ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~ (水鳥ばんちょ)
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ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~

 

その巨大な学園は、都会のど真ん中の一等地にそびえ立っていた。

 

まるで……そこが世界の中心であるかのように……

 

 

 

 

 

『私立 希望ヶ峰学園』

 

 

 

 

 

 あらゆる分野の超一流高校生を集め、育て上げることを目的とした、政府公認の超特権的な学園……。この学園を卒業すれば、人生において勝者となることが約束される……とまで言われている。

 何百年という歴史と伝統を持ち、各界へと有望な人材、すなわち国の将来を担う“希望”を育て上げる事を目的とした学園。

 

 まさに、“希望の学園”と呼ぶにふさわしい場所である。

 

 

 

 そんな学園への入学資格は2つ……

 

1.現役の高校生であること

 

2.各分野において超一流であること

 

 

 

 新入生の募集は行っておらず、学園側にスカウトされた超一流の生徒のみが入学を許可されている。まさに一握り者のみに許された狭き門である。

 

 

 

 …そして、そんな超がいくつも並ぶ超一流の学園の前に……俺は立っていた。

 

 

 

 

 

 まずは無難に自己紹介から始めてみようと思う。

 俺の名前は“折木 公平(おれき こうへい)”。名は体を表すように、折れた木の如く生気無い毎日を送り、公平さを律するかのように厳格そうなへの字口が特徴の一般的な高校生だ。

 

 性格にも特技にも、成績にも尖った物は無く、趣味といっても読書以外は何もない。服装も、以前に通っていた高校の地味なデザインの学ラン。容姿も、クラスの女子曰く『ウチの学級で7、8番目くらいにはカッコいいんじゃない?』と、微妙かつ曖昧なお墨付きを貰っている。

 

 実は宇宙からやってき異星人!ということも無ければ、ウチが先祖代々から続く勇者の家系であった……ということもない。つまるところ、俺こと折木公平は“超が何個もつくような超一流の学園”などとは、縁もゆかりも無いということである。

 

 

 

 ……ただ1つ、普通の人よりも優れていると言って良いのか、むしろ劣っていると言ってよいのかわからない体質として、“人よ少し運が悪い”という部分がある。運が悪いと言っても、野良犬に良く吠えられたり、テストのヤマを張っても当たった例しがなかったり、電話をしようとすると何故か電波障害が発生したりするなど、多少はツいてないかな?程度の認識の運の悪さである。家族からすると「昔はもっと酷かった」らしいのだが、毛ほども記憶に残っていない……。

 

 

 

 

 

 そんな普通、または普通よりも少し劣っているくらいな俺がどうして此所に来てしまっているのか……。その理由を説明するとなると、ちょうど1ヶ月前に起きた“ある出来事”について話す必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『折木 公平様 おめでとうございます。

 

 あなたを「特別待遇生徒」として希望ヶ峰学園にご招待いたします』

 

 

 

 

 

 ある日、そんな通知が俺の手元に届いた。

 最初は夢ではないかと、自分で頬をつねってみたり、念のために姉さんにはたいてもらったりしてもらった。鏡に写る赤く腫れ上がった頬、希望ヶ峰学園入学式当日になっても未だ続く痛み……これらのことから、やっと、夢ではなく現実であるという実感を持つことができた。

 

 

 

 

 

それと同時に、疑問を持つことにもなった。……もちろん頬の腫れ上がりについてじゃない。

 

 

 

 

 

 なぜ……『特別待遇生徒(ここからは特待生と略す)』なのか……

 

 

 

 

 

 世間一般の常識として、希望ヶ峰学園に入学する条件はある程度知っていた。だからこそ、希望ヶ峰学園に特待生制度があるなんて見たことも聞いたこともないし、百歩譲ってその制度が存在したとしても、なぜ一般家庭出身の俺が選ばれるのか、その理由がわからなかった。

 

 

 

 詳しい話を聞くために、俺は希望ヶ峰学園の事務員に電話をかけてみたのだが……説明されたのは、入学式についての概要や集合時間、持ち物についてだけ。特待生制度については『その件に関しての詳細は説明をしかねる』の一言で、情報を得ることはできなかった。

 

 

 

 悩んだ俺は、世間で話題沸騰中の希望ヶ峰学園に入学する生徒達。いわゆる『超高校級』の高校生達に関する情報が行き交う、まとめサイトなる場所で情報を仕入れることにした。

 ……余談であるが、パソコンを扱う際に家族が災害にでも遭ったかのように大騒ぎされた、確かに精密機械は苦手だが、そこまで叫喚しなくても良いと思う……ううむ、解せぬ。

 話を戻す。

 家族による厳重な監修の下、サイトの閲覧を行った結果……やはり今年の超高校級の生徒達の話で持ちきりで、専用のスレがいくつも立てられていた。……大げさに言うと、希望ヶ峰学園非公認の情報サイトのようなものができあがっていたのである。

 

 

 

 そこに書かれていたのは、テレビや新聞を見れば、必ず一度は目にする程のビッグネーム。そして彼らが今まで成し遂げてきた偉業の数々。はたまた、どこで知ったのかわからないような幼少期の武勇伝など、予想以上の情報量とこれから同級生になるであろうクラスメイトの功績が記されていた。

 例えば……色々な学校を転々としながら、無名のラグビー部を全国優勝させたり、廃部寸前の野球部を救うなどの数々の偉業を成し遂げた“超高校級のマネージャー”。構成員3万以上と言われる国内最大の指定暴力団の跡取り息子である”超高校級の極道”。ヨーロッパの小国、ノヴォセリック王国から留学してきた“超高校級の王女”。どんな動物でも手懐け、絶滅危惧種の繁殖にも成功したことがあるという“超高校級の飼育委員”。……もはや壮観である。本当に俺はこの学園でうまくやっていけるのかどうか怪しく思えてきた。側にいた家族も苦笑いをしていた。

 

 

 

 しかし、これだけでの情報量であればもしかしたら……、そんな淡い期待を持って、自分についての書き込みがあるかどうかを探してみたのだが……結局のところ、一切無かった。本当に、1ミリも。まあ、大方予想通りである。逆に俺の名前が載っていたらどこからたれ込まれたのか問い詰めたいまである。

 加えて、『特待生制度』自体についても明記されていなかったのだが、これもある程度調査してもみれば、『学園側が意図的に秘匿しているのではないか』と察しがついてしまった。

 情報網がしかれている事柄について調べようとするのは至難の業であり、ましてや超一流の学園の情報網となれば、相当なおしゃべりが学園側にいない限りほぼ調査は不可能とみていいだろう。だから俺は、ここでいったん切り上げて入学式の準備をしようと思ってパソコンを閉じようと思ったのだが――

 

 

 

 

 

『希望ヶ峰学園には全国の高校生を抽選し、当選した高校生を特別入学させる制度がある』

 

 

 

『その方法で入学する生徒は『超高校級の幸運』と呼ばれる』

 

 

 

 

 

 このような書き込みを見てしまった。それと同時に『もしかしてそれって俺のことなのではないか?』と考えてしまった。詳細を見てみると、この制度はどうやら俺と同じ一般家庭出身の人間が入学できるほぼ唯一といって言い手段であり、実際もう抽選は終了し、当選者に入学通知はすでに届けられているらしい……。

 

 一般家庭……入学通知……特別入学……諸々のキーワードが当てはまる簡単な解答を得たと俺は思った。……簡単な、ということは、明確ではないということで……疑問点として、俺がもらった入学通知には『幸運』やそれに類する単語が記されていないこと。そして最も重要なのは、……俺自身『幸運』などとは、はっきり言って無縁であるということ。

 

 

 

 心配性名俺は、また自問自答を繰り返す……

 『俺はどうして希望ヶ峰学園に行けるのか?』

 『俺は実は“超高校級の幸運”なのではないのか?』

 『俺は本当にあの学園に行きたいのか?』

 

 ・・・・・・疲れている脳みそに鞭を打ってまた考え込む。

 

 『俺は本当は行きたくないのかもしれない』

 『俺みたいな一般人は行くべき場所じゃないのかもしれない』

 

 

 ……考えがどんどん良くない方向へ転がっていくのが手に取るようにわかった。

 

 

 

 

 

 ……これ以上は不毛だな。

 

 

 

 

 

 そう結論づけた俺は、稼働した脳みそを冷水に浸すように枕に頭を沈め、モヤモヤとした心に蓋をするようにまぶたを閉じ、眠りについた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……以上が1ヶ月前の出来事で、そして現在に至る。

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 結局、来てしまった……。

 

 

 

 この1ヶ月、俺は非常に悩みながら過ごしてきた。希望ヶ峰学園に入学することにもう異議は無い。ただ、ごく普通の俺は、超一流のみんなの前でどういう風に振る舞えば良いのかがわからなかった。両親に相談をしてみても『お前はお前らしく振る舞えば良い』と、模範的な回答しか帰ってこなかった。姉さんからも『なるようになるさ!』と、某海賊王を彷彿とさせる前向きな一言のみであった。

 

 

 

 

 

 ……でも、ここまで来てしまったからには、もう足踏みしてはいられない。アドバイス通り、何も考えず俺は俺らしく突っ走っていけばなんとかなるかもしれない。

 

 そう考えてみると、不思議と心が軽くなったような気がした。

 

 

 

 

 

「……俺なら大丈夫」

 

 

 

 

 

 小さな声で、それでも力強く、心に響かせるようにつぶやき、学園と本当の意味で向き合った。

 

 

 

 

 

「……スー、ハァー」

 

 

 

 

 

 緊張した心をほぐすように、大きく深呼吸。冬の寒さ名残がまだあるためか、息は白くたゆたい、宙を舞う。

 

 

 

 

 

「よし……それじゃあ、そろそろ行くか」

 

 

 

 

 

 何かを決意をするように、俺は自分に言い聞かせた。そして、頭の中でこれからのスケジュールを確認する。

 

 

 

 

 

『新入生は8時に体育館に集合』

 

 

 

 

 

 たった1行の内容を忘れるわけでも無いのに、何回も反復させる。

 

 

 

 

 

----これから始まる青春は、きっと俺にとってかけがえのないものになる。

 

 

 

 

 

 俺は、確かに感じるドキドキとした高揚を胸に、学園に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

----自己紹介をし合って、最初はぎこちないけれど友達になって

 

 

 

 

 

 学園に……足を…踏み入れ…た

 

 

 

 

 

----学園祭や修学旅行で一緒に馬鹿をやって、一緒に笑い合って

 

 

 

 

 

 足を……踏み…入れ…た

 

 

 

 

 

----そして最後には卒業式で、一緒に泣き合う

 

 

 

 

 

踏み……入れ……た?

 

 

 

 

 

----全部、俺にとってかけがえのない大切な思い出になる。

 

 

 

 ………………

 

 

 

----だから……こんな学園生活が送れる俺は……きっと……

 

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 

----最高に幸福な人間なのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……世界は暗転した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は心の中で薄々気づいていたんだ

 

 

 

 

 

 

 

最高に幸福な人間になんて、俺はなれやしないんだと

 

 

 

  

 

 

 

不幸な人間は、どこまで行っても不幸なんだと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最高に“絶望的な”学園生活が、俺にはお似合いなんだと・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

 

 

 

 

 

 







初めまして、水鳥ばんちょと申します。

 かねてからダンガンロンパの二次創作を書きたいと思っていたので、投稿させていただきました。素人なので、いろいろと問題点や誤字脱字などの粗はあると思いますが、どうか温かい目で見守ってください。お願いします。

 この後書きでは、キャラクターたちのコラムのようなもの(出身校、好きなモノ、席順 etc...)を書いていきたいと思っています


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プロローグ『Hello.UnderWorld!!』
プロローグ -1- 


 

 

 

 

 

 

プロローグ Hallo.Underworld!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【???】

 

 

 

・・・・・・違和感を覚えたのはすぐだった。頭を包み込む枕の感触、体に覆い被さる毛布の暖かさ、背中に広がる柔らかな弾力、鼻をくすぐる木の香り。どれも俺には身に覚えの無い感覚だった。

 

 

「ッ!!」

 

 すぐに俺は目を開き、身を起こす。そしてゆっくりと……恐れているかのように首を回し、じっくり周りを見渡した。

 

「ここは……?」

 

 木製の壁に床、天井。数個のドアに大きな窓、そして数種類の家具。すべて初めてお目見えする物ばかりで、少し呆けてしまう。

 俺はそんな寝ぼけ頭を振り払い、落ち着いて状況の整理を始めた。

 

「……確か俺は、希望ヶ峰学園の校門前に居て、その校門を抜けて……?」

 

 それから急なめまいに襲われて、倒れた所までは覚えている。そして目を覚ますとベッドの中……。

 

「誰かが運んでくれたのか?ということは、ここは保健室……?」

 

 それにしては、あきらかに保健室という雰囲気では無い。なんとなくだが、“誰かのために用意した個室”と言った方が近いように感じた。

 もう少し部屋について知りたかった俺は、ベッドから降りて、部屋の中を探索してみることにした。

 

 

「ここは……トイレと浴室か?」

 

 

 俺が寝ていたベッドの対面にあった2つのドア。開けて確認して見た結果、ベッド側から見て、左がシャワールームで右がトイレらしい。

 

 

「こっちは……窓か」

 

 

 ベッドの左側の窓は格子状に仕切り分けされており正方形のガラスが規則的に並んでいる。俺は、なんとなくガラス越しに外の景色を見てみる……。

 

 

「……なっ!?」

 

 

 俺は、窓に両手を貼り付け、顔をガラスに近づける。うっすらと反射する自分の顔を通して、俺は目の前の光景に驚きを表した。

 

 

「も、森!?」

 

 

 森、森、森。ガラスという絵画に敷き詰められた大量の木が俺の目に飛び込んできた。手を伸ばせば木の1本に触れられるほど、その距離も近かった。

 

 そしてこの景色と呼べない景色は、俺を混乱させる種となった。

 

 

「確か希望ヶ峰学園は、都会のど真ん中に建っていたはず……?こんな大自然、あり得るわけが無い……!いや、もしかして希望ヶ峰学園の中は密林で満たされているとか…いや、そもそもここは希望ヶ峰学園なのか……?」

 

 

 次々と湧いて出てくる疑問の数々に俺の頭は破裂寸前になる。考えるだけでは解決出来ないにもかかわらず、“何でだ?”“何でだ?”と俺はブツブツと疑問詞を並べていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ドンッドンッ!!

 

 

 

 

 

 ……そんな考えに没頭していたからなのだろう。俺は後ろから響いた音。もう少し正確に言うと、ベッドの右側……つまり玄関と思われる扉から響いたノック音に俺はビクリと体を震わせた。

 

 

「こーんにーちはーー!!誰かいますかーー??」

 

 

 ノックの音から数秒後。甲高い、女性と思われる声が部屋全体に響き渡った。俺は驚きすぎてほんの一瞬固まってしまったが、すぐに脳の活動を再開させ、落ち着いて、返事をしようとした……。

 

 

 したのだが……。

 

 

「とりあえず、失礼しまーーーす!」

 

 

 そんな俺の一瞬の努力を台無しにするかのように、ドアは開け放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああ!!やっぱり居たーーー! 最後の生存者はっけーーん!!」

 

 

 目を見開いて固まった俺に指を差し、その場でぴょんぴょんと跳びはねる小さな少女。白黒のゴスロリに加えてボリュームのある長い髪、全体的にフワフワとした印象の子である。

 

 

「いやぁ やっぱり気配感じたんだよねぇ もうビンッ!ビンッ!てさぁ」

 

「なんやなんや?おっ!ほんまにおるやんけ」

 

「ちょっと君たちねぇ……いきなり人の部屋に侵入するのはマナー違反じゃ無いかねぇ?」

 

 少女の後ろから偉丈夫と言った言葉が似合うような大柄な男がズカズカと部屋に押し入り、その横からは暗い雰囲気を持った小柄な少年が顔を出してきた。

 

 

「だ、誰なんだ?お前達は・・・・・・」

 

 

 もちろんここには俺以外の人間が居ることはある程度予測はしていた……。しかし、人には許容量というものがある。いきなり初対面の人間が…しかも見た目的に中々のゲテモノな人間達が押しかけきたのであれば…いくらの俺でも焦りを見せてしまう。

 

 

「ん?あっごめんね!久しぶりに勘が当たったからうれしくなっちゃって!」

 

 

 そんな固まった俺の状態を察したのか、少女は申し訳なさそうな顔で両手を合わせた。

 

 

「……ほら、鮫島君も」

 

「悪かったなー」ホジホシ゛

 

「驚くほど適当だねぇ!?」

 

 

 鼻をほじりながら誠意の無い謝罪を鮫島と呼ばれた男は言い放ち、小柄な男がそれにツッコミを入れた。

 

 

 部屋に入り込んできたと思ったら、今度……いきなり漫才紛いなことをして、何なんだコイツらは?

 

 

「えとえと、まずは自己紹介からだね!」

 

 

 話の流れを変えるように、少女は俺へと言葉を投げかけた。

 

 

 「まずはわたしから!えーコホン、初めまして!”水無月カルタ(みなづき かるた)”で~す!【超高校級のチェスプレイヤー】やってま~す!!」

 

 

 

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【超高校級のチェスプレイヤー】 水無月 カルタ(みなづき かるた)

 

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 心底楽しそうな笑みを浮かべてそう少女は名乗った。俺はその聞き覚えのある名前と…そして”超高校級”という言葉に驚きを表わした。

 

 

「水無月……?もしかして、あの日本最強のチェスプレイヤーと呼ばれる、あの水無月か!?それに…超高校級って…」

 

「ふっふっふっ~そうなのだよ少年、“あの”水無月カルタちゃんだぞ~。テレビの向こう側でしか見られなかった存在が今、君の目の前に!!!さぁ、サインをねだるなら今だけだよ!」

 

「ハッ!!日本最強?たかが1つの御国の大将になっただけやないか、ダッサ」

 

 

 挑発するように鮫島と呼ばれたは鼻を鳴らした。その反応に水無月は”むむむっ!”と不服そうに、再び頬を膨らませ抗議の表情を出した……。

 

 

「ふ~んだ、カルタが本気出したら世界最強なんてスグだも~ん。後2年もすれば世界ランキングを全部水無月の名前で埋め尽くしちゃうも~ん」

 

「……さすがにそれは不可能じゃないか……?」

 

 

 ジョークなのか本気なのかイマイチ分かりかねた発言をきっかけに”やっぱりアホまるだしやな””アホって言う方がドアホだよーだ!”と2人は口げんかを始めてしまった……。

 

 

「まーまー2人とも少し落ち着いて。ココ人の部屋だからねぇ…それに、だいぶこの子も混乱してるみたいだから…一旦整理させてあげるんだよねぇ」

 

「あっ!!そうだよね!!もう脳が詰んだ後のプレイヤーみたいに呆けちゃってるもんね!!」

 

 

 ワイシャツを着た小柄な男が、特徴的な語尾を添えた諫めの言葉と共に2人の間に入る。そしてこの意味の分からない状況への整理を申し出てくれた…正直、かなり助かる。

 

 

「……さっき言っていた、超高校級…。てことは…水無月以外の…お前達も希望ヶ峰学園の?」

 

「せやでー」

 

「イグザクトリぃ!!」

 

「第77期生の生徒なんだよねぇ…まぁ…わかるよ。あたしも最初に目覚めたときには…いきなり同期が目の前にいるもんだからねぇ…そりゃあ面くらっちゃうんだよねぇ」

 

 

 俺は自分と机を並べる予定の、かの超高校級の生徒が目の前に現れたことに、とんでもない緊張感を持ってしまう。タダでさえ辛気くさい表情が、さらに強ばるのを感じた。

 

 

「あはは、別に変に気負わなくても大丈夫だよ。カルタ達結構頭すっからかんって感じで接するつもりだから、君も存分にネジを飛ばしていこーー、おーー!!」

 

 

 そ、そうなのだろうか。まあいきなり、パーソナルスペースらしき場所にズカズカと踏み入れられてる訳だし……ここは同じく頭を非常識に切り替えていくべきなの…か?

 

 

「あ、いや、そこは考え込まなくても、普通に接してくれれば良いからねぇ…」

 

「…そ、そうか…」

 

 

 どうやら慣れないことはしなくて良いらしい…少し安心する。

 

 

「……そういえば、今さっきお前ら”目が覚めた”って言っていたよな?それって…」

 

「ああ~…まぁ話してもええんやけど…まずは…」

 

「そんな話は後々!!今は名刺交換の時間!!お互いの身の上を知っておかなきゃテンポ悪くなっちゃうしね!!ドンドン自己紹介、行ってみよーーー!!」

 

 

 そんな疑問は後回しと、水無月は言葉を遮り、無理矢理盆を回していく……。

 

 ふむ、確かに…まずはお互いの名前を把握しとかなければな…。と、俺は妙に納得しながら、まだ名前の知らない2人の男子生徒に目を向けた。

 

 

「ああ、あたしの番で良いのかねぇ?じゃあ、お言葉に甘えて。あたしは【超高校級のオカルトマニア】"古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)"。ソッチ系の話があったら、是非とも聞かせてほしいんだよねぇ」

 

 

 

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【超高校級のオカルトマニア】 古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

 

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  片方だけ前髪を長く伸ばした、白いYシャツの男子生徒は、どうやら古家というらしい。だけど…。“オカルトマニア”……?俺はあまり馴染み無い単語に対し頭をひねらせた。

 

 

「ええとね、すご~く幽霊に詳しい人ってことで良いと思うよ!」

 

 

 何のことなのか、さっぱり理解できていない思案顔を見て水無月は、察したように補足を入れてくれる。

 

 

「ん~何かざっくりとしすぎなんだよねぇ……幽霊だけじゃ無くて、オーパーツとか、UFOとか他にもいろいろ----」

 

「あ~あ~なるほどな~他にもオパンツとか、カップ焼きそばとかに詳しいってことやな?完璧に理解したで~」

 

「微塵も理解してないんだよねぇ!?後者に至っては商品名だし!!」

 

 

 もの凄くおとぼけた発言を繰り返す紫ジャンパーの大柄な男。古家もそんな彼の適当な発言にツッコミ入れるが…それを完全に無視し”最後はウチやな”と一言間を置く。

 

 

「ウチは【超高校級のパイロット】“鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)”っちゅうんや、まあよろしく頼むわ」

 

 

 

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【超高校級のパイロット】 鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

 

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「パ、パイロット……?飛行機の操縦をしたりするあの……?」

 

 

 ”せやでー”と鮫島はさも当然の如く首肯する。あっけらかんとしたその態度と、説明不足甚だしい言葉の連続に俺は酷く困惑してしまう。

 

 

「あ~鮫島君・・・・・・多分ちょ~と説明不足だと思うねぇ?」

 

「ん?ああそうやったな、すまん」

 

 

「「「「……」」」」

 

 

「ええ!?そこはもう少し詳しく説明するところだよねぇ!?歳はいくつーだとか、どうやってパイロットになったーとか!!」

 

「ん?ああもう自己紹介終わったっちゅうわけやなかったんやな」

 

「なんというマイペースぶり…」

 

「あはは~おもしろ~い」

 

 

 驚愕、戦慄、笑顔、三者三様の反応をする俺たちを余所に……鮫島は頭を掻きながら”仕方あらへんな~”と本当に面倒くさそうに続けていく。

 

 ……その適当さに少しイラッとしてしまったのは内緒だ。

 

 

「じゃあお題に合わせるか…いくつでパイロットになったーとかでええか?」

 

「……じゃあ、それで頼む」

 

 

 だいぶざっくりまとめたな。終始続けていくマイペースさに、もう鮫島というのはこういうヤツだという認識を深めていった。

 

 

「ウチはな中学校卒業してすぐに渡米して、好きなよ~~に勉学に励んどったんやけど……ど~やらウチ天才だったらしくてな?1年くらいで航空免許取得してもうたんや」

 

「好きなよーにやって…1年で免許を取得。それだけでもう規格外なんだよねぇ」

 

「当時のアメリカでは結構話題になってたんだよ~?もう鮫島君の顔と名前を見ない日は無かったくらい!!」

 

「たかが15、6の男が飛行機に乗れるよーなっただけやのに。もううざったいくらい報道陣共が押しかけきよったわ、ほんま堪忍して欲しいわー。…うざすぎて、最終的にゴリラの変顔しながら答えとってやったわ」

 

「確かその所為で、飛行機に乗れるゴリラって新聞に書かれてなかったっけ?」

 

「へぇ…やるやん」

 

「どこが!?」

 

「…まあ、ある意味天才だな……」

 

 

 最後の余談は置いておくとして…それでもこのおちゃらけた人柄の裏にこれほどの経歴が隠されていたとは。人を見かけによらないとは、このことだな……、と、失礼ながらそう心の中でつぶやいた。

 

 

「そんで、免許つこうてアメリカの空でブイブイ言わせとったら、希望ヶ峰のスカウトマンに捕まってもうてな?その才能を日本でもウンタラカンタラって言いくるめられて……今ココにおるってことや、どや?満足か?」

 

「何で威圧気味なんだよねぇ…」

 

「でもこれで、想像はつかなくても、理解は出来たよね!!」

 

 

 水無月の言うとおり…その計り知れない行動力と努力の一端を聞かされ、実際に俺はまったく別世界の住民と話しているような気分になっていた……。

 おそらく残りの2人も鮫島に比肩する実績があるのだろう……そう思うと、なんとなく肩身が狭くなっていくような、そんな気分になってしまう。肩だけに……いや、わかりにくいか…。

 

 

「さあさあ!最後はお待ちかねの君のターンだよユー!!さっさと自己紹介しちゃいなYO!!」

 

 

 水無月は何故かラッパーのように親指、人差し指、中指の3本指を此方へ向ける。

 

 ふむ……とうとう俺の自己紹介の番が来てしまった……。たった3人に対してなのに、今までのやってきた自己紹介の中で1番と言って良いほど緊張してしまっている……。相手はあの超高校級の生徒達だ。胸を張れる実績や才能を持っていない俺を…コイツらは受け入れてくれるだろうか…?

 

 

「……俺は折木公平、希望ヶ峰学園には”特待生”として入学することになっている……みんなよろしく」

 

「よろしく(やで)(ねぇ)(!)」

 

 

 …と3人は俺のぎこちない自己紹介に対し、それぞれの個性の出た返事を返していく。その陽気な様子から…どうやら、心配は無用であったようだ。

 無事に自己紹介を終えたこと、そして変に突き放されない事に…多少の安心感を覚えた。

 

 

 すると、水無月が”そ・れ・に・し・て・も!!”と言葉を挟み、続けていった……。

 

 

「折木くんって、特待生さんだったんだね!すごいね!!……何がすごいか全然わかんないけど」

 

「へぇ、ずいぶんけったいな身分で入学したんやなー、見たことも聞いたことも食ったこともないでー」

 

「食うことは流石に無理だと思うけど…………確かに、希望ヶ峰に特待生制度なんてあったんだねぇ、知らなかったんだよねぇ」

 

 

 3人は同時にそれぞれの言葉で俺の肩書きについて言及していく……。当然と言えば当然の疑問であるのだが、実際俺すらも自分の才能の全容がつかめていないのが現状だ。もし才能について質問されても、俺は返せる自信が無い。

 

 

「学園からの通知にただそう書いてあっただけで、俺自身もよく分かっていないままココに入学してしまったんだ……すまない。俺は3人の思うほど大した才能を持っていないんだ……」

 

「フフフ……少年よ、そう自分を卑下するモノでも謝るモノでもないぞ~。ここに居る時点で、アナタはカルタ達のクラスメイト!!仲間仲間。マイベストフレンドだよ!!」

 

「せやで~、ウチらはもうマブで、ズブズブの関係っちゅうわけや」

 

「さすがにそれは言い過ぎじゃないか……?」

 

 

 何の才能も無い…そんな心の内を溢すと、3人は慰めるような言葉をくれた。ここにいるだけでクラスメイト、その言葉に少し心のおもりが取れたようで、何となく楽な気持ちになった気分だった。

 

 そう胸の内で小さな喜びに浸っていると…古家が”少~し話を変えさせてもらっても良いかねぇ?”と横から言葉を差し込んできた……。

 

 

「え~と、折木くんに聞きたいことがあるんだけどねぇ?ここにどうやって来たのか覚えてるかねぇ?」

 

 

 俺は少し考え込み、そして首を横に振る。

 

 

「いや……まったく覚えは無い……。希望ヶ峰学園の校門を通った直後に気絶して、気づいたらココで寝ていた……」

 

「あ!やっぱりそうなんだ!!実は、カルタ達も同じ状況っぽいんだよね~」

 

 

 ”そうなのか!?”と俺は驚く中で、同時に先ほど古家が口走っていた”最初に目が覚めた時”、という言葉を思い出した。そこから導き出されるのは…俺達は4人とも同じ境遇に陥っている…そう導き出せる。

 

 俺は確認するように鮫島と古家へ顔を向けた……案の上、2人とも難しい顔をしながら頷き、肯定した。

 

 

「ん~こりゃもう少し詳しく説明した方が良さそうだねぇ?」

 

「そうだね!!まずは目覚めたココがどこなのか?からだね!そうと決まればレッツゴー!!」

 

 

 拳を突き上げながら子供のように外へと駆け出す水無月。彼女に続いて部屋の鮫島と古家……2人がこの部ドアを潜っていく。

 その背中を見て、改めて俺はクラスメイトに、仲間と出会えたことを実感した。遅まきながらも、孤独では無かったという安堵を心の中で確かに感じ取った。

 

 まぁ周りは超高校級だらけという、後ろめたさは何となくあるが…。

 

 

「おーい水無月、あんま急ぐと転んでまうで~~…………――――あっ転んだ」

 

「落ち着きの”お”の字も見られないんだよねぇ…」

 

 

 訂正しよう……やっぱりまだ、少し不安かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ログハウスエリア:中央広場】

 

 

 

 部屋を出た俺を待っていたのは、都会の一等地と言うにはほど遠い、豊かな大自然であった。

 

 うっそうと茂る森に、雲一つ無い青空。どこからか聞こえる鳥のさえずる声。しかし、俺の目の前に広がるのは森の風景では無く、綺麗に整地された大地であった。森が円の形にくりぬかれ、広場のようになっており、その広場を囲うようにしてログハウスがいくつも建ち並んでいる。そして俺が立つ場所の対角線上……ちょうどログハウスのない部分には少し広めの長い道のりが続いていた。

 

 さきほどまで、“ここは希望ヶ峰学園なのか?”と自問していた俺は、外に出た途端、その疑問は確信へと変わっていくのが分かった。

 

 呆然と口を開けた俺は、空を見上げながら、3人に続き、広場の真ん中へと移動していった。

 

 

「…………信じられない……」

 

 

 都会の気配すらも感じない、目の前に広がる突飛な現状。思わずこぼれた言葉に、水無月達は同調するように頷き出した。

 

 

「うんうん最初はそんなもんだよね~、カルタだって今の折木くんみたいに数分くらいボーッとしちゃってたし」

 

「な~にがボーッとしてたや、初対面のウチにいきなり『鬼ごっこしようよ~今メンバー足りなくて困ってたんだよ~』ってほざいてきたんは、どこのどいつやったっけ~?ん~?」

 

「そう言っておきながら楽しそーうに鬼ごっこに興じてたのはどこの誰だったかねぇ?」

 

「古家くんも混ざってたから、どっこいどっこいだね!!」

 

 

 希望ヶ峰学園でも無い訳の分からない場所に来てしまったという現実の中、こんな時でものんきに話す3人に、俺は困惑してしまった。

 

 

「はぁ……とりあえず、今の状況をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」

 

 

 何よりも今は情報が欲しい。そう思った俺は、先に目覚めていたと思われる3人に疑問を投げてみた。

 

 

「ええでー、そうやな……まずは手堅くこの場所についてからと言いたいんやけど……残念ながら現在調査中や、他の連中の探索結果を元にしてこれから話していくことになっとる」

 

「ち・な・み・に、カルタ達はこの広場を見て回ってるんだよ!」

 

 

 めずらしく真面目な声色で説明をする鮫島を傍らに、水無月は何故かエッヘンと胸を張る。

 

 

「ふむ……なるほど、3人、か。だからお前以外の人の気配を感じないのか……ん?待て……その“他の連中”っていうのは俺達と同じ希望ヶ峰学園の生徒か?」

 

「うん!!そうだよ!」

 

「ちなみに……人数はあんたを含めて16人、今年入学予定だった“77期生”の新入生なんだよねぇ」

 

 16人……か。この広場に並ぶ16棟のログハウスと照らし合わせてみると、どうやらその数は正確みたいだ。

 それに、古家達の話を踏まえてみると、俺を除外した15人は既に目を覚ましていて、この場所について調査が始まっている…ということか。…何かだいぶ出遅れてしまった気分だな。

 

 

「しかもやで?み~んな入学式当日の時の記憶は無し、アホみたいな話やで・・・・・・あれ?何でウチここにいるんやったけ?」

 

「その記憶は流石に忘れて欲しくなかったんだよねぇ…」

 

 

 所在不明の謎の庭園、16人の希望ヶ峰学園の生徒、そして集団記憶喪失……SF小説でしか見たことの無い展開だ。だけど、今目の前にあるこの現実は小説並みに奇だったらしい。頭の痛くなる話だ……。

 そう考えると、俺以外の連中、冷静すぎないか?こんな意味不明な状況なのに、不穏な表情一つしていない。むしろ楽しんでいるように見える。

 

 

「……じゃあ、このログハウスエリアを調査してみて、何か分かったこととかはあるのか?」

 

「ぜ~んぜん、部屋の中を隅々まで見てみたけど・・・・・・結構居心地が良いってことぐらいで、何にも収穫無し!」

 

「せやな、ウチもあまりに心地よすぎて1時間くらい寝てたくらいやからな!」

 

「調査初めて早々に寝始めたのには、本当にびっくりしたんだよねぇ……」

 

 

 気苦労が見え隠れする古家に同情しつつ、俺は他に聞くことが無いか頭の中で考えを整理していく。しかし…。

 

 

「はぁ、色々と聞きたいことはあるが、如何せん情報量が多すぎる。うまく言葉がまとまらん……」

 

「まあまあ、そういうのは見て触って感じて、それからまとまってくるものだから、後ででも大丈夫!大丈夫!!とりあえずこの広場についてはこれ位にして……みんなに折木くんのこと紹介しなくっちゃ!」

 

「それもそうやな、ここで煮詰まってもしゃー無しやし。それに、あんさんの事も報告せななあかんしな」

 

「丁度、皆あちこちに散らばってるし。顔見せついでに施設案内してみるのはアリなんだよねぇ」

 

 

 そう古家達が同意を示すと…何故かキラキラとした目をこちらに向け微笑む水無月・・・・・・するといきなり俺の腕を掴みその小柄な体格からは予想できないほどの力で俺を引っ張り始めた。

 

 それを見て、鮫島と古家は”あー……”と何か諦めたような、もしくは察したように表情になっていた。

 

 

「それじゃあ折木くん!早速行こっか!」

 

「な、何っ!?今すぐにか!?」

 

「思い立ったらナントカだよ!折木くん!!ゴーゴーゴー!!!」

 

 

 いきなりのことに反応が遅れた俺は、されるがままに引っ張られ、綺麗に舗装された長い道のりへ無理矢理足を向けさせられる。

 

 

「気いつけてなー」

 

「グッドラックなんだよねぇー」

 

 

 おそろしく気持ちが篭もっていない応援を背に、落ち着きの無い足取りのまま、ログハウスエリアを後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【舗道(ログハウスエリア~???)】

 

 

 

「はぁ……まだ腕が痛むな……」

 

「ふんふん~ふ~ん♪」

 

 

 ぼそりと愚痴る俺を後ろに従え、鼻歌を歌い、スキップをしながら俺を導いていく水無月。

 

 さっきまで腕をロックされていた身分だった俺は、幾度かの懸命な交渉の上で、この形に落ち着いてくれた。そう治めてくれたのは、とても嬉しいのだが……何故か“じゃあ公平くんって読んで良い?”とお願いされた。別に呼ばれ慣れていない訳ではなかったので、とりあえずOKは出しておいたが…。微妙に謎だ

 

 そんな考えの読めない楽しげな彼女の後ろで、俺は念入りに周りを観察していた。

 

 広場を出て数分経っても途切れることを知らないほどおびただしい、道の両脇に立ち並ぶ木々。緑は目に優しい色、とはよく聞くが、その存在量に俺の目は逆に疲弊気味である。

 

 

「うぉ…」

 

 

 周りをザッと見回していた俺は、急に立ち止まってしまっていた水無月に軽くぶつかってしまう。どうしたものかと彼女を横から見てみると…手を望遠鏡代わりにしながら遠くを見つめていた。

 

 

「……どうした?」

 

「ん~…あれはもしかして……」

 

 

 何かを見つけたらしい彼女は静かにそうつぶやき、俺の袖をクイクイッと引っ張る。

 

 

「……公平くん、カルタの側から離れないようにね……”轢かれちゃう”から」

 

「……轢かれる?」

 

 

 車がやって来るような表現に疑問を浮かべる俺は、指示通りに水無月の隣に立ち、道の奥を目を凝らして見てみる……すると何か、小さな黒い影がこちらに猛スピードで向かって来ていることが分かった。

 

 

「ウォォオォォォォォオオォ!!!!」

 

 

 人影は雄叫びを上げながら俺たちに突っ込んでくる。”何だあれは…?”と、不意にこぼす。あとほんの数秒で俺たちに接触するだろうが、その黒い影はスピードを緩める気配も無かった。

 

 ”このままでは衝突してしまう……”そんな不安を感じ、俺は少し後ずさりしてしまう。すると、隣の水無月は大きく息を吸い込み、何か大声を上げる準備のような事をしていた。そして…。

 

 

「陽炎坂くん!!!ストォォーーーーップ!!」

 

 

 水無月は両手を前に出し、黒い影の雄叫びに負けない声量で待ったを掛けた。

 

 その言葉が通じたのか、キキィィィィ!!と人影は俺たちに目の前で火花を散らしながら急ブレーキをかけ……止まった。

 

 

「道の!真ん中に!突っ立って!居ると!危ない!っぜええええええ!!」

 

 

 そこに立っていたのは、小学生かと見間違うほどに小柄な少年であった。白く逆立った髪に赤い目……ウサギを彷彿とさせるような容姿。特徴的に特徴的を重ねたような容姿であったが、その全ての何よりも……めちゃめちゃにうるさかった。

 

 

「ハロハロ~さっきぶりだねっ!陽炎坂くん!」

 

 

 そんな騒音の塊のようなやつに、水無月は物怖じせず気軽な態度で話しかける。そしてその少年のモノと思わしき名前を聞いた俺は、”陽炎坂(かげろうざか)……どこかで聞いたことがあるような?”そう考え込んだ。

 

 

「水無月か!隣の!やつは!見たこと!無い気が!!するんだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 疲れを知らないかの如く、黒いタンクトップを着た陽炎坂という男は叫ぶ。叫ぶったら叫ぶ。正直な話、ミスター適当とも言えるあの鮫島よりも、絡みづらい……。それでも、名前を聞かれた気がするので、取りあえず自己紹介を始めてみる。

 

 

「……俺は折木公平。初対面だから、見たこと無いという感覚は正しいと思う」

 

「そうか!なら!良かった!っぜぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 単発を入れず、納得したように大げさな身振りをしながら叫ぶ。やっぱりうるさい。

 

 

「俺様は!【超高校級の陸上部】!!“陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)”!俺様の走りを!止められる!!やつは!!誰も!!いないぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

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【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

 

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 陽炎坂天翔…その特徴的なフルネームを聞き、俺は思い出したように手を叩いた。

 

 

「陽炎坂……そうか思い出したぞ!この前の高体連で日本記録を更新していた……」

 

「そうなんだよ!彼こそ次期オリンピック陸上競技大会のホープ、陽炎坂天翔くんだよ!ちゃっちゃらー」

 

 

 あまりの勢いに驚くことに遅れた俺は、突然現れたビッグネームに目を見開いた。

 

 

「俺様は!!ただ!走りたいから!!走り続けてる!!だけだ!結果なんて!!そんなもん!!興味!!!ないんだぜぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「どう!公平君!!うるさいでしょ!!」

 

「……お前も真似して声を張り上げなくても良いんだぞ」

 

 

 冷静にツッコミを入れると、”もーノリ悪いなー”と頬を膨らませながらふてくされる水無月。こちらとしては陽炎坂の真似は声に異常をきたすので遠慮願いたい……。

 

 

「それよりも!!俺様は!!急いで!!いるんだ!!この足はもう!!止められねぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 破裂しそうなパイプのように震える陽炎坂は、突然高速で足踏みを始める……。

 

 

「どうしたの?広場の方に用事?」

 

「俺様は!今!!猛烈な!!尿意に!!!脅かされて!!いるんだぜぇぇぇぇ!!だから!!部屋に!一旦戻らなきゃ!!!いけないんだぜぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 どうやら、文字どおり破裂しそうなパイプを抑えるために部屋のトイレに駆け込もうとしているらしい……。生理的な話であればこの落ち着きの無さは仕方ない、ここで足止めするのは流石に悪い。

 

 

「そ、そうか引き留めて悪かった……間に合うと良いな」

 

「おう!!また!いつか!どこかで!!会おう!!だぜぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 そう言うとすぐに俺たちに背を向け、おそらくトップスピードと思われる速度で陽炎坂はログハウス方面へと駆けていった。

 

 ……段々と薄れていく後ろ姿を見送ること数秒。

 

 

「いやーすごかったねーまさに日本のチーターだね」

 

「容姿はウサギにしか見えんが……そうだな……猪突猛進というのはああいうこと言うんだろうな……」

 

 

 猪突猛進という言葉が優しく思える程に、何もかも振り切ったような男であった……。

 

 

「よし!それじゃあ気を取り直して先に進もっか!!みんなが君のことを心待ちにしているんだからね!!」

 

 

 ”……そのみんなに初めて会うのだから、待っているも何も無いのではないだろうか?”そんな空気の読めない疑問を持ちながら、再び俺たちは進路を戻し、歩き始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【噴水広場】

 

 ログハウスエリアから続く舗道を抜けると、そこには西洋を思わせる大きな広場があった。四方にはベンチが4つほど設置してあり、真ん中には大きな噴水と噴出口と見られる壺を持つ人型のオブジェが配置されていた。

 

 ……なぜか体は人なのに顔は熊のような何かなのかは、気にしたら負けだと思っているので、一旦スルー。

 

 そして、この広場を中心に4つの道が分岐しているらしく、それぞれの道の入り口に小さな看板が立てられていた。どうやら、この広場は中継地点のような役割を持つ場所らしい。

 

 

「うわーすっごく綺麗!!」

 

「……ん?待て水無月、お前ここに来るのは初めてなのか?」

 

「うん!そうだよ!カルタと鮫島君達はログハウス広場をずっと調査してたから、他の場所のことはちょっとよくわかんないんだよね!!」

 

 

 舌を出し頭をさすりながら”えへへ~”と恥じらいを見せるように笑う。……だったら何故、率先して先導を無理矢理引き受けたのか。その杜撰な様子に対して、俺は顔を引きつらせる。

 

 俺達はそのまま、4つの道の側に立てられている看板に近づいてみた。左から『ペンタ湖』、『野外炊事場』、『グラウンド』、『中央棟』と書かれており、それぞれの道の先にあるであろう目的地を示していた。

 

 

「あっ!!見て公平くん!!この『ペンタ湖』の所、『ボートありますよー』だって!!」

 

「ずいぶん適当な口調の看板だな……しかし……ふむ、少し気になるな・・・・・・」

 

 

 根っからの都会っ子であった俺は、実はそういったアウトドアレジャーというモノに憧れを抱いていた節がある。

 不本意な状況ではあるが、湖に行ってボート遊びを興じてみるの悪くない……。むしろ、良い気晴らしになるかもしれない。

 俺がそんな小さな期待感に胸を膨らませていると…。

 

 

「……お取り込み中のところ悪いけど、少し良いかしら?」

 

 

 凜とした、けれどもどこか優しく包み込んでくれるような声が俺たちの背中に響いた。不思議と背筋を伸ばし、俺はすぐに後ろを振り返った。

 

 振り返った先に居たのは、鮮やかな黒の髪をストレートに垂らした麗人であった。右耳には鉛筆を挟み、クリーム色の制服の胸ポケットには付箋だらけの分厚い手帳が入っていた。

 

 

「あっ!式ちゃん!さっきぶり!」 

 

 

 まるで犬が飼い主に寄っていくかのように水無月は式と呼ばれる女子生徒に近づいていった。2人は”元気だった?”、”ええ、あなたほどでは無いけど元気だったわ”と軽く挨拶を交わしあう。そして……名も知らない女子生徒が、こちらに目を向ける。またピン、と背筋が伸びた。

 

 

「……ところで水無月さん?こちらの方はどちら様?」

 

「うん!紹介するね!!彼は折木公平君、特待生として希望ヶ峰学園に入学したんだって!!」

 

「…よろしく頼む」

 

 

 紹介に預かった俺は、合わせるように頭を軽く下げた。

 

 

「ええこちらこそよろしく。それにしても……“特待生”……ね」

 

 

 挨拶を返してくた彼女は、『特待生』という単語を聞いた途端、獲物を見つけたかのように目を細める。俺はその眼光に、妙な不安感を覚えた。

 

 

 

「それじゃあ次はこっちの番ね、私は【超高校級のジャーナリスト】“朝衣 式(あさい しき)”よ、折木くん……と、言ったわね、早速だけど少しお話を聞かせてもらってもよろしいかしら?」

 

 

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【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

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 そう言うと、朝衣は好奇心を瞳に宿らせながら、詰め寄ってきた。既に朝衣は胸ポケットからボールペンと手帳を取り出し、いつでも俺の話をメモできるような体制を取り始めていた。

 

 いや……耳の鉛筆は使わないのか。

 

 

「希望ヶ峰学園へ才能が無くても入れる方法は、私が知っている中で2つあるわ……1つは【超高校級の幸運】として選ばれること、2つ目は【予備学科生】として入学すること……だけど、貴方はさっき【特待生】としてこの学園に入学した、そう言った。悔しい話、特待生制度なんて私は初めて聞いたわ……一体どうやって特待生として認められたのか、どんな条件をクリアしたのか是非とも詳細をーーーー」

 

 

 グイグイと詰め寄る距離を縮ませ、まくし立てるかのように質問を放ち続ける朝衣。俺は彼女の勢いに圧倒され、驚きのままに後ずさりしてしまう。

 

 

「式ちゃん!ストップストーーップ!!」

 

 

 そんな俺に助け船に乗ってやってきた水無月が、俺たちの間に立ち、朝衣を諫めた。

 

 

「ッハ!…………ごめんなさい。自分の知らないことが出てきたから、つい興奮してしまって……」

 

「もぉ~式ちゃんったら~。つい数時間前にも言ったじゃん。ジャーナリズムがうずくのは分かるけど、ちゃんと相手のことも考えなきゃダメだよ?って」

 

 

 水無月に諭され、肩の力を抜きながらクールダウンする朝衣。綺麗な顔の彼女に詰め寄られたことはあまり経験が無かったために…俺は内心ホッとする。

 

 

「……すまないな、お前の質問に答えたいのは山々なんだが……あいにく俺自身も自分の立場についてはよく分かっていないんだ」

 

「いえ、此方こそごめんなさい……見苦しいところを見せてしまったわね」

 

「うんうん、雨降って地固まる…良きかな良きかな」

 

 

 まだ雨も降ってすらいない状況だったが…満足げに頷く水無月を見て、どうでもいかと俺は少し顔をほころばせる……。

 

 

「……でも、もしも何か思い出したら、是非ともお話を聞かせてもらいえないかしら?きっと、何か力になれると思うの……」

 

「………ああ…分かった…思い出せたらな」

 

 

 しかし彼女の好奇心は、止められてもなお、収まっていないようだった。水無月の忠告はあまり意味を為していないように思えた。

 

 

「そういえば……式ちゃん、調査の方はどうしたの?他のみんなと一緒じゃなかったの?」

 

「少し気になったことがあったから、今は単独で調べ物中なの……大丈夫よ、他の場所のことは大体把握しているから」

 

「……さすがジャーナリスト、仕事が早いな」

 

「フフッ……それほどでも無いわ、単にこんな未知の体験に心を躍らせてるだけ……」

 

 

 朝衣は目を細めながら微笑み、手に持っていた手帳とボールペンを胸ポケットに仕舞う。だけど流石はジャーナリスト、ここに来て間もないはずなのに、人一倍、いや十倍優れた情報収集能力だ。俺なんて未だにログハウスの事しか知らないのに。

 

 

「引き留めてしまって悪かったわね……私は情報整理のために一度部屋に戻らせてもらうわ……だからココで一旦お別れね」

 

「ああ、そうだな」

 

「うん!またね式ちゃん!」

 

 

 ”また会いましょ、お二人さん”そう言い残し、朝衣はログハウスエリアへと続く道を、実に鮮やかな所作で歩き出す。まさにキャリーウーマンという雰囲気だ。それを、俺と水無月は手を振って見送った。

 

 

「よし!!それじゃあ公平くん!どの道に行くかもう決めた?」

 

 

 見惚れるように道路を見続ける俺を、水無月が切り替えるようにパンと手を叩き目を覚まさせる。聞いたところ、どうやら水無月は俺に道の選択権を渡してくれているようだった。

 

 

「……そうだな。わかりやすいように、1番左の道から攻めていこう」

 

 

 俺は個人的に気になっていた『ペンタ湖』へと続く道を選んだ。

 

 

「おー奇遇ですなーカルタもこっちに行きたいと思ってたんだーー!!よーし!公平くん!レッツラゴーーウ!!」

 

 

 また楽しそうにハミングをしながら、俺を先導する水無月。俺は、その彼女の描く軌跡に従い、その歩みを進めていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ペンタ湖:船着き場】

 

 

 

 

「思ったよりも、広いんだな……」

 

 

 道なりに進んでいく俺たちを待っていたのは、看板の示したとおり『ペンタ湖』という名の湖であった。その名前の通り、五角形の形をしており…そしてその大きさもボート遊泳をするには十分すぎるほどであった。

 

 

「そうだね~、カルタの予想の10倍くらいは大きいかな?」

 

 

 …一体水無月はどれほどの規模を想定していたのだろうか…これの10分の1と言ったらもう水たまりしか該当しないのだが…………案外、物事に対してあまり期待しないタイプなのだろうか?

 

 

「ん?あれは……」

 

 

 湖の周辺をよく見てみると、湖の岸辺に船着き場が設置されており、そこに何隻かの船が取り付けられていることがわかった。……そして、その船着き場の上に2つの人影があることも視認でき、どちらも女子生徒のようだった。

 1人はしゃがみ込み、もう1人は片方の女子を見ながらボーッとしているようにも見えた。

 

 そう見つめていると、しゃがんでいた女子生徒は急に立ち上がり、隣の人物に話しかけ始めた。

 

 

「あ!今何かはねたような気がします!!魚です!!絶対魚ですよ!!」

 

「え~何も見えなかったけどな~~、見間違えだよきっと~」

 

「長門さんはずっと上を見てたから分からなかっただけですよ!ほらあそこ!よく見てください!」

 

 

 ”何も居ないよ~?”、”もっとよく見てください!”……そう言いながら2人は口論を始める。勢いよく話しかける方とのんびりとした感じで受け流す方……なんとも微妙な温度差が見えた。

 

 そんな言葉のドッジボールを交わす2人に、隣に居た水無月は、朝衣の時と同じようにトテトテと歩み寄る。

 

 

「おろおろ?2人ともどうしたの?痴話喧嘩?」

 

「あっ!水無月さん!聞いてくださいよ!!さっき第1村人ならぬ第1生物を見つけたんです!!大発見ですよ!!」

 

「だから~~見間違えだって~」

 

 

 水無月が話しかける2人は、お互いの主張を譲ろうとせず、長い平行線をたどっていた。もうここまでくると水掛け論である。

 

 

「……そんなに魚がいることが珍しいのか?」

 

 

 俺は2人の会話を聞いて、先ほどから思っていた疑問を口にする。魚を見ただけであれだけはしゃぐよう、何かしら、興奮する理由があるのだろう。

 

 

「わっ!!びっくりしました!!えっとー……どなたですか?」

 

「わ~まだ人が居たんだね~、新入生~?」

 

 

 最初に口を開いたやけに大げさな身振りをするショートポニーの女子生徒は、袴を着込み、現代からしてみれば時代錯誤な和の雰囲気を纏っていた。

 次に口を開いた、のんびりとした口調でストレートロングの髪の毛をサラサラと揺らす女子生徒で、ウェットスーツに半被を着込む変わった服装をしている。さらに言うと、身長が非常に高く、目視で2m近くあるように見えた。初めて、首が痛くなるくらい女性を見上げたかもしれない。

 

 

「驚かせて悪かった……俺は折木公平、77期生の新入生だ」

 

「クラスメイトさんでしたか!ならこちらも名乗らせていただきます!」

 

 

 ”おっほんッ!”と袴を着込んだ女子生徒は咳払いをする。

 

 

「私は【超高校級の華道家】“小早川 梓葉(こばやかわ あずは)”と申します。どうぞお見知りおきお!!」

 

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【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

 

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「続きまして~、え~とわたしは【超高校級のダイバー】“長門 凛音(ながと りんね)”で~す。よろしくね折木く~ん」

 

 

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【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

 

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 華道家にダイバー……なんだか異色の組み合わせって感じだな。だけどどちらも、掲示板に乗るほどのビッグネームだ。

 

 小早川梓葉…かの華道の源流とも言える『小早川流』の正当後継者。彼女の作り出す花は、人々に活力を与えるらしい。

 

 長門凛音…人よりも発達した硬い皮膚と強靱な肺で、人間の素潜り世界記録122メートルを軽々と更新した人外ダイバー。

 

 

 水無月達や陽炎坂に続いて、若きプロフェッショナルが集っているとは…流石は希望ヶ峰学園。より自分の矮小さが身に染みてくる…。

 

 

「…どうしたの~?ぼ~っとして~」

 

「あっ、いや。何でも無い…。それにしても……2人はどうして魚について議論していたんだ?湖に魚がいることは普通では無いのか……?」

 

 

 慌てたように取り繕う俺は、すぐに、先ほどの疑問をもう一度掘り返してみた。そしてその疑問が当然のように”あ~”と同調しだす2人。

 

 

「やっぱり最初はそう思うよね~わたし達も、自然には生物がつきものって思っちゃってたからね~」

 

 

 少し含みを持たせたかのように語る長門の言葉に重ねて小早川が…さらに続けていく。

 

 

「はい!実はココにはどうやら生物が一匹も居ないっぽいんです!!はい!!」

 

「何!?」

「ええーーー!」

 

 

 俺と水無月は同時に驚く………水無月もどうやら知らなかったらしい……。それはそれで驚きだが。

 

 

「だが……部屋を出たときには鳥の声を確かに聞いたぞ……」

 

「うんうん、カルタも同じ」

 

「でもさ~声はするけど全然姿見えないし~それっておかしいぞ~?って思ってさ~」

 

「一応森の中も探ってみたんですけど……不思議な事に虫一匹たりとも見つからなくて……いや虫は苦手なので、むしろいなくてほっとしたような気持ちはなきにしもあらずのような……」

 

「……しかしそれだと少しおかしくないか?ここはおそらく地球上のどこかしらにある場所のはずだ、なぜ生物が存在しない?」

 

 

 2人の探索結果を聞いてなお、俺は納得できなかった。見たところ、森の木々は良く発育しているし、種類も多様に見える。これは相互作用的にも、生物がいなければ成り立たない事象のはずだ。

 

 

「そうそう、そうですよね!!それなのに……みんな居ないことを当たり前みたいに話して……」

 

「だって今はこんな状況だし~『こうゆう場所もあるんだな』くらいの気持ちで今は探索しとかない~と頭パンパンになっちゃうよ~」

 

「う゛っ……そ、それはイヤです!!勉学だけでも私の脳はいっぱいいっぱいなのに、これ以上成績が下がったら師匠に殺されてしまいます!!」

 

 

 えらく楽観的な長門の言葉に小早川は慌てたように態度を翻す。そこまで必死に嫌がらなくても良いのではないだろうか……。そんなに成績がヤバいのだろうか…。

 

 

「もー梓葉ちゃんったら、オーバーだなー。そういう難しいことは、みんなが集まってから考えよ!ほら3人揃えばなんとやらって言うしね!!」

 

 

 ふむ…まあ確かに、今はどうしてこうなっているのか?という根拠よりも前に、今はどういう状況なのか?という情報収集が重要だ……。答え合わせは情報を集めた後で、幾らでも出来るんだしな。

 

 

「……そうだな、生物がいないことは気になるが、今は探索に集中しよう」

 

「なにか見つけたら、ちゃんと頭に入れとくね~~」

 

「はい!今度こそ大発見をして見せますとも!!一度で良いから、生物に自分の名前を施してみたかったんです!!」

 

「え~それがもし~ゲンゴロウとかだったらどうするの~?アズハゲンゴロウとか呼ばれちゃうよ~?」

 

「えっ?……ゲン…ゲン……えと、それはどんな吾郎さん…ですか?」

 

「……ごめんね~、たとえが悪かったよ~」

 

「謝られてしまいました…!?」

 

 

 …何だろうか個人的な見解ではあるが、今まで会ってきた超高校級の面々は…才能と引き換えに、何か大事なモノが欠落しているのだろうか…。いや、小早川の場合…うむ。この言葉は控えておいた方が良さそうな気がしてきた。

 

 それよりも……あまり気合いを入れ過ぎない方が…見落としは少ないと思うのだが……。まあ、そんな注意なことは、何となく長門が挟んでくれそうな気がするので、今は言わないでおこう。

 

 

「よーし!じゃあ公平くん!一旦戻って、別の道に進もっか!!」

 

 

 水無月の言葉を皮切りに、俺たちは軽く小早川と長門に手を振りつつ、元来た道を戻り始めていった。

 

 

 今回出会った2人を合わせて、俺は7人の生徒と挨拶を済ませたことになる……あと8人……どんな超高校級の生徒が待っているのだろうか?

 

 気づくと…今まで心の表面にあった居心地の悪さよりも、どんな人達がいるのだろうか…そんな…楽しみが上回っているように感じた。何となく、良い兆候だな…そう思えるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の???】???

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級の???】???

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

【超高校級の???】???




 どうもこんにちは。水鳥ばんちょです。書いていて思いました。長ぇ。


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プロローグ -2-

【舗道(噴水広場~炊事場エリア:???】

 

 小早川達との挨拶を終えた俺達は、元来た道を辿って噴水広場へ戻り、1つ右隣の道……つまり『野外炊事場』へと続く道を歩いていた。

 

 先行する水無月は、相も変わらず楽々とした雰囲気で、大空を仰ぎ見ながらと大きな歩幅で歩き続ける……。そんなゆったりとした空気の中で、俺は周りの木々を見回す。そして、先ほどの小早川達との会話を思い返す。

 

 

『ココには生物はおろか、虫一匹すらも存在しない』

 

 

 俺達の周りに生い茂る木々は、どこからともなく吹きすさぶ風に身を委ね、サラサラと音を鳴らしている。……その音はとてもやさしく、心が安らぐような、そんな気持ちにさせてくれる……しかし……。

 

 先ほどの会話からだろうか、もしかしたらもっと前からだっただろうか?俺はこの葉と葉が静かにこすれ合う音に、違和感……というか、どこか無機質な、作り物じみた感覚を感じ取ってしまっている。別に今見えている木が偽物とは思わない……どこからどう見ても正真正銘の緑である……だが、どうしてこんなに無感動に捉えてしまうのだろうか……どうして……こんな違和感を感じ取ってしまっているのだろうか……なんとなく知りたいような、知りたくたくないような、そんな矛盾した気持ちを俺は巡らせていた。

 

 

「公平くん!公平くん!見て見て、炊事場が見えてきたよ!!」

 

 

 思考の海に沈んでいた俺を引き上げるように、水無月は声を上げ、人差し指で道の先を示す。8本ほどの柱に支えられる三角型の屋根の下に、台所と思わしき設備が備えられた大きな建物が見えた……。きっと、あれが炊事場なのだろう。

 

 

「しかし、まだ距離があるな……」

 

 

 といっても、さほどの長さは無い。少し歩き疲れる位の絶みょうんな距離である。

 

 

「さあ公平くん!!ここから競争だよ!先にキッチンにタッチした方が勝ちだからね!!よーい、ドン!!」

 

「……え?」

 

 

 いきなりのスタートの合図に変な声を上げてしまった俺を無視し、水無月は子供のようにはしゃぎながら走り出していってしまった。

 

 

「お、おい!また転んでしまうぞ!!」

 

 

 気づいた俺は水無月に注意を促すが、聞く耳を持たず……その差は徐々に広がっていく。

 

 

「ハァ……」

 

 

 ・・・・・・あいつ本当に高校生なんだよな?日本きってのチェスプレイヤーなんだよな?

 

 何度目かわからないため息をつき、俺は水無月の背中を追いかけていった。結局、競走してしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *   *   *

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

 

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・疲れた・・・・・・」

 

「やったぁ!いっちば~ん!」

 

 ・・・・・・水無月の底なしの体力に呆れつつ、俺自身が思った以上に体力が無かったことに、なんとも言えない悲しみを感じていた。俺は、こんなにも衰えていたのだろうか…?まだ10代なのに。

 

「ハァ・・・・・・予想よりも、規模がでかいな・・・・・・それに、設備も整っている・・・・・・」

 

 疲労感を拭えないままではあったが、俺は息を切らしながら炊事場を間近で見た感想を簡潔に述べていった。

 

「そうだねー!調理器具も最新式だし、シンクもピカピカ、冷蔵庫にレンジもある・・・・・・それにホラ!IHコンロだよ!!」

 

「ハァ、ハァ・・・・・・確かに・・・・・・屋外で・・・・・・IHを見るのは、初めてだが・・・・・・!」

 

 何故その点に注目したのだろうか・・・・・・?イマイチ真意が飲み込めない、おそらく真意も何も無いのだろうが。

 

「しーかーもー!でっかいテーブルなんかもあるし、パーティも開けそうだよ!」

 

「ハァ・・・・・・そうか、ハァ・・・・・・」

 

 テンションについて行けなくなった俺は、適当に返事を返し、息を整えることに集中した。

 

「?公平くん!他にもなんかあるっぽいよ!!」

 

「スゥーハースゥーハー・・・・・・ん?」

 

 まともに話せる状態に戻すための深呼吸をしながら、俺は炊事場以外にも、このエリアにはいくつか建物があることが確認できた。

 

 建物は全部合わせて4つほどあった。1つは商店のようなこじんまりとした施設で、入り口の上の看板に『購買』と書かれている。もう3つはすべて同じ様相の建物で、それぞれ『第1倉庫』、『第2倉庫』、『冷凍倉庫』と表記されている。位置的には、入り口近くにある炊事場から見て、左に購買、右に3つの倉庫が左右に並んで建っている。倉庫は、炊事場に一番近いので『第1倉庫』、そして左に『第2倉庫』、『冷凍倉庫』と順に並立している。

 

「購買もあるのか・・・・・・それにしても・・・・・・」

 

 ―――揃いすぎている。

 

 16人の生徒に16戸のログハウス、そして大人数で食事ができる大きなテーブル。明らかに、俺たち16人(まだ全員とは会っていないが)にココで生活してくださいと言っているような、そんな不穏な雰囲気を感じとってしまった。

 

「ねぇねぇ公平くん!どこから見ていく?」

 

 そんな不可思議な状況の中でも、水無月は何とも思っていないのか、俺へと無邪気に話しかけてくる。

 

「そ、そうだな・・・・・・まずは購買にでも行くか・・・・・・少し喉が渇いてしまった」

 

 ログハウスで目覚めてから一滴も水分を取っていないことに気づいたように、俺の喉は極度の乾きを訴え始めていた。

 

「あ!いいねぇ~。・・・・・・公平くん!奢って!」

 

 水無月という少女には遠慮という言葉が存在しないらしい・・・・・・。光速でたかりに来るとは…。そんな図太さに、俺の顔は思いっきりしかめてしまった。だけど水無月は意志を曲げる様子はなかった。

 

「合って間もない俺にいきなり金を出させるのか・・・・・・はぁ…まぁいいか」

 

 何を言っても押し切られてしまうイメージしか湧かないために、俺は断るのを諦めて、観念して奢ることを決意した。取りあえずポケットを確認して、小銭が入っているかどうか、持ち合わせを確認してみた。

 

 不幸なことに…ちゃんとあってしまった。

 

 希望ヶ峰学園入学初日に金をたかられる生徒は、俺くらいなのではないか?そんな自分を嘆きつつ、その足で購買部へとむかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:購買部】

 

 

 購買部の中は、よくあるコンビニのように品物が陳列され、出入り口の近くには会計場が設置されていた。しかし、そこには店員の姿は無く、卓上に『勝手に持って行かないでね?』と書き置きが置いてあるだけであった。

 

 ”休憩中なのかな?”と水無月が疑問を溢すが、何も分からない俺は首を傾げることしか出来なかった。

 

 品物が並んだ棚を回ってみると、商品の手前に値札が掛けられていた。しかし……変なことに、何故か値札の部分には『円』ではなく、『枚』と記されていた。これでは飲み物も買えない。

 

 

「円が通貨じゃ無いのか……おかしいな……ココは日本のはずなのに……」

 

「この『枚』って何のことだろうね?まあ、どっちにしてもジュースは買えそうにないみたいだねー」

 

 

 残念そうに気落ちする水無月は”小腹も満たせると思ったのにー”と小さく文句を垂れていた。

 

 ……俺の聞き間違いで無ければ、コイツ俺に食事まで奢らせようとしてなかったか?……いや、恐らく聞き間違いだろう…多分。そう思うことにした。

 

 

「……ずいぶんとにぎやかになってきたと思ったら、水無月……やっぱりあんただったかい」

 

 

 購買部の中をウロウロしている俺達に、もう1人、水無月では無い別の誰かからの声がかかった。とても気の強そうな女性の声に、俺たちは顔を向けた。

 

 ーーーー立っていたのは1人の女子生徒であった。その女子生徒は、修道服と思わしき改造装束を身にまとっており、頭もベールで覆われている…が、髪の色はクロであることだけは分かった。首元には金色に輝く十字架…十中八九宗教関係の方だとは思うが…如何せん、柄が悪そうだった。

 

 やっぱりというか…希望ヶ峰の生徒は全体的に濃い服を着ている生徒がとても多い気がする。水無月にいたってはゴスロリだから制服でも無いし。わざわざ制服を着てきた自分が、妙に浮いているように感じてしまう。

 

 

「・・・・・・隣のあんたは見ない顔だね、誰なんだい?水無月」

 

 

 そんなどうでも良いことを考えている俺を、女子生徒は鋭い目つきで射貫き、水無月へと疑問を投げる。

 ……なんというか、尋問を受ける寸前のようで、体が変に固まってしまうようだった。原因は彼女の鋭い眼光だろう…まるでゴーゴと対面している気分だ。

 

 

「素直ちゃーん!ねー聞いてよ!ここ普通のお金使えないんだよー!?絶対おかしいよ!」

 

「確かにそれはあたしもおかしいとは思ったけど……ハァ……ちゃんとアタシからの質問。聞いてたかい?」

 

 

 話のキャッチボールを受け取らない水無月は”ん?”と首を傾げる。その反応に”素直”と呼ばれた可愛らしい名前の女子生徒は頭を抱えて再度ため息をついていた。少し、シンパシーが湧いた。

 

 

「水無月に聞くよりも俺が自己紹介した方が早そうだな……俺は折木公平、初めまして……だな」

 

 

 その苦労人としての親近感で、多少肩がほぐれた俺は、気楽な気持ちで自己紹介を済ませていった。彼女自身も、”それもそうだね…”と、同意を示し…続けていった。

 

 

「……アタシは反町素直(そりまち すなお)、【超高校級のシスター】だよ」

 

 

 

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【超高校級のシスター】 反町 素直(そりまち すなお)

 

 

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 見た目は完全に女性なのに、妙に雄々しい口調で、俺へと自己紹介を返してくる反町。

 

 

 先ほど感じたという……親近感は早々に撤回した方が良いかもしれない。さっきは水無月に意識を向けていたから感じていなかったが……彼女のナイフのような鋭いそのオーラ……明らかに人を1人か2人殺めてきたかのような…そんな凄みを感じた。

 

 

「シスター……そうか、よろしくな反町」

 

 

 平静を装いつつも、内心おびえながらなんとか返答の言葉を返していく俺。あまり表情に出ないという特技…というか性質が…ここで吉と出てくれた気がした。

 

 

「あんた……今あたしのこと『シスターという雰囲気では無いよな?』とか考えてたね?」

 

「………………そんなことは無い。多分」

 

「あー絶対考えてたでしょー!顔に出てるよ~?でも大丈夫だよ公平くん!!カルタなんて最初は『スケバンだー!!』って言って逃げ出しちゃってたもん!!」

 

 

 顔に出すどころか、体や声にも心の声を出していた水無月に俺は顔を引きつらせる。チラリと反町を見てみると、目をつぶったまま眉間をピクピク揺らしている……おそらくと言わないにしてもイライラしているようだった。

 

 

「……偏見だが、シスターとは穏やかな風貌が一般的だと考えていたからな。顔に出てしまっていたのなら……すまん」

 

 

 ココは自分の気持ちを正直に話した方が穏便に済みそうだと考え、刺激しない程度の言葉を並べていってみた。しかし、その返答が意外だったのか、呆けた表情から一転、”はっはっはっ!”と大きな笑いが返ってきた。…一体俺が何をしでかしてしまったのだろうか…怪訝な表情で、反町の顔をのぞき込み。

 

 

「大抵のヤツは萎縮するか喧嘩ふっかけてくるのかの2択だったのに、あんたみたいに冷静に話してくるのは…珍しいねえ。…安心するさね……今のはちょっとからかってみただけだよ」

 

 

 ”からかったという割にはかなりの圧があったがな……”とそんな余計なことを考えつつ、特にヤキを入れられる心配の無くなったことに俺は安堵した。

 

 

「ねーねー素直ちゃんはココで何してたの?調査?それとも買い物?」

 

 

 少し蚊帳の外にいた水無月が”そういえば”と言葉を乗せて、反町の服をつまみ、理由を尋ねだす。確かに…何故彼女がココに1人で居るのか…正直気になっていた。

 

 

「ん?ああ……もちろん調査だよ。といってもココで分かったことなんて、あんた達がさっき話してたこと位だし……ほぼ収穫無しさね」

 

 

 さっき話してたことというと……この購買の通貨のことと店員が居なかったことか。だったら…そうだな、俺達とほぼ変わらないな。

 

 

「あそこに並んでる、倉庫の方も調べたのか?」

 

「そっちは別の奴らに任せてるさね……多分そっちの方が有意義な情報が出てくると思うよ……ここは何か…絶対に無いって感じがするからね」

 

 

 どうやら、反町の他にもこのエリアを調べている生徒達が居るらしい。情報収集のため、そいつらともコンタクトを取らなければな……。俺は、外の倉庫を見ながら、そう軽い予定を立ててみた。

 

 

「ココを調べ終わっているんだったら、そろそろーーーー?」

 

「ん?どうしたんだい?」

 

 

 調査を切り上げようかと提案しようとしたが、窓の向こうにある倉庫から、2つの人影が出てくるのを確認した。恐らくあの2人が、反町の言う、別の奴ら、なのだろう。

 

 

「ああ、どうやらあいつらも調査が終わったみたいだね……それじゃあココの探索も切り上げて、報告にでもいくとするかね」

 

「そうするか。水無月、店から出る……ぞ……?」

 

 

 あたりを見回してみて水無月が居ないことに気づいた俺……。さっきまで話に加わっていたはずだったのに忽然と消えてしまった。

 

 あちこち店内を見回していると、トントンと反町に俺は肩をたたかれた。反町は窓の外にある何かをアゴで指し、そちらに俺の注意を向けさせる。購買部の外である炊事場には当の探し人である水無月がおり、倉庫から出てきた奴らに向かって走っているのが見えた。

 

 

 ……本当に子供みたいなヤツだな。

 

 

 何度目か分からないため息をつきながら、苦笑する反町と共に購買部を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

「そっか~、それじゃあ食糧面の心配はしなくて良さそうってことなんだね!」

 

「うむ、あの潤沢具合を見ると、2~3週間は余裕でござるな」

 

「ちょっと高いところにあるのがネックですけどね……」

 

 

 先に出ていた水無月は早くも2人の生徒と情報共有を開始していた。遠巻きながら話の聞こえた限りだと…どうやら倉庫には食糧が大量に保管されているらしい。…これもまた、不思議な情報だ。

 

 

「おーい!雲居、沼野。倉庫の探索お疲れさん」

 

 

 隣を歩いていた反町が2人の生徒のものと思わしき名前を呼び、快活にねぎらいの言葉をかけていく。

 

 

「ん?……おお!反町殿。そちらも一段落ついたのでござるか?」

 

「段落もつけないでここに戻ってきてたら怒るですけどね……」

 

 

 反町は2人の返答に軽く返事をして、3人の会話に混ざっていった。…俺も話に加わっても良かったのだが、人数が多い所に入っていくというのは存外勇気が必要である。反町の斜め後ろあたりを保ちながら、見知らぬ2人の生徒を少し観察してみることに徹してみた。

 

 まず、最初に”ござる”とか言う、キャラしか感じない語尾の深緑色の髪をした男子生徒から。青年は甚兵衛にサンダルと靴の中間のような何かを履いた、これまた変わって服装をしていた。

 もう片方の、ちょっと卑屈そうな女子生徒はセーラー服に短めの2本のお下げと、正統派の女子高校生の服装をしていた。だけどーーーーとても背が低かった。あの陽炎坂よりも低いかもしれないほど、背が低かったのだ。

 

 結論を言おう、どちらも個性的な見た目。これに尽きてしまった。

 

 

「終わったっちゃあ、終わったけど……あんまり成果は期待しないでおくれよ?」

 

 

 頭を掻きながら反町は手持ちの情報のつたなさを事前に伝えておく。案外、小心なところがあるのかもしれない。また少し親近感を感じた。

 

 

「もお公平くん、素直ちゃん!遅いよー!どこで道草食ってたのー?」

 

「……」

 

 

 反町が態々用意した前置きを吹っ飛ばし、大げさな身振りでプンプンと怒る仕草をする水無月……会って間もない間柄ではあるが、コイツのことはしばらく無視しておこう。腕を組み、目をつぶりながら俺は軽く決心した。

 

 

「いやいや、どんな些細なことでも今は必要な事柄……問題なしでござる」

 

「そう言ってもらえると助かるさね……」

 

 

 反町と男子生徒も同じく、何事も無かったかのように会話を再開。しかし、背が極端に低い女子生徒は太陽を眺めるかのように目を細めて俺を見ていることに気がついた。

 

 

「さっきとも言わず、今もかなり気になってたんですけど……私達のことジロジロ見てるあんた、誰ですか?」

 

「おお!拙者も聞きかったでござる!気になりもうしていたが、いささかタイミングを見誤ってしまっていたでござる」

 

 

 ござる口調の男は”ナイス!”と言わんばかり女子生徒にサムズアップを図る……”フン”とそれを鼻で吹き飛ばすなど、その対応はしょっぱかった。

 

 

「申し遅れた……俺は折木公平、よろしく」

 

「成程!!折木殿と申すのでござるか……よし、覚えたでござる!」

 

「はぁ。そういうリアクションは本当に疲れるですから…さっさと紹介を済ませるです・・・・・・私は【超高校級の図書委員】、”雲居 蛍(くもい ほたる)”です。ちなみに、チビって言ったら殺すです」

 

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【超高校級の図書委員】 雲居 蛍(くもい ほたる)

 

 

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 「むむ!先を越されてしまったござるか……拙者は【超高校級の忍者】、"沼野 浮草(ぬまの うきくさ)”と申すでござる。……あ!本物の忍者では無いということは先に言っておくでござるよ」

 

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【超高校級の忍者】 沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

 

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 物騒な物言いをする雲居と、物騒な肩書きを持つ沼野……悪い奴らでは無いとは思うのだが、なんとなく近寄りがたい気を感じてしまった。

 

 

「雲居に沼野、か……それにしても、どちらも聞き慣れない才能を持ってるんだな」

 

「いやいや、さっきも言ったでござるが、拙者は忍者ではござらん。いわゆる”ぱふぉーまー”に近いでござる」

 

 

 ”パフォーマー?”不自由そうな言い方で出てきた意外な言葉に、俺はそう反復した。

 

 

「多分あれかなー?時代村とかで忍者の衣装を着て、殺陣みたいなことをする人」

 

 

 “そう!それでござる!”と、水無月の説明に沼野は指を差し、肯定する。成程、京都に広がっている、ああいう時代村のことか。

 

 

「いやー、最初は”あるばいと”として働いていたのでござるが・・・・・・なんと!気づいたら忍者になっていたでござるよー」

 

「忍者に…なってた?」

 

「すんごい頑張ってパフォーマンスしてたら、もう忍者並みの動きブリだね!!って言われて…それが一人歩きして、忍者ってことでここに入学したんだよねー!」

 

「その通りでござる!!流石、詳しいでござるな!!」

 

 

 あっけらかんとした態度で何故か照れた仕草をする沼野。気づいたら委員長にされていましたみたいに言うので、しばし呆然としてしまった。

 このまま、本当にあり得るのか?と質問したら、実際にあり得てるのでしょうが無い、と愚問として流されるのだろう。そんな鮫島の時のような軽さを感じてしまった。

 

 

「何度聞いても現実味の無い話だよ……まっ希望ヶ峰学園にいる連中なんて、大抵こんなもんなんだろうけどね」

 

「なんですか?自分もその現実味の無い人間の1人って、自慢したいんですか?」

 

 

 反町の感想に、雲居が突っかかた物言いをする。およそ常人には出来ない反町への口の利き方に俺は少し身震いをしてしまう。

 

 

「まあ自慢ってわけじゃないけど、自覚はあるさね」

 

「そのとーり!まったくもってそのとーーーり!」

 

 

 反町は堂々とした態度と、水無月の強い同調。“フン、つまんない反応です”、ぼそりと雲居は独りごちる。

 

 

「ていうか、こんなところで才能談義なんてくだらないことに時間を掛けるより、さっさと報告を済ませるですよ」

 

「あーごめんねー?脱線し過ぎちゃってたね。えーっと……何だっけ?」

 

 

 俺と反町は同時にこける。改めるように咳き込み、気を取り直していく。

 

 

「購買部における情報は、俺たちの使う通貨は通用しないこと、店員の存在がなかったこと、その2つに尽きる」

 

「そうそう!どーだ!大したことないだろー」

 

 

 何故お前がそんなに自信ありげの態度なんだ。意味の無い虚勢に、俺はため息をついた。

 

 

「本当にたいしたこと無かったですね・・・・・・真面目に調査したんですか?」

 

「もちろんさね。コイツらよりも長く購買部を調査してたアタシが保証するよ」

 

 

 雲居からの指摘はあったが、反町が細かい補足をしてくれたおかげで俺たちの報告は無事終了。本当に泣けてくる位、短かった。

 次に、沼野が”反町殿達が後から来た故、もう一度倉庫について話をするでござる”と前置きをして、さっきまで話していた倉庫についてのことを話し始めた。

 

 

「炊事場から見て1番左の『第1倉庫』には、タオルやティッシュなどの生活用品が納められていたでござる。そのほかにも、ロープやボーリングの玉など実に様々な物品が揃っていたでござる」

 

「『第2倉庫』はインスタントラーメンとか、ジャムとか、常温保存が利く食べ物が蓄えられていたです。逆に『冷凍倉庫』には肉や魚、その他冷凍保存が必須の食べ物がぶち込まれてたです」

 

「いやぁ、もう無限と言わずとも、まさに大量であったでござるな!」

 

 

 打ち合わせをしてきたかのようにスラスラと説明を重ねていく沼野と雲居。それを聞いて俺は…少し思案を深めてみる。

 

 『第1倉庫』についてはーーーーまあ生活必需品は良いのだが、どうやら生活には関係ない娯楽用とか災害用のグッズなんかも揃っているみたいだった。

 次に『第2倉庫』と『冷凍倉庫』について、備蓄された食糧が保存されていた…とのこと。この万端具合に不安を覚えながらも…取りあえず、有事の際でも食事は問題無さそうだな、そう思えた。

 

 

「…ふーん、まるでここに住んでくださいと言わんばかりの充実っぷりじゃないか」

 

 

 今俺が考えていたことを代弁するように、反町が手を腰に置き、口を開いた。

 

 

「まあでもー。もしココに住むーってことになっても、それはそれで良いかなーなんて思ってもみたり?」

 

「水無月に同意するのもアレですけど、私もそう思うです。図書館が在れば、100点どころか120点をあげてたですけどね」

 

「もー!蛍ちゃん!!“アレ”ってどーいうことー!!何か含みを感じるぞー!」

 

 

 ”そのまんまの意味ですよ”と水無月を煽る雲居。小さな小競り合いが始まろうとしているように見えた。

 

 それを沼野が”まあまあ”と2人の間に立ち仲裁する。ここに来てしばらくが立っているが故の慣れもあるのだろうが、その光景に微笑ましさを感じるようになってきた。

 

 

「それじゃあ、ココの調査も終わったことだし、どうするかね?」

 

「ねーねー折角目の前にキッチンがあるんだからさ、お茶にしない?カルタ喉渇いちゃった」

 

 

 水無月の言葉で、喉を渇かしていたことを思い出した俺も”少し休憩したい”と同意の意を示した。すると、”よしきた!”手のひらに拳を当てて反町が景気の良い声を上げる。

 

 

「なら、ちょっと待ってな。あたしの特製ミルクティーをごちそうしてあげるさね」

 

「おお!したらば拙者も、秘蔵の茶葉を使った緑茶を一つ……」

 

 

 そう言って、反町に追随するように…沼野は腰のポーチに手を入れ、ガサゴソと物色し始めた。それから数秒…。

 

 

「ん?中々見つからないでござるな……あっ!!!しまった!ログハウスに置きっぱなしだったのをすっかり忘れていたでござる!……無念!」

 

「何1人で勝手に騒いでるんですか・・・・・・早く席に着くですよ忍者」

 

「何か雑に忍者扱いされてるみたいで、釈然としないでござるな……まぁなんちゃって忍者なのは間違いないのでござるが…」

 

 

 もっともな雲居のツッコミに、とぼとぼと歩いて椅子に座る沼野。ちなみ俺は個人的に、その緑茶が気になったので、後で頼んで飲ませてもらおうかな?なんて考えていたりする。

 

 俺達は反町特性のミルクティーに舌鼓を打ちながら、しばしお互いに交流を深め合った。こんな不穏な空間の中で、俺は初めて安らぎの感覚を感じることができたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【舗道(噴水広場~???)】

 

 

 

 小さなお茶会を終えた俺達は、反町達と炊事場で分かれ、炊事場への道の隣にある『グラウンド』へと続く道を歩いていた。

 ちなみに反町達は、”もう少しココについて詳しく調べてみる”と言っていたので、今も炊事場での探索を進めているはずだ。

 

 

「それにしてもさー、素直ちゃんの作ったミルクティー。おいしかったね」

 

「ああ。とても飲みやすかった。クッキーなんかがあったら、より美味しかったかもしれないな」

 

 

 ”だねー”そう同意を示しながら、水無月は朗らかに笑う。

 

 なんとなく、俺達の間の距離感は、さっきよりは近くなれたように感じた。先ほどの交流が効いてるのかも知れない。

 だけど、それでも…こんな他愛も無い話をしている中でも、俺は周りの環境へと冷静に頭を割いていた。未だ、なにか生物の痕跡が無いだろうか、熊でも良いからガサリと茂みを揺らして顔を出してくれないだろうか。そんな淡い期待を抱きながら。生物の気配を探していた。

 

 しかし生物の声は音だけであり、生命の影は一つとして見当たらない。

 

 

 ――すると、サラサラと鳴る森の声と重なって、ギターのような無機物的な音が聞こえることに俺は気がついた。

 

 

「なんだ?このギターの音は?」

 

「んー?あー確かになんか聞こえるね。ギターの音っぽいけど……あっ、もしかして」

 

 

 なにか思い当たる節でもあったのか、水無月は先を急ぎ始める。俺はそれに合わせるように足早に走ってみた。

 

 音に気がついた場所から数十メートル歩いたところで水無月は止まるとーーーー体を横に向け、茂みに向かい…背伸びをして葉をかき分け出す。

 

 

「あーやっぱりー」

 

 

 水無月が見つけた場所は、人1人が寝転がるにはちょうど良いくらいにひらけていた。そして、そのちょうど良いスペースに1人、男が木に体をを預け、目をつぶって腰を下ろしていた。寝ているかのように静かな男は、大きなギターを持ってどこか感傷的な雰囲気に浸れる、美しい曲を奏でていた。

 

 風貌としては緑のローブに緑の大きな帽子と、フィンランドを舞台としたアニメに登場する吟遊詩人のような、どこか浮世離れした格好をしていた。

 小早川や長門、反町に沼野と続きまた変な恰好のヤツが現れた、と思ってしまった。やっぱり、雲居のような普通の制服を着込んだ人の方が珍しいのかもしれない。

 

 

「やっぱり落合くんだ!でもこ~んな見つかりにくい所に居るってことは…サボり~?」

 

 

 会って早々のたいそうな物言いに、少し驚く。どうやらこの風来坊然とした男は”落合”、というらしい。

 

 

「今日も良い天気だね。水無月さん。こんな日は、歩いているよりも木陰に座って詩を詠う方が有意義とは思わないかい?」

 

「つまりサボりなんだね!……あ!紹介するね!彼は折木公平くん、カルタ達と同じ新入生だよ!」

 

 

 開口一番、回りくどい言い回しをし出す落合という男に、水無月は強引な解釈をして話を進め、俺の名前を出していく。

 

 

「折木公平だ。よろしく」

 

 

 俺は握手を求めて手を差し出す。落合はにやり顔を作りながら手を握り返し、ついでにといったように手に力を加え俺を利用して立ち上がった。ギターの重さも相まって、妙に重かった。

 

 

 

「”落合 隼人(おちあい はやと)”だよ。【超高校級の吟遊詩人】・・・・・・しがない旅人さ」

 

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【超高校級の吟遊詩人】 落合 隼人(おちあい はやと)

 

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 吟遊詩人。その恰好からしてそれ以外考えられない才能だとは思ってしまった。しかし同時に…そのどうしようも無いくらい浮世離れした男と、どう接すれば良いのか測りかねる気持ちに陥ってしまった。

 

 

「時に折木くん。風は好きかい?」

 

 

 そんな距離を測りかねている俺へ突然、落合は質問を投げかけた。

 

 出されたのは、風についてという、藪から蛇のような質問だった。”何を言っているんだコイツ”と、表情に出してしまったのは、仕方の無いことだと思う。

 …しかし、真面目に言うと風についてなんて、今まで深く考えたことなんて無かった。強いて言うなら、何故発生するのか程度にしか興味を持ったことが無いくらいだ。

 

 

「風は……まあ、そよ風くらいなら嫌いじゃ無いが、強いのは少し苦手だな」

 

 

 できうる限り具体的な返答をひねり出し、落合の返答を待つ。

 

 

「そうだね。僕も風は好きだよ。なぜなら、自由で気ままだからね……憧れるよ、君もそう思わないかい?」

 

 

 風にそんな生物的な感性は無いと思うのだが……というツッコミは抑えつつ、もう少し彼という人柄を考察してみる。

 聞いた感じだと、どうやら落合にとっては風は尊敬できる対象らしい。

 

 

「自由かどうかは別だが、まあ生き方としては突き抜けていて好感は持てるな」

 

 

 ”お前のようにな……”という言葉をぎゅっと飲み込み。当たり障りの無い回答を並べていった。

 

 

「君は話が分かる人だね。とてもすばらしいよ。うん、実にすばらしい」

 

 

 ほぼ適当に答えたのだが……何故か好感を持たれてしまったらしい。あまり嬉しくないのが本音ではある……。

 

 

「公平くん公平くん。落合くんは不思議ちゃんだから、まともに答えていたら疲れちゃうよ?」

 

 

 お前も十分不思議ちゃんだと思う、というのは置いといて。ほんのひととき蚊帳の外に居た水無月が、俺にアドバイスを入れてくる。確かに、いつもより会話に頭を使って、疲れた気がする。

 

 

「確かに、中身の無い会話だったな。なあ落合、風の話は置いとーーーー」

 

「ココは不思議な場所だよ。生命の息吹というのは常に風の如くボク達の側にあり続ける。というのに、すぐ側にはその音だけで、姿形は見えもしない」

 

 

 “不思議に思わないかい?”また突拍子の無いことをくどくどと表現し、何か意味があるように目を細くして俺に聞く。だけどよく考えても意味があると思えなかった。

 

 

「つまるところ、何が言いたいんだ?」

 

「側にあるようで、無い。無いようで在る。この世界の生命は音と感覚だけで、他は何も無い……ということさ」

 

 

 ”後は君たちで考えることだね”そう言って、俺の横を通って茂みを超え、ギターを弾きながら噴水広場へと歩き始めていった。

 

 

「どこに行くんだ?」

 

 

 少し声量を上げて、落合に尋ねる。落合は振り返らずに歩き続けながら…こう答えた。

 

 

「風の向くまま、気の向くまま、僕はどこにでも居るさ」

 

 

 結局わけのわからないまま、噴水広場へと姿を消していった落合。総括すると、徹頭徹尾、物語に出てくる旅人のように自由気ままで、飄々とした意味の分からないヤツだった。

 

 

「ん?終わったの?」

 

 

 途中で言葉を挟んでから話に加わらなかった水無月は、地面に絵を描き暇を潰していた。どうやら落合との問答は水無月にとっては飽きやすいものだったらしい。

 

 

「……ああ、おそらくは」

 

「そっか。じゃあ行こ!」

 

 

 まるで風のような出来事であった。突然吹いたと思ったら、通り過ぎて、結局何事も無く今が進んでいく。アイツ自身が風だったのでは無いだろうか?と支離滅裂な可能性を考えたが、すぐにあり得ないと振り払う。

 

 

 俺達は再び歩き始める。少し強めの向かい風が、頬をかすめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【グラウンドエリア】

 

 

 

 落合との会合を終えた俺達は、目的地であるグラウンドへとやって来ていた。

 

 グラウンド……というよりは、グラウンド+公園と言った方が適切なのかもしれない。

 

 エリアは大きく二つのブロックに区画されて、片方には芝生が広がっていた。実際に、エリアの半分を占めている緑色の大地を手で触ってみると、ふわふわとした質感が伝わってきた。ふと、寝転がってみるととても気持ち良さそうだな、そう思えるような触り心地だった。

 

 そして、芝生の広場の隅っこの方には、ぽつんと、公園に良く在るきのこ型屋根のベンチが設置されているのが分かった。

 

 そしてもう片方は、まさにグラウンドといった様相で、芝生とは逆に寝心地の悪そうな見た目であった。巻き上がる砂塵が、中学生の頃によく見た風景を思い出させる。ちゃっかりと白線なんかも引かれており、よりその雰囲気を助長させていた。

 

 そんな中で俺達は、きのこ型屋根のベンチに座っている、1人の少女と対峙していた。

 

 

「……ぐぅ」

 

 

 おそらく、というか思いっきり寝ていた。さっきの落合のコソコソとしたサボりが矮小に見えるほど、そのサボりっぷりは堂々としていた。寝息を立てている少女の姿は大変絵になるのだが、側に置いてある大きな鞄がそのキャンパスを台無しにしてた。

 

 形状からして、明らかに”スナイパーライフル”である。実に物騒な第一印象だ。

 

 

「……ううむ」

 

 

 寝ているだけでゲテモノな雰囲気を醸し出す少女に対して、俺はどのようにして声を掛ければ良いのか分からず、数十秒ほどたたずんだまま沈黙を貫いていた。痛い沈黙である。主に俺にとって。

 

 

「もーじれったいなー。公平くん、一旦どいて」

 

 

 同行していた水無月は、もどかしさを振り払うように少女へと近寄っていく。そして隣に体を寄せて、耳元付近まで顔を近づけると。

 

 

「起きてー!柊子ちゃん!紹介したい人が居るのー!」

 

 

 ユサユサと肩を揺らし、鼓膜を壊さない程度のうるささで少女を呼びかけた。普通であればすぐ起きるモノだが…揺らされてから数秒ほどで柊子と呼ばれた少女はうっすらと目を開き、半目のまま水無月を見やった。相当深い眠りについていたようだった。

 

 

「ん……おはよう、カルタ」

 

 

 少女は何事も無かったかのように朝の挨拶を交わす。空の見た目からして…今は昼である。すると、半目を維持したまま、少女は水無月の隣に立つ俺のほうへと目を向けた。見慣れない俺をボーッと、寝ぼけたように眺めて数秒……。

 

 

「……誰?」

 

 

 コテリと首をかしげ、俺の存在について疑問を投げかけた。当然である。

 

 

「俺は折木公平。お前達と同じ新入生だ」

 

「そう・・・・・・挨拶されたなら、挨拶し返す」

 

 

 少女は重たそうな鞄を肩に担ぎ上げ、眠たそうにふらふらと立ち上がる。重量のありそうな鞄であるために、その足取りの覚束なさに危うさを感じた。

 

 

 

「【超高校級の射撃選手】……”風切 柊子(かざきり しゅうこ)”……よろしく」

 

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【超高校級の射撃選手】 風切 柊子(かざきり しゅうこ)

 

 

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 射撃選手、という言葉を聞いて、背中にしょっている物騒な代物について、合点をいかせた。成程、だからスナイパーライフルなのか、と。

 

 

「射撃選手……ってことは、その肩に担いでいるのはーーーー」

 

「そう……私の愛機であり…そして相棒……」

 

「食事をするときも、寝るときも一緒にするほどの仲良しさんなんだよねー!ねー!」

 

 

 水無月の言葉に首を縦に振って怠そうに肯定する。射撃選手らしく、文字通り、愛用の銃とは一心同体と言えるほどの関係らしい。…銃を人のように形容しているのは…今は触れないでおこう。

 

 

「うん……トイレでも一緒……家族同然……」

 

 

 家族にしては、さすがに一緒に居過ぎな様な気もするが……本人がそれでも構わないということなので、多分、大丈夫なのだろう。何が大丈夫なのか分からないが。

 

 

「柊子ちゃんはどうして寝てたの?休憩中?」

 

 

 さっきまでの落合に対して雑な態度とは打って変わって、今回はいつも通りのテンションで会話を始める水無月。

 水無月にも人の好き嫌いがあるのだな、と、超高校級の生徒である彼女の一般的な部分が垣間見えた気がした。

 

 

「疲れたから……寝てた。もう一眠りする予定……」

 

 

 水無月と俺に顔を向けて淡々と語る風切。くどい表現を使わないストレートな発言だが、要は落合と一緒の時間を使い方をしていたようだ。風切のマイペースぶりに”まだ寝るんだ…”と俺は軽く苦笑いをする。

 

 

「……一緒に寝る?」

 

 

 風切の目には、俺達が寝ることにうらやましさを感じている映っていたらしい。一緒にお昼寝でもどうかと誘いを掛けられてしまった。

 気持ちの良い風が吹きすさぶこの場所で昼寝をしたらさぞ気持ちの良いことだろうーーーーと一瞬考えもしたが、心の中でその考えを振り払った。

 

 

「とっても魅力的な提案だけど、公平くんの顔合わせが済んでないからまた後でね!」

 

「俺もさっきまで寝ていた身分だったからな。遅れを取り返す必要があるんだ……悪いな」

 

 

 水無月も同様に考えていたらしく、遠慮の意思を一緒に伝えてくれる。

 

 

「そう……それじゃあ、何かあったら起こして……お休み」

 

 

 そう言葉を残して、再びベンチに戻り寝息を立て始める。目をつぶって数秒で寝たぞ…コイツ。のび〇か?

 まあ、さっき無理矢理起こしてしまったから、その眠気がまだ脳の中に残っていたのだろう。俺は勝手にそう納得することにした。本当に勝手な納得の仕方ではあるが。

 

 

「柊子ちゃんも寝ちゃったことだし!グラウンドに行こっか!」

 

「……ああ」

 

 

 俺達は眠りにつく風切に背を向けグラウンドに足を進めていった。ーーーーもう1人の新入生に会うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラウンドにはボサボサな青い髪をロケットのように突き立てた男が1人、眉間をしかめながら俺は孤独であると言いたげにたたずんでいた。

 

 白衣の袖に通した腕を、がっちりと胸の前で組み、ただじっと空を見上げ続けていた。たとえ大雨に見舞われようが、台風にあおられようが決して動かないという気迫を放ち、脳の片隅にまで残る集中力を微塵も残さず使い切ろうと、空をにらみ続けていた。

 

 俺は逡巡する。限界まで張り切った弦の如くピンっと立ち続けるその男に、軽々しく話しかけて良いものかと。俺という雑念が思考の邪魔になってしまうのではないかと。そう思ってしまった。

 

 

「雨竜くーん!!何やってるのー?」

 

 

 しかし、俺の心の内などどこ吹く風というように、俺とは真逆の感性を持つ水無月は軽いフットワークで男に近づいていく。俺自身も、便乗するように水無月の後を追い、男に近づいていく。

 

 そして……間近まで来て見て分かった。

 

 この雨竜と呼ばれた男、異様に背が異常に高い。さっきの長門も高かったが、同じくらいか、それ以上に高い。まるで人では無く高層ビルを見上げているように錯覚してしまった。

 

 

「……水無月か。ワタシは今、天文学的見地を用いて検証と検討を繰り返している最中だ……あまり話しかけないでもらおうぅ……」

 

 

 天から降ってくる、重みと深みを併せ持つ声色で雨竜という男は水無月を突き放す。やはり俺達は邪魔だったみたいだ。

 

 

「えーでもー……」

 

「雨竜……と言ったな。俺は折木公平」

 

 

 食い下がるように唸る水無月の言葉を遮り、先手必勝と挨拶の言葉を並べてみた。すると、その行動に水無月は少し驚いた顔をしつつも、すぐに笑顔になり、俺の言葉に追従していった。

 

 

「カルタたち以外にもまだ新入生が残ってたんだよ!どう?興味持ってくれた?」

 

「ほう……成程、それは興味深い。我ら以外にももう1人、希望に選ばれし者がいたとはなぁ……ククク」

 

 

 すると突然、”フハハハハハ!”と雨竜は高笑いをし始めた。今まで、重みのある落ち着いた雰囲気を身に纏っていたはずなのに…このテンションの上がりよう。その巨体から放たれるキャラの変容具合に、酷い困惑を持ってしまう。

 

 

「フッ、すまんな。驚かせてしまったかなぁ?」

 

「いや、問題ない」

 

 

 いや、2mを超えるような長身の男に圧のある笑いをされれば誰でも驚くとは思う。

 

 

「ならば重畳……しからば、我が真名を貴様に告げてやろう。ワタシの名は”雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)”!!【超高校級の天文学者】にして、この世界の観測者である!折木よ、つまり貴様の全てはワタシに見透かされていると思うが良い・・・・・・。フフ、フハハハハハハ!!!」

 

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【超高校級の天文学者】 雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

 

 

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 天文学者という今まで聞いた中でおそらく最も衝撃的な才能と、頭をうちつけるように降り注ぐ高笑い。正直な話、情報量が多すぎて頭の中はめちゃくちゃだ。だが少なくとも”真名”だとか”世界の観測者”だとか、明らかに通常会話では使わない”カッコよさげな”言語をしゃべるっていることから、雨竜と言う男はもしかしなくても……。

 

 

「なあ、水無月……」

 

「うん!中二病だよ!」

 

 

 水無月に耳打ちで確認を取ろうと思ったのだが、俺が聞いてくるのを予測していたのか素早く応答する。しかしモロに声に出してしまったため、耳打ちで聞いた意味が無くなったことは言うまでもない。

 

 

「ククク……ワタシが中二病?まさか、そのような言葉ごときでワタシを縛ろうなどとは100億光年早いわぁ!!」」

 

 

 もちろん内容が聞こえていた雨竜は、不本意に思ったらしく強めの否定をする。いや……光年は年数では無く距離ではなかっただろうか?

 

 

「ま、まあ一旦落ち着こう。それよりも……なあ雨竜、さっき空を見て何を考えていたんだ?」

 

 

 これ以上の会話は俺の脳内処理速度的にアウトなので、言葉につまりながら話の方向転換をはかってみた。それを聞いて、雨竜は目を細めながら、俺を軽く見下ろした。

 

 

「ほう……貴様はワタシの深淵に触れる気かぁ?ワタシと言う名のパンドラの箱に手をかけるというのかぁ………そうか、そうか・・・そうなのだなぁ……良いだろう…そこまで聞きたいというなら聞かせてやろう…いや、傾聴させてやろう!!」

 

 

 そこまで懇願した覚えは無いが、どうやらお聞かせ願えるらしい。水無月も”聞きたい聞きたーい”と悪ノリをし始め、拍手までしていた。

 

 

「確信をズバリと口にしても良いのだがーーーーまあ、まずは天文学者らしく…プロセスからだ……。質問を質問で返すようで悪いが、貴様らは今あるこの空を見てどう思う?」

 

 

 いきなり…俺達の真上に広がる空について聞かれてしまった。どう答えるべきだろうか、落合とは別の意味で頭を使い…どんな答えを言ったモノかと一瞬迷う。

 

 

「どう思うと言われてもーーーー」

 

「良い天気だよね~、心が洗われるっていうのかな?なんとなく陽気な気持ちにさせてくれるって思うよ?」

 

 

 俺が答えるよりも先に水無月は自分の所感を述べた。水無月らしい、ポジティブな主観だった。

 

 

「俺も……どうなんだろうな、イマイチ掴めた感想は言えないが、かねがね水無月と一緒だ」

 

 

 俺達のフワッフワの答案を聞いた雨竜は”フハハハハ”とまた高笑いを始めた。聞くのは野暮だろうが…そのテンションを続けるのに疲れは出ないのだろうか?若干肩で息をしているように見えるのは、気のせいだろうか?

 

 

「…ふぅ…水無月、そして折木よ。貴様らの意見は実に凡庸だ、本質を理解していない」

 

 

 小馬鹿にした風味を含んだ言葉に、俺は”お前が聞いてきたんじゃないか……”と多少の苛立ちを見せた。

 

 

「じゃあ出題者の雨竜くんは本質を理解しているの?」

 

 

 首をかしげて水無月は雨竜に問いかける。もっともな質問だと、内心頷く。

 

 

「当然だぁ!!!!…と言いたいところだが…現時点では理解……ではなく理解しかけている段階なのだがぁ…………しかぁし、今の段階で結論づける事柄はあるにはある」

 

 

 雨竜はもったいぶるよう態度見せる。答えをを待ち望む俺達へ向け、”単純な答えだ”そう前置きし、告げていった。

 

 

 

 

「この世界の空は、いやこの世界そのものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                          

 

 

 

                        ニセモノなのだぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【階段(噴水広場~???)】

 

 

 

 カツン、カツン、と音が反響する。足を突き出し、重力に身を任せ、一段、もう一段と下ろしていく。

 

 俺と水無月の間に流れるのはどこまで続くのかもわからないほど深く流れる鉄製の階段を降りる音と、降りた先の下層から今まで俺達が探索を続けていた森林生い茂る空間へと流れる風の音だけ騒がしいとも、静かとも言えない、絶妙な静けさであった。

 

 先ほどまでの大自然が懐かしく感じる。生い茂る木々の緑の匂いや、ゆらゆらと流れる風の感触も音も……今の俺達の周りを囲うのは、規則的に敷き詰められ、生命の一つすら感じることのできない無機質な鉄のチューブのようなトンネル。

 

 『中央棟』へと続く道を進んだ先の、木と木の間に空いた大きな穴を突き進んで行き着いた結果の道。誰かの手によって作られた、都会で育った俺がいつも目にする作られた美しさを持つ、機械的で冷たい空間が俺達の周囲を満たしていた。

 

 ……作られた、と言う点では今までとは何一つ変わっていないのかもしれない。俺は、ほんの数分前に話していた雨竜との会話を思い返す。

 

 

『断言しよう、この世界はオレ達が想像する大自然という物を、綺麗に形作っただけのまがい物……この空も、プラネタリウムのように映像を写し出しているだけぇ……理解できたかぁ?凡人共よぉ…』

 

 

 俺からしてみれば、理解の範疇を超えた、あり得ないと切り捨てることの出来る事項だ。今の時点でも、まだ”本当に、本当にそれで良いのか?”とあやふやな状態である……だけど、どこか納得してしまっている俺も存在していた。

 今までの探索で得た情報や、見て感じた感覚を思い起こし、まとめてみると、雨竜と同じような結論に行き着いてしまうから。

 

 ――この世界の全ては作り物

 

 雨竜だけじゃない、ここにいる何人かは、この考えに行きついているのかもしれない。俺は今まで感じていた、”心が洗われる”といった感情が、今更になって馬鹿みたいに思えてきた。これだから…。

 

 

「雨竜くんとの話、思い出してるの?」

 

 

 難しい顔をして考えにふける俺を見かねたのか、水無月は後ろ向きに階段を降りながら心配の色を含んだ言葉を掛けてきた。”危ないぞ”と言おうとしたが、転ばぬ先の杖といったように手すりに手を滑らせていたので、杞憂と思考し、水無月の質問に答えていった。

 

 

「ああ。雨竜と話す前からもこの世界に妙な違和感はあったが、まさかーーーー」

 

「見える景色ぜーんぶニセモノだったのには驚きだったよね~。まっ!カルタも、なんとなーくだけど気づいていたけどね!!」

 

 

 どやぁ、という効果音が付きそうなほどに、死角で胸を張る水無月。コイツの肩書きからして、本当なのか嘘なのか読み取ることは出来ないが、俺ほど頭を悩ませず、素直に受け入れているということだけはわかった。

 

 

「でもさ。雨竜くん言ってたよね?『しかし、まだオレはこの世界の真実とやらに近づいてはいない。だからこそ今なおも空を観測し続けるのだ!!フハ!フハハッハハハハハハハ、ウェエッ、ゲホッゲホ』ってさ。あれって、どういう意味なんだろうねー?」

 

「えづく部分まで再現しなくても良いと思うぞ……そうだな、単にボーッと見ているだけのように思えたが、どうなんだろう……わからないな」

 

 

 タダでさえあいつの言動にすら振り回され気味なのに、行動の真意を読み取るとなると相当というか、ほぼ不可能に近いのでは無いだろうか。なんせ天文学者なのだし…多分常人では計り知れない思考回路を持っているのだろう。

 

 

「まあいつか分かるよね!そーいう難しいことは頭のいい人に任せて、カルタ達は探検に集中集中!」

 

 

 “お前もその頭の良い方に分類されると思うのだが……”と水無月に聞こえるぐらいの音量でつぶやいてみたのだが……。聞いていないのか、聞かなかったことにしているのか、返事は無かった。

 

 そのまま水無月は正面を向いたまま、先ほどよりも速いペースで階段を降り始めた。

 

 反響音と風の音だけが響くトンネルの中に、雑談という音を加えながら、俺達は階段の奥へとコツコツと、突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【中央棟】

 

 

 

 長かった階段にも終わりが見え始め、少しずつだが降りる際に感じる傾斜が低くなっていくのがわかった。そしてトンネルの終わりと見える出口の部分には、らせん状に切れ目が入る近未来的な扉がはめ込まれていた。近づくと、センサーか何かが反応したのか、自動で回転をしながらその口を開いた。

 

 扉の先にあったのは、キレイな円をかたどった広場と、広場の真ん中に鎮座する機械的な装いを呈する大きな柱、そしてこの入り口とは別に壁に埋め込まれた複数の扉であった。

 

 扉にはそれぞれ『2』、『3』、『4』と刻みこまえれており、俺達が今まで居た空間とは別の何かがその先にあることが見て取れた。

 

 

「おやおや?どうやら来客のようだね、キミ」

 

 

 自動扉の音で気づいたのか、中央の柱の側に立つ2人の生徒がこちらに目を向け、そう声を上げた。今まで出会った人数的に、まだ会うことが出来ていなかった最後の新入生であることが分かった。

 

 先ほど口を開いていた男子生徒……恐らく外国人と思われるソイツは、金髪にハンチング帽、茶色のインバネスコート着用した、所謂…英国紳士調の出で立ちであった

 もう片方の、口を開こうか開くまいかと決めあぐねている様子の女子生徒は、灰色のセーラー服に、青色の長いポニーテール、雲居ほどではないが少々小柄な体格。微妙におどおどとした態度と相まって小動物のように見えた。

 

 

「ハローハローニコラスくん。そして司ちゃんも…元気してた?」

 

 

 俺の隣に居た水無月は、聞き慣れた明るい声色で2人に話しかける。水無月のフットワークの軽さもあるが、最後の自己紹介も俺が後手に回ってしまった。多少の申し訳なさを感じつつも、積極的に行こうと、今度は隣に立ってみた。

 

 

「こ、こんにち、は。み、水無月、ちゃん」

 

「ごきげんようミス水無月。そして、名前の知らないキミもごきげんよう?」

 

 

 ニコラス、司と呼ばれる2人の生徒は、水無月からの言葉に気前よく挨拶を返してくれた。見たところ2人とも穏やかな雰囲気で、今までよりは話しかけやすい気持ちになった。

 

 

「俺は折木公平、よろしく」

 

「は、初め、まして」

 

 

 司と呼ばれた少女は、丁寧に頭を下げる。俺も釣られて頭を下げた。何とも微妙な空気感である。

 

 すると、ニコラスと呼ばれた青年は大きく咳き込み、視線を自分に集中させ、続けていった。

 

 

「では諸君、満を持してボクの名を示そうでは無いか!ボクは”ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)”……世間では【超高校級の錬金術師】、と呼ばれているよ」

 

 

 

 

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【超高校級の錬金術師】 ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

 

 

 

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 演劇をしているかのように大げさな身振りを振りかざし、ニコラスは自身の名と才能を告げる。その中で俺は錬金術師、という単語に頭をかしげてしまった。

 

 

「れん、きん、じゅつし・・・・・・・?」

 

 

 現実味の無い、フィクションのようなその肩書きを聞き、当惑してしまう。そのせいなのか、発する言葉も少々不自由になってしまった。

 

 

「ミスター折木。どうやら目に見えて、困惑をしているようだが、錬金術師という言葉に惑わされてくれるなよ?これは異名のようなものさ」

 

 

 異名と言われても的を得ることが出来ず、顔をまた歪める。

 

 

「金属専門の化学者って考えれば楽だと思うよ?」

 

 

 水無月は尽かさず助け船を出す。かみ砕いた表現に俺はやっと合点をいかせ、“なるほど”と声を上げた。

 

 

「その通り!……しかし、ボクの才能はね、それだけでは無いのだよ。何を隠そう、ボクは【超高校級の名探偵】でもあるのさ!」

 

 

 ニコラスの付け加えるような情報のアップデートに、俺は頭を掻く。錬金術師に加えて、名探偵…?また訳のわからない話になってきたと…助言を求めて水無月に目を向けてみるが、どうやら初耳だったらしく、苦笑しか返ってこなかった。

 

 

「ニ、ニコラス、くん……」

 

 

 水無月の代わりに贄波という少女がニコラスのコートをつまみ呼びかけた。

 

 

「おっと!すまないねぇ…いやぁ、ね?キミたち。どうやら、少し高ぶりすぎていたようだ。すまない、1度はこうやって堂々と名探偵と名乗ってみたかったのだよ。良くあることだ、気にしないでいてくれたまえよ。キミ」

 

 

 息継ぎ無しのハイペースなニコラスのまくし立てに、俺はまるで一人舞台を目の前で見せられているように錯覚する。よくまあこんなキャラの濃い留学生をらしき人物を、希望ヶ峰は呼んだものだ。

 

 

「さあミス贄波、次はキミの出番だ」

 

 

 エスコートをするかのように贄波に言葉を掛け、俺達の視線を彼女へと向けさせた。”あ、ありが、とう”と述べ、贄波は緊張をほぐすように深呼吸を2,3回繰り返し、言葉を紡ぐ。

 

 

「え、えと、私は・・・・・・”贄波 司(にえなみ つかさ)”。【超高校級の幸運】、なんだ。よ、よろしく、ね?」

 

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【超高校級の幸運】 贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

 

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 自分の名前、才能についてドモリつつもしっかりと芯の通った声で俺達へ届けた。そして同時に、俺の中で驚きの感情が走った。

 

 幸運とは入学以前に知っていた才能であり、当の自分がその才能であるのではないかと予想を立てていた肩書きだ。だけど…今目の前にその肩書きを持つ生徒がいると言うことは……。

 

 

 ――俺の才能は、幸運では無い。

 

 

 ”特待生”という、完全に独立した肩書きなのだ。あてが外れたという落胆もあるが…自分に秘められている可能性への期待感……それを再確認できたような気がした。

 

 

「ど、どうした、の?折木、くん?」

 

 

 自己紹介を終えた贄波が少々困ったような表情を俺に向けていることに気づいた。様々な感情を巡らせていた所為で、少し顔が強ばってしまっていたみたいだ。俺は”――――いや、何でもない”、と、取り繕うような言葉で、ごまかした。

 

 

「さてミス水無月、ミスター折木。お互いの素性を知ることができたところで、早速質問タイムといこうじゃないか。まず第一に、この空間について何か思うところがあるかい?」

 

「はいはいはーい!ありますありまーす!!ココっていっぱい扉あるよね?アレって何?どこに繋がってるの?」

 

 

 話の内容は一転、この“中央棟”と言う場所についての話へと置き換わる。水無月は相変わらずの積極性でおそろしくざっくりとした疑問をニコラスへと投げた。

 丁度、俺自身も、1~4と数字が刻まれたドアについてやーーーー大きな機械柱にはめ込まれた、赤い扉についても気になっていたところなので、渡りに船のような気持ちだった。

 

 

「グッド!ではその質問にお答えしよう!!……と言いたいところなのだがーーーー」

 

「と、扉は全部、開かない、の。だから、何にも、わからない、の。ご、ごめんね?」

 

 

 何でも聞いてくださいというような勢いはどこへやら、2人は行き詰まっているという旨の言葉を並べていった。贄波はいたたまれないような表情をしているのだが、ニコラスは終始笑顔を貫いていた。激しい温度差である。

 

 

「……じゃあココ『中央棟』については……」

 

「何も分からない!!実に簡単な答えと思わないかね?諸君?」

 

 

 野外炊事場の水無月よろしく、大きな態度で堂々と分からない発言をぶちかますニコラス。凡人の俺には中々出来ない大立ち回りだ、と、心の中でひねたような皮肉を漏らした。

 

 

「しかし、だ、キミ達。ボクとミス贄波は全ての扉を調べ、全ての扉が開かないという調査結果を導き出すことが出来た……これも立派な情報の1つと言えるのだよ」

 

 

 ……まあ確かに、開かないという事実も、情報としてはとても大切なことだが、如何せん態度が開き直ってるが故に…何とも受け入れにくい。

 

 ――――いや、待てよ?俺達が最初にいたキャンプ場のような場所に出入り口らしき道は『中央棟』へと続くトンネルくらいしか無かった。

 

 

 そしてこの中央棟に存在する全ての扉も開かない…となるとーーーー。

 

 

「待ってくれ・・・・・・じゃ、じゃあ、俺達はここから、どうやって出ればーーーー」

 

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン』

 

『新入生のキミタチにお伝えします!至急グラウンド中央にお集まりください。繰り返します、至急グラウンド中央にお集まりください』

 

『くぷぷぷぷ、長ったらしいプロローグはこれでおしまい……と思っちゃうじゃないですカ?残念でした!まだまだ続きス!……楽しみにしていてくださいネ?』

 

 

 ブツリと音が切れ、俺達の周りをほんの少しの静寂が満たした。

 

 

 ……俺達新入生の中の誰でも無い、聞き覚えの無い声だった。

 

 酷く懐かしくも感じる声色であったが……それ以上に、不快というか、怖いといった感覚を俺は感じとった。ほんの少し、体が震えているのがわかった。しかし、何をおびえているのか、何に怖じ気づいているのかは分からない。その小刻みな震えを止めるように、堅く、拳を握りしめた。

 

 

「なになにー?何かのイベントー?」

 

「ああ勿論だとも!!流れ的に見て、恐らく主催者からの挨拶と見たよキミ」

 

「うぉおおおお、何か燃えてきたね!!カルタ絶対優勝してみせちゃうよ!!そうと決まれば……早く行かなきゃね!!」

 

 

 放送に対して思うことが無かったのか、水無月は誰よりも早くこの場を去り、階段を駆け上がっていってしまった。

 

 

「まぁ…何のイベントが待っているのかは…分からないけどね」

 

 

 意味深な発言を残しつつ、ニコラスはゆっくりとした足取りで、階段を上り始めていってしまった。残されたのは、俺と贄波。

 

 

「お、折木、くん。大丈夫?」

 

 

 先ほどのアナウンスから、暗くうつむいている俺を心配したのか、贄波は声を掛けてくれた。

 

 対して、俺は”あ、ああ”と心配を助長させるような返事をしてしまったが…贄波はそんな俺を気遣い、”そっか”と笑顔を向けてくれた。

 

 そして彼女もゆっくりとした足取りでこの場を後にしていった。残されたのは…俺1人。

 

 

 1人になった俺は、心の内でほんの少し不安感と、恐れ、あらゆる負の感情が渦巻かせていた。

 

 ”行きたくない”、”何か悪いことが起きる”、”…不幸を呼び込み続けてきた俺が感じる、防衛本能のような何かが警報を鳴らしているようだった。

 

 ーーーーでも、行かなきゃもっと不幸な目に遭う。ごまかしとも違う核心が、俺の心の奥底にある気持ちが背中を押していた。

 

 

「頼む……何も起こらないでくれ……」

 

 

 そうつぶやきながら、中央棟を離れ、グラウンドへと向かっていった。

 

 

 何も起こらず、平穏な未来が待っていることを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぷぷぷ、"何も起こらない…?”そんなこと、この世界であるわけないじゃないですカ」

 

 

 

「何か起こるかラ、ワタクシが居るのでス。何かを起こしたいから、ワタクシは現れたのでス」

 

 

 

「つまり……キミタチを待ってるのは、暗くて、むなしくて、生きることすらツラくなるだけの残酷な未来だけなんでス」

 

 

 

「残酷で、最悪な…絶望的な未来がネ…?」

 

 

 

「くぷぷぷぷ、くぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 




どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。
次から、コラム載せます(迫真)。


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プロローグ -3-

【グラウンドエリア】

 

 

 謎の放送による招集に従い、俺は再びグラウンドエリアへと足を踏み入れていた。各地点に散在していた他の生徒達も、俺と同様に放送を聞きつけ、まだ全員というわけではない様だがグラウンドに集合しているようだった。

 それぞれ、誰かと話をしていたり、ベンチで寝息を立てていたり、グラウンドで走りこみをしていたりと様々な時間の潰し方をしている。

 

 

 俺自身も、これからどうしたものかと考え込んでいると………その背中を、誰かが強くたたいた。

 

 驚いた俺はすぐさま後ろを、振り向いてみる。そこには、今までログハウスエリアに居たであろう、鮫島と、古家が立っていた。

 

 

「よっ!折木。久しぶりやな」

 

「ん~?ちょ~っと違うじゃないかねぇ?……えーっと、やあ折木君、さっきぶりだねぇ」

 

「……そんなもんやったっけか?ウチもう何十年も前の事に思えるわ」

 

「それは流石にタイムトラベルを疑うんだよねぇ…」

 

「…せやなぁ……ウチタイムトラベラーやったんかぁ…まあ、細かいことは気にせんとこ」

 

「だいぶ大事になんだけどねぇ…」

 

 

 とぼけた雰囲気の会話、という名の漫才を繰り広げる2人。相変わらずのマイペースぶりである。

 

 

「折木さん!!私たちもいますよー!!」

 

「やっほ~元気してた~?」

 

 

 そんな鮫島達に続くように小早川と長門が手を振りながらこちらへ向かってきていた。此方も懐かしいような顔ぶれである。

 

 

「…鮫島達と一緒だったのか」

 

「さっきの放送を聞いて~のんびりとグラウンドに向かってたらさ~噴水広場でばったり出くわしちゃってさ~」

 

「お互い目的地は同じでしたので……一緒に参ることになったのです!!はい!!」

 

 

 成程……それでか…。

 

 ふむ……この4人がここに来たということは……既に集合していた全員を合わせると、来ていないのは後3~4人くらい………ということか。ん?待てよ…だけど…鮫島と古家がここに来たのに…あいつはどうしたのだろうか?

 

 

「鮫島、古家。朝衣とは一緒じゃなかったのか?確かログハウスエリアに向かっていくと聞いていたんだが……」

 

 

 初対面の時、噴水広場からログハウスエリアに用事があると言っていたことを思い出す。同じエリアで探索をしていた2人のことだから…おそらく鉢合わせているはずだ。

 

 ちなみに、陽炎坂もログハウスエリアへ向かっていたのだが、アイツはグラウンドで狂ったように走り続けているので…今は除外して話している。

 

 

「あー朝衣なあ。そういえば、ウチらと軽く話し終わったらすぐに部屋に篭もってもうてたなあ」

 

「放送の直後にも声は掛けてみたんだけど、”準備しているから先に行ってて”って言ってたから一緒じゃないんだよねぇ。それがどうかしたのかねぇ?」

 

「いや、あいつが言ってた”気になること”が少し気になっててな……ダメ元でも良いから聞いてみたかったんだ」

 

「気になること……ですか。確かに、朝衣さんって私達の知らないこといっぱい知ってますからね~。好奇心が湧いちゃうのも無理ありませんね!!でも聞いたところで…私に理解できるのかと聞かれれば…」

 

「何か悲しい気持ちになってきたんだよねぇ…」

 

「でも~ジャーナリストだし~。情報第一の人種だし~~。”ひ・み・つ”とか言ってはぐらかされそうだけどね~」

 

「「「あ~ありそう(やな)(だねぇ)(ですね)」」」

 

 

 何故か全員が朝衣に対して、同じ解釈を抱いているようだった。すると古家が、何かを思いだしたように…”そういえば”と話を区切る。

 

 

「その朝衣さんから聞いた話なんだけど……ここって、屋外じゃなくて、屋内なんだってねぇ。これって本当のことなのかねぇ?」

 

「それほんまもんの話やで…ウチが保障したる」

 

「一気に信憑性が失せた気がするよ~」

 

「いや……でも、それと同じようなことを雨竜も言っていたぞ」

 

 

 鮫島はよく分からんが、どうやら朝衣もこの世界の実態に気づいていたらしい。天文学者がたどり着いていた見地に、朝衣もたどり着いていたと思うと…流石としか言い様がなかった。

 

 

「えっ!そうだったんですか!全然気づきませんでした!!!」

 

「ずっと湖とにらめっこしてたからね~…そんで~最終的に湖に写る自分とにらめっこしてたよね~」

 

「そ……それは言わないで下さい!!長門さん!!あれは、何というか、流石の私も子供っぽいと思っていますし…」

 

「…はん、アホやな」

 

「きっとあんたにだけは言われたくないと思うけどねぇ…」

 

 

 その事実に対して、俺はこの天井にに写る空は"映像である”…と言うことも付け加えておいた。

 

 

「「「へぇ~」」」

 

「まっ、自慢やなくもないけど。ウチはけっこう早い段階で気づいとったけどな~」

 

「具体的にどこらへからなのかねぇ?」

 

「折木と初めて会う直前くらいからなんとな~くおかしいな~とおもてな。朝衣と話して、確証を得たって感じやな」

 

「ホントかねぇ……」

 

「…本当ですか?」

 

「本当~?朝衣さんの話に便乗したとかじゃないの~?」

 

「マジやで。ウチ仮にもパイロットやからな?お空に関しては一家言あるんやで?あんまり雑に扱いすぎるとウチ泣くで?」

 

 

 なんてことも無いという風に鮫島は鼻を高くする。しかし誰1人信じている様子は無かった。一応と言ったら失礼だが、コイツは仮にもパイロットなのだ。いわば空のスペシャリスト…おそらく真実なのだろう。今までのおちゃらけた態度がアレなだけで、その才能は本物だ。多分。

 

 しかし、身から出たさびというのか、それでもあまり信用には足られていないようだった。目を細めながらで疑う3人を鮫島は、珍しく焦りながら説得していた。

 

 ――――だけど、問題はここからだ。

 

 ……この問題を今この場で言うべきか否か、俺は指を顎に添えながら考え込む。それに気づいた小早川が小首を傾げながら、心配そうに此方に目を向けた。

 

 

「…?折木さん。何か悩み事ですか?」

 

「…………いや、何でも無い。ボーッとしていただけだ」

 

 

 少し煮え切らない態度ではあったが…。”そうですか……?”と小首をかしげながら納得してくれた小早川。

 

 だけど、いきなりここで、みんなを不安にさせるような話をするべきなのか………。そうしばし悩んでいると…。

 

 

「おう!アンタら。ずいぶんとお集まりじゃないか、アタシらも混ぜるさね」

 

「談笑中の所みたいだけど、失礼するわね」

 

 

 そんな2人の女性の声がする方へと顔を向ける俺達。そこには朝衣と反町が立っていた。女性という共通点はあるが…何とも凸凹したような組み合わせ…と少し失礼な事を考えてしまった。

 

 

「おっ…!噂をすればなんとやらやな。こんちわっす」

 

「反町さん、それに朝衣さん!!今来られたんですね!」

 

 

 2人に対して、それぞれがそれぞれの形で軽い挨拶を交わし合う。

 

 

「反町、炊事場の方はもう良いのか?」

 

「ん?ああ、十分に調べたから問題なしだよ。詳しく聞きたかったらあっちの2人に聞いてみな」

 

 

 そう反町は言いながら親指で後ろを指す。後方に居たのは…沼野とニコラス、そして贄波と雲居が見えた。…人数的に考えると、これで希望ヶ峰学園の新入生、全16名が全員揃ったらしい。

 

 しかし、こう俯瞰して見てみると…やはり壮観である。常人であれば卒倒するような、驚くべき光景が今俺の目の前に広がっている。

 

 一応、その光景の一部に俺も将来的になるはずなのだが…どうにも場違いな気分がどうしても出てきてしまう。

 

 ……だけど、同時に少し解せない点もある。

 

 俺が下調べした所によると、他にも『超高校級の極道』や『超高校級の王女』などの、話題となっている新入生も入学する予定となっているはずなのだが……未だにその姿は見られない。

 

 前評判通り、入学すると噂されていた超高校級の生徒は、『超高校級のチェスプレイヤー』の水無月と、『超高校級の陸上部』の陽炎坂と……他数人。

 

 俺が集めていたのは偽の情報だったのか、ネットの情報は操作されていたのだろうか………

 

 

 それともーーーー"本当の意味で"、俺達は集合し切れていないのか……悩ましい観点は増えるばかりであった。

 

 

「そんでや朝衣、あんさんさっき部屋でなにしとったん?」

 

「…部屋で…?ああ、あのことね…別に大した事じゃ無いわ」

 

「何かそう言われるとむしろ気になっちゃうんだよねぇ、こういうのをなんて言うのかねぇ……カリギュラ効果って言うのかねぇ」

 

「か、かり、かり……はい!そのカニコロッケ効果というのは、恐らく私も出ているみたいです!!つまりは気になります!!」

 

「難しい単語はあんまり使わない方が良いよ~?でも~私も同感だな~」

 

「なんだい、隠し事かい?アタシも興味あるさね」

 

 

 俺達に詰め寄られる朝衣は、目を見開いて驚いた様子を見せる。だけどすぐに、仕方なさげな目を細め、俺達を見やった。

 

 

「……フフフ、ヒ・ミ・ツ」

 

 

 妙齢な笑顔のまま、俺達の予想した通りの返しをしてきた。…その反応に、俺達は"はぁ…”と小さくない落胆を表わした。

 

 

「あ~やっぱり~~しょうが無しだけどね~~」

 

「まっ、この場面で聞けるとは思っとってなかったけどなー」

 

「なんだかよくわからないけど、妙にがっかりとした雰囲気さね…」

 

「フフ、でも安心して。皆で話し合う場面になったら言おうと思ってることだから。もう少し待っててね」

 

 

 どうやら、すぐにとは言わないがお聞かせ願えるらしい。そう小さなわくわく感というのを心で感じていると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!何か落ちてくるぞ!」

 

 

 グラウンドに立ち尽くす雨竜が、突然叫び出した。

 

 俺は反射的に空を見上げた。目をこらしてみると…確かに四角い影のような物が…かなりの勢いで落ちてくるのが分かった。

 

 

「……!みんな!!グラウンドから離れるんだ!!」

 

 

 直感的に危険だと踏んだ俺は、グラウンドに居る全員に向けて声を張り上げた。その声を聞いた雨竜、陽炎坂、沼野、雲居が芝生へ向け、全速力で駆けだしていった。

 

 

「フハハハ!!すでに予想済みだぁ!!ついてこられる物ならついてきてみるが良い!!!」

 

「フルスロットルだぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「うわっ!け、煙たいでござる。目が、目がぁ…」

 

「おい陽炎坂!!もう少しおとなしく逃げるです!」

 

 

 多少ごちゃつきながらもグラウンドから離れ、全員安全地帯へ避難できた様だった。

 

 そして、さっきまで雨竜達が居た場所には、ズシン!と大きな音を立てながら、何かが落ちた。砂埃が中を舞っているためか…その何かの影しか見えない。

 

 しかしその砂は、時間と共に晴れていき、落ちてきた何かはその姿を現した。

 

 それはお立ち台であった……運動会などで選手宣誓の時に使う、あの台であった……。

 

 

「何か……台の上に居る?」

 

 風切がボソリとつぶやいた。見てみると、確かに落ちた台の上に、丸っこく、ちっこい物体が乗っているのが分かった。俺達はさらに目をこらしてみた。

 

 砂煙が完全に消えると、段々と謎の物体がハッキリと目に映り始めた。

 

 それは……いや、ソイツはーーーーたたずんでいた

 

 シルクハットに黒いマント、そしてステッキといった、奇術師のような出で立ちをした…

 

 ……小さな"クマ”が、台の上でたたずんでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミタチ!!グッドモーーンニング!!今日は良いお天気ですネ~」

 

 

 そのクマの奇術師は仁王立ちをしながらそう言い放った。

 

 

「ええと……グッドモーニング!」

 

「はい!おはようございます!!…………あれ?」

 

 

 数人の生徒は反射的に返してしまう…。ほんの一時の静寂が流れる……。

 

 

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!しゃべってるんだぜえええええぇぇぇぇ!!!」

 

「ク、クマが、クマのぬいぐるみがしゃべってますうううううう!!!」

 

「しかもなんかカッコいい衣装を着ているでござる!ハイカラな出で立ちでござる!!」

 

「ほんとだ!!マジシャンみたい!!」

 

「沼野君、水無月さん、それ以前にもっとおかしいところがあると思うんだけどねぇ…………陽炎坂君とか、小早川さんの反応が普通だと思うんだけどねぇ」

 

「くぷぷぷぷぷぷぷ…ふ~む、最初の掴みとしては上々と言ったところですネ。何度もシュミレーションをした甲斐がありましたネ。やはり日頃の練習があってこそ、本番で活きるというものでス」

 

 

 そのクマはさも当然のごとく、しゃべり始め、さらに言葉を重ねている。この奇妙奇天烈な光景に生徒達は様々な反応を示していった。

 

 面白いモノを見つけたように愉快そうにする者、おとなしく傍観する者、クマを観察する者、警戒する者、果てにはこんな状況でも寝ている者まで……本当に様々であった。

 

 ちなみに俺はというと、情けない話…唖然とするばかり動けずにいた。

 

 

「いや~それにしても、人生っちゅうのは何が起こるかわからんもんやな。動くクマのぬいぐるみ……なーんて中々お目にかかれるもんやないで。さすが希望ヶ峰学園、何でもありやな」

 

「中々どころの話では無い気がするけどね!!キミ」

 

「それよりも、何でぬいぐるみが動いてるのか、誰か説明するさね!!」

 

「はい!!分かりません!!!」

 

「じゃあ手は上げないで欲しかったよ~」

 

「皆落ち着いて…アレはきっとロボットよ。多分ラジコンと同じ系統の…どこかで操作しているオペレーターがいるはずよ」

 

「ほほう…カラクリと来たかぁ……では実際に、アレがどうやって動いているのかどうか……中身を解体……イヤこの場合は解剖?をしておきたいところだなぁ……」

 

「大変申し訳ないのですが、ワタクシの中身は企業秘密となっておりまス。残念ながら、お教えすることが出来ないのでス。いやしかし、好奇心の対象にされるというのは存外、悪くないものですねエ!」

 

「む……丁寧な物言いで断られてしまった……俄然興味が湧いてきたぞぉ!」

 

「好奇心が暴走してるんだよねぇ…」

 

 

 見た目は完全にクマなんだが。クマとは思えない程、物腰柔らかい調子のよさそうな声を上げていく。その意味不明な光景が、俺達の混乱を加速させていく。

 

 だけど…朝衣の言うとおり、アイツがロボットだとするなら何て完成度の高さなのだろう。本当に生き物しか見えない。雨竜が好奇心をそそられてしまうのも無理は無いのかも知れない。

 

 

「でもさ~その操縦者って言うの~?それってどちら様~?」

 

「知るわけ無いですよ…でも………きっと私達の中の誰かですよ…………誰ですか!こんな大それた演出考えた奴は!さっさと正体を現すですよ!!」

 

 

 雲居は俺達の方を向き、荒々しい口調で呼びかけた。どうやら、彼女は俺達の中にあのクマを操る犯人がいると思っているらしい。

 

 

「ノンノンノンノンノン。全くもって見当違いというモノですヨ?雲居さん?」

 

「はぁ?どういうことですか?」

 

 

 英国紳士のような口調で、クマは雲居の説を否定する。その返答が気にくわなかったのか、少し切れ気味で反応する雲居。

 

 

「むなしい……むなしいよ。その荒々しさは嵐のようだ、共に歌を歌おう。いずれ心の雲は晴れ上がり、凪となるはずさ」

 

「落合。いまどうして嵐が起こっているのか理解しているですか?まともな言葉遣いをしないと蹴り入れるですよ」

 

 

 怒りを助長させるような落合の発言に雲居の眉間にさらにしわが寄せられる。落合なりのなだめ方だったのかもしれないが、明らかに人選が不適切過ぎたみたいだ。

 

 

「ミス雲居、まあまずは落ち着きたまえ。ミスター落合はこう言ってるのさ。『あのクマが現れてからココに居る全員の中で怪しい動きをしていた人間はいない。故に、ココにいる人間を疑うのはナンセンス……』とね?」

 

「どこをどう読み取ったらそんな解釈になるんだよねぇ!?」

 

「ただテキトーに回りくどいこと言ってただけじゃなかったんだね!!」

 

「気づかなかったんだぜええええええええええええ!!!!!!!!!」

 

 

 落合の言葉を大胆に代弁するニコラス。さすがの雲居も困惑の表情をし出す。俺達も含めて。

 

 

「私も、落合君の意見に同意させてもらうわ。あのクマが現れたときや、動作しているとき、勝手に皆の手元や表情を観察させてもらったいたのだけれど、特に怪しい仕草をしている人間はいなかったわ」

 

「ずっと大人しくしてる思ったらそんな細かいことをしてたのかい……末恐ろしいこったね……」

 

「観察することは大切ですからね!!尊敬します!!」

 

「悪いとは思っているわ」

 

「いや……悪いと思っている表情には見えない」

 

 

 どうやら、この喧噪の中で、朝衣は俺達の一挙一動をじっくり見て、分析していたらしい。

 

 クマがロボットだといち早く気づいたのも彼女だし…そして現れた点でまずは俺達を疑うことから始めたというのだから……彼女の極限までの冷静さの一端を、垣間見たように感じた。

 

 

「……そうですか…それならもう何も言い返せないですね」

 

「まぁまぁ。人は何時だって間違う物なのだよ…気にしなさんなよ蛍ちゃんよ」

 

「コイツに言われるとこうもはらわたが煮えくりかえるんやから…人間って不思議やな」

 

「……と、まあこれで拙者たちの要らぬ疑いが晴れたところで、そろそろ本題入った方が良いのではないでござるか?」

 

「…?本題、って?」

 

「もちろん…………貴方についてよ。小さなクマさん?」

 

 

 朝衣はさっきの仕方なさげの目つきでは無く、鋭い眼光でクマを射貫いた。クマはその質問に呼応するように“くぷぷぷぷぷ”と含み笑いをし、そして、オッホンと咳払いを挟んだ……。

 

 

「ついついキミタチの様子を観察するのに夢中になってしまい、申し遅れてしまいましたネ。ワタクシの名は“モノパン”。『希望ヶ峰学園直轄の研修施設『ジオ・ペンタゴン』施設長』を務めさせていただいておりまス」

 

_____________________

 

 

【ジオ・ペンタゴン施設長】 モノパン

 

____________________

 

 

 ”以後お見知りおきを”と頭を下げ、言葉を終止させたモノパンというロボット。

 

 

 研修施設?ジオ・ペンタゴン?始めて聞いた単語ばかりを羅列され、俺の頭の混乱はさらにカオスを極めていった。

 

 

「あっそれとワタクシ、クマではありませんからネ?正確にはパンダですからネ?」

 

「え!パンダだったんですか!?そんなクマのような容姿ですのに?」

 

「へぇ~マントとかモノクルでよう見えへんから、気づかんかったわ」

 

「何どうでもいいことに驚いているんですか……。パンダはホッキョクグマの仲間なんですから、同じようなもんですよ」

 

「イヤイヤイヤイヤ、全然違いますからネ?ワタクシとしては差別化するという点で結構重要なことなんですからネ?」

 

「誰がお前と差別化するんですか……」

 

 

 いや確かにパンダには全然見えないが…それでも本人?はそう言い張るのだから…パンダなのだろう。だけど、そんな中身の無い問答が繰り広げられる途中、話の脱線にしびれを切らした朝衣が“そんなことよりも……”と語気を強めた。

 

 

「ジオ・ペンタゴン……だったかしら?そんな施設見たことも聞いたことも無いのだけれど……詳しく教えてもらえて?」

 

「そ、そうだ!後、なんで俺達がココにいるのかについても説明してもらうぞ!」

 

 

 俺は朝衣に便乗するように質問を重ねていった。

 

 

「まあまあ、そう焦らずニ。物事には順序というモノがありまス。順番に、きっちりと、そして大事なところはボヤかして答えさせてもらいますヨ」

 

「最後の一言は明らかに余計だ……」

 

「もう完全に言いくるめる気だよ~」

 

 

 そんな小言はなどお構いなしというように、モノパンは杖を手に置き、淡々と、この世界について説明を始めていった。

 

 

「まずこの『ジオ・ペンタゴン』についてですネ……まあさっきも言った気がしますが、ココは希望ヶ峰学園直轄の研修施設であり、そして宿泊施設でス」

 

「研修~?宿泊~?」

 

 

 確かにさっき、そんな事を宣っていた気もするな……。まさか、ここは希望ヶ峰学園の一部?こんな施設があるだなんて…初めて聞いた。

 モノパンは続けるように、ステッキを回しながら台の上を右へ左へと往復しながら話しを加えていった。

 

 

「良いですカ?キミタチはまだ入学して間もない空も飛べないひよこちゃン……そんなひな鳥を立派なニワトリにしてあげるように訓練すル。ココはそういった施設であり、そのための教官としてワタクシはここに立っているのでス」

 

「ニワトリはそもそも空飛べないんじゃないかねぇ……」

 

「じゃ、じゃあログハウスエリアにあった、あの家、は……?」

 

「キミタチにとってのパーソナルスペース。いわゆる個室でス。丁度16人全員分あるので、ハブりは勿論ありませン」

 

 

 鼻につくその言い方が少し気になるが……だけどなるほど、宿泊施設、か。だから倉庫の備蓄が潤沢だったり、宿泊する用の設備が整っていたのか…。

 

 

「キミタチを立派な希望ヶ峰学園の生徒として迎えられるように、良く言えば短期的に、悪く言えば突貫的に研修する施設。それがココ『ジオ・ペンタゴン』!!」

 

 

 “続いて所在についてですが……”と話すぞぶりを見せるモノパンだったが……。

 

 

「すごく、すごく言いたいのですが……この件につきましてはお口チャックとさせていただきまス。誠に申し訳なイ」

 

「申し訳ないなら話せよって言いたいよ」

 

「もう言ってるんだよねぇ……すんごいキレながら言っているから余計に怖いんだよねぇ」

 

 

 反町は俺達の何人かの心の声を代弁してくれたが、その雰囲気も古家が代弁してくれた。しかし、そんな質問を飛ばしても…モノパンは本当に口を閉ざしてしまったため、何も返ってこない。黙秘権を行使し始めた。

 

 

「モノパンよ……では質問を変えよう……この紛い物の空は一体何なのだ。所在が言えない理由と関係があるのか」

 

「いやぁ……もう関係アリアリですヨ!この場で映像のスイッチ切ったら即バレますネ!えエ!!」

 

「なぜそこまで強気に出てくるのか理解しかねるが……しかし、どうして隠蔽する必要がある。貴様に何のメリットがあるのだ」

 

「クプププ……いきなりマジックもせずタネ明かしを始めるマジシャンがいないように、サプライズという名のタネは常に重要な場面まで取っておくモノ……そして取っておいてからのカタルシス……それがワタクシにとってのメリット。ではダメですかネ?」

 

「…ダメよ」

 

「……そうですか……ン~~まあ、地球のどこかにあるということくらいなら、教えておいてあげましょウ」

 

「フッ……驚愕に値するほどのアバウトさだな……だが!しかぁし!それでこそ観測しがいがあるというモノ……クク、滾る滾るぞ!!フハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「分かってたですけど、コイツやっぱうるせえですね」

 

 

 常人には理解できない琴線に触れたため、えげつない高笑い始める雨竜。そして、結局大事な部分にもやをかけるモノパン。

 

 2人の問答はあまり情報の密度は無く、何も分からずじまいで終結してしまった。すると、雨竜の近くに居た水無月が元気よく手を上げ“はいはいはーい”と自分に注目を集める。

 

 

「はい水無月さン!他に何か聞きたいことでモ?」

 

「うん!あのさ、研修っていっても具体的に何するの?後さっき短期的っていってたけど、何日くらいココに居なきゃいけないの?」

 

「そうさね。アタシにも待ってる家族gあ居るんだ。パッパと済ませて、パッパと帰りたいところなんだけどね」

 

「あたしも、書きかけの論文を早く仕上げないと、研究所の人にどやされちゃうんだよねぇ……」

 

「俺も!!!大会に向けての!!練習が!!あるんだああああああ!!!速くしてくれええええええええええ!!!!!!」

 

「ああもうウルサイですねエ……では先に期限から発表しておきましょウ。はあ、もうちょっともったいぶっておきたかったの二……」

 

「どこにもったいぶる要素があるんですか…たかが期限くらいで」

 

 

 何故かウジウジと小石を蹴飛ばす動きをするモノパン。俺も雲居と同じように、その態度に違和感を持った。何をそんなに焦らす必要があるのか……何がそんなに面白いのか……俺は、次の言葉を聞いたとき…

 

 

「えーでは発表させていただきまスこの施設でのキミタチの滞在期間は――」

 

 

 

 ――――その真意を知ることになった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一生でス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきりと、空気が変わるのがわかった。今までの穏やかな雰囲気は一瞬にして消え去り、その言葉は、この場を張り詰め、凍てつかせていった。

 俺も、周りの生徒も、モノパンが言ったことの処理が進んでいないのか、固まったまま動かないでいた。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 一体誰が発したのか、もしかしたら俺が漏らしてしまったのか。そんな疑問を孕んだ声は、虚空へ溶けていく。

 

 

「い、一生……って。どど、どういうことですか。私馬鹿なんでよく分からないんですけど……」

 

 

 焦るように、おびえたように、わずかに震えた声で小早川はモノパンにそう語りかけた。

 

 

「一生と言ったら一生ですヨ。永久、永劫、永遠、言葉の意味くらい……分かりますよネ?」

 

「いや、わ、わかりますけど。でも、どうしてーーーー」

 

「ちょっと待つでござる!!先ほど短期的とか、突貫的にとか説明していたではないでござるか!!ア、アレはなんなんでござるか!!」

 

「そうだ!!お前の!!言っていることは!!矛盾しているんだぜええええええええ!!!!」

 

 

 小早川の言葉を遮り、沼野と陽炎坂はモノパンに慌てた様子で言葉の穴を突いていく。すると、モノパンはため息を吐き、仕方なさげな態度で、その真実を語っていく。

 

 

「ああ……アレはワタクシが適当に作った設定、そういう施設があったら良いなあという、妄想でス」

 

「ででで、で、でたらめでござったか!?信じた拙者、無念!」

 

「ま。待つのだモノパン!では、同様に言っていた希望ヶ峰学園直轄とか貴様が施設長だというのも嘘っぱちかぁ!!」

 

「くぷぷぷ……安心してくださイ。ここが希望ヶ峰所有の施設であることと、そしてワタクシがココで1番偉いと言うことは本当ですのデ」

 

 

 一体どこを安心すれば良いのだろうか……だが、この施設は希望ヶ峰学園の運営下にあるということは間違いないようだった。だけど…それでも…。

 

 

「そんなことなら私は帰らせてもらうですよ。こんなところで一生過ごせとか、マジであり得ないです……家にどんだけ積んでる本があると思ってるですか」

 

「せやせや、ウチらも暇や無いんや。忙しい中を縫って入学式参列したっちゅうのに…解散や解散。はよ帰ってお空で散歩や」

 

「あ、あたしも行くんだよねぇ」

 

 

 そそくさと雲居と鮫島、古家はモノパンに背を向け帰ろうと舗道へ足を進め始めていた。

 

 

 

 だけど――――――

 

 

 

「…………無理だ」

 

「………あん?折木、なんか言ったですか」

 

「ココから出ることは……できない」

 

「…………え?」

 

 

 そう、俺達が探索した『ログハウスエリア』にも、『ペンタ湖』にも、『野外炊事場』にも、この『グラウンド』にも、出口らしき扉は無かった。

 そして、『中央棟』にも、怪しい扉は複数あったが……てこでも動かず、ただ立ち塞がるのみで出入り口としての役割を果たしていなかった。

 

 

 

 つまり、この施設から脱出する手段は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――無い。

 

 

 

 

 

 

「なな、何言ってるですか、そんなことあるわけーーーー」

 

「いや、ミス雲居。ミスター折木の言っていることは正しい。正しすぎるくらいだ……繰り返そう、今ボク達に…この施設から出る手段は……無いんだよ」

 

「そんなの…信じられないんだよねぇ!!」

 

「んなアホな話信じられるわけ無いやろ…あんさんらでウチらをドッキリかけとるんか?」

 

 

 鮫島は朝衣や贄波、雨竜、水無月に顔を向けるが、顔を背ける、伏せる、苦くするなど、誰も肯定するそぶりを見せなかった。

 

 

「……っ!おいモノパン。出口ぐらいちゃんとあるんですよね!!そうって言うですよ!!!」

 

 

 生徒の反応が芳しくなかったためか、雲居は焦りながら壇上のモノパンにくってかかった。だけど…

 

 

「もちろん…………この施設には出口はありません。くぷぷぷぷ残念でしたネ~」

 

 

 モノパンは涼しい顔で、鮫島達にとどめの一言を放った。

 

 

「う、嘘やろ……」

 

「あわわわわわわわ……」

 

「え?え?どういうことですか私、なんか色々ありすぎて状況が飲み込めていないんですけど……」

 

「安心しな。アタシも飲み込めてないんだからね………それよりもアンタら、どうして先に話さなかったんだい……?」

 

 

 動揺する小早川達を見て思ったのか、反町はほんの少しの疑問と怒りを含めた言葉で俺達に問いかけてきた。

 

 

「ふっ…要らぬ混乱を避けるために…報告会の時にでも打ち明けようと考えていたんだけど…………とんだイレギュラーの所為で…ボクらの采配はどうやら裏目に出てしまったみたいだね」

 

 

 “まっ、今更言っても言い訳にしか聞こえない、ね……”ニコラスはハンチング帽の先を目が隠れるくらいまでかぶり直し、そう言った。

 

 俺自身も、もっと早く言っておけば良かったとは後悔する……しかし、結局どこで言うべきが正解だったのか……俺にはわからない。多分、誰にも分からない。

 

 反町もそれは分かっているのか…何処へぶつけて良いのか分からない怒りを、地面にぶつけていた。

 

 

「くぷぷぷぷぷ、良い感じに険悪な雰囲気になってきましたねエ……」

 

「良い感じにって…誰のせいでござるか!」

 

「……でも待ってちょうだい。少しおかしくないかしら?この施設に出口が無いなら、どうやって私達はここに入ってこれたの?」

 

「そ、そうだよねぇ!あたし達がココに入れたなら、出る手段があるに違いないんだよねぇ!」

 

 

 ひとつまみの希望にすがりつくように、古家は朝衣の意見に同意していった。

 

 

「ええ、もちろん。この施設の出入り口はあります。しかぁし!!…………その道をただでは教えられないし、開かないのでス!!」

 

「何またもったいぶってるさね!!さっさと教えな!!!」

 

「イヤですよ~、だって開けるには……とても、とても大事な条件があるのですかラ……それもとびっきりに難しく…でも結構簡単な…条件がネ?」

 

「それだよそれ!!教えてよ!その条件をさ!!モノパン!!プリーズプリーズ!!!」

 

 

 水無月の質問にモノパンはまた不適な笑みを浮かべる。全員がモノパンに視線を注ぐ。だけど、またさっきのような、いやそれ以上の不安感を俺を支配していった。

 

 

 また、何かヤツは爆弾を落とそうとしてる…俺はそう直感した。

 

 

「この施設から出るためには、この施設から卒業する必要があります。そしてその卒業条件はこの施設の秩序を破ること……」

 

「秩序、を破、る?」

 

「回りくどいですよ、さっさと言うです!」

 

「つまり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ……誰かを、殺してくださイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、俺達はその言葉に…"ころす”という言葉に耳を疑った。

 

 

 ……koroす?コロす?頃す?…………………殺す?

