鬼の俺が鬼殺隊にいるとか間違っている。 (ファクト0923)
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鬼の俺が鬼殺隊にいるとか間違っている
俺の家族が殺されたのは間違っている













 

 

 

 今日も月が綺麗だ。

 先程日が暮れたばかりだと言うのに気の早い月とせっかちな星を見上げながらそう思う。月見酒と洒落込みたい所だが生憎と酒はまだ飲めない。だから足をせかせかと動かし家路を急ぐ。特段急ぐ理由もない、がかといって遅くなる理由もない。

 遠目に家が見えてきた。店を回って吟味した贈り物は気に入って貰えるだろうか、とそこまで考えてふと気付く。

 静か過ぎる。話し声が聞こえたり灯りが漏れていたりしてもおかしくはない。だと言うのに辺りは草木さえも眠っているのではないか、と思わせる程静まり返っていた。

 嫌な予感が頭を過ぎる。忙しない鼓動にせっつかれるように俺は戸を大きく開けた。

 

 倒れ伏す家族の前に一人の男が立っていた。

 

 月明かりに照り返される液体。鼻を摘みたくなる程濃い鉄の匂い。そこまで知覚した瞬間男に殴り掛かった。しかし拳は空を切る。避けられた、と認識した時には俺の体に穴が空いていた。目にも止まらぬ速さで躱し俺に風穴を空けたのだと理解した。倒れるまでが嫌に遅く感じる。その間に今までの記憶が次々と流れる。親父に叱られたこと、母ちゃんに撫でられたこと、妹を甘やかしたこと、家族皆で笑いあったこと……最後には無念や後悔、怒りと悲しみが胸の中で綯い交ぜになった。

 

「……」

 

 俺が男を見上げていると男はまるで虫でも見ているような目で見下していた。そして徐に腕を胸の高さまで上げると指の先から血を滴らせ俺の口に落とした。

 朦朧とする意識の中やけに血の味がハッキリと残った。

 

 

「うぅ……」

 

 あれからどれ位経ったのか? あの男は何者か? 何故家族は殺されたのか? 俺は何故生きているのか? など考えたいことは大量にあるがまだクラクラする。

 ぼんやりしていると突然、空腹感が襲ってきた。と同時に声が聞こえる。

 

 "食え" "齧れ"  "啜れ"  "舐れ" "貪れ"  "飲み込め"  "喰らえ"

 

 顔を顰めるような臭いが極上の料理の香りに思え涎がこんこんと湧き出ては流れ落ちる。

 

 理性が叫ぶ。『食ってはならぬ』と。

 本能が囁く。『食ってしまえ』と。

 

 俺は幽鬼の如く家族の亡骸に近づいて俺は

 

 

肉を食った。

 

 ぶちぶちと嫌な音を立てながら皮がちぎれ、血が零れ落ちる。俺はただ無心で肉を噛み、齧り、舐り、咀嚼し、啜り、貪り、飲み込み、喰らう。左腕の前腕の肉が半分程無くなって少し落ち着く。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 食うのに夢中で呼吸すら忘れていた。息を整えるとぽろぽろ涙が頬を伝う。この涙は悲しみかそれとも後悔か或いは痛みか、自分でも分からなかった。滂沱の涙を流しながら自分の左腕を見ながら薄く微笑む。徐々に再生する様を突き付けられ、思う。

 

 

嗚呼……俺は化け物になってしまったと。




初めまして
作者です。
ハーメルンで他作者様の作品を読んで自分も書きたいと思い衝動的に書きました。楽しんで頂ければ幸いです。


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俺が鬼になるのは間違っている

 

 

 

 

 絶望に打ちひしがれても居られない。家族を弔ってやれるのは俺しかいないのだから。重い体をなんとか動かし家の裏手に回る。そこに縦1間、横2間、深さ1間の穴を掘る。それから親父、母ちゃん、妹を運び妹を真ん中に川の字で寝かせる。家族全員妹が大好きだからな。手を繋がせようとしたが固まってしまっていたので諦めた。せめてもと手と手を重ね合わせた。目を閉ざさせようと顔を見やると一様に苦しそうな表情を浮かべていた。その顔を見て胸の中にどす黒い思いが渦巻く、が瞼を閉じ大きく深呼吸した。吐息と一緒に涙も出そうになったがどうにか堪えることができた。今泣いてしまえば二度と立ち上がれなくなる、そんな気がしたから。冷静になったところで3人の目を閉ざして土を優しくかけた。その時に町で買った贈り物も持たせた。俺の上半身位の大きさの岩を運んで墓石にし、表には比企谷家之墓、裏には3人の名前を刻んだ。

 神や仏なんざいやしない。だがどうか家族達は極楽浄土に行けますようにと祈らずには居られなかった。長い祈祷を終え立ち上がる。ぐずぐずしていたらいつまでも動けなくなってしまう。俺はあてもなく歩き出した。

 ふらふらと歩きながら考える。家族を殺したあの男の正体や俺の体はどうなってしまったのか? 今振り返ると肌が粟立つ。俺は死体を喰おうとしていた、それも身内のものを。何故思いとどまれたのかは分からないものの自らの手で家族を辱めずに済んだことは幸運だった。

 しかしこの幸運が続くとは思えない。可及的速やかに俺の体がどうなってしまったのか調べなくてはならない、けれども一体誰に聞けばいいのかすら分からない。思案していると空が白んできた。

 頭の中から警鐘が鳴り響く。 本能が声を張り上げる。 咄嗟に木陰に飛び込んだ。ゆっくりと顔を見せ始めた太陽を見て判った。

 陽の光を浴びれば死ぬと。

 そんな妖怪がいた気がするなとどこか他人事のように思い耽る。文字通り日陰者となってしまった。笑い声を上げようとするも喉が引き攣ってかすれ声しか出なかった。

 

 

 

 家族を殺されてからそろそろ3日が経つ。夜闇に紛れて彷徨い日が昇れば休むということを繰り返していた。その間に分かったことがある。

 まず身体能力が跳ね上がっていた事だ。家族の亡骸や岩を運ぶのが大して難しくなかったことや一晩中歩き続けても全くといっていいほど疲れていないことから解った。

 次に食い物の事。木の実を食べたり鹿や猪を狩って食べたりした所腹は膨れても飢餓感は満たされなかった。どうしても我慢できない時は自分の腕を齧る。それで緩和はできるもののやはり満足することはなかった。

 最後に五感が向上していた事。特に嗅覚が鋭敏になり人の匂いがよく嗅ぎ分けられる。……人喰いの化け物になったことをまざまざと思い知らされる。

 あぁ、あともうひとつ。何度か死のうと日向に向かおうとしたが体が石のように固まってしまう事。自死は出来ないらしい。それを悟った時は軽く絶望したが家族の死を見た時よりはマシだ。

 結論を言おう。俺が化け物になったのは間違っている。

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて彷徨いていると3間先に女性が倒れているのが見える。……無視するのは気が引けるが近づいて取り返しのつかないことになるのはもっと嫌だ。悩んだ挙句とった行動は────

 

 

 

 

「よっこいしょ……」

 

 彼女を俺の羽織の上に横たえる。近くに洞穴があって助かった。洞穴の大きさは20人入れるかどうかといった大きさだ。二人しかいないので十分広い。

 改めて彼女の顔を見る。少し幼いながらも整った顔立ち、濡羽色の髪は艶々している。一言で言い表すなら美少女。成長すれば多くの男を虜にするだろう。但し変わった服装をしていた。

 詰襟の服に蝶の翅のような羽織、極めつけは刀を差していることだ。廃刀令が施行されているこの時代に何故彼女は帯刀しているのか、その理由は彼女の背中の文字にあった。詰襟の背中に滅の文字が書かれていた。

 一体何を滅するというのだろう。もしや俺やあの男のような化け物を『滅する』のだろうか。ここで妙案が浮かぶ

 

 

 

彼女に殺してもらおう

 

 これは天啓に違いない。神や仏がいないと言ったな。あれは嘘だ。この瞬間から仏教徒になろう。彼女の目覚めをひたすら待った。




こんにちは作者です。
ダラダラ続けていこうと思っております。
タグに『彼』の名前を追加しておきます。まぁ聡明な読者の皆様なら『彼』が誰のことか分かると思いますがね。


2021/4/20
追記。背中の文字は滅の一文字でした。浅はかな理解で申し訳ありません。気を付けます。


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鬼が殺されないのは間違っているよな?

 

 

 

 

「ん……」

 何故私は眠っていたのかあまり働かない頭を使って思い出す。そうだ、こちらを眠らせる鬼の血鬼術で眠らされたのだ。鬼の強さはさして強くなかったが遅効性の毒のように眠気がじわじわと身体にまわって朦朧とするせいで少々手こずった。逃げ足の速さも理由の一つだ。そして意外なことに鬼が死んでも血鬼術は消えなかった。そこでようやく周りの様子を見る。戦った場所は林だったはず……何故私は洞穴にいるのか? ふと下に目を向けるとそこにはご丁寧に男物の羽織が敷いてある。一体誰がここに運んだのだろう。礼を言わなければと再度辺りを見回す。するとすぐそばにこちらに背を向ける男性がいた。男性に礼を言おうと近付くが何やら様子がおかしい。何かを食べている……? 何を……!? 

 

「……ッ!!」

 

 驚きのあまり声を上げそうになったがなんとか声を堪えた。この強い血の匂いに何故今まで気づかなかったのだろう! 恐らく血鬼術のせいだ。お香のような煙を吸ったせいで鼻が麻痺していたのか。否分析は後だ。刀に手をかけたところで疑問が生じる。

 何故私は生きているのだろう。私があとから見つけた獲物だからか? だとしても刀くらいは取り上げて然るべきだろう。或いは先に息の根を止めるべきだろう。それ程自信があるのか、嗜虐趣味か。湯水の如く疑問が溢れ出す。そこで私の気配を感じ取ったのか男がこちらに振り向く。

 男の風貌は至って普通。特徴を挙げるならばひと房立った髪とやや鋭い目付き位だ。だが普通の人間と違う所がある。

 口の周りに夥しく付いている血にまず目が行くがそれ以上に異常な部分がある。半分程肉が無くなった左前腕だ。瑞々しい濃い桃色の筋繊維と雪よりも白い骨が晒されている。見ているだけで痛々しい。思わず絶句した私を見てか左腕を背後に隠し口元をごしごしと乱暴に擦る。

 

「あ……えと……すんません。き、汚いもん見せちゃって……気分はどうですか……?」

 

 ……少し、今は少し時間が欲しい。情報の濁流に翻弄されて固まっていると不審に思ったのか一歩だけ近づいて私の顔の前で右手を左右に振る。

 

「だ……大丈夫ですか……?」

 

 その声音や仕草からこちらを案じていることを如実に感じさせる。それが酷く嬉しい。

 

「あ、はい、大丈夫です!」

 

 彼の問いかけにやっと意識が戻り絞り出すように返事をする。

 

「ホッ……それは良かった」

 

 本当に安心したという顔をしている。どうやらとても心配させてしまったようだ。ちょっと罪悪感を感じる。

 

「起きたばかりで恐縮なんですが一つ頼みがあるんです」

 

「はい、私にできることであればなんでもいいですよ」

 

 色々と聞きたいことがあるが今は置いておこう。丁度何かお礼がしたかったところだ。

 

「ありがとう。実は俺を殺して欲しいんです」

「……ごめんない。聞き間違えてしまったのでもう一度お願いします」

「あぁ、俺を殺して欲しいんだ」

 

 ……聞き間違いであって欲しかった。

 

「俺、化け物になっちまってさ、ほら」

 

 そう言いながら左腕を目の前に持ってくる。胸の高さまで上げられた腕は少しづつ少しづつ再生している。まだ皮の下の肉は見えているものの骨はもう見えていない。

 

「それで、人を喰いたくなっちまって。今はなんとか抑えているけど、いつまで抑えられるか分かんなくて、だから俺を殺して欲しいんだ。あんたは、化け物を殺す人だろ? だから、頼むよ」

 

 苦しそうに、でもどこか嬉しそうにそう訥々と言い連ねる。その様子を見て言葉が出なかった。

 さっきまで私の夢が叶うと思っていた。鬼と仲良くしたいという夢が。仲間から妹からそんなこと叶う訳がないと常日頃から言われていた。鬼は狡猾で残酷な生き物なのだからと。私も半ば諦めてしまっていた。それでも目の前の彼ならば仲良くなれる気がした。そう思っていたのに。

 言葉を交わす鬼がいたけれどもこちらを気遣ったり案じたりする鬼はいなかった。でも、彼だけは、彼だけは私を心配して洞穴に運んだり慮ってくれたりした。そんな彼ならばきっと仲良くできる、夢が叶う、そう思っていたのに。

 

「…………」

 

 聞きたいことや伝えたいことが山のようにあるのに、胸の中で渦巻く感情が邪魔して何も言えない。嬉しくて、哀しくて、怖くなって、私は────逃げ出した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 失敗したなぁ。彼女の走り去った方向を見ながらそう思う。起き抜けに殺してくださいなんて言うんじゃなかった。そら逃げ出すわ。

 気持ちが先走り過ぎてしまった。死ねることが嬉しくてはやく殺して欲しくて急いでしまった。

 これからどうしようか、ぼんやりと考える。お天道様のみならず閻魔からも見放されたらしい。はぁ、と一つため息をつく。仕方がないから生きようか。いつか死ねるその日まで。






どうも、作者です。
まだ少し前座が続きます。お付き合い下さい。


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何かの間違いだと言ってくれ

 

 

 

 

 わいわいがやがやざわざわ喧喧囂囂。

 ここは浅草。都市も大都市。多くの人が行き交って多くの言葉が交わされる。そんな所に俺はぽつねんと突っ立っている。右に左に行き交う人々を眺めながらどうしてこうなったのか考える。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 あの女の子に殺してくださいとお願いした事は覚えている。むしろ忘れられそうにない。その後今後の事を考えていたことも覚えている。今まで通り行き当たりばったりで、と結論を出した事も覚えている。覚えていないのはその後だ。気が付いたらここにいた。何を言っているか分からないと思うが俺も何を言っているのか分からない。なんか喧しいなと思った時にはここにいた。

 まぁなんとなく理由は分かる。あの女の子に断られたからだ。あの子の背中の滅の文字を見てから天啓だとそう思っていた。然し結果としては逃げられた。

 別にあの子が悪い訳では無い。ただ俺が急ぎ過ぎただけなのだ。本当にただそれだけ。だがこう言わせて欲しい。

 

 この世に神も仏もいやしない

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 ざっくりとだが現状を理解した。したんだが空腹感と飢餓感に襲われて人を食い殺してしまいそうだ。明後日の事を考えて気を紛らわせようとしても直ぐ様意識が目の前の人間に引き戻される。そうしているとまた声が聞こえてきた。

 

 "食え " "喰らえ" "噛め" "齧れ" "舐れ" "飲み込め " "貪れ"

 

 外が喧しいのに頭の中まで煩いよとか順番ちょっと違うなとか巫山戯る気力も残っていない。今はただ耐えることしか出来ない。頼む誰か俺を殺して──────

 

「大丈夫ですか」

 

 声を掛けられた方に振り向いた。すると一瞬だけ空腹感と飢餓感を忘れた。

 透き通るような白い顏、薄紫の瞳は吸い込まれそうだ。

 袖から覗く手は少し小さいけれど、指は細長く簡単に折れてしまいそうだ。そして彼女から漂う儚げな雰囲気がより一層彼女の美貌を引き立てる。俺が何も言わないのを怪しいと思ったのか眉を八の字にしながら言葉を発する。

 

「……私の顔に何か付いていますか?」

 

 美人はどんな顔をしていても綺麗だななんて呑気に思うのも束の間、ハッとして慌てて答える。

 

「ああ、いえ、なんでもないです」

「……そうですか」

 

 吃りながら返した答えに胡乱げながらも頷いてくれた。まさか貴女の顔に見惚れていたなんてきょうび口説き文句でも聞かない。絶対に言えないな。

 

「……本当に大丈夫ですか」

 

 俺のせいで多少脱線したが彼女が話を戻す。声色から俺の事を想ってくれているのがありありと伝わる。それがこそばゆくて嬉しい。暖かい気持ちになった刹那また頭から声が聞こえる。

 

 "食え " "喰らえ" "噛め" "齧れ" "舐れ" "飲み込め " "貪れ"

 

 五月蝿い。やめろ。頭を抱えて蹲る。彼女の声が遠い。目の前がぐにゃぐにゃする。なんだか考えるのもめんどうくさい。もうたべてしまおうか。

 

 がぶりと勢いよく食らいつく。肉の裂ける音、滴る血、そして走る激痛。三度目とはいえまだまだ慣れない。はぐはぐと行儀悪く食べていると、声を掛けてくれた女性に右手を引かれて立たされ歩かされる。周りは阿鼻叫喚と言って差し支えない状況で喧しい喧騒が更に煩くなる。彼女はそんな人波を器用に縫うように歩く。俺はされるがまま裏路地に連れ込まれる。

 

「……どうしていきなり腕を噛んだのですか?」

「人を喰いたくなかったから……です」

 

 彼女の問に真っ赤な口を動かしながら答える。彼女はその答えに瞠目した後目を伏せる。

 

「貴方は……強いのですね」

 

 苦しそうな、哀しそうな声で小さく呟く。その声がとてもはっきりと聞こえた。それに対して何も言う事ができなかった。もしかしたら彼女は一線を超えてしまったのだろうか。俺が超えたくない一線を。

 暫し瞑目してやおら目を開く。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は珠世と申します。ご存知かと思いますが私も鬼です」

「ご丁寧にどうも……俺は比企谷八幡です。俺も多分鬼? だと思います」

「……何故疑問形なんでしょう」

「いやぁ、化け物だと言うのは分かっているんですが如何せん鬼なのか他の化け物なのかそこが分からないんです」

「成程。では色々と説明をしなければいけませんね。ここではなんですから移動しましょう」

 

 

 

 それから四半刻程歩いて彼女の屋敷に案内された。そこで愈史郎なる男が血走った目でこちらを睨み付けてきた。そして瞬く間に俺に詰め寄り尋問してくるのは恐怖だった。萎縮した俺と威嚇する愈史郎の間に珠世さんが立って宥めてくれたおかげで、落ち着く事ができた。それでも愈史郎は尚睨んでくる。もう帰りたい。

 一悶着あったが話し合い──というか俺は教わってばかりだったが──は円滑に進んだ。

 一つ、俺達はやはり人喰い鬼となってしまったらしい。鬼は人間より高い身体能力と再生力を持つ代わりに人を喰いたい衝動に襲われる。人を喰えば喰うほど強くなるからどんどん喰うらしい。しかし鬼の飢餓感と空腹感に抗ったのは初めて見たとのこと。あと高位の鬼ならば妖術さえ使うという。

 二つ、鬼を生み出す諸悪の根源の名を鬼舞辻無惨というらしい。血を与えることで鬼にさせるという。口に出しそうになった時そっと唇に人差し指を当てられたのは忘れられない。綺麗な女性にそんなことをされたどぎまぎと愈史郎の般若のような顔を見たどきどきで可笑しくなりそうだった。怒り狂った愈史郎との鬼ごっこは二度と御免だ。

 三つ、鬼を狩る集団が居りその名を鬼殺隊というらしい。詰襟の隊服に背中に滅の文字が入っているそうだ。ここで疑問が浮かぶ。何故あの子は殺してくれなかったのだろう。俺が鬼だというのは分かっていた筈なのに。情報の整理の序に考え事をしていると珠世さんから

 

「最後に一つ提案があります」

 

 と言われた。

 

「提案とは?」

「はい、私は鬼舞辻無惨の呪いを解くことができます」

「呪い……ですか」

「ええ、まず鬼舞辻無惨の名前を言うと死んでしまいます。次に無惨に遠ければ居所が把握され近ければ考えを読まれます。更に少しだけ空腹感と飢餓感を抑制し少量の血で満足できます。採血もさせて貰えると助かります」

 

 名前を呼ぶだけで死ぬとか恐ろし過ぎる。考えと居場所が筒抜けなのも嫌だな。絶対に解かないと。

 

「解呪をお願いします」

 

 解呪は恙無く終わって解散と相成った。屋敷の前で二人とはお別れだ。

 

「行ってしまわれるのですね……」

 

 悲しげに零す珠世さんと早く消えろと顔に書いてある愈史郎。珠世さん、そんな風に言われると男は勘違いしてしまいます。あと三年居ようかななんて考えてしまいます。愈史郎がいるから無理なんですけども。

 

「まぁ、生きてたらその内会えますよ」

 

 そんな慰めにも気休めにもならない事を言う。こんな事言う柄じゃないけど珠世さんの悲しむ顔を見たらするりと出てきた。

 

「あっそうだ、愈史郎ちょっとこっち来い」

 

 嫌そうな面を隠しも繕いもせずズカズカと寄ってくる。目の前でぴたりと止まった愈史郎の耳元に口を近付ける。

 

「あー、珠世さんのことは頑張れ」

 

 そう言った瞬間顔を真っ赤にして俯く、湯気すら見える程熱いみたいだ。そういう面をもっと珠世さんに見せたら良いと思うのは俺だけだろうか。

 

 

 

 

 

 

 珠世さんとの邂逅からもう一週間も経つ。俺はどうしているのかと言うと、人のいない山間部や森で意地汚く生きている。生きる目的がないと枯れてしまうんじゃないかと思う今日この頃。変化が起きた。人の匂いが近い上に多い。これは異常だと察知した俺は走り出した。

 人のいない方へいない方へ駆け抜ける。その時足跡を消したり或いは偽の足跡を残したりして追跡を撒こうとするも如何せん人数が多いせいで効果はあまりない。どうやって逃げ切るか思考しているとふと思う。

 俺は何故逃げているのだろう。あの子に断られたがいつかは死のうと決意した筈だ。完全に諦めたわけじゃない。何故今尚生きようと足掻いているのだろう。その答えは酷く単純で当たり前のことだった。

 生きたいという生きとし生けるものの本能だと。だがそれでも俺は死ななくてはならないと理性が説く。そんなことをしている内にじゃらじゃらと音がしたと思ったら鎖が俺を拘束した。嗚呼、俺は死ぬのだなと心の中で独りごちながら鎖に身を委ねる。すると俺の正面に白眼の大男が現れた。大男が大粒の涙を流していたせいでぎょっとする。ただ一言呟いた。

 

「可哀想に…………」

 

 俺が困惑しているのも知らんとばかりに米俵のように俺を持ち上げとんでもない速さで移動し始める。俺が見ていた景色より速く流れていく景色を見ながら呟く。

 

「…………何が起きているんだ……」

 

 あれよあれよという間に珠世さんの屋敷が比較にならない程大きな屋敷に連れてこられて白州のような場所に平伏させられている。ここどこだよ、断罪でもされるのかとぐるぐる思索する。

 

「やぁ、待たせてごめんね」

 

 美男子と呼ぶに相応しい青年……否ややもすると少年かもしれない男が現れた。顔立ちは整っているが皮膚病だろうか。爛れている部分が居り痛々しい。彼は俺の頭からつま先まで眺めて言いのけた。

 

「比企谷八幡君、鬼殺隊に入らないかい?」

 

 

 …………何言ってんだこいつ。

 







どうも作者です。今回は少し長めですが如何でしたか、お気に召して頂けたなら幸いです。
高評価をつけてくださった方ありがとうございます。ただまだまだ低評価の方が多いのでこれからも精進して参ります。何卒よろしくお願いいたします。


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間違いである事だけは間違いなく言える

 

 

 

 

 突然とち狂った事を言い出した。本当に何を言っているんだ。理解できない。彼の使う言葉が異国の言葉に聞こえる。

 

「あぁ、ごめんね。自己紹介がまだだったね」

 

 確かにまだだけども、そこじゃない。そのひとつ前なんだ。

 

「私は産屋敷耀哉、鬼殺隊の……取りまとめ役とでも思って欲しい」

 

 産屋敷……まとめ役が何を言ってんだよ。俺が何なのか分かっていないんじゃないか。というか改めて見ると若いと言うより幼いと言った方が正しい。妹とそう変わらないが大人びた仕草や口調のせいでもっと年齢が上だと思ってしまう。それでも先の発言により頭の方は年相応なのでは? と少しばかり失礼な事を思い見る。

 

「さて、ではもう一度改めて言わせて貰おう。比企谷君、鬼殺隊に入らないかい?」

 

 どう答えるのが正解か頭では分かっている。ところが心というか魂というか理屈で説明できない部分がいやいやと駄々を捏ねる。そんな子供染みた部分を黙殺して言葉を返す。

 

「大変有難く魅力的なお誘いですが断らせて……」

「そうか。非常に残念だ。君なら受け入れてくれると思っていたんだけど」

 

 言い終える前に被せるように吐露する。それも今生の別れかのように。白眼の大男が音もなく俺に忍び寄って来る。何時から居たの、何処に居たのと内心恐怖していると刀の柄に手をかけて引き抜こうとする。いや、なんでだよ。俺、今から殺されちゃうのん? 

 

「というのは冗談で」

「おや、考え直してくれたかい? ありがとう」

 

 大男が音もなく下がる。何者だよあの人……人だよね? それよりも白々しいんだよ、産屋敷。選択肢端からねぇのに選ばせるなよ。危うく殺されるとこだったじゃねぇか。

 ここで違和を覚える。何かオカシイ所があるような。俺が考え事に集中していると産屋敷が切り出した。

 

「それじゃあ行冥、後はよろしくね」

「お館様の命令とあればご随意に」

 

 数珠をじゃりじゃりいわせて答える。ご随意にじゃねえよ。もうちょっと抵抗しろよ。俺鬼だよ? 嫌でしょ? そろそろ我慢ならないので聞き質す。

 

「あの……鬼殺隊って鬼を狩る組織ですよね?」

「うん、そうだよ」

 

 何さも、当然でしょ? 日本語分からないの? みたいな面してんだ。自分で矛盾してるの分かってんのか、こいつ。言いたい事が盛り沢山だが悲しいかな、俺にそんな会話能力は持ち合わせがない。一人悶々とする位が関の山だ。

 

「………………」

 

 音もなくすぐ側に立つのやめてくれません? 心臓に悪過ぎるんで。そんでもっていつも泣いてんなこの人。涙流し過ぎて干からびません? 等と明後日の方向に現実逃避していると唐突に

 

「名を…………なんという」

 

 と聞き出してきた。俺でももう少し真面に聞けるというのに。少しだけ親近感を覚える。別に隠す事でもないのでさらりと答える。

 

「比企谷八幡といいます」

「君は……人を食べた事があるか?」

「いえ、まだありません」

 

 さっきからずっと泣いているのに更に勢いよく涙が流れ出ていく。本当に干からびそうで怖いんですけど。

 

「そうか……そうか……」

 

 数珠を鳴らしながら噛み締めるように呟く。もうやだこの人。誰か代わってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから名前を聞いて山奥に向かった。家があるらしい。最初に聞いた時は馬鹿なのかと思ったが涙流しているわ念仏となえているわ数珠鳴らしているわで普通の枠組みから外れていたわ。いや、にしても悲鳴嶼さんめちゃくちゃ速い。この速さでも本気じゃないとか……。鬼になってから足が速くなったと思っていたが思い上がりだったようだ。半刻もしないうちに山の中腹まで来てそこでようやく家が見えてきた。家に着いて一息入れてから今後の事を話し合った。と言っても剣術の修行と家事の手伝いの取り決め位だが。

 今日はもう遅いので寝ようということになった。日が沈んでからずっと追いかけられていたのでくたくただった。いい夢が見られますようにと願いながら意識が落ちてゆく。

 

 

 

 

 

「──────」

 

 何か声が聞こえる。後ろからだろうか。振り返る。そこには死んだ両親と妹。口々に何か言っている。

 

「何故お前は生きている」

「ねぇどうして助けてくれなかったの」

「この役立たず。早く死ねばいいのに」

 

 恨みがましい三対の目で俺を睨め付ける。

 

「ご……ごめんなさい」

 

 呻くように嘔吐くように謝罪の言葉をいう。

 

 だがそれでも彼らは俺をただただ睨め付ける。その顔を見ていると思い出す。あの苦しそうな死に顔を。

 

「……助けてやれなくてごめんなさい。一緒に死ねなくてごめんなさい。生きていてごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 がばりと飛び起きた。もう布団はびしょびしょだというのに汗が止まらない。呼吸が浅くて苦しい。深呼吸しようとするも喉が引き攣って上手くできない。手足も痙攣を起こしているせいで力が入らない。俺は項垂れて思考する。

 あぁ、まただ。鬼になってから眠る度に見る悪夢。亡き家族から責められて只管謝り続ける夢を悪夢と言わずとしてなんと言う。 何度見ても慣れそうにない。この悪夢を見たくないが為に俺はあまり寝ようとしなかった。

 家族が責める訳が無いと思いたい。だが本当にそう言い切れるだろうか。家族は最も近い他人と何処かで聞いた事がある。死の間際に恨まなかったと言い切れるだろうか。そしてそんな疑いを持つ自分を嫌悪する。そうしていると襖が俄に開いた。

 

「……………………」

 

 悲鳴嶼さんが来た。俺が起きているか確認に来たのだろう。多分。しかしなんで何も言わないんですか、怖いんですよ。

 

「随分と布団が濡れているようだが」

「あ、えっと、その……そう! 俺ちょっと寝汗が酷くて」

 

 まるっきり嘘ではない。事実これは寝汗だし寝汗が酷いのも本当だ。

 

「……そうか。起きているなら朝食にしよう」

 

 居間に向かうと炊きたてご飯に熱々の味噌汁、軽く塩を振った焼き鮭と卵焼きにたくあん。これぞ朝食と言うような朝食だ。久々の人間らしい食事にほろりと涙が零れる。美味しくてまた涙が零れる。少ししょっぱい朝食を腹に収めて食休みをしていると悲鳴嶼さんから声が掛けられた。

 

「さて、比企谷。今日は色々と覚えて貰う事がある。よく聞いてくれ」

 

 日が暮れる頃までみっちりと教えられた。それはもう色々と。

 まず鬼殺隊という組織について。十段階の階級制度があって悲鳴嶼さんは柱という一番上の階級だとか。それを聞いて安心した。この人が一番下だったりした日には恐ろしくて夜も寝られなくなっていただろう。入隊方法なんかも聞いた。鬼のいる山で七日間生き残るとか何とか。気が狂いそうな試験でかなり引いた。それから呼吸だ。鬼殺隊の隊士達は特別な呼吸法を行っていてその呼吸を会得すれば鬼を倒すことも難しくはないそうだ。ただ、特別な金属で作られた刃物じゃないと止めを刺せないらしい。

 次に鬼のこと。頭領の鬼舞辻無惨、十二鬼月が居り、十二の内上から六人が上弦の鬼、下の六人を下弦の鬼というそうだ。

 他にも覚えることがあったが日が暮れたのでお開きに。そして約束していた剣術と呼吸の修行だ。最初は見取り稽古という事で悲鳴嶼さんが打ち込む所を見る。悲鳴嶼さんが刀を構えると轟々と大きな音が聞こえる。これが特別な呼吸法か、本当に呼吸なのか。と心の中で魂消ていると途轍もない速さで太い丸太を真っ二つにした。あの丸太俺の胴より太いんだけど。肝が冷える。

 それから悲鳴嶼さんに剣術を教わった。呼吸の前に基本的な剣術ができないと意味が無いらしい。刀の握り方、構え方、振り方を指南して貰い只管素振りをした。文字通り腕が千切れるまで振り続けた。千切れた腕もくっつくとか何でもありだな、鬼の体。

 一晩中振り続けたので続きはまた今晩にとの事。白み始めた空を見上げながら思う。どうしてこうなったんだろうなぁ。

 







どうも作者です。拙作を待たれていた方、待たせてしまい申し訳ありません。何卒ご容赦ください。

調べてみると大正時代の朝食は現代の朝食に近しいもの
だった事が小さな驚きです。


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俺は間違っていた

 

 

 

 

 日が出ている間は授業を受け、日が暮れたならば剣を振る、それが今の俺の一日だ。今日は特別な呼吸法について学ぶ。

 

「我々鬼殺隊は鬼に対抗する為特別な呼吸法、通称全集中の呼吸を編み出した。この呼吸法を扱えるのとそうでないのとでは天と地の差がある。ここまではいいか?」

 

 昨夜見せて貰った力、速さは凄まじいものだった。あれがあるからこそ鬼と渡り合えるのだとはっきりとわかった。天と地の差というのも納得だ。悲鳴嶼さんの問に頷き一つで応える。そして俺の頷きを見て話を続ける。

 

「全集中の呼吸は様々な種類があり、どの呼吸は習得するかで戦い方が大きく変わる。まずは基本の五つの呼吸だ。炎・水・雷・風・岩を基本の五つの呼吸と言う。また他にも派生があり、それぞれ特徴があるが私は岩の呼吸しか知らないのでそれ以外は詳しくない。そのため君には一先ず、岩の呼吸を習得してもらう。ここまでで何か質問はあるか?」

 

 そこで俺は控えめに挙手をして質問をする。

 

「一先ずってどういう意味ですか?」

「うむ。先程も言った通り数々の派生が生まれているため最終的に使う呼吸が変わることが多々あるからだ。自分に合った呼吸を使う事が重要になる」

 

 成程なるほど、とうんうん頷く。まぁ何れにせよ岩の呼吸から覚える事は変わらないわけだ。……俺もあんな風に敵をばっさばっさ切れたらかっこいいだろうなあ、なんて夢想していたら

 

「しかしまだ君は剣術の基本ができていないから暫くは素振りをして貰う」

 

 と残酷な一言が告げられた。まぁこればっかりは仕方ない、少しづつ進もう。

 それからも授業は続く。鬼殺隊には隊士の他に隠と呼ばれる事後処理部隊がいたり、鬼殺隊隊士が使う刀をつくる鍛冶師がいたりするとか。

 それでも鬼が隊士になったなんて前代未聞だろうな。ほんと何考えてんだかお館様とやらは。

 授業が終わったんで飯の時間だ。ぶっちゃけ飯を食わなくても生きられるのだが食わないとちょっと落ち着かない、それに美味いもの食いたいし。飯の準備を手伝って席に着く。食前にいただきますは忘れない。黙々と箸を動かしもぐもぐと口を動かす。今ちょっと上手いこと言ったな。などと下らない事を考えながら飯を食う。上手いこと言ったし美味いもの食ったしで満足して腹を擦る。

 おっとまずい。

 

「厠に行ってきます」

「…………あぁ」

 

 厠というのは実は嘘。裏手から出て木陰に潜り周囲を確認。……よし周りに人の気配なし。俺は左腕に噛みつき喰い千切る。解呪のお陰で鬼舞辻無惨の影響は薄れたものの完全に無くなった訳では無いから肉を喰う。自分の肉を喰っている時ほど虚しい時間はない。自給自足ができるなみたいな現実逃避をしていないと涙が止まらなくなる。膨れている腹に押し込んで落ち着いた。羽織に血が付いていないか確認し何食わぬ顔で家に戻る。その時の俺は気づいていなかった。悲鳴嶼さんの物言いたげな顔に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が出張って来たんで修行の時間だ。木刀を握って構えて振る。単調な動作だがそれ故に違いが顕著にでる。少しでも気を抜けば叱責が飛んでくる。昨日は散々怒鳴られたので気を引き締めて振ることだけに集中する。気が付いたらもうすぐ夜明けだし、悲鳴嶼さんはいないしでとぼとぼ家に引き返す。何時から居なくなっていたのか全く分からない。思っていたよりも集中していたようだ。

 玄関をくぐると轟々という音が耳に飛び込んでくる。音の出処を辿ると悲鳴嶼さんの鼾だった。寝ている時も全集中の呼吸をしているのかよ。それより日が顔を出したから暇になった。何をして時間を潰そうか。

 

 

 

 

 一刻過ぎてから悲鳴嶼さんが起き出してきた。今日も講習を受けようと正座で待つ。彼が部屋に入り授業の開始だ。

 

「お早う。今日は階級制度について詳しくやろう。階級は十段階あり、上から甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸がありその甲の上に柱という階級がある。今の所私だけだが」

「それで鬼殺隊大丈夫なんですかね」

「……これはお館様から拝聴したお話だが今は世代交代の時期との事だ。近い未来続々と柱が現れると言っておられた。だから心配する必要は無い」

「そうなんですね」

 

 世代交代……随分と昔から鬼殺隊はあるんだな。そうなると鬼舞辻無惨は一体幾つなのだろう。どうでもいい事を思い浮かべていると授業の終わりを告げられる。二日、三日しかしていないがいいのだろうか。

 

「今後はこの時間を呼吸に纏わる時間に充てようと思っている。だから君が呼吸の修行に入るまでは瞑想しなさい」

「あ、はい。分かりました」

 

 座禅を組んで好きなことを考えなさい、と言われたのでただ無心になった。考え事をしようとすると家族の事を思い出しそうになるのでかぶりを振って追い払う。考えない事が一番楽だと気付いた。瞑想もといぼーっとしていたらいつの間にか日が暮れていて慌てて木刀を持って外に出る。いつも通り悲鳴嶼さんに見られながら素振りをする。暁九つの刻に素振りを止めるよう言われた。何をするのか気になったが答えはすぐに分かった。岩を持ち上げる特訓をするよう言われた。大きさは悲鳴嶼さんとほとんど変わらず前後左右の幅は悲鳴嶼さんが四人位の岩だ。無理だと抗議したものの鬼の膂力ならできると一蹴され渋々やる。絶対持ち上がらないって。指を突き刺し、全力で持ち上げる。何とか持ち上がった、がめちゃくちゃしんどい。

 

「そのまま落とすな」

 

 鬼のような指示が飛んできた。俺なんかよりもよっぽど鬼だ。死力を振り絞って耐える。何時しかもうすぐ夜明けだ。よく耐えた俺。岩を降ろす許可を貰ったのですぐ様従う。今後は素振りだけでなくあれもやると聞いた時は卒倒しそうになった。あの修行は間違っている。

 岩を持ち上げる修行をしてから三日が経過。瞑想をしていると藪から棒に言われた。

 

「今日から岩の呼吸の修行に入る」

 

 これまた急だ。けれども待ちに待った呼吸を習得できると浮き足立った。月はまだかとそわそわしていると微笑ましい目で見られた。恥ずかしいんでやめて下さい。

 夜の帳が降りてきてとうとう呼吸の修行が始まった。だが不安な滑り出しとなった。一晩中試してみたがなかなか悲鳴嶼さんのような呼吸音にならない。助言を貰っているがそれでもできない。初めからできはしないと慰められる内に小さな痼が心の中にできた気がした。

 やがて一週間、二週間と経過する。それなのにまだ呼吸は使えない。痼はどんどん大きくなる。三週間目の初日俺は修行をする前に口を開いた。

 

「悲鳴嶼さん…………もうやめましょう。時間の無駄です」

「……何故そう思う」

「だってもう二週間もやったのにちっともできないじゃないですか。俺には才能がないんですよ」

 

 俺の言葉を聞いて黙り込む悲鳴嶼さん。暫くしてからやにわにずんずんと歩み寄って俺の目前で止まったかと思ったら一言

 

「歯を食いしばれ」

 

 なんでと聞き返す前に拳が俺の頬に突き刺さった。とても重い一撃で殴られた勢いで木にぶつかってその木がへし折れた。呆然とする俺の胸倉を掴み上げ低い声で喋り出す。

 

「自惚れるな若造。まだたった二週間ではないか。私はもっと時間が掛かった。この程度で諦めるな」

 

 その弁舌にはっとさせられる。俺は如何に自信過剰になっていたのか気付かされる。鬼になったことで自分は特別だと何処かで思っていた。現実はそんなことないのに。恥ずかしい恥ずかしい、穴を掘って入りたい。否そんなことは後にしろと己に言い聞かせる。未だじんじんと痛む頬に更に痛めつけるように張り手をする。

 

「すいませんでした。修行の続きをお願いします」

 

 頭を深く下げて頼む。悲鳴嶼さんがふっと薄く微笑んで

 

「ああ、勿論」

 

 と答えてくれて、それが堪らなく嬉しくて泣きながらありがとうございます、と零した。強くなろう、誰かを護れるくらいに。

 そして一月と半月がたった頃、俺は岩の呼吸を習得した。











どうも作者です。小説を書く難しさを大きく実感しております。特に語彙力の無さに打ちひしがれています。類語辞典は必要不可欠ですね。

三ヶ月はやりすぎたかなと自分でも思っています。反省はしている後悔はしていない。


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俺に優しいのは間違っている筈なのに

 

 

 

 

 

 比企谷八幡が三ヶ月で全集中の呼吸を習得した。三ヶ月というのは前例があまりない程早い事であった。その理由は大別して三つ程存在する。

 先ず第一に彼が鬼であること。これが一つ目の理由である。人間であれば例え柱であろうと休息を必要とする。しかし 鬼は無尽蔵の体力を有しているため疲れることがほとんどと言っていいほどない。太陽が一日の労働を終えた瞬間表に飛び出して、日が顔を出すぎりぎりの時間まで素振りをし、呼吸を意識し、岩を持ち上げる。この生活が呼吸習得に大きく貢献した。

 二つ目に彼の生来の器用さである。凡その事であればある程度卒なくこなせる能力の高さを有していたことだ。ただこれは呼吸習得のほんの一助になっただけで直接の理由とは言えない。

 三つ目の理由こそが大きな原因と言える。その原因とは彼が殆どの型を覚える事ができなかったからだ。悲鳴嶼行冥の扱う武器は鎖の両端に巨大な鉄球と手斧が付いた一風変わった武器であり、その武器を最大限活かすための型を編み出した。そう、得物が異なる為どうやっても型を再現できないのだ。誰が悪い訳でもない。寧ろ三の型を覚えただけ褒めて然るべきだ。

 しかし彼は──────────

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「もう教えることは無い」

 

 初めて修行をつけて貰った日から三ヶ月と少しが過ぎた頃突然そう告げられた。その言葉に俺は言い返す。

 

「待って下さい。俺はまだ岩の呼吸の型をできていません。まだ修行を付けてください」

「……気付いているだろう比企谷、君には無理であると。いや君が悪い訳ではない。私の目が見えぬのが悪いのだ」

「そんなことありません。誰も悪くないのです」

 

 そうだ、分かっているだろう比企谷八幡。初めて彼の得物を見せて貰い初めて型を見せて貰ったその日から。試しに持とうとするも掌から肘の辺りまで焼かれてしまったその日から。俺は岩の呼吸の型を使えない、と。彼の特殊な武器だからこそ成り立つ型であると分かっているだろう比企谷八幡。

 分かっている分かってはいるが納得できるかどうかは別問題だ。諦めようとした一ヶ月半前の目を覚ましたあの日、強くなろうと決めたじゃないか、護りたいと思ったじゃないか。それが現実はどうだ。強くなった気が毛頭しない。使えるのは精々三の型くらい。それでも悲鳴嶼さんには劣る完成度。これでどうして強くなったと言えようか。これでどうして護ると言えようか。俺は深い絶望に襲われた。

 

 

 

 一日が過ぎ去って悩みに悩んで悩みあぐねて俺は決死の想いで悲鳴嶼さんに切り出した。

 

「悲鳴嶼さん、お願いがあるんです」

「……聞こう」

「俺を別の育手に紹介して下さい」

 

 畳に額を擦り付けながら頼み込む。これは悲鳴嶼さんにとって最低最悪な頼みであることは疑いない。貴方はもう用済みですと言っているようなものだからだ。今までの恩を仇で返す様な真似、厚顔無恥と罵られても致し方ない所業。そうであったとしてももう《護れなかった》は嫌なのだ。誰かの苦しむ姿は見たくないのだ。

 

「……私はあまり育手を知らぬからな。お館様に文を届けさせておく」

 

 思わず顔を上げる。殴られて罵られて追い出されていたとしてもおかしくはない事を言い出したにも関わらずこれ程優しい対応をされて涙が止まらなかった。畳に染みができてしまうと頭で考えながらも体は言うことを聞かず染みは大きくなっていく。蹲って泣き咽ぶ俺の背を大きくてごつごつとした優しい手で撫でられる。ありがとうございますを馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返していた。

 

 

 一週間後にお館様から返信があった。桑島さんという人が引き受けてもいいと言ってくれたそうだ。そして早い内に向かえとも書いてあった。

 荷物を纏めて玄関に立つ、碌に持ってはいなかったが。見送ってくれる悲鳴嶼さんに土下座する勢いで頭を下げた。ちょっと困ったような優しい微笑がもういいと言ってくれている気がして俺は出立した。

 岩の呼吸をしながら道なき道を走り抜ける。暫くすると桃の木が沢山生えている所に行き着いた。しかし桃の季節はまだ遠くどの木も実をつけてはいなかった。手紙によるとこの近くだそうで辺りを探ってみる。少しの間の後一軒の家が見えてきた。失礼や粗相のないように気を付けなければと意気込んで戸の前に立つ。

 

「夜分遅くに失礼します。私は比企谷八幡と申す者です。こちらは桑島慈悟郎様のお宅で間違いないでしょうか」

 

 やや間が空いてから戸がからからと引かれる。そこには少し背が低く体毛が真っ白で立派な髭を蓄えた老人がいた。老人は俺の頭の天辺から爪先まで穴のあくほど観察する。じろじろ見られて居心地が悪くなり身動ぎする。そこで一言。

 

「お前さん……本当に鬼か?」

 

 どうやら疑っておられる様子。外見だけは只の人間とそう変わらないからな。疑ってしまうのも無理はない。だから俺は力を体に込める。すると二本の角がゆっくりと伸びる。それが伸びきった所で応える。

 

「この通り間違いなく鬼です」

 

 答えた後、直ちに体から力を抜く。そして姿勢を正して頭を下げる。

 

「御指導よろしくお願いいたします」

 

 頭を下げていたから桑島さんの顔は見えなかったが息を飲む音だけは聞こえた。かなり驚いているみたいだ……おじいちゃん大丈夫かな倒れないかななんて失礼な心配をしてしまう。俺の心配を他所にして言う。

 

「聞いとるじゃろうが、儂が桑島慈悟郎。雷の呼吸を教えるからの、儂のことは師範と呼べ」

 

 真っ白な髪と髭を見るに相当なお年を召しているはずだが年齢を感じさせない程はきはきとした物言いに面食らう。大分しっかりとした人だと認識を改める。

 

「修行の前に条件があっての、ほれ」

 

 そう言われて藤の花が突き出される。なんだか嫌な気分になってきた。どうしてだろう。花を嫌いと言える程感性は捻じ曲がっていないはず。

 

「鬼にとって藤の花は猛毒に等しくてな、お館様から情報収集を頼まれとるんじゃ。だから一口食べなさい」

 

 ……俺に明日は無いかもしれない。

 

 

 

 





どうも作者です。私の拙作に低評価を付けた方の中にちらほら日間ランキングで上位にランクインするような方がいてそんな方から低評価付けられると心にくるものがありますね。上手く書けるように今後も頑張ります。


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この気持ちは間違いない……と思いたい

 

 

 

 桑島さんのお宅にお邪魔してから早五日。やっと藤の花の毒にほんの少しだけ慣れてきた。初日は指先すら動かす事が億劫だったが今では立って歩く事ができる。亀のような速さで。

 昼間は毒の実験をし、夜は雷の呼吸の習得だ。桑島さんに雷の呼吸を見せて貰ったが恐ろしい程速い。鬼の動体視力を持ってしても捉えきれない。老いぼれだからそう何度も使えないと言っていたけど全然現役だと思います。

 一方俺の方はと言うと形にはなっているものの速さは比べるまでもない。骨子は自分の体の寸法、筋肉一つひとつの形、それら全てを把握、認識することだそうだ。だもんで呼吸をしながら瞑想をする。自分の全身に意識を集中させて。これまた長い戦いになりそうだ。

 

 

 

「ほれ今日の分じゃ」

 

 こんもりと山のように盛られた藤の花の束を見る。顔を顰めてしまうほど多い。この量を食べるんですか? と目で訴えるがにっこりと気持ちのいい笑顔で肯く。畜生、他人事だと思って。結構きついんだよ。そんな文句を言っても仕方ないので覚悟を決めて口の中に放り込んで飲み込む。不快感が半端じゃない。

 あ、まずい、これ、痺れが、洒落に、なって、ない。指も動かせない程の痺れに悶絶する。桑島さんは虫の息の俺の様子を観察してさらさらと紙に綴る。それを毒使いの女の子に送るらしい。できれば俺の犠牲を無駄にしないで欲しい。毎日これとか気が滅入りそうだ。

 それから一月して藤の花の耐性ができたらしく丼位の量を食べてもぴんぴんしている。あとやっと壱の型がらしく(……)なった。桑島さんよりもまだ遅いが確実に速くなっていることは分かる。この調子で壱の型の速度を上げつつ他の型を習得しよう。

 耐性ができてから三ヶ月。桑島さんから話があると言われた。居間で正座して待っていると襖を引いて俺の真正面に座ると同時に口を動かす。

 

「八幡、儂から教えられるものはもうない」

 

 聞いた言葉を頭の中で咀嚼し反芻して言い返す。

 

「いや、まだまだあるでしょう」

「八幡よ。お主はもうとっくに儂を超えておる。よく頑張った、お前さんは儂の誇りじゃ」

 

 俺の言葉にかぶりを振りながら言い募る。桑島さんの科白に目頭と胸が熱くなる。だが本当に俺はこの人を超えたのか甚だ疑問だ。悲鳴嶼さんも桑島さんも俺を高く買ってくれているが買いかぶりなんじゃないかと思っている。その俺の考えを見抜いたのか呼びかけられる。

 

「八幡」

 

 なんですかと聞く前に拳骨が振り下ろされる。俺こんなんばっかだな。でも桑島さんの拳骨は何処か優しくて温かかった。

 

「全くお前さんはどうでもいいことばっかり考えおって。儂が誇りとまで言ったんじゃ、自信を持て」

 

 いや、桑島さん、俺以前自信過剰になって怒られたんです。悲鳴嶼さんにぶん殴られたんです。

 ……でも桑島さんがそこまで言ってくれるのならもう少しだけ自信を持ってみようかな。

 

「ああ、忘れておった。八幡、お主入隊試験行きなさい。お館様の命令じゃ」

 

 何でそんな大事な事忘れているんですか、ボケが始まったんですか等と無礼な事を考えているとまたも考えを見抜いたのか桑島さんが拳骨を落とす。今声に出てた? 読心術でも持っているのか? 

 

「お前さんは分かりやすいのぉ」

 

 呆れたような笑顔でそう語る。どうやら顔に出ていたらしい。そっぽを向いて自分の顔をむにむに触ってみる。今度表情に出さない練習をしようと下らない事を決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってここは藤襲山。ここは鬼殺隊の入隊試験の最終選別がある山で試験内容は鬼の巣食うこの山で七日間生き残るというものだ。聞いた時は正気を疑ったがそれ位のことをしないと鬼殺隊で生き残れないのだろうと自分に言い聞かせる。命懸けのお仕事だからな。一人思い耽って階段を登っていると後ろから声が。

 

「こんばんは」

 

 くるりと振り向くと花の柄が入った着物と同じ柄の狐の面をつけた女の子がいた。不思議な雰囲気の女の子だ。女子というだけで緊張してしまうのに属性付とかやめて欲しい。いや、そんなことより挨拶には挨拶で返さなければ。

 

「こ……こんばんは」

 

 吃ってしまう自分が情けない。挨拶一つ真面にできないのか。俺の心中を知ってか知らずか彼女は言う。

 

「不思議な人ね。貴方」

 

 びくりと肩が震える。顔に出ていないか心配だ。どうやって見抜いたのだろう。俺の周り超能力者多くない? 皆読心術持ってんだけど。

 

「まぁいいや。生きて会いましょうね」

 

 然程興味もなかったのか一人でさっさと上に登ってしまう。俺の胸中を掻き乱すだけ掻き乱して去っていく様は嵐のようだ。二度と出会わない事を願う。

 そんなこんなあって一番上に着くと簡易的な門があり案内役が立っている。聞いていた通りの試験内容だから聞き流して周りを見渡す。

 顔に火傷や傷跡が痛ましい者、指だったり目だったり身体の一部が無かったり傷ついている者が多くいる。そして共通していることは目がぎらぎらと仄暗い光が灯っていること。歳の幅は広く俺よりも年上の人から妹よりも下の人まで様々だ。彼ら彼女らを見てつくづく思う。鬼舞辻無惨許すまじ。

 ここにいる者の多くは家族や恋人等親しい人、愛しい人を鬼に殺されてここに居るのだろう。そして鬼を殺す為刀を握り血反吐を吐いて鍛錬したのだろう。その事実のなんと悲しいことか、なんと辛いことか。

 鬼舞辻無惨を最初から許すつもりなど毛程も無かったが彼ら彼女らを見て今改めて誓う。

 鬼舞辻無惨を倒そうと、その上で俺も死のうと。そうすれば俺は自分を──────────

 

 

 

 

 

 

許せる気がする






どうも作者です。修行シーン雑じゃね?と思われた方、自分でもそう思います。修行シーン難しい……
あと[考える][思う]の汎用性高過ぎて多用しちゃう。気が付いたら使っているんですよね。書き分けられるよう頑張ります。


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間違いなく奴を倒すとそう決めた







皆様、ご都合主義ってご存知ですか……(遠い目)










 自分でもどうして今此処にいるのか度々分からなくなる。珠世さんと初めて出会った時鬼舞辻無惨の名を呼べば死ねた。鬼殺隊に追われている時無抵抗でいれば死ねた。なんならお館様の提案を蹴っていればさっさと楽に死ねた。何故そうしなかったのか理由を考える。答えはいとも簡単に導き出せた。

 そうか……俺は……生きたいんだな。

 ずっと否定していた気持ちをとうとう認めた。鬼になって家族が殺されてもそれでもまだ生きたいと願う自分が恥知らずのようで浅ましいと、おぞましいと思っていた。

 それでも生きたいと、生き延びたいと思う心は誤魔化せなくて、でもやっぱり俺は生きてちゃ駄目なんだってのは間違っていない。だから折衷案だ。鬼舞辻無惨を倒すことを目標としそれを達成すれば俺は死のう。俺はそう改めて誓った。

 

 

 

 己に誓いを立てたところで鬼の捜索に集中する。薄らとだが至る所から血の匂いが鼻を擽る。とりあえず手近な鬼の元へ行こう。

 四半時足らずで鬼は目視できた。構えようと刀の柄に手を掛けようとすると手が震えていることに気がついた。震えを押さえつけようと瞑想をする。大丈夫俺ならできる、悲鳴嶼さんと桑島さんに認めて貰った俺ならば。大きく息を吸い込み体に喝を入れ、雷の呼吸特有の構えをとって力を溜める。最高潮に達した瞬間走り抜ける。

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 鬼の首は苦もなく切れた。切られた鬼は何が何だか分かっていないようだ。無理もない。歩いていた所を急に切られたのだから。

 切り落とした首が転がってこちらを向く。何か言おうとしていたようだがその前に体が塵となってしまった。悲鳴嶼さんから聞いていた通り日の光に晒されるか日輪刀で切られれば鬼は塵となって死んでしまう。塵になっていく鬼を見ながらここで俺は自覚する。

『俺が』『彼を』殺したのだと。確かに鬼は人を喰う、それは許されない罪咎であることは間違いない。

 だが、それでも、彼は間違いなく人であった、過去は人であった。俺と同じように。

 鬼となって人を喰い最後は鬼狩りに殺される。これ程悲しい事があるだろうか、これ程虚しい事があるだろうか。この悲しみと憎しみの連鎖を起こしているのが鬼舞辻無惨である。手にべっとりと残る殺した感触を感じながら物思いに耽る。

絶対に殺してやる鬼舞辻無惨

 

 

 

 

 

 

 鬼の首を一つ落とす。許してくれと謝りながら。

 鬼の首をまた一つ落とす。御免なさいと謝りながら。

 切った鬼の顔は忘れられない。否、忘れてはいけない。それが俺にできるせめてもの報いなのだから。

 悲鳴嶼さんから聞いた事がある。お館様は鬼殺隊隊士たちの生い立ちと名前を全て記憶していると。鬼殺隊であればきっと死を悼んでくれるだろう、そうでなくてもお館様が覚えてくれる。

 では鬼は? 死んでもきっと蔑まれ罵られ、あまつさえ清々したと言われるだろう。誰からも許されず誰からも覚えられずに塵となって骨すら残さず消えていく。

 だからせめて、せめて俺だけでも覚えていよう。罪悪感に身を焦がされようとも。

 

 

 

 

 

 

 山に篭って七日目。今日を越えれば終わりだというのにここに来てとんでもない異臭が鼻を突き刺す。匂いの出処を辿ると体中から腕が生えた異形の鬼と宍色の髪の男の子が戦っている。登山道で出会った少女も援護している。しかし手の鬼は悠々と二人の攻撃を捌いている。その油断につけ込んで宍色の髪の少年が鬼の首に届いたと思った刹那刀が折れてしまった。

 呆けて刀を見る少年、声を張り上げる少女、口角が釣り上がる鬼。三者三様の反応をする中、俺は構えをとる。鬼の手が伸びて少年に襲いかかろうとする寸前に俺は駆け抜けた。

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 首と腕を切ったつもりだった。しかし結果としては腕は落としたものの首は繋がったままだ。一度切って分かった。彼奴の首は馬鹿みたいに硬い。硬すぎて刃が皮膚を滑るぐらいで、刀が折れるのも納得の硬さだ。俺の刀もあと二、三回持つかどうかといったところ。次で切れなければ絶望的だな、と熟考しているといきなり奴が叫び出した。

 

「おい! そのガキは俺の獲物だ!! 横取りするんじゃねぇ!」

「安心しろ。俺の獲物はお前だから」

「はぁ?」

 

 束の間固まったと思ったら笑い出す。

 

「ぷっ、ふははははっ! 何言ってんだテメェ!? 鬼の癖によォ!」

「……」

「どうしたァ? 人間ごっこは終わりかァ?!」

 

 奴の言葉は気にするな。呼吸が乱れる。落ち着け。

 雷の呼吸だけじゃ切れない。岩の呼吸も乗せなければ切り落とせない。轟々という呼吸音と細く鋭い呼吸音を交互に繰り返しやがて一つの呼吸にする。これで行けると判断した刹那、蛞蝓のように体中を這いずり回る違和感。何かが違うと何処かが叫ぶ。その違和感と叫び声を振り払うように俺は切りかかった。

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 ごとんと落ちる音。それに続いて俺の刀もばきんと折れた。桑島さんに謝らなくちゃなと思いながら鬼の方へ首を向ける。鬼は怒りと憎しみにより般若のような顔をしていた。死ぬ寸前までこの世の全てを恨んでいるような顔だ。

 ごめんなさい。御免なさい。俺には謝ることしかできない。命を奪っておきながら、俺はただ謝ることしかできない。

 鬼が小さく「兄ちゃん」と零した。

 そうか、あんたには兄貴がいたんだな。寂しそうな手にそっと俺の手を重ねる。どうか安らかに逝けますようにと願いながら。鬼は塵となって風にさらわれた。

 

「おい」

 

 目だけで振り向いて確認する。少年が折れた刀を構えながら立っていた。続けてこう言う。

 

「お前……やはり鬼か。鬼が鬼の死を悼むな。人の振りをして人になれるとでも思っているのか悪鬼め」

 

 少女が慌てて彼を静かにさせようとする。それに怒った少年は少女に怒鳴り散らす。その光景を見ながらぼんやり思う。

 嗚呼、やはり俺は化け物なのだと。

 彼の言葉を聞いて怒らなかった訳ではない。しかしそれ以上に哀しみが大きかっただけだ。そして俺は逃げるようにその場を去った。目から溢れ出るものを見られていないと良いが。

 

 

 

 

 

 次の日が明けてから沈むまで俺は藤の木の(うろ)でじっと息を潜める。まさかここにいるとは思うまいて。

 日が沈んだのを見届けてから這い出して入り口に向かう。そこには入って来た時と同様に案内役が二人阿吽像のように立っていた。二人は労いの言葉を掛けてくれた後俺の体の寸法を測って隊服と特殊な手袋と足袋を貰った。なんでも日の光を通さないとか。大きな番傘もいただいた。とても軽い上に手袋と足袋よろしく日の光を通さないとか。そして玉鋼を選んだ。最も選ぶ余地など残っていなかったが。最後に階級は癸から始まる事を聞かされ鎹鴉を付けられた。

 こうして俺の長い最終選別は終わった。これで晴れて鬼殺隊の一員だ。隊服を入れた鞄を肩にかけ番傘を背負って家を目指す。

 

 




どうも作者です。はい、すみませんでした。
真菰と錆兎一緒に選別受けとるやないかとツッコまれた方、はい、すみませんでした。
作者は真菰と錆兎が好きでして
どうにかして二人救いたい……せや!
とこのように短絡的な考えで書きました。まぁでも自己満足の為に書いたものだから多少はね……?


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間違っていますよ

 

 

 

 

 最終選別が終わって今は桑島さんと悲鳴嶼さんに報告に行く道中だ。とぼとぼ歩きながら手の鬼との戦闘を思い返す。

 雷の呼吸と岩の呼吸を同時にしようとした時のあの強烈な違和感が頭と体の奥底にこびり付いて離れない。何に違和感を抱いたのかずっと考えている。言葉に言い表すのは難しいが強いて言うなら…………足りない。そう

|なにか(・・・)が足りない。しかしそのなにか(・・・)が何なのか分からない。

 ………………一つ考えられるとするならば他の三つの呼吸だろうか。岩と雷を同時にして足りないのならば残りの炎・水・風の呼吸も一度にすれば或いは……? 

