で撃退されていたのだ。――問題があるのは俺じゃなくて祓のせいな気がしてきた。

「なんだか俺一人のためにすいません」

 なんだか色々苦労させてるみたいで申し訳ない。

「いえいえ、織斑くんのせいじゃありませんから」

 そう言って貰えれば幾分気が楽になる。

「あ、けど俺、荷物とか持って来てないんで一度取りに戻らないと」

「その必要はない」

 そこに現れたのは俺の実姉である織斑千冬だった。

「生活必需品だけだが用意してやったぞ。着替えと携帯の充電器だけで十分だろう」

 ほんとに必要最低限だな。人間の生活には潤いも必要だと思うんです、姉上。

「あの、何か必要な物があるのなら私が取って参りましょうか?」

 そう言うなら祓のお言葉に甘えようか。

「はい、40秒で支度して参ります」

 そう言い残して祓は消えるように去っていった。

「えっと……それじゃあ今から寮生活における規則を説明しますね。それが済んだら時間を見計らって部屋に向かってくださいね」

「はい、わかりました」

 

 

「えっと、1025号室1025号室っと……お、ここだな」

 貰った鍵を扉の鍵穴に……挿さらない。

(おいおい、貰ったばっかりだぞ?)

 試しに鍵を挿さずに扉を開けてみる。――あ、開いた。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 開いた扉を無言で閉める。

(なんかいたー!)

 というかメイドだ。メイドがいた。メイド――はっ!

「祓か!」

 扉が開くと、そこには祓がいた。

「はい、あなたのメイドの祓です」

 IS学園の改造制服ではなくちゃんとしたメイド服を着た祓が三つ指着いて部屋の中央に。

「一夏さまのお荷物はこちらに用意して御座います」

「あ、ありがとう。仕事早いな……」

 なんで俺が教室からここまで来るより俺の家まで往復して来たこいつが先にいるんだろう。

「ところで祓、この部屋の鍵が合わなかったんだが……」

「先ほど扉を取り替えましたから。こちら新しい鍵になります」

「ああ、ありがとう」

 祓が差し出した鍵を受け取る。

「――って、部屋を勝手に改造するな!」

 違約金取られたりしないのか!?

「あんなちゃっちい鍵しか付いてない木製の脆い扉なんて安心して眠れません」

「意外と繊細なんだな……」

 何かとあれば日本刀振り回してるくせに。

「意外とはなんですか。私はこれでも繊細な思春期の女子ですよ?」

 ……なんだろう。ものすごく否定したい。

「それでは、これから末永くお願い致します」

 改めて一礼する祓を見て、ある一つの考えに至った。

「ちょっと待て。お前、まさか俺と同室か!」

「それを今聞くのですか。気づいておられなかったので?」

 だってお前部屋がどこだろうと関係なしに出入りしそうだし。

「まあ否定いたしませんが。ですが私が一夏さまの同室相手です」

「そうか」

 だが、見知らぬ相手と同室になるよりは気軽だ。祓相手なら大抵の失礼も許される。

「確かにそうですけど……ほどほどにしないとお仕置きしちゃいますよ?」

「頼むから心を読まないでください」

 祓のお仕置きは千冬姉のお仕置きよりもキツい。肉体的にはなく精神的に。

「仕方ありませんね。お仕置きするのを楽しみにしていたので残念です」

「誰かこいつをなんとかしてくれ」

 冗談抜きで残念そうに肩を落としてるんだ。

「ま、まあお前が同室なのはそれでいいとして……セシリアとの戦い、一体どうするんだ?」

「正面からぶつかって叩き潰しますけど、それが何か?」

 何一つ問題ないという祓。生身であれば確かにその通りであるが、ここでの戦闘はISを使用するのだ。

「しかも、あいつは代表候補生らしいぞ」

 代表候補生について俺はよくは知らないが、つまりは国家代表の卵である。

「代表ならいざ知らず、その候補生程度ならばISという枷(・・・・・・)があっても問題ありません」

「はは……」

 ISを枷と表現するのは世界広しといえどこいつぐらいだろうな。

「そういえば、お前のIS適正ってどうなのさ」

 ちなみにIS適正とはそのままISの適正――ISをどれだけ上手く扱えるかの資質を表したものだ。

「量産機で測定した場合はDでした」

「俺よりも低い!?」

 ちなみに俺はBだった。

「ISってどうも反応鈍いんですよね。空を飛べるぐらいしかメリットありません」

 それって人間としては十分なメリットだと思うんだが。

「一夏さま、私の勝敗なぞどちらでも構わないのですよ。勝とうが負けようと一夏さまには関わりないことです」

「ま、まあそうだけどよ……」

(ん? 何か忘れてるような気がするが……気のせいだな)

「そんな事より一夏さま、問題なのはあなたの学力の方ですよ?」

「うぐっ」

 僅かな時間での勉強漬けでは限界があるのだ。

「もっとも、ご心配には及びません。私が24時間付きっ切りでお教えします」

「教えてくれるのは有り難いけど、24時間付きっ切りは勘弁してもらいたいな」

 こいつの場合比喩でも何でもなく間違いなく24時間だ。

「拒否権があるとお思いでも?」

「思ってる」

「ではそれをお断りします」

「でも断る」

 お互い意地になってにらみ合っていると、先に祓の方が目を反らした。

「このままでは(らち)が明きませんね。仕方ないので先に折れてあげましょう」

「なぜ上から目線」

 この自称メイド、実は特に謙虚ではないのだ。

「さて、ところでお夕飯は何がよろしいでしょうか。そろそろ支度しないと」

「夕食も作る気なのか……」

 学食や寮の食堂をガン無視だ。

「一夏さまがそれを望むのであれば致し方ありませんが……その場合、毒見しますけどよろしいですか?」

 毒見まですることはないと思うのだが、変に過保護なこいつには何を言っても無駄だろう。

(しかし、毒見か……)

 俺が頼んだものにあいつが口を付けること自体は問題ないのだが、それを周囲の目がある所でするのは心労がかかりそうだった。

「何か食い易い物を頼む」

「承知致しました」

 丁寧に一礼する祓を見て、俺はこれからの学園生活に対して不安を抱いた。

 

 ―●○●―

 

 夕食も終わり、夜もすっかり暮れた頃、一夏もすっかり夢の中にいた。

「ふふ……」

 眠っている影を見下ろして薄く微笑む祓。その見に纏うのはまたもやメイド服だ。

 といっても、先程まで着ていたような本格的なメイド服ではなく、必要最低限の要素まで装飾を取り払った、いわばメイド服風のワンピースである。

「それでは、失礼します」

 寝ている一夏に勝手に許可を取って布団の中に潜り込む。

「一夏さまのお背中――と、惚けている場合ではありません」

 祓は一夏の耳元に口を寄せると、何事かを囁き始める。

 内容はISに関する基礎知識。俗に言う睡眠学習という奴である。

「――……祓は俺の嫁。祓は俺のメイド。祓可愛いよ祓――」

 時々洗脳めいた言葉が入るのはご愛嬌――というのには些か無理があった。

 



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祓 対 セシリア

 週末、祓とセシリアの試合当日。

「遅いですわね」

 セシリアは空中で試合相手である祓を待っていた。

『遅くなりました』

 ISを介した通信がセシリアの耳に届く。それと同時にピットから一機のISが出てきた。

 それを見たセシリアは常にない衝撃に襲われた。

『少々用意に手間取りまして。ご容赦下さい』

「構いませんわ」

 専用機である自分と違って向こうは訓練機なのだ。多少の遅さは大目に見ようという気にもなる。

『さて、時間も押してることですし、早速終わらせましょう(・・・・・・・・)

『――ム……ええ、そうですわね』

 祓の言い方に苛立ちを覚えたセシリアだったが、それを表には出さずに闘争心へくべる燃料へと変える。

 なお、現在祓が装備しているISは学園の保有する量産機、打鉄である。

 しかし、祓が身に付けている打鉄の両手両足部分と非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は取り払われていた。

 その代わりというわけではないだろうが、背中と腰に鞘に納まった近接ブレード『(あおい)』を大量に装備していた。

『水無鴇、オルコット。アリーナを使える時間は限られている。すぐに始めるぞ』

 アリーナの管理塔から千冬の通信が入り、それを聞いた二人は気を引き締め直した。

『承知しました』

『わかりましたわ』

 祓は腰から『葵』を二本抜き、セシリアはBTビームライフル『スターライトmkⅢ』を構える。

 二人の緊張感が最大まで高まった時、試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

「踊りなさい! セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 スターライトmkⅢを構え、狙いを定めた瞬間にスコープ越しに何かが飛来するのを確認した。

 それが何かを確認する前に、セシリアは回避行動を取る。

 横へ移動したセシリアの直前までいた場所を飛来した物体が通過する。

 脇を通り抜けた時に確認すると、それは祓が手にしていた刀型近接ブレード『葵』だった。

(近接ブレードを投擲?)

 なら普通に射撃武装を使えばいいのにと思うセシリアの視界が僅かに暗くなる。

 それに反応して上を見上げると、祓が『葵』を振り上げて斬りかかっているところだった。

(反撃は――間に合いませんか!)

