ヤコブの梯子 (ハイアーバット)
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流出界(アツィルト)
ケテルside:1


 善性は天にあるのでなかなか出会わないものです。


「吹雪、そこのスナック菓子を取ってくれんか?」

 いかにもダルそうな声で男は言った。

その声の持ち主はペストマスクを被っていた。歳は30後半で髪は伸ばしっぱなしで後ろで結び、痩せぎすで長身、気だるげな顔をしており目は眠たげだった。

「はいはい、分かりました」

 吹雪が若干うんざりしながらペストマスクの男の要求を受け入れた。うんざりするのも仕方がないだろう、この男は4カ月ここに居座っているが全く仕事をする素振りを見せず、ダラダラしていたのである。吹雪はこの鎮守府の提督から

「この人には恩があるから」

と言われて、興味が湧いたがこんな自堕落な人だとは吹雪は予想もしていなかった。

「全人口が深海棲艦の大規模侵攻で三万人になったのによくそんな自堕落でいられますよね」

 今から丁度一年前に起こったことである。突如として現れた深海棲艦に陸まで攻められ、大多数の人間が死んだ。しばらくの間、人類は悲しみに暮れて絶望感が漂っていたが、突如として現れた艦娘達と妖精たちによって救われたのだ。ただし少数の者からは、嫌な空気が立ち込め始めた、と言う者もいる。それが何故かは未だに分らぬままではあるが。

 ただし、ペストマスクを被った男にはそれが全く気にならないようだ。

「だからこそ私には休憩が必要なのだよ、私は一回働くだけで何万人分の功績を叩き出すから、体力もそれ相応に消費するものなのさ」

 屁理屈ではないかと思いつつ、窓の外の海を吹雪は見始めた。彼女は彼の秘書的な立ち位置になってから出撃していない。だが自分の姉妹は戦っている、それに対して正義感の強い彼女は罪悪感を感じていた。

 一体こんな男がどんなことをしたのか、各地のお偉いさん達や提督に恩を感じさせる程の働きを本当にしたのか。疑問に思い始めたころにドアをノックする音が聞こえた。

「あの、蘇生屋さんと呼ばれる人はいますか?」

 若い男の震えた声だった。

 その声に反応し吹雪が迎え入れようとしたがペストマスクの男の方が素早く動いた。

「はい、そうですね。私が蘇生屋です。そして一つ訂正させていただきますと正確には蘇生屋ではなく接合師です」

「あっ、すいませんでした」

 男は二人いた。

 片方の男は服装はパリッパリに仕立てたスーツにどこもすり減っていなければ指に指輪をしていて、よく見るとそれ以外の目立たない部分にも宝石を付けていた。このように服装がなかなか立派なので上流階級であることがペストマスクの男はすぐに判ったがその目は他を明らかに見下していた。そして神経質そうに足を踏み鳴らしていた。

 もう一人の男は穴だらけのTシャツにすり切れたズボンを着ていて泥臭い臭いがしており、装飾品など一つもなかった。それ故に男がみすぼらしく貧しいことが一目で判った。その目からは温和な善意が感じられたが、とても緊張しているようだった。だがその割にはしっかりと地に足を付けていて、見え隠れする芯の強さを感られた。

 謝罪した方がみすぼらしい方の男である。

「いえ、貴方が誤る必要はありませんよ。偉い方々が私の作品を見て自分の理想と合っていたから蘇生されたと勘違いされたことによる効果ですから。それと吹雪」

「はい、何でしょうか?」

「今日はもう帰りなさい、私はこれから仕事をするがそれを君に見せたくはないからね」

「はぁ、そうですか。分かりました」

 そういうと吹雪はその部屋を出て行った。

「立ち話も何ですから、奥へどうぞ。そこで話をしましょう。散らかってますが気にしないでください」

「っそそうですか、それではし失礼します」

 貧しい若者が足を踏み出そうとして緊張で足元が狂い、傲慢な若者の足を踏んでしまった。

「貴様、俺の女を奪っただけでなく高潔なる俺の足を貧民の貴様ごときが踏むのか!」

「違います、貴方の論に合わせるなら大体僕の方から先に交際してたんですよ!それを貴方は勝手に自分の彼女と言いふらして!彼女の親族にも友達にも聞きましたけど貴方のことを全然知っていませんでしたよ!」

 貧しい若者は女の話になると今までの気弱さが嘘かのような剣幕でまくし立てた。

「うるさい!黙らないか!」

 傲慢な方の若者は貧しい若者の剣幕にすっかり怖気づいてしまい、貧しい若者にこれしきの事しか言えなかった。

「落ち着いてください。話が全く進みませんよ。さぁ吸って・・・吐いて~、吸って・・・吐いて~」

 ペストマスクを被った男がそういうと最初は言うことを聞かなかったが、言うことを聞くようになり落ち着いた。そして落ち着いてしばらくたった後にこう切り出した。

「それで話とは何ですか?」

「僕が話します、僕の、いえ彼がまた興奮するのでこう言いましょう。彼の彼女をモデルにした作品を二つ作ってください」

「二つですか。・・・ああなるほど大体察しました」

 ペストマスクを被った男は察したがまだ察せていない読者のために端的に言うと貧しい若者と傲慢な若者で彼女の取り合いになった。その結果彼女が死んだのである。

「その前に一つ質問があります」

「何ですか?」

「何だ陰気臭いおっさん?」

「貴方達は等価交換と言うのを知っていますか?」

 この質問を発するとペストマスクを被った男の雰囲気と立ち振る舞いが変わった。一気に仕事人のそれに変わった。

「お金のことですか?大丈夫です。この日の為にコツコツ貯めてきたんです」

「金などいくらでもある。だからとっと作らんか」

 ペストマスクを被った男はこの言葉を聞いて大きくため息をついた。彼からして見れば、この者たちは彼が作る作品がなんたるか、そのためにどのような工程を挟むのか、全く分かっていないからだ。彼の目が異様にぎらつき始めた。

 二人の若者はペストマスクの男の雰囲気が変わったのに気が付き、驚いた。

「私が言っているのはそれではないだ。お前たち、数日後に私の研究室に来なさい」

 

 




 このような文でよろしいのか、内心ガックガクです。



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ケテルside:1貧しい若者

「接合師さんが言ってた場所はここか」

 貧しい若者は地図を片手に歩きながらそんなことを言っていた。彼は金がないのでそんなに無駄遣いができず、タクシーを使うこともできないので地図を片手に歩いていた。

「移動手段が使えないから時間がかかるけど、自分が普段見れない景色を見ることは楽しいな」

 彼は田舎からほとんど出てこないから目に見えるもの全てが新鮮に見えた。暁に照らされた朽ちかけゆくビル群の近くに一凛の花が咲き誇っており、大きくも朽ちていく人工物と、か細くも力強く新生する花の対比がひたすらに美しい光景だった。

「彼女にも見せてやりたかったな」

 自分でそう言って彼は唐突に気分が悪くなった。さっきまで美しいと思っていたものが騒々しく、苛立ちを募らせるものにしか見えなくなった。

 深海棲艦が地上に侵攻してきた時、生き残った者達は全員が喪失の痛みを味わうことになった。彼と彼の彼女も例外ではなかった。そうやって互いに悲しんでいた時に彼女と彼は出会った。最初は互いに負った悲しみの傷を舐めまわすことで始まった仲だったかもしれないが、それは何時しか彼と彼女が負った悲しみを埋め合わし、互いの喪失を愛によって補い合うようになり、両者はそのことを快く感じた。そして彼が持つ夢、

『最高の音楽を作る』

という夢を彼女は応援してくれた。初めての理解者だった。

 それを唐突にあの高貴なる富者様が突然横から現れて彼女に求婚を迫り、その心労によって自殺した。

(あれは自殺なんかじゃない、他殺だ!自殺とは言ってみれば死に方みたいなもんだ)

 そう貧しい若者は思いながら、自分の足元の虫を踏みつぶして歩を進めていく。

 彼は彼女の喪失という事象によって悲しみの古傷が痛めつけられ、そしてこれからも彼女が生き返りでもしない限り彼は昔を思うたびに自分の心の古傷に記憶と後悔という名の鞭を打たれ続けるだろう。

 自殺しやしないか心配している者たちに言うが彼には先に述べた夢があった為に生に執着していた。

 歩いているうちに接合師が指定した場所に着いた。

 中央にソファがあり、それを囲むように魔法陣のようなものが描かれていて左端に本棚、右端に薬品やフラスコが置いてあった。貧しい若者は何故だか本を直視することができなかった。その本を見ていると不安に駆られるからだった。

 ソファにはペストマスクを外した接合師が寝転んでいた。だらしなく左手をぶら下げてビール缶を持っており、右手は自分の額に置いていた。諦めたかのように不気味に口角を上げその顔は自己嫌悪にまみれていた。

「おやぁ、来ましたかぁ・・・ヒクっ。さあさあこちらへどうぞ」

 有り得ないことに彼は酔っていた。あれだけ仕事人のオーラを出していたにも関わらず、酔っていたので貧しい若者はビックリした。しかも彼の眼が捉えたところによるとビールの空き缶が5本も放り捨てられてあった。

「何本飲んでるんですか!体壊しますよ!ちょっとバケツかなんか持ってきますね!!」

 彼はバケツを持ってきた。すると接合師がこう言った。

「貴方ァは・・気が利きますねぇ」

「僕は貴方の体調が気になってきますよ」

「おおー!!優しい事で」

「それとこれが写真です」

「はいはい拝借しましたしました。ずいぶん奇麗に保存してますねぇ」

「僕にはもうこれしかないので、当然ですよ」

「ところであなたも飲みます?」

「お断りです」

「良いんですか?良いんですか?私はねぇハッキリ言って自分でもこれからやることを素面だとやってられないんですよ!凄惨な光景ですからねぇ。だから貴方に飲むか進めたのですが。というのもあり得ない光景を見ても飲んだくれれば酔いによる幻覚のせいにできますからね。それでもいらないですかぁ?」

 接合師は重々しい足取りでよってきてそう問うた。

「僕は貴方が言った言葉の意味を考えてきたんです。等価交換でしたよね、人を作る事は容易ならざることです。対価も相当な物でしょう、だというのに払われた対価の値段を知らずにどうしてその商品だけ受け取ることができましょう。そういうことはできません。何故なら買い物をするときにその値段を見ないものがいるのですか?その対価が凄惨な光景だったとしても、僕は見なければならないでしょう」

 貧しい若者はこう言った。

「ほう!貴方は間抜けな若者だと思っていましたが中々やるじゃないですかぁ」

 接合師はいたく感心したようで手を叩きながらそう言った。

「それでは準備よろしいですね?」

「はい、覚悟はできています」

「よろしいでは始めますよ!」

 そう言うと接合師は奥の部屋へ行き、眠らされている艦娘を担架で運んできた。

 すると接合師は何かを強制的に飲ませた。艦娘の方はみるみるうちに青くなり死んだのが見て分かった。その後彼は防腐剤を注射した。貧しい若者はあまりのことに身動きが取れなかった。

 作業は次の段階に進んだ。彼は貧しい若者から受け取った写真を見ながら本棚である本を探しているらしかった。見つかったらしくその本を取ると大急ぎで死体に駆け寄り、詠唱を始めた。

 詠唱の始まりは貧しい若者を恐怖の世界へ誘った。最初からそこにいたかのように彼の周囲には薄く、青白いなにかが出現し始めた。霊と言うには少し違う、不思議とその者共が死んでいるという感覚が持てなかった。それらの者共は接合師の近くにもいた。霊とも言い表し難いそれらは貧しい若者の足と手を握り始めた、死人のような冷たさでもなければ生者の温かさでもなかった。ひたすらにぬるかった。それらは貧しい若者と接合師と死体に嫉妬の眼差しを向けていた。貧しい若者は幾つもの針が刺さるような感覚を覚え、悲鳴を上げようとしたが寸でで耐えた。貧しい若者には接合師が何を言っているのかさっぱりだった。

 詠唱はクライマックスに入ろうとしていた。その時、彼は見てしまった。その亡霊ともつかぬ者共の中に自分の両親が混ざっていたことを。その目は他の者共と違って嫉妬の眼差しを向けなかったが彼は今度こそ悲鳴が出た。