 そういう訳で残りの三つの呼吸を習得したいが育手の方に受け入れて貰えるかどうかが心配だ。悲鳴嶼さんと桑島さんは特別優しかったが他の方もそうとは限らない。というかその逆の方が可能性が高い。門前払いされたら諦めるしかないかなぁ。取らぬ狸の皮算用をしていると桑島さんのお宅が見えてきた。

 

「ただいま戻りました」

「おかえり。まぁよく無事に帰ってきたな。全く心配しとらんかったが」

「褒め言葉として受け取っておきます。あの、刀折ってすみません。悲鳴嶼さんにも大事にしろって言われていたんですけど」

「ふむ、お主が故意に折った訳じゃあるまいし責めぬよ。これから気を付けなさい」

「……はい」

「今からすぐ岩柱のとこまで行くんじゃろ? じゃったら早う行ってあげなさい。きっと気を揉んどるよ」

「うっす」

 

 桑島さんに言われて悲鳴嶼さんの元に向かう。今度高いお菓子買ってきますと桑島さんへの挨拶は忘れずに。要らないと言われたが無理やりにでも受け取って貰おう。

 そこまで考えてくすりと笑う。自分が未来を想像していることが可笑しくて頬が緩んでしまう。前の自分が聞けば信じられないと言うだろう。

 嗚呼、生きるための目標(死ぬための目標)ができてよかったとひしひしと感じる。

 

 

 

 

 

 

 その後何事も無く悲鳴嶼さんに報告。泣いて喜んでくれた。……泣いているのはいつもの事か。でも喜んでくれたことには違いない。それだけで心が温かくなる。久々に夕餉のご相伴に与って桑島さんの下でどんなことをしたのか話したり最終選別でこんな事があったとか話したりした。悲鳴嶼さんと話すのが久しぶりで沢山喋った。喋り過ぎてどっぷりと更けてしまったことにも気付かなかった。もう遅いので床に就く。今日はいい夢が見られるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────」

 

 やはり後ろから声が聞こえる。くるりと振り向くとやはりそこには今は亡き家族三人がいる。ここまではいつも通り。しかし今日はいつもと違った。

 俺が殺した鬼達も一緒にいた。彼等の姿を見て理解する。これは俺の罪であると。この夢は罪を自覚する為のものなのだと。そして彼等が口々に発する。

 

「何故お前は生きている」

「ねぇ、どうして助けてくれなかったの」

「この役立たず。早く死ねばいいのに」

「何故俺を殺した」

「何故お前は死んでいない」

「何故お前は生きている」

「お前は俺達を殺したのに」

「お前は幸せそうに生きている」

「何故! 何故!! 何故!!!」

 

 予想していた通りの言葉を叩きつけられる。ただ、予想していたからといって傷つかない訳が無い。泣いて喚いて怒鳴り返したい。だがその思いをぐっと飲み込む。俺にその資格は無いのだから、俺が殺したのだから甘んじて受け入れる他ない。

 そしてやはり俺は地に頭を擦り付け詫びる。

 

「……助けてやれなくてごめんなさい。一緒に死ねなくてごめんなさい。生きていてごめんなさい。殺してごめんなさい。死んでいなくてごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。粟立った肌。震える四肢。頭は重く喉の奥が酸っぱい。水に浸した様な布団。止まらない涙。気分はどん底。悪条件がこれでもかという程襲いかかってきた。切り替えるために目を雑に擦る。鋭い痛みが走るがそれが気にならない位別の所が傷ついている。べしょべしょの布団が気持ち悪いので立ち上がる。俺の気持ちとは裏腹に外は快晴のようだ。

 顔を洗って飯を胃に流し込む。戻さないか少し心配だ。早く任務にでも行って気を紛らわせたいが日輪刀ができるまで十日から十五日かかるそうだ。だから滅茶苦茶暇だ。

 何をして過ごそうかななんて考えていると表から声が耳に入る。今日は悲鳴嶼さんはいないので俺が出るしかない。めんどくさいが大事な要件であれば悲鳴嶼さんに迷惑がかかる為出るしかない。彼に迷惑をかけるのは本意じゃないからな。

 

「はーい。どちら様ですか……」

 

 引き戸を開けるとそこには頬に傷のある宍色の髪の少年と花柄の着物を着た黒髪の少女がいた。最終選別の時の二人だ。嫌な予感を感じつつ訊く。

 

「……何用、で……?」

「その前に貴方が比企谷八幡さんですね?」

「イイエヒトチガイデス。ドナタカトマチガワレテイルノデハ?」

 

 俺の阿呆毛が反応している。こいつらに付き合うと碌な目に会わないと。

 

「えっ?! そうなんですか!? ごめんなさい。間違えました!!」

 

 よし。阿呆の子で助かった。そそくさと引っ込もうとすると口を噤んでいた少年が訊いてくる。

 

「待て。何故傘を差している。雨も降っていないのに」

「…………肌が弱くてな。差さないと酷く荒れるんだ」

「ちょっと錆兎! 人には人の事情があるんだよ! 無闇矢鱈に訊かないの! ごめんなさい、失礼しました!!」

 

 抗議する少年を引き摺って少女は早足で去っていく。疲れた目で眺めながら改めて思う。やはりあの子は嵐のようだ。







補足
八幡は戦闘時、角と紋様が出ている上怒った顔をしているので普段時と戦闘時では印象が変わって別人のように見える。


どうも作者です。お気に入りが100件を超えていて驚きました。ありがとうございます。
補足の方を本編で説明できればよかったのですが……技量不足です。申し訳ありません。上手くなるには只管書くしかないと聞いたので書き続けていこうと思っております。生暖かい目で見守っていただければ幸いです。


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何かの間違いのような鬼の話

 

 

 

 

 初めてその存在を聴いた時耳を疑った。何度確認しても答えは当然変わらない。であれば一度会えばそんなものはいないと、何かの間違いだっただろうとそうなると思っていた。

 追いかけている時、不審に感じた。何故反撃をしてこないのか。並大抵の鬼ならば怒り狂って隊士を攻撃するであろうことは想像に難くない。しかし追いかけども追いかけども反撃してくる様子はこれっぽっちもない。もしかしたら…………否、そんなこと有り得ない。有り得る筈がない。

 遂に追いついた。考え事でもしていたのか鈍重な動きだった。最初は現実を見る事ができず勘違いをしているのだろうと思っていた。可哀想な勘違いを起こしていると。

 だが違った。何人も心の(まなこ)で見てきたからこそ分かる。『彼』は本当に人を喰っていないと。

 鬼は先ず肉親から喰う。栄養価が高いからだ。だからこそ鬼は最初に肉親から手をかける。

 しかし『彼』は違った。肉親を手に掛けるどころか埋葬したという。耳を疑うのも不思議ではないことを『彼』はしたのだ。その事を理解した瞬間、感動で前が見えなくなった。涙が枯れ果てるかと錯覚した。

 

 

 

 

 

 しかしながら肉親を喰わなかったらといって人を喰わないという絶対の保証はできない。従って私は『彼』に修行をつけ、鬼殺隊に関わることを教えた。鬼の特性については明かしていない。『彼』が警戒して鬼特有の行動をしないということを防ぐ為だ。無防備な姿を見せた。二週間経って保証ができたのではないか、と思う頃『彼』はやる気を無くしてしまった。私は深い失望とそれ以上に大きな期待を持って『彼』を叱り付けた。『彼』は頬に張り手をして気合いを入れ直した。その姿を見て安堵する。君には頑張って欲しいから。

 彼が来てから三ヶ月。岩の呼吸をものにした。私の型を再現できなかったことを大いに嘆いていたから申し訳ない気持ちが募る。唯一参の型を覚えたが『彼』は自身の評価が低く、出来損ないだと論じた。

 違う、君の参の型は完成されていると教えても慰めに捉えられてしまった。自己評価が低いのが『彼』の悪癖だ。

 それから三ヶ月共に過ごしてみて『彼』は他の鬼と違うところが多々ある事が分かった。人間と同じように食事をし、人間と同じように睡眠を摂る。偶に本当に鬼か疑わしくなるがその思いは『彼』自身によって否定される。修行時は角が伸び紋様が浮き上がる。加えて人と一線を画す身体能力と五感という鬼の特徴もある。

 一言で称するなら人と鬼の真ん中といったところか。どちらかと言えば人間寄りの。

 最後に『彼』の性格について。『彼』は優しい。慈悲深いと言える程に。それ故か自罰的でもある。

 家族が亡くなったのは自身の責任ではないにも拘わらず自らのせいだと感じているようだ。そればかりか最終選別を終えてからは斬った鬼にも謝罪をしている始末。寝る度に魘されている『彼』を見るのは心苦しい。一晩中謝り続ける『彼』を見ては涙を禁じ得ない。もう少し寝るようにしなさいなどとは口が裂けても言えない。

 願わくば『彼』が人を喰わず心が救われますように。阿弥陀様が救ってくれますようにと願わずには居られない。

 

 

 ──────────────────────

 

岩柱の手記より












前が見えなくなった、は悲鳴嶼さんの渾身のボケです。


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俺が働かされるのは間違っている

 

 

 

 

 さてあの嵐のような女の子がまた戻ってくる前に外に出ていよう。何処に行こうか。

 こうして昼の間は外をぶらぶら歩き、日が暮れる前に帰る生活が十と三日過ぎた頃、日が暮れてから待ちに待った日輪刀が届いた。

 

「よぉ」

 

 大きな笠を被った男だ。背丈は俺より拳一つ分大きく、節くれだった掌から鍛冶屋の手だとはっきり分かる。何故火男の面をしているのかは分からない。鍛冶屋の習わしだろうか。

 

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

「あいよ。お邪魔させて貰うね」

 

 取敢ず家に招き入れる。悲鳴嶼さんも楽しみにしているからな。お茶を入れ鍛冶屋の彼の前にことりと置く。

 

「どうぞ、粗茶ですが」

「悪いな」

 

 一言断ってからずずずと飲む。湯呑みの中身の四分の三が無くなってから話し始めた。

 

「さて、俺の名前は鋼田鋼治、比企谷八幡の刀を打った者だ。まぁ、自己紹介はこれくらいにして早く刀を抜いてみてくれ。さぁ」

 

 俺は急かされて慌てて鞘を握る。一つ深呼吸を挟んでからゆっくりと刀を引き抜いた。姿を現した刀身は一拍置いてから鍔から刃先に向けてすーっと真っ黒になる。その黒は漆黒と呼ぶに相応しく、今まで見てきたどんな黒よりも暗くて深くて艶がある。俺が真っ黒の刀に見惚れていると悲鳴嶼さんから声が掛かる。

 

「何色だったんだ?」

「真っ黒です」

「ううむ…………黒、か……」

「黒だと何か悪いんですか?」

「……黒色の刀の隊士はあまりいなくてな。出世できないと云われている」

「はぁ、左様で」

「……興味が無さそうだな」

「さぁ、どうなんでしょう」

「…………」

 

 出世できない、と言われても鬼の俺がどうやって出世するんだって話だ。それより刀鍛冶の方がずっと黙って居るのが気になる。面を付けている上に黙りこくっているせいでちっとも何を考えているのか分からない。

 

「鋼田さん?」

「……ん、なんだ坊主」

「いやずっと黙りだったから気になって……どうかしたんですか?」

「ああ、お前さんの刀に見惚れていたんだ。気にするな」

 

 それならいいんだが……まぁ本人がこう言っているんだ、気にしないようにしよう。刀を眺めていると鎹鴉が出し抜けに叫び出した。

 

「カァァ比企谷八幡。南ノ町ヘェェ向カエェ!! 鬼狩リトシテノォ最初ノ仕事デアル!」

 

 えぇ……烏が喋ってる……というか仕事か。嫌な響きだ。俺は納刀しつつ不承不承準備する。はぁ、行きたくない。

 

 

 

 

 南の町に着くまでに要した時間は凡そ半刻。山三つ越えさせるとか馬鹿じゃねえの。そう言いたいがお仕事なら仕方ない。だから仕事なんて嫌いなんだ。仕事に対する呪詛を心の中で呟きつつ嗅覚に意識を集中させる。

 今の時間であれば鬼が活発に動いている筈。俺のヤマカンは正しく人の血の濃厚な匂いがする。距離五間十分狙える。構えをとって力を溜める。そして最高潮で解き放つ。

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 危なかった。もう少しで人が襲われる所だった。襲おうとした鬼は訳が分からないといった表情を浮かべている。その鬼に向けてただ一言告げる。

 

「ごめん」

 

 言った直後塵となってしまった。風に乗って飛ばされる塵を眺めながら何とも言えない感情が湧いてくる。人を守れて良かったと思う反面、鬼への罪悪感がまた積もる。感傷に浸っていると呼びかけられる。

 

「あの、ありがとうございます!」

 

 頭を下げて感謝する若い男。その言葉に複雑な顔を浮かべながら返す。

 

「別に感謝しなくていい。こっちは仕事だからな」

 

 そう青年に告げてさっさと歩く。静止の声に耳を貸さずに。

 

「カァァ今度ハ西ヘ向カエェェ!!」

「もう次の仕事かよ。ちょっとは休ませてくれよ」

「カァァドウセオ前ハ疲レナイダロォォ!!」

「いやいや精神的に疲れてるっての」

「カァァ西ヘ向カエェェ!!」

「話聞けや」

 

 無意味な押し問答を繰り広げつつ西へ向かう。労働者の立場弱過ぎない? もしかしてこれから馬車馬の如く働かされるのでは、と恐怖している合間に目的地に着いたらしい。烏に鬼の目撃情報を訊きながら鬼がいるであろう場所に足を向ける。そして鼻を擽る強い血の匂い。さっきのやつより人を喰っているみたいだ。

 俺はまた構え、力を溜め、解き放つ。

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 またしても人が喰われる寸前に斬ったらしく空気が固まる。空気を意識して無視しながら鬼の首に向き合ってやはり俺は言う。

 

「ごめん」

 

 塵となった鬼を見届けてからちらりと人に目を向ける。襲われたのはうら若い少女。状況が理解できていないのかぽかんとしている。その姿が心配になりつい訊いた。

 

「あー、立てるか?」

 

 大きく目を見開いたまま緩やかに肯いた。それなら大丈夫だな。何か言われる前にその場を離れた。

 

「はぁ、辛い。精神が辛い」

「カァァ次ハ北東ヘェェ向カエェェ!!」

「もうほんといい加減にしろよお前。幾ら菩薩の八幡と呼ばれる俺でも怒るよ? 焼き鳥にするよ?」

「カァァァァ北東ヘェェ向カエェェェェ!!」

「話を聞けって言ってんだろ!」

「カァァオ館様ノ命令ニィ従ヱェェ!!」

「おのれ産屋敷め……こき使いやがってぇ……」

 

 懸念していた通り本当に馬車馬の如く働かされるらしい。取敢ず産屋敷の奴は一発殴っておこうと決めた。

 

「あーもう畜生。分かった分かった働けばいいんだろ!?」

「カァァ最初カラソウ言ヱェェ!!」

「但し! 二ヶ月無休で働いてやるからその後たっぷり休ませろよ!!」

「……」

「何で黙ってんだてめぇ! 産屋敷に言っておけよ!? 分かったな!」

「カァァ」

「……本当に分かってんだろうな……?」

 

 こうして俺は二ヶ月無休で働く事と相成った。絶対に労働者の立場改善に立ち上がってやるからな。覚悟しろよ産屋敷。











どうも作者です。烏と八幡の掛け合いは書いていて楽しい、新しい発見です。
ちなみに菩薩の八幡と言うのは自称ですがあながち間違ってないかも……?
温かい感想をいただいて嬉しい限りです。もっと批判的なコメントが来ると恐れていましたが……実際はそんなことなくお褒めの言葉まで下さいました。
更に精進して参ります。今後ともよろしくお願いします。


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間違いは俺自身

風の呼吸の育手はどこ……ここ……?幾ら何でも情報少な過ぎる……吾峠呼世晴先生はもっと詳しい設定集出して♡












 

 

 

「ふぅ」

 塵が風に吹かれて飛んでいく様を見守ってから一つ溜息を零す。溜息をついた分だけ幸せが逃げていくという俗説があるが俺に逃げていく程の幸せなど持ち合わせていない。故にいくらでも溜息をつける。それは違うか。違うな。

 兎にも角にも仕事が辛い。鬼の首を落とすのも辛いし、人に感謝されるのも辛い。人に感謝されるのが辛いとか何言ってんだこいつって思うかもしれないが考えても見ろ、殺しておきながら感謝されるとか……罪悪感で死にたくなる。憧れの目で見られた時はどうにかなってしまうんじゃないかと思った。

 俺はそんなかっこよくも優しくもない、だから感謝の言葉も憧憬の念も俺に相応しくない。

 一番嫌なことは感謝されることで喜ぶ自分がいる事。彼等鬼は俺と同じく人間だった。もしかしたら俺も彼等のように人を喰う事に何の躊躇いもない鬼になっていたかもしれない。しかし偶々俺は理性を保っていただけだ。俺も斬られる側だったかもしれないのに、感謝の言葉に喜ぶ自分が浅ましいと感じる。

 さてこの二ヶ月の様子を振り返ろう。昼間の内に情報収集と移動をして月が昇れば鬼を狩る。只管鬼を狩る。一晩で最低三体、多い晩であれば五、六体斬る。中には片目にだけ数字と文字が刻まれた鬼も斬った。そんな生活を過ごした。休みもせず狂いもせず成し遂げた俺を褒めてやりたい。

 そうそう、斬った鬼が多く頭だけで覚えるのが難しくなってきたもんで記録に残すことにした。鬼の特徴や辞世の句、名前などその鬼に関することを全て綴った。朝その帳面を読むことが日課になりつつある。

 見ると安心する。今日も彼等の事を忘れていないと、俺の罪を忘れていないと。変わったことはその帳面を付けて読むことぐらいだ。

 振り返るのはここまでにして休みをどう使おうか。最低でも三ヶ月は休んでやるからな産屋敷。

 

 

 

 

 

 もう二ヶ月前の事だから薄れかかっているが、やはり最終選別の時の違和感は未だ顕在だ。俺は違和感の正体を突き止めるべく炎・水・風の育手の元へ向かった。ここから一番近いのは元風柱との事で先ずは元風柱の元へ。結局休みも修行かよ、と自分を突っ込んでしまった。

 元風柱と出会い、修行の約束をお願いする。それに対してみっちり扱いてやるからな、と迎えられた。お館様から俺の事は聞いていたらしいがそれを差し引いてもいい人だ。俺は感謝の意を精一杯示した。

 どうにかこうにか二ヶ月で習得できた。岩・雷の呼吸を会得していたお陰で早めに風の呼吸を習得できた。悲鳴嶼さんと桑島さんには足を向けて寝られないな。免許皆伝ではないが元風柱から認めていただき別れを告げた。

 その足で今度は元水柱の元へ行く。元水柱は天狗の仮面を付けていたが喋る烏と悲鳴嶼さんと接した俺に死角はない。対して驚きも違和感もない、というかまだ真面に思える俺は末期だ。

 元水柱が実際に水の呼吸を実演してくれたが美しいと感じた。流麗な足捌きと水のようにどんな形にもなれる水のような柔軟さが重要であると教えられた。

 元水柱の修行が始まってからは足腰の動かし方に細心の注意を払い、肩に力を込めすぎないように生活を改めた。それから二ヶ月と半月が経って元水柱から認められた。風の呼吸より時間がかかったのは型が多かったからだ。元水柱に今度御礼の品を持ってくる約束を勝手に取り付けその場を後にした。何故皆礼を受け取ろうとしないんだよ。いい人ばっかかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思っていた時期が俺にもありました。

 俺の顔面に叩きつけられ粉々になった酒瓶を見下ろしながらそう考える。

 

「……鬼如きが俺の家の敷居を跨ぐな!!」

 

 酒瓶を投げてきたのは元炎柱の煉獄槇寿郎さん。近年奥さんを亡くしたという最悪の時期に来てしまった。俺の間の悪さを恨みつつ言葉を発する。

 

「奥様が亡くなられて間もない時期にお邪魔してしまい誠に申し訳ありません、ご愁傷様でした。奥様のご冥福をお祈りしております」

「貴様の冥福など迷惑だ! とっとと失せろ!」

「……それでは失礼致します」

「二度と家に近寄るな! 化け物め!!」

 

 あかん、泣きそう。

 今まで優しい人ばかりだったからかなり心に来る。この対応が普通なんだ。今までが特別だったんだと思い知らされる。

 来た道を弱々しい足取りで辿っていると少し高めの声が聞こえる。子供が近くで遊んでいるんだろうか。傷付いた心が癒されるような気がする。さて炎の呼吸をどうやって習得しようか悩んでいると裾を引っ張られる。何事かと後ろを顧みると槇寿郎さんそっくりな男の子が俺の裾を握っていた。

 

「先程から何度も呼んでいるというのに何故返事をしないのですか」

「ん? ああ、俺の事呼んでたの?」

「そう言っているでしょう」

「いやすまん。考え事をしていてな。で、何の用?」

「はい、私は煉獄杏寿郎。煉獄槇寿郎の息子です。申し出があって来ました」

「ご丁寧にどうも。申し出ってなんだ?」

「先の父との問答、失礼ながら拝見しました」

「……それで?」

「もしよろしければ私が炎の呼吸をお教えしましょう」

「……俺からすれば有難い話だがお前に利はあるのか? 父親にばれたら勘当されかねんぞ」

「私にも当然利はあります。ほらよく言うでしょう、人に教えると覚えやすい、と」

「……分からねぇ。どうして俺に構う? 俺なんか気にしない方がお前の為だぞ」

「母からの教えです。弱き人を助けるのは強く生まれた者の責務であると」

「……そうか、立派な教えだな。だけど俺は鬼だ、人じゃねぇ。だから他の弱い人を助けてやれ」

「……」

「気にかけてくれてありがとよ。じゃあな」

「お待ち下さい!!」

「……通してくれよ」

「通しません! 提案に頷かなければここを通しません!!」

「……そうか、じゃ別の道行くわ」

「何故そう頑固なのですか!」

「そっくりそのまま返すよ」

「よく回る舌ですね!」

「よせやい照れる」

「無表情じゃないですか!」

 

 はぁ〜、めんどくせぇ。どうしたらこの餓鬼は納得するんだ? 甘い物でもやるか? と思案する八幡の腕を引っ張る杏寿郎。

 

「おいコラ。何引っ張ってんだ」

「貴方は頑固ですからね。無理矢理でも連れていきます!」

「取敢ず離せ」

「離したら貴方逃げるでしょう」

「……ニゲナイ。ハチマン、ウソ、ツカナイ」

「嘘ですね。こうして正解でした」

「……それはさておき、お前どうしてそこまでするんだ? 義理ないだろ」

「……例えば今日、貴方を見て見ぬ振りをしたら明日の俺はきっと今日の俺を笑うでしょう。死んだ母はあの世で嘆き悲しむでしょう。ただそれだけです」

「…………そーかい」

「はい、そうです」

 

 そんなこんなで煉獄杏寿郎に炎の呼吸を指南してもらう事になった。此奴の手を振り解けなかった……いや違うな振りほどきたくなかった俺の負けだ。

 自分の甘さに思わず苦笑いしてしまった。

 









どうも作者です。
最初は千文字埋めるだけでもヒーヒー言ってたんですが今では二千文字以上書けるようになりました。
ウン万文字埋めてる人は化け物かな?もっと書けるように努力いたします。


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それは流石に間違っているだろ

 

 

 

 なんやかんやあって煉獄杏寿郎に強制的に教えられることとなった。此奴の家は道場があるもののあの父親がいる為使えない。だから近くの林で日暮れから炎の呼吸の修行をする取り決めをした。来なかったら父親にあることないこと告げ口すると脅されている為参加せざるを得ない。彼奴の強引さに呆れる。

 性格は兎も角として彼の呼吸の完成度は子供のそれとは思えなかった。僅か三冊しかない指南書でよくここまで練り上げたものだと感嘆する。それでも本人は満足していないらしく俺に指摘して欲しいと言ってきた。何処を指摘しろってんだ。

 俺も負けじと炎の呼吸の指南書を読み込みながら木刀を振るう。難点があるとすればカンテラで照らされた指南書が読み辛い事。だが此奴はそんなこと何か問題でも? と言わんばかりに指南書を読んでは木刀を振るう。全集中の呼吸の完成度のみならず精神力もそこいらの大人より遥かに成熟している。妹よりも幼いと言うのに。

 二ヶ月が経つ頃にはお互い炎の呼吸で打ち込み合う程、完成してきた。折れた木刀の数は両手の指で数え切れない。そしてお互いがお互いを炎の呼吸を習得したと認め合い俺たちは炎の呼吸を体得した。

 思えばこの二ヶ月杏寿郎は相棒のようであり、仲間のようであり、好敵手のようであり、師のようであり、弟子のようであった。お互いを励まし合い、叱咤し合い、慰め合い、認め合った。

 思い返して客観視してみた。誰だ俺。俺はこんな前向きじゃないのに杏寿郎につられて前向きな暑苦しい奴になっちまっていた。怖い、自分が自分じゃなかったようで恐い。

 

「お疲れ様でした!師範!」

 

 自分に恐怖していると杏寿郎が労いの言葉を掛けてくる。一ヶ月が経った頃に突然、師範と呼んできた。どっちかというと俺が弟子入りしている様なものだからね? と言っても師範呼びは辞めなかった。ほんと頑固だな、此奴。

 

「応、お疲れさん。よく頑張ったなお前も」

「いえ! 師範程ではありません!」

 

 杏寿郎の謙遜に呆れて溜息をつく。過ぎた謙遜は嫌味になりかねんぞ。釘を刺しておこうかと思ったがどうせ聞きはしない。やはり頑固、否石頭だ。

 

 

 

 

 

 

 

 杏寿郎と別れてから近くの山に入り広場を探す。丁度いい広い場があったのでそこに立つ。そして集中する。

 今まで習得した五つの基本の呼吸を同じ量て同時に行う。吸って、吐いて、吸って、吐く。いつしか五つの呼吸は混ざり合い五つのどれとも違う呼吸音が辺りに響いた。轟々と岩の呼吸のようでありながら炎の呼吸のような燃え盛る熱気もある。風の呼吸のような鋭さがありながらそれでいて雷の呼吸のような細さと水の呼吸のような柔らかさもある。俺は違和感を感じない。まるで最初から()()であったかのようにごく自然に感じる。

 そうか、これが──────────────

 

「カァァ比企谷八幡、オ館様ノ元ヘェェ向カエェェ!!」

 

 この六ヶ月半ずっと黙っていたと思っていたら急に叫び出した。さては見計らっていたな此奴。烏を睨んでいるとついてこいと嘴で指し示しながら飛び立つ。慌てて俺もついて行く。何が待っているのだろう。産屋敷の事だから想像もつかない事を言い出して来るのだろうか。一抹の不安を掻き抱きながら烏に追従する。

 

 

 

 

 

 

「やぁ久しぶりだね、八幡。ゆっくり休めたかな? 急に呼び出してごめんね」

「御託はいいからさっさと要件を話せ」

「せっかちだなぁ。お喋りしよう?」

 

 此奴と喋るのはあまり気が進まない。此奴の声を聴くとふわふわと気分が高揚して言いなりになってしまいそうになる。それが堪らなく嫌だ。

 仏頂面で睨んだからかシュンと汐らしくなる。お前の汐らしくなる所なんざ見たくねぇよ。

 

「さて、じゃあ呼んだ理由を話そうか」

 

 汐らしい姿は何処へやら、真面目な顔つきをして話し出す。それに呼応するように俺も居住まいを正す。さぁ、何が来る? 

 

「先ずはそろそろ鬼狩りの仕事に復帰して欲しい。大分数を減らしてくれたけどこの半年でまた増えつつある。前は一晩で何体も斬ってもらったけど今後は一晩で一、二体斬って欲しい」

 

 ここまでは想定内。半年も休ませて貰ったからそろそろ復帰するよう言ってくるとは思っていた。ただこれだけなら烏に文でも持たせて届けさせれば十分だ。わざわざ呼び出した理由がある筈だ。俺の想像もつかない理由が。

 

「ここからが本題でね、率直に言うよ。八幡、柱にならない?」

 

 ………………何言ってんだこいつ。

 俺は広がった爛れた肌を見やる。きっと外面はあの程度だが頭の方に著しく進行しているのだろう。可哀想に、美男子が台無しだ。序に頭も。そんな俺の胸中を察して産屋敷は言う。

 

「八幡、今失礼な事考えてる?」

「め、メッソウモナイ」

「ほんとかなぁ」

 

 何が可笑しいのかくすくすと笑う。何で男の笑う姿がこんなに絵になるんだ。そんなことは置いといて

 

「何で俺が柱に?」

「あれ、柱の昇格条件聞いてない? (きのえ)で鬼を五十体以上討伐するか十二鬼月を倒すと柱になれるんだよ?」

「いや、そもそも俺(きのえ)じゃないだろ、(みずのと)だろ?」

「変な事を言うね八幡、自分の階級を確認してみたら?」

「……どうやって確認するんだ」

「ふふっそこからかい?」

 

 上品に微笑む姿は絵画のように思える。そんな男に笑われていると思うと恥ずかしくて頬が熱くなる。そっぽを向いて後頭部を荒々しく掻く。

 

「いいからさっさと教えろ」

「はいはい。拳を作って階級を示せって言ってご覧」

「……階級を示せ」

 

 そう言うと手の甲に文字が現れくっきりと(きのえ)と浮かび上がった。俺がいつの間にか上がっている階級に驚いていると産屋敷が補足する。

 

「一晩で最低、三体以上斬っているからね。中には十二鬼月もちらほらいたし、当然だよ。逆に言うとそれだけの戦果を挙げたから半年も休めたんだよ」

 

 成程、産屋敷の説明に納得がいく。納得がいくが────────────

 

「だからって俺が柱とか奇怪しいだろ」

「隊律に従わない方が奇怪しいと思わないかい?」

「……よく回る舌だ」

「褒めてくれるなんて嬉しいよ」

 

 駄目だ。此奴に舌戦は分が悪い。何時かのしっぺ返しがここで来るとは予想もしていなかった。

 俺が苦々しい顔をしていると産屋敷が訊いてきた。

 

「柱になる事の何が嫌なんだい?」

「……別に嫌な訳じゃねぇ。ただ……俺に柱は務まらない、不相応というか鬼が柱とか有り得ないだろ」

「ふむ……」

「百歩譲って俺が鬼殺隊に入るのはまだ分からんでもない。それに救われたしな。だけど柱になるのは間違っているだろ」

「……じゃあこうしよう。柱は九人までだからもし十人目の柱に相応しい人物が現れたら交代しても構わない。それでどうだい?」

「……………………分、かった」

 

 長い長い沈黙の末、産屋敷の条件を呑む。重い首を動かした俺に満足そうににっこりと笑う。

 

「受け入れてくれて嬉しいよ。考えていた名前が無駄にならなくてよかった」

「おい待て……名前ってなんだ?」

「行冥みたいな岩柱みたいに八幡は鬼柱(おにばしら)にしたんだ」

「……」

「気に言ってくれたかい?」

 

 にこにこしながらそう言う。その名前にして大丈夫か……? 大き過ぎる不安を持ったままその場はお開きとなった。……何事も無ければいいんだが。

 

 

 

 

 









どうも作者です。
煉獄さんが父に告げ口すると言っているのは八幡が理由がないと動けないことを見抜いているからです。


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柱になるのは間違っていた

 

 

 

 拝啓

 家族の皆様極楽浄土で如何お過ごしでいらっしゃいますか。此方は早いもので鬼になってからもう一年が過ぎ去りました。加えてお館様から鬼殺隊に勧誘され、その後柱に勧誘されて大躍進といった所でしょうか。

 そして私は今殺されそうになっております。

敬具

 

「悲鳴嶼さん……どうして鬼殺を邪魔するんだ」

「待て宇髄。剣を収めてくれ」

「聞けねぇな。何故鬼がここにいる? 新しく柱になった奴が居るって報せが来たもんだから出向いてみれば鬼が柱? ド派手だが質の悪い笑えねぇ冗談だ。もう一度言う。悲鳴嶼さんそこを退いてくれ」

「待て、待ってくれ。話を聞いてくれ、お館様の話だけでも」

「待てねぇよ、悲鳴嶼さん。鬼は何時人を喰うとも知れぬ化け物だ。あんたも分かってんだろ」

「違うのだ、彼は彼だけは違うのだ。お願いだからお館様の話を聞くまで待ってくれ」

 

 断言させて貰うとこうなるんじゃないかと思っていた。かなり高い確率でこうなると分かってたけどこればかりはどうしようもない。庇ってくれてありがとうございます悲鳴嶼さん。早く来てくれ産屋敷。珍しい事を願っていると届いたのか産屋敷が漸く現れた。

 

「やぁ、天元。待たせてごめんね」

「滅相もございません。お館様におかれましても御壮健で何よりです。あの鬼めのご説明をいただきたく存じますがよろしいでしょうか」

 

 産屋敷が現れてから目にも止まらぬ速さで片膝をつく悲鳴嶼さんと宇隨さんなる人。俺も公の場だから片膝をついておく。つかなかったら何されるか分からないからな。

 

「そうだね。驚かせてしまってすまなかった。彼は比企谷八幡、私が勧誘した立派な鬼殺隊の隊員で最近柱に就任したばかりだ。天元にも認めて欲しいと思っている」

「派手に反対する。鬼は人を殺し、人を襲い、人を喰う生き物だ。相容れる事はできない」

「彼が一度も人を喰らっていないとしても?」

「……今後、絶対に食わぬ保証がない」

「確かにそうだね。人を喰わないという保証ができない、証明ができない。ただ、人を襲うということもまた証明できない」

「!!」

「彼が死んだばかりの肉親も喰わず、何ヶ月も人と一緒に過ごし人を襲っていないという事実がある。人と意思疎通をし呼吸の習得迄したし、鬼を何体も葬っている。下弦の鬼も含めてね」

「!!?」

 

 とんでもない勢いで此方に顔を向ける宇髄さんとやら。首痛めますよ、なんて明後日の事を考える。

 ……やはり俺は奇妙な存在なんだな。

 

「さて、天元。認めてくれるかい?」

「…………一つ聞かせろ。比企谷八幡」

「俺に答えられることなら」

「貴様は何故生きている?」

「……何度も死にたいと思ったし死のうとした。だが閻魔に嫌われているのか巡り合わせが悪くてな。で死ねない俺はこう考えた、鬼舞辻無惨を殺しておれも死のうってな。だから今だけは……俺が生きている事をどうか許して下さい」

 

 俺は番傘の下で土下座をする。自分でも綺麗だと思うようなそんな土下座。俺に土下座させたら右に出るものはいないぜ? そもそも左右どころか前後にも誰もいないからな。

 土下座してから暫し経って宇髄が拳を地面に叩き付ける。舌打ちのおまけ付きだ。

 

「……お前が人を襲ったら問答無用で叩き斬る」

「ああ、勿論そうしてくれ。できれば襲われた人が死ぬ前に」

「……チッ」

「ありがとう。天元」

 

 ありがとうじゃねぇよ産屋敷。宇髄は滅茶苦茶嫌そうな顔してるよ、苦虫を噛み潰したような顔してるよ。

 にこにこしている産屋敷と涙をボロボロ流す悲鳴嶼さんと仏頂面の宇隨とで混沌とした場となっている。先行き不安で仕方ない、大丈夫か鬼殺隊。

 悲鳴嶼さんと宇隨が居なくなってから俺は産屋敷に問う。

 

「なぁ……やっぱ俺、柱辞めた方がいいんじゃないか、不和の招き猫だぞ俺」

「まぁまぁ、そう言わずにもう少しだけ続けて欲しい」

 

 本当に続けて大丈夫か……? 懸念が尽きない。来年のことを思えば鬼が笑うという諺は嘘だ。正しくは『笑う』ではなく『胃を痛める』。覚えておくように。

 それから柱になったんで屋敷と大量の給与が与えられると言われたが受け取る資格はないと断固固辞したが押し切られてしまった。俺は無力だ、が金の方は一切手をつけんぞ……やっぱお世話になった人に贈り物したいからつけるかも。俺の意思軟弱過ぎない? 

 そんなこんなで俺は柱になりました。柱はやる事多いのは悲鳴嶼さんを見てるからよく知ってる。面倒くさいが仕事だから仕方ない。これだから仕事は大嫌いだ。

 柱の主な仕事は担当地区なるものが与えられ基本的には週に何度かその地区の巡回と並の隊士ではどうしようもない鬼が出現した時に駆り出されること。他には継子を育てたり、書類仕事なんかもあるがここら辺は置いておこう。

 問題は担当地区の方で産屋敷から送られてきた印入の地図を見て愕然とした。縮尺を間違っていないか確認して絶望した。

 広い、担当地区が馬鹿みたいに広い。最低でも十町はあるであろう広さ。怒鳴り込んでやりたいが大量の給与と屋敷を貰った手前そんなこともできない。おい反則だろ、先に金渡してその後仕事の内容教えるとか。やらざるを得ないじゃねぇか。

 ほいほい柱になるなんて言うべきじゃなかったな。

 

 

 

 

 柱になったのは本当の本当に間違っていた。

 担当地区はまだいい、単に広いだけだから。鬼の体力を持ってすれば朝飯前だ、ただ面倒くさいだけで。担当地区はもういい。

 柱になってから烏が鳴き止まない日が無いんですけど? 毎晩の如く鳴き叫んでいるんですけど? 柱になる前の比じゃないんですけど? 

 そう、何を隠そう毎晩毎晩烏が最低五回は俺に任務を与えてくる。柱は並の隊士では太刀打ちできない鬼が出た時に駆り出される筈なんだが、毎晩引っ張りだこだ。休まる暇がない。

 俺にだけ集中して振ってる訳じゃねぇよな……?産屋敷、違うよな……? 何で(ふみ)の返信くれないんだ産屋敷……? 

 やはり柱になったのは間違いだった。





どうも作者です。
ちょっとした補足をば

お館様が八幡に屋敷と給与を押し付けた理由はどうせ欲しがろうとしないから。屋敷と欲しいだけの給料出るよと言っても欲しがらないであろうことは明白だったから。

宇髄さんが渋々受け入れた理由はいくつかあり
①意思疎通を取る事ができ、鬼舞辻無惨を倒すという同じ目標を掲げていること
②十二鬼月を討伐していること
③肉親を喰っていないこと

但し監視はしている模様。仕方ないね。


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黒歴史が目の前に現れるのは間違っている

 柱になってから一年が過ぎた。

 今は何とか宇髄と仲良くできていると思う、表面上は。当初は会う度に睨まれたし、監視されてたしで一切の信用がなかった、有り体に言えば露骨に嫌われていた。当然と言えば当然だが。

 でも監視している事については感謝したいくらいだ。いつ何時(なんどき)俺の気が触れて本物の鬼になったとしても宇髄が斬ってくれるのは有難い事だ。ただ人の寝ている所まで監視するのはどうかと思うが。

 紆余曲折あったがどうにか打ち解けられたと思っている。俺の願望でなければ。

 半年過ぎてお互いの身の上話をしたり冗談を交わしたりしている仲は打ち解けられたと考えていいよな? 大丈夫だよな? 

 この一年で変わった事と言えば仕事の量が減った事。柱になって二、三ヶ月もすればぴ烏が鳴くことが少なくなった。仕事が減って何より。

 それから五つの基本の呼吸を組み合わせた呼吸────────特殊な呼吸とでも呼ぶか。特殊な呼吸でしっくりくる型を一年間模索している。が結果は芳しくない。中にはこれは、と思えるものもあったがやはり何処違う。何の呼吸と称するかもまだ定かではない。早いとこ決めてしまいたいが焦っても仕方ない、気楽にやるかと意気込んだ。意気込んだって言えるのか……? 呼吸についてはここまで。今後の成長に期待だな。

 

 閑話休題

 

 一年という節目となる今日新しく柱が加わるらしい。女の子で花柱というんだとか。とんでもない才能の持ち主だとか。とんでもない美人だとか。

 まぁ十中八九は誇張、脚色だろう。鵜呑みにすれば馬鹿を見る。精々(せいぜい)嫌われませんように。おっともうそろそろ時間だな。産屋敷の元へ行かねば。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって産屋敷邸。悲鳴嶼さんと宇髄は先に来ていた。宇髄からちらりと目配せされる。意味は遅かったじゃねぇか。それに対して俺も目で応える。間に合ってんだから別にいいだろ。目でのやり取りを終えると宇髄があからさまに溜息をつきながら肩を竦める。様になってやがるな畜生。美形は箪笥の角に足の小指をぶつけてしまえ。どうでもいいが悲鳴嶼さんは一度もそんなことなかったな。

 ぼけーっとしていると鈴の音の様な声が木霊する。

 

「こんにちは、遅くなってごめんなさ……」

 

 目だけを向けると美少女が来ていた。噂の一部はどうやら本当だったらしい。鵜呑みにすれば馬鹿を見るが疑っていれば面食らう。八方塞がりじゃねぇか、八幡だけにってやかましいわ。

 そんな一人脳内芝居をするくらい頭の中は大騒ぎ。ただでさえ女の子に免疫が無いと言うのに、こんなかわ……整った顔立ちをしているとか勘弁してくれ。しかしどっかで見たような。

 ……何かこっち見てる? でかい傘差してるからか? え、近付いて来てる? 何で? 

 

「……良かった」

 

 緊急事態発生。謎の美少女が抱き着いてきた。近い近いいい匂い近い(やわ)い近い近い。

 おいコラ宇髄、口笛吹いて隅に置けねぇな、じゃねぇよ。助けろ、いや助けて下さいお願いします。

 抱き着かれたせいで体が岩の様に固まってしまった。頼む離してくれ。残念ながらその願いは叶えられることがなかった。ねぇどうして。何で離してくれないのん? 心臓がもたないよ。忙しなく働く心臓を落ち着ける為に彼女に問う。

 

「ど……どうして抱き着いてきたんぢゃ?」

 

 噛んだ、死にたい。若しくは消えたい。おいコラ腹抱えて笑ってんじゃねぇよ宇髄。殴るぞ、元の(つら)が分からない位殴るぞ。

 

「あ、ごめんなさい。貴方が生きているのが嬉しくてつい……」

 

 顔を林檎の如く真っ赤にさせながら蚊の鳴くような声で答える彼女。頬の熱を手で冷やすように覆っている姿が可愛らしい。惚れそうになり、求愛の言葉が喉まで出かかるがぐっと飲み込む。何よりも先に確認しなければならない事がある。其れは

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、どちら様?」

 

 この娘が誰なのかだ。何処かで見た覚えが有るような無いような人。その程度の認識であるからしてまずは誰何をせねばなるまい。

 固まる彼女に内心謝罪する。ごめんな、覚えて貰っていない悲しみは分かるんだけど。

 だからといって「あぁ〜はいはい、あの人ね。うん、そう、ほら、あの人……」なんて事になったらもっと悲しい事態になる。根拠は俺。あれ泣きそうになるんだよな。何が悲しいって思い出そうとしてんのに思い出されない影の薄さが悲しくて堪らない。

 あかん、この娘涙目になってる。やめて宇髄、その信じらんねぇっていう目やめて。仕方ないだろ。嫁が三人いるお前とは違うんだよ。指と爪の間に針が刺さってしまえ。

 そうこうしている内に彼女がから笑いをしながら零す。

 

「あ、あはは……そうですよね、覚えてない、ですよね……改めて自己紹介します。

 私は胡蝶カナエ。二年前貴方に殺して欲しいと頼まれた人です」

 

 ……二年前、……殺して欲しい、その二語を聞いた瞬間呼び覚まされる記憶。いつの間にか封印していた黒歴史が今蘇る。

 鬼になってまだ間もない頃に初めて出会った鬼殺隊隊士。殺してくれって頼んだ隊士。それが彼女。

 全て理解した俺は蹲って呻く。突然蹲った俺を見てあたふたする彼女。豪快に笑う宇髄。涙を流しっぱなしの悲鳴嶼さん。柱合会議は渾沌とする。

 

「皆お早う。今日もいい天気だね」

 

 だが産屋敷の一言により秩序が齎される。片膝をつく俺達を見て吃驚している胡蝶。見様見真似で同じ様に片膝をつこうとする。

 

「いいんだよ、カナエ。私は偉くも何ともないんだよ。三人が善意でそれその如く扱ってくれているだけなんだ。嫌だったら同じ様にしなくていいんだよ。それに拘るよりもカナエは柱として人の命を守っておくれ、それだけが私の願いだよ」

「……お館様、私も皆と同じ様にさせて下さい」

「……困ったね、八幡」

 

 何でそこで俺に振るんだよ馬鹿じゃねぇの。あれか、人の目がないところで失礼な物言いしてることに対する嫌がらせか。やり方が陰湿だぞ産屋敷。

 

「はぁ……そっすね」

 

 男の嫉妬は見苦しいよ二人とも。名前呼ばれただけだよ、別に嬉しくも何ともないよ? だからその目をやめて二人とも。怖いよ、あと恐い。

 恐怖で震える俺、鋭い眼差しを俺に送る宇髄と悲鳴嶼さん、困惑する胡蝶、やはり笑顔の産屋敷。誰だ秩序が齎されるとかかっこつけて言った奴。全くそんなことねぇぞ。誰か助けて。

 

 

 

 今日も平和に柱合会議は始まる。




どうも作者です。
やっとここまで来ました……長かった。まぁ文字数は少ないんですけどね。
UAって今まで気にした事ないんですけど二万は多いんですかね。沢山の人に見て貰えて嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちです。
噛んだ言葉を文字に起こすのムズすぎでは?研究していきます。
今後ともどうぞよしなに


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……やっぱ鬼が鬼殺隊にいるのは間違いだ

 

 

 

 柱合会議は恙無く終わりさぁ解散という時に胡蝶が言い出した。

 

「柱同士お喋りしませんか?」

 

 天女の様な顔をしながら鬼畜の発言。俺と悲鳴嶼さんがあまり喋らないもんだから柱同士での交流というのは今まで少なかった。だから新しく柱が就任する度にやりましょうと言い出したこの女。宇髄の援護もあって止められそうもないし悲鳴嶼さんも否定的ではない。孤立無援のこの状況。打てる手は一つ。

 

「そうか。じゃあ俺抜きで楽しんでくれ」

「何でそうなるんですか?!」

「何でってそりゃーあれだよ。ほらあれがそうなってああなるから駄目なんだ。イヤーホントザンネンダナー」

「理由が支離滅裂の上最後棒読みじゃないですか!」

「チッ……俺の名演技を見破るとはな……」

「大根役者もいいところでしたよ?!」

「いやいや大根は色んな料理で使われる食材で使い勝手がいいぞ。しかも美味い、文句なしだな」

「酷い演技の方に文句があるんです!」

「はぁ〜ああ言えばこう言って……お前は姑になると嫌われる女だな」

「今日が初対面なのに随分な口ですね……!」

「褒めても何も出ないぞ」

「くぅ〜!!」

 

 拳を握って地団駄を踏む胡蝶。美人は何しても様になるとかずるいんだよ。いや、そんなこと考えてる場合じゃない。今の内に帰ろう。帰る算段をつけていると宇髄がぽつりと言った。

 

「夫婦みたいだな」

 

 その台詞を聞いた胡蝶の怒りで火照った顔が更に赤くなる。

 

「いやいやいやいや、そそそんな夫婦だなんてまだそんな気が早い……

「気が早いってどういう意味だ〜〜?」

「あああ、違います違いますそれは言葉の綾と言いますかなんと言いますかとにかく違いますぅ!! 

 

 慌てふためく胡蝶をにやにやしながら追い詰める宇髄。楽しそうだなてめぇ。嫁さんに密告してやろうかなこいつ。……それにしてもそんな真っ赤になって否定せんでも……べっ別に悲しくなんてないんだからね! いや虚しいわこれ。

 なんにせよ今の内に逃げるが吉だな、善は急げという諺に従ってこそこそと逃げようとするが悲鳴嶼さんに頭を鷲掴みされいだだだだだ。

 

「ぬおぉぉ〜! 頭割れる〜離して下さい悲鳴嶼さぐぁぁぁ〜!」

「はっ! 何逃げようとしているんですか、逃がしませんよ!!」

 

 てんやわんやと騒いで結局茶屋迄連行された。解せぬ。もう帰って良いかな? 良いよな? よし、帰ろう。席を立とうとするも胡蝶がぎろりと此方を睨んでくる。小さく悲鳴を上げそうになったが飲み込んだ。

 

「……何処に行くつもりですか」

「何処って……厠に決まってんだろ言わせんな恥ずかしい」

「嘘仰らないで下さい! 逃げようたってそうはいきませんよ!!」

「いやいや嘘じゃねーってほんとだって」

「嘘です!! 鬼は排泄しない筈です!」

「えっ」

「えっ」

「…………それって鬼殺隊で常識だったり……?」

「ええまぁ多くの隊士は知っています」

「本当に?」

「本当です」

「……天地神明に誓って?」

「? はぁ、天地神明に誓って」

 

 ぎぎぎと首がゆっくりと悲鳴嶼さんの方に向く。当の悲鳴嶼さんは顔を背け茶を啜っているばかり。宇髄が意外そうに言う。

 

「知らなかったのか? お前」

「……ああ」

「ふーん、何で教えてやらなかったんだ? 悲鳴嶼さんよ」

「……比企谷に鬼の特性を知らせないようにお館様から仰せつかっていた。理由としては比企谷が何も知らない状態でどう行動するかを知りたかったそうだ」

「成程な、下手に教えず鬼の動きを引き出させる為か」

 

 理由を聞けば理解できる。俺に信用等あるはずもなく寧ろ監視されたり警戒されたりするのは至極当然。そう、当たり前のことなんだ。

 でも──────

 

 心の何処かで信頼されていると思っていた。

 心の何処かで信用されていると思っていた。

 産屋敷と悲鳴嶼さんの二人だけは掛け値なしに受け入れてくれていると思っていた。

 何の根拠も理由もなく俺を認めてくれていたと思っていた。

 

 やめろ比企谷八幡。勝手に期待しておきながら自分の想像と違っただけで失望するのはやめろ。そんなものはただの押し付けだ。願望と言うには醜くて、希望と言うには悍ましく、期待と言うには独り善がりだ。

 俺は今の自分の気持ちを鎮める為に話を振る。

 

「なぁ胡蝶どうして俺を誘ったんだ? 俺は鬼だぞ?」

「……実は私、夢があるんです。鬼と仲良くするっていう夢が」

「……へぇ」

 

 荒ぶる胸中を落ち着けようと努めるせいで生返事をしてしまった。落ち着け比企谷八幡。

 彼女は『鬼』であれば良かっただけだ。『俺』だからではない。ただそれだけだ、だから落ち着け比企谷八幡。

 ぐるぐると渦巻く感情。彼等彼女から『俺』は信用も信頼も必要も無いと思ってしまっている。

 そんな事を考える自分が嫌で嫌で堪らなくてどうしようもなくて俺は──────────

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、俺、もう帰るわ。じゃあな」

 

 がたがたと大きな音を立てて席を立つ八幡。吃驚する胡蝶を他所に荒々しく金を机に叩きつけてさっさと歩く。呆けていた胡蝶だがはっと意識を取り戻し問いかける。

 

「どうしてもう帰るんですか!!」

「やめておけ胡蝶」

「何で止めるんですか宇髄さん!」

「今の比企谷の顔を見たか?」

「……いえ」

「派手に酷ぇ面してやがった、寝てる時並のな。だから今は地味にそっとしておいてやれ」

「寝てる時……? どういう意味ですか宇髄さん」

「おっといけねぇ派手に口が滑っちまった。そんなに気になるなら本人に訊いてみろよ」

「……わかりました」

 

 その後の交流会も今一盛り上がらずお開きとなった。大きな蟠りを残して。









どうも作者です。
八幡の心理描写如何でしょうか。助言などあればしていただけると幸いです。
ゴールデンウィークでコロナ急増しそうで怖いですね。作者は籠りっきりでいようと思います。


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俺は間違いばかり犯す

 

 

 

 

 昨日は最悪の一日だった。畳の上で寝転がりながらつくづく思う。

 無条件で信用されていたと勝手に思っていたけど事実は全くそんなことなくて、それが裏切られたと勝手に思って、そんなこと思う自分が大嫌いだ。

 そもそも何故掛け値なしに受け入れてくれたと思っていたのだろう。『俺』は『鬼』なんだから当然の結果だろう。だから子供染みた考えは捨てろ比企谷八幡。

 あー何もする気がおきない。もはや瞬きも息をするのも億劫に感じる。眠くなってきたな、寝てしまおうか。

 微睡んでいると表から声が聞こえる。出るのも無論面倒だが出ないと更に面倒になる可能性がある以上出ない訳にはいかない。のそのそと亀の歩みにも劣らない速度で玄関へ向かう。やっとこさ着いたので引き戸をからからと開けて問う。

 

「はいどちら様で……」

「お早うございます。比企谷さん」

 

 びしゃんと閉めた。何故胡蝶がここに来ている? 否、理由など考えるまでもない。昨日の文句を言いに来たんだ。間違いない。絶対に入れるもんか。

 外から子犬のように甲高い声で喚いても気にしない。それがいつしか涙声になろうと気にはしな……はぁ。

 からからともう一度開けてみるとやはりそこには胡蝶カナエがいる。今にも泣きそうな胡蝶が。

 

「一応、訊いておくが何の用だ」

「ごめんなさい!!」

 

 なして今謝ったのんこいつ。訳分からん。俺が疑問符を浮かべているのが分かったのか慌てて言葉を紡ぐ。

 

「えと、その、比企谷さんの気持ちも考えずに強引に連れてごめんなさい!!」

 

 ふむ、成程。強引に連れて行った事に対して俺が怒ったと考えて謝りに来たんだな。自身の非を省みて謝罪できるのは好感を持てる。しかし

 

「あー、その、なんだ別にそこには怒ってないぞ?」

「違うんですか?! ……じゃあ何で?」

「それよりも取り敢えず上がれよ。軒先でする話でもなし」

「あ、それもそうですね。ではお邪魔します」

 

 お茶とお茶菓子を二組乗せた盆をえっちらおっちら居間に運ぶ。よっこらせと卓袱台に載せ座り込む。

 

「あ……お構いなく」

「いいんだよ、気にすんな。丁度饅頭が食いたかったところだ」

 

 饅頭の半分を口に含んでから話をする。

 

「で、あーどこまで言ったっけ……そうそう怒ってる所の話だったな。ふぅ……俺は昨日の交流会だか懇親会だかに参加させられて怒ってる訳じゃない。というか怒ってない」

「……じゃあ昨日の態度は一体……?」

「…………何て言うかな自己嫌悪に陥ってたんだ。俺が信用されていない、信頼されていない、認められていない、そんな考えが嫌いで、そんなこと考える自分が嫌いになっていたんだ。だからこれは俺の問題だ」

「…………」

「お前も無理して俺の気を遣わなくていいぞ。ぶっちゃけお前は『俺』が『鬼』だから絡んでんだろ? 意思疎通とれて偶然人を傷付けていない『鬼』だから、そうなんだろ?」

「……せん

「あ? 何て?」

「それだけじゃありません!!」

「!」

「貴方が『鬼』だからってだけじゃありません……『貴方』だから仲良くしたいと思っているんです。『比企谷八幡』さん。貴方に助けて貰って、貴方に殺して欲しいとお願いされて、そんな優しい貴方だから一緒にいたいとそう思っているんです!!」

「……買い被りすぎだ。俺は優しくも何ともない」

「いいえ、貴方は優しい人です。とても優しい人」

「……なら根拠は何だ。あと人じゃねぇ」

「夢で御家族と斬った鬼の方々に一晩中謝っているんでしょう?」

「おい……誰に聞いたその話……!!」

「それは置いといて、今の話が根拠です」

「チッ……俺が優しいなんてのはお前の押し付けだ。不愉快だ、今すぐ撤回しろ」

「……それなら貴方の事を教えて下さい」

「ああ? 何でそんなことしなきゃいけないんだ?」

「だって押し付けられるのは嫌なんでしょう? だから貴方が何を思って、何を考えて、何を好きで、何が嫌いで、何を愛しているかを教えて下さい。それから『貴方』を判断します」

「……」

「その代わりに私の事も教えます。私が何を思って、何を考えて、何を好きで、何が嫌いで、何を愛しているかを知って下さい」

「……言えば分かるなんてのは傲慢だ。言った奴の自己満足、言われた奴の思い上がりだ」

「そうだとしても言葉にしなきゃ始まらない。言わなきゃ何も始まらない、そうでしょう?」

「……」

「ふふ、沈黙は肯定と捉えますよ」

「はぁー……好きにしろよ」

「ええ、そうさせて貰います」

 

 それから胡蝶は自分の事を話し始めた。ピーチクパーチク喧しく。それに釣られる様に俺もぽつぽつと自分の事を話した。太陽が頭の上にあった筈なのに気が付けば沈むところだった。時間を忘れてこんなに話したのは初めてかもしれない。

 言えば分かるなんてのは幻想だが、言わなきゃ始まらないというのもまた事実。思えば俺は産屋敷や悲鳴嶼さんと腰を据えて話した事が無かった。だからこそ俺は二人に押し付けていた事にすら気付かなかったんだ。

 二人とお互いの話をしてみようか。そうすれば今度は間違えない、もう間違いたくない。

 

「そろそろ暗くなってきたな……送るわ」

 

 此奴は柱とはいえ見た目だけなら可憐な少女。鬼のみならず悪漢にも襲われかねん。あとで知らぬ間に死体になっていたなんて事になったら夢見が悪いもんな。夢見が悪いのは元々か。

 

「えっ泊まるつもりですけど」

「えっ……えっ?! 何で?!」

「何でって一緒に寝る為に」

「はっ??? …………いやいやいやいや待て待て待て待て確かに仲良くなるというものの最終的に行き着く所はそこかもしれないがだからといって色々すっ飛ばし過ぎと言うか早過ぎると言うか順番があると言うか何と言うか……」

「? ……はっいやいや違いますよ何勘違いしてるんですかただ一緒に睡眠を摂るだけですよ! なんて事考えているんですか! 破廉恥! 助平!!」

「はっー!? お前が紛らわしい言い方するからだろうが!! 人を助平呼ばわりすんな!!」

 

 全く以て心外だ。俺は紳士、そんな邪な事一寸たりとも考えていない。ホントダヨ、ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 

「比企谷さんも……もしかしたら……いやでも……」

 

 小声で何か言っているが聞き取れん。内容が気になるものの先に訊いておきたいことがある。

 

「何で一緒に寝……眠ろうだなんて言い出したんだ?」

「……それはその、普段魘されているそうですから少しでも安眠できるようにと思って……駄目ですか?」

 

 うぐ。上目遣いの上涙目は反則だろ。ぐぬぬこれでは頷かざるを得ない。……外も暗いし仕方ないと渋々首肯してやると顔が華やいだ。今日は眠れるだろうか、別の意味で。









どうも作者です。
祝!お気に入り二百件突破!!ありがとうございます。
二日か三日に一本のペースでのんびりやっていこうと思います。感染病に気を付けてゴールデンウィークを楽しんで下さい。


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お前それは間違いだ

 

 

 

 

「……助けてやれなくてごめんなさい。一緒に死ねなくてごめんなさい。生きていてごめんなさい。殺してごめんなさい。死んでいなくてごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ────」

 

 いつも通りの悪夢を見ていつも通り謝り倒す。だがいつもと違う事が一つだけある。誰かが優しく頭を撫でてくれている。母だろうか、妹だろうか、それとも()()だろうか。俺を労る様に慈しむようにとても、とても優しく撫でてくれている。その手があんまりにも優しくて温かいものだから甘えて縋ってしまいそうだ。

 この手がまるで許してくれている様な気さえする。嗚呼、もう少しだけ俺を──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちりと目が覚めた。今日は普段の目覚めよりましだ。汗は相変わらず多いが布団が濡れそぼる程ではないし気分も上々とは言い難いものの格段に良いと言える。

 夢の中で撫でてくれたあの人のおかげだろうか。然し(しかし)誰だろう。女性の手であることは間違いないが……まさか胡蝶か? 

 本人に訊いてみたいがもし違ったら自意識過剰な奴と思われかねない。そう言えば胡蝶は何処だろう。何故か隣にくっつけた布団には膨らみがない事から起きているとは思うが。

 すすすと襖が開き、其方に目をやると胡蝶がいた。

 

「あ、起きましたか」

「おう、たった今な」

 

 彼女の顔を見て違和感を覚える、目元に隈があるな。鬼の隣で寝れば不安にもなるかと思うがじゃあそこまで無理せんでもいいんじゃないか。

 その思いを口にする。

 

「目元に隈があるが眠れなかったのか?」

「あ……えっと……少し寝つきが悪くて……」

「……俺の隣で寝たからだろ」

「いいえ! 違います! 本当にただ昨日は寝つきが悪かっただけです!」

「…………それならいいんだが」

 

 釈然としないが本人がこう言っている以上納得するしかない。俺のせいで寝不足になったら申し訳が立たない。

 そう言えばほのかに味噌のいい匂いがする。朝飯だな、俺も自分の分を用意しなければ。

 

「よっこいせと」

「あ、朝ごはんにしますか」

「ああ、腹減ったからな」

「じゃあ準備しますね」

 

 今の会話何か夫婦っぽいな。っておいちょっと待て。

 

「なぁもしかして俺の分も用意してくれていたり?」

「はい、勿論」

 

 勿論とまで言われちゃったよ。だがしかし彼女一人に準備させるのは俺の主義に反する。

 

「俺も手伝うよ。暇だし」

「いえいえ、比企谷さんは茶の間で待っていてください」

「俺は養われる気はあるが施しを受ける気はない」

「それってどう違うんですか……?」

 

 取り留めのない会話を交わしつつ、朝食の準備を進める。俺の手際がよくて胡蝶は目を丸くしていたな。ふふん、俺は十二歳程度の家事能力があるんだぞって言ってやったらえらく微妙ですねって返された。悲しい。

 さて、朝食ができたので二人で食べる。何かほんとに夫婦みたいだな。口が裂けてもそんな事言えないが。言ってしまえば最後、気持ち悪がられた挙句二度と近寄らないで下さいと言われるだろう。そうなれば俺は再起不能になること間違いなし。

 彼女にちらと視線を向けるが美味しそうにご飯を食べているだけだ。彼女がそんな酷いことを言うだろうかとも考えるがそれは押し付けに過ぎない。そんなものは俺の想像の産物である。俺はもう間違えない。

 

「箸が進んでいませんが……美味しくありませんか?」

「ん、あ、いや、考え事してただけだ。問題なく食べられる」

「そこは素直に美味しいって言って下さいよ」

「あーはいはい……美味いよ

「!! ……ちょっと聞き取り辛かったのでもう一回!」

「……」

「黙ってないでもう一回だけ!」

 

 その後黙々と箸を動かす俺に諦めたのか彼女も食べる事に集中する。どことなく嬉しそうではあるが。

 朝食を食べ終わり食休みをする。此奴は何時まで居座るんだろうか。

 

「比企谷さん」

 

 そろそろ帰るんだろう、そう思っていたが

 

「今日は私の家に来ませんか?」

 

 何を言ってんだこいつ。よく知りもしない男の家に泊まったりあまつさえその男を自分の家に来るように誘ったりと危機感や常識が足りていないんじゃないか。この子の将来が不安だ。

 

「私の妹やアオイ……あ、アオイという子は身寄りのない子なんですけどあの子達にも貴方を紹介したくて……いいですか?」

「丁重にお断りさせていただきます」

「どうして!?」

「どうしてもこうしてもあるか、ホイホイ男の家に泊まったり自分の家に誘ったり……もうちょっと慎みを覚えなさい」

「えっ……あっ……」

 

 どうやら此奴は自分の行いにやっと気付いたようだ。いやほんと俺じゃなかったら今頃どうなってたか分からないよ? そこら辺教えておいた方がいいかもしれないな。胡蝶に男という生き物の事を教えてやろうと口を開きかけた時闖入者がやってきた。

 

「姉さん!!!」

 

 玄関から家中に響き渡る様な大声が木霊する。恐らくというかほぼ確実に胡蝶の妹だろう。胡蝶姉と二人で玄関に向かう。

 土間には胡蝶姉によく似た顔立ちの少女が立っていた。但し肩を怒らせ眉間に皺を寄せてはいるが。

 

「姉さん!! 手紙に書いた事本当なの!?」

「うん、本当だよ」

 

 鋭い目付きで此方を睨む胡蝶妹。此奴、手紙に何て書いたの? ねぇ何て書いたらこんな睨まれるの? 