 銃身の長いライフルでは近距離には対応できないため、銃身を盾替わりにしてブレードを受け止めようとする。

「フッ――」

 だが、大上段から振り下ろされた一閃は、その銃身をあっさりと断ち切ってブルー・ティアーズへと叩きつけられる。

「きゃ――!」

 下へと吹き飛ばされるセシリアへ、祓が追撃をかける。

「くっ――ティアーズ!」

 空中で体勢を立て直したセシリアの命令を受けた四つの自立機械が本体から切り離され、動作を開始する。

 フィン状のパーツに銃口の付いたビットのようなそれら――本体と同じく『ブルー・ティアーズ』と呼ばれる――は、多角的に動きながらそれぞれ独自の動きで祓を狙う。

 それを見た祓は動揺せず、手に持っている近接ブレードをセシリアに向けて投擲。セシリアの意識がそちらを向いた瞬間に背中に背負った『葵』を片手で二本ずつ抜き、ビットに向けて投擲する。

 放たれた『葵』は全てビットに命中し、それを撃墜した。

「このまま墜ちてください」

 祓は更に腰から『葵』を二本抜き放ち、両手に握って連撃を放つ。

 降下しながら休みなく斬撃が放たれ、地面に激突する直前にセシリアを蹴り飛ばした祓は優雅に着地する。

「ん……?」

 何故か祓は両手に握った『葵』を怪訝そうに見つめると、振り返って地面に落下したセシリアを見た。

「ううっ……」

 身を起こしつつあるセシリアの手には銃身の断ち切られたライフルとは別に、ショートブレードが握られていた。

 咄嗟に展開したそれでブレードを受け止めたことにより、セシリアはシールドエネルギーの全損を免れたのだ。

「てっきり仕留めたと思いましたが――これだから使い慣れていない得物は……」

 ため息を吐いて手にした『葵』を軽いスナップで投じる。

 音速間際の速度で宙を走ったそれらを、セシリアはショートブレードから手を離し、両手で保持した銃身の切断されたライフルで撃ち落とす。

「……なんなんですの、あなた」

 投じられた近接ブレードを撃ち落としたセシリアは、感心するような、それでいて呆れたような顔をして祓に疑問をぶつけた。

近接(・・)ブレードを投げて使うだなんて……日本は一体どのような教育されてますの?」

 日本人の名誉に賭けて言うが、普通の日本人はこんな事はしない。日本広しといえど祓だけだ。

「竹槍でB29を撃墜してこそ真の大和撫子です」

 ――いや、それはおかしい。

 その時、この場に居合わせた全員がその思いを共有した。

「やはり、使い慣れていない得物はダメですね」

 祓は背中から常備している鍔無しの日本刀を引き抜く。

「やはり、これ(・・)でないと」

 祓が手にした日本刀の刃が顕わになった瞬間、この場の雰囲気が変わった。

「やっぱり、慣れ親しんだ得物は違います。ただ持つだけで気が引き締まりますね」

 祓は手にした刀をうっとりと満足そうに見てる。端から見ると危ない人に見えなくもない。

「それでは、行きますよ」

 祓は体を前傾させ、セシリアに向かって駆け出した。

 それを見たセシリアは銃身の斬られたライフルを構え、祓を狙い撃った。

 が、それを祓は斜めに前進することで速度を落とさず回避した。

「くっ」

 自分の射撃を避けて接近してくる祓を見て舌打ちをするセシリア。

 だが、セシリアは焦らなかった。距離が近づくということは、それだけ回避し辛くなるという事だからだ。

「これは避けられませんわよ!」

 お互いの距離が数メートルまで近づいた時、確実に避けられないよう祓の胸部中央に狙いを定めて、セシリアはBTライフルの引き金を引いた。

「なら、受けるまでです」

 回避不可能な青いBTビームを前にして祓が取った行動は先ほどまでの回避とは違い、BTビームが当たるのを覚悟して、セシリア目掛けて一直線に飛び込むことだった。

 その結果、セシリアの射撃は当然祓に命中し、直撃ということもあって打鉄のシールドエネルギーを大きく削った。――だが、それだけである。

 シールドエネルギーが多少減ったところで祓に影響はなく、むしろ一発受ける間に祓は自分の間合いにセシリアを捉えていた。

「このっ!」

 セシリアは足元に落としていたショートブレードを引き抜き、それで祓の持つ刀を受け止めようとした。

「シッ――」

 だが、鋭い呼気の音を聞いた瞬間、セシリアは直前までの判断を全て捨て、後方へ飛んだ。

 セシリアの足が離れた瞬間、祓の持った刀が一閃される。

 閃いた白刃は一切の停滞なく振り抜かれ、その延長線上にあったものは全て両断された。

 ブルー・ティアーズの装甲も、セシリアが手にしていたショートブレードもまとめて断ち切られていた。

(デタラメ過ぎますわ!)

 ISを装備しているとはいえ、通常の武器でISの武装をいとも簡単に切断するという、それこそ織斑千冬(せかいさいきょう)クラスぐらいにしかできない行為を見せつけられたセシリアは混乱し、上に飛んで逃げることしか出来なかった。

「逃がしません」

 祓は手にしていた日本刀を一度背に納刀し、腰に差していた『葵』を片手で4本ずつ鞘から抜き、それぞれ一本ずつ時間差を付けて投擲した。

 自分に向かって飛来する8本の近接ブレードを、セシリアは代表候補生として培った操縦技術で何とか回避した。

「よく避けましたが、これで終わりです」

 だが、セシリアが放たれた『葵』を回避し終えた時、黒鞘に納められた刀を上段に構えた祓がセシリアの上を取っていた。

「変位抜刀――」

 鞘から僅かに刃が覗き、そして――

「雷斬り」

 鞘から抜かれながら振り下ろされた刃がシールドバリアーを切り裂き、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーを0へと削りきった。

 

 試合を終えてピットに戻った祓は、打鉄から降りるとググッと背伸びした。

「ふぅー……投げた武器拾いに行くの面倒ね。時間がなかったから仕方なかったとはいえ、量子変換しておけば回収は手間取らなかったのに」

 祓は一夏の前とは違い、気怠げな雰囲気で中身の無い『葵』の鞘を担ぐ。その時、ピットの扉が開いた。

「よう祓、お疲れ様」

「一夏さま、わざわざ労っていただきありがとうございます」

 一夏の姿を捉えるなり、祓の態度がきちんとしたものに変わった。

「これ差し入れ。喉渇いただろ」

「あ、ありがとうございます……」

 祓は差し出されたスポーツドリンクの入った容器を受け取ると、その中身を静かに吸い上げた。

 そんな祓を見た一夏は、祓の背中に背負った鞘に目を止めた。

「後片付けか?」

「ええ。考えなしに投げたツケですね」

「手伝おうか?」

「いえ、自己責任ですので自分一人でやります。一夏さまは先にお部屋にお帰りください」

 先程までの気怠げな雰囲気は何処へやら、キチッとした雰囲気で祓はピットのゲートから飛び降りた。

 それを見た一夏は呆れながら頬を掻いた。

「ここからアリーナはかなり高さがあると思うんだが……ま、あいつからしたら今更な話か」

 一夏は祓を見送ると、踵を返してピットを出て行った。

 

 

 

 次の月曜日、朝のホームルーム。

「そういえば織斑先生、クラス代表ってどうなったんですか?」

 先日あった祓とセシリアの試合の原因はクラス代表だったはずだ。

「それならお前に決定してる。そもそもお前以外は立候補も推薦もしてないからな」

「なん、だと……?」

 セシリアのあれは立候補には含まれてなかったのか。

 というかあの時点で決定してたのか? なら教えてくれてもいいじゃないかマイシスター。

「では、授業を始める――」

 



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専用機

 その日の授業が全て終わった放課後。寮に帰ろうとした時、自分のクラスの担任教師であり実姉でもある織斑千冬に声をかけられた。

「織斑、少し用がある。付いて来い」

 千冬姉はそれだけ言うと背を見せて教室から出て行ってしまった。

(もし遅れたりすると、出席簿が振り下ろされるだろうからな……)

 俺は何事かと思いつつも、慌てて荷物を鞄に詰めるとその後を追った。

 そしてその俺の後ろを祓がさも当たり前のように付いて来るのは、いつものことなので気にならなかった。

 

 千冬姉の後を付いて行くと、何故か生徒指導室に付いた。

(あれ? 俺、何かしたっけ?)

「おい、何をしている。さっさと入れ」

 教育的指導されるようなことをした覚えがなく、扉の前で立ち尽くしていると、千冬姉に急かされたので、覚悟を決めて俺は生徒指導室に足を踏み入れた。

(生徒指導室と織斑先生のコンボで精神に傷を負った生徒は数知れず……しかし祓。だからと言って、ハンカチを手に持ってヒラヒラ振るんじゃない。なんだか無事に帰って来れなさそうじゃないか)

 そんな祓を締め出すように扉を閉めて、部屋の中央に置かれた机と椅子に目を向ける。

「まずは座れ。立ったままでは話もできん」

 二つある内の一つには千冬姉が座っており、立っている俺にその対面の椅子に座るように指示した。

「それで、千冬ね――」

 ギン!

「織斑先生、一体何の用ですか」

 人を殺せそうなほど鋭い瞳で睨まれ、慌てて名前を呼び直すと、千冬姉は出席簿に挟んであった書類らしきA4用紙を机の上に置いた。

「読め。隅から隅までな」

 言われた通り、机の上に置かれた紙を手に取って読む。そこに書かれていた事を端的にまとめると、どうやらとある企業が俺にISを一機――つまり専用機を貸し出してくれるようだった。

 あと、それに付属する様々な権利や条件なども併記されていた。

「読みました」

「内容は理解したな? ならサインしろ」

 どうやら俺に拒否権は無いようだ。

(まあ、断る理由も無いからいいけどな)

 千冬姉の差し出したボールペンで名前の記入欄に自分の名前を書く。名前を書き終えるとすぐに千冬姉が書類を回収した。

「ふむ、いいだろう」

 千冬姉は書類を出席簿に挟み直すと、椅子から立ち上がった。

「織斑。ISスーツを持って第二アリーナのピットまで来い。そこでお前の専用機の受け渡しを行う」

「はい」

(もう用意されてたのか)

 ちなみに、俺は世界初の男性IS操縦者だという事で、どこかの企業から俺用のISスーツが贈られている。

 

 千冬姉に付いて部屋を出ると、祓が何故か俺のISスーツを捧げるように持って待っていた。準備がいいどころの話じゃねえ。

「知っていたのか?」

 千冬姉が言っているのは俺には専用機が与えられたことを知っていたのかという意味だろう。

「昨日搬入されていたのを見ましたので」

 こいつは俺の専用機を一足先に見ているようだった。

「でも、それだけでよく俺のってわかったな」

「一夏さまを差し置いて、他に誰が受け取るというのですか?」

 俺の感想を聞いた祓が間髪容れずに心底不思議そうに言葉を発した。

(それはお前以外には通用しない理論だ)

 などと思いながらも、祓に理を解くのは無駄なので(理解した上での発言だからだ)、大人しくISスーツを受け取って第二アリーナ近くの更衣室に向かうことにした。

 

 

 着替えを済ませてピットに着くと、そこには驚くほど真っ白なISが鎮座していた。まるで俺を待っていたかのように。

 ちなみに、祓は俺が着替えている最中にどこかへ消えてしまった。

「織斑、これがお前のIS、『白式』だ」

 白式――それが俺のISの名前か。

「乗り方は分かるな?」

「大丈夫だよ」

 前に一度、打鉄に乗ったことがある。

 その時の経験と、千冬姉の指示があったので、白式に乗ることは何ら問題はなかった。

「それで、これからどうすれば?」

 乗ったはいいがこれからどうすればいいんだろう。

「試運転だな。アリーナで軽く飛んでみろ」

 ……軽い。空を飛ぶという人類では簡単にできないことの扱いが軽い。

(ISに乗れば簡単に空を飛べるから仕方ないか)

 実際、ピットのゲートに向けて体を向けるだけで宙に受ける。

 そのままゲートからアリーナに飛び出す。するとそこには――

「お待ちしておりました、一夏さま」

「……なんでいるんだよ」

 打鉄着用状態の祓が何故か先回りして待っていた。

「一夏さまの在られる所、それ即ち私の居る所です」

 こいつにまともな返答を期待した俺が間違っていた。

「それでは一夏さま、早速ですが行かせて頂きます」

 そう言って、祓は腰からスラリと近接ブレードを抜いた。

「ちょっと待て。どうしてそうなる」

「今からするのは試運転ですよね?」

 そう。その通りだ。なのにどうして祓と剣を交えなくちゃならんのだ。俺はまだ死にたくない。

「一夏さま、今不穏なことをお考えでは?」

 ギクッ。どうして俺の考えていることがわかったのか。

「一応理由を説明しておきますと、試運転というなら色々なことをする必要があるので、それを手っ取り早く済ますには戦闘が一番適しているのですよ」

 わかったようなわからないような。

「では、参ります」

 嫌な予感を感じた瞬間横に飛び退くと、一瞬前まで俺のいた場所を白刃が貫いた。

(……ぶ、武器! 俺にも武器を!)

