ごちうさの世界でライナーが救われる?ダメに決まってるだろ!! (ロドフ)
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第1羽
雪景色も珍しくなくなったうさぎの毛の様に真っ白な冬の季節。ふと窓から外と覗いてみると、夕暮れの空を飛び回る鳥達が夜に向けて一層厳しくなる寒さに負けずに自由を謳歌しているのが見えました。
そんな木組みの家と石畳の街に、住まいであり喫茶店でもあるラビットハウスはあります。
祖父が苦労を重ねて建てたこのお店が大好きな私、香風智乃は今日もお客さんのためにコーヒーを淹れます。まだまだ精進あるのみな中学生だけど、立派なバリスタになることを夢見ています。
そんな私が働くラビットハウスには、2人のバイトさんがいます。
「チノちゃん。オリジナルブレンドが1つ、注文が入ったよ。カップの準備は私がやるね」
「お願いします」
この家に下宿しているココアさん。1年前の春の高校進学を機にこの街にやって来てはお店のバイトをしています。誰とでも仲良くなれるとても明るい人で、ココアさんの周りには常に友達と笑顔が絶えません。
「そうだチノちゃん。今日学校から帰る途中で困っている人がいたから声をかけたらね?何とその人、ラビットハウスはどこにあるんだって、前に私たちが載った写真の雑誌を見てこの街に来てくれたみたいなの!」
「あの3姉妹って書かれた記事のことですか?嬉しいですけどちゃんと訂正しましたか?」
「えー?もっと前面に推した方が賑やかになると思うんだけどなー。素敵じゃない?3姉妹喫茶。私がお姉ちゃんで、チノちゃんが妹なの」
「ラビットハウスは基本静かなお店でいいんです。それと、私はココアさんの妹ではありません」
「そんなー!」
わーっ、と感情豊かなリアクションが隣から飛んできます。
ココアさんは心の思うままな言動で絡んで来るので楽しい……いやいや。嫌ではありませんが、いつも振り回されます。困った人です。
「ココア特性厚切りトーストのオーダーが入った。ココア、こっちの食器の準備も頼めるか?」
「はーい!まっかせてー!」
「む、浮かれているぞココア隊員!任務の基本、言葉の後ろにサーを付けろ!」
「サー!イエッサー!」
威勢よく指示を飛ばすリゼさんは、2年前からラビットハウスでバイトをしている学年的にもココアさんの先輩の高校2年生です。軍人気質で熱血ですが、私に手作りのうさぎをプレゼントしてくれる可愛らしい一面も持っている乙女な人でもあります。
「返事はいいですが急いでくださいココアさん。オリジナルブレンド、もうすぐできますよ」
「早!?しょ、少々お待ちをー!」
カップの準備にパンの準備と、私との会話を切り上げては慌ただしく仕事に移っていきます。
「やれやれ、相変わらず賑やかじゃのう」
ふと頭の上からティッピーの声が聞こえ、慌てて自分の口に手を当てます。
おじいちゃん。飼いうさぎのティッピーとして私の頭の上から見守っています。でもどうして喋るうさぎになってしまったのかはわからなくて、周りには私の腹話術ということにしています。
幸いリゼさんはお客さんからのオーダーを聞きに行ったので、特に何も言われることなく出来上がったコーヒーを用意してくれたカップに注ぎ、パンの用意に忙しそうなのでココアさんに一言告げてお客さんのところを持っていきます。
そうしてコーヒーを届けたところに、次のお客さんが扉を開けました。
「いらっしゃいませ」
少し苦手だけど、自分なりの笑顔でお客さんを出迎えます。
だけど、そこに現れたのはお客さんではありませんでした。
「おはよう、チノ」
「あ、ライナーさん!」
「おう。今日も元気がいいな、ココア」
カウンターの方からココアさんの声が飛んでくる中、私もその人の名を呼びます。
「おはようございます。ライナーさん」
ライナー・ブラウンさん。この人も1年前に街にやってきては父の誘いでラビットハウスのバータイムで働いています。自分のことをあまり話さず、父との会話を偶然耳にした際に故郷に関して何かあることしか分からない位で、私はライナーさんのことに詳しくありません。それはリゼさんだけでなく、考えなしな程に人に絡んでいくココアさんも同じだと思います。
でも、ライナーさんはとても頼りになる人で、力仕事はもちろんのこと、悩みなんかもよく聞いてくれるので私含め尊敬しています。こうしてバータイムとの交代の間に話をしたり、みんなで遊んだりすることもあり、私にとってライナーさんはお兄さんみたいな存在です。お兄さんにしてはちょっと老けすぎてるかなとは思いますが。
「ん?ブラウン副長。まだバータイムの時間には早いんじゃないか?」
軍人魂の逞しいリゼさんはライナーさんのことを尊敬の念を込めて副長と呼んで親しんでおり、ライナーさんも意外と乗り気でリゼさんの訓練を手伝うことがあります。ちなみにリゼさんは最初ライナーさんをブラウン戦士長と呼んでいたのですが、せめて副長にしてくれという要望を受けて今の階級になっています。
ですが確かに時計を見てもライナーさんが来るにはまだ早いです。リゼさんからの質問に、ライナーさんはスタッフルームに移動しながら答えます。
「ああ、タカヒロさんに買い物を頼まれてな。早めに来てくれとの指示だ」
「なるほど。だがこの時間帯の買い物なら私達でも対応できるんじゃないか?」
「いいや。これは俺にしかできない指令だ。なんせ調達する物資はワインだからな」
買い物用の財布を手に、ライナーさんはニヤリと笑って見せます。
以前リゼさんが試みたようなプレゼントのために買うこと以外、未成年の私達はお酒を買うことはできません。確かに、これはバータイムで働く成人済みのライナーさんが適任です。
「お酒かー。私も早く大人の女性になって優雅にワインを嗜みたいなー」
お話好きなココアさんが、買い物の内容を聞いて不意にそんなことを言い出します。
でも、私もお酒が飲める年齢になったらと考えると、どこで誰と何のお酒を飲むのかなと想像が広がって楽しい気持ちになります。
「ココアさん、すぐに酔い潰れてしまいそうですね」
「真っ先に寝てしまいそうだよな」
満面の笑みで瞳を閉じて机に突っ伏している様が思い浮かび、リゼさんも腕を組んで首を縦に動かして同調してくれます。
「チノちゃんだけでなくリゼちゃんまでそんなイメージ!?あ、でもそうなった時は可愛い妹に介抱してもらえるからそれはそれでいいかも!!」
「それでどうして私の方を見るんですか。妹ではありませんよ」
合わせた両の手を片頬に寄せてココアさんがぽやぽやと未来に思いを馳せていると、ライナーさんは先程の笑みに苦みがブレンドした様な表情と共に首を横に振りました。
周りを引っ張る様な頼もしさがなりを潜め、影のある様子を見せるライナーさん。
「実際、お前には向かないと思うぞ。バータイムで働いていてこう言ってはなんだが、酒っていうのは何もかも投げ出したくなるのを繋ぎ止める……現実逃避を手助けする様なものだ」
話していく内にみるみる元気をなくして暗くなっていくライナーさん。その勢いはまるで外で照らす夕暮れの様です。
「俺の様な奴が相応しい。いつだって真剣で投げ出さないお前には無用な長物だ」
「えー?そういうものなの?お酒ってもっとエレガントなものだと思ってたんだけどなー……」
まだふんわりとしたイメージを語るココアさんですが、ライナーさんの徹底的な否定で夢を壊されて消沈気味です。
そんな様子を見て、ライナーさんは慌てて言葉を取り繕います。
「まあ、大人数で飲み合えば楽しいと聞く。お前はそういうのが似合うだろう」
「そう?じゃあその時はライナーさんもここで一緒に飲もうね!」
「ココア……」
私との妄想に続いて、ライナーさんと一緒にお酒を飲む未来を描いたのでしょう。ココアさんは夕焼けに負けない朝焼け様な笑顔と共に、そんな約束を口にしました。
ココアさんの日の出の様な笑みを受けて、驚きの表情を見せるライナーさん。
少し俯き、困り顔を見せた後に。
「……ああ、そうだな」
ライナーさんは、元気を取り戻しながらそう答えました。
よかった。時々ライナーさんは辛そうな表情をするのですが、こういう時はココアさんのフォローに助けられます。こういう場面でのココアさんはとても頼もしいです。
「悪かったな、少し取り乱した。買い物に行ってくる」
「ライナーさん……」
ライナーさんが何で辛そうな顔をするのか。その理由は分かりません。その時のライナーさんは本当に苦しそうで。でも簡単に聞けそうにはない雰囲気があるから、どうすればいいんだろうとぐるぐると悩んでいます。
頼もしい大きな背中が遠ざかる中、私は不意にココアさんの方を見ました。
きょとんとした表情を見せるココアさん。
この人を見ていると、私の考えすぎかもしれないと思ってしまう。だけど、ココアさんみたいにライナーさんを笑顔にしたい。
だから私は、頑張ってみることにしました。
頼りになるライナーさんに、頼って欲しいと思ったから。
「ま、待ってください」
いつも助けてもらっていて、この気持ちを返せる人になりたいと思ったから。私は店を出ようとしていたライナーさんを呼び止めました。
「……え?」
ビクリと震え上がる様な反応をしては大きな背中が立ち止まりました。
大きく息をしながら、振り返りながら怯えを見せながらライナーさんはこちらを見ます。
「な……何だ……?一体……どうしたんだ……?」
一瞬、ライナーさんが子どもの様に見えたのは何でだろう?
いいえ。それより今は早くライナーさんに私の意志を伝えないと!また何か余計なことをしてしまったみたいです!ライナーさんが今にも泣き出しそうな顔をしています!
