米の女神と風の竜 (春谷)
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はじまりのはなし

ここはセルフィアの町

神様の竜のおわす町

姫と呼ばれる少女が汗水たらし働く町

多くの民が陽気に、幸福そうに、助け合いながら過ごす町

 

この町でのこの1年は激動だった

なんてったって空から姫が落ちてきた

この1年は姫を中心に回っていた。太陽のように、大樹のように

 

姫は畑を耕した

姫は実は姫ではなかったが、それでもその行いが、誠実さが、愛嬌が、姫より姫たらしめた

 

姫は大地に愛されていた。姫は誰よりも大地を愛していた

大地を愛し、町を愛し、人を愛し、その愛は魔物すら包み込んだ

 

姫はなんとも器用なもので家事もすれば鍛冶もする

お祭りがあればだれよりもはしゃぎ、

部屋にこもったと思ったら怪しい薬を作ったり

自分の作った野菜で絶品料理を作ったり

モンスターの毛で服を作ったり

 

姫は民と触れ合った

彼女はいつしか万能になったが、それでも決して孤独ではなかった

独り記憶を失って、寄る辺がなかったにも関わらず

医者に、鍛冶屋に、雑貨屋に、花屋に

みんなのおかげで一人前になれたといつも言う

 

姫は冒険し、戦った

森を進み、遺跡を攻略し、怖いお化け屋敷にも潜りこんだ

騎士も王子も執事もメイドも、姫と一緒に戦った

気づいたら、天然少女が、不愛想な青年が、素直になれない少女が仲間に増えた

 

姫はちょっぴり不思議だった

自分が東奔西走し、ひいこらおっきなモンスターを倒し

町の仲間が増えていく

そのたびにこの大きな友達は嬉しそうで、でもほんの少し寂しそうで

 

姫は気づくことができなかった

それが友の命を削る所業だと

 

ここはセルフィアの町

神様の竜のおわす町

大地の姫の住まう町

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

ここははじまりの森

すべてのいのちのはじまりの地

すべてのいのちの還る土地

 

いのちはルーンとなりて巡りて

すべてのいのちはこの地でまじる

 

そうここははじまりの森

すべてのいのちの交わる地

常世と現世

彼岸と此岸

 

それならば

 

神のおわす地と人の世と

頂の世と麓の世の

間に満ちる雲海の

神もあずかり知らぬ雲海の

 

“二つの世界の交わる海の”

船に乗りたるその女神

神隠しに会う神なんて

なんて冗句と思うだろう?

誰がそんなこと予想しただろう?

 

ここははじまりの森

すべてのいのちの交わる地

ふたつの世界の交わる地

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

姫は森を駆け抜けて

竜を助けに塔へと走る

 

竜の命を救うため

竜の友を救うため

 

 

竜の心を救うため

 

 

はじまりの守り人を助け出し

魔法の指輪で町へと飛ばす

 

ここに二つの世界に穴が開く

 

これは米の女神と風の竜の物語

 



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米の女神と初遭遇

「……なんじゃここは?」

 

見た目は10と少しの童のような可憐な少女。

黒々とした髪を結い、纏う着物は上等な物だと一目見てわかるものですが

この空間には調和していないものでした。

 

なぜならここはセルフィアの町の竜の間

どちらかといえば西洋の神殿といった趣です。

そして何より……ここは“竜の間”

 

「レオン!……!?何者じゃオヌシ?!どうやってここに来た

アヤツは……フレイはどうした?!」

 

「どぅえぇぇぇぇ?!大龍(オオミズチ)?!いやしかし……邪気はない?

何者じゃ、じゃと?我が名はサクナヒメ、豊穣神にして武神。

ヤナトの神にして、ヒノエの民である。

フレイとは人の名か?ずいぶん変わった名じゃが……」

 

眼前の竜に驚きながら、しかし尊大に名乗る少女、サクナヒメ。

といっても尊大に名乗るだけの名実はあります。

何せその生まれはその言のとおり豊穣神と武神を両親に持つサラブレット

それだけならただのダメ貴神だったでしょう。

ですが数々の冒険と、文字通り泥にまみれた経歴は、二つ世に恵みをもたらしついには災厄の龍をも鎮めたヤナト指折りの実力者です。

 

「神?竜ならぬ身にして神とな?しかしこのルーン……神というのもあながち嘘ではないのか?

いやそれどころではない!レオン!そなたが戻って来られたということは、フレイ……アースマイトに会っておらんか?」

「あのアースマイトははじまりの森で、おそらくアリアの遺した魔法だろうな。俺だけ飛ばして残っているはずだ。結局俺は……無様なものだな」

「あのたわけがっ!サクナヒメといったな?すまないが事情はまた後で聞く。少しばかり待っていてくれ!」

 

そういうと、風の竜は飛び立っていってしまいました。

レオンと呼ばれた狐耳の青年と、取り残されたサクナヒメ

どうにも展開が早すぎてついていけないサクナヒメの口からこぼれたのは

何とも素朴なつぶやきです。

 

「ほぇ~……立派な龍じゃのぉ~……タマ爺や」

『どうしましたか?おひぃさま』

 

語りかける口調にきょとんとしたのもつかの間

レオンの目に飛び込んできたのは驚くべき光景です。

なんとサクナヒメの抱えた鎌から頭程度の狛犬(?)が飛び出てきては

ふよふよと浮いてはいるではありませんか

 

「どうしたもんかのぉ~?大龍の灰にやられたときもここまでは途方に暮れんかったぞ?」

『船は未知の雲を進むもの……われらがマレビトになってしまったと考えるべきなのでしょうなぁ』

「わかるぞ?あやつらが頂の世に紛れ込んだんじゃ。何が起こってもおかしくないということくらいわかっておる。わしももう慣れた。それにしても……のぉ?

まぁタマ爺とはぐれなかったのが幸いじゃの」

『そうですな、まだまだおひぃさまに仕えさせていただきますぞ』

「しかし……一緒に船に乗っておったココロワは心配しておるじゃろうなぁ。

田右衛門に任せて田んぼは大丈夫かのぅ」

 

タマ爺と呼ばれる狛犬の会話には高い知性が感じられ目の前の少女の守役のような口ぶりです。

好奇心旺盛なレオンですが、これにはさすがに驚愕が勝っているような様相です。

 

「セルザウィード様あああああ!先ほどの物音、なんでございましょうか!?

ぬおおおお!くせ者!セルザウィード様はどうした!」

「なんじゃなんじゃ!?」

 

そこに追い打ちで執事長登場。

このセルフィアで最も熱の高い男“涙のヴォルカノン”です。

いささか……いささか?まぁそれなりに

思い込みと情緒の激しいところはありますが、その忠誠心と能力は折り紙付きです。

 

「あ~……ややこしいな。あいつの周りが賑やかなのはいつものことか。

ちょっと待て、俺はレオン、セルザウィードサマの……まぁ古い知り合いだ

アイツはアースマイトを迎えに行っている。別に見張っていてくれていいから少し待っていようぜ」

 

こんなくだりがこの世界のサクナヒメの”はじまり”でした。

この合縁奇縁の糸の端が、長く、長く伸びることとなります。

 

 



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米の女神と大地の姫

「ほ~ん……なるほどのぉ、ここはわしのまったくあずかり知らぬ場所であるということが分かった」

『なんとも不思議なことがあるものですのぉ』

「ごめんなさい。巻き込んでしまったみたいで……」

「わらわからも謝罪させてもらう。この通りだ」

 

謝罪をするのはこの町の姫たるフレイ。キラキラとした淡い色の髪を二つに結い、その瞳は優し気な光をたたえています。

そして風の竜も頭を下げます。まぁその頭の鼻先だけでサクナヒメの胸元くらいまで高さがありますが。

 

「そんな小さな身ではぐれてしまうとは!何たる悲劇!

ウオオーーーーーン!」

「ええい!やかましい!それにわしは神じゃと言うておろうに!

まったく人とはどいつもこいつも見た目だけで見くびりおって!」

 

号泣する執事長。サクナヒメはなんとな~く元の世界にいた大柄な男を思い出します。

まぁ彼は目の前の執事長ほど情緒は激しくなく、むしろ落ち着いた男でしたが。

そんな執事長にぷんすかと憤慨するサクナヒメ。

しかし一方で対照的に、竜の瞳は真剣そのものです。

 

「そうなのじゃ……おぬしのその身に宿すルーン。

改めて、神というのも納得じゃ。

フレイ……そちはとんでもないものをひっかけてきたぞ」

「そんなにすごいの?」

「そうじゃな。おぬしらにはわからんかもしれんが……

今のわらわよりは確実に上じゃ。

最もルーンに満ちていた時ならわからぬがな」

「え!?」

 

風の竜はそういいます。

彼女は風幻竜セルザウィード

この世界に4柱いる神竜ネイティブドラゴンの1柱にして、この町の統治者。

かの竜はどんなに低く見積もってもこの世界の根幹を支える力の持ち主であることは間違いありません。

なにせ死と引き換えにこの世のルーンを1000年巡らす力の持ち主です。

そのように生命力の源たるルーンのカギを握る神ですが、かつて問題を抱えていました。

彼女は神として老齢に差し掛かっており、天命を迎えようとしていたのです。

それにかつて待ったをかけたのが、ここにいる狐耳の青年レオンをはじめとした4人の守り人達でした。

そして今まさに待ったをかけたのは、大地の姫、アースマイトのフレイ

風幻竜セルザウィードの新たな友です。

 

「それは……俺達といたときのさらに前ということか」

「ぶわっはっは!流石貴い者はわしの価値が分かるようじゃの?

我が名はサクナヒメ、武神タケリビと豊穣神トヨハナの子

最強でなくてなんとする」

『まったく……あまり調子に乗られませぬよう』

 

米の女神から漂う力の気配は竜たる自分と匹敵せんばかり。

しかも神ながら幼く見え、すなわちまだまだ発展途上でしょう。

こんな異常な存在がひょっこり紛れ込んできたので、風竜は内心ハラハラでした。

やべ~ヤツだったらどうしよう?と

心配をよそに当のサクナヒメは割と話の分かる子です。

ちょっぴり、ちょっぴり?お調子乗りなくらいで。

 

「そちは豊穣神なのか?」

「そうじゃよ?米の神じゃといってよかろう。

あぁ~……峠の田んぼは大丈夫じゃろうか……」

「そちを帰してやりたいのはやまやまなのじゃが……なにせどういう理屈でこちらに来たのかも解らぬでな」

「雲をつかむような話でございますな!ウオオーーーーン!」

 

執事長の言は大げさとしても、風竜も同感です。

幸いにして友好的というか思ったよりのんきであること。

記憶を失ったとかそういうわけでもなさそうなこと。

大きな力を持ったマレビトが悪意を持っていたら大変ですが、そんなわけでもなさそうです。

 

ですから、レオンが棚上げしてしまうのもやむなしでしょう。

なにせ今日はいろいろ起こりすぎました。

 

「俺はもうだめだ。だるくてかなわん。

今日はもうこの辺にしておかないか?いろいろとありすぎた。

セルザ。また明日な。」

「ああ。そうじゃの……また明日、じゃ」

「それじゃあサクナヒメ様は私が宿屋に案内しますね。

サクナヒメ様、ついてきてください。

セルザ!またあとでね」

「あぁ、またの」

 

レオンもフレイもくたくたでした。

レオンの発言を皮切りに、今日は休もうということになりました。

幸福なことです。仕切り直せるのです。明日が、あるのです。

それを噛みしめながら、風竜は空を仰ぎました。

 



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米の女神の昔話

「しかし立派な龍じゃったのぅ」

『そうですな』

「友好的な方でよかったわい。やっとのことでかの神に鎮まってもらったじゃ。

もうあんなのはこりごりじゃよ」

 

緊張の糸が切れるように肩を落とすサクナヒメ。

奇しくも彼女もセルザウィードと同じことを考えていました。

すなわち、世界の異物たる自分の排除を強行されてもおかしくはなかった、と。

事実、以前は自分も人の子らを排除に動きました。

統治者としてはむしろ自然な心のはたらきです。

そんなホッとした様子のサクナヒメに、町の姫たるフレイは問いかけます。

 

「神に鎮まってもらった?」

「あ~……」

『儂から言いましょう。われらの国には氾濫と不作をつかさどる悪神

大禍大龍(オオマガツオオミズチ)が眠っていたのです。風竜殿よりさらに巨大な龍でした。

豊穣をつかさどるおひいさまは艱難辛苦の末蓄えた力でその大神を弑し奉ったのです』

「タマ爺もこう見えてヤナト……わしの国最強の神剣“星魂剣(ホシダマノツルギ)“なのじゃ」

『おひいさま……こう見えては余計です』

「えぇ~……思ったよりずっとすごいね。サクナヒメ様」

 

そんなサクナヒメとタマ爺の自己紹介にびっくりするフレイ。

セルザウィードはああいっておりましたが、何せサクナヒメは見た目だけなら可憐な少女。幼女といっても差し支えないレベルです。

第一印象だけならば、その身に宿す力の大きさや経歴の苛烈さを感じさせない、ちょっとおてんばな女の子といったところです。

戸惑うフレイにタマ爺は語り掛けます。

 

『わしにはわかりますぞ?フレイ殿もなかなかの使い手であると』

「そうなのか?タマ爺はよくわかるの」

『伊達に長生きしておりませぬ、もちろん未だ人の身の理の中ですが』

「魔獣とか、お化けとかいろいろ戦ってきたけど、さすがに竜と戦おうとは思わないなぁ……ついたよ、ここがこの町の宿屋、“小鈴“だよ」

 

そんな話をしながらてくてく歩き、着いたのはヤナトの趣がいくらかある、しかしいくらか海の外の気配を感じる装いの建物です。

ミルテがなんかいっておったのぉ~。

海の向こうの何と言う国と言っておったかのぉ~。

とのんきに見上げるサクナヒメ。

玄関に構える対の狛犬はちょっぴりタマ爺に似ています。

 

「フレイ、お帰りなのだ。お疲れ様。お風呂か?