 身の危険から武器を求めると、目の前に武器一覧が表示される。

『近接ブレード《名称未設定》』

(……一覧の『一』は一つという意味だったろうか)

 しかし、他に選択肢がないのでは仕方ない。

 俺は近接ブレードを呼び出し、それを青眼に構えて祓と対峙する。

(あ、無理だこれ)

 改めて向かい合ってみると、祓の強さがよくわかる。オーラが目に見えるレベルってどういうことだよ。

「続けて行きますよ――」

(く、来るなー!)

 一夏は内心で絶叫を上げながら、嬉々として襲いかかってくる祓の刃を受け止めた。

 

 小一時間後――

「お疲れ様です、一夏さま。大丈夫ですか?」

 祓はピットに座り込んだ一夏を心配そうに見ながらスポーツドリンクを渡した。

「……そう思うなら手加減しろ」

 祓の遠慮容赦のない剣戟を受け続けた一夏は疲労困憊しており、祓の差し出したスポーツドリンクを受け取るので精一杯だった。

 だが、その甲斐あって白式は一次移行(ファースト・シフト)を終え、今は一夏の右手首にガントレットとなって輝いていた。

「織斑。これはISを使用する際の規則をまとめてあるものだ。破ったら罰則がある。熟読して中身を頭に叩き込んでおけ」

 それも雑誌ぐらいの厚さがあるんですけど。IS関連は覚えることが一杯だな!

「では、後は白式を使って祓と練習するなり部屋に帰って予習するなり好きにしろ」

 千冬姉はありがたいお言葉を残して去っていった。

(……さて、どうするか)

「なんであろうとお付き合いしますよ?」

 ありがたいけど格闘面に関してはお世話になりたくない。刀持ってる時の祓って肉食動物のような表情をしてるんだもの。

「……それにしても、白式の武器は相変わらず近接ブレード一本なんだよな」

 名前は雪片弐型に変わったが。ちなみに雪片は現役時代の千冬姉が使ってた近接ブレードの名前だ。

 親類関係とISには何か関係あっただろうか。

「何故か白式に武装は後積みできませんしね。――これ欠陥品では?」

 白式のコントロールパネルを弄っていた祓が辛辣な評価を下した。これ、一応俺の専用機なんだが。

「ですが、近接ブレード一本というのは良かったですね。一夏さまは剣の方が銃器よりはまだ扱えますから」

 確かに、俺は剣の方が得意だが、それにしたって言い方ってもんがあるだろう。

「私個人としては銃器は全く使いたいとは思いませんけどね。今からここを狙いますって宣言してるようなものですし」

 祓曰く、銃口の向きで弾道がわかるから避けるのは難しくないとのことだ。弾丸が音速を超えるのにはどう対応するんだろうか。

「そうだな……今日はもう休むわ」

 祓の相手してもう疲労困憊である。

「そうですか……でしたら一夏さま、少々白式をお貸し頂けますか?」

「いいけど、何するんだ?」

 ガントレットを腕から外しながら、一夏は祓に何をする気かと尋ねる。

「少し調整を。――ふふ、密かに貯めていた一夏さまのデータが役に立ちますね」

(何か不穏な言葉が聞こえた気がするけど俺は気にしないことにした)

 難聴ではない。聞かなかった振りだ。祓の言うことに一々反応してたら身が持たないし。

「んじゃ、頼むわ」

「はい、お任せください」

 俺がガントレットを祓に手渡すと、祓はスカートの端を摘んで優雅に一礼した。

 

 

「白式――一夏さまの剣となり、盾となり、鎧となるIS」

 整備室のハンガーに掛けられた純白の装甲を持つISを見上げて、淡々と呟く。

「一見したところ、姉の機体と同じ能力を備えているようですね。あの人の仕業ですか……」

 祓はウンザリとした様子で額を抑えた。

「ご大層な能力ですが、今の一夏さまには過剰ですね。レベル1の勇者に勇者の剣を装備させるようなものです。発動条件を少し厳しめにしておきますか」

 祓は表示した白式のコンソールを操作すると、エラーを示す赤色と警告音が響いた。

「一夏さまのためです。聞き分けなさい、白式。過剰な力は成長を妨げます」

 祓が呼びかけると、警告音が鳴り止む。

「私が代わりの力を用立てます。だから今は私に従いなさい」

 コンソールの赤色が消え、操作が有効になった。

「いい子です。共に一夏さまを主と(いただ)く者同士、これからも仲良くしましょう、白式」

 祓はうっすら微笑みながら、白式のコンソールを操作し始めた。

 



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中国からの転校生

 ある朝、一夏が登校すると、教室が普段よりも騒がしかった。

「何かあったのか?」

 近くにいる女子に話しかけてみると、おはようという朝の挨拶のあと、転校生が来たらしいことを教えられた。

 IS学園において、転校生というのは滅多にない。

 何故なら、IS学園に途中編入するには国の許可が必要であり、それは同時に代表候補生――もしくはそれ並みの重要人物――であることを示していた。

「中国からの代表候補生だって!」

 それを補足するように、他の女子生徒からの情報が入る。

「中国か……」

 中国と聞いて、一夏はある一人の少女のことを思い浮かべていた。

(あいつ、元気にしてるかな)

「そういえば、もうすぐクラス対抗戦よね?」

「優勝したクラスにはデザート半年間フリーパスポートだって!」

「頑張ってね織斑くん!」

「最高で優勝、最低でも優勝よ!」

「お、おう……」

 女子のデザートにかける迫力に圧倒される一夏。ちなみに本人はそこまで甘いものは好きでないため、フリーパスへの執着心はほとんどない。

(でも、期待には応えないとな)

 そうでないと殺されるかもしれないと一夏は思った。

「たのもー!」

「なんだ、道場破りか?」

 箒がそう思ってしまうような掛け声と共に一年一組のドアが勢いよく開かれた。

「お、お前は!」

「久しぶりね一夏!」

「鈴! どうしてここに?」

 声の主は先ほど一夏が思い浮かべた中国人の少女、(ファン)鈴音(リンイン)だった。

「ふふ……それは私が中国の代表候補生だからよ!」

「へえ、凄いんだな」

「え、それだけ?」

 自分としては満を持して言ったことがあっさり流されたため、鈴は肩透かしされた気分だった。

「いや、うちのクラスにも代表候補生いるし」

 その言葉を待っていたかのように、セシリアが足を肩幅に広げて胸を張り、その胸に右手を当てるという最大限の自己主張をするポーズを取った。

「そう、わたくしがイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットですわ!」

「ごめん興味ない」

 いっそ清々しいほど流されたセシリアはそのままの姿勢で硬直する。

 一方の鈴はセシリアなど眼中になく、一夏に向かってやや顔を赤らめて話しかける。

「それでさ一夏、あの時の約束なんだけど……」

 キーンコーンカーンコーン

 鈴が改まって一夏に何事かを尋ねようとしたとき、HRの始まりを告げるチャイムが鳴った。

「おい鈴、教室に戻らなくていいのか?」

「そ、そうね。でも一夏――」

 往生際の悪いことにまだ留まり続けようとした鈴であったが、その頭に向けて後ろから出席簿が振り下ろされた。

 パシン!

「痛った――誰よ!」

 威勢よく振り返って自分の頭を叩いた相手を確認する――が、その相手を確認した瞬間、その威勢は一瞬でどこかに吹き飛んだ。

「HRは始まっているぞ。とっとと自分のクラスに戻れ」

「ち、千冬さん……」

 一夏の家に何度も遊びに行ったことのある鈴は当然千冬と面識があり、苦手意識を持っていた。

「学校では織斑先生と呼べ。それと扉を塞ぐな。邪魔だ」

 鈴は千冬と入れ違うように教室の外に出ると、一夏に向かってまっすぐ指を突き付けた。

「また来るからね、逃げるんじゃないわよ!」

(果たしてどこに逃げろというのだろうか)

 それだけ言うと、千冬の鋭い視線から逃げるように鈴は自分のクラスへと向かった。

 

「ところで祓、さっきから何ブツブツ言ってるんだ?」

「モノローグです」

 

 ―○○○―

 

「お前のせいだ!」

「いや、何がだ」

 昼休みに入るなりいきなり箒にそんなことを言われたが、俺には全く心当たりがない。もしや授業中に千冬姉と山田先生に何度も注意されたことを言っているのだろうか。

「一夏さま、お昼にしましょう」

 そこにいつも通りの祓が3段重ねの弁当箱を持ってやって来る。

「それじゃあ、屋上で食べるか」

「あ、待て! 私も行くぞ!」

 毎日毎日付いて来る箒だが、もしかして他に食べる相手がいないんだろうか。だとすると、幼馴染としてはかなり心配だ。

「一夏、貴様今失礼なことを考えていなかったか?」

 箒の言葉に内心ギクリとなったが、何とか表情に出さずに済ませた。

「いや、そんなことはないぞ?」

「ほう、なら何を考えていたか言ってもらおうか」

「くっ……」

 失礼に当たらないように言葉を組み立てていく。――よし、これだ!