 接合師はその口を閉じて詠唱が終わったかのように見えたが今度は有り得ないものが見えるようになった。さっきまで建物の中に居たのに暗い下水道にいるようだった、悪臭が鼻を突き、汚泥が貧しい若者の視線を遮る物となった。だが汚水の向こうで何かが召喚されたようだった。突然燦然と輝く何かが接合師と思わしき人影の近くに存在した。汚水で発光が抑えられていたので、発光体の体が輪郭だけ見えそうになったが、本能的に危険だと判断して貧しい若者は接合師だけを見るようにした。辛うじて見えた風景には接合師は天に浮かぶ発光体に何かを恭しくさしだしていた。その後その発光体が一層輝きだし、この凄惨な劇場が終わった。

 貧しい若者は今見たものを幻覚だと信じ込もうとしたが、あの時触られたぬるい感触と鼻を突く悪臭と発光体、これらを幻覚だと断定させる材料を貧しい若者は持っていなかった。震える内に接合師を見た。深い後悔と恐怖に駆られているようだった。そして口を開いた。

「立っていられたんですね、貴方」

 貧しい若者は声を出そうとしたが出なかった。

「私の心はこの儀式をやる度にもうやらないと誓うのです、ですが私の頭は金を積まれるとそんな誓いなど跳ねのけてしまう…私は自分で自分が嫌になっているんです。特に薬剤を与えている分まだ和らいでいる方ではありますが、私達人間を救った種族をまた人間の浅ましい欲の為に殺されるのですから。どのみちあれは解体予定艦で死は決まっているのですが、だからと言って耐えられるかと言うと別でしょう」

 接合師はビール缶を取り、ソファに寝転がって飲み始めた。

 そうするとこう言った。

「そうこれは独り言、私の儀式に立っていられるものは居なかったのだから・・・私がやっているのは本当の蘇生ではない、限定的な召喚だ。その間に召喚された者の事を記憶に刻まなければならない、私がやっているのは梯子で言うなら糸を取ってくることだ。そしてその糸を取って接合して梯子のように強い関係を持ち、誰かに踏んづけられようと簡単には切れない作りにできるかは貴方次第、・・・・上手くやることですね」

 そう言うともう一本ビール缶を開け、一気に飲み干した。彼は今度こそ酔いつぶれて寝てしまった。

 貧しい若者は辛うじて接合師が言った言葉を聞き取った。そして死体が会った場所に目を向けると彼の彼女が寝ていた。

 彼は感極まった。彼はあんな事があった後だから自分の目を信じることができなかった。

 恐る恐る脈を確認した。生きていた。その体温はぬるくも冷たくもなく、まさしく生者の体温だった。

「本当に生きてる!やった、良かった!」

 そういった途端、儀式で命を失った艦娘を思い出した。

 彼女はどう思うだろうか。最後まで人間のエゴに踊らされた艦娘。彼は後ろめたさを感じた。あの哀れな艦娘の為にできることはないか考え始めた。そして彼はこの結論に至った。

(言い換えてみればあの艦娘がこの世に残した最後の遺産が今ここに蘇った彼女だ、なら以前にもまして彼女を愛そう。)

 




全く関係ないですがラストレイブンでは軽量機使ってました。マシンガンやガトリングの連射は楽しいものです。


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ケテルside:2

 今回はちゃんとした形で艦娘が出ています。3ルート作る予定ですがケテルの最後は同時にやります、なのでside:1は後になります。今回はグロイ描写があります。と言っても私は腕はまだまだですので大丈夫かもしれませんが報告した次第です。


午前0時、ある鎮守府にて駆逐艦響が虚ろな目で窓から虚空を見つめていた。彼女の部屋は心労によって乱れ切り、年相応の物はかつてはあった形跡はあるものの今はそんなものはなく、異常な量の酒瓶が床に転がり机の上の日記もかつては日課であったろうその日の事を記すことも、ある日を境に途切れたままであり、その日を境に日記帳は仕事を与えれることもなくペンは黙し、消しゴムもその他筆記具も埃かぶっていてこの部屋全ての道具が各々の役目が来ることはないと諦めたかのように辺りに散在していた。規則性などはなかった。かつてはあったのだろうが。

 響は虚空から自分と提督(死神)だけになった鎮守府の庭にあたる場所を見た。響は虚ろな目で過去に浸った。

 前提督時代の記憶である。あの頃はまだ彼女の仲間達は生きていた、活発で各々の個性が爆発していたが皆仲がなんとか上手く嚙み合っていた鎮守府だった。

 景観も理想的だった。陽光に照らされて輝く季節によって衣を変える植物達それらは奇麗に整備され、小さい花壇ながらそれは花園に負けぬ美しさを放っていた。何も花壇だけではない。宿舎も奇麗で掃除が行き届いており、そこに住む職員や艦娘達は皆満足したような顔をして過ごし、されども軍の荘厳さもある、理想的とも言える鎮守府だった。

 それを提督(死神)と前提督が変わった事で地獄に変わった。死神は無理な出撃を繰り返させ、それで傷を負った為に入槽することも許さなければ新しい艦を建造させることも許さなかった。その様は自分の価値観を押し付けるエゴイストの様であり、艦娘の死滅を望んでいる様に思えるほどだった。そしてそれらに抗議するために押し入った者達は提督の部屋に行った後、見ることはなかった。その後決まって肉の腐る臭いがした。そしてそもそも提督の姿すら見ているものがいるのどうか怪しかった。

 無理な出撃を繰り返し、建造も許さぬ内に生き残っているのは響だけだった。その時から提督の部屋からは唸り声が聞こえるようになった。言うまでもなくこの唸り声も彼女を狂わさせた一因だろう。響が一人になっても出撃命令は続いた、彼女は響という艦娘の中でも異名がつく程の実力者でそう簡単に沈まなかったが、もはや彼女はかつての面影はなかった。髪は乱れ心は心労で狂気に染まり、体は疲労しきっていた。服は汚れてこそいたが未だ元の良さを保っていた。

 響は回想したことで狂気に満ちた、いや死神を殺すことは正義なのか、ともかくある覚悟を決めた。

(艦娘の禁忌など知った事か、私はあれを殺してやる!)

 響は額に右手を当て、片手をだらりと下げて、普段の物静かな性格からは考えられない高らかな笑いをした後、自分の艤装ではなくナイフを取りに行った。後は提督を討伐するだけだろう。

 彼女はいよいよ提督の部屋へ通じる廊下を通り始めた。行く途中で響はこの鎮守府のなれの果てをみた。枯れて何者にも世話されず虫に食われて力なく垂れた若くとも老婆のように見える花達、彼女らが再び衣を着る日はないだろう。

 蜘蛛の巣が張り巡らせられ、埃かぶった通路。二人で居るには広すぎる建物。

 かつての荘厳さなどなく、それを引き換えに手に入れた廃校を思わせるような暗い雰囲気。建物全体が花と同じく、実際には若くとも老いていた。退廃が臭いを持つならこの鎮守府と同じ臭いだろう。

 響は不安定な調子で階段を上った。また響は過去を思い出した。それを燃料に自らの決意を漲らせた。あの提督は人間じゃない、だから大丈夫ではないかと自分に言い聞かせた。

 とうとう提督の執務室の前まで来た。相変わらず腐臭がしたが、その中から聞こえたのは唸り声ではなく、何者をも魅了する甘美な音色のように一時的な狂気に陥った響は聞こえた。

 響はまたもや過去を思い出した。ともに戦場を駆け抜けた戦友たちの顔が見えた。皆いい笑顔をしていたがその笑顔には陰りが見えていた。響には自分が今やろうとしていることを引き留めようとしている様に感じた。実際提督殺しを決行した時から繰り返し見ているのだから。

(大丈夫だよ、あれは心は人間じゃないから)

 響は扉を開けた。

 

 

 

 

 その部屋は地獄と言ってよかった。

 部屋は腸がパーティの時に飾り付けられる飾りのように飾られ、その腸には目が埋め込まれていた。

 その他はバイオリンなどの器具だったがこれがまた異常だった。

 人間の足のアキレス腱で作られた弦、弦以外は人骨を溶かして固めた物が使われていたようだった。

 人の胃と腸を固めて作ったオオボエのような物、その他にはもはや音楽器具として見ることすら難しい物が丁寧に飾られてあった。全体的には異様にラッパが多かった。

 床は血を吸った様な見た目で魔法陣のようなものが描かれ、その魔法陣の中には赤い竜と杖、二本の角を付けられた狐という奇妙な偶像が置いてあった。竜は悪魔のように口が歪んでいて杖には冒涜的な言葉が彫り込まれ、狐は嘘吐き共と同じような雰囲気を宿していた。

 この部屋の全てのものが宗教的でありながら冒涜的でもあり、グロテスクというよりも奇妙であった。

 そしてその奥には正十字架が建てかけられてあった。

 この部屋の主は下記のような見た目をしていた。

 白い人体のパーツが描かれたような法衣を身にまとい、頭は包帯で巻かれ体からは節足動物に似た三対の長い腕と普通の人間の足だった。その者は長身で何も食べていなかったかのように瘦せ細っていた。

 死神は新しい楽器を作る作業をしており、何かぼそぼそ言いながら手を動かしていたが聞こえたところで我々には理解できないものだろう。

 死神は作業に熱中しすぎて響に気づかなかったようだった。

 響はゆっくりと歩み寄った。死神はなお気づかない。

 響はナイフを振り下ろした。

 




 


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ケテルside:2 ラズミーヒン

 今回は会話主体です。ちょっと切れが悪くなるかもですがここで響から一度離れます。


 同時刻、響のいた鎮守府の近くの港町のとある広い家の客間でこのような話し合いが行なわれていた。

「料金は前払いにしますからラズミーヒンさん、何とかなりませんか?」

 そう言ったのは55ぐらいの老婆だった。その老婆は少々蓄えがあったようで普通の老婆よりも豪華な服を身にまとっていた。

「そうですね、自分はもうそろそろ小遣いが無くなる頃でしたしハッキリ言ってありがたいですね」

 そう言ったのは20代位の若者だった。普通の成人男性より少しだけ背が高く、顔立ちは温和で人のよさを思わせたが身体全身が海上で出会おうものなら深海棲艦と見間違えるほどに白く、その白さは死人の様でもあった。服装はまさに旅人の様であり身に着けているものは全体的にボロボロだった。デカいリュックサックにパンパンに物が詰め込まれていたにも関わらず楽々とその若者は背負っていた。

「それで誰の事を調査すればいいんですか?」

「近くの鎮守府についてよ」

「へえ、それはまた変わった所をご所望ですね」

「その鎮守府が最近おかしくってねぇ、最近あそこから唸り声が聞こえるし、あそこの近くに行った人達が行方不明だし、新しい提督になってから艦娘ちゃんたち、こっちに遊びに来ないのよ」

 老婆は自らの抱える不安を表に出してそう言った。

「あの子達と遊んでると息子の幼いころを見ているみたいで楽しかったのに」

「へえ、遊びに来てたんですね。私は最初貴女に鎮守府の調査をして欲しいと言われた時、てっきり貴方が新しいビジネスでも始めるかと思っていてその一環かとばかり考えていましたよ」

「もう金稼ぎはこりごりよ、それよりも息子は結婚するからその嬉しさを一身に受けたいの、そのために不安なことはこの際取り除いておこうと思って、祝儀の途中で嫌なことなんて思い出したくないわ」

 そう言うと息子の輝かしい将来を脳内に描いたのかホッホッホッと笑った。

「響ちゃんといずれ生まれてくるであろう私の孫が遊んでるところを早く見たいわ」

「はっはっはっ、私は貴女が羨ましいですよ。今のこのご時世、幸せを手に入れられるのは金を稼ぐより大変なことですから」

 調査のための持ち物を準備しながらラズミーヒンはそう言った。

「そうよ、私でも自分が幸福だと思うわ」

 老婆は口角を上げて目を細めて笑っていたが、不意に曇った。

「そうそう最近怖いわよね、何て言うだっけクリフォト化だったかしら、人間も艦娘も分け隔てなくクリフォトっていう化け物になってしまうっていうんだから!」

「件数も多くなってきましたし、クリフォトはギミックがあってそれを見破らなければ戦っていた側が即死したり、急に力が強くなって関係が逆転してそのまま全滅というパターンがあるようです。それと姿が奇異なものに変わりますね。何故なるのかも分かりませんから恐ろしいものです」

