Nodding anemone (不思議ちゃん)
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一輪目

「お疲れ様でーす」

「おつかれー」

「お疲れ様ー」

 

 片付けを終えてリュックを背負い、先輩や同僚に挨拶をして会社を後にする。

 

 もうそろそろ入社して一年経つ。

 周りはいい人たちだし、一時間の休憩込みで九時間業務。

 完全週休二日で祝日も休み、残業とかも無く、時間がくればこうして家に帰る事ができる。

 

 普段ならばいつもと変わらない帰宅であるのだが、今日はアニメ専門ショップに途中寄り道をし、楽しみに待っていたライブ円盤を受け取るのだ。

 金曜日であるため、風呂や夕食をサッと済ませて夜遅くまで観賞会である。

 

 そんな楽しみな心を持てば、一年経って見慣れた通勤路も色鮮やかに見えるものだ。

 

 本来なら先輩から教わった絵の描き方について思い返したりするところなのだが、今日ばかりは許して欲しい。

 

 

 

 肩へかかる重みに頬が緩むけども基本外ではマスクをしているため、周りからの注目を集めることもなく無事に帰宅する。

 

 さっさと風呂を済ませ、弁当に詰めても余った昨日の夕食で今晩の夕食の用意をし、ディスクをセットして用意を整える。

 

 酒は飲めるけども好んで飲むほどではなく、だけどちょっとした特別感のようなものが欲しかったので少しお高めの果実ジュースを引っ張り出す。

 

「やっぱり、申し込めばよかったかな……」

 

 流れる映像が、聞こえてくる音楽が。

 自身の何かを震わせると同時に、現地へと行かなかったことを少し後悔する。

 

 休みを取って行くか悩んだ結果、申し込むのをやめたのである。

 もう少し開催地が近ければ迷わず行ったのだが、アニメの聖地での開催であったため、遠かった。

 

 ワケあってハマった時期が遅く、気になった頃には既に三回ライブが行われており、その後行われた二回のライブも機会がなく申し込んでおらず。

 好きなグループであるのに、まだ一度も現地に行っていないのだ。

 

 棚に並んでいる物へと目を向け、テレビの中でキラキラと輝いている彼女たちへ視線を戻す。

 

 今までアニメのキャラを好きになることはあっても、声優には全くと言っていいほど興味のなかった自分だが。

 ちょっとしたキッカケで興味を持ち、今現在、こうしてどハマりしている。

 

 興味が無かったときは声優やアイドル、芸能人と結婚したいと言っている人の気持ちが分からなかったが、今なら理解できる。

 

 テレビで流しているのはとあるアニメの五人組声優ユニットなのだが、中でも二人、もし出来るのなら結婚したいと思うほどに推している。

 彼女たちのことを想いすぎて夢にまで出てくるほどだ。

 

 でも実際にそうなる事なんてそうそうない。

 丁度、初日の前半が終わったし『呟いったー』で一先ずの感想を書き、投稿する。

 

 仲のいい人からリプが飛んできたので数度やり取りをし、食べ終えた食器を片付けてから初日の後半へとディスクを入れ替える。

 

 先ほどよりも楽な姿勢で鑑賞を楽しみながらふと思う。

 

 彼女たちも解散したらどうなるのだろうか。

 アニメ自体も二期で完結しており、劇場版も公開を終えた。

 前任者に倣えばそろそろFINAL LIVEを行って解散してもおかしくはない。

 

 このままダラダラと続けるよりは区切りとして完結してほしいと思っているが、それでも終わって欲しくない思いもあり。

 

 今展開している二つのプロジェクトのどちらかにハマるのだろうけど、胸の内に穴が空いたような虚しさはどうしようもない。

 

 やっぱり終える前には一度、彼女たちのライブを生で見れたらな。

 

 そう想いながら気がつけば気を失うように眠りへついており。

 

 

 

 

 

 翌朝、目を覚ましたら体調を崩し。

 せっかくの土日を療養の為に潰した。




声優ユニットの参考メインがラブライブ
その他、マクロスやアイマスシリーズなど


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二輪目(tips:会社)

 土曜を一日寝て過ごしたのでほぼ治っていたが、一応日曜も大人しく過ごした。

 寝落ちして途中までしか観れてない円盤も安静にしながら日曜に全部観れたため、週明けの月曜なのに活力は十分ある。

 

 いつも通りの朝を過ごし、家を出て会社を目指す。

 最寄りから三駅ほどなので三十分もあれば着くのは嬉しいが、朝の通勤で人が多い。

 なるべく人の少なそうな車両に乗ってはいるが、もう少しどうにかならないものか。

 

 来た電車に乗り、スマホを取り出したところでふと、女性の匂いがいつもより濃いことに気が付き。

 チラリと周りを見てみれば男性が殆どいない。

 いつも同じ座席に座ってるおじさんもその姿はなく、見知らぬ女性がそこに腰掛けていた。

 

 まあ、こんな日もあるかと特に気にする事もなく。

 昨日見た円盤の感想を呟きつつ、仲のいい人からきていたリプを返す。

 

 今日も帰ったら楽しもうと内心ワクワクさせていると、誰かが触れたような気がした。

 朝の混雑であるし、これまでも誰かの肘が当たるなどあったから気にしなかったのだが。

 

 少しの間を開け、今度は触れるではなくガッツリと掌で尻を揉まれている。

 まさか痴漢されるとは思ってもみなかった。

 

 たぶん女性にされてるのだろうけど……怖いって以前に扱いに困る。

 どうせ次で降りるからなぁ、と考えながらもどんな人にされているのか気になり、ちらりと振り返りみれば。

 

 ちょっと、生理的に受け付けられない人がおり。

 

 そんな人に触られているかと思った途端に鳥肌が立ち、気付けば肘鉄をしていた。

 

 

 

 その後、電車内でちょっとした騒ぎになったが、俺に対して痴漢をしていたと分かるや女性が非難され始め。

 

 駅に着いた後も駅員や警察は痴漢してきた女性に対してだけ調書などを取り。

 肘鉄をくらわせた俺は特にお咎めもなく、終始メンタルケアのようなことをされていた。

 

 扱いの差を少し不思議に思いながらも女性が警察に連れて行かれたのを見送り、俺も会社へと向かう。

 

 いつも早く家を出ているため遅刻はしないが、今日は帰るのが少し遅くなるなと。

 あまり仕事をする気分にもなれないが、スケジュール的に余裕があるとはいえ描かねば減らないため行くしかない。

 

「おはよーございまーす」

「おはよー」

「おはよー。今日はゆっくりだったね」

 

 いつもならほぼ一番乗りなのだが、今日は遅いためみんな揃っている。

 朝来て誰か居るのは少し変な感じだ。

 

「本当はいつも通りの時間だったんですけど、痴漢にあって時間取られたんですよね」

 

 特に隠すようなことでも無いため軽く話したのだが、まるで時が止まったと錯覚するほど会社内が静かになった。

 

 それからまた色々と騒がしく、やっぱりリモートでの作業にするべきだとかいった話まで出てきたが。

 この通り大丈夫だからとなんとか納得してもらい、取り敢えず現状維持みたいになった。

 

 初めはみんなしてからかってるのかと思ったけれど、様子から見てそんなふうには見えないし。

 変な違和感を抱えながらもその日の作業を終えた。

 

「あ、桜くん」

「はい。どうしました?」

「前に言ってたアフレコスタジオの見学、大丈夫だって。今週の金曜日だけど」

「え、ほんとですか。行きます! ありがとうございます!」

 

 朝は面倒な事にあったけれども、最後に良い事があったので良しとしよう。




本当にちょっとした補足
主人公の上司は男性。
変化後、会社全体での男性の割合は一割を少し超えるほど。
変化前は男性の割合は五割ほど。
リモートワークが進んでる会社のため、主人公は男女比率が変わった事に気付いていない。

作者の妄想物語なので面倒なところはカットだったり簡単にまとめて進めたりします。


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三輪目(tips:キャラ)

tipsは作者が設定を探しやすいようにする為です。



 楽しみなことが待っていると、時間が過ぎていくのを早く感じる。

 あっという間に金曜日となり、上司に連れられてアフレコスタジオへと来ていた。

 

 事前に女性が多いけど大丈夫なのかと確認を取られたので少し不思議に思っていたが。

 このスタジオで働く男性を見ていないため少し納得した。

 

 少し変な感じを受けながらも俺の目の前では現在手がけているアニメの(いのち)が吹き込まれており、なんだか素晴らしいものを見た気がする。

 

 まだ絵は出来上がっておらず、絵コンテのものを流してやっているため、声優って凄いんだなと漠然と感じた。

 

 聞いたことのあるような声だけれど、名前も顔も分からないのでどうしようもない。

 だからといってここで上司に声優さんの名前を聞くのも失礼であるため、取り敢えず持ってきていたクロッキー帳に今見ているものをスケッチしていく。

 

 中の人にハマったと言っても極一部の好きな人たちだけであり、世間一般に認知されている有名な人でも名前を聞いて分からなかったりする。

 もう少し興味を持った方がいいとは思っていても中々思うようにはいかない。

 

 機材へと触れないように、なおかつ邪魔にならないようウロチョロしてはスケッチしていく。

 何か言われたら辞めないといけないが、今のところ気になるのかチラチラ見られるだけなので大丈夫だろう。

 

「絵、上手いね」

 

 集中していて周りが見えておらず、声をかけられてようやく見られていたことに気づき。

 反射的にそちらへ振り向き、誰であるかを認識した瞬間。

 

「んぅぇっ!?」

 

 変な声を上げながらクロッキー帳をその場に落とし、腰を抜かしてしまう。

 

「え、あ、ご、ごめんねっ。だ、大丈夫……?」

 

 そんな俺の反応に声をかけてきた人──高瀬(たかせ)(はる)は慌てふためき、腰を抜かした俺に手を差し伸べようとしては引っ込めるを繰り返していた。

 

 このちょっとした騒ぎで人が集まってきてしまい、何故か高瀬さんが責められる雰囲気になっているため。

 慌てて落としたものを拾って立ち上がり、ただ驚いただけだと説明していく。

 

 なんとか事は収まったものの、収録は一度休憩を挟んでからの仕切り直しとなった。

 その事に申し訳なさを感じつつも、未だに内心ドキドキしている。

 

 何故なら高瀬春さんが今現在ハマっている五人組声優アイドルユニット『Hōrai』のメンバーであり。

 もし出来るのなら結婚したいと思うほど推している二人のうちの一人なのだ。

 

 まさかいきなりあんな至近距離で顔を合わせる事になるとは思わなかったのに加え、俺の第一声は奇声であり、腰を抜かすという姿まで見られた始末。

 

「桜くん、さっきは大丈夫だった? あれなら今日はもう帰って休んでもらっても構わないけど」

「い、いえ。自分、高瀬さんのファンで。まさか居ると思わず、嬉しさと驚きで変な声出して恥ずかしかったです」

 

 自販機で缶コーヒーを買い、空いていた椅子に座ってゆっくりしていると上司が心配そうな顔をして声をかけてきた。

 別に帰って休むほどでもないし、なんならまた会えるかもと少し期待している。

 

 ダメ元でサインを貰ってもいいものなのか聞いてみると、驚いたような感じをされながらも大丈夫だと返ってきたので、高瀬さんを探すため席を立つ。




五人組声優アイドルユニット『Hōrai』
ギリシャ神話に登場する時間の女神。季節と秩序を司ることから名付けられた。

高瀬(たかせ)春(はる)
主人公の3つ年上。
明るい元気なキャラクターの声を担当しており、本人もそのキャラと似た性格をしている。


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四輪目(tips:男性)

 意外とすんなり見つかったはいいものの、何やら話しているようで。

 割って入っていいものなのか悩んでいると、視界の端にでも入ってしまったのか見つかってしまい。

 

 驚いた顔をされながらも高瀬さんと話していた女性が俺の方へと向かってくる。

 

「あの、さっきは彼女がごめんなさいね。ここに見学へ来るぐらいだから距離感を間違えちゃって」

「い、いえ、大丈夫です。何か大事な話をしてるところでしたか?」

「あ、うん。ちょっとね。それよりも桜くん、だっけ。どうかしたのかな?」

「えっと、自分、高瀬さんのファンでして。サインを頂けたらと思ってたんですけど……また後でにします」

 

 サインが欲しいと口にすれば先程の上司のように驚いていたが、何か変なことを言っただろうか。

 

 まあ、話は一区切りついていたそうなのでそのまま女性に連れられて高瀬さんの元へ向かい、色紙を持っていなかったのでクロッキー帳へとサインしてもらうことが出来た。

 

 

 

 その後は何事も問題が起きたりせず、収録も無事に終わり。

 俺はアフレコスタジオの見学もでき、推しの一人に会えたうえ少し会話してサインも貰えた。

 これまでの人生で片手に入るぐらい良い日だったと言えるだろう。

 

 詳細はボカし、推しに会えたことやサインを貰えたことを呟き、サインも全体だと写真が出回りそうなので一部分だけを写してSNSにアップし。

 

 今晩はいい夢が見れそうだと、幸せな気持ちで眠りについた。

 

 

 

 

 

 少し遅めに起きた土曜日の朝。

 軽く朝食を済ませ、昨日貰ったサインをいれる額縁を買うために出かける準備を進める。

 

 ファッションにそれほど興味がないため、マネキン買いをしたモノトーンコーデである。

 少し前まで色付きの服なんかも着ていたが、やっぱりモノトーンは変なこと考えなくていいから楽でいい。

 

 持ち物もサイフにスマホ、定期があれば十分なため小さなカバン一つで済む。

 

 額縁を買って帰ったらテレビの横にそれを並べ、ライブ鑑賞しようと思いながら玄関の鍵を閉め、駅へと向かう。

 

 それにしても、いつ頃だか道を歩いていて男性とすれ違うことが少なくなった気がする。

 歩いているのを見かけたとしても女性連れであり、独り身を見たことがない。

 

 過去に一度だけ彼女がいたけども長くは続かず、それ以降恋愛が絡む人間関係が面倒になって作ろうと思ってこなかったが。

 こうして目の前を少し小太りなオジサンが両脇に女性を連れ歩いてるのを見て、少し羨ましいと思っている。

 

 会社よりも少し遠いが池袋に向かうため、ちょうど来た電車に乗り込み。

 変わらず女性ばかりだなと思いつつ、空いている座席に座りスマホを取り出す。

 

 SNSをひらくと、普段は全くと言っていいほど動かないDMに通知が来ていた。

 稀にスパムが来るため、今回もそれかと思ったのだがどうやら違うようで。

 

 簡単にまとめると、同じく高瀬さんのファンだから熱く語り合いたい。みたいな旨の内容だった。

 …………マルチかな?

 

 でも周りに自身の推しについて語れる人は居らず、仲のいいフォロワーも九州や関西だったりと遠いので少し惹かれるところはある。

 いま外に出ているし、用事が済むまでに池袋に来れるようなら話だけでも聞いてみるのはありかもしれない。

 

 ってことでその旨のリプを送り、いくつか更新されるまで待っていたネット小説を読もうと思ったけど……こんな話だったかな?




男性の女性に対する意識の差は個人差がある。
女性だけの職場に行ける上司はそれなりに大丈夫な方であるが、何か問題を起こせば大きな仕事のパイプが無くなるため、スタジオ側が徹底しているのも関係している。
中には無理な人もいるため、特別な施設である程度保証された生活を送っているが、課せられた義務をこなさなくてはならない。

日本の男女比1:4は世界で一番小さい比率。
男性が世界的に減少する中、お隣では男性を国で管理し始めたが結果、男性減少に加速がかかり。一部地域では街で男性が一人だったりする。


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五輪目(tips:キャラ2)

 違和感を覚えながらも、まあ面白かったのでよしとしよう。

 乗り換えを一度挟んで池袋へと無事辿り着き。

 

 なんの装飾もない、無難な木のフレームの額縁を買い。

 少し前にテレビでやって気になっていたガチャガチャがたくさん置いてある店に来ている。

 

 取り敢えず興味があっただけなために今日は見て回るだけだが、結構面白そうなものが多かった。

 今度来る時はそこそこお金持ってから来よう。

 

 予定していた事が終わったので帰って円盤を見るかと思ったところで、ふとDMにきたメッセージを思い出した。

 

 SNSを開いてみてみれば、どうやら俺が額縁を買い終えた頃にはもう着いているらしく。

 喫茶店のURLが貼られており、そこで待っているとのこと。

 

 何かヤバそうな雰囲気を感じたら走って逃げる心構えだけ持ち、指定された喫茶店へ向かえば。

 なんとも落ち着いた雰囲気を感じるオシャレな外装である。

 

 自分が入るのがおかしくないか、少し周りの目を気にしながら店に入り。

 店員に待ち合わせだと伝えると、少し奥にある人目のつきにくい席へと案内された。

 

 なんだか怪しげな感じが濃くなってきたのでさらに警戒を高め、すぐ逃げられるよう荷物は下ろさず腰掛けてさあどんな人だと顔を見れば。

 

「ヴェッ」

 

 そこには俺の反応を不思議そうに見ている高瀬さんが居た。

 

 

 

 注文したジンジャーエールを飲みながら落ち着いた様子を取り繕っているが。

 内心ではパニックのままである。

 

 昨日会えただけで奇跡のようなものなのに、まさか今日も会うとは思わないじゃん。

 

「昨日ぶりだね、桜くん」

「へぅっ、あ、はいっ、そうですね!」

 

 落ち着いた様子を取り繕う?

 そんなもの声をかけられたら無理に決まっている。

 

「本垢はDMが出来ないようになってるから新しいの作ったんだけど……桜くん、少し不用心じゃないかな?」

「や、確かにマルチかなとは思いましたけど、自分の周りに語れる人がいなかったので。…………まさか本人だとは思いもしませんでしたけど」

「そういうことじゃないんだけど……」

「お待たせしました。オムライスとサンドイッチになります。ご注文の品は以上になりますでしょうか。……ごゆっくりどうぞ」

 

 帰ってから何か適当に食べるつもりでいたが、せっかくだからここで食べていくことにした。

 高瀬さんもまだだったようで、サンドイッチを頼んでいたが、あれで足りるのだろうか。

 

 ライブの衣装が入らなかったら大変だから、体重管理とかもあるのかな?

 

「あ、ご、ごめんね。こうして男の人と一対一で話すの初めてで緊張しちゃって」

 

 恥ずかしそうに少し照れている高瀬さんの姿を目の前で見れた俺は、どこにいくら払えばいいのだろう?

 幸せすぎてもう胸がいっぱいである。

 

「そ、そういえば、何か自分に用があるとかでは?」

「えっと、ね? 特に用があるってことではないんだけど、ファンって言ってくれたのが嬉しくて。君と少し話したくなっちゃった」

 

 もう、好き。結婚して欲しい。

 

 今すぐ声に出して言いたいが、そんな事をすればお終いである。

 こういった事を言われて勘違いしそうになるが、強い自制心を持たなくては。

 

 でもそれはそれとして、推しにそんな事を言われたら喜んでしまうのも事実なわけで。

 

「もう午後ですけど今日一日、高瀬さんに付き合いま──」

「あ、やっぱりハルだ」

 

 もうこんな奇跡は無いだろうから、少しでも長く幸せを楽しもうと思ったのだが。

 セリフの途中で誰かがやってきてセリフを遮られてしまう。

 

 口調から親しい感じがしたが、今は邪魔しないで欲しいとやってきた人物に目を向ければ。

 

「──ヴェッ」

 

 そこには『Hōrai』のメンバーであり、もし出来るのなら結婚したいと思うほど推している二人のうちのもう一人である、常磐(ときわ)夏月(かげつ)が立っていた。




常磐(ときわ)夏月(かげつ)
主人公の2つ年上。
爽やかな元気キャラの声担当。本人とキャラの性格もほぼそっくり。
髪は肩より少し短く、少しカールをかけている。青みがかった黒髪。

春は少し茶色がかった黒髪。光の反射で茶に見える。
髪は肩甲骨のあたりまで伸びており、ひとつに纏めて右から前に持ってきている。

分かりにくかったら言ってください。


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六輪目(tips:小ネタ)

「ん? 君は……え、男?」

「は、はい。男ですけど……」

 

 まさかまさかの登場にまた変な声を口から漏らしてしまった。

 いま、目の前に推しが二人もいるだなんて、俺はこの後に死ぬ未来が待ってるのだろうか?

 

「ちょ……ハル、ついに手を出したの?」

「ち、違う違う! 昨日スタジオで会って、ファンって言ってくれた子なの!」

「それはそれでアウトなんじゃ……?」

 

 何やら目の前で二人が話しているけども、そんな姿をすぐそばで見られるなんて。

 ステージ上では仲良くてもプライベートでは……ってたまに聞く話だが、楽しそうに二人が話しているのを見れて幸せである。

 

 なのでファンとしてはずっとここに居たいところなのだが、推しのプライベートの邪魔をするのは個人的にいただけないので帰り支度をしていると。

 

「あ、あっ、桜くん待って!」

「この後、何か用事でもあるのかな?」

「い、いえ、特には。お二人のプライベートを邪魔するのもあれなので、帰ろうかなと思って」

「全然邪魔じゃ無いよ!」

「そうそう。私も君とお話ししてみたいし」

 

 そう口にした常磐さんは自然な動きで高瀬さんの隣に腰掛け、ずっとこちらの様子を伺っていた店員さんに声をかけて注文をしている。

 

 高瀬さんは困ったような、助かったような不思議な表情をして常磐さんを見ていたが、俺に見られている事に気付き、照れた笑みを浮かべた。

 

 あっ!! 可愛い!!!

 そんな素敵な笑顔を向けられたらまた変な声が漏れてしまう!

 

「──ふへっ」

 

 結局、我慢しきれず漏れてしまったが、二人は他のことに意識を向けていたのか気付いた様子はなかった。

 

「ね、君は何がきっかけでハルのファンになったの?」

 

 推しの! 顔が近い!!

 

「ふぁ……え、えっと、お二人も担当しているアニメの前作のFinal Liveに行く機会がありまして……。そこから声優に興味が出て、その……『Hōrai』の中でも高瀬さんと常磐さんが推しと言いますか……」

「え、私もなんだ! ありがとね!」

 

 公開告白みたいな恥ずかしさを覚えながらもなんとか言い切れば、常磐さんが感謝の言葉を口にしながら俺の手を握ってくる。

 

 俺は突然の出来事に何も言葉を返すことができず、にやける頬を押さえるのでいっぱいいっぱいなのだが。

 はたして本当ににやけ顔を抑えることが出来ているのか不安だ。

 

「か、夏月! 私もまだなのにそんなのずる…………その行動もアウトだと思うなっ!」

「ごめんごめん。つい嬉しくてさ。だからそんなに怒らないでよ」

 

 短くない時間手を握られていたが、自分から放すタイミングを切り出すのは嫌だなと思っていたら。

 高瀬さんが常磐さんに何か言いながら離されてしまった。

 

 手に残る温もりや感触だけで一ヶ月は戦えそう。

 なんならこのシチュエーションで半年は無敵だ。

 

「でもほんと、必然的に男性のファンはなかなか会えないから嬉しいよ」

「え、そうなんですか? 男性ファンの方が多いと思いますけど」

「そうなの? 男性ファン専用の何かあるのかな? ハル、何か知ってる?」

「ううん。聞いた事ないよ」

「だよね」

 

 俺の一言で何やら変な空気が流れてしまったが、この話を続けるのは良くないと、これ以上深掘りする事なく話題を移す事に。

 

「そういえば、今日は二人で会うために池袋(ここ)へ?」

「いえ、昨日高瀬さんから貰ったサインをしまう額縁を買いに。新規垢からきたDMでここにきたら、高瀬さんだった。って感じです」

「ハル、こんないい子じゃなかったら終わってたよ?」

「そ、それはそうなんだけど……。夏月なら我慢できた?」

「そりゃ出来ないけど……あ、そうだ! ね、連絡先交換しようよ!」

 

 二人でまた話してると思ったら、連絡先の交換をしようと唐突に言われた。

 隣にいる高瀬さんも驚いた顔をしているし、常磐さんの思いつきなのだろうか。

 

 果たして本当にしてもいいのか考えるところなのだが、考えとは別に体は正直なようで。

 俺の手にはスマホが握られており、常磐さん、高瀬さんの連絡先が追加されていた。

 

 追加された二人の連絡先を見て、今だに実感が湧かない中。

 常磐さんの口からさらにとんでもない言葉が出てくる。

 

「このままここでゆっくり話してるのもいいんだけど、私の家が近いし。そこに移動してノンビリしない?」




ついに手を出したの?
→レンタル彼女みたいなサービスがある。
男が少ない上、登録する男性もほぼいないため料金はとんでもなく高い。
「アタリ」は最後まで出来る実質──。

高瀬春は男性と接する機会が少なかったため、対面で話すと緊張する。
常磐夏月は春よりも男性と接する機会は多かったが、人柄ゆえか夏月に対する男性の認識はいい人止まり。恋人は未だゼロ。


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七輪目(tips:小ネタ2)

 きっと、これは夢なのだろう。

 現実の俺は事故に遭って昏睡状態となっており、死ぬ前に幸せな夢を見ているのだ。

 

 じゃなければここ数日どころか昨日今日で推し二人と会ったり、更には家までお邪魔している現状に説明がつかない。

 

「桜くんは飲み物、何がいいかな?」

「え、あ、……同じもので」

 

 何があるのか分からないので、取り敢えず同じものと言っておけば大丈夫だろう。

 でもトマトジュースだけはどうあっても飲めないので、その場合は申し訳なさで吐きそうになるが取り替えてもらうしかない。

 

 今更ながら常磐さん、高瀬さんに自己紹介をしていないと気付いた。

 けれど常磐さんが俺の名前を呼べていたのは高瀬さんが呼んでいたのを聞いてだろう。

 

「お待たせー。砂糖とミルクはお好みでどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 思っていた以上に本格的なティーセットが出てきて少しビビっている。

 これ、いくらなんだろう。と、コーヒーに砂糖とミルクを入れながら俗物的な考えをしていれば。

 

「ね、ねぇ、夏月。本当に大丈夫?」

「たぶん大丈夫」

「たぶんって言った!」

「彼もあんな様子だし、きっと平気だって」

 

 また、二人で楽しそうに話をしている。

 

 ほいほい付いてきた俺も悪いのだが、やっぱり断るべきだったろうか。

 たとえ社交辞令だったとしても、推しに『家、来る?』なんて聞かれたら首を縦に振るしか無い。

 断れるわけがないのだ。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったね。常磐(ときわ)夏月(かげつ)でーす! よろしくね!」

「あ、高瀬(たかせ)(はる)です。……え、えへへ」

「あ、えっと、(さくら)(ゆう)です」

 

 今更だからどのタイミングで切り出したものなのか分からなかったが、こうサラッと会話の流れを作って話が出来るのはすごいと思う。

 話を合わせることは出来ても、常磐さんのように流れを作るのは俺だと無理だ。

 

 だけどこう、改めての自己紹介というのは変な照れが入る。

 高瀬さんも同じなのか、少し顔が赤い。

 

「ハルもまだだったの?」

「うん……サインの時に名前聞いただけだったな、って。桜くんも私の事知ってくれてたし、忘れてたというか……」

「まさか昨日の今日で会えると、自分も思ってなかったので」

「うーん……なんか壁があるような。もう少しこう、私みたいな感じで接してもらっても」

「えーっと……まだ、その、気恥ずかしいと言いますか」

 

 カモーン、みたいな感じでいるが、いきなりそこまで親しげに会話する事なんて俺には厳しい。

 今も推しと会話をしている嬉しさを必死で抑えているのだ。

 これ以上はキャパオーバーである。

 

「夏月、それは流石に段階飛ばし過ぎだと思う」

「むぅ……」

「また別に機会があれば追い追いという事で」

 

 納得していないようだが、今日のところは引いてくれるようだ。




この世界では彼女(彼氏)の事をパートナーと呼称する。
基本的に男性は一人で外出せず、パートナーが常に一緒にいる。
パートナーは何人いても問題はなく、むしろ国としては重婚推奨。
(主人公は気づいていないが、会社やスタジオに行った時にも上司のパートナーはいる)

仮に男性が一人でいたとしても厄介ごとを抱えているかワケありなため、下手に手を出すと面倒なことになる可能性が高く、目の保養に見るだけ。
稀にリスクを顧みず行動に移す人もいる。

痴漢した女性は観察から主人公にパートナーがいない事を見抜き、恐怖で行動に移せないであろうという確信のもと行ったが、お縄についた。


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八輪目(tips:小ネタ3)

 その後は仕事についての話であったり、趣味だったり。

 そこらの話が一通り終わればパーティーゲームでまた盛り上がったりと楽しい時間を過ごした。

 

 気が付けば日も傾き、空はオレンジに染まっている。

 俺は明日も休みなため夜遅くまで平気なのだが、二人はそういうわけにも行かず。

 名残惜しいがお暇することに。

 

 タクシーで家まで送ると高瀬さんに言われたが、まだそこまで遅くもないしお金も勿体無いので断った。

 駅まで一緒に向かったが、乗る電車が反対方面なので高瀬さんともここでお別れである。

 

 高瀬さんはどこか心配している様子であったが、どちらかといえば俺の方がナンパされないか心配である。

 

 昨日会って今日一緒に過ごしただけで彼氏面するつもりはないのだが、でもやっぱり付き合っている人がいるとか言われたら胸がムカムカしてしまう。

 

「…………ん?」

 

 席が埋まるくらいには人がいる、帰りの電車の中。

 ドアの脇に立ち、窓から外の景色を眺めているとスマホが震える。

 

 確認してみれば、交換はするものの殆ど使われないコミュニケーションアプリに通知が一件。

 常磐さんから連絡が来ており、見てみれば。

 

『来週も休みだから、金曜の夜から遊ぼうよ!』

 

 

 

 特に何か予定があるわけでもなく、二つ返事で了承の旨を返し。

 まさか向こうから遊びの誘いがあるだなんてとワクワク気分でいたら、早くも約束の日となっていた。

 

 有名人であるためあまり大っぴらに遊べないからか、また家にお呼ばれしている。

 前回は手ぶらでお邪魔してしまったが、今回もそういうわけにはいかない。

 

 流石に二人きりの状況は無いだろうし、高瀬さんも呼ばれているだろうと思い、自分用も含めて計六個のケーキを買って向かう。

 

 あまり日にちも経っていないため、家の場所は覚えている。

 こう改めて来てみると、これまた俗物的な言い方だが結構いいマンションだなと。

 しかも最上階。

 

 確か、常磐さんは自分の二つ上だったはずだが、二年後に自分がここに住めるイメージが無い。

 漠然とすごいなぁって感情を抱きながらエントランスでテンキーに部屋番号を打ち込む。

 

『はーい』

「あ、桜です」

『今開けるねー』

 

 すぐに常磐さんから返事があり、ドアを開けて貰ったので中に入ってエレベーターで上を目指す。

 

「いらっしゃーい」

「お邪魔します」

 

 インターホンを鳴らせば部屋着なのかこの間よりもラフな格好をした常磐さんが出迎えてくれる。

 

「あ、これどうぞ」

「わ、このお店知ってる! すっごい美味しいんだよね!」

「喜んでもらえて嬉しいです。……そういえば、高瀬さんはまだお仕事なんですかね?」

「ん? 今日は君と私の二人だよ?」

「え?」

「ん?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 お邪魔したはいいものの、高瀬さんの姿はなく、ちょっとした確認のようなものであったが。

 今、常磐さんは二人と言わなかっただろうか。

 それに口振りから元々高瀬さんを呼んでいないように感じたのだが……。

 

「え、……っと、今日お呼ばれしたのは自分だけと?」

「そうだけど……もしかして、私と二人きりは嫌だった?」

「いや、そんなこと全く無いんですけど、まさか二人きりだなんて思っても見なくて……」

 

 二人きり。

 それを意識した途端、急にどうしたらよいのか分からなくなってきた。

 ってか今更だが、夜から遊ぶといってもご飯を食べたら終わりではないだろうか。

 

 遅くまで遊ぶにしても終電の時間もあるし……。

 

「良かった! 二人で遊べるゲームとかいくつか買ったから、寝落ちする勢いで遊ぼうね!」




高瀬春も主人公に連絡しようとしていたが、文面に悩み、時間をかけて(二日)完成させるもの送る段階でひよった。
常磐夏月が主人公と二人で会っているのを知らない。

春と夏月の二人は他のメンバーに主人公の事を話していない。
一夫多妻が推奨されていても男性全員が複数囲うわけではないため、自身が選ばれない可能性を少しでも減らすため。
ただ根拠のない女の勘ではあるものの、二人の様子が少し変わったことに気付いていたりいなかったり。


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九輪目(tips:小ネタ4)

評価、感想、誤字報告、とても嬉しいです!
ありがとうございます!


 聞き間違いなどでなければ俺は今日、常磐さんの家にお泊まりという事になるのだが。

 それを口にした本人は特に変わった様子もなく、買ったゲームを並べて楽しそうに話している。

 

「桜くん、ホラーも大丈夫って言ってたから」

 

 どんなゲームなのか見てみれば、有名なゾンビゲームであり。

 もし常磐さんが初見プレイであるのなら、一通りクリアするのに五時間以上かかるものであった。

 

 まだ二人きりという状況をうまく飲み込めておらず。

 追い討ちのようにお泊まりだということが分かり、ちょっとしたパニックに陥っていたが。

 

「頑張って徹夜でクリアしましょうか」

 

 そんな状態であるのにも関わらず、本能に正直な自分に思うところが……。

 少し期待が無いわけでもないが、常磐さんの様子から純粋に楽しんで遊びたいだけだろう。

 

 まだ実感が湧かないけれども、ここで引いたら男ではない!

 …………あ、着替えとかどうしよう。

 

 

 

 まずは夕食との事で出前を取っていてくれたらしく、美味しい天ぷら蕎麦をご馳走になった。

 先週、好きな食べ物の話をちょろっとした時に好きだと言ったのを覚えてくれていたのかと嬉しい気持ちになる。

 

 この一週間にあったことなどを互いに話しつつ食事を済ませ。

 この後徹夜でゆっくりと遊べるよう、先に風呂となった。

 

 下着はどうしようも無かったためコンビニへ買いに行ったのだが、棚に置いてなく。

 男の店員がいないため、少し気恥ずかしいが女性の店員に聞いてみれば何故か身分証の提示を求められ、何か確認して裏へと引っ込んでいき、手にパンツを持って戻ってきた。

 

 たかだかパンツ一つ買うためになんだか面倒だったが、こうして買えたのだから良しとしよう。

 初めから泊まりであると気付ければ良かったが、お誘いされたことに浮かれすぎて忘れていた。

 仮に気付いたとしても、そんなわけ無いと用意しない可能性の方が高いが。

 

 もう一つの問題として着替えなのだが、常磐さんからパジャマを借りることになったはいいけども、サイズが問題であった。

 

 俺の身長が175あるのに対し、常磐さんは155程である。

 加えて女性と男性で体格も違うため、たとえ着ることが出来たとしてもピッチピチだろう。

 

 なんて思っていたが、渡されたのは俺が着ても少し余裕のあるほど大きな男物のパジャマであった。

 

 もしかしてもしかしなくても彼氏、または元彼のであろうか。

 新品ではないのでそんな考えが浮かび、質問したいが明確な答えとして聞きたくない思いもあり。

 

「あ……やっぱり嫌だった、かな?」

「そんな事はない、ですけど……」

 

 長い間パジャマを見ながらうじうじと考えて動かない俺を見て、少し悲しそうな表情をした常磐さんが口を開く。

 反射的に否定はしたが、言葉尻は弱くなってしまう。

 

「……ただ、彼氏さんのを勝手に着ても良いのかなって」

「……私、今までパートナーが出来たこと無いよ」

 

 思わず言葉にしてしまったが、今度は恥ずかしそうにしながら話す常磐さんの姿に俺の頭の中は疑問符でいっぱいである。

 

 …………あっ、父お──

 

「その、ねっ? 空想のパートナーを作って……彼パジャマとかやってみたり、とか……えへへ」

 

 あー、好き。

 捕まらないのであれば、今すぐ抱きしめたいぐらい可愛い。

 

 顔を赤くさせ、指をモジモジと弄りながら上目遣いで話すだなんて狙ってやってますわ。

 でもそれが刺さっちゃうんだから仕方がない。

 だって推しだもの。

 

 何を言ってその場を後にしたか分からないが脱衣所にいるいま、鏡には受け取ったパジャマを抱えながら人様に見せられない程だらしない表情をした人が映っていた。

 他の誰でもない、自分なんだけどね。

 

 ……常磐さんに見られてないよね?




逆転する前と後でアニメやマンガ、その他の内容についてほとんど変化はない。
男性向けよりも女性向けが前に出てきた感じ。
少年コミックよりも少女コミックの方が大きいみたいな。
現実で一夫多妻なのでハーレム物も人気あるが、一夫一婦制のものは更に人気がある。逆ハーは好き嫌いが分かれている。

感想の返信でも書きましたが
主人公のテレビの使い道は天気予報、ライブ円盤、ゲーム。稀にバラエティ。
推しの番組は予約して見る。といった感じです。
まだ気付かない鈍感ですが、知る機会は考えてあります。

常磐の彼パジャマ、主人公が遊びに来た翌日に買い、パートナーになった妄想をしながら着て寝て過ごしてます。
実は高瀬もやっていたりする。


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十輪目(tips:キャラ3)

 仮に先ほどのが嘘だったとしても構わない。

 そんな些細なことよりもあれ、動画に撮って保存したいからもう一度とかお願いできないかな。

 無理かな。

 

「お風呂、いただきました」

「…………凄く良い」

「え?」

「あ、いやっ、サイズが合って良かったなって。私もさっさと入ってくるね。冷蔵庫とか棚開けて好きなの飲んでていいから!」

 

 何かを誤魔化すように早口で伝えた常磐さんはパタパタと風呂へ向かっていった。

 そんな姿を可愛いと思いつつ、何を飲んでいいものか分からないので適当なコップを借り、ミネラルウォータをいただく。

 

 女性のお風呂は長いものだと知っているため、気長に待とうと思うのだが……さて、何をしていようか。

 自分の家だと好き勝手できるのだが、人の家にお邪魔しているためそうはいかない。

 一人だと音がなくて寂しいので取り敢えずテレビをつけ、スマホを弄ろう。

 

 タイミングが良かったのかテレビでは明日の天気についてやっていた。

 徹夜からの寝落ちだから何時に帰れるか分からないけども、一日晴れのようだから特に何かあるわけでもない。

 仮に雨が降っていたとしても折り畳み傘を常にカバンの中へ入れているため問題なし。

 気温も四月にしてはだいぶ上がるようで、昼過ぎには二十度近くになるとか。

 

 明日は家に帰ったら何もしないで寝る日だなと、天気予報もほどほどにスマホへと視線を落とす。

 SNSを開き、流れてくる呟きを見ていけば。

 

『本日、午後五時ごろ。帰宅中の男子高校生を人気のないところへ連れ込み、猥褻な行為を働いたとして三十代会社員の女性が逮捕され──』

「えっ」

 

 天気予報はいつの間にか終わっており、ニュースへとなっていた。

 何やら気になることを言っていた気がするけども、そんなことより大変重要なものを見つけてしまった。

 

 ──高瀬さんがライブ配信をしている。

 

 すぐさまリンク先へと飛び、スマホの音量を上げて聞くも、やはりイヤホンが必要だと少し急いでカバンから取り出して装着。

 

『──で、その時も秋凛(しゅり)はゲームばかりやってたんだよね』

『あっ、ほら、それは内緒だってば!』

 

 いつからやっていたのかは分からないが、どうやら同じ『Hōrai』のメンバーである月居(つきおり)秋凛(しゅり)の家にお邪魔し、一緒にゲームをやっているようだ。

 

 音がないからとテレビをつけたはいいが、今となっては逆に邪魔だ。

 何か気になるニュースをやってた気がするけど消し、配信に集中する。

 

『春ちゃんは話してる暇あるならゲームに集中してよ!』

『へ? え、わわっ、ごめんっ!』

 

 二人は有名な大乱闘するゲームをしており、チームを組んでいるようだ。

 普段からやり慣れている月居さんとは違い、あまりデジタルゲームが得意でない高瀬さんが良い具合に足を引っ張っているようで。

 

『ちょっ、どこいくのっ!?』

『わ、分かんないっ!』

 

 その言葉を最後に、高瀬さんは場外へと消えていく。

 敵は弱い設定のCPUらしく、残った月居さん一人でボッコボコにして勝利をおさめていた。

 

 この後、オンライン対戦でファンも交えて遊ぶらしいのだが、その前に慣らしとしてやってみたらこのザマだったと。

 

 もう一度練習をと口にする高瀬さんだが、いつまでも待たせるわけにはいかないと一蹴し、オンライン対戦へと切り替える。

 

 ランダム設定で四対四のチーム分けがなされるわけだが、基本的に四対三みたいなものだ。

 激しい戦いが繰り広げられる中、一人違う場所で何かしているのである。

 ファンは狙いに行かないが、月居さんは容赦なく高瀬さんを落としに向かうのがさらに良い。

 

 たまに戦闘区域へ入っては吹っ飛ばされ、ごく稀にたまたま上手くいって吹っ飛ばしたり。

 何が起こるか分からないので結構面白い。

 

 オンライン対戦も二回ほど終えて三回目に入ったが。

 常磐さんがお風呂から上がったようで、配信が観られるのはここまでのようだ。

 

 続きが気にならない訳でもないが、これから推しと一緒にゲームをするのだから。

 それにいつも通りなら動画は残してあるはずだし、リアルタイムで一緒にじゃないのは残念だが、また後日見よう。




月居(つきおり)秋凛(しゅり)
主人公の4つ年上。
マイペースでのんびりなキャラの声担当。
マイペースなところはキャラとよく似ているが、ゲームをしている時はまた違う。
髪は肩甲骨の辺りまで伸ばしており、黄色を感じる茶髪。


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十一輪目(tips:小ネタ5)

日間ランキングの8位にあったのを見てビックリしました。
この作品に目をとめてくださった方、ありがとうございます。


 今のでまた意識してしまったが、俺は推しの家にお邪魔して一緒に夕食を食べ、お風呂を借りたんだよな……。

 しかも推しが着ていたパジャマを着ている。

 

「お待たせー」

「あ、コップお借りして水を頂きました」

「…………お揃いパジャマの破壊力すごっ」

 

 ドライヤーで乾かしたであろうが、まだしっとりとした髪。

 首に掛けられたタオル。

 風呂上がりだからか少し火照った顔。

 その全てが良い。

 

 化粧水などは付けているであろうが、ほぼスッピンといってもいいだろう。

 いつもの大人びた感じはなく、俺よりも年上であるはずなのに幼く見える。

 加えて普段見られないストレートはなかなかに新鮮で、なんかもう、語彙力が無くなってきた。

 

 だけどその常磐さんは俺を見てから固まって動かない。

 このコップだけ、勝手に使ったらいけなかったとか?