「ええと、私も一緒に買い出しに行っていいですか?何が足りてないかな……あ、手紙!手紙の数が少ないので、文具店まで一緒に行きましょう!ライナーさん!」
勇気を振り絞って出した誘いに、しかしライナーさんは困惑した様子。
そして、申し訳なさそうに首を横に振りました。
「この前話してた文具店のことなら、俺が行く店と反対方向だ。すぐに別れることになるぞ」
「あ……」
そうだった。ライナーさんに指摘されてそのことに気付き、だけど諦め切れずに考えます。
「それなら、ブロカントを一緒に見に行きませんか!?面白いものが見つかるかも!!」
何とか思い付いた提案でしたが、ライナーさんは同じ反応を返しました。加えて、また悪いことをしたなといった表情をしながら。
「開催日は今週末じゃなかったか?」
「だ、だったら!クリスマスも近いですからオーナメントに何を買うか下見に行きませんか!?」
「凄い食い下がりだ!そんなに一緒に出掛けたいのか!?」
リゼさんのツッコミに、冷静になってみるとかなり恥ずかしいことをしていることに気付き、呆然としているライナーさんを前に慌てふためいてしまいます。
「す、すいません。迷惑でしたよね。あの、さっきの話はなかったことに……」
気の抜けた様子で私を見ていたライナーさんでしたが、ふっと瞳を伏せた後に小さく笑みを浮かべては頷いてくれました。
「イヤ……助かる。どんな飾りが店に似合うか、お前の意見も聞きたいからな」
意識してないであろう、ライナーさんの心からの笑顔。
「は、はい!よろしくお願いします!」
店を見渡しながら間近に迫ったイベントに思いを馳せるライナーさんは、心の底から楽しんでいるみたいで。そんな姿を見て、私はとても嬉しい気持ちになりました。
「何だかよくわからないけど、よかったなチノ。店のことを私達に任せとけ」
「リゼさん……ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
色々先走ってしまった私に、リゼさんは気前よく私の外出の後押しをしてくれました。その間にもカウンターで手際よく受けた注文の用意をしており、しばらく私が抜けても大丈夫でしょう。
「さて、チノが出かけている間戦線を維持するぞ、ココア」
戦友に声をかけて指揮を高めようとするリゼさんでしたが、いつもはノリの良い返事を挙げるココアさんからの応答はありません。
「ココアさん?」
リゼさんの隣へ視線を移すと、そこには煙を上げるココアさんの姿がありました。
「ライナーさんと一緒にお出かけ……チノちゃん、お姉ちゃんよりお兄ちゃんが好み……?」
「ど、どうしたココア!?」
まさか自分のすぐ隣で異常事態が起きているとは思わず飛び退くリゼさん。
直後、ココアさんの絶叫が轟きました。
「ヴェアアアア!!ライナァアアアさんにチノちゃんとられるうううううううううううう!!」
後方へバターン!と勢い良く倒れては泡を吹くココアさん。器用なもので倒れる直前に受け身の態勢を取っていましたが、自分の身を顧みない全力のリアクションでした。
「チノちゃんは妹で……私はお姉ちゃんなのに……」
あまりの勢いに周囲からココアさんの視線が集中し、ついでに私も巻き込まれる中、うわ言がカウンターの下から立ち込めます。そうなると余計に視線が集まり、非常に居心地が悪いです。
ほ、本当にこの自称姉は突拍子のない困った人です。
「もう、妹じゃないです……おほん。これから私はライナーさんと買い出しにいくので、ココアさんが頼れる“お姉ちゃん”なら、少しの間リゼさんと一緒にお店を任せてもいいですよね?」
お姉ちゃんを強調して少しカウンターの方へ寄れば、ココアさんはふらふらと立ち上がりながら悲しそうにしながら頷きはしてくれました。
「うん……お姉ちゃんに、任せなさーい……」
過去一番元気のない任せなさいコールに苦笑しながら、ほんの少し悪いことをしたなとも思ったので、ココアさんと一緒にお客さんに一言お騒がせしましたの謝罪をします。
この1年でラビットハウスが賑やかになったこともあり、お客さんからは笑って許してもらえました。おじいちゃんは複雑そうな顔をしていましたが、そんなティッピーをココアさんの頭の上に渡し、手早く準備を済ませてはライナーさんと一緒に買い物に出かけました。
「寒いですね」
マフラーに顔を埋めながら、夕暮れ時の街を歩きます。
「ああ、これからもっと寒くなるだろうな。この街はよく雪が積もるから、余計に寒く感じる」
「……ふふっ、ライナーさんもすっかりこの街の人になりましたね」
ごく普通に街のことを話すライナーさんを見ながらそのことを伝えると、何かに堪えるかの様に少し俯いては夕日に視線を向けます。
「そうだな……1年前の春に、俺はここに来たんだったな」
自分に言い聞かせる様に話すライナーさん。
ココアさんがラビットハウスに現れた同日、ライナーさんは酷く憔悴した様子で現れました。お金を持っていないと断るところを押し切ってコーヒーを出して元気を取り戻して貰い、私は自分の勝手でやったので構わなかったのですが、父の勧めでその場で働いてもらってコーヒー代を稼いでもらい、その時の縁で今はバータイムで働いています。
そういえば、あの時何であんなにボロボロだったのか、理由が聞けてないな。
そんな私の視線が気になったのか、ふとこちらを見ては気不味そうに視線を逸らしては話題を私に関することに変えました。
「懐かしいな。俺が初めてラビットハウスに来た時、お前は全くの無表情だった。今と比べると大違いだ。ココアのおかげで随分表情豊かになったんじゃないか?」
「そ、そうでしょうか……」
「ああ。特に笑う機会が多くなったな」
「……まだまだココアさんみたいにはできないですよ」
確かに、ライナーさんとココアさんが来てからはよく笑う様になりました。
だけど、意識すると脳裏に浮かぶのが、陽だまりの様に明るいココアさんの笑顔。あんな風に笑えたらもっとお客さんが来てくれたり、みんなと仲良くなれたりできるのかなと、あの顔を思い返す度にそう考えます。
そんな私の悩みが顔に出ていたのでしょうか?ライナーさんは私を見つめていた後、頭を振って私を元気付けようとしてくれました。
「別に誰かの真似をする必要はないだろ。お前はお前らしくいればいい。そうすることで喜んでくれる奴がいる。お前にはそんな奴がたくさんいるんだ。もっと自分に自信を持て」
そう言ってくれるライナーさんはとても優しくて。
でも一瞬、ほんの少し間、私には分からない感情が瞳から溢れ出た様に見えて。それに気圧された私は、何と答えたらいいのか分からなくなってしまいました。
せっかくライナーさんのことを知る機会なのに、時間だけが過ぎていく。ええと……。
「そういえば、ここに来る前のライナーさんの話が聞きたいんですけど、何かありませんか?」
言い終わって、再び沈黙。
顎に手を当てるという反応を見せて以降、ライナーさんは話そうとしません。
「す、すいません。話しにくいことなら忘れてください」
聞いていい質問じゃなかったと焦りましたが、ライナーさんがゆっくりと口を開きました。
「……いいや。話せることもある。ここに来る前、俺は兵士……いや、違う。俺は……」
そこで僅かに言い淀み、自信なさ気にこう答えました。
「戦士だった」
「兵士……?戦士……?ええと、それは軍人さんとかそういうものですか?」
「……ああ。そういうものだと思っていい。その時体験した怖い話があるんだが、聞きたいか?」
そう言って怖がらせようとするライナーさんの口元は笑っており、何だか楽しそうでした。
「聞いてみたいです。どんなお話ですか?」
だから私が頷くと、ライナーさんは夕日に視線を向けてはその怖い話を始めました。
「俺は昔、ある島で軍隊に潜入したんだ」
せ、潜入……リゼさんが聞いたら怖がるよりも楽しみそうな話です。
そして、ライナーさんの表情も心なしか活き活きとしていて、とても楽しそうです。
「連中はまさしく……ならず者で、悪い奴らだったよ。軍の入隊式の最中、突然芋を食いだした奴がいた。教官が咎めると悪びれる様子もなく答えた。『うまそうだから盗んだ』と。そんな悪党だが、流石に不味いと思ったのか、芋を半分譲ると言った。しかし、差し出した芋は半分には到底満たない物だった。奴らに譲り合う精神などないからな」
あれ?その島で起きた怖かったことが聞けるのかと思ったら、ライナーさんの知り合い?の人の話になってる?
でも、話す本人はそのことに気付いていない様で、話を続けていきます。
「……本当にどうしようもない奴らだった。便所に入るなりどっちを出しに来たのか忘れる様な馬鹿だったり、自分のことしか考えてない不真面目な奴がいれば、人のことばっかり考えるクソ真面目な奴もいた。突っ走るしか頭にない奴に、何があっても付いていく奴らだったり……それに色んな奴がいて、そこに俺も……俺達もいた」
ふう、と息を吐き。ライナーさんはこう締め括りました。
「そこにいた日々はまさに、地獄だった」
ある島の人達を悪く言う反面、私には悪い人には聞こえませんでした。
「そ、そうですか……」
だからこそ、ライナーさんが何を考えているのか分からなくなってしまいました。
「……すまん。忘れてくれ」
喋り終えた後、申し訳なさそうに言ってライナーさんは口を噤みます。
ライナーさんのことは色々知れたけど、状況は気不味い空気のままです。ど、どうすれば。
「あら、チノちゃんにライナーさん」
そんな矢先、聞き慣れた声がしたので、これは助け舟だと声のする方へ向きました。
「千夜さん。それにシャロさん」
甘兎庵の看板娘の千夜さん。甘味処の若女将として日々独創的なネーミングのおいしい和菓子を振舞っています。ラビットハウスとは先代の間でささやかな因縁がありましたが、当代の私と千夜さんは良きライバルであり友達です。
そして、隣には千夜さんの幼馴染であるシャロさんもいました。バイトを掛け持ちする中、主力とのことであるフルール・ド・ラパンの制服を着てチラシの束が入ったカゴを持つシャロさんは、どうやらお仕事真っ最中です。
2人との遭遇に感謝し、ライナーさんと一緒に千夜達の所へ向かいます。
「きっきき、奇遇ね。2人も買い出し?」
「そうだが……大丈夫かシャロ。その格好じゃ寒いだろ」
ライナーさんの言う通り、スカートの丈を中心に、ロングスカートのラビットハウスや着物の甘兎庵と比べてフルール・ド・ラパンの仕事服は露出度が高いです。この季節との相性が最悪なのは言うまでもありません。コートを着て防寒対策はしていますが、完全武装している私でもまだ寒いのだから、シャロさんの辛さは想像以上のものでしょう。
「ええ。でもクリスマスに向けた宣伝は時給がいいから頑張らないと……やっぱりキツイ!」
耳飾りのロップイヤーが、シャロさんの感情の爆発に反映されたのか、まるで元気をなくした様に垂れ下がっていきます。
「みんなとクリスマスを過ごしたいけど、年末の買い出しの出費を考えると今の内に稼がないといけないから外のチラシ配りは頑張るとして、どうしていつも寒いなのよ……!」
ここまで堪えてきたのであろう不満がグツグツと煮え滾らせるシャロさん。
「うう、ライナーさんみたいにもっと効率よく稼ぐならどうしたらいいの?」
「シャロ……」
学校の奨学金とバイトの掛け持ちで学校生活を過ごしているシャロさん。そんなシャロさんの切実な訴えに、同じく掛け持ちで生活しているライナーさんはただシャロさんの名を呼びます。
「このままじゃ、私はお金を十分に稼げずに、クリスマスを一人寂しく過ごしてしまうわ……」
「その時は私がシャロちゃんと一緒に居てあげるわよー」
手も膝も突いて項垂れるシャロさんの横で僅かながら楽しそうにフォローする千夜さん。
ライナーさんは、その様子を真剣な表情でしばらく見ていました。
「ただ……やるべきことをやる。ただ進み続ける」
真摯に、ライナーさんはシャロさんにそう答えます。
「それしかねえだろ?」
「ええ……そうですよね!」
夕日の下、励ましを受けてシャロさんは差し出された手を取ります。
「クリスマスを皆と一緒に過ごすんだろ?お前ならやれる」
調子を取り戻したシャロさんを引き上げ、ライナーさんはそう言って来たるクリスマスに向けてエールを送るのでした。
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後ろから差す夕日で手元が見えないおかげで、これからやることの忌避感を紛らわせられる。
脳が口に詰め込んだ銃口に対する警鐘を鳴らしているのか、頭にジリジリとした感覚が走っているのを自覚する。だが知ったことではない。もう、何もかも投げ出したいのだ。
右の手で銃身を抑え、確実に頭を打ち抜けるように固定する。
左の手で、全てを終わらせる最後の一押しをして―――。
俺、ライナー・ブラウンはこの残酷な世界を飛び立った。
……。
…………。
………………何だ?
声が聞こえる。
俺はもう、終わったんじゃないのか?
「ねえおじさん、大丈夫?」
「ここで寝てたら風邪引きますよ?」
知らない奴の声だ。俺は今、どうなっている?
閉じていた瞼を開くと、覗き込む様に2人の女が立っていた。
ここは……オイ……ここはどこなんだ?
故郷でもない。あの島でもない。初めて見る場所だ。目の前にいる奴らと近い年代の子どもが周りで遊んでいることから公園だということが分かる。ベンチに座っていたことから、どうやら俺はここで寝ていたらしい。
どうなってやがんだ……。
「あ、起きた」
「凄くうなされてましたけど、怖い夢でも見ましたか?」
「夢……?」
赤い髪のガキの言葉の意味を考える。
そうか、これは夢か。
「ちょ、おじさん大丈夫なの?」
「あぁ……」
心配そうな顔をする青い髪のガキに返事をしてやり、重い足を無理やり動かして公園を出る。
走り続けていく内に息が荒くなり、意識が遠のいていく。
「壁に何かが当たった様な音がしたんですが、何でしょうか?」
「兎がここを訪ねて来たのかも……チノちゃん大変!人が倒れてる!!」
「だ、大丈夫ですか!?救急車……え、お腹の音?」
「コーヒー、今出します」
1年前、俺はそこでチノ達と出会ったのだった。
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「おはよう、ライナー君」
「おはようございます」
夜。制服に着替えてカウンターへ向かえば、店主のタカヒロさんの挨拶と挨拶を交わす。
「夕方、チノと一緒に買い出しに行ってくれたみたいだね。娘は楽しんでいたかい?」
「はい。道中で友人と会って、会話で盛り上がっていましたよ」
「そうか……君自身はどうなんだい?」
予想外の質問にグラスを拭いていた手が止まり、言い淀んでしまう。
俺は……また長く居すぎてしまったんだな。