 

 

「人が人を殺す……たったそれだけで、ココから出ることができるのでス」

 

 

 まるでゲームの裏技を教えるように、必勝法を教えるように、揚々とモノパンは俺達にココからの脱出方法を提示してきた。

 

 

「以上、施設への卒業条件の説明でしタ」

 

 

 ステージでのパフォーマンスを終えたマジシャンの様に丁寧なお辞儀をするモノパン。

 

 

「何なんだ……何なんだ!!人を殺せって!!そんなこと……出来るわけ無いだろ!!!」

 

 

 俺は目一杯の怒りを込め、目の前の存在に対して声の限りに叫んだ。

 

 

「簡単なことじゃ無いですカ?ちょ~っと誰かの家にお邪魔して、ナイフとか石とか持って、ひと思いにザクッ!もしくはゴツン!たったそれだけでココから出られるんですヨ?」

 

「そのような所業、人として許されるわけないでござる!拙者をあまり怒らせると、その首、飛ぶでござるよ…」

 

「そうだよ~人を殺すとか物騒すぎるよ~。あとアルバイターも物騒だよ~」

 

「もっと他の、他の脱出方法は無いんですか!」

 

 

 俺に続き、何人もの生徒が抗議の声を上げ始めた。それもそのはずだ…だって俺達は超高校級である前に…高校生…そんな血生臭いことを聞かされて黙っていられる訳がない…。

 

 

「くぷぷぷぷ…………"無いですヨ”。キミタチがコロシアイをすること以外、ここから出る手段なんて、どこにも無いんですヨ~~~!!」

 

 

 モノパンは俺達を煽るように嘲笑する。生徒達は、今にでもモノパンに飛びかかろうとするのではないかという雰囲気さえ感じさせるほどに怒りに震えていた。実際、反町は飛びかかろうしているが、小早川に止められていた。

 

 

「…………解せぬ、実に解せぬ」

 

「ど、どうした、の?雨竜、くん?」

 

「何故だ、何故なのだ。コロシアイをすること、それ自体は分かりたくも無いが、今は千歩ほど譲って分かったとしよう…………だがしかし、そこで何故、殺しと脱出が関係してくるのだぁ……」

 

「くぷぷぷぷぷ、一見相まみえられらない二つの事柄が結びつかないっテ?――――そんなの簡単ですヨ……鍵が無ければドアが開かないように、脱出するためには殺人と言う名の鍵が必要不可欠。ただ、それだけなんですヨ?くぷぷぷぷぷぷプ」

 

「……脱出を口実に、ワタシ達の頂点に君臨するか。フッ、笑えんなぁ……」

 

 

 雨竜は口角を上げるが、目を笑わせずモノパンをにらみつけていた。

 

 

「どうして…………コロシアイなんだい?」

 

「ン~?また新しい質問ですカ?ニコラスくん?でもさっきの雨竜クンの質問と同じようなニュアンスに聞こえますガ……」

 

「ボクが聞きたいのは…キミの目的だ……何故ボク達にコロシアイを強要する。強要することで…何がキミを満たすんだい?」

 

 

 ニコラスのその声は今までのようにお気楽な色を持たず、ただ真実を究明しようとするように鋭く尖った言葉で、モノパンを貫く。その言葉に対して…モノパンは少し考え込む。

 

 

「目的、ですか……まあそれぐらいであれば答えて差し上げましょウ……」

 

 

 モノパンは今までの比にならないほど酷くゆがんだ笑みを俺達に向けた。その浮かべられた表情を見た俺は背筋どころか、五体全てに寒気が走ったように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『絶望』……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………絶、望?……確かに俺は、奴の言葉をそうとらえた。

 

 

「ただ、ワタクシは絶望を求めているのでス。より具体的に言うなら、ただ絶望している姿が見てみたいんです」

 

 

 モノパンはマントを翻し、心をさらに昂ぶらせたように語り続ける。

 

 

「さあ!殺し合ってください!!殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺銃殺呪殺、殺し方は問いませン!ドンドン、ドンドンドンドンドンドンドンドン殺し合ってくださイ!!そしてワタクシに絶望する姿を見せてくださイ!!」

 

 

 これが、奴の本性なのか……?俺は先ほどの穏やかな態度から一転、狂気にあふれたモノパンの姿に、今までの怒りは消え去り、得体の知れない恐怖が体を覆っていった。

 

 

「く、狂ってるです……今まであらゆるクレーマーを見てきたですけど、ぶっちぎりで狂ってるです」

 

「アイツやばいよ~この世の終わりだよ~人生最悪の日だよ~」

 

「むむむ、なんとも面妖な……」

 

「おっと………くぷぷぷぷぷ、失礼。少し興奮しすぎてしまいましタ……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませン」

 

 

 先ほどの狂気はどこへやらと言ったように、酷く穏やかな紳士的な口調に戻る。その切り替わりぶりに、あの雨竜や水無月ですらも絶句していた。

 

 

「コホン。それでは気を取り直しテ……キミタチ、足下に注意してくださイ」

 

 

 するとモノパンは気を取り直した様に、束になった"何か”を持って、フリスビーのように振りかぶった。

 

 

「受け取りたまエ!!」

 

 

 すると俺達の足下に四角く、平べったいカードのような物が突き刺さった。俺達は恐る恐るとその四角くて薄い何かを拾い上げる。そしてそれがなんなのか…物騒な物では無いだろうか…そう観察を始めてみる。見てみると…その裏面らしき部分に、漢字で『電子生徒手帳』と印字されていた。

 

 

「なんだ?これ」

 

「・・・・・・で、でんし、せいとて、ちょう?」

 

「その通リ!!これは君たちにとって生命線とも言える代物!大事にしてくださいヨ~?」

 

 

 非常に軽く、持ち運びしやすい。友人が持っていたスマートフォンなるものによく似ているようだった。

 

 

「それでは皆さン!電子生徒手帳をお開きくださイ」

 

「ん?どうすれば開くんだ?」

 

 

 俺は電子生徒手帳を開こうと、小さな隙間に爪を入れ、剥がそうと試みる。

 

 

「いやいやいや、多分”電源を起動してください”て意味だと思うねぇ」

 

「………何?そんなハイテクな機能が・・・・・・」

 

「大抵の電子機器には付いてなきゃおかしい機能だと思うんだけどねぇ……」

 

 

 古家の介護のもと、電子生徒手帳の側面にある丸い突起物を押してみると『超高校級の特待生:折木 公平』と表示された。

 

 

 どうやらこれで電源が点いたことになるらしい。……何てハイテクなんだろうか…。

 

 

「…驚くことに少し手こずっていた生徒も居たみたいですガ・・・・・・全員開きましたネ?良いですネ?…それでは、規則と書かれているアイコンをタッチしてみてくださイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノパンの言ったとおりに、画面に表示されていた規則と書かれたマークに触れてみると、以下のような項目が列挙されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

[№1]

 生徒達はこの施設内だけで共同生活を行います。共同生活の期限はありません。

 

[№2]

 夜10時から朝7時までを”夜時間”とします。夜時間の間、出入りを禁止する区域があるので、注意しましょう。

 

[№3]

 ジオ・ペンタゴンについて調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

 

[№4]

 施設長であるモノパンへの暴力を禁じます。振るった場合、罰則が生じます。

 

[№5]

 施設内で殺人が起きた場合、全員強制参加による学級裁判が行われます。

 

[№6]

 学級裁判で正しいクロが指摘できれば、殺人を犯したクロだけがおしおきされます。

 

[№7]

 学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロ以外の生徒であるシロが全員おしおきされます。

 

[№8]

 クロが勝利した場合は卒業扱いとなり、外の世界に出ることができます。

 

[№9]

 シロが勝ち続けた場合は、最後の2人になった時点でコロシアイは終了です。

 

[№10]

 モノパンが殺人に関与する事はありません。しかし、コロシアイの妨害があった場合この限りではありません。

 

[№11]

 電子生徒手帳は貴重品なので壊さないください。

 

[№12]

 「死体発見アナウンス」は3人以上の生徒が死体を発見すると流れます。

 

[№13]

 なお、学園長の都合により校則は順次増えていく場合があります。ご了承ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうことで……みなさん、以上の規則を守って楽しくレッツコロシーーーー」

 

「――――モノパン?少し良いかしら?」

 

 

 朝衣は手を上げ、モノパンへと質問を投げかけた。

 

 

「んっん~?何ですか~?朝衣さン?今良いところでしたの二」

 

「この『学級裁判』って……一体何なの?」

 

「くぷぷぷ、良いところに目を付けましたねェ……そう!今から説明しようと考えていた…まさにコロシアイの醍醐味と言っても過言ではない要素なのでス!!」

 

 

 まるで好きなことを聞かれてはしゃぐ子供のように……いや子パンダのようにテンションを再び上げるモノパン。今までのヤツの言動から…もうイヤな予感しかしてこない。

 

 

「それでは学級裁判について説明させていただきましょうウ……」

 

 

 モノパンはコホンと何度目かのわざとらしい咳払いをする。

 

 

『まずキミタチの中で殺人事件が起こってしまった場合、全メンバー強制参加による学級裁判が行われまス』

 

『学級裁判では、殺人を犯した“クロ”と、それ以外の他の生徒の“シロ”が対決しまス』

 

『この学級裁判の場では『クロは誰か?』を、キミタチに議論してもらいまス』

 

『そして、その後に行われる“投票タイム”で、多数決によって導き出された答えが正解だった場合……』

 

『殺人を犯したクロだけが“おしおき”され、残った他のメンバーで共同生活を続けることになりまス』

 

『た・だ・し!もし学級裁判で間違った人物をクロに選んでしまった場合は……罪を隠し通したクロだけが生き残り、残ったシロ全員がおしおきされてしまいまス』

 

「以上が学級裁判の説明となりまス……いや~いつ聞いても画期的かつ知性的なシステムですヨ」

 

 

 マニュアルに羅列された項目を丸々暗記したように、スラスラと説明を終えるモノパン。思った以上にわかりやすかったためか、なんとなく学級裁判を理解することは出来た……しかし。

 

 

「あ、あの~不躾ながら……説明の中に出てきた“おしおき”ってなんですか?」

 

 

 モノパンに対する恐怖心が拭えていない小早川は、かしこまりながらモノパンに尋ねていった。

 

 

「まあ端的に言うなら……『処刑』ですヨ」

 

「しょ……処刑…」

 

「ええそうですとも。だって秩序を破って自分たちの仲間を殺したんですヨ?目には目を、歯には歯を、そして命には命を……それ相応に命をかけてもらわないト……」

 

 

 モノパンの瞳から有無を言わせないほど圧倒的な威圧感を放たれた。俺はその気に当てられ少し後ずさってしまう。

 

 ――――本気だ、本気で規則を、秩序を破る者を亡き者にする気なんだ。俺はそう感じ取ることが出来た。

 

 

「くぷぷぷぷ、さあてと……ワタクシが説明したい部分は大体終わってしまったので、そろそろワタクシはおいとまさせていただこうかとーーーー」

 

「待てえええええぇぇぇぇぇ!!オレ様は!!まだ!!何一つ!!納得なんて!してないんだぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「陽炎坂殿の言うとおりでござる!特に13番目の規則!了承できるわけ無いでござろう!!」

 

「……貴様の裁量でいくらでも規則をいじれるが如き文言。怒りを通り越して呆れたものだぁ……世界の観測者として捨て置けんぞぉ」

 

「それに、10番目の項目にある『モノパンはコロシアイに関与しません』……やったけ?それも本当かどうかも怪しいところやで」

 

「そうだ~そうだ~ぶ~ぶ~。ゲームマスターとしては不適だぞー!」

 

「つーかアンタに色々管理されることがアタシとしては癪に触るんだよ……壇上から降りてきな、拳と拳で語り合おうじゃないか」

 

「そ、反町さん一端抑えましょう!きっと神様が見てますよ!泣いちゃいますよ!」

 

「いいや、1回焼き入れとかないとアタシの気が済まない!!頬はぶたれて無くても、気に入らなかったらぶちのめす!!アタシが信教している神の教えだよ!!」

 

「神様!!せめてぶたれてからぶちかえすように考え直してください!!」

 

「この光景……うん、実に自由な風だ……興が乗ったよ、空騒ぎのワルツを一曲、奏でてみようかな……ギターが良い?バイオリンが良い?希望があれば何でも弾いて見せるよ?」

 

「無音のままでいることを希望するです……頼むから風を読む前に、空気を読むです……!」

 

「皆ひとまず落ち着いて。焦る気持ちは分かるけど、今は――――」

 

「……なんかうるさい。眠れない」

 

「風切さん!?あんた今まで眠ってたのかねぇ!」

 

「驚くほどの図太さだな……」

 

「くぷぷぷ。予測通り騒々しくなってきましたねエ……やはり人間というの生き物は理解がたやすい……たかだかルールを提示しただけで…この有様になんですかラ」

 

 

 さすがに皆の堪忍袋の緒が切れたのか、陽炎坂の怒りを皮切りに朝衣や小早川の制止も聞かず、それぞれ言いたいようにモノパンにブーイングを飛ばす。

 その様子をモノパンは薄ら笑みを浮かべ、まるで神になったかのように俺達を見下ろしていた。そして、“パチン”とその柔らかそうな丸い手から出るとは思えない音をモノパンは出し、俺達を静めた。

 

 

「だからこそ…そこに"力”というファクターを与える…それだけで人とは一気に従順な獣へと成り下がるのでス」

 

「何を言っているんだい?キミ」

 

「大した事ではありませんヨ……ただ。キミタチの置かれている立場を知らしめるために、少し余興を挟もうと思っただけですヨ」

 

「……余興?」

 

「ワタクシが順番にキミタチに指を指していきます。そして、指の止まった生徒にはサプライズプレゼントをお届けする……わかりやすいでショ?」

 

「それってただの神様の言うとおりじゃないの?」

 

「だ~れ~に~い~た~し~ま~しょ~お~か~ナ~」

 

「無視されちゃった!?」

 

 

 モノパンは一定のリズムを刻みながら、俺達を順番に指を向けていく。酷くお茶目な絵面ではあるが、俺は内心穏やかではなかった。

 最後に指を指された人はどうなってしまうのか……先ほどのモノパンの威圧感を思い出し、一滴、汗が顔から流れ落ちていった。

 

 

「モ~ノ~パ~ン~さ~ま~の~い~う~と~お~リ!!」

 

 

 

 

 止まったモノパンの指先は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――"俺”に向けられていた。

 

 

「見せしめはアナタでス!!……出てきてくださ~い、ロンギヌスの槍~」

 

 モノパンの背後が光る。俺はただならぬ殺気を感じ、後ろに下がろうとしたが……。

 

「折木くん!動いちゃだめ!!」

 

 朝衣の叫びを聞き届けた俺は、体の動きを止め、硬直させた。瞬間、モノパンから飛んできた何かが頬をかすめた。背後で何本もの木がなぎ倒される音が聞こえた。

 

 頬に生ぬるい暖かさを感じた俺は、震えた指先で頬を撫でる。指先を見やると、べっとりと血が付着しており、自分の頬からダラリと血が流れ出していることに気づいた。

 

 急な脱力感に襲われた俺は腰から地面へと崩れ落ちてしまった。

 

 

「お、折木、くん!」

 

「うおおおおおおお!!折木ぃぃぃぃぃぃ!!!大丈夫かあああああああああああああ!!!!」

 

 

 贄波、陽炎坂、そして無言のまま朝衣が駆け寄ってきてくれた。

 

 

「ありゃりゃりゃりゃりゃ……ブクブクブクブクブク」

 

「あ、ああ。も、森が……こな、こな、こなごなごな…」

 

「な、なんだい!あれは!本当に人の力なのかい!?」

 

「見えなかった……でござる。拙者の目をもってしても…?」

 

 

 慌てふためく者。戦慄する者。

 

 

「えっ?えっ?何が起こったの?うわ!!森がはじけ飛んでる!!」

 

「あかんわ~これマジであかんわ~…」

 

「冗談キツいよ~頭痛いよ~」

 

 

 未だに状況が把握できない者。こんなのは夢だと現実逃避をする者。

 

 

「……ほう、なるほど。武力による圧政ときたかぁ…お、おおおお…面白いぃ」ガクガク

 

「い、今はアイツに従っておいた方が賢明そうですね……」

 

「……中々の射撃技術」

 

「とんでもないアジタート……僕で無ければ見逃していたよ」

 

 

 冷静に俯瞰する者。的外れな感想を漏らす者。バラバラの反応にバラバラの意見。だけど、少なくとも俺達の心の中で共通して言えることがあった……

 

 

「良いですかキミタチ?この施設の長はワタクシ。そしてそのワタクシにたてつく、または逆らうという不届きな生徒には……“死”、あるのミ。おわかりですネ?」

 

 

 “コイツはイカレている”……と。

 

 

「キミタチもあんな風には、なりたくないでしょウ?」

 

 

 俺達の後ろにあるグチャグチャになぎ倒された森を指す。恐らくモノパンは施設の規則を破ることや何らかの形で自分に逆らうようなことがあれば、あの森のように……簡単に俺達の命を終わらせることが出来るのだと……そう忠告しているだろう。

 

 

「まあ、今回はほんの余興なので、かすり傷程度で済ませましたけど…………もし規則を破るようなマネをしたら今よりもデンジャラスな罰則が飛んできますからネ?……だからキミタチ、規則違反なんてくだらないことで死んでしまわないでくださいネ?ワタクシとしてはそんなの、ツマラナイの一言ですのデ」

 

 

 “つまらない”

 

 そんな俺達の命をボードゲームの駒程度にしか考えていないような発言に、俺は頬から血が流れていることなど忘れ、背筋に得体の知れないものが走ったようだった。

 

 

「つまらない……だと?」

 

「えエ……ワタクシはキミタチ才能豊かな少年少女達が切磋琢磨し、殺しあい、そして絶望に落ちていく様を見るのが楽しみであるはずなのに……自分の手で殺してしまったら、折角こ~んな立派な舞台を用意した意味無いじゃないですカ?」

 

 

 ただ希望ヶ峰学園新入生である俺達の絶望する姿が見たい……そんな子供じみた理由で、俺達にコロシアイを強要する……。

 俺はあんなに小さくちっぽけな見た目のパンダから、どうしようもない程に巨大で、真っ黒で、平々凡々な俺じゃあ太刀打ちできない程の絶望を感じ取った。

 

 

「くぷぷぷぷ、良いですカ?キミタチ……殺し合わなければ永久にココ『ジオ・ペンタゴン』から出ることが出来ないんでス……」

 

 

 俺達にコロシアイをさせようと、モノパンは殺人を教唆する。

 

 

「キミタチには居るはずでス。外に残してきた家族、友人、仲間、そして恋人…………大切さの度合いなど、今キミタチの隣にいる人間と比べてしまえばたかが知れていまス」

 

 

 俺は思い出す。希望ヶ峰学園へ向かう俺を見送った、父さんと母さん、そして姉さんの顔を。

 

 

「他人の幸せには必ず犠牲というものを踏み台にしなくてはならない。そしてキミタチは今、踏み台になるかならないかの岐路に立たされているのでス」

 

 

 俺が家族を思ったように、皆も何か大切な人や物を思い出しているのかもしれない。それがモノパンの思うつぼであったとしても、そのあふれ出した記憶の回想は止まらない。

 

 

「他人の幸せを願い、犠牲となることを良しとしますカ?それとも、今キミタチの隣にいる“敵”を蹴落としてでも幸せを勝ち取りますか?」

 

 

 モノパンの問いを俺達全員は沈黙で答える。

 

 

「全てキミタチの自由……自由に殺し、自由にだまし、自由に死に、自由に……絶望してくださイ。ワタクシはただ裁定の木槌を振り下ろすのみですのデ……」

 

 

 何も言い返せない、アイツはタダ俺達が絶望している姿を望んでいるだけ。俺達の家族愛や友情などこれっぽちも考えていない空っぽな演説を謳っているだけ。だのに…何も言い返せない。

 

 

「くぷぷぷぷぷ、良い感じにどんよりとした空気になってきましたので、もう一押し…………と言いたいところなのですガ、そろそろワタクシの舌も疲れてきましタ……最後に一言残して、本当においとまさせていただきましょうかネ?」

 

 

 モノパンは大きく咳払いをし、続ける。

 

 

「言い忘れていたことがありましたので、それも込みで一言……皆さん、希望ヶ峰学園へ入学おめでとうございまス。加えて、希望ヶ峰学園直轄研修施設改めコロシアイ研修施設『ジオ・ペンタゴン』へようこソ!!ドッキドキでワックワクの絶望的な研修生活をどうぞお楽しみくださぁイ!!!」

 

 かつてこれ程までにうれしくない最後の一言があっただろうか……俺は頼むから早く行ってくれと催促するようにモノパンをにらみつけた。

 

 

「それでは頑張ってコロシアってくださいネ~。キミタチの絶望に幸在らんことを……アディオ~ス!」

 

 

 俺達の間に最悪の余韻を残しつつ、モノパンは姿を消していった。

 

 

「…………」

 

 

 モノパンが消えた後も、誰も何も言い出さず、痛い沈黙がこの場に流れていた。すると、その沈黙を破るように、誰かのすすり泣く声が響きだす。

 

 

「う、うううう……どうしてこんなことに……私はただ楽しく学校生活を送りたかっただけでしたのに……こんなことになるなんて聞いてないです……お家に、師匠のお家に帰りたいです……」

 

 

 小早川だ。小早川が1人、手で顔を押さえながら泣いていたのだ。そんな小早川に反町が駆け寄り、側に寄りそう。

 

 

「そんなの……私だって同じです……一生ここから出られないとか、人を殺せば出られるとか、意味の分からないことに押しつぶされそうですよ……」

 

「ホントにもう無茶苦茶だよねぇ……」

 

「……やな感じ」

 

「くうううううううううう………くそおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 口々に、疲れや悪態、悔しさを言葉にして吐き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――ねーねーみんな泣いたり、叫んだりしてるけどさー。みんなはさ、結局の所、どうなの?」

 

 

 

 

 

 

 

「どう、なの、って?」

 

「さっきモノパンが言ってたじゃん、ここで一生を過ごすかー、とか誰かを殺して外に出るかー、とか」

 

 

 無邪気な顔で水無月は俺達に今最も向き合いたくない2つの選択肢を、再び提示してきた。一体のどうしたのか…今だけは、その無垢な瞳から目をそらしたくなった。

 

 

「みんな、どうなの?」

 

「ど、どうなのって。そりゃあ……なあ?」

 

「ええ!あたしに振るのかねぇ……ええと、殺しは世間一般で言うダメなことであるからしてーーーー」

 

「それは知ってるよ。カルタが言いたいのは、みんなは、殺せば出れるとか言うことを“本気にしてるのか”ってこと」

 

 

 水無月のその言葉を皮切りに、俺達の間に再び沈黙が走った。

 

 俺は、俺達はそのまま互いに互いを見合う。全員の視線と視線は交差し合い、網のように入り組んでいく。

 

 視線と視線の間を流れるのは、疑念か疑惑か、それとも懐疑か。どれにしても今の時点で、信頼という二文字は俺達の間には存在していない。それだけは分かった。

 

 

 モノパンが何度も口にしていた“誰かを殺すことでしか外に出ることはできない”という言葉によって、俺達の心の奥底に

 

 

 ――――“誰かが裏切るのではないか”

 

 

 ――――“誰かが自分を殺そうとしているのではないか”

 

 

 

 ……そんな恐ろしい疑心暗鬼の感情を植え付けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――こうして俺の学園生活は“最悪な”という三文字を添え、始まってしまった。

 

 

 平凡な俺が、平凡とはほど遠い希望あふれる世界へとやってこれて、俺は自分がやっと幸福な人間になれたのだと、最高に幸福な生活を満喫できるのだと考えていた。

 

 

 だけど……それは結局、全部勘違いだった……

 

 

 不幸な俺はどこへ行っても、不幸なまま……

 

 

 そんな俺みたいな最高に不幸な男には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――“最高に絶望的な学園生活”がお似合いなんだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

 

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 




どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。
モノクマを出そうかと考えていたけど、原作の味を出すのは無理と考えたので、主催者もオリジナルにしました。まあ、勿論元ネタはあります(某猫型ロボットアニメを見ながら)。


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生徒名簿

どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。
生徒名簿になります。作者の趣味がモロ出しかもしれませんが、ご了承下さい(CVとか、服装とか)。

2021.4.20 ※ CVの部分が少しイメージと違ったので、一部変更させていただきました。

2021.12.31 キャラクターの絵を追加しました。加えて、コラムは消えました。

2022.2.14 ちょっと気になる部分あったので、CVをまた一部変更しました。


「それは違うぞ!」

 

「これで、終わらせてみせる……!」

 

[出席番号1番]

『超高校級の特待生』

折木 公平(おれき こうへい)

cv.宮本充

身長:169 ㎝ 体重:61 kg 胸囲:79 cm

【誕生日】11月10日

【好きなもの】そば

【嫌いなもの】精密機械

【一人称/二人称】俺/お前、名字(呼び捨て)

 

・才能について

 ごく一般的な家庭で生まれ育ち、ごく一般的に友人関係に恵まれ、ごく一般的な高校で可も不可も無い無難な成績を残してきた、ごく一般的な少年が突然手に入れてしまった肩書き。その選考基準も、設置された目的も何一つ不明であり、そもそもいつから存在していたのかすらわからない謎の多い才能。

 ただ確実に言えることは、希望ヶ峰学園側は“何か”を隠しており、選ばれた本人にも言えないほどの重大な機密が潜んでいるということである。

 

 

・性格について

 人には正直であろうとする実直さと人の期待には応えなければならないという誠実さ、人より多少ツイてないことがある点を除けば、礼儀正しいきっちりとした好青年。ただ、生まれつきの仏頂面から、機嫌が悪いのではないか、怒らせてしまったのではないか、といった誤解を与えてしまうことが大半。その内側に秘めた朴訥さが顔を見せることは少ない。

 その枯れ木のように貧しい表情から、不測の事態には動じていないという風に見えるが……実際は頭の中は真っ白で、何をどうすれば良いのかすら分からず、それにすら気づかずフリーズすることがほとんど。このように、予想外に組み込まれたプロセスへの対応に甘い部分はあるが、順序立ててさえすれば理解することに苦は無く、臨機応変に頭を回転させることが全くできないというわけでは無い。

 苦手なモノについては、精密機械にのみめっぽう弱い。スマートフォンは友人による鬼のような指導の下、多少は扱えるようになっている…がそれでも使えるのは電話機能のみである。パソコンとなると、まず電源の点け方すら分からない、どうやって動かす、パスワードとは何だ、と言ったように小学生以下の知識しか持ち合わせていない。最新の機器に疎い、そばや緑茶が好き、一々の行動に年季を感じさせるなどの理由から、クラスメイトからはおじいちゃん扱いされることが多い。

 

 

 

 

 

 

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「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!燃えてきたぜええええええええええ!!!!!」

 

[出席番号2番]

『超高校級の陸上部』

陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

cv.梶裕貴

身長:140 ㎝ 体重:45 kg 胸囲:76 cm

【誕生日】1月29日

【好きなもの】スポーツドリンク

【嫌いなもの】炭酸飲料

【一人称/二人称】俺様/お前(たまにてめぇ)、名字(呼び捨て)

 

・才能について

 陸上競技界にて「全身バネ人間」「ラピッドラビット」などと呼ばれる今世紀最高のスプリンター。小柄な体格から繰り出されるそのスピードはまさに彗星の如しであり、次世代夏季オリンピック候補者の筆頭の1人として数えられている。その才能は細胞レベルにまで及んでおり、彼の細胞は一千万人に1人と言われるほどの柔軟な弾力性を持ち合わせ、スタートダッシュの際の速度は恐らく世界でもトップクラスである。

 スプリンターとしての側面に目が行きがちだが、彼の本領は長距離で発揮される。長距離1.5kmマラソンの部門において、短距離を走る際のスピードを維持したまま、さらに多少の息切れ程度の状態でゴールするという超人ぶりを見せつけ、スピードだけでは無く体力も化け物レベルであると世界に知らしめた。

 

 

・性格について

 熱い、とにかく熱い熱血漢。その熱情は治まることを知らず、常に走り続けていないと落ちつかない、そして走れば走るほど体が熱を持ち始めさらにテンションをぶち上げる、まさに情熱の永久機関。その情熱は言語機能にも影響を与え、一言一言にエクスクラメーションマークが付くような話し方をするようになってしまっている、正直騒音レベルでうるさい。

 上記通りに見ると、走ることしか能の無いランニングマシーンのように見える、が……正直言うとおおよそその見解は外れていない。外れてはいないのだが、ミリ単位で、彼自身にも友情は存在することは始めに伝えておきたい。共に肩を並べて走り、汗を流し合えば、彼の中にも友達意識は芽生えるし、同じ釜の飯を食べれば仲間意識も芽生える。だから、彼はただの走るだけの能なしなのでは無い、無いったら無いのだ。

 陽炎坂自身、おそらく自分の才能に対して新入生の中でも、とりわけ誰より向き合っている人間である。才能を磨くことに関しても余念が無く、何度も何度も走り続けているのも彼の本能がそうさせているためであり、魂レベルのストイックさで言えば、新入生の中でもトップレベルである。しかもただ走るだけでは無く、一度の走りで得た反省点を次の走りに活かし、自分の走法を強化するといった理論的な側面も持っている。……でもこのことを考えてみると、やっぱり彼は走ることしか脳に無いのかもしれない。

 

 

 

 

 

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「ヒーロー参上っちゅうとこやな」

 

[出席番号3番]

『超高校級のパイロット』

鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

cv.関智一

身長:186 ㎝ 体重:78 kg 胸囲:88 cm

【誕生日】8月10日

【好きなもの】妹

【嫌いなもの】病気

【一人称/二人称】ウチ/あんさん、名字(呼び捨て)

 

・才能について

 幼いころから空という世界に憧れていた彼は、その衝動を開放するかのように13歳という若さで渡米、パイロットとしての基礎を学ぶために某航空学校へ入学。英語が出来ないにもかかわらず、持ち前のノリと勢いで成績を伸ばしていき、最終的にわずか2年という在学期間で航空学校を首席で卒業。さらに卒業してまもなくパイロットに必要な資格を己の実力のみでもぎ取り、世界最年少パイロットとしてアメリカだけで無く、全国で活躍するようになった。

 才能に関してはほぼ感覚で、操縦はすべて何となく、学校で学んだ技術も全て忘れ去っているにもかかわらず、正確かつ安定的。天候を読むセンスについても、視覚、嗅覚、聴覚のみで判断することができるほどにずば抜けている。

 

 

・性格について

 軽快なノリと、少しウザいテンションで場を和ませるお調子者。冗談交じりの雑な絡みと、少しぎこちない関西弁、そして方向性のよく分からないギャグ。そんな彼のウザがらみの矛先は主に男子が中心ではあるが、女子にももちろん絡む。彼曰く、反応の芳しくない、もしくはそういうノリが苦手な人には積極的にギャグは振らない。さらに場の空気を壊さない程度にギャグを挟むようにしている。とのことで、一応自分なりに考えてボケているらしい……にわかに信じがたい。

 その芸人擬きの行動と発言から、一部の人間からは彼が天才パイロットであると言うことを忘れられ、ただのバカだと思われており、新入生の何人かから(主に雲居と古家)はかなりなめられた態度を取られている。そのため本人は現在、その早々にまいた種の回収に勤しんでいる。身から出た錆とは、恐らくこのことを言うのであろう。それでもギャグを放ち続けるので、彼のギャグに対する執着はもしかしたら計り知れないモノなのかもしれない。わかんないけど。

 常に関西弁で話しをしているが、実は彼の出身は北海道である。そもそも、関西に行ったこともあるかどうかも怪しいレベルで、本場については全くと言って良い程精通しておらず、詳しいのはお笑い芸人のみである。どうして慣れない関西弁を用いるのを止めないのか、何故しきりに関西弁でギャグを言い続けるのか、彼が話そうとしないため不明。

 

 

 

 

 

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「あれ?拙者の出番これで終わりでござるか?」

 

[出席番号4番]

『超高校級の忍者』

沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

cv.平川大輔

身長:173 ㎝ 体重:65 kg 胸囲:81 cm

【誕生日】6月15日

【好きなもの】緑茶

【嫌いなもの】裏切り

【一人称/二人称】拙者/其方、名字+殿

 

・才能について

 江戸時代を舞台としたテーマパークのアルバイトスタッフとして働いていた彼は、その軽やかな身のこなしと鮮やかな殺陣から本物の忍者なのではないかと人々を錯覚させる。そして話題が話題を呼び、最終的にテーマパークのスターにまで至ってしまった驚異のアルバイター。忍者なのに誰よりも目立ち、忍者なのに誰よりも忍ばず、忍者なのに誰よりも派手な動きでお客を湧かせる。まさに忍者界の面汚しである(褒め言葉)。生徒間でも、本当に忍術が使えるのでは無いか、忍者の一族の末裔なのでは無いかと噂されるが、真偽は定かでは無い。

 

 

・性格について

 本人は穏やかな平和主義者と主張しているが、他人から見てしまえばただのアホで、時々真面目になることもあれば、すぐに鮫島以上にお調子者な性格になる、さらに急に穏やかな雰囲気でその場を仲裁しようとするなど、キャラがぶっちゃけブレブレの人物。この全てが演技であるならば、忍者らしいの一言で済ませることが出来るのだが……もし演技では無く、ただ自分のキャラ作りに勤しんでいるだけというなら“迷走しているよ”とアドバイスしてあげたい。

 忍者になる前はアルバイターであったと謳っているだけあり、様々な分野の知識を微妙に豊富で、大抵のことならばある程度練習すれば難なくこなすことが出来るなど、かなり器用。しかし唯一不器用な対人関係のせいで、周りからはあまり頼りにされないため貧乏の域から脱出できていない。

 運動神経が常人よりも遙かに高く、陽炎坂ほどでは無いが普通以上に体力もあり、身軽。そのため、本当は本物の忍者では無いのか?とよく質問されるが、大体「クックック……気づかれてしまったか」と意味深な言葉を述べてから忍者とは言い難いドジを踏む。結局ただのアホという結論に至ってその質問も無かったことになるなど、事実は不明。

 

 

 

 

 

 

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「ありゃ~こりゃ参った参った。」

 

[出席番号5番]

『超高校級のオカルトマニア』

古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

cv.杉山紀彰

身長:160 ㎝ 体重:56 kg 胸囲:77 cm

【誕生日】9月27日

【好きなもの】ポルターガイスト現象

【嫌いなもの】お化け屋敷

【一人称/二人称】あたし/あんた、名字+君orさん

 

・才能について

 幼少の頃からオカルトの世界にのめり込み、心霊現象、UMA、オーパーツ、世界の七不思議、あらゆるオカルト関連の研究を網羅。数々の論文や、数々のオカルト研究への反証を提出したり、学者顔負けの知識量で専門家を驚かせ、何十時間も討論する。このように、順調にオカルト研究家としての道を歩んでいき、今では10代という若さでありながら某国立大学の客員教授として招かれ講演を行ったり、国から何億もの研究費をもらう等、オカルト界の権威として活躍するようになっている。ただ高校生という身分でもあるためか、あまりフットワークが効かずに、本格的な調査はあまり出来ていないとのこと。高校生の時点で一流であるのに、これ以上どのように成長してしまうのか、恐ろしくもあり楽しみでもある。

 

 

 

・性格について

 猫背と、顔の半分を髪で隠したその風貌は、暗く、陰鬱とした印象を受けるのだが、中身を見てみると割と陽気で、のんきな性格。自分の事を良く分析しており、周りの破天荒な連中よりも自分は常識人であるという自覚の他に、自分が一端オカルティックな話をすると止められなくなることも理解している。そして、その常識人としての自覚が仇となり、その破天荒な連中のツッコミ役を任されていることがほとんどである。ただ、陽気な性格の反面、臆病な部分が存在し、一度マシンガンのようにオカルト話をしてしまうと、引かれてしまうのではないかという自分への危惧があり、その豊富な知識をしまい込みがちである。

 苦手な物として、怖がらせるために作られた怖さというのを大の苦手としており、ホラー映画や、お化け屋敷などは文字を目にするのもイヤ。加えて、フィールドワークよりも文献調査をメインに行っており、普段から部屋に引きこもっているためか、運動も苦手。しかし、周りの連中(主に鮫島)の影響で、不本意ながらもアクティブな生活をするようになっている。そのおかげなのか、最近なんとなく寝付きが良くなったとのこと。いつもはなんてことも無いと言ってはいるが、自分の背の低さを密かに気にしていたりする。

 

 

 

 

 

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「フハハハハハハハハ!!諸君っ!!ワタシは帰ってきたぞ!!!」

 

[出席番号6番]

『超高校級の天文学者』

雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

cv.中村悠一

身長:205 ㎝ 体重:81 kg 胸囲:83 cm

【誕生日】12月1日

【好きなもの】野外

【嫌いなもの】雨

【一人称/二人称】ワタシ/貴様、名字(呼び捨て)

 

・才能について

 天体観測はもちろん、天体物理学など宇宙を理解するために必要なありとあらゆる知識に精通する天文学のスペシャリスト。神話に登場する神々の名を覚えると同時に、その神の名を由来とする星を同時に覚えたこと。深夜中起きて天体観測をし、昼間の授業中に寝るということに格好良さを見いだし、その結果偶然にも新たな彗星の存在を確認してしまったこと。これらのことが重なり才能を開花させた、典型的な天才タイプである。

 年がら年中どのような場所でもずっと空を見続けることができるほどに集中力は高く、それはたとえ車や人の喧噪が激しい渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で観測をしたとしても途切れることは無い(※マネしないでください)。現在は、『多元宇宙観測論』『宇宙膨張速度への反証』をテーマに研究をしているとのこと。

 

 

 

・性格について

 縦にでかい図体に加え、中二病特有の高笑い。そして無駄に幅広い理系的知識、混ざり合ってはいけない要素が混じり合い、意味不明な化学反応を引き起こし…最終的に天文学ガチ勢のマッドサイエンティストへと昇華してしまったダークマターのようなヤツ。自分の事は、この世の全ての事象を観測することが出来る「観測者(ウォッチャー)」と自称しているが、見たら分かるとおり、人より見渡す範囲の広いだけの普通の日本人である。決して真に受けてはいけないように。……といっても、本人自身も本気で「観測者(ウォッチャー)」を自称している訳でもなく、ただ面白がってマッドサイエンティストのような動きをしているだけで、素のままで普通に話していることがよくある。むしろ中二病状態の時の方が珍しいまであるかもしれない。素の状態と言いつつも、生粋の理系人間であるためか、少しテンションが低くなるだけで口調は研究者のような話し方のままであるなど、中二病の時との乖離性はあまり無い。

 特技として応急処置が挙げられており、腕はその辺の医大生よりも丁寧かつ迅速である。何故得意なのか理由を聞こうにも「宇宙がワタシを呼んでいる!!」と冷や汗を掻きながらどこかへ走り出してしまったり、「それはワタシが全知全能であるからだ!!」と引きつった高笑いをしながら煙に巻かれることがほとんどである。ごまかし方が下手くそにも程があるが、結局話してくれないので、謎のままである。

 

 

 

 

 

 

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「風はどこまでも…どこまでも僕を運んで行ってくれるんだよ…」

 

[出席番号7番]

『超高校級の吟遊詩人』

落合 隼人(おちあい はやと)

cv.代永翼

身長:175 ㎝ 体重:71 kg 胸囲:82 cm

【誕生日】8月20日

【好きなもの】自由

【嫌いなもの】束縛

【一人称/二人称】僕/君、名字+君orさん

 

・才能について

 気の向くまま、風の向くままギターを片手にのらりくらりと世界を股に掛け、音の無い場所には音を、音しかない町には歌を届ける、現代に生きる吟遊詩人。彼の歩いた道からは音楽が咲くと例えられ、廃れる寸前の小さな集落を彼が訪れたことで、賑やかすぎるほどに音があふれかえり、昼も夜も忘れて歌い続けるようになったという。逆に怖いと思うだろうが、実際そうなのだから仕方ない。彼の歌は、『運命』や『新世界より』のように、歴史に残る名曲とは言えないはずなのだが、自然と頭に残り、気づいたら口ずさんでしまう、不思議な魅力を持っている。世界中の泣く子を笑わせ、笑う子をさらに笑わせる彼の行く先は、誰にも、そしてもはや彼自身さえもわからない。本人曰く、全ては風のみぞ知る、とのこと。ちょっと意味が分からない。

 

 

 

・性格について

 浮雲のようにつかみ所が無く、渡り鳥のように孤高で、風のように自由な、自然の当たり前を人間にしたような少年。加えて、我が道をのらりくらりと突き進み、誰もが口をそろえて「変なヤツ」と確信して言える人。いつも意味のある様に言葉を紡いではいるが、よくよく考えてみるとかなり浅はかな意味しか含んでいなかったり、でも本当は物事の本質を捉えているような言葉なのかもと考えさせらたりと、真面目に応対すると疲れる人間筆頭である。彼の人となりを知ると、いつも頭の中では作詞作曲の事しか考えていなかったりするので、彼の口から出てくる言葉は本当に中身が無いことがわかる。

 彼は自分の過去を回りくどい表現を使い回してごまかすしたりするので、ここでぶっちゃけて言ってしまうと……彼自身本当は平凡で凡庸な読書で時間を費やす普通の中学生であった。しかし、某アニメの歌う旅人を見て、「自分もこんな風に世界を旅してみたい!」と発起してしまい、ギターを片手に家出を敢行。そのまま歌を歌いながら世界中を旅するようになり、最終的にそのアニメの旅人のような生活を送れるようになってしまった、奇跡のような人であったりする。もう何も言えない。

 希望ヶ峰学園に入る前はきちんと高校には通っていたらしいが、入学式にのみ出席した程度で、ほとんど出席していない様子。そのため、恐らく新入生の中でも小早川(後述)に次いでワンダフルな頭脳を持っている。もちろん悪い意味で。

 

 

 

 

 

 

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「ボクにかかれば、謎なんて有って無いようなモノさ!」

 

[出席番号8番]

『超高校級の錬金術師』

ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

cv.古谷徹

身長:184 ㎝ 体重:80 kg 胸囲:91 cm

【誕生日】11月28日

【好きなもの】推理小説

【嫌いなもの】犯罪

【一人称/二人称】ボク/キミ、ミスターorミス+名字

 

・才能について

 英国において化学者の登竜門とされる「ロイヤルケミストリーアワード」にて「緋色の貴金属」というタイトルの論文で最優秀賞を勝ち取り、錬金術師の異名を欲しいままにした、化学界の若きホープ。錬金術師の名は伊達ではなく、研究内容のほとんどは金属関係である。最近では新たな金属を発見したかもしれないと、本人が口にしており、さらにもし確認できてしまったら、世界の技術に革命を起こしてしまうかもしれないとも発言している。余談ではあるが、見つけた暁には自分の名前は絶対入れるとのこと。ニコリウム…?

 資金調達と称して探偵活動も同時に行っているのだが、困ったことに化学者としてだけでなく探偵としても優秀であり、研究の片手間に事件を解決するなど、推理小説の主人公のような活躍をしている。

 

 

・性格について

 英国紳士のよう(実際出身は英国)に優雅に、そして女性だけでなく男性に対しても丁寧な礼節を持って振る舞う、貴族を思わせる品のある男性。しかし、その実際はタダのナルシストで、自分の1つ1つの行動に確信と自信しかあらず、しかもそれを心の中で褒めちぎるという、末期のナルシストである。何分顔は美男美女が集まる新入生の中でもトップレベルで高く、その自信を持った行動が本当に正しいかのように見えてしまうので、なおさらたちが悪い。良く言えば全員を引っ張るリーダーシップタイプの青年、悪く言えば自己中心的、さらにその自分本位な行動を省みはするが気にしないという、長所なのか短所なのかよく分からなくなる人。同じく英国紳士キャラを自称するモノパン(こちらは英国出身では無い)とは対立関係にあり、新入生と険悪な関係にある中で、とりわけ険悪な関係である。

 ナルシストであると同時に、超高校級の名探偵を自称しており、「謎解きはボクだけに任せたたまえ!」と豪語するほどに探偵としての自負を掲げている。真面目な話、その言葉は口先だけでは無く、元々頭も良かったことから、理論的な推理や、細部まで見渡す観察力、犯人の失言を誘導する巧みな言葉遣いを難なくこなし、錬金術師としてだけでは無く、探偵としての素養もあってしまったりする。希望ヶ峰学園に入学する以前からすでに探偵としての活動をしており、犯罪関連の情報を収集していた。その知識量は超高校級のジャーナリストである朝衣以上に豊富である。案外腕っ節も強く、バリツと言う名のオリジナル拳法を使いこなす。

 

 

 

 

 

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「カルタはバカじゃないもん!!もうプンスカプンだよ!!」

 

[出席番号9番]

『超高校級のチェスプレイヤー』

水無月 カルタ(みなづき かるた)

cv.悠木碧

身長:156 ㎝ 体重:48 kg 胸囲:84 cm

【誕生日】8月15日

【好きなもの】お姉ちゃん

【嫌いなもの】お姉ちゃん

【一人称/二人称】カルタ/アナタ、名字+くん(折木を除く男子、折木のみ名前+くん)、名前+ちゃん

 

 

・才能について

 誰もが度肝を抜くような発想力と、徹底的に研究し尽くされた戦術で、歴代最強と称されるまでに至った日本屈指のチェスプレイヤー。その実力は、日本人では到達不可能と呼ばれた、世界ランキングベスト10に名前を連ねるほどに高いレベルを誇る。先の先まで読む先見性が高く、もしかしたら未来が見えているのではないかと噂されており、トッププレイヤーの中でも彼女の上を行く戦術を繰り出した人間はごく少数である。隙という隙もなく、まさにチェスプレイヤーとしてはパーフェクトなのだが、実家帰りをした次の日には負けが込むという謎の弱点がある。記者が聞いてもはぐらかされるだけで、原因は不明のままである。

 

 

・性格について

 天真爛漫と無邪気を足して二乗したかのようにエネルギッシュな少女。本当は年齢をごまかして高校に入学したのではないかと疑うレベルで行動知能指数が小学生レベル、その活力も体育会系男子高校生に負けず、チェスプレイヤーであることを忘れるレベルでパワフルである。インドア派の人間からすれば天敵も良いところのテンションの高さと、ノリの軽さではあるが……時々真面目な雰囲気を身にまとい、生徒を注意したり、ストッパーとして意外な活躍をするなど、掴みきれない性格をしている。

 破天荒に動き回る彼女を見てみると、生まれついての天才肌のように見えるが、実はかなりの努力家である。頭の中はいつもチェスのイメトレであふれかえっていたり、試合前には相手の得意とする戦法への対抗策について昼夜を忘れて研究を行う。自分の負けてしまったチェスの試合の棋譜は、常に部屋の金庫にしまい込み、いつでも省みれるように大切に保存してあったり等、元気に転げ回る姿からは想像のつかない、相当な苦労を積み重ねている。

 好きな物に姉を上げているが、同時に嫌いな物にも姉を上げている。姉について聞いてみると、すごく微妙な表情をされるのだが、それでも嬉々とした声色で話してくれるので、イマイチ感情が読み取れない。

 

 

 

 

 

 

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「やっぱりみんなアホですね……」

 

[出席番号10番]

『超高校級の図書委員』

雲居 蛍(くもい ほたる)

cv.こおろぎさとみ

身長:139 ㎝ 体重:40 kg 胸囲:73 cm

【誕生日】7月28日

【好きなもの】雲

【嫌いなもの】嘘つき

【一人称/二人称】私/お前、名字(呼び捨て)

 

 

・才能について

 世界最大の蔵書率と規模を誇る「希望ヶ峰図書館」の司書を務め、図書館内に保管されている全ての本についての情報をインプットする、人並み外れた記憶力を持った少女。その知識量は小説、小論、エッセイなどの読み物から、芸能やスポーツ、ファッション、歌舞伎などの流行り物からニッチな物まで、あらゆるジャンルを網羅している。しかし、興味のあるものについて内容全てをすぐに引き出せるほどなのだが、全く興味のないものについてはタイトルのみで中身も把握していない、言葉は知っているけどどうしてそう呼ばれているのかは分からないなど、割と雑な知識だったりする。

 司書としてだけでなく、小説の批評家としても有名で、彼女の批評は皮肉と辛辣を混ぜて2乗したような酷い内容ではあるが、かなり的確である。そして、その批評内容に書かれた事に注意して執筆してみると、飛ぶようにその小説が売れたという。

 

 

・性格について

 読書で培った、語彙の豊富な嫌みを挨拶に、歯に着せぬ物言いと皮肉で他人をディスる、ちょっと、というかかなりこじれた性格をした少女。こじらせた理由としては、他の新入生は持ち前の才能で華々しい成果を上げているのに対して、自分はただ本を読んで、読んだ知識を蓄えているだけという状況で少しいたたまれない気持ちになってしまっていること、つまり主に他の新入生と自分を比較してしまっていることが主な原因と考えられる。そのため、新入生の誰かが自分よりも正しいことを言い始めると、イラついてしまい、ついつい口調が荒くなってしまうことがほとんどである。そして大抵、夜寝る前に「相手を傷つけてしまったのではないか?」とほんの少し後悔してしまう。そんな根が純粋な点と、小柄な見た目から、皆からはマスコットのように扱われている。

 普段は部屋に引きこもって備え付けの本を延々と読んでいるか、高確率で炊事場に居る反町(※後述)にミルクティーをねだっていたり、唯一の一般枠であり、さらに同性である贄波(※こちらも後述)をいびっていることがほとんどである。

 古家と同様に常識人然としており、自由奔放な連中のツッコミに回ることが多いが、彼女の飛び出るツッコミは古家と比較して辛辣である。オブラートに包まず、切れ味のあるストレートな一言で、主に男子を一蹴する。

 

 

 

 

 

 

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「何事にも全力で、それが私の最大の取柄です!!

 

[出席番号11番]

『超高校級の華道家』

小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

cv.早見沙織

身長:166 ㎝ 体重:58 kg 胸囲:99 cm

【誕生日】1月16日

【好きなもの】おばあちゃん(師匠)

【嫌いなもの】夏

【一人称/二人称】私/貴方、名字+さん

 

・才能について

 江戸時代から存在しながら、廃れること無く、今も華道の最前線で活躍し続ける『小早川流』。確かな華道の才能を持つ者しか弟子になることすらできず、さらにもしも才能の劣化が生じればすぐに破門される、若き華道家の心を何万人と折ってきた厳しさ全開の流派。そんな華道を続けることすら困難と言われる流派の正当な後継者が彼女であり、その腕は歴代の当主の中でもトップクラスと称されている。彼女の花を生ける姿や生けた花からは、落ち着きは無いものの、何故か人の心を明るくしてくれる謎の魅力があるらしい。現在の当主は、そんな活力みなぎる彼女の祖母であったりする。

 

 

・性格について

 元気元気、元気印のはつらつ系、和装少女。いついかなる時でも全力を尽くすことを忘れず、どんな特殊な状況下であったとしても頑張ることを止めない、健気な努力家。華道に対しても同様に、たとえ花の1本だろうと、全ての1本に全身全霊をかけ、明るく前向きな、人の気持ちを暖めてくれるような花を生ける。華道に対してはいつもの彼女からは想像できないほどに高い集中力を発揮するのだが、勉学においてのみ新入生全員が目も当てられないレベルで酷い。そのできの悪さは、新入生の中でもワーストレベルである。希望ヶ峰学園に入学する前からも勉学に苦心しており、自分の師匠にこれ以上成績が下がったら飯抜きと言われるほど切羽が詰まっていた。元々の成績が下から手で数えられるレベルであったので、まだ破門されないだけマシなのかもしれない。

 勉学においてはからっきしであったが、家事に関してはレベルが高く、特に料理の腕がそこらの料理人よりも立つ。ほぼ全員の生徒からは毎日味噌汁を作って欲しいと言わしめるほどに、胃の掌握力が高い。それもそのはず、彼女の師匠は小早川に勉学に才覚が無いのを見越し、華道の指導の傍ら、鬼のような花嫁修業をさせ将来どんなことがあっても大丈夫なように準備させていたのである。察しの悪い彼女には恐らく伝わっていないだろうが……。さらに師匠は女としての身なりの整え方も教え込んでいたため、化粧なども難なくこなすことができる。師匠すごい。

 将来の夢は、立派な華道家になりつつ武士のような男性と結婚することである。未だに出会いはあらず。

 

 

 

 

 

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「アタシに喧嘩売るたぁ……いい度胸じゃないの!!」

 

[出席番号12番]

『超高校級のシスター』

反町 素直(そりまち すなお)

cv.ゆきのさつき

身長:175 ㎝ 体重:60 kg 胸囲:81 cm

【誕生日】5月31日

【好きなもの】子供

【嫌いなもの】崇拝

【一人称/二人称】アタシ/アンタ、名字(呼び捨て)

 

 

・才能について

 女手一つで教会を切り盛りし、ミサやバザーなどもほぼ1人で運営、併設する孤児院では、従業員と共に何百人もの恵まれない子供達を養うなど、シスターとしてこれでもかと言うほどにたくましく、そして包容力にあふれた女性。その長所は別の分野にも活かされており、関西周辺を縄張りとする、集団不良集団『御陀仏(おだぶつ)』のヘッドとして君臨している。ぶっちゃけシスター関係ない。『御陀仏』は最初こそ小規模であったが、現在では構成員は何千、何万となっており、そのほとんどの連中は彼女の懐の広さに惚れ、付き従っている。その忠誠心は高く、彼女の経営する孤児院、または教会の従業員として働いている人間は全て舎弟である。さらに教会への寄付金も全体の3割くらいは舎弟でまかなわれてもいる。彼女自身は受け取りを拒否したが、舎弟があまりにも強引であったため仕方なく受け取っているとは本人の弁である。決して、決して恐喝したわけでは無い(重要)。

 

 

・性格について

 悪い子には説教(蹴り)を、もっと悪い子には教育(拳骨)を、世間一般の慈悲深い天女のようなイメージのシスターから大きく外れ、粗暴で柄も悪く、それを取り繕おうとする態度すら見せようともしない。もはやシスターって何だっけ?と疑問を呈するレベルのお人。さらに雑な性格に加えて喧嘩っ早く、一度舐めた態度を取られる、もしくは身内を傷つけられると頭に血が上り、標的をボコボコにするまで止まらない猛獣と化すほど気性が荒い。本人はその血の気の多い性格を気にはしているのだが、自制などという器用な真似は出来ないと確信してしまったため、結局思いのままに暴れることにしているらしい。もうどうしてシスターとして活動できているのか不思議なくらいである。ある意味すごいことなのかもしれない。

 その横柄な態度から神を信教しているのかどうか怪しいの一言であるが、彼女の両親が牧師であったことから、少なくともシスターとしての才能と認められる程の信教心は持ち合わせている。それを踏まえたとしても、彼女の神の扱いは何となく雑。その篤い信教心から来ているのか、シスターとしての身なりや動きは洗練されており、彼女の美しい所作は、自分の舎弟だけでなく、一般人も見惚れる程。

 本人は自分の事を姉御肌と自称しているのだが、その口うるささと、面倒見の良さ、そして彼女の料理から感じられる母性から、肝っ玉母さんにしか見えない、というのが生徒全員の総意である。

 

 

 

 

 

 

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「……その矛盾を撃ち抜く」

 

[出席番号13番]

『超高校級の射撃選手』

風切 柊子(かざきり しゅうこ)

cv.水橋かおり

身長:158 ㎝ 体重:48 kg 胸囲:75 cm

【誕生日】2月16日

【好きなもの】惰眠

【嫌いなもの】超音波

【一人称/二人称】私/あなた、名前(呼び捨て)

 

・才能について

 ずば抜けた射撃センスと研ぎ澄まされた集中力、そして人よりも数倍優れた視力を武器とし、正確無比の弾丸をマトというマトのど真ん中へと打ち抜き続けるスナイパー。あらゆる射撃大会にて優勝を総ナメにし、彼女が大会に出場したからには誰もが1位を諦め、2位を目指すと言われるほどにその実力は圧倒的。加えてその輝かしい功績から、世界大会への出場権を獲得していたりするのだが・・・・・・素行と態度に大きな問題があり、そのせいからなのか他の射撃選手からは「射撃ロボット」、「射撃するしか能の無い無能」と言われる等評判がすこぶる悪い。さらに大会においてもその態度を崩さないため、選手協会から厳重注意を受けており、ヘタをすれば出場停止になっていたなんてことも・・・・・・しかし、本人は撃てれば何でも良いと思っているので、どこ吹く風状態である。

 

 

・性格について

 無言でその場の空気を張り詰めさせ、無表情に標的を打ち抜き、無情に颯爽と去って行く、まさに無の局地を極めたような少女。有名なエピソードとしては、某射撃選手権大会において誰よりも洗練された技術と精密性で2位と圧倒的な点数差をつけ、競うことさえ無駄というように優勝を飾った。そしてその優勝を盛大に祝おうと表彰式を執り行おうとした際、すでに彼女は会場におらず、大会異例の優勝者の居ない表彰式が微妙な空気の中行われたという出来事があった。つまり彼女は無情に大会に出場し、そして優勝し、選手の心を折るだけ折って無情に去って行ったのだ。

 そんな無を体現するかのような彼女は人々から「無の職人(略してはいけない)」と呼ばれ、恐れられるようになるのだが…………実際の彼女は落合に引けを取らないレベルの気分屋で、加えてものぐさかつド天然のマイペース少女である。無口なのは、単純に口を動かすのが面倒だから一言も発さないだけで、さらに無表情な理由も同様に、表情を動かすのが面倒だったから鉄仮面の様になっているだけ。大会のエピソードの会場に居なかった理由も、早く帰って寝たかったからと言うだけの、ものすごく自分勝手な理由である。ある意味無情なのかも知れない。

 しかしそんなマイペースな彼女なのだが、ナチュラルボーンの天才であり、生まれつきの優れた視力と、即座に標準を合わせる瞬発力、銃弾を撃つ際の決断力と直感力は、まさに天性のものである。ものぐさな部分も、射撃時に関しては顔を見せず、自分の愛用するスナイパーライフルも毎日欠かさず手入れをしたり、競技をする際も礼儀はわきまえる(ただし競技が終わった後は別)など、競技に対するきちんとした情熱を持ち合わせている。

 

 

 

 

 

 

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「何事も平和が一番だよ~」

 

[出席番号14番]

『超高校級のダイバー』

長門 凛音(ながと りんね)

cv.豊崎愛生

身長:196 ㎝ 体重:86 kg 胸囲:91 cm

【誕生日】9月7日

【好きなもの】魚(見るのも食べるのも好き)

【嫌いなもの】学校

【一人称/二人称】私/君、名字+さんorくん

 

 

・才能について

 独自に編み出した飛び込みと潜水法、そして人よりも発達した硬い皮膚と強靱な肺を利用し、人間の素潜りの世界記録である深度122メートルを軽々と更新、前人未踏の150メートルという記録をマークし、世界中を震撼させた人外ダイバー。噂ではあるが、また新たに潜水法を編み出したとされており、現在練習中とのこと。再び世界記録が彼女の手で塗り替えられる日も近いのかもしれない。

 最近のマイブームは、深度100メートルを潜り、そこに生息する魚と戯れながら、何十分間歩くように泳ぐことであるらしい。・・・・・・彼女には、もしかしてエラが生えているのかもしれない。

 

 

・性格について

 緩いテンションと言葉使い、スローリーな身振り手振りで場の雰囲気を間延びさせるのんびり屋。がたいに似合わないフワフワとした空気感は独特で、見た目で忌避せず接しあってみると、非常に愛くるしい。その緩く、ゆったりとした性格は長所にもなるのだが、それが逆に短所にもなりえる。具体的には、周りの状況に流され、声の大きい人の言葉に便乗してしまうという傾向が見られ、自分の考えとは逆のことに賛同してしまう、場の空気を読み過ぎて自分の考えを言えずにもごもごしてしまい、結局言えないまま流れて行ってしまうなど、ゆったりというよりも鈍感な短所がある。

 彼女自身、他の新入生と一線を引いている雰囲気がある。誰かと話すときも上の空な感じでうまく話が続かなかったり、あまり自分の事を語ろうとしなかったり、1人静かに飛び込みの練習をしていたり、比較的単独行動が多かったりと、何となくではあるが距離感があって交流しづらい。コミュニケーション障害という程、交流を図れないと言うわけでも無く、話言葉も発せないわけでも無い。割と不思議ちゃんのような存在である。

 格好については、いつでもどこでも水の中を自由に泳げるためなのと、本人がウェットスーツに半被を羽織るのが1番着心地が良く、安心するからという理由から着ているだけで、決してコスプレなどではない。多分本人に言ったら、表には出さないだろうが不機嫌になる。

 

 

 

 

 

 

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「ここまで来ればわかるはずよ?折木くん?」

 

[出席番号15番]

『超高校級のジャーナリスト』

朝衣 式(あさい しき)

cv.桑島法子

身長:165 ㎝ 体重:52 kg 胸囲:79 cm

【誕生日】9月12日

【好きなもの】ラジオ

【嫌いなもの】テレビ

【一人称/二人称】私/貴方、名字+さんor君

 

 

・才能について

 幼少の頃から成長し続ける好奇心と些細な噂すら嗅ぎつける迅速さと情報収集能力、あらゆる情報を集約、整理する尋常ではない脳内処理速度の速さ、ジャーナリストになるべくしてなった言っても過言ではない天才少女。彼女の頭の中には危険な取材のネタや、会社一つを潰せるぐらいの特ダネであふれかえっており、彼女1人で日本の構図をひっくり返すことも出来るのではないかとも言われている。

 彼女曰く、人と話すことで情報を得るということに強いこだわりがあるということで、常にメモ帳と鉛筆は肌身離さず身につけ、気になる情報があればすぐにメモを取るようにしているとのこと。ちなみに、取材の時のメモを取る速度は、ほんの少し残像が出来るほど速い、しかも相手の方を見ながら。

 

 

・性格について

 学力、成績共に優秀、運動は多少不得手ではあるが差し支えの無い程度には無難にこなす。そして、常に落ち着き払った態度で物事を俯瞰し、中立的な立場で取り仕切り、絶妙なタイミングで話を切り出す把握力。まさに才色兼備、容姿端麗、冷静沈着という言葉を体現するかのような麗人。

 その整った人格に加え、ジャーナリストとして鍛えられたコミュニケーション術と聞き上手な能力で他の新入生とも男女関係なく友好的な関係を築き上げており(特に女性陣)皆のお姉さんの様なポジションに立ってもいる。

 以上のように、全てにおいて落ち着き払ったパーフェクトな彼女なのだが、時々詰めが甘いところがあり、好奇心に従いすぎて相手の都合を考えずに質問してしまうところや、メモ帳が切れかけているのを忘れて取材を取り付けてしまうなど、完璧一歩手前でミスをすることがよくある。

 さらに、何も無いところで急に躓きそうになりながらも頑張って踏みとどまる姿や、自分が猫舌なのを忘れて熱いコーヒーを飲み、「あちっ!」と言ってしばらくカップを置いておく場面が目撃されているため、ドジっ子疑惑がかけられている。

 

 

 

 

 

 

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「わ、わたしも頑張って、みんなのことを、守る、から!」

 

[出席番号16番]

『超高校級の幸運』

贄波 司(にえなみ つかさ)

cv.石見舞菜香

身長:150 ㎝ 体重:45 kg 胸囲:88 cm

【誕生日】3月4日

【好きなもの】友達

【嫌いなもの】犠牲

【一人称/二人称】わたし/あなた、名字+くんorさん

 

 

・才能について

 全国の高校生全てを対象に抽選を行い、その中のたった1人が得ることが出来る称号。一般人が希望ヶ峰学園の扉をたたくことが出来る唯一の方法であり、そのほかの方法は今のところ予備学科制度以外存在しない。故に、選ばれたこと自体名誉なことなのだが、贄波本人は幸運と呼ばれることを毛嫌いしている。理由は不明。

 

 

・性格について

 おどおどとした口調と態度、そして小動物のような雰囲気から、一見、自分に自信の無い臆病な人間に見えるのだが……本来の彼女は、一般人どころか、超高校級の人間以上のメンタルの強さを持ち合わせている。具体的には、雨竜や長門のように見た目から色モノの人間や陽炎坂や落合の様にテンションがおかしい人間にもいつもと変わらない態度で接し、コロシアイ宿泊研修に巻き込まれる中で、1人、いつもと変わらない様子で焦りを1ミリも見せないなど、芯が通ったというよりも、鉄筋コンクリートの柱が通ったような少女。ただ、友達同士の諍いが起こった際や、傷ついてしまった場合は、その場を動き出すことさえ出来ないほどの焦りを見せてしまう。

 彼女の良いところと、多少の欠点を説明したが、実は他にも大きな欠点が1つ存在する。それは酷い料理下手であるということ。料理の腕に関しては、恐らくメンバーの中で最も壊滅的である。理由としては、彼女自身酷い味オンチであり、口に入る物は何にでもうまいと言う考えを持ち、とりあえず食べれそうな何かが満載の料理が出てくる。つまり、料理の味付けや付け足しに問題があるのでは無く、そもそも食材に問題があるタイプである。そこらへんの雑草のサラダ。そこらへんに生えてたよく分からないキノコの味噌汁。木の皮で出来たふりかけなど、虫のような生活を強いられる。

しかしそれを彼女はうまいうまいと言いながら食べるのだ。故に、決して彼女を厨房に立たせてはいけない(by15人の被害者一同)。

 

 

 

 

 

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「はいよる絶望、ここに推参でス!くぷぷぷぷぷぷぷ……」

モノパン(本名:モノクローム・パンダ三世)

cv.神谷明

 

・モノパンについて

 希望ヶ峰学園直轄研修施設『ジオ・ペンタゴン』(仮称)の施設長。あくまでこの肩書きは自称ではあるのだが、実際に施設長らしく施設の運営や整備を行っており、常に多忙を極めている。どうでも良い理由で呼び出すと不機嫌な状態で対応されるのだが、仕事を手伝ってみると機嫌が良くなり、アメちゃんをくれたりする。それでも生徒全員に嫌われているため、お人好しの折木くらいしか手伝うヤツはいない。

 漆黒のマントに、シルクハット、そして黒いステッキにモノクル。身なりを見てみると、希代の大怪盗を彷彿とさせる衣装ではあり、口調も非常に丁寧、生徒達にも紳士的な態度で接するため、そこだけは生徒間でも評判が良い。同じく英国紳士を自称するニコラスとは口論が絶えない。

 どう見てもクマにしか見えないが、本当はパンダであり、言い間違えるとしつこいくらいに訂正するように要求してくる。本人は差別化のため・・・・・・と言い続けて続けているが、何と差別化しようとしているのかは不明。

 このように基本的には忙しない一日を送る少しお茶目な紳士であるのだが、本性はドの付く腹黒である。コロシアイをさせるためならばどんな手段もいとわず、ピンポイントで生徒のトラウマを刺激することはもちろん、校則を盾に生徒を意のままに操ろうとすることも辞さない。戦闘力も高い上に、破壊したとしてもまた湧き出してくるので、生徒達にとってはもうどうしようもない存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 




これが本作でメインとなるキャラクター達となります。気に入ってくれたキャラクターを教えて頂けたら、めっさ喜びます。作者が。


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第一章『イキル。シヌ。イキル。』
Chapter 1 -(非)日常編- 1日目


 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 イキル。シヌ。イキル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【グラウンドエリア】

 

 

 モノパンが現れ、そして『コロシアイ』という言葉を残して去って行って間もない、刹那のひととき。

 

 呆然と立ち尽くす俺達の間には、重苦しく、そして首を締め上げるような鬱屈とした空気が流れていた。

 

 

“これからどうするべきなのか?”

 

 

 水無月から放たれた、そのたった1つの疑問。

 

 

 俺達は、その問いに、沈黙という答えを示すことしか出来ないままでいた。

 

 

 今までであれば、定められた希望あふれる未来に向け楽しい学園生活を謳歌すれば良い……そう答えることが出来た……。

 だけど、先ほどモノパンが垂らした『一生の監禁生活』『卒業』『コロシアイ』という様々なエッセンスによって、その楽しい学園生活に絶望の二文字が追加されてしまった。決して相まみえてはいけない最悪の二文字が。

 

 この嘘で塗り固められた箱庭で目覚め、そして同級生達と名前を交わし合った時、確かに俺は…希望ある未来を切り開く才能人達のキラキラしたような姿をこの目に映していた。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、今このときの彼らには、人間であれば誰もが持ち合わせる“絶望”という感情が浮かび上がらせ、先ほどの姿は見る影も無くなっていた。

 

 

“人が人を殺し、自分以外の全員を蹴落とすことで、この世界での一生を終わらせることが出来る”

 

 

 こんな文字の羅列が、俺達の頭に残り続け、そして巣くうように心をむしばんでいった。

 

 

“一生なんてイヤだ……”

 

 

“早くこの世界から解放されたい”

 

 

“解放されるためなら……”

 

 

 たった1人がそう考えてしまえば、必ず起きてしまう最悪の未来。

 

 例えばも、もしもも無い。そんな絶望的な未来。

 

 

「……ねー?どうするのー?」

 

 

 きっと何かを、ここで言うべきなのだろう…だけど何かを言おうにも、今言うべきことが分からない。何をどうして良いのか分からない……そんな心が、俺の口を臆病にしてしまう。

 

 どうにかしようとしているのは俺だけじゃ無い、恐らく、ほとんどの奴が同じ事を考えているはずだ。だけど、答えが出てこない。だから今も沈黙は続いてしまっていた、口を閉ざしてしまっていた。

 

 

 誰もが沈黙を貫き続けてしまっていた。

 

 

 ――――すると

 

 

「――――諸君、一つ提案なんだが……」

 

 

 ニコラスが、この重苦しい空気の中で口火を切った。当然の心理のように…俺達はそんな彼の元へと視線を集中させた。

 

 

「今日はここで、一度解散としよう。立て続けに様々な出来事があったんだ、きっと考える時間が必要だと思うんだ………勿論、この後に予定していた集会もキャンセル……どうかな?キミたち」

 

 

 ……ニコラスから差し出されたその提案は、今の俺達にとって、あまりにも魅力的なものであった。何故なら、先ほどからずっと…俺達は…これまでの出来事に当てられ…見るからに表情を暗くさせていたのだから。

 

 

「…そ、そうでござるな!!一旦…今後の事とか、そういうのは全部忘れて…リフレッシュタイムとしゃれ込むでござる」

 

「私もニコラス君の意見に賛成よ………各自、部屋で過ごすなり、食事をするなり、自由に時を過ごすことにしましょう…」

 

「ふん……異国の錬金術師の言いなりの様で気に食わんが……このままでは埒があかないからなぁ…観測者としてその案に乗ってやるとするか…」

 

「…いや、何処の部分に観測者関係あるのかねぇ…」

 

 

 逃げだと言うことは分かっている、先送りにしてしまっているのだって分かってる…でも、それでも…この誘いに乗らないという選択肢は俺達の中に無かった。ニコラスの提案に対し…同調するように生徒達は言葉を付け加えていった。

 

 

「えっ!!!てことは今から自由時間!?やったぁ!何か儲けた気分!!!よぉ~し、冒険の続きだーーー!!ゴーゴーゴーゴー!!」

 

 

 そんな俺達の流れを察した水無月は、溌剌とした言葉を残し、誰よりも早くこの場を背にして駆け出していってしまった。いつもと変わらない、彼女のまっすぐな明るさに、安心感と同時に、若干の気味の悪さを感じてしまった。

 

 

「さすがはミス水無月、このボクが賞賛せざるを得ないほどの行動力だね……それじゃあボクもこのビッグウェーブに乗ろうとしようじゃないか、キミ」

 

 

 “しばしの別れだ、諸君!”そう大げさなセリフを吐きながら、ニコラスもまたこの場を後にしていった。

 

 

「え、えっと、その、それじゃあ…私も行かせてもらいますね……あは、あはははは……」

 

「まっ…自由時間が取れるなら僥倖です。部屋でゆっくり、読書でもしてるですかね」

 

「あ~困った困った。まいったねぇこりゃ…何をしたものかねぇ…」

 

「ほんま……けったいなはなしやで……」

 

「う~ん、難しいよ~」

 

 

 そんな彼らにつられるように……1人、また1人と、グラウンドから姿を消していった。

 

 

「くっ、拙者にもっと力があれば……」

 

「ふ、ふん、我が真の力を解放できればヤツなど……しかし今は……」

 

 

 全員がそれぞれの表情、それぞれの言葉を口にしながら、それぞれの目的地を目指して歩みを進めていった。

 

 

「……意味不明。誇張無く…」

 

「はぁ……落ち着いて、紅茶でも飲むとするかね……」

 

 

 しかし、それぞれの背中からは、共通して、わずかな絶望がにじみ出ていることが何となく感じ取れた。だけど、それは感じただけで、どれくらい大きなモノなのかは、決して量る事はできない。もしかしたら、俺が想像している以上に大きな、絶望的なまでに絶望してしまっている人間が、この中に存在しているのかもしれない。

 それほどまでに…コロシアイに巻き込まれたという事実は…俺達の背中に重くのしかかっているのだ。

 

 

「皆…居なくなっちゃった、ね?」

 

「ええ…何だか寂しくなってしまったわね」

 

 

 結局この場に残っているのは、俺と贄波、朝衣、陽炎坂、そして落合のみとなってしまった。今まで16人というそこそこの大所帯がだったが故に…朝衣の言うとおりの、グラウンドにはなんとも言えない寂寥感が漂っていた。

 

 

 ――すると、近くに居た陽炎坂が何やら顔をうつむかせ、ワナワナと震えはじめていた

 

 

「お、おい…陽炎坂…大丈夫か?」

 

「お腹、痛い、の?」

 

「………うおおおおおおおおおお!!!俺様は!!今!!モーレツに!!走りたい気分なんだぜえぇええええええええ!!!!!」

 

 

 起き上がるように叫ぶ陽炎坂。

 

 

「だから!!!俺様は!!!今から!!!!走り込む!!!ぜえええええええぇぇぇぇぇぇぇ………」

 

 

 そして叫んだと思ったら…言い終わる前に陽炎坂はフルスロットルでグラウンドへとダッシュし始めていってしまった。

 自分の脳みそを体が先行するあたり、さすがは才能人と言ったところだが……あれはあれで才能に取り憑かれているようでちょっと怖い。

 

 

「……陽炎坂くんもどこかへ走りに行ってしまったわけだし、そろそろ私もお暇させていただこうかしらね」

 

 

 そう言葉を置いた朝衣は、”はい…これ”1枚のハンカチを此方に差し出してきた。俺はその行動の意味が分からず、首を傾げてしまう。

 

 

「……なんだ?それは」

 

「その”頬の傷”、そのままにしておくつもり?」

 

 

 その言葉を聞いて、俺は気づいたように頬を触る。未だにべっとりとついている血のカーテン。改めて、俺の頬には大きな切り傷があったのだ。その事実…を思い出した。

 

 そうだった俺はモノパンの放った、あのなんたらの槍で……。

 

 

「すまない……後で洗って返す」

 

「ええ、そうしてちょうだい。そのハンカチ、結構お気に入りのなのよ?」

 

 

 そう律儀な言葉に…微笑みながら彼女は返す。その一言に俺自身もどう返したものかと…生まれつきの仏頂面で、わかりにくい戸惑いを見せてしまう。そんな俺を見て、朝衣はそれを可笑しく思ったのか、手を口に持っていきクツクツと含み笑いをし始めた。

 

 

「フフッ、冗談よ。でもごめんなさい、これ位のことしか出来なくて……絆創膏の1枚でも持っていたら良かったのだけれど」

 

「いや、問題ない。このくらいなら自分で何とか処置出来る」

 

「そう……なら良かったわ。ハンカチのお返し…楽しみに待っているわね?じゃあまた、折木くん、贄波さん」

 

 

 そう言い残し、ストレートの黒髪をなびかせながら、朝衣もまたグラウンドから姿を消していってしまった。その印象的な後ろ姿を見送った俺は、たった3人しか残っていないこの場で…これからどうしようか…そう考え始めた。

 

 ふと、俺は調査をしていたときの事を思い出した。

 

 ――――そういえば、炊事場の倉庫は雑貨や、消耗品なんかが収められているんだったな。

 

 

「なあ……俺はこれから倉庫のある炊事場に行こうと思うんだが……贄波はどうする?」

 

 

 もしかしたら、治療用の何かもそこにあるかもしれない。そう言った意味を含めた言葉を口にしながら、贄波の方を向く……するとなにやら、彼女は”何か”をサッと隠すように両手を背中に回していた。

 

 一瞬過ぎてよく分からなかったが……ちらりと、朝衣と同じような”ハンカチ”が見えた気がした……。

 

 

 どうやら、贄波も同じように俺を心配してくれていたみたいだ。

 

 

 ――――みんな優しいのだな、俺のような場違いな凡人に対しても。 

 

 

 そんな卑屈な考えを巡らせている中で突然、くぅぅ、と贄波の腹回りあたりからそんな可愛らしい音が鳴った。

 音の主と思われる贄波に目を向けてみると、彼女は赤面しサッと前髪を浮かせながらうつむいてしまった。

 

 その様子を見て…俺はこの場合どのように反応するべきなのかわからなかったのだが……とりあえず今言うべきことは何となくわかった。

 

 

「……一緒に炊事場に行くか?」

 

「う、うん……そうしよっ、か…?」

 

 

 俺自身も小腹も空いてきたのもあるし…炊事場ならお互いの欲を満たせるだろう……そう考え、俺たち2人は、何人もの生徒達が踏みしめていった道をたどり、炊事場へと向かうことになった。

 

 道中、お互い進んでしゃべるタイプではなかったため、会話はとても少なかったが、先ほどの痛い沈黙に比べてみれば、問題のない、むしろ心地よい沈黙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、俺達と同じくグラウンドに残っていた落合についてだが……

 

 

「落合、お前も一緒に来るか?」

 

「僕は風と共にあり、風と共に流れる風来坊……ここでたった1つの詩を紡ぐのも、また一興……」

 

「…………そうか」

 

 

 とりあえず、そのままそっとしておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

 朝衣からの餞別であるハンカチを頬の傷口に押し当てながら、俺と贄波は炊事場まで続くまっすぐな歩道を歩いていた。

 

 贄波とはグラウンドから現在までお互い無言を貫いており、俺も贄波も口を開く素振りも無かった。……しかし理由は分からないが、今の状況に気まずいという感情はなく、変に心地悪いという訳でもなかった。

 

 

 …普段だったら何を話そうかと終始頭をひねっているはずなのだが、今回は逆に話さなくても大丈夫かな?と、妙な納得感を持ってしまっている自分がいた。……贄波と居ると…不思議とそんな感情が湧き出てくるのだから……変な話だ。お互いにさっき会ったばかりの、初対面に近い間柄であるはずなのに…。

 

 

 …これがコイツの才能というヤツなのだろうか?幸運だからこそ、一緒に居れば安全…みたいな…?……いや、無理矢理過ぎるか…。

 

 

 と、普段とは異なる事で頭をひねっていると。とうとう会話という会話の無いまま目的地である炊事場に着いてしまった。

 

 首と瞳を動かし、広場を見渡してみる。ほんの数刻前に訪れてたばかりということもあってか、少し見慣れた風景が俺の瞳に広がる。

 

 

「……ん?アレは……」

 

 

 …しかし、炊事場の一区画に先ほどとは違う光景が混ざっていた。具体的には、炊事場近くに据えられている木製の椅子に4人の生徒達が腰掛け、テーブルを囲んでいるのが見えた。

 

 俺と贄波は、どうしたものかと、そのテーブルに引き寄せられるように近づいていってみた。

 

 テーブルの上を見てみると、真ん中にはヤカンが、そして4人の眼前にそれぞれティーカップ置かれていた。……一服でもしているのだろうか?と当たりをつけ、さらに近づいてみる。4人の姿と表情がより明瞭になってきた。

 

 椅子に腰掛けていた生徒…まずグラウンドから出て行った時と変わらず、浮かない顔を継続する小早川。それを励ますように背中をさする反町。同じく苦い顔で紅茶を啜る古家。ボーっとした表情で空を見つめ続けている風切。

 

 擬音で表すなら、どんより、という言葉が的確なほど4人の纏う雰囲気は濁っていた。

 

 ……やはりグラウンドでの出来事に参ってしまっているのだろう。このまま無思慮に近づいてもあの雰囲気を浄化することはできないし、むしろ俺の仏頂面だとさらに空気が淀むのは目に見えていた。

 

 ならばここは、できるだけフランクな面持ちで、あの中に混ざってみるのが吉だろう。そう思った俺は笑顔を作る。

 

 隣に居た贄波には怪訝そうな顔をされた気がしたが…気のせいだと考え、そのままゆっくりと近づいていってみる。

 

 すると、近づいてくる俺たちの存在に気付いたのか、反町が明るい表情で手を振り、そしてこっちに来いと手招きをし始めた。さらに、古家も救いを得たかのような表情を浮かべ、風切も微妙ではあるが表情が和らいだ様な気がした。

 

 

 ……どうやら、俺のグッドスマイルが早速効果を出したらしい。数秒前よりも空気は悪くなくなった。ような気がした。

 

 

「おう!あんたらもあたしの特性アップルティーでも飲みに来たのかい?そうなら待ってな、いつもの癖でやかん5つ分くらい作っちゃったから消費に困ってたんだよ………それと…なんだい?その気味の悪い笑みは」

 

「うう、もう入りません。おなかタプタプです………あの、不躾ながら…折木さん、何でそんな変な顔してるんですか?」

 

「あ~本当に破裂しそうなんだよねぇ……もうギブアップ待った無しなんだよねぇ……折木くんも意味の分からない表情してるから余計に変な感じになってきたんだよねぇ」

 

「……無理。……後、公平の顔も無理」

 

 

 ……怒濤の笑顔に対する非難に、俺は早くも膝をついてしまった。

 

 ……何故だ、これでも友人に「その顔、笑えるよ」とお墨付きをもらう程の評価えているはずなのに……!何故なんだ…!

 

 

「お、折木、くん。大丈、夫?」

 

「……問題ない」

 

 

 ……心がほんのちょっぴり涙目だが、問題ない。多分。

 

 

「おうおう、アンタら!折角元気出させてあげようと丹精込めて作ってあげたってのに、その言い草は何だい!食べ物や飲み物を残すと仏さんに怒られちまうよ!」

 

「いやそこは神様に怒らせろよ…」

 

「ていうか…丹精込めて作りすぎなんだよねぇ!!気持ち的な意味じゃ無くて、物量的な意味で!」

 

「いくら人よりも多く食べる私でもキツいとしか…。胃の中にリンゴが攻め込みすぎて、胃液がリンゴ味になってしまいます……」

 

「……もうのーせんきゅー」

 

 

 先ほどの反町の発言と、今の状況をつなぎ合わせてみると……元気の無い3人のために反町がアップルティーを作ったは良いが、作りすぎてしまい、それを消費するために延々と3人がアップルティーを飲み続けて、さらに元気がなくなったという……。という把握で間違いないだろうか?

 

 

 だとしたら――――

 

 

「……善意が裏目にでた……ということか」

 

「でも。おいし、そうだ、ね?」

 

 

 その状況を苦笑いする俺に対するように…贄波は長めの前髪の奥にある瞳を輝かせていた。まあ彼女のここに来た目的を考えると…その反応も当然と言えば当然か。

 

 

「その飲み物…後どれくらい残っているんだ?良かったら俺達にも分けてくれ」

 

「お!ありがたいことこの上ないね!……ええとそうだねえ、確かキッチンにヤカン3つ分くらい残ってたはずさね」

 

 

 そう言うと、反町は待ってましたと言わんばかりに景気よく反応する。そしてその物量を聞いた俺は……もう少し生け贄…もとい協力者を呼び込んだ方が良いだろうか?先が思いやられる気持ちを募らせた。

 

 

「そ、そんなに、ある、んだ!」

 

 

 未だ残り続けているおびただしい量のリンゴのフレーバー(液体込み)に面を食らった俺とは異なり、贄波はうれしさを倍増させていた。

 

 

 ……え、マジか?ヤカン3つ分だぞ?

 

 

 そんな贄波の反応に対し内心で戦慄し、冷や汗をかいていると……ジッと、俺の顔を凝視する反町に気づいた。

 

 

「ん?……どうかしたか?」

 

「……折木アンタ、その頬……」

 

 

 どうやら俺の頬に当てているハンカチが気になっていたらしい。数秒、頬とにらめっこをする反町は、合点がいったかのようにポンッと手をたたいた。

 

 

「……さっきのモノパンの槍から受けたきずだね!ちょっと見せてみな……」

 

 

 神妙な顔つきで俺に近づき、ハンカチの裏のキレイに引かれた1本の切り傷を診察し出す。反町の顔が近づいたことに動揺した俺は、瞳を斜めに動かし、そらす。

 

 

「……近くで見ると本当にキレイに付けられた傷だねえ。……よしっ!待ってな!アタシに消毒とか治療とか諸々まかせるさね」

 

 

 そう言い残し、善は急げというようにパタパタと走って行き、倉庫の中へと姿を消していった。テーブルの周りに、少しの静けさが広がる。

 

 数秒経ってずっと突っ立って待っているのも疲れると思った俺は、他のテーブルから椅子を2つ拝借し、ヤカンの乗ったテーブルの周りに設置し、座り出す。

 

 “贄波も座れよ”と言おうと思ったが、いつの間に姿を消していた……どこに行ったんだ?と見回してみるが…やはりどこにも居ない。

 

 

「んん~口の中でリンゴが踊ってるんだよねぇ」

 

「……しばらくリンゴは食べなくて良さそうですね」

 

「……アッポーが1つ、アッポーが2つ……」

 

 

 キョロキョロと贄波を探すように首を回す俺を余所に、3人はそれぞれ疲弊しながらリンゴへの怨嗟をつぶやく。

 

 この惨状で、本当に俺達2人で飲みきれるのだろうか……?そう俺は不安な気持ちを募らせる。しかし、一杯も飲まないのもまたもったいない、そう考えた俺はヤカンに手を伸ばしかける……と。

 

 

「……そういえば、コップが無かったな」

 

「大丈夫…持って、来てる、よ?」

 

 

 姿をくらましていた贄波は、また忽然と現れ、俺が用意していた椅子に腰かけていた。

 

 お前は幽霊かと言いそうになったが、見てみるといつの間にか俺の目の前にはコップが用意されていいた。どうやら……姿が見えなかったのは、コレを取りに行っていたからみたいだ。

 

 贄波の小さな気遣いに“ありがとう”、そう言おうとしたのだが、贄波の手元に置かれているのはコップではなく…明らかにジョッキであることに口を閉ざしてしまった。

 

 

「……そんなに飲むのか?」

 

「う、うん、変、かな?」

 

 

 ものすごく変と答えたかったが…彼女の個性を尊重し…“変じゃない”と返答しておいた。

 

 

「おおーい、救急箱持ってきたよ!」

 

 

 さて、早速飲んでみようと思った矢先、丁度良いタイミングで、反町がまた急いだ様に小走りでこちらに戻ってきた。

 片手には大きめの、それこそ多少の大けがでも対処できるようなくらいの救急箱がぶら下げられていた。

 

 

「さあ折木、傷見せてみな」

 

 

隣に座り込んできた反町は、俺と対面し、早速治療が施していった。

 

 “少し染みるよ”、そう前置きし、消毒液でぬらした脱脂綿で傷口を撫でていく。確かにピリッとした痛みはあったが、すぐに慣れたのでそのままジッとする。

 

 

「よし……消毒は済んだから……後はガーゼを貼って……はいっ!コレでOK」

 

 

 わずかな時間で諸々の動作を終えた反町に、俺はそのスムーズな手際に関心する。

 

 

「手慣れているな……シスターはこういう処置が得意なのか?」

 

「シスター全員が得意って訳じゃ無いけど……アタシが居た教会は孤児院も兼ねてたからね、ガキどもの傷の手当てなんかで慣れちまっただけさね」

 

 

 消毒用の道具をしまう手を止めた反町は…癖なのか、右手で首に賭けた十字架のペンダントをイジり出す。

 

 

「そのペンダント……大事なモノなのか?」

 

「ん?……まあそうだね。正確には、大事なモノになっちまったモノさね」

 

「……なっちまった?」

 

「ああ。このペンダント、実は1回壊したことがあってね……こう、十字架の長い方をポッキリって感じで……。修理に出すよりか、新しいのを買った方が安上がりだったから、仕方なく新調しようかと考えてたんだけど……」

 

 

 十字架を眺めながら…懐かしむような、それでいて寂しげな表情を浮かべる反町。

 

 

「あのガキども、勝手にこのペンダントくすねて、修理出しちまったんさね。生意気にも、自分たちの小遣い出し合ってね」

 

「……」

 

「結局、ピッカピカに仕上がった安物のペンダントが、この通り今もアタシの首下にぶら下がっているってわけさね」

 

 

 ぶっきらぼうに話しながらも、彼女の目元からは喜びが滲んでいることが分かった。

 

 

「……慕われてたんだな」

 

「そう、かもしれないね……照れる話だけどね」

 

 

 本当に照れるように頭を掻く反町。あまりほころんだ顔を見られたくないのか、俺に顔が見えないよう、適当な方向に顔をそらしてごまかす。

 

 

「……こうやって、ペンダントを握って目をつぶってみると思い出すんだよ……あのガキンチョどもが鼻をたらしながら走り回ってる光景がね……」

 

「…本当に、子供が好きなんだな」

 

「あの孤児院のガキども限定さね。本当は子供相手なんて苦手中の苦手だよ」

 

「……そうか」

 

 

 嘘か本当か分からないが…それでも。そんな子供達に慕われるくらいに…彼女は面倒見が良く、そして優しい人間であることは、凡人の俺でも理解ができた。

 

 

「ああ~~っもう、この話は終わりさね!ほら、予備のガーゼ。シャワー浴びた後とか、新しいのに付け直しとくんだよ…良いね?」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 その感謝の言葉に赤面しながら、反町はそそくさと治療道具を救急箱にしまい込み、倉庫へ戻しに行った。何となく、反町の人柄というものに触れられたような気がした。

 

 

 そう感慨に耽っていると…。

 

 

「ごちそうさま、でし、た」

 

 

 側で聞こえた贄波の言葉を耳にした俺は、すぐに顔を彼女の方向へと向けた。

 

 

「……お見事」

 

「恐ろしい飲みっぷりでした……思い返す度に何かこみ上げてくモノがありますね……えっと物理的にですけど」

 

「……よい子はマネしない方がいいねぇ」

 

 

 テーブルに転がる3つの空のヤカンと、贄波の口元に垂れるアップルティーの痕跡から、彼女は見事に大量のアップルティーを完飲して見せたことが分かった。

 反町との交流の裏で、そんな場面が繰り広げられてことに驚く反面……どれほどの飲みっぷりだったのか非常に気になった。

 

 

「ご、ごめん、ね?おなか、空いちゃって……」

 

 

 何かをしでかしてしまったと思い込んだ贄波は、アワアワとふためき始める。全く苦しそうに見えないことから…小柄な彼女の胃袋は異次元レベルにでかい…そう理解できた。

 

 

「もう飲まなくても良いと考えれば……はい大丈夫です」

 

「んん、異次元レベルの胃袋なんだよねぇ……」

 

「……とてもマネできない」

 

「……?」

 

 

 そんな俺達の反応を見た贄波は苦く微笑み、御免ねと言いたげに、首をかしげた。

 

 

「おっ!なんだいアンタら、あの量をもう飲んじまったのかい?さっきまであんなに苦戦してたのに……」

 

 

 救急箱を倉庫に仕舞って返ってきた反町は、このテーブルの惨状…もとい、状態を見て、感心の声を上げた。

 

 

「ははは、何か胃のヤツが空きのスペース隠してたらしいから、そこを使わせてもらったんだよねぇ」

 

「アレです!なんとやらは別腹というヤツです!」

 

「……それはスイーツで使う文句」

 

 

 恥ずかしがる贄波に気を遣ったのか、焦ったように小早川に古家は強がるように言葉を並べる。

 

 

「おいし、かったよ?反町、さん」

 

「おお!そうかいそうかい。そう言って貰えるなら余計気合いが入るってもんだよ!!だったら今度はもっと作ってあげなきゃね!!」

 

 

 贄波の言葉に気を良くした反町は、意気揚々に文字通り胃を破裂させる爆弾発言を投下する。

 

 まさかこれ以上の量がいつか食卓に並ぶというのだろうか…?贄波以外の全員は顔を青くした。……贄波だけが少し残念そうな表情をしていたことは、一旦心にとどめておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…今になって気づいたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺、アップルティー1杯も飲んでなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「それにしても、さっきは肝が冷えたよ。いきなりアイツが『ロンギヌスの槍~』なんて言い始めたと思ったら、どでかい槍が折木に向かって飛んでいったんだからね」

 

「ああ、あの時は俺も死を……いや、それを覚悟する前に死んだと思ったよ……」

 

「はい、見る角度によっては顔を貫いた様にも見えますからね……まあ、その角度で見ていたのが私だったんですけど……はい」

 

「……別の意味でご愁傷様なんだよねぇ」

 

 

 数十分前に起きたばかりの出来事のはずなのに、俺を含めた全員は、何故か懐かしむように浸った口ぶりで振り返る。今まで誰も経験したこともデスゲームに巻き込まれたはずなのに、現実味が無いからなのか…そんなことなどまるで意に返さない…さほど悪くない緩んだ空気がこの場を満たしていた。

 

 ……こんなに弛緩した状態で良いのだろうか?もう少し危機感を持った方が良いのだろうか?

 

 いや、もしかしたら…敢えてそういう雰囲気を出さないようにしているのかも知れない…。だけど、そんなことを指摘するのは流石に空気が読めなさすぎる…俺はそう葛藤しながら、黙って皆の会話に耳を傾ける。

 

 …俺は所在なさげに、ガーゼに覆われている1本の傷を指で撫でてみた。血は出ていたが見た目ほど深い傷でも無かったために、ヒリヒリとした痛みも、走るような痛みも無い。じんわりとした、引っかかるような暖かさだけは頬から感じられた。

 

 

「やっ、ぱり。痛む、の?」

 

「…………いや、痛いとは思わない。ただ……」

 

 

 ……ただ思い出してしまう。

 

 一切の表情を変えず、指を指して一抹の死を手向ける、モノパンの姿を。

 

 震えはしないが、背筋に一滴、冷たい何かがつたっていくのを感じた。

 

 これはきっと“恐怖”だ。凡人の俺ではあらがうことすらできない、強大な力をもったアイツに恐怖をいだいているんだ。

 しかし、それとは別に、何故か“良かった”という感情がよぎった。あの出来事を全て夢だと断じず、きちんと“コレは現実であると”自分自身の体が認知してくれていることに、安堵を覚えているからかもしれない。

 

 

「だけど…ね、こうやって五体満足で居られるのも、アンタのおかげさね!」

 

 

 すると唐突に、反町は快活に笑いながら、小早川の背中を思いっきりたたく。側に居た小早川は“あわわわ”と言いながら少し前屈みになった。

 

 

「び、びっくりしてしまいました……もお~驚かせないで下さいよ」

 

「いや悪いね。今生きてる喜びを噛みしめると、アンタにお礼を言いたくて仕方がなくなっちまうんだよ」

 

「あああ~~そうだねぇ。あんときの反町さんまさに憤怒の形相でモノパンに飛びかかろうとしてからねぇ…多分…小早川さんが全霊で止めてなきゃ、きっと……うう、想像もしたくない光景が予想できるんだよねぇ」

 

「イヤなところで言葉をぼやかすんじゃないよ!!言うんだったら男らしくストレートに言いな!」

 

「曲げずに言っても物騒な事には変わらないと思うだけどねぇ……」

 

 

 もしも俺が選ばれていなかったら、反町があのまま飛びかかっていたら…きっとあの場で殺されていたのは…反町や他の誰かだったかも知れないのだ。

 だけど…そんなもしもなんて今考えても仕方がない。それが凄惨なifであるなら、なおさら考えるべきではないのだ。

 

 

「だからこそ、アタシもストレートにお礼を言わないとね……小早川、ありがとうさん」

 

 

 それだとお前が男みたいになってしまうような……と言おうとしたが、反町の真剣な表情を見てツッコむのも野暮だと、俺は言葉を飲み込んだ。その礼に対して小早川は、いやいやいや、と宥めるように慌てて手を振った。

 

 

「いえいえもうそんな、そう言っていただけるだけでも、嬉しいというか、私の様な人間にはその言葉すらもったいないというか……」

 

「偉いくらいかしこまっているんだよねぇ」

 

「腰が低くすぎて、逆に屈折した受け止め方になっている気がするな」

 

 

 そんな小早川を見て何か思うところがあったのか……何やら深く考え込み始める反町。小早川はその思案顔に、もしかして何かしてしまいましたと、不安気な表情を出していた。

 

 

「でも言葉にするだけだったら、アタシの気が治まらないんだよ……何か、他に、礼をできるようなことあれば……」

 

「本当に大丈夫です!もうめっちゃ受け止めてますよ!!反町さんの感謝の気持ち!!こう、胸にドーンッと……ヴェッホヴェッホ」

 

「自分で胸たたいて咳き込んでちゃ、世話ないんだよねぇ」

 

「……難儀な性格」

 

「でも…真っ直ぐな、感じ、で良いと思う、よ?」

 

 

 律儀に感謝の念を伝えようと頭をひねらせる反町と、謙虚な姿勢をつらぬく小早川。そんな2人の微笑ましいやりとりを俺達は冷静に観察していると……急に“そうさね!!”と言いながら反町は立ち上がった。

 

 

 

「小早川……礼と言っちゃなんだけど、アタシが開発したオリジナル護身術……「反町流喧嘩殺法」を伝授してあげるさね!」

 

「……オリジナル、護身術?」

 

「そ、反町流、喧嘩殺、法?」

 

「護身術なのに、喧嘩売ってるんだよねぇ。もう名前からして物騒極まりないんだよねぇ…」

 

「……ヤバそう。いや、ヤバそう」

 

 

 反町から放たれたいきなりの発言に、どうにもついていけなかった俺達は、呆けた表情のままそれぞれ言葉を出していく。そして今にでも弟子にされそうな小早川は立ち上がり、いやいやいやと反町に向けてまた手を揺らす。

 

 

「そ、そんな、護身術だなんて……私ただでさえ華道しか能がないのに、これ以上何か詰め込んだら沸騰で頭破裂しちゃいますよ……」

 

「いーやっ!女なんだから、護身術の一つくらい学んでおかないと、この現代という社会では生き残れないよ!と・く・に!あんたはものすごくかわいいんだから!!どこの馬の骨かなんかに絡まれてみな!すぐに路地裏行きだよ!!」

 

「かわいい……!!それに路地裏……!」

 

 

 意味深な発言に対し顔を真っ赤にする小早川。そんな彼女に売り込むように、反町はズイズイと押していく。止めた方が良いのだろうが…ココは一度見守った方が良さそうだ。

 

 

「反町さんがどれくらいサバイバルな現代を生きてきたかは置いといて……関西最強の不良チームのヘッドから直々に教えてもらえるなんて、人生で1度あるかないかのレアな経験なんだよねぇ……」

 

「……ヘッド?」

 

「言ってなかったかい?アタシはシスターと兼任して、社会にあぶれた輩共もまとめるんだよ?」

 

「関東最強の暴走族、『暮威慈畏大亜紋土(クレイジーダイヤモンド)』に匹敵するって噂の…何だったっけねぇ…」

 

「『御陀仏(おだぶつ)』さね!!」

 

「…らしいんだよねぇ…」

 

「……知らなかった。今まで生意気な態度とってすみません」

 

「…態度の、ひっくり返りが、早、い…!」

 

「んん……まあ、悪くない話なんじゃないか。確かに小早川は美人なんだ、そういう奴らのノウハウをしている人間から護身術を学んでみても損をすることはないんじゃないか?」

 

「び、美人………そ、そうですかね?」

 

「……餅は餅屋」

 

 

 まあ、喧嘩殺法と銘打ってはいるが、本人が言うのだから、護身術であることには変わりは無い……はずだ。

 そんな俺達のアドバイス…と言うか勧めをを受けた小早川は、うう~と唸り、参った様子で椅子に腰をかけ直した。

 

 

「わ、わかりました……ええと、反町さんのお礼、全身全霊で受け取らせていただきます……」

 

「そう来なくっちゃね!!早速明日から稽古を始めるさね!」

 

 

 そういきり立つ反町と、落ち着く間もなくまた慌て始める小早川。

 

 “明日の朝4時からどうさね!””早すぎですよ!!”と忙しなく日取りと時間を決める2人……でもどこか楽しげで、自然と笑みが漏れる微笑ましい空間が作られているのは分かった。俺達はどうやら、蚊帳の外に居るみたいだった。

 

 

「……いやぁ~、でも小早川さん元気になって良かったんだよねぇ。最初にここに来たときは、押せばつぶれいちゃいそうな位グロッキーだったからねぇ」

 

「まあ……無理もないな」

 

 

 ただでさえ繊細そうな小早川のことだ、ストレスのかかるこの状況で、さらに負荷がかかっていてもおかしくは無い。むしろ水無月や落合のようにはしゃいでいたり、のらりくらりとしている方が普通じゃ無い。

 

 

「古家くん、は、どうな、の?」

 

「ああ、そうだった。お前もグラウンドを出るとき…かなり暗い顔をしてなかったか?」

 

「んん?ああ~あれね。あれはね……実にお恥ずかしい話なんだけど…?あたしがいつも論文を送ってる研究所に向けて…何て言い訳をしたもんか…悶々と考えていただけなんだよねぇ……あははは自己保身、自己保身」

 

「…言い訳」

 

 

 ……なんとなく心配して損したと考えてしまったのだが、これは薄情というのだろうか?

 

 

「ああ、そうか……なら別に大丈夫だな」

 

「ちょっと待つんだよねぇ!!全然大丈夫じゃないんだよねぇ!主に、あたしに向ける目が!!」

 

「そんなことは無い…多分」

 

「多分って言ったんだよねぇ!一気に信憑性が薄くなっちまったんだよねぇ!?」

 

 

 どうやら俺の仏頂面は冷めた表情を古家に向けていたらしい……。まあでも…そんなに重く受け止めている様子は無くて良かったというのは…本当だ。

 

 

「風切さん、は、大丈夫、なの?」

 

 

 俺に向けて抗議を続ける古家を無視しながら、贄波は心配の矛先を風切に変えた。矛先を向けられた彼女は…”私?”と、自分に指を向ける。

 

 そしてしばし、ためるように間を取る風切。何だかよく分からないが…妙に気が引き締まる感じになってしまった。

 

 

「わたし、ずっと寝てたから……――――事の9割くらい理解してない」

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

 

 

 

 

「……マジか?」

 

「……マジ」

 

 

 衝撃のカミングアウトに衝撃を受けるのと同時に、思い出す……そういえばコイツ、ベンチでずっと寝てたな……と。

 

 そして俺の記憶が正しければ、起きてたのはかなり後半……。具体的には…俺がモノパンから見せしめを受けたときくらい。

 

 

 あまりにものんきすぎるその発言と行動に…俺達は愕然としてしまった。こいつもしかしたら、落合よりも自由人なのかも知れない。

 

 

 それからはもうお分かりの通り…日取りを決め終わった小早川と反町を交え、俺たちはお茶会の後半を風切に対する状況説明の時間に費やした。

 

 

 しかし当の本人である風切が途中で居眠りを始めたり、単純に話を聞かなかったり、さらに腹の虫を鳴らしてきた鮫島と沼野が乱入してくるなどのアクシデントに見回られたりして、想像以上に説明に時間をかけてしまった。

 

 

 

 結局、説明を終えられた時には……空は夜を告げてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【舗道(噴水広場~ログハウスエリア)】

 

 

 

 風切との意思疎通に疲れ果てた俺と贄波は、自分たちの寝床であるログハウスエリアまでの帰路についていた。

 辺りはすでに暗闇で満たされており、光の居場所は一定の間隔で立ち並ぶ街頭の足下だけになってしまっていた。

 

 

「……」

 

 

 グラウンドから炊事場まで歩いてきた時とほとんど同じように、静かな空気と、風になびく木々のさえずりが俺達の周りで反響する。

 

 

「反町さん、の、作ってくれた、ごはん……おいしかった、ね」

 

 

 だけど少し違うのは、俺と贄波の間に心地よい沈黙だけで無く、小さな会話の花が咲いていることだった。

 

 

「ああ……特にあのチャーハンは絶品だったな……」

 

 

 今話題となっているのは…腹の虫が治まらない鮫島達に気を利かせくれた反町が、簡単に振る舞ってくれたチャーハンの話。良い具合にパラパラとしていて、最終的に俺達をじゃんけんという名の死闘へと誘うほどにその味は絶品であった。

 

 

「あれが、お袋の味というヤツなんだな……」

 

「多分、ちがう、と思う」

 

 

 冗談のつもりで言ったのだが……かなり真剣な表情で否定されてしまった……。イヤ別に、そういう意味では無く……ただ、そう錯覚してしまうほどに心温まる味であった…そう言いたかったのだが。

 

 

「…だけど贄波……さすがにアレは食べ過ぎだったんじゃないか?」

 

「うう……そ、そう、かも」

 

 

 鮫島達と負けず劣らずの腹の虫を鳴らしていた贄波は、空腹の勢い余って大盛5杯の焼き飯を平らげていた。

 だからこそ俺達は残りわずかなメシを争奪するべくじゃんけんをする羽目になったのだが……こっそりと参加していた贄波は俺達をじゃんけんで下しに下し、さらに1杯プラスアルファで食べきっていた。まさに天性の大食らいとも言える大立ち回りであったのだ。

 

 まさに執念と呼ぶべき、恐ろしい食欲である。あの反町の、まさに微妙としか形容できない引きつった表情を俺は忘れることはないだろう……。

 

 暗にそう指摘するようなことを……俺に言われて、欲望に忠実になりすぎたと感じてしまったのか、贄波は気恥ずかしそうにうつむく。

 

 

「…………だがしかし、まあ、ここの空はご丁寧に夜も演出してくれるんだな……」

 

 

 少々イジりすぎただろうか…そう思った俺は話を切り替えるように空を見上げ、昼から夜へと様相を変えたこの施設についての話を切り出した。

 

 

「えっ?………うん…そうだね…………ほん、とに、キレイ」

 

 

 俺につられて同じく顔を上げる贄波。長い前髪は耳元まで垂れ下がり、あらわになった翡翠色の瞳が天井の星々を写し上げる。

 

 プラネタリウムのように彩られた夜空の映像。まがい物の空であるとは分かってはいるのだが……そう言われなければ気づかないほどにリアルな星の海。

 

 

「でも、変な感じ、だよ、ね……動物の、声もするのはず、なのに、姿も、見えない。そこに、いるはずなの、に、だけど、いない……」

 

 

 さらに視覚だけで無く、自然と聞こえてくるヒグラシの声も、夜特有の湿気った匂いも、なにもかもが本物だと錯覚してしまう。そのことに向けてなのだろう…贄波は困惑した表情を俺に向け、そんな所感を述べ始めた。

 

 

「ああ、なんだかくしゃみをしようとしても出し切れなくて、結局納得しないまま終わったような、そんな変な感じだな……」

 

「……………そ、そうか、な?」

 

 

 賛同する俺の言葉に……贄波は困惑した表情を維持したまま首をかしげられた。結構真面目に考えた例えだったのだが……。どうやら贄波には響かなかったらしい。

 

 そんな、何処かズレたような静かなやりとりをお互いに交わしている内に、気づくと俺たちは、寝床が密集するログハウスエリアにたどり着いてしまっていた。

 

 もう着いてしまったのか……何だかあっという間だったな。

 

 そう名残惜しいような感覚のまま真ん中の広場まで歩き、俺と贄波は互いに顔を見合わせる。

 

 

「そ、それじゃ、また明日、ね?」

 

「ああ、また明日、な」

 

 

 そう別れの言葉を交わし、軽く手を振りながら俺たちはそれぞれの部屋と戻っていった。今生の別離でも無いのはずなのに、何となく寂寥感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 扉の先に広がっていたのは、自分らしい、ベッドとタンスと机だけの何の特徴もない殺風景な部屋だった。

 

 ……だけど、俺は感じる、ここは俺の部屋であると、ここに俺は住んでいるのだと。何十年もここに暮らしていたかのような安堵の気持ちと、鼻をくすぐる郷愁を促す臭いが俺の五感にそう告げていた。

 

 

 そして安心感を得た俺に、ドッとくるような疲労が体全体を覆い尽くす。

 

 ……無理の無い話だ、今日一日で1人の人間が経験し得ない山のようなイベントの数々が、凡人である俺に降りかかってきたのだから。

 

 

 希望ヶ峰学園への入学……15人の個性的な同級生との会合……モノパン……ジオ・ペンタゴン……永久の共同生活……そして、コロシアイ。

 

 

 走馬灯のように駆け抜ける言葉を思い返しながら、俺はベッドに全身を投げ、沈める。洗いぬかれたきれいなかけ布団に、しわ一つないピンっと張ったシーツ、サービスの行き届いたホテルの如く洗い抜かれた和らぎは、俺の心を優しく包み込む。……俺は固い表情を崩し、頬を緩ませながら目を閉じる。このまま自分の心に従って眠ってしまおうか……欲望に身をまかせてしまおうか……そう考えだす。

 

 

 ……そこでふと、俺は違和感を抱いた。そして思い返す、確か、俺は最初にこのベッドの上で目を覚ましたはずだ……なら、何故、しわ1つのよれすら無いのだろうか……?と。

 

 さらに、上の方から漏れ出す禍々しい気配を察知した俺は、跳ね起き、扉を背にして後ろに下がる。

 

 

 

 

 

 ……案の定、窓際に立っていたのは、俺達に全力の悪意を振りまき、コロシアイを俺達へけしかけた、――――モノクロカラーのパンダ(どう見てもクマ)であった。

 

 

「くぷぷぷぷ、別にそんな警戒しなくても良いじゃないですカ?……折木クン?」

 

 

 右手に握るステッキを左手でイジり、嫌みったらしい笑みをたやすくこと無く、甲高くふざけたような口調で、”モノパンは”俺に語りかけてきた。

 

 

「警戒するな…か。無理を言うな……」

 

 

 “くぷぷぷぷ、まあそりゃあそうですよネ……”モノパンはそうつぶやきながら、頭の上のシルクハットの鍔をかぶり直すようにイジり出す。

 

 

「……どうやって、入ってきた?」

 

 

 警戒心をあからさまなくらいむき出しに、モノパンへと静かに問いかける。

 

 

「くぷぷぷぷぷぷ、紳士に不可能なことは無い、ましてや部屋に無断で侵入することなど造作も無い……と言いたいところですが、単純に窓が開いていたので密かに侵入させていただいたんですけどネ?」

 

 

 “不用心ですねェ~”と酷く馬鹿にしたようにニヤニヤとする………。何だか嘘くさいような事を言っているが…多分俺自身が迂闊だったのだろう。

 

 

「……だったら何の用だ。俺はこれから睡眠を取って今日一日の疲れを取らなければならない……これ以上疲労を重ねようとするのなら、他の部屋に行かせてもらう」

 

「まあまあ折木クン。そう死んだような目をしながら健康的な事をおっしゃらないで下さいヨ~。別に大した用件ではありませんシ……ていうか用件というよりもお見舞いみたいなモノですヨ」

 

「…死んだようなは余計だ」

 

 

 するとモノパンはシルクハットを突然脱ぎ出し、中に手を突っ込みガサゴサと探り始める。すると、まるでマジックのように様々な果物が乗ったバケットが姿を現した。俺は目を見開き、驚を露わにする。

 

 

「はぁい折木クン……先ほどはいきなり槍を差し向けてしまい申し訳ありませんでしタ……コレはお詫びの印でス。どうぞ受け取って、そして割と早めに召し上がって下さイ。賞味期限が心配ですからネ……」

 

 

 一体にコイツは何を言っているのだろうか?いや、何をしているのだろうか?急に謝り始め、急にお詫びを申し上げ始めるモノパンに、俺は頭の中を混乱させる。

 

 

「くぷぷぷぷぷ、やはりそうなっちゃいますよネ~?いきなりワタクシのような性根の腐った『パンダ』が、いきなり親切に果物を届けに参上するだなんて……カオスですよネ~?」

 

「……何が狙いだ」

 

 

 コイツが何の意味も無く俺達に近づこうとする訳がない……今までのコイツの狡猾さと、そして今も感じるうさんくささが、それを物語っている。きっとこの手土産にも何かしたの思惑があるはずだ。

 

 

「くぷぷぷ、狙いなんてありませんヨ……ワタクシは紳士ですから、真摯な気持ちでキミに誠意を見せたいだけですヨ……あっ!コレシャレじゃないですからネ?ホントですヨ?ホントなんですからネ!?」

 

 

 急に恥ずかしそうに慌てふためき始めるモノパンに対し、俺は自慢でも無い仏頂面で怪訝な表情を作り出す。

 

 

「もういい……モノパン、そのバケットはありがたく受け取っておくから……出て行ってくれ」

 

「あららラ?そうですカ?それはなんだか寂しいですネ~……よかったらおしゃべりとかしませんカ?ワタクシ結構話題が豊富なんですヨ~?例えば……とある道のマンホールからアナコンダが顔を出していた話とカ……」

 

「用件はもう済んだんだろ…………これ以上の無駄話はごめんだ……」

 

 

 俺は扉を指さし、部屋を出て行くことを促していく。……確かに少し気になる話ではあったが、さすがに容量オーバーだ。

 

 

「はぁ……そうですカ……紳士であるワタクシは、折木クンのお言葉通り、大人しく撤退させていただきますよ~ダ」

 

 

 “はぁ……”ともう一度大きなため息をつきながら、トボトボと扉に向かう。

 

  そのがっかりとした態度に……なんとなく罪悪感が湧いてくるが、それ以上にコイツからはどうしても、相まみえることができないという拒絶の情が先行してしまうのだ。

 

 もはや友として語らい、手を握り合う未来も無い。

 

 

 ……だけどまあ、1つ、礼ぐらいは言っておくべきか……。

 

 

「……モノパン。ベッドメイキングについてなのだが……お前がやったんだろう?……礼は言っておく」

 

 

 仮にもコイツは施設長なのだ、他に従業員の姿も見られないことだから……恐らく施設の食糧の補充とか、施設の清掃等などをやってくれているのだろう……。

 

 

「い、いやぁお礼だなんて、そんな当たり前のことをしたまでですヨ~……でもそこまで言うのでしたら、仕方ありませんネ~」

 

 

 トボトボとした足どりを止め、クネクネと頬を覆いながら踊り出す……。

 

 

「まあ、折木くんがァ?そこまでお礼をしたいというならァ?ワタクシと小一時間ほどお話を……」

 

 

「帰れ……!」

 

 

 “ちェ~”とモノパンはふてくされた様な口ぶりで、マントを翻し忽然と消える。

 

 一時の嵐が去ったことを確認した俺は、ふぅ、とため息をつきベッドに座り込む。そして俺は、モノパンの消えた静けさに浸りながらウトウトとまぶたを揺らす。

 

 うつ伏せの体勢でベッドに体を沈め、目を閉じる。いらない過程を経てしまったが、やっとの休息だ。

 

 俺は遅延していく意識の中で、日記を書くように思いを巡らす。

 

 今日という日は、偽りの自然と調和した箱庭に隔離され、コロシアイを言い渡されるような最悪の一日でもあったが、同時に少し頭が痛くなる愉快な友人達と出会えた、幸福な日でもあった。

 

 

 

 これから、この先も、コロシアイなんて起きるはずが無い……だってあいつらは……きっと良い奴らなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はそんな根拠の無い確信を持って…意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モノパン劇場』

 

 

 

 

「いやぁ、今日も一日お疲れ様でしタ~」

 

 

「彼らにとって、今日という日は人生で最も不幸で、最悪の一日になったはずでス」

 

 

「幸福な気持ちを感じるようなヤツなんて、居るわけ無いですヨ!」

 

 

「……何故断言できるのかですっテ?」

 

 

「それは勿論、ワタクシが紳士、だからですヨ~わかりきったこと言わせないで下さいヨ~」

 

 

「ではそれに加えて断言いたしましょウ!次の日になったら、絶対に!生徒が1人、お亡くなりになっていることでしょウ!!」

 

 

「賭けてもいいですヨ!もし亡くなっていなかったらこの自慢のモノクルを割っても良いですヨ!!」

 

 

「いやぁ~楽しみですネ~信じていた級友が同じ級友を犠牲にし、自分だけの幸福な未来にありつく……んん~皆さんの絶望を浮かべた表情を創造するだけで心がおどりますヨ~~」

 

 

「……そろそろ夜も深さが増してきましたね、ですのでここで一旦区切ることにしましょウ。、それでは皆さん!グッドナ~イト、くぷぷぷぷ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

 

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 




どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。
少しずつ、本当に少しずつ物語は動いていきます。結構設定は固めているので、随所に伏線がちりばめられています(多分)。


↓以下コラム


『ジオ・ペンタゴンの地図』

ジオ・ペンタゴン:エリア1…https://www.pixiv.net/artworks/82627619

ジオ・ペンタゴン:中央棟…https://www.pixiv.net/artworks/82627983


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Chapter 1 -(非)日常編- 2日目

 

「ウウッ……ヒクッ……」

 

 

 ……子供が……泣いている。

 

 

「ヒクッ……ヒクッ……ウウウウ」

 

 

……しゃがみ込んで、背中を揺らして、泣いている。

 

 

「なん、で。ヒクッ……、皆、笑う、のぉ」

 

 

顔も見えない……どこの誰なのかもわからないはずなのに……見覚えがある。

 

 

「ヒクッ、怖く、なんか…ない、もん」

 

 

……思い出せない

 

 

……思い出すことができない

 

 

……思い出そうと、していない……?。

 

 

 じわじわと希釈されていく意識は、かすかな違和感を残し、この場から去って行こうとする。逃げるように、見てはいけないモノを見たかのように、何か見たく無いものから、目をそらすように……。

 

 

 ……そして、忽然と、意識は――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 朝の日差しが、窓にかかるカーテンの隙間と隙間から漏れていく。逃げ場を求めて、光の粒子が俺の部屋の一部にじりじりと当たり続ける。

 ……その一部には、俺の顔も含まれており、架け橋のような朝の木漏れ日は俺を今ある現実へ導いていった。

 

 

「んぅ……」

 

 

 日差しの思惑通りに意識の活動を再開させられた俺は、顔をしかめ、朝特有の倦怠感に甘んじるように布団の中で体を動かす。

 

 

「……?」

 

 

 そして、毎朝自分が感じている肌触りとは違う、ホテルのベッドのような、ピンッと張り詰めたしわ1つ無い感触に気づき…思い出す。

 ……そうだ、そうだった。俺は希望ヶ峰学園に入学をすることになって、学園の中で生活を送ることになって……それで…。

 

 

「……夢、じゃなかったんだな……」

 

 

 校門をくぐったときに、急な気の消失を経験し、何処かも見当もつかないこの場所で目を覚ましたのだ。寝ぼけた頭と表情で、最低限の昨日の記憶を取り戻し、ほんの少しのため息を漏らす。

 

 ……俺がここで起きていることが夢では無いのなら……多分、あの摩訶不思議なパンダのロボットも現実に存在しているんだよな……。そして……コロシアイという俺達77期生16名を巻き込んだデスゲームについても。

 

 

「……寝て起きて、落ち着いて頭をひねらせても、現実とは思えないな……」

 

 

 顔を手で覆い、笑えるようなシチュエーションではないはずなのにあきれかえるように笑みがこぼれてしまう。脳がこの現状は、あまりにも現実離れしすぎていると…受け入れられず、誤作動を起こしてしまっているのかも知れない。

 まるでテスト前まで勉強をサボり、前日になると事の重大さに気づくことが出来ずに変な自信を持ってしまうような、そんな現実逃避をしている感覚だ。

 ……だけど、実際はテスト1~2枚と比べものになるほどの重さではない。1人以上の人間の命を背負う程の、計り知れないレベルの重さなのだ。

 

 

「……昨日はあのまま寝てしまったのか」

 

 

 起き抜けから気落ちしてしまった俺は、自分の格好を顧みてみる。そこにはベッドでもみくちゃにされ、しわだらけになってしまった自分の制服があった。昨夜は着替えもせずに寝落ちてしまったらしい。

 

 

「……とりあえずシャワーでも浴びて、着替えるか……」

 

 

 シャワールームに入り、心と体の垢でも落とすような気持ちで、手早く水を浴びる。備え付けのドライヤーで髪を乾かし、歯を磨き、身なりを整える。

 

 否が応でも人に会うことになるのだから、これくらいは最低限すませておかなくてはな……。

 

 そして服を着替えようとクローゼットに手をかけ、開けてみると…そこには俺が今現在も着ている前の高校の制服がずらりと並んでいた。ご丁寧に靴のスペアまでもである。

 

 

「同じような制服を、延々と着回すのか…………?」

 

 

 俺は気味の悪いほど同一の制服群に面食らいながらも、その中の適当な1枚を抜き取り、着替える。……どれを選んでも同じだが、どれも新品同然の保存状況であったため、使う分には問題は無かった……。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 特に決めていたわけでも無い、平凡な朝のルーティンをすませた俺は、腰を落ち着かせてベッドに座る。五分ほど休憩したら、朝ご飯でも食べに行こう……そんな気持ちで、まぶたを閉じて上を見上げていると……

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

 どこからともなくチャイムの音が鳴り響く。音が妙に篭もっているため、外から聞こえていることが分かった。

 

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 チャイムの音に続けて、モノパンの声がビリビリと響く。ありきたりな朝の挨拶が始まり…そして苛立たしいほどのテンションのまま…ブツリとマイクを切った。

 

 

「な、なんだ……?今のは」

 

 

 いきなりの朝の挨拶に驚き、少しの間呆けていると。

 

 

 ドンドンドンドンッ!

 

 

 大きなノックの音が部屋全体に響き渡る。急な打撃音に跳ね上がりはしないまでも、驚いてほんのちょっぴり飛び上がる。

 

 

「……何だか、前にも似たようなことがあったような……」

 

 

 ……そう、アレは気を失って、このベッドで目を覚まし飛び起きた後のことだ……。誰とも知らないヤツがドアをガンガンとたたき、誰とも知らない声が俺の存在の有無を確認してきたのだ。

 

 

「おーい折木ー、生きとるかー」

 

 

 そして俺はそれに“有”で答えようとしたのだが……。

 

 

「まあ、生きとると確信しとるから……入るでー」

 

 

 ……そう、こんな風に無断でズカズカと俺の領域にアイツらが足を踏み入れてきたのだ。

 

 

「……住居不法侵入です。軽犯罪でしょっ引かれるですよ」

 

「堅い話は言いっこなしやって、雲居。ただちょびっと入り口に足入れてもうてるだけやから……結果的にはセーフや」

 

「そういうのは堅いことを守れる人だからこそできる言い分ですし、セーフの基準値バグってるですよ」

 

「ウチ守っとるやん?ほら、ちゃんと靴脱いで玄関から上がっとるで?」

 

「話をそらさないで欲しいです…私は入ったこと自体にモノを申しているだけですよ……」

 

 

 “あんさんごちゃごちゃうるさいでほんま”

 

 “あんたこそ常識がグチャグチャですよ”

 

 と、朝っぱらから言葉をぶつけ合う鮫島と雲居。そうだ…俺はコイツらを含めた15人と昨日初めて出会ったんだ。将来的に同級生として接しなければいけない…希望ヶ峰学園77期生…超高校級の肩書きを持つスペシャリスト達。

 

 

 俺が手を伸ばしても届くことの無い…雲の上の存在達。

 

 

 そんな奴らが………今、人の住処の玄関で漫才を始めている……。まぁ有り体に言えば…非常識である。

 

 

 確かに鍵を閉めていなかった俺にも非はあるが…せめて返事くらいは待ってて欲しかった。俺は昨日何度ついたか分からない深いため息をつく。そしていつものジト目で2人を見つめ、暗に迷惑であることを訴えてみる……が。

 

 

「ほ~ら折木のヤツ困っとるやないか……あんさん謝った方がええんとちゃう?引き際っちゅうもんはタイミングが大事なんやで?」

 

「どういう思考したらそんなイカレた答えにたどり着くですか……本当、コイツにモラルを教えるのは、釈迦にJK語を教える並に難易度高そうですね……」

 

 

 どうやら俺の意図は汲んでくれる様子は無さそうだ……。俺は心で諦めをつかせ、取りあえず仲裁の意味を込めて2人にタイムリーな質問をぶつけてみる。

 

 

「な、なあ2人とも……さっきのチャイムについて何だが……」

 

「なんや?ああ~!あれな!……あれはな、モノパン施設長様の毎朝の挨拶や。内容通り、朝の7時に流れるみたいやで~。まぁ。朝っぱらからあの声を聞くってなると、気が滅入るっちゅう話やけど」

 

「…昨夜の10時頃にも同じような挨拶があったはずですけど…気づかなかったですか?」

 

 

 雲居達の話から、どうやら先ほどのモノパンの放送と近しいものが、昨夜も行われていたらしい。正直…気づかなかった。

 

 

「……ああ多分10時前には寝てしまっていたからかもしれん。昨夜は酷く疲れていたからな」

 

「なんや、じいさんみたいやな~ウチはバリバリ夜更かししてもうてたわ」

 

「いや…昨日あんな事があったのに…図太すぎですよ……でも老体みたいってのは、同感ですね。雰囲気的に」

 

 

 なんでか、鮫島と雲居のじいさん扱いされているのは不本意ではある。が……いつもの俺でも夜9半頃には確かに床についてしまっているので、あながちじいさんと言われても仕方ないのかもしれない。

 

 

「成程…じゃあ…そんな朝っぱらの時間に、俺の部屋へ何しにきたんだ?………何か非常事態か?」

 

 

 コロシアイが起きてしまったのか…そう思った俺は身構える。

 

 

「おぉ!!果物あるやん。アレつまんでイイ奴やろ?ならちょいと頂くで~」

 

 

 俺の質問をいつものマイペースさで受け流し、モノパンからの贈り物である果物に手を出し始める鮫島…。いや、俺はまだ許可を出していないんだが……。

 

 

「……アイツに説明を求めるのは寿命の無駄もいいとこですよ。代わりにアタシが説明するです。ていうかそのために来たまであるです」

 

「……ああ、頼む」

 

 

 俺は何回諦めなければいけないのだろうか……?少なくとも、鮫島に俺の話を聞かせることだけは完全に諦めた方が良さそうだ。

 

 

「……説明するとか大げさな前置きしたですけど……別に何か事件が発生したとか大層なことでは無いですよ。朝ご飯が出来そうなので呼びに来ただけです。はい、説明終了です」

 

「……本当に大したことなかったな」

 

「肩透かししたですか?まあそれに加えてですけど、朝ご飯を食べた後にミーティングをするそうです。今後の方針についてどうとかこうとか……」

 

「ムグムグ、ちなみにメニューは食パンとサラダ、ベーコンonスクランブルエッグ、デザートにバナナだそうやで~。食パンに何かつけたいっちゅうんやったら、倉庫から勝手に持ってきいや~って、反町が言っとったでぇ」

 

 

 そう言いながら鮫島は、その朝のメニューの1つであるバナナを頬張りながら補足を入れる。

 

 

「口に物を入れながら喋るな…!…ちなみにだが、何故お前達が迎えに来てくれたんだ?鮫島の他にも適任は居たと思うが……」

 

 

 俺の質問に、“ああ……”と何となく予想はしていたという顔をする雲居。

 

 

「鮫島や水無月、落合、とかのアホ集団が料理の邪魔ばっかするですから、ご飯が出来るまで余所に行ってろって反町からのお達しが出たんですよ……。それで、どうせだからって折木への伝言を、比較的マシなテンションの鮫島に頼んだんです」

 

 

 今も果物にありついている鮫島でマシな方なのか……。どうやら、今朝の炊事場は思った以上の無法地帯だったみたいだ。

 

 

「で、雲居はその鮫島のおもりか?」

 

「ひどく幼稚な表現をするならそうなるです。……ちなみに水無月は朝衣が、落合は沼野が相手してるです……たく、大人しく調理場の隅っこで細々と本を読むことに興じていたですのに……とんだ貧乏くじですよ」

 

「それは……ご愁傷様と言ったら良いのか?」

 

「そういう薄っぺらいねぎらいの言葉は嫌いですけど……アイツの相手は骨が何本あっても足りないので、ありがたく受け取ってやるですよ……」

 

 

 “はぁ……”と雲居は今まで何回もついたであろう大きなため息を吐く。そこにリンゴをかじりながら“なんやなんや”とそのため息の元凶である鮫島が会話に混ざり込んできた。

 

 

「ムグムグ……雲居、ため息は幸せのダストシュートみたいなもんやで~。吐きそうになったら飲み込んで、リサイクルして幸せに変換せなあかんと」

 

「ストレスの発生源がアンタじゃなかったら、素直に受け取ってるですよ……」

 

「ていうか……どんだけ食べれば気が済むんだ!俺の部屋の食糧だぞ!それ!」

 

 

 指を鮫島に指し、文句を吐き出す。しかし…。

 

 

「ゴクン……それにしても折木ぃ、うんまいなぁ、これ。誰からもろたんや?」

 

 

 俺の文句に芸術的なスルーをかまし、鮫島は俺に質問を呈する。よく見てみると、すでにバケットの上に載っていた果物の5割を食されていた。いや……受け取り主の俺より果物に手をつけているのは、流石におかしくないか?

 

 

「……それは昨晩、モノパンから受け取ったモノだ……俺に怪我をさせたお詫びだそうだ」

 

 

 俺の返答を聞いた途端、鮫島は、“んぐぅぅ!!”と喉を詰まらせたかのようにえづく。

 

 

「モノパンからなら先に言えや!……毒とか、後なんかいかがわしいものが入ってたらどうするねん!」

 

「先に話を聞かなかったヤツが何を言うですか。身から出た錆ですよ。……まあとりあえず、外面に変化は無いようなので問題なしだと思うですよ」

 

「うう~もしかした遅効性の可能性もあるかもしれへんし……あっ、何かそう思うとえらく腹の具合が……」

 

「ほぼ100パー気のせいですよ……とりあえず、これからは人の話には耳を貸すことですね」

 

 

 腹を押さえ青い顔をする鮫島を“イイ授業になったですね”と鼻で笑う雲居。……その授業料が俺の果物というのが何となく釈然としない。

 

 

「にしても、変なロボットですねぇ。高笑いしながら揚々と傷つけてきたくせに、今度は腰を低くしながら謝罪に現れる……まるで別人格ですね」

 

「……アイツ、酒飲んだ勢いで色々やらかして、後から頭下げるのに奔走するタイプやな。いや~ウチは絶対、あんな未来の見えないクマ型ロボットにはなりたないな」

 

 

 ケロッとした様子の鮫島が、いつも通りの砕けた調子で俺達の話しに茶々を入れてくる。どうやら先ほどの腹痛は本当に気のせいだったようだ。

 

 

「やらかしそうなヤツランキング堂々一位のアンタには言われたくないですよ……。それに誰もロボットに何かなりたくないですし、なれもしないですよ」

 

「なんや、ロボット差別か?」

 

「恐らく物理的にロボットになるのは不可能、と言うことではないか?」

 

「…何処をどうとったら差別に繋がるんですか…」

 

 

 会話の繋がらない鮫島のやりとりに辟易しながらも…会話は何となく続いていく。案外…この2人は相性は良いのかも知れない…。

 

 

「…ふぅ、雑談もこれくらいで良いですよね?伝言も伝え終わったことですし、そろそろ戻るですよ」

 

「おっ、エラいスムーズに終わったなぁ、さっすが俺やで。事運びの鬼やな」

 

「「お前(アンタ)はずっと食べてただけだろ(ですよ)!!」

 

 

 こんな風に、フルスロットルでボケを繰り出す鮫島に、俺と雲居は朝っぱらから疲れをもよおす。こんな騒がしい朝の始まりはいつぶりだろうか……。俺は疲れの裏に、家族との団らんのひとときのようなこの賑やかな朝への嬉しさと懐かしさをにじませた。

 

 

 俺達は朝ご飯と、そしてミーティングを行うため、炊事場へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

「お~う、帰ったで~」

 

 

 家に帰ってきたかのような緩い口調で鮫島は炊事場に居る連中へそう告げた。

 

 そしてその言葉の矛先である炊事場を見渡してみると、まあ予想通り俺達以外の13人の生徒達が自由気ままに時間を潰していた。

 

 

 昨日より、護身術の師弟という間柄となった小早川と反町は、キッチンにて料理を作っており、香ばしい朝のパンの匂いが炊事場全体に広がらせ。そして先ほどからお守りをされる側とおもりをする側の関係になってしまった聞いたと水無月と朝衣、沼野と落合はそれぞれ雑談を交わしていた。……沼野の場合、大分頭をひねらせているので、多分落合との会話が成り立っていない可能性が高い。

 

 そのほかにも、贄波と長門、古家に対して雨竜が大げさな身振り手振りで何かについて高説を述べていたり、万歩計を片手に高速で足踏みをする陽炎坂、優雅にパイプのようなモノを吹かしているニコラスが居たりする。

 

 

「ああっ!鮫島くん、蛍ちゃん、おっかえりー!そして公平くんには……おはよう、だね!」

 

 

 朝の全員の動きに注目していると、鮫島の言葉に反応して……こちらへ今日も今日とで、まぶしく笑顔を輝かせている水無月が駆けよってくる……。

 

 

「ご機嫌よう、3人とも。鮫島君と雲居さんはさっきぶりで……折木君も昨日ぶりね」

 

 

 当然水無月のお目付役を担っている朝衣も、付随してやって来る。

 

 

「ああ、2人とも。おはよう……」

 

「いよぉ、お2人さん。それにしても、腹減ったな~、この匂いを嗅ぐと……腹の鳴りも一段と大きなるもんやで」

 

 

 ……俺の果物を半分も盗み食いしたのに、まだ食うのか……。昨日の贄波ほどでは無いが、鮫島もこの中でも上位に入る位には食い意地が張っているのかもしれない。俺は口には出さずとも、内心そうツッコんだ。

 

 

「そうだよね!そうだよね!もお、お腹ペコペコ~……て、あれっ?でも何か、鮫島君の口元からフルーティなフレグランスが……スンスン」

 

「どうしたの水無月さん?そんなに鼻をヒクヒク動かして……」

 

 

 朝衣にはわからないらしいが、水無月は鼻が良いらしく、怪しむように鮫島に鼻を近づける。まあ別に隠すことでもないし……このまま、食事前に果物を物色していたことを言っても……。

 

 

「い、いやぁ実はな?実はやで……?ショップにな?…キシリトールガム果物フルコース味っちゅう代物が売っててな。ウチ興味本位で買ってみてん……そんでさっき暇つぶしに口に含んでみたら、これまたビックリ!数秒ごとに味が変わる変わる。バナナ味、リンゴ味、青リンゴ味……エトセトラエトセトラ。多分、その残り香が匂ってたんかもしれへんなぁ……うん」

 

 

 “これはここだけの話やから、内密に…やで?”とビックリするぐらいのホラ話を繰り広げる鮫島に、二重の意味で驚く俺。

 雲居も同様の気持ちらしく、こちらに目配せをし鮫島のでかいの背中の裏で、お互いにひそひそ話をする体勢になる。

 

 

「アイツ何枚面を厚くすれば気が済むんですか……!そんなに果物のことバレたくないんですか?ガキかってんですよ……!」

 

「あそこまで作り話を即興で作り込んでくると逆に惚れ惚れするな……アホなことには違いは無いが」

 

「とりあえず本当のことを言うです……何かこれ以上が長引くと面倒事になりそうですので」

 

「同感だ」

 

 

 俺達はお互いに意見を合わせあい、いざ説明しようと水無月達に向かい合うが……。

 

 

「ええ~~ずるいよぉ。鮫島くんだけそんなうらやましいお菓子手に入れてさ~。カルタにもちょうだいちょうだいちょうだーい!」

 

「ん~アレは~どうやらお一人様限定らしくてな?ウチが買ったので最後だったんや……だから、次入荷するまでお預けや水無月」

 

 

 どうやら手遅れらしく、水無月は鮫島のホラ話を信じ、服をガシガシとつかみかかっていた。……。俺と雲居は再びひそひそ話を再開させた。

 

 

「ほ~ら、やっぱり面倒なことになっているです。これは…本当のことを言った方が収集つかなさそうですね」

 

「朝衣も苦笑いしているな……多分、あの様子だともう気づいてると考えられる……」

 

「とんだ茶番ですよ……嘘を真実に塗り替えるなんて、二流の推理小説じゃああるまいし……」

 

 

 雲居の言う通り恐るべき茶番である。雲居が先ほど、鮫島と関わるのは寿命の無駄というのは、あながち間違いじゃ無いのかも知れない。

 

 

「おおーいお前ら!朝飯が出来たよーー!!全員席に着きなあ!!」

 

 

 そんな小さなゴタゴタが繰り広げられていると…反町が朝ご飯の支度を終えたのか、大声で俺達に朝食の準備ができたことを伝えてきた。

 

 俺達は促されるままに椅子に座っていき、それぞれ独自のタイミングで“いただきます”と、行儀良く告げながら朝飯に舌鼓を打っていった。

 

 

「…ふむ、旨いな」

 

 

 ……朝は全般的にご飯派の俺ではあったが、反町達が作るのであれば、案外パンも良いかもしれない……。

 

 と、たわいも無いことに考えを巡らせながら、食事の手を休ませず動かしていく。そして、ものの数十分で俺は皿の上のメニューをキレイに平らげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、やはり鮫島は先刻の果物が効いていたのか……食事を半分残してしまい、反町に締められていた。…まさに自業自得である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

「食事が一段落したところで……皆、少し時間をいただけるかしら?」

 

 

 全体的に見て食事を進ませる手が無くなってきたところを見計らってか、朝衣から静かな声が上がった。

 

 

「昨日は色々あってできなかった報告会を始めようと思うのだけれど……良いかしら?」

 

 

 すでに予定していた集会を執り行うということを予め分かったいたために、ほとんどの生徒達から“良いよ~”や“そろそろ始めようか”と、食事の手を止めていく……。

 

 

 しかしそんな中で…

 

 

「……ていうか、今更言うですけど。集会って必要ですか?何かある程度、この施設や事態も、全員理解しているような気もするですけど」

 

 

 そこに雲居がこの集会を開くことに対して苦言を呈した。

 

 恐らく昨日あれだけ探索したし、それに加えて自由時間もあったのだから…共有する必要は無い…既に答えの分かっている答案のように今更解答を話しても、仕方が無い…彼女はそう言いたいのだろう…だけど…。

 

 

「――――ふっ、それは、どうかなミス雲居」

 

「…ああ?どういう意味ですか?」

 

 

 ニコラスが、そこに待ったをかけた。

 

 

「いや、ね。ボクは思うのだよ……本当に、この状況を、”全員が”、正しく、把握できているのかそう思ったてね」

 

「正しく……でござるか?」

 

「…それに、何かイヤに強調してる」

 

「ううむ…しかしニコラスよ。昨日あれだけのビッグバン的な出来事があったのだぞ?それでも理解できていないというのか?」

 

「ああそうさ、そうだとも。改めて聞こう………全員がこの施設の隅々まで把握している、そして我々は今どのような状況に巻き込まれているのか…それを完璧に理解できている……キミ達はそう断言できるかい?そう自分に言い聞かせてみて…、ああそうとも、と、頷くことはできるかい?」

 

「……むぅぅ…」

 

 

 そのニコラスからの問いに…俺は確かに頷くことは出来なかった。

 

 昨日この場所で反町達と話したときも、正直俺達の間に危機的な匂いは感じなかった。それはつまり、これが現実であると言うことを受け入れ切れていない…つまりそういうことと同義。ニコラスは、その緩んだ部分に注意を入れているのだ。

 

 

「そう、だから……それぞれ『ような』の理解では無く『した』にしなくてはダメなの……これからの…私達の未来のためにも…全員でここから脱出するタメにも」

 

 

 あまりにも現実味がなさ過ぎて、受け入れきれないのは分かる…だけど…少しでも良いからこの状況を重く受け止めて欲しい…そして間違っても、殺しなんて、謝った行動をしないで欲しい…そういう忠告も込めて…朝衣はこの報告会を開いた。

 

 今の朝衣の一言から、そんな意味が聞こえたような気がした。

 

 

「あの~~、個人的にですけど……これまでの今一度おさらいしていただけると私はうれしいかな~なんて。ちょっとまだ頭の整理がついてないみたいで……」

 

「……一晩で忘れた」

 

「……記憶とは基本的には刹那的なものさ、残していて良いのは自分が思う美しい記憶だけ……」

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!この!!場所の!!名前も!!!忘れちまったんだぜええええええええ!!!!」

 

「……いや、君たちは明日に生きすぎなんだよねぇ」

 

「……これは確かに報告会は毎朝やった方が良い気がするです。いやむしろ今すぐやった方が良いですね」

 

 

 朝衣達から言われた背景も含めて…どうやら殆どの生徒が乗り気になってくれたみたいだった。それは、個人的に喜ばしいことなのだが……何かもう問題外な連中が跋扈しているようで…既に先が思いやられる気持ちになってしまった。

 

 

「……えっと~これで~満場一致したって~捉えて良いのかな~?」

 

「ええ、そうみたいね。それじゃあ、まずこの希望ヶ峰直轄の『ジオ・ペンタゴン』この施設の内容から洗っていきましょう。それぞれ昨日の探索した場所について報告してもらえるかしら?」

 

 

 朝衣はテーブルに手を置き、この会を開いた議長として司会を進行していく。とても様になっており、自分たちでやるよりも安心感が違った。

 

 

「せやったらまずはウチらからやな………そんじゃあ古家!前口上はまかせたで~」

 

「え゙っ、丸投げなのかねぇ……うう、それじゃあ及ばずながらログハウスエリアについて報告させてもらうんだよねぇ……」

 

「――――エリアにはウチら16人分のログハウスが建ち並んどった、んでドアの前には札がかけてあっとって、それぞれの部屋はあらかじめ決められとるらしい……。中にはベッドにシャワールーム、トイレ、服の替えが入っとるクローゼット……衛生面の保障はされとるみたいやったで」

 

「そして!!!それぞれの!!部屋に!!鍵は!!かけられるそうだぜええええええ!!!ちなみに!!!俺は!!!その鍵を無くしたんだぜえええええええ!!!!」

 

「ちょっとぉ!!あたしに説明頼んだんじゃないのかねぇ!!皆の前で発表するっていうちょっとした覚悟を、返して欲しいんだよねぇ!?」

 

「ん?だから頼んだやろ?前口上。いやぁさすが現役研究者、掴みはバッチリやったで!!」

 

「そこを褒められても喜びづらいんだよねぇ!!」

 

「…ありがとう3人とも……ログハウスエリアについては分かったわ…それと、陽炎坂君は後でもキチンと紛失届をモノパンに提出するようにして?良いわね?」

 

「了解なんだぜええええええええええ!!!!!!!!!」

 

 

 そんなアホな展開にも動じず、朝衣はスラスラとまとめていった。流石である。

 

 

「……じゃあ次は私。この施設の中心にある中継地点のような場所、噴水広場について……。だけど…真ん中に悪趣味な銅像から吹き出る噴水と、ベンチが2つあることくらいに特筆すべき点は無いわね」

 

「いやいや、あそこで日なたぼっこをしてみると気持ちよく寝れるという点も言うべきでござらぬか?言うなれば、大自然の憩いの場でござる」

 

「ですね。あそこで“一人でゆっくりと”本を読むとさぞ気持ちいいでしょうね……雑音が入らなければの話ですけど……」

 

「風と水、そして木々が奏でる協奏曲…あそこには、僕が想像する以上に音が溢れていたみたいだ」

 

「…流石にそこまで考察することはできなかったわ」

 

「…いや、真に受けるなよ?」

 

 

 滅多なことでは無いと思うが…あらぬ方向へ行かないようにとりあえずツッコミは入れておいた。落合のペースは、常人でも異人でも乗せられる危険がある故に。

 

 

「えっと次は、私達の番、ですね。えっと……噴水広場から見て北に進むと『ペンタ湖』……で合ってますよね?そういう名前の大きな湖がありました」

 

「当ってるよ~。で~側にはボート置き場もあったから、湖の中心に行こうと思えば行けるよ~。でも実際に行ってみたけど何も無かったよ~」

 

「うむ……それでは何故ボートがあるのか甚だ疑問だな……」

 

「きっと特に意味は無いと思うから…一度流しておきましょう。次、お願いして良いかしら?」

 

 

 小早川達の湖についての情報は、確かに中途半端というか意味不明な箇所は多々あるが…朝衣の言うとおり今は頭を悩ませる必要は無さそうだ。

 

 

「ふむぅ、そうだな………ではグラウンドについてだがぁ……まあ広いということ以外に特徴は無かった…だが、天体観測をするという点においては絶好のスポットではあるな」

 

「……後昼寝に最適」

 

「詩を紡ぐという点においても、地の利があると言えるね……風が良く声を聞かせてくれるんだ」

 

「…後半の奴らの言い分は私欲が垣間見えているですね」

 

「でも…何かイベントを開く分には…最適な場所みたいね…」

 

 

 グラウンドは確か…モノパンが演説を始めた場所だったよな……まあ広々としているだけで他に言えることは無かったが……朝衣の言うイベントを開くのであれば…確かに良いかもしれない。

 

 “で、今度はアタシ達の番だね”と、雨竜達が話を終えたと同時に、よっこらっせっと、反町達が腰を上げた。

 

 

「アタシ達が調べた炊事場についてだけど……まずはアタシが調べたあの購買だね。中はコンビニみたいな内装で、倉庫には置いてないヘンテコなアイテムがそろえられていたよ。……それと、店の端っこの方に『モノパンクリーニング』っつう名前の無人の区画があったんだけど……誰か心当たりがあるヤツがいたら情報提供宜しくさね」

 

「うーーん、字面から見て、ランドリーか何かじゃない?ほらココ洗濯する場所、湖しか無いし」

 

「…ガンジス川か何かかねぇ…いや湖だけどもねぇ…」

 

「あ~それだったら~私説明できるよ~」

 

「本当に?じゃ長門さん、お願いして良いかしら?」

 

「うん…そのモノパンクリーニングはね~~。ランドリーっていうか~、名前の通りクリーニング屋さんみたいだったよ~~。あそこにね~昨日汚しちゃった服を持ってってみたら~モノパンが出てきて応対してくれたんだ~。もの数分でピカピカにしてくれたよ~」

 

 

 ……そうか、だったら後で昨日着ていたもみくちゃになった服とか、昨日の血で汚れた朝衣のハンカチも綺麗にしてくれる…ということになるのか。この会議が終わったら…早速利用してみるか…。

 

 

「で、今度は私達は倉庫組ですね……倉庫は見ての通り3つあって、入り口から見て左から第1倉庫、第2倉庫、冷凍倉庫になっているです」

 

「ほう!名前がついてたんだね!!しかも実に安直なネーミングセンスだよ、キミ」

 

「そこに遊びを入れる必要は皆無ですよ…はぁ…話を戻すですよ」

 

「じゃあそこは拙者が…あそこの1番左に位置している第1倉庫には、シャンプーや皿などの日用品、釣り竿から野球のボール、果てはウィッグなど日用とは関係なさそうな物まで揃っていたでござる」

 

「へぇ~~じゃあさ~第2倉庫には何が置いてあったの~?」

 

「そちらにはカップラーメンやレトルトカレー、とにかく常温で保存できる食料品が揃っていたでござる。…モノパンに聞いてみたところ、倉庫の品は全て毎日補充されるそうでござる」

 

「…モ、モノパンに聞くことができたのかねぇ?」

 

「左様…聞きたいことがあるので呼んでみたところ、すぐにひょっこりと出てきてくれたでござる……」

 

「…神出鬼没」

 

「……実はワタシも、昨日、手を叩いてみても、招来するのかどうかと仮説を立て…早速試行してみたのだがぁ……」

 

「…来てくれたのか?」

 

「ああ…来てはくれた、しかし来るやいなや、“ワタクシは召使いではありませんヨー!!”と小言を受けてしまったがなぁ……」

 

「いや…それはキレてもおかしくないんだよねぇ…」

 

「何だと…!誰しも口笛を吹いたり、指ぱっちんで何かを呼んでみたいとは思わんのか!?貴様…気が触れているのではないか!?」

 

「えっ!?…思いもよらない反感を受けてしまったんだよねぇ…!」

 

「……まとめるわね?…つまるところ、この施設の中で飢える心配はなさそう、と考えて良いのかしら?」

 

 

 2人の内容の無い議論を軽くスルーし、顎に指を当てそう総括する朝衣。沼野は“そうでござるな”と是を持って肯定した。

 

 

「加えて冷凍倉庫についてですけど、生肉とか野菜とか、腐りやすい生モノが詰め込まれてたです。後、コレは忠告ですけど……中は相当低い温度が保たれてるので、間違っても冷凍倉庫に閉じ込められないようにするですよ?普通に凍死するレベルです」

 

 

 “まっ、幸い鍵はかからないようでしたから、気にしなくても良い気もするですけど……”と雲居が言葉を添えるが、いや、普通に危なくないか?と、内心つっこんでおいた。

 

 

「では最後はボク達だね!噴水広場を南に行った先の、中央棟という謎が謎を呼ぶ扉ばかりの場所についてだね」

 

 

 沈黙を察したニコラスは、タイミングを見計らったように高々な声色で話し出す。

 

 

「扉、は、合計で、5つあって。ここに、つなが、る、扉は、1って書か、れてた、よ?」

 

「もっと詳しく話すと!他にも2,3,4って刻印された扉があって、真ん中の大きな柱には赤い扉がくっついてたよ!」

 

「複数の扉に、赤い扉……。確かに不可解ね。恐らくそれらのどれかが…脱出口だと思うのだけれど…」

 

「しかし、このボクの格闘術を用いても、ビクともしなかった……つまりコレは脱出不可能であると確信せざる終えないね!!キミ!」

 

 

 ”脱出不可能”その単語を放った瞬間、俺達の目の前に、再び見たくも無い現実が立ち塞がったように感じた。今まで逃げてきた宿題と向き合わなければいけないような…とても重い事実。殆ど全員の顔に、あからさまな暗い影が落ちているのが分かった。

 

 

「ふむ……脱出不可能か……いざそう言葉にされると…やはり、来る物があるなぁ…」

 

「…事態は深刻を極めてる」

 

「どう冷静に解釈しても…結局脱出する手段がないんじゃぁ…動くに動けないですよ」

 

「う~んやっぱりココを出るためには、コロシアイをしなきゃいけないって感じだね!!」

 

「めっ、滅相も無いこと言わないで下さい!!もしかしたら私達の知らない秘密の脱出口とかあるかもしれませんよ!モノパンさんは、その、サプライズが好きそうですし…きっと何か…奥の手のような何かが…」

 

 

 そんな後先の見えない暗い空気を振り払おうと思ったのか…小早川が慌てたようにそう口にした。きっと何処に希望がある、自分たち全員がここから脱出する手段が、きっとあるはずだ…そんな空しい可能性を彼女は口にしていく。だけど…。

 

 

「はぁ…小早川。それは、あり得ないですよ…」

 

「…えっ」

 

 

 雲居は”あり得ない”と、小早川のそれをハッキリと否定した。

 

 

「あのパンダは…あんたが思っている以上にイカれてるんです。そんな生ぬるいサプライズなんて、用意してるわけ無いですよ…」

 

「で、でも…可能性はゼロってわけじゃ。それにやってみないと分からないことだって…」

 

「いいや、ゼロですね。そして断言するです無理です。あいつの気分が変わらない限り、この状況は絶対にひっくり返ることはなしです」

 

「…ここへ誰かが助けに来てくれる可能性は?」

 

「この施設が何処にあるのか…そもそも何なのかも分からない不思議空間に誰が助けにくるんですか。ここが宇宙だったらどうするんですか?ここが深い海底にあったらどうするんですか?南極にあったらどうするんですか?期待するだけ無駄ですよ」

 

「だったら!!ここは全員で総力戦を仕掛けて、モノパンを打倒するさね!!」

 

「何馬鹿なこと言ってるですか…見なかったんですか?あの殺傷力しかない、アホみたいな速度で打ち込こまれた槍を」

 

「今回はヤツが意図的に逸らしたから助かったが…あの森の惨状からして…食らっていれば…確実に死が訪れていたであろうなぁ…」

 

 

 俺は思い出すようにそっと、頬に手を当てた。雨竜の言う通り、今回はこのくらいで治まった物の、もしも次があるなら……それこそ頭ごなしにヤツに反旗を翻したとしたら…待っているのは…――――死、のみ。

 

 

「良いですか?ヤツは知能を持った兵器なんです。趣味の悪いゲームを開催するしか能の無い、ロボット兵器なんです…」

 

「雲居さん…い、一旦落ち着くんだよねぇ…なんかちょっと怖くなってきたんだよねぇ」

 

「せやでー、カルシウムが足りとらん証拠やでー」

 

 

 段々とボルテージの上がっていく雲居を数人が宥めるが…それでも彼女は止まらない…。のほほんとする俺達に苛立つように…雲居は言葉を並べていく。

 

 

「はぁ…私達は…牛耳られてるんです……あのパンダに…命を………」

 

「い、命……」

 

「だから……ここを出るためには……」

 

「――――雲居さん…それ以上は私が許さないわ。お願いだから、一度頭を冷やして…」

 

 

 決してここで言ってはいけない一言がこの場に投下される…その一瞬。朝衣は、本気で怒ったように、雲居のそれを止めた。それを聞いた彼女は…しかめっ面のまま”悪かったですよ”そうふてくされながら、深く椅子に座り直した。

 

 

「…でも、現状は脱出の手口は無しなんです。だから今は大人しく…」

 

「いや!!!そんなことは!!!!全然ないんだぜえええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 

 

 雲居の食い下がるような一言に対し、今度は陽炎坂が雄叫びを上げる。

 

 

「ほう、中々勇ましい叫びを上げてくれるじゃないか…。そんな大それた事を言うんだ…勿論ちゃんとした理由があるんだろ?キミ」

 

「勿論だぜええええええええええええ!!!」

 

 

 その陽炎坂の肯定に、俺達は必然的に注目した。もしかしたら、本当に何かとんでもない事が飛び出してくるのかも知れない…そんな期待のこもった注目だった。

 

 

「諦めないこと!!それが!!!!俺達に残された!!!脱出の糸口なんだぜえええええええ!!!!!」

 

 

 いや心意気のほうかよ…と、内心ずっこけた。

 

 

「なんだ~結局根性論だよ~」

 

「期待して損した気分でござる…」

 

「陽炎坂くんらしい解答っって言えば、らしいよね!!」

 

 

 勿論、陽炎坂のその解答への反応は殆ど芳しくなかった。だけど…全員がそうというわけではなく…一部には何と触発されたように、立ち上がる者も居た。

 

 

「んん~でも案外、陽炎坂の言うとおりかもしれへんな。人類の諦めは停滞も同然…試合終了ちゅうわけやし」

 

「でも~感情論で言われても~説得力ないよ~」

 

「そこは!!!!根性で説得力を上げるんだええええええええええええええ!!!」

 

「…ふっ、根性か……全くもって非論理的だな…」

 

「なんやなんや雨竜!ならあんさんは他にええ考えあるっちゅうんか?」

 

「ああそうだな……勿論…………無いに決まっているであろうぅ!!!」

 

「何か急に切れたんだよねぇ!!」

 

「なら、今回は小早川、陽炎坂、ウチの根性組が勝利っちゅうことやな」

 

「えっ…何かいつの間にかメンバーにされてしまいました!………でも、根性という言葉、私は大好物です!!!」

 

「変なノリが伝染しているんだよねぇ…!?」

 

「もう~そういうのは良いからさ~~もっとさ~雲居さんみたいに現実を見なよ~」

 

「なんやなんや、ウチらには何も見えとらんって言いたいんか?」

 

「へぇ…知能はどうやら正常みたいですね…長門が言いたいのはつまりそういうことですよ」

 

「何やと~?もうバリッバリ見とるで~もう目かっぴかぴになるくらい現実直視しとるでぇ!!」

 

「俺だって!!!!同じなんだぜえええええええええええええええ!!!!!!!」

 

「はぁ…強く言いすぎると、弱く聞こえるものです…むしろ現実逃避しているように聞こえるですよ」

 

「現実…か。今という時間は風のように一瞬で過ぎてしまう……だからこそ…未来を見つづけることは、人間にとって必要なことだと…僕は思うんだ」

 

「いや、トドのつまりアンタは何が言いたいさね……」

 

「……ふっ。それは風のみぞ知る…というわけさ」ジャララン

 

「………」

 

 

 鮫島の同意から…また、なにやら口論が始まって仕舞ったようだ。今回は、先ほどの雲居の一方的なものでは無く……れっきとした、喧嘩に近い口論であった。見ても分かるとおり、その様子がとても激しく、見るからに火花が散っているようだった。

 

 

「……またうるさくなってきた」

 

「みん、な!一度、落ち着い、て」

 

 

 多少の議論のヒートアップが見られたことに、贄波達数人が、それに待ったを掛ける。確かに、何人はもう前が見えていない、そんな風に見えた。議長である朝衣も…流石にこの異様な暴れ具合は想定していなかったのか…諦めたようにため息をついていた。

 

 

「ん~では、もう一度施設全体を洗い直してみてはいかがでござるか?さすれば、何か糸口が見られるやも……」

 

「そ、そうですよ!!皆でくまなく探してみれば、きっと…」

 

「でもカルタと公平くんで昨日全部見て回ってみたし~、自由時間の時も色々探ってみたけど…それらしい通気口とか隠し扉とかは無かったよ?……ね、公平くん?」

 

 

 沼野と小早川の意見に反対するように水無月もまた言葉を返す。そして俺に同意を求めるように視線を送ってきた。他の言い争う連中も、何故か、俺のターンが回ってきた途端静かになっていた…。

 

 

「……ああ……確かに。全体的に行けるところは巡ってみたが……目当ての出入り口のようなものは…無かった。客観的に見て、雲居達の言っている脱出口が無いと言う事実は…間違いは無い…」

 

 

 俺の言葉に、わずかな期待を、諦めない心で何とかしようとしていた数人の生徒達の表情に影が落ち始めるのが分かった。

 

 だけど俺は、その自分の意見に“だが”と翻すような接続後を付け加えた。

 

 

「それで、はいそうですか言って完全に諦めるというのも、間違っている。陽炎坂達の言うとおり、諦めない、わずかな糸口を見つけてやる……その気持ちも、俺は重要なんだと思う。ここから脱出できる可能性がゼロだって……そう思った時点で本当にゼロになってしまうんだと思う…」

 

 

 “以上だ”俺は自分の意見を切り上げる。我ながらどっちつかずの、優柔不断な意見だと思った。凡人なりに…言い切れただろうか。妙に静かになってしまっているので…何だか気まずい。

 

 

「……皆、聞いて。現状、雲居さん達が言うように…ハッキリ言ってこの状況はとても絶望的…脱出する方法も、出口も無い…本当に何にも無い…受け止め切れていない人には申し訳ないけど…これだけは…ちゃんと理解して欲しいの」

 

 

 ”でも”そう、言いながら、朝衣は続けていく。俺達も、その真剣な眼差しに応えるように、一言一言に耳を傾けていった。

 

 

「でもね……その現状をありのままに受け止めて、それをずっと悪い方向のまま考え続けてしまったら、きっとダメになる。だから、今の現状を理解した上で…”良い方向”に、気持ちを変えていきましょう」

 

「良い、方向、?」

 

「”入口が何処にも無い”を”出口がきっとある”に、”助けなんてこない”を”きっと助けがきてくれる”に…たったそれだけ。そう思うだけで…気持ちはずっと軽くなる…」

 

「でも……」

 

「ええその通り、ジャーナリストとして不甲斐ない話、この施設が地球上のどこにあるのか…それすらも分からない。でもね、その考えがきっとダメなの。ここは、この施設は地球上の何処かにあって…私達がいないという異常に、かならず誰かが気づいてくれるはず……そう考えを変えてみるの」

 

「…希望を持ち続けろ…ということか……ふっ」

 

「ええ、今は耐える時なの…時間希望を持ち続けて、心を折らずに……決して、誰かを殺めるなんて、愚かなマネをしないように…」

 

 

 “だから、今だけは矛を収めてちょうだい…”そう言いながら集会を開いた議長である朝衣は、励ますように、わずかな希望があると言うことを伝えるように、全員に伝えた。

 

 

「希望を持ち続けて、耐えろだなんて……そんなの……ただの生殺しですよ……意味分かんないです…」

 

 

 眉間に皺を寄せた雲居はそうつぶやいた。そしてすぐに、席を立ち、炊事場から出て行ってしまった。

 

 

「ちょっ、雲居!まだ話は……」

 

「反町さん……大丈夫よ。雲居さんはとても聡い子だから、きっと分かってくれるはず…今は分かってくれなくても…いつか、きっと」

 

 

 雲居を止めようと手を伸ばす反町を、朝衣は静かに言葉で制する。

 

 

「……疲れた」

 

 

 恐らくこの場の空気に疲れたのか…立ち去る雲居に続き、風切も立ち上がり、ゆったりとした自分のペースで、足を外に運んでいった。

 

 

「うむ……朝衣よ。ここで一旦区切りをつけないか?しばし心の休憩が必要のように見えるのだが……」

 

「ええ…そうね。皆、ごめんなさい…尻切れだけど報告会はここで終了としましょう……後は各自の自由な時間を過ごしてちょうだい」

 

 

 “でも”と付け加える朝衣。

 

 

「これからもこんな風に全員で話し合う時間は必要だと思うの……だから、また会議を行いましょう、これはきっと大切な時間だから」

 

 

 “申し訳ないけど、そのときは無理強いはさせてもらうわ”そう朝衣は優しさの裏にある意志の強さを見せ、暗い表情を浮かべたまま、炊事場から姿を消していった。

 

 

 そして、朝衣の退席を皮切りに生徒達はバラバラと、炊事場から姿を消していった。俺も、何となく立ち上がり、ログハウスに戻ろうかと考えていると。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 誰かが、俺に声をかける。声の主の方向に顔を向けると、そこにはバツの悪いような顔をしながら指をいじる小早川がいた。

 

 

「その…先ほどは、ありがとうございました。私達の、その覚束ない意見を尊重していただいて……」

 

「……俺は正しいと思う事を言っただけで、俺の気持ちを入っていない。機械的な、客観的な意見だ。むしろ、朝衣の方が…」

 

「い、いいえ。それでも、です。……ええと、それだけです。し、失礼します!」

 

 

 何だったのか…小早川はそそくさと倉庫の方へ消えていく……彼女の後ろ姿が見えなくなるのを見計らったように俺は小さく独りごちた。

 

 