 

「あ、うん。全然問題ないよっ」

 

 少し間があったけども大丈夫そうなので水のおかわりをいただく。

 常磐さんは何かをセットしているが……香りからしてコーヒーかな。

 

「桜くんも飲む?」

「あ、頂きます。……これから徹夜でゲーム、ですもんね?」

(ふへっ。)……う、うん。取り敢えず、クリアを目指そうね」

 

 俺の分もコーヒーを入れてもらったはいいが、まだ熱くて飲めないので水で喉を潤しつつ。

 ゲームの電源を入れ、いつでも始められる準備を終えた常磐さんからコントローラーを受け取る。

 

 有名なゾンビシリーズの五作目で、過去にやってクリアしたことあるが大体の流れしか覚えていない。

 確か面倒なギミックが多かった気がする。

 多少、俺の方が慣れているし、常磐さんメインで進めていくようにしよう。

 

 

 

 と、思って始めたはいいものの。

 ホラーはまあ大丈夫な方の常磐さんだが、急に驚かされるビックリ系は苦手らしく。

 ここでくるんじゃないかとビクビクしながら進んでいるため、思った以上に時間がかかっていた。

 

 覚えているところは多少アドバイスなんかもするが、ビクビクしている姿や驚いた時の可愛い声など、ずっと楽しんでいたい。

 

「さ、桜くんはこういうの本当に平気なんだね」

「でも初見はやっぱり慎重になりますよ。どんな敵が出てくるのか分からないので弾管理だったり、それこそ今の常磐さんみたいにビックリするものがこないか疑ったり」

 

 自然と話はやっているゲームがメインとなり。

 画面を見ているため顔を合わせての会話ではないが、時折横顔をチラ見しては幸せを十分に噛み締めている。

 

 途中何度か危ない場面はあったものの、一度も死ぬことはなく。

 チャプターも五つ目を終え、イベントムービーを眺めている。

 

 零時はとっくに過ぎており、昼間の疲れであったり睡魔であったりと寝てしまいそうになるのを何杯目かのコーヒーで吹き飛ばす。

 それでも限度はあるが、次のチャプターで終わりなのでもう一踏ん張りといったところだ。

 

「心で通じ合うような、ああいう関係って憧れちゃうよね」

 

 それは互いに言葉を交わすことなく、目と目で相手と意思疎通が取れている場面であった。

 これまでの苦難を共に乗り越えてきたからこそ出来る事ではあるのだろうが。

 

「あー……羨ましいですけど、ゾンビ世界で生き残っていける自信はないですね」

「ゾンビ世界だけじゃなくてさ。仕事の関係とか、その……パートナーの関係だったりとかさ」

「確かに、そういった関係ってのはいいなって思います」

 

 現実でやるとなると、相当難しいような気がする。

 だからこそ羨ましく思うのだが。

 

「その……桜くんは今、パートナーとか居ないんだよね?」

「へ? あ、はい。特に付き合ってる人とか居ませんけど……」

 

 急に話が変わったような気がし、常磐さんを見てみれば。

 顔を赤くさせてこちらを見ていた。

 

 風呂からあがってだいぶ時間も経っているため、その顔の赤さはまた別の理由があるのだろう。

 話そうとしているのは何となく感じていたので待っていると、何やら覚悟を決めたように一つ息を吐き。

 

 

 

「ならさ、私とかどう……かな?」




風呂に入った際、夏月は主人公の入った湯を飲むか悩んだ。
人の道を踏み外す事はなかったが、いつもより少し長めに浸っていた。
世の中の一般女性だと飲む人もいる。容器に入れて保存が多数。

九割男子の学校にあなた(男)はいます。部活に所属し、ちょっとした有名人です。
そこへ美少女転校生がやってきて『あなたのファンです(好きです)』と言われました。
裏などなく、とても好意的にコミュニケーションをとっています。

簡潔にですが、これが今の春、夏月の状況になります。
主人公の容姿は中の中〜中の上くらいですが、まあ惚れますよね。


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十二輪目(tips:有名人)

 どう……とは、いったいどういった事なのだろう。

 いや、文脈的にお付き合いの相手として聞かれているのだろうけれど、まだ知り合って半月も経ってないし、会ったのも今回で二回目だ。

 

 もしかして、何かドッキリにでもかけられているのだろうか。

 カメラを探してみたいが、真っ直ぐに俺を見てくる常磐さんから目を逸らすなんてできない。

 演技だろうけど、真剣な告白にはキチンと答えを返さねば。

 

「えっと、自分ごときが言える立場ではないんですけど…………その、ごめんなさい」

「…………あはは。……そっか。うん、そりゃそうだよね。……ごめんね、いきなり変なこと言って。私のことファンって言ってくれて、少し勘違いしてたみたい」

 

 俺の答えを聞いた常磐さんはグッと何かを堪えるようにし、誰が見ても空元気と分かる笑みを浮かべながらそう口にした。

 

「遅い時間だし、キリも良いからもう寝よっか」

「あ、あのっ!」

 

 自分のせいでというのもあるが、先ほどまでと様子が全然違う常磐さんに何か言わなければと、考えるよりも先に言葉が出ていた。

 

 片付けをしようと立ち上がったまま動きを止めた常磐さんがこちらを見るが、今にも泣いてしまいそうな表情に心が痛む。

 

「こ、告白、すごい嬉しかったです。自分と常磐さんが恋仲になったらって妄想とか、その、してましたし……」

「…………えっ?」

 

 自分の恥ずかしい妄想を、まさか本人に告白するとは夢にも思わなかった。

 何を話したらいいのか分からなかったので思わず話してしまったが、これは後で布団の上を転げ回るやつ確定コースだ。

 

 だが、自分の羞恥に悶え苦しむ未来よりも、常磐さんにキチンと伝える方が優先度高い。

 

「これまでしてきた妄想が実現するんだって、すぐにでも首を縦に振って受け入れたかったですけど……でも、自分は『Hōrai』としての常磐さんしか見ていなくて。……常磐さんのことを見ていないのに、それはすごく失礼なんじゃないかって」

 

 自分はファンという立ち位置で常磐さんと接していたのだ。

 次に会うことはないだろう、その場限りだろうと。

 

 本来ならそれが正しいはずだと思っているのだが、どうやら向こうはそうは思っていなかったらしく。

 初めて会った時からファンの一人としてではなく、俺自身を見ていてくれたのだと。

 常磐さんは対等な関係として接してくれていたのに、俺は一線を引いていたのだ。

 

 ……いや、でも二日目にしてこれだから、やっぱり俺は間違っていないのでは?

 いや、いや……うん、俺が間違っている。

 推しが間違っているなんてないのだから。

 

「これからは一個人としての常磐さんを見て、知っていこうと思うので……だからまずは友達か──んむっ?!」

「──んっ」

 

 話してる途中で少し照れが出てきて、常磐さんから一瞬視線を外して戻した時。

 目の前に常磐さんの顔があり、膝に人が乗った重みが。

 それらに驚く間もなく気がついた時には両手を頬に添えられ、キスをされていた。

 

「嬉しいっ! そんなに私の事を想ってくれていたなんて! お互いの事を知るのなんて付き合ってからでも出来るよ!」

「は、はい」

 

 唇が触れるだけの、長くない時間のキスであったが、その瞬間だけが永遠に続くのではと思えるような幸福感があった。

 

 すでに顔は離れているが、いまだ常磐さんは向かい合う形で俺の膝に乗っており、その距離は近い。

 そんな近い距離でカッコいいことを言われた俺はただ、頷くことしかできなかった。




この世界ではあまり男性と接する機会がない女性も少なくないため、出会いを目的として有名になろうとする人もいます(そこから人気が出るか出ないかは実力次第)。
なのでファンと付き合うのは半ば黙認的な形になりますが、それでもやはり離れる人はいます。
ただ、それ以上に新たなファンが増えます。
男性に魅力的に見られる秘訣や、好意的に思われる仕草、心構えなどを学ぶ的な感じで。
よほど強引に男性へ迫った場合、社会的な問題になりますが(夏月の行動も主人公でなければ黒に近いグレー)、まあ、主人公はちょっと違う世界観の人間なので。(感想返信からコピペ)


感想の返信で夏月の行動は黒に近いグレーとか言いましたが、嘘です。
真っ黒くろの一発アウトです。


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十三輪目(tips:週刊誌)

基本的には予約投稿をするときに感想の返信をしているので、あった場合は18時前ならその日の18時に。18時以降なら次の日の18時に投稿されるということになります。


「…………」

 

 目を覚ませば、見慣れぬ部屋にいた。

 毛布をめくればパンツだけ履いた自身の身体があり、シーツには血の痕のようなものも。

 パジャマはベッドの脇に散らばっている。

 

 そこで昨夜何があったのかを思い出し。

 ベッド上での行為というより、その前に口走ってしまった言葉に羞恥が込み上げ。

 枕に顔を押し付けて恥ずかしさを誤魔化すためにただ声を出す。

 

 ……あ、枕からいい香りが。

 

 この恥ずかしさは一生引きずっていくものだと半ば諦め、多少は落ち着いた。

 体がベタつくけれども自分の家ではないので、流石にパンツだけの姿でうろつくわけにはいかない。

 

 床に散らばっているパジャマを身につけてリビングへと向かえば、キッチンで飲み物を飲んでいる常磐さん……いや、夏月さんの姿が。

 

「おはよっ! よく眠れた?」

「お、おはようございます。まあ……グッスリと」

 

 いざ対面すると昨夜の行為を思い出し、恥ずかしさが出てくる。

 今回が初めてというわけでもないが、それだけ夏月さんを特別に思っている事なのだろうか。

 

 窓へと目を向ければ、既に太陽は真上のあたりにある。

 昼まで寝ていたというのに、まだ少し頭が重い。

 

「シャワーをお借りしても」

「うん、いいよー。昨日着ていたのも乾いていたから、カゴに入ってるよ」

「ありがとうございます。夏月さん」

 

 脱衣所のカゴに昨日着ていた服が畳まれて置いてあるのを見て、なんだか不思議な気分になりながらも服を脱いで風呂場へ。

 

 その時、すごい声が聞こえたような気がしたけれど、気のせいだろうか。

 

 

 

 夏月さんは寝起きにあまり食べないらしく、先ほど飲んでいた野菜ジュースで十分だと。

 わざわざ俺のためにサンドイッチを作ってくれたそうなので、それをいただいているのだが。

 

「…………」

「…………」

 

 向かいに夏月さんが座っているのに、先ほどから会話が無い。

 何度か視線は合うものの、互いに照れて顔を背けるを繰り返している。

 シャワーを借りる前は普通な感じだったのに、今はどうしてダメなのだろうか。

 

「…………ゲームの続き、やります?」

「…………うん」

 

 食事もそんなに長くかかるものではないため、早々に食べ終え。

 昨日と同じようにソファーへ並んで座るが、昨日よりもその距離は近い。というより、くっついている。

 チラリと横を見てみれば、顔を真っ赤にした夏月さんの顔が。

 

 触れ合っている部分から感じる夏月さんの体温に幸せを感じながらもゲームを進めていき、それほど時間をかけずに最後のチャプターを終えた。

 

 そのまま解放された無限武器などを使って二周目を始め、ビックリポイントも知っているのでサクサク進めていく。

 

「やっぱり、こういう系はこの先何があるか分からない不安が大事ですよね」

「私はこの無双してる感じも好きだけど」

 

 先程まであった、ぎこちなさのようなものは少しずつ無くなっていき、また普通に会話する程度には戻った。

 それでもまだ、目が合えば照れくさいのだが。

 

「ゆ、優くん」

「どうかしました?」

 

 二周目は途中で切り上げ、追加コンテンツにあったサブストーリーのようなものをクリアしたところで夏月さんが俺の膝に手を乗せながら口をひらく。

 

 夏月さんと呼び始めたからか俺も下の名前で呼ばれるようになったが、破壊力が凄まじい。

 何かおねだりでもされるのならば、俺に断れる自信など無い。

 

 

 

「──私と一緒に、住もっ?」




男性との密会、などといったすっぱ抜きはほぼ無い(互いに合意のもとの恋愛である場合はまず載らない)。
男性の合意がある場合は掲載可能だが、面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いため頷く人はほぼ居ない。
男性は大切に扱われており、何か迷惑をかけるようなことがあれば基本的に勝てない(掲載されたせいで男性と別れることになったと女性から訴えられた場合もほぼ勝てない)。
ただし犯罪が絡んでいる場合はその限りではない。
すっぱ抜く場合、男性が一切映っておらず、一言も触れてなければ掲載できる。この場合、デート先なども掲載不可(なのでよほど有名人でない限り、旨みはない)。
例)常盤夏月、交際発覚!? 幸せな表情をしており、互いの関係は良好であるように見える。等

少し夏月が長すぎるので、そろそろ春も出していきたい。
残る三人のメンバーも。


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十四輪目

「い…………や、急すぎないですか?」

 

 いいですよ、と。

 二つ返事で了承しそうになったが、なんとか踏みとどまった。

 

「それに迷惑かけるような気もしますし」

「全然迷惑なんかじゃないよ! むしろ一緒に過ごせて幸せというか、その……ね?」

 

 先程、踏みとどまった自分を褒めたいが。

 夏月さんに照れながらそんなことを言われたら、俺に断る意思など残らない。

 同棲する方向へ気持ちはもう傾いている。

 

「そしたら引っ越しの準備だとか、役所にも色々と提出しなきゃ…………あ」

「そこら辺は私も手伝うけど、どうかしたの?」

「ここからの通勤ルートを調べておこうかなと」

 

 テーブルに置いていたスマホを手に取り、調べてみたはいいものの。

 通勤時間は変わらないが、乗り換えがある。

 たったそれだけのことであるが、少しだけ同棲するのを躊躇ってしまった。

 

 …………あと、ここの家賃は折半で払える金額なのだろうか。

 

「お仕事に関して、なんだけれど……」

「ん?」

「もし、できるならで構わないの。優くんには今の仕事を辞めてもらって、ずっと家にいて欲しいな。って思っているんだけど……」

 

 つまりは専業主夫的なものになって欲しい、ということだろうか。

 一人暮らしをしていたから一通りの家事は出来ると思っているが、料理は夏月さんに出せるようなレベルでは無い。

 

 とはいっても非常に魅力的な提案ではあるのだ。

 けどもいま、少し辛いとはいえやりたかった仕事についているわけで。

 

「あ、別に無理にやめてもらう必要はなくて。その、できればでいいんだ。優くんには好きな事をして楽しんで貰えたら私も嬉しいから」

 

 長いこと黙って考えていたため、俺が怒っていると勘違いした夏月さんが少し早口気味に何か言っている。

 

「仕事を辞めることはできないですけど、それもふまえて少し考えてみます。何よりまずは自分の引っ越しを終えてからですね」

「なら明日、出来るように今から頼んでおこっか」

「明日……って早く無いですか?」

「善は急げって言わない?」

「……確かに、さっさとやらないとダラダラ長引きそうですけど」

 

 決まっていく物事の理解が追いつかないままだが、既に俺の部屋も用意してあるらしく、そこへ案内してもらい中を見てみれば。

 最近掃除をしたのか汚れなどない、新築かと思うほど綺麗な部屋がそこにあった。

 

 広さも今の部屋とそう変わりはなく、俺と夏月さんのあまりの差に心が挫けそうである。

 

「あ、家賃とか……」

「そんなの気にしなくていいよ。私が無理言って優くんに引っ越してもらうんだから」

「それは流石に自分の中の何かが許さないといいますか」

「なら、私のお願いに出来る限り応えてもらう、って条件とかはどう?」

 

 もとからこの状況を予想して用意していたと思うくらいの早さで出された提案だ。

 そこまでする事のものか、とも思うので気のせいだろうが。

 

「まだ少し納得いかない部分もありますけど、どうしようもないのでお言葉に甘えます」

 

 とんとん拍子に明日から同棲することが決まったが、ノドに刺さった小骨のように何かが自分の中で引っかかっている。

 何か大事なことを忘れているような、そうでないような。

 

「あ、優くん。住所を教えてもらってもいいかな」

 

 もう少しで思い出せそうな気がしたが、すでに引っ越しの申し込みを始めていた夏月さんからの呼びかけに頭の片隅へと追いやられ。

 そのまま何かを思い出そうとしていたことすら忘れてしまった。




tipsネタに困ったので今回は無いです。
書こうと思ったのは少しネタバレ的なのがあったので先送りに。

きっと皆さん分かってると思うので書きますが、最後の主人公が忘れている事は春の事についてです。
最初に出会ったのは春だが、気が付けば夏月と付き合っていた主人公。
特に報告義務などないですが、伝えておくのは筋かなといった具合。
なお、夏月の提案についていくので一杯一杯になって忘れている模様。


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十五輪目(tips:引っ越し業者)

 翌朝、夏月さんと一緒に俺の家へと向かい、簡単に片付けをしていたところへ引っ越し業者がやってきたのだが。

 そこからが早かった。

 まるでこれから夜逃げでもするかのような気分でどんどん片付けられていく荷物を見ていたのだもの。

 

 何か手伝おうとしたが、むしろ邪魔にしかならないだろうと思い、夏月さんとベッドの上に座りながら見ているだけであった。

 

「ね、優くん」

「はい」

「このベッドとか、処分しちゃっても大丈夫?」

「別に大丈夫ですけど……わざわざ買い直すんですか?」

「ううん。もうベッドはあるからさ」

「なら特に問題はないですね」

 

 そう返事をしたはいいものの。

 ある、と言うベッドを俺は見てない気がする。

 注文なり、店で買った物が今日届くとかだろうか。

 

「ってことなので、このベッドの処分をお願いしてもいいですか?」

「分かりました!」

『ありがとうございます!』

 

 夏月さんが作業している人へ処分を頼んだわけだが、返事になぜ感謝の言葉があるのだろうか。

 中古ショップとかにでも売る感じかな?

 

 今更だけども声を聞いて気が付いたが、全員女性だ。

 筋トレが趣味でありそうなほどムキムキの子もいれば、一見細いが力を入れれば力瘤を作れるような子もいる。

 

 この中の誰よりも一番力がないのって俺だなとか、どうでもいいことを考えている間に気が付けば部屋の中は空っぽになっていた。

 

 夏月さんの家へと戻ってきたが、今度は荷解きである。

 家具の配置など考えてなかったのでほとんど引っ越す前と変わらない感じになってしまったが、まあ良いだろう。

 

 夏月さんの家にある物との擦り合わせをし、色々と俺のものを処分したはいいのだが。

 引っ越し業者の人たちからはとても嬉しそうにしている。

 こういった物の処分って面倒なだけだと思うのだが、会社特有の流すルートみたいなのがあるのだろうか。

 

 そんなこんなで引っ越しも無事に終わり、業者の人たちが帰っていったわけだが。

 

「夏月さん。俺のベッドってそのうち届くんですか?」

「ん? ベッドならもうあるじゃん」

「…………え? あ、あー、なるほど。確かに、ありますね」

「もしかして、一緒に寝るの嫌だった?」

「そんな事はないですよ」

「んふふ。良かった」

 

 つまりはこれから毎晩、同じベッドに寝るわけだ。

 いまだに夢を見ているのかと思ってしまうが、これは紛れもなく現実で、ドッキリなんかでもない。

 

 こんなに良いことが続くと後が怖いような気もするが、分からない先のことよりも今を大事にしなければ。

 

 買い物に行くと言う夏月さんに荷物持ちを申し出たが、すぐそこだからゆっくりしててと断られてしまった。

 

 大人しくソファーに座ったはいいものの、やる事はなくボーッとするしかない。

 すでに日は傾き、綺麗な夕焼けが広がっている。

 ……ここ、最上階だから景観がとてもいいな。

 

 本当に昨日の今日で引っ越しが終わると思っていなかったため、何もしていないのに変な疲労が溜まっている。

 

 気を抜いたからか眠気がきて、このまま寝てしまいそうになるが。

 スマホに通知がきたのでスマホに手を伸ばして確認すると、それは高瀬さんからであり。

 

「あ」

 

 何か忘れているようなことを思い出した。

 自分自身が受けた衝撃がデカすぎて、夏月さんと付き合ったことを伝えていない。

 

 報告するほど親密なのかと聞かれたら、また分からないが。

 一応、きちんと伝えておくべきなのだとは思う。

 

 そんな自分のポカは一度置いておき、高瀬さんからの連絡を確認してみれば。

 

『来週の土曜日はお休みなので、もし良かったら一緒に遊びませんか?』

 

 と、遊びのお誘いであった。




引っ越し業者(表)
世界観が変わる前とほとんど何も変わらない。
ただ、男性の業者は殆どいない。(裏メニュー的なやつで、割増価格を払えば男性業者が来ると言う噂がある)
引っ越す人が男性である、または男性が関わっている場合。前日の申し込みでも請け負う。

引っ越し業者(裏)
今回の話のように男性が引っ越しをする場合。物の処分を頼むと引っ越し料金の割引であったり、その他色々とサービスがある。
処分として業者に渡ったものは公平な抽選を行い、分配される。
夏月のような有名人でなくとも、男性に関する情報をどこかで漏らせば刑務所行き。悪質な場合は会社が潰れる。
やらかせば重い罰であるが、それでも男性の私物が合法的(仮)に手に入る可能性があるため、人気職の一つ。

ここに就職した女性はほとんど独身のまま生涯を終える。
『寝取られ』という性癖に囚われた彼女たちは手に入れた物を使い、絶対に手に入らない男性を思い、いたす。


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十六輪目(tips:給付金)

 最近は一日が過ぎていくのを早く感じる。

 仕事の調子は特に変わりないのだが、私生活での変化が大きいからだろうか。

 

 高瀬さんと遊ぶ約束した日はもう明日まできているのだが、教えてくれるのは待ち合わせ場所と時間だけでどこに行くのかは知らされていない。

 ミステリーツアー的なものなのだろうが、本来ならば俺がプランを考えるところではと思う。

 いや、それはデートプランか。

 友達とただ遊びに行くだけならばどこ行きたいか決めれば良いだけなのだし。

 

 あの日に連絡が来てすぐ、夏月さんに伝えたのだが。

 高瀬さんからの誘いがあった事に対し、夏月さんは簡単に行ってらっしゃいと言うだけであった。

 

 俺が他の人と遊ぶことに対して特に何か口出しするつもりがないだけなのか、浮気するようなことが無いと信じられているのか。

 少し引っかかったのは、夏月さんがどこか後ろめたさのようなものを感じていたように見えたことだが……まあ、気のせいだろう。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様ー」

「あ、桜くん」

「はい」

「この間話してたやつ、大丈夫そうだよ」

「本当ですか。ありがとうございます」

「メールで送っておいたから、一度試してみて」

「分かりました」

 

 今日は午前だけ仕事、午後は休みを貰った。

 挨拶をして会社を後にし、向かう先は郵便局である。

 本日は給料日であるため、通帳に記入するのと遊びや趣味に使うお金をおろす為なのだが。

 

「…………うん?」

 

 通帳を開いたところでふと手が止まる。

 先月、最後に見た時よりも預けている金額が多いような?

 

 ゆっくり確認したいところではあるが、そう長く独占していられないため。

 さっさと用事を済ませ、その場を後にする。

 

「うーん…………?」

 

 家に帰り、手洗いや荷物の整理などを済ませて通帳の確認をしてみるが。

 貯金していた金額が記憶の倍以上あるし、なによりよく分からないのが『男性定額給付金』というやつで初めて見る。

 

 スマホを使って調べてみたはいいものの、何やら面倒な言い回しで書かれているが……要約すれば男性に快適な生活を、的なことだろう。

 

 最近、社会に女性も出てきたというところでまた男優遇の政策なのかと少し呆れるが、ふと関連記事に目が止まった。

 それは男性出生率や世界人口の推移、世界の男女比率について書かれており。

 

「…………フェイクニュース?」

 

 真っ先にそう思ったが、他を調べてみても似たような記事が出てくる。

 世界的に俺をドッキリにかけているのかとも思ったが、大掛かりだしそこまでやる面白みもないはず。

 

 だからといってこんな逆転世界に気付いたらいました。ってのもまた信じられないが。

 仮に男女比率が偏っている逆転世界だったとして。

 思い返してみれば当てはまるようなことがあるような……?

 

 痴漢にあったり、イケメンっていうほどでも無いのによくみられたり。

 とんとん拍子的に夏月さんと恋仲になったのも、こういうバフがあったからなのかと少し納得。

 

 男なら誰でもいいのかと思ったりしたが、もしそうなら選り取り見取りで選べるだろうし。

 俺だから選んでくれたと、ポジティブに思っておこう。

 

「あ」

 

 色々と変わっている部分を調べるのが面白くてだいぶ時間が経ってしまったが、やることをやっておかねば。

 

 自身の部屋に置いてあるパソコンを立ち上げ、メールを確認し、指示に従って設定をしていく。

 無事にできたことをメールで送り、パソコンを落としたところで夏月さんが帰ってきた。

 

「おかえりなさい」

「ただいまー!」

 

 玄関まで向かえば、靴を脱いだ夏月さんが胸に飛び込んでくる。

 うーん、可愛い。

 

 最初は驚いたしファンに戻って変な声を出したが、五日も続けば多少は慣れたものである。

 

「あ、夏月さん」

「ん?」

 

 抱きついたままこちらを見上げる夏月さんはこれまた可愛らしく、幸せが胸いっぱいに広がってゆく。

 このままトリップしそうになるが、要件を伝えなければ。

 

「リモートワークできるように調整してもらったから、これからは家で仕事できるよ」

 

 たまに会社へ行くこともあるだろうけど、これでおうち時間が増えるはず。

 仕事の効率が落ちるようならまた考えなければいけないが、その時はその時だ。




男性定額給付金(←変だったら教えてください)
男性には元気でいてもらわなきゃ!(国にいてもらわなきゃ)→お金がいるよね!って事で毎月振り込まれる。
パートナーがいると貰える額はさらに増える(パートナーの人数が増えた場合もまた然り)。
妊娠、子供が産まれた時、子種を納めた時などはまた別途振り込まれる。

深刻な男性不足の国は支給額やら待遇やらでなんとか来てもらおうと頑張っている。
でも日本は治安や食、その他色々が良いためなかなか出て行かない。

逆転世界への認識は通帳からということで。
もう少し細かに書きたかった気持ちはあるけども、ダレそうなので簡潔に。
もっと早く認識しても良かったと少し後悔。

tips:引っ越し業者、加筆しました。


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十七輪目(tips:コンビニ)

「あ……すみません、お待たせして」

「ううん。私が早く着いただけだから気にしないで」

 

 十一時に原宿待ち合わせとのことで。

 少し早めの四五分に着くよう向かったのだが、待ち合わせ場所にはすでに高瀬さんがいた。

 

 眼鏡や帽子で変装しているが、どのような格好をしているのか教えてもらっていたし、高瀬さんが俺よりも早く気付いて手を振ってくれたのですれ違うことはなく。

 いつから待っていたのか分からないが、笑顔で迎えてくれる。

 

 待たせた分エスコートを頑張ればと思ったところで、今日のプランは高瀬さんが抱え込んでいるのを思い出した。

 

「桜くんは甘いのと辛いのだったらどっちが好きかな?」

「どっちかと聞かれたら……甘い方、ですかね」

「それならこっちだね」

 

 並んで歩きながら、高瀬さんが行きたいところに行けて楽しんでいてくれたら十分か、と思ったけれど。

 どちらかと言えば、高瀬さんが俺を楽しませようとしているような……?

 

 しかも好みを聞いて向かう先を決めるってことは。

 

「……もしかして、行く店の候補がいくつかあったりします?」

「えへへ。桜くんの好み、もっと早く聞いておけば良かったね」

 

 あ、可愛い。

 …………じゃなくて。

 

 つまりは行き先を教えてくれなかったのは、どこに行くか決まっていないから教えられなかったわけと。

 それならそう言ってくれればいいのだが、今更ほじくり返しても仕方のないことだろう。

 

「高瀬さんは甘いものとか好きですか?」

「私も甘いの大好きだよ。実は辛いの少し苦手なんだよね」

「自分が辛いの好きだったらどうしてたんですか?」

「その時は……うん、辛くない物を選んで食べるよ」

 

 高瀬さんと目が合い、一呼吸あけ二人して笑い出す。

 特にどうということはないのだが、なんかツボに入ったのだ。

 

「まあ、ピリ辛程度しか自分も無理なんですけどね」

「あ、本当は辛いの好きなのかも。って思ったのに」

「いやー、甘いのしか好んで食べませんね」

 

 反応がいいため、どうしてもからかい気味になってしまう。

 それは高瀬さんも分かっているのか、合わせてくれているのでありがたい。

 

「あ、ここだよ」

「オシャレで一人だと少し入りにくい感じですね」

「いつでも誘ってくれていいよ?」

「それじゃ、その時がきたらお願いします」

 

 ついた場所は有名店なのか店の前には列が出来ており、入るには少し時間がかかりそうだ。

 

「うん? 桜くん、どこ行くの?」

「え、列に並ばないんですか?」

 

 列の後ろに並ぼうと向かえば、腕を掴まれ引き止められる。

 普通のことを答えたはずなのだが、高瀬さんは目を丸くさせて驚いた表情をしていた。

 なんなら並んでいた人たちも俺が言ったのが聞こえていたのか、こちらを見てくる。

 

「男の人は並ばなくてもお店に入れるよ」

「……それって、並んでる人よりも先にってことですか?」

「え? あ、うん。そうだけど……」

「高瀬さんが嫌でなければ一緒に並びませんか?」

「桜くんがそうしたいのなら私も合わせたいんだけど……お店にも迷惑がかかるから、ごめんね?」

「あ、いえ、よく分かりませんけどルールがあるなら合わせます」

 

 列を抜かすっていうのは好きじゃないが、お店に迷惑がかかるらしいし、高瀬さんに申し訳なさを抱かせるのもいただけない。

 

 店に入ってからどういう事なのか教えてもらおう。




コンビニ
男性下着を取り扱うため、店員は全員正社員。
入るのはそこそこ厳しいが、一定の人気はある。
男性下着売り場もあるが、主人公のように突発的に必要な可能性がゼロでないため、在庫がある。
表に置くと万引きなど多く出るため、裏にしまってあり、買う場合は少し面倒だが身分証の提示が必要。
男性しか買えないわけではなく、女性も購入可能なため、毎月一定数売れていたりする。


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十八輪目(tips:コンビニ2)

tips:コンビニ2といっても頂いた感想による補足説明的なものです


「あ、美味しいですね」

「良かった。ここ、私もよく来るんだ」

 

 甘いもの以外にも普通に料理があり、少し早いがここで昼食を取ることに。

 高瀬さんは明太子のスパゲッティ、俺はえびピラフを頼んだのが、これが思っていた以上に美味い。

 

 食べ終えた時、スイーツが待っているというのにおかわりを頼むか少し悩んだほどだ。

 

「それで自分、いまいちよく分かってないんですけど……」

 

 食事を終え、スイーツが運ばれノンビリし始めたところで店に入る時の事について聞いてみる。

 俺の質問がよほど変なのか、高瀬さんは不思議そうな表情をしながらも簡単に教えてくれた。

 

 俺より前に並んでいる人は俺が入るまで粘るため回転率が落ち。

 俺より後に並ぶ人は目当てが店ではなく俺であるため、このような客の集め方は店の本意ではないのだとか。

 加えて下手に男性を使って客を集めると色々問題があるらしい。

 

 それと、いくら日本とはいえ、男性を長い時間多くの人に晒すのも頂けないのだとか。

 よく分からないのもあるが、そういうものなのかと受け入れるしかない。

 

 昨日、価値観の変わった世界にいるということを知ったわけだが、寝て起きたらその認識は漠然としていた。

 ぶっちゃけ、忘れていたのだ。

 今の話を聞いてようやく思い出したくらい、未だ慣れていない。

 

 昨日の今日で変わった認識を受け入れるのはもう少し時間がかかりそうだし、まだ俺の知らない事がたくさんありそうだ。

 

「桜くんが今までどうやって過ごしてきたのか、少し気になるんだけど」

「自分としては至って普通に過ごしてきたつもりなんですけどね……。今まで人が並んでいる店に行った事ないのは少し関係してそうですけど」

 

 なんとなくそれっぽいことを言ってみたが、普通にラーメン屋並んで食べてたし、ファストフードなんて並ばないなんて事が無い。

 ……これは価値観の変わる前の話であるが。

 

 あの言い訳みたいなもので高瀬さんは納得してないだろう。

 でもこの世界の俺がどのような行動をしてたのか分からないため、俺も説明のしようがないのだ。

 

「この後はどこに行きます?」

「特に決めてはいなくて、桜くんの行きたいところに行く感じかなと」

「あ、それならなんですけど」

「うん。なんでも言ってみて」

「カラオケ……とか、どうですか?」

「カラオケ? 私、大好きだから構わないけれど……桜くんは大丈夫?」

「特に問題はないかと……? 提案しているのは自分ですし、なんならこっちの方こそ申し訳ないと言いますか」

「うん?」

 

 また少し齟齬が生じているような。

 何が原因なのか考えてみたところで気が付いたが、俺が変わった価値観の常識について理解していないため、いくら考えても答えは出てこない。

 

 ある程度推測できるだろうけど、間違っていた場合は話が余計に拗れるだけである。

 結局、話がどうなろうがカラオケを選んだのには少し後ろめたい理由もあるため、全部正直に話すしかない。

 

「高瀬さん()自分のことをファンとしてではなく、対等な友人として扱ってくれているかもしれないのに、自分はファンとして高瀬さんの歌が聴きたいために選んだので少し後ろめたさが……」

 

 改めて口に出すと結構酷いことを言っているような気がした。

 けれど高瀬さんは一瞬キョトンとした後、くすくすと笑い始める。

 

「ふふっ。そんな事全然気にしなくていいのに。みんなとカラオケに行く時はいつもそんなノリだから、大丈夫だよ」

「それなら……その、良かったです」

 

 店を出る際、高瀬さんが伝票をサッと持っていき会計を済ませてしまった。

 自分の分を渡そうとしたが受け取ろうとしてくれないため、今度また別の形でお礼をしようと思う。




中にはきちんとパートナーがいて、緊急用で買う人もいますが、いても一割程
女性が男性用下着を買うのは、コンビニで十八禁の本を買うような感覚
(当然、パンツと一緒に十八禁の本も買う)
用途としては色々あるが、自分で履いたり、頭から被ったりと、少し(?)特殊な性癖を持った人たちの自家発電道具にもなる
(テレビに出てもおかしくない美女も当たり前のように買う。世の中いつでもどこでも業は深い)
エロは下手に規制するとかえって逆効果なのは誰でも理解できる事
パンツの種類、デザインの違いなどで十種類はある

男が少なく、全員に出会いがあるわけではないため、女性の欲求解消手段は他にも複数ある


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十九輪目(tips:カラオケ)

十六輪目、高瀬のところを常磐となっていたので修正しました。


 耳がすごく幸せだ……。

 本当のところどう思っているのか分からないが、高瀬さんは俺のリクエストに次々答えてくれる。

 

 推しがすぐ目の前で、自分一人のためだけに歌を歌ってくれるこの状況。

 価値観の変わる前だと、一体いくら払えばこんな事が可能だったのだろうか。

 

「桜くんの番だよ!」

 

 二人しかいないため交互に歌っているのだが、俺は正直なところそれほど歌が上手いわけではない。

 カラオケの採点機能で八十点前後取れる感じだ。

 

 それでも俺が歌っているのを高瀬さんが楽しそうに聴いてくれるので、頑張って歌うのだが。

 

「私たちの歌もそうなんだけど、アニソンは歌うの難しいのに桜くんすごく上手いね!」

「そんな事ないですよ」

「ううん。もっと自信持っていいよ!」

 

 そこまで言われると少し調子に乗ってしまうが、お世辞であることを忘れてはいけないと深呼吸して心を落ち着かせる。

 

 よくカラオケに遊び行っていた友達は九十以上を当たり前のように出していた。

 互いに社会人となり、時間が合わなくなって遊びに行けていないが、元気だろうか。

 

「はい、はい。……いえ、大丈夫です」

 

 俺がちょうど歌い終わったタイミングで退出十分前の連絡が来た。

 近くにいた高瀬さんが受け答えをし、延長するかこっちを見てきたので首を横に振っておく。

 

「最後の締めを高瀬さんにお願いしようかなと」

「私としては桜くんに歌ってもらいたいなと思ってるけど?」

 

 延長を断ったところでマイクを差し出しながら締めをお願いすれば。

 高瀬さんは曲を選ぶ機械をこちらに差し出しながらそう口にした。

 

 このままどちらも譲らず十分過ぎるのは目に見えて分かったため、デュエット曲を歌うことに。

 

 デュエットの提案は俺からしたのだが、その時に何故か高瀬さんは一瞬動きが止まった気がした。

 その後すぐに素敵な笑みを浮かべながら提案に乗ってくれたわけだが。

 

 歌っている時、よく目が合うのは分かるけどウィンクをやめて欲しい。

 本音を言えば嬉しいのだが、そろそろ耐えきれなくて歌の継続が厳しいのだ。

 途中、すでに耐えきれなくて変な声がマイクを通してしまっている。

 

 なんとか耐え切り、最後まで歌い終える事ができたが、変な気疲れをしたような……。

 でも高瀬さんがとても満足そうな顔をしているため、良かった。

 

 一つ問題なのは、先ほど出してもらったのでここは俺が、と思っていたけど。

 

「食事の時も出してもらったのにここもっていうわけには」

「いいのいいの。気にしないで、ね?」

 

 結局また、高瀬さんに持っていかれた。

 ずっと出す出さないの言い合いをしていても周りに迷惑なだけなので、今回は大人しく引き下がるが。

 このお礼はそのうちなんとかして返そう。

 

「そ、それでね、その……まだ時間とかあるかな?」

「夕方ですし大丈夫ですよ。どこか行きたいところがあるんですか?」

「え……あ、ごめん、桜くん。やっぱりまた今度、遊んだ時にしよう」

「自分は大丈夫ですけど」

 

 なんだかとても残念そうにしているが、本当に大丈夫だろうか。

 少し気になるが、駅に向かっているため今更聞くのもって感じである。

 

「それじゃ、またね桜くん」

「はい、また今度一緒に遊びましょう」

 

 高瀬さんと別れ、電車に乗ったところでふと思い出した。

 夏月さんと付き合ってること、話すのをすっかり忘れていた。




カラオケ
男性は基本的に1:1では入らない(パートナーは別)。
パートナーでない相手と行く場合、相手を好ましく思っていると受け取られる。
デュエットを一緒に歌うのはホテルのお誘いを受けたも同然。
と、女性の間では話が通っている。
男性もなんとなくそのことを察している。

当然、主人公はそれらのことについて知らないため。
カラオケ、デュエットを主人公から提案され、このままいくとこまで行くと思っていた春のショックはでかい。


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二十輪目(tips:プレゼント)

tips、次の話を読む前に頭の片隅に入れておいて欲しく、ここに入れました。
楽しみにしていてください。


 五月に入って最初の土曜日。

 夏月さんも本日は休みであるため、どこか出かけるでもなく一緒にゲームをしている。

 

 俺と一緒に遊ぶようにと買ったものがまだ幾つかあるらしく、せっかくだからと始めたはいいものの。

 

 この間終えたゾンビシリーズの次、六作目は二人ともやった事がなく。

 特に上手いと言える技量でも無いが下手でも無いため、今のところ死ぬ事はないがとにかく時間がかかるのに加え、とても疲れる。

 

「……休憩含めてお昼にしませんか?」

「……うん、そうしよ」

 

 時計を見ればすでに十三時を過ぎており、ゲームを始めてから四時間経っていた。

 話の展開的に次のチャプターで最後と思われるが、その前に休憩が欲しい。

 

 冷蔵庫の中を確認し、期限が近いものを使ってチャーハンを作る。

 本来ならもっとしっかりしたものを作りたいが、夏月さんはこれでも喜んでくれるため俺も甘えてしまう。

 

 それにこんなものでもまだマシだと思えてしまうのだ。

 夏月さんは食事が面倒だと思ったらゼリー飲料などで済ませてしまうらしく、冷蔵庫を初めて開けて中を見た時、ゼリー飲料しか無くて驚いた。

 

「あ」

「ん? 優くん、どうかした?」

「夏月さんの誕生日、来週の日曜日ですよね?」

「うん! そうだよ!」

 

 互いに食事を終え、空いた皿を片付けてる時にふと思い出した。

 世に出回っているプロフィールが確かならば夏月さんの誕生日はもうすぐなのだ。

 

 何も準備をしていないし、プレゼントも用意していない。

 どういったものが欲しいのかも分からないため、素直に直接聞こう。

 

「何か欲しいものとかあったりしますか?」

「私、優くんとの子供が欲しいな」

「…………それは『Hōrai』の活動が終わったらにしましょう。ライブ、自分も楽しみにしているので」

「そしたらあと一年と少し我慢しなくちゃだね」

 

 それを聞いて少し泣きそうになってしまった。

 前任者に合わせるのならば活動期間は六年ほど。

 『Hōrai』はいま五周年を迎えているため、そろそろだろうと思っていたが、こんな形でハッキリするとは。

 

「他に欲しいものとかありますか?」

「んー……優くんが私を思って選んでくれたのなら、どれも嬉しいかな」

 

 えへへと笑みを浮かべながらそう言われてしまえば、俺も頑張るしか無い。

 スマホを取り出し、高瀬さんへすぐさま連絡を送る。

 

『来週の土曜日、買い物に付き合っていただいても大丈夫でしょうか』

 

 これで一先ず安心である。

 一応、自分がメインで選ぶけどもアドバイスをもらうくらい見逃してくれるだろう。

 高瀬さんに夏月さんと付き合っていることをまだ伝えていないため、それも話せたらと。

 

「明日も休みだから、終わるまでノンストップで頑張ろうね!」

「……夕食の休憩は欲しいかな。あとお風呂も」

「お風呂に入ったら眠くなっちゃうよ?」

「なるほど?」

 

 六作目は四つほどストーリーが盛り込まれているので、果たして寝落ちする前に終わるだろうか。

 

 楽しそうにしている夏月さんを前に、拒否する選択肢を持たない俺は何処までも付き合う所存である。




プレゼント
女性から男性に"貢ぐ"事はよくあるが、男性からはほぼない。
男性から女性へ物を渡す行為は自分のものである事の証明に他ならないため。
どうでもいいようなものならいざ知らず、装飾品など渡すのは一生離さないと言ったようなもの。


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二十一輪目

明日の予約投稿も既に済んでおります。
一応、念のためですが、本作はタグにある通りハーレムです。
そこに至るまで少し歪んだ愛情がありますが、誰が何と言おうとハーレムです。


「お待たせしてすみません、高瀬さん」

「私も来たばかりだよ!」

 

 十二時に駅前待ち合わせと伝え、今はその十五分前なのだが。

 本当に着いたばかりなのか少し疑ってしまう。

 

 自分が待つ分には構わないが、人を待たせるのは少し気がひけるため。

 次からはあえて遅めの時間を告げてみようか。

 

「買い物の前にお昼行きましょう。話したい事もあるので」

「う、うん」

 

 店の場所を調べ、何処に行きたいか伝えている。

 特に迷う事なく着き、今回は事前に電話して行くことを告げているためそれほど罪悪感を抱く事なく店の中へ。

 

 前から気になっていた店で、フワトロの卵に包まれたオムライスが絶品らしい。

 かかっているソースも拘り抜いたデミグラスソースなので期待が高まるばかりである。

 

「桜くん。その……話、っていうのは」

「あ、すみません……食事に夢中になって」

「ううん。美味しそうに食べてるところ邪魔してごめんね。何の話か気になっちゃって」

 

 頼んだオムライスは想像していた以上に美味しく、食事に夢中となってしまい。

 高瀬さんが言ってくれなければ話のことなんかすっかり忘れていた。

 

 紙ナプキンで口元を拭い、水を飲んで口の中をサッパリさせ、さあ話そうってなった時。

 ふと恥ずかしさが込み上げてきた。

 

 結婚したいほど推している二人のうちの片方と同棲し、もう片方にその報告をするという。

 本当に現実なのかと思うほどの現状に笑みが漏れたところで、対面に座る高瀬さんの姿が見え。

 一人の世界に入って高瀬さんを置いてけぼりにしてしまったことに気がつく。

 

「その、話したい事といいますか、伝えたい事といいますか」

「うん」

「今更ながらの報告になってしまうんですけど、いま夏月さんとお付き合いをさせていただいてまして」

「ぇ…………」

「少し前から同棲も……あの、高瀬さん? 大丈夫ですか?」

 

 やっぱりこう、口にして伝えるのはなんだか恥ずかしい。

 さっさと済ませて夏月さんに送るプレゼントを一緒に選んでもらおうと思っていたが、なんだか高瀬さんの様子がおかしいように見える。

 

「あ、うん。全然、大丈夫。ちょっとビックリしちゃって」

「体調が悪いのならまた今度でも……」

「桜くんの気にしすぎだって。全然問題ないよ」

 

 そう口にする高瀬さんだが、浮かべる笑みは何処か無理をしているように感じた。

 けれどここで俺が食い下がったところでどうにかなるようなものでもないし、大人しく引き下がるしかない。

 

「ちな──」

「この後の買い物なんですけれど、明日の夏月さんの誕プレを選ぶ相談に乗ってもらおうかと……あ、すみません。何か言いかけてませんでしたか?」

「……ううん、何も。夏月のプレゼント選び、喜んで手伝うよ!」

 

 切り替えてこの後のことについて話しておこうと思ったのだが、高瀬さんも何か話そうとしていて言葉が被さった気がした。

 だけどそれは俺の気のせいだったようだ。

 

「夏月は可愛いものとか好きだよ」

「そう言われると家にある小物とかそうですね」

 

 そのまま高瀬さんから夏月さんに関する色々なことを教えてもらうが、まず最初にどういったものをプレゼントするのか伝えておくのを忘れていた。

 

「最初に伝えておくべきだったんですけど、プレゼントで考えてるものがアクセサリーで。夏月さんは指輪とかネックレスとか、普段使いしますかね……?」

「ぁ、うん……うん。桜くんからのプレゼントなら喜んで使うと思うな」

「そうですかね。そうだったら……嬉しいですね」

 

 互いに食事も終えているため、さっそくプレゼントするものを探しに行こうかと席を立つ。

 

「あ、桜くん。私が出すから」

「いえ、いつもご馳走になってばかりなのもあれなので。相談にも乗ってもらいますし、ここは自分が出しますよ」

 

 俺も学習しているので、今回は高瀬さんよりも先に伝票を手に取ることが出来た。

 男性定額給付金というもので思った以上にお金があるため、ここは男を見せねば。




二十一、二十二は本編の補足的な。
完全にデートだと思っていた春。
話もお付き合い的なものだと思っていたら、既に友達と付き合い、同棲してると言われ。
何とか気を持ち直し『二人目に自分はどうか?』と尋ねようとしたが、幸せそうな表情の主人公を見て口を閉ざす。
(主人公が一人しかパートナーを作らない思想だった場合、断られたらショックから立ち直れないため)
その後は主人公に心配させないため何とか頑張るが、プレゼントする物がアクセサリーだと伝えられてKO寸前だったりする。


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二十二輪目

 レジに向かうまで隙を見て伝票を奪おうとする高瀬さんをいなし、会計を済ませて店を出れば。

 いろんな感情が混ざった形容し難い表情をしている高瀬さんが俺をジッと見てくる。

 

 手に持つ財布からお金出して渡そうとしてくるのが何となくわかったので、そうなる前に自身の財布をさっさと鞄にしまってしまう。

 

「むっ」

「ほら、財布しまってください。アクセサリー店に行きますよ」

 

 そう言ってさっさと歩き出せば、少し慌てて財布をしまった高瀬さんが追いかけてくる。

 

 今回はやってやったぜ、と思ったけれど。

 隣を歩く高瀬さんの雰囲気から、これまで以上の何かをされるような気がしてならない。

 一瞬、大人しく奢られとけば良かったんじゃないかという考えがよぎるが、例え自己満でもやったことに後悔はしていない。

 

「あ、ここですね」

 

 先程の店からそれほど離れているわけでもなく。

 五分も歩けば目的の店である。

 