優しいあいつらに囲まれて、1年間も暮らしたせいだ。
だから俺は、正直に答えた。
「……ええ、楽しかったです。マーレに帰るのはもっと後になればいいと、思う程に」
「……そうか」
そう一言答えた後、客が途切れたところを見計らってタカヒロさんは話を切り出した。
「マガト元帥から手紙が届いた。君にもその内容を伝えておく」
テオ・マガト元帥。マーレ国の将校であり、その下で俺は戦っていた。
そんなマーレ国の軍事最高機関職と繋がりあるタカヒロさんも、退役したがこの国に仕えていた軍人である。軍部に顔見知りがいるということで、この1年間故郷への帰国を手助けしてくれた。
「君のマーレ国引渡しの日が今月の31日に決まった。指定された時間と場所に行けば、君は入国後の一定期間の監禁処分を引き換えに帰ることができる。拒否した場合……マーレ国は、今後君との一切の関わりを断ち切るとのことだ」
ついに、俺は帰国の目途を立てることに成功したのだった。
「そうですか……タカヒロさん、ここまでの取り計らい、心より感謝します」
深く頭を下げると、タカヒロさんは否定の言葉を口にする。
「いや、これはマガト元帥の尽力によるものだ。突如として姿を消した脱走兵の処遇として、これは非常に寛大だ。君が生きて故郷に帰ることができるのは、元帥が君の身を案じての根回しがあってこそだ。礼を言うならマガト元帥に述べるといい。そして、どんな理由であれ、元帥や仲間に消息を絶っていたことの謝罪をしなさい」
見据えられた瞳に向き合い、頷いて応える。
俺の故郷であるマーレ国は現在、戦争を繰り広げている。13年という長期に渡る殺戮は周囲の国を巻き込んで留まることを知らない。
「……娘さんやココア達には悪いですが。前に言った通り、俺はマーレに帰ります」
ここは、俺が居た世界とは異なる点が多くあった。
今マーレ国が戦っているのは既に滅んだとされるエルディア帝国であり、さらに歴史に穴が空いた様に一連の出来事が消滅していた。
エルディア人には、人を食う巨人に変化する悍ましい力がある。エルディア帝国はこれを利用して周囲を殲滅して領土を広げていたが、マーレ人による策謀により帝国は崩壊。エルディア人はマーレ国の支配下に置かれ、劣悪な待遇を十数年も受け続けることになった。
そんなエルディア人の母親の下で生まれた俺は、マーレ人である父親との復縁を目指し、また被支配層のエルディア人を救うため、マーレ国の戦士を志願して名誉マーレ人の権利を得た。
同時に、9つの巨人と称された特殊な能力を有する巨人の力の1つを継承した。
この巨人の歴史が存在しない世界においても、その力は俺と共にある。
その巨人の名は、鎧の巨人。
「故郷で、俺の帰りを待っている奴らがいるんです」
俺はこの力で戦争を終わらせる。
第1羽 自称お姉ちゃんと他称ナイスガイ
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第2羽
―――俺達は5年前……。
―――壁を破壊して人類への攻撃を始めた。
遠い記憶だ。もう、何年も前のことの様に感じる。
俺はまだガキで、この世界のことを何一つとして知らなかった。
理性を失い人のみを食らう怪物へと姿を変える人種、エルディア人。悪魔と称され周囲の国からの憎悪を向けられ続け、俺もそんな被差別人種の一人だった。
マーレ国はそんなエルディア人の巨人の力を利用し、数多の戦争で勝利を収めてきた。その中でも九つの巨人は無垢の巨人とも呼ばれる通常巨人の力を遥かに凌駕し、継承者には名誉マーレ人の称号と共に生活支援を受けられる程に重宝されていた。俺はそんな巨人の力の中でも優れた防御力を誇る鎧の巨人を継承し、マーレ国に忠誠を誓う戦士となった。
―――つまりだな。俺達の目的は、この人類すべてに消えてもらうことだったんだ。
マーレ軍は通常兵器の進歩による俺達巨人兵器の求心力の低下を受け、軍事力の強化することを画策。始祖奪還計画と銘打たれた作戦で、俺達は島の上陸と壁の中への潜入を命じられた。
目標は、一部のエルディア人を引き連れて島へ逃れ、壁を築いては偽りの平和を享受している王が所有する始祖の巨人の回収。始祖の巨人による守りを崩し、島の希少資源を始祖の独占することで軍事力の増強を図るべく、マーレ軍の起死回生の一手として奪還作戦は決行された。
そして俺は、始祖の巨人の所有者であるとされる壁内の王に揺さ振りをかけるべく、島に逃れたエルディア人を守る壁を破壊した。
そこで、大勢の命を奪った。
―――だが……。
―――もう、そうする必要はなくなった。
島の奴らは俺達エルディア人を裏切った悪魔だと、教えられてきた。
だが、違ったんだ。壁の中に居た奴らには何も悪いことをしていない奴もいて、それは、マーレに居た俺達と何も変わらなかったんだ。
なのにあの日、壁の中で生きていた奴らを俺は何人も殺してしまった。
気付けば俺は、その事実から目を逸らしていた。そして、始祖奪還の足掛かりとして兵団に潜入した俺は、そこで出会った仲間と暮らしていく内に兵士として戦っていた。
壁の中の人類を救うために戦う兵士が本当の俺であり、仲間と共に死線を掻い潜ってきた。
だが……そんな半端なことをしていて、限界が来てしまったんだろうな。
ふとした瞬間に自分の正体を明かし、始祖の巨人を所有する仲間に故郷に来てもらう様に俺は敵陣の真ん中で説得をしたのだった。
俺も、そしてあいつも冷静ではなかった。
故郷という言葉に反応して何の葛藤もなく正体を告げたのは悪手以外の何物でもなかった。だがあいつもあいつで、壁内人類の仇である俺の一連の発言を疲れから冗談だと判断して取り合おうとしなかった。
だから、俺は仲間と共に巨人となって力尽くで連れ去ろうとして……。
『このッ……裏切りもんがああああアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!』
###
「おはよう、ブラウン副長」
「リゼか……おはよう」
早朝。日の光を受けて積雪が煌めく中、リゼと出くわした。
「朝早くに偶然だな。副長もランニングか?」
「いや……早く目が覚めてしまってな」
昨日チノに昔の話をしたからだろうか。かつての仲間の激しい怒りを夢の中で思い出し、深夜にも関わらず飛び起きてしまった。その後は全く眠れなかったものだから気分転換に外に出ていたのだが、流石にそこまで話すのは気が引けるので他の話題を振ることにする。
「そういうお前はランニングか。こう寒い日に熱心だな」
「体力作りは全ての訓練における基本だからな。毎日欠かさずこの辺りを走ってるんだ」
「……そうか……よし、俺も少し走るか」
そうして駆け出すと、戦士を目指して訓練していた頃の思い出。そして、兵士を演じて島で潜入調査をしていた時の出来事を思い出す。
久しぶりに息せき切って走る感覚は、辛く苦しく、しかし楽しいと思えた。
しばらくリゼと一緒に街を廻り、丘の上の広場で休憩する。
「ハァ……ハァ……。流石だな副長、まだまだ余裕そうに見える」
息切れ気味なリゼだが、俺もかなり疲れた。大きく息をしながら膝に手を置いて苦笑する。
「いや……これでも結構必死だった。お前もやるな」
互いに検討を称え合いながら、俺はフェンスに体を預ける。
「いい景色だよな。ランニングの後はいつもここに来るんだ」
「……ああ……いい場所だな……」
隣にリゼが立ち、2人でフェンスの先に広がる朝焼けの街を眺める。
この街で暮らすようになって1年が経った。色んな場所を訪れ、ココア達と一緒になって遊んだりするなど、兵士や戦士でもない穏やかな日々を過ごして来た。今目の前に広がる光景は、この街で過ごしてきた思い出が具現化しているかの様に思えた。
「いい景色だ……」
何て暖かで、穏やかなんだ。
戦士として戦い、兵士として自分を偽ってきた。全ては世界を救うためにと。
……いや。
そうだ、違う。その願いはあくまで建前で、本当はもっと単純な欲が俺にはあったんだ。
俺は、この1年間でココア達と仲良くなった。尊敬も、随分とされている。
本当に、それだけのことを俺は求めていたんだ。誰かに尊敬してもらいたくて英雄を求め、戦士として壁を破壊して人を殺め、戦士を演じて仲間達を騙してきた。
そんな俺が今こうして見知らぬ土地でそこで出会った奴とランニングをして、街を広場から眺めていることが酷く場違いな様に感じ、しかし心地よいものが確かにあった。
ここまま、ずっとここに居られたらいいのに。
もう腹を括ったというのに未練がましくそんなことを考えていると、街を眺めていたリゼが不意に表情を険しくして、街に向けて指を差した。
「あの街の……海の向こうでさ。今、戦争が起きてるんだよな」
「……そうだな」
リゼは、街の景色ではなく海の先で起きている地獄を見ていた。
「マーレ国とエルディア帝国の戦争だけど、もしかしたらこの国からも軍隊を派遣して武力介入を行うかもしれないって、使用人の立ち話を偶然聞いたんだ。あ、このことは誰にも言わないでくれよ?どこかで親父にバレたら軍事機密の情報漏洩で大変なことになるからな」
頷いて約束すると、上半身をフェンスに預け、リゼは俯きながら話を続ける。
「親父は多分……そこで何かしらの任務を命じられて、戦場に行くと思う」
そこでポツリと、リゼは零した。
「怖いんだ。親父は自分で軍人の道を選んでいて、私もそんな親父を尊敬していたのに」
「……戦争の状況を知る内に、怖くなったか?」
鳥の囀りだけが、しばらくの間聞こえた。
程なくして、リゼは力なく首肯した。
「親父が戦争に駆り出されて、もしものことを考えると……怖いんだ……」
昨日チノには教えてしまったが、俺が過去に軍人であったことをリゼは知らない。それでも訓練に付き合ってたりするので何となく察しているだろう。こうして俺に戦争について話すのは、多分、俺に何かを期待しているからだ。
「そうか……」
「ごめんな。言ってもどうにならない話をして」
「いや……話すだけでも楽になっただろ?ありがとな、話してくれて」
俺は、そんなこいつの期待に応えられるだろうか。
一度手の見やり、海の向こうを見据える。
「なあ、ブラウン副長……ライナーさん。どうして、戦争って起きるんだろうな」
「……分からない」
それは、俺もずっと疑問に思っている。
どうして今、世界はこんなことになってしまっているのか。その答えは俺やリゼだけではなく、マーレ国もエルディア帝国も、何なら世界中の誰にだって分からない問題だろう。
ふと記憶の片隅で、あいつの顔が思い浮かんだ。
何の根拠もなく、あいつなら何か答えを持っているのではないかと空を仰ぎ見た。太陽は既に日中の定位置に就いており、青空が視界一杯に広がっている。
あいつも、この青空をどこかで見ているのだろうか。
###
12月24日。クリスマスイブの夜。
普段から活気のある木組みの街はこの日はさらに盛り上がっており、絶えず老若男女の笑い声が聞こえてくる。みんな今日という日を楽しみにしていたのだろう。今日の為の色とりどりな光が街を照らし、長い夜が始まろうとしていた。
「あー!ライナーさんだ!」
「こんばんはー」
後ろから聞こえてきたその元気な声に、俺は振り返って応える。
「おう。2人共、今日もよろしく頼むぞ」
1年前、この世界に来た俺に初めて声をかけたマヤとメグ。この街に住むようになってからチノの友達だということが分かり、たまに会う度に挨拶をする間柄になっている。
そして、お互い救援依頼を受けて今日はラビットハウスで共に仕事をする仲間である。
「もち!今日もバリバリ働くよー!」
見栄えだけの力こぶを作ってはやる気を見せるマヤ。まだまだ背の低いガキだが、その志の高さは頼もしさを感じる。
「今日はクリスマス当日だし、一番お客さんが来るんだよね。緊張してきたよー」
「大丈夫だって。今日はココア達も来てくれるし、余裕余裕」
雑誌の特集に度々載ったことで、今年のラビットハウスは行列ができる程の繁盛だ。だが掛け持ちのバイトのヘルプを頼まれたココアや演劇部の代役を引き受けたリゼなど、ラビットハウスは俺とチノの2人体制だった。
そんな中でマヤとメグは助っ人として昨日から手伝いに来ていたのだが、今日はさらなる来客を見越してココアとリゼの戦線復帰はもちろんのこと、千夜とシャロも時間を作って援軍に来てくれるのである。ラビットハウス史上最大の8人編成とは次期店主のチノの弁である。
「チノちゃん、みんなが集まるの昨日からそわそわしてたね」
「そうそう。みんながラビットハウスの制服を着て働くのが楽しみだってワクワクしててさー」
マヤとメグがくすくすと微笑む中、ラビットハウスに到着。
「不味いな、もう長蛇の列ができてやがる。急いで援護に行くぞ」
白い息を吐いて次を待つ人達のためにも、俺はマヤとメグを促して店へ急行する。
「「サー!イエッサー!」」
教官として慕うリゼの教養が活きた元気のよい返事と共に、俺達は任務に挑む。
「おはよう。やはり今日は一番忙しくなりそうだな」
バータイムで使う制服を着て店に出た俺の横で、マヤはスカイブルー、メグはサーモンピンクの制服を着て現れる。どちらも教官からの支給品だ。
「リゼー!おっはよー!」
「千夜さん、シャロさん、おはようございますっ」
マヤとメグの挨拶に、慌ただしくも楽しそうにリゼ達が応える。
「みんなおはよう。もう戦いは始まっているぞ」
「ラビットハウス大盛況よー」
「と、とりあえずお客さんの案内をお願いできるかしら。席が空いたからすぐに対応したいの」
普段バイトで接客慣れしているリゼ達も、今日の来客数には苦戦しているみたいだ。だがマヤとメグは強いもので、臆することなく大きく頷いては接客に向かっていく。
さて、俺も勤めを果たすとしよう。
連日助っ人に入っていることもあり、ある程度の状況は把握できている。マヤとメグが接客に行くのであれば、俺はカウンターでチノが担当するコーヒーの焙煎をサポートするのが効率的だ。
「おはようチノ。千夜が言った通り凄い人気だな」
カウンターで付きっ切りでコーヒーを淹れているチノに声をかけるが、反応がない。
「チノ……?」
様子を見て気付く。夢見心地の様にぼんやりとしており、一言で表すと幸せそうだった。
「チノ!キリマンジャロとマンデリンの違いって……魂抜けてるー!?」
異変に気付いたリゼが駆け寄って頬をペチペチと音を立てて正気に戻そうとする。
「みらはんのせーふくがゆめみたいで」
「しっかりしろー!!」
友達2人も駆け付けた上に色とりどりの制服。親子で切り盛りしてきた1年前からは想像できない光景に、どうやらチノはすっかり気が抜けてしまった様だ。
「ほらチノ、しっかりしろ。感激するのはまだ早いぞ。お前が今見ているこの店の制服を着た仲間達は、この店で働いてこそ輝くものだろ。そして、この店に来る客はみんなコーヒーを楽しみにしているんだ。呆けている暇なんてないぞ。この店を継ぐなら、その責務を果たすんだ」