おや?隣のちっちゃい子はなんだ?

また拾ってきたのか?これまた変わった服装のようだ。」

 

出迎えたのはこの旅館の看板娘のシャオパイ

ドジっ子です。きわめてドジっ子です。

まだまだドジが転じて事態を好転させる特殊能力は身に着けていませんが。

そんな彼女にサクナヒメを紹介します。

 

「この人はサクナヒメ様。ちょっといろいろあって私が連れてきてしまったの。

コハクたちと似たような感じでレオンさんって人もいるんだけど……」

「おう、呼んだか?アースマイト」

「うわぁっ!?」

 

無音で現れたのが救われた守り人のレオンです。

姫のリアクションを見てからからと笑っていましたが……

ひとしきり笑うとマジメな顔になり頭を下げます。

 

「ちゃんと礼を言っていなかったと思ってな、名前を教えてくれるか?」

「えっと、フレイです」

「すまなかったな。いろいろと迷惑をかけて。それと、ありがとう。」

「いえ、それは、私じゃなくてほかの守り人たちに言ってあげてください」

「そうだな。まぁ一眠りしてからまた明日、だ。

ここは宿屋なんだろう?」

「そうだが、泊りならば空いている部屋に案内するぞ」

 

クセのある独特な口調でシャオパイが答えます。

こてんと首をかしげながら二階のほうへ目線を向けます

 

 

「一部屋貸してくれ。金は……まぁセルザウィード様が立て替えてくれるだろ。」

「サクナヒメ様の分もレオンさんの分も一度私が払っておきます。

大丈夫!こう見えても結構お金持ちなんです!」

「そうか?まぁ借りはいずれ返す。今日のところはお言葉に甘えるとしよう」

「はい!サクナヒメ様は……お疲れじゃなければお風呂でも一緒にどうですか?」

「何!?風呂があるのか!?是非もないぞ!」

「やった!いろいろお話聞かせてください!」

「はいは~い。二名様なのだ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

姫と女神は仲良くお風呂に向かいました。

お風呂の中でサクナヒメが語るのは、これまで歩んできた冒険譚

此度の自分のように紛れ込んだマレビト

人の子のヤラカシによって島流しの憂き目にあったこと

田を耕し、鬼狩りに行き、汗を流して

必死に生き抜いた日々の話

1年目はうまくいかなかった

彼岸花の団子を食うことになった。

それでも少しずつ、少しずつ

のちには育てた米を都に納めるまでに

 

そんな矢先に降ってわいた龍の災厄

絶望した。心が折れた。

 

立ち上がって支えてくれたのは人の子だった。

思えばあの時が転機だったのだろう

神も人も、ともに並び立つ民であると

 

野良仕事を支える田右衛門

食事係のミルテ

鍛冶士のきんた

機織りのゆい

動物と心通わすかいまる

 

絡繰士にして親友たるココロワヒメ

守役にして剣たるタマ爺

 

みなとともに生きてきた。

みなとともにせっせと働き、二つ世を豊穣で満たすころ

厄災の龍と相まみえた。

 

大禍大龍(オオマガツオオミズチ)を弑し、やっと落ち着いて過ごせてきたころじゃよ

都にあいさつに伺っておっての?船に乗っていたら気付いたら風竜殿の頭の上じゃ」

「それはまた……すみません巻き込んでしまって……」

「仕方があるまい。おぬしが悪いわけでもない。」

「本当にすみません。ところで……お米って作れるんですね!?

いいなぁ……私も天穂(あまほほ)食べてみたいなぁ」

「はっはっは。自慢の米じゃからな!」

 

嬉しそうに話すサクナヒメ、それもそのはず。

豊穣神たるサクナヒメにとって米は半身に等しく、力の源。

なんなら愛しいわが子のようなもの。

出穂したころには毎年毎年「可愛いのぉ、可愛いのぉ」と呟く様な溺愛ぶりなのです。

ルーンに満ちたこのセルフィアでは作物の成長は極めて速いですが、それでもその気持ちはフレイにはとって共感できるものでした。

すっかり意気投合した二人、大地の姫と米の神は風呂に入っていたことも忘れ

すっかりのぼせあがってしまいました。

 



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大地の姫とコメ作り

「米を作ってみたい?」

 

日は少し経ち

サクナヒメの声が竜の間に響き渡ります。

ヤナトの神たるサクナヒメのほかに

風幻竜セルザウィードとアースマイトたるフレイ

2柱と1人がここにはいます。

 

「そうなんです!サクナさんの話を聞いていたら私も自分でごはんを作ってみたくなっちゃって!」

『話を聞くに四季もヤナトと似ている。今は冬が明けようとしているくらい。

育苗は何とか間に合いましょうな。問題は、水と土をどうするかですが』

「えぇ~……結局こちらへ来ても野良仕事をするのか?わしはごめんじゃぞ」

『おひいさま。働かざる者食うべからず、ですぞ。』

 

そうなのです。

激動のヒノエの生活で大きく成長したものの、根がぐうたらなサクナヒメ

“こちら“へきて3日ほど経ちますがやることもないこともあり

散歩して町の者と話しては、気持ちよさそうにお風呂に入り、ふかふかのふとんでぐっすり寝るという自堕落女神と化していたのです!

特にポコリーヌのご飯がたまらない!音楽家が横に控えていることもあり、こう見えて読書を愛する文化人の側面があるサクナヒメは久しぶりのゆったりした時間を満喫しているのでした。

これがヤナトの都なら、田んぼの樋も心配になろうものですが、なんてったってここは異世界

というか、ヒノエ島の田はあまりにも広くなったので、もとよりサクナヒメの手を離れている側面も多分にあったのです。

神田たる峠の田は特別としても、です。

 

維持継続なら田右衛門とカッパ衆で何とかなるし、大龍の鎮まりし後の平和な世ならば鬼もアシグモが何とかしてくれるでしょう。

ヒノエの冒険で良くも悪くも胆力が付いたサクナヒメは

「悩んでもしょうがなかろう!」

と開き直ってしまったのでした。

王子アーサーや読書家のキールとはすっかりウマが合い

会って数日なのに旧来の友ココロワと接するかのような気安さ。

なにせ比較対象のヒノエの民はみんながみんな一癖も二癖もある曲者ぞろい。

もちろん長として民を愛してはいるのですがそれはそれ!

サクナヒメはまさに我が世の春とばかりに、異世界生活を謳歌しているのでした。

 

閑話休題

 

「ところでフレイ、おぬしサクナヒメ殿とずいぶんと仲良くなったの。1柱の神に対してずいぶんと気やすいことだ」

「サクナさんがそれで良いって言ってくれたから」

「ね~」「の~」

「う……うむ。まぁそれでよいのならよいのか?」

「というかそんなこといったらセルザだってそうじゃん。いまさらだよ」

「むぅ」

「なに~?セルザったらヤキモチ?」

「な!?なにをたわけたことを!」

「ふふっ。図星だね?」

「このっ!減らず口ばかり叩きおって!食ってしまうぞ!」

 

みゃあみゃあと姦しくやり取りをする竜と姫です。

この空間に取り残された女神はなんとも甘ったるい空気の中でいたたまれない表情をするのでした。

まぁ、フレイの話を聞くにずいぶんと苦労してきた様子

久しぶりの気兼ねない会話なのでしょう。

(邪魔はせんでおくからついでに米の話はなかったことにならんかのぉ~)

なんて思っていた矢先です。

 

「話は聞かせてもらったわ!」

「なにやつっ?」

 

バサッと現れるのは花屋の店長エルミナータ

自称名探偵の名店長で、セルフィアの名物人間の一人です。

片眼鏡をきらりと光らせ颯爽と竜の間に躍り出て

世が世なら「な、なんだって~!」とリアクションされることでしょう。

 

「お米の種がいるってことよね?残念ながら私の店でもブロッサムさんのお店でも扱っていないわ」

(ほっ)

「そこで私は閃いたの!こういうときは人脈よ。そしてこの町で最も広く人脈を持ち、交易のプロである人間に……」

「用意したのがこちらの種もみになります。」

 

いつのまにやら颯爽と、にっこり現れたのはアーサーです。

彼は一国の歴とした王子ですが、しかし商人としての気質を強く持つ人間。

サクナと仲良くなったことに他意はないけれど、それが商機を逃していい理由にはなりません。

 

つまり、たまたま仲良くなった女の子が、なんと異世界の豊穣神で

この町の大地の姫も手を出していないある作物のプロであり、どうやら異世界内での評判も良い。

その作物は姫の料理にもよく使われており、しかも主食たる穀物。

需要がないということは、まず、ありえない。眼鏡がキラリ光るのも必然。

商売に必要なものは決断力とスピード感、そして事前の予測と根回しなのです。

大地の姫がお米を育てたがるであろうことなど想定の範囲内。

 

「おぉう……だがしかしだの?結構いろいろといるぞ?

そもそも水田じゃ。フレイの畑も立派なもんじゃったがだいぶ違うじゃろ?」

「それは大丈夫です!姫ポイントも資材もたっぷりあります!」

「ひめぽいんと?」

「まぁまぁ。行きますよ。オーダー!」

 

難しい理由をつらつら並べるサクナヒメを尻目にフレイが竜の間にある看板を読み上げ、姫の勅令が発動します。

とくにこの手の土木工事で大きな力を発揮するのは執事長ヴォルガノン。

彼を筆頭とした住民みんなの協力で、あっという間に畑の一面がサクナヒメの見慣れた水田の様相に。

入水用、出水用の二つの樋に加え、肥料入れまで準備されています。

水源は町の川から、ココロワも作ってくれた水車と呼ばれる絡繰りで引っ張ってきてくれている模様。

田起こし前なのか、石は転がり土も硬いですが少なくとも田んぼの機能は果たせそうです。

 

「どうなっておるんじゃ……」

『人の子の底力はすさまじいものですの……』

 

これにはサクナヒメもタマ爺も“ドン引き”です。

そんなこんなで準備は万端。季節もおあつらえ向きに雪解け直前

 

「さぁ、サクナさん。一緒においしいお米を作りましょう!」

「ふっ。まったくしょうがないのぉ?わしは厳しいぞ?」

 

にっこりと笑う大地の姫。これには米の女神も形無しです。

お手上げとばかりに教導役を受け入れるのでした。

 




田んぼができた!
今、セルフィアには畑2面と田んぼ1面がある。



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はじめての田起こし

なにはともあれ田起こしです。

米の味を決めるのは水と土

サクナヒメは豊穣神の神眼にて土を見極めます。

この土はまだ田んぼとしての歩みを始めたばかり、いわば赤子です。

しかし大きな潜在能力を感じます。

 

幸いにしてここセルフィアはこの世界のルーンの心臓

必然として水と土は生命力にあふれているのです。

まずは1年しっかり面倒を見てあげようと、サクナヒメは決めました。

 

「さて……フレイよ、まずは田起こしじゃ。お願いしていたわしの分のクワは準備したか?」

「はい!」

「ふむ、銀とは変わった拵えじゃが、出来は良さそうじゃの。」

「武器としても使うってことだから……いろいろ手を加えてます!」

 

サクナヒメはこの世界に対応するためにクワをお願いしました。

フレイにとっても新しい友人へのプレゼントであり、同時に神様へ奉納する神器でもあります。

出来たのは今のフレイにできる技術をすべて込め、魂を込めた逸品です。

銀をベースとした立派な農具。それにいくつかの鉱石と爪牙類を繰り返し打ち込むことで強度を上げました。

仕上げに蝶の茨と雷馬のたてがみを繊維に仕立て、持ち手に巻くことでなじませています。

単純な素材の性能で言うなら呪いの人形も候補だったのですが……さすがに気が引けてやめておきました。

 

『立派なクワですな、きんたが見れば目を輝かすことでしょう』

「そういうものかの?あやつは対抗心むき出しにする気もするが」

「そんな事ないよ!きんたさんはタマ爺さんを打ち直した人なんでしょ?