「もしかしたら響ちゃんクリフォト化してないわよね!」

 老婆は急に取り乱してラズミーヒンに駆け寄り、そのままの勢いで手を取った。

「いやぁ大丈夫ですよ、おそらく。あの鎮守府の響本当に強いんですから」

「あの子ああ見えても中身は子供なのよ、心配だわ」

 老婆は胸を押さえてそう言った。ラズミーヒンは出かける準備を始めるために荷物を整理し始めた。

「落ち着いてください、響は、『銀色の不死鳥』はその名のとおり例え負けようとも返り咲きます。国の『剣』の『鞘』ですから。むしろそうでなくては」

「『剣』てあの他の軍人や艦娘よりも飛びぬけて戦いが上手い人達や艦娘達のことでしょう?私剣の柄と昔会いましたけど酷くやつれてましたわよ」

 剣の柄という単語を聞いた時、ラズミーヒンは明らかに機嫌を害したようで顔を歪ませ、荷物を手に取る力が増した。

「剣の柄って接合師のことですよね、アイツはろくでなしですから剣に数えない方がいいですよ。実際あのろくでなしは今は金の事にしか目をくれなくなって剣の柄を剥奪されましたし。全く、民衆のおかげで柄になれたのに金に目が眩んで結局民衆から柄を剥奪されるという始末とはね」

「今は別の人が剣の柄をやっているから剣の柄って言っても伝わらないと思ったのによく分かったわね」

「い、いえ、私の勘違いだっただけです」

「それにしても何で剣なのかしら、銃とか色々あったでしょうに」

 ラズミーヒンは落ち着いてからこう言った。

「剣なのはおそらく、この世界がもう科学万能の時代じゃなくなったからでしょう。深海棲艦に侵攻されている時、今まで何の効果もなかった呪術や魔術が異様に効果を発揮し始めました。それで呪術や魔術で無理矢理戦闘力を上げて深海棲艦との戦いを持ちこたえましたが、それらの戦闘員も戦闘員として戦えるために術を掛けられている間に負荷がかかって死んでしまう者がほとんどで前線では数が足りなくて結局敗走しましたからね、かつての剣の刀身がいた所と認めたくないですが、剣の柄がいた所も大丈夫ではあったようですが。とにかく科学万能というよりこの世界はファンタジーチックです、ですから剣の方がそういう意味で適当なのでしょう」

「そういうことねー、あらやだこんな引き止めちゃった。ごめんなさいね」

「いえ、かまいませんよ。貴女には私が右も左も分からなかったころに引き取ってもらった恩がありますから」

「あとこれ前金ね、よろしく頼むわね」

「ありがとうございます」

 ラズミーヒンは気を引き締めた。ボロボロの服はいつの間にかよく仕立てられた服に着替えられ、黒いスーツが彼の肌の白さを美しくさせた。

「ではいってきます」

「気を付けてね」

 ラズミーヒンは笑顔で手を振り玄関から外に出た。

(全く、移ろ気なばあさんだ!)

 ラズミーヒンは老婆と新郎新婦の家を見た。

(家族…か、分らんな僕には)

 ラズミーヒンはそう思いながら愛用のバイクに乗って鎮守府へと向かった。

 




 言っておきますがゴールデンウィークだから早くなるかどうかははっきり言って私にも分かりません。


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ケテルside:2 カイン(落ちぶれた剣の鞘)

 結局GW中に投稿できませんでした。申し訳ありません。
 ユニティ側での修行中、デバッグをしていたのですがそれですっかり意気消沈していました。


 響は死神に刃を振りかざした。死神は倒れた。その感触は見た目は奇異であるというのにあまりにも人間的だった。響は返り血を浴びた。その返り血は真っ赤で普通人間の血は赤黒く見えるが、真っ赤に見えた。

 だがそれでも感触は人間的であったために響は人間を殺したような感覚になった。

 響は何度も刃を振りかざした。百を超えたあたりで死神の頭がとれ、死神の頭の包帯がとれた。頭は幾つもの穴が塞がったかのような顔だった。それ以降も死神の身体全身をめった刺しにした。刺すたびに彼女の中に復讐心が沸き上がった、そしてそれに自らの身をゆだねた。倫理が働くことはなかった。

 今まで生者を食い物に自分の欲求を満たし続けた死神は食い物たる生者に、これまた生者の欲求を満たすために殺された。

 響は死神を切った感触があまりにも人間的であった為、切る度に自分の大切なものが切り取られるような感覚を覚えた、がそれよりも憎き敵を打ち取った快感が勝った。

 復讐鬼という名の狂気に陥った艦娘は勝ち誇ったような顔をしてこう言った。

「終わったよ、皆」

 その時、物音が聞こえた。響は物音がした方向を見た。人だった。それも幼い少女である。

 その幼女はこのような様子だった。手には7つの錠前がついた巻物を持ち、法衣を纏い、怯え切った目をしていて身体全身が恐怖で震えていた。

 正常な者であるならここで幼女に対して優しく接してやっただろう、正常であるならば。

 しかしここに居た生物は二人だけである。狂気に陥った艦娘と恐怖に震える幼女である。

 そして果たして、人殺しという復讐を達成した狂気の復讐鬼に何の意識が宿るのか。響は罪人として、犯人としての意識しかなかった。

 響は『見られた』と思った。さっきまでの達成感と激情が嘘だったかのように冷えていった。みるみるうちに顔が青くなり、手が震え始めた。

 響は無意識で彼女に刃を振り下ろした。幼女はただそれを遮るように手を掲げただけだった。

 脳天が割れた、彼女はとうとう本物の返り血を浴びてしまった。その返り血は響を正常な者へと引き戻してしまった。

 響は自分がやったことに気づいた。彼女は自らの保身のために罪のない幼女を殺したのだということに気が付いた。響の手足の震えはさらに高まった。

 途端に響は部屋全体から幾つもの刺すような視線を感じた。その視線は所詮ただの視線であるが、確かな質量をもった視線だった。

 響は辺りを見回した。パーティー風に飾られた腸に取り付けられた幾多の目が、血走った憎しみのこもった目が、響を見ていた。その目は罪人を糾弾する人々の目のようだった。

 響は力なくへたり込んだ。そして死神の顔が視界に移ってしまった。

 死神の顔にはギリシア神話のアルゴスさながらの幾つもの目がいつの間にか出来ていた。

 その目は夢を打ち砕かれた若者の絶望の瞳であった。その目たちは所詮死体の目であり言葉を発すことはなかった。だが言葉を発さないことは存在の否定にはならないだろう。

 響は死神の顔が視界に写った時にその視線に耐え切れずに逃げ出した。

 大きな音を立てて乱暴に扉を開き、あらん限りの力で走り続けた。

 響はどこへと行く気もなかった。人を殺した今、彼女は誰かと関わる気が起きなかった。

 その途中で過去の仲間と遊んだ場所を見た、彼女は誰かと遊んでいることは思い出せたがその中の記憶の者ども全てが顔が黒く塗りつぶされて顔で判別することができなかった。声も聞こえなかった。

 やがて響は澄み切った川にたどり着いた。そこに来て足がフラフラになり、自分がちゃんと歩けているのかさえ分からなかった。

 響は川に写る自分の姿を見た。

 そこに写ったのは今までの自分ではなかった。身長が伸び、人型であったが肌は燃えカスのようで灰のような色と黒い木炭のようなものが血管のように彫り込まれていた。服はボロボロに劣化した軍服となっていたが灰で汚れ、胸には勲章のような銀色の何かがあったがそれは錆びていた。顔も体と同じような色であったが鳥が羽を畳んだような刺青がされ、目と口と鼻はなかった。持っていたナイフは長い棒状の物になり、肌と同じ色をしていた。

 その姿を見て響と定義されていた者は悟った。あの時殺しをしたときに過去の自分も一緒に殺してしまったんだと。

 そのようなことを悟った時にぶり返してきた疲労によって倒れた。過労によって自分の意識を食われる時に響は救いを求めるように手を伸ばした。その手を取るものはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不死鳥の羽根、それは彼女が護るべき者たちであり、仲間達だった。しかしそれらの羽根は自らの欲求を満たす不吉な命の狩人にむしられ続けた。そして最後には自ら最後の羽根をむしり取ってしまった。

 翼はあっても羽根のない鳥が飛べるだろうか。何も持っていない生まれたばかりの姿と同一な状態でどうして一人で生き残れるだろうか。鳥は羽根がなくては飛べない。だからと言って羽根だけで飛べるわけではない。

 不死鳥は飛べなくった。彼女はこれより地を這う者になる。栄冠と友情と希望の物語であふれた(過去)に背を向けて。




 これは全く関係ない話ですがウマ娘を通じて実在する馬を調べているのですが彼らはとても素晴らしいですね。いつか携わった人々に関しても調べてみたいです。


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ケテルside:2 交わり

 今回ちょっと誤字があるかもです。


 響と定義されていた者は何処かで見た天井で目が覚めた。

 辺りを見回すと、過去の彼女がよく遊びに来ていた家の客間だったことが彼女には分かった。

 咄嗟に彼女は自分の体を見た。元の姿に戻り、服は変えられていて、体も清潔な状態になっていた。清潔な状態に戻った彼女は元の美しさを取り戻していた。薄い青色の髪は奇麗に整えられ、顔はまだ狂気の後が残っていたがそれがことさら彼女の美しさを引き立てた。彼女は自分の姿に驚いていると声が響いてきた。

「響ちゃん!!」

 老婆の声だった。老婆は感極まって手に持っていた書物を落として、飛び上がった。

「もう、心配したんだから!ラズミーヒンから状況は聞いたわ、辛かったでしょう。大体の事情はラズミーヒンから聞いたわ。ごめんなさい。もう少し早くラズミーヒンに依頼しておけばよかったわ!」

 老婆は抱きついた。きつい香水の匂いが彼女を包んだ。匂いに対して響と定義されていた者は顔をしかめたのが分かったのか、すぐに離れた。響と定義されていた者は、自分の情報が広まっていることに驚いた。が、すぐに納得した。今までの彼女がいた鎮守府は不審な活動をしていた。遊びに来ていたのに何も言わず遊びに来なくなった。提督は従業員も殺していただろうから行方不明者の情報も出るだろう。何かしら民間の方でも探られてもおかしくはない。そう彼女は考えた。

 途端に響と定義されていた者は震え始めた。罪人としての意識が「お前は罰を受ける」と言っていた。

 老婆が響と定義されていた者が震えていたのに気がつこうとしていた。

 その時にドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します。お目覚めですか、鞘殿」

「あら、言ってないのに来たわね。そんなに声が大きかったかしら?」

「ハハッ、そうですね。そういうところです」

 ラズミーヒンはそう言うと後ろで手を組んで響の前まで丁寧に歩き、

「お近づきの印です」

 と言ってよくあるラッピングされたプレゼント箱を渡した。

 そうするとドタバタと病人の寝ている部屋に二人やって来た。

 老婆はそのドタバタ音とラズミーヒンがやって来たのとですっかり意識が他に移った。

「大丈夫だった?響ちゃん」

「声がしたから起きたと思いましたがそのようですね」

 そう言って入っていったのは新婚二人組、老婆の家系の者である。二人の指には指輪がつけられていた。奇麗なダイアモンドである。男も女もどこにでもいそうな凡人のような出で立ちだが、幸せそうな雰囲気を纏っていた。今は響と定義されていた者に対する心配で多少曇ってはいたが。

「ラズミーヒンさん本当にありがとうございます」

「いえ、いいですよ。新婚さんの憂いを拭い去るのもまたいいことでしょうし。これでお楽しみできるんじゃないですか?」

 そう言うと新婚二人組の顔が赤くなった。それと同時に老婆と新婚二人組に響と定義されていた者を見えなくするように自然に立ちふさがった。

「子供がいる前でそう言うこと言わないの!」

「ああ、失礼しました。それとですが、皆さん結婚の準備で忙しいでしょうし、私しか鞘殿の世話ができないでしょうから彼女さえ好ければ色々と話したいのですがよろしいでしょうか?」

「私は別にいいわよ、響ちゃんは」

「ああ……別に構わないよ」

 響と定義されていた者はもうあまり考えたくなかったので気のない返事で済ませた。返事をする頃には震えは止まっていた。ラズミーヒンはちらりと彼女を見ると空いている椅子に座った。