「違うんだ…俺は、本当は…諦めているかもしれないんだ。諦めずに…ここで永遠に過ごすことを、許容してしまっているのかもしれないんだ」

 

 

 鮫島の言葉を借りるなら…俺は、人として停滞してしまっているのだ。何故なら……俺は誰にも死んで欲しくないと思っているから……誰にも人を殺して欲しくない思っているから。

 

 生きることを冒涜している強欲な考えだと思う。自分勝手で、自分本位な考えだと思う。

 

 だけど考えずにはいられなかった。皆で、耐えて、あがいて、そして生きて。その生きた先にある本物の青い空を、クラスメイトの皆と一緒に見てみたいと、考えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永久という無限ループの中で、人は生きて、そして死んでいくだけということも俺自身わかっているはずなのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【炊事場エリア:購買部前】

 

 

 今朝の集会を終え、解散した俺達は、それぞれ自由な時間を過ごすことになった。

 

 俺の場合、これから何をしようかと考えたとき、真っ先に思い浮かべたのは……『洗濯』だった。自分の服もそうだが、昨日朝衣から借りた血ぬれのハンカチを、早くキレイにして返却しようと思ったから。

 

 丁度、先ほどの議論で出てきたモノパンクリーニングがショップに併設してあるという情報は得ていたので、自室から服とハンカチを持って俺は炊事場に戻ってきていた。

 

 

「このショップの中だったよな……」

 

 

 そう言いながら、俺はショップの前に立ち尽くす。別に初めて利用するわけでも無いのに、妙に緊張してしまう。

 

 

「おろろろ?そこにおられるのは、折木殿ではござらんか?なんだか奇遇でござるな」

 

 

 すると、ショップの前で数秒立ち尽くしていた俺に誰かが声を掛けてきた。振り返ると、沼野がこちらに朗らかな糸目を向け、フレンドリーに片手を上げていた。その首元には、何かが包まれている唐草模様の風呂敷の端と端が結びつけられていた。

 

 

「折木殿もショップにご用でござるか?」

 

「まあ……そうだな。ショップと言っても、モノパンクリーニングに用があるんだが……」

 

「これもまた奇遇でござるな!拙者も同じでござる。いやぁ、昨日は訳あって衣服を汚してしまい、丁度良い機会ということで確かめも兼ねてここに赴いた次第なのでござる」

 

 

 沼野は照れたように頭を掻きながら、ここ来たいきさつを話し出す。聞いてみたところ、殆ど俺と同じ理由らしい。

 

 

「クリーニングか……ということはその背中の風呂敷包みがそうなのか。思った以上に多いな」

 

 

 見たところ衣服2~3枚ほどの膨らみであり、一日で費やすには随分と多めだと思った。

 

 

「ん?んん?気になるでござるか?気になるでござるか?」

 

 

 何故か風呂敷に多大な興味を持っていると判断されてしまったのか、沼野は聞いて欲しそうにこちらに目を輝かせ、ジリジリと近寄ってくる……。俺は、少し怖くなって微妙に後ずさる。

 

 

「そ、それは後でゆっくりと聞くよ……折角だ、一緒に入ろう」

 

 

 長くなりそうだと感じた俺は、そそくさとショップの自動ドアを開け、中へと入っていく。沼野も、“あ、そうでござるか?”と少し不満げな様子ではあったが、そのまま続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【炊事場エリア:購買部】

 

 

 集会の時に反町が言ったように、確かにショップの端っこの方にはモノパンクリーニングという看板が掲げられていた。その看板の下のカウンターといえるスペースはあるが…こちらも情報通り、誰も居なかった…。

 

 

「店は開いている様子でござるが……人の気配は無さそうでござるねえ?長門殿の話だと、モノパンが接客してくれると言っていたでござるが……?」

 

「多分…このベルを鳴らせばいいんじゃないか?」

 

 

 俺はカウンター上にある押しボタン式のベルを指さした。よく見てみると、そのベルには『ご用の際はこちらをお押しくださイ』とメモ書きが貼ってあった。俺と沼野はそのご用があったため、メモ書き通りにベルを“チーン”と鳴らす。

 

 

「ハァ~イ、呼ばれて飛び出てジャンジャカジャーン!!怪盗モノパン参上でス!!……まあ今は、従業員不足故、怪盗としてではなく、クリーニング屋の店員として接させてもらいますガ……」

 

 

 ベルの音を聞きつけてエプロン姿のモノパンはとち狂ったような発言と共に参上する。しかし…。

 

 

「………?」

 

 

 そのモノパンを見て、何か装いが変わったような……いや、何かが足りないような違和感を覚えた。

 

 

「むむむ?モノパン殿…1つ質問があるのでござるが……其方がいつも着用していた、あの眼鏡のようなアクセサリーはいかようになされたのでござるか?」

 

 

 沼野の問いをしてくれたおかげで、俺はその突っかかったものの正体に気づく。……そうか、初めて現れたときから目にかけていたはずの、モノクルが目元に無いのだ。

 

 

「え?ええ~と、コレはですネ~何というか、ちょっとした約束事をしてしまったからと言いますか、身ぐるみを剥がされたと言いますカ……」

 

 

 純粋な沼野の問いに、モノパンは物騒な言葉を濁しながら言いよどむ。……コイツがハッキリとした物言いをしないというのも珍しい。会って間もない俺が言うのも変ではあるが。

 

 

「……ちょ、ちょ~っとコレには触れないで頂けると、ワタクシ的に助かるかな~なんて……?」

 

「そ、そうでござるか?まあ触れないでくれと言うのならば、追求はよすでござるが……」

 

「…正直にどうでも良いがな」

 

 

 モノパンのよそよそしい態度から、触れるべき事では無いと判断した沼野。いや、何故お前もそんなタジタジした態度になる必要がある…。

 

 

「じゃあ本題の話をしよう……モノパン、一応聞いておくが、ここはクリーニング屋なんだな?」

 

「ええ!そうですヨ!服にこびりついた醤油汚れから、洗濯の時にへばりついたティッシュのカスまで…全てお引き受けしておりまス」

 

「だったらこの衣服を洗って欲しい……」

 

「右に同じの頼みござる!」

 

「ええ勿論良いですヨ!!……ではその例のブツを、カウンターに置いて下さぁイ」

 

 

 本来の仰々しいテンションに戻ったモノパンは、怪しい取引を行おうとするかのように、黒い笑みを浮かべて机をコツコツとたたく。お前はどこのブローカーだ。

 

 

「中身を確認してモ?」

 

「ああ……」

 

「う~ン?およよよヨ?衣服はともかくとして、ハンカチには血がついていらっしゃいますネ~。一体どちらでつけられたのですカ~?」

 

 

 どちらも何も…お前につけられた傷から出てきた血だ……!白々しいような物言いに、俺は目をつぶって顔をしかめる。

 

 

「ん?んんン?しかも女物のハンカチですねェ……まさか!折木クン……そういったご趣味がおありデ……!?」

 

「折木殿……!?い、いや……言葉はいらないでござる……拙者はそれでも、折木殿を大切な仲間として……」

 

「そんなわけ無いだろ!それは朝衣から借り受けただけの代物だ!」

 

 

 モノパンのわざとらしい勘違いを導火線にして、沼野は変な勘ぐりをし始める。それに俺は、訂正するようにツッコむ。

 

 

「そんなバカな……!すでに朝衣殿とそこまでの関係に……。くっ……拙者ですらまだ目線を合わせるのがやっとであるというのに……」

 

「はぁ……このノリは疲れるから止めないか?」

 

 

 何でクリーニングに服を渡すだけでこんなに疲れなければいけないのだ…。それと沼野、お前、うぶすぎるだろ……。

 

 

「うう……モノパン殿よ、この拙者の悲しみをこの洗濯物と一緒に浄化して欲しいでござる……」

 

「う~ム。実物を持ってきていただけないと無理ですねェ」

 

 

 マジレスといえるモノパンからの鋭い返答に“拙者に味方はいないのでござるか……!”とこちらに背を向け、悔しそうに背中を震わせる。もう……さすがにフォローするのは面倒くさいな。俺はそのまま無視した。

 

 

「ではでは、物品を確認させていただきますネ~。ええっと、沼野クンは衣服と下着と、靴、それと………ああーー…水蜘蛛ですカ?」

 

 

 途中までは、俺とほぼ同じラインナップであったはずなのに…最後に洗濯物とは言いにくい代物が提出されたことに多少の困惑を表すモノパン。勿論、俺も例に漏れない……。

 

 

「左様、水蜘蛛でござる」

 

「わ、わっかりましタ~!このモノパンにおまかせくださ~イ!…………さてと、まずは洗い方調べるとしましょうかネ……」

 

 

 景気よく対応するモノパンは、ボソリとため息を吐きながらつぶやいた…。

 

 

「普段でしたら、ものの数分で洗い終わるのですが……ちょ~っと洗い方が分からない物と、血抜きをしなくてはいけない物がありますので……1時間ほど時間をいただきますネ?」

 

「……ああ、かまわない」

 

「これまた右に同じでござる」

 

 

 むしろ1時間で終わらせられることに驚きが出るというものだった。

 

 

「ではでは、お二人さん。ご機嫌よ~ウ!」

 

 

 俺達の是を聞くと、衣服とその他諸々を持ってモノパンは姿を消していった。……モノパンが去った後特有の静寂をわずかに、沼野は口を開いた。

 

 

「う~む1時間でござるか……思った以上に微妙な空白が出来てしまったでござるな?では折木殿、一緒に茶を飲んで一息つくというのはどうでござるか?」

 

 

 沼野は穏やかな雰囲気で、お茶会の提案をする。

 

 

「昨日振る舞えることが叶わなかった、拙者の一族特性のお茶っ葉を提供するでござる……丁度、和菓子も倉庫に備蓄してあった故、付け合わせにも困らないでござる」

 

「ああ、そうだな。…じゃあその言葉に甘えるとするよ」

 

 

 沼野からの誘いに頷いた俺は…クリーニングが終わるまでの時間が経つまで、ショップを一時に後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

「うむ……うまいな……」

 

 

 茶の入った湯飲みを傾けながら、俺はそうつぶやいた。

 

 

「ふっふっふぅ……そうでござろう?そうでござろう?そんじょそこらのお茶っ葉とは格が違うでござる。何故ならコレは拙者の一族特性の……」

 

「いや、俺がうまいと言ったのは……この付け合わせの煎餅のことだ」

 

 

 俺のまさかの返答に沼野は“なっ!”といつもの糸目を見開き、驚きをあらわにした。どうやら思って見ない発言だったようで…とても慌てていた。

 

 

「そんなバカな!も、もう少し味わってみるでござる!!絶対!深みが!わかるでござるから!!」

 

「お、落ち着け……別にまずいとは言っていない。…ただ、その…市販の品とそう変わらないうまさというか………いやむしろ雑草感が強いような…」

 

「なん…だと…でござる…」

 

 

 とってつけたかのような語尾で、沼野は顔を青くする。……そこまでショックだったのか。……まあ確かにかなりの自信を自負していたから……そんな受け取り方をされたら、流石にキツかったか…。何か、妙に罪悪感が湧いてしまう……。

 

 

「と、言っても…俺は緑茶に関して、舌は肥えていないからな……違いが分からなかったのかもしれん…多分」

 

 

 沼野の気持ちを察した俺は、つかさずフォローのような自虐を挟む。

 

 

「そ、そうでござるよね!いやぁ、もっと味の分かる人に飲んでもらうべきであったでござるな!あは、あはははは……」

 

 

 …何となく傷ついた印象を受けるが、まあ沼野の気持ちが持ち直したのであれば問題は無いだろう。

 

 

「それはそれとして……まあ折角の機会でござるし、お互いの身の上話でもして時間でも潰すでござるか…」

 

「そう、だな………俺の話は、お前らと比べても大した事は無いんだがな」

 

「ははは、ノープロブレムでござるよ。折木殿の才能については、既に朝衣殿や水無月殿から聞き及んでいるでござる…。話の種に困っても拙者がカバーする故…なんなら一方的に質問をぶつけてももらっても構わないござる」

 

 

 朝衣と水無月のヤツ…俺の知らないうちに、そんな根回しをしてくれてたのか…。正直こんな気遣いをしてくれるのは…助かるが……同時に特待生という身分で全員を誤魔化しているようで、何となく罪悪感を感じてしまう。

 

 

「じゃあ、その言葉に甘えてみるか…沼野は…何で忍者に…?」

 

 

 全生徒の中で、1、2を争うレベルで謎の深い肩書きのため、実はかなり気になっていた。

 

 

「まぁそうでござるよな……。拙者も、何故この肩書きでこの学校に来れたのか、不思議でたまらないでござるし…。…だって元はアルバイターでござるよ?」

 

「確かに…お前と初めて会ったときも同じ事を言っていたな…」

 

 

 確か、時代村というテーマパークのパフォーマーをやってたとか…だったよな?」

 

 

「そうでござる…主にステージに立って、まさに忍者というように…バク転したり、殺陣をしたり…時には姿を消したり…そんな事をシフトの合間ずっとやっていたのでござるのに」

 

「…途中まで忍者らしい単語ばっかりだったのに…急にシフトって言葉が出てくるのは…中々にリアルだな」

 

「それはもう…時給制でござるし…お給金が出てる故、そこはもう全力でござる」

 

「…また酷く現実的な話が出てきたな…」

 

 

 沼野の話を聞けたのは良いが…何となく、夢が壊されたような…微妙な気持ちになってしまう。

 

 

「まぁ、先程の折木殿の質問に答えるとするなら…拙者が忍者になったのは、お給金が良いからでござるな」

 

「元も子もない話だな…」

 

 

 でも最終的に金の話にたどり着くあたり…案外思考とかあり方は忍者らしいのかもしれない。元々忍者は、外国で言う傭兵みたいな、仕事師の印象が強いしな…。

 

 

「まあそうやって日がな一日忍者としてパフォーマンスをしてた所で、スカウトマンの方が尋ねてきて…そして気づけばこんな状況…まさか希望ヶ峰学園に来ることになるとは……気持ち的には、折木殿が特待生としてここに来たのと、一緒の感覚でござるな」

 

「過程については似ても似つかないが……成程…そう言われるとと何となく親近感が湧いてくる感じはあるな」

 

「…そう言って貰えるならありがたいでござる。忍者という身分故、何となく周りと溝があるようで…こうやって他の者達をお茶に誘っても、微妙な応対をされるのでござる」

 

「何だか…気の毒な話だな…」

 

「誘いを受けてもらえやすいようにと、様々な創意工夫をしてみているのでござるが…何とも結果に繋がらぬのでござる…」

 

「ちなみに…どんな感じの工夫だ?」

 

「少しキャラとかを変えて…明るい感じで攻めてみたのでござる」

 

 

 むむ……微妙に雲行きが怪しくなってきたな。

 

 

「じゃあ今、そのキャラになって、俺の前で実演できるか?」

 

「あ、できるでござる?………Hey!!ユー達、暇かな?マナカナ?拙者は今マジで暇なんすけど……今夜拙者とお茶しなーい?………て感じでござるな」

 

「いや…それは流石の俺でも引くぞ…」

 

「なんででござるか!!!ナンパ歴20年の同僚のマネをしたというのに……!」

 

「ナンパを20年しているという時点で気づけ…!明らかに実ってないだろう!」

 

「……はっ…確かに……!!」

 

「……とりあえずもう一度、工夫の仕方から…考え直していこう」

 

「というとやはり……あのイケメンのニコラス殿な感じで…いくのは…」

 

「………アイツは…いや、やめておいた方が…」

 

 

 

 それからは、やれどんな風にナンパする、やれどんな風に会話を繋げる、そんなくだらないことへの話合いは熾烈を極め…クリーニング屋の服の洗浄が終わるまで、ずっと続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【炊事場エリア:倉庫前】

 

 モノパンに洗浄してもらった衣服を部屋のクローゼットに戻した俺は、炊事場へと再び舞い戻り、エリア内に立ち並ぶ倉庫群へと足を運んでいた。

 

 ここに来た理由は、倉庫内については又聞き程度でしか知り得ていないため、具体的に中に何があるのかをこの目で確かめたかったからだ。

 

 

「さて、どの倉庫から探索してみようか…」

 

 

 だからこそ俺は目の前に立ち並ぶ、倉庫群の前で頭を悩ませていた。

 

 何分選択肢が与えられているため、ランダムに見ていっても良いし、左からとか、右からとか、順序を決めても良い。そんなたわいも無い悩み。

 

 

「よし…決めた…」

 

 深い意味は無いのだが、俺は左端の第1倉庫から攻めてみようと思い立った。…雲居達の話だと生活雑貨などが陳列してあるはずの場所……。

 

 

 俺は第1倉庫の扉を開けようと、ドアノブに手をかけた。保存状態を良くするためなのか、ある程度の厚みがあり微妙に重い。扉はギギギと音を立てながらゆっくりと開く。

 

 

 ……すると扉を開けた先には、――2メートル近い細身の巨体が真正面から俺を見下ろしていた。

 

 

「うわっ!」

 

 

 驚いた俺は、妖怪でも見てしまったかのようにのけぞってしまった。

 

 

「わ~!びっくりした~…」

 

 

 驚いた俺と同時に、ソイツも……超高校級のダイバーである長門も間延びしたセリフを吐きながら驚いていた…。どうやら、グッドと言えるか分からないタイミングで俺達は倉庫の入り口で鉢合わせてしまったようだ。

 

 

「も~びっくりさせないでよ~折木く~ん」

 

「す、すまん。まさか、こうもキレイに人の出入りが重なるとは思わなかった」

 

「う~ん、まあでも仕方ないよね~こんな図体のがいきなりニュ~ッと現れたら~誰だってビックリするよね~」

 

 

 その今までの俺の反応に、長門は無理も無い、と何となく悟ったように深紅の瞳を細め、ケラケラと苦笑いをする。妙に気まずい気持ち。

 

 

「いや、こちらが不注意だったんだ…お前の身体的特徴は関係無い。……だからそれほど気を落とさなくても良いと思うぞ?」

 

「大丈夫だよ~気は落としてないから~」

 

「それでもだ…すまん」

 

「う~ん、じゃあ~一応ありがと~って言っておくね~。折木くんは優しいね~」

 

 

 俺の謝罪が届いたのか、長門は自虐的から肯定的なニヘラ顔になった。少し、ホッとした気持ちになる。

 

 

「…長門も倉庫に用事があったのか?」

 

「うんそうだよ~。折角、湖があるから~久しぶりに釣りでもしてみようかな~って思って~。竿と釣り糸探してたんだ~」

 

「……ん?釣り?湖には確か魚も何も居なかったはずだが……」

 

 

 小早川が調べたところだと、魚も何も、虫一匹もあの湖には見当たらなかったと…。そのハズだったと思うのだが…。

 

 

「別に魚を釣るって事だけが釣りじゃ無いよ~。釣れる分には良いと思うけど~何も釣れないでただボ~ッとしてるだけってのも釣りの醍醐味なんだよ~」

 

「な、なるほど…」

 

 

 確かに、何も釣ることが目的というのでは無く…ただ垂らした糸を呆然と眺めるという釣りか…。そういう楽しみ方というのあるのだな。

 

 

「何か1人で思い耽りたいときとかに~たま~~にやるんだ~。結構面白いよ~?」

 

「ふむ、確かに。じゃあ俺もいつか試してみよう…俺好みの時間の潰し方かもしれんからな……」

 

 

 俺もたまにだが、本を読むのでは無く、何も考えずただ活字を追いかけるだけということをしたことがある。それと似たようなものだろうか?それなら、そういうインドアでは無く、アウトドアなことをするのも悪くないかも知れない。

 

 

「話が分かるね~折木く~ん。それじゃあ早速一緒にぼんやりしに行ってみる~?」

 

「ふむ…確かに興味はあるが……今回は遠慮させてもらう。今は倉庫内を見て回ってみたいんだ」

 

 

 長門の厚意は嬉しいが、流石に今回だけは俺には予定はある。趣味に理解は示しつつも、やんわりと誘いを断った。

 

 

「ふ~ん。そっか~」

 

 

 長門は少し考えるように手を組み、頭を揺らす。すると、何かひらめいたようにポンッと手をたたいた。

 

 

「よ~し。それじゃあ私も付き合うよ~。ここにはよく来てるから、ある程度の見取りは頭に入っているんだ~。それに~ナビがあった方が探索しやすいでしょ~?」

 

「ん?そうか?お前が良いならかまわないが…」

 

 

 まあただボーッとしに行くだけと言っていたのだから、ぶっちゃけ暇を持て余していたのだろう……。それでも、有識者が居てくれるのは有り難い話だ。

 

 

「後~なんだか折木くんとはあんまりしゃべった記憶無いからさ~折角だからお話しながら探索しよ~」

 

 

 ……言われてみれば、長門とこうやって面と向かって交流するのはもしかしなくても初めてかもしれん。ていうか、ココで二人っきりになるってこと自体が少ないのだから…それが普通か。

 

 

「うむ……それは良い考えかもしれんな、話しながらでも探索は出来るし……それじゃあしばらくの間宜しく頼む」

 

「うん、よろしくね~」

 

 

 そう短い挨拶を交わし、第1倉庫へと俺達は身を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【炊事場エリア:第1倉庫】

 

 

「沼野達から物品の豊富さは聞いていたが…この密度は圧巻だな…ほとんどの棚に物がぎゅうぎゅう詰めじゃないか……」

 

 

 俺は倉庫に入るや否や、倉庫内の棚に置かれた多種多様な物の充実具合に目を見開く。

 

 

「だね~。もし地震とか来たら~全部崩れてきそうだよね~」

 

「…想像はしたくないが……確かにあり得るな」

 

 

 棚自体は地面に固定されているため、倒れてくる心配は無さそうだが…中の品物がなだれ込んで来る可能性は充分にある。取りあえず注意しておこう。

 

 

「物自体に恵まれているのは良いが……さすがに多すぎるな。どこに何があるのか目視で把握するには一苦労だ…」

 

「ざっくりと~棚の周りを一周してみたんだけど~、なんかカテゴリ分けもされてないみたいなんだよね~」

 

 

 ふむ……よく見てみると、確かにバラバラだ。普通、歯ブラシや歯磨き粉のような似た用途の品物は、近くかその周辺を置いておくのが普通なのだが…この第1倉庫場合、歯ブラシの近くには文房具が置いてあったり、歯磨き粉の近くには裁縫セットが置いてあるなど、いささか……いや、かなり適当な配置に見える。

 

 

「なんか種類だけ揃えて~適当に押し込んだ~って感じがするね~」

 

「もし目的の物を探すとなったら、手こずりそうだな……」

 

「おかげでさ~この釣り竿と釣り糸を探すのも一苦労だったよ~」

 

 

 片手に持つ釣り竿を見ながら本当に疲れたように、大きくゆったりとしたため息を吐きだす長門。……俺よりも身長が高い故、上からそのため息による小さな下降気流が舞い降りてくる。

 

 

「うむ…しかしこのややこしさはどうにかしておかないとな…他の生徒達も同じように悩んでしまうやもしれん……メモとか何かを貼って目印でもつけておくとか…どうだ?」

 

「ああ~良いかも~。それに加えてさ~そのメモにさ~棚に置いてある物の名前を書いておくと便利かもね~、後使用頻度の高い物とかは~赤線引いたりして目立つようにしておくと超便利かもね~」

 

 

 長門のアイディアに、俺は“成程”と納得する。ここでより生活しやすくするなら、そういう一工夫も必要かもしれんな……。

 

 

「よし…なら思い立ったら吉日というヤツだ。早速やってみよう」

 

「え、え~今からやるの~?しかも2人だけで~?」

 

「ここにいる連中で、こんな細かいことをやろうとするヤツはたかが知れているだろうからな…すまんが、協力してくれ」

 

 

 俺が少し申し訳なさそうな顔で頼むと、“んん~まあいいけどさ~”と渋々といった様に長門は承諾する。俺1人でも良かったのだが、それでは日が暮れて倉庫内を全て見て回ることが出来ないからな…運が悪かったとでも思ってくれ。

 

 したたかな気持ちを携えた俺とその被害に遭った長門は、地道なマーキング作業を開始する。のんびりとした長門が、意外にもテキパキと動いてくれたおかげで、ものの数十分で作業を終わらせることが出来た。

 

 

 一仕事を終えた俺達は、小休止を挟んだ後、再び倉庫の探索を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【炊事場エリア:第2倉庫】

 

 

 第1倉庫を経た俺達は、その隣の第2倉庫に来ていた。中には常温で保存可能な、レトルト系やインスタント系の食品だけでなく、昨日頂いたティーパックや、さっき食べた煎餅なども棚に敷き詰められていた。

 

 

「成程…食品だけでは無く、嗜好品なども置いてあるんだな」

 

「ここも第1倉庫と同じで~種類だけは豊富だからね~~。小腹が空いた時とかは~ここに来てみたら良さげかもね~」

 

 

 第1倉庫と比較すると、若干物が少ない様に見えるが…食料品のみがここに集約されていると考えてみると、相当な数である。

 

 

「…しかもよく見てみたら、日本語で書かれていない食品もあるな……」

 

「多分全世界レベルで揃えられているんじゃないかな~?ほら、故郷の味を思い出したいときとか食べられるようにさ~」

 

 

 故郷も何も、ここにいるのは9割方日本人だと思うのだが…。まあ外国出身のニコラス以外にも、アメリカに住んだ経験のある鮫島とか、世界を練り歩いていそうな落合辺りには需要があるかもしれないな……。

 

 

「しかも見てみて~~、あの有名なシュールストレミングとか、世界一辛い唐辛子で作られたデスソースもあるよ~」

 

 

 それらは俺も聞いたことのあるモノだが……あんまり軽い気持ちで食べられるものでもなかったはずだ……。俺は引きつったような笑みを浮かべながら、別の棚に目を向けてみる…と。

 

 

「……む?これは俺も見たことがあるぞ。確か…日本では販売されていない極めて珍しい調味料の……」

 

「ああ~!!マカンゴソースだ~ノヴォセリック王国と~その周辺の国でしか売られていないレア物だよ~!」

 

 

 何故か目を輝かせながらそのマカンゴソースを手に取る長門。今日1番と思える彼女のテンションに俺は少しの驚きを表す。

 

 

「マカン、ゴ?ソースというのか?それは…」

 

「製造方法不明、原材料不明、制作者も不明の、眉唾の何物でもないのに…まるでドラッグにかかったかのような中毒性があるっていう一品だよ~……まさかこんなところでお目にかかれるなんて、ラッキーだよ~」

 

 

 それはもうドラッグそのものではないのか……?と言おうとしたのだが、彼女の喜びように水を差すというのも気が引けたため、俺は口をつぐむ。

 

 

「後で反町さんにさ~コレを使った料理を作ってもらおうよ~。あ~~どんな味がするんだろ~」

 

 

 いきなり外国限定発売のソースを渡され、何か作って~と言われる反町を想像し、俺は何となく気の毒に思えてしまった。

 

 

「そうだな…だが中毒性があるというのは少々危険な気もするが……」

 

「大丈夫だよ~。このソースを供給しないと幻覚症状が現れたり、ちょっと乱心したりするだけだから、安全だよ~~」

 

「いや、それもう麻薬か何かだろ!……いかん!これは危険すぎる!!没収だ!」

 

 

 16人の生徒全員の安全を第一に考え、俺は長門からソースをひったくる。

 

 

「ええ~そんな~。せめて~一舐めさせてよ~ほんのちょっとで良いからさ~~後生だよ~」

 

「ダメだダメだ!若い内からそんな意味のわからんものの味を覚えてはいかん!」

 

「そんな昭和風にもったいぶらないでよ~~折木くんも1度舐めてみれば分かるって~だから良いじゃ~ん」

 

「お前のその正気を見ていると余計良いとは言えん!後、分からん人間にはなんべん言っても分からんのだ!諦めろ!」

 

 

 俺はしきりにソースを手にしようとだだをこねる長門を抑え、ソースが彼女の手に渡らないように躱し続ける。

 

 

「む~、分からず屋はな男の人は嫌われるんだぞ~」

 

「人のためであるなら、嫌われてもかまわん……!」

 

 

 ただのソースの奪い合いの事に俺達は真剣なムードを纏う。まるで長年のライバルとの一騎打ちのように、その気迫は拮抗した。おそらく俺と長門のどちらかが諦めるまで、この応酬は何度も繰り返されることになるだろう。

 

 

 

 ……そして、そんな親子のようなたわいもないやりとりに終止符が打たれたのは、それから数十分後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【炊事場エリア:第3倉庫】

 

 

 先ほどのソース争奪戦の軍配は俺に上がり、マカンゴソースの蓋をガムテープで目張りし俺の部屋で預かる次第となった。さすがに麻薬のような効能を持つソースを共用の倉庫内に野放しにしておくわけにはいかん、という考えでの結論だ。

 

 

「もぉ~折木くんは頑固者だな~。ちょっと位もダメなんて~横暴だよ~」

 

「……横暴も何もあるか。アレは危険すぎる」

 

「ちぇ~、けちんぼ~」

 

 

 そうブーブーと文句を垂れ流す長門を背にしながら、俺達は3つの立ち並ぶ倉庫群の内1番右に位置している、冷凍倉庫に俺達は訪れていた。

 

 

「あ~そうだ~~、折木く~ん、ここに入る前に~気をつけなきゃいけないことがあるから~先に言っておくね~」

 

「ん?気をつける点?……といっても、ここは簡便に言えば…他の倉庫よりも中の温度が低いだけなのだろう?どこにも注意点は無いと思うのだが……」

 

「ん~~そうでもないよ~。沼野君達が言うには~どうやら倉庫の奥に行くにつれて~温度が低くなっていっているらしいんだよね~~。それで~最奥まで行くと~数分で低温やけどしちゃうくらい温度が低くなってるんだって~」

 

 

 そういえば集会の時に雲居もそのようなニュアンスの事を言っていた気がするな……確かに、気をつけなければいけない重要な注意点だ。

 

 

「そ、そんなに低くなるのか…何故そのような構造を作ったのかイマイチ意図が理解しかねんな……」

 

「沼野君達も~同じようなことをモノパンに質問してみたら~~。この倉庫は~1つの部屋の中で冷蔵と冷凍を同時に出来る画期的な設備らしくて~手前側に凍ったモノを置けば解凍されるし~凍って無いものを奥の方に置けば瞬時に凍結させることができるんだって~~」

 

「ふむ…では入口側が冷蔵庫で奥側が冷凍庫の役割を担っている、ということか……」

 

 

 それで奥の方は過剰なまでに温度が低いということか…。

 

 

「あっ!後~食材以外でも~アイスとか~凍った果物とか~それと人の凍死体を作りたいときとかに便利なんだって~」

 

 

 成程…3つ目については聞かなかったことにして、そういう使い方もある訳か。工夫次第でもう少し応用が利きそうだな。

 

 

「よ~し、注意事項も確認し合った訳だし、早速中に入ってみよっか~」

 

 

 長門のその言葉を合図に、俺は冷凍倉庫の扉に手をかけ、中に入ろうとドアを開けてみると…。

 

 

『ビー!ビー!警告、警告!!これよりアブソリュートファンクションを開始しまス。すぐに倉庫から離れて下さイ。繰り返します…』

 

 

 俺が入り口に足をかけた直後に、倉庫内にモノパンの電子音声が響く。…アブソルートファンクション?一体何が始まるんだ?

 

 

「え~っと、これはね~え~っと……何だっけ~?」

 

 

 このアナウンスの正体について長門は答えようと頭をひねるが、答えが出てこなかったらしく、俺に引きつった笑みを向ける。…いや、俺にもわからんよ。

 

 

 すると刹那、俺達を吹き飛ばさんとする程の吹雪が体全体に襲いかかる。

 

 

 かなりの強風であったために、入り口で立ち往生する俺達は、その勢いに負け、本当に吹き飛ばされてしまう。

 

 

「「うわあああああああ……!」」

 

 

 俺と長門は仲良くうつ伏せのまま地面に体全体を打ち付ける。丁度頭の方から入ってしまったため、俺達は意識が刈り取れる寸前まで朦朧としてしまう。

 

 

「あ~、お、思い出したよ~。アブソルートファンクションって言うの、は~。倉庫全体の温度を保つため、に~定期的に行われる~自動冷却装置のこと、だよ~」

 

 

 長門はもう限界かのように目を霞ませながら、俺に説明を加える。

 

 

「い、言うのが。遅、い………ガクッ」

 

 

「ごめんね~~~ガク~」

 

 

 …この冷凍倉庫は、存在そのものが凶器だ。2度と近づかないようにしよう……。そんな決意の様な事を抱いた俺は、途絶えかけの意識を保つことができず、そのままたわいもなく顔を地面に埋めてしまった。

 

 

 

 結局俺達は、偶然通りかかった贄波に起こしてもらうまで意識を失ってしまい。起きた頃には、すでに日が暮れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【舗道(噴水広場~ログハウスエリア)】

 

 冷凍倉庫での一件の後、俺と長門は偶然通りかかった贄波と食事を済ませ、そのまま解散となった。長門と贄波はもう少し話をしていたいということなので、今現在俺は1人で夜道を歩いている状況だ。

 

 何だか長門に…少々悪い事をしてしまったかな…。

 

 ログハウスエリアへと続く遊歩道を歩いている中、そんな申し訳ない気持ちのままに空を見上げてみる。目の前には天井にちりばめられた満点の星空があり、淀んだ俺の瞳もキラキラに彩ってくれた。

 

 耳に神経を集中させてみれば、木と木がこすれ合う葉音が俺の周りで奏でられ、静謐な空間を演出している…。とても落ち着く雰囲気だった。

 

 

 今までの悩みなんて…すっぱりと消えていった仕舞うような…。

 

 

「ぅぉぉぉぉぉぉぉ……」

 

 

 …少し雑音が混ざっている様な気がするが、それでも俺の心持ちは変わらない。

 

 

「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」

 

 

 

 …まだ問題ないレベルだ。落ち着く落ち着く。

 

 

 

「折木ぃぃぃぃぃぃ……!!!!」

 

 

 

 ……明らかに俺の名前を呼ぶ声が背中に響く。

 

 

 

「折木いいいいいいいいいいいいいい…!!!!」

 

 

 

 はぁ…今日は本当に疲れているからあまりアイツの相手はしたくないのだが。そう思いながらため息をつくと、いつものしかめっ面で俺は振り向いてみた。

 

 

 

「折木いいいいいい!!!!」

 

 

 案の定、『超高校級の陸上部』陽炎坂天翔がこちらへとフルスロットルで走ってきていた。そして、俺の目の前でキキィィィィ!と火花を散らせながらブレーキをかける。

 何だか自己紹介でも同じ事があったが、前よりもほんの気持ち程度火花の散り具合が激しくなった気がする。

 

 

「……どうしたんだ…陽炎坂」

 

「折木!!!明日!!!朝飯の後!!!!時間をよこすんだぜえええええええええ!!!!!」

 

 

 烈火の如くたたみかけてくる陽炎坂の声は夜の空に轟く。オブラートに包んで言うが、うるさい。…包めてないか…。

 

 

「まず用件を聞こう……」

 

 

 急に時間を割くように要求してくる陽炎坂の真意を探るため、具体的に何をするのかを聞いてみた。すると陽炎坂は振りかぶるように、大声を張り上げる。

 

 

「何をやるか……それは!!勿論!!運!!動!!会!!!だぜええええええええええええええ!!!!!!」

 

 

 快音波のような声量であったため、聞き取りにくかったが、しかし『運動会』という単語が確実に聞こえた。

 

 

「う、運動会…?」

 

「そう!!!!今日の報告会を聞いて!!!今の!!俺達には!!!友情を!!!深める!!!機会が!!!必要だああああ!!!!そう思ったんだ!!!だから!!!!明日は!!!!一日中!!!汗を流して遊びまくるんだぜええええええええええええ!!!!」

 

 

 それを聞いて陽炎坂のやりたいことの真意を何となく理解する。…そうか、俺達が交流できる機会を作るためにイベントを催そうという魂胆か。ならば俺も参加しない手は無い…運動は苦手だが。

 

 

「成程…それなら別に一日中俺の時間を使い果たしてもかまわないが……」

 

「よっしゃああああああああああ!!!!!これで!!!やっと!!!!1人!!!参加者ゲットだぜええええええええええ!!!!!」

 

 

 …ん?“やっと”?…その不穏な一言に、俺はイヤな予感が胸中を掠めた。

 

 

「す、すまない。陽炎坂……今現在そのイベントの参加者は何人だ?」

 

「俺様と!!!お前の!!!2人だけだぜええええええええええええ!!!!!!」

 

 

 ……大丈夫なのだろうか?もしかして、明日一日中コイツと走り続けるとかいうオチにになるのではないか?それはそれで、なんというか…寂しいというか、不安というか。

 

 

「その、興味本位で聞くのだが…俺以外に勧誘した人数は何人だ?」

 

「さっき!!!思いついた!!!ばっかりだからなあああああああ!!!!お前が1人目だぜええええええ!!!!」

 

 

 …今さっき思いついた事だったのか……。何となく2人だけの運動会ということになる不安は多少解消されたが…行き当たりばったりの陽炎坂の計画に心配の情が湧いて出てくる。

 

 

「なあ…それなら俺も手伝おうか?今の時間帯だったら、大半の人は炊事場で食事をしていると思うし、そこに乗り込んでイベントのことを話せば…」

 

「そうか!!!良い情報だぜええええ!!!今から!!!!行ってくるぜええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 

 

 俺が助力を提案しようとしたが、陽炎坂はその話を聞いていないかのよう(実際聞いていない可能性が高い)に振り向きそのまま炊事場へと走り抜けていってしまった……。

 

 

「本当に…忙しないというか、落ち着きがなさ過ぎるというか」

 

 

 陽炎坂よりもか細い俺の声は、空気に溶け込み、無へと帰って行く。せめて話くらいは聞いて欲しかったが…居なくなってしまったのなら仕方ない……。

 

 

 俺は自分の進路をログハウスエリアへと軌道修正し、一時的に止まっていた歩みを再び進め始めた。嵐の前の静けさならぬ、嵐の後の静けさといえる静謐さも、陽炎坂が去ったのと同時に戻ってきたようだった。

 

 

 そして俺は、今日一日の終わりを迎えるため自分の寝床であるログハウスへと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『えー、ミナサマ!施設内放送でス!…午前10時となりましタ。ただいまより“夜時間”とさせて頂きまス。まもなく、倉庫、購買部への出入りが禁止となりますので……速やかにお立ち退き下さイ。それではミナサマ、良い夢を……お休みなさいまセ』

 

 

 ブツリとモノパンのアナウンスは途切れる。

 

 

「…これが鮫島達の言っていた例のアナウンスか」

 

 

 自分の根城であるログハウスに帰宅した俺は、まだ眠くなかったため机に備え付けられていた本を暇つぶしがてらに閲覧していた。ちなみにタイトルは『モノパン3世 ~モノパン VS 人造ヒューマン~』である。

 

 …タイトルについては絶望的に変ではあったが…内容的には中々に読み応えがあった。特に、モノパン自身が人工物であり、今まで全ての感情が実はプログラムだったのか、それとも本心だったのか…その葛藤には手に汗握ってしまった。

 おかげで時間を忘れて読み切ってしまい、気づいたらさっきの夜時間のチャイム…なんとも有意義な時間であった。

 

 気になった俺は…誰が書いたのかをついでに見てみると、作者の欄には“モノクローム・パンダ3世”と書かれていた。……どうやら、コレはアイツの自伝らしい。いや、それとも自分をモデルにした創作物なのか?

 

 俺はこのたった1行に、些細な疑問が湧いて出てきてしまった。

 

 

「だが…それにしては読みやすかった。アイツ、意外にも文才があるんだな」

 

 

 モノパンへの見識をミジンコ程度に改めた俺は、本を棚に戻していく。そして本を読み終えた疲れによるモノなのか、ウトウトと眠気に襲われ始めていた。

 

 

「まあ、丁度アナウンスもあったわけだし…そろそろ寝るか」

 

 

 明日は今日と同じく集会をするかどうかは分からないが、朝食の方はまた継続して皆と一緒に食べることになるのだろう。それに多分作るのは反町だ…時間にも厳しいだろうから…早めに寝て準備を整えておこう。

 

 

「ふぁ~あ。ふぅ…昨日よりかは疲れは無さそうだな…」

 

 

 昨日は精神的な疲れもあり、思う以上に眠気が強かった。だけど今日は、生徒達の何人かと他愛も無い話をしたり、探索したりと幾分か楽な一日だった。…明日も、明後日も、こんな風に続いてくれれば良いんだが……。

 

 

 俺はナイーブな気持ちになりそうな頭を振り、かき消すようにそのままベッドへと身を投げた。これ以上は、考えてはいけないような気がしたから。そして、そんなネガティブな心に蓋をするように目をつぶる。

 

 

 

 

 数分後、部屋の中では小さな寝息のみが響き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

『う、うう……ワタクシの大事なモノクルが…買ったばかりだったのに……』

 

 

『くうう、まさかアイツラがこんなにも暢気に一日を棒に振るとは思いませんでしたヨ!折角殺人を仕向けようと煽りまくったというのニ…』

 

 

『まあしかし、さすがに今日何も起こらないと言うことも無いでしょう…たった一日あれば、人間の関係なんてガラリと変わるものでス』

 

 

『その人と交流してみて、あっコイツ相性悪いな…、そう思うだけで殺人の火種となったりもする・・・それが人間というものでス!!】

 

 

『もう絶対明日には誰かがチミドロフィーバーして、ダンスッちまってるはずですヨ!!」

 

 

『え?今度は何を賭けるのか…ですって?……ええと、それは……………』

 

 

『それは、また今度ということで…ではまた来週~~~~!!………………早く!早く幕閉じて!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

 

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

 




どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。今回は交流タイムメインの話しでした。ゲームで言うと、沼野君と長門さんを選んだときの交流になります。陽炎坂君のは、強制イベントです。


↓以下コラム


○普段(休みの日)の皆の就寝・起床時間

※今回の場合、ベッドに慣れていなかった、コロシアイの件を引きずっていた等の理由で皆さんは早起きでした。


『男子』

・折木 公平(おれき こうへい):起床⇒午前5時30分 
 就寝⇒午後10時30分

モノパンから一言…おじいちゃんみたいな生活スタイルですネ。健康的でグッドだと思いまス。


・陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう):起床⇒午前4時
就寝⇒午前1時

モノパンから一言…練習は控えめにお願いしまス。


・鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ):起床⇒午前6時
就寝⇒午後11時

モノパンから一言…人は見かけによりませんネ。


・沼野 浮草(ぬまの うきくさ):起床⇒午前2時31分 
  就寝⇒午前1時59分

モノパンから一言…えらく具体的ですネ…何かその時間に恨みでもあるんですカ?


・古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん):起床⇒午前9時 
                    就寝⇒午前2時

モノパンから一言…夜更かし気味ですネ…もう1時間早めに寝て、早めに起きると良いでしょウ。


・雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう):起床⇒午前12時 
                    就寝⇒午前5時

モノパンから一言…いくら朝が嫌いでも限度があると思いス。


・落合 隼人(おちあい はやと):起床⇒24時間の内どこかで寝る
                就寝⇒24時間の内どこかで寝る


モノパンから一言…ちゃんと普通に寝て下さイ。


・ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein):起床⇒午前5時
                          就寝⇒午後0時

モノパンから一言…睡眠時間はできるだけ取りましょウ。肌荒れの原因にもなりますのデ。


『女子』

・水無月 カルタ(みなづき かるた):起床⇒午前7時 
    就寝⇒午後0時

モノパンから一言…案外普通なんですネ。


・小早川 梓葉(こばやかわ あずは):起床⇒午前4時 
    就寝⇒午後11時

モノパンから一言…頑張りすぎないように、早めに寝ましょウ。


・雲居 蛍(くもい ほたる):起床⇒午前⇒午前11時 
   就寝⇒午前3時


モノパンから一言…あまり健康的とは言えませン。もしかして寝不足気味ですカ?


・反町 素直(そりまち すなお):起床⇒午前3時 
 就寝⇒午後0時


モノパンから一言…体には気をつけてくださイ。倒れてしまっては元も子もありませんのデ。


・風切 柊子(かざきり しゅうこ):起床⇒午後7時 
  就寝⇒午前10時

モノパンから一言…寝過ぎでス。


・長門 凛音(ながと りんね):起床⇒午前10時 
就寝⇒午後11時

モノパンから一言…起きる時間をもう少しスムーズにしましょウ。


・朝衣 式(あさい しき):起床⇒午前6時 
就寝⇒午後11時


モノパンから一言…模範的な睡眠時間だと思いス。毎日続けるとなおグッドでス。


・贄波 司(にえなみ つかさ):起床⇒午前3時 
就寝⇒午前3時


モノパンから一言…それ、もう寝てないですよネ?


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Chapter1 -(非)日常編- 3日目

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 ――チュンチュン、チュンチュン

 

 

 どこからともなく、鳥のさえずりが聞こえてきた。

 

 新しい一日を知らせる様に、いつもの日常を象徴する様に、小さな生命は声を鳴らしていた。

 

 窓を開け放てばその姿を拝めるのではないか…そう錯覚してしまう程その声は澄んでいた。

 

 

「…………朝か」

 

 

 だけどここには、この世界には、俺達人間以外の形ある生物は存在していない。朝起きる度に聞こえていたこの声の主は…音だけでしか、その存在を認知することが出来ない。これがこの世界、『ジオ・ペンタゴン』の当たり前。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 ……何となく、この世界の常識を押しつけられたような気分になってしまった。俺は憂鬱な思いを吐き出すように息をついてしまう。

 

 

「昨日よりかは…寝起きは良い方、か……」

 

 

 だけど、一日の始まりがため息だからと、その日の気分が特別優れていないというわけではない。…むしろ、昨日はモノパンとあまり関わらなかった分ストレスが軽減され、比較的良好な寝起きの状態まであった。

 

 絶好調の一歩手前…そのぐらいの気分だ。

 

 俺は、部屋の壁に備え付けられた壁掛け時計を見上げてみた……時計の短い針は5を刺し、長い針は6の数字を貫いていた。…今現在の時刻は朝の5時半。

 

 

「早めに起きすぎたか……?」

 

 

 俺としては、いつも通りの日常の起床時間と言えた……。だけど、この施設での生活を開始してからたったの2日で、そのいつも通りに体が適応してしまったこと。それに対して、“こうも簡単に慣れるモノなのか…?”と我が事では無いような驚きを表した。

 

 

 ――ここに住み慣れていた訳でもないのに、どうして…?

 

 脳内で、振り払い切れない違和感が渦巻く。

 

 しかし、そんな事を考えても仕方ない…そう俺は脳内の小さな曇りを、単なる気のせいだと切り替え、そのままベッドから立ち上がる。

 

 そして俺は、ほんの数分シャワーを浴びる。すでに昨日の夜に浴びていたので、軽く体を流す程度。上がった後は服の着替え。

 新たにクローゼットから、昨日一昨日と同一の、だけど新品同然の制服に着替えていく。使い終わった昨日の服と下着類は新品の服とは別の場所にしまい込む。

 

 

「よし準備は良いな……」

 

 

 まだ皆との生活が慣れていないせいか、少し準備に力を入れてしまった様な気もする。しかし、コレも1つの身なりにおけるマナーのようなモノ……毎朝続けられるか微妙として、三日坊主にはならないようにしよう……俺はたわいも無い決意を抱いた。

 

 

「少し早い気もするが…」

 

 

 炊事場に行ってみるか……朝のアナウンスが始まるまでまだ1~2時間もある。倉庫も購買も開いているはずも無い…朝食の準備も完了している訳がない…それでも俺は何となく、早めに部屋を出てみようと考えた。

 

 もしかしたら俺のように朝早くに起きすぎて時間を持て余している人間がいるかもしれない……誰もいなかったとしても、いつもの数倍静かな森を満喫してみるのも良いかもしれない……。

 

 そんな風にして、俺は頭の中でほどよい柔軟性を保ったままに、自分の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【噴水広場】

 

 炊事場へ向かう道中、一つ気になることを発見……というより発聴した。俺がログハウスエリアを出てから数分後の、噴水広場へと足を踏み込んだ時…。

 

 

「――――!」

 

 

「ん?………」

 

 

 誰かの声……少しかん高かったので、恐らく女性の声のようなものが聞こえた気がした。方角的には……グラウンドの方だった。

 

 

「少し…行ってみるか……」

 

 

 炊事場に行ってもやることはないという腑抜けた事情があった俺は、頭に広がる当初の予定表に、興味本位で、新たにグラウンドへと向かうことを書き加えた。そしてそのまま方向を向き直し、グラウンドへと続く遊歩道に沿って歩き出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【グラウンドエリア】

 

 

 

「――――っ!!」

 

 

 グラウンドに近づくにつれて、声は徐々に大きさを増していく。…その声色には勢いがあり、剣道とか柔道をする時に発するニュアンスに近い声であった。

 

 

「―――――はっ!!」

 

 

「まだまだ脇が甘いよ!!」

 

 

 グラウンドへ到着してみると、そこでも2人の女子生徒が激しくバトルを繰り広げられていた。片方はまるで合気道をしているかのように、袴の袖をまくる小早川。もう片方は、シスター服のまま激しく動き、小早川の攻撃をいともたやすくいなす反町だった。

 

 …どうやら、反町達が前に話していた護身術…確か名前は「反町流喧嘩殺法」……だったろうか?俺はその稽古現場に遭遇してしまったらしい。

 

 気づいていないところで悪いが。少し見学してみるか…。

 

 その護身術というものに好奇心が湧いた故に、二人から少し離れた場所から傍観を始めていった。

 

 

「ここです!!!」 

 

 

 教え子である小早川は右拳を固く握ったまま、地面に片足がめり込むのでは無いかというほど激しく踏み込む。そして踏み込んだ時に発生する瞬間速度と、自分自身の体重を利用し、無防備な反町めがけて握りこぶしを携えた腕ごと突き出した。その勢いには、護身術に関して門外漢の俺にですら分かるほど、真っ直ぐな気迫が乗せられていた。

 

 

「――――今度は足!!」

 

 

 小早川からの強力な一撃を腰を低くしながら、回るように躱す反町。そして躱した勢いを維持し、そのまま小早川の膝元まで潜り込む。反町は腕をラリアットをするように伸ばし、小早川の足を金魚すくいの如く、華麗にすくい上げた。

 

 

「がはっ……!」

 

 

 反町のカウンターをもろに受けてしまった小早川は、空中をキレイに一回転。前方倒立回転飛びを失敗してしまったかの如く仰向けに倒れてしまった。倒れた余波によるモノなのか…ほんの数センチ、地面に体が弾んだように見える。

 

 

 …あの様子と言葉から、倒れた拍子で肺全体にダメージがいったな………多分数分はまともな呼吸が出来ないだろう……。と、他人事にそう独りごちた。

 

 

 ………しかし、このようにゴチャゴチャと横から解説を入れているのだが、よく考えてみよう。何度も言うとおりコレは護身術の訓練だ。間違っても自ら攻撃を加えるような挑発的な術では無い……はず。

 

 だが俺には、教えられる側であるはずの小早川が、反町に対して攻撃を加えていたようにしか見えなかった。…見方によっては、小早川が悪漢という役柄で反町に襲い掛かり、それを実際の技を使って身を守る実践演習のようにも見えなくも無い……。

 

 だけど、最初に言ったとおり、小早川が使っていたのは自分の体幹を利用した原理の技であり、素人がするような動きでは無かった。明らかに必殺技の類いである。反町流喧嘩殺法……護身術と言い張ってはいるが、恐らくも無く、格闘術の一種だ。俺はそう確信した。

 

 

「ハァー、ハァー。反、町、さん…息が、できません」

 

「あ~…ちょっとやりすぎたかもしれないね……すまん小早川」

 

 

 地面に倒れ、なけなしの酸素にすがりながら胸を上下させる小早川。それを、指導に熱を入れすぎてしまったと申し訳なさそうに見下ろす反町。……なんだかバトル漫画の修行シーンのように見えなくもなかった。

 

 

「……おい、さすがに大丈夫では無いだろう……小早川」

 

「ハァ、ハァ、あれ……?折木、さん?いつのまに?」

 

「おーう、おはようさん…………何だかみっともないところを見せちまったみたいだね」

 

「ああ、おはよう……だが、朝っぱらからずいぶんと激しい運動をしていたみたいだな。若さがあって良い、と言うべきか。それとも朝から無理のしすぎだ、と言うべきか?」

 

「後者さね。人に教えるのは初めてだから、ちょっと加減が分からなくてね……コイツの飲み込みも良いことも手伝って、つい力を入れ過ぎちまったよ……」

 

「ええ、!初めて、だったん、ですか?」

 

 

 小早川は首を上げ、驚いた顔を反町に向けた。

 

 

「……それで良く伝授しようと考えたな」

 

「前々から技術の伝承ってのがやってみたくってねえ…何事も挑戦だと思って無理矢理こんな機会を作ったのさね。……それに、やりたいことをふんわりとさせとくのは、アタシの性に合わないし、聖書にも何か……こう……努力しなさい的な事が書いてあった気がするからね!」

 

「いや聖書の部分がふんわりしてちゃだめだろ……」

 

 

 はぁ……ここまで大雑把でシスターが務まるのだろうか?…だがまあ、反町の場合…シスターとしてだけで無く、孤児院を経営しているという部分も評価されての超高校級のシスターなのだろうが……。

 

 俺がコソコソとした反町に対して疑問を抱いていると……突然、“あっ!”と腕に付けられた時計を見ながら、気づいたかのような声が反町から上がった。

 

 

「ああ…もうこんな時間かい……このままじゃ!!朝ご飯が間に合わなくなっちまうよ!」

 

 

 右手で頭を掻きながら、反町は焦ったような顔を歪ませる。

 

 …確か、俺が部屋を出たのが5時半で……そして今の時点で30分ほど経っているから丁度今は6時くらい……だろうか…。

 

 

「…まだ朝のアナウンス前だろ?倉庫はまだ開いていないと思うぞ」

 

 

 そう、モノパンの提示したジオ・ペンタゴンの規則の1つには、夜時間の間は倉庫は立ち入り禁止になるという項目がある。夜時間というのは夜の10時~朝の7時までの間の時間……つまり、今はまだ夜時間の範囲内なのだ。

 

 

「それなら心配は無用さね!昨日の夜のウチにバッチリ仕込んどいたからね!……ちなみに今日のメニューは、パンとホワイトシチューだよ!」

 

 

 そうか、成程。確かに前日の内に作っておけば、朝のアナウンス前でも食事の用意ができる……。だけど…それを加味しても、早すぎる気もするが……。

 

 

「それにアンタも聞いてると思うけど、今日は陽炎坂の奴が運動会だか何だかを開くとか言ってたじゃないかい?そのイベントのための昼食の準備もしなくちゃならないんだよ……」

 

 

 しょうがなさそうにに頭を掻く反町を見ながら俺は一人合点をする。

 

 そうか、だから焦ったようにしていたのか……。

 

 

 

「朝食に加えて…運動会の準備もするのか……さすがにオーバーワークじゃないか?俺に出来ることなら協力するぞ?」

 

「何年何十人ものガキ共、それに加えて舎弟共の飯を作ってきたと思ってんだい?こんなもん造作もないさね!むしろ、食ってくれる奴が大勢居てくれるだけで作りがいがあるってもんだよ!!」

 

 

 “アタシにまかせな”と言わんばかりの気概で胸を張る。その勢いに、俺はわずかに押されてしまう。…流石は孤児院の経営者であり、関西最強の不良集団のトップと言ったところだ……後半はあまり関係ないと思うけど……。

 

 

「…流石の気概だな」

 

「……そこでなんだけど…折木。その料理の方はアタシに任せて貰いたいんだけど…それとは別に頼まれてくれるかい?」

 

「…ん?ああ、良いぞ」

 

「……そこで倒れてる、小早川の事、見といてくれないかい?……料理をするのと、人を看るのとでは、どうしても体が足りなくてね……」

 

「ふぅー、ふぅー」

 

 

 ああ、成程。確かに1人じゃ出来ないな。俺は納得した。

 

 

「…それは、かまわないんだが……何か具体的にしなければならん処置はあるか?生憎、怪我とは無縁な人生であったから……この状態からの処置が分からん」

 

 

 …確か、人生の中で怪我をしたのは、中学の体育の授業の一環である柔道の時間に腕を折ったことと、前居た高校で疲労骨折をした位……どちらも救急車に運ばれて事なきを得る位の怪我だったから……本当に分からない。

 

 

「……まあ、別に大した事はしなくても良いよ。とにかく呼吸が落ち着いてきたら、立たせてあげて、あのベンチに座らせてあげてほしいさね。でも、もし何か様子がおかしそうだったら、アタシに言うさね」

 

「了解した…」

 

 

 成程、それくらいだったら、俺にでも務まりそうだな…。お安いご用と俺は何の不安も無く引き受けた。

 

 

「それじゃあ小早川…無理せず今日はゆっくり休みな。キツそうだったら明日の稽古は無しにしても良いから」

 

 

 反町のその言葉に、“えっ!”ッと言うように、首をまた曲げながらまた反町を見上げる。首

 

 

「い、いいえ。大丈夫、です!だいぶ、楽になってきましたから…すぐに、良くなると、思います!だから、明日も、稽古を、続けましょう!反町さん!」

 

「その倒れながらの首を曲げる体勢は、楽とは言い難いんじゃ無いか?」

 

 

 真っ直ぐな瞳で反町を見つめながら、たどたどしい語調で、そう答える小早川。

 

 ……俺も人よりかは真面目な方という意識はしているが…小早川も大概な律儀さだな……。何となく共通点を見いだせたようで、少し嬉しくなる。

 

 

「そ、そうかい?じゃあまたいつも通りの時間で続けさせてもらうけど……無理しすぎなさんなよ?……それじゃあアタシ行くからね?もし何かあったらすぐに言いに来るんだよ?すぐにだよ!」

 

「お前は親馬鹿の母親か…」

 

 

 ……荒々しいが、どこか優しさがにじみ出る行動の数々…。その漏れ出た優しさに惹かれて、幼い子供達や、その舎弟が反町に懐いたりするんだろうな……いや、輩に懐かれるのは、正直考えたく無いな。

 

 反町を見送った俺は、仰向けに倒れる小早川の容態が落ち着くまで、静かに見守り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません折木さん。わざわざベンチまで運んでいただいてしまって……重くありませんでしたか?」

 

「いや、気にするな。……それに、別に重くもない。むしろ軽い方だ」

 

 

 まぁ……実はそこそこ重さがあったというのは内緒だ……。だけど、女性に対して重さの話をするときは全神経を使って気を遣え、と姉さんから教わっているから…ここでは今のセリフが出てきたのは、普段の心がけによるものだ。

 

 

「フフッ。そこまで気を遣わなくても良いですよ?私そんなに体重気にしてませんし…むしろお師匠からはもっとふくよかになれって言われているくらいですから」

 

 

 予想外にも、自分の体重については気にしていない、むしろ歓迎という様子の彼女。だけど、そのふくよかになるその目標へは、もう少し時間が必要だろう。何故なら、その全ての栄養の行き先は…言うまでも無く、その胸に……。

 

 

 いや、コレはデリカシーに欠ける反応だな、止めておこう。

 

 

「そ、そうだ!小早川。お前の話に出てくる、そのお師匠というのは……一体どのような人なんだ?」

 

 

 男として尊厳を保つためということ反面、純粋に興味があったということから、小早川の師匠の話に切り変えてみる。

 すると小早川は少しキョトンとした顔になり、そしてすぐに顔を緩ませ、思い出を語るように静かに話し始める。

 

 

「…お師匠はお師匠です。私に華の道の基礎を教えてくれた偉大なお方です。凜々しくて、美しくて、何よりも格好良い。あの皺だらけの手から作り出される生け花の数々は、あの人の人柄をまるっと写したみたいで、気品に満ちあふれていました……」

 

 

 頬を両手で包み、まるで恋する乙女のように空を見上げる小早川。…師匠に対して相当お熱のようだった。俺自身も、思わず頬をほころばせたくなるような、幸せな表情だった。

 

 

「成程…正しく師匠って感じだな…」

 

「はい!華道の源流たる小早川流の頂点、師匠の中の師匠…まさに”すーぱー”師匠なんです!!」

 

「…一気に幼稚な表現になってしまった気がするが……でも、そんな素晴らしい人に師事できるなんて…やはり超高校級のお前だからこそ…とも言えるな…」

 

「えへへ……そうでしょうか。折木さんにそう言われると…なんか嬉しくなっちゃいますね……でも…」

 

「…どうした?」

 

「華道以外にもお化粧とか、料理とか、女性としての道もみっちり教え込まれたんです……日常の1つ1つの所作全ても華道なりって」

 

「……へぇ。普段の中でもストイックなんだな…」

 

「…いや、正確には”あいきゅー”が圧倒的に低くても、家事が完璧なら、嫁のもらい手は引く手あまた……でしたかね?何であんなこと言っていたんでしょうか…そもそも、あいきゅー、って何でしょうか?」

 

 

 いや、師匠もしかして…日常が厳しいんでは無くて、小早川の将来が厳しい…と思って色々教えていたのか?…だとしたら、相当苦労したんだろうな…。

 

 俺はまだ見ぬ師匠というお方へ、心の中で静かに敬礼をした。

 

 

「……しかし、女性としての基礎……ということは、師匠は女性なのか?」

 

 

 さっきの発言から、何となく引っかかっていた事を言葉にしてみる。まあ…別に女性で無くても、そういう事も教えられるとは思うのだが…。確認の意味を込めて、聞いてみた。

 

 

「ええそうですよ。もう90に程近いおばあちゃんです…座右の銘は『年の功は華の功』という、まさに華道一本筋のお人です」

 

「…90歳」

 

 

 ……俺のおばあちゃんでもそこまで長生きはしなかったから、どんな感じなのか想像がつかんな…。

 

 

「しかし、もう大往生の域の年齢だな……。それに、その年になるまで一つの事を極めている……と言うことに、驚きよりもとてつもない凄みを感じるな」

 

 

 …加えて羨ましくもある。たった1つの道を究めるということは、その道を死ぬまで歩き続けると言うことに同義…。並の人間では出来ない所業だ。凡人の俺だったら……足がすくんで、歩むことすら修羅の道。

 

 

「ですよねー!もうあの熟練された動きは誰もマネなんて出来ません!!私も形式程度には何とか模倣は出来るんですけど……やっぱり、あの美はあの人にのみしか出せない神業なんですよ!」

 

 

 興奮したように、師匠について大げさに語り出す。……これは恋する乙女というよりは、重度のアイドルファンのみたいな装いだ。いや、でもそれを模倣するだけでも、相当な技術がいると思うが…。

 

 

「そんな技巧の持ち主がこの世に居たなんて……そのお師匠様の名前はなんて言うんだ?是非とも教えて欲しい」

 

「えっ!お名前…ですか?ええと、言っても良いですけど……その……」

 

 

 大した質問では無いハズなのに…先ほどの興奮した様子からは打って変わって…何故か、しょぼんとした表情へと沈んでしまう小早川。どうしてためらっているのだろうか…のぞき込むように、俺は体を傾ける。

 

 

「名前……言いにくいのか?それなら…別に…」

 

「い、いいえ!そんなことはありませんよ!!ええと、名前は『小早川 小金(こばやかわ こがね)』……と言います。はい…」

 

「…”小早川”……?というと……お前と同じ名字だよな…もしかして…身内か?」

 

「………はい」

 

 

 そう聞くと、さらに肩を竦める小早川。

 

 まあ考えてもみれば、小早川流の家元なんだ…その名前を自身で襲名しても可笑しくないとは思っていたが……まさか、本当に血の繋がっている家族とは……。

 だけど…身内にそんな偉大な人が居るのなら、むしろ鼻が高いというか…先ほどの高らかさをもっと前に出して良いと思うんだけどな……。

 

 

「何だか…訳あり…みたいだな」

 

「…はい。訳ありです…」

 

 

 この様子を見るに…彼女にとって、その血が繋がっていることそのものに、表情が優れなくなった原因がりそうだ。

 

 

「……悩みがあるなら…話は聞くぞ?」

 

「い、いいえ……流石にこれは、会って間もない方々に話せるような…話では無いので…

 

 

 …それもそうだよな。俺達はたった2.3日顔を合わせた程度のクラスメイト。そこまで踏み込むには…もっと時間が必要だ。少しずつ…頑張っていこう。

 

 

「……で、でも…………折木さんにだったら…」

 

「ああ…その通り。人には様々な相があるけど…必ずしも全てに異なりがあるわけでは無い……。僕達は同じ人間なんだ、同じ部分があっても不思議じゃない……」

 

「「……ん?」」

 

 

 突然ベンチの後ろ側から人の声が飛び出した。振り返ると……そこには手にギターを抱え、ジャジャーンと弦を一撫でする落合がこちらに背を向け座っていた。

 

 

「……落合。いつの間に……」

 

「…気づきませんでした」

 

「君達の会合よりもほんの数時間前……と答えるべきかな?小早川さんと反町さんとの鍔迫り合い、君達の和やかな一時…どれも僕の詩的センスを刺激するには…充分なくらいだよ」

 

 

 つまり反町達の稽古から今まで、此所で息を潜めていたということか…。影が薄いと言うべきなのか、自然と一体になっていたというのか…まったく存在を視認することが出来なかった。

 

 

「ええと、落合さんは…何故、ここに?」

 

「フッ……僕は風そのものさ。君達の傍らでユラユラ流れ続ける風……どこに居ても不思議では無いし…どこか別の場所にいても……それもまた不思議では無い、ということさ」

 

 

 つまり適当にここで陣取っていたら、たまたま今までの場面に遭遇した…というわけか。完全にあってるかは別として、大方そんなもんだろう………何となくコイツの言動に慣れが出てきてしまった事に、自分でも呆れがでてしまう。

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 すると施設全体に、いつもの如くアナウンスが流れ出した。昨日はログハウスの中で聞いていたこともあり、施設全体にアナウンスがキレイに反響して、また違った風に聞こえるようだった。

 

 

「……もうそんな時間か。まあ話の切りも良いし、反町も首を長くして待っているだろうから、朝ご飯でも食べに行くとするか」

 

「……………」

 

「小早川?」

 

「…そ、そうですね!急がないと、反町さんにドヤされてしまいますからね!」

 

「さあ友よ、共に歩もうではないか……僕の体は今…力なく脈動している」

 

「…腹が減ったんだな……」

 

「うう…やはり難解でございます」

 

 

 

 俺は“もう少しわかりやすく話せないのか……”と儚い願いを胸でつぶやきながら…小早川、落合と共に再度炊事場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 グラウンドでの一幕を終え、炊事場へと向かった俺達。炊事場のテーブルには、すでにさっき発言したメニュー通り、パンとシチューが几帳面に並べられていた。

 

 パンは先ほど焼き上げたばかりなのか、サクサクと音を立てそうな焦げ茶色でコーティングされている。シチューは、スプーンですくえばトロトロとしそうな程、見事な出来映えだった。

 

 

「うわぁ美味しそうですね!ささっ、折木さんも座りましょ、座りましょ」

 

「ああ…」

 

 

 小早川に促されるように、俺は席に座り、生徒全員が来るのを待とうとしていると…。

 

 

「人は食欲という抗い難い枷に縛られてしまっている…その鎖から解き放つためには、刹那的に自分を満たすことしかない……今の僕はとても強い力で、その枷に締め付けられている……」

 

「…落合、きちんと皆揃ってから食べるんだ。抜け駆けは他の生徒達の反感を買うことになるぞ…」

 

 

 今にもかぶりつきたそうに、手元をうずうずとさせる落合に俺は待ったを掛ける。

 

 

「まあそう言うなよ、これは泡沫の夢。目をつむって開けば終わってしまっているような、儚い物語なのさ」

 

「……どうせすぐ集まる。もう少し辛抱しろ」

 

 

 そんな風に、落合と小さな牽制をし合っていると、なにやら炊事場の入り口付近が騒がしくなってきた事に気づく俺達。もしかしたら、朝のアナウンスを合図に他の生徒達が集まってきたのかもしれない、と予想を立ててみる。

 

 

「ぅぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!今回は!!!!俺の!!方が!!!早かったぜええええええええええええええ!!!!!」

 

「い、今、誰と、競争、してた、の?」

 

「俺は!!!常に!!自分と!!!時間と!!人生と!!!競争をしている!!!!今日は!!!俺の!!!勝ちだぜええええええええええ!!!!!!!」

 

「…勝、敗、の、基準、が分からない、よ」

 

 

 最初は贄波と陽炎坂がやって来た。しかも体を鍛えるためなのか、陽炎坂は贄波をおんぶした状態での入場である。…いや朝からハード過ぎないか?

 

 

 「つまり!ボクの灰色に染め上げられた脳細胞がこの謎を解き明かし、そして真実へと導いたのさ!!コレは未だに外部へと公表されていない特ダネ中の特ダネさぁ!!ミス朝衣?この事件を記事にしてみないかい?勿論!!一面の写真にはこのボクを…」

 

「残念だけど…その事件はすでに調査済みよ…それに、この話は当の本人達から口止めされているから記事には出来ないわ……人のプライバシー優先よ」

 

「何てこった!!もうすでに取材済みとは…さすがミス朝衣!!いや、ね。勿論公表してはいけないということはボクも知っていたさ!ああ勿論だとも!キミ!」

 

「一体どこまで本気で、どこまでが冗談なのかしら…理解に苦しむわね……」

 

 

 続いて朝衣とニコラスが炊事場に姿を現す。何やら、興味深い事件の話で盛り上がっている?ようだった。

 

 

「おっ!できとるやんけ~できとるやんけ~。朝は起きたてホヤホヤの時が腹減りのピークやからな~…それじゃあ、ほんの一つまみおば……」

 

「こ~らっ!つまみ食いは重罪だよ!それにアンタ…今日はちゃんと間食してないだろうね~。お残しせず、きっちり全部平らげるんだよ!」

 

「わ~っとるって。安心せーや。ウチの腹の減りは既に臨界点を突破しとる……用意されたもんぜ~んぶ平らげたる準備はもう万端や」

 

「ダメだよ!鮫島くん!カルタもお腹ペコペコなんだから。きちんとカルタの食べる分も残してから、全部頂いちゃってよ!」

 

「いや拙者達の全員の分も残すでござるよ!平等に分け合うという精神は無いのでござるか!?」

 

「なんや?沼野、まさか、今のことマジに受け取ったんか?それは引くで~」

 

「そうだよ。フードファイターでも無い鮫島くんが、そんな人外みたいな事できるわけないじゃ~ん」

 

「ねぇ~?」

 

「なぁ~」

 

「いじめでござる!!いじめが始まったでござる!!この者達が拙者を排斥しようとしているでござる!!誰か、誰かこの者達に天誅をーー!」

 

 

 食事を前にしていつも通りギャーギャーと騒ぎ出す鮫島と、沼野、そして水無月。まるでコントのような登場だ。

 

 

「う~まだ眠いよ~二度寝したいよ~」

 

「朝ご飯を食べるまでの辛抱です。私は食べたら速攻バタンキューを決めてやるです」

 

「いや、それはそれで体に毒なんだよねぇ…逆流性食道炎になっちまうんだよねぇ…」

 

 

 まだ眠気と格闘しつつ、のんびりとした様子で炊事場に足を踏み入れる長門、古家、雲居。そして――。

 

 

「アンタら遅すぎだよ!!朝ご飯が冷めちまうだろ!!」

 

「くっ、何故人々は夜に行動せず、朝に活動的になるのだ!人類は、太陽が差している時に目覚めた時点で進化の仕方を間違えたと言える!!ワタシは全力でその常識に遺憾の遺を唱える!!」

 

「知るかそんなもん!早く席に着きな!!」

 

「……ぐぅ」

 

「風切さん、まだ夢の世界に居る様なんだよねぇ……しかも立ったまま……」

 

 

 俺達が炊事場に来てから大分時間が経って、雨竜と風切がやって来る。あまりにも時間に無頓着な態度だった故に…雨竜は反町に蹴りを入れられていた。

 

 

「ワタシは決して寝坊を犯したのでは無い……!人類の正しい進化の仕方を、この身で…!体現したのだけなのだ……!」

 

「寝坊の言い訳にしてはチョイと反応に困るヤツなんだよねぇ……」

 

「はぁ……もう分かったから、大人しく席に付きな……」

 

 

 

「せやから沼野、さっきのは虐めとちゃう…所謂コミュニケーションの方法の1つや。沼野の場合、やり過ぎな位が丁度ええと思たからハブっただけや」

 

「こんなことも読み取れないとは…お主もまだまだ修行が足りんのぅ。フォッフォッフォッフォッ」

 

「何でござるかその安っぽい言い訳は!いくら拙者が貧しい人間だったとしても、その安さに惑わされはしないでござるぞ!!」

 

 

 

「…心を無にするのさ。この体が訴える干からびを抑制するためには…自分の心が無であると嘘をつかなくてはならないのさ……」

 

「わかったぜえええええええええ!!!!!!俺は今!!!!猛烈に!!!!頭空っぽだぜええええええええええ!!!!」

 

「空っぽ、に、するところ、間違えてる、と、思う、よ?」

 

「無って…何なのかしらね……何だか哲学的な話になってしまったわね」

 

 

 

「良いかいキミ達!このボク、ニコラス・バーンシュタインは実に頭が切れ、腕の節も強く、そして顔も良い!!紳士淑女にモテにモテるナイスガイなのさ!」

 

「……眠い言葉の羅列」

 

「良い子守歌だよ~」

 

「すみません、聞いて無かったです」

 

「清々しい程のスルー具合じゃ無いか、キミ!」

 

 

 

「賑やかになってきましたねー」

 

「ああ、この施設に居る全員が集合したんだ。うるさくならない方が可笑しい」

 

 

 数十分前までの静寂はどこえやらと、テーブルの周りは喧噪に包まれ始めていた。朝とは思えないほど、楽しげで、そして微笑ましい様な光景のようだった。

 

 

「――だけど、変に静かすぎるよりは、ずっと良い」

 

 

 俺はそう言って、あまりよく発達しているとは言えない頬を持ち上げ、目を細める。……こんな毎日が、ずっと続いてくれれば良いのに……そう考えてしまう。

 

 

「よーし!アンタ達!全員揃ったんだ、頂くとしようじゃないか!!お残ししたヤツにはアタシから天罰が下るか覚悟するんだよ!」

 

 

 

 反町の物騒な脅しに何人かが顔を引きつらせる。……まあ多分冗談だろう、多分。

 

 

 俺達は気を取り直し、それぞれのタイミングで手を合わせ、“いただきます”と言う。いつも通りに美味しい反町の朝ご飯に楽しみながら、その日の朝を終えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

【グラウンドエリア】

 

 

 朝の食事を終えた俺達全員は、ジャージに装いを変え、グラウンドへと赴いていた。

 

 理由は勿論、陽炎坂主催の運動会である。グラウンドの森の近くには沢山のレジャーシートが敷かれていたり、タイムボードが用意されてあったり、白線でキレイなトラックが描かれていたりと、準備万端と見えた。

 

 ……ていうか、これいつ用意したんだ?朝俺達がいたときは用意されていなかったはずなのだが……。

 

 

『宣誓いいいいいいいいいいいいい!!!!我々!!選手一同はあああああああああああああ!!!!!………」

 

 

 そんな疑問もつかの間、陽炎坂がグラウンドの壇上で、主催者らしく選手宣誓を始める。マイクが壊れるのでは無いかと心配してしまうほどに、音をビリビリと震わせていた。

 

 俺達はと言うと、ゲリラ的に開催した自由な形式の大会であるため、整列するというわけでも無く。それぞれがそれぞれの位置で宣誓に耳を傾けていた。

 

 

 『……絆を!!!胸に!!!!正々堂々と!!!!!!戦うことおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!誓います!!!!!!!!』

 

 

 そうやって、陽炎坂による雑音まみれの選手宣誓は無事に終わりを迎えた。大会の始まる前から酸欠をするのではないかと疑ってしまうにその音量はすさまじかったが…陽炎坂の様子を見る限りまだまだ余裕そうだ。

 

 

「それにしても……こんなに選手宣誓に力を入れる人って居るものなんですね……」

 

 

 陽炎坂の宣誓からの静かすぎる余韻が流れる中、隣で聞いていた小早川が静けさを壊さない程度のひそひそ声を俺に向けてきた。

 

 

「…陽炎坂の選手宣誓は世間的に見ても結構有名だぞ?インターハイ時の選手宣誓で大会のマイクを一つショートさせたり、あまりにも大声過ぎて、マイク操作担当の人の鼓膜を破ったりと逸話が数多くある」

 

「碌な伝説が無いですね…」

 

「悪いことばかりでは無い…あの声量に選手達も身を引き締めたり、奮い立たせたりと、感覚的な効果があるらしい……俺はスポーツ選手では無いから実感は湧かないがな……」

 

 

 まあ伝説にも良い悪いの二面性があるものだ…陽炎坂の場合はその悪いほうの色が濃いだけにすぎない。

 

 

「まあ、その悪い方の逸話のせいで、陽炎坂が宣誓を行う際はマイク無しになってしまったんだが……陽炎坂の奴、選手宣誓の際は特に気合いを入れるようでな。素の状態でもうるさいから、観客を含め、大会関係者の一部は耳栓をするのが通例になっているらしい…」

 

「……それって宣誓の意味無いんじゃないですか?」

 

 

 実際、周りをよく見てみると、多分陽炎坂の話を聞きかじってたからなのだろう…朝衣や水無月とかは耳栓をして予防策を張っていたりしている。

 俺自身は生で聞いてみて心が高揚するのかどうか気になっていたからノーガードで聞いている……しかし今のところ変わりは無し……ただうるさいと感じているだけだった。

 

 

『てめぇらあ!!!これから!!!!運動会を!!!!開催するんだぜええええええええええ!!!!!」

 

 

 宣誓を終えた陽炎坂は、その時使ったマイクをそのままに手にし、俺達にこれから始めるプログラムを伝えてくる。その熱すぎる勢いから、まるでバンドのライブに来ているような感覚に陥ってしまう。

 

 

「よぉーし!!頑張るぞーー!ひっくり返すぞーー!えい、えい、おーーー!!!」

 

「…貴方の中ではもう、劣勢に立たされている状況なのね…」

 

「ていうか……えっ…いきなり始めちゃうのかねぇ?」

 

「まあええんとちゃう?ベニヤ板で補強したんかっちゅうくらいの即興の大会みたいなもんやし…タイミングも順序も適当でもウチはモウマンタイや」

 

「いや、それあんただけなんだよねぇ…」

 

 

 生徒達から、当惑してしまう声が上がり出す。かくゆう俺も、少し戸惑い気味だったりする。

 

 

「ミスター陽炎坂。この大会を円滑に進めるために…1つ質問なんだが…この大会にルールはあるのかい?それともボク達の裁量で自由に思いのままに行動しても良いのかい?」

 

 

 ニコラスは帽子の鍔を上げながら、陽炎坂へと疑問を投げる。

 

 

『うおおおおおおおおお!!!!派手に!!!言い忘れてたんだぜえええええええええ!!!!!!!俺達は!!!!これから!!!白組と!!!赤組に!!!分かれ!!!そして!!!!競い合うようになってるんだぜええええええええええええ!!!!!!!』

 

 

 マイクを派手にハウリングさせながら、陽炎坂は咆哮する。正直、うっかりして忘れていたようなテンションには見えない。

 

 

『そして!!!!競技を行うことで!!!!点数を取り合い!!!!!その総数で!!!!勝者を決めるんだぜええええええええええ!!!!!!!』

 

「はいは~い、さらにしつも~ん。じゃあ紅組と白組の組み合わせってどうなってるの~?それと~点数の配分は~どうなるの~?」

 

 

 長い腕を天高く伸ばしブラブラと揺らしながら、長門はニコラスに追随するように疑問を重ねていく。

 

 

『赤組と!!!!白組は!!!!俺様が!!!!事前に決めてある!!!!!そして!!!!!点数に!!!ついては!!!!!競技が始める前に!!!!随時!!説明を挟むんだぜえええええええええ!!!!!』

 

 

 壁に向けて投げたボールが倍速になって返ってきたかのように、陽炎坂は勢い良く言葉を突き返す。すると陽炎坂は演説台から飛び降り、俺達に近づいて何かの紙を1枚1枚渡しはじめる。

 

 もらった紙を見てみると、上側に手書きとは思えないほどの達筆な字で赤組と白組と記されており、その下には俺達の名前が書き並べられていた。

 

 

         赤組                 白組

      陽炎坂 天翔               折木 公平

      鮫島 丈ノ介               雨竜 狂四郎

     古家 新坐ヱ門             沼野 浮草

落合 隼人             ニコラス・バーンシュタイン

      雲居 蛍                 朝衣 式

      風切 柊子 水無月 カルタ

      反町 素直                長門 凛音

      小早川 梓葉               贄波 司

 

 

 以上のように振り分けられて、これから運動会が始まるらしい。…しかし、こうして字面だけ見てみると本当に全員参加しているんだなと感慨深く感じてしまう。

 陽炎坂も運動が不得意そうな雲居や古家まで良く参加させることができたものだ。と思わず感心してしまったが……十中八九、彼の面倒くさい押しに負けたからなのだろうと、すぐにその感心を霧散させた。

 

 

 『この!!!!紙の通りに!!!!!向こうに敷いてある!!!!レジャーシートに!!!!集まってくれええええええええ!!!!!そこに!!!!赤と!!!白の!!!!ハチマキが!!!!あるんだぜえええええええええええええええ!!!!!』

 

 

 森の側に敷いてあるレジャーシートへと指を差し向ける。その指先ははち切れんばかりのエネルギーを孕んでいるかのように震えていた。

 

 

「…すまない……分かれる直前に言わせてもらっても良いか?そちらの赤組に陽炎坂が居るというのはかまわないのだが……少し公平さに欠けないか?徒競走とか、リレーとか、走る系統の種目では間違いなくそちらに高得点が入ってしまう」

 

「あっ言われてみればそうだね!このまま超高校級の走り屋の陽炎坂君に完封されちゃうよ!」

 

『それについては!!!!!!問題!!!無しなんだぜえええええええええええ!!!!』

 

 

 その当然とも言える質問は、彼によってノータイムで跳ね返される。

 

 

『この大会のプログラムには!!!!!様々な!!ギミックを用意してある!!!!故に!!!タダ走るだけでは!!!!ダメなんだぜええええええ!!!!!!!』

 

 

 …そうか、超高校級の陸上部である陽炎坂にとっても一筋縄ではいかないほどの何かしらが用意されている、ということか……。そう1人納得してみるが……段々と、陽炎坂でも手こずる仕掛けに、俺達の身が持つものだろうか?と、不安覚えてしまった。

 

 

「……ちなみに、そのギミックっていうのかねぇ?事前に教えてもらえたりとかは…」

 

『勿論!!!出来ないぜええええええええ!!!!ていうか!!!!俺も知らないんだぜええええええええええええええ!!!!」

 

「まあそりゃあそうですよね…陽炎坂も選手として参加するわけですし…」

 

 

 そんな感じで、全員の合意が得られたと察した陽炎坂は、全員に“レジャーシートに突撃なんだぜええええええ!!!”と宣言し、走り出す。しかし、陽炎坂は以外は全員徒歩だった。

 

 レジャーシートへと振り分け通りに集まった俺達は、箱に詰められたハチマキを手に取り、付けていく。それぞれ頭に付ける者も居れば、奇をてらって腕に付けたり、手の甲に付けたりと、様々であった。

 

 

「じゃあ白組の皆、今日一日宜しく。チーム一丸となって赤組を下していくわよ」

 

「み、みん、な。頑張ろう、ね?」

 

「勿論さぁ!なんと言っても、この超高校級の名探偵であるニコラスバーンシュタインが存在して居るんだ…それすなわち、このチームに敗北という二文字は無い!!!つまりそういうことなのさ!!」

 

「陽炎坂くん程じゃないけど、カルタも燃えてきたよー!うおおおおおお!!って言いたい気分だよ!!」

 

「私もだよ~~うおおおおおおお~~~~」

 

「何故かは分からぬが、拙者も妙に燃えてきたでござる!!!皆の衆!拙者足には自信がある故、存分に期待してもかまわないでござるよ!!」

 

「フハハハハハハハ!!!逆にワタシは自信が微塵たりとも無いので、期待しない方が良いぞぉ!!!」

 

「そこに自信を持ってどうする……だがまあ、全力を尽くしていこう」

 

 

 チームの全員が一言一言言葉を発していく。各々の言葉にはやる気が満ちており、今日一日、チームとして、仲間として、ゲームに挑んでいこうという気概が伝わってきた。

 

 

『それじゃあ!!!!改めて!!!!!始めるんだぜええええええええええええええ』

 

 

 俺達の準備が整ったのを見計らった陽炎坂は、マイクを再び取り、叫び出す。

 

 

 ――凡人の俺を加えた超高校級の運動会が、今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【第1競技】 アスレチック徒競走

 

 

 最初の競技は、様々なギミックで埋め尽くされたグラウンドを走り抜ける、全員参加型タイムアタックというものだった。

 

 先にゴールすればするほど高得点が手に入る点数方式らしいが…名前にアスレチックとついている通り、コースには何かしらのギミックがこしらえられ、一位を取ることを妨害してくる…。

 

 

 例えば……

 

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!俺様が!!!!1番!!なんだぜええええええええええええ!!!!!あっ――――――」

 

 

 ……落とし穴。

 

 

「だははははは!!主催者が早速落ちとるでぇ~、アッホやでホンマぁ!あっ――――――」

 

「語って落ちてるんだよねぇ。あっ――――」

 

 

 子供のイタズラのような仕掛けではあるが、後先考えず突っ込めばすぐにドボンというほど、その数はおびただしかった。そして落ちた先には……。

 

 

「なんだこれはあああああ!!!臭い!!臭いぞ!!!ワタシは!今!何に飲まれてしまっているのだあああああ!!!助けを!助けおおおおおおぉ!!!」

 

「……ボールプール……何か安心する……眠い」

 

「ちょっとこれトマトじゃないかい!?食べ物を粗末にしたらダメじゃないか!!!」

 

 

 このように定番の物からゲテ物まで、様々である。だがまあ、それはほんの1割くらいで、俺のように5回落ちて、5回とも普通の落とし穴といったケースが殆どである。

 ちなみに後から知ったことだが、全生徒の中で落とし穴に落ちなかったのは贄波と落合くらいで、落ちた回数が最も多かったのは陽炎坂の15回とのことだった。

 

 

「これは……平均台で、ござるか?」

 

「そのようだな……だが、その平均台の下に張られた網はいかにもという怪しさがあるな」

 

「フッ、拙者には意味を成さない物でござる…バランス感覚には自信があるでござるからな。いざ……………――――むむ。この平均台なんかヌルヌルするでござる、いくらの拙者でもこれでは、足が滑って………あべryあじゃじょいめうくwq¥rぜふあじさdl!!!」

 

 

 ただの平均台に見せかけた、電流トラップ地獄。平均台に足が滑りやすくなるような何かが塗られており、落ちたりすると電流が通った網の餌食となる。

 といっても電流自体の電圧は大したことなく、食らったとしても静電気より少し強い程度のお遊び感覚の威力……だから網の上でノビてる沼野は、きっと何かの手違いにすぎない、はずだ……。

 

 

「ええと……これを掴んで、向う岸までたどり着くようにすれば良いんですかね?」

 

「いわゆるターザンロープだね!!何で何本もあるのか分かんないけど……まあどれでも良いよね!!!」

 

「水無月さん。ここは慎重に選んだ方が良いと思うわ……今は落ち着いて……あっ、行っちゃった………そして、ロープが途中で切れてしまったわ…」

 

「下の泥水へ一直線に行ってしまいましたね……」

 

「……微かに彼女の悲鳴が木霊してるわね」

 

 

 さらに…当たれば僥倖、外れれば泥水に真っ逆さま、運試しターザンロープなんて物もあれば。

 

 

「か、風が………髪が乱れるです……」

 

「風は、僕の良き、隣人、さ……だから、目をそらさずに、こんな風に、抱きしめるようにすればあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

「風に、飛びつかれたちゃったみたいだよ~」

 

「この大会に芸術点があれば満点ですね、きっと……」

 

 

 強力な向かい風の中を、己の身一つで突き進む物もあったり。

 

 

「ゴールはもうすぐ!このニコラス・バーンシュタイン!!堂々の1位を誇って勝利の凱旋というものさ!!!」

 

「……!!ニコラス、君、そこ、見るから、に落とし…!」

 

「え?あっ――――――」

 

「ニコラス、君……」

 

 

 最後の最後でまた仕掛けられていた落とし穴が待ち受けてたりする。ちなみに最後のは特に深い物だったようで、落ちたニコラスは抜け出すのに苦心し、結局最下位となってしまっていた。

 

 

 最終的には、

 

 1位 贄波

 2位 小早川 

 3位 鮫島

 4位 ……

 

 

 という順位となった。

 

 贄波が一位を取ってくれたは良いのだが、残りの俺達がワーストを占めてしまい、チームとしてはあまり大きな点数とは言えなかった。

 

 だけど……さすがにこれほど大がかりな仕掛けをいつ作ったのか。気になった俺は、陽炎坂に詳細を聞いてみると。

 

 

「モノパンに!!!!頼んだら!!!!全部!!!!用意してくれたぜええええええ!!!!!ちなみに!!!!前準備も!!!アイツに!!!!頼んだぜええええええ!!!!!!」

 

 

 成程、それならこんな大がかりな仕掛けも、いつの間にか準備が為されていた運動会のセットの謎にも納得がいく。

 

 

 それにしても……居ても居なくても何かしら一枚噛んでるな…アイツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【第2競技】 何でも借り物競走

 

 

 

 

 第2競技は、『何でも』とついているが、いたって普通の借り物競走だ。

 

 走ってすぐの地面に並べてある紙を拾い、そこに書かれてある物、あるいは人を手に、ゴールインする。何ら変わった仕様は無い、普通の借り物競走だ。

 

 しかし、物が出てきて場合だと話は別だ。その物の殆どが倉庫にある物なので、炊事場まで取りに往復しなければならない。足の速さとは別に、そもそもの運も必要となってくる競技のようであった。

 

 今回の競技は、白組、赤組双方からそれぞれ2名の選手を選抜。計4人で競走を行い、その順位によって点数が決まる方式らしい。

 

 

 最初に、赤組から鮫島と反町、白組から沼野と長門が選抜された。

 

 

「何々…ええっと、『ペンタ湖の水(バケツに満杯で)』……えっ。これ最下位確定でござらぬか?」

 

「ウチは…『イジりがいのある友人』……。うん!古家やな!」

 

「『氷』……地味に難しい物をせがんでくるねえ。まあ沼野よりマシさね」

 

「ええと~『マカンゴソース』~?これはこれはタイムリーだね~」

 

 

 それぞれ1位が鮫島、2位が長門、3位が反町。そしていつまでも帰ってこない沼野が自動的に最下位となった。

 

 続いての第2レース、赤組から陽炎坂、風切の2人と、白組から贄波とニコラスが選ばれる。

 

 

「うおおおおおおおお!!!!『鉄球』!!!気合いで!!!持ってくるぜえええええええええええええ!!!!

 

「……『雑草』?……そこら辺ので良いか…」

 

「モ、『モノ、パン』……!き、棄権、しま、す」

 

「『仲の良い同性の友人』…か!さぁ男子諸君!!!ボクと友達なってくれる人を急遽募集させてもらうよ!!締め切りは10秒後まで、急いでくれたまえよ!!」

 

 

 このレースでは1位が風切、2位はニコラス、3位は鉄球をへえこらと運び続ける陽炎坂、最下位は途中棄権の贄波であった。

 …余談ではあるが、ニコラスの友人募集には俺が志願しておいた。30秒経っても手が上がらなかった時のニコラスの姿が、あまりにも寂しげであったからだ。

 

 

 第3レースは赤組から、小早川と雲居、白組からは水無月と雨竜が出場することになった。

 

 

「んん?『本』ですか……はぁ、ログハウスまで行くんですか?面倒です……」

 

「こ~れ~は~『世界に一つだけの物』ー?うん!決まりだね!!!一緒にゴールしよ!お姉ちゃん!!」

 

「なっ……!『夢』……だと………」

 

「こ、これは!……ううっ…………お、折木さーん!」

 

 

 このレースにおいては、腰に常に付けている”紫髪の人形”を持ってゴールした水無月が1位、何かは分からなかったが、とにかく俺を借りた小早川が2位、かなり疲弊しながら分厚い本を持ってきた雲居が3位、そして膝をついたまま動かない雨竜が最下位となった。

 

 何かあったのは明白だが…どうにも聞ける様子では無かった。

 

 

 そして最終レースは、白組から古家と落合、赤組から俺と、朝衣という組み合わせとなった。

 

 

「え…?『自分、自身』…?いや、それもう徒競走になっちまうんだよねぇ」

 

「何も求めず…そして何も得ないこと…それも1つの幸せの形というものさ……」

 

「俺へのリクエストは…め、『メモリーカード』?なんだこれは……『目盛り』とついているから、新手の定規か何かか……?」

 

「……『A4ノート』……?普通の借り物で良かったわ……」

 

 

 最終的に、1位は鮫島と共に気恥ずかしそうにゴールした古家、2位は小さめの封筒を持った朝衣、3位はなんとかメモリーカードという謎の物体を知ることが出来た俺、4位はそもそもスタートすらしなかった落合という結果になった。

 

 こうして全員がレースに参加し終え、それと同時に借り物競走そのものが終わりを迎えた。借りてくるモノが、外れもあれば当たりもあったりと、実に歯ごたえのある内容であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

『これより!!!!お昼ご飯の!!!時間なんだぜえええええええええええええ!!!!皆!!!!ゆっくり休んでくれえええええええええ!!!!」

 

 

 借り物競走が終わり、連続で第3競技が始めると思っていたが、どうやら丁度お昼ご飯の時間だったようで…ハウリングが耳に痛い陽炎坂のマイクから休憩の声が発せられた。俺はその声に従い、自分の陣地であるレジャーシートへと向かうことにした。

 

 

「どうやらやっと一息つけるみたいね。…それにしても、何だか、あっという間だったわね?」

 

「朝衣……ああ…だけど、まだまだ動かし足りない気分だな」

 

 

 その途中、同じチームである朝衣に声を掛けられた。

 

 

「…あら、折木君は結構運動する方なの?」

 

「いや、運動はむしろ苦手な方だ……だけど、何だか…こう、俺自身が思っていた以上に、自分に体力あったというか、いつのまにか体力がついてしまっていたような…」

 

「あら…それは。確かに、不思議ね?」

 

「ううむ………自分で言っていて変な感じがするな…」 

 

 

 いつも通りだったら、第1競技の時点で既にバテて、借り物競走も覚束ない足取りで挑むものだと予想していたはずなのだが……今の俺は、何故かいつも通りに体力が尽きていない。

 

 

「つまりそれは…予想以上に自分の運動能力が向上していた…?ということかしら」

 

「…向上してたって……そんな大げさな。俺達はここに来て間もないはずだろ?その表現は少し可笑しい…」

 

「………ええ。そうだったわね。ごめんなさい、今の言葉は忘れて」

 

 

 少し言い方に妙な部分はあったが……だけど確かに、彼女の言うとおり不思議な気分だった。

 

 

「まあ多分、この運動会事態が楽しいから、なのかもな……人は本当に楽しいときは、疲れ知らずに動き続けることができる、と聞いたことがあるからな」

 

「ふふっ、貴方がそう言うのなら、そうかもしれないわね?…はぁ、その一方で、私はもうバテバテよ……折木君の言うとおりだとすると……まだこの運動会を楽しみ切れていないのかもしれないわ…」

 

 

 何となく悟ったように遠くを見つめながら、おでこに撒いた白組のハチマキを取り、朝衣は手の甲で汗を拭う仕草をする。凄い汗だな、と感想を漏らす。

 

 

「…………そうだ、丁度良かった。コレ、返すよ…」

 

「それは…」

 

「一昨日借りた”ハンカチ”だ。キレイに洗い直したばかりだから、新品同然の状態だ…」

 

「わざわざ洗い直してくれたのね……私が言った手前、そのまま返してくれても良かったのに……」

 

「そうはいかん…立つ鳥後を濁さないように、借り受けたモノは濁したまま返すことは、俺の人情に反する」

 

「…やっぱり貴方って、律儀な人ね……ありがとう、大事に使わせてもらうわ」

 

 

 朝衣はそのハンカチを受け取ると、そのままハンカチをポッケに仕舞う。…いや、汗拭かないのかよ。と思うのもつかの間…彼女はどこからか、鉛筆とメモ帳を取り出した。少しイヤな予感がした俺は立ち止まる。

 

 

「それはそうと……今から休憩時間なのだけれど……丁度良いからその時間を使って、貴方の才能について…インタビューしても宜しいかしら?」

 

「……一旦俺達は距離を置いた方が良いみたいだ」

 

「いーえ、それは無理なお話よ。既に私達の席は確保済みだから」

 

 

 見てみると…確かにレジャーシートはチームメイトに殆ど占領され、わざとらしく一角が空けられているのみの状態になっていた。

 

 …既に根回し済み…ということか。流石はジャーナリストだな。どうやら、観念せざるを得ないみたいだ。目の前でキラキラとした瞳の彼女に…俺は、小さくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 俺と朝衣がレジャーシートに戻り着いた時には、既に重箱のような弁当を広げられていた。重箱の中身は定番とも言える、様々な料理が並んでおり、見ているだけでも腹が鳴ってしまうほど美味しく見えた。

 

 

 だけど…その前に――――。

 

 

「…それで早速なんだけど……ここに入学が決まってから、自分の才能について思い出したことはあるかしら?」

 

 

 俺は、朝衣の独占インタビューに応対しなければならない。でもお互いに、腹は減っているので、つまめる程度の食事をしながらの対面であった。

 

 

「うーん………ここに来てしばらく立つが………思い出したことは、未だに無いな」

 

「そう…なら、ここに来る前のことは、覚えてる?」

 

「……ああそれなら…覚えてるよ。確か、特待生として入学が決まって、それから下調べをして……そして満を持して希望ヶ峰学園に来たと思ったら……こんな場所に放り出されてた……確かそんな感じだ」

 

「……調べていた、というと…自分の才能について…?」

 

「後は、この同期の連中について…少しな。ネットの掲示板を通したり、希望ヶ峰学園に電話をしたり…な」

 

「…ふむ、中々の腰の入れようね…」

 

 

 俺の話に耳を傾けながら、朝衣はメモに俺の言葉を丁寧に書き出していく。

 

 

「…それで、調べた末の収穫は?」

 

 

 朝衣からのその疑問に、俺は否定の意味を込めて首を振った。

 

 

「…全然だったよ。掲示板を見ても、分かったのは水無月や陽炎坂のことくらい…問い合わせてみても…答えることはできない、の一点張り……結局他人の事ばかりで、自分の事なんて何一つ掴めなかった」

 

 

 要約して”収穫は無かった”という結論に、彼女は自分の書く手を止め、”成程”…小さく漏らす。

 

 

「初めは…自分の才能は、”幸運”か何かだと思っていた……」

 

 

 俺は、今重箱の中身をまるでバキュームのように食らいつくしている贄波に目を向けた。

 

 

「でも、ココで贄波と会って……それで、俺は幸運として入学したんじゃ無い…そう確信したんだ」

 

「……確信?」

 

「ああ…元々、ツイているとは言えない生い立ちだったから……万が一にでも幸運なんて身分は、俺にふさわしくないだろうって、考えてはいたんだ」

 

「……昔から…ね」

 

「……何年も前のことで…おぼろげにしか覚えてないんだが……両親曰く…中々の物だったらしい」

 

「………」

 

 

 ネガティブすぎる答えだったろうか?少し…気まずい空気が流れる。

 

 

「…私も。この希望ヶ峰に入学するに当たって…様々な事を調べたわ」

 

 

 ふと、朝衣は語り出し…続けていく。

 

 

「特に念入りに調べていたのは…今期の入学生に…つまり貴方たちのことについて」

 

「俺と同じ事をしていたのか…」

 

「……そこで分かったのは…今期入学するはずだった生徒は…総勢48名……”3クラス”あったということ」

 

 

 確かに…そんな事が掲示板にあったような…。でも、だとしたら……。

 

 

「他のクラスメイト達は…?」

 

「さあ…現状何一つ分からないわ……。もしかしたら…私達と同じでも、別の場所で、こんなことに巻き込まれているのかも知れない……」

 

「……」

 

 

 それは…恐ろしい話だ。こんな悪趣味なゲームが、ココ以外でも開かれているなんて…。

 

 

「まああくまで…仮説の段階だけどね。それよりも、私は別の事が気になっているの…」

 

「別の事…?それは、一体…」

 

「さっきも言ったけど、私は今期入学するはずの全ての生徒達を調べ尽くした。だけど…」

 

 

 含ませるような、その言い方に。俺は妙な緊張を抱え、息を呑んだ。

 

 

「…貴方以外の、此所にいる15人の生徒の素性を知ることが出来た……でも」

 

「…でも?」

 

「…貴方以外に1人…肩書きがよく分からない――――」

 

 

 

『昼飯が食べ終わったな!!!!てめぇら!!!!!運動会の!!!午後の部!!!!これから始めるんだぜえええええええええええええ!!!!!』

 

 

 朝衣が何かを言おうとした言葉に被さるように、陽炎坂の大音量がグラウンドを覆い尽くした。俺は跳ね上がるように驚き、中心に居る主催者へと…目を向けた。

 

 

「………どうやら…タイムリミットみたいね……」

 

「ああ…そう、みたいだな……でも結局、俺が一方的に情報をもらったみたいになってしまったな」

 

「いいえ…全然よ。私も、有益な情報は得られたから問題無いわ」

 

「…そうか。それならよかった」

 

「ええ……続きは、また今度にしましょう…そのときは、今よりももっと落ち着いた場で、ね?」

 

 

 そう言いながら、朝衣は俺に軽いウィンクをする。微笑むように見下ろす彼女に、俺は頬を染めてしまう。誤魔化すように、咳き込み、”そうだな、約束だ”…そう返した。

 

 

 

 …ふぅ……午後の部も頑張るとするか。

 

 

 残ったご飯を口に放り込みながら、気持ちを切り替えていく。

 

 

 “今度はどんな競技があるのだろうか”…そんな考えを巡らせ、俺は胸を高鳴らせていった。

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 午後の部はまたさらに嗜好が凝らされていた…。

 

 

 俺は最初、午前中の様に走り中心の競技が始まるモノだと考えていたが……始まったのは、皆で走り合うような競走などでは無く。誰が、誰よりも早く寝れるのかという『お昼寝競走』であった。

 

 

 多分、食べ抜けの過度な運動は体に毒と考えた、陽炎坂なりの配慮なのだろう。

 

 

 グラウンドの芝生には、いつのまにやら日なたぼっこをするには持ってこいとも言える、人数分のリラックスチェアが並べられており…。何だか見ているだけで眠気が押し寄せてくるような気分がよぎってしまった。

 

 

 そして俺達は、スタートの合図と共に椅子に体を落ち着け、寝息を立て始める。俺自身も知らないうちに午前中の疲労をため込んでいたらしく、早々に夢の中に行ってしまった。

 

 

 どうやら終わりの時間は特に設定していたというわけでは無かったので。全員が起き上がったのは、競技開始から3時間後であった。

 

 

 起きた後に、どうやって誰が早く寝たのかを判定するのかを陽炎坂に質問してみると……モノパンがこっそりと側に近寄ってきて、俺達が寝ているのかどうかを判定してくれていたらしい。

 

 

 

 そのモノパンからの報告によると、1番早かったのは、風切であった…さすがは昼寝の達人と言ったところだ。2位は雨竜で、昨夜は徹夜で天体観測をしていたらしく、疲労困憊の状況だったことが勝因と言うのが本人の弁だ。――――いや、寝ろ。

 

 3位は意外にも俺であったらしく。思わぬ加点であった。

 

 

 そんなダイジェストのような感じで、【第3競技】は終わりを迎えた。じっくりと休んだので、次の競技は万全とも入れるコンディションだった。

 

 

 起きた直後に行われたのは、グラウンドだけで無く、このエリア1をまるごと使った全員参加の『リレー対決』。ちなみに、コレが【最終競技】らしい。昼寝に時間を費やしすぎたとのこと。

 

 

 それぞれの組の8人は、誰がどのコースを走るのか、そして誰がアンカーを務めるのか。作戦会議が開き、思考を巡らせ…。赤組は陽炎坂がアンカーを務めないことを条件に順番が組まれ。俺達白組は運動神経の良い沼野を中心に据え、順番が決定された。

 

 

 両組の準備が完了し、最後の競走が始まった。

 

 

 そしてその競走は、俺は今まで経験したどの『リレー対決』よりも個性的な内容で在ったと断言できる。1人1人の印象深いシーンを思い起こしてみると、こんな風になる。

 

 

 ――――開始早々見事な転倒を見せた鮫島。

 

 

 ――――走っているのかどうかすら怪しい速度で走る長門。

 

 

 ――――バトンを渡す相手を間違えてしまった小早川。

 

 

 ――――走り始めてから数十秒の時点でヨレヨレの雨竜。

 

 

 ――――真面目に走ろうとしているのに様々な妨害(主に水無月と鮫島)を受ける古家と俺。

 

 

 ――――走る直前で寝始めた風切。

 

 

 ――――“拙者に任せるでござる!”と言いながら目の前の木にぶつかる沼野。

 

 

 ――――見事にコースを間違えた陽炎坂。

 

 

 ――――普通に頑張って走った贄波。

 

 

 ――――そもそもバトンを渡す場所に居なかった落合と水無月。

 

 

 ――――疲れるからと自分の分までアンカーの反町に走らせた雲居。

 

 

 ――――最後の最後ですっころび、1位をかっさらわれてしまった朝衣。

 

 

 本当に、それぞれの、それぞれの個性が光り輝く、面白おかしく賑やかな最終競技であった。

 

 

 最終的には赤組の勝ちとなってしまったが、そこにあったのは敗北でも、勝利でも無い……少し臭い言い方をするなら…“友情”であった。

 

 

 勝てたことに喜び合い、何故か鮫島を胴上げしてキレイに地面に落としていた赤組。負けたのを自分のせいだと涙ぐむ朝衣を、全員で励まし合った白組。

 

 

 様々な感情が俺達の間で錯綜しているけど、皆、共通して喜びを持っていた。他愛も無い話で盛り上がったり、互いに気安く冗談を言い合ったり、肩を組み合ったり……それくらい俺達の仲はとても近くなっていた。

 

 

 

 本当に……本当に楽しい一日だった。

 

 

 “この学園に入学できて良かった”と思えた。

 

 

 “こんな風に笑い合えるなんて夢のようだ”とも思えた。

 

 

 こんな素晴らしい友人達と、素晴らしい一日を過ごせたことを…俺は誇りに思えた。

 

 

 あわゆくば…こんな日が、明日も、明後日も、そのまた明日も……続いていけば良い、と。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな俺の思い描く毎日は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タダの一抹の夢でしか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なかったんだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

「フゥ…ようやく寝れるな……」

 

 

 

 俺達はあの後、運動会のフィナーレということで、夕食も兼ねたBBQに行った。そこでも俺達は肉を取り合ったり、野菜を押しつけ合ったり、反町にぶん殴られたりと、祭りが終わってもてんやわんやであった。

 

 もうその宴の中ではすでに、白組と赤組という垣根も無く…たった1つの『クラス』ができあがっていた。

 

 ……しかし、どんな楽しい一時にも終わりというものは存在する。やっとこさ1つの集団にとなることが出来た余韻にいつまで浸れるわけでも無く、日も落ち着いてきたタイミングで、食事も終わりを迎えた。

 

 が……その後すぐに、男子は男子、女子は女子で集まって、それぞれの武勇伝やら、小話やら、雑学やらを披露し合ったり。明日は何をしようか、折角だからもう一つイベントでも催さないか、なんて一息つけばすぐにやって来るような未来の話をし合ったりなどを始めてしまっていた…。

 

 

 結局その小さな親睦会は、モノパンの夜時間のアナウンスが放送されるまで続き。むしろアナウンスが終わってからが本番の様な雰囲気も合ったが…さすがに疲れたのでお開きとなった。

 

 

 お開きの後にも、俺は帰り道に沼野やニコラス(借り物競走の時からちょっと馴れ馴れしい)と雑談をしながら自分のログハウスまで帰ってきたのだ。

 

 

 

 …そして今に帰結する。

 

 

 

「本当に…今日もいろんなことがあったな……」

 

 

 だけど、その全ては良いことである。俺にはもったいないほどに、楽しさにあふれていた。

 

 …少しだけでも、皆と距離を縮められた事に嬉しさを隠せなかった俺は、いつもの仏頂面を変に歪ませてしまう。何となく気恥ずかしさを覚えてしまったので、誰に見られている訳でもないのにベッドに顔を埋めてみた。

 

 

「…凡人の俺は、場違いなのかもしれない……なんて考えていたが。杞憂だったのかもな……」

 

 

 皆、年はバラバラかもしれないが、それでも高校生なのだ。

 

 俺と同じで、年相応に笑顔を見せることが出来るし、友達にも、親友にも、恋人にもなれる。

 

 

「凡人の仲でも、ことさら不器用な俺でも……此所に居る全員と友達になれるのかもしれないな……」

 

 

 初日の頃の俺と比べれば…まさに天と地のような考えの翻しぶりだ。あのときの生真面目過ぎる俺が嘘のようだった。

 

 

 そう、俺は楽しげに独白を頭の中で繰り返していると…。

 

 

 

 ――――コンコン

 

 

 小さなノックの音が、俺の部屋に転がり込む。…そこそこ遅い夜ではあるが、一体誰だろうか?一応この生徒の中の誰かだろうが、モノパンの可能性もあるので、多少の警戒を持って扉に近づいてみる。

 

 

「はい…」

 

 

 俺はガチャリとドアを開く。……しかし、目の前には誰も居ない……。扉の周辺を見回しても、誰も居ない。

 

 

 …もしや俺の予想した通り、下を見ればモノパンが居るなんて事は……。

 

 

「折木、どこ見てるですか……下ですよ、下。もしそれが当てつけなら、スネに蹴り入れるですよ…」

 

 

 俺が予想した、紳士然として低くも無く、高くも無い男の声では無く。非常に幼く、少し舌足らずで、本当に高校生の声なのか怪しい女声が下から湧き出してきたのだ。

 

 

「なんだ…雲居か…」

 

 

 下に目を向けてみると…そこには蓄えられたいつもの目元のクマとそこそこ長い髪の毛を肩に垂らすようにお下げにしている、雲居が立っていた。

 

 ……俺の顔を見上げるその顔が何となく不機嫌そうなのは、デフォルトである思いたい。

 

 

「まあどうせいつも通り小せぇな…みたいな事を考えていると思うですけど……今回は折り入ってお願いがあるので多めに見てあげるです」

 

 

 別に考えていないような俺の考えを垂れる雲居。そして俺に負けないくらいの不機嫌そうな顔を維持してはいるが、どことなく照れているように、そう呟いた。

 

 

「折木…ちょっと話に付き合うです」

 

 

 少し意外な一言が出てきたことに、一瞬間を空ける。

 

 

「…急にどうしたんだ?」

 

「…なに驚いているですか……単に話がしたかっただけですよ…ほら、あんた読書が趣味って言うですから……」

 

「あ、ああ確かに俺は読書が趣味だが…人前で公言したことは……」

 

 

 少なくとも、この生徒の中で俺の趣味が読書と言ったのは水無月くらいだ。だのに何故……俺は口元に手を付け、頭を傾げる。

 

 

「?…あんた見てないですか?ほら、この学生カードにちゃんと書いてあるですよ」

 

 

 鏡のように頭を傾げる雲居は、俺に平たい黒いカードのようなモノを見せる。そこには、『超高校級の図書委員 雲居 蛍』という未来チックな電子文字が並べられていた。

 

 

「な、なんだそのハイテクそうな機械は!?…待つんだ雲居、この通りだ…もしや俺はお前に何かしてしまったのなら謝る…だからそのハイテクそうな精密機械を俺に近づけるな…!頭から火が出てしまう……!」

 

 

 俺の慌てぶりに、何か珍獣でもみたかのような表情をする雲居。そして、呆れたように手をおでこに当て、ため息を吐いた。

 

 

「精密機械に何のトラウマがあるかは理解しかねるですが…これは『電子生徒手帳』ですよ?ここに来た初日に、あの憎ったらしいパンダに渡された奴です…忘れたですか?」

 

 

 その言葉を聞いて、俺は姿勢を正し、ゆっくりと思い起こしてみる。…初日には確か、モノパンの演説があったよな…そこでコロシアイを宣言されて……それで……あっ。

 

 

「……………確かに渡されていたな、『電子生徒手帳』。……すっかり忘れていた。多分、今は机の上に放ったままだったような……」

 

「はぁー…アホですね。本当にあんた特待生ですか?学生証なんだから、ちゃんと身につけていないとダメですよ…まったく」

 

 

 なけなしの記憶を思い起こす俺に、雲居は2度目の大きなため息を吐いた。

 

 どうやらすっかり呆れ返されたようだ。何だか申し訳ない気分になるな……ふむ、これからはできるだけ持ち歩くことにしよう…。

 

 

「できるだけーとか考えてないですよね…?常に持ち歩くです…絶対後悔するですよ」

 

「なっ…お前俺の心の中が読めるのか!?」

 

「別にそれは………―――いや、実は私、人の心が読めるエスパーなんです……だから折木の心の中は全て筒抜けなんですよ?」

 

 

 そ、そんなバカな…まさか超能力者なるものがこの世に存在するとは…!!まずい、雲居を馬鹿にするような事を考えないようにしなくては……このままでは俺の知能指数の低さが露呈してしまう……!!

 

 

「待て、俺に考えを読ませるわけにはいかん…!手でガードせねば……!!」

 

 

 俺は頭を抱えるようにし、考えを読ませないように手で防ぐ。…これで防御は完璧なはずだ……!

 

 

「はぁ……一体何回私を呆れさせれば良いんですか……超能力を物理的にガードできるなんてどうやって思いつくですか?…それに、エスパーなんて嘘ですよ、タダの勘です。まあ、折木の場合、その無表情臭い表情なのに顔に出やすいですから、思っていることがバレバレなだけですけどね」

 

 ニヤニヤとしてその表情で、俺を見る。…背は完全にこっちの方が上のはずなのに、見下されているような気分だ。

 

 俺は“コホン”と姿勢を正して咳き込む。

 

 

「…ところで、雲居。確か読書の話だったな…俺で良ければ付き合おう」

 

「あっ…誤魔化したですね……まっ、良い物見れたから別に良いですけど……。とりあえず趣味の話に移るです。ここじゃ何ですから…入り口の前の階段で話すです」

 

 

 そう言って、雲居は俺を玄関の外のバルコニーのような開けた場所に手を招く。…しかし、イヤなところを見られたな……後で口止め料をはずまなければ…。

 

 

 俺はそんなこすいことを考えつつ、雲居の手招きに従い、外へと場所を移していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋前】

 

 

「まあ突然押しかけたのは私なんですから、私から話を振ってやるです……単刀直入に聞くです。折木は今まで読んだ本の中で印象的なヤツとかあるですか?」

 

 

 少し上から目線だが(背が低いのに)、俺にジャブ程度の質問をかけてくる。その問いに対して俺は、指で顎を挟みながら考える仕草を挟む。

 

 …俺自身も人よりかは読書をする派なので、その手の知識に負けるつもりは無い、が…相手が超高校級の図書委員となると、言う内容を考えてしまう…。

 

 

「うーむ、俺の印象的な作品は…『考えそうで考えていない、実は少し考えている人』とか『蜜と唾』…とかだな」

 

 

 とりあえず、本を良く読む人間であれば、知る人ぞ知るという本を挙げてみた。その列挙したラインナップが意外だったのか…少し驚かれる。

 

 

「へぇ面白いところを読んでるですね……。結構西洋付近の小説とか読む派ですか?」

 

「いや。ノンジャンルでいろいろ読んでいるが……もし強いてあげるとすれば、推理小説を好んで読んでいるな…例えば…『万有の視覚』とか『螺旋法廷』などが面白かったな」

 

 

 俺のなりの主観ではあるが、日本の推理小説は中々に読み応えがあると思っている。……ドロドロとした人間関係があるタイプのは苦手だからな。だからそのジャンルについては……かなりの数は読破していると自負している。

 

 

「ふーん…中々見る目があるですね、少し変わったところだと、『ウグイス嬢が泣いている』とかは読んだことがあるですか?」

 

「ああ…!あの恋愛小説か!勿論読んでいる。それを読んでいる間は、プロ野球観戦がマイブームになっていたな……」

 

 

 推理小説以外にも、恋愛小説なんかも手を出している。勿論、ドロドロとした修羅場込みはでは無く、純愛モノだがな。

 

 

「割と本に影響されるタイプなんですね…まあ、そういうの嫌いじゃ無いですけど……」

 

 

 俺の反応に気分を良くしたか、雲居は口角を上げながらそう告げる。

 

 

「…それじゃあ似たジャンルで聞いてみるですかね……『磯の香りの消えぬ間に』はどうですか?私一押しの一冊なんですけど……」

 

 

 雲居はまるでコレが1番聞きたかったかのように、少し語気を強めて聞いてくる。

 

 

「ああ…!あの本は俺も何度も読み返したよ……あまりにも読み込み過ぎて、両親に頼みこんで漁師の体験までさせてもらったくらいだ……」

 

「……一押しの本を読んでいる同士が居て嬉しい限りですけど……そこまで入れ込んでいると聞くと逆に引くですね……」

 

「本をより良く深く楽しむための一環に過ぎんさ……」

 

「……何かあたしより読書家している気がするですよ………」

 

 

 ヤレヤレとしたように首をふる雲居。

 

 何だかまた呆れられた気がするが……今回は少し違うな……何となく尊敬の念を感じる…悪い気はしない。

 

 

「そこでなんですけど…好きな作者さんとかいるですか?……ちなみに私は勿論!腐川先生ですね!彼女の純愛小説群は私にとってもはやバイブルに他ならないですよ!」

 

 

 先の『磯の香りの消えぬ間に』の反応から予測は出来ていたが、やはり雲居は腐川冬子先生好きか……確かに俺も彼女の小説は何度も読み返すくらいには好んでは居る……だが……。

 

 

「俺は、そうだな……推理小説を読みあさっている俺としては……浅森先生、だな」

 

 

 未来の文豪と名高い腐川冬子先生と双璧を為し、すでに超高校級の推理小説家として希望ヶ峰学園に入学している天才高校生作家、浅森 すう(あさもり すう)先生。

 雲居にとってのバイブルが腐川先生の本であるなら、俺にとってのバイブルは浅森先生の推理小説全てである。

 

 

「浅森先生…ですか……まあ、最初の好きな本に『螺旋法廷』とか入れてる辺りから勘ぐってはいたですけどね…」

 

「フッ…それだけでは無い…『朝露が堕ちる』も、『償いのデンドロビウム』も全て読破している……浅森先生の作品関しての知識だけで言えば、俺に死角は無い……」

 

「相当な読み込みようですね……超高校級の図書委員の私としても、身震いするぐらいですよ……」

 

 

 ……そうやって、俺と雲居はお互いに好きな本、作者、内容、読書に関すること全てについて語り合い、趣味を共有し合った。何となく、雲居と仲良くなれた気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

「ところで雲居。ずっと聞こうと思ってたことなんだが……急にどうして、俺と話をしに来たんだ?こんな夜遅くなんかに」

 

 

 趣味の話もそこそこに、俺は雲居にこんな夜遅くに尋ねてきた理由について聞いてみる。すると雲居は、顔を難しげに変化させ、答え辛そうな、そして少し不安げな雰囲気を醸し出し、口を動かす。

 

 

「……何となく、ですけど……眠れなかったんです……。いつもだったらベッドに入ればすぐに寝息を立てられるはずなのに、今日に限って、妙に、寝付けなくて……」

 

「昼にやった、お昼寝競走のせいか?」

 

「………だと良いんですけどね」

 

 

 頬を片方上げ、自嘲するように鼻で笑う。

 

 

「理由は分からないですけど、それで眠れなかったから、気を紛らわそうと思ってこうやって趣味の話をしに来たわけです……」

 

「そうか…」

 

 

 雲居はモヤモヤとしたようにそう答え、俺は返す言葉が思いつかず生返事をしてしまう。

 

 

「まあ…ここに来て正解だった気もするです……折木とは案外話が合いそうだって事も分かったですし……大好きな本の事も十分よりちょっと手前くらいまで語れたですし……。良い気分転換になったです」

 

 

 雲居はそう口にすると、目を細め下を向いてしまう。

 

 

「雲居がそう言ってくれるなら、力になれて良かったよ……」

 

 

 口ではこうは言ってるが、得体の知れない不安はまだ拭えていないようにも見える。雲居は今まで、少しひねたような言動が目立っていたが、その実、とても繊細な子なのだろう。こうやって1対1で交流してみて、それが何となく分かったような気がする……あくまで、『分かったような』だが……。

 

 

「……その…一応礼を言っておくです……ありがとうございますです」

 

 

 独りごちる俺に、雲居は照れたような面持ちで体を向け、ぺこりとお辞儀する。

 

 

「それじゃあ、私は部屋に戻るです。夜更かしのしすぎはダメですよ?折木……後、明日からはきちんと電子生徒手帳、持ち歩くんですよ?」

 

 

 “じゃあお休みです…”そう言葉を残し、雲居はトテトテという効果音を立てるように、自分のログハウスへと帰っていく。

 

 

「不安…か」

 

 

 俺はそうつぶやながら雲居を見送ると、すぐに背を向け部屋へと入っていく。

 

 

 そして流れるように寝る支度を整え、電気を消し、床につく。雲居がこぼした不穏の予感、それが俺の心に小さなしこりとして残ったまま、俺は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

『………………』

 

 

『……ワタクシは』

 

 

『今……怒っていまス……』

 

 

『コロシアイどころか、あんなに楽しくキャッキャウフフとしやがっテ……』

 

 

『キミタチがすべきことは…他にあるはずなの二……』

 

 

『あの運動会だって…誰かの殺人の計画だと思って加担したのニ……』

 

 

『……がっかりでス………』

 

 

『…………………』

 

 

『そろそろ……そろそろ本腰を入れないと、いけないみたいですネ……』

 

 

『くぷぷぷぷプ……』

 

 

『くぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷプ……………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

 

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

 

 




 どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。ええと、運動会の部分は、脳みそを空っぽにして見ていただけると、アリガタイです。それと、途中で出てきた原作キャラと見覚えの無いキャラ……まあなんかのフラグだったりします。ご想像にお任せしマスです。


↓以下コラム


○出身校


折木 公平(おれき こうへい):夜桜高校(よざくらこうこう)

陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう):太陽ヶ丘男子高校(たいようがおかだんしこうこう)

鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ):八百万八幡工業高校(やおよろずはちまんこうぎょうこうこう)⇒クーコー航空学校(くーこーこうくうがっこう)

沼野 浮草(ぬまの うきくさ):鬼ヶ島高校(おにがしまこうこう)

古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん):鵐ノ商業高校(しとどのしょうぎょうこうこう)

雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう):Z大学附属高校(ぜっとだいがくふぞくこうこう)

落合 隼人(おちあい はやと):シラカミ森林高校(しらかみしんりんこうこう)

ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein):スコットランドハイスクール(Scotland high school)


水無月 カルタ(みなづき かるた):玄宗学園(げんそうがくえん)

小早川 梓葉(こばやかわ あずは):平安学院(へいあんがくいん)

雲居 蛍(くもい ほたる):紫雲高校(しうんこうこう)

反町 素直(そりまち すなお):天馬女子学院(ぺがさすじょしがくいん)

風切 柊子(かざきり しゅうこ):氷山農業高校(こおりやまのうぎょうこうこう)

長門 凛音(ながと りんね):西表山根高校(いりおもてやまねこうこう)

朝衣 式(あさい しき):アカデミックアカデミー(Academic Academy)

贄波 司(にえなみ つかさ):螺旋高校(らせんこうこう)


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Chapter1 -(非)日常編- 4日目?

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 

 音も無く窓を貫き続ける朝の日差しは、窓に向けていた顔を照らしだし、俺の意識を目覚めへと誘っていく。

 

 

「……うぅん」

 

 

 何となくまだ眠っていたい。そんな気持ちが先行したためか、まぶたを貫通するその光から逃げるように、俺はベッドの中でグルリと身を翻す。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 そんな朝の目覚めから小さく抗う俺に、1度起きたのならキッパリ体を起こせ、と生真面目な信号を脳は訴えてくる。俺は観念したように、ため息をつきながら身を起こしてみる。

 

 

「……」

 

 

 ボーッとしたように、数秒ほど朝の眠気の余韻に浸る。その目は寝ぼけの様相を呈しており、まだ開ききっていない。

 

 

 わずかな間を挟んだ俺は、何気なしに壁にかけられた時計を見上げてみる。

 

 

「6時半…か…」

 

 

 …昨日よりも遅めの起床だ。

 

 遅れた原因は恐らく、昨日陽炎坂が主催した運動会の疲れによるものだろう。まだフルとは言えない脳の回転で、わずかな寝坊の要因の当たりをつけてみる。…まあつけただけで、特に恨みを持ったりはしない…むしろ楽しかったことだから他意は無い…。

 

 

 新しく綴られた思い出の1ページに笑みをこぼしつつ、意識の目覚めを促すための朝のルーティンを済ませる。既に3日も繰り返しているだけあり、その動きはスムーズだ。

 

 

「準備は良し……そろそろ……」

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

 “朝ご飯を食べにでも行くとするか…"そんなセリフをこぼそうとした矢先、施設全体にチャイムの音が響き渡る。

 

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 …どうやら支度を済ませている間に、朝のアナウンスの時間になってしまったようだ。反町たちを待たせるのも申し訳ないと感じた俺は、炊事場へと足を急がせようとする。

 

 

『……と、平常であればココでアナウンスを締めくくるのですガ……本日はキミタチに報告がありまス!!至急!!!……ええと具体的には……10分以内にグラウンドまでお越し下さ~イ!“時間厳守”ですので、来なかった生徒には罰則が発生いたしま~ス!……それでは、それでハ』

 

 

 

 ブツンッ――――――

 

 

 

「な…なんだ?……今のは?」

 

 

 “10分以内にグラウンドに来い、来なければ罰則”

 

 

唐突に追加された物騒なアナウンスに対し俺は、小さく無い戸惑いを覚える。今まで数回しか聞いてこなかったとはいえ、こんな風にモノパンが言葉を添えてくるなんて初めてのことであったからだ…。

 

 …だがここ数日のモノパンは俺の部屋に果物を置いていったり、ランドリーで店番をしていたり、運動会の裏方に完全に徹して姿すら見せなかったりと、初日の挨拶に比べれば大人しいモノだった。……気味が悪いくらいに。

 

 

 …今思えば、コロシアイを積極的に説いてくるあのモノパンが、この3日間で目立ったアクションをしてこなかったのはどう考えても可笑しい…。今までの音沙汰の無い期間の中で、モノパンが何らかの企てをしているという可能性を少しは考えておくべきだったのかもしれない。

 

 

 ……何をするつもりなんだ。

 

 

 ……俺達に何をさせるつもりなんだ。

 

 

 ……一体、何が始まろうとしているんだ。

 

 

 

 これから起こるであろうロクでもない未来への不安。何も疑問も持たずにノウノウと過ごしてきた過去の自分への責。そして……今急がなければ、また初日の見せしめような事が起こるのでは無いかという恐怖。様々な負の感情が俺の心の中に次々と湧いて出てくる。

 

 

 ――すると、ツンとした痛みが頬から響く。

 

 

 頬を走る、大きな切り傷。モノパンに刻まれた見せしめの証。今まで痛みなんて感じたことも無かったのに……何故か気づいたようにピリピリとうずき始める。

 

 

 今になって、あの時の痛みが巡ってきたかのようだ。

 

 

「……少し…頭を冷やそう」

 

 

 これ以上マイナスの展開を考え続けても、足がすくむだけだ。何の前進にもならない。頬の痛みで落ち着きを取り戻したようにそう考え、ふぅ…と少し長めの呼吸を取る。脳の活性がちょっとずつ明瞭になっていくのを感じる。

 

 

「……とりあえず、だ。まずはグラウンドへ行ってみよう」

 

 

 そう自分に言い聞かせるように、小さくつぶやく。

 

 

 俺は急ぐように、それでいて冷静に部屋を飛び出す。

 他の皆もさっきのアナウンスを聞いていたためか、周りのログハウスからは人の気配は無い。先にグラウンドへ向かったのだろう。

 

 

 ――――どうか、何事も起きずに…。

 

 

 そう祈りながら、グラウンドまで続く歩道を、俺は足早に踏みしめていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【グラウンドエリア】

 

 

 

 何とか時間内にグラウンドへとたどり着いた俺は、少し乱れた息を整えつつ周りを見回してみる。他の生徒の有無を確認をするためだ。

 

 ……見たところ俺以外の全員は到着済みのようで。時間厳守という突発的なタイムアタックを、俺達は無事にクリアできたようだ。

 

 だが、それぞれの間からは物々しい匂いが立ちこめており、個人差はあれど皆の顔色は優れていない。雰囲気的には2日目の朝に起きた、小さな言い争いの後の余韻に似ている。

 …会話という会話も当然無い。ただどこかを見続けていたり、足下の石ころを所在なさげにイジっていたり、ベンチにじっくりと腰掛けていたり……酷く重たい空気に当てられ、皆一様に口を開けていないように思える。

 

 そんな俺も重い圧をモロに受けてしまい、言葉と共に息を呑む。凡人の俺には、沈黙を選択せざるを得なかった。

 

 

 それから、数分。俺は足のつま先で石ころを蹴飛ばすわけでも無く、ベンチに座り込むわけでも無く。じっくりと、演説台をにらみ続けていた。…ここに連れてこられた初日に、モノパンが初めて現れた場所。

 多分というか確実に、またあそこにモノパンは降りてくる。そう確信じみた直感が、俺の目を演説台に貼り付けている。

 

 

 ――そして……どこからともなく、聞き慣れた、それでいて聞き飽きたような声がこだまする。…奴が来る。

 

 

「くぷぷぷぷぷぷぷぷ…どうやら全員集まってくれたようですねェ……しかも時間内に……施設長は嬉しいでス、嬉しいですよォ……」

 

 

 今度は上からではなく、生えてくるように演説台の下からニョキリとアイツは…モノパンは姿を見せる。

 声を合図に、元々現れてくるであろう場所を凝視していた生徒以外は、演説台に目を向ける。…これで全員の視線の先が、モノパンに集積した構図となった。

 

 

「えー、すでにアナウンスで済ませてはいます、ガ!改めて……キミタチ!おはようございまス!!今日も良い天気ですねェ」

 

 

 いつも通り、場違いな程に朗々とした口調でモノパンは朝のアナウンスのセリフをリフレインさせる。その人を小馬鹿にした態度に数人の生徒達が苛立ちを表わす。

 

 

「やいやいモノパン!一体何事だい!?アタシらはこれから朝ご飯の時間なんだよ!!」

 

 

 イライラを抑えきれなかったのだろう、誰よりも早く反町がモノパンに食ってかかる。相当怒っている様子に俺は思わず息を呑む。

 

 

「そーだそーだー!ご飯が冷めたらどうするんだー!」

 

「折角今日のメニューは、ウチの大好きな卵かけご飯やったのに……ホカホカご飯がホカホカしなくなってしまうやろ!!」

 

「腹減ったぜええええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 

「…ここまで全員メシの話しかしてないんだよねぇ。……食い物の恨みはなんとやらだねぇ」

 

 

 反町の切り込みに追随するよう、水無月達が少し的の外れた文句を連ねる。

 

 

「くぷぷぷぷ…まあまあ、そうカッカしないでくださいヨ……ものの数分で終わりますかラ…」

 

 

 そう含みのある言い方で反町達を制するモノパン。そして、コホンコホンともったいぶるように喉を鳴らし出す。

 

 

「ここにキミタチが入所してから早3日……とても、とても平和な日々でしタ」

 

 

 初日の挨拶と同じように、モノパンは演説台の端から端まで行ったり来たりを繰り返しながら訥々と語り出す。

 

 

「しかしワタクシにとってしてみれば……とても、と・て・も!!退屈な日々でしタ……」

 

 

 丸々とした両手でステッキを握り、訴えかけるように、語気を強める。

 

 

「まあ?ワタクシとしても?この3日間何の行動もしてこなかったですシ?しょうが無いといえばしょうが無いのですが?」

 

 

 …しかしその語りは、段々とモノパンの自分語り…というか愚痴のようなものへと転換し始める。そしてその間延びしかけている雰囲気を察したのか、怪訝な顔色になる生徒達がチラホラと出てくる。

 

 

「…それに、ワタクシとしてもココの運営も始めたばかりで、コロシアイ関連の事に手が回らなかったので、そちらに関してもしょうが無いと言えばしょうが無いとも言えまス………後なんか生徒達はそんなワタクシを妙にこき使ってきて仕事を増やしてきますシ…」

 

「あ、あの~つまり何が言いたいんですか?」

 

「……こっちからしてみれば、今が退屈な時間」

 

「ね~もう帰って良い~?」

 

 

 うつむきながらブツブツと言葉を落とすモノパンに対し、生徒達はうんざりとしたように口々に文句を言い出し始める。

 

 

「ですがですがですが!!!そしてそんな退屈な毎日も今日限り……つまり、サヨナラバイバイなのでス!!」

 

「あの、つまって無いんですけど…」

 

「言葉の扱い方が成っていないな……稚拙といえばわかりやすいか?」

 

「いやむしろ分かりにくくなってるですよ……」

 

 

 俺達が生徒が自分勝手に野次を飛ばす中で、全くと言って良い程モノパンは目もくれず、語りを止めない。完全に自分の世界に入り込んでいるようだ。

 

 

 ――――すると、モノパンはガバッ!とこちらへと急に向き直る。

 

 

「さてキミタチ!!この惰性に伏した状況を覆し、ドロドロのチミドロ的な状況へと落とし込むためには“何が”必要だと思いますカ?」

 

 

 なんの前触れも身も蓋も無い、それでいて物騒な問いかけを繰り出すモノパン。唐突な意識の方向転換に対し俺達は、首を傾ける他無かった。

 

 

「え~!急に変なこと聞かないでよ~!」

 

「それって何?もしかしてナゾナゾ!!ちょっと待ってね~、今から考えてみるから」

 

「なぞなぞかー。ウチ不得意中の不得意やから、他のもんに任せるわ」

 

「アタシもパスだよ」

 

「いやいやいやいやいやいや……そんなのんきにシンキングタイムするムードじゃないと思うんだけどねぇ……ていうか水無月さん!そこまでマジになって熟考しなくて良いんだよねぇ!!!静かすぎて怖いんだよねぇ!!」

 

「ぬう…分かるようで…分からないでござる…もう頭のここら辺まで来ているような気がするのでござるが…無念!!」

 

「……解答不能」

 

「あんた達もかねぇ!!」

 

 

 しどろもどろになりながら言い合いをする様子を、モノパンは嘲笑するかのように笑みを浮かべながら見据える。

 

 

「くぷぷぷぷ…分からないですか?まあ分かっていても、言いたくないですよねェ?この質問ってナゾナゾっていうよりかは、消去法で解けてしまう選択肢ありの穴埋め問題みたいなものですかラ。本当~に分からない人なんてごく少数だと思いますヨ………」

 

 俺達の心の内を完全に理解しているように、何もかもを見透かしているように…モノパンはその笑みをさらに深くする。すると、少し面倒臭くなってきたのか、モノパンは“そろそろ答え合わせでも……”と言いかける。

 

 

「――――“動機”」

 

 

 たった一言の言葉…いや2文字の言葉が、俺達の間を風のように走っていく。その2文字を耳にしたモノパンは手を口元まで持って行き“くぷぷぷぷ”と“当たりでス”と言いたげに笑いをこぼす。

 

 俺達は振り返り、その声の主……落合の居る方向へと顔を向けた。

 

 

「人が人を殺めることによる平穏の破壊、そして君にとっての退屈な日々の打破。これらを全て行うためには、誰かに秩序を破らせなければならない……しかし、何の意味も無く秩序を破るというのはあまりにも愚行。常人であれば、鼻で笑って“あり得ない”と、口々に言い始めるのだろう。だけど、もしそこに秩序を破るにたり得る“理由”というものがあれば……」

 

 

 “きっとその誰かは、罪を犯してしまうんだろうね”

 

 

 そう長々として口上を歌うように落合は言い終えると、眠るように静かに、ベンチへと腰を沈める。自分の役目は終えたとばかりに、口を閉ざし、それ以上は何も話さなかった。

 

 

「……“動機”」

 

「くぷぷぷぷ、ご名答。落合クンには花丸をあげちゃいまス……まああげたところで何かメリットがあるわけでは無いんですけどネ」

 

 

 モノパンは満足げに頬を赤らめ、鼻で息をならす。

 

 

「……では、キミがこの場にボク達を呼び寄せた理由は、動機をボク達に与えるため…ということかい?」

 

「簡単にまとめてしまうならそうなりますねェ……」

 

 

 その発言を起点に一瞬、悪寒が背中を伝う。俺は目の前のモノパンから、底知れないナニかがぞわりぞわりとにじみ出き始めているように錯覚する。

 

 

「ま、まずいんだよねぇ。皆!耳を、耳を塞ぐんだよねぇ!!今からあいつ絶対碌でもない事を言い出すと思うから、早急に対処するんだよねぇ!!」

 

「オッケー!!……はい!!!塞いだよ!!!」

 

「あーあー何も聞こえへんでー。今のウチは携帯で言うマナーモード状態やでー」

 

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!俺も!!!全力で!!!耳を塞ぐぜええええええええええ!!!」

 

「あの陽炎坂が耳も目も塞いで微動だにしない…だと…?」

 

「…ある意味1番シュール」

 

「そもそもアイツを破壊してしまえば良い話なんじゃないのかい?何も言わなくなるまでボコっちまえば動機なんてもの聞かなくて済むじゃ無いか」

 

「ダ、ダメですよ!!それこそ秩…秩……ええと、その、何かを違反してしまいますよ!!」

 

「…せめて秩序くらい言えて欲しかったですね」

 

「大丈夫だよ!今のアタシは喧嘩に明け暮れた全盛期並に怒りが有頂天だからね。早くあのヘラヘラした面に一発ぶち込みたいって拳が唸りに唸っているよ」

 

「ヤバい…反町さんは急場になるとセルフで話しを聞かない人になるんだったんだよねぇ………沼野君!!押さえ込むの手伝って欲しいんだよねぇ!!」

 

「……ん?何でござるか?」

 

「アンタも耳塞いでたのかねぇ!!!忠告を聞いてくれてありがとうなんだよねぇぇぇぇ!!」

 

 

 さっきまでの不穏な空気はどこえやらと、ギャーギャーと騒ぎ出す生徒達。ちなみに俺は、古家の発言と同時に耳に指を入れて蓋をしていたので、この騒動の一部始終を理解できてなかったりする。

 すると、そんなわちゃわちゃとした騒々しい雰囲気に、モノパンは困ったように“コッホン!”大きな咳き込みをする。その対応が効いたのか、全員がモノパンの方に意識をむき直し、静まりかえる。

 

 

「……えーお騒がしい所申し訳ないのですガ………実のところ、今この場で今回の動機をキミタチにお渡しするわけでは無いんですよネ」

 

「何やと!!そんなら耳にチャックした意味あらへんやんけ!!」

 

「…ん?今モノパン、何か言ったでござるか?」

 

「沼野、くん。もう耳は、いい、よ?」

 

「であるなら我々がココにいる意味が無いであろうがああああ!!貴様ぁ!このワタシの崇高なる睡眠の時間を返上願うぞぉ!!!」

 

「仰々しい言い方の割に、結構腰が低いですね」

 

 

 …確かにおかしな話しだ。動機を与えるためにココに集合させたのに、このタイミングで動機とやらを俺達に与えないのなら…一体どこで…?

 

 

「キミタチの言い分も最もでス。ワタクシの行動はハッキリ言って矛盾していまス」

 

「その通りだ!!何も無いというのならワタシは帰らせてもらうぞ!!!寝直す!!」

 

「……私も寝直す」

 

「驚くほど単純な行動原理なんだよねぇ…」

 

 

 モノパンの肯定に嫌気が差したのか、それとも寝起きでイラついていたのか、雨竜と風切は、そそくさと自分の寝床へと帰ろうとする。他の生徒もモノパンの言い分に違和感を感じていたのか、2人を止める様子は無い。

 

 

「……良いですよ?帰っても。ですが~帰った際には、ご自分の机をご確認くださいネ?」

 

「自分、の、机?」

 

「それは、一体どういう意味?」

 

「くぷぷぷぷぷぷ、ワタクシは言いましたよね?“ココに呼び寄せたのはキミタチに動機を与えるため”…と」

 

「まあそれを言ったのはニコラスの奴だけどね」

 

「細かい事は良いのでス!!……コホン。ですが、“ワタクシが手から直接与える”とは一言も言っておりませン」

 

「ど、どういうことなのだ!………・ッ、まさか……!」

 

「そうでス…雨竜クンや他の何人かの生徒はお気づきかもしれませんが……キミタチがココに集合した時点で、ワタクシはすでに、“動機”を……いいえ、この際ですから言い換えましょウ……ワタクシからの“手紙”を!!キミタチに渡していたのでス!」

 

「て…手紙?」

 

 

 では……もう俺のログハウスにある机の上には……モノパンの言う、“人が人を殺す理由”があるということか。

 

 俺はモノパンがこの集会に制限時間を課した理由を、何となくだが察することが出来た。制限時間を設ければ、俺達は罰則を恐れてそそくさと集合場所に行くことになる。そうなれば、集合している間俺達は“確実にログハウスの中には居ない”事になる。

 

 

「随分と、回りくどいマネをするのね…」

 

「くぷぷぷぷ、どうとでも言って下さい……まあぶっちゃけた話、キミタチが寝静まったときに、こっそりと置いておこうかな~とか思ったんですけど~、何か丁度良く~全員が寝てる時間無かったから~なんて~」

 

 “て・い・う・か!”と先ほどの冗長な口調から一転、怒鳴り口調に様変わりするモノパン。

 

 

「キミタチ夜更かししすぎ!!後起きるの早すぎ!!ちゃんと適切な睡眠時間とれええええええ!!!!」

 

「何だと貴様ぁ!!夜こそがワタシの極限にして至高の聖なる時間!!つまり、1ミクロンとて無駄に出来ぬ観測の時間なのだぁ!!それをとやかく言う筋合いは貴様にはないのだああああ!!」

 

 

 俺達の睡眠時間のラグと、健全とは言えない生活習慣に怒りをぶつけるように、モノパンは半分ほど正論に近しい言葉を並べる。そして、恐らく夜更かししすぎている人間の1人であろう雨竜が、真っ先にその言い分に噛みつく。

 

 

「もう体壊れても知らないですからネ!!プンプン何ですからねえええヱ!!」

 

 

 そうあざとい言葉を言っているはずなのに全く愛嬌を感じさせないモノパンは、そのまま去って行く。最後の最後に締まらないというか、もう少し愚痴を減らせばカッコのついた去り方が出来るのに……そんな意味の無いアドバイスがよぎったが、表に出さず心に仕舞っておくことにした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ!あのモノクロパンダめ!!言いたいことを言ってそのまま消えるとは、卑怯であるぞ!!」

 

「雨竜、取りあえず落ち着くです…それに元々パンダはモノクロです」

 

 

 雨竜が今はもうこの場を去ってしまったモノパンに対しやり場の無い怒りをぶつけ続け、雲居がその雨竜をやれやれとしたように宥めている。

 そんな中で、誰かが“あのぅ…”と奥手ながらも口火を切り出す。

 

 

「モノパンさん居なくなってしまいましたし……これからどうしますか?」

 

「そりゃあ決まっているさね、その“動機”とやらを拝みに行くに決まっているさね!」

 

「え、ええ!み、みみ見に行くのかねぇ!?あの話しを聞いた上で!?」

 

「もちろんさね!!今ココで動機とかいう紙切れ如きに腰が引けてちゃあ、族長の名が廃るさね!!」

 

「だが…モノパンのコロシアイへの本気度は計り知れないものだ…あまり無闇に突っ込んでいくのは、無謀すぎじゃないか?」

 

「でもでもー、カルタ的にやっぱり気になるんだよね~。あのモノパンがその紙切れでワタシ達をどんな風に陥れようとしているか~とか、どんな風にワタシ達をコロシアイにかき立てさせようとしているのか~とか」

 

「み、水無月殿の意見について深くは聞かないことにして……とどのつまり好奇心のままに手紙を見たい、てことでござるな?」

 

「そうだよー!」

 

 

 知らず知らずのうちに話し合いをする態勢になる俺達。今の時点の意見を見てみると、動機を見る派と見ない派で二分しているように見受けられる。ちなみに俺自身は、怖いもの見たくなさで、見ない派だ。

 

 

「そういう沼野は、どうなんだ?」

 

「……かくいう拙者も実は是非とも読んでみたいと思っている派でござる」

 

「ほうほう…ではその心、聞かせてもらえるかな?ミスター沼野」

 

「どーせ怖い物見たさやろ?」

 

「せせ、拙者とて考え無しに意見を連ねているわけではござらん!!失礼でござる!!……ふぅ…拙者はただ、“情報”が何よりも欲しいのでござる」

 

 

 動機を見たい派の沼野の意見から“情報”という気になる単語が飛び出したことで、生徒達が注目を集める。

 

 

「情報…?」

 

「皆の衆は何となく察していると思うでござるが。今この施設について、そして自分たちが今どのような状況に陥っているのかについての調査を、ここに連れてこられた初日から始めているでござるよな?しかし、見ても分かる通り現状その調査は行き詰まっている状態でござる」

 

 

 いつになく真剣な表情で沼野は俺達に自分の意見を述べる。内容はネガティブであるが、沼野の言っている事は事実で…俺達が置かれている状況を把握するための尻尾を掴むに掴めていない膠着状態が、この3日間続いてしまっている。

 

 

「先の見えない調査ほど、時間の無駄はござらん。そこで!あのモノパンからの“動機”でござる!!」

 

「つまり沼野君が言いたいのは、その動機とやらを情報源にしよう…ということ?」

 

「如何にも。全ての黒幕であるあのモノパンから出てくることでござる。きっと拙者達個人に関する何かが書かれており、今拙者達が知りたいことが書いてあるやもしれないでござる。……コレを無碍にしてしまっては拙者達の明日に前進は無いに等しでござる。……多分」

 

 

 …最後まで自信を持って言って欲しかったが、沼野の言いたいことは分かる。正論とまで行くかは分からないが、今の悶着状態を打破する理にはかなっている。

 そんな沼野の意見に俺と同様に納得したのか、動機を見るのに反対気味だった派閥も賛成派に傾いているように思える。賛成派はむしろ俄然やる気になっており、さっきよりも無策で突っ込みそうな雰囲気を感じる。

 

 

「それやったら渡りに船や!!今すぐ手紙を見に行くでぇ!!ほら古家も!いつまでもまごつかんで、さっさと肝を据えるんや!!」

 

「ええ…でもぉ…」

 

「ああもうハッキリしないねえ!!さっさと行くよ!!ほら!!」

 

「ああ…襟は掴んじゃダメなんだよねぇ!服が伸びちゃうんだよねぇ…」

 

 

 元々動機を読むのに賛成派だった反町を先頭に、鮫島と古家はログハウスの方へと戻っていく。まあ古家の場合は『無理矢理』に近いが…。

 

 

「…ワタシも戻るしよう。沼野、貴重な意見であった」

 

「まっ、私は何言われようと帰ってこっそり読んでいたですけどね…」

 

「……眠い」

 

「悪い事書いてないと良いな~」

 

 

 雨竜、雲居、風切、長門も次いで出て行く。

 

 

「あっ…えっと、私はまだ食事を済ませていないので、それを済ませてからにしますね…それでは」

 

「あ、わ、わたし、も、行く」

 

「腹減っては戦はなんとやら!!だねー」

 

「え?それって何の言葉ですか?……もしかして、外国の言葉とかですか?」

 

「ええ…このことわざ知らないのはさすがのワタシでもビックリだよ…」

 

 

 小早川、贄波、水無月は食欲優先らしく、口ぶりからしてだが、恐らく炊事場の方へと向かっていった。

 

 

「ではでは拙者もログハウスへと……と、言いたいところでござるが。……朝衣殿、ニコラス殿、折木殿。最後に1つ質問をさせてもらってもよろしいでござるか?」

 

 

 皆の流れに乗ってそのままグラウンドを後にしようとした沼野は、出る方向とは逆の朝衣へと向き直る。

 

 

「ええ。よろしくてよ?」

 

「…俺も構わない」

 

「勿論いつ、いかなる時でもこの名探偵ニコラス・バーンシュタインについての質問は随時受付中さ」

 

「………先ほどの小さな会議の中の話しでござる。三人は、さっきの拙者が考えを述べている間、終始聞き役に徹していて、意見という意見を出さなかったでござる。……どうして反論してこなかったのでござるか?…短い期間ながらも其方達の聡明さは理解しているつもりでござる。動機を見た後に皆が起こす行動など、容易に想像がつくはずでござる」

 

 

 先ほどの真剣な表情を保ちながら、朝衣に本当に些細な質問を投げかけてくる。俺が聡明かどうかは置いといて……確かにいつもは、こういう話し合いの場となると率先して議論を引っ張る朝衣、おちゃらけながらも言いたい意見は言うニコラス、この2人が何も言ってこなかったのは少し気になる話しだ。

 その質問に、ニコラスは“ふっ、単純な話しだよ”と鼻で笑いながら、余裕たっぷりといった態度で質問に答え始める

 

「ボクも、動機を読みたい派の一派だった……というだけさ。だから、ボクはミスター沼野の意見を尊重して何も言わなかったのだよ」

 

「私も同じよ。ジャーナリストとして情報は命だから…ね?」

 

「俺の場合は、元々は進んで読みたくは無かったけど……沼野の話しで考えが変わったというところだ。……俺自身、自分についての情報は喉から手が出るくらい欲しい代物だからな。“俺が読んでも良くて、皆は読んではいけない”なんて、自分勝手な事は言えん」

 

 

 俺達3人はそれぞれ簡潔に質問に答えていく。だが、俺に比べて2人の答えは妙にぼやかしているように思える……コレは下手な勘ぐりという奴なのだろうか?

 

 

「…成程、そうでござるか……。うむっ!納得したでござる!いやぁ、珍妙な質問をして申し訳なかったでござるな。拙者も、もう行くでござる。……それでは、御免!」

 

 

 俺達3人の回答を聞いて少し思考した沼野は、先ほどの難しげな表情を崩し、いつもの穏やかな表情に戻る。そして、そのままグラウンドから姿を消していった。

 

「…じゃあ俺も行くよ。またな、2人とも」

 

「ええ、それじゃあね折木君」

 

「シーユーアゲイン。ミスターマイフレンド」

 

 

 グラウンドを出て行った沼野に続くように、“俺もそろそろグラウンドから退散しようか”と2人に背を向ける。……するとふと、思い出した…というか、気づいたことを2人に向き直り、聞いてみる。

 

 

「…そういえば、陽炎坂と落合はどうした?モノパンの話しの最中に居た事は把握できていたんだが……」

 

「ああ、彼らのことかい…?」

 

「陽炎坂君はいつの間にか…落合君は当たり前のように居なくなってしまっていたわ…」

 

「声を掛けるまもなく……ね?」

 

 

 ……どうやらあいつらには俺達の話し合いは殆ど無意味らしい…。俺は、本当にいつも通り平常運転の2人に苦笑しつつも、どこか安心感を覚えるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 

 

「これか……」

 

 

 グラウンドから自分のログハウスへと帰宅すると、部屋の一角に鎮座する机の上に見慣れない封筒があることに気づく。俺は恐る恐るながら机に歩み寄り、封筒を手に取る。封筒を裏返してみるとそこには“折木様へ”と宛名が書かれていた。

 

 

 “一体手紙の中には何が……”

 

 

 心の中でそうつぶやくと、心臓の鼓動が段々と早まっていくのがわかった。たった1枚の封筒に収まる紙を見るだけだというのに、異様なほどの緊張感だ。

 ゴクリと唾を飲み込み、1度大きく深呼吸をしてみる。気休め程度ではあるが、緊張をほぐすための所作のようなモノだ。

 

 ――――俺はゆっくりと、震えてしまっている指先で封を切り、中にある手紙を取り出そうとする。

 

 

「…随分と肩に力が入ってしまっていますねェ。このぐらいで身震いしていたら、これから先が思いやられますヨ?」

 

「うぉぉっ!!」

 

 

 手紙と相対する俺の背後から、朝に嫌というくらいに聞き馴染んだ声が背中に響く。急いで振り向くと、そこにはいつものニヤけツラをひっさげるモノパンが両手を背中側で組みながらこちらを見ている。俺は条件反射のように後ずさり、そして、その余った勢いでガンッ!と腰を机に激突させる。

 

 

「っ……!!!」

 

「くぷぷぷぷ、やっぱり折木クンは驚かしがいがありますねェ……ホントーに良いリアクションを取ってくれまス」

 

 

 あまりの腰の痛みに悶絶する俺を、モノパンは楽しむようにケラケラと笑い出す。

 

 

「き、急に現れるな!まだ何か用があるのか!!それともタダのイタズラか!!」

 

「イヤイヤイヤ、ちゃんと用事があってここに来たので……まっ、いたずら半分、仕事半分みたいなところはあるのは内緒ですけド?」

 

「わざとらしく、内緒事を漏らすな…!ていうか半分は俺をおちょくっているじゃないか!」

 

 

 俺は未だ引かない痛みに耐えながら、モノパンとのやりたくも無い会話のキャッチボールを繰り広げる。用事があるなら早々に終わらせて、早々に居なくなって欲しい心境だ。

 

 

「用事って言うか、さっきの動機のお話に補足を1つを入れておこうと思いましてネ?本当に大事なことなのでこうやってハウスに直接乗り込んでみたのでス」

 

「せめて心臓に悪い登場の仕方だけは自重してくれ……たくっ。大事な用なら、早く済ませてしまってくれ、コレを読むのにも心の準備が必要なんだ」

 

 

 俺のイライラとした催促に、モノパンは“はいはい”としょうがなさげに流す。俺はまた怒鳴りそうになったが、一々コイツの煽りに反応していては疲れが溜まるだけと判断し、グッと言葉を飲み込む。

 

 

「先ほどの動機の話しなんですけどネ?キミタチは今回の動機を、1つの情報ツールにしようとか何とか話し合っていましたよネ?」

 

「ッ…お前、聞いていたのか……」

 

「ええ勿論!!壁にモノパン有り障子にモノパン有り、ですヨ?キミタチがいつどこで何を話していようと、一言一句全てワタクシに筒抜けなんでス」

 

 

 “くぷぷぷぷぷぷ”と得意げに笑い出すモノパン。なんとも気味の悪い話しに、俺は元々寄っている眉間の皺を、さらに深めていく。

 

 

「……ふぅ。でっ?それがどうした?……まさか“手紙の内容は公表禁止”とでも言うつもりか?」

 

「イエイエイエ、ワタクシとてそんなおケチなマネはしませんヨ……ただ、その情報源の信憑性を高めてあげようと思っただけでス」

 

「…信憑性?」

 

「キミタチに配った手紙の内容には勿論!キミタチ個人個人に関した何かが…もしくはアナタ方の知りたいことが書かれていまス……しかし、その内容は生徒によってそれぞれ、内容のレベルもまたそれぞレ……」

 

 

 “信憑性”という単語に引っかかった俺はオウムのように言葉を返す。それにモノパンは、つらつらとまた語るように話しし出す。

 

 

「……な、内容のレベルって」

 

「平たく言うなら、生徒によってその情報の重要性が変わってくるということです。とある生徒に渡した手紙には別に大した内容が書かれて無かったり、一方で人生観に関わるほどに重要な内容であったり……」

 

 

 モノパンの言葉を聞いて、俺は手紙を持つ手が震えたような気がした。

 

 

「でもあまりにも重要すぎて、生徒によっては信じない人が出来てしまうんですヨ……そこで!!ワタクシはそういう生徒に……ていうか全員にこう言って回っているんです」

 

 

 積み重なるように聞こえるモノパンの言の葉に、俺は恐怖した。そんな信じられないほどの内容がこの手紙に書かれていることに、そして俺達はその手紙を今読もうとしていることに。

 

 

「“この手紙に書かれている内容は、全て純度100%の真実です”…とネ」

 

 

 いや…もう既に読んでしまっている生徒もいるのだろう。そして、想像したくは無いが…もしかしたら決意をしてしまっている生徒が居るのかもしれない。

 

 

「今更後悔しても無駄ですヨ?“動機”なんですから、キミの想像を遙かに凌駕するショッキングな内容が書かれているのは当たり前じゃ無いですカ……読んだもの負けです…くぷぷぷぷぷ」

 

 

 ――人が人を……仲間が仲間を殺す決意を…。

 

 

「それでハ!ワタクシの用事は済みましたので、お暇させていただきますネ!バイックマー!!……あっワタクシパンダでした……」

 

 手紙をにらみながら呆然とする俺を尻目に、モノパンは忽然と居なくなる。多分、他の生徒の部屋に移動したのだろう。…今の話しを繰り返しするために。

 

 俺はもう一度、そしてもう一度大きな深呼吸をした。自分を無理矢理にでも落ち着かせるために。だけど手紙を持つ手の震えは、それでも止まらない。

 

 

「大丈夫…大丈夫…」

 

 

 まるで暗示を掛けるように自分自身に言い聞かせる。

 

 ――モノパンも言っていたじゃないか“内容には個人差がある”…と。きっと大した事じゃ無い…大丈夫だ。

 

 そう心の中で言い聞かせてみると、何となく、震えが少しだけマシになった気がした。俺はコレを好機と見計らい、静かに手紙を取り出す。

 

 

「たった1枚…か」

 

 

 その封筒には、わずか1枚の紙しか収まっていなかった。だけど、その手紙1枚に、途轍もない重さがあると錯覚してしまう。俺は慎重に、小刻みに震える指先を手紙の端に掛けてみる。

 

 

 ――そして、ゆっくりと…手紙を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『折木様へ

 

 

 

        アナタの真の才能は“超高校級の不幸”です。  

 

 

 

 

                               モノパンより』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……何だ?これは?