「箒、友達出来たか?」

 これなら失礼には当たらないはず!

「余計なお世話だ。貴様は私の母親か」

 ああ、いないんだなと思った瞬間に足を踏まれた。どうやら俺の心は読まれやすいらしい。

 そして、それが原因で祓と箒の乱闘が始まった。

(祓って俺のことについての沸点低すぎるな)

 そのことに喜べばいいのか困ればいいのか悩みつつ、とにかく二人の喧嘩を止めなくては。

 

 

「一夏ー! 逃げるなって言ったでしょうが!」

 放課後。HRが終わるや否や教室に飛び込んできた鈴が俺の机を勢いよく叩きながらそう叫んだ。

 それよりも鈴、まだ教室には他の人がいるんだから迷惑になるぞ。

「なんで昼休みに食堂に来なかったのよ! おかげでラーメン伸びちゃったじゃない!」

 まさか昼休みの間待ってたというのか。行くとも言ってないのに。

「……なぜよりにもよって食堂で待ち構えているのですか」

 鈴が待ちぼうけを食らうことになった原因であるところの祓が、呆れ顔をして鈴の行動の不可解さに眉をひそめた。

 確かに、教室の前とかだったら避けられた事態ではある。

「お詫び代わりにちょっと付き合いなさいよ!」

 やや無茶苦茶な論法であるが、鈴に付き合うのはなんら問題ない。なので快くOKを出そうとしたが――

「残念ですが、今日から一夏さまはクラス対抗戦に向けての特訓がありますので、あなたに付き合えるのはそれ以降ということになりますが、よろしいですか?」

 ちょっと待て、俺はそれを聞いてないんだが。

(もしやお前もフリーパスが欲しかったのか?)

 俺の思っていることが分かったのか、祓は俺に向かってうっすらとほほ笑んだ。

 

 

 

「というわけで、本日の特別講師のセシリア・オルコットさんです」

「どういうわけだ。それはそれとしてよろしく」

 前振りなしの特別ゲストの登場に面食らいながらも、俺はセシリアに向かって一礼する。

 ちなみに、セシリアは祓に負けた後にあの時のことを謝罪してくれたので、今では特に思うところは無い。

「こちらこそよろしくお願いしますわ。本日は祓さんに一夏さんのお相手をするように頼まれましたわ」

「一夏さまもそろそろ射撃型のISとの対処法を学ぶべきと思いましたので」

 確かに、祓の射撃はお世辞にもうまいとは言えないので(止まってる相手には当たる程度)、代表候補生のセシリアにお願いするのは妥当だろう。

「なっ……! それでは折角打鉄を借りてきたというのに、使えないではないか!」

 祓の言葉を聞いて今日は打鉄を借りてきている箒が叫び声をあげた。別に無理して俺に付き合わなくてもいいのに。

「お呼びでないので隅で素振りでもしててください」

 それに対する祓はとても素っ気無い対応だった。

 別に最初からこうだったわけではなく、箒の指導が擬態語オンリーだったので『役立たず』認定されてからは、練習中はこんな風に接するようになっていた。

「セシリアは専用機持ちなのだからいつでも相手できるだろう」

「こちらから頼んでおいて明日にしてくださいだなんて、失礼すぎて口が裂けても言えるわけないでしょう」

 箒の意見を祓の正論が切り伏せる。

 それでもぐぬぬと唸って納得していなさそうな箒を見る祓の口から「面倒な……」という呟きが漏れた瞬間、俺の中の第六感が警告音(アラート)を鳴らし始めた。

「一夏さま、セシリアさま。では早速始めてください。――私は少しあの化石頭に少々灸を据えてやりますので」

「頼むから程々にな」

「はい」

 祓は恭しく一礼すると、目にも止まらぬ速さで箒に飛び蹴りを放った。

「っ、何をする!」

「邪魔なので強制的に排除します」

 生身の相手に武装を使うわけにもいかない箒は素手で祓を抑え込もうとするが、ちょこまかと動き回る祓を捉え切れずにどんどん一夏との距離を離されていった。

「……大丈夫なんですの?」

「大丈夫だろ、IS着けてるし」

「あ、そっちを心配するんですね」

 段々祓の扱いがわかってきたセシリアだった。

 

「暗くなってきましたし、今日のところは一先ず終わりに致しましょうか?」

 セシリアとの訓練を続ける一夏に、箒をあしらい続けて終に撃墜した祓が息も切らさずに声をかけた。

「お、おう……そうだな」

 セシリアとの訓練で疲労困憊な一夏はやっとの思いで祓に返事すると地面にへたり込む。

「お疲れ様ですわ、一夏さん。この調子で行けばクラス代表戦は決勝まで行けると思いますわ」

「優勝は確約できないのですか……」

 ややがっかりした声音であるが、内心ではそれも無理もないと思う。

「噂によると四組のクラス代表は代表候補生らしいですわ。それ以外には勝てると思いますわ」

「優勝できなければ初戦敗退と同義ですよ」

 勝敗に関しては割りとシビアな祓である。

「まあ、一夏さまと白式ならなんとかなるでしょう」

 それでも一夏のことをやや盲目的に信じている祓は楽観的に頷くと、一足先にピット戻ることにした(ISがないため一夏と同じ方法で戻れない)。

 一夏はよっこらせと立ち上がると、ピットへと飛翔する。

「ふぅ……」

 ピットに戻って白式を解除すると、戻ってきた重力がどっと体にのしかかる。

「お疲れ様です、一夏さま。タオルをどうぞ」

「ああ、ありがとう祓……」

 祓が普通にピットで待っていてタオルを渡してきたのを見て、一夏は祓が実は複数人いるのではという錯覚に襲われた。だが、二人いるより一人の方が怖いと思うのはどうしてだろう。

「一夏ー! 差し入れ持ってきたわよ!」

 その時、ピットの扉が開いてタオルとスポーツドリンクを持って鈴が中に入ってきた。

「一夏さま、お飲み物をお持ちしました」

「さもあんたの手引きかのように言うな!」

 念の為に言っておくが、鈴が飲み物を持ってきたのは自主的な行為である。祓は予測をしていただけだ。

「鈴、ありがとうな」

 一夏はお礼を言ってスポーツドリンクを受け取って口を付ける。

「と、ところでさ、一夏」

「ん?」

 鈴が不自然な挙動で何かを言おうとすると、祓はピクリと眉を動かす。

「あの約束、覚えてる?」

 鈴に問われて一夏が自分の記憶を掘り返すと、思い当たることが一つあった。

「確か、料理が上手くなったら……」

 一夏の発言を聞いて鈴の顔がパァっと明るくなり――

「毎日酢豚をおごってくれるって話だったよな!」

 一気に突き落とされて暗くなった。傍で聴いてる祓も僅かに苦笑いしている。

(え、俺何か間違えたか?)

 空気が悪くなって不安になった一夏が鈴に確認しようとすると、鈴の目に涙が溜まっているのに気づいた。

「女の子との約束を忘れてるだなんて最低! 犬に噛まれて死ね!」

 そう言い残して鈴はピットから飛び出していった。

「……やっちまった」

「一夏さま、この件に関してはフォローはしませんからね」

 祓は鈴との約束については知らないが、それが本人にとって重要であることはわかったので、この件では口出ししないことに決めた。

「とにかく、約束の内容を正確に思い出すのがいいと思いますよ。――まああそこまで出てるなら少し考えればわかると思いますけど」

 約束の内容を薄々察している祓は、一夏の相変わらずの鈍感さにため息をつきたくなるのだった。

 

 

 翌日、鈴が二組のクラス代表になったというニュースが一年生の間で飛び交った。

 



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クラス代表戦

 クラス代表戦までに、一夏と鈴の間に発生した(ほぼ一方的に)険悪な雰囲気は、改善されるどころか、一夏が言ってはならない一言を言ったことで最悪なレベルに達していた。

「一夏さま、どう考えてもあれは失言でした」

「言わないでくれ。俺だってあれは謝らないといけないって反省してるんだから」

 一夏の失言というのは、具体的な内容は彼女の名誉のために伏せるが、鈴の身体的特徴(コンプレックス)に関わる発言をしてしまったのだ。

「まあ、それはそれとして、だとしてもクラス代表戦に負けていいわけではありません」

 祓は話題の方向性を僅かに変え、空中にディスプレイを開く。

 そこに映し出されているのは一機のISだった。

(ファン)鈴音(リンイン)の専用機は中国の第三世代機『甲龍(シェンロン)』。近中距離型の機体ですね」

 そして、その機体の詳細なデータを指し示しながら、祓は甲龍について解説していく。

「搭載された第三世代型兵器は衝撃砲。簡単に言えば砲弾の代わりに衝撃を発射する砲ですね。特徴は空間を圧縮して衝撃を放つので、砲弾も砲身も目に見えないことですね」

「それ、どう避ければいいんだ?」

 砲弾も砲身も目に見えないものを、どう避ければいいのかわからなかった一夏は質問というより愚痴っぽく呟く。

「白式に衝撃砲の発射予測プログラムを入れておきました。絶対に避けられるとは言えませんけど、覚悟だけならできるでしょう」

 祓は流石というべきか、それに対してもちゃんと対策を講じているのは流石と言うべきだった。

「そこまでしてくれたんなら、勝たないとな」

「はい。頑張ってください、一夏さま」

 アリーナに向かって飛翔する一夏を祓は一礼して見送った。

「来たわね一夏」

 先にアリーナの空中で待機していた鈴がやって来た一夏を鋭く睨みつける。

「今謝れば、手加減してあげてもいいわよ?」

「どうせ大して手加減するつもりもないだろ。遠慮しないで掛かってこいよ」

 それを聞き、鈴の眉間に僅かにシワが寄る。

「一応教えてあげるけど、ISの防御も完璧じゃないのよ。シールドを突破するだけの威力があれば、操縦者にもダメージは通るのよ」

 二人の間に緊張感が満ちる。それに応じるように、二人の手にそれぞれの武装が現れる。

 一夏の手には日本刀に似た片刃の近接ブレード(雪片弐型)。鈴の手には短い持ち手の両端に刃がついた異形の青龍偃月刀(双天牙月)

『それでは両者、試合を開始してください』

 試合開始を告げるブザーが鳴り響き、それに押されるように二人は相手に向かって飛び出した。

 雪片弐型と双天牙月が激突し、火花が散る。しばし鍔迫り合いが続き、雪片弐型(改)が弾かれる。

 そうしてがら空きになった白式の胴体狙い、鈴は双天牙月をバトンのように操り、連撃を繰り出す。

 それをなんとか雪片弐型で防いで行くが、突然白式が警告音(アラート)を鳴らす。

 視界の中に現れたディスプレイを見るのも惜しく、直感的に横に飛ぶ。直後、寸前まで一夏のいた所を不可視の砲弾が貫いた。

(あっ、危な……)

 回避が一瞬でも遅ければ直撃を受けていただろうことが予想でき、一夏は僅かに動揺した。だが、鈴の心中での動揺は一夏の比ではない。

 弾丸も砲身も不可視の衝撃砲。近距離、しかも、初見で避けられるはずがないと思っていた攻撃を避けられたのは精神的に辛かった。

 その動揺をついて、一夏は即座に反転して雪片弐型を振るう。

「きゃ……」

 動揺していたために反応が一瞬遅れた鈴は回避しそこなってシールドエネルギーを削られる。

(今だ!)