 

「本当に其奴が鬼……?」

「ええ、そう鬼柱の比企谷八幡さん。ほら、しのぶも挨拶して」

「誰が鬼なんかに挨拶するもんですか! 其奴から離れて姉さん!!」

「えぇ〜」

「えぇ〜じゃありません! 帰るわよ!!」

「あぁ〜しのぶ待ってよ〜」

 

 妹に引き摺られて帰った胡蝶姉。胡蝶妹は苦労してそうだな。もうちょい躾ておかないと何仕出かすか分からないぞと心の声で助言する。

 嗚呼、騒がしいったらありゃしない。

 

 

 

 








どうも作者です。
皆様ゴールデンウィーク如何お過ごしでしょうか。
作者は高評価と低評価が一つずつ増えていて嬉しいやら悲しいやら……認めていただける様に頑張ります。
それではまた


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俺のこの気持ちは間違いではない……筈だ

 

 

 

「お早うございます!」

 

 朝一番に元気な挨拶をしながら入ってきた胡蝶姉とそこらの雑魚鬼なら裸足で逃げ出す様な決して女の子がしてはいけない形相をした胡蝶妹がやってきた。二人の顔は対照的でより胡蝶姉の顔が華々しく、より胡蝶妹の顔が恐ろしく見える。

 おい、胡蝶姉、今すぐ隣の奴の顔を見ろ。不機嫌ですと顔に殴り書きされているぞ。悪い事は言わん、取り敢えず謝っとけ。む? よく見たら胡蝶姉は薄らと汗をかいている上にやや笑顔も強ばっている……さては意図して無視しているな。やめておけ、今にも殺しかねんぞ、特に俺が危ないから頼むから。

 

「おう……お早う……」

 

 ギロリと胡蝶妹に睨まれる。何姉さんに口聞いてんの? 死にたいの? と言わんばかりだ。

 おかしい、挨拶を返しただけなのに何故睨まれなきゃいけないんだ。どうせ挨拶を返さなくても睨まれるんだろ、八幡知ってるそれ理不尽って言うんだ。

 

「あ、あはは……ほら、しのぶも笑顔で挨拶しよ? 姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなぁ……」

「姉さんが金輪際この鬼と関わらないと言うのであればずっと笑顔でいますよ?」

「え、え〜っと、それはちょっと言えないかな〜なんて……」

「では交渉決裂よ。今日も一生のお願いだって言うからここに来てもいいって言ったのに……」

「だ、だってしのぶも知ってるでしょ? 私の夢」

「叶いもしない夢を追うのはやめなさい、この鬼がいつ姉さんを喰うか分かったもんじゃないのよ?!」

「比企谷さんはそんな事しないわ」

「どうしてそう言えるの?!」

「だって比企谷さんは……とても優しいから」

「根拠になってない!!」

 

 尚も続く口喧嘩に辟易する。俺の前で姉妹喧嘩するのやめてくれませんかね。内輪揉めは好きだけどあれは遠くからせせら笑うのが楽しいのであって目の前で繰り広げられると喧しい事この上ない。胡蝶姉もそこまで意固地にならんでもいいと思うんだが……妹の言う通りにしておけよ。いくら夢だからって妹と喧嘩してまで叶えたいか? 俺はそうは思わん。妹に嫌われたら生きていけない。想像しただけでちょっと泣きそうになる。

 

「比企谷さんも何か言ってやって下さい!」

 

 おいやめろ、俺に振るな。後ろ見ろ後ろ、お前の妹が般若の様な顔してるから、余計な事言おうものなら八つ裂きにしてやるって顔してるから。

 ここで言葉の選択を誤れば即刻死が訪れるであろうことは疑いようもない。

 

「あ〜なんだ……妹の言う通りにしておけよ。あと喧嘩は自分家でやれ」

「何でそんな事言うんですか?! 酷いです!!」

 

 後ろの般若のせいだよ。お願いだから振り返って、あの顔滅茶苦茶怖いから。

 俺が恐怖で震えていると胡蝶姉がとんでもない事言い出した。

 

「そんな酷いことを言うならもう一緒に寝てあげませんから!」

 

 ぴしりと空気に罅が入った音がした。胡蝶妹の顔が更に凶悪になる。般若というのも生温いとすら言えるようなそんな顔。頼んだ覚えはないとか言い方とか色々と突っ込みたいが先ずは胡蝶妹の誤解を解かなければ俺は死んでしまう。

 

「胡蝶妹落ち着け。お前が考えているような事はしていない。寝たと言っても睡眠を摂ったという意味だ。断じて違う」

「遺言はそれでいいですか……?」

「しのぶ違うの! そういう意味じゃなくてね!?」

 

 すーっと抜刀する胡蝶妹。半ば死を覚悟する俺。誤解を解こうとする胡蝶姉。しっちゃかめっちゃかとは正にこの事。事態の収拾には一刻を要した。

 

 

 ######

 

 

 どうにか疑いは晴らせた……いや表情を見る限り三割位まだ疑っている。それでも信じて貰えただけ有難い。俺と胡蝶姉は息も絶え絶えの状態。死ぬかと思った。

 

「……ここは姉さんに免じて信じてあげましょう。それよりも姉さん! 鬼……否、男と同じ部屋で床に就くとはどういう事!! 信じられない!!」

「はい……返す言葉も御座いません……」

「全く姉さんは本当に天然というかなんというか……」

「しのぶが言えた事じゃないと思う」

「何か言った?」

「いいえ、何も」

 

 納得いってなさそうな顔をしたが頭を振って切り替えたようだ。

 

「こほん、話を戻すけど今後この鬼と関わらないって約束して」

 

 そういやそんな話してたな。誤解を解くことしか考えてなくてすっかり忘れてたわ。

 

「……どうしても駄目……?」

「姉さん……分かっているでしょう。鬼が人を食べる限り仲良くできないって」

「でも比企谷さんは違うわ……」

「はー……姉さん、人を食べない鬼はいないの。そんなものは夢物語よ」

「しのぶ、本当に彼はただの一人も食べていないの」

「……どうせその鬼が口から出任せ言ったんでしょう……」

「いいえ。お館様、岩柱の悲鳴嶼さん、音柱の宇髄さんが口を揃えて彼は人喰いをしていないと言っていたわ」

「嘘よ! そんなのは嘘!!」

「嘘じゃないわ」

「……じゃあどうしてお父さんとお母さんは鬼に殺されたのよ!! どうして私達が鬼殺隊に入ったのよ!! どうして……どうしてあの日に来た鬼があんたじゃないのよ……」

 

 わんわんと泣き出した胡蝶妹。目に涙を浮かべながら妹を抱きしめ慰める胡蝶姉。二人は積年の想いを涙に変えて吐き出した。

 二人が落ち着いてから呟くように俺は言う。

 

「分かるよ……お前の気持ち」

「『分かる』だなんて軽々しく言わないで!」

「……俺の家族も鬼に殺された……」

「!!」

「……」

 

 ばっと俺の方に振り返る胡蝶妹、押し黙ったままの胡蝶姉を気にすることなく続ける。

 

「だから痛い程『分かる』」

「……一つだけ約束して……絶対に人を食べないって……」

「……ああ、約束するよ」

 

 目元をゴシゴシと拭って姉に向き直る胡蝶妹。

 

「姉さん」

「何、しのぶ?」

「癪だけど……この鬼と会ってもいいわ」

「本当!?」

「但し! 私もついて行くからね!!」

「うふふ、しのぶも比企谷さんと会いt」

「いいえ、この鬼の監視の為よ。姉さんと一緒にしないで」

「……」

 

 真顔で否定するのやめてくれませんか、泣きたくなるから。まぁそんな事よりこれから更に騒がしくなりそうで苦笑する。

 眉が八の字になっていた筈だ、きっと。

 








どうも作者です。
とうとうここまで漕ぎ着けました。これからガッツリ絡ませていきたいと思います。お楽しみに。
それから沢山高評価いただき嬉しい限りです。ありがとうございます。評価に見合うクオリティを出せる様に頑張ります。
ではまた。


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後で間違いだったと嘆く事になる

 

 

 

 胡蝶妹が姉に対して自身も同伴なら俺に会いに来ても良いと許しを出してから間もなく其奴は言い出した。

 

「あ、そうだ」

 

 胡蝶姉が唐突に思い付いたと手を打って言い出した。これ以上の面倒事は御免被りたい……一体何を思いつたのだろう。俺は身構えながら話の続きに耳を傾ける。

 

「比企谷さん、私達のこと何て呼んでます?」

 

「……それがどうした」

 

「いいから答えて下さい。私のことは何て呼んでます?」

 

「……胡蝶(あね)

 

「……はぁ〜〜〜」

 

 嫌味ったらしく長々とあからさまに溜息をついた胡蝶姉。おい、そこまでせんでもいいだろ。

 

「……比企谷さん、それが人の呼び方ですか?」

 

「別にいいだろ、分かれば」

 

「よくありません! 何ですか胡蝶姉って!」

 

「胡蝶だけじゃ分からんだろ?」

 

「何得意気にしてるんですか! 胸を張る程のもんじゃないですよ! 普通名前で呼び分けるのに何で苗字の後ろに姉だの妹だのつけているんですか! 信じられません!!」

 

「そこまで言わなくてもいいだろ……」

 

「いいえ、はっきりと言っておきます。比企谷さんの常識を疑います、ここまで酷いとは思っていませんでした」

 

 常識を疑うとか酷いとか好き勝手いいやがって……そこまで酷いか? 俺が自問自答していると頭の悪い子供に諭すように奴は言う。

 

「いいですか? 先ずは私の事を名前で呼んでみて下さい。カナエって」

 

「……」

 

「黙ってないで言って下さい。カナエって言うだけですよ」

 

「カナエ」

 

「聞こえません。もっと大きな声で」

 

「……カナエ」

 

「はい、よく出来ました。今日から私達のことを名前で呼びましょう」

 

「いやでも、お前は名前で呼ぶから別に二人とも名前で呼ぶ必要はないだろ」

 

「お前じゃなくてカナエです。しのぶも名前で呼んであげて下さい、立派な名前があるんですから」

 

「いやでも」

 

「しのぶも名前で呼んであげて下さい、ね?」

 

「……ワカリマシタ」

 

 畜生、何がお前を駆り立てるんだよ。別にいいだろ苗字で呼んだって。

 にこにこと満面の笑みをする胡蝶姉「カナエですよ?」……もといカナエと苦虫を噛み潰したような顔をした胡蝶妹「しのぶですよ?」何さらっと俺の考えていること読み取ってんだ此奴。お前もか、お前も読心術を持っているのか。録に考え事もできねぇじゃねえか。

 

「……比企谷さんって案外分かりやすいんですね」

 

「そうか?」

 

「ええ、とても」

 

「……そうなのか」

 

 本気で表情に出さない練習をしよう。そう固く決意した。

 

 ######

 

「それでその時しのぶがですね〜」

 

「ちょっと姉さん! その話はやめて!!」

 

 何でまだいるんですかね、此奴ら。そろそろ日暮れだよ? もういい時間だよ? 帰った方がいいぞ。そう目で訴えるが知らんぷり。一昨日のようにまた泊まるのだろうか。その危惧は杞憂となる。

 

「それじゃあそろそろ……」

 

 カナエが立ち上がりながら言葉を紡ぐ。良かった、帰ってくれるんだな。しのぶもすっくと立ち上がりカナエに追従する。

 

「一緒に巡回をしましょうか、比企谷さん」

 

 何を言ってんだ此奴。しのぶも目を剥いているぞ。俺は首を左右に振って拒否の意を示す。

 

「姉さん何言っているの?」

 

「? 比企谷さんと私の担当地区が被っているから一緒に回るのよ」

 

「何で一緒に行く必要があるのって聞いているの!」

 

「ん〜何となく?」

 

 怒りでぷるぷると震えるしのぶ。あっけらかんとした顔のカナエ。俺は溜息をつきながら口を挟む。

 

「一緒に回るとか非効率だろ」

 

「効率とかそういう問題じゃないんです」

 

「じゃあどういう問題だよ」

 

「一緒に夜道を歩くなんて素敵じゃないですか?」

 

「話にならんわ」

 

「姉さん、私が一緒に行ってあげるから。こんな鬼と夜道を歩いていたら襲われるわ!!」

 

「もう、比企谷さんはそんな事しないって言ってるじゃない」

 

「それが信じられないって言っているの!」

 

 ぎゃいぎゃいと言い争いを始めたので俺はそそくさと一人巡回に向かう。やはりこんなに騒がしいのは間違っている。

 

 

 

 

 

 

 ふう、家から離れた上に被っていない所まで来たからもう安心だ。何であいつは態々一緒に来たがるのだろう。……まぁそれは後でいい。今日も務めを果たさなければ。

 俺は今日も鬼の首を落とす。一つ、二つ、三つ。完全に塵となる前に言い遺すことはないかと問うて、塵となって風に飛ばされて行く時にごめん、と謝る。日に日に斬る鬼が減っているな……数が減っているのか、隠れているのか、移動したのか。前者であれば良いが後ろの二つが理由であればもっと遠くに足を延ばす必要があるな。そうと決まれば早速行こう。一先ず東の山を三つ越えよう。

 二つ目の山に小さな寺があり、近くから血の匂いが香る。急がねばと霹靂一閃の要領で走る。何とか間に合った。

 

雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃

 

 お寺の住人が無事である事を確認し三つ目の山へ向かおうとした時、少女に呼び止められる。

 

「待って!!」

 

 その場で立ち止まり首だけを回して後ろを見る。そこには俺の妹とそう変わらない女の子がいた。彼我の距離はやや遠いせいか大きな声で喋る。

 

「悲鳴嶼さんを知っていますか!?」

 

「? 、ああ」

 

「悲鳴嶼さんに伝えて下さい! あの時悲鳴嶼さんのせいにしてごめんないって! 言い訳だけどあの時うまく喋れなくてそれで、悲鳴嶼さんのせいにしちゃって……!! 本当にごめんなさいって伝えて下さい!」

 

「……お前の名前は?」

 

「私の名前は沙代です! どうかよろしくお願いします!!」

 

「そこまで思っていてどうして直接謝りに行かないんだ?」

 

「……私のせいで悲鳴嶼さんを人殺しにしちゃって……会わせる顔がなくて……」

 

 彼女の言い分は理解できる。申し訳ないが故に会って何て言われるか分からず怖いんだろう。だけど言わせて欲しい。俺は彼女に近付き諭す。

 

「……もう二度と会えないとしても?」

 

「えっ?」

 

「もしかしたら明日悲鳴嶼さんは死ぬかもしれない、もしかしたら二度と物言えぬ死体となるかもしれない、それでも会わせる顔が無いと?」

 

 沙代は俯き黙り込む。幼い女の子にはちと厳しかったかな。

 

「…………」

 

「……経験者からの助言だ」

 

 その一言でばっと顔を上げ俺の顔を見やる沙代。そして覚悟を決めた顔をして俺に言う。

 

「悲鳴嶼さんに会わせて下さい」

 

「応、結構遠いからしっかり掴まっておけよ」

 

「え、ちょ」

 

 彼女を背負い駿馬の如く走り抜ける。何とか夜明け前に悲鳴嶼さんのお宅に到着した。

 

「悲鳴嶼さん、比企谷です。起きていらっしゃいますか」

 

 少し間があって引き戸を開けて顔を出した悲鳴嶼さん。夜分遅くにすみませんと頭を下げる。

 

「どうした比企谷。む、何か背負っているのか」

 

「沙代という子を連れて来ました」

 

「!! ……何故連れて来た……」

 

「謝りたいそうです」

 

「!?」

 

「ほら、沙代着いたぞ……いけね気絶してら。上がってもいいですか?」

 

「あ、ああ……」

 

 お日様が顔を出して一刻程してから沙代は目覚めた。悲鳴嶼さんを視界に捉えた瞬間涙を流してしゃくり上げながら謝りだした。曰くあの時は混乱していて悲鳴嶼さんのせいにしてごめんなさいと、人殺しにしてごめんなさいと、他の子供達は化け物と戦おうとしていたと。悲鳴嶼さんも万斛の涙を注ぎながら静かに頷き謝罪の言葉を受け入れる。俺はそっと二人のいる部屋を後にした。

 俺はかつて寝泊まりしていた部屋で暫くぼんやりしながら待っていると悲鳴嶼さんが入ってきた。

 

「話はもういいんですか?」

 

「うむ、泣き疲れて寝てしまった……」

 

「……訊いてもいいですか?」

 

「ああ、……もう昔の話だ」

 

 そう前置きして悲鳴嶼さんは語り出した。寺で身寄りのない子供達を家族同然のように育てていたがある夜、言いつけを守らなかった悪ガキが鬼と遭遇し悲鳴嶼さんと沙代含む八人の子供を売ったらしい。すぐに四人の子供が殺され、三人の子供が逃げ出したが沙代だけは悲鳴嶼さんの後ろに隠れていた。三人の子供は殺されており、せめて沙代だけは守らんと鬼を朝まで殴り続けたという。しかし夜が明けてから駆け付けた人達に沙代はあの人が皆殺したと証言。それで悲鳴嶼さんは人殺し呼ばわりされ、産屋敷に牢から助け出され今に至ると締め括った。

 

「だが今日、沙代から話を聞いて疑いは晴れた。ありがとう比企谷、君のおかげだ」

 

「俺は何もしてませんよ……精々沙代を連れて来ただけです」

 

「それでも……ありがとう」

 

 真っ直ぐな感謝の言葉に照れ臭くなり、頭の後ろを強く掻く。悲鳴嶼さんは大粒の涙を流しながらも薄らと微笑んだ。沙代が起きるまで男二人はただ静かに時の流れに身を委ねた。








どうも作者です。
ゴールデンウィークももう終わりですね。学校や会社が嫌になりそうですが共に頑張りましょう。
そうそう、今回会話と会話の間に行間を空けてみましたが如何でしょうか?
今後の展開が楽しみと言う声をいただいて作者の励みになっています。
それではまた。


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いや違うからな!

 

 

 

 沙代が目を覚ましてから悲鳴嶼さんはこれからの事を話し合った。結果としては沙代は悲鳴嶼さんのお宅に厄介になることに。そこで沙代が昨日まで世話になっていたお寺まで事情を説明にひとっ走り。住職さんに了解を得てこれで何の憂いもなく沙代と悲鳴嶼さんは暮らせる事になった。

 

「比企谷さん、ありがとうございました!」

「私からももう一度言わせて欲しい。ありがとう比企谷」

「……だからお礼何て別に……俺が勝手に連れてきただけですし……」

「比企谷さん、違いますよ」

 

 沙代が間違っていると言わんばかりに頭をゆっくり左右に振る。その言葉に首を捻る俺。自分の思いを吐露しただけなのに何が違うというのだろう。

 

「そういう時はどういたしましてって言うんですよ」

「……どういたしまして」

「はい、本当にありがとうございました」

「……ん」

 

 俺史上一番の感謝の言葉に背中がむず痒くなる。悲鳴嶼さんも沙代も破顔している。悪意が無い優しい笑みを向けられて居心地が悪い。

 

「じゃあ積もる話もあるでしょうし、邪魔者はここでお暇しますよ」

「比企谷、本当に君には感謝してもしきれない。また何時でも来てくれ」

「気が向いたらまた来ますよ」

 

 そう二人に告げ俺は家路を辿る。手を振る二人に手を振り返しながら。

 

 

 

 

 

 気が付くと日は高く昇っていた。太陽を見上げると首が少し痛くなるくらいの高さにまで時間が過ぎていた。通りでこんなに疲れた訳だ。今日はごろごろだらだらして過ごそうと予定とも呼べない予定を立てていると家に着いた。庇の下で傘を閉じ戸を開けると

 

 

 

 

 

 

 そこには栗鼠よろしく口をぷくっと膨らませたカナエがいた。美女はこんな顔してても絵になるんだからずるいよなぁと思考の寄り道をする。しかしながらその美貌もややくすんでいる。目の下の濃い隈と充血した目が原因だ。もしかしなくても昨夜から起きたままであることは想像にかたくない。嫌な汗を感じていると彼女が口を開いた。

 

「比企谷さん」

「アッハイ、何でしょうカナエさん」

「比企谷さんは酷いです」

「……何故でしょうか」

「昨日一緒に巡回に行こうと言ったではないですか! それなのに貴方は何処かに行ってしまうし、待てど暮らせど帰って来ないし、しのぶと二人で行ったんですよ!?」

「一緒に行くとか一言も言って……」

「何か言いましたか?」

「イエナニモ」

「比企谷さん」

「アッハイ」

「今晩は一緒に巡回に行きましょう、ね?」

「……」

「返事が聞こえませんよ?」

「……ワカリマシタ」

「はい、よくできました」

 

 俺が詰られる事にあまり納得がいっていないが不眠で待っていたから文句の一つも言えやしねぇ。その後しのぶに「姉さんを徹夜で待たせるとはいい度胸ですね、罰としてこれを飲みなさい」と言って毒を渡された。徹夜させたことは事実だから大人しく飲む。四半刻してから毒の効果が現れ打ち上がった魚の如く派手に悶え苦しんだ。その様子を鼻で笑うしのぶはほんといい性格して……嘘です、ごめんなさい。謝るから毒の増量は許して。畜生、読心術持ってる奴が多すぎる。

 暫し毒で苦しんでいたが一つ気になったのでしのぶに訊いてみる。

「そう、いや、カナエは?」

「誰かさんのせいで徹夜したから今はお昼寝をしているわ」

「……すんませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 空が茜色に染まる頃にカナエは起き出して来た。寝起きは悪いのか何処かぼーっとしているが「夜一緒に出掛けましょうね」と釘を刺して来た。忘れてくれないかなーという俺の一縷の望みは潰えた。

 とっぷり日が暮れた為いそいそと楽しそうに準備するカナエ。うっかり惚れて人生も一緒に歩みましょうと求婚しかねないから、楽しそうにするのやめて。尤もそんな事すればしのぶの手によりすっぱり首を斬られる事になるから間違ってもしない。ほら肉食獣の目で俺を見てるよ。怖い、あと恐い。

 

「さぁ、行きましょう!」

 

 カナエの号令で揃って玄関を出る俺たち。カナエはまぁ喋る喋る。家族や友人を初めに趣味、好物、特技、苦手なもの果ては昨日の夜の仔細まで根掘り葉掘り訊いてきた。特に昨日の話をしつこく訊いて来るから沙代を送っただけだと言った辺りで目に見えて不機嫌になった。

 

「へー……比企谷さんは私を差し置いて他の女と逢瀬してたんだへー」

「話聞いてただろ。悲鳴嶼さんのとこに送っただけだし、というかまだまだ幼い女の子だよ」

「へー比企谷さんはそんな小さな女の子が好きなんですね。へー」

「話聞けやコラ」

「うわ、気持ち悪い……暫く私に話し掛けないでくださいね」

「おいしのぶ、違うからな。全く以て違うからな。頼むからその汚物を見るような目をやめて下さいお願いします」

 

 そんな取り留めもないやり取りをしながら担当地区を練り歩く。柱としてはよろしくないかもしれないがその分俺が働くから他の隊士には目を瞑って欲しい所だ。

 自分で他の奴の分まで働く何て言うとか……かなり毒されているな。毒はしのぶの毒で十分です。いやしのぶの毒も出来れば遠慮願いたいものだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした〜! また一緒に回りましょうね!!」

「朝っぱらから近所迷惑だから大きな声出すのやめろ」

 

 指摘されて慌てて口を塞ぐカナエとその様子に呆れながらも窘めるしのぶ、仲がいい姉妹だとしみじみ思う。彼女達の姿が消えてから門の内側に身を隠し一息ついてから俺は左腕の肉を齧りとる。

 ぶちぶちとちぎれ離れる嫌な音、流れ出る血潮、垣間見える骨。いつもと変わらない、鬼の食欲を誤魔化すための一時しのぎ。変わったのは頻度くらいなものだ。最近────とりわけカナエが絡むようになってから明らかに増えた。無論カナエに見られないように徹底しているから問題はまだ無い。しかしこれ以上頻度が高まれば不味いかもしれない。

 どうか高まりませんようにと居もしない神に祈りをする。

 









どうも作者です。
ゴールデンウィーク終わっちゃいましたね、無念。
カナエと八幡絡ませるの楽しくてどんどん筆……じゃなくて指が進みます。不死川が出たら展開をどうしたものか。じっくりコトコト煮詰めてみます。
それではまた


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間違っていないだろうか

 

 

 

 カナエに話しかけられしのぶに毒を盛られる。そんな生活が習慣となりつつある今日この頃。日を跨ぐ度に毒の効果が強く、量が多くなっていく事に恐怖している。何がえぐいかと言うとしのぶは俺の前では不機嫌そうな顔を露骨に浮かべているんだが毒を渡す時だけ清々しい笑顔なのがえぐい。最近は毒よりも彼奴の笑顔の方が怖い、あと恐い。

 カナエは普段から微笑を湛えて(たたえて)いるが俺を視界に捉えた瞬間から口角が上がる……と思う。俺と会話できるだけで嬉しいと零していたがそれ本人に言う必要ある? しのぶに「何照れてるんですか、気持ち悪い」と罵られたから言う必要無いと思う。

 だがここで自惚れない、自惚れてはいけない。彼女は以前『俺』だから一緒に居たいと言ってくれた、『鬼』だからという理由だけではないと。逆説的に言えば『俺』だからという理由だけではなく『鬼』でもあるから、という事が言えるのではないだろうか。つまりは『鬼』であり『俺』だから彼女は俺の傍にいる。『俺』だからという理由だけではない事を忘れてはいけない。自戒せねば。

 カナエの優しさに甘えないように戒めつつ、しのぶはもう少し俺に甘くてもいいと思う。カナエと他愛も無い話をしたりしのぶに毒を盛られたりする今の時間が……嫌いではない。

 そんなある日、カナエが突如提案してきた。

 

「比企谷さん、(うち)に来ませんか?」

 

 まだ懲りてなかったのかお前は。隣見ろ隣、顔全体で不満を表現しているぞ。仔犬のように喚かないのは成長か或いは……いや考えるのはよそう。それよりも彼女の提案に答えなければ。

 

「丁重にお断りさせていただきます」

「何故!?」

「隣の奴を見てみろよ。それが答えだ」

「わっ! どうしてそんな顔しているのしのぶ!? ちょっと不細工になってるわ」

「誰のせいよ誰の。姉さん……本当に(うち)に招くつもり?」

「ええ、勿論」

「あ……やっぱり何でもない。好きにしたらいいわ」

 

 歯切れの悪いしのぶが気になる。いつもはきはきとした物言いをするだけに無性に気になる。此奴は何を言いかけたんだろう。訊いてみようとするが

 

「ありがとうしのぶ!! やっと比企谷さんを認めてくれたのね!」

「それだけは有り得ないから」

 

 だから真顔で否定するのやめて。俺の心が抉り取られるから。目から汗が止まらなくなるから。

 ……結局訊けなかったな、また後で訊こう。

 

「さぁ比企谷さん、早速行きましょう!」

「えぇ……今からかよ。明日じゃ駄目か?」

「……そんな事言ってズルズル引き延ばさないですよね?」

「モチロン、ハチマン、ソンナコトシナイ」

「明日! 絶対に(うち)に来させますからね!! 引き摺ってでも連れて行きますからね!!」

「分かった、分かったからでかい声出すのやめろ」

「迎えに来ますからね、準備しておいて下さい」

「……ああ、了解」

 

 こうして強制的に二人の住む蝶屋敷に向かう運びとなった。正確には胡蝶姉妹の他にも女の子達が住んでいると聞いている。鬼の俺が行って大丈夫だろうか。

 不安と懸念と気掛かりが太陽と共にやってくる。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 ここ最近、カナエ様の機嫌がとてもいい。前から笑顔の絶えない人ではあったがその笑顔も以前より活き活きとされている。一方しのぶ様は不機嫌になることが増えた。カナエ様の言動を咎める事が多々あった為、その瞬間は機嫌が悪かったものの普段は凛とされている方で不機嫌になる事などほぼなかった。しかし最近ではカナエ様がヒキガヤさんなる人の話題を出す度に眉間の皺を寄せられている。しのぶ様は何をそんなに怒っているのだろう。怖くて聞くに聞けない。

 カナエ様の機嫌が良くなってから何ヶ月か経った頃帰ってから突然言い出した。

 

「明日は比企谷さんを連れてくるね」

「あのいつもお話されているヒキガヤさんですか?」

「そう! その比企谷さん!」

「随分と唐突ですね」

「今が攻めどきだと思ってね」

 

 最後の意味は分からなかったがカナエ様の親しい方がいらっしゃるというのは分かった。比企谷さんのお話は度々聞いているがよくよく思い返してみると何処の誰か、何をされているのかという事は全く聞いていなかった。その私の疑問を見抜いたのかカナエ様が仰った。

 

「実は比企谷さんは……鬼柱なのよ!」

「鬼柱?」

「あれ? 知らない?」

「噂ぐらいなら……」

 

 ここ、蝶屋敷は負傷した鬼殺隊隊士や(かくし)の方々の治療を行っている。そして人が集まれば噂も自ずと集まるものだ。

 鬼柱に纏わる噂は様々ある。例えば目で追いきれぬ程速いとか下弦の鬼を容易く屠る程強いとか命を救われたとか逆に手柄を横取りされたと言う者もいた。

 数しれない噂がある鬼柱だが本人に関する情報────風貌や名前────がさっぱり分からないのだ。

 速すぎる故に誰もしかと顔を見ていない。精々が黒髪でひと房の髪が逆立っているという程度の情報しかない。極々少数ではあるが中には鬼のような角や紋様を見たという者もいた。私を含め誰も信じていなかったが。

 そんな謎多き鬼柱が件のヒキガヤさんであるというカナエ様のお言葉に興味をそそられない訳が無い。私は好奇心を自覚しながらカナエ様の言葉を待った。

 

「比企谷さん、出不精だからなぁ……じゃあ比企谷さんの説明をするわね」

 

 私はこくりと一つ頷いた、とくんとくんと鼓動が速まるのを感じながら続きを待つ。

 

「実は比企谷さんは何と〜……鬼でした〜!」

「……は?」

 

 思わず声が漏れ出てしまう。いやこればっかりは皆同じ反応をするに違いない。鬼……何かの暗喩だろうか。推測を重ねていると一つの仮説に思い至る。そしてその仮説を思い付いた自分に失笑する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自分の鼓動が別の意味で速くなる。さっきまでの浮ついた気持ちは跡形もなく消え失せた。確認しなければならない、本当にそんな事が有り得るのか。

 

「カナエ様……鬼ってどういう意味ですか……?」

「それは言葉通りの意味よ。比企谷さんは鬼、人を喰う鬼の事。あ、でもね彼は違うの。今まで一度も人を食べた事がないから安心してね!」

「そう……なんですか」

 

 成程、合点がいった。通りでカナエ様は最近ご機嫌なのだ。夢が叶って嬉しくて仕方ないのだ。そしてしのぶ様が不機嫌になられたのも同時に理解した。

 私の小さく、はっきりとしない返答を気にすることなく言葉を紡ぐ。

 

「今まで秘密にしていてごめんなさいね。彼から吹聴したら姿をくらますって言われていたものだから」

 

 恐らくヒキガヤさんの物真似をしながら理由を話すカナエ様。その言葉が私の中で上滑りする。

 今までの話が全て本当ならば明日、鬼がここに来る。悪い冗談であって欲しい所であるがカナエ様としのぶ様の様子を見る限りその線は壊滅的だろう。

 

「それは……とても喜ばしい事ですね!」

「うん! そうなの! 分かってくれるのねアオイ!」

 

 

 

 

 

 

嗚呼、私は今、上手に笑えているだろうか。 嗚呼、私は今、上手く喜べているだろうか。 嗚呼、震えが止まらない。頭の先から足の小指まで余すところなく震えている。 明日は上手く笑えるだろうか。 明日は上手に喜べるだろうか。 嗚呼、 明日は震えが治まるだろうか。

 

 








どうも作者です。
今回は趣向を変えてみましたが如何でしょうか。お気に召すといいのですが。
心理描写が難しいんですよね。何を書くべきか何を書かないでいいか……取捨選択が本当に難しい。今後戦闘描写もあるのでせめて心理描写は上手いこと書きたいものです。
ではまた


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俺達は間違えた

 

 

 

「すぅー、はぁー」

 

 大きくゆっくり息を吸って吐く。速すぎても遅すぎてもいけない。過呼吸になったり呼吸困難になったりすればカナエ様に心配をかけてしまう。そうなれば今日の催しは中止になる。カナエ様が優しいと言うヒキガヤさんにも心配をかけてしまう。ヒキガヤさんも気を使って帰られてしまうだろう、カナエ様が優しいと言う方なのだから。

 そろそろカナエ様としのぶ様がヒキガヤさんを連れてくる頃合だ。お茶もお菓子も最高級のものを用意したし、湯呑みや皿も値の張るものを選んだ。今日は、今日だけは絶対に粗相をしてはならない。大丈夫、作法の本は穴が空くほど読み返した。大丈夫、鏡を見ながら笑顔の練習もした。大丈夫、昨日はあまり眠れなかったけれど大丈夫。胸が苦しいけど大丈夫。お腹が痛いけど大丈夫。頭もちょっと痛いけれどもきっと大丈夫。だから

 

 

 

 

震えないで私

 

 

 

「ただいま〜!」

 

 カナエ様の声が屋敷に木霊する。カナエ様の容姿にぴったりな綺麗なお声。普段より大きくほんの少し高いことから楽しみにされている事が分かる。しっかりとヒキガヤさんをもてなさなければ。

 

「ようこそ蝶屋敷へ。お初にお目にかかります、私は神崎アオイと申します。以後お見知りおきを」

「……初めまして。聞いてるとは思うが俺が比企谷八幡だ。そんなに畏まらないでくれ」

「いえいえ比企谷様はカナエ様と同じく柱、そんなお方にどうして生意気な口が聞けましょうか」

「……そうか、無理しなくてもいいんだぞ」

「無理などしておりません、比企谷様」

 

 よし、噛むことも吃ることもなくすらすら言えた。幸先はいい。この調子でやればきっと大丈夫。

 

「それではご案内させていただきます」

 

 四人揃って大部屋へと向かう。その間、カナエ様が沢山比企谷さんに話し掛け、それを言葉数少なく返す比企谷さん。良かった、カナエ様喜んでいる。しかし、しのぶ様は一言も喋らない。鬼が我が家にいるのが気に入らないのだろうか。

 勝手知ったる我が家であるが今日はまるで違う場所のように感じられる。こんなに廊下は長かったっけ、こんなに襖は重かったっけ。

 

「じゃーん! 比企谷さんどう? 私とアオイが頑張って飾りつけたお部屋! 素敵でしょう?」

「ああ、態々ありがとう」

「ささ、座って座って!」

 

 カナエ様の右隣に比企谷さん、比企谷さんの右隣に私、私の右隣にしのぶ様が座る形で座る。やはりしのぶ様のお顔が暗い。どうしよう、何か話し掛けた方がいいのかな。

 

「さぁアオイ! 比企谷さんに訊きたい事があったらなんでも訊いてね!!」

「何でお前が言ってんの? 俺の台詞だろ。いや、言わないけど」

「だから私が言ってあげたんじゃないですか、感謝してくださいね」

「感謝するところあった?」

 

 カナエ様が振って比企谷さんが返す。いつもこんな風にお話されているのかな。カナエ様は気分が高揚されているのか言葉が湯水の如く溢れ出ている。こんなカナエ様は初めて見た。だから尚更あの笑顔を曇らせたくはない。

 でも、手の震えが止まらない。頭が更に痛くなってきた。腕に、全身に力を込めても震えは一向に止まらない。お願いだから止まってよ。カナエ様を悲しませたくないの。止まって、止まって。

 

「……悪いそろそろ帰るわ」

「えっちょっと比企谷さん!?」

 

 比企谷さんはそう言い放って立ち上がりさっさと玄関に向かった。

 私のせいかもしれない。お話しなかったから? 上手く笑えていなかった? お茶やお菓子が気に入らなかった? 湯呑みやお皿が気に入らなかった? 

 次々に浮かんでくる『もしかしたら』。思考の深海に徐々に沈んでいるところにしのぶ様から声が掛けられる。

 

「アオイ」

 

 びくりと肩が震える。責められるのだろうか、叱られるのだろうか。不安で吐き気が込上がる。

 

「こっちにおいで」

 

 優しい顔で手招きされる。何処へ行くというのだろう。私はしのぶ様に招かれるまま小鴨のようについて行く。向かった先は玄関口。どうやら比企谷さんはまだいるようだ。カナエ様と話をされている。

 

「いい加減理由を教えて下さい! どうして急に帰るだなんて言い出したんですか!?」

「……できれば言いたくはなかったんだがな」

「?」

 

 そう前置きして悲しそうに話し始めた。

 

「神崎……だっけか。あの子の様子に何か思わなかったか?」

「……いえ。アオイが何か……?」

「そうか……あの子な、滅茶苦茶震えていたんだ」

「!?」

 

 どくんと心臓が大きく跳ねた。やはり私のせいだった。もうやめて、カナエ様にそれ以上話さないで。

 されど私の願いは届かず話は続く。

 

「湯呑みを持つ手がな、可哀想な位震えていたんだ。よく落とさなかったな、と思う程に。正面にいて気付かなかったのか、お前?」

「…………気付きもしませんでした」

「……後で謝っておいてやれよ。多分、お前を悲しませたくないから頑張って耐えていたんだ。叱ってやらないでやってくれ」

「……はい」

 

 胸元で片手を包むように握り締めながら謝る。

 ごめんなさい、でもどうしても怖かったんです。最終選別で見た鬼が重なってしまって震えが止まらなかったんです。ごめんなさい、ごめんなさい。

 涙を流しながら蹲って謝る私をしのぶ様が抱き締めてくれる。その温かさで更に涙が溢れ出る。

 戸が閉まる音がした、比企谷さんは帰られたのだろう。カナエ様が引き返してきて私を見ると即座に謝る。

 

「ごめんね、アオイ。気付いてあげられなくてごめんね。私が馬鹿でごめんね」

「ごめんね、アオイ。気付いていたけど姉さんに言わなくてごめんね」

 

 しのぶ様の反対側から私を抱きしめながら謝罪するカナエ様としのぶ様。

 謝るのは私の方です、謝らないで下さいカナエ様、しのぶ様。そう言おうとしても嗚咽が漏れ出るばかり。長い時間私達は抱きしめ合った。私の涙と震えが止まるまで。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 戸を開けた瞬間、失敗したと思った。作り笑いを浮かべる神崎を見て来るべきじゃなかったと感じた。それでも彼女の思い──────カナエを喜ばせたいという思いを無下にしたくはなかった。後から考えればこの時点で適当に言い訳を並べて帰るべきだと思うが後の祭りである。

 彼女は震えていた、挨拶していた時も案内している時も座っている時も震えていたんだ。罪悪感に耐えられず席を立ってしまったが彼女は気に病んでいないだろうか。しのぶが上手いこと言ってくれることを祈るばかりだ。

 しのぶは神崎の様子に気付いていたがわざと何も言わなかった。それはカナエに自分で気付いて欲しかったからだろう。思惑は外れてしまったが。

 

 

 

 俺達は揃いも揃って間違えた

 考えるのも烏滸がましいかもしれないが、傷付いた彼女の心が癒されることを願う









どうも作者です。
八幡が鬼になって鬼殺隊に入る作品がないって言ったの誰だよ。私だよ。
Pixivに先駆者様がいました、はい。すみませんでした。
パクリ()みたいな拙作を読んで下さりありがとうございます。評価バーが黄色にまでなりました。本当にありがとうございます。


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やっぱり間違っているよな

 

 

 

 

蝶屋敷を訪問してから二日が経過して手紙が二通届いた。一通目は神崎からの手紙で開ける手が固まったが意を決して封を開いた。内容をざっくりと要約するとカナエとしのぶとで話し合った結果、神崎の心の傷の事を鑑みて次の訪問はもっと日を置いてから、と書かれていた。

……何はともあれ嫌われてはいないようだな、うん。今回の件はカナエが舞い上がった事、しのぶが指摘しなかった事、俺がお邪魔した事の三つの要因が合わさって起こった事件だ。やっぱ玄関で引返すべきだったなぁと考えても後悔先に立たず。後から悔いるから後悔と読むのだって言葉は誰が言ったんだか、的を射た正確な言葉だ。たられば言っても仕方がない、頭を切り替えよう。

そして二通目の封を開くとそこには新たな水柱就任が決定したと書かれており、三日後に産屋敷邸まで来るようにとの命令だ。

新たな柱…………宇髄の時のように面倒が起きないといいが、なんて有り得ない希望を抱く。また憂鬱の種が一つ植えられた。芽が出るか、はたまた……

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ついて来なくていいと言っているだろう、真菰」

「駄目だよ。錆兎と義勇だけじゃ心配だもの」

「柱でもないのに柱合会議に出るのは御法度だと思わないのか」

「大丈夫、烏経由でお館様に許可は取っているよ」

「……」

「もういい?じゃあ行こうか」

「……何で真菰が仕切っているんだ」

 

はぁ、と一つため息をつく錆兎、そんなものお構い無しの真菰、静かに二人について行く義勇。彼ら三人は烏の案内の元産屋敷邸に向かっている所だ。というのも先日、錆兎と義勇の元に柱にならないかという産屋敷の手紙が届いた。その手紙に承るの意を添えて返信した二人。その後新たな水柱の就任を祝う為、他の柱に周知してもらう為産屋敷邸まで来て欲しい、との手紙が届いた故一行は歩を進めている。

因みに義勇は自分に柱は務まらないと辞退の返事をしようとしたが錆兎と真菰の両名に説得され渋々首を縦に振ったという出来事があったそうな。

真菰は柱ではないものの階級は(きのえ)であり、自身で説明した通り錆兎と義勇だけでは何かと不安だから付き添っている。決して久々に三人一緒にいられるから、という思いだけでついてきた訳ではない。

楽しそうに先行する真菰に呆れながらも錆兎も三人で一緒にいられる事が嬉しい事もまた事実。「義勇からも何か言ってやれ」とは言うものの吊り上がった口角が隠しきれていない。

そして義勇も二人と同じ思いである為何も口に出さない。……普段から静かではあるが。

和気藹々とした雰囲気で歩いていたらいつの間にかもう屋敷が近い。初めて顔を合わせるお館様や他の柱に想いを馳せながら門をくぐる三人。烏の案内により白州のような所に到着。どうやら既に他の柱がいるようで声が聴こえる。

 

「なぁ、やっぱ今からでも帰ったら駄目か?」

「駄目です、お館様にお叱りを受けますよ」

「安心しろ、産屋敷の許可は貰っている」

「……お館様が許しても私は許しませんからね!」

「お前に何の権限があるんだよ」

 

随分と仲睦まじいやり取りが聴こえてくる。錆兎と真菰の二人ははて、何処かで聴いた声のような?……と首を傾げる。とうとう他の柱達が此方に気が付いたようだ。

先ず目につくのは七尺もある大男、次に目につくのは煌びやかな宝石や貴金属で身を飾る此方も六尺もある大男。続いて整った顔立ちの同じ年頃の女子に目を奪われる。同性である真菰ですら惹かれる女性であった。最後に大きな番傘を差す男に目を向ける。番傘は視界に入っていたものの此方に背を向けているせいで肝心の男の顔が見えていなかった。

じろじろ見るのも失礼であるからそれぞれ挨拶をする。

 

「俺の名は錆兎、新しく水柱を任された者だ。よろしく頼む」

「……冨岡義勇……錆兎と同じく水柱だ」

「初めまして私は真菰という者です、どうぞよろしくお願いします。新たな水柱の二人に付き添って来ました」

 

三人の挨拶に柱達はそれぞれ返す。

 

「新たな柱……喜ばしい事だ……私は岩柱・悲鳴嶼行冥という……よろしく頼む……」

 

涙を流しながら柱就任を歓迎する悲鳴嶼行冥。

 

「おっお前派手な髪と傷だな!まあ俺より二段も三段も劣るがな。そんな俺は"元忍"の音柱・宇髄天元、その界隈では派手に名を馳せた男だ」

 

錆兎の髪の色と傷に反応して派手さを競う宇髄天元。

 

「初めまして、皆さん。私は花柱・胡蝶カナエ、柱同士仲良くしましょうね」

 

天女のような笑顔を浮かべながら挨拶を返す花柱・胡蝶カナエ。

しかし未だ挨拶を返していない者がいる。そう番傘の男だ。全員の視線が番傘の男に集まる。その男は居心地悪そうにぼそぼそと告げた。

 

「……鬼柱の比企谷八幡だ……」

「駄目ですよ比企谷さんそんな挨拶じゃ。ほら、ちゃんと顔を見て大きな声で挨拶しないと仲良くなれませんよ?」

「お前は俺の母ちゃんか何かかよ。あと仲良くするつもりが無いし、というか出来るかどうかも怪しいし」

「何言っているんですか、私と仲良くやっているじゃないですか。きっと仲良くできますよ」

「それはお前が変わり者なだけだ、皆が皆お前みたいにはできないって言ってr」

「漫才はもう終わらせてさっさと挨拶しろよ、比企谷」

「おい待て宇髄、俺は漫才をやっているつもりじゃないから、違うからな」

「どっちでもいいから早くしろよ。お前の地味な言い訳は聞き飽きた」

「……はぁー」

 

ため息をつきながら後頭部をがしがしと掻くヒキガヤという男。全身から億劫そうな雰囲気を醸し出しながら振り向く。

 

「……改めて俺は鬼柱・比企谷八幡。えーっと、まぁ適当に頼むわ」

 

投げやりな挨拶に面食らう錆兎と真菰。いや、それだけではない。真菰が驚きの声を上げながら指を指して訊く。

 

「あーっ!貴方は肌の弱い人!柱だったのね!!」

「おい、真菰。そうじゃない、そこじゃない。此奴は今自分の事を比企谷八幡だと言ったぞ」

「あれ?比企谷って何処かで聞いたような……あっそうだ!最終選別の時の!!えっでも何であの時騙したの!?」

「決まっているだろう、此奴が嘘つきの鬼だからだ」

 

等と盛り上がる錆兎と真菰。その二人の話を聞いたカナエは笑顔で質問する。

 

「比企谷さん?真菰さんと面識があるみたいですね?しかも騙したとか?後でじっくりお話聞かせて貰いますからね?」

「……ハイ」

 

二人に反して気分がどん底に落ちた比企谷であった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

色々掻い摘んで説明を終えたがどっと疲れた、しかも会議が終わったらカナエに根掘り葉掘り聞かれる事を考えると更に気が滅入る。

 

「へ〜そうだったんだ〜」

 

やや半目で此方を睨む真菰。理由は恐らく訪ねてきた日に嘘ついた言い訳に納得が言っていないからだろう。自分でも何か嫌な予感したから、はどうかと思うがそう思ったのだから仕方ない。嘘偽りなく正直に話した。

 

「……人を喰っていないなど信じられん……」

 

未だ俺の事を受け入れられていない様子の錆兎。疑う気持ちは大いに分かる。俺でも目の前に人を喰った事がないという鬼が現れれば先ずもって疑う。鬼とはそういう存在だ。

……ずっと気になっているんだが、冨岡っていう奴が置いてけぼりにされている。ただでさえ人を喰った事がない鬼が柱をやっているというだけでも驚愕の事実の上その鬼が錆兎や真菰と知り合いであるかもしれないという事が判明して理解が追いついていないようだ。あ、今気付いたのか真菰が最終選別で何があったのかを教えている。

胡乱気な目で俺を睨む錆兎。半目で俺を睨む真菰。口が開きっぱなしの冨岡。笑っているけど笑っていないカナエ。俺の味方いなくね?いつもの事だったわ。

 

「お館様の御成です」

「今日もいい天気だね、皆」

 

以前よりも広がった爛れた部分を見遣りながら俺は産屋敷に丸投げしようと決めた。








カナエ「別に嫉妬したなんて理由じゃありませんよ?ただ比企谷さんが女の子をだまくらかしたとか聞いたら本人に聞く必要があるじゃないですか、ね?」







どうも作者です。
投稿頻度が早いけど文字数少ないのが悩みです。どうやったらウン万文字とか書けるんだ……?不思議ですね。
一応言っておくと◇←これは場面転換です。市販の小説であるあれです。因みに#←こっちは時間が経過した事を表しています。
それではまた


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間違っていたし間違っている

 

 産屋敷が顔を出した瞬間片膝をつく俺達。新入りの三人は見様見真似で同じ様に片膝をつく。

 

「別に私のことは敬って貰わなくてもいいんだけど……その話は後にしよう」

 

 ここで一つ咳払いをして姿勢を正す産屋敷。

 

「さて錆兎、義勇、真菰。お願いがあるんだ」

「……お願いとは何でしょう」

 

 代表して錆兎が答える。呼び掛けられた残りの二人も神妙な顔付きだ。

 

「鬼柱・比企谷八幡、彼の事を認めて欲しいんだ」

「……」

「鬼柱という通り彼は鬼、しかしながら強い理性で鬼の欲求に抗った。そんな彼の事を認めて欲しいんだ、お願いできるかい?」

「……」

 

 産屋敷の言葉に黙ったままの錆兎。当然である。昨日まで人間の敵である鬼を斬っていたのにその鬼を認めろ等と宣うのだから。胸の内で様々な想いが渦巻いているのであろう。口を開かず考えこんでいるようだ。その時

 

「私は(もと)よりそのつもりです」

 

 静寂を打ち破ったのは真菰であった。驚いた目で彼女を見る錆兎。真菰は彼に微笑んで言う。

 

「忘れたの? 選別の時に彼に助けられた事。せめて認める位ならしてあげたらいいんじゃないかな」

「……ああ、そうだな。確かに助けられた恩がある」

 

 苦笑して答える錆兎。彼等の言葉に胸を撫で下ろす俺。仲良くしたい訳ではないがかといって敵対したい訳でもない。鬼舞辻無惨を倒す迄の間だけ許しくれれば御の字だ。

 

「義勇はどうだい?」

 

 残る最後の一人に確認する産屋敷。冨岡は感情の分かりづらい顔で答える。

 

「……二人の命の恩人なら認めない道理などありません」

「ありがとう、三人とも」

 

 晴れやかな笑顔で礼を言う産屋敷。隣で同じ位、否産屋敷以上に嬉しそうな顔のカナエから目を背ける。何はともあれ今のところは許されたみたいだな。張っていた気を緩め上の空で残りの時間を過ごした。

 おい、頬も緩んでいるとか言った奴表出ろ。ここ表だったわ。

 

 

 

 ########

 

 

 

 ぼうっとしているとそろそろ柱合会議も終わりに差し掛かるようだ。そして産屋敷が引っ込んだ瞬間に俺は立ち上がり、告げる。

 

「よし、会議が終わったな。じゃ、俺は帰るわ」

「待ちなさい」

「ぐぇっ」

 

 襟首を後ろから引っ掴んで俺を止めるカナエ。そのせいで蛙の断末魔みたいな声を上げてしまった。地面に這いつくばりながら首を摩る俺を笑顔で見ながら彼女は言う。

 

「何帰ろうとしているんですか? 聞かせてもらうと言った筈ですよ」

「いや説明しただろ。最終選別で此奴らと会って後日に訪ねてきただけだって」

「本当にそれだけですか?」

「それだけだよ。それ以上でも以下でもない」

 

 尚も疑わし気なカナエ。これ以上どうしろと。

 

「旦那の帰りが遅い日の女房みてぇだな」

 

 ぼそりと、しかしはっきりと聴こえた宇髄の言葉。女房という言葉に反応したのかカナエの顔に紅色が差す。

 

「ななな何言っているんですか! 宇髄さん! いくら私でも怒りますよ!?」

「おお、怖い恐い。かみさんに怒られる前に派手に逃げるわ」

 

 けたけた笑いながらそう言い残して去った宇髄。怒りをぶつける相手がいなくなって真っ赤な顔でぷるぷる震えるカナエ。俺は無関係のような顔をする。無関係だから顔も熱くなってないし? 赤くなってないし? カナエとの夫婦生活とか想像してないし? 

 その場になんとも言えない空気が発生する。そんな中真菰がカナエに問いかける。

 

「カナエと八幡は夫婦なの?」

「違いますからね……?断じて違いますからね!?まぁ望んでいないこともないですけれど……

 

 この状況で訊けるとか勇者か、それとも空気が読めないのか。カナエは赤い顔のまま必死に否定する。

 ……間違いは正さなくちゃいけないからな。勘違いされては困るからな。一気に頭が冷える。そうだ俺は何を勘違いしていたのか。俺は彼女と、いや彼女に限らず誰とも結ばれることはない。俺だけが幸せになってはいけない。殺していった鬼達に顔向けができない。それ以前に俺は『鬼』だからな。

 俺は何も言わずに立ち上がり産屋敷邸から立ち去る。悲しげな視線があったのはきっと気のせいだ。きっと。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 前回の柱合会議から週を二つ過ぎた頃にカナエが襲来してきた。

 

「比企谷さん、ちょっと家に来てください」

「急に何だよ? 前にもう少し日を置いてからって言っただろ」

「アオイに許可は取っていますから大丈夫です、兎に角来てください」

「はいはい」

 

 表面上は平静を装っているが内心は一体何の用なんだと不安でいっぱいだ。何らかの緊急事態だろうか。カナエに案内されるまま俺は蝶屋敷へ向かった。

 

 

「こっちです」

 

 蝶屋敷に着いてからもカナエに付き従う。そして一つの部屋に着いて襖を開いた。そこにはしのぶとアオイと見知らぬ女の子が集まっていた。あの女の子が何か関係しているのか。

 

「それで何で俺は呼ばれたんだ?」

「それはですね……名前を決めて貰うためです」

「名前? 名前って何の?」

「この子です」

 

 見知らぬ女の子の傍に立ち寄り背中側から両手を肩に乗せてそう告げるカナエ。

 カナエに理由を聞かされてもちんぷんかんぷんな俺。どゆこと? 

 

「なぁ、その子は一体……」

「拾いました」

「はぁ?」

「拾ったと言うよりは買い取ったと言った方が正しいけどね」

 

 拾ったと宣言するカナエと補足するしのぶ。成程、話が読めてきた。恐らく優しいカナエは可哀想な子供に憐れみを感じて買ったのだろう。簡単にその場面が目に浮かぶ。

 

「……何となくその子のことは分かったが俺がどうして呼ばれたのか分からないんだが」

「だからこの子の名付けに参加して下さいって言ってるじゃないですか」

「言ってないよね? 一言も言ってないよね? 断片的な情報しかなかったよね?」

「まあまあ、それよりもこの子の名前を考えて下さいよ。四半刻後に集まって発表ですよ」

「急に言われても困るわ」

「じゃ、後で教えて下さいね」

「……後で文句言うなよ」

 

 

 

 〜四半刻後〜

 

「いい名前、思い付きましたか? 比企谷さんからお願いしますね」

「……あまり期待するなよ」

 

 そう前置きして俺は名前を綴った紙を広げようとしたが

 

「姉さん、そんな男よりも私の方を先に見て」

「……そこまでしのぶが言うなら……」

「ありがとう姉さん」

 

 しのぶは一枚毎に一つ名前を書いているようだ。早速カナエが一枚目を開いた。書かれていたのは片仮名で

 

 スズメ

 

 雀……言わずもがなよく見かける茶色い翼の小さな鳥だ。ふむ良いんじゃないか。他にも鳥の名前をもじって入れる奴もいるだろう、例えば『隼人』とか。……何か既視感がある上に腹が立ってきた。まあ兎に角スズメはいい名前だと思う。カナエもふんふん頷いている。続いて二枚目を開いた。書かれていたのは此方も片仮名で

 

 ハコベ

 

 繁縷(ハコベ)……植物図鑑を引っ張り出して貰った。白い小さな花をつける植物で越年草とも言うらしい。あまり繁縷(ハコベ)自体は有名ではないが花の名前をつけるのは悪くない。有名どころでは百合や桜、菊だろうか。カナエも最初は片眉を下げていたが図鑑を見てからこくりと一つ頷いた。更に続いて三枚目を開く。書かれていたのは

 

 カマス

 

 今度は魚図鑑を引っ張り出して貰った。漢字で魳、梭子魚、梭魚、魣と書く。サバやスズキの仲間と言われているそうだ。

 カナエの表情が固まっている。俺も動揺を隠せていないかもしれない。何で魚の名前付けたの? ひとまず置いておき先に四枚目を開いた。そこには

 

 タナゴ

 

 さっきの魚図鑑をもう一度使うとは思わなかった。漢字で鰱、鱮と書く。こっちは鯉の仲間らしい。

 魚好きだなしのぶ、腹減ってんのか? カナエも冷や汗を流している。誰だってこれ見たら冷や汗流すわ。嫌な予感を抱きつつも最後の紙を恐る恐る開いた。

 

 とびこ

 

 更に悪化してると思うのは俺だけだろうか。とうとう魚の卵が出てきた。何でとびこって言うか知ってるか?飛魚の子供だからだぜ。

 神崎も思わず「えっ?」って言っちゃってるよ。誰だって言うよ。良いとは言えない俺達の反応にしのぶがほんの少し怒っている。

 

「何かおかしい?」

 

 おかしいかどうかで言えば結構おかしい。神崎も何を言うべきか言葉を探しているが多分見つからないだろう。

 ん? カナエが名前の紙で折り紙を始め出した。鶴やら風船ウサギやら綺麗に折れているな。その折り紙をちょんと床の間に乗せた。

 

「……名前はまた今度決めましょうか」

「姉さん、私が考えた名前どうだった?」

「……姉さんちょっと仕事を思い出したから後でね!」

「あ! 姉さん!」

 

 桑島さん顔負けの足の速さで逃げた。あいつ花柱やめて鳴柱名乗れよ。逃げて行ったカナエの方からくるりと首を回してアオイの方を向く。

 

「アオイはどう思う?」

「……ごめんなさい、お洗濯を取り込まないといけないので!」

「あ! アオイ!」

 

 神崎もそこらの隊士顔負けの速さで逃げた。仕方なさそうにため息をつきながら俺の方を向く。

 

「……一応、貴方にも聞いておきましょうか。どうでしたか?」

「イヤ、オレモチョット柱ノ仕事ガ……」

「どうでしたか?」

 

 俺の左肩を掴んで逃がすまいとするしのぶ。何でそんなに笑顔なんですかね、死ぬほど怖いんですけど。

 

「イヤ、ホントニ柱ノ仕事ガ……」

「どうでしたか?」

「あの……えっと……」

 

 おのれ、俺だけに押し付けやがって。カナエと神崎を恨めしく思うが目の前のしのぶ()の相手をしなければ死にかねない。

 

「客観的で正直な意見を言いなさい。それぐらいならできるでしょう?」

「……本当に言っていいのか?」

「ええ、勿論」

「…………怒らないか?」

「勿論、早く言いなさい」

「……分かった、言わせてもらうとお前の感性はかなり他の奴とずれて──────」

 

 

 

 

 そこからの記憶はない。

 








どうも作者です。
今回の後半のお話は鬼滅の刃公式ファンブック・弍のしのぶさんの大正コソコソ噂話を基に八幡を添えて書きました、如何でしょうか。
作者はこのエピソードがとても好きで今回のお話を書きたいが為に創作活動を始めたと言っても過言ではあります。でもとても好きなのは本当です。
しのぶさんの女の子にカマスとかタナゴとかとびことか付ける謎センスが大好きです。


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間違っていない対応だと思う

遅れてしまい申し訳ありません!何故遅れたかというと鬼滅の刃の小説を読んでいました。片羽の蝶、風の道しるべの二冊を読んでいました。
売り物になっている小説はやっぱ違いますね。









 

 気が付いたら自宅にいた。蝶屋敷からどうやって帰ったのかまるで覚えていない。思い出そうとすると頭に激痛が走るせいで碌に思い出すこともできやしない。ねぇ、何があったの、俺に一体何があったの。思い出せないって相当だぞ。恐怖に震えながら日々を過ごす。

 二日後カナエから手紙が届いた。結局あの子の名前はカナヲに決定したそうだ。そのカナヲが『カマス』と書かれた紙に手を伸ばそうとした時に神崎がとんでもない速さでその紙を弾いて持ち去ったとも書かれていた。

 ……結局、俺が行った意味ないじゃん。はぁ、と一つ大きな溜息をつく。あの日、俺が書いた名前の紙を弄ぶ。でも俺がいてもいなくてもあの子の名前はカナヲになっていたと思う。何故かって? そりゃ俺も同じ名前を思い付いたからだ。別に? カナエを意識してないし? カナオだったら諸にばれるから『オ』じゃなくて『ヲ』にしたとかそんなんじゃねぇし? ……俺は誰に言い訳をしているんだ。

 これが後日談ってところか。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「こんにちは〜!」

 

 またもやって来たカナエ。今度は一体どんな面倒事を持ってきたんだ、と彼女に分からないよう身構える。

 

「おう、今日は何だよ」

「よく考えたら比企谷さんにカナヲをちゃんと紹介できていなかったなぁと思って連れて来ました」

 

 よく考えたらって……名付けの日からもう六日経っているんだが、いくらなんでも遅くないか。カナエはそんな俺の目を何処吹く風と言わんばかりに全く気にしていない。

 

「ほらカナヲ、此方が比企谷八幡さん。仲良くしてあげてね」

「……」

「カナヲも自己紹介してみて」

「……私は……栗花落カナヲです……」

「はい! よく出来ました!」

 

 初めて栗花落カナヲという少女を確りと見てみる。此奴も整った顔立ちをしているな。カナエ、しのぶ、カナヲと並んだら美人三姉妹と言われそうだ。そういえば気になる事がある。

 

「名前はなかったのに苗字はあったのか?」

「いえ、私達が色々な候補を出してカナヲに決めて貰ったの。それでその時のアオイがね、必死に自分の苗字をお勧めしていてね、とっても可愛かったの!」

「へぇー」

 

 俺とカナエが何気ない会話をしている最中もカナヲはじーっと俺の事を見てくる。俺を見ても面白くないぞ。それでも尚彼女は俺の事を見続けている。此奴の表情が乏しいせいで日本人形に見られているような気分になってくる。辛抱堪らなくなって彼女に聞いてみる。

 

「……俺を見ていて楽しいか?」

「……」

 

 ぴくりともせずに何やら懐から銅貨を取り出したかと思えばそれを指で弾いた。その落ちた銅貨を手の甲で受け止める。そっと掌を動かすと『裏』の文字が見て取れた。

 

「……楽しくない」

「じゃあ何で見ているんだ……というよりあの銅貨は何だよ」

「ああ、あれはしのぶが『カナヲは自分で決めることができない!!』って言うもんだから自分で決められない事があったらあの銅貨を弾いて決めなさいって言って持たせているの」

「大丈夫なのかそれで……」

「大丈夫よ、カナヲは可愛いもの」

「理屈になってねぇよ」

「ふふ、しのぶにも同じ事言われちゃった」

「それ絶対彼奴に言うなよ。『同じ事考えていたとか寒気がするわ』とか言いかねないからな」

「比企谷さん、人の真似ほんと上手ね」

「俺の百八ある特技の内の一つだからな」

「それ煩悩の数じゃないですか」

 

 ころころと笑うカナエ。一頻り笑い終えたあとしみじみと言う。

 

「話を戻しますけどカナヲなら大丈夫ですよ。きっかけさえあれば人の心は花開くから。いつか好きな男の子でもできたらきっと変わりますよ」

「……そういうもんかねぇ」

「そういうものです」

「……そういう経験でもあるのか?」

「……気になります?」

「…………その返しは狡いだろ」

「ふふふ、想像に任せます」

「……そうさせて貰うわ」

 

 このやり取りもカナヲはずーっとこっちを見てる。ただ只管見つめ続けられるというのも怖いものだ。俺がちらちらカナヲを見ている事に気が付いたカナエが言ってきた。

 

「比企谷さんもカナヲとお話してあげて下さい」

「えっ」

「ほら遠慮しなくていいんですよ」

「遠慮なんてしてねぇよ、おい押すな」

 

 カナエに押されるままカナヲの前に座る。お話つっても何を話せばいいのやら。

 

「えー……本日は大変お日柄もよく……」

「やり直しです。巫山戯ているんですか?」

「巫山戯てねぇよ、急に話せって言われても困る」

「全く……これだから比企谷さんは……」

「おい、その言い方はやめろ。まるで俺の苗字が悪口みたいだろ」

「…………楽しそう」

 

 面白くないって言ってから今まで黙りだったカナヲが自分から喋りだした。カナヲが話し出した事にカナエが目を見開き口も開いてカナヲを見る。ちょっと阿呆面だなと思ったのは秘密だ。

 

「カナヲ……今……」

「お姉ちゃん……楽しそう」

 

 恐らく自分から──それも銅貨を弾かずに──話し出した事に酷く驚いているのだろう。震えていたカナエがカナヲに抱きつく。言葉はない。言葉はなくとも彼女が喜びに打ち震えていること位は分かる。抱きしめられたカナヲは驚いていたものの暫くしてカナエに身を委ねた。

 

「…………第一歩ってところか」

「……はい!」

 

 本当に嬉しそうに笑う彼女に少し、ほんの少し見惚れていたのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 カナエがしのぶか、カナヲを引き連れて俺の家に遊びに来たり、共に巡回をしようと言って夜中俺を引き摺り出したり、そんな生活がまた始まり出した。それが何ヶ月か続いた頃に風柱就任の報せを受けた。

 

 産屋敷邸に向かう足が重い。別に後ろめたい事があるとかそんなんじゃない。新しい柱と顔を合わせる事は気が重いがそれとはまた別だ。

 簡潔に言うと体調がよろしくない。風邪でも引いたのか頭ががんがん痛いし胸がむかむかして吐き気がする。馬鹿と一緒で鬼も風邪は、というか病は患わないと聞いていたんだが。俺が『異端』だからか、と推測をするも直ぐに答えなんて分からない。ひいひい、ぜえぜえ言いながら足をただただ動かす。しんど……。

 えっちらおっちら道を歩いてやっとこさ屋敷が見えた。会議の始まりから大分過ぎている事実が更に俺の足を重くさせる。後でまたカナエに怒られる事は確実だ。訳を話せばいいではないかと言う奴もいるかもしれないが頭が痛くて胸がむかついて遅れましたなんて誰が信じるんだ。言い訳にしか聞こえないだろう。

 白州が見えてきた。やはりもう会議は始まっている。気持ち急ぎ足で近付く。

 

「遅れてすまん……うっぷ」

 

 当然ながらほぼ全員から冷ややかな目を向けられ新顔の()()は訝しげに俺を見る。

 

「……誰だァテメェ……」

 

 紙を持っている傷だらけの目付きが悪い白髪の男が訊ねてくる。人の目付きの事は言えないが此奴目付き悪過ぎるだろ。あと傷が多すぎる。何したらこんなに傷塗れになるのか問うてみたい。

 

何処かで見たような……貴方も柱の方ですか?」

 

 黒髪で短髪の左頬に傷が二本走っている男が訊いてくる。そこで産屋敷が答えた。

 

「彼は鬼柱・比企谷八幡。文字通り彼は鬼でありながら人を食べていない鬼だよ」

「「……鬼?」」

 

 二人が揃って呆けた顔でオウム返しする。先に白髪の男の方が意識を取り戻し抜刀する。

 

「鬼はァ俺がぶち殺す!!」

 

 俺の首を斬らんと襲い掛かってきた。ぐったりしている俺の前にカナエが立ち塞がる。

 

「……そこを退けェ女、お前からぶち殺すぞォ」

「鬼殺隊では隊員同士で徒に刀を抜くのはご法度ですよ」

「鬼が隊員だとォ? ……冗談抜かせェ!」

「落ち着け実弥!」

「離せェ! 匡近!!」

 

 後ろから黒髪の男が羽交い締めにするが白髪の男が激しく抵抗する。

 

「この人は下弦の壱と戦っていた時俺を助けてくれた人だよ!」

「何言ってんだテメェ!」

「忘れたのかよ! あの日あの瞬間俺と女の子を守ってくれた人だ!」

 

 黒髪の彼の方はどうやら俺の事を知っているらしい。下弦の壱……ああ、三日前だったか。鎹鴉が下弦の壱が現れたって言うし、突然濃い血の匂いがしたもんで全力で駆けつけた。しかし近付けば近づく程、意識がとろんとしたり、足元が覚束なくなったりした。大きな屋敷に着いた時にはふらふらではあったが何とか辿り着き家の中に侵入。奥の部屋で女の子共々殺されそうな隊士と鬼の間に体を滑り込ませた後そそくさと帰った。だって殺されそうだったから。

 

「!? ……テメェ本当にあの時の鬼かァ?」

 

 鋭い目付きを尚鋭くさせ、目も血走らせながら訊いてくる。起き上がり小法師のようになっている俺は絞り出すように答える。

 

「……烏に訊いてくれ……」

 

 そう言うと何処からともなく烏が飛び出した。

 

「カァァ! 下弦ノ壱ガ現レタ事ヲ此奴ニ教エタノハ俺ダァァ!」

「ほら、やっぱりそうだ」

「っ〜……!」

 

 声にならない叫び声を上げる白髪男。そこで今迄静かだった産屋敷が話し出した。

 

「実弥、彼の事を認めてあげてくれないかな」

「………………はい」

「ありがとう実弥」

 

 長い沈黙の(のち)控えめに首を動かす実弥とやらを見てにっこりと産屋敷が微笑んだ。カナエも溜息をつきながら脱力する。もう俺帰りたい、帰って寝転びたい。しかし現実は無情である。会議の本題はまだ始まってすらいない。頭が痛いのは体調が優れないからと言うだけではないだろう。文字通り頭を抱えて会議に臨んだ。







どうも作者です。
八幡が来たのは原作の不死川の回想で匡近の遺書を読み終わった後辺りに来ました。
八幡は不死川の稀血のせいで二日酔いの状態になっています。
補足しないといけないのマジで未熟。
ではまた


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私は間違っていたのかもしれない

 

 会議が終わった為帰って床に就こうと考えていると声が掛けられる。

 

「待てェ……」

 

 首だけで振り返ると実弥もとい不死川が立っていた。その後ろから粂野の心配そうな顔も見える。

 

「お前、血気術でも使ってんのかァ?」

「こら! 実弥!」

 

 うーん直球、まぁ普通はそう思うわな。むしろ今の今迄それ疑われた事が無いのが不思議だわ。お人好し多すぎない? 