ハッとこちらを見るチノに、頷いて後押しをしてやる。
「そ、そうですよね。クリスマスがまだまだこれからです!」
どうやら無事に元の調子に戻ってくれたみたいだ。遅れを取り戻す様にコーヒーを淹れてはリゼに配膳を頼んでいく。
席に運んでいく直前、リゼがこちらを見て笑った。
「流石だな副長。見事な掌握術だったぞ」
「……大袈裟だ」
何の裏もなく称賛してくれたのだと思うのだが、居心地の悪さを感じてしまう。
俺は、そんな誰かに褒められる様な、尊敬される様な人間じゃない。間違いなくだ。
この1年間ラビットハウスでそうした機会に多く恵まれたが、その度に罪悪感や嫌悪感で全てを逃げ出したくなったし、実際に何度か試みようとした。
「俺は……本当に……どうしようもない」
自分に言い聞かせる様に、呟く。
だがそんな日々も間もなく終わろうとしている。クリスマスが終わり次第早急に支度し、31日にはこの街を去れるようにしておく必要がある。特にラビットハウスの奴らには怪しまれないようにしなくてはならない。
幸い、今日はこれまでにない程に忙しい。この調子ならクリスマス後はみんなゆっくりとしたいだろうし、しばらく俺が姿を見せなくても怪しまれることはないだろう。
上手くいけば、それで全てを終わらせることができる。
勝負は、マーレ軍に引き渡されて一時投獄された後で決める。脱獄と共にマーレとエルディアの戦地に赴き、巨人化するのだ。この巨人が存在しない世界で鎧の巨人を使えば、その圧倒的な殲滅力と防御力で容易にエルディアの軍隊を制圧しては戦争を終わらせることができるだろう。
そうして正体が露呈した後は、一生を牢獄で過ごすことになるだろう。この世界のマーレ国からすれば、突如として現れた巨人は世界情勢以上に危険因子だ。1年前に突如失踪した戦士から発現したとなれば、なおさらだ。
それでいい。俺はこれまで多くの命を踏みにじり、奪ってきた。
そんな過去が存在しないこの世界に居ても、俺が犯した罪が消えることは一生ない。ましてや、償うことも今や不可能となった。
だがせめて、故郷にこれ以上の争いをさせないようにしたい。俺の知る世界でなくても。
そして、この街が戦争のない平和な場所であってほしい。
マーレ引き渡しの報を受けてから考え続け、俺は覚悟を決めたのだった。
幸い、この計画は今のところ誰にも気付かれていない。俺が口を噤んでいる以上それは当然だ。俺とマーレ国との繋がりを知るタカヒロさんも、巨人の存在や俺の真意までは分からないだろう。
懸念があるとすれば、あのいつだって楽しさを追い求めるあいつに気付かれること位だろうか。あいつは人の機微に聡いから何かのきっかけで俺が街を去ろうとしているところまでは考えが至るかもしれない。
あいつが引き留めようとした際の対処法を、今から考えないといけないな。
したくもない想定を考える中、肝心のココアがまだ店に来ないことにチノが不安そうにする。
「……ココアさん、パーティーまでに帰るって言ったのに遅いな……」
ポツリと呟いたところに、千夜がその小さくなっていた肩を優しく叩いて励ます。
「信じて待ちましょう。ココアちゃんはきっと、ここみたいに忙しくて長引いてるのよ」
「千夜さん……」
反対方向からシャロも顔を出してチノを元気付ける。
「きっと間に合うわ」
「シャロさん……そうですね。きっと今頃、大慌てで制服を着たまま向かっているでしょうね」
「さ、流石にそこまでのドジを踏むかしら?」
シャロが苦笑いを浮かべた矢先、店のドアが勢いよく開かれた。
「サンタさんだよー!!」
「サンタさん!?」
赤い服と帽子衣装のココアが堂々とサンタを名乗っては来店し、チノが驚きの声を上げる。
そして、チノが予想した通り別のバイトの衣装を着てここまで来たのだった。
「Hoi!よい子には出来立ての焼き栗だよー!おいしいよー!!」
ガキ共がサンタクロースに惹かれてココアに集まり、彼女はバイト先で売っている焼き栗を笑顔と共に配っていく。あの量は余りものではなさそうだが、まさかサンタクロースを演じるために自腹で買い揃えたのだろうか。
「あはは、バイト代栗に消えてそう」
「ありえるよー」
マヤとメグが驚きと若干の呆れをない交ぜた様子でサンタ姿のココア見る中、子ども達の喜びを受けてココアは絶好調である。
「HO-HO-HO-!みんなの分もあるからねー!」
そういえば、去年のクリスマス前にオーナメントの買い出しをみんなで行った時ココアが言ってたな。将来の夢の1つが、サンタクロースになることだと。今こうして夢を叶えているのだから、そりゃあ気分もよくなるだろうな。
持ち込んだ焼き栗を一通り店の子ども達に配って帰りを見送ったサンタクロースは、心の底から幸せそうに顔を綻ばせていた。
そうしてやり遂げた様子でこちらを振り向くと、先程の元気の良さから一転して、深刻そうな面持ちでサンタクロースは話を切り出す。
「みんな、サンタさんから話したいことがあります」
「……何ですか?」
すぐに茶番だと判断したチノがそれでも話に乗れば、そこでサンタクロースはチノ達の前で自身の正体を明かした。
「実は……じゃーん!サンタさんの正体はココアでした!!」
ちなみに俺は鎧の巨人だ。
「知ってる!」
チノの渾身のツッコミが入れば、ココアやリゼ達が笑って暖かな空気に包まれる。
気付けば俺も笑っていて、自然にそうなっていたことに驚いた。知らなかっただけで、チノ達の前で笑う機会は何度かあったのかもしれない。
まさか、ここに来てそのことに気付くとはな……終わりが近付いている今だからこそ、自分の変化に冷静になれているのかもしれないと、焼き栗を手渡すココアとそれに呆れながらも大事に受け取るチノを見ながらそう考えるのだった。
「さあ、ココアとの再会も済んだことだし、みんな配置に戻るぞ」
『サー!イエッサー!』
リゼの指揮で全員が動き出し、ラビットハウスの夜があっという間に過ぎていく。
ココアのサンタクロースパフォーマンスを聞きつけたのか、外の列はさらに伸びては対応が急がれる。だがチノ達は忙しそうにしながらも絶えず笑顔であり、そんな彼女達につられてなのかお客も終始笑顔なもんだから、俺も最高な気分だ。
8人で店を回していたこともあり、しばらくして長蛇の列も収まり余裕が出てきた。そうなると仕事の合間に会話をする様になり、主に話題はラビットハウスの制服が挙がった。
「作りかけの制服、完成させてたなんてびっくりしましたよ」
千夜とシャロの制服は、元々はチノの母親が作っていたものらしい。チノが友達と一緒にお店で働けるように製作していたと、いつだったか聞いたことがある。完成前に他界してしまいそのままになっていたのだが、ココアがチノに内緒で作り上げていたのだった。
「えっへへー、サプライズだったでしょ」
ココアの問いに、チノは大きく首を縦に振って応える。
「……はい。とっても」
「私達もラビットハウスの制服が着れるなんてサプライズだったわー」
「ちょ、今配膳中!くっつくなー!」
千夜がチノの言葉に同調してはシャロと並んで制服を強調し、注文の品を運ぶ最中のシャロが慌てて距離を取ろうとする。
「リゼさんも新しく制服を作っていたなんて」
「裁縫は苦手じゃないしな。これでチマメ隊もラビットハウスに制服デビューだ」
リゼ命名のチノマヤメグの3人の呼称は最初こそチノ達は嫌がっていたが、リゼの言葉に3人は嬉しそうにお互いを見やって笑い合う。高校に進学したらこの店で働くとマヤとメグが言っていたのを思い出し、1年前から随分様変わりするなと感慨深い気持ちになった。
そんな調子でチノ達の様子を見ていたところ、不意にココアがポーズを決めた。
これは……ああ、そうか。“そういう”時期というやつか。ココアは16だから関係ないと思っていたが、こういうのにあまり年は関係ないのだろうか。
「こうしてカラフルな服が揃うと……チノちゃんのお母さんがやりたかったことが分かるよ」
「え?」
小首を傾げるチノに構わず、ココアは俺達を手招きして集合させる。途中、俺には自分のスマホを渡して後ろに下がるように指示されるが、そこで俺は彼女の企みを理解した。
「みんな行くよー!せーのっ!」
号令と共に、ココア達はポーズを決めて名乗りを上げた。
『ラビレンジャー爆誕!!』
聖夜の夜に降り立った、木組みの街の守り人達。
「仕事してください!!」
至極真っ当なことを言うチノも顔を澄ませて戦隊ごっこを楽しんでおり、お客からの拍手を受けて満更でもない表情を浮かべていた。
そんな様子を、俺はシャッターを切って収めるのであった。
「……あやつが夢見ていた以上の光景じゃな」
そんな声が、どこかで聞こえた気がした。
###
店の空席が増え、営業時間も1時間を切った中、ドアベルを鳴らしてお客が入ってくる。
「いらっしゃいませー!って、あっ!来てくれたんですね!!」
食器洗いで様子を見れていないが、お客さんを出迎えたココアの声が普段よりさらに高く、随分嬉しそうである。交友関係の広いあいつのことだ、きっと知り合いの誰かが遊びに来たのだろう。
「ああ。渡してくれた地図のおかげで、ここまで迷わずに済んだよ……」
喧騒に紛れながらも、その声に俺は思わず顔を上げる。
「よお……」
お客が俺の方を見て、声をかけてくる。
そいつの顔を見て、俺は……何かの間違いだと思った。
だが、可能性としてありえたはずだ。俺が知る出来事と異なる点がいくつかあるが、この世界には故郷があり、俺の知っている人物も存在している。
だから、こいつがこの世界に居ることも何らおかしいことではない。
「エレン……」
そうして何度も頭の中で言い聞かせて自分を落ち着かせようとする。だが目の前に立つかつての仲間を前に、俺は知らず知らずの内に体を震えだしていた。
「イェーガーさん、カウンターの方へ案内しますね」
ココアに誘導されながら、ゆっくりとした足取りであいつがこちらに来る。
「ライナーさん、あのお客さんと知り合いなんですか?」
俺の異変に気付いたチノが心配そうにこちらを見る中、ココアが笑顔を見せる。
「エレン・イェーガーさん。ライナーさんの昔からの友達なんだって」
「そういうことだ。雑誌の特集にここで働くお前が載ってるのを見つけて、会いに来たんだ」
俺に向けて軽く手を挙げるエレン。
「5年ぶりだな……ライナー」
「あ……ああ……」
こちらに見せ付けてくる掌には血が流れており、それが何を意味するのかをすぐに理解できた。
自傷行為は巨人化への引き金となる。つまりあいつも、俺と同じ様に巨人の力を使えるということだ。今まで何度も戦ってきた……始祖の巨人の力を。
「あれ?イェーガーさん、怪我してますよ」
ココアの指摘に、エレンはそこで初めて怪我を気付いたようで、照れた様子で頬を掻く。
「ああ……ちょっと転んで擦り剥いたんだ。少しはしゃいじまった」
「クリスマスってテンション上がりますよね!でも、クールな見かけによらずお茶目ですね」
「そうか?俺は結構こういうのは楽しむ方だ。それにしても……」
照れ隠しの様にそう言って、エレンは俺の前の席に座る。
「ライナー……この街で楽しそうにしているみたいで、何よりだよ」
微笑みすら浮かべるエレンの表情に、裏を感じられない。
だからこそ、こいつが何を考えているのか見当も付かなかった。
「……ありえない」
誰にも聞こえない程の小さな声で、俺はそう言葉にするしかできない。
だってそうだろ?俺達、あんなに憎しみ合っていたのに……何でお前はそうやってくつろいでいられるんだ。それに、はしゃいで転んじまったって、あの怪我は俺への脅しじゃなくお前のドジだとでも言いたいのか……?
「イェーガーさん、ライナーさん、感動の再会ですね!」
「その割には重苦しい空気が漂っていますが……あの、2人は本当に知り合いですか?」
冷静に状況を見てココアを諫めた後、チノが不安そうに俺とエレンを交互に見る。
「ああ……お互い積もる話が多くてな……何から話せばいいか、分からないんだ」
気が付けば、テーブルの上に置いていたエレンの手の傷は既に完治していた。俺や、チノ達に対して敵対する意思はないということか。
じゃあ、何でここに来た。まさか本当に、俺に会って話をしに来ただけだっていうのか。転んで怪我したってのも、騙している訳じゃないってことなのかよ……。
もう、何がどうなっているのか、俺には分からなかった。
「うんうん、なんせ5年振りに会えたんだからね。すぐに話し合えるものじゃないよ」
「そういうことだ。あまり気にするな」
ココアの言葉に相槌を打ちながら、エレンは注文をする。
「このブルーマウンテンと、クリスマス限定パンケーキを頼む」
「かしこまりました!少々お待ちくださいねー」
オイ、嘘だろ……?食うのか?この店のコーヒーと、パンケーキを。それじゃあまるで、クリスマスの日に遊びに来て楽しんでるだけのガキじゃねぇか。
もうとっくに息も心音も荒くなりながら、とにかく俺は聞きたかった。
「エレン……お前は何しに、ここに来た?」
翡翠を思わせる目が細められ、エレンは横の窓を見る。
お前は今……何を見ている?何を考えているんだ?いやそれ以上に、これから何をしようとしているんだ?この平和な街で……巨人が存在しない、この世界で。
クリスマスで賑わう街をしばらく眺めた後、あいつは、再び俺と向き直ってはこう言った。
「お前と同じだよ」
第2羽 クリスマスはサプライズプライス
次回最終羽
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第3羽
その人に会ったのは、学校の帰り道の公園だった。
男の人には珍しい長く伸ばした黒い髪の毛が、冬の寒い風に吹かれてなびいていたのをよく覚えている。私のお兄ちゃんと歳は近いかな?園内で子ども達が遊んでいる中、お兄さんはベンチに腰かけて静かに雑誌を眺めていた。
時折雑誌から視線を外しては周りを見渡していて何かを探しているみたいだったから、私はその人に声をかけてみた。
「何かお探しですか?」
長い黒髪に隠れた緑の瞳がこちらをジッと見つめる。
「君はこの街の子か?店を探しているんだ」
そう言って手にしていた雑誌の中身をこちらに向けられる。
「このラビットハウスっていう店を探してるんだが、どこにあるか分かるか?」
なんて偶然!前に街の特集で載せてもらった私とチノちゃんとリゼちゃんの写真とラビットハウスに関する記事が開かれていて、この人はそこに興味を持ってくれているみたい。
「えへへー、来てくれるみたいで光栄です」
「……どうしたんだ?急に」
「あれ?お兄さん気付いてませんか?」
今見ている雑誌に載っているみんなのお姉ちゃんが今目の前に居るじゃないですか!そう思って可愛くポーズを取ってみるけど、お兄さんには察してもらえず小首を傾げられます。は、反応が凄まじくクールだよ……!