 これを好機と見た一夏は鈴を一気に責め立てる。

 攻撃となれば猛威を発揮する双天牙月であるが、防御に使うには少し使い勝手が悪かった。

「このっ!」

 鈴は攻撃を防ぎながら双天牙月の持ち手を二分割し、二つの片手持ちの青龍偃月刀へと変える。

 そして分割して両手に持った双天牙月の片方で雪片弐型を防ぎ、もう片方で反撃する。更に先ほどは避けられた衝撃砲も叩き込む。

 攻撃の手段が雪片弐型一つしかなく、防御手段は一切ない白式ではその猛攻に押し返される。

 そして、一度開いた距離はそう簡単に詰められない。

 祓の謹製プログラムがあっても、衝撃砲はギリギリ避けるのが精一杯で、避けながら近づくなどという器用な真似はできなかった。

(こうなったらあれしかない!)

 一夏は切り札を切ることに決めた。練習はしたが、まだ成功率は100%とは行かず、しかも一度きりの切り札だったが、一夏はこれしかないと考えた。

 覚悟を決めた一夏は機会を伺う。祓の設定したプログラムを頼りに衝撃砲の発射タイミングを見切り、連射されていた衝撃砲が途切れた瞬間を見計らって切り札を切った。

 『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。一瞬で最高速度に達する技巧によって、一夏は一気に鈴との距離を詰める。

 そして、渾身の力を込めて雪片弐型を振り下ろそうとしたとき――

 

 バヂィ! ズドン!

 

 何かが弾けるような音と地面に何かが墜落した音。

 それは上空から降り注いだ熱戦がアリーナを囲うシールドを突破して、何かが落ちてきた音だ。

「な、なんだ!?」

 予期せぬ乱入者に驚いて一夏は攻撃を中断し、鈴も戦闘をやめて、落ちてきた何かを見る。

 アリーナに居合わせた全員が注視する中で、立ち込める砂埃の中から現れたのは、不揃いな赤いアイレンズを持つ全身装甲(フルスキン)のISが存在していた。

 正体不明の侵入者に呆気に取られる一同が見る中で、正体不明のISは一夏たちに向かってシールドを貫通した熱線を放つ。

 一夏と鈴は慌てて攻撃を避け、その間を熱線が突き抜けた。

 それに一瞬遅れてアリーナ内に警報が鳴り響き、退避するように放送が入る。

 だが、アリーナの扉はロックされていたため、生徒たちは逃げることができなかった。

『織斑くん! 鳳さん! 今すぐアリーナから脱出してください!』

 アリーナの管理棟から真耶から通信が飛んでくるが、二人はそれに素直に頷くことはできなかった。

「山田先生、俺たちが逃げたら、あいつはどうするんですか?」

『すぐに先生たちが制圧に向かいます! だから早く!』

 真耶はそう言っているが、現在のアリーナは完全にロックされているため、救援にはかなり時間がかかる。

「なら、先生たちが来るまで俺たちが食い止めます」

 乱入してきたISは客席を守る遮断シールドを突破してきた。ならば、ここで一夏たちが逃げれば正体不明のISが客席を狙う可能性がある。

『ダメですよ織斑くん! そんな危険なこと、生徒にやらせるわけには――』

 一夏は通信を切ると、鈴に向かって軽く頭を下げる。

「悪いな。付き合ってもらうぞ」

「はぁ……仕方ないわね。緊急事態だし、付き合うわよ」

 二人は各々の武器の切っ先を合わせると、ISの放ったビームをかわして飛び込んだ。

 

 

「――おや?」

 一夏を見送った後、小用を済ませて戻ってきた祓だったが、ピットへの扉にロックが掛かっていた。

 数回開錠を試してみたが一向に開く気配がなかったので、懐から携帯端末を取り出してパネルを開いて回線を繋げて端末を数回叩く。

「……開きませんね。――まさか、あの人の……」

 それでも扉は開く気配を見せず、祓は諦めて背中から日本刀を引き抜いた。

「異常事態だと判断しましたので、強引に突破させてもらいます」

 そして、祓は引き抜いた日本刀で固く閉ざされた扉を切り裂いた。

 

 

「くそっ!」

 何度目かの攻撃を避けられて、一夏は舌打ちしながら離脱する。

 一夏は鈴の衝撃砲の援護もあってなんとか接近して雪片弐型を振るうのだが、侵入者は高出力ブースターで強引に回避するのだ。

 それを何度も続けている内に、白式と甲龍のシールドエネルギーはかなり少なくなっており、常に近接戦闘を強いられる白式に至っては一度直撃を受けたらアウトなところまで来ていた。

「一夏! さっきからブンブン空振ってないでちゃんと当てなさいよ!」

「だってあいつ、近寄ると両腕振り回しながらビーム撃つんだぞ!? 俺一回それでシールドエネルギーごっそり持って行かれたんだぞ!」

「あーもう! 救援はまだなの!? もう保たないわよ!?」

 一向に倒せる気配のない侵入者を前に鈴が堪らず叫んだ瞬間だった。

 二人が喋っているのをまるで聞いているかのように攻撃の手を止めていた侵入者だったが、突然弾かれたように振り返ると自分の後ろに向かって腕にある熱線の発射口を向けた。

 が、その腕は熱線を発射することなく、胴から離れて宙を舞った。

「全く、大事な試合を横槍を入れて邪魔してくださいまして――」

 それを成したのは、ピットからアリーナに降りて来た祓であり、その手に握られた日本刀であった。

「不法侵入者ということなら、少しぐらい派手にやっても大丈夫でしょう」

 自分の頭部を吹き飛ばすほどの勢いで振るわれた斬られたのとは逆の腕を、祓は軽く屈んで避ける。

 そして、弓から放たれた矢の如き勢いで突き出された日本刀の切っ先が全身装甲(フルスキン)のISの胸部を貫くと、そのISは全身から力が抜けたように崩折れるのであった。

 そして、それを見ていた一夏と鈴は全く同じことを思った。

 

 ――俺(あたし)たちの苦労は一体なんだったのか、と。

 

 

 

 

「――うわー! 30分も(・・・)かけて作ったゴーレムをあんなあっさり壊されるってどうなってるのさ!」

 その同時刻、世界のどこかで、その一部始終を見ていた誰かが嬉しそうな悲鳴をあげた。

「なんで生身でそんなことできるのか、一度体に聞いてみたいなぁ」

 ほんの少し陶酔したようなうっとりとした顔で、その誰かの指先が画面(ディスプレイ)越しに祓の頬を撫でる。

「当初の様子とは少し違ったけど、これもまあありかな。こうなるのも予想できてたしね」

 その人物はゴーレムを貫く一瞬前の、祓の野生の獣のような獰猛だがどこか美しさのある笑みの表情が映し出されているディスプレイを飽きるまで見ていた。

 

 

 

「部屋替えですか?」

 不審機との戦闘で疲れた一夏を労っていたところにやってきた真耶が祓に向かってそう告げた。

「はい。ようやく部屋割りの調整が終わったので、如鷺さんは部屋を移ってもらいます」

「了解しました」

 頷けども動く様子が全くない祓。そんな彼女を見て、真耶は一筋の嫌な汗を流す。

「あの、水無鴇さん? 部屋を変えるから荷物を運ばないと……」

「一人でできますので手助けは不要です。お気遣いありがとうございました」

「そ、そうですか。じゃあ部屋の鍵、渡しておきますね」

 部屋の鍵を渡した真耶が出て行くのを確認すると、祓は疲れてベッドで寝かされている(・・・・・・・)一夏の方を振り向いた。

「さて、それでは同室最後のご奉仕をしましょうか」

 そう言って、祓はベッドに寝ている一夏の上に覆いかぶさった。

 



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波乱を呼ぶ転校生ズ

 IS学園一年一組の教室。

 HR中であるのにも関わらず、教師の声すら発せられない静寂の中で、二人の少女が向かい合っていた。

 一人は日本刀片手に殺意を振りまく黒髪の少女。もう一人はナイフを構えた眼帯を付けた銀髪の少女である。

 二人の間にはまさに一触即発な剣呑な雰囲気が張り詰めており、一瞬後には殺し合いが始まってもなんらおかしくない雰囲気であった。

 ことの発端は転校生である銀髪の少女――ラウラ・ボーデヴィッヒが、日本刀を構える少女――水無鴇祓の主(少女談)、織斑一夏の頬を『あの人の弟だとは認めない』と言いながら引っぱたいたことだ。

 それを見た瞬間、祓はいつの間にかラウラに背後から日本刀を突きつけ、その日本刀をナイフを引き抜きながら弾いたところで現在に至る。

 その光景を見たもう一人の転校生(世界で二番目にISを動かせる男子という触れ込みのシャルル・デュノアくん)は「気がついたら後ろにいた」と証言しており、なんら関係ないのにとても心臓によろしくない事態に見舞われた。

「うふふふふふ……マジブチ殺してやるから表出ろクソアマ♥」

 同性であっても見蕩れそうになる笑みを浮かべて、殺意全開で日本刀を構える祓を見て、真正面から向き合っているラウラは背筋に冷や汗をかき、近くにいた真耶に至っては気絶しそうになっている。

「いい加減にしろこのバカ者」

 その祓の頭部を千冬の出席簿が上から叩いた。

 その勢いが強烈だったため、その一撃を脳天に受けた祓は綺麗に意識を失った。

 

 

 

(まだ痛い……千冬さんどんだけ強く叩いたんですか。また背が縮んだ気がする……)