 兎に角答えておかないと何されるか分からんのでちゃんと答えよう。

 

「……使ってないっつーか使えねえ」

 

 ああ、頭が痛い。カナエに鎮痛剤でも貰おうかな。思案する俺をただ睨む不死川。目付きと傷だらけの顔が相まってめっちゃ怖い。

 

「……用が無いならもう帰らせて貰う」

「比企谷さん、辛そうですね大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねぇよ。頭はがんがするし気持ち悪いし……鎮痛剤くれ」

「本当に辛そうですからあげますが……どうしてその様に?」

「俺も理由を知りたい。気が付いたらこんな状態だった」

「あの〜……」

 

 俺とカナエが話していると粂野が申し訳なさそうに割り込んできた。

 

「多分なんですけど……それ実弥のせいです」

「……どゆこと」

「実は実弥は稀血の持ち主で、その血の効果が鬼を酔わせるというものなんです」

「ああ、成程……だから俺は二日酔いみたいになってんのか」

 

 謎が解けてすっきり。これで気分も爽快になってくれたら文句無しだったんだが。取り敢えず帰って寝転ぶか。

 

「ありがとよ粂野」

 

 礼だけ告げて俺はさっさと帰る。暫くは家で静かにしておこう。カナエに来るなって言うのと産屋敷に任務寄越すなって伝えとくか。

 

「待って下さいよ」

「……何で待たなきゃならないんだ」

「そんなこと言う人にはお薬なしですよ?」

「すみませんでした、薬下さい。あと俺は人じゃない」

「はぁ〜……貴方も頑固ですね」

「……暫くは俺の家に来るなよ」

「話の変え方下手糞過ぎません? まぁ分かりました。お大事になさってくださいね」

 

 カナエに伝える事はできたのであとは産屋敷に手紙を送るだけである。会議が終わったからか、少し気分がましになった。早く帰りたいがカナエを置いてけぼりにすれば薬が貰えないから歩調を合わせる。薬を貰う為だからな仕方ないからな。後ろから二対の視線を感じながら家路を辿った。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「……」

 

 ぎしりと歯と歯の擦れる音がする。不死川は拳を握りしめ一点を睨み続ける。

 

「嫉妬してんのか? 実弥」

 

 ちらりと目だけを向けるとにやにやした顔で不死川を見ている。それを確認した不死川は再び先程睨んでいた所をまた睨み出した。

 

「アホ抜かせェ、俺はただ鬼が柱やってんのが気に食わねぇだけだ」

「ふーん……そういうことにしといてやるか」

 

 別に他の想いなど抱いてはいないのだが粂野は決め付け挙句の果てには謎の上から目線である。不死川は勝手なこの男との付き合いで培われた経験がある為そんなことでは怒らない。青筋が幾つか浮いてはいるがそれを言葉にはしない。言っても無駄だと分かっているからだ。

 

「ま、彼の話はその位にしといて……真菰さん!」

「?」

 

 帰ろうとしていた所に呼び止められた真菰。必然、錆兎と義勇の足も止まる。屈託なく笑いながら真菰に近付く粂野。

 

「急に呼び止めてごめんね。この後お茶でも一緒にどうだい?」

「匡近ァ……!!」

 

 兄弟子の言葉に流石に怒りを隠せない不死川。柱になればモテるとか普段から巫山戯た事を言っているから予想は出来ていたがまさかやるとは思っていなかった。

 

「テメェ巫山戯てんのかァ!?」

「巫山戯てなどいない。俺は真面目に真菰さんをお茶にお誘いしているだけだ」

 

 決め顔でそう答える粂野だが真面目にお茶に誘うって何だよと言いたげな不死川。その様子をやや不快そうに見ていた錆兎が真菰に耳打ちする。

 

「あんな軟派な男と付き合う必要はないぞ、真菰。早く家に帰ろう」

「ん〜……」

 

 何処か悩ましげな声を上げる真菰。錆兎の胸の中に嫌な予感が鎌首を擡げる。そして其れは現実となる。

 

「お茶位ならいいよ」

「本当ですか!?」

「うん」

 

 不死川と錆兎が共に苦い顔をする二人。その二人とは真逆で満面の笑みを浮かべる粂野。頬にほんのり紅が差しているのは照れか緊張か。

 

「俺、いい茶屋知っているんですよ!」

「それは楽しみ」

 

 笑いながら横並びで産屋敷邸を後にする二人。その二人を見ていた不死川が錆兎に対してぺこりと頭を下げるが錆兎は小さく首を振った。

 

(もしかしたらこれで真菰が色恋に興味を持つかもしれない)

 

 孤児だった錆兎と真菰は姉弟のように生きてきた。年齢だけを見るならば真菰が姉ではあるが錆兎は時折妹のようにも扱う事がある。今回もそうで真菰には色恋に興味を持って欲しいと思い不死川の謝罪を受け取らなかった。できればいい結果になって欲しいと願う錆兎であった。

 それから一刻が過ぎてから真菰は家に帰ってきた。兄としてまた弟として真菰の付き合いを知りたいと思う錆兎は訊いてみた。

 

「どうだった? 真菰」

「うん、何かね、急用を思い出したって言って彼、帰っちゃった」

「そうか……」

 

 真菰が恋を知るのは未だ遠い。

 

 

 

 

 一方

 

 

 

 

「うう……実弥……」

「……何があったんだよ」

 

 よたよたと力ない足取りで帰って来た粂野を心配する不死川。何だかんだ言っても彼は友人であり、兄弟のように思っている優しい彼はどうしても心配してしまう。

 

「真菰さんがなぁ……滅茶苦茶不思議な人だったんだよ!!」

「……ハァ?」

「何て言うのかな……彼女が何を言っているのかよく分かんなかったんだ」

「……」

「あの子の相手に俺はなれない」

「……」

 

 俺の心配を返せと言いたいところだが心配してくれて嬉しいと返されるのが目に見えている為言わない不死川。しかし粂野にここまで言わせるとは真菰という少女が如何なる人物か気になる不死川であった。

 

「そうそう、実弥も早くいい相手を見つけておけよ?」

「俺は別に要らねぇよ、お前と一緒にするんじゃねェ」

 

 これは手厳しいと軽く笑いながら茶を啜る粂野。そんな彼を眺めながら想いを馳せる不死川。

 

(女と茶……か)

 

 一人だけ思い浮かんだがきっと自分といても彼女は楽しくないだろう。自身でも認める悪人面に加えて全く面白くない喋り。こんな男とは誰も茶なんぞしたくないであろう。そもそも彼女は彼奴の隣に──────

 そこまで考えて自らの頬に張り手をする。粂野に主に頭の心配をされるが無視。何故自分がこんな事を考えているのか不思議で堪らなかった。それもこれも全ては目の前の男のせいであると逆恨みにも近い感情を抱きながら立ち上がる。

 

「匡近ァ……稽古場に来い!」

「どうした急に? ……ははーん、さては柱になっても大してモテなかったから怒っているんだな? 安心しろ実弥、俺が先に女の子と仲良くなってからその友達を紹介して貰うから大丈夫だ!」

「変な勘違いしてんじゃねェ!! ぶち殺すぞォ!!」

「よし、その意気だ! 今日は一本取ってやるぞ!」

「ほざけェ……今日もボコボコにしてやらァ!」

 

 その日稽古場からは風がびゅうびゅう吹き荒れるような音がしたとか。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最近私には悩みがある。それは妹の事だ。事の発端は妹が彼に笑顔で何かを渡している所を目撃した事だ。訊いてみると前々から渡していたらしい。最初は仲良くなって嬉しいと呑気に考えていたが何を渡しているのか訊いてからその考えは消え失せた。

 

「ねぇしのぶ」

「何、姉さん?」

「最近比企谷さんに何か渡しているみたいだけど何を渡しているの?」

「ああ、アレね。アレは毒よ」

「……姉さん聞き間違えたかもしれないの、もう一回言って」

「? だから毒よ。猛毒」

 

 絶句した、当然であろう。いくら毒で死なない鬼とは言え死ねない分苦しむ事になるのは間違いない。何故平然と否、輝かんばかりの笑顔で渡せるのだろうか。

 

「……どうしてそんなものを?」

「彼奴に苦しんで欲しいから」

「」

「冗談よ」

「ほっ……良かった」

「半分はね」

「」

「だからその目で見るのやめて姉さん。まるで私が極悪人か何かじゃない」

「まるでも何も極悪人よ! 可哀想だとは思わないの?!」

「いえ、全く」

「……」

「正直言うと実験よ。鬼の肉体で色々な毒を検証したいの」

「……本当に?」

「ええ、勿論。だって鼠で実験するのも可哀想に思っていたから丁度いいわ」

「……その気持ちの十分の一でも分けてあげてよ」

「勿体ないわ、彼奴如きに」

「…………どうしてそんなに毛嫌いするの」

「私からしたら姉さんの方が信じられないわ。彼奴は鬼よ、人を喰うのよ?」

「でも彼は誰も食べていないわ」

「はぁー。姉さん、鬼はね人を喰うのよ。その事実がある限り、その可能性がある限り鬼と仲良くなるなんて無理よ」

「どうして比企谷さんが絶対に誰も襲わないって可能性を考えないの?」

「そんなものは万が一、いえ億が一にも有り得ないからよ」

「彼は鬼になってから凡そ三年誰も襲っていないわ」

()()()三年よ姉さん。今後数年、数十年、数百年彼奴が誰も襲うことがないなんて誰が言えるの?」

「……でも絶対に襲うとも言い切れない」

()()()()()()()()()()、その不安がある限り仲良くすることなんてできる訳がないの」

「……しのぶは悲観的ね」

「そう言う姉さんは楽観的よ。間違いがあってからじゃ遅いの」

「……」

 

 しのぶの言っていることは恐ろしい程に正論だ。間違っていないから言い返す事もできない。更に研究者気質でもあるしのぶは明確な根拠や論拠が無いと妄想と切り捨てるだろう。

 しのぶが悲しそうに目を伏せてぽつりと囁くように言った。

 

「……彼奴は鬼殺隊が特例として居させている。そんな彼奴が何も知らない一般人に襲いかかって怪我をさせたり、あまつさえ殺したりなんてしたら遺族にどう詫びれば良いのよ……そんなもの私達が殺したも同じじゃない……」

「!!」

「それを彼奴も分かっているからこそ彼奴から仲良くしようとなんてしない。『もし俺が本物の鬼になった時は俺にだけ責任を負わせて知らん顔しておけ』ってそう言っていたわ。姉さんには話すなって言われていたけれど」

 

 彼の存在が鬼殺隊で周知され()()彼が一般人に限らず誰かを傷つければお館様と柱の者達に責任が向かう。その責任を一手に背負う覚悟と意思があった。それに引き換え自分はどうだろう? 自分を見つめ直してみるとどれ程浅慮だったか思い知らされる。

 

 

 

私は間違っていたのだろうか








どうも作者です。
鬼滅の刃の小説 〜風の道しるべ〜で粂野匡近がちょこっと登場するのですが私が思っていた人物と違っていて面白かったです。勝手に炭治郎みたいな男かと思っていたのですが割と普通の男の子で意外でした。
私見ですが炭治郎を6〜7割、善逸を3〜4割の配合で粂野匡近という男になると思います(笑)。知らない人は小説版を読もう(唐突なステマ)


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私は間違っていた

 

 

 最近カナエがよそよそしい。以前は鬱陶しい位俺に構って来ていたが最近はそれも鳴りを潜めている。久々の静かな生活ができて嬉しいと思っていたが一週間を過ぎた頃から何だか落ち着かなくなってきた。今迄カナエがいつも傍にいたから居ないのが逆におかしいと感じてしまっている。

 そしてもう一つの感情を抱いている。その感情を抱いている事に驚いたし認めたくはなかった。……しかし認めざるを得ない。彼女が一緒にいないと寂しいと。

 俺は先ず他の柱に話を聞いてみる。最初は悲鳴嶼さんだ。

 

「胡蝶カナエの様子がおかしい……か」

「はい、何か心当たりありませんかね?」

 

 少し考える素振りを見せたが直ぐに(かぶり)を振って申し訳なさそうに言う。

 

「済まない。柱合会議以外では顔を合わせる機会がほとんどない為分からぬ」

「いや、気にしないで下さい。ちょっと聞いてみただけですから」

 

 お時間取らせてすみません、と謝って早く立ち去ろうとする。そこを呼び止められた。

 

「……比企谷」

「はい?」

 

 返事と共に振り向くと悲鳴嶼さんはとても優しい微笑みを湛えながら言い淀む。

 

「……いや何でもない」

「? はぁ……」

 

 結局何だったんだろう。まぁ本人が何でもないって言っているんだから気にする必要はない。次の柱の元へ向かうか。

 

 

 比企谷が去ってから盲の男が呟いた。

 

「比企谷……君は変わったな、いや変えられたと言うべきか……何方(どちら)にせよ喜ばしい事だ……」

 

 本当に優しくふっと笑った。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「胡蝶カナエの様子がおかしい?」

「おう、何か知らないか」

 

 次に訪れたのは宇髄だ。嫁が三人もいるからもしかしたら女性の機微に聡いかもしれない、がその希望はあっさりとへし折られる。

 

「そうは言ってもなお前と違ってべたべた引っ付いている訳じゃねぇからな……知らねぇ」

「……そうか」

「どうしたんだ? まさか振られたのか?」

「別にそんなんじゃないしそもそも付き合ってねぇよ」

 

 否定する俺を白けた半目で睨んでくる。俺、何かおかしい事言った? 至極真っ当な事しか言ってないんだけど。

 

「そうか……なら派手に遊郭にでも行くか?」

「"なら"って何だよ。どっから出てきた」

「カナエが構ってくれなくて寂しいんだろ?」

「一言もんな事言ってねぇだろ……」

「俺にはそう聞こえたんだわ」

「だとしたら医者に行け。頭の方のな……時間取らせて悪かった、じゃあな」

「まぁ振られねぇようにご機嫌取り頑張れや」

「だから付き合ってねぇって……」

 

 にやにや笑う宇髄に辟易しながらその場を離れる。彼奴のお陰でちょっと気分が晴れたのは癪だが感謝してる。言えば調子に乗っておちょくって来るので絶対に口に出さないがな! 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「カナエちゃんの様子がおかしい?」

「ああ、何か知らねぇか真菰」

 

 次に訪れたのは水柱の屋敷。錆兎、義勇、真菰の三人で暮らしているらしくこれ幸いとばかりに話を聞きに来た。最終選別の時を思い出して錆兎に敵視されないか戦々恐々していたが杞憂だった。

 先ずは同性という事で真菰に話を聞いてみる。

 

「うーん……ごめんね、分かんないや」

「いや気にしないでくれ」

 

 普段は何処か掴み所のない真菰だが人の機微には聡い。そんな真菰であれば何か分かるかもと思っていたがやはり収穫なし。錆兎と義勇にも聞いてみるが空振りに終わった。ちょっとばかし凹んでいると真菰が訊ねる。

 

「カナエちゃんの何処がおかしいの?」

「ああ……その……何処かよそよそしいというか、何と言うか……」

「ふーん、八幡はよそよそしくない方が嬉しいの?」

「…………」

「ねぇ、どうなの?」

「…………」

「よそよそしくない方が嬉しいんだね」

「おい、一言も言ってないだろ、そんなこと」

「じゃあよそよそしい方がいいの?」

「……」

「ほら答えられないからきっと八幡もカナエちゃんと仲良くしたいんだよ」

「もう勘弁して…………」

 

 俺は逃げるように水柱の屋敷から去った。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 最後に訪れたのはしのぶ。実の妹なら流石に何か知っているだろう。

 

「あらお前ですか、何の用ですか」

「訊きたい事があってだな……」

「私の胸の大きさが訊きたいと? 穢らわしい」

「まだ何も言ってないんだけど」

「ぐだぐだ言わずにとっとと喋りなさいお前に割く時間が勿体ないから」

「……ほんと俺の事嫌いなんだな……まぁいいや。訊きたい事っつーのはカナエの事だ」

「次は姉さんの胸の大きさが知りたいの? 穢らわしい」

「もういいよ、それは」

「はいはい、姉さんの事でしょ。何?」

「ああ、最近彼奴が何かよそよそしいような気がしてな……」

「姉さんもやっと現実を理解したのよ」

「……それだけか?」

「……この前姉さんからどうしてお前を毛嫌いするのか聞かれた時に()()話をしてあげたの」

「お前っ! ()()話はカナエにするなって言っただろうが!」

「知らなかったの? 私はお前が大嫌いだって」

「くっ! ……ああ、そーかい!」

 

 烏にカナエの居所を聞きながらその場を後にした。ちらりとしのぶの方を見ると何処か物憂げな顔をしていた。その顔が何故か頭から離れなかった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「はぁ……」

 

 最近溜息をよくつきがちだ。アオイや蝶屋敷で看ている患者さんから心配される程に。その時は作り笑いを浮かべて大丈夫って言ったけれど実際はあんまり大丈夫じゃない。私はどうすれば良いのだろう、どうすべきだろう、と迷ってしまっている。その迷いが如実に表れているせいで鬼狩りも失敗しかけた。このままじゃ駄目だって分かってはいるけど、どうすれば良いのか分からない、堂々巡りだ。

 

「はぁ……」

 

 また溜息が漏れた。溜息をつくと幸せが逃げると言われているが(あなが)ち間違いではないと最近分かった。悶々とした想いを抱えていると声が聞こえる。

 

「よう……元気なさそうだな」

 

 声の主を見るまでもなく誰か分かる。もう一年も一緒にいるのだ。分からない筈がない。彼は二人分の距離を空けて座った。以前の私ならばその距離を即座に詰めていたが空いた距離は埋まらない。その距離がとても遠く感じられる。

 

「……いい場所だな……此処は」

 

 私が今居る所は美しい花畑。あまり知られてはいないが四季折々の花々が見られる絶好の場所だ。お気に入りの場所で嫌な事があった時なんかはよく訪れる。以前の私なら彼も気に入ってくれると嬉しいって何も考えず発言してただろう。

 

「あー……えっと……何だ……」

 

 後頭部をがしがし掻きながら言い辛そうにしている。何を言われるのか彼の言葉が怖く感じる。

 

「……しのぶから()()話聞いたんだってな」

「……はい」

「……俺はさ、どうしても悪い事ばかり考えちまうから念の為みたいなもんだ()()は」

「……」

「……俺は今後、絶対に誰かを襲わないって言い切れない。どれだけ抗おうと間違いを犯すかもしれない」

「……」

「……だからできるだけ関わりを持たないようにしていた」

「……」

「でもお前がそんなもの乗り越えて俺と関わろうとしてくれた」

「!」

「最初は戸惑ったよ。俺なんかが一緒に居てもいいのか悩んだ、突っぱねるべきだって思いもした……だけどそれ以上に嬉しかったし楽しかった。お前の笑顔を見る度に胸が温かくなった。だからさ……そんな悲しい顔は似合わねぇよ」

「……はい」

「お前は能天気に笑った方が周りも喜ぶ……と思うぞ」

「ふふっお前じゃなくてカナエです。今日はお喋りですね?」

「話さなきゃ始まらないって言われたもんだからな」

「……覚えていらしたんですね」

「……今忘れた」

「ふふふっ」

 

 悩んでいたのが馬鹿みたいだ。私は最初から間違っていた。『私はどうすべきか』ではなく『私がどうしたいか』だった。『私は鬼と仲良くしたい』……いや違うかな、『私は鬼の比企谷さんと仲良くしたい』これが私の思いだ。

 もしかしたら明るい未来があるかもしれないし暗い未来があるかもしれない。それがどれ程先になるのか分からないけどそれ迄は私は私のまま生きよう。

 

 

 

 

 

きっとそれで合っていますよね? 比企谷さん

 









どうも作者です。
読者の皆様は小説を書く時は綿密な計画を立てましょう。でないと私のように予定の無い話を書くことになりますよ。この話も最初は書く予定なかったのにどうしてこうなった。
インスピレーションで書くから行き当たりばったりになるんですよね。後悔はするけど反省はしないからまたこんな事が起きるでしょうね。
それではまた


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おいおい……何かの間違いだろ


せ、戦闘描写ムズ



(文章はここで途切れている)


 あれから一年が過ぎた。変わった事が色々ある。

 一つは蝶屋敷に寺内きよ、中原すみ、高田なほというそっくりな三人の女の子がやってきた。鬼に親を殺され身寄りがないそうな。……どんな顔して接すればいいんだよって最初は思った。でも彼女らは気にすることなく話しかけて来た。おっかなびっくりしながらも俺と話そうとしてくれた。そこそこの関係を築けたと思っている。

 ああ、そうだ、神崎とも少しだけ進展した。以前は俺の顔を見るだけでもかたかた震えていたが今ではほんの少し、本当にほんの少しだけ俺と話せるようになってきた。それでもまだ神崎自身は自分に納得していない。俺は無理する必要は無いと思うんだがな。

 二つ目にカナヲも変わった。彼女は感情の表現が苦手だそうで特に泣けないそうだ。涙が流れず代わりに汗が滝のように吹き出してしまうらしい。そんなカナヲは無機質ににこにこ笑うようになった。あの笑みが何とも言えぬ思いにさせられてしまう。どうにかならないもんかねぇ。

 そんでもってカナヲはカナエの真似をして木刀を振り始めた。才能があるようだがカナエは鬼狩りなんてしなくていいんだよって言っている。妹を危ない目に遭わせたくないがカナヲは花の呼吸を習得せんと鍛錬しており、それを不本意ながらもカナエが教えている。

 二人の様子を見ていたしのぶの複雑そうな表情をしていた。

 三つ目にそれぞれの柱との仲だ。悪くないと言えるのはカナエ、悲鳴嶼さん、宇髄、粂野、錆兎、義勇、柱じゃないが真菰も。昔の俺なら考えられない程繋がりが出来た。しかし粂野からモテる秘訣を教えて下さいって言われた時は驚いたな。そんなもん知らねぇって言っても信じなかったけど。あとは偶に錆兎や義勇辺りが手合わせして欲しいと言って遊びに来たり、宇髄がからかいに来たり、悲鳴嶼さんが胡蝶姉妹の様子を見に来たりする。

 逆に険悪なのは不死川としのぶ位しかいない。不死川に至っては俺を見る度に舌打ちしてくるし睨んでくる。嫌われているなと強く実感する。あとはしのぶの言葉の暴力が凄まじい。

 でもその二人のお陰で俺は『鬼』だと再認識できる。『俺』が嫌われ者の『鬼』であると。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 さて、今日も今日とてカナエと警邏をする。最早一緒に行かないことの方が珍しい。上空で輝く満月を見上げながらてくてく歩く。月の光に照らされたカナエが美しい。

 

「今日は月が綺麗ですね」

「……ああ、そうだな」

「もうっそこは『君の方が綺麗だよカナエ』って言う所でしょう?」

「俺がそんな歯の浮くような台詞言ったらなんて返すんだよ」

「比企谷さんの心配をしますね。主に頭の」

「……言わなくて正解だったな」

「……それは心の中では思っていたって事ですか?」

「……」

「図星ですか? もしかして本当にそう思っていたんですか?」

「……黙秘する」

「ふふふっ、比企谷さん顔が赤くなっていますよ」

「……そう言うお前こそ耳が赤いぞ」

「えっ!?」

 

 わたわた慌てふためく彼女の姿が愛くるしい。此奴何しても可愛いとか反則かよ。

 こんな何気ないやり取りが酷く楽しい。叶うならばいつまでもこうしていたいと思ってしまう。しかし現実ってのはいつだって無情で非情で残酷だ。『俺』は『鬼』で『彼女』は『人間』だ。そんな願いは叶わない、俺自身がよく知っている。

 そう、俺は知っている。現実って奴が如何に無情で非情で残酷なのかを。

 

「やぁやぁご両人。今夜は月が綺麗だねぇ」

 

 酷く軽薄な声が響いた。前の方から白橡色の髪の上から血を被ったような男が歩いて来た。特筆すべきはその両目。左目に”上弦”、右目に”弐”。そして肌が粟立つ威圧感。間違いなく上弦の弐の鬼だ。ごくりと生唾を飲み込んだのは俺かカナエか、或いは二人ともか。目の前の鬼はまるで旧友と出会ったかのような口調で喋る。

 

「二人はもしかして恋人? こんな可愛い女の子と羨ましいね! ……あれ、男の方はもしかして鬼かな? でも詰襟の服を着ているね……君があの方が仰っていた鬼かな? まぁいいや、僕にも女の子を分けておくれよ」

 

 あくまで剽軽に言う男を俺は観察する。奴は今油断している。不動の状態から最速且つ全力で刀を振れば殺せる。今迄何十回、何百回と繰り返して来たから大丈夫。体に染み付いているから……!? 

 

「くっ!」

「えっきゃっ!?」

 

 俺はカナエを後ろに突き飛ばしながら技を繰り出す。

 

 血気術 凍て曇り

 

 風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ

 

 風の呼吸を選んだ理由は二つ。一つ目に奴は片手を此方に見えないように隠していたことから片手で操れるもの、即ち軽いものであると判断した。二つ目は勘だ。しかしなかなかどうして勘というものは侮れない。

 さて、現状を確認しよう。霞のような霧のようなものが此方に飛んできた。そしてそれは月明かりに照らされてきらきら光っていた。次に俺は自分の左手に目をやる。指先が僅かに凍りついている。間違いない、奴は氷を操る鬼だ。思わず溜息をつく……?! 

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 胸の内側から言葉にし難い激痛が走る。吸い込むのも駄目みたいだな。鬼の体じゃなければこの時点で負けは濃厚だっただろう。危険度を見誤っていたみたいだな。

 

「カナエ、今すぐ逃げろ」

「?! ……私だって柱です! 戦います!」

「いや、此奴は俺が相手をする。お前はしっぽ巻いて逃げろ」

「嫌です! 逃げません!!」

「チッ……足でまといだって言ってんのが分かんねぇのか!!」

「!! …………ご、武運を」

 

 震える声でそう言い残して走り去って行く。離れて行く背中に心中で詫びる。傷つけて済まない、と。しかし同時に安堵する。彼女に醜い姿を見られずに済む、と。自分では分からないが俺は戦闘する時は角が伸びて紋様が現れるそうだ。そんな姿を見られないようにする為に彼女が一緒にいない時に鬼狩りをしていたのだ。だから安堵する。

 そして安堵する自分に嫌気がさす。自分の浅ましさが嫌になる。この気持ちを振り払う為に目の前の鬼を倒す。

 

「あ〜あ、可哀想に……女の子には優しくしなきゃ駄目だよ?」

 

 遠くなっていく背中を眺めながら奴は言う。俺は黙って構えるのみだ。俺の態度を見て肩を竦める鬼。

 

「つれないねぇ。でもいいや、僕は女の子とお喋りする方が好きだからね。君はさっさと死んでいいよ!」

 

 奴の姿が掻き消えた。一瞬、瞬間移動でもしたのかと思ったが途轍もない速さで移動しただけだ。限り限り(ぎりぎり)動きを捉える事ができ、扇を刀で受け止めた。

 

「へぇ……やるね! 俺の動きを見切れた子は久々だよ! それじゃあこれはどうかな?」

 

 血気術 枯園垂(かれそのしづ)

 

 風の呼吸 参の型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)

 

 奴の連撃を風を巻き起こしながらいなし、捌き、受け流す。僅かにできた隙の間に飛び退いて距離をとる。

 

「すごいね、殆ど当たらなかった。ちょっと楽しくなってきた」

 

 俺はぺちゃくちゃ喋る奴を眺めながら分析する。凍ると不味い場所は何処か。

 目は不味い、対応できない。右腕も駄目だ、刀を振れない。足は良くない、移動ができない。肺は……抉るから大丈夫。それ以外は極力無視。凍った箇所を削ぎ落とす時間が勿体ないし隙ができる。方針は固まった。

 

「よーし、それじゃあ激し目に行くよ〜! 頑張ってね!」

 

 血気術 寒烈(かんれつ)白姫(しらひめ)

 

 氷の、女を象った人形が二体現れ息を吐き出した。息が掛かった場所がどんどん凍り付いていく。氷像になる訳にはいかないので技を繰り出す。

 

 風の呼吸 弐の型 爪々(そうそう)科戸風(しなとかぜ)

 

 通常であれば縦に四本の爪痕のような斬撃なのだが四本の内二本を傾け歪んだ十字のような斬撃となった。

 

 血気術 蔓蓮華(つるれんげ)

 

 今度は氷の蔓が伸びてきた。上からの攻撃であればこの型だ。

 

 風の呼吸 肆の型 昇上砂塵嵐(しょうじょうさじんらん)

 

 伸びてくる蔓を次々に叩き落とし攻めに転じる。

 

 風の呼吸 捌の型 初烈風斬(しょれつかざぎ)

 

 血気術 蓮葉氷(はすはこおり)

 

 霹靂一閃には劣るもののそれでも尚速い斬撃ですれ違いざまに首を狙って斬りつけたがこれも扇で受け流された。奴の攻撃がまた来る。

 

 血気術 冬ざれ氷柱

 

 僅かに隙ができた、今が好機。氷柱が落ちる前に全力で駆け抜けろ。

 

 雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃 神速

 

 ここ迄風の呼吸しか使っていないから不意をつけた筈だ。その上俺の技の中で最も速い神速ならば尚更であろう。果たして結果は──────

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜危なかった! あんなに速いとは思わなかったよ!」

 

 やり損ねた。千載一遇の好機を無駄にしちまった。扇で僅かに刀を逸らされたせいで首の半分までしか斬れなかった。己の弱さに歯噛みする。

 

「それで次は?」

「……いい加減にしろよ、お前」

「?」

「惚けてんじゃねぇよ。薄っぺらい笑顔貼っつけて、思ってもない事ぺらぺら並べやがって……白々しいんだよ」

「……ふぅん」

 

 奴の顔から表情が抜け落ちる。能面のような何の感情も籠っていない無表情だ。

 

「……後学の為に教えて欲しいんだけど何処で分かったの?」

「見れば分かる、それだけだ」

「……そうか、じゃあ遊びはここ迄にしよう」

 

 そう言うと扇を振るった。

 

 血気術 結晶ノ御子

 

 次は奴を模した氷の人形が三体現れた。最悪の予想は直ぐに現実となって襲い掛かる。

 

 血気術 凍て曇り

 

 血気術 蔓蓮華(つるれんげ)

 

 血気術 散り蓮華

 

 予想はしていたが三体の氷の人形がそれぞれ別々の血気術を放って来た。大きく溜息をつきたいがそんな余裕はない。俺は堪らず上空に飛び上がり技を繰り出した。

 

 風の呼吸 玖の型 韋駄天台風

 

 

 風の呼吸 漆の型 勁風・天狗風

 

 落ちる途中で体を捻って漆の型も繰り出した。本体も含めて攻撃したが躱されたりいなされたりして氷の人形一体しか破壊できなかった。その俺の様子を奴はじっくりと観察している。何故奴は攻撃してこないのか。考える暇など与えないと言わんばかりに連撃が飛んでくる。

 

 血気術 寒烈(かんれつ)白姫(しらひめ)

 

 血気術 冬ざれ氷柱

 

「くっそ!!」

 

 風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ

 

 氷の霧が晴れた。行くならここだ。

 

 雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃 神速

 

 氷柱をなるべく無視して女の氷像を生み出した方の氷人形をぶち壊す。残りは一体。

 

「かはっ……ふぅ……ふぅ……」

 

 呼吸が苦しいが今の内に壊さなければ息を整える隙ができない。そう考えている今も氷人形は近付いて来やがった。

 

 血気術 蓮葉氷(はすはこおり)

 

 雷の呼吸 参の型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)

 

「がぁっ!」

 

 雷の呼吸 弐の型 稲魂

 

 無理矢理放った技で氷人形はばらばらに砕け散った。流石に呼吸ができない。俺は自分の刀を胸に突き刺した。

 

「ぐあぁぁ!!」

「えぇ……何してんの……」

 

 そのままぐるりと一周させて両方の肺を抉り出した。肺以外も抉り出していたが。頭が真っ白になった後呼吸が戻った。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 何とか呼吸を整える。どうやら奴は微動だにしていなかったらしい。図らずも上手く行ったみたいだ。

 

「……いくら再生するとは言えそこまでするかい?」

「はぁ……はぁ……ああ、昔の俺なら誰かの為に自分の体を掻っ捌くとか信じられないだろうな」

「誰だって信じないよ……まぁいいや。これはあんまり使いたくなかったんだけど」

 

 そう言うと大きく扇を振るった。

 

 血気術 霧氷・睡蓮菩薩(むひょう・すいれんぼさつ)

 

 正面に馬鹿でかい氷の大仏像が現れた。その大仏が手刀を落とす。何とか躱せたが手刀を落とした周りに氷の霧が立ち込める。また吸い込むと不味い。

 待て、奴は何処だ? 

 

「此処だよ」

 

 振り向いた時にはもう遅い。

 

 血気術 蔓蓮華(つるれんげ)

 

 氷の蔓が俺の体を雁字搦めにする。奴は手刀が落ちた瞬間に大きく飛んで俺の後ろをとったのだ。手刀と氷の霧にばかりに気を取られすぎた。抜け出そうと藻掻くが鬼の力を以てしても解けない。

 

「君は氷漬けにして朝日に照らして殺してあげるよ。僕が救わなくても文句言わないでね」

 

 奴の言葉を聞きながら落ちてくる手刀を見上げる。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 本来であれば全ての技を引き出させてから殺す腹積もりであった童磨だが如何せん彼の技が多かった為断念した。後は霧氷・睡蓮菩薩の手によって氷漬けにされる──────筈であった。

 ざん、と霧氷・睡蓮菩薩が真っ二つに斬り裂かれた。そこら辺の家屋よりも高い睡蓮菩薩が豆腐のように斬り裂かれるという予想外の出来事が起こり童磨は暫し呆ける。そして睡蓮菩薩の向こうから声が聞こえる。

 

「……ある女の子がいる。その子は泣く事も笑う事も怒る事もできない。その子がもし()()()()()()()()()()()()()()お前は……どうしてくれるんだ?」

 

 ざわり、童磨の心に漣が立つ。

 

「……ある姉妹がいる。妹の方は姉貴が大好きでな、姉の傍にいる俺を蛇蝎の如く嫌っている。もし姉の方が死んだらきっと彼奴は姉の意志を、想いを継ごうとするだろう、自分を殺してな。もしそうなったらお前は……どう責任を取ってくれるんだ?」

 

 ざわざわ、漣が大きく広がる。

 

「……姉の方は底抜けてお人好しでな。俺でさえ『人』だって言ってくれる優しい奴なんだよ。もしそんな彼奴を殺したらお前は……どう償ってくれるんだ?」

 

 ぞわり。童磨は恐怖した。その明晰な頭脳と本能とで以て恐怖というものを実感した。

 と同時に八幡が斬り掛かる。先程迄よりも精彩を欠く拙い動きであるが童磨は何故か八幡の動きにただならぬものを感じていた。細く引き裂くような呼吸音の代わりに轟々という呼吸音が耳にずっと残り続ける。

 

 夜明けは未だ遠い。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 八幡は斬り掛かりながら思う

 

(もっと……熱く……)

 

 真夏の太陽よりも熱く

 

(もっと……熱く!)

 

 燃え盛る業火よりも熱く

 

(もっと熱く!!)

 

 全てを燃やせ

 

(心よ、体よ、熱くなれ!!!)

 

 大上段から、中段から、下段から、真向斬りを、一文字斬りを、袈裟斬りを、逆袈裟斬りを、突きを、繰り出す。

 

 血気術 枯園垂(かれそのしづ)

 

 それを血気術でいなし、逸らし、受け流す童磨。しかし童磨の傷が徐々に増していく。防御が追いついていないのだ。永遠にも感じられる時間の中、遂にその時が訪れた。

 下段からの切り上げで二対の扇を纏めて弾き上げ、全力を以て首を斜めに斬り裂こうとする。

 

(取った!!)

 

 べん、と琵琶の音が響く。一瞬、本当に一瞬気を取られてしまった八幡。その一瞬の内に何時の間にか現れていた襖の奥に童磨は飛び込んだ。

 

 べん、と再び響いた後八幡の刀は虚しく空を斬った。振り切った刀を眺めていた八幡であるが唐突に座り込んだ。疲弊したのだ、体ではなく精神が。

 

「はあぁぁぁ〜〜〜」

 

 生きてきた中で間違いなく一番重く長い溜息が零れ出た。千載一遇の好機を二度もふいにしてしまったのだから仕方ない。しのぶや不死川から小言を貰うだろうと気が重くなる。何より彼奴を逃がしたせいで多くの人が死ぬ事が彼の気を一層重くさせる。

 

「比企谷さん!」

 

 重くなった頭をゆっくり動かし、声のした方を見る。やはりカナエが此方に向かって来ていた。頭と同じく重い体を立たせてカナエを待つ。

 

「ご無事で何よりです!」

「何で鬼の無事なんか心配してんだ」

 

 涙を流しながら自分の無事を喜んでくれるカナエに胸が温かくなる。このやり取りも一晩しか経っていない筈がもっと久しく感じる。気が大いに緩む。

 

 

 

 その時、八幡の左腕が

 

 

 

 

 

 別の生き物になったように

 

 

 

 

 

 絞め殺さんと

 

 

 

 

 

 カナエの首に襲い掛かった。

 

 

 

 

 夜明けはもう間もなく。



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許すのは間違いだ

 

 

 

 一拍。何が起こっているのか理解できなかった。頭で理解する前に体が動いた。先ずは五本の指を落とし、指が再生する前に肩からずばんと断ち切った。切り落とした腕を犬のように口で咥えて漸く何が起きたのか理解できた。その瞬間に物陰に飛び込む。

 

「けほっ! けほっ!」

 

 噎せる彼女の声を聞いてはっきりと分かった。

俺はあの子を殺しかけたのだと。

 何故だ。血を流し過ぎたからか? 上弦の鬼と戦ったからか? あの子を守りたいと思っていた筈なのに、とても大きな恩を受けたというのに、何故。どうして今なんだ。どうしてあの子なんだ。

 斬り落とした左腕を喰らう。とっくに腕は再生しているが痛い。腕ではない何処かが痛い。そして気が付けば涙が溢れ出していた。

 

 あふれて あふれて

 とめどなく

 こぼれて こぼれて

 しかたない

 

 俺に泣く権利などない事は分かっている。分かってはいるがどうしても涙が落っこちてしまう。拭っても擦ってもそれでも涙が止まらない。涙を流しながらも自分の腕を喰らう俺の何と醜いことか。何と悍ましいことか。嗚呼、憎い、この体が憎くてしょうがない。ここ迄己の肉体を憎んだのは初めてかもしれない。

 

「ひ……比企谷さん……」

 

 首を少しだけ傾け彼女の方をちらと見る。何時の間にやら昇っていた朝日に照らされて美しい。しかし詰襟で見えないがあの下には濃い痣があると思うと罪悪感で胸がいっぱいになる。

 

「……本当に、ごめん」

 

 何とかたった一言そう告げる。自分でも何に対しての『ごめん』なのか分からなかった。絞め殺そうとした事に対してか、戦闘前に酷い言葉を浴びせた事に対してか、それとも他の何かに対してか。俺は真面に謝る事でさえできないのか、そんな自分に憤る。謝った直後でさえも俺はまだ自分の腕を喰らっている。そんな自分が憎い。

 はっと息を呑む音がした。間違いなくカナエだろう。何を思ったのか訊ねて来る。

 

「……ご自身の腕を……?」

「そうだ」

「……何時もそうされているんですか……?」

「そうだ、お前の見ていない所で」

「……何時から……?」

「鬼になったすぐ後からずっと」

「……確か、私と出会った時もそうされていましたね……」

「ああ」

「……」

 

 嗚呼、君にだけは知られたくなかった

 

『俺』を『人』のように扱ってくれる君にだけは

 

 嗚呼、君にだけは見られたくなかった

 

『俺』を『人』だと言ってくれる君にだけは

 

 他の誰でもない君にだけは

 

 でも丁度いいかもしれない。

 

「……これでよく分かっただろう()()、鬼と仲良くするなんざ夢物語だって」

「……」

「お前の夢を聞いた時から頭がおかしいんじゃないかって思っていた。何時も何時も鬱陶しい事この上ない。妹にも散々言われていたのにおかしな夢を捨てなかったから死にかけるんだ。分かったら今後は俺に構うな……こんな人殺しの鬼なんか」

「……」

「……」

 

 重い、途轍もなく重い沈黙が降りて来た。きっと彼女は言葉も出ない程に傷付いているだろう。忘れるな、比企谷八幡、傷付けた罪を。彼女の心と身体を傷付けた罪を。

 

「……嫌です」

「!」

「私は夢を捨てません、諦めません。比企谷さんに構います。これからもずっと」

「……やっぱお前はおかしいよ」

「いいえ、変わっているかもしれませんがおかしくなんてありません」

「……何でだよ、何で殺されかけてまでそう言えるんだ?」

「謝ってくれたからです」

「口では何とでも言える」

「殺されていないからです」

「そんなものは結果論だ」

「……本当に貴方は強情ですね」

「……」

「私は何度だって言います。鬼と仲良くしたい、貴方と仲良くなれる、と」

「……やめろ……頼むから……俺を────」

「私は何度だって言います。私は貴方を────」

 

 

 

 

 

 

「許さないでくれ」

「許します」

 

 そう言った瞬間温かいものに全身を覆われた。カナエが俺を抱き締めていたのだ。その温かさに溺れてしまいそうになる。依存してしまいそうになる。そうならないようにするべく俺は突き放す。

 

「……俺はお前に酷いことを言った」

「はい、知っています」

「……俺はお前を殺しかけた」

「はい、許します」

「……それから……」

「比企谷さん」

「……」

「貴方が自分の悪い所を一つ挙げたら私は貴方のいい所を二つ挙げましょう。ですから私は四つ……貴方の名前に因んで八つ挙げましょうか?」

「……俺の……負けだよ……」

「私の勝ちですね」

 

 くすりと微笑んだ彼女は日陰に居ながらも其れは其れは美しい。天女のように、或いは慈母のように優しく美しい笑顔だ。

 嗚呼、だから俺は優しい女の子は嫌いなんだ。

 

「姉さん!!」

 

 そこにしのぶの声が割って入って来た。しのぶは姉を俺から引き剥がし、姉の無事を確かめる。頭の天辺から足のつま先まで目を皿にして怪我がないか探す。

 

「特に目立った外傷はなさそうだけど家に帰ったら服の下まで確認するからね」

 

「は、はーい」

 

 ……後で詫びに行かなくちゃな。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「それじゃあ教えてくれるかい? 八幡」

 

 所変わって此処は産屋敷邸。現在、緊急の柱合会議を開いている。理由は勿論上弦の鬼の情報共有の為だ。俺は奴の特徴を思い出しながら口を開く。

 

「……白橡色の髪の上から血を被ったような鬼だった。武器は二対の扇を使う。んで氷の血気術を使う。その氷の血気術が厄介極まりなくてな、氷の霧みたいなやつを吸い込むと肺がやられ全集中の呼吸どころか普通の呼吸すら満足にできなくなる」

「ふむ」

「……奴の相手は最低でも風の呼吸を使える者でないと真面に渡り合うことすらできないだろう。若しくは俺じゃないと駄目だ」

「ほう……逃がした癖に偉そうな口を叩くじゃねぇかよォ」

「こら、実弥!」

「いいんだ粂野、事実だからな。だからこそ……次は絶対に逃がさん」

 

 どす黒い想いを言葉に乗せながら宣言する。俺が拳を握り締めていると横からカナエがつんつん突いてきた。その突っつくの可愛いからやめて。

 

「比企谷さん、比企谷さん」

「二回も呼ぶなよ……」

「あんまりぴりぴりさせないで下さい、真菰ちゃん白い顔してますよ?」

「あっ……すまん真菰」

「ううん、気にしないで……私は大丈夫だから」

 

 微妙な空気が満ちる……この空気どうしよう。

 

「それじゃあ上弦の弐の鬼と出会ったら実弥か匡近、八幡を呼ぶように伝えておくよ、今日はここ迄」

 

 産屋敷のその言葉で解散となった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「姉さん……この痣は何……?」

「え、えーっと……」

「……もしかして……彼奴?」

「……」

「……そう、分かったわ」

 

 三つ離れた部屋から微かに声が聞こえる。その声は何時しか聞こえなくなり、代わりに足音が近付いて来た。襖がすぱんと勢いよく開けられる。

 

「……言い訳はある?」

 

 強い、強い怒りと憎しみが込められた低く重い声。正座していた俺はただしのぶを見上げる。

 

「……そう……ないのね」

「しのぶっ!」

 

 わたわたしながらカナエが部屋に入って来た。ちゃんと服着てくれませんかね、目のやり場に困るから。全身で感情を伝えようとするカナエ。

 

「あのねっ! これはもういいの! 私はもう気にしてないから大丈夫だから、ね!?」

「姉さんが気にしていなくても私が気にするの」

「う……」

「はぁ……姉さん、そんな顔しないで。私はただ姉さんが心配なの」

「……うん」

「姉さんが死んだら私もアオイもカナヲもきよもすみもなほも皆が悲しむの、怪我をすれば心配するの」

「……うん」

「だからね、姉さん。あんまり怪我をしないでね」

 

 姉に優しく微笑んだしのぶは眦を吊り上げて此方を睨む。さっきの顔が夢幻だったかのようだ。

 

「姉さんを守ってくれた事は礼を言うわ。でも酷い言葉を言った事と首を絞めた事で減点よ」

「……おう」

「だから今度は最低限の約束をして、誰かの命を奪わないって」

「……やれるだけやるよ」

「やれるだけじゃない、やらなくちゃいけないのよ。ほら指切り」

 

 そう言って小指を差し出すしのぶ。気恥しさから直ぐに小指を絡める事ができない。

 

「……ガキじゃあるまいし……それに指切りって元は結構怖いんだぞ?」

「屁理屈ばっかり言わないの。何にせよ約束のおまじないでしょ」

 

 焦れったいわねって言って俺の小指を無理矢理自分の小指と絡めた。その手は小さいながらも剣だこができて豆が潰れた剣士の手だった。

 

「ゆーびきりげーんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った。はい、お終い」

 

 強制的に約束させられ用はもう無いと言わんばかりに部屋を出ていこうとするしのぶ。思わず呼び止めてしまう。

 

「お前は許していいのか? 俺を」

「……姉さんが許すって言っているんだから許さないなんて言えないわよ」

「……そうか」

「あと……約束……絶対に守ってね」

 

 去って行くしのぶの顔は此方から見えなかった。

 

「はぁー良かった。もっと怒るかと思ってた」

 

 溜息をつきながら大きな胸を撫で下ろす。いや違うんだよ、大きな物は必然的に視界に入るからカナエの胸も視界に入っただけであって緩い胸元を見ていた訳じゃないよ? 

 

「……彼奴も成長したって事だろ」

 

 返事が遅れた事に若干違和感を持たれたがあまり気にしていないようだ。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

「助けていただいてありがとうございました!」

「別に礼なんていらねぇよ」

「もう、人にありがとうって言われたらどういたしましてって返す事、子供でも知っていますよ?」

「だけど俺はお前を殺そうとしたんだぞ?」

「だからもう許すって言っているじゃないですか。ほら比企谷さんもどういたしましてって言ってください。でないと毎日言い続けますよ?」

「……ドウイタシマシテ」

「はい、よく出来ました!」

 

 前にもこんな事あった気がするなとぼんやり思い返しながら頭の片隅で、俺は許されていいんだろうかと考える。眩しい笑顔のカナエを眺めてまぁいいやってどうでもよくなった。カナエが許してくれたのだからそれでいいのだろう、きっと。

 

 








どうも作者です。
下手くそな戦闘描写で申し訳ありません。ここから物語は加速していくのでどうぞお楽しみに!


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柱達との一幕は間違っているのか

〜蟲柱との一幕〜

 

上弦の鬼との遭遇して大分時間が過ぎてからしのぶの奴が柱になった。文字通り血のにじむような努力をして柱にまでなった。カナエはしのぶの鍛錬を複雑そうな目で見ていた。励ますでもなく無理するなという訳でもなくただ見守っていた。その姿が意外に思えて訊いてみる。

 

「……何か声掛けてやらねぇのか?」

「はい……鬼殺隊に入る時に悲鳴嶼さんと約束したんです。鬼狩りの為に私達二人の命を賭けて未だ壊されていない誰かの幸せを護る、と」

 

だから声は掛けなくても大丈夫と何時もの様に、だけど何時もとは確実に違う笑顔を見せるカナエ。その笑顔の裏側で涙を流しているような気がしてならなかった。

 

「ならお前らの幸せは何処に有るんだよ」

「?、何か言いました?」

「……いや、何でもない」

「変な比企谷さん。あ、何時も変でしたね」

「お前にだけは言われたくないわ」

 

何時も通り太陽の様に笑う。その顔にほっとするような、切なくなるような想いを心の奥底に押し込めた。

そして柱になってからしのぶは変わった。蟲柱就任時の柱合会議で変化が現れた。

 

「いやぁ凄いね、しのぶちゃん」

「ありがとうございます粂野さん」

「何か雰囲気柔らかくなった?」

「ふふ、そうかもしれませんね」

「笑顔が増えたねぇ、お姉さんに似てとても素敵だよ」

「口がお上手ですね、お礼に今度蝶屋敷でお茶でもしませんか?」

「えぇっ!いいの!?良かったな実弥!モテるかもしれないぞ!!」

「何で俺も行く前提なんだァぶん殴るぞ匡近ァ」

「仲が良くて羨ましいです」

 

そう、しのぶはよく笑うようになった。その一面だけを見るならば良い事かもしれない。しかし俺にはどうしてもしのぶの笑顔が能面のように感じられてしまう。しのぶの中で渦巻く激情が垣間見えてあの笑顔は好きになれない。少しの間、何時でも何処でもカナエのようににこにこしていたしのぶに耐えられずに言った。それも滅多に来ないしのぶの自室で。

 

「それでお話というのは何ですか?()()()()()

「……呼び方も変えたんだな」

「はい、お気に召しませんでしたか?」

「……いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 

ぴくりと彼女の指が反応する。

 

「当然ですよ、私は姉さんの妹ですから」

「……もうカナエの真似はやめろよ、しのぶ」

「……何の事かさっぱり」

「惚けるな、その笑顔も呼び方も何もかも全部カナエの真似だろ」

「……じゃあ教えて下さい、胡蝶しのぶというのはどういう人間なのか」

「……俺が知っている胡蝶しのぶっていうのは短気で、俺が嫌いで、その俺に毒を笑顔で渡して来て、妙ちきりんな感性を持っていて……それで真面目で、家族想いで、薬を作れて、怪我した隊士を助けられる優しい奴で、努力家で、思いっきり笑いそうになると口許を隠すーーーーそれが俺の知ってる胡蝶しのぶだ」

「……」

「あー、だけど今のは俺から見た胡蝶しのぶの話だ。もしお前がまだ俺に見せていない面がそれなら何も言わねぇ」

「……」

「……まぁ、それだけだ」

 

沈黙が重くなって部屋から逃げ出してしまった。不機嫌になってないといいが……果たして大丈夫だろうか。

それからのしのぶは俺のよく知る以前のように戻った、時たま俺の前でだけカナエのように笑う事を除けばだが。

 

「なぁ」

「何ですか?」

「何で俺の前でだけそんな笑い方するんだよ?」

「そうですねぇ……貴方に見せていない一面ですよって言ったら納得します?」

「……そーかい」

「ふふっ、その無駄に動かしている頭で考えてみて下さい」

「お前はそうやって憎まれ口叩いている方が似合っているよ」

「褒めてくれるなんて珍しい。明日は槍でも降るんじゃないでしょうか」

「……かもな」

 

此奴が無理しないならそれでいいやと半ば強引に受け入れた。風が吹いて藤の花の香りが俺達の元に運ばれ鼻を擽る。蝶屋敷から香る匂いだ。

 

 

 

〜炎柱との一幕〜

 

「何故柱でもない隊士が此処へ?炎柱煉獄槇寿郎殿はどうされたのですか?」

 

しのぶが柱になって間もなく柱合会議がやってきた。煉獄の親父さんを呼んだのに来たのがその息子で不死川が酷く苛ついている。というか彼奴まだ柱じゃないのか、驚きだわ。

 

「父上は……」

「オイ、お前に柱の代わりが務まんのかァ?」

 

威圧感たっぷりに不死川は煉獄に告げる。不死川横見ろよ、粂野が頭抱えて溜息ついてるぞ。俺の隣でもカナエが「実弥くんったらまた……」と悲しそうに眉を寄せる。そして殺気と遜色ない圧を向けられて平然としている煉獄。彼奴多分、猛者は違う!尊敬する!とか考えているんだろうな。

 

「実弥、あまりいじめちゃいけないよ。その説明をしてもらう為に杏寿郎を呼んだんだ」

 

不死川は産屋敷の一言で姿勢を正す。彼奴ほんと産屋敷好き過ぎるだろ。

そして産屋敷に聞かれた煉獄は親父さんの家での状態を話し、自分が柱になれば親父さんもやる気を取り戻してくれる、と言う。

その一言に反応する奴らが幾人か。

 

「はっはっはっ……へぇ」

「おい、煉獄杏寿郎。随分自信があるようだなァ、そんなホイホイなれるほど柱は甘くねえんだよ」

 

宇髄と不死川の二人。特に不死川は今にも飛びかかろうとせんばかりだ。しかし俺は敢えて水を差す。

 

「いや、其奴なら直ぐになれるだろ」

「あァ?」

 

不死川の矛先が俺に向く。空気を読まずに俺は更に続ける。

 

「其奴とは二ヶ月程共に修行した事があってな、技の熟練度と言い精神と言いそこらの隊士とは格が違ぇよ」

「……チッ」

「ありがとうございます!師範!」

「だから師範じゃねぇっての、まぁ早く柱に上がってくれ。そうすれば俺が楽できるからな」

 

俺の言葉を聞いた柱達が妙に、にやけた顔をしている。特に宇髄の奴がウザってぇ。冨岡と不死川はほんとブレないな。

 

「……何がそんなに面白いんだ?」

「いいえ、何でもありませんよ」

 

普段よりもより微笑んで答えるカナエ。

 

「師範も相変わらずのようですな!」

「おい、煉獄、それどういう意味だ」

「性格が捻くれて曲がっておられるという意味です!」

「甘いな、煉獄……俺が捻くれているんじゃない、俺以外が捻くれて曲がっているんだ……分かったか?」

「はっはっはっ!手の施しようもありませんな!」

「手遅れっていうのやめろ、傷付くから」

 

此奴とのやり取りも久しく懐かしさを覚える。そんな俺の気持ちをぶった斬るように不死川が叫ぶ。

 

「テメェらいい加減にしろォ!漫才でもしてんのかァ!?アァッ!?」

「やめろ実弥、みっともない」

 

不死川の堪忍袋の緒が切れた。更に言い募ろうとする不死川であったが横槍を入れられる。

 

「杏寿郎」

 

産屋敷の一声で不死川がぴたりと止まる。此奴は産屋敷だけには引くほど従順になる。

 

「柱になるための条件、君ならよく知っているね。実はーーーーーー」

 

産屋敷は帝都付近で十二鬼月の可能性が高い鬼の情報が入ったので煉獄を向かわせる旨の話をした。そこでしのぶが柱が行くべきという反論を出すが柱は死んだ柱の警備地区を担当すること、親父さんの元担当地区であること、この二つの理由によって煉獄が向かう事となった。

 

「自身が柱足りえるというならば言葉だけではなく実績で。そうすれば自ずと皆認めてくれる。君の実力を示しておいで、杏寿郎」

「はい!」

 

産屋敷の言は至極尤もである。言葉だけ、口先だけなら何とでも言える。言葉に伴う実績や結果がなければ言葉に説得力は生まれない。妄言や虚言と言われてしまうだろう。

彼奴ならそんな心配は杞憂だろうがな。その思いは裏切られることがなく下弦の弐を倒して無事炎柱となった。

 

「結構な怪我をしたらしいな、お前の事だから傷一つなく倒すかと思っていたが」

「師範!下弦の弐を相手に傷一つなくというのは至難の業です!」

「お前はやってのけそうだが」

「高い評価をいただいて嬉しいのですが私はまだまだ未熟の身であります故!」

 

下弦の弐の討伐時に怪我を負った事が気になって冗談混じりに聞いてみたが大丈夫みたいだな。というか此奴の精神性はどうなってんの。俺より年下なのが未だに信じられない。

何はともあれ此奴なら確りと柱を務めてくれるだろう。例え俺が抜けても。

 

 

 

 

〜蛇柱との一幕〜

 

「信用しない、信用しない、俺は信用しない」

 

信用しない、と頻りに呟いている彼の名は伊黒小芭内、新しい柱に就任した男だ。目の色が両目で違うという珍しい奴で口許を包帯でぐるぐる巻きにして蛇を連れているのが特徴だ。蛇を連れている事とネチネチとした物言いから分かる通り彼は蛇柱、蛇の呼吸を扱うらしい。

今は柱合会議の始まる前で各々自己紹介をしていたが俺の正体が鬼と知るや否や信用しない、と言い始めた。こっちの方が当たり前なんだよな、忘れそうになるが。

そういった経緯があって伊黒から怨嗟の籠った眼差しを向けられている。俺自身はもう何とも思わないが何とも思えない奴がいるらしい。

 

「小芭内くん」

「……何だ女、貴様は鬼に与するのか?その醜い生き物を庇うのか、擁護するのか。そもそも何故貴様は鬼の隣に居るというのにへらへら笑っていられるんだ、正気の沙汰とは思えない。お館様は何故鬼を鬼殺隊に、それも柱になど。そして何故貴様ら柱はその鬼の頸を取らない?刀を振れば届く距離に居るというのに何故殺さない?この程度が柱というのなら」

「小芭内くん」

 

先程よりも強く、厳し目に声を上げるカナエにびくりとしてしまう。そんな俺を気にも留めずに話を続ける。

 

「一晩中悪夢に魘されて謝り続けた事はあるかな?再生すると分かっていても腕を噛みちぎったり肺を抉り抜いたりした事は?……太陽の光を浴びられない体になった事はあるかな」

「おい、カナエ……」

「比企谷さんは黙っていて下さい」

「……」

 

カナエの強い口調によって黙らされる俺。

 

「……何が言いたい」

「いえ、ただの質問です。何れかに経験があるかな」

「そんなもの」

「誰だってないよね。……比企谷さん以外は」

「……」

「全ての鬼を許してあげてとは言えないけれど、それでも彼……比企谷さんの事を見てあげて欲しいの。先ずはそれから始めて下さい、どうかお願いします」

 

そう言い切ると深く頭を下げるカナエ。俺も咄嗟に同じ位頭を下げる。顔は見えないがきっと逡巡して葛藤している事だろう。暫しの間を置いて伊黒は答えた。

 

「……俺は柱としての責務を全うするだけだ……だから貴様が誰かを殺した時は俺が真っ先に殺してやる、覚えておけ」

 

俺に宣言するとふんっと言ってそっぽを向く。カナエがぱっと頭を上げた。

 

「ありがとう!小芭内くん!」

「ええい!離せ!」

 

感極まったカナエは伊黒の両手を握ってぶんぶん上下に振り回す。カナエに握られた事を酷く鬱陶しそうに突き放そうとする伊黒だが力がないのか振り解けないでいる。

どうにか今は受け容れてくれて胸を撫で下ろす。カナエには頭が上がらないなほんと。

 

 

 

 

〜恋柱との一幕〜

 

 

痴女がおる。何あれ、若い娘が何であんなに胸元開いてんの、怖い。あと何だあの髪の色、煉獄といい錆兎といい不死川といい真面な髪の奴の方が少ないのはおかしいだろ。

 

「比企谷さん、何処見ているんですか?」

「……雲を眺めてました」

「そういうことにしておきましょう」

 

カナエが怖い、笑っているのに笑っていない。久しぶりに見た笑顔で背筋に冷たいものが走り抜ける。俺が恐怖で震えていると桃色髪から声が掛けられる。

 

「あの……貴方が鬼って本当何ですか?」

「お、おう」

「では……誰も傷付けていないというのも?」

「……傷付けちまった事はある」

「でも誰の命も奪っていませんよ」

 

桃色髪と話しているとカナエが突然割り込んで来た。

 

「本当なんですか?」

「ええ、本当ですとも」

「……比企谷さん!」

 

痴女から急に呼ばれて肩が跳ね上がってしまう。決して胸見てた事がバレたかもなんて思っていない。思ってないったら思ってない。だからその顔でこっち見るの止めくれませんかねカナエさん。

 

「……何だ」

「わ、私の髪の色……どどどう思いますか……」

 

目線を僅かに逸らしながら返答すると突拍子もない質問が飛んできた。質問の意味が分からず首を捻る。

 

「どうっていうのは……?」

「え、えっと、そのへ、変じゃないでしょうか?」

「……髪が黒くなきゃ『変』か?」

「え?」

「皆と違うなら『異端』か?皆と同じでないなら『異質』か?」

「え、あ、その」

「周り見ろよ、髪が黒じゃない奴なんてごろごろいるし、何よりも『鬼』の俺が鬼狩りやってんだ。俺に比べりゃ『異端』でも『異質』でもない。お前が名乗るなんて百年早い」

「は、はぁ」

「じゃ、そういうことで」

 

言いたいことを言い終えたので脱兎の如くその場から走り去る。言い終えてから恥ずかしくなったとかじゃない、カナエが怖かっただけだ勘違いすんなよ。

 

 

 

 

「あっちょっと!……行っちゃった」

「……全くほんとあの人はねじ曲がっていますね。蜜璃ちゃん」

「は、はい!」

「比企谷さんのあれはね、励ましていたの」

「……?」

「分からないよね……あれは意訳すると『俺の方が異端で異質だから気にするな』って意味なの」

「……分かるんですか?」

「何となくね、私も綺麗だと思うよ。蜜璃ちゃんの髪」

「へっ!?あ、ありがとうございます!」

「仲良くしてくれるかな……彼とも、私とも」

「勿論です!」

「ありがとう、蜜璃ちゃん」

 

 

少女達の笑い声が産屋敷邸で響いた。

 

 

 

 

 

〜産屋敷耀哉との一幕〜

 

 

「なぁ産屋敷」

「なんだい八幡」

「柱ってのは九画だから九人なんだよな?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ質問だ。今日入った霞柱も入れて今の柱は何人だ?」

 

俺がそう問うと産屋敷がひい、ふう、みい、と指折り数えていく。両手の指が折れ曲がった時、産屋敷が口を開く。

 

「八幡、数え切れないからちょっと指貸してくれない?」

「両手で数え切れなくなってんじゃねぇか!九人ってのは何だったんだよ!?」

「いやぁ気が付いたらこんな事に」

「嘘吐けぇ!」

「本音を言うと柱は何人いても足りないよ」

「ぐぅ……じゃ、じゃあ俺を柱から降ろしてくれるっていう約束は……」

「蜜璃が入って来た時に文句言わなかったからもういいと思っていたんだけど?」

「……今からでも遅くはない。ほら俺、不死川と伊黒から蛇蝎のように嫌われているし」

「本音は?」

「仕事したくねぇ!阿呆みたいに広い警備地区!斬っても斬っても減らない鬼!その他多過ぎる雑務!やってられっか!!」

「八幡、私は本音は?と聞いたんだよ」

「……今のが本音だ」

「嘘を言わなくていいんだよ。ここには私と君しかいない」

「…………怖いんだ」

「うん」

「……俺をまるで一人の人間みたいに扱ってくれる奴らが多い。その事に救われているけど、でも甘えてしまいそうで、溺れてしまいそうで怖いんだ。俺は幸せでいいのかずっと考えているんだ。家族に、殺してきた()()に申し訳が立たない」

「幸せになっていいんだよ八幡」

「……」

「君はまだ自分を許せないんだね」

「……」

「それじゃあ私からのお願いだ、もう少しだけ柱を続けてくれないかな八幡」

「……お願いなら仕方ないな」

「ありがとう八幡」

 

……産屋敷にも頭が上がらないな。

 

 







どうも作者です。
やっっっっっっっと柱全員揃いましたね。ただしもうちょっとだけ幕間が続きます。
柱同士の掛け合い書くの楽しい……


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幕間:柱達の腕相撲大会は間違っていない

 それは何気ない一言から始まった。

 

「もっと柱同士仲良くできませんか?」

 

 カナエがまた変な事言い出したな、と胸中で溜息をつく。あからさまにやればカナエに文句言われるのが目に見えているからな。

 

「でも具体的にどうするの?」

 

 しのぶが至極当然の質問をする。『仲良く』というだけでは曖昧過ぎる。『仲良く』する為に何をするのか、何を以て『仲良く』というのかそこら辺訊いておかないと何させられるか分かったもんじゃない。

 

「それは……考えてないけど」

「ないのね」

「はいはーい! 俺にいい考えがあります!」

 

 無いんかい、考えておけよ。いや、やらないけども。

 いい考えがあると言ったのは粂野だ。此奴は此奴で何言い出すか分からないから身構える。大して意味などないが。

 

「それは────」

「腕相撲だァ」

 

 

 粂野の台詞に割って入ったのは不死川。彼奴が積極的に意見を出すなんて……と思ったが多分あれだな、腕相撲なら隊律違反にならないから好きなだけ嫌いな奴をぶちのめせるからだな。目が物語っているもん。

 

「えっ!? 実弥!? どうしたんだ!!?」

「お前は黙っとけェ匡近。で腕相撲ならどうだァ?」

「う〜ん……」

 

 微妙な反応を見せるカナエ。腕相撲で『仲良く』というのはちょっと違うように感じているのだろう。うんうん唸っているカナエにしのぶが近寄って耳打ちする。何やら言われてはっとした後にっこりと微笑んだ。

 

「皆で腕相撲しましょう!」

 

 しのぶはカナエに何を言ったのだろうか。気になるが今は聞けない。机や座布団を用意しているからな。

 ……俺もやらなきゃ駄目? 