さすがにそれを見ちゃうとまだまだだなって思うなぁ。

あとでカマも作るからね!待っててね!」

「きんたにさん付けなどいらんわい。まぁ楽しみにしておるよ」

 

カマを使うのはまだ先とのことだったので、フレイは待ってもらいました。

せっかくなので鍛冶の技術をもっと磨いてもっと良いものをサクナにプレゼントしたいと気合十分です。

サクナヒメもそんな友人の善意に胸があったかくなりにっこりです。

こんな友人のためならば、慣れた田仕事の伝授くらい少しは我慢しようもの。

 

「さて田起こしをやろうかの。土にクワを入れ、柔らかくしてやると同時に栄養や空気を混ぜてやるのが目的じゃ。こんな風に……の!」

 

そういうと、サクナヒメはクワを一振り。

軽そうに振ったそのクワの先では豊穣の力が駆け巡り、明らかにクワが刺さった位置より広範囲に耕した影響が与えられます。

加えてフレイに信じられなかったことは、小石が粉々に砕け散ったことでした。

フレイにとってはハンマーに持ち替えるのが当然のことだったのですが、なんとサクナヒメはクワ一本で耕しつつ石を砕いてみせたのです。

 

「ささ、やってみせよ。大体2周りくらい耕してやる感じじゃの」

「わかりました!」

 

そういうと、フレイは頑張って耕しまわります。

時折石を除去するためにハンマーに、枝を除去するためにオノに持ち替えたりしていますが、なかなか手慣れた様子。

流石、広い畑を一人でやり繰りしているだけのことはあります。

(これはサクナヒメも後で知ったのですが、フレイはモンスターと仲良く農業をしているため、ホントは牛のモンスターと田起こしすることができました。)

 

この町の水田は他に2面ある畑と同様の大きさ。

ヒノエの峠の田んぼの2倍くらいでしょうか?

峠の神田で出来た米は大体5人家族1年分ぎりぎりといったところでしたから、この町でとれる米で大儲け!とはいかないでしょう。

それでもやってみることに価値はあるのです。

ゼロからでも、負けても、立ち上がることができました。

この小さな田んぼから始めることのなんと尊いことか。

それが分かるくらいにはサクナヒメも立派な神様なのです。

 

「ほれほれ~。や~っと半分ってところじゃぞ~。がんばれ~」

「八分目ってところかの?もう一息じゃ~。」

「まったくつめが甘いのぅ?ほれ、ここが耕せておらんぞ……っと

よしっ!これでばっちりじゃ!」

 

立派な神様なの……です?

本人(本神)がやっているときの独り言は弱音満載なのに……横で応援している時の他人の仕事の評価は正確です。

フレイに意地悪しているわけじゃありません。

なんてったって正確なので。

自分の仕事になると途端に甘くなっちゃうお茶目なところがあるだけなのです。

岡目八目とは神様にも通用する概念なのでしょう。

ちなみにこのばっちりな耕し具合は9割9分でした。

 

「ついでに基本の栄養となる、元肥を入れてやるんじゃが、今回はほどほどにしておく。

アーサーのくれた種もみがどれだけ大食らいかわからぬのでな」

「大食らい?」

「肥料は与えればよいってものでもないのじゃ。

葉ばかり伸びて穂に栄養が行かなかったり、背ばかり伸びて弱くなったりの」

「そうなんだ……」

「あんなに大きな野菜を作っているんじゃからどうなるかわからぬがな。

だが食わせてもらったコメはわしの知ってる米じゃったから、ひとまずわしの知っているやり方を教える。

あとはいろいろ試してみよ」

「畑は栄養剤いっぱいあげちゃってるけど大丈夫かなぁ?」

「そんなの知らんぞ?もとより畑はわからんし、風竜殿に聞く限りいろいろと違う世のようじゃからな。

わしも天穂が自慢の米になるまで5年はかかった。気長にやることじゃの。」

 

農業は一日にしてならずなのです。

 




田起こし完了!
99%


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ふたり

竜の間に夜の帳が落ちたころ。

竜の間のすぐ隣で寝起きしているフレイは、今日の田起こしに満足気です。

明日は種籾選別と育苗という工程があるとのこと。

その後は苗が育つまで少し待つとのことでした。

サクナヒメ式の育苗を基本にして、ちょっとだけフレイ式の肥料をいっぱい使った育苗をしてみようとのことになりました。

今はそのための肥料を薬品棚で絶賛調合中です。

 

「……じゃのぉ」

「……でよいよ、……じゃ」

 

ふと、フレイの耳に話声が聞こえてきました。

薬品棚は鍛冶場と同じく寝室の隣の部屋に置いているので、少し声が遠く聞こえます。

気になったフレイは寝室に移動し、ベッドに腰かけ耳を澄ませはじめました。

盗み聞きはちょっと趣味が悪いかな?と罪悪感もありますが、好奇心には勝てません。

 

「このわいんという酒もわるくないの、葡萄酒はミルテもたしなむはずじゃが、いかんせんヤナトでは手に入らんでな」

「ミルテとは……おぬしの世界の料理人だったかの?」

「おぅ!ぽこりーぬも大したもんじゃがミルテの料理も絶品じゃ。慣れぬはずのヤナト料理も器用に作っての?薬師としての側面もあってなぁ」

「そうか……おぬしは彼らのことを愛しているのだな」

 

しみじみと、セルザウィードはそう言います。

民を慈しむのは神としてかくあるべき姿ですか、愛するべき民に恵まれるというのはとても幸福なことだというもまた事実です。

 

「うぇ!?やめいやめい!恥ずかしい。そうまじまじと言われるとむず痒いわい」

「わっはっは、そう照れるでないわ」

 

照れてわたわたとする米の女神ととにこやかに笑う風の竜

まだまだ神としての年季はたりませんので。

かの竜は永い……永いときを君臨者として過ごしてきたのです。

 

「……ところで風竜殿、この口調で本当に気に障らないかの?

正直カムヒツキ様に生意気な口をきいているようで落ち着かんのじゃが」

「構わぬよ。むしろそちらの方がありがたい。

ネイティブドラゴンとして生まれて、同格のモノとは接したことなどほぼなかった。

神友(しんゆう)じゃ。神友(しんゆう)

「そうか……わしの世界は神が多かったからの。親友もおったし」

 

そういうとグラスを傾け空にします。

セルザはセルザで魔法の力でしょうか。

ふよふよと浮いたワインボトルから瓶まるまるのラッパ飲み

一滴残さず飲み干します。

さてお開きかといったタイミング。

少し逡巡しましたが……米の女神は意を決して風の竜に尋ねます。

 

「その、セルザ殿は、寂しくは、なかったか?」

「ん?あぁ。ん~……

……寂しかったんじゃろうなぁ。

だから、あやつらが生意気にも友人と呼んでくれてうれしかった。

だから、あやつらがいなくなって自分でも制御できないほどに悲しかった。

だから、今、友と再び会えて、こんなにも嬉しいことはない。

新しい友人もできたしの

そなたこそどうじゃ。寂しくは、ないのか?」

「お、おぉ?そうじゃのう。今はドタバタで寂しいどころじゃないからの。

まぁ、むこうの奴らは奴らでうまくやるじゃろうから心配はしておらん。

わしが寂しくなったら……困るのぉ」

「ふっ。その時は話に付き合ってやるわ」

「ふはっ!そうじゃの、寂しい神様の先輩じゃからの」

「なぁにぃ~?」

 

からからと笑うサクナに憤慨するセルザ。もちろん軽口でじゃれあいです。

形は違えどこの二柱には同じものが流れていることが、互いになんとなくわかりました。

かたや生まれ持って圧倒的な神として君臨するしかなかった風の竜

かたや幼き頃に両親を失い、愛に飢えて育った米の女神

 

互いに過去の話です。

風の竜は友を得て

米の女神は家族を得ました。

 

そんな二柱の話は、フレイにとってなんだか素敵な、とても暖かい響きでした。

めったに素直なことを言わない竜が、素直に寂しかったと吐露したことに

ちょっともやっとはしましたが。

 

自分はどうなのだろう?まったく寄る辺がなかった自分は。

不思議と寂しいなどと思ったことはありません。

それは、記憶を失ったその時に、大きな友達ができたからなのかな、なんて。

 

その日は不思議なほど穏やかに眠りにつけました。

明日も、明後日も、楽しい日々が続くのです。

 



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はじめての種籾選別

「さ~て今日は種籾選別じゃ」

「よろしくお願いします!」

 

今日も今日とて女神と姫は

二人仲良く田んぼの仕事。

とはいえ今日は種籾選別と

そこまで重労働ではありません。

 

それゆえサクナヒメはいつもと違う様子

その両の眼に普段ない光を纏う異物

 

そう、伊達メガネです。

先生役ならこれがなくっちゃとなぜかフレイが段取りしてくれました。

無下にする訳にもいかずかけましたが、どうにも落ち着きません。

まぁ普段かけませんし、視界の端にフレームが見えますし

なによりも

冷静沈着を人にしたような、しかしにこやかな好青年たる王子アーサーが

あのアーサーが妙に挙動不審だったこともあり

なんとなーく居心地が悪いのです。

やっぱり変なのかのぉ? と

 

まぁ事実は生粋のメガネストたるアーサーが

たまたま追加の種籾を届けに来たら

たまたまメガネ女神とエンカウント

そのマリアージュに感動にうち震えていただけなのですが。

不幸なすれ違い交通事故でした。

(忘れがちですがサクナヒメはとっても立派な美少女神です)

 

それはさておき種籾です。

種籾選別とは泥や塩などで比重を上げた水の中に種籾をいれ、

軽い、すなわち質の低い種籾を除去する行程です。

幸いにして、大は小を兼ねるといわんばかりにアーサーはたっぷり五壺ほどの種籾を段取りしてくれたので、今回はわりとしっかり選別しました。

選別用の壺にたっぷりの水とそこそこの塩をいれて、

ぐーるぐーるとかきまぜれば選別完了です。

 

万事つつがなく終わりました。

目をギラつかせている姫を除けば。

 

「種のレベルが上がってる……!」

「れべる?」

「え~っと、そっちでは格?って言ってたかな?

良い種になってる」

「ほー?そういうこともあるんじゃのぉ、わしにお主に見えぬものが見えるように

お主にもわしに見えぬものがあるんじゃの……どうした?震えて」

 

意外に寛容なサクナヒメ

ヒノエで大人(大神?)になったのでしょう。

というのもヒノエでは助け合いが命

彼女は万能ではなく、あくまで武と豊穣の女神ですから

姫と違い鍛冶も縫製も料理もできません。

そんなサクナヒメはぷるぷる震えるフレイをみてこてんと首をかしげます。

 

「すごい!すごいよサクナちゃん!

こんなに簡単にレベルがあがるならもっと早く教えてよ!」

「しらんわい!そんなに苦労しておったのか?」

「ある程度までは上がるんだけどね、そこからが大変なんだよ!

肥料をあげたり収穫できる状態になっても熟すまで置いておいたり、そしたら枯らしちゃったりね。

やったー!これでカブのレベルがもっと上げられる!」

 

この世界でカブは極めてポピュラー

旨い。(収穫が)早い。(種が)安い。

三拍子そろった作物です。

フレイもこの町に降りて真っ先に育て、なかなかのレベルまで育てて来ています。

しかしその成長の早さからレベルをしっかり上げるのはまぁまぁ大変な作物でもありました。

 

まぁポピュラーはポピュラーですが邪教の類いが発生している世界線ではありません。

精々カブのレベルが上がると聞いたフレイのおめめがちょっとぐるぐるするくらいです。

ちなみにメガネストたるアーサーはカブ王子でもありますがまぁこの世界の王子ですからそれもやむなし。

 

「やったー!やったやったー!