「ここってすごい有名なところだよ」

「そうなんですか? そういったのにだいぶ疎いのでよく分からないですけど、流して商品を見た感じ良さげだったので」

 

 デザインは凝ったものからシンプルなもの、お値段も高いものからお手頃まで幅広く取り揃えてある。

 ここでならいい物も見つかりそうであると思った。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお探しでしょうか」

「あ、えっと」

「彼の彼女の誕生日プレゼントを探しに。私は付き添いです」

「畏まりました。それでは奥のお部屋へどうぞ」

 

 あまり慣れない空間に呑まれる俺とは違い、高瀬さんは店員さんと普通に話を進めている。

 どうなってるのか理解が追いつかないまま案内に従って部屋に通され、椅子に座ったはいいものの。

 

「……こう言ったらあれですけど、あまり高いの無理ですよ」

「大丈夫だから気にしなくていいよ」

 

 雰囲気的にセレブ用の部屋であり、このまま高い物を薦められるのではと思い。

 こっそり高瀬さんに伝えるが、クスッと笑ってそう口にするだけである。

 

 案内してくれた店員さんと入れ替わるように別の人が部屋に入り、対面の椅子に腰掛け。

 手に持っていた冊子をいくつかテーブルの上に置いていく。

 

「ようこそいらっしゃいました。私、村瀬と言います。お客様が満足していただけるよう精一杯サポートさせて戴きますので、どうぞよろしくお願いします」

「えっと、桜です。よ、よろしくお願いします」

「高瀬です。お願いします」

 

 挨拶したはいいが、どうしたものかと思っているとテーブルに置かれた冊子に高瀬さんが手を伸ばし、中を見ていく。

 

「桜くんは夏月にどういったもの渡すか、何となくイメージはついてるの?」

「そう、ですね……凝ったものよりはシンプルなほうが普段使いしやすいのかなって思ってます」

「それでしたらこちらとこちらの冊子になります」

「あ、ありがとうございます」

 

 渡された冊子を流し見ていくが、シンプルながらもいろんなデザインがあり、結構悩む。

 どういう掲載順なのか分からないが、値段も高いのだったりお手頃だったりがバラついてある。

 

「気になるものがありましたら、こちらに実物を運んできますのでお伝えください」

「そう、ですね……」

 

 取り敢えず値段のことは一度気にせず、気になったデザインのをいくつか持ってきてもらうことにした。

 

「色は全部、淡い水色なんだね」

「キャラにも多少引っ張られてるんですけど、夏月さんの雰囲気が爽やかな元気、って感じなので。名前に夏ってあるので青もいいかと思ったんですけど、少し強いかなと思って」

「そうなんだ。ちなみに私はどんな感じ?」

「高瀬さんは赤寄りの淡いオレンジ、ですかね? あ、名前の春から桜を連想した色も似合うと思います。ん……でもやっぱり髪色から淡いオレンジの方が良い、のかな?」

 

 そんな話をしてる間に頼んだものが運ばれてきてテーブルに並べられていく。

 プレゼントするのはネックレスと指輪の二種を考えてるのでそこそこ数がある。

 

「うーん……良いものが多くて悩みますね」

「桜くんが一生懸命選んだものがいいから、焦らず決めよ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「今日はありがとございます」

「ううん。私も楽しかったよ」

 

 悩んだ結果、良いと思えるものを買えたはいいが。

 店を出る頃には夕方までいかないものの、そこそこ時間が経っていた。

 

 プレゼント選びに高瀬さんを何時間も付き合わせてしまったのと、相談に乗ってくれたのとで申し訳なさと感謝が。

 そしてもう一つの理由から。

 

「あの、良かったらこれ貰ってください」

「へ?」

 

 実は高瀬さんにバレないよう店員さんに頼んで買ったものがもう二つあるのだ。

 チェーンブレスレットと指輪で、高瀬さんが気になってよく見ていたデザインのもの……だと思う。

 これで違ったら少し恥ずかしい。

 

 渡した物を見て、高瀬さんは驚きの表情をして俺を見てくる。

 サプライズとしては良いのではないだろうか。

 

「相談に乗ってもらったお礼と、二ヶ月ほど遅くなった誕生日プレゼントということで」

 

 高瀬さんの誕生日は三月で、初めて会ったときにはもう過ぎてしまっている。

 けどまあ、そんな細かいことは問題ないはず。

 

「え、でも、桜くん……」

「後は……これからも長い付き合いになると思うので、よろしくお願いしますという意味合いも込めて、ですかね?」

 

 そう伝えると、喜んで貰えたのか早速この場で付けてくれるようだ。

 指輪を左手の人差し指、チェーンブレスレットを左手首と着けてるので偏ってないかなと思わなくもないが、本人がとても嬉しそうなので良しとしよう。

 

「色といい、デザインといい、とても似合ってますよ」

「本当? 凄く嬉しい! ありがとう!」

 

 やっぱり、淡いオレンジ色で正解だった。

 俺としても大変満足できた買い物である。

 

 ……出費についてはあまり考えないようにする必要があるけどもね。




既にボロボロの春だが、『財布』としてでも主人公の側にいられたらと思い始めていたところ、その役目すら奪われ。
普通を装えているのは主人公に情けない姿を見せられない半ば意地である。
自身に似合う色を真剣に考えてくれたことで少しだけ気力を回復したりでなんとか無事に買い物も終え、家に帰って酒を浴び、泣こうと思っていたところ。
アクセサリーを『夏月よりも先に』プレゼントされ、『これからも長い付き合いになる』と告白され。
春は主人公という沼にハマって抜け出せなくなりましたとさ。


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二十三輪目

みなさんの反応(感想)が良く、作者のニヤニヤが止まりません。
あと、気を抜くと先の展開ぶち撒けそうなので頑張って耐えてます。
今回の後書きも本編の補足的なものです。


「ただいまー」

 

 満足のいく買い物ができ、後は明日に夏月さんの誕生日をお祝いして……。

 

「あ」

 

 誕プレだけ気にしていたが、ケーキとか料理とか、何も考えていなかった。

 ケーキは買いに行けばいいけれど、料理はどうしよう。

 

 少し手の込んだものを頑張って作るか、今からでもどこかの店を予約するか。

 サプライズするには手遅れなのだし、夏月さんと相談して決めるのもありだな。

 

「あれ? 夏月さん、電気もつけないでどうしたんですか?」

 

 日も傾き、空が少しづつオレンジへと変わりゆく時間。

 家の中も薄暗いというのに、電気もつけないでソファーに座る夏月さんの姿が。

 そういえば、今日の仕事は早く終わると言っていたような。

 

 リビングの電気をつけると一瞬だけこちらを見るが、再び何も映っていないテレビの方を向いてしまう。

 

「夏月さん?」

 

 呼びかけてみるも返事はなく、隣へ座るよう手招きされた。

 普段となんか様子が違うなと思いつつ隣へ腰掛ければ、服の端をキュッと掴まれる。

 あ、可愛い。

 

 きっと何かあったのだろうけど、無理に聞き出そうとは思わない。

 時と場合にもよるけれど、今回は夏月さんから話してくれるだろうと思った。

 

 この時間なので特に何もやっていないがテレビをつけ、なんとなくそれを眺めている。

 互いに何も話さないまま十分ほど経ち、夏月さんがもたれかかってきた。

 

「ね、優くん」

「ん?」

「私のこと、好き?」

「好きですよ」

 

 相談事かと思ったが、どうやらそうでは無いようで。

 突然のことに驚き、少し恥ずかしさはある。

 

 ただ、答えた『好き』は夏月さん個人を異性として好きなのか。推しだからなのか。

 正直なところよく分からない。

 

 一緒に過ごす時間が増え、これまで知らなかった普段の夏月さんを見てきたわけだが。

 まだどこか、ファンとして夏月さんを見ていると自分でも感じる。

 

 この区切りを自分の中でどうつけるか、未だに分からない。

 

「本当に? 私、用済みとかじゃない?」

「へ? 用済み? どうしてですか?」

 

 考えたところでどうにかなるものでも無いが、どうしたものかと頭を捻っていれば。

 夏月さんの口からとんでもない言葉が聞こえてきた。

 

 夏月さんに目を向けるけど変わらず前を向いたままであり。

 髪が邪魔をして表情は良く見えないが、その姿はどこか悲しそうに見えた。

 

「だって、私からハルに乗り換えるんでしょ?」

「高瀬さんに乗り換え?」

「うん。別にいいんだよ、隠さなくて。わざわざ高瀬さんなんて他人行儀に呼ぶ必要もないから」

「えっと……すみません。話の流れがよく分からなくて。一から説明をお願いしてもいいですか?」

 

 話の流れが全く分からない。

 他人行儀もなにも、ずっと高瀬さんと呼んでいるし、乗り換えるって……ようはそういう意味だろうけど、どこからそんな話が出てきたのだろうか。

 

 何かズレのようなものを感じてるので初めから説明して欲しいのだが。

 夏月さんは先ほどよりも強く服の端を握りしめるだけであった。

 

「あの……」

「……プレゼント」

「ん? プレゼント?」

 

 意図せず追い詰めてしまったのかと不安になり、声をかけようとしたところでポツリと呟くようにして出された単語を耳が拾いとる。

 

「……そう。ハルにネックレスと指輪、渡していたでしょ?」

 

 そこでようやくこちらへ顔を向けた夏月さんは、涙を堪えながらもどうにかして作った笑みを浮かべていた。

 

「仕事の帰りに偶然二人を見つけたから、知ってるんだよ」




夏月はたまたま近くの場所で仕事をしており、帰りにタクシー乗ったところで二人を発見。
一緒に乗って帰るかと声をかけようとしたところで、例のプレゼント現場を見たということです。
(夏月から春にまだ同棲していることを伝えておらず、この日に主人公から春に伝えたことも知りません。なんならこのまま三人一緒に夏月の家へと向かい、同棲までしている話をしようと考えていたりします)
タクシーで先に帰った夏月ですが、話でもあった通り乗り換えられると思い込んでいます。(自分はプレゼントを貰っていないため、多妻という発想は無い)
なのに主人公はいつも通り変わらないため、知ったまま日常を過ごしていくのは無理と判断した夏月はケジメをつけに行きますが、主人公によって自分の状況を全部説明させられることになったということです。


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二十四輪目(tips:世間の話題)

グチャグチャなヒロインの心情を考えるだけで興奮しますね。


 えっと……どういう事だろう。

 

 夏月さんが仕事帰りにタクシー乗ったら俺と高瀬さんを見かけ、声をかけようとしたらプレゼントを渡していたと。

 

 ……ああ、なるほど。

 

「あれは三月にあった高瀬さんの誕プレと、長い間買い物に付き合って貰ったお礼ですよ」

 

 どんな理由で渡していたか知らないから、俺が高瀬さんの気を引こうとしていたと勘違いしたのか。

 これからは事前にどんな事をするか前もって説明しておいた方がいいのかもしれない。

 

 でも、高瀬さんと会う事自体は気にしないって前に言っていたような。

 ……夏月さんの考えはよく分からないな。

 

「理由は何だっていいの。ハルにアクセサリー、プレゼントしたんでしょ?」

「しましたけど……」

 

 俺の中ではスッキリしたのだが、まだ何か俺の気付いていないズレがあるらしく。

 未だ悲しそうにしている夏月さんに変化がない。

 

「すみません、夏月さん。自分がした事で今こうなっているのだろうってのは分かるんですけど、何が原因なのかサッパリ分からないんですけど……」

「…………優くんは、好きでも無い人に装飾品をプレゼントするの?」

「いや、そこまでの人にはもっと手軽なものですよ」

「ほら、ハルは特別な人なんだよね?」

「……? まあ、推しですから。未だに自分と友達だなんて信じられないですよ」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ズレを無くすため、正直に聞いてみたはいいものの。

 求めていた答えは返ってこなかった。

 きっと遠回しに伝えてくれているのだろうが、偏った知識しかない俺に分かるだろうか。

 

 好きでも無い人に装飾品をプレゼントするのか。って問いかけに、しないと答え。

 高瀬さんは特別な人なんだと返ってきた。

 

 つまりは高瀬さんに装飾品をプレゼントするって事は、好きなんだよねって事だろう。

 まあ、推しなのだから当然そうだ。

 

 あ、なるほど。

 チェーンブレスレットならまだしも、指輪はさすがにいけなかったか。

 未婚とはいえ男性が女性に指輪を渡すなんてのは考えなしが過ぎた。

 

「夏月さんの言いたかった事、やっと分かったと思います。自分の考え無しな行動で不安にさせてすみません」

「ううん。私も少し強引に進めたところがあるし……短い時間だったけれど、とても楽しかったよ」

「……夏月さん、もしかしてまだ自分が別れたいと思っていると?」

「だって、そうなんじゃ無いの?」

 

 何故、夏月さんがまだそんな考えでいるのか分からない。

 ……いや、自分の言葉が全て相手に伝わっているという思い込みから間違っているのだから、その認識から改めないと。

 

 けど、これ以上言葉を交わしたところで夏月さんに上手く伝えられるとは思えない。

 

「…………よしっ」

「へっ? ちょっ、優くん?」

 

 少し恥ずかしいが気合を一つ入れて立ち上がり、夏月さんの手を取って寝室へと向かう。




夏月にパートナーができたという話が噂で広がっている。
引っ越し業者から漏れることはないが、引っ越しを行ったことは周りに知られているため。
人の口に戸は立てられないので仕方ないが、男性に不利益な情報が流れると罰せられるため、ネットの民もそこら辺は理解しながら掲示板で盛り上がっている。
だがつい先日、春が男性(主人公)から装飾品をプレゼントされていたのを大勢の人が見ており、話の流れは全部そっちに持っていかれた。


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二十五輪目

日間ランキングの7位にあってビックリしました。
ありがとうございます。


 いつの間にやら眠っていたようで、目が覚めたとき俺は全裸であった。

 隣を見れば同じように全裸で眠る夏月さんの姿が。

 

 それで昨夜、何をしたのか思い出し、恥ずかしさが込み上げてくる。

 言葉で分からなければ行動で示すって、もの凄くバカっぽい行動であったが、これで解決したのもまた事実。

 

「…………ん」

「おはよう、夏月さん」

「あ、優くん。おはよ」

 

 気持ちよさそうに眠る夏月さんの顔をよく見たくて前髪をどければ、起こしてしまったようだ。

 

「これ、掃除しなくちゃね」

「……えへへっ」

 

 自分や夏月さんの身体は色んなもので汚れており、シーツに至っても酷い有様だ。

 ずっとこの部屋にいるため今の俺たちには分からないが、匂いも大変な事になってるいるだろう。

 

 取り敢えずパンツだけ履き、窓を開けて換気。

 昨日の様子が嘘のように嬉しそうな夏月さんを先にシャワーへ送り、シーツなど部屋の中を簡単に片付けていく。

 

 区切りがついたところで夏月さんが出てきたので、入れ替わるようにして俺もシャワーを浴び。

 サッパリしてリビングへ向かえば、夏月さんが俺のためにコーヒーを淹れてくれていた。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

「これ、誕生日プレゼント」

 

 雰囲気も何もないが、今でないと忘れてしまいそうなのでさっそくプレゼントを渡せば、夏月さんは驚いた表情で俺を見てくる。

 受け取ったまま動こうとしないので、一度俺の手元に戻し。

 まずはネックレスから取り出して夏月さんに付けてあげる。

 

 そして次に指輪だが……うん。

 

「あ、えっ……えっ!?」

「自分としてはこういう気持ちでいるから……その、これからもよろしく」

「うん、うん! すごく嬉しい!」

 

 左手薬指にはめられた指輪を眺めて嬉しそうな表情をしている夏月さんに、俺も少し安心した。

 結婚までは考えていない、とか言われたらどうしようと思っていたりしたのだ。

 

 一応、ペアリングとして自分のも買ってあるが、指に何かつけているのが合わないため。

 別途チェーンを買い、首から下げている。

 

 五年ほど会っていないが、親経由で幼馴染が結婚したという話は耳に届いており。

 もう結婚か。俺もそのうち相手とか見つかるのかな、なんて他人事のように思っていたけど。

 まさかこうなるとは夢にも思わなかった。

 ……いや、何度かこういった妄想したりしたけども。

 

「それでなんだけど、実はプレゼント以外に何も用意してなくて。今日一日、夏月さんのしたいことやっていこうかなって」

「あ、それなら大丈夫! 誕生日の人の家に休みのメンバーが色んなもの持ち込んで、パーティーやるから!」

「それって、これからメンバーの誰かが来るってこと?」

「そうだよ?」

「……ちなみにいつ頃? 何人?」

「んー……来るのは三人で、あと三十分もあれば着くって」

 

 現在時刻は十一時。

 集まって、準備して、さあ始めようって時には昼のいい時間ってことか。

 なるほどなるほど。

 

 いや、そんなことはどうでもよく。

 え、これからここに集まると?

 

 普段からあまり汚さないようにしてきたため、綺麗ではある。

 綺麗ではあるのだが、一室は大変なことになっているのだ。

 

 まあ、寝室であるし入るような事もないだろうが、片付けて損はないだろう。

 

「…………うっ」

 

 シャワーを浴び、綺麗な空気を吸って鼻がリセットされたからだろう。

 窓を開けて換気していたとはいえ少しの時間であるため、まだ臭いが残っている。

 

 取り敢えず出来るところからと、先程後回しにしていたことを片付けていく。

 臭いは最後にファブって誤魔化せると信じ、洗濯し終えたシーツなどを外に干したところで時間一杯である。

 

「優くん、大丈夫?」

「……このまま寝たい気分」

「それなら私、外に出たほうがいい?」

「いや、夏月さんの誕生日だもの。俺のことは気にしないでいいよ」

 

 よっこいせと、まだ二十前半なのにおじさんみたいな声を出しながら立ち上がったところで、来客を告げる音が鳴り響く。

 

「はーい!」

 

 元気よく玄関へ向かう夏月さんを少し遅れて追いかけていけば、ドアを開けるタイミングであり。

 

「お誕生日おめでとー!」

「「おめで──おとこ?!」」

 

 入ってくるとほぼ同時にクラッカーの音が鳴り響き、お祝いの言葉を述べているが。

 高瀬さんは最後まで言い切ったのに対し、月居(つきおり)さんと樋之口(てのくち)さんは俺の存在を認識するなり驚きで固まってしまっていた。




キャラの説明は次載せた時にしたいと思います。
「ひのくち」と書いて「てのくち」と読みます。
正しいかは分かりません。
調べたら出てきたので合ってると思います。
次で出ますが、名前は「冬華」(ふゆか)です。

今後、秋凛と一緒にいっぱい引っ掻き回してくれると信じています。


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二十六輪目(tips:キャラ4)

コンビニ店員の補足だったり、感想の返信で色々と吐き出したので気が向いたら見てみてください。(次の更新時にtipsでも書きます)


 驚きからまだ呆然としている二人は、夏月さんに引っ張って奥へ連れて行ってもらう。

 玄関の鍵を閉め、靴を並べようとしたらそれはすでに高瀬さんがやってくれていた。

 

「ありがとうございます」

「ううん、気にしないで」

 

 最後にもう一度戸締まりを確認し、高瀬さんとリビングへ向かえば。

 

「か、夏月ちゃん、さっきの男の人は何なのかな?」

「いい? 正直に答えなさいよ。ウソをついたと思ったら制裁が待っているからね」

「……それ、どのみち制裁を受ける未来しか無いんじゃ」

「シャラップ! 夏月に拒否権なんかないのよ!」

 

 そこには再起動を果たした二人に詰め寄られている夏月さんの姿が。

 リビングに入ってきた俺と高瀬さんに気が付き、目で助けを求めてくるけど、あの場にどう割って入ればいいか分からないため。

 

 ごめん、とジェスチャーを返して飲み物を用意するためキッチンへ向かう。

 

「ゆ、優くんについてはハルもよく知ってるよ!」

「えっ!? 夏月、私のこと売るの!」

 

 高瀬さんも俺の後に続こうとしていたが、そうはさせまいと速攻で夏月さんに売られていた。

 

「私よりも先に装飾品プレゼントされてるんだからいいじゃん!」

「それとこれとはまた別じゃないかな! 夏月もネックレスと指輪貰ったんでしょ! あっ! 左手の薬指につけてる!」

 

 俺がいなくなった、と言っても見える範囲にいるのだが、リビングでは夏月さんと高瀬さんの楽しそうな声が聞こえてくる。

 楽しそうと思いながらも俺に被害がこないよう、祈りながらそちらを見ることはないのだが。

 

 飲み物は何がいいのか聞くのを忘れていたため。

 取り敢えず人数分のコップと、いくつか適当に飲み物をトレイにのせてリビングへと戻っていく。

 

「…………」

 

 そういえば、途中から静かになったなと思っていたが。

 トレイを持ち、リビングへと戻った俺の目にとても面白い光景が入り込んできた。

 

 ソファーに座る月居さんと樋之口さん。

 そして床に正座している夏月さんと高瀬さん。

 

 本来ならばソファーに座っている方が優位なのだろうが、目に映る光景では夏月さんと高瀬さんの方に余裕が見える。

 

 ってか、今日は夏月さんの誕生祝いで集まったのでは。

 

「……あの、みなさん何飲みますか?」

 

 少し声をかけにくい状況であるけども、このままというわけにもいかず。

 高瀬さんたちが持ってきてくれた食べ物も未だ袋に入ったままである。

 

 普段の流れがどういったものなのか俺はサッパリ分からないため、任せようにもこの状況じゃ無理だ。

 

「あ、コーヒーで」

「私はリンゴジュースをお願いしようかな」

「桜くん、私もコーヒーをお願い」

「優くん、コーヒーと牛乳を一対一で!」

 

 意外にも、声をかけると先程の状況など無かったかのように反応が返ってきた。

 高瀬さんと夏月さんも普通に正座をやめ、月居さんや樋之口さんと共に食べ物をテーブルに並べていく。

 

「食事が始まったら、またゆっくりと話を聞かせてもらうから。……もちろん、君にもね」

「へ? あ、はい」

「あ、冬華ちゃん、ポイント稼ぎですか」

「秋凛、変なこと言わないで」

 

 ウインク付きで唐突に話を振られたから心構えが出来ておらず、気の抜けた返事になってしまった。

 

 どんな事を聞かれるのか分からないが、やっぱりメンバーに男が出来るのはマズかったのだろうか。

 玄関での反応も含めて考えてみると、夏月さんと高瀬さんは俺のことをメンバーに伝えていないようだったし。

 

 少しでもいい印象を持ってもらえるよう頑張らねば。




樋之口(てのくち)冬華(ふゆか)
主人公と同い年。
少し強気な性格だが周りへの気配りができるキャラの声担当。
本人も似た感じだが、自身では計算高い女だと思っている。
思惑通りに進む成功率は二割を切る。
腰まである黒髪ロングのストレート。

胸早見表
秋凛(D)>春(C)>?(B)=夏月(B)>冬華(A)
身長早見表
主人公(175)>?(169)>春(165)>冬華(163)>秋凛(157)>夏月(155)


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二十七輪目(tips:ジェンダー)

 なんて思っていたけれど。

 

「それで、夏月と……優くん、だっけ? どうやって出会ったのさ」

「私よりも先に、ハルが優君と出会ってるんだよね」

「え? マジ?」

「春ちゃん、夏月ちゃんに横から一番を取られちゃったんだ」

「秋凛、後でちょっとオハナシしよっか」

 

 準備を終えた後、夏月さんの誕生日を祝って乾杯をし、みんな普通に楽しんでいる。

 ……いや、何も悪い事じゃないんだけども、さっきまであったやり取りは無かったことになったのだろうか。

 

「最初は……自分がスタジオの見学に行った時、ですね。高瀬さんから声をかけていただいて」

「アウト」

「アウト、だね」

「やっぱりそうだよね?」

「いやいやいや、みんな同じ立場なら声かけるでしょ! それにちょっとお話ししようとしただけだもん!」

 

 何故だか分からないが、出会いについて俺から話す空気に感じた。

 珍しくその読みは間違っていなかったが、少し話して止まってしまう。

 

 高瀬さんの反論? にはみんな目を逸らし、何も聞かなかったことにしていた。

 

「優くん、続きをお願い」

「あ、はい。そのあとに高瀬さんからサインを頂いて。次の日にそれを入れる額縁を買いに出かけ、知らない人からDMが来たので会いに行ったら高瀬さんがいた、みたいな」

「春、二アウト」

「これはいけないよねー」

「ハルもそうだけど、優君も無警戒が過ぎる気がするよね」

「だ、誰だってファンって言われたらこうするでしょ! 後、桜くんが無警戒すぎるのは私も思うな!」

 

 何故だか俺にまで飛び火が来た感じがするけど、今日初めましての月居さんと樋之口さんは俺のことをよく知らない為。

 話はそのまま流され、続きを促される。

 

「そこでお昼食べながら話してたら夏月さんが来て、そのまま三人でって感じですね」

「優くんと夏月が出会ったのは春のおかげでもあったわけね」

「ここから夏月ちゃんのターンが始まるのかな?」

「えっと……はい、そうですね。場所を変えようと、夏月さんの家に招待されました」

「…………ん?」

「ごめんね。よく聞き取れなかったから、最後の部分だけもう一回言ってくれるかな?」

「え? あ、はい。夏月さんの家に招待されました」

「うわ、聞き間違いじゃなかった」

「これは一発退場じゃないかな?」

「いや、いや! ずっとお店にいるのも悪いし、たまたま私の家が近かったから! それにハルも居たし!」

 

 月居さんと樋之口さんは何やら話していたが、取り敢えず続きを聞こうという結論に落ち着いたらしく。

 どこから取り出したのかイエローカードを一枚、夏月さんに手渡している。

 

「それじゃ、続きを」

「えっと……その日は三人でゲームしたりして終わりですね」

「帰り道か次の日に、夏月から遊びの誘いでもあった?」

「すごいですね。帰りに夏月さんから遊びの誘いがありましたよ」

「そりゃ、この結果を知ってれば大体そんなところでしょ」

 

 言われてみれば、それもそっかという感じである。

 今こうして同棲し、指輪まで嵌めているんだもの。

 ……結構、色々とすっ飛ばしている気が今更ながらにしてきたな。

 

「でも、あの時は驚きましたよ。まさか泊まりだとは思っていなかったので」

「「「…………は?」」」




あくまでこの作品における設定になります。
その事を念頭に置いていただけると幸いです。

この世界では一応、同性婚が認められていますが、色々と条件があります。
条件の一部ですが、女性同士であるのならば子供を二人以上作る、男性同士ならば種の提供など。(そうでもしないと滅亡へのカウントダウンが早まる為)
こればかりは説明を短く終えます。
これ以上は感想か活動報告に質問が来た場合、その返信で吐いていきます。

以下、コンビニ店員の補足説明的な。
全てのコンビニへの配属は不可能ですが、主人公のようにパンツを買いに来たといった場面で問題が起きにくい為、そういった人は貴重な戦力だったりします。
前述の通り全てのコンビニ配属は無理な為、既にパートナーがいる女性であったり、歳を召して性的対象にならない人を配置します。
一般の女性がなれるのは特殊なテストに合格した場合となります。
それでも夜はその思い出に浸りながら自家発電したりしますが。


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二十八輪目

 何かいけないことでも言ってしまっただろうか。

 すごい表情でこちらを見られるのは結構怖い。

 

「ねえ、優くん」

「はい」

「聞き間違いかなとは思うんだけど、一応確認させてね」

「は、はい」

「私、夏月が二回目に会う男性を泊まりで家に招待したって聞こえたんだけど」

「えっと……そう、ですね。金曜の夜から遊ぼうと誘われまして。ご飯で終わりかなと思ったんですけど、そのまま泊まりに」

「うんうん、そっかそっかー。…………で、夏月はどこに行く気かな?」

 

 樋之口さんの視線の先を追えば、誰にもバレないようにしながらリビングを出て行こうとしている夏月さんの姿が。

 

「え、えへへ。ちょーっと外の空気でも吸いに行こうかなって」

「私は悲しいよ、夏月ちゃん。まさかメンバーの中から犯罪者が出るなんて」

「私も、まさか夏月の手がこんなに早いとは思わなかったな」

 

 そんな夏月さんの両隣に高瀬さんと月居さんが陣取り、腕を取って捕獲していた。

 救いを求めてこちらを見てくるが、とても楽しそうにみえる。

 

「メンバーが集まると、いつもこんな感じなんですか?」

 

 あ、俺の助けが無いと気付いたのか捨てられた子犬のような顔をしている。可愛い。

 

「まあ、いつもこんな感じよ」

「とても楽しそうですね」

「……そう? 私の知る他の男性と感性がだいぶ違うのね」

「そうですかね?」

「そうよ。…………お手洗い、借りるわ」

「はい。廊下出て左手側手前のドアです」

「ありがと。……私が戻ってきたら夏月の裁判を始めるけど、まあ有罪(ギルティ)なのに変わりはないから」

「そんな横暴だっ! 弁護士、弁護士を呼ばせてっ!」

 

 夏月さんの必死な叫びを無視して、樋之口さんはリビングから出て行ってしまう。

 それにしても、夏月さんや他のメンバーの初めて見る表情ばかりで胸が幸せでいっぱいである。

 普段から仲が良さそうで、ファンとしてはニッコリものだ。

 

「…………あっ、ゆ、優くん? これはちょっとテンションが上がった故のあれであって、普段の私はこんな感じじゃ無いからね? ね?」

「夏月ちゃんは普段からこんな感じだよ?」

「ちょ、シュリ、余計なこと言わなくていいから」

 

 一度状況のリセットが入り、テンションが落ち着いたらしく。

 夏月さんは先程の行動が恥ずかしかったのか顔を赤くさせながら言い訳を口にするが、何を食べようか悩んでいる月居さんにバッサリ切られていた。

 

「同棲始めた頃よりも、最近の夏月さんがたまにそんな感じするので。今更隠すようなことじゃ無いですよ」

 

 それでもやっぱり、メンバーにしか見せていない表情が時折あるため、少し嫉妬してしまう。



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二十九輪目(アンケート)

 その後、戻ってきた樋之口さんによって行われた裁判では夏月さんの主張は認められることなどなく。

 

 めでたく(?)有罪となった夏月さんが猫耳メイド姿になったりなど。

 お祝いされるというよりは、みんなのオモチャになっているような感じであった。

 

 別に夏月さんがいじめられているわけではなく、話を聞いていると他の人の誕生日を祝うときも祝われる人は似た感じらしい。

 

 樋之口さんが誕生日の時にはバニーを着た(着せられた)らしく、その写真を見せてもらった。

 写真を見せてくれた月居さんは樋之口さんに頭叩かれていたけど。

 

 

 

「それじゃ、私たちはそろそろ帰るわね」

 

 日も落ち、空からオレンジが無くなってきた頃。

 樋之口さんはそう口にし、片付けを始めていく。

 

「私はこのまま泊まっていきたいなー」

「アホなこと言ってないの。明日、仕事でしょ」

「みんなと収録だけどね」

「そうそう。だから泊まって一緒に行けば楽ちんだよ?」

「春ならまだしも、私たちが泊まると邪魔になるでしょ」

 

 何故、高瀬さんなら平気で他はダメなのだろうか。

 ここから行くのが楽であるならば、泊まっていけばいいのに。

 

 いや、全員分の布団があったかな……?

 それに夏月さんが引き止めようとする様子はないし、高瀬さんたちも帰り支度をほぼ終えている。

 

 ここから引き止める勇気は俺にないため、気付けば玄関で見送った後だった。

 

「片付けは俺がやっておくから、夏月さんは着替えてきていいよ」

 

 それほど散らかってはいないが、それなりに片付けは必要である。

 人が集まるとその後に片付けが待っているのは宿命なのだが、今回は今までと比べたらとても楽な部類だ。

 

 まずは空いた食器などをシンクに運んでいく。

 それらを水に浸した後はゴミを分別して袋に──。

 

「夏月さん?」

 

 着替えに行っていたものだと思っていた夏月さんにいきなり後ろから抱きつかれ、結構驚いた。

 まだメイド服姿であったが、気に入ってるのだろうか。

 

 声をかけても反応があるわけじゃなく、何か言ってくるわけでもない。

 移動するときは合わせてくれるため、少し動きにくいがこのまま片付けを進めて行くことに。

 

 

 

 後は指定の日にゴミを出すとこまでまとめ終え、皿も洗い、少し遅い時間だが簡単に掃除機もかけた。

 残った食べ物は冷蔵庫にしまったし、こんなもんで十分だろう。

 

 後ろにひっついている夏月さんを一度剥がし、正面に持ってきて抱きしめる。

 

「それで、どうしたの?」

「…………もう少し、このままがいい」

「立ってるのも疲れるし、ソファーに移動しよっか」

 

 念のため毛布を二つ、持ってきて手の届くところに置いておく。

 先に座った俺の上に向かい合う形で夏月さんも乗っかり、またギュッと抱きしめてくる。

 

 これ、側からだと対面座位で入ってるようにも見えるなと思ったが、何となく口に出すのは憚られた。

 

 先ほどまで楽しそうにしていたというのに、どうしたのかと思ったが。

 楽しかった分、みんなが帰って寂しさが押し寄せてきたのだろう。

 

 俺も楽しい時が永遠に続けばいいな、と思うことは何度だってある。

 でも実際そういうわけにはいかないのだ。

 

 こんなことしかできないが、それで寂しさが紛れるのならと抱きしめ、頭を撫でていたが。

 いつの間にやら眠っていたようで。

 起こさないよう気をつけつつ毛布を手に取り、ソファーに横たわって毛布をかける。

 

 本当はベッドまで運びたいが、服をしっかり掴んで離さないため。

 途中で起こしてしまいそうだから諦めた。

 

「おやすみ、夏月さん」

 

 きっとすぐ、楽しいことがやってくるはずだから。

 

 どうやら自身で気づかないうちに相当疲れていたようで。

 横になったら睡魔が押し寄せ、半ば気絶するように眠りについた。




ちなみに最後、夏月がずっと引っ付いていたのは独占欲です。

まだ秋凛と冬華はそれほどですが、気になったので。


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三十輪目

500超える投票数にビックリしました。
後書きに内訳記しておきます。


 夏月さんの誕生日会をしてから早くも一週間が経った。

 土日祝日が完全に休みな俺とは違い、夏月さんは職業的にそうではなく。

 

「…………なーにしよっかな」

 

 本日は家に俺一人という状況である。

 思わず独り言も漏れてしまう。

 

 今朝、仕事に向かう夏月さんを玄関で見送る時。

 靴を履いたところで行きたくないと駄々をこね、仕事を休むと言い始めたのには驚いた。

 まさか、いってらっしゃいのキスをする事になるとは。

 

 嬉しいのだが、やはり恥ずかしさもそれなりにある。

 夏月さんがとても嬉しそうにしながら仕事に向かったのはいいけど、雰囲気的に毎日やる感じだな……。

 

 これまで休みの日も一緒にいれたのはスケジュールを調整してくれていたからであり、本来これが正しいはずなのだ。

 

 なのだが、あまりに濃い時間を過ごしたためか。

 今まで一人の時、どうやって時間をつぶしていたか分からない。

 

 いつもより少しおざなりであるが、最低限の掃除は済ませ。

 何をするでもなくソファーに寝転がり、このまま寝ようかなと思っていたが。

 

「…………?」

 

 部屋にチャイムの音が鳴り響き、のそりと身体を起こす。

 何か頼んでいたものでも届く予定があったかなと思いながらモニターを見てみれば。

 そこには……。

 

「…………どなたでしょう」

『樋之口よ。先週、誕生日会のとき居たでしょ。……まさか、忘れられてる?』

「あ、すみません。今開けます」

 

 名前を聞いて、確かにそうだなと。

 髪型が違うし、マスクもしていたから言われるまで分からなかった。

 

 ……反射的にドア開けちゃったけど、別にいいのかな。

 夏月さんに用があっても仕事で居ないんだけど。

 

 連絡来ていたのに確認し忘れたかと思い、スマホを開くも特に何かあるわけでもなく。

 取り敢えず、夏月さんに樋之口さんが来たと送っておいた。

 

 

 

「お邪魔するわ」

「どうぞ。……今更言うのもアレなんですけど、今日は夏月さん仕事ですよ」

「知ってる。用があるのは夏月じゃなくて君だもの」

 

 俺に用があると言われても……初めて会ったのだって先週であるし、会話が無かったわけでもないが、それほど親交を深めたわけでもない。

 

 あ、もしかしてメンバーに男ができて活動に支障が出始めたとかの文句だろうか。

 もしそうなら今度、夏月さんや『Hōrai』のことについてエゴサして、本当にそうか確かめないと。

 

「飲み物はコーヒーで大丈夫ですか?」

「ええ、ありがと」

 

 俺と夏月さんの男女関係について以外、話があるわけないし。

 何とか穏便に出来ないかな、なんて思いながら飲み物の用意をし、運んで腰掛ける。

 

「それで、自分に用というのは……」

「同い年なんだから、そんなに畏まらなくてもいいのよ?」

「や、好きなグループのメンバーに対してそんなに馴れ馴れしくとかは」

「でも、夏月とは砕けた口調じゃない?」

「それは……まあ」

「春のことはまだ苗字呼びだし、砕けるには親密にならないといけないのかしら?」

 

 どのような意図を持っての質問なのかよく分からないし、何故、高瀬さんの名前まで出るのか不思議だが、取り敢えず笑って誤魔化しておく。

 

「親密になるために大切なのは一緒にいる時間?」

「えーっと……」

 

 これは遠回しに、樋之口さんは俺と親密な関係になりたいと言う事なのだろうか?

 男に女心を理解できるとは到底思えないから本当のところ分からないが、自惚れないよう気を付けないと。

 それに今の俺には夏月さんがいるのだから。

 

「それよりも、やっぱり肌と肌を重ねることかしら。たとえば──誕生日の前日から夜明けごろまでずっと交わり合う、とか」




1位 春  256票
2位 夏月 151票
3位 冬華 80票
4位 秋凛 38票
(2021/07/19/13:48)
アンケはあくまで参考程度で、本編にはあまり関係ありません。
先の展開もある程度は固まってるので楽しみに待っていただけたらと思います。
それにしても散々グチャグチャとなった春にまだ苦しんでもらいたいとは。
作者、ニッコニコです。

個人的にそう思っていないのに、感想が運対で消された場合、解除とかもう不可能ですかね……。


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三十一輪目(tips:世界観補足)

 樋之口さんが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 一度落ち着くためというか、自分のペースを戻すためというか。

 飲み物でも飲んで、間を入れたはいいものの。

 その様子を何も言わずに見てくる樋之口さん。

 

 メンバーの中で夏月さんと高瀬さんがツートップの最推しであるのは確かだが。

 基本的に箱推しの優柔不断な俺であるため、当然、樋之口さんも推しである。

 だから……こう、なんと表現したらいいか分からない感覚に陥りつつあった。

 

 このまま時間をかければ流してくれるのではと少し期待していなくも無いが、男女間でこの話題をぶっ込んできたという事はその可能性も低いだろう。

 

 肌と肌を重ねるのは男女で同棲しているのだからまあ分かりそうなものだが、まさか夜明けまでしていたことを当てられるとは──。

 

「…………盗撮?」

「そんな事しないわよ」

 

 思わず漏れてしまった呟きだが、しっかりと聞かれていたようで。

 特に慌てることが無いのは盗撮していてもバレない自信があるからなのか、はたまた本当にしていないのか。

 

「シーツなんかが洗濯されて外に干してあって、寝室の方から消臭剤の匂いがしたらそんなもんだって気付くでしょ?」

「えっ……じゃあ、高瀬さんや月居さんにも?」

「あの二人が気付くわけないじゃない」

「そんなもんですかね」

「そんなもんよ」

 

 樋之口さんに知られていたってのも衝撃的だが、あの誕生日会にいた全員に夏月さんとの情事を知られていたと思ったら居た堪れない。

 

 …………で。

 樋之口さんは今日、何の用で来たのだろう。

 まさかこの話をするためだけ……?

 

 今更だが、俺と夏月さんが致してるのを知ってるぞ、と話はされたが。

 果たしてあれは質問だったのだろうか。

 

「それで、どうなのかしら」

「どう……とは?」

「私は三番目だろうと、文句は無いわよ?」

「三番目……?」

 

 急に何の話だろうか。

 話題が変わったのは何となく分かる。

 けどそれについて行けていないため、オウム返ししか出来ていない。

 

「えっと……すみません、何の話でしょう……」

「何って言われても──あっ」

 

 正直に分からないと告げ、何の話をしているのか教えてもらおうと思ったのだが。

 何かに気付いた様子の樋之口さんは急に黙ってしまった。

 

 ……いや、何か呟いているようだが、声が小さ過ぎて聞き取れない。

 一言、『遠回しに断られてる』とか聞こえた気がしたが、俺は一体何を断ったのだろう……?

 

「あの……」

「ねえ、優くん」

「あ、はい」

 

 互いに齟齬があるような気がして、認識のすり合わせをしようと思ったのだが。

 それよりも樋之口さんの方が早かった。

 

「なんなら私、愛人でもいいけど?」




感想にもあった主人公の認識的なものについて。
主人公を簡単に表現すると『天然ゆるふわビ◯チ』になります。
ですがこの世界は男女比1:4なので、社会的に主人公のような男性を求められており、ステータスの一つになります。(中には一夫一妻がいいという考えの人もいますが)

以下、世界観の説明として認識してください。
少し直接的な表現があります。

一夫一妻だと、子供二人で人口維持、三人で人口増加。
一夫二妻だと、子供三人で人口維持、四人で人口増加。
少し飛ばして
一夫五妻だと、子供六人で人口維持、七人で人口増加となります。
一見どうなのかと思う人もいるかもしれませんが、五人がそれぞれ二人ずつだと子供が十人です。
男の人は大変ですが、母体を余らせることなく子供を増やせるため、社会的に推奨されている理由の一つです。

全員が一夫一妻だと、女性は四人に一人しか結婚ができません。
つまり75%の人が独り身になります。
体外受精などがありますが、国からの支援があったとしても全員となると種や金の問題も出てきます。
海外では子供を纏めて施設で育てているところなどありますが、産んだ子を自身の手で育てたい思いがあるため、日本では一部地域でのみ行っています。

長くなりましたが、簡単にすると男は頑張って種撒いてねってことです。


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三十二輪目

作者がルビ振り面倒臭がってすみません。
今一度、ここでキャラの呼び名を書いときます。
桜(さくら)優(ゆう)
高瀬(たかせ)春(はる)
常磐(ときわ)夏月(かげつ)
月居(つきおり)秋凛(しゅり)
樋之口(てのくち)冬華(ふゆか)


 こちらを誘うような仕草、声色に。

 夏月さんというものがありながら、不覚にも心が揺れ動いてしまう自分がいた。

 

 そんな俺の内心を見透かしたようなタイミングでクスリと笑みを浮かべる樋之口さんから、咄嗟に目を逸らす。

 

「その反応は照れているのかしら。脈無しだと思っていたけれど、そんなことなかったのね」

 

 この雰囲気はなんとなくマズイ気がしたけど、今更帰ってくれと言えるほどの人間でもない為。

 ただただ、何か起こってどうにかならないかと願うばかりである。

 

 いつまでも顔を逸らしたままじゃどうにもならんと。

 夏月さんを思い浮かべて気を持ち直し、樋之口さんへ向き直るが。

 

「んぇっ!?」

 

 何故か、俺の目の前に立っていた。

 

 いつの間に、という疑問。

 目の前に立っているのに気付かない自分は間抜けなのでは? というアホ加減。

 そして何故、何も話さないのだろうかという疑問。

 

 驚きから、自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。

 あ、ふんわりいい匂いが……いやそんなこと思っている場合じゃなく。

 

 どうしたものか困るが、取り敢えずこの状況は改善しようと。

 樋之口さんの脇を抜ける為、立ち上がろうとしたところで。

 

「──逃げなくてもいいじゃない。ね?」

 

 両肩に手を置かれ、それは叶わず。

 出鼻を挫かれてる隙に膝に座られ、対面座位の形となってしまう。

 

 これで逃げられなくなってしまったが、いま一周まわってなんか冷静でいられる気がする。

 うわー、推しの良い顔がこんな至近距離にあるとかいくら払えばいいのだろうか。

 

「やっぱり、優くんって他の人とは違うのね」

「そうですかね?」

「そうよ。こんな事までさせてくれるんだもの」

 

 俺としてはご褒美なのだが、他の男たちはそうじゃないのだろうか。

 

 んっ、そんな首筋とか撫でられると反射的に身体が反応してしまう。

 そんな俺を見てニコニコしているけども、何が良いのだろうか。

 

 …………や、俺を夏月さん、樋之口さんを俺に当てはめて考えると。

 確かに楽しくてずっとやっていられる。

 

「それで、返事はどうなのかしら」

「それは……その、愛人どうのってやつ、ですよね?」

「他に何かある?」

 

 苦笑いを浮かべるしかないが、今の俺は物理的に逃げることも叶わない。

 自分の話術に期待もない為、答えるまできっとこのままだろう。

 

 実はそれほど悪くないかなとか考えてしまったが、夏月さんにこんな場面を見られたら言い訳のしようもない。

 

「その……決して樋之口さんが嫌とか言うわけじゃ無いんですけど、今の自分には夏月さんがいるので……」

「二人だけの秘密でも構わないわよ? ──むしろその方が燃えると思わない?」

 

 そう言うや否や樋之口さんは俺の頬に手を添え、顔を近づけて──。




基本的に女性視点を書くつもりは今後もない予定です。

今回、冬華がここまで行動を起こせたのは、誕生日会の時に主人公がどこまでいけるのか探ってたからです。
それでも絶対ではない為、半ば賭けですが。


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三十三輪目(tips:タイトル)

「──優くん!」

「うぇっ!? え……あ、夏月さん。お帰りなさい……? あれ、仕事はもう終わり?」

「夏月、そんなに慌ててどうしたのよ」

 

 いきなりドアが開いたかと思えば、息を切らせた夏月さんが部屋に飛び込んできてビックリした。

 

 帰ってくるにはだいぶ早い時間だけども、仕事は終わったのだろうか?