 

 

 一先ず俺抜きで柱全員が総当り戦を行った。勝ち星が負け星より多ければ上の順位になり、同数であれば直接対決となる。一番は悲鳴嶼さんになった。予想通り圧倒的な強さで誰も勝てなかった。

 

「南無……」

 

 二番は宇髄。

 

「ド派手に一位を取りたかったが悲鳴嶼さんなら仕方ねぇ」

 

 三番は煉獄

 

「よもや三位になれるとは!」

 

 四番は錆兎

 

「男なら一番を取りたかったが……鍛錬せねばな」

 

 五番は不死川

 

「けっ、ざまぁ見ろ冨岡ァ」

 

 六番は冨岡

 

「……」

 

 七番は甘露寺

 

「参りました……(強い人ばかり……手を握ってきゅんきゅんしちゃった)」

 

 八番は粂野

 

「ねぇ皆強くない? 蜜璃ちゃんに負けたの何気に悔しいんだけど」

 

 九番はカナエ

 

「皆さんお強いですね」

 

 十番は時透

 

「……」

 

 十一番は真菰

 

「元気出して、匡近くん」

 

 十二番は伊黒

 

「ふんっ……技とは腕力ではない」

 

 十三番はしのぶ

 

「そう、実戦は腕力じゃないですから」

 

 番付はこうなった。

 さて、何故俺抜きで腕相撲をしたのか、説明をしよう。皆さんご存知の通り鬼の身体能力は人間を遥かに凌駕する。無論腕力、膂力、握力も高い上に俺自身鍛錬しているから悲鳴嶼さんでも勝つのは難しい、という訳で俺対残りの柱全員という事になった。番付を付けたのは単純に誰が強いのか決める為と俺に挑む順番を決めるためである。つまりしのぶから俺に挑んで来て最後に悲鳴嶼さんと勝負する。どんだけ勝ちたいんですかね。

 そんな事を考えていたらしのぶから声が掛かる。

 

「さぁ初戦ですよ、早く座りなさい」

「へいへい」

 

 よっこいせと座布団に腰を下ろし、しのぶの手を握る。鍛えられた掌だがやはり女の子らしい柔らかな手の感触にどぎまぎしてしまう。あと小さいから包み込むように握って何だか温かく感じる。

 

「用意……始め!」

 

 審判のカナエの声でしのぶが弾かれたように腕を倒そうとする、が動かない。全力を出しているが動かない。何だろうこの、得も言われぬ気持ちになる。このまま眺めていたいがさっさと終わらせてやらなければしのぶが可哀想だからな。腕を左側に倒そうとするが違和感を感じる。まさか、これは。

 

「気付きましたか? 麻痺毒です」

 

 決め顔で言っているけど反則だからな。そこまでして勝ちたいのか。呆れを通り越して尊敬するわ。

 

「ほい」

「あぁー!」

 

 尊敬するとは言ったが負けてやるつもりはない。毒も直ぐに分解できたしな。

 

「……最近毒の効きが悪くありません?」

「耐性でもできたんだろ」

「くっ……」

 

 すごすごと立ち去るしのぶに代わって伊黒が腰を下ろす。

 

「ふんっ……」

 

 口も聞きたくないという態度だ。俺としても此奴と楽しくお喋りできるとは思わないからお互い喋ることなく手を握る。握って気付いたが此奴も手が男にしては小さい、というより細い。ちゃんとご飯食べてる? 大丈夫? と心配してしまう。

 

「用意……始め!」

 

 同じくカナエの掛け声で始まった。伊黒もしのぶ同様俺の腕を倒そうとするがやはりびくともしない。引き延ばすのも可哀想だから躊躇なく倒す。倒されて暫く固まっていた伊黒だが立ち上がる前に一言。

 

「……死ね」

 

 辛辣過ぎて泣きそう。涙を堪えていると真菰がすとんと座る。

 

「よろしくね、八幡さん」

「お、おう」

 

 真菰の挨拶に救われつつ手を握る。真菰も鍛えているが女の子らしい手に胸が高鳴る。慣れないなこれは。

 

「用意……始め!」

「うぅ〜!」

 

 真菰も可愛らしい声を出しながら倒そうとするがやはり動かない。心臓に悪いのでとっとと倒す。

 

「やっぱり負けちゃった」

「うん、まあ、仕方ねぇんじゃねぇの」

 

 手をひらひらさせながら立ち上がる真菰。カナエの視線が厳しいのはきっと気のせいだろう、うん。お次は時透だ。何考えているか分かり辛いんだよな。

 

「……」

 

 すっと差し出された手を握って準備する。此奴は若いからまだ手が小さいんだな。妹とそう変わらない歳なのにごつごつしていて悲しくなる。

 

「用意……始め!」

 

 若いとは言え流石柱。力は先の三人に比べ確かに強い、がそれでも俺の腕は動かない。作業のように俺は右腕を倒す。

 

「……」

 

 最初から最後まで無表情だったな。終わって直ぐすっくと立ち上がって離れて行った。もうちょっとさぁ……まぁいい、次はカナエだな。

 

「よろしくお願いしますね、比企谷さん」

「ん」

 

 机の上の手をそっと握る。上背があるから手はしのぶ達より大きいが俺よりも一回り小さい。手まで可愛いとか最強か此奴。心做しかカナエに強く握られている気がする。自意識過剰だろうな、自分でも気持ち悪いと感じる。

 

「用意……始め!」

 

 カナエの代わりにしのぶの掛け声で始まった。

 

「くぅ〜〜!」

 

 力んだ声まで可愛い、というより最早あざとい。俺に効果抜群だからやめさせる為に無慈悲に倒す。カナエはご立腹のようだ。

 

「むぅ〜! 花を持たせてくれてもいいじゃないですか!」

「えぇ……」

「まぁまぁ、カナエちゃん。俺が敵を取るから我慢しておくれよ」

 

 そう言いながらカナエの代わりに俺の正面に座る粂野。大分カッコつけたな此奴。片頬に手をついて余裕の表情だ。腹立つな此奴。

 

「用意……始め!」

「ぬぉー!」

 

 先程の余裕の表情は何処へやら、全力で俺を倒そうとするが案の定動かない。ちょっとばかし強めに倒してやる。

 

「うぅ……どうして負けたんだ……」

「余裕ぶっこいてたからだろ」

 

 肩を落としてとぼとぼ離れる粂野に代わって甘露寺が座る。

 

「よ、よろしくお願いします」

「おう」

 

 差し出された手はやはり柔らかい。女の子の手ってみんなやわっこいの? あと桜餅のいい香りがするんだよな甘露寺。

 

「用意……始め!」

「えいっ!」

 

 ここで初めて俺の腕がかくんと動いた。順位の時点で予想していたがそれを上回った力だった為動いてしまった。

 

「そこだァ、殺せェ!」

 

 不死川、腕相撲じゃ死なないからね? 

 ……不意は突かれたが彼女の力が分かれば何と言うことはない。彼女の腕を倒す。

 

「お強いですね」

「……まぁ、鬼だからな」

 

 伊黒からの視線が厳しいのは気のせいじゃないだろう。今なら蛇に睨まれる蛙の気持ちが分かる。誰が蛙だ。

 下らない事を考えている内に冨岡が目の前に座っていた。

 

「……」

 

 時透と同じく無言で手を差し出したので握る。此奴は言葉が足りないんだよな、いつも。

 

「用意……始め!」

 

 ぐっと力を込めて倒さんとするがやはり俺の腕は動かない。此奴も力はある方なんだが鬼の体は本当に規格外だな。あっさりと倒して俺の勝ち。

 

「……」

 

 冨岡は自分の手をじっと見たあと離れて行った。悔しかったのかな彼奴。もう少し感情を表現した方がいいと思う。さて次は

 

「ぶち殺してやるよォ」

 

 お前はもう少し感情を抑えよう不死川。俺の精神がボロ布のようになるから。何度も言うけど腕相撲で殺せないからね? 

 不死川は指の骨をこきこき鳴らしながらどかっと座る。威圧感が半端ない。俺が鬼じゃなかったら泡吹いて失神していただろう。おっと、早くしろと顔が言っているので大人しく従う。準備ができたのを見計らってカナエが合図する。

 

「用意……始め!」

「死ねェ!!」

 

 呼吸まで使っていることから分かるだろう、俺への殺意が。しかし幾ら呼吸を使われているとは言えそれでもまだまだ余裕がある。難なく勝利を収めた。

 

「……チッ」

 

 舌打ち一つして去ってしまった。彼奴だけは死んでも俺の事嫌っていそうだな。次は錆兎か。

 

「男なら、男に生まれたなら勝つしかないよな、比企谷?」

「俺は別に負けてもいいと思うけどな」

「ほう、ならば負けてくれるのか」

「俺より強けりゃな」

 

 挨拶という名の軽い、言葉の殴り合い。錆兎は気合い充分あるようだな。力強く握られた手からひしひしと思いの丈が伝わって来る。

 

「用意……始め!」

 

 掛け声と同時に倒そうとしてくる錆兎。此奴まで呼吸使ってきやがった。不死川より少しだけ強いが俺からすれば誤差の範疇。此方も勝利した。

 

「比企谷はやはり強いな」

「鬼だからな」

 

 何故か何処か悲しそうな顔を浮かべてから退場して行った。何だったんだ彼奴。疑問に思ったのも束の間、今度は煉獄が座った。

 

「師範! 全力で相手をさせていただきます!」

「程々に手ぇ抜けよ」

「そんな無礼な事はできませぬ!」

 

 分かっていたが無駄な問答だったな。俺は小さく肩を竦めたあと煉獄の手を握る。逞しい掌だ、努力の跡が窺える。あ、此奴も呼吸使う気だな。使わなきゃ駄目とかないから使わなくていいと思うんだけどなー。その願いは届かず無情にも開始の合図が告げられる。

 

「用意……始め!」

 

 知ってた。お前が全力って言ったら全力出すよな。今現在俺は四割の力を出して拮抗している。もう一割増やしてやっと煉獄を倒せた。

 

「やはり師範はお強い!」

「はいはい」

 

 煉獄がさっとその場を離れて次は宇髄が座り込んだ。悲鳴嶼さんと遜色ない筋肉の塊なんだよな、此奴。露出している腕はそれはそれは逞しく隆起している。

 

「さーて、俺様がド派手に勝ってやるぜ。負けても地味に文句言うなよ?」

「あいよ」

 

 身長に見合った大きな掌を握り準備は整った。

 

「用意……始め!」

 

 掛け声と共にぐっと力む宇髄。無論呼吸を使っているせいで手加減したら負けかねんな。七割程の力で以て宇髄を倒した。疲れた……この後悲鳴嶼さんとか嘘だろ。

 

「チッ、負けたか」

「ひやっとしたわ」

「地味な慰めなんざいらねぇよ」

 

 本心なんだがな。腕を回して退場した宇髄に代わって悲鳴嶼さんが腰を下ろす。悲鳴嶼さんも威圧感半端ない。凡そ二尺背丈が離れているからどうしても見上げる形になる。

 

「南無……」

 

 背丈同様滅茶苦茶でかい掌を握る……包まれてね? これ。兎も角準備はできた。

 

「用意……始め!」

「はっ!!」

「ぬぉぉ!!」

 

 裂帛の気合いの籠った掛け声をお互い上げる。やはり悲鳴嶼さんが最強であることは疑いようもない。しかしこちとら鬼の体。例え悲鳴嶼さんが相手でも負けない。ほぼ全力の力で捩じ伏せる。が悲鳴嶼さんも全力で抵抗するせいでゆっくりとしか倒せない。それでも何とか悲鳴嶼さんの手の甲を机に押し付け勝利。

 

「……流石だ……比企谷」

「うっす。まぁ鬼ですからね」

「……」

 

 という訳で全戦全勝。おかしい、俺は負ける事に関しては負け無しだった筈なんだが……どうしてこうなった? 大元は多分鬼舞辻無惨だろうけど産屋敷が無関係とはどうしても思えない。過去に思いを馳せているとどうやらもう解散の時間らしい。ぞろぞろと出て行く奴らを見送る。帰ろうとする前にカナエが話し掛けて来た。

 

「お疲れ様です」

「ん、まぁ疲れてないけどな……なぁカナエ」

「はい?」

「何で腕相撲やろうとしたんだ?」

「……」

「最初は渋ってたろ、しのぶに何言われたんだ?」

「……比企谷さんと手を繋ぎたかったから」

「……え」

「……だから言いたくなかったんです」

 

 顔を赤らめて視線を外すカナエにどきりとする。あまりにも予想外で可愛らしい理由で頭が混乱している。何か言わなきゃと思って何も考えずに口を開く。

 

「な、何でつ、繋ぎたかったんだ?」

「だって比企谷さん、私が大袈裟に手を出しても繋いでくれないじゃないですか!!」

「……」

 

 ごめんな、気付いてはいたんだ。そっと手を差し出しては繋ごうとしていたよな。でも俺は気付かない振りをした。そのせいで別れ際に悲しそうな顔を浮かべていたよな。いつも申し訳なく思っている。

 でも、それでも俺が俺の血に塗れた手が、君の美しい手に触れるのがとても罪深い事だと思ってしまうんだ。君のその手を穢してしまうから、だから俺は気付かない振りをした。

 

「比企谷さん、気付いていましたか?」

「……いや気が付かなかった」

「比企谷さんって案外鈍感なんですね」

「馬鹿言え、俺は敏感だ」

「ほんとですかぁ?」

「あたぼうよ」

「じゃあ今度から手を繋いで下さいね」

「……」

「何で即答できないんですか!?」

「……できない」

「えっ?」

「済まないがそれだけはできない」

「ど……どうして……?」

「……俺の血に塗れた手じゃお前の手を汚しちまう、だからできない」

「……」

「だから悪いがその願いは」

 

 叶えられそうにない、と続けようとした時、カナエに左手を握り締められていた。

 

「おい馬鹿離せっ!」

「……血に塗れてなんていません」

「……」

「私を守ってくれた綺麗な手です」

「……」

「私の手は汚れましたか?」

「……お前はやっぱり狡いよ」

「賢いと言って下さい」

「……そーかよ」

「明日から手を握ってくれますか?」

「……勝手にすればいいんじゃねぇの」

「ふふっ、そうさせて貰います」

 

 改めて思う。胡蝶カナエは本当に底抜けなお人好しの優しい奴だと。

 








どうも作者です。
鬼滅の刃二次創作における鉄板、腕相撲大会を書きました。皆書きたいよね、分かるよその気持ち、だって楽しいもん。
そろそろ原作に入ろうか、幕間をもう一つ二つ書いてから入ろうか悩んでおります。
こんな話が見たいっ!という方はよろしければコメントの方まで


コメ稼ぎっぽいな……


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俺が外に出ると間違い

 今日は珍しく昼間から外に出ている。いい天気だったので何となく出てきた。身を擽る穏やかな風を感じて外に出て良かったと思える、彼奴に出会う迄は。

 

「「あ」」

 

 ばったりと出会したのは甘露寺蜜璃。曲がり角で出会すとかそこはかとなく運命染みたものを感じるが残念ながら俺は夢想家(ロマンチスト)ではない、ただの偶然だ。偶然と言ったら偶然だ、比企谷八幡、勘違いするな。

 

「こんにちは! 今日はいいお天気ですね! 比企谷さん!」

「お、おう」

「今日はお出掛けしないと勿体無いと思ってお散歩してるんですけど比企谷さんもそうなんですか?」

「お、おう」

「やっぱり! こんないいお天気だとお外に出たくなっちゃいますよね〜」

「お、おう」

 

 彼女の口から言葉が湯水の如く溢れ出す。俺は濁流とも言えるその勢いに翻弄されるままだ。もっとマシな受け答えができれば良かったんだが生憎俺の会話能力は恐ろしい程に低い。だから甘露寺の言葉に適当に相槌を打つ他ない。このまま適当に相槌打っていれば飽きてどっか行くだろう。その後で一人気ままに散歩しよう。そうしよう。呆けた顔で暫く甘露寺の話に付き合った。

 

 

 

 

 

 

「それでですね〜ここのお団子とあんみつが絶品なんですよ〜! 比企谷さん甘い物お好きですよね?」

「……おう」

 

 現在俺は何故か甘露寺と共に茶屋に来ている。いや、理由など分かり切っている。適当に首肯いていたからこんな事になってしまったのだ。しかし俺も俺で気を抜き過ぎだろ、茶屋の椅子に座ってやっと現状を認識したとか……反省。

 あと、近くない? 近くなーい? 何で隣に座っているのかな? 対面にも席あるのにどうしてかなー? 鼓動が煩くて仕方ないんだけど? 出ようにも俺が壁側に座っているせいで出られない。

 ふぅ、落ち着け八幡。先ずは深呼吸、ゆっくり吸ってー吐いてー桜餅のいい匂いが胸の中に満たされて落ち着……けない。このいい香りも多分甘露寺のだよな、女の子の匂いを思いっきり吸う変態みたいになってしまった。

 ふぅ、落ち着け八幡。外の景色でも眺めて落ち着くんだ。俺が外を見ようとすると必然、甘露寺も視界に入ってしまう。その結果……たわわな果実に目が行ってしまう。いかん、どうしてもチラチラ見てしまう。男の性とは言えこんな事が伊黒に露見したら惨殺される。俺は壁と向かい合いながら彼女に問う。

 

「あ、あのさ……」

「何ですか?」

「ずっと気になっていたんだが……どうしてそんなに前を開いているんだ?」

「え、あ、えと、その……縫製係の方から渡されたのがこれでして……へ、変ですか……?」

「い、いや変じゃない、けど……目のやり場に困る、から前隠してくりぇ」

 

 噛んじまった、死にたい。何で噛むかなぁほんと。ほら甘露寺も笑い堪らえてるよきっと。恥ずかし過ぎて顔が見れない。俺が暫く自己嫌悪に陥っていると甘露寺から声が掛かる。

 

「……分かりました。今度から比企谷さんの前では隠しておきますね」

「それは助かる、本当に」

「それじゃあ比企谷さんも何か注文して下さい」

「それじゃあってどっから出てきたんだよ」

「だって比企谷さん何も注文してないですから……私と食べるのは嫌ですか……?」

「嫌じゃない……けど」

「それなら一緒に食べましょう! ほら美味しいですよ!」

「分かった、分かったからそんなに近付かないで……団子一本だけな」

「どうですか? 美味しいですか?」

「むぐ……ああ、美味いよ」

「良かった〜!」

 

 そんなに嬉しそうな顔しないでくれ。うっかり惚れてしまうから。

 そういえばふと気になったので思わず聞いてみた。

 

「なぁ、何でお前は鬼殺隊に入ったんだ?」

「え? 私ですか? 恥ずかしいですけど……実は私添い遂げる殿方を見つけるためです!! やっぱり自分よりも強い人が良いんです、女の子なら。守って欲しいものですから! 分かります? この気持ち」

「……」

 

 何を言っているのかちょっとよく分からなかった。

 それからも他愛の無い話を続けていたら何時の間にか夕暮れ時、この後、警邏があるそうなので早々に別れた。やっと平穏が訪れたと思ってほっと一息吐いたとき

 

「今晩は、比企谷さん?」

 

 ぎぎぎと音が聞こえる位にゆっくり首を回すとそこにはカナエがいた。カナエの顔が怖く感じるのは宵闇のせいだと信じたい。俺が何も言えないでいるとカナエは更に続ける。

 

「もう、挨拶を返してくれないと傷付いちゃいますよ?」

「こ、今晩は」

「はい、よく出来ました……今日は蜜璃ちゃんと随分楽しそうでしたね?」

「……」

「若い子だからですか? それとも胸が見えているからですか? どっちなんですか?」

「……」

「ねぇ、比企谷さんどっちなんですか?」

 

 つんつん突かれながら執拗に訊かれた。それはもう執拗に。やはり外に出ると碌な事にならないな。

 

「……私の胸にも興味がありますか? 何なら見ますか?」

「!? んげほっごほっ……何言ってんだお前」

「別に〜比企谷さんが女の子の胸ばかり見ている事なんて気にしてませんよ〜?」

「……まぁ男だから仕方ないんだよ」

「蜜璃ちゃんみたいに見せたら興奮しますか?」

「それだけはやめろ」

「ッ……どうしてですか」

「…………他の男にお前の、その……体を見られたくない」

「……ふ、ふふふっ」

「おい、笑うな。いや頼む、今の言葉を忘れて下さいお願いします」

「え〜? どうしましょうかね〜?」

「お願いだから、ほんと」

「う~ん、じゃあまた今度屋敷に来て下さい」

「それだけでいいのか?」

「はい、それだけです」

「よし、分かった。今度またきっとその内多分行く」

「後半になるほど曖昧になっているじゃないですか……絶対に来てくださいね、でないと宇髄さんにさっきの言葉バラしますよ?」

「おい、待て。何でよりにもよって彼奴なんだよ、一番バラしたら駄目な奴じゃねぇか」

「兎に角! 来て下さいね!」

「……あぁ、分かったよ」

 

 全く、やはり外に出ると碌な事にならないな。

 

 







どうも作者です。
大変お待たせして申し訳ありません。待ってない?……ア、ソウ
遅れた理由としては書きたい話が多いんだけど一話一話がそこまでの長さにならない……と思ってなんとか捻り出そうとしたのですが……無理でした。



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原作編
その壱


大変長らくお待たせいたしました。何故、投稿が遅れたのかは活動報告にてお知らせします。









 離れ行く二つの背中を眺めながら思いを馳せる。彼等は何かが違うのではないか、()のように、と思わずには居られない。しかし、この事が露見すれば俺はどうなるだろうか。良くて除隊処分、悪ければ切腹だろう。だが、そうなったとしても賭けてみたくなった。兄を庇う彼女の姿を見てどうしても賭けてみたくなってしまったのだ。

 とそこまで考えていると後ろから声が聞こえる。

 

「びっくりしたね、錆兎。義勇があんなに大きな声を出すと思わなかった」

「そうだな。久々に義勇の大きな声を聞いたかもしれない」

 

 後ろにいたのは同僚であり、友である錆兎と真菰だ。烏の報せを聞いて三人で向かっていたのだが二人は途中で別の鬼を見つけた為に遅れてやってきたのだ。恐らく先程の一部始終を見られているだろう。どうにかして口止めをしたかったがどうすればいいのか分からない、結局頼むほかないと結論づける。

 

「……あの二人のことは頼む……」

「ああ、任せておけ」

「義勇の頼みだもの」

「……感謝する」

 

 返答にほっと胸を撫で下ろす。心優しいばかりか此方の言いたいことも汲み取ってくれた二人に礼を述べる。これが本当の以心伝心か、と心の中で頷く。言いたいことは伝え終えたので鬼の痕跡を探す為に彼等の家に向かう、今度奢るものを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 狭霧山に来てから一年が過ぎた。鱗滝さんに岩を斬るように言われてもう半年が経った。最近は焦りと不安が大きくなっていっていることは分かってはいるんだけど、でも抑えられるものじゃない。鍛錬を積むがそれでも岩を斬れない。

 俺、だめなのかな? 禰豆子はあのまま死ぬのか? わ──ーっ、挫けそう!! 負けそう!! 

 自分を奮い立たせるために自分で励ます。

 

「頑張れ俺!! 頑張れ!!!」

「うるさい」

 

 声のした方を見るといつの間にやら狐のお面をつけた男の人が岩の上に座っていた。歳の頃は義勇さんと同じ位だろうか。

 

「男が喚くな、見苦しい」

 

 仄かに義勇さんと女性の匂い、それから鬼の匂いがする。義勇さんの知り合い……仲間だろうか? 

 

「どんな苦しみにも黙って耐えろ。お前が男なら、男に生まれたのなら」

「!!」

 

 ふわりと飛び上がり木刀で襲いかかって来た。咄嗟に刀の柄で受けるが蹴り飛ばされてしまう。

 

「ぐっ……」

「鈍い、弱い、未熟、そんなものは男ではない」

 

 いきなり襲いかかって来て不躾な物言いをされたら誰だってかちんと来るだろう。相手が年上という事も忘れて怒鳴る。

 

「急に何するんだ!!」

「お前の方こそ何をしている」

「何って鍛錬を……」

「いつまで地面に尻をついているのか、構えもせずに」

「!!」

 

 指摘されて初めて気が付いた。鱗滝さんから兎に角立ち上がれと教わった筈なのに。自分を不甲斐なく思いながら立ち上がる。

 

「さぁ、かかってこい」

「でも……貴方は木刀で俺は真剣だ」

 

 一拍の間が訪れたと思ったら彼が高らかに笑いだした。

 

「ハハ、ハハハ、ハハハハ!! ふははは、ハハハッハハハハ」

「……」

「それはそれは!! 心配していただいてありがたいことだ。お前は俺に怪我をさせると思っているわけだ!」

 

 喋りながらまた木刀で襲いかかってくる。これまた刀の柄で受けると顔をずいっと俺の方に寄せ、告げる。

 

「心の底から安心しろ、俺はお前より強い!! 岩を斬ってるからな!!」

「岩を斬った!?」

「お前は何も身につけていない、何も自分のものにしていない」

 

 俺が驚いている合間にまたもや地面に叩きつけられる。

 

「特に鱗滝さんに習った呼吸術”全集中の呼吸”」

「!! (鱗滝さんを知ってる!? 呼吸も……)」

「お前は知識としてそれを覚えただけだ、お前の体は何もわかってない」

 

 そんな筈はない、と言い返す前に彼が連撃を叩き込んで来た。慌てて受ける。

 

「お前の血肉に叩き込め、もっと、もっと、もっと!! 鱗滝さんが教えてくれた極意を決して忘れることなど無いように。骨の髄まで叩き込むんだ!」

「やってる、毎日やってる、必死で!! でも全然駄目なんだ前にっ……進めないこれ以上」

「進め!! 男なら、男に生まれたのなら進む以外の道などない!! 

 かかってこい!! お前の力を見せてみろ!!」

「あぁあああ!!」

 

 下段からかち上げられて俺は意識を失った。意識が闇に沈む寸前に後は任せるぞ、という彼の声とうん、と答える女性の声が聞こえた気がした。

 

 

 

「大丈夫?」

 

 目覚めるとそこには一人の女性がいて、その人に熱く語ってしまった。

 

「さっきの見たか?」

「?」

「凄い一撃だった、無駄な動きが少しもない、本当に綺麗だった!! あんなふうになりたい、俺もなれるかな? あんなふうに……」

「きっとなれるよ、私が見てあげるもの」

「(綺麗だ……)貴女は誰だろう」

 

 その女性は真菰さんと言った。あの青年は”錆兎”さんだと教えてくれた。更に真菰は俺の悪いところを指摘してくれた。無駄な動きをしているところや癖がついているのを直してくれる。

 なぜそうしてくれるのか訊ねてみると「頼まれたから」の一点張り。誰にどうして頼まれたのか訊いても教えてくれない。

 何処から来たのか訊ねてみると「そのうち分かるよ」の一点張り。これまた詳しく訊いても教えてくれない。

 

「私達鱗滝さんが大好きなんだ」

 

 この言葉は真菰さんの口癖だった。

 二人は兄妹ではない。孤児だったのを鱗滝さんが育てたそうだ。

 

「子供たちは他にもまだいるんだよ、きっといつも炭治郎を見てるよ」

 

 真菰さんは少し変わった人だった。言うことがふわふわしている。

 

「全集中の呼吸はね、体中の血の巡りと心臓の鼓動を速くするの。そしたらすごく体温が上がって人間のまま鬼のように強くなれるの。とにかく肺を大きくすること、血の中にたくさんたくさん空気を取り込んで血が吃驚したとき骨と筋肉が慌てて熱くなって強くなる」

「(よく分からない……)どうやったらできるかな」

「死ぬほど鍛える、結局それ以外にできることないと思うよ」

 

 

 

 

 

 腕が、足が、千切れそうな程

 肺が、心臓が、破れそうな程

 刀を振った。それでも錆兎には勝てなかった、半年経つまでは。

 その日挑みに行くと錆兎は真剣を持っていて

 

「半年でやっと男の顔になったな」

「今日こそ勝つ」

「……炭治郎、岩を斬ってみろ」

「!? 、でも、俺は……」

「兎に角斬ってみろ」

 

 今日こそはと意気込んで来たのに……いや、目的を忘れてはいけない。どの道岩を斬れないと鱗滝さんに最終選別に行くことを許しては貰えない。萎れかけた思いを持ち直して岩に向き直る。

 

「すぅー……はぁー……」

 

 深く、深く。鋭く、鋭く。研ぎ澄ませ、教えてくれた極意を、半年の経験を今、より合わせてこの一刀に注ぎ込め。

 

「はぁっ!!!」

 

 大上段から振り下ろした刀が豆腐を切るように岩を真っ二つにした。俺は少しの間、呆然としてしまった。自分がこの大岩を斬ったと信じられなくて。

 

「……炭治郎、お前を男と認めよう」

 

 気が付くと二人の姿は忽然と消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「お前を最終選別に行かせるつもりはなかった。もう子供が死ぬのを見たくなかった。お前にあの岩は斬れないと思っていたのに……よく頑張った。炭治郎、お前は凄い子だ……」

 

 鱗滝さんのごつごつと、それでいながら優しい手が俺の頭にそっと乗せられる。嬉しくて涙が溢れてしまうが気にしない。今はそれよりも錆兎に、鱗滝さんに認められたことがただただ嬉しい。

 

「”最終選別”必ず生きて戻れ。儂も妹も此処で待っている」

 

 髪を切り終えると鱗滝さんがお面をくれた、厄除の面という、悪いことから守ってくれるそうだ。

 そして眠り続ける禰豆子は連れて行けないので鱗滝さんに預かってもらう。

 

「鱗滝さん行ってきます! 錆兎さんと真菰さんによろしく!」

「……炭治郎、何故お前が……あの子たちの名を……いや、そういうことか」

「えへへ、久しぶり。鱗滝さん」

「お久しぶりです。先生」

「これはまた懐かしい顔だ……」

「これでも半年に一度は帰って来ているんだけどね〜柱は本当に忙しいよ」

「全くだ。しかも最近の隊士が腑抜けばかりだから余計にな」

「相変わらず手厳しいな錆兎よ、して炭治郎はどうだ?」

「……今のところは及第点と言ったところです」

「……お前にそこまで言わせるとはな」

「それよりも真菰、面まで付けて炭治郎の前に出た意味はあったのか?」

「そう言う割には楽しそうだったよ? 錆兎」

「……真菰の気の所為だ」

「ふふっ、うん、そうだね、私の気の所為だね」

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 それから俺、竈門炭治郎は何とか最終選別を突破し、支給品の刀と隊服を受け取って晴れて鬼殺隊の隊員になった。最初の任務を終え浅草で珠世さん達と出会い別れた。そうそう、別れる直前にこんなことを聞かれた。

 

「比企谷八幡さんという……方をご存知ですか?」

 

「? 、いえ知りません」

 

「……そうですか、武運長久を祈っています」

 

 比企谷八幡さん……一体誰だろう? そんな疑問は任務を熟していく内に薄れていってしまった。

 

 そして現在、絶体絶命だ。狭まっていく糸の籠から抜け出したいが腕すら上がらなくなってしまった。もう駄目だと思った瞬間に誰かが糸を切ってくれたみたいだ。誰だ? ……善逸か? ……

 

「俺が来るまでよく堪えた。後は任せろ」

 

 驚きのあまり目を見開いた。彼が、冨岡さんが来てくれた。勝負は一瞬でついたらしい。鬼から死んでいく時特有の灰のような匂いがし始めた。もう間もなく塵となってしまうだろう。崩れながら近付いて来ていると共にその体の大きさに見合わぬ大きな悲しみの匂いが濃くなった。俺はせめても、と思いその背にそっと手を乗せてやった。完全に塵となる直前に謝る声が聞こえた気がした。体が全て塵となり最早着物しか残らない。その着物を義勇さんは情け容赦なく踏みつける。

 

「人を喰った鬼に情けをかけるな、子供の姿をしていても関係ない。何十年何百年生きている醜い化け物だ」

 

「殺された人たちの無念を晴らすためこれ以上被害者を出さないため……勿論俺は容赦なく鬼の首に刃を振るいます。だけど鬼であることに苦しみ、自らの行いを悔いている者を踏みつけにはしない

 鬼は人間だったんだから、俺と同じ人間だったんだから。足をどけてください、醜い化け物なんかじゃない。鬼は虚しい生き物だ悲しい生き物だ」

 

「……ああ、そうだな……」

 

 義勇さんが足をどけようとした刹那、金属と金属がぶつかる甲高い音がした。誰かが禰豆子を斬ろうとしたが義勇さんが守ってくれたらしい。

 

「……どうして邪魔をするんです冨岡さん。そんなだからみんなに嫌われるんですよ」

 

 禰豆子を斬ろうとしたのは小柄な女性。その容貌は美しく、羽織と相まって蝶の精のようだ。変わった刀だ……あれで鬼の首を斬れるのだろうか。否、そんな呑気な事を考えている場合ではない。

 

「さぁ冨岡さん、どいてくださいね」

「俺は嫌われてない」

 

 あっ……

 

「あぁそれ……すみません、嫌われている自覚が無かったんですね。余計な事を言ってしまって申し訳ないです」

 

 ……冨岡さんからほんのりと悲しい匂いがする。

 

「坊や」

「はいっ」

「坊やが庇っているのは鬼ですよ、危ないですから離れてください」

「ちっ……!! 違います、いや違わないけど……あの俺の妹なんです、それで」

「……そうなのですか、可哀想に。では────……苦しまないよう優しい毒で殺してあげましょうね」

「……」

 

 絶句してしまった。禰豆子は生きる事すら許され──────

 

「動けるか」

「!!」

「動けなくても根性で動け、妹を連れて逃げろ」

「!! 、冨岡さん……すみません、ありがとうございます!! 

 

 短い礼を述べながら一直線に逃げ出す。箱笈(はこおい)(禰豆子が昼間入っている箱の事)も忘れずに回収。

 体中痛いし、苦しい。叫んで喚いて転げ回りたい……が我慢だ!! 

 我慢我慢我慢我慢……俺は鬼殺隊を抜けなければならなくなるのか? いくら妹とはいえ鬼を連れてる剣士なんて認められない……背中にどんと衝撃が来て思考がそこで中断される。

 何だっ……しまった走るのが精一杯で……!! 

 倒れた拍子に禰豆子を手放してしまい、無防備となってしまう。あわや斬られるところだったが我武者羅になって羽織を引っ張り辛くも斬られなかった。

 

「逃げろ、禰豆子逃げろ!! 逃げっ……」

 

 まず……い、意識……が……禰豆子は……逃げ切れただろう……か……

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ。起きるんだ。起き……オイ。オイコラ、やいてめぇ、やい!! いつまで寝てんださっさと起きねぇか!!」

 

 そこでやっと目を覚ます、沢山の人の匂いの方に顔を向ける。

 

「柱の前だぞ!!」

 

 

 柱……!? 柱って何だ? 何の事だ? この人たちは誰なんだ? ここはどこだ? 

 

「ここは鬼殺隊の本部です。あなたは今から裁判を受けるのですよ。竈門炭治郎君」

 

 見目麗しい女性からそう告げられ心臓が跳ね上がる。柱? という人たちは俺の方をじっと見るだけだがそれが空恐ろしい。

 いや、それよりも禰豆子!! 禰豆子どこだ、禰豆子、禰豆子、善逸、伊之助、村田さん!! 

 

「まず、冨岡はどうするのかね」

 

 !? どこから? ……あっ木の上に誰かがいる。

 

「拘束もしてない様に俺は頭痛がしてくるんだが。胡蝶しのぶめの話によると隊律違反は冨岡も同じだろう。どう処分する、どう責任を取らせる、どんな目にあわせてやろうか」

 

「まぁいいじゃないですか、大人しくついて来てくれましたし。処罰は後で考えましょう。それよりも私は坊やから話を聞きたいですよ」

 

 俺のせいで冨岡さんまで……錆兎さんと真菰さんもいるけど今は挨拶する余裕がない。

 口を開いて話そうとするが咳き込んでしまう。

 

「水を飲んだ方が良さそうね。顎を痛めているからゆっくり飲み込んで、話してね。妹特製の鎮痛薬が入っているから直ぐに楽になるけど治ったわけじゃないから無理は禁物よ」

「……俺の妹は鬼になりました。だけど人を喰ったことはないんです。今までも、これからも。人を傷付けることは絶対にしません」

 

 俺の言葉を皮切りに場がしんと静まり返る。疑惑の匂い、興味の匂い、期待の匂い……色んな匂いが感じ取れる。中でも俺に水を飲ませてくれた彼女からは強い喜びの匂いがする。

 

「それはどれ位の間?」

「えと……二年以上前の事です」

「分かったわ、ありがとう」

「あの! 妹は俺と一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守るために戦えるんです! だから!」

「大丈夫、安心して」

「!」

「あなたの妹さんは悪いようにはしないわ……私はねずっと鬼と人が仲良くできたらいいなって思って《た》の。だから大丈夫」

「思って《た》……? それってどういう意味ですか……?」

「それはね」

「オイオイ何だか面白いことになってるなァ」

 

 誰かの声が割って入って来た。見やると俺は両の目を見開いた。なんと傷だらけで白髪の男が禰豆子が入った箱を片手で弄んでいるではないか。

 

「困ります不死川様、どうか箱を手放してくださいませ!」

「そうだぞ、実弥! 隠の人たちを困らせるな! 元あった場所に返してきなさい!」

「チッ、うるせぇよ匡近……鬼を連れてた馬鹿隊員はそいつかいィ。一体全体どういうつもりだァ?」

「胡蝶様、申し訳ありません……」

「……実弥君、勝手なことをしないでくれるかな」

 

 天女のような、慈母のような彼女からとても強い怒りの匂いがしてきた。顔はまだ笑顔だけど怒りの匂いがどんどん強くなってきた。

 

「鬼が何だって? 坊主ゥ、鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ? そんなことはなァほぼありえねぇんだよ馬鹿がァ!」

 

 白髪の男が抜刀し、箱に刀を突き刺そうとした瞬間、ぴたりと静止する。刀の柄を黒髪の男が般若のような顔でしっかと握り止めていた。

 

「実弥……それをしたら俺は本気で怒るぞ」

「……チッ」

 

 強ばっていた体から力が抜けていくとともに深いため息をつく。あと少しで禰豆子が斬られるところだった。結果としては未遂に終わったがあの白髪の男は柱とは認めない。

 

「お館様のお成りです!」

 

 禰豆子とほぼ同じ位の歳の女の子が大きな声を張り上げる。柱の人たちが慕うお館様とはどんな人だろう。小さくない好奇心が鎌首を擡げる。

 

「よく来たね、私の可愛い子供たち」

 

 二人の子供に支えられながらゆっくりとした足取りで縁側の近くまで歩み寄ってきた。

 

「お早う皆、今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな? 顔ぶれが変わらずに半年に一度の”柱合会議”を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

 傷……いや、病気だろうか? 肌が変色し血管みたいなものが浮き上がっている。この人がお館様だろうか? ざっと音がしたので周りを見回すと全員が膝をついていた。序に言うと白髪の男がこちらを睨んでいた。あまりにも殺意満々の目だったから俺は膝をつく。

 俺が跪いたのを見届けてから白髪の男は口を開いた。

 

「お館様におかれましても御創建で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

「ありがとう、実弥」

「畏れながら柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士についてご説明いただきたく存じますがよろしいでしょうか」

 

 この男、知性も理性も全く無さそうだったのにすごいきちんと喋りだしたぞ。

 

「そうだね、驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた、そして皆にも認めてほしいと思っている」

「!!」

「……鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門、冨岡両名の処罰をお願いします」

「では手紙を」

「はい」

 

 その手紙には鱗滝さんの禰豆子が生きる事への嘆願ともし禰豆子が人を喰ったとき鱗滝さん、冨岡さん、錆兎さん、真菰さんが切腹してお詫びする旨が書かれていた。手紙の内容を聞いて俺は思わず涙が零れ落ちてしまう。四人が禰豆子の為に命を懸けてくれた事が只管嬉しい。

 

「……切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ、何の保証にもなりはしません」

「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない、証明ができない。ただ人を襲うという保証もまた証明ができない」

「!!」

「禰豆子が二年以上もの間人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子の為に四人の者の命が懸けられている。これを否定するためには否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」

「……!」

「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

「!? そんなまさか……《柱》ですら誰も接触した事が無いというのに……!! こいつが!?」

「どんな姿だった!? 能力は!? 場所はどこだ!?」

「戦ったの?」

「鬼舞辻は何をしていた!?」

「根城は突き止めたのか!?」

「おい答えろ!!」

「黙れ俺が先に聞いてるんだ!」

「まず鬼舞辻の能力を……!」

 

 一度に沢山の質問をされて俺が答えられずにいるとお館様が人差し指を立て口元に持っていった。それだけで柱達がぴたりと静止する。

 

「鬼舞辻はね炭治郎に向けて追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰豆子にも鬼舞辻にとって《予想外の何か》が起きているのだと思うんだ。わかってくれるかな?」

「分かりませんお館様、人間ならば生かしておいてもいいが鬼は駄目です、承知できない」

「!?」

 

 白髪の男が血が出る程強く歯噛みしながら訴えたと思えば俄に自らの右腕を切り裂いた。

 

「お館様……!! 証明しますよ、俺が鬼という物の醜さを!!」

「実弥……」

「オイ鬼!! 飯の時間だぞ喰らいつけ!!」

「!!」

 

 実弥という男は切り裂いた腕を箱の上に持っていき血を箱に落とし始めた。

 

「不死川、日なたでは駄目だ。日陰に行かねば鬼は出てこない」

「お館様、失礼仕る」

 

 目にも留まらぬ速さで部屋の奥までひとっ飛びした男は箱に向かって剣を構える。

 

「禰豆子ォ!! やめろー!!!」

 

 立ち上がって禰豆子の元に向かおうとするが何者かに押さえつけられる。息ができない……動けない!! 

 そうこうしている内に男は箱を三度も刺した。禰豆子!! 禰豆子!! 

 

「出て来い鬼ィィ、お前の大好きな人間の血だァ!!」

 

 禰豆子は箱の戸を蹴り飛ばして出てきた。至る所に血が付いており汗が滝のように流れ、息も絶え絶えである。抜け出そうと足掻くが押さえ付けられる力が強いせいで一向に抜け出せない。

 

「小芭内君、強く押さえすぎよ。少し弛めて」

「動こうとするから押さえているだけだが?」

「……炭治郎君、肺を圧迫されている状態で呼吸を使うと血管が破裂するわよ」

「血管が破裂!! いいな響き派手で!! よし行け破裂しろ」

「良くないです。宇髄さんはちょっと黙っていて下さい」

「グ、ウ、ウ、ゥ」

「炭治郎君!」

「ガァァ

 

 拘束が緩んだお陰で抜け出せた。咳き込んで覚束無い足取りで縁側に腹を打ち付けてもそれでも禰豆子の元へ向かう。

 

「禰豆子!!」

 

 少しの間があって禰豆子は顔を背けた。良かった……禰豆子が我慢してくれて本当に良かった……! 

 お館様からも人を襲わない証明ができたと仰って下さった。

 

「炭治郎、それでもまだ禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。証明しなければならない、これから。炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えること、役に立てること」

 

 何だろう、この感じ……頭がふわふわする。

 

「十二鬼月を倒しておいで、そうしたら皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

 

 声? この人の声のせいで頭がふわふわするのか? 不思議な高揚感だ……!! 

 

「俺は……俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します!! 俺と禰豆子が必ず!! 悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

「今の炭治郎にはできないからまずは十二鬼月を一人倒そうね」

「はい」

 

 恥ずかしい……穴があったら入りたい……ほら柱の人たちから笑ってる匂いが……え? 

 

「なぁ、これどういう状況?」

 

 

 

 




ちなみにやはりサイコロステーキ先輩はサイコロステーキになりました。


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その弐

 

 

「なぁ、これどういう状況?」

 

 いやほんとどういう状況? まだ若い男の子が真っ赤な顔をしていてその後ろで柱達が肩を震わせている。最初は泣いているのかと思ったが笑いを堪えてるっぽいな。恥ずかしいことでも口走ったのか坊主、というか誰此奴。新しい柱か? もういいだろ柱は、増やすんなら俺を柱から降ろしてくれよ。

 

「遅かったですね、比企谷さん」

「あぁ、ちょっと寝坊してな」

 

 最近、起きる時間が遅くなったんだよな。早めに床に就いている筈なんだが。

 

「っ……そうでしたか。寝坊しちゃいけませんよ?」

「うん、まぁ分かってはいるけどよ」

 

 カナエが一瞬だけ悲しそうな顔をしていたのは気のせいだろうか。だがそれよりも聞きたいことがある。

 

「んで、何かあったのか?」

「実はですね、人を食べてない鬼が現れたんですよ」

「人を食べてない鬼ねぇ………………えっ?」

「何で貴方が信じられないって顔をしているんですか」

「いや、いやいやいや。ないないない居るわけないだろそんな鬼」

「鏡見たことないんですか貴方は……」

 

 呆れ顔で溜息をついているけど今まで斬った鬼たちを覚えてないのか、カナエ。人を見かけたら襲ってくるような鬼ばっかだったじゃん。信じられる訳ないじゃん。アゼルバイジャン。……アゼルバイジャンって何だ? いやそれよりも

 

「でその人を食べてない鬼ってどいつだ?」

「彼処の木箱に入った女の子ですよ」

 

 カナエが手を向けた方向を見ると確かに産屋敷の後ろの方、襖の前に木箱がありその中から上半身だけ出した女の子がいた。不死川が近くにいるが気にしないことにする。

 

「上がるぞ産屋敷……お前さんか」

 

 産屋敷に断りを入れてから縁側を上がり女の子のすぐ傍まで近付く。こんなに小さいのに鬼にされたのか……匂いを嗅いで確信する。この子は間違いなく人を喰っていない。血の匂いが限りなく薄い、よく頑張ったな。

 

「あーえーとそこの……坊主」

「……あっはい! 俺ですか!?」

「そうそう、お前。なんて名前だ?」

「俺の名前は竈門炭治郎でそっちが妹の禰豆子です!」

「そうか……竈門、妹を……大事にしてやれよ」

「!? ……はい!!」

「ん」

「話は終わったかな?」

「あぁ、悪い、邪魔したな産屋敷」

「別に構わないとも……炭治郎」

「はい!」

「鬼殺隊の柱たちは当然抜きん出た才能がある、血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて死線をくぐり十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は尊敬され優遇されるんだよ、炭治郎も口の効き方には気をつけるように」

「は、はい」

「それから実弥、小芭内、あまり下の子に意地悪しないこと」

「……御意」

「御意……」

「炭治郎の話はこれで終わり、下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」

「でしたら炭治郎君は私の屋敷でお預かりしましょう」

「えっ?」

 

 怪我してるみたいだから当然っちゃ当然だな。

 

「はい、連れて行ってください!」

「前失礼しまァす!!」

「では柱合会議を……」

「ちょっと待ってください!! その傷だらけの人に頭突きさせてもらいたいです、絶対に! 禰豆子を刺した分だけ絶対に!!」

 

 畳についた血で薄々分かってはいたが案の定不死川は禰豆子とやらを刺していたみたいだな、それも複数回。竈門の怒りようも非常によく分かる。俺は妹に同じ事されたら頭突きじゃ済まさんから竈門は寛大な方だな。

 

「頭突きなら隊律違反にならないはず……!」

「黙れ!! 指はがせ早く!!」

「はぶぇ」

 

 喚く炭治郎の顔に小石が三つぶつけられる。犯人は時透、お館様大好き男だからさもありなん。

 

「お館様のお話を遮ったら、駄目だよ」

「もっ申し訳ございませんお館様」

「時透様」

「早く下がって」

「はひっ……はいィイ!!」

 

 可哀想だな、隠の人たち……後で美味いもんでも持って行くか。

 

「炭治郎、珠世さんによろしく」

「!?」

 

 おいおい……何で珠世さんのこと知ってんだ産屋敷……いや産屋敷のことだから知っててもおかしくないか。此奴の方が人間離れしてないか? というか竈門は珠世さんと面識あったんだな、後で話を聞いてみるか。

 胡麻粒より小さくなった竈門を見届けてからいつもの柱合会議が始まった。早く終わんねぇかな。

 

 

 

 

 

 ##############################

 

 

 

 

 ふー……やっと終わった。太陽が沈むまでやる必要はあるのか。今日は普段にもまして不死川の当たりがきつかったなぁ。でも会議のあと粂野に連れ去られたのはご愁傷さまとしか言えんな。伊黒はまぁいつも通りこっち睨んだだけだったな。いや違うんだ、甘露寺から寄ってくるだけで俺から近付いたことはないんだ。同じように見えてこれは大きく違う。だから仇を見るような目を向けるのやめてくんねぇかな。あと甘露寺も甘露寺だ。前閉めろっていつも言ってんのに何で閉めてくれないの? 羞恥心忘れて来ちゃったの? それと子犬みたいに近付かないで欲しい。伊黒から睨まれるのは勿論のことカナエの機嫌も悪くなるから勘弁して。でもこういう事を直接言えないから改善されねぇんだろうな。次の会議で絶対に言おう。

 そんなこんなで蝶屋敷に到着。きよの案内により竈門の部屋に着く。

 

「よう、竈門。体の方は……ってありゃ?」

 

 金髪の少年が竈門を庇うように立っていた。竈門の方は困惑しているみたいだが……誰だ此奴? 

 

「た、炭治郎は誤魔化せても、お、俺の耳は誤魔化せないぞ。あ、あんた、鬼だろう。何で昼間から出歩いているのか知らねぇけど斬り捨てるからな! 炭治郎が!!」

「善逸、頼むから話を聞いてくれ。比企谷さんは悪い人じゃ……」

「そもそも人じゃねぇよ!! お前は騙されてんだ!」

「そんなことはない! いくら善逸でも比企谷さんを悪く言うのは許さないぞ!!」

「……悪い、邪魔したな。帰るわ」

「あっ、待ってください比企谷さん!」

「炭治郎行っちゃ駄目だって! 炭治郎ー!!」

 

 あの金髪は正しい。どうやって見抜いたのか分からないが俺を鬼だと判断したならまず警戒するわな。彼奴も怪我してるのか? だとすれば暫くは来ない方が良いだろうな。

 

「待ってください比企谷さん!」

 

 ちんたら廊下を歩いていたから竈門が追いついて来ちまった。何で付いてきてんの此奴? 

 

「……無理して俺と話す必要はないぞ。慰めも要らん、あの金髪は正しいからな」

「無理なんてしてません! 俺と話に来てくれたんですよね? 別の部屋で伺います」

「……普通はあの金髪と、口を揃えて鬼は出て行けとか、皆殺しとか言うもんだと思っていたんだが」

「俺はそんなこと絶対に言いません!」

「…………分かんねぇな、彼奴からしてみればお前は裏切り者になるかもしれんぞ、そこまでする義理ねぇだろ」

「貴方は、俺に禰豆子を大事にするように言ってくれました。比企谷さんも妹さんがいて、多分……守れなかったんだと思います。だからこそ俺にああ言ってくれたんですよね?」

「……そうだな、それで?」

「それで貴方を信じられます」

「は?」

「だって俺に忠告してくれたのは自分と同じ思いをして欲しくなかったからでしょう、それだけで貴方は優しい鬼だと胸を張って言えます」

「……《たったそれだけで》? あの一言だけで俺を……鬼を信じられるって?」

「はい」

 

 此奴……本気で言ってやがる……はぁ。

 

「ま、立ち話も何だから別の部屋にでも行くか」

「あ、はい。そうですね」

 

 そして俺たちは近くにあった部屋に入る。蝶屋敷はカナエに連れ回されて何処に何があるのか大体分かる。ここは今、使っていない部屋の筈だ。使われていないせいで座布団すらないがな。俺は畳の上に胡座をかいて話し始める。

 

「んじゃまぁ色々聞きたいことはあるが、先ずはお前も珠世さんを知っているか?」

「《も》ってことは比企谷さんも?」

「おう、つっても大分前に一度きり会っただけだがな。元気そうだったか?」

「はい! ただ……俺達のせいで戦いに巻き込んでしまって……」

「お前が招いたというより鬼が勝手について行っただけだろ、気にすんな。でどんなこと話したんだ?」

「ざっくり言うと鬼を人に戻す薬を作る為に禰豆子の血と鬼舞辻の濃い血を採って欲しいというお願いをされました」

「へぇ、鬼を人に戻す薬か……もしかしたら俺の血も役に立つかもしれねぇな、珠世さんと手紙のやり取りとかは?」

「はい、茶々丸という猫が手紙を持って行ってくれます、比企谷さんのことも手紙に書いておきますね!」

「ん、で次なんだが……お前の妹はどうやって人を喰わずに過ごせたんだ?」

「はい、珠世さんと俺の育手の話では禰豆子は寝ることで体力を回復しているのかもしれないそうです」

「眠、る……腑に落ちたわ。あの竹は? 何で咥えさせてんだ? 喋れないだろ」

「あれは人を噛まないようにしているものでして……禰豆子は鬼になったことで真面に喋られなくなっています」

「……そうか、時間取らせて悪かったな。聞きたいことは聞けたわ。静養しといてくれ」

「はい!」

「じゃあ、俺は任務があるからこの辺で」

 

 竈門と別れ玄関から出て烏の指示する方へ向かいながら思考する。眠ることで体力を回復か……俺ももっと寝た方がいいのかもしれないな。 だから任務の量をもう少し減らしてくれよ産屋敷。

 月を見上げながら叶いもしない願いをした。

 

 

 

 

 




感想乞食なんで感想ください……


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その参


モチベーションが上がってきました






 

 

 蝶屋敷に来てからそろそろ三週間が経つ。その間に善逸には比企谷さんは悪い鬼じゃないよって説明したら渋い顔で頷いてくれた。まだ信じられないのかな……誤解が解けるようにこれからも頑張ろう。

 伊之助は相変わらず元気がない。毎日励ましてはいるんだけど中々以前のような元気が戻らない。伊之助が早く元気になりますように。

 禰豆子は寝まくって体力を回復しているみたいだ。

 そうそう、村田さんがお見舞いに来てくれたんだよ。那田蜘蛛山での仔細報告の為に柱合会議に召喚されたらしく、その愚痴ばっかりだった。その上、しのぶさんが来たらそそくさと帰って行った。

 そんな毎日を過ごして体が大分回復してきた頃にカナエさんがやってきた。

 

「体の方はどうからしら?」

「かなり良くなってきてます、ありがとうございます」

「じゃあそろそろ機能回復訓練に入りましょうか」

「機能回復訓練……?」

 

 何か始まるようだぞ。

 

 

 

 

 

 ###################

 

 

 

 

 

 翌日、伊之助と共に訓練場に来てアオイさんから説明を受けた。

 まず、凝り固まった体をきよ、なほ、すみ、ちゃん達に解してもらいアオイさんとカナヲどちらかを相手に薬湯をかけ合う反射訓練、鬼ごっこという名の全身訓練をするそうだ。

 最初に体を解してもらったんだけどこれが本当に痛い。人の体の動く限界の範囲まで体を動かしているようなものだ。伊之助ですら涙が出ていたからなぁ。とっても痛かったことは想像できるかな。

 次に反射訓練だけどアオイさんにもカナヲにもどちらも歯が立たない。持ち上げようとすれば押さえられるし押さえようとすれば既に持ち上がっていた。

 最後の全身訓練も同じくどちらも捕まえることができない。強くなったと思っていたけどまだまだ未熟の身だと思い知らされる。

 その日は俺も伊之助もずぶ濡れで終わった。

 

 それから日を跨いで善逸も参加した。アオイさんからの説明を受けたあと伊之助共々表に呼び出された。呼び出されたと言うよりは引きずり出されたっていう感じだったけど。

 

「正座しろ正座ァ!! この馬鹿野郎共!」

「なんだトテメェ……」

 

 伊之助が言い終わる前に善逸が突然伊之助をぶん殴った。

 

「なんてことするんだ善逸!! 伊之助に謝れ!」

「ギィィィィ!」

「お前が謝れ!! お前らが詫びれ!!! 天国にいたのに地獄にいたような顔してんじゃねぇぇえええ!! 女の子と毎日キャッキャキャッキャしてただけのくせに何をやつれた顔して見せたんだよ! 土下座して謝れよ切腹しろ!!」

「何てこと言うんだ!!」

「黙れこの堅物デコ真面目が黙って聞け、いいか!? 女の子に触れるんだぞ! 体揉んでもらえて!! 湯飲みで遊んでる時は手を!! 鬼ごっこの時は体触れるだろうがアア!! 

 女の子一人につきおっぱい二つ、お尻二つ、太もも二つついてんだよ! すれ違えばいい匂いがするし見てるだけでも楽しいじゃろがい!! 

 幸せ!! うわあああ幸せ!!」

 

 何を言っているのだろう善逸は。遊んでいる訳じゃなくて訓練なんだけどな。

 

「わけわかんねぇコト言ってんじゃネーヨ!! 自分より体小さい奴に負けると心折れるんだよ!」

「やだ可哀想!! 伊之助女の子と仲良くしたことないんだろ、山育ちだもんね遅れてるはずだわあー可哀想!!」

 

 ここで伊之助の堪忍袋の緒が切れた。

 

「はああ゙ーん!? 俺は子供の雌踏んだことあるもんね!!」

「最低だよそれは!」

 

 いいのか悪いのか善逸の参加により士気が上がった、非常に気合いが入った。俺を除いて。

 そんな邪な気持ちで訓練するのは良くないと思う。

 

 

 

 ################

 

 

 

 善逸は体が揉みほぐされる中激痛が走っても笑い続けた。ただ者ではなかった。さらに薬湯ぶっかけ反射訓練ではアオイに勝ち

 

「俺は女の子にお茶をぶっかけたりしないぜ」

 

 カッコつけてみせた。しかし裏で話したことは声がデカすぎて筒抜けだったようで少女たちの目は厳しく全身訓練でも勝ち星をあげたがボコボコにされていた。

 続いて負けず嫌いの伊之助も反射訓練、全身訓練でアオイに勝った。俺だけが負け続けてずぶ濡れで恥ずかしい。

 ただ善逸・伊之助が順調だったのもここまで。カナヲには勝てない。誰も彼女の湯飲みを押さえられないし捕まえることができない。そしてその日の訓練は終了した。

 

「紋逸が来ても結局俺達はずぶ濡れで一日を終えたな」

「改名しようかなもう紋逸にさ……」

「同じ時に隊員になったはずなのにこの差はどういうことなんだろう」

「俺に聞いて何か答えが出ると思っているならお前は愚かだぜ」

「……」

 

 それから五日間カナヲに負け続ける日々が続く。伊之助も善逸もカナヲの髪の毛一本すら触れなかった。

 負け慣れてない伊之助はふて腐れてへそを曲げた。善逸も早々(はやばや)と諦める態勢になる。

 二人は訓練場に来なくなった。

 

「あなただけ!? 信じられないあの人たち!!」

「すみません、明日は連れてきます……すみません」

「いいえ! あの二人にはもう構う必要ありません。あなたも来たくないなら来なくていいですからね」

「……」

 

 そうだ! 二人の分も俺が頑張ろう! そして勝ち方を教えてあげるのだ。

 

「頑張ります!」

 

 意気込んでみたものの結果は変わらずじまい。

 

「お疲れ様でした……」

 

 負け続けて十日経ってしまった。

 何で俺は勝てないのだろう、俺とあの子の何が違う? まず反射速度が全然違うんだ。俺が万全の状態でも多分負ける。匂いからしてまず違う。柱の人たちに近い匂いがする。あとは……目か? 

 

「────さん」

 

 目が違う気がする。

 

「────郎さん、あのう」

 

 何やら声がすると思えば俺は呼びかけられていたらしい。考え事に没頭しすぎて気が付かなかった。

 

「わっ、びっくりした! どうした?」

「……」

「?」

「手拭いを……」

「わぁ! ありがとう、助かるよ! 優しいねぇ」

「……あの炭治郎さんは全集中の呼吸を四六時中やっておられますか?」

「……ん?」

「朝も昼も夜も寝ている間もずっと全集中の呼吸をしてますか?」

「……やってないです。やったことないです……そんなことできるの!?」

「それができるのとできないのとでは天地ほど差が出るそうです」

「全集中の呼吸は少し使うだけでもかなりきついんだが……それを四六時中か……」

「できる方々はすでにいらっしゃいます。柱の皆さんやカナヲさんです。頑張ってください」

「そうか……!! ありがとう、やってみるよ!!」

 

 

 

 

 

 やってみた結果……全然できない、できなーい!! 

 全集中の呼吸長くやろうとすると死にそうになるよ。苦しすぎる肺痛い耳痛い耳がドクンドクンしてる鼓膜……あっ

 耳を抑えた後に両手を交互に確認する。びっくりしたー!!! 今一瞬耳から心臓出たかと思ったー!!! 

 全然だめだこんな調子じゃ。困った時は基本に戻れ!! 呼吸は肺だ、ちゃんとできないということは肺が貧弱なんだ。もっと早起きして走り込む、そして息止め訓練。

 頑張れ!! 頑張ることしかできないんだから俺は昔から。努力は日々の積み重ねだ。少しずつでいい、前に進め!! 

 

「ハイ!!」

 

 鍛錬をしていたらきよ、なほ、すみちゃんたちが差し入れのおにぎりと瓢箪を持って来てくれた。

 

 

「瓢箪を吹く?」

「そうです、カナヲさんに稽古をつける時カナエ様、しのぶ様はよく瓢箪を吹かせていました」

「へぇー面白い訓練だねえ、音が鳴ったりするのかな?」

「いいえ、吹いて瓢箪を破裂させてました」

「へぇー……」

 

(破裂……?)

 

「えっこれを? この硬いの?」

「はい、しかもこの瓢箪は特殊ですから通常の瓢箪よりも硬いです」

 

 そんな硬いのをあんな華奢な女の子が!? 

 

「だんだんと瓢箪を大きくしていくみたいです。今カナヲさんが破裂させているのは《この》瓢箪です」

 

 そう言って出して来たのはとても大きい瓢箪。きよちゃん達より頭一つ分小さい位の大きさと言えばどれ程の大きさかわかり易いだろうか。

 

(でっか!! 頑張ろ!!)

 

 

 

 

 

【十五日後】

 

 

 

 よし、かなり体力が戻ってきた。そして以前よりも走れるし肺も強くなってきた、いい感じだ。焦るな。

 昼間は走り回って肺を酷使しているから今はゆっくり、ゆっくり深く呼吸して指先まで空気を巡らせる。瞑想は集中力が上がるんだ。鱗滝さんも言ってた。鱗滝さ……鱗……うろ……

 

『よくも折ったな、俺の刀を』

 

 鱗滝さんの隣に立つ鋼鐵塚さんからそんな言葉を浴びせられる。

 すみません。すごい怒ってるだろうな鋼鐵塚さん、今刀打ち直してもらってるけどほんとに申し訳ないな……十二鬼月と戦ったのに血を取れなかったし猫が責めるように俺を見てた。

 集中! 集中だ、呼吸に集中!! 

 

「もしもし」

「ハイッ!?」

「頑張ってるね、お友達二人はどこかへ行っちゃったのに」

 

 目の前にカナエさんの顔があって思わず俺の顔が赤くなる。がすぐに距離をとってくれて助かった。

 

「一人で寂しくない?」

「いえ! できるようになったらやり方教えてあげられるので!」「……君は心が綺麗だね…………ねぇ」

「はい?」

「鬼のことは……どう思っているかな?」

「……人を喰い殺したことは許されないことだと思います」

「……そう、だよね」

「でも……鬼であることに苦しみ、自らの行いを悔いている者を踏みつけにはしません。鬼は人間だったから、俺と同じ人間だったから……鬼は虚しくて悲しい生き物だと思います」

「!」

「俺からも一つ聞いていいですか?」

「うん、何かな」

「どうして俺たちをここに連れてきたんですか?」

「禰豆子ちゃんの存在は公認されたし、君たちは怪我が酷かったからね……それに私は禰豆子ちゃんと仲良くできたらいいなって思ったから」

「……でも禰豆子は」

「うん、分かってる。私はね、鬼と仲良くなりたいの」

「!?」

「あはは、変わってるよね。昔から叶う訳がないって言われていたの。だけど彼……比企谷さんが現れた」

「……」

「彼と仲良く……なれたかな、ちょっと自信はないけど昔よりは仲良くなれたと思う。ねぇ炭治郎君」

「はい」

「幾つかお願いがあるんだけどいいかな?」

「何でしょう」

「一つ目に比企谷さんと仲良くして欲しいの、お願いできる?」

「はい!」

「良かった。二つ目に禰豆子ちゃんと仲良くさせてもらっていいかな」

「大丈夫です! むしろこっちからお願いします!」

「……最後にもう少しだけ鬼に優しくなれる人を増やして欲しいの」

「?」

「誰も彼も好き好んで鬼になった訳じゃない。そうせざるを得なかった、選択の余地すらなかった人が沢山いる筈なの」

「……はい」

「だからね、少しだけ……ほんの少しだけ鬼に優しくなれる人が増えてくれたらいいなって思っているの」

「はい、俺もそう思います!」

「あ、でも強要しちゃダメよ? 誰も幸せにならないからね」

「分かりました」

「付き合わせちゃってごめんね、鍛錬頑張ってね」

「はい!」

 

 それから俺は十日かけて全集中の呼吸・常中を会得した……と言ってもかなり気合いを入れないとできないが。瓢箪を吹いて破裂させ、全身訓練、反射訓練でカナヲに辛勝。きよちゃん達が一緒に喜んでくれた。

 

 

「なぁカナエ、今からでも遅くねぇ。俺は帰る」

「ここまで来て何言ってるんですか。彼らに稽古の一つでもつけてあげてくださいよ」

「いや、ほら……俺アレだから。アレがアレしてアレだから無理なんだ」

「一体どれですか……よくその言い訳で通ると思いましたね?」

「くっ、何故通用しない……!?」

「馬鹿なの?」

 

 廊下の方から楽しげな会話が聞こえて来た。匂いは三つ、カナエさん、しのぶさん、比企谷さんだ。

 

「はい、うだうだ言ってる内に到着」

「くそぅ……」

「あ、炭治郎君! 調子はどう?」

「はい! お陰様で何とかカナヲに勝てました!」

「へぇ……カナヲに勝ったのか」

「おや? 比企谷さん興味湧いてきました?」

「米一粒分位には」

「もー……どうしてそういうこと言うんですかぁ? 後輩を育てるのは先達の役目でしょうに」

「カナヲに勝ったのね、やるじゃない」

「ありがとうございます、しのぶさん! でも本当にぎりぎりで……」

「それでも凄いことよ、誇りなさい」

 

 三人が入ってきて一気に騒がしくなった。そこで俺は意を決して話しかける。

 

「あの、比企谷さん!」

「ん? 何だ」

「俺に稽古をつけてください!!」

「え、やだ」

「……そ、そんなこと言わずに」

「いいじゃないですか、稽古の一つや二つ。減るもんじゃないですし」

「お願いします! 俺、もっと強くなりたいんです!!」

「はぁ……これだから向上心あるやつは嫌なんだ。一回だけだぞ」

「やったー!」

 

 先ずは反射訓練から相手してもらう。比企谷さんは専守防衛するらしい。お茶をかけられる心配がない、つまり負けない……筈だった。

 どの湯飲みを持ち上げようとしてもいつの間にか比企谷さんの手が上にあった。腕が三本あるのかと錯覚さえした。二分と持たずに心が折れてしまった。

 次は全身訓練、俺が逃げる側らしい。逃げ切れるとは思っていないが諦めている訳ではない。それ程かけ離れた力の差があると今しがた知っただけだ。問題は俺がどれだけ長い間逃げられるか。全神経を鼻に集中させ比企谷さんの動きを探るしかないだろう。追う側はどうしても後手に回るからそこも利用する。でなければ対等な勝負すらできない。

 

「それでは準備はいい? ……用意、始め!」

 

 匂いを──────────

 

「はい」

「……え?」

 

 俺の右斜め後ろから声がしたと思ったら比企谷さんが立っていて彼の手は俺の肩に掛けられていた。

 

「はい、終わり。これでもういいだろ」

「貴方は手加減ってものを知らないんですか……」

「俺はいつも全力で生きているからな」

「ぐうたら好きが何言ってんだか」

「俺はぐうたらするのにも全力なんだよ、しのぶ」

 

 俺は何もできなかった。これが……柱……これが……鬼殺隊を支える実力……。拳を握りしめて誓う、彼に近付けるようにと。

 その後、しのぶさんに挑発された伊之助がやる気を出したり、カナエさんの一番応援している発言により善逸がやる気を出したり、鋼鐵塚さんに殺されかけたりと色々あった。

 すっかり傷も癒え全集中・常中も身に付けた頃カナエさんに診察してもらい何の問題もないことを確認してもらった。

 そろそろ出発という時に最後に一つ聞いておきたいことがあって挙手する。

 

「ヒノカミ神楽って聞いた事ありますか?」

「うーん……ごめんなさい、知らないわ」

「!? あっ、えっ、じゃっじゃあ火の呼吸とかは……」

「ありません」

 

 俺は一から事情を説明した。

 

「なるほど、何故か炭治郎君のお父様は火の呼吸を使っていた、火の呼吸の使い手に聞けば何か分かるかもしれない、と。ふむふむ……どう思います比企谷さん?」

「いきなり連れてこられてどう思うって聞かれたら帰りたいとしか」

「炭治郎君が困っているんですよ? 真面目に考えてあげてください」

「俺の事も考えてくれませんかね、カナエさんや……おい、竈門」

「あっはい!」

「聞いただけじゃ分からんから見せてくんね?」

「分かりました!」

 

 こうして俺はヒノカミ神楽を披露することとなった。

 

 

 

 

 







一日に100文字でいいから書く……継続することが一番大事なんですよね。


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その肆



寄せられた感想に返信をする瞬間が一番生を実感する……!