「どうしたんだ?」
「私、その雑誌の3姉妹の姉なんです!」
「……ああ。悪い、気付かなかった」
は、反応が薄い!こんなに素っ気ない反応をされたのは初めて会ったチノちゃん以上だよ!
「もう、ラビットハウスに興味が会って来てくれたんじゃないんですか?あ、場所が分からないんでしたよね。私、案内しますよ?」
せっかくのお客さんだから丁重にもてなさないと。そう思って提案したんだけど、その人は首を横に振ったので断られてしまった。
「気持ちはありがたいけど、今日はそのつもりじゃないんだ。またいつか行かせてもらうよ」
「そっかー、残念」
そういうことならこの人にも色々都合があるだろうし、無理に連れていくこともできない。それにいつか来るって嬉しいことを言ってくれたんだし、その言葉に期待すればいいよね。
「隣、座ってもいいですか?」
そうなればもう私にできることはないのだけど、何だかこの人と話したくなったのでそう聞いてみた。お兄さんが頷いてくれたので、私は隣に腰かけた。
「この街には何をしに来たんですか?」
お兄さんはしばらくして、その訳を話し始めた。
「古い友人が、この街にいるんだ」
「……もしかして、ライナーさんのこと?」
ラビットハウスの場所を聞いたことも考えてそう聞いてみると、お兄さんは頷いた。あれ?私達3姉妹の写真を見て会いに来たわけじゃないんだ。じゃあ、あれはバータイムに載ってたライナーさんを見ていて……いやいや、私達の写真に興味を持ってくれて、そこで偶然ライナーさんのことにも気付いたんだ!そうじゃないとさっきのキメポーズが恥ずかし過ぎるよ!
「ああ。色々あって顔を合わせ辛くてな。だが、いつかは会って話がしたいと思ってる」
葛藤する私を他所に、何やら訳ありな様子を見せる。
みんな仲良くがモットーの私にとって、それは見逃せないものだった。
「そっか……上手くいくといいですね。ライナーさん、きっと喜んでくれますよ」
顔を合わせ辛くてもこの街に来てくれたんだから、間違いないよ。そう思ってエールを送れば、お兄さんは視線を私の方に向けて、僅かに笑ってくれた。
「君はいい奴だな。そうだな……クリスマスの日に来てみることにするよ」
「ありがとうございます!じゃあ、道に迷わないように地図を渡しておきますね!」
鞄から筆記具とメモ用紙を取り出して案内図を書いて、お兄さんがライナーさんとちゃんと会えるようにと願いを込めて地図を渡す。
「ありがとう。そうだ、このことはライナーには内緒にしておいてくれ」
「サプライズってやつですね!」
「ああ……サプライズってやつだ」
来たるべきクリスマスがますます楽しみになる中、私はお兄さんの名前を訊ねてみた。
「お兄さんの名前、聞いてもいいですか?」
「……エレン・イェーガーだ」
最終羽 終焉
「場所を変えようぜ、ライナー。ここだと話せないことが色々あるからな」
コーヒーとパンケーキを食べ終えたエレンは、俺に移動を促した。
店もすっかり落ち着き、しばらく離れていても問題ないと思ったし、ココアを中心に後押しもされた。何より、一刻も早くエレンをこの場から遠ざけたいと考え、俺はその言葉に従った。
ココアやチノ達に後片付けを任せ、俺はエレンと共に街に繰り出した。
「……コーヒー、美味かったよ。あの子は腕がいいな。パンケーキも甘くて俺好みだった」
「は……?あ、ああ……それはよかった……」
一瞬何の話なのか理解できなかったが、ラビットハウスで食べたブルーマウンテンとクリスマス限定パンケーキを食べた感想だと分かり、要領の悪い返事を返す。
そのやり取りを最後に、俺達は言葉を交わすことなく歩き続ける。
「……ここにするか。丁度ベンチも空いてる」
そこは、俺がこの街で……この世界で目覚めた場所だった。
「座れよ。ライナー」
この時間帯は子ども達もおらず、エレンの言う通りどのベンチにも座れる。まだ街がクリスマスの喧騒で明るい中、俺は促されるままにベンチに腰を下ろした。
沈黙。
隣を見るが、エレンは前を向いたまま動かない。長い髪に隠れて今はその目や表情を知ることはできなかった。
「……エレン。お前は……覚えているのか?」
しばらくして、エレンが俺を見る。
「何がだ?」
「いや、違う……お前は間違いなく覚えている……巨人の恐怖に支配された世界のことを」
エレンが頷く。
ああ、やはり……そうなのか。俺と同じ様に、エレンも記憶しているのだ。人を喰う巨人が存在する世界を。そして、かつて故郷を囲う壁が破壊されては母親が喰われ、巨人への復讐を誓って進み続けた生涯を。
「俺は、エルディア帝国で生まれた。前の世界でいうパラディ島にあたる」
この世界のエルディア帝国はかつて大陸一の勢力を誇る存在だったが、ある時を境に孤島に移民しては今日を過ごしており、エレンの言う通り地図で見るとそこは前の世界におけるパラディ島と場所が一致している。
「そこである日、思い出したんだ。巨人に支配され、家畜みてえに飼われていた世界のことを」
視線を俺から自分の手の方へ落とし、続ける。
「最初は意味が分からなかったよ。何でこんな残酷なことを思い出すのか」
そう口にする言葉には、しかし確固たる意志が宿っていた。こいつは既にその問いの答えを見つけているのだろう。
俺も、その答えを知りたい。
「お前は、その理由が分かったのか……?」
「……ああ」
一息置いて、エレンは確かにそう言った。
「この一連の出来事のきっかけは……お前だ、ライナー」
「……え?」
エレンが告げたその言葉の意味を、俺は理解することができなかった。
「ま……待て。待ってくれエレン。俺が……この状況を作ったのか?」
俺が悪いのか?この世界から巨人の歴史が消滅したのは、俺のせいなのか?
エレンは俺の言葉を終ぞ否定せず、首を縦に振った。
「そうだ。ライナー、お前がこの世界を創造したんだ」
何で……何でそんな話になるんだ。
「おかしい、だろ……俺にそんな力なんて……」
無意識と言っていいぐらいの勢いで小さく首を横に振る俺に構わず、エレンは話を続ける。
「前の世界で俺の腹違いの兄、ジーク・イェーガーから聞いた話だ」
マーレに仕える獣の巨人の保有者であり、ジーク・イェーガー戦士長。久振りに聞いた戦士長の名前と、何でのない風に明かされたエレンとの関係性に驚きながら、続きを聞く。
「始祖の巨人の力は、巨人の力を宿した王家の人間との接触によってユミルの民、所謂エルディア人を自在に操ることができる程絶大だ。記憶や思想の書き換えだけじゃない、体の構造をも変化させることができる、とのことだ」
考えの読めない人ではあったが、ジーク戦士長は巨人の力をそこまで把握していたのか。いや、心の底が分からないからこそ、この話がどこまで本当なのか分からない。特に前の世界の兄と同じ空気をまとう、今何をしようとしているのか分からないこいつの話は。
「だがなライナー。これはあくまで一例に過ぎないんだ」
本題はそこではないと、始祖の巨人の保有者であるこいつはそう言いたげだった。
「そもそもさっきの条件は、パラディ島に移った王家が施した不戦の契りによって始祖の巨人の力が使えない制限を回避するために理論立てられた方法だ。力の発動条件は他にもある」
スッと目が細め、俺を鋭く見据える。
「お前、前の世界で銃を自分に向けて撃っただろう」
「何で……」
そのことを知っているんだ。
「兄さんから聞いたよ。あの時戦士候補生が近くに居たみたいで、銃声を聞いて駆けつけてみたら即死だったらしい。すぐに世界中に知れ渡って騒ぎになり、軍部は大混乱だったそうだ」
「……悪かったな。できるだけ苦しんで死ぬように努力するって言ってたのに、逃げちまって」
あの世界でこいつが投げかけた言葉を思い出してしまい、俺は話の腰を折って謝罪する。
正当な恨みや憎しみを向けられていたにも関わらず、俺は安易な逃げを選んだ。本当に、俺はどうしようもない……。
「あぁ……言ったっけ?そんなこと……忘れてくれ」
「え……?」
気不味そうに、エレンは頬を書きながらそう言って有耶無耶にしようとする。
何で、怒りを露わにしない……お前を裏切った俺達に復讐を誓っていたのに、どうして忘れてくれなんて言えるんだ。
本当にお前は、何をしにここに来たんだ?
「それよりもだ」
元の話題に強引に切り替え、エレンは話を再開させた。
「ライナー。お前が自ら死を選んだことで、座標の力が発動したんだ。始祖の巨人の力なしでな」
「な……!?ど、どういうことだ!?」
「エルディア人……ユミルの民の祖先である始祖ユミルの最期は、自殺だった」
その一瞬、俺とエレンはどこかに居た。
大地一面に砂が広がっており、中央には光の束が噴水の様に湧き上がっている。不安と安心を同時に搔き立てる、神秘的な光景が、目の前にあった。
すぐにその光景から元の公園のベンチに戻ってきたが、その不可思議な模様はエレンも見ていたらしく、戸惑う俺に頷きだけ返して先程の出来事を肯定した。少なくともあの光景は、俺の幻覚ではないということらしい。ということは、始祖の巨人の力で見せた光景か。
「当時の王に向かって放たれた槍を庇って致命傷を負った始祖ユミルは、巨人の力で治癒することが可能だったにも関わらず、自らの命を手放した。その理由は無数にあるが……ライナー、お前はその内の1つである全てを投げ出したいという心と繋がったんだ。始祖ユミルの心と」
「馬鹿な……」
「さっき見た光景は、道だ。全てのユミルの民が繋がる座標であり、場所も、時間も超越する」
そこで視線を俺から冬の夜空へと向け、真相を告げる。
「始祖ユミルは2000年前から、ずっと誰かを待っていた……」
「ま、まさか」
「ああ。ライナー、その誰かがお前だったんだ」
あの何もない様な場所で、途方もない時間を過ごして誰か求めて待っていたっていうのか……。
想像もできない孤独感はもちろんのこと、全てを終わらせたかったというエレンの表現に、俺は言葉にできない共感を覚えた。
再度俺の方を向いたエレンは、憑き物が落ちた様な穏やかな顔を浮かべていた。
そこで俺は確信した。
こいつは本当に、俺に会いに来て話をするために、ここに来たのだ。
俺の気付きを察してなのか、笑みを深めてエレンは少女の物語の顛末を話す。
「始祖ユミルは2000年後のお前を見て全てを投げ出した姿に救われ、命と共に巨人の力を放棄した。これ以上抱え込まなくてもいいと。これ以上、地獄を見なくていいと。ライナー、お前のその心が、始祖ユミルを2000年の呪縛から解放させたんだ」
「巨人の力の放棄って……それは、つまり……」
「お前の予想通りだ。巨人の力は有機生物が始祖ユミルの身体に宿ったことで発現した。それを身体から排出したことで力が失われ、世界から巨人の歴史は消滅したんだ」
つまり、それこそがこの世界に巨人の歴史が存在しない理由。あるいは真実。
そのことに震えを起こす程の驚きが迸る中、エレンは巨人の力が失われた歴史の続きを語る。
「その後だが、王は始祖ユミルの亡骸を回収して娘達に食べさせ、巨人の継承を試みた。だが巨人化の要である有機生物が始祖ユミルの身体から抜けていたことから、失敗に終わった」
想像するだけでも身震いする様な行いを知ると同時に、前の世界ではその継承が成功したことであの世界が成り立ったのだと、9つの巨人の脊髄液摂取による継承の法則から納得に至った。
しかし、何でもない風にエレンは話すが、まさか巨人化の絡繰りが身体に宿っていた生物によるものだとは。驚きを禁じ得ない。
「そうして巨人の力を引き出せなくなった事実を好機と捉えた周辺国はエルディア帝国に攻撃を仕掛け、エルディア帝国は敗戦を重ねた。そして、壊滅まで追いやられた帝国は、民を引き連れて未開の島へと逃げ、国を再建した」
「それが……今の世界なのか?」
俺の問いに、エレンは頷いて答える。
「そうだ。ライナー、これはお前から始まった物語だ」
あの時、俺は背負っていた期待と、犯してしまった過ちに耐え兼ねて全てを終わらせる引き金を弾いた。間違っていると分かっていても、目の前にある救いに手を伸ばさずにはいられなかった。
そんな俺の行動が、まさか……まさかこんな結果を招いてしまっていたなんて……。
もうここまで来るとエレンの言葉に嘘はないと信じるしかなかった。巨人の存在が歴史にないことも、先の話が事実なら納得ができる。特に2000年前の出来事なら文献が残っていても伝説か虚構であると判断され、歴史から抹消されていてもおかしくない。
この途方に暮れる様な出来事に、俺はしばらく言葉を失うのであった。
「お前が記憶や巨人の力を引き継いでいる理由だが、歴史を変えたきっかけとなったお前は改変の影響を受けなかったんだろう」
だから俺は、前の世界の出来事を覚えているし、鎧の巨人の力を使えるということか。
「エレン……お前はどうなんだ?何でお前は記憶と力を持っている?」