「本人がそう言うなら私達も異論はないです。」

「ハハッ、決まりですね。では三時間後でよろしいですか?」

「ああ……。」

 彼女はまた気のない返事で返した。

「後、先ほど渡したプレゼントは一人の時に開けてください。それと皆さんそろそろお開きにしなければではありませんか?」

 ラズミーヒンは

「色々と積もる話があるだろうから話そうかと思ったけど確かに今は少々忙しい。後ででも話ができるか。君はどうする?」

「私も貴方と同じ意見です」

 そう言うと新婚二人は出て行った。

「響ちゃん、何かあったら言うのよ。食べ物、ここに置いとくから」

 老婆はバッグからお菓子とおにぎりを取り出して、響と定義されていた者の机に置いて出て行った。

 老婆が出ていって30秒くらいたった後、ラズミーヒンは戸に耳を澄まし、それが終わったら扉を開けて誰もいないか確認していた。そしてラズミーヒンは椅子に座った。

 響と定義されていた者は今自分が置かれている状況や民衆の間では自分が起こした事件がどうなっているのか知るためにラズミーヒンに話しかけた。

「ラズミーヒンさん、私はどのくらい寝てた?後、敬語はいいよ」

「そうですか。ではお言葉に甘えていただきましょうか。三日だ」

 そう言うとラズミーヒンは目が鋭くなった。

「僕は駆け引きが面倒だから単刀直入に言うぜ、アイツら君が殺したんだな?」

 響と定義されていた者はまた震えだした。彼女自身は分かっていた事とはいえ、実際に人に言われると彼女は後悔や罪意識が蘇ってきた。

「そのことは周りに知られているんじゃないの?」

 その問いを彼に対して投げかけると、彼は意外そうな顔をしてこう言った。

「君はまだ本調子じゃないみたいだな。君があの幼女を殺した事が伝わってるんなら今頃君は腕利きの軍人に縛られて護送中だろうよ。それに第一あの老婆の親族が引き受けてくれた時点で察するかと思ったけど。世間にはクリフォトが殺した事になってる。そんで君は行方不明といったところだ。あのくそ忌々しい接合師がこの事件を調査しないなら、あの芸術品の一部になったっていうことになるだろうな、いずれ。できる隠蔽工作はやりつくしたとおもうぜ」

 響と定義されていた者は一瞬彼をありがたく感じたがそれは捕まらなかった野盗と同じ心理なような気がして自らを恥じた。そして彼のことに関して彼女は少し疑いをもった。何故彼は自分をかくまったり、隠蔽工作をしてまで守ろうとしたのか。

「何で、私を隠してる?」

「僕は寂しいのは嫌いなやつでね。旅はしているんだけど一人なんだ。心寂しいんだ。それに一人で旅してると色々不便なところがあるし、君がよければ僕と一緒に旅してくれたらと思ったんだ。」

 そう言うとラズミーヒンはいかにも気の良い若者のようにニコニコした。

「人殺ししたやつにそういうこと言うんだね」

 響と定義されていた者は自虐的に笑ってそう言った。

「罪を犯したからって(罪の度合いにもよるけど)いちいちギャーギャー言ってたら贖罪の機会さえ与えられなくなる。僕との旅は贖罪の旅でも思ってればいいさ、この世の中、困ってる奴らはけっこういるぜ。そいつらを助ければいい」

「そう」

「で、どうだい?僕と一緒に行く?」

 ラズミーヒンは立ち上がって響と定義されていた者に手を指し伸ばした。

「一緒に行くよ。」

 そう言うとラズミーヒンは大いに驚いて目を見開いた。

「へえ、意外だぜ。これダメ元だったんだけどな。素性隠して他の鎮守府に行くっていうことはできないのかい?」

「今の私に人を守る資格はないよ。それに、もう艦娘でもなくなったみたいなんだ。」

 ラズミーヒンには彼女の言っている「資格がない」の部分は何故言っているのか理解できたが、「艦娘でもなくなった」という部分に関しては理解できなかった。

「へぇ、そう。ま、取りあえず」

 ラズミーヒンは椅子から立ち上がって響と定義されていた者に対して手を指し伸ばしてこう言った。

「初めての自己紹介だ。僕はドミートリィ・プロコーフィチ・ラズミーヒンだ。」

「私は……」

 彼女は自分が響であると名乗ろうとしたが、唐突に響と名乗るのに違和感を覚えた。自分が響という名を冠することは響という存在を侮辱するようにも感じたのである。

「ごめん、名前はないよ。」

「はあ、君は艦名があるから、それにすりゃいいだろうに。このまま名無しじゃ困る。じゃあ君の名前はロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフだ。実際にありそうな名前だし、カモフラージュにはいいかんじだろう」

「…それでいいよ」

「いいのかい、もちっと可愛い名前欲しがるかと思ったけど」

 そうしてラズミーヒンの手を握った。

 祝福するかのように、陽光が差し込み、風が吹き始めた。その陽光はまるで赤ん坊が初めて見る光のようであり、風は優しく彼らを産着のように包み込んだ。

 するといきなり大音響が鳴り響いた。

 




 どういう作品にするか方向性が決まったので、タグの大規模な編集やタイトルの所のどういう作品か説明する前書き部分を変更を近日中にしようと思います。
 さすがにあの文章のままではこの作品がどういう作品か分かりませんでしょうし。


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ケテルside:2 灰の中の火

 中々今回難しかったです。


 大音響が鳴り響いた。それは砲撃の音だった。砲丸がこの家の近くに当たったのだ。

 それとほぼ同時に衝撃で家全体が揺れた。揺れが収まった後、二人は急いで窓の外をチラッと見た。そこには恐るべき深海棲艦12隻が攻め込んで来ていた。深海棲艦は住民を虐殺して回っていたが、何か人を探している様だった。それも穏やかな顔ではない。彼女らなりの義憤に駆られていたような顔で、どちらかというとその憂さ晴らしとして住民を虐殺していた。

 町が瓦礫と血と人の部位で埋まっていく。その様は凄惨であった。白と黒の軍が赤で染まる、大地も生命体が出産する時のように赤で染まる。されども今は産みの時ではない、死ぬ時だ。始まり時ではなく終わりの時なのだ。

「はあ!何でだよ!海の方の巡回は別の鎮守府が一時的に担当になったはずだぞ。どうしてだ……ああ、クソ、そういうことか!何で気づかなかった!」

 ラズミーヒンはかなり苛立ちを感じながら、ラスコーリニコフを連れて部屋から出た。

「どういうこと、ラズミーヒン?」

「あのクリフォト、海の方も隠蔽系の魔術かなんか使ってたんだな。海からも艦娘から見られたくないから視覚阻害とかのあれこれの魔術を海の方に放ってたんだろう、実際なんかそれ用の射出機あったし。だからそれがまだ残ってたとしたら、巡回しているつもりで全く違う方を巡回していたんだな、それに君は視覚阻害の魔術の中から何度も出撃を繰り返していただろうから、深海棲艦は気づくだろうし、対策してきたんだな。クソ、だとしたらラスコーリニコフを適当に外に放っておけば殺せたろうに。いや、きっとアイツはお前だけは楽器にしたかったんだろう、あんだけ酷い事やっときながら艦娘の倫理がまだ働くとよく思えたなアイツ。鍵もかかってなかったし。」

 ラズミーヒンは早口でまくし立てた。

「深海棲艦の狙いはラスコーリニコフ、お前だろうな。あれは仲間が殺された時の顔だ。だが僕は君を深海棲艦に渡すつもりはない。とっとと逃げるよ。取りあえず僕に付いてきて。」

「私が出ていけば助かるのかな?」

「馬鹿野郎、出て行ったところで住民を虐殺することはおそらく変わらんだろうよ。例え交換条件持ち替えてお前を差し出そうが、艤装のないお前を先に殺してしまえばいいだけだ。やるだけ無駄だ。」

 そうやって階段を降りていると深海棲艦の行軍の音が近くなってきた。悲鳴と砲丸とコンクリートが崩れ落ちる音が聞こえてくる。近くなってきた証拠として咀嚼音も交じって来た。

 二人は黙って家を出た。二人とも生きるために足取りは速くなったが、その割には音をたてなかった。

 ラズミーヒン達はリビングの窓から外に出た。リビングの近くにはちょうど良く草むらなどの遮蔽物があったから身を隠すのには適していた。深海棲艦の大群は、艦娘探しの為に三体で組んでバラバラになって探していた。すぐそこまで深海棲艦三隻は来ていたが、幸運なことに三隻の深海棲艦はラズミーヒン達には気づかなかった。

 その時ラスコーリニコフは深海棲艦の中の一隻、イ級がこの家の主、老婆の親族である新婚の男を殺そうとしているのを見た。彼女はまだ艦娘だった時の記憶が朧気ながら浮かび上がった。ラスコーリニコフは不思議な感覚でその記憶を見ていた。自分の物であって自分の物でないような変な感覚がしたのだ。そのうち自分の目の前で沈んだ艦娘を思い出した、顔は相変わらず真っ黒のままだが、その命が奪われる光景を繰り返してはいいのか、と記憶が訴えかけているように感じた。

 彼女はそれを正当なものとして受け入れ、深海棲艦に気づかれないように近づいた。ラズミーヒンがそれに気づく。だが気づいた時には遅かった。

(なんだと、ああクソ。)

 ラスコーリニコフは素手でイ級を殴った。イ級は沈んだが、その物音で他の三隻、もう一体のイ級とホ級に気づかれる。しかしその時、この二隻の死角からラズミーヒンが何処から取り出したか分からない槍を携えて飛び出した。飛び出した勢いでホ級を貫き、イ級がラズミーヒンの存在を認知する前にイ級の後ろに回り、槍は刀に変わって一閃した。それらの動作はかなり手慣れていた。

 ラスコーリニコフは結果的に善を行ったのでいい気分になっていた。そうやって何でもない所に目を向けると自分の殺した少女を見た。幻覚だということには彼女自身気づいていたが、その少女は責めるように彼女を見ていた。ラスコーリニコフは罪意識に再び捕らわれ、こう思った。

(そうか、例え300の善を行っても一つの罪を消すことはできないんだな。いつまでも纏わりついて離れない。)

 彼女は自己嫌悪した。かつては人と仲間を守る艦娘が、自分の欲望で、一つの犯罪によって瞬く間に変わってしまった。そして行き着いた先が灰と埃と錆でまみれた自分自身。暖炉の灰は灰皿へと送られるように、埃は払われゴミ箱へと行くように、錆びて見てくれの悪くなった勲章は倉庫へ送られるように、彼女は誰からも望まれないだろうと思った。そしてこう思った。

(私のような殺人鬼はだれも望まないだろう、結局私は…一人か。いや、今の私は自分自身ですら嫌悪している。自分自身の中にすら居場所はないということか。)

 そうすると少女は満足したかのように去っていった。

 そのようなことがあったが、ラズミーヒンはそのことに気づきもせず、話しかけてきた。

「全く、剣の奴らってそういうことできるのか。驚いたなんてレベルじゃないぜ。素手で殴ってそのまま轟沈させるとか。」

「そっちこそかなり手慣れているように見えたけど?」

「いや、僕の武器だと二体の暗殺が限界だ。君が倒してくれなかったらそのまま見捨てたよ。」

「酷いな。」

「それが生き残る手段なので。」

「取りあえず深海棲艦は暫くこっちに来ないだろうから、あと二人を助けよう。」

「そうだな、よし。失礼、旦那様。あと二人が何処か知りませんか?」

 そう言ってラズミーヒンは新婚の夫を見たが、夫は気絶していた。

「全く、仕方がないぜ。」

「探す必要はないみたいだよ。ほら」

 そう言うとラスコーリニコフは指をさした。指をさした先には老婆と新婚の妻がいた。震えて動けないようだった。

「さあ、行きますよ。こんなとこに居たんじゃ命が幾つあっても足りませんから。肩貸しますよ。ほら、新婚さん、手を。」

「あ、ありがとう。ラズミーヒン。」

「ラスコーリニコフ、夫の方を頼む。」

「分かったよ。」

 そう言うとラスコーリニコフは男をお姫様抱っこをしようとしたその時だった。

 砲撃が飛んできた。ちょうど新婚の男に直撃した。新婚の男は肉片をまき散らした。近くにいたラスコーリニコフはその砲撃の衝撃で吹っ飛んだ、艤装を付けていないのでかなりのダメージを負った。頭から血が流れはじめた。

 ラズミーヒンは咄嗟に二人を庇おうとしたが間に合わなかった。衝撃で三人とも吹き飛んだ。老婆は当り所が悪く、頭から電柱にぶつかって骨と脳でぐちゃぐちゃになっていた。新婚の女の方はもっと地獄だった。体の左半身を勢いよく瓦礫に打ち付けられ、生きるのに重要な部位を失っていなかったので死んでこそいなかったが、あちこちから血がでていた。出血多量で死ぬような量だ。ラズミーヒンは運が良かった。吹き飛びこそすれども障害物がなく、武器を地面のコンクリートにめり込ませて勢いを和らげさせた。