サクナちゃん!貴女が神か!?」

「神じゃと言うておろうに!」

 

そんなわけで喜びのあまりサクナヒメの脇を抱きかかえくるくる回るフレイでした。

ものすごい勢いでぐるぐる回されながら、

(選別される種籾はこんな気持ちなのかのぉ)

なんて思うサクナヒメなのでした。

 




種籾選別:塩水選
育苗:薄撒き

フレイは選別壺を手に入れた!
同種の種二つを投入することで平均+1のレベルの種を得る
これにより入手した種には選別済みを示す★マークがつく。


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米の女神と旅館の母娘

「ふぃー。極楽じゃったぁ」

 

ほかほか湯気を浮かばせながらさっぱりもちもち

その肌は炊きたて新米の如くつやつやのサクナヒメ

彼女はこちらの世界に来てからというもののこの宿“小鈴”に居候しておりました。

 

「あらサクちゃん、昼風呂とは通ですねぇ」

「おー、今日の分の仕事も終わったからの」

 

そう、なんと仕事です。

ぐうたら姫たるサクナヒメもタマ爺の圧力には勝てず

大地の姫たるフレイのやっかいになる気満々だった心を入れ換えて手に職をつけているのでした。

 

一つ、田んぼ指南役と少しの畑仕事

 

一つ、野草摘みと薪拾い

 

一つ、魔物の間引きと素材回収

 

全てがフレイのお手伝いです。

一方はサクナヒメのためならば身銭を切るとはばからないフレイ

一方は守役としての使命感に燃えるタマ爺

双方立てるための折衷案でした。

 

もともとヒノエ島でやっていたことの延長線上

しかも難易度は爆下がりです。

なにせ必死じゃありません。

サクナヒメは左団扇でこなします。

 

それでも多忙を極める大地の姫にとっては自分の仕事をいくらか引き受け、時間と素材をもたらしてくれるサクナヒメは大変ありがたい存在となりました。

流石にセルフィアでの生活費を全てフレイにツケているのはどうなんだと眉間にシワを寄せるタマ爺ですが、

当のフレイがニコニコなので、それはもうニッコニコなのでなんとも言えません。

 

閑話休題

 

そんなこんなでストレスフリーなスローライフを満喫しているサクナヒメです。

居候先の宿の女将たるリンファと看板娘たるシャオパイとはすっかり仲良くなりました。

 

「サクー。また服を持ってきたようだ。来てみると良いが」

「む?おぉ、また可愛らしい服をもってきたの。全くわしは神なのじゃから威厳というものがあるというに」

 

サクナヒメをあだ名で呼ぶほど仲良しになったシャオパイの最近のブーム

それは自分にとっては小さくなって着れなくなってしまった服をサクナヒメに”お下がり”することです。

 

最初はいやいやだったサクナヒメもなし崩し的に着ることになりました。

チャイナサクナの爆誕です。

 

なにせ自分は居候。

少しの我慢で関係性を良好に保てるのならば安いものでしょう。

最近は満更でもなくなって来たのは秘密です。

 

サクとサクちゃんなどという無礼千万と思うような呼び名もすっかり受け入れ始めています。

ボゲサグナだのバガサグナだのに比べれば可愛いもので。

 

ここに

妹分ができたとはしゃぐシャオパイ

かわいい娘が増えたと喜ぶリンファ

良き人の子じゃとのじゃるサクナヒメ

奇妙なねじれ関係が産まれた訳です。

 

「サクは可愛いな~」

「嫌じゃなかったらいつまでもいて良いですからね~」

「そうじゃのぉ、今のところ元の世界に帰る方法は雲をつかむような話じゃしのぉ、しばらく世話になるぞ」

「ここは旅人さんとかも多いですから~

フレイちゃんの手伝いをして、お客さんをいっぱい増やしてくださいね~」

「マーマはちゃっかりしてるな」

「あら~?そんなつもりじゃなかったんですけどね~」

「リンファはそういうところあるの

ほれさっそく客がきたようじゃぞ

いらっしゃいませぇ~」

 

女将の仕事そっちのけでおしゃべりに花を咲かせるリンファ

その代わりに聞きよう聞き真似で接客をするサクナヒメ。

まったくの、と言った様相に、あらあら~と言った感じで返します。

 

小鈴に看板娘が増えた瞬間でした。

これがリンファの特殊能力

うっかりが転じて福となす。

神すらも知らぬ塞翁が馬です。

お客さんはすっかりこの新しい看板娘に心奪われてしまいました。

 

この話には余談が一つ

少し未来の話です。

これをきっかけにサクナヒメ

たまーに気まぐれに番頭をやるようになりました。

 

少し未来では姫の頑張りが実り

観光客も増えました。

しかしそれ以上に極端に

小鈴にはチャイナサクナを紳士的に見守りに訪れるお客さんがちょっぴり増えました。

 

そんな日は決まって「う~さぶさぶ」と、シャオパイと、仲良くお風呂にはいるのです。

愛でたし愛でたし

 




サクナが番頭をするようになった!
観光客が増えた!


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はじめての田植え

「いやー良い苗じゃ。今日は天気も良い、田植え日よりじゃのぉ」

「がんばろう!」

 

鳥が目覚める頃合いに、サクナとフレイは田んぼの前にいます。

今日は待ちに待った田植えの日です。

とは言え待ちに待っていたのは初体験でワクワクしているフレイくらいで、サクナヒメにとっては繰り返した日常の一コマ。

流石に秘技乱植えは教育上良くないと思うくらいの分別はサクナヒメにもありました。

まずはフレイの隣に立ち、一緒にやって教えます。

 

「二歩下がっては一束植える、二歩下がっては一束植える。

こんな感じで植えてくのじゃ、間隔は、ほどよく。

あんまり間隔が広いと当然収穫が減るが、ぎゅうぎゅうに植えるとこんどは質が落ちるからの」

「うーん?」

「そっち半面はわしがやる、こっち半面は途中まで見ておいてやるわ、やってみよ」

 

そんな感じで畦道に腰掛け指南役に移るサクナヒメ。

「くっ」とか「ふぬっ」とか言いながら蛇行して苦戦するフレイを楽しそうに眺めます。

 

「わしも苦労したの~」という懐かしい感情もありますが、どちらかというと

「苦労しとる苦労しとるw」といった様相です。

苗生えています。

 

はてさてどっこらしょ、と手伝うためにサクナヒメが田んぼに入ろうとしたその時

雑貨屋の老店主たるブロッサムがやって参りました

 

「サクナ様。お水とおにぎりを持ってきました、どうですかな?」

「おぉ、朝はやいのぉ。ブロッサム

これが終わったらありがたくもらうとしよう

フレイの分もか、すまんな」

「いえいえ、これが田んぼですか、長く生きていますが初めて見ます。

何ともキラキラと光ってきれいですな。

おやおや、フレイはずいぶんと苦戦しておる」

「ふふっ、わしも最初は苦戦したものじゃよ」

 

曰く、サクナヒメはしばらく田植えを鍛えたら植えるべき位置をその神眼で見極められるようになったとのこと。

それを聞いたブロッサムはふむ?と少し考えフレイを呼びました

 

「ひも?」

「毛糸玉はあるだろう?いつだったか冷えが厳しい日に手編みのマフラーをくれたじゃないか。

例えば……田んぼにこんな感じでひもを走らせることでまっすぐ下がれるんじゃないかい?」

 

ブロッサムは田んぼを見ているフレイの後ろに経ち、地面に向かって指した指をまっすぐに上に振り上げながらそう言います。

フレイはここに天啓得たり。

 

「なるほど!やってみるね!

モコ太!モコ美!ちょっと手伝って!」

 

そういうとダッシュで毛糸玉を持ってきて、付き合いの長いモコモコ二頭を田んぼの端と端に立たせ、ひもの端を持たせます。

そのひもをガイドとすることである程度まっすぐ下がりながら、手際よく田植えを進めていきます。

流石は大地の姫、端から始めた田植え作業が、彼女の担当している半分のさらに真ん中、つまり田んぼの4分の1くらい終わった頃

随分とサマになっておりました。

 

「なるほどのぉ、見えないなりにやり方があるものじゃなぁ」

『人の子の工夫とは素晴らしいですな。峠もずいぶん便利になりました。

もしかしたらもっと便利になるかもしれませんなぁ』

「わしは楽をするためなら頑張るぞ!

ま、こればっかりは楽になる気がせんが、の!」

 

そう言い、よっこらしょと立ち上がるサクナヒメ

おもむろに逆の端から田植えをはじめ、もう七割がた終わったフレイを猛烈な勢いで追い上げます。

なにせ彼女は米の女神

数多の田植え技を持っています。

今日使うのは升植え

4倍速で植えられる上、なかなか見栄え良く植えることができる大技です。

手に持つ苗の数もフレイの倍、苗を構えなおすロスも極小

しゅぱしゅぱと、異常に手際よく田植えを進めていきます。

 

「本当に神様なんだねぇ」

 

年相応に信心深いブロッサムはなんとなくサクナヒメの高貴な気配を察して神様であるということに納得しています。

これが例えば同じ雑貨屋のダグなどはその見た目から侮っているのですが……。

まぁサクナヒメのふるまいから神性を汲み取れるブロッサムがどちらかというと特殊です。年の功といったところでしょうか。

田植えを終えてフレイにどや顔しながらおにぎりにかぶりつく姿は本当にただの可愛い女の子ですから。

 

「ふぃ~終わった終わった。ここまでくればあとはこまめに面倒をみるだけじゃよ」

「そうなの?」

「毎朝様子を見ながら肥料をまく。水の量を調整する。雑草を抜く。夜に次の日の肥料を準備する。

そのくらいかの。わしは神眼で土の質が見れる。

施肥はわしが毎朝するから、フレイは見て学ぶとよかろう」

『おぉ……おひいさま!立派になられましたな!』

「峠に比べれば優雅な物じゃて、せっかくなら美味い米を食いたいしの!」

「ありがとう!ところで肥料って雑草とか?」

「ん?何を言っておるんじゃ」

 

う〇こじゃぞ?と高貴とは程遠い発言をするサクナヒメ

まぁもちろんフレイもわかっています。

肥料入れに草を入れているのはあくまで触媒

モンスターたちから出てきた糞尿等が肥の素です。

農業慣れしている大地の姫は(どこの世界も一緒だなぁ)と遠い目をするのでした。

 




高性能肥料入れを手に入れた!

中に材料を入れることで様々な効果を持つ肥料を作ることができる。
ありとあらゆる素材が肥料と化すその仕組みは謎に包まれている。
1日1回能動的に畑/田んぼに作成した肥料を撒ける。


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田植え歌とエルフの詩人

「ふ~ふふ~……ふ~ふふ~ふ~ふ~ん♪」

 

田植えが終わって数日

ポコリーヌの食堂でサクナヒメはご機嫌です。

なんだかんだで豊穣神。田んぼを毎朝眺めるのは感慨深いものがあります。

セルフィアでの生活。

最初の数日は観光気分で楽しんでいましたが、最近は少し精神的な疲労を覚えるようになりました。

それは客人から民へ変化するに伴い避けようのない適応のストレスです。

そんなふうに変化し始めた異世界の生活ですが、慣れ親しんだライフワークが組み込まれ、途端に安心したのでしょう。

ガールズでご飯を待ちながら、田植え唄の鼻歌が漏れ出るのも仕方がないことです。

 

「鼻歌なんて珍しい」とフレイ

「ずいぶんとご機嫌のようだ」とはシャオパイ

「ふんふん~♪」とノリだけで混ざるのはコハク

「うるさいわよ」と心にもないことを言ってしまうドルチェに

「だめですよそんなこと言っては」としっかり者のフォルテがたしなめれば

「素直じゃないだけですの」幽霊のピコがそういいます。(そしてドルチェに首を絞められています)

「ねむくなりますね~」とクローリカが言ってなんとな~く会話が不時着しました。

 

そこで着地せずに目をキラキラさせているのはエルフの音楽家たるマーガレットです。

なにその歌!?不思議なメロディだね?もっと聞かせて!一緒に歌おっか!