俺が世界を作り替えたきっかけとして記憶と力を保持していることは理解できたが、目の前に座るこいつが何故俺と同様に記憶と力を有しているのか、俺はその訳が知りたかった。
考える素振りを見せたエレンは、程なくして一言こう口にした。
「進撃の巨人」
「……え?」
それは、9つの巨人の内の1つの名だった。ある時期を境にマーレ軍の管理から離れて行方が分からなくなっていた巨人の名だ。
「その巨人は未来の継承者の記憶を見ることができる。そして、この力を利用して未来の継承者である俺は始祖ユミルに俺が力を継承できるように有機生物を誘導し、俺は偶然にもそいつを取り込んでは記憶と力を手に入れることができた」
あまりにも抽象的な成り立ちに脳の理解が追い付かないが、それでも言葉を探して口にする。
「つまり、未来の継承者であるお前が、始祖ユミルから記憶と力を継承できるように始祖ユミルに働きかけたことで、お前は全ての出来事を把握し、巨人の力を取り戻したということなのか?」
「……そうだ」
自然と、疑問が口に出た。
「どうして、そんなことをしたんだ?巨人のない世界になって、お前は自由になれただろ?」
何故。という問いにゆっくりと、エレンはこう答えた。
「知っての通り、今エルディア帝国はマーレ国と戦争中だが、まだ故郷は比較的平和でな。空を見てぼんやり過ごしてるんだ。そこでいつも思う。何でこんなことになったんだろうって」
そこで俺は今更ながら、エルディア帝国の現状を思い出した。
瞬間、俺の中でこいつの意図を読み解くことができた……はずだ。
ようやく、俺はエレンと向き合うことができた。あいつもそのことに気付いてなのか、すっかり険が取れた表情で穏やかに話を続ける。
「心も体も蝕まれ、徹底的に自由を奪われて、自分自身も失う……こんなことになるなんて知ってれば、誰も戦場になんか行かないんだろうし、戦おうなんて思わないだろう」
まだ故郷は比較的平和だと言ったが、あの口ぶりからして負傷兵の帰還や戦死の伝達をよく目や耳にするのだろう。
丘の上。大きな木の下に、いつの間に俺はエレンと一緒に立っていた。
時間や場所から切り離された道の中に居るのだと理解するのに、少し時間がかかった。
「でも、みんな何かに背中を押されて、地獄に足を突っ込むんだ。大抵その何かは自分の意思じゃない、他人や環境に強制されて仕方なくだ」
俺に、そして自分自身に言い聞かせる様に、エレンは道の中で話し続ける。
「ただし、自分で自分の背中を押した奴の見る地獄は別だ。その地獄の先にある何かを見ている。それは希望かもしれないし、さらなる地獄かもしれない」
丘の下から、声が聞こえる。
それは俺も知る奴らの声だが、明るいものではない。エルディア帝国は島国であることから資源や人材が戦時において圧倒的に不足になりやすい。資源は前の世界の事情を考えると解決できるかもしれないが、人材の方は……。
「それは、進み続けた者にしか分からない」
「……エレン」
こいつが何を考えて何をしようとしているのか、やっと分かった。
元の場所に戻って来た俺は、ベンチから立ち上がってはエレンと正面から向き合った。
「お前も、戦争を止めるつもりなんだな」
沈黙。エレンは俺を見据えたまま、無言を貫く。
「巨人の力を使えば、戦争は一気に片が付く。仲間を危険にさらすこともなくなる」
「だが、根本的な解決にはならない」
目を伏せるエレンに、そこで迷いを見て取った。
「記憶と力を取り戻そうとしたのも、きっと未来の俺も今起きている戦争を止めたいから、始祖ユミルを導いて俺に記憶と力を継承させようとしたんだ。だけど、戦争を終わらせてもまた別の戦争が始まるだけだ。俺がまた記憶と力を取り戻したみたいに、みんな、自分で自分の背中を押して、地獄を繰り返してしまうんだ……仕方なく……」
恐れの表情と共に、しかしその目は既に覚悟を決めていた。
「それでもミカサやアルミン、みんなを救うためにはやるしかない……地ならしを引き起こした時と同じことを繰り返しているとしても、俺は……進み続ける」
地ならし。その言葉の不穏な響きに言いようのない感情に苛まれる。
「お前……前の世界で、何をしたんだ……?」
思えば、始祖ユミルが選択を変えたことで歴史が書き換わったが、前の世界はどの時点でその変化が起きたんだ?俺が引き金を弾いた時点で今の世界に改変されたと思い込んでいたが、あいつが兄経由で俺の末路を知っていることからそれは否定される。
前の世界は、どこまで進んだ果てに今の世界に移り変わった?
「……世界を終わらせる悪魔になった」
消え入りそうな程のその言葉から、俺は理解することができた。
座標の力を……始祖の巨人の力を一番持っちゃいけねぇのはエレンだと確信していたが、まさか本当に、世界を滅ぼす程の存在になっちまうだなんて。
「……そう、なのか……」
今なら、分かるかもしれない。多くの命を奪うことに躊躇や後悔がない訳がなく、それでもやるしかない状況に追い込まれていて、望んでいるのはささやかな幸せなのに、やるしかなかったことを。
「エレン、確かにお前は……俺と同じだな」
「……ああは言ったが……俺は、最後まで躊躇や後悔をし続けた、半端なクソ野郎以下だ」
これまで、ずっと本心を曝け出すことができなかったのだろう。全てを話し終えたエレンは、意気消沈と言った様子で項垂れていた。
いや、俺がしっかりと見なかっただけで、エレンはずっとこうだったのかもしれない。
「エレン。俺も……間違えてばかりで、その上でまだ生きようと思う、半端なクソ野郎以下だ」
顔を上げ、こちらを見るエレンは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
お前もずっと辛かったんだな。進み続けなければならない時代や環境に追い込まれて、それでも自分で自分の背中を押したことにして、その癖そのことに苦痛と苦悩を感じている。
俺も、自らを死に追いやって、気付けばこの世界に迷い込んでいた。そのまま自由にこの街で暮らしていけばよかったのに、自分で自分の背中を押して故郷に帰ろうとして、ウジウジと惨めったらしく考え込んでは塞いじまっていた。
だからこそ、俺はエレンに手を差し伸べることができた。
「けどな。何度も過ちを繰り返して、今度こそ間違わないと誓って進み続けるしかないんだ」
「……ライナー」
「俺も、巨人の力を使って戦争を終わらせるつもりだった。だからエレン、力を貸してくれ」
俺の考えを察したエレンが、目を見開く。
「これ以上戦争を続けるんじゃねぇって、子どもみたいに喚いてやろうぜ……戦場で」
その作戦に、エレンは強い意志を瞳に宿しては俺の手を取った。
「ああ……そうだな。そうすれば、両国や世界は混乱の末に、これ以上の戦争は控えるだろう」
「戦争をすれば悪魔が暴れ出すからもう止めよう……ってな」
そう言って互いに笑い合い、俺達のささやかな反抗の狼煙が平和なこの街で上がった。
###
ライナー。
戦場に行く前にお前に会えて、本当によかったよ。
巨人の力を使って戦争を終わらせようと考えていたけど、ずっと迷ってたんだ。こんなことをしても問題そのものが解決されないって。それに、仲間が戦場に行くのを避けるためとはいえ、自分が戦いにいくのも嫌だった。特にミカサと離れ離れになるのは、もうたくさんなんだよ。
せめて、この苦しみを知ってもらえる奴はいないのか。
アルミンが読んでた外国の雑誌でお前を見つけた時、俺はすぐに決心できたよ。
例え記憶や力がなかったとしても、会いに行こうって。ラビットハウスに行く途中で転んだりしてさ、自分でもビックリする程お前に会えるのをワクワクしてたよ。
そして、記憶と力があることを知れて俺は……嬉しかった。
ライナー。もう俺は、変に抱え込まなくて済む。同じ悪魔同士仲良くやれて楽しいよ。
だから……こんなところで這い蹲ってんじゃねぇよ、このでけぇ害虫が。
助けでも待ってんのか?もうエルディアもマーレも軍隊を撤退させてるんだよ。分かってんのかこの珍獣。足震わせて立ち上がろうとしても何の感慨も抱かねぇんだよ。さっさと自分の力で立ち上がって俺に喰ってかかってみやがれ。
さっきから戦ってみれば、お前何度俺の硬質化パンチを受ければ気が済むんだ。そういう生態なのか?そんなもんさっさと滅んじまえ。俺が手助けしてやるよ。
―――うるさい。
―――頼む、静かにしてくれ。
だったら俺を止めろよ。鎧の巨人はそのためにあるんじゃないのか。
来いよ、ライナー……!
血に塗られた大地と煙で淀んだ空の下、俺達はその巨体をぶつけ合い、固く重い拳を繰り出しては骨を砕き、顔を抉る。
声を上げ、咆哮を轟かせ、感情を剝き出しにして、場違いに思う。
俺は、自由だと。
###
周りの木々が桜花びらの装いに着替えてお洒落をする春の季節。ふと窓から外と覗いてみると、夕暮れの空を飛び回る鳥達が陽気の心地よさに嬉しくなってか口々に鳴き声を上げていて、自由を謳歌しているのが見えました。
そんな木組みの家と石畳の街に、住まいであり喫茶店でもあるラビットハウスはあります。
たくさんの経験を経てこの春から店主となった私、香風智乃は今日もお客さんのためにコーヒーを淹れます。まだまだ精進あるのみな26歳だけど、夢だったバリスタになることができました。
そんな私が切り盛りするラビットハウスに、今日はたくさんのお客さんが来ます。
「チノちゃーん!久しぶりー!最後に会ったのが何年も前の様に感じるよー!」
「それ先月会った時も言いましたよね……まあでも、お久しぶりです。ココアさん」
いつだって元気で明るいココアさんが、一番乗りにラビットハウスに来てくれました。今は実家のパン屋で働く傍ら小説を書いており、デビュー作の『ご注文はうさぎですか?』は最近アニメになった程の大ヒット作です。3つの壁に囲まれたコーヒーの街にやってきた主人公の少女がバリスタ志望の女の子と出会って冒険に出かけるダークファンタジー作品ですが、元ネタを知っている私は女の子が主人公をお姉ちゃんと慕う設定だけは納得できません。相変わらず願望丸出しです。
お土産の自家製パンを受け取りながら、カウンターに座るココアさんにコーヒーを用意します。
「ちょっと早く来すぎたかな」
「確認のメールの時点でみんなソワソワしてましたから、すぐに集まると思うので大丈夫ですよ」
「全員が揃うのは久しぶりだもんね。みんな元気にしてるかなー」
私の店主就任記念としてリゼさん達が来てくれる中、私は棚に飾ってある写真に目を向けます。
そのことに気付いたココアさんが、元気付ける様に言葉を弾ませます。
「ライナーさんもきっと来てくれるよ。チノちゃん、雑誌とかでたくさん紹介されたんだから」
13年前の春に出会った、お兄さんの様な人。ライナー・ブラウンさん。
その写真は、緊張した面持ちと幼いと私と、穏やかな表情で写るライナーさんの写真。突如として姿を消してから、私はすっかり大人になってしまいました。
ライナーさんの行方は、未だに分かっていません。後で父からライナーさんの故郷が当時戦争中だったマーレ国と教えてくれて調査もしてくれましたが、マーレ国とエルディア帝国の戦争終結の情報は非常に錯乱していて、2体の巨人の出現によって終戦したという与太話まで出る程に何も分かりませんでした。
それでも。
「私達が大人になったら一緒にお酒を飲もうって、約束したんだから」
「……そうですね」
写真の横に飾られたワインボトルに目を向ければ、微笑んだ自分の顔が映っていました。
そんな矢先、ドアベルが店内に響く。
「……こりゃあ今日は特別賑やかになりそうじゃのう」
おじいちゃんが喜んでくれる中、私は心からの笑顔と共に、その人を迎えました。
「いらっしゃいませ―――」
ごちうさの世界でライナーが救われる?ダメに決まってるだろ!! 完
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短編集
#1
用があってラビットハウスに来る途中でココア達に呼び出されたという千夜とシャロに出会い、共にラビットハウスに寄ったところで俺も頼みごとに巻き込まれた。
「協力してほしいことがあるって聞いたけど、パズルやることになるなんて……」
「手伝ってー。チノちゃんへのお詫びに新しいジグゾーパズルを買ったんだけど……」
「始めたはいいんですが片付かないんです」
ココア達は8000ピースのジグゾーパズルとやらの組み立てに苦戦していた。
特に断る理由もなかったので、俺は千夜達と一緒にパズルの完成に協力することにした。
「しかし……これは何の絵になるんだ?俺には分からない……」
「うさぎの絵になるらしいよー。楽しみだねー」
様々な形のパーツを合わせて1枚の絵にするらしいが、今までそんな遊びに触れてきたことがなかったので中々上手くいかない。
「チノちゃんが作ったところと合体」
「こっちもリゼちゃんの作ってたところと合体だよー」
……。
どうして俺は、ここにいるんだ?