 

 

 意味の分からない手紙の内容に肩透かしをくらいつつも、言葉では言い尽くせないほどに疑問が溢れかえる。

 

 

 ――これが俺の動機?

 

 ――超高校級の不幸?

 

 ――俺の才能は超高校級の特待生ではないのか?

 

 ――ではこの手紙はでたらめが書かれている?

 

 ――この手紙には真実しか書かれていないのに?

 

 

 いくつもの疑問が疑問を呼び、グルグルと脳内を堂々巡りしていく。しかし疑問に答えは出せず、行き詰まり、塵のようにサラサラと積み上がっていく。

 山ほどに塵が盛り上がっても、解答の無い疑問は尽きることが無く、なんとももどかしいような、気持ちの悪い気分に陥る。

 

 モヤモヤとした思考に嫌気が差した俺は、手紙から目を離し、一息つく。ずっと立ったまま悩んでいたこともあって、少し疲れが出てきていた。

 俺は考えることを放棄するように、ベッドに身を投げる。しかし、悶々とした気持ちはいつまでもついて回り、考えることを止めることが出来ない。真上の天井を見上げて頭を空っぽにしようにも、天井をホワイトボード代わりのようにして、疑問が箇条書きされていく錯覚に陥り、休む暇も無い。

 

 

 ――いっそ誰かに相談でもしてみようか。

 

 そんな考えが浮かんできたが、先ほどのモノパンの話しが脳裏をよぎる。

 

 

『とある生徒に渡した手紙には別に大した内容が書かれて無かったり、一方で人生観に関わるほどに重要な内容であったり……』

 

 

 超高校級の生徒の中の誰かは……少なくとも俺を除いた誰かは、言い出すことも出来ない内容に対面しているのだろう。軽々しく誰かの心配事を考えられる余裕があるかどうか怪しいレベルだ。

 

 

「無闇な相談は却下…だな…」

 

 

 俺は自分の提案した内容を自分の口で却下をする。なんとも寂しい独り言ではあるが、コレは自分の命題の様なものだ。慎重かつ丁寧に扱って然るべきといえる。

 

 ――しかしこのままモヤモヤしても時間浪費に過ぎないのではないか?

 

 ――だけどすぐに答えを求められることなのか?

 

 ――いっそ全員の前でぶちまけてみるか?

 

 ――首をかしげられるだけで終わらないだろうか?

 

 ――というか他の皆が答えを持っている確証すらないのでは無いか?

 

 こんな風にして、俺は自分の脳内で会議を開き、提案と却下をリフレインしていく。だけど一向に名案は出てこない。

 

 ――そこで俺はさっきの、疑問の大量生産と同様のことをしていることに気づく。

 

 俺はそんな自分に一息では無くため息を吐く。なんて進歩の無い男だろうと、嫌悪してみたりする。

 

 

 ――ここは一旦、確実に分かっていることを並べてみないか?

 

 

 名案とまではいかないが、比較的生産的だと自分を肯定し、脳内のホワイトボードに自分に関するエトセトラを連ねてみる。

 

 

 ――手紙の内容が本当に本当なら、俺は『超高校級の不幸』

 

 

 ……エトセトラと謳ってはみたが、結局一行しか思い浮かべなかった。考えの浅い男だと、再度自嘲してみる。

 

 だけど『超高校級の不幸』と言われて…俺は何となく、うっすらとだが覚えがあるような気がしてくる。

 しかし、それは自分が周りの人よりも少しばかり運が悪いと言う程度であり、ハッキリ言えば才能に昇華出来るほどの能力とも言えない小さな素養である。

 

 

「超高校級の不幸……か」

 

 

 答えはもう既に目の前にありそうなのに、明白にすることができない。さらに本当それが真実なのかも確かめる術も無いし、それに繋がりそうな記憶も無い。

 

 俺はやるせない気持ちがせり上がってきたのを感じる。また自分に嫌みを言うのが嫌だった俺は、かき消すように寝返りをうってみる。

 

 …そしてふと、寝返りをうった目の先の窓を眺めてみる。窓の外には森しか目につかないし、景色と言える景色も無いので殆ど見る意味は無い。しかし、いま朝なのか、昼なのか、夜なのかは、明るさを見れば理解することが出来る。そして、その窓の外は完全に日が落ちて、非常に暗くなっているのが見える。

 

 

「…!もう、夜…なのか?」

 

 俺はベッドから飛び起き、慌てたように時計を見てみる。針は18時を示しており、もう1日が終わりに近づいてきていることがわかる。

 

 

「一体…何時間悩んでたんだ……?」

 

 

 まるでベッドに乗って時を渡ったような気持ちだ。考えに没頭するときにする自分の存在は認知していた、だけどここまで深く考え込んだのは初めてのことだ。俺は、自分の新たな一面に、驚きつつも呆れてしまう。

 

 

「はぁ……もういいか…寝よ……」

 

 

 早々に寝る準備でもして明日に備えようか…そう複雑な気持ちを切り替えて、浴室へと足を運ぼうとする。

 

 

 ドンドン!!ドンドン!!

 

 

 丁度、ベッドから降りた直後、ドアを強くノックする音が部屋中を駆け巡る。

 

 

「…何だ?こんな時間に」

 

「おい折木!部屋に居るのだろう!!至急玄関前に登場せよ!!」

 

 

 妙にテンションが高く、人よりも一風変わった話し方。そして常人よりもかなり高い位置から放たれるしゃべり声。それらの特徴から、その声の主が誰なのかは、判断するのにそう時間がかかる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大声で俺の名前を呼びながら外に出てくるように促す声に、俺は“何事か”と怪訝な顔つきのままドアに手をかける。

 

 

「誰だ?……いやまあ誰なのかは分かってはいるが、今何時だと…「天体観測をするぞぉ!!折木ぃ!!」……急にどうした?雨竜…」

 

 

 ドアを開け、呆れた声で出迎えてみると、その声の発生源……つまり雨竜がキラキラとした瞳を俺に向け、“天体観測をしよう”と食い気味に話し出す。色々と順序をすっ飛ばしたその提案に俺は目を見開いて驚きを表わすが、とりあえず落ち着いてその考えに至った経緯を聞いてみよう……そう考え、真っ直ぐと雨竜の瞳を見つめ直す。

 

 

「雨竜……まず物事には順序があるものだ……学者というからにはそれぐらいの体裁くらいは…」

 

「馬鹿者!!ワタシは学者である以前に好奇心の人である!!そして思い立ったのならすぐに行動を起こす!!それこそが真の研究者なのだぁぁぁ!!!」

 

 俺の話を最後まで聞かず、学者とはいかなるモノかを熱く語り出す。

 …興奮状態のコイツは、恐らく平常時の陽炎坂と同等か…それ以上に話を聞かないのかもしれない。俺は鼻息を荒くしながら子供のようにはしゃぐ雨竜を見ながら、面倒臭そうな顔にさらに面倒臭さを孕ませる。

 

 

「わ、わかった…だが今では無くても良いだろう……今は星空を見るような気分では」

 

「“今こそ”であるぞ折木ぃ!!動機などというモノが届けられてからというものの、ココにいる連中の顔はすこぶる優れていない!!…いや、その顔すら見せずに部屋に引きこもったままなのだ!!!!」

 

「そりゃあ……中には考える時間が必要のある奴もいるだろう。……俺だってそうだったし。…今は腰を落ち着かせて、ゆっくりーと、その…リラックスさせるためにそっとしておくことをだな……「リラックスだとぉ!!!」……頼むから話を最後まで聞け!」

 

「星を見る以上にリラックスすることがあるものかぁ!!部屋に引きこもっては、考えが煮詰まり、悩み、そして発散しようのないストレスが溜まるばかりであろう!!今こそ!!!インドアからアウトドアへとシフトしていき、気分転換という名の観測の時であ~る!!!!!」

 

 

 一歩たりとも引かない雨竜の態度に俺は、部屋で悶々とする以上にストレスを溜めていく。コイツの1度やりたいと決めたときの意志の強さは賞賛するが……今から見れば悩みの種という他に無い。

 

 

「はぁ……わかった。行くよ、場所はどこでやるんだ?」

 

 

 本日何度目かのため息を漏らしながら、雨竜の無理矢理な提案に乗ってみる。行かないとこの強引さに拍車がかかりそうだし…ここは観念して参加するのが吉だ。

 

 

「分かってくれたかぁ!折木!!!場所はグラウンドだ、みなもすでに集まっている」

 

 

 案の上ではあるが、他にも参加者はいるらしい。…多分俺と似たような誘われ方をして、参加させられたはらなのだろう。俺はまだ見ぬ参加者に“断りにくかっただろうなぁ”と、同情をしてみる。

 

 

「“みな”…か。俺以外のそのイベントの参加者は誰なんだ?」

 

「ふははっ、ではそれも総括して、道すがらに話そうではないか。さあ行くぞぉ!!」

 

 

 雨竜は俺の倍ほどの長さを誇る腕で肩を抱かれ、指を差しながら、前を突き進む。一体どこを目指しているのだか……と苦笑しながらも…その指の先にある既に満点の星空に目を向けてみる。……キラキラとした星のプラネタリウムに、無理矢理ではあったがこの誘いに乗ってよかったのかも、と俺は一瞬考えてみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【グラウンドエリア】

 

 

 

「……であるからして!あのクリスタルのような並びをした星がうしかい座!!その右下の平行四辺形の様な形状をしているのが獅子座であ~る!!!」

 

「なるほどー。星座の並びって結構特徴的なんですね」

 

「よく言われてみると、人の形とか~、動物の形とかに見えてくるね~~」

 

「…そして!今行った2つの星のあそことあそこをを繋ぎ、さらに少し離れたあの星を支点にして結べば…『春の大三角』…というわけである!!……理解したかぁ!!貴様らぁ!!」

 

「そ、そこまで威勢良く言わなくても、ちゃんと分かっているんだよねぇ…」

 

「なるほどなあ、アレがかの有名なアルタイル、ベガ、っちゅうわけかぁ…ウチ星空よりももっぱら雲の動き見とったから新鮮やで…」

 

「鮫島君?それは『夏の大三角』の一部ではなくて?」

 

「……まあ似たようなもんやろ…結局星は星なわけやし……」

 

「貴様ぁ!!!天体観測を舐めているのかぁ!!星1つ1つには気の遠くなるほどの距離と!記録と!意味が!!込められいるのだ!!全てを一律に扱うなど言語道断であるぞぉ!!!」

 

 

 そう生意気な態度を取る鮫島に対し、業腹な雨竜は噛みつかんばかりに胸ぐらを掴みかかる。…天体観測が始まったばかりだというのに、幸先の悪くたわいもない喧嘩が勃発する。

 喧嘩をおっぱじめた2人を数人の生徒達が止めにかかるが…他の何人かは“やれやれ…”と呆れて見物していたり、“もっとやれやれえ!”と余興のように喧嘩させることを助長させるノリを出していたりと、色々である。

 

 …そういう俺は、さっきの雨竜の天体講座を聴きつつ、サンドイッチを頬張っていた。天体観測中の夜食として、参加者である反町、小早川、朝衣、水無月、長門の女子生徒達が作ってくれていたらしい。朝から何も口にしていなかった俺としては、非常にありがたいオプションである。

 ついでに、男子の参加者を確認してみる。まず今乱闘の渦中にいる主催者の雨竜とボコボコにされそうになっている鮫島、それを落ち着かせようと奮闘する古家、何故か喧嘩に参加しようとしている陽炎坂、そして俺の5人である。

 参加していない数人の生徒の話を雨竜に聞いてみたところ、“酷く罵倒されて追い返された”、“部屋におらず会えず終いだった”、“用事があると固辞された”とのことだ。…少なくとも罵倒してきたのは雲居だな、と何となく憶測を立ててみる。

 

 

「よっ折木。調子はどうだい?……まあ、それだけモリモリサンドイッチ頬張っていたら、悪いってことは無さそうだね」

 

「ゴクン……反町か。ああ、朝から何も食べてなかったのと、味付けと具が良いからな……大半を頂いてしまったよ。皆の分もあるというのに、悪いな…」

 

「良いさね、良いさね。食べ物を残されるよりかは、ずっとマシだよ」

 

「そうか……ならもう少し頂こうかな……」

 

 

 何となく、調理者の反町に許可を頂いたような気になったので、俺は残りのサンドイッチにも手を出してみる。そして、口に放り込んでみる……うん、うまい。

 

 

「ほ、本当に空きっ腹だったんだね……そんなに腹を空かせてたんだったら、昼間に炊事場に来れば良かったのに…」

 

「ログハウスの机にあった手紙についてずっと考えてたら、夜になっていたからな……食べることも忘れて没頭してしまった」

 

「ああ……手紙ねえ……」

 

 

 俺の“手紙”という単語に、ほんのわずかにであるが顔をしかめる反町。

 

 

「反町達の方はどうだったんだ?昼間から夜食作ってたって言うし、大事でも無かったのか?」

 

「…………まあね、そんなところだよ。全然、大した事なかったさね。アタシ以外の連中も、何のそのって感じで気味が悪いくらいいつも通りさね」

 

 

 少し間を置きながら、俺の疑問に言葉と共に首肯する反町。でも何故かその声色は寂しげで、顔も暗くてよく見えなくて、笑っているのかすら確認できない。

 

 

「それに聞いておくれよ!古家なんかはアタシ達が料理しているときに“研究所潰れちゃったんだよねぇ!!”って半べそかきながら女の園に入り込んできたんだよ?無神経ったらありゃしないよ」

 

「…ははっ、古家らしいな」

 

 

 そんな一瞬感じた違和感から一転、反町はいきなり古家のエピソードを語り出す。…いつもの強気な反町に戻ってくれたような気がして、少しだけ安心する。

 …今の違和感、あまり深追いはしない方が良いのかもしれないな…、そう判断した俺は、無理にでもそう思うようにしてみた。

 

 

「んっ…このサンドイッチ美味しいな。他のも美味しかったが、コレは特にうまいな。中身……粗挽き納豆か」

 

「それは多分小早川のさね。アイツかなり一生懸命作ってたからねえ、真心が詰まってんだから、うまいのも頷けるさね………それに…」

 

「それに……なんだ?」

 

 

 何か言葉を続けようとするような言い方で、俺をニヤニヤと見やる反町。その言葉の裏の意図が気になって見たのだが、反町は“何でも無いさね”と会話を終わらせる。

 

 

「…にしても、今って本当に天体観測の時間なのかね?アイツら忘れてるんじゃないかい?」

 

「雨竜、雨竜!!あかんあかんあかんあかん!!コブラツイストはあかんて!!体もげてまうて!!」

 

「1度!!!もげてしまええええええ!!!」

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!これは熱いプロレス技だぜええええええ!!!!」

 

「おお~カッコいいね~」

 

「ここまでキレイに決まるのは初めて見るねぇ……」

 

「そこだー!!いけええ!!レフェリー、カウント早く取ってーー!!」

 

「アホやろあんさんら!!はよ助け…いててててててて!!!ギ、ギブギブギブ!!ロープ!ロープや!!」

 

「天体観測の!!『て』の字を!!理解するまで!!ワタシは!!絞めるのを!!止めないいいいいい!!!」

 

「肉体言語で教えるにも、限度があるんじゃ…」

 

「失言をしてしまったことが運の尽きね……何にも関係ない私達は優雅に星空でも眺めていましょ?」

 

「そ、そうですね…ハハ、ハハハハ……」

 

 

 雨竜と鮫島の取っ組み合いは未だ続いており、完全にイベントの趣旨から脱線してしまっている。…もはや何をしに来たのかもわからなくなってきた。

 

 

「これじゃあ天体観測の名前を被った宴会さね」

 

「…止めてやらないのか?」

 

「夜はまだ長いさね……こういうアクシデントも含めて、イベントの一環さね。楽しんで、ゆっくり雄大な星空に気持ちを馳せようじゃないか……」

 

「……それも、そうだな」

 

 

 俺は何となく地面に仰向けに寝転がり、満面の星空を瞳に納める。…どこまでもどこまでも広がっている星の海。何億、何兆、一体どれほどのおびただしい数が目の前の宇宙を漂っているのだろうか…。……まあ空気の読めない話をすると、コレは全て映像ではあるのだが…それを抜きにしても、キレイとしか表現できない、幻想的な風景だ。

 これほどまでに大きな、想像を遙かに超える世界を目の当たりにすると、何となく、さっきまでの小さな悩みも吹っ飛んでいくように感じる。…小さな紙切れ1枚で悶々と頭をひねらせる自分が、なんともちっぽけに思えてしまう。どうでも良いとまではいかないが、少しだけ荷物が減って、肩が軽くなったような気分だ。

 

 

「――――あれっ?」

 

「…?どうしたの小早川さん?」

 

「いえ、えと、あの……何か、冷たい、水みたいなものが顔に落ちてきたような気がして…

 

「っあ~、私にも落ちてきた~、これ雨の雫だよ~」

 

「そんなバカなことがあるのかねぇ…ここは施設の中なんだから、雨なんて自然現象……ありゃっあたしの頭にも落ちてきたんだよねぇ……こりゃ雨だねぇ」

 

「貴様意見を翻すのが早すぎるぞ!!!そんなモノは全て気のせいだ!!それによく刮目して見てみろ、夜空はこれほど晴れ渡って……」

 

「その空が雲にとんでもない勢い覆い尽くされているさね……」

 

「何ぃ!!!」

 

 

 雨竜を含めた他のメンバーも、空をもう一度見上げてみる。するとそこには、さっきまでの星の海は隙間たりとも見えなくなっており、代わりに今にも雨が降り出しそうな程の曇天へと変わり果てていた。

 

 

「あっあああああ……」

 

「雨竜君が膝から崩れ落ちているんだよねぇ…」

 

「ワーン、ツー、スリー!!」

 

「水無月さん…確かにダウンしているけど、空気を読んであげて……」

 

「まあモノパンも、1度たりとも“雨は降らない”と言うて無かったしな~、今まで降ってこなかったことが不思議なもんやで」

 

 

 そう鮫島が自業自得と言わんばかりに雨竜に対し他人行儀なセリフを吐くと、ポツポツと降ってきた雨は本格的な大ぶりへと変遷していった。

 

 

「皆、雨に濡れては風邪を引いてしまう。あの屋根付きベンチで一旦雨宿りをしよう」

 

「いや~、ウチはもう帰ることにするわ。丁度飽きてきたとこやし、引き時っちゅうわけやな」

 

「はいはーい!!カルタも帰りまーす!!眠ーい!!」

 

「驚くほど素直な理由ね……でも。雨竜君には申し訳ないけど、私も帰宅させてもらうわ」

 

「俺も!!!靴が!!!ずぶ濡れになるのは!!!!気持ち悪いから!!!!部屋に戻るぜえええええええ!!!」

 

 

 そんなふうに4人は言葉を残すと、雨に濡れすぎないよう手で傘を作りながらそそくさと退散して行ってしまった。…まあ、始まって多少の時間は経っていたのだから、終わり時としてはベストなタイミングだったのかもしれんな。

 そう考えていると、地面に膝をつきながら背中を雨に濡らす雨竜が“はっ!!”と何かを思い出したように突然立ち上がる。

 

 

「いかん!!このままでは望遠鏡が雨に濡れてしまう!!!早急に避難させねば……」

 

 

 雨竜はとても焦ったように、(恐らく自前と考えられる)天体望遠鏡に近づいていき大事そうに両手で抱えだす。そして望遠鏡を両手にしたまま俺達の方へと仁王立ちになりながら声高らかに叫び出す。

 

 

「残った皆の者よぉ!!我々の天体観測はまだ終わってはいない!!雨のせいで一時的に避難せねばならぬが、それは所謂、戦略的撤退である!!雨が上がればまたすぐに天体観測を再開する!!では……屋根付きベンチに突撃だあああああああ!!!ワタシに続けええええええ!!!!」

 

 

 まるで一国の軍隊のようなかけ声を1人で上げながら雨竜はベンチへ向けて走り抜ける。俺達も、まあ付き合ってやるかと、仕方なしに付いていく……結構恥ずかしかったので、周りに他に人が居なかったことに内心安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ反町…今何時だ…」

 

 

 雨が降り出してからしばらくたった後、具体的にどの程度時間が経過したのかを知るため、唯一の腕時計持ちの反町に現在の時刻を聞いてみる。

 

 

「午後9時を回ってるよ……」

 

「あれから1時間ですか……一向に上がる気配がありませんねー」

 

「先より~弱まってはいる感じはあるけどね~」

 

「ぐぬぬぬぬ…神はワタシを見放したというのか……!!何故そこまでして我が崇高なる観測を邪魔するのだぁ…」

 

「神って言うか…モノパンだねぇ…」

 

「それに、神様は個人に対して悪意のスナイピングをするような芸の無いマネはしないさね……ただ単に運が悪かっただけさね」

 

 いつまでも止まない雨に悔しさをにじませる雨竜を見ながら、俺達はこれは今晩はずっと雨が降り続けるのではないかと考え始める。

 

 

「……はぁ……雨竜。もうお開きにしないか?止む予兆の無い雨を待ち続けても、埒があかないぞ」

 

「私も~そろそろ帰りたいな~って思っているよ~」

 

「雨も今さっきよりは収まってきたし、今ならそこまで濡れなくて済みそうだしねぇ…」

 

「ワタシは帰らんぞ!!!諦めという文字は、ワタシの辞書に存在すらしないのだ!!」

 

「あたしらの辞書には諦めの文字はきちんと記載されているんだよねぇ……」

 

「はぁ……さすがに付き合いきれないね」

 

 

 そう口々に小言を言いながら、帰ろうとする雰囲気を流しつつも、雨竜のみ帰ろうとする気を1ミリたりとも見せてこない。そこで雨竜以外の俺達全員は、先にハウスの方に戻ることにした。

 

 

「じゃあ雨竜さん…私達、先に帰りますね?」

 

「本当の本当に、帰っちゃうんだよねぇ?」

 

「フハハハハハハハ、誰に物を言っているのだ!!ワタシは世界を見据える観測者であるぞ!!…貴様らこそ、この雨が上がった末に現れる、満天の星空を見れなかったことを後悔するが良いさ!!!!フハ、フハハハハハハハハッハハハハハ!!!」

 

「一体あの負けん気はどこから湧き上がってくるのやら…不思議なもんだよ」

 

「根性あるね~」

 

 

 俺達はそう言いながら、雨竜とは逆方向に体を向けグラウンドから出て行くように足を進めていく。雨自体は小ぶりになっていき、大きく濡れることはないと考えられるが、また大ぶりになることも予想できるので駆け足気味でハウスへと走って行く。空を見上げてみても、星空どころか未だに欠片程度も顔を見せない、満天の曇天である。

 少しばかり雨竜のいる方向に心配の情を込めて一瞥してみるが、暗闇が周りを満たしてきていることもあり、よく見えない。俺は瞳の方向をむき直し、他の全員の後に続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【噴水広場】

 

 

 

「あれあれ?噴水の側に誰かいるんだよねぇ………しかも傘も差していないねぇ」

 

「この雨の中にかい?物好きなヤツがいるもんだね…」

 

 

 グラウンドからログハウスエリアへ戻る途中、先頭を小走りする古家と反町が広場の噴水の近くに誰かの姿を発見したようだ。他の全員も噴水に注目してみてみると、確かに誰か噴水の側で座っている。

 気になった俺達は、寄り道程度にそちらへと進路を変え、当の人物に近づいていく。

 

 

「……!……素直達か」

 

「風切…アンタ何やってるんだい?傘も差さずに…」

 

 

 そこに居たのは、意外なことに風切であった。“こんな夜遅くに、一体何をやっているのだろうか?”全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 

 

「…“見張り”」

 

「みはり~?」

 

「それって見るに張るって書く、あの見張り…?」

 

「……そう、その見張り」

 

 

 どうやら彼女は“何を”かは分からないが、監視を行っているらしい。しかし、いつもは怠惰な風切が、こんな冷たい雨の中でその何かをジッと待っていることに、全員はさらに疑問を湧かせる。

 

 

「……聞いても良いか?何を見張っているんだ?」

 

「…別に何かを見張っているんじゃない。…ただ見張っているだけ」

 

「……一応目的はあるんだよねぇ?」

 

「ん…ある」

 

「その目的は何さね」

 

「……見張り」

 

 

 何だか同じ場所を行ったり来たりしているような気持ちになる。他の皆も堂々巡りの会話に、頭をかき出す。しかし、風切の言葉少なの会話から、“何か”とはいかないが目的は存在していることは分かる。

 

 

「…困りましたね。会話が続きません」

 

「聞くな…感じろってことかい?」

 

「にしてはヒントが少なすぎるんだよねぇ…」

 

 

 さすがにこんな細かい事に腹を立てるわけにいかず、皆は黙りこくる風切に困り果てる。そうやって頭をひねらせる俺達に“何事ござるか~?”と声がかかる。

 

 

「おお!皆の衆。随分とお集まりでござるな…こんな雨の中一体如何様なことで?」

 

「沼野君じゃないかねぇ!!ちょっと力を貸して欲しいんだよねぇ…」

 

「コイツが黙秘を貫いてて、何してんだか分からないんだよ……怪しいったらありゃしないよ」

 

「…怪しくない。見張りをしているだけ」

 

「ずっとコレばっかりだよ~」

 

「ああ…成程。……風切殿。別段隠し立てしなくてよろしいのではござらぬか?悪い事をしようとしているのではなかろうて…」

 

「……」

 

「沼野は…何か知っているのか?」

 

 

 風切の行っていることを理解しているような口ぶりに、俺は何か知っているのではと沼野に問いかける。

 

 

「知っているも何も…拙者も風切殿同様、“見張り”をしているのでござる」

 

「まーた見張りさね。短い間で聞き飽きた単語だよ…。アンタら…もし何か企んでいるんだったら……モノパンに当てるはずだった拳が飛んでくることになるよ…」

 

「いや、何。先も話したように、別段怪しい行いではござらんよ。ちょっと今夜は“嫌な予感”がした故、このように誰が何時にココを通ったのか…何か怪しい行動が見られないか…を見張っていただけでござる」

 

「い、嫌な予感…ですか?」

 

「こりゃまた物騒な話になってきたねぇ…」

 

 

 沼野達の見張りを行う理由に、俺達は少しずつ顔を曇らせていく。

 

 

「貴殿らも既にご承知でござろうが、本日の朝、あのモノパンから“手紙”が配られたでござる」

 

 

 沼野の口から“手紙”という単語が出てきた直後、曇った俺達の表情はさらにくすんでいく。…何となく、ここまで言えば数人は沼野達のやっていることの意味を理解できるかもしれない。

 

 

「その“手紙”の中身は勿論、“動機”、でござる。モノパンが言うにはさし当たって大した内容では無い生徒と、重大な内容が送られた生徒と二分されているとのこと……」

 

 

 沼野は淡々と、俺達の気も知らないように続けていく。

 

 

「前者の場合であれば、恐らく動機になり得るのかどうかすら怪しい故、見過ごしても良いと思われるでござる。しかし、問題は後者でござる。…重大な内容とはすなわち、人が人を殺すのに“充分な理由”、コロシアイを引き起こすのに充分な動機になり得るのでござる」

 

「そして、その動機が既に俺達の手元にあり、その大半の人間が目を通してしまっている」

 

「つ、つまり今、あたしらは、“いつ人が死んでも可笑しくない状況に陥っている”……と考えられるわけだねぇ」

 

「成程……それで見張り、というわけかい」

 

「えっ?どうしてそこで見張りなんですか?」

 

「考えてもみるさね……誰もが寝静まった夜なんて、そのモノパンの言う殺人する………何て言うんだったか……」

 

「…クロ?」

 

「そう!そのクロが行動を起こす、絶好のタイミングになるさね……。考えてもみるさね、もし居たらの話だけど…今晩にでもアレな行動を起こすバカがいたとしたら…どうだい?」

 

「え、えっと……多分、夜も眠れません!!」

 

「いつ襲われてしまうのか~分からないからね~」

 

 

 反町の想像を交えた説明を真面目に想像しながら聞いた小早川は顔を青ざめさせる。多分長門は既に理解していたのであろう、補足といったように相づちを打つ。

 

 

「そう!それ故、拙者らはこのようにして噴水を中心に、あえて眠らずに見張っているというわけでござる」

 

「そっか~そういう意図があるんだったら~怪しくないね~~ありがと~~」

 

 

 長門のお礼に、頬を染めながら照れる沼野。個人的にもありがたい行動のため、俺も“ありがとう”と続ける。

 

 

「いや~しかしこのように自分の手柄の如く話しているのでござるが…コレは実は、風切殿の提案なのでござる」

 

「えっ!!この風切がかい?」

 

「……“この”って言い方は失礼」

 

「ありゃりゃ……そうだったのかねぇ。それならそうと早く言ってくれれば良かったのにねぇ」

 

「説明するの面倒くさかったの~?」

 

「…………何か、自分で言うのが、恥ずかしかった」

 

 

 そう風切はボソりとつぶやくと、照れくさかったのか俺達とは逆の方向に顔を背ける。しかし顔は隠せていても、耳は赤くなっており、その恥じらいを隠せてはいなかった。

 

 

「結構、アタシらの事、考えてくれてたんだねえ。くぅ~~っアンタって案外良い奴じゃないか!!ただメシ食って寝てるだけのプー太郎じゃなかったんだね!!このこの~~~」

 

「……うっ、痛い、痛い……離れて」

 

「褒めてるのかけなしているのかわからないよ~~」

 

「反町さん的には、多分褒めているんだと思いますよ……」

 

 

 風切の男気、というか女気に感動したのか。反町は風切の頭を掴み撫でるのでは無くグリグリと拳を当てる。嫌がる風切だが、それもお構いなしに反町は続ける。

 

 

「ハハハ……っと、そういえば其方達こそこんな時間にどうしたのでござるか?夜遊びでござるか?」

 

「まあ、夜遊びと言えば…夜遊びなのかねぇ?」

 

「お前も誘われなかったのか?雨竜の天体観測」

 

「…………ああ!!アレでござるか。急に拙者のハウスに尋ねて途端“今夜暇かぁ!”などと宣ってきたので何事かと思ったでござるが……天体観測の事だったのでござるか……超高校級の天文学者らしい催しでござるな」

 

「開催したは良いけど、喧嘩は始まるし、雨は降るし、主催者は頑固だし……散々なイベントだったさね」

 

 

 そんなうんざりとしたような雰囲気を察したのか、沼野は“ははは、大変でござったなぁ…”と、引きつった笑みを浮かべる。

 

 

「じゃあ…今は帰り?」

 

「ああ、雨竜はまだグラウンドの方に居るけどな…雨が上がるまでずっとあそこに籠城する気らしい」

 

「左様でござるか……ちょいと心配でござるが、まあ拙者らがココにいれば、問題は無いと思うでござる……」

 

「アタシらも見張るのを手伝っておくかい?」

 

「…いや、あまり大人数で見張るのは得策では無いでござる…必要最低限、見張り見張られできる人数…つまり2名程度が丁度良い故、ありがたいでござるがその申し出はお断りさせていただくでござる」

 

「そうか……」

 

 

 反町の提案をやんわりと断る沼野。俺達にも出来ることは無いかと、少し考えてみる。だが“今は変に行動するより、大人しくしていた方が良いのかもしれない”と一人合点し、沼野達の協力を諦めようとする。

 

 すると――

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

『えー、ミナサマ!施設内放送でス!…午前10時となりましタ。ただいまより“夜時間”とさせて頂きまス。まもなく、倉庫、購買部への出入りが禁止となりますので……速やかにお立ち退き下さイ。それではミナサマ、良い夢を……お休みなさいまセ』

 

 

 モノパンの一昨日、昨日通りのアナウンスが流れる。そして、その直後にまた雨脚が速くなったように、激しさを増してきた。

 

 

「雨、強くなってきたな……沼野、風切、協力できないのは悔しいが、頑張れよ」

 

「何かあったら、すぐに報告してくださいね!!微力ながらお手伝いさせていただきます!!」

 

「風邪引かないようにね~~」

 

「なーに、このような雨、拙者は何度も野晒しで経験してきたでござる……問題なしでござる」

 

「わたしも……農業高校だったから、雨には慣れてる……」

 

 

 俺達の心配はどうやら杞憂であったらしく、沼野達はあっけらかんとしたような態度である。それを見て安心したのか、反町が“それじゃあ、アタシらは戻るとするよ”と会話に終わりをつける。

 

 

「うむ…では良い夜を…」

 

「……お休み」

 

 

 そう見送られながら、俺達は噴水広場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 

 

 

 ――ピシャッ!!

 

 

 ――ゴロロロロロロロロ!!

 

 

 窓の外が突然光り、重低音を響かせながら空が鳴る。作り物であると分かっていながらも、未だ変わらず激しく降る雨に俺はリアリティを感じざる終えなかった。

 

 現在の時刻は夜の0時、施設内は完全なる闇に閉ざされ、唯一の光源はログハウスから漏れる電気のみである。

 

 

「沼野達…大丈夫だろうか…」

 

 

 ログハウスエリアの中心で皆と別れた俺は、中々寝付けず、ツラツラと本を読みながら時間を食い潰していた。ベッドに入っても、沼野達の言っていた“嫌な予感”というものが胸の内でモヤモヤと渦巻き、落ち着く事ができなかった。

 

 それに加えて、この雷。いくら雨の中が慣れているとは言え、こんな激しい雷雨の中であれば沼野達も気が気ではないだろう。そんな風に思ってしまうと、どうしても心配せずにはいられなかった。

 

 

「……少し見に行ってみるか」

 

 

 “――確認しに行くぐらいだったら”そう考え出すと、もう止まらなかった。体よくクローゼットに備え付けられた傘を3つ手に取り、濡れても大丈夫なようカッパを被る。

 

 激しい雨でも大丈夫なように準備を終えた俺は、そのまま外に出る……と。

 

 

「うおっ!!」

 

 

 ドアを開けた瞬間、強い突風が俺の体を部屋へと押し戻す。まるで外に出てはいけないと、忠告を受けている気分だ。

 だけど、沼野達の心配を解消したい俺は、そんな忠告に抗うようにそのまま噴水広場へと突き進む。

 

 激しい風に揺られながら、俺はドンドンと歩みを止めない。ピカッ!っとまた閃光が走る。そして数秒置いてゴロゴロと地鳴りが如き雷が鳴り響く。横殴りの雨は、俺の顔に水滴を散らしていき、ビショビショに濡らしていく。

 

 ――迷わない歩みを進めていき、あともう少しで噴水広場という付近まで距離を縮めていく。

 

 

 

 

 

【噴水広場】

 

 

 

 

 

「沼野ぉ!!風切ぃ!!大丈夫かあ!!!」

 

 

 激しい雨に、その叫びは遮られ、うまく真っ直ぐに飛んでいかない。何度も呼んで、その安否を確かめる。

 

 

 ――すると。

 

 

「折木殿!?何事でござるか!!」

 

 

 声が届いたのか、沼野は驚き表わす。体はずぶ濡れであり、絞れば水が滝のように流れそうなほど水を含んでいる。俺達の居る地点の真逆には風切の背中が見える。その後ろ姿で、俺は風切自身の安否が確認できた。

 

 

「沼野、風切!!いくら慣れていたとしても、この雨ではツラすぎるだろう!!今からでも遅くない!!!見張りを交代しよう!!」

 

「なーに!!こんな雨でも心配はご無用!!!風切殿もそうでござろう!!!」

 

「…問題なし」

 

「んん??何て言ったでござるか!!」

 

 

 か細くだが、風切は問題ないと答えている。沼野も風切生きている、2人の声を聞いて、改めてそう確信できた。俺はホッと胸をなで下ろす。

 

 

「…だったら!!コレを受け取ってくれ!!!俺の部屋にあった傘だ!!!使ってくれ!!」

 

「これはこれは!!済まないでござる!!!風切殿も!!!こっちに来るでござる!!!」

 

 

 そう沼野が言うと、風切は風に揺られながらこちらに近づいてくる。そして、沼野と同じように、風切も傘を受け取る。

 

 

「…ありがとう」

 

「ああ!!どういたしまして!!」

 

 

 風切は小さくつぶやく様にお礼言い、手ずから受け取っていく。…そして、俺が2人に傘を渡した直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ドガボォン!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで鳴っていた雷とも違う、何かが破壊されたかのよう明らかに異質な轟音。

 

 

 

 この施設に来てから今まで聞いたことも無い音を耳にした俺達は、真剣なまなざしで見合わせる。

 

 

「風切殿…!」

 

「…聞こえた方向は湖側」

 

「よし、行ってみよう!!」

 

 

 その激しい破壊音は、俺の耳からしても湖側から聞こえてきた。多分、いや確実に、湖で何かが起こった。

 

 

 ――すると。

 

 

「おい貴様らぁ!!今のはなんの音だ!!!」

 

 

 グラウンド側の通路から雨竜が走ってくるのが見え、大声でこちらに事の次第を聞いてくる。

 

 

「雨竜!?お前まだグラウンドにいたのか!!」

 

「当たり前である!!星あるところワタシありだぁ!!!」

 

「今星ないだろぉ!!」

 

「フハハハハハハハ!!!!それも観測の醍醐味よぉ!!!…それより貴様ら、一体何事であるか!!」

 

「んん~!詳しく説明している暇はないでござる!!!拙者らに付いてくるでござる!!!」

 

「委細承知したぁ!!!!」

 

 

 突然現れた雨竜を交え、俺達は湖側へと走り抜けていく。雨は変わらず激しく打ち付け、全員の衣服はびしょ濡れにしていく。

 

 

「――風切殿!!!何か見えるでござるか!!!」

 

「…何も!見えない!」

 

「ペン型であるが、ライトがある!!コレを使えば見えやすくなるか!?」

 

「ありがたやでござる!!!」

 

 

 雨の音でお互いの声が届きにくくなっていたいながらも、俺達は声を張り上げ、会話を続ける。その会話の中で、雨竜は持っていたペン型のライトを沼野に渡す。そして沼野は、ライトを用い、辺りを照らし出す。

 

 

「むむむ!!!何も変わり無しでござる!!異常なし!!」

 

「気のせいと言える音では無かったはずなんだがな!!」

 

「もしやと思うが!!風で木が倒れただけではないのか!!」

 

「…あり得るけど!でも!何か変な音だった!!」

 

「しかし!!こう視界が悪くては、調査のしようがないでござる!!!一旦引き返すでござる!!!」

 

「ああ!!!そうしよう!!!」

 

 

 音の正体が何かを突き止めることが出来ず、俺達はもどかしいような雰囲気に包まれながら噴水広場へ戻る。…だが、明日の朝に探ってみればそのモヤモヤしたものの正体もわかることだ、焦らずいこう。

 

 

「折木殿!!雨竜殿!!お騒がせしてしまったでござるな!!!」

 

「そんな事は無い!!一応!!このことは俺達の中で覚えておこう!!」

 

「話し合いの時にでも皆に報告すれば良い話しであるからなぁ!!!」

 

「…わたし達は!もう少し見張りを続ける!!」

 

「んん??見張りとはどういうことだ!?」

 

「………折木殿!!!説明が面倒臭いので任せるでござる!!!!」

 

「………わかった!!戻るぞ!!雨竜!!!」

 

「いい、い、いや!!だがグラウンドにはまだ望遠鏡がぁ!!!」

 

「盗まれるわけはないし、無くなることも無いから大丈夫だ!!!」

 

 

 寝ずに見張りを続ける沼野と風切の2人に俺は背を向ける。そして帰ることを渋る雨竜を逃がさないよう手を掴み、無理矢理ハウスエリアへと引きずっていく。

 

 

「また明日な!雨竜!」

 

「…くぅ。ワタシの望遠鏡が…」

 

 

 ハウスに着くと、今でも望遠鏡を心配している様子の雨竜と別れ、俺は自分の寝床のハウスへと戻っていく。

 

 

 

 ――部屋に戻り、シャワーを浴びた後、俺は急にドッと響くような疲れに襲われる。

 

 

 

 俺はその疲れに抗うことも出来ずに負けてしまい、そのままベッドに体を放り投げる。

 

 

 ――何だか、嵐のような一時であった。

 

 

 俺は、ベッドの中で身を沈めながら、心の中でそうつぶやき、静かに寝息を立てていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 

 ――――朝七時。

 

 

 ――――窓を照らす光が俺に朝を告げる。

 

 

 ――――それと同時に、昨夜の雨が既に上がっていることも。

 

 

 ――――俺はそんな些細な日常の変化に気づきつつも、いつも通りに目覚め、いつも通りに身支度を整える。

 

 

 ――――そしていつも通り、部屋を出る。

 

 

 

「あっ、折木さん。おはようございます」

 

「折木君、おはようなんだよねぇ」

 

 

 ――――いつも通りに炊事場に足を運び、いつも通り仲間と挨拶を交わし合う。

 

 ――――そんないつも通りの光景の中で、いつもと違う小さな違和感に気づく。

 

 

「…反町のヤツはどうしたんだ?朝に姿が見えないのは珍しいな」

 

「今日は体調不良気味だそうなので遅れてくるそうです。だから、本日の朝食は私が腕を振るっちゃいますね!」

 

「いつもは反町さんが作ってくれているから、楽しみなんだよねぇ」

 

 

 ――――だけどそんな違和感の理由も、些細なこと。

 

 ――――気にすることも無い、他愛も無いこと。

 

 

「まずは飲み物でも出しましょう。リクエストはありますか?」

 

「俺は、緑茶で」

 

「リンゴジュースが飲みたいんだよねぇ」

 

「ではコップ取ってきますねー」

 

「あたしらは何か手伝うことあるかねぇ?」

 

「ええと…じゃあ机を拭いておいてもらっても良いですか?布巾がキッチン台にあるので、濡らして使って下さい」

 

「OKなんだよねぇ」

 

 

 ――――いつも通りご飯を作って、いつも通り皆で食卓を囲む。

 

 ――――そしていつも通りの1日が始まるのだ。

 

 

「あれ……?」

 

「?……小早川、どうかしたか?」

 

「いえ…あの、ドアノブが……」

 

「………!…外れ、てる?」

 

 

 ――――そう……これも、些細なこと。

 

 ――――いつも通りを崩すことも出来ない、他愛も無いこと。

 

 

「ドアは……普通に、開くようだな」

 

「な、何なんでしょうね?不気味です…」

 

「ああ……ん?……部屋の奥に何か……」

 

「確かに…何か大きな物が……」

 

 

 

 ――――だけど

 

 

 

「――――っ!!!!」

 

 

 

 ――――そんないつも通りの中に…

 

 

 

「どうしたんですか?そんな驚い……た…か…お……で」

 

 

 

 ――――“お前が”いなくなってしまったら

 

 

 

「ああ…あああああ……」

 

 

 

 ――――それはもう“いつも通りに日常”だなんて…

 

 

 

「きゃあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 ――――言えないじゃないか……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朝衣ぃ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン…!』

 

 

 

 

 

『死体が発見されましタ!』

 

 

 

 

『一定の捜査時間の後、“学級裁判”を開かせていただきまス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り15人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計1人』

 

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 



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Chapter1 -非日常編- 5日目 捜査パート 前編

――――彼女と……初めて会ったときの言葉を、思い出す

 

 

 

 

『私は『超高校級のジャーナリスト』“朝衣 式(あさい しき)”よ、折木くん・・・・・・と、言ったわね、早速だけど少しお話を聞かせてもらってもよろしいかしら?』

 

 

 

 

 ――――彼女との、小さな約束を思い出す

 

 

 

 

『もし何か思い出したらお話を聞かせてもらいえないかしら?何か力になれると思うの・・・・・・』

 

 

 

 

 ――――彼女のやさしさを、思い出す

 

 

 

 

『フフッ、冗談よ。でもごめんなさい、ハンカチしか渡せなくて……』

 

 

 

 

 ――――彼女の決意を、思い出す

 

 

 

 

『これからもこんな風に全員で話し合う時間は必要だと思うの……だから、またいつか会議を行いましょう』

 

 

 

 

 ――――彼女の『ありがとう』を、思い出す

 

 

 

 

『…やっぱり貴方って、律儀な人ね……ありがとう』

 

 

 

 

 ――――彼女との……別れの言葉を、思い出す

 

 

 

 

『それじゃあね、折木君』

 

 

 

 

 何度も…何度も…頭の中で、彼女の…“朝衣式”の姿が何度も流れ続ける

 

 

 

 話し、動き、笑い、泣き

 

 

 

 人として当たり前の姿の数々

 

 

 だけど

 

 

 

 それは、“昨日までの”の朝衣の姿

 

 

 

 今

 

 

 

 目の前には在るのは

 

 

 

 息も無く眠る、彼女の姿――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:第1倉庫】

 

 

 

 

 

「ああ、朝衣、さあん…」

 

 

 横たわる朝衣を前に、俺は呆然と立ち尽くす。後ろでは、小早川が震えた声で朝衣の名前を口にしている。

 

 

「ななななな、な、何事なのかねぇ!!!???いいいいい、いい、今の悲鳴は!それに、あの、ピンポンパンポーンって……!」

 

 

 小早川の悲鳴、モノパンのアナウンス。それらを聞きつけた古家が、血相を変えて倉庫の出入り口へ飛び込んでくる。

 

 

「…って、んぎゃあああああああああ!!!!あ、ああ朝衣、さん……!」

 

「う、ううううう……」

 

「折木君!!!これは、これは、どういうことなのかねぇ!?!?説明して欲しいんだよねぇ!!」

 

 

 古家は、声を裏返し、叫ぶように言葉を俺にぶつける。だけど…目の前に起きた出来事が、現実であるかどうかでさえ判別できない俺の耳には、言葉は届かない。

 

 

「――――っ!?お、折木君!!何を…!!」

 

 

 心と一緒に、言葉を貸す耳も無くなってしまったかのように、俺は――

 

 

 ただ前に前にと歩き出していた。

 

 

 眠るように倒れる朝衣に近づき、膝をつく。

 

 

 そしてそっと、小刻みに揺れる手を、朝衣の首元に近づけていく…。

 

 

 自分ではもう、彼女が今どういう状態なのか、理解しているはずなのに。

 

 

 ――大丈夫、きっと生きている。

 

 

 何の根拠も無い心の声が、俺をごまかそうとする。

 

 

 

 

「――――!」

 

 

 朝衣に触れた瞬間。俺の吐く息に怯えが重なる。

 

 

 ――――冷たい

 

 

 ――――生きている人間とは思えないほど、酷く冷たい

 

 

 俺は確かに感じたその感触で嫌でも確信してしまった。

 

 

 目の前に転がるのは“人の死”であることを。“朝衣 式”の――死体であることを。

 

 

 そして同時に直感する。

 

 

 

 ――――始まってしまった

 

 

 ――――ついに、コロシアイが…

 

 

 

「折木…君?あ、あの…」

 

「古家……皆を炊事場まで集めてきてくれないか?」

 

「そ、それよりも…折木君の方こそ……」

 

「………頼む」

 

「わ、分かったんだよねぇ!」

 

 

 顔に暗い影を落とす俺に古家は心配の目を向けてくる。しかし、俺からの強い頼みを汲み取ってくれた古家は…頭を振り、そそくさと炊事場を後にする。

 

 

 そして…

 

 

 倉庫に残った俺は――現実(いま)を受け入れられない“もう1人の”仲間に近づいていく。ドアの側で隅に追いやられたネズミのように怯える、もう1人の仲間に。

 

 

「小早川…一旦腰を落ち着けよう……立てるか?」

 

「す、すいません……腰が、腰が抜けてしまって……」

 

「肩を貸す……ゆっくり、ゆっくり行こう」

 

 

 腰を抜かしてしまって立てない小早川の肩を持ち、俺は一歩一歩、踏みしめるようにゆっくりと倉庫を離れていく。

 

 

「あ、あの、その、折木、さん。朝衣さんは……」

 

「…………」

 

「……うぅ……」

 

 

 ……答えなんてわかっているはずなのに。肯と取れる俺の沈黙に、小早川は今にも泣きそうな程顔を歪めていく。ツラい現実を目の前にした彼女に、俺は深く同情する。

 

 

 ――――だけど、きっと理解できたはずだ、今何が起こっており、これから“何が”始まるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

 

 

「折木くーーん!!!皆を連れてきたんだよねぇ!!!!」

 

 酷く不安定な状態の小早川を落ち着かせながら、テーブルの椅子に腰掛けること数分。炊事場の入り口から、古家の大声が飛んでくる。

 

 

「ちょっとちょっと!!!折木!!何の騒ぎさね!!」

 

「ミスター古家に連れられて来てみたけど……どうやら、ただならぬ雰囲気みたいだね」

 

「…あれあれ~~?小早川さん大丈夫~~?顔が真っ青だよ~」

 

 

 古家に連れられ、続々と炊事場に集合していく生徒達。

 

 昨日の動機発表と同様、それぞれの顔色には『不安』『疑念』『当惑』、様々な負の感情がにじみ出ている。

 

 

「……皆、集まってくれたか」

 

 

 1人を除いた生徒全員が集まったのを確認した俺は、重い腰を上げるように立ち上がる。いつも以上に険しくしかめた顔で、全員を一瞥し、告げていく。

 

 

「全員。さっきのアナウンスは耳にしているよな?」

 

 

 厳かな声色で発せられる俺の言葉。一部の生徒が焦ったように、頷きだす。

 

 

「……うん」

 

「勿論!!!朝!!!!起き抜けに!!!!聞いてきたぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

「『死体が発見された』……とのたまるアナウンスが……まさか…!」

 

 

 俺は決心するようにかぶりを振る。一拍空け、重苦しい唇を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

「――朝衣が。倉庫で、死んでいた……」

 

 

 

 

 

「なっ……!」

 

「朝衣、さん、が…!」

 

「ぬわんだとぉ!!あの…朝衣が……」

 

 

 この発言に、何人もの生徒達が驚きと悲しみ出す。

 

 

「……左様で、ござるか」

 

「えらいことになってもうたなぁ」

 

「そっかー……式ちゃん、死んじゃったんだー……」

 

「フゥ……とうとう、始まってしまったみたいだね……」

 

 

 その一方で、突然の訃報に、冷静に何かを悟ったような反応を表わす者もいた。痛く平静な彼らに数人の生徒達は噛みつくように声を荒げる。

 

 

「何冷静に話してるんだい!!!人が殺されてるんだよ!!!」

 

「そ、そうなんだよねぇ!!早く…早く119番…救急車を…!」

 

「……電話無い」

 

「ああ!!しまったんだよねぇ!?」

 

「せやったら……蘇生術を施すんはどうや?まだ完全に息が無いってことも―――」

 

「――いや」

 

 

 鮫島の言葉を遮るように、俺は声を絞り出す。

 

 

「さっき…脈を…確認してみたんだが………」

 

 

 これ以上は口にしたくない俺は、黙って首を振る。その様子に、たった今まで慌てふためいていた者達は1ミリの『希望』も無い、『絶望』の表情へと変転させる。

 

 

「……とりあえず落ち着くです。頭に血が上ってたら、まともな判断ができるものもできなくなるです」

 

「コレが……コレが落ち着いていられるかい!?仲間が殺されたんだよ!!!」

 

「“誰に”…ですか?」

 

「えっ……」

 

 

 雲居が放った言葉に、意味の無い威勢を振りまく反町が、言いよどむ。

 

 

「よくよく考えてみるです…私達以外の人間がいないこの閉鎖的な空間の中、朝衣は“誰に”殺されたんですか?」

 

 

 雲居は青黒い顔色のまま、反町に重く、ツラい現実を言い聞かせていく。まるで自分に対しても…言い聞かせるように。

 

 

「そ…それは……」

 

「そんなもの…モノパンに決まっているぅ!!!我らの中の誰かが、朝衣を殺すなど…ありえん!!」

 

「確かになんだよねぇ!!あたし達の中に仲間を殺す輩がいるとは思えないんだよねぇ!!」

 

「よし!今すぐあの紳士かぶれのパンダを引っ張り出してぇ――」

 

「いやぁ……それこそありえませんヨ……断言しても言いでス」

 

 

 雨竜が言葉を言い切る前に、当の話題の人物(というかロボット)、モノパンが俺達の中心に忽然と姿を現す。

 

 

 

「のわぁぁ!?モノ…パン…」

 

「……また急に現れる」

 

「ビックリするから~そういうの止めて欲しいよ~、心臓に悪いのは嫌いだよ~」

 

 

 嬉しくもないサプライズを受けた俺達は、怪訝にモノパンを見据える。

 

 

「くぷぷぷぷ……雨竜クンが、変なえん罪を押しつけようとしてくるので、諸々の雑務放り投げて駆けつけてきちゃいました♪」

 

 

 俺達を嘲笑うように口元をニヤリと曲げる。その笑みからは、昨日とは違う“目的を達することが出来た”という含みが感じ取れた。

 

 

「くぷぷぷぷ……雨竜クン、そしてワタクシをお疑いの皆々様……もう一度言わせていただきましょウ。ワタクシがキミタチを殺すなんて、あるわけ無いんですヨ…」

 

「……何を根拠に――」

 

「キミタチ…お忘れですカ?この施設『ジオ・ペンタゴン』の規則ヲ……」

 

 

 俺達は急ぎ電子生徒手帳を手に取り、校則の画面を見直す。画面を見た数人の生徒達は、苦々しく顔を歪め出す。

 

 

「規則№10『モノパンが殺人に関与する事はありません。しかし、コロシアイの妨害があった場合この限りではありません。』…これを犯すことは…ワタクシ自身の規則に反することになル……自分で自分の首を絞めるようなものでス」

 

 

 “故に”と言葉を挟む。

 

 

「ワタクシはキミタチには一切の気概を加えることは無イ……いや、できなイ。朝衣さんを殺すことができるのは…キミタチの中の“誰か”なんですヨ……」

 

 

 とどめであるかのように、モノパンは俺達の心を暗く、底の見えない谷へと突き落していく。さっきまで反論しようとしていた生徒も、その余地が無いと受け止める。

 

 

 ――――この中に、朝衣を殺したクロがいる

 

 

 この事実を突きつけられた俺達は、互いに瞳を交差させる。

 

 

 ……疑心暗鬼、その一言で表せてしまう、険悪が蔓延る状況。

 

 

 俺達は今、酷く薄暗い疑いの地底の中に突き落とされた。

 

 

「ミスターモノパン……キミの言いたいこと…深く、深く理解させてもらったよ。もはや我々に選択の余地は残っていないみたいだ」

 

「お分かり頂けて光栄ですヨ…さすがはワタクシを差し置いて紳士を名乗るだけありまス。話しがスムーズに進みまス」

 

 

 手のひらを返すようにニコラスを褒め出すモノパン。だけど、本心ではない。明らかに小馬鹿にしたような口ぶりだ。

 

 

「そこでだ、ミスターモノパン。1つ質問……というよりかは、確認を、させてもらっても良いかな?」

 

 

「えヱ。勿論ですとモ!」

 

 

 ニコラスは真っ直ぐ、モノパンを射貫く。鷹のように鋭い、真実を見極めかんとする、“探偵の目”で。

 

 

「……これがキミの言う“コロシアイ”という状況であるというのであれば、この校則に書かれている“学級裁判”というものを行うのだろう?」

 

「はイ!勿論行わせていただきまス!!ルールは既に、初日の時点でキミタチに説明してあるので省かせてもらっても良いですよネ?」

 

「うん!!!バッチリだよーー!えとえと、カルタ達の中に居る、クロを見つけ出して、投票をすれば良いんだよね!!」

 

 

 俺は校則の№5『施設内で殺人が起きた場合、全員強制参加による学級裁判が行われます』の欄に目を走らせる。

 

 

「その通りでス!!後で水無月サンにはご褒美として、アメちゃんを上げましょウ!!」

 

「わーい!いらなーい!!」

 

「ガフゥッ!!!……酷いフェイントを受けた気分…ワタクシショック、ガックシでス…」

 

 

 わざとらしくショックを受けて体をのけぞらせるモノパン。いつもと変わらない、その人を小馬鹿にするテンションに、俺は今まで以上に苛立ちを覚え出す。

 

 

「コホン……ですがキミタチ、“学級裁判”の規則を見たのですから、その投票後についても、既にお分かりですよネ?」

 

 

 俺は…№5規則の下の、“学級裁判”ルールの欄に目を向ける。

 

 

『学級裁判で正しいクロが指摘できれば、殺人を犯したクロだけがおしおきされます』

 

 

『学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロ以外の生徒であるシロが全員おしおきされます』

 

 

『クロが勝利した場合は卒業扱いとなり、外の世界に出ることができます』

 

 

「…おしおき」

 

 

 おしおき…つまり――“処刑”。俺達の命は既に、テーブルの上に置かれたチップのように…賭けられている。

 

 

「そうでス……これからキミタチには、命を賭けた裁判、命を賭けた騙し合い、命を賭けた裏切り、命を賭けた謎解き、命を賭けた言い訳、命を賭けた信頼、命を賭けた…学級裁判を……行ってもらいまス」

 

 

 勝てばクロ以外の全員は生き残り、負ければクロ以外の全員が死んでいく。画面の向こうで行われるゲームでも何でも無い、“本物の”俺達の命が刈り取られていく。

 

 

 モノパンが言っていることは、初日に説明していたことと何ら変わらない、一貫したものだ。

 

 

 だけど

 

 

 いざコロシアイが始まってしまえばどうだろう…その1つ1つの言葉に、嫌になるほどの重みが掛けられているように錯覚してしまう。

 

 

 ――――コロシアイなど、起こるはずが無い

 

 

 ――――なぜなら皆を、信じているから

 

 

 そう考えていた、初日の自分を殴ってやりたい。そんな甘く、未来も見えていないような自分を、酷く罵倒してやりたい気持ちになる。

 

 

「折木、くん…」

 

 

 軽く、服の裾が引っ張られる。俺は目を向けると…贄波が、揺れる前髪の向こう側の瞳でこちらを見つめている。揺らぎのないその瞳から、強く、そして憂う心が在った。

 

 

「見失わ、ない、で……」

 

「…!」

 

 

 俺は少しだけ目を見開く。まるで心の中を読まれているような、そんな気持ちになってしまう。

 

 

 ……だけど。

 

 

 虚を突いた彼女のその一言は、俺を少しだけ冷静にさせる。

 

 

「…すまん。……ありがとう」

 

「ううん、どういたし、まし、て…」

 

 

 短い言葉のやりとり。だけど、お互いをわかり合っているような……感情のやりとり。一言では言い表せないこの複雑な信頼が、俺に安心感をもたらした。

 

 

「ところでだミスターモノパン……裁判をやるからには、我々にもそれ相応の準備が必要ではないか?その時間はきちんと取ってくれるんだろうね?」

 

 

「ええ、もちろんあげちゃいますヨ!施設長である前にワタクシ紳士ですからネ!!先ほどのアナウンスで話したとおり、今この時点から捜査時間を設けさせていただきます。一定時間後、もう一度アナウンスを行いますのデ、その際は指定通りの場所に集合して下さイ!!」

 

「…キミ達聞いたかい?ここから正念場、つまり気を引き締める時間。部屋の隅っこでブルブルと震える時間はおしまいさ」

 

「うんうんそうだねそうだね!!よぉーし!!頑張るぞー!!」

 

「絶対に!!!朝衣を!!!殺したヤツを!!!!見つけ出してみせるぜええええええええ!!!!!!!」

 

「……ファイト、わたし」

 

「そろそろ、本腰入れなアカンみたい雰囲気やな……よっし!気張るかぁ!」

 

「ああっ、もうヤケだよ!!ビシッバシッ捜査して、証拠見つけて!!クロに罪償わせるさね!!!」

 

「…どうやら風向きが変わったみたいだね。それに身を任せてみるのもまた一興……詩人としての矜持を果たすとしようじゃないか」

 

「……それって、協力するって事でOKなのかねぇ…?」

 

 

 いよいよ捜査が始まるとなった途端、皆が気合いを入れ直すように揚々に立ち上がり出す。

 

 だけど、その殆どは無理矢理に近いように見える。朝衣の死を受け入れながらも、まだ引きずってしまっているような…そんな、悲しい感情の流れを感じる。

 

 

「おお~良いですねェ!!ここまでやる気に満ちてくれるとは思いませんでしたガ…まあやる気ゼロよりはマシですネ。ではでは、そんなキミタチに大事な大事な“証拠”を1つ!授けましょ~ウ!」

 

 

 モノパンは懐に手を入れガザゴソと何かを取り出そうと、物色を始める。そして、何か平たい、板のような物体を複数枚取り出してくる。

 

 

「ザ・モノパンファイル~バージョン1!」

 

「……モノパンファイル?」

 

「バージョン、1……ですか?」

 

「くぷぷぷぷ、捜査をするにはまず、死体の情報って重要ですよネ?一端の高校生が“検死”なんて人生であるかないかの事をやって来たとは到底思えません……ですので、ワタクシが代わりに検死を行い、その情報をココに記させて頂きましターー!」

 

「ヤッター!ありがとー!」

 

「……無闇に、見ず知らずのロボットにお礼は言うものじゃない…」

 

「せやでー、最悪、頭アッパラパッパッパーになるで」

 

「そんな奇っ怪なことにならずとも……健康上よろしくないと思う故、止めた方が良いでござるよ?」

 

「ん?ん?もしかしなくてもワタクシ虐められてます?しかも小学生ばりの?」

 

「そんなことは無いですよ?あっ、半径5メートル以内に近づかないでほしいです。一応バリア張っているので大丈夫だと思うですけど」

 

「何だかいろんな意味で懐かしい気分になりましたヨ……まあそれでもワタクシくじけませんけどね!!何故ならモノパンは強い子ですかラ!!強い子ですかラ!」

 

「そうなんだよねぇ…決してくじけちゃいけないんだよねぇ……あの頃のあたしとはおさらばなんだよねぇ…」

 

「お、おい!あずかり知らぬところでダメージを受けている者が居るぞぉ!!!」

 

 

 膝をつくモノパンと古家に数人がフォローを入れる。何があったのかは、皆聞かないでおいた。

 

 

「き、気を取り直しましテ……配りますヨー、ほいほいのほいっト」

 

「ご丁寧にどうも…と言ったところかな」

 

「へ~、結構軽いんだね~」

 

 

 路上でティッシュを配るようにタブレットを1人1人律儀に手渡していく。タブレットに厚みは無く、電子生徒手帳を拡張したようなさわり心地だ。

 

 

「ええ感じやな~、これ市販版はないんか?ウチ結構欲しいんやけど」

 

「確かに、1台くらい欲しいね~。チラッチラッ」

 

「……わざとらしく目配せしないで下さイ!!コレは売り物ではありませーん!!裁判が終わり次第回収させていただきますヨ!」

 

「チェッ、あかんか」

 

「行けると思ったんだけどな~」

 

 

 ツーマンセルのノリでモノパンをおちょくる鮫島と水無月。そんなノリにモノパンは気疲れした体を見せる。

 

 

「…ふぅ、まともに始めさせて下さいヨ。まったく……それではワタクシ消えますネ。健闘をお祈りさせて頂きますヨ。ばいっくまー!!」

 

 

 特徴的な捨て台詞を残し、モノパンは炊事場からまた忽然と姿を消していく。嵐の後に訪れる、静かな余韻がこの場を満たし、決まったように…ニコラスがゆっくりと、口を開く。

 

 

「それではキミタチ!早速捜査を始めるとしようじゃないか!!ではまずは「待ってくれ!ニコラス!」……どうしたんだい?ミスターマイフレンド」

 

 

 ニコラスが、捜査をスタートさせる切り出しをしようとした所に、俺は強く、待ったを掛ける。

 

 

「……このモノパンファイルの…」

 

 

「モノパンファイルの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「扱い方を教えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 皆はずっこけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉっほん!!では改めて…早速捜査を開始しようじゃないかキミ達…」

 

「……まさかタブレットの扱い方で10分以上使うとは、予想外ですよ…まったく……」

 

「すまん……精密機械はどうも苦手で………」

 

 

 モノパンファイルの扱い方について皆に教えを請い、俺は何とか初歩的な段階まで操作することが可能になった。あまりの不器用ぶりに、雲居達から酷く呆れられてしまう。……不甲斐なくて申し訳ない。俺は内心で平謝りをする。

 

 

「まあええやないか折木。人生何事も勉強や」

 

「おお……鮫島君から“勉強”って単語が出てくるとは…驚きを隠せないんだよねぇ……」

 

「なんか、えらく失礼なこと言われた気もしなくもないんやけど……」

 

「きっと気のせいさね、阿呆」

 

「ん?んん?今の露骨やなかった?シンプルすぎるくらいの悪口やなかった?」

 

「まあまあ、おふたり共。現状は切羽詰まる事態故、鞘は腰に添えていくのが吉かと…」

 

「その通りさ!ミスター沼野。このままではクロに逃げ切られてしまうよ!だからこそキミ達……まずはボクの話を聞いてくれたまえ」

 

 

 そう言いながら、ニコラスは自分自身に衆目を集める。

 

 

「…捜査をする前の鉄則として、まず“死体の見張り番”を決めたい……誰か立候補する人はいるかい?最低でも2~3人は欲しいのだけど……」

 

「ん?見張り番かねぇ」

 

「あ、あの~…どうして死体の見張りが必要なんですか?それに複数人も…」

 

 

 ニコラスが捜査についてのあれこれを滑らかな口調で話す中…頭を傾げる数人を代表するように、おずおずと小早川は手を上げる。

 

 

「まず大前提として、ボクらの中にミス朝衣を殺した人間がいることはわかっているね?そしてそのクロが犯行後、すなわち今の捜査時間の間に現場に近づき、偽装工作をする可能性がある…故に見張りというのは、単純なようでとても重要な役割を決め、置いておく必要があるのさ……」

 

「な、なるほど~?」

 

「そして複数人必要なのは……見張りに立候補した人間がクロである場合を未然に防ぐために、見張りを2人用意することでお互いを見張る。つまり、相互監視状態を作るのさ!」

 

 

 “お分かり頂けたかな?”と饒舌な口を締めくくるニコラス、しかし…当の質問者である小早川は苦笑いを浮かべており…この眺めの説明の内容がうまく理解できていない様子が見られる。

 

 

「とりあえず~見張りは2人ほど~用意しなきゃダメって~ことだよね~~?」

 

「は、はい!何となく!わかり…ました…はい……」

 

「ま、まあ無理をして理解せずとも…大丈夫でござるよ。…というわけで、その見張りでござるが、恥ずかしながら拙者が名乗りを上げさせてもらうでござる!」

 

「……沼野が?」

 

「くくく…偽装工作といった姑息な手口を見破るのは得意なんでござるよ~。なんたって忍者でござるし!忍者でござるし!!」

 

「そして忍者は偽装工作をするのも得意らしいですよ?」

 

「ククク、どうやら尻尾を出したようだね。者ども引っ捕らえー!」

 

「堪忍しいや沼野ぉ!」

 

「変に勘ぐるのは良くないでござるよーー!」

 

 

 えらく忍者としてのあり方を強調してくる沼野を雲居達が茶々を入れ出し、情けなくベソをかき出す当人。えらく心配ではあるが…万が一のことがあっても腕は利きそうだし死体の見張り役としては適任かもしれんな。

 

 

「ワタシも立候補しよう…モノパンはああは言っていたがぁ、“検死”……については多少の心得がある。見張り兼検死役を担おうではないか……」

 

「え゛…やったことあるんですか…?」

 

「酷く昔に経験がある程度…だがなぁ……」

 

「あんた年いくつなんだよねぇ」

 

 

 もう1人の見張りには雨竜が立候補してきて…さらには検死もやってくれるという……。驚きを隠しながら、真剣な眼の雨竜を見やる。

 

 

「ニコラス、早く捜査を始めよう…刻限が迫っている」

 

「ああ!了解したとも!!しかし、検死役がいるのであれば……ボクも見張り役を買って出させてもらうよ!ミスター雨竜の検死に興味が出てしまったからね!!」

 

「…お前は、捜査しないのか?」

 

「分担作業だよ…キミ…。1人でやるのと、手分けをしたのでは効率が段違い…ボクは現場を、キミ達はその周りを……だからね?良いかい?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 何となく煮え切らない気持ちではあったが、ニコラスの言うとおりモノパンがいつ捜査を切り上げさせるのか分からない今。早々に捜査を始めるべきと考え、俺は頭をより真剣なものへと切り替える。

 

 

 

 ――――始めよう

 

 

 

 ――――誰がクロなのか

 

 

 

 ――――誰が、朝衣を殺したのか…

 

 

 

 ――――その真実を

 

 

 

 ――――つかみ取るための準備を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【捜査開始】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……捜査を始めたは良いが……まず何をすれば良いのだろうか……」

 

 

 長い前置きを終え、やっとこさ捜査が始まった今…それぞれの生徒達は自分の思うようにバラバラに行動を始めていってしまった。俺自身も、刑事ドラマよろしく、足を使って証拠集めに乗り出そうとしていたのだが…いかんせんとっかかりが見つからず、動くに動けない状態だった。

 

 

「そんな公平くんに~~水無月カルタちゃん!!参上だよ!!」

 

「……なんだ、水無月か。何か用か?」

 

「もう公平くんたら…ほんのちょっぴり冷たいんだからー。そんな素っ気ない態度だと、女の子にモテないよ?」

 

 

 頭を抱え、悩むことに時間を割いてしまっている俺に水無月がじゃれつくように俺の肩を叩く。少しけなされたようにも聞こえたが、恐らく気のせいだろう。

 

 

「クックック~、もしかしても、もしかしなくても…公平くんは今、これからどうしようかお悩み中かな?」

 

「…っ!何故バレている…」

 

「公平くんって、いっつもしかめっ面で感情がよく分からないけど……な~んか読みやすいんだよね~~」

 

「クソ…雲居にも同じ事を言われたぞ…」

 

「でも全く分からないより全然良いと思うよ?きっと……」

 

 

 なぜだか哀れんだような表情を俺に向ける水無月は“話し、戻すね?”と改める。

 

 

「でもでもーそんな分かりやすーい公平くんを~~……パンパカパーン!!この名探偵水無月カルタちゃんの“助手”に任命しちゃいまーす!」

 

 

 …“助手”?

 

 

「…どういうことだ?」

 

「開始早々にっちもさっちも分からない子羊ちゃんの公平くんに、とにかく頭は切れる水無月カルタちゃんが、捜査のノウハウを教えちゃいまーす!!」

 

「ノウハウ…って、お前だって殺人事件の捜査なんて初めてだろ…」

 

「そのとーり!!でも、でも、今何をするべきなのかは…よくよく考えれば簡単に思いついちゃうのです」

 

 

 すると水無月は、懐に収めていたであろうモノパンファイルを取り出し、こちらに見せつける。

 

 

「まず捜査の基本は事件の概要…捜査資料を読むことなんです!!……だーかーらー…折角だから、一緒に確認しちゃいましょう!」

 

 

 水無月は手慣れた動作でモノパンファイルを見始める。俺も、それに倣ってモノパンファイルを立ち上げる。

 

 

__________________

 

 

モノパンファイル Ver.1

 

 被害者:【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 死体発見現場は炊事場エリアの一角に設けられた『第1倉庫』。死亡推定時刻は不明。死因は、大量の水を体内に含んだことによる『溺死』。それ以外に外傷は無く、毒物などの薬品類を摂取した痕跡も無い。

 

 

__________________

 

 

 

 モノパンファイルには、朝衣の殺害現場の写真も載せられており、直に目にしなくても確認できるようになっている。先ほど目にしたばかりの光景ではあるが、その朝衣の静かな死に顔から思わず目を背けたくなってしまう……。

 

 

 ――――本当に朝衣は、死んでしまったんだ。

 

 

 クロを除いた全生徒の中で、一番最初に、その死を理解させられたはずなのに……。現実をまともに直視できない、そんな情けない自分を腹立たしく思ってしまう。

 

 

「んーー?こうやって式ちゃんの資料を見てみるとさ……何だか、よく分からない事件だよね?」

 

「……?何か気になるところでもあるのか?」

 

「だってさ、死体発見現場は倉庫の中なんだよ?なのに、溺死って……湖で死体が発見されましたー、とかなら納得できるんだけどねー」

 

「……1度湖で溺死をさせてから、倉庫に運んだ可能性もあるんじゃないか?」

 

「んんんんん………その可能性もあるかもしれないけど……他にも死亡推定時刻も書いてないことも気になるし……うーむ」

 

 

 水無月は俺の案を聞いても首をひねり、唸りを止めない。俺は水無月の悩む姿に目を送りつつ、もう少し考えを深めてみる。

 

 

 ……でも、よく考えてみると水無月の言うとおり不可思議な事だ。例えば俺の言う通り、湖で朝衣を殺した後、第1倉庫に死体を移動させたとして……そこに何の意味があるのだろうか?

 

 

 ――――死体を見つけやすくするため?

 

 

 ――――死因をわかりにくくするため?

 

 

 ――――それとも、何か他にクロのメリットになる点でもあったのか?

 

 

 水無月のように頭を抱えてみても、出てくるのは何の根拠も無い拙い考えだけ。…この仮説を裏付けるにはもう少し情報が必要なようだ。

 

 

「うん!わかんない!でも、調べた方が良い場所とかは見当がついたね!」

 

「ああ、まず『第1倉庫』、そして『ペンタ湖』…だな」

 

「後は『式ちゃんのログハウス』も…かな?行ってみれば何かしら証拠があるかもしれないし」

 

 

 俺達は思いつく限りに、調べておくべき場所を羅列していく。そして、思いついたように俺は、考えを口にする。

 

 

「……周りを調査していくついでに、皆のアリバイも聞いておくか……」

 

「うん!昨日はなーんか動きがゴチャついてたからね!“天体観測”とかやってたし、雨も降ってたし」

 

「そして“沼野と風切の監視”も…あったしな」

 

「……え?そうなの?」

 

「何だ…?水無月は知らないのか?確かー…そうだな…大体夜の9時くらいだったか……風切の提案で噴水広場を中心2人で監視を行っていたんだ…何か胸騒ぎがするとか、どうとかで……」

 

「へぇ~そうなんだー、カルタ達が帰った時には2人はいなかったけどなー」

 

 

 …どうやら、水無月達が帰った8時には“監視”は行われておらず、俺達が帰る9時頃には行われいたらしい……。後で、沼野達から詳しい話を聞いてみるか。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【モノパンファイル Ver1)

 …被害者:【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 死体発見現場は炊事場エリアの一角に設けられた『第1倉庫』。死亡推定時刻は不明。死因は、大量の水を体内に含んだことによる『溺死』。それ以外に外傷は無く、毒物などの薬品類を摂取した痕跡も無い。

 

 

【沼野と風切による監視体制)

 …昨夜噴水広場で行われた、沼野達の監視。天体観測を早々に切り上げた水無月達が2人に会わなかったことから、夜8時に監視は行われてなかったと考えられる。

 

 

 

 

「よーっし、それじゃあまずは事件現場に行ってみよー。現場百回、これ探偵の鉄則!!」

 

「そう何度も赴けるかは怪しいが、気持ちはそれくらい強く持っていた方が良いのかもしれんな………――だけど、捜査に行く前に少し良いか?」

 

「んんん?どしたのどしたの?公平助手クン?」

 

 

 俺は水無月の疑問の声を背に小早川と、それに寄り添うように座る反町の元へと足を進めていく。

 

 

「…小早川。気分は……どうだ?」

 

「あっ…折木さん。はい…さっきよりは、でも…ちょっと、まだ気分が優れなくて…」

 

「そうか………朝衣や裁判のことは気にするな、全部俺達に任せて、お前はゆっくり休め」

 

「で、でも…」

 

「小早川…今はその言葉に甘えな。死体を見て…正気でいられるヤツなんて、居やしないんだからね。……折木、小早川のことはアタシに任せてさっさと行きな」

 

「ああ……すまない」

 

「良いってことさね……といっても、ただココでジッとして居るのもなんだからね……微力ながら、力にはならせてもらうよ」

 

「……?何か考えがあるのか?」

 

 

 反町の言葉に疑問が生じた俺は、首をかしげる。反町は、見せつけるように手首に巻かれた少し古いタイプの腕時計を見せつける。

 

 

「“時間”…だよ。アタシら、昨日バタバタと動いてたじゃないかい?時系列をできるだけ思い出して、かき出してみようと思ってね……参考になるかい?」

 

「…いいや、充分以上の情報だ。頼む」

 

 

 “あいよっ!”と俺の依頼に粋な態度で応える反町。ある程度時間が経ったら、反町にもう一度話しかけてみよう。俺は予定を頭に挟み込み、再度水無月と合流し共に捜査へと乗り出していく。

 

 

 ――まずは、死体発見現場の『第1倉庫』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:第1倉庫】

 

 

 

 

 俺と水無月は、死体発見現場とされる第1倉庫を訪れる。水無月は現場に足を踏み入れるのに何の躊躇いも無い様子である…が、1度入ったことのある俺は気を滅入らせてしまう。

 

 重い気持ちを胸にしまったまま、俺達は光が差し込む窓も無い倉庫の中の、少し奥の方へ足を進めていく。すると、薄く照らし出す電灯の下で朝衣の死体を慣れた手つきで検死する雨竜と、それを監視するニコラスと沼野が立っていた。

 

 

「雨竜…どうだ?朝衣の検死は……時間がかかりそうか…?」

 

「…ん?やあミスター折木。それにミス水無月も。ミスター雨竜の検死は既に終わっているよ?検死結果は、というと…」

 

「残念ながら有用と言える情報は無い……ポジティブな結果を話すとしたなら、あのモノパンファイルに載せられている情報は非常に正確だ……ということだけだ」

 

 

 検死を終えたように雨竜は手を片膝に乗せ、こめかみを指で挟む。

 

 

「死亡推定時刻もか…?」

 

「ああ、体が通常よりも冷えているし、死後の硬直状態も死ぬ前に激しい運動でもしていたのかイマイチわかりにくい……少なくとも折木達が発見した7時の“数時間前”には事切れていたとしか断定出来んな……」

 

「雨竜殿の手元の操作に目を光らせてみたでござるが…狂いは見当たらなかった故、特に問題は無さそうでござる」

 

 

 顔から手を離し、事垂れるように表情を険しくさせる雨竜。証拠らしい証拠が無かったことが少し堪えてしまったのかもしれない。

 

 

「まあ良いじゃないか!捜査はまだ始まったばかり…ゆっくりじっくり、埃を取り払うように隅々まで調べていこうじゃないか!!まだ時間は残されているのだからね!多分!」

 

「そうそう!切り替えてレッツゴー!」

 

「えらく不安の募る発破でござるなぁ…」

 

 

 励ますように、雨竜の背中を軽く叩くニコラス。それに乗ずるように水無月の声も倉庫内に響く。その励ましが効いたのか、雨竜はほんの少し表情を柔らかくする。

 

 

「そうだな……少し気負い過ぎたのかもしれんな……すまん、いらぬ心配をかけた」

 

「良いって事よー友達じゃないの」

 

「そうだな……よし!気持ちを改めるとするか!沼野、見張りを任せても良いか?倉庫内を少し見て回りたい」

 

「承知したでござる。ここは拙者とニコラス殿に任せるでござるよ」

 

 

 沼野の返事を受け取るやいなや、雨竜は倉庫の捜索に行ってしまった。今さっき事垂れていたとは思えないほどの切り替えぶりだ。

 

 

「元気を取り戻したようでなによりでござる。ではでは雨竜殿に一任された見張り、しかと遂行させてもらうでござる!秘技、鷹の目の術!ジーーーーー……」

 

「沼野…普通の体勢で居てくれ…気が散る」

 

「安心するでござる。拙者、気配を消すのは得意でござる故」

 

 

 “いや、そういう意味でなくて…”と言おうと思ったのだが、沼野の真剣なまなざしにあきらめとため息をつく。

 

 

 …そして数秒、意を固め、コツコツと朝衣の死体に近づいていく。

 

 

 手を伸ばせば触れられる、それほどまで近づくと、隣に居た水無月は小さく、俺に問いかける。

 

 

「……触るの?」

 

 

 “触れるの?”と言われたような気もした。…きっと心配してくれているのだろう。だけど、……もう大丈夫。

 

 

「……まずは一歩ずつ、地道に……」

 

 

 俺は決意をするように深呼吸をし、朝衣の死体に手で触れる。――冷たい。先ほどとほぼ同じ感触だ。俺は、1度1度の動作に気持ちを入れながら、朝衣の身の回りを調べていく…。

 そこで俺は、1つの違和感を持つ。

 

 

 ――――濡れている…?いや…湿っている?

 

 

 朝衣に触れた指先が、わずかな疑問を感じ取る。朝衣の死因は『溺死』というのだから、濡れているのは当たり前なのだが……服全体に加え、靴の中まで湿っている。まるで体全体を水で浸したみたいに。

 

 

「ミスター折木も、気になったのかい?」

 

「ニコラスもか?……ああ、溺死にしては、何だか、違和感の残るというか……うーん、すまん。モヤモヤしてうまく言葉に出来ない…」

 

「いいや…ボクも同じさ。とにかく、疑問に感じたことは逐一メモをしておいた方が良い。コレは超高校級の名探偵であるボクからのアドバイスさ」

 

「なーにおー!!名探偵はカルタだぞーー!それに公平クンにアドバイスを送るのはカルタの役目なんだからぁ!」

 

「ハハハハハ!これは申し訳ない!ついつい、探偵の卵ちゃんには口を出してしまうものでね…名探偵のサガ、というヤツかな?」

 

「きぃぃぃ!!カルタの方が名探偵だもん!!サガだってあるもん!!」

 

 

 “…落ち着け落ち着け”そう言いながら、俺はプリプリと腹を立てる水無月を抑えつつ、メモを書き記す。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【湿った朝衣の服)

…朝衣の服全てが湿っていた。まるで体全体を水で浸したように。

 

 

 

 

 奇妙な見解をメモに書き記した後、ぎこちなく朝衣の懐に手を入れ、何か証拠になりそうなものがないか探してみる。しかし、手はポケットの中で空を切り、空振りであることを理解する。

 

 

 ――朝衣の死体に関しては、他に証拠は無し…か。

 

 

「よし、じゃあ倉庫内を見て回るか…ニコラス、死体の見張り、頼んだぞ」

 

「任せてくれたまえ友よ!大船…いやタイタニック号に乗ったつもりで、頼りにしてくれたまえ!!」

 

 

 …いや、その船はまずいのではないか?顛末的に…。俺はわずかに不安を募らせる。

 

 

「…ついでに聞いてみるんだけど、ニコラスくんはさー、昨日何してたの?雨竜くんの天体観測に参加しないで」

 

「ああ!勿論部屋にずっと居たさ!ハッキリ言って怠かったからね!」

 

 

 “いやハッキリ言いすぎだろ”と、内心で突っ込んでみる。

 

 

「じゃあ、特にアリバイは無し…ということか」

 

「そういうことになるね、キミ。キチンと、疑っておくれよ?」

 

「そこは普通“俺を疑っているのか…”じゃないのか?なのに自分から疑ってくれとは…変なヤツだな…」

 

「勿論ボクは、変なヤツだからね!その見解は大いに間違っていない!」

 

「うわー開き直ってるー」

 

 

 さすがの水無月も、少し引き気味だ。でもまあ、とりあえず、材料は多少なりとも手に入れられた。倉庫を調べるついでに、後の2人にもアリバイも聞いてみよう。

 

 

「雨竜、少し良いか?」

 

「むむ…折木か。何用だ」

 

「昨日のアリバイについてなんだが……――って何しているんだ?」

 

 

 昨夜の行動について話しを聞こうと雨竜に話しかけてみようと思ったのだが、当の本人は何故かチョークを持って至る所に物理の計算式を書き殴っていた。

 

 

「ん……?これか?これは某物理学者よろしく、計算式を書くことによって考えの集中、トリックの看破を試みているのだが……一向にまとまらん、何故だ?」

 

「考えに必要な材料がそもそも少なすぎるからだろ……無から証拠を出せたら、苦労なんてしない…」

 

「うわーーものの数分でこんなに。良く書いたね!カッコいー!」

 

 

 俺は、奇天烈すぎる雨竜の行動にジト目を送りつつ、計算式が書かれた棚に目を向けてみる。

 

 

「……ん?」

 

「おやおや?公平くん?何か気になるものでもあったのかな?どれどれ、この名探偵カルタちゃんに言ってみなさいな」

 

「…ああ……なあ、棚にメモ書きは張ってあったはずなんだが……何でか、無くて」

 

「あー、あの几帳面に張られたメモ書きね………そういえば、無いね」

 

「うむ……良く見てみると……ココだけでは無く…他の棚からも、メモ書きが消えているな……」

 

 

 折角苦労して貼り付けたのに…!俺は内心で憤りを燻らせる。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【取り外されたメモ書き)

…長門と俺が3日前に棚に貼り付けたメモ書きが何故か全て外されていた。

 

 

 

 

 複雑な心境を残しながら、俺は雨竜に昨夜のアリバイを聞いてみる……どうやら、俺達と天体観測をした後、雨が上がるまでずっとグラウンドで空を見上げていたらしい(結局雨は上がらなかったけど)。

 そして、途中何か大きな物音を聞いた後、グラウンドを飛び出し、俺達と合流。その後すぐに噴水広場に戻り、そのまま家に帰った。

 ……昨日目撃した動向と大きな差異は内容だな。俺はメモを走らせながら、昨日の記憶の確認作業を行っていく。

 

 

 

「……ねぇねぇ。公平くん達が言ってる“大きな物音”ってさー……何?」

 

「あー…そうだよな。水無月は、当事者じゃないんだもんな…」

 

「詳しいことについては、沼野も交えた方が良いだろう……おーい!沼野!こっちに来てくれないか!!」

 

 

 朝衣の死体の側でポケーッと突っ立っている沼野に雨竜の出した大声をかける。すると沼野はビクッと跳ねたかと思うと、こちらに寝ぼけた表情を向ける。

 

 

 

「えーっと、拙者に何用でござるか?……!ま、まさか拙者をお疑いで…!」

 

「違う違う…貴様の昨日の動きについて聞きたいのと、昨夜起きた『大きな音』の証言をワタシ達の証言と重ねて欲しいのだ」

 

 

 変な勘違いをしそうになる沼野を、雨竜はすぐさま訂正する。すると沼野は“ああ~アレのことでござるね~”と、気の抜けた声を上げる。

 

 

「んむむ…多少長くなるでござるが……順を追って説明させてもらうでござる。まず拙者と風切殿の見張りに着いていたでござるね……――――風切殿の見張りの提案を受けたのがおよそ8時頃、実際に行動に移したのは8時半くらいでござったな。……噴水を挟んで拙者がログハウスエリアの方を、風切殿は炊事場エリアの方を見張るような配置でお互いを監視しつつジッと待機していたでござる」

 

「んー、じゃあカルタたちと鉢合わせなかったのも頷ける、かな?キレーに入れ違えてるし」

 

「うむ…成程……見張りは何時まで続けていたのだ?」

 

「そうでござるね……今が大体8時頃とすると、2時間ほど前の6時でござる」

 

「本当に夜通しで見張りをしていたんだな……」

 

「おかげで寝不足も寝不足。思考はまともに働くのでござるが、何もしていないと少し意識が飛びそうになるでござる…ハッハッハッハ……ふぁーあ」

 

 

 だからさっきは、心ここにあらずという容貌だったのか。しかし、昨日はかなり堂々と大丈夫と宣っていた気もするが…まあ、沼野も人間と言うことだ、と1人納得してみる。

 

 

「深夜の見張りのさなか…通行人の様子はどのようであった?」

 

「……そうでござるねー……。ええと、9時頃に折木殿達がグラウンドからログハウスエリアに向かったのと、夜の1時頃にログハウスエリアから折木殿、グラウンドから雨竜殿が噴水広場に集まってきていたでござる……そして夜が明けてそろそろ引き上げようとした朝の6時前に、ログハウス方面から古家殿、そして小早川殿が一緒に炊事場に向かっていったでござる」

 

「不自然な通行人は無し……。それに、通ったとしても1人以上…か」

 

「……めぼしい証拠とは…言えない……のか?」

 

「かなー?……じゃあさじゃあさ、話しを戻して『大きな音』について、詳しく聞かせてちょうだいなよボーイズ!」

 

 

 見張りについての情報を得た俺達は、『大きな音』について話しを戻す。

 

 

「昨夜1時頃、雷も鳴り響く激しい雨の中、拙者と風切殿、雨竜殿、そして折木殿は“大きな音”……というよりは“何かが壊れた音”のようなものが“ペンタ湖”から木霊したのでござる」

 

「むむ…?いや、アレは“水に何かが落ちた音”ではないのか?」

 

「……“鈍い音”だったが、具体的に何の音かは…分からないな」

 

「おろろろろ?意見が割れてますなぁ」

 

「しかし…思い返してみると、“大きな水の音”に聞こえなくも無いような…」

 

「酷く“鈍い音”でもあったような…無いような…」

 

「“何かが壊れた音”…と言う表現も的を得ていなくも……」

 

 

 俺を含めた男衆3人は“うーん”と唸りながら頭を傾げ合う。

 

 

「……わからないなら、取りあえず保留にしとく?」

 

「………そうだな」

 

 

 これ以上は埒があかないと俺達は判断し、聞いた話の内容を記録しておく。……それにしても“沼野たちの見張り”に加えて、“何か大きな音”……少しずつ情報を得られているのは分かるが、イマイチ整理がつかないな……。

 

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

 

 

【沼野達による見張り)

…午後の8時半頃に風切の提案で始まった見張り。噴水を挟んで、沼野がログハウスエリアの方を、風切が反対の炊事場エリアを見張っていた。話しによると、逐一お互いの動向を確認し合っていたらしい。朝の6時頃まで、ずっと監視を続けていたとのこと。

 

 

 

 

 コトダマ GET!!

 

 

【通行人の調査結果】

…昨夜の9時頃:俺(折木)と反町、古家に小早川、長門がグラウンドからログハウスエリアへ

  深夜1時頃:俺(折木)がログハウスエリアから噴水広場に、雨竜がグラウンドから噴水広場へ…その後2人はログハウスエリアへ戻る。

  朝6時頃:古家、小早川がログハウスエリアから炊事場エリアへ

 

 

【何か大きな音)

…深夜1時頃に『ペンタ湖』から響いた大きな音。『何かが壊れる音』のようにも聞こえたし、『大きな水の音』にも『酷く鈍い音』にも聞こえた。…音が発生した直後にペンタ湖に向かった際は、周りが暗すぎて音の正体を確認することが出来なかった。

 

 

 

 

 …ふと、俺は思い出したように雨竜に言葉をかけてみる。具体的には、昨日グラウンドに残していってはずの。

 

 

「……雨竜。あの望遠鏡はどうしたんだ?」

 

「…………………………しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 昨夜置いてけぼりにしてしまった望遠鏡について触れてみると…雨竜は激しく取り乱しながら叫び出し、そのまま倉庫を出て行ってしまった。…見張りの方は……まあ、ニコラスと沼野に任せるか。

 

 

「……忙しないものでござるなぁ」

 

「検死をしていたときの落ち着きぶりが嘘のように思えるな…」

 

「表情も身振りも豊かだねー、面白い人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:第1倉庫前】

 

 

 

 

「そういえば……」

 

「どしたのどしたの公平くん?」

 

 

 この朝衣の死体を発見する前…というよりもこの倉庫に入る前に、少し気になることがあったのを俺は思い出す。あれはそう……食事の準備をしようと小早川が第1倉庫に入ろうとしたときのことだ。

 

 

『…あの、ドアノブが……』

 

 

「朝衣の死体を発見する前、小早川が…倉庫のドアノブの異変に気がついていたんだ……」

 

「ドアノブ、が…?………ああっ!、外れちゃってる………」

 

 

 あのときは、俺自身余裕が無くて、じっくりと見る暇がなかったからな……この機会によく観察してみよう。

 

 

「何だか……外れているというよりは『外された』って感じの壊れ方だね?」

 

 

 水無月の視線の先、ドアノブの持ち手部分を見てみると、そこには金属特有の強い力を加えたときに生じる“歪み”が残っていた。これは、黙って放置したままで起こるような事では無い。自然に外れたのでは無く、何者かの手によって外された事がわかる。

 

 

「ああ……、しかもこちらが外れれば、倉庫内側のドアノブも外れる仕組みみたいだな……ドアノブの穴から倉庫の中が見通せてしまってる…」

 

 

 前日の朝ご飯時点では生じていなかった不自然なドアの破壊。…もしかしたこれも何かしら事件に関係しているやもしれない。一応、メモに残しておこう。

 

 

 

 グチャッ

 

 

 ……ん?

 

 

 ドアノブをもっと別の角度から見てみようと、ドアの横側まで移動してみる、と……左の足下に…こう…決して良い意味と捉えられない生ぬるい感触が……。

 

 

「おーこれは見たところ、ドロドロの泥が付いてますなー」

 

 

「………」

 

 

 俺はゆっくりとした動作で、自分の左の靴を眺める。そこには見事に泥を被った靴ができあがっており、さっきまでキレイだった白色スニーカーが跳ねた土でくすんだ茶色に着色されていた。…何でドアの側の土がぬかるんでるんだ………。クソッ、新しいのに履き替えたばかりになのに。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

 

 

【外れたドアノブ)

…第1倉庫のドアノブがいつの間にか外されていた。外側と内側は連動しているようで、内側のドアノブも外れ倉庫の中が見えてしまっている。

 

 

【ドアの側のぬかるんだ土)

…ドアのすぐ側の土が何故かぬかるんでおり、おかげで片方の靴が泥だらけになってしまった。

 

 

 

 

「ドンマイドンマーイ、公平くん」

 

「…そうだな…仕切り直していこう……」

 

 

 俺は片方の靴底にまとわりつくネバネバした嫌な感触を抱え、トボトボと倉庫から離れようとする。すると、水無月は何かに気づいたように、こちらの袖を引っ張り出す。

 

 

「ねーねー、炊事場の側にいるのって……鮫島くんじゃない?」

 

「……そうだな、鮫島だな。何を見てるんだ?」

 

 

 水無月の指さした方向に目を向けてみると、腕を組みながらジーっとしきりに炊事場のシンクを見続ける鮫島の姿があった。

 

 

「…行ってみるか」

 

「ほい来たー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

 

 

 

「さーめじーまくーん。なーにやってるのー?」

 

「……ん?なんや、あんさんらか。ちょっとなー」

 

「……?」

 

 

 そして鮫島は、再び熟考するようにシンクを熱心に見つめ始める。俺達はそんな鮫島の態度に俺達はコテリと、首をかしげた。

 すると、つぶやくように鮫島は“なぁ…”と口を開き出す。

 

 

「モノパンファイルをなー、見てウチ思ったんやけど…朝衣の死因て、ホンマに溺死なんかなぁ……」

 

「……ああ、さっき雨竜が検死した所、溺死で確定らしい。モノパンファイルに書かれているとおりとも言える」

 

「んんん~。そうなんやな…」

 

「なんか納得できないって感じだね」

 

 

 俺が補足するよう朝衣の死因を明確にすると、鮫島は頭をガシガシと掻き、先ほど以上に頭を傾げる角度を深くする。

 

 

「……溺死っちゅうからには、凶器はつまり“水”とか液体状のなんかで、死んだっちゅうわけやろ?」

 

「…そうだな、俺も一番最初に連想するのは“水”だな」

 

「んで、その一番“水”て言葉が出てくるところって考えて真っ先に思いつくんは……やっぱこの炊事場やろ?…んでな?このシンクで朝衣は殺されたんちゃうかなってウチなりに仮説を立ててみたんや」

 

「うー、確かに。排水溝に栓もすることができるから、このシンクに水も貯められるし。ここを使えば人1人くらいなら溺死させることもできる…かな?」

 

 

 鮫島の推論に俺は内心で成程確かに、と頷いてみる。

 

 

「でもな?このシンクの中と、周りを隅々まで観察してみたんやけど…………変わったところがないねん。なーんも」

 

「何も無いと…変なのか?」

 

「考えてみーや。例えば朝衣が首根っこ捕まれて、溜まった水の中に顔を入れられて……人形みたいに黙ったまま溺死するの待ってると思うかぁ?」

 

「………少なくとも俺がそんなマネをされたら、死なないように抵抗するか…もがくくらいはするな……」

 

「そうやろ?そうやろ?……だからなぁ?このシンクが、昨日となーんも変わらんことが腑に落ちないねんなぁ」

 

 

 …鮫島の疑問についても、答えを出すには情報不足としか言えない。しかし、この“何も無いこと”も証拠の1つとして数えても良いかもしれない。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【シンクへの違和感)

……朝衣の死因である『溺死』に繋がる可能性がありながら、コレと言った変化の無いシンクの状態。…つまり朝衣は、この炊事場で殺された訳では無い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおーい!折木、水無月…あとついでに鮫島!」

 

 

 炊事場の前に立ち並ぶ俺達は、名前を呼ぶ声に気づき振り返った。声の主は、炊事場から少し離れたところの、テーブルの椅子に座る反町であり、さらにこっちへ来ることを促すように大きく手を縦に振っていた。

 その呼び声に応じ、俺達は反町の元へ集まる。

 

 

「ん?今あんさん、ついで言わんかった?ウチおもちゃのおまけか?自分喧嘩売ってるん?」

 

「………今喧嘩売ってるって言ったかい?ウチは喧嘩を買う側さね……そっちこそ、アタシにメンチ切ってるみたいだけど。拳を受け取る準備はできてるのかい?」

 

「ええやろ…とりあえずグーチョキパーのどれでドツかれたいか言うてみ?」

 

「あたしは女らしくグーで勝負さね」

 

 

 出会うやいなや、けんか腰になる2人に俺は眉を寄せる。

 

 

「なあ水無月…この2人こんなに仲悪かったか?」

 

「鮫島くん、ここ数日間で色々素直ちゃんに怒鳴られてたからね。別に険悪って訳じゃ無いと思うよ。多分、じゃれ合いの一種」

 

 

 …今にでも殴り合いが発生しそうなのに?俺は内心穏やかでは無かったが、とりあえず仲裁する気持ちで反町に声をかける。

 

 

「……それで?反町、何か話が合ったんじゃないのか?」

 

「ん?ああすまん。気を散らしすぎたさね。……さっき、アンタが頼んでくれた時刻表、書き終わったんさね……まあ細かい時間までは覚え切れてないから大分大雑把になっちまったけどね」

 

「おうおうおう反町。まだお話し合いは終わっとらんで~はよ拳握れや」

 

「うるさいぞぉ!カルタパァーンチ!!」

 

「ぐはぁ!」

 

 バキィっ!と効果音が鳴りそうなほどのグーが横の水無月から飛び出し、鮫島の顔に直撃。そのまま頬を抑えながら鮫島は悶絶し出す。そして何事も無かったかのように、水無月は反町の方へ向き直す。

 

 

「いやぁさっすが素直ちゃん!仕事が早いね~」

 

「……痛たた…………え?ウチ今殴られたん?嘘やろ?妹にも1発しか殴られたこと無いのに?」

 

 

 ……いや1発は殴られたのかよ。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【昨日のタイムテーブル)

 

 7:10 モノパンからの動機発表

 

 12:00 お昼ご飯

 

 13:00 夜食作り(参加者は反町、小早川、朝衣、水無月、長門の5人)

 

 17:30 夕飯

 

 19:00 天体観測開始(参加者は反町、小早川、朝衣、水無月、長門、雨竜、鮫島、古家、陽炎坂、折木)

 

 20:00 雨天により天体観測中断(この機に朝衣、水無月、鮫島、陽炎坂が帰宅)

 

 21:00 雨が上がらず天体観測中止(反町、小早川、長門、古家、折木 帰宅)

※ 雨竜のみグラウンドに滞在

 

 

 

 

「なあ折木、反町に何頼み事したん?ウチにも教えてーや」

 

「…昨日の出来事を反町に思い出せる限りで良いから、時間毎に書き出してもらったんだ………」

 

 

 鮫島と大まかながら情報を共有をし、時刻表に目を流す。そして“成程”と一言。反町の書いてくれた情報は、大雑把と言う程雑に書かれているわけでも無く、むしろ良くまとまっていた。

 

 

「…ありがとう、反町。これで昨日のことを俯瞰して見れるよ」

 

「ほぉ~昨日って、こんなぎょうさんいろんな事が起こっとったんやね~~ウチ気づかんかったわ」

 

「それは、アンタがアホだからだよ」

 

「今の内に言っとくんやけど…こう見えてもウチ、航空学校の成績は一部を除いたらトップやからな?あんまり馬鹿にしたらあかんで?」

 

「ちなみにどの部分のを除いたさね?」

 

「………筆記や」

 

「科目ですら無いのか……!」

 

 

 反町の質問に情けない言葉を返す鮫島。俺はそんな2人に苦笑いをしながら、反町にもう1つお願いをしてみる。

 

 

「反町、このタイムテーブルに少し付け足しをしてもいいか……?」

 

「ああ、良いよ。アンタのために書いたんだ。好きに扱いな」

 

 

 俺は反町に軽い許可をもらい、昨日の“沼野の話し”を付け加えていく。

 

 

 

 

コトダマUP DATA!!

 

 

 

 

【昨日のタイムテーブル)

 

 7:10 モノパンからの動機発表

 

 12:00 お昼ご飯

 

 13:00 夜食作り(参加者は反町、小早川、朝衣、水無月、長門の5人)

 

 17:30 夕飯

 

 19:00 天体観測開始(参加者は反町、小早川、朝衣、水無月、長門、雨竜、鮫島、古家、陽炎坂、折木)

 

 20:00 雨天により天体観測中断(この機に朝衣、水無月、鮫島、陽炎坂が帰宅)

 

 20:30 風切、沼野、噴水広場にて監視を開始

 

 21:00 雨が上がらず天体観測中止(反町、小早川、長門、古家、折木 帰宅)

※ 雨竜のみグラウンドに滞在

 

 

 ------next day------

 

 

 1:00 折木、噴水広場へ…それから数分後にペンタ湖で大きな音発生(折木、雨竜、沼野、風切の4人でペンタ湖を数分捜索)

 

 1:30  雨竜と共に帰宅

 

 6:00 小早川、古家炊事場へ…同時に風切、沼野帰宅

 

 7:30 朝衣の死体を発見

 

 

 

 

「ねーねー、素直ちゃん。そういえばだけどさ、梓葉ちゃんはどうしたの?」

 

 

 話しは一転し、水無月はキョロキョロと周辺を見回しながら、小早川の所在を聞き出す。

 

 

「確かに…小早川のヤツ、もう大丈夫なのか?」

 

「ああ……ちょっと調子が良くなったから、証拠探しをしますーって言って、炊事場の外周を散策しに行ったよ」

 

「外周…?」

 

「ちょうどー…………ああ、ほら第1倉庫の裏手辺りにいるさね」

 

 

 反町が気づいたように指で示す。そちらの方向に目を向けてみると、外周の一角にて膝を折り曲げながらかがむ姿の小早川が居た。

 

 

「気になるんだったら、話しを聞きにでも行くかい?」

 

「んんーウチはええかな…まだ気になっとることもあるし……具体的には現場やな」

 

「そうか……じゃあ一旦別行動だな……鮫島」

 

「またねー鮫島くん」

 

「ドジって現場荒らすんじゃないよ」

 

「するかアホ……ほななー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【炊事場エリア:第1倉庫裏手】

 

 

 

 

「あーずーはーちゃーーーん!!」

 

「うひゃぁ!」

 

 

 倉庫の裏手に腰を下ろす小早川に、水無月はじゃれつくように背中を叩く。それがあまりにいきなり過ぎたのか、小早川は尻餅を着いてしまう。

 

 

「び、びっくりさせないで下さい!水無月さん!」

 

「えへへ~、ごみーんね。ところで梓葉ちゃんや、一体全体ここで何見てたの?」

 

「…ナチュラルに流したな、笑顔で」

 

「ま、水無月らしいさね」

 

 

 何事も無かったかのようにケラケラとしながら本題に話しを移す水無月。それをため息をつき呆れる小早川。

 

 気持ちは分かるが、諦めろ。そう思いながら、同情する。

 

 

「はぁ………これ、見て下さい」

 

「これ……?」

 

「おお!何やら重大な発見の匂いがするね!名探偵カルタちゃんの鼻がヒクヒクするよ」

 

「いつから探偵犬になった、お前は…」

 

「これって……“足跡”…かい?」

 

 

 俺達は小早川に誘導されるように、指で示された地面に顔を寄せてみると……そこには、森の奥へと点々と続く、靴の“足跡”があった。

 

 

「……多分、ぬかるんだ土をそのまま踏んで、乾いてしまったものだと思います」

 

 

 …きっと、昨夜の雨のせいだな。

 

 

「これはこれは……大きさ的には………うーん小さめなようにも見えるし、大きめと言えば大きめなのかな?」

 

「靴底の部分は崩れているな……誰の足跡かは判別は付かないな」

 

「この地面の粘り気具合だと……かなり頑固な汚れになるヤツさね」

 

 

 色とりどりに俺達は意見を口にする。そして、その一言一句を大まかに俺はメモに取る。

 

 

「それで、他にもこんな足跡があるのかと思って、炊事場の周りを見て回ってみたんですけど………足跡はここにしかありませんでした」

 

「成程……足跡は“ここだけ”…と」

 

「だからあんなに熱心に外周を回ってたんだね」

 

「少なくとも昨日の時点でつけられたのは確実だね!式ちゃんの死体発見現場と一緒に考えてみると、深い関係にありそうだと、名探偵水無月カルタちゃんは推理するよ!」

 

「…って……。いつからアンタも名探偵を自称するようになったさね……」

 

「何か、ニコラスさん以上のハチャメチャぶりが感じられますね……」

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【森の足跡)

…炊事場を囲む森の一角(倉庫裏)にて発見。ここ以外足跡無し。男物の靴なのか女物の靴なのか、そして具体的な靴の型は不明。土にはかなりの粘り気が有り、踏んだ靴には頑固な汚れが付いている可能性有り。

 

 

 

 

「でさでさでさ………かーなーり気になるところ…この足跡って、どこまで続いてるんだろうね?」

 

「……試しに、たどってみるか」

 

 

 “誰の足跡なのか”が最も気になる点ではあるが…次点として“どこにつながっているのか”というのもまた気になる。

 

 それを確かめるべく、実際に森に入ってみようと意気込む俺と水無月。

 

 

「アタシ達も付いていく……と、言いたいところだけど……」

 

 

 すると、反町は頭をポリポリと掻きながら、バツの悪そうに表情を曇らせる。

 

 

「何か心配事か?」

 

「いや…この靴の“種類”を調べてみようかなーって思っただけさね」

 

「…種類?」

 

「うまく言えないんだけど……この足跡って、明らかに靴で踏みましたよーって感じじゃないかい?例えば、そうだね……・小早川の足、見てみな」

 

 

 反町の言う通りに、俺と水無月は小早川の足下に注目する。

 

 

「「下駄だね(な)」」

 

「そうさね。この跡の形になる靴を生徒全員から締め上げて、足跡を絞り込もうって寸法さね」

 

「成程!ええと、つまり!この場合だと、私の足跡の可能性もあるって事ですね!」

 

「「「…………」」」

 

「すいません…隅っこに寄ってますね……」

 

「ええと……おおー、これはこれは大変助かりますなぁ」

 

「といっても、重要な情報になるかは結果次第だけどね」

 

「いいや、それでもだ。手始めに俺達の靴の種類を伝えておくか」

 

 

 俺と水無月は、靴を実際に見せ反町に種類を伝える。ちなみに俺はスニーカーで水無月はローファーだ。

 

 

「は、はい!“すにーかー”と、“ろーふぁー”…ですね。皆さんすこぶるおしゃれさんですね!」

 

「よし!!他のヤツの靴も見てくるとするさね!!行くよ小早川!!」

 

「はい!!ええと、折木さん、水無月さん。では、また」

 

 

 景気よく手を振る反町と律儀に頭を下げる小早川。なんとも対照的な2人に俺達はしばしの別れを告げる。2人を見送った俺達は、もう一度森の方へと向き直り、気持ちを整えるように息を吸って、吐く。

 

 

「それじゃ!行こっか!」

 

「ああ…」

 

 

 足跡を踏み荒らさないように、なおかつ見失わないよう目を走らせながら、俺達は森の中へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ペンタ湖:対岸】

 

 

 

 

「ここまで……か」

 

「おお~。綺麗ですなぁ。これがオーシャンビューってやつなのかなー?」

 

「いやどう考えてもレイクビューだろ……」

 

 

 中々途切れない足跡を沿って歩くこと数分。森をかき分けて歩いた先に待っていたのは、広大な青い湖、ペンタ湖であった。

 

 

「足跡の行き先は、ペンタ湖、と…」

 

「なんとな~く予測はしてたけど、本当に出ちゃうとは……貸しボート屋が真正面に見えてるから、丁度対岸あたりだね」

 

 

 俺達がこの場所について話し合っていると……横の方から誰かからの声がかかる。

 

 

「ありゃりゃ~、折木君じゃないかねぇ。こんなところで一体全体どうしたのかねぇ?」

 

「あ~カルタちゃんだ~」

 

「凛音ちゃん!それに古家くん!さっきぶりー!」

 

 

 森から出てきた俺達を驚いたように出迎える長門と古家。珍しい組み合わせではある……が、最も驚くべきことは、“この場所”にいるということだ。

 

 

「古家、長門。何でお前ら、ここに」

 

「それはこっちのセリフなんだよねぇ…“壊れてるボート”を見つけたと思ったら、今度はあんたたちが森からひょっこりさんなんだよねぇ」

 

「んん?んんん?“ボートが壊れてる”って?」

 

 

 聞き逃せない単語に、水無月は耳を傾けながら古家達に近づいていく。それに追随するように、俺も言葉を重ねる。

 

 

「古家。その話、もう少し詳しく聞かせてくれ」

 

「えーっとそうだねぇ…まずどこから話したものかねぇ?」

 

「貸しボート屋の話しからしてみたら~?」

 

「ああー、そうするかねぇ……お2人さんは、ペンタ湖の入り口にボート小屋があるのは知っているよねぇ?」

 

 

 確認するように俺達の顔を見まわす古家。その問いに答えるように水無月は大きく2度頷く。

 

 

「知ってるよ!まったく利用してなかったけど!」

 

「同じくだ」

 

 

 そして古家は話し手のように蕩々と語りを続ける。

 

 

「…んで、そのボート小屋のボートがねぇ?多分昨日からだと思うんだけどねぇ――“1隻、無くなってた”んだよねぇ」

 

「ほうほうほうほうほう、中々奇っ怪な話しですなぁ」

 

「殺人事件に続いて、ボートの紛失、か……ん?だけど、今さっき“ボートが壊れてる”って言ってなかったか?」

 

「さすがに~ボートをそのまま持ち去るのは体力的に無理かな~って思ったから~このペンタ湖の~周辺を探してみたんだよ~そしたら~」

 

「ご覧の通りなんだよねぇ」

 

 

 俺達のすぐ脇のユラユラと流れるペンタ湖を、古家達は指を差す。

 

 

「あ…ホントだ。ボートの破片があちらこちらに」

 

「湖に表層は基本流れは緩やかだから~このボートは~ここで壊されて~、そのまんまだと思うよ~」

 

 

 足跡が途切れたこの場所で、ボートは壊された、という訳か……。そんな偶然とも言い難い偶然に、俺は皺の寄った顎を指で掻く。

 

 

「そういう折木君たちは一体全体、どうして森から出てきたのかねぇ?こっちも教えたんだからそっちも教えるのが筋なんだよねぇ」

 

「ああ…実は――」

 

 

 ここにたどり着くまでの経緯を、要点をまとめて伝える。すると、2人とも俺と同じように悩ましげに表情を切り替える。

 

 

「ほぅ…森の足跡ねぇ…」

 

「足跡が途切れた先がココとはね~」

 

「偶然にしては、できすぎていると思わないか?」

 

「カルタちゃんはこの2つの証拠に、強い関係があると睨んでるよ!」

 

 

 いやむしろ、関係しかないのでは?

 

 俺はこの関連性を忘れないよう、2つの証拠についてメモに書き留める。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【足跡の行く末)

・・・森の足跡をたどった末はペンタ湖対岸であった。

 

 

【破壊された貸しボート)

・・・ペンタ湖対岸にて発見。昨日のうちに盗まれたモノと同一と考えられる。

 

 

 

 

「…それにしても…見るも無残だな」

 

 

 目の前の水面に散らばる貸しボートのなれの果てを見て、俺はそうつぶやく。

 

 

「何で、こんなにコナゴナになっちゃってるの?」

 

「それを今から確かめてみようと思っていたんだよねぇ」

 

「どうやって?」

 

「こうやって~」

 

 

 自分に注目させるような言い方をする長門は、今まで羽織っていた半被を脱ぎだし、中に着用していたウェットスーツを露わにする。

 

 

「1番~長門凛音~いきま~す」

 

 

 呆けた表情の俺達を尻目に、長門は勢いよく湖の中に飛び込みだす。

 

 

「実力行使か…」

 

「これが1番手っ取り早いんだよねぇ」

 

 

 長門が飛び込んでから数十秒、気泡と共に彼女が湖から顔を出す。

 

 

「採ったど~~!」

 

 

 湖に潜っていた長門が手にしていたのは、両手でやっと持ち上げることのできそうな程の“大きな石”であった。長門から手渡された大きな石に、俺達は疑問を呈する。

 

 

「……何故に、石?」

 

「いや、それをあたしに言われてもねぇ……」

 

「もう1つあったから~もう1回潜りま~す」

 

 

 大きな石を俺達に渡した長門は、間髪入れず湖に体を沈める。そして数十秒、再び大きな気泡が水面を跳ね出したのと同時に、長門は湖から浮上する。

 

 

「またまた~採ったど~!」

 

 

 その手には、少し太めの“ホース”が握られていた。

 

 

「……今度はホースか」

 

「これは…。水やりに使うときの水道用のホースなんだよねぇ。実家で水やりをする時に使ってたのを、覚えてるんだよねぇ」

 

「きっと倉庫にあったヤツだね!」

 

「これ以上は何も無しだよ~」

 

 

 イマイチ整理できないが…取りあえずこの道具らしきものもメモしておくか。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【大きな石ころ)

・・・ボートの破片が浮かんでいた湖の底から発見。この石でボートを破壊した可能性有り。

 

 

【水道用のホース)

・・・ボートの破片が浮かんでいた湖の底から発見。水やりなどによく使われるホース。倉庫から持ち出した物と考えられる。

 

 

 

 

「にしてもよく分からない証拠が続々と出てきたねぇ……片方に至ってはただの石ころだし」

 

「でも~明らさまに~って感じの石ころだったから~。絶対壊れた船と関係あるって~~」

 

「考えられるとしたら…この石で船を壊した…といえるのか?」

 

「……うーん、悩みの種が増える増える……」

 

 

 些細な議論をし出す古家と長門に、何となく考えを口にする俺、そして指で頭を抑える水無月。中々話はうまくまとまらない。

 

 

「まっ!ここでグチグチ言ってても仕方ないし!考察は後々。ささっと次に行こ!公平くん」

 

「…それもそうだな。古家、長門、また裁判場で」

 

「また会う場所に嫌な響きしか感じないけど、またなんだよねぇ」

 

「じゃ~ね~私達はもう少し~ここら辺見て回ってみるよ~」

 

 

 コレと言った証拠が出きった空気を悟った俺達は、一旦別れることにし、元来た道をたどって炊事場へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り15人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計1人』

 

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 

 

 

 




どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。事件、始めました。原作っぽく~を考えて捜査を描写してみたけど、やっぱり難しい。あっ、活動報告に一章の証拠まとめときます。はい。


↓以下コラム

○料理の腕前と得意料理

・男子
折木公平
腕前:そこそこ種類は作れるが、味が薄い
得意料理:そば、うどん

陽炎坂天翔
腕前:プロテインやスポーツドリンクを隠し味に持ってくるため、不味い。
得意料理:ハンバーグ(プロテイン入り)

鮫島丈ノ介
腕前:割と上手
得意料理:ミルク粥

沼野浮草
腕前:作れるのだが、量が少ないし、肉が無い
得意料理:漬け物

古家新坐ヱ門
腕前:簡単な料理(カレーとかシチュー)なら作れる
得意料理:カレーライス

雨竜狂四郎
腕前:インスタント系しか作れない
得意料理?:カップラーメン

落合隼人
腕前:感覚で料理するため、壊滅的
得意料理(と本人は思っている):クリームシチュー

ニコラス・バーンシュタイン
腕前:プロ級とまでは行かなくても上手
得意料理:パスタ系

・女子
水無月カルタ
腕前:そこそこ種類は作れるが、味が濃い
得意料理:鯖の味噌煮

小早川梓葉
腕前:めちゃくちゃ上手い、和食だけならプロ級
得意料理:お豆腐の味噌汁

雲居蛍
腕前:割と出来るのだが、キッチンに手が届かない
得意料理:クッキー

反町素直
腕前:凄く上手い
得意料理:唐揚げ

風切柊子
腕前:そもそも料理してくれないため、不明
得意料理:???

長門凛音
腕前:比較的できる方だが、動作が遅いため料理が冷める
得意料理:肉じゃが

朝衣式
腕前:絶妙に不得意
得意料理:ココア

贄波司
腕前:料理をさせてはいけない腕前
得意料理(と言う名の物体X):なんかのスープ


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Chapter1 -非日常編- 5日目 捜査パート 後編

【舗道(炊事場エリア~噴水広場)】

 

 

 ペンタ湖、炊事場を経て。俺と水無月は本事件の被害者である、朝衣式の部屋を捜索するために、ログハウスエリアへ向け足を進めていた。

 

 しかし、炊事場エリアからログハウスエリアまでの道のりはそこそこに距離が有った。今現在進行形で歩いている舗道、噴水広場、また舗道と、複数の地点を橋渡しにして、やっとたどり着く。駆け足気味で歩いても、7~8分はかかってしまう位に長い。

 

 景色を楽しみながら歩きましょう、と周りに目を向けてみても、人工的に植林された木ばかり。最初こそ、都会では味わえない新鮮さを持てたが、慣れてしまえば、変わり映えの無い、つまらない光景と思い始めてしまう。

 

 何にも包み込まず言ってしまえば、飽きてしまうのだ。

 

 しかし、俺と水無月の表情には、その“飽き”は見られず。代わりに、“苦悶"の表情が見て取れた。その悩ましげなまなざしは、今までの証拠が書き連ねられた、証拠のメモに向けられていた。

 そこに書かれている情報量が、中々のものだったから。その中々な数の証拠と向き合い、つながりを見いだそうと躍起になっている状態であったから。

 

 

「うーむうーむ……こーやってまとめて証拠を眺めてみると、点と点同士はつながってくれるけど……1本の線にはなってくれないねー…」

 

「……ああ…証拠自体はそれなりに揃っているんだがな」

 

「そうだねー。でも揃ったら揃ったで……それぞれが上手く交わってくれるか分からないし、何かこう……繋げるための“ヒネり"が必要なのかも」

 

「ヒネり…か」

 

 ……事務的に要素を揃えても、ロジックは成立しない…彼女はそう言いたいのだろうか?だけど、時間制限がいつまでなのかも分からない今、ゆっくりと整理をつけている余裕は無い。

 

 だから、こうやって歩きながら考えるか、学級裁判が行われる会場で、併行しながら処理していくしかない。

 だけどそんな器用なことが…凡人の俺にできるのだろうか…これからの先行きに対して、俺は何とも言えない不安感を滲ませた。

 

 

「うーん、うまく回らないなー。やっぱりこの事件、希代の名探偵水無月カルタちゃんをもってしても難解と言えるよー」

 

「まだ言ってるのか…しかも歴史までねつ造して。いい加減、チェスプレイヤーとしての水無月カルタに戻ったらどうだ?案外、自分の領分に持っていった方が、慣れないトレースをするよりも思考が明朗になると思うぞ」

 

  

 人差し指をこめかみに押しつける水無月。それに呆れる俺は、静かに彼女の思考の仕方に口を挟む。

 

 

「いやいや公平くんや、こういうのは雰囲気からなのだよ。チェスプレイヤーの思考っていうのは対戦相手の心を読み取るのが仕事。…そして探偵は証拠の心を読み取るのが仕事…だよ?」

 

「証拠に心があるのか……?」

 

「さあねー?」

 

 

 つかみ所の無い飄々とした水無月の言動に、何となしにため息をつく。

 

 

 ――すると。

 

 

「……うぉ!!」

 

「うわっ!!公平くんが消えた!…………と思ったら地面に転がってた」

 

 

 足に“何か”が引っかかり、俺は重力に従って前のめりに倒れてしまった。いきなりの出来事だったために、俺と水無月は困惑の気持ちを共有させた。

 

 

「こ、公平…くん、大丈夫?顔とかぶつけてない?」

 

「もろに顔面を打った…。普通に痛い……」

 

 

 顔の中でも特に鼻を強く打ってしまい……鼻孔周辺が熱くなる。気づくと、顔をぶつけた舗道へ、血が一滴一滴、垂れ落ちていることが分かった。

 

 

「すまん……水無月。ティッシュか…もしくは鼻を押さえられる何かを持ってないか?」

 

「ああ、勿論身につけているとも……」

 

「……すまな…い?」

 

 

 這うように地面に転がる俺は、ティッシュを手渡した当人。つまり、眼前に立つ人間の正体を、足下からつたうように見上げる。

 

 

「やあ折木君、数刻ぶりだね」

 

 

 立っていたのは、普通とはかけ離れた外套を纏い、いつもの如くギターを片手にキザったらしい笑みを浮かべる…落合であった。

 

 

「お、落合?」

 

「あれれれれ、いつの間に。全然気づかなかったよ」

 

「風は僕らにとって隣人さ…どこにでも居て、どこにでも居る…とても不思議で、とても神秘的だと思わないかい?」

 

「ううん!!全然!」

 

 

 いつもの調子で語りをし出す落合に、驚くほどにストレートな返答をぶつける水無月。さすがの落合も、表情には出さないが、ほんの一瞬動揺が見えた気がした。

 

 

「そんなことよりさ、公平くん。なんで急に転んじゃったの?体の老化進んじゃった?」

 

「既に老いを迎えているような口ぶりをするな。…何かが足に引っかかっただけだ」

 

「理由という物は、常に身近に在るモノ……人はよく、理由を“探す”と言っているが、それはただ見えていないだけ…周りに目を向け切れていない浅はかさから来るものさ」

 

「あっ!こんな所に凹みがある!公平くんの足下!」

 

「お前の言う理由身近すぎるだろ……ていうか遠回しに俺けなされてないか?」

 

 

 小さく意見する俺を無視し、足下に注目する水無月。その視線の延長線上を見てみると…そこには舗道を軽く削った“小さな凹み”があった。深さも言う程では無く、靴のつま先が軽く引っかかる程度の深度だった。

 

 

「そして理由とは1つだけでは無い、たった1つ見つけただけで満足してしまうのもまた、人の愚かさと言えるね。だけどその愚かさは間違ってはいない…何故なら――」

 

「あー!凹みがいっぱいあるよ!公平くん!」

 

 

 驚くほど回りくどい落合の語りを遮り、指で舗道を指し示す水無月。舗道をよく見ると、凹みは俺の足下だけでは無く、炊事場から噴水広場までの舗道に一定の間隔で点々と続いていた。さらに俺達が見つけた凹みの隣……いや少しズレて凹みと凹みの間辺りに、同じような羅列が見られた。

 

 

 舗道の凹みを眺めていた水無月は、急に何かを思い出したように“そうだそうだ!”と声を上げる。

 

 

「そういえば朝、公平くんに呼ばれたときも、沼野くんとか、蛍ちゃんが転んでたよ!“コレは転んだわけではないでござるから!急に前回り受け身を取りたくなっただけでござるから!!”、とか“舗道ぐらい整備しとけdeath(です)…”とか言ってたよ!」

 

「そ、そんなことがあったのか…」

 

 

 沼野は相変わらず言動が意味不明だが…雲居のはもろに殺意が漏れているな……。だけど、水無月の話からすると、この連続した凹みは今日の朝の段階で既に付けられていたということか……。

 

 

「人の知覚には限界が在る…、特に足下に転がる大地は人の視覚の外にあるのが常……誰がいつ地に伏しても何ら不可思議なことでは無い……たとえそれが自分自身であろうとも」

 

「お前も転んだのか…」

 

「今まで見た中で一番激しい転び方だったよ!!」

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【舗道の凹み)

 炊事場から噴水広場までの舗道に一定の間隔で点々と続く凹み。そしてその隣、丁度凹みと凹みの間辺りにも同じようなモノが連なっていた。靴のつま先が軽く引っかかるくらいの深さまで削られている。水無月の話しから、今日の朝の段階ではすでに凹みがあった。

 

 

 

「…聞き忘れてたんだが……お前、ココで何してたんだ?」

 

「サボリーマンしてたの?サボリーマンしてたの?ねぇねぇねぇねぇ…」

 

「時間というモノは、時には有限となる……そんな時間をいたずらに過ごしていくのも、また1つの人生というものさ」

 

「これはギルティ!よーし、しょっ引くぞーー!!」

 

「待て待て、それは早計すぎるだろ。何か気になることでもあったのか?あるなら教えてくれ、今は少しでも情報が欲しいんだ」

 

「人とは思考をする生き物。思考なき者は人では無く別の何かに分別される…それはこの世界の理のようなものさ」

 

「「……」」

 

「そして僕もまた理の中にとらわれた存在……より明確に定義するなら」

 

「…つまり?」

 

「“風”…そのものさ」

 

 

 

 …………。

 

 

 

「ねぇ公平くん」

 

「何だ、水無月」

 

「1回蹴っても良い?」

 

「…………良いぞ」

 

 

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 

 

 

 

【噴水広場】

 

 水無月と共に、落合と“軽~い、お話し合い”をし終えた俺達は、噴水広場を通り過ぎようとツカツカと足を進めていた……。

 

 

「…?」

 

 

 すると噴水広場に差し掛かった直後…さっきまで倉庫にいた“アイツ”が居ることに気づいた俺は、水無月に話しかける。

 

 

「……?なあ水無月、あのベンチに座ってるの、雨竜じゃないか?」

 

「どれどれー?あっ!ホントだ!!」

 

 

 噴水広場に置かれるベンチの1つに、ズンとうつむきながら雨竜が腰を下ろしていたのだ。見るからに、落ち込んでいることが分かる様相であった。

 

 

「何してるんだろ?明日がジョーしてそうな感じで真っ白になってるね!」

 

「…さぁ」

 

 

 そしてそんな彼の隣には、彼が“相棒"といって愛用して止まない、望遠鏡が立てかけられているのが見えた。勝手な予想をすると…あの望遠鏡が原因か?

 

 

「はは…燃え尽きたさ……何もかも……」

 

「大丈夫……とは言いいにくい状態だな」

 

「むむむ、傷心中みたいだね。雨竜くん、何か悩み事?相談乗るよ?」

 

「くくくく……確かに、確かに、すっぽ抜けていたワタシも甘かったが……甘かったのだが…何故あれほど……」

 

「耳に届いていないみたいだな……おい!雨竜!」

 

 

 側から声を掛ける俺と水無月。しかし、話しかける程度の声量では雨竜の耳には届いてないようだった。俺はまた。絶対気づかれるような声量で、雨竜の耳元めがけて喉を震わせた。

 

 

「ぬぉおお!!!…お、おお、貴様らか……すまない、今は話しかけないでくれ……何か用があるなら後でにしてくれぇ」

 

「いやいやいや、時間も無いんだからそうは言ってられないよー。ハリーハリー!吐き出しちゃいなよYOU!」

 

「……雨竜。言い方は鬱陶しいが、水無月の言うとおりだ。悪いことは承知の上で、聞かせてくれないか?」

 

「うむぅ……まあ他人が聞けば大した事の無い様な話しだからな……わかった、話そう」

 

 

 少し気疲れした風に腰を上げ、俺達に体を向ける。

 

 

「……この望遠鏡を急いで取りに戻った時…つい数10分前の話しだ」

 

「ねーねー公平くん。もしかしてココから回想シーン?」

 

「……黙って聞いてろ」

 

 

 ――折木の言葉を聞いて、大事にしていたはずの相棒を置いて言ってしまったという過ちを自覚したワタシは一目散にグラウンドへと向かった。

 

 

『相棒おおおおおお!!今まで忘れていてすまなかったぁ!!もう2度と手放さ、ん……ぞ…?』

 

 

 ――グラウンドに到着すると、望遠鏡を携え、いつものニヤニヤとした表情でモノパンが待っていたのだ。

 

 

『これはこれは雨竜クン…お待ちしていましたヨ~』

 

 

 ――言葉として聞けば穏やかな心中だと思うだろ?だが、ヤツの顔はとても真っ赤に染まっていた。つまるところ、明らかに怒りが有頂天に達していたのだ。

 

 

『ゴミを捨ててしまうのならともかく!こんな高価な物をここにほっぽり出すなんテ!朝に取りに来れば笑顔で許したものの…その存在すらも忘れてしまうとは!この望遠鏡ちゃんの気持ちを考えたことはありますカ!!……」

 

 

 ――恐らく相当不機嫌だったのだろう、当たる様に俺にお説教をたたきつけだしたのだ。

 

 

『まったく!倉庫の中はめちゃくちゃでべちゃべちゃだわ、ボートは壊されるわ、もー散々ですヨ!!!」

 

 

 ――いや、そんなこと知らんよと考えながら、ヤツの怒声をへーへーと聞いていたのだ。そのときのワタシの心は正しく、摩耗していた。

 

 

『これ以上仕事増やさないで下さいヨ!!まったく、会場の設営もまだ済んでいないのに…」

 

 

 ――そう言い残し、真っ白に燃え尽きた俺を置いて、その場を去って行ったのだ…

 

 

 話しを終えた雨竜は“はぁ~”と大きくため息を1つつく。相当参っているのか、またうつむく。一体この短時間にどれほどの濃密な説教を受けたんだ…。

 

 

「なんというか、すまん。あのとき、俺が無理矢理帰らせたばっかりに」

 

「…いや、多分あの雨の中、望遠鏡を取りに行っていたら、風邪を引いていた可能性が………いや確実に引いていたな…現に今、鼻が詰まり気味だ」

 

 

 そう言いながら、ティッシュを手に取り鼻をかむ雨竜。…そうだな、よくよく聞いてみると、確かに今日の雨竜は鼻声だ。もしかしてうつむく頻度が多いのは、風邪気味でナーバスになっているからだろうか?

 

 

 そんな勘ぐりをしていると…隣から“ねえねえ公平くん”コソコソと耳打ちをしてくる水無月。

 

 

「それにしてもさ、今の雨竜くんの話…気にならない?」

 

「モノパンの説教の部分か?」

 

「うん、特に最後の方」

 

「…『倉庫の中はめちゃくちゃでべちゃべちゃ』…のところか」

 

「そうそうそれそれ!『ボートが壊れてた』のはさっき確認済みだけど…何か気にならない?気になるよね?」

 

 

 そういえばアイツ、前に夜時間は掃除がどうとか言っていたな……てことは死体を発見する前のどこかの時点であの倉庫の中は“とても散らかっていた”さらに”濡れていた”ということか?

 

 じゃあ…朝衣の死体を発見した時に、事件現場が整理されていたのは…モノパンが片付けたから……?

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【モノパンの怒り)

 雨竜に対して強い怒りをぶつけていた。内容には『倉庫の中はめちゃくちゃでべちゃべちゃ』『ボートは壊される』と、気になる話しが出てきていた。この施設に来て間もない頃に、モノパンが掃除に関して言及していたため、昨夜も掃除を行った可能性がある。

 

 

 

「……とりあえず今はそっとしておいてくれ…。風邪気味とモノパンからの説教のダブルパンチは身に重いのだ」

 

 

 鼻をすすりながら、覇気の無い声色で俺達を突き放した。

 

 

「そうか、じゃあまた…お大事に」

 

「風邪引くなよー」

 

「もう引いているわぁ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【ログハウスエリア】

 

 

 

「放すんだぜえええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 雨竜と別れた俺と水無月は、当初の目的通り朝衣のログハウスへと赴いていた。

 

 そしてやっとこさ、当人家の前までさしかかろうしていた…のだが……突然誰なのか丸わかりの叫び声がエリアに木霊した。

 

 叫び声の源へ目を向けてみると、俺達の目的地である朝衣の部屋の前に、両腕をつかまれながらバタバタとする陽炎坂と、陽炎坂の両腕を押さえる雲居と贄波がいた。

 

 

「俺様達には!!時間がぁ!!無いんだぜええええええ!!!モノパンを!!待つのは!!!時間の無駄なんだぜええええええええ!!!!!」

 

「だからといって無理矢理侵入するのは無謀過ぎです!このドア結構…いや見た目に反してものすごく固いんですよ!激突するだけじゃすまないですよ!」

 

「おち、落ち着い、て」

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!押し入って!!!!やるんだぜええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「何を…してるんだ…?」

 

「なんか修羅場って感じだね…主に1人だけ」

 

 

 猪突猛進を体現する陽炎坂を力尽くで止めようとする2人の少女。水無月が言うように、確かに修羅場であることが分かった

 

 

「折木に水無月!良かったです、コイツを止めるの手伝うです!」

 

 

 そんな風に呆けた表情で傍観する俺達に気づいた雲居が、陽炎坂のストッパー役にと俺達を呼びかける。追随して、贄波も珍しく慌てたように口を開いた。

 

 

「モノパン、が部屋を空けて、くれるって言う、から。10分くらい、待ってた、のに、来ない、の…」

 

「待ちきれないんだぜええええええええええ!!!!!」

 

「待つんです…!お前のせっかちさにも限度が必要です…!!!ほんの10分くらい……ああっ!」

 

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 贄波たちの制止を振り払い、そのまま陽炎坂はドアへと直進、そして――

 

 

 バゴォォン!!!

 

 

 決して痛くないとは言えない鈍い音がエリア中に広がる。銃弾のような陽炎坂がぶつかったドアは無傷のまま、そして銃弾本人はドアにはじかれ…広場の真ん中まですっ飛んでいってしまっていた。ちなみにこれは、ほんのコンマ数秒に起きた出来事である。

 

 

「だから言わんこっちゃないって言ったんです」

 

「まさに暴走機関車だね!」

 

「機体は生身だがな…」

 

「陽炎坂、くん…!」

 

 

 口々に適当なことを言いながら、俺達は陽炎坂に急いで駆け寄る。陽炎坂本人はすっかりノビており、目を回して気絶してしまっていた。

 

 

「命に別状は無さそうですけど…。しばらくは起きることはなさそうですね」

 

「あの勢いをとどめたドアも凄いが、怪我一つ無いのもさすがとしか言い様がないな」

 

「普通、褒めるの、逆、なんじゃない、かな?」

 

「んもお、全くですヨ。怪我が無いようで何よりでス…ま~た仕事が増える所でしたからネ。雲居さんの言うとおり、本当陽炎坂クンの慌てん坊ぶりには困ったものですヨ」

 

 

 すると、ぶつかって吹っ飛ぶのを待っていたかのようなタイミングで、モノパンは姿を表わした。

 

 

「うわぁ!びっくらこいた!突然のモノパン出現!!」

 

「来るのが遅すぎですモノパン。また1人被害者が出たですよ」

 

「んがあああああああ~…」

 

 

 雲居は陽炎坂を差しながら、モノパンに文句を垂れる。しかし、モノパンは大した事はないというように鼻息をフンッと鳴らした。

 

 

「そんなの知ったこっちゃありまんせんヨ。ワタクシだって裁判のための準備が必要なんですかラ。来ただけでもありがた~く思ってほしいものでス」

 

「冷たいパンダロボットだな。青い猫型ロボットの方が、お前の数十倍温情があるぞ」

 

「他作品との比較はNGですヨー!!しかもワタクシ、パンダロボットじゃなくて、ロボット紳士ですヨ!!」

 

「パンダ、無くなった、ね」

 

 

 贄波の小さな突っ込みに、モノパンは“しまった!”と何故か強くショックを受ける。

 

 

「そうでしタ…ワタクシ、ロボットである前に紳士なのでした…。いや、しかし紳士である前にパンダでもあるし…あれあれあレ?ワタクシ結局…?」

 

「何かパンダロボット紳士がショートしてるですよ」

 

「うわー、ゴロ悪~」

 

「ロボットは壊れるものなんだな……」

 

「ロボット、も。機械、だよ?」

 

「何!それは本当か!」

 

「どこかからツッコむべきなのかも分からないのに、ボケを増やすなです。折木…」

 

「御託は良いから、モノパン!早く部屋を開けなさーい!」

 

 

 水無月の言葉にモノパンは“はっ!しまった!当初の目的を見失うところでした”と頭を覚ます。そして……。

 

 

「改めて~~。ばっ、ばっ、ばるす!!」

 

 

 意味の分からない呪文を言い放つと、ガチャリと扉が解錠される。…一体どういう仕組みで開いたのかは…多分、皆疑問に思っていることだろう。

 

 

「……はい、開けましたヨ。後はキミタチの手で、お好きに捜査して下さイ……あっ、この部屋、裁判後も開けておくので、良ければここで生活してもらってもかまいませんヨ~。まっ、“生き残れたら”の話しですけド…くぷぷぷプ」

 

「…冗談にしては笑えないな」

 

「同輩の部屋を荒らす趣味を持つヤツは、この中には居ないですよ…たくっ」

 

 

 ブラックジョークで場を濁らせるモノパンはそそくさと消えていく。徹頭徹尾、後味の悪いヤツだ。

 

 

「わた、し。陽炎坂、くん、看てる、ね?」

 

「分かったです、贄波。誠に自業自得なヤツですけど、頼んだです」

 

「カルタ達も行こ、公平くん!」

 

「ああ…」

 

 

 頭の上で星を回す陽炎坂を贄波に任せ、誘われるがままに、雲居と水無月、そして俺は朝衣のハウスへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

【ログハウスエリア:朝衣式の部屋】

 

 

 朝衣の部屋を俯瞰してみた第一印象は、“とても整頓されている”だった。

 

 備え付けの本はキレイに並べられ、床の掃除は行き届き、ベッドのシーツは新品同然の状態。朝衣の性格を表わすかのように、きっちりとした装いだ。軽く部屋を見回って思った俺の簡単な見聞とは裏腹に、雲居は要領を得ない表情を浮かべていた。

 

 

「……?あれ…朝衣のヤツ…本当にココに住んでたんですかね…」

 

「…?何か腑に落ちない点でもあるのか?雲居」

 

 

 そんな根本的な雲居の疑問に興味を持った俺は、真意を掘り込んでみた。

 

 

「見るですよ、このベッド」

 

 

 雲居は顎をクイッと上げ、部屋の一角に鎮座するベッドを示す。しかし、遠目から見ても変わった様子は見えず、近づいて見ても、“とてもキレイで、新品同然”としか言えず、分からず終い。一体雲居は、何を言いたいのだろうか?

 

 

「このベッドがどうしたんだ?」

 

「よく見てみるです」

 

 

 すると、雲居はすーっとシーツに指を走らせ…そして埃がたんまりと付着した指を俺に見せつける。

 

 

「…どういうことだ?」

 

「これだけ埃が薄く積もってるってことは……ここ数日…少なくとも昨日の時点でシーツは動かされてないってことになるです」

 

「つまり……ここ数日の間は、ベッドは使われてなかった……ということか?」

 

「そうなるですね……」

 

「……もしかして、朝衣はベッドではなく、布団派だったのか…?」

 

「折木…それってギャグですか?百歩譲ってそうだったとしても、寝袋なりの寝具がそこら辺に転がってるか、クローゼットの中にあるはずです」

 

「…確認してみるか…」

 

「いやクローゼットの中は、ここに入って最速で見てみたですけど、着替えと雑貨製品以外無かったですよ…」

 

 

 成程。朝衣は布団派だという事では無く…ベッドが使われた形跡が無い、つまり朝衣の生活跡が見当たらなかった、ということか。記録しておこう。

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【埃の積もったベッドシーツ)

 朝衣の部屋にあったベッドにうっすらと埃が積もっていた。ここ数日ベッドが使われていない可能性がある。

 

 

 

「…!2人とも、コレ見て!」

 

 

 俺達とは別に…朝衣が使用した机の前に居た水無月は、珍しく真剣な声色で俺と雲居を呼びかけてきた。何事かと、ベッドの側から水無月の元に集い、彼女の手元を見てみると…そこには一冊のメモ帳が握られていた。

 

 

「…それは……朝衣のメモ帳か?」

 

「四六時中肌身離さず持ち歩いてたやつですね。見覚えがあるです。それがどうしたですか…?…いや、その前に。何で水無月がソレを持ってるんですか…?」

 

「まさか!……盗んだのか…?」

 

「違う違ーーう!机の上に置いてあったんだよぉ!えん罪えん罪えんざーーーい!!」

 

 

 俺達のイジりにプンスカと腹を立てる水無月。何とも幼げな起こり方であった。

 

 

「冗談ですよ…それじゃあ本題に戻るです。そのメモ帳がどうしたんですか?」

 

「それが聞いて驚いてよ!……メモ中身に……式ちゃんの日記みたいなことが書かれてたんだよ!」

 

「本当か!」

 

「…!!ちょっと見せてみるです」

 

 

 

監禁生活:1日目

 

 考えを整理する際、一度文字に起こすとまとまりやすいということから、日記をつけてみようと思う。今日の正確な日付は分からないので、この施設で目覚めた日を『1日目』と定義し、以降日にちを数えていこうと思う。

 

 

 監禁生活、永遠の共同生活、コロシアイ……とんでもないことに巻き込まれてしまった。精神的な猶予を考えれば、一刻も早くこの悪趣味な空間から脱出しなければならない。いつ誰が発狂してまうかも分からないのに。しかし、施設の隅々まで調べたり、新入生の皆に話を聞いてみても、脱出の糸口は今だゼロ。欠片どころか、塵も掴めない状況だ。何としてでも此所から脱出し、世界にこの事件を報告しなければならない。それがジャーナリストとして私にできることだから。

 だけど、今焦っても仕方は無い。地道に、かつ迅速に手立てを考えなければならない。無論、犠牲者をゼロのままでだ。

 

 しかし、『ジオ・ペンタゴン』…世界の機密重要施設については大方把握しているつもりであったが、そんな施設一度だって聞いたことが無い。このままでは超高校級のジャーナリストの名折れになる。こちらについても、早い内に調べをつけておかなければ。

 

 

 ――この施設について気づいたことが記述してある――

 

 

監禁生活:2日目

 

 新入生の皆と食事をした。思った以上に皆の精神は安定していたので、内心ホッとした。しかし、私が議論を焦ったばっかりに、皆との間に不和が生じてしまった。これから少しずつで良いから改善して、この遅れを取り戻そう。

 

 午後は、できるだけ皆の行動に目を光らせていた。危険な行動を起こしている人が居ないかどうかを見張るためであり、あくまで最悪の可能性を考えての行動だ。幸い、目立った動きをしている人はいなかった。だけど、グラウンドを四六時中叫びながら走っていたり、1人で漫才していたり、お人形さんと対話を図っていたり、空を見上げながらたまに高笑いしたりと、奇行が目立つ生徒は多々見られた。監禁生活抜きにして、学園生活の先行きが不安になってきた。

 

 ……それと落合君、音も無く背後に立たないで。本当に心臓に悪いから。

 

 未だ脱出の目処は立たなかったが、1つ気になることがある。私がいつも持ち歩いているメモ帳についてだ。ここに入学する前は、かなり使い込んでヨレヨレだったのに、新品に変わっていた。気絶している間に、すり替えられたのかしら?

 

 

 ――俺達と話し合った内容が事細かに書かれている――

 

 

監禁生活:3日目

 

 今日は運動会があった。途中までは私達のチームが優勢だったのだが、最後の最後で私が足を引っ張ってしまった。本当に申し訳ないことをしてしまった。柄にも無くシクシクと泣いてしまった。折木君が洗って返してくれたハンカチをまた濡らす羽目になってしまった。

 ポストに手紙が一通投函してあった。この日記を書き終えたら、読んでみようと思う。

 

 

 ……この部屋に居続けるのは危険かもしれない。しばらくは“あの場所”を使うことにする。

 

 

 

 ――俺にインタビューした内容が書かれていた―――

 

 

 

 ――ジオ・ペンタゴンの規則が羅列され、数カ所に赤い線が引かれている――

 

 

監禁生活:4日目

 

 動機発表があった。皆の顔が青ざめていくのが、目に見えて分かった。今日だけは本当に不味いかもしれない。

 

 とにかく、“あの場所”に一旦避難しよう。“規則”の隙をついたあの場所なら、誰にも気づかれず、夜を明かすことが出来るだろう。

 

 

 ――以降、ページが数枚切り取られている――

 

 

 

「朝衣…」

 

 

 日記の中身を見終わった直後…俺は溢すように、このメモ帳の持ち主である彼女の名前を小さく呟いた。

 

 

「式ちゃん………」

 

「………」

 

 

 2人も――――彼女と誰よりも近しく交流していた水無月、最初は反発し合っていたあの雲居も…このメモを、彼女の努力の証を、噛みしめるように、思い出すように、見つめていた。

 

 …この施設から脱出するために…犠牲者を誰1人出さないために…ジャーナリストとして朝衣は尽力していた。全力を尽していた…――――はずだったのに。

 

 

「その本人が死んでちゃ……意味ないじゃないですか」

 

 

 彼女はもういない。脱出しようと…助けようとした俺達の中の誰かに…殺されたんだ。

 

 

「…犯人を必ず見つけよう……それが、俺達に出来る…朝衣への手向けだ」

 

「……」

 

「…そう、だね、公平くん………」

 

 

 凡人の俺に出来ることは、これしか無い。俺は改めて、この裁判への決意を心に決めた。

 

 

「……それにしても…何かこの日記の朝衣…何か様子が変ですね…」

 

「…様子が?」

 

「うん……3日目と4日目はなんか特に、だね」

 

「3日目…というと、陽炎坂が主催した運動会の後……か」

 

「それに“あの場所”って…いうのも気になるです」

 

  

 思った以上に濃密な朝衣のメモ帳を見ながら、俺達3人はそれぞれの疑問の声を漏らす。すると、雲居が怪訝な目つきで日記を見下げる。

 

 

「でも……このメモ帳は本当に朝衣のものなんですかね?」

 

「……?どういうことだ」

 

 

 雲居の疑問に俺は小首をかしげる。すると水無月は何かに気づいたように、ぽんと手を木槌のように振るう。

 

 

「なるほど~、このノート自体犯人の作ったニセモノって線だね」

 

「そうか……だが、この情報量をねつ造と言うには些か無理矢理過ぎるんじゃないか?」

 

「折木…証拠には必ず根拠が必要です。言うなれば証拠を正しく証明するための証拠というヤツです」

 

「フッ……よく分からなくなってきたよ…」

 

「決め顔で何カッチョ悪いことほざいてるですか、水無月…」

 

 

 俺は反論してみるが、情報が足りず、一言で言い切られてしまう。確かに…何か筆跡を見比べられる物があれば重要な証拠になるのだが……。

 

 

「この日記が本当かどうか…盲目的に決めつけるのは、御法度です。だから――」

 

「いいや!!これは!!!朝衣の!!!日記にぃ!!!間違いないんだぜええええええええ!!!」

 

「うわぁ!ビックリしたー!!」

 

 

 突然俺達の間から、陽炎坂がボリョームいっぱいに声と顔を出す。その勢いに、俺達は心臓が止まったように飛び上がってしまった。

 

 

「陽炎坂、くん、目を覚ました、よ」

 

「言うのがちょっと遅いですよ……贄波」

 

 

 ワンテンポ遅れた忠告を口に、贄波も朝衣の部屋に参上する。これでこのエリアに居たメンバーは全員集合とあいなった。

 

 

「陽炎坂、今のはどういうことなんだ…?」

 

「これを!!!見て!!!!くれえええええええええええ!!!!」

 

 

 机にヒビが入るのではないかというくらい勢いよく机に叩きつけられたのは、先々日に行われた陽炎坂主催の運動会の“チーム分け表”であった。

 

 

「ん…この表の字と、日記の字…同じ筆跡に見えるぞ」

 

「…筆跡鑑定をすれば99%くらいの合致しそうです。字の専門家の私が言うんだから、間違いないです」

 

「俺は!!悪筆だからなぁ!!朝衣に!代筆を!!頼んだんだぜええええええ!!!」

 

「むむむ…驚くほど説得力のある話ですね」

 

「だったら、これ、は。朝衣さんの、日記で間違いない、で、良いのか、な?」

 

「な~るほど~、ナーイス陽炎坂くん!」

 

 

 グッジョブと水無月は上に立てた親指を陽炎坂に向ける。

 

 

「…じゃあ、この日記は証拠に足りうるってことですね……陽炎坂に論破されたのが、ほんのちょっぴり癪ですけど……」

 

「まあまあそう落ち込まない、落ち込まない。きっとこれから良いことあるさー」

 

「……別に心底落ち込んでるわけじゃ無いですよ。ほんのちょっぴりむかついただけです。今もあんたにムカついてるです」

 

 

 …にしては、良い具合に頬が膨らんでいるし、完全に拗ねているように見えるが……と一瞬思ったが、考えを悟ったように雲居に睨まれたので、日記の方へ急いで頭を切り替えた。

 

 

「よ、よし。これでこの日記の正当性が証明されたんだ…皆で検討していこう」

 

「賛成ーー!えっとえっと、カルタ的に1番気になるのはー、この“規則の隙”て部分かな?わざわざ規則全部書き連ねて、赤線でマーキングされてるし」

 

「文末の部分とかが高頻度でマークされてるですね。恐らく、朝衣的に引っかかった言い方があったんですね」

 

「規則は!!全部!!破るためにあるんだぜええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

「ちゃぶ台返しも甚だしい言動だな…」

 

 

 しかし“規則の裏”……か、朝衣は一体何に気づいたのだろうか。もう一度規則の方も見直してみるか。

 

 

コトダマGET!!

 

 

 

【朝衣の日記)

 朝衣が身につけていたメモ帳に書かれていた日記。

 

監禁生活:1日目

 

 考えを整理する際、一度文字に起こすとまとまりやすいということから、日記をつけてみようと思う。今日の正確な日付は分からないので、この施設で目覚めた日を『1日目』と定義し、以降日にちを数えていこうと思う。

 

 監禁生活、永遠の共同生活、コロシアイ……とんでもないことに巻き込まれてしまった。精神的な猶予を考えれば、一刻も早くこの悪趣味な空間から脱出しなければならない。いつ誰が発狂してまうかも分からないのに。しかし、施設の隅々まで調べたり、新入生の皆に話を聞いてみても、脱出の糸口は今だゼロ。欠片どころか、塵も掴めない状況だ。何としてでも此所から脱出し、世界にこの事件を報告しなければならない。それがジャーナリストとして私にできることだからだ。

 だけど、今焦っても仕方は無い。地道に、かつ迅速に手立てを考えなければならない。無論、犠牲者をゼロのままでだ。

 

 しかし、『ジオ・ペンタゴン』…世界の機密重要施設については大方把握しているつもりであったが、そんな施設一度だって聞いたことが無い。このままでは超高校級のジャーナリストの名折れになる。こちらについても、早い内に調べをつけておかなければ。

 

 

 ――この施設について気づいたことが記述してある――

 

 

監禁生活:2日目

 

 新入生の皆と食事をした。思った以上に皆の精神は安定していたので、内心ホッとした。しかし、私が議論を焦ったばっかりに、皆との間に不和が生じてしまった。これから少しずつで良いから改善して、この遅れを取り戻そう。

 

 午後は、できるだけ皆の行動に目を光らせていた。危険な行動を起こしている人が居ないかどうかを見張るためであり、あくまで最悪の可能性を考えての行動だ。幸い、目立った動きをしている人はいなかった。だけど、グラウンドを四六時中叫びながら走っていたり、1人で漫才していたり、お人形さんと対話を図っていたり、空を見上げながらたまに高笑いしたりと、奇行が目立つ生徒は居た。監禁生活抜きにして、学園生活の先行きが不安になってきた。

 

 ……それと落合君、音も無く背後に立たないで。本当に心臓に悪いから。

 

 未だ脱出の目処は立たなかったが、1つ気になることがある。私がいつも持ち歩いているメモ帳についてだ。ここに入学する前は、かなり使い込んでヨレヨレだったのに、新品に変わっていた。気絶している間に、すり替えられたのかしら?