 

「あれ……優くん、平気? 何ともない?」

「うん……? 特に何もないけど……?」

「私のことは無視かしら?」

 

 俺と樋之口さんの疑問なんかよりも、夏月さんの中で重要なことがあるらしく。

 俺の顔や身体をあちこち触っては何かを確認している。

 

「本当の本当に?」

「よく分かりませんけど、本当の本当にです」

「こう見えてフユ、男の人に手を出すの早いから。一回も成功したことないポンコツだけど、優君がその餌食にかかったんじゃないかって思って……けど、やっぱりフユだったか」

「あんたたち、まさか裏で私のことをそう思っていたなんてね」

「あ、フユ居たんだ」

「最初から居たわよ!」

 

 何もされていないと確認して分かったのか、夏月さんは樋之口さんと普通に話しはじめていた。

 

 飲み物のおかわり、ということで俺はキッチンへと移動したが。

 本当はあの場から離れたく、逃げてきたのである。

 

 もし、もう十分早く夏月さんが帰ってきていたら、密着しているところを見られたかもしれないし、いらぬ誤解をされていたかもしれない。

 

 あの時、樋之口さんからされそうになっていた不意打ちのキスは手を差し込むことで防ぐことはできた。

 少し残念に思う自分がいたけども、やっぱり夏月さんを裏切ることは出来ない。

 

 仮に防ぐのが間に合わずキスをしたとしても。

 不意打ちでされたのだから不可抗力で仕方のないことなのだが、されたという事実に変わりはない。

 

『二人だけの秘密でも構わないわよ?』

 

 ふと思い返してしまった魅力的な誘いだが、何を思って樋之口さんは俺を誘惑するのだろうか。

 全て失敗しているようだが、以前に何人も男を誘っているようだし。

 

 上手くいかないから、ついに人のものへ手を出し始めたのだろうか……。

 

「……どうしました?」

 

 いつまでもキッチンにいるとおかしいので、考えもそこそこにおかわりを注いで戻ったはいいが。

 夏月さんと樋之口さんが会話をピタッとやめ、こちらをジッと見てくる。

 

「ううん、何でもないよ!」

「私もこの後に仕事があるから、そろそろ帰るわ」

「あ、はい」

 

 二人が互いの目を見て頷き、言葉を交わさずに意思疎通を取っていたのを目撃した為。

 何でもないわけないのだが、それに対して俺が深く聞くことができるはずもなく、ただ頷くのみである。

 

「夏月も、どうせ仕事抜け出してきているんだから戻るわよ」

「ちゃんと事情説明してきたから、そんなに慌てなくても平気だよ」

「それでも限度ってものがあるでしょ」

 

 樋之口さんの言うことも間違っていないため、それ以上夏月さんが言い返すことはなく。

 離れたくないとばかりに力一杯のハグとキスを俺にして、再び仕事へ向かっていった。

 

 樋之口さんは樋之口さんで、夏月さんが見ていないタイミングを狙ってウインクと小さな投げキッスをしてくる。

 何て反応すればいいのか困っているうちにサッサと行ってしまったが。

 

 もしかして、今後もこういった事が続くのだろうか。

 そうならば夏月さんに話しておく必要があるけども……。

 

『メンバーの一人に寝取られかけました』

 なんて話して、今後の活動に支障とか出たらどうしようと思ってしまう。

 

 ここまで駆け抜けてきたのだから、最後まで走り抜いて欲しいという俺の願いは傲慢だろうか。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 夜、明日も仕事である夏月さんのために早めの寝床となったはいいが。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 何やら話があると夏月さんが言うので、まだ寝ていない。

 しかし中々切り出しにくい内容なのか、いつも以上にギュッと引っ付いたまま話す気配は未だ無し。

 

 今日は精神的な疲労が強く、横になっているだけでもだんだん瞼が重くなってくる。

 急かしたいわけではないが、このままだと話を聞く前に寝てしまう。

 

 すでに半分ほど寝ているような気がするし、今話を振られても明日には忘れてしまってるかもしれない。

 

「…………ね、優君」

「ん?」

 

 どこか遠く、俺を呼ぶ夏月さんの声が聞こえた気がした。

 反射的に返事をしたが、すでに意識は遠く彼方にいるような……。

 

「私ね、メンバーのみんなだったら良いよ? ……その、出来ればでいいんだけど、誰と会うとかは教えてもらえると嬉しいな」




今更ですが、タイトルの意味でも書こうかなと。
検索かければ一発ですが『nodding anemone』は『翁草』を英語にしただけです。
花言葉は『奉仕』『何も求めない』『清純な心』『告げられない恋』『裏切りの恋』『背徳の恋』
雑にまとめると、そういうことです。

誕生日会終えて楽しく書けると言いましたが、(半分)嘘でした。すみません。
冬華来訪は半分思いつきと、先の展開のためにと差し込みました。
次からまた感情がグッチャグチャに出来るかと。
(今回も多少、夏月のメンタルにきてなくもない)


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三十四輪目(tips:話数と曜日まとめ)

この話から21時投稿に変更しようと思います。


 夏月さんからの話を聞く前に寝落ちしてしまった日から一週間が経つ。

 どんな相談だったのか尋ねてみても、『もう大丈夫』と返ってくるだけ。

 

 確かに悩んでる雰囲気を感じないし、どちらかと言えば嬉しそうにしているから大丈夫なんだろうけども。

 何だったのか気になってしまう。

 

 早めに忘れて気にしないのが一番なのは分かっているが、しばらくはこの状態が続きそうである。

 

「優君、飲み物は何がいいかな?」

「コーヒーで」

「りょーかい!」

 

 一応仕事をしている身ではあるが、養われている感じが強いため。

 せめて家事ぐらいはと思っていても、家に夏月さんがいる時はこうなってしまう。

 

 昨日も土曜日なのに仕事で、久しぶりに日曜が休みなのだからゆっくりして欲しいのに。

 どこか俺の反応を見ているような、機嫌を伺っている感じがする。

 俺の気のせいかもしれないけど。

 

「はい、優君」

「ありがと」

 

 昼食を終え、皿洗いなど片付けをすまし。

 飲み物や、おかしの用意がされている。

 

 この後にやることと言えば……。

 

「あ、そこ右から敵」

「優君、回復アイテム無い?」

「あるけど敵いて余裕ない」

 

 当然、ゲームである。

 少しずつやってはいるものの、積まれたゲームはまだまだ残っているのだ。

 

 ……ほんと、買いすぎだと思う。

 

 夏月さんは普段、それほどゲームをやらないというのは同棲を始めてから知ったことである。

 なぜゲーム機体があるのかといえば、月居さんとオンラインゲームをやるためだけらしい。

 

 だからどのようなゲームがいいか分からなかったため、適当にたくさん買ってきたというわけだ。

 

 今では腕前に差が無くなってきているものの。

 

「おっ」

「きゃっ!?」

 

 ビックリ系のギミックが来た時、落ち着くまで操作が覚束ないのに変わりはない。

 

 

 

 途中、休憩を挟みつつも日が沈むまで二人してゲームを続けていた。

 あと少しでこのゲームも一先ずの終わりを迎える。

 

 本当ならこのまま最後まで終わらせたいところであったが、明日は仕事なので疲労を残すわけにはいかないのだ。

 

「ね、優君」

「ん?」

「……シュリの事、覚えてる? 誕生会の時に来てくれてた」

「覚えていますけど……?」

 

 急にどうしたというのだろう。

 ゲームを片付け終え、夕食の準備を始めようと思ったところで月居さんの話だなんて。

 

 空気が少し重く感じ、なんとなく真面目な話なのだと思い。

 夕食の準備は一度置いておき、ソファーへと腰掛ける。

 

 隣に夏月さんも座るが、まだ先を話す気持ちの整理がついていないのか、俺に体を預けて口を閉ざしたままだ。

 

 表情が見えないため、話し始めるのを待つしかないが……一体、どうしたというのだろう。

 月居さんの事は覚えてるも何も、夏月さんと同じメンバーなのだから当然知っている。

 

「いま私たち、来月のライブに向けて練習しているんだけど……シュリの様子が少しおかしい様な気がして。……あ、本人から聞いてないから私の勘違いかもしれないんだけど、なんか引っかかって」

「…………そう、なんだ」

 

 真剣な話をしているところ大変申し訳ないが、俺の頭の中はいま。

 次のライブ、申し込み忘れてチケット取れていないのを思い出した悲しみによって占められていた。




4月
金曜日 1話
月曜日 2話
金曜日 3-4話
土曜日 4-8話
金曜日 8-11話 夏月の家
土曜日 11-14話 夏月の家(夜
日曜日 15話
金曜日 16話
土曜日 17-19話 桜とデート
5月
土曜日 20話
土曜日 21-24話 桜とデート2→夏月
日曜日 25-29話 夏月誕生会
日曜日 30-33話 冬華襲来


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三十五輪目(tips:種)

現在作者のメンタルがボロボロなので、多少作品の出来に影響が出ているかもしれません。すみません。


 …………ライブについては半ば諦めも付いていたし、すぐに気持ちの整理をつけたのはいいが。

 

 相談事は夏月さんの勘違いかもしれないのに加え、今の俺には何もできないため。

 どう答えたものかと悩むけど。

 

「よしっ!」

 

 という声と共に、気持ちを切り替えたらしい夏月さんは先程の相談など無かったかのように振る舞っている。

 

 その様子から相談で答えを求めていたというよりは、ただ話を聞いてもらいたかったように感じた。

 

「優君、今日の晩ご飯は出前を取ろう!」

「これから作るつもりで居たけど」

「もう遅くなっちゃったし、ね?」

「まあ、夏月さんがいいのなら」

 

 何にしよっかなー、と口にしながらチラシを取りに行く夏月さんはいつもと変わらないように見える。

 

 けど、ただ何となく。

 まだ何か俺に話したいことがあるような気がしたのは勘違いであろうか。

 

 夏月さんの中では月居さんの様子がおかしいのは気のせいなんかじゃなく、確かなものであって。

 俺からそれとなく聞き出して欲しかったような。

 

 …………いや、考えすぎだろう。

 

「お寿司にする? それともピザがいい?」

「カロリー高そうなのはダメでしょ」

「……いま、凄く運動しているし大丈夫なのでは?」

「夏月さんが構わないのならいいけど」

「んむむむむ……」

 

 時計とピザのチラシを何度か往復した後。

 今回は諦めたのか、ため息をつきながらピザのチラシを除く。

 けど諦め切れないのか、チラチラとピザのチラシへと目をやっていた。

 

「…………我慢する方が身体に悪いし、頼んだら?」

「……っ! そうする!」

 

 物凄く嬉しそうにしながら電話をする夏月さんの姿に、思わず苦笑いしてしまう。

 これなら初めから選択肢は有って無いようなものだ。

 

 

 

 今が最高に幸せ、って感じを出しながらピザを平らげた翌日。

 トレーナーにピザ食べたことがバレて怒られたと、しょぼくれて帰ってきた夏月さんを笑った俺は悪くないと思う。

 

 もちろん今日の晩ご飯は出前などではなく、しっかりと俺が作った。

 

「もしかして優君、こうなるって分かってたの?」

「あまりその業界に詳しくはないけど、予想の一つとしてあったよね」

「や、確かに優君は一度、止めた方がいいと言ってくれたけど……」

 

 夕食を終え、ソファーに腰掛けてノンビリお茶を飲みながらおしゃべりしていたのだが。

 もっと強く止めて欲しかったと先ほどから遠回しに伝えられている。

 

 けどあの時、どのような説得をしたとしても。

 夏月さんはきっとピザを選んでいただろう。

 

 食い意地が張っていると言っちゃえばそれまでだが、どうしようもなくそれが食べたい時はあるものだ。

 

「そういや、明日少し外に出ないと」

「何か買い忘れとかあったっけ?」

「給料日だから通帳記入だけだよ」

 

 仕事をリモートにしてから、外に出る機会が減った。

 たまにある食材の買い出しに行くのも夏月さんと一緒なので、外に出たとしても一人でいることは無い。

 

 だから通帳記入というちょっとしたことだが、久しぶりに一人で外に出るなと思って口にしただけなのだが。

 

「ダメだよ、優君」

「へ? 別にすぐ行って帰ってくるだけだよ?」

「私も一緒に行くから、ね?」

「でも夏月さん、朝からでしょ?」

「なら私が預かって、仕事の合間にやってくるから。ね、それならいいでしょ?」

「……まあ、夏月さんがそれでいいなら」

「うん!」

 

 他の人はどうか知らないけど、俺は通帳の中身を見られても特に気にしないため。

 話が拗れそうな気がしたのでさっさと俺が折れ、通帳を夏月さんへと手渡す。

 

 往復十分といったところなのに、俺が外に出ることを何故そんなに嫌がるのだろうか。

 いや、俺が外に出るということより、一人で通帳記入させるのが嫌なのか?

 

 まさか出来ないと思われている……といったわけでもなさそうだが、とにかく理由が分からない。




この世界では世界的に『産めや増やせや』の考えです。
でないと人口減少からの滅亡なので。
これまでのtipsなりでも説明した通り、子供を増やしてナンボです。
では何故、主人公にそれ(義務)が当てはまらないのか。

実は描写こそしていませんが、主人公はほぼ毎日『種』を提出しているからです。
子供を作るのは先延ばしにしていますが、主人公と夏月はゴムつけてやる事はやっているわけで。
その使用済みゴムの口を縛り、三日は鮮度を保てるという特殊なケースに入れて送るというわけです。(専用の窓口なりがある)
察しの良い方は何となく想像していると思いますが、ほぼ毎日の提出なので、今回振り込まれる額がとんでもない事になっています。
主人公の安全のために一緒、もしくは夏月が一人で通帳記入するわけです。

『種』にも運動率や量などのランクがありますが、元の世界の普通がこの世界では上位1%に入ってくる程です。
ランキング付けで100位以内余裕です。

本来なら自然妊娠の方が好ましく、政府から女性を増やして欲しいと思われていたりします。
ただそれを強制してストレスがかかり、勃たなくなったら困るのでそれも出来ず、モヤモヤとしてたり。
ほぼ毎日、高ランクの『種』を提出するため、当然のように主人公は認知されてたりします。

ちなみに主人公は最初、普通のゴミ箱にゴムを捨て夏月に『何してるの!?』と言われてから特殊ケースに入れるようしていますが。
ただ一緒のゴミに入れたくないから分別しているだけだと思っています。


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三十六輪目

 俺は今、夢を見ているのではないか。

 そう思い、ベタであるが自身の頬をつねるが普通に痛い。

 

「優君、大丈夫?」

「あ、うん。ちょっと現実を認識できてないだけだから。大丈夫大丈夫」

「それって大丈夫じゃないような……」

 

 何故こんなにも混乱しているのか、今一度その原因へと目を向ける。

 

 表紙には確かに俺の名前が書いてあり、中身も途中までは見覚えのある数字だ。

 ただ今日、夏月さんに記入をつけてもらった部分、そこが問題なのである。

 

「この、特殊給付金……というのは一体何?」

「えっと、その、簡単に説明したら……その、優君の子種、の値段だよ」

「俺の子種……?」

 

 何を言っているのかよく分からない。

 俺の子種……って、きっとそのままの意味であろうが、何故その名前がここで出てくる?

 

「…………ふぅ」

 

 一度落ち着くため深呼吸をし、飲み物を取りに行く。

 夏月さんが心配そうに俺を見ているが、ちょっと俺の常識が無いだけだから安心して欲しい。

 ……いや、常識が無いのはだいぶダメか。

 

「食事の時、色々聞いてもいい?」

「うん、それは大丈夫だけど」

「疲れてるのにごめんね」

 

 食事の時にある程度の事を夏月さんから聞いておいて、その後に詳しく調べようと思う。

 

 そのため、取り敢えず今は切り替えて食事の用意をしよう。

 明日も仕事があるため、夜遅くなることは避けなくては。

 

 

 

「それで、優君は何が聞きたい?」

「基本的に何も分からない状態なんだよね……まず俺の、その……種って売れるの?」

「どこの国も慢性的な男性不足だから、国からしてみれば今、大助かりだと思うよ? 最低でも月一がノルマでもあるし」

「月一がノルマ……って、種の提出が?」

「そうだけど……」

 

 え、本当に何も知らないんだ。ってのが見て分かる。

 でも気付いたら価値観の違う世界にいて、それを理解しろってのも無理な話だと思う。

 いや、その事は俺しか知らないから言い訳にならないんだけども。

 

 価値観が違うのに気付いたのだって先月の給料日の時だし。

 その時に色々と調べたけど真面目に調べたの最初だけで、途中から世界の偉人がどうなったのか見ててまともな情報を仕入れていない。

 

「それじゃ、夏月さんに会う前までの俺ってどうしてたのか分かる?」

「コレ見る限り、働いて税金納める代わりに免除されてたと思うかな。あ、先月の給料日の時に特別給付金が入ってないのは、優君の種の登録とか、ランク付けの検査とか。後は今後の税金免除の手続きがあったからとかだと思う」

「…………そっか」

 

 またいろんな情報が増えた気がするけど、簡単にまとめたら今後は税金免除ってことだけ理解してればいいかな。

 いや、税金免除ってすごい事なのでは?

 

「子種の提出って……その、鮮度? とか大丈夫なの?」

「いつも入れているケース、三日は保てるって話だよ」

「あ、そうなんだ」

 

 分別してるゴミ箱だと思っていたものが子種の提出ケースだと知り、ちょっと理解できないけど。

 もう、そういうものだと受け入れる事にした。

 

「優君って、相当な箱入り息子だったの?」

「へ? いや、至って普通な一般家庭な気がするけど」

「うーん……でもそっか。箱入り息子ならお見合いさせるし、仕事なんてさせないもんね。……あ、親と喧嘩して家出したって可能性もあるのか」

「そんな記憶は無いかな」

 

 家族のグループチャットを確認しても記憶にある通りと変わりないし。

 そんな頻繁に連絡を取っているわけでも無いが、見返してみても普通の一般家庭って感じだ。

 

「男性が少なくなってるのに人口維持出来てるもんだなと思ってたけど、やっぱ維持するなりの政策があったのね」

「子供は一番の宝だけど、やっぱり結婚するのは女性にとって一番の憧れだよ」

「……プロポーズはもう暫く待っていて欲しいかな」

「あっ、催促したわけじゃ無いの。ごめんね。私が言いたかったのは、たとえ二番目、三番目だとしても、一緒にいてくれる男性がいるのは幸せなことだってこと」

「二番目、三番目……?」

「うん? 一夫多妻になって暫く経つけど……」

 

 一夫多妻…………?



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三十七輪目(tips:女性)

「ごめん、夏月さん。え……っと、一夫多妻?」

「う、うん」

「一夫一妻ではなく?」

「そうだけど……あ、優君、どこかの島だったり、山奥の村出身だったりするのかな? 限定的に見たら男女比が一対一のとこもあるって聞いたことあるし、それなら一夫一妻も納得かも」

「いや、普通に東京だけど……」

 

 何度も繰り返すようだが、自分はいたって普通だと思う。

 いや、その普通は価値観の変わる前であるから、今の価値観だと違うかもしれないのか。

 

 いやいや。

 それも少し気になるところだけども、今は一夫多妻の方だ。

 

 ラノベの様な世界に来たなと改めて思いながら、ハーレムを持てると聞いて真っ先に頭に思い浮かんだのが──。

 

「優君?」

「──ぁ…………うん、大丈夫。思ってたよりも俺の常識が偏っててビックリした」

「ね、優君」

「ん?」

「今更言うのもなんだけど、今の優君見てたらキチンと伝えておかなきゃと思って」

「うん」

「今後は一人で外に行かない様にして欲しいなって」

「流石にそこまでしなくても大丈夫じゃ?」

「……私が、不安なの」

 

 急になんの話かと思ったけれど、どうやら俺が思っている以上にこの世界は男性にとって優しい世界であり、厳しい世界の様に感じた。

 

 夏月さんの色んな感情が込められた表情を見てそう思ったし、さっき頭をよぎった考えに少し後ろめたさを感じてしまう。

 

「なら、なるべくそうするよ」

「ありがと!」

 

 ハーレムが出来るからといって、必ずしもそうしなければならないってわけでもない。

 この世界では一夫多妻(それ)が当たり前なのだとしても、俺としてはやっぱり節操がない様に思ってしまう。

 

 …………正直に言うと、今後もこの思いを貫けるかと聞かれたら断言できないのがなんとも悩ましいところだが。

 でも、男ってこんなもんだよね。

 

 この先に実際そうなったとして、奥さん同士の仲が良かったとしてもずっと背徳感を抱えそう。

 

 今でさえ推しである夏月さんと同棲してるのが夢の様なのだから、これ以上を望むなんて事はいけない気がする。

 あまり高望みし過ぎると後が怖いってのもあるけど。

 

 充分に幸せなのだから、この時も大切に思っていかないと。

 

「そう思うと俺、今まで一人だったのによく無事だったね」

「それはパートナーが居なかったからだと思うよ」

「そういうもんなの?」

「そういうもんだよ」

 

 この男性が少ない世の中で女性が声を掛けてこない俺に、よく高瀬さんは声をかけたなと今更ながらに思った。

 あと、夏月さんもか。

 

 聞いてみたいところだけど、なんか答えを聞くのも怖いのでチキンになってしまう。

 

「ゆうく──」

「色々とありがと。……ん? ごめん、何か言いかけた?」

「あ、ううん。ご飯、美味しかったよって」

「そう? それは良かった」

「片付け、私がやっておくから先にお風呂どうぞ」

「うん、ありがと」

 

 何か夏月さんが言いかけていた気もするけど、気のせいだったようで。

 片付けを任せてお風呂を先にいただくことに。

 

 本来なら片付けも任せて欲しいところなのだが、そうすると夏月さんが捨てられた子犬の様な顔で引っ付き、暫く離れなくなってしまう。

 それはそれでご褒美なのだが、あまりやり過ぎると夏月さんのメンタルが不安定になる様な気がして控えている。

 

 そういえば一昨日の日曜日、月居さんについて様子がおかしいと相談されたけども。

 昨日と今日は特に話もなかったし、夏月さんの思い過ごしだったのだろう。

 

 何事もなく無事にライブを迎えられそうで良かった。




男性の種が弱っているため、妊娠しやすいように長い年月をかけ女性の身体は少しずつ変わってきている。
パートナーがいる女性の自然妊娠が前の世界とそれほど変わらなく出来ているのは、そのため。
興奮の度合いが高いほど妊娠しやすく、今の男性が相手でも問題ないように敏感になっている。
なので主人公との行為は女性にとって非常に刺激が強く、その負担を減らすという意味でも夏月は何人か囲って欲しいと思っている。
今回も言いかけていたのはメンバーだったら増やしても良いという話。
ただタイミング悪く、その機会を逃した。

基本的に、複数の女性を囲う男性は魅力的であるのが一般的な認識。
そのため一夫多妻である家庭は夫が自慢であるものの。
やはり、心の何処かでは自分だけを見て欲しい思いがあったりする。

夏月はずっと主人公が自分だけを見ていてくれてたため、その思いが強く出ている。
本当は何時でも伝えることが出来るのに、メンバーを囲ってと主人公に伝えていないのはそういった思いもあるため。


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三十八輪目

「そう言えば今日、夏月さんの帰り遅いんだっけ……」

 

 その後も月居さんについての話は無いまま金曜日を迎え。

 本日の仕事を終えて夕食を作ったのはいいが、夏月さんから『遅くなるから先に食べてて!』と連絡が来ていたのを思い出した。

 

 個人的な意見だが、自分で作った料理を一人で食べるものほど不味いものはないと思っている。

 

 夏月さんと同棲始める前までも自炊は最低限で、大半は買ってきたものだったり。

 たまにアレンジ加えたりとかだったし。

 物欲というものが他の人よりも無いため、エンゲル係数が多少高くなろうと問題は無かった。

 

 夏月さんが帰ってくるまでまだ時間があるし、暇を潰すため取り敢えずテレビをつける。

 

 価値観が変わる前と多少の違いはあるものの、見覚えのある番組ばかりであるが、男性の出演者が殆どいない。

 

 チャンネルを回せば男性の居る番組もあるが、席が女性と少し離れてたりする。

 

 そういえば、ふと男性アイドルグループはどうなっているのだろうかと思い、スマホで調べてみたが。

 存在しているものの人はそれほど多くなく。

 俺が言えたことでは無いが、顔面偏差値も価値観の変わる前より低い気がした。

 

 これなら俺でも入れると思うのは自意識過剰だろうか。

 

 新しくデビューするが、一ヶ月後には引退。

 って流れも多く、女性に対する免疫がある男性の少なさがよく分かる。

 

 まあ、種があんな値段するんだもの。

 無理に表出てまで働く必要性は無いよね。

 

 長く続いているのはすごい女好きか、種が無くて働くしかないのか。

 あれ、繁殖能力が無いと分かると女性から見向きされないんだっけ……?

 

 まあ、アイドルなんて顔が良ければどうとでもなるか。

 特に価値観の変わったこの世界なら尚更。

 

 もしかしたら種無しってのを隠してる人もいるかもしれないし。

 

 今まで特に気にも留めてこなかったことだが、こうして少し意識してみるだけで随分と世界は面白いことになっている。

 過去の偉人を調べるだけで満足してたのが勿体ない。

 

 

 

「……ん、…………くん?」

「ん…………」

 

 声を掛けられながら体を揺さぶられ、目を開ければ目の前には夏月さんの姿が。

 

「あれ、おかえり」

「ただいま……じゃなくて! こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」

「あー……」

 

 どうやらいつの間にやら寝落ちしていたようで。

 壁にかけられた時計に目をやれば、二十三時になろうとしていた。

 

「どっか体調悪い?」

「いや、夏月さんの帰り待ってたら寝落ちしてた。ご飯にする? それともお風呂?」

 

 固まった体を伸ばしながら聞いてみたが、個人的にはお風呂入ってもらってる間にご飯の温め直しをしたいところ。

 

 だというのに、夏月さんから返事がなく。

 どうしたのかと見てみれば、何か言葉の続きを待っているようであった。

 

「夏月さん?」

「うぇっ!? えっ、あ、うん、それじゃお風呂からにしようかな!」

 

 顔を赤くさせ、どこか照れているようだったが……何だったんだろう。

 

 風呂場に向かう夏月さんの背を見ていても分からなかったが、作ったものの温め直しをしている時。

 

「あ」

 

 ふと、思い当たる節が。

 もしかして『ご飯にする、お風呂にする、それとも私?』という事では無いだろうか。

 そう思うとこれが正解に思えてくる。

 

 したいと思ってくれているのは嬉しいといえば嬉しいのだが、あのセリフを言うのは恥ずかしい。

 それに俺は明日休みでも夏月さんはそうじゃないため、夜も遅いしどのみち無しだ。

 

 食事の準備を終えたところで夏月さんも風呂から出てきたけれど、何だかいつもより少し長く入っていたような。

 

「あれ、優君も今からご飯?」

「うん」

「遅くなるから先に食べてって連絡したのに」

「一人じゃなくて夏月さんと一緒に食べたかったからさ。外で済ませてくるなら先に食べてたけど」

 

 そしたらきっと、コンビニでおにぎりとかカップ麺買って済ませるんだろうな。

 なんて思っていたら急に夏月さんが抱きついてきた。

 

「いまの優君、すっごく女の人を殺しにかかってきてたよ」

「え、殺し……?」

「私、いますぐ子供が欲しい気持ちになっちゃった」

「や、あの、それは俺としても嬉しいけど、やっぱりライブを楽しみにしてる人たちもたくさんいるし、ね?」

「……うん、あと一年我慢する」

 

 殺しにかかるって、物理的じゃなくそういった意味ね。

 

 ちょっとした言葉でも違った意味に取られかねないと思うと、下手な発言ができない気もするが。

 そんな事を気にしてすれ違ったりするのも嫌だし、これも良いものだと思うことに。

 

 未だギュッと抱きついてくる夏月さんに愛おしさを抱き、俺からもギュッと抱きしめ返す。

 

「……んっ」

「夏月さん?」

「ううん。大丈夫」

 

 小さな声を漏らし、少し身体を震わせてる気がするけど。

 大丈夫だというなら大丈夫だろう。




遅くなるパートナーの帰りを待っている男性など滅多にいない。
仮に待っていた場合は男性の勃ちが良い時なので、そういうこと。
『ご飯、お風呂、私?』はドラマや創作でしか存在しないものだという認識。
でも一度は言われてみたいセリフの上位に入る。

パートナーの帰りを待つ男性が滅多にいないのなら、食事を一緒に取ろうと待つ男性はほぼ皆無。
それだけ一緒の時を過ごしたいという意思表示のようなもの。

最後、夏月は主人公に抱きしめられて天国を見た。


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三十九輪目

何となく察してる方もいるかもしれませんが、物語の最後は小説内の時間経過で一年と少し経ったぐらいになります。
何度か時飛ばしがありますが、それを目処にやっていきます。


 翌朝、夏月さんを見送った後に再びベッドへと戻り二度寝をしていたところ。

 誰かから電話がかかってきて起こされた。

 

「……もしもし」

『うぇっ!? えっ、あっ、も、もしかして優君寝てた? 起こしちゃってごめんね?』

「……ん? あー、夏月さん? 電話だなんて珍しいね。何か忘れ物でも?」

 

 寝起きで声の調子を整えないまま電話に出てしまったので、思ったよりも不機嫌そうな声になってしまった。

 

 電話口で何やら慌てた様子の夏月さんの声に、少しずつ意識もはっきりとしてくる。

 

『あ、ううん。忘れ物とかじゃないんだけど……その、今日の優君の予定って空いてたりする?』

「特に何もないよ。二度寝から起きてもボーッとするぐらいだし」

『それなら一つ、お願いがあるんだけど……いいかな?』

「うん。どうかした?」

 

 普段からハグやキスなど、お願いというかおねだりはこれまでもあった。

 けれども本当にちゃんとした頼み事というのはあまり無い。

 

 もしかしたらあったかもしれないけれど、こうして改まって頼み事をしてくるのは初めてではないだろうか。

 

 どこか遠慮しているように感じていたから、嬉しく思っている自分がいる。

 ……未だに夏月さんのヒモという認識がどこかにあるからかもしれないけど。

 

『あのね、シュリが今日体調悪くて休んでるから……お見舞いにというか、様子を見てきて欲しいなって』

「うん、いいよ」

『即答…………本当は一人で外を歩いて欲しくないんだけど』

「心配しすぎだと思うよ」

『絶対に優君の危機感が無いだけだと思う。……私たちもレッスン終わったら行ける人で向かうから、それまでシュリのことお願い! 家の場所は送っておくから、ほんと、周りの人に気をつけて向かってね』

 

 了解と返事をして電話を切り。

 五分と経たず、月居さんの家の場所が送られてくる。

 返事が軽すぎ! と、ちょっとした小言も一緒に。

 

 場所は一駅隣にあるマンションの最上階。

 ……もしかしてメンバーは全員マンションの最上階に住んでいるのか?

 

 いや、そんな事よりも何を持っていくか。

 

 体調が悪いのなら無難にお粥かうどんの食材でも持っていけば大丈夫だろうとは思うけど。

 向かう途中でスーパーに寄って買い物していって、台所借りて調理始めればいい具合に昼の時間になりそう。

 

 取り敢えず軽くシャワーを浴び、残っていたご飯にふりかけをかけて食べ…………あ、お粥つくろうにも月居さんの家に米があるのか分からないのか。

 

 今気づいて良かった。

 家から米を持っていこうにも残っている量は心許ない。

 うどんなら買っていけば茹でるだけだし、そっちに決まりだ。

 

 片付けよし、掃除は……明日で。

 戸締りも大丈夫そうだし、持ってくのはサイフとスマホがあればいっか。

 あ、いや、干し椎茸とかわざわざ買うよりは家から持ってった方がいいな。

 余ったもの置いてっても迷惑だろうし。

 

 一応、家を出たことは夏月さんに連絡入れておこう。

 

 

 

 …………なんだろう、これ。

 今現在、月居さんの家から近いスーパーで買い物をしてるのはいいが、周りからめっちゃ見られているような。

 最後に一人で出かけた時とは比べ物にならない感じがする。

 

 確か、一人で出歩いた最後の記憶は夏月さんと付き合う前だったような。

 同棲を始めてから俺が外出る時は常に一緒だ。

 その時もまあ人の注目は結構集めたのだが、なんだか質が違うような気がする。

 

 アニメの世界じゃないのだから、本来そんな事が分かるはずないのに。

 

「あ、俺の昼飯もか」

 

 材料を揃えたところで気付いた。

 まあ、うどんが一袋に三玉入っているからあると言えばあるのだが、米を食わないとあまり満足感がないというか。

 

 うーん…………おにぎりでいっか。

 あ、このパンも美味そうだから買っておこう。

 

 おにぎりやらパンやらもそうだが、もう一品、うどんの他に作ろうと思ってしまったので当初予定していたよりも荷物が多くなってしまった。

 

 手に掛かる荷物の重さに少しげんなりしながらも歩くこと五分。

 月居さんの住んでいるというマンションへと辿り着いた。

 

 あー……飲み物とかゼリーも買っておけば良かった。

 まだ寝ぼけているのか、今日はダメダメだな。

 

 取り敢えず一度、荷物を置きたいので家にお邪魔しよう。

 飲み物とかが必要だったのであればまた外に出て買いに行けばいいだけだ。

 

 えっと、部屋番号は──。

 

「あれ? 夏月ちゃんのパートナーの……桜くん、だっけ?」

「ん? あれ?」

 

 エントランスで声が聞こえ、振り返りみれば。

 そこにはマスクと帽子で変装した……月居さんだと思われる人が、コンビニ袋を片手に立っていた。




ようやく月居(つきおり)秋凛(しゅり)の出番だよ(((


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四十輪目

お気に入り3000、ありがとうございます。


 エントランスで月居さんと会い、驚いたものの用があると伝えたら。

 

「……あ、上がっていく?」

 

 とお声がけを頂いたので現在、月居さんの家にお邪魔しているのだが。

 飲み物の用意をしてくれている月居さんを見る限り、体調が悪いようには見えない。

 

 夏月さんが嘘を言っていたとも思えないので、たぶん月居さんが仮病を使ったのだろうと思うけど……。

 

「お待たせー」

「ありがとうございます」

 

 いただいた飲み物を一口飲み、さてどうするかと悩む。

 

 夏月さんとお付き合いしているとはいえ、月居さんからしてみれば俺はグループメンバーの恋人ってだけで何かしら関わりがあるわけでもない。

 誕生会の時に会って話した程度である。

 

 聞いた通りただの体調不良であったなら看病して終わりなのだが、今回は意外とデリケートな問題のような気もする。

 

「優くん……でいいのかな?」

「あ、はい。お好きに呼んでいただけたら」

「それなら優ちゃん、かな。私のことも秋凛でいいよ」

 

 ちゃん付けで呼ばれるなんて中学入るくらいまで、それも母親だけであったので変な感じがする。

 好きに呼んでと言った手前、諦めて受け入れるしか無いけど。

 

「今日はどうしたの?」

「あー、その、つきお……しゅ、秋凛さんが病欠だから見舞いに行ってほしいと夏月さんに頼まれまして」

「あ、そっか……」

 

 口にこそ出していないが、その表情が"やらかした"となによりも語っていた。

 

 俺も馬鹿正直に答えるべきでは無いのは分かっていたが、他にいい答えがあったわけでもないので仕方がない。

 

「その、ね」

 

 そう口にして俺から視線を外し、しばらく指をモジモジと弄っていたが。

 一つ息を吐き、どこか懺悔しているような雰囲気を感じさせながら話し始めた。

 

「…………褒められたことじゃないんだけど、何だかちょっと、仕事に行きたくなくて」

「なら別に、行かなくてもいいと俺は思いますけど」

「…………へ?」

 

 別に話さなくてもよかったのに、わざわざ理由を話してくれたので俺も思ったことをそのまま口にする。

 

「そういった理由で休むのは悪いみたいな感じですけど、それで無理して鬱になるよりはいいんじゃないですかね」

「私、別に鬱とかじゃないよ?」

「なってからじゃ遅いって話ですよ。初期なんてみんなそんなもんです。……あ、食材持ってきたんで台所借りますね」

「あ、うん」

 

 買ってきたもの、ずっと外に出しっぱなしであった。

 それほど時間が経っていたわけでもないし、傷みやすいものもない。

 今日の気温もそれほど高くないので火を通せば大丈夫だろう。

 

 おにぎりとパンはテーブルの上に出し、食材を持って台所へ。

 

「……………………」

 

 うっ、俺は何故あんなにもクールぶった感じで偉そうに話したのだろう。

 後悔と恥ずかしさで声を上げながら床を転げたいが、自分の家でないのでそれは叶わず。

 

 なんならそれを行えば月居さんに見られ、更なる恥の上塗りをする羽目に。

 

 それによく考えれば今、俺は月居さんの家にお邪魔しているんだよな……。

 夏月さんで感覚がだいぶ狂っている気がする。

 

 いや、まあ、いまだにふとした時それを思い出して胸が幸せでいっぱいになるのだが。

 それだけじゃ足らず、夏月さんをギュッと抱きしめたりもしているのだが。

 

 あー、幸せすぎる。

 

「つき……秋凛さんはアレルギーとか苦手な食べ物ありますか?」

「特にないかなー? 優ちゃんはこれから何作ってくれるの?」

「うどんと、簡単なスープでも。足りなかったらさっきテーブルに出したおにぎりやパンを食べる、みたいな」

「何か手伝う事あるかな?」

「一人で大丈夫なので、ゆっくりしててください」

 

 自分から会話を振ったりするのが苦手なコミュ障であるため、あまり知らない人と二人きりになるのは遠慮したい。

 

 高瀬さん、夏月さん、樋之口さんは向こうから話題を振ってくれるのでとても助かっているのだが。

 秋凛さんはどちらかといえば会話は受け身な感じがする。

 

 男であるのならばまだ大丈夫なのだが、女性相手はちょっと……。

 なので手伝いは遠慮したのだが。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 リビングへと戻らず、秋凛さんはすぐそばでジッと俺の作業を見ている。

 

 …………夏月さん、助けて。




未だ、春は主人公から名前で呼ばれず……。

秋凛が会話受け身なタイプと主人公が思っているのは、誕生会の時にそんなイメージを感じたからです。
そのイメージは間違ってないですが、何だかんだで秋凛も話す時は話します。

秋凛の会話が一番難しい……。


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四十一輪目

 ずっと何も話さないというのも居心地が悪く。

 調理を続けながら頭を回転させ、何とか話題を絞り出して会話を続けたが。

 

「…………」

 

 作ったのもうどんつゆに簡単な野菜スープだけで、本来ここまで疲れるものじゃ無い。

 料理ができる頃には精神的疲労が凄いことになっていた。

 

 でも、この疲労は会話を頑張った事だけでないのに気付いた。

 

 夏月さんで多少慣れたかもとか思っていたけど、それはずっと一緒にいた夏月さん相手だからであり。

 懐かしく今、推しを前に少しテンパっている気が。

 調子というか、テンションが少しおかしいのはそのせいだろう。

 

 下手な話題を振れないし、夏月さんがいながらも、よく見られたいという思いがあった故。

 

 次は二人きりでの食事が待っている。

 いや、確かに最推しは高瀬さんと夏月さんなのだが、基本的に箱推しなので秋凛さんも推しなのだ。

 

 ……………………あれ。

 これ、別に俺も一緒にここで食べなくても良かったのでは。

 秋凛さんも元気だったわけだし、ご飯だけ作ってサヨナラでも……。

 

 好きな推しと食事できるなんて前ではそういったイベントが開催され、行ったとしても一対多数が普通である。

 だからこんな事を考えるなんて本来ありえない事なのだが、何を話したらいいのか分からないので今回は遠慮を……。

 

「優ちゃん、どうかしたの?」

「いえ、何でもないです」

「そう? それじゃ、食べよ?」

「はい」

 

 流れで食卓に着いてしまう。

 すでに自分の分も盛り付けを終えている時点で帰るという選択肢は残されていなかった。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

 汁物や麺系は余程変なものを入れない限り失敗するようなことはない。

 けどもやっぱり口に合うか不安になってしまうので、秋凛さんが食べる姿を伺い見る。

 

「わ、すっごく美味しいよ」

「それは良かったです」

 

 秋凛さんの様子を見るにお世辞では無さそうだ。

 でも人の手料理を初めて食べる時って大抵美味しいもんだと思うので、調子に乗らないよう気を付けないと。

 

 

 

 食事中、不思議と会話が途切れることはなく。

 想像していたことにはならず、とても楽しい食事の時間であった。

 

 片付けは秋凛さんがやってくれているので、俺もその間に帰り支度をしておく。

 

「あれ? もう帰っちゃうの?」

「えっと、まあ、秋凛さんも元気そうでしたので」

「もう少し、居て欲しいな。……ダメ?」

「いや、ダメって事はないですけど……。帰ってもゲームくらいしかする事ないので」

「優ちゃんもゲームするの? 私、たくさん持ってるから何かしようよ」

 

 俺がゲームをやると知り、秋凛さんは子どものように無邪気な笑みを浮かべている。

 

「ディスクはこの棚にあるから、優ちゃん選んでいいよ!」

「それじゃ…………これで」

 

 よくゲーム配信しているのを知っている。

 一人用からオンラインで複数人、何でもござれだ。

 

 ザッと見ていき、つい最近夏月さんとやったゾンビゲームを手に取る。

 

 これは別にゲームで情けない姿を見せたくない、とかそういった思いは全くない。

 いや、ほんと。

 

 ただ少しだけ他のゲームよりはやり慣れていて、疲労が少なく済むだろうと思って選んだだけである。



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四十二輪目(tips:補足)

「優ちゃん、ゲーム上手いね」

「いや、秋凛さんほどじゃ無いですよ」

 

 確かに、一度やっているから多少なり慣れている理由で選んだけども。

 いまなら分かる。

 何のゲームを選んでいたとしても、それほど疲労感に変わりはなかったと。

 

 やっているこのゾンビゲーム、過去に秋凛さんが一番難易度の高いものをノーダメクリアする動画配信やっていたのを思い出した。

 ノーマルの難易度なんて秋凛さんからしてみるとヌルゲーもいいところであろう。

 

 買っているのだから、ゲーマーとして有名な秋凛さんは当然やり込んでいるわけで。

 どれをやろうが秋凛さんの俺に対する認識は変わらなかったのだ。

 

 ……何だかんだで介護されるプレイも悪く無いので、これはこれで楽しんでいる。

 無双ゲーをやっている様な爽快感を抱いた。

 

「ん? 秋凛さん、一回ストップでお願いします」

 

 まだ雑魚敵がいるのだが、電話がかかってきたので一時停止をしてもらう。

 

「もしもし」

『あ、優君? いま大丈夫?』

「うん、大丈夫」

『レッスン終わったところなんだけど、これから私とハルでシュリの見舞いに行こうかなと思ってて』

「え? ……あ、もうそんな時間か」

 

 時計を見ればもう六時であり、いつの間にか外も夕日に染まっている。

 最近、少しずつ日が伸びてきたのに加え、ゲームに集中していて時間が経っているのに気が付かなかった。

 

『優君、いま何してるの?』

「秋凛さんからゲーム借りて遊んでたとこ」

『邪魔しちゃったかな?』

「いや、そろそろ帰ろうと思ってたから丁度良かったよ。秋凛さんも寝てるから、今日の見舞いは止しといた方がいいと思う。…………秋凛さん、家のスペアキーってあります?」

 

 通話口を遠ざけ、音を拾われないよう小声で秋凛さんに尋ねれば。

 コクリと首を縦に振っているが、どうして必要か分からず不思議そうにしている表情がまた可愛い。

 

「いつ帰ってもいいようにスペアキー預かってるから、返すのは夏月さんにお願いするね」

『あ、うん。それはいいけど』

「明日もレッスン?」

『うん、そうだよ』

「秋凛さん、良くなってると思うけど微妙なとこかな。もし明日来ても病み上がりだから無理はさせないようにお願い」

『りょーかい! ……あ、もう暗くなってきたから近くまで迎えに行くよ! また連絡するからもう少し待ってて!』

「分かった。それじゃ」

 

 電話を切り、時間も無くなったのでこのチャプターをさっさと終わらせようとコントローラーに持ち替えたのだが。

 ゲームが再開されないので秋凛さんを見てみれば、よく分からない表情でこちらを見ていた。

 

「どうかしましたか?」

「ううん、何でも無いよ」

「そうですか? ……あ、もし明日レッスンに行くのなら話を合わせてもらえると助かります」

「うん、ありがとう」

「いえ。二人のちょっとした秘密ですね」

「秘密……ふふっ、そうだね」

 

 

 

 

 

「近くまで来たと連絡あったのでそろそろ帰りますね」

「夏月ちゃんいるから大丈夫だと思うけど、気を付けてね」

「はい。……あ、うどんつゆと野菜スープは冷蔵庫に入れれば数日は持つと思います。そんな量もあるわけじゃ無いですけど、無理しない程度に早めに食べてもらえたらと」

「今日、心配して見舞いに来て、ご飯まで作ってくれたのとても嬉しかった。ありがとう」

 