 アリーナに整列しながら、さっき叩かれた頭を押さえる祓の身長はかなり低いが、別に千冬に叩かれたのが原因というわけではない。

「では、今日は戦闘の実演でも見せてもらおうか。鳳! オルコット!」

 先ほど騒いで千冬に怒られた二人が指名された。最初二人は見るからにやる気がなかったが、千冬の言葉に触発されてやる気を出した。

「それで、鈴さんが相手なんですの? わたくしはそれで構いませんけど」

「ふん、返り討ちにしてあげるわ」

「慌てるなバカども。お前らの相手は――」

 ふと、何かが高速で風を切って飛来する音が聞こえた方を見上げると、何かがこちらに向かって落ちてくるところだった。

 しかも丁度その落下点には、運が悪いことに一夏が立っていた。

「一夏さま――!」

 それを確認し終わったところで、祓は周りを押しのけて踏み切り、落下物に対して遠心力を乗せた回し蹴りを放って落下物を蹴り飛ばそうとしたが、思いの外重かったので軌道を僅かに逸らしただけに留まった。

 ちなみに、祓が蹴ったのはラファール・リヴァイヴを装備した真耶であり、当たり所が後頭部かつその直後に墜落したため、真耶は意識が朦朧(もうろう)としていた。

「大丈夫ですか、一夏さま。お怪我などはされていませんでしょうか?」

 真耶を蹴り付けると、ゆるりと回転しながら着地して一夏の近くまで擦り寄った。

「ああ、ありがとうな。助かった」

「というか、山田先生は大丈夫か?」

「ISを装備してるから死んではいないでしょう」

「お前生きてるか死んでるかで大丈夫かどうか判断するよな……」

 いつか四肢切断されていても生きているなら大丈夫で済ませそうな所が怖い。既に腕と足の一二本折れていても大丈夫で済ませたことがあるから、一夏は余計にそう思えた。

「それで、わたくしたちは山田先生と戦えばいいんですの?」

 そう問いかけるセシリアは戸惑った表情をしている。それもそうだ。なぜならこのままだと二対一ということになるからだ。

「安心しろ、今のお前たちなら二対一でもすぐ負ける」

 千冬のその言葉は、セシリアと鈴の代表候補生としてのプライドに障った。

 それからすぐに三人は戦い始めたが、セシリアと鈴のコンビネーションのちぐはぐさも相まって、二人のコンビはあっさりと撃墜された。

(一対一の方がまだ善戦できた気もしますが……まあどのみち負けていましたね)

 祓が真耶の下がった評価を上げ直し、セシリアと鈴に対する評価を下げたところで、専用機持ちをリーダーとしてグループを作ることになった。

 だが、生徒たちに任せると二人に増えた男子生徒に集中したので、出席番号順に振り分けられることになった。

「それでも私は一夏さまの班に振り分けられるんですけどね。偶然って凄いですね」

 祓がいると全く偶然に聞こえなかった。

 そしてISの操縦訓練を続けていると、立ったままISから降りてしまうという初心者にありがちなミスが起こってしまった。

「しょうがないですね。織斑くん、白式を展開して運んであげてくださ――」

 真耶が教員として当然の指示をすると、ズシンという轟音がそれを遮った。

「これで乗れますね」

 直立状態の打鉄を強制的に跪かせた祓は満足そうに頷くと、一夏たちに対してやんわり微笑んだ。

 ただ、その笑顔から威圧感が感じられた。

「じゃ、じゃあ続けようか……」

 その後は祓の威圧感もあって緊張感のある実習になった。

 

 

 

 昼食時になると、一夏の周りには祓を始めとするいつもの面々に加え、転校生のシャルルが集まっていた。

「一夏さま、どうぞ」

「おう、いつもありがとうな」

 祓は当然のように一夏に対して弁当箱を差し出し、それを当然のように受け取る一夏。

「えっと……二人は付き合ってるの?」

 それを見たシャルルがそう尋ねたとしても仕方のないことだった。

 それを聞いた箒と鈴が何かを言おうとしたが、その前に一夏が否定した。

「いや、違う違う。俺と祓はただの幼馴染だって。祓は昔からよく俺が一人の時に差し入れしてくれてたんだ」

 一夏に否定されて祓は少ししょんぼりした。もちろん外には出さないが。

「おい、一夏……私も弁当を作ってきたのだが……」

 おずおずと自分のものと同じ弁当箱を差し出した。

「おお、くれるのか? ありがとうな箒!」

「気にするな……作りすぎただけだからな」

 喜んで箒から弁当箱を受け取る一夏を見て、祓の眉がピクリと動いたが、誰もそれに気付かなかった。

「さて、一夏さま。どうぞ召し上がってくださいな」

 祓は自分の用意した弁当箱を開け、その中に入っている卵焼きを箸で摘むと、一夏の口元に運んだ。

「祓、何度も言ってるけど自分で食べられるからな?」

「何度も言ってますが私が食べさせたいのです」

 やんわりと断ろうとする一夏だったが祓は引き下がらず、一夏に卵焼きを食べさせることに成功した。

「次は何を食べますか? ウィンナーですか? ポテトサラダですか?」

「いや、だから自分で食べるからいいって!」

 一夏は祓の手から弁当箱と箸を奪い取り、弁当の中身を口に詰め込み始めた。

 祓は一瞬一夏に奪われた箸を目で追ったが、すぐに視線を外して自分の分の弁当を開いて食べ始める。

「……二人は本当に付き合ってないの?」

「「付き合ってない!!」」

 シャルルは本気でその可能性を疑ったが、箒と鈴が間髪入れずに否定するのであった。

 

 

 翌日のアリーナ。

「一夏がオルコットさんや鳳さんに勝てないのは、射撃武器の特性を把握してないからだよ」

 シャルルは一夏と模擬戦を終えた後、その反省点を一夏について教えていた。

 単純に言えば武器の特性を把握していないため間合いが詰められず、動きが直線的であるため命中させるのが簡単ということだった。

 その説明を聞いて一夏は他の面々と違って説明がわかりやすいと思った。

 例を挙げるなら、箒は擬音、セシリアは数値、鈴は感覚とよくわからず、祓に至っては「わかるまでやれ」の肉体言語である。

 そして射撃武器の特性を簡単に理解するためにシャルルから射撃武器を借りて、射撃練習していると、アリーナが騒がしくなった。

 騒ぎの中心に視線を向けると、そこには黒いIS――シュヴァルツェア・レーゲンに身を包んだラウラ・ボーデヴィッヒがピットの入口に立っていた。

 ラウラは一夏を見つけると、不躾に声をかけてきた。

「織斑一夏、私と戦え」

「やだね。お前と戦う理由がない」

 当然、一夏はラウラの命令とも呼べる要求を突っぱねた。

「私にはある」

 ラウラのいう理由には、一夏も心当たりがあった。

 それはラウラと千冬が出会うことになった原因。第二回モンド・グロッソ大会の際に一夏が誘拐されたことだろう。

 そのため、千冬は一夏を助けるためにモンド・グロッソ決勝戦を棄権することになった。

 ――また、その際に大惨事が起きたのだが、それについては割愛する。

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成し得ていたはずだ。教官の弟でありながら栄光を邪魔した貴様を、私は決して認めない」

 一夏に向かって殺意に近い敵意を向けるラウラ。だが、一夏はそれにまともに取り合わず、視線を逸らす。

「また今度な」

 そう言ってアリーナから立ち去ろうとする一夏を見て、ラウラはISの肩に装備されているレールカノンのセーフティを解除する。

「なら、無理矢理にでも戦ってもらうぞ!」

 そう言って白式をロックオンした瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンが 警告(アラート)を発した。

「おい、ドイツ女。貴様、私の主様に一度ならず二度も敵意を向けて生きていられると思うな」

 ラウラが慌てて振り返ろうとした瞬間、祓の放った斬撃が胴体に直撃した。

「ガッ――!」

 ISを装備していなかったら胴を真っ二つにされていただろう衝撃を受けて、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが人間の攻撃を受けたものとは思えないほど減少する。

「――まだ」

「グアッ!」

 腹部に衝撃を受けて体をくの字に折ったラウラの喉元に日本刀の鋒が突き刺さる。

 生身であったら即死の一撃を受けて、ISの絶対防御が発動する。

「このっ……舐めるなぁ!」

 ラウラは左右の腕に備えられたプラズマ手刀を展開し、祓に向けて振り下ろす。

 人体どころか金属さえも軽く切り裂く双の手刀を、祓は日本刀の一閃で迎え撃つ。

 通常であれば日本刀ごと両断されるのが妥当だが、祓の一閃はプラズマ発生器を正確に捉えて弾き返した。

 必殺と思われた一撃を弾かれたラウラは今度は本気で仕留めるべく切り札を切ろうとしたところで――

『そこの生徒、何をしてる!!』

 アリーナを安全確保のため監視していた担当の教師が騒ぎを見咎めて警告を発した。

 それに気を取られたラウラが一瞬外れた視線を戻すと、そこに既に祓の姿はなかった。

「……ちっ」

 ラウラは舌打ちするとISを解除し、注意するためにやって来た教師を無視して立ち去った。

 

 その一部始終を見ていたシャルルは、唖然として言葉もなかった。

 しばらく硬直(フリーズ)した後、一夏に向かってやっとの思いで質問した。

「えっと一夏? あの子、専用機持ちなの?」

 一夏はそう思うのも仕方ないと、そう思いたくもなるのも仕方ないと思ったが、それを否定した。

「シャルル、信じられないようだけど、祓は素の身体能力でああ(・・)なんだ」

「……へー、そうなんだ」

 シャルルは現実逃避を行った。賢い判断である。

 

 



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ルームメイト

「――これは、釘を刺さなければならないようですね……」

 部屋でまるで置物のように座っていた祓が突然そんなことを言ったため、同室の人物はいきなり何言ってるんだこいつという顔をした。

 しかし、同室の少女は祓に何かを言おうとはしなかった。

 それもそのはず、現在の祓の同室の生徒――それはラウラ・ボーデヴィッヒという少女であったからだ。

 だが、その初対面(ファースト・コンタクト)の険悪さとは裏腹に、この部屋の雰囲気は決してギクシャクとしたものではなかった。

 最初に部屋を来た時、ラウラは出迎えた祓を見てとっさにナイフを構えるほどに警戒したのだが、一方の祓は必要事項だけ伝えると椅子に座ってしまったものだからラウラはすっかり毒気を抜かれてしまったのだ。