 

 

 ――俺達と話し合った内容が事細かに書かれている――

 

 

監禁生活:3日目

 

 今日は運動会があった。途中までは私達のチームが優勢だったのだが、最後の最後で私が足を引っ張ってしまった。本当に申し訳ないことをしてしまった。柄にも無くシクシクと泣いてしまった。折木君が洗って返してくれたハンカチをまた濡らす羽目になってしまった。

 ポストに手紙が一通投函してあった。この日記を書き終えたら、読んでみようと思う。

 

 

 ……この部屋に居続けるのは危険かもしれない。しばらくは“あの場所”を使うことにする。

 

 

 ――ジオ・ペンタゴンの規則が羅列され、数カ所に赤い線が引かれている――

 

 

監禁生活:4日目

 

 動機発表があった。皆の顔が青ざめていくのが、目に見えて分かった。今日だけは本当に不味いかもしれない。

 

 とにかく、“あの場所”に一旦避難しよう。“規則”の隙をついたあの場所なら、誰にも気づかれず、夜を明かすことが出来るだろう。

 

 

 ――以降、ページが数枚切り取られている――

 

 

 日記の正当性については陽炎坂が証明してくれた。

 

 

【ジオ・ペンタゴンの規則)

 

[№1]

 生徒達はこの施設内だけで共同生活を行います。共同生活の期限はありません(赤い線)。

 

[№2]

 夜10時から朝7時までを”夜時間”とします。夜時間の間、出入りを禁止する区域(赤い線)があるので、注意しましょう。

 

[№3]

 ジオ・ペンタゴンについて調べるのは自由です(赤い線)。特に行動に制限は課せられません。

 

[№4]

 施設長であるモノパンへの暴力を禁じます。振るった場合、罰則が生じます。

 

[№5]

 施設内で殺人が起きた場合、全員強制参加による学級裁判が行われます。

 

[№6]

 学級裁判で正しいクロが指摘できれば、殺人を犯したクロだけ(赤い線)がおしおきされます。

 

[№7]

 学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロ以外の生徒であるシロが全員おしおきされます。

 

[№8]

 クロが勝利した場合は卒業扱いとなり、外の世界に出ることができます(赤い線)。

 

[№9]

 シロが勝ち続けた場合は、最後の2人になった時点でコロシアイは終了です。

 

[№10]

 モノパンが殺人に関与する事はありません(赤い線)。しかし、コロシアイの妨害があった場合この限りではありません。

 

[№11]

 電子生徒手帳は貴重品なので壊さないください。

 

[№12]

 「死体発見アナウンス」は3人以上(二重の赤い線)の生徒が死体を発見すると流れます。

 

[№13]

 なお、学園長の都合により校則は順次増えていく場合があります。ご了承ください。

 

 

 

 気になる情報をメモに納め終わると、贄波がか細く“ね、ねえ…”と、声を出す。

 

 

「日記、に書いてある、“あの場所”、てなんなの、かな?どこのこと、言ってるん、だろう…ね?」

 

「…ぼやかして書いてあるからな。心当たりは、あるにはあるんだが……」

 

 

 確実に“あそこ”が“あの場所”を差しているというロジックがまだ成立していない。決めつけるのでは無く、もう少し考えてから裁判に挑むべきかもしれない。

 

 

「…確定じゃない以上、変な憶測は思い込みの要因になり得るですからね……答えは急ぐべきでは無いと思うですよ」

 

「遠回りが最短の道だった~みたいな話しもあるからねー」

 

「だけど!!!俺には!!!ちん!!ぷん!!!かん!!ぷん!!!なんだぜええええええええええ!!!!!!」

 

 

 陽炎坂の、静けさとは程遠いい言葉で話は締めくくられ、雲居が“他に皆、何かあるですか?”と俺達に目を向ける。

 

 

「…さっき雲居が言っていた、3日目からの様子が変、ていうのはどうだ?」

 

「陽炎坂が主催した運動会の当日ですよね……陽炎坂、何か変わった様子はあったですか?」

 

「何にも!!!!なかったんだぜえええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 腕で大きく×を作り、強く否定する。

 

 

「こ、この書き方、見てみる、と。様子が変わったの、って、3日目の、夜じゃない、かな?」

 

「……フッフッフ~……その答え、この水無月カルタちゃんが教えて進ぜよう…」

 

 

 含みを携え、ニヤニヤとモノパンの様な笑みを浮かべ水無月は口にする。すると、雲居はそのもったいぶった水無月の言葉に少しため息をつく。

 

 

「今度は何隠しているですか?ちゃっちゃと情報全部出すですよ」

 

「まあまあ、そう焦らず。……ジャンジャカジャーン!!この2通の封筒が朝衣ちゃんの動揺が見られた原因で~す!」

 

 

 水無月は懐から2つの封筒……俺達なら“絶対見たことのある封筒”を取り出す。

 

 

「それ…動機の“モノパン手紙”じゃないですか!何でアンタが持ってるですか!」

 

「まさか!!!お前!!盗んだのかあああああああああああ!!!!」

 

「もお、陽炎坂くん!!そのくだりさっきもやったからもう良いよ!こ・れ・も、式ちゃんのメモ帳に挟まってたんだよ♪」

 

「……でも、何でその挟まってたやつを懐に入れてるんだ?」

 

「ん~と?……サプライズ?」

 

 

 俺達はズルッとこける。…こいつ、行動だけ見たら、犯人のようにしか見えんな。…いや、むしろ自由すぎて逆に怪しくないのか。

 

 

「たく…人騒がせな同級生です………ん?待つですよ?何で2通あるんですか?私達は“1通”しか配られてないですよ?」

 

「俺様も!!!同じく!!!!だぜえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

 …朝衣だけ2通届けられていた?……どういうことだ?

 

 

「とりあえ、ず、中身、見てみ、よ?」

 

「……それもそうだな。水無月、中を見せてくれないか?」

 

「オッケー!!」

 

「どれどれ……?」

 

 

 水無月が既に封を切られた封筒に手を入れ、手紙本体を取り出し、広げる。俺達は囲うようにして内容に目を通す。

 

 

『朝衣様へ   皆様の中に裏切り者が紛れ込んでいます。…お気を付けて下さいまセ。  モノパンより』

 

 

『朝衣様へ   裏切り者が貴方の命を狙っています。…お気を付けて下さいまセ。    モノパンより』

 

 

「………裏切り者?」

 

「んんんんん…やっぱり引っかかるよね~。カルタも初めて見たとき同じ事思ったよ」

 

 

 水無月も俺と同じく“裏切者”というワードに引っかかっていたらしい……いや、俺達だけじゃ無い。贄波も陽炎坂も同じような表情をしていた。

 

 すると、雲居が突然手紙を手に取り、鼻に近づけ始める。その行動に驚いた俺は、少し目を見開く。

 

 

「スンスン……どうやら1通目の手紙は2日前…2通目の手紙は昨日渡された手紙みたいですね」

 

「雲居ぃ!!分かるのかああああああああああ!!!」

 

「耳元でそうガンガン言葉を並べるものじゃないですよ……耳がひん曲がりそうになるです。……まあ一応、図書委員ですからね。紙の状態把握はお手の物、いつ印刷されたのか手に取るように分かるです」

 

「まるで山羊だね!!」

 

「…コロスですよ」

 

 

 まさかここで雲居の才能が役に立つ時が来るとは……読書好きの俺でも、さすがにここまではできない。

 

 

「蛍ちゃんの話が本当だとすると……1通目の手紙こっち……だとしたら…なーんか、式ちゃんの不安を煽るような文章って感じだね」

 

「1通目の手紙と、2通目の手紙。これを日記と照らし合わせてみると……確かに、何となくだが朝衣の言動にも合点がいくな」

 

「むしろ!!!朝衣を!!!行動させようと!!!している!!!!みたいに!!!みえるんだぜえええええええええ!!!!!!」

 

「じゃ、じゃあ、2通送った理由、って……」

 

 

 ……これは。直接モノパンに聞いてみるしか無さそうだな。もしかしたら、俺達の後ろ側でとんでもない意図が張り巡らされている可能性が出てきた。

 

 

 

コトダマGET!!

 

【朝衣に送られた手紙)

 俺達生徒達に配られた動機の手紙。しかし、朝衣には2通配られていた。

 

『朝衣様へ   皆様の中に裏切り者が紛れ込んでいます。…お気を付けて下さいまセ。  モノパンより』

 

 

『朝衣様へ   裏切り者が貴方の命を狙っています。…お気を付けて下さいまセ。    モノパンより』

 

 

 雲居曰く、1通目が2日前(運動会を行った日)、2通目は昨日(動機が配られた日)に届けられたものとのこと。

 

 

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

 

 鳴り響くチャイムの音に、俺達5人は目を合わせる。

 

 

『えー、えー、マイクテス、マイクテス。……キミタチ!学級裁判上の準備が整いましタ!』

 

『待ちに待った学級裁判のお時間でス!!』

 

『ではでは、集合場所を指定させていただきまス』

 

『場所は、中央棟エリア。赤い扉の前でス。……くぷぷぷぷプ。ではでは、また後ほド……』

 

 

 ――――……!とうとう、来たか。いや、来てしまったか。

 

 

「……どうやら、お呼びの時間みたいですね。それじゃあ皆、早速赤い扉の前に――」

 

「うおっしゃあああああああああ!!!!!!待ってろよ!!!!!モノパアアアアアアアアアアアアン!!」

 

 

 雲居が俺達に声をかけようとした矢先……それを情熱的に無視し、誰よりも早く陽炎坂は部屋を飛び出していってしまった。

 

 

「行っちゃっ、たね?」

 

「あれは間違いなく一番乗りのペースだね!」

 

「……血気盛んすぎですよアイツ……本当、しょうがないヤツです。それじゃあ、私達もぼちぼち行くとするですかね。変に遅れると、またあのパンダに難癖つけられそうです…」

 

「う、うん!」

 

「……そうだな」

 

「よぉし!気合い入れてくぞぉ!」

 

 

 陽炎坂から大きく遅れて、俺、雲居、水無月、贄波の4人も、モノパンが指定した“赤い扉”の前へと足を進め始める。

 

 俺は治まらない動悸を噛みしめ、手に汗握る。いよいよだ。いよいよ、学級裁判が始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。まだ1つ、あの日記の中で引っかかっている…いや、残っている部分があると言えば良いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 何故…あの日記の“4日目以降の数ページが破られていたのか”。

 

 

 

 

 

 これは重要な部分と皆に相談するべきだろうか?それとも些細なことと切り捨てて良いのだろうか?皆は疑問に思わなかったのだろうか?

 

 

 

 

 

 そんな大きさの分からない疑問を俺は胸中でグルグルと渦巻かせる。

 

 

 

 

 

 …まあ、さっきの討論でも言っていたように、今すぐに確定できないことは山ほど有る。裁判の時に、一度議題に出してみよう。

 

 

 

 

 

 そう心の中で思いとどまり、思考を止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その疑問が、この施設の全貌を知る。“鍵”になるとも知らずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【中央棟】

 

 

 ついに来てしまった。

 

 

 たった数十歩でたどり着いてしまうと分かってはいたが、この赤い扉を目にすると、何となく俺はそんな感慨を持ってしまう。

 

 そして当の扉の前には、俺の級友たちが集う。その面持ちには、緊張や焦燥、不安が見て取れ、眺めるだけで息を呑んでしまうような真剣さがある。

 

 

「んん?どうやら来たみたいだね」

 

「待ってたよ~」

 

「……これで全員集合」

 

「…俺達が、最後のようだな」

 

 

 俺達4人が中央棟にたどり着くと、殆ど全員がこちらに顔を向け、一言二言。心なしか、皆の口数が少なく感じる。

 

 ……これで一応全員集合のはずだ。しかし、俺達の間に流れる静けさはまだ続いている。まあつまり、未だモノパンは現れずの状態だ。

 

 

 そんな沈黙が重かったのか、数人の生徒達が話しでもしようと口を開き出す。誰かと話して気でも紛らわそうと考えているのだろう。俺もその流れで誰かと談笑でもしようと意気込んでいると……ポンッと肩を叩かれる。

 

 振り返り、手の主を見てみる。そこには、ニコラスが立っていた。俺が目を合わせるとフレンドリーに“やあ”と一言。

 

 

「戦果はいかほどのものだったかい?ミスター折木」

 

「…できる限りの情報は集めた。……後は、詰めるだけだ」

 

「うん、頼もしい限りだね。それでこそ君に捜査を託した甲斐があるというものだよ」

 

「……あまり買いかぶりすぎるな。俺だって人間で、凡人だ……慣れないことをすれば必ずほころびが出てくる」

 

「……大丈夫。安心したまえ…キミは、キミが思う以上に良くやっている……今の時点ではね?」

 

「…………最後の言葉が無ければ、良い気休めになったんだがな」

 

 

 少し引きつった笑みを浮かべる俺に“ハハハ、すまないすまない”とニコラスは誤魔化すように取り繕う。

 

 

「………まあ安心したまえ。キミが何か間違えそうになったときは、ボクがきちんと矯正するさ」

 

「…まるで全部分かっているような口ぶりだな?」

 

「当たり前だろ?何て言ったって、超高校級の探偵だからね!ボクにかかれば、謎なんて有って無いようなモノさ!」

 

 

 嘘なのか本当なのか図りかねるビッグマウスに俺は苦笑する。でも、今は状況が状況だ。その自信が何だか無性に羨ましく感じる。

 

 そう軽い会話の打ち合いをしている俺とニコラスに、“あの…”とおずおずしたような声がかかる。

 

 

「折木さん…ちょっと良いですか?」

 

 

 かかった声の方向には、反町と小早川。手元には白い紙が握られていた。

 

 

「あの…これ受け取って下さい!きっと何かの役に立つかと!」

 

「さっき言ってた全員分の靴の種類さね……本当にアイツらバラバラに捜査してたから、探すのに苦労したさね」

 

「ほう、さっきキミ達が熱心聞いてきたのはミスター折木のためだったのかい……中々隅に置けないじゃないか?え?キミ」

 

「え、えええ?いえ、別に、折木さんに、そんな他意は…えと……無い、というか」

 

「……ニコラスの言葉は無視して良い。ありがとう、小早川、反町……助かる」

 

 

 俺が無視を促すような言葉と、お礼を口にすると。何故か、少しだけ悲しそうな表情を浮かべる小早川。

 

「あ、ああ……えっと、はいっ!私、そのお世辞にも頭が良くはないので、これぐらいしかできなくて…その…」

 

「小早川~?当人の目の前で自分の卑下は無粋だよ。ここはガツンと胸張って言ってやれば良いんだよ。こんな感じに………折木、その証拠。無駄に消費したら、承知しないよ?」

 

「な、なるほど~?」

 

「……無理して薫風を受けなくても良いと思うぞ?だけどまあ、肝に銘じておく」

 

 

 あたふたとする小早川は横にのけ、反町が脅迫じみた威圧をする。少し理不尽を感じるが…多少後ろ向きな気持ちの俺には、良い薬になったかもしれない。

 

 

コトダマGET!!

 

【生徒全員の靴の種類)

折木:スニーカー

陽炎坂:ランニングシューズ

鮫島:スニーカー

沼野:地下足袋

古家:スニーカー

雨竜:長靴

落合:ブーツ

ニコラス:革靴

水無月:ローファー

小早川:下駄

雲居:ローファー

反町:ブーツ

風切:スニーカー

長門:サンダル

贄波:シューズ

 

 

 

 …サンダルに下駄、それに地下足袋?……思った以上に靴にも生徒達の個性がにじみ出ているように感じる。しかし、これをどう議論で活かしたモノか。

 

 俺がそんな風に、心で感想と思考を右往左往させていると…。

 

 

 

「やあやあやア!待ちに待たせて、お待たせいたしましタ!学級裁判の時間……ではなく、会場へのご案内の時間で~ス!!」

 

「……別に待ってない」

 

「待っておらんかったで~」

 

「待ってないんだよねぇ」

 

「右に同じだぜえええええええええええ!!!」

 

「……ここまで強く否定されると、さすがに心に来るものがありますネ……」

 

 

 俺達のドライな反応に凹むモノパン。しかし“き、気を取り直して…”と、タダでは転ばず再起する。

 

 

「くぷぷぷぷぷプ。何となく想像は付いていると思いますガ…この赤い扉が裁判場へキミタチを運ぶ方舟となりまス」

 

 

 紹介するように手を扉へと向けると、赤い扉はそれに連動して口を開く。遠目からだが、格子に囲まれた禍々しいデザインの箱形の部屋…いや、あれって。

 

 

「エレべー、ター?」

 

「ええ、裁判場はこのエレベーターに乗った先……地下になりまス」

 

「な、なんだとぉ…!!!エレベーターだとぉ…。この世で最も嫌いな乗り物ランキング堂々6位の、あのエレベーターか…」

 

「えらく微妙な順位ですが……まあ苦手意識を共感するです」

 

 

 数人の生徒が顔を青くする中、モノパンは全く気にも留めず俺達に背を向ける。

 

 

「くぷぷぷぷ、ワタクシは、先に降りていますネ?ではでは、良い旅路を…」

 

 

 煙のように姿を消すモノパン。……後は俺達が中に入るだけ、と暗に告げられているように感じた。

 

 

「イッツアショータイム!だね。早速乗り込もうとしようじゃないか?キミ達」

 

「俺が!!!1番!!!最初!!!なんだぜえええええええええええ!!!」

 

「よーっし、本番だぞー!レッツゴー!」

 

 

 良く言えば意気揚々、悪く言えば場違いなほど明るく3人の生徒達は乗り込んでいく。

 

 

「ああああ、ナンマイダーナンマイダー。おお神よ、どうかあたしにほんの少しの勇気を~」

 

「宗教ぐらい統一しときな。ほらさっさと行くよ!後続がつっかえてんだからね」

 

「……平常心、平常心」

 

「……人、人、人………ゴクン……よし!この緊張はもう、どうにもならんでござるな!当たって砕けるしかないでござるな!」

 

 

 そして古家や、その後ろから反町、風切、沼野が続いていく。

 

 

「緊張するよ~~」

 

「…朝衣さん、きっと犯人を見つけてみせます…!どうか、どうか見守っていて下さい…」

 

「真実を確かめる時来たれり…だね……」

 

 

 自分に訴えかけるようにつぶやきながら、長門、小早川、落合も。

 

 

「あかん、やっぱ先にトイレあるか聞いとくべきやったな…催してきてもうた……」

 

「…間違ってもエレベーターの中で漏らさないでほしいです」

 

「ぐぬぬぬぬ、乗り物は苦手なのだが…仕方ないかぁ……!」

 

 

 ……別の何かと既に戦っているような気もするが、雨竜、鮫島、雲居も次々と赤い扉の向こう側へと吸い込まれていく。

 

 

 …後は、俺と贄波の2人だけ。ビリビリとした緊張感で少し足がすくんでいるように感じる。だけど、行かなくてはならない。朝衣の無念を晴らすために。

 

 …すると、いつの間にか隣にいた贄波が俺に声をかけてくる。

 

 

「折木、くん。いよいよ、だね」

 

「ああ」

 

「頑張ろう、ね?」

 

「ああ…」

 

 

 発破をかけてくれたのだろうか?それとも俺の気を察して?……ひどくか細くはあったが、何となく力強く、本当に背中を押してくれたような気持ちになる。

 

 俺は、自分の頬を自分でバチン叩き、気合いを入れ、エレベーターへと乗り込んでいく

 

 

 俺がエレベーターへ入りきったのと同時に、格子の扉は逃げ道を塞ぐように締め切られる。そして、ガコンと揺れ出し、鉄の方舟は重力に従ってゆっくりと、着実に落ちていく。深い深い、深淵の先に光る。裁判場へ向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ゴウンゴウンとエレベーターはうなり声を上げるように、下がり続ける

 

 

「これ、何処まで下がってるんですかね……」

 

「果てしない地獄への道筋…いや、それすらも生ぬるいかもしれない場所かもしれないね」

 

「落合殿…それ洒落になってないでござるよ」

 

 

 

 ――――内臓が浮くような浮遊感はまだ続き、ビリビリとした静かな重圧が肌を揺らす

 

 

「うぷ…この浮遊感…ちょっと、気持ちが……」

 

「ちょっと雨竜、アンタまさか……」

 

「だ、大丈夫だ心配するな……さすがにエレベーターでは……うっ……」

 

「…心配しか無いんだよねぇ」

 

「…ここで出されたら……さすがにヤバい」

 

 

 ――――不安も、じわじわと増していく

 

 

「アカン……ちょっとホンマにアカンかもしれん…」

 

「落ち着くです。…此所で出したら裁判の間、恥をさらし続けることになるですよ…」

 

「その通りだよ!!ほら、ひっひっふー」

 

「ひっひっふーーー」

 

「それ逆のヤツなんだよねぇ!」

 

 

 ――――不安の気持ちが最高潮へと達しようとしたとき、チン、と見計らったようにエレベーターは動きを止める。俺達の視界に、光が満ちていく

 

 

 

「くぷぷぷ、ようこそキミタチ。“学級裁判場”へ」

 

 

 ――――目の前に広がるのは、正しく法廷といった内装であった。

 

 

 ――――証言台を思わせる装飾品は円状に並べられ、殺された朝衣を含めた16の席が用意されていた

 

 

「それではキミタチ。自分の名前が彫られた席に、それぞれ移動して下さイ?」

 

 

 ――――モノパンの言うように、俺達は自分の名前が書かれたプレートのある席へ登り立つ。

 

 

 

『超高校級のジャーナリスト』“朝衣 式”

 

 

 ちょっぴりドジなところもあったし、たまに好奇心で人を困らせたりするときもあったけど……誰よりも責任感が強かった。誰よりも自由な俺達をまとめようとしていた。誰よりも、脱出のための糸口を掴む、努力をしていた。

 

 

 

 ――――そんな朝衣を殺した“クロ”が、俺達の中に潜んでいる

 

 

 

「………」

 

 

 

 ――――全員の顔が、よく見える。

 

 

 ――――不安そうに小さく震える者、祈る者、真っ直ぐと見据える者

 

 

 ――――それぞれの生徒達がそれぞれの覚悟を持っている

 

 

 ――――ふと、捜査が始まる前のモノパンの言葉を思い出す。

 

 

『これからキミタチには、命を賭けた裁判、命を賭けた騙し合い、命を賭けた裏切り、命を賭けた謎解き、命を賭けた言い訳、命を賭けた信頼、命を賭けた…学級裁判を……行ってもらいまス』

 

 

 ――――ゴクリと固唾を飲み込む

 

 

 ――――ついに、始まる

 

 

 ――――命を賭けた、戦いが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、すんまへん。お手洗いって、どこにあるか分かりますぅ?」

 

「奥行って右ィ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――――何か、締まらないな………

 

 

 

 

 

 

 




どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。今回の謎は、割と簡単の方だと思います(当社比)。これよりもさらに複雑な事件あるからね!しょうが無いね!


↓以下コラム


○席順

 折木(モノパンの対面)⇒水無月⇒小早川⇒沼野⇒陽炎坂⇒風切⇒鮫島⇒雲居⇒雨竜⇒長門⇒ニコラス⇒反町⇒古家⇒落合⇒贄波⇒朝衣⇒(折木)


↓図示

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Chapter1 -非日常編- 5日目 裁判パート 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        【学級裁判】

 

 

         【開廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーではでは、鮫島クンがお手洗いに行っている間に、学級裁判の簡単な説明から始めてしまいましょウ!」

 

 

「学級裁判では『誰が犯人か?』を議論し、その結果は、キミタチの投票により決定されまス」

 

 

「正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおキ。だけど…もし間違った人物をクロとした場合…」

 

 

「クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけにこの施設から出る『権利』が与えられまス!」

 

 

 偉く足の長い金色の椅子を踏み台に、モノパンは、劇場の役者が如く大手を振り、予め用意されていたと思われる学級裁判の説明についてつらつらと並べだす。

 ……捜査の最初の方から…いやこの施設での生活が始まる前から“学級裁判”について耳にしてはいたのだが、実際に、始めようとなると、張り詰められた緊張感に、身体が包み込まれる感覚に陥ってしまう。

 

 

「始める前に、一応確認しておきたいのだが……本当にこの中に、朝衣を殺した犯人が居るというのか?」

 

 

 モノパンが話しを先導する途中、少し鼻の詰まった声の雨竜が、両手を組み、渋く表情を歪めながら意見を呈した。

 

 

「モチモチモチのロンでス。朝衣さんを殺めたクロは、“確実に”キミタチの中に潜んでおりまス…くぷぷぷプ」

 

 

 “本当に……残念ですねェ”悲しみを表現するかのような言葉の裏には、明らかに“事件が起きて良かった”という喜色が漏れ出ているようだった。…いやむしろこれは、敢えて俺達に悟らせ、俺達に不快感を与えようと図っている。針の糸を通すかのように、細部にまで気を配った意地の悪い態度に…俺はさらなる不快感を募らせた。

 

 

「ちなみに、と付け足しておきます…この学級裁判は100%公正に行われます、ですので安心して裁判に挑んでくださいネ?」

 

 

 自分は不正をしません、と暗に宣うモノパンに“はっ、どうだか、です…”と、緩くひねたつぶやきを耳が拾う。特徴的な語尾と、身の程に合うかん高い声質から“雲居の声だな…”と俺は小さく当たりを付ける。

 

 

「それではではでは、早速始めちゃいま――!」

 

「すまん、議論を始める前にもう一つ良いか…?」

 

 

 雲居の文句が聞こえなかったのか、それともあえて聞こえないふりをしたのか、モノパンはそそくさと学級裁判の開始を宣言しようとした……が、俺はその勢いを殺すように、待ったをかけた。

 

 

「……どうしたんですカ~?折木クン?折角気持ちよく裁判の開始を宣言しようとしたの二…」

 

「…“これ”は、どういう意味なんだ?」

 

 

 俺は、自分の隣に立てられた“朝衣の遺影”らしきものに指を差す。しかもただの遺影では無く、写真にショッキングピンクカラーの×(よくよく見てみると、鉛筆とボールペンをクロスさせた×)が描かれた、まるで死者を冒涜したような落書きまでされていた。

 

 

「くぷぷプ……死んでしまったからって、仲間はずれにするのはかわいそうですよネ?友情は生死を飛び越えるんですヨ!」

 

「せいし、が…飛び越える、でござるか……!」

 

 

 モノパンはまるで俺達のために用意した、という態度と言い回しで、全員を周りを丸め込もうとする……そのふざけた態度に、俺はいつもの仏頂面の皺の堀を深め“そうか…”と納得する。

 

 完全には、納得してはいない、が。

 

 

「くぷぷぷプ、前置きはこれぐらいで大丈夫ですよネ?それでは改め……議論を開始して下さーイ!」

 

 

 言いたくてうずうずしていたのか、学級裁判の開始を、高らか過ぎるほどに宣言をする。しかし…裁判開始からはや10秒。俺達からの第一声は、未だ上がらず。

 

 

「おやおやおヤ?どうしたんですカ、キミタチ。早く議論を始めちゃいまセ?時間は砂時計のように有限ですゼ?……まっ、いつ終わらせるのかなんて、ワタクシの機嫌次第なんですがネ」

 

「と~、言ってもさ~。まず何をどうしたら良いのか分からないんだよ~」

 

「裁判なんて、受けるのもやるのも初めてですからね……」

 

「警察の世話には、何度かなったことはあるんだけどね……」

 

「俺様もだぜえええええええええええ!!!!!!!あのときは!!!逃げるのに!!!苦労したんだぜえええええええええ!!!!」

 

「そんな知りたくも無かった前科を、わざわざひけらかす必要無いと思うですけど……でも陽炎坂、お前には、そこは大人しくお縄についておけ、とだけ言っておくです」

 

 

 議論を始めるにあたり、数人の生徒から裁判に対する不安の声が上がる。…学生の身分で裁判を“受ける”側に回るのも希な体験だのに、実際に“やる側”に回るとなると、さらに希少な事……不安の吐露が多くなってしまうのも無理は無い。

 

 

「…そう怯えるモノでもないさ、キミ達。…“何をしてどうしたら良いのか分からない”は“何をしても問題ない”とも言い換えられる……この“学級裁判”、“裁判”という名は冠されているが……実はとても自由で、ボク達“超高校級の生徒達”にはピッタリな形態をとっているのだよ」

 

「“ピッ、タリ”…って?」

 

「やりたい放題で、協調性皆無で、しかもアホ丸出しの私達にピッタリ…ってことですか?」

 

「……それ自分で言ってて、悲しくならないのかねぇ?」

 

「全く思わないです。…協調性云々はともかくとして、アホ丸出しの部分は鮫島と沼野を差して言ったですからね」

 

「人権侵害でござる!!アホは良いとしても、丸出しはないでござろう!!」

 

「アホの部分は否定しなのかい…」

 

「まあ沼野くん、変なところでこだわるからね!ねっ!」

 

「そうだなぁ…沼野であるからなぁ…」

 

「…沼野だからしょうが無い」

 

「数日前よりいじめっ子の数が激増しているでござる!!これはPTA沙汰でござるぞ!」

 

 

 クラスの4分の1による沼野へのいじりが加速し始める…が、さっきまでの発言者であるニコラスが“黙って聞きなさい”と取れる、強い咳払いで場を立て直す。

 

 

「話しを続けても良いかな?キミ達?……ボクが言いたいのはつまり、弁護士、検事、裁判員、被疑者、容疑者、全ての役割をボク達全員が自由に担い、“自由に正しい結論”へと導く……てことなのさ。…実に簡単じゃないかい?」

 

「う~ん……それが難しいって言っているんだけどねぇ…」

 

「でも、弁護士にも検事にもなれるんですよね!私憧れだったんです!“異議あり!”って!」

 

「スゥー……ちょっと世界観の違う憧れなんだよねぇ…それ以上は踏み込まない方が良いと思うんだよねぇ」

 

 

 弁護士、検事、裁判員、被疑者に………そして容疑者。俺達が今から行う学級裁判は、シロとクロがモノクロカラーのように入り交じっている。だから、ニコラスの言う“自由な結論”は、“クロにとっても”、“シロにとっても”、都合良く塗り替えることができるのだ。

 大半の生徒は、“後者”のために、発言を繰り返すのだろうが、たった1人は“前者”のために立ち回る。決して、仲間が多いからと、高をくくると、たったの1人によって、簡単に足下をすくわれる可能性だってある。

 

 

「じゃあさじゃあさ。何を議題にしたら良いのか分かんないなら……無難に今晩の献立についてに話し合ってみようよ!やっぱりカルタ的には、ハンバーグが一押しかな?」

 

「……肉じゃがが良い」

 

「初っぱな本題から大きく外れてるんだよねぇ……ルールというか、学級裁判のやる意味取り違えているような気がするんだよねぇ…」

 

「飢えとは、生きる以上の試練となり得る……その苦しみを喜びに変えるとなるならば……若鶏を油で包み込む必要があるね…」

 

「指摘をボケで上塗りしないで欲しいんだよねぇ!」

 

 

 …いきなりというか最初からの脱線はさすが予測はしていなかった。大半の生徒が様々な様相で頭を抱えていた。勿論、そのうちの1人に俺も含まれている。

 

 

「はぁ……今晩のおかずについてははるか遠くに置いておくとしてです……まずは現時点で、この事件について分かってることをまとめてみるですよ」

 

「分かってること~?」

 

「もう少し具体的にすると、朝衣さんの死体の状況についてとか…かな?キミ」

 

「あーそれは良いかもしれないね。アタシも事件の概要、隅から隅まで把握しているわけじゃ無いから、部分部分を掘り返してくれると、助かるよ」

 

「俺様も!!!何も!!!分かっていないんだぜえええええええええ!!!」

 

「……それは問題外すぎ」

 

「と、取りあえず、議論を始めてみるでござるか!“最初こそが肝心”と、良く言うでござるし!」

 

「よーし!気合い入ってきたよ!!皆、準備は良い?」

 

「出鼻くじいた本人が、何か仕切りだしたんだよねぇ」

 

「……良い、から。始め、よ?」

 

 

 さすがに会議が踊りすぎたと思ったのか…贄波から言いようのない、強い圧が入る。俺達は、慌ただしくたたずまいを正し、切り替えていった。

 

 

 ――いよいよ、だな

 

 

 ――朝衣を殺した犯人を決める学級裁判が、今火蓋を切ろうとしている

 

 

 ――何か気づいた事があったら、俺自身が発言しなければならない。

 

 

 ――もしも、それを怠ってしまえば…。

 

 

 「………」

 

 

 ――……いやよそう。まずは“目の前のことを”だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、いよいよ学級裁判が始まってしまいましたね』

 

『えっ?これは小説の中だぞ?ゲームじゃ無いのに何でお前(ナレーター)がいるのかって?』

 

『……まっ、細かい事は気にせず、さっさといきましょう!!』

 

『学級裁判では、ストーリーが進むと、“ノンストップ議論”が発生致します』

 

『“ノンストップ議論”では、ご学友の皆様が次々と発言し、議論が自動的に進行致します』

 

『折木君が、その発言の中から、“嘘や間違い”を見つけて、捜査で集めた“言弾(コトダマ)”を使って論破していきます』

 

『本作はゲームでは無いので、コトダマの選択肢(シリンダー)はありません(ていうか書くのが億劫)。全ての証拠を選択肢として考えていただいても差し支え有りません。折木君がドンドンコトダマをバンバン打っていくだけなので』

 

『皆様の発言の中に、【】で囲まれたウィークポイントがございます』

 

『ウィークポイントの中には、“嘘や間違い”が潜んでいる可能性がございますが…』

 

『必ずしも、全てが論破できるわけでは無く、ダミーのウィークポイントが存在します』

 

『さらにさらに、今回の議論では出てきませんが、後ほど『』で囲われた“賛成ポイント”が出てきます』

 

『これは生徒が正しいことを言っている、もしくは議論の流れが好転する、ポイントになり、そこに折木君が証拠をぶつけると、ご学友の意見に同調したということになります』

 

『そして生徒と生徒の意見の間に「」で囲われていない、地の文が出てきますが、これは発言していない生徒の“雑音”になります。阿呆な生徒が阿呆な事を口走っているだけなので、お気になさらず』

 

『以上が説明となります。ゲームでは無いので、OPTIONボタンを押しても、操作説明は出てきません』

 

『新要素が出てくると、またこのように説明が入りますので、あしからず……ではでは、本小説をお楽しみ下さい』

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「分かっていることですけど、敢えて言わせて貰うですよ…」

 

「今回の事件の被害者は、超高校級のジャーナリスト、【朝衣式】、です」

 

 

    ……一体誰に

 

                  何故、こんなむごいことを…

 

 

「死体の発見場所は、【第1倉庫】内……であったなぁ」

 

 

 …ええと、寒い方でしたっけ?

 

                ん~ん~、寒くない方~

 

 

「死因は、【窒息死】…何とも残酷な殺し方でござる」

 

 

 んん~?

 

          そうであったかぁ?

 

 

「あれれ?そうだっけ?なんか違わない?…そう思ってるのって【カルタだけ】?」

 

「いや、皆思っているですよ…きっと」

 

 

 …何か間違っているの?

 

                さっぱりなんだぜえええええええええ!!!!!

 

 

「ミスター折木。これは初歩中の、初歩の議論だ」

 

「何処が、間違っているのか…勿論、理解できているね?」

 

 

 

 

 

 

【モノパンファイル Ver1)⇒【窒息死】

 

 

「それは違うぞ!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 突然、俺から強めの指摘したためか、沼野は動揺と身じろぎを隠せずにいる。そして、焦ったように、震えた声で、唇をゆらした。

 

 

「え、ええ~?何か違ったでござるか?朝衣殿は、首を絞められたことによる、窒息死のはずでは?」

 

「一体どこからその情報仕入れたですか?事実から大きく乖離してるです」

 

 

 呆れたように、首を左右に回す雲居。俺は彼女の否定に続くよう、【モノパンファイル Ver1)を取り出し、沼野へと見せつけた。

 

 

「沼野、このモノパンファイルをよーく見てみてほしい」

 

「ううむ、これはこれは。中々の一品ですなぁ……ん~200万円!!」

 

「何でいきなり、出張鑑定が始まっているさね……」

 

「何故……バレてしまったんですカ…!コイツの制作費ガ…!」

 

「しかも合っているのかねぇ!?……いや、このパッドべらぼうに高すぎなんだよねぇ!!ああぁ…クワバラクワバラ……」

 

「貴様ら、黙して聞けぬのかぁ!!…沼野!金額如きに気を取られず、穴が空くまで見てみろ!」

 

「“如き”とは聞き捨てならないでござる!お金は大事にでござる!」

 

「思わぬ所で叱られたのだがぁ!?」

 

「……ではなく、ええと。穴が空くように見るも何も…ちゃんと裁判が始まる前に目は通したでござるよ~……雲居殿達も人が悪いでござる~……ひゅーひゅーひゅー」

 

「急に起こったと思えば、わざとらしく口部吹き出して……何だか忙しないですね」

 

「……まあでも、そのときは寝不足が祟って、少々目は曇り気味でござったがな!」

 

「語るに落ちちゃってんだよねぇ!?」

 

 

 堂々と、というか、身も蓋もない沼野の発言を聞いた俺は“ああ…そういえば”と、寝不足気味であったという、本人からのタレコミを思い出す。

 

 

「……沼野、モノパンファイルには、朝衣は『大量の水を体内に含んだことによる溺死』と書かれているんだ、首を絞められてもいないし、窒息死とも、厳密には今回の死因とは違う」

 

「本当ですか!?」

 

「な、何だってええええええええええええ!!!!!」

 

「……初めて知った」

 

「…何でお前らまで驚いてるんだよ…!」

 

 

 意識がぼやけていた沼野はともかく、湧いて出てきた小早川、陽炎坂、風切の驚きに、俺は戦慄した。

 

 

「まともにファイルに目を通してるのって、もしかして少数派なのかねぇ……常識人の自負は有ったんだけど…何だか自信が削られていく感じがするんだよねぇ」

 

「これで削られる自信って、どんだけ薄っぺらい地盤なんですか……コイツらがとりわけ別次元なだけですよ」

 

「別次元だなんて…っ、そこまで褒めなくても……テレテレ」

 

「小早川……それは決して褒め言葉では無いさね…」

 

 

 ………ともかく、一騒動はあったが、この議論のおかげで死体に関する概要は全員に行き渡った、ということになる。

 

 …これで、以降の議論が滞りなく進んでくれると良いんだが。

 

 俺が内心、そう独りごちていると、指摘を受けた本人である沼野が“ん~、少し良いでござるか?”とモノパンファイルを片手に、マトを得ない声を上げる。

 

 

「当てつけ、とは言わないでござるが…このモノパンファイル…Ver.1…?でござったか。よく見てみると、死体についての情報が、かなり曖昧でござるな」

 

「あ~言われてみればね~、死亡推定時刻とか不明だし~」

 

「死体“発見”現場は『第1倉庫』て書かれているからなぁ…実際に殺された場所は、また別やもしれん」

 

「えっ!殺された場所と死体発見現場は同じというわけでは無いんですか!?」

 

「一種の言葉遊びだね。僕も時々、詩を作りながら、どう嗜好を凝らそうかと考えているよ」

 

「お前の場合、“時々”じゃなくて“四六時中”の間違いです。……でも、この絶妙に適当かつ雑な仕事は、裁判をする側としては看過できないですね………モノパン?勿論クレームは随時受付中ですよね?」

 

 

 にらみ上げるように、雲居はイライラした感情をモノパンへとぶつける。他の生徒達も、睨むまでは行かないが、不機嫌な顔をモノパンへと向けている。しかし豪奢な椅子でふんぞりかえるモノパンには、ジャブともつかない衝撃というように、軽々しい態度を表わしていた。

 

 

「くぷぷぷぷプ……裁判が始まる前に言いましたよネ?この裁判は“100%公正に行われる”…と。そしてこのファイルも同様に100%公正に作られておりまス。これ以上書き込んでしまったら、シロとクロとの均衡が崩れてしまいますかラ……全ての真実は“キミタチだけ”で、導き出すのでス。不満をぶつけて何でも手に入れられるのは、赤ん坊までですヨ?」

 

 

 煽りに煽りを重ね、決して底を見せないモノパン。試すかのような応対に、俺達は三度ため息を繰り返す。…恐らく、ツッコまれること前提でこのファイルを作ったのだろう。

 

 …だけど、モノパンの言葉を逆に考えてみると、モノパンファイルに記載されていないことは、“クロにとって不利な情報”ということになる。図らずも俺達は、ヒントらしき物を得たことになってしまった。

 

 

「ケッ…ケチなパンダです」

 

「だからエセ紳士を脱する事が出来ないのだよ。懐が深すぎて、昔ながらの友人に借金を背負わされたボクを見習いたまえよ」

 

「完全に都合の良い人間扱いされてるだけなんだよねぇ…それ」

 

「連帯保証人は闇が深いよ~」

 

「と、とにかく。ファイル事態が曖昧なのであれば、その曖昧な部分から切り崩していくのはどうかと進言させもらうでござる!」

 

 

 ニコラス達の深淵に恐れを覚えた沼野が、尽かさず話の軌道修正にかかる。

 

 

「てことはあああああああああ!!!!!!まずは!!!!!!“いつ”!!!からだなあああああああああああああああ!!!!!」

 

「なーんだ。そんなの簡単じゃーん?へーいドクター雨竜!」

 

「むぅ?どうした、水無月。そんなに目をキラキラさせても、ワタシのポケットに忍ばせたキャラメルはやらんぞぉ…」

 

「誰が物乞いをするために呼ぶかーー!検死結果だよ!け・ん・し・けっ・か!。キミの努力の結果を発表しちゃいなよユー!……でも後でキャラメルはちょうだい!!」

 

「結局釣られてるんだよねぇ」

 

「ううむ…わかった。いや、この“わかった”は、菓子の件についての了承では無い。予め言っておく。では……拙いながら、朝衣の検死結果を報告させて貰おう」

 

「変に細かいところが無ければ、そこそこ恰好は付くんだけどね…ままならないもんだよ」

 

「くぷぷぷぷ、良い感じに議論が成立し始めてきましたネー。ワタクシは実に嬉しいですヨ!ウンウン」

 

「人との言葉の交わりは、美しさの源でもある…まさか白と黒のカラクリと、同様の意見を持ってしまうとは……生きてみるものだね」

 

「な~に勝手に共有し合ってるですか。マジキモいですよ」

 

 

 雨竜の経験に基づいた、朝衣の検死。捜査のすがらで聞いた話では、“モノパンファイルは正確”という位しか聞いていない。…一体どんな議論になるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「数十分前に行った、朝衣の検死結果だが…」

 

「残念ながら具体的に何時間前、と断定することは【できなかった】」

 

 

 マジでござるか…

 

              マジなの~

 

 マジなのかねぇ

 

 

「んん?…どうしてなんだい?」

 

「素人意見だけど…」

 

「瞳孔とか体温で、『死亡推定時刻を割り出す』って、どこかで聞いたことあるよ?」

 

                       

                        テレビかなんかで聞いたことがあるんだよねぇ!

 

 カルタの体温は平温であります!

 

             お前には!!聞いて!!!無いんだぜええええええええ!!!!

 

 

「…ううむ。確かにそうなのだが」

 

「朝衣の体温が、『異常に低下』していてな…」

 

「精密な時間を割り出すまでには至れなかったのだ」

 

「断言するにしても…ワタシが検死をする【3時間以上前】…としか」

 

 

 3時間前ですか…

 

           あたし達が炊事場に着くよりもずっと前なんだよねぇ

 

 

「だったら簡単じゃないですか」

 

「その数時間前に殺されたんですよ…」

 

「例えば…」

 

「昨日の【深夜頃】…とか」

 

 

                確、かに…

 

 蛍ちゃんの意見に、賛成だよ!

 

 

「言われてみればね~」

 

 

「炊事場へは誰でも【好きな時に】行けましたからね」

 

 

「…真実はいつも1つ。それは決して覆されることのない、この世の真理…」

 

「まさに、雲居さんの答えが。その『真理を謳ってる』に等しい…」

 

「そして裁判は、終焉へと向かっていく…」

 

 

 う~む…頭が追いつかないでござる

 

            深い意味は無いと思うよ~

 

 そっとしておくのが吉なんだよねぇ

 

 

 

 

 

 

【沼野と風切による監視体制)⇒【好きな時に】

 

 

「それは違うぞ!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「え~っと…今の反論は~一体どっちに言ったのかねぇ?小早川さん?それとも、落合君?」

 

「……小早川の方だ」

 

 

 議論の終盤という中々に紛らわしいタイミングで意見を挟んでしまったせいか、数人がタイミングについて疑問符を上げる。俺は口をへの字にしながら頭を掻き、正しい指摘先を口にする。

 

 

「えぇ…?でも、どうしてですか?炊事場は、いつでも自由に解放されてるスペースですよね?」

 

 

 俺からの反証に、小早川は、多少の怯えは見られるが、率直な疑問を挙げる。

 

 

「忘れたのか……?昨夜の、天体観測を終えた後のことを」

 

「えっと~……………………………………何がありましたっけ?」

 

 

 えらく長い溜めを置いたと思ったら、この返し。俺はガクッと肩を揺らした。

 

 

「折木殿…ここは拙者と風切殿が…」

 

 

 俺は、これからどう答えたものかと思考していると、沼野と風切が、助け船の如く、議論に乗り出してきた。

 

 

「梓葉…その好きな時に炊事場に移動するっていうのは…不可能」

 

「不可能…なんですか?」

 

「随分ときっぱりしてるですね…根拠はあるんですか?」

 

「勿論でござる。昨晩、拙者と風切殿は噴水広場で“見張り”を行っていたのでござるからな」

 

「…みは、り、って?」

 

「見栄を張るを略して、見張る、だよね!」

 

「全く違うぞぉ!貴様ぁ!わざとやっているのか!」

 

「いや、どう見てもわざとさね」

 

 

 沼野、風切の2人が雲居の疑問を受けとると、当事者である2人は、スラスラと、根拠を口にする。その“見張りというキーワードに、雲居だけでは無く、贄波も疑問の声を出す。何だか、余計な話しも付随してきているが。

 

 

「……遡ること、昨日の夜。風切殿が何やら“胸騒ぎ”がすると言うので…急遽、8時半頃、噴水広場にて見張りを敢行したのでござる」

 

「…わたしが炊事場側を、浮草がログハウスリア側を見張ってた」

 

 

 1つ1つ、長すぎないよう要点をまとめ、沼野が話し、風切は補足を添えていく。ここまでは、俺が沼野達から聞いている情報に相違は無い。

 

 

「ふーん、胸騒ぎ…ねぇ。それってやっぱり、動機発表があったから起きちゃったとか?とか?」

 

「…うん。何か皆、よそよそしかったし。夜が1番危険だと思った」

 

 

 “胸騒ぎ”の経緯を、静かに、それでいて訴えかけるように、風切は理由を話す。俺は、日中ずっと部屋に居たからよく分からないが…多分、風切からしたら、いつもの皆と雰囲気が少し違っていたのだろう。

 

 風切の言葉に、少ない人数が妙に納得していることから、その根拠を頑強にしていた。

 

 

「でも、どうして噴水広場だったんですか?」

 

「ん……エリア間の移動には、中継地点の噴水広場を通らなきゃいけない。だから、見張ることで、怪しい通行人を検挙できるし、抑止力にもなると思った」

 

「つまり、炊事場で犯行を行うなら…必ず噴水広場か、その周りの森をを通らなきゃならない。だから、“好きな時”に炊事場に行くことはできない、という意味でござる」

 

「真夜中にそんな機微なことまでわかるもんなんですか?」

 

「私たちは夜目が利く。噴水広場の周りの森を通ってても、すぐに分かる」

 

「おお、いつもより風切の言葉数が多いぞ…珍しいな。うむ、実に珍しい」

 

「普段はもっと、細切れの、ぼそぼそな口調だからねぇ…」

 

「それに~、一語一語が少ないから~、説得力が感じられるよ~」

 

「きっと風切も、この状況で話すのを怠けてる場合じゃないって思ったんさね。中々良いところが有るじゃないか!」

 

「……話し疲れた。……寝る………グゥ」

 

「と思ったら、寝るのかい!」

 

「立ったまま寝たんだぜえええええええええ!!!!」

 

「無駄に器用なんだよねぇ!?」

 

 

 風切は鼻提灯を出し、議論そっちのけで睡眠学習をし出す。一方で、2人の意見に、雲居は“成程、なら難しいですね”と、納得する。しかしその顔には、納得以外に、別の疑念が漏れ出ているのがわかった。

 

 

「じゃあさ~2人が言ってる~その通行人の中に~?怪しい人は居なかったの~?」

 

「確かに!何か黒タイツっぽい人とか見かけなかった?明らかに“犯人ですよー”って感じの」

 

「そんな現実離れした輩がいたら、犯人逮捕に苦労はしないよ?キミ……まあでも!このボクには!黒ずくめ以前に、誰が怪しいのか見当はついてるからね。何て言ったって、超高校級の名探偵だからね!」

 

「ニコラス、くん。ちょっと、うる、さい」

 

 

 長門達は、見張りの最中、具体的にどんな人が通ったのか、不自然な行動した者は居なかったのか等など、具体性を求めてくる。

 そして、その質問に対して俺は、手元にあるこの証拠で、それに応えることが出来る。

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【通行人の調査結果)←

 

 

「これで、証明するっ!」

 

 

 

 

「その日の夜に不自然な動きをしていた生徒は…居なかったんだ。…これがその証拠だ」

 

「ああ、拙者達が伝えた。通行人の調査結果でござるな。いや~我ながら良く眠らず見張れたでござるよ!」

 

「……新記録。…グゥ」

 

「今の寝言なのかねぇ!?」

 

 

 俺は沼野達から予め聞いていた、通行人の調査結果を示す。全員その結果を見据え、それぞれ、頷いたり、首を傾けたり、様々な動きが見られていた。

 

 

「9時頃に反町達がログハウスエリアへ…、深夜1時頃に折木達が、そして朝の6時頃に小早川と古家が……かぁ。折木達の言うとおり、不可思議な動きをしている者は見て取れんな…」

 

「怪しい動きどころか、炊事場へ行く素振りがあるのは、小早川と古家の2人だけ。しかも朝さね……この時間帯に殺された……ていうのは、雨竜の検死結果と外れるさね」

 

「……だったら私の推理が大分崩れてしまうですね。…私はてっきり、朝衣が夜中に倉庫へ行って、殺されたと思っていたですから……」

 

「そ、そんな推理を既に…さすがです!…私なんて、今晩のおかずは何にしようかとしか考えてなかったです…はい…」

 

「まだその議題まだ引きずってたのかねぇ!!」

 

 

 途中出た雲居の意見は、数人の生徒の頭によぎっていた考えだったのだろう。贄波や、…多分落合もうなずいていることからも、その推理の妥当性が窺えた。

 

 

「んん~?じゃあさ~、朝衣さんは~?いつ炊事場へ~行ったんだろ~ね~?」

 

「何時でも、良いじゃないかな?人間というのは、人生という牢獄の中だけでも、自由にあるべきだからね」

 

「お前は帰って寝てるです」

 

「…拙者達の見張りをかいくぐって、こっそり森の中を抜けて行くにしても…そんなにコソコソして行く必要が無いでござるし…」

 

「ものすごい影が薄かったから、誰にも気づかれなかった!……とかは、あり得ないですよね……すみません。ちょっと隅に寄ってます……」

 

「何か勝手に意見出して、勝手に暗くなっちゃったんだよねぇ!大丈夫だから!まだ否定されてないんだよねぇ!!」

 

「…否定はする気だったのかい」

 

 

 “朝衣はいつ炊事場に行ったのか…”その議論が停滞を見せ始め、どう終止符を打つかどうか、もしくは議論そのものを切り替えるか、という遅延した空気が流れ出そうとしている……と。 

 

 

 

 

「――そのことについてやったら…ウチが知っとるで」

 

 

 

 

 そこまで重要な役どころとは思えないが、それっぽい雰囲気を身に纏い、仁王立ちで、お手洗い帰りの鮫島が満を持しすぎて登場を果たす。

 

 

「さ、鮫島君!随分長いトイレだったねぇ」

 

「…遅すぎ」

 

「重役気取りですか?自分の身分をわきまえるですよ」

 

「あっ!拙者と同類の鮫島殿でござる!」

 

 

 賑やかな歓迎か、もしくは野次が飛ばされ、手痛い傷を次々と刻まれる鮫島。さすがのヤツも表情を引きつらせ、若干身じろぎをしている。

 

 

「……何か皆、辛辣すぎひん?しかも同類ってなんや。いつからウチとあんさん同系統になったんや?しゃしゃんなや」

 

「返しが雲居殿くらいに辛辣でござる!?」

 

「…ていうか、一体今まで何をしていたんだい?…ミスター鮫島。既に物語は佳境を迎え、このボクが華麗なる推理ショーを始めようとしている最中だというのに」

 

「鮫島がどうしようも無い人間ってことで、議論は可決したところだよ…さっ、早く両手差し出しな」

 

「それホンマ?弁護士も無し?」

 

「無しも無しです。さすがの裁判官も首を振ってるですよ」

 

「末期やん。人類全てに平等な裁判官が首振るって、もう人として見られてないやん」

 

 

 いつもは常識人側に居るはずのニコラスと反町でさえ、鮫島への弄りは及んでいる。これは愛されているのか、ぞんざいに扱われてるのか…………十中八九、後者であろう。

 

 

「……悪ノリはそこまでにしよう皆。鮫島、さっきの話を、もう少し詳しく聞かせてくれ」

 

「…ほら、アホづらはそのままで良いから、席つきな」

 

 

 俺と反町の言葉に、“はぁ…よかった”とひどく真面目に安堵する鮫島。もしかして、本当に議論が終わるとでも思っていたのだろうか。

 

 

「いやーすまんな。何か議論がえろう白熱しとったから、出るタイミング完全に見失ってもうてたんや。まっ、遅ればせながら、ヒーロー参上っちゅうとこや」

 

「じゃあ途中までだったら、話しの内容は理解できてるってことで良いですね?」

 

「ああ勿論やで。今晩のおかずの話をしてた辺りからなら、聞いとるで」

 

「ものっそい最初の方なんだよねぇ!」

 

 

 とんでもなくタイミングを見誤っていたらしいな……。まあ、盛り上がった会話の中に、シレッとしながら入るのは、俺でも、誰でも至難の業だと思う。

 

 

「んでんで、鮫島くんや式ちゃんが炊事場エリアにいったタイミングを知ってる~って言ってたけど、それってどういうことなのかな?」

 

「そらーもう、そのまんまの意味や。ウチと朝衣が天体観測を抜けた後……大体8時半ごろやな。途中まで一緒にお話して、帰っとったんや」

 

「それは!!!知らなかったんだぜええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 

「ええええ!全然きづかなかった!」

 

「あんさんら、爆速で帰ってしもうてたやん。ま、美人の朝衣と2人切りでお話出来たからええんやけど……」

 

 

 先に天体観測を切り上げ、グラウンドを後にした陽炎坂、水無月、鮫島、そして朝衣。その中でも、鮫島と朝衣は、何処までか分からないが、途中まで一緒だったということか………………ん?待てよ?

 

 

「つまり、鮫島は、途中まで朝衣と帰って、途中で別れて、そのまんま帰宅したってことかい?」

 

「せやでー」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

 

 

 

「ん?何や何や?この居心地の悪い空気…」

 

 

 謎の静寂を、裁判中が満たす。どういう沈黙なのかは、俺も、何となく察することができる。

 

 

「鮫島あああああ!!!お前!!!!!今!!めちゃくちゃ怪しい発言を!!!したんだぜええええええええええ!!!!!!」

 

「な、なんやてぇ!!!どこや!どこらへんや!」

 

「朝衣さんと一緒に帰ったって部分なんだよねぇ!もう怪しいどころか、決定的かもしれないんだよねぇ!」

 

「御用だ!御用だ!」

 

「い、いや、違うで!ただ少しお茶したいなぁ…思うてたんやけど…殺すまでは…」

 

「そうでござる、皆の者、さすがそれは早計すぎでござる……」

 

 

 不味いな、いきなりのカミングアウトに、皆少し興奮気味な状況になってしまう。当の鮫島も、何だか本筋とは関係ない感想まで話し出し、議論が乱れ始めてしまっている。

 

 

「ん~、でも~多分朝衣さんが~最後に会ったのって~もしかしなくても鮫島くんっぽいし~」

 

「アンタぁ……どこまで本当か分からないけど。ちゃんとありのままのこと言いな。余計な話は無しだよ!」

 

「多分んなこと言っても。要約適正ゼロの鮫島だったら、すぐ関係ないこと口走るとおもうですよ」

 

「…何かうるさい」

 

「この状況でよく寝れてましたね!?」

 

 

 本当に鮫島が犯人かどうかは分からない今。皆は怪しいという方向に流されてしまっている。しかし、それを否定する材料は、“現時点で”俺の手元には無い。……だったら、“議論の最中”に証拠を見つけ、この議論を乗り越えていくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『議論に突入する前にこんにちは』

 

『鮫島君が大ピンチというこの状況。今折木君の手元には、その現状を打破する証拠はぶっちゃけ有りません』

 

『とんだ準備不足ですね』

 

『それなら自分の力では無く、“他人の力”を借りてしまいましょう』

 

『ノンストップ議論において、【】や『』で囲われた発言は、論破、同意するだけでは無く、利用することも出来ます』

 

『所謂、“コトダマ吸収”です。原作にもそれらしきシステムは存在するので、きっと分かってくれますよね?』

 

『……それでは、引き続き本小説をお楽しみ下さい』

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「せやからウチは!」

 

「途中まで【朝衣と帰ってただけ】なんやて!」

 

「炊事場にまで付いてった記憶も無いで!」

 

「もちろん、『お茶もしとらん』!」

 

 

 偉く必死に否定するですね

 

                   墓穴を掘ってる感じがするさね

 

 

「お茶をしてたかはともかくとして」

 

「朝衣と昨晩、一瞬でも【2人で居た】ってことが重要なんだよねぇ!」

 

 

 も、もしや!2人だけで怪しげな夜を…

 

                        ……黙れ、沼野

 

 

「もしかしたら本当に!!!」

 

「炊事場に行ってたかもしれないんだぜええええええ!!!!!」

 

 

 た、確かにですね!

 

 

「嘘の可能性は捨てきれないってのは…」

 

「『アキレス腱』を打ったときくらいに痛い話しだね!」

 

 

 お、おう…?

 

          どういう、こと?

 

 

「痛い、痛く無いは別として」

 

「『鮫島殿は無実』でござるよ!」

 

「決めつけたような議論は、あまり感心しないでござる…」

 

 

 その通りだぁ!!

 

             熱くなっているのは確かさね…

 

 

「でもでも~、【証拠も無い】し~」

 

「【証人もいない】んじゃ~」

 

「疑ってくれって言ってるようなものじゃない~?」

 

 

 

 

 

 

『鮫島は無実』⇒【証人もいない】

 

 

「お前なら、証明できる!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「沼野……。お前、鮫島の話で、何か知っていることがあるんじゃないか?」

 

「本当ですか沼野さん!?是非是非、お聞かせ下さい!!」

 

 

 俺は、心当たりを見せる沼野に矛を向け、意見を言うように促す。きっと何か、鮫島が怪しいというこの場の流れを翻す、証言を持っているはずだ。

 

 

「事件にとってここまで重要なことになるとは思わず、今まで黙っていたのでござるが……実は、見張りをしに噴水広場へと向かう途中。鮫島殿と“会っていた”のでござるよ」

 

「ほ、本当なのかねぇ!だったら、鮫島君から怪しさが無くなってくれるんだよねぇ!」

 

 

 鮫島への疑いの波紋を抑える沼野の発言に、動揺と同時に、どこか安堵したような空気が走る。しかし、当の鮫島は、納得がいかないのか、腕を組み、小さくうなり声を漏らす。

 

 

「…あれ?せやったっけ?ウチ沼野とおうとったっけ?」

 

「いやバリバリ会っていたでござるよ!ちゃんと夜の挨拶もしたでござろう!」

 

「……………すまん、知らん人には、声かけられても無視するように、母ちゃんに言われとるんや」

 

「擁護したのにこの仕打ち!ガッデムでござる!善意は人のためならずでござる!!」

 

「沼野、落ち着くです。……………そうです!落ち着くにはまず痛みを感じた方が良いです、さっ、ゆっくりでいいから舌を噛むです」

 

「自害しろと!拙者に今ココで命を絶てというのでござるかぁ!」

 

「無理です!私にはできません……うううう」

 

「うおおおおおおおお!!!!!恐怖が!!俺を!!邪魔するんだぜええええええええ!!!!!!」

 

「何か面倒くさい連中まで追随してるんだよねぇ……むしろ落ち着きが無くなってる気がするんだよねぇ」

 

 

 話は、着実に進んでいるはずなの…だが、とてもどうでも良いことで脱線してしまうこの状況。余計な時間がかかってしまうのは、裁判の終わりの決定権を持っている、モノパンの機嫌を考えると、避けたい所なのだが…。

 

 

「と、ともかく。鮫島の意見を信用に足るものとして考えると……朝衣が炊事場に向かったのは“8時半頃”、ということになるのか」

 

「でも。どう、して、炊事場に、向かったの、かな?」

 

「喉渇いたー、とか小腹空いたーとか、そんな感じやないか?ウチもたまに、夜にこっそり甘いお菓子食いたくなるし、気持ちは分かるで~」

 

「あ~わかります。甘~い和菓子とか、良いですよね!」

 

「はっ?ウチは洋菓子派やで?」

 

「急に好みで対立してしまいました!?」

 

「……ほう。夜中の間食とは、良い度胸じゃないか。アンタら………!」

 

「「あっ…」」

 

 

 鮫島と小早川の他愛も無いやりとりを聞き、静かに反町が怒る中。少しうつむき、雲居はお下げをゆらしながら、俺達に聞こえるような声音で、“いや…”と一言。

 

 

「……もしかしたら。もっと別の理由かもしれないです」

 

「別の…理、由…?」

 

「そうです。折木、“あれ”…ちゃんとメモしてあるですよね?それを皆に見せるです」

 

「なんや、朝衣の黒歴史ノートでも公にする気か?それはあかんよ。ウチも経験あるから分かる」

 

「……ワタシは決して顧みんぞ。我が日記(ダイアリー)に、嘘は無い…」

 

「過去にどんなくすみがあったのか…計り知れないんだよねぇ…」

 

「折木…アホ共はほっといて、さっさとするです」

 

「……分かった」

 

 

 雲居が差しているのは、恐らく“アレ”のことだな。……あながち鮫島達が言及していたものが完全に、的外れでは無いと言うのが、何とも恐ろしい話しだ。

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

【朝衣の日記)←

 

「これだっ!」

 

 

 

 

 

 

「雲居。お前が言っていたのは、この“メモ帳”のこと、だよな?」

 

「それは……朝衣の…?」

 

「そうです。皆も何度か目にしていると思うですが……それは朝衣が四六時中肌身離さず身につけていた、メモ帳です」

 

「胸ポケットにしまってあったやつやな…えらく印象に残っとるわ」

 

 

 覚えのある生徒は、大きく頷き、鮫島に同調する。だけど、問題なのは、この朝衣のメモ帳の“中身”の方だ。

 

 

「ああそうだ……そしてこのメモ帳には、朝衣の日記も併行して書かれていたんだ」

 

「ええっ!それはダメなんだよねぇ!デリカシーに欠けるんだよねぇ!下手したら村八分にされちゃうんだよねぇ!?」

 

「……何でそう変なところでストップが入るのか、アタシには理解しかねるよ」

 

「しかしミスター折木。それがミス朝衣のメモ帳ということは分かったが……随分と書き込まれているじゃないか……その文章の何処に注目すれば良いんだい?ミスター折木」

 

 

 中々の文章量の日記に目を落とし、何かに気づいたかのような笑みを浮かべるニコラスは、俺に答えを促すが如く、キレイなパスを放つ。

 

 

「……恐らく、だが」

 

 

 

 

 

 

【スポットセレクト】

 

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監禁生活:1日目

 

 考えを整理する際、一度文字に起こすとまとまりやすいということから、日記をつけてみようと思う。今日の正確な日付は分からないので、この施設で目覚めた日を『1日目』と定義し、以降日にちを数えていこうと思う。

 

 監禁生活、永遠の共同生活、コロシアイ……とんでもないことに巻き込まれてしまった。精神的な猶予を考えれば、一刻も早くこの悪趣味な空間から脱出しなければならない。いつ誰が発狂してまうかも分からないのに。しかし、施設の隅々まで調べたり、新入生の皆に話を聞いてみても、脱出の糸口は今だゼロ。欠片どころか、塵も掴めない状況だ。何としてでも此所から脱出し、世界にこの事件を報告しなければならない。それがジャーナリストとして私にできることだからだ。

 だけど、今焦っても仕方は無い。地道に、かつ迅速に手立てを考えなければならない。無論、犠牲者をゼロのままでだ。

 

 しかし、『ジオ・ペンタゴン』…世界の機密重要施設については大方把握しているつもりであったが、そんな施設一度だって聞いたことが無い。このままでは超高校級のジャーナリストの名折れになる。こちらについても、早い内に調べをつけておかなければ。

 

 

 ――この施設について気づいたことが記述してある――

 

 

監禁生活:2日目

 

 新入生の皆と食事をした。思った以上に皆の精神は安定していたので、内心ホッとした。しかし、私が議論を焦ったばっかりに、皆との間に不和が生じてしまった。これから少しずつで良いから改善して、この遅れを取り戻そう。

 

 午後は、できるだけ皆の行動に目を光らせていた。危険な行動を起こしている人が居ないかどうかを見張るためであり、あくまで最悪の可能性を考えての行動だ。幸い、目立った動きをしている人はいなかった。だけど、グラウンドを四六時中叫びながら走っていたり、1人で漫才していたり、お人形さんと対話を図っていたり、空を見上げながらたまに高笑いしたりと、奇行が目立つ生徒は居た。監禁生活抜きにして、学園生活の先行きが不安になってきた。

 

 ……それと落合君、音も無く背後に立たないで。本当に心臓に悪いから。

 

 未だ脱出の目処は立たなかったが、1つ気になることがある。私がいつも持ち歩いているメモ帳についてだ。ここに入学する前は、かなり使い込んでヨレヨレだったのに、新品に変わっていた。気絶している間に、すり替えられたのかしら?

 

 

 ――俺達と話し合った内容が事細かに書かれている――

 

 

監禁生活:3日目

 

 今日は運動会があった。途中までは私達のチームが優勢だったのだが、最後の最後で私が足を引っ張ってしまった。本当に申し訳ないことをしてしまった。柄にも無くシクシクと泣いてしまった。折木君が洗って返してくれたハンカチをまた濡らす羽目になってしまった。

 ポストに手紙が一通投函してあった。この日記を書き終えたら、読んでみようと思う。

 

 

 

 ……この部屋に居続けるのは危険かもしれない。しばらくは“あの場所”を使うことにする。

 

 

 ――ジオ・ペンタゴンの規則が羅列され、数カ所に赤い線が引かれている――

 

 

監禁生活:4日目

 

 動機発表があった。皆の顔が青ざめていくのが、目に見えて分かった。今日だけは本当に不味いかもしれない。

 

 とにかく、“あの場所”に一旦避難しよう。“規則”の隙をついたあの場所なら、誰にも気づかれず、夜を明かすことが出来るだろう。

 

 

________________________________________________

 

 

 

 

 

“あの場所”←

 

 

「ここだっ!」

 

 

 

 

 

「このメモの中で、皆に注目して欲しいのは……3日目と4日目の最後の文章に書かれてる“あの場所"という言葉だ」

 

「……“あの、場所”?、って?」

 

「この部分がどうかしたのかねぇ?えらく曖昧な表現だけど」

 

 

 俺が言おうとしていることを、早くに理解している生徒もいるが…大半は首をかしげている。もっと、奇をてらわず、ハッキリと言わなければ。

 

 

「“あの場所”っていうのは、恐らく、事件が発生した“炊事場”を差している…俺はそう思っている」

 

「へぇ、それは初耳ですね。……でも、概ね私と同じ意見みたいなので特に反論は無しです」

 

「うへぇ……お二人とも、どこまで推理できてるんですか?私まだ、メモ帳に書いている漢字を、読み切れていないのに…」

 

「小早川……後で、小学生用の漢字ドリル渡しとくよ」

 

「……ここまで来るとさすがに不憫」

 

「何でお通夜みたいな雰囲気になってしまうんですか!?それに小学生って…数字くらい漢字で書けますよ!」

 

「どうフォローしたら良いのか分かんなくなってきちゃったよ~…」

 

 

 数人の生徒から、何というか、微妙に生暖かい目で見られる小早川。…国語なら、俺も不得意では無いから、教えてやれたら教えよう。

 

 …だけど今重要なのは、この日記についてだ。

 

 

「3日目の時点では“あの場所を使うことにする”と書かれていたが…4日目には“あの場所に避難する”と表現が変わっていたんだ」

 

「その“場所”を、“炊事場”に置換するとぉ……」

 

「ミス朝衣は、3日目から炊事場に身を隠していた……と解釈できるね」

 

「……そう、そして朝衣が部屋で夜を明かしていなかったという“根拠”もある」

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【埃の積もったベッドシーツ)←

 

 

「これで証明する!」

 

 

 

 

 

 

「朝衣の部屋を探索したときに、雲居が見つけてくれた証拠だ」

 

「朝衣のやつ、ここ数日ベッドを使ってなかったみたいなんですよ。だから、こんな風に薄~く、埃が積もってしまっているです」

 

「ほんと、だ。1回、でも、使われてたら。こんな層、できないもん、ね」

 

「灰かぶりの毛布こそ、真実を導き出すための鍵になる……。目の付け所がこうもかみ合ってしまうのは…偶然か、はたまた必然か…」

 

「正直どっちでも良いよ~」

 

 

 ベッドの上の埃、というミクロな視点の話しから、少しずつ朝衣の行動が分かってきた。…が、微妙に表情をしかめる鮫島は、“はい”と大きく手を上げる。

 

 

「朝衣がベッドやなくて、布団派だっただけっちゅう可能性はあるんけ?」

 

「……クローゼットの中も見てみたが、それらしき寝具は備わっていなかった。これも雲居が確認済みだ」

 

「成程、わざわざ部屋で雑魚寝をする、というのも不自然でござるしね」

 

 

 俺達が提出し続ける証拠の数々に、生徒の“殆ど”が納得の声を出す。だけど……鮫島がさっきまでの俺と同じ意見を出してくるとは……もしかして、発想だけだったら、俺は鮫島レベルなのだろうか?

 

 俺は、胸の内で不安を覚える。明らかに鮫島を馬鹿にしているような話しだが。

 

 

「にゃるほどぉ……それじゃあ、式ちゃんが部屋に戻らず、炊事場で夜を過ごしていたってのは……確定ってことなのかな?」

 

「ああ、これまでの証拠と見比べてみると――――」

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

 「ちょいと待ちなあ!!!」

 

 

            【反論】

 

 

 

 

 

 

 朝衣が炊事場へと向かった、ということを結論づけようとした矢先、反町の怒号のような反論が裁判上内に響き渡る。いきなりのストップであったためか、先ほどの沼野と同様、面を食らってしまった。

 

 

「アンタらの言う“あの場所”ってのが炊事場を差してる…ってことは、ぶっちゃけた話、どうでも良いことさね」

 

「ど、どうでもいい事なのか…?」

 

「だけど!朝衣のやつがそこまで怯える理由が理解できないさね。女らしくないったりゃ、ありゃしないよ」

 

「その女らしい女に含まれるのって、反町さんくらいな気がするんだよねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『突然の反町さんからの反論……驚かれましたか?』

 

『驚きませんでした…?…それはちょっぴりガックシ』

 

『でも、ゲームでもあった有名なカットインなので、本小説でも突然利用させていただきました』

 

『…さて、このような反論が入った場合、“反論ショーダウン”なる1対1の議論が開始されます』

 

『原作では、“切り返し”というものがありますが、今回はそのシステムは無く、そのまま自動進行していきます』

 

『そしてノンストップ議論でも出てきた【】で囲われた、“ウィークポイント”…こちらを彼女の発言から折木君が引き出し、論破していきます』

 

『正しい言弾(コトダマ)…ならぬ言刃(コトノハ)で、です』

 

『以上になります。引き続き本小説をお楽しみ下さいませ』

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「朝衣の日記に書いてた」

 

「“あの場所”ってのが炊事場を指してる…」

 

「確かに、今までの話しをまとめれば」

 

「そんな結論に至るのは頷けるさね」

 

 

 

「そこまで分かっているなら…」

 

「一体何に納得してないんだ…?」

 

 

 

「だけど!」

 

「だけど!」

 

「朝衣が炊事場で身を隠してたー、なんて」

 

「そんなすぐに納得できるわけ無いよ!」

 

「どうしてそこまで怯える必要があるさね!」

 

「朝衣がそこまで【怯える理由】が分からない以上は」

 

「3日目だとか」

 

「4日目に」

 

「炊事場に避難する意味が、理解できないよ!」

 

「もしかしたら本当に、ただ飲みものを取りに行っただけの可能性もあるさね!」

 

 

 

 

【朝衣に送られた手紙)⇒【怯える理由】

 

 

「その言葉!切らせて貰う!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 反町は朝衣の行動云々では無く、“どうして”そんな行動を起こしたのかに納得がいっていなかったらしい。だったら、その“理由”を提示してしまえば良い。

 

 

「反町……朝衣は何も、風切みたいに嫌な予感がしたから避難したってわけじゃ無いんだ……“確実に自分の身が危ない”と察することが出来たから避難をしたんだ………これを見て欲しい」

 

 

 俺は、敢えて注目をむけるよう“例の手紙”を、反町に向けて突きつける。

 

 

「手紙……あっ!もしかして……!」

 

「それなら!!!!俺も!!!!同じ物を!!!!!!持っているんだぜえええええええええええええ!!!!!!!!」

 

「それって、あの……ええと、どー、どー、……」

 

「“動機”やな。朝衣が殺されてしもうた日の朝に配られた、モノパンからの手紙や…」

 

「そ、それです!はい!」

 

「だった1通の便箋……忌まわしくも有り、そして心を一瞬で蝕む言葉の兵器。僕の記憶にも新しいよ」

 

「何かやっとまともな発言をしたような…していないようなねぇ…」

 

「ああ、鮫島と落合の言うとおり、これはモノパンから朝衣に向けて書かれた“動機の手紙”だ」

 

 

 モノパンによってしたためられた小さな手紙。短い文章しか書かれていないが、受け取り側からしてみれば、自分の身に関わる、重大な内容が書かれている。…俺の場合はよく分からなかったが。

 

 そんなことは良いとして……当の朝衣の手紙だけは、他の全員とは明らかに配られ方が“異質”なのだ。

 

 

「でも、2通あるんだよねぇ!」

 

「そうです。朝衣だけ、何故か“2通”配られてるんです。落合が言うように、普通なら1通だけの代物なのに…です」

 

 

 雲居は頷き、この手紙の違和感を強調する。

 

 

「モノパンの手違いで~、内容がダブったのを~、渡しちゃったっていうのは~?」

 

「いや…内容を見比べてみると、似通っているようで、全然違うんだ。その可能性は低い」

 

「そもそもワタクシが、そんなチープなミスするはず無いじゃないですカ~。ミスるとしても、クリーニングし終わった服を渡す相手を間違える位ですヨ」

 

「十分エクスペンシブな間違いであるぞぉ!!」

 

「アタシはトランクスじゃなくて、ブリーフ派なんだよねぇ!」

 

「Lサイズ断固反対です!SSサイズ万歳です!」

 

「俺は!!!!!革靴!!!!!じゃなくて!!!!スパイク付きの!!!!ランニングシューズだぜええええええええええええええ!!!」

 

「ものすっごいどうでも良いシュプレヒコールだね!」

 

 

 モノパンの大小様々な問題を孕んだ問題発言に、生徒の殆どからブーイングが上がる。……微妙に脱線をし始めてしまった。

 

 

「ん゛ん゛っ!…そして!何より注目し欲しいのは……朝衣に宛てられた手紙の内容だ」

 

「ええと、何々…『朝衣様へ、皆様の中に裏切り者が紛れ込んでいます。…お気を付けて下さいまセ。モノパンより』『朝衣様へ、裏切り者が貴方の命を狙っています。…お気を付けて下さいまセ。モノパンより』…………………………えっ、これってっ」

 

「裏、切り、者…」

 

 

 裏切り者…その言葉を聞いた途端俺達の間で動揺が走った。

 

 

「え、えええ、ええええええ。そ、そんな、うら、裏切り者だなんて……!」

 

「まだ確定とは言えないが、今回の事件。その“裏切り者”によって、引き起こされた可能性がある」

 

「確かに、この文面からするとその線が濃厚だね。…しかしミスター折木。この2通が、“いつ配られたのか”、分かっているのかい?」

 

「それは私が証明するです。“裏切り者が紛れ込んでる”って書かれてる方が恐らく3日目に、“命を狙っている”と書かれている方が4日目に配られたんだと思うです」

 

 

 雲居による超高校級の図書委員としての見解を聞き、ニコラスは何か含みを持ったように“OK、分かったよ”と二言残し、そのまま口を閉ざした。

 

 

「でも、その2通の配られた順番に加えて、内容を照らし合わせてみると……作為的なモノを感じるさね」

 

「3日目に裏切り者が居ると朝衣の不安を煽り、4日目に意図して動かそうという魂胆が見えに見え見えだなぁ」

 

「まるきり、朝衣さん個人を狙った脅迫文なんだよねぇ……」

 

 

 3人が口にしたとおり、もしもその裏切り者によって引き起こされたことが真実だとするなら……この事件は、根本からきな臭くなってくる。俺達は同時に、小さな玉座にふんぞり返るモノパンを睨んだ。

 

 

「随分とちゃちなマネをするのだなぁ…モノパンよぉ」

 

「事件には関与せえへんとちゃうんけ?もろに関係しとるやん」

 

 

 明らかに俺達全員を殺し合わせるのでは無く、まるで朝衣個人に動いて貰い、その行動を利用して裏切り者に殺人を実行させる。やっていることは、“間接的な殺人”だ。

 

 

「くぷぷぷぷぷ……べぇつにィ~?ワタクシはただ手紙を出した“だけ”ですし、キミタチ全員に“1通だけ”手紙を配るだなんて……言いませんでしたよネ?」

 

 

 コイツ……!と、誰かが声を漏らす。悪びれもせず、さらには自分の発言の正当性を主張する。そのふざけきった態度に何人もの生徒が怒りを表していた。反町に至っては、青筋をたて、今にも飛びかかりそうな獰猛さを見せている。

 

 ――――だけど冷静になって考え直してみると……今の発言で、モノパンは、今回の事件に深く関与している。

 と言うことが分かった。表面上そうは見えなくても、今回の事件のクロと、結託し、そして朝衣個人を殺そうと画策し、そして殺人を成功させたことは、今のモノパンの態度で明白になった。

 

 

「モノパンばかり責めるのは当然ですけど……改めて考えると、この事件に協力した、どーしよーもないバカが、この中に紛れ込んでるんですよね?」

 

「そうとだも。残念ながらね…」

 

「……だから裏切り者」

 

「絶対に!!!引きずり出して!!!罪を!!!償わせて!!!やるんだぜええええええええええ!!!!!」

 

 

 陽炎坂は身をふりしだき、闘志をみなぎらせる。その意志に同調したように、全員、やる気、というか、絶対にクロを見つけ出してやるという、雰囲気を感じ取ることが出来た。

 

 

「……ここまでの事をまとめてみるとー、朝衣殿は拙者達が見張りを始める前に炊事場へ、危機感を持って避難したことは間違い無いとして……依然として曖昧なのは、朝衣殿の“死”についてでござるな」

 

「うーむ、殺された時間とかは…さっきの雨竜くんの検死結果から、午前7時よりも数時間前……多分深夜頃に殺されたと見て良いと思うし……死因も溺死で間違いない…けど」

 

「………けど?」

 

「どーやって溺死しちゃったんだろうな~、て。ファイルを最初に見たときからずっと考えてたんだよね」

 

「どうやって、て。ファイルに書いてある通り、水を体内に含んだことによる溺死、ですよ。どこがつっかかってるって言うんですか?」

 

 

 捜査を始めた直後から、水無月が頭をヒネらせている観点を、水無月自身が議題に出す。それを、何てことも無いと言う風に、雲居はその真意を捉えかねている。

 

 

「引っかかるモノは、引っかかっちゃうんだからしょうが無いじゃん。奥歯に食べ物が挟まってずっと気になっちゃうのと一緒だよ」

 

「ことわざにもなってるくらいだからねぇ」

 

「まあ、とにかくや。水無月がそこまで気になるっちゅうんやったら、そこんとこ深掘りしていこうやないか」

 

「疑問に思ったところはとことん議論していくべきですからね!」

 

「なんだか、少しずつまともな議論らしくなってきたって感じなんだよねぇ」

 

「俺も!!本格的に!!議論に!!!参加していくんだぜええええええええ!!!」

 

「最初っから本格的にやるさね……」

 

 

 “朝衣がどのようにして殺されたのか…”雲居は単純なことと言っているが、水無月はもっと複雑な問題であると思っているようだ。正直な話…俺はどっちが正しいのか、まだ分かっていない。…だけど、この議論を進めていけば、俺自身の答えを見つけることができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「朝衣さんがどんな風にして」

 

「溺死したのか、ですか…」

 

「何だか考えすぎて湯気が出てきそうです」

 

 

 まだ沸騰するのは早すぎな気が…

 

 

「そこまで熱心にする必要あるですかね」

 

「水を貯められる場所に、直接『顔を水に浸けられた』ってだけですよ。きっと」

 

 

 それなら単純で分かりやすい話なんだよねぇ

 

                    でも、決め、つけて良いの、かな?

 

 

「せやろか?」

 

「ウチ的には、昨日の夜の雨が怪しいと思うで」

 

「中々の勢いやったし」

 

「『大量の雨で溺れさせた』に一票やな」

 

 

 ……?

 

       ??????……

 

 ???……?

 

 

「意味がわからないよ~」

 

「そんな回りくどいことするより~」

 

「『湖を使えば』良いよ~」

 

 

 そういえばそんな施設有ったね!

 

           炊事場エリアの横にあるし…

 

 …可能性は高い

 

 

「至極、平明とした話しだね」

 

「湖に身を放逐し…」

 

「『体全体を水に浸して』しまう…」

 

「風が長年の親友(とも)のように寄り添い…」

 

「僕の心の霧が晴れたような気分だよ」

 

 

 我々の霧はむしろ濃くなったがな…

       

              話しは聞くだけ聞くさね                    

 

 

「わかんないけど!!!!!わかったんぜぇぇぇぇぇえええええええ!!!!!」

 

「犯人は!!!!」

 

「『水を使わず』!!!!」

 

「溺死させたんだぜええええええええええ!!!!!!」

 

 

 いや全然分かってるように聞こえないですよ…

 

 

 

 

 

 

【湿った朝衣の服)⇒『体全体を水に浸して』

 

 

「それに賛成だ!」

 

 

【BRAKE!!!】

 

 

 

 

 

 

「…落合の今の発言、当たってるかもしれない」

 

 

 皆と議論を積み重ね、意見を出し合う中で、俺は、直感的に、落合の意見に賛成の言葉を並べた。

 

 

「湖を使って溺死させたってところ~?」

 

「……いや、もう少し後の発言だ」

 

「やっぱり君にとっても、風は親友(とも)なんだね……共感を禁じ得ずにはいられないよ」

 

「それよりも、一個前の発言だ!」

 

「…体を水で浸すって言った部分」

 

「成程…! 死角を突かれた気分だね…人生とは、齟齬と誤解の連続だね」

 

「軽々しく人生を引き合いに出しすぎですよ。お前」

 

 

 中々進まない進行に、風切が軌道修正を施してくれる…が、その発言内容に、数人の生徒が難しい表情を作る。両手を挙げて、落合の意見に賛成、という雰囲気では無い。

 

 

「…だけど、ミス朝衣が水に身を沈めたいうのには勿論。キチンとした根拠があるんだろうね?キミ」

 

 

 ニコラスは話しの腰に手を添えるよう発言の真意を問う。それに俺は“ああ”と一言。直感的に賛同はしたが、改めて、証拠を見直すと、ちゃんちゃら的外れな話しでは、無さそうだ。

 

 

「…朝衣の死体を直に触ってみたときなんだが……服も、その内側の肌も、湿っていたんだ。満遍なくな」

 

「……何か言い方が妙になまめかしくて、セクハラしているみたいなんだよねぇ」

 

「折木はまだまともな感性を持っていると信じてたんですがね…」

 

「これはこれは…折木殿も隅に置けないでござるなぁ…」

 

「お、折木さん!嫌らしい発言はまずいですよ!師匠にぶん殴られてしまいます!」

 

「お前の師匠は俺の何なんだ…?」

 

 

 話しが妙に折れてしまったのと…俺の評価が何故か妙にあらぬ方向に落ち込んでしまった……が、話しの流れを正すように、ニコラスは大きく咳払いをする。

 

 

「ミスター折木の発言にはこのボク、ニコラス・バーンシュタインも支持しよう。ドクター雨竜、勿論、キミもだね?」

 

「…ああ、ワタシが検死したときに、死亡推定時刻が不明瞭になってしまったのも、その湿り気が原因だ。恐らく、水で体全体を濡らしたことで、体温が著しく低下してしまったのだろう」

 

 

 そして、死体の見張りをしており、最も死体の側に長く居た2人が、意見が事実であるということに、心強い説得力を持たせてくれる。

 

 

「おお、何か反論の隙が見えない人達が証人に回ってしまったんだよねぇ……」

 

「意見を言うのも…恐れ多いような…」

 

「…信憑性が高い」

 

 

 朝衣が“身体全体を見ずに浸して溺死した”、という意見が、かなり強固なものだと理解するやいなや、満場一致の雰囲気が“ほぼ”全員に広がる。

 

「では――」

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

「フルスロットルなんだぜええええええええええええ!!!!!!!!」

 

 

                           【反論】

 

 

 

 

 

 

「折木!!!!!!1つ!!!いや!!!もっと!!!!疑問がありありなんだぜええええええええ!!!!」

 

「陽炎坂…?何か納得できない部分が…?」

 

「そうだぜえええええええええええ!!!」

 

「…オーバーすぎる返事」

 

「だから!!!!話の!!!細部に!!!至るまで!!!!俺様の質問を!!!!論破してみせるんだぜえええええええええええ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「今ので!!!!!」

 

「納得することは!!!!!!」

 

「俺様にはできないんだぜえええええええええええ!!!!!!」

 

「俺様の!!!」

 

「意見は!!!!」

 

「聞き流しても!!!!!

 

「良いが!!!!!!」

 

「さっきの!!!!!」

 

「雲居の意見を支持するんだぜええええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 

 

 

「雲居の意見、というと……」

 

「水を貯めてから、そこに顔を浸けた事による溺死…」

 

「…だったな」

 

 

 

「その通りなんだぜえええええええ!!!!!!」

 

「倉庫の近くにあった!!!」

 

「キッチンの【シンクに水を貯めて】!!!!」

 

「そこで溺死させたんだぜええええええ!!!!!!」

 

 

 

「じゃあ体全体に付着していた水分はどう説明するんだ?」

 

「あれは顔を浸しただけで濡れたものとは思えないぞ」

 

 

 

「あれは!!!!!」

 

「昨夜の!!!!」

 

「雨が原因なんだぜえええええええええええ!!!!!!!!!!」

 

「朝衣を溺死させた後!!!!」

 

「【キッチンから倉庫へ移動させたとき】に!!!!!!!」

 

「濡れてしまったものなんだぜえええええええええ!!!!!!!!!」

 

「きっとなあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

【シンクの違和感)⇒【シンクに水を貯めて)

 

 

「その矛盾、断ち切る!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「陽炎坂……確かに、お前の推理にも違和感は殆ど無い。…1点だけを除いてな」

 

「1点、だけ、って?」

 

 贄波は、皆を代表するよう小首をかしげる。

 

 

「…“シンクを使った”って部分だ。捜査の時、シンクそのものに違和感があると言ったヤツが居る。―――鮫島、そうだったよな?」

 

「…………………………………ほえ?何や急に」

 

「…覚えてないのか?操作の時に言ってたろ」

 

「そのときの心境は何処へ行ったーー。お前にも思い出す機能が備わっているはずだーー」

 

「ああ~~~~~……せやったな。記憶の片隅で埃かぶって、サビてしもうてたわ」ホジホジ

 

「いや風化するの早すぎなんだよねぇ!」

 

「仕方あらへんやろ?いつものことや」

 

「いつものことです」

 

「いつものことさね」

 

「いつものことだね~」

 

「…ここまで他に認められると心に来るものがあるっちゅう話やな……とにかく。説明はさせてもらうわ」

 

 

 小さなコントを挟みつつ、鮫島は、俺に促されるまま、口を回していく。

 

 

「ほんなら皆さん。想像して欲しいんやけど、例えば自分は無抵抗の被害者で、首根っこ捕まれてしもうてて、目の前には水の溜まったシンクがあるとするやろ」

 

「……想像したくない光景なんだけどねぇ」

 

「…右に同じ」

 

「んで、そのまま水に顔を突っ込まれて、そんときあんさんらだったらどうする?」

 

「息をとめる~」

 

「辞世の句を詠むよ」

 

「そもそも、ワタシの身長で首根っこを捕まれるのかぁ?」

 

「私も身長が足らないです。自分で言うのもなんですけど」

 

「例えばの話言うとったんやけどなぁ…等身大の人間で考えてみーや」

 

「前半の連中は自分の個性出し過ぎだし、後半は自分に置き換えすぎなんだよねぇ」

 

「普通は抵抗するか、もがくかのどっちかだと思うよ?キミ達」

 

 

 中々に足並みが揃わない生徒達に、呆れたようなツッコミをかます鮫島、古家、ニコラス。そして、諦めたようにため息をつき、鮫島はそのまま、例え話を続けていく。

 

 

「そして……当の、キッチンに付属するシンクなんやけど……ソイツの外装にはひっかき傷や、周りに水しぶきの後なんかは見当たらなかったんや」

 

「成程ぉ!クロがシンクを利用してミス朝衣を殺した場合、それなりの“痕跡”が出てくると考えるのが妥当であるなぁ!」

 

「そうか!!!!なら俺様も!!!!!納得するしか無いんだぜぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!」

 

「へぇ~言われてみれば変な話なんだよねぇ…鮫島君、さっきの失言が嘘みたいな鋭さなんだよねぇ」

 

「人は見かけによらんさね…」

 

「アホ同盟と認識していたでござるのに……グスン」

 

「ま、まあ沼野さんも充分捜査に貢献してますし…何も出来ていない私よりも全然アホじゃないですよ…」

 

「なんやろな~褒められてるんやけど、手放しに喜び切れんな~」

 

 

 “やっぱり、コイツらの発言、気になるわぁ”の言葉と同時に、しかめっ面のまま話しを終止させた。

 

 

「う~む、その話が本当でござるなら、一体全体、朝衣殿はどこで溺死したのでござろうか?」

 

「やっぱり湖じゃない~?そこに朝衣さんをおびき寄せるか~、追い詰めて~、溺死させたとか~」

 

「いや…もし湖を使ったとしたら、叫び声が聞こえるはずではないのか?ヤツの声は良く通る。雨の中ではあったが、明瞭に響いたはずだ」

 

「ううむ…確かに、叫び声であったら……しかし」

 

「ん……昨日の見張り中は、何も聞こえなかった」

 

「ほうほうほほうほう、声も上げずにタダ逃げるってのも、明らか~におかしな話だね。聡い式ちゃんだったら、真っ先に大声上げるはずなのに」

 

 

 朝衣が溺死した場所は湖なのかどうか、もし湖であれば音が全く聞こえなかった理由が不明、湖で無ければまた振り出し…何となく、決定打に欠ける、微妙な空気が流れ出す。――すると。 

 

 

「音、が、聞こえない、状況だった、とか、は?」

 

 

 贄波から、1つの可能性が提示される。その発言を聞いたとき、雲居は“音が聞こえない…ですか”とつぶやくように繰り返すと…。

 

 

「……成程です。音を立てずに溺死させる方法、思いついたです」

 

「…えっ?」

 

「思いついちゃったのかねぇ!」

 

「是非とも、聞かせて貰おうじゃ無いか!ミス雲居」

 

 

 そして、何かにひらめいたように、雲居はうつむいた顔を上げる。確信とまではいかないが、自信のある声質に、俺は少し身構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「声を出さずに湖へ誘導して…」

 

「そして溺死させる…」

 

「一体『どんな方法』を使ったんですか?」

 

 

 そんなの1ミリも思いつかないんだよねぇ

 

                …それに賛成          

 

 いや賛成しちゃうのかねぇ!

 

 

「簡単ですよ」

 

「叫び声を上げる前に」

 

「犯人は【朝衣を殴った】んです」

 

「そして朝衣を『湖まで運び』」

 

「溺死させたんですよ」

 

 

 えらく単純な方法でござった!

 

 

「成程」

 

「【声を上げる前】に気絶させておけば…」

 

「沼野達に気づかれる心配は無いさね」

 

 

 確かに、それだと声は上がらないでござる!

 

                   殴打の音は鈍いから~、そっちの音の心配はないしね~

 

 わたし、が、言いたいこと、と。ちょっと、違う…

     

 

「でも、何のためにそんなことしたんだい?キミ」

 

 

 意図が読めんなぁ…

 

           きっと気分なんだぜえええええええええええええ!!!!

 

 奇遇やな、ウチもそう思とったところやで

 

           これ以上のアホの露呈は勘弁して欲しいんだよねぇ

 

 

「…勿論『捜査の攪乱』のためです」

 

「死因が曖昧だったら、捜査も滞るですし」

 

 

 捜査、の、攪乱…

 

           あの、攪乱…てなんですか?

 

 …漢字ドリルに加えて、辞書も差し入れしとくさね           

 

 

「あ~言われてみれば~」

 

「モノパンファイルも『捜査前』に配られたものだしね~」

 

 

 ああ、そういえば何だよねぇ!

 

              知らないが当然中の当然だしね!

 

 

「クロが朝衣殿を殺す前に」

 

「モノパンファイルを予見するというのは」

 

「【至難の業】でござる」

 

 

 至難の~をぉ、業~、ちょっと歌舞伎風に言ってみたよ!

 

 

          ……大丈夫?疲れてない?

 

 

 

 

 

【モノパンファイル Ver1)⇒【朝衣を殴った】

 

 

「それは違うぞ!!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「……人が気前よく推理しているっていうのに、また横やりですか?そんなに横やりが好きなら、やり投げ選手にでも転職することをオススメするですよ」

 

「やり投げと!!!!!聞いたらあ!!!!!!超高校級の!!!!!陸上部である!!!!!!俺様が黙っていないんだぜええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」

 

「ええ!!陽炎坂殿。走るだけで無く、そんな肉体的な競技にまで精通をしているのでござるか!」

 

「走る専門だから無理なんだぜえええええええええええええ!!!!!!!!」

 

「無理なのかい!!」

 

 

 雲居は渋い顔でこちらを睨み、俺を煽るような言葉をぶつけ出す。あまりそう言った機嫌の悪い態度の相手を相手取った試しが多くないため、少しひるんでしまった。

 

 

「…っ。いや、雲居。確かにお前の推理通りなら、朝衣は音を立てなかった理由も頷ける」

 

「ですよね?殴って気絶させれば、溺死させるのも容易なはずです」

 

「……だけど、このモノパンファイルをよく見て欲しい。このファイルには、朝衣は“溺死以外に外傷は無い”と明記されているんだ」

 

 

 先ほどの沼野に見せたように、ファイルを突きつけた。

 

 

「あっ…モノパンファイルですか。しまったです。私としたことが、抜けてたです」

 

「ああ~、本当に書いてあるね~」

 

「そ、そんなことが書いてあったんですね……意味がよく分かってなかったことは、口が裂けても言えません…」

 

「秒でぼろが出てるさね」

 

「……モノパン。もう少し分かりやすく書いてあげて」

 

「精一杯分かりやすく書いたつもりなんですがネ……紳士であるワタクシとしたことが、不覚の極みでス」

 

「大丈夫さ、雲居さん、小早川さん、人は何度も何度も輪廻の如く失敗を繰り返す物…これもまた、人生に必要な“彩り”なのだよ」

 

「…落合に励まされるとは……自害ものです」

 

「完全に落合のヤツを見下してる物言いさね…」

 

 

 俺と同じようなへの字口に唇を曲げ、落胆するように、優れない声色を見せる雲居と小早川。少し罪悪感のようなモノがよぎる。すると、贄波が、“わたし、はね?”と、言い直すような言葉を並べ出す。

 

 

「わたし、は、音を立てずに、じゃなく、て。“音を、立てられなかった”、ていう、意味で、言ったの…」

 

「音を立てられない…ですか?」

 

「厳密、には。“音を立てても、聞こえない場所”、に居た、とか…」

 

 

 何か確信めいたものを感じさせる贄波の発言。俺は“音立てても聞こえない場所、か”と心でもう一度反復し、思慮を深めていく。

 

 

 ……もしかして朝衣は。

 

 

 

 

 

 

1) キッチンで殺された

 

2) 湖で殺された

 

3) 朝衣の部屋で殺された

 

4) 第1倉庫で殺された

 

 

 

 

⇒第1倉庫で殺された

 

「そうか…!」

 

 

 

 

 

「……わかったぞ。朝衣が、どこで、どうやって殺されたのか!」

 

「えええ!!今ので言葉数で分かったんですか!」

 

「ああ…。贄波、つまりお前は、犯人は湖もシンクも使ったのでは無く、現場そのものを利用して朝衣を殺した、と言いたかったんだろ?」

 

「現場……というと、“第1倉庫”のことかぁ?」

 

「利用したって……急にそんなことを言われても、本当なのかねぇ?ねえ贄波さん?」

 

「う、ん。折木、くんの、言ったとおり、だよ」

 

「思った以上に本当だったんだよねぇ!?」

 

「だけどもされども。現場を使った~、っていきなり出されても…どうやって使ったのか…要領が得られませんなぁ。そこんところ詳しく聞かせておくれよユー!」

 

 

 水無月は大きな動作でこちらに指を差す。その反応には俺は、息を小さく、されども深く吸い込み、ゆっくりと、犯人が用いたトリックを話し出す。

 

 

「……朝衣が第1倉庫で体全体を濡らし、そして溺死した状態だったのなら……その第1倉庫の中で溺れた……つまり犯人は、倉庫そのものを“水で満たしたんだ”!」

 

 

「「「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 殆ど全員が俺を見つめ、さらに痛い沈黙が裁判場を満たす。…果たして信じてもらえるか。冷や汗を垂らす俺は、皆にバレないよう、心で不安を吐露した。

 

 

「……ぬ、ぬわにぃ!!!そんな大がかりな話があるのかぁ!!」

 

「ダイナミックすぎるというか……ダイナミックすぎるというか……ねぇ」

 

「驚きすぎてハゲそうやわ。フサフサやけど」

 

「正直な話、ピンとは来ないさね」

 

 

 案の上というか、定石通りというか、イマイチ理解が追いついてもらえず。数人の生徒からは、色よい返事は返ってこず。しかし…。

 

 

「だけど!!!!!単純かつ!!!!意外な方法!!!!!俺様は嫌いじゃ無いんだぜえええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 

「……湖で殺されたわけでも。キッチンのシンクを使ったわけでもないなら」

 

「的外れってわけでもなさそうですね」

 

 

 対するように、賛成派に寄る生徒も数人。

 

 

「うむぅ……あの倉庫は見た目ほど中が大きいわけでも無いし…窓も無い…確かに水で満たすのであれば絶好の箱なのかもしれんが…」

 

「でも~倉庫の中は夜中は“出入り禁止”だよ~」

 

「そ、そうでござる!これは致命的な推理の穴でござる!」

 

 

 思い出したかのように、長門達は規則を引き合いに出す。確かに、2人の言うとおり、モノパンが定める、施設の規則に“そう”書いてある。

 

 

「規則の話も最もだが……ここで、朝衣の日記をもう一度見直してみないか?」

 

「え、また日記ですか?」

 

「これまた急に何故……日記については既に終わったわけでは無いのでござるか?」

 

 

 話しは大きく後退し、ほんの数10分前に議題に上がった日記を、再度、浮上させた。

 

 

「日記の“この部分”に注目して欲しい」

 

 

 

 さっきは触れなかった、“あの部分”を示してみよう。

 

 

 

 

 

 

【スポットセレクト】

 

 

 

 

 

________________________________________________

 

 

 

監禁生活:1日目

 

 考えを整理する際、一度文字に起こすとまとまりやすいということから、日記をつけてみようと思う。今日の正確な日付は分からないので、この施設で目覚めた日を『1日目』と定義し、以降日にちを数えていこうと思う。

 

 監禁生活、永遠の共同生活、コロシアイ……とんでもないことに巻き込まれてしまった。精神的な猶予を考えれば、一刻も早くこの悪趣味な空間から脱出しなければならない。いつ誰が発狂してまうかも分からないのに。しかし、施設の隅々まで調べたり、新入生の皆に話を聞いてみても、脱出の糸口は今だゼロ。欠片どころか、塵も掴めない状況だ。何としてでも此所から脱出し、世界にこの事件を報告しなければならない。それがジャーナリストとして私にできることだからだ。

 だけど、今焦っても仕方は無い。地道に、かつ迅速に手立てを考えなければならない。無論、犠牲者をゼロのままでだ。

 

 しかし、『ジオ・ペンタゴン』…世界の機密重要施設については大方把握しているつもりであったが、そんな施設一度だって聞いたことが無い。このままでは超高校級のジャーナリストの名折れになる。こちらについても、早い内に調べをつけておかなければ。

 

 

 ――この施設について気づいたことが記述してある――

 

 

監禁生活:2日目

 

 新入生の皆と食事をした。思った以上に皆の精神は安定していたので、内心ホッとした。しかし、私が議論を焦ったばっかりに、皆との間に不和が生じてしまった。これから少しずつで良いから改善して、この遅れを取り戻そう。

 

 午後は、できるだけ皆の行動に目を光らせていた。危険な行動を起こしている人が居ないかどうかを見張るためであり、あくまで最悪の可能性を考えての行動だ。幸い、目立った動きをしている人はいなかった。だけど、グラウンドを四六時中叫びながら走っていたり、1人で漫才していたり、お人形さんと対話を図っていたり、空を見上げながらたまに高笑いしたりと、奇行が目立つ生徒は居た。監禁生活抜きにして、学園生活の先行きが不安になってきた。

 

 ……それと落合君、音も無く背後に立たないで。本当に心臓に悪いから。

 

 未だ脱出の目処は立たなかったが、1つ気になることがある。私がいつも持ち歩いているメモ帳についてだ。ここに入学する前は、かなり使い込んでヨレヨレだったのに、新品に変わっていた。気絶している間に、すり替えられたのかしら?

 

 

 ――俺達と話し合った内容が事細かに書かれている――

 

 

監禁生活:3日目

 

 今日は運動会があった。途中までは私達のチームが優勢だったのだが、最後の最後で私が足を引っ張ってしまった。本当に申し訳ないことをしてしまった。柄にも無くシクシクと泣いてしまった。折木君が洗って返してくれたハンカチをまた濡らす羽目になってしまった。

 ポストに手紙が一通投函してあった。この日記を書き終えたら、読んでみようと思う。

 

 

 

 ……この部屋に居続けるのは危険かもしれない。しばらくは“あの場所”を使うことにする。

 

 

 ――ジオ・ペンタゴンの規則が羅列され、数カ所に赤い線が引かれている――

 

 

監禁生活:4日目

 

 動機発表があった。皆の顔が青ざめていくのが、目に見えて分かった。今日だけは本当に不味いかもしれない。

 

 とにかく、“あの場所”に一旦避難しよう。“規則”の隙をついたあの場所なら、誰にも気づかれず、夜を明かすことが出来るだろう。

 

 

________________________________________________

 

 

 

 

 

 

“規則”←

 

 

「ここだっ!」

 

 

 

 

 

 

「モノパンが示したその規則については、朝衣の日記の中でも触れられているんだ………」

 

「ほう、書き様をよく見てみると……まるで、規則の中に“穴”があるような言い草だね?キミ」

 

「そっか!!わかって!式ちゃんはその”規則の隙”を利用したんだ!!」

 

「規則の“穴”、そして“隙”でござるか…」

 

「あっ!勿論エッチな意味は無いよ!」

 

「わわわわわ、分かっているでござるよ!わざわざ言わなくても、そんなこと粉みじん程度にしか考えていないでござるよ!」

 

「塵芥レベルで考えちゃってるんだよねぇ…」

 

 

 俺が言いたいことを水無月は声たかだかに言い直す。だけど、情報が入り乱れているためか、まだ首をひねる生徒がチラホラと見られる。

 

 

「ですが、規則の話をするにしても全部で13個もありますよ?一体、どの規則の隙を朝衣さんは突いたんですか?」

 

「13個も考える必要ないよ~、後半部分は裁判についてだし~前半の、施設内の規則の所を中心に見ていけば分かるよ~」

 

 

 “どの規則の隙を突いたのか……”ついさっきも、その規則について、話が出たばかりだ。今回の議論で、朝衣が、どうして倉庫の中で死んでしまった理由に、蹴りをつけよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうもこんにちは。12738文字ぶりです』

 

『皆々様に馴れ馴れしい、このような文体が現れたということは…』

 

『お察しの通り、またまたまたまた新要素です』

 

『今回の議論においても、手元に論破するための証拠がありません』

 

『故に、前の議論では、他人の発言を利用して、他人の発言を論破していました』

 

『しかし今回は、他人の発言で他人の発言に賛成する…』

 

『コトダマとコトダマを繋げる架け橋となる……いわゆる“コトヅテ”になります』

 

『“言葉の仲人さん”のような事を、折木君にはしてもらいます』

 

『……え?最後の表現はわかりにくいって?』

 

『………………………………………』

 

『さあ!お知らせタイムは終わりです!』

 

『引き続き、本小説をお楽しみ下さい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「規則を利用したって言われてもねぇ」

 

「この施設の規則は…」

 

「思いのほか項目が多いんだよねぇ」

 

             

             そこまで強い縛りは感じないけどねえ…

 

 

 …社会ルール的な物が多い

 

 

「でも~全部について触れる必要は無いよ~」

 

 

「その通りさ!」

 

「『学級裁判の規則』を省いて見ていこうじゃないか!」

 

 

 ドンドン言っていこう!

 

              了解です!

 

 

「きっと朝衣は!!!!!!!!!」

 

「『モノパンへの暴力』の!!!!」

 

「規則を利用したんだぜええええええええ」

 

 

           あえて暴力を振るってみたとか?

 

  それは自殺行為だぞぉ…

 

           規則を破って殺されたわけではないでござるからな…

 

 

「……『ジオ・ペンタゴンを調べるのは自由』ってところとか?」

 

 

 調べるって名目で倉庫に入ったとか~?

 

                  中々したたかなやっちゃな~

 

 

「きっと『出入りを禁止』する部分ですよ!間違いありません!』           

 

 

 間違いない!!きっと!

 

              最後の3文字で説得力が大きく欠けちゃうんだよねぇ

 

 

「モノパンが知らずのウチに『規則を増やした』とかですよ」

 

「今の時点で姑息が過ぎてるですからね」

 

 

 確かに確かに!

 

          何と失敬ナ!      

 

 

「キミ達。色々発言しているようだけど…」

 

「重要なのは、何故ミス朝衣が『第1倉庫の中』に居たのか…」

 

「そこを念頭に置くのを忘れてはいけないよ?」

 

          

 

 

 

 

『第1倉庫の中』⇒『出入りを禁止』

 

 

「お前達なら、証明できる!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「小早川。お前の言うとおり……施設への出入りを禁止する規則を、朝衣は利用したんだ!」

 

「ほ、本当ですか!!………でも、その規則をどのようにして利用したんですか?」

 

「や、やっぱり分かっていなかったんだな……」

 

「はい……申し訳ないです」

 

「「………」」

 

「何で2人でぎこちなくなっているんだい…、さっさと話を進めるさね」

 

 

 …何故か気恥ずかしい沈黙が流れてしまった。俺は仕切り直すように咳き込み、規則について具体的に話し出す。

 

 

「あくまで、この規則は施設の夜時間中の“出入り”を禁止しているだけなんだ…」

 

「出入りを…ですか?」

 

「ん?ということは………成程!理解が追いついたぞぉ!!」

 

「夜時間中!!!!!倉庫内には!!!!!入れる!!!!ってことかああああああああああ!!!!!!!」

 

「え?えええ???えっと?」

 

「夜時間中、施設内を出ることは出来ないが、“入っている”事はできるんだ」

 

 

 規則をよく読まないと、見つけられない言葉の表現。朝衣はこのことに早く気づいていた。

 

 

「へ、へぇ~~。えっ、てことはその裏技じみたことを、朝衣さんは…」

 

「ああ、利用したんだ。朝衣にとって夜時間こそ、クロが自分を襲う絶好の機会だと判断し…」

 

「そして夜の間は絶対に中に入ることが出来ない第1倉庫で寝泊まりを行い…」

 

「避難、していたん、だね」

 

 

 確認し合うように言葉と言葉繋げ、事実の帳尻を合わせる。俺達の話を聞き終えると、雲居が、また、モノパンをにらみ出す。

 

 

「……だ、そうですよ?モノパン?……何か補足あるですか?弁解するなら尚良しです」

 

「くぷぷぷぷぷ、まっ概ねその通りですヨ。あんまりオススメはしないですけどネ…」

 

「……?どうしてどうして?倉庫内にいるだけなのに?」

 

「出入りを禁止するとは、入り込み出来ても、出ることは出来ないと言うこト……ま、退路を断つに等しいのですヨ……」

 

「あ~、そういうこと~まさに背水の陣~って感じだね~」

 

「と、いうことはぁ……」

 

「ああ、今回の犯人はそれを理解した上で、倉庫内を水で満たし、朝衣を溺死させたんだ」

 

「……なんとも、むごい。か弱い朝衣殿を、かの如く残酷に殺めるとは」

 

「…許せない」

 

 

 朝衣が倉庫に居た理由。そしてクロが用いたトリック。想像するだけでも、恐ろしい殺り方だ。モノパンだけにではなく、クロに対しての怒りが湧き上がっていくと同時に、そんな計画を立てるクロが、俺達の中に居るという事実に、恐怖を覚える。

 

 

「でも、凶器であるその水は、一体どこから……?」

 

「倉庫内を水で満たすとしたら、コンスタントな“供給源”と、水を入れる“供給口”が必要になってくるさね」

 

「あの倉庫には、窓も何も無かったからなぁ…」

 

「閉所恐怖症のあたしだったら耐えられない場所なんだよねぇ…」

 

「ああ。そのことについてだが…」

 

 

 このトリックを成立させるには、反町が言うような“条件”が必要になってくる。しかし、捜査中そのようなトリックが用いられた決定的な証拠は無い…。だけど、その“痕跡”はいくつも見られた。

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【外れたドアノブ)←

 

 

「これだ…!」

 

 

 

 

 

 

「その証拠は…!第1倉庫の!」

 

「…ドアノブなんだよねぇ…しかも壊れてる」

 

「このドアノブは、内側と外側とで、穴を共有しているタイプのドアノブだ。だから、片方を外せば、向こう側も外れる仕組みになっている」

 

「おお~ドアに穴が空いて~外と中が繋がった~」

 

「この壊れたドアノブは、小早川が朝、倉庫に入るときには見つかっていた……。昨日以前の時点で壊れていた話は聞いていないことから、昨夜に壊された可能性が高い」

 

「確かに、昨日夜食を作っていた時には壊れては居なかったさね」

 

「さすが小早川さん!目の付け所違うんだよねぇ!」

 

「そ、そんなぁ…えへへへへ」

 

「…そしてもう1つ、怪しい物もあったんだ」

 

 

 湖で見つけた、“あの証拠"。恐らく、クロはコレを利用して、倉庫を水で満たしたんだ。

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【水道用のホース)←

 

 

「これで証明してみせる!」

 

 

 

 

 

 この証拠を見せた途端…長門と古家が”あっ!”と声を上げた。

 

 

「ああ~、それって~」

 

「湖に捨てられてたホースなんだよねぇ!やっぱり事件に関係していたんだよねぇ!」

 

「しかもかなりの長さがあるなぁ……」

 

「このホース、を、倉庫のドアノブの穴、と、キッチン、の水道をつなげる、と」

 

「水が無限に供給できるんだぜえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」

 

「流れるは水の如く、まるでボクみたいな有様だね」

 

「お前は結局何になりたいんですか…」

 

「自然そのもの……かな」

 

「すみません。聞いた私がバカだったです。だから命だけは助けて欲しいです」

 

「意味が分からなさすぎて、もう未知の生命体扱いしているさね」

 

「…せやけど、折木。本当に第1倉庫は水で満たされてたんか?痕跡だけ並べてもろうても、空論じみているようで…イマイチ信じ切れんわ」

 

 

 …鮫島の言うとおり、今のところ、俺が提示しているのは状況証拠だけ。倉庫そのものを凶器にした、という発想は、もし俺が何も知らない状態だったら、両手を挙げて賛成は出来ない。もっと、もっとこのトリック使ったという事を議論していかなくては。

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「部屋の中が『水で満たされていた』っちゅうのは…」

 

「あくまで可能性の話やろ?」

 

「まーだウチは手放しに信じきっとらんでー」

 

「超えれる物なら超えてみーや!」

 

 

 何でそんな偉そうなんですか

 

       何様なのか分からないんだよねぇ

 

 

「でも~私も同じくかな~」

 

「ドアノブは単純に~」

 

「倉庫を開けるために~」

 

「『無理矢理壊されてただけ』かもしれないし~」

 

 

 …無理矢理だったら開けられる?

 

          後でモノパンに、無理矢理聞いてみるですかね

 

 語気がマジっぽくて、怖いね!

 

 

「水道用のホースについても、でござるな」

 

「もしかしたら、『ただのゴミ』の可能性もあるでござる」

 

 

 沼野に賛同されると心配になるわー

 

                       ね~

 

 心なしか沼野君、涙目に見えるんだよねぇ

 

 

「うむぅ…曖昧なのをどう明確にできるか…」

 

「水で満たした痕跡、もしくは…」

 

「『倉庫内の水を抜いた跡』があれば…話は別なんだがなぁ」

 

 

「そんな都合良い証拠が、あるもんですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

【ドアの側のぬかるんだ土)⇒『倉庫内の水を抜いた跡』

 

 

 

「それに賛成だ!」

 

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「いや、都合良く証拠はあったりする…」

 

「おおマジでござるか!拙者の手元には何も無いのでござるのに!?」

 

「キミは見張りだから、無いのは当たり前のことだよ!ミスター沼野」

 

「そうなのかぁ……ならば折木よ!その証拠を提示してみせるが良い!!ワタシが許す!」

 

「同調されて気を良くしたの分からないけど…えらく尊大な態度が過ぎるんだよねぇ…」

 

「…だけど、倉庫の中を水で満たした証拠では無く、“倉庫内の水を抜いた跡”を示す証拠……」

 

「ああ!公平くんの靴がドロっドロに汚れた、あのどろんこだね!」

 

 

 捜査を常に共にしていた水無月は、何を言いたいのかを早くに理解し、言葉で指し示してくれた。

 

 

「泥…でございますか?」

 

「そう、ドアの側にあったぬかるんだ土……昨夜の雨で濡れた炊事場エリアの土は満遍なく乾いていたはずなのに、そこだけひどく湿っていたんだ」

 

「ふむ…如何にも不自然といえる部分でござるな…」

 

「倉庫内に水を溜めて、そしてドアノブの穴から水を抜いた跡と考えると……つじつまが合うさね」

 

「そして――」

 

 

 倉庫内を殺人現場とした証拠…いや痕跡。

 

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【取り外されたメモ書き)←

 

 

「これだっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「これも見て欲しい。長門と一緒に、倉庫の棚に張り尽くしたメモ書き……捜査の時点で全て外されていた」

 

「ああ~、まさしく生真面目に切り貼りされたって感じのメモ…折木君と長門さんの作品だったんだねぇ」

 

「小物とか皿とかを探す際、とても助かりました!はい!」

 

「でも~それがどうかしたの~?」

 

「このメモ書きが、捜査の時点で全て外されていた。綺麗さっぱりな」

 

 

 “だから…”そう俺は一拍置く。

 

 

「倉庫内が水で満たされた時、恐らく、棚も全て水没し、完全に外されてしまった可能性が――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

 「もろたで、折木ぃ!!」

 

 

           【反論】

 

 

 

 

 

 

「甘いで、折木。あまあまの甘や。妹の手料理並にな」

 

「そこまで誇示するほど甘いのか……」

 

「まあ今は料理の話しはどうでもええんや……ウチが言いたいんは……。あんさんのその推理は、まだまだ決定的やない…ちゅうことや」

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「ここまであんさんが言った証拠は…」

 

「どれも」

 

「これも」

 

「クロが細工できる代物っちゅうことや」

 

 

「細工…?」

 

「じゃあ、今までに見つけた証拠は」

 

「クロがねつ造した証拠、と言いたいのか?」

 

 

「そのとおりや」

 

「例えば」

 

「最初のメモ書き云々は」

 

「クロが全部取り外せば済む話しやし」

 

「外のぬかるみの話しも」

 

「犯人がそこに水を撒いとけば済む話しや」

 

 

「確かにどれもこれも」

 

「クロが工作するには容易かもしれない…」

 

「だが、そこまで証拠をねつ造する理由が、俺には理解できない」

 

 

「理由なんかは後でクロの口から聞けばいい話や」

 

「そもそもここで重要なんは…もし倉庫の中を満たしたっちゅうんやったら…」

 

「倉庫内はグチャグチャのグチャになっとるはずやろ!」

 

「それともなんや?」

 

「あんさんの仮説が正しいっちゅう」

 

「【決定的な証拠】があるっちゅうんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパンの怒り)⇒【決定的な証拠】

 

 

「その言葉、切り伏せる!!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「勿論…“決定的な証拠”もある……雨竜」

 

「んん?どうしたのだ、折木」

 

「…思い出させて悪いんだが、モノパンの説教を受けていたときのこと、覚えているか?」

 

「ガンガンに受けてサーッて消沈する前のことだね!カルタも覚えてるよ!!」

 

「……………………うむ、勿論覚えているとも」

 

「そのとき、どんなことを口走っていたのか……具体的に、俺達に話してくれないか?」

 

「この通り、だよ!」

 

「どの通りなのだっ!」

 

 

 強く言い放ち終えた雨竜は額をコリコリと搔き、俺達の懇願に対し、仕方なしにと言う風に語りを始める。

 

 

 

 

『相棒おおおおおお!!今まで忘れていてすまなかったぁ!!もう2度と手放さ、ん……ぞ…?』

 

『これはこれは雨竜クン…お待ちしていましたヨ~』

 

『ゴミを捨ててしまうのならともかく!こんな高価な物をここにほっぽり出すとは!朝に取りに来れば笑顔で許したものの…その存在を忘れてしまうとは!この望遠鏡ちゃんの気持ちを考えたことはありますか!!……』

 

『まったく!“倉庫の中はめちゃくちゃだし、べちゃべちゃ”だわ、“ボートは壊されるわ”、もー散々ですヨ!!!』

 

『これ以上仕事増やさないで下さいヨ!!まったく、会場の設営もまだ済んでいないのに…』

 

 

 

 

「…覚えている限りだと、ここまで、であるなぁ」

 

「いや。十分だ…ありがとう。………鮫島、今のが“決定的な証拠”だ」

 

「ええと…偉く過剰な説教を受けたってことは分かるけどねぇ……?」

 

「ん~~~もしかして~、“倉庫の中がめちゃくちゃ”~ってところ~?」

 

「倉庫の中…が……あああああっ!…でござる」

 

「…とってつけた忍者要素……さっさとティッシュにくるんで捨ててくるです。見苦しいですよ」

 

「予期していた5倍の辛口コメントを食らってしまったでござる!?」

 

 

 長門に続いて沼野、そして他の生徒も、この証拠の注目すべき点を理解し始める。

 

 

「前にモノパンが軽く触れていたんだが……夜時間は施設内の掃除か何かが行われているんだ」

 

「はいはいその通りでス!!夜時間中は、施設内の清掃および補充などを行っておりまので……過剰に散らかっていた場合、ワタクシの機嫌はとても、とても悪くなっちゃいますヨ!!」

 

「だからといってワタシに当たり散らすのは……理不尽が過ぎるぞぉ…」

 

 

 あまり嬉しく無い援護射撃が、俺に続いてモノパンから発せられる。だけど、実際に、掃除を行う本人が言うのであれば、その信憑性は格段に上昇する。 

 

 

「じゃあ、わたしたち、が、朝衣さん、を、発見する前、は……」

 

「相当散らかっていたはずだね!キミ!。ミスター折木が言っていたメモ書きが全て外れされていたんだから、倉庫内の何もかもがグチャグチャであったと考えられるね!!」

 

「……部屋中が水浸し。実家を思い出す」

 

「一体どんな家に住んでいたのかねぇ…」

 

「自然災害が多い…」

 

「思いのほか過酷な環境下だったんだよねぇ!?」

 

 

 贄波達がかみ砕いた形で証拠内容をまとめていく。その話に耳を傾ける鮫島は、頭をワシャワシャとまさぐり、完全に納得した表情を浮かべる。

 

 

「ほんまか~……あ~、そういう証言まで出てきてもうたら。認めざるえんちゅうわけやな……なんかウチ、えらいかっこ悪いなぁ」

 

「カッコがつかないのは様式美です。気にする程の事でも無いですよ」

 

「まあまあ、議論には賛成派と反対派が必ず必要だし、鮫島くんはちゃんと反対派……言っちゃうと、やられ役をキレイにやり遂げてくれんだから!褒め称えられるべきなんだよ!」

 

「うお~か~っこい~」

 

「……これ完全に舐められとるな……ウチの心はもう、四等分に真っ二つやで」

 

「空間的に矛盾した比喩なんだよねぇ……」

 

 

 議論はある程度の進行を進め、そして何となく、一段落ついたような雰囲気が場を包む。

 

 絶え間の無い議論の応酬であったためか、気がつくと、思ったよりも心に疲れが溜まっている自分に気がつく。俺は、心を落ち着かせるように、一息つく。

 

 

 ――だけど、安心している暇は、俺には…俺達には無い

 

 

「しかし、そこまで証拠の山が重なってしまったとなるとぉ……」

 

「……籠城していた式は」

 

「犯人に倉庫を水で満たされて~」

 

「溺死させられてしまった…でござるか」

 

「まるで推理小説のような大それたトリックですけど…これまでの証拠と証拠をすりあわせてみると…真実としか…」

 

 

 

 これまでの時点で分かったことを、全員で、改めて並べ直す。納得した雰囲気から察するに、この時点で反論を言おうとする生徒は、見られなかった。

 

 

 

 ――どこでどうやって、朝衣が殺されたのか…その殆どが、今ココで瓦解された

 

 

 ――後は、その“どうやって”を、“誰が”行うことができたのか……

 

 

 

 俺は、全員の顔を見回す。……共通して、緊迫した面持ちで互いを見合う――が、焦ったように、表情をこわばらせる生徒は未だ見られない。 

 

 

 

 

 ――だけど、朝衣を殺害したクロが、“この中に”必ず存在する

 

 

 

 

 ――……

 

 

 

 

 ――ここからが、正念場だ

 

 

 

 

 ――ここから、俺達は、背けず、向き合わなければならない、空しい真実を前にしなくてはならない……

 

 

 

 

 ――向き合うことができなければ…俺達は…

 

 

 

 ――俺達は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達の、“最初の学級裁判”は、終盤へと、さしかかっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【学級裁判】

 

 

        【中断】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぷぷぷぷぷ、学級裁判も佳境へとさしかかってきましたガ……」

 

 

「読者のキミタチは、もう誰がクロなのか分かっちゃってますかネ?」

 

 

「でもでも分かっちゃったからと言って、無闇やたらに吹聴するのな、無しですヨ?」

 

 

「推理小説の禁忌である“ノックスの十戒”のにも『ネタバレは御法度』って書かれていますからネ」

 

 

「……えッ?そんな記述見たことも聞いたことも無いって?」

 

 

「くぷぷぷぷ、甘いですね。鮫島君の妹さんの料理並みに甘いですヨ?キミタチ。食べたことも無いですけド…」

 

 

「ワタクシが言う“十戒”とキミタチが知る“十戒”…」

 

 

「果たして、本当に“同じ”なんですかねェ……。くぷぷ」

 

 

「もしかしたら…世界が違えば、中身も、違ってくるのかもしれませんねェ…」

 

 

「くぷぷ、くぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り15人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計1人』

 

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)




どうもこんにちは。水鳥ばんちょです。学級裁判編、前編です。後編は、もうちょっと待って下さい。頑張りますので。オニイサンユルシテ。



↓以下コラム



名前の由来コーナー 朝衣 式(あさい しき)編

朝衣⇒「浅い」 式⇒「死期」

作者から一言:少しかわいそうな名前の由来。


 コンセプトは「一番最初の事件の被害者」で、一章から退場してもらうつもりで作成しました。性格のイメージとしては「原作よりもお姉さんぽい、霧切響子」みたいな感じです。
 どうでもいいことですけど、ジャーナリストとか、情報系の才能持ちは、キャラに関係なく、どの作品でも寿命が短いように感じますです。
 名前について、最初は「世良(せら)」とかを名字として考えていたけど、友人に「何かイメージと合わない」と言われたので、「朝衣 式」という名前を30分くらいで生み出しました。ちなみに、朝衣さんの「朝衣」という漢字は、「ヒカルが地球にいたころ…」というライトノベルの「齋賀 朝衣(さいが あさい)」というキャラクターから頂きました。式はそのまんま「方程式」の「式」です。「朝衣」を由来通りにすると、「浅い方程式」となるため、詰めの甘い彼女を表現できているのかなと思います。


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Chapter1 -非日常編- 5日目 裁判パート 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【学級裁判】

 

 

 

 

 

        【再開】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁判上と教室を組み合わせたかのような空間の中、たった15人の生徒+1匹はお互いの顔と顔をつきあわせ、立ち続けていた。

 

 学級裁判を開始してから暫くが経ったと思う。加えて議論の内容を顧みてみると、そこそこの進展は見られた様にも思える。だけど、未だ目の前の霞は濃く……手探りの状態を外せないまま、俺達は覚束ない足取りを続けていた。

 時々、濃霧の向こう側に光明のようなものが見えたときもある…だけど、それはすぐに輝きを無くし、俺達をまた視界ゼロの世界へと戻していく。

 きっと他に皆も、同じような体感をしているのだろう。充分な情報が手元に無い生徒ならばなおさらだ。

 

 

 クロが作り出した道なき道は、俺達を、確実に迷わせ、焦らせ、じわりじわりと苦しめていた。

 

 

 

「さて、事件は中盤へとさしかかったところだけど…キミ達。これからどうしたものかね?」

 

「朝衣が何故炊事場…もとい、“第1倉庫に赴いた”…のか、そして“どのようにして殺されてしまったのか”……不明瞭な外堀は埋められつつはあるがぁ…」

 

「加えて“いつ殺されたか”…についてもです。夜10時頃に倉庫が閉まることを考えれば、そのとき以降に、倉庫内で朝衣を溺死させたと考えるのが妥当です」

 

「しかしやで、肝心な“誰によって”…が穴抜けや。このまんまやと、あそこでふんぞり返っとるエセ紳士に裁決されるんも、時間の問題やで」

 

「エセ紳士だなんて失敬ナ!ちゃんと紳士検定初段も得ているワタクシをまがい物呼ばわりするのは、ワタクシが許しても協会許しませんヨ!」

 

「ほほう…そんな組織があるだなんて初耳だね…ちなみに、その協会の規模はどれくらいなのかな?モノパン?」

 

「聞いて驚かないで下さいヨ……なんと!ワタクシ1人です!」

 

「超個人的なんだよねぇ!もったいぶる理由皆無の趣味の世界なんだよねぇ!?」

 

 

 心底どうでも良いいような事を、えらいくらいに堂々と、なおかつ最もらしく声に出す。無視しても言い事柄なのだが、大げさに両手を上げ、天を仰ぐモノパンに、ピンポイントライトが合っているかのように幻視してしまい、偉く目に付く。

 

 

「ですガ!!しかぁシ!!…今さっき口にしていた、時間が無い、というのはタイムキーパーのワタクシから言わせて貰うと、実際本当の話なんですヨ………早急に事を納めないト…ご機嫌なくらい中途半端な状況で、投票タイムに入っちゃいますヨ~?……それとも、もう逝っちゃウ?」

 

「そんなわけ無いだろうがぁ!!!叩いてでも時間を延ばす!」

 

「その役目!アタシに任せな!物理的措置は得意中の得意さね!」

 

「……聖職者とは思えない乱暴さ。それに暴力沙汰は規則違反。死ぬ」

 

 

 袖をたくし上げ、今にでも飛びかかりそうな反町を、風切が言葉で制する。しかし、今のモノパンの言葉を受け、何人かの生徒は慌てたように口を回し出す。

 

 

「じじ、じ、時間が無いんだったら、は、早く、なんとかしないといけないんだよねぇ!?あたしはいやだよ!まだ老い先長いし、まだ調査し切れてない文献もたんまり残ってるんだからねぇ!」

 

「私だって!お師匠様を残して先に逝くなんてこと……命に代えてもできません!」

 

「結局死んじゃっているでござるよ!小早川殿!?」

 

「嫌やなぁ、それは嫌や。最後の晩餐は、妹のクソ不味い料理で締めるって決めてたんやけどな~」

 

「諦めるの早すぎでござるよ!ていうか鮫島殿の妹君、どんだけ料理が下手くそなんでござるか!」

 

「妹が料理下手くそなんやない。料理がまずいだけや」

 

「それどっちも同じ意味でござるよ!」

 

 

 モノパンからの“時間が残されていない”…という事実が、俺達の中に溜まる“焦り”に火を付ける。その空騒ぎは勢いを増していくばかりで、生きたい理由を口にし出す始末だ。

 

 …全員、今現在議論が停滞しつつあることを、直感的に理解しているのかもしれない……1度本格的にスタートしてしまったがために、止まることに対して、恐怖のような“感覚”を覚えてしまったのだろう。

 

 

「だけどさ~正直な話~、このまま誰かが“きっかけ”を出さないとさ~、そんな“最悪な未来”も、もう間近って感じじゃない~?それってマジヤバくない~?」

 

「ヤバいも何も、もう終わりだね!」

 

「簡単に言い終えてどうするですか。私達の人生の大半がかかってるんですから、真面目に発言するです」

 

「生と死は争うでもなく、共存もしない。いつ足下をすくおうか…考え、考えられ、隣り合う概念……。僕からも言わせて貰うよ……誰か早く何とかして……とね」

 

「お前は一々七面倒くさくごねなきゃ、物を言うこともできないんですか?みっともなく助けを請うのが、現時点の最適解ですよ」

 

「助けて欲しいんだぜえええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 

「アンタが請うのかい!」

 

 

  中身も無い言い争い。というよりボケ合い。一周回って全員冷静なのではないかと思える光景だが、無意味なことには変わりない。長門の言うとおり、この場を翻す“きっかけ”のようなものを、早く提示しなくてはならない。

 

 

「……皆、の行動時間、が、分かれば。“誰に可能だった”のかが、分かるんだけど……」

 

 

 ふと議論の外で縮こまっていた贄波が、とても小さな声で、小ぶりの一石を投じる。まるで俺に向けて投げたかのような声で。俺はそれを聞き逃さず、贄波の言葉を足がけに、俺は“あの証拠”を手に取る。

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【昨日のタイムテーブル)

 

 

「これだっ!!」

 

 

 

 

 

 

「……皆、少し良いだろうか?」

 

 

 余りある意欲を振りかざし、舌の回りきらない論争を繰り返す全員に向け、俺は視線を集めるよう、大きく声を鳴らす。

 

 

「折木さん?いつも以上に顔をしかめてどう為されたんですか?もしかしてお腹の具合が…?」

 

「それは大変なんだよねぇ。度を越した我慢は身体に毒だから…早くお手洗いに行かないとねぇ」

 

「せやったら、あんさんの後ろの通路の突き当たり、右手側にあるで~」

 

「トイレの話じゃ無い!…それにしかめっ面は俺の標準装備だ。深めていようといまいとそんなに内心に変化は無い……じゃなくって!」

 

「おお…折木がノリツッコミ……これは明日は雪が降るで…」

 

「雪!!カルタも大好きだよ!お姉ちゃんも“とても静かで脳に優しいですわ…”って言ってたからね!」

 

「……シスコン」

 

 

 …また話はよく分からない方向へと転がり出した。俺は大きく咳払いをし、おふざけを止めさせる。

 

 

「…………良いから話を戻すぞ。俺が言いたいのは、朝衣の殺害が“誰に可能だった”のか、分かるかもしれない、ということだ」

 

「誰に可能だったのかでござるか!?中々に核心をついた話でござるな!!」

 

 

 マイペースを絵に描いたような連中に、やっと話の冒頭を聞いてもらえた俺は、ズボンのポケットをまさぐり、正方形に折りたたまれた、“例の紙”を取り出そうとする……と――。

 

 

「おやおや~?何か面白い物が手元に見えますなぁ…ちょいちょい、カルタちゃんに見せてみなさい…」

 

 

 瞬間、水無月によって紙ががスルリと抜き取られる。忽然の出来事に、俺は目を見開き、水無月と自分の手を交互に見やる。

 

 

「んんん?んんんん?ああー!そっか、そうだよね!確かに確かに!」

 

「な、なんでござるか!めちゃめちゃ興味をそそられる反応でござる!拙者達への回覧を要求するでござる!!」

 

「ふっふっふ~……諸君、どうやらこの名探偵カルタちゃんの虹色の脳細胞が唸りを上げ……そして!クロの目星がついてしまったのだよ」

 

「本当ですか~?虹色の脳細胞とか言う、頭がラリってそうな探偵の推理は、人として信じ切れないですよ」

 

「…てか何やその言動、どっかのナルシストみたいで気色悪いわ~」

 

「それはボクのことかなミスター鮫島!やはり…顔にも、性格にも、才能にも恵まれたボクには、非難はつきものみたいだね!誇らしすぎて涙がでるくらいだよ!」

 

「涙からは悲しみしか感じられないよ~」

 

「心と体は離れているようで、とても近しいもの。心で哀しみを誤魔化しても、身体は本当の心をさらけ出すものさ。…君達もいつか、その言葉の意味がわかるはずだよ」

 

「お前の言葉に意味があること自体に驚きを隠せないですよ」

 

 

 捜査を開始してからの水無月の名乗りに、小さくないブーイングが向けられる。しかし、その非難は全く関係の無い、別の誰かへのダメージとなってしまっている。…憐れニコラス。

 

 

「まあ名乗りについての云々は、ニコラスくんの手元に置いとくとして……コレを見るのだよ!諸君!」

 

「すまん、目一杯腕を伸ばして貰っているところ悪いのだが…字が小さくて見えん……。一体何が書いてあるのだ?」

 

「……時間帯毎に、私たちが何をやっていたのか書かれてる」

 

「さっすが超高校級の射撃部だね~。まるで鷹並の視力だよ~」

 

「ああーそれはあれさね。捜査中に折木に頼まれて書いた、昨日の“タイムテーブル”さね」

 

「た、タイムテーブル……ですか…?何だかその、近未来的な机の名称みたいで……是非ともお目にかかりたい代物です」

 

「それはきっと未来永劫叶わないんだよねぇ……。タイムテーブルっていうのは、ある一定の時の、人の動きを表でまとめた物なんだよねぇ……その表から例を出すと、『午後1時に女子生徒の数人が料理をした』…って書かれているんだよねぇ」

 

「へぇ……人の動きが分かる机なんですね…」

 

「机から離れて欲しかったんだよねぇ!半分以上理解してくれてないんだよねぇ!!」

 

 

 “良いところを見せるチャンスだったのにねぇ!”…となんとも言えない悲痛な叫びを上げる古家。…強く生きろ。俺は内心、そう言いながら、紙をスラれたことにショックを隠せないまま独りごちる。

 

 

「だ、だけ、ど。水無月、ちゃん。その表、がどうかした、の?」

 

「ふふふふふふふ~。名探偵カルタちゃんは断言しちゃうよ!……今回のクロは、この、“表に書かれた人物”!……または、“書かれていない人物”!…だよ!」

 

「な、何だってええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」

 

「それは誠かぁ!!!水無月ぃ!!!……………いや…ちょっと待て?」

 

「それ私たち全員のことじゃないですか……」

 

「何で呆れとるんや?別に間違っとることは言うとらんやん?」

 

「ボケにボケを重ねるなです…!少しは編集してからモノを言えってことです…!添削無しの自伝じゃあるまいし…」

 

 

 あまりにもわかりきっていることを、自信満々に、胸を張りながら言う水無月の姿を、少なくない生徒達は“また意味の分からないことを…”と裁判の内容とは関係なく、頭を抱え出す。

 

 

「…でも、昨日、の皆の動きが、分かるんだった、ら……」

 

「そうでござる!拙者らの監視の目をかいくぐり、炊事場で朝衣殿を殺害したクロの目星が付くはずでござる」

 

「まあ~監視する本人が~犯人の可能性も~あるけどね~」

 

「迂闊!その可能性を忘れていたでござる!」

 

「アンタどの立場でそのセリフ言ってるんだい…」

 

「でも…お互いに監視し合ってもいたから…その可能性はかなり低い」

 

 

 俺達は水無月から送られてきたタイムテーブルを回し見る。…ちなみに、俺の手に回ってきたときは、水無月には手渡さず、そのままポケットにしまった。隣を見ると、ブーッと頬を膨らます水無月が居たが、無表情で無視した。

 

 

「先ほどの沼野達の見張りの件とそのリストを一緒くたにして考える、と…“夜8時半以降”、炊事場エリアに足を向けた者はいないことになるがぁ…」

 

「そうだね!透明人間でも無い限り、怪しい人リストからは外れるね!」

 

「ふむふむ、だったら、夜8時半前に“時間的余裕がありそう”な生徒が怪しいね!1人ずつ名前を挙げていこうじゃないか!キミ達」

 

「まず発言者本人であるニコラスが、第1候補ですね。表に名前が書かれていないってことは昨夜はずっと、フリーだったことになるです。……まあ私も、その1人なんですけど」

 

「加えてアリバイ無しなのは…落合、そして贄波の二人、だな」

 

「だ、ね…」

 

「そう僕は何時でも…自由の中を飛び回る鳥のようなものさ……」

 

「天体観測を早めに切り上げた連中もどうさね?…さっきの沼野の証言から、鮫島は外れることになるけどね…」

 

「俺様と!!!!!水無月の!!!!!2人かあぁああああああああああああ!!!!!!!」

 

「鮫島くんたちを置いてスタコラサッサと帰ってたからね!!なんにも言い返せないよ!」

 

「何で疑われてるはずなのに元気モリモリなのかねぇ。あたしだったら怯えすぎて白目むいてる所なんだよねぇ」

 

「禁断症状が出たような反応で恐怖しか感じないよ!ミスター古家!」

 

 

 ニコラスに贄波、雲居、落合、陽炎坂、そして水無月。疑い深い6人が選出され、ほんの少し、ピリッとしたような空気が走る。俺は様々な視線が交差する中央を介し、ゆっくりと、目を流していく。…この凄惨なる事件が、着実に真相へと向かっている。…生徒達が顔をこわばっていることからも、そのことが確信できた。

 

 

 ――この中に、朝衣を殺したクロが潜んでいる……

 

 

 誤魔化しでも良いからと、緊張を抑えるよう、ゴクリと、唾を飲み込む。

 

 

「……こ、この中に、朝衣さんを殺めた、クロがいらっしゃるんですね……」

 

 

 震えた声で、全員の声を代弁するように小早川は声を発する。

 

 

「何や全員怪しく見えてきたなぁ、そう思うと足の震えが止まらんわ……腰を抜かす3秒前ってやつやな…」

 

「…子鹿以下の腰」

 

「ううう~何だかドキドキしてきたよ~。数10メートル以上の高さから海に飛び込んだ時くらい、緊張するよ~」

 

「…それはもう、リアルで心の臓が止まりそうな話でござるなぁ……」

 

 

 やはりというか、俺が感じる緊張感も、殆どの生徒が感じ取っているらしい。速やかに胸打つ心臓の鼓動が空気をドクンドクンと、ゆらすのを感じる。――すると。

 

 

「……いや、もう1人怪しい人物はいる。しかもとびっきりの」

 

 

 ――風切が、決して聞き逃せないような一言を述べる。強調するかのような形容詞を乗せて。

 

 

「そ、そうなんですか!この方々以外に…一体誰が…」

 

「この6人以外に居るとは、ボクも盲点だったよ!」

 

「お前、それ自分で言って不思議に思わないのか…?」

 

 

 俯瞰したように発言するニコラスを尻目に…風切はゆっくりと指を狙いを定め、怪しい人物に対して、指を向ける。背中には、風切愛用のライフル銃が背負われているはずなのに、まるで手元にピストルがあるかのように錯覚してしまう。

 

 

「それは――」

 

 

 その指の先には居たのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……狂四郎。貴方」

 

「………………………………………………………ワタシぃ!?」

 

 

 銃弾の先に居たのは、雨竜だった。そのいきなりのパスが予想外だったらしく、目を見開き慌て出す。

 

 

「…狂四郎って誰ですか?」

 

「雲居殿…雨竜殿のことでござる。同輩の生徒の名前くらい覚えるでござるよ。ていうか今めちゃめちゃオーバーなリアクションしていたでござるよ」

 

「で、でもなんで雨竜君なのかねぇ…彼は、天体観測をするために“ずっと”グラウンドに居たんだよねぇ…」

 

「…そう“ずっと居た”…だから怪しい」

 

「何が言いたいのかな?ミス風切?」

 

 

 相変わらず含みを持たせた、確実に説明不足の言葉に俺達は疑問を呈する。どうやら、“ずっと”グラウンドに居たという事が、彼女にとって強い疑いが譲れない部分らしい。

 

 

「……炊事場とグラウンドは、森を隔てて繋がってる。…そして森は、抜けようと思えば、頑張って踏み込めば、抜けられる」

 

「…つまりあれかい?天体観測を終えて夜10時を回った時に、グラウンドから直接炊事場へ突っ切って、朝衣を殺害した……ということかい?」

 

「……そう。昨日の深夜1時頃に見かけた時のことと、タイムテーブル、そして新坐ヱ門の天体観測の話しを聞いて、怪しいと思った」

 

「…新坐ヱ門って誰の事ですか?」

 

「古家殿の事でござる!!全員の名前くらい把握しておくでござる!社会的マナーがなっていないでござる!!」

 

「忍者が社会的マナーを語っているよ~」

 

「昨今の忍者はシティーに流れていく今日この頃でござるからな!当然でござる」

 

「…沼野、忍者はバイトとか言ってなかったか?」

 

 

 風切の意見に、少なくない納得の声と、対する声が二分する。その反応の差異に、疑いの対象である雨竜も、焦りをさらに表出す。

 

 

「ふむしかし、…空論を謳うのかと予期していたでござるが…確かに考えられる可能性でござる。噴水広場周辺までなら目は光らせることができるでござるが……さすがに炊事場近辺の森までは難しい故、移動は可能。それに、深夜1時に姿を表したことも…よくよく考えればタイミングが良すぎた気も…」

 

 

 沼野が珍しく真面目に現場への移動の可否を解説。説明をする最中、風切の考えにも一理あるという気持ちに切り替わったのか…狐のような鋭い目つきで、雨竜を射貫き出す。

 

 

「た、確かにグラウンドには1時までずっと居たがぁ……しかし、エリア間を移動するなど…ワタシは」

 

「ううーん。いきなり言われて焦る気持ちは分かるけど……いつもは冷静っちゃ冷静な雨竜くんがたじろぐと…怪しさは増していきますなぁ…」

 

「いつも冷静であろうがぁ!!」

 

「今までを顧みると、“いつも”では無いです」

 

 

 疑いの矛を向けられたための焦りからか、冷や汗を流す雨竜の反応に、じわじわと不信感が積み上がっていく。議論の答えが雨竜へと傾こうとしている中、俺は俯瞰的な視点を保ち、証拠と今まで出てきた証言を見比べ、俺自身の答えを構築していく。

 

 そして俺は――。

 

 

「……いや。雨竜は炊事場には行っていない」

 

 

 雨竜がクロでは無い、そう考える。

 

 

「…折木は反対派ってことですか?」

 

「ああ。考えを整理して出した結果だ。真っ向から対立させて貰う」

 

「なら…私と勝負。公平……覚悟」

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

「その矛盾を打ち抜く…」

 

    

         【反論】

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「…狂四郎は天体観測を終えた後も」

 

「グラウンドに残っていた」

 

「私たちの目の及ばない」

 

「…深夜1時ごろまで」

 

「グラウンドに……」

 

「だからこそ…怪しい」

 

 

「確かに雨竜はグラウンドに残っていた」

 

「だけどそれは、雨の中で天体観測を諦めなかったが故の行動だ」

 

「あのときの雨竜の状態を見ても、他意があったとは思えない」

 

 

「…目的や他意なんて」

 

「幾らでも隠し通せる」

 

「…ただ」

 

「グラウンドエリアにずっと残っていた…」

 

「その事実があれば問題ない」

 

「グラウンドと炊事場は繋がっている…」

 

「つまり…」

 

「グラウンドから…」

 

「【森を通って炊事場に行けば】、犯行ができる」

 

「そう考えれば」

 

「犯人が狂四郎である可能性が高い」

 

 

 

 

 

 

【森の足跡)⇒【森を通って炊事場に行けば)

 

 

「その矛盾、切らせて貰う!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「風切…雨竜が犯人の可能性は無い、確実にそう言えるんだ」

 

 

 俺はある人物からの証言を思い出し、風切の推理の穴に切れ込みを入れる。

 

 

「うむぅ、ここまで断言してくれるとは…頼りがいしか感じられんが、逆にそこまで信頼される理由が理解できなくなってきたな……」

 

「雨竜が迂闊すぎるから、そんなこと出来るはず無いって言う侮りですよ、きっと」

 

「芸術的に捻くれすぎてる回答なんだよねぇ…」

 

 

 俺が“確実にそう言える”と断言したこと、そして自分の推理に隙があった、これらのことに驚きを隠せない風切は、言葉には出さずとも少なくない動揺が見せる。

 

 

「なんで可能性が無いと言い切れるの…?理由が知りたい」

 

「ふっふっふ~それはこの名探偵カルタちゃんが教えてしんぜ――」

 

「待ちたまえミス水無月!真実を伝えるのはボクの役目だよ!キミ。名探偵を自称する者として、それは見逃せないねえ」

 

「自称ってのは自覚してるんさね…」

 

「――ニコラスくん…どうやら雌雄を決するときが来たみたいだね…」

 

「――そのようだね。このボクの“バリツ”が、火を噴くときが来たみたいだ…」

 

「なーんか勝手なところで、勝手にシリアスな場面が展開されてるんだよねぇ………折木君、続けてどうぞ」

 

「…ああ、そうさせてもらう…………雨竜がクロでは無いと言い切る理由は…“足跡”だ。捜査中、小早川が炊事場周辺の森を見て回ってくれたときの話だ」

 

 

『炊事場の周りを見て回ってみたんですけど………足跡はここにしかありませんでした』

 

 

「はいっ!その通りです!!足跡はその1箇所しかありませんでした。はい!」

 

「…声に張りがあって、明るさが戻ったように感じるんだよねぇ」

 

「…やっとまともに議論に参加できたことが、嬉しいんさね」

 

「健気やでホンマ……ウチの親戚の娘さんの友人にしたいくらいやで」

 

「微妙!微妙すぎる立ち位置なんだよねぇ!ほぼ他人なんだよねぇ!!」

 

 

 小早川の証言を聞いた風切は、少し怯む、だけど、佇まいは崩れず、反論を繰り返す。

 

 

「…“1箇所”あったのなら…それはきっとグラウンドからの――」

 

 

 “いいや”と風切の言葉を遮る。そして…。

 

 

「その足跡は――」

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【足跡の行く末)

 

 

「これで証明するっ!!」

 

 

 

 

 

 

「――――炊事場と、ペンタ湖の間にできた足跡なんだ」

 

「なっ……!」

 

「ペンタ湖、と?」

 

「と、いうことは…昨夜に横断があったのは、炊事場エリアとペンタ湖のエリアの間のみ…ということになるのかぁ…」

 

「みたいなんだよねぇ。あたしと長門さんが湖の捜索をしてたときに、バッタリと会っちゃってるから、証明できるんだよねぇ」

 

「会っちゃってました~~。ちなみに~、場所は~船着き場の~真正面。丁度“対岸”でした~」

 

 

 俺の足跡に関する証言に、2人は賛同の手を上げる。そしてもう1人の賛同者であるべき同行人の水無月は、未だニコラスとにらみを利かせあっている。

 

 

「要は……グラウンド側から来たと見られる足跡は無かった、だから雨竜が昨夜、朝衣を殺害するために、エリア間を移動した可能性は限りなく低い」

 

「空を飛べれば話は別だけどね……天使や神様みたいに」

 

「飛行機とか、タケなんちゃらとか、お空を飛ぶ機械を持ってる、もしくは創造できるってとこも追加やな」

 

「超人的に!!!!!幅跳びが!!!!上手ければ!!!!可能性はなくはないんだぜええええええええええええ!!!!!!!!」

 

「世界を見据える観測者であるワタシだが、残念ながら肉体は常人と変わらぬ生身だ、故に貴様らの言うような人類を逸脱することはできない…………だがまあ!真の本気を出せば、天空などたやすく飛翔してみせるがなぁ!!!!!ヌハハハハハハハハ!!!!」

 

「フォローしたのに、何故自分からややこしくしていく…!」

 

「犯人説が否定されて調子が良くなったみたいですね。景気づけに膝カックン、1本いっとくですかね」

 

「アンタの身長だったら、足よりも手を突き出した方がやりやすいさね」

 

「成程!それはナイスアイディアです。反町、1番痛みの出る拳の握り方を教えるです」

 

「拳をまともに握るより、石を握って殴るのをオススメするさね」

 

「そこ!!物騒な密談をするなぁ!!身の毛がよだつ!!」

 

 

 俺達は雨竜の疑いを晴らすための発言を繰り返し、無実へと流れを変えていく。それを聞いて、傾きかけた盤面が、またまた平行なものへと戻っていくのが見える。 

 

 

「…むぅ。そっか。可能性が低いのか……。狂四郎、変な疑いをかけた。ごめん」

 

「謝る必要無いですよ、風切。グラウンドで、バカの一つ覚えみたいに曇り空を見てたっていう、明らかに怪しい行動を取ってた雨竜がいけないんですから」

 

「たかがバーチャル映像だのニ、熱心なものですねェ」

 

「何、突き抜く力は天才にとって必要不可欠なものさ。たとえそれが、罵りの対象になりえることだったとしてもね…ジャララ~ン」

 

「貴様らどれだけワタシを侮辱すれば気が済むのだ!!観測者は常に星々を守護する、偉大なる役割なのであるぞ!!」

 

「仰々しく言ってるけど、星を見て考え込んでるだけなんだよねぇ…」

 

「雲の動きをじっくり眺めるんも、案外ええもんやけどなぁ…」

 

「星と言っているだろうがぁ!」

 

「ニコラスくん…まさかあなたがここまでカルタに追いついてくるとは思わなかったよ…」

 

「いいや、キミ。ボクがキミを追いかけていたのではないさ…キミがボクを追いかけていたんだよ……。そうだね、あえて言わせて貰うなら、“いつからキミは獲物を捕る側であると錯覚していた”だね…」

 

「なん…だと…!」

 

「そしてあんたらはいつまで小芝居をうってるんだよねぇ!!」

 

 

 滑らかに騒ぎ立てる議論は、またさらに流れを増していく。推理とボケの応酬に、生徒の数人は気疲れが見て取れる。あまりツッコミを入れない俺でも、幾分か疲れてしまっている。

 

 

「では、雨竜殿への疑いは晴れた、と見て良いとして……。――1つ、足跡についてシンプルな質問があるでござる。何故、ペンタ湖に向かって件の足跡が伸びていたのでござろうか…?」

 

「本当さね、炊事場から足を運んでも、湖には一面に敷き詰められた水しか無いってのに……当たり前の話だけどね」

 

「そもそも誰の足跡なのでしょうか?沼野さん達の見張りの事を考えると、朝衣さんか、もしくはクロの2択になりますけど…」

 

 

 小早川達の率直な疑問を起点に、論点は“足跡そのもの”へとシフトしていく。“足跡はいつできたのか?”“誰の足跡なのか?”“どうして足跡が付けられたのか?”等、小さな疑問をそれぞれ飛ばし、静かに渦が回り出す。

 1つ1つに時間を掛けてはいられない状況ではあるが、少しでもピースのはめ場所を間違えてはいけない議題だ。だからこそ、確実に、なおかつ迅速に真実を見極めなくてはならない。

 

 ……まずは、今の時点で見極められる部分…“誰の足跡なのか”についてから崩していこう。

 

 

 足跡は恐らく…。

 

 

 

1) 朝衣のモノ

 

2) 犯人のモノ

 

 

⇒犯人のモノ

 

 

「そうかっ!」

 

 

 

 

 

 

「その足跡は……犯人のモノなんじゃないか?」

 

「へぇ、そっち選ぶんか…その心を聞こうやないけぇ」

 

「この足跡について1つ…写真を見るだけでは伝わらない、ある特徴があるんだ」

 

「伝わらない、特徴、って?」

 

「気になるんだぜえええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」

 

「それは――」

 

 

 

1) 跡の深さ

 

2) 跡のぬかるみ

 

3) 跡の匂い

 

 

⇒跡のぬかるみ

 

 

「これだっ!」

 

 

 

 

 

 

「この足跡は、写真では分からないが“酷い粘り気”があったんだ。……きっと昨夜に降った雨のせいで濡れてしまったからだろう…」

 

「その話は本当さね。発案がアタシだったからね。他にも、小早川と水無月が証人だよ」

 

「え、ええと…はいそうなります!ちょっと記憶が薄いですけど!」

 

「早いよ梓葉ちゃん!まだ数時間しか経ってないのに!でも大丈夫!カルタはキチンと覚えてるよ!」

 

 

 心強いことに、足跡を見つけた場所に同席していた3人は俺の意見に同意を示す。

 

 

「せやけど…そのぬかるみ具合がどないやっちゅうんや?クロの靴には泥遊びした跡が残ってますゆうんか?」

 

「いや…“その逆”だ」

 

「逆……やって?」

 

 

 繋げるような俺の言葉に、鮫島は90°くらいまで、首を深くかしげる。

 

 

「その前に……雨竜、ニコラス、沼野。朝衣の死体を隅々まで調べたお前達に聞きたい。朝衣の靴に何かしらの汚れは見られたか?」

 

 

 もったいぶったような言い回しになってしまったが。今の俺の言葉を聞いて、合点がいったように、生徒達は小刻みにうなずき出す。

 

 

「…いや。……“何も無かった”。全体的に濡れていただけで…泥の付着は見られなかったなぁ」

 

「そうだね……全く見られなかった。1歩でも森に足を踏み入れてたなら、ほんの少しでも痕跡が出てくるはずなのにねえ?キミ」

 

 

 “何も痕跡が見られなかった事”が証拠。先ほど鮫島が持ったシンクへの違和感と一緒だ。だからこそ、泥を踏みつけた痕跡が無かった朝衣は除外され…消去法から“クロの足跡”と断言できる。

 

 

「うむうむ、そのような論理もあるのでござるな!であれば、炊事場とペンタ湖に出来た足跡は、クロのモノと言えそうでござる!」

 

「ろ、“論理”!是非とも1度は使ってみたい、ハイカラな言葉です!」

 

「決してハイカラな言葉では無いと思うけどねぇ…」

 

「まず論理っていう言葉の意味から知った方が良いかもしれないですね。小早川の場合」

 

「はっ!そこはかとなくバカにされたような気がします!」

 

「気、もなにもダイレクトに言ってるさね…」

 

 

 論理的かどうかは別として、予想以上に推理はすんなりと通った。…これで1つ、“誰の足跡なのか?”についてが瓦解した。後は、“どうして付けられたのか”そして“いつ付けられたのか”の2つ。

 

 

「足跡がクロのモノだったとして……一体どうして付けられたんだろうねえ!何人もの犯人を独房に入れてきた者の経験則からして、そういう…自分に繋がりそうな証拠は最低限付けたくないモノだよ!」

 

「わかったぁ!!きっと水浴びをしたかったんだよ!ひとっ風呂浴びたいな~って感覚で!」

 

「おお~それはそれは~クロとは気が合いそうですな~私もそろそろ水が恋しくなってきたんだよ~」

 

「殺人した直後か直近の人間が水浴びなんて、肝が据わりすぎて畏怖すら覚えるんだよねぇ…」

 

「というか、昨夜は雨が降っていたので…身を濡らす必要は無いのではありませんか?」

 

 

 1つの疑問が解かれ、俺達の間に多少の余裕が生まれる。相乗して…全員のテンションも上がり、微妙にふざけ出すのが玉に瑕だが。 

 

 

「ペンタ湖…か。何か“目的”があって移動をしたのだろうがぁ……」

 

「その目的が分からないんですよね…取りあえず何か思い当たることを片っ端から言ってく位しか出来ないですね…」

 

 

 ここまでの時点、犯人を確定できる証拠が無いことから、朝衣を殺したクロはとても慎重と言える…そのクロがわざわざ足跡を残してまで湖へと移動した…そこには、確実に何かしらの“理由”があるはずだ。

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】 【開始】

 

 

 

 

 

 

「足跡を残してまで」

 

「湖にわざわざ行ったんだから…」

 

「きっと『大それた目的』があったはずなんだよねぇ!」

 

 

 先生!考えが浮かびません!!

 

                 自分の発想力の無さを呪うんだね!名探偵!

 

 ま~だやってるで…ほんと飽きひんもんやな

 

 

「きっと!!!」

 

「重要な!!!」

 

「『証拠を隠滅するため』だぜええええええええええええ!!!!!!」

 

 

 興味深い案だなぁ…

 

              陽炎坂にしてはまともな意見ですね

 

 

「逆に…『何かをペンタ湖に隠していた』とかはどうでしょうか?」

 

 

 …凶器とかかい?

 

               で、でも部屋で溺死、しただけだか、ら

  

 

「…そもそも犯人は湖を目指してたのか分からない」

 

「適当に歩いて、『偶然ペンタ湖に行き着いた』可能性もある」

 

 

 …そしたら湖で足跡が途切れてる理由が…

 

               説明できないんだよねぇ…

 

  …うるさい新坐ヱ門

 

            シンプルに罵倒されたんだよねぇ!?

 

 

「ふむ…拙者的には、『昨夜に気になる出来事』はあったでござるが…」

 

「1つ、『泳いで渡る』ため…と提言させて頂くでござる」

 

 

 可能性はありますな~

 

 

「アホやなぁ…あんさんら」

 

「考えすぎっちゅう話しやで…」

 

 

 ああん?