 

「取り敢えずヒノカミ神楽ってやつを見せてくんね?」

 

 百聞は一見にしかず、という言葉がある。百回聞くよりも一度見ることの方がずっと良いって意味だ。だからその言葉に従って……とそれっぽいこと言ってみたが実際はただ好奇心が勝っただけの気まぐれだ。

 竈門の了承を得て訓練場に向かう。道中カナエが出会したしのぶを誘って計四人で歩く。そして訓練場に着き早速見せて貰うことに。あまり期待はしていなかった、()()()()

 だが舞が進むにつれ俺の心臓の鼓動は少しずつ速くなっていく。

 基本の五つの呼吸を組み合わせたあの特殊な呼吸、あれに相応しい動き方を長年模索していた、最近は最早諦めるべきかとすら思っていたがまさかここで出会えるとは思いもしなかった。感動に打ち震える。

 

「綺麗でしたねー比企谷さん……比企谷さん?」

 

 カナエには悪いが今は返事できない。荒ぶる呼吸を整えて俺は口を開く。

 

「……竈門炭治郎」

「は、はい」

「お前に……感謝する」

「え……?」

「もし良ければ俺に教えてくれないか、頼む。この通りだ」

「あ、頭をあげてください! いくらでも教えますから!」

「ありがとう……」

 

 その場で教えて貰うが俺は一つ気付く。烈日紅鏡に差し掛かったところで待ったをかけた。

 

「竈門炭治郎、待ってくれ」

「はい、どこか分からないところがありましたか?」

「いいや、一つ分かった……お前教えるの死ぬ程下手糞だわ

「!?」

「だからもういっぺん踊ってくれ、目で見て学ぶから」

「あっはい……」

 

 竈門の舞を食い入るように見つめ全ての動きを暗記する。腕や足のみならず指の先の動きまで全て。頭の中で何度も繰り返し、反復し、反芻する。

 

「……よし。竈門、出発の邪魔をして悪かった。この礼はまたいずれ」

「いえ、そんな……お礼をされる程のことはしてません」

「俺にとってはそれぐらい大きなことなんだよ、つべこべ言わずに受け取れよ」

「えっ、えぇ……?」

「お礼の押し売りって新しいねしのぶ」

「押し売りするものじゃないからね」

「さぁ、散った散った。俺は今から訓練するから邪魔しないでくれ」

 

 こうして俺は一人訓練場に残りヒノカミ神楽を舞い踊る。腕を、脚を、動かす度に刀が閃く度に、今までの違和感が洗い流されていくようにしっくりと馴染む。そして俺は舞い続ける中一つ気が付いた、もしかしてこれって──────────

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 比企谷さんにヒノカミ神楽を見せてから出発の準備を整える。途中、不死川玄弥に会ったが無視されてしまった。今度は返事してくれるといいな。

 

「そうですか! もう行かれる。短い間でしたが同じ刻を共有できて良かったです、頑張ってください」

「ありがとう……」

「お気をつけて!」

「たくさんお世話になったなぁ。忙しい中俺たちの面倒見てくれて本当にありがとう」

「……あなたたちに比べたら私なんて大したことはしてないのでお礼など結構です。選別でも運良く生き残っただけ、その後は恐ろしくて戦いに行けなくなった腰抜けなので」

「そんなの関係ないよ、俺を手助けしてくれたアオイさんはもう俺の一部だからアオイさんの想いは俺が戦いの場に持って行くし」

「……」

「また怪我したら頼むね────────」

 

 アオイさんと別れ目当ての人物を見つける。

 

「あっいたいた、カナヲ!」

 

 縁側に座っていたカナヲに駆け寄り話しかける。

 

「俺たち出発するよ、色々ありがとう……」

「……」

「君はすごいね、同期なのに”継子”で。俺たちも頑張るから……えーっと……」

 

 にこにこしていたカナヲだが懐から何か──硬貨だろうか──を取り出し、親指で真上に弾いた。落ちてきたそれを手の甲で受け止め確認する。

 

「師範の指示に従っただけなのでお礼を言われる筋合いはないから、さようなら」

 

 ……喋ってくれた! 

 

「今投げたのは何?」

「さようなら」

「それ何?」

「さよなら」

「お金? 表と裏って書いてあるね、なんで投げたの? あんなに回るんだね」

「……指示されてないことはこれを投げて決める。今あなたと話すか話さないか決めた。”話さない”が表、”話す”が裏だった、裏が出たから話した。さよなら」

「なんで自分で決めないの?」

「……」

「カナヲはどうしたかった?」

「どうでもいいの、全部どうでもいいから自分で決められないの」

「この世にどうでもいいことなんてないと思うよ」

「きっとカナヲは心の声が小さいんだろうな、うーん、指示に従うのも大切なことだけど。それ貸してくれる?」

「えっ? うん、あっ……」

「ありがとう!」

 

 カナヲから硬貨を受け取り少し離れる。

 

「よし、投げて決めよう!」

「何を?」

「カナヲがこれから自分の心の声をよく聞くこと!」

 

 そう告げて硬貨を投げる。力余って飛ばしすぎちゃった。

 

「表!! 表にしよう! 表が出たらカナヲは心のままに生きる!」

 

 ここで突風が吹いて一瞬硬貨が何処に行ったか分からなくなる。

 おたおたしながらも何とか硬貨を受け止め、カナヲに見せに行く。右手を動かし確認するとそこには表の文字が。俺は跳ね上がって喜びカナヲに言う。

 

「カナヲ! 頑張れ!! 人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれる!!」

「……」

「じゃまたいつか!」

「なっ何で表を出せたの!?」

「! 、偶然だよ。それに裏が出ても表が出るまで何度でも投げ続けようと思ってたから」

「……」

「元気でー」

 

 最後にある人に質問をして今度こそ出発しよう。きよちゃんに居場所を教えてもらい足を向ける。

 

「しのぶさん!」

「どうしたの、竈門君?」

「最後に聞きたいことがあって来ました!」

「聞きたいこと?」

「しのぶさんは……比企谷さんが嫌いなんですか」

「……見て分からない? 嫌いよ」

「それはどうしてですか?」

「……そんなの鬼だからよ。貴方には酷な話でしょうけど」

「……」

「聞きたいことはそれだけならもう行くわ……頑張ってね」

「はい」

 

 言いたいことも聞きたいこともなくなったので蝶屋敷を出る。きよちゃん達に涙ながらに見送られて汽車に乗る。道中で善逸や伊之助が騒がしかったけど。

 そこで煉獄さんと出会い、下弦の鬼が現れ、協力して鬼を討伐。俺は腹部を刺されたが煉獄さんに助言をもらって止血できた。

 

「皆無事だ! 怪我人は大勢だが命に別状はない、君はもう無理せず……」

 

 どぉんと大きな音が木霊する。何かが近くに降りた……砂煙が晴れるとそこには──────上弦の参がいた。

 

 

 

 

 ############

 

 

 

 

「如何なる理由があろうとも俺は鬼にならない」

「そうか……鬼にならないなら殺す」

「へぇ、じゃあ俺は?」

 

 がばりと猗窩座が振り返る。彼が、比企谷さんがいた。何とも気だるそうな歩みと裏腹に眼光は背が凍る程に鋭いものであった。

 

「教えてくれよ、猗窩座とやら。鬼の俺はどうするんだ?」

「……」

「無視かい、まぁいいや。お喋りしに来た訳じゃねぇ、倒させてもらうぞ」

「お前は弱者の味方をするのか……?」

「あ? それが何だよ」

「何故だ!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()何故弱者の味方をする!?」

「?何で弱い奴を守るのが気に食わないんだよ」

「弱者に存在意義などない!! そんな無意味なことはするな!! ただ力だけを求めろ!! お前は選ばれたのではないのか!!?」

「……お前が糞みたいな奴だってのはよく分かった、引導を渡してやる」

「行くぞォ!!」

「来い」

 

 そうして戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 八幡は猗窩座と切り結びながら考える。

 猗窩座は八幡の剣撃をいなし、捌き、受け流し、更には側面から叩きおらんとさえしている。そしてそれを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。八幡と煉獄が炎の呼吸で阿吽の呼吸で斬りかかっているにも拘わらずどちらの攻撃も猗窩座の首まで届いていない。

 自分の攻撃が防がれるのはまだ分からなくもない。だがしかし背後からの煉獄の攻撃を見ることもなく完璧に防いでいるのは一体どういう絡繰なのか。俺とてそんな芸当はできんぞ、何か、何か種がある筈だと訝しむ八幡。しかし皆目見当もつかない。果たしてできるのか、何の仕掛けもなしにそんなことが。

 考え耽ける八幡に猗窩座は問いかける。

 

「そういえばまだ貴様の名前を聞いていなかった。貴様の名は?」

「……比企谷八幡」

「そうか、八幡か。死んだら名前を聞けぬから聞いておいて良かった」

「そうだな、お前が死んじゃ俺の名前を聞けずに成仏できないかもしれなかったな。あと馴れ馴れしく呼ぶな」

「……お前は俺を酷く苛立たせる」

「俺の名前もう忘れたのか、鳥頭」

「……やはり俺はお前が大嫌いだ」

「奇遇だな、俺もだよ」

 

 

 弁舌でも二人は応酬を繰り広げる。八幡はわざと挑発してみせるが猗窩座の動きは寸分たりとも狂いはしない、()()()()()()

 さて、どうする比企谷八幡。自問自答をしてみるがやはり答えの糸口すら見えない。と、ここで思案に熱中し過ぎたのかあまり力の篭っていない一撃を繰り出してしまった。不味い、折られると思ったが時すでに遅し、攻撃は猗窩座に向かっていく。しかし猗窩座の反応が僅かに遅れ紙一重とまではいかないがそれなりに良い攻撃であった。八幡はここで違和感を抱く。先程まで自分達の攻撃を────煉獄の攻撃に至っては見もしていなかったのに────見事に防いでいた筈だ。それが何故? 何がきっかけだ? 八幡は思考の海の底へと向かっていく。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

 猗窩座の発言、闘気とは何だ。猗窩座は何をもって踏み込みかけていると判断したのか。目で見えているのか? いや例えそうだとしても見ていない煉獄の攻撃まで防ぐのはおかしい。感じ取れるのか? 闘気とやらを。だが分かったところで打つ手が──────────

 

 

 

「ヒノカミ()()ってご存知ですか?」

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 猗窩座は少し不審に思う、八幡の攻撃に力が乗りきっていない。あくまで乗りきっていないだけでそこそこの力は乗っている、が鬼の力を鑑みれば全力ではない。心做しか闘気が薄らいできたようにも見える。まぁいい、このまま嬲り殺すだけだ……そう思っていた。次の瞬間、首の中ほどまで刃が通り抜けた。あまりに突然の出来事であったから思わず飛び退く。しかし何故羅針が反応しなかったのか、理由は奴を見て理解する。

 

(闘気が薄い!? 赤子よりも!!?)

 

 何故羅針が反応しなかったのかは理解したが今度は別のことで思い煩う。戦場で闘気がほぼないという異常事態に。

 

(一体どんな手を使った!!?)

 

 一方、八幡の方は

 

(案外上手くいったな)

 

 苦肉の策かと思っていたが予想以上に効果覿面で驚いた。

 

(まさか”戦い”ではなく”舞い”と意識するだけでここまで変わるとはな)

 

 そう、苦肉の策とは猗窩座を”殺す”、”倒す”とは考えず”舞い踊る”と思いながら動いたのだ。猗窩座はただそこに居合わせただけであると。嬉しい誤算であることにかなりの手応えを感じた。

 

(これなら行ける)

 

 混乱している猗窩座に畳み掛けるように神楽を舞う。呼吸を切り替えたが即座に合わせてきた煉獄は流石柱と言うべきか。

 

 

ヒノカミ神楽 円舞

 

破壊殺・羅針

 

 今、八幡の頭にあるのはただ舞うという一心のみ。

 

ヒノカミ神楽 碧羅の天

 

破壊殺・空式

 

 より流麗に

 

ヒノカミ神楽 烈日紅鏡

 

 

破壊殺・脚式 冠先割(かむろさきわり)

 

 より美しく

 

ヒノカミ神楽 灼骨炎陽

 

 

破壊殺・脚式 流閃群光

 

 舞い、舞い踊り、踊り、踊り狂う。

 

ヒノカミ神楽 陽華突

 

破壊殺・脚式 飛遊星千輪

 

 そよ風のように軽々と、それでいて暴風のように荒々しく────培ったのは風の呼吸

 

ヒノカミ神楽 日暈の龍・頭舞い

 

 

破壊殺・鬼芯八重芯

 

 凪いだ水面のようでありながら濁流の如く怒涛の足捌き────培ったのは水の呼吸

 

 

ヒノカミ神楽

 斜陽転身

 

 

破壊殺・砕式 万葉千柳

 

 刹那にも満たない稲光を彷彿とさせる剣筋──────培ったのは雷の呼吸

 

ヒノカミ神楽 飛輪陽炎

 

破壊殺・乱式

 

 岩山を連想させる足腰を軸とした強烈な一撃──────培ったのは岩の呼吸

 

ヒノカミ神楽 輝輝恩光

 

「くっ!」

「どうしたよ、その程度か?」

「舐めるなぁ!!」

 

破壊殺・滅式

 

 そしてその灼熱の如く燃え上がる心を、魂を

 

ヒノカミ神楽 火車

 

「(押されている……負けるのか、俺が?)……ふざけるな、ふざけるなァァ!!」

 

ヒノカミ神楽 幻日虹

 

「消えっ……」

「終いだ」

「……いいや、まだだ」

 

破壊殺・終式 青銀乱残光

 

(此奴まだこんなの残してたのかよ……不味いっ!!)

 

ヒノカミ神楽 炎舞

 

『心を燃やすのですよ、師範』──培ったのは炎の呼吸

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 決着はつけられた、予想外の形で。

 

 

「畜生……」

 

 その場に立ち尽くすのは二人のみ。猗窩座はどうやら逃げ出したらしい。

 

「無事か、竈門少年、猪頭少年」

「れ、煉獄さん……」

 

 竈門、嘴平両名の無事を確かめるべく煉獄が駆け寄る。どちらも新たな傷がないことが分かり薄く微笑んだ。

 

「煉獄さん、あの……どうして比企谷さんは猗窩座にとどめを刺さなかったんですか……?」

「刺さなかったのではない、刺せなかったのだ」

「?」

「最後の猗窩座の大技、あれは師範以外を狙った攻撃だったからだ」

「え!?」

「師範は君たちを、他の人間を守ろうとしたんだ」

 

 炭治郎は怒りのあまり奥歯を噛み締める。猗窩座の卑怯な行動に対して、そして自らが足手まといでしかなかったことに対して。

 炭治郎が悔いている中、八幡がぽつりとこぼす。

 

「……彼奴は今まで何人の人を喰ったのか……彼奴はこれから……一体何人の人を喰うんだろうか……」

「比企谷さん……」

 

 悔いているのは炭治郎だけではない。八幡もまた己の力不足を嘆いていた。そんな八幡に煉獄が声を掛ける。

 

「師範」

「……何だ」

「確かに猗窩座を逃がしたことは手痛いです……が貴方のお陰で救われた命も確かにあります。汽車の乗客二百人以上がそうです……俺も含めて」

「……」

「貴方がいなければ俺は死んでいたかもしれない。だから落ち込まないでください」

「……死ぬなんて言ってんじゃねぇよ。一人で上弦の鬼を倒す位言って見せろ、らしくない」

「む! 確かに! すみません、師範。どうやら俺も猗窩座の強さを見て後ろ向きになってしまいました!」

「ああ、それでこそお前だよ」

 

 帰るか、そう呟いたと同時に番傘を開く、まもなく夜明けだ。白んだ空に仄かに照らされた八幡の背中が炭治郎には酷く悲しそうに見えた。

 死者はいなかったがそれでも完全勝利とは言い難かった。

 






大正コソコソ噂話
八幡は家族の死がトラウマになっていて誰かの死に対して過敏になっているよ。”死”という言葉に対しても同様だよ。



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その伍



煉獄さんは”煉獄さん”って呼んでしまう。どうしてもさん付けしてしまう。






 

 緊急の柱合会議が開かれた。主題は言うまでもなく上弦の参、猗窩座について。猗窩座の容貌、戦い方、戦った時に感じたもの、それらを事細かに並べていく八幡と煉獄。それらの説明が一段落ついた頃に不死川は不満を漏らす。

 

「チッ、テメェばっかり羨ましいぜ」

「……俺だって代われるものなら代わりたい」

 

 不死川の発言に内心、羨ましいとか阿呆かと思う八幡。

 

「上弦の参を逃しはしたが二人が生き残ったのは尊いことだ……」

「その通りだよ、行冥。杏寿郎、八幡、二人ともよく頑張ったね」

「勿体なきお言葉!」

「倒せていないのに褒められてもな」

「何で貴方は素直に褒め言葉も受けられないんですか……」

「いや、だって事実だろ」

「ほんとそういうとこ面倒くさいですね」

「ほっとけ」

「さて、これで上弦の弐に続いて参の鬼の情報も集まって共有できたから今日はこれでお開きにしようか」

 

 産屋敷の解散宣言によりそれぞれ帰路につく柱達。俺も帰ろうとするが思い止まる。竈門の様子を見ておこうと。煉獄も同じようでカナエとしのぶの後ろをのそのそ歩く。

 

「師範は何故猗窩座に攻撃できたのですか?」

「ん? あぁ、あの時はな殺すとか、倒すとかじゃなくて舞い踊るっつー気持ちで行ったんだ、したらまぁ斬れた」

「なんと……」

「猗窩座もなぁ普通に戦ったら多分勝てねぇよなぁ。ほんと上弦の鬼って奴はどいつもこいつもくせものばっかだよ」

 

 益体もない話をしながら蝶屋敷に着く。病室に訪れ竈門の状態を見る。

 

「よう、腹の怪我はどうだ?」

「比企谷さん! 今は痛みも随分引いてましになりました」

「それなら良かった」

「あの……実は珠世さんからお手紙が……」

「本当か、見せてくれ」

 

 炭治郎から渡された手紙を受け取りそっと封筒を開く。便箋には丁寧な字でこう書かれていた。

 

《前略

 比企谷さんお久しぶりです。炭治郎君から貴方が生きていると知って嬉しく思います。ただ鬼殺隊で柱をされていることを聞いた時は驚きましたが。挨拶はここまでにしておいて主題の話に入りましょう。私たちは鬼を人に戻す薬の開発をしております。炭治郎君から聞き及んでおられるかもしれませんが貴方にお願いしたいことは二つ。定期的な八幡さんの採血と鬼舞辻無惨の血が濃い鬼からも血を取っていただきたいのです。何卒よろしくお願いいたします。

 比企谷さんの武運長久をお祈り申し上げます。

草々》

 

「……成程、要するに鬼の血が沢山いるわけだな。で、これ使えばいいのか?」

「はい、それを刺すと柄の所に自動で血が溜まる仕組みになっています」

 

 八幡が手に持っているのは愈史郎お手製の掌程の小刀である。八幡はしげしげと眺めたあと何の躊躇いもなく左腕に刺した。すると柄の所に血が少しずつ溜まってゆく。溜まりきって引き抜くと同時に猫の鳴き声がする。

 

「ん? 何だこの猫」

「その猫が珠世さんの所に血を持って行ってくれるんですよ」

「へぇー賢いなお前。頼むわ」

 

 猫が去った後、煉獄が入ってきた。そういや厠に行ってて忘れてたわ、危ねぇ。

 

「やぁ! 竈門少年、傷の具合はどうだ!」

「煉獄さん! かなりましになりました!」

「うむ! それは良かった! 傷が癒えたら俺の生家、煉獄家に共に行こう。歴代の炎柱が残した手記がある筈だ。父はよくそれを読んでいたが……俺は読まなかったから内容が分からない。君が言っていた”ヒノカミ神楽”について何か記されてかもしれない」

「ありがとうございます!!」

「あまり大きな声を出さない方がいい、傷が開く」

「わわっすみません」

「なぁ煉獄、ヒノカミ神楽について何か分かったら俺にも教えてくれ」

「分かりました、師範」

「悪いな……竈門が思っていたより元気そうで良かった。じゃ、またな」

「あっ待ってください、比企谷さん、煉獄さん」

「どしたよ」

「傷が治ったら俺に修行をつけてください、お願いします!」

「勿論だとも! 汽車での約束だからな!」

「そうか、良かったな竈門。煉獄が修行つけてくれるらしいぞ」

「えっ……? 比企谷さんはつけてくださらないんですか?」

「師範、何故ですか?」

「面倒だからに決まってんだろ」

「そ、そんな……」

「むぅ、それでは竈門少年があんまりですぞ」

「そうは言っても面倒なものは面倒なんだ」

 

 あの手この手で修行をつけさせようとする煉獄であるが八幡お得意の屁理屈展開でひらりと躱す。もう駄目かと炭治郎が諦め始めた時、希望の光が差し込んだ。

 

「いいじゃないですか、付き合ってあげてくださいな」

「……カナエ」

「直向きに頑張っている炭治郎君の想いを踏みにじるんですか? あっそう言えば確か炭治郎君にお礼をしたいと仰ってませんでしたか? 修行をつけるのがお礼になるのではないですか?」

「ぐぅ……」

「は、はい、その通りです! お願いします、比企谷さん!!」

「はぁー…………分かった、だがちょっとだけだ」

「ありがとうございます! 比企谷さん、カナエさん!」

「ふふ、どういたしまして」

「……」

 

 こうして炭治郎は杏寿郎と八幡から修行をつけてもらう運びとなった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 時は流れ二週間が過ぎた。丁寧な胡蝶姉妹の治療に加え、全集中の呼吸・常中のお陰もあり短い期間で完治した。

 早速修行に入りたい気持ちを押さえつけながら、炭治郎は杏寿郎と共に煉獄家に向かっているところだ。人様の家だから粗相がないようにと固まる炭治郎と固くなる必要はないと杏寿郎は告げる。長い時間をかけて二人は煉獄家に行き着く。

 

「久しぶりだな、千寿郎!」

「あっ兄上!」

 

 玄関の前で掃き掃除をしていた千寿郎に杏寿郎は声を掛ける。

 

「暫く見ない内に随分大きくなったな!」

「本当にお久しぶりです、今日は何故此処へ?」

「うむ、その前に紹介しよう。竈門少年、此方は俺の弟の千寿郎、仲良くしてやってくれ。千寿郎、此方は俺の継子の竈門炭治郎少年だ、先の汽車では大いに助けられた」

「いやいやそんな煉獄さんと比企谷さんに比べたら俺なんか……」

「何を言う! 君が真っ先に目覚めてくれたからこそ汽車の鬼は討伐できたのだ! もっと誇れ!」

「……立ち話もなんですし、上がってください」

「それもそうだな! 入りたまえ、竈門少年!」

「お、お邪魔します……」

 

 煉獄家に上がってからもやはり何処か固い炭治郎。杏寿郎が繰り返し緊張を解そうとするがそれが却って更に緊張させてしまう。静かな廊下を歩いて大部屋に入った三人。腰を落ち着けたところで千寿郎が問いかける。

 

「それで今日は何故此処へ来られたのですが?」

「今日は”歴代炎柱の書”を見に来た。竈門少年が父君から受け継がれた”ヒノカミ神楽”という舞踊について何か手掛かりがないかと思って訪ねた次第だ!」

「”歴代炎柱の書”でございますね、心当たりがありますので少々お待ち下さい」

 

 そう言って千寿郎が部屋を出たあと部屋はまたしん、と静かになる。何か話した方が良いかと炭治郎が口を開きかけたその時、襖が不躾に開かれた。

 

「……」

 

 そこにいたのは杏寿郎をほんの少しだけ縦に伸ばし、やや老けさせたような男がそこにいた。炭治郎は匂いから父親であると理解した。

 

「……帰っていたのか」

「はい、父上! 連絡もせず申し訳ありません!」

「……上弦の鬼と戦ったらしいな」

「よくご存知で!」

「ああ、何の才もないお前がよく生き残ったものだと思っていたからな」

「それは師範……あ、いや比企谷さんのお陰でございます! あの人がいたからこそ俺は生き残れました!」

「比企谷……? もしやあの鬼か」

「はい!」

「ふん、お前は才がないどころかものを見る目もないらしいな。彼奴を、鬼を人呼ばわりとはな」

「しかし父上、彼は……」

「やかましい! 鬼など全て同じだ! 人を騙し、人を殺し、人を喰う醜い化け物だ!! 彼奴が”柱”など笑い話にもならん! お前が何故、化け物の隣でへらへらできるのか理解できない! ”柱”などやめてしまえ! 化け物は化け物同士殺し合いでもさせておけ!!」

「……ふざけるな」

 

 ぐつぐつと煮え滾った怒りの声。その主は誰あろう炭治郎であった。その顔を見せるのは那田蜘蛛山以来だろうか。温厚で優しい炭治郎がここまで怒るのはそれだけ頭に来ているのであろうことは想像にかたくない。

 

「煉獄さんを、比企谷さんを悪く言うのは俺が許さない!!」

「ガキはすっこんで……」

 

 杏寿郎の父、槇寿郎が()()見た瞬間目を見開いた。

 

「お前……そうかお前……」

「?」

「”日の呼吸”の使い手だな!? そうだろう!!」

「”日の呼吸”? 何のことだ?」

 

 炭治郎の問い掛けに答えることなく槇寿郎は炭治郎に殴り掛かる。あまりにも速い動きに炭治郎は対応できなかった。

 

「父上、おやめください!」

「うるさい、黙れ!!」

 

 槇寿郎に殴られた杏寿郎は暫し呆然とする。

 

「いい加減にしろこの人でなし!!」

 

 組み伏せられた炭治郎が反撃するが(すんで)で防がれてしまう。

 

「さっきから一体何なんだあんたは!! 命を賭して戦った我が子を侮辱して、殴って!! 何がしたいんだ!!」

「お前俺たちのこと馬鹿にしているだろう」

「どうしてそうなるんだ!! 何を言ってるのか分からない!! 言いがかりだ!!」

「お前が”日の呼吸”の使い手だからだ」

「その耳飾りを俺は知っている、()()()()()()!!」

「!? ……(”日の呼吸”ってもしかしてヒノカミ神楽のことなのか?)」

「そうだ、”日の呼吸”は、あれは!! ()()()()()()一番初めに生まれた呼吸、最強の御業! そして全ての呼吸は”日の呼吸”の派生。全ての呼吸が”日の呼吸”の後追いに過ぎない。”日の呼吸”の猿真似をし劣化した呼吸だ、火も水も風も全てが!!」

 

 どういうことだ、うちは代々炭焼きだ、家系図もある。日の呼吸……ヒノカミ神楽……いやそれよりも、そんなことよりも

 

「”日の呼吸”の使い手だからって調子に乗るなよ小僧!!」

「乗れるわけないだろうが!! 今俺が自分の弱さにどれだけ打ちのめされてると思ってんだ、この糞爺(くそジジイ)!! 

 比企谷さんと煉獄さんの悪口言うな!」

「竈門少年! 父は元”柱”だ!」

 

 何でだ、ヒノカミ神楽が”日の呼吸”だったなら、そんなすごい呼吸だったなら、何であの時比企谷さんを手助けできなかった!! 

 何でだ、何でだ! 何でなんだ!!! 

 

 

 

 

 

 

「まさか頭突きで父を倒してしまうとはな」

「うぅ……ごめんなさい」

「あの……お茶です」

「あぁ、ありがとう。ごめんね、お父さん頭突いちゃって……大丈夫?」

「大丈夫だと思います。目を覚ましたらお酒を買いに出ていったので」

「そっか……」

「竈門少年」

「は、はい」

「竈門少年が怒ってしまったら俺が怒れないではないか」

「すみません、すみません!!」

「しかし、俺の為に、師範の為に怒ってくれたのは嬉しかった、ありがとう。すかっとしたよ」

「……どういたしまして」

「うむ! これでこの話はこれでお終いだな! では千寿郎、”歴代炎柱の書”を」

「はい、ここに」

「は、拝見します」

 

 炭治郎がゆっくりと書を開くとそこには────────ずたずたにされた頁ばかりであった。

 

「ずたずただ……殆ど読めない。元々こうだったのかな?」

「いいえ……そんなはずはないです。”歴代炎柱の書”は大切に保管されているものですから。恐らく父が破いたのだと思います……申し訳ありません」

「いいえ! 千寿郎さんのせいではないです、どうか気になさらず」

「うむ、その通りだ千寿郎」

「わざわざ足を運んでいただいたのに”ヒノカミ神楽”や”日の呼吸”について何も……」

「大丈夫です、自分がやるべきことはわかっていますので。もっと鍛錬します、煉獄さんのように強くなれるように」

「いくらでも付き合おう、竈門少年」

「……羨ましい

「え?」

「はっ、私ったら何を!?」

「千寿郎」

「あ、兄上……」

「自分は駄目だったなどと思う必要はない。千寿郎は千寿郎の心のまま正しいと思う道を進んで欲しい」

「……はい……兄上ごめんなさい。非才な私を……お許しください」

「許すとも」

 

 涙を流す千寿郎さんを慰めながら煉獄さんは太陽のような笑顔をしていた。千寿郎さんにお礼を告げたあと煉獄さんは足早に歩く。どうやら父親の部屋に向かうらしい。煉獄さんが断りをいれてから障子を開ける。

 

「父上」

「……」

「どうか体を大切にしてください」

「……」

「私はこれで失礼します」

 

 

 こうして俺たちは煉獄家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、鍛錬を始めようか竈門少年……いや炭治郎!!」

「はい! 杏寿郎さん!!」

 

 

 

 








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幕間 壱 すれ違い


とある感想
「カナエが不死川と仲良くするの見て八幡が避けるようになるの見てみたい」

作者「 分 か る、そして逆もまた 見 た い。でも見るには自分で書くしかない……誰か書いて?」




「今日からよろしくお願いします!!」

 

 俺の目の前には傷が癒えた竈門がいる。おいやめろ、そんなきらきらした目で俺を見るな。

 

「はぁ……んじゃ稽古するぞ」

「はい!!」

 

 さて、どうしてこうなったのか改めて考えよう。と言っても十中八九どころか十割カナエのせいなんだがな。おのれカナエめ、適当なことぶっこきやがって……彼奴なりに気を遣ってくれたのだろうが余計なお世話なこと他ならない。

 さて、カナエへの不満はここまでにしておこう。今は竈門との修行に集中しなければ。俺が竈門に課しているのはかかり稽古というもので兎に角俺に一太刀でも浴びせられたらその瞬間かかり稽古は終了し次の稽古に移るという取り決めをしている。但し俺の方に幾分か制約をかけている。

 まず、俺はその場から動かない。棒立ちの状態の俺に剣を当てられなければ動いている鬼にどうして当てられようか。

 次に、使えるのは右腕の肩から先のみ。開ききった実力差を考慮してのことだ。要約すると右腕だけで竈門の相手をする訳だ。そしてここからが一番重要だ。俺は竈門のかかり稽古の時全力で阿呆面をしている。おい誰だ、普段から阿呆面してるとか言った奴、はっ倒すぞ。

 何故阿呆面をしているのか? これは山よりも高く、海よりも深い理由があるのだ。見てみろ、この顔を。何処を見ているか定かではない目、弛んだ表情筋、半開きになった口、滅茶苦茶腹が立つだろう。鏡の前で散々練習したからな。練習してる時虚無感半端なかったけど。そんな間抜け面した奴に一太刀も浴びせられないなど常人ならば耐えられないだろう、例え竈門と言えども。

 そう、俺の狙いとは竈門自身に”やめさせてください”と言わせること。この稽古は竈門が望んでやっていることであるため当の本人がやめたいと言うなら誰も文句は言わないだろう。

 くっくっく、我ながら天才だと思う。さぁ、お前のその気力……何時まで持つかな? (※阿呆面をしています)

 

 

 

 

 

 

 

「あ、比企谷さん。これから茶屋にでも……」

「悪い、カナエ。これからまた竈門の稽古があるから」

「……そうなんですね。頑張ってください」

「ん」

「………………むぅ」

 

 カナエと別れてから訓練所に着く。そこにはいつもの如く竈門が待っていた。

 

「おはようございます、比企谷さん!」

「……あぁ、おはよう」

「本日もよろしくお願いします!!」

「……おう」

 

 聞いて驚け、稽古を始めてから今日で丁度一ヶ月が過ぎた。この一ヶ月、竈門は折れることなく俺の稽古に参加してきやがった。まだ、一太刀も受けてはいないが此奴は凄い奴だよ。ほんと向上心の塊みたいな奴だよ。誰か助けて。

 俺の頭の中にはどうやって辞めさせるか、ではなくどうしたら辞めてくれるかなあ、という考えしかない。しかも

 

「猪突猛進! 猪突猛進!!」

「炭治郎無理だって! 三人がかりでも一太刀すら無理だって!!」

 

 お友達まで連れて来たんだけど? 何で? 約束したの竈門だけだよね? ねぇ何で? 心底納得いかないんだけど。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 今日は休息日、俺には必要ないが人間は休息がないとぶっ倒れてしまう。しっかり休ませないと修行にも支障が出るとかそれっぽいこと言って逃げた訳では無い。断じてない。

 今日も今日とて蝶屋敷は患者で大賑わいだ。アオイ、きよ、なほ、すみ、が忙しなく動き続けている。大変そうだなぁなんて考えながら廊下を歩いていると何やら声が。

 

「実弥くん、傷が増えているわ。また無茶な戦い方をしたのね?」

「……テメェには関係ねぇだろォ」

「大有よ、誰がこうやって包帯を巻くと思っているの?」

「……なら俺の治療なんざやめちまえ」

「それはできないわ。大事な仲間が傷付いているのを見て見ぬふりはできない。それに貴方のお父さんとお母さんが悲しまれるから」

「……あの糞親父が悲しむ訳ねェ」

「じゃあお母さんが悲しむね」

「……」

 

 ……………………仲がよろしいようで。盗み聞きをしている訳ではない。俺の耳は良いからな、偶々聞こえてきただけだ。

 何となく分かってはいたがカナエは何処か不死川を意識している節がある。不死川は恐らくカナエが好きだろうといのは分かるがカナエの方は多分その気がないから大丈夫……()()()? 

 何が大丈夫なんだ? カナエが不死川と付き合う可能性が高くないから? 俺は心の何処かで、或いは無意識でカナエと付き合えるとでも思っていたのか? 

 ────────だから嫌だったんだ。俺は自分が()()()()()()()()()してしまうから。だから柱から降ろせって産屋敷の奴に何度も言ったんだ。

 がつんと自分の頭を殴りつける。勘違いした愚かな自分を、自分を人間だと思い込んだ浅ましい自分を。分かっていた筈だろう比企谷八幡、お前には幸せになる権利などないと。否、分かっていなかったからこんな思いをするのだ。もう二度とこんな”おもい”はしない。

 散歩にでも行くか。

 

 

 

 

 

 #############

 

 

 

 

 

 それなりに手入れされている林の中を漫然と歩く。どうも気分が晴れない。俺はまださっきの”おもい”を引き摺っているのだろう。女々しい自分が更に嫌になる。自己嫌悪に陥っていたら見慣れない背中を見つけた。どうして此処にいるのだろう。

 

「そんなとこで何やってんだ、真菰」

「あ、八幡。よっ」

「何だそりゃ、錆兎の真似か?」

「うん、そう。似てた?」

「残念だがこれっぽっちも」

「そう、それは残念」

「で、何でこんなとこいるんだよ? 座り込んで……体調でも悪いのか?」

「ううん、違うよ。八幡も座ってみて」

「お、おう」

「ほら、あそこ見て」

「……どこだよ」

「あそこだってほら」

「んー?」

「ほらもっとこっち寄って」

「いや、ちょ、近」

「あそこだよ」

 

 俺と真菰の距離は三寸もない。此奴の距離感がおかしいの忘れてた。どいつもこいつも淑やかさってものがないのか。できるだけ真菰の顔の方を見ずに白魚のような指の先を見つめる。あっ待っていい匂いする。

 

「……鳥の巣……か?」

「そう、この前蝶屋敷に遊びに来た時に見つけたの」

「ほう」

「孵るところが見たくて毎日来てるの」

「そうか」

「八幡も一緒に見る?」

「……そうさせてもらおうかな、ただ毎日は無理だが」

「うん、分かった。いつ孵るのかなぁ」

 

 真菰がにこにこと屈託なく笑う。それに釣られて俺も少しだけ頬を緩める……というかいい加減離れてくれない? 近いよいい匂いするんだよ。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 実弥くんの治療が終わった。もう怪我したら駄目だよっていつも言っているんだけど聞き入れてもらえた試しはない。どうしたらいいのかなぁ、匡近くんに相談してみよう。やんちゃな弟みたいな感じなのよね、実弥くん。彼のことは今度相談するとして、今から比企谷さんを探しに行こう、今日は休息日の筈だから。

 

「比企谷さんが何処に行ったか知らない?」

「比企谷さんなら先程────」

 

 なほに教えてもらい林に向かう。散歩とは珍しい、何か嫌なことでもあったのかな。気分転換によく散歩に行くのだ、彼は。お、あのとっても大きな番傘は比企谷さんだろう。後ろから驚かせてやろうか。そろりそろりと近付くがここであることに気が付いた。

 

「え────────?」

 

 腰を下ろした比企谷さんの隣に真菰ちゃんが座っている。先程の角度からでは比企谷さんと被って見えなかった。一体何を

 

「ッ!?」

 

 真菰ちゃんが比企谷さんの方に体を寄せる、肩と肩が触れ合いそうな程に。比企谷さんは突き放す素振りを見せない。それが私には酷く印象に残った。そして私は逃げるようにその場を離れた。もうあの光景を見たくなくて。

 家に戻ってからしのぶに訊かれる。

 

「姉さん、大丈夫? 顔色が悪いわ」

「だ、大丈夫大丈夫、私は元気よ!」

「……医者の不養生なんてことにならないでね」

「ええ、もちろん分かっているよ」

「今日は早く休んでね」

「うん、ありがとうしのぶ」

 

 その日はあまりよく眠れなかった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 真菰とぬぼーっと鳥の巣の観察をしてから三日が経った。あれ案外いいな、何も考えずただ座って呆けるだけというのは。四日目の今日もまた鳥の巣の観察しようといつもの場所に行く。真菰は常に俺より先に此処にいるんだよな。その真菰が俺に気付いた途端抱き締めてきた。

 

「あっちょっ何を」

「少しだけこのままでいさせて、お願い」

「……少しだけだぞ」

 

 真菰が俺からちょっぴり離れる。大した時間は経っていない筈だが体感的には一刻ぐらいに感じた。

 

「で、何があったんだよ」

「うん、あのね、卵がね、巣から落っことされていたの。それでね、一羽だけ雛鳥がいたの」

「あーそいつは多分郭公のせいだな」

「かっこう?」

「ああ、彼奴らは他の巣にある卵を一つ盗んで自分の卵を置き去りにする。そしてその巣の親鳥に自分の子供の世話をさせるんだ。しかも雛鳥は自分以外の卵を落とすという徹底ぶり」

「どうしてそんなことするの」

「……これは俺の憶測だからあまり信用するなよ? ……そうすることしか知らないんだと思う。自分の子供を他の巣に置くしか知らないから」

「……」

「動物も人間も鬼さえも同じだ。別の奴を蹴落として生き残る、それが生き物の本能なんだよ」

「……じゃあ郭公は、本当のお母さんを知らないんだね」

「ん? ああ、そうなるな」

「……それってとっても」

 

 ──悲しいことだね──

 

 真菰はそう寂しげに言う。そういえば真菰と錆兎は孤児だっけか。何処か通ずるところがあるのだろう、俺には分からないが。

 

「八幡、私は明日も此処に来るよ」

「もう孵る卵は無いのにか」

「うん、あの子が巣立つまで此処に来るよ」

「……さよか」

「うん」

「……確かに母ちゃんを知らねぇってのは悲しいけどよ」

「?」

「でもお前には鱗滝さんが、錆兎が、冨岡が、産屋敷が、カナエが、甘露寺が、他にも沢山の人が周りにいるだろ」

「うん」

「だからまぁあんま落ち込み過ぎるなよ」

「ん、分かった。八幡はまた此処に来る?」

「気が向いたら行くわ」

「そっか」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今の私を突き動かすのは怖いもの見たさというものだろうか。もし、もし()()であったなら知りたくない、しかしかといって知らないままというのもまた怖い。私の知らないところで何をしているのか想像するしかない。そしてその想像というものは決まって悪い方向に行きがちである。

 知りたいという気持ちと知りたくないという気持ちが競り合い四日目の今日、とうとう知りたいという気持ちが競り勝った。何の確信も確証もなかったけど前回と同じ場所に向かった。

 そこには──────比企谷さんを抱き締める真菰ちゃんが。比企谷さんは何も言わずただされるがまま。だけどその顔がとても優しい顔で、その顔が私だけに向けられたものじゃないと知って。

 

「……そっかぁー

 

 やはり私は逃げ出した。これ以上は知る必要がないと……ううん、これ以上知りたくないから。抜き足差し足忍び足で逃げ出した。熱い二人を邪魔したくなかったから。林を抜けたら全速力で走り抜けた。

 まだ駄目、溢れないで。もう少しだから、お願いだから零れないで。

 屋敷に着いてから誰にも会わなかったのは幸運だった。一直線に自室を目指してぴしゃりと襖を閉める。押し入れから枕を取り出してそこに顔を埋めて泣く。

 

「うっ……ぐっ……ひっ……ひっく……うぅっ」

 

 私は二人の姿を見て浮かべた感情に嫌悪する。私は真菰ちゃんに嫉妬してしまった。()()にいたのが私じゃなくて別の女の子だったのが酷く悲しくて切なくて胸が張り裂けそうになって。

 

 嗚呼、私は────────────想い人の幸せを喜べない酷い女だ

 

 

 

 



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幕間 弐 めぐり逢い



そう言えばすれ違いの対義語ってなんだろうって調べてみたら明確な対義語がなくてとある記事にめぐり逢いって登録されててセンスの塊だと思いました(KONAMI感)。





 

 

 

 おかしい、姉さんがまだ来ない、もうすぐ夕食だと言うのに。「皆で食べるのが一番美味しいから」と言ってなるべく皆で食べようって決めていた筈なのに。私は心配になりアオイに「姉さんの様子を見てきます」と一言告げてから姉さんの部屋に向かう。姉さんの部屋の前に立ち止まり声を掛ける。

 

「姉さん、もうすぐ夕食よ。風邪でも引いたの?」

 

 暫し待つけど返事がない。すみが姉さんが大急ぎで帰ってきたらしいことは確認済みだから居るとは思うのだけど。しかしここまで返事が返って来ないことなど今まで一度たりともなかった。流石に押し入ってやろうかと思い始めた時、襖が開けられる。

 

「あはは、ごめんね。姉さんうたた寝しちゃった」

「ッ……」

 

 そう言う姉さんの目の周りはひと目で分かるほどに腫れていた。誰がどう見ても泣いていたことは明らかだ、それも長い時間。だけど姉さんは泣いていたことを絶対に口に出さない。私たちに、妹たちに心配をかけないように。誰もいない所で泣き、泣き終わった後で平然と笑うのだ。

 その姉さんの笑顔も今は酷い。無理くり貼り付けたような笑顔が痛々しい。”笑顔”という顔の形を象ったようにしか見えない。

 

「……姉さん、顔色が悪いわ。今日も早めに休んだ方がいいと思う」

「え? そんなことないわ、一緒にご飯を食べましょう」

「はいはい、元気になってからね。ほら布団に入った入った」

「しのぶがそこまで言うなら……」

「アオイたちには私から言っておくから」

「ありがとう、しのぶ」

「この位なんて事ないわ、おやすみなさい姉さん」

「うん、おやすみしのぶ」

 

 姉さんを半ば強引に部屋に押し戻してから自分の頬を触る。大丈夫、()()()()笑顔を保っている。あの男には通用しないが他の子たちならば少しの間誤魔化せる。感情の制御は時折練習しているから。

 アオイに姉さんの体調が優れないことを伝え、夕食をとる。皆姉さんを心配している。私はそこまで酷くないから安心してと気休め程度に言っておいたけど。夕食をとり終えアオイに向かうところがあると伝えておく。後片付けを押し付けてごめんね、明日は私がやるから許してね。

 彼奴なら今、炭治郎君たちと一緒に訓練所にいるはずだ。足が自然と早くなる。引き戸を思い切り開け奴の顔を見る。びくっと肩を跳ね上げさせた後くるりと此方を振り向きぎょっとする。全く大袈裟な反応だ。いいからさっさとこっちに来なさい。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 竈門との鍛錬中いきなり扉が乱暴に開けられる。予期せぬ大きな音にびくりと肩が動いてしまう。音の出処に目をやると鬼と般若を足して二を掛けたような顔をしたしのぶが立っていた。

 

「こっちに来なさい」

 

 何処から出しているのか分からない程低い声で俺を呼びかける。どうしよう、行きたくない、途轍もなく行きたくない。怖い、恐過ぎる。かといって行かないという選択肢もまたない。行かなければ酷い目に遭うというのは目に見えているからな。逃げても同じ目に遭うのは自明の理、俺がとれる行動などひとつしかない。

 

「悪い、竈門。訓練は終わりだ」

「あ、はい、分かりました……比企谷さん大丈夫ですか?」

「大丈夫か大丈夫でないかいったら多分後者」

「え、えっと……ご武運を?」

「ああ、ありがとう……」

 

 俺に明日はあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 ずんずん進むしのぶに付き従いながら怒られている原因を考える。俺、機嫌を損ねることしただろうか。胸の内を探ってみるが心当たりはない。だからこそ余計に不安になる。

 

「……この辺りでいいかしら」

 

 不意にしのぶが立ち止まる。かと思えば刃を引き抜き俺の首筋に当ててきた。反応できなかった訳ではないが抵抗するのは下策と考え両手を肩まで上げ無抵抗の意思表示をする。

 

「嘘をつけばその瞬間命が無いと思いなさい。姉さんに何をしたの?」

「お、俺は何もしていない、それどころかここ三日四日は口も聞いていない」

「嘘偽りがないと誓える?」

「天地神明と亡き家族に誓って嘘偽りはない……」

「……そう、あんたがそこまで言うなら信じてあげる、()()()

「そいつは助かる。いやほんとに」

「じゃあ質問を変えるわ、姉さんが泣いているのだけど心当たりは?」

「……無い、全くと言っていい程ない」

「そう、でもあんたが無関係だとは思えないのだけど」

「……」

「ま、いいわ。私が姉さんに直接聞いてみるから」

「……そうか」

「最後の確認よ、本当に心当たりは無いのね?」

「ああ」

「言質は取ったからね……おやすみ」

「お、おやすみ……」

 

 彼奴が俺に向かっておやすみとか……明日は嵐でも来るんじゃないか。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 翌朝、私は早速姉さんの部屋に向かい何故泣いていたのか問うてみる。

 

「姉さん、何があったの」

「何の事? しのぶ」

「とぼけなくていいの、昨日泣いていたでしょう?」

「……姉さんは泣いてないよ?」

「まだ目の周りの腫れが引いていないわよ」

「ッ!?」

「それだけ腫れていたら私でなくとも気付かれる……心配掛けたくないのは分かるけど黙っていられる方が心配になるの。お願い姉さん、答えて」

「……それでも言えない」

「姉さん……!」

「ごめんね……でも……口に出して言いたくない……それが事実だって認めたくない……」

「……一体何があったの? って答えてくれないんだったわね」

 

 しかしここまで姉さんが落ち込むのも珍しい。どれほど受け入れ難いものを見聞きしたのだろう。私がどうやって聞き出そうか考え込んでいるとアオイがやってきた。

 

「カナエ様、しのぶ様、真菰様がお見えです」

「真菰ちゃんが……? どうしたのかしら」

 

 姉さんの言う通りだ。稀に遊びに来ることはあったが連絡も無しに来たことなど今までなかった。どうしたと言うのだろう。

 所は変わって客間へ。

 

「よっ、元気?」

「ごめんなさい、今はちょっとお喋りする気がおきなくて……それに比企谷さんはいいの?」

「大丈夫、八幡に言われて来たから」

「……そう……彼は優しいものね」

「八幡にさ、カナエが元気ないみたいだから励ましてやってくれって言われてね」

「……ごめんね、私のせいで二人の時間の邪魔をしちゃって……」

「ああ、カナエも知ってたんだ」

「……ええ、偶然……ね」

「言ってくれたら良かったのに」

「そんなこと……とてもじゃないけどできないわ……」

 

 二人の会話は一見噛み合っているように見えるが何処か違和感を感じる。疑問に思った私は口を挟む。

 

「ねぇ、真菰さんはあの男と何をしていたの?」

「鳥の巣の観察だよ」

「えっ?」

「えっ?」

「…………逢い引きの間違いじゃなくて?」

「えっ!?」

「? 、私と八幡は付き合ってないよ?」

「えっ?」

「えっ?」

「で、でもだってあんなに肩を寄せあったり、あまつさえ抱き締めていたじゃない!」

「ああ、あれはね──────────」

 

 

 

 

 

 

「……つまり全部姉さんの勘違いってこと?」

「そうなるね」

「……恥ずかしい……恥ずかしい……穴があったら入りたい……」

「ごめんね、カナエ。私のせいで勘違いさせちゃって」

「うぅ……もう言わないで……」

「八幡はカナエのものだもんね」

「ち、違っ……!! ()()私のじゃ……」

()()ってことはそのうちカナエのものってこと?」

「違うの……もうやめて……もうこれ以上辱めないで……」

「安心して、カナエ。私から八幡を横取りしないから」

「もうやめてって言ってるでしょう!?」

 

 はあ、私は盛大に溜息をつく。取り敢えず彼奴が帰ってきたら何回か殴った後、ありったけの毒をくれてやろう。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 背筋に悪寒が走る。今なにか不吉な事が確定された気がする。怖い、滅茶苦茶恐い。右手で左腕を擦りながら歩いていると声が掛けられる。

 

「あれっ比企谷さんじゃん。どうしたんですこんな所で?」

「粂野……」

「近くの茶屋にでも行きますか、ほらこっちですよ」

「誰も行くとは言ってないんだが……はぁ」

 

 二間もない所にある茶屋に連れ込まれる、強引だな此奴は。

 

「んでどうしてあんなしみったれた顔して歩いてたんですかい?」

「……何だって良いだろう」

「さいで……ああ、そうそうこの前カナエさんから相談受けましてね」

「……俺に関係ねぇだろ」

「またまた〜何言ってんですか、関係大有でしょう。それで相談内容ですがね、実弥の傷が絶えないってんで相談されましてね」

「話を聞けよ……」

「んでその時にちょこっとだけ実弥のことどう思っているか聞いてみたんですよ、そしたらカナエさん何て言ったと思います?」

「……何て言ったんだ」

「『やんちゃな弟みたい』って言ってたんですよ、いやぁ……あの後実弥をどう慰めるか悩みましたよ」

「あっそう」

「……比企谷さん」

「な、何だ急に」

「貴方は俺の命の恩人です」

「……俺は人じゃ」

「そこは今はどうでもいいです」

「どうでもよくなんか」

「大事なのは貴方が人云々じゃなくて俺を助けてくれたって事です」

「……」

「だからせめて甘いものでも奢らせてくださいよ」

「でも俺は」

「まぁまぁ()()甘いものでも食べて忘れましょう。()()()

「……いいのかなぁ、忘れても」

「いいんじゃないですか、きっとそのうちきたるべき時が来たら思い出せば良いんですよ」

「……そうかねぇ」

「そうですよ、今は恋したって良いと思いますよ」

「ぶふっ! げほっえほっ何言ってんだ!?」

「さぁ何言ってんでしょう?」

「ふざけてんのかてめぇ……」

「ふざけていませんよ。()()を知っているのは貴方の方でしょう」

「……」

「そんじゃ俺はこの辺でおさらばします、また奢らせてください」

「……ああ」

 

 良いんだろうかなぁ、そう思えてならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな、実弥。恋敵を応援するような真似して……でもよ、俺は彼に救われて欲しいんだ。絶対に良い相手見つけるから……どうか許してくれ」

 



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その陸

 

 

 

「技の精度が落ちているぞ竈門」

「俺は、まだ、行けます!」

「まだ行ける、はもう駄目だ……一度休憩にしよう」

「はい……」

 

 比企谷さんに修行をつけていただいてそろそろ二ヶ月、任務がない時は掛かり稽古をしているんだけど未だに一太刀も浴びせることができないでいる。三人で斬りかかっても全然歯が立たない。どうしてだろう……いや、原因は掴みかけている。単純な話俺たちが遅い……遅すぎるのだろう。目で見てから反応できるほどに。あんな間抜けな顔をしてお前達の攻撃を躱すのは余裕だと言っているのだ。どうすればいいかな、やはり”ヒノカミ神楽”を使いこなすのが先決か。

 

「炭治郎、休憩なんだからあんまり頭使いすぎるなよ?」

「心配してくれてありがとう、善逸。俺なら大丈夫だよ」

 

 善逸は泣き言も弱音も言うが絶対掛かり稽古に参加する。その理由は

 

『あんな別嬪な姉妹と仲良くしてんの許さねぇ……絶対に許さねぇ……両手に花じゃねぇかよクソが』

 

 前向きとは言い難い心持ちになんとも言えなくなる。逆恨みとか言い掛かりとかそう言うもので望むのは良くないと思うけどなぁ。でも実際は無理無理と泣き叫びながら斬りかかっているから小物感が半端ない、かなりかっこ悪いよ善逸。

 伊之助は兎にも角にも全力で突撃し軽々あしらわれてはまた突撃するという行動を繰り返し、比企谷さんを困惑させた。確かに真っ直ぐ進む事も時には大事だけど工夫を凝らさないと一太刀を浴びせることはできないだろう。

 廊下を進みながら課題を確認した所で大部屋に入る。アオイさんが用意してくれた飲み物とおやつがあり、座っていただく。俺はおやつを食しながら禰豆子の方を見る。

 

「禰豆子ちゃんは可愛いねぇ」

「うー♡」

 

 カナエさんが禰豆子の相手をしてくれている。柱という忙しい身でありながら空いた時間に禰豆子と仲良くしてくれている。それがこの上なく嬉しい。

 

「眼福眼福……なぁ炭治郎、ここは桃源郷かな?」

「あはは、そうかもね」

「あ〜あの間に挟まりてぇなぁ」

「善逸、何だかよく分からないけど絶対に止めるんだ」

「お? おう、ただの願望だから気にすんな。しのぶさんが怖いし……それにしても伊之助も馬鹿だなぁ、こんな素晴らしい光景も見ずに山に遊びに行くとか」

 

 俺と善逸が取り留めのない話をしている間、カナエさんは禰豆子に話し掛ける。

 

「はぁ、禰豆子ちゃん本当に可愛い……禰豆子ちゃん」

「う?」

「私の妹にならない?」

「うー?」

「だ、駄目です! 禰豆子は俺の妹ですから!!」

「冗談よ冗談」

「冗談ですか……」

「一厘冗談」

「何をもって冗談って言ったんですか!?」

「まあまあ、兎に角禰豆子ちゃんは妹にしたい程可愛いということで。比企谷さんも可愛いと思いますよね?」

「ん? あーまぁ可愛い方じゃねぇの……でも」

 

 ──俺の妹には誰も勝てないけどな──

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 その一言で空気に罅が入ったような幻聴が聞こえたような気がした。

 

「いや、いやいやいや。比企谷さんの妹さんを存じ上げませんが禰豆子と花子の方が間違いなく可愛いですよ、ええ」

「もう比企谷さんたらーうちのしのぶとカナヲが世界で一番可愛いんですよ? 知らなかったんですか?」

「「「ん?」」」

「いやいや、お前らアレだから、俺の妹を知らないだけだから。世界で一番とか嘘ぶっこくな」

「そうですよ、禰豆子と花子が世界で一番可愛いに訂正してください」

「二人とも何言ってるのかな? しのぶとカナヲが一番可愛いのはこの世の常識だよ?」

「「「は?」」」

「……実は禰豆子は竹取物語のかぐや姫の基になっていると言われていまして」

「そんな訳ないでしょう炭治郎くん……実はしのぶとカナヲの美しさを称える古墳があってね?」

「どっちも大嘘ついてんじゃねぇよ……俺の妹の可愛さは古事記に記されているから、太古の昔から決まっているから」

「「「あ?」」」

「……カナエさん、そんな古墳があると言うのはどうかと」

「……古事記も大概でしょ」

「……竹取物語とか狡いだろ」

「「「……」」」

「よし、分かった。お前らが俺の妹の可愛さを認めようとしないのはよぉく分かった」

「「は?」」

「そこで、自分の妹が如何に可愛いのか認めさせようじゃねぇか」

「具体的には?」

「自分の妹の可愛い話をすればいい、ま、俺の妹には遠く及ばないだろうが」

「言いましたね? 吐いた唾は飲み込めませんよ? しのぶとカナヲが一番可愛いって認めさせてあげます」

「俺だって禰豆子と花子が一番可愛いって認めて貰いますからね!」

「お前らはまずどっちかに絞れよ」

「……なんて酷いことを……」

「私たちにどっちが可愛いか選べと……?」

「一番なんだから一人だけに決まっているだろ」

「ぐぅぅぅ………………ごめんよ花子、お前もちゃんと可愛いからな!!」

「うぅぅぅ………………ごめんね、カナヲ。貴女もちゃんと可愛いから安心して。比企谷さんがどっちか選べなんて言うから……」

「おい、俺を悪者のように言うのはやめろ」

「それじゃあ、先鋒はいただいたわ。先ずはあの話から……」

「姉さん、あの話をしたら姉さんと口利かないから」

「ひゅーっ……ひゅーっ……」

「カナエさーん!?」

「妹からの口を利かない宣言……呼吸困難で済んで軽傷の方だな……」

「くっ……あの話が駄目ならあっちの話を……」

「姉さん、その話をしたら姉さんのこと嫌いになるから」

「ごふっ!!」

「カナエさーん!!?」

「妹からの嫌いになる宣言……さっきの口を利かない宣言と合わせて瀕死ってところか」

「……もっとしのぶとカナヲとアオイときよとなほとすみと生きた……かった」

「流石柱、潔い最期だった」

「何処がよ、未練たらたらだったじゃない」

「うぅカナエさん……」

「おい、竈門……焼香のやり方は知っているか」

「まだ火葬も済んでいないのに!?」

「茶番は終わった?」

「もう、酷いなぁしのぶ。茶番だなんて」

「これを茶番と言わずして何と言うのよ、姉さん」

「だってしのぶが嫌いになるって言うから」

「大袈裟なのよ、全く」

「大袈裟なものですか! 二人は妹に嫌いって言われたらどうする?」

「禰豆子に嫌われる……三日は寝込みますね」

「小町に嫌われる……生きる希望が持てなくなるな」

「ほら、見なさい」

「馬鹿しかいないの?」

 

 

 結局、皆の妹は皆一番可愛いという結論に至った。

 

 

「何だかどっと疲れました……」

「でも楽しかったね、比企谷さんの妹さんのお話も聞けたしね」「そう言えば比企谷さんの妹さんは今、どうされているんですか?」

「……死んだよ、ずっと昔に」

「えっ!? あっそのす、すみません……」

「いや、別に気にしなくていい。知らなかったわけだしな」

「……その、やはり鬼に……?」

「ああ、帰ったら鬼がいて、家族が死体になっていて、そいつに殴り掛かったけど返り討ちにされて、気付けば鬼になっていた────ただそれだけだ」

「……そうなんですね」

「おう……だから俺はきっと家族に恨まれている」

「え?」

「だってそうだろ、一人だけのうのうと生きているんだからな」

「そ、そんなことありません!」

「あ?」

「比企谷さんの御家族がそんなことする訳ありません!」

「……テメェ今何つった」

「え?」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ゆらりと立ち上がりながら比企谷さんは問いかける。

 

「テメェ今何つった」

「え?」

 

 匂いがする、とても濃い怒りの匂いが。何故かは分からない、だけど比企谷さんは怒髪天を衝く程に怒っている。

 

「悪ぃ聞こえなかった……もう一度言ってくれ」

「な、何度でも言います! 比企谷さんの御家族は比企谷さんを恨んでいません!!」

「……」

 

 比企谷さんが一歩、此方に詰め寄ると俺の鼓動が加速する。もう一歩詰め寄ると俺の呼吸が早くなる。

 

「俺の事を……俺の家族を知らねぇ癖に何故そう言える?」

「はぁ、はぁ」

「俺は決め付けられるのが実に不愉快だ。取り消せ」

「……と、取り消しません」

「テメェ……」

「た、た、た、炭治郎よせっ! やめとけ!!」

「俺は絶対に取り消しません!!」

「何故、だ」

比企谷さんは妹さんの話をしている時とても優しい匂いがしました! 亡くなった御家族の話をされている時とても強い後悔の匂いがしました!! 惜しまれる程に、悔やまれる程に大事な御家族だったのでしょう!? そんな人たちが貴方を……比企谷さんを恨んでいる筈がない!!! 