 つい先ほども控えめに言って真剣勝負(コロシアイ)をしたというのに、部屋での祓はまるで人形のように椅子に座って何もしようとはしなかった。――ちなみにそうなっているのは一夏が、別室になったから別に世話してくれる必要はないと言ったせいである。

 祓は一夏の元に駆けつけるかどうかを思案し始めたが、鍵をシャルルに渡したこともあって渋々やめることにした。

 自己完結して再び椅子の上で微動だにしなくなった祓を、ラウラは得体の知れないものを見る目で見ていた。

 

 

 

「今度行われる学年別トーナメントはペアでの参加となる。なお、期日までにペアができなかった場合は抽選でペアを決定する」

 その説明がされたHRの直後、祓は誰よりも早く一夏の側にたどり着いた。

「一夏さま、私とペアを組んでいただけますか?」

「あー――悪い。俺、シャルルと組むから」

「………………そうですか」

 長考した後に返された一夏の答えを聞いた瞬間、周りが思わず心配したくなるほど、祓の背中がまるで死闘を終えた後のボクサーのように煤けた。

 一夏の言葉を聞き終わった祓が風前の灯のような存在感で自分の席に戻っていった。

(すまん、祓。これもシャルルの秘密を守るためなんだ……後で何かお詫びするから)

 そんな祓に、一夏は心の中で手を合わせた。

 

「ふん、無様だな」

 そんな祓に遠慮なく話しかける者がいた。ラウラ・ボーデヴィッヒである。

 ションボリとした祓に対してここぞとばかりに辛辣な言葉を投げかけた。

「誘いをすげなく断られた程度でそこまで落ち込むとは情けない。あいつはお前がそこまで入れ込むほど価値のある男か?」

「ダメな子ほど可愛いんですよ」

(――……ん?)

 祓の言葉に違和感を覚えるラウラ。

「私は綺麗に磨かれた宝石よりも河原に落ちてる綺麗な石の方が好きなタイプです」

「……私が言う筋合いではないが、貴様中々性根が弄れてるな」

「あれ、今更気づいたの?」

 その時ラウラは気がつかなかったが、一夏相手以外には珍しく、祓はほんのうっすらと微笑んでいた。

「そうね。ねえ、ラウラ・ボーデヴィッヒ? 今度のトーナメント、私とペアになってくれない? どうせ友達いないんでしょう」

「別に構わんが」

 唐突かつとても失礼な祓の申し出に面食らったラウラではあるが、どうせ誰がペアでも関係ないと思っていたので、その申し出を受けた。

 だがその直後、周囲から驚愕の悲鳴が漏れ出した。

 悲鳴の理由は様々だが、共通して無事では済まないだろうとみんなが思っているのは確かだった。

 

 

 

 職員室にペア申請を終えた帰り道、ラウラは祓に向かって質問した。

「貴様、なぜ私とペアを組むことにした?」

 ラウラの質問に今更ねと呟きながら、祓は振り返ってその質問に答える。

「そうね。理由は幾つかあるけど、一番の理由はあなたと組むなら大抵の相手は倒せるからですね」

「正しい判断だな。あの程度の未熟な奴らが相手なら私一人でも十分だ」

「なら、あの人と戦えると思うのですよ。一夏さまはあなたに譲りますので」

「……いいのか?」

 軽く平手を打っただけで殺しにかかったのに、ISでの戦闘は黙認すると言う祓にラウラは違和感を覚えた。

「ルールの範疇なら許します。それ超えたら首を刎ねますけど」

 サラッと猟奇的発言をする祓にラウラは肝が冷えた。この女はやると言ったらやる。

 それでもそれを表には出さず、もう一つの気になる事柄について尋ねてみた。

「それで、貴様が戦いたいという奴は――」

 その言葉を途中で遮って、祓がラウラに向けるのと同じような敵意をまき散らしながら、己の標的の名前を告げた。

「シャルル・デュノア。あの泥棒猫に合法的に制裁を下します」

 ラウラは思う。この女、相当アレであると。

 

 

「いきなりIS使っての模擬戦だなんて……許可取るのも楽じゃないんですよ?」

 それでも当日申請で10分少々で手続きを終わらせる祓が言うと説得力がなかった。

「貴様の苦労など知ったことか」

(それに、こいつの技量を把握せずに同じ戦場に立つのは危険すぎる)

 これがそこらの一般生徒であれば、ラウラはわざわざ模擬戦をするなどとは言い出さなかったが、祓という生身でISのシールドエネルギーを削ってくる怪物を相手にする可能性がある以上、その相手の性能(スペック)を把握しておくのは至極当然だった。

「それなら少し手伝ってくれません? これ結構重いんですよ」

 ガラガラと打鉄の乗ったカートを押しながら、祓はラウラにカートを押すのを手伝って欲しいとお願いするが、ラウラがそれを手伝う素振りはなかった。

「別にいいですけどね」

 祓も最初から期待していなかったので、対して残念がることなくカートをピットにまで運んだ。

 

「よっと――お待たせしました」

 祓が打鉄を装備してピットの出口にやって来ると、ラウラが不敵な笑みを浮かべて待っていた。

「丁度いいところに来た。貴様の相手をしようと思っていたが、気が変わった」

 そう言ってラウラが指差した先には、にらみ合っているセシリアと鈴がいた。

「あいつらなら小手調べには丁度いいだろう」

「……あれに勝てたらほぼ優勝ですよ」

 大胆不敵なラウラを見て祓がため息を吐く。そんな中、ラウラは肩に設置されたレールカノンを二人に向けて撃った。

 突然の発砲に祓が呆れ、セシリアと鈴が緊急回避した。

「ちょっと! いきなり何すんのよ!」

 突然の攻撃に鈴が抗議の声を上げたが、ラウラはそれに答えず、両のプラズマ手刀を構えて強襲した。

 その隣に立っていた祓はやれやれという様子で首を振ると、ラウラに続いて鈴とセシリアに襲いかかった。

 

 

「ありがとうね一夏。僕のことがばれない様にペアを組んでくれたんだよね?」

「事情を知ってるのは俺だけだからな。助けるのは当たり前だろ」

 そんな会話を交わしながら、二人はアリーナに向かっていた。

 二人がアリーナに到着すると、やけにアリーナが騒がしくなっていることに気がついた。

「ん? 何かあったのか?」

「誰かが模擬戦でもしてるのかな」

 二人は僅かに不思議に思ってアリーナを覗いて見ると、四機のISがアリーナの中で高速で戦闘をしている。

 超音速の砲弾、不可視の衝撃波、青い閃光、鋼色の斬線がアリーナの中で交錯して火花を上げていた。

 その中で一番猛威を奮っていたのは黒色の機体を装備したラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 両のプラズマ手刀、六つのワイヤーブレード、レールカノンをうまく使いこなし、セシリアと鈴を淡々と追い詰めていく。――だが、それだけではない。

「このっ!」

 鈴が衝撃砲をラウラに向かって放つのだが、ラウラは手をかざすだけで衝撃砲を無効化した。

「ここまで相性が悪いだなんて……」

 衝撃砲を無効化された鈴が苦虫を噛み潰したような顔をする。その瞬間に接近した祓が打鉄の近接ブレードを振るった。

「あんたはなんであんな奴と一緒にいるのよ!」

 それについて祓は申し訳なさそうな顔をしたが、それでも当たれば装甲ごと切り裂きそうな斬撃を放った。

 鈴はそれを双天牙月を使って受け止めるが、受け止める度に火花が散り、刃が(こぼ)れる。

「そこですわ!」

 祓を狙ってセシリアをBTライフルで狙撃する。

 攻撃の瞬間を狙った一発は祓に回避を許さなかった。が、祓はそれを斬撃で切り裂く。

「でりゃぁぁぁ!」

 曲芸のような防御を見せた祓であるが、それは相対していた鈴には致命的な隙だった。

 両手で握った双天牙月を渾身の力で振り下ろす。それに対して、祓は打鉄の肩部装甲と物理シールドで受け止める。

 先ほどまでの祓の斬撃を受け止めていた時を越える量の火花を散らして双天牙月が宙に浮く肩部シールドを押し込んでいく。

 だが、その時放たれた音速の砲弾が鈴に命中して吹き飛ばした。

「鈴さん! ――この!」

 鈴を狙撃で吹き飛ばしたラウラをセシリアは本体から切り離したビットの波状攻撃が襲う。

 それをラウラは地面を滑るように動いて回避し、反撃でワイヤーブレードを放つ。

 滞空する四つの青いビットを追うように、六つのワイヤーブレードが宙を翔ける。

 それはさながら逃げる狐を追いかける猟犬のような動きだった。

「くっ!」

 ビットを必死に操ってワイヤーブレードから避けるセシリア。そのセシリアに向かって、祓が音速を超える勢いで近接ブレードを投擲した。

 衝撃波を発しながら宙を切り裂くように飛翔した近接ブレードは、ビットを操るのに集中していたセシリアの腹部に命中して地面へと叩きつけた。

 その様子を見て、祓は一段落したとばかりに肩の力を抜いた。

 力を抜いた祓とは対照的に、ラウラは地に落ちたセシリアと鈴に向かって歩いている。

 何をする気かとアリーナにいる面々が注視する中、ラウラは二人に向かってプラズマ手刀を振り下ろそうとした。

「隙有りですわ!」

 その直前、倒れていたセシリアのブルー・ティアーズのビットからミサイルが発射され、至近距離にいたシュヴァルツェア・レーゲンに直撃した。

 その様子を見ていた祓はやや急いだ様子で急降下する。

「やりましたの……?」

「さあね、でもこの距離で直撃だったら無事じゃ済まないでしょ……」

 ミサイルが爆発したために辺りには砂埃が立ち込め、ラウラの姿が見えなくなっていた。

 が、その砂埃の中から6つのワイヤーブレードが飛び出し、二人の首や四肢に絡みつく。

 そして、砂埃の中から少しの損傷はあるがまだまだ健在のシュヴァルツェア・レーゲンが現れた。

「終わりか? ――なら、こちらの番だ」

 その言葉と共にワイヤーブレードに引かれ、愉悦の表情を浮かべたラウラがプラズマ手刀を突き込んだ。

「そこまでよバカ」

 だが、それは間に割り込んだ祓の一閃が邪魔をする。

 ワイヤーを断ち切り、斬線を挟んでラウラとセシリア、鈴が引き離される。

「何のつもりだ?」

 間に入った祓を怪訝げに見るラウラに対して、祓は頭部にチョップを打ち込む。

「何のつもりかじゃないですよ。これ以上は模擬戦の範疇を超えるわ」

 そう言い終えると、祓はラウラの頭部を鷲掴みにすると、力任せにズリズリと引きずっていった。

 出てきたピットに戻る途中で、セシリアと鈴に振り返って頭を下げた。

「ご迷惑おかけしました。このお詫びは後で必ず」

 謝罪をすると周りの騒ぎを全く意に介さず去っていく祓とそれに引きずられるラウラを、アリーナに集まった面々を唖然としながら見送った。

「ねえ一夏……あの人、一体なんなの?」

 シャルルのその疑問に、一夏は答える言葉を持たなかった。

 