 

       …それはライン越え

 

 ちょっと表出るです

 

 

「犯人が『わざと足跡を残した』可能性も」

 

「あるかもしれへん、っちゅうのに…」

 

 

 わりとまともな意見だったんだよねぇ

 

            成程です。表から屋上に変えてやるです

 

 呼び出されるのは変わらないんだねぇ!?   

 

 

 

 

 

 

【何か大きな音)⇒『昨夜の気になる出来事』

 

 

「それに賛成だ!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「沼野…今お前が言った気になる出来事…もう少し詳しく話せるか?」

 

「おい折木。今はお前の興味を追求する時間では無いですよ…そんなのは後で――」

 

「まあまあミス雲居。ミスター折木にも何かしらの思惑があるはずさ…今は黙って聞こうではないか」

 

 

 雲居の言う通り、本筋である、“何故クロがペンタ湖に赴いた”という話題から逸れてしまう。それでも、俺は沼野の発した言葉の詳細に目を向けた。それが、きっとクロの“目的”を見いだす鍵になるはずだ。俺は何となく、そう直感したから。

 

 

「やはりでござるな!拙者も意味も無く発言してみた甲斐があったものでござる!」

 

「意味が無いのは余計なんだよねぇ!」

 

「この世に無意味なことは無い…あるのはそれを意味のあるなしを決める“感情”だけ……さ」

 

「コレって拙者、励まされているのでござろうか?」

 

「いや、違うです。…お前はこの世界で最も無意味な人間に選ばれたっていう、誇らしい栄誉が与えられたんです」

 

「ものすごい曲解を見た気がするんだよねぇ…」

 

「ついに落合の言葉で人を罵倒し始めたかぁ…できる…!」

 

「できないよ~」

 

 

 沼野達の漫才が一通り一巡したところで、贄波がぽつりと、沼野の言葉の真意を聞き出す。 

 

 

「…“気になる出来事”、って、なんの、こと?」

 

「何や風切も、雨竜も頷いてるってぽいし…どうやら見逃せん場面があったようやな…」

 

「見逃せないというよりは、聞き逃せないことでござるな。昨日、深夜1時過ぎくらいに……見張りをしていた拙者と、風切殿、そしてそんな拙者らを心配してやってきた折木殿は、ペンタ湖から“何かが壊れた音”が響くのを聞いたのでござる!」

 

「…その“水に何かが落ちた音”を聞きつけて、ワタシも天体観測ならぬ、天雲観測を止め、グラウンドから駆け付け3人と合流したのだ」

 

「そして、その“鈍い音”を聞きつけて、湖まで急いだんだが………結局何も見つからず、次の日の朝にまた改めて捜索しようということになって、その場を後にしたんだ」

 

「えっ、えええ???あの、すみません。結局どんな音が響いたんですか?」

 

「見解が一致してないんだぜええええええええええ!!!!!!!!」

 

「未だに意見がバラバラだけど!!何かしたの大きな音が響いったぽいんだよね!知ったようなカルタだけど、人聞きだから、詳しくは公平くん達に聞いて!」

 

「丸投げされたでござる!もっともでござるが!」

 

「……でも、捜索しようとしてた次の日に、朝衣の殺人が起こった。だから結局、正体が分からないままになってしまった」

 

 

 風切の言うとおり、朝衣の殺人が発覚したことで、音の正体を突き止めることは出来なかった。だけど、事件の捜査を続けていく内に、その“正体”と見られる証拠は、見つけることが出来た。

 

 

 あの音の正体は…きっと――

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【破壊された貸しボート)←

 

 

「これで証明するっ!」

 

 

 

 

 

 

「だけど、捜査の最中でその激しい音の原因を見つけた……それは、“貸しボート”が壊れた音だったんだ」

 

 

 音についての表現の一部に、“何かが壊れた音”というものがあった。だったら、湖周辺で壊れているモノが見つかれば、それが音源であると断定できる。その周辺にあった代物が、この貸しボートだった。

 

 

「あたし達が発見したボートなんだよねぇ!」

 

「しかもちょ~ど~、件の足跡の先に浮かんでた~見るからに壊されましたよ~って感じの一品だったよ~」

 

 

 足跡の行く末、つまり、ペンタ湖のボート乗り場…その対面付近で貸しボートが壊れていたことになる。その偶然とは思えない重なりに、生徒達は食いつき出す。

 

 

「それは!それは!すこぶる怪しい代物ですね!」

 

「本当でござるな!昨夜何故気づかなかったのか可笑しいくらいでござる!」

 

「でも……あれって人が2人乗れる、そこそこの大きさのボートだったはずだけど……そんな簡単に壊せる物なの?」

 

「前に実物を見てるアタシが言うけど、拳を2つ使わなきゃ粉々にできないさね」

 

「2つ使えば粉々にはできるんだねぇ……」

 

「力のある人間ならまだしも、非力な人間では無理…といえるのかな?」

 

「いや、多少の力があれば…あのボートを破壊することが出来る」

 

 

 確かに反町のように力のある人間が壊せば、バラバラに出来るかも知れない。でも、“とある道具”を使えば…誰でも壊すことができるようになる。

 

 

 

 

 

 

【証拠品セレクト】

 

 

【大きな石ころ)←

 

 

「見つけた…!!」

 

 

 

 

 

 

「壊れたボートの真下の湖底に…“大きな石ころ”が沈んでいたんだ。長門がその場で潜り、発見したんだ」

 

「大きな石ころ、ですか……もしかしなくても、それを使ってボートを破壊したとか言い出すんですか?」

 

「そうだよ~。見るから~に、ごく最近沈めましたよ~ってぐらい目立ってたから~。直上にあったボートの事を考えると~ぶつけたのは確定だね~」

 

 

 石ころは、男性でも女性でも持ち上げられそうな大きさであった。つまり、先ほど挙げた6人の容疑者なら、誰でもボートを破壊することが出来る。

 

 

「ちなみにだけど、朝衣さんを溺死させるために使われた、“水道用のホース”も、そこで見つかってたりするんだよねぇ」

 

「成程ぉ…では、先ほど陽炎坂が議論中にのたまった。『証拠の隠滅』のためにペンタ湖に赴いたというのも、間違いでは無い…ということかぁ」

 

「何か!!分からないが!!!勝ち誇ったような!!!!気分だぜええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

 

「その証拠の話が本当なら、足跡が付けられたのは…“朝衣を殺した後”になるですね。凶器はもう使わないって風に隠滅したわけですから」

 

「あっ!本当ですね!まさかここで“いつ足跡が付けられた”のかが分かるとは思いませんでした!」

 

 

 次々に証拠と証拠はつなぎ合わさり、音の正体へとたどり着くことができた。さらには、くっついてやってきたかのように、“いつ足跡が付けられた”という疑問も証明された。

 

 徐々に謎が氷解していく実感は、少なからず湧いてくる……反面、段々と犯人へと近づいてきている実感も直に感じ取れ…真実を知る“怖さ”もジワジワと増していく。

 

 

 ――すると、今の発言に続いて雲居が“ていうかですけど……”と話し出す。

 

 

「そもそもの話し…どうして貸しボートが対岸にあるんですか…?アレって、確かボート置き場に立てかけてあったモノですよね?まさか1人で、勝手に持ち出したってことですか?」

 

「あ~確かにね~。ボートを運び出す時の物音で~見張りの2人が気づきそうだけどね~」

 

「……ペンタ湖からは何も聞こえなかった」

 

 

「それもそのはずですヨ。だって、貸主がワタクシに貸して欲しいと頼んできたので、“その場にお運び”して、お貸したんですかラ…」

 

 

 モノパンからの一言に、俺達は騒然となる。またモノパンか…の一言では済まされない、重大な発言だったからだ。

 

 

「お貸しただとおぉ!?貴様またクロに協力したのかぁ!!」

 

「協力じゃ無いですヨ?手続きでス。ボート小屋に関しては時間制限を設けてはいないんですからネ」

 

「なにすまし顔して、至極当たり前です、みたいな風に言ってるですか!夜遅くに、しかも大雨の中貸してほしいって言って貸すバカがどこに居るんですか!?」

 

「私は絶対借りません!!だってずぶ濡れになりたくないですから!!」

 

「そんなこと言われたって…24時間営業できるところが常にフル稼働させるのがワタクシのモットーですシ……それに、そのクロの行動は殺人に直接関係していないですシ……規則違反とはなりませんヨ?」

 

「また…絶妙な言い逃れをするでござる!!」

 

「一体誰が借りたのだぁ!」

 

「本人からの希望で、匿名で~ス」

 

「アンタ……!クロの良いように動いて、中立な立場として恥ずかしくないのかい!!!」

 

 

 納得のいかない野次を物ともせず…モノパンは自分の行動の正当性を語り出す。その態度が、重ねて俺達の神経を逆なでし、怒りの声を増やしていく。

 すると…怒りの輪に加わらずにいたニコラスが、酷く冷静な声で、“だけどまあキミ達…”と俺達を包み込む。 

 

 

「……クロが、そのボートを借りて湖を横切ったというなら、逃亡の手助けとなり、モノパンへの追求はもっともな話しだけど……クロは当のボートを破壊している……むしろ、モノパンは被害者側となっている。キミ達のブーイングは、的外れなのだよ」

 

「ニコラス!アンタ、モノパンの肩を持つのかい!!」

 

「そうだよ~、肩を組み合う相手を間違えてるよ~」

 

「いいや違う。今モノパンをまくし立てても、意味が無い、と言いたいのだよ」

 

「……だがっ!しかしぃ……!」

 

「何だか、納得がいかないでござる……」

 

「みんな…、一旦、落ちつい、て?」

 

 

 ニコラスと贄波の発言から、俺は、全員頭を冷やすよう促していることが感じ取れた。…俺だけで無く、ボルテージを上げていた生徒達は、みるみるうちに、顔をうつむかせていく。少しずつ、周りの熱が引いていっているのだ。

 だけど皆が怒りを露わにしてしまうのも、無理も無い、今までのモノパンの行動は、全てクロを基準としている様にも見え、端から見れば、公平性に欠いているとも取れる。

 

 

「ニコラス君の言う通りでス!ワタクシは被害者なのでス!まさか壊すためにボートを借りるとは…一体あのボートいくらすると思っているんですカ!」

 

「ちなみにちなみに。おいくらなのかな?」

 

「第1エリアの木を使っているので、実質タダです!」

 

「貴様ぁ!!!そのタダ程度に、あのときワタシに怒りをぶつけたのかぁ!!!万死に値するぞぉ!!」

 

「もうモノパンは諦めるです……贄波達の言うとおり、コイツとの問答は時間の無駄、今は議論に集中するです」

 

「しっかし不自然な話やで……そのなんていうんや?証拠を隠滅する言うてたやろ?……そんなん、わざわざボート使わんでも、石ころにくくりつけポイ捨てすればいい話やと思わんか?」

 

「た、確かに。石ころだけ投げれば、“音も極力出さずに”静かに証拠を破棄できるのに」

 

「そうだよ~、ボートを借りたかと思えば~…壊してさ~…やっていることがめちゃくちゃだよ~」

 

「ボートを!!!壊すことで!!!!!クロにメリットがあったのかもなああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

「気が触れてボートを壊しました~やったとしたら…?」

 

「心はいつでも、綱渡りのように不安定な物……あり得なくも無い話だね」

 

「そんなアホな事は、沼野か鮫島、もしくは雨竜しかやらないですよ」

 

「理不尽でござる!濡れ衣も甚だしいでござる!」

 

「沼野や鮫島は良いとして…何故ワタシまで含まれているのだ!!そこまで意味不明ではなかろうに!」

 

「……あれやな…雨竜、裁判終わったら、後でリンチやな」

 

「ぬわにぃ!?……くくくく、ははははははは!!!!!良いだろう…我が力、スタープラティナが貴様の目をえぐる…」

 

「嫌に猟奇的なんだよねぇ!!」

 

 

 モノパンへの糾弾から一転、何故、“クロはボートを破壊したのか”について議論は回り出した。皆が言うように、何かしらメリットがあったのだろうが……。しかし、…どうしてボートを…。

 

 

「ボートを壊したことで起きたことと言えば…拙者らが“ペンタ湖に出向いた”こと…位でござるが……」

 

「…うん」

 

 

 ――……?俺達が…ペンタ湖に……

 

 

 俺は今の沼野の発言、そして先ほどの“音を極力出さずに”と言った小早川の発言を重ね合わせる。

 

 

 ――もしかしたら

 

 

 俺はそこで、脳の奥底に積み上げられた1つの“可能性”を思い浮かべる。……だけどまだ当の可能性はぼやけたまま…そのためにはまず、考えを少し整理しよう…。

 

 

 

 

 

 

『どうも皆様お久しぶりです。そして、後半から裁判を見た人は初めまして』

 

「……いや、そんな、いきなり裁判のクライマックスに目を通すような、酔狂な人は居ませんよね?きっと」

 

『私がでてきたと言うことは、またもや新要素、というか追加要素、です』

 

『今回の要素は、原作においても用いられた『ロジカルダイブ』『ブレインドライブ』…に該当する要素になります』

 

『1つの設問にいくつかの選択肢が出てきて、もっとも可能性が高い選択肢を次々に選んでいく。殆ど原作と仕様は変わっておりません』

 

『変わっているところと言えば、別に折木君が、スケボーに乗ったり、車にとって美女を侍らせたりすることは無いくらいです』

 

『そしてこのシステムの名前を、折木君風に改造して………『ロジカルドライブ』…と名付けます』

 

『『ロジカルダイブ』と『ブレインドライブ』……合わせて『ロジカルドライブ』……」

 

『…………………………………………………』

 

『何かすみません。割と考えるの面倒でドッキングさせてしまいました…申し訳ありません』

 

『でもそんな感じになります!!後は読者のご想像にお任せ致します!!』

 

『ではでは、本小説を引き続きお楽しみ下さい…また会う日まで…サヨナラサヨナラ』

 

 

 

 

 

 

【ロジカルドライブ】

 

 

 

 

 

 

Q.1 船を壊したことで、何が起こった?

 

 

1) 水しぶきが上がった

 

2) 船が使えなくなった

 

3) 轟音が鳴り響いた

 

 

A.轟音が鳴り響いた

 

 

 

Q.2 音が鳴り響いたことで何が起きた?

 

 

1) 沼野達が炊事場エリアに来た

 

2) 沼野達がペンタ湖に駆け付けた

 

3) 沼野達がログハウスエリアに戻った

 

 

A.沼野達がペンタ湖に駆け付けた

 

 

 

Q.3 クロは何のためにボートを破壊した?

 

1) 沼野達をペンタ湖に呼び寄せるため

 

2) 沼野達はログハウスエリアに呼び寄せるため

 

3) 沼野達を炊事場エリアに呼び寄せるため

 

 

A.沼野達をペンタ湖に呼び寄せるため

 

 

 

Q1: 3) 轟音が鳴り響いた

Q2: 2) 沼野達がペンタ湖に駆け付けた

Q3:1) 沼野達をペンタ湖に呼び寄せるため

 

 

「推理は繋がったっ!!」

 

 

【COMPLETE!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………」

 

「折木、くん?うつむいて、どうした、の?」

 

 

 …どうやら俺は自分の中に出てきた答えを思案している間に、ひどく黙りこくってしまっていたようだ。俺が思っていた以上に、議論に入り込めていなかったらしく、その様子を変に思った贄波から小さな気にかけが入る。その声が全員の耳に、絶妙に聞こえていたようで、視線の殆どが、俺に集中する。

 

 

 ――だけど、考えがまとまった今、その注目は都合が良い

 

 

 俺は長めに息を吸い、そのほんの隙間に、…意図して出てきたような“発想”を自分の中で明確に、そして全員に伝わるよう言葉を添削する。まずは、“何を”言いたいのか……頭の中で整理し“分かったこと”を口にする。

 

 

「――クロが、どうしてボートを破壊したのか…分かった、かもしれない…」

 

「本当かああああああああああああああああ!!!!!!!折木ぃいいいいいぃぃいい!!??」

 

「あの意味不明な破壊工作、その真意がかぁ!!」

 

「ほほう!それは興味深い!実際、ボクも頭を悩ませていた部分なんだ、ご教授願おうじゃないか、キミ」

 

「ご教授願う態度には、見えないくらい偉そうなんだよねぇ…」

 

「まあー?ニコラスくんは掴めていないようだけどー?名探偵カルタちゃんはもう分かっちゃっているし~?一応確認のために…公平くん!さっさと説明しちゃいなよYOU!!」

 

「本当ですか、水無月さん!……お二人とも頭の回転がお早い……ここまで“あいきゅー”の差が見えてしまうと……してはいけないと思いながら、自分と比較してしまいます…」

 

「折木はともかくとして、水無月のは完全に強がりさね…」

 

「……微妙に顔が引きつっている」

 

 

 俺の発言を皮切りに、生徒達はそれぞれの言葉で、それぞれ驚きの様相を出していく。進みきらない、生煮えの議論がしばらく続いていたからか、その驚きは予想以上だった。その空気に、少し“自分の推理は合っているのだろうか?”、と自信が薄れてしまう……だけど、“これ以外に考えられる理由が無い”…そう自分に言い聞かせ、発破をかける。

 

 

 ――きっと、クロは…

 

 

「クロは……何の意図も無くボートを無駄に破壊したわけでは無く……俺達を…いや、見張りをしていた“沼野と風切”を、ペンタ湖に呼び寄せるために…ボートを壊したんだ」

 

「…私たちを?」

 

「呼び寄せるためにでござるか…?」

 

「…ワタシは違うのか?」

 

「俺とお前は偶然居合わせただけの、余計な人間で…クロの範疇外だ」

 

「うむぅ……何だか分からぬがぁ…『範囲外』とは、実に“観測者”らしい言葉ではないか……。喜んで、その言葉を賜ってやるぞぉ!!」

 

「中二病がまた再発しているですよ……そういうのは、できれば中学時代で打ち止めにしといて欲しかったですよ」

 

「時間は常に有限さ……限られた時を“自分らしく”生き続けるのも、また自分自身さ」

 

「以上~代表からのお言葉でした~」

 

 

 周りから色々小言は出てくるが、俺は少しずつ、推理の理由を積み重ねていく。その話を聞く沼野から“しかし…”と、接続詞が漏れる。

 

 

「呼び寄せられたー、というでござるが…拙者らがペンタ湖に行っていたのは確か“数分程度”……その一瞬に犯人は、何を…?」

 

「ああ……その一瞬を使って、犯人は――――“炊事場を出たんだ”」

 

「……炊事場、を?」

 

 

 “炊事場を出た”という意見に、俺は今まで議論されてこなかった“とある議題”に触れていく。

 

 

「まず皆、改めて考えて欲しい。…沼野達が見張りをしていたのは夜の8時半から朝の6時の間、そして小早川達が炊事場に向かったのは沼野達が帰宅するときと同時刻…」

 

「時間の説明ですか……?その間は通行人は居なかったって結論がでたような…」

 

「そう…“通行人がいなかった”んだ。クロは朝衣を溺死させた後、“炊事場に居たはずなのに”、だ」

 

「…成程。キミはこう言いたいんだね?8時半よりも前にクロは炊事場へと向かっていた…だけど、その時間以降に“クロが炊事場を脱出する時間がない”…と」

 

「あたしが皆を呼びに行ったときは…朝衣さん以外全員居たから……ありゃ、確かにクロが炊事場から煙みたいに消えちゃってるんだよねぇ…」

 

「…薄々感じてた……けど、考えるのを放置してた」

 

「不思議だな~程度の認識だったね~」

 

「あれ…1ミリも疑問に思ってなかったのって、もしかしてあたしだけ…?」

 

「安心して下さい!!古家さん!!私もです!!」

 

「時には徒党を組むというのも…悪くないの、かな?」

 

「なんやあんさんらもか。奇遇やな」

 

「……全然嬉しくない人達から、同調されたんだよねぇ…」

 

 

 ニコラスが言ってくれたように…昨夜、沼野達は寝ずの見張りを行っていた。だから、好きなときに、炊事場エリアを出ることは出来なかった。なのに、朝の古家の呼びかけに、“朝衣以外の全員”が応じていた。

 

 

 だからこそ――

 

 

「クロは、“とある手段”を使って沼野達の目に隙間を作り…炊事場を脱出したんだ」

 

「……しかし、拙者らには…そのような、スキ……は……………………――ああああああっ!」

 

「……ペンタ湖に行った数分。私たちは噴水広場に居なかった…」

 

「そう、クロは、ボートを破壊することによって沼野達をペンタ湖におびき寄せ――」

 

「――“時間稼ぎ”をした。…そうだね?ミスター折木」

 

 先回りをしたように、俺の心を鋭く言い当てるニコラス。微笑みに加えて、真剣な目つき…俺に“答えを示せ”と言わんばかりの、後押しが感じ取れた。

 

 

 ……お前、まさか…もう――。

 

 

「しかしぃ…その数分を使って…どうやって炊事場から……」

 

 

 もっともな質問だ。……犯人はボートを壊し、そして呆れるくらい“単純な手段”を使って、噴水広場を脱出したんだ。しかも、その手段は“誰が”クロなのかを、決定的にする…。

 

 

「どうやら、ミスター折木には既に、答えが分かっている、みたいだね」

 

 

 “どの口が言うのか…”もう既に、自分で分かっているはずなのに…俺に答えさせようという魂胆が見て取れる。

 

 

「………クロは…………俺達が噴水広場を離れている間に――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――“走ったんだ”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンッ………と静まりかえる音がした。比喩でも何でも無く、本当に、この場の全ての音が消え、静まりかえった。

 

 口を開かず目を見開く生徒…開いてはいるが、呆けたように口をパクパクとさせる生徒、何かを察したかのように、眼差しを黒くする生徒、反応はひとそれぞれ。だけど、共通して、震えたような瞳を俺に集中させている。

 

 

「………………は、走っ、た?」

 

「クロは、炊事場からログハウスエリアまで連なる舗道を…走ったんだ。俺達が、音に気を取られて噴水広場を離れている間に、な…」

 

「で、でも…走った、って。そんな数分の間になんて…」

 

「そ、そんなことって、ねぇ…」

 

 そう。俺のような一般人が全力で走っても、5、6分程度はかかってしまうあの舗道の長さを、たった数分の間に走りきる速さと、スタミナを持っているヤツは………たった“1人”しか、いない。

 

 

 

 

 

 

 

【怪しい人物を指名しろ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カゲロウザカ テンショウ←

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お前なら……お前なら…できるんじゃないのか?…陽炎坂」

 

 

 

 

 

「………………俺様かああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!??????」

 

 

 俺からの言葉の指先は、超高校級の陸上部、陽炎坂天翔を差す。そして陽炎坂は、いつも以上の大声を張り上げ、のけぞる。あまりにも急な使命であった故に、冷や汗が額から流れる、陽炎坂本人から、そして…俺からも。

 

 

「きゃきゃかかか、か、陽炎坂君ならって…そんなこと言ったら…」

 

「……犯人と言っているようなもの」

 

「ああ。そうだとも…ミスター折木は、ミスター陽炎坂を、今回の事件のクロと言っているんだよ…キミ達」

 

「まさか…陽炎坂がかい?」

 

「お、驚きすぎて顎外れちゃったよ~」

 

「外れちゃったのでござるか!?」

 

「驚くのは!!!早すぎるんだぜええええええええ!!!俺様も!!!!いきなりすぎて!!!追いつけていないんだぜええええええ!!」

 

「ホントだ!!ちょっとエクスクラメーションマークの量が少ない!ちょっと勢いが衰えてるよ!」

 

「メタ読みは御法度ですよ……」

 

 

 俺が繰り出した答えは、裁判上のボルテージを、三度最高潮へと到達させる。しかも今回の追求は、今までの比では無い程、明確な根拠をもった、強い疑いだ…。俺の真剣な眼差しを見た他の生徒達は、その気迫から、伸びきったピアノ線の如く、空気は張り詰め始める。

 

 

「………いや!!!違うぜ!!俺は犯人なんかじゃないんだぜええ!!!!!」

 

 

 疑いを振り払うよう、腕を大きく回し、自分は犯人では無い、朝衣を殺してなんかいない…そう咆哮する。 

 

 

「ならばミスター陽炎坂。そう宣うのであれば、自分は犯人では無いという論証してみたらどうだい?まあ、ボクは未だに容疑者リストに入ったままだから、そんなことは口が裂けても言えないんだけどね!」

 

「めちゃめちゃ口にしちゃってるんだよねぇ!!」

 

「そのとおりだぞ!きみには弁解のチャンスがあるのだぞ!」

 

「水無月、あんたも容疑者の1人じゃないですか…図々しいったりゃありゃしないですよ…」

 

「まあニコラス達が言うとるんも、一理ありや。陽炎坂はまだ反論の“は”の字も無し……点検も無しにフライトしとるもん……まあつまり始まってもないっちゅうわけや」

 

「おお…ボケナスの鮫島がボケ無しの話をしているだとぉ……これは予想外だ…」

 

「マジで後でリンチやな…雨竜」

 

 

 生徒の大半が焦燥に駆られている中、少数の生徒は、落ち着いたような発言を残す。俺は内心気が気でない中、どうしてそこまで俯瞰的に見れるのか……もはや羨ましさまで湧いてくる。  

 

 

「そうだな!!!てめぇらの言うとおり!!!!その!!!証明を!!!!今からしてみせるんだぜええええええ!!!!!」

 

「証明、か…僕達は僕達自身について証明すらできていないのに……どんな言葉が紡がれるのか、楽しみだね」

 

「…今そのテーマを議論するには、油が濃すぎる」

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】 【開始】

 

 

 

 

 

 

「拙者達が噴水広場を抜けたのは…」

 

「大体数分ほどでござった…」

 

  

 本当に少しのお時間ですね

 

              体感だともっと短いかもしれないです         

 

 

「…そしてその数分間私たちは噴水広場を開けてしまっていた」

 

 

              一人くらい置いておくべきでござった

 

  焦りは禁物だね!  

 

 

「そんな短時間で陽炎坂が足を回したというならぁ…」

 

「あり得なくも無い…いや、むしろ陽炎坂だからこそできることなのかぁ…?」

 

 

 才能をフルに活かした脱出方法だけどねぇ

 

                    可能性、は高い、のかな?          

 

 

「いや!!!」

 

「そんなことはないんだぜえええええええええ!!!!!」

 

 

  びっくりしてしまいました!!

 

 

「炊事場から!!!!ログハウスエリアまで!!!」

 

「そんなに大した距離は無いんだぜええええええええええええ」

 

 

 歩くとそこそこの距離はあったと思うけどねえ

 

           歩みは一歩一歩が肝心さ…たとえ時が何時間も流転していたとしてもね…

 

 あんたのは牛歩すぎです   

     

 

「贄波や雲居みたいに!!!平均的な運動力ならまだしも!!!!」

 

「運動神経がそこそこあれば!!!!ギリギリ!!!走りきれる距離なんだぜえええええええええええ!!!!!」

 

「ニコラスや!!!落合!!!!!そして水無月とかなぁあああああああああああ!!!!」

 

「【俺様以外でも走れるヤツ】は!!!!いるんだぜええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

【生徒全員の靴の種類)⇒【俺様以外でも走れるヤツ】

 

 

「それは…違うぞ!!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

「確かに…炊事場に行ける余裕のあった、ニコラス、落合、水無月……この3人だったら、ギリギリ走り切れる可能性はあったかもしれないな…」

 

「そうだろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

「だけど…その3人が、“走れる靴”を履いていたならば……の話だがな」

 

「な……にぃ……!!!!!!!」

 

「走れる靴……ですか?」

 

 

 俺は、捜査の間、反町達が書き集めてくれた、【生徒全員の靴の種類)が書かれた紙を取り出し…陽炎坂へと突きつける。外面だけは気迫に満ちていたからなのか…陽炎坂は、一瞬たじろぐ。心の中では、いつ何時想定し得ない事が起きるのではないか、そんな不安を抱えているのだが。

 

 

「…ニコラスの場合は革靴…落合はブーツ、そして水無月はローファー……だなぁ」

 

「んん~確かに、走ること向いてるとは、到底思えない靴なんだよねぇ…」

 

「……靴擦れする可能性がある」

 

「その靴で走るくらいだったら、ボクはもっと足に負担をかけない策を講じるねえ!キミぃ!」

 

 

 陽炎坂を除いた、そこそこの運動神経を所持している3人は、決して走れる状態とは言えない。ニコラスの言うとおり、3人がもしクロだったのならば、全力で走るという、足に大きな傷を残す策は練らないだろう。

 

 

「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……だったら!!贄波は…!!!スニーカーおおお!!!!!!」

 

「自分が発言した内容をもう忘れたのか?…お前は今、『贄波みたいに平均的な運動量ならまだしも』と……走りきれないと、早々に自分から断言していただろ…」

 

 

 俺は陽炎坂の一言一句を逃さず、欠かさず攻める。何か矛盾を孕んだ発言は無いか、何か嘘は無いか、今までの陽炎坂の言葉を、思い出す。

 

 

「お前しか居ないんだ……万全な状態で舗道を走り切ることができるのは…!」

 

 

 議論を重ねた先にある、真実を見極めるために。

 

 

「どうなんだ!!!陽炎坂!!!」

 

 

 その向こう側にある真実、たとえ残酷なものであったとしても。

 

 

「ぐ、ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ち、違うんだぜえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!俺様は!!!やって!!!!無いんだぜえええええええええええええええ!!!!!!」

 

 

 仲間が仲間を殺した……そんな酷すぎる真実が、あるとしても。

 

 

「だけど!お前にしか……出来ないんだ!!!」

 

 

 俺は真実を求めて、突き進むしか無い……!!

 

 

「可能性の話なんだぜええええええええええええええええ!!!!!!」

 

「可能性でも!!見逃すことは出来ない!!!」

 

 

 それが何もすることができなかった、俺の――

 

 

「ふ、2人とも、1度、落ちつい、て」

 

「そうでござる!!頭を冷やすで――」

 

 

 ――凡人の俺に出来る、朝衣への“償い”なんだ…!

 

 

「どうなんだ!!!」

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ………………!!!!!」

 

「陽炎坂!!!!!」

 

「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬうううううぬぬんうぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……………………………………………―――――――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フゥーー……………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………――どうやら、随分と熱くなっちまったみてぇだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………えっ?」

 

 

 突然の…変容だった。今まで熱血を体で表わしたような陽炎坂が、冷や水を浴びたように、冷静で、冷徹な、……冷血な雰囲気を纏っていた。

 

 

「え、え、陽炎坂、君?一体、どうしちゃったのかねぇ?」

 

「か、陽炎坂…!」

 

「おいおい折木…まだ熱くなってんのかよ…少しはクールダウンしたらどうだ?俺みたいによ…」

 

 

 夢でも見ているかのようだった。

 

 頭に血が上った状態の俺が、変わり果てた陽炎坂にたしなめられる。今までの立場が一転してしまったように錯覚してしまう。俺は、目をつぶり、1度首を振る。…そして再び目を開く、だけど目の前の現実に変化は無く、コレが夢ではない事を物語る。いつも頭に血が上ったような陽炎坂は、今俺の目の前には…いなくなっていた。

 

 すると、“ハッハッハ”と、乾いた笑い声を飛ばし、一息を置く陽炎坂。妙に手慣れているような所作に、俺は違和感を感じてしまう。

 

 

「フッ…驚かせちまったみてぇで悪りぃな……俺は、俺様の中に燻る熱い“パトス”がマックスを突き抜けちまうと…一周回って冷めちまうんだ……安心しな。俺は、お前らの知る“陽炎坂天翔”は、俺の中にいつまでも生き続けてるぜ」

 

「陽炎坂君自身が死んじゃったような物言いなんだよねぇ…」

 

「お世辞にも口数が多かったとは言えない陽炎坂が……流暢に話してるさね…」

 

「何だか、頭が何か痛くなってきた気がします……こう、朝の起ききれない、イマイチな寝起きのような…」

 

「安心するです…それは皆同じです…。ああもう、全然ついて行けないですよ…!あんた誰ですか!本当に本人ですか!?」

 

「ところがどっこい本人なんだよなあ……。だけどすまねぇな…全員をここまで置いてけぼりにしちまってよお…これも超高校級の陸上部っつう…速さに特化しちまった罪な才能のせいさ…」

 

「お前の性格の変わりように置いてけぼりなんだがなぁ…」

 

「…才能全く関係ない」

 

「人はいくつもの内面を持っているものだよ。人はそれを“人格の仮面”または“ペルソナ”とも呼ばれる。友の前と、両親の前とで違う、自分の態度がそうだね……僕に覚えがある」

 

「変わるにしても限度があるでござる!!」

 

 

 未だ陽炎坂の豹変について行けない俺達を横目に、陽炎坂は自分のペースで、蕩々と語りを始めた。

 

 

「だけど…確かに俺なら、てめぇの言うトリック…――つうか力技か……が、可能だったのかもかもしれねぇ…」

 

 

 “だけど!!!”と急に声を張り上げる。俺はビリッとした感覚を覚え、身体をゆらす。

 

 

「俺が、俺様が朝衣の殺人を、はいそうです私がやりました…なんて、認めたわけじゃねぇ…」

 

「…それでも…俺は犯人じゃない、と言いたいのか」

 

 

 “その通りだぜ…”と頭を搔き、キザったらしい表情を浮かべながら…優雅さすら感じてしまう言葉を並べていく。

 

 

「…結局は証拠だ。この学級裁判てぇやつは……証拠以外で真実を語ることはできやしねぇ…てめぇの持ってる…手札全てで!俺を納得させてみな」

 

「陽炎坂のやつ…さっきまでの熱血キャラを捨てて、急にインテリ系に衣替えしてきたですね……」

 

「タダでさえキャラが渋滞してるっていうのにねぇ……さらに成分が加わっちゃったんだよねぇ」

 

「まるでウチくらい…いやウチに引けを取らんほどに頭良さそうなやな……」

 

「どの口が言ってるよ~」

 

 

 陽炎坂にはどうやら…まだ反論をする余地がある…というより性格が一転し、冷静に考えて“できた”ような様子が窺える。……落ち着きの差がひっくり返ってしまった分、陽炎坂がどんなアクションを起こしてくるのか…その言動に注意しなければ…。

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】 【開始】

 

 

 

 

 

 

「そもそもの話だぜ…」

 

「そのトリックは…本当に行われたってのか?」

 

 

 うう…やっぱり今の陽炎坂さんは慣れません

 

                       …右に同じです

 

「ホンマにって…」

 

「そらぁ【折木の推理】で、証明されたやろ…?」

 

 

 

 拙者達は見て。そして聞いたでござる…!

 

            …私たちが証明する

 

 

 

「ああ…【ボートが破壊され】…」

 

「【沼野達がペンタ湖に行ったって事】はな……」

 

「音の関係で…それは10歩だけ譲って、本当だとするぜ…」

 

 

  な、成程ぉ

 

           何あっさり納得してるですかエセサイエンティスト

 

  ワタシはサイエンティストではない!!ウォッチャーだああ!!

 

           …いや、もうどっちでも良いですよ

 

 

「ミスター陽炎坂…今のキミの言動…」

 

「ミスター折木の一部の推理は認めるが…」

 

「もう一部の推理は認められない…と聞こえるんだが?」

 

 

 僕にも聞こえてしまったよ…風の音がね

 

            それはさすがに聞こえてないんだよねぇ…

 

 

「その通りだぜ…ミスターニコラス」

 

「てめぇ…クロが舗道を【本当に走った】かどうかについての推理は…」

 

「…一歩たりとも認めたわけじゃねぇ!!!!」

 

「…【舗道を走った証拠】が!!!どこにもありゃしねぇんだからな!!!!」

 

 

 何か確証があればぁ…

 

             証明できる、ん、だけ、ど… 

 

 

「た、確かに~今までのは【折木くんの推理】だから~」

 

「炊事場を脱出した根拠が無いよ~」

 

 

 根拠無しだぞ!!公平くん!

 

         アンタどっちの味方さね…

 

 勿論公平くんだよ!!

 

 

「その通りだ!!」

 

「『クロが舗道を突っ走った証拠』…」

 

「あるんだったら見せてみな!!『折木』!!」

 

 

 無駄に熱すぎるで…

 

            最終決戦っぽいんだよねぇ

 

 

 

 

 

 

【舗道の凹み)⇒【舗道を走った証拠】

 

 

「それは……違うぞっ!!!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「……どうやら、何かまた“穴”を見つけたみてぇだな……それとも苦し紛れの遠吠えってやつか?」

 

「いや…苦し紛れでも、遠吠えでも無い……あるのは明確な証拠と……お前の発言に潜む…矛盾だ…」

 

 

 ほんの一瞬、瞳が弱く揺れるのを俺は見逃さなかった…。余裕ぶったように見えるが……追い詰められているのは自分だとキチンと理解している…だからこそ、あんな風に虚勢を張っているんだ…。追い詰められた窮鼠の如く、俺に噛みつく時を見誤らないようにしている……。1つ間違えれば、確実に逃げられる。

 

 だからこそ、アイツの見せた動揺に焦るな…。言葉を切り詰め、冷静に、陽炎坂の足下を崩していくんだ…!。

 

 俺は手元にあった証拠……【舗道の凹み)を陽炎坂に突きつける。

 

 

「炊事場からログハウスエリアまで……1つ…不自然に凹んだ…浅い穴があった」

 

「穴…ですか?」

 

「その穴がどうしたってんだ?まさかそれがお前の言う、明確な証拠ってヤツか?拍子抜けったらありゃしないぜ……そんな凹み1つ――」

 

「いや1つじゃ無い…………その凹みは、舗道に一定の間隔で複数付けられていた……俺はその一定の間隔には見覚えがあった」

 

「……見覚え?」

 

「折木君…どうやら、君は理由…根拠を見いだしたみたいだね……。人間ならば必ずしも身につけている…理由を」

 

 

「“歩幅”だ…人間1人1人に必ず備わっているであろう…足と足の間隔だ」

 

「…………っ!」

 

 

 陽炎坂は動揺をさらに大きくさせ、ついには表情に表れる。歯を食いしばり、拳を握り固める…その様子から、確実に追い詰めている、その手応えを、俺は覚える。ここから、さらにたたみかける…!

 

 

「そして、お前はあのとき、確かに言ったよな…」

 

 

『俺は!!!!!革靴!!!!!じゃなくて!!!!“スパイク付き”の!!!!ランニングシューズだぜええええええええええええええ!!!』

 

 

「スパイクのついたお前のランニングシューズ靴……そして“超高校級の陸上部”であるお前の才能をもって……舗道を全力で走ったとき………使われた舗道はどんな風に、なると思う…?」

 

 

 ゆっくりと…詰め寄るように、真実を、証拠を突きつけていく…自分で掘った墓穴と一緒に…。そして、ガクンと、陽炎坂は首を下げ、表情が見えなくなってしまう…。まるで勝負に負け、事垂れたような脱力が見て取れる……。ついに、諦めたのか…俺は、恐る恐る…観察するように、陽炎坂の動向を…見据える。

 

 ――――すると。

 

 

「くくく…はははははははは!!っはははははははははっはあははははあはは……」

 

 

 高く…笑い出した。まるで勝ち誇ったように、勝利の美酒で喉をうるおすように…。追い詰められているのは、崖のふちに立たされているのは…自分のはずなのに。

 

 

「そうか…そうか………走っただけで、そんな跡まで付いちまうとは………才能がありすぎるってのも…考えもんだな…」

 

「罪を………認めるんだな…」

 

 

 天を見上げ…独り言をつぶやく陽炎坂…。その言葉には…自分が跡を付けたこと、同時に、炊事場から逃げ出したことを、認めた意味が含まれているように感じた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――いいや!!!まだだぜぇ!!!」

 

 

 突然天を仰ぐ首を正面にむき直し…俺へと好戦的な笑みを見せつける。その様子は、まるでこの舌戦を楽しむように…嬉々としていた。

 

 

「ココにいる全員は!!!きっと俺がやった、そう分かっちまったんだろう…………俺は…!俺様は完全には認めてなんか無いんだぜ!!!!!」

 

「な、何かテンションが可笑しくなっていませんか!?」

 

「エンジンがまたかかってきた感じがするんだよねぇ…」

 

 

 今まで冷静な態度を貫き通してきた陽炎坂から、また熱い血潮を滾らせる陽炎坂へと一貫しないまま人格が乱れ始める。目を血走らせ、体中を震わせるその姿から、気持ちが高ぶっていることはよく見て取れる…だけど、高ぶりすぎて、その気持ちが制御できていない…もはや暴走の域に達してしまっているのだ…。

 

 

「全てが認めようと!!!俺自身が認めなければ!!!!!この戦いに終わりはねぇ!!!」

 

「お前…!今何を言っているのか分かっているの――」

 

「ああ分かってるぜ!!!コレは俺のエゴだ…俺様自身のわがままさ!!だけど!!!時間のある限り!!!俺は諦めたりしねぇ!!!最後の最期まで…食らいつく!!!それが超高校級の才能を授かった!!俺様の魂の誓いだぜええええ!!!」

 

「……っ!」

 

 

 …ここで俺は理解した…。アイツは…自分に負けを認めさせて見ろ、そう語りかけている。真っ向から俺と勝負してこい!俺と最後のレースをしよう!!そう持ちかけているんだと…。

 ハッキリ言って、こんなのはアイツ自身が言うように“エゴ”だ。もう負けは確定しているはずなのに、それでも時間のある限り、首もとに噛みつくことを虎視眈々と狙い続けている、アイツの闘志は、未だに燃えることを止めていない。

 

 

 ――俺は静かに呼吸を整える。

 

 ――そして、朝衣を殺した“クロ”と視線を合わせる

 

 

「…ああわかった。…認めさせてやるよ。お前自身の罪を…今ココで…!!」

 

 

 だったら俺は…それに応えるまでだ……!だけど、コレは決してヤツのエゴに付き合うためじゃない。目を覚まさせるためだ……!!そして理解させなくてはならない…今陽炎坂が、全力を持って見てみぬをフリとしようしている…あまりにも重い罪の大きさを……!

 

 

「これが“最後の競走”だ…折木。待った無しなんだぜえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

『てめぇは既に、周回遅れだ…!』

 

 

                 【反論】              

 

 

 

 

 

 

【ファイナルショーダウン】 【開始】

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

「俺様は!!!!」

 

「まだ認めていねぇんだぜええええええええええええええええ!!!!!」

 

「走った証拠はあっても!!!!」

 

「それが“いつ付いた”のか!!!!!」

 

「わかりはしないんだぜええええええええええ!!!!!」

 

 

「舗道にあった凹みは、昨夜よりも前には付けられていなかった!」

 

「実際、その凹みによって、今朝雲居や落合が転倒してしまっている」

 

「お前が走った証拠は、確実に“昨夜”付けられたんだ…!」

 

 

 

「言うじゃあねぇか…」

 

「だけどその程度じゃあ俺は認めねぇさ…」

 

「そんなのは、昨夜じゃなくても」

 

「もしかしたら俺が主催した」

 

「“体育祭”の時に出来たの跡なのかもしれねぇ…」

 

「そのとき俺は、昨夜と同様の身なりだったからなあ」

 

「その程度じゃ、俺は墜ちたりはしねぇ…」

 

「俺が犯人だなんてな…」

 

「まったく!認められねぇんだよ…!」

 

 

 

「何がお前をそこまで強気にさせる…」

 

「今までの何に納得していないんだ!!」

 

「まさか、ただ無理矢理事実をねじ曲げようとしているんじゃないだろうな!!」

 

 

 

「そんな往生際の悪い行為は!!!」

 

「マナー違反だぜええええええ!!!!!」

 

「折木…」

 

「俺達は、“昨夜の雨の日”の事を話してるんだぜ…」

 

「昨夜!!!」

 

「炊事場に!!!」

 

「俺様は“確実”にいたのかああああああああ!!!!!?????」

 

「それとも、居なかったのか?」

 

「証明して見せろよ……俺が納得できる…決定的な証拠でな…」

 

 

 

 

 

 

 

「俺様が!!!!俺が!!雨の中、炊事場に居た証拠おおおおおおお!!!!!!出せるもんなら出してみなぁ!!」

 

 

                  泥

 

 ランニングシューズ              の

 

                 だらけ

 

 

 

 

【泥だらけのランニングシューズ)

 

 

「これで…決める…っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………昨夜、大ぶりの雨が降っていたとき…お前は確実に、炊事場にいた」

 

 

 未だ燃え続ける情熱その目に宿し、今までに無く、陽炎坂は俺の言葉静聴する…。俺は、俺自身を射貫く、その視線から目をそらし、陽炎坂の“足下”へと瞳を集中させる。

 

 

「靴だ。お前が愛用しているランニングシューズ……それが、朝衣殺害、および器物破損を行った、決定的な証拠だ」

 

「……………」

 

「く、靴って……またどうして」

 

 

 小早川は、今までの俺達の激しい攻防が記憶に新しいらしく、怯えるように、“靴”についての詳細を俺に求める。俺は、さっきまでの舌戦が効いたのか…少しだけ、脱力したように、説明を加えていった。

 

 

「さっきも言っていたんだが…昨日は雨が激しく降りすさんでいたせいで、、エリアとエリアの間にある森の土は、酷くぬかるんでいた…」

 

「………………」

 

 

 俺の言いたいことが、何となく理解できているのだろう……少しずつ、陽炎坂に宿る闘志が、薄らいでいくように感じた。今まで見えていた、大きな虚栄が、縮んでいくように見えた。

 

 

「そしてその泥はとても粘り気が強くて、洗っても簡単には落ちないくらい…頑固な汚れになった。実際に踏んだ俺の靴がそうだ」

 

「ちなみにカルタの靴もドロドロで~す!最悪な気分でーす!」

 

 

 いつも通り過ぎるほど明るく、手を上げ賛同する水無月。段々と沈んでいく気持ちの俺には、いつもの彼女のテンションは羨ましくもあり、また安心感を覚えた

 

 

「しかし…今の陽炎坂の靴は…そんな汚れが…」

 

「…それは、きっと部屋に常備されている“スペアの靴”だ…キミ達にも、見覚えがあるはずだよ」

 

「………っ!」

 

 

 俺は思い出す。ココに連れてこられた最初の日の事を。部屋全体を見回し、入り口付近に設置されたクローゼットの中には、今着ている服…そして“靴”と、全く同じのスペアの姿を。

 

 

「犯人自身もそのぬかるんだ土を…特に雨の日の土を確実に踏んでいるのなら。その靴は、きっと“泥だらけ”になっている」

 

 

 そして犯人は、泥だらけの靴のままであったら、今までの推理を合わせて、自分の疑いが向いてしまう…。そう思ったはずだ。

 

 

「そして、完全に靴の泥を落とすには…モノパンのクリーニングが必要だ…つまり――」

 

「俺の部屋には“泥だらけのシューズ”が残っているはずだ…そう言いたいんだろ?折木…」

 

「…………………陽炎坂」

 

「…何辛気くせぇツラしてんだ?ここまで言われて駄々をこねる程……俺様はガキじゃねぇ…」

 

 

 辛気くさい顔をしているのはどちらの方なのか…。俺は、陽炎坂の何もかも諦めきった表情から、寂しさとも怒りとも取れない、訳のわからない寂寥感を肌で感じてしまう。

 今まで自分勝手に人を殺して、自分勝手に俺達をだまして、自分勝手に駄々をこねて、自分勝手に諦める。声を上げて怒鳴りつけるくらい許される事を、ヤツはしたはずなのに……どうしてか――涙が、頬を伝いそうになる。 

 

 

「………大詰めといこう。感傷に浸るのは…後にしようじゃないか、マイフレンド」

 

 

 帽子を目深いに被り、ニコラスは俺に“最後の仕事”を背負わせる。決して、今かけるべき言葉ではないはずなのに…誰も、その言葉は“間違っている”なんて声には出さなかった。だって、その声からは、少なくと今まで感じたことの無い、酷い優しさが、含まれているようだったから。

 

 ニコラスの言葉を聞いた俺は一瞬―――贄波に目を向けた。何故なのかは分からない…ただ彼女の事を見れば、少しだけ力がもらえそうだったから。贄波は、ただ小さく微笑む。優しいだけじゃない、強い意志をもった、誰よりも真っ直ぐな微笑みだ。そして彼女は頷く、俺も、それに合わせて、頷く。

 

 

「…分かった。もう一度、事件を振り返って…全てを…ハッキリさせよう。この凄惨な事件の、全貌を…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【クライマックス推理】

 

 

「…これが、事件の真実だ…!」

 

 

 

――ACT.1

 

 

 

『まずは、事件が発生する直前……モノパンからの動機が配られた、昨日の朝から事件を振り返っていくぞ…』

 

『モノパンから配られた動機は“手紙”だった…内容に個人差はあれど、受取手本人に、とても関連深いことが書かれていた』

 

『しかし…今回の事件の被害者である朝衣の場合、他の生徒と一線を画する2つの違いがあった』

 

『…1つは“配られ方”だ。昨日の朝に配られた手紙とは別に、朝衣は別のモノを動機発表の前日に受け取っていた。つまり、朝衣への手紙は“2通”配られていたんだ』

 

『2つめは手紙の“内容”だ。1通目――つまり動機発表の前日に配られた方には“俺達の中に裏切り者が混じっている”と書かれ、2通目、俺達と同時刻に配られた手紙には“裏切り者が自分の命を狙っている”という、まるで朝衣の恐怖を煽るような一文が書かれていたんだ』

 

『…朝衣は自分の身を守るために、“とある”場所に事件が発生する2日前から身を潜めるようになった。それが自分の首を絞める行為になるとも知らずにな』

 

 

 

ACT.2――

 

 

 

『話を、事件発生の前日に戻すぞ…』

 

『手紙を配られた直後の俺達の間には、物々しい雰囲気が漂っていた。その空気に危機感を持った人物…具体的に名前を挙げさせてもらうと雨竜と、風切だな。その2人はその日の夜“ある行動”を起こしたんだ』

 

『雨竜は、俺達の気持ちを和ませるため、半数以上の生徒を集めて“天体観測”を催した。参加者は、雨竜、反町、小早川、水無月、長門、鮫島、古家、俺……朝衣――そして、今回の事件の犯人を含めた10人だった』

 

『夜7時に開催された天体観測は、滞りなく進行していたんだが…、1時間後の夜8時に、ある“アクシデント”が起こった』

 

『“雨”だ。不運にも雨が降ってきたことで…天体観測は一時中断とする運びとなったんだが…参加者の内、朝衣、水無月、鮫島…そして犯人を含めた4人は、天体観測を切り上げて、その時間にハウスへ戻ることにしたんだ』

 

 

 

―ACT.3―

 

 

 

『…ここで、朝衣の行動に注目して欲しい』

 

『鮫島と共に帰路についていた朝衣は……噴水広場にさしかかったときに、“炊事場エリア”へと足を向け直したんだ』

 

『理由は、“今の”自分の部屋に戻るためだ…』

 

『朝衣は、手紙を受け取った日から、とある場所…炊事場エリアの“第1倉庫”を一時的な根城にしていたんだ』

 

『第1倉庫は、モノパンが定める規則の1つ、“夜時間の間、出入りを禁止する区域”に含まれているんだが…』

 

『…実は、この規則はあくまで“施設への出入り”を禁止するだけで…“夜時間前に施設内に居ても”規則違反を犯したことにならないんだ』

 

『朝衣はこの規則の裏を利用して、犯人が最も行動を起こしやすいと踏んだ“夜時間”を、第1倉庫の中で過ごし。自分の身を守っていたんだ』

 

『だけど、朝衣が利用した裏技には、欠点があった。それは、“夜時間中施設内から出られないこと”。どんなことがあっても、倉庫から外へは一歩も出ることができない。まさに背水の陣の手段だったんだ』

 

 

 

――ACT.4

 

 

 

 

『鮫島と噴水広場で分かれた朝衣は、2日前と同じように、夜時間に入る直前に第1倉庫の中へと身を潜めた』

 

『時間は夜10時を回り、夜時間に突入した。同時に、出入りを禁止する区域に繋がる扉も施錠された。朝衣はきっと、“コレでもう大丈夫”…そう思ったはずだ』

 

『実は炊事場エリアには、もう1人の人物が潜んでいた……。犯人だ。天体観測を途中で抜けた後、誰よりも早く帰ったフリをして、朝衣が来るよりも前に、炊事場エリアで先回りをしていたんだ』

 

『恐らくだが、朝衣が、2日前からどういう行動を取っていたのか、事前に知っていたんだろう』

 

『だからこそ犯人は、倉庫に籠城する朝衣を“どうやって”殺すのかも、事前に考えていた。言ってしまえば、犯人は、朝衣が倉庫から一歩も外に出られないという、“規則の裏の裏”を使い、“施設外に居た状態で朝衣を殺す”という方法を実行したんだ』

 

 

 

 ACT.5――

 

 

 

『まず犯人は、夜時間を回った直後、施錠されたドアの“ドアノブ”を石か何かを使って破壊したんだ』

 

『ドアノブは外側と内側が連動するタイプだったから、外側と一緒に内側のドアノブも外れ、ドアには穴が空いた。つまり、倉庫は完全な密室とは言えない状態になってしまったんだ』

 

『ドアノブを破壊した犯人は、予め倉庫から出しておいた“水道用のホース”を取り出した。ホースの片方をドアの穴に、そしてもう片方を野外炊事場のキッチンに備え付けられた”水道”に付けたんだ』

 

『犯人は、倉庫と水道はホースを”架け橋”のようにして繋げ、水道の栓をひねれば、水が倉庫に直接入る仕組みを作り上げたんだ』

 

『そして犯人は、限りなく密室に近い倉庫に水を供給し続け、倉庫内を水で満たし、朝衣を溺死させるという、恐ろしい殺害方法を実行した』

 

『少なくない時間はかかったかもしれない…だけど、犯人は目論み通り、倉庫内で朝衣を溺死させた。――そのときの朝衣は、どれほどの恐怖を感じていたのか……想像に難くない』

 

『その後犯人は、ホースを抜き取り、倉庫内の水を取り出す作業にかかった。だけど、犯人が行ったのはホースの抜き取り“だけ”で、全ての片付けを行ったのは、他ならぬ”モノパン”だった』

 

『モノパンは夜時間の間、出入り禁止の施設の掃除を常日頃から行っていた。第1倉庫も例に漏れず、水が抜けきって水浸しになった倉庫を、ヤツは犯人に協力するかのように綺麗に掃除したんだ』

 

『その結果”何処かで溺死させられ運び込まれた朝衣”というような現場が作り上げられてしまったんだ。そして、少なくない人数の生徒が、事件現場の誤認をしてしまった』

 

 

 

 ―ACT.6―

 

 

 

『朝衣の殺害を終えた犯人は、余計な疑いをもたれないよう、早々に炊事場から離脱しようとした。だけどここで、思いも寄らないイレギュラーが目の前で起こっていた。それは“風切と沼野による見張り”だった』

 

『雨竜と同様に危機感を察知した風切は、沼野を誘い、夜8時半から噴水広場にて、夜通しの見張りを行っていたんだ。…8時半よりも前に炊事場にいた犯人は、その監視体制を見て、きっと慌てていたはずだ』

 

『“このまま炊事場に居続けたら確実に怪しまれる”…そう考えた犯人は、とっさに炊事場から抜け出す方法を思いついた』

 

『そのために犯人は、炊事場から“ペンタ湖”へと移動した。森を挟んで隣接する2つのエリア間であれば、風切達の目は届かないからな』

 

『激しく降る雨と、足下の酷いぬかるみを犯人は突き進み、何とかペンタ湖に到着した。そして犯人はとある目的を持って、モノパンを再び呼び出した』

 

『それは“ボートを貸して貰うため”だ。ボートを借りたのは、別に湖を突っ切ることで、監視の目をかいくぐるためじゃなかった。

 

『犯人はボートに乗らず、近くにあった大きな石ころ抱え上げ、ボートに投げつけた。…そう、犯人は“壊すために”ボートを借りたんだ』

 

『ボートは轟音を響かせて破壊された。大きな石も、ついでにというようにくくりつけた水道用のホースと共に湖の底へと沈んでいった』

 

 

――

 ACT.7

     ――

 

 

『ボート破壊の際に鳴り響いた音は、噴水広場で監視をしていた風切、沼野、そしてついでのように来ていた俺、未だ天体観測を諦めずグラウンドに佇んでいた雨竜の耳にまで届いていた』

 

『その不自然な音を聞きつけた俺達4人は、“ペンタ湖へ”と急いで足を運んだんだ』

 

『犯人の狙いは、“コレ”だった』

 

『ただ闇雲にボートを破壊したのでは無く、音を響かせることで、見張りを行っていた風切と沼野をペンタ湖へと呼び寄せ…噴水広場を“がら空き”にするために、ボートを破壊したんだ』

 

『俺達がペンタ湖に居たのはたった数分程度だったけど、その“数分間”でも噴水広場が空いていれば、犯人にとって好都合だったんだ』

 

『何故なら…犯人には、俊足を超える“足”があった。常人なら10分程度はかかる、炊事場からログハウスエリアまでの距離を、たった数分で走りきる“自信”が、犯人の足には合った』

 

『単純な話、俺達がペンタ湖で音の原因を捜索している一瞬の隙に、犯人は炊事場からログハウスまでの間を“走り抜けた”んだ』

 

『……無事にログハウスエリアまで走り抜けた犯人は、泥だらけの靴をスペアの靴に取り替え、何事も無かったかのように朝を迎えた』

 

『そして――いつも通りの自分のままで、死体発見のアナウンスを聞き、古家が呼びかけに応じてやってきたかのようにして、俺達全員を欺いたんだ』

 

 

 

 

 

 

「そうなんだろう……!“陽炎坂…天翔”…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――終わった。

 

 

 ――おびただしい数の言葉を口にし、事件の全てを言い終えた

 

 

 ――だのに不思議と疲れは無く。

 

 

 ――あるのは

 

 

 ――とても俺1人では抱えきれないような…“哀しみ”だった

 

 

 

「……そこまで言われちゃあ…タイムアップ…だな…俺から言えることはもう何もねぇ…」

 

 

 燃え尽きたように、やりきったように微笑み…陽炎坂は、静かに沈む。その笑みからは、“やっと終わった”“これで俺はもうおしまいだ”…そんな諦観があった。

 

 

「認めてやるよ…俺の罪を、朝衣を殺した…罪を、な…」

 

 

 だけどもう1つ、“ありがとう”…そんな一言が、その笑みには含まれているような気がした。

 

 

「陽炎、坂……」

 

 

 誰も声を上げない、いや上げることが出来ない。何故なら、今この場に存在しているのは、すすり泣き、唇を噛みしめ、何もかもから目を背けようと俯いていたから。

 

 

「…なんだぁ?この湿気た空気は…。でめぇらは勝ったんだぜ?もう少し喜びを分かち合ったらどうだ?」

 

 

 そんななかで、天に浮かぶ太陽の如く、場違いなくらいな笑顔を見せる陽炎坂が1人。しかし彼の言葉は、誰も声を発さない裁判上で、空しく響く。誰も彼に応答する者は、存在しない。

 

 

「だけど、まだ勝利が確定したわけじゃねぇだろ?。てめぇらには、最後の仕事が、“投票タイム”が、残ってるんだからな…………――モノパン!!!」

 

 

 …忘れていたわけじゃ無かった。だけど、思い出したくも無かった。友が友を殺す、残酷で、心知らずな…最低最悪な規則のことを。そして同時に、その惨たらしい規則を、自分から促すように言う陽炎坂の真意も、理解することが出来なかった。

 

 

「呼ばれて飛び出てジャンジャカジャーン!!モノパン参上していたけど、参上で~ス!!」

 

 

 その一言で、ヤツは、モノパンは“やっと終わりましたカ”というように、小さな腰を上げる。俺達の全てを嘲笑うかのように、何もかもをぶち壊すように、言葉は落とされた。

 

 

「…ではでは、お言葉に預かり…それでは緊張の投票タイ~ムといきましょウ!」

 

 

 モノパンの言葉を合図に…俺達の手元の台に並べられた、俺達全員の名が記されたスイッチが光り出す…。字面だけで、想像すらできなかった“投票タイム”。それをいざ、目の前に差し出された今、それがどれほど重い“時間”なのかが、よく分かった。

 

 

「ではでは、キミタチはお手元のスイッチを押して投票して下さイ」

 

 

 数人の生徒が、答えは既に決まっていたようにスイッチを次々と押していく。隣の水無月も、迷い無く、クロのスイッチを押していく。

 

 

「ああ~念のために行っておきますけド……必ず誰かに投票してくださいネ?……もし投票しなければ……くぷぷのぷ~~」

 

 

 そして俺も、他の生徒達と同じように、淡々と…犯人の名が記されたスイッチに、手を置いていく。

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰カ!?その答えは正解なのか不正解なのカー!?くぷぷぷぷぷっ!ドッキドキのワックワクですよネっ!!」

 

 

 ――俺は軽く力を入れる

 

 

 ――スイッチからは“ポチッ”という音が鳴る

 

 

 ――とても小さな音だった

 

 

 ――でも

 

 

 ――やけに耳に残る、小さな音だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【〉VOTE〈】

 

 

  /カゲロウザカ/ カゲロウザカ/ カゲロウザカ/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【学級裁判】

 

 

        【閉廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り15人』

 

 

 

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

 

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

 

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

 

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

 

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

 

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

 

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

 

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

 

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

 

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

 

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

 

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

 

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

 

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

 

 

 

『死亡者:計1人』

 

 

 

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 




どうもこんにちは。
水鳥ばんちょです。長かった一章がやっと終わりました。
感想頂ければ、モチベーションになったりします。





↓以下コラム



タイトル由来のコーナー:『イキル。シヌ。イキル』 

 元ネタは『生きる。死ぬ。』という哲学本から。加えて、原作の第一章『イキキル』の風味を持たせたサブタイトルです。1番初めの“イキル”は『16人の生徒達』、“シヌ”は『今回の被害者とクロ』、最後の“イキル”は『生き残った生徒達』を表わします。


 こんな風に、それぞれのサブタイトルにも元ネタは必ず存在します。元ネタを調べると、ネタバレに近い物も存在するので、出来れば全て終わってから元ネタを調べることをオススメします。


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Chapter1 -非日常編- 5日目 裁判パート オシオキ編

 

 

 

 

 黄昏が空を覆う。

 

 

 どこまでも、どこまでも、淡い赤色が、空を彩りづける。

 

 

 際限などないように、誰も知らない彼方にまでとどくように。

 

 

 少年は1人…そんな、世界を覆い尽くす天板を…見上げていた。

 

 

 達観…寂寥……諦観………悲哀。

 

 

 少年の瞳からは、濁り、屈折し、涙に濡れた感情が見て取れた。

 

 

 

 10にも満たない子供が抱くべきでは無い、とても“暗く淀んだ感情”。

 

 

 

 

 少年を色づける淡雪のような“白”、そして紅蓮を思わせるような“赤”は、彼自身の心によって、何となく薄らいでしまっているように感じる。

 

 

  

 

 

 ――最初は小さな“歪み”だった。

 

 

 

 このときだけ、この瞬間だけ……そう自分に言い聞かせ、自分を誤魔化し切れていたはずなのに、気づいたら、自分の心が、酷く折れ曲がってしまっていることに、少年は気づいた。

 

 

 そして少年の心には、“何も”映らなくなった。

 

 

 夕焼け空も、ちぎれ雲も、太陽も……。河も、草も、土も、風も、町も、橋も……人も。

 

 

 河原に佇む少年は、何も見えなくなってしまった。何も見なくなってしまった。

 

 

 眼下に広がる全て、全部。 

 

 

 

 

 

 

 ――声が聞こえた

 

 

 

 

 しゃべり声とか、笑い声とか、そういう類いのものでは無く。

 

 

 苦しそうで、辛そうで…だけど清々しくて、楽しそうな…そんな声が。

 

 

 少年は周りを見渡す。

 

 

 すると、河原の側で、目の前の河川敷で――“少女”が“走っていた”。

 

 

 

 ――綺麗だ

 

 

 走っているだけなのに、少年は空を眺めるのを止め、ただただ汗をかきちらす少女の姿を、目で追ってしまっていた。

 

 

 疲れ切って、今にも倒れ込みそうなほど表情は歪んでいるはずなのに……とても、嬉しそうだったから。

 

 

 そんな、ボーッと眺め続ける少年に少女は気づいた。

 

 

 なんの用も無く見続けていたのだ。当たり前の話である。

 

 

 ――嫌な思いをさせてしまっただろうか?

 

 

 少年はまた暗い気持ちを露わにする。

 

 

 だけど少女は、少年の心とは裏腹に、微笑みを浮かべ、駆け寄ってくる。

 

 

「走るの…、好きなの?」

 

 

 いきなりの質問に、少年は困惑した。

 

 

 ――わからなかった。

 

 

 わからなかったのだ。“走る”ことが好きかどうか分からなかった。恥ずかしい話、“彼女の走る姿”に見惚れていたから。

 

 だけど、初対面の相手にそんなことを言えるはずも無く、少年は俯き、口を堅く縛る。

 

 

「違った…かな?」

 

 

 少年に、少女は頬を書き、苦く微笑み、つぶやく。

 

 

「じゃあさ一緒に……――走ってみる?」

 

 

 少年は顔を上げた。そこには、さっきの苦い顔なんて無かった様なほど、眩しく、なんの“屈託”も無い“笑顔”が、少年の瞳を覆った。

 

 

 低く、深く――少年はうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【裁判場】

 

 

 

「大大大大正解で~~ス!!!」

 

 

 酷く、つかの間のような出来事だった気がする。

 

 

「超高校級のジャーナリスト、朝衣式サンを殺したのは……超高校級の陸上部、陽炎坂天翔クンでした~!!」

 

 

 だけど、それが決して、つかの間の出来事では無いことを物語るように、冷徹に、判決の木槌は振り下ろされた。

 

 

「…か、陽炎坂…さん」

 

「なななな、なな…」

 

「……本当に、陽炎坂殿が朝衣殿を………!」

 

「……ジャララン」

 

 

 判決が下され、それぞれがそれぞれの声を上げていく……つらく、重い感情を乗せながら、絞り出すように。しかし、渦中の人物であるはずの陽炎坂は、滑らかに、軽々しいように、口を開く。

 

 

「……ああ、そのとおり。俺が、俺様が、朝衣を殺したんだぜ。…あの倉庫の中でな。驚いただろ?」

 

「……っ、貴様…!」

 

「……驚いたってレベルじゃない」

 

「アンタ…!自分が何しでかしたのか、分かってんのかい!?」

 

 

 後悔という二文字を感じさせない淡々とした陽炎坂の態度に非難が募る。…だのに、陽炎坂は決して怯まず、ニヒルに笑みまで浮かべ、俺達と向き合っている。

 

 

「…分かってる、分かっちまってるからこそ…だぜ。…もう言い訳は無用、そう俺の中で答えが出てんだ…」

 

「勝手に自己完結するんじゃあない!ワタシ達は、まだ、まだ…!理解することすら出来ていないのだ!!」

 

「理解する意味もねぇよ。この事件のクロが俺様、シロがてめぇら。敗者は俺…勝者がてめぇら。どうだ?シンプルだろ?」

 

「シンプルすぎるんだよねぇ!?」

 

 

 裁判の投票結果だけを見れば、陽炎坂の言うとおり、答えは出ている。でも、俺達が知りたいのは、そんな数字だけで示された結果ではない……。

 

 

「――理由を聞かせるです」

 

 

 ……そう、理由だ。お前がこんな凶行に走ってしまった。強い理由。

 

 

「アンタが殺人を犯した理由を、私たちに聞かせるです。…敗者を自称するんだったら、勝者の言うことくらい、素直に聞くもんですよ」 

 

「…………」

 

「……潔すぎる犯人ほど、深い疑いを持つべし…。ボクが探偵をしているときのポリシーの1つだよ、キミ」

 

「そうだよ!なんでなの…?なんでそんな酷いことしたの……?」

 

「立つ鳥跡を濁さずや……洗いざらい吐いてから、ウチに帰りぃや」

 

 

 皆…知りたいのだ。たった1人で“体育祭”を開くくらい、俺達のことを考えてくれていた陽炎坂の真意を。

 

 

「フッ……もうウチには帰れねぇつうのに。酷な事を言う奴らだぜ……」

 

 

 “…だけど”意を決したように、声色を変え、向き直る。

 

 

「このまま後腐れを残して“オサラバ”っつうのも、納得できるわきゃぁねぇしな……いいぜ、話してやるよ」

 

 

 ポケットに手を入れ、天井を見上げる。裁判場を照らすライトが眩しかったのか、少しを目を細める。そして、何故…殺人に至ってしまったのか、その理由を、滔々と、語り始める。

 

 

 

 

 

 

 

「――――俺には“目標”があった……いや、どっちかっつうと、“憧れ”だな。超高校級を名乗るてめぇらだ、たいそうな目標くらい1つや2つくらい、あるだろ?」

 

 

 

 

 

「俺にとっての憧れは――“人”だった」

 

 

 

 

 

「……まあ俺の場合、“憧れ”に巡り会うまでには、少し時間がかかったんだけどな………」

 

 

 

 

 

「俺の両親はよぉ、世間一般で言う“転勤族”ってやつでな。それも、“ド”のつく程の」

 

 

 

 

 

 

「長いときで1年。短いときだと1ヶ月の間隔で引っ越し。限度があるってもんだろ?」

 

 

 

 

 

 

「おかげで転校に次ぐ転校。未来の友人と仲良くなる間もなく、お別れ。誰もいない送別会なんてザラだった…」

 

 

 

 

 

「両親もそんな自分の立場への罪悪感と、寂しさしか友達のいない俺を不憫に思ったのか、俺の願いは何でも聞いてくれた」

 

 

 

 

 

 

「“~~に行きたい”、“~~が欲しい”“~~がしたい”……ねだれば何でも手に入ったし、何でもさせてくれた」

 

 

 

 

 

 

「でも、それを等しく“共有できるヤツ”は、俺の周りにいなかった。親父達も一緒に楽しんでくれたが、親は所詮、親だ。“親と子”の関係は、どんなに揺さぶっても、変わることは無い」

 

 

 

 

 

「周りには何でもあったのに、本当に欲しいものだけは、俺の側には無かった」

 

 

 

 

 

「…それでも充実してたさ。普通よりも恵まれてる現状だったからな…ガキの俺が駄々なんてこねたら、それこそ贅沢な話だ」

 

 

 

 

 

「だけど、充実の裏でひた隠しにしていると。目を向けないように蓋をしていると、その寂しさっつうのは日に日に増すばっかりでよ…」

 

 

 

 

 

「最終的には、もう何かを悟っちまう位には、溜め込んでたわけだ……」

 

 

 

 

 

「――あの日、“アイツ”に会うまではな」

 

 

 

 

 

『走るの…、好きなの?』

 

 

 

 

 

「バカの一つ覚えみたいに、走り込むアイツと出会っちまったんだ」

 

 

 

 

 

『じゃあさ一緒に……――走ってみる?』

 

 

 

 

 

 

「そのひと言で、俺の人生をまるごと、変えてくれた。世界に彩りを与えてくれた」

 

 

 

 

 

 

「走りの才能に俺は、目覚めることができた」

 

 

 

 

 

「そして初めて、一つの事を共有できる“友達”に巡り会えた…同時に、“憧れ”にもな」

 

 

 

 

 

 

「別れるとき、約束した。必ず走りの頂点を、互いに競い合おうってな――――」

 

 

 

 “でも……”と、何かを言おうとした。しかし尻切れに、陽炎坂は話を止める。手を握りしめ、苦悶の表情のまま、俯く。

 

 

「くぷぷぷぷぷ……どうやらここから先は、陽炎坂クンも話しづらいみたいなので、ワタクシが引き継ぎましょウ」

 

 

 それを見てか、横からモノパンがノコノコと現れ、続けるように、口を挟む。

 

 

「くぷぷぷ、結論からお話ししましょう――まずはこの手紙の中身をご覧下さイ」

 

 

 

 モノパンは、その手に持つ『陽炎坂様へ』と綴られた手紙、今回の事件の“動機”を取り出した。そして封を解き、中身を広げ、俺達へと見せつける――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『陽炎坂様へ  

 

 

 貴方の憧れである、小走 迷(こばしり まよい)様は――自殺をされました

 

 

 

                            モノパンより』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 絶句した。

 

 

 そのたった一文を見て、俺達全員は言葉にならない愕然の気持ちを共有させた。

 

 

「…………」

 

 

 俺は陽炎坂へと目を移す。

 

 

 陽炎坂は唇を固く噛みしめ、震える感情に負けまいと、耐えていた。自分の“憧れ”と言い切っていた人物が、たった1枚に綴られた1文で、モノパンが“真実”であると言い切っていた1文で、その顛末を見せられる。想像を絶するほどの、絶望を感じているはずなのに。

 

 

 

 

 

「小走迷さん……それが陽炎坂天翔クンにとっての、“憧れの人”の名前でス」

 

 

 

 

 

「彼女は、陽炎坂クンとの約束通り、血の滲むような努力を重ね、己の足を磨いていきましタ」

 

 

 

 

「しかし、残念なことに、彼女の足には才能が無かった。どんなに練習を積み重ねても、タイムは伸びず、大会にも参加できず、停滞の一途をたどっていましタ」

 

 

 

 

 

「若くして超高校級の名を欲しいままにする、陽炎坂クンとの差は広がるばリ………次第に彼女の心には焦りが生まれていきました」

 

 

 

 

 

「しかし彼女にも転機が訪れましタ。今までの努力が実り、初めて大会メンバーとして抜擢されたのでス」

 

 

 

 

 

 

「…恐らく、学生として最後の大会になるから、と。コーチ達が気を遣ってくれたのかもしれませんネ」

 

 

 

 

 

 

「彼女は気が狂ったように大喜びをしました」

 

 

 

 

 

 

「あまりの喜びように、同期達も困惑をしていましタ…」

 

 

 

 

 

 

「そうなるのも無理はありません。その大会は、彼女にとって、重大な意味があったのでス」

 

 

 

 

 

「もし順当に勝ち進むことができれば、全国であの陽炎坂くんと再会できるかもしれない、そんな可能性を秘めた、大きな大会だったのですかラ」

 

 

 

 

 

 

「今までの焦り、そして初めての大会、約束を交わした友との再会、恐らく…とても、とても興奮していたんでしょうネ……」

 

 

 

 

 

「彼女は、会場の目の前にある横断歩道で――不慮の事故に遭われましタ」

 

 

 

 

 

「原因は“彼女の不注意”による、信号無視でした。横断歩道のシグナルは赤であったにも関わらず彼女は飛び出し、ドライバーはハンドルを切ることもできず、追突。すぐに救急搬送…入院とする運びになりましタ」

 

 

 

 

 

 

「そして最後の大会には勿論、不参加でしタ。交通事故に遭ったのですから、当たり前ですよネ?それに、彼女は入院してしばらくの間、目を覚ましませんでしたかラ」

 

 

 

 

 

「つまり、陽炎坂クンとの再会は叶わず……ですネ。過程だけ見れば“自業自得”に近いモノを感じますネ」

 

 

 

 

 

「――だけど不幸は続きました。入院してしばらく経って、彼女は目を覚ましタ。そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  自分の“切断された足”を目の当たりにしましタ」

 

 

 

 

 

「死んでいても可笑しくない程の衝突でしたから、むしろこれで済んで良かったとも言えます」

 

 

 

 

 

「自分の命と引き換えに、彼女は足を失ったのです。同時にそれは、陸上選手としての生命の終わり、を意味していましタ」

 

 

 

 

 

「どんな気持ちでしたでしょうネ…今まで10年以上もの歳月を費やしてきて、やっとその努力が報われる、そんな大事なときに、こんな…」

 

 

 

 

 

「彼女は、走ることが出来ない、そんな自分は無意味だと考え、失意のままに自分で自分を殺すことにしたのです」

 

 

 

 

「以降の話は、ワタクシも聞き及んではいませン。なんせ、当事者でも何でも無いんですかラ…」

 

 

 

 淡々と語られる陽炎坂にとっての“憧れ”の結末。

 

 あまりにも呆気ない、その人生。

 

 彼女の人生の延長線上に立っていたはずの…陽炎坂は、どんな感情でコレを聞いているのだろうか。

 

 部外者である俺達が、陽炎坂に何が言えるだろうか。

 

 “元気出せよ”なんて、とてもじゃないが言うことが出来ない。あまりにも、あまりにも深い悲しみ。それだけが、俺達生徒全員を支配していた。

 

 

「キミタチに分かりますカ?自分の生涯を賭けると誓った全てを、一瞬で奪われた者の気持ちが」

 

 

 

「あっ……モチロン分かっちゃいますよネ?……だって、そういう方は、陽炎坂クン以外に何人もいらっしゃるみたいですかラ」

 

 

 

 ――数人の生徒から空気を飲む声が聞こえる

 

 

 

 まるで生徒全員の過去を、大事な何かを全て、理解しているような発言。改めて認識させられる、モノパンの不気味さに、緊張を走らせる。

 

 

 

 だけど、そんな緊張の渦の中で、ほんの少し、俺は場違いにも似た“感覚”を覚えていた。

 

 

 ――何処かで、聞いたことがある?

 

 

 一体何処でなのか、この耳で似たような話しを聞いた覚えがあるはずなのに、うまく思い出すことが出来ない。まるで押し入れの奥にしまい込んだ、古いアルバムを探すような気分に陥る。

 

 

 

「くぷぷ、ワタクシから、彼女について話すことは以上でス。ご静聴感謝致しまス」

 

 

 別の思考にうつつを抜かしそうになっていた俺を引き戻すように、モノパンは語りを終える。

 

 

 気がついた俺は、ゆっくりと、未だ俯いたままの陽炎坂を見る。手元に目を移すと、手のひらは血が滴りそうな程に、堅く握りしめられ、震えていた。

 

 

 

「昨日の動機発表の後に、何があったんだい…?」

 

 

 

 何を思ったのか、徐に、陽炎坂へとニコラスは言葉を紡ぐ。今にも崩れそうな、ヒビの入った何かに触れるように、やさしく。

 

 

 

「――そうだな」

 

 

 

 陽炎坂は一言。顔を上げ、達観したように、再び口を開く。

 

 

 

「どうせこのままポックリ逝く予定だしな。置き土産がてら、洗いざらい話し尽くすさ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ログハウスエリア:陽炎坂天翔の部屋】

 

 

 

 

 ――動機発表が終わってすぐ、俺の部屋での話だ

 

 

 

 ――俺は手紙の内容を見て、すぐにモノパンを呼び出した

 

 

 

『おいぃぃぃぃ……!!!!モノパン!!!!これはどういうこと何だぜえぇぇ…!』

 

 

『ン?そこ書かれてある通りですヨ?アナタの恩人は、己が命に終止符を打ったんでス。それ以上でもそれ以下でも無イ、そういう結果に“なった”んでス』

 

 

『………!!』

 

 

 

 ――勿論俺様は信じなかった。数十文字にも満たねぇ文章で、俺にとっての“全て”の終わりが書かれてたんだ。納得できるわけがねぇ

 

 

 

『教えてあげますヨ、彼女がキミと再会の約束をしたその軌跡を……』

 

 

 

 ――そしてヤツは、俺の前で、アイツの人生を自分のモノみたいに、語り尽くしやがった

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

『……アナタとの約束を叶えられる間近で、彼女は不幸にも、選手としての命を奪われタ、そしてそのまま自分自身の命モ……まあ、流れとしては、無くも無い話ですよネ?』

 

 

『ふざけるんじゃねえええええ!!!人生をマニュアルみたいに言いやがって!!!何様のつもりだあああああああ!!!』

 

 

 

 ――最初は、コイツの口から出るホラ話だって思ったぜ

 

 

 

『それは勿論、他人様でス』

 

 

『……クソッ!!俺様は!!!絶対に信じねぇぜ!!!こんな紙切れ!そんな話!!嘘っぱちなんだぜ!!!』

 

 

『ふ~ン?そうですカ……なら陽炎坂クンには、と・く・べ・つ二!とある一品をお見せしましょウ!!少し先取りする形になりますが、まあ良いでしょウ』

 

 

 

 ――だけどモノパンは、俺様にとんでもねぇものを見せてきやがった

 

 

 

『ハッ!!何を見せられたって俺様………は…………』

 

 

 

 ――たった1枚の“写真”だった。だけどそのたった1枚に写る“光景”が、俺様の心をぶち壊しやがったんだ

 

 

 

『よく撮れてるでしョ~。手に入れるの、結構大変だったんですヨ?』

 

 

『あ、ああ…う、嘘……嘘だろ?』

 

 

 

 ――俺が言うのも何だが、本当に良く撮れていたぜ?アイツの“顔”もクッキリと見えるくらい、綺麗にな

 

 

 

『何処見てるんですカ?ほら、ほら、顔も足も、よく見テ。死に顔なんて滅多に見られ無いんですヨ?アイドルの生写真なんかよりもよっぽどレアなんですヨ?』

 

 

『やめろ……!!そ、そんな…、そんなそんなそんな…』

 

 

『これでお分かりになりましたか?この手紙に書かれていることは、純度100%の真実、嘘っぱちなことが嘘っぱちなんでス』

 

 

『ち、違う…違うんだぜ!!アイツは、そんな柔な…』

 

 

『柔な……?まだアナタは彼女の全てをお知りになったつもりでいるんですカ?努力をすることで才能を補ってきた彼女のお気持ちが、才能に恵まれ切ったアナタニ?分かるト?』

 

 

『…………分かる…だって、アイツは…アイツは…俺のライバルで…』

 

 

 

 ――どうにかして反論しようと頭をフル回転させたさ。だけど、あの写真1枚に写る光景が、脳みそに焼き付いて離れてくれなかった

 

 

 

『ライバルで…何ですカ?まさか、約束を無碍にするようなヤツでは無いと言うおつもりデ?』

 

 

『そうだ…!お、俺との約束を踏みにじるような――!』

 

 

『その言葉を…病室のベッドに倒れる彼女の前で、もう一度言えますカ?』

 

 

 

 ――そんなこと言われちまったら、俺様はどうすれば良い?

 

 

 ――“たられば”だってことは分かってるが、足を失ったアイツを目の前にした途端、頭が真っ白になっちまった

 

 

 

『あ……いやっ…ちが…』

 

 

『そんな“約束”そのものが、彼女の重荷になってしまったんだ、彼女が足を失う“原因”になってしまったんだト、何故お気づきにならないんですカ…』

 

 

『――――――――』

 

 

 

 ――そうかもしれない

 

 

 ――浅はかにも俺は、そう思っちまった

 

 

 

『才能も踏みにじられ、約束も踏みにじってしまった、そんな中華々しいくらいに躍進するアナタを見て、彼女はどんなお気持ちになられるでしょうカ?さすがに、感情に疎いアナタでも、想像に難くないですよネ?』

 

 

『――――――――――――』

 

 

『まっ…もうこの世にはいないのですかラ、後の祭りですがネ』

 

 

『………』

 

 

『あれッ?どちらにお出かけで?』

 

 

『フッ……アイツがいなくなっちまったんだ……追いかけるのが、ライバルとしての筋ってもんだろ?』

 

 

 

 ――皮肉なことによ、モノパンの言ったとおり流されるまま、俺はそのまま自分の命を絶とうと考えちまった。

 

 

 

『くぷぷぷぷ……そうですね。人生の選択は己の自由、そのまま徒然と生きるのも、ロープ1本で終わらせるのもアナタ自身の人生』

 

 

『じゃあ聞くんじゃねぇよ……あばよモノパン。短い間だったが、楽しくない時間だったぜ』

 

 

『くぷぷぷぷぷぷ……ですが、その儚い命を使い切る前に、ワタクシの頼みを1つ、お聞きして貰ってモ?』

 

 

 

 ――“利用しよう”って魂胆が丸見えだった。だけど、もう抵抗する気力は俺に残されてなかったよ。

 

 

 

『………はぁ。好きにしろ、“憧れ”も何にもねぇ空っぽの俺に、何が出来るのかって話だけどな』

 

 

『なぁニ……至極簡単な事でス。ただ――』

 

 

 

 ――そしてその頼み事っつうのが…

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

「……“裏切り者としてミス朝衣を殺害すること”…そうだね?ミスター陽炎坂」

 

 

 ニコラスは、モノパンが提案してきたであろう内容を口にする。そして、どの答えが間違いで無い事を表わすように、陽炎坂は沈黙で返す。

 

 

「……ああ。生きる糧も何もかもを失った俺様には、自分の命だろうが仲間の命だろうが、もうどうでも良くなっちまったんだろうな……二つ返事で了承したんだぜ」

 

 

「何故……何故踏みとどまらなかったのでござるか!何時でも引き返すチャンスはあったはずでござる!!」

 

 

 沼野は未だ信じられないと食ってかかる。確かによく考えてみると、陽炎坂の殺人は時間がかかるものであった。中断できるタイミングは、何度でもあったはずだ。だけど、その人を殺める手は止まらなかった。

 

 

「…今このときの俺だったら、ギリギリで足を止められたかもしれねぇな……さっきも言ったように、俺にはもう“何にも無かったんだ”……言われたことだけど、何の考えも無く、こなしていく。そうだな、人形のような気持ちって言えば良いのか」

 

「人形のように…でござるか」

 

「な、何言うとるんや、あんさん……意味わからへんで」

 

 

 容量を得ない回答に、鮫島達は困惑の感情を露わにする。俺自身も、同様だ。だけど、その言葉の一部、“いまこのときの俺だったら”という部分に、引っかかりを覚える。

 

 

 

 ――バン!!!

 

 

 そんな違和感を抱いた一瞬、…何かを叩く音が後ろから響き、俺や、他の生徒も振り向く。そこには、証言台を足蹴にする、雲居が立っており、彼女が激しい音を立てた当事者であることが分かった。

 

 

「陽炎坂、なら“今このときのアンタ”はどんな気持ちですか………?大事な仲間を殺めて、モノパンに利用され切って、道連れみたいに朝衣を巻き込んで、どんな気持ちですか!!」

 

 

 俺と同じような引っかかりを、雲居も抱いていたらしい。しかし、その矛先に対する怒りの度合いは明確な差はあった。

 

 

「………」

 

「何とか言うです!!こんのっ……!」

 

 

 そして、我慢してきた気持ちがはじけたのか、雲居は怒鳴り散らす。そのまま、つかみかからんばかりに雲居は詰め寄る。

 

 

「お、落ち着くのだ…雲居…!」

 

 

 それを雨竜は止める。これ以上は不味いと思ったのだろう。その明らかな体格の差を利用し、肩を押さえ、その衝突を押さえる。

 

 

「止めるなです!反町も何してるんですか!こういうときこその聖職者じゃないんですか!?1発かますですよ!」

 

「………っ!」

 

「勘違いが加速してるんだよねぇ!いつもの正常な思考が出来ていないんだよねぇ!」

 

「そもそも暴力で何を訴えるのだ!ただ振るった拳が空しくなるだけだぞぉ!!」

 

「…っ!だったら何で、何で朝衣だったんですか!朝衣がお前に何をしたって言うんですか!!」

 

 

 雨竜に押さえられ、雲居は悲哀を込めて叫ぶ。“何故朝衣が殺されなければならなかったのか”“何で自分じゃなかったのか”そんな、心を感じさせる叫びであった。

 すると、クックック…と、音を出さず、乾いた微笑を陽炎坂は漏らす。そして同時に、“ああ…そうだな……”と、雲居の心に応えるように、言葉を繋げる。

 

 

「何で朝衣を殺したのかは…わからねぇ…俺はただ、言われたように、言われたことを実行しただけだ……細けぇことはモノパンに直接聞きな……」

 

 

 “でもな……”そう言葉を翻す。

 

 

「朝衣を殺して、何も感じなかったわけじゃねぇよ。炊事場から雨でずぶ濡れになりながら走って、そのまま部屋に帰って……そこでな俺は“罪悪感”てのが襲い掛かってきたさ…“取り返しの付かないことをしちまった”ってな………雲居の質問に答えるんだったら、“最低最悪な気持ち”だったよ」

 

 

 ――なんであんなことしちまったんだろう

 

 

 ――クラスメイトだったはずなのに

 

 

 

「だけど――」

 

 

 引きつったように頬を上げ、俺達に何かを訴えかけるように、手を広げ、俺達と向き合う。

 

 

「だけどそれ以上に、俺は――“生きたい”って思っちまった」

 

 

 俺は目を見開く。それでも陽炎坂は言葉を続ける。

 

 

「迷(まよい)の死を聞かされた時、俺は、どうやったら簡単に死ねるだろうって考えていたのに。人を、それもクラスメイトを殺した途端“生き残りたい”って気持ちがわき上がってきちまったんだよ!」

 

 

 頭を抱え、怯えたように震える陽炎坂を見て、俺達は唖然とする。口に手を当て、何か得体の知れない“モノ”を見ているかのように錯覚する。

 

 

「……そんな自分勝手な」

 

「だったら、アタシらはどうなるさね……アタシらの命は!」

 

「まさかだけど…それも…?ホントに…?」

 

「ああ…てめぇらの命も、全部、“踏み台”にしてやろうって思ったさ」

 

「あんまりです!!」

 

「あんまりだよなぁ!!それがどうした!!だけど俺にはもう逃げ場なんて無かった!!」

 

 

 髪を振り乱し、叫ぶ。その迫力に、俺達は押し黙ってしまった。あまりの悲痛な慟哭に、さっきまで殴りかかろうとしていた雲居すらも、動きを止めてしまっていた。

 

 

「俺にはもう…帰る場所なんて、無くなっちまったんだよ……!」

 

 

「ハハハハハハ……やべぇよな?本当に俺、やべぇヤツだよね…?」

 

 

 何も言うことが出来なかった。励ましも、憤りも、どんな感情で、陽炎坂に声をかけてるのが正解なのか、分からなかった。逆に、理不尽な気持ちが、そんな何も出来ない平凡な俺に、嫌悪感すら抱いてしまった。

 

 

「くぷぷぷぷ。ここまでハッキリ開き直ると、逆に清々しい位ですネ」

 

 

 もう何も言える空気ではない。ここが機であると見計らい、ひと言感想を並べる。

 

 

「だがしかしでス、時というモノは残酷なモノ、そろそろ“アレ”のお時間が迫って参りましタ…」

 

 

 モノパンの言う“アレ”…俺は一瞬逡巡してしまったが、その“アレ”、がオシオキを意味していることに気づく。

 

 

「フッ……本当にタイムアップみたいだな…よくここまで保ったもんだ…」

 

「一応最期ですからネ……紳士なりの気遣いと思っていただけたら幸いでございまス」

 

 

 陽炎坂へモノパンは一礼する。何が気遣いだ、別れがただただ増しただけ、俺達への負荷をさらに強めるだけの大きなお世話だった。

 

 

「ま、待つです!まだ、陽炎坂には言いたいことが…!」

 

「陽炎坂…くん」

 

「余韻浸りはここまでにして…早速始めちゃいましょウーー!」

 

「陽炎坂さん!」

 

「陽炎坂殿!」

 

 

 陽炎坂は、俺達の声を背に、何処かへと足を向ける。俺達の居る場所とは逆の、別の世界へ旅立つように。

 

 

「超高校級の陸上部である陽炎坂天翔クンのために。スペシャルなオシオキを用意させていただきましタ!!」

 

 

 誰に向けてなのか、きっと俺達へ向けてなのだろう、恰好をつけたように後ろ手を振るう。

 

 

「――――なぁ」

 

 

 独り言を呟くくらいに微かな、それでいてやけにハッキリと、声が聞こえる。全員が何か言葉を発している中だのに、陽炎坂からの声だと、俺は確信を持って気づくことができた。

 

 

「――ごめんなぁ…」

 

 

 懺悔するように、その声は震えていた。

 

 

「…ごめんなぁ。朝衣………」

 

 

 俺はその声に、ほんの少し、手を伸ばそうとする位しか、出来なかった。

 

 

「では、張り切っていきましょウ!オシオキターイム!!」

 

 

 モノパンは、正面に現れた赤いスイッチに、無情にも、木槌を振り下ろした。そして同時に、俺達の方へ顔だけ、を向ける。

 

 

 

「――あばよ。……てめぇらとの時間、結構楽しかったぜ」

 

 

 つぶやいたときよりも大きく、俺達へと向けた最期の言葉。

 

 

 涙が込められた、今にも爆発しそうなほどの張り詰めた声。

 

 

 だけど表情は、バカみたいに――晴れ晴れとした笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           GAME  OVER

 

 

 

      カゲロウザカくんがクロにきまりました。

         オシオキをかいしします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スイッチが押されたのと同時に、どこからともなく飛び出した首輪付きチェーンが、陽炎坂の首を掴んだ。

 

 

 抵抗する素振りを微塵も出さず、陽炎坂は突如現れた、非常灯が輝く扉の向こう側へと吸い込まれていった。 

 

 

 その一瞬の光景に呆気をとられていた生徒達は、扉の上の巨大なスクリーンに何かが映し出されていることに気づいた。

 

 

 

 

 

  超高校級の陸上部 陽炎坂天翔のオシオキ

 

    『Z-1 グランプリ!!!』

 

 

 

 

 

 スクリーンの向こう側…裁判場ではない、まったく別の空間に陽炎坂は立ち尽くしていた。

 

 

 周りは暗闇に覆われ、陽炎坂だけが貼り付けられたように、浮いていた。しかしそう思うのもつかの間、パッ、パッ、と音をたて、スポットライトが陽炎坂の正面前方を真っ直ぐに照らし出していく。

 

 

 

 ライトの光子が降り注いでいるのは、陽炎坂にとってとてもなじみ深く、何度も何度も、呆れるほど何度も目にしてきた、何百メートルにも伸びる“陸上競技レーン”であった。

 

 

 そしてまた何かに気づく。ブロロロロ……と機械的なエンジン何かの音が耳に響いた。隣からだった。

 

 

 音の鳴る方へ目を移すと、そこには、レーンを4つも使うほどに、大きく、場違いなほどの威圧感と重厚感を放つF-1カーがそこにあった。

 

 

 ヘルメットを被り搭乗するのは――モノパン。

 

 

 ハッキリとは捉えられなかったが、シールド越しに挑発をするような笑みを浮かべている事だけは、伝わった。

 

 

 

 そしてまた変化が現れた。正面斜め上に、ライトよりも上の暗闇に、天空を覆い尽くすが如く、でかでかと、“10”と表示されたスクリーンが現れる。1秒ごとに9、8、と数字が減っていく。

 

 

 陸上競技レーン、F-1カー、何かのカウントダウン、陽炎坂は、この全てが表わす答え“今から自分は走らなければならないんだ”という結論にたどり着いた。

 

 

 瞳に火が灯った。

 

 

「面白ぇ…!」

 

 

 結果の見えきった異種格闘技戦であるというのに、まるで餌を捉えた肉食動物の如く、獰猛に笑う。そして何かが乗り移ったように前を見据え、静かに、クラウチングスタートの体勢をとった。

 

 

 カウントダウンは3を越え、2、1と進んでいく。

 

 

 そして――――START!!

 

 

 画面が大きく変わったのと同時に、陽炎坂は走り出した。いきなりであったはずなのに、そのスタートダッシュに、一切の動揺は無かった。

 

 

 ただただ走り抜けるという一点に集中した、最高の出走であった。

 

 

 少し出遅れて、モノパンの乗るカートもエンジンを震わせる。タイヤはその場で足踏みをするようにキュルキュルと音を立てながら前へ前へとジワジワ進んでいく。

 

 

 そして、爆発するように、――カートは走り出した。

 

 

 すでに遙か彼方まで足を進めていた陽炎坂に追いつこうと、カートはスピードをぐんぐんと加速させていく。そして、あっという間に、陽炎坂の背中まで迫り、そして追い越していってしまった。

 

 

 

 人間の1人の力など、科学の前ではちっぽけな物だと言うように、モノパンはシールド越しに陽炎坂を嘲笑った。

 

 

 

 するとモノパンは手元に取り付けられた、『DANGER』のボタンを押しこんだ。

 

 

 

 カートの後部から、“足かせ”の付いたチェーンが勢いよく飛び出した。

 

 

 

「うぉ……!」

 

 

 

 足かせは陽炎坂の足を捕らえ、陽炎坂が今まで貫いていたフォームを足下から崩していく。そして――地面にたたきつけた。

 

 

 

 カートは、陽炎坂の足を捕らえてなお、スピードを緩めなかった。むしろここからが本番というように、さらにギアを上げていった。

 

 

 

「――――――!!!」

 

 

 

 恐ろしい程のスピードでカートに引き回される陽炎坂は、声にならない悲鳴を上げ、紅葉おろしの如く身体を引きずられていく。

 

 

 レーンには陽炎坂のショッキングピンクの血がカーペットのように敷かれ、陽炎坂本人も体中を血で濡らしていく。

 

 

 変な体勢で引きずられ、地面に何度も浮かんではたたきつけられを繰り返したためか、足も手もあらぬ方向へと折れ曲がり、プラプラと揺れていた。

 

 

 皮膚も何もかもが剥げ、もはや生きてるのか怪しいという程に、身体はズタズタであった。

 

 

 

 ――もはやこんなものはレースでは無い。

 

 

 そう、モノパンは最初からレースなどどうでも良かったのだ。ただ陽炎坂を処刑するために、競走を申し出たのだ。

 

 

 

 

 そして永遠にも似たようなレースは、モノパンのカートがゴールラインを切ったのと同時に終わりを告げた。

 

 

 

 モノパンはシャンパンを両手に、1位の表彰台で喜びを露わにした。周りには、モノパンの勝利を称えようと、カートの後ろ側で、ボロボロに横たわる陽炎坂などいないとばかりに踏みつけながら、“記者”の様相を呈するモノパンが殺到する。

 

 

 

 天を仰ぐ陽炎坂は、もはや虫の息、動くことすらままならなかった。瞳の炎はとうの昔に消え去り、生命の光は段々と薄まっていくのが分かった。

 

 

 

 陸上選手の命とも言える足は、筋肉と共に断絶し、もう2度と、まともに走ることが出来ないことを如実にしていた。

 

 

 そのことは本人自身がよくわかっていた。そして同時に、同じように選手生命を絶やした、“憧れの人”の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 

(ああそうか…お前も、こんな気持ちだったんだな…)

 

 

 

 

 憧れの人物と、やっと気持ちを共有できた。

 

 

 

 狂気にも似た、言いようのない嬉しさに、頬を緩ませ、心の中でそうつぶやいた。

 

 

 

 そして、満足したような表情を絶やさず、かすかにもれていた呼吸を弱め、その儚い生命の炎は、最期の心の声を言い終えると共に――――消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクトリィィィィィィンム!!!!」

 

 

 

 享楽的な、狂気的な、モノパンの声が耳をつんざく。

 

 

「……っ!」

 

「かか、陽炎坂…殿…」

 

「あがががががが、ががが……!」

 

「な、なんと……ここまでぇ……!」

 

「え……?あれ…………?」

 

 

 スクリーンを見ていた俺達の殆どが、目を見開き、呆然としていた。そして気づいたように、かすれた声を上げる。

 

 

 ――あまりにも、むごすぎる

 

 

 “オシオキ”の名を呈した処刑、蓋を開けると、本人の才能を粉々に踏みにじる、あまりにもむごい仕打ちだった。

 

 

 凄惨をさらに累乗したかのような映像から、目を背けてしまう生徒もいた。俺自身、見ていられなかった。そもそも見続けることなんて、誰に出来るのだろうか。

 

 

 

「くぷぷぷぷぷ、やっぱり裁判の最後といったら“コレ”ですよネ。アドレナリンが染み渡るくらい、最高にハッピーな気分でス」

 

 

 …だのに、モノパンは、それを憂さ晴らしか何かのように、軽々と執行した。

 

 

「酷い、酷すぎますよ………こんなの!」

 

「ざ、残酷すぎるよ~~」

 

「アンタ…!いくら何でも!!陽炎坂を、あんな…あんな……」

 

「…………悪趣味すぎる」

 

 

「くぷぷぷ?えっ?ええっ?キミタチは道徳の授業すらまともに受けてこなかったのですカ?」

 

 

 俺達の糾弾にものともせず、俺達を見下し、教えを諭すように話しを続ける。

 

 

「『因果応報』…悪い行いをした者には、その悪行に相応の報いが与えられル……朝衣さんという尊い命を奪った陽炎坂クンには、その命で対価を払って貰ったのでス」

 

 

 “コレが俗に言う等価交換の法則ですね!”要らぬ一言を悠々と語り、嘲笑する。

 

 

 何が等価交換だ!ふざけるな!!俺はそう、叫ぼうとした。だけど…。

 

 

「いいや……殺人を犯したのはキミだよ…モノパン」

 

 

 迷いの無い一言が、モノパンへ向けられる。ニコラスだった。今まで人の名前の前に置いていた“ミスター”すらも付けず、とても冷たい声の槍をモノパンへと突き刺していく。

 

 

「…ほう。それはどういう意味ですカ?キミタチは今までの一連を見てこなかったのですか?はたまた見ないフリでもしていたんですカ?陽炎坂クンは自らの手で朝衣サンを――――」

 

「“ルール上”はね…キミ。確かに、ミスター陽炎坂は殺人を実行した。しかしそれを誘導したのはモノパン、キミ以外に他ならない」

 

「そ、そうだ!!貴様は姑息にも、陽炎坂の弱みにつけこみ!自分の手足のように操ったのだぁ!!」

 

「……立派な殺人教唆ですね」

 

 

 ニコラスに続き、雨竜や雲居の2人が援護に加わる。だけど、そんなコトダマなど、モノともせず、知らぬ存ぜぬという態度で躱していく。

 

 

「例えキミが何と声高々に主張しようとも、この真実は、ミスター陽炎坂が残した言葉は消えやしない……つまり、裁かれるべきは…キミなのだよ。モノパン」

 

 

 冷たい、とても冷たい怒りをニコラスを纏っていた。そしてゆっくりと、追い詰めるように、ジリジリとモノパンへと冷静に詰め寄っていく。

 

 

 

「くぷぷぷぷ、まあそうですネ。陽炎坂クンの言葉“は”、消えませんもんネ?」

 

 

 

「でもですヨ?しかしですヨ??ワタクシ、彼のことを一言でも“内通者”なんて言いましタ?彼を操ったなんて言いましたカ~?」

 

 

 それでもモノパンは揚げ足をとろうとする子供のように、幼稚に、俺達のコトダマを跳ね返していく。

 

 

「し、しらばっくれんじゃないよ!!アタシ達はちゃんと、自分の耳でしっかりと聞いていてさね!」

 

「聞くだけだともう100パー裏で糸引いてたとしか思えないんだよねぇ!!」

 

 

 その態度に怒りを覚え、今まで黙っていた生徒も次々とブーイングをならしていく。学級崩壊という言葉があるそうだが、この場はまさにその表現にピッタリと嵌まった様子であった。

 それでも崩れないように、モノパンは牙城を構えていく。

 

 

「…くぷぷぷ。そうですネ。そんなこと、陽炎坂クンが言っていた“ような”、気もしまス――ですが」

 

 

 押し問答であった言葉の応酬、その中で、モノパンがこぼした、“ような”の一言に、俺は一瞬今まで感じてきたことの無い“何か”を覚える。

 

 

「それはあくまで、彼が最期だからと宣っていたこと。……根拠もへったくれも無い、ただ口から出ただけの“でまかせ”」

 

 

 その“何か”の正体は既に分かっている、そして少しずつ、モノパンの言葉を聞く度に、その“何か”が肥大していくのを感じる。

 

 

「恐らく、お前がやったんだろ、と指を刺され過ぎてしまったからですネ。きっと乱心して、“あることないこと”が現実であるかのように錯覚してしまったんですヨ」

 

 

 “何か”が大きくなっていく理由は分かっている。さっきまで生きていたはずの陽炎坂を小馬鹿にするように、嘘でアイツを塗り固められていくような単語が、原因だ。

 

 

「きっと、さっきまで言っていたのは、おバカな彼の、殺人の動機っぽいだけの“妄言”なんですヨ!」

 

 

 そしてその言葉が合図のように、瞬間、俺の“何か”が爆発した。

 

 

「ふざけるな!!!!」

 

 

 ビリビリと、裁判場全体に響き渡る。あまりの大声に、他の生徒達も、あのモノパンも身じろぎするほどに。

 

 

「アイツの…陽炎坂の言葉を、お前は、嘘だと……?いい加減にしろ!」

 

 

 本来なら、陽炎坂に向けるべきだったはずの“何か”が次々と湧いてくる。タイミングを間違えているはずなのに、モノパンに向けても仕方ないのに……それでも、ココが正しい場所だと、ココロが叫んでいるような気がした。

 

 

「確かにアイツは、何もしていない朝衣に手をかけた……。これは絶対、許されるべき事じゃない…でも、それでも……」

 

 

 震えたまま、俺は息を整え、今までの勢いなんて何処かに行ったように、静かに。

 

 

「…これ以上、アイツの生きてきた道を、人生を、踏みにじるような言葉はもう……止めてくれ…」

 

 

 願い事をするみたいに下を向き、俺は言葉を噛みしめる。

 

 

「………」

 

 

 その叫びを最後に、裁判場を静寂が支配する。まるで黙祷をするように、驚くほど静かな時間。だけど、その静寂も一抹的なもので、またすぐに、モノパンの声がこの場に拡散していく。

 

 

「くぷぷぷぷぷぷ。まっ、さすがに死人相手にこれ以上とやかく言うのは、ナンセンスですネ…」

 

 

 今までの沈黙は何だったのか、呆れるくらいの朗らかな声色でこの場を流す。そして、マントを翻し“これ以上はお開きです”と、言葉では無く体で意味を表わす。

 

 

「…逃げるのかい?」

 

「逃げる…?まあそういう解釈もできますよネ……でも、どう捉えるかはキミタチの判断にお任せ致しまス。まあ、考えた末で、キミタチに何が出来るのかなんて、たかが知れていると思いますけどネ……それではキミタチ!アデューー!」

 

 

 

 モノパンは捨て台詞と共に、姿を消す。今まで同じか、もしくはそれ以上に最悪な空気が蔓延る。あらゆるマイナスの感情を煮詰めたような、淀んだ空気が。

 

 

 

「…くそぉ…!言いたいだけ言ってそのまま消えおってぇ……」

 

「はぁ…もう味が分からなくなるくらい、後味が悪いんだよねぇ…」

 

「陽炎坂、さん……うぅ」

 

 

 そして鬱屈とした中でそれぞれ口にするのは、やはり鬱屈とした言葉。ダメだと分かっていても、長い裁判とショッキングなオシオキを目の当たりにしてしまったストレスが、それを許さず、それぞれの言葉が空気を倍々に汚していく。まさに悪循環だ。

 

 

「……何、悲観してるですか」

 

 

 それでも、この鬱々しい空間を良しとしない生徒もまた、存在していた。不満を漏らすような声へ、顔を向けると、厳しい面持ちの雲居が仁王立ちしていた。

 

 

「………陽炎坂は私たちも殺して、ノウノウと生きようとしてたんです。どんな深い事情があったとしても……殺人を犯したアイツの死をこれ以上愁うのは、お人好しにも程があるです」

 

「………ですが…」

 

「そ、そうだよ!一手でも間違ってたら、カルタ達も危なかったんだよ!!無事に切り抜けられて良かったって雰囲気にしようよ!」

 

「やれることは全部~やったわけだしね~」

 

「確かに……これ以上、事件のことを引きずるのは、不毛な時を過ごすだけ………まあ、正直な話し、拙者はもう、お家に帰ってお布団に潜り込みたいでござる」

 

「あ、それウチも考えとった……ほんま疲れてもうたわ」

 

 

 雲居の言葉を聞き、数人の生徒達が彼女と同じような声を上げる。きっとこの場を早く離れたいのだろう、“全て終わったことだ”“早く、自分の部屋に帰りたい”…そう言いながら、この事件にけりをつけようとしている。そして、対する生徒達もその意見に反論する素振りは無かった。飛び交う言葉は既に消え、この場は段々と“おしまい”へと向かっていくのが分かる。

 

 

「……」

 

「もう、終わりにしよ?考えこみすぎちゃったら、カルタ達の方が参っちゃうよ…。それに陽炎坂くんももう、静かに眠りたいはずだよ、きっと……」

 

 

 “だから…そっとしておいてあげよ?”そういって言葉を終止させる。

 

 平穏に暮らしていたはずの俺達に突きつけられた、クラスメイトの死、…その死を今まで身近に感じてこなかった俺達に、今日の出来事は、あまりにも負担が過ぎた。“考え過ぎるな”という方が無理な話だ。

 その心が分かってしまうからこそ、水無月は、“考えすぎない事が陽炎坂のため”…そう言って、俺達にまとわりつく呪縛を、少しでも緩めようとしているのかもしれない。

 

 

「ううむ……」

 

「…そうだねぇ」

 

 

 恐らく皆も、何となくその真意を捉えているのか、言葉少なに、首肯する。

 

 

「――少し、良いかな?」

 

 

 この場が終わりを迎えようとしていた所に、今まで1度たりとも口を開いていなかった落合が、俺達へ向けた何かを、飛ばそうとする。

 

 

 

「何や落合。ションベンなら、奥行って右やで」

 

「ああ、それも悪くないね。どうだい?共に花を摘みに行ってみるかい?」

 

「…男と連れションする趣味はあらへん」

 

「女子となら連れションするみたいに聞こえるけど、勘違いと思うようにするんだよねぇ」

 

 

 “勿論冗談さ…”そう一連の騒動が夢の出来事かのように、いつも通りのすまし顔で、朗々と、詩を詠うように、落合は言葉を紡ぐ。

 

 

「ここから言う言葉は……僕のただの独り言さ。風のように聞き流すも良し、聞き入るのも良しだ」

 

「ここまで話して独り言でござるか…」

 

 

 沼野の小言にかぶせ、ジャラランと、ギターを一撫で。ゆったりとした足取りで、俺達の間をスルリスルリと抜いて歩き、裁判場の隅の方へ腰掛ける。

 

 

「僕達が、今この瞬間まで経験してきた生死のやりとりは、あまりにも激烈であり、そしてあまりにも激動であった。その余波は、僕達の心を丸焦げにするほどに」

 

「はぁ…いつもの回りくどいオンザ回りくどい与太話ですね」

 

「……だからこそ。僕は思うんだ。“戒め”が必要だとね」

 

 

 “戒め”、その言葉に俺を含め、何人かが反応を示す。

 

 

「僕はね。これから、炊事場で小さな“調(しらべ)”を奏でよう、そう思うんだ。……今は亡き朝衣さん、陽炎坂くん…彼らへと捧げるレクイエムを一つ、ね…」

 

「れ、レクイエムって…まあ確かに、死者を葬送する“なにがし”とは存じているでござるが…」

 

「そして、そのレクイエムは、君達にも聞いて欲しいのさ……これ以上、これ以下の状況を作らないために、人を殺める蛮行を行わないための“戒め”としてね」

 

 

 “無理強いはしないさ、柄じゃないからね”落合はそう締めくくる。

 

 

「“戒め”……ですか」

 

「うう…、提案の意味は、納得出来るんだけどねぇ…」

 

「……ちょっと今は…気分じゃない」

 

 

 しばしの逡巡の後、落合の考えを聞いた俺達は、それに対する答えを出していく。…答えというよりは、戸惑いの声に近い。それもあまりに乗り気の無い、後ろ向きな声だ。

 

 だけど、後ろの方から“ちょいと待ちな”…そう、唸るようにドスの利いた低い声が上がる。反町だ。振り向くと、頭の上にローブが目深く被さっており、表情がイマイチ読み取れない。さっきの声質からして、怒っているように思える。

 

 

「――そういう催しには、お祈りも必要だろ?アタシも付き合うさね」

 

 

 しかし、そんな懸念とは裏腹に、反町は賛同の声を上げた。俺や、他の何人かも表情を驚きに変える。

 

 

「反町…?」

 

「…死んだアイツらのことを、考えすぎないようにするっても…わかるよ。だけど、このままモヤモヤしたまま床につくと、明日はもっと思い込みそうになっちまうような気がするんだよ。…だったら今日、こんなことを2度と起こさないように誓って、区切りを付けて、明日また元気にメシを食べた方が、ずっと良いさね」

 

 

 反町は自分に言い聞かせるように俯き、首元に下がるペンダントを握る。

 

 反町の言うことは、分かる。今この瞬間に、アイツらのために何かをしないと、俺はずっと2人のことを引きずり続けてしまう。俺だって人間だ。いつかきっと、心への負担は膨れ上がり、限界を迎え、そして爆発してしまうだろう。

 

 

「なら、ならば拙者も聞くでござる!このまま寝床に引き下がっては、男が廃るというものでござる!」

 

「それならあたしも聞きたいんだよねぇ!!」

 

「よし!いいね!そうと決まれば、今から落合くんのゲリラライブだよ!!レッツラゴー!!」

 

「なんや、あんさんお家に帰るんやなかったんか?ウチが言うのもなんやけど」

 

「フッ……乙女心は複雑なんだよ…鮫島くん」

 

 

 沼野による大声の賛同を皮切りに、握りこぶしを挙げ、生徒達が次々と、エレベータへと乗り込んでいく。さっきまでの暗い雰囲気を振り払うように、今まで過ごしてきたように、明るい調子で。

 

 そんな空騒ぎを傍目にしていた俺は、その行進に、ゆったりとした動作で続こうとする。すると、肩に誰かの手が置かれる。いつのまにか分からなかったので、少しビックリし、手の主を探す。そこには、ニコラスが小さく微笑み、隣に立っていた。

 

 

「全員とまではいかないが、ミスター落合が夜の音楽会を開催してくれるみたいだね。ミスター折木。キミはどうする?…勿論、ボクは参加するよ、なんせ名探偵だからね」

 

 

 …名探偵が関係あるのか?と素直な疑問が口から出そうになったが、寸前で思いとどまる。酷く真面目な顔で言うものだから、きっとニコラスなりに意味があってのことだろうと思ったためだ。…多分。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……俺は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ペンタ湖:船着き場】

 

 

 

 裁判後、俺は――ペンタ湖に足を向けていた。

 

 

 落合達の音楽会には参加せず、真っ直ぐに、ペンタ湖へと。

 

 

 何か目的があったわけでもない。

 

 

 今は誰にも会いたい気分では無いから。何となく人のいないここに来た…ただそれだけ。

 

 

 湖に着いても、何気なしに船着き場に足を垂らし、ひたすらに前を、湖を見続けているだけ。

 

 

 波一つ無い水面に写る、星空の湖を。

 

 

 まるで星が湖に吸い込まれたかのように錯覚した俺は、ふと空を見上げてみる。だけどそこには、満点の星が空に敷き詰められ、爛々と夜を輝かせ続けていた。

 

 

 

 ――昨日の雨なんて、嘘だったみたいに。

 

 

 

「俺は……」

 

 

 ポツリ、と雨粒のようにこぼれる。

 

 

 ――正しかったのだろうか?

 

 

 全てが済んで、今更になって、考えてしまう。

 

 

 アイツは、陽炎坂は、朝衣を殺した。それは揺るぎようのない事実だ。そして許される事では無いということも。

 

 

『…ごめんなぁ。朝衣………』

 

 

 だけど、それでも…記憶にこびりつく。

 

 

『――あばよ。……てめぇらとの時間、結構楽しかったぜ』

 

 

 陽炎坂の残した言葉が、最期とは思えないくらいに描かれた、心の底からの笑顔が。

 

 

 それを思い出す度に、怒りよりも何よりも、強い哀しみが、心を覆う。

 

 

 俺に俺自身が“本当にこれでよかったの?”と問いかけてくる。

 

 

 答えが出ている、無意味な問答だというのに……。

 

 

 

「となり、良い?」

 

 

 声に目を向ける。

 

 

 贄波は、ぎこちないように微笑み、立っていた。その瞳からは、心配の色が見られた。

 

 

 本当は独りになりたかったのだが、彼女の目を見ると、どうしても断り切れない。だから、頷いた。

 

 

 贄波はゆっくりと、俺の隣に座り、足を垂らす。

 

 

 少し…言葉が消える。

 

 

「朝衣さん達の、こと。考えて、る?」

 

 

 そして当たり前のように、俺の心を言い当てる。

 

 だから、それが的外れでは無いことを、無言のまま、頷き、伝える。

 

 

 

「間違ってないよ。きっと」

 

 

 躓かず、真っ直ぐに、そう口にした。

 

 何もかもお見通しかのように、俺の心の不穏を和らげるように、贄波は少ない言葉を繋げていく。

 

 

 

「…折木くん、は、陽炎坂くん、と向き合えてた」

 

 

 

 “真っ直ぐに、誰よりも”

 

 

 本当に、俺にそんな大層なことができていたのだろうか?

 

 本当に、凡人の俺が向き合えていたのだろうか?

 

 

 間違えているような気がして、躊躇いながら、首を振る。

 

 

 だけど、贄波は俺の否定を否定するように、躊躇いも無く首を振る。

 

 

 

「“間違えてしまった人”が、目の前にいるって、折木くん、分かってた、から」

 

 

 

 その言葉に目が潤む。俺は片手で両目を抑える。

 

 

 

「違う、違うんだ……贄波。……俺は、お前が思うほど――」

 

 

 ――正しい人間じゃ無い

 

 

 何かがこぼれ落ちそうになりながら、そう言おうとした。でも、背中に小さく、暖かい感触を感じ、言葉を止める。

 

 

 贄波は、倒れそうな俺を支えるように、背中に手を添えていた。俺は、隣に目を向ける。“笑顔”があった。さっきのぎこちないものじゃなく。包み込むような、笑顔が。

 

 

 

「正しくなかった、ら、折木くん。今みたい、に後悔してない」

 

 

 

「後悔するくらい、迷った。迷ったから、正しい道に、進め、た……それが今、だよ。きっと」

 

 

 

 

 視界がぼやけ、何かが瞳を覆う。

 

 

「そう、なのかな…」

 

 

「うん」

 

 

 俺は下を向く。

 

 

「っ………」

 

 

 彼女は何も言わず、俺の背中を撫でる。

 

 

 すると、瞳を覆っていたモノが、湖へと落ちる。波紋が作り出され、満月が揺れる。

 

 

「…――……――――――」

 

 

「大丈夫…大丈夫……」

 

 

 

 ――俺は静かに…肩を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    第一章 イキル。シヌ。イキル。

 

 

 

 

           END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り14人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計2人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 




とりあえず、一章終了です。
良ければ、感想お願いします。

本作のテーマは、個人的に「サイコ・レトロ」って感じです。



↓以下コラム



名前の由来コーナー 陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)編

作者から一言コメント:何か強そうな名前。

 コンセプトは、果てしない熱血漢。スポーツ系と言うことで、とにかく何もかもを大声とテンションで片付けるようなキャラにしたかったのです。そしてテンションマックスから、とても冷静になる二面性にもしたかったのでこのようになりました(ゲームとかだと、犯人は冷静さを失うタイプが多かったので、逆にローテンションのクロにしたかったから)。
 名字については、陽炎(かげろう)という字は使いたかったため、坂をつけてそれっぽくしてみてこの形になりました。名前については、天かけてもらいました。




・プレゼント 
朝衣 式
⇒ジャーナリスト魂
 メモ帳。実はこれで100冊目。朝衣式の人生の一部がココに眠る。ただ、最後の数ページは破られてしまっている。

陽炎坂 天翔
⇒熱血スパイクシューズ(使用済み)
 かなり使い古されたスパイクシューズ。泥が付いていたり、スパイクの針先が少し欠けていたいりするが、まだまだ現役。


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第二章『沈黙の青春』
Chapter2 -(非)日常編- 6日目


 

 

 

「――おんぎゃあ!おんぎゃあ!」

 

 

 

 ビリビリと、鼓膜を揺らす赤子の産声。

 

 

 

 まだ生まれたばかりの、小さな小さな命の産声。

 

 

 

 目を閉じ、顔を赤く火照らせ、まるで自分が生まれたことを後悔するように声を張り上げる。

 

 

 

 ――見覚えがある…

 

 

 

 まだ何処の誰だかもわからない、雌雄さえも判別できない始まりの顔であるはずなのに。記憶の片隅に、一縷のひっかかりがあった。

 

 

 

 ――そして、始まりの命を抱きかかえる、“女性の姿”と“微笑み”。

 

 

 

 ――これもだ

 

 

 

 ――見たことがある

 

 

 

 だけど、それを制するように、拒むように、記憶の本流は流れを止める

 

 

 

「――――」

 

 

 

 女性が何かを口にする。だけど、酷くくぐもり、何を発しているのか……。

 

 

 

 ――何も聞こえない

 

 

 

 ――何も“聞こうとしない”

 

 

 

 喉を振動させ、口を上下に動かしているのに、その挙動を掴むことが出来ない。

 

 

 

 ――分かりたい

 

 

 

 ――だけど意識は相反する

 

 

 

 ――ちぢれ雲のように、徐々に徐々に霧散していく。

 

 

 

 ――そしてまた、ゆっくりと

 

 

 

 ――暗転する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章 沈黙の青春

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 ――朝が来た

 

 

 分かっていたことだ。答えをの求める公式のように、選手が実力を引き出すためのルーティンのように、嫌という程、決まって日は昇る。

 

 ベッドの上でハリネズミのように身体を丸め横になって眠っていた俺は、日差しの届かない影の中、モゾモゾと身を動かす。決まった時間に流される朝のアナウンス、そして早めに起きる習慣。施設と身体に染みついた習性が、体全体を目覚めさせる。

 

 

 ――酷い倦怠感だ

 

 

 昨夜、贄波とペンタ湖でしばらく時間を過ごした後、俺はベッドに倒れ、沈むように眠った。文字通り、泥んこみたいに。…無理も無い話しだ。昨日は、あまりにも精神的疲労が多すぎた。

 

 

 “朝衣の殺人”、そして“陽炎坂のオシオキ”。

 

 

「っ…」

 

 

 突然のフラッシュバックに、脳に一抹の痛みが走る。震えるように、心臓が、早鐘を打つ。

 

 

 目をつぶり、1度だけ、大きく、深く、呼吸をする。少し、心が落ち着く。まだまだ不安定な箇所は見られるが、それでも、昨日よりは、全然マシだ。

 

 

 思い出すべきではない、非日常的な記憶だ。

 

 

 そう考えるのは良い…だけどまた思い出してしまうかもしれない……。小さな恐れを覚えた俺は、記憶を振り払い、ベッドから立ち上がる。

 

 

 考える時間を作らないように、流れ作業の如く、朝の支度を終える。そして今にも高鳴る寸前の腹の虫を満足させるため、誰でも良いから顔が見て安心したくて、俺は急いで炊事場へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

 炊事場に着くと既に他の生徒達は全員到着しており、数名の生徒がこちらに顔を向ける。最後についたこと、加えて小さな注目を浴びたことに、若干の気恥ずかしさを感じる。

 

 

「あっ!来た来た!やっほー、公平くん!!今日はいつもよりお寝坊さんだったね!!」

 

「寝坊って言っても、私達パンピーからしたら十分早い時間ですけどね……ああ、眠気で今にもぶっ倒れそうですよ。誰かー、部屋のベッドに戻してー」

 

 

 照れ顔の“て”の字も見えない仏頂面の俺に、当たり前のように元気に駆け寄ってくる水無月と…その溌剌さにセーブをかけるような雲居。いつもなら煙たい気持ちになるが、今日だけはこの爛漫さと下向きさの案配に安心感を得る。

 

 周りを見回し、全員の表情を見てみる。昨日の事件があった故に、朝の様子はどのようなものかと思っていたが……。

 

 

「なぁ小早川~今日の朝飯はなんや?もう腹減って、腹減ってしゃーないで」

 

「鮫島さん…もうこれで5回目になりますよ……?おにぎりとお味噌汁です。ていうかもう、鮫島さんの目の前に並んでるじゃないですか」

 

「ええやないのぉ。朝昼晩のメシの献立は、話の種の王道中の王道なんやから。特に、料理がお得意な人にはなぁ~」

 

「にしては種を掘り返しすぎなんだよねぇ…。話題を投下するならせめて続ける努力をして欲しいんだよねぇ…」

 

 

 

 

「食前の紅茶は、やはり格別だね。自宅のバルコニーでの一時を思い出すよ」

 

「しょ、食前の緑茶も負けてないでござるよ!ほら、この濁り具合そしてこの深み!食欲の促進間違いなしでござる!!」

 

「そのお茶微妙だから~別のが良いよ~~。あっ、塩水おかわり~」

 

「エクストリームショック……でござる。…てっ塩水?」

 

 

 予想よりも、悪くない、リラックスした様子。必要以上に引きずるようなことは無く、昨日のお通夜のような状態よりは、まだマシな位に回復しているように、見える。

 そう、周囲の状況を見て回っていると、数人の生徒がこちらに駆け寄ってくる

 

 

「聞きなよ折木!昨日の落合の演奏、凄かったんだよ!どれ位凄いかっていうと……とにかく言葉で説明する以上に凄かったさね!」

 

「いやあねぇ…もう情緒がとんでもなかったんだよねぇ……音楽ホールでクラシックをしこたま聴いた後の寂寥感なんだよねぇ」

 

「うむぅ……詩といった芸術を嗜んだ経験皆無のワタシですら…涙無しには聞けなかったなぁ…」

 

 

 反町達が目元を赤く腫らし、訴えかけるように話しを持ち込んでくる。鼻まですすってしまっている様子に、何事かと思ったが…。確か昨日、落合が提案したライブだったか何かを開いていたんだったな……と思い出す。生憎、諸事情で俺は行っていなかったから、詳しい始終は知らないのだが…反町達の反応から見るに、ステージは予想以上の成功を納めたらしい。

 

 

「なに……僕はただ、人生の一端を僕なりの言葉で詩に収めただけ。吟遊詩人として、当たり前の事をしただけさ」

 

「な~に謙遜してるさね!背中シャンとさせて、胸張りな!…いや~アタシはアンタを誤解してたよ。その身なりから、只者ではないとは思ってたけどねえ……」

 

「本当に吟遊詩人だったんだ……って思わせてくれたんだよねぇ」

 

「…今まで何だと思ってたんだ」

 

「不審者か何かかと…」

 

 

 仮にも同級生だろ…。だけど…昨夜のライブ一つで落合の評価がここまでひっくり返るとは…、わがままかもしれないが…もう1度、キチンとした場で聞いてみたい気持ちが出てくる。

 そんな風に、感想を頭の中で漏らしていると俺を余所に、熱く落合の背中を叩いている反町の服をクイクイと引っ張る、風切。

 

 

「素直……お腹減った」

 

「おっ、熱く語りすぎて一瞬飛んじまってたさね。よしアンタら、メシの時間だよ!!たんと食べるさね!」

 

「皆、ちゃんとお手々を合わせて!いただきまーーす!」

 

 

 水無月に続き、他の皆もポツポツと手を合わせ、大皿に積まれたおにぎりを次々に手にとっていく。滞りなく、黙々とは言えない、かすかな会話の流れる食事が始まった。

 

 

「うん!おいしい!!やっぱりおにぎりと言ったら、鮭だね!」

 

「おっ、論争か?ウチ的には、筋子も悪ぅないと思うで~」

 

「この名探偵ニコラスバーンシュタインとしては、エビマヨを推させて貰うよ!キミ!」

 

「中々渋い所でござるな…拙者は梅干し派でござるな!この皺のついた見た目が、曾祖母を思い出すでござる」

 

「…あんたの好きの成り立ちが独特すぎて、地味に怖いです」

 

 

 俺としては…塩がベストだが……前に食べた、小早川の納豆おむすびが口に合っていたな。もお願いしたら、もう一度作ってくれるだろうか?

 

 

「せやけどこんな仰山のおにぎり……いつ作こうたん?」

 

「文字通り、に、山みたい、だよね」

 

「ああ…小早川のヤツが昨日の夜、しゃかりきになって握ってたからね……その名残だよ。……そういえば小早川、何個か竹皮に包んでたけど、あれどうしたんだい?」

 

「んぐ…それは、ええと…自分で、全部食しました!!はい!」

 

「結構な数持ってってたはずだけど……案外大食いなんだねぇ」

 

 

 “大食いなのは良いことなんです!”と、何か空回ったような気合いを見せる小早川。見たところ、落合の演奏を聴いていた様子も無かったし、本当に夜食を食べていたのだろうか?

 

 行儀は悪いが、他の皆の会話を耳を傾けながら、俺は無心におにぎりを頬張る。やった、塩だ。

 

 食べながらの私語も程ほどに、…事件が起きる前のように、何事も無く、平和的に食事を進めている…と。

 

 

 

「――くぷぷぷ…随分とたるんだ雰囲気の、お食事でございますねェ。あまりにもたるみすぎて、鼻で大笑いしそうになりますヨ」

 

 

 ポヨンと、召喚されるように、唐突に非日常の象徴が、モノパンが、食卓の真ん中に姿を表わす。その手中には、おにぎりが有り、口元には米粒が散乱していたため、既にいくつか頬張った跡が見えた。

 

 

「うぉ!!出よった、アホンダラァ!!あんさんの席、ここにはないでぇ!!」

 

「メシが不味くなるンだよねぇ!!どっか行くんだよねぇ、ぺっぺっぺっ!」

 

「悪霊退散!!南無阿弥陀仏!!かっーーーー!!!」

 

「zzzzz……」

 

 

 勿論俺達の殆どは条件反射の如く、椅子を引いて立ち上がり、テーブルから一定の距離をとる。…まあ、落合はまだ飄々としたように座っていたり、風切は机に突っ伏して寝てたり等、全員が全員同じ様では無かったが…。

 だけど、離れた大半の生徒達は、嫌悪感やら何やらをミックスしたマイナスの感情を、全力でモノパンへと向け、早く帰れと言わんばかりの形相を呈す。

 

 

「んぐんぐ、あんた何用ですか。今は食事の最中です、邪魔をするのも、テーブルの上に立つのも、マナー違反ですよ?」

 

「…メシは飲み込んでから話しな雲居。…でも、その通りだよ。アタシ達に何か話したいことがあるんだったら、地べたに足付けな」

 

 

 そのマイナスの心は、言葉へと変換され、モノパンの行動そのものに批判を込めていく。しかし、案の定の無視を決め込んだ態度で言葉を躱す。だけど、さすがにマナーが良くないと思ったのか、すぐにテーブルからヒラリと飛び降りる。

 

 

「ご安心下さい、ミナサマ。用事はすぐに終わりますかラ。ワタクシお知らせのためにやって来ましタ…」

 

「お知らせ?……はっ!また動機か何かでござるか!?」

 

 

 沼野の言葉に反応し、俺達は身構える。

 

 

「ノンノンノン、先走りは良くないですヨ?キミタチ。それに、情報というのは鮮度が大事なのでス。特に動機といったデリケートなものは…絶妙なタイミングで、小出しにしていくんです……つまり!今はそのときでは無い……ということです」

 

「じゃあ一体何なんだよねぇ!!」

 

 

 “良いパスですね、古家クン”そう言うと、バサリとマントを広げる。

 

 

「オホン…それでは新しい世界の解放でス!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【中央棟】

 

 

 俺達の目の前にそびえる“2”と巨大に刻まれた鋼鉄の扉…。息を整え、ぶつかる寸前まで身体を近づける。すると、ウィンと近未来的な音と共に…扉は開かれた。

 そして、パッ、パッ、パッと、白い光りが扉の向こう側にそびえる階段を照らしていく。ここまで見たところだと、エリア1と変わらない光景である。

 

 

「おお…ほんまに開きよったな…」

 

「今までつま先近づけても、ウンともスンとも言わなかったのにねぇ…」

 

 

 モノパンの言っていた“新世界”という言葉を思い出す。

 

 

「新世界…英語にすればニューワールド、ふっ……心が踊るじゃあないかぁ…」

 

「何不適にニタニタしてるですか。何が待ってるか見当もつかないんですよ?余裕を持ちつつ、警戒を怠らない……です」

 

「1度兜の緒は締め直しておいた方が良さそうでござるな……皆の者!今し方、念入りに、深呼吸でござる!はいまず吸ってーーー」

 

「さっさと行きな、鬱陶しい。忍者だろ?責任持って先陣切りな」

 

「ぬわぁ!!せ、背中は蹴らないで欲しいでござる!ていうか忍者が一番槍するの可笑しくないでござるか!?現代でいう諜報員でござるからな?」

 

「アンタ、バイトの忍者だろ」

 

 

 階段へと踏み出す一番手になるのか、わちゃわちゃと譲り合い、押し付け合いが始まる。まだ突入してすらいないのに手をこまねく姿に、若干の呆れが入る。

 

 

「とりあえず行ってみようじゃないか?キミ達。この名探偵である、ボクが先行しようじゃないか」

 

「そうそう!!名探偵だからね!レッツゴートゥーザヘル!!」

 

「縁起が悪い出だしは止めてほしいんだよねぇ!」

 

 

 

  *  *  *

 

 

【中央棟~エリア2:階段】

 

 

 カツカツ、ザッザッザ、14通りの足音を反響させながら、俺達は階段を一段また一段と、少しずつ目的の新世界へと近づいていく。

 その途中、ある生徒が、身体にじんわりと感じる些細な変化を口にする。

 

 

「なあ…なんかこう、服の中がじんわり湿っぽいっつうか…蒸し暑いっつうか……そんな感じせぇへんか?」

 

「確かに~、サウナの中に段々近づいている感じがあるね~」

 

「うう…蒸れますね…はぁ。和服には、かなりキツいですね」

 

 

 そう、暑いのだ。エリア1とは明らかに違う気温の変化に、俺達は手を団扇にして仰いでいたり、上着を脱いでいたりして対処する。

 そして、徐々に増していく暑さを傍らに、淡々とした登り運動を繰り返していくと、階段も終わりを迎え、

中央棟と同じ、大きき2と刻まれた扉が、目の前に現れる。

 

 

 ――そして

 

 

 ――開く

 

 

 同時に、けたたましい蝉の声と蓄えられたような暑さが一気にあふれ出す。

 

 

「熱っ!!後、うるさいです!!何ですかこのおびただしい声は!図書室だったら出禁モノですよ!」

 

「た、多分ミンミンゼミ、だね。幼虫が、美味しい、よ?」

 

「…経験者?」

 

 

 扉をくぐり、雲一つ無い炎天下にさらされる俺達。とんでもない熱量と声量に、口々に文句を垂れていく。

 

 

「扉からちょっとでただけなのに、もう汗がやばいんだよねぇ……ああ~この肌にひっつく感覚、気持ち悪いんだよねぇ」

 

「こ、ここが新しい、エリアって、ことなの、かな?」

 

 

 古家達の言うとおり、階段で感じていた暑さの比では無く、真夏レベル蒸し暑さがこのエリアを支配していた。上着を脱ぎワイシャツ姿になっても、肌から吹き出る汗の量は変わらない。

 

 

「なんか、カントリーサイドって感じやな。田んぼがいっぱいで、家が少ない!」

 

「…うん、エリア1とは違った赴き。…田舎くさい」

 

「最後の一言、いるかい?」

 

 

 入り口は、エリアの最低地よりもやや上に位置しており、軽くだが全体を見回すことが出来た。その全貌は正しく、“田舎”で、初めて来たはずなのに不思議と“懐かしい”、という気持ちが漏れる。

 

 

 

「遠目からだけど~、なんだかおっきな施設もあるっぽいね~~。見れば見るほど~新しい場所に来たって感じだね~」

 

「うんうん、冒険の匂いがプンプンするね!もう調べて下さいって、エリアにでかでかと書かれる感じがするよ!」

 

「探すところが多いのは厄介です。足を多く動かさないと行けないですからね」

 

「…同感」

 

「う~む、コレがインドア派の弊害でござるか…」

 

「風切さんはどっちかっていうとアウトドア派な気がするけどねぇ…」

 

 

 尖った森林が茂みの中に、大層な施設の頭がヒョコリと生えていた。丸や、三角、形は様々であり、実際に行ってみないと、一体何の施設なのか分からないことが分かる。

 

 

 

「諸君!何を足踏しているんだい?ふっ…そうか。そうなんだね!キミ達はこの名探偵…いや超名探偵のニコラスバーシュタインが言葉を待っていると見た!では高らかに宣言しようじゃ無いか、キミ達!!ボクに続き、このエリアの隅から隅まで、ありの巣一つ残さず、探索し尽くそうじゃ無いかぁ!!」

 

 

「……………もう皆行ってしまったぞ」

 

 

 声をかけ合う俺達の周りは、閑散とした空気が舞っていた。暑い空間のはずなのに、不思議と肌寒さを感じた。

 

 

 

「…そうかい…キミ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:中央分岐点】

 

 

 エリアの入り口から数分歩くと、エリアの丁度中央に行き着いた。そこから道は4つの方向に枝分かれしており、道に行き着く先には施設が見られた。

 さらに全ての道と道の間には、今にも足が吸い込まれそうなほど肥沃な土壌と水が敷き詰められていた。そして、それぞれの土地からは、いくつもの二枚葉が土から直接生えており、農業に殆ど関わりの無い俺でも、豊作であると分かった。

 

 そして、目線の先に、道にしゃがみ、土壌と葉を凝視する級友の姿がそこにあった。

 

 

「あっ折木さん!」

 

「小早川、何か気になるものでもあったか?」

 

 

 砂利を踏みしめる足音に気づいた小早川が立ち上がり、こちらに目を向け、大きく左右に手を振るう。

 

 

「もう気になるものだらけですよ。…それにこれって、畑と水田…ですよね?」

 

「何か生えてるみたいだが……何の種類か分かるか?」

 

「え゛え゛…花を咲かせる植物だったら分かりますけど…これは、ちょっと…?乏しいというか…」

 

 

 首をかしげる小早川。さすがに華道家だからと、知識を頼りすぎるのはまずかったか?

 

 

「あっ…でもこの葉の形…カブみたいに見えますね……」

 

「………ふむ、カブと言われれば、それっぽく見えるように思えるな。だけど……何でここにそんなものがあるんだ?」

 

「ではその質問!ワタクシがお答え致しましょウ!!」

 

 

 朝の炊事場と同じように、モノパンは忽然と姿を現す。いきなり現れることに多少の慣れが出てきたのか、俺達は少し身体をゆらす程度で反応は終わった。

 

 

「くぷぷぷぷ、この作物はですねェ…名付けて、『畑のビュッフェ』!!」

 

「びゅ、びゅっへ…?」

 

「ノンノンノン…ビュッ“フェ”でス!」

 

「…そこを強調するのか」

 

 

 うまく口が回らない小早川に、モノパンは“フェ”だけ強調し、そう名前を繰り返す。まるであの青い猫の秘密道具を思わせるようなネーミングだ。

 

 

「だけど、その畑の何とか……ばかり育ててるのはなんでなんだ?特産物だとかか?」

 

「くぷぷぷぷ、まあ確かに。この施設の特産物とも言えますね。そしてこれはただの作物では無いと言わしめる、とんでもない秘密があるのですヨ」

 

「秘密…ですか?」

 

 

 そう俺達に告げると、モノパンはヒョイと畑に足をつけ、一つのカブを抜き取り、俺達へと見せつけるようにカブを掲げる。

 

 

「見ててくださいネ~?これはですね、実はこんな風に、半分に割れル」

 

「なっ……」

 

「ええーー!」

 

 

 その中身に、俺達は驚愕する。何故なら、中からは文房具やら、何やら、普通では考えられない代物がぎゅうぎゅうに敷き詰められていたのだから。

 

 

「な、何で…」

 

「…これは、とある“植物学者”と“農家”の方が共同開発した優れものでしてネ。種にチョチョーイと細工すると、このカブに収まる物限定で、“何でも”製造することが出来るのです」

 

 

 作物を説明するモノパン。だけど、説明が耳に入らないくらい、カブの中身は衝撃的であった。俺は耳から片方の耳へ情報が通り抜けてくような感覚に陥る。

 

 

「思い出して下さイ?あの倉庫に、無限に供給される代物の数々を…」

 

 

 一瞬の放心から目を覚ました俺は、思い出し、納得する。倉庫で取り出した食べ物が、次の日には補充されていることに。モノパンの説明が正しいのなら………この施設にある物品は全て、ココで作られ、量産されているということになる。

 

 

「だけど……な、何でそんなとんでもない物が、ここに?」

 

「そうですよ!これほどの大発明!

 

「くぷぷぷぷぷ、希望ヶ峰学園には、国には教えられない秘密の数々が眠っていますからねぇ…。まあこれもそんな秘匿された物の一つ、ということで」

 

 

 …恐るべし、希望ヶ峰学園。俺は改め、この学園に所属する超高校級の生徒の規格外さに、戦慄する。

 

 

「成程…」

 

「半分以上分かりませんが…成程」

 

 

 非現実的な技術を前に頭を痛めた俺達は、ふらふらと覚束ない足取りで別の場所へと移動しようとする。思わず、畑の方に倒れ込みそうにもなる

 

 

「あっちなみに、畑に土足で踏み込むととんでもない音量で“アラーム”がなりますので、お気を付けてくださいネ?」

 

 

 俺はそっと、道の端から足を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:美術館】

 

 

 4つの分かれ道のウチ、一番左手の道を突き進む。道の最後には、とても歪な建物がそびえる。建物自体は四角形なのだが、屋根やら、壁面に三角形やら五角形の形がめり込むようにくっついている。良く言えば特殊で、悪く言えば前衛的な設備である。

 

 シンプルなガラス製の自動扉をくぐり、施設の中へと足を進める。施設内は、外観とは違い目立ったデザインはしておらず、壁側に歴史の変遷を表わすポスターや、古い文献、なにかのミニチュアが連なっていた。

 

 

「見たところ、美術館…か?」

 

「土足で踏み込むのにおこがましさを感じる清潔さ……美術館で間違いないかと」

 

「ああそのとおり…美しいモノと美しいモノが集い、美麗さを競うが如き博覧会が24の時が回り続ける限り続く…あの美術館さ」

 

「…この無駄に周りくどくて、もう何が言いたいのか分からない言い回し……やはり、落合。ココにいたのか」

 

「その恰好だと、…ええと、酷く浮いてみえてしまいますね。でも、逆に浮きすぎて美術品と思える次第です」

 

「僕は常に、自分のあるべき場所を探している…今回も、その例に漏れなかっただけさ…」

 

 

 シレッとした形で、畑から行動を共にすることになった小早川と俺は、相も変わらない口ぶりとギターを美術館に響かせる落合と出会う。どうやら、単独でこの施設の探索をしていたらしい。

 

 

「何か、気になるものでも見つかったか?」

 

「ここは、ただ美しさを見える形に落としこんでいだけでは無く…人の望みと望みが作り上げし希望の学園を学び直す、歴史的施設でもあるらしい…詳しくは、あのガラス見てみると良い」

 

 

 落合は、壁に寄せられた古い文献などの一品への接近を阻む様に佇む、ガラスの壁を指さす。俺と小早川は、微妙に首をかしげ、近づいていく。

 

 

「このポスターは……希望ヶ峰学園の、設立から現在までのことが、書かれているみたいだな?」

 

「そうみたい、ですね…あっ、成程。だから、学び直す、なんですね」

 

 

 また独特な表現をしていた落合に苦笑いをしつつ、ガラスをのぞき込む。遠目からは何を示していたか分からなかったが、ポスターに見えていたモノは年表らしく、設立から、俺達が入学する77期までの出来事が年度毎に記されていた。

 そして古い文献に見えていたモノは第一期希望ヶ峰学園の…すなわち高校初めての卒業証明書であった。名前の欄には当時の卒業生と思わしきどこの誰かの名前が印字されていた。

 

 …ここまで見てみると落合の言うように、美術館というよりも、歴史館のような印象を受ける。

 

 

「ミニチュアの希望ヶ峰学園もの方も、今にも動き出しそうな位、精緻に作れていますね…もはや芸術品の域に達しているようにお見受けします」

 

「…学園が動き出すのはさすがに怖いな…」

 

「ふっ、だけどそう思うの致し方ないことさ…創り上げたのが、学園の卒業生…超高校級のモデラーである“地獄谷 吾郎(じごくだに ごろう)さんなんだからね…」

 

「えっ!!何で分かるんですか!…それに何だか懐かしい響きです!」

 

「小早川…」チョンチョン

 

「えっ?………あっ…!失礼しました」

 

 

 俺は、制作者:希望ヶ峰学園66期生"超高校級のモデラー 地獄谷 吾郎" と丁寧に記されているネームカードを指さす。それを見て、落合の知ったかに気づき、少し顔を赤らめる小早川。…だけど、彼女の言うことも何となく分かる。俺も、初めて聞いたはずなのに、何度も耳にしたかのような懐かしい気持ちを受ける。

 

 

「それにしれも……こうやって上から俯瞰して見ると、希望ヶ峰学園って結構広いんですね……」

 

「僕の記憶の限りだと、本校舎が最も新しい思い出だ。ふふ…成程、つまり僕達若人が見たのは、巨大なる怪物の足下だけだった、ということなんだね」

 

「校舎のある北地区に、西地区、南地区、中央広場……よりどりみどりです。あれ?東地区にも校舎と書かれてる施設がありますよ?」

 

「“新校舎”…と刻まれているね…」

 

「……ホームページで見て知ったんだが、俺達が入学するよりも前に新校舎の建設がスタートしていたらしい…。確か、次の年には完成する予定とか、何とか……多分年表にもそう書かれているはずだが…」

 

「あっ本当ですね…だから、こんなに“はいてく”そうな身なりなんですね」

 

「そう考える、旧校舎は北地区に追いやられてる感じが否めないね……だけど、孤独というは悪くないものだよ…孤独は幸運の前触れだからね。いつかきっと、花開く時がくるさ……」

 

「校舎の人生相談をしてどうする…それに模型だし」

 

 

 まあ新校舎の設立以外にも、“予備学科設立”だとか、“海外分校建設”だとか細かい内容があるんだが…今の時点では要らない情報だな。

 俺達は、ミニチュアの観賞会に区切りをつけ、その隣のやたらと威厳のある肖像画の数々に目を向ける。豪勢な額縁と、名前の欄から見て、歴代の学園長の顔ぶれらしい。

 

 

「…へぇ、学園長は何度も交代してるみたいだね…。知らなかったよ」

 

「そりゃそうだろ…不死身じゃないんだから」

 

「だけど折木君、かの希望ヶ峰学園だよ?もしかしたら、もしかするかもしれないんじゃないかい?」

 

「……否定できないな」

 

「…私、実際に学園長の方々のお顔を拝見するの初めてなんです。…こんな渋い面構えのお方々だったんですね」

 

「一般とは違って、顔も名前はメディア露出が極めて少ないからな……俺も初めて拝むよ」

 

 

 ホームページにも、掲示板にも顔が載っけられていない程にだ。

 

 

 “神座出流”………“天願和夫”…そして、“霧切仁”。

 

 

 如何にも風格を備えた老人……眼鏡をかけた白髪の男性に、そして俺達の代の学園長である、凜々しい顔立ちの青年。同じ姿勢の同じ角度の写真であるはずなのに、それぞれ別のカリスマ性を感じられた。

 

 ふと、俺は霧切学園長と年表の就任した年とを見比べてみる。…引き継ぎがあったのはごく最近であることがわかる……そこで、俺は小さな違和感を見る。

 

 

 

 年表の…77期生入学以降……それが最も端っこにある歴史で、それ以上右には何も無いはず、だけどよく見てみると…何だか、はさみか何かで、切り取られたような…“跡”が…見えた。

 

 

 何だ?コレは?

 

 

 …まさか?

 

 

 …77期生入学の後に…何か…

 

 

 

 

 ――続きが、あるのか?

 

 

 

 

「あっ、折木さん!折木さん!見て下さい!これ何でしょう?」

 

 

 考えに没頭する寸前、いつの間にやら施設の真ん中に移動していた落合と、小早川に声をかけられ、ハッと我に返る。見ると、2人は館の中央に丁寧に鎮座された、長方形型のショーケースを囲んでいた。

 

 

「これって…ゴーグルに手袋ですよね?」

 

「爆弾に、名状しがたきピストルのようなものまであるね…」

 

 

 スコープの付いた“ゴーグル”に“手袋”、フックのようなモノが付いた“射出機”や“拳銃”、“2つの瓶”、頭に導火線のついた丸い“爆弾”、そして“鍵”………ここに並べられているのから、きっと美術品だと思えるのだが。前者はともかくとして、後者は物騒な匂いしかしない。

 ショーケースの中身を見ながら、3人で首をかしげる。3人寄れば文殊の知恵とは言うが、ヒネってもコネッても何も出てきやしない。

 

 そこで俺は…。

 

 

「呼ばれそうなので先んじて…ワタクシ、参上!!」

 

 

 確かに、これらが何なのかを聞こうとは思ったが、呼びたくはなかった。落合は表情が変わらないからよく分からないが、小早川は俺と同じように、うんざりとした表情をしている。

 

 

「…で、この物騒な品々はなんなんだ?」

 

「くぷぷぷ、これらはこの施設の中でも、特別に重要なモノなのでス…名付けて!!『怪盗7つ道具』!!」

 

「7つ道具…ですか?」

 

「煮え切らないですよェ?煮えたぎりきらないですよねェ?そんなキミタチのために、一つずつ、迅速かつ丁寧に紹介していきましょウ!」

 

 

 すると、急に部屋は暗転し、スポットライトが灯る。最初のライトが当てられたのはショーケースの端っこに座する、ゴーグルであった。

 

 

「エントリー№1!!『モノパン・ゴーグル』」

 

 

「赤外線放射機能を搭載し、どんな暗闇でも、どんな暗夜でも、何でも見通す究極のゴーグル!大好きなあの人の夜這いぴったリ!どうですか折木クン!使ってみまス?」

 

「使うか!!!!」

 

 

 

 

「エントリー№2!!『モノパワーハンド』」

 

 

「てこの原理やら何やらを駆使し、どんな小柄な人であろうと、軽々と自分より重い物を運ぶことが出来る超スーパーアイテム!!使いすぎで、ワタクシの腕の筋肉が半世紀分衰えてしまったは、あまりにも有名!」

 

「セールスポイント間違ってませんか…?」

 

 

 

 

「エントリー№3!!『どこでもワイヤー』」

 

「ある程度の距離の目的物に向かってワイヤーを放出し、くくりつけ、足跡を付けずに天空を渡れます!……オプションとして、ワイヤー移動用の滑車もおつけしまス!ハイ!」

 

「へぇ…鳥のまねごとができるのか……良いね」

 

 

 

「エントリー№4!!『ロシアンワルサー』」

 

「タダのピストルではございません!何と!リボルバーには5発しか弾丸が装填されていないのでス!!しかも、引き金を引けば、6分の5の確立で銃弾が出るのでス!」

 

「…つまりただのピストルか」

 

 

 

 

「エントリー№5!!『即効性絶望薬 and 遅効性絶望薬』」

 

「二つで一つ、一つで二つの劇薬!前者は服用後すぐに野垂れ死ぬ優れもの。さらに空気よりも軽いため、気化して部屋中にガスを蔓延させること間違いなし!後者は服用から8時間きっかりで効果が現れるため、アリバイ作りに持ってこい!」

 

「…段々雲行きが怪しくなってきましたね」

 

「…もう既に怪しい」

 

 

 

「エントリー№6!!『バグ弾』」

 

「爆弾に見えますが、爆発しても誰も傷つかない煙が凄いだけの超平和的アイテム!だけど周りの機械はおしゃかになるので注意!」

 

「それは凄いな!!」

 

「そこ褒めるんですか!?」

 

 

 

 

「エントリー№7!!『ヒミツの愛鍵』」

 

「何とこの鍵は差しては使いませン!閉まった扉に向けてここのちいちゃなボタンを押すだけで、開かずの扉をバンバンチャカチャカ開けられてしまう、万能キーアイテム!鍵だけに…」

 

 

 “…まぁ、こんなモノ無くても、ワタクシだったら何処でも空けられるんですけどネ”

 

 

 そう付け足し、紹介を終えていく。

 

 

 一瞬のうちに、膨大な情報がマシンガンの如く、頭にたたき込まれたために、頭はパンクすれすれまで膨れ上がる。隣の2人を見てみると、小早川はパンクを通り越してショートし、頭から湯気を出している。落合に至っては、途中から聞いておらず、ハーモニカを取り出し調音をし出している。

 

 

「…疲れないか?」

 

「少しィ……」

 

 

 1から7(8)までの、全ての道具を、一定のテンションで言い尽くした弊害か…俺達だけで無く、モノパンまで肩で息をしている。何なんだこの状況。

 

 

「で、でで、でも、それが、どうして、ええと…あの…あれ?何ですか?1から7で、8が7で?」

 

「落ち着け、バグってるぞ、一端外の空気を吸ってこい……だが、モノパン、その道具の内容を俺達に伝えて、何の意味があるんだ…」

 

「ふっ…無意味かどうかは、生きる上で考える必要は無いのさ。だってそう考えることこそが、無意味なんだからね」

 

「…お前もバグってるのか?」

 

「くぷぷぷぷ、それは勿論…キミタチに“使っても貰う”ためですヨ」

 

 

 “使う”の一言に、少し、冷や汗が流れる。もし俺の想像通りなら、その“使う”とはすなわち…。

 

 

「分かりませんでしたか?どんどん使って、ドンドンコロシアイをして貰うため…ですヨ?」

 

 

 ……コロシアイのための道具。

 

 

「ちなみに、1人二つまでですからネ?勿論名前は公開しませんかラ。それじゃあ誰が犯人なのか、分かっちゃいますからネ?あっ、早速1つお貸ししましょうか?」

 

 

「…いらん」

 

 

 モノパンのいらない一言に気分を悪くした俺は…そう言い残し、美術館から逃げるように、そそくさと外へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:プール入り口前】

 

 

 美術館への道の隣の道を突き進み、少々急な階段を上った先には、楕円型の屋根を持つコンクリート造りの施設がそびえていた。

 そして、その施設の前には、なにやらしゃがみこんでいる生徒の姿が1人、ポツンと。

 

 

「……ああ、折木君に小早川さん…奇遇なんだよねぇ」

 

「古家…何やってるんだ?」

 

「はは、ちょっとした不幸が足に見舞ったから、その後処理中なんだよねぇ…」

 

 

 そう言うと、地面にあぐらをかき、靴の裏をのぞき込む。何かあったのかと、身体を斜めに傾け、のぞき込んでみると、そこにはおびただしいとまではいかないが、かなりの数の“トゲ”が刺さっていた。

 

 

「あー、コレは痛そうですね……救急箱もってきましょうか?」

 

「ああその必要は無いんだよねぇ…靴がガードしてくれて、あたし本体に別状は無いから大丈夫なんだよねぇ………ほらこの道の左右に木があるよねぇ?エリア1みたいに、何処かと繋がってるのなぁ…て思って、軽い気持ちで足を踏み入れたら…地面に靴を噛まれちゃったんだよねぇ…」

 

 

 古家の言う森に目を向け、アドバイスを参考して足を引っ込め、中を覗きこむ。森の奥の方は、茂みが深くてよく見えない…が、木の根元には、無数の茨が、地面に張り巡らされていた。そのトゲは、粗末な靴であれば簡単に貫通するほど鋭利に光っている。

 

 

「…ああ、ホントにトゲだらけだな…エリア1と違って、森の中には簡単に入れないようになっているらしいな」

 

「はい…私の草履だと、確実に血を見ますね…」

 

 

 俺達はゴクリと喉を濡らし、そのまま身体を引っ込める。このエリアの森には、よっぽどのことが限りは入らない方が良さそうだ、そう心に決める。

 

 

「気を取り直して…施設の方を見ていきましょう!」

 

「……この建物…他のと比べてみても…でかいな…」

 

「それに、とっても高いですね…」

 

「そこはプールみたいなんだよねぇ……ほら、看板の所見てるんだよねぇ」

 

「本当ですね。ご丁寧に“ぷ~る”って書いてあります」

 

「何故…ひらがな?」

 

 

 俺は戸惑う気持ちを余所に、一呼吸、そして思いを改める。

 

 

「じゃあ、中、入ってみるか…」

 

「お供します!」

 

「ふぅ…やっとトゲが無くなったんだよねぇ………アタシも同行するんだよねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:プール入り口】

 

 

「……扉が、2つ?」

 

 

 施設に入ると、二つの扉があり、向かって左側の青い扉には『男子更衣室』と、右側の赤い扉には『女子更衣室』と刻まれている。

 だけど、もっとも目に付くのは…。

 

 

「…何だあの馬鹿でかい銃は」

 

「存在感がえげつなくて、入り口より目立ってるんだよねぇ……」

 

「あ、あれは…ピストルのような発射口からして……科学兵器か何かですか?」

 

「…すまん。科学という言葉は余り使わないでもらえるか?頭痛が閾値を超えそうになる…」

 

「どんだけ機械嫌いなのかねぇ……言葉で顔を青くする人は初めて見たんだよねぇ…」

 

 

 まあ俺の体調については置いといて…。小早川の言う、物騒を体で表わしたような重火器が、何故雑然とぶら下げられているのか…。

 

 

「くぷぷぷ、気になル?気にならなイ?気にしてみル?それともあえて気にしてみなイ?これまた興味のジレンマ…まるで恋のよウ」

 

「……アレは何だ?」

 

「不思議なもんだねぇ…もう、一切の動揺がなくなっちまってるんだよねぇ…」

 

「…それに前置きについてはスルーしていくつもりみたいですね」

 

 

 武器については後回しにしようかと考えていたが…考える以上にモノパンはひけらかすのが好きなようで、ウズウズしたように身体をもじもじさせながら再び姿を現す。

 

 

「くぷぷぷのぷ……アレはですネ、勿論…防犯用のオシオキ銃でス」

 

「防犯用だったんですね…」

 

「にしては、過剰すぎに見えるんだけどねぇ?」

 

「ぜーんぜん過剰では無いですヨ。むしろこの銃に蜂の巣にされると見た目で分かるんですから、温情マシマシでス」

 

「温情が一欠片も見当たらないのはきっと気のせいなのかねぇ……?」

 

「くぷぷぷ、まあそんなことはどうでも良いんですよ。重要なのはいつ、どういうとき発砲されてしまうのか……この2つの扉にはですネ、実は電子ロック機能が搭載されているのでス」

 

「で、で、電子…何だ?」

 

「また“しすてまてぃっく”な匂いがします…!」

 

「“電子ロック”って…そこまで驚くほどマイナーな機能では無いと思うんだけど……そこら辺のホテルにありそうなモノなんだよねぇ…………じゃあ、モノパン?どうやったらこの扉を開くのかねぇ…」

 

「それこそ……キミタチの電子生徒手帳の出番なのでス」

 

 

 モノパンは俺達の足下までテクテクと身を寄せ、生徒手帳の入ったポケットをチョンチョンとつつく。

 

 

「あ、成程ねぇ…この黒い部分にコレをかざすんだねぇ」

 

「そうでス。すると、ドアのロックが自動で外れ、扉が開くって言う仕組みでス。そしてさらに、扉にはセンサーが搭載されており、男子か女子かを判別出来まス。もし、女子更衣室に男子が入ろう物なら…ドカンというわけでス」

 

「何だと!これが最先端技術か!!」

 

「現代科学がここまで便利になっていたとは!驚き桃の木です!」

 

「あんたらいつの時代の方々なのかねぇ?生まれる時代ちょっと遅すぎたんじゃ無いかねぇ?」

 

 

 何やらキレ気味に古家はツッコんでくる。仕方のない話しだ。コレほどまで人類は進歩していることに、きっと嫉妬してしまっているのだろう。なんせ、あまりにも進歩していて、古家とモノパンの話しを殆ど理解してないくらいだからな。

 

 

「……では、扉の機能に従うなら、私はこっち、ですね」

 

「明日を無事に迎えたいならそうだねぇ」

 

「また後で、だな」

 

 

 天井にぶら下がる機関銃に目をやりがら、俺達は扉を開いていく。…その近未来的装置にちょっと手間取ってしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア2:プール】

 

 

 

 更衣室を抜け、プール本陣へ入っていく。施設内は、外観通りかなりの広さを誇っており、四角い大きめのプールが手前に1つ、そして奥の方にもう1つ同じような形のプールが設置されていた。

 

 

「イッチ、ニー、サン、シ~」

 

「長門…?」

 

「ははは~…もうこの時点で入る気満々なのが伝わってくるんだよねぇ…」

 

「おお~折木くんに、古家くん~。2人ともさっきぶり~」

 

 

 俺達に気づいた長門は、こちらに顔を向けながらも、身体をねじったり、背中を伸ばしたりと入念な準備体操を続ける。

 

 

「湖を使って~水遊びしても~良いんだけど~、何か人目が気になっちゃうからね~」

 

「さすがにねぇ…湖は非合法感が漂ってるからねぇ…」

 

「そもそもあそこは水浴び用の施設じゃないしな…」

 

 

 ボートありきの遊び場だし。 

 

 

「そうなんだよ~だからね~もうワクワクが止まらないよ~」

 

 

 多少の時間を掛けた準備体操を終えた長門は、半被を脱ぎだし、中のウェットスーツを露わにする。そして、首にかけたゴーグルを目に装着し、そのままドボンと、しぶきを上げながらプールへと飛び込む。超高校級のダイバーらしい、綺麗な飛び込みだ。

 

 

「ああ~~気持ちいいよ~~~」

 

「本当に気持ちよさそうなんだよねぇ…」

 

「あの炎天下だ…そう感じるのも無理は無い」

 

 

 さっきまで暑いエリアを歩いてきたこともあって、その気持ちよさそうな姿に羨ましさを感じる。水着…持ってくれば良かったな。と今更になって考える。

 それでも、俺はその気持ちに一端のセーブをかけ、施設の探索を優先する。そして、しばらく、プールを漂う長門を横目に、俺と古家は周りを見回す。

 

 

「ふむ…プールとジャンプ台以外…目立ったモノはココには無さそうだな…」

 

 

 見ただけだと、手前のプールはいたってシンプルな作りをした遊泳用のプールで、かなりの深さがある。奥にあるプールは、3っつの飛び込み台が高さ順に並べられており、最高高度の飛び込み台はこの施設の半分くらいの高さまである。…常人であればただじゃ済まなさそうなレベルだ。

 

 

「本当にただの遊泳用プールなんだねぇ…もっと秘密の実験施設とか、薄暗い洞穴くらいあると思ったんだけどねぇ…」

 

「一体プールを何だと思ってるんだ?」

 

 

 そこまでぶっ飛んではいない思いたいが…イマイチ…分からん。

 

 

「ん~~?……ね~2人とも~。あのでっかい照明の隣の~金網はな~に~?」

 

「ん?あれ…?」

 

「上に何かあるのかねぇ??」

 

 

 仰向けになって水に浮かぶ長門は、腕を伸ばし天井を指さす。俺達は指に従い、上を見上る。すると、天井には学校の体育館にありそうな大きな照明の他に…橋のように金網が張られていた。奥の方の照明も然りだ。

 

 

「…多分、点検用の網かなんかじゃ無いかねぇ?ほら丁度ライトの側にかかってるし…」

 

「モノパンも宙には浮かべないだろうからな…」

 

「そっか~…宙に浮けそうな見た目してるのにね~」

 

 

 どんな見た目だよ…。

 

 

「……あれ?そういえば小早川さん、どうしたのかねぇ?全然来る気配を感じないんだよねぇ」

 

「更衣室を通るだけだから…もう来てても可笑しくないんだがな…」

 

「んならその疑問、ウチがお答えしようやないかぁ」

 

「「鮫島(君)!」」

 

 

 声がした背後、更衣室から出てきたばかりの鮫島が、ブーメランパンツ姿で仁王立ちしていた。その恐ろしくも男らしい、かつ遊ぶ気しか感じない姿に、唖然と顎が下がる。 

 

 

「鮫島…?今のはどういうことだ…というかその恰好…」

 

「プールがあるぅ聞いてなぁ…水無月と結託して、最速で水着を倉庫からかっぱらってきたんや…どや、似合ってるやろ…」

 

「「早い…」」

 

「ふふふ…そして、この第2の発起人こと水無月カルタちゃんも、既に水着に着替えているのだよ…」

 

「「早い……!」」

 

 

 女子更衣室側には、鮫島と同じく、フリフリの付いた黄色のワンピース水着に着替えた水無月の姿で、仁王立ち。流行ってるのかそのポーズ…?