などとまくしたてます。

なにせ彼女は生粋の音楽家。部屋にはいろいろな楽器が所狭しと置いてあります。

神秘的な聞いたことのないメロディに好奇心が止められません。

 

「ちょっ……ちょっとまてぃ!まずは飯じゃ!」

 

そう叫ぶサクナのご飯をちょうどディラスが配膳してきたところです。

裏ではポコリーヌのつまみ食いを躱すための光速の駆け引きが繰り広げられていたのですが、それはまた後日の話としましょう。

(まったくやかましい奴らだ……)とでも言いたげな目をしていますが生憎ここには気にするガールは一人もいません。

ディラスはディラスで(ぐっどたいみんぐじゃ!)とでも言いたそうなサクナヒメの視線などどこ吹く風です。

 

閑話休題

 

ここに、本日の食事中のガールズトークのテーマは決まりました。

すてきな音楽なの!とコハクが言えばサクナはその成り立ちを説明します。

田植えを行うときの唄

農作業のつらさを紛らわすための民謡が

毎年唄いながら田植えをした思い出となり

大龍を討ちに出陣した時には賛歌となり

いわばヤナトの生活の主題歌だと

 

「ど!?……どうしたマーガレットよ。何故泣く!?」

 

ぽつりぽつりと言ったサクナヒメの語りが完結したころにはみんなご飯は食べ終わり

そしてエルフは涙をこぼしていました。

なぜかなど、彼女自身もわかりません。

 

「あれ?なんか……ゴメンね?なんか感動しちゃって……変だよね?」

「どうしたどうした。まったく困ったヤツじゃ。そんなに感動したのなら今日はおぬしの家に行こうかの。急ぎの仕事もないことじゃしの。

皆は仕事が残っておろう?ここはわしに任せよ」

 

そういってサクナヒメはマーガレットの背中をポンポンとします。

みんな心配そうにしていますが、ここは神様に任せて各々の仕事に戻るのでした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

がけっぷちの家

「ひえぇ~……なんかごめんねぇ……サクナちゃん

あ!お詫びにそこの果物食べていいよ!」

「そうか……ありがたくいただこうかの」

 

そういうと、みずみずしいリンゴを一つ取ります。

ヒノエ島での果物といえば柿くらい。こんなに芳醇で甘美な果実はありません。

むしゃむしゃと、すっかり夢中のサクナです。

 

「ふふっ。サクナちゃんは可愛いねぇ」

「どうした急に。こちとら神じゃぞ」

「そういえばそうだよね、サクナちゃんは長く生きているの?」

「神としては若輩だがの。まぁブロッサムよりは年を重ねているじゃろうな」

「ふ~ん?」

 

にこにことサクナヒメを眺めるマーガレットです

情緒はわりかし安定したようで、サクナヒメはほっと一安心です。

 

「急に泣かれたからびっくりしたわい。そんな哀しい話じゃなかったろうに」

「あはは~……ごめんね。わたしもこんなこと初めてだよ

でもぜんぜんイヤじゃなかったんだ。だからさ、教えてよ。サクナちゃんの唄」

「む~……あまり改めて披露するものでもないんじゃがなぁ

いつもマーガレットはいろいろ聞かせてくれるからの。特別じゃぞ?」

 

そういうと、コホンと咳ばらいをして唄います。

~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪

いつもの田植えの時よりテンポはゆったりと

民謡ですから、難しいメロディなどありません。

エルフの音楽家の手にかかれば即興でハープを合わせることなど簡単で、

しばし、緩やかな、穏やかな二重奏が続きます。

 

「何とも恥ずかしいのぅ」

「ブラボー!だよ!」

 

ハープから手を放しぱちぱちと拍手をするマーガレット

対するサクナヒメはとっても照れくさげです。

照れくさそうなのに、自分に付き合ってくれるサクナヒメを見て、

マーガレットは自分の気持ちが分かった気がしました。

何故涙を流したのか。

 

「これからこの唄さ、いっぱい弾くよ。いっぱい歌うよ。アレンジしたりしてさ。

ピアノとか、ハープとか。サクナちゃんの知らない楽器もいっぱいあるし。」

「どうした?急に」

「ううん。そしたら少しは寂しくないかな、って。勝手に思ってるだけなの。

サクナちゃんはヤナトの立派な神様だけど、でもセルフィアの可愛いサクナちゃんなんだって。そう、いっぱい歌うから」

「…………そうか。

ま!余計なお世話じゃがの!」

 

ない胸を張るサクナヒメ。まぁこれは照れ隠しです。

短い付き合いだけど知っていました。

マーガレットが極度のお人好しだということは。

しかし神たる自分にこれだけ感情移入しておせっかいを焼くとは、たいがい筋金入りじゃのぉと思うわけです。

ただ、別に、悪い気はしないのです。

 

今日も、明日も、セルフィアの空には

マーガレットのアレンジした田植え唄に、神様の鼻歌が響きます。

 




スキル・田植え唄を入手した!
すべての収穫物の収穫個数に応じた攻撃力増および防御力増の効果を短時間得る。


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セルフィア米の1次分けつ

セルフィアの太陽も元気いっぱい。

まもなく夏になろうという頃合いです。

 

「ふむ……ずいぶんと大飯ぐらいじゃの。この田んぼは」

 

そうなのです。田植えしてから向こう半月。

サクナヒメは徐々に徐々に施肥の格を上げていっております。

肥料入れの中で何が起こっているのか気にしてはいけないのはヒノエでも同じこと。

とりあえずまずは各種薬草から。次に魔物の素材類。

試しに入れてみた作物もバッチリ効果の高い肥料と化しました。

(畑の一角を借りて育てたカブですが、一番大変だったのはフレイの説得でした。

食材を武具に打ち込む方がよほど冒涜的なのでは?と気づいたのは説得でくたくたになった次の日に施肥をしていたその時で、時既に遅しでしたが)

 

「そうなの?確かにずいぶんいろいろ入れてたみたいだけど。カブまで……」

「ええい!その話はもうよかろう!

……実は個人的に少し頑張っての。結構本気で入れてみたのじゃが、

過剰にはなってなさそうなんじゃよなぁ」

 

なんとぐうたらサクナヒメ。曰く結構本気を出したとのこと。

とは言え実は全然です。まぁほぼ不眠不休で働いていたヒノエ時代が異常なのですが。

朝田んぼの面倒を見、昼は鬼の狩りを行い、夕餉前には田んぼの面倒を見、夜は夜の希少素材を狩りに行くと。

そんなブラック労働を自発的にやっていたヒノエ島に比べればちょっと本気を出そうが昼2時くらいに出て夕方に帰ってくるセルフィアの生活は極めて優雅です。フレイのお手伝いは午前で片付きますし。

帰宅の魔法“エスケープ”と飛行船の使える誰かしらを巻き込み遠出にトライするのが最近のブーム。

よく捕まえるのはフォルテとキールの姉弟で、まぁいろいろとありますが、陽気に楽しくやっています。

 

「雑草も……まぁ知れとるし、の!」

 

さて本題、繰り出したるはサクナヒメの神速の雑草抜き

目にも止まらぬ速さで根を張る雑草をぶっこ抜きます。

施肥をすればするほど雑草にも好ましい土地となり、結果栄養や日照を奪う雑草も増えます。

だがしかし、どんなに手ごわい雑草だろうがサクナヒメの前には根なし草。

彼らもよりよく生きるために懸命ですが、神も良い米のために必死なのです。

ここもまた、仁義なき闘争の世界です。

 

「え?!」

「お?どうしたフレイよ。

あぁこの草いるか?わしにはよくわからんがよく使っておるよの?」

 

わしの手際の良さに驚いたのか?とでも言いたげです。

農作業を教授するなかで驚くフレイを見るのはサクナヒメとしても悪い気はしません。

よく言われますが神とは敬われてこそ神たりえるのですから。

 

「えぇ……?

ごめんサクナちゃんもう一回見せて」

「はぁ……?こんなの生えとるところで抜くだけじゃぞ?

いつも畑でやっておろうに」

「やっぱり見えない……どこに雑草あるか教えてもらっていい?」

 

きょとんとしてフレイを見るサクナヒメ

どうにも温度差があります。

最初はわしもちょっと近寄らんと見えなかったしの、なんて思いながら。

神眼をもってすればまばらに田んぼに生えたわずかな雑草も見逃すことはありません。

適当に見つけた雑草を教えていきます。

 

「そことそこと、その辺にもあるの。

ほれ近寄って見てみるか」

「うわっ!ホントだ!」

 

ここに姫は神の手助けを得て、見ることができていなかったことを知りました。

それに気づいてしまえばあとは一気。

ブレイクスルーとは些細な気づきから始まるものなのです。

 

何せ姫は、今まで気づいていませんでした。

ここセルフィアでは種を植えたあたり、しっかり耕したあたりからは不思議と雑草が生えてこない。そう見えていたのです。

しかしここに開眼。今のフレイは世界の解像度が違います。

確認のためにサクナヒメを隣の畑に引っ張ります。

 

「えっ!ちょっと!サクナちゃん畑も見てよ!」

「うぇえ~……畑は雑草抜かなくてよかったんじゃなかったのか?」

「そんなこと無いに決まってるじゃん!」

 

ちょっと理不尽な気がしないでもないですがフレイの言もむべなるかな。

まぁ種籾選別の時もそうでしたが、大地の姫もたいがいなのです。

こと農業に良いと思われることなら貪欲、強欲、見境なし。

ちょっと冷静さを欠くのです。

 

かたやサクナヒメ、このケースは彼女のちょっぴり残念な面が表に出ました。

(フレイが放っておいているならこれは抜かなくてよい草なんじゃの。

楽勝じゃのう。がっはっは)

なんて論理です。

まぁぜんぜん責められる話ではありません。

うっかり引っこ抜いたのが作物の芽かもしれないのですから。

可愛いちょっとしたすれ違いです。

 

そんな不幸なすれ違いで

「雑草抜きはもういやじゃぁ~~~~~~~」

なんていうサクナヒメの悲鳴は空に溶けていきました。

 




大地の眼を開眼した!
開墾済みまたは作物を植えたあとの畑から雑草を取れる時がある。
雑草を取った一角の土レベルがわずかに上がる。


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米の女神と女騎士

「さぁてフォルテよ、今日も頼むぞ」

「承知しました!」

 

サクナヒメの草抜きの悲鳴から時は少しだけさかのぼり。

春も半ばのお昼時

晴天から指す日の光は夏の訪れを感じさせます。

 

サクナヒメは美味しいお米を育む肥料のため、そして手持ち無沙汰をまぎらわすために狩りに出ます。

とは言え彼女はまさに神がかった力の持ち主。

今のフレイの行動範囲内なら全て一蹴できるので身体が鈍っているのかどうかもわかりません。

それでもこうやって様々な土地に狩りに出るのは少しでも効果の高い肥料がなにか?を探すためでした。

 

「今日の修行場はどちらですか?」

「少しずつ慣れてきたのでな

今日は黒曜館とやらにいってみようと思う」

「こくっ!」

 

それゆえに産まれた悲劇でした。

サクナヒメは神なれど、大変、大層、人間味に溢れた神様なので、苦手なものもございます。

例えばお化け、例えばぬるぬる

されどそこは流石神様サクナ様

お化けに立ち向かうにあたり恐怖にとらわれることもなく

ぬるぬるした蛙やら河童やらと共に田仕事に励むこともなんのその

実はとてもたくましいのです。

 

さて翻って女騎士

かの騎士はとってもしっかりものです。

なんてったってフレイの面倒を真っ先にみた騎士ですから

ですが

甘いものに目が無かったり

お化けが嫌いだったり

料理が壊滅的だったりと

弱点がちらりほらりとございます、えぇちらりほらりと

かなりしっかりものなんですよ?

ほんとですって!

 

なにかとぐうたらしたがるのに、やるときはやるのがサクナヒメの神足る魅力だとするならば

高潔な騎士であると同時に欠点からくる親しみやすさも持つ二面性がフォルテの人足る魅力と言えるでしょう。

 

「あー……そうじゃったな。お化け、苦手か

わしも苦手なんだがすっかりなれてしまったなぁ」

『黄泉神にくらべれば、容易いものですな』

「どうするフォルテよ、今からでもキールと代わるか?」

「ににに苦手!?なんのことですか?!

お化けなんていません!いない以上苦手になどならないでしょう!?」

 

あわあわと慌てふためく女騎士

お化けなんていないというのであればゴスロリツンデレ少女のドルチェの相棒たるピコは何なのでしょうか?

などと考えてはいけません。

半透明で浮いていて長寿な、ただそれだけの特殊な種族なのでしょう。

 

サクナヒメとタマ爺は顔を見合わせてさてどうしたものかと考えます

先に閃くはサクナヒメ

ただし

……ろくでもない方向でした。

真剣な面持ちで伝えます。

 

「フォルテよ。わかる、わかるぞ。

だが残念ながらな、お化けはおるのじゃ」

「ななな何を言いますか!