「言いたい事はそれだけか……」

 

 俺は逸る心臓を押さえつけながらこくりと頷く。その頷きを見て比企谷さんはどすんと座り込んだ。

 

「……俺の親父は、母ちゃんは、妹は優しくて温かくていい人たちだった」

「……」

「俺だってそんな優しくて温かくていい人たちを疑いたくはない……でもな俺の中の『俺』が言うんだよ。”本当にそう言い切れるのか? ”ってな」

「!」

「”本当に彼らが恨んでいないと、そう言い切れるのか? あんなに苦しそうな、辛そうな顔をしていたのに? ”」

「……」

「そしてもし……もし恨まれていたら? 憎まれていたら? それを考えると俺は、俺は……!」

 

 言葉が出なかった、だけど、それでも俺は言わなければならない。近い境遇の者として、俺のあったかもしれない可能性のために。

 

「……比企谷さん、俺も貴方と近いことがありました。俺が人の家でぬくぬくと寝ている間に禰豆子を除く家族が皆殺しにされました」

「……」

「でも俺は家族に恨まれていると考えた事はありません」

「……どうしてだよ、どうしてそう言いきれるんだよ……」

「悪夢を見せる鬼に家族から責められる夢を見せられましたが俺の家族がそんなことを言う訳がないとしか思えなかったんです。『家族』だから、血を分けた『家族』だから!!」

「……()()()()()()()()?」

「はい、信じるには()()()()で十分です」

「……俺は薄情者なのか」

「逆ですよ、優しいからこそ罪悪感を抱いておられる」

「…………そうかなぁ」

「そうですとも」

 

 比企谷さんは泣きそうな顔でありながら何処かほっとしたような顔をしていた。

 

「ありがとう、竈門。少しだけ気が楽になった」

「それじゃあ」

「ああ、だからお前が信じていてくれ」

「えっ?」

「お前は俺の家族が俺を恨んでいないと、憎んでいないと信じていてくれ」

「比企谷さんは……?」

「悪いが俺は信じ切れない。だから代わりにお前が信じていてくれ……頼む」

「……分かりました」

「ありがとな」

 

 ありがとうと言いながらどうしてそんなに泣きそうな顔をしているのだろう。どうしてそんなに悲しい匂いをさせるのだろう。

 嗚呼、どうか────────

 

 

 







八幡→言わずと知れたシスコン
炭治郎→愈史郎に禰豆子が醜女と言われて全力で否定してたからきっとシスコン
カナエさん→シスコンかどうか定かではないがあんなに可愛い妹がいるんだから多分シスコン……と言うかそっちの方が面白い。




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幕間 参 胡蝶の片羽の胸の内

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は

ものや思ふと 人の問ふまで






 

「比企谷さんのこと嫌いなんですか」

「……見て分からない? 嫌いよ」

 

 ええ、そう。────嫌いよ嫌い大嫌い。

 始まりは姉さんの一通の手紙だった。柱の中に鬼がいたことにも驚いたけどそれ以上に姉さんが鬼の家に泊まったことは驚いた、というよりも肝が冷えた。唯一の肉親を失いたくないという一念で姉さんの元に向かった。

 

「姉さん!!」

 

 姉さんの気が触れた訳ではなく、度の過ぎた悪戯でもなく手紙の内容は本当だったらしい。そしてあろうことか明日も行くと言っている。私は勿論口をへの字に曲げて首を横に振った。しかし、一生に一度のお願いだと言われて渋々頷いた、但し同伴することを条件として。姉さんと共に彼奴の家に行った時は酷い顔をしていただろう。姉さんも気付いていながら何も言わないし。

 姉さんの夢は私にとっては”叶えられたらいいね”ぐらいのものだった。そんな夢は未来永劫叶う筈がないと思っていたからね。でも彼奴が現れて話が変わった。姉さんはこの好機を逃すまいとするだろう。だからこそ怖かった。姉さんが彼奴の言いなりになったり、彼奴が姉さんに向かってお前を喰わせろなんて言ったりするんじゃないかと気が気でなかった。

 そして姉さんが彼奴と寝たと聞いた時は腸が煮えくり返った事は忘れられない。睡眠を共にしたという言い訳で一旦は信用してあげたが彼奴は絶対に手を出している、と決め込んでいた。

 その後元の話に戻る。姉さんは何度も彼奴が人を喰っていないと私に言い聞かせるように……いや実際言い聞かせていたのだろう。頑なに人を喰っていない鬼を認めようとしない私に。

 

「……じゃあどうしてお父さんとお母さんは鬼に殺されたのよ!! どうして私達が鬼殺隊に入ったのよ!! どうして……どうしてあの日に来た鬼があんたじゃないのよ……」

 

 私にも分かってはいる、こんなのはただの八つ当たりだと、逆恨みでしかないと。それでも私の中に渦巻くこの怒りは憎しみは抑えきれるものじゃない。姉さんと私がわんわん泣き喚いた後にぽつりと彼奴が零した。

 

「分かるよ……お前の気持ち」

「『分かる』だなんて軽々しく言わないで!」

 

「……俺の家族も鬼に殺された……」

 

 思わず振り返った。彼奴も家族を……鬼に殺された? 私はその一言で何も言えなくなる。

 

「……一つだけ約束して……絶対に人を食べないって……」

 

「……ああ、約束するよ」

 

 彼奴と約束し、姉さんにあの鬼と会ってもいい旨を伝える。但し私が常に同伴することを条件として。その夜にそんな条件つけるんじゃなかったと後悔した。

 彼奴が布団に潜り込んでからも私は眠ろうとしなかった。彼奴が姉さんを襲うと思って監視をする為に。しかし、暫くすると静かな寝息が聞こえてきた。本当に寝ているのだろうかと疑い始めた時に小さな声が聞こえ始める。最初は何を言っているのか分からなかったけど次第に何を言っているのか分かるようになった。

 彼奴は謝っていた。家族に、殺してきた鬼たちに。泣き噎びながら必死に。

 胸が痛くて堪らなかった。あんな……あんなのは謝罪ではない。懺悔という程生温いものではない。あれは慟哭だ、哀哭だ。

 そして不思議だったのが姉さんが何でもないことのように彼奴の頭を撫でていたことだ。どうして? どうしてそんなに平気な顔をしていられるの? その時の姉さんの顔は慈母のように見えた。

 ────嫌いよ嫌い大嫌い、あんな風に謝る彼奴が大嫌い。

 

 

 

 そう言えば彼奴に毒を盛り始めたのは何時からだったか。初めはそう、確か姉さんを徹夜させた罰が始まりだった。彼奴がひっくり返った虫の如く藻掻く様が痛快だった。鬼が苦しんでいるのが堪らなく爽快だった。

 

「ほら、毒よ。飲みなさい」

「いやほんとあのしのぶさん、許してくれませんか」

「……もしもあんたがこの毒を飲まなかったら」

「?」

「私はこの毒の効果を実証できず、この毒を使えない。そうしたら鬼を逃すかもしれない、その鬼が被害を拡げるかもしれない」

「……」

「もう一度言います。この毒を飲みなさい」

「はい……」

 

 私はとてもいい笑顔をしていたと思う。

 

 

 

 

 

 ある日、姉さんが彼奴に提案をした。

 

「比企谷さん、家に来ませんか?」

 

 何を言っているのだろう。此奴を? 蝶屋敷に? 招く? 正気の沙汰とは思えない。怪我をした患者がいるし、何よりもアオイがいる。姉さんはアオイのことを考えていないのだろうか? 或いは何か考えがあってのことだろうか。一先ずは様子を見ることに決めた。

 しかしながら結果はアオイを傷付けるだけという最悪の結末になってしまった。こればかりは姉さんだけを責められない。止めなかった私にも責任がある。アオイをうんと慰めて励ました。

 

 

 

 

 蝶屋敷の一件から暫く経ったある日、珍しく彼奴から話しかけられた。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

「……何よ」

 

 できる限り口を利きたくない為簡潔に応える。

 

「俺が()()()()になった時、産屋敷と柱以外にはこう言っておいてくれ。とある鬼が隊服と刀を奪い人を殺したってな」

「は……?」

「それと()()()()()()()()()()()()()とも言ってくれ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい……それってあんたが全部抱えて死ぬってこと?」

「……俺はさ、特例で鬼殺隊にいさせてもらってるだろ。その俺が人を殺してみろ、間違いなく産屋敷と柱が攻撃される」

「!」

「俺のせいで誰かが傷付いて欲しくないんだよ」

「……」

「じゃ、そういうことで」

「……」

「あぁ、そうそう。今の話カナエにするなよ」

 

 ────私は、平然と言ってのける彼奴が嫌いよ嫌い大嫌い。

 

 

 

 

 

 

 カナヲの名付けの時の話だ。私はカマスとかタナゴとかトビコといった名前を提案し、意見を求めたけど姉さんもアオイも逃げ出してしまい仕方なく彼奴に意見を求めた。

 

「…………怒らないか?」

「勿論、早く言いなさい」

「……分かった、言わせてもらうとお前の感性はかなり他の奴とずれている。普通はタナゴとかカマスとかましてやトビコだとかつけない。何でトビコって言うか知ってるか? 飛魚の子供だからトビコって言うんだぜ?」

「……」

 

 分かっていた筈だ、肯定的な意見など貰えないことなど。父さんも母さんも姉さんも、誰も認めてくれなかったじゃない。世間一般からすれば彼奴の言う通り私はズレているのだろう。やっぱり聞くべきじゃなか────────

 

「でもよ、あの名前はお前があの子を思って考えたんだろ?」

「っ!」

「あの子の為にあの子を思って頑張って考えた名前なんだろ? でなきゃ五つも出さねぇよ」

「……」

「その思いだけはまぁ……良いんじゃねぇの?」

 

 今まで誰一人として私の名付けを褒めてくれた人はいなかった。まさか最初に褒められるのが此奴だとは思いもしなかったけれど。まずい、どうしよう口角が上がってしま──────

 

「ああ、そうだ。一つ忠告しておく、お前は絶対に人の子供の……いや、なんなら自分の子供の名前もつけない方がいい。確実に子供に恨まれるからな」

 

 ……どうして此奴はこう、台無しにしてしまうのだろうか。此奴の言葉で────だ私が馬鹿みたいじゃない。

 

「ふ、ふふふ、ふふふふふふ」

「……お、おい、急にどうした」

「ふふふふふふふふ」

「何で急に笑い始めたんだよ、お前……」

「ふふふふふふふふ」

「おい、その手に持っている注射器は何だ、何の毒が入っているんだ……?」

「ふふふふふふふふ」

「なぁ、いつも笑いながら毒の効果を説明してただろ? それには一体何の毒が入っているんだ……!?」

「ふふふふふふふふ」

「なぁ、笑ってないで答えろよ……ゆっくり近付いて来るなよ……」

「ふふふふふふふふ」

「だ、誰か助け────────」

 

 上げておきながら落とすなんて質が悪いとしか言えない。やっぱり彼奴は嫌いよ嫌い大嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 烏から姉さんが上弦の弐と遭遇したと聞いた時には全身の血の気が引いた。神でも仏でも鬼でも何にでも縋りたい気持ちだった。

 

(姉さんを守らなきゃ承知しない……絶対に許さない……!!)

 

 神だか仏だか知らないがどうやら今日は気前が良かったらしい。上弦の弐が撤退して行ったと聞いて胸を撫で下ろす。もうすぐだ、もうすぐ姉さんが見えるはず。

 

(姉さ……)

 

 どうしてか姉さんが後ろから彼奴を抱き締めていた。

 どうしてか彼奴はぼろぼろ泣いていた。

 どうしてか私は──────

 

 家に戻って姉さんをひん剥いて理解した。彼奴が泣いていた理由も、姉さんが抱き締めていた理由も。きっと姉さんは彼奴を許したのだろう。姉さんのように強くなれるだろうか。

 

 

 

 

 

 上弦の弐が襲来してから私は今更ながらに気付かされた。私たち鬼殺隊は明日をもしれぬ身であると。姉さんも私も誰も彼も同じであると。だから私は訓練した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。周りからはカナエさんみたいと言われていたのにどうして彼奴は……

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「……もうカナエの真似はやめろよ、しのぶ」

 

「……何の事かさっぱり」

 

「惚けるな、その笑顔も呼び方も何もかも全部カナエの真似だろ」

 

「……じゃあ教えて下さい、胡蝶しのぶというのはどういう人間なのか」

 

「……俺が知っている胡蝶しのぶっていうのは短気で、俺が嫌いで、その俺に毒を笑顔で渡して来て、妙ちきりんな感性を持っていて……それで真面目で、家族想いで、薬を作れて、怪我した隊士を助けられる優しい奴で、努力家で、思いっきり笑いそうになると口許を隠す────それが俺の知ってる胡蝶しのぶだ」

 

 本当に此奴は人の心も知らずにずけずけと。私の心を荒らして何が楽しいのだろう。

 

「あー、だけど今のは俺から見た胡蝶しのぶの話だ。もしお前がまだ俺に見せていない面がそれなら何も言わねぇ」

 

 ……最後に保険をかけるな卑怯者。ちょっとした腹いせに彼奴の前で()()姉さんの真似をしてやろう。ほら見なさい、あの複雑そうな顔を。自信を持って言わないからそんな目に遭うのよ? 

 私の心をこんなにもざわつかせる彼奴が嫌いよ嫌い大嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

「しのぶ、何だか最近綺麗になったね?」

「あまり自覚はないけど姉さんが言うならそうなんでしょうね」

「もしかして……好きな人でもできた?」

「……」

「えっ!? 嘘、誰だれ!? 炭治郎くん? 善逸くん? それとも伊之助くん? と思わせといて比企谷さん!?」

「姉さんと一緒にしないでよ、全く」

 

 赤くなって黙りこくるくらいなら自分から言わなきゃいいのに。姉さんは天然よね。彼奴が好きだなんてそんな訳ないじゃない。

 

 ああでもいつからだろうか

 

 毒の実験が会う口実になり始めたのは

 

 姉さんの真似と言いながらその思いを隠れ蓑にし始めたのは

 

 

 

 

 私の名前は胡蝶しのぶ、だから忍ばせなければ──────────この思いは。

 

 

 

 

 

 嫌いよ嫌い大嫌い、私は彼奴が……いえ、本当に私が嫌いなのは

 

 

 

 

 

 

自分の心を偽る私自身だ。

 

 

 

 






(冒頭の句の意味)

心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようだ。
私の恋は、「恋の想いごとでもしているのですか?」と、人に尋ねられるほどになって。



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その漆


皆様お久しぶりです、遅れて申し訳ありません。遅れた理由としましては話の展開に悩みあぐねてゲームに逃げておりました。だから形に残るプロットを用意しておけとあれほど……





 

 

 

 今日でもう四ヶ月か……何が四ヶ月かって? 竈門たちとの修行が始まって四ヶ月が経過したんだ。この四ヶ月、あの手この手でやめさせようとしたが終ぞ”やめさせてください”の一言を言わせられなかった。その上地味に、しかし着実に成長している。もうそろそろ当てられるかもしれない。やだなぁ、教えるの。彼奴らが成長すれば当然階級も上がる。階級が上がればより危険な任務を言い渡される。そうなれば命の危険も増す。かといって弱いままでは自分の命すら守れない。あちら立てればこちらが立たず、という状態か。でもなぁ、死んで欲しくねぇよなぁ。俺が全部の鬼の首を落とせれば話は早かったんだがそうは問屋が卸してくれない。柱が多いお陰で鬼による被害は大分減ったがそれでも以前までと比べての話だ。夜が来て鬼に襲われる人は今も尚多くいる。どうにかできないものか……

 うんうん唸りながら蝶屋敷に着く。ん……何だか騒がしいな? 何かあったのだろうか。やや早足で向かうと宇髄がアオイとなほを小脇に抱えて立っていた。きよとすみが泣いていることから合意の上ではないのは明白。

 

「よォ、宇髄……楽しそうだなァ、俺も混ぜてくれヨ?」

 

 ああ、まずい、抑えろ俺、怒りを抑えろ。あくまで、あくまで冷静にだ。

 

「何してんだお前……?」

「……女の隊員が要るから連れて行こうとしてるだけだ。胡蝶の継子じゃねぇなら許可をとる必要も無いからな」

「なほは隊服着てねぇから隊員じゃねぇよ、離してやれ」

「……ああ」

 

 宇髄の腕の予備動作を見て俺は全速力で駆け出した。此奴はあろうことか放り投げようとしたのだ。宇髄の腕からアオイとなほを片腕で回収しカナヲに背を向けるように立つ。

 

「テメェ……どういうつもりダ……!」

「……」

 

 宇髄は何も答えない、本当にどういうつもりなんだ此奴は。返事がない為彼奴は今は無視しておく。

 

「二人とも大丈夫か?」

「は、はいぃぃぃ……」

「……はい」

「ん、なら良かった」

 

 二人の返答を聞いた後、ぎろりと宇髄を睨めつける。そして宇髄も睨み返してくる。

 

「……この子は隊服を着ているが彼女を連れて行くのは許さない」

「へぇ、そいつはまた何で?」

「……人には人の事情がある、つつき回すな」

「ぬるい、ぬるいねぇ。このようなザマで地味にぐたぐだしているから鬼殺隊は弱くなってゆくんだろうな」

「はっ、その分俺が働いてやるよ、誰も戦わなくていいようにな」

「……」

「……」

 

 最早一触即発と言える空気の中、一つの声が空気を切り裂いた。

 

「アオイさんの代わりに俺たちが行く!」

 

 その声の主は竈門であった。後ろには我妻、嘴平の姿も見える。

 

「俺は今帰った所だが体力が有り余ってる、行ってやってもいいぜ!」

「アアアアアオイちゃんを行かせる訳には行かない、例えあんたが筋肉の化け物でも俺は一歩もひひひ引かないぜ」

「お前ら……宇髄が、柱が出向く任務なんだぞ。十二鬼月……それも上弦の鬼が出てもおかしくねぇ。それに宇髄は女の隊員が要るって」

「じゃあ一緒に来ていただこうかね」

「何?」

 

 いいのかそれで? 女の隊員が必要だったんじゃないのか? ……いや蒸し返すのは良くない。またアオイが連れてかれるかもしれんからな。ここは宇髄の好きにさせよう。

 宇髄を先頭にぞろぞろ進んで行く一行。

 

「竈門、我妻、嘴平」

「「「?」」」

「……死ぬなよ」

「「はいっ!」」「おうっ!」

 

 どうかもうこれ以上、理不尽に命が奪われませんように。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 禰豆子が子守唄で寝てくれて助かった。ごめんよ、禰豆子、沢山血を流させて、俺が不甲斐ないせいで、ごめんよ。禰豆子を箱に戻す途中で善逸と伊之助に会ってから宇髄さんの元へ向かう。

 到着して困惑した。何故か鬼が二人になっている、どういうことだ。そして帯鬼も死んでいない。どっちも上弦の陸なのか? 分裂している? だとしたら……本体は間違いなくこっちの男だ。匂いが違う、匂いの重みが違うが。喉の奥が麻痺するようだ。

 手が震える。疲労からだろうかそれとも”恐れ”……いやそれでも俺は、俺たちは

 

「勝つぜ、俺たち鬼殺隊は」

「勝てないわよ! 頼みの綱の柱が毒にやられてちゃあね!!」

 

 毒……!? 

 

「余裕で勝つわボケ雑魚がァ!! 毒回ってるくらいの足枷あってトントンなんだよ、人間様を舐めんじゃねぇ!! 

 こいつらは三人とも優秀な俺の”継子”だ! 逃げねえ根性がある!」

「フハハ、まぁな!!」

「手足が千切れても喰らいつくぜ!!」

「その”簡単なこと”ができねぇで鬼狩りたちは死んでったからなあ、柱もなあ()()()()()()()()喰ってるからなあ」

「そうよ! 夜が明けるまで生きていた奴はいないわ! 長い夜はいつもアタシたちを味方するから、どいつもこいつも死になさいよ!!」

 

 帯鬼の攻撃が来るっ! 防御を……

 そう考えた刹那落雷のような轟音が鳴り響き帯鬼と善逸が天井を突き抜けて行った。

 

「善逸!」

「蚯蚓女は俺と寝ぼけ丸に任せろ!! お前らはその蟷螂を倒せ!! 分かったな!!」

「気をつけろ!!」

「おうよ!!」

「……妹はやらせねぇよ」

 

 さぁ、仕切り直しだ。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

『謝らないでお兄ちゃん、どうしていつも謝るの? 貧しかったら不幸なの? 綺麗な着物が着れなかったら可哀想なの? そんなに誰かのせいにしたいの? お父さんが病気で死んだのも悪いことみたい。

 精一杯頑張っても駄目だったんだから仕方ないじゃない。人間なんだから誰でも……何でも思い通りにはいかないわ。

幸せかどうかは自分で決める、大切なのは”今”なんだよ、前を向こう、一緒に頑張ろうよ、戦おうよ。

 謝ったりしないで、お兄ちゃんならわかってよ、私の気持ちをわかってよ』

 

「ハッ」

 

 意識が戻る。昔の夢か……? あれ? ここは……俺は……

 

「なんだお前まだ生きてんのか、運のいい奴だなああ」

「……!!」

「まあ運がいい以外に取り柄がねえんだろうなあ。可哀想になあ、お前以外の奴は皆もう駄目だろうしなああ。猪は心臓を一突き、黄色い頭は瓦礫に押し潰されて苦しんでるから死ぬまで放置するぜ、虫みたいにモゾモゾしてみっともねえよなああ。柱も弱かったなあ、威勢がいいだけで。毒にやられて心臓も止まって死んじまってお陀仏だ。

 みっともねえなあみっともねえなあお前ら本当にみっともねえなあ、特にお前は格別だ」

「お前の背負ってる箱からはみ出てるのは血縁だな? 分かるぜ、鬼になってても血が近いのは。そりゃあ姉か? 妹か?」

 

 

 

「(何で俺を殺さない? なんだ……? 腕が痺れてる、今首を狙っても斬れない……)…………妹だ」

「ひひひっ!! そうか、やっぱりそうか。みっともねぇなあお前妹全然守れてねえじゃねえか!!」

「……!!」

「まあ仕方ねえか。お前は人間、妹は鬼だしなあ。鬼の妹よりも弱いのは当然だがそれにしてもみっともねえ!! 兄貴だったら妹に守られるんじゃなく守ってやれよなああこの手で、ひひっ!!」

 

 鬼が炭治郎の右手をとり人差し指と中指をボキッとへし折った。

 

「!!」

「なあオイ今どんな気持ちだ? 一人だけみっともなく生き残って頼みの綱の妹は殆ど力を使い果たしてるぜ。なあ虫けら、ボンクラ、のろまの腑抜け、役立たず、何で生まれてきたんだお前は。どうする? 弱い弱いボロボロのみっともねえ人間の体で俺の頚を斬ってみろ、さあさあさあ!!」

 

 炭治郎は遊女の香り袋を引っ掻いて俯いてしまう。

 

「……」

「ふっ」

「ひひひひっ!! そうかそうか、土壇場で心が折れたか。みっともねえなあ、本当にみっともねえ!! みっともねえが俺は嫌いじゃねえ、俺は惨めでみっともなくて汚いものが好きだからなあ。お前の額の汚い傷!! いいなあ、愛着が湧くなああ

 そうだお前も鬼になったらどうだ!! 妹のためにも!! そうだそうだそれがいい鬼になったら助けてやるよ、仲間だからなあ。そうじゃなきゃあ妹もぶち殺すぞ、他人の妹なんか心底どうでもいいからなあ」

「やだお兄ちゃんやめてよ! アタシ絶対嫌だからね!!」

「鬼になれば一瞬で強くなれるぜ、不自由な肉体とはおさらばだ。なああなああどうする?」

「いや、鬼の体も不自由なもんだ」

「ああ?」

 

 妓夫太郎は後ろを振り向きその声の主を認めた。中肉中背で黒髪、特徴らしい特徴と言えば澱んだ目と重力に逆らったひと房の髪の毛、誰あろう比企谷八幡である。そして彼の左腕には堕姫の頚があった。

 

「は?」

 

 妓夫太郎が素っ頓狂な声を出したと同時に彼の頚は刎ねあげられていた。空中を浮遊したあと地に落ちころころ転がってから妓夫太郎は何が起きたのかやっと理解した、納得はできなかったが。

 

(俺の頚が落とされた? 嘘だろ!? 反応すらできなかった!!)

 

 頭の中が混沌とする妓夫太郎を無視して八幡は炭治郎の下に行く。途中で堕姫の首を地面に置いて。

 

「無事か、竈門」

「比企谷さん……」

「ちょっと待ってろ他の奴の容態を確認してから────」

「後ろです!!」

 

 妓夫太郎の円斬旋回が広範囲に発生した。

 

 

 

 

 

「うー」

「禰豆子…………はっ!!」

 

 炭治郎は起き上がり周りの様子を確認する。家屋や長屋は瓦礫と成り果て足の踏み場もない。

 

「ひどい……めちゃくちゃだ」

 

 周囲を見渡す炭治郎に禰豆子はぐりぐりと頭を擦り付ける。撫でて欲しい時の合図だ。

 

「禰豆子が助けてくれたのか!? ありがとう……他の皆は!!」

 

 禰豆子が満足したのを見計らい撫でるのをやめ他の人の様子を確認しようとするが疲労からか足が言うことを聞かない。その時、炭治郎を呼ぶ弱々しい声が聞こえてくる。

 

「たんじろ〜〜」

「!! 善逸の声だ!! うわっ」

 

 満足に動けない炭治郎を見かねて禰豆子が彼を背負い善逸の所まで走り出す。

 

「起きたら体中痛いよおお! 折れてるかもしれない何なの誰にやられたのコレ痛いよおお!!」

「無事か!! 良かった」

「無事じゃねぇよおお! 俺も可哀想だけど伊之助がやばいよぉ心臓の音がどんどん弱くなってるよ〜〜! あそこにいるよあそこ〜〜」

「……!!」

 

 善逸の指差す方向を見ると伊之助が横たえられており、その隣に八幡が沈痛な面持ちで座り込んでいた。

 

「比企谷さん!! 伊之助は!?」

「まずい状態だ……しのぶから貰った薬を飲ませて見たが……」

「伊之助!! 伊之助!! しっかりしろ伊之助!!」

 

 炭治郎は伊之助の胸に掌を当てる。伊之助の小さくなっていく心音に反比例して炭治郎の心音は早鐘を打つように早くなる。解決策を模索するが打てる手はない。涙が流れ落ちそうになったその時禰豆子が伊之助に手を伸ばす。なんと禰豆子の手が触れた所から炎が上がり毒で爛れた皮膚が治っていく。

 

「腹減った、何か食わせろ!!」

「伊之助!!」

「嘴平!」

 

 炭治郎は泣いて喜び伊之助を抱き締め、八幡も心底安堵したように脱力する。

 

 

 

 

 

 

 

「いやあああ死なないでぇ死なないでくださぁぁい天元様あ〜〜〜!! せっかく生き残ったのに!! せっかく勝ったのに!! やだぁやだぁ!!」

「……」

「鬼の毒なんてどうしたらいいんですか! 解毒薬が効かないよォ!! ひどいです神様ひどい!!」

 

 泣き喚く須磨、絶句するまきを、静かに涙を流す雛鶴。鬼に勝てたにも拘わらずあんまりな結末である。

 

「最期に言い残すことがある……俺は今までの人生」

「天元様死なせたらあたしもう神様に手を合わせません! 絶対に許さないですから!!」

「ちょっと黙んなさいよ! 天元様が喋ってるでしょうが!」

「どっちも静かにしてよ……!」

「口に石詰めてやるこのバカ女!!」

「うわあああまきをさんがいじめるううう!!」

 

 姦しい三人の声を聞きながら宇髄は心の中で独り言つ。

 

(嘘だろ? 何も言い残せずに死ぬのか俺。毒で舌も回らなくなってきたんだがどうしてくれんだ。言い残せる余裕あったのにマジかよ)

 

「まだ生きてるか!? 宇髄!!」

 

 宇髄が諦めかけたその時、両脇に竈門兄妹を抱えた八幡が現れた。

 

「禰豆子頼む!!」

 

 八幡の腕から解放された禰豆子が宇髄の腕に触れた刹那宇髄の全身が燃え上がる。それを見た嫁三人は声にならない悲鳴を上げた。真っ先に須磨が禰豆子を引き剥がし、説教する。

 

「ギャアアアッ!!! 何するんですか誰ですか、あなた! いくらなんでも早いです火葬が!! まだ死んでないのにもう焼くなんて!! お尻を叩きますお姉さんは怒りました!!」

「ちょっと待て、こりゃ一体どういうことだ? 毒が消えた」

 

 四人は暫し喜びあった。

 

 

 

 ############

 

 

 

「禰豆子の血鬼術が毒を燃やして飛ばしたんだと思います。俺にもよく分からないのですが……傷は治らないのでもう動かないで下さい、ご無事で良かったです」

「こんなこと有り得るのかよ混乱するぜ……いやいやお前も動くなよ死ぬぞ」

「俺は鬼の頚を探します、確認するまでは安心できない」

「じゃあ俺もついて行くわ、もしまだ生きていたらそれこそ危ないからな」

 

 禰豆子に背負われた炭治郎と八幡は鬼の頚を探すべく周囲を探索する。道中で血溜まりを見つけ血を採取し再び探索する三人。炭治郎の鼻により見つけることができた。しかし

 

「何で助けてくれなかったの!?」

「ふざけんな! あんなの反応できる訳ねぇだろ!!」

「使えないわね、役立たず!!」

「そもそもお前も何もできなかった癖に俺にだけ押し付けるな!!」

 

(まだ生きてる……しかも言い争っているぞ。だけど少しずつ肉体が崩れていってるな)

 

「ハァ、ハァ……アンタみたいに醜い奴がアタシの兄妹なわけないわ!! アンタなんかとはきっと血も繋がってないわよ、だって全然似てないもの!! この役立たず!! 強いことしかいい所が無いのに何も無いのに、負けたら何の価値もないわ。出来損ないの醜い奴よ!!」

「ふざけんじゃねぇぞ!! お前一人だったらとっくに死んでる、どれだけ俺に助けられた。出来損ないはお前だろうが、弱くて何の取り柄も無い。お前みたいな奴を今まで庇ってきたことが心底悔やまれるぜ。お前さえいなけりゃ俺の人生はもっと違ってた、お前さえいなけりゃなあ!! 何で俺がお前の尻拭いばっかりしなきゃならねえんだ!! お前なんか生まれてこなけりゃ良かっ……」

「嘘だよ。本当はそんなこと思ってないよ、全部嘘だよ。仲良くしよう、この世でたった二人の兄妹なんだから。

 君たちのしたことは誰も許してくれない、殺してきたたくさんの人に恨まれ憎まれ罵倒される。味方してくれる人なんていない……だからせめて二人だけはお互いを罵り合ったら駄目だ」

「うわああああんうるさいんだよォ!! アタシたちに説教すんじゃないわよ、糞ガキが向こう行けぇ! どっか行けぇ!! 悔しいよう、悔しいよう! 何とかしてよォお兄ちゃあん!! 死にたくないよォお兄っ……」

 

 堕姫……否、彼女が言い終える前に完全に塵となってしまった。

 

「梅!!」

「……おい、お前」

 

 妓夫太郎はぎょろりと血走った目を八幡に向ける。その目は射殺さんばかりにぎらぎら輝いていた。

 

「……お兄ちゃんってのはな、妹が失敗しても『しょうがねぇな』って言って許してやるもんなんだよ。それを忘れたらお兄ちゃん失格だ」

 

 妓夫太郎は目を見開いて──────塵となってしまった。

 三人は少しの間誰も何も言わなかった、が炭治郎が言う。

 

「仲直りできたかな?」

 

 炭治郎の言葉に禰豆子は自信満々にこくりとひとつ頷いた。そして八幡もまた零す。

 

「……遣る瀬無ぇなあ」

 

 誰も何も言わなかった、言えなかった。

 こうして上弦の陸の討伐は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 








「宇髄さんちょっとお話が」
「アオイとなほを泣かせたそうね……?」
「ヒェッ」


そんな後日談があったりなかったり……


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その捌

遅くなって申し訳ありません。
最近買ったゲームをやっていまして遅れました……セールしていたのが悪い(暴論)






 

 

 

 

『お茶が入りましたよ』

 

『ああ、ありがとう』

 

『いやあよく寝てるなあ。すみませんね、女房も寝てしまったようで。本当に申し訳ない、客人に子守りをさせてしまって』

 

『気にするな。疲れているのだろう、子供を産んで育てるのは大変なことだ。これを飲んだら私は出ていく、ただで飯を食い続けるのも忍びない』

 

『そんな! あなたは命の恩人だ、あなたがいなければ俺たちどころかこの子も生まれていなかった』

 

『……』

 

『……分かりました、ならばせめてあなたのことを後世に伝えます』

 

『必要ない』

 

『しかし……後を継ぐ方がいなくて困っておられるのでしょう。しがない炭焼きの俺には無理でもいつか誰かが……』

 

『必要ない。”炭吉”道を極めた者が辿り着く場所は()()()()()()。時代が変わろうともそこに至るまでの道のりが違おうとも()()()()()()()()()()()。お前には私が何か特別な人間に見えているらしいがそんなことはない。私は大切なものを何一つ守れず、人生において為すべきことを為せなかった者だ。何の価値もない男なのだ』

 

 ああ、そんな風に言わないで欲しい。どうか頼むから自分のことをそんな風に。その寂しげな、悲しげな横顔が()に重なる。悲しい……悲しい……

 

 

 

(夢……か……? ここは……俺は……?)

 

 バリン、と花瓶が落ちた衝撃で砕け散る。カナヲが驚きのあまり滑り落としてしまったのだ。

 

「…………大丈夫? 戦いの後二ヶ月間 意識が戻らなかったのよ」

 

「そう……なのか……そう……か……」

 

「目が覚めて良かった……」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 突然だが俺は後藤という者だ。鬼殺隊事後処理部隊隠をやっているものだ。柱合会議の時竈門炭治郎に「いつまで寝てんださっさと起きねぇか」と言ったのが俺だ。アイツとはそこそこ縁がある。二ヶ月前、遊郭でアイツらを発見したのも俺だ。竈門炭治郎が二人を抱き締めていた状態だったので(超仲良いじゃねーかアイツら)と思っていたら三人共意識不明の重体だった。

 俺よりも年下で剣士になって命がけで戦うアイツらを素直に尊敬する……猪頭の奴は訳分からんが。

 そして俺が手に持っているのは高級菓子のカステラだ。正直自分が今すぐにでも食べたいのを全力で我慢している。

 未だに意識が戻らないアイツへの贈り物なのだ。アイツは鼻がいいらしいので近くに置いといたら起きるかもしれない。

 そんなこんなでアイツが寝ている部屋に到着した、が戸は開いてるし割れた花瓶はそのままだ。片付けろや……。

 何でもやりっぱなしだなこの子マジでカナヲちゃんよ。全然喋んねぇし変な子だよ、子供の頃から鬼殺なんてやらせるからだよ。

 

「(まぁ階級上だから言えんけどな……俺二十三だけどな)あのーこれカステラ置いとくんで暫くしたら下げてください、痛みそうだったら食べちゃっていいので」

 

「あ……ありがとう……ございます……」

 

「……意識戻ってんじゃねーか!! もっと騒げやアアア!!! オメーは本っ当にボーッとしてんな! 人を呼べっつーの!!! 意識戻りましたよってよ馬鹿野郎が!! みんな心配してんだからよ、上とか下とか関係ねーからな今だけは!! きよちゃんすみちゃんなほちゃーんアオイちゃーん!! 炭治郎意識戻ったぜえええ!!」

 

 こんなに大きな声は生まれて初めて出したかもしれねぇ。

 俺の声を聞きつけてきよちゃんすみちゃんなほちゃんが泣きながら炭治郎の無事を喜ぶ。

 

「良かったです〜」

 

「あんぱんあげます〜」

 

「カステラ落ちてる〜」

 

 それから間もなくお化け、元い白い布を被ったアオイちゃんが部屋に入ってきた。

 

「意識が戻って良かった〜〜〜!!! あたしの代わりに行ってくれたからみんな……ウオオォン!!」

 

 詳しい話は知らないがどうやら炭治郎たちがアオイちゃんの代わりに任務に行ったからか心配と罪悪感で押し潰されそうになっていたらしい。

 

「ありが……とう……他の……みんなは……大丈夫……ですか……?」

 

「黄色い頭の奴は一昨日だっけ?」

 

「はい」

 

「復帰してるぜ、もう任務に出てるらしい。嫌がりながら」

 

「善逸さん翌日には目を覚ましたんですよ」

 

「音柱は自分で歩いてたな、嫁さんの肩借りてだけど。隠は全員引いてたよ、頑丈すぎて。すごい引いてた」

 

「そうか……伊之助は……?」

 

「伊之助さんも一時は危なかったんです」

 

「伊之助さん、すごく状態が悪かったの。毒が回ったせいで呼吸による止血が遅れてしまって」

 

「そうか……じゃあ……天井に張り付いてる伊之助は俺の幻覚なんだな」

 

 炭治郎の言葉で一同天井を見上げるとそこには猪頭のアイツが。

 

「うわぁ────ッ!!」

 

「キャアアッ!」

 

「どうしてんの!?」

 

 驚きのあまり叫んでしまった。いやほんと何してんのアイツ? 馬鹿なの? 

 

「グワハハハ!!! よくぞ気付いた炭八郎!!」

 

「俺……仰向けだから……」

 

 奴は手を離し寝台の上に着地する。

 

「俺はお前よりも七日前に目覚めた男!」

 

「良かった……伊之助は……すごいな……」

 

「へへっうふふっ、もっと褒めろ!! そしてお前は軟弱だ!! 心配させんじゃねぇ!!」

 

「伊之助さんが普通じゃないんですよ! しのぶ様も言ってたでしょ!!」

 

「そうだ、炭治郎さん見てくださいこの本……ミツアナグマっていう外国のイタチです!! 分厚い皮膚は鎧なんですよ、獅子に噛まれても平気なの。毒が効かないから毒蛇であっても食べちゃうし。伊之助さんはこれと同じだってしのぶ様が」

 

「適当だなしのぶ様も」

 

「フフ……」

 

「彼について考えるのが面倒くさくなったのでは? それより降りて!」

 

「つまり俺は不死身ってことだ!!」

 

「いや違うだろ馬鹿じゃねーの」

 

「誰が馬鹿だコノヤロー!!」

 

「キャーやめてください〜」

 

「あなたは毒も効きづらいけど薬も効きづらいから気を付けなさいってしのぶ様にも言われたでしょ!! すぐ忘れるんだから!」

 

「し、静かにして」

 

「うるせーな、引っ張んじゃねーよチビ!!」

 

「静かに」

 

「何ですって!! 大して変わらないじゃないのよ!!」

 

「炭治郎寝たから静かにして!」

 

「あー!! またコイツ昏睡した!!」

 

「縁起の悪いこと言うんじゃないわよ! 静かにしてください!」

 

「カナヲさん重湯作りに行きましょ」

 

「うん」

 

「早く回復してたくさん食べれるようになるといいですね」

 

「比企谷さん……は……」

 

「ん? コイツ寝言言ってね?」

 

「比企谷さんのことを聞いてなかったからでしょうね」

 

「でもあの方はいつも通りだろ」

 

「ええ、そうですね……あ、ただここ一週間程見かけていません。何かあったのでしょうか」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

ずっと気になっていたことがある。

 

 

 

《お久しぶりです、珠世さん。比企谷八幡です。お訊ねしたいことがあって手紙を認めさせてもらいました。

 単刀直入に聞きます。鬼の血には毒を分解する作用がありますよね。もしそれを人間が摂取したらその人間の病は、不治の病と言われるものでも治せるのでしょうか。また俺の血を摂取した人間は鬼になるのでしょうか。できれば早めに返事が貰えると嬉しいです》

 

 

 

《お久しぶりです、比企谷さん。前置きや挨拶は抜きにして質問にお答えします。

 まず、不治の病でも治せるのかと言う質問ですがこれは可能です、愈史郎がそうでしたから。

 次に貴方の血を摂取したら鬼になるかどうかと言う質問ですがはっきり申し上げさせてもらいますと分かりません、というのも比企谷さんの血は禰豆子さん同様短い期間で変化しています。その変化がどう影響を及ぼすのか分かりません。参考になるかどうかは分かりませんが私の血をただ摂取させるだけでは鬼を作ることはできませんでした。勿論本人の了承を得てのことですが。それではまた会える日を楽しみにしています》

 

 

 胸に手を当て心臓の鼓動を抑える。その拍子に懐に入れた手紙がかさり、と音を立てた。

 ずっと気になっていたことがある。鬼の血は毒を分解する。それは身をもって知っていたし、カナエとしのぶからの話でも分かっていた。

 もしその血を人間が摂取したら? 病に苦しむ人間が摂取したら? もしかしたら、助かるかもしれないというのは楽観視しすぎだろうか、希望的観測だろうか、夢見がちだろうか、空想だろうか、妄想だろうか。だが……もう他に手立てはない。これしか()()()を救う方法が見当たらない。

 不安もある、無論それは”鬼になるかどうか”。病が治った引き換えに鬼になるかもしれない……俺のせいで。

 この一週間で漸く覚悟が決まった。さぁ、丁半博打だ。

 

「ゴホッゴホッ……もてなしもできずにごめんね……八幡」

 

「気にすんな、病人は大人しく寝てろ」

 

「それでどうしたんだい急に来て……もしかして会いたくなった?」

 

「会いたかったと言えばまぁ……そうだな」

 

「え? ……八幡、悪いんだけど私にはあまねという妻がいてね」

 

「ちげーよ、馬鹿。ああもう兎に角これを飲め!」

 

「これは?」

 

「俺の血だ。もしかしたら……もしかしたらお前の病が治るかもしれない」

 

「……」

 

「だがそれと同じだけ鬼になる可能性がある。だからその時は……お前を殺して俺も死ぬ」

 

「八幡……愛が重いよ」

 

「そんだけ冗談言えるんなら上等だ、心置き無く殺せるよ」

 

「ああ、是非ともそうしてくれ」

 

「……」

 

 話は終わり、産屋敷はお猪口を持ち上げぐいと飲み干した。俺は喧しい心臓の音を聞きながら食い入るように産屋敷を見つめる。飲んだ直後は何も変化がなかったが次第に変化が現れてきた。胸を抑え、呻き声を上げ始める産屋敷。

 

「ぐっ……うっ……」

 

「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!!」

 

 震える手で産屋敷の肩を掴む。ああ、駄目だ、頼む、死ぬな、死ぬな、嫌だ。俺が一週間かけて固めた覚悟は脆くも崩れ去った。分かっていた筈だ、想定していた筈だ、それなのにおれは

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 荒い息を吐き出しながら顔を上げる産屋敷。その顔には爛れた皮膚どころか染みすら見当たらない。昔見た産屋敷の面影を残した顔があった。目には光が灯り顔は生気に満ち満ちている。目を何度か瞬かせた後俺の方を向き口を開いた。

 

「……久しぶりだね、八幡」

 

「……馬ァ鹿、半年に一回は会ってんだろうが」

 

「ふふっ、それもそうだね」

 

「ああ、治って良かった。これでお前も人並みに生きられるだろ」

 

「いや、それは無理だね」

 

「…………は? ……何言ってんだよ……見るからに治っているだろそれ……」

 

「表面上は治っているように見えるけど呪いはまだ解けていないから」

 

「何を根拠に……?」

 

「ただの勘だよ」

 

 心の中で歯噛みする。コイツの勘ほど正確なものはない。

 

「私はやはり三十は越せないだろう」

 

「……お前今いくつだっけ?」

 

「もう二十三だね」

 

「要はあと七年以内に鬼舞辻を倒せばいいんだな?」

 

「……そうなるね」

 

「やってやるよ、だから精々くたばんなよ産屋敷」

 

「分かったよ、約束する」

 

「ああ……邪魔したな、もう帰るわ」

 

「ありがとう、八幡。このお礼はまたいずれ」

 

「……別に感謝とか礼とか要らねーよ、俺がやりたくてやっただけだ。じゃあな」

 

「あっ……行っちゃった……はぁ……君はお礼も受け取ってくれないんだね八幡」

 

 

 

 



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幕間 肆

リクエストいただいた作品です。
時期は遊郭篇の少し前です。





 

 

 

 

「うし、取り敢えずここ迄な。残りは午後からだ、それまで休め」

 

「は、はい〜〜」

 

 今日も一日竈門との鍛錬を行っている。今、丁度一区切りついたので休憩を言い渡したところだ。

 しっかし本当によく食らいついてくる。俺の防御を崩さんと時に我武者羅に、時に策を練って俺に一太刀浴びせようと倒れても倒れても立ち上がり斬りかかって来る。一体、体のどこにそんな根性があるのか不思議でならない。尤も糸が切れたように竈門は倒れ込んでしまったが。

 

「お茶が入りました」

 

「おお、悪いな」

 

 アオイが湯気の立ち上る二つの湯呑みを盆に載せてやってきた。彼女は大分俺に慣れてくれたお陰で震えずに会話できるようになった。偏に彼女の努力の賜物である。

 アオイが淹れてくれた茶を炭治郎と共に味わう。いつも思うがアオイの淹れた茶は美味いなぁとしみじみ思っていたが違和感を抱く。

 

「あれ、カナエはいないのか?」

 

 そう、いつも休憩時間にお喋りに来るカナエがいない。茶菓子をつつきにやってくるカナエが。そしてカナエがいないということは当然しのぶもいない。嫌いな奴の顔なんて極力見たくないだろうからな。

 

「いえ、います……よ」

 

「ん?」

 

「ただ今は……その……」

 

「言い辛いなら無理に言わなくても良いぞ」

 

 アオイの言い淀む様から不安の思いが鎌首を擡げるが彼女の様子を見ていると緊急性はそこまでなさそうだ。しかし何故言い淀むのだろう。

 まあいい、次に来た時にでも聞くとしよう……と思っていたら聞き慣れた声が。

 

「おはようございます、炭治郎くん、比企谷さん。今日も精が出ますね」

 

「おう、おは……!?」

 

 声を掛けてきた彼女の方を見ると痴女……甘露寺と同じ格好をしたカナエがいた。

 おかしい、此奴の隊服は甘露寺と違い前はしっかり閉じられていた筈だ。垣間見える素肌が眩しくて直視できない。俺は顔を背けながら彼女に訊ねる。

 

「お、おま、それ、その服、な、何でッ!?」

 

「あぁ、これはですね、今日起きたら隊服が全てこれにすり替わっていたもので」

 

「一体誰がそんなことを……はっ!!」

 

 一人だけこんな巫山戯たことをする奴に心当たりがある。そいつの名前はゲスメガネ。皆ゲスメガネとしか呼ばないので本名は知らない。

 ゲスメガネは女性隊士に胸元が開いた隊服を渡し”公式である”と嘯く男。因みにしのぶは渡された瞬間に油をかけて燃やしたそうだ。

 多くの者がゲスメガネの縫った隊服を身に纏っているから鬼殺隊の功労者であることは間違いない……のだが、如何せん先の行動のせいで女性隊士から蛇蝎のごとく嫌われている。

 俺自身は太陽の光を通さない服やら足袋やら手袋やらをいただいているのであまり悪し様に言えないがそれでも限度がある。今回はその限度を超えてしまった。絶対に痛い目を見てもらおう。

 

「そんなことより比企谷さん、何か感想はないんですか?」

 

「さっさと着替えて来い!」

 

「むぅ、もっと他に何かないんですか? ほら私のおっぱい見られて嬉しいとか」

 

「馬鹿じゃねーの!?」

 

 何を言っとるんだ此奴。頭沸いているのか? それともそんなに許せないの? 俺が甘露寺の胸見てたこと。

 俺が悶々としているところに救世主の声がした。

 

「もう、騒がしいわね」

 

「ああ、丁度良かった。カナエにまともな服を着せてやれ、しの……ぶふっ!!」

 

「な、何よ、汚いわね」

 

「お、お前もかよ!?」

 

 そう、あろうことかカナエと同じ格好をした痴女二号……しのぶがいた。何で? ねぇ何で? 何でお前がそれ着てんの? 油かけて燃やしたって聞いてたんだけど? 何でそれ燃やしてないの? 姉の隊服共々燃やせよ! 

 熱い、顔が熱くなっている。この部屋こんなに暑かったっけ。

 

「こっち見てくださいよ、比企谷さん」

 

「前に回り込むな。おい、しのぶ、姉の奇行を止めろ」

 

「何で私があんたの命令を聞かなくちゃいけないのよ」

 

「お前が止めなきゃ誰が止めるんだよ!!」

 

「ほらほら、比企谷さんの大好きなおっぱいですよ? 見なきゃ損ですよ?」

 

「お前は胸を揺らすな!」

 

 必死に目を逸らしたり、思いっきり目を瞑ったりしているこちらの苦労も考えろ。男の性故に目が引き寄せられるんだよ畜生。ここにいれば俺の理性が崩壊しかねない、逃げるか。

 あと、恥ずかしがるくらいならやるなよカナエ。俺と顔の赤さが変わってねぇよ。

 

「こんなところにいられるか! 帰らせてもらう!」

 

「……蜜璃ちゃんのは見たのに私のは見たくないんですか……私のなんか見たくもないんですか」

 

「……どうしてそうなるんだよ」

 

「だってそうでしょう。蜜璃ちゃんと同じ服なのに私の方は頑なに見ようとしないじゃないですか、それってそういうことでしょう……」

 

「俺そんなに見てた? 嘘だろ?」

 

「嘘じゃないわよ変態」

 

「……俺がどれだけ甘露寺の胸を見てたかはひとまず置いといて、ちょっと言わせろカナエ」

 

「……何ですか」

 

「見たくない訳ないだろ!!」

 

「!」

 

「はっきり言わせてもらうと見たいよ!? 俺だって男だから!! でもよ、いくらお前が見せびらかしてるからって無遠慮に見ちゃ駄目なことくらい分かっとるわ!! 恋人でも夫婦でもないのに見ちゃ駄目なことくらい知っとるわ!! お前が大事だからこそ見ねぇんだわ!! 滅茶苦茶我慢してるっつーのに……あと絶対に外でそれ着るなよ!!?」

 

 はぁはぁと息を荒らげながら一息つく。何言ったか自分でもよく覚えていないが思っていることをだいたい吐き出せたと思う。すっきりしたが不味いこと口走っていないよな? 大丈夫だよな? 

 

「……私が大事だから……」

 

「あ? 何か言ったか?」

 

「えっ、いえ何も! それじゃもう着替えて来ますね!!」

 

「お、おう」

 

 慌ただしく部屋を出ていったカナエの背中を呆けた顔で見送った。急に何だ……? やはりさっき変なこと言ったのか? 

 

「ねぇ」

 

「ん? 何だよ」

 

 未だ部屋に残るしのぶから声をかけられる。

 

「私の胸も見たい?」

 

「…………黙秘する、つか何言ってんのお前」

 

「冗談よ、真に受けるんじゃないわよ馬鹿」

 

「へーへー馬鹿で悪うございましたね」

 

「それならもうちょっとこっち見なさいよ馬鹿……」

 

 続いてしのぶも部屋を去って行った。ふぅ、何だか精神的にかなり疲れた、今日はもう動きたくない。温くなった茶を啜りながら心底そう思う。

 

「あ、えと、私も失礼しますね」

 

「ああ、うん、お茶ありがとな」

 

 終始蚊帳の外だったアオイも部屋を出て行き眠り込む竈門と俺だけが部屋に残される。茶を啜る音だけが暫く部屋を支配した。

 

 

 

 








遅くなった上に短くてごめんなさい。


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幕間 伍 とある平隊士達の雑談

 

 

 

 

「お疲れー」

 

「おう、お疲れ」

 

「あーキツかった……」

 

「ホントにな。茶屋行こうぜ」

 

「いいな、俺団子」

 

「任務の後は甘いものが染みるんだよな」

 

「大人になったらこれが酒になるんだろうな」

 

「朝っぱらから酒盛りかよっ」

 

「命懸けの仕事だからそこは許して欲しい」

 

「というか大人になるまで生き残らないとな」

 

「縁起でもないこと言うなよ……」

 

「だってしょうがないないだろ……三人がかりで下弦ですらない鬼一匹殺すのが精一杯なんだからよ……」

 

「あんま暗い話ばっかするなよお前ら、甘味が不味くなる」

 

「それもそうだな」

 

「とか言ってるうちに着いたな」

 

「今席空いてます?……相席だってどうする?」

 

「相席でも何でもいいから早く座りたい」

 

「だな、くたくただよ」

 

「ん、了解……相席でも大丈夫です」

 

「可愛い女の子と相席がいいなぁ」

 

「夢見るのは勝手だけど夢は夢だからな?」

 

「ちくしょう……」

 

「はいはい、そこまでにしとけよお前ら……すみません相席良いですか……って」

 

「ええ、はいどうぞ……ってお前らかよ」

 

「それはこっちの台詞だよ」

 

「皆考えること一緒なんだな」

 

「くっそ……何で男と一緒に甘味を食わなきゃならんのだ……」

 

「それこそこっちの台詞だよ」

 

「兎に角座ろう、ほらそっち詰めて」

 

「はいよ……お前らも任務上がりか?」

 

「つーことはやっぱお前らも?」

 

「ああ、そうだ。二人でやっとの思いで雑魚鬼一匹だよ」

 

「俺らなんて三人がかりで一匹だぞ、贅沢言うな」

 

「甘ったれるな」

 

「おかしいな、何で俺らが責められているんだ?」

 

「お前らは恥ずかしくないのか?」

 

「仰る通りです……」

 

「弱くてすみません……」

 

「気分の振れ幅が激しいなオイ」

 

「何かあったんか?」

 

「さっき大人になるまで生き残れるのかって話をしてたからな」

 

「ああ、そういうこと」

 

「一度は絶対考えるよなぁ」

 

「分かってくれるか!?」

 

「勿論」

 

「分かるよその気持ち」

 

「不安になっちまう……よな」

 

「目の前で仲間が事切れたり」

 

「弱いばかりに救えなかったり」

 

「夜が明けたらもう二度と会えないと知ったり」

 

「行方が知れなくなったり」

 

「「不安にもなるよ」」

 

「皆同じなんだなぁ」

 

「死にたくないってのは一緒なんだなぁ」

 

「強くなりてぇなぁ」

 

「甲や柱みたいにな」

 

「柱とか夢のまた夢だろ」

 

「過ぎた夢は身を滅ぼすぞ」

 

「んな事言ってたら俺が強くなった時後悔するぞ!?」

 

「助けてやんねぇぞ!?」

 

「じゃあ刀握ってから二ヶ月で柱になった霞柱の話する?」

 

「何ならその子がまだ十四歳って話もする?」

 

「すみませんでした……」

 

「勘弁してください……」

 

「いやしっかしすげえよな実際」

 

「十四歳で柱になるとか」

 

「お前ら十四歳の頃何してた?」

 

「遊び呆けてた」

 

「畑耕してた」

 

「よくそんなんで柱になるとかほざけたな……」

 

「うるへー!」

 

「言うだけタダだろー!?」

 

「有言実行と言う言葉があってだな……」

 

「言うは易し行うは難しと言う言葉があってだな……」

 

「「畜生!!」」

 

「そこの二人の戯言は置いといて」

 

「「戯言……?」」

 

「皆はどんな柱になりたい?」

 

「俺は煉獄さんかなぁ、下弦の弐の討伐の時に皆を鼓舞してたし実力も高い」

 

「すげえ気持ちのいい人なんだよな」

 

「熱い人な」

 

「代々炎柱を輩出している家系だしな」

 

「お家まで良いとか最強かよ」

 

「ただ話したことあるんだけど何処見てるか分かんねぇ時があるんだよな」

 

「あれちょっと怖い」

 

「でもそれ差し引いても憧れる」

 

「俺は宇髄さんかなぁ」

 

「憧れてんのは宇髄さん本人じゃなくて三人の嫁さんの方だろ」

 

「お前は三人どころか嫁の一人も来ねぇよ」

 

「わかんねぇだろ!!」

 

「はは、まあ嫁さんの話は抜きにしても強い人なんだよな」

 

「見た目は滅茶苦茶派手だけどその派手さが虚仮威しじゃないんだよ」

 

「顔も良いしな」

 

「顔が良いと強いのかもな」

 

「つまり俺が柱になるのは必然だな」

 

「「「「不細工が何言ってんだ」」」」

 

「お前ら纏めて表出ろ!!!」

 

「俺は錆兎さんかなぁ」

 

「話を続ける胆力だけは柱並だなお前」

 

「男なら男に生まれたなら〜って台詞かっけえんだよ」

 

「んでその言葉に恥じない強さと」

 

「精悍な顔つきに」

 

「頬の傷が勲章みたいだよな」

「はぁ……更に自信無くなるわ」

 

「顔はどうにもならんからな」

 

「諦めた方が身のためだ」

 

「お前ら本当に覚えておけよ……!!」

 

「俺は粂野さんかなぁ」

 

「先の三人と違って派手さはないけど柱になってるだけあるわ」

 

「あと女の子と仲良くしたいっていうところが親近感湧く」

 

「それなんよ」

 

「どっかに出会いねぇかなぁ」

 

「強くなればあるかもしれん」

 

「「「「「はぁ……」」」」」

 

「……俺は時透君かなぁ」

 

「例の刀握って二ヶ月で柱になった十四歳の天才か」

 

「あれはもう才能だろ」

 

「いやいや、そこじゃなくて十四歳で鬼をばったばった薙ぎ倒すのが格好良いんじゃないか」

 

「確かに格好良いけどさぁ」

 

「同じ事誰ができるんだよ」

 

「憧れは所詮憧れよ」

 

「御伽噺みたいなもんだ」

 

「ああ、そうだな……ところで岩柱とか風柱とかの話題が一向に出ないんだが?」

 

「岩柱っていやぁ……」

 

「悲鳴嶼さんだろ……?」

 

「でかくて怖いんだよな……」

 

「あといつも泣いてるしな……」

 

「だから憧れとは言い難いんだよな」

 

「強いんだけど……な」

 

「じゃあ風柱は?」

 

「絶対に鬼だけじゃなくて人も殺してるよ……」

 

「本当に怖い……何でいつも目が血走っているんだ……」

 

「そんなに怖ぇのか……」

 

「合同任務したくねぇ……」

 

「成程、冨岡さんは?」

 

「寡黙が過ぎる」

 

「何も言わないのが岩柱と風柱とはまた違った怖さがある」

 

「そんなに無口なのか」

 

「知らなかった」

 

「ふーん、じゃあ蛇柱はって聞くまでもないか」

 

「的確に心を抉るよね」

 

「しかもしつこいよね」

 

「死にたくなるよね」

 

「でも強いんだよね」

 

「「「「クソがッ!」」」」

 

「……おい、そろそろ恋人にしたい柱を言っていこうぜ」

 

「確かに、甘味がこれ以上不味くならないようにしないとな」

 

「じゃあ俺からな、俺は胡蝶カナエさん!!」

 

「無理」

 

「諦めろ」

 

「身の程を知れ」

 

「一度死んでから生まれ変わらないと」

 

「そこまで!!?」

 

「だって綺麗で美しくて可愛くて美人の上に俺らなんかより遥かに強い」

 

「はい論破」

 

「うぅ……格好良くて強い男に生まれたかった……」

 

「俺は胡蝶しのぶさんかなぁ」

 

「姉妹揃ってとんでもない美女よな」

 

「ただ性格が男勝りなのというか勝気なのが……」

 

「あと怒ると怖いのもな……」

 

「ご両親は身ごもっている間何を食べたんだ……?」

 

「わからん」

 

「鬼殺隊七不思議だよな」

 

「残りの六つは何だよ」

 

「俺は真菰ちゃんかな」

 

「真菰ちゃんはちゃん付けしたくなるよな」

 

「分かる、幼い子供みたいな無邪気さがある」

 

「なのに強い」

 

「どうして」

 

「七不思議二つ目だな」

 

「俺は甘露寺さんだ」

 

「辞めておけ」

 

「命が惜しければ」

 

「え?何で?」

 

「知らないのか?」

 

「ならば教えてやろう。俺たち平隊士達は彼女のおっぱ……奔放で快活な性格の彼女にお近づきしたい男は沢山いた」

 

「しかしそれを見た蛇柱が近付いた隊士達を悉く拷……稽古をつけてやったそうな」

 

「理解したよ……」

 

「お前は運が良い」

 

「運が良いだけだがな」

 

「剣の腕はお世辞にも良いとは言えず」

 

「顔は……いや、やめておこう」

 

「そんなに扱き下ろす必要無くね?泣くよ?泣いちゃうよ?」

 

「煩いな勝手に泣けよホトトギス」

 

「風流ですなあ」

 

「何処が!?」

 

「……なぁもう一人柱いなかったっけ」

 

「誰か居たか?」

 

「あれじゃねほら……鬼柱?だったかなんだかいた気がする」

 

「あれ根も葉もない噂だろ」

 

「いや、何人か見た奴がいるから間違いないよ」

 

「口裏合わせてんじゃねーの?」

 

「それにしては目撃者が多い」

 

「その上全員が殆ど同じ内容なんだよ」

 

「多分いるんだよ鬼柱」

 

「俺ら平隊士は知らないけど」

 

「ふーん、どんな人なんだろうな」

 

「よく聞くのは目が腐っているっていうのと」

 

「前髪がひと房逆立っているっていうのがよく聞く噂」

 

「あとは馬鹿でかい番傘背負っているとか」

 

「ほうほう」

 

「鬼の呼吸とかあるのかねえ」

 

「鬼みたいに強いからじゃ?」

 

「鬼が畏怖するからだろ」

 

「……鬼が柱やってるとか」

 

「「「「それだけは絶対にない」」」」

 

「……だよな」

 

「んじゃそろそろお開きとしましょうか」

 

「おう、じゃ締めの挨拶でもするか?」

 

「そんなもん要らねーよ」

 

「そうだそうだ……精々くたばるなよ」

 

「……お前らもな」

 

「生きてまた皆で茶屋に来れるように各々励めよ」

 

「ああ」

 

「分かってる」

 

「じゃ」

 

「またな」

 

 

 

 

 

 







こういうお話書いてみたかったんですよね、こんなに難しいとは思いもよりませんでしたが。


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その玖

 

 竈門が二ヶ月の眠りから覚めて一週間。

 

 

 

「──────それでねあの時のしのぶの顔が凄かったのよ?」

 

「ちょっと姉さんその時の話はやめてよ」

 

「つーかお前の顔も大概だったからな」

 

 毎度の如く休憩の時間にお喋りに来たカナエと付き添いのしのぶ。話題は宇髄の元に訪れた時の話だ。

 

「お二人とも一体どんな顔を……」

 

「聞くな竈門、眠れなくなるぞ」

 

「そこまで酷い顔してないわよ」

 

「そうですよ、そんな顔してませんよ」

 

「……そういえば比企谷さんも一緒に行かれたんですか?」

 

「ああ、だってほら……葬儀屋を呼ばなくちゃならないだろ?」

 

「えっ!?」

 

「ちょっとちょっと、それは酷いですよ」

 

「そうよ、そんな事になる訳ないでしょ」

 

「そこまではしなくても半殺し位にはするつもりだっただろお前ら」

 

「「……」」

 

「どうして目を逸らして無言なんですかお二人とも……」

 

「ま、そういう訳で勢い余って宇髄が殺されないよう歯止めをかけるためについて行ったんだ」

 

「い、いやですねぇ比企谷さん。そんなこと流石にしない…… です……よ? 