 

 …というよりも。

 

 

「どうどう~?公平く~ん。カルタちゃんの生水着。似合ってる?結構気合い入れたんだよ?」

 

「くっ……不覚にも…似合っているとしか…!」

 

「不覚とは何だーー!ちゃんと褒めろーー!!」

 

「うーーん、驚きなのはちんちくりんだと思ってたのに、普通にスタイル良いことなんだよねぇ…」

 

「誰がちんちくりんだーー!!これでもお姉ちゃんよりは全然成長してるんだぞーー!!」

 

 

 俺と古家は頬を赤くし、意外なわがままボディを水着で晒す水無月から目をそらす。だけど言葉だけだと足りないと思い、ありがとうの意味を含めて、拍手を送っておいた。……しかし、その反応がちょっと気に入らなかったためなのか、水無月は俺に蹴りを入れてきた。

 

 

「て…ことは、小早川さんも?」

 

「あー、ええとね……水着も予備を持ってきたんだけど…サイズが全く合わなくてさ。水着がもう、パーン!てアニメみたいはじけ飛んでさ…それで“違うんです!水無月さんが悪くないんです!私が少し、ふとましいだけなんです!!ごめんなさーーーい”…て言って、出て行っちゃった…てへ☆」

 

「なんやとぉ!!!メインやろがぁ!!テコでも連れてくるんが人情っちゅうもんやろ!!!おんどれ人の心がないんかぁ!!」

 

「うわっキレた……思った以上のぶち切れ」

 

「知るかぁ!!飛んじゃったモノはしょうが無いじゃん!!」

 

「邪さしか感じない人情なんだよねぇ……でも、あたしもちょっとがっかりなんだよねぇ…」

 

 

 指と指を合わせて若干落ち込む古家。“カルタちゃんで我慢しろぃ!!”“ウチの純情弄ぶなや!!”と、バカップル染みた争いが始める2人。そして明らかにうるさそうな表情のまま浮かんでいる長門。

 

 …ぐだぐだになってきたな。俺はそう思い、一呼吸、挟む。はぁ…。

 

 と、いうことは。今小早川はどこかに飛び出し、どこかでこと垂れている…てことか。

 

 

「探索はどうするのかねぇ…」

 

「今やらなくても、今日の内に何とかすれば良いんじゃないか?報告するにしても、明日の朝とかだろうしな」

 

「…そうだねぇ」

 

「俺は、これから他の施設を見て回るが…古家はどうする?」

 

「あたしは、あの2人の仲裁をしてるんだよねぇ…危なっかしくてしょうが無いんだよねぇ…」

 

「そうか…じゃあ、また」

 

「うん、小早川さんのフォロー、宜しくなんだよねぇー」

 

 

 俺がか…?水無月の話しを聞いた限りだと、デリケートな問題だから、上手く励ませるのか自身が無いな…。まあ、何とかなるか…。

 

 俺はそう気持ちを新たに、プールを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:図書館】

 

 

「はぁ…」

 

「元気出せ……水無月もそんなに気にしてなかったぞ?」

 

「気にしちゃいますよ…、ああいうのって結構心に響くんです。皆さんに見られなくて本当に良かったですよ…」

 

 

 プールの側でシクシクと泣いていた小早川を拾い、俺達はまた別の道の探索を進める。その道すがらも、目的地に着いた今でも、機嫌というか、落ち込み具合を上向きにするのに苦心している。

 

 

「き、気を取り直して、な?……この施設を見ていこう。何か面白いものがあるかもしれないぞ?」

 

「……………そうですね…はい。ええもう大丈夫です。小早川梓葉ここに、地味に復活です!!さぁ、メッタメタに探索していきましょう!!たのもーーーー!」

 

 

 変なやる気スイッチが入り、小早川は身の丈の2倍ほどある扉をバタンと力強く開く。だがその気合いは、施設内の空を貫いた。

 

 

「あっ……図書館だったようです。静かに入るべきでした」

 

「…入り口すれすれだから、ギリギリセーフ…か?」

 

「アウトですよ…私の前でそんな愚行、見過ごすわけ無いです……早い話、図書委員の視野を舐めんなよってことです」

 

 

 目の前に下の方、雲居が親指を逆さまにし、様子の時点で俺達への有罪判決を下していた。こめかみに怒気を感じさせる皺が寄っており、かなりご立腹の様子だ。俺達は、廊下に立たされている気分で、雲居の前に棒立ちになる。

 

 

「申し訳ありませんでした…」

 

「すまなかった…」

 

「まあ…………ここだどんなところなのか分かってなかったようですし、初犯なので、今回だけはお咎め無しにしといてやるです。次からは気をつけるですよ」

 

 

 それでも温情はあるようで、雲居はため息を吐きながら怒りを取り下げる。俺達は、ホッと小さく一息。だけど、もし再犯をしてしまったら…何があるのか、少し気になるところだった。

 

 

「それにしても………すごいな」

 

 

 ……雲居に気をとられて見れていなかった、が…。施設の中は、包み隠さず、ありのままの気持ちを表現するなら……素晴らしいの一言に尽きる世界が広がっていた。

 

 

「折木…言いたいことはわかるです。図書委員としても、1人の読書家としても、この図書館は素晴らしいです」

 

 

 小早川とは逆側の隣に、訳知り顔の雲居が俺にニヒルな笑みを浮かべる。

 

 

「素人ながらの意見ですけど……とても手入れの行き届いた内装とお見受けします」

 

「誰がデザインしたかは分からないですけど、匠の技ですね。一介の図書委員として参考にしたいくらいです」

 

 

 図書館全体は球体の形状をとっていて、下半分が本棚、上半分は天井と窓で構成されている。本棚側は2段の階層に分かれており…1段目と2段目の壁側には本棚が設置されている。ちなみに、俺達が入ってきた出入り口は2段目に位置している。1段目へは、入口側と対角に位置する奥側にある階段を使って行けるようになっているらしい。

 そして施設の1段目中央には、読書スペースらしき区画があり、まるで泉に浮かぶ小島のように周りに水が張られ、小さな橋まで架けられている。これが景観向上の一端を担っている。

 

 俺達は、2段目の階層を弧を描くように、1段目へと落ちる棄権の無いように立てられた木製の手すりをスルスルなぞって歩く。

 水族館の海底トンネルを眺める感覚で…上を見回したり、どんな書物が納められているのかを眺めたりしている。

 

 

「……やはり綺麗だな、窓から差し込む太陽光も、本の背表紙の光沢をより際立たせている」

 

「水の反射もキラキラとしてて、見てて心地よく思えますね」

 

「景観だけがここの良さじゃ無いですよ。蔵書のラインナップも中々のものです」

 

「本当か…?」

 

 

 本棚に集中してみる。そこには隙間無く、されど過密に敷き詰められているわけでもなく…傷一つ見当たらない上質な書物が、整然と並べられている。俺は無作為に、直感的に、一冊の本を手に取る。

 

 

「おお…!『絶海の猟銃』」

 

「故郷の島を守るために、コンキスタドールを自称する海賊共の船へ、単身で乗り込んだの狩人の話しですね。斬新にも、殺された海賊目線で描かれているので…1人…また1人…と撃ち殺されていくクルーの恐怖を読者にも感じさせてくれる傑作中の傑作です」

 

「へぇ……視点が違うんですね」

 

「恐ろしいのは、これがノンフィクション小説だということだ…“超高校級の狩人”がモデルだと噂で聞く」

 

「ほ、ホントですか…!?アレ……でも、それならこの本って誰が書いたんですか?」

 

「………さらに恐ろしいのは、コレを書いた作者が不明な点だ……話しによると、匿名で編集部に届き…そのまま小説として世に出されたとのことらしい…」

 

「もしかして……海賊のおんね…」

 

「……この話はココまでにしておこう」

 

 

 “…はい”と口をつぐむ小早川。俺はさらに別の本を取り出す。

 

 

「むむむ…これはぁ…」

 

「『誰もいなくなった部屋』…ですね」

 

「有名なんですか…?」

 

「……とても有名な作品です……頭に“悪い意味で”が付くですけど」

 

「あらゆる伏線を張り巡らし、それを寸分の狂いも無く回収し尽くし、あわや大団円を迎えようとした矢先…全てが夢でしたというオチに加えて、目を覚ました主人公が急に服毒自殺を図る…という前代未聞の奇作だ」

 

「まるで最終回を迎える寸前で打ち切りにあった漫画みたいですね…」

 

「最悪なオチだ!こんな展開見たこと無い!…とストーリーが面白かっただけに賛否両論の嵐でした……もう作者が名作にしないよう、意図的にオチを変えたというのがもっぱらの噂ですけど」

 

「すこぶる捻くた感性をお持ちだったんですね…」

 

 

 …まったくもってそのとおりである。頷きながら、他の本を取り出し、俺は目を見開く。

 

 

「何と……浅森先生の『町 結人(まち ゆいと)シリーズ』も全巻揃っている……天国か?」

 

「地獄に仏とはまさにこのことですね…」

 

「浅森先生…?私も小耳に挟んだことがあります!確か有名な高校生推理小説だとか」

 

「折木が敬愛する小説家の1人ですよ」

 

「ふっ…握手会も、サイン会も、講演会も全てコンプリート済みだ」

 

「入れ込みように執念を感じますね…」

 

「やってることドルオタと何ら変わんないですけどね…本の事になると行動力が化け物染みてますよ」

 

 

 それに…超高校級つながりだと…これもだ。

 

 

「『ライアーマン・ショー』…世界一優しい大嘘つきである主人公が、とあるゲームを巻き込まれることから物語が始まる。一癖も二癖もある全登場人物達のために、ハッピーエンド迎えるために…嘘をつき続け、必要悪として活躍する、ダークヒーローものの小説だ……まあ、結局、主人公本人にとってはバッドエンドな終わりなんだがな…」

 

「何だか…暗い物語ですね」

 

「ああ…なんせ…作者は小説家ではなく、超高校級の脚本家であり、…バッドエンドの代名詞で有名なあの“三叉 寄人(さんさ よりと)"先生…だからな」

 

「あっ!私もテレビで何度かお見受けしたことがあります!」

 

「コレ一冊しか執筆していないのが…悔やまれるです。きっと小説家としても大成する人物でしたからね…」

 

 

 入学する際、是非ともお話をさせていただきたかった1人だ。確か…浅森先生と、同じ時期に希望ヶ峰学園に入学したと聞くが…?

 

 

「それにしても……本当だな。徐に手に取っただけでこのラインナップか……」

 

「まったくです。雨竜のヤツを見るですよ。あまりの蔵書率に目が眩んで、向こうで本を読みふけってるです…絵本をですけど」

 

「絵本をか…!?」

 

「何か懐かしい作品でもあったのでしょうか?」

 

「さぁ…話しかけてもガン無視されたんで…何を読んでいるのやら…相当思い入れのあることは確かですね…」

 

 

 雲居は“それにアイツもです”と、後ろを見るように中央の読書スペースへ親指を向ける。

 

 

「ちなみに、見えるとおもうですけど…あそこに贄波もいるですよ」

 

 

 そう言われて下を見下ろす。中央の椅子に座り、ポツンと1人読書に耽る贄波。視線に気づいたのか、彼女はは顔を上げ、小さく手をゆらゆらとゆらす。俺はそれに応えるように、振り返す。

 

 

「………」

 

「こ、小早川…急に真顔にならないで欲しいです…私何か悪いことしたですか?」

 

「えっ…あ、すみません。そんな顔、してましたか?変ですね…」

 

「…ふむ何にせよ…ここは要調査地点だな……全部の施設を見回り次第、もう一度来ることにするよ」

 

「私はここで読みあさり確定ですね。もう報告とかそんなもん度外視です…」

 

「清々しい位の宣言ですね……私はもう少し、折木さんにお供します。はい」

 

 

 名残惜しいが、ここまでだな。俺達はそう考え、図書館を出て行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア2:温泉】

 

 

 4つ目の道、すなわち残された最後の道の先に待っていたのは…瓦作りの屋根に、木製の柱と、和を重んじる様相の平屋であった。入り口には暖簾が掛けられ、『温泉』と書かれている。 そしてそれを物語るように、建物の奥からは湯気が立ち上る。

 

 ガラガラと音を縦ながら引き戸を横にスライドさせ中へと足を進めていく。両脇には下駄箱があり、奥の方にはプールと似たように…『男』やら『女』やらと書かれた暖簾がかかった引き戸が、左右に設置されていた。幸いなことに…あのプールにあった、電子……なんたらの装置は付いていない。

 

 

「女湯に入るのは、もちのもちに禁止ですからネ~」

 

 

 番台に座るモノパンは、頬杖をつき、面倒くさそうに顔をたるませている。本当に……何処にでもいるな…前に愚痴っていた“ワタクシ結構忙しいんですよ”は本当なのかもしれない。明らかにサボっているような体勢だが。

 

 

「ではでは、私は女湯の方へ…。何か分かったら、後で教えて下さいね」

 

「ああ、後で落ち合おう」

 

 

 玄関と同じように、懐かしいような音を立てながらドアを開け、男湯へ。

 内装はとしては、銭湯なんかで目にする光景と変わらず…服置きや、体重計、足つぼマッサージのアレ、首振り扇風機……脱衣所といったらコレと言う物が多数配置されていた。

 

 今回は温泉に入る目的では無いので、そのまま服を着たまま直接温泉へ。ガラス製のドアを開けていくと、銭湯特有の、大量の湯煙が脱衣所へ流れ込む。

 煙たい気持ちを抑えられず、思わず咳き込む。

 

 すると、その声に気づいたのか、1つの影が、こちらへ。

 

 

「おお!折木殿ではござらんか!お主もこの雅な景色を見に来たのでござるか?いやぁやはり日本の温泉といったら、庭園でござるよなぁ!」

 

「……沼野か」

 

「…あからさまにがっかりした表情!!」

 

 ちょっと鬱陶しいと思ってしまったのは内緒だ。内緒になってないみたいだが。

 

 沼野の言う温泉を近くで見てみる。そこには白一色の温泉が1つ、それを囲むように石が並べられ、ちょろちょろと心地よい音を立てながら、流れる源泉。そして、入浴中も退屈しないための配慮なのか、手入れの行き届いた立派な庭園が、温泉の風景を彩る。

 

 

「ここは…お前1人で調査していたのか?」

 

「でござるよー。あ、でも女湯の方には、反町殿と風切殿が居るござる。さすがにあそこには拙者も入れないでござるからな」

 

「そうか。それなら丁度今、小早川も――」

 

「きゃあああああああ!!風切さん!こんなところで、そんな体勢のまま眠っちゃダメです!!溺れちゃいますよ!!」

 

「アホ!!どう転んだらそんな体勢になるさね!!ちゃんと起き上がるんだよ!!」

 

「……何が起こってるのでござるか?」

 

「マナー違反だが…見てみたい気もするな」

 

 

 女湯から漏れる悲鳴を気にしないよう、調査を進める俺達。しかし、温泉と庭園以外コレと行った発見は見られなかった。……これ以上は無駄骨か、と考え脱衣所へ向かおうとすると…。

 

 

「折木殿、折木殿…」

 

 

 こそこそと、ひそひそと、何やら密談でもしようかというように、腰をかがめながら沼野がこちらに近づく。顔から既に、碌でもない事を持ちかけようとしていることが容易に想像で出来た。

 

 

「実は……この温泉の仕切り板……藁でできているようなのでござるよ…。それに、少々荒い作りをしているらしく、小さな隙間が多数見受けられるのでござるよ……」

 

「お前…まさか」

 

「くくく…ここまで言えばわかるでござるな?折木殿…この温泉、“のぞき”が可能なのでござる…」

 

「お前……本気でそんな小学生まがいなことを…?アニメーションじゃ無いんだぞ?」

 

「折木殿!拙者らは超高校級の人間である前に、1人の男子学生でござる!!灰色のアルバムたる青春の一ページに、淡いピンク色をひとしお加えても、何も悪いことはござらん!!」

 

「普通逆だろ?…はぁ…天地がひっくり返っても…俺はのぞきに参加はしない」

 

「ええ~ノリが悪いでござるよ~。人型の塗り絵に灰色をぶちまけたような折木殿にこそ、このイベントはまさにうってつけでござる!さあ!情熱を!魂を!真実を!!今こそ解き放つときでござる!!」

 

「ひっつくな!むさ苦しい!そして誰が灰色だ!!どちらかというと墨色だ!母さんがそう言っていたんだ!間違いない!」

 

 

 服をブラブラとひっつかみ、ショッキングピンクな計画へと引きずり込もうとする沼野をぶら下げたまま、騒ぐ俺達は脱衣所から出て行く。すると丁度、反町、小早川が出てきたタイミングを鉢合わせる。俺は、急いで沼野を振り落とそうと、沼野の方を見るが…さっきまでの頬を緩ませた沼野はどこにも居らず…いつのまにやら、目の前に後ろ姿を晒していた。“い、いつのまに!”思わず口に出そうになる。

 

「男湯の方は調査完了でござる!……おろ?風切殿はいずこに?一緒ではござらなかったか?」

 

「…風切だったら…更衣室のマッサージ機に座って、夢と現実を右往左往してるよ」

 

 

 ~~~~~

 

 

「あ゛あ゛ーー…肩がほぐれる」

 

 

 ~~~~~

 

 

 

「……想像できるな」

 

「同感でござる…」

 

 

 それから、俺達は互いに調査した場所の簡単な報告をする。結局のところ、目星しいものは無かったとのことだった。そして、他の皆へは明日の朝食の折にでも報告することに……自然と、ここで1度解散しようか…という流れになる。

 

 

「さて、そろそろ頃合いだし、アタシは飯の用意でもしようかね……分かってると思うけど…遅れるんじゃないよ?随分と楽しそうなエリアみたいだからね、ここは」

 

「私もお手伝いします!折木さんはどうなさいますか?」

 

「俺は勿論、図書館だ。懐かしい小説がいくつかあったからな…久しぶりに読み直したい」

 

「拙者は、折角なのでひとっ風呂浴びてくるでござる。久しぶりの湯船でござる!!」

 

 

 そう言うと、沼野は2人に気づかれないよう俺にウィンクをする。

 

 

 “もう少し、しきりを調べてみるでござるよ!”そう言いたげなのが目に見えて分かる。……だから参加しないって。俺は間違った情熱を燃やす沼野から視線を外し…そのまま俺達はバラバラに外へと出て行く。

 

 

 それからしばらくの間、図書館で時間を潰していた………のだが、あまりにも施設が面白すぎたため、夕食がギリギリになってしまったのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋前】

 

 

 

「……今日は一日疲れたな…」

 

 

 長々とした今日という日を総括するように…一言。

 

 夕食を終えた俺は、ログハウスエリアへの帰路についていた。そしてふと今日あった出来事を振り返る。新しい世界と告げられた場所…美術館にプール、図書館、温泉。エリア1と大きく装いの変わった別世界に建てられていた、真夏の娯楽施設。ツラい記憶を紛らわすのに、充分な位の新鮮さであった。あくまで、俺から全員を見ての…感想だが。

 

 ……ここに、朝衣や陽炎坂がいたら、どれだけ喜んでいただろう…なんて。1人になると、…そんなifを考えてしまう。

 

 ズルズルと、引きずりすぎな程、センチメンタルな気持ちを引きずり歩いていると、俺の部屋の前に誰かがいるのが見えた。

 

 遠目からだが…ニコラス?

 

 部屋へ向かおうとする俺に、既に気づいているようで…微笑む横顔と共に、背を向けながらこちらに手を振る。

 

 

「やぁ…ミスター折木。今日はお疲れだったね」

 

「ああ。新しいことが多くあったからな。そこそこ忙しかったな…」

 

 

 “結果は芳しくなかったけど…”と付けたそうと思ったが、暗い気持ちをこれ以上暗くしてどうする、そう考え、止める。

 すると、ニコラスは空を眺めつつ“…ミスター折木”と、神妙に顔つきでそうつぶやく。

 

 

「倉庫の中は見たかい?ミス朝衣の死体……片付けられていたよ。本当に何事もなかったみたいにね」

 

「………………そう、みたいだな」

 

 

 ニコラスの言葉を聞き、夕食頃のことを思い出す。習慣的な動作で倉庫の中に足を入れ、“何も無かったような”な光景を目の当たりにした。あのモノパンのことだ。そのまま死体を放置しておくとは思えなかったが…。

 朝衣の死体を思い出させる欠片を、一つ残らず無くなっていたことに、思った以上に、ショックを受けていた自分に、俺自身驚きを隠せなかった。

 

 

「結局…あの紙の行方も、分からず終いか」

 

「…………」

 

 

 朝衣の部屋で見つけた切り破られたメモ紙についても、陽炎坂は何も言っていなかった。もし倉庫に残っていたとしても、恐らく今はゴミクズになって燃やされているだろう…。

 

 

「フッ…では、浮かない表情の友人に1つ、贈り物を渡そうじゃないか…受け取りたまえ」

 

「おおっと……何だコレは…?」

 

 

 ヒョイと投げ渡されたニコラスからの贈り物。見た目は栄養ドリンクそのもので、褐色の瓶に液体が押し込められている。見た目は市販のものと変わらない、しかし貼られたラベルには何も書かれていないことに、かすかな不信感を持つ。

 

 

「だまされたと思って飲んでみなよ、キミ。きっと元気になるはずさ」

 

「元気が無いなんて一言も言ってないハズなんだがな………………て、苦っ!!」

 

 

 液体を口に含んだ途端、形容しがたいほどの苦さが舌に、そして喉に走る。苦さは強烈であり、まともにろれつが回らないほど、ビリビリと舌を痙攣させる

 

 

「な…なんら、これ…」

 

「ボクが片手間に配合した、特性の栄養剤ドリンクさ……実際に含んでもらったのはキミが初めてだけどね」

 

「んなんでそんな物を渡すんだ!」

 

「はは!安心したまえよ!身体に害は、あんまり無いさ!キミ」

 

「不安になる副詞を付けるな!」

 

 

 だまされたと思って飲んだのに、渡した本人は“ハハハ…”と笑い飛ばす始末。あまりにもあんまりな一連の行動に納得が出来なかった俺は、一つくらい文句を入れようと思った……だけど、これがニコラスなりの元気づけであることに気づき、思い止める。……ちょっと遠回しすぎるが。

 それに、ほんのちょっぴり摂取しただけだが、何だか、結構気力が戻ってきたような気もする。

 

 

「それでどうだい?多少なりとも……心の整理というやつは、ついたのかい?」

 

「……見てたのか?」

 

 

 頭の中で、昨日のペンタ湖の出来事を思い起こす。そして、贄波に背中を預け、1人情けない姿を晒したことも。

 

 

「ああ勿論。裁判後のキミは目に見えて疲弊していたからね……悪いけど、キミの後をつけさせてもらったよ。まあ……ボクの出る幕はなかったみたいだけどね」

 

「…贄波ならともかく、ニコラスにもか…さすがに恥ずかしいな」

 

「…ボクだけでは無かったみたいだけど、ね……………それはそれとして、誰かに頼るのは、悪いことじゃないさ。そのおかげか、昨日よりも、キミの顔色は幾分か良い調子だ」

 

「はは…幾分か、か」

 

 

 それでも快調では無いことに、若干の複雑な気持ちを持つ。でも確かに、贄波に頼っていなかったら、今日はもっと酷い状態だったかもしれない。そう考えると、ニコラス達の気遣いは、痛み入るモノだった。

 2人には大きな借りが出来たな、そんな感謝の言葉を浮かべる。

 

 

「なあニコラス。だったら、1つ、相談しても良いか?」

 

 

 そこで俺は一つ。誰かに、特に知識の豊富そうな誰かに、聞いておきたかったことを思い出す。

 

 

「…何だい?」

 

「……今更蒸し返すのアレなんだが……モノパンからの、手紙についてだ」

 

「ほお、それは実に興味深い議題だね。ではここで名探偵らしくその手紙の内容を当ててみようじゃないか…………ズバリ!キミのその“特待生”という肩書き、もとい、才能に関係すること…間違いないかな?」

 

「……よく分かったな」

 

「わざわざ深刻な顔で相談すること、かつキミという存在そのものを加味して考えると……内容を推測するのはそう難儀なことではないさ…」

 

 

 ニコラスの頭のキレを改めて目の当たりにした俺は、先日の裁判での把握力を含めて、驚きよりも怖さを覚える。だけど同時に、頼りがいも見えた。

 俺は1度部屋に入り、手紙を手に取る。そして、部屋の前まで戻ると、いつ間にやら、ニコラスはパイプのようなものを吹かし、口からはシャボン玉が上空へと射出していた。

 

 

「……話しを折って悪いんだが…それは?」

 

「ただのシャボン玉を出せるパイプさ。これを口にくわえていると落ち着いてね。暇があるときや、考えをまとめるときなんかに、よくこうやって吹かしているのさ。ちなみに、シャボン液はボクお手製だよ?キミもやってみるかい?」

 

「いや……遠慮しておく。とりあえず…コレが例の手紙だ」

 

 

 パイプでシャボン玉を作りながら、ニコラスは手紙を開き、一読。

 

 

 少し、瞳が揺れる。

 

 

「何か…心当たりはあるか?」

 

「……――成程ね」

 

 

 意味深そうな視線を手紙へと向けながら、一言…そして、すぐに目をつぶり微笑む。何か…確信めいた表情になり、その反応に俺は期待を寄せる。

 

 

「勿論……まったく分からないね!!!キミ!」

 

 

 貯めに貯めた結果の肩透かしの回答に俺はガクリと背中を折る。

 

 

「何だよ……殆どわかりきった表情だったじゃないか…」

 

「いやぁ!悪いねぇ!まあ、いくら世紀の名探偵だとしても、たどり着けない謎もあるにはある、というわけさ。勉強になったかい?ミスター折木」

 

「超高校級から段々ランクアップしてないか?……でも、分からないなら、しょうがないよな」

 

「折角の相談を無碍にするようで悪かったね。でも、もしひらめくときが来たら、そのときはキミに真っ先に伝えようじゃないか…大切なフレンドだからね?」

 

「真正面からそんなことを言われると…何だかこそばゆいな………。そういえばお前の手紙には何て書かれてたんだ?いや、まあ、見られたくない内容なら、良いんだが」

 

「ああ、これかい?キミの思うほど、深刻な内容では無いから、見たければご自由に」

 

 

 滑らかな手つきで、懐のポッケから封をされた手紙を取り出し、はいどうぞと、こちらへ差し出す。俺は、人差し指と中指で挟まれた手紙を手に取り、恐る恐るといった手つきで、手紙を開く。

 

 

 

 

 

『ニコラス様へ     

 

   

         正直その性格は、直した方が良いと思います。   

 

   

                                                

 

                              モノパンより』

 

 

 

 

 “何だコレ!”とツッコんでしまったのは俺だけでは無いはずだ。…だって、ただのクレームだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

「少ない犠牲で、多を救う…何て言葉がありますよネ」

 

 

「漫画やアニメとか…特に“正義”をテーマに掲げる作品なんかでよくある命題ですネ」

 

 

「でも、考えてみて下さイ?そもそも何で自分がそのような立場に置かれてるのでしょうカ…?」

 

 

「どうしてそんな選択を押しつけられているのでしょうカ?」

 

 

「結局の話し、そんな愚かなことを迫る世の中が悪いと思うんですヨ」

 

 

「どちらか一つを決めてくれと、でもきっとキミなら、世界を取ってくれるよね?……そう多は耳元で謳うんでス」

 

 

「生き汚く、往生際も考えず…ただ生きることに執着していル」

 

 

「そんな世の中……見にくくありませんカ…?」

 

 

「だから、ワタクシは躊躇いなくそんな多を犠牲にしてみましょウ」

 

 

「自分にとって、本当に大切な人を救うために…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り14人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計2人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 

 




ご愛読ありがとうございました。

原作の設定が数多く出てきてたので、それとなく解説していきます。アニメを見ていない人もいらっしゃるかもしれないので。



【解説】

・希望ヶ峰学園“新校舎”
 ⇒希望ヶ峰学園旧校舎(無印の舞台)に変わる、新しい校舎。77期生入学直後は建設中。詳しい地理と外観については小説『ダンガンロンパ/ゼロ』と『ダンガンロンパ3 -絶望編-』をご覧下さい。


・予備学科
 ⇒ダンガンロンパ/ゼロにて判明した、希望ヶ峰学園のもう1つの学科。スカウトではなく、入学試験に合格すれば入れる。しかし学費は高額。本科の生徒との交流は全くなく、扱いにも雲泥の差がある。才能が認められれば、予備学科から本科へ編入できるシステムがあるにはある。76期生入学と同時に新設。


・海外分校建設
 ⇒77期生入学と同時に建設スタート。何処の国に建てられたかは不明。


・神座 出流(かむくら いずる)
 ⇒希望ヶ峰学園初代学園長。スーパーダンガンロンパ2にて少し登場。


・天願 和夫(てんがん かずお)
 ⇒元・希望ヶ峰学園学園長。詳しい人柄については、ダンガンロンパ3両編にて。


・霧切 仁(きりぎり じん)
 ⇒現・希望ヶ峰学園学園長。霧切響子の父親。各媒体でチマチマ出てきている。



【ここでしか言えなさそうだからする、元ネタ解説】


・畑のビュッフェ
 ⇒超高校級の植物学者、色葉 田田田(しきば さんた)(登場作品:霧切草)と超高校級の農家、万代 大作(ばんだい だいさく)(登場作品:ダンガンロンパ3 -未来編-)の共同開発によって作られた作物。
 元ネタは『ドラえもん のび太の日本誕生』に登場した『畑のレストラン』。


・絶海の猟銃
 ⇒白い死神こと『シモ・ヘイヘ』より。タイトルは劇場版名探偵コナン、絶海の探偵(プライベートアイ)より。

・誰もいなくなった部屋
 ⇒ゲーム『ゆめにっき』より。タイトルは小説『鍵のかかった部屋』より。

・ライヤーマン・ショー
 ⇒映画『トゥルーマン・ショー』より。

・『町 結人(まち ゆいと)シリーズ』
 ジャーナリストおよび推理作家のアーサー・モリスンが連載した、探偵『マーチン・ヒューイット』より。


【コラム】

エリア2の地図↓

https://www.pixiv.net/artworks/93619294


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Chapter2 -(非)日常編- 7日目

【エリア1:炊事場】

 

 

 朝のアナウンスから時刻は一巡、風にたなびく林の中心にて、俺達は朝食に舌鼓を打つ。

 

 早朝から念入り仕込まれた、偏りの見当たらないバランスと色合いの献立は、目覚めきらない気怠い身体の隅から隅にまで栄養を染み渡らせる。

 身体に浸透していくのは、何も美味しさだけでは無い……言うなれば、ありがた味(み)…というか有り難み、である。

 

 以前、生徒間で出た話題の中に、食事の準備を反町と小早川に任せすぎてる、というものがあった。当の本人達は“別に苦では無い”と言うのだが、苦では無くても頼りすぎは不和の素、と沼野が反論した結果、朝、昼、夕の3つの時間帯に予め決めた男女ペアで食事当番をすることになった。まあ、雲居とか雨竜辺りはブースカと文句を垂れていたが…。

 

 しかしこの当番制には致命的な問題があった。…ペアの人選、もう少し言うと…個人の姿勢と料理の腕である。

 

 

 例えば、俺や水無月が担当したとき……最初はお互いに好きな料理で、味付けもそれぞれの裁量に任せて作ることにしたのだが、結果俺の料理は極端に味が薄い特徴と水無月の極端に味が濃いという、色相環もビックリな味の濃淡が、生徒全員の舌を麻痺させてしまったのだ。中には……味覚障害を訴える者もいた。この場合、ペアの組み合わせが良くなかったと言える。

 

 

 雨竜と風切が担当したときは、風切が料理を完全にボイコットしたため、雨竜が殆ど全てを担当した。その結果、お皿の上に温められたレトルトカレーのパックがポンと置かれているだけという…何ともさもしい食事風景となってしまった。ちなみに米は無かった。…コレは、個人の姿勢による問題だ。

 

 

 ……1番酷かったの贄波と落合の担当の時だった。落合は風切と同様にサボタージュを決め込み、贄波がワンオペで料理を用意した。しかし、出てきたのは雨竜のような即席食材ではなく……一体どこから拾ってきたのか分からない石ころと雑草のスープだったり…木の皮のステーキだったり…およそ人の食べるものとは思えない…ていうか物理的に消化できない食事が用意してあったのだ。そしてそれを躊躇いなく食べようとする贄波にはもっと戦慄した。勿論全力で引き止めた。そして次の日の小早川の整えられた料理に涙したのは記憶に新しい。

 

 

 余談だが、当番をほっぽり出した落合の言い訳が“なるようになる…これが僕の生きる道”と開き直ったものだったので…八つ裂きにされていた。

 

 

 このように様々な問題が随所で見られ、反町の仕事が逆に増えてしまったこともあったが…古家と小早川、ニコラスと長門といったように、上記の3組と比べて月とすっぽんの美味しさを繰り出す担当もあったので、食事当番制が撤廃されることは無かった。しかし…逆にペアの組み合わせに気を遣いすぎてむしろ前より大変なのではないか?と思わないことも無い。

 

 

 今回のだと…一汁三菜を基調としてはいるが…肉類が一欠片も見当たらない…この特徴から、小早川と沼野が一緒に作ったモノとわかる。…まあつまり、安心して胃に収められる食事、ということだ。…もしかしたら贄波の一件が、俺の中でかなりのトラウマとなっているのかもしれない。

 

 

 そうやって、当番の試行錯誤の日々を遠い記憶のことのような気持ちで振り返る。しみじみとしながら最後のお椀に残った味噌汁を傾け、喉に流し込む。全てのお椀を空にして、朝のひとときに終わりを迎えようとした…。

 

 

「そろそろ、頃合いと見て良いかな?……では、ミス小早川、ミスター忍者の平和的な食事に全霊の感謝を込めつつ…一区切りとしよう。そして…今日の本題に入ろうじゃないか、キミ達」

 

「とうとう名前で呼ばれなくなってしまったでござるなぁ…拙者」

 

「は~い!風切さんが~、ご飯に顔を突っ込んだまま寝てま~す。今のところ起きる気配も~ご飯を食べきる気配もありませ~ん」

 

「器用な寝方なんだよねぇ…箸を持った手が空中で固まったままなんだよねぇ。生きてる?」

 

「…後でアタシが口に流し込んどくから、放置で大丈夫さね」

 

「…んん。雰囲気を見ても悪くない流れと見て、話しを進めさせてもらうよ…なんせこのボクが議長なんだからね」

 

 

  食事のスピードは人それぞれで、まだもごもごと口を動かす生徒もまばらだが、ニコラスは咳払いし話しを進めていく。

 

 

「はぁ~めんどくさいよ~。昨日あれだけ調査してもさ~何にも見つからなかった~って感じだったけど~」

 

「んー。カルタも同じ意見かな?この話し合いって意味あるの?て感じ」

 

「……見たくない現実を改めて突きつけられるようで、気が引けるでござる」

 

「まあええやないか。ウチみたいにプールで遊びまくって、情弱に成り果ててもうてる輩もいるみたいやし」

 

「…アンタと風切は前回の話し合いからちゃんと学習するさね。おい!いつまで寝てるんだい!」

 

「…zzzzzzzz」

 

「ダメだこりゃ」

 

 

 “それに…”と、古家は神妙な面持ちで目を伏せる。

 

 

「これは…朝衣さんの最後の意志を尊重してのことだからねぇ…やらないわけにはいかないんだよぇ」

 

「うむ……“またいつか会議を行いましょう”…と言っていたからなぁ。…貴様らの言い分も分からないわけでは無いが仕方あるまい」

 

「……朝衣さんのためだったら~、そうだね~~」

 

「異論は無しと見て良いかな?ミス長門。では…会議を始める前に何か言うことがあれば先に言っておきたまえよ?あぁ!!もちろんこのニコラスバーンシュタインへのファンレターというのであれば随時募集中だよキミぃ」

 

「…はいです」

 

「早かったね、ミス雲居。キミがそこまでボクの魅力を高らかに謳いたかったとは以外だが……勿論ボクは色眼鏡をつけず受け入れるつもりさ!」

 

「ニコラスが会議の舵取りをしているのが納得できないです。ていうか何でリーダー面で会議まとめようとしてるですか。後、反吐が出るほどウザいです」

 

「なんだそんなことか!ボクが最も頭が良くて、収集をつける天才だからに決まってるじゃないか!キミ!」

 

「どう見ても収集をつかなくさせる側じゃないですか!己を顧みる才能無しですか!」

 

「言葉の槍をモノともしない姿勢だけいえば、中々の傑物だと思うけどねぇ」

 

「ニコラスがアカンっちゅうなら、ウチがやろか?」

 

「「「「「もっとダメ!!!」」」」」

 

「…かなわんわー」

 

「しかしながらミス雲居。このボクで納得できないのであれば…他に誰が適任と思うんだい?」

 

「う~ん、そうですねぇ……」

 

 

 ニコラスからの質問への答えを探すように、周りの生徒をグルっと見回す…。……いや、俺を見て止まるな。この色々と濃いメンツをまとめる技量は、俺に無い。

 首を小さく左右に振り、無理です、と身を通して伝える。ええ~、と言いたげながっかりした表情の雲居。俺達の反応を見比べながら、ニコラスはふぅ、と鼻息を立てる。

 

 

「はは!どうやら答えは見つからなかったみたいだね!それに、これ以上は冗長…今回は観念して、ボクに委ねたまえよキミ」

 

「………」

 

「無言の了承を得たという意味で、報告会を始めようじゃないか…」

 

 

 ニコラスは組み合わせた両手を、トンとテーブルに乗せ、会議を開始する。議題としては、昨日解放されたエリア2の施設について。初めは、エリアの中心に敷かれた畑と水田について…。

 

 

「まさか倉庫に納められた品々が、その作物から量産されているとは……奇っ怪な世の中になったでござるなぁ…」

 

「希望ヶ峰学園が作り上げた深淵のほんの一端…。学園の非現実は、我々にとっての現実にあらず…ということか」

 

「そのカブを盗もうとしたら~ブザーが鳴って~、悪用出来きないようにしてあるのが幸いだよね~」

 

「…だけど、あんな気味の悪い代物よく栽培できるねぇ」

 

「後でモノパンにお聞きしたのですが…相当難しいらしいです。多分、育てることに関して特有の技能がないと無理かと」

 

「ふーん…………ったら、…きるかも」

 

「うぉっ!起きていたのか風切ぃ……どうした?何か心当たりでもあるのか?」

 

「……何でも無い」

 

 

 次に美術館。1人で探索していた落合は話す気ゼロなので、代わりに小早川と俺が年表や、模型、学園長の写真…個人的意見は除きつつ、簡単に話していく。そして…。

 

 

「歴史云々については置いといてや…『モノパンの七つ道具』……けったいなモン用意しよるで」

 

「…で?使うヤツはいるですか?」

 

「せやなぁ…実際に使こうたるかは別で……信頼できそうなヤツに借りて貰ろて…厳重に保存しとくっちゅうのはどうや?とりまモノパンゴーグル辺りはウチの預かりっちゅうことで」

 

「その発言で既に信頼もクソも見当たらないんだよねぇ…」

 

「…恐らくそれは無理だね。予めモノパンにレンタル期限について問いただしてみたら…1日…期限を過ぎたらモノパンが勝手に回収して、ショーケースに戻してしまうそうだ」

 

「……怪盗を自称しているんだ。どこにしまっていても見つけ出して、かっさらわれてしまうだろうな…」

 

「こればっかりは、“使わない”を徹底するの無難さね」

 

「ふん……無理だとおもうですけどね」

 

 

 今度はプールについて。この施設は長門や鮫島、水無月がプールの湯加減といったどうでも良い話を交えつつ報告してゆく。加えて、古家の入り口での実体験も同様に。

 

 

「プールに入るときは、細心の注意を払わないといけないようだね……特に折木。アンタが1番危なっかしい」

 

「もう歳なんだから……部屋で大人しくしとこ?」

 

「俺はまだ17だ………だけど、なるべくプールには近づかない方が良さそうだな」

 

「それって、最終手段、じゃない、の?」

 

「蜂に巣にされたくなかったら、仕方ないけどねぇ……嫌だよ?プールに行ったら血だるまになってるの同級生を見るなんてねぇ」

 

「後は、古家殿の話しに出てきた、周辺の森…このエリアと同じく当たり前に生い茂っていた故、盲点だったでござるなぁ」

 

「めちゃめちゃ堅い靴があれば自由に歩けそうだけどね!!持ってないけど!」

 

 

 続いて図書館。こちらは図書委員である雲居が中心に話しを進めていく。

 

 

「図書館自体に大きな問題は無いです。問題があるといったヤツはココで首を吊ってもらうです」

 

「…独裁政権だよ~」

 

「目が冗談ではないことを物語ってます…」 

 

「……強いて言うなら、蔵書率が高かった、だが……カテゴリーの方向性は、少々殺伐としていたな」

 

「…そうですね。“猿でもできる人の刺し方”とか、“人体急所マニュアル”とか…素人の私たちに何をさせようとしてるのかまる分かりでしたね」

 

「嫌に推理小説が多かったのも…モノパンのいらぬ心遣いが感じられるな」

 

「地味な問題が各所に見られっちゅうわけやな」

 

 

 最後は温泉について、こちらは沼野と反町。起きている風切は既に聞く体勢を取っていたので、もうしゃべる気は無いらしい。逆に清々しい態度だ。

 

 

「こちらも特に無しでござる!一度温泉を利用してみた感想としては、久方ぶりの湯船は最高でござった!以上!」

 

「良いじゃないか。シャワーだけだと、どーにも身体の疲れが取り切れなくてね、アタシら女子にとっては朗報さね」

 

「肩の凝り、も、ほぐせるし、ね?」

 

「ああ~分かります。そうだ!折角ですから皆さんで一緒に――」

 

「その言葉を待っていたでござる!!企画は無論拙者が!!」

 

「……やっぱり女子の皆さんだけでいきましょう」

 

「沼野ぉ…先走りすぎだぁ…」ボソ

 

「……作戦は失敗みたいやな」ヒソヒソ

 

「立て直しが必要みたいなんだよねぇ…」ヒソヒソ

 

 

 沼野と鮫島はともかく、古家に雨竜、お前らもか…!昨日の沼野の話しに乗っかっている男子が予想以上に多かったことに内心驚愕する。…もしかして男子が全員賛同しているとかは、無いよな?

 

 そんな俺を余所に、話し合いは新しい施設の報告から、脱出経路についての話に転換していく。

 

 

「…まあこんな感じで、見るも無惨に脱出の糸口は断たれているみたいですね。案の上の結果でしたけど」

 

「うむぅ……未だ目処は立たず現状維持、か…歯がゆいなぁ…」

 

「こ、こにきて、一週間も、経っちゃったのに、ね…」

 

「矢継ぎ早にいろんなことが起きていた故……体感、もっと時間が経っているような気分でござるなあ」

 

「だけど…これだけ長い期間の失踪……通常であれば捜索願が出て、警察などが助けに来ても可笑しくないんだけどね」

 

「助け、全然来ませんね…」

 

「超高校級の生徒がこんなアカンことに巻き込まれるっちゅうのに…えらい事態やで…ホンマ」

 

「元から不測の事態ですよ、もう2人も死人にが出てるんです……黒幕のやってることは集団誘拐&殺人教唆、大犯罪レベルです」

 

 

 沼野達の言うとおり、ここに来てから既に7日間も経過している。普通なら、あの希望ヶ峰学園の生徒が集団失踪なんてこと、メディアに取り上げられて世間を大きく騒がせてるはずなのに。未だ、この所在不明な巨大施設のドアを叩く気配は、無い。

 

 そもそも、俺達がこんな事態に巻き込まれていることを、世界は認知しているのだろうか?まさかとは思うが……最悪な話し、世界が俺達の存在が忘れ去っている…なんて、一瞬よぎってしまったが…できれば、考えたく無い話しだ。

 

 

「しかしぃ、ここまで音沙汰が無いとなると……黒幕による隠蔽が途轍もない…ということかぁ?」

 

「あるいは希望ヶ峰学園がグルになって拙者達を試している故、あえて何でも無いと言う風に演じているか…」

 

「仮にそうだったとして……いきなり学園長がプラカード持って、“はいドッキリで~す”なんて言ってきた日には、どうするのかねぇ?開いた口が塞がらないんだよねぇ…」

 

「口を開けるだけですませるのかい?アタシだったらそのまま天に召して貰うけどね」

 

「できれば~、そういう結末は勘弁して欲しいよね~」

 

 

 この世界に誰も踏む込まない理由として、希望ヶ峰学園と黒幕が繋がっている可能性は……長門の言うとおりあって欲しくは無いな。千歩譲ってこの可能性が真実だったとしても……何故わざわざ俺達を監禁し、そして何故コロシアイを強要するのか……その意図が全く分からなくなってしまう。

 

 すると、沼野がスゥっと、手を上げる。

 

「…意見を1つ、よろしいでござるか?」

 

「何かなミスター忍者!もう少しで行き詰まりそうな雰囲気だったから、話しの流れを変えてくれるのは助かるよ!」

 

「せめて、名前を…!……気を取り直して…脱出ができない、または助けが来ない…と色々話し合いの中で出てきたでござるが…その中でも1つ、雨竜殿の“黒幕による隠蔽が得手である”、という意見を、拙者なりに突き詰めてみたのでござる」

 

「ほうほう…ということはその証拠の隠滅の得意そうな黒幕とやらに思い当たる節があったり、なかったり?」

 

「こんなバカでかい大誘拐を実行できるバカに、心当たりがあるんですか?まさか例の“超高校級のテロリスト”とか言わないですよね?」

 

「いやぁ、それは無いと断言させて貰うよミス雲居。森羅万象形ある全てのものを爆破させるというヤツ特有の手口から見て、全く共通点が見いだせない。それにヤツは既に逮捕され、厳重な監視の下、希望ヶ峰学園にて幽閉されていると聞く。つまり犯行を重ねることは不可能だよ」

 

「ええええーーー!!あの人希望ヶ峰学園に入学してたのぉ!?信じられない!!」

 

「知らなかったのでござるか?やり方はどこからどう見てもテロリストのそれでござるが、その特有の部分に“革命家”的な素質を学園が目をつけ、そのまま入学したそうでござる」

 

「…世界という深淵に、刹那の叫びを響かせる無謀な反逆者……あり方としてはとても僕に似ているね…僕が紡ぐ詩、そして彼が鳴り響かせる慟哭を、いつか混ぜ合わせたいものだ…」

 

「…是非ともやめて欲しい」

 

「…だけど、そのテロリストを抜かしたとして…誰がこんな大それた愚挙を犯すさね」

 

「…………“ジェノサイダー翔”……でござる」

 

 

 沼野が口にした犯罪者の名前を聞き、空気が少し変わる。生徒全員の中で、聞いたことがある反応をする生徒、そして誰の事なのか首を傾げる生徒の2つに分かれた。俺の場合、前者だ。学園に来る前の下調べの際、そういう名前をメインにしたネットのスレがあったのを見たことがあるからだ。

 

 

「…どちらさまですか?とても“くーる”なお名前に聞こえましたが…」

 

「これをクールと表現する感性は、少しどうかと思うねぇ…」

 

「ん~何や、風の噂程度にやけど、んな話し聞いたことあるわ…でもそれって確か都市伝説か何かやろ?」

 

「世間を騒がす連続猟奇殺人事件の犯人…だったかな?本名は不明で、犠牲者は数千人に及ぶと言われている快楽殺人鬼………でも犠牲者の部分は尾ひれがついてるっぽいけど」

 

 

 鮫島の言うとおり、“ジェノサイダー翔”のことは都市伝説として世間では扱われている。だけど実際に、快楽殺人鬼として名を馳せているのは水無月の話しの通りだ。現に、俺が閲覧していたスレの中に、被害にあったと宣う輩も見られた……まあ釣りの可能性がなくもないんだが…。

 

 

「疑っている人間もいるみたいだからあえて言わせて貰うけど……ジェノサイダー翔は実在はする。昔、知り合いの探偵にその手の資料を見せて貰ったことがあるんだよ」

 

「すごい、知り合いだ、ね?」

 

「……まあそれを見た上で、言い切るけど…黒幕とは考えられないね」

 

「えっ、マジでござるか?結構自信あったのでござるが……」

 

「うん、その資料にはね……被害者と考えられる数十人分の死体の写真が載っていたのだけど…その全てが“男性”だったんだ……」

 

「男性のみだったってだけで~、何か問題あるの~?」

 

「良いかい?この誘拐事件はボク達77期生がコロシアイを強要されている。“男女分別無く”、ね?」

 

「…女性が巻き込まれている時点で、ジェノサイダーのポリシーに反しているってことかい?」

 

「that's right。その通りだよ、シスター反町。……まあそれを無しにしても、ジェノサイダー翔は見たところ比較的小規模な衝動殺人であることから、関わりは皆無に等しいと思うよ……」

 

 

 昔見た資料を引用しながら、ニコラスは舌を回していく。その情報の1つ1つに、強い確実性と真剣さを感じるのは、流石に超高校級の探偵を自称するだけはあるといえる。

 …この話が本当だとしたら、今回の事件とジェノサイダー翔は、無関係、という結論になる。

 

 

「だけどキミ達。そのジェノサイダー翔よりも、もっと有力な犯罪者が居ることを忘れていないかい?……“超高校級の生徒”であるキミ達なら、なおさらね」

 

「そ、それっ、て…」

 

「贄波…?」

 

「ミス贄波も、どうやら同じ人物を思い浮かべているみたいだね。そう、ジェノサイダー翔による連続殺人を含んだ、“3つの未解決事件”の犯人の1人…――――“才能狩り”」

 

 

 その名前を聞いた瞬間、ジョノサイダー翔の名を聞いたときよりも明らかに、空気がピシリと変わったのが分かった。殆ど全員が、それもあの落合でさえ、表情を鋭くさせている。

 

 

「マジなのかねぇ…あんまり聞きたくない名前だったねぇ…あぁくわばらくわばら」

 

「口にするのも恐ろしいよ~」

 

「超高校級の生徒達の集団誘拐を企てるような犯罪者……第1に考えるべき黒幕でござったなぁ…」

 

「“才能狩り”……ですか。あの…何度も申し訳ないのですが…どのようなお方なんでしょうか…?」

 

「ええ!梓葉ちゃん知らないの!?命知らずすぎだよ!!本当に冗談抜きで!」

 

「そこまでですか!!……うう、すみません。テレビやラジオといった“めでぃあ”にはあまり縁が無かったもので…」

 

「とんだ箱入りですね…まあでも、改めてソイツの凄惨さを説明しておくですよ………“才能狩り”、超高校級を名乗る者なら…必ず耳にし、そして恐れる名です」

 

 

 才能狩り……ジェノサイダー翔と同じように掲示板を見ていたとき、多数のスレがが立てられていた。ジェノサイダー翔は、まだ推理小説的な要素があり、一種のゴシップネタとして扱われていた。だけど――“才能狩り”は別だ。ネタどうこうと言えるものでは無い。

 

 

「ほんの数年前に突如現れた犯罪者の名前さ。その名の通り、才能を狩ることを生業としている……その中でも特に、“超高校級”を名乗る才能人の才能を、ね…」

 

「もっと厳密に言うなら、“希望ヶ峰学園に入学する前の生徒”が中心に狙われているでござる。故に巷では“超高校級狩り”…なんて別名もつけられているでござるな……」

 

「中身としては別に才能人の命を狙うのでは無く…才能そのものを奪うことに重きを置いている。例えば、超高校級の歌手であれば命であるその喉を破壊し…。サッカー選手であれば、その足を二度と動かせないようにする、挙げるだけでも、数百件にも及ぶ」

 

「そ、そんな…酷い。それほどまでにたくさん…でも命は奪わないだけ、先ほどのジェノサイダーよりは……」

 

「それがそうとも言えん……超高校級と呼ばれる生徒の全てが自分自身の才能に人生を捧げている…すなわち才能とは、奴らにとって人生そのもの……その人生を奪われた人間の道先に、輝かしい光が差すことは二度と無い」

 

「襲われた恐怖心によって引きこもり、二度と家から出てこなくなったり……一生の入院生活を余儀なくされたり……そんな話しを聞くこと数知れずなんだよねぇ」

 

「最悪……失意の内に“自殺”、なんてことも良く聞くよ…」

 

「そんなヤツのせいで…昨今の希望ヶ峰学園スカウトに足る超高校級の生徒は激減。年々クラス数も減っていく一方だって言うです」

 

「…通常希望ヶ峰学園のクラス数は、5、6クラス程度だった…だけど76期生になると4クラス、77期生、つまり俺達の代だと…3クラスに減ったとか…」

 

「…ここだけの話しだけどねぇ…来年の78期生だと、たったの1クラスしかないとか何とかねぇ」

 

「……そんなにかい…アタシら良く無事に入学できたねえ」

 

「この事件に巻き込まれてる時点で、無事とはほど遠いですよ…」

 

 

 ここまで皆が話したとおり、才能狩りは超高校級の生徒に対して、恐ろしい程の悪意を向けている。ただ才能だけを奪い、才能を失くした生徒は一切干渉しなくなる、才能の無いヤツは生きるも死ぬも勝手にしろと言うように…まさに生殺しの状態だ。

 しかし不思議なことに、才能狩りは希望ヶ峰学園に入学した生徒に対しては、何故か狙いを定めない。恐らく希望ヶ峰学園事態が全寮制で有り、一国家並のセキュリティーが高いため手を出しづらいというのが通説だと思うのだが……少数意見の中で、この才能狩りが、希望ヶ峰学園に派遣された試験官であり、1年間才能を無事に守り抜けるのという試験かけられている、なんて噂がささやかれている。だからこそ、スカウトされてから希望ヶ峰学園に入学するまでの期間のことを“希望への0歩目”と呼ばれ、無事に入学できれば0は1に変わり、入学できなければ0は0のまま、とのことだ。

 

 

「でも…そこまで大々的に認知されているのなら、何故未解決のままなんですか?」

 

「才能狩りの手口が……直接的、というよりも間接的に才能を潰していく、そして殆どが事故に見せかけた犯行が多いせいで…犯人の特定の難易度を上昇させているのだ」

 

「いつぞやかに、超高校級の学生に襲い掛かった犯人が逮捕されて、才能狩りがとうとう捕まったとも考えられたのでござるが……その正体が実は才能狩りの熱狂的な信者だったという事件があったのでござる」

 

「才能にコンプレックスを持った人を中心にカルト的な人気があるらしくてね?才能狩りに触発されて、ことに及んでしまったり、中には依頼されたから才能を潰した…って人がものすんごい多いっぽいよ?」

 

「おまけにその犯行を依頼した人がまた誰かに依頼されたと、掘れば掘るほど、紐を解けば解くほど事件は複雑化していき…警察側もキリが無いとお手上げ状態のということだぁ」

 

「シャーロックホームズで言う、モリアーティ教授のような暗躍ぶりだね!…だけど、その犯行に信念も高潔も、そして面白みも微塵たりとも感じない…あるのは執念という1点のみ」

 

 

 俺が調べた才能狩りの掲示板にも、才能への憎悪が色濃く反映されており“またあの方がやってくださった”“また1人超高校級の才能が消えくれた”…見ていて寒気が走るほど、悪意が跋扈していた。生きる世界が違う、とはこういうことなのかもしれない…そう思わせるほどだった。

 

 …だけどもし、自分が才能に対して異常な固執があったとしたら……そう思うとどうなっていたのか、もしかしたら、沼野の言う狂信者のように、罪を犯してしまうのかもしれない…。

 

 

「…でも何だ、か、陽炎坂くんの、話し、と、よく似てる、ね…?」

 

「…そうだね…ああとてもよく似ている。…ミス小走にどんな才能があったかわ不明だけど……流れとしては才能狩りと一緒だ」

 

「じゃ、じゃあ~この事件も~?」

 

「陽炎坂に執行したオシオキも、ヤツの才能を踏みにじるようなモノだったしなぁ…」

 

「…有力候補」

 

「希望ヶ峰学園に入学する前が最も危険な時期だったってのに………まさか入学してからこんな…」

 

 

 反町の憤りの言葉を最後に、会議の周りに沈黙が走る。何を話して良いのか、何も分からない。そんな生徒達の表情がよく分かる。そんな中、パン!と空気を切り替えるように、ニコラスは立ち上がり、手を叩く。

 

 

「別にこの誘拐事件の黒幕が才能狩りと決まったわけではないさ!仮にそうだったとしてもこの超高校級の名探偵であるニコラスバーンシュタインが真実を暴いてみせるとも!!安心したまえよキミ達!」

 

「その心意気は嬉しいけど…本業はおろそかにするんじゃないよ?」

 

「むぅぅ、超高校級の名探偵っていうならカルタだって負けないよ!ジョノサイダー翔でも、才能狩りでも、バンバン見つけてやるもん!!」

 

「水無月、アンタも張り合うんじゃないよ…それにそいつらがバンバン出てきたら、はた迷惑この上ないさね」

 

「よしっ!!…報告する内容は全員に行き渡り、そして会議も良い感じに蹴りがついたところで……一度解散といこうじゃないか!各自、自由にしてくれたまえ!もし何か発見があったら、このボクに知らせてくれよ?今からボクがこのクラスのリーダーさ!!」

 

「ちゃんとそういう役職には投票制を設けるべきだと進言するですよリーダー様……まあ、解放してくれるに越したことは無いですけどね」

 

「いよーーし!!なにしよっかなー!!まずはびゅーんとどこか遠くに走って行こ~!」

 

「ふぅ~~何か変な力が入って肩凝っちゃったよ~」

 

「お食事を終えた人はお皿持ってきてくださいね!後片付けは大事ですから!」

 

「それならアタシも手伝うさね。何か落ち着かないからねえ」

 

「ではでは拙者らは…」

 

「会議の延長やな…」

 

「とにかくまず計画の練り直しなんだよねぇ…」

 

「そうだなぁ…」

 

「旅には鞄を1つ、それ以外には何もいらない、勿論計画というやつもね。だけど、時には必要だと求めてみるのも悪くないね」

 

 

 ニコラスの一声により会議はお開きとなった。そしてそれぞれ、何やら怪しくコソコソしてるヤツらは見られるが…皆思い思いの時間を過ごし始めていく。そんな中で俺は、ニコラスに声を掛けた。さっきの会議で、1つ気になることがあったからだ。

 

 

「…なあニコラス」

 

「ん??どうかしたのかい?ミスター折木」

 

「さっきの未解決事件についてなんだが……確かお前は“3っつ”って言ってたよな?」

 

 

 ニコラスは会議の最中に口走った3つの未解決事件…俺が知っていたのは、ジョノサイダー翔と才能狩りの2つまでだった。だけどの最後の1つだけは、今まで生きてきた中で一度たりとも思い当たる節が無く……どうしても気になってしまった。

 発言者である本人なら何か知っているのでは無いかと考えたために、こうやってニコラスに話しかけてみたのだ。その小突くような質問に対しニコラスは、一瞬、目を細める。だけど次の瞬間には笑顔を見せる。少し違和感のある反応だったが、どうやら快く教えてくれそうな雰囲気なのは分かった。

 

 

「ああ!勿論言ったとも、それがどうかしたのかい?」

 

「議題に出ていた2つの事件…まではわかっていたんだが……あともう1つについてどうしても気になってな」

 

「ふむ…答えてあげたいのは山々なんだけど……どうにもね、これはジェノサイダー翔を遙かに上回る都市伝説中の都市伝説なんだ…そういう眉唾な話に詳しい人間から又聞きしたものしかない。つまり信憑性に欠けるのものなんだ」

 

「…存在が不透明すぎる、ということか?」

 

「ああ。でも確実にこの日本に蔓延る、最悪の犯罪者の1人…そう考えて差し支えないよ。…うん、ちょっと待ってね、少し考えをまとめるから…いらない情報が錯綜しすぎて、どれが正しいのかボクでも導きづらいんだ」

 

「そんなに情報があるのか…?」

 

「……ではミスター折木。キミは……10数年ほど前に、旅客機の事故や、大津波、暴力団グループによる抗争なんかがニュースで頻発していたことを覚えているかい?」

 

「……いや、ていうか10年前と言ったら、俺が小学校低学年くらいのころだろ?さすがに覚えていない」

 

「…あーそれもそうだね。じゃあ今言ったような事故が多発していたと言うことを念頭において…実はね…それらの災害、または人災は……人の手によって起こされてるのではないか…とあまりにも突飛な噂が流れているんだよ」

 

「…何言ってるんだ?殆ど自然現象だろ?人の手でどうにかなる摂理じゃない」

 

「ああそう思うだろ?キミ…実際、最初に聞いた時のボクも耳を疑ったさ。だけどね……知り合いの刑事からも、似たような話しが…というか、一連の現象を1つの事件であり、コレは何者かの手によるものだと、教えて貰ったのだよ」

 

「刑事にも知り合いがいたのか…?」

 

「いつも言っているだろ?ボクは錬金術師であり探偵だと…仕事の傍らに探偵としてのスキルを磨いている途中で、そういった刑事関係者の知り合いができていたんだよ…どうだい?多少は見直してもらえたかな?」

 

「見直すも何も…お前は元々凄かっただろ…。はぁ…だが何だか、頭の痛くなる話しだな…」

 

「……ああ、そうだね、そうだったよ。…しかし、この事件ばかりはボクの手に余る、なんせ、相手が自然災害そのものみたいだからね」

 

「でも、人の手で起こされた痕跡があったから、そんな噂が流れてるんだろ?」

 

「………残念ながらそれ以上は機密事項だ、と教えてはくれなかったよ…、だけど1つ、その事件の話しをした者達は口を揃えて、黒幕の名をこう呼んでいたよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――“天災”、とね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア2:図書館】

 

 

「…天災、か」

 

 

 “ジェノサイダー翔”に、“才能狩り”…そして“天災”…。

 

 

『厄災であり、人災であり……天災』

 

『馬鹿馬鹿しい話しだろ?いるかも分からないナニかに名前をつけるだなんて……まるでその存在を証明しようとしているみたいだ』

 

 

 報告会の後、ニコラスに好奇心をぶつけてみたまでは良かった…結局、ニコラスからの悪態で話しは終わってしまった。含みのある素振りから、何かまだ隠してそうな印象があったが、聞き出すことは出来なかった。どうにも複雑な気持ちだ。

 

 スッキリとしない気持ちを振り切れないままニコラスと別れた俺は、気晴らしに本でも読もう、と図書館へと移動する。気になるものがあったら、2,3冊拝借していこう…そう気持ちを上塗りしていく。

 

 図書館に入り周りを見回してみる、すると同じような赴きを携える同志が、もう1人。目にとまったのも何かの縁と、話しかけにいってみようと足音近づかせていく。

 

 

「相変わらずココに入り浸りみたいだな…雨竜」

 

「昨日の午後、ずっとここに篭もり切りだった貴様にだけは言われたくないのだがなぁ……しかし、そうだなワタシも似たようなものか…」

 

 

 なにやら呆れられた風にため息をつかれ、やれやれと首を振る雨竜。

 

 

「雲居も言っていたぞ、“超高校級の図書委員である私と背比べをするとは…中々出来ないです”となぁ。ヤツの低い背丈と混同して紛らわしい限りだが、褒め言葉だろう」

 

「それは…あくまで、小説のみの話しでだけだ。新書だとか、随筆だとかの類いはさっぱりだ。本そのものを愛しているアイツに比べれば、」

 

「ふん。謙遜か……ワタシという観測者の前からしてみれば、チンケな心遊びだなぁ……落合の言う、たった一度きりの人生だというのに…心へのセーブは己を苦しめるのと変わらんぞ?」

 

「俺にアドバイスを施してるのは分かるが……大げさな表現がすぎるぞ…」

 

「だが貴様の小説愛好趣味が雲居に匹敵するのだ、誇るのも一興だと思わないか?…いっそ、小説家にでも目指してみたらどうだ?案外、埋もれすぎた才を掘り起こすきっかけになるやもしれんぞ?」

 

「…埋もれすぎは余計だ。もっとまともに勧められないのか?」

 

 

 くっくっく…と何が可笑しいのか顔に手をあてながら不適に笑う雨竜、その様子に、俺は眉を顰めムッとする。…だけど雨竜のアドバイスにも一理ある。謙遜が悪い事だとは思わないが、確かに少し堅くなりすぎな部分が、俺の中で見られるのは分かっていた……いっそニコラスのように自信をひけらかしてみるか?と思ってみたが…いや、あれはやり過ぎだ、もう少し控えめにしよう。と思い直す。

 

 

「それにしても、てっきり天文学の本でも読みふけってると思ってたが……昨日に変わらず絵本か」

 

「…笑うか?」

 

「いや、そうではないんだが…何度も繰り返し読む物としては、微妙だと思ったからな。その本、昨日も読んでたヤツだろ?」

 

「ああ同じ本だ………だが、これは読んでいるというよりも、眺めているに近い。何故なら、これは…ワタシが初めて…父に買って貰った本だからだ」

 

「そうなのか?なら確かに思い出深い一冊だな」

 

「といっても、小学6年生のときのプレゼントだがな……」

 

「……12歳児への贈り物のチョイスとしては、少し不思議だな」

 

「…………その見解は的を射ている。凡庸なる一般家庭の子であれば、ゲーム、ホビー、ぬいぐるみ、その類いが大抵だろう。――しかし…当時のワタシとしては…これほど短く、鼻血を出すほど頭を酷使する必要の無い書物は、革命的なほど新鮮だったらしい」

 

「お前…どんな生活してたんだ?」

 

 

 雨竜のことだ、多少大げさに表現している部分はあるだろうが…それを抜きにしても中々闇のありそうなエピソードだ。…言い回しからして、その時は長く、頭をフル回転させるような書物を読んでいた…ということだろうか?それも血を出すほどに。

 

 

「……このまま濁らしていくのも、過去に背を向けているようで気に食わんな……昔…と言っても私がまだ二桁にも満たない年の頃、だな…そのときワタシは、天文学ではなく医学を学んでいたのだ」

 

「医者をめざしてたってことか?……確かに、朝衣の事件のときは嫌に手際が良いというか、様になっていたが…」

 

「…ふん……子供のころの気の迷いだ。素人に毛が生やした程度にすぎん。すぐに学びは放棄した」

 

 

 雨竜自身そう言っているが。朝衣の死体を見張っていたニコラスと沼野の2人は、あのときの雨竜の手腕を“玄人の動きだった”と評していた。さっき俺に対して謙遜がすぎると言っていたが…雨竜も人のことを言えないのではないだろうか?

 

 

「…どうして。止めてしまったんだ?天文学で大成してるお前に言うのもなんだが…充分素養はあったはずだろ」

 

「軽々しくそんなことを口にするものではないぞ…折木ぃ。ふぅ……少し話しを変えよう。貴様は“ニュートリノ”という物質を聞いたことはあるか?」

 

「…名前だけは聞いたことはある…というか見たことがある。トイレに貼ってあった周期表で、ちらっとな」

 

「…妥当な知識量だ。ニュートリノというのは、イタリア語で電気を帯びていない、小さいと言う意味を持った素粒子の1つだ」

 

「……素粒子?聞き慣れないな言葉だな」

 

「そうだな…補足しておこう。素粒子とは物質を構成する最小単位のことだ。人を例に挙げると、人は大ざっぱに見れば細胞の塊だ。細胞は水や二酸化炭素といった分子で構成され、さらに細かくして見ると分子は原子で、原子は原子核で、原子核は陽子と中性子で出来ている」

 

 

 自分の手のひらを指さしながら、すらすらと、細胞から。粒子の世界まで、丁寧に付け足しをしていく。何だか少し楽しそうに見えるのが、学問に対する愛が感じられた。

 

 

「そして、最後に言った陽子と中性子を構成するのが、“素粒子”となるのだ」

 

「で、素粒子の一種が、ニュートリノ、ということか」

 

「ああ。ニュートリノには不思議な性質があってな。名前の由来にもなっている、電気を帯びていないという性質だ。電気を帯びていないと言うことは、プラスもマイナス無い…すなわち他の物とくっついたり、反発しない…すなわち他の物質にぶつかっても影響が無い…ということだ。今俺達がココにいる現在でも1秒間に約100兆個のニュートリノが我々の身体を通過している」

 

「この施設の中に居てもか?」

 

「どこにいてもだ。その性質から転じて、お化け粒子なんてあだ名もつけられている」

 

 

 俺の相づちが良い緩急となって、段々と興が乗っているのか、舌を回していく速度は少しずつ増していく。それでも、俺を置いてかないようギアを上げすぎないようにしている。何となく教育者としての素質も感じた。

 

 

「そんな幽霊のような物質の検出を専門とする、スーパーカミオカンデという……何千トンという水で満たされたタンクを想像してくれ……それは元々はニュートリノを抽出する装置ではなく、別の目的のための装置だったのだ」

 

「別の…?」

 

「その装置の前身…名前はカミオカンデというのだが…それは元々陽子の崩壊、つまり寿命を調べる装置だった……だが1987年2月23日…大マゼラン星雲による超新星爆発の余波が地球に到達した際…カミオカンデ内で十数個ものニュートリノが検出されたのだ」

 

「えらく具体的な日にちだな…」

 

「天文学史上でも革命的な日だからな……当然だ。話しを戻そう…その日は、観測できなかった超新星爆発を初めて捉えた瞬間でも有り、カミオカンデがニュートリノ望遠鏡となった瞬間でも有り、ニュートリノ天文学が開拓された瞬間でもあった」

 

「ニュートリノを中心とした学問の始まりだったんだな」

 

「この出来事から、1987年にとある日本の天文学者が、ノーベル物理学賞を受賞し…現在では、カミオカンデはスーパーカミオカンデと名前を変え、ニュートリノを検出する装置と成り果てている」

 

 

 手すりに両手を載せ、上を見上げる。その目線の先には天窓があった。何となく、この話しが終わるを迎えるのだろうと、目で感じる。

 

 

「長々講釈を垂れたが…つまりワタシが言いたいのは、必ずしも本来の目的と結果は結びつくものではない…人生もまた然り、ということだ」

 

 

 悟ったように目を細め、天窓の向こう側、雲一つ無い青い空を射貫く。…その表情からは、悔しさ、むなしさ、嬉しさ、複雑に絡み合った心の機微が見られた。

 

 

「…自分の話しばかりに付き合わせてしまってすまなかったなぁ……今度は貴様の話も聞かせろ…そうでなければ割に合わん」

 

「ああ…言えることは少ないかもしれないが……またいつかな」

 

 

 “それなら、僥倖だ”そう笑みを浮かべながら、手に持っていた絵本を本棚へしまう。これ以上の長居は無用と白衣のポケットに手を収めながら、雨竜は図書館から姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア2:美術館】

 

 

「ふむ…まさかログハウスにあった本に、続編があったとはな…」

 

 『モノパン三世 ~ローマ超特急~』

 『モノパン三世 ~アルベルトゥスの城~』

 『モノパン三世 ~バビロニア黄金伝説~』

 

 図書館を物色している最中、ふと目についた3冊。俺の部屋に常備されていた『モノパン三世 モノパンVS 人造ヒューマン』の、恐らくだが関連作品。モノパンそのものはアレだが、意外なことに文才がある。もしかしたら名作かもしれない、そう考え、手に取ってみたのだ。 

 

 手に持つ3冊がどんな物語なのか、久しぶりにワクワクとした気持ちでエリア2から出ようと考えていた。のだが…古家が美術館へと足を運ぶ姿を見かけた俺は、何となく気になったのと、少ない不安が頭をよぎったため、その後を追いかけた。

 しかし、そんな俺の心配は杞憂であったらしく。古家は希望ヶ峰学園の歴史が敷き詰められたショーケースを穴が空くほどに見つめていた。

 

「よっ、古家」

 

「ああ折木君。折木君も希望ヶ峰学園の歴史を見に来たのかねぇ?」

 

「いや、古家が美術館に行く姿を見かけたから……どうせだから世間話でもと思ってな?俺達2人で話すことって、あんまり無かっただろ?」

 

「ふーん…どーせ『モノパンの7つ道具』を借りようとしてるんじゃないかって心配して、付けてきたんじゃないのかねぇ?」

 

「……いや、そんな他意は無い。純粋に今の通りだ」

 

「面白いくらいに気持ちが見え見えすぎなんだよねぇ…」

 

「……やはり、分かりやすいのか…俺は…」

 

 

 自分なりにポーカーフェイスを保っていたはずだが…古家の揺さぶりに簡単に釣られ、隠していた気持ちがバレてしまった…。はぁ、と自分に呆れるようため息を吐く。古家もそんな俺を見て、苦笑いを浮かべる。

 

 

「ははは、からかって悪かったんだよねぇ…まあ気持ちは分かるし、今言ったことが全部嘘じゃ無いっぽいから別に思い悩む必要は無いんだよねぇ……。アタシはねぇ、報告会の時に、ここで希望ヶ峰学園の歴史が見れるって聞いたからねぇ…いち探求者として見学しに来ただけなんだよねぇ」

 

「…そうなのか?てっきりオカルト以外に興味が無いと思ってたが」

 

「いやいや…オカルトは大きく見れば考古学の一部……超自然的なものなのか否か、歴史的モノなのか否か……まあもし幽霊とかその辺り関わってきたら、心理学の一部になるけどねぇ」

 

「結構複雑な分野なんだな…」

 

「思った以上にねぇ……」

 

 

 そう言いながら古家は興味深そうに、ガラスの向こう側を見続ける。すると“あっ”と、何かに気づき、再び俺の方に顔を向け直す。

 

 

「そうだったんだよねぇ、折木君あたしと話すためにわざわざ足を運んでくれたんだったねぇ……あー、ええと…時に折木君、あんたってばオカルトについてどれくらい詳しかったりするのかねぇ?」

 

「……いや、あまりなじみが無いから、まったくだな。たまにテレビで特集されているのを見るくらいだ」

 

「…まあそんなもんだよねぇ。普通は耳にするだけで、詳しく知ろうとする人なんてほんの一部、それこそあたしみたいな物好きな人くらいなんだよねぇ」

 

 

 “よしっ!”と古家は何かを思いついたように手を叩く。

 

 

「折角だし、オカルト初心者の折木君に、その類いの話しでもしてみようかねぇ」

 

「おお、興味深いな。だけどあまり専門的な話しは勘弁してくれ、ついて行けなくなるときっと頭から湯気が出る」

 

「勿論なんだよねぇ…じゃあ~、比較的馴染みやすい“オーパーツ”の話しでもしてみようかねぇ」

 

「聞いたことがある。確か水晶ドクロや、黄金のシャトルなんかがあったよな」

 

「映画とかの媒体で出てくる有名どころだねぇ……うん、まずはオーパーツがなんなのかについてだけど…平たく言えば、当時の技術からして、作られたと考えるとすごくね?って代物の総称なんだよねぇ」

 

「えらくフランクだな……。名前は忘れたが……日本にも何かあったよな?」

 

「よく知っているねぇ…本当に無知?…うんと、多分『聖徳太子の地球儀』のことだねぇ。西暦606年に聖徳太子が建立したとされる“斑鳩(いかるが)寺”って場所に所蔵されてた一品だねぇ」

 

「聖徳太子…超能力紛いな力を持ってた歴史上の人物だな」

 

「まあ実在したかすら怪しい人だけど………ええと、その地球儀はねぇ、建物が建立された飛鳥時代では考えられない内容や技術が盛り込まれていて、当時では知るよしもなかった、地球が球体であること、アジア・アフリカ・アメリカ・南極大陸が描かれていたこと、そして最も面白い、“メガラニカ”っていう新大陸、そして過去に存在していたとされる“ムー大陸”らしいものが描かれていたんだよねぇ」

 

「過去に存在したかもしれない大陸のことだな。小説でも同じような題材を見たことがある」

 

「まあ、地球儀自体は、研究が進むにつれて、飛鳥時代じゃなくて、実際は江戸時代に作られたって説が濃厚らしいねぇ。でも制作者は不明だから、未だ謎は解明しきれてない代物だねぇ」

 

「制作者不明…か。だったら、本物のオーパーツの可能性があるってことか」

 

 

 “1つだけだと寂しいから、もうちょっと例を挙げていくかねぇ”、古家は楽しげに話しを続けていく。

 

 

「あたしから見た見事なオーパーツを紹介するねぇ……1つは1999年にドイツで発見された“ネブラ・ディスク”てのがあってねぇ…これは雨竜君なんかが興味を持ちそうな代物だねぇ」

 

「ネブラディスク…?名前の時点で雨竜が興味を持ちそうだな」

 

「人類最古の天文盤って言われてて、見た目は丸い緑色の板なんだけど、表面には太陽、月、星が描かれていたんだよねぇ。用途としては農業の種まきだとか、刈り入れの時期に判断に使われていたんだよねぇ」

 

「古代人には天気予報士はいなかったから…そういう道具を使っていたんだな…」

 

「まあ最初の方はねぇ?でも、最終的には祭祀として使われるようになったって話しなんだよねぇ。見た目も綺麗だから、神々しく感じたのかもしれないんだよねぇ」

 

 

 “他にもあるんだよねぇ”少し興奮したように古家は滑らかに舌を回していく。

 

 

「1926年にトルコで発見された“ピリ・レイスの地図”。その名の通り、ピリ・レイスさんが作った地図なんだよねぇ」

 

「地図か…しかし、地図くらいだった、それこそ星の数ほど残されてそうだがな…」

 

「この地図はねぇ…有名な航海士だったコロンブスさんが新大陸を発見してから10年後、1513年に作られていて、南北アメリカ大陸の形や、南極を思わせる大陸を不正確ながらも、示されていたんだよねぇ。ちなみに、南極大陸の地形がハッキリしたのは1956年のことだねぇ」

 

「だいぶ先の未来の発見をしていた、ということか。まるで予言者だな」

 

「その通りなんだよねぇ。どうして南北アメリカの形や未発見の南極大陸を知ることが出来たのかってかなり騒がれてたほどなんだよねぇ。特に後者。…騒いでた人の中には、ピリ・レイスさんは宇宙から観測して地図を作成したんじゃないか~って言われてたりするねぇ…」

 

「またぶっ飛んだ仮説だな」

 

「そこが、学問の面白いところでもあるんだよねぇ。…現在だと南極大陸は、南アメリカ大陸の海岸線を描いた物だったってのが通説らしいねぇ…」

 

「見間違いだったってことか?」

 

「それがそうでもないんだよねぇ………古い記述によると、紀元前150年頃には、地球の最南端に未知の国の存在が示されてたり、650年頃には南の海で浮氷を目撃したって伝説もあるから……南極大陸は地図作成時には既に知られていて、過去の資料や伝説を基にして作られたんじゃないかってことも言われてるねぇ」

 

「過去の記録からピリ・レイスさんは地図を作った、ということか」

 

「…そう考えると、紀元前にはもっとすんごい地図があったりするかもしれないねぇ」

 

 

 嬉しそうに、何かを思い浮かべるような表情をする古家。そしてすぐさま“最後に1つ”と人差し指を立て、コレを言いたかったと言わんばかりの頬骨を上げる。

 

 

「特に凄いものがあってねぇ…1901年にエーゲ海の沈没船で発見された“アンティキティラ島の機械”なんだよねぇ。これも天文関係の代物だねぇ」

 

「天文関係が結構あるんだな…」

 

「その機械は、今から約2100年前に作られていれ、古代ギリシャ人が、天体観測やオリンピックの時期を知るときに使われてたらしいねぇ」

 

「へぇ~、その時期からオリンピックがあったんだな」

 

「まあ儀式みたいなものだからねぇ……。機械は、最初発見された時の見た目が、すんごい腐食は進行ししてねぇ、ただ歯車みたいななのがついただけの石版にしか見えなかったんだけど……実際は四角い置時計みたいな形状で、表面には3500単語以上の長い文章が書かれていたんだよねぇ。とある学者に“古代ギリシャの文明が失われる直前、現代の技術に近い所まで発展していたようだ”と言わしめるほど精巧かつ情報に富んだ発掘物だったんだよねぇ」

 

「学者も舌を巻くほどの代物か…実物を見てみたい気がするな」

 

「…そんで、そのときついた別名が世界最古の“アナログコンピューター”なんだよねぇ」

 

「……そのときからコンピューターという技術があったのか。末恐ろしいな」

 

「あくまで、モノの例えだから、そんなに身構えなくても良いんだよねぇ…」

 

 

 “コンピューター”という単語にアレルギー反応のように身震いを起こしてしまった俺を、尽かさず古家が宥める。なんだか、段々と精密機械への恐怖心のようなものが増している気がする。

 

 

「…まあその機械についてだけど…最近の研究によれば、太陽と月の食や、食が発生した時の月の色とか、当日の天気なんかも予測できることがわかってるんだよねぇ」

 

「かなり万能な機械だったんだな。それを手元に置かれたらまともに扱える気がしないな…」

 

「それは多分万人がそんな気持ちだと思うねぇ……多分これが最もオーパーツとして、偉大…じゃなかった、不可思議な代物だとおもうねぇ………まああくまで…資料を見ての、言うなれば人伝の情報だから、あたしが断言するわけにはいかないんだよねぇ」

 

 

 話し終えた古家は、ふぅ、と一息。さすがにしゃべりすぎたのか、“あー、ちょっと喉が渇いたんだよねぇ”…と口を開ける。

 

 

「……それにしても、本当に豊富な知識だな」

 

「…小学生とか中学生の頃にそういう資料をしこたま読みあさってたからねぇ…そらでならこれくらい話せるんだよねぇ……おかげで碌な学生生活じゃ無かったけどねぇ…」

 

「…何か嫌なことでもあったのか?」

 

「ここからはプライバシーの問題だから黙秘させてもらうんだよねぇ……お話はここまでなんだよねぇ。でも…久しぶりにオカルティックな話しが出来てよかったんだよねぇ」

 

「何処かに行くのか?」

 

「…やることもなくなっちゃったし、部屋に帰って寝るんだよねぇ。まあ多分、鮫島君にたたき起こされることになると思うけどねぇ」

 

 

 一息から一転、ため息を吐き出す。やっぱり、古家は苦労人気質だな。前の裁判でも、人一倍疲れているように見えたし。

 

 

 俺は苦い顔をしながら、哀愁漂う古家の背中を見送った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア1:炊事場】

 

 

「……予想通り、かなり面白かったな」

 

 

 古家と別れてしばらく。昼下がりの太陽の下の炊事場で、俺は読書を嗜む。図書館から拝借したモノパン著の作品…その中でも『アルベルトゥスの城』が特に面白かった。冒頭の激しいカーチェイス、アルベルトゥス城への侵入、モノパンとの小さな少女との恋模様…どれも俺の感情を揺さぶるほどに、情緒的なドラマが詰め込まれていた。俺が読んできた中でも、間違いなく30本の指に入る名著だ。……あんまり凄い感じがしないな。ていうか俺何本指があるんだ。

 

 

「こ~~う~~へ~~い~~く~~~~ん!!!」

 

 

 俺が心の中で品評会を開いていると、背後に強い衝撃が走る。声と、その押しの強いキャラクター性から水無月とすぐに分かった。

 

 

「ひまだよーーひまだよーーー。何かしよーーーー」

 

 

 子犬のように強めのじゃれつきをかまし、さらに首に手を回してぐらぐらと俺を揺さぶる。以外にも力があるため、その震度かなりのものだ。正直ちょっと酔ってきた。

 

 

「ねー公平くーん。絶望的にやることがないからさ~、一緒に暇つぶししてよ~~」

 

「み、水無月…おち、落ち着け。まず、ゆ、ゆらすのを止めてくれ……」

 

 

 話しだけは聞いてくれたのか、水無月は首元から離れ、俺の正面に移動する……駄々は継続しており、“ね~ね~”と言いながらゴロゴロと机の上で身体を転がりだす。その様を見せつけられた俺は、何となく構って貰いたい猫を幻視する。多分嫌だと言っても無理矢理付き合わせられるのは明白であるため、読み終えた本を置き、何をして時間を潰そうかと思案する。

 

 

「そうだな……じゃあボードゲームでもしてみるか。確か、倉庫の中にいくつか種類があったよな」

 

「二人でやるってなると、人生ゲームとか?」

 

「2人でやるには空しくないか…?…チェスでも良いんだぞ?」

 

「ええー、チェスだと圧倒的すぎて面白み無いよ。うう~ん……そうだ!将棋やろ将棋!勿論、飛車角落ちね!」

 

「分かってはいたが…驚くほど手加減されてるな………」

 

「えぇ!じゃあハンデ無しにしとく?公平くん将棋初めてかと思ったから一応つけてみたんだけど…」

 

「からっきしってわけじゃない…姉さんと何度も対局したことはある」

 

「ちなみに戦績は?」

 

「76戦中……0勝76敗」

 

「…首元に噛みつけてもないね」

 

「いや……これでも姉さんの顔を引きつらせるぐらいには追い詰めたことはある」

 

「それ多分弱すぎて苦笑いしてただけだよ……とりあえず、角落ちにしておくね」

 

 

 言ってみて思ったが…確かに、よくよく考えてみれば、俺って明らかに弱いな。普通に正々堂々水無月と対局しても、勝てる兆しすら拝めないだろう。だけど、こういう勝負事に関して、水無月の発言には中々にトゲがあるな…。

 

 俺は提案の通り、倉庫から将棋盤と駒をワンセット持ち出し、机の上に置いていく。“それじゃあ並べていこっか!”と、ジャラジャラと音を立てながら、水無月と共に盤上へ駒を置いていく。全ての準備を整え終えた俺達は、互いにお辞儀をし、対局を開始する。先手は俺だ。

 

 それからしばらく、炊事場内にはパチ、パチ、と駒をたたき合う音だけが響く。

 

(……強すぎないか?)

 

 角落ちというハンデがあったはずなのに…それをモノともしない水無月の圧倒的戦略と棋力に、俺は次第に、そして確実に追い詰められていく。強い打ち手であれば、初心者に対し自然と手加減してしまうものだと思っていたが…水無月の場合はそんな油断は一切無く、たとえ相手が弱かろうが強かろうが、決して油断せず念入りに勝ちを目指す。そんなたゆまぬ意志がひしひしと伝わってくる。

 

 

「……なあ、水無月」

 

「ん~?何かな公平くん」

 

「1つ、気になったことがあるんだが……水無月ってどれ位、チェスが強いんだ?」

 

 

 不利な戦況にずぶずぶとはまっていく中、俺は徐に、世間話を1つ。…別に会話を促して水無月のミスを誘おうとか、そうゆう卑怯な考えは無く、ただ単純に気になったのだ。対局数だけは初心者に毛が生えた程度の俺でも、将棋がめちゃくちゃ強いとわかる水無月が……本業であるチェスならば、具体的にどれほど強いのか……。

 “どれくらいかー”と、何か考えるような間をおきつつ、またパチリと駒を進めていく。…ちなみに、今のはかるく致命的な一手である。

 

 

「チェスにはレーティングってのがあってぇ。その数値がカルタたちプレイヤーの実力を示してくれるんだよね。だから、そのレーティングの数値が高ければ高いほどチェスが強いってことになるんだ」

 

「じゃあその“レーティング”っていうのはどうすれば上がるんだ?」

 

「単純に勝てば良いんだよ。勝てば勝つほどレーティングは上昇していくの」

 

 

 俺は水無月の一言一言に耳を傾けながら、苦し紛れの一手を打っていく。

 

 

「具体的な強さをに値で示してくと……800~1200が初心者、1201~1700が中級者、1701~2000が上級者、2001~2300が超上級者、2301~2400がセミプロ、2401~2499がIM(インターナショナルマスター)、2500~がGM(グランドマスター)、2700~がSGM(スーパーグランドマスター)、2800~だと世界トップレベルってことになるんだ」

 

「ふむ…結構細かく分けられてるんだな」

 

「そう。で、そのレーティングを順位付けしたのがランキングって言って、世界の名だたるチェスプレイヤーが、しのぎを競い合ってるってわけ」

 

 

 口調はいつも通り軽いのだが…決して盤面から目を離さず、上から見下ろし続けながら、対局に集中する姿は、何となくシュールだ。会話をしているようで、会話をしていないような複雑な気持ちになる。

 

 

「…そういえば、日本の棋士にも、チェスが強い人が居たな…そういう人もランキングに載ってたりするのか?」

 

「あ~そうだね。日本で1番強い将棋の棋士さんもランキングに参加してるよ。動かせる駒の数も、ルールも違うのに、ものすんごく強かったっていんだから、すごいよね」

 

 

 “でもね…”少し声色を落しながら、自分の言葉に反していく。

 

 

「そんな強い人達を含めても、日本人だと世界ランクは最高で2400なんぼ、つまりIM(インターナショナルマスター)が限界で、世界規模で見てみてもランキング外なんだ。…まあ日系人まで範囲を広げると、ベスト10どころか1位になっている人も居るけど……」

 

「純粋な日本人は居ないってことか……でも」

 

「そう!この水無月カルタちゃんは日本人で初のベスト10プレイヤーなのです!最高で3位!」

 

「胸を張るに足る成績だな…」

 

 実際には胸は張っておらず、この会話の中でも水無月は盤面から目を話さず、瞳の中には駒の姿しか写っていないという体勢なのだが…。しかし、これだけの会話をしていながらも、そりゃあ将棋も強いよな……と1人苦々しく納得する。

 

 

そんな何気ない会話をしてからさらに数十分…

 

 

「うん!王手!!これで5連勝だね!ありがとうございました!!」

 

「ありがとうございました………くそ、すくう足下が一向に見えん…」

 

 

 またまた完勝しましたと、椅子の上に立ち、今度は正しく胸をはる水無月。それに対して俺は、机に顔を打ち付け、うなだれている。水無月との対局を繰り返していく内に、少しずつは上達している手応えは感じていたのだが、まったく勝てる気配すら見えてこない。

 途中から、最初に提案したとおり、飛車角落ちでやってみても、難なくねじ伏せられる。目の前にいる小柄な少女が空の彼方の存在であるということが改めて認識させられる。

 

 

「公平くんとやると面白いな~~本当に手に取るように考えが分かるもん……あれだねババ抜きでものすごく顔に出ちゃうような感じ」

 

「……そこまで表情豊かではないと思うんだが」

 

「…確かに乏しいっちゃ乏しいけど、よくよく見れば可愛らしく表情が微妙に変わっていたり、見るからに焦った雰囲気になったり…って、そんな小さな変化の積み重ねがわかりやすさに繋がってるんだよ」

 

 

 “要は真面目に嘘が下手なタイプってことだね”とハッキリと総評をされ、俺はさらにうなだれる。……自分のことは自分で客観視できないとは聞くが、知らない仲では無い水無月にここまで客観的に分析されるとは……無愛想ながらも顔に赤みを帯びるのが分かる。さらに両肘をつけながらニコニコと水無月は俺に微笑みかけることも重なって、なおさら恥ずかしさが増す。俺は、その気持ちを振り払うように、別の話題を口にする。

 

 

「それにしても水無月がここまで将棋が強いとは思わなかったよ…お前も棋士からチェスプレイヤーに転向したクチか?」

 

「そうだよ!!ふふふ~小学生の頃は将棋界でブイブイ言わせてたんだ~」

 

「……成程、道理で。将棋を始めたのも、興味本位でか?」

 

「近いね。パパが棋士だったから、憧れてやってみようってなって。知ってる?水無月 竹斗(みなづき たけと)っていうプロ棋士」

 

「……えっ…あの厳格を絵に描いたような人がお前の父親だったのか」

 

「そうだよ~。カルタの将棋の……師匠、なのかな?」

 

「ここまで言って疑問形なのか……だけどそう考えると、打ち方が微妙に似てる気がするな」

 

「…………そう思ってくれるの?」

 

「ハンディキャップをものともしない、手加減無しの攻守そろった打ち筋……テレビで見たのとよく似ていたよ…」

 

「ふーん、そっかー……」

 

 

 一応褒めたつもりだったのだが、いまいち反応が悪い。憧れの棋士に近づいているというのは……水無月的に嬉しくないことだったのだろうか?

 

 

「だけど、結局水無月は戦場をチェスに変えているんだよな……やっぱり竹斗さんもチェスをやってたから、その影響か?」

 

「ううん、パパは将棋一筋。チェスなんてまっぴら御免だっていう、根っからの将棋星人だよ」

 

「確かに、竹斗さんがチェスをやっている姿は想像できないな……てことは、水無月。お前のチェス技術って…」

 

「うん!独学だよ!」

 

「……」

 

 

 誰も師事せずに世界まで上り詰めたということか……予想以上に恐ろしい才能だな…。きっと俺の想像を超えた死に物狂いの努力と苦難があったのだろう。…いや、その死を何とも思わなかったからこそ、超高校級とも言える…のか?

 

 

「………でもどんなに頑張っても…お姉ちゃんには敵わないんだけどね」

 

 

 ぼそりと、今までの水無月からは考えられない暗い淀んだ、小さな声。それに反応した俺は、すぐさま水無月に目を向ける。

 彼女の瞳が目に入った。先ほどまでの盤面の駒が映り込むほどの輝きはそこには無く、何も写らない、深淵にまで沈みこんだ“何も無い”瞳…俺はその様子に異様な恐ろしさを覚える。水無月は俺の視線に気づかず、腰に携えられた、紫髪の子供人形を握る手に力がこめ震えていた。

 

 何か、何か言わなければ…

 

 何か言葉を吐かなければ、深淵に引き込まれそうな気がしたから。だけど、何故か固まったように口が動かない。

 

 

「さっ、夕ごはんの時間だね!今日はカルタと公平くんが当番だよ!前の反省を活かして、味の案配に気をつけながら作ろうね!」

 

 

 刹那の闇のようなナニかを見せつけられ、一瞬の葛藤を演じていた俺を気にも留めず、水無月は持ち前の明るさで声と瞳に光りが灯す。そのまま“張り切って行こーー!”とそそくさ食材を取りに行ってしまう。水無月の切り替えの速さに対応しきれなかった俺は、“あ、ああ”と、微妙な返事をしてしまったが、内心いつも通りの彼女に戻ってくれたようで俺は一息、ホッとする。だけど同時に、得体の知れない違和感を感じるようになった。

 

 

 今まで、安心感を得ていたはずの水無月の前向きさ、そして笑顔。

 

  

 今だけは、その明るさ全てを“作り物”のように感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

「“トラウマ”…ミナサマは、この言葉の語源を知っていますカ?」

 

 

「元々トラウマという言葉はギリシャ語で“傷”という意味があり、それ以外の意味はありませんでしタ」

 

 

「しかし1917年、とある精神医学者によって“トラウマ”に、『精神的な傷』という意味を付け加えられたのでス」

 

 

「語源を調べてみると何だか、この“トラウマ”という言葉の成り立ちこそが、心の傷が発生していく過程によく似ているように思えまス」

 

 

「元々はただの傷でしかなかったのに…深く深く傷は深まっていくうちに、やがてそれは心にまで及んでいき、“精神的な傷”として永劫に残ってしまウ……」

 

 

「今も昔も、その過程に差異は無イ」

 

 

「今この世界に存在し続けるキミタチも同じ…」

 

 

「だからこそ、少しずつ、少しずつ、ワタクシはキミタチの小さな傷は深くしていく…」

 

 

「何故そんな悪趣味なことをするのかっテ?」

 

 

「それは勿論……トラウマを刻み込むことこそが……ワタクシのやるべきことだからでス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り14人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計2人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 




どうもこんにちは。水鳥ばんちょです。めちゃめちゃ独自設定出てきました。でも、超高校級の生徒が減っているとかはアニメで明かされてる本設定です。




【コラム】

○希望ヶ峰学園入学時の学年

※ 希望ヶ峰学園は完全スカウト制(学年問わず)を取っているため、生徒の年齢はバラバラである


【3年)
沼野 浮草
雨竜 狂四郎
反町 素直


【2年)
折木 公平
鮫島 丈ノ介
古家 新坐ヱ門
落合 隼人
ニコラス・バーンシュタイン
水無月 カルタ
長門 凛音
贄波 司
朝衣 式



【1年)
小早川 梓葉
風切 柊子
陽炎坂 天翔



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Chapter2 -(非)日常編- 8日目

 

【エリア2:中央分岐点】

 

 

 朝食明けの午前10時。

 

 ミンミンと鳴き散らす蝉の声を背景に、3冊の本を手元に下げた俺はエリア2へ。目的地は昨日と同じ図書館だ。

 

 エリアが解放されたその日から、俺はあそこへ毎日通っていた。別段、雲居のように図書館そのものが好きになったというわけではない。推理小説といった本が多く蔵書された、この施設の図書館が好きなのだ。

 

 モノパンの静かな策略の1つなのだろうが……コロシアイの参考のため、施設には古今東西津々浦々全世界の小説が相当数取りそろえられている。さらに不思議なことに、そのラインナップに俺好みな物が多くあったため、飽きが来ず、結果的にこんな風に足繁く通う羽目になっているのだ。

 

 そう…表情に出さず…誰に対してでもない理由を並べながら…額に流れる汗を手で拭う。 

 

 

 相変わらず、エリア2特有の暑さは顕在で、額を流れる汗に止めどが無い。夏という季節をモチーフにしているのは分かるが、やはり…天井に映し出される太陽に肌を焼かれる感覚は、どうにも慣れない。この妙な蒸し暑さだけでも、もう少し控えめにしてくれないのだろうか。俺は呆れた目つきで、空を見上げる。そんな些細な反骨心を示しても、暑さに変わりは無かった。

 

 

 

 入口から歩いて数分…中央分岐点に差し掛かった直後、俺は気づいた。踏み固められた土の道ばたの道中で、道と道の間に設けられた畑(+水田)を熱心に見続ける姿があることに。

 

 膝を曲げて屈み、畑に植えられたカブなのか、土なのか……微動だにせず何かを見つめ続けるその姿。標識とか地蔵だとか言われてしまえば…正直な話、頷いてしまうかもしれない、そんな1人の生徒の姿が。

 

 

「…何やってるんだ?風切」

 

「…観察」

 

 

 膝に手を置きながら腰を曲げ、そう問いを投げてみる……されど視線をそらさず、泣きたくなるほど簡潔に一言。

 かなり素っ気態度ではあるが、惰性をむさぼることを好む彼女の性格を考えれば、平常運転だな、と納得できる。にしては、いつもより冷たいな…そんな感想が漏れる。

 

 

 …しかしながら、風切が背中の銃と昼寝以外に興味を持つのは珍しい。それくらいしか興味の矛先が思い浮かばないのは悲しい話なのだが…。

 

 

「気になるのか?」

 

「うん………」

 

 

 いつも以上に覇気の無い返答に、どう話を続けたものかと頭を軽く掻いてみる……。すると…風切は徐に、畑に指をさし、ゆったりとした動作で、もう片方に耕された畑へと指先を移していく。

 

 

「この3つの畑、2つの水田……一昨日、昨日、って見てきた。変なところがある……」

 

「変なところ?」

 

「…気のせいかもしれないけど……昨日と位置が違ってる気がする」

 

 

 風切の指先の軌跡に沿うように、俺は周辺を見回す。…そこで俺も気づく。確かに、昨日と畑と水田の“場所が移動している”…と。不思議な話ではあるが、事実昨日見た場所とズレていたのだ。

 

 

「例えば…昨日までまで温泉側に水田があったのに、今日だと図書館側に移動してる」

 

「完全に気にしてなかったが……言われてみれば、確かにな…ニコラスに伝えてみたらどうだ?気づいた事があったら報告して欲しいとかなんとか、言ってたしな」

 

「面倒くさい……それに自信無い」

 

「言うくらい簡単だろ…」

 

 

 ものぐさに小さくため息を漏らす風切に俺は眉を顰める。そして俺の言葉に対してなのか……風切は続けざまにため息を吐き、不機嫌なオーラを露わにする。

 

 

「……なあ風切。昨日から、何だか元気がないな」

 

「……………私はいつも通り」

 

 

 顔を向けずに、俺は正直に、心配の気持ちを口にしてみる……少し間を空けて…なんともないように風切は否定する。本人はそう言っているが、こんな風に話す前から…傾向のようなものはあった。口数もいつも以上に少なかったし、重心も安定せずふらふらしていた。元々元気溌剌なタイプでは無いが……どことなく無理をしているように見えた。

 

 それに――。

 

 

「反町が言ってたぞ。昨日の昼から居眠り無しで食べてた、絶対何かあるって」

 

「……不審がられる理由が不本意……」

 

「………………そうだな……考えてみれば」

 

 

 流石に理由が理由だったのか…いつものジト目の瞳がさらにふてぶてしくなる。だけどすぐに、“でも……素直には敵わない”と観念したように目を伏せる。

 

 

「………公平の言うとおり、昨日の朝から元気が出ない……」

 

「朝っていうと……報告会の時からか」

 

「うん……そう」

 

「…お前確か、畑の話しの時何かつぶやいてたよな…」

 

 

『…ったら、…きるかも』

 

 

「あのとき…何て言ってたんだ?もしかして…それが原因か?」

 

 

 俺のコトノハに、ゆっくりと頭を縦に振る。何かを言おうと口を開けるが……それでも、言い切ろうか言うまいか…言いあぐねる。その煮え切らない姿に、葛藤のようなものを感じる。

 

 

「……パイセンだったら…できるかもしれない…って言った」

 

「…先輩?」

 

 

 自信が無いのか、声の音量も落し、やっとことさと言い切る。それでも頭の疑問は拭えなかったので、壊れそうなものに触るように“…誰の事なんだ?”と柔らかな語気で聞いてみた。

 

 

「…私が中学生だった頃の先輩…だからパイセン……作物を育てるとか、環境を整えるのが凄くうまい。自然が大好きだった人」

 

「お前が目を向けてる…このカブとも関係あるのか?」

 

「分からない……でも、梓葉が“育てるのが難しい”が言ってたから」

 

「ああー、そういえばそんなことを報告会で言ってた気がするな…」

 

 

 さらに風切は、周りの林に目線を移していく。

 

 

「エリア1とか、2とかに生えてる周りの自然とか…全部人工林だけど、でも人工じゃ無いみたい…こういう風に植物を整えるの、パイセンは得意だった」

 

「…育てる才能に溢れてたってことか…?」

 

「厳密には少し違うけど……そう。成績とか、普通だったのに…木とか、花とか、池とか、自分で進んで綺麗にして学校の景観を向上させたりしてた」

 

「木とか作物だけじゃない、幅広い先輩だったんだな……もしかして、超高校級の生徒だったりするのか?」

 

 

 続けざまに聞く俺に風切は頷きで返す。その反応に俺は表情を驚愕へと変えた。

 

 

「……“超高校級の環境委員”として入学してた。私たちの代の一個上。活躍はローカルだったから、あんまり有名じゃ無いけど」

 

「その先輩が……この施設に関わっていたかもしれないってことか」

 

「もっと言えば……」

 

 

 ――その先を口にしたくないのか、膝を抱えて、俯く。少し、声が震えているようだった。

 

 

「……ふぅ……黒幕かもしれないってことか」

 

「……曖昧だから、断定したくないし、余計なことだって思うし……でも…この施設にあるものを細かく管理するのって、凄く難しいはずだから」

 

 

 あまり表情の変えたことの無い風切が、どこか悲しげに目を潤ませる。それに俺は。なんとも言えない表情で、返す言葉を考えた。だけど遮るように、すぐ“パイセンは…”とこぼす。

 

 

「変わり者だった」

 

「……超高校級の生徒らしいな」

 

「…神経質だったし、打たれ弱かったし、ヘラヘラしてたし、隈が酷いからっていつもサングラスしてたし、年中アロハシャツだったし」

 

「……み、見た目と中身でギャップのある先輩だったんだな…」

 

 

 隈くらいだったら、雲居みたいに堂々とさらけ出してみても良いものの。

 

 

「…でも、すごく、すごく優しい人だった」

 

 

 噛みしめるように、言い切る。今の小言をこぼしていた時とは別に、信じたいという気持ちが読み取れた。

 

 

「それに…射撃に出会えたのも……パイセンのおかげだった」

 

 

 背中に背負うライフルケースを撫でながら、懐かしむような目を銃へと向ける。

 

 

「中途半端な私のままで良い、そのままの自分を極めれば良い、それが誰にもバカにできない新しい道になる……って勇気づけてくれた」

 

 

 その言葉に恩義の心を感じた。下手な慰めじゃ無い、自分を救ってくれたコトダマだったいうように。俺はその言葉に確かな優しさを感じた。

 

 

 ――だけど、…“中途半端”って、どういうことだ?

 

 

「この学園に入学した理由も…パイセンにお礼言いたかったから。成長した私を見て欲しかったから」

 

「――本当に良い人だったんだな」

 

「だから…そんなパイセンがコロシアイなんて恐ろしいことを計画するとは思えない」

 

 

 不安と疑惑、悲哀と混乱…様々な感情を混ぜ合わせた表情の風切。俺はゆっくりと思案し、頭の中で、打ち出す言葉を並べる、そして――。

 

 

「なら――きっと違う」

 

 

 そう、言い放った。その返答が予想外だったのか、目を見開きながら風切は顔を上げる。

 

 

「お前が信じてる人なら、きっと信じられることができる人のはずだ……」

 

 

 俺は頭の中で、“家族”の姿を思い浮かべた。楽観的を絵に描いた、俺の悩みの種であり……憧れ。そして平和の象徴。俺が信じる人達。

 

 

「間違ったことが出来ないと思える人なら、きっとその通りだ……。お前の思うとおり、神経質で、そんな大それたことの出来ない、優しい人なんだろう…」

 

 

 

 ――考えるだけ、お前の自由だ

 

 

 そう、言葉を添えた。

 

 

「全く知らない他人の俺が言うのも、何だがな…」

 

 

 カッコのつかない、ぎこちない笑みを浮かべる。風切は、表情を変えず、畑の方へと顔を戻した。

 

 

「…………………そっか」

 

 

 短く反応を返し、短めのスカートを手でパンパンと払いながら、風切は立ち上がる。その声色から、どこか、吹っ切れたような、そんな印象を受けた。

 

 

「もう良いのか?」

 

「うん…ほんのちょっと、気分晴れたから部屋に戻る」

 

「昼寝か?…図書館とか、グラウンドでも良いんじゃ無いか?」

 

 

 

「む…別にどこかしこで休んでるわけじゃ無い…私なりに選別してる……図書館は雲居がうるさい。グラウンドは、あの2人がお稽古をしてるかもしれないから…」

 

 

 寝るのは否定しないのか……。そんな呆れた心持ちと同時に、少しの安心感が胸に宿る。

 

 それに…選別している、か…雲居についてはわかるとして……グラウンドの2人、というのは……ああ、反町と小早川か。アイツら今でも稽古続けてるんだな。

 

 合点がいったように頷きながら、立ち上がる風切の背中に目を向ける。

 

 すぐに入口の方へと歩いていこうとしたのだが、風切はすぐに立ち止まりに、此方へ猫のような黄色い瞳を向ける。

 

 

「それと公平……ありがと」

 

 

 にこりと風切はふわりと微笑む。初めて見たかもしれない彼女のそれ。女性に慣れていない俺からしてみれば、かなり強力なもので、少し、俺は赤面してしまい、バレないよう顔をそらす。

 

 気がつくと、微笑みを終えた彼女は、既にエリア2の入口へと向かうため此方に背を向けていた。俺は、“良かった”と誰に向けてでも無い小さな一言を漏らし、目的地である図書館へ再度、向かっていった。

 

 

 

 

 昼飯時の風切の話なのだが、いつも通り彼女は食事に顔を沈め寝息を立てていた。反町は、何となく安心したように、苦笑いを浮かべながら拳骨を振り下ろしていた。

 

 

 結局、殴られるのは変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア1:購買部】

 

 

 購買部のレジには、『モノモノマシーン』という機械が置いてある。見た目はガチャポンのそれで、機能についても、特筆するべき差は無い。

 

 機械の中には様々なカプセルが雑然と詰め込まれている、カプセルの中身については、逆光が酷く確認することはできない……が……これを利用したことのある鮫島などの話を聞くと、中々手に入らないようなものから…見たことのあるものまで、多種多様な品揃えらしい。まああくまで、出てきたものからの判断で有り、なにがはいっているのか、その全てを把握できていない。

 

 勿論、ガチャポンを回すためには、コインが必要である。1枚以上入れて、金属製の突起を回し、アイテムを手にする。これが一連の流れで有り、コインが尽きないかぎり、延々と行うことが出来る。

 

 そして、当のコインの供給については……時々地面に落ちてたり、本と本の間に挟まっていたり、部屋の引き出しに収まっていたり。これを態々モノパンが隠し続けていると考えると、ご苦労なことだな、と思ってしまう。

 

 

 話を戻すとしよう。つまり何が言いたいかというと、コインは様々な場面で出くわすことができるため、かなり貯まるのだ。既に俺の懐には30枚ほど収まっている。

 

 

 充分な懐事情、折角あるのだから消費してしまおう、多少の怖い物見たさ、様々な思惑が混じり合った結果、こうやって購買部に行ってみよう。そう頭の中で帰結したのである。

 

 そして現在、購買部レジ前。

 

 しかし、こんな風な考えを持っているは、何も俺だけでは無く…ココにいる生徒全員が一律的に考え得ることなのだ。回りくどくなく言い切ると、先客がいたのだ。

 

 

「んん?………おう折木、あんさんもこれで遊びにきたんか?」

 

「…鮫島か」

 

 

 ガチャガチャとライン作業のように回し続けながら、鮫島は俺へと意識を向ける。その慣れた手さばきからして、相当この機械で遊んでいることが分かる。

 

 

「コインが貯まってきたからな…消費しにきた」

 

「ほーんええやん。ウチも同じや、知らんうちにたんまりポケットに貯まってもうてるからな……かさばってしゃあないんよ……消費する身のもなってみろっちゅうは無しや……・ほんま困ったもんやで」

 

 

 そうは言っているが…ニヤニヤと緩んだ顔は抑えられていないみたいだ。商売人的な表現をするなら、嬉しい悲鳴、といったところか。

 

 

「にーしーてーもー。折木もとうとうガチャ童貞卒業みたいで、ウチも鼻が高い高いしとるわ」

 

「どこのどいつの立場で言ってるんだお前は。それに、別にガチャポンをやったことが無いわけじゃない……あまり良い当たりをした覚えは無いがな」

 

「ほんまか~?ええ文明やで~ガチャは。何が出るか分からん高揚感たるや、筆舌に尽くしがたきやで」

 

「…お前結構、ギャンブルに嵌まるタイプだろ…」

 

「…やってみいひん限りは……否定できへんな」

 

 

 真顔のままのおちゃらけた口調はいつも通り、微妙なボケを混ぜてくるのもお決まりだ。しかし時々素に戻るのだから、一体どっちが本心なのかいまいち掴めない。勿論、それもありきでのこんな交流の仕方なんだけどな。

 

 そうこうと他愛も無い会話を続けていると、鮫島は最後のコインをガチャポンに差し込み、カプセルを取り出す…すると“おっ”と、喜色を交えた声が上げる。

 

 

「おっ、懐かしの瓶牛乳やん。しかも北海道産!ええもんが手にはいったで~~うまいんや、これが」

 

「…生モノまで入ってるのか…鮮度は大丈夫か?」

 

「ドライアイスが中に入っとったみたいやな……まあこのままやと鮮度は落ちてく一方やから、部屋の冷蔵庫で冷やしといて、風呂上がりにきゅーっとやな」

 

 

 頬を緩ませながら瓶を手で転がし“それにしても懐かしいで~”と一言。

 

 

「北海道かぁ……子供ん頃、寒空の下で妹と仰山夢を語り合ったんを思い出すで~」

 

「えっ……お前関西出身じゃなかったのか?」

 

「何言うてん?ウチは生まれも育ちも北海道。きっすいの道産子やで?」

 

 

 お前は何を言っているんだという顔をされてしまった。……まあ確かに、鮫島の口から直接出身を聞いた覚えはないから、俺の勝手な想像だったわけだけども。にしても、そんな口調なのだから、関西出身と思ってしまっても仕方ないような気もする。

 

 

「…だったら、なんでそんな口調?」

 

「好きやから、あと笑ろうてくれはるからやで」

 

 

 手をポケットに入れながら、あっけらかんとしたように言い切る。正直な話、そんなに皆笑っているような気はしないが…。むしろうさんくさくて、評判は良くないような…。

 

 

「まあ、この話は置いといてや…ウチはこれで素寒貧やから、折木にタッチ。あんさんの順番やで」

 

「……さっきのことを踏まえてみると、その口調に違和感が出てくるな」

 

「これでも毎日練習してんやけどなー。積み重ねは中々実らんもんやで……まあ出身の話はもうええやん。ウチの下手の横好きっちゅうことでこの話はおしまいやから。ほら折木も回してみ回してみ」

 

 

 納得感の持てない話の切りであった。言ってしまえば変に濁された感じはする。…俺は小さく息を漏らし、言われるがまま、コインをモノモノマシーンにセットして、手をかけ、回していく。

 

 

「これは……『あんパン』?」

 

「ハズレやな。ウチがなんべんも当たってもうてるもんや」

 

「次は、雑誌か…?『月刊オカルティックシューブーン -ver.2010-』」

 

「古家が好きそうなタイトルやな。後で渡してみたらどうや?」

 

「ああ、そうしてみるか……ん?今度は、ブローチか…先っぽが錨になってる」

 

「…それは長門あたりが首にかけてそうやな。プレゼントとしては中々ええんやない?」

 

 

 1つ1つ、丁寧に反応しながら、コインをモノモノマシーンに入れ続け、次々とカプセルを出していく。先ほどのあんパンといったものからシャープペンシルのような普通のモノ。風見鶏、聖書、“絆”と刻印された指輪といった変わり種のモノまで…本当に豊富な種類、多方面に好みが分かれそうな品々が出てくる。

 

 

「おっ、その飛行機の模型活かすやん。ええな~、ウチそれ当たったためしないねん」

 

「……欲しいならやるよ」

 

「ほんまか?サンキューやで~」

 

 

 時々物欲しそうに眺める鮫島に、アイテムを押しつけたりして…回していく…そしてとうとう最後の1枚になってしまった。それをセットし、今までよりゆっくりと回していく……すると出てきたのは“ドリルのようなものがついたブレスレット”であった。

 

 

「それは……!」

 

「鮫島…?これが何かわかるのか?」

 

「……御託は抜きや、折木。それ、自分の首にかけてみぃ」

 

 

 促すように、鮫島は俺の首を指さす。何となく、不信感が増してしまったが……早く掛けろという妙な圧を感じたので……俺はだまされたと思って、ブレスレットを首にかけた。

 

 

「………っ!!!」

 

 

 …瞬間、俺の中で押さえつけられたナニかが解き放たれた。とても扇情的で芸術的。決して認められないことであるはずなのに、どうしてもやってしまいたいような……そんな感覚が全身に走る。

 

 

「折木…ようこそ、男の世界へ」

 

 

 肩に手を置かれる。鮫島を見ると、その首には、俺と同じブレスレットがかけられていた。つまりヤツも、俺と同じ感覚を共有していることになる。

 

 

「今この瞬間から、ウチらは盟友や」

 

 

 俺はその差し出された手を拒まず、それどころか固く強く、結び合った。子供の頃からの親友のように、大会で出会ってしまったライバルのように。

 

 

 そんな得体の知れない友情を感じる中……たった一つ、心の“しこり”が残っていることに気づく。とある友人に放ってしまった一言に対し、とてつもない申し訳なさが心を蝕んでいくのがわかった。

 

 

 率直な表現をするなら、そう…“謝罪の気持ち”。

 

 

「沼野は…今温泉の脱衣所におる…まだ間に合うで」

 

 

 その気持ちを読み取ったのかのように、目の前にいる鮫島は、悔やむように眉を顰める俺へ告げる。“行ってこい”言葉を交わさずとも、俺には分かった。俺はその目に頷き、購買部を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア2:温泉】

 

 

 

 

「沼野!!俺が間違っていた!!」

 

 

 ガタンと、勢いよく男湯の引き戸を開け大きく声を張り上げる。脱衣所のテーブルに広げられた地図の前に立つ、甚平を着た糸目の男に向けて。

 

 

「…俺には、お前のしようとしていることに、何にも理解できていなかった。…だけど、今分かった!!」

 

 

 間違っているのは俺では無く彼らの方であり、理解しなくて良いことなのだが…このドリルを首に掛けた途端、その気持ちは反転してしまった。いま沼野達が計画することこそ、俺達にとっての“ロマン”であると。

 

 

「俺を……!仲間に入れてくれ……!」

 

 

 某海賊団の狙撃手のように、俺は邪なる魂の叫びを口にする。そしてその言葉が聞こえたのか、沼野は振り向く。その表情には、否定も、隔絶も、疎外の色は見当たらず…むしろ穏やかな凪の心が見られた。

 

 

「……なあに。折木殿は何も間違ってはござらん。拙者らが今やろうとしているのは、唾棄すべき間違いだらけの催し…しかし。そんな間違いだらけの物の中で“ただ1つ”間違っていないことがあるでござる」

 

 

 にやり、と。俺へと微笑みを向ける。

 

 

「拙者らが“同志”であること……それだけでござる」

 

 

 その首元には、俺達と同じロマンが輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――アイテムの名は『男のロマンドリル』

 

 

 ――――その名の通り、男の夢が詰まった“ロマン”である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア2:温泉】

 

 

「同志達よ…準備はできているでござるか?」

 

 

 円陣を組み、相互の顔を見合い、うなずき合う。まるで戦場に行く前のつわもののように。

 

 …一応勘違いをしないように言っておく。こんな風に、表情こそ真剣にしているが、俺達やろうとしていることは、バカ丸出しの“のぞき”である。のぞきにここまで気合いを入れるのは、世界広しといえど、俺達しかいないだろう。いったいどう道を踏み外したらこうなるのか…。

 

 

「ああ。勿論だ」

 

「なに当たり前のこときいとんねん」

 

「もう腹は決まってるんだよねぇ」

 

「既に今生の別れも済ませているぞぉ」

 

「今ココで交わされるのは、絆の再確認。あると思っても、いつかは無くなっているかもしれないからね。だけど僕は言うよ、杞憂だとね」

 

 

 ちなみにメンバーについてだが、リーダーである沼野を筆頭に、俺、鮫島、古家、雨竜、落合。ニコラス以外の男性陣である。憐れニコラス。

 そして首元には全員共通の飾りがかけてある。ドリルの排出率は思いのほか高いらしい。嬉しくない朗報である。

 

 

「まず全体的な計画を話すでござる」

 

 

 円陣を解いた俺達は、沼野に注目する。沼野はホワイトボードを持ち出し、紙を広げる。そこには恐ろしき大きな字で書かれた簡素なタイムスケジュールであった。だってやることが、集合して、のぞくことだけなのだから、そんな大したことは書かれているわけが無い。

 

 

「まず拙者らの行動の軸を説明するでござる。夕食後の午後7時、我がクラスの女子全員が温泉を訪れる予定になっているでござる」

 

「…本当か?ダミーの可能性は」

 

「これは耳の良い落合殿が隠れて女子達の話しを盗み聞きして入手したため、信頼できる情報でござる」

 

「……ジャラララン」

 

 

 そういえば曲がりなりにも吟遊詩人…音楽家だったな。時々、コイツの才能忘れるんだよな。失礼な話だが。

 

 

「そして、拙者らの行動についてでござるが……勿論夕食後、午後7時、この温泉に集合するでござる……しかし、“ギリギリ”に」

 

「ギリギリ…だとぉ?」

 

 

 意味深に言葉を付け足す沼野に、顎を撫でながら雨竜は反復する。

 

 

「下手に急いで温泉に集合した場合…女子達が不審がる可能性があるでござる。想像してみるでござる、7時直前になって、急に男子の姿が見えなくなった場面を…」

 

「成程…」

 

「確かに、絶対裏があるって思っちゃうんだよねぇ」

 

「そのまま入浴を断念してまうかもなぁ」

 

 

 沼野の意図に、全員が納得するようにうなずく。こういういざという時になると、妙に頼りになる沼野。多分希望ヶ峰入学前のアルバイト時代も同じ感じだったんだろうな。

 

 

「故に、ココに集まるのは、女子達がこの施設に入りきった後……それまではお互い、何も考えていない風に日常を過ごすこと……良いでござるな?」

 

「うん、勿論だよ」

 

「…了解したぁ」

 

「分かったんだよねぇ」

 

「委細承知やで」

 

「…ああ」

 

 

 取るに足らない大したことのない決まりではある。しかしそれは重要な事で、俺達全員も共通の見解のなのか、返事にも真剣さが滲んでいる。

 

 

「そして、問題ののぞきの際でござるが…わらの壁に、顔をくっつけて楽しむでござる」

 

「何ともみっともない光景だなぁ」

 

「皆まで言うなでござる…雨竜殿……そしてのぞきをする場所についててござるが、既に壁にマーキングを施しているでござる」

 

「周到すぎるくらいだな。少し気持ち悪いぞ」

 

「ふっ…褒め言葉でござる」

 

 

 コイツ、できる…!まるで百戦錬磨の猛者のように、のぞきに対して、並々ならぬ執着と、情熱をもっている。ドリルがなかろうと、こんなバカげたことを敢行していたかもしれない、そんな気概を感じる。こういう大人にだけはならないでおきたい。

 

 

「では皆の者……お気をつけて」

 

 

 沼野の言葉で会議は締めくくられる。俺達は細心の注意を払い、バラバラのタイミングで、温泉を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【エリア2:温泉】

 

 

 時刻はPM7:00を回る。作戦実行の時が来た。

 

 

「時間…でござるな。女子達は全員温泉に入りきったのは、拙者が確認済みでござる」

 

「こっちも…誰にも勘ぐられず、そして気づかれずに、ここに集まれたんだよねぇ…」

 

「決戦の時かぁ…!フフフフ、心が躍るぞぉ…!」

 

 

 共通してアホ丸出しの楽しみを抱えながら、俺達は脱衣所を抜け、温泉へと足を踏み入れた。わらの壁の向こう側では、女子達の話し声が聞こえる。

 

 

『うわー、風切さん本当に肌がお黒いんですね。てっきり日焼けかと思ったのですが…』

 

『……生まれつき。それにそんなに黒くない』

 

『薄い、茶色って、感じだ、ね?』

 

 

「この先に桃源郷があるんだよねぇ…ゴクリ」

 

「踏み入れると命は無いがなぁ…遠くから観測するのが吉というもの…フフフ、ワタシの独壇場ではないかぁ」

 

「此方からはあまり声は出さない方が良いでござる……気配を殺さねば、遠くから眺めることすら出来ぬ」

 

 

 “ではでは、いざ…”と俺達は一斉にわらの壁に手をつき…目を押しつけていく。端から見れば、何ともむさ苦しい光景である。

 

 

『あずはちゃーん!!!あーそーぼっ!!!』

 

『きゃあああああ!!何するんですか!!!!そんな風に掴まないで下さい!!』

 

『うむむむむこれは暴力的な大きさですなぁ…まるで大玉すいかだよ』

 

『水無月!!あんまり小早川を困らせるんじゃないよ!うーん……それにしても……本当にでかいね。どう鍛えたらそうなるさね』

 

『これは胸筋じゃありませんよ!鍛えても大きくはなりません!!ただ、その……脳に栄養が行き渡らなかっただけで……ブツブツ』

 

 

 湯煙が燻る先では、俺達男子勢が知ることすらあたわない魅力的なやりとりが行われている。俺達はそんな未知の世界を夢見て、血走らせた目をこらし続ける。

 

 

『くっ…ここにいる連中スタイル良すぎですよ……本当に高校生ですか?出るゲーム間違ってないですか?私を見習うですよ…』

 

『…蛍を見習ったら世界の平均身長が下がる』

 

『これが私の世界では常識的な大きさなんですよ。この身長でどれだけ苦労したか……』

 

『あとさ~贄波さんとか~、あの身長でこれだけとか~ルール違反だよね~~』

 

『いっぱい、食べれ、ば、おっきくなる、よ?』

 

『その発言に信用性を持ったことは、人生で一度も無いですよ。一昨日くるです』

 

『司は…そもそもウエスト細すぎ。本当にちゃんと食べてる?』

 

 

 

「ううむ…モヤモヤが酷くて…良く、見えないでござる。拙者の忍の眼を持ってしても謎の煙を突破することを出来ないというのでござるか…」

 

「あと少し視線を伸ばせば、届くはずなのにねぇぇ…」

 

「何でや…ウチの普段の行いが悪いんか?妹ののぞきもしてこんかったウチやで?」

 

「普通家族をのぞくことは考えないと思うけどねぇ…」

 

 

 その光景を現在進行形でのぞこうとしている愚かな盟友達は、どうやら立ちこめるモヤに邪魔をされてるみたいで、小声でその不満をぼやき出す。

 しかし俺は運良く湯煙の隙間から全員の姿を捉えられており…沼野達のように苦心はしていない。しかし、女子全員は、テレビのタレントのように身体にタオルを巻き込み、全てを見切ることは出来ていなかった。まあ、それはそれで眼福ではあるが。

 

 

「…良いな」

 

「ああ…良いなぁ」

 

 

 どうやら雨竜も同じように見えているらしい。流石は観測者。そして落合は……わらを背にして空を見上げ始めてるので、よく分からない。コイツは一体何しに来たんだ?いや、本来こういう態度が正しいハズなのだが。

 

 

「くっそ…折木ぃ……!ちょい頼むわ…場所交換してくれや…。見えにくくてしゃあないんや」

 

「あたしも、あたしもなんだよねぇ。雨竜君、場所変わって欲しいんだよねぇ…」

 

「何を言っておるのだぁ…!そこは貴様が選択せしテリトリーであろう…責任をもつのだぁ……!」

 

 

 横を向くと鮫島と古家が懇願するように、俺達に手を合わせる。ふむ……まあ、俺は充分楽しんだから、交換しても良いのだが……足音でバレないだろうか?

 

 

「み、皆の者。少し大人しくするでござる。バレたら全てが終わるでござる」

 

「見えるもんも見えんかったらそれこそ終焉やで…バレる前に見る…!それに尽きるで」

 

「コマーシャルが如く快活に言い切るでない…!ワタシに選択を見誤らせるなよ…!」

 

「鮫島殿…!雨竜殿…!ここでコンバットするのはあまりにも愚策でござる…!鮫島殿の言い分にも一理あるでござるが……一秒でも長くこの幸福の堪能するためお互い矛を収めるでござる……良いでござるか?のぞきというのはコツが要るのでござる…そう、このように…ゆっくり腰を据えて、目をじっとりとこらして…………あれ?」

 

 

 諍いを始める予兆を見た沼野は、すぐさま仲裁に入る。そして俺達にポイントを説明するよう、人差し指を立て、わらの壁に目をビッチリと押しつける。だけど…何か違和感があったのか、首を傾げる、声を漏らす。

 

 

「何か黒い影で……見えなくなってしまったんでござるが…?えっ――――――」

 

 

 

 

 ジャゴォッ!!!

 

 

 

 

 強烈な破壊音が目の前で響く。わなわなと震える拳が、わらの壁を貫き、目の前で伸びていたのだ。そしてそこに居たはずの沼野は、顔に拳の後を作り、白目をむいて気絶していた。相当な衝撃だったためか、ピクピクと痙攣している。

 

 

「――――アンタら…祈りも無しに天国に行けると思わないことだねえ……」

 

 

 地獄から出張してきた閻魔が如く、怒気を限界まで孕ませたような声が俺達の鼓膜をゆらす。気づくと、俺の足は小刻みに震えていた。同じく、その瞬間を目の当たりにした他の同志達も、震えにとらわれていた。あの落合ですらも…表情には出ていないが、足が微妙にぶれている。

 

 

「そ、反町…」

 

「あかん、これはあかんで…退散や!!退散!!」

 

「くっ、やむを得んか…沼野、すまぬ…」

 

「脱出するんだよねぇ!!」

 

 

 俺達は鮫島の号令に反射して、出入り口へとドタドタと走る抜ける。逃げる後方からは、遅れてキャーっ!!と誰かの悲鳴が上がっていた。今になって、罪悪感がでてきた。だけどもう、後戻りは出来ない。

 

 気絶した沼野を置いていき、俺を含めた生き残り5人は、温泉の脱出に成功する。中央分岐点へと俺達は走りながら、今後の方針を決めていく。

 

 

「どうするのだぁ!このままでは八つ裂きにされるぞぉ!!」

 

「八つ裂きですめばええんやけどなぁ…部屋で遺書くらい書いとけば良かったわ」

 

「諦めるの早すぎるんだよねぇ!!とにかく逃げるのが先決なんだよねぇ!!!」

 

 

 古家の言うとおり、こうやって話している今でも後ろから死刑執行人…いや反町はシスターだから、神が遣わした刺客と表現した方が良いか…とにかくそれくらいヤバいヤツが差し迫っているのだ。

 

 

「いや、ウチに良い考えがあるで…」

 

 

 俺達が焦燥感にとらわれている中、嫌なほど冷静に、俺達へと向け、続けていく。

 

 

「まず、誰か1人怒るの反町のデコイ……もとい囮を決める。そんで、残ったメンバーはエリア1に戻り、森の中に潜む……どや?」

 

「ううむ……囮作戦かぁ……この状況でどこに逃げるにしても、反町の身体能力からして全員まとめてお縄になるのは必至……仕方あるまいかぁ」

 

「少しでも時間を稼げば、見つかりにくくなるんだよねぇ!」

 

「犠牲、か……気は進まないけどね」

 

 

 そこは素直に謝った方が良いのではないかと思うだろうが…残念ながら、俺達は罪の意識を度外視で、逃げることを優先してしまっている。謝罪という名の降伏は、今の俺達の辞書には存在していない。それくらい混乱を極めていたのだ。

 

 

「やあ!!姿が見当たらないから、どこに行っているのかと思ったけどキミタチ…こんな夕暮れ時に何をやっているのかな?ボクかい!ボクは丁度…」

 

 

 そんな碌でもない目的を共有してしまった俺達の目の前に、唯一仲間はずれにしてしまったニコラスが、整った顔のスマイルをひっさげ、登場する。

 

 

「ふん!!」

 

「オオンっ………」

 

 

 しかし鮫島によってそのイケメンフェイスは殴り飛ばされた。そしてニコラスは気絶した。

 

 

「おいぃ…鮫島ぁ……」

 

「はっしまった。イケメンを見るとつい殴ってまう癖がでてもうた!」

 

「そんな限定的な癖どう育ったら付くんだよねぇ!!」

 

「鮫島、罪を重ねすぎだ!!!それよりも、その作戦を採用したとして、誰が囮になるん…………っ!!!」

 

 

 囮作戦の重要な部分、つまり生け贄の部分に触れようと思った矢先…俺の足を誰かが引っかける。地面に這いつくばってしまった俺は、予想だにしない表情のまま顔を上げる。

 

 

「犠牲は儚きもの……しかし時にはこういう気持ちも大事にして良いと思うんだ」

 

「お、落合いいいいいいいい!!!!」

 

 

 まさかの落合がなんの表情も変えず、俺の足を払い、地面へと沈めたのだ。いや、俺何か悪いことしたか!?さっきしてたけども!!

 

 

「ううん…申し訳ないけど…囮は任せたんだよねぇ…」

 

「骨は拾っといたるで!!」

 

「後は頼んだぞぉぉぉぉ…………!」

 

 

 地面に両膝をついた俺を残し、盟友達は姿を消していく。そんな信じられない事実を目の当たりにしてしまった俺は呆気にとられてしまう

 

 

「よお折木。道のど真ん中で座って待つとは…中々殊勝な心がけじゃないか…えぇ?」

 

 

 そして、ゴキゴキと背後で骨をならす音、そして身体を覆うような複数の人影に気づく。ぷるぷるとハムスターのように震え、俺はゆっくりと後ろを振り向く。そこには、こめかみに筋を浮かべる反町だけではなく、小早川や贄波など、女子全員の顔が揃いぶみだった。

 

 

「あ…あ……」

 

「折木ぃ…まさかアンタまで加担してるとわねえ…覚悟はできてるんだろうね…」

 

「おうおう、公平くんも隅に置けませんなぁ…ぷぷぷ。若々しいおじいちゃんですなぁ……あっ、同い年か」

 

「折木さん…酷いです……これじゃあお嫁にいけません…うう」

 

「…天誅」

 

「それだけで済ませるんですか?生ぬるいですよ……即刻拷問にかけるです。私そういうの伝記で読んだことあるので詳しいです」

 

「言い訳はあるのかな~?」

 

「……が、…いや」

 

 

 目の前に立ち並ぶ絶望を前に、言葉にならない声が漏れ出す。ただ呆然と口を開けている俺の肩に、贄波の手が置かれる。

 

 

「観念しよう、ね?」

 

「……はい」

 

 

 

 俺は作戦通り、人柱として捕まった。トカゲの尻尾切りということわざを、身をもって体験するという、情けない結末であった。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 後日談を少し話すと、俺と沼野以外にも雨竜や落合も捕らえられた。そして約5時間に及ぶ懺悔の時間が執行され、未来永劫のぞきをしない、そう誓いを立たせられた。

 そのときには既に、ロマンドリルによるランナーズハイが消えていたため、酷い罪悪感も加わっており、文字通り地獄の様な時間であった。…結局逃げおおせたのは古家と鮫島のみであった。

 

 

 

 …まあでも、その5時間後、森で爆睡している鮫島と古家が発見されるという呆気ない終わりもあったんだけどな。勿論、2人も殴られた。鮫島はニコラスにも殴られた。

 

 

 以上、後日談終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

「人の欲というものは、止めどないモノであり、尚且つ複雑でス」

 

 

「あれが欲しい、これがやりたい、それを見たい、壊したい、乗りたい……存在する動詞の数だけ、欲望には種類があり、人の数だけ量があります」

 

 

「…ここまで数があると、むしろ何が無いのか気になっちゃいますよネ?」

 

 

「しかし、時には何もいらないと無欲なことを口走る輩も存在しまス。ですが、そういう人ほど、心の奥底で渇望しているのでス」

 

 

「“欲しくなることが欲しい”…とね」

 

 

「そしてそれは。知らず知らずのうちに溜まっていき、欲望を持つ人への“嫉妬”にその姿を変質させていきまス」

 

 

「やがてそれは、時と共に……心の闇の一部となっていくのでス」

 

 

「本人のあずかり知らぬ、心の中でネ…」

 

 

「くぷぷぷぷプ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り14人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計2人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 

 




どうもこんにちは。水鳥ばんちょです。
完全にボケて書いていたので、キャラが若干崩壊していたと思いますが、ご容赦下さい。

感想、お待ちしています。


↓ここからコラム


○喜ぶプレゼント(とりあえず3つずつ)

※全て適当に考えた代物です


折木 公平…『幸福の実』『レターセット』『古びた推理小説』

陽炎坂 天翔…『バキバキプロテイン』『晴れ男Tシャツ』『思いおもり』

鮫島 丈ノ介…『大笑い袋』『飛行機プラモデル』『雪の標本』

沼野 浮草…『口寄せ蛙』『抹茶ぁん』『アルバイト忍伝』

古家 新坐ヱ門…『月刊オカルティックシューブーン -ver.2010-』『怨霊写真』『曰く付きツタンカーメン』

雨竜 狂四郎…『最新式テレスコープ』『人をダメにした寝袋』『錆びたメス』

落合 隼人…『とある切り株』『使い切りキャンプセット』『風の向くまま鶏』

ニコラス・バーンシュタイン…『今昔探偵物語』『ストラディバリウス』『賢者の石碑』



水無月 カルタ…『ガラスのチェス盤』『忘れて草』『ドールハウス』

小早川 梓葉…『この世に一つだけの花』『生け生け鋏』『護身術の書』

雲居 蛍…『後ろ向きな除湿機』『セガノビール(ノンアルコール)』『どこかの図書カード』

反町 素直…『簡易版聖典』『釘バット』『サンドバッグちゃん』

風切 柊子…『マシュマロ枕』『自然音プレイヤー(ヘッドフォン付き)』『プラスチック弾』

長門 凛音…『錨ブローチ』『竹竿』『水底ポスター』

朝衣 式…『エターナルペンシル』『壊れたボイスレコーダー』『超メモ帳』

贄波 司…『絆指輪』『現実が見えないアイマスク』『満たされキャンディー』


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Chapter2 -(非)日常編- 9日目

【エリア1:折木公平の部屋】

 

 

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今日は少し、天気の良くない日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 貫くような朝のチャイムに現実へと引き戻された俺は…ふと、そう感じた。

 

 

 ベッドから立ち上がり…寝ぼけ頭に水をかけ、身なりを整え、ドアを開き…そしてすぐ、空を見た。

 

 

 思った通り、空は灰色の雲に厚く覆われていた。

 

 今にも降り出してきそうなほど、怪しい天気だった。

 

 

 

 同時に思った。――“最初の殺人”が行われた日も、同じように天気が悪かった、…と。

 

 

 

 

 そのときは雨も降っていた。陽炎坂が殺人を犯し、クロとなったあの日も……ゴゥゴゥと音を立て、風と共に雨が吹き荒れていた。

 

 

 

 

 

 だからこそ…今日という1日に、言い様もない不安が頭の中心を渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア1:炊事場】

 

 

「おはよう…」

 

「おっはよー公平くん!加えてもう一度、元気な声で!!おっはよおおおおおおお!!!!」

 

「朝から騒々しいぞ水無月ぃ!ワタシの頭をベータ崩壊させるつもりかぁ!!」

 

「アンタの方がうるさいし!!意味分かんないんだよ!!」

 

 

 コーンと、水無月へと怒りを向ける雨竜の頭を反町のフライパンがとらえた。かなりの背の差がありながら、見事に後頭部をクリーンヒットさせていた。何とも痛そうであり、実際雨竜は頭を抑えて呻いている。恨むなら水無月を恨めよ、雨竜。

 

 

 ――まあこんな感じで…炊事場に来て早々…、そんなコントのような光景が俺を迎えた。間抜けながらも微笑ましい、見慣れた茶番劇。

 

 

 ――だけど…その姿を見ても、渦巻く嫌な予感は拭えない。むしろ……ここに来たことで、その不安感は増しているような気さえした。

 

 

 

「それにしても…朝から優れない天気ですね……何だか、胸が詰まるような、嫌な息苦しさを感じてしまいます」

 

「わかるな~。息が出来ないって怖いよね~。潜りすぎたときとか~特にね~」

 

「私の話したい焦点と…明らかにズレている様な気がします…」

 

「……降りそうで降らない。こんな煮え切らない天気は特に嫌いでござる……曇るなら、雨なり、槍なり、何かしら降ってくるべきでござる」

 

「この心は人だからこそ持てる感情だ…消し去ることのできない、永遠の足かせ。そして僕は、その人としての淀みさえも、詞として紡ぐのさ」

 

 

 心なしか、他の皆も俺と同じような面持ちのようで、背筋を伸ばしきれないような気持ち悪さを吐露していく。…その複雑な雰囲気が、ますます俺の心を縛り上げていく。

 

 

 “今、皆は何を考えているのだろう?”

 

 

 まだ何も起きてすらいないのに……ふとそう考えてしまったのは、学級裁判があった日に、嫌という程体感してきた疑心暗鬼の探り合いを思い出してしまったから。気が狂ってしまいそうな、命をかけた疑いあいを思い出してしまったから。

 

 想像以上に、あの日の出来事は強く、深く、脳裏に刻みつけられているのかもしれない。情けなく涙を流して、全てを洗い落としたつもりだったが…だけど、刻み込まれたトラウマの延長線上に俺はまだ立ち尽くしているのかもしれない。自然と…顔の険しさは増していった。

 

 

「やややや?公平くんちょっとまぶたが重そうだね…昨日は何かお楽しみなことでもあったのかな~?」

 

「睡眠を取り切れていないように焦点の合わない瞳…そして、筋肉痛と思わしき痛みに耐え続ける膝………何かがあったのは間違いない……その何かを、具体的に示唆するなら――」

 

「素直ちゃんとの猛省会!!」

 

「「推理は繋がった!」」

 

「…お前らどこでそのコンビネーション鍛えた…」

 

 

 ビシッと人差し指を立て、シンメトリーになるようポーズを決めた二人組。腹の立つくらい、息の合ったシメである。唯一欠点を挙げるとするなら……その身長差から分かるとおり、ものすごく凹凸が目立っているという点だけ。

 

 そして2人の確信を得た表情……というよりも既に答えを分かった上で、そんな顔をして、俺をイジってきているのだろう……。

 コイツらが口にしていた猛省会もとい、“反町流のお祈り”にコイツらも立ち会っていたからな……揺さぶるネタを得たと不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

 俺は、悔やむように昨晩の出来事を思い出す。

 

 

 欲望の赴くまま行動した結果、因果応報と言わんばかりに女子全員から罰を受けた…地獄のような黒歴史。その所為で、昨晩は床につく時間が遅くなり、果てには足は筋肉痛という後遺症が発生した。

 まあ、自業自得なのは変わりないのではあるが……俺以外の反省を促された連中はケロッとしてるのに、俺と雨竜だけ妙に身体を怠くしていることが、納得できない。顔には出さないが…心の中でそう愚痴る。

 

 

 話を戻して…昨夜の悪夢のような出来事を引き合いに出され、何も言い返せない俺は……はぁ、と息をつく。見たところだが…女子全員、特に尾を引いている様子が無い事が、幸運であった…。本当に申し訳ない気持ちがいっぱいである。

 

 

 ――しかし考えてみると……この疲弊した身体こそが、今朝から不安を募らせ、取り憑かれたように俺を神経質にさせている原因なのではないか?人は疲れが溜まりすぎていると、下向きな思考へと偏っていくものだ…。現に今の俺は、自分自身で自覚できるほど、絶賛不調気味である。

 

 

 “そうだ、きっと少し疲れているだけだ” 

 

 

 水無月とニコラスの言葉から、そんな言い訳じみた答えへと思い至る。いや、至ってしまった。

 

 疑いを今すぐにでも捨てたかった俺は、抱えていた疑惑の心に無理矢理終止符をうち、何事もないように、向き合わないように…“今日は何も起こったりしない”…心で何度も念じながら、席へとついてく。

 

 

 

 ――しかし

 

 

 

「はぁーい!!キミタチ、お久しぶりでース!!!元気にしていましたカ?元気にしていましたよネ?ワタクシは勿論!誰よりも楽しんで従事していましたとモ…まあ誰かに従っていたわけではないんですけどネ~~!!強いて言うならワタクシ自身に従事していたと言えますネ!!」

 

 

 ――唐突に、その不穏な予感が目の前に姿を現した。

 

 

 耳をガンガンと打ち鳴らす、役者のように響く声。久しぶりも何も、毎日嫌という程突き合わせた、聞き飽きるほどの声…。その見た目も、声もけたたましい存在へ、驚かないながらも、お決まりのように表情を歪ませる。

 

 

「出たぁ!!なんかデジャブ!!」

 

「相変わらず何も無いところから出るの好きだねぇ……」

 

「同じようなことを繰り返しよって……おじいも言うっとったで、天丼のやりすぎは芸が無いって」

 

「いいえー前より早めに登場しましたヨ?お食事の最中だと怒られてしまったので…今度は天丼が出てくる前にやって来てみましタ~!どうですカ?どうですカ?気遣うワタクシ、紳士ですよネ?反省を活かしているワタクシ、天才ですよネ?」

 

「食べ物の方の天丼じゃなくて…登場の仕方そのものを鮫島君は言ってた気がするんだけどねぇ……」

 

「せめて食卓の上から登場するのは…勘弁して欲しいのですが……少々お行儀が良くないというか…紳士様なら最低限の“まなー”を身につけて欲しいな、とか…」

 

「見苦しいねモノパン。紳士とは他人に同意を求める物では無く……自分自身に問いかけ、そして磨き上げていくモノなのさ。あまり軽んじた態度でそこら辺を歩き回って貰っては、我々の品位が疑われる」

 

「…もう紳士が概念と化してるさね」

 

 

 ニコラス達から口々に非難されながらも…“ええ?何て言いましたか?”と、耳鼻科を薦めたくなるような難聴で挑発してくるモノパン。腰を曲げてニヤニヤとのぞき込んでくるその姿が、腹立たしさをさらに助長させていく。

 

 

 そんな苛立たしさを累乗させるような態度の連続に…俺は既視感を覚えた。具体的には二度ほど…経験したことがある動作だと、考えついてしまった。

 

 

 一度目は初日、コロシアイを言い渡された日。そして、2度目は――最初の動機が発表された日。俺はほんの一瞬、しまい込んでいた不安が、再び顔を出してきている事を感じた。

 

 

「今まで大人しくしかったから、そのまま永遠に眠りについてるものと思ってたですけど……あんたは細々と店の従業員しながら、社会に貢献してる姿がお似合いなんですよ…シャバに出てくるなです」

 

「……自分の古巣に戻って私たちに幸福を享受させて」

 

「むむむ…色々と好き放題言われていますシ、堂々とワタクシに家事を丸投げ宣言するとは……規則を破らなければ手を出せないことを良いことに、ベタベタに舐め切っていますネ」

 

 

 モノパンはあきれ果てたと言わんばかりに、どこから何処までなのか分からない首を振る。その一挙一動、一言一句にさえ、俺は不安を募らせ、胸の内で倍々に広がっていく。 

 

 

 「しかし…今までキミタチが享受してきたのは、いわゆる偽りの安寧。この程度の脆さ100%の平和など…一瞬で絶望へとひっくり返せる。俗に言う、赤子の手をひねるようなものでス。そしてその反転する瞬間こそ…絶望というのはより映えル。想像するだけでゾクゾクしますヨ………今日ワタクシの手によって、その絶望をより最大限に、いやむしろ限界点を突破させる程、逆転させてしまうのですかラ!」

 

 

 顔の険しさが、さらにこわばっていくのを感じた。俺だけじゃ無い、他の皆も、それぞれの反応が目に見えた。俺のように顔を引き締める者や、怯える者、無表情を貫く者…その変化は様々であった。

 

 だけど共通して、不穏な空気を感じ取っていることは、顔を見なくとも理解することができた。

 

 

「そう!!!待っていましタ、持ってきましタ、動機発表のお時間で~~~ス!!!ヒューパフパフ!!盛り上がってきましたワ~!!」

 

 

 当たって欲しいとは、微塵たりとも思っていなかった。だけど、朝から感じていた不安は、的中してしまった。

 

 動機発表――最初の事件のきっかけとなってしまった、悲劇の始まり。

 

 

「あれあれ?なんでそんなに怖ーいお顔を為さっているのですカ?楽しい、楽しい動機発表のお時間だというのに……ノリが悪いですねぇ…もっと嬉しさにむせび泣けば宜しいの二…」

 

「貴様の物差しで我々を測るなぁ!!何が楽しくて、そのような発表に喜ばなければならんのだぁ!!」

 

「もう、二度、と…あんな、事件、繰り返したり、しな、い!」

 

「…でも、結局脱出するためには…この中の“誰か”を殺さなければならないんでス……そのためのマーダーライセンス…“それだったら殺して仕方ないなぁ”なんて言える理由を持てる大事な機会なんでス……肩の力を抜いて、ふわっとした気持ちで聞いて……そしてぇ、レッツコロシアイ!!」

 

 

 命の重さを軽視しきった一言一句に、俺達は怯えにも似た感情を共有する。しかし、そんな中で“はっ!!”と空気を変えるような、誰かの勇ましい声を張り上がった。

 

 

「…ばっちこいやで。出すもんだして、さっさと出て行けや。ウチらに出来ることは、動機を手に取っても、ノータッチのままお空を眺めるだけや」

 

「写真とか、データとか、物理的品物なんて見ずに捨てるだけで良いんですからね。コロシアイを起こそうと嗜好を凝らしても無意味なんですよ」

 

「用意した動機程度で揺らぐような覚悟は決まってないさね!」

 

「ええ!ええ!負けたりしません!!屈したりしません!!全力で抗って見せますとも!!」

 

「そうなんだよねぇ!!ぜ、ぜ、全然、怖くなんてないんだよねぇ…ふぅーふぅー」

 

「古家く~ん、それは警戒のしすぎだよ~、落ち着いて~」

 

 

 俺達は果敢にモノパンへと食ってかかった。ほぼ全員からの声に、コロシアイを繰り返さないという意志、そして頼もしさを感じる。

 しかしそんな俺達の反応に、モノパンは“えぇ?”と首を傾げた。

 

 

「えっ?何で動機は手の取れるようなものとか、て決めつけちゃっているんですカ?今回は全然、そんな“物”では無いんですよ…?」

 

「それは……どういうことだい?キミ」

 

「意味が分からないんだよねぇ!!」

 

 

 予想外の反応に、俺達の間に動揺が走った。“物じゃない…何か”不気味なその言葉。そしてギザギザに歯を生えそろえた口から、次に何が飛び出してくるのか……待ち受けるだけでも、心の安定がぐらぐらと崩れかけ、今にも押しつぶされそうになる。

 

 

 

「今回の動機は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ――この施設からの『強制退去』となりまス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “えっ?”と漏れるの、誰かの声が聞こえた。

 

 少なくとも俺ではない、そんな声も出せないほど、驚きで固まってしまっていたから。目を開き、口を開けて呆けている事に気づかないほど、硬直していたから。

 

 それでもモノパンは、周りで起きている状況などお構いなしに言葉を続けていく。

 

 

「購買部の店員、施設の清掃員、畑の草むしり、その他諸々……頑張れど頑張れど、ワタクシの毎日はツマラナイまま変わらない。ワタクシの影ながらの努力にも全く感謝の気持ちも示されない……果てには、当たり前のようにそれを求められ、甘い蜜を運ぶように強制される……」

 

 

 “疲れました、疲れ果ててしまいました”モノパンはうんざりとしたように、大きく息を吐き、その心中を口にしていく。対して、未だ混乱の渦中を抜け出せずにいる俺は、立ち尽くし、モノパンの口にする『強制退去』の言葉を頭の中で反響させ、意味を理解するため躍起になっていた。

 

 

「もう何もかもどうでも良くなってしまったので、キミタチにはこの施設を出て行ってもらいまス。そして二度とこの施設の敷居を跨がないで下さイ」

 

 

 断固とした意志を持って、モノパンは宣言した。“この施設から出て行け”…と。不穏な空気で彩られた俺達は、困惑へと色を変え、先ほどとは別の意味でモノパンに食いかかる。

 

 

「そ、それのどこが動機ですか!あんたの気分で出て行けとか……いや、嬉しいのは嬉しいですけど、正直意味分かんないですよ!!」

 

「ボク達にコロシアイをさせ、そして絶望させることこそがキミの本懐だったはず……だのに、そのボクらをここから閉め出そうとする矛盾した暴挙……どういった心境の変化があったんだい?」

 

「ええ~べぇつに~、ただもうやる気も何もかもどっかに無くしてしまったので、いっそもうゼロにして、イチからやり直そうかな~みたいな気持ちになっただけですヨ?他意なんて有りはしませン」

 

「ふっ……誤魔化さなくても結構だよ。下手に言い繕わなくても…キミの頭の中は、ボク達をコロシアイさせる構想、策略で溢れかえってる…お見通しなのだよ。…さぁ、真実を話してみたらどうだい?」

 

「そちらこそ、ヘタな勘ぐりこそが真実を霞ませているのに…何故気づかないんですカ?ミスターニコラス。そうやってワタクシの全てを知ったかぶって……それはあくまで“つもり”なだけで、知り得た訳では無いんですヨ。まったく探偵という輩は、ただ謎を追究するだけで、人、いやパンダの心を理解しようともしないデ……本当に非人道的人種でス。余計なことは考えず、黙ってここから出て行けば良いものノ…」

 

「で、でも…いきなり、そんなこと言われてもねぇ」

 

「全然受け止めきれないよ~、頭ぐちゃぐちゃで、何をしたら良いのか分かんないよ~」

 

 

 モノパンは揺るがない意志を持って、“強制退去”の四文字を俺達に押しつける。上手く言葉にできずに狼狽える俺達や、言葉で真意を探ろうとするニコラスに向けて、さらにモノパンは面倒くさそうに、ため息を漏らし、続けた。

 

 

「退去時間は明日の朝7時。朝のチャイムと同時に、広場へと集合してくださイ。時間厳守ですので、間違っても寝坊なんて協調性の欠片も無いことは為さらないでくださいネ?」

 

「7時……って、あと23時間しか無いではないかぁ!!」

 

「本がたったの23冊しか読めないじゃないですか!短すぎです!」

 

「…睡眠時間が無い。もう一声欲しい」

 

「それだけ猶予を与えているのに、文句の上駄々までこねてくるとは呆れ果てて物も言えませんネ………もし寝坊した場合は、寝たまんま、荷物も持たせず、強制的に外に放り出しまス。ワタクシの提示した時間は絶対……曲げることは一切無い…そう心に刻み込んでおいて下さイ」

 

 

 忠告する鋭く尖った爪のような物を見せつけ、怒りを向ける。その気迫は、最初にコロシアイを提示してきたとき、俺を見せしめにした時と同じレベルの…本気のものであった。

 

 

「まあでも…ワタクシの“疲れが吹き飛ぶようなこと”が起きてしまえば……意志を曲げることもやぶさかでは無いですけどネ?モノパンの心は乙女のように繊細なのです」

 

 

 “それでは…さよーならー”意味深な言葉を残し、モノパンはまた何処かへと消え去ってしまった。――いつもと何処か違う…。本当に肩の力が抜けるような空気で、モノパンが去ったあととは思えない…奇妙な感覚だけを残し…事態は幕を降ろした。

 

 

「な、なあ。これって…喜んでええんか?……はじもへったくれも無く、よっしゃあああああ!!!って叫んでもええんか?」

 

「…良いんじゃないかな?モノパンも本気っぽいし」

 

「じゃあお言葉に甘えて………よっしゃあああああ!!!帰れるでぇ!!!」

 

「この監禁生活とおさらばできるんだよねぇ!!オカルト漬けの引きこもり生活に戻れるんだよねぇ!!」

 

「…有り続けるにしても、過ぎ去るにしても…箱の中。どちらにしても、生命息吹く風が吹きすさぶ生活は、どうやら君には訪れることは無いみたいだね…それもまた絵画の如き人の有り様なのかな」

 

「お家に!お家に帰れますよ!!反町さん!」

 

 

 モノパンからの動機…いや勧告が言い渡されて数秒…歓喜の声が上がり始めた。さらには、言葉だけで無く、ハイタッチをしたり、拳を合わせ合ったり…緊張の糸でがんじがらめにされていたのが嘘のように、身体全てを使って、家に帰れること、みんなはここから出られることへの喜びを表わしていた。

 

 

「あ、ああそうだね。……何だか手放しに喜べきれない気がするけど」

 

「うむむむ…拙者としても、。鮫島殿達のように、嬉々としてもいいのでござるが…そうしてはいけないような…何とも微妙な心持ちでござる。もしやこれが…!恋のジレンマ…!」

 

「多分、違う、かな?でも、怖いのは、同じだと思、う…」

 

「“疲れが吹き飛ぶようなこと”…か、随分とまあ大層な不発弾を置いていったくれたものだよ。今回の動機…やはり裏があるとしか思えないね」

 

 

 対して――どういうことだ?と未だ疑いを深める声も、勿論あった。実際のところ、俺は心境はこの中に分類される。未だ、声も上げられず、突っ立ったままだが。

 

 

「寝溜めをする時間と、銃の手入れをする時間を合わせれば…計20時間以上……いける?」

 

「帰れると決まれば…この施設でしか読めない本を読み切らないといけないですね……図書委員の本領を発揮するときがきたですね」

 

「やばいよ~、やり残してることいっぱいあるような気がするけど~~、無駄な時間の過ごし方しか思いつかないよ~」

 

「朝が早いとなると……夜の観測を少し軽めに…いや、観測者という物がありながら…それをおろそかにするなど言語道断……はっ!いっそ徹夜をすれば間に合うのでは!?……・くくくく、やはりワタシは天才らしいなぁ…」

 

 

 喜びとかそんなものも通り越して、既に時間の使い方を検討し始めるマイペースな生徒もまた、存在していた。俺からすれば、羨ましいくらいにのんきだな、と……皮肉では無く…むしろ清々しいくらいに前向きだな…そう思った。

 

 

 そんな風に、周りが続々と現状を把握していく中…未だ呆けたままの俺。されど一秒ごとに、ここから出られるんだ、ウチに帰れるんだ…という気持ちが姿を露わしていく。鮫島達のように、じわじわと喜びに近い感情がこみ上げてくる。落ち着く意味を込めて一度息を吸い、吐きだし、そして空を見上げてみた。

 

 

 

 不思議と空は青く、晴れ上がっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“親睦会”?」

 

 

 舞台は変わらず炊事場にて。

 

  モノパンからの“強制退去”という名の動機が告げられてすぐ………俺はそんな提案を沼野達から持ちかけられた。いきなりの事であった故に、思わずオウム返しをしてしまった。

 

 

「左様…明日の7時にはココを出てしまうのでござろう?最後くらい、みなと寄り添い思い出話や、これからの話をタネに、花を咲かせてみようではないか…と思ったのでござる」

 

「…これからのこと…か」

 

「はい!ここを出ても、皆さん、とてもお忙しい身のようですしと…集まれる機会が絶対あるとは限りません………だからここで、親睦をより深めあい、もう一度集まれるためのきっかけになると思いまして!」

 

 小早川達の熱のこもる誘いを受けた俺は、少し考え込む。

 

 確かに、今までも体育祭とか、天体観測とか、昨日のアレとか…それなりに交流を深める機会はあったが…プライベートな身の上話を言い合う機会ってのは…意外なことに少ない。食事時も、仲の良い人と話すくらいで、未だに交流が乏しい人も居るくらいだしな…。

 

 

 …そう考えると、悪くないかもしれない。

 

 

「……これで最後かもしれないんだしな」

 

 

 どうせ、ここを出る前にやることと言っても、部屋の掃除とか、読み残し本を読んでしまうくらいだし……皆、どういうふうにこれから過ごすのかも気になるし。

 

 

「そうだな…俺も参加するよ」

 

 

 俺はそう了承した。そしてすぐに、手を引かれるようにして小早川達と、皆の集まるテーブルへ向かった。

 

 

「折木殿を入れて……うん、これで全員でござるな」

 

「全員が綺麗に参加するとは考えてなかったけど……案外、少なめだねぇ…」

 

「雲居さんは、『ここでしか読めない本を全部読んでくるです』って意気込んで行ってしまいましたし……」

 

「ニコラスや水無月、それに反町も気づいたら、どこかに行ってもうてたしなぁ」

 

「皆それぞれ、後腐れ無くここを立ち去りたいのでござるよ。ぶっちゃけた話をすると、拙者も会が終われば、荷物をまとめるつもりでござるからな」

 

 

 見たところ、単独行動の多いニコラスや風切、雲居、雨竜…そして珍しいことに、水無月と反町もこの場にはいなかった。こういう催しには積極的に参加するタイプだと思っていたが…今回は気分じゃ無かったのだろうか?