 その砲撃を放ったのは重巡リ級だった。普通のリ級では持たないような怪しげな艦砲を装備し、それから放たれたようだった。その艦砲は艦娘が装備するものと似ていた。

 ラズミーヒンはまだこちらを見つけるのに時間がかかると思っていたので、不自然に思ったが、悲鳴が聞こえてこなかったので納得した。

(もう生き残り僕らだけか。)

 リ級はラズミーヒンは無視してラスコーリニコフに向き直った。リ級は憎々しげにラスコーリニコフを見つめていて、先ほど放った砲の次弾装填をし始めた。

 霞んでいく視界の中、ラスコーリニコフはここが自分の死に場所だと悟り、静かに目を閉じた。しかし、響いたのは砲撃の音ではなかった。ただ、硬質の物を切る音が響いた。

 彼女が目を開けると、ラズミーヒンがリ級と戦っていた。リ級は練度が低く(というよりはこの深海棲艦達は全体的に練度が低かった)対してラズミーヒンは戦闘にかなり慣れており、立ち回りでは圧倒的にラズミーヒンが勝っていたものの武器が装甲を貫けないので掠り傷しかリ級は負っていなかった。

 そんな状況下だがラズミーヒンはマイペースにラスコーリニコフに話しかけた。

「おい、君。寝るにはまだ早いぜ。」

「私を生贄にすれば君の脚力なら逃げれたのにどうして来たのさ。」

 ラスコーリニコフはラズミーヒンが自分を助けないだろうと思ったので驚いていた。

「何馬鹿なこと言っている。友達っていうのは、助け合うもんさ。僕と君は友達じゃないのか?一緒に旅をすると決めた間柄なのに。」

 ラズミーヒンがそう言うと交戦中のリ級以外の深海棲艦達がラズミーヒンに気づき、ラズミーヒンに砲丸とイ級が群がる。ラズミーヒンは多勢に無勢は慣れているようで回避することができた。しかし、無理矢理回避しているせいか動きが危うくなってきていた。

「こんな殺人鬼を欲しがるなんて、気は確かなの?」

「自分が正気かどうかとかとうの昔に忘れたさ!それに殺人鬼だろうが、僕の友達には変りないから。例え君が自分自身さえ受け入れられないとしても、どんな君でも受け入れるよ、僕は。」

 そう言うとラズミーヒンはリ級を突き放してこう言った。

「僕は君が欲しい!寂しいから!どうしようもなく!」

「ハハッ。決め台詞にしてはカッコ悪いね!」

 笑いながらラスコーリニコフは立ち上がった。今まで彼女は自分が咎人で罰を受けるべきであり、何者にも必要されないだろうと思っていた。彼女の心の中の灰と、くすんだ銀色の勲章の中から微かに火が灯った。

(こんな咎人でも求める人がいるのなら、その人の為にまた燃え上がって見せよう。)

 その時、彼女はいつの間にか鎧を纏っていた。全体的な色や特徴はあの時彼女がなった化け物のデザインを受け継いでいたが、軍服は取り除かれていた。手には剣と言うには長すぎ、槍と言うには穂先が尖っていない、長物を手に持っていた。また、体やその武器から微かに火の粉が飛んでいた。

「一度は自らの手で全てを失って倒れてしまったけど、指し伸ばされた手を薙ぎ払う訳にはいかないな。」

 




 タグを変更したり追加したりしました。


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ケテルside:2 クリフォト

 side:2はここで一旦終わりです。次に投稿するヤツが最後のsideになります。


「グッ!」

 集まって来た深海棲艦の軽巡へ級の砲撃をラズミーヒンは自分の左腕を使って身を守った。衝撃で体がビリビリしたが彼は耐えることができた。左腕で防いだ部分の服の部位がなくなり、そこからは彼の死人のような白い肌が見えるはずだが違った。銀色の鋼鉄が目に見える状態になっていた。

(昔思い出すから、あんまり見たくないんだけどな、これ。)

 そう思いながら周りを見回すとラズミーヒンは囲まれていた。ラズミーヒンに対して砲撃が中々当たらなかった故イライラしていた深海棲艦は獲物を目の前に舌なめずりをするようにラズミーヒンを見ていた。

(ハハッ、こりゃヤバいな。)

 そう思った途端にほとんど同じ場所にいた深海棲艦二隻が派手な音をたてて撃破される音が聞こえた。深海棲艦達はその音に気付くと音がした方向を向いた。その隙を逃さずにラズミーヒンは咄嗟に隠れた。

 深海棲艦二隻を倒した者の容姿はこのようだった。色はメインカラーが灰と錆の色で血管のように石炭の黒が張り巡らされていた。形は西洋甲冑の様で所々にかつての栄光が読み取れるような意匠が凝らしてあった。兜には羽根の飾りがあり、手には剣とも槍とも似つかない武器を持っていた。全体的に古ぼけており、その西洋甲冑の様はまるで何千年の眠りから覚めた古物のようである。だが、その西洋甲冑の中からは若々しく、熱い魂の暖かさが感じられた。

 それを見たラズミーヒンは自分の知識や記憶とこの鎧を結び付けようとしたが、失敗した。

(クリフォト・・・にしてはあまり不気味に感じないし、アイツら特有の陰気な雰囲気を感じないな。しかし、それはそれとして)

 ラズミーヒンは西洋甲冑を着ている者と目が合った。その目は紛れもなくラスコーリニコフだった。彼はその西洋甲冑が味方だと確信した。ラスコーリニコフが逃げろ、と言っているようにラズミーヒンは見えた故、逃げ出した。

(全く、ロジオンあんな事できるのかよ。)

 ラズミーヒンは逃げていく最中、ラスコーリニコフを見た。深海棲艦から集中攻撃を受けていたが鎧は傷一つ付いていない。重巡リ級の持つ艦娘の砲に似た物をくらっていたが、それでさえラスコーリニコフを怯ませることはなかった。ただし、速度が遅いようで攻撃するために近づくまではいいが、遅さで誰が狙いか分かってしまい、それで対処されてしまうのだった。

(深海棲艦に弾薬の概念があるならいいけど)

 そうして逃げているとまだ生きている新婚の妻の方に会った。相変わらず血を流していたが驚いたことにまだ生きていた。しかし、異常であった。このままでは確実に彼女は死ぬだろうが死の雰囲気は全く感じられず、寧ろ別種の不気味さや、陰気さが彼女を覆っていた。

 ラズミーヒンは不思議に感じたが、特に気にも留めなかった。

(一応連れていくか、こいつらの親族に遺体を持っていくのも重要だろうし)

 新婚の妻は口で何かを伝えようとしていたが、言葉にならずに空気の小さな振動になるだけだった。それでも口は動いていたのでラズミーヒンは何とか言っている事を理解した。

「寒い、か。確かあまり血が流れすぎると寒く感じるんだったんだっけ。」

 そう言って彼は新婚の妻を背負おうとしたが、体が明らかにおかしくなっていった。

 体の半分は萎み、その部分は黒くなり、もう半分は青白くなっていた。顔は割れたハートになり、その中から少量の煙が立ち上っていた。服は1800年代風の貧しい女子の服に変わったが、その服は全体的にボロボロであった。左手には使用済みのマッチが詰め込まれた手提げかごを持ち、体からは絶え間なく血が流れ、服もその血によってある程度赤くなっていた。その者はこう言った。

 これを近くで見たラズミーヒンは自分の死を感じたが、クリフォトは遠いラスコーリニコフの方を向いた。そして体から血をまき散らしながらラスコーリニコフの方へ行った。

 ラズミーヒンは悩み始めた。彼の見立てではクリフォトはクリフォトごとに能力があり、その能力を見抜かなければ一気に致死率が高くなる。純粋な身体能力では同等であるだろうが、彼はラスコーリニコフが能力を見抜けるか不安だった。

(クソ、僕はどうすべきだ。クリフォトは能力を見抜けなければその能力に圧倒される、・・・ロジオンは逃げろと促していたが、やはり僕には見捨てることはできないな、ああ仕方ない、行くか!)

 ラズミーヒンもラスコーリニコフを助けるべくラスコーリニコフの方へ行った。

 

 

 

「うん、この鎧の使い方も分かってきたな。」

 そう言うと長物を槍のように突いた。そうすると長物の先から炎が弾丸のように放たれ、砲撃を貫いて深海棲艦の内の一隻に直撃した。

 後ろから砲撃が飛んできたがその砲撃は鎧から炎を出して灰燼に帰させることで防いだ。

「!」

 ラスコーリニコフは尋常ではない殺気を感じて振り返った。そこにはクリフォトになった新婚の妻がいた。そのクリフォトは血をまき散らしながらラスコーリニコフに近づいてきていた。

 そしてクリフォトとラスコーリニコフがぶつかり合った。クリフォトは右手を振り上げて下ろした。ラスコーリニコフはそれを長物で防いだ。鍔迫り合いになりギリギリと音をたてる。傍から見れば年代物の西洋甲冑を身にまとった騎士と異形の人間のぶつかり合いであり、その様は異様だった。

 しばらくその状態が続いた。4分は経った頃に、残り一隻のイ級がラスコーリニコフを噛もうとしたのをラスコーリニコフは炎を噴出させることで防ぎ、イ級はその炎で焼かれていった。その時状況が動いた。クリフォトがラスコーリニコフに構わずその燃えているイ級に飛びかかったのである。そして飛びかかると待望していた瞬間のように燃えているイ級に抱きついた。愛おしむように、この瞬間が長く続くようにそのクリフォトはずっと抱きついていた。ラスコーリニコフはその状態のクリフォトを攻撃した、効いていたが全く動じなかった。イ級が完全に燃え尽きるとクリフォトの顔である割れたハートの中から煙が勢いを増して吹き上がった。そうすると絶え間なく砲撃の音が聞こえてきた。ラスコーリニコフに煙で見えていないが、この煙を吸った深海棲艦が同士討ちをし始めたのである。この煙には幻覚作用があるのだ。ラスコーリニコフは西洋甲冑の効果で守られていたが、長く続きそうになかった。

「まずいかな、これは」

 そうするとクリフォトは突然別方向に突き進んでいった。

「おおい、ロジオン。逃げるぞ!今の僕たちじゃ相手にできないぜ。」

 煙の向こう側からラズミーヒンはラスコーリニコフに言っていた。

「分かったよ。でも逃げられるかい?」

 ラスコーリニコフは声のした方に向かった。そして煙地帯から抜けるとラズミーヒンが長く燃えそうなものをライターで火をつけては風向きで煙がこちら側に届かなくなるであろう場所に投げ飛ばしていた。

 クリフォトは煙に包まれていて彼らにはもうよく見えなくなっていた。

「ハハッ、僕の思った通りだ、クリフォトになる前に寒いとか言ってたしほとんどロジオンにしか攻撃してなかったっていうのと燃えているイ級にしか眼中になかった状態があったからもしかしてと思ったけど、煙で途中から見えなくなってたから半分賭けだったけど良かったぜ。」

「というと暖かいものにあのクリフォトは導かれていくということか。後その腕はどうしたんだい?」

「正確に言うと火がない場合は温度の高いものに引き寄せられていく、という感じさ。腕は・・・あまり気にするな、人は誰でも秘密の一つや二つ背負って生きてくもんさ。」

 そう言うとラズミーヒンは最後の火を投げた。そして鋼鉄の腕をサッと隠した。

「よし、じゃ、とっとと逃げるぞ。」

 そしてラズミーヒン達は素早くその場を離れた。

 




 最近著作権に関する法律が少々変わって県立図書館の本が電子書籍として読めるようになったらしいですね。世の中が世の中ですから有難いです。私が興味ある本もあればいいのですが。


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ケテルside:3 世捨て人達

 今回で最後のSideです。


 明るく照らされた整備室の中、一人の男が椅子に座って机の上で武器の調整をしていた。

 その武器はグローブのような物ので指の先端に長いかぎ爪が取り付けてあった。

 突然テレレッテレーという効果音が明るい整備室の机の上で鳴った。これは男のbgm代わりに聞いている動画の効果音である。

「はい、どうもこんばんは~商と、」

「シャイ兄と」

「青葉ですっ!」

 男二人と艦娘一人の声が響く。

 男の道具をいじるカチャカチャという音と動画から出てくる音以外には何一つ音は聞こえなかった。

「今日もこの時間がやってきました!武器レビューの時間です。」

 商が愛想笑いをしながらそう言った。

「今回はSP社とAS社、その他幾つかの企業が新商品を開発されましたよね。」

「ああ、そうだな。どれも癖があるヤツばかりだがな。」

 シャイ兄は気だるげな声で続いた。

「まずは、SP社からです。SP社は銃器で有名ですね、しばらく音沙汰がなかったですがこの商品を作るためだったのでしょう。そんなSP社が苦労して作り上げたのがこちら!」