俺には兵士……いや、戦士か?俺は今どっちなんだベルトルト……。
とにかく、こんなところでガキ共と遊んでなんかいるべきじゃないのは確かなことだ。
祖国で何もかも投げ捨てようとして、気付けばこの街に迷い込んで数か月。飢えを凌ぐために現地で働きながら住民から情報収集を行っていたつもりだが、どうして俺はジグゾーパズルなんて遊びを現地の奴らと一緒にしているんだ?
不甲斐ない。務めや責任を果たすこともせず、目の前のことすら満足にこなせないなんて……。
「私……役立たずで……ここにいてもいいのかしら……」
項垂れる千夜が何か言っている。うるさい。頼む、静かにしてくれ……。
ココア達が順調にピースを繋げていく中、俺は自分が嫌で嫌で仕方なくなってしまった。
「ところで完成したらどうするんだ?」
ふと、リゼがパズルのピースを合わせる手を止めてそんなことを聞く。
「喫茶店に飾るのもいいかもねー」
完成後の光景を思い浮かべては顔を綻ばせるココアだが、どうやらリゼが聞きたいのは出来た後の用途ではないらしい。首を振ってリゼは組み立て中のパズルを指差す。
「そうじゃなくて、下に何も敷いてないのにどうやって移動させるんだ?」
空気が凍る感覚が、部屋の中を駆け抜けた。
確かに、今地面に並べているパズルはこのまま床に置いたままという訳にもいかない。だが繋げ合わせたピースの塊を動かすには確かに下に何か置いておくべきだったが、ここにはそれがない。
「何も考えてなかったのか」
リゼの察しの通り、ココア達の重い沈黙が言葉よりも雄弁にその失態を物語っていた。
「私……気付いてたのに、この空気になるのが怖くて言えなかった……」
沈黙を破る様に千夜が口を開くが、その内容はさらなる沈黙を生みかねないものだった。
千夜……。お前も、辛かったんだな。
「もっと早く言ってれば……私のせいで……っ」
「余計重くなるから自分を責めるのやめて!?」
千夜の幼馴染であるシャロが千夜の懺悔にツッコミを入れては場を切り替えようとする。
ああ、俺もあんな風に裁いてくれたら……。
『あのおじさんはきっと、誰かに……裁いて欲しかったんじゃないかな』
そこに加えて思い出す。かつてベルトルトが言っていた言葉を。
気付けば俺は、その場に手と膝を突いていた。
「違う!違うんだ千夜!」
「ライナーさん!?」
驚くココアに構わず、俺は罪を告白する。
「俺が悪いんだよ……下に敷くものがないのにジグゾーパズルをしていることを指摘できなかったのは、初めてやるジグゾーパズルにも関わらずどんな遊びか聞かなかった、俺のせいだ!」
「ライナーさんまで自分を責めないでください!どうしたんですか急に!?」
「許さないでくれ……俺は……本当にどうしようもない……」
「え、ええ……!?」
困惑しないでくれシャロ。俺は半端なクソ野郎で、ここにいちゃいけねぇんだ。もう……消えたいんだ。誰かその手助けをしてくれないか。俺を……裁いてくれ。
そんな時、ジャケットのポケットに入っていたものが零れ落ちた。
「これ、なくなったパズルのピース……」
拾ったチノがこちらを見る。
「あ、ああ。昨日廊下に落ちてたのを拾ったんだ。そうか、これもジグゾーパズルのピースか」
最初は何なのか分からずにそのままポケットに入れていたのだが、今日こうしてこいつらと遊んだことでその正体が分かった。
そして、そこまで気付いたところで思い出す。何で今俺達は8000ピースのジグゾーパズルを組み立てていたのかを。そして、俺がラビットハウスに何の用で行こうとしていたのかを。
「わー!見つかってよかった!私、昨日チノちゃんのパズルを勝手に完成させちゃったんだけど、最後ピースがなかったんだよね。それでチノちゃんにお詫びがしたくて、このパズルを買ったの」
「最後の……ピース……」
「ライナーさんが見つけてくれたんだね。ありがとう!」
つまり……今日こいつらに無駄足を踏ませて、千夜を追い詰めてしまったのは……。
「俺が悪いんだよ……今日こんなことになったのは、パズルのピースを拾った俺のせいだ!」
#2
「あ、ブラウン戦士長」
「……リゼか。そんなに走ってどうしたんだ?」
偶然リゼと出くわしたのだが、何やら急いでいる様子だった。そういえば、この時間のリゼ達はラビットハウスで働いているんだったな。ということは……遅刻か。
俺の考えを察したのか、リゼは慌てて俺に弁明する。
「べ、別にサボってた訳じゃないぞ?さっきまで学校の演劇部の手伝いしていて……今度、オペラ座の怪人のクリスティーヌを演じるんだ」
クリスティーヌがどんな役なのかは分からないが、頬を赤らめて照れくさそうにしているところからして、きっとこいつにとって特別な役割なのだろう。
「そうか……しっかりやれよ。兵士として最善を尽くすんだ」
「ああ。激励、感謝する」
敬礼と共に礼を述べるリゼから、気付けば俺は視線を逸らしてしまっていた。
何が……兵士だ。そんな言葉を口にする資格など既にない癖に。
俺は、兵士という体のいい言葉に逃げてあれだけの過ちから逃げてきた。それなのに見知らぬ土地のガキを応援するために安易に口してしまうなんて。本当に、俺はどうしようもない奴だ。
「よし。せっかくだし、コーヒーを飲みに俺もラビットハウスに行くぞ」
そして今も、頼れる兄貴分を演じながらリゼと共にラビットハウスに向おうとしていた。
「なら競争だな戦士長!悪いが負けないぞ!」
「ああ……望むところだが、せめて副長にしてくれないか?その呼び名は違和感がある」
かつての世界で戦士長を務めていた男の顔が過る。そんな俺の心境など知るはずもないリゼは、小首を傾げた後に笑って走り出す。
「ならこの戦いに勝てば副長と呼んでやるよ!いざ尋常に勝負だ!」
「待って……」
元気よく駆けて行く少女が、あいつらの姿と重なって見えた。
ベルトルト、アニ、マルセル。
それに、パラディ島のあいつら……。
駄目だな。もう会えるはずもないというのに、いつまで面影に縋り付いているんだ、俺は。
とにかく、今はリゼとの勝負だ。すっかり出遅れた俺は、大きくを息を吸っては呼吸を整えてはラビットハウスを目指して走り出した。
これ以上戦士長と呼ばれないように、目指すは完全試合だ。
###
「おはよう。チノ、ココア」
無事副長と呼んで貰う権利を獲得し、俺はチノ達に声をかける。
「あー!ライナーさん!おはよー!」
「お、おはようございます。あれ、まだバータイムの時間には早いですよね?」
「ああ。たまたまリゼに会って、どうせならコーヒーを飲んでから仕事をしようと思ってな」
そのまま客席に座ろうとしていたところで、カウンタースペースに見知らぬガキ2人が店の制服を着て立っていることに気付いた。
いや、この2人は確か……。
「あー!前に公園で会ったおじさんだ!」
そうだ。こいつらは俺がこの世界で目を覚ました時に出会ったんだったな。あの様子からして、チノの友人なのだろう。まさかまた会うことになるなんてな。
しかし……。
「おじさん、ラビットハウスで働いてたんだ」
「まあ……バータイムの時間にな」
「ま、マヤちゃん。初対面の人におじさんは失礼じゃないかな」
「えー、でもお兄さんって言える程でもないじゃん。私達の親ぐらいの見た目だし」
9つの巨人には継承後の寿命が13年になるという呪いがある。俺の寿命は後1年。この世界に来た時からそうだが、自分でもやつれていて老けていることはよく分かっている。
「その通りだマヤ。お前の言ってることは全て正しい……だが、これでも俺は20代だ」
俺の申告に、メグと呼ばれた赤毛のガキが口に手を当てて驚いた。
「そんな風には見えない!?」
「メグさんの反応も大概ですよ……」
「えー!?ライナーさん20代だったのー!?」
「ココアさんまで!?」
背景に落雷を幻視させる程のリアクションを見せるメグとココアに、チノがツッコミを入れる。
「すまない!部活の助っ人に駆り出されて……」
そこへリゼが遅れてバイトに入る。バイトの制服はマヤとメグが使っているため、ココアもそうだが学校の制服のままだ。
「あ、リゼちゃんおはよう!早速紹介するね。こちら新しい妹達です」
「状況がよく分からないが、嘘を吐くな」
マヤとメグを抱き寄せて姉の真似事をするココアに、リゼが冷静に説き伏せる。
「そうだ!私としたことがアレをなくしてしまって……誰か見てないか?」
「もしかしてこのモデルガン?」
着替えの際にロッカーを開けた時に出てきたのだろう。確かにそれはリゼの物だった。
「あと間違えて他のロッカーを開けた時にライフルも出てきたんだけど、こっち?」
「……あ、ああ……」
慄くことしかできなかった。
それは、いつの間にか購入してしまい奥に追いやっていた俺の所有物だった。何らかの拍子でロッカーが開いてしまい、マヤの手に渡ったのだろう。
「リゼェェー!ウチに物騒な物持ち込むでない!特にそのライフルはなんじゃ!」
口元を抑えたチノから怒号が飛ぶ中、俺は堪らず店の床に手と膝を突いた。
「違う!違うんだチノ!」
「ライナーさん!?」
驚くココアに構わず、俺は罪を告白する。
「俺が悪いんだよ……そのライフルがここにあるのは、勢いのまま買ってラビットハウスに置いたままにしていた、俺のせいだ!」
「護身のためだろうに、そこまで自分を追い詰めるのか!?」
実際、店内での護身具の所有は認められている。俺が本当は何に使うつもりだったのかを知らないリゼは、あいつからすれば極端に見えるであろう俺の謝罪に困惑した様子である。
「あっははは!ライナーさん謝るのに張り切り過ぎー!」
「ま、マヤちゃん!今笑うところじゃないよ!?」
取り敢えず、マヤとメグのおかげで俺のライフル所持は穏便に済まされ、この事件を機によく絡まれるようになるのだった。
#3
「どいてください!お願いします!お願いします!」
公園で周囲の視線が集まる中、私は体裁を殴り捨てて土下座をしていた。
相手は……うさぎだ。何か葉っぱを咥えて悪そうな表情をしている奴。フルール・ド・ラパンの宣伝チラシを入れた籠の上に居座っていて、凄くふてぶてしい。
うさぎ恐怖症だというのに、ちょっと目を離した隙にどうしてこんなことになったのよー!
「違う!違うんだシャロ!」
何度も頭を下げていた私の横に、新たに土下座をする人が現れた。というか何この状況。
「俺が悪いんだよ……その籠に兎が座っているのは、誰の置物か分からないが風でチラシが飛ばされたら不味いと思って近くに居た兎を乗せた、俺のせいだ!」
ライナー・ブラウンさん。リゼ先輩が働くラビットハウスのスタッフで、私と同じくバイト戦士でお店に遊びに来る度にバイトのアドバイスを貰っている。
頼れるお兄さんの様な人だけど、自分を追い詰める言動が現在進行形で面倒くさい。幼馴染の千夜もその傾向があるけど、ライナーさんは輪にかけて酷い。悪いと思うならうさぎを退けて!
しばらくライナーさんと一緒に土下座をするという無茶苦茶な状態になった。
「ほら、もう大丈夫だぞ」
「リゼ先輩……!?あ、ありがとうございます!!」
私の憧れの人、リゼ先輩が籠に居座っていたうさぎを抱え上げて逃がしてくれた。
「ほら副長。部下のピンチに何をやってるんだ。しっかりしてくれよ」
「あ、ああ……すまない」
リゼ先輩の叱責に、ライナーさんが反省していた。というか私ライナーさんの部下だったの?
何だか微妙な空気になった。あれ、そういえば……。
「制服姿で外にいるなんて珍しいですね」
気付いたことをリゼ先輩に聞いてみれば、リゼ先輩が持っていたチラシをこちらに見せた。
「ココアが企画した明日のパン祭りのチラシ配り担当を副長と共に任命されたんだ」
これは……ココアが作ったチラシね。何となく間の抜けたデザインながらも、可愛らしいデザインで目を惹く1枚だわ。今朝千夜からイベントのことは聞いてたけど、これだと明日のバイト上がりの後じゃ間に合わなさそうね……残念。
「あら、桐間さんと天々座先輩だわ」
「面白い恰好をなさっているわ」
嘘!?お嬢様学校のクラスメイトじゃない!ちょっと待って、やだやだ心の準備が……。
「桐間さんも今度開くお茶会、ご一緒しない?お菓子を持ち寄るの」
「ま、またいつか……」
そんな魔境に行こうものならすぐに私が苦学生だってことがバレる!え、遠慮させて貰うわ!