 最初よりも打ち解けたからか、秋凛さんの悩みが軽くなったからか。

 自然な笑みを浮かべながら告げられた感謝の言葉に胸が高鳴ってしまう。

 

 もし俺がフリーであったのなら、勢いで告白して振られる流れが出来ているところである。

 

「それじゃ、また(・・)

「……! またね(・・・)!」

 

 最後、とても嬉しそうにしていたけど何かあったのだろうか。

 特別何かしたわけでもなく、ただの別れの挨拶だと思うのだが……。

 

 理由は分からないけど、秋凛さんが元気になったのなら良かった。




「また」ということは次があるということ。つまり……。

以下、頂いた疑問の返信ほぼコピペになります。(男女比1:4の違和感)
十一輪目の後書きにて、九割男子というのは極端な数にしたのは二つ理由があります。
分かりやすいよう極端にしたのが一つの理由。
もう一つは日本の男女比は1:4だけども、「女性に意欲的な男性」と限定するとこれくらいの比率だよ、といった意味があります。(説明してませんが)

tipsで説明し忘れていた事ですが、基本的にこの世界の男性はバカです。(男性がバカといっても最低限の教育は受けます)
やりたい仕事がある、種無しの人はさらに勉強しますが、種を提出すればお金が貰えるので。(乗り気ではないにしても子どもが出来ても貰えるので励む)(出来たらできたで子煩悩になります)
そのため、他の国に行かないでね、って意味も含めた給付金などの優遇措置になります。
日本は他国に比べてお金だけを見ると見劣りしますが、治安や他国に比べて比率がマシなため、比較的安定しています。

学校のクラスが40人ですと、男性は8人になります。
ただそれは男性が全員共学に通った場合です。
ライオンの檻に入りたくないように、女性の多い学校に行きたくない男性も多いため、男子校に通う→共学に通う男性がさらに減るといった具合です。
加えて男女比率は日本全国での話であり、地域ごとにみると多少のバラツキもあるので共学だけど実質女子校もあります。

36輪目に多少なり説明がありますが、男性が生まれると裕福に育てられます。
なので親が見合いなどで相手を決めることも多々あり、尚更一般女性の出会いがないといった具合になります。

男子校に通う男子高校生が彼女欲しいと言っている印象に間違いはありません。
1:4のイメージでこれなのでもっと極端な比率ですと、今よりも男性優遇の待遇になるかなと思っています。

(そろそろ矛盾が出てきそう(もう出てるかも)と作者震えてます)


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四十三輪目(tips:補足2)

「あれ? 朝、車で行ったっけ?」

「ううん。もう日も暮れてきたからこっちの方が安全だと思って」

 

 マンションを出て、すぐ近くにいるという場所へ向かえば。

 そこには車に乗った夏月さんの姿が。

 

 仕事場が近くの時は車じゃなく公共機関を使うと聞いていて、今日は近場だから車は乗っていかなかったと記憶していたけども。

 

 助手席に座り、話を聞いてみればわざわざ一度家に帰って、車で迎えに来てくれたっぽい。

 

「ありがとね」

「私が好きでしてることだから」

 

 これまでも買い物に行く時など何度かこうして乗せてもらっているが、未だに慣れない。

 頻度が少ないというのもあるけど、このシチュエーションが自分にブッ刺さる。

 

 俺は車に興味が微塵も湧かず、特に必要性も感じていないので免許は取っていないため。

 逆のパターンは永遠に来ないのだが。

 

「家帰ってからご飯作り始めることになるから、遅い時間になるし……どこか食べに行く?」

「んー、今日は遅くなっても優君のご飯が食べたい気分!」

「なるべく早く作るよう頑張るよ」

 

 手料理が食べたいと言ってくれるのは嬉しいが、早く作れるものとなると今の自分じゃだいぶ限られてくる。

 

 野菜炒めかチャーハンか。

 昼と一緒になるけど麺類もあるな。

 

 どうするか迷っているうちに、あと五分とかからず家に着いてしまう。

 もともと一駅隣と大して距離もないため、仕方ないと言えば仕方ない。

 冷蔵庫の中を見てパッと閃いたものを作ろう。

 

 

 

 昼と似通った感じになってしまったが、夕食のメニューにはカルボナーラとコンソメスープ、簡単なサラダを。

 

 ペペロンチーノとかスパゲッティの方がもっと早くできたが、カルボナーラがふと食べたくなってしまったのだ。

 

 夏月さんは大変満足した様子であったが、それは夕食のメニューが良かったというよりも俺が作ったからだと思ったのは自意識過剰だろうか。

 

「あ、夏月さん。こっち」

「えぅ?」

 

 食事も済み、風呂も食べる前に入っている。

 いつでも寝られるよう皿の片付けや洗濯物など、夏月さんと二人でさっさと終わらせたはいいが、寝るにはまだ早い時間。

 

『あ、優君に渡したいものがあるんだ』

 

 と口にして渡したいものとやらを取りに行き、戻ってきた夏月さんが隣に座ろうとするのを止め。

 自身の股の間に座らせ、後ろから腰に手を回して抱き締める。

 

「え、あ、ゆ、優君? んふっ……んんっ、コホン」

 

 普段こういったことをそんなにしないからか、驚きと照れでテンパっているのが伝わってくる。

 かくいう俺もそれほど余裕があるわけでは無い。

 

 同じシャンプーやボディーソープを使っているはずなのに、なぜ夏月さんからはこんなにもいい匂いが香ってくるのだろうか。

 

「えへ、えへへ。優君、今日は甘えん坊さんな気分なのかな」

「うん、そうかも。……ごめんね、疲れてるのに」

「全然! もっとしてくれてもいいんだよ? ……ゆ、優君が嫌じゃなければ私からもしていい、かな?」

「大丈夫だよ」

「ふへっ……ん、明日からのやる気も出てきた!」

 

 むんっ、とやる気を出している可愛らしい夏月さんだが。

 ふと、手に持っている紙に目がついた。

 

「夏月さん、それは?」

「あ、そうだった。これ、優君に」

 

 力を込めて持っていたからか、少しシワのできている紙を受け取って見てみれば。

 

「え、これって」

「そう、関係者用のチケット。優君にも生で見て欲しくて、話したら貰えたの」

 

 それは六月末の土日に行われるライブのチケットであった。

 嬉しいと思う反面、なんだかズルいようにも思えてしまう。

 

「ありがとう。楽しみにしてるね」

 

 でも、俺に見て欲しくて夏月さんがしてくれたことなのだ。

 抱く後ろめたさなど些細なことである。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 二週間が経ち、六月も半ば。

 『Hōrai』のライブまで残り二週間となったのだが。

 

月居(つきおり)秋凛(しゅり)、医師より適応障害の診断を受け、一定期間活動休止』

 

 ふと目に止まったネットニュースに、このような事が書かれていた。




「逆転モノってヒロインに他のイケメンが言い寄ったら持ってかれそうだよね」といった感想をいただいたので。
ご都合主義と片付けても良いのですが、一応理由はあるので簡単に補足説明をと。

原因は冬華にあります。
男性に好ましく思ってもらおうとしても成功した事がなく。
その噂が広まり、いつしか『あのメンバーはワケあり』という認識になり男性が近寄らなくなりました。
メンバーは飛んだとばっちりをくらっているというわけです。
そのせいで一時期、人気が低迷したりもありました。


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四十四輪目(tips:男性専用車両)

 『Hōrai』のライブを前日に控えた金曜日。

 朝から体調が少し悪く、薬を飲んで様子を見ながら仕事をこなしていたのだが。

 昼を過ぎたあたりから体調は悪くなり始め、仕事を早退してベッドへ倒れるようにして横になる。

 ……リモートワークってこういった時も便利だな。

 

 症状としては頭痛、それからくる吐き気。

 感覚的に熱もあるだろうし、身体も怠い。

 

 横になり、体調が少しマシになったと感じた時。

 身体を何とか動かし、体温計、飲み物と薬、氷枕を用意してベッドへと戻る。

 

 学校に通っていた頃は月に一度あるかないかくらいの頻度で体調を崩していたため、社会人になったらどうなるのだろうと少し不安に思っていたが。

 

 意外と身体が持ったのか、迷惑をかけたくないのか、至って普通の健康体であった。

 円盤見て寝落ちし、風邪ひいた時ぶりにしんどい思いをしている。

 

 ……あれ、そう考えたら体調崩すの大体三ヶ月ぶりだな。

 普通ではなかったが、そこそこ健康体ということか。

 

 今回、体調を崩した原因としては仕事の絵が上手く描けないストレスからきたものだろうと思っているが。

 そこに少し、ほんの少しだけ。

 一定期間活動休止と発表されて以来、引きこもってしまった秋凛さんへの心配も関係してるだろう。

 

 メンバーが連絡を送っても返事があるわけでもなく、何とか毎日の生存報告だけはしてもらっているという状況だ。

 

 俺も一度家へ見舞いに行こうと思ったが、秋凛さんと自分の関係性が分からず。

 どこまで踏み込んでいいものか変に考えてしまい、そのまま何も出来ていない。

 

「明日のライブ、行けなさそうだな……」

 

 持ってきた体温計で熱を測れば、そこには39℃に届きそうな数値が表示されている。

 前に病院で処方され、余っていた解熱剤を飲んで目を閉じれば。

 そのまま半ば気絶するようにして俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚める。

 窓の外はすっかりオレンジに染まっているので、そこそこ眠っていたのだろう。

 

 まだボーッとしているが、取り敢えず水分を補給しておく。

 よく体調崩した時にヤバいと思ったのが脱水症状であったため、そこは特に気をつける習慣が身に付いていた。

 

 少しハッキリした意識となり、次に意識が向いたのは寝汗によって服が張り付き、ベタベタとなった肌である。

 

 少し寝たことで体調的には少し良くなったが、まだ38℃と熱は余り下がらない。

 だが、寝る前と違ってこの程度なら普通に動き回れるため、あまり良くないのだがシャワーを浴びようと思う。

 

 のそりと身体を動かし、立ち上がったところで寝室のドアが開き、夏月さんが入ってきた。

 

「あ、夏月さん。おかえり」

「優君何してるの!?」

「うぉっ!?」

 

 ライブの前日だから本番に疲れを残さないため、帰ってくるのが早かったのかな。

 なんて暢気に思いながら口にしたのだが。

 夏月さんは慌てて俺へと駆け寄り、半ば押し倒すようにしてベッドへ寝かせてきた。

 

 まだ激しい動きはしんどい為、もう少しゆっくりお願いと口にしかけ。

 心配と怒りが混じった夏月さんの表情を見て、何も言えなくなる。

 

「飲み物のおかわり? お腹が空いたのかな? 私が代わりにやるから、何でも言って」

「いや、シャワー浴びようかなって」

「まだ熱あるんだからダメだよ!」

「でも汗かいてて気持ち悪いし……」

「身体は私が拭いてあげるから!」

「シャワー浴びたい……」

「それは熱下がってから。ね?」

 

 余りお願いをすることは無いが、しても大抵二つ返事で良いと言ってくれる夏月さん。

 けども今回ばかりは頑なに首を縦に振らない。

 

 これ以上何を言っても許可は出ないと思い、諦めることに。

 心配から言ってくれてることは分かってるので、あまり無碍にもできない。

 

「そういえば夏月さんの寝るとこ、どうしよっか」

 

 取り敢えず話を変えようとしたところでふと思った。

 自分的には風邪じゃないと思ってるので、夏月さんにうつすことは多分ないはず。

 

 けどこれは医者の診断じゃなく俺の経験からきた判断であるため、絶対とは言えない。

 念のため、部屋を別にして寝るべきだと思うのだが。

 

「一緒にここで寝るよ?」

「夏月さん、明日、明後日にライブあるんだからダメでしょ」

「え、優君の看病あるから休むけど……」

「いや、ダメでしょ」

 

 嬉しいけど、それはダメでしょ。




男性は殆ど電車に乗らないため、男性専用車両はありません。
仮に作るとしても一車両の三分の一のさらに半分くらいのスペースがあれば事足ります。
男性の主な移動手段はパートナーの運転する車ですし、基本的に金の余裕があるためタクシーに乗ったり。(パートナーがいなくとも種の提出で金はあるので)
電車に乗ったとしてもパートナーが側にいる為、他の女性から男性を守っています。
なので男性が一人で電車に乗るというのは、そうとうな訳ありになります。(種が無いなど)

春は主人公にパートナーいないのにこんなところ(女性だらけの職場)へ来る興味から声をかけ、堕ちたチョロイン。


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四十五輪目

「で、でも、優君の看病しなきゃ」

「小さい子ならまだしも、いい大人なんだから大丈夫だよ」

「それでもだよ!」

 

 夏月さんからシャワーの時以上に譲らないという意志を感じる。

 けど、それはこっちも同じだ。

 

 さっきは俺の体調を思って心配してくれたから引いたし、今回も俺のことを心配しての事だってのは分かる。

 でも、大きく違う点が一つある。

 

 関わってくるのが俺だけか、他にも関わってくるのか。

 

 明日、明後日と二日間あるライブ。

 これまで一生懸命に準備してきた人、ライブを心待ちにしていた大勢のファン。

 そしてユニットのメンバー。

 

 俺一人の看病の為にそれを捨てるのはいけない。

 あと、そんなことされたら俺自身がストレスで死にそう。

 

「夏月さん」

 

 上体を起こし、夏月さんの手を握れば。

 ヒンヤリと心地よい体温が伝わってきた。

 これまで画面越しに憧れ、夢見ていた存在がこうして手の届くところにいる。

 

 創作のように出来過ぎていて、これは夢だったのではと思ってしまうけど。

 でもこうして、いま目の前にきちんと存在している。

 

 体調を崩して心が弱っているためか、元から持っていた独占欲か。

 このままずっとそばに居て欲しい思いが出てくる。

 

 だけどそんな我儘は言ってはいけないのだ。

 "今はまだ"、自分だけの夏月さんではないのだから。

 

「夏月さんはまだ、自分だけの夏月さんじゃなくて、みんなの夏月さんなんだよ。明日、明後日のライブを心待ちにしているファンを無下にするの、俺は嫌だな。……中には理解してくれる人も居るだろうけど、俺はそれされたらめっちゃ愚痴言う」

「うう……」

「死ぬってわけじゃ無いんだから、俺のことは気にせずライブに集中して欲しい。なんなら土曜日のライブ終わったら、帰ってこないでどこか泊まってきて」

「それはダメだよ!」

「……俺のお願い聞いてくれないと、もう夏月さんと口利かない」

「え……だ、ダメッ! 言うこと聞くから! 考え直して? ね?」

 

 最後の手段として効果があるのか分からなかったが、だいぶ効いたようで。

 俺の腰にしがみつき、泣きそうになりながら先の発言を撤回するよう訴えてくる。

 

 その姿を見て、えも言われぬ何かが身体の内を駆け巡ったような気がした。

 一瞬のことであったためそれが何だったのか分からないが、夏月さんをこのまま放置するわけにもいかず。

 頬に手を伸ばし、親指の腹で目尻に溜まった涙を拭って安心させるように微笑みかける。

 

「配信もあるしさ、ステージで楽しく踊って輝く夏月さん、見たいな」

「……………………頑張る」

「体調が良くなったら、出来る限りで何かお願い聞くからさ」

「っ! 頑張る!」

 

 少し凹んだ様子の夏月さんに、言い過ぎたかなと思い。

 何かご褒美でもあればと口にした事だが、予想以上の食いつきとテンションの上がりように驚いてしまう。

 

 でも、これでライブを楽しんでやってくれるなら良かった。

 夏月さんと口利けないなんて、自爆技でもあるから俺も勘弁して欲しいし。

 もしそんなことになったら、体調崩して寝込んでいる未来が簡単に見える。

 

「ね、ねぇ優君」

「ん?」

「代わりに看病する人を呼ぶくらいはいいよね?」

「特に必要とは思わないけど……まあ、夏月さんが信頼して家に置いてもいいって人ならいいんじゃない?」

「分かった!」

 

 セリフの前半部分は綺麗にスルーされた。

 返事がどうだったにしろ、代わりに俺の看病する人を呼ぶ事は決定事項であるようだ。

 

 誰を呼ぶのか心当たりはないけど、知らない人と二人きりなのは少し厳しいものが……。

 

 どこか軽い足取りで部屋を出て行く夏月さんを見送り、上体を倒して横になる。

 身体を起こしておくのも最後の方は怠くなってきていたが、どちらかといえば精神的な疲労の方が大きい。

 

 時間が経ってぬるくなった氷枕を脇にどかし、代わりの人への電話を終えて戻ってきた夏月さんに換えを頼もうと思っていたが。

 それよりも眠りにつく方が早かった。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 いつもならある程度症状は治まっているのだが、昨日とそれほど変わりはなく。

 家の中を少し動き回れる程度には回復したといった感じだ。

 

 夏月さんをベッドの上から見送り、代わりに看病する人が来るまでの間にさっさとシャワーを浴びてしまう。

 

 昨日、夏月さんが作ってくれたお粥の残りを温め、テレビを見ながら食べていると玄関の開く音が聞こえてきた。

 

 朝、会場へ向かう前に代わりの人へ鍵を渡すと言っていたし、その人だろう。

 泥棒だったとしたら……今の俺にはどうしようもできないので好きにしてくださいといった感じだ。

 

「え、あれ? 優ちゃんの看病って聞いてたんだけど……」

「代わりに看病する人って、秋凛さんだったんだ」

 

 ドアを開けてやってきたのは泥棒などではなく、秋凛さんであった。




前にもどこかで書いた気がしますが、本作では女性視点を書きません。
なので秋凛が活動休止発表してからライブ当日までの二週間の間に、女性側で文庫本一冊に及ぶ物語があったとしてもこういった後書きで軽く触れる程度になります。
(四十三輪目が前巻のエピローグ兼、今巻のプロローグ的な。二週間の本編があり、四十四輪目が物語終盤のイメージです)

書かない理由は対してないのですが、ほぼ確実にエタるので今後もこのまま続けます。
本来ここまで書くつもりはなかったのですが、今回は誤魔化せないかなと思いまして。
本来、最初からちゃんと書くとしたら文庫本一巻分かけた後、最後に主人公と夏月が同棲を始めます。
もう一度念押しの意味も込めて書きますがそうするとエタるので今後もこのままです。(中身はアッサリですが展開的にどんどん行くのでアリかなとは思ってます)
感想なりで突っ込まれたら後書きなどで大まかな流れでも書いていこうかなと思いますが、設定なり話の流れに矛盾が出てくる可能性もあるのでご了承下さい。


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四十六輪目

誤字報告、ありがとうございます。
感想も嬉しいです。モチベに繋がります。


 起きて普通にご飯食べてる俺を見て困惑してる様子だが、間違っていないので安心して欲しい。

 熱は変わらず38℃ある。

 

「ね、寝てなきゃダメだよ?」

「もう少しだけ、ダメですか?」

「……少しだけだよ?」

 

 秋凛さんの意図しないあざと可愛さに胸がキュンとなる。

 いや、意図しないあざとさって何だろう。

 熱で少し呆けてるかもしれないが、確かこんな言い回しあったような。

 

「あ、リンゴ」

「ふふっ。剥いてくるね」

 

 来る途中に買い物をしてきたのか、秋凛さんは手に膨らんだビニール袋を持っており。

 その中にあったものを思わず口にしてしまったが、手間のかかる弟のような反応をされて少し恥ずかしくなる。

 

 秋凛さんが台所へ行く時、空になった皿も一緒に持っていってくれたのでソファーへ寝転びながらリンゴを待つ。

 

 お粥なので満腹とはいかないが、腹が満たされているので横になった途端に睡魔がやってくる。

 いまリンゴを切ってくれているところなのに、この欲求には抗えない。

 

 まだ体力が落ちたまま戻っていないため、気絶するようにストンと意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

(…………) (こんなことダメなのに)

 

 どれくらい眠っていたのだろう。

 何かを感じて意識が浮上したが、まだ微睡の中にいるため起きることはせず寝返りをうてば。

 近くに何か温かいものがあり、それを無意識のうちにギュッと抱きしめる。

 

(ふぎゅっ)

 

 その際、何か声が聞こえたような気がした。

 起きて確認するほど大事なことでもないため、気のせいだと思い頭を空にして再び眠りに──。

 

(ハァ……ハァ……)

 

 荒い呼吸音が聞こえてくると同時に、胸へと熱い風が送られてくるため。

 このままじゃ眠ることもできないので少し重い瞼を開けてみれば。

 

「…………秋凛さん?」

 

 そこには俺に抱きしめられている秋凛さんの姿があった。

 ちょっと声優アイドルがしてはいけないような表情をしながら俺の胸に顔を押し付け、匂いを嗅いでいる。

 没頭しているのか、名前を読んでも特に反応はない。

 

 ……普段も嫌だけど、今は特に汗臭いだろうから勘弁して欲しい。

 あと、布団の中がもぞもぞと動いているのは何をしているのだろうか。

 

「あれ、運んでくれたんだ」

「ふぇっ!? あ、う、うん、ソファーのままだと治るものも治らないから」

 

 少し意識が冴え、いま寝ているのがソファーではなくベッドだという事に気がついた。

 思わず漏れた呟きであったが今度は聞こえたらしく、慌てた様子で俺から離れ、顔を真っ赤にさせながら何事もなかったように振る舞っている。

 

 可愛い反応に揶揄いたくなるが、まだ寝ぼけた頭でそれをやると何か取り返しのつかない事になりそうだったのでやめた。

 

「大変じゃなかったですか?」

 

 俺と秋凛さんは大体二十センチほど身長差がある。

 体重だって俺の方が重いのだから、よく運べたものだと思う。

 

「伊達にこれまでレッスンしてきてないからね。優ちゃんを運ぶくらいわけないよ!」

 

 そう口にする秋凛さんだが、先程までの行為が頭にチラついて頼もしく見えないのだが。

 むしろ、少し身の危険を感じた。

 ないとは思うが、もしもの可能性として秋凛さんが俺を襲った場合、勝てないような……。

 

「……いま、何時ですか?」

「もうすぐでお昼だね。お腹空いてる?」

「そこそこ空いてますね」

「出来たら呼ぶから、まだ寝てていいよ」

「だいぶ体調良くなったんで、起きますよ」

 

 まだダメだよと言う秋凛さんに体温計を持ってきてもらい、熱を測ってみれば。

 37℃前半とだいぶ下がっていた。

 

 身体の調子も朝に比べてだいぶ良くなっている。

 さすがに無茶は出来ないが、ずっと横になっていても身体が痛くなってくるから適度に起こさないと。

 

 ソファーに移動し、剥いてもらったリンゴを齧りながらスマホを弄る。

 夏月さんから心配だと連絡が来ていたので、だいぶ良くなったと返しておく。

 

 控室や衣装、一通りのリハが終わって寛いでいるメンバーなど、写真も何枚か送られてきており。

 レアな写真に喜ぶよりも、外に出していいのかとまず不安に思ってしまった。

 

「はい、優ちゃん。うどんできたよ」

「ありがとうございます」

 

 食欲そそるうどんつゆの香りに、急にお腹が空いてくる。

 スマホを脇に置き、さあ食べようと思ったのだが。

 少し悲しそうな表情でこちらを見てくる秋凛さんに気が付き、箸を止める。

 

「…………本当はさ。優ちゃんも私のこと、残念に思ってるのかな?」




少し夏月パートが長かったなと。
またちょいちょい他にも出して、早く感情ぐちゃぐちゃにしたいです。


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四十七輪目

書く方向性がズレたかなと思い、書き直しましたが変わらなかったのでこのまま続行。
結末には影響ないですし、いいでしょう。


「そう、ですね……半々くらいには?」

「そっか。そうだよね、やっぱり……」

 

 何か答えを間違えたのだろう、秋凛さんの様子が変わったような。

 これまでも何度かあった認識の違いが今、起きている気がする。

 

 価値観が変わったこの世界の常識など、未だ分からない部分が多いけども。

 夏月さんと同棲を始めて二ヶ月過ぎ、女性のそういった機微に対して多少なり慣れた気がする。

 

 あくまで気がするのは、当たる確率が半分にも満たないからだ。

 大半が勘違いで終わるのだが、今回は当たりだったらしく。

 

「へっ……きゃっ!?」

 

 秋凛さんがどこか行こうとする素振りを見せる頃には先に俺が動き出しており、手を掴んで自身の元へと引き寄せる。

 

 万が一にも怪我をさせないよう自身の身で受け止めたが、色々と柔らかいものが密着してそちらに意識を持ってかれてしまう。

 

「ゆ、優ちゃん……?」

 

 胸の内に収まっている秋凛さんが見上げるような仕草で見てくる。

 その顔は真っ赤で、何かを期待しているような雰囲気を感じた。

 

「その、さっきの残念に思うって……どういった残念だったんですか?」

「え?」

「勘違いというか、何も考えないまま答えたような気がして」

「…………いいんだよ、別に。自分の事はよく分かってるつもりだから」

 

 けど俺の問いかけを聞き、また悲しそうな表情へと戻ってしまう。

 そのまま離れようとするが、そうはさせまいと腕に力を込めて阻止する。

 

「は、放してっ!」

 

 ここで放したら終わりだと、身体に活を入れてしがみ付くように引っ付く。

 秋凛さんの方が力が強く、少しでも気を抜けばあっという間に何処かへ行ってしまうだろう。

 

 ……あれ、これ俺が怪我しないよう少し手加減されてるような?

 

「なんで……なんで今更私に構うの!」

「今の秋凛さん、放っとけないですもん」

「いいよ、私なんか放っとけば。気にかける価値も無いんだから」

「私なんか、なんて言わないで下さい」

 

 いまの秋凛さんはまるで駄々っ子のようで、何を言っても聞いてもらえない。

 これまでずっと内に秘め、我慢してきたものが溢れて止まらないように感じる。

 過去に俺も経験がある為、これは勘違いじゃないはずだ。

 

「優ちゃんだって私のこと残念に思ってるって言ったし、みんなだってそう思ってる! 私自身が一番足を引っ張ってるって分かるよ……でもどれだけ頑張ったって変わらないの!」

 

 ──あ。

 

 何かのスイッチが入って切り替わったように、秋凛さんの事を面倒だと思い始めてしまった。

 なんで俺、こんな事をしてるんだろうと考え始めた途端に何もかもが面倒に思えてくる。

 

 こうなった時はいつもなら距離を置くのだが、現状その選択肢は選べない。

 

「それってさ、これまでみんなの為に私、頑張ってきた。って言ってる?」

「え、……あ、ゆ、優ちゃん?」

「どうなの?」

 

 俺の様子が変わったことに気付いて困惑してるのは分かるが、いま自分にそれほど余裕はない。

 一度、落ち着かなきゃいけないのは分かっているのに、自身の感情を上手くコントロールできないでいる。

 

「そ、そう……です」

「そっか」

 

 よした方がいいのに、ということが分かっていながら。

 自分の意思とは裏腹に、口は動き出していた。

 

 

 

「ならさ、もうみんなの為に頑張るの止めたら?」




本来なら黙って距離を置いていた所ですが、いま主人公は体調が悪いので暴走してる感じです。
ある程度の許容量があって、それを超えた途端に何もかも面倒になるやつ。
推しのボーナスとして他の人よりも倍ほどあったが、耐えきれなかった模様。
元々の予定だと、こうならないまま(無意識に)口説き落としていた。

余談1
流石に衣装の写真を送ったのはマズく、夏月は正座で怒られた。

余談2
体調を崩したと聞いた春はメールを送ろうか迷ってリハに集中できず、怒られていた。


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四十八輪目(tips:小ネタ)

最近、妄想が足りていないのでもっと頑張ります。


 すぐに理解出来なかったと言うよりは、何を言われたのか分かりたく無いといった様子の秋凛さん。

 だがそれも時間が経つにつれて解れていき──。

 

「…………ぁ」

「うぇっ!? え、ちょ、秋凛さん……?」

 

 急に泣き始めてしまった秋凛さんを見て、パニクってしまう。

 少し前まで抱いていた面倒だと思う気持ちもどこかへ吹き飛んでしまい。

 どうしようかと纏まらない思考のまま、取り敢えず抱きしめていた秋凛さんをあやしてみる。

 

 ふざけたこと言わないで、とか。

 怒られるものだとばかり思っていたため、予想外のことに置いてけぼりをくらっている。

 

「ね、秋凛さん。全部話してみてよ」

 

 いま、胸の内に収まっている秋凛さんを見て。

 少し力を加えただけで壊れてしまうような、脆くて儚い印象を受けた。

 これまで見てきたマイペースな秋凛さんのイメージとはかけ離れたような……いや、違うか。

 

 今まで見ていたのは丁寧に作り上げられてきた偶像(アイドル)で、もしかしたらこれが本来の秋凛さんなのかもしれない。

 

「……聞いて、くれる?」

 

 肯定の意を込めて抱き締める腕に少し力を込めれば。

 それを感じ取ってくれたのか、少し間を空けてからポツポツと話し始めてくれた。

 

 

 

 

 

「──だからね、誰かの為に頑張らなくて良いって言ってくれたの、優ちゃんが初めてなんだ」

 

 三十分ほど話した後、最後にそう締めくくって笑みを浮かべる。

 

 正直に言えば話の半分も聞いていないし、聞いていたのもほとんど忘れてしまった。

 それでも印象に残っているものもあるが。

 

「あまり人生経験が豊富ってわけでも、なにか特殊な体験もしてきたわけじゃないので……アドバイスとかできなくて、すみません」

「ううん、優ちゃんは優ちゃんで居てくれるだけで私、救われるよ」

「そうですか?」

「そうなんだよ」

 

 真っ直ぐに見つめられながらそう言われ、恥ずかしく目を逸らしてしまう。

 そんな俺の反応を見て、秋凛さんがクスリと笑ったのが聞こえてくる。

 

「……あの、ね、優ちゃん」

「どうしました?」

「その、一つだけお願い聞いてもらってもいい……かな?」

 

 どこか話しにくそうにしている秋凛さんに続きを促してみれば、なんとも可愛らしい返しである。

 

「自分にできる範囲なら何でもしますよ」

「え、なんっ……んっ、んん」

 

 咽せたのか、何か言いかけていたが咳き込んでいる。

 そんなに慌てなくても撤回したりしないのに。

 

「こ、これからはみんなの為に頑張るんじゃなくて、優ちゃんの事を想って(・・・)、優ちゃんの為だけに頑張ってもいい……かな?」

「自分だけを思って(・・・)なんて少し恥ずかしいですね。……でも、そんな事で秋凛さんが楽しめるなら全然大丈夫ですよ」

 

 もっと別のことを頼まれると思っていたが、そんな事でいいのだろうか。

 一晩、寝ずにゲームに付き合ってとか、秋凛さんの事だから言いそうに思っていた。

 

「遠慮しなくてもいいですよ」

 

 なのだが、何やらまだお願いがある雰囲気を感じた。

 わざわざ俺に確認など取らなくても秋凛さん次第なので、先ほどのお願いなんてあってないようなものだ。

あまり役に立ってる気がしなかったからむしろありがたい。

 

 

 

「それならもう一つお願い、とか……いいかな?」




何でも言うこと(ry
女性から男性に向けて言うことは結構ある。
最低限、それくらい言えないと男性と付き合うことは出来ない。
世の中の女性の大半はそういった気概を持って生きている。

男性から女性に言うことはまず無い。
そんな事を口にするのは同人誌の中にしか存在しないと思われていた。
もちろんその後はR18展開からの結婚ルートであったり、他にも色々なエンドがある。
世の中の大半の認識は交わりからの結婚。
つまりそれを言われた秋凛は……。


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四十九輪目(tips:病院)

 気が付けば俺は病院のベッドにいた。

 ここに至るまでずっと起きていたから経緯は分かるのだが、少し衝撃の大きなことがあって現実として受け入れられていない。

 

「…………」

 

 だがいつまでもそうしているわけにはいかないため、ベッドに横たえていた上体を起こし。

 自分のペースを取り戻そうと果物籠からバナナを一つもぎり、皮を剥いて一口。

 

 ……………………うまっ。

 

 食べ慣れない美味さに衝撃を受けながらも、先ほどよりは少し落ち着いたと思う。

 なので一先ず、現在の状況から目を逸らすのを止めようかなと。

 

 一番グレードの高い(と思われる)病院の個室がホテルのスイートルームばりに豪華な件について。

 

 いや、ホテルのスイートルームとか泊まったことないので、テレビで見た印象のままだ。

 二部屋、三部屋とあるわけじゃなく、一室なのだが無駄に広すぎる。

 リビングに置いてあるようなテーブルやイスとか必要ないでしょ。

 

 窓際にはフカフカなイスもあった。

 ……あれが一番要らないと思う。 

 

 過去、高校生くらいの時に一泊だけ入院した事があるけど、その時はベッドの上で食べた記憶がある。

 四人部屋だったから他にも入院患者がいて、カーテンで仕切られている感じだ。

 たかだか一泊なので、あれはあれで十分満足できるものである。

 

 他にはでかいテレビがベッドの正面にあり、さらにはネット環境まで整っている。

 それは正直なところ有り難いが、何故ここまで良い待遇なのだろう。

 少し免疫が落ちたことによる発熱なだけで、それもほぼ下がっている。

 

 今更だが、バナナとか勝手に食べてよかったのだろうか。

 置いてあるからたぶん大丈夫だと思うのだが、後で請求されるのかな?

 

「失礼するよ。気分はいかがかな?」

 

 ドアがノックされたので返事をすれば、なんともまあ綺麗な女医さんが入ってくる。

 

「まあ、元気です。広すぎてちょっと落ち着かないですけど」

「話に聞いていた通りではあるが、珍しい事を言うもんだね」

 

 何を言ってるのかよく分からないが、なんとなく頷いておく。

 体温計を渡されたので受け取り、脇に挟みつつ質問するため口を開く。

 

「このテレビでライブの有料配信を見ることって出来ますか?」

「ああ、出来るよ。時間までには見れるようやっておくよ」

「ありがとうございます」

 

 現地参戦できないのは残念だが、リアルタイムで見れるだけマシだと思おう。

 性能がいいのか短時間で計り終えたので抜いて見れば、37℃前半と殆ど治ったもんである。

 

「37.3℃か。検査もあるから退院は早くて明日の午後……いや、明後日だな。本来なら体調を崩した時点で来てもらいたいものだが」

「ただの発熱ですし、そこまでしなくても」

「ただの発熱でも、だよ。……君に常識が無いのは知っていたが、ここまでとは」

 

 どストレートに酷い言われようである。

 二十歳を超えたいい大人であるため、そこそこ常識はあるつもりである。

 

「高熱によって種無しになるってのは、男にとって致命的だと思うのだが」

「あー…………聞いたことありますけど、それってなる時はなりますし、ならない時はならないもんですよね」

「それを言われると、こちらとしてはおしまいだ」

 

 ははは、と困ったように笑う女医さんの言う通りであった。

 常識があるのは変わる前の世界のことで、今の世の中についてはもしかしたら小学生よりも知識がない。

 

 少しずつ理解していってるが、実際に体験しながらなのでなんともいえない。

 それに加えて男女比率や常識が多少違うだけなので、普通に過ごしているとよく忘れるのだ。

 

 今でもふとした時に推しと同居している事実を改めて認識し、この世界になった事を感謝してる。

 

 何故、こうなったのか。

 また、ふとした時に戻るのか。

 たまにそれらを考えることもあるけれど、そうなったらまたその時に考えよう。

 

「熱が下がったからといっても、まだ完全に治っていないのだから大人しく寝ているように。何かあったり物が欲しい時はそのボタンを押せば誰かが来るから」

「分かりました」

 

 女医さんが出て行って一人となり、暇になってしまう。

 そういえばスマホ……は、よく見たら果物籠の隣に置いてあった。

 

 あるならいいか。と、そのまま置いておき、また横になる。

 先ほどは気付かなかったがこのベッド、すごく良いものなのではないだろうか。

 

 夏月さんと一緒に寝ているベッドも良いものなのだが、また違った良さというか。

 庶民なので言語化は難しいが、この包まれるような安心感は良い……。

 

 目を閉じると、どこまでも沈んでいくような感覚がした。

 それに抗うことなく身を任せれば、夢の世界へと旅立っていた。




本編にもある通り、発熱でも男性は入院する。
女性とは別に男性用の病棟があり、提供する種のランクによって部屋の豪華さも変わる。
主人公は一番上のランク。

二十一時に間に合わせるため急ピッチで書き上げたので、後々の後書きに追加あるかもしれません。
突っ込まれなければないかもしれません。


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五十輪目

「…………んん」

 

 身体を揺すられ、目が覚める。

 水分が足りていないのか、軽い頭痛を感じながらも目を開ければ知らない看護師が目の前に。

 

「あと三十分ほどでライブが始まりますよ」

「あ、もうそんな時間……。起こしてくれてありがとうございます」

「いえ。すでに準備は終わってますので」

 

 俺を起こしてお役御免だと思っていた看護師だが、出ていく様子はなく。

 そばにあるイスへと腰掛ける。

 

「鑑賞中、激しく動かれないよう監視です」

「……あ、はい」

 

 いや、流石に激しい動きはしない。

 ちょっと腕を振ったり、身体を揺らしたりするだけ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……画面消されたら困るので大人しく見ます。

 

「お手洗いってどこにありますか?」

「その前にこちらを」

 

 ライブが始まる三十分前に俺を起こしたのは、準備時間としてだろう。

 そういったところが素晴らしいと思いつつ、尿意を覚えたのでトイレの場所を聞いたのだが。

 ベッドから降りようとする前に水の注がれたコップを手渡される。

 

 起きて動き始めるまでに水を飲むと飲まないとじゃ大違い、って前にテレビで見たのを思い出した。

 喉も渇いていたので飲むのは良いが、なんの病気だったかな……。

 

 

 

 喉に魚の骨が引っかかったような感覚を残しながらも無駄に広いトイレで用を足し終え戻ってくれば、もう一人看護師が増えて夕食の準備がされていた。

 

 お昼はなんだかんだで食べ損ね、寝る前に食べたバナナ一本だけだったので有り難くはあるのだが……。

 

 結局、部屋にあるテーブルは使わないでベッドの上なのね。

 

 や、ライブ見ながら食べるのならこちらの方がいいのだけれど、なんか釈然としないというか。

 

「どうかされましたか?」

「いえ、何でもないです」

 

 大人しくベッドへと戻り、スマホを手に取る。

 いくつか通知が溜まっているので確認すれば、夏月さん、高瀬さん、秋凛さんの三人からであった。

 

 一番新しいので二分前なのだが、あと十五分程でライブが始まるというのに大丈夫なのだろうか。

 取り敢えず三人には『先ほどまで寝てました。体調に問題はありません。ライブ、配信で見てるので楽しんでください』とコピペして送っておく。

 

 まだスマホを弄っていたのか、まず最初に高瀬さんから返信があり、夏月さん、秋凛さんと続く。

 始まるまで時間もないため、話を打ち切るためにも適当なスタンプだけ送ってスマホを閉じる。

 

「いただきます」

 

 本当はライブが始まるまで我慢してようと思ったが、何も食べていなさすぎるので無理だった。

 お腹が空いている人の目の前に米、味噌汁、生姜焼きが置かれて我慢できる人なんていないだろう。

 

 

 

 早食いが体に悪いというのは分かっているし、意識してるわけでもないが。

 ライブの始まる三分前には食べ終えてしまった。

 

 手早く食器は下げられていき、デザートとして果物籠にあったリンゴなどが切られて出てくる。

 

 お礼を口にし、シャリシャリとリンゴを食べていれば。

 ずっとMVであったり、宣伝が流れていた映像が切り替わる。

 

 シンと静まり返り、今か今かとその登場を待ち侘びている真っ暗な会場は、ファンの持つペンライトで色鮮やかに光り輝いていた。

 

 ステージの後ろにある大きなモニターに映像が映し出され、併せて曲のイントロが流れ始める。

 それは『Hōrai』の中でも上位に食い込むテンションの上がる曲であり、期待から胸が膨らむ。

 

 映像が終わると同時にパッとライトがステージを明るく照らし。

 五つの影が床から飛び出し現れ、歌い始める。

 

 会場の熱は一気に上がり、曲に合わせてペンライトも激しく揺れ動いていた。

 

 円盤は円盤で素晴らしいが、生配信はやはりどこか違い。

 画面越しにも自身の心を揺り動かす何かが伝わり、沸き立つ何かに駆られるように身体が震え。

 

 気が付けば目から涙が溢れていた。




tipsで何か書こうとして、忘れました。

ストレス抱えると筆が進む(気がする)。
12月はストレス抱えるの確定してるので、筆が進むか、ストレスデカすぎて死んでるかのどちらかです。
日間ランキングに載ってるの見ました!ありがとうございます!


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五十一輪目

 どれだけの人が気付いただろう、なんて烏滸がましいか。

 現地でも配信でも、見ている人の大半は気付いていると思う。

 

 

 

 ──推しである夏月さんと高瀬さんが今まで以上に魅力的で輝いていることに。

 

 

 

 ……いや、はい。

 個人的な主観であることは否定できないが、仮にそれを除いてみても二人はこれまでよりも確かな魅力を持って立っている。

 

 だけど会場で、配信で見ている人の関心は二人ではなく、とある人へと向けられていた。

 

 理由は単純明快。

 二人以上に変わった人がいる、ただそれだけである。

 

 これまでもしっかりしていなかったわけではないが、どこか遠慮であったり、劣等感のようなものを滲ませていた。

 うまく隠していてもそれらはどうしても伝わってしまい、メンバーの中で歌は今ひとつといった評価に。

 

 元々、実力があるという評価であったのだ。

 あったのだが。

 

「凄いなぁ……」

 

 まさか、ここまで劇的に変わるとは。

 

 自分としてはなんてことない言葉であったが、彼女──月居(つきおり)秋凛(しゅり)にとってはとても大切な事であったらしい。

 

 これまでの色々な"しがらみ"から解放された彼女は生き生きと歌い、踊っている。

 その魅力は画面を通しても衰えることはなく、夏月さんというものがありながら不覚にも胸がときめいてしまった。

 

 

 

『────して欲しいな!』

 

 

 

 忘れるようにしていた、秋凛さんからのお願いが思い返される。

 あれはきっと、冗談であったのだろうと思いたい。

 少し気になるのは、あのお願いにはどういった意味がこの世界にあるのだろう。

 

 秋凛さんがお願いを口にしたはいいものの、それに対する返事は出来ていない。

 なんて言ったのか理解できず、『はい?』と聞き返したのだが。

 

『私、ライブに出る!』

 

 と、急に宣言したかと思えば。

 あれよあれよという間に俺は病院へと運ばれていた。

 それで今に至るわけなのだが。

 

 家で見るよりも少し設備がいいのが何とも言えない。

 お金たくさんあるから、時間見つけて音響とか整えてみようかな……。

 

 

 

 ライブはすでに二曲目へと入っていた。

 一曲目の勢いを落とさないアップテンポな曲だが、また違ったテイストである。

 最初が明るく元気と表現するならば、これはクールでカッコいい、になるだろうか。

 

 好みはあるだろうが、どちらにせよ人気の高い曲である。

 

 本来ならばそれを現地で聞けたはずだったのだ。

 体調を崩した自分が嫌になるが、もう治ったようなものだし、明日は現地参戦いけるのではないだろうか。

 

 退院は月曜日と言っていたが、ちょっと抜け出して行けるか後で聞いてみよう。

 

 

 

 続く三曲目であるが、まさかここにこの曲が来るとは。

 会場の驚きも伝わってくるが、すぐに期待へと変わっていく。

 

 それはキャラ人気投票で一位になった子がセンターとなる曲であり。

 二回目に行われた際、見事一位を飾った秋凛さん演じるキャラであるが。

 

 恋愛をテーマとして作られた曲であったのだ。

 

 変わる前の世界で秋凛さんは恋愛をしたことがないと公言しており、歌は上手く歌えているものの。

 詩に乗った感情が込められていないため、作られたイメージとは違う、虚しい歌となってしまっていた。

 

 この世界の秋凛さんも同じなのだと会場の空気から何となく分かったが、今回は一味も二味も違うと解ったからだろう。

 この曲の本来の歌を聞かせてくれるだろうと、皆が期待している。

 

 イントロだけが響く、異様に静かな会場。

 

 割れることを恐れないまま空気を送り込むが如く、期待が高まっていく。



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五十二輪目

 歌い始める前の呼吸がマイクを通して聞こえてきた。

 そして。

 

 

 

『────────』

 

 

 

 会場の全てを持っていった。

 

 今まで聞いていたものとは違う曲に思えるほど、違った。

 推しのライブなんてただでさえ語彙力が無くなるというのに、ほんのカケラほど残っていたそれさえも失うほどだ。

 

 センターは秋凛さんであるものの、他のメンバーにもソロパートや見せ場はある。

 あるのだが目がいかないというか、印象に残らないというか。

 

 一人の人にしか目がいかないなんて創作でしか無いと思っていたが、現実でもこのような事あるんだなと。

 

 曲の後半になるにつれ活動を再開した人たちが増えてきた。

 画面越しでも一緒に見ていた看護師さんが泣いているのだから、現地はもっと大変なことになっているだろう。

 

 四人も開花した秋凛さんに張り合おうとせず、一歩下がって引き立てている。

 勿論、自身のパートの見せ場はキチンとこなしているが、秋凛さんに引っ張られてかいつもより沸き立てるものがあった。

 

 これまでになかった演出だが、打ち合わせやリハをやらずにコレを成り立たせていることに五人の信頼みたいなものを感じられ、熱いものが込み上げてくる。

 

 

 

 曲が終わり、会場が割れんばかりの拍手と歓声が落ち着いた後。

 MCにて少しだけ休業していたことに触れたが、その後はいつもの『Hōrai』であり。

 グダグダで、でも締めるとこは締める、面白おかしいトークであった。

 

 その後は絶好調である秋凛さんにみんなも釣られ、曲が終わるとこれまで以上に肩で息しているよう見える。

 

 画面に映るみんなの表情は笑顔で輝いており、こちらの胸も温かくなってきた。

 推しの笑顔って麻薬みたいなものだし。

 

「──っ」

 

 秋凛さんが映し出され、それに気づいて流れるようにウインクを決めてきた。

 

 きっといまのは画面の向こうにいるファンへのサービスなのだろうが、やっぱ受け手側としては自分個人へされたように錯覚してしまう。

 

 男ってのは単純なもので、このような事をされると『あれ、自分のこと好きなのでは?』と勘違いしてしまう。

 画面越しで、彼女たちはコチラを認識していないのにね。

 

 好きになりかけているのか、もう好きになってしまっているのか。

 気になってしまっている俺はだいぶチョロインだという自覚がある。

 

 あー…………。

 何度でも思うが、そんな彼女たちと知り合いであり、さらにはメンバーの一人と恋仲で同棲までしているなんて、今でも信じられない。

 

 

 

 その後も圧倒的なパフォーマンスに心振るわせながら、あっという間に三時間のライブが終わってしまった。

 

「あの、看護師さん。明日のライブは現地に行けませんか?」

「…………まだ安静にしてください」

「付き添いってことで、看護師さんも一緒に」

「可能かどうか、ちょっと上に聞いてみますね」

 

 

 

 

 

 結論から言うと、行けることになった。




年末、もう少し更新できると思ってましたが、ストレスをゲームに持っていったので無理でした。
来年は……また更新したり、しなかったりだと思います。
みなさん、良いお年を。


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五十三輪目(tips:病院2)

明けましておめでとうございます。
本年もそこそこに頑張っていきますのでよろしくお願いします。
52輪目にて看護師さんが刺さって意外な作者です。


 ライブが終わって一時間が経ち、何もすること無いため寝ようかと思っていたが。

 

 今現在、何故か部屋の中に高瀬さんと秋凛さんがいる。

 聞けば急いで着替え、タクシーで向かってきたらしい。

 

 ライブの裏についてよく知らないが、スタッフさんとの付き合いとか、明日のライブに備えて体を休めるとかではないのだろうか。

 いや、単なる俺の想像でしか無いが。

 

 夏月さんも一緒に来たらしいけど、来たら追い返して欲しいと病院に伝えてあるのでロビーにいるとのこと。

 

 きっと来るだろうなと思っていたけれど、高瀬さんと秋凛さんは予想していなかった。

 追い返すことなんて、俺が直接言えるわけない。

 

 ……いっそのこと夏月さんもここに来ていいのでは?