 商がそう言うと青葉がマシンガンを取り出した。そのマシンガンは形はある一点を除けばどこにでもありそうなマシンガンだった。

「このマシンガン普通の物に見えますけど全体的に大型化してないですか?」

「ああ、大型化している。だが大型化しているのには理由がある。」

「えーっ!その理由とは?」

「魔術を採用しているからですよ、この魔術のお陰で安全装置の解除を所有者の脳波を感じてやってくれるのと、いざっていう時にジャムるときあるよね、それを防いでくれるっていうことさ。」

 商が得意げに言う。

「それは銃初心者にはいい感じっていうことですよね。」

「いや、そいつはそいつで問題がある。」

「へー、その問題とは?シャイ兄。」

「その魔術のメンテナンスを定期的にしないといけないことだ。」

 動画の中のシャイ兄と名乗る者が言うとトントンと戸が叩かれた。

「コヘレト、入るよ~。」

「サンビタか、いいぞ。」

 ガチャリという音がした後、若い女が一人入って来た。

 その女はこのような容姿だった。

 全体的にスラリとした体に若干幼く見える顔、白い短髪に紫色の目をしていた。肌色は真っ白だった。

 そのなかでも印象的なのはやはり目だろう。その目の光は牢獄から漏れ出る光のように弱々しく抑圧された光だった。その目の光と紫色が不釣り合いでまるで他の生物の目を合成して作ったような目だった。

 肌が白いのと眼の異常さからこの世のものでない幽霊や、フィクションから出てきた人物かのような印象であった。

「相変わらず几帳面だね。」

「俺が徹夜したことにはもう突っ込まんのだな。」

 そう言うとコヘレトと呼ばれた者は振り返った。

 コヘレトは平均的な30代くらいの男で目は充血していた。自分の体に興味を示さない者の特有の不衛生があり、髪は伸びてボーボーで不精髭が生え、服は作業着だが何日も着込んでいたようで汚れと臭いがひどかった。また彼も目には特徴があった。光を宿していないのだ。その目からは厭世と虚無が窺がえた。

「私が言っても聞かないじゃん。」

「俺はな、申し訳ないんだよ。お前達を戦場に送って俺はその報酬の分け前を得るということがな。」

「それで器具の整備を3徹してまでする必要はないと思うけど。それにここはコヘレトが居るから成り立つんだし。」

「だからと言ってそれが調整しない理由にはならん、お前たちの仕事は特にいつあるか分からんのだからな。今まで一緒にいた奴が明日にはいないとか夢見が悪くなる、特に自分ができる範囲のことであるならばな。」

「分かったよ。でもせめて体を洗ってくれない?」

「少し待ってくれ・・・これでいい。」

 そう言うとコヘレトは少し武器を弄ったあと器具と整備していた武器を置いた。

「この武器の調整が済んだ、今度こそ手に馴染むはずだから時間がある時に着けてくれ、それじゃ。」

「ちゃんと洗ってよ。」

 分かっている、とコヘレトは言うとそのまま体を洗いに行った。

「それにしても」

 彼女は感心したように部屋を見回した。

「よく整理整頓してるな。」

 この部屋は魔術関連の器具や装備、科学系の器具が一緒くたにこの部屋に収められていた。完全に魔術用と化学兵器用で別れていた。ドアから見て右側からはどこの言葉かも分からない背表紙でギチギチになった本棚にそのすぐ横には机があった。コヘレトはさっきまでこの机で作業をしていた。壁には狼を模したフードの付いたレインコートが立てかけられてあった。これは彼女の武器である。フードの部分には狼の顔のデザインがされており、そのレインコートは青色だった。コヘレトが調整していた装備はこれの一部分である。

 左側には主に銃器を整備するための工具箱が規則正しく置いてあった、わざわざどういった物が入っているかを示す紙を張り付けられてあった。壁には銃器が立てかけられてあり、それは手入れがよく行き届いていた。

 こういった化学兵器はサンビタは使わないが、彼女の相棒が使うもので、相棒の商売道具であり生命線でもあるその武器を新鮮な気持ちで見た。

 コヘレトは徹夜することが多いわりには全て彼自身で整理整頓、手伝いが来るときもあるがほとんど彼がこの部屋を片付けている。それ故に彼女は感心していた。

「本当によくやるよ。」

 そうすると玄関からガチャリという音が聞こえてきた。

「!行かなきゃ。」

 サンビタは目にも止まらぬ速度で一気に玄関まで走り出した。

 彼女にとって唯一無二の相棒が帰って来た事を直感で理解したのだ。サンビタが親元を離れて旅に出る時から一緒だった親友。彼女の親類の者は数えるほどしかいない。そしてその親しい親類の元から離れていた時に共に居た存在がどれだけの重さを持つか理解できるだろう。

 彼女がたどり着いたときにはピンク色の髪をしたポニーテールの少女が居た。サンビタとは対照的な目をしていた。特に眼光は異様にギラギラして少女が放つものとは到底思えないものである。その目の光は自分の欲望のままに生きるこの世の獣に似ていた。そして同時にその目の光は生気に満ち溢れたものであった。

「お帰り、シラヌイ。」

 ある一人の艦娘とほぼ似た者がそこには居た。




 


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ケテルside:3 木こり

 寝る前にこれを書くのですが、それで頭を使うのか寝不足になり、スケジュールが乱れました。今までは木曜日か金曜日に投稿していましたが、土曜か日曜になるかもしれません。新しいスケジュールでやりますので不定期更新を外せるのはまだずっと後になってしまいました。近いうちに資格試験の練習を始めるので投稿が遅れるかもしれません。


「帰投したわ、サンビタ。」

 シラヌイと呼ばれた者はサンビタが迎えに来たのを見て、若干気分が良くなりながら言った。

「妖精さんもお疲れ!」

 そうするとシラヌイの後ろから一人の妖精が出てきた。その妖精は白衣を着た研究員風の妖精で普通の妖精とあてはまるように小さく、可愛らしかった。細目なのと口が常に微笑んでいるのとでゆったりとした雰囲気をしていた。

「帰ったよ~サンビタ、あれコヘレトは?」

「風呂入ってるよ、酷い臭いがしたから。」

「う~ん、帰り道で面白い理論が思い浮かんだから相談しようとおもったんだけどな~。」

「コヘレトはまた徹夜したから明日か明後日にしたほうがいいよ。」

「そうする~じゃあ、向こう行ってるね。」

 妖精はそう言うととてとてと走って自分の部屋へと向かっていった。

 サンビタはシラヌイに向き直った。シラヌイは服装は深緑色のミリタリージャケットを着用し、長ズボンに大きなリュックサックを背負っていた。遠出していたせいか若干の土埃がついて清潔とは言い難いものの彼女自身のギラついた生気に溢れた目が女性としての美しさより雄々しさを感じさせた。だが、雄々しさと共に戦士として醸し出される気迫も外に出ていた。とても少女が放つものとは思えないものである。

 シラヌイは明らかに構ってほしそうで、妖精と話している間に服を洗ったりするなり、リビングに行くなりすればいいだろうにわざわざ玄関に留まっていた。

「依頼お疲れ、この依頼って先頭に繊細な作業が必要だから私じゃ不利で行けなくてごめんね。」

「問題ないわ、無理に貴方が出て行って死んでもらうのも困るわ。」

「そう言ってくれるとありがたいよ。」

「私にはあまり当てはまらないけど適材適所というものがあるから。」

「それでもありがたいよ。」

 二人は話しながら(シラヌイは手を洗った後)リビングへ行った。というのもこの場所は廊下が短く、普通に声を発していても聞こえるのである。

 サンビタはシラヌイが手を洗っている間に酒の準備をした。テーブルの上に二つのグラスを置かれ、酒がとくとくと注がれる。サンビタが酒を注ぐ様は幻想的で彼女の顔は親しい者が無事に帰って来た時の安堵と喜びに満ちていた。それは遠い戦地に行った帰らなかぬかもしれぬ者が帰って来た時の顔に似ていた。架空の合成獣のような目を持つ女がそういったあまりに人間的な顔と仕草をするもので、これだけで一つの抒情的でフィクションと現実との相対性を描いた絵になるのではないかと思われるほどである。

 シラヌイがやって来るとシラヌイが雄々しいのとサンビタの白い肌と仕草が女性的であるのと、それらを取り巻く家具や調度品が普遍的であるのも相まって一昔前の夫婦のような空間を醸し出させていた。

 シラヌイが手洗いから戻り席に着いた。そして彼女は酒を飲んだが、苦い顔をした。

「まずい酒。」

「あるだけありがたいでしょ、酒屋の酒だってまずいのしかないし。」

「たまに美味いのもあるわ。」

「それだってごく稀だよ。」

 サンビタがそう言うとサンビタも自分の酒を飲み始めた。まずいので顔をしかめるが飲み続ける。酔えればいいようだった。

「それで大丈夫だった?」

「何が?」

「艦娘達と協力して依頼をやれっていう話が依頼の一つにあったよね、シラヌイは艦娘達とうまくいかなくてこっちに来たんだし。」

「こっちに来たというよりは貴方に拾われたんだけど。」

「そうかー、そうだったね。懐かしいや、解体予定艦の仲間入りになって接合師の下に送られるのを私が拾ったんだったね。」

「懐かしいという程時間たってないわ。そうね、あの時は苦労したわね、互いに外の世界がよく分からないから色々問題を起こしてコヘレトに相談したこともあったわね。」

「あはははー。」

 そう言ってサンビタはまたグラスに残った酒を飲み始めた。三分の一程の量になるとグラスを置いてこう言った。

「本題に入ろうか?」

「・・・分かったわ。」

「それでなんかやらかしたの?」

「いえ、大事にはならなかったわ。ただちょっと喧嘩しただけよ。」

「何で喧嘩したの?」

「生きていくにはあまりにも甘かったからよ、私達ほどの力もないくせに妙にしゃしゃり出て他人を救おうとして、それで一人死んだし。自分の仲間だけを大切にしていればいいのに。」

「成る程、そりゃ喧嘩するわけだ。」

 サンビタが笑いながら言った。

「貴方も艦娘側なの?」

 シラヌイが若干軽蔑したかのような視線をサンビタに向ける。ギラつく目も相まって怖い顔になる。読者にもさっきの会話で分かったようにシラヌイは思想が他の艦娘達と合わないのである。因みにこれはあくまでもシラヌイが解体予定艦になった一つの要因に過ぎない。このシラヌイ、まだ問題があるのだ。

「いや、私が艦娘だったら艦娘側かなって思っただけ。」

「というと今のあなたの意見は?」

「まず前置きとして話させてもらうと艦娘達のそのルールは鎮守府とその近辺なら適用しても問題ないよ、でも私たちみたいに一度社会のシステムに組み込まれると、特にこの社会は苦痛で回っていると言っても過言じゃないくらいだからいずれ耐えれなくなるだろうね。だからそういう意味だとシラヌイが言っていることは分かるよ。でも」

 サンビタはグラスに残った酒を全部飲み干して次の言葉を述べた。

「だからと言ってそれが目の前の苦しんでいる人を見逃していい理由になるかというとどうかなって思わない?思わないか。私は多分見捨てたら後悔することになるだろうから結果はともかく助けるかな、大気圏突入して苦しんでいるっていうのならそりゃ行かないけどね。」

「理由どうもこうも全部力がなきゃ叶う者も叶えられないっていうのに貴方はそういうことを思うの?」

「だからこそ皆で寄り集まって考えるんじゃない?一人一人が弱くても知恵があって且つその枠組みの中にイスカリオテのユダみたいな人が居ないっていうなら信じられない力を発揮するんだよ。でも、本当にゴミの寄せ集めみたいな人間が群れを成してたらその内の一人が欠けるだけでも蜘蛛の子を散らして逃げ始めるだろうね、それで各個撃破されるだけ。そういう意味では個の力も必要だけどね。」

「・・・そういうものなのね。」

「そういうものじゃない?」

「結局貴方はどっち側なの?何で群れを成すかはある程度分かったけど。」

「シラヌイ側かな、私にはこの世にいる全員を気遣うことなんてできやしないから。自分と仲間のことしか考える余裕がないんだよ。」

 彼女らがそういった内容の話をしているとコヘレトが風呂から上がって来た。彼特有の不衛生さは消し去られていたが目の下のクマはそのままだった。衣服は完全に休日を楽しむ中年の服装そのもので、ある程度彼の厭世的且つ虚無的な目を和らげさせていた。