「あの、先輩もよろしかったら」
お誘いの矛先がリゼ先輩に向くと、先輩は顔を綻ばせながら前向きな反応を示す。
「お菓子も持ち寄ってお茶会か……よし、それならクレープやケーキのレーションを持って来よう。サバゲ―やりながら食べるときっと楽しいな!」
「さばげ?」
「お嬢様ばかりの中、先輩のそういうところ凄く安心します」
そうしてリゼ先輩がお茶会への参加を約束し、クラスメイトは去っていった。
「……何度見てもお嬢様学校の生徒は高貴で美しいな。いい匂いも……いや……何でもない」
恐ろしい独り言が聞こえた気がするけど、深く聞かないようにしましょう。まだブツブツと俺が惚れているのはクリスタだけだとか言ってるけど、誰よその女。
「今度はあっちで配ってくる」
「あ、はい。お気を付けて!」
ライナーさんを連れてリゼ先輩が他の場所でチラシ配りに行こうとするのを見送った。
改めて私も頑張ろうと意気込む矢先、声が掛かった。
「私も1枚いただこう」
「あ、はーい―――」
スマイルを作ってチラシを渡そうとしたところで動きが固まった。
「……私が君にダル絡みしている理由が知りたいか?」
その人は、フルールのお得意様の中で一番の要注意人物だった。
「以前から君が気にくわなかったからだ」
ダリス・ザックレーさん。ことある毎に私に因縁を付けてくるお爺さんだった。
「……は?」
「むかつくのだよ。偉そうな奴と偉くないのに偉い奴が……つまり、君の様なお嬢様じゃないのにお嬢様な奴が。たまたま君が働く店を訪れて気付いたよ。君は私にとってむかつく奴だとな」
この人は人を見る目が鋭い。私が“あんな家”に住んでいる程の生活状況であることを察せられ、そのことをダシに私に絡んでくるのだ。
「イヤ……もうむしろ好きだな」
そして厄介なことに警察に訴えられないラインかつ、私が不快にならない程度の嫌がらせしかしてこないので強くでることができない。一応お爺さんでもあるし、私もあまり騒ぎにしたくない。
「思えばずっとこの日々を夢見ていたのだ。職務引退後の人生を捧げてフルールの忠実な消費者に徹し、常連客の地位に登りつめた。君へのダル絡みの準備こそ余生の趣味だと言えるだろう」
実際、お店も対応に困るぐらいにこの人はフルールを利用している。聞けばお店の売り上げの半分に迫る程の支払いをこのお爺さんはしているとのことだ。
一体何がこのお爺さんをそこまでさせるの?訳が分からなくて泣きたくなりそうだわ。
「……美しい。これ以上の芸術作品は存在し得ないだろう。君が騙している友人達の前で君の正体を晒して、ようやくこの作品は完成を迎えるのだ」
「か、帰ってください!警察呼びますよ!」
あまり効果のない警告をすると、お爺さんは感極まって公園内で高らかに笑いを上げた。
「ダハハハハッ!!また同じ脅し文句を垂れたな!!他のヤツは、ないのか!?」
「もう勘弁してください!それと私、絶対にみんなにバレないようにしてみせますから!!」
翌日の夜、パンのお裾分けをしに来たリゼ先輩達と鉢合わせしました。
#4
「演劇の助っ人を頼まれたから、またバイト休むかも」
少し早くバイトに来たものだからココア達の手伝いをしていた中、リゼがそんな申告をした。
マヤとメグのガキ共と会った日に、確かそんな話をしていたな。どうやらこいつにとって演劇は大きな存在になっている様だ。
「演劇……童話とかいいですよね」
可愛気のある想像をするチノ。ラビットハウスの次期店主ということもありしっかりした性格で優秀な奴だが、こういうところは年相応だ。
「どんなダークファンタジーをやるの?」
「どうしてそうなる」
ココアのリゼの第一印象からインスピレーションしたであろう推測にリゼがツッコミを入れる。
「確かにそいつは面白いな。銃を愛用するクールなリゼにピッタリだ」
「副長まで適当なことを……」
リゼが少し拗ねた反応を見せる。兵士……いや戦士……違う、軍人か。軍人気質なこいつは男勝りな印象を抱かせるが、話していると女らしい趣味や嗜好を持っていることが分かる乙女な奴だ。
そんなリゼを揶揄う様に、ココアが話を膨らませていく。
「どんな物語がいいかなー……戦うのは怪獣みたいな大きい敵だと面白そう!」
「それだと銃じゃ弾が届かなくて倒せないんじゃないですか?」
「うーん、そっかー……」
チノの指摘にココアが腕を組んで真剣に考える。そんな様子を、リゼが仕事をしながら楽しそうに聞き耳を立てている。
何気ない光景だが、幸せそうな3人を見ていて俺も穏やかな気持ちになる。
「そうだ!空を飛べる装置を身に着けて、怪獣の弱点まで移動して銃を撃つのは!?」
「……まあ、それならおかしくないですね」
「空を飛ぶ装置か、面白そうだな!」
「戦う動機としては……親が昔怪獣に襲われて危ない思いをしたから、その仇打ちとかどうかな」
「なるほど。怪獣への復讐のために戦っているのか」
「怪獣側にもドラマが欲しいですね。人間を襲うことが正しいことだと教えられたとか」
「そうか、それは仕方なかったってやつだな」
……。
「違う!違うんだリゼ!」
「ライナーさん!?」
驚くココアに構わず、俺は罪を告白する。
「あの日、マルセルが食われて……アニとベルトルトは作戦を中止して、引き返そうとしたのに、俺は……2人を無理矢理説得して……作戦を続行させたんだ……それは……保身もあるが……」
『お前なら必ず任務を果たせるよ。きっと父さんもお前の成功を祈ってくれているから』
「俺は……俺は英雄になりたかった……!!」
戦士である以前に、俺は……本当に、ただそれだけを願っていたんだ。
だが、あの世界はそれすらも認められない程、あまりにも残酷で……それが許されるために戦士になる選択をして……そこで多くの後悔と絶望に直面した。
「お前らや、あいつらに兄貴面して気取ってたのもそうだ。誰かに尊敬されたかったから……」
強く脳裏に浮かぶのは、自らの意思で壁を破壊したあの瞬間。
止めてはならぬ物語だと気付いた時には多くの命を奪ってしまっていて、既に取り返しの付かないところまで来てしまっていたんだ。
「あれは……時代や環境のせいじゃなくて……俺が悪いんだよ」
今でも色褪せない、巨人の駆逐を誓った悪魔の島に住む少年の顔。
「あいつの母親が巨人に食われたのは、俺のせいだ!!」
無様に跪き、俺は涙を流していた。
「もう……嫌なんだ自分が……俺を殺してくれ……もう、消えたい……」
俺の一通りの懺悔を終わり、周囲に静寂が広がった。ココア達の困惑した様子の視線を感じる。
無理も……ないだろう。こんな俺みたいな……半端なクソ野郎の告白などあいつらも聞きたくなかっただろう。もう、ここでバイトをすることもないな……。
「凄い……」
唐突に、ココアが拍手をし始めた。
「凄いよライナーさん!即興劇にしてはリアリティが鬼気迫るぐらいでビックリしたよ!」
「え、ええ。ちょっと怖かったですけど、敵側の怪獣の苦悩がよく伝わって面白かったです!」
「ああ!名演技だったぞ副長!」
ココアに続きチノとリゼも賛辞を送ってくる。
「あ、ああ……そうか……」
誰も……俺は裁いてはくれないのか……。
壁を破壊し、多くの命を奪った大量殺人者の俺を罰する者は……この街には居ない。それどころじゃない……こうして同じ屋根の下で談笑をして、称賛さえされることがある。
俺は……同じ過ちを、ずっと繰り返している。
壁の中で兄貴として尊敬されていた、あの時から……全く……。
「よーし!ライナーさんの頑張りを無駄にしないためにも、面白い話を考えるよー!」
「話の趣旨が変わってきてませんか?」
それでも。
それでも、目の前の幸せのために、俺は……まだ止まる訳にはいかない。そう思えた。
「それにしても巨人かー。どんなデザインになるかな?」
「巨人って言うからには大きいですし、強い姿がいいですよね」
「強い巨人……鎧とか着てたら向かうところ敵なしだろうな」
「あ、いいねそれ!じゃあこんなのはどうかな―――」
チノとリゼからのアイデアを受けて、ココアはその人物の物語を紡ぐ。
「その巨人は、いついかなる時代においても、未来のためにその身を盾にし続けた……」
名は……鎧の巨人。
#5
マヤとメグの職業調べとやらの宿題に付き合うことになり、俺とココアは木組みの家と石畳みの街を歩いていた。
「ライナー。次はあのジェラートが食べたーい!」
「ま、マヤちゃん。ライナーさんに頼みすぎだよ……」
ドーナツを手に次の出店を見繕っては指差すマヤに、メグが遠慮がちに止めに入る。視線が甘い清涼菓子を捉えては動かず、興味があるのだろう。
「そう遠慮するな、メグ。買ってやるよ。ただし、そろそろ喫茶店に着くから次で最後だ」
「わーい!ありがとうライナー!」
「ありがとうございます!」
表情を明るくして互いに手を合わせて喜ぶマヤとメグ。
そんな嬉しそうな様子を見ていれば、薄氷の様になった財布のことなど気にならなくなった。
「むぅ、流石ライナーさん。妹達の心がガッチリ掴まれているよ……」
刺さる様な視線の方へ振り向いてみれば、後方でココアが腕を組んでこちらを睨んでいた。
「ココア。お前もジェラート食べるか?」
「え、いいの……?」
頷いてやればココアはしばらく視線を彷徨わせた後、おずおずとこちらに近づいてくる。
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん……あっ」
照れながら礼を言ってくれたが、聞き慣れない呼び名が付いてきた。どうやら無意識に言葉にしてしまった様で、すぐに口元に手を抑えて顔を真っ赤にさせる。
「あー!ココア言い間違えたなー?」
「うわーん恥ずかしいー!実家のお兄ちゃんみたいな雰囲気だったからついー!!」
茶化すマヤにココアが一層羞恥に顔を赤らめては、笑う。
何気ない日常。
だけど、それがどれ程得難いものなのか俺は身をもって実感している。多くの犠牲を経た今だからこそ。何でもない日々に逃避していたからこそ、この瞬間が如何に尊いものなのかを。
胸の内に去来する温かい感情に戸惑いながらも、俺は目の前の光景と共に確かに生きていた。
本当に、ただそれだけで良かったんだ。
そう思いながら、俺はココア達と共にフルール・ド・ラパンへと向かうのだった。
「ねえココアちゃん。フルール・ド・ラパンってどんな喫茶店なの?」
「最近オープンしたチェーン店だね」
ココアの説明にメグが納得して頷く中、マヤが何やら物知り顔で口を挟む。
「チェーン店は狼みたいに群がるって聞いたよ。牙を剥いて待ち構えているに違いない!」
「そ、それは怖いなー」
マヤの冗談にメグが馬鹿正直な反応を見せる中、フルールに到着する。
「いらっしゃいませー」
店に入ればココアの知り合いでありリゼの後輩。そして千夜の幼馴染であるシャロが出迎えた。
「スゲェ!うさぎっぽさが負けてる!」
「ラビットハウス完敗だよー!」
マヤとメグの感想に戸惑うシャロだったが、2人の純粋な反応に気をよくしては初対面だったにも関わらずあっという間に仲良くなり、ハーブティーを注文するとクッキーも付けてくれた。
「へえー!シャロってリゼと同じお嬢様学校に通ってるんだ!凄いね!」
「マナーとか難しくないですか?」
「ま、まあそこら辺は慣れかしらね……」
職業インタビューに留まらず高校に関する話題も挙がり、シャロがしどろもどろに答える。本当はお嬢様じゃないことを知って以来、こいつが無理をして気品だったり所作だったりを気遣っていることに同情を寄せてしまう。
ああいうのは自分で選んだ道でも、どうも体より先に心が削られるものらしい。俺もかつて兵士をやっていて……そうだ、戦士でありながら兵士を演じていて、いつからか兵士の方が本当の俺だと思っちまう程に疲れてしまった時期がある。
……いや、そんなことはないな。俺とシャロじゃ程度が違う。
何をやっているんだ、俺は。
そう内省しながらシャロから勧められた赤いハイビスカスのハーブティーを飲んで気分を落ち着かせるようにした。効果は疲労回復らしいが、リラックス効果のあるリンデンフラワーを飲んだココアが眠りに落ちてしまったところから少しは期待してもいいだろう。
「……よし、それじゃあ次の甘兎庵まではかけっこで競争だ」
「お、いいね!私が一番乗りだよ!」
「勝てるかなー?マヤちゃんとか走るの得意だし……」
澄んだ気持ちでそう提案すれば、ガキ共が口々に楽しそうな反応を見せる。
「ほら、ココア。次の喫茶店に行くぞ」
肩を揺すっては寝ぼけ眼なココアを連れ立って店を後にする。
「うーん……待ってー、お兄ちゃん……」
そんな寝言にマヤ達と顔を見合わせては笑い合い、あの木組みの家に向って駆け出す。
「最後の奴は甘兎庵で何か奢ること!ココアおっ先ー!」
「こ、ココアちゃん!さっきハーブティー飲んだから、今度は何か食べたいな!」
「んぇ!?ま、待って!何の話ー!?」
嫌な予感を察知したのか、ココアが覚醒しては慌てて走り出す。
「……悪いなココア!一番乗りはこの俺だ!」
ガキ共相手に本気になって走りながら、俺は夕焼けの空を見上げながらこう思うのだった。
俺は……自由だと。
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「嵐の様に過ぎて行ったわね……あ、いらっしゃいませー!」
「ダハハハハッ!!また同じ接客態度を取ったな!!他のやつは、ないのか!?」
「帰ってください!!」
現在公開可能な情報 ダリス・ザックレー
エルディア帝国の元総統。偉い奴や偉くないのに偉い奴を芸術にしたいという野心を持つ。マーレ国との開戦を機に政府機関から追放され、亡命する形で木組みの家と石畳の街に訪れた。
たまたま訪れたフルール・ド・ラパンでシャロから偉くないのに偉い奴と同じ波動を感じ取り、以来犯罪一歩手前の言動をシャロに向けている。
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