 

「最後の方聞こえないんだけど」

 

「うぅ〜だって仕方ないじゃないですか、アオイとなほが泣かされたって聞いたんですから」

 

「そうよ、悪いのはあっち、正義はこっち」

 

「無茶苦茶だなオイ」

 

「そ、それで宇髄さんは……?」

 

「半殺しは免れて引くくらいあっさり片がついた」

 

「それはまたどうして?」

 

「あの時、宇髄がこう言ったんだ。『言い訳にしかならないが……嫁の誰とも連絡が取れず焦っていた。本当に申し訳ないことをした』ってな。土下座までして謝っていたよ」

 

「あの宇髄さんが……!?」

 

「そう、あの宇髄がだ……で話を戻すと、土下座と謝罪を見た二人は本人たちに謝ることと月に一度高級菓子を持って来ることで許した」

 

「本当に随分あっさり済みましたね」

 

「二人とも想像しちまったんだろうよ。もし自分の大事な人と連絡が取れなかったら冷静でいられるかどうか」

 

「成程……」

 

「こほん、この話はもういいでしょ。それよりも竈門君、貴方の刀が刃毀れしていたけど……()()()()()?()

 

「あっそうだ! 鋼鐵塚さんから刀届いていませんか?」

 

「うっ! 刀ですか? 刀……」

 

「鋼鐵塚さんからお手紙は来てます、ご……御覧になります?」

 

 きよがやや挙動不審になりながら竈門に手紙を差し出す。その手紙にはおどろおどろしい文字で”お前にやる刀はない”だの”呪う”だの”許さない”だの恨み言がこれでもかと書き込まれていた。

 

「「「うわぁ……」」」

 

 これを見たら誰もがうわぁ……って言うと思う。

 

「これは……まずいぞ……」

 

「ですよね……二ヶ月あったんですけど刀はまだ届いてなくて……」

 

「う、うーん……今回は刃毀れだけだったんだけどなぁ。前に折っちゃってるからなぁ」

 

「刀が破損するのはよくあることなんですけど……鋼鐵塚さんは気難しい方ですね……」

 

「気難しいと言えるのかねこれは」

 

「里の方に行ってみては良いかと」

 

「里って?」

 

「刀鍛冶の皆さんの里です」

 

「えっ、行っていいの?」

 

「ええ、全然いいですよ。特に温泉が有名で……はっ!」

 

「どうしたの姉さん?」

 

「時に比企谷さん……温泉はお好きですか?」

 

「……まぁ好きだけど」

 

「時に比企谷さん……最後に刀の修繕をしたのはいつですか?」

 

「…………半年前だけど」

 

「それはいけません! 早く里に行って修繕をしなければ!」

 

「いや一週間で帰ってくるから。態々里に行く必要ないから」

 

「ですがその一週間ぐうたらしているだけですよね?」

 

「……」

 

「じゃあ温泉に入った方が健康に良いじゃないですか」

 

「鬼の健康を心配してどうすんだよ……それとよ」

 

「はい、何でしょう」

 

「まさかお前も来ないよな?」

 

「……実は私、刀の刃毀れが酷くてですね」

 

「ああ、心配するな。俺が刀だけ持って里に行くから」

 

「……実は温泉が大好きでして」

 

「なら俺の刀も序に持って行ってくれ」

 

「しがみついてでも引きずってでも一緒に行きますからね?」

 

「オイ、しのぶ、此奴どっか縛り付けとけ」

 

「あ、私も温泉行きたい」

 

「待ってそれは聞いてない」

 

「決まりですね。いつにします?」

 

「ふぅ、あのなぁ……柱が三人もいっぺんに休める訳ないだろ常識でものを考えろよ」

 

「じゃあお館様に聞いてみましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《三人で温泉楽しんで来てね。お土産はお饅頭がいいです》

 

 

「常識でものを考えろよッ!!」

 

「凄いわね、一日と経たずに返事が返ってきたわ」

 

「それじゃあ一緒に行きましょう!!」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「初めまして、お館様より許可が出ましたので私がご案内します」

 

「……すみませんね、俺は比企谷八幡です」

 

「はい、噂に名高い鬼柱様ですね」

 

「どんな噂が流れているのかは聞かないでおきます」

 

「左様ですか、それではこちらを」

 

 彼女が差し出してきたのは目隠しと耳栓。刀鍛冶の里は鬼に襲撃されるのを防ぐため鬼殺隊の隊士、隠は何処にあるのか誰も知らない。故に場所を知られないよう情報を遮断し漏洩を防ぐ。

 そして隠におぶってもらい里を目指す。

 

「はい……ちょっとだけ待って下さい」

 

 俺の背丈は六尺程あるのでいくら上背のある女性と言えども厳しいものがある。そこで

 

「……はい、お願いします」

 

「比企谷様、そのお姿は……!?」

 

「ああ、大丈夫です。縮んだだけですので」

 

「縮む!?」

 

 そう、俺は今子供の背丈に戻っている。歳の頃は八つか九つか、今はこれが精一杯だ。

 竈門禰豆子は竈門の背負う箱に入る為縮んでいる。それを見て俺もできるんじゃね? と考え縮んでみた。これなら隠の方も楽であろう。

 

「兎に角、刀鍛冶の里までお願いします」

 

「は、はい……(何だかいけないことしてるみたい)」

 

 一定の距離まで背負ってもらい、次の隠に交代し、また一定の距離まで背負ってもらい、次の隠に交代……といった感じで運んでもらう。途中で何人かの隠の息が荒かったが大丈夫だっただろうか。

 そんなこんなで里に到着。

 

「あそこを右に曲がったところが長の家です。一番に挨拶を」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 隠の方と別れ長の家に向かう最中カナエと出会す。

 

「あら、比企谷さんも長の家に?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「では、一緒に行きましょうか」

 

 歩くこと数分、長の家に辿り着き奥まで通してもらう。

 

 

 

「どうもコンニチハ。ワシこの里の長の鉄地河原鉄珍、よろぴく。里で一番小さくて一番偉いのワシ。まあ畳におでこつくくらいには頭下げたってや」

 

「初めまして、花柱の胡蝶カナエです」

 

「初めまして、鬼柱の比企谷八幡です」

 

 二人とも深深と頭を下げて挨拶をする。しかしこれまたえらく癖の強い奴が来たな。

 

「まあええ子らやな。かりんとうお食べ」

 

「ありがとうございます……ところで鉄珍様」

 

「ん? 何? ワシの好みの女子が聞きたいって?」

 

「混浴ってこの里にあります?」

 

 何聞いてんだ、ある訳ないだろ馬鹿か。

 

「あるよ」

 

 何であるんだよふざけんな、作ったやつ出てこい。

 

「ワシが女の子と入りたいから作ったんだけどだ〜れも入ってくれないのよね、ワシ悲しい……カナエちゃん今晩どう?」

 

 犯人お前かクソジジイ。

 

「ふふっそれはまたの機会に」

 

「それでは俺はここらで失礼します」

 

「あっちょっと待って下さい比企谷さん!」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「比企谷さん、先ずは温泉に入りませんか?」

 

「阿呆か、先に鍛冶師のところだろ」

 

「えぇ〜温泉行きましょうよ」

 

「一人で浸かっとけ。俺は鋼田さんところ行くからよ」

 

 駄々をこねるカナエを置き去りにして俺の担当鍛冶師である鋼田さんの家に赴く。

 

「ごめんください、鋼田さん、いらっしゃいますか」

 

「ああ、いるよ。久しぶりだな八幡」

 

「お久しぶりです、鋼田さん」

 

「その様子だと元気でやってるみたいだな」

 

「はい、お陰様で」

 

「俺がしたことなんて些細なもんだ。全部お前自身の頑張りだろうが」

 

「いえ、そんなことはありません。貴方が打ってくれた刀のお陰で俺は今ここにいます」

 

「……ありがとな、まあ立ち話もなんだから上がっていけよ」

 

 彼のお言葉に甘え部屋に案内してもらう。「ちょっと待ってろ」と言って奥に消えた彼は盆に茶を乗せて戻ってきた。胡座をかいて座った彼は湯呑みを持ち上げごくりと一口飲み込む。

 

「クソ不味い茶でよければ飲んでくれ」

 

「いただきます」

 

「……お前さん、鬼殺隊に入って何年経つ?」

 

「もう八年目になります」

 

「そうかぁ…………ありがとう」

 

「え?」

 

「ちっとだけ昔話に付き合ってくれ。面白くもない話だがな……」

 

「はい」

 

「……あるところに冴えない刀鍛冶がいた、男は一つ夢を持っていてな。いつか自分の打った刀が誰かを守るために振るわれて欲しい、そんな願いがな。長い時間をかけて技術を磨いてそいつはそれなりの刀鍛冶になった。初めて鬼殺隊の隊士の担当鍛冶師になった。だがそいつは一年と経たずに死んじまった。男は大いに嘆き悲しみ更に腕を磨いた。そして別の隊士の担当鍛冶師になった。しかしそいつもまた一年と経たずに死んじまった。男はまた腕を磨き担当鍛冶師になりそしてまた……

 そんな事が何度もあったせいか男の打った刀は呪われている、と囁かれるようになった。担当鍛冶師がその男と知るや否や変えてくれと懇願するやつまで出た始末だ。本気で……本気で刀鍛冶を辞めようと考えていた男に担当鍛冶師になって欲しいという報せが届いた。恐らくそいつもまた担当鍛冶師を変えて欲しいと言うだろうと男は諦めていたがかといって手を抜くことは男自信が許さなかった。隊士の元に出向いた時の足取りは鉛のように重かった。自分の打った刀を……自分を否定されるだろうと思っていたからな。

 ところがどっこいそいつは男の刀を拒否せずあろうことか柱にまで上り詰めた。こんなに嬉しいことはない、男は夢が叶い咽び泣いて喜んだ。柱になっても担当鍛冶師が変わらず男は小躍りすらしたよ……だからありがとう」

 

「別に礼を言われるようなことじゃないと思いますけどね」

 

「いや、言わせてくれ。言っても言っても足りないくらいだ」

 

「大袈裟な……」

 

「大袈裟でも何でもない。そしてその恩に報いる為に新しい刀を用意する。戦国時代の鉄を使った特別なものを」

 

「戦国時代の鉄って滅茶苦茶希少なんじゃ?」

 

「だからこそだよ、それでも受けた恩の割に合わない」

 

「……でも俺は鬼ですよ? 俺よりも悲鳴嶼さんとか、煉獄とかいるでしょう」

 

「お前さんが人を守る為に働いているのならそこに”人”も”鬼”も関係ねぇよ」

 

「……」

 

「一週間だけ待っていてくれ、俺の血と汗と涙と魂の籠った最高の一刀を捧げよう」

 

「……期待していますよ」

 

「おう、任せておけ」

 

 力強い返答を受け俺は彼の家を後にする。意外だったな、鋼田さんにあんな過去があったなんてな……。

 さて、この一週間をどう過ごすか。こちらに向かってくるカナエとしのぶを見ながら思い耽る。








お久しぶりの鋼田さん。覚えてる方おられるかな。もし居たら作者が狂喜乱舞致します。


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その拾



モチベ君が家出していましたが何とか戻って来ました。
タグに定期的に無くなるモチベって付け足そうかな……






 

 

 

「比企谷さん」

 

「はい」

 

「夜になりましたね」

 

「そうですね」

 

「比企谷さん」

 

「はい」

 

「そろそろ温泉に浸かりたくないですか」

 

「そうですね」

 

「では比企谷さん」

 

「はい」

 

「何故動こうとしないんですか?」

 

「お前がいるからだよ馬鹿」

 

「ふむ……はっ! それは私と一緒に入りたいということでよろしいですか!?」

 

「何もよろしくないです」

 

「ではさっきの言葉はどういう意味ですか?」

 

「お前絶対後から「奇遇ですね」とか抜かしながらなんちゃって混浴するつもりだろ」

 

「そ、そそそんなことあ、ある訳なないじゃないですか」

 

「声震えてるぞ…………カナエ」

 

「……はい」

 

「……結婚どころか恋人ですらないのに混浴なんてのはやっちゃ駄目だ」

 

「……」

 

「自分をもっと大事にしろ、頼むから」

 

「……」

 

「分かったら先に行け」

 

「……分かりました、()()()()()()()()

 

 そう告げたカナエはすっくと立ち上がり襖を開いて出て行った。漸く訪れた静かな時間にほっとする。ああでも静かだといけない、罪悪感と自己嫌悪で焦がされてしまう。あんなこと言いたくない、でも言わなくちゃいけない。

 彼女と付き合えたらどれ程幸せなことだろう。恋人らしく手を繋ぎ、抱擁を交し、囁くように愛していると言えたならそれは正しく極楽や天国と言えるだろう。そしてその先に行って結婚できたなら──────────

 だけどそれはできない…………してはいけない。死なせた家族に、殺してきた鬼たちに申し訳が立たないどころじゃない。のうのうと生きている上に人並みの幸せまで手に入れようとするのは厚顔無恥なんて言葉が可愛い程の所業だ。

 きっと家族は、鬼たちは許さない。

 どろどろした考えが纏わり付いたような気分だ。温泉に入れば今の気分も洗い流せるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 案内役の里の者に追従し歩くこと暫し、傍に”湯”の立て札が断続的に立てられている緩やかな階段の前に辿り着く。案内役に礼をしてから漫然と階段を上っていくともうもうと立ち上る湯気が目に入る。見たところ脱衣所はなさそうだから仕方なしにその場で服を脱ぎ温泉に入る。湯を掬い体にかけて一息つく……やはり温泉は悪くない。露天風呂だからだろうかいつもより気持ちいい気がする。雪でも降ればさぞ風流であろう。そうやって景色を見渡していたら湯気の向こうに人影のようなものが見える。どうやら先客のようだ。あちらも俺に気付いたらしく近付いてくる……オイちょっと待て

 

「今晩は〜! 今日は星がよく見えますね……あれ、比企谷さん!?」

 

 湯気の奥から現れたのは甘露寺蜜璃。ちゃんと男湯か女湯か分かるように立て札立てとけよ。後でジジイに文句を言っておくとしてこの場はさっさと立ち去るが吉。

 

「すまん、お前がいるとは思わなかった。直ぐに出るよ」

 

 目を瞑って後ろを向き立ち上がろうとするが途中でむにゅり、と顔に何かが触れた。それは仄かに温かく柔らかいながらも張りと弾力を兼ね備えた不思議なものであった。気になった俺はそれに手を伸ばし触れてみる。

 

「ひゃん!」

 

 全力で後ろに仰け反る。そして同時に俺が何に触れていたのか理解した。

 

「……も、も〜比企谷さんたら言ってくれればいつでも触らせてあげたのに……あ、もっと触ります?」

 

「待て、今のは事故だ、事故以外の何物でもない。俺が触りたくて触った訳ではない、断じてない。だから許してくださいお願いします」

 

「つ、強がらなくてもいいんですよ? ほら好きなだけどうぞ」

 

「強がっているのはお前だろ、首まで真っ赤だぞ……」

 

「いいから温泉に入りましょう姉さん。寒くなってきたわ」

 

「それもそうね」

 

「そうか、じゃあ俺は別の」

 

「逃がしませんよ?」

 

「早ぇよ、まだ言い切ってないだろ。離せ」

 

「離せば逃げてしまうでしょう?」

 

「そうだけど? 何でそれがさも悪いことのように言ってんの?」

 

「兎に角早く入りましょう、しのぶが風邪を引いてしまいます」

 

「あ、ちょ、引っ張るな!」

 

 ……結局彼女に引っ張られるようにして無理やり入らされた。左にはカナエ、右にはしのぶという布陣で尚且つ片腕をそれぞれ取られている状況である。甘露寺は少し遠い位置にいるのが不幸中の幸いか。とはいえ少しでも腕を動かせば彼女らのたわわに実った果実に触れてしまうという現状に精神ががりがりと削られてしまうのは宜しくない。俺の為にも、そして彼女らの為にも早いとこ出るに限る。

 

「い、いい湯加減ですね比企谷さん」

 

 湯加減を楽しむ余裕がないですカナエさん。星空を全力で鑑賞するのに忙しいので話しかけないで欲しい。イヤーヨゾラガキレイダナー。

 あとさりげなく俺の腕を動かしてその柔らかなものに当てようとするんじゃありません。

 

「はぁ……久々だけど本当に気持ちいいわね姉さん」

 

 しのぶもしのぶで呑気だなオイ。こいつは今の状態を分かっているのだろうか。男が隣に浸かっているのにこの余裕はなんなのだろうか。というかこいつ姉を上がらせろよ。出会った当初の”姉さんに手を出したら殺す”みたいなものは何処に行ったの? 味方など何処にもいない……それはいつも通りだったか。

 もう何でもいいから早く終わってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚いたことにその後何事もなかった。カナエは普通に温泉を楽しみ、”そろそろ逆上せそうですので上がりますね”と言い残してしのぶと甘露寺と共に上がって行った。俺も逆上せ上がりそうなので三人の姿が見えなくなってから上がり夜風に当たる。温泉はもう懲り懲りだ、暫くは入りたくない。

 それから宿で美味い飯を食い、ふかふかの布団で眠る。これに勝る贅沢はないな。

 そして夜が明ける。刀ができるまであと六日……地味に長い。さて、今日はどう過ごすか、里を歩きながら考えるか。てくてくとそこら辺をほっつき歩く。温泉饅頭があるといいんだが。

 そうやってぶらぶらしていると竈門を見つけた。向こうも気付き走り寄ってくる。

 

「おはようございます! 比企谷さん」

 

「おはようさん。今着いたのか」

 

「はい、先程里長に挨拶してきたところです! よければ今晩一緒に温泉に入りませんか?」

 

「悪い、暫くはいいわ」

 

「そうですか……ではまたの機会に」

 

「ああ、しっかり体を休ませろよ」

 

 竈門と別れ里を散策していると前方からこの世の終わりのような顔をしたカナエが歩いて来た。ふらふらと覚束無い足取りに不安を感じ足早に駆け寄る。

 

「おい、大丈夫か。何かあったのか」

 

「うぅ……比企谷さん、聞いてください……私たち……もう帰らなくちゃいけないんです!!」

 

「……は?」

 

「お館様からお手紙が届いて……申し訳ないけど戻ってほしいって書かれていて……」

 

「……それだけ?」

 

「それだけとは何ですか!」

 

「この世の終わりのような顔をしてたから何事かと思ったら……俺の心配を返せ」

 

「知りませんよ! はぁ……」

 

「だから言っただろ、常識でものを考えろって」

 

「……かくなる上はしのぶに私の仕事を負担してもらって……」

 

「柱の仕事全部押し付けるとかお前……」

 

「誤解がないように言っておきますけど負担してもらった後ちゃんと投げた分の仕事は請け負いますからね? 生姜の佃煮を添えて」

 

「それならまぁ、納得するか」

 

「ですがやはり柱の仕事を二人分熟すのは難しいのでどうしても帰らざるを得ないと思います……」

 

「一日だけでも休暇を取れたのがおかしいんだけどな」

 

「そういう訳ですので今夜には発たないといけません……また一緒に来てくれますか?」

 

「……仕事がない時に気が向いたら、な」

 

「……分かりました、次は全部終わってから来ましょう。その時に……必ず……

 

「へいへい」

 

「約束ですからね!」

 

「……あぁ」

 

 全部終わってから……か。

 

 

 

 

 

 ###########

 

 

 

 

 

「……朝か、今日はどうするかな」

 

 里を散歩するか……? いやでも昨日やったしなぁ。日がな一日ごろごろするか……うんそれがいい、そうしよう。

 

「おはようございます! 比企谷さん起きてますか!」

 

 起きてないのでお帰りください。まったく、今日は宿から出ないと決めた次の瞬間に何故竈門はやってくるのか。

 俺は布団を頭からかぶり狸寝入りを決め込む。

 

「外はいい天気ですし、秘密の武器があるらしいんですよ。探しに行きましょう!」

 

「一人で行ってくれ、今日は宿でぐうたらすると決めたんだ……」

 

「まあまあそう言わずに!」

 

 そう言いながらにこやかに布団を引っペがす竈門にややうんざりしながら俺はのそのそ起き上がる。こうなった竈門はテコでも動かないから諦める他ない。

 

 

 

 どういう訳か始まった秘密の武器探し。そこで俺は一つ策を思い付く。

 

「なぁ竈門、手分けして探した方が効率が良くないか?」

 

「あっ確かに! 名案ですね!」

 

「よし、じゃあ俺はこっちの方を探そう」

 

「分かりました!」

 

 しめしめ上手くいったな。あとは霞のように消えるだけ……ん? 何か騒がしいな。耳を(そばだ)ててみる。

 

「壊れるから何? また作ったら? 君がそうやってくだらないことをぐだぐだぐだぐだ言ってる間に何人死ぬと思っているわけ? 柱の邪魔をするっていうのはそういうことだよ」

 

「柱の時間と君たちの時間は全く価値が違う、少し考えればわかるよね? 刀鍛冶は戦えない、人の命を救えない、武器を作るしか脳がないから」

 

「ほら、鍵」

 

 時透までここに来ていたのか……それにしてもさっきの台詞……許せないな。

 

 竈門を気絶させた時透の後を追う。どうやら向こうも俺に気が付いたらしく振り返った。

 

「よぉ、柱合会議以来だな」

 

「……何の用?」

 

「いや、用って程のことでもねぇんだがよ、さっきの話が少し聞こえてな」

 

「それで?」

 

「幾つか質問させてくれよ、()()()()()()()()()()()()()()()?()

 

「……」

 

「刀が折れたか、刃毀れしたんだろ? だからここにいる……そうだろ?」

 

「……」

 

「あれ? おかしいな、柱の時間は貴重なんだろ? それなのにどうして態々刀鍛冶の里まで出向いて刀を修繕してもらっているんだろうな? いいのか? 大事な時間を無駄にして?」

 

「チッ、何が言いたいわけ」

 

「まぁそう急ぐなよ……刀の無いお前の価値はどれくらいなのか聞かせてくれよ?」

 

「……」

 

「刀鍛冶は戦えない? 人を救えない? 刀を作るしか脳がない? 馬鹿言え、刀がなけりゃ俺たち鬼殺隊も戦えないし救えない、刀を振るうことしか脳がない……結局俺たちも誰かの助けがあってこそだ。だから二度と刀鍛冶を侮辱するな、分かったか糞ガキ

 

「くだらないお喋りは終わり? なら俺はもう行くよ。あ、あとアンタは嫌いだ」

 

「奇遇だな、俺もだ」

 

 林の中を歩む彼の背中を見つめながら先程の自分の発言を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死にてぇ……恥ずかしさのあまり死にてぇ……何が糞ガキだよ馬鹿かよ俺は……腸が煮えくり返って勢いに任せて言ってしまった……

 

 この日の夜布団の中で悶えまくったのは言うまでもない。

 






「一緒に温泉に浸かった上に協力してあげたのに何もしないなんて姉さん……」

「しょうがないじゃない!裸で隣にいるだけでいっぱいいっぱいだったもの!」




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その拾壱

お ま た せ
エタッたと思いました?自分も思いました。








 里に来てから一週間が経過。最初の一日こそ温泉に浸かったがその日以降は宿でのんびり過ごすか里を散歩するかの何れかだった。もう少し温泉に浸かってもよかったかもしれないな。また今度の楽しみだ……尤も今度があればの話だが。

 さて、今日はやっと刀を貰える。鋼田さんの最高傑作を楽しみにしながら彼の家まで歩を進める。ごめんくださいとひと声かけて引き戸を開け応えが来るのを待つ。が待てど暮らせど返事は来ない。焦れったくなった俺は入りますよ、と断りを入れてから上がり込む。廊下がやけに埃っぽいな……まさか……。俺はすぐさま彼の工房に足を踏み入れるとその”まさか”、一週間前と変わり果てた姿に愕然とする。痩けた頬、生気のない顔色、反して目だけが爛々と輝き右手に金槌を握って振り下ろしていた。

 

「鋼田さん……あんた……」

 

「ん? おお、お前さんか。気付けなくて悪かったな。もう少しだけ待っていてはくれんか?」

 

「いや……でも……」

 

「本当にもう少しだけなんだ」

 

「……分かりました」

 

 俺は断続的に鳴り続ける金属音に耳をすませながらただじっと待った。ただ、ただ只管に。

 どれ程の時間が過ぎたのか朧気になった頃鋼田さんはぴたりと手を止め顔を上げた。

 

「完成だ……つっても鞘もねえし柄糸も巻いていないがな」

 

「お疲れ様です……持ってみてもいいですか」

 

「おうとも。お前さんが言い出さなきゃこっちから言うところだった」

 

 恭しく刀を手に取り、刃先を天井に向ける。茎(剥き出しの柄)を握りしめてみた。まだ熱が残っていたらしく手が焼ける匂いと音がするがそんなものは気にならない。何故なら色が変わった刀身に目を奪われたからだ。

 その刀は正しく墨にでも浸したかのような漆黒。吸い込まれてしまいそうな黒色に目を離せない。ふつう、黒というのは冷たい印象を覚えるがこの刀の黒は違った。夜闇のような冷たい黒ではなく、木陰のようなどこか暖かな黒。

 

「いい色だな……」

 

「本当にありがとうございます、鋼田さん」

 

「いいってことよ」

 

「ところで……ちゃんとご飯食べて寝てますか?」

 

「そういやぁここ一週間まともに飯食ってねぇや」

 

「睡眠は?」

 

「大丈夫大丈夫、寝てるよ。三時間くらい」

 

「よく生きてますね……」

 

「あたぼうよ、その刀打ち終わるまで死ぬに死ねなかったからな。つーわけで俺は寝る」

 

 そう言い放った彼はごろんと横になりぐうぐう鼾をかき始めた。寝付きがいいのか疲れていたのか、いずれにせよ

 

「本当にありがとうございます……」

 

 毛布を探し出して彼に引っ掛けた後家の中を隅々まで綺麗にしてお暇した。もう少し自分のことを大切にしてほしいものだ。絶対に鰻や寿司をご馳走しようと心に決める。

 

 よし、刀を打ってもらえたのでそろそろ戻るべきかと考えていた時不意にあることを思い出す。初日以外竈門からの襲撃がないことに。あの底抜けにお人好しな馬鹿正直者が一度しか来ないなど青天の霹靂である。

 気になって仕方がないので鴉と共に探した結果。

 

「六日間不眠不休の上飯も水も口に入れずに人形と戦ってたぁ? 馬鹿かよ」

 

「言われたこともできない炭治郎さんが悪いんですよ」

 

「お前の方がよっぽど鬼だよ」

 

 当の竈門の状態はというと頬はこけ、土気色の顔色をし、瞳孔が開きかかっている。あれじゃ本当に死んじまうが不思議と動きは悪くなかった。恐らく無駄な体力を使わないよう最低限の動きで攻撃を躱したおかげだろう。柳のような……というよりは木枯らしに舞う枯葉のようなと形容するのが正しいが。

 本来であればここで止めてやるべきなんだろうが餓鬼が邪魔して止められず仕方なく静観することになった。倒れそうになればすぐ駆けつけるが果たして持つかどうか……

 

 明くる日も「昨日の続きからですからね!」と小さな鬼畜が仰ったのでまたも生死の境を彷徨う竈門に同情の念を抱かざるを得ない。あっ……もう意識がない、そろそろ動くか? と考え始めた時、竈門は目をかっ開き刀を(すんで)で回避して右足に一撃を入れた。すると人形の動きが停止し竈門は受け身も取れずに地面に叩きつけられる。

 

「一撃入りましたね炭治郎さん!! ショボ過ぎて人形びくともしてないですけど食べ物!! あげましょう!!」

 

 不眠不休で飯抜きでよくやった方なのにこの言いざま……涙が出そうになる。

 

「おにぎりと梅干し!! お茶は高級玉露で!!!」

 

 お前はもう好きなだけ食え、金出すから寿司でも鰻でも何でも食え。よく頑張ったよお前は。

 米の美味さに涙しながら口に運ぶ竈門が俺に気付いた。

 

「あれ? 比企谷さんいつからここに?」

 

「昨日からいたんだがやっぱ気付いてなかったか」

 

「えっ! すみません!!」

 

「いや謝らんでいい、休み無しであの人形とぶっ通しでやり合っていたんだろ? 仕方ねぇよ」

 

「すみません……ありがとうございます。あ、おかわりください」

 

「あ、もうダメ」

 

「お前は謝った方がいい」

 

 腹が減っては戦ができぬという言葉を知らんのかお前は。見ろよ、彼奴の絶望した顔を。行き場を失った手がこれまた哀愁を醸し出してる。結局おにぎりを二つ三つ食べてまた人形とやり合い始めた。しかしあの人形強いな、雑魚鬼は勿論下弦ですら倒せるかもしれない。そしてその人形の動きに食らいつく竈門も強い。少し見ない間に驚きの成長を遂げていた事に嬉しくもあり、不安でもある。

 ふと目を向ければ決定的な一撃が入るところだった。あ、今躊躇った。

 

「斬ってー!!! 壊れてもいい!! 絶対俺が直すから!!」

 

 本当に紙一重……いや《髪》一重だったな。竈門の一撃により人形の動きが止まり、竈門は尻から落っこちた。

 

「アイダッ!」

 

「大丈夫ですか!!」

 

「ご、ごめん、借りた刀折れちゃった」

 

「いいんですよそんなの!」

 

「あっ!?」

 

「!?」

 

 人形がピシと音を立てたかと思えば頭が前後に真っ二つに割れ、中にはなんと刀らしきものが。

 

「なんか出た! ここここ小鉄君なんか出た! 何コレ!!」

 

「いやいやいやわからないです俺も、何でしょうかコレ!! 

 少なくとも三百年以上前の刀ですよね!」

 

「そうだよね、これ……やばいねどうする!?」

 

「はぁっ、はぁっ! はぁっ! はあ、はあ、はぁっ、はぁっ!!」

 

「興奮が治まりませんね!!」

 

「うん!」

 

「これ炭治郎さんが貰っていいんじゃないでしょうか、もももも貰ってください是非!!」

 

「ややややや駄目でしょ! 今まで蓄積された剣戟があって偶々俺の時に壊れただけだろうしそんな!」

 

「炭治郎さんちょうど刀打ってもらえず困ってたでしょ、いいですよ持ち主の俺が言うんだし!」

 

「そんなそんな君そんな!」

 

「戦国の世の鉄は凄く質がいいんです貰っちゃいなよ!」

 

「いいの!? いいの!?」

 

「ちょっと抜いてみます!?」

 

「そうだよね見たいよね!」

 

 言うが早いか竈門は鞘に左手を、柄に右手をやり力を込める。そして引き抜かれた刀は……錆びてた。

 

「……いや当然ですよね、三百年とか……誰も手入れしてないし知らなかったし……すみません、ぬか喜びさせて……」

 

「大丈夫!! 気にしてないよ」

 

 両の目から涙を、鼻水を垂れ流していながら気にしていないは無理があるぞ竈門。

 

「うわあああ炭治郎さん!! 炭治郎さ……ごめんね!!」

 

 少年が謝罪した直後ズン、ズンと何かが近付いてくる音が。俺は即座にいつでも戦えるように構えていたが出てきたのは刀鍛冶師……? それも全身が鍛え抜かれた刀鍛冶師だ。火男のお面に似合わない体つきに思わず声が出そうになる。どうでもいいがはっきり言って竈門より強そう。

 

「うあああああ!! 誰!? 鋼鐵塚さん!?」

 

「話は聞かせてもらった……あとは任せろ……」

 

「何を任せるの!?」

 

 刀を持ち去ろうとする鋼鐵塚さん? と一悶着あったが鉄穴森さんの協力のもと鋼鐵塚さんに錆びた日輪刀を研磨してもらうという話に落ち着いた。

 その後は土産を買うために商店街に足を延ばし、饅頭やら髪飾りなんかを購入。そこではたと気が付く。

 

 新鮮な血の匂いに。

 

 

 

 

 

 #####

 

 

 

 

 刀鍛冶師の里だから怪我の一つや二つは当たり前……確かにそうだろう。

 だが温泉から硫黄混じりに流れてくること、硫黄の匂いが強いにも拘わらず俺の鼻に届いたこと、この二つから只事ではないと判断した。

 温泉で怪我をすることはかなり少ないのではないか。余程酔ってるかのぼせ上がっていれば話は別だが……仮にそうだとしてもここまで血の匂いがするということはそれなりの出血量である筈だ。何れにしろやはり只事ではない。

 最悪の事態を想定しながら鴉を産屋敷の下へ飛ばし匂いの根源へ向かう。

 暫し走る内に想定は現実であったと思い知らされる。木霊する複数の悲鳴と濃い血の匂いによって。

 見れば金魚の化け物が人を食わんとしていたから首と思しきところを斬るがすぐさま再生。ならば壺かとたたっ斬れば塵となった。血鬼術によって作られた化け物だったらしい。

 

「ありがとう……た、助かった」

 

「別に気にするな、仕事だからな」

 

 適当に話を切り上げてまた金魚の化け物を狩りに行く。金魚を切り刻みながら里長の家に向かってみれば常駐の隊士が悪戦苦闘していた為に手助けしてやった。

 

「ご無事ですか里長」

 

「うむ、でも……若くて可愛い娘に助けられたかったな」

 

「助ける必要なかったかもなこのジジイ(ご無事で何より)」

 

「鬼柱殿!! 心の声がだだ漏れですぞ!!」

 

「遅くなってごめんなさい!! あれ!? 比企谷さん!?」

 

「おう、甘露寺か。血鬼術で作られた魚の化け物が現れた、急所は壺、手伝ってくれ」

 

「あ、はい……」

 

 甘露寺の気の抜けた返事を聞き流しながら意識を鼻に集中させる。里とほど近いところに一つ、里からやや離れたところから一つ、凝縮された血の匂い……恐らくは上弦の鬼が二体来ているのだろう。死ぬなよ竈門。

 

 



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その拾弐

いつの間にか1周年を迎えていました。


 視界が、狭窄してきた。死ぬ……空気が尽きた。

 

『自分の終わりを自分で決めたらだめだ』

 

 君から、炭治郎からそんなことは言われていないよ。

 

『絶対どうにかなる、諦めるな。必ず誰かが助けてくれる』

 

 何それ? 結局他人任せなの? 一番だめだろうそんなの。

 

『一人でできることなんてほんのこれっぽっちだよ、だから人は力を合わせて頑張るんだ』

 

 誰も僕を助けられない、みんな僕より弱いから。僕がもっとちゃんとしなきゃいけなかったのに判断を間違えた。

 自分の力を過大評価していたんだ、無意識に。柱だからって。

 

『無一郎は間違ってない、大丈夫だよ』

 

 いくつも間違えたから僕は死ぬんだよ。

 

 

 

 

 

 

「死なせない!! 時透さん頑張って!! 絶対出すから!! 俺が助けるから!! 

 くそォ!! 何なんだ、これ! ぐにぐにして気持ち悪い!!」

 

 僕が斬れないのに君が斬れるはずない。僕なんかよりも優先すべきことがあるだろう。里長を守れ……そんなこと君には無理か……せめて持てるだけ刀を持って逃げろ。

 

 ッ!! 

 

「あっ……!! そうだ」

 

 何してる後ろだ!! 気づけ!! 後ろに……!! 

 

「ギャッ!! 痛っ……!! うわあ血だ!!」

 

 何してる!! 何してる!! 早く逃げろ!! 早くしろ!! 

 

 

 

 

 無一郎の願い虚しく小鉄少年の背中側から大量の血が舞い上がる。大人ですら命の危険がある血の量、少年ではまず助からない。

 

 

 

 

 あの出血量、死ぬ。君じゃだめなんだ、どうしてわからない。傷口を抑えろ、早く逃げろ!! 

 僕のところに来るな!! 助けようとするな!! 君にできることはない!! 

 

 

 

 

 小鉄少年はそれでも水の檻に近付き口をつけて息を吹き出す。自らを犠牲にしてでも無一郎を救おうとせんが為に。

 

 

『人のためにすることは巡り巡って自分のためになる。そして人は自分ではない誰かのために信じられないような力を出せる生き物なんだよ、無一郎』

 

 

 

 

 うん、知ってる。

 

 

 

 霞の呼吸 弐の型 八重霞

 

 

 

 

「ごほっ、ごほっ……!」

 

 水の鉢から命からがら抜け出して顔に刺さった針を抜く。水が入ったせいで肺が痛いし、痺れも酷い。出られはしたが僕はもう……

 

(……小鉄くんは……?)

 

 辺りを見回してみれば幼い少年の姿はない。せめて亡骸だけでも、と碌に言うことを聞かない体を酷使して探そうとする。が目の前に男の脚が現れ、見上げてみればああ、そういう事か、と理解した。

 

 男は問う、立てるかと。

 

「ふぅ……ふぅ……!!」

 

 子鹿のように震えながらも膝に手をついて立ち上がってみせる。

 

 

 男はまた問う、勝てるかと。

 

「か、勝つよ……!!」

 

 正直に言うと目の前の男に全てを任せて寝っ転がってしまいたい。難なく上弦の伍を倒せるだろう。それが一番賢い選択だろう。

 けども、けれども、そうする訳にはいかない。柱としての矜恃か、命懸けで助けてくれた小鉄君に報いる為か。まぁ一番の理由はクソガキと言われたことを撤回させたいというものなんだけど。

 

「僕は勝つ」

 

 しっかりと二本の足で大地を踏みしめてそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「……ん、任せた」

 

 先程までの弱々しさはなく此方を見据えてそう応えた時透。今の此奴ならば任せても大丈夫だろう。しかしあの痣……何処かで見たような……いや今気にすることではない、後で考えよう。任せたと言った以上首を突っ込むのは野暮だからな。

 ガキを抱えてその場を離れ応急処置を施した後暫く隠れておけと言い残す。そして俺は来ているであろうもう一体の鬼の元へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 辿り着いてみれば甘露寺が殴られそうになっているという危機的状況。霹靂一閃で鬼の首と腕を切り落としながら甘露寺を抱えて離脱する。

 

「比企谷さん!」

 

「無事か甘露寺!?」

 

 未だ意識が戻っていない甘露寺はひとまず起きるまで待つとして竈門に尋ねる。

 

「状況は?! つーか何で首斬ったのに死なねーんだよ!!」

 

「奴は本体ではありません!! 別の所に隠れています!!」

 

「そういうことかよっ!! 場所は分かるか竈門!?」

 

「はいっ!」

 

「なら本体はお前らでやれ!! 俺と甘露寺はこっちの相手をする!!」

 

「分かりました!! ご武運を!!」

 

「そっちもな!!」

 

 本体の元へ向かったであろう三人を尻目に雷神様のような格好の餓鬼を睨みつける。ああ、くそ腹が立つ。

 

「てめぇ……雷なんか使ってんじゃねえよ、師匠の呼吸を穢すな……」

 

「誰に口を効いている、頭が高いぞ童」

 

「高ぇのはてめぇだよ、鼻っ柱と首、叩き落としてやる」

 

 向かい合い言葉を交わすだけで感じる圧、今まで会ってきた鬼の中で間違いなく五本の指に入るほどのもの。だがそれがなんだ、それがどうした、雷様のような格好をして雷を操るその姿に怒りがふつふつと込み上げてくる。雷は、雷の呼吸は俺の、俺にとっての初めて教わった呼吸だ。家族のように接してくれた桑島さんから教わった大事なものだ。

 それを……それを人を傷つける為に使いやがって……人殺しの為に使いやがって……! 

 

「絶対に許さねぇ!!」

 

「頭が高いと言っておろう!」

 

 夥しい数の木の龍と一頭の日の龍が激突する。木の龍は悉くが焼き尽くされ日の龍は食らいつくさんとばかりに突き進む。それを見た半天狗は短い舌打ちを鳴らし次の手を打つ。

 

狂鳴雷殺

 

 木の龍が放つ雷鳴の数々は雨のように降り注ぎ行動を制限しようとするものの彼にとってはなんら問題ない。霹靂一閃を使うまでもなく身軽に躱し、甘露寺に向かうものは叩き落とす。その動きは柱の名に恥じぬ洗練された動きであったと後に甘露寺は語るほど。

 さて、当の本人は何を思っているのかといえば

 

(すっげー斬りやすい、やっぱ鋼田さん天才だわ。お陰で気持ちよくぶった斬れる)

 

 刀の切れ味に感動していた。戦闘中だというのにこの余裕、当然だろう。なんせ彼は既に上弦の弐、参と切り結んだことがあるのだから。怒りが篭った剣閃は雷鳴だろうと容易く切り捨てる。

 

(おっといけねぇ、我を忘れるな。竈門達が本体の首を斬るまで此奴を此処に釘付けにしとかねぇと)

 

 ふうとひとつ息をついて落ち着き本来の目的を思い出す。今此奴をずたずたに切り刻んだところで鬱憤晴らしにしかならない。再生させることで時間稼ぎができるがあまり傷つけたくはない。大勢の人を殺しているとはいえ彼も人間だったのだから。

 

(うし、続けますか)

 

 

 

 

 ##########

 

 

 東の空が白んできた、間もなく夜明けだ。八幡の尽力により甘露寺には大きな傷はなく少しでも八幡の負担を減らそうと木の龍を、雷鳴を斬る。

 

「比企谷さん! あとは私がやります! だからもう日陰に入ってください!」

 

「まだ日は完全に出てねえから平気だ」

 

「比企谷さん……(かっこいい……)」

 

 しかし、やはり動きづらいのは事実である、ここは甘露寺に任せるべきか……と考えたところで即却下する。そんなことをすれば伊黒に殺されかねないな。

 そんな考えの寄り道をしていたせいかいつの間にか甘露寺が木の龍に囲まれてしまった。

 まずい、日陰がないから彼奴の所まで真っ直ぐに行けない。日陰を渡りながら甘露寺の元へ向かう。急げ、急げ。

 だが非情にも木の龍どもは甘露寺を追い詰める。

 

「甘露寺!!」

 

 もう駄目か、そう思った瞬間に木の龍は塵となって崩れ去る。竈門達が本体の首を斬ったのだろう。それを理解した途端どすんと座り込んで胸を撫で下ろした。

 

(……良かった、本当に良かった)

 

「うわああぁん! 比企谷さんありがとう!!」

 

「ちょ、引っ付くなぁ!!」

 

 どうにかこうにか彼女を引き剥がし、竈門達と合流した。時透は疲労困憊だし、竈門は死にかけだしで驚いた。ただ一番驚いたのは竈門禰豆子が太陽を克服していたことだが。

 ともあれ死者がいなくて良かった……が

 

(休みに来たのに全然休まってねぇな)

 

 空を見上げながらそう心の中で呟く八幡であった。



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その拾参





|ω・`)


|ω・`)<書きたいもの詰め込んだせいで読み辛かったらごめんなさい





 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ!!」

 

 心臓の鼓動が早鐘を打つ。息切れは焦燥からくるものか、それとも──────恐怖からか。

 まさかこの体になってから息切れを起こすとは夢にも思わなかった。尤もそれ以上に思っていなかったことが今起きているが。

 

(早く、速く、はやく)

 

 踏みつける大地は陥没し、ひび割れ、通り過ぎたところは風が吹き(すさ)び木々が騒々しく揺れる。そんなことは気にせずただ只管に獣道ですらない道を駆け抜ける。今まで何度も行った場所である筈なのにこんなに遠かっただろうかと苛立ちながら思いに耽ける。

 道のりが長く感じて現実逃避を始めた頃にようやっと目的地が見えてきた。

 

(間に合え、頼む、間に合ってくれ!)

 

 その願いは聞き届けられたらしい。

 急いでいたあまり躓き転がって傷だらけになるが気にせず彼は体を起こし悲愴な声で叫んだ。

 

「じいちゃん!!!」

 

「……八幡」

 

 死装束を着たかつての恩師がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡、どうしてここに……」

 

 かつての弟子の姿を見て桑島は言葉を飲み込んだ。理由はひとつ、彼の姿を間近で見たからだ。

 雑魚鬼の攻撃で傷ひとつつかない隊服が見るも無惨な姿になっている。ボロボロに破れ、裂かれ、ほつれた隊服に斑模様の血痕が痛々しい。下を見れば素足……恐らくは道中で脚絆も草履も役目を果たせなくなったのだろう。裾も(くるぶし)が顕になる程に短くなっていることから彼が全力でここまで来たのは想像に難くない。

 

「何でって、決まってんだろ! じいちゃんが……腹切るって聞いたからすっ飛んで来たんだろ!!」

 

「……」

 

「なぁ……何でじいちゃんが腹切らなくちゃならねぇんだよ……何も悪いことしてないだろ……何で……」

 

「……いや、儂は極悪人じゃよ、八幡」

 

「どうして!!?」

 

「雷の呼吸の使い手から人殺しを出したんじゃ」

 

「ぇ……」

 

「お前さんの弟弟子に当たる獪岳という子でな、鬼になって人を沢山殺したと聞いておる」

 

「……そ、それでも、じいちゃんは悪くねぇよ!! 悪いのはその獪岳だろっ!? じいちゃんは何も」

 

「いや、儂の教えが足りんかった、教え方が悪かった、充分に導けんかった……何にせよ儂のせいじゃよ」

 

「そんな……そんな訳ない……! じいちゃんの教え方が悪かったとかそんな訳がない……。そうだ、きっと、獪岳が聞く耳を持たなかったのが悪いんだ……」

 

「八幡……」

 

 彼は桑島慈悟郎の正面に座する人間に振り向き土下座する。三つ指をつき体を小さく縮めて嘆願する、宛ら幼子のように。

 

「お願いします、御館様。どうか私の師匠を助けてください、お願いします、お願いします。

 言葉遣いも正します、犬のように回って吠えろというなら喜んでします。代わりに償えというのなら償います。死ねというなら首を斬って死にます。なんだってします……だから……だからじいちゃんを助けてください……お願いします……お、お願いします」

 

 途中から涙声になりながらも……泣きながらも彼は言い切った。矜恃さえ、命さえ惜しくないと。

 

「いい加減にせんか!! 馬鹿者!!」

 

「じいちゃん……」

 

 老人とは思えないよく響く声で怒鳴りつけたのは誰あろう桑島慈悟郎その人であった。桑島は立ち上がり彼の正面に回り込み言葉をかける。

 

「お前さんが儂の代わりに償う必要なんてない、ましてや死ぬ必要もない……分かっておくれ八幡」

 

「い、嫌だ……分かりたくない……頼む、死なないで……死なないで……じいちゃん……お願いだよ」

 

「儂は果報者じゃ。ここまで死を惜しんでくれる弟子がいて……嬉しいよ」

 

「じいちゃん……」

 

「なぁ八幡、最期に儂の頼みを聞いてくれんかの、一生に一度のお願いじゃ」

 

 沈黙する八幡を無視して桑島は続ける。

 

「介錯してくれんかの、八幡」

 

「………………は?」

 

 一拍、耳を疑った。

 二拍、言葉の意味を疑った。

 三拍、何を言っているのか理解した。

 

 喉の奥が引き攣って掠れた音が漏れ出る。金魚のようにぱくぱくと口を動かすが声が出ない。上手く動かない喉に喝を入れゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「で、きない……そん、なの」

 

 たったそれだけの言葉であったがこれ以上に彼の心情を表した言葉もない。嘘偽りない本心である。

 

「困ったのう、八幡が介錯してくれんのなら誰も介錯してくれんのだが……」

 

 本当に困ったように眉根を寄せて苦笑しながらそう言う桑島。

 自らの手で恩師を楽にするか、手を下さず苦しみながら死ぬ姿を見届けるかの二者択一。究極の選択とはこのことを指すのであろうと八幡は頭の片隅でそんなことを考えていた。

 どちらを選ぼうと死ぬまで悔いが残るだろうことは間違いない。当然悩んだ、選びたくはない、しかし選ばないということは桑島が苦しみながら死ぬことを意味する。

()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………分かったよ、じいちゃん。俺が……介錯、するよ」

 

「そうか……ありがとうの八幡。御館様済みませぬ、我儘を言ってしまって」

 

 悲しげな表情を綻ばせ礼を告げたあと産屋敷に断りを入れる桑島。

 

「構わないよ、慈悟郎」

 

「ありがとうございます、御館様」

 

 

 

 

 

 

 

 鯉口がかちかちとやかましい。震える手を押さえつけるが徒労に終わる。

 

「そんなに震えておったら斬れるものも斬れんぞ?」

 

「……うん」

 

「ほれ、前を見んか」

 

「うん……!」

 

 涙が滝のように流れ落ちぐっと歯を食いしばる。もう震えは止まった、もう前を向ける。

 

「じいちゃん……ありがとう」

 

「……儂の方こそありがとう」

 

 雷の呼吸

 壱の型

 霹靂一閃

 

 そして俺はじいちゃんの首を────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!!!!」

 

 跳ね起きたという言葉通りに体を起こした。周囲を見回すと何の変哲もない自室。鈴虫だか蟋蟀(こおろぎ)だかが鳴いている。差し込む月明かりからどうやら今は夜らしい。

 

(……あれは夢だったのか……?)

 

「うぷ」

 

 現状を理解しきる前に込み上げてきたのは吐き気。思い出してしまった……夢とはいえ俺が桑島さんを手にかけたことを。

 厠より縁側の方が近かったからそっちに向かった。床板の上に腹這いになり頭だけを外に投げ出すような姿勢をとって、吐いた。吐いて、吐いて、吐きまくった。

 食べたものが全部出るまで吐いた、胃液が腹から無くなるまで吐いた。吐くものもなくなって血しか出なくなってもそれでも吐いた。頭より二回りは大きな赤い染みができた頃にいよいよ収まった。

 

「けほっ、けほっ……」

 

 吐き気こそ収まったものの不快感は胸の奥底にべっとりとへばりついている。この不快感が落ちることはないだろう。

 

(……糞が……くそったれが)

 

 湧き上がるは怒り、並々ならぬ……それこそ腸が煮えくり返る怒り。

 鬼になってこの(かた)いい夢など一度も見ていない、悪夢しか見ていない。それでも限度というものがあるだろう。亡き家族に責められるのはまだいい、殺した鬼たちから恨み言を言われるのもよしとしよう。だが()()はないだろう。恩師の、恩人の……家族の首を斬るなど、それだけはないだろう。こんな悪夢クソ喰らえ。

 そう思うと同時に夢で良かったとも思う。もしもあれが現実に起こってしまったら……想像しただけで寒気がする。もうこんなことを考えるのはよそう。

 

(そういや今何時だ……)

 

 時計を見やれば午前2時、草木も眠る丑三つ時という時間である。もしかすると俺が叩き起してしまったかもしれないが。兎に角まだまだ朝まで遠い。しかし、もう一度床に就く気にはなれなかった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺は羽織を身に纏い外に出た。恐怖心と悪夢から逃げるようにして。

 煌々と満月が夜空を照らしていた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「お願いします、どうか命だけは助けてください……!」

 

 圧倒的強者に跪くことは恥じゃない。生きてさえいれば何とかなる。死ぬまでは負けじゃない。

 地面に頭を擦り付けようが、家がなかろうが泥水をすすろうが……金を盗んだことを罵られようが、生きてさえいればいつか勝てる、勝ってみせる、そう信じて進んで来たんだ。

 

「鬼となり…さらなる強さが…欲しいか…。お前も…あの方に…認められれば…我らの…仲間と…なるだろう。

 強い剣士程…鬼となるには時間がかかる…私は丸三日かかった…呼吸が使える者を鬼とする場合…あの方からの血も…多く頂戴せねばならぬ…。

 そして稀に…鬼とならぬ体質の者も……存在するが…お前は…どうだろうな…

 有り難き血だ…一滴たりとて零すことは罷りならぬ…零した時には……お前の首と胴は泣き別れだ

 

 怖くて手が震えて零れそうになる、気持ちの悪い汗が止まらない。

 だが心のどこかでほんの少しだけ期待していた。これで強くなれる、強くなって(じじい)に考えを改めさせてやる。あんなカスと二人で後継だと抜かしたあの(じじい)に。

 恐怖半分、不安四割、期待一割、俺は唾を飲み込んでいざ血を飲もうと手のひらを口に近付ける。

 見てろよ(じじい)、俺は強くなるからな。そしたら俺を……俺だけを────────────

 

 

 

 

 

 

 

「おいテメェ」

 

 俺の横を風が吹き抜けたと同時に男の声が耳朶を打つ。やや遅れて金属同士がぶつかる時特有の甲高い音も。呆然と声の主の背中を見つめる。

 そいつは中肉中背の黒い髪の男、特徴らしい特徴といえば背中側からも見えるそそり立ったひと房の阿呆のような髪ぐらい。だが発する殺気は上弦の壱と張り合えるほど。見ただけで、佇まいで分かるのだ、自分よりも圧倒的に強いと。

 上弦の壱の鬼もただならぬ雰囲気の闖入者に目を細くしてそいつを見やり、驚愕の表情を浮かべた。その理由はすぐに分かった、振り返った男が人ならざるものだったから。

 人間の白目に当たる部分は血の色のような赤を、黒目に当たる部分は満月のような黄金色をしており、おまけに角まで生えていた。間違いなく鬼である。

 何故鬼が俺を助けた? 疑問は胸の中で渦巻くばかり。最早半狂乱に陥っていた俺に男は続けて声を掛ける。

 

「その血一滴も飲むんじゃねぇぞ……もし飲んだらテメェの首から切り落とすからな!」

 

 忠告という名の脅迫が飛んできた。ああでもどうしてだろう、先程までの、体中の細胞が絶叫して泣き出すような恐怖がいつの間にかしなくなったのは。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 後ろの餓鬼を怒鳴りつけ俺は前を見据えた。語調が荒くなったのは済まないと思っているが如何せんそこまで気にする余裕がない。なんせ相対するは上弦の壱、油断も慢心もできない。

 肌が粟立つような殺気、吐き気すら覚える凝縮された血の匂い。もし此奴が目を瞑っていようが此奴が上弦の壱だと疑うことはないだろう。

 

(今日は厄日だなほんと)

 

 だがこれは幸運でもある。此処で上弦の壱を仕留めれば残る上弦の鬼は弐と参の二体のみ。そうなればほかの柱や隊士(あいつら)の負担も軽くなる上にこれ以上、上弦の壱に殺される人がいなくなる。

 二の轍は踏まない、絶対に勝たなくてはならない。となれば先手必勝。

 

ヒノカミ神楽 円舞

 

「!?」

 

 やはり初手から首は無謀だったかと思うよりも上弦の壱の表情が気になった。俺が割り込んだ時よりも驚いていたんじゃないかってくらい驚いていた。

 

(いや、関係ねぇ、(やっこ)さんが魂消てるなら畳み掛けろ)

 

ヒノカミ神楽 碧羅の天

 

ヒノカミ神楽 烈日紅鏡

 

 碧羅の天で斬り下し、烈日紅鏡の二連撃で押していく。せめて腕くらい持っていきたかったが流石は上弦の壱といったところか。気色の悪い刀でさらりといなされる。刀を持っているってことは呼吸を使うのだろうか。そんな考察をしていると奴の顔が徐々に険しくなっていきいつしかその顔は憤怒に燃えていた。

 

「…故だ

 

「あ?」

 

何故だ

 

「何言ってっか聞こえねぇよ、もっとはっきり喋れって教わらなかったのか」

 

「何故だ!!!」

 

 咆哮ともとれるそれに思わず動きを止めてしまう。一体何が奴の逆鱗に触れたのか。

 

「何故…貴様に使えて…私に…使えぬのだ…!!」

 

「何の話だよ?」

 

「その呼吸…日の呼吸に…決まっているだろう!!」

 

「へぇ? 日の呼吸っていうのか……初めて知ったよ」

 

()()()の上に…無知ときたか…!!」

 

「あんた色々詳しそうだな、洗いざらい吐いてもらうぜ」

 

「ほざけ…!!」

 

 奴は俺の動きを見て日の呼吸と断定してきた。間違いなく日の呼吸を知っている。そしてそれが逆鱗に触れたのだろう。だがひとつ気になるのは紛い物という言葉。

 

(……まあ今はいい、戦いに集中しなくちゃな)

 

 気を引き締め直したところで奴の攻撃が飛んでくる。今までに聞いたことの無い呼吸音から初めて見る呼吸であると予測。

 

 

月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮

 

ヒノカミ神楽 輝輝恩光

 

(っ、馬鹿かよ!)

 

 奴の剣筋はただの横薙ぎの一閃、しかしその速度は目を見張るものがあり尚且つ斬撃の周りに発生する不規則で細かな刃がついてくる。それは常に長さ大きさが変化する、定型じゃない。自分でもよく対応できたなと自画自賛したい。

 

(ただ……)

 

 ちらと横に目を向ける。案の定というか当然というか家屋の一部が見るも無残な姿に成り果てていた。長引かせれば辺りを更地にされかねない。更には後ろに餓鬼ひとり……防御に徹していては勝てない。

 ならばどうするか、答えはひとつ。攻め続けるのみ。

 

ヒノカミ神楽 灼骨炎陽

 

ヒノカミ神楽 日暈の龍・頭舞い

 

 灼骨炎陽で焼き尽くそうと試みるが届かず頭舞いでぐるりと囲みながら斬りかかるもこれも無駄。そして大技の返礼は大技によって返される。

 

月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月

 

月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り

 

月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間

 

 息付く間もなく繰り出される凶悪な攻撃。もし俺が人間であったなら間違いなく殺されていただろう。だが俺は鬼、どれだけ血を流そうと腕が脚が斬り飛ばされようと再生する。

 

(血ぃ流し過ぎたな……)

 

 ただそれでも不安は消えない。彼女を傷つけた過去がどうしても()ぎる。かといって捌きいなし防げば周囲への被害は増すばかり。あちら立てればこちらが立たず、何とも難儀な二者択一にうんざりする。

 

(ま、嘆いたところで変わらないんだけどな……ここが踏ん張りどころか)

 

 さっきよりも苛烈に猛烈に攻めねばなるまい。不安も懸念も今は捨て置き行動するのみ。

 

ヒノカミ神楽 斜陽……

 

月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え

 

(なっ!?)

 

 こちらが攻撃に移ろうとしたその瞬間に敵の斬撃が襲いかかってきた、狙っていたのかはたまた偶然か。その身に傷を増やしながら絶えず思考する。

 偶然ならばそれまでだが狙っていたのなら変えなければ。

 

(これでどうだ!)

 

ヒノカミ神楽 飛輪……

 

月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

(またかよ!)

 

 再び攻撃が読まれ遮られてしまう。俺が分かりやすすぎたのか? いや違う、何かがおかしい。俺はまだまともに構えてすらいないのに。

 

(……もしや()()か?)

 

 違和感の正体はそう、”攻撃動作に入る前に動きを抑え込まれる”こと。

 例え話をしよう、俺は水の呼吸を壱の型から拾の型まで知っている上に使える。だから竈門が水の呼吸の壱の型で攻撃しようとしてきても対処したり弱点に攻撃したりできる。ただしそれは竈門が壱の型の構えをとってからできることだ。今から使う技を構える前から分かるなんてのは普通であれば有り得ない、普通であれば。

 けれども相手は鬼、それも上弦の壱である。普通なんてものは通じない。

 

(神通力、千里眼もしくはそれに近しい血鬼術か? 此奴は何が見えている? ()()()()()()?()

 

 鬼との戦いでは有り得ない、なんてことは有り得ない。あらゆる可能性を考慮し臨まねばすぐに命を落とすことになる。

 なればこそ観察する、頭のてっぺんから爪先まで、目の動きや指一本の動きまで余すところなく。

 俺の趣味と特技はそう人間観察、鬼も人も構造的には大して違いはない。それはつまり鬼にできることは(血鬼術を除き)人間にもできるということ。ましてや俺は鬼、俺にできない道理はない。

 

 

ヒノカミ神楽 烈日紅鏡

 

(と見せかけて)

 

ヒノカミ神楽 炎……

 

月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月

 

 別の技を(すんで)で出す作戦は結果としては失敗に終わったが俺は見逃さなかった。一秒にも満たない短い時間ではあるが奴の反応が遅れたことを。絡繰(からくり)が分かり無意識に口角が上がる。

 

(間違いねぇ、奴は俺の動きを見て反応している。そして動きを注視している時に奴の体が透けて見えた。恐らく奴も()()を見ているのだろう)

 

 仕掛けが判明し同じ土俵に立てたがまだ安心はできない。言うなればここからが本当の勝負になる。気を抜けば猗窩座を逃がした時と同じ様に忸怩たる思いをすることになる。もうあんなのは御免だ。

 

「うおおおぉっ!!」

 

「ふっ…!!」

 

ヒノカミ神楽 日暈の龍・頭舞い

 

 

月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ程切り結んだか分からない。一日だった気もするし三日三晩だった気もする。実際は二時間も経っていないのだが。

 

「ちっ…潮時か…」

 

「くっ、待て!!」

 

 恐らく夜明けが近付いたことを悟ったのだろう。上弦の壱が逃げたので追い掛けようとするが留まる。追い掛けたところで奴を絶対に殺せるのか? その保証はあるのか? 答えは両方とも否。

 俺はただ豆粒のように小さくなっていく背中を睨み続けることしかできなかった。

 

(また……俺は……いや悔やむのは後だ)

 

 気を取り直し後ろを振り返る。当然ながら襲われた例の餓鬼が呆然と座り込んでいた。無理もない上弦の壱と出会したのだから。

 

「よお、大丈夫かお前? 不運だったな。ああ、ちょっと待て……ほらこれで手拭け。帰ってもちゃんと手洗えよ、でもって口とか顔の周りとか触るなよ」

 

 懐から手拭いを渡してやり注意しておく。此奴が間違って鬼になったら何の為に戦ったのか分からなくなるからな。

 嗚呼でもやっぱ彼奴は倒しておきたかったな……。

 

とうとう俺にもツキが回ってきた……

 

「ん?」

 

「なあアンタ頼む! 俺を鬼にしてくれ!!」

 

「……はぁー……お前自分が何言ってんのか分かってんの?」

 

「ああ! 勿論!!」

 

 いや分かってねえだろ此奴。何の為に今まで俺が……鬼が鬼殺隊にいることを頑なに伏せてきたのか分かってねぇ。

 何故俺が伏せてきたのか、その理由は大きく分けて二つ。

 まず一つ目が信用。鬼狩りをする組織に──それも柱という中核に──鬼がいたらどうなるか。そう、この組織大丈夫か? と疑念が生まれる。一度疑念が生まれてしまえばあとは雪だるま式に増すばかり、疑念はいつしか不信となり隣に居るやつが鬼なんじゃないかと疑心暗鬼になり始めたら組織は崩壊する。信用は作るのに時間かかる癖に失うのは一瞬だからな。それに加え藤の花の家紋の家々の協力も得られなくなるかもしれない。かの家々は鬼から先祖を守ってくれたからこそ鬼殺隊に無償の奉仕を提供してくれているのに鬼殺隊に鬼が居ると知られたら彼らの協力も期待できなくなる。

 次に目の前にいるような馬鹿な奴が現れないようにする為。ご承知の通り鬼は人間よりも強い、単純な身体能力は勿論瞬発力や五感果てには血鬼術という特殊な力も得られる。欠点さえ無視すればこれ程素晴らしいものはないと考える奴が出ても不思議ではない、というか実際に居るし。

 しかし問題はその欠点だ。人を喰いたくなる衝動に襲われれば肉親だろうが恋人だろうが親友だろうが関係なく食い散らかしてしまう。その無視できない欠点を懇切丁寧に教えてやってもこう言うだろう、”(おまえ)”がいるじゃないかと。”俺”という前例があるのだから自分だってきっと大丈夫だ等と確証もないのに抜かすだろう。

 長々と喋ったが要約すると”信用の失墜の阻止”と”鬼になりたがる馬鹿を生まない”のが俺が鬼であることを伏せてきた理由だ。

 

「おい考え直せ、鬼になっちまったら人を喰いたくて仕方なくなることくらいお前も知ってるだろ。言っておくが俺がいるから〜なんてのは理由にならない、俺みたいな存在はそうそう出てこないからな」

 

「誰が考え直すかよ! 俺なら耐えられる、俺ならお前のようになれる!」

 

「はぁ……」

 

 思っていた通りこちらの言い分に全く聞く耳を持たない。自分が正しいと信じている奴に舵を切らせるのは骨が折れるなやっぱ。どうするかと後頭部を掻きながら思案していると奴は事も無げに言った。

 

「つーか別にいいだろ、人を喰おうが」

 

「………………は?」

 

「俺は今まで多くの人間を助けてきたし強くなればそんなの関係ねぇ」

 

「……危機的状況にあって混乱しているんだな、今ならまだそうしておいてやる」

 

「俺は至って冷静だぜ!? 元はと言えばあの(ジジイ)が悪いんだよ! あんなカスと二人で後継にするとか抜かしたあのジジイがな!」

 

「……人を喰うってことがどういうことか分かっているのかテメェ」

 

「そんなもん俺が柱になればどうとでもなる! ジジイも土下座して謝れば許してやらんでもない!!」

 

「最後に一つ聞かせろ、お前の名は?」

 

「覚えておけ! いずれ名を馳せる獪岳という名を!!」

 

「ふむ、そうか……やはり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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その拾肆

 

 

 

 何処かでぶつりと何かが千切れる音がした。

 

 

 ……ま、どうでもいいか、それよりも今はこっちだ。

 俺は更に手に力を込める。

 

「ぐっ……かっ……」

 

 苦しそうに獪岳は死にかけの虫みたく脚をばたばた動かし指を外そうと引っ掻いてきやがる。うざったいが止めるほどの事でもないしじきに止まるだろう。

 凄く不思議な気分だ、あれ程人を殺す事を嫌悪していた筈なのに何の躊躇いもない。それは此奴が死んで同然のクズだからってのもあるんだろうけど。

 

その通り、そんなゴミクズ生かしておく理由などない。

 

 声が頭の中で反響する。自分の声に聞こえるが微妙に違う気がする。自分が知らないだけで俺ってこんな声だったのかもしれんが。

 

お前はよく堪えたよ、忠告を聞かなかったあいつが悪い。そうだろう? 

 

 誰の声だろうなんて疑問は底の方に沈んで行った。

 

「……そうだよな、悪いのは此奴だよな」

 

ああ、そう、悪いのは全部そいつ。だから安心して殺せ。ここで見逃せば同じ事を繰り返す。もう後悔したくないだろう? 

 

 そうだ、もうあんな思いはたくさんだ。

 

なら話は早い。その手に込める力をちぃとばかし強くしてやれ。

 

 ゆっくり、ゆっくりと指にかける力を強くしていく。

 

そうそう、その調子その調子。じわじわと嬲り殺しにしてやれ。そいつには随分と腹が立っただろう? 

それとも殴り殺すか、いや蹴り殺すのも悪くない。お前の怒りを遠慮なくぶつけてやれ。

それとも鬼らしく食い殺すのでもいい。さぁお前はどうしたい。

 

 殺したい、此奴を、絶対に。

 

そうだろう、そうだろう。本能の赴くままに殺せ、ころせ! コロセ!! 

 

 そう、俺はマチがっていない。これは正シイことなんだ。

クイコロしてや……ワルイノハオマエダ!!! 

 

「────ない

 

 あ? 何言ってんだこいつ……死にたくないだって? 

 そんなもん()()()()()()()()

 

 年寄りだろうが、子供だろうが、男だろうが、女だろうが、人であれば……いや生きとし生けるものであれば誰だってそうだ。

 死にたくないという思いは皆一緒だ。人間(お前)()も。皆同じだ。

 そうだ、鬼達も同じだ。死にたくないと泣き叫ぶ奴らの首を尽く(ことごとく)落としてきた。生きたいと願う奴らを地獄に落としてきた。

 そこに、生きたいと思う心に違いなどない。その筈なのに

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()?()

 

 

 

 

 

 ボギリ、と骨が砕ける鈍い音が夜闇に響いた。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「……何処だここ」

 

 窓を見やればとうに太陽は昇りきっていて燦々と陽光が降り注いでいる。寝起きのせいかまだ頭が回っていないように感じる。

 はて、ここは一体何処かまるで見覚えがないし昨夜のこともはっきり思い出せない。

 記憶を呼び起こそうとしたその時襖がするりと開けられた。

 

「目ぇ覚めたか」

 

 誰だこいつ。人のことは言えないが、目つきが悪いし姿勢も悪い。頭の毛が間抜けさを強調さえしている男がこっちを見ている。

 俺が不思議そうな顔をしていたからか男は続けて口を開いた。

 

「昨日の夜のことは覚えているか?」

 

 昨日の夜……俺は確か鴉に従って鬼の足取りを追って、そこで上弦とかちあってそして────────

 

「テメェッ!!」

 

「思い出したようだな」

 

 全て思い出した。よくも俺を殺そうとしやがって。怒りのあまり飛び起きて胸倉を掴むが微動だにしない。くそっ何なんだこいつは。

 

「ぶっ殺してやる……お前を」

 

「できねぇことは言わねぇ方がいい。虚しくなるだけだ」

 

 いけしゃあしゃあと抜かしやがる。あの時俺がどれだけ苦しい思いしたと……待て。何で俺は生きている? こいつが力を緩めなければ俺はとっくに死んでいたはず。何を考えていやがる。

 

「……俺を殺さなかったのは何故だ」

 

「ん?」

 

「お前はあのまま俺を殺せたのに何故そうしなかった?」

 

「死にたかったのかお前」

 

「話を逸らすな、答えろ!」

 

「あー……そうだな。その質問に答えてやる前に俺の問に答えろ」

 

「ふざけんな! 誰がテメェなんざの」

 

 言葉の途中で天地がひっくり返った。訳も分からぬまま俺は床に叩きつけられ肺の空気を出し切っていた。噎せ込む俺を無視して奴は続けた。

 

「とりあえず聞けや。そもそもどうしてお前を殺しかけたほど俺が怒ったかその理由が分かるか?」

 

「ゴホッ……知るかよ」

 

「じゃあ教えられん。さ、飯食うぞ」

 

「まだ……話は」

 

「終わったよ、今。俺の問に答えられない以上お前の質問にも答えられない。どうせ言ったところで分かんねぇんだから」

 

 ギリギリと歯を強く噛む。昨日は殺されかけ今日は床に叩きつけられ散々だ。その上それをやった相手に何の仕返しもできない。

 怒りが収まらない。それでもどうしようもできない。

 

 殺してやる、今は無理でも必ず。

 

 

 

 

 朝の一悶着を終え俺は朝飯を食っている。憎き”奴”と対面で。あまりよく分からない状況であるがお互い無言。お前が喋れよと目で訴えるも何も効果がない。何を考えているのかまるで分からない。

 そのまま食い終わったところで突然奴が喋りだした。

 

「あ、言い忘れてたけどお前今日から俺の継子な」

 

「……は?」

 

「ああ、継子っつーのは」

 

「そこじゃねぇよ、何で俺がテメェの継子なんだ」

 

「別に何でもいいだろ」

 

「良くねーよ! 何でよりにもよってお前の継子に……。

 因みに嫌だっつったら」

 

「昨日の夜の続きだ。逃げ出しても連れ戻すし逃がさんが」

 

 ……ツイてない。俺はこの世で最もツイてないと言っても過言ではないだろうと思わずにはいられなかった。

 

「さて、腹ごなしがてらちょっと運動しようか」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 それからの時間は地獄というのも生温いと思えるほどの時間だった。

 そも鬼と人間では身体能力があまりにも違い過ぎる上奴は”柱”、分かってはいたが勝てる道理など何処にもなかった。それでもかすり傷ひとつでもと奮戦したが振るわず、ただ木刀でボコボコにされただけであった。

 

「ん、こんなもんか……んじゃ飯食って寝るか」

 

 今日はもう解放されたという嬉しさと明日からこの地獄が続くことの悲しさがせめぎあい、悲しさに軍配が上がった。

 へとへとになった体に叱咤激励しながら夕食をとり風呂に入り床に就く。布団に入った瞬間に疲れと悔しさと殺意が混ざりながら意識が遠のいていった。

 

 



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