「上がったぞ。・・酒を飲んでいるのか、あまり飲むのもやめてくれよ。仕入れるの大変なんだからな。」

「あーうんそうだね、今日はもっと飲もうかと思ったけどやめるか。」

 コヘレトは改めて二人の女を見た。サンビタは一応大人の身体つきではあるが顔が若干幼く見えるからそれが酒を飲んでいる絵面が犯罪集を臭わせる、シラヌイに至っては事実だけを述べれば子供だが酒を飲んでいるのだから始末に負えない、が、このシラヌイは子供の割に放つ気配があまりに異色なわけだからシラヌイが子供であるという概念が吹き飛んでしまう。

(憲兵辺りの国家権力共に見られたら速攻アウトだな、ノリでシラヌイは何とかなるかもしれんが。)

 そう思いながら彼はコーヒーメイカーの準備をし始めた。その途端に家庭用受話器から警報が鳴った。

「「「「!」」」」

 遠くにいた妖精はその音を聞いて走って来た、シラヌイはそのギラついた眼光が更にギラつき始めてもう子供と言っていいものではなかった。サンビタは片目を開けてその音が鳴った家庭用受話器に目を向けた、酔いは覚めていた。コヘレトは一気に真面目な顔になって録音機を取り出して起動した後、受話器を取った。

「はい、こちら木こりです、ご用件は?」

 コヘレトがかなり落ち着いた声でそう言った。

「クリフォトがこっちの街に来ている!早くしてくれ!こっちの鎮守府は練度が低いんだ、艦娘達を無駄死にさせるわけにはいかん!報酬は高く払うからとにかく早くしてくれ!ああ、クソ忌々しい煙が見えてきた!場所は○○県××市だ。」

 電話をかけてきたのは錯乱した司令官と思しき人間だった。慌てているのが声に出ていた。

「・・・分かりました、すぐそちらに向かいます。」

「とにかく早くしてくれ!」

 コヘレトは受話器を置いてサンビタ達に向き直ってこう言った。

「木こり達、時間だ。」

「う~ん寝ようと思ってたのに、休みがないの辛い。」

「そういうなよ、妖精さん明日は君の話付き合ってやるから。」

「わ~い!」

 コヘレトと妖精は仕事の準備をし始めた。

「・・・。」

 シラヌイはかなり怒っているのかグラスを握っていたが力が入りすぎてひびが入っていた。

「あー落ち着いて落ち着いて、速攻終わらせれればいいんだから、また今度一緒に付き合ってあげるから行こう。」

「・・・分かったわ。」

 二人の木こりは準備をし始めた。




 なんとなく深夜より昼や夕方のほうが書けてる気がします、気のせいですかね。


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ケテルside:3 (記憶)

 やりたいことがあるのでとっとと進みます。来週から資格試験の勉強をするため、遅れるますでしょうが。間に合うといいのですが。


「コヘレト~。」

 輸送トラックの操縦席の隣で妖精が言った。

「何だ、妖精。」

「寝ていい?」

「別にいい、近くなったら起こす。」

「ありがとう~。」

 妖精は席に立てかけられてあったバッグの中から妖精にとって等身大サイズの布団を取り出して眠った。掛け布団をかけないのを見てコヘレトは手近な布を見つけて片手でそれを妖精にかけてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が寝静まった深夜の港町で妖精は荷物持ちの彼女お手製の人形の肩に乗って歩いていた。その人形と妖精は互いに現代的で流行に乗った服を着ていた。人形は幼児が書いた似顔絵のような顔で常に快活な笑いを浮かべていた。

「ふ~ふ~ん♪」

 妖精は名前も知らないジャズのリズムを鼻歌にして歌っていた。そうすると掲示板が見えた。掲示板には色々な広告が貼ってあり、その中には内陸都市への移住を進める広告があった。妖精はそれを軽蔑に満ちた目でちらりと見た。

 読者はこの世界の人口が3万人程しかいないのを覚えているだろうか。それは喉ほど深海棲艦によって減らされている、だから深海棲艦が襲来してきた海の近くに居住する者は少ない。単純に怖いのである、ただその怖がり方は異常だった。だから自然に内陸部に人口が集まる。そうすると地価が高くなってくる。もちろん、払える者がそういる訳ではない、むしろ払えない者の方が多かった。ただしだからと言って人の居ない所に住む訳にもいかない。彼らは平穏な社会生活が残された環境でしか、つまり我々のような環境下での生きる術を学んだが、それはあくまで人が居て成り立つ知識達ばかりである。果たして、そのような知識しか持たぬというのに生存することができるだろうか、よしんば生存したとしてもそれは果たして幸せと言えるかどうか。彼らは内陸の都市周辺に居を据える事になったがそれは浮浪者の生活そのものだった。そんな訳だから起こるべくして暴動が起こった。内陸都市にも武力はもちろんあった。だがその時新たに台頭して来た企業、PS社の手厚い支援によって浮浪者たちは戦えるようになっていた。それで武力で内陸の居住権を奪い取った。それ以来、内陸の都市は武力で奪い合いをするのが主流となっていった。人間社会というバベルの塔は大量殺戮という力により倒壊され、その力を目の当たりにした人間たちは落ちてきた煉瓦(影響)によって命を奪われ、さらにそれを見ていた生き残った人々はその圧倒的な力に恐怖し、思考力を奪われた。思考力を奪われたがために、他人に対する配慮が消えさり人々の口からは発信者にしか理解できぬような不協和音がかき鳴らされるようになった。極度に張り詰めた精神の限界からくる混乱期の産物が内陸都市である。内陸都市は、人の思い込みと妄執によって自らを富者としたのである。言っておくが、その頃には艦娘は居たので危険はそれほどないのだ。だから思い込みと妄執なのである。あらかたこのような次第であった。

「やっぱり鎮守府から離れて港町に遊びに行くのも良いもんだな~、私を視認できる人がほとんどいないからそれが気がかりだけど~・・・・・うん?」

 突然曲がり角から手と足を負傷した血だらけの男が飛び出てきた。妖精はビックリして手当をしようとして呼びかけた。

「あ、待ってください!」

 その男はそのまま逃げるように走り去ってしまった。妖精は追いかけようとしたが、男が飛び出していった所から腐臭が漂い始めた。港町にはそぐわぬ明らかに異常な臭いに妖精は不信感を持った。

「・・・この臭いがするのはおかしいな。」

 妖精は急いで曲がり角の所へ行った。そうするとそこには腹を刺されてそこから腐食していっている男と桜色の髪をした少女が居た。少女は起こったことに理解が追い付かないのか、それとも現実を受け止められないのか、足を振るわせて男を見ていた。妖精は男の方に駆け寄った。

「大丈夫ですか!」

「これが・・大丈夫に見えますか?」

 男は汗を垂らしながら諦めたような顔をして嘲笑交じりでそう言った。

「傷!見せてください!」

 妖精がそう言うと、男はやっても無駄だという風に傷口を見せた。妖精はその専門的見地からして男の生存が絶望的であることを悟った。

(これは、ダメだ。強い腐食魔術だ・・医療用器具を取るには遠すぎる・・・)

「延命治療なら出来ますよ。」

「それなら・・お願いします、私は話したい・・・ことがありま・・すから。」

 妖精は延命治療をしながら男の話を聞くことにした。

「私たちは内陸での・・・居住権争いで負けたんです、元々私は・・サム・フェネラル社のお偉いさんの右腕だったんですが・・、孤花社との居住権争いに・・・・負けてこのざまです。」

 男は腐食に耐えながら苦しそうにそう言った。

 そしてさらに男は悔しさに顔を歪ませてこう続いた。

「クソ・・アイツが・・・孤花社に失言をしなければ・・・・アイツがいなければ俺達は今頃・・クソッ・・・血反吐吐いて俺たちは這い上がって来たのに・・・悔しい、悔しい!」

 震える手で少女を指さしながら続けて言った。

「この少女は、私の唯一無二の・・友人だった男の子供です、信じられ・・・ますか。アイツラ子供にも手を・・・かけてきて・・・・。」

「出来ることはやりました、もって後数分と言ったところです。何かしなければならないことはありますか?」

「いや、いいです。話を聞いてく・・ださい、お願いです。その子を・・・イシュマエルを引き取ってくれませんか。私には・・コイツしかいないんです・・・せめて・・今は亡き友人の約束ぐらい・・守ってやりたいじゃないですか。」

 妖精はその男の顔を見た。決意に満ちた目だったが明らかに感情は悲しみと悔しさという底なしの海に溺れていたのがハッキリと分かった。それだから目からは悲しみの水が溢れ出て、口からは苦しくて、悔しくて、楽に息をしようとして嗚咽が漏れ出ていた。

 妖精はそのような男の思いを無下にすることは到底できなかった。だから了承した。

「分かりました、貴方の最後に残された者を私が責任をもって育てます。」

「あり・・・・がとう。貴女こそ、私の・・・エル・ロイだ。」

 男は感極まってさっきよりも増して涙を流した。今度はその水の中に歓喜が混じっていた。

「イシュマエルを・・こちらへ。」

 人形はその感情を読み取ってイシュマエルと呼ばれた桜色の髪を持つ少女の手を取り、男の傍に引き寄せた。

「・・・ゴメンな、俺が・・もう少し強かったら・・お前の家族も・・・守れたんだけど・・・・自分の家族も・・・自分自身も守れなかった俺には・・・荷が重たかったようだ。」

 男はイシュマエルの目を覗き込みながらそう言った。

「え、おじさんも死ぬの・・・嫌だよ、死なないでよ。おじさんが死んだら私はどうすればいいの・・・お母さんもお父さんももう逝ってしまったしまったのに。」

 イシュマエルは今起こったことを理解し、泣き出しながらそう言った。

「イシュ・・マエル・・・強くなれ・・大切な人ができた・・・・と・・に・・守れるよ・・に・・。」

 雨が降り始めた。

 男の腐食は進み始めて目に見えるように衰えていった。もう声も出ないようである。

 男はそう言うと息を引き取った。今度は心ではなく体を濡らしながら。

「さようなら、名も知らない人。イシュマエルは立派に育てて見せます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イシュマエル。その名は旧約聖書において全ての兄弟と敵対して暮らすものとなる事を宣告された者の名である。



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ケテルside:3 兵器

 妖精が持ってた人形に関して記述してなかったので記述します。だいたい170cmで顔以外は人間に近づけてあります。意思疎通が可能です。


 妖精と人形とイシュマエルは深夜の港町で身を隠しながら鎮守府へ向かっていった。

(孤花社がこの子を狙っているなら、厄介なことだね。もしかしたら鎮守府にも手が回っているかもしれない。)

「イシュマエルちゃん、人形、私が先に鎮守府に行ってくるからそこで隠れててくれるかい~。」

「傍にいてくれないの?一人で居たくないよ・・・。」

「大丈夫だよ、イシュマエルちゃん。ただちょっと司令官に匿ってもらえるか聞くだけだから。すぐ帰って来るよ~。」

 妖精は人形の掌の上に立ち、人形は掌をイシュマエルの顔に寄せた。そうしてイシュマエルの頬を抱きつきながらそう言った。

「本当、すぐ帰ってくる?」

「うん、帰って来るさ~。」

「・・・待ってる。」

「いい子だね、それじゃ待っててね~。」

 妖精は鎮守府の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精は孤花社の手が回っていないか調査し始めた。案の定、掲示板には人探しとしてイシュマエルの写真が載ってあった。探しているのは孤花社で賞金は500万ということで妖精はすぐに孤花社の手が回っていることが分かった。

 ここで孤花社について解説を入れておこう。孤花社とは艦娘と深くかかわっている企業で、ケッコン(カリ)の指輪を開発するのに一役買った企業である。妖精との関りが初期の頃はあったようで、妖精が残した技術の応用と独自研究を行い、武具や兵器を開発している企業だ。艤装に関してはPS社と競合している。唐突だが実を言うと艦娘が解体処分にされるのは稀な事であり、大概は合格するまで訓練を積む。その後は企業からの求人で艦娘が企業を選び、面接が行なわれる。それで合格した艦娘は企業に入る事ができる。孤花社はこの艦娘にとっては馴染のある企業でここに就職するものも多いが、暗い噂が多く、PS社や最近台頭してきた他の企業に人材を取られて遅れを取り始めている。そういう企業である。