 

「ごめんね、こんな時間に。桜くんの様子だけ見たらすぐに帰るから」

「いえ、何もする事なくて暇してたところですから」

 

 わざわざ用意してくれた手土産を受け取り、二人に座るよう勧めればそう返ってきた。

 

 さっきまで画面越しに見ていた人たちがこうして目の前にいるため、夢でも見ているのかと思ってしまう。

 

「……あ、ライブ初日お疲れ様です。配信で見てました」

「見てくれたんだ。嬉しいけど、少し恥ずかしいかな」

「ね、優ちゃん。どうだった?」

 

 高瀬さんの隣でずっと話したそうにウズウズしていた秋凛さんがずいっと前に出て言葉短く尋ねてくる。

 今までのノンビリしたイメージと違うが、ライブ終わりでテンションが高まっているのだろう。

 

「上手く言葉に出来ないんですけど、凄かったです。ライブを重ねるごとに皆さんの魅力がどんどん増していくんですけど、アニメでいう今回は秋凛さんの覚醒回みたいな」

「えへへ、とても嬉しいな」

 

 照れながら浮かべる笑みに胸が高まる。

 これは確実に推しになりましたわ。

 もう言い訳のしようがないぐらいに、秋凛さんが魅力的に見える。

 

 高瀬さんが俺と秋凛さんを見て驚いている様子だが、どうしたのだろう。

 

「優ちゃんへ向けた私の想い(アピール)、気付いてくれた?」

「ウインク、のことですよね?」

「そう!」

 

 ファンサだと思うようにしていたけれど、まさか自分に向けてくれていたという勘違いが確かなものだったとは。

 

「とても素敵でした。これまでとはまた違った魅力があって、でも今回の秋凛さんにはピッタリ当てはまっていて。今日のライブを見て自分みたいに推しになった人も多いと思います」

「それって──」

「悪化させなければ明日のライブは現地で見ていいと許可が出たので……あ、高瀬さん、何か話そうとしてましたか?」

「ううん、何でもないの。明日は現地で見てくれるんだよね? 今日よりもすごいライブにするから、楽しみにしててね!」

 

 そう口にしたあと、長居しちゃったねと高瀬さんは秋凛さんの手を引いて去ってしまった。

 

 急に静けさを取り戻して少し…………いや、結構寂しいのだけど、それよりも高瀬さんに元気なかったような気が。

 何か言いかけてたのもきっと気のせいじゃないと思うのだが、どうしたのだろう。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 結局、高瀬さんの元気がなくなった理由は分からないまま寝落ちし。

 気付けば朝になっていた。

 

 体調はすっかり良くなり、熱も平熱まで下がっている。

 それでも午前中は色々な検査を受けたり、赤や白の液を取られたり。

 

 特に白の方は精神的にどっと疲れた。

 一人でできると伝えたのはいいものの、自分の出したものを提出するということにかなり抵抗があった。

 

 出したものを捨てようかなと思ったりもしたが、鍵が外からも開くらしく。

 終わったタイミングを見計らって入ってこられ、持っていかれた。

 

 もう過ぎたことだと忘れることにし、昼食を食べ終えノンビリしていたのだが。

 

「何をしているのですか。会場に向かうので準備して下さい」

 

 ライブTシャツを着た看護師さんがやってくるなり、急かされる。

 

 いや、まだ十三時ですよ。

 開場十七時の開演十八時ですよ。

 今から向かってもここからだと十四時には着いてしまうのですが……。




チャンス(ライブ現地)を掴んだね、看護師さん!


この世界では医療関係者全般、高給取り。
(医者と事務などで差はある)
男性相手に何かあった場合の責任が重いため。
普通ならば給与が高くともリスクに見合ってないので人は集まらないが、トップを争うほどの人気職。
それは明言されていないが、数の限られている優秀な遺伝子を優先的に受精できるため。

実力でしか入れず、コネは一切ないため、優秀な成績を残せば誰にでもチャンスはある。

前述のとおり優秀な人だけが集まっているため、医者不足などはなく、福利厚生もしっかりしている。
何故かオタクが集まりやすい。

男性からアプローチがあれば受けることは可能だが、自身から誘うのはアウト。
基本的に男は諦めてるけど、子どもは欲しい人が多い。
ただ、オタクは『推し活>>>男』なので一般の認識とかけ離れている。
そういった人に限って優秀だという不思議。


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五十四輪目(tips:病気)

 ライブ会場にVIP席って存在するんだな……。

 

 結局、看護師さんの熱意に負けて会場へ向かったはいいものの、人見知りの俺には他の人との交流は難しく。

 さらには現場にいるファンは女性ばかりであり、見回しても他に男を見かけない。

 

 距離をあけて俺を囲うように女性が集まり、変な空気になってきた頃。

 会場のスタッフが慌ててやってきて、案内されたのがここというわけだ。

 

 看護師さんは一緒ではなく、ファン同士交流していることだろうが……職務怠慢なのでは?

 

 このVIP席とやら、知らなければどこにあるか分からない作りになっており。

 個室で邪魔されることなく楽しめる空間で、さらには飲み物や軽食まである。

 イスも硬いものではなく、二、三人は座れるソファーだ。

 

 惜しむべきは距離があることだろうか。

 モニターがあるとはいえ、やはり生のパフォーマンスを近くで見たい。

 

 本来通される筈だった関係者席はここより距離が近いので、そちらはダメなのかと聞いてみたが。

 安全にライブを終えるためにここで我慢してくれ的なことを言われた。

 

 自分のせいで中止となるのはちょっと無理なので大人しく従うしかないが、正直何が危険なのか分かっていなかったりする。

 

 今現在、ステージ上には最後に簡単な流れを確認するメンバーの姿が見えていた。

 裏の部分は普段目にする機会がないため新鮮であり、ギリギリまで良いパフォーマンスをするため心血を注いでる姿に胸打たれる。

 

 それらも十六時を迎える前には終わり、開場、開演に向けて準備が進められていく。

 見るものもなくなり、暇になってしまった途端に少し眠気が。

 

 始まる三十分前にアラームをセットし、靴を脱いでソファーへと横たわり、膝掛けとして貰っていた毛布をかける。

 

 

 

 気絶するように眠っていた意識が、何かを感じて覚めた。

 目をそっと開けてみれば心霊の類とかではなく、ソファーの側に膝立ちして俺のことを覗き込んでいる高瀬さんの姿が。

 

 でも俺が起きたことに気がついていないし、寝ぼけ眼が少しハッキリして分かったのは、高瀬さんが目を閉じていることくらい。

 

 どうしたのだろうと思うのも束の間、何故か高瀬さんの顔が徐々に近づいてきて──。

 

 

 

 アラームの音によって意識がハッキリとする。

 身体を起こして見回すが、高瀬さんは居ない……というか、この部屋には俺しかいなかった。

 

 夢にしては妙にハッキリとした感触が口に残っている気がする。

 触れるだけには留まらず、さらには舌が中へと──。

 

「…………」

 

 そこで思考を中断させる。

 夏月さんがいるのに、高瀬さんがキスをしてくる……夢? を見るだなんて、気持ちが浮ついている。

 

 それもこれも、この変わった世界観では一夫多妻だという話を聞いたからだろうか。

 

 心の中の悪魔が『全員抱けよ』と囁いてくるが、人は一度堕落するとどこまでも際限なく堕ちていくのを知っているため。

 出来る限り心を強く持っていきたい。

 

 本来ならばそれが望ましく喜ばれるのだろうけれど、どこか抵抗がある。

 そのうちそれらも無くなるのだろうが、自身なりの……なんだろう。心の整理みたいな。

 

 …………暫く高瀬さんの顔をまともにみれないのは確実だろう。




ジェンダーの時と同じく、あくまでこの作品における設定になります。
その事を念頭に置いていただけると幸いです。

この世界では大抵の病気を治せる。
癌やその他難病といわれるものも完治できるのだが、無精子病、無卵子病(排卵障害)はどうにもできないと言われている。
これまでは不妊治療などでどうにかなっていたものも、代が重なるごとに身体の構造が変わっていったのか不可能に。

癌などの完全治療が確立した背景として、子を産めない身体となった女性、子を成せない男性の犠牲に成り立っている。
当時も人権についての問題などあったが、世界各国は共通して『全ては次代に繋げる為(男性の為)』と掲げ、医療の進歩を早めるために非人道的な実験を繰り返していた。

今ではそのようなことは無い……と断言できない。
某国らでは未だに水面下で実験を続けており、各国もそれを知っている。
本来ならばあり得ないが、その実験が『無精子病(優先)、無卵子病』の治療確立であるため、黙認されているし、材料(人)を提供していたりする。

以下、どうでもいい補足的な
貴重な精子であるので、体外受精など子を成す為の技術などは真っ先に高められた。
現在、数多の女性が主人公の子を成していたりする。
ちなみに看護師さんも(男よりもオタ活メインなオタクだが、子供がいらないわけでは無い)。

母体が違くとも男は同じである為、男子が生まれた場合、近親交配についてはかなり気をつけられている。


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五十五輪目(tips:キャラ5)

最近、ヒスイ地方に旅立っています。


 お手洗いを済ませたりと、ライブを観るための準備を終える頃にはいい時間となった。

 

 なのに部屋には俺しか居らず、看護師さんはどうしたのかとスタッフに聞いてみれば関係者席にいるのだとか。

 ……付き添いで来ているはずのに、それは大丈夫なのだろうか。

 

 照明も落ちたのでちょっとした心配事は置いておき、切り替えてペンラのスイッチを入れる。

 あ……別に立たなくてもいいのか。

 立ってもいいのだろうけど一人じゃ寂しいし、場所も場所だからものすごく変な感じがする。

 

 こうして観れるのだから文句を言うのは烏滸がましいのだけれど、せっかく会場にいるのだから一体感をもっと楽しみたかった。

 

 

 

 ウダウダと何か考えていた気もするが、ライブが始まってしまえばそんなもの関係が無い。

 やっぱり、生は違う。

 

 一緒の時間を過ごしているこの場所だけが、特別であるかのような錯覚さえ覚える。

 

 昨日に引き続き今日も秋凛さんが飛び抜けていたが、昨日の経験でレベルアップしたのか他のメンバーのパフォーマンスも凄いことになっていた。

 というよりは、秋凛さんがどんなパフォーマンスをするのか分かっているから、それに合わせている感じにも見える。

 昨日は即興であったが、今日のはキチンと整えてきているような。

 

 あと個人的なことだが、あんな夢を見たからだろうか。

 今日は物凄く高瀬さんが色っぽく見えるような気がする。

 

 いつの間にやら高瀬さんに目が向いていた。

 

 ……………………。

 …………。

 …………いや、いや、この思考はいけない。

 ライブを楽しみに来ているというのに、演者の一人をそういった目で見るのはダメだ。

 

 いや、ダメってことは無いのだろうけど、個人的にはあまりそういったことを考えないでいきたい。

 

 推しは生きているだけで偉いのだから。

 それだけで十分なのだ。

 

 …………夏月さんがMCの時、色んなことを思い返してしまった。

 

 

 

 人気投票によるセンター曲決めは全五回で完結しており。

 そのため一人一曲ずつ作られ、それ以降は運営による采配のもと、曲が発表されている。

 

 その結果が実は仕組まれていたのではといった話もあるのだが、最終的に全員作られたので個人的にはどうでも良いかなと。

 

 今回のライブにて秋凛さんセンター曲は固定であり、昨日は夏月さんと樋之口(てのくち)さんが披露された。

 

 なので今日は残る二人が歌われるわけだが。

 

『────』

 

 高瀬さんのセンター曲が終わり、千代村(ちよむら)(しき)さんのセンター曲となった。

 

 クールな彼女のイメージにとてもよく合っているカッコイイ曲で、もう言わずもがなダンスのクオリティも高い。

 

 メンバーのまとめ役的な立ち位置でもあり、美人揃いのメンバーの中でもさらに一歩抜き出るビジュアルと、たまに出るポンコツ(抜けた)部分のギャップもあってかファンの人気も高いのだが。

 

 何故かと理由を聞かれても上手く説明できず、答えられないのだけど。

 俺は少し、ほんの少しだけ──千代村織さんが苦手である。




千代村(ちよむら)織(しき)
主人公の3つ上
カッコいい女性キャラの声を担当。
外面クール系だが、私生活グーダラポンコツ。
目を離すと食生活はカップ麺になる。
紫がかった黒髪ショートボブ。

主人公が抱いてるものは、作者が実際に思っていることと同じです。
話す機会があるのならまたわかりませんが、そういった機会なんて無いので、雰囲気が苦手のままきてます。何故苦手なのか理由は分かりません。


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五十六輪目(tips:種2)

お気に入り、評価、感想、いつもありがとうございます。


 千代村さんが嫌いというわけではない。

 

 ただ少し、苦手なだけである。

 

 そうなった理由は特に何かあったわけでは無い。

 過去に接点があったとか、街中で見かけた時に対応が悪いのを見たとか。

 

 そのような事は一切ないのだ。

 ないのだが、千代村さんから薄気味悪いものを感じるのである。

 

 そもそも普段、街中を歩くときに周りの人の顔なんてそこまで気にしていない。

 人の顔が覚えられないのも相まって、俺が街中で有名人に気付くなどほぼ無いと言える。

 たとえそれが推しであっても例外では無い。

 

 ついでに言えば俺に霊感なんてものはないので、薄気味悪く感じるのは完全に個人的な思い込みである。

 どこか"ちぐはぐ"みたいな、作られたような違和感を覚えてからそう思うようになった。

 

 そう抱くのは千代村さんに対してだけであり、作品に対してはまた分けて考えているため。

 曲は好きだし、千代村さんの歌唱力も高いのでいいと思うのだけれど。

 

 合間に挟むMCの時であったり、不定期に行われる生配信であったりと、そういった時に引っかかる。

 

 ……本当のところを言えば、ライブ中であっても少し気になったりは。

 

 勝手な思い込みでこうなってしまって申し訳ないという気持ちなのだが、こればかりはどうしようもない。

 俺の抱く感情なんて些事なので、誰に伝えたところでって話でもある。

 

 結果、なんだかんだでライブを楽しむのだから考えるだけ無駄なのだが。

 

 

 

 早いもので、アンコールも一曲目が終わってしまった。

 何故、楽しい時間はこうもあっという間に過ぎ去ってしまうのだろう。

 あと十時間ぐらいライブやって欲しい。

 二十四時間企画とか無いかな……。

 

 残るはMC、ラスト曲を残すだけである。

 

 メンバーが順番に今回のライブの感想や、気持ちなどを語っていく。

 まだ公式発表されていないが、後一年ほどでこのグループの活動も終わってしまうからか、みんなどこか涙目であった。

 

 今後行われるであろうライブも数え切れるほどしかないため、一つ一つがとても大切なのだと感じる。

 

『シュリ、すっごくパワーアップしてきたから。私たちもビックリだったよ』

『そうね。昨日の今日で合わせたからまだまだ荒削りだけれど、次のライブまでには仕上げるわ』

『その次に予定してるライブは来週の日曜、夜に生配信で発表! みんな見てねー!』

『私としては秋凛に何があったのか気になるのだけど』

『ふふ、それはプライベートな事だから今は内緒。許可が出たら生配信の時に発表できるかも?』

 

 立てた人差し指を口元に当てながらそう呟く秋凛さんの雰囲気は色っぽく、会場が沸き立つ。

 

 あ、サラッと流されていたけれど、次にやるライブの予定がもう決まっているらしい。

 まだ何も聞いていないので配信が楽しみだ。

 

『それじゃほんとにほんと、最後の曲いっくよー!』




産めや増やせやな世界と(tips:種)の時に書きましたが、(tips:病気)の補足にて近親交配には気を付けてると書きましたのでそこに関して。

ずっと日本国内で主人公の種を使い子供を増やすと、子供たちが大人になった際に少し面倒なことになります。
主人公の種を使うと他の男性よりも男女比1:1に近い比率で子供が産まれますが、子供同士では交われません。
加え、一代で人口減少をどうにかできる訳ではありませんし、何代も続けていかねばまた緩やかに破滅へ向かっていきます。

なので日本国内のみの繁殖だけであれば主人公の種の価格はすぐに下落します。
主人公な種が枯れるまで高くあり続けるわけとしまして。
研究に回される、海外に売られる。などになります。
日本国外では男女比率がより偏っているため、それはもう高く売れます。
男性に給付金としてお金を渡してもお釣りが来るほどです。

日本は男性の種で成り立っているため、他国から疎まれています。
しかし、その日本から渡される種が無ければ滅ぶので何も言えません。


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五十七輪目

ELDEN RINGに手を出したら時間を吸われてしまう…(自制)


 今回は良くも悪くも秋凛さんに染められたライブであった。

 

 誕生日会の様子を見るにメンバーの仲は良いように感じたが。

 同時に互いを高めていくライバルとしても見ていたように思うので、内心では悔しいとか思っていそう。

 ゲームを一緒にやっていても、夏月さんからちょいちょい負けず嫌いな感じが出ていたし。

 

 ……ライバルに見ている云々は俺がそうあって欲しいアニメ的な発想だから本当かは分からない。

 負けず嫌いについては合ってると思う。

 

 夏月さんにはゆっくり休むようにと、高瀬さんと秋凛さんにもお疲れ様と病院に来なくても大丈夫といった旨のメッセージを送った。

 

 これで特に何事も起こらないと思っていたのだが。

 

「…………」

「…………」

「…………座らないのですか?」

「ちょっとした用だから。それが終わればすぐ帰るわ」

「そうですか……」

 

 どうして樋之口さんがここに居るんだろう。

 ちょっとした用と口にしながらも話そうとせず、ずっと立ったまま部屋のあちこちを見ているし。

 

 ジッとコチラを見られていても困るのだが、これはこれでどう対処したらいいのだろう。

 

「…………ライブが始まる前」

「はい……?」

「今日、ライブを見に来てくれていたでしょう?」

「あ、はい」

「始まるまで何していたの?」

「え、あー……始まるまでは、特に何もしてないです。リハの様子が見れたのでそれを見ていて、それが終わったら始まるまで寝てたぐらいです」

 

 樋之口さんはライブの感想を聞きたいのだろうか。

 それにしては少し遠回りな質問の気がするけど……。

 

「……何か変なことは無かった?」

「変なこと、ですか?」

 

 変なことと言われても、夢を見たぐらいで特に何かあったわけでもない。

 その夢の内容は少しアレだったけども。

 

「いえ、特には」

「…………そう」

 

 どこかホッとしているよな、残念な様子を感じたが、果たして何を聞きたかったのだろう。

 

「遅くに悪かったわね。お大事に」

 

 ライブの感想を聞かれたり、二、三やり取りして樋之口さんは帰っていった。

 

 もしかして話は色々建前で、ライブ見に行って体調を崩してないか見舞いに来てくれただけなのかもしれない。

 

 ただのイメージだけど、樋之口さんに少しツンデレがあるような気がする。

 恋愛的な感情を俺に抱いていないだろうけど、優しさを感じた。

 

 

 

 

 

 翌朝、朝食を食べて帰宅する準備をしていたら夏月さんがやってきた。

 ライブの次の日は休みと聞いていたが、朝イチでやってくるとは。

 帰るだけなのだから、家でのんびりしていればよかったのに。

 

「優君、まだ病み上がりなんだから無茶しちゃダメだよ」

「ただ帰るだけだから大丈夫だよ」

「今日までは安静なんだから、ね?」

 

 過保護なのは今更だし、それだけ夏月さんが自分のことを想ってくれているということなのだろう。

 

 体調崩していた間はちょっと俺の対応が悪かったから、家に帰ったら出来る範囲で夏月さんの言うことを聞くことにしよう。

 

 ……あ、そもそも体調が良くなったらお願いを聞くという約束をしていたような。




もっとサクサクテンポ良くいきたいです(願望)。


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五十八輪目

「ね、夏月さん」

「うん?」

「お願い、こんなのでいいの?」

「いいのいいの。それに優君はこうでもしないと大人しくしてくれないでしょ?」

「……いや、そんなことは」

 

 あまり強く否定できないのは、自分でもそうかもしれないと気付いて。

 これまで一人だった時はそんな事ないのだが、夏月さんに家事をやらせるわけにはと毎日過ごしていたら半ば習慣ついてしまった。

 

 面倒だと思うのは変わらないが、こうも人は変わるものなのかと自分ながらに思った。

 

 今現在、夏月さんのお願いで股の間に座らせ、後ろから抱きしめて映画鑑賞している。

 

 自分が映画はアニメか洋画のアクションやホラー系しか観ないとどこかで話したのを覚えていてくれたのか、たまたまなのか。

 有名なゾンビ映画がチョイスされた。

 

 二作目までテレビ放送され、それらは観ていたので三作目を観ているのだが。

 

 …………全然知らない人が居るというか、知ってる人が居ないというか。

 

 話は大まかにしか覚えていないが、あの終わりからのこの続きで、あのキャラがこの人なんだろうと観ていて当てはめていったが。

 なんか変な感じがする。

 

 考えてみれば、男の人が少ないのだからそれは女の人がやるよねって話だ。

 原作の小説なり、ゲームなりは男女比なんて考えなくていいが、いざ実写化したとなると男が足りないから男装で補っている。

 

 あまり作品に集中できないため、夏月さんの温もりや匂い、感触の方に意識がいってしまう。

 でも夏月さんは集中して観ているようなので、あまり邪魔もできない。

 

 結局映画に戻るわけだが、世界観が変わる前よりも荒いというか、クオリティーが低いというか。

 エンタメが潤っていないわけではないと思うのだが、変わる前の時よりも予算が潤沢ってわけでもなさそう。

 

 日本が比較的安定してるように見えるから勘違いするが、海外の方はもっと深刻だったはずだ。

 むしろよく娯楽が廃れていないと思う。

 

「つまらなかった?」

「……いや、そんな事はないけど」

 

 密着してるから、集中していないとすぐバレちゃうよね。

 邪魔しないようにと思っていたけど無理だった。

 

「無理して私に合わせなくてもいいんだよ?」

「前作がうろ覚えで話についていけなかっただけだから」

「それならもっと早く言ってくれればよかったのに」

 

 半分本当で半分嘘の言い訳だったが、それを聞くなり夏月さんはリモコンを操作して今見ていたのを止め、一作目に変えて流し始める。

 

「夏月さん観てたんだから、変えなくてよかったのに」

「あ、私最後まで全部観てるから大丈夫だよ?」

「……そっか」

 

 まあ、ゾンビものは余程じゃなければ大概面白いし、これも元が面白いからそれは保証されてるようなものだし。

 

 今までそんなこと思ったことないけど、キャストが解釈違いってのはこんな感じなんだろうか……。

 

「この人、主人公だからってのもあるだろうけどよく映るね」

「ユラ・ウィッチさん?」

「名前分かんないけど、たぶんそう」

 

 ここで映らなくてもいいんじゃ、ってところでも入ってくる。

 アニメのカット割ですらよく分からないから一般素人の考えだけれど、少し気になった。

 

「優君、この人見てどう思った?」

「ん? んー……編集で引っかかるだけでこの人の演技すごく上手いと思うし、カッコいいよね」

「やっぱり、カッコいい女性が好き?」

「どうなんだろ。外見に惹かれる事はないっていったら嘘だけど、やっぱりどういった人か分かってないと何とも言えないよね」

 

 夏月さんに押し切られる形で交際が始まったわけだが、これはレアケースみたいなものだろう。

 

 その後、三作品目まで続けて観たわけだが、さすがに疲れた。

 休養とはいったい……。




もっと砂糖を補給できる話を書くつもりだったんです……。


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五十九輪目

 俺は今、何をするわけでもなくソファーへ横たわり、ボーッとしていた。

 平日の昼間からこのようなことをしている優越感と虚無感を味わっている。

 

 昨夜、上司からメールが来ていたので開いてみれば、明日に話があるから出社して欲しい。とのこと。

 

 何の話だろうかと内心ドキドキしながら久しぶりの会社に向かい、話とやらを聞けば。

 俺が体調を崩したことによって色々と問題が生じたとか。

 

 作業スケジュール的には問題ないらしいのだが、男である俺を酷使しているのでは、といった注意が会社にあったらしい。

 

 今月の残り数日……というより、今日の昼から明日は休みになった。

 七月以降についてはまだ調整中で、午後のどこかで連絡があるらしい。

 

 本来ならば自主的に絵を描いて上達を目指すべきなのだが、やる気が全くといっていいほど起きない。

 なんだか全てがどうでもよくなってしまった。

 

 正直なところ働かなくても生きていけるのだが、この世界観になった原因が分からないため。

 また急に元に戻るかもしれないし、もしそうなった時は困ってしまう。

 

 

 

 昼の時間はとうに過ぎており、お腹が空いてきた。

 夏月さんは仕事でいないため、お湯を沸かして適当に済ますかと身体を起こした時。

 

 玄関から物音がしたのでそちらに向かえば、夏月さんが帰ってきていた。

 今日は勝手に遅くなるものと思っていたが、早く終わったのかな?

 

「夏月さんお帰り。今日は早かった……んだ」

「ただいま、優君」

「あ、うん。おかえり」

 

 ビックリして思わず固まってしまった。

 そこには昨日観た映画の主演と似た髪型をしている夏月さんが。

 多少整える程度に切ってはいるだろうけど、長さはそのままに髪型だけセットしてあるように見える。

 

 カッコよく、似合っているけれど……急なイメチェンとはどうしたのだろう。

 

「夏月さん、お昼はもう食べた?」

「うん。さっき、メンバーのみんなと外で」

「了解」

 

 夏月さん帰ってきたけど……まあ、いっか。

 小言を聞くのが多少早くなっただけである。

 

 お湯を沸かして容器に入れ、三分待っている間に夏月さんは部屋着に着替えてきた。

 いつもなら過ごしやすいラフな格好であるのに、今日は少し凝っているような。

 

「優君、まだだったら言ってくれれば良かったのに。何か買ってきたよ?」

「たまには食べたくなって」

「それじゃ私も今度食べよっと」

「自分がいない時なら許したげる」

「それってほぼ無理じゃない?」

 

 夏月さんはこれまでの食生活がダメダメだったので、将来確実に身体を壊すだろう。

 今からでもまともなもの食べてもらって、多少マシにしないといけない。

 

 自分も夏月さんに合わせて食べてるため、一人暮らしの時より食生活が充実している。

 だからたまにはこういったものを食べたくなってしまうのも仕方ないだろう。

 

 テレビをつけ、平日の昼間にやっているバラエティ番組を見ながら出来上がった麺を啜っていると。

 

「んんっ、コホン」

「喉の調子悪い? 何か飲み物作ろうか?」

「へ、あ、大丈夫大丈夫。ちょっとね、えへへ」

「そう?」

 

 本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだけれど、少し気にかけておこう。

 テレビに視線を戻した時、横目で夏月さんをチラリと見てみれば少ししょんぼりしているように見える。

 

 それからまた、暫く経ったところで。

 

「あ、あー、んんっ」

「…………」

「んんっ、あー」

「乾燥してる? あれなら加湿器つけるけど」

「そこじゃないんだよ、優君……」

 

 気を引くための声を出しながら、先ほどよりも露骨に髪をいじっている夏月さん。

 玄関の時に褒めそびれてからどうしようかなと思っていたけれど、まさか向こうからアピールしてくるとは。

 

 ちょっと反応が面白いので様子を見ているけど、今の夏月さんはカッコいいではなく可愛いになってるのがまた面白い。



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六十輪目

「そういえばだけど」

「っ! うん!」

「夏月さん、今日はもう仕事終わり?」

「あ……うん。元々そんなに時間、かからないのだったから」

 

 食事を済ませて声をかければ、期待に満ちた笑みを浮かべて続きを待っていた。

 それが違うと分かった途端、ものすごくガッカリしている。

 

 そんな反応を見て、愛おしさが込み上げてきた。

 

 夏月さんの手を取って自身に引き寄せ、胸の内に抱きしめる。

 せっかくセットしてくれた髪型を崩さないよう気を付けながら頭を撫でていれば。

 

「ちょっ、ゆ、優君? きゅ、急にどうしたの? いや、あの、私としてはとても嬉しいからこのまま続けてくれていていいんだけど。まだ昼間で外も明るいのにせめてカーテン閉めてから……あ、でもまだ優君病み上がりなんだから激しくはダメだよ? か、軽くだからね? 一回……いや、二回までなら。あっ、外にいたから私汗臭いかも! ちょっ、匂い嗅がれたら恥ずかしい……。シャワー浴びてくるから一度離して──」

「夏月さん、可愛い」

「んきゅっ」

 

 これまでも早口で話す夏月さんは何度かあり、その度に何処かで見た覚えがあるような気がしていた。

 その既視感が何なのか分からず、ずっと喉に小骨が引っかかったままの状態でいたのだが、今回ようやく正体が分かった。

 

 ライブで推しにファンサを向けられたオタクの状態が今の夏月さんである。

 

 そうなったオタクはこのようになる。

 いや、外見は全くと言っていいほど違うのだが、中身というか、オタクとしての本質というか。

 それがそっくりなのである。

 

 あまりよく聞き取れないが何やら暴走しはじめたような気がしたので、耳元に口を寄せて一言。

 どこから出たのか分からない音と共に、夏月さんの動きが止まる。

 

 世界観が変わる前だとこんな事出来ないが、良くも悪くも慣れてきてしまっている。

 慣れてきているが、この恥ずかしい行為は後々思い返して悶える事になるのは変わりない。

 

「お、おお……」

 

 再稼働を果たした夏月さんは今の状況の処理が追いついていないのか、俺の胸に頭を押し付けながら言葉になっていない声を出している。

 

 本来、このような状況だと俺がそうなっているハズなのだ。

 推しと恋仲になり、同棲までしている。

 こうならないはずが無いのだが……人は自分よりも酷い状態の人を見ると、落ち着いてしまうのである。

 

 それにこの状態の夏月さん、同棲初期に比べたら大人しいものだ。

 

 

 

「……本当にごめんなさい」

 

 一通り発散し終わったのか、落ち着いた様子の夏月さん……かと思ったら、今度は落ち込みモードに入ってしまった。

 まあ、さっきのに比べてこっちはすぐにどうとでもなる。

 

「気にしなくていいのに。夏月さん、とても可愛かったよ」

「ふぎゅっ……ん、んんっ。違うでしょ、優君」

「その髪型、凄く似合ってるね」

「んへへ……それでそれで?」

「可愛いね」

「ちがーう!」

 

 夏月さんの可愛い反応は十分すぎるほど見て満足したので、求めているであろう言葉を紡ぐ。

 だというのに違うとはこれいかに。

 

「カッコいいでしょ! 昨日観た映画の主人公と同じ髪型だよ!」

「見た目だけならカッコいいけれど、言動が可愛いから……あ、もしかしてギャップ狙い?」

「そんな……私じゃカッコよくなんて無理なの……?」

 

 ショックを受けたように落ち込みはじめたのだが、何がダメだったのだろう……。

 何やらカッコいいに拘っているようだが。

 

「見た目に拘らなくても、夏月さんのカッコいいところはよく知ってるよ?」

「ほんとっ!?」

「う、うん」

「ど、どんなとこ?」

 

 期待するような目でジッとこちらを見てくる。

 少し思い返すだけでも沢山あるけれど、それでもやっぱりダントツで一番印象に残ってるのはアレしかないだろう。

 

「二回目ここにお邪魔した時かな。唇を奪われた後、付き合ってからお互いを知っていこう。って言われた時が最高にカッコよかったよね」

「あ、あれは忘れて下さい……」

 

 教えて欲しいと聞いてきたから話したのに。




同棲初期の夏月はもっと酷いのですが、それを入れてると話のテンポも悪くなり長くなってしまうので全員カットです。
落ち着いてる感じの主人公ですが、こちらも書いてると長くなるのでカットされてます。本来はもっと興奮から荒れてる内心になります。

60話になるというのにまだ一人目としかイチャイチャしていない……。
種は撒くだけ撒いてあるので後は拾うだけ……。
作中での時間は大体三ヶ月経ちました。


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六十一輪目(tips:結婚)

 逆の立場で考えてみよう。

 男性アイドルがファンの女性に対してキスをし、そのようなことを口にすれば。

 

 あー…………うん。

 例えが悪かったなこれは。

 

 兎にも角にも、あの出来事は夏月さんの中でトップの黒歴史に入っているらしい。

 

 もし仮にこの世界の男性が夏月さんのファンだとして、あのようなことをしても許されないのだとか。

 俺じゃなかったら即お縄らしい。

 

「だからね、優君にはもっと色んなことに対して注意して欲しいんだ」

「いつの間にか話がすり替わってるね」

「うっ……まあ、あの、はい」

 

 何も言い訳できず小さくなる夏月さんが可愛かったので、取り敢えず頭を撫でておく。

 

 でも、夏月さんの言うことも分からなくはない。

 未だに何が地雷なのか分からないことが多々あるため、もしかしたら現時点で既に時限爆弾がセットされている可能性すらあるのだ。

 

 仮にセットされていたとしてもそれの確認しようもないし、なんならいつ爆破するかも分からない。

 

 個人的に一番怖いのが秋凛さん。

 次点でよく分からない樋ノ口さん。

 高瀬さんとは……いい友達の関係を築けていけていると思っている。

 ライブ前に見た夢からだいぶ意識しているけれど。

 

「……あまり自惚れない様にしないと」

「ん? 優君、何か言った?」

「いんや、何も。午後フリーなら、何処か出かける?」

「うーん……それは嬉しいけど、もう一日くらいは優君にゆっくりして欲しいな」

「それなら映画でもみようか。おやつの用意するから、何観るか決めてて」

 

 俺が情報を追えていないだけだったのか、ゾンビ映画は全六作ですでに完結していた様で。

 午後全てを使い、残りを全て観たのであった。

 

 

 

 

 

 週末の金曜日。

 何故か俺は今、前に見学へ訪れたことのあるアフレコスタジオに来ていた。

 

 前回と違うところを挙げるとするならば、俺の目の前にマイクがある。といったところだろうか。

 

「あのー……」

『大丈夫だから、物は試しと思って』

 

 ガラスの向こう側にいる上司へ救いを求めて目を向けるが、そもそもここに連れてきたのはその上司な訳で。

 

 何故この様な事になったのか。

 ことの発端というか、物事の始まりは火曜の午後に来たメールからである。

 

 内容的には今後、自分に割り振るカットの枚数を減らすといったこと。

 給料もその分減るということ。

 そして背景を描く以外の仕事を受けてもらえるのならその分の手当てを出すということ。

 

 一応、会社勤めではあるものの給料が減らされる事について。

 男性うんたらかんたらってタイトルと、長々しい説明の書かれたURLが送られてきていたが、流し読みしてそういうものだと受け入れる事にした。

 

 そして早速とばかりに背景以外の仕事の連絡がきたわけで、今に至るのだが。

 何事も諦めが肝心だと割り切り、声の収録をする事に。

 

「おひゃっ、あー……すみません」

 

 一発目、声が裏返った上に噛むという。

 鏡を見なくても自分の顔が真っ赤だと分かる。

 

『大丈夫だよ桜くん。変にキャラの声とか意識しないで、自然に話す感じで十分だから』

 

 なんだかホッコリとした空気を感じる。

 いっそのこと笑ってくれた方が笑い話にも出来たのに。

 

 元々やるはずだった知らない男性声優へ恨みを送りながら、その後は自分の素で無事収録を終えたのだった。




この世界にも"結婚"というものはあるが、実際にされることはほぼ無い。
パートナーという曖昧な関係のままでいる。
それは男性が縛られるのを嫌うからという噂もあるが、真相は定かではない。
結婚を題材にしたドラマ、アニメは深夜しか放送できない。
憧れを抱いている女性は多い。

話の中で一夫多妻とありますが、結婚しているわけではありません。
一人の男性に複数のパートナーがいる場合を指してます。


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六十二輪目

 思い返せば少し恥ずかしいアフレコから二日経ち。

 日曜日を迎えた今日、次のライブ情報など発表される生配信の日を迎えた。

 

 本来、情報など聞こうと思えば聞けてしまうのだが、夏月さんや他の人にもなるべく話さないで欲しいと伝えている。

 やっぱりドキドキ感は味わいたいものだ。

 

 そもそも、公開されていない情報は付き合っていたとしても漏らしちゃいけないと思うのだが、何故かそこらへんみんな緩いので念のため釘を刺した。

 ……いくつか、我慢しきれなくて聞いちゃったりするけど。

 

 夏月さんは昼間から仕事があったので朝から出ているが、昼飯や夕食の時に何を食べたか写真を撮って送ってと言われている。

 カップ麺を夏月さんに食べさせない事を結構根に持っているようで、俺が一人の時でも食べさせないようにしてのことだ。

 

 直接怒られるわけでもないので、昼夜とカップ麺食べてその写真を送った。

 やっぱり、体に悪いものって美味しいのよ。仕方ないね。

 もちろん、それだけだと本当に体を壊すので野菜をきちんと別で摂ってある。

 

 片付けなどを終えると配信の始まるちょうど良い時間となっていた。

 ネット配信だがテレビで見れるよう何やら設定してくれているので、推しが大きく見れるのだ。

 

 定期的にというかほぼ毎日なのだが、画面越しという手の届かない位置にいる推しに対して恋焦がれるといった気持ちを抱いている。

 すぐ隣に本物が居たとしてもだ。

 ……あとたまに高瀬さんだったり、最近だと秋凛さんに気持ちが浮ついている。

 

 その為かこうして一人でいる時、やっぱり夢なのではと不安になってしまう。

 男性に都合のいい世界観で、特に不自由も……たまにあるけど、まあ自由で。

 推しと付き合い、同居するという出来すぎた今に。

 

 五分と経たず配信が始まるけど、今電話をしたら迷惑だろうか。

 などとスマホを手に取り、迷うくらいには弱っている。

 

「ぅぉっ」

 

 普段、自分と連絡を取る人なんてほとんどいない。

 なので突然の通知音に思わずビックリして声を出してしまった。

 家に一人とはいえ、これは少し恥ずかしい。

 

 最近では夏月さんたちとのやりとりが増えたが生放送前だし……と、誰からきたのか確認すれば。

 その夏月さんからであった。

 

『そろそろ始まるよ〜。見ててね〜』

 

 といった簡素な文であったが、今の俺にとってとてもよく効く。

 それを見た瞬間、先ほどまでの不安は何処かへといっていた。

 

『夏月さん、好き』

 

 もう始まるだろうし、見てくれなくとも今の気持ちをストレートに送る。

 

 予告されていた時間になり、少しの間を置いて画面が切り替わったが。

 何故か、夏月さんはテーブルへと突っ伏していた。

 

 

 

 

 

 冒頭で夏月さんがテーブルへと突っ伏していたり、顔を上げたらあげたで締まりのない表情をしていたため、メンバーやコメントから突っ込まれていたりとグダグダしていたが。

 このような事はこれまでも幾度とあったため、慣れた様子で仕切り直して生配信はスタートした。

 

 新たに発表された情報はライブの日程が九月の十八日、十九日であること。

 そのライブの先行申し込みが入っているシングルが七月十四日に出ること。

 

 他、配信で触れたのは六月末に行われたライブについてやお手紙を読み上げたりなど、いつもと変わりない進行であり。

 あっという間に一時間が過ぎ去り、内容は締めへと入っていた。

 

『今回の生配信もそろそろ終わりだけれど……そういえば、秋凛の覚醒した理由についての発表はあるの?』

『許可が出たら、この場で発表できるって言ってたわね』

『私も気になる!』

『コメントでも、気になる! もちろん発表だよな! だって』

 

 それに対し黙ったまま俯いていた秋凛さんはゆっくりと顔を上げ、無表情のまま腕をゆっくりとバツの形へと持っていき……パッと華やかな笑みを浮かべ腕で丸を形作る。

 

『発表できまーす!』

 

 本来予定されていない進行のためか、メンバーの反応は『お、おお……』と少し戸惑った様子であった。

 どこか興奮したように見える秋凛さんはそんな事お構いなしとばかりに立ち上がり、さっさと発表してしまう。

 

 

 

『実は私に、素敵なご主人様(パートナー)が出来ました!』

 

 

 

 え、そんなこと発表していいの? などと一瞬思ってしまったが。

 男性を虜にするほど魅力的な女性である、というのが一番いいアピールになる世界であった。

 

 夏月さんたちの反応が全員違うことに少し引っかかるが、大勝利とばかりにピースをする秋凛さんを最後アップで映し、生配信は終わった。




他の方や、小説を書く上でのルールとか分かりませんが。
この作品内ではルビがセリフとして放った言葉。
ルビを振られている文字が込めた意味になります。
今回の場合、
「素敵なパートナーが出来ました!」と秋凛は口にし。
「素敵なご主人様が出来ました!」と思っている、的な事です。


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六十三輪目

お久しぶりです。
作者は生きてます。


 ライブの後からそうであろうという噂は流れていたため。

 生配信が終わった後、掲示板を覗いてみたが一部を除いて比較的穏やかに受け入れられていた。

 

 一部の荒れているというのは同性愛の方であったり、独身筆頭として秋凛さんのことを崇めていた方であったり。

 秋凛さんがパートナーを見つけたことで自分にも希望があると光の道に進んだ方もいれば、闇に堕ちた方もいて少し面白い。

 

 あ、秋凛さんのパートナーとなった人に対して過激なことを書いた垢がBANされている。

 

『あーあ、こりゃお縄だね』

『なんまんだぶ、なんまんだぶ』

 

 このような書き込みから言葉通りBANされた人は逮捕されているのだろうけれど、なんか凄いな……といった他人事の感想しか出てこない。

 

 男性にしたい、だいぶ深い性的な話をしている他の板は何故大丈夫なのか少し気になるところ。

 上に跨って搾り取りたいだの、寸止めを繰り返して涙目ながらに懇願する姿が見たいだの。

 実行に移そうとしたか、そうでないかの違いかなとは思うが……。

 

 男女比が同じ世界でも男女共にあぶれていたのだ。

 女性が多い比率になったこの世界ではより一層、闇が深いように感じる。

 

 人の変態的嗜好を聞いたりするのが好きなので、そのまま板を眺めていたらあっという間に時間が過ぎ。

 

「ただいま、優君」

「あ、おかえり。夏月さん」

 

 普段なら大体分かるドアの開閉音すら聞こえないほど集中していたらしく、声をかけられるまで夏月さんが帰ってきていたことに気付かなかった。

 

 ソファに横たえていた身体を起こし、掲示板のタブを閉じる。

 こんなもの見ていたら引かれてしまう……。

 

 そんな俺の内心は他所に、荷物をその辺の床に置いた夏月さんは股の間に腰掛け、背中を預けてくる。

 

 メールで多少紛れたとはいえ、人肌恋しかった俺にとってはとてもウェルカムな事である。

 そもそも、夏月さんのやる事なす事全てが余程じゃ無い限り断ることはない。

 

 腰から腕を回して後ろから抱きしめ、首元に顔を寄せれば。

 同じシャンプーやボディーソープを使っているはずなのに、良い香りが。

 

 一緒に過ごし、異性として好きを抱き始めているものの。

 未だに推しとして見ている部分があるため、どこか罪悪感を抱いている。

 

「…………好き」

 

 抱いているが、色々と混ざった不純な"好き"でも想いは想いである。

 胸の内にはどうすれば全てが伝わるのか分からないほどの"好き"が溢れてくる。

 

 推しとしてもみているからか、性的欲求へとすぐ直結しないのだが。

 女性側からしてみれば、俺の行為は酷い焦らしだと少し前に夏月さんから聞いた。

 

 性的意味を持たないスキンシップは日常だと殆どなく、行為後の賢者タイムでしか無いのだと。

 いつだったか力説された覚えもある。

 それはストレートに言ってしまえば夏月さんがドエロなのかと思っていたが、少し調べただけで世の中の共通認識であるとすぐに分かった。

 

 俺がそう思うのも仕方ないと思う。

 現に今だって夏月さんはこちらを向き、俺の頬に手を添えてキスをするよう誘導している。

 

 啄むようなキスから始まり、深いものへと変わるのに合わせ。

 手をお腹から徐々に上へと移動させて──。

 

「あの、始める前にいいかな……?」

 

 ガチャリと音が鳴り。

 リビングと廊下を繋げるドアが開き、誰かが入ってくる。

 反射的に手と顔を離してそちらを見れば、顔を真っ赤にさせて居心地の悪そうに足を擦り合わせている秋凛さんの姿がそこにあった。




真っ赤な顔で足を擦り合わせている……あっ


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六十四輪目

半ば忘れていたアンケート、久しぶりに覗いてみたら1200件超えていたので後書きに内訳記しておこうと思います。
お気に入りしてくださった方の約三分の一が投票してくださってる事に驚きと、感謝を。


 今の見られていた、とか。

 どうやって入ってきた、とか。

 

 疑問が頭の中を駆け巡るけども答えなど出るはずもなく。

 

「秋凛さん、いらっしゃい。今飲み物用意するから座っててくださ……あ、夏月さん、一度退いてもらっても」

「ヤダ」

 

 混乱の果て、普通に秋凛さんを来客として対応すべく動こうとし、未だに夏月さんが股の間に座っているのに気付いた。

 退いてもらう為に声をかけるも、即答で断られてしまう。

 

「あ、私のことはお構いなく……」

 

 秋凛さんは壁際に荷物を置いてキッチンへ消えたかと思えば、飲み物を手に戻ってきてソファーの近くに置いてあるクッションへと腰掛けた。

 

 えっと……?