私の剣に切れないものなど居ないのです!」

 

言葉とはかくも難しく、混乱の極致たるフォルテは万能の剣士となってしまいました。

斬鉄剣も真っ青です。

もうサクナヒメは平静を保つので精一杯

内心爆笑しておりますがここで笑ってはいけない。

なぜなら今からしようとしているのはとびっきりの怖い話。

表情筋を総動員し努めて真顔で喋ります。

 

「そうか、頼もしいの

フォルテがおれば黄泉神も任せられたんじゃなぁ

なにせ奴らには剣は効くであろう」

「ヨ、ヨモツガミ?」

 

まず一言、ちゃんと剣が効く実体のある存在であると

さきほども出たヨモツガミという知らない固有名詞は騎士の想像力を煽ります。

 

「あぁ、わしらの島におった鬼の一種、じゃろうなぁ

そうというにはあまりに哀れじゃが

死してなお戦うことをやめなかったアシグモ達

イタチのような獣人の民の成の果てよ」

「ひっ」

 

鬼。哀れ。成れの果て。

決定的なことは言いません。

ただ騎士の脳内では想像ばかりが膨らみます。

未知とはすなわち恐怖。恐怖とはすなわち未知。

 

そして

うすぼんやりと膨らみ続ける恐怖にサクナヒメは輪郭を与えます。

 

「タマ爺や、今思うとやつらどうやってあんな軽やかに戦っておったのかのう。

生きとるわしらの仲間のアシグモはわかる。

やつのしなやかな体躯、さぞ力強く動くであろうな。

だが黄泉神のアシグモは

彼らは

 

 

 

 

骨 だ け な の じ ゃ ぞ ?」

 

「ひぇぇぇぇー!」

 

サクナヒメの会心の怪談炸裂

ヒノエの夕餉では滅多に語り部に回ることはなく

どちらかというと聞き手に回りがち。

されどそこは文学少女

たっぷり溜めて真剣に一言

騎士の恐怖を煽る煽る

そう、煽りすぎました。

 

「うぇ!?帰りよった!?」

 

エスケープの呪文を使い帰ってしまう女騎士

責めることは出来ないでしょう

苦手な怪談を聞かされた上に何てったって事実の話

創作ならばまだ一笑に付せたかもしれませんがその語り口はまごうことなき体験談なのです。

 

ちょっとやりすぎたのーとサクナヒメは反省です。

もっとちゃんと反省してほしいとタマ爺がぐったりする程度の反省ですが。

 

「はぁ~……わしは街に戻れる魔法とやらは使えんし、一人でいくかぁ

黒耀館は抜ければ街につくといっておったの」

 

やれやれとばかりに鍬を構え黒曜館の突破に向かうサクナヒメ

まぁいくら怪奇現象があるといっても知れているでしょう。

 

お気楽な調子で黒曜館に入ります。

……お気楽だったのは入り口がロックされる瞬間まででした。

 

 

数刻後

セルフィア湖の北にはサクナヒメの甲高い声が響きましたとさ。

自業自得、因果応報でございます。

 



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虫の女王と2次分けつ

「くも?」

「そう、蜘蛛じゃ」

 

夏も盛り

水の涼しさが恋しくなる時期

入道雲を眺めながら畦道でのんびり喋る姫と神

さりとて今日の話題は雲ではなく蜘蛛です。

 

雑草抜きをしながらぼんやりとサクナヒメは気づいたのです。

そういえばこっちに来てから蜘蛛も蛙も田螺(たにし)も放っておらんのぉ、と。

 

2次分けつに至った米もすっかり元気に育ち順調そのもの。

結構な施肥をしていますが雑草や害虫、疫病に困らされてる様子ではありません。

 

まぁここはセルフィア、異世界のルーンの心臓

少し位不思議なことが起こっても気にはなりませんし、田螺や蛙がいるかもわかりません。

それでもまずは自分の知る最大限を尽くしたいのが神情というもの。

ゆえにこれはまぁ相談といった感じです。

 

「蜘蛛だったらスパ朗がいるじゃん」

「いやあやつはデカすぎじゃ!

黒耀館で捕まえてきたヤツじゃろう!?」

 

スパ朗とは黒耀館出身の蜘蛛のモンスター

モコモココンビと同様にフレイの繊維業の基礎を支える名ペット

ただし、モンスターですから

サクナヒメのイメージする蜘蛛の百倍はありそうな大きさです。

稲につく害虫の駆除が目的なのにスパ朗のエサになるような虫ならそれはもう直接駆除する対象でしょう。

 

むしろ雀なんかの害鳥駆除をしてくれそうですがスパ朗が雀を食べるかはわかりません。

食べたとしても絵面がホラー過ぎて直視したい光景ではないでしょう。

 

「う~ん……虫に困らされたことは無いんだけど……

雑草の件みたいに私が気づいてないだけかもしれないしなぁ……」

「虫ケラの話なの~?」

「どわ!?急に現れたな、どうしたんじゃコハクよ」

「えへへ~、涼みに来たの~。

田んぼの横、気持ちいいんだよ~」

 

うんうん唸るフレイの横にニコニコと現れたのは天然少女コハク

守り人の一角であり、蝶の魔物と融合していたことからその容姿に面影を感じます。

なんなら面影どころか羽も触覚もばっちり生えていますが。

 

寒いのが苦手、お花が好き、ハチミツ大好きと大層わかりやすい女の子です。

ちなみに魚も嫌いでサクナヒメとはぬるぬる嫌い同盟を締結しました。

同じ守り人で釣り好きのディラスとは記憶も戻っているし付き合いが長いはずなのですが、ぬるぬる嫌い同盟は彼にたいして二人で仲良く威嚇したこともあります。

 

「わしも昼寝しようかのぉ」

「もう暑いでしょ、するんならこっちの木陰にしたら?」

「えへへ~、フレちゃんありがとうね~」

「ぐぅ~」

「なぜクローリカがおるのじゃ……なぜ立ったまま……」

 

水路を流れる水のせせらぎを聞ける木陰に案内するフレイ

ちょこちょこ着いていくサクナヒメとコハクでしたがそんな素敵なお昼寝スポットには先客

女執事見習いたるクローリカ

なぜか立ったまま寝ています。

 

もう場は混沌の極み

なんの話しとったっけ?

と思わないでもないですがもはやちょっとどうでも良くなってきました。

 

「田んぼはさらさらきらきら素敵だねぇ、お米はお花咲くの?」

「咲くが滅多に見れるものじゃないの、一瞬じゃ」

「じゃあハチミツはとれないねぇ」

「コハクはハチミツ好きじゃなぁ、気持ちはわかるがの」

「ぐぅ」

「こやつ寝息で相槌を……!!」

 

完全に雑談コースです。

やれやれ今日は雑草抜いておしまいかな?と

フレイは眼の慣らしがてら雑草抜きに再度動きます。

 

「虫ケラさんは大丈夫なの」

「ん?」

「アンがいるから大丈夫、フレちゃん近くの小屋にアンを連れてきてあげて」

「え?う、うん。わかったけど、どうして?」

「アンは蝶の女王様だから

虫ケラは言うことを聞くのだ~

はんはんふ~ るんたらったら~」

 

木陰に座り羽をぱたぱたご機嫌なご様子。

笑顔でニコニコと虫ケラとか言うコハクです。

(いつものことです)

 

彼女の言うアンとは蝶の魔物のアンブロシア

苦労して作った超トイハーブで仲間にした、フレイの仲間モンスターの内でもとびきりのエース格です。

……そしてコハクの守り人としての融合先で、化身と言っても過言ではないでしょう。

 

「おおう、なんというか……触れてはいけないのぅ?」

「だね……あとでハチミツお供えしておくよ」

 

天然少女、されど守り人

底知れない深淵を持つ少女なのでした。

 




女王の庇護を得た!
アンブロシアが田んぼの小屋にいる限り害虫の害を被らない



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米の女神と特訓です!

「さてビシュナルよ、しかたないから少しばかり揉んでやろう」

「ありがとうございます!

やーるぞー!!!」

 

少し雲のかかった夏のある日

竜の間の前、すなわちフレイの部屋や執事たちの部屋の前のセルフィアのメインの広場。

普段はお祭りやお喋りが繰り広げられているこの広場に執事見習いたるビシュナルとサクナヒメが向かい合います。

 

ビシュナルの手にはフレイ謹製の剣が二振り

彼は戦いにおいては双剣による愚直な攻めと手数が身上です。

かたやサクナヒメの手には鍬……ではなく、大き目のほうき。

サクナヒメの世では竹ぼうきと呼ばれていたものです。

 

「その……サクナヒメ様。本当にそれで大丈夫ですか?」

「おぉ。そう心配するでない。」

 

獲物の質の違いから遠慮するビシュナルを横目にサクナヒメは緊張感のない様子。

念のために横に控えているジョーンズとナンシーの医者夫婦、特にナンシーは心配げです。

ビシュナルの相棒としてクローリカの姿もありますが

特に目立つのはこの町の戦闘要員として見学、何ならあとから参加しようとわくわくしているフォルテやフレイでしょう。

 

「では……行きます!!」

 

意を決して攻めかかるビシュナル。

サクナヒメに一気に近寄るステップを皮切りにまずは一閃。

そこから右からの袈裟切り、左からの薙ぎ払い、交差させるようにした一撃など

双剣の持ち味である連撃につなげます。

 

「ほっ…よっ………そこっ!!」

 

その一つ一つの一撃を見切り、躱し、

焦れて大振りになった一撃を竹ぼうきによって弾き返します。

 

「うわっ!!」

「ぶっ飛べ!!」

 

弾きによって体勢を崩し、ビシュナルの踏ん張りがきかなくなるその瞬間。

そこにすかさず“胴貫打ち”

いくら武器の攻撃力が低いとはいえそこは神の力

サクナヒメ、細心の注意を払い手加減を重ね吹き飛ばします。

手加減してますよ?ぶっ飛べとか言っていますが……

本気を出したら竹ぼうきとはいえビシュナルははじまりの森に還ることになっていたでしょう。

幸いセルフィアの竹ぼうきはヒノエの竹ぼうきと違い吹っ飛ばし技に補正はかからなかったようです。

 

「おや?だいぶ手加減したんじゃがのう。すまん、だれか回復してやってくれ」

「きゅぅ~」

 

いくら手加減したとはいえされど神の力。

一撃でビシュナルはノックアウトです。

慌ててフレイが回復用のポットを使い回復してあげました。

 

「いやはや……」

「サクナちゃん、強いのねぇ~……」

 

ジョーンズナンシー夫妻は戦闘をするような性質でもありませんので、サクナヒメのふるまいからその武力を読み取ることができていなかったのですが、神であるということを再認識です。

その力の大きさを目の当たりにし、畏敬を通り越して恐怖になってもおかしくなかった場面ですが、そうならないのはひとえに彼女の神徳でしょう。

 

「まだまだぁ!!」

「おっとっと。そう来なくてはな!」

 

そして最たるは、最も異常なのは不屈のガッツで再度立ち向かうビシュナルです。

力の差は圧倒的、訓練になるかどうかも正直微妙でしょう。ビシュナルにとってはもしかしたらフレイやフォルテと戦ったほうが訓練になるかもしれません。

 

「ふはっ。良いのぅ良いのぅ。

ほれほれ甘いぞっ!」

「くっ……うおおぉぉぉ!!」

 

渾身の一撃も柳のようにいなされ、会心の一太刀はようやっとサクナヒメ体に届きます……が、彼女は岩のように動じません。

それは内包するルーンの差があまりに大きすぎるから。

この世界で言うならば“レベルが違う”

かの世界で言うならば“格の違い”

 

それでも彼はめげません。愚直なまでにサクナヒメに切りかかります。

そして意外なことに応対するサクナヒメは楽しそうです。

それは彼女の中の武神の血、火のように猛る“それ”がそうさせるのでしょう。

 

「……いいなぁ」

「燃えますね」

 

それはめらめらと燃え広がり、姫と騎士も焦がします。

余裕でちらりとそちらを見るに、獰猛に笑うサクナヒメ。

ビシュナルに対し間合いを取り、呼吸を整える時間を与え、二人にほうきを突き付けて

 

「フレイもフォルテもかかってこい!まとめて相手してやるわい!」

 

威風堂々挑発です。

これには温厚な姫も冷静な騎士も乗ってしまうのも仕方ない。

ビシュナルとの戦いを見るに、胸を借りるしかないのですからためらっていても仕方ありません。

サクナヒメの挑発はもちろんですが、ビシュナルの奮戦が何よりも二人を焚きつけました。

 

「サクナもおとなげないというかなんというか……若いのう」

 

竜の間の入り口から広間を見て、やりあっている三人と一柱を眺めるのはセルザウィード

語り掛ける相手は米の女神の守役です。

てっきり苦言を呈すかと思いきや、彼もどこか嬉しそうです。

 

『良いのですよセルザ殿。おひいさまは豊穣神であると同時に武神なのです。

武によって威を示し、民を守り導くというのも本懐なのですよ。

本当に立派になられました。タケリビ様と共に戦い抜いた日々が思い起こされるようです』

「やれやれ……そういうものか。ヤナトの者は血の気が多いのぉ」

 

なんて言いながら友達の違った一面を見た気がしてちょっとうれしいセルザなのです。

 

最後にこの話のおまけです。

あまりにも手も足も出ないフレイが姫ポイントという特権を使って新たな祭りを開きました。

その名も猛火祭

かの神の父神にちなんだ祭りで、夏の、火の赤をイメージした奇祭です。

名前と由来は素敵なのですが……その内容は何と、住人総出でサクナヒメにトマトを投げつける祭りです。

有効打を最初に当てたものに豪華景品。

これはフレイも身銭を切りました。私怨なので。

 

ちなみに栄えある第一回の勝者ですが……

サクナヒメが用意したすべてのトマトを捌き切って高笑いして終わりました。

フレイがぐぬぬぬぬとなったのはいうまでもありません。

 

 




猛火祭が解放された!
観光客が増えた!(サクナヒメのファンも増えた!)