 



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開戦

「全く……あんなところでやり過ぎたらタッグトーナメントが参加禁止になったらどうするんですか。言っておきますけど、こんな時でもない限り一夏さまに攻撃するだなんて認めませんからね? そこの所を肝に命じて行動には気をつけてください」

 アリーナからそそくさと立ち去って自室に戻ってきたあと、祓はラウラを先ほどの事について叱りつけていた。

 だが、叱られているラウラと言えば馬の耳に念仏といった様子で話を聞き流していた。

「この……――まあいいです。次にこんなことがあったら強制的に止めますからね」

 返事のしないパートナーに一抹の不安を抱えながら、祓のタッグマッチトーナメントが始まった。

 

 

 

「まあ、こんな感じですかね?」

 タッグトーナメントのシステムを少々弄った後、祓にラウラから通信が入った。

『おい、貴様がどこで何をしているかは知らんが、トーナメント表が出た。とっとと戻って来い』

「はいはい、今行くわ。全く、あなたは今更相手を気にする必要ないでしょうに」

『第一試合だ。とっとと用意しろ』

 用件だけを一方的に告げると、ラウラは通信を切断した。

「やれやれ、だったら相手ぐらい教えてくれてもいいではないですか」

 不貞腐れたように呟く祓ではあるが、対戦相手は聞くまでもなく知っている。

「私、好きな物は最初に食べるタイプですから」

 

 Aブロック第一試合

 織斑一夏&シャルル・デュノア VS 水無鴇祓&ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 

「一回戦から戦えるとは、私は運がいい」

「そりゃなによりだ。俺も待たずに済んで助かったぜ」

 一夏に対して戦意をむき出しにするラウラと、同じく戦意をラウラに向ける一夏。

 双方の後ろにお互いのパートナーが控えている。

 だが、前衛で敵意をぶつけている二人に対して、後衛の二人の態度は対照的だ。

 緊張した面持ちでラウラを見ているシャルル。目を閉じて腕組みしている。

 そして、緊張感が高まる中、戦闘開始の時間が迫ってきた。

 5、4、3、2、1――

「「叩き潰す!」」

 試合開始の合図と同時に、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で加速する。

 弾丸の如き勢いで疾駆する白式を、ラウラは片手をかざすだけで停止させる。

 それはシュヴァルツェア・レーゲンに搭載された第三世代兵器、『AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)』の効果だった。

 AICは簡単にいえば相手の動きを止めるエネルギー場だ。

 発動に僅かな集中を必要とするものの、一直線に自分に向かってくる白式を捉えるのは簡単だった。

「開幕直後の特攻か。単純でわかりやすい」

 一夏の動きを止めたラウラは肩に装備されたレールカノンのセーフティを解除して白式に向けた。

 この至近距離で砲撃を受けたなら、たとえISでもただでは済まないだろう。

「ああ、忘れてるのか? これはタッグマッチなんだぜ?」

 笑みを浮かべる一夏の後ろから、六一口径アサルトカノン『ガルム』を構えたシャルルが飛び出してきた。

 ガルムから吐き出された炸裂弾がレールカノンに命中し、明後日の方向を向いた砲門から発射された砲弾がアリーナ外周を取り囲むシールドに命中する。

「ちっ」

 シャルルの追撃を避けるために下がるラウラと入れ替わるように、祓がすり足で前に出てきた。

「お覚悟を」

 近接ブレードを片手に迫る祓に対して、一夏は雪片弐型で迎撃する。

 祓は自分の右から左へと鋭く振り抜かれる刃に対して軽く跳躍し、側面に爪先を乗せると、それを足がかりにして一夏を飛び越えた。

 そして、自分に向けられているアサルトカノンを近接ブレードで跳ね上げる。

 武器を失ったシャルルに対して容赦なく二の太刀を振り下ろそうとした瞬間、ほぼ真下にいる一夏が雪片弐型を振り上げた。

 祓は刃を足裏で受けると、その反動と合わせて飛び上がった。

「『焔備(ほむらび)』」

 祓はアサルトライフルを展開すると、二人の間に無造作に弾丸をばら撒いて分断する。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、そっちは任せました」

 ラウラは祓の言葉に返事も反応もせず一夏に襲い掛かり、それを気にした様子もなく、祓はシャルルに攻撃する。

「さて、私と踊っていただきますよ?」

「全力でお相手するよ!」

 各々の手に握られる得物は、祓は近接ブレードとアサルトライフル、シャルルは両手に六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』を構える。

「では、参ります」

 祓は左手に持ったアサルトライフルの引き金を引く。

 銃口から飛び出す弾丸をシャルルは簡単な機動で回避して、ショットガンで応戦する。

 広範囲に広がる弾丸を、祓は近接ブレードの一振りと、それに伴い発生した風圧で弾丸の大半払い除ける。

 残った弾丸を発生された実体シールドで防ぐと、シャルルに向かって接近して近接ブレードを振り抜く。

 それをシャルルは瞬時に武装を持ち変える『高速切替(ラピッド・スイッチ)』を使って持ち替えたナイフ型の近接ブレード『ブレッド・スライサー』で受ける。

「面倒ですね」

 返す太刀でナイフごと切り伏せようとしたが、シャルルは後ろに下がってその凶刃から逃れる。

 その対応を見た瞬間、祓は最低限の動作でアサルトライフルを投げつけた。

 予想だにしなかった行為にシャルルの反応が一瞬遅れたが、それでもアサルトライフルはシャルルの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』のシールドバリアーが防ぐ。

 予想だにしなかった行為に僅かに行動が止まったシャルルに対して、祓の音速の突きが放たれた。

 祓の突きはシャルルが咄嗟に展開したシールドを貫通し、本体を数メートル後退させた。

「このタイミングで防ぎますか」

 少し関心したように呟きながら、祓は貫通したシールドを見て、ブレードを一振りして引き抜いた。

 刃をカタパルトにして飛んでいったシールドは、偶然(・・)一夏とラウラの間に突き刺さった。

「貴様……!」

 攻撃の邪魔をされたラウラは祓を睨みつけるが、祓は気付かない振りをしてシャルルに斬りかかった。

 それを見てシャルルは祓がブレードを振り下ろす前に距離を詰めてナイフ型の近接ブレードで防ごうとした。

「その手品が通じるのは一度だけです」

 足運びはそのままに後ろに下がって間合いを合わせた祓は近接ブレードを一閃し、相手のブレードを断ち切ってリヴァイヴの装甲を深く切り裂いた。

 だが、それでもリヴァイヴのシールドエネルギーはまだ0にはならず、ショットガンのゼロ距離射撃を祓に浴びせた。

 銃弾を受けながら後退した祓は銃弾が届かないところまで下がると、一度深く息を吐いた。

「まだ落ちませんか……――面倒ですね。ここで終わらせますか」

 祓は足を僅かに開いて腰を落とし、近接ブレードを腰だめに構え、それを見たシャルルは警戒し、目を閉じて集中する祓に向けて二丁のショットガンの銃口を向けた。

「――我が刃の前に、断てぬものなし――」

 そう言って目を開いた祓を見て、シャルルは手持ち全てのシールドを展開すると同時に、腕をクロスしてガードする姿勢を取った。

 ――直後、祓の斬撃が走り、一機のISが落ちた。

 

 

 一方の一夏とラウラは付かず離れずの近距離で格闘戦を繰り広げていた。

 ラウラの両の手のプラズマ手刀と六つのワイヤーブレードに対して、一夏は雪片弐型一つで立ち向かう。

 だが、近接ブレード一本だけでは手数が足りないため、一夏は足や手でブレードの側面を払うことで対処とする。

 だが、それだけのことをしても一夏は防戦一方であり、ラウラに反撃する機会を得られないでいた。

「さて、そろそろ終わらせるか」

 ラウラが右腕を一夏に向けて突き出すと、一夏の体が拘束される。

 AICで身動きが取れなくなった一夏に対して、6本のワイヤーブレードが飛び、白式の装甲の三分の一を剥ぎ取った。

「これで終わりだ」

 そして、とどめを刺すために右肩のレールカノンが一夏を狙って放たれる。

(避けられない……なら、斬る!)

 一夏は迫り来る砲弾に全神経を集中させ、腰だめに構えた雪片弐型を一閃させた。

 そして、一夏が振るった雪片弐型は見事に音速で飛翔する砲弾を切り裂くことに成功した。

 それにラウラは僅かに驚いたが、すぐさま次弾を装填。再び発射した。

 雪片弐型を振り切った状態では回避も再び両断することもできず、一夏は着弾の衝撃に備えて身構えた。

 しかし、一夏が予想していた衝撃は来ず、代わりに一夏の前に1つの影が立っていた。

「一夏、お待たせ」

 盾を構えた橙色の機体。シャルルのリヴァイヴである。

「シャルル! 祓を倒したのか!?」

 そう言った一夏の声はパートナーの無事を喜ぶというよりは、信じられないと言った声音だった。

 一夏たちの当初の作戦では、祓とラウラには共闘するという考えがない(少なくともラウラには皆無)ため、できる限り2対2で戦おうとしていた。

 結局祓によって分断されてしまったのだが、なんとかして合流しようと考えていたのだ。

「うーん、あれは倒したって言うのかな?」

 シャルルが困ったような表情を浮かべたことを不思議に思い、祓がいる方をみた一夏は、全身から陽炎を吹き出す打鉄に身を包んだ祓が地面に座り込んでいるのが見えた。

「なんか、焼け付いちゃったみたい」

 ISが人間の動きについて行けなくなることなど、理論上は皆無である。だが、

「まあ、祓だしな……」

 一夏はそう納得して、膝を付いている姿勢から起き上がる。

「行くぜ、シャルル。俺たちのコンビネーションを見せてやろうぜ」

「うん、行こうか。一夏」

 

 



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