 どういった状況なんだ、これ。

 

 混乱していて状況がよく分からないうえ、なにを言えばいいかも纏まらない。

 夏月さんはジッとしたままだし、秋凛さんは落ち着いて飲み物飲んでるし。

 

 いや、落ち着いていなかった。

 顔を赤くさせたままチラチラとこちらを見ている。

 

 うーん……困った。

 どうしたらいいのか分からん。

 

 少し落ち着き、考える余裕が出てきたことでとある推測が。

 秋凛さんが部屋に入ってきた時、夏月さんに驚いた様子が見れなかったから知っていたのでは?

 俺が驚き過ぎて見逃した可能性もあるけれど、知っていたのなら夏月さんが秋凛さんを家へと招いたという事で、ここに秋凛さんがいるのにも納得がいく。

 

 これ、小学生探偵ばりに名推理では?

 当たっている自信しかない。

 だからといって現状が改善するわけでもないが。

 

 なんて少し変なテンションになりながらそんなことを考えていたら、夏月さんが熱い息を漏らしてるのに気付いた。

 何故か分からないけれど興奮が高まってきているようで。

 

 離した手をどうしたものかと少し考え、夏月さんのお腹へと戻していたが……。

 あと考えられるのは密着とかなのだが、正解は分からない。

 

 なんなら全部が原因かも。

 うん、夏月さんってそういうところあるし。

 

「ね、優君」

「ん?」

「秋凛のこと、"ペット"にしたって本当?」

「あ、もしかして夏月ちゃん、まだ信じてないね! 本当だもん! 私のことペットにして欲しいってお願いしたら、『はい』って優ちゃん言ってくれたもん!」

「……本当なの?」

「え、あー……まあ、そうです」

 

 思い返されるは病院に行く前、秋凛さんのお願いとやらを聞いた時だ。

 でもあれは疑問形の返事であったのだが……秋凛さんは肯定されたと受け取ったのか。

 

 訂正するべきかと思ったが、あの時ならまだしもいまそれを否定してしまうと今度こそ秋凛さんが壊れてしまうような気がした。

 意外と大丈夫なのかもしれないが、万が一は避けたい。

 

「そうなんだ」

 

 夏月さんの少し寂しそうな声が耳に届くと同時に、手をキュッと握られる。

 

「私のことは、好きのまま?」

「好きに決まってる!」

 

 考えるよりも先に口が動き、腕に力をいれ夏月さんをギュッと強く抱きしめる。

 腕の中に収まる夏月さんが小さく震えたのが伝わり、苦しめてしまったとすぐに力を抜けば。

 

 苦しさから解放された反動か、熱く荒い呼吸に加え発汗したようで、夏月さんの匂いが強く香ってきた。

 

「か、夏月ちゃん、今ので……」

 

 今ので夏月さんがどうしたというのだろう。

 咳き込んでるわけでもないから、酷いことにはなっていないと思うのだが……。

 

「あ、夏月さん。大丈夫……?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 おもむろに立ち上がった夏月さんに声をかけると、しっかりした返事が返ってきた。

 少しボーッとしているように感じるが、特に何事もなさそうで──。

 

 

 

「それじゃ優君、シュリのこと抱こっか」




一位 高瀬春   602票(256)
二位 常磐夏月  306票(151)
三位 樋之口冬華 209票(80)
四位 月居秋凛  137票(38)
()内は前回載せた時の票数です。
またどこかの機会で何かしらのアンケートを取ろうかなと思ってます。
今後の大まかな流れも考えてるので、後は作者が筆を動かすだけ……。
気長にお待ちいただき、楽しんでいただけたらと思います。


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六十五輪目

 突然、夏月さんは何を言い出すのだろう。

 驚きと共に半ば思考停止になってしまうが、身体が正直に反応していたことに少し節操の無さを覚える。

 

 別に嫌というわけではない。

 ただ、俺の気持ちの問題である。

 

『一夫多妻になって暫く経つけど』

 

 いつだったか、そんな話されたのを思い出した。

 正直な話、男なので夢はある。

 けど一度やってしまうとその後は堕ち、際限が無くなってしまうのは自分の性格上よく分かっている。

 

 推しと付き合って同棲しているだけでも十分だというのに、これ以上を望むのは欲張りがすぎるというものだ。

 

 ……でも夏月さん公認、だし。

 ……この世界的にはそれが望ましい、らしいし。

 

 外堀が埋められているというか、実は俺が外堀だと思っていたものはただの絵で、本当はいつでも落とせる状態にあるみたいな。

 

 男性の意思が尊重されているから見逃されているだけで、隙あらばいつでも囲いの準備が出来ていそう。

 

 秋凛さんはどう思っているのだろうと見てみれば、夏月さんに『心の準備がまだできてない』と言いつつもどこか嬉しそうに見えた。

 

 ──ああ。

 

 自分の事だけを考えていたけれど、女性からしてみたら男性の相手ができるだけでとても嬉しく、幸せな事なんだ。

 

 もしかしたら俺でなくてもよかった事なのかもしれないけれど、でも今この場にいるのは俺なのだ。

 

「優君も、キチンと責任持たないとだよ? ……まだって言うのなら、私は優君の意思を尊重するけれど」

「いや、ちゃんと責任取るよ。男だもの」

 

 ふとした時、なんで俺がここに来たんだろうと考えたりする。

 答えなんて分かるはずもないけれど。

 

 こうして推しと付き合えるよう神様がプレゼントをしてくれるほど、俺は良い子ちゃんであった訳じゃない。

 特に可もなく不可もない平凡な生き方をしていただけだが、こうしてここにいる。

 

 色々とあったけれど、今。

 俺は初めて(・・・)他人に興味を持った気がする。

 

「──ぇ」

「夏月、ちゃん? …………あ、えっ、優ちゃん、本当に今からっ?」

「その為に今日、来たんですよね?」

「そ、そうだけれど……」

 

 座ったままでいる秋凛さんの手を引いて立ち上がらせ、ベッドまで移動しようとした時。

 

「夏月さん……?」

 

 服の端を掴まれ、引っ張られたため足を止めて振り返れば。

 よく分からない表情をした夏月さんがジッと俺の事を見ていた。

 

「…………」

「大丈夫?」

「あ、うん。ごめんね? 大丈夫だから気にしないで」

 

 声をかけるとパッと手を離し、さっさとヤることヤってくるよう促してくる。

 その様子から先ほどのはちょっとした悪戯だと思い、秋凛さんを連れ寝室へと向かう。

 

 この時、パタンと閉まるドアの音がいつもよりも大きく聞こえたような気がした。




一夫多妻なので基本的に独占欲はそこまで無いと、前にどこかで書いた気がしますが。
種無しでもないのに、自分しか見ない男性と約三ヶ月も一緒にいれば眠っていたものも起きる訳で。
最初はメンバーと一緒がいいな、早く囲ってくれないかなと思っていた夏月だったが。
今ではずっとこのまま二人がいいなと思い始めた途端、自身の知らないところで気付けば声をかけており。
まだ手を出さないだろうと思っていたら、何の気まぐれか抱くと言い始める主人公。


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六十六輪目

どうしようか考えるだけで今、とても楽しいです。
でもこの先の冬華の展開も考えてあり、早くそちらを書きたい気持ちもあります。


 目が覚め、微睡みを心地よく感じながら時計を見れば十時を過ぎており。

 遅刻すると認識した瞬間に意識がハッキリし、ベッドから立ち上がり──ほぼニートの立ち位置になっていることを思い出した。

 

 気が抜けてベッドへ腰掛けたところで自身が全裸であること、シーツなどが色んな液によりカピカピであることに気付く。

 

 昨夜、変な方に吹っ切れたテンションのまま秋凛さんを抱いたのが夢でなく現実である事に罪悪感や背徳感、高揚感など。

 色んな感情が沸き起こり、混ざり合っている。

 

 何時までもこうしているわけにはいかないため、取り敢えずパンツだけ履いて換気のため窓を開け、何度もやって慣れた片付けを始めていく。

 

「…………あっ」

 

 俺と秋凛さんでベッドを使っていたため、夏月さんはどうしたのだろうと片付けを一度やめて部屋を見て回れば。

 ソファーの上に畳まれた毛布があったので、ここで寝ていたのだろう。

 湧き上がっていた色んな感情は全て、申し訳なさへと変わった。

 

 家の中に人の気配が無いため、二人はとっくに仕事へ向かったと思う。

 まあ、こんな時間なのだから当たり前か。

 本来ならば俺もこんな事しておらず、慌てながら仕事の準備をしていた筈だ。

 

 途中だった後始末をさっさと終わらせ、シャワーを浴びてさっぱりする頃には昼近くになっていた。

 なんの気まぐれか普段スルーするところの掃除まで始めてしまったため、何時もより時間がかかっている。

 

 お腹は空いているものの、ガッツリの気分では無くさっぱりしたものを口にしたい。

 最近また少し頻度が増えた気がするカップ麺は今回見送るとして、作る気力もない。

 

 冷蔵庫をあさり、未だいくつかストックの残るゼリー飲料を二つ取り出す。

 ついでにこのあとやる予定のゲームの準備も兼ね、別に飲み物とお菓子を用意しておく。

 

 それらを写真に撮って夏月さんへ送ろうとしたところで、連絡が来ている事に気づいた。

 スマホは基本マナーモードにしているため、弄っていないと連絡が来ても分からない。

 普段、連絡寄越す人なんてこれまで居なかったから仕方ないね。

 

 夏月さんからは『夜遅くなる』とだけ来ていたので、『晩御飯はどうする?』と返しておく。

 問題は秋凛さんから『また遊びに行くね』と。

 

 あの時は……いや、うん、言い訳は良くない。

 何だかんだ今まで言い訳を重ねて避けてきていたが、結局のところ俺も男だったというだけだ。

 ……まあ、推しに迫られて拒否れる人なんていないし、俺はある意味で正常なのだと思っておこう。

 

 『予定が空いていれば大体大丈夫です』といった内容を返し、それだけで昨夜の記憶を蘇らせて少し硬くなっている節操のないモノを見て見ぬ振りしながらゲームの準備をしていく。

 

 今日、夏月さんを抱くのは何があってもダメだな……。

 

 そんなこと思いながらゼリー飲料を流し込みつつ、死にゲーの攻略を進めるべく戦いへと赴くのであった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「…………ぁ、夏月、さん?」

 

 何かを感じ取ったのか目が覚め、辺りを見回せばジッと俺のことを見ていた夏月さんと目が合った。

 

 『夜ご飯は食べて帰るから先に寝ててね』と返事が来ていたのでお言葉に甘えていたのだが、何かあったのだろうか。

 ふんわりとボディーソープの香りが漂い、パジャマを着ているので後は寝るだけのようにも見えるけど。

 

「おかえり」

「うん、ただいま」

 

 まだ微睡にいる中、いつも以上に夏月さんが何を考えてるか分からないなー、とぼんやり思っていた。

 

「……ね、明日は午後からだからゆっくりなんだ。今から、ダメ?」

「……………………あーごめん、夏月さん。昼間ゲームのやりすぎで凄く眠いんだ」

「……そっか。うん、なら仕方ないね」

 

 代わりにはならないだろうけれど、ベッドに入ってきた夏月さんをギュッと抱きしめる。

 お誘いがあって少し硬くなったモノは腰を引き、触れないようにしたのでバレていないだろう。

 

 少し覚めた意識だったが、夏月さんから香るいい匂いと程よい温もりによってすぐ睡魔に塗り替えられていく。

 

 

 

「────」

 

 

 

 思わず漏れた呟き。

 聞こえたのか反応したような気がしたが、既に意識は彼方へと飛んでおり。

 この出来事を覚えていないのであった。



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六十七輪目

一応、生きてます。


 目が覚めると、隣には既に夏月さんの姿はなかった。

 今日の仕事は午後からだと夜中に話したような気がするのだけれど、随分と早い起床だ。

 時計を見れば七時を少し過ぎたくらいであり、もっとノンビリすれば良いのにと思う。

 

 何故だか寝室に柑橘系の香りが漂っており、変に目が冴えてしまった。

 家にある消臭スプレーと同じ香りなのだが、もしかして俺、臭うのだろうか……。

 このまま二度寝しようとも思えず、起きて顔を洗いリビングへと向かえば。

 

「あ、優君。おはよう」

「おはよう、夏月さん。わざわざ作ってくれたの?」

 

 テーブルにはご飯に味噌汁、納豆、焼き鮭にほうれん草のおひたしと、旅館の朝食見たいなラインナップが並んでいた。

 二人分あるため、朝はいつも軽く済ませる夏月さんも食べるのだろう。

 

「たまには一緒に食べようかなと思って。……迷惑だった?」

「ううん、とても嬉しいよ。ありがとう」

 

 あと飲み物の用意をしたら起こそうと思っていたらしく、すぐ出来るから先に座っててと言われたので大人しく従う。

 

「麦茶で大丈夫?」

「うん、ありがと」

 

 飲み物を置いてくれた時、夏月さんからふわりと柑橘系の香りがした。

 すぐに対面へと座ってしまったが、午前中どこか出かけるのだろうか。

 

 

 

 朝食を作ってもらったため、後片付けは俺がと申し出れば珍しく素直に受け入れてくれた。

 

「仕事の準備してくるね」

 

 そう言ってリビングを後にする夏月さんをボーッと見送り。

 皿洗いなどを済ませてソファーに座り、今日の天気や占いなどを見ていたら荷物を手にした夏月さんが戻ってきた。

 

「あれ、仕事は午後からじゃ?」

「その予定だったんだけど、今日現場一緒の子とショッピングしてお昼食べることになったんだ。伝えるの遅くなってごめんね?」

「いや、全然大丈夫だよ。楽しんで」

 

 いつもはいってらっしゃいのキスをせがんでくる夏月さんだが、時間がないのかさっさと行ってしまった。

 

 夏月さんを見送り、再びリビングのソファーに腰掛けてリラックスしたところでまた柑橘系の香りが。

 寝室だけじゃなく、ここもってことは俺が臭うからってわけじゃ無さそう?

 でも、そしたら急にどうして……?

 

 

 

 そのままボーッとしていたら、いつの間にやら眠ってしまっていたようで。

 昼はとうに過ぎ、おやつの時間となっていた。

 

 寝落ちする前、何か考えていたような気がするけれど思い出せない。

 忘れるって事は大した事じゃないだろうし、そんな事よりもまずは腹を満たすのが優先される事項である。

 

 流石にそろそろカップ麺はやめておこうと思うのだが、そうなると何か作らなくてはいけないわけで。

 

「あ、朝の残りがある」

 

 自分のためだけに作る飯はあまり好きじゃないので簡単に済ませようと思っていたが。

 キッチンに味噌汁の入った鍋を見つけ、少し気分が上昇。

 

 味噌汁に火をかけ、少し大きめの器に米をよそう。

 程々に温まったところで火を止め、米に味噌汁をかけてねこまんまの完成である。

 

 行儀が悪いって世の中のイメージだが、個人的には上位に入るほど好きなご飯。

 何をしてもいいとは言わないが、美味いのだからこれくらいはいいと思う。

 カレーだって、シチューだって米にかけて食べるのだから一緒だ。

 ……シチューは賛否両論あるらしいが、俺は好き。

 

 夏月さんは最初驚いていたけれど、試しに食べておいしいと言ってくれた。

 ただ、どちらかといえばパン派であるとのこと。

 ねこまんまは夏月さんも好きなので気にせず好きに食べている。

 

「……………………あっ」

 

 ふと、気付いた。

 消臭スプレーがされ、夏月さんがあまり俺に近づこうとしなかったワケについて。

 これは夏月さんが帰ってきたら少しお話が必要である。



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六十八輪目(tips:女の子の日)

 一人なので簡単な夕食を終えゲームをしていると、鍵の開ける音が微かに聞こえた……ような気がした。

 気のせいかもしれないが念のためと玄関へ向かえば、ドアを開け中へ入ろうとしていた夏月さんと目があう。

 

「お帰り、夏月さん」

「た、ただいま」

 

 夜ご飯は食べてくると連絡があったけども、焼肉とはまた臭いのつくものを。

 

「どうかした?」

「あ、ううん。何でもない」

 

 どこか余所余所しい感じのする夏月さんだが、俺が何も言わずに荷物を受け取ったのを見て首を傾げている。

 靴を履いたまま動かないので声をかければ、少し慌ただしく靴を脱いで洗面所へと向かい、手を洗う音が聞こえてきた。

 

 そのまま風呂に入るだろうから荷物は適当にソファーに置いておき、飲み物のおかわりを用意してゲームの続きへと戻る。

 

 

 

 暫くして風呂から出てきた夏月さんだが、荷物を持って片付けに行ってしまった。

 それほど時間かからずにリビングへと戻ってきたけども、いつもなら隣に座るところをなぜか離れた位置に。

 

「どうしたの、夏月さん。離れたところに座って」

「あー……っと、もしかしたらまだ臭いが取れてないかもだから」

「そんなの気にしないから、ね?」

 

 ゲームを一時中断し、隣に座るよう促せば。

 悩んだのち、少し不安そうにしながらもこちらへと寄ってくる。

 

「へっ? あっ、わわっ!?」

 

 それでも一人分置いて座ろうとしてたのでケガをしないよう最大限に気をつけつつ、腰に手を伸ばし自身の股の間へとおさまるよう誘導する。

 

 何をされているのか理解して離れようとする夏月さんだが、既に両手を腰に回してガッチリと固定してるのでそれは叶わない。

 なんとか逃れようと少し暴れたのち、急に大人しくなったかと思えば。

 

「えへへ。優君、もしかして分かってた?」

 

 逃げないと分かって少し緩んだ腕の中、器用に体を横向きに変えた夏月さんは俺の首に腕を回し、甘えた声でそう口にするのであった。

 思わず全て許してしまいたかったが、ギュッと抱きしめる事でなんとか持ち堪える。

 

「前も言ったと思うけど、仕事に関して自分は何も口出ししないよ。ただ、ちゃんと伝えて欲しいだけ」

「…………ちゃんと伝えたら夜、シてくれる?」

「それはそれ、これはこれ」

「ならこれからも言わない!」

「俺、夏月さんのこと大事にしたいの……ダメ?」

「う…………優君は私が断れないの分かってやってるからズルい」

 

 ただ単に、女の子の日が始まったことを伝えてくれればいいだけなのに。

 そんないじけた表情を見せられたら俺の方が折れてしまう。

 

 前は4月末ぐらいの時で、その時に調べて周期など色々と変わっていることを知った。

 掲示板などでは期間中も出来る、ヤれるとしか書かれていないが、まあちゃんと病院のをみたら可能な限り避けるようにと書いてある。

 出来ると言えば出来るのだろうが、先にも口にした通り大事にしたい。

 

 この世界の女性は、愛情の確認が肉体的接触でしか得られていないような気がする。

 まあ男性の性的欲求が薄いため、数少ない弾を自分に捧げてくれたとなればそう思うのも不思議ではないが。

 

「夏月さん、好きだよ」

 

 だからそうしなくとも、こうして口で伝えられたら……と、思ったが。

 男性が女性を褒めたり、好意を口にすることも少ないのか効果は絶大で。

 

 現に今も、夏月さんは真っ赤にした顔を俺の胸へと押し付けてグリグリしている。

 可愛い。

 

 俺も恥ずかしいため、内心で思っていても口にして伝えることは少ない。

 あまり言葉にすると安っぽくなるような、軽くなって本当にそう思っているのか自分自身で不安になる。

 

 でも先ほど口にした"好き"は推しとしてではなく、『常磐夏月』を想っての言葉であるのは確かだ。

 

 なんて考えて少し恥ずかしくなったのを誤魔化すように、ギュッと抱きしめる腕に少し力をこめる。

 夏月さんの嬉しそうな声が耳に届き、この幸せがずっと続くようにと願い──。

 

 

 

 

 

 ──一時間後には秋凛さん宅の寝室で秋凛さんを抱いていた。




1クール(3ヶ月)に一度、3日程度で終わるようになっている。
基本的に軽く、重い人はごく稀に存在する。
その3日の間も一応、出来なくはないが医者は勧めていない。

終わった後、男性を惹きつけるフェロモンのようなものを1日発するが、基本的にパートナーがいないと機能しない残念な効果。
4月末の時の主人公はもう凄かったとかなんとか。


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六十九輪目

 甘く、いい雰囲気だったと思うのだが。

 夏月さんはスッとスマホを取り出し、誰かに電話したかと思えば車かタクシーですぐに来るよう口にして即切り。

 

 相手が親しい友達だろうとそれはダメだと伝えれば、『だって……』といじけた子供の様な返しが。

 それを見て仕方が無いなと甘やかす俺は将来、子供が出来た時に厳しく叱ることが出来るのだろうか。

 いや、出来ないだろう。

 

 電話をかけてから二十分程だろうか。

 インターホンが鳴ったので夏月さんにエントランスを開けてもらい、登ってくる時間を予想して玄関へと向かえばそこには秋凛さんの姿が。

 

「それじゃ、優君。三日ほどシュリの家に泊まってきてね」

「へ?」

「えっと……?」

 

 唐突なことですぐには理解できず、秋凛さんへと目を向けるが彼女も混乱しているようで。

 何も聞かされず、先ほど急に呼び出されただけなのだと分かった。

 

「取り敢えず、詳しい説明を求めてもいいかな?」

「私が始まっちゃったから、シュリに優君の相手してもらおうかなと思っただけだよ?」

「あ、そういう事なの。なら優ちゃん、よろしくお願いね?」

「あー……でもほら、着替えとかの準備が」

「それは私がさっきしてあるから」

 

 ほら、と夏月さんが指差す先には着替えなどが入って膨らんでいるカバンが置かれており。

 誰が来たのかばかり気にして気が付かなかった。

 

「私は大丈夫だから、ね?」

 

 そう口にする夏月さんは笑みを浮かべているが、悲しい感じが伝わってくる。

 けど俺を思っての行動を無下にするわけにもいかず。

 それにこれ以上断るのなら秋凛さんにも失礼だ。

 

 スマホ、念のためサイフを用意してくれたカバンに仕舞い、後ろ髪を引かれながらも靴を履いて家を後にする。

 

「ごめんね、優ちゃん」

「へ? 何がですか?」

 

 秋凛さんの運転する車で彼女の家へ向かう途中、急な謝罪に首を傾げる。

 そんな俺の様子を見た秋凛さんは困った様な笑みを浮かべていた。

 

「私なんかにパートナーなんて出来ると思っていなかったから……もし、万が一、何かの歯車が噛み合って、奇跡が起こって。パートナーが出来たら、なんて夢見たりしてて。漫画みたいな運命的なことが起きないかなって妄想して。でも現実はそんな甘くなんてないし、思い通りにいかないことばかりだし」

 

 秋凛さんにとって何か大事なことを語っているのだろうけれど、今思ったままの感情を語っているのかイマイチ纏まっておらず。

 うまく伝わってこないのだが、取り敢えず相槌を打ちながら最後まで黙って聞いておくことにした。

 

「だからたとえ何番であろうと、私なんかにこうして優ちゃんっていうステキなパートナーができて嬉しくて。どんな扱いでもいいからずっとそばにいる事が出来たらなって。あまり迷惑かけない様にって思っていたのに…………それでも、やっぱりこうしてチャンスがあると幸せだなって」

 

 えへへ、と照れた様な笑みに少し見惚れてしまう。

 ただ、一つ言っておかねばならないことが。

 

「自分のこと『私なんか』って言うのは悲しくなります。秋凛さんは凄く素敵な女性なんですから」

「そ、そんなことないよ」

「そんなことあります」

 

 ジッと秋凛さんの横顔を見つめながら強く口にする。

 運転中であるため秋凛さんはこちらを向くことは出来ないが、ずっと見られていることは分かるのか、恥ずかしさから口をモニョモニョと動かしていた。

 

 その後は互いに口を開く事はなかったが、初々しいカップルの様な空気が車内を流れていたため特に苦ではなく。

 この世界ではあり得ないと少し思っていた、まともな恋愛を今しているのかな。などとズレた事を考えていればあっという間に目的地へ。

 

 荷物は寝室にとのことなので案内されるがまま部屋に入り、邪魔にならないような場所に置いたかと思えば。

 無理やりというほど強引でなく、かといって抵抗するには強すぎる絶妙な力で引っ張られ。

 元より抵抗するつもりの無い俺はベッドへと仰向けに寝かされ、秋凛さんに馬乗りされていた。

 

「ごめんね、優ちゃん」

「あ、いえ。全然大丈夫です」

 

 元よりそういった意味で夏月さんから送りだされたのだ。

 それに秋凛さんとも恋人……でいいのかな。

 彼女の中でどうなっているのか分からないが、俺の勘違いからとはいえ仲は発展しているのだから謝る必要はない。

 

「私には過ぎた願いなのは分かってるんだけど……」

「言ってみて」

「今は、今だけは私を見て」

 

 そう口にし、キスをしてきた秋凛さんだが。

 今のどこが過ぎた願いなのか、一瞬分からなかった。

 

 でもよくよく考えてみたら一夫多妻が当たり前の中、自分だけってのはこの世界からしてみれば大それた事なのかもしれない。

 

 秋凛さんの口にした願いを叶えたくはある。

 だけど送りだした夏月さんは今、どうしているのか。

 忘れる事ができないまま、秋凛さんを抱きしめた。



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七十輪目

長らくお待たせしました。
また、ぼちぼち書いていきたいと思います。


 朝、目が覚めたら隣に夏月さん……ではなく、秋凛さんの寝顔が。

 何故と混乱したが、意識がハッキリしていくにつれて昨日のことを思い出してきた。

 

 幸せそうな寝顔をしている秋凛さんを見ると嬉しさというか、罪悪感というか……。

 

「んぅ……あ、ゆうちゃん。えへへ、おはよぅ」

 

 身体を起こした時のベッドの軋みで起こしてしまったようで、まだ寝ぼけているのか少し舌足らずな挨拶をしながらにへらと笑みを浮かべている。

 

 そんな秋凛さんをみて、頬に手を添えおでこにキスをする。

 本当は口にしたいところだが、寝起きは口の中が雑菌でいっぱいなので諦めた。

 こんな事で体調を崩してはいけない。

 

「ぁ、ぁぅ……」

 

 徐々に眠気がとんでいくにつれ、先ほど何をされたのか意識してきたのか。

 顔を真っ赤にさせ、微かに可愛らしい声を漏らしたかと思えばモゾモゾと毛布で顔を隠してしまった。

 

「シャワー浴びてくるね」

 

 いつまでもこのままノンビリしていたいところだが、お腹が空いたし身体も綺麗にしたい。

 秋凛さんに声をかけ、持ってきた荷物から着替えを取り出して風呂場へ。

 

 どうして場所を知っているのか自分で不思議に思ったが、前にも一度来たことがあったなと。

 その時は風呂を借りたわけではないが、なんとなく場所は把握している。

 

 

 

 シャワーを浴び、ちょうど服を着たタイミングで秋凛さんがやってきたが、そんな俺を見て少し残念そうにしていた。

 

 狙っていたわけじゃなく、羞恥が落ち着いて動けるようになったのがさっきなのだろう。

 まだ少し顔が赤いからきっとそう。

 

 もう少し早ければといった考えが丸わかりであったが、その気持ちはよく分かる。

 逆の立場であったのなら俺もそう思っていた。

 

「ご飯作るけど、冷蔵庫開けてもいい?」

「うん。好きにしていいよ」

 

 許可もいただいたのでキッチンへと向かい、何が作れるかなと冷蔵庫の中を一通り確認したが。

 いくつか見過ごせないものがあり、勝手ながら廃棄させてもらった。

 

 料理をする前にちょっとした掃除みたいなことをするとは思わなかったが、まあいいだろう。

 

 近いうちに買い物に行く予定だったのか、何を作るにしてもといった感じなため、申し訳ないが素うどんで。

 

 かき揚げも作れそうだったが、掃除していた時間もあり、そろそろ秋凛さんが出てきそうなので諦めた。

 なんて思っていたら、ドライヤーの音が微かに聞こえてきたので髪を乾かしているところだろう。

 

 まだ早いかなと思いつつ鍋に水を入れて火をかけたが、うどんが茹で上がる前には髪を乾かし終えた秋凛さんがやってきた。

 もう少し時間がかかると思っていたけれど、少し読みが甘かったか。

 

「出汁のいい匂いがするけど、もしかして凍らしていたやつ使っちゃっ──あぁあああぁっ!?」

 

 のほほんとした感じで来た秋凛さんだが、俺が先ほど廃棄したものを見て珍しく大きな声を出している。

 

「なっ、なんで!?」

「なんでって、これこの前きた時に作ったやつだよね? 一ヶ月以上前のやつだよ?」

「優ちゃんが私の為に初めて作ってくれた料理なのに!」

「ダメになるだけだからキチンと食べて欲しかったな」

 

 可愛くデコってあって食べられないとかならまだ分かるが、ただのうどんつゆに野菜スープ。

 冷凍庫で凍らせてあったとはいえ、もう食べられない。

 

「で、でも!」

「これからもこうして作る機会あるだろうし、いいじゃん。ね?」

「それはそうだけど、これはこれなの!」

 

 理屈じゃなく感情的なもので、秋凛さんの言わんとしてることも何となく分かる。

 でもそれはそれ、これはこれ。

 

「取り敢えずうどんも茹で上がったし、ご飯食べよ?」

「むむむ……」

 

 この話はこのまま流されることに気付いたのだろう。

 だけどこれ以上何か言って俺の機嫌を損ねたくないといった気持ちが見える。

 

 さっき、料理する機会があるとは言ったものの。

 夏月さんと秋凛さんの家の移動が割と面倒臭い。

 

 いっそのことデカい一軒家に引っ越して、一緒に住むといったことでも提案してみようかな。

 そうすると色々楽だろうし。

 

 うどんが伸びちゃうと思いつつ、秋凛さんを抱きしめて機嫌をとりながらそんな事を思った。




何度か読み返してはいますが、矛盾など出てきたらすみません。
あと感想などの返信で答えたものとは違う展開になったりしますが、ご容赦ください。


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七十一輪目

「秋凛さん、今日のお仕事は?」

「お休みだよー」

「もともと空けていたなら、何か予定とかあったんじゃ?」

「えっとね、一回お仕事休んだことあったでしょ? それで少しゆとりを持ったスケジュールに組み直してもらってるんだ」

「そっか。ならノンビリして英気を養わないとね」

 

 伸びたうどんを食べ終えた頃には秋凛さんの機嫌も元に戻り、今は食休みも兼ねてソファに並んで座りノンビリとした時間を過ごしていた。

 

 秋凛さんが録画していたバラエティ番組をテレビで流しているが、彼女の意識は繋がれた手に向いている。

 

 逆に俺の方がテレビをよく見ていたり。

 慣れてきたとはいえ、いまだに新鮮な感じがして面白いのだ。

 

 そんな中、秋凛さんが恋人繋ぎにしている手の力を強めたり弱めたりと、感触を確かめては幸せな気持ちで頬を緩ませているのを見て懐かしさを感じた。

 夏月さんも最初はこんな感じで初々しかったな。

 

 夏月さんは今頃、何してるんだろうか。

 普通に仕事だとは思うけど、ご飯はキチンと食べたのかな。

 意外と俺が居ないから久しぶりにジャンクを食べれるって喜んでたり。

 

「ごめんね、優ちゃん」

「ん?」

「夏月ちゃんのこと、心配でしょ?」

「…………少しね」

 

 ずっと俺のことを見ていたからだろうか。

 テレビに集中しておらず、どこか上の空になったのを敏感に察している。

 

「優ちゃんが思うままにしていいんだよ?」

「でも、そしたら今度は向こうで秋凛さんの心配してると思う」

「へっ、私の?」

 

 自分のことを考えてくれることが予想外なのか、目をまん丸にしてこちらを見てくる。

 けど、そうだろう。

 

 変なところで現実的な制限があるけれど、基本的には男性の意向が尊重というか、優先されており。

 男女関係のあり方も多種多様に存在する。

 

 秋凛さんも自身をパートナーとしての括りというよりは、所有物としての立ち位置を希望しており。

 それに喜んでいるマゾヒストではあるが。

 

 結局は自分の女性であることに変わりはないのだから、心配して当然である。

 

「優ちゃんって……」

「うん?」

「ううん……そう思ってくれているだなんて、すごく幸せ者だなって」

 

 喜びの感情が赴くまま抱きつこうとした秋凛さんだけど、直前で理性のブレーキが働いたのか変なポーズをとっている。

 こういった時ぐらいはどんどん来てくれてもいいのに。

 

 なので俺から秋凛さんを引き寄せ、ギュッと抱きしめた。

 

「んっ……」

 

 少し強く引っ張りすぎたため、秋凛さんの顔が俺の胸に当たってしまったが痛くなかっただろうか。

 

 なんて心配をしていたが、ゆっくりと手を回して抱きしめ返してくれたので大丈夫なのだろう。

 ……ただ、恥ずかしいのでその体勢のまま深呼吸はやめていただきたい。

 

 夏月さんもよくやるが、そんないい匂いでも無いだろうに。

 

「同じシャンプー使ってるはずなのに、秋凛さんからいい香りがする」

「ふぇっ!? な、なな何して──んみゅ!?」

 

 せっかくだからと目の前にある頭に顔を近づければいい香りが。

 ただ単に自身の匂いに気付きにくいってのもあるが、同じものを使ってもこんなに差があるとは。

 

 同じ事をしているはずなのにされるのは恥ずかしいのか、慌てて離れようとするけどそうはさせない。

 

 今回は万全の状態である為、この前とは違い手加減されていても余裕がある。

 本気を出されたら恐らく勝てないと思うが、万が一にも俺に怪我を負わせないようにしているので負けないだろう。

 

 この時点でプライドが色々とアレな気もするけど、気にしたら負けである。

 

「ね、秋凛さん」

「ん?」

「もし良かったらなんだけど、一緒に住めたらいいなって考えてて。その方がこうして移動する必要もないし」

「それは私と優ちゃん、夏月ちゃんの三人で一緒に住もうって事だよね?」

「うん」

 

 あれ、なんだかあまり反応がよろしくない気がする。

 仲が悪いわけじゃないのは確かだと思うけど、それとこれとは別って事かな。

 

「優ちゃんがそうしたいなら私は大丈夫だけど……でも、夏月ちゃんも一緒に一度話してみよっか?」

 

 というわけで取り敢えず明日、夏月さんも交えて話すことになった。



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七十二輪目

 翌日の話し合い。

 結論から述べると、夏月さんも三人一緒に住むのはあまり乗り気では無かった。

 仲が悪いからというわけでは無く、仲が良いからこそ、みたいな。

 

 グループ結成当初、トレーニングと仲を深めるために合宿のようなものがあり。

 同じ部屋で二週間ほど寝食を共にしたとのことだが、互いのペースというか。

 暮らしていく上でそれぞれの許容範囲が違ったため、それらで少し揉めた事があったらしい。

 

 なので一緒に住むと互いに我慢する事が増えていくかもしれないとのこと。

 

 それなら俺は大丈夫なのかと思ったが、それはそれ、これはこれとのこと。

 好きな人に振り回される分には構わないらしく、むしろ嬉しいだとか。

 ……その気持ちはよく分かる。

 

「だからもっと我儘とか言ってくれてもいいんだよ?」

「まあ、それはそのうち……」

 

 だからといって俺がそれを出来るかはまた別問題。

 今でも充分過ぎるほど満足なので、あまり天狗にならないようにしないと。

 

 話が終わってしまったけど、このままだと移動が面倒なまま変わらない。

 二人の感じ的に俺が我儘を言えばどうにかなると思う。

 

 けれど何かを我慢させるのはなぁ……。

 短い期間ならまだいいが、今後一生ものだとそう簡単ではない。

 だから、例えば。

 

「近場に住む、とか」

「そっか。一緒に住まなくても私がここの近くに引っ越せば良かったんだ」

「あ、いや、今の慣れた生活をそんなあっさり崩すのもどうかなと……」

 

 思わず漏れた呟きは二人の耳にもしっかりと届いていたようで。

 良い案だねとその方向で話が進みそうであったが、住み慣れた生活圏からそんなあっさり引っ越してもいいのだろうか。

 

「全然問題ないよ。私も優ちゃんの近くで暮らせるなら嬉しいもん」

「……秋凛さんが大丈夫なら、俺からはこれ以上無いです」

 

 ハッキリと伝えられ、照れが出てしまった。

 俺は二人に対して特攻を持っているが、二人も俺に対して特攻を持っているため。

 こういったことをされるとなんでもホイホイ言うことを聞いてしまう。

 

 そして早速とばかりに二人はスマホで物件を探そうとしていたが、すぐにその動きを止める。

 

「引っ越しする余裕、ある?」

「……微妙かも」

「探すのはできるけど、手続きとか色々と考えたらもう少し先になるね」

「ライブ後のご褒美だと思って頑張るよ」

 

 どうしたのかと聞けば、九月にあるライブに向けてすでに準備が始まっているらしく、引っ越しをする余裕がちょっと無いとのこと。

 ライブ後には少し余裕が出来るらしいので、その時まで待ってと謝られた。

 

「謝る必要は無いですよ。ライブの日なんてあっという間に来ますし、俺も来週あたりにでるCDを買って先行申し込みでアリーナ最前狙いますから!」

「ほんとっ!? すごく嬉しいなぁ!」

「えっ、でも優君って……」

「あっ、そっか……」

 

 喜んでくれたのも束の間。

 夏月さんの呟きに反応し、秋凛さんも何だか申し訳なさそうな表情へと変わる。

 

 そしてなんだか言いにくそうな二人の反応を見て、俺も何となく察した。

 

「もしかして今後もずっと隔離席……みたいな感じ?」

「あ、あれは一応隔離じゃなくてVIP席、みたいな?」

「この間のライブの時は何も分からなかったけど、今なら何となく分かるよ。また騒ぎにならないようにだもんね」

 

 あのスペースを作るくらいなら座席にしてキャパを少しでも増やして欲しいと思う所だが、そうすると男性が色々と煩いのだろう。

 付き合っている人も一緒にとなると、あれくらいの広さがなければゆっくり観戦できないだなんだと。

 

 俺の我儘でライブが出来なくなることの方が問題なので、大人しくルールに従うとしよう。

 

「ごめんね」

「私もアリーナ最前で優ちゃんに応援して欲しいけど、こればっかりは」

「二人が謝る事じゃないよ。それに現地で観戦することには変わりないんだし、これはこれで楽しむよ」

 

 うーん……なんだか二人が申し訳なさそうにしてしまっている。

 これに関しては誰が悪いとかではないのだから、そんな気にする必要は無いというのに。

 

「今、二人とこうしていられるだけでも十分過ぎるほど俺は幸せだよ。あっ! もう七月も半ばになってくるし、どこか海でも行って気分転換とか……は、無理だったね。さっきライブに向けての準備が始まっているって話したばかりだし」

 

 出不精なため、夏になったはいいがクーラーの効いた部屋から出ようと思うことすらしなかったけど。

 何もせずにこのままというのも少し寂しく思う。

 

 一緒に居られるだけで幸せだと言ってくれるけれど、やっぱりたまにはデートなんかはしたい。




通勤時にゲームをしてるため、更新遅くなりました。


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七十三輪目

 とはいえ、二人は有名人であるため行くとなっても簡単ではない。

 なんてのが本来あるべき理由だろう。

 

 だが不思議なことに、男である俺のせいによって余計な面倒ごとが起きるのだ。

 

 その余計な面倒ごとが具体的にどういったことなのかは分からないが、これまで夏月さんが一人で出歩かないで欲しいと頼んでくるのだからきっと色々あるのだろう。

 

 それ以前に先ほどの通り、ライブに向けての準備があるため二人にそんな余裕は無い。

 ライブが行われるのは九月なのでそれが終わってから行けなくもないが、まだ暑さは残るだろうけど夏として出かけるには遅すぎる。

 

 来年……まではきっと忙しいだろうから、再来年くらいにはノンビリとお出かけができるのではないだろうか。

 

 それだけ先ならば、引き篭もりの俺も流石にどこかへ行こうと自発的に言い始めるはず。

 

「ねえ、優君」

「ん?」

「海に行きたいの?」

「いや、別に海じゃなきゃいけないって事でもないけど……ただ、どこかに出かけて気分転換というか、まあ、そんなのが出来たらいいなぐらいに思っていただけたらというか」

 

 俺自身もライブを楽しみにしているってのもあるが、我儘を言って大勢の人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 こうして一緒に過ごしていけているだけで十分幸せなのだと、今一度自身を戒めなければ。

 最近は当たり前のように感じて浮かれ過ぎている。

 

「どうする?」

「たぶん、大丈夫だと思うかな」

「でも、きっと何かあるよね」

「あまり無茶なことは言ってこない……んじゃないかなぁ」

「本当に思ってる?」

「全然」

「だよね」

 

 何やら二人で話し合っているようなので席を立ち、空になったコップを回収しておかわりの用意をする。

 

 少し聞こえてきた会話から察するに、何かをするのは半ば決まっているようだが、それをするために何やら関門があるみたいな。

 

 役に立てることがあるならば何でもするつもりでいるが、果たして俺程度でどれほど役に立てるか。

 

「優ちゃん」

「ん?」

「もしかしたら変なお願いされるかもしれないけれど、嫌だったら断ってくれて大丈夫だからね」

「え、うん。……うん?」

 

 戻ってきた時、秋凛さんからそのようなことを言われて反射的に頷いてしまったが、一体何のことだろうか疑問が。

 夏月さんが誰かに電話していることと何か関係でもあるのかな。

 

「もうすぐ仕事終わるからこっち寄るって」

「他にも何か言ってた?」

「別に構わないけど、一つお願いを聞いて欲しいってさ」

 

 二人とも説明をしてくれないのでいまだに置いてけぼりなのだが、仕事終わりにここへ来る人が俺に何やらお願いをするってのはなんとなく分かった。

 

 なんで俺にとか、役に立てるのかとか、色々と疑問はあるけど……まあいっか。

 嫌なら断ってもいい感じらしいので気楽に構えていよう。

 

 

 

 

 

 そんなこんなでやってきたのは樋之口さんだった。

 飲み物に口をつけて一息ついた後、早速とばかりにお願いとやらを口にする。

 

「私の婚約者になってくれない?」



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七十四輪目

お気に入り4000越え、ありがとうございます。
日間にも載っているのを見ました。


 そのお願いを聞いてまず思ったのが、唐突だなというのと、樋之口さんらしいなということ。

 そして『ん?』と何かが引っかかった。

 

 前回家に来たとき『愛人とかどう?』みたいな事を言われているため、今回もそんな感じで言っているのかと思ったが。

 俺だけでなく、夏月さんと秋凛さんもいるのに直球でくるかなと。

 

 夏月さんと秋凛さんが何かを樋之口さんに頼んでいると思うのだけど、その対価が婚約者になってくれだなんて、流石にそこまで切羽詰まっている訳でもないだろう。

 

 色々と考えているけどもっと単純なのかもしれないし、何か深い理由があるのかもしれない。

 取り敢えず返事はさておき、そこらへんを詳しく聞いてみたいなと思っていたが。

 

「あでっ!?」

 

 樋之口さんの背後にスッと回った夏月さんが手に持ったスリッパで頭を思いっきり引っ叩いた。

 

 スパーンッと気持ちのいい音を響かせ、どこか満足げな夏月さん。と、何故か秋凛さん。

 こう言った場合は音だけでダメージはそんなでもないといったイメージがあるけど、そうじゃないらしく。

 叩かれたところを抑えた樋之口さんは床を転げ回っている。

 

「何するのよ!?」

「ライン越えだよ」

「超えてないわよ!」

 

 痛みが少しおさまったらしく、未だ頭を手で押さえたままだが立ち上がって夏月さんへと詰め寄っていく。

 

 いや、うーん……確かに俺的には越えてないと思ってるけど、それは感性がアレでアレだからである。

 本来なら一発アウトでお縄なんだろう。

 

 そう、本来ならアウトであろうことを樋之口さんは口にした。

 

 話を聞く限りこれまで上手くいっていない樋之口さんだが、ラインの見極めは上手いと思っている。

 大なり小なりわだかまりは残っていると思うが、さして問題になっていないようだし。

 

 だから今回も俺は大丈夫だからとそのような事を口にしたのだろう。

 

「ちょっとした冗談じゃない」

「どこがちょっとした、よ」

「でも優くんはそれほど気にしていないみたいだけど?」

「優君!?」

 

 急にこちらへ振られても上手い返しはできず、苦笑いが精一杯である。

 

「冬華ちゃん、お願いはしなくていいってことでいいの?」

「いや、するわよ」

「これだけ楽しくおしゃべりできたらもう満足じゃない?」

「え……秋凛、何か怒ってる?」

「全然怒ってなんかないよ?」

 

 それ怒っているやつ、とは口に出せなかった。

 樋之口さんも『そう……』とだけ呟いて深く聞くことはしない。

 

「ま、まあ、改めてお願いしたい事を言うわね」

 

 コホンと一つ咳払いをし、変になった空気を切り替え。

 そして俺の目を真っ直ぐに見ながら左手を拳にした状態で顔の辺りまで持ってきて、親指を人差し指と中指の間からニュッと顔出させた、所謂フィグサインをし口を開く。

 

「一発、ヤることヤってくれたら──」

「はい、ライン越え!」

 

 再び、スパーンッといった音が部屋の中に響き渡った。



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七十五輪目

 まさか友達が犯罪者にまで堕ちるとは思っていなかった、と口にしたのは夏月さんだか、秋凛さんだか。

 二人は呆れた目で樋之口さんを見ていたが。

 

 『本当にライン越えたのはどちらかしらね』と漏らした呟きが聞こえるやそっと視線を逸らしていた。

 

「ま、私は懐の広い女よ。別にお願いなんか聞いてもらわなくても最初から問題ないわ」

「の割には欲望ガンガンなこと言っていたけど」

「そうだったかしらね」

 

 しれっと無かったことにしてカップを傾けているのはある意味凄いなと思ってしまった。

 

 ……あれ、結局のところ詳しい説明は受けていないのでよく分からないままだけど。

 これは樋之口さんが気分転換の旅を何とかしてくれるって事で良いのだろうか?