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3次分けつとはじめての中干し

「ぼちぼち中干しの時期じゃの

天気も良いし良い感じじゃ」

「がんばろう!」

「がんばらんぞ?」

「あれ?」

 

夏の盛り、右手を上にえいえいおーと元気良く突き上げるフレイに対し、サクナヒメはなに言っとるんじゃこいつ?とでも言いたげのキョトン顔です。

 

『おひいさま、中干しとはなにかお伝えしましたか?』

「おぉ?お~……うっかりしておったわい」

 

噛み合ってない姫と神のコンビにたいし、ポヨッと出てきて苦言を呈すのはタマ爺です。

やれやれおひいさまはこういうところがうんぬんかんぬん

 

ちなみに昨日のやり取りは

 

「明日から中干しに移るから朝集合じゃの!」

「うん!オッケー!」

 

位の感じです。雑。

姫の成長スタイルは懇切丁寧に教えてもらって、というよりは実践派の感覚派ですしサクナヒメは言わずもがな。

仲良くなって来たがゆえの少しの緩みといったところ。

 

最近はフレイが練習も兼ねて雑草抜き、サクナヒメが施肥、といった感じで自然に朝の田んぼの仕事を分担しています。

そこからフレイは畑仕事とペットの世話に移行し、サクナヒメは山へ野へ芝狩りに、といった流れで

昼食をガールズで取ることも多く、午後からは自由行動です。

 

サクナヒメがこの世界に来たのは冬の終わり、今が夏の盛りですから半年近くになりました。

かの神ももうすっかりセルフィアの一員です。

 

「むぅ、じゃあ中干しってなんなの?」

「三次分けつになった今、水を抜いて土を乾かす。おしまいじゃ。おつかれさん。

また少し経ったら水を張るけどの」

 

そうフレイの問いに答えて出水の樋を上げたらサクナヒメはどや顔です。

わざわざ立ち会わせたのは大事な行程だから見せておこうと言う気持ちが半分。

どういう反応するかの期待が半分といったところでしょうか?

 

「へ~!不思議だねぇ?

え?なんでなんだろう?

お米って水がたくさん要るんじゃなかったの?」

「お、おう……

……タマ爺や、説明してやってくれ」

『おひいさま……私も詳しくはないのですがな』

 

それに対する肝心のフレイの反応は極めて純粋な、子供のような好奇心が100%です。

母の遺産の大事な農書も斜め読みでそこそこの把握にとどまったサクナヒメからすると眩しい限り。

それゆえに、効果は知っているものの原理を押さえていないという。

そこで神は頼れる守役に丸投げしました。

まぁこういうところが”らしさ”でもあります。

最近武神として株を上げたばっかりにタマ爺はなおがっくりですが。

 

しかしそこは流石の一流守役、神剣”星魂剣”。

かの翁の説明はとてもわかりやすく

曰く、水を抜くことで地中の瘴気を抜き根の発育を促すと同時に

過剰な分けつ、言うなれば米にとっての枝分かれを防ぐものであると。

 

『海の向こうで果実を育てるときには剪定と言って良い枝を残し弱い枝を切ると聞きます。

まさに過ぎたるはなお及ばざるが如し、と言うことですな』

「と、言うことじゃ!

 

……おいフレイ、落ち着け!」

 

フフンと無い胸を張るサクナヒメ

守役が立派なのは主の手柄だとでも言わんばかりです。

……自慢の守役でなによりですね。

 

さてサクナヒメ、こちらへ来てから半年近く

そろそろ皆の個性もしっかりとつかめてきた頃。

フレイの特性も理解してます。

 

つまり

 

農業の話を聞いておめめをぐるぐるし始めたら赤信号ですね。

 

「落ち着くのじゃ~~~!!

わしは果実はわからんわい!!」

 

しゅばっと肩に抱えられとなりのとなりの畑の一角の果樹園エリアに拉致されるサクナヒメ

手足をばたばたさせますがファイアーマンズキャリーと呼ばれるこの抱き抱え方に対して小柄なサクナヒメが抵抗するのは困難なのでした。

 

おそらく戦闘力以外の謎の因果が働いています。

なにせこの抱き抱え方、一部の界隈ではお米様抱っこと言いますから。

 




剪定の眼を得た!
樹木の成長後もしくは果実の収穫後に毛刈りハサミを使って剪定ができる。
作物レベルが上がる。


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米の女神と高貴な血

「ふ~ふふ~ん……ふ~ふふ~ふ~ふ~ん♪」

 

夏の暑さもほんの少し緩みを見せ始めた時期

いつもの午前の農業ルーティンをこなしたサクナヒメの今日の午後は完全に余暇

 

ポコリーヌの食堂でご飯とガールズトークに興じた後、さてなにしようかと考えたときに、ディラスがおにぎりをもってキッチンから出てきました。

聞くにアーサーへご飯を届けにいくところとのこと。

少し遅いご飯なのはアーサーの都合かそれともポコリーヌとの激闘のせいか。

自発的過労気味のアーサーの好みが手軽に食べられるもの、すなわちつまみ食いが捗るものであると言うことを鑑みるにおそらく後者なのでしょう。

 

そのディラスの持つおにぎりをみてサクナヒメの午後の予定は決まりました。

アーサーの書斎で本を読もっと、と。

 

わしが運んでやろう、と尊大に言うサクナヒメ

つまみ食い目的か?と胡乱な眼を向けるディラス

 

そこまで食意地張っとらんわい!いやお前は信用ならん!とやりあってるうちにアーサーの書斎に着きました。

なにせすぐ隣ですので

 

そんなやり取りを経て、本棚をちょいちょいと見やり、ぱらぱらと少しめくって冒頭の鼻歌に繋がります。

隣の部屋でマーガレットが奏でる田植え歌

すっかり彼女が自分の物にして、今日は明るめの曲調にアレンジしているみたいです。

 

かりかりと響くペンの音

ぱらぱらと本をめくる音

少し遠くからのハープに合わせる

ささやかな鼻歌

緩やかな時が流れます。

 

アーサーにとっては仕事の集中力が乱れてもおかしくないような状況ですが不思議とそんなことはありません。

サクナヒメとアーサーの成すこの空間は不思議な調和がありました。

 

「む?どうやら一段落したようじゃの?」

「えぇ、おにぎりのお陰でずいぶん捗りました。」

「ならわしらの米でのおにぎりならもっと捗るの」

「ふふっ。楽しみにしています

ところで今回の本はどうでした?」

 

ペンの音が止まるを聞くに

本に栞をはさみパタンと一段落。

ちょっとの休憩の間にアーサーとサクナヒメは感想交換です。

 

王子アーサーの交易人としてのモットーは、いうなれば「感動を多くの人に」

それは「素敵な恋物語を」「異世界の女神に」だろうが例外ではありません。

 

サクナヒメに届く文体で

(異世界の女神が読み書きが出来ることは不思議の極みでしたが)

かつ、かの神が喜ぶ物語を

アーサーの腕の振るい時でした。

 

教養や知性、品を持ちながら、その一方で愛嬌や可愛げ、素直な感性をもつ彼女と意見を交わすのはとても楽しいと言うのもあります。

 

「それにしても神様も恋物語をたしなむのですね」

「そうじゃの。少なくともわしは大好物じゃのぉ」

「神様の恋ですが……私のような人間には想像のつかない世界ですね」

「そんなことないじゃろう。何回か話したがわしにも両親がいるわけだしの

向こうの夕餉では儂の両親のなれそめ話はよい肴じゃったぞ?」

『ミルテもゆいも楽しんでおりましたな』

「なるほど……」

 

アーサーは少し考えこんでいる様子です。とはいえかの王子が思考に没頭することは比較的よくあること。さてさて続きを読みにかかるかの?とサクナヒメが思った折、意を決した様子でアーサーは語り掛けます。

それは少しの油断、そして幾ばくかの信頼で、

張り詰めた糸の切れた、感情の堰の決壊でした。

 

「サクナヒメ様は……寂しくはなかったですか?」

「ん?なんじゃ藪から棒に。どこかの誰かさんみたいなことを言うの」

「はは……どなたでしょうね?

実はですね、私も両親はいないようなものだと思っているのです。母は俗にいう妾でして。

……姫としての立場を譲る王子なんていかがなものかと思いませんでした?

私はね、自分のことを王族だなんて思うべきじゃないとも思っているんです」

「……」

『アーサー殿……』

「もしかしたら父と母の間に愛はあったのかもしれません。ですが母から私への愛を感じたことはありません。。

幸いにしてみな、腹違いの兄弟たちも含めひとたちですが、私は政治的には非常に面倒な立ち位置にいる自覚もあります。この立場を疎ましいとも思っています。私は……

……突然すみません。忘れてください。」

 

そうぎこちない笑みを浮かべるアーサーにサクナヒメは少しうろたえます。

こんなシリアスな展開に巻き込まれるとは思っていなかったものですから。

こんなのココロワに胸の内を聞かされて以来……

そうじゃの、と、タマ爺に伝えたいことを耳打ちします。

なぜなら怪談話と違って上手い事まとめられる自信がなかったものですから。

 

『おひいさま……直接言いませんか?』

「いやじゃ!」

「?」

『やれやれ……アーサー殿。おひいさまは格好悪いといってこちらへ来てから誰にも伝えていない話がありましてな』

 

曰く

“向こう”の世界でコメ作りが軌道に乗ったころサクナヒメは親友に裏切られた経験があるとのこと

その原因はなんとも“らしい”

血に驕ったことで知らず知らずのうちに親友に劣等感を植え付けてしまい

それがひょんなきっかけで爆発した。と

そんなことをさっぱりわかっていなかったサクナヒメも大喧嘩を経たことで彼女の気持ちがわかり

晴れて仲直りの暁にはぐじゃぐじゃに泣き腫らしたのもいい思い出です。

 

『アーサー殿。神といえど万能ではないのです。いわんや人の子なら、でしょう。

伝えていない思いの丈など伝わりませぬ。

……アーサー殿、おひいさまと違い貴方には時間も機会もある。

せっかく話してくださったのです。じっくり考えるとよいでしょう

おひいさまはかつてご自身を”神にして民”といいました。

ならば王も人であって良いのではないでしょうか?』

「……そう……なのでしょうか」

「ま、少し考えてみるとよかろうよ、この本は借りていくの」

 

神妙な面持ちをするアーサーをそっとしていくために本を借りてそそくさと去っていくサクナヒメ。

決して逃げたわけじゃありませんよ?えぇ

その夜は風の竜と反省会飲みをする女神なのでした



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はじめての出穂

「可愛いのぉ、可愛いのぉ」

「かわいいねぇ……」

「かわいいじゃろぉ」

 

暑さもまだまだ残る中、しかし少し和らぎ秋の気配を感じさせる頃合い

ここセルフィアの米についに穂がつきました。

おいしいお米になるためにはここからが肝心

たっぷりと日の光を浴びて夜は涼しさに耐えることで甘い実りをもたらすのです。

ヤナトの主神たるカムヒツキ様ならばいざ知らずですが天気ばかりはサクナヒメといえどどうすることもできません。

ですので姫と一緒にまったり眺める昼下がりでした。

今日の午前の農作業も終わり。肥料は穂肥を中心にたっぷりと。

 

「いよいよって感じがするね!」

「そうじゃの、そういえばもうすぐ稲刈りじゃからカマを準備してくれよ?」

「…………あぁ~~~~!?!?」

「おぬし忘れておったな?」

 

こういううっかりはどちらかというとサクナヒメの専売特許なのですが、なにせここ半年新たな農法をもたらしてくれる豊穣神との農作業が楽しくみるみる質を上げていく自前の作物との歩みに夢中でそれどころじゃねぇ!となっていたためうっかりすっかり頭から飛んでいました。

差し迫った戦闘の予定があれば鍛冶も磨こうというものですが、そういうわけでもありませんでしたので鍛冶場に立つのは久しぶりです。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「さて……じゃあサクナちゃんにいいところを見せようかな!」

「で、なんで台所に立っとるんじゃ」

「腹が減っては戦はできぬってね!」

「いや温めた牛乳で腹は膨らむか?おいしいけどの……なぜ夏に……」

「これが今んとこ一番キクの!」

 

鍛冶に向けて英気を養うホットミルク

これまた長く仲良くしてきたモウ助の高品質の牛乳です。

二人仲良く鍋で温めたホットミルクをごくごく飲んで、これまた暑い鍛冶場の前に座るフレイ

好奇心で横から見ているだけのサクナヒメですら「暑くてかなわんわい」といった様相なのに、フレイは慣れっこなのかしれっとしています。

 