(まずいな、もう手が回っているのか。というかそもそも何故イシュマエルはここまで追われているのか。いや、今はその事を考えるんじゃない。)

 妖精は考え始めた。例えもう鎮守府に孤花社の手が回っている以上、鎮守府で匿う事は出来ない。話せばここの鎮守府の全員に分かってもらえるかもしれないが、ここに居る全員で匿っても住民は賞金欲しさに探し始め、いずれ見つかるだろう。だがだからといって見知らぬ他人に渡すのは賭けだ。妖精は一つの考えが思い浮かんだ。

(あの施術を行えば、イシュマエルが追われることがなくなる。)

 妖精は一瞬そう思った。

(いや、でももし失敗したら・・・彼女は今抱えている苦痛とはまた別種の苦痛に苛まれるかもしれない。)

 妖精は浮かんできた一番有力な選択肢に対して躊躇い始めた。妖精は自分の腕は天下一品だという自負があった。だがそれでも、一度出てきた大きいメリットに対して大きすぎるデメリットを直視した時、自分の腕は本当に天下一品なのか心が揺らぎ始めた。

 彼女が思い浮かんだ施術とは早期に取りやめられた施術で詳しいところまで研究が進んでいない。妖精は研究者として惹かれてしまった。今ここで施術を行い研究すれば、人と艦娘の精神についてもっと深いところが知れるのではないか。彼女はこの考えが浮かんだ瞬間、心に知識欲というよく燃える炎を生じさせてしまった。普通、自律や道徳律という水において欲望という炎を鎮めるべきだが、よく燃える炎は水をも蒸発させる。彼女の妖精としての心は半分焼け落ちて研究者としての心が彼女の脳を占めた。そして研究者としての心に基づいた脳は、研究者にとって都合の悪い意見を締め出してしまった。だから妖精にとってはこの案しかないように感じられた。

(本人の意向を聞いてからにしよう。確認も取らずに実行するのはさすがに悪い。)

 妖精はそう判断を下してイシュマエルの所へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精がイシュマエルの所に戻ると人形はスケッチブックに自分の伝えたいことを書いてイシュマエルと会話していた。イシュマエルは意外にも笑顔になっていた。バッグの中からある写真を取り出していた。艦娘の写真だった。その艦娘はイシュマエルと同じ色の髪をしていて、イシュマエルは写真の艦娘を指さしては楽しそうに会話していた。

(さすがは私が作った人形だな、それはそれとして伝えることを伝えるかな。)

「ねえ、イシュマエルちゃん。」

「なんですか、妖精さん。」

 妖精は深呼吸してからこう言った。

「艦娘になりたくない?」

「えっ。」

 イシュマエルは驚いた。

 そう、妖精が思いついた方法とはイシュマエルを艦娘にさせることで、永久的にバレないようにすることである。

「なりたいです、艦娘。」

「本当にいいの?イチかバチかだよ。もしこれに失敗したら貴女はまた別の苦痛に苛まれるかもしれない。そうだとしてもやる?」

「私が今まで大切な人を守れなかったのは私に力がなかったからです、今ここに力が舞い込むかもしれないというのにそれを逃す人がいますか?それに私にとって艦娘は憧れなんです、だからなってみたいです。」

「それじゃあ、本当にいいのね。」

「はい、お願いします。」

 イシュマエルと妖精と人形は工廠へ向かった。出入口辺りでイシュマエルと妖精は言葉を交わした。

「・・・・少し時間をくれない?」

「分かりました。」

 妖精は工廠の中へ入った。その後妖精は工廠に行って準備をし始めた。誰もいない工廠、暗くて視認しづらい空間、事を起こすには絶好の機会だった。

 妖精は準備をしながら考え事をしていた。

 人を艦娘にさせるという理論は実際には昔からあった。しかし、多くの問題があった。その内の一つが精神性の問題である。施術をする過程で艦娘の精神と人の精神を融合させる必要があり、素材になった艦娘の見た目に変化する。今までの人格を大切にするならば『人』としての意識を重視させる必要があるが、そうすると艦娘としての基本的機能が失われる。逆に艦娘に比重を置くなら今までの記憶がなくなってしまう。この二つの要素を乗り越えた上でもさらにある一つの問題が付きまとう。その問題とは人間としての意識と艦娘としての意識が混ざることでバグを起こすことだ。そして『艦娘』なのか『人』なのかよく分からない者はかなりの頻度でバグによって精神障害を引き起こす。ある日突然、艦娘の持つ艦として記憶の雪崩に耐えれずに人として意識が崩れ、人と艦娘の精神はその時点では合成されて、二人三脚状態、一心同体になっている故心が死んだ状態になることが起こった。

(大丈夫なはずだ・・・私はどんなことだって成功してきたんだから。)

 こう言った事情でこの施術は早期に取りやめになった。そういうことでこの施術のやり方やこの施術について知っている者は少なかった。それでもこの施術は良いところはあった。そう言った艦娘なのか人なのかよく分からない者共は例えその体が駆逐艦の規格だったとしても戦艦級の砲門を搭載することができたり、空母の装備を取り付けたりすることができた。そして身体能力も既存の艦娘よりも遥かに高かった。精神の安定性を下げて身体能力を上げるこの施術はいつしかオーバークロックと呼ばれるようになった。

(よし、やるぞ。)

 妖精は覚悟を決めてイシュマエルの所へ向かった。

「準備できたよ、イシュマエルちゃん。」

「お願いします。」

「本当に・・・良いんだね、イシュマエルちゃん。」

「はい、私は皆を守れる存在になりたいんです。」

「なんで守りたいと思うの?」

「・・・・今の私のように誰かに大切な人を奪われることをなくすためです。」

「本当にそう思っているんだね?その為に人生全てを投げ出す覚悟があるんだね?」

「・・はいそうです。」

「分かったよ、もう何も言わない。始めようか。」

 妖精とイシュマエルは施術するために工廠へと向かった。

 



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ケテルside:3 人の独自

 不知火っていうのは妖怪や気象現象のことをさすらしいですね。


 あなた方は経験したことがありますか。自分の安泰だと思っていた人生が音もなく忍び寄って来た何者かによって音をたてて崩れていく感覚を。大抵の人は経験したことがないでしょうね。

 私にとってそれは辛いものでした。何故なら私の両親と友人が私の世界でしたから。それらが全て取り崩されたんです。それも私の目の前でです。私の体は両親の友人によって体は救われましたが心は救われませんでした。

 夢に見るんです。子供が遊びのにピッタリなが明るい日ざしが差し、私にとって好ましい人形二つが住む家に居てそこで私は暮らしています。ある時家の中心からぽっかり穴が開いてそのまま落ちていくんです。そして気が付いたら人形達はいつの間にか原型を留めないほどにボロボロになっていて内臓物が飛び出ているんです。何故綿ではなく内臓物と言ったかというと作り物とは思えないような赤色でそれは染められていたからです。そしてそのまま時間が流れて底まで落ちるとそこは暗い洞窟の中でした。暗いのでとても歩きにくいです。ですが、少しだけ明るく光る列車を見つけたので私はそれにすがるように列車に向かって歩いていきます。そして列車に乗ると列車は一人でに動き出します。その列車の中には人っ子一人いません。列車は少しだけ明るいだけなので目の前の領域しか見えません。なのに十分程時間が経つとユラユラ揺れている炎が遠い場所に現れます。私はそれを見た途端に魅入られ、窓をがんがん殴って壊してその場所へ行こうとしてやがて夢は覚めるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は幼い子供です。今も昔も。幼い頃に受けた心の傷は鮮明に残ります。その傷によってでしょうか、私は両親の友人と日々を生き抜いていくために他者を蹴落としていて、そのことで罪悪感を感じていたんですが、いつしか自分さえ良ければと思うようになりました。君は弱かったからそれだけの余裕がなかったと言われてしまえばそれもあると頷いてしまうかもしれませんけど。そうやって生活してどれぐらい時が流れたでしょうか、ある時私はある種族が写った写真に目を釘付けにされました。艦娘が写った写真です。とてもカッコいいと感じました。海の上に立って敵と戦っている写真に写るその艦娘は私と同じ髪色をしていて、私にはない強さを持っていました。憧れになりました。そして愚かにもその頃の私と艦娘を比べてしまいました。何もかも私とは違いました。片やその強さをもって顔も分からぬ誰かと、自分の仲間を守り続けて生きる者。片やその弱さをもって自分のためにしか生きようとしない者。対照的でした。宮殿に飼われてある鷹と下水道を這いずり回るネズミのように対照的でした。だからこそ惹かれたのです。人は自分にない物を求めるというではないですか。ですから私は何時しか艦娘のようになりたいと思うようになりました。

 また時がたった時、艦娘になるチャンスが降って湧いてきました。私はようやっと憧れの存在になれると思っていました。ですが妖精さんの指摘によって本当は何を求めているのか分からなくなってしまいました。私は私が何故艦娘に憧れたのか根本的なところを理解していなかったからです。だから咄嗟に言った言葉が私が艦娘になりたい方便になってしまいました。というより私はもしかしたらその時は信じたかったのかもしれません。艦娘の強さだけに惹かれたのではないと、その心に惹かれたのだと。

 私は施術中ずっと私が艦娘になりたい理由を考えていました。ですが私が艦娘になりたい理由を思考回路という網をもって捕まえようとしてもそれは煙のように最初からなかったように網をかいくぐっていきます。私がそうして理由を捕えようとしている間に自分の意識が他の誰かと融合していくような感覚を覚えました。なんとなく変な感じでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 施術が終わった後、艤装を付けて海へ行くことになりました。なんでも私が艦娘としての機能を有している確認したかったということです。そして実際に艤装を付けて海へと行きました。準備中は私は憧れの存在になったかもしれないと思ってウキウキしていました。もうこれ以上、自分の弱さに苛まれることもないと本当にそう思っていました。艤装をつけながら私にとって幸せな未来のことを考えていた私は、今思えばとても滑稽でした。

 私の準備が済んだ後、実際に海に浮けるかどうかの実験を開始しました。結果はさっき言った事から察せるでしょう。浮けませんでした。浮けなかった私は一瞬頭が動かなくなりました。たくさんの何故が私の頭を埋め尽くして、処理能力を低下させたからです。ですが、私の心はその瞬間察しました。私は不知火を見ていたのではなかったのです。不知火を見ていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ」

 シラヌイは舌打ちしながら起き上がった。

「あ、起きた。」

「サンビタ、今日何日?」

「6月28日だね・・・ああ、成る程。夢を見たんだね。どっちの夢だった?人間、艦娘?」

「人間よ、ああ全く。今、沿岸沿いに走ってるのね。」

「何で分かった?」

「感、だといいけど。艦娘か人間かどちらの私かは知らないけど海に執着があるのかもしれないわね。」

「・・・・私はあえて祝わないよ。」

「助かるわ。結局のところ今ここに居る私は不知火じゃないから。」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・。」

「うん?起きたか。珍しいなお前が一人でに目覚めるとは。」

 コヘレトは少し驚いたような声を出した。

「全てが始まった時のことが夢に出てきた。あの後、シラヌイは問題行動ばかり起こして結局解体命令が下された。私は自信を無くして今でも武器に触れていない・・・・本当に悪いね、コヘレト。」

「別に構わん、俺は人間社会がこうなる前から嫌だったんだからな。武器の整備をしてれば世捨て人のように暮らせるなら本望だ。気分転換に一つ話をしてやろう。」

 そうするとコヘレトは30秒ほど時間をおいて話し始めた。

「まだ人間社会がマシだったころの話だ。世界では海のゴミが問題になっててな、想像しづらいか。まあそれでゴミ貯めみたいな海で泳ぐガキどもの姿が撮られた写真もあったもんだ。死んでるだろうな、アイツら。それで今の時代、奇妙な奴はいるもんで魔術と衛星を活用してゴミの総量を計ったらしい。そしたらなんと海ごみは遥かに減っていたんだと。俺たちは本来群れる生物で一緒に知恵を絞って色々な問題の解決を試みる。だが考える奴らの頭数が減ってから問題が解決された。皮肉だとは思わないか?」

「・・そうだね。」

「・・・や、すまないな。気を悪くしてしまったか。俺的にはいい話だと思ったんだが。」

 そうコヘレトが言っていると遠くから煙が見え始めた。

「もうそろそろで時間か、連絡入れないとな。」

 




 7月5日までお休みします。7月14日以降に投稿できそうです。それまではここはお休みです。


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