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 夏月さんたちの仕事は『Hōrai』としての活動以外にもある。

 そのためスケジュールの調整や、その他諸々の事情により八月の七、八日となったのはいいが。

 

「うーん、急な仕事が入るなんて」

「自分で言うのも何だけれど、私たちは売れっ子だから仕方ないわね」

 

 夏月さん、秋凛さん、高瀬さんも本来参加予定だったのだが仕事が、入ってしまったために今は樋之口さんと二人きりである。

 仕事が終わり次第合流するとのことだが、出来たとしても夜になるだろう。

 

「…………」

 

 それにしても、落ち着かない。

 樋之口さんと二人きりというのもあるけど、目的地へ向かうために今乗っている車がなんか凄いのだ。

 

 あまり興味のないものはよく分からないまま放置するために詳しくないのだが、この車はリムジンというやつ……なんだろう。きっと。

 

 本来、あと三人は乗っていたことを考えるといい広さなのだろうが、二人なのだからまあ寂しいというか、持て余すというか。

 

 横目に樋之口さんを見てみれば慣れた様子で飲み物なんかを用意しているため、本当に良いとこのお嬢様なんだと感じる。

 ってかこの車、冷蔵庫あるんだ。

 

 樋之口さんが来た日以降も何の説明がなかったため、昨日になりようやく自分から聞いてみたのだけれど。

 今まで知らなかったのかと何故か驚かれた。

 

 なんでも樋之口家は代々続く名家だとか、姓を名乗れるのはごく一部の限られた人だとか。

 そんなこと言われても全然ピンとこない。

 よく分からないってのもあるが、とにかくすごいお家だというのは理解した。

 

 今回の旅行の際、樋之口さんへと話がいったのは家が男性用プライベートビーチを持っているからだとか。

 ビーチだけでなく、他にも色々とあるらしい。

 要は男の人でも安心してノンビリ過ごせる場所があるからそこに行こうということだ。

 

 ……普段から物事についてあまり考えてこなかったが、甘やかされてきてさらにポンになっていないかと最近思い始めてきた。

 

「はい」

「ありがとう。……ね、樋之口さん」

「何かしら」

 

 俺の分も用意してくれた飲み物を受け取り、まただんまりになるのも勿体無いので話を振ってみよう。

 

「何かしてもらってばかりってのもあれだし、お礼として俺に出来ることがあれば何でもしようかなって思ってるんだけど」

「……簡単に何でも、なんて言うもんじゃないわよ」

「樋之口さんだからだよ」

「そう……」

 

 ジッとこちらを見てきたかと思えば、流れるような動きでこちらへと距離を詰めてくる。

 高そうというか、おそらく高いだろう車を下手に暴れて壊したり汚したりするのも嫌なので大人しく目で追っていると、俺と向かい合う形で跨ってきた。

 

「今までのは全部この時のための布石で、抱いてと言えば抱いてくれるのかしら?」

「まあ、本当に樋之口さんがそれを望んでいるなら」

 

 夏月さん、そして秋凛さんと関係を結び、己の中に設けていたハードルがだいぶ低くなっているのを感じている。

 だからといってあっちこっち簡単に手を出すわけにもいかないと思っているため、どこかで線引きというか、歯止めはかけないといけないが。

 

 知らない人からこんなお願いされたとしても一考する余地さえないが、今目の前にいるのは推している声優アイドルグループの一人。

 ……今更ながら割と酷い選別の理由だな。

 

 でも一つ、引っかかることがあるとするならば。

 

「これまでのお願いもきっと叶えて欲しかったことだとは思うけど、何か理由がある気がするんだよね」

「…………意外と鋭いのね。もっとポンコツだと思っていたわ」

 

 確かにそうかもしれないと自分でも思い当たる節があるけど、どストレートに言わなくても……。



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七十六輪目

生きてます。


 ふっ、と力を抜いた樋之口さんは俺の上から退くや、一人分の間を開けて座り直した。

 ほんと、こういった距離感上手いのにどうして今まで失敗してきたのだろう。

 

「私の家について、どこまで知ってるのかしら?」

「え? あー、なんか凄いってのは」

「……世の中が男女比1:4の出生率に対して、うちの血筋は男女関係なく1:3の比率を維持してるのよ。それを元手に色々と手を出して今の地位を築いたってわけ」

「そうなんだ」

 

 なるほどなるほど。

 それは確かに凄いんだろうな、うん。

 

 今更ながら『樋之口 功績』とか『偉業』で適当に検索でもしてみれば良かったかなと。

 知らなくても世の中なんとか生きていけるが、あまりにも無知過ぎるのは罪である。

 

 ……とはいえ、何をどう調べればいいのかもよく分からないが。

 

「あんまりよく分かって無さそうだけれど、まあいいわ。何が言いたいのか簡単に纏めると、今の地位を落としたく無いから面倒なのよ」

「ああ、それならよく分かるかも。得たものに執着する権力者は創作なら鉄板だからね」

 

 こいつ、みたいな顔で見てくるが勘弁してほしい。

 普段関わることのないものって知ろうと思わないのだから。

 

「つまりあのお願い事って、決められた相手と繋がるのが嫌だったからってこと?」

「そんな感じよ。私は今の活動のおかげで免除されてたわけ。その間にいい相手が見つかれば良かったのだけど、上手くいかなかったわ」

「上手くいかなかったの、家が邪魔していたりしてね」

「……まあ、あり得ない話じゃないわね」

 

 思い当たる節があるような素振りをする樋之口さんを見て、これからお世話になる予定である家の面倒臭さを考えて帰りたくなっていた。

 

 

 

 あれから三十分ほどで目的地へと辿り着いた。

 ここは樋之口家が経営している旅館の一つだとかなんとか。

 

「ようこそいらっしゃいました」

「あ、どうも」

 

 旅館の出入り口目の前に横付けされた車から降り、たぶん女将さんらしき人が挨拶してくれたのだろうけど。

 軽く頭を下げるだけで済ませて申し訳ないが、持ってきた荷物を下ろすためトランクへと向かう。

 

 大した荷物でもないしさっさと取って改めて挨拶しないと、なんて思っていたが。

 すでに従業員の方が下ろし始めていて、部屋まで運んでおくのでと言われてしまった。

 

「おかえりなさい、冬華さん。面白い方を連れてきましたね」

「……ただいま帰りました。お母様」

 

 お高い旅館はそういうものだったなと、改めてスルーしてしまった女将さんに挨拶しようと思い戻れば。

 どうやら"冬華"の母親だったようで、とんだ失礼をかましてしまった。

 

「先ほどはすみません。お世話になる桜優です」

「これはご丁寧に。冬華の母です。すぐ出なくてはいけないので挨拶だけでごめんなさいね。どうぞゆっくりしていってください」

 

 最後に何やら意味ありげな目を向けられたけれど、特に嫌な感じはしなかった。

 この人は多分、良い人だろう。

 ……この手の勘の勝率は半々ぐらいだけど。

 

 取り敢えず部屋まで案内してもらったはいいものの、どうやら冬華と同じ部屋らしい。

 なんとなくそんな気はしていたし、今となっては多少都合がいいと思うけど……夏月さんたちはなんて言うやら。

 

「それで、どうしたのさ」

 

 部屋について荷物を置いた後にすることといえば、部屋の探索しかない。

 襖などを片っ端から開けていき、何があるかの確認をしながらも、先ほどから大人しくなった冬華へと声をかける。

 

「わざわざ優と顔を合わせるためだけに来た理由が分からないのよ」

「そんなに……?」

「いや、悪かったわね。気にするのは私だけで大丈夫よ」

「冬華がいいんならいいけど、ノンビリしにきたんだから面倒なこと考えるのやめない?」

「…………そうね」

 

 難しい顔をしていたが、ふっと息を吐いて力を抜いていた。

 自分だったら少し引きずるが、勝手なイメージだけどメンタル切り替えの早さは流石と言うべきなのか。

 

「お昼食べて、涼しくなったら海辺でも散歩しよっか。近くにプライベートビーチがあるから」

「うん。楽しみにしてる」




色々と書き足したい、書き直したい部分が自分の中で目立ってきました。
主人公がこの世界に来たきっかけ的な物。
織が出てきた所の描写。
キャラ、季節の順番で会わせたのはいいけど、季節(作中内時期)も合わせればよかった。
他にも色々と書き加えたいなと。
取り敢えず、このまま完結させます。
直すかはまたそのあとで考えましょう。


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七十七輪目

「よく眠ってたわね」

「こうやって贅沢するの、好きなんだ」

 

 お昼に鰻と良いものを食べ、食休みを挟んだ後にお昼寝とグータラしていた。

 元の世界だと年に一回出来たらぐらいだったけど、今だと望めばいつでも出来る環境にある。

 

 ……それだとありがたみが無くなってくるから、やっぱり程々が一番だけれど。

 

 行く時間になったら起こしてと冬華に伝えていたが、まだ外明るいし早くないかと時間を確認したら十八時を少し回っていた。

 あー、日が伸びたの夏だなって感じがする。

 

 これから向かって少しのんびりしていたら、いい夕焼けが見れそうだ。

 帰ってくる頃には夕食だろうし、少し動いてお腹も空いていそうである。

 

 まだ少し残る眠気を飛ばすために顔を洗い、外に出るための準備というか、小さいカバンにスマホとサイフ、飲み物をしまい日傘を手に持つ。

 

「日差しを気にするの、良いことよ」

「そこまで考えてなかったかな。単純に暑いのが和らぐからってだけ」

 

 ここ近年の夏の暑さは異常である。

 普通に三十度を超えてくるとか勘弁して欲しい。

 こうして陽射しを遮るだけでも少し涼しくなるのだから、みんなすれば良いのに。

 

 日焼け止めなど、自分以上に日焼け対策をしっかりとしている冬華も準備が終わったようで。

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 

 

 そうして冬華に連れられ、プライベートビーチとやらに来たはいいものの。

 着いて早々に帰りたいという思いでいっぱいになった。

 

 確かに、とてもいい景色ではある。

 天然の岩場によって囲われ、地元の人しか知らない特別な場所みたいな。

 かといって閉鎖感はなく、開放的な雰囲気で本当に良い場所だと思う。

 

 だからだろうか。

 開放的な雰囲気に当てられてなのか、ただ単にそういう性癖なのか。

 

 まさかエロマンガみたいに、このような場所でいたしている場面を目撃するとは。

 

 うーん、自分も側から見たらこんな感じなのかなといった思いと、動画で見るのと実際に目の当たりにするのとじゃ全然違うなといったことを考えていたら。

 

「……帰りましょ」

 

 服の裾を引っ張る冬華に目を向ければ、物凄く嫌そうな顔をして早くこの場を立ち去りたそうにしている。

 

 確かにこのままここにいた所で仕方がないため、夕日を見れないのは残念だが部屋に戻ることにしよう。

 

「冬華じゃん! こっち来いよ!」

 

 だがその場を後にするのが少し遅かったようで、向こうさんに見つかって名前を呼ばれてしまった。

 まあ、隠れもせずに居たのだから時間の問題ではあったが。

 

 名前を呼ばれた冬華を改めて見てみれば、先ほどよりも嫌そうな顔をしてギュッと服を握りしめていた。



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七十八輪目

特に意識してなかったのですが、10/19に投稿したさありました。


 距離があるので聞こえなかったフリして帰ればよかったと思うのだが、どうやらそうはいかないようで。

 でかいため息をついた冬華が重い足取りで向かうので、少し後ろを歩いてついていく。

 

 こういった時、アニメだとシーンが切り替わるわけだけど。

 当たり前だが現実はそんなわけにはいかない。

 

 なんで移動中にこんなことをふと思ったか。

 それはこちらに声をかけてきた、ヤることヤっていた男性が海パンを履いている姿を見ているからである。

 通す穴に足が少し引っかかって身体がよろけているのとか、あるあるすぎる事だが描写されることってあまり無いよな。なんて。

 少し仕事を懐かしく思うようなことを考えながら歩いていれば、あっという間であった。

 

「……久しぶり」

「久しぶり。彼は?」

「あ、桜優です。冬華の、えっと……」

「私のパートナー。こっちは樋之口将吾(しょうご)

「よろしく」

「あ、はい」

 

 冬華が嫌そうな顔をしていたためどんな人なんだろうと思っていたが、こうして話してみたら意外というか普通に好青年では?

 逆に自分のコミュ障な部分が出てきて情けなくなっている。

 

 肌の色も向こうは健康的に焼けているのに、コチラは蛍光灯で育った白。

 引き締まっている身体に対し、程よくだらしない身体。

 うーん、側から見て誰もが思う陽と陰である。

 

 そういえば先ほどまで冬華は嫌そうにしていたと思うけど、今はそうでも無い。

 本人を目の前にして感情を表に出していないだけ……って感じでもなさそうな。

 

「……一人?」

「ああ。あいつが外に出てくるなんて殆どないからね」

 

 未だ昂ったままの色っぽい女性がいるのにと思ったけど、たぶん誰か別の人のことを話している。

 その人と樋之口さんがよく一緒にいるから近づきたくなかったのか。

 

 会いたくない人が居ないと分かってか、冬華から余計な力が抜けたのを感じる。

 

「それにしても、あの冬華にようやくパートナーが出来たのか」

「まあ、当然の結果よ」

「よく言うよ。だいぶギリギリじゃないか」

「うぐ……」

「外にいた人で樋之口っぽいなんてね。希少なんじゃない? 逃しちゃだめだよ」

 

 樋之口、っぽい……?

 久しぶりに会う家族の時間を邪魔するわけにもいかないため、ボーッと綺麗な景色を眺めていたが。

 少し気になって反応してしまった。

 

「あれ、聞いたこと無い?」

「そりゃそうよね。樋之口のことも知らなかったぐらいだし」

「そうなんだ。周りにも居なかったのかな」

 

 なんでも、男性というだけで甘やかされて育てられるため、横柄で傲慢な性格になる人が殆どだそう。

 だけど樋之口家ではそこらへんを厳しく躾けられているらしく、前の世界では当たり前のように居た女性に対して、というよりは人に対して礼儀正しく育てられるとのこと。

 

 それに当てはまる人のことを『樋之口っぽい』と言うそうな。

 

「百貨店なんか行くと子供みたいに我儘言っているのをたまに見かけるけど」

「それ、嫌になったりしないんですか?」

「あんなでも男だからね。それに我儘言う男性に母性がくすぐられる、みたいな話を聞いたことがあるかな」

「私みたいに嫌だと思う人もいるけど……ランクが高いと、ね?」

 

 ランク、とまた聞きたいことが増えてしまった。

 前に夏月さんと話した時、聞いたような気がするけどあまり記憶に残っていない。

 一夫多妻に全部持ってかれた覚えがある。

 

「そのランクって──」

「あれぇ、冬華ちゃんじゃん」

 

 自分の質問は、嫌に耳に残るような声で消されてしまった。

 

 物凄く嫌そうな顔をしている冬華から、声のした方へ目を向ければ。

 『私、インフルエンサーですけど?』みたいな感じで側から見ても分かるほど自信満々な女性と、豚がいた。



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七十九輪目

 人の容姿について揶揄するのは良くなかった。

 でもそう思ってしまうくらいパッと見そっくりなのだ。

 口に出さず、心の内に留めたので許して欲しい。

 

「帰ってきてたのなら、声かけてくれればいいのに」

「家に寄るつもりは無かったから」

「ふーん……まあいいや。これからご飯でしょ? 一緒に食べようよ」

 

 同じ男性からしてみても、この人いい声してるなと思う。

 ふくよかなせいなのか少し舌足らずなので勿体無いというか、好き嫌いがはっきりと分かれそうな話し方であるが。

 ちなみに自分は嫌いな方。

 

 人様の容姿について語れる顔面をしていないが、よくよく見ると痩せたら結構イケメンなのでは。

 顔立ちが樋之口さんと似ているような……兄弟かな?

 今だと残念な……ふくよかな体型であるが、そういったのが好きの人もいるし。うん。

 

 友達としていたなら何も気になることはないが、そういうわけでもないし、出会い方もどちらかといえば良くない。

 

「おい、お前」

 

 あ、それなりに時間も経っていたのかいい感じに日も傾いているし雲も良さげ。

 幾つか素材として撮っておこう。

 

 毎日描いていると辛いが、こうして描かないでいるとそれはそれで辛い。

 帰ったら久しぶりに何か描くかな。

 

「優」

「ん? 話は終わった? 今、夕陽がいい感じに綺麗だよ」

 

 本当なら間に入って『俺の女だ』ぐらい言って守るべきなんだろうけれど、何も知らない状態で家の問題に首を突っ込むわけにはいかない。

 良い方向に転がればよいが、必ずしもそうなるわけではないし。

 

 なので冬華には申し訳ないが、傍観者というか空気とならせてもらった。

 

 本来の予定とだいぶ違うが、良い時間となり綺麗な空模様である。

 話が終わったのならノンビリ見て、戻ろうかなと。

 

「僕のこと、馬鹿にしてるのか?」

 

 なんて思っていたが、どうやらそうではないらしく。

 何があったのか話を聞いていなかったため分からないが、どうやら矛先がこちらに向いたようだ。

 

「馬鹿にはしてないですけど……自分に何か?」

「っ! クソッ…………なんだよ……ああ、そうだよな。そうに決まってる」

 

 煽っているつもりはないのだが、沸点があまりにも低いのか一瞬で頭に血が昇っているようにみえた。

 けど一緒にいた女性が何か伝えると、納得したように落ち着いていく。

 

「僕はお前なんかより優れた男だからね。もう一回だけチャンスをあげるよ」

「あ、はい」

「…………お前は僕の冬華ちゃんと仲が良さげだけど、何なの?」

 

 優れていると凄く自信があるようだけれど、確固たる何かがあるのだろうか。

 側から見て学があるようには見えないけれど、実はすごい論文を出しているとか?

 

「僕のって言ってますけど、冬華は俺のパートナーですよ」

「ああもうっ! さっきから何なんだよお前! 僕のこと知らないの!?」

「知らないですけど」

 

 普段は仲の良い友達の前でしか使わないが、ちょっと強気に『俺の』なんて言いながら冬華の腰に手を回して抱き寄せる。

 

 こんなつもりじゃなかったけど、世の中流れに身を任せれば大体何とかなると思ってるので、何とかなるだろう。

 巻き込まれたらどうにかなれの精神である。

 

 たったそれだけの事であるが、子供みたいな癇癪が返ってきた。

 こう、情緒が不安定な人を相手にするのって苦手なんだよな……。

 

「ぼっ、僕のランクは七だぞ! この国で僕より上なんて片手もあれば多いぐらいだ! お前は鈍いから気付いていないかもしれないけど、周りには僕に大事がないよう何十人も守ってる人がいるんだからな!」

「ランク…………それって自分のはいくつなの?」

「そんなこと僕が知るかよっ!?」

「「「「えっ」」」」

 

 なんとなーく、これも夏月さんが話していたようないなかったような気がするけど覚えていない。

 

 何の気なしに聞いてみただけなのだが、冬華、樋之口さん、まだ名も知らぬ女性たちから信じられないといった目で見られている。

 確かに自分のことであるから、知っていて当たり前の常識なのかもしれない。

 

 夏月さんなら知っていそうだし、来たら聞いてみようかな。




女性と冬華が話してるところは全カット


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八十輪目

「ってか、なんで僕がお前なんかと話してなきゃいけないんだ。良いからさっさとどっかに行ってくれ」

 

 時間を無駄にした、などと口にしながら肩のあたりを押してきた。

 

 近づいてきた時、何となく冬華の腰から手を離していて正解である。

 倒れるほどでは無かったが、一歩足を下げるほどには強い。

 

「なんだ? やり返そうなんて思うなよ。ランクが下のものが上のものに楯突いた途端、護衛の奴らがこうやってやってくるんだからな」

 

 その言葉通り、どこからともなく十人程の黒服がこちらへと向かってやってくる。

 でも俺は反撃などしていないが、何故?

 

 そのままやってくる黒服をみんなして見ていたら、えっと……そういや名前が分からないや。

 豚(仮称)(かっこかしょう)と一緒にいた女性を囲み始めた。

 

「なんだよっ! 囲むならあいつだろ!」

「……何で私も?」

 

 よく分からない状況に、俺も冬華や樋之口さんと顔を合わせては首を傾げるしかない。

 

(かける)様が桜様へ手を挙げたのを確認しました。よって男性保護法、加えて奥様の言伝により翔様と百合様を連行させていただきます」

「は? おい、どういう──」

「連れて行け」

 

 その後も何か喚いていたが、有無を言わさず黒服によってどこかへと行ってしまった。

 

「桜様、そして冬華様。こちら、奥様より預かっていたものになります」

「あ、はい。どうも」

 

 一人残っていた黒服はこちらに向くや手紙のようなものを俺と冬華に渡し、一礼して去っていった。

 てっきり説明してくれると思っていたんだけど違うのか……。

 

「今の、何だったのか分かる人います……?」

「おそらくだと思うんだけど、桜くんが翔よりもランクが高かったんじゃないかな」

「……あんなでも一応七なのよ?」

「でも言ってたじゃん。翔が桜くんに手をあげたのを確認したって」

「それは……確かに」

 

 つまり、俺のランクは少なくとも八であるということか。

 高いというのは二人の反応から何となく察するが、どの程度のものかはよく分からない。

 

 前の世界で検査する人なんてそういう病気になった人か十八禁の動画に出ている人、妊娠を望む人とかそんなもんじゃないかな。

 だから判断基準を持っていないのだ。

 

 まあ、今回はランクが高かったおかげでどうにかなった。

 それでいいだろう。

 それよりも奥様が誰だか分からないが、受け取ったものでも読んでみるか。

 

「それ、なんて書いてあったか聞いてもいい?」

「あ、はい。大丈夫です。手紙は冬華のお母さんからで、迷惑かけたお詫びに樋之口で経営している旅館や飲食店は好きに使っていいよ、みたいな事が書かれてありましたね」

「なるほどね。冬華は?」

 

 こんな程度のことでここまでするかってぐらいのお詫びなのだが。

 逆に申し訳ないくらいである。

 

 冬華のには何て書かれていたのか気になるところだが、黙って紙を樋之口さんに渡すのみであった。

 

 それを受け取って読んだ樋之口さんは紙を冬華へと返し、こちらを向くなりいい笑顔を浮かべている。

 

「冬華の方には桜くんとこれからも仲良くするように、だってさ」

「まあ、冬華が嫌じゃなければこちらこそ」

「冬華の顔、真っ赤だよ」

「うるさいっ!」

 

 ペシペシと樋之口さんを叩く冬華。

 でもその顔は満更でもないような……?

 

「あはは、照れてる照れてる。でもそろそろ暗くなってくるし戻ろうか」

 

 樋之口さんの言う通り、日はまだ沈みきっていないがもうじき暗くなる。

 夜になっても暖かい……というよりは蒸してて少し暑苦しいため、風邪はひかないだろう。

 夕食も準備されているかもしれないし、もしかしたら仕事を終えた誰かがいるかもしれない。

 

 ノンビリ行って帰るだけのはずが色々とあったけど、個人的に満足のいく写真は撮れたし、冬華や樋之口さんがよければ戻ろう。




たぶん年内最後になります。
たびたび更新があく本作を読んでくださりありがとうございます。
みなさん、良いお年を。


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八十一輪目

本年もよろしくお願い致します。


 カッコーン、と。

 どこかから良い音が響いてくる。

 

 夏の蒸し暑さもこの露天風呂を前にすれば、それほど気になるものではない。

 

「ぁ〜……」

 

 身を綺麗にし、足からゆっくりと入っていけば。

 どこかに溜まっていた疲労が湯に溶けていくような心地よさから思わず声が出てしまう。

 空を見上げれば綺麗な星空と月が。

 

 男性御用達なのか、そこそこ広い作りとなっているが今は自分一人。

 うーん……なんて贅沢な。

 

 こうやって一人でボーッとしていると、年一くらいで行っていた旅行を思い出す。

 このまま目を閉じて、再び開けたら元の世界で。

 本当は一人旅の途中だったりするのだろうか。

 

 ……まあ、夢にしてはリアル過ぎるし、そんな事は無いのだろうけれど。

 

 でも実際、何がキッカケでこうなったのだろう。

 それが分からなければまた、ふとした時に戻ってしまう。

 元に戻ったらまた働くだけなのだが、甘い甘いこの世界に未練たらたらである。

 

 創作によくある話だと事故が多いけれど、そんな記憶ないしなぁ……。

 

「…………」

 

 徐に水面に映る月を両手で掬い上げるが。

 緩く形取った器のため。すぐに指の隙間から湯が抜けていき、手の中には何も残らない。

 でも水面には月が映っているし、空にも変わらず浮かんでいる。

 

 これまでの夏月さんたちはこうやって恋焦がれるだけの存在だったのに、手が届く、側にいてくれる。

 

「そりゃ、手放したくないよな……」

 

 この世界に来て。

 いい方に転がって。

 そして今がある。

 

 ……なんか厨二病みたいな考えで少し恥ずかしくなってきた。

 

 湯から上がり、最後に身体を流してから軽く水気を拭って脱衣所へ。

 鏡に映る自分は平々凡々そのもの。

 今があるのは流れもあるけど、奇跡みたいなもの。

 

 でも人間、手に入れたものがデカいと変わっちゃうんだなって。

 独占欲がここまで大きくなるとは正直思ってもみなかった。

 

 浴衣へと着替え、忘れ物がないか最後に確認してから部屋へと戻るが、まだ冬華は戻ってきていないようだ。

 

「ん?」

 

 温泉に向かう前までは無かった、いくつか見覚えのある荷物が置いているため。

 夏月さんたちも仕事を終えて着いたのだろう。

 ここに居ないから温泉に入っているのかな。

 

 スマホと飲み物を手に謎スペース……広縁(ひろえん)と言うらしいが、そこのイスに腰掛けてノンビリと待つことにしよう。

 

 なんて思っていたが。

 

 何やら騒がしい音が聞こえてきた。

 しかもそれはだんだんと大きくなっており、この部屋へと近づいてきているような。

 

「優君!?」

 

 スパーンッ! と音を立てて襖を開け、名前を呼びながら夏月さんが入ってきたかと思えば。

 部屋を見回して俺を見つけるや一直線にこちらへと向かってくる。

 

「フユカから話は聞いたけど大丈夫? 怪我は無い?」

「え? ……ああ、うん。ちょっと押されただけだし大丈夫だよ」

 

 ペタペタと身体を触って確認している夏月さん越しに、高瀬さんと秋凛さんが冬華の両脇を固めながら入ってくるのが見えた。

 

 今気付いたけどみんな浴衣に着替えているけど、髪がまだ湿っているような……?

 

「ほら、冬華ちゃん。正座だよ?」

「逃げないでね?」

「逃げないわよ。……ところで、座布団は」

「あると思う?」

「……まあ、そうよね」

 

 何してるんだろうと思いながら三人をみていたら、冬華が畳の上に正座をし始めた。

 …………何故?

 

「それじゃ、優君も冬華の隣で正座ね」

「…………え?」

「優君にもちょっとお話があるからさ。ね?」

 

 高瀬さんが冬華の隣に座布団を持ってきてくれているが、あそこに座れって事なのだろう。

 

 …………何故?



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八十二輪目

「ちゃんと聞いてる?」

「……うん」

「そういうとこだよ、優君。まあ、このままで居てくれたからこそ、こうして今があるんだけど……でもでも、この先もってなるとそこらの女性に食べられちゃうよ! 今日だって男性だったとはいえ変な絡まれ方しちゃったんでしょ?」

「それは流石に大丈夫……だと思う」

 

 本来、正座させられてのお話となれば視線は上か、もしくは正面を向くはずであるが。

 今現在、自分の視線は下を向いている。

 なんなら正座ですらなくなっており、座椅子にて足を伸ばして座っていた。

 

 なぜなら。

 

「ね、もっと撫でて? ……ふふっ」

 

 俺の伸ばした足に頭を乗せている夏月さんから要望があったため、右手を動かして頭を撫でていく。

 左手はずっと握られたまま離されない。

 

 初めは正座の状態で頭を乗っけていたのだが、高さが合わなかったのか気に食わなかったのか。

 こっちと手を引かれて移動し、今のようになった。

 

 こんな調子で大事なお話しをされていたとしても、頭の中に入ってこないので俺は悪く無いはずである。

 

「夏月ちゃん」

「うん」

 

 時間制なのか、十分かそこらで夏月さんと秋凛さんが入れ替わった。

 少し名残惜しそうにしていたが、やろうと思えばいつでも出来るので言ってくれればと思う。

 

「えへへ、なんだか久しぶりだね?」

 

 秋凛さんは久しぶりというが、家にやって来たり、俺が行ったりして週の半分は会っている。

 スキンシップが大好きなようで、会うたびにしている膝枕も慣れたものだ。

 

 足の負担を考えてくれてるのか、夏月さんとは反対の方に頭を乗せてくれているため、今は左手で頭を撫でて右手が拘束されている。

 

「温泉も気持ち良かったけど、やっぱり優ちゃんにナデナデされる時が一番癒される〜」

「今日もお疲れ様。みんなでノンビリしていこうね」

 

 もうお話をする雰囲気でも無くなったのか、気付けば冬華の正座は許されており。

 高瀬さんと並んで向かいに座ってお茶を飲んでいた。

 

「シュリ。そろそろ」

「んー、あっという間だなぁ……」

 

 秋凛さんも名残惜しそうにしているが、夏月さんより圧倒的にやっているのである。

 

 夏月さんもやっていないわけでは無いが、こちらは向かい合ってハグするのが好きなようで。

 首筋や胸元に鼻を寄せてにおいを嗅がれるのは少し恥ずかしいけど。

 

 膝枕をするのに慣れてきているとはいえ、重いものは重いのだ。

 何も乗っていない足はなんだか軽くなったかのようにすら感じ、空を駆けることだって……いや、無理か。

 

 ふと、顔を上げた時。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 真正面に座っていた高瀬さんと目が合った。

 

 ……あれ?

 冬華は罰を受ける側であるため分かるが、夏月さんと秋凛さんに膝枕をして高瀬さんには何もないのだろうか?

 

 ここでサラッと『高瀬さんも膝枕しますか?』なんて聞けるのが良いのだろうか。

 でも断られたら泣くし、ここで距離感を間違えたら今後どう接していけばいいか分からなくなってしまう。

 

「…………ぁ」

「失礼します」

「あ、はーい」

 

 何か話そうとしていた気がするが。

 襖の向こうから声が聞こえ、夏月さんが返事をしたのに意識がつられてしまった。

 

「失礼致します。夕食のご用意が出来ました」

「ありがとうございます」

 

 食事用の部屋まで移動かなと思っていたが、隣の部屋らしい。

 なら急がなくてもいいかとノンビリ立ち上がっているうちに三人はさっさと移動してしまい、俺と高瀬さんだけが残った。

 

「そういえば、さっき何か言いかけてましたか?」

「ううん、何でもないよ。それより私、お腹ぺこぺこ。ご飯楽しみだね?」

「そう、ですね。楽しみです」

 

 何でもない、ということは何か言いかけていたという事だと思うのだが……。

 まあ、高瀬さんが特に気にした様子でもないから大丈夫だろう。



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八十三輪目

 近頃の日本は春夏秋冬ではなく、夏夏冬冬になっているようにも感じる。

 

 もう十月の半ばにもなったというのに、未だ二十度を超える日々。

 先月の九月に行われたライブなんてかんかん照りの夏日である。おかしい。

 

 いや、考えようによっては今が秋なのかもしれない。

 毎年、気が付けば寒くなって冬を迎えており。

 振り返ってみればあの時が秋だったのかな、なんて思いを馳せる。

 

 なんて事を思いながらも、今日も今日とて気温は二十度。

 夏本番に比べればまあ過ごしやすくなったとはいえ、秋だなぁと感じることは──。

 

「何ボーッとしてるのよ」

「いい天気だなぁって」

「この私とデート中なのに、よそ見してボーッとするなんてね」

 

 視線を窓から正面へと戻せば、怒ってますよと分かりやすく頬を膨らませた冬華の姿が。

 

「こういったとこは初めてくるから現実逃避」

「そういうことにしてあげる」

「でもごめん。放っとくのはいけなかったよね」

 

 素直に謝れば、少し目を見開いた後にクスリと微笑みかけてきた。

 普段の意図したものとは違う、自然なその仕草に見惚れてしまう。

 

 それを誤魔化すように料理を口へと運ぶが。

 美味しい……とは思うけど、複雑な味に何とも言えない。

 

 今日は冬華の誕生日ということで、彼女の考えたプランに従っている。

 十一時ごろに冬華が迎えに来て食事をしているのだが、この場所も樋之口家が経営しているレストランとのこと。

 

 ビルの最上階にあり、見晴らしのいい席を用意されていた。

 見慣れぬ景色に慣れぬ味。

 注意が散漫になってしまうのも許してほしい。

 

 八月末には秋凛さんの誕生日があり、その時は家でノンビリゴロゴロしながらずっとくっ付いているだけだったな。

 たまにはこうして外に出なきゃだが、根が引きこもりだからやはり──。

 

「優、私だけ見てなさい」

「……ん、ごめん」

 

 今の考えに関しては完全に俺が悪かった……あれ、思考読まれた?

 

「自分じゃ分からないと思うけど、何考えてるか分かりやすいわよ」

 

 そう言われて思わず自分の顔に手をやるが、まあ分かるわけもなく。

 そんな俺を見てまた冬華がクスッと微笑んでいた。

 

 

 

 食事を終えた後は巷で話題の映画を見に行き、今はカラオケへと来ている。

 以前、高瀬さんと来た時ぶりなのでまた下手になっていることだろう。

 

 歌うこと自体は好きなので、世界観が変わる前などは一人でよく行っていたが……上手い人と一緒というのはあまり気乗りがしない。

 

 あの時は歌うダメージより自分の欲が優っていたから良かった。

 別に冬華の歌が聴きたくないわけじゃないが、自分から提案するのと連れていかれるのじゃ訳が違う。

 

「ほら、優」

「え、冬華から歌いなよ」

「優の歌を聴きたくて来たんだから。春とは行ったんでしょ? 話聞いたわよ」

「……うん」

 

 元カノが歌の上手かった子で、自分の歌が上手く無いと周りに話されていたちょっとしたトラウマが蘇る。

 事実とはいえ、いらん事も話す奴だったな……。

 

「凄い良かった。また一緒に行って聴きたいって話してたけど……優、凄い顔してるわよ」

「へっ、あ、うん。大丈夫大丈夫」

「男性の歌手もいるけれど、私たちの歌を歌ってくれる人なんていないし。こうして独り占めして聴けるなんて、贅沢以外の何者でもないわよ」

「そっか……あまり上手くないけど、まあ喜んでくれるなら」

 

 トラウマが治ったわけではないけど。

 

「冬華のそういうとこ、好きだよ」

「ふにゃっ!?」

 

 冬華の言葉に嘘や気遣いは感じない……と思う。

 色々と考えていて、でもキチンと大事なところは良くも悪くもストレートに言葉をぶつけてくれる。

 

 八月の旅行以降、接してきて感じた冬華の印象だ。

 

 何故か顔を真っ赤にさせて口をぱくぱくとさせているけど……うん。取り敢えず一曲目歌ってみようか。



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八十四輪目

 カラオケも終わり、外に出れば既に日は沈みきっていた。

 夜になれば気温もそこそこ低く……いや、イメージする四季に比べればまだ暖かいような。

 でも、日の短さで夏が終わったんだという感じはする。

 

 あまり上手くない俺の歌でも冬華はとても楽しんでくれたように見える。

 高瀬さんの時と同じように最後は二人で歌い、自身もとても満足できて楽しかった。

 

「冬華から聞いたプランはカラオケまでだったけど、この後は何か決まっていたりする?」

「え、……ううん、特には」

「そしたらどうしようか。まだ早い時間だと思うけど、明日も仕事だったら夜遅くまでってのもあれだし」

「明日も休み貰っているからそこは大丈夫なんだけど……」

「でもご飯行くにしてはまだ少し早い時間だよね」

 

 それにカラオケでポテトを頼んでつまんだりしていたので、空腹という感じはない。

 邪魔にならないように道路の端にいるとはいえ、いつまでもここでダラダラと話しているのもあれだし。

 

「ふゆ──」

「な、ならさっ! 家に来ない? ここからすぐ近くだし。ね?」

「家……」

 

 行くこと自体は嫌ではない。

 むしろ、そういう事なのかなと期待してしまう。

 

 けど夏月さんに秋凛さん、二人もの素敵な女性と本来ならば夢見るだけの事が叶ってしまっている。

 

 これ以上は……なんて思考はちょっと失礼なんだろうなと、半年ほど過ごしてきて何となく気づいた。

 この世界へとなったきっかけが未だに分からないままなので、ふとした時に元の世界に戻ってしまうのではという不安はあるが。

 

 だからといって今、目の前にいる人を悲しませていい理由にはならない。

 

「冬華が大丈夫なら、お邪魔しようかな」

「車はもう待たせてあるから、行きましょ」

 

 不安そうな表情からとても嬉しそうなニコニコした笑みへ。

 手を繋いで車の方へ案内してくれる姿は何だか小さい子に懐かれたような感じだ。

 

 車での移動中もずっと笑みを浮べている冬華を見て、『そろそろ帰ろっか』なんて口にしなくて良かったと思う。

 

 

 

 元々、日曜日に予定を入れることがない。

 出不精であるし、次の日に仕事があるため家に引きこもっているのが一番だから。

 

 加えて、予定していたことを終えたらさっさと帰りたい人である。

 ご飯を食べようって誘いだったならご飯を食べたら、買い物だったなら買うもの買ったら帰る。

 その後に場所を移動してノンビリお喋りだなんて考えたこともない。

 

 だからこの世界に変わった直後であったなら、すぐに断って帰っていただろう。

 それに一夫多妻なんかも知らないだろうし、知っていたとしても受け入れられていないだろうし。

 そもそも、自分と釣り合うだなんて思わない。

 

「あれ……?」

「ん? どうかした?」

「ううん、何でもない」

 

 ふと高瀬さんのことが思い浮かんだが、もう家へと着いたらしく。

 深く考える前に思考の外へと追いやられてしまった。



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八十五輪目

 意外、というと失礼かもしれないが。

 冬華の住む部屋は少し広いワンルームであった。

 タワマン最上階のワンフロアみたいなイメージを抱いていたが……。

 

「広いところに一人で住んでも掃除が大変だし、寂しいだけじゃない。防犯がしっかりしていればこれくらいで充分よ」

「……確かに」

 

 漠然とした、お金持ちの人が住むイメージであったが。

 実際にああいったところに住むのは憧れを持っていた人か、コンプレックスを抱いていた人、みたいな話をどこかで聞いたような。

 

「あ、コート預かるわよ」

「ありがとう」

「飲み物を持ってくるから、適当に座って待ってて」

「あ、うん」

 

 邪魔にならないところに荷物を置いてソファへと腰掛け、なんとなくテレビをつけたが。

 やはり興味から部屋の中をキョロキョロと見回してしまう。

 

 家具の配置やデザインは調べたら出てきそうなほど模範的な感じでスッキリとしているように見える。

 

 今日、自分を家に呼ぶから綺麗にしたという感じはなく、普段からマメに掃除をしているのだろう。

 ぬいぐるみなどの小物もあるが、それらもきちんと整頓されていた。

 

「…………」

 

 夏月さん、秋凛さんに続いて三人目。

 部屋までノコノコ……ではないにしても、やってきたからには食べられてしまうのだろうか。

 

 期待してしまっている自分がおり、変わったこの世界にも慣れたというべきか、毒されたというべきか。

 

 いまだに変わったきっかけを考えてみてはいるものの、これといって答えが出るわけでもない。

 いつから変わったのか分からない上、それに日が経ち過ぎていている。

 

 衝撃的な出来事も多かったせいで記憶が薄れつつあるのも仕方ないだろう。

 高瀬さんと会った時にはもう変わっていたとすると、半年ほどになるのだろうか。

 

「お待たせ。優はお酒じゃなくてジュースでいいのよね?」

「うん。ありがと」

 

 冬華がトレイに飲み物と軽くつまめるものを乗せて戻ってきた。

 低めのテーブルなのでソファからカーペットに敷かれた座布団へと移動し、配膳を軽く手伝う。

 

「改めて、誕生日おめでと」

「ふふ、ありがと」

 

 

 

 カシスも置いてあったらしいので、途中からは自分もジュースで割って飲みながらノンビリとした時間が続いた。

 

 初めは角を挟んで座っていたが、つけていたテレビの話題に触れてからは隣へと移動しており。

 時間が経つにつれて開いていた間もなくなり、今では肩が触れ合っていた。

 

「ねえ、優」

 

 そっと手を重ねてきたあと、もたつきながらも指と指を絡めようとしているのに愛らしさを感じる。

 

 何かをさせることへの期待と、少しの不安が混ざった顔をした冬華の顔がゆっくりと近づいてきたが。

 自分から近づけるのはここまでと、距離がなくなることはないまま止まってしまう。

 

 真っ直ぐに向けられた冬華の瞳に反射する自分が見えていたが、ジッと見られているのが恥ずかしくなったのか目を閉じられてしまった。

 

 最推しはいたが、箱として推してきたグループのメンバーがキス待ち顔をしてすぐ目の前にいる。

 画面越しなどではなく、今この瞬間、自分から来てくれるのを待ってくれている状況に今更ながら鼓動が速くなり緊張してきてしまう。

 

 すでに二人、ヤることヤっていると突っ込まれそうだが、それはそれ、これはこれである。

 夏月さんの時は向こうからだし、秋凛さんの時は後押しをされてだったような。

 自分からこうするのはもしかして初……?

 

「…………ん」

 

 何もせずにいるため、拒否されたのだと勘違いして離れていこうとしている冬華の頬にそっと手を添えて留める。

 

「…………っ」

 

 何も言わず触れたため、目を閉じている冬華はビックリしたのか身体に力が入っていた。

 そんな可愛らしい反応をする冬華に愛おしさを感じる。

 

 親指で唇をフニフニと触ったり、耳を弄って反応を見たりとしていたが。

 自分の緊張をほぐすためとはいえ、あまり待たせすぎるのもよくない。

 

「んっ」

「……んっ!?」

 

 冬華とのキスは、アルコールの味がして苦かった。



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