今回の鎌のためにベースとした材料は金

本来柔らかさから工具や武器には向かないはずのその金属ですがルーンの力なのか打ち込むたびに明らかにその性質は異質なものへと変わっていきます。

手になじむようクワと同様にボスモンスターの素材を持ち手に、強力な爪牙を刀身に

今のフレイにはサクナヒメと過ごした半年間によって多種多様、そして大量の素材がありますので、効果が高いものからどんどん強化に使います。

出来上がったのは頭を垂れる稲穂を思わせる黄金色の刀身をもつ立派な鎌です。

受け取ったサクナヒメはしげしげと、どこか満足げに眺めます。

 

「ふむ、良い鎌じゃな。これなら十分戦えるじゃろ」

『こちらでは私を使うと理を乱しそうですからなぁ』

「タマ爺は細かいことを気にするのぉ。わしは肉を食いたいぞ?」

「いや細かくないと思うけど……タマ爺さんに魔法かけようと思ってもダメなんだよね

いっそ打ち直させてもらえれば……」

 

この地の武具にはすべて魔法がかかっており、倒した魔物は“はじまりの森“へと還ります。

“星魂剣”は唯一無二の比肩するものなき神の剣ですが、この魔法がかかっていないことからタマ爺は自身の力をこの世界で発揮することを自ら禁じています。(サクナヒメは気にしていませんが……)

それはすなわちサクナヒメが十全に力をふるえないことを示し、無念そうにするフレイですが、当人は大して気にしていない様子

なぜならサクナヒメは大いなるルーンにもとづく神の力を持っており、本当に切羽詰まればその封印を解くことはいつでもできるゆえの余裕でしょう

 

「そうじゃの。剣がひとりでに動き出す腕前になれば良いぞ」

「えぇ~……ますますきんた君何者なの……」

 

ヒノエの悪友たるきんたに打ち直しをゆだねたのはなぜか、思い出しながらにやりと

サクナヒメはフレイの遠い将来に期待するのでした。

姫は万能なれど、まだまだ未熟な雛なのです。

 

 




鎌を手に入れた!
銘は“金穂”
鍬の“銀葉”と対になる神器。



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大地の姫とおおきなかぶ

「ひゃ~……改めて見ると大概じゃのぉ」

「ふっふっふっ!サクナちゃんのおかげで立派にレベルの高い“おおきなカブ”ができたのさ!」

 

“どや顔”しているフレイです。本日の舞台は田んぼではなくお隣の畑

サクナヒメのもろもろの手ほどきによってさまざまな新農法を得たフレイは夏の集大成として高レベルの巨大なカブを作ったのでした。

土の体力をトウモロコシによって回復しつつ、農地で作ったカブの種を選別し世代を回す。奇しくも輪作のような形で対応しつつ、都度雑草取りを行うことで成長過程でもレベルの向上が見込め、雑草は肥料や土への漉き込みに。

サクナヒメが来る前の倍ほどの質にまで上り詰めたカブを“おおきクナーレ”でおおきなカブに

 

出来上がった一品にはフレイもにっこり満足げです。

明らかにいろいろな物理法則を超越していますがここはセルフィア、この世界のルーンの心臓、そういうこともあるでしょう。

 

これが童話ならみんなで力を合わせてうんとこしょどっこいしょと抜くところなのですが、そこは流石の大地の姫。

不思議なパワーでスポンと収穫してしまいます。

 

「これだけあればぬか漬け何人前になるかのぉ?」

『半年は持ちそうですなぁ』

「ぬか漬け?」

 

ハッとするサクナヒメ。来るか?!おめめぐるぐる状態?!と警戒しますがフレイの目は正気の光を保っています。

良かった料理の話は狂気を呼ばないのじゃの、と安心した矢先、虚空からぷにぷにした存在が顕現します。

 

セルフィアの暴食を司る男、その名も

「私がポコリーヌ・トゥレ・ヴィヴィアージュ(重低音)

ぬか漬けとはお米をキレイにした時に出る糠で作ったつけ床に様々なものをつけたピクルスデスね。

カブの浅漬けはフレイさんも作るデショウ?あれをしっかり漬けたものです」

「どぅわっ!?急に現れるでない!?」

「ポコさん!」

 

ぷにぷにもちもち、じかし自己紹介は無駄に重低音のイケボなコック、ポコリーヌが急に現れ颯爽とぬか漬けの説明をします。

なにかの導きでだいぶ仲良くなったサクナヒメとフレイに自己紹介していますが彼のすることで細かいことは気にしてはなりません。

地味に明らかに食文化圏が異なるであろう料理も修めているあたり彼の食への知見(と欲求)のほどがうかがえます。食いしん坊。

 

「とはいえお米はまだ収穫前。ぬか漬けにできるのもしばらく後デショウ。

ということでフレイさんそのかぶちょっと味見させて?」

「嫌です!全部食べるでしょ!?食べるなら出荷したの買って食べてください!」

「そんなことありまセンよ?」

「こっちを見て言って下さい!」

 

そんな漫才を繰り広げる二人

わかりやすくしょんぼりするポコリーヌに突っ込むフレイ。

セルフィアでよくあるいつものやり取りです。ポコリーヌはマーガレットとの漫才が一番多いですが……次点でディラス。

 

「やれやれわかったわかった。わしが一個買い取るわい。

良さそうな素材とおおきなかぶ一個交換。フレイ?どうじゃ?」

「え?それはもちろんいいけど……」

「よしっ。ならばポコリーヌよ。調理は任せた。

わしは料理ができんからの。これだけおおきなかぶじゃ。

少しくらい減ってもわしはわからん。なにせ神は細かいことを気にせんのじゃ」

「サクナヒメ様……」

 

神たる包容力を発揮するサクナヒメにうるうると感謝するポコリーヌ。

なんか急にわざとらしく様とかつけちゃってます。

 

さてさて大喜びのポコリーヌ

ルンルンで食堂に向かいます。

やれやれとすっかり慣れた道をついていくサクナヒメが見つけたのはお小言を言うマーガレットでした。

遠目にはどうも言い合いをしている様子です。

 

やれ「ポコさんはいっつも食べ過ぎ!」

やれ「これはサクナちゃんのカブです!」

やれ「そんなこといってまたつまみ食いしちゃうでしょ!」

やれ「そんなことありませんヨ?」

やれ「こっちをみて言いなさい!」

 

どこかで見た光景です。具体的には5分前くらいに

 

付き合いの長い人間は知っています。

彼のぷにぷには伊達ではないと。

 

しかし幸か不幸かサクナヒメは未だその真骨頂を知らないのでした。

それゆえに

マーガレットもそんながみがみ言わなくても……

あそこまでおおきなカブだったら流石に大丈夫じゃろ?

そんなことを思うわけです。

 

……30分後には前言撤回することになりますが。

 

「だから甘やかしちゃダメって言ったのに……」

「反省したわい……」

 

結果おなか一杯かぶ料理を食べたポコリーヌと腹3分目で済んだサクナヒメなのでした。

 



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初めての稲刈り

「稲刈りお疲れさまでした~!!かんぱ~い!!」

「「「「かんぱ~い!!」」」」

 

ポコリーヌの食堂で、飲み物のグラスを掲げて音頭を取るフレイ。

テーブルには所狭しと並べられている料理。フレイの顔はつやつやです。

町のいろんな人に声をかけて振舞うことになったこの料理の数々は実はポコリーヌ製の物ではなく、フレイが作ったもの。

稲刈りお疲れ様と本人が言ったものの、実は稲刈りはほぼすべて、9割くらいはフレイが行っておりました。

なぜこんなことになったのか、ことの顛末はこんな具合です。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「稲刈りじゃ!」

「お~!」

 

出水した稲もしっかり育ち、晴れて稲刈りが可能な状況に。実りを付けた穂は頭を垂れ、田んぼは陽の光を受けて黄金の輝きをたたえています。

となれば当然稲刈りを行うわけで、すっかり農作業は手慣れたものですからまぁ説明もそこそこに稲刈りを早速進めるわけです。

 

この後稲架がけや脱穀精米といった手順も残っていますし、サクナヒメの経験上自分の力の向上につながるのはその際。すなわち精米してお米を食べられるようになった際です。

秋となり黄金の海を眺めるのは感慨深いものがありますし、稲刈りは大事な工程ではありますがとはいえ数多ある工程の一部にすぎません。

よってサクナヒメはそこまで気合もいれることもなく、稲刈りをフレイに任せてしまおうというぐらいに考えておりました。

 

「鎌で成長した稲を下のほうを刈る。乾燥する際には逆さづりにするから向きをそろえてまとめておく。まぁフレイならすぐ要領をつかむじゃろう」

「がんばるぞ!」

 

そんな感じでとりあえず稲刈りを見せてみる米の女神。

一束刈ったその瞬間、ひょこっと出てきた存在と目があいます。

 

「ぬお?」

「あっ、ルーニーだ。ラッキーだねサクナちゃん。何回か見てるでしょ?」

「おぉ、カブを作っていたときにの。なんじゃオヌシ米にもおるのか。

居心地が良いところ済まんが稲刈りじゃからの。許せよ」

 

そういってルーンの妖精をひと撫でするとかの精は光となり世界へ還ります。

ルーニーは作物を収穫した時にたま~に現れる妖精です。理屈はよくわかりませんが収穫後現れ、触れることによって収穫者をルーンで満たしてくれます。

最初見たときにはサクナヒメは悪いことをしたかの?なんて思ったものですがフレイ曰く別に問題はないとのこと。

今回も一部の力をサクナヒメに預け、わずかばかりの力の底上げと体力の回復を図ってくれました。

米の女神はさて元気いっぱいになったの、といった調子。次の稲をさくっと刈ります。

 

「おぉまたか、こんな出るもんじゃったか?よしよし、可愛いのぉ」

「……?」

 

こんな軽い調子だったのは三連続でルーニーが現れるその瞬間まででした。

その際にはさすがにサクナヒメも怪訝な目をし、フレイのおめめはぐるぐるになっておりました。

 

そこからはもう怒涛です。

サクナヒメにとっては「わずかな力」と「いくらかの体力の回復」程度ですがそれはかの神が圧倒的な力を持っているから。むしろ竜に匹敵する彼女にそれだけのルーンをもたらしていることは“異常”です。

これをフレイに置き換えれば、「いくらかの力」と「体力の全快」をもたらします。ルーニー1体で。

余りにも過剰な可能性がこの田んぼに埋まっています。鎌をひと振りするだけで、一日の睡眠に匹敵する体力の回復と何かしらの技能の成長をもたらす。

それが見渡す限りの一面の田んぼに所狭しと生えているのです。

もはやフレイにはこの黄金の海が見渡す限りの宝の山にしか見えませんでした。

そうなるとこの宝の山々をどう扱うかという話になります。

いかんせん稲ですから保留というわけにもいきません。

 

まず力の話ですが

実は最初はフレイがその善性から山分けと言ってきかなかったのです。宝の山を目前になかなか言えることではありませんが、しかしだからこそサクナヒメは断りました。

手ごたえからすると確かに一面すべて収穫すれば元の世界での成長に匹敵しそうですが、もし精米のあとにも成長すれば“倍取り”です。

もとよりサクナヒメはこの世界での成長など期待してはおらず、自分がこの世界での圧倒的強者であるという自負からもフレイにその力をすべて託すことにしてみました。

 

そうなると今度は体力をもて余します。

片っ端から稲刈りして片っ端から力を得るというので別に問題はないのです。

が、少し冷静さを欠いたフレイはキッチンを持ってきて(?)気絶寸前まで料理に打ち込み稲刈りをしては回復するという暴挙に出ました。まごうこと無き変態です。

体力の回復と同時に料理の腕前も磨こうという両どり狙いの作戦。

姫はこの一年で多くの実りと備蓄を蓄えていたので、せっかくですからいろいろな料理にしたうえで大放出しました。

宝の山を独占した感謝の念から、食事会を開こうと企画したわけです。

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

「いやしかしホントにすべての稲にいるとはのぉ」

「ルーンが浮くだけじゃなくて本当に全部ルーニーだったもんね

お米ってすごいなぁ……」

 

そんな話をする米の女神と大地の姫。

ここに参加できない竜の親友には大好物のホットケーキをたっぷりと差し入れています。

このホットケーキも今回やっと上手に作れるようになった品の一つでした。

みんなニコニコと笑顔で楽しそうにしてくれています。

これだけで、よかったよかったと思うフレイなのでした。

 

 

 

 

 

 

「こんな席で浮かない顔をしてるナ」

「……可愛いルーニーがいっぱいいたのに見損ねたからですよ?

……どういう風の吹き回しですか?」

 

季節はまさに実りの秋、しかし冷たい冬の風の気配を感じさせる夕暮れ時です。

 



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