 

 

 ――それなのに

 

 

「お前も参加するとは……あのドリルみたいなイレギュラーも身につけてないのに…珍しいことが続くな」

 

「昨日と今日、過去と現在…混じり合うこともあれば反発し合うこともままあるもの……。なぁに、時には…肩にでも止まって、調を聞き合うのもまた一興、そう思っただけさ」

 

 

 “小鳥のようにね?”そう言いながら、ギターを引き出す。…何を考えているのか、相変わらず読めないが……………とにかく、落合もこの親睦会に参加する、と見て良さそうだ。

 

 

 俺を最後に、全員が席に着く……しかし、切り出しを決めていなかったのか…数秒、沈黙が走った。何となく、合コンの始まりのような、何となくこっぱずかしい出だしである。合コンなんて行ったこともないけど…。

 すると、言い出しっぺの1人である沼野が、この空気感に慌てたのか“いや~”と、気恥ずかしそうな表情で話し始めた。

 

 

「それにしても、拙者ら本当にこの施設から脱出できるのでござるよな?夢ではござらんよな?」

 

「はい…この監禁生活が、とうとう終わるんですよ!……そう思うと何だかとってもドキドキしてしまいます。はぁ…やっと師匠の下に戻ることが出来ます」

 

「わたし、も、友達のところ、に、顔出せそ、う」

 

「青く深い海が私を待ってくれてるよ~、早くものすごい高いところからでも抱きしめてくれるあの海が~」

 

「あたし的には…高すぎると抱きしめるよりは、拒否されてる感触な気がするんだけどねぇ……」

 

「ウチも妹に――」

 

「あーはいはい。会えるのでござるよな?分かっていたでござるが、さすがに聞き飽きたでござるー」

 

「えー、ええやん。そういうんは何回言うても幸せなんやから…まああれや。何回噛んでも飽きがこうへんガムちゃんみたいなもんやな」

 

「人が含んだガムを噛まされる身にもなって欲しいけどねぇ…味気無いったらありゃしないんだよねぇ…」

 

「…ジャラララン」

 

 

 

 お互い帰りを待つ人が居るのか…胸に手を当てたり、腕組みをしたり、それぞれ浸るように思い浮かべている。俺も、その話題の中で久しぶりに家族の顔を見たい、そんな気分になってしまった。

 

 

「でもあれやな。まさかあのモノパンがあーんなふてくされとるとは思ってもみなかったで。コロシアイと雑用しか生きがいが無さそうやったのに…ネチネチクレームつけて、地道にやる気を削いどった甲斐があったわ」

 

「やってることは人として最低なクレーム野郎だけどねぇ!でもあいつにならしょうが無いんだよねぇ!!」

 

「拙者も、ヤツの出てくる所々にまきびしやら、トラップやらを仕掛けておいたでござるからな……恐らくそれも効いたのやも…」

 

「そうか…あの鉄の棘は君が撒いたものだっただね……ありがとう、久しぶりに痛みが身体を走ったよ…これもまた、人生だね」

 

「別の被害者が誕生しちゃってるんだよねぇ…」

 

「(俺もトラップに引っかかったことがあるとは言わない方が良いか…)」

 

「しかし、そうやってモノパンの心に針を刺し続け、結果、折ることができたんです!これは快挙というほかありません!」

 

「そうだね~、努力が実ったって感じだね~」

 

 

 鮫島の言葉を火種に、さっきまでの光景を思い出した俺達は、繰り返すように喜びを語り出す。その度合いは計り知れず……その声色と表情、全てに嬉しさがにじみ出ている。

 それほどまでに俺達は、このコロシアイというデスゲームが終わることに歓喜していた。やりたくも無い殺しを、しかも仲間内でやれという、一種の拷問のような災厄が、ようやく終わりを告げるのだ。その気持ちもよく分かるし、主催者であるモノパンへのこの態度も納得がいく。

 

 

「…だけど、いざこの施設を後にするってなると、案外寂しくなる物だな」

 

「既に十日近く…経っていますからね……どこか愛着のような物も湧いてしまうのも無理はありません」

 

「良い感じに順応して来ちゃったしねぇ~、ちょっと名残惜しいところはあるよ~」

 

「ははは、確かに。森の中、ログハウスで過ごす毎日……コロシアイを除けば、悪くなかったでござるからな」

 

「せやなぁ…もう何年も住んでるんちゃうかってくらいやったし……住めば都っちゅう諺を直に体験した気分やで」

 

「でも……明日の今頃には、本物の青空の下に居るんだよねぇ……あんまり言わない方が良いのかもしれないけど……ここに、朝衣さん達が居たら…もっと手放し喜べたんだけどねぇ」

 

「側に、居てくれた、ら…て思うと、ね」

 

「時すでに遅しやな……起こってもうたもんは、仕方あらへん。非情な話やけど、今は目の前の歓喜に震えるのが先決や…無くなった物よりも残っているのものを数えようや」

 

「…そう簡単に割り切れませんが……そうするしかないんですかね?」

 

「大丈夫さ…あの日、この場所で、僕が弔いのレクイエムを弾いたんだ……きっと笑って見守ってくれているさ……安心しなよ、僕の調は例え地獄の底に居たとしても、届くと評判だからね」

 

「……それって…誰からのレビューなのかねぇ…まさか亡者からじゃないよねぇ?」

 

「……ジャラララン」

 

「答えないのが余計に怖いよ~」

 

 

 先ほどの喜びから打って変わり、何となく感慨深げな表情へ、俺達は変えていった。やりたくもないこのデスゲームの中で、すで一度、殺人が起きてしまっていることを思い出しから。…その中で犠牲となってしまった朝衣と陽炎坂の事を思い出したから。

 …俺はふと、何となく目をつぶってみる。もしも、2人が居てくれたら…そう考えてしまい、少し寂しい気持ちになる。

 

 そんな中、沼野は、少し納得できないような思案顔で“しかし”と言葉を発する。

 

 

「ここを出るにしても…解決してないこともあるでござるよな?あの、開いていない扉の存在。ほら、“3”とか“4”と書かれてた。あれは結局何だったんでござろうか?」

 

「確かに~、帰るんだからそういうもったいぶってるところも~、全部見せて欲しいよね~」

 

「この施設がどういうものだったのかもねぇ……まあ、これは外に出ればなんとなーく分かりそうな気がするけどねぇ」

 

「俺達がどうして…ここにつれてこられたのかも教えて欲しい所だな…」

 

「あ…そうでしたね。帰れることに夢中になって、気にすることを忘れていました……だったら!今すぐにでも聞いてみましょう!!きっと快く答えてくれそうな――!」

 

「一旦、落ち着、こ?それに、十中八、九、答えてくれない、と思う」

 

 

 沼野達の言うとおり…まだこの施設には残っている謎は数多くある。その全てを調べるまもなく…俺達は強制退去を言い渡された。心残りがあるとすれば…その大量にちりばめられた謎くらいだ。

 

 そんな首をひねるような話題を展開していると、“なははは!”とあっらかんとした笑い声が広がる。

 

 

「そんなありえへん事気にせんと…ココから出られたら、ええことわんさかで、ウチらはウハウハなんやから、考える必要無しやで~」

 

「それもそうですね!!やっぱり難しいことを考えすぎると、パンクしちゃいますからね!!実際ボカンって爆発したことありますし!」

 

「……それもそうでござるなぁ!ぬはははっははははははは!!!!」

 

「急に騒がしくなってきたよ~」

 

「ええぇ…いまの話って結構ゆゆしき話だと思うけどねぇ…」

 

「まあええやないか…古家、長門。頭悩ませる話より未来の話をしようや…それこそココを出たら何するかや。ぶっちゃけこっちが本題やし……ウチは“遊覧飛行”やな。久しぶりお空でブイブイエンジンを吹かしたいって、腕がうなってるで」

 

「空中は高速道路じゃ無いんだよねぇ……もっと安全運転を心がけて欲しいねぇ、機長?」

 

「ふふふふ甘いでござるな鮫島殿……拙者はただ自分の欲求を満たすだけでは無く…古巣である時代村に、ここにいる生徒全員を団体でご招待するでござる…拙者の口利きであれば貸し切りにだってできるでござる!」

 

「あっ!面白そうですね!私そういう“はいから”なテーマパークに一度行ってみたかったんです!しかも貸し切りなんて!」

 

「同級生になったのも何かの縁……きっと良い思い出として、心に残るはずでござる」

 

「………不味いんだよねぇ、あたしは論文を何とかしないと、としか言えないんだよねぇ……呪うべきは我が身なんだよねぇ…」

 

「も~、現実的な話はやめようよ~~」

 

 

 ハハハハ……。古家の言葉を茶化したり、そして鮫島や沼野をイジったり…いつも通りのような扱いではあるが…自然と笑いが漏れ出す。皆の表情も比例するように、明るくなっていくのがわかった。

 

 

「折木、くん…」

 

「ん?なんだ贄波?お前も何かやりたいことでもあるのか?」

 

「うううん………ただ、何か、楽しい、ね?って思っ、て…」

 

 

 緩やかな笑みを浮かべた贄波はそういった。その表情に俺も顔をほころばせ、“そうだな…”と同意した。やっぱり、報告会の延長線のような話よりも、こうやって楽しい話がやっぱり良い…なんて言ったって親睦会なんだ。これ位、和やかにならなければ。

 

 

「…ああそうだね。とても甘美な時間だ、これこそが僕の求める、青春だったのかもしれないね」

 

「……落合も。ココを出るときにでも。曲の一つを聞かせてくれよ?結局一度も聞いてなかったしな」

 

 

 何か答えを得たような落合に、良いタイミングかと心残りになっていた願いを1つ。対して、ジャララン…と落合は弦をひと撫で。……イエスかノーかはハッキリしないが…多分了承…と見て良いのだろうか?顔はそんなに変わっていないので、少々不安ではあるが…。俺は苦笑する。

 

 

 

 

 ――誰かが始めたこのささやかな親睦会は、時間の流れを忘れるほど続いていった

 

 

 

 

 ――気づいたときには日は既に傾いてしまっていたほどに

 

 

 

 

 ――それほどまでに、心地よい時間であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア1:折木公平の部屋】

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『えー、ミナサマ!施設内放送でス!…午前10時となりましタ。ただいまより“夜時間”させて頂きまス。まもなく、倉庫、購買部への出入りが禁止となりますので……速やかにお立ち退き下さイ。それではミナサマ、良い夢を……お休みなさいまセ』

 

 

 

 この施設を後にするまで、残り9時間を切った。

 

 

 

 ジワジワと迫る約束の時間。まとめる荷物など持っていなかった俺は、部屋の掃除をしていた。短い間ではあったが、世話になった部屋だ。せめて綺麗にして帰るのが、筋と俺は思ったからだ。

 

 潔癖というほどでは無いが、比較的きれい好きであった俺は、…備え付けの箒を使って、部屋の隅から丁寧に掃いていく。トイレだったり、シャワールームだったり、出来るところは全部綺麗にしてみた。

 

 

 ――そんな風にして、一通りの掃除を終えてしばらく

 

 

 ――俺は何故か、眠りにつくことができていなかった。

 

 

 明日のことも有るのか、何だか妙に緊張してしまい…中々寝付くことができなかった。シャワーを浴びたり、ストレッチをしたり、そんな風に普段ではやらないリラックス法を施行してみたが…やっぱり眠れなかった。

 

 多分あれだ、旅行前日に布団に潜る子供の気分だ。…今回の場合、逆に家に帰るわけなんだが。恐らく楽しみの度合いを見れば、此方の方が上だ。だからこそ、明日の興奮を抑えきれず、眠ることが出来ていないのかもしれない。

 

 壁に掛けられた時計を見てみる…時刻は11時30分を回っていた。こんな時間になっても、やっぱり眠れない。俺自身も驚いてしまうほど…眠気が湧かない。何故だろうか…昼寝もした覚えは無いのに、妙な緊張感でまぶたを閉じきることができない。

 

 

 俺は諦めたように大きくため息を吐き“…多分、これはもう無理だな”、そんな時期尚早な考えに至る。そして、“雨竜みたいに徹夜で本でも読んでみようかしら”…何となくそう開き直ってしまう。

 

 

 ――図書館は確か、夜時間以降も開いてるんだったよな。

 

 

 とっさの思いつきに従うことにした俺は、即断即決の心持ちで、懐中電灯を手に、深夜の散歩に繰り出した。

 

 

 

 ――ココで読む最後の本になるかもしれない

 

 

 

 子供のようなワクワクとした気持ちを携え、エリア2へとやって来た俺は――

 

 

 

 

 

 ――すぐに

 

 

 

 ――絶望にも似た表情へと、顔を変化させてしまった

 

 

 

  ――だって目の前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――“人が倒れていたのだから”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:中央分岐点】

 

 

 

 氷を落としたかのよう寒気が背筋に走った。

 

 

 さっきまでの高揚感など嘘みたいに、俺は倒れる人のそばへ駆け寄る。そしてその“小さな身体”を抱え起こした。

 

 

「大丈夫か!!!おい!!!!」

 

 

 “返事をしてくれ…”切に願うように、耳を割るような言葉をかける。何も無いとタカをくくっていたばかりに、準備などしていなかった心が握りつぶされそうになる。

 

 

「……うう。うるさいですよ……けが人の耳の前で、ガンガン叫ぶもんじゃないですよ」

 

 

 握った懐中電灯で照らされた人間は…まぶしそうに眼を細め、目を覚ました。目の前で倒れていたのは“雲居”であった。彼女は心底不機嫌そうに、俺へと悪態を垂らす。あくまで自分のペースで愚痴る彼女を見て、俺は安堵した。

 

 

「はぁ…だけど無事でよかった。雲居…ほら、ハンカチだ」

 

 

 どこかを怪我しているのでは無いかと考えた俺は…常備していた簡素なハンカチを雲居へ差し出す。“どこをどうみたら無事に見えるですか……”とぼやきながらも、ハンカチを受け取り、後頭部を押さえ出した。

 

 

「雲居、なにがあったんだ?」

 

「……殴られたんですよ、借りてる本を返そうと思って、図書館に向かおうと思ったら……このエリアにはいってすぐ、後ろ頭をガツンです…………」

 

 

 雲居は足下に散らばる本を指さし、荒い呼吸を落ち着かせながら、少しずつ自分の身に何が起こった野かを話し出す。

 …聞くところによると、数分前…本を持ってこのエリアを訪れた彼女は、その直後何者かの手によって後頭部殴られ…気絶してしまっていたとのこと。ヘタをすれば死に至ってたかもしれないその不幸。彼女の性格上怒られてしまうと分かりながらも、俺は内心、同情してしまった。

 

 

「こんなうら若い乙女の頭をぶん殴るなんて、何考えてるんだか……!それも脱出するギリギリの日に、人生最悪の瞬間決定ですよ……」

 

「そうだ……!誰にやられたんだ…?顔や服装はわかるなら教えてくれ…」

 

「いや……紙袋被ってて顔はわかんなかったですし、服とかも…頭ボーッとしてて、よく見えなかったかです……悪いですけど、有益な情報は……一切無しです」

 

 

  雲居に犯人の詳細を聞いていく、が…芳しい情報は得られず……誰なのか分からないよう紙袋を被っていることしかわからなかった…。

 ――だけど、このエリア2は、雲居を襲撃した不審者が潜んでおり、この辺り一体は危険地帯になっているということ。それだけは確信できた。

  

 

「どっちの方角に行ったか…わかるか?」

 

「頭殴られてぼやけてたから、よくわかんなかったですけど………でも多分、“プール”の方に行った気がするです……あくまで、一瞬だけ見ての話ですけど…」

 

 

 自信の無いように震わせる指を、プールの方へ向ける。だけど、それだけの情報があれば充分だ。俺は、心の中である決心をした。

 

 

「よし…分かった。雲居はエリア1に行って、誰でも良いから人を呼んできてくれ。俺は犯人を追う…このまま野放しにしておくと、何しでかすか分かったもんじゃ無いからな…」

 

 

 その言葉に雲居は目を見開いた。

 

 ――明日の7時にはここを出られるのに、こんな物騒なことを起こす人間がいるなんて。打ち所が悪ければ死んでいた可能性だってある大事件だ。一刻も早く、再び行われるかもしれない蛮行を止めなくてはいけない、そう思った俺は自然とそんな事を口にしていた。

 

 

「いや……――私も行くです…」

 

 

 だけど雲居は、突き返した。

 

 

「何言ってるんだ!お前怪我してるんだぞ!!無理する必要は無い!」

 

「あんたこそ自分で何言ってるか分かってるですか!?1人で、危険な武器も持ってるかもしれない不審者とかち合う……そんな無謀極まりないことを、あんたは言ってるんです!……そうしたらまた私みたいに……いやむしろ、私よりも酷い目に遭う可能性だってあるんです……そんな目に見えて危険な所黙って見送るなんて…誰が出来るですか!?」

 

 

 強い、断固とした意志をもって雲居は意見を突っぱねる。心配に心配を上乗せしたような怒りに、俺は圧倒され、つい後ずさりしてしまう。だけどすぐに、彼女は震えたように俺の服を掴んだ。

 

 

「それに、いま一人になるのは正直怖いんですよ…いつどこで不審者が現れるのかわかったもんじゃないですから……」

 

 

 今までの彼女からは想像できないほど、酷く震えた声。さっきまでは実感できていなかったが、今になって自分に起きた不幸を理解したように、とても弱々しく縮こまっていた。俺は、そんな彼女の反応を受け、自分の鈍感さを恥じた。

 

 

「………そう、だな…ここらに隠れてたらまずいもんな……わかった……一緒に行こう」

 

 

 そしてその罪悪感からなのか俺は頷いてしまった。けが人を巻き込むのは、最もやってはいけない悪手だというのに……。

 わずかな後悔がよぎりながらも、雲居と俺は“妙に粘つく地面”に足を沈め、プールへと移動していった。

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア2:プール】

 

 

 

 施設にたどり着き、入っていく俺と雲居。ここまでは歩くだけで順調であったのだが……すぐに腰を折るような…予想外…いや予想内のつまづきとぶつかり合ってしまった。

 

 

「……なあ雲居、確かここにはカードキーが必要だったよな……?」

 

「何今更なこと言ってるですか……――まさか…!電子手帳忘れたですか!?」

 

「……いや、それはポケットに入っていた……な。…よかった、もしかしたら本当に忘れてたかもしれなくて、思わず焦ってしまった」

 

「ふぅ…忘れてたらデコピン何連発だったか入ってたですよ?」

 

「――で、どうやって開けるんだったけ?」

 

「……心からついてきて良かったと思ったですよ」

 

 

 致命的に相性の悪いこの施設のシステムと格闘しながら、何とか窮地を乗り越えていった俺達。異性の部屋には入れないという仕組み上、俺は男子更衣室を、雲居は女子更衣室へと手分けすることになり、ゆっくりと、お互いにアイコンタクト送りつつ、部屋へと入っていった。

 

 

 入ってすぐ、俺は更衣室を見まわしてみる。どこかに不審者が息を潜めてるのではないかと、ロッカーを含めた隅々まで、念入りに目を光らせる。

 

 

「更衣室には…いないみたい…だな……じゃあプールか?」

 

 

 もしくは女子更衣室の方の可能性も…できれば居て欲しくないし、考えたくも無い…。居たら居たで、大声を上げてすぐに逃げ出すように雲居に言っておいたはずだから……多分大丈夫だと思いたい…。

 

 つらつらと可能性の話を考えながら、俺はまたゆっくりと、プールへの扉を開けていく。そして、キョロキョロと、左右を見渡し…不審者の姿を探した。

 

 

 

 しかし――

 

 

 

「……………?…誰も、居ない?」

 

 

 誰もいなかった。雲居の言葉の通りここまでやって来て、それなのに…人っ子1人…見当たらなかった。

 

 

「折木!」

 

 

 殆ど同じタイミングで、女子更衣室から出てきた雲居が俺を呼びかける。

 

 

「雲居…そっちはどうだった…?」

 

「ロッカーの中を開けたり、ドアの裏を見たりしたですけど…誰もいなかったです………。その様子だと、そっちも同じみたいですね…」

 

 

 雲居は頭を抑えた手は逆の方を口元に、首を傾げる。

 

 

「……こっちの道に向かってったはずなんですけど…ここも…隠れられそうな場所も見あたらないですし…私の見間違えだった……の……か…も……」 

 

 

 “っ――!”

 

 

 俺が警戒心を振りまくように周りを見回す中、息が止まったような声が、隣の雲居から上がった。声にならないような悲鳴に驚いた俺はすぐさま、雲居に目を向けた。

 

 

「ああ、あれ……」

 

 

 震えた指先で宙を差す。その角度から見て、丁度天井を辺り。恐れるように、見てはいけない物を見たように、焦点の合わない指で、その延長線上に何かがあることを伝えようとしている。

 

 

 

 

 俺は促されるままに――宙を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その先にあったのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――紙袋を被り、黒いローブに黒い手袋を着込んだ“誰か”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――顔も分からず、男か女かも分からない誰か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――力無く…手と足をぶらりと垂らす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――“首を吊った”……誰か

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃあああああああ!!!!!」

 

 

 

 …天井に架けられた、金網橋の手すりに固定されたロープを首に、テルテル坊主のようにぶら下がる“誰か”が視界をとらえる。

 手と足を投げ出し、死んでいるとしか思えないそれを見て、雲居は絹を裂くように叫び、腰を抜かす…俺もまた震えを止められず、立ち尽くしていた。

 

 

「そ、そんな…!私、さっき、さっき見たはずなのに…!!なんで…こんな…」

 

「………――っ!!……と、とにかく、助けるぞ!!!!…今さっき、お前見たばっかりだったんだろ!?もしかしたら、まだ間に合うかもしれない!」

 

 

 直感的に俺は叫んだ。

 

 雲居が頭を殴られてからまだ間もない事を思い出し…、きっとまだ猶予があるはず…まだ息があるはず…信じこむように、祈るように俺は雲居に目を向け、そう叫んだ。

 

 

「そ、そうだったです……!!あのはしごに行くには……………あっ!!!この施設の真横に、はしごがあったはずです!!!」

 

 

 雲居が言った瞬間、俺達は血相を変え外に出る。

 

 飛び出した俺達は、施設の壁伝いに、正面から見て左から真横へと移動していく。少しずつ手で探っていくと、壁とは違う冷たい鉄の感触がした。見上げると確かに、あの金網橋へとつながる“はしご”があった。

 

 俺達は焦燥感にとらわれながら、登り出す。俺が先行し、雲居が後を追うように。焦りながらも、落ちないように、確実に、素早く登っていく。

 

 

「お、折木!落っこちたら承知しないですよ!!巻き添えくって仏様になるなんて、ごめんですからね!」

 

「ああ!分かってる!」

 

 

 登り始めて数十秒、不安を孕んだ声が下の雲居から上がる。俺は少々強めにそれを返す。…しかし、本当に…かなりの高さだ。生暖かい強めの風が身体に当たる度に、落ちてしまうのでは無いか、そう考えてしまう。彼女が今みたいに不安がるのも無理は無い。だけどそんなことを考えている暇も無いのも事実。今すぐにでも“誰か”を助け出さなければ…きっと間に合わない。

 

 

 そうこうするうちに、天井近くと思われるゴール地点にたどり着いた俺は……“小さな窓”のような扉を開け放つ。白刃を踏むように金網橋へと足を掛け、再びプールの中へと、俺達は突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけどそこには………何も“無かった”

 

 

 

「何で……何で、何も無いんですか……?」

 

「………わ……わからない」

 

 

 さっきまであったはずの、首を吊った“誰か”は、跡形も無く…何処かへと消え去ってしまっていたのだ。

 

 

「もう、訳わかんないですよ…」

 

 

 雲居の言うとおり、まるでマジックを見せられたかのような気分だ。俺は目をこすり、現実かどうかを何度も確認する。だけど、――何も無い。あまりにも不自然な光景に…俺は幽霊でも見てしまったのではないかと、悪寒が走る。

 

 

 

「………?」

 

 

 

 俺はふと…俺達が入ってきた場所とは真逆に目を向ける。金網橋のかかった先…つまり図書館側の方向には、俺達が入ってきたのと同じ、小さな窓が取り付けられていた。

 とにかくこの不可解な状況に、地に足が着かないような感覚を覚える俺は…何となくこのままジッとしていられず、吸い込まれるように窓へと近づいていった。

 

 

「……折木?どうしたんですか?」

 

 

 雲居からかけられた言葉を素通りし、俺は窓の向こう側を見つめてみる……。エリア2の半分を覆い尽くす雑木林…そしてそれらを包み込む真っ暗闇……そして、際立つように光り輝く“図書館”。

 

 小高い場所に建造されたプールから、一際目の引く図書館を見下ろしてみる………。

 

 ――暗闇の中、爛々と輝く室内灯……だけどそれ以外に、何か、別の“光源”がゆらゆらと、揺れているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――炎だ

 

 

 

 

 

 

 

 炎が天窓の向こうで揺らめていていたのだ。外側では無く内側で、図書館につけられた天窓から火が見えたのだ。それが本当に現実なのか…夢でも見ているのではないか……今目の前で発生していることが何なのか、認識という認識ががんじがらめになる。ピシリと身体を硬直させたように、俺は呆然と立ち尽くす。

 

 

「お、折木…?どうしたですか…?急に黙り込んで…」

 

「……火事だ」

 

「――えっ?」

 

 

 雲居に声を掛けられ、俺は反射的に、小さな、小さな声を、震えながらも絞り出した。自然と出てきたその言葉を皮切りに、俺はハッ、と我に返った。

 

 

「――火事だ!!図書館で火事が起こってる!!」

 

「はぁあああ!!!!何をバカな……――――ぎゃあああああ!!!!ホントです!!!」

 

「とにかく…!!!……今は、今は――…」

 

「決まってるですよ!!図書館に急ぐんですよ!!」

 

「だ、だけど、今ココに居たヤツを探さないと…」

 

「優先順位を考えるです!!あの図書館には人類の叡智が大量に詰め込まれているんです!!!蜃気楼みたいな何かよりも、目の前の事件が先です!!!ほら、行くですよ!!!」

 

「わ…わかった!!」

 

 

 今さっきまで、存在していたはずの誰かのことよりも、遠目から見えてしまった火災に気を取られてしまった俺達。

 ……般若の如く顔をこわばらせる雲居と俺は、決して見逃してはいけない出来事を後回しに、急かされるように、はしごを下り、図書館へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア2:図書館】

 

 

 

 

 ……不自然な程立て続けに発生する緊急事態、身に降りかかる問題の数々。このエリアに来てから、まだ何十分と経っていないハズなのに、俺の心は酷く切迫していた。

 何を優先すべきで、何をするべきなのか……正常な判断が出来ているのかすら怪しいほど、体を焦燥が支配する。現に、さっきまで探していたはずの不審者も、ほっといてはいけないハズなのに…今は目の前の災害に目を向けてしまっているのだから。

 

 

 それでも俺達は走った。燃える球体と化した図書館へと駆け抜けた。

 

 

「はぁはぁ…着いた……」

 

「早速ドアを開けるです…手伝うですよ!!」

 

 

 図書館の出入り口前にたどりついた俺達。息をつく暇も無く走ったせいで、身体からはだらだらと汗が滝のように流れ、咳き込むほどの疲労感が体を襲う。…だけど俺達は、中の状況を知りたい、中の本を助けたいという一心で…危機感などかなぐり捨てたように扉に手をつけた。

 

 

「あつっ!!」

 

「我慢するです…!早く開けて、大事な、大事な本達を救出するです!!」

 

 

 内側で火事が起こっているのだから、扉が熱を帯びているのは当たり前だ。だからこそ手にジュッとした、火種を掴むような感覚が走る…。恐らく、軽いやけどを負ってしまった。

 しかし俺がその熱さに怯む中でも、雲居はその小柄な体格からは考えられないほどの根性を見せ、扉を引いている。これが超高校級の図書委員に備えられた…火事場の馬鹿力なのかと内心戦慄してしまう。だけどその様子に叱咤をかけられた気のした俺も、手のやけどなど安いものと、扉を開けることに集中する。

 

 

 ――しかし、その努力は徒労となった

 

 

 ――別に、開かなかったというわけではない

 

 

 ――突然バタンと、強い力で“押され”…扉が開いたのだ

 

 

 扉のすぐ側に居た俺たち二人は、そのあまりの勢いに、しりもちをついてしまう。

 

 

「ゲホゲホ…。やぁ!!2人とも!ごきげんよう!!こんな夜中に奇遇だね!ボクは少し、煙を吸い込みすぎて、ちょっとご機嫌では無いかな?」

 

「ニコラス……?」

 

「あ、あんた…何で…?」

 

 

 何故なのか、火の海と化す図書館の中からニコラスが現れたのだ。服の所々を焦がし、何故か主役登場と言わんばかりに、堂々と胸を張り、扉から出てきたのだ。再び起こるイレギュラーに、俺はまたしても、呆気にとられてしまう。

 

 

「話は後だよミスター折木、そしてミス雲居。まずはこの火事を何とかしようじゃないか!これは流石のボクでも冗談抜きでヤバいとしか言い様がない」

 

 

 ニコラスの後ろを見やると、図書館は壮絶な火の海と化していた。本だけで無く、木組みの手すりや階段、全てを炎が包み込んでいた。

 

 

「そ、そうですよ!!!……早く、私のかわいい本達を何とかしないと!!でも、今から水を持ってきても……」

 

「その心配はご無用でス!!」

 

 

 今この場で起り続ける未曾有の災害をどうにかしないといけない……そう思案しようとした矢先、俺たちの目の前に、モノパンが現れた。その身なりは、いつものマントにシルクハットという恰好ではなく。背中に『も』と刻まれた半被に袖を通した…まるで一昔前の火消しのような服を身にまとっていた。

 

 

「こんなキミタチの手に余る状況にこそ、このワタクシの出番。家庭のボヤ騒ぎだろうと、SNSの炎上だろうと、たちどころに解決、山火事のスペシャリストと言われたモノパン消防隊にお任せくださイ!!」

 

「出来ることがとっちらかりすぎて、もうよくわかんないですよ!!」

 

「何でもできることこそがモノパンクオリティー、とにかくこの火事をどうにか出来ることは間違いありませン!!では早速――モノパンファイヤー出撃でス!!!」

 

 

 モノパンの合図と同時に、森の中から突如として何台もの消防車が飛び出してくる。そのサイズはやはりモノパンサイズ、つまり小さいのだが……全ての車は、恐れを知らずに燃ゆる図書館へと突入していく。施設の内側から、ジュウと音を立たせ、どんどんと水は撒いていく。みるみるうちに、火の勢いは落ちていく。

 

 

 ――消火を開始してから数分後…火は見事なまでに鎮火された

 

 ――ゴォゴォと立ち込む炎の音は鳴りをひそめ、辺りには、静かなコオロギの鳴き声だけが残った

 

 

「任務完了でス!!あっ…中の電気は、やられてしまってとても暗くなっておりまス……そのため足元にお気をつけて、中をお進みくださいネ!」

 

 

 モノパンは何故か楽しそうに微笑みながら…また何処かへと姿を消していってしまった。俺と雲居は、忠告の通り、足下に注意しながら持ってきていた懐中電灯で図書館の中を照らしていく。

 

 

「本当に…酷いな……」

 

「あ…あああ……なんて……全部黒焦げ……」

 

 

 施設の全てが、形を保ちながらも炭と化していた。幸い、床や階段は骨の髄まで焼き尽くされている訳では無く、自分たちが体重を掛けても崩れる心配は無さそうだった。しかし、棚に並べられた本は全て炭と化しており、雲居の表情は絶望一色に彩られる。流石にこれは、あまりにもむごすぎる。

 

 

「………」

 

「……?どうした、ニコラス」

 

 

 その壮絶としか言い様がない光景、そんな中、ニコラスは自分のペースを崩さず…いやむしろいつも以上に引き締まった表情で…足早に施設の中心…中央広場へと黒焦げの階段で降りていく。何か様子がおかしいことを感じた俺は、煙の残り香に咳き込みながらも、ニコラスと肩を並べ、着いていく

 

 

「ゲホゲホ…ニコラス…?」

 

「ミスター折木、ミス雲居……あまりに付いてくることはオススメしないよ…少々、刺激が強いと思うからね」

 

「はぁ…何言ってるですか。この図書館の惨状以上に刺激的な物がこの世に存在するはずないですよ…もういろいろ勘弁して欲しいです」

 

 

 しかしニコラスは、付いてくる俺達へ声色を低く落し……不穏な言葉を紡ぐ。何か…その言葉には…異様なほど張り詰めた感覚が込められているように感じた。

 

 

「ん……?」

 

 

 話している間に、ちょろちょろと水が流れ続ける中央にたどり着く。そしてすぐ“何か”が足にぶつかったことがわかった。

 

 

 

 反射的に俺は足下に、光を向けた………縫い付けられたように、足は動きを止めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――雲居が襲われたこと

 

 

 

 ―――目の前で首を吊った誰かを見てしまったこと

 

 

 

 ――そしてその誰かが忽然と姿を消したこと

 

 

 

 ――図書館で大火事が起きたこと

 

 

 

 ――立て続けに起こった、出来事のせいで…

 

 

 

 ――そのありのまま事実を受け入れる準備が、あまりにもできていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン…!』

 

 

 

 

『死体が発見されましタ!』

 

 

 

 

『一定の捜査時間の後、“学級裁判”を開かせていただきまス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その“何か”は、服をまとっていた

 

 

 ――この施設に来た時から、見慣れるほど着続けていた服

 

 

 ――服も体も、その殆どが黒焦げになっていながら

 

 

 ――……その体形と隙間に見える服の色で誰なのか…すぐに分かった

 

 

 ――分かってしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――超高校級のパイロット“鮫島 丈ノ介”は、

 

 

 

 

 その身を焦がし尽くし、生命の炎を消し去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り13人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計3人』

 

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 



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Chapter2 -非日常編- 10日目 捜査パート

【エリア2:図書館(中央広場)】

 

 

 

 ――焼き焦げた炭の匂いが、周囲を満たす

 

 

 ――顔をしかめたくなるほどにくすんだ匂いが、鼻を突き刺す

 

 

 固いコンクリートで囲われた、見るも無惨に焼き尽くされた本の世界。…そのほんの一部分…意図的に開けたような中心で俺達は立ち尽くし、脳を貫くほどむせかえった、“2つ”の臭いに、包み込まれていた。

 

 

 

 ――1つは、燃やされ、炭と化した大量の本と木の匂い

 

 

 ――もう1つは、吸い付いたように硬直した俺達の眼前に転がる、黒ずんだ“何か”の匂い

 

 

 

「―――――――」

 

 

 

 月明かりと、懐中電灯にいやという程照らされた“何か”。

 

 

 常人では目をそらさずにはいられない、あまりにも凄惨な“何か”。

 

 

 永遠に目を向けられるものでは無いはずなのに――忘れ去ってしまったように、動くことすら許されないように、俺達は視線はその“何か”に縫い付けられていた。

 

 

「は、ははは……な、何なんですか……これ…」

 

「…………」

 

 

 乾いた笑みをこぼしながら、声を絞り出す雲居。今眼の前に突きつけられたものが、現実なのか、幻なのか、分かっていない。そんな風に、彼女は震えた眼差しを“何か”に向けていた。

 

 そう言う俺だって。今まで一度だって見たことが無い、全てを焦がし尽くした、人の形をした“何か”に釘付けになっていた。こんな非日常的なものが自分の現実にあって良いわけがない。今この場に在って良い訳がない。縛り上げられたように動かない俺の脳内で、そんな言葉が反響していた。

 

 

 

 だけどたった1人――ニコラスだけは違った。

 

 

 

 側にいたはずの彼は、真実への道を突き進むように、ここが立ち止まる場所なんかじゃないと分かっているように……黒い“何か”へと、糸を振り払い、ズンズンと近づいていく。

 

 何度も、何度も同じ光景を見てきたと背中で語りながら、ただ機械的に、合理的に…残酷な“何か”へと近づいていく。本当に、彼が自分と同じ人間なのかと疑ってしまうほど、その動きに迷いは無かった。

 

 

 その勇ましくも恐ろしいその後ろ姿は、まさしく――“超高校級の探偵”そのものであった。

 

 

 だからこそ、酷く輝いているように見えた。場違いにも俺は、まるで誘蛾灯のに引き寄せられる蛾のように…その背中を追いかけねば、少しでも近づかねば……無意識のウチに俺は、そんな感情に一瞬とらわれてしまった。無意味と分かっているはずなのに、うぬぼれだと分かっているはずなのに…俺はそんな脈絡の無い、愚かな意志を抱いてしまった。

 

 しかし……まるで別の世界に住んでいるかのように、その背中は遠ざかるばかり。常人の俺が跨ぐことすらあたわないと…意識の境界線が俺の行く手を無情に阻む。

 

 今俺に出来ることは、些細な思いも、恐怖にも負けず……細心の注意を払い、観察を続けるニコラスを呆然と見つめることだけ…行き場の無い無力感が俺の胸中を渦巻く。

 

 

「――…間違いなく………“彼”、みたいだね」

 

 

 ニコラスが“何か”を触り始めて数秒、……そうつぶやいた。その言葉は、イヤなくらいハッキリと、耳がとらえた。

 

 

「――――鮫島、なのか?」

 

 

 …同時に、思い出したように、現実に引き戻されたように息を吐き出しながら、俺はそう発した。皮膚や髪は焼けただれ、顔も泥を被ったみたいに潰れてしまっている。…だけど既に分かっていたように…俺はそう口走った。何を言っているんだと、自分でも驚いてしまう。隣に居た雲居も同じ気持ちを共有したのか、見開いた目をこちらに向けていた。

 

 

「…………ああ、そうだよ。この体格、この恰好……そして首に掛けられたゴーグル……超高校級のパイロット、鮫島丈ノ介その人に…間違いない」

 

 

 今までの陽気さが嘘みたいに、残酷とも取れる静かな声色で、ニコラスは淡々とそう告げた。先ほどと変わらない平坦な態度…俺はまたニコラスに、僅かな恐怖心を覚えた。

 

 

「…さ、鮫島…なんですか。……あんな……あんな…フィクションみたいな形の炭が…」

 

「ミス雲居…現実は時として、小説よりも残酷なものだ。…夢のような現実も時として真実としてキミ達の目の前に現れる……。回りくどい表現をしてしまったが……今言った言葉全てが…真実そのものだよ、キミ達」

 

 

 ああそうだ。分かっていた。分かっていたのだ…。たちの悪い一種のドッキリかと思って、目をそらそうとしていたのだ。服と、そして手にはめた革の手袋……見覚えのある装飾品の数々…。彼本人のものとしか思えないそれらを見て…“そんなことあるわけない”…無意識のうちに、俺はその現実を理解しようとしていなかったのだ。

 

 

  …今まで目の前に立ちこめていた“何か”の匂いは――“死”の匂いだ。

 

 

 “何か”の正体は、……“鮫島丈ノ介の焼死体”だ……。

 

 

「…………“また”始まってしまうみたいだね」

 

「……」

 

 

 立ち上がるニコラスは、さきほどと打って変わって、噛みしめるように、悔やむように…だけど誰かに伝えなくてはいけないように…小さくニコラスはささやいた。俺はそれに、何と答えれば良いのか分からなかった。何を言うべきが正解なのか、分からなかったから。

 

 だけど…1度だけ経験してしまった、“疑い合い”……それが始まってしまう。それだけは、分かってしまった。とても、とても苦い感覚が、心に重くのしかかる。

 

 

 

 ――ふと、中心へと繋がる階段の上、図書館の出入り口に人の気配を感じた。

 

 

 

「…こ、これはどういうことなのかねぇ……あたしら、廃墟にでも迷い込んじゃったのかねぇ」

 

 

 同時に、聞き慣れた声が、図書館に木霊した。小さな声量であったはずなのに…イヤに響いていた。今、最も聞きたくない…見て欲しくない人物の声が……俺の脳内に響いた。

 

 

「あわわわわ…な、なんて、酷い。ここって、図書館でしたよね?このエリアにある施設の一角でしたよね?私達、夢を見てるのでしょうか…」

 

「何もかも、消し炭でござる……まるで幻術に掛けられたような心地でござる、いや…もしやモノパンに連れられていた時点で…幻術を見せられていた…ということでござるか…?」

 

「…そもそもいつから幻術にかかっていないと錯覚していた?」

 

「……なん…だと…?」

 

「2人とも現実をちゃんと見てよ~、ていうか~何か空気も張り詰めてて~、息をするのもしんどいよ~」

 

「上も下も脆く、今にも崩れ落ちそうな、闇の世界。まさにディストピアという他無し…だね」

 

「足下、も、暗くてよく見えない、から、気をつけて、ね?」

 

「…だが暗い故か…星はよく見えるなぁ……フフフ、ワタシ好みの世界観ではあるなぁ」

 

「…気をつける、とこ、そこな、の?」

 

 

 階段を降りながら、続々と生徒達は絶句したような声を上げていく。ココにいる、俺、雲居、ニコラス……そして鮫島を抜いた10人が、荒れ果てた図書館の光景に、驚きを隠せずにいた。一部マイペースな輩も存在しているが…。

 

 一部の生徒を抜きにしても…そんな反応をしてしまうのは無理の無い話だ。知らないうちに、図書館の全てが、丸焦げにされていたのだから。世界が一夜にして変わってしまったのだから。

 だからこそ、その状況を飲み込み切れず、血相を変えたように、ズンズンとこちらに近づいてくるの反町の行動も、当たり前の反応としか言えないのだ。

 

 

「ちょっとあんたら!モノパンに連れられてここに来てみれば、こんな天変地異でもあったみたいな惨状……どういうことだい!」

 

「……それにさっきの放送。聞きたいことは山ほど在る」

 

「…ああ、わかっているとも。それも含めて、全てきちんと説明させて貰うよ。ね?ミスター折木、ミス雲居」

 

「……」

 

「…」コクリ

 

 

 ニコラスから掛けられた言葉に、受け流すように目をそらす雲居、そして言葉も無くうなずく俺。その重々しい雰囲気から、聞く側のほぼ全員がただならぬ状況であると瞬時に、理解した。

 

 いや、理解したくないはずなのに、理解させられてしまった。というのが正しいのだろう。

 

 

「あの~差し出がましいというか、できれば答えなくても良い質問なのでござるが……目の前で寝ている方は…?」

 

 

 誰よりも、現状に理解を示した人物の1人である沼野。ブルブルと震えた指先で、俺達の側に横たわる“人の形をしたそれ”を差す。

 

 …聞きたくないはずなのに、聞かなければ後悔するたった1つの質問。いまここに集いきった生徒の中で、仲間はずれにされたように集いきれなかった、たった1人。察しの良い何人かは、答えを言う前に、気づき、そして顔を青ざめさせているように見えた。

 

 

「……へ?はは…まさかそんな…いや、あり得ないんだよねぇ……確かに、今はいないみたいだけど…きっと…――」

 

「ミスター古家…そして諸君………ここにいないミスター鮫島。そしてさっきのアナウンス……これが意味する真実は……ただ1つ……・コロシアイが、また起こったのだよ。そしてその被害者は……超高校級のパイロット…鮫島丈ノ介だ、諸君」

 

 

 ニコラスは、俺達の前に転がる焼死体が鮫島である、淡々と、そう言い放った。だからこそ気づけなかった生徒達は、騒然と、表情を硬直させた。今まで笑える笑えない微妙なギャグを言っていたマイペースの権化みたいなアイツが……コロシアイの犠牲者として、この世を去ってしまった。たったそれだけの、嘘みたいな真実を聞いてしまったが故に。

 

 

「う、嘘だよねぇ…?いつも笑えない冗談を振りまくあの人が……そうだよねぇ!いつもみたいに、あっけらかんとした顔を起き上がって…それで、それで……」

 

「鮫島…くん?えっ?えっ?あれ、あれあれあれあれあれ?」

 

 

 その中でも、最も見て欲しくなかった、聞いて欲しくなかった2人が…友達の突然の訃報を見て、聞いて、そして膝を付き、かすれた声で言葉を刻んでいた。明らかに、脳の処理が追いついておらず、不安定な状態であると理解できた。。

 でも誰1人として、その2人に声をかけるものは居なかった。誰もが、他人にかばっていられるほどの余裕がなかったから。

 

 俺達にできることは、鮫島の死を悔やみながら、俯くことだけ。それほどまでに、鮫島の死という衝撃は、あまりのも強すぎた。

 

 

「…パンパかパーン!!!おめでとうございま~ス!!始まってしまいましタ、やっぱり始まってしまいましたコロシアイ!!!祝エ!!仲間を殺したクロの生誕ヲ!!!」

 

 

 物理的にも、精神的にも最悪の空気の中で、モノパンは忽然と現れた。快活な声色を携え、“パーン”とクラッカーを鳴らしながら。

 

 人の死体を目の前にして、その忌々しいほどの明るい態度……気が狂っている、そうとしか思え無かった。

 

 すると、その重苦しい雰囲気に耐えきれなかったのか“ちょっと待ちな!!”と、喉のつっかえたものを吐き出すように、反町は叫んだ。その矛先に居たのは――俺と雲居、そしてニコラスだった。

 

 

「あんた達!!!鮫島が死んだって……それは…………わかった、けど。でも、どうして、あんたらがココにいるんだい!!なんであたしらよりも先にここにいるさね!」

 

「ログハウスエリアからこの図書館にたどり着くまで、20分もかからなかったぁ…そして、道中に貴様らを見かけなかった事を考えると……この付近にいたか、もしくはこの図書館に居た……ということだなぁ…!」

 

「そう考えると…………まさか!!!!…でござる」

 

「諸君……その説明については…後ほど必ずすると約束しよう……それよりも聞かなければならない、極めて重要なことがある……モノパン……良いかな?」

 

 

 俺は反町の言葉で、何かが爆発する、そう直感した。だけど……その寸前でニコラスは待ったをかけた。何かとても重要な事がもっと他にあると言いたげに、語意を強めながら、モノパンへと矛を向け直した。

 

 

「ぬわんですかァ?学級裁判の復習ですカ?捜査のノウハウですカ?それとも……ワタクシのスリーサイズ?」

 

「“強制退去”…これは覚えているね?……昨日の朝、キミのその紳士的にあり得ない口で言っていたことだ…忘れたとは言わせないよ?」

 

「……・…紳士的にありえない…?」

 

 

 俺達は“強制退去”…その四文字のキーワードを聞いてハッと、思い出した。今日の、いや昨日の朝食の時に、堂々と宣言していた“動機”のことを。

 

 

「こんな風に…死体が見つかってしまったみたいだけど…明日の…いや今日のの強制退去の話は…どうなるんだい?」

 

「勿論“無し”ですヨ!!!その話をした折に、ワタクシは付け加えて言っていましたよネ?疲れが吹き飛ぶような事があれば、話は変わるっテ…」

 

 

 

 “無し”…その強い否定の言葉が…俺達の間に波紋を作る。顔を見合わせたり、“えっ”と漏らしたり…と様々であった。

 

 確かコイツは…動機を発表した直後、不穏な一言だけ残していた。現に何人かは、その一言に小さな懸念を抱いていた……。だけどすぐに、その考えは杞憂だと、霧散させていた。

 ――“この施設から出られる”たったそれだけのことで、コロシアイなんて起きるはずない…そう信じ切ってしまっていたから。

 

 

「くぷぷぷぷ良いですねェ、折角みんな仲良くお外に出られるように取り計らったのに……いやぁ。絶望的ですね、突き落とされたような絶望ですねェ…もうちょっと深くまでいって深淵にお邪魔しちゃいまス?結構面白いかもしれませんヨ?」

 

 

 嘲るように続けるその言葉は、今の俺達の中には、一ミリたりとも入ってこなかった。今まで帰りの支度なんかをして、今まで喜びに浸っていたのに。1度起こってしまったコロシアイで、全て無しになってしまったのだから。目に見えて、俺達の間に大きな闇が落ちていくのが分かった。

 

 だけど同時に…俺達は“帰れないことに”落胆するべきなのか……。鮫島の死体を目の前にして、そんなことを考えて良いのか……。そう思ってしまった。何に哀しみを見いだせば良いのか…分からなかった。

 

 

「それにもうキミタチの中では…既にこの状況が何を示しているのか……才能豊かなおつむがあっても無くても…理解できますよネ?」

 

 

 意味深に、モノパンは俺達を見回し、二ヤニヤニヤと口で弧を描く。俺達は思い出したように…お互いの顔を見合わせた。

 そこにあったのは、食事を一緒にとったり、風呂に入ったり、様々な交流をしてきた、楽しげな級友の顔ではない……――人の本性を恐れる、疑惑の表情だった。

 

 

 ――この中に、犯人がいる

 

 

 互いの顔を見ながら、そう思った。疑いあう事が、どれだけつらいのか…初めての殺人事件で、それは痛いほど体験したはずなのに。もう2度と体験したくないと、心に刻み込んだはずなのに。

 

 

 

 ――始まってしまった…コロシアイが

 

 

 ――始まってしまう……極限の疑い合い…“学級裁判”が

 

 

 

「探す必要なんて無いですよ…」

 

 

 

 まるで火蓋をおとすような一言が、図書館に響いた。

 

 お互いをにらみ合っている…そんな異様な光景の中で、たった1人、雲居が…そんな言葉を発したのだ。一瞬、捜査することそのものが疲れてしまったのか…諦めてしまったのか…そう考えた。だけど彼女の、人を疑いきった、鋭い目つきを見て、その考えを一瞬で棄却した。

 

 

「……犯人はもう、わかってるんですから」

 

「――――――っ!」

 

 

 聞き捨てならない、告発に近い雲居の一言に俺達は再び動揺を走らせた。“既にわかっているのか”“一体誰なんだ!”“早く教えてくれ”そんな俺達生徒達の声が雲居にかかりだす。

 

 

 

 雲居はその言葉に応えるように……小さな指を……とある人物へと向けた。

 

 

 

 俺達は、その指先の延長戦をたどり、その人物へと視線を注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニコラス…アンタ以外考えられないですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は息を呑んだ。文字通り、ゴクリと。

 

 

 さっきまで同行していた雲居が目の色を変え、強い敵意と確信を持った眼差しでニコラスを射貫き

 

 

“犯人はお前しかいない”

 

 

 そう言い放ったのだから。

 

 

「――……そうなるね…ああ、分かっていたとも」

 

 

 だけどニコラスは…動揺する素振りも見せず、至極当たり前のように、その指名を素直に受け入れた。

 

 

「えええ!?そんなにあっさり認めちゃうんですか!!しかも分かっていたって…」

 

「複雑怪奇とはこのことだね。僕達が疑念を抱くべき3つの魂…それは見つめ合っているのに反発し合っている………ああ、とても矛盾しているようだ」

 

「……何があったのか説明して。話が全然読めない」

 

 

 だからこそなのだろう。飄々としながらも、毅然とし、ある種の強い合理性を纏うその態度……むしろ聞いていた側の俺達の方が焦る始末だった。

 

 

「そんなに聞きたいんだったら、洗いざらい全部話してやるですよ。それにさっき“説明する”なんて、コイツ自身が無理矢理約束をとりつけてたんですからね」

 

「確かに~」

 

 

 そう言った雲居は、今までの、彼女俺が体験した全ての出来事を話し始める。不審者の件から、プールの死体、そして図書館の大火事の件まで……かいつまみつつも、重要なことを抜かさずに語っていった。

 ……しかし、その間ですらもニコラスは、堂々とした態度を崩さない。果てには自前のパイプからシャボン玉を吹かしてさえいる。場違いなくらいの、余裕綽々な態度だった。

 

 

「そして……火事に気づいて駆け付けた私と折木の目の前に…ミディアムな焼け具合のコイツが飛び出てきたんです」

 

「……雲居。ミディアムだと、ニコラスはもうこの世には居ないぞ…」

 

「シャラップです。そんなのは些細な違いです…重要なのは、“図書館の出入口から”飛び出してきたことなんです。これ以上の有力な証拠は他に無しなんですよ」

 

「うむぅ……不審者やら、プールの死体やら…にわかに信じられんポイントは多々あるがぁ……その図書館での話は、確かに有力というか、決定的というか………観測者的観点から言って…容疑者としか考えられんなぁ」

 

「燃えさかる炎は命の咆哮。叫ぶ魂の中で、生き残れるのは、1つか、2つか…ただそれだけのこと」

 

「ん~?話は大体分かったけど~受け手が致命的すぎて~またよく分からなくなっちゃったよ~」

 

「よく分からなかったとしても、このエセ探偵が最有力容疑者なことに変わりは無いんですよ…そうと決まれば……沼野!!!倉庫から縄持ってくるです。コイツを縛り上げて、何も出来ないようにさせとくです!!」

 

 

 すると、雲居は意見は一致した雰囲気であると考えたのか、当たり前のように沼野を呼びつけ、拘束用の道具を持ってこさせようとする。

 

 

「えっ…せ、拙者でござるか…?でもそれってパシリ……拙者忍者なのに……んんむ、まあ良いでござるが…」

 

「…………良いんだ」

 

「完全に舎弟根性が板に付いてきてるね……アタシもたまにやるけど」

 

「分かってたけど~このクラスの女子結構したたかだよ~」

 

「お前ら沼野を良いように使いすぎだろ……そんなことより、ちょっと待ってくれ!雲居!まだ何も始まってないのに、犯人呼ばわりするのは早計すぎるぞ!」

 

 

 いきなりニコラスを犯人呼ばわりし、さらに容疑者として縛っておこうなんて、あまりにも横暴すぎる…!そう考えた俺は、未だパイプで1人遊びをするニコラスの盾になるよう、雲居に立ち塞がった。

 

 

「そこを退くですよ折木!こいつが図書館を出てくる前…施設には鮫島とニコラスしか居なかった…これはまごう事なき真実です…当事者だったあんたも、そのことは重々承知のはずです」

 

「……っ、確かに、確かにそうだが…」

 

 

 だけど彼女の言い分は強引なようで、とても正しい。疑って当然な相手を当然のように疑う…このコロシアイの中で、最も順応したその思考は間違ってはいない。間違っていないはずなのに、心の何処かで、それは違う!…そう叫んでいるのだ。

 

 

「…ミスター折木。ボクのことをかばってくれるのは…友人としてとても嬉しい限りだ」

 

「ニコラス……!」

 

 

 ニコラスは、俺の肩に手を置き、そう言った。しかし穏やかな表情とは裏腹に、彼の瞳から感謝の念は無く“落ち着け”と諭すような感情が伝わってきた。

 

 

「だけど……それは…ボクが“友人”だからなんて理由で…かばっている訳ではないだろうね?」

 

 

 鋭いその一言に、貫かれたようだった。ニコラスの言うとおり、彼との今までの交流で彼自身の人柄を知った。だけどそれがノイズとなって、当然の疑惑に霞をかけていたのは、言われずとも明白だった。疑われてもいないのに、ねじ伏せられたような気分だった。俺は、歯をギリッと噛みしめ、声を絞り出す。自分が思った、素直な気持ちを、全員に伝えるために。

 

 

「…………お前は……そんなことをするヤツじゃ、ないだろ……それはお前自身が分かってるはずだろ…超高校級の探偵は、殺人を起こすはずなんてないんだろ…?」

 

「……折木さん」

 

「折木、くん…」

 

「…あの~拙者そろそろロープ持ってきたほうが良さげでござるか?」

 

「疑惑、過ち、そして信頼……ああ分かるとも。天国まで召されようと、地獄に落ちようと…その関係にヒビなんて入ることはない。それほどまでに強くつながり合っている……まるで友と、恋人のようにね」

 

「沼野、落合…今ガチな雰囲気だから…ちょっと黙ってな」

 

「確かに、キミの言うとおり、ミス雲居の判断は少々速い気もする……だけどそれが証拠が集まりきっていないこの状況……ボクが疑うのは当然だ、そしてその疑惑の人が証拠を隠滅しかねないという状況、動けないよう工夫するのもまた当然だ…」

 

 

 これから行われる、学級裁判のためにするべき事実を並べていく。とても平坦な声で…次々と。

 

 

「ミスターマイフレンド……ボクを信じてくれるというのなら……ボクを疑うんだ。疑いきって……そして君自身の信じる、真実を見いだすんだ…この意味、聡明なキミなら分かってくれるはずだ」

 

「……信じているから……疑う?」

 

 

 俺はその矛盾したようで、とても真っ直ぐな一言に、一瞬、困惑してしまった。だけど、何となく、ニコラスが伝えたい真意のようなものが、その言葉の中に全て詰まっているような、そんな気がした。

 

 

「あの。信頼してるから、疑うって……それって、どういうことなのでしょうか…私、国語の成績が怪しかったので…読解力が少々…」

 

「え~、怪しいのは国語だけじゃ無いでしょ~~?」

 

「………返す言葉もありません」

 

「ふぅ……まあこうは言ったが、安心したまえよミスター折木。超高校級の名探偵は友を残して、先に逝ったりはしない。それは、ボクは殺しなんて愚かな事はしていない、つまりはそういうことなのだよ、キミ」

 

 

 するとニコラスは、見惚れるほどの穏やかな微笑みを浮かべ、此方に目と目を合わせる。その瞳からは、先ほどの冷たさは無く、朗らかな暖かさがあった。先ほどの言葉も合わせて…少し、納得感のような、そんな気持ちを感じた。

 

 

「………………くさいお友達ごっこはもう良いですか?」

 

 

 少しの間黙っていた雲居は、ため息と、腰に手をつきながらそう言った。その顔つきから、“時間は上げたのだから、そろそろ観念しろ”……そうも言っているようだった。

 

 ………確かに、俺1人が駄々をこねても、これ以上は無用な時間を使うだけ……それは、捜査をしなければいけない、誰も得のしない悪手だ。俺は衆目の集まる中で、こくりと、重々しく頷いた。

 

 

「…わかった。俺も、雲居の意見に賛成だ。無駄に時間を食ってしまってすまない……沼野、縄を持ってきてくれ」

 

「拘束するのは変わりないんですね…」

 

「……結局拙者が持ってくるのでござるか、はぁ…」

 

「そして結局貴様は取りに行くのだなぁ……」

 

「……何か可哀想だから、私も行くよ~」

 

「うう……その気遣いが目に染み渡るでござる…」

 

 

 俺の頼みを総意の言葉と考えた沼野は、しぶしぶと、長門と階段を上り出した。その直後“ところで…”、そうニコラスは話を変える言葉を投げた。

 

 

「ミスター折木、ミス雲居……ここに来る途中、妙に走りづらかった…なんてことは無かったかい?」

 

「…?……まあ確かに、中央分岐点を歩いてるときは…妙に走りづらさがあったような…」

 

「……かねがね同じ意見です。それがどうしたんですか…?」

 

「いや、なに、少し思うところがあってね。今納得したところなのだよ………ミスター忍者!!!」

 

「ぬぉ!!ビックリ仰天……如何様にしてござるか?あとちょっと諦め気味に言うでござるが、せめて名前を…」

 

 

 俺達の質問への回答を聞いたニコラスは大声を上げ、入口に居る沼野達を呼び止めた。そして上を、見上げながら続けていく。

 

 

「とても重大な忠告だ、キミ。中央分岐点を歩くときは、ギリギリまで端っこに寄って歩くことをオススメするよ」

 

「え~?どうして~?」

 

「ふむむむ……もしも、イヤだと言った場合は……?」

 

「事件の究明が困難になってしまう……そう言わせて貰うよ?キミ」

 

「うわぁ…何んだかとても意味深です…。この注意は、その、素直に受け取った方が良いような凄みを感じます…」

 

「ふん、また遠回しに言葉を並べおってぇ…全くと言って良い程意図が理解出来んなぁ……沼野!忠告は無視してそのまま行くのだ…」

 

「うむむ…何だか真っ二つに割れているようで、拙者絶妙に困惑…………」

 

 

 そう言いながら、ためらうように沼野は雲居を見やった。

 

 

「ミスター忍者だけじゃない……ココにいるキミ達も同様に、心がけておいておきたまえよ?」

 

「……!そういうことですか……容疑者の言うことは一切聞く必要は無いとおもうですけど……とりあえず脇に寄りながら移動は徹底しておくです……これは、ニコラスからじゃなくて、私からの命令です……良いですね!」

 

「………………………承知したでござる」

 

「わかったよ~」

 

 

 雲居の指示に簡単な返事をした沼野と長門は、そそくさと、図書館を出て行き、しばし壊れたドアから吹き抜く風の音が、辺りに流れる。

 

 

「……そろそろ、話は終わりましたカ?」

 

「うぉ、びっくりしたさね!アンタまだ居たのかい!とっくのとうに裁判場にこもっちまったのかと思ったよ…」

 

「……まだ何かあるの?」

 

「くぷぷぷ……それはもうワタクシにも仕事が残っていますからねエ…分かってる癖に、このこノ~。それでは皆様同じみ…ザ・モノパンファイルver.2!!!」

 

「できれ、ば、お馴染みには、したくない、のに…」

 

 

 そう言ってモノパンは1度目の事件と同じように、タブレットを取り出し、そして俺達へと手渡していく。手渡すため練習してたのか…そのぐらい手慣れた、滑らかな動作だった。

 

 

「そして今は深夜、しかも図書館のライトも壊れてしまって実に見えにくい…ですのデ………“ライトア~~~~ップ”!!」

 

 

 そう唱えると同時に、ボフンと周りで煙が巻き上がった。その濃い煙たさに俺達は咳き込み、目をつぶってしまう。そして刹那、目を開けてみると、脚の付いた照明が数十個ほど乱立し、黒く焦げていた世界と、焦げ付いた鮫島の死体を鮮明に照らし出した。

 

 

「……うっ…これは」

 

「…酷い」

 

 

 暗くて、死体自体がどんな状態なのか、曖昧だったこともある。だけど改めてそれがハッキリと視界がとらえた。…とても、とても人がやったとは思えない、むごい有様であった。既に何人かは、そのおぞましさに、手で口を覆っていた。

 

 

「くぷぷぷ…ワタクシの仕事はココまででス…ではキミタチ…約束の時間まで存分に捜査し、存分に手札を集めてくださイ……真実の審判場にてお待ちしておりまス。それでは、それでハ……」

 

 

 モノパンはそのまま姿を消していった。直後、“あの…”と小早川が手を挙げながら口を開いた。 

 

 

「前の事件のときも…確か、捜査を始める前に……見張りが必要、でしたよね?今回は、どなたが…?……できれば、あの申し訳ないのですが…私は遠慮しておきたくて…その、見張れない分捜査は頑張りますから…!」

 

「まっ、正常な意識ですね。見た目はもうグロテスクですし、匂いも凄いですし…進んで見張ろうなんてヤツなんて、沼野と雨竜くらいですよ」

 

「言っておくがワタシは死体マニアなどでは無いからな?…まあ、自慢では無いが、検死はワタシにしかできんからなぁ…片方の見張り役はワタシが請け負おう…」

 

「……あと、もう1人、だ、ね」

 

 

 今回の見張り役、本来であれば雲居の言うとおり沼野が名乗り出る場面だったが…今彼は倉庫に向かっている。雨竜と1人…そのもう片方の見張り役を誰がやるか…しばらく決めあぐねるような空気が漂い始めてきた…すると――。

 

 

「――あたしがやるんだよねぇ」

 

 

 ダラリと両手を下げ、俯きながら、今まで静かにしていた古家が口を開いた。いつもよりも、覇気の無い声で…その意外な人物からの声に、俺達は驚きを表わした。

 

 

「……一応聞いておくですけど、本当に大丈夫ですか?……厳しめに言うと、見張りは重要な役目です。今の、不安定にしか見えない古家に任せて良いのか……正直な話、私はわからないです。無理してそんなことを言ってるなら、今回に限ってですけど、捜査に加わらず部屋で大人しくしてて欲しいとすら思ってるです」

 

「いや、無理はしてないんだよねぇ………大丈夫、大丈夫なんだよねぇ……あっ、でもやっぱ大丈夫じゃないかもしれないんだよねぇ」

 

「「…いや、どっちだよ」」

 

「…………“どっちもかも”…しれないんだよねぇ」

 

 

 そう言いながら、古家はうつろ気味な瞳をゆらし、唇を噛みしめ続けていった。

 

 

「……本当のことを言うと……昨日までバカやってた友達が、今見てみたら、丸焦げになって、この世を去ってるだなんて……未だに受け入れられないし。受け入れようって思ったら、想像以上にしんどくて…しんどすぎて頭が可笑しくなりそうなんだよねぇ…」

 

 

 …古家と鮫島は俺達の中でも、特に交流を深めていた。日常的に見てきた俺達にとって、その考えは共通の見解だった。そんな古家と外を元気に駆けずり回っていた鮫島が……微塵たりとも動かない、1つの死体になっていたのだ。…これで正気を保てと言う方が、酷な話だ。雲居だって、同じように思ったからこそ、無理をさせたくないと、あんな風にな口を叩いていたんだ。

 

 

「でもねぇ…あたし思うんだよねぇ…もしも自分が逆の立場だったら、……あそこに転がってるがあたしだったら、鮫島君はどうするのかって……」

 

「古家…さん」

 

「きっと、いつもみたいに訳のわからないこと言って、裁判を踊らせると思うけど……でも、でも……キチンと頑張ろうと、すると思うんだよねぇ」

 

 

 拳を震えるほど…今にも血が流れそうな位、握りしめていた。とても見ていられない…そんな風に思えた。

 

 

「……大丈夫じゃないけど。頑張らなきゃいけないときに…やれるだけ、頑張る……泣くなんて…後で何時でも出来るんだからねぇ……安っぽい言葉だけど、でも、あたしはそう思うんだよねぇ。――いや、もう、そうすることしか出来ないんだよねぇ……」

 

 

 顔を上げ、俺達に向けてそう古家は心中を語った。その表情には、確かな覚悟があった。とても脆いようで…だけど崩れたりしない……そんな確固たる意志を感じた。

 

 

「………わかったです……その覚悟、信じるです頼んだですよ」

 

「ハハハ…まあミスター古家が男を見せなかったとしたも……どうせ身動きが取れないんだ、このボクがもう1人の見張り役として名乗り出ていたところさ。ああ勿論!!そうしていたとも!!」

 

「また始まったなぁ…」

 

「ニコラス、お前は黙って座ってるです。あんたは最有力容疑者ですから、言い出しっぺのあたしが直々にマークしてやるです…2度とあたしの目の前で動けなくしてやるですよ」

 

「なんだい?足でも折っとくみたいな口ぶりだねえ?それならアタシに任せときな!!実力行使の鬼と謳われたアタシの実力、見せてやるさね!」

 

「…あばばば、鬼じゃ無くて修羅が見えるんだよねぇ」

 

「……多分比喩的な表現だから…そのままだと裁判に支障が出る。流石に怠い」

 

 

 よく見てみると、あのニコラスも微妙に冷や汗を掻いていた。

 

 

「役割が決まったのなら捜査開始です。いいですか!!手を抜いたら承知しないですよ!!!」

 

「いんやぁ…さっきから思ってたけど…普段からは考えつかないくらいすんごい圧なんだよねぇ。もしかして鮫島君って案外人徳あったのかねぇ…」

 

「図書館の本を葬った恨み!!晴らさでおくべきかです!!!」

 

「……まあ、案の上だったんだよねぇ」

 

「…知ってた」

 

「食べ物の恨みは恐ろしいとは良く言うよね?でも最も恐れるべきは、恨みでは無く怒りさ…だって、この目でハッキリととらえられるんだからね。……業火の如き怒りを何度も何度も見てきた僕が言うんだ……間違いない」

 

「でも、士気は、上がりそうだ、ね?」

 

「その考え方は…僕の詞にはなかったね」ジャララン

 

 

 

 雲居の並々ならぬ勢いに触発され、他の生徒達もやる気になっているように見えた。それと同じくらい…今回はかなり私怨がこもった捜査になりそうだな…、そんな先が思いやられるような気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 【捜査開始】

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれが、それぞれの思うままに調査を始めに行ってしまって数分。中央には現在進行形で検死をしている雨竜と、それを見守る古家。入口から出入り口から少し離れたところにはニコラスと雲居。図書館内は、とても閑散とした空気に包まれていた。

 

 

 俺自身は、考えの整理のため、図書館の入口にて居座っていた。最初は、異臭を放つ死体を第1に捜査しても良かったのだが、始めて間もないのに検死が完了するとは思わなかったし、終わるまで側に居ても気が散ると考えたため、また後で行くことにした。

 

 

 ……何よりもまず、このタブレットとか言う近未来“兵器”を攻略しなくてはならないのだ。…どう扱うんだったか……思い出せ…ええと確か、タブレットを2つに開くんだったか…?

 

 

「いや、何だか取り返しのつかないことになりそうだな……んんむ、やはり難しいな…」

 

「やっぱり、それ、で、手こずるん、だ。こ、こうやると、良い、よ?」

 

「贄波?おお…!!」

 

 

 丁度近くに居てくれた贄波は、タブレットの側面に付くボタンを押し機器を立ち上げてくれる。俺は恩人である贄波に“ありがとう…”と述べつつ……画面に指を置く。爆弾でも触るようなぎこちない手つきで、スライドさせていった。

 

 

 画面に現れたのは、まるでシルエットのように黒く染まった鮫島の死体。その姿は、画面越しでも、生産の一言に尽きる死に様であった。もしも自分がこんな風にされたらと思うと、身震いが止まらない…それほどまでに、この事件の犯人の残忍さがひしひしと伝わってくるようだった。

 

 

 ……こんなことを出来るヤツか俺達の中に居るなんて……俺は背中に、一筋の寒気が走った。

 

 

 

__________________

 

 

モノパンファイル Ver.2

 

 被害者:【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

 

 死体発見現場はエリア2『図書館』。死体発見時刻はAM:0:35。

 

 死亡推定時刻、死因共に体が殆ど焼けてしまっているため不明。毒物などの薬品類を摂取した痕跡は無い。

 

 

__________________

 

 

 

 死体の写真の下には、朝衣の事件と同様に死体状況が書かれていた。しかし――

 

 

「……死因も、死亡推定時刻も不明……か。これじゃあ、ほとんど情報無しだな」

 

 

 俺は難しい顔を解かず、聞こえるか聞こえない様に、そうつぶやいた。

 

 …モノパンファイルである程度の情報が得られると期待していたが、焼死体であるがためなのか、はたまたモノパンが意図的に隠しているためなのか……ファイルに有力な情報は記載されていなかった。俺はがっかりしたように、深くため息をつく。

 

 

「朝衣さん、のときより、も無いよ、ね。本当に、平等な、立場なの、か、怪しい…」

 

「前の事件でも、中立とはかけ離れたような動きをしてたからな……そこに信頼は寄せない方が良いだろうよ……。死体については…そうだな、雨竜の検死結果に期待するしかないな…」

 

 

 少しむくれている贄波を緩やかに宥めつつメモを手に取る。…薄っぺらい内容だが…無いよりはマシか…そう思った俺は、メモに記録を残していった。

 

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

 

 

【モノパンファイル Ver2)

 …被害者:【超高校級のパイロット】鮫島 (さめじま じょうのすけ)

 

 死体発見現場はエリア2『図書館』。死体発見時刻はAM:0:35。

 

 死亡推定時刻、死因共に体が殆ど焼けてしまっているため不明。毒物などの薬品類を摂取した痕跡は無いとのこと。

 

 

 

 

 

 

「さてまずは……」

 

 

 モノパンファイルの確認を終えた俺は…頭の中でこの先のプランを考えていく。この図書館のそのものを調べるのは間違いないとして、後は、鮫島の死体に、プール……思い当たる場所はいくつかある……。

 そして、道すがらに当時の皆の行動にもあたってみなくては…事件が起きても間もないために、記憶も新鮮なハズだ。まとめてみると、やることは思いのほか多い。

 

 

「折木、くん…」

 

「贄波?」

 

「あの、ね?もう一度、教えて欲しい、ことがあるんだけ、ど、良い?」

 

 

 そんな風にしてコツコツと頭の中で指針を組み立てていると、先ほどから隣に居た贄波に声を掛けられる。俺は考えを中断し、贄波にむき直す。

 

 

「さっき、の、雲居ちゃんと見た、不審者、とプールの死体の、話を、ね?もう一回聞かせて、欲しい、の」

 

「雲居が勢い任せに話してた、あの話か……雨竜が言ったみたいに、やっぱり受け入れにくかったか?」

 

「それも、ある、けど…折木、くんの言葉、で、そのときの状況を知りたい、の。2人の話、に、齟齬がないか、どうかも、含めて」

 

「……成程」

 

「事件の流れ、を整理できる、し…もしかした、ら。話してる、間、に、気づけなかった事が、出て、来るかもしれない、しね?」

 

「……そうだな。うまく説明できるか分からんが…まとめてみるか…。最初にことが起こったのは――」

 

 

 

 

 

 ――確か“11半過ぎ”のことだ。エリア2に入ってすぐの道で、倒れた雲居を見つけたんだ。

 

 

 ――聞いてみると、本を返しにエリア2に来たところを後ろから殴られたらしい。

 

 

 ――不審者の顔は、紙袋で覆われていて、わからなかったみたいだ。

 

 

 ――殴られた直後に、一瞬プール方面に不審者へ向かったのが見えたらしくて…俺達は目撃談に従って、プールに向かったんだ。

 

 

 ――施設に入ってすぐは更衣室にも、プールにも特に異常は見当たらなかったように見えた……

 

 

 ――だけど屋内に入って、上を見上げてみると

 

 

 ――プールの天井に…厳密に言うと、天井に架かる足場にロープをくくりつけて……首吊った誰かが居たんだ。紙袋と、黒いローブを着込んでいたから、雲居を襲った不審者だと思うが……誰なのかまでは分からなかった

 

 

 ――…これが“11:50”できごとだ。直前に更衣室で時間を確認してるから間違いない

 

 

 ――俺と雲居は天井の足場へと急いで向かった。不審者と接触した時間から考えて、まだ首を吊って間もないんじゃないかと思ったんだ。

 

 

 ――だけど天井に移動した時…その首を吊った誰かは消えていたんだ

 

 

 ――それからすぐに、プールの窓から、図書館内で火事が起こっているのを発見したんだ

 

 

 ――俺達は急いでプールを後にして、図書館へと向かった

 

 

 ――図書館の入口にたどり着いてすぐ、ドアを開けようとすると中からニコラスが飛び出てきた。

 

 

 ――同時にモノパンも現れて、すぐに火事の消火が始まった。

 

 

 ――大体30分くらいの鎮火活動によって、火事は収まった。

 

 

 ――……それから、ニコラスの先導で図書室に入った俺達は、中央広場で鮫島の死体を発見したんだ――

 

 

 

 

 

「――大まかには、こんな流れだったよ。何かおかしな部分はあったか?」

 

「紙袋を被った不審者、だった、り、首つり、死体が消えた、り……話そのもの、が突拍子も、無い、から、今は特に無いか、な?でも1つ、だけ。鮫島、くんの死体、を見つけたのは、いつ頃だった、の?」

 

「鎮火活動が始まったの0時丁度くらいだと思うから……多分深夜0時半だな……それから10分くらい経って、皆が集まってきたんだ」

 

「ありが、と。わたし、もわたしなりに考えて、みる、ね」

 

 

 そう言うと贄波は少し思考をし始めた。今は、彼女のそれを邪魔はしない方が良さそうだ、それに……贄波の言うとおり、思い返すと調べるべき場所やらがピンポイントで思い浮かんできた。これが頭に残っているウチに、早めに記録しておこう。最近記憶の方も怪しくなってきたからな…。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【雲居の証言)

…図書館へ借りた本を返そうとエリア2を訪れた際、後頭部を誰かにぶたれ気絶してしまった。殴った人物は、紙袋を被っており、判別不明。プールにて首を吊っていた人物と同一の可能性が高い。

 

 

【紙袋を被った誰か)

…雲居を襲撃し、プールへと逃げ込んだ不審者。紙袋とローブを身につけており、誰なのかは不明。プールにて首を吊っていたが…天井に移動した時には、消えてしまっていた。

 

 

【図書館放火事件)

…プールに居た際に目撃。扉を開ける際、ニコラスが中から現れた。そのときにはもう、かなり燃え進んでいた。モノパンによる30分間の鎮火活動により、終息。

 

 

 

 

 

 

 しばらく情報の整理に時間をかけた俺と贄波はすぐさま、この図書館全体を見回ることにした。

 

 

 ポツポツと歩いて、些細なことでも良いと、上下左右を組まなく探していくが……どれも丸焦げの状態で、目立って不自然なものは見当たらない。…ココを捜査はかなり難航しそうだ…そんな弱音を心で漏らしていると…その考えを読んだように“めげずに、がんば、ろ?”と、励まされた。

 

 

 しかし、彼女が隣にいると…何となく、心強い。成り行きみたいな流れで、贄波と捜査を共にすることになったが。少なくとも、水無月よりかは破天荒に行動しない分、安心感を持って捜査ができる。まあ水無月のあのエキセントリックさも、彼女の持ち味みたいなものだから…あれはあれで別の意味の安心感があるな…。

 

 

 周りを見回しながら…そんな事件とはあまり関係の無い事を考えていると…とうの贄波から“あっ…”と何か見つけたような声が漏れた。 

 

 

「ね…ねぇ、見て。あの上の、窓」

 

 

 天井の方を指を差す贄波。俺は従うように目を向けた。

 

 

「窓が1つ…開いてる?何であそこだけ…・」

 

「ちょっと、不自然だよ、ね。わたし、はしご持ってくる、ね?」

 

 

 …俺が開いた窓に疑問を持っている間、そそくさと贄波は…図書館の本棚によく掛けられている…本を取る用のはしごを移動させてくる。漏れなくこのはしごも焼けてしまってボロボロだが……叩いたり、実際に上り下りしてみると特に問題無いようで……安定性事態は損なわれていないことがわかった。俺は1人の男として、先陣を切っていくようにはしごを使って上の方へと登っていく。流石にちょっと怖いからな…贄波に任せるのは気が引ける。

 

 

 登り始めて数秒、無事窓にたどり着いた俺は、何か情報は無いかと、手元のライトを当ててみる。

 

 

「……ん?」

 

 

 ――すると、窓の縁に何やら“フック”のようなものが掛けられていた。従来の形では無い、釣り針を何本も束ねたような……まさに引っかけるためだけに加工されたような見た目だった。そしてそのフックのお尻からは一筋の“ワイヤー”が伸びていた。

 

 続きのある垂れたワイヤーがどこに繋がっているのか気になった俺は、試しにワイヤーを引っ張ってみた。

 

 

「長いな……」

 

 

 たぐり寄せてみて分かったが…ワイヤーはかなりの長さがあった…。先の切れた部分までたどり着くのに少し時間がかかってしまった。

 

 

「……方角は……プール側、か」

 

 

 そして、他に何か調べ残し無いかと…窓から顔を出し、周囲にライトを当ててみる。

 

 

「!……あれは」

 

 

 図書館の外観の壁際――“滑車”が棘が生い茂る地面に落ちていた。位置は丁度、フックが掛けられたこの窓の真下。

 

 

「フックにワイヤー、それに滑車……まさか」

 

 

 ……発見した怪しい証拠品の数々を見て、俺はそれらに既視感があることに気づいた。…しかもごく最近。………もう1箇所、調べるべき場所が出てきた。俺はそう考え、メモに証拠品の情報を残していった。

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【図書館の天窓につけられたフックとワイヤー)

…天窓の縁にフックが引っかかっており、尻には先の切れたワイヤーがくくりつけられていた。引っ張らなければならないほど、かなりの長さがあった。

 

 

【落ちていた滑車)

…フックとワイヤーのかかっていた窓の真下の地面に落ちていた、どこかで見覚えのある滑車。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の調査を終え、図書館の散策を再開してしばらく、一通り図書館の周りを見終えた俺と贄波はまた、出入口付近まで戻ってきていた。

 

 そこでは、まだ紐で縛られていないニコラスと、その彼を徹底的に見張る雲居がおり、少々物々しい雰囲気が蔓延っていた。……といっても、殆どは苛立っている雲居が醸し出しており……その原因が、およそ疑われているとは思えない余裕な態度のニコラスからというのが…何とも言えない。

 

 

「…雲居、ちゃん。調子は、どう?」

 

「不機嫌極まりないですね。大事な本は焼かれるは、ニコラスはどこまでいってもニコラスだは…忌々しすぎて数秒に1回ニコラスに蹴りを入れないと気が治まらないですよ」

 

「はははは!ミス雲居、蹴るのは構わないが、向こうずねだけは止めておくれよ?いくら天才のボクでも、鍛えきれない部分はあるからねえ!」

 

 

 快活に笑うニコラスをゲシゲシと蹴り続ける雲居。2人の温度差に勘違いしてしまうが…ニコラスが見張られる側で、雲居が見張る側なんだよな………立場が逆なら、その温度差も納得できるというのは内緒だ。

 

 しかし見たところ、やることが無く、時間を持て余しているようなので1つ、俺はニコラスに質問を投げかける。

 

 

「……そういえばニコラス。1つ気になってたことがあるんだが……何で火事の時、あの図書館の中に居たんだ?」

 

「ん?急に改まったと思ったら、そんなことかい……それはな、キミ、超高校級の探偵たるボクをボクたらしめるための日々の研鑽…いうなれば“ルーティン”行っていたからさ」

 

「ルーティ、ン?」

 

「また変な事を言ってきたですね…あんたの習慣と図書館がどう関係してくるですか…」

 

「そりゃあまあどっぷりとさ!キミ!……ボクはね、夕食の後…眠る直前は必ず数時間程の読書を心がけているのだよ……どうにも、これこなさないと安心して眠れなくてね」

 

「ほう、殊勝な心がけじゃ無いですか。嫌いじゃ無いですよ、そういうの」

 

「昨夜も、その例に漏れずに図書館で過ごしていたんだが……本を読み始めて2時間、そろそろ切り上げようかと考えていたら、急に首筋から“バチッ”と電流が走り……気づけば闇の中さ」

 

「…誘拐されたみたいな言い回しだな……つまり、本を読んでいる時、誰かにスタンガンか何を押し当てられて、気を失ってしまったんだな?」

 

「ああそうとも言うさ!…本当に気が覚醒したときには……周りは火の海。煙を吸い込まないように口下を押さえ、ハヤブサのような俊敏な動きで入口まで階段を駆け上がり、そしてドアにタックルをかまし、キミ達の目の前に転がり出てきた……というわけさ」

 

「何か、スパイ映画、みたいだ、ね」

 

「…俺達の知らない間に…そんな修羅場な目に遭ってたのか……大変だったな」

 

「……一応言っておくですけど、2人とも。ニコラスは最も怪しい容疑者なんですから……今の武勇伝のような話は鵜呑みにするのは禁忌ですよ?そこんとこわかってるですか?」

 

「う、うん、分かってる、よ?……多分?」

 

「はははっ!!見事なまでに曖昧な返事じゃあないか!!そういうのは嫌いじゃ無いよ!!キミぃ!!」

 

「…………」ゲシィ

 

「あ痛ったあああ!!」

 

 

 雲居のキックが完璧にニコラスの脛に入ったのを確認した俺は、雲居の忠告を受け入れつつも、証言を記録していった。

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【ニコラスの証言)

…7時の夕飯後、日々の日課として図書館で2時間ほど本を読んでいると、急にスタンガンか何かを押しつけられ、気絶してしまった。目が覚めると、目の前は火の海になっており、急いで外に出たとのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 ニコラス達の証言を聞き終えた俺達は、そろそろ頃合いなのではないか…そう考え、図書館の中央へと足を戻していた。案の上そこでは、既に検死を終えたように一息つく雨竜と、それを苦い表情で一心に見つめる古家の姿があった。

 

 

「検死は終わった…と見て良いのか…?」

 

「……殆ど焼けてしまって、調べる部分が少なかったからなぁ。口惜しいが…ワタシの手を持ってしても、ここまでだ」

 

「そっか、それは残念、だ、ね」

 

 

 第一の事件と同じように…複雑な表情のまま、ため息を漏らす。同じく、俺達もどうしたものかため息を出す………しかし見てみると、何故か雨竜はフッとニヤリと口を曲げていた。

 

 

「…折木、そして贄波。貴様らは今“じゃあ情報はほぼ無しか…、役に立たねぇなコイツ…”と考えたなぁ?ククク、はやってくれるなよ?調べる部分が少なかったとは言ったが…有益な情報が無かったわけでは無い…とても、とても興味深い部分もあったさ」

 

「勝手に人の心の声を野蛮にしてくれるな……そんなことよりも…本当か?」

 

「あ~、確かに、死体を目の前にして”うぉ!”とか“成程成程…”とか、“これはっ!”…って、検死してる人にあるまじき騒がしさだったんだよねぇ…」

 

「反応して、あげなかった、の?」

 

「関係者と思われたくなかったからねぇ…」

 

「……身も蓋もない話だな」

 

 

 俺達の密かな会話を余所に、白衣を翻す雨竜。フハハハと、軽く笑うが、どこか悲しさを帯びているような気がした。それでもと、偉く様になった手のひらを顔に当てたポーズで、言葉を続けていく。

 

 

「貴様らは既に、モノパンファイル.verトゥー(2)、に目は通しているなぁ?……いや、通してもいなくても、情報量に違いは出ないのだがぁ…念のため聞いておく」

 

「見てはいるが……」

 

「……殆ど何にも載ってなかったねぇ」

 

「書いてた、のは、死体発見場所、と、死体発見時間くらい、だったから、ね」

 

「……正直な話、数十分間に及ぶ検死は行ったが…その甲斐も無く、死亡推定時刻を推察することは出来ないままだったぁ……我が医療知識の敗北の瞬間、ここにあり…」

 

 

 “どぅあが……”意味深に…癖の強い間を置いていく。

 

 

「――“死因”は、判明したぁ」

 

「死因が……?凄いじゃないか!」

 

「それがあのオーバーリアクションの原因だったんだねぇ。確かに大発見なんだよねぇ」

 

「それ、で?何、が原因だった、の?」

 

「フフフ…そう焦るな若人共よ…。この鮫島の死体は……端から見れば、10人中9人が焼死と判別するほど焼けただれている……が、生憎ワタシはその10人の壁をも超越する観測者…。絶大なる技量と経験を兼ね備えたその手腕は……まさに段違い」

 

「…落合の回りくどさが伝播してきな。ちょっとずつ関係ないことまで言い始めたぞ」

 

「雨竜、くんは、元々言い方、に、しつこさはあった、と思う、よ?」

 

「…贄波さん、言い方に棘が生え始めたんだよねぇ……多分雲居さんの影響だろうけどねぇ」

 

「貴様ら話を聞けぃ!!良いか……ここからが本題だ。よく見てみろ。鮫島は両手を投げ出した状態からもがく様な体勢を取っていない…つまり、これは“死んだ状態”で焼かれたと考えられうる」

 

「そう客観的な話を聞くと、生々しい話なんだよねぇ……」

 

「…死の直接的な原因に話を戻そう………針を刺すような検死の際、幸運にも炭になっておらず生焼けになっている首の一部分を発見したのだ、それと同時に、死の“痕跡”が見られた。――鮫島は、縄または紐などの索状物による気道の圧迫、および血流の妨害による血管閉塞…法医学的に言えば絞頸(こうけい)またの名を……絞死(こうし)……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ雨竜…頼むから今だけは専門用語はよしてくれ」

 

「一瞬置いてけぼりになっちゃったんだよねぇ……オカルト以外は凡人のあたしにちょっとばかしで良いから配慮して欲しいんだよねぇ…」

 

「わたし、も、サバイバル以外…はキツい、かな?」

 

「………それは衝撃的事実だったんだよねぇ」

 

「良いだろう、ならば結論を述べようではないか…鮫島は――“絞め殺された”…と見て間違いないだろう。…だが何故…絞殺して、さらに大火事を起こしてまで鮫島を焼いたのかまでは……分からんがなぁ。まあそこは…恐らく今回のクロのトリックの核になる部分だろう…見張り役のワタシの管轄では無い…捜査をする貴様らの領分、というわけだぁ」

 

 

 流石に見張り役としてココを出る訳にはいかないからと、俺達へ“何故鮫島の死体を焼いたのか”の謎をパスしていく。…しかし手元を見てみると…何となくウズウズしたように白衣の袖を握っているのが分かった。…他人に問題を投げ渡す、という事に対して、いくらか歯がゆい気持ちはあるのかもしれない。

 

 

「あの、ね?雨竜くん、教えて欲しいことが、あるんだけ、ど、良い?」

 

「ん、何だぁ?…そうだな、ワタシの知っている限りでなら、構わんが」

 

「鮫島くん、は…どんな風に絞殺された…の?ほら、絞められたのか、とか、吊られて、とか、ある、でしょ?」

 

「ああ~“索状痕”のことかねぇ。でも絞殺されたんなら、テレビドラマみたいに、首をこう…締め上げるような感じじゃないのかねぇ…」

 

 

 細かすぎる質問に聞こえるが……これは恐らく、さっきの俺達の話に出てきた、首を吊った誰かの話のことに関連しての質問なのだろう。多分贄波は…プールで首を吊った誰かと、鮫島の死体は同一である考えているのかもしれない。

 

 

「ううむ……本来であれば、そのような痕跡は、もっと詳しく調べる必要があるのだが……何しろ皮膚が焼けただれいるからなぁ…その線の跡まではたどれなかった。死因を特定できただけでも御の字……すまんがその質問には答えかねる」

 

 

 “…しかし”と、雨竜はひっくり返すように付け加える。

 

 

 

「少なくとも…四肢を投げ出した体勢で焼死をしたことはあり得ない……。それに絞殺の跡も見受けられているのだ…“自殺”という線も薄いだろう。自分で自分の首を絞めて、さらに自分を焼くなど………明らかに不自然すぎるからな」

 

「そうだねぇ…そんなのゾンビにしか出来ないんだよねぇ」

 

 

 “自殺”ではなく、“誰か”に絞殺された……か。俺はその貴重な死体の情報を、詳細に記録していった。

 

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【雨竜の検死結果①)

…死体の体勢から、死因は焼死では無い。

 

 

【雨竜の検死結果②)

…首元の焼けていない皮膚に、ヒモのような物で絞められた痕跡があった。絞殺の可能性大。

 

 

 

 

 

 

 しかし……雨竜の検死を踏まえて考えてみると、プールで首を吊っていた誰かは…贄波は思うように…鮫島なのだろうか。

 …そう考えると、俺達がプールに踏み入れて、そして発見した時点ではもう鮫島は…殺されていた……ということになる。だけど何故…プールにあった鮫島の死体が、図書館にあるんだ?まるで瞬間移動マジックを見た気分だ。

 

 

 だけど何だろうか…このモヤモヤとしたとてもイヤな感じ…。答えらしい答えにたどり着けそうなのに、当てずっぽうで解答してるような、とても不安定な感覚だ…。

 

 

「ん…?」

 

 

 ふと気を紛らわすつもりで、広場の外周、チョロチョロと飛沫を上げる水路の方に目を向けてみる。施設が全焼してもなお、流れ続けるその水底に………何か黒い物体がユラユラと揺れているのが見えた。気になった俺は、ライトを当て…その物体を手に取ってみる。物体はザバリと音を立て、その姿を現した。

 

 

「――これは…!」

 

「どうした、の?それって……黒い…布?」

 

 

 それは、“黒いローブ”だった。…丁度鮫島辺りの体格が収まるくらいの、大きめのサイズのローブ。

 

 これはきっと、雲居が中央広場で目撃し、さらにプールの天井で首を吊った死体が身につけていたローブだ。しかし……こんな所に沈んでいたなんて、しかも死んだ鮫島の側に……。ここまで揃ってくると、やはりあの首つり死体は…鮫島と見て間違いない…ということなのか。

 

 

「…このローブ…どこか、で、見たことある、気が、する」

 

「…本当か!?」

 

「雑貨が沢山置いて、る、第1倉庫に、在った、と思う。あそこ、コスプレ、用の道具も、沢山、おいてあった、から。わたし、たち、に、コスプレ趣味の人、なんて居ない、のに……」

 

 

 ふむ……また1つ、調べるべき場所が見つかった、か。時間が許してくれるかは分からないが…そこも、まとめて調べに行ってみよう。

 

 考えることはまだまだ沢山あるが…それを考えるのは、全ての情報が揃ってからだ。もしダメだった、そのときはそのときだ。俺は膝を軽く叩き、立ち上がった。

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【黒いローブ)

…雲居を襲った不審者が着ていたと思われる黒いローブ。倉庫に同じような物があったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

【エリア2:中央分岐点】

 

 

「……」

 

 

 図書館を出てから数分、…俺達はニコラス(雲居)に言われたとおり、道の隅に寄りながら、土を踏みしめていた。

 

 ……それにしても、何であのときアイツが“道の真ん中を歩くな”と言っていたのか、中央分岐点に差し掛かる直前で……その言葉の意味が何となく分かった。

 

 

 俺は最初の事件を思い出す。陽炎坂が残した、エリアとエリアの移動の痕跡を。

 

 

 森の中でぬかるみに残された跡を見つけたときを。

 

 

 これはあのときと同じ。

 

 

 俺は、少ない本数の街灯に照らされた、足下に視線を直す。

 

 

 ――“足跡”だ

 

 

 丁度道の真ん中に大量の足跡があった。その全てが“図書館方面”へ向けて、付けられていた。これは恐らく、俺や雲居を含めた生徒全員の靴の跡………。だけど靴底の跡はどれもグチャグチャで、どれが誰のかは判別出来ない。何で

 

 

 ――だけど

 

 

 見た感じ、足跡自体は付けられたばかりであると分かった。皆が図書館に駆け付けたのはついさきほどのこと。それに、俺と雲居が不審者を追いかけたときも、引っかかるような“走りずらさ”があった。何故そのときに、そんな感触があったのかは分からないが…それでも――。

 

 

 

 俺は心の内に僅かな期待のようなものが掠める。…これは、犯人の痕跡を追いかける重要な手がかりになるのでは無いかと…。

 …中央棟から図書館へ向かった人数は沢山いた故に…時間内に鑑定するのは困難かもしれない。でも、他の道だったら……。もしかしたら未だ宙に浮いている不審者の存在を明るみに出せるかもしれない。

 

 

「ね、ねぇ。折木、くん。道の、真ん中、に誰か居る、よ?」

 

 

 黙々と考えに集中していると、隣を歩いていた贄波が服の裾を掴み、呼びかけてくる。俺は彼女の目先へと視線を移す。

 

 …分岐点の中央、道すがらの街灯の真下に――“風切”がいた。畑と水田に見続けながら、一切の微動も許さずしゃがんでいる。前にも同じ光景を見たことがあるな、俺はふと、2日前のことを思い出した。

 

 

「風切…また畑を見てるのか」

 

「何か、気になるところ、があった、の?」

 

「……うん」

 

 

 言葉少なに、風切は静かにうなずく。本当に少なすぎて、さすがの贄波も困り気味だった。

 

 

「……確か、前は畑の位置が変だとか、言ってたよな……まさか?」

 

「うん。…やっぱり今日と、昨日で…畑の配置が変わってた。…どう考えてもおかしい」

 

 

 周りに目を向けてみると。風切の言うとおり…配置が変わっていることが分かった。それだけじゃない…ついさっき、雲居が襲われた、“11時半頃の時”と…位置がずれていたのだ。丁度、この畑(水田)

1個分くらい。

 

 

「……気になる。とっても気になる……でも何でなのか分からない…まさか、動いてる?」

 

「このエリア2………俺達がいるエリア1と違って、何かしらの“仕掛け”があるみたいだな」

 

「……?どういう、こと?」

 

 

 俺達が何を言っているの、分かっていないようで……贄波はずっと首を傾げている。申し訳ないが…未だ俺達も理解できていない故に…まだ話すことは出来ない……。とりあえず記録だけはしておこう。俺は難しい表情を崩さず、メモを走らせた。

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【風切の違和感)

…昨日と、畑と水田の位置が違う…気がするらしい。

 

 

 

 

 記録を付け終わった俺は、先ほどの道ばたの事を思い出す。先ほどの道ばたも、今現在も踏みしめるこの土も、まるで水を浴びせたばかりのようにとてもぬかるんでいる……もしあの状態が少し前から続いてたのなら、風切の足にはもしかしたら……。

 

 

「…なあ風切、足の裏…何か変な感じがしないか?」

 

 

 俺がそう聞くと、面倒くさそうに風切は立ち上がり、足の裏を見てみる。すると、驚いたように“うわっ”と、気の抜けるような声を漏らした。

 

 

「………結構泥が付いてた…気づかなかった。何かグチョグチョしてたから…真ん中の道はよけたのに…」

 

「真ん中、だけ、が、濡れてるなんて…ちょっと変だから、ね……脇だって、ぬかるんでる、よ」

 

「……成程。それは盲点だった」

 

 

 いや、どんな盲点だよ、俺は内心ツッコんでみた。だがしかし、この足下の状態…流石に水はけが悪いから…だけで説明は不可能になってきた。正直な話気が引けるが、“アイツ”に聞いてみた方が良さそうだな…。

 

 

「……モノパン!!居るんだろ!!」

 

 

 俺はこの施設に詳しい者の名を、大声を上げて呼ぶ。言葉は夜の向こう側へと溶けていき、空しく響く。変だな、と周りを見渡してみると。ニョキリと、何故か時間を空けてモノパンが現れた。つい、うぉっと声が出てしまった。

 

 

「暗闇に支配された空間…一筋の街灯の下…逢瀬を交わす男女……はっ!これってもしかして修羅場?もしかしてワタクシ、お邪魔虫?」

 

「…態々呼び出したのに何故そうなる。聞きたいことがあるからに決まってるだろ」

 

「ちぇー、ノリがお悪いことですネ…そういうドロドロとした関係性も、そろそろ出して良い頃合いだと思いますけどネ。それで、どんな事を聞きたいのですカ?」

 

「…この辺り、って、よく雨が降った、りする、の?何か、すごく足下が、粘つく、気がするんだけ、ど」

 

 

 下世話な話題を続けざまに打ち出そうとするモノパンへ、果敢にも贄波は質問を投げかけていく。

 

 

「ん?んんん?それは質問ですか?……そんな顔をこわばらせないで下さいヨ…はいはい、勿論質問ですよね、ハテナマークだって付いてるんですからネ……ではではその質問にお答えしましょウ。…答えは半分イエースで、半分ノー。この中央分岐点周辺には雨は降っておりませんが……大量に水は“撒かれております”」

 

 

 “雨は降っていない”でも、“水は撒いている”…?どういうことだ?…俺達は、煮え切らない回答に…また毛色の違う疑問符を浮かべていく。

 

 

「もっと素直にお答えいたしますと、このエリアの天井には“水やりシステム”が施されているのでス」

 

「…そう答えられるなら最初からして欲しかった………でも…水やりシステム…?…何それ?」

 

「…農作物を育てるためには、水が必要ですよネ?加えて、肥料や薬品、添加物など…様々なファクターが重要です……この水やりシステムはそれを一遍に植物へと行うことができる超画期的装置なのでス!!」

 

「…水と肥料以外、明らかに余計なファクターだろ」

 

「そこは別に聞いてる部分じゃ無いので置いといテ……キミタチが特に聞きたい部分である、このシステムの発動時間に話を戻しましょウ。…朝の7時と、夜の11時、その時間になると自動で施設の畑周辺に水が撒かれるのでス。それはもう盛大に…」

 

 

 “まあ…そのシステムの影響で、盛大に道は泥濘になってしまいますガ”…そうちょっと後悔するように俯き、付け加えていく。……後悔するんだったら、もっと大人しめにシステムを設定すれば良かったのに…。

 

 

「…雨が降ったんじゃ無くて…水が撒かれた……それは分かったが、何でそんな時間に水を撒いてるんだ?」

 

「…結構微妙なタイミング」

 

「キミタチの生活スケジュールのウチ、このエリアを訪れないであろう時間設定したら、そんな風になっちゃったんですヨ。朝イチでこのエリアに訪れることも、夜のこの辺りをほっつき歩く事も…相当マイペースなヤツでは無い限りい無い……そう思っていたのですガ…まさか堂々と足を踏み入れる輩が居てさらには事件を起こすだなんテ……一体ワタクシは何時にこの畑へ水をあげれば良いのでしょうカ…」

 

「そっか…以外、に、考えられてる時間帯、だったんだ、ね」

 

 

 贄波の理解も空しく…よよよ、とモノパンは大げさな身振りで悲しみ出す。…確かに、天下のモノパンも、こんな夜中に事件が起こると思っていた無かったみたいだし。そこは、同情の余地ありだな。ほんのちょっとだけ、な。

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【水やりシステム)

…AM.7:00、PM.11:00に畑と水田に水を散布するよう設定されている。水をやった直後は、周りの道が少しぬかるむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:プール(金網橋)】

 

 

 中央分岐点に居た風切と別れた俺と贄波は…記憶の筋をたどるように、プールへと足を運んでいた。……もっと厳密言うなら、プールの天井付近に掛けられた、金網状の足場に…だが。

 

 

 俺のように心当たりがある人間は別として…普通なら、こんな限定的な場所に来るという選択肢は取らない。絶対に人が居ないだろう……居るとしても雲居くらいだろう…そう思っていたはずなのに…。

 

 

「……何でお前がココにいるんだ?」

 

「羽を伸ばし、際限なき空を飛び交うように……人が歩む場所に限界は無い。しかしそれは、自由なようで…自由とは言い切れない定理の鳥かご。――僕はそのことわりにあらがえなかった…憐れな生物の1人…というわけさ」

 

 

 相変わらず何の意図も読み取れない言葉を並べる落合がそこに居た。

 

 

「……何となく、来た、ってことなのか、な?」

 

「いや……まさか都合が悪いものを処分に来た…とかではないよな」

 

「そのまさかは、君達の頭の空想でしかないよ。僕にとって都合が悪いもの、そんなものはこの世には無いのさ。だけど…ああそうだね。本の都の入口にて、夜空にほど近い生ぬるい水の都を見上げてみると…何だか惹かれてしまってね…小さな旅をしてみたんだ。しがない渡り鳥のきまぐれさ」

 

「その惹かれたチョイスが、よりにもよってここなのか……普通はプールサイドに落ち着きそうなものだが…」

 

 

 橋の外に足を投げ出しながら、すまし顔で両手で支えるギターを一撫で。股と股の間に手すりを挟んでいるので…万が一にも落ちることは無い…だけど何となく危なっかしい気もする。

 

 …もしココにいるのが他の生徒なら、何らかの不自然さはあるが。コイツとなると、どう判断したものかと迷いが出てしまう。本当に、モノパン並みに神出鬼没なヤツである。

 

 

「…上には天があり、下には地がある。…常に人はそのどちらかに存在していて、殆どは地に足を付けている……勿論僕も例外では無いさ。だから、たまには上から下を見てみるのも…悪くない、そう思っただけよ」

 

「の割には…震えてないか?足」

 

「もしかし、て、高所、恐怖、症?」

 

「高い場所は、嫌いじゃ無いよ、ただ…そうだね……………ジャララン」

 

 

 …音で誤魔化したな。この金網橋で立ち上がらない理由が何となく分かった気がした。横を見ると、流石の贄波も苦笑いをしている。俺は終始…悩ましい表情だが。

 

 このままのんきに落合の相手をしている場合では無いと考えた俺は、ふぅ、と息を吐き……気持ちを改める。立ち上がろうとする気概が微塵も感じられない落合は置いとくとして…本来の目的である、図書館側に取り付けられた、“窓”へと移動する。

 

 近づいて見てすぐ、その窓に不自然な点があることに気づいた。窓が少し開いていたのだ。普通なら、こんな辺境にある窓なんて、よっぽどのことが無い限り開いているハズ無いのに。まあ、落合が“風の流れを変えよう”とか言って開けたというのなら話は別だが……しかし未だ立ち上がることすらままならない様子を見ると、可能性は低そうだ。

 

 

「“やっぱり”…だな」

 

「図書館側、にくくりつけられてた、のと、おんな、じ…?」

 

 

 窓を端にライトを当て、目当ての痕跡があるのか、観察をすると――やはりと、首肯の意味も込めて頭を縦に振る。この窓の縁にも…図書館側と同じような“ワイヤー”がくくりつけられていた…違う部分で言えば…図書館側よりも“短く”先っぽは切られてる位だ。

 

 

 ――このプール側と図書館側のワイヤー…まだ可能性の段階だが、事件当時このプールと図書館は繋がっていたのだ。

 

 

「ああ…僕もさっきね、窓から図書館を眺めてみようと思ったんだ……そしたら気づいてしまったよ…夜闇に光る、一筋の糸…これこそ、この事件を真実へと導く、鍵になると…僕はそう睨むよ」

 

「こっちを向いて言ってくれたら…少しは恰好はつくんだがな」

 

 

 足を投げ出したまま微動だにしない落合は、こちら目を向けずそう一言。体勢はヘタレているが…意外なことに…落合も、このワイヤーの存在に気づいていたみたいだ。

 

 

「…?でも、今は何で、そこでじっと、してる、の?」

 

「気づいただけさ…この世で最も忌まわしい、恐怖の意識をね。これは僕1人の力では覆せない、強大なものさ」

 

「また回りくどいことを……」

 

「何が、そんなに怖い、の?」

 

「それよりもだよ。2人とも。そのワイヤー、僕は思うんだ…いや思い出すんだ。初々しく、そして新しい美しき品々の社交場をね……君達も、同じ思いを馳せたんじゃ無いかい?これも、短くも尊い、旅のおかげだね」

 

 

 また無理矢理、煙に巻かれたような感じだ…だけど確かに、落合の言うとおり…ワイヤーと言えば美術館に飾られていた“あの道具”だ。

 

 加えて、その道具を使った理由も何となく理解できる。きっと…森をまとも抜けることはできないからだ。棘が地面を覆っていて、エリア1のように通り抜けることが困難だから。

 

 

 前者も後者も…どっちも重要な事実だ。

 

 

コトダマGET!!

 

 

【プールの窓につけられたワイヤー)

…天井にある図書館側の窓に、短めのワイヤーはくくりつけられていた。

 

【棘の森)

…エリア2の森の中は棘が地面を覆っており、まともに歩くことが出来ない。

 

 

 

 

「折木君、贄波さん…僕には、たった1つ夢とも言えない願いがあるんだ」

 

「……何だ?」

 

「それはね、この天に架かる橋から、大地へと羽を降ろすこと……そう、僕は当たり前に戻りたいのさ。君達のような当たり前の人間にね」

 

「“ここから降りるの手伝って”、てこと、かな?」

 

「落合検定一級の解答だな…」

 

 

 …こんな調子でよく登って来れたな……。

 

 俺は悩ましげな表情を深めつつも、驚くべきへっぴり腰な落合を介護し、下へと降りていく。そして俺達は次の目的地へと向け、プールを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

【エリア2:美術館】

 

 

 

「……予想通り――使われてたか」

 

 

 

 美術館へと足を踏み入れていた俺と贄波は、『モノパン七つ道具』が展示されたショーケースに目を向けそう言い放った。ショーケースに納められたはずの7つ、道具があったはずなのに。中にあるのは“5つ”。……何者かが、美術館の道具を2つ借りた、それを物語る確固たる証拠だった。

 

 

「借りられるのは確か2つまでだったから……他は手つかずみたいさね」

 

「話し合いでも、使わないって…お互い決め合っていましたのに……どうして」

 

「……あくまで口約束だったからな。冷たい事を言うと、互いに示し合わせた程度じゃあ、未然に犯行は防げない……というわけだな」

 

「その口ぶり……やっぱり“モノパンワイヤー"…それに“モノパワーハンド”も使われてたんだね。コソコソと物騒な道具を拝借するたあ、姑息なヤツさね。もっと堂々と“道具借りました!”……って言えばいいのにねえ」

 

「だった、ら、こんなに苦労しない、と思う、けど…?」

 

 

 静かに憤る反町、それと対極に深く悲しむ小早川……。何と声を掛ければ良いの分からなかった俺達は、もう一度ショーケースの中を見てみる。飾られていた7つの道具のウチ…『どこでもワイヤー』と『モノパワーハンド』が…その姿を消していた。モノパワーハンドについては分からないが…どこでもワイヤーの痕跡は、プールと図書館で見つかった。

 

 …口で言うだけじゃ無くて、絶対に使われないように見張りか何かを付けて、徹底しておくべきだったか……でも、そんなことは後の祭り。結局道具は鮫島殺害の何らかのトリックに利用されたのだ。 

 

 

「使われた、のは、間違いなさそうだけ、ど。でも、肝心の道具のあり、かが、わからな、い、ね」

 

「ああ……1度、どこでもワイヤー、そしてモノパワーハンドの使い方をおさらいしておくことも含めて、そのことも記録しておこう…」

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【どこでもワイヤー)

…フックの付いたワイヤーを打ち出し、目的の場所に引っかけ、そしてワイヤーを引くことが出来る。さらに滑車が付属しているため、ワイヤーの片側から逆まで簡単に移動できる。しかし、道具そのものは行方不明。

 

 

【モノパワーハンド)

…てこの原理やら何やらを駆使し、どんな小柄な人であろうと、軽々と自分より重い物を運ぶことが出来る。しかし、道具そのものは行方不明。

 

 

 

 

コトダマUP DATE!!

 

 

【落ちていた滑車)

…図書館側に落ちていた滑車。美術館の展示品である、どこでもワイヤーに付属していた物と同じ。

 

 

 

 

「…それにしても、何で2人はここに…?多分、モノパンワイヤーが使われた形跡は、見てないはずだよな?」

 

「ああーいや、美術館に変な道具がいっぱいあったから、何かしらあるかもなーって感じで来たんだよ。要はただの当てずっぽうさね。…でも、案外アタシ達の山勘もバカにならないね。見事にビンゴだったよ…」

 

「はぁい!考えるのはとても苦手なので、その、えっと、けーせきとやらは見つけておりませんが…天性の山勘とやらで!犯人に繋がりそうな道筋は見えたような、そんな気がします!!!正直お先は真っ暗ですけど!」

 

 

 な、成程…ただの運任せだったのか…。その行き当たりばったりさに苦笑いをする傍ら、反町は“よぉし!!”とパシッと自分の手のひらに拳を合わせながら意気込んだ声を上げる。

 

 

「梓葉!!この調子でドンドン捜査を進めていくよ!」

 

「はい!!!勿論ですとも!!でも折木さん達から聞いた、不審者の存在もありますから…此度の事件も、一筋縄ではいかない気がします!今にも知恵熱で頭が沸騰しそうです!しかしはい!誠心誠意、頑張らせていただきます!!」

 

「もう湯気、出て、る、気がする、けど……すごい、気概だ、ね?」

 

 

 …確かに強気なのは良いが…何となく危なっかしい感じはする。…ていうかいつのまにか名前呼びになってるし。

 

 

「当たりまえさね!折角ここから出られるってはずだったってのに……まさか鮫島を殺してまで話を潰してくるなんて…怒りのボルテージも二乗さね!」

 

「…どうして外に出られるはずだったのに、どうしてコロシアイが発生してしまったんでしょうか…?」

 

「そう、だよね。今回のクロ、は……動機も分からない、まま、なんだよ、ね」

 

 

 確かに…皆の言うことも重要な疑問の1つだ。今回の殺人によって何が起こったというと…この施設からの退去の話が無くなった……それが主な結果だ。

 勿論反町のように怒りだって湧く……だけどそれ以上に、分からなかった。仲間を殺してでも、俺達の『強制退去』を阻む理由が。

 

 

「だけど…それを考えるとキリが無い…今は、“誰が”鮫島を殺したのか…それを第1に考えよう。……その繋がりで反町、小早川、1つ聞きたいことがあるんだが…良いか?」

 

「どうしたんだい?クロが分かった時用の組み伏せ方なら何時でも聞いて大丈夫さね!アレは結構初心者用だから…ちょいひ弱なアンタでも楽勝さね!」

 

「ああ!あの技ですね!!頭の弱い私でも習得するのに時間はかかりませんでしたから、折木さんでも安心して取り組めますよ!」

 

「……出来れば穏便に話を収めたい派閥だから…ノーと言わせて貰うよ。そうじゃなくて……お前達が、モノパンに呼ばれたときの話だ」

 

「モノパンにって……ああ!アナウンスが鳴ってすぐの話ですね!」

 

「…ああ。それで聞きたいのは、最初から図書館に居た俺達以外は、中央棟から図書館まで真っ直ぐに来てたんだよな?」

 

「ああそうさね。寝てたら急にあの大音量でアナウンスが流れてくるかねえ。びっくりして飛び起きたらほぼ全員、同時に部屋から出てきてたよ。そんで、しどろもどろになってるアタシ達の前にモノパンが現れたと思ったら、アタシ達を先導し始めてねえ」

 

「そしてあの図書館に行き着いたんですよね?……そのときは確か…雲居さん、ニコラスさん、折木さん、それと……鮫島さんが…いらっしゃいませんでした、はい」

 

「うん、私、もそのとき一緒、だった、けど。不自然な人は居なかった、かな?」

 

 

 …まとめると、事件当時全員、ログハウスエリアか、図書館のどちらかに居た…というわけか。だけど、家事が起こってさらに死体が発見されたのはおよそ30分ほど前……アナウンスが鳴る前は図書館組の俺達以外の生徒は部屋の中に居た……。それだけ時間があれば、誰にもバレずにログハウスへ戻ることも…可能か?…少なくとも、アリバイらしいアリバイを持っている生徒は、俺と雲居くらい、だな。

 

 口には出さないが…俺は何処かの誰かのような…機械的で、合理的な、そんな事を考えた。

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【アナウンス直後の生徒達)

…死体発見アナウンスが流れて、すぐを飛び起き。モノパンのアナウンスに従って図書館に移動した。その際、鮫島、ニコラス、雲居、折木以外は揃っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

【エリア1:炊事場エリア(第1倉庫)】

 

 

 美術館での捜査と聞き込みを終えた俺と贄波は、黒いローブが有ったとされる倉庫の入口に手をかけた。普通であれば『夜時間には特定の施設に出入りは出来ない』この制限が適用されている時間帯……なのだが、モノパンの計らいにより今回だけ特例で解放されていた。

 

 それ故に、倉庫の入口たる鉄の扉は、ガタンと重々しい音を立て、呆気なく口を開く。倉庫の中は、小さな電球が室内をぼんやりと照らされていた。

 

 そこでは、さっき図書館から向かったばかりの長門、そして沼野が何やら集中した様子で作業をしていた。見たところ、数を数えたり、その数字を手元に紙に書いたりしている。

 

 …すると、ドアの音に気づいたのか…2人は作業を中断し此方へとやって来た。 

 

 

「あ~、折木くん~贄波ちゃ~ん。さっきぶり~~調査は順調~?」

 

「…順調と、言えば、順調、か、な?」

 

「2人とも…全然帰ってこない思ってたら、ココを調べてたのか……ちょっと心配したぞ」

 

「おお、それはすまなかったでござる……いやはや、最初はすぐにでも雲居殿へロープを届けようと息巻いてはいたのでござるが……少し気になることがござって…」

 

「気になる…こと?」

 

「なんかね~、図書館で~灯油のにおいがしたらしいよ~~」

 

「灯、油?……あっ、そういえば、何か変な匂いしてた、ね…」

 

「……死体と灰の匂いが凄くて、全然分からなかったな…」

 

「ふふふっ、鍛えてるでござるからなぁ、嗅覚には自信ありでござる。………まあそんな話は置いといて……焼けた図書館に入った当初、拙者その匂い、何処かで嗅いだことがある……そう思いながら、この倉庫に来てみて、ハッと匂いの正体は“灯油”だと気づいたのでござる!それでもしかしたら、火事が起こったのは…この倉庫に眠る“灯油”が原因なのではと勘ぐったのでござる。だから、用事を済ませがてらこのように長門殿と手分けして、何か無くなっている物はないか調査していたのでござる」

 

「灯油以外にも~無くなってるもはあるかな~ってね~……はぁ」

 

「……だいぶ地道な作業だな」

 

「なぁに、ここはそんなに広くは無いでござるし、長門殿と手分けして数えてる故、問題なしでござる!」

 

 

 どうって事無い…とそんな風に胸を張る沼野。だけど付き合わされている隣の長門を見ると、何となく辟易している様に見える…。

 

 

「…それ、で、何か、無くなってる物は、あった、の?」

 

「ん~、やっぱり~結構持ってかれてるみたいでね~。ロープ1本~スタンガン1つにマッチ1箱~紙袋1つに~灯油タンクが数個~~運動用の靴1足~。それに~コスプレ用のローブが1着持ってかれていたんだよ~」

 

「……本当にだいぶ持ってかれてるな」

 

「夜時間に突入したのが数時間前だというのに、この持ち出され具合。そしてこれほどまで大量の物品の盗難に気づけなかったとは……沼野一生の不覚でござる…」

 

「前々から思ってたけど~沼野くんずっと不覚とり続けてるよね~、そんなに貯まってるんだったら~もう来世分もとっちゃってるんじゃない~?」

 

「長門殿~そんな身も蓋もないことを言ってはおしまいでござるよ…我が祖先たる皆々の衆に顔向けできないでござるよ……疫病神扱いは流石にイヤでござるよ…」

 

 

 シクシクとこと垂れる沼野と、まぁまぁと励ます長門。その状況をハハハ…と苦く笑う傍らで、俺は今聞いた2人の証言を元に考えを巡らせていく。

 

 …やはり今回の事件は、雲居の襲撃や、プールから図書館への死体の移動、そして図書館の大火事……それらの犯行を行うための道具がこの倉庫と美術館で収集されている……。一体それらが何に使われたかは、具体的には説明できないが……少なくともこれは夜時間に入る前に行われていた。率直に言って、かなり綿密に練られた計画殺人で……確実に衝動殺人ではないことは分かった。

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【倉庫の状態)

…ロープ1本、スタンガン1つ、マッチ、紙袋1つ、灯油タンクが数個、運動用の靴が1組、コスプレ用の黒いローブが1着持ち出されていた模様。

 

 

 

 簡単にだが、倉庫から持ち出された道具を全て書き記した俺は、1つ道中で気になっていたことを今も励まし合う2人に聞いてみる。

 

 

「…そういえば……捜査中ずっと水無月の姿が見えなかったんだが…どこに行ったか心当たりはないか?」

 

 

 

 鮫島が死んだと聞かされた際、古家と同様にかなりショックを受けた様子だったからな。それなのに、未だに一切姿が見えないとなると、どうしても心配になってしまう。そう思って聞いてみたのだが…2人はうーんと、芳しくないような声を上げる。

 

 

「ん~~?そうだな~、水無月さん捜査が始まってすぐに~どっかに行っちゃったから~~私は分かんないかな~?」

 

「………そういえば、この倉庫に来る前に遠目からでござるが…ログハウスエリアの方に向かったのが、見えたような気がするでござる……が。なんせ遠目であった故、ちょいと不明瞭な目撃談でござるな」

 

「いや、それだけでも充分だ…。しかし…ログハウスエリアか」

 

「一番最初の事件、のことも考える、と、もしかしたら、鮫島くん、の、部屋…かもしれない、ね?」

 

「ああ…被害者の部屋を調べるべき…知りもしないノウハウを俺に教えるときも、そんなことを言ってたからな……また同じように、何か在るって思ったのかもしれないな」

 

「そうと決まれば、そろそろ拙者らは倉庫内の確認作業を再開させてもらうでござる。もしまた何かあった、是非頼って欲しいでござる」

 

「まだ持ち出されてるものがあったら~報告するね~」

 

「うん、ありがとう。ここ、よろしく、ね?」

 

 

 そう言って、会話を終えた長門と沼野は作業を再開する。俺と贄波はそんな2人を背にし……新たな目的地である鮫島の部屋へと足を向け、倉庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア1:鮫島 丈ノ介の部屋】

 

 

 俺達は何の波乱も無く、鮫島の部屋の前へと無事たどり着く。初めは、何処かしかで水無月が駆け回っているのかと内心期待して見たのだが…家の周りを見渡しても、水無月の部屋を見つめても、1つとして水無月の影は見えなかった。

 

 

 ――何かあったんじゃないか…?

 

 

 …ふと、そんな不安が胸中をよぎった。

 

 

 もしかしたら、部屋の中に居るかもしれない…。そう考えながら俺は、扉に手をかけた。小さな力で、扉はあっけないほど簡単に開いてしまう。普通であれば、鍵がかかっているはずなのに。生前の鮫島が鍵をかけ忘れていたのか…それとも………俺達は、ゆっくりとドアの枠をくぐり、部屋の中へと足を踏み入れ、パチリと、部屋の電気を点けた。

 

 

 

 

 そこには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上で膝を抱え、床の一点を見つめ続ける…水無月カルタの姿があった。

 

 

 

「あっ…やっほー、公平くん、司ちゃん」

 

 

 体育座りの姿勢のまま、いつもよりも少ない言葉でプラプラと手を横に振る。表情こそ笑顔だが、見るからに、無理をしているようで、かろうじて元気を振りまいているように見えた。

 

 

「水無月、鮫島の部屋の中に居たのか…」

 

「…全然、見当たらない、から、心配した、よ?」

 

「あははーごめんねー。何か外にいたくなくてさ…さっきモノパンに開けて貰って、部屋に入ってたんだー…」

 

 

 …一応、ここは鮫島の部屋のハズなのだが。どうにも…そんな事を言えるような雰囲気では無く……俺達は黙ったまま水無月を見つめる。彼女は、月明かりが漏れる窓に目を向け、そして細めながら…つぶやくような声で、話し始めた。

 

 

「でもさ、ビックリしちゃったよね……昨日まで仲良しこよしってやってた鮫島くんが…今はもう居ないんだなんてさ」

 

「……ああ。俺だって…信じられない」

 

「本当に……信じられないよね」

 

 

 一番とまではいかないが、比較的多く交流して、まるで兄妹のように見えた2人だった。だからこそ、今回の事件は、古家と同じくらい、ショックを受けている。そう思えるくらい、とても塞ぎ込んでいるように感じた。

 

 

「実はさ、式ちゃんが死んじゃったときも同じ感じだったんだ。昨日まで息をしてた人が、次の日には冷たくなってる…そのときも、現実が受け入れられなくてさ…あのときは、公平くんと一緒に捜査して、色々テンション上げて、誤魔化してたんだ………」

 

 

 “でも…”と翻すような言葉で繋げていく。

 

 

「1回目はどうにかなったけどさ……目の前で、誰なのか分かんないくらい酷い鮫島くんの姿を見てさ……さすがに2回目は……ちょっとしんどいなーって思っちゃった……」

 

 

 何処かの誰かに馳せるように、水無月は宙を見上げる。

 

 

「それなのに…古家くんは凄いよ…あんな風に、鮫島くんが死んじゃったって…受け入れきれなくても…あとで受け入れようって…羨ましいくらい強い覚悟があって」

 

「…あれは、アイツが人より少しだけ強かったんだ。うらやましがる必要なんて無い…」

 

 

 人に言えたことでは無いのに…ニコラスに背中を見て、真実へと立ち向かう後ろ姿を見て……羨望を抱いていたはずなのに。自分に言い聞かせるように、俺はそんな慰めの言葉を漏らした。

 

 

「へへ、そうだよね…でもね、あれを聞いちゃったらさ……何かちょっと不甲斐ないなぁ…って思っちゃってさ……捜査が始まる前に、つい逃げ出しちゃった」

 

 

 あの耐えがたい光景を思い出したのか……少し声が涙ぐんでいるような声を漏らす。誰だって…あの光景をしんどくない、なんて言えるはずは無い……水無月の感性は、間違ってなんか無い。

 

 

「でも、どうし、て…ここ、に?」

 

「…最初はね、自分の部屋に戻ろうって思ってたんだけどさ………心の中で、それじゃあダメだって、カルタがカルタにそう言っているような気がしたの…………せめて……」

 

 

 ――ちゃんと受け入れたほうが良い、言われた気がしたの。水無月は、静かにそう言葉を紡いだ。

 

 

「……つらくなかったのか?」

 

「うん。すっごくきつかったよ…。ここに来たら…大切になれそうな人達が、友達になれた人達が…ドンドンドンドン死んでいってるんだって再確認させられたみたいでさ……すごく悲しくて、もうどうにかなっちゃいそうだった………でもね、悲しいはずなのに…涙を出ないの。何か、可笑しいよね…」

 

 

 バツの悪そうに水無月はケラケラと笑った。――何故涙を流せないのか……それはきっと、涙を流せば…それが現実だって、わかってしまうから。友達を無くした現実を受け入れてしまっていることと、同義だったから。

 

 

「…でもね…分かった。やっと分かったの――鮫島くんはもう居ない。カルタ達の中の誰かに殺されたんだって」

 

「水無月……」

 

「水無月、さん」

 

 

 水無月は答えを得たように、そうつぶやいた。その通りだ…俺達の中の誰かに鮫島は殺されたのだ。もしかしたら、あの古家が犯人の可能性すらある。そんな極限の疑い合いの中に、俺達は身を投じているのだ。…俺は水無月の言葉を聞き…改めて、その事を認識した。

 

 

「だからカルタ、古家くんみたいにはいかないけど、頑張ってみることにしたの!」

 

「………ああ!その調子で行こう!」

 

「頑張ろう、ね!」

 

「ありがとう、2人とも!……よし!!!ネガティブタイム終わり!!何か元気出てきたから、ちょっと遅めかもしれないけど、ココからはガンガン行くよ!!!公平くんも、司ちゃんもこの超高校級の自称探偵、水無月カルタの活躍見守っててね!」

 

 

 水無月はそう言うと…元気よくベッドの上で立ち上がり、ぴょんと、床に足を付ける。…まだ無理をしているようなきらいは見えるが…それでも、俺達に心の内を漏らしたことで、さっきよりはマシなように見えた。だからこそ、俺達は彼女の切り替えを見て、安堵したように胸をなで下ろした。

 

 

「それじゃあ気を取り直して、2人に朗報!ねぇねぇ、これ見てみて!!」

 

 

 俺と贄波が互いを見合いながら笑みを浮かべていると、水無月は、勢いを持って声を出す。そんな彼女の手元にはなにか手紙のような物が握られていた。

 

 

「それは……動機の手紙か?」

 

「いやーあの手紙とはまた別みたいなんだよな~、中身を見てみれば分かるのだよYOU!」

 

「ふふっ、何か、調子、出てきた、ね?それ、で、どんな事が、書いてあった、の?」

 

「……その前に1つお願いがあるんだけど…これの中身は、出来れば裁判前に他言しないでね?ちょーっと混乱を招きそうだからさ…」

 

「……?ああ、構わないが」

 

 

 何か意味深な前置きを並べる水無月に疑問符を浮かべながらも頷く。その反応に、彼女は“ありがと”と一言添え、手紙を開く。俺達は頭を突き合わせるように中身をのぞき込むと、俺と贄波はその内容に目を見開いた。

 

 

 

 

  本日の夜10時半、図書館に来てください。

  相談したいことがあります。

 

 

                         古家』

 

 

 

 

「これ、って…古家、くんから、の、手紙?」

 

「いや-どうなんだろーねー。筆跡が分からないように、定規でカクカクに文字が書かれてるから、断定まではできない、かな?」

 

「鮫島の部屋にあったってことは…確実に鮫島本人へ手渡された手紙と考えられるな……」

 

 

 しかし、手紙の差出人が古家?どういうことだ……いやでも、まさか…?…とりあえず、今は余計な先入観は消して…中身だけでもメモに残しておこう。

 

 

「水無月……もしものために、その手紙はお前が預かってておいてくれないか?」

 

「任されたー!!」

 

 

 …それにしても、手紙に書かれていた呼び出し時間が10時半……今まで手に入れた証拠と重ね合わせてみると…丁度ニコラスが気絶させられた時間と、俺達がエリア2に来た時間の間……もしかしたら、鮫島がいつ殺されたのか…分かるかもしれないな。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【鮫島の持っていた手紙)

…『本日の夜10時半、図書館に来てください。相談したいことがあります 古家』と書かれた筆跡不明の手紙が鮫島のポケットに入っていた。 

 

 

 

 

 

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

『えー、えー、マイクテス、マイクテス――は最初にやったから。……キミタチ!学級裁判場の準備が整いましタ!!』

 

『今から急ピッチで捜査を進めても、年貢の納め時、もうココで終了でス!』

 

『泣いて笑う、笑って泣く、それができるのはまた裁判の後…狂騒と狂乱の知恵比べを制した者のみが味わえるのでス』

 

『…だから、今のうちに目一杯泣いておくと、後腐れ無く裁判に挑めますヨ?』

 

『なーんて、そんな事は冗談としテ…』

 

『とにかく…学級裁判のお時間ダー!!』

 

『集合場所は、前と同じ中央棟エリア、赤い扉の前。キミタチ全員が集合し次第、扉は開きますので…押さない、駆けない、喋らない、…いわゆる“おかし”を肝に命じつつお入り下さいまセ…ではでは、お待ちしておりまス~』

 

 

 

 

 

 ログハウスの中に居るというのに、イヤに響くアナウンスが捜査の終了を告げた。ただ音が響いただけなのに、とても気持ちが引き締まるような、血が冷たくなるような、そんな感覚が体中を走った。

 そんなビリビリとした気持ちは、俺だけじゃ無く、勿論側に居た贄波、そして水無月も、同じように感じているはずだ……その表情からも大舞台の本番直前のような、強い緊張感を放っていた。

 

 

「始まる、みたい、だね……あの、裁判が」

 

「…何だか、いよいよ始まると思うと、少し気が重くなってくるな……」

 

「そんなに気負う必要無し!されど我らに逃げ場無し!ただ暗闇の荒野を突き進み、頑張る他無し!ファイト、オー!!」

 

「…折木くん、は、1人じゃない……?皆が、ついてる、から、大丈夫……きっとね?」

 

「……ああ、そうだな……ファイトの気持ちで、挑んでいこう。そして絶対に、鮫島を殺した犯人を見つけよう。あのモノパンが待つ、裁判場で」

 

「……うん。行こ、う」

 

「よぉし!レッツゴー皆川!!」

 

「………懐かしいな」

 

 

 俺達3人は、互いに発破を掛け合いながら、鮫島のログハウスを後にする。そして、赤い扉が待つ、中央棟へと、足を移動させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

【中央棟】

 

 

 アナウンスが流れてしばらく、第1の事件と同じように…中央棟の赤い扉の前に生徒達は集まっていた。俺と水無月、贄波を最後に俺達超高校級の生徒は再び集結した。…たった1人、今回の事件の被害者である鮫島丈ノ介を除いて。

 

 

「やぁ!遅かったじゃあないか、ミスター折木!そしてミス贄波、ミス水無月!あまりにも遅かったもんだから、ミス雲居のお下げをもう1つ増やしてみようかと考えていた所だよ!キミ!」

 

 

 そして鮫島殺しの容疑者たるニコラスは、あまりにもあっけらかんとしており、肩からずるっとこけてしまいそうな場違いな明るさを放っていた。隣の牽引者のような佇まいの雲居は、もう悟りの境地に達しているのか、完全無視で片手で読めるサイズの文庫本を読んでいた。…ちなみにタイトルは『猿でも分かるバカの黙らせ方』…であった。

 

 しかしそんなニコラスの手元を見てみると、両手には縄跳び用の紐が結ばれていた。縄跳びの握り部分が絶妙に邪魔そうである。

 ていうか…本当に拘束していたのか、しかも結構きつめに縛られているな。俺、少し青くなりかけているニコラスの手首を見ながら、そう思った。

 

 

「でも拘束用の紐が…縄跳びって…何で?」

 

「いや~ロープが盗まれていた故、残念ながら小学校クオリティの縄跳び以外ロープの代用にできそうな代物が見つからなかったのござるよ~」

 

「ええっと~、ものすごく切れやすそうな毛糸に~、願い事が叶えば切れちゃうミサンガに~、マジック用のすり抜けロープとかだったかな~」

 

「すごく、ピンポイント、な、物しか、ない、ね…」

 

「でもさー、拘束するだけなら結束バンドとかでも良かったんじゃない?あれ見た目以上に頑丈だし…」

 

「「………………・やっちまった~(でござる)」」

 

「まあ別に良いんじゃ無いですか?最終的には頭も中身もキンキラキンにおバカなコイツを拘束できれば、それで充分です」

 

「いやぁ、縛るにしても少々限度がある気がすると思うんだよ!!素直な感想を言うと、今にも血が止まりそうんなんだよ!キミィ!」

 

「だ、大丈夫なのかねぇ!?何か顔が青色になってないかねぇ!?」

 

「…ふっ、安心しろ。この程度で死ぬほど人間はやわではない……」

 

「ドクター雨竜ぅ!その推量はボクの人間的限界を考えてくれているのかな!」

 

 

 縄跳びを手首に巻いたり、本を読んだり、頭を抱えていたり、血が止まりかけていたり…およそ裁判前とは思えない緊張感の無さに、俺は少しばかり面食らう。水無月がさっき行ったように、気負い過ぎなのだろうか……?

 

 

「夜を駆けるは、卦体なる影……消え去るは、暗闇をうごめく影の正体……そして炎上したるは我が級友……とても、とても風変わりな物語だね。…これなら、何の学も持たない僕でも、エッセイの1つ位は、書ける予感がするよ」

 

「……」ボン

 

「落合!アンタ梓葉の頭の弱さを理解してないのかい!?見てみな!頭からネジが五本くらい吹っ飛んだみたいな顔になっちゃってるじゃないか!」

 

「……いや、どんな顔だよ」

 

「…大丈夫、大丈夫です。これもまた勉強の一環、国語の学習だと思えば…何の問題もありません!!」

 

「……落合に享受を受けたら。確実に成績下がる」

 

「…同感だな」

 

 

 落合のあのブレ無さとマイペースさは、まさに天性の物だろう。だけど……それにツッコミを入れる風切も、シートを広げて銃の整備をしているので……コイツもコイツでブレないな…と思ってしまう。…扉が開いたら、どうするんだ…?片付け間に合うのか?

 

 そんな密かな心配を抱えていると…突然、無言を貫いていた赤い扉はガコンと音を立てた。俺達は心臓がバクンと揺れたような感覚が走った。見ると、赤い扉は地獄の入口かのように、重々しくも、恐ろしく、口を開いていた。俺はゴクリと、唾を飲み込んだ。

 

 

「……アナウンスでも宣っていたなぁ……勝手に入って、勝手に降りろ…と。ふっ、良いだろう、その誘い、この超高校級の観測者たるワタシが乗ってやるともぉ……あの世で後悔するのだなぁ」

 

「僕らに手渡されるのはこの世からへの出発切符か、それとも往復券か……」

 

「…1回あの世に行ってるじゃないか。まっ、あの世に行ってくる気概じゃないと、この学級裁判は乗り越えられないってなら……同感さね」

 

 

 赤い扉の中に吸い込まれるように、生徒達は続々と入っていく。各々が各々の覚悟のような言葉を口にしながら。

 

 

「…とうとう、始まってしまうんですね………すー、はー、すー、はー……はい!気合いを出したり入れたりしてみました!!もう大丈夫です!!」

 

「いや最後気合い出しちゃってるんだよねぇ…」

 

「そんな態々しなくても、気合いチャージ率はすでにマックス!!そして足踏は校則違反の素…臆せず進めえぇ!!だね!」

 

「はぁ…皆そんなやる気になっちゃってねぇ……怖じ気づいちゃうんだよねぇ…あ~困った困った…本当に参っちゃうんだよねぇ……でも、鮫島君、見てて欲しいんだよねぇ……必ず敵は討つんだよねぇ…」

 

 

 1人、また1人と、赤い扉の向こう側へと足を踏み入れていく。

 

 

「……緊張で疲れて、眠くなってきた……裁判場って、居眠りオッケーだっけ?」

 

「こんな場面でそんなこと言えるなんて~もう肝しか座ってないよ~」

 

「いやぁそれは判断しかねるでござるが……もし拙者がモノパンであったなら……槍を飛ばすかもしれないでござる」

 

「はぁ、居眠りできないのか……はぁ、余計怠い」

 

「早く終わって欲しいのは。皆一緒だよ~でも、深海に潜るような気持ちで~気楽にがんばろ~」

 

「気楽に頑張れる環境に聞こえないのでござるが……ううむ、人の気持ちは奥が深い……深海だけに…」

 

「100点満点中~2.5点~」

 

 

 未だにペースを崩さない誰も彼も。その裏に、微弱な心のブレが見えた。ただ扉の中に入るだけなのに、その先にある裁判場が、心の振れ幅を大きくさせているのかもしれない。

 

 

「ほらっ!!キビキビ歩くです。血が止まっても、体は動かしてもらうですよ!」

 

「人として無茶な事を要求しくるじゃないかなぁ!ミス雲居!せめて手元の縄を少しばかり緩めるくらい…」

 

「ほざくなです!」ゲシッ

 

「……何か、楽しそう、だ、ね?」

 

「アレを楽しそうと、表現するお前くらいだよ…」

 

「ふふ、冗談、だ、よ。ちょっと、くらい、肩の力は、抜け、た、かな?」

 

「……少しだけな。……すまんな」

 

「さっき、も言った、けど…。折木くん、は、1人じゃない、よ。だから、大丈夫。……さ、行こ?」

 

 

 俺もまた贄波に連れられ、赤い扉の中へと吸い込まれていく。ほんの少し和らいだ不安感も、この中に入って、またぶり返してきたように、増していく。そんな気がした。

 

 

 天井に備え付けられた古びた照明にじっとりとした照らされたエレベーター内。前よりも少ない全員が入り切ると同時に――赤い扉は口を閉じた。

 

 

 

 ――そしてガタンと体を揺らし、エレベーターは動き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――俺達13人を乗せた鉄の箱は、下へと下がり続ける

 

 

 ――――留まることを知らないように、イヤくらい滑らかに、落ちていく

 

 

 

  最初に乗ったときと違って……明らかに沈黙が多くなったような気がした。声がしても…ヒソヒソと、何かを話す声のみが、部屋の中に溶けるだけ。

 

 …まあ、話し声の他にも、ぐおおおおぉぉ…と呻いているような声が微かに聞こえるが…多分これは雨竜だ…恐らくエレベーターの小さな揺れに酔っているのだろう…。誰かが背中をさすっている音も混じって聞こえてくる。

 

 

 ――――それを抜きにしても。とても静かだった。

 

 

 賑やかの権化みたいな鮫島がいなくなった。そのぽっかりと空いてしまった穴は、代えがたく、とても誰かにできるような、ものじゃ無かった。この状況は、その居ないというもしもを実現させ、致命的な欠点を浮き彫りにしていた。心の中でそう何度も思ってしまうほど、鮫島がいなくなったという弊害は、予想以上に大きかったのだ。

 

 

 

 

 俺は徐にメモを開いた。この気まずい空間の中で、何かやっておかないと、どうにも落ち着かなかったから……俺は思い出したように、エリア2の中央分岐点で見つけた足跡の数々。それを数え始めた。

 

 

 

 どこからどこへ、メモに残した足跡の痕跡行く末をまとめていく。すぐに理解できるよう、地図なんかも描いて。時々大きめにガタンと揺れる不安定な足場の中で、ペンを走らせていった。

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【ぬかるみの足跡)

 

・美術館から温泉への足跡⇒1種類

・温泉から美術館への足跡⇒3種類

・プールから図書館への足跡⇒2種類

・中央棟から図書館への足跡⇒沢山

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 …ざっと、こんなものか。

 

 

 エレベーターが揺れる音をBGMに、俺は考えの整理を終えた。これが、何か決定打になってくれるような、そんあ証拠になってくれることを祈って。

 

 

 すると、チン…と音が部屋に響いた。同時に、エレベーターが動きを止めた。軽い重力が、肩にのしかかる。

 

 

 ――――そして、閉まるときよりもゆっくりとした動作で、扉は開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――俺達の目の間に、再び裁判場が姿を現した。

 

 

 見ると、モノパンは待ってましたと言わんばかりに、小さな玉座で腰を下ろしていた。

 

 

 俺達は言葉を交わさず…黙々と定位置へとついていく。その途中、俺は、周りに目を向けてみる井。

 

 

 入ってきた時に一目見て分かった……一番最初の裁判と現在で…少しだけ趣が変わっていることに。…それは全部で2点。

 

 

 1つは、裁判場を囲うように反り立つ壁の模様。最初の学級裁判の時は…裁判の傍聴席のような壁であったが…今回は雲が節々にちりばめられた大空がモチーフとなっていた。

 

 

 ……もしや、今回の被害者である鮫島にちなんで、こんな模様にしているのだろうか…?だとしたら、趣味が悪いとしか言い様がない。

 

 

 もう1点は…遺影の数だった。最初の時は、朝衣の遺影だけが立てられていたのに…今回は、“2つ”遺影が追加されていた。

 

 

 1枚は、第1の事件のクロである陽炎坂。彼の遺影は、×印ではなく…まるで火葬されているような、火の絵が、取り囲むように描かれていた。

 

 

 そしてもう1枚…今回の被害者である…“鮫島の遺影”。彼の写真には×印は描かれているが…よく見てみると『飛行機』であった。

 

 

 とことんまで、こだわり抜いたような陰湿さを感じた。自然と、眉間に皺が寄る。

 

 

 俺は目をつむり、息を吐き、すさみそうな心を落ち着かせる。そしてゆっくりと目を開き…真っ直ぐと、前を見据える。

 

 

 

 ――この場に踏み入れることなんて、二度と無いと思っていた

 

 

 ――いや、二度と踏み入れたくないと思っていた

 

 

 ――だけど………またこの場所に立ってしまっている

 

 

 

 

 『超高校級のパイロット』“鮫島 丈ノ介”

 

 

 パイロットでありながら、空気を読めない、いつもよく分からないボケを連発する、デリカシーもへったくれもない……実に読めないヤツだった………。だけど、アイツは紛れもなく…俺のかけがえのない“友達”だった。古家や水無月が心から悲しんでいたのと同じように、俺も大切な“友”を失い、悲しみに暮れているのだ。

 

 

 ――――その友を殺したクロが…この中に居る

 

 

 それぞれが互いの視線を交差させる。…俺と同じように、落ち着き払おうと深呼吸をする者、目をつむり瞑想をする者、首に掛けた十字架のペンダントを握りしめる者。種類は様々。

 もちろん、慣れないと…不安げな表情をする者もいる。ハッキリ言って…これが正常だ。こんな気味の悪い、仲間ウチでの疑い合いなんて、慣れている方が異常だ…

 

 

 

 だけど、これには命がかかっているのだ。

 

 

 そんな甘い考えがもたらすのは…

 

 

 

 

 

 ――“死”それだけだ。

 

 

 

 ――俺は覚悟の炎を胸に宿す。

 

 

 

 ――たった1つの真実を、見つけ出すための、そして向け合うための覚悟を

 

 

 

 ――そして、今

 

 

 

 ――己の生死をかけた、極限の疑い合いが…再び幕を開けようとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・コトダマ一覧

 

【モノパンファイル Ver2)

 …被害者:【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

 

 死体発見現場はエリア2『図書館』。死体発見時刻はAM:0:35。

 

 死亡推定時刻、死因共に体が殆ど焼けてしまっているため不明。毒物などの薬品類を摂取した痕跡は無いとのこと。

 

 

【雲居の証言)

…図書館へ借りた本を返そうとエリア2を訪れた際、後頭部を誰かにぶたれ気絶してしまった。殴った人物は、紙袋を被っており、判別不明。プールにて首を吊っていた人物と同一の可能性が高い。

 

 

【紙袋を被った誰か)

…雲居を襲撃し、プールへと逃げ込んだ不審者。紙袋とローブを身につけており、誰なのかは不明。プールにて首を吊っていたが…天井に移動した時には、消えてしまっていた。

 

 

【図書館放火事件)

…プールに居た際に目撃。扉を開ける際、ニコラスが中から現れた。そのときにはもう、かなり燃え進んでいた。モノパンによる30分間の鎮火活動により、終息。

 

 

【図書館の天窓につけられたフックとワイヤー)

…天窓の縁にフックが引っかかっており、尻には先の切れたワイヤーがくくりつけられていた。引っ張らなければならないほど、かなりの長さがあった。

 

 

【落ちていた滑車)

…図書館側に落ちていた滑車。美術館の展示品である、どこでもワイヤーに付属していた物と同じ。

 

 

【ニコラスの証言)

…7時の夕飯後、日々の日課として図書館で2時間ほど本を読んでいると、急にスタンガンか何かを押しつけられ、気絶してしまった。目が覚めると、目の前は火の海になっており、急いで外に出たとのこと。

 

 

【雨竜の検死結果①)

…死体の体勢から、死因は焼死では無い。

 

 

【雨竜の検死結果②)

…首元の焼けていない皮膚に、ヒモのような物で絞められた痕跡があった。絞殺の可能性大。

 

 

【黒いローブ)

…雲居を襲った不審者が着ていたと思われる黒いローブ。倉庫に同じような物があったらしい。

 

 

【風切の違和感)

…昨日と、畑と水田の位置が違う…気がするらしい。

 

 

【水やりシステム)

…AM.7:00、PM.11:00に畑と水田に水を散布するよう設定されている。水をやった直後は、周りの道が少しぬかるむ。

 

 

【プールの窓につけられたワイヤー)

…天井にある図書館側の窓に、短めのワイヤーはくくりつけられていた。

 

 

【棘の森)

…エリア2の森の中は棘が地面を覆っており、まともに歩くことが出来ない。

 

 

【どこでもワイヤー)

…フックの付いたワイヤーを打ち出し、目的の場所に引っかけ、そしてワイヤーを引くことが出来る。さらに滑車が付属しているため、ワイヤーの片側から逆まで簡単に移動できる。しかし、道具そのものは行方不明。

 

 

【モノパワーハンド)

…てこの原理やら何やらを駆使し、どんな小柄な人であろうと、軽々と自分より重い物を運ぶことが出来る。しかし、道具そのものは行方不明。

 

 

【アナウンス直後の生徒達)

…死体発見アナウンスが流れて、すぐを飛び起き。モノパンのアナウンスに従って図書館に移動した。その際、鮫島、ニコラス、雲居、折木以外は揃っていた。

 

 

【倉庫の状態)

…ロープ1本、スタンガン1つ、マッチ、紙袋1つ、灯油タンクが数個、運動用の靴が1組、コスプレ用の黒いローブが1着持ち出されていた模様。

 

 

【鮫島の持っていた手紙)

…『本日の夜10時半、図書館に来てください。相談したいことがあります 古家』と書かれた筆跡不明の手紙が鮫島のポケットに入っていた。 

 

 

【ぬかるみの足跡)

 

・美術館から温泉への足跡⇒1種類

・温泉から美術館への足跡⇒3種類

・プールから図書館への足跡⇒2種類

・中央棟から図書館への足跡⇒沢山

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り13人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)   

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)   

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん) 

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう) 

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)  

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein) 

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)  

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは) 

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる) 

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)  

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)  

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)  

 

 

『死亡者:計3人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 




お疲れさまです。水鳥ばんちょです。
捜査編です。前後編は無いので、ちょい長めです。
推理難易度で言ったら、1章よりは簡単だと思います。


※2022.2.1 致命的なミスがあったので、証拠品リストに『モノパワーハンド』を追加致しました。申し訳ありません。







↓以下コラム


○頭の良さ(学業面での成績)

※高校生なんで、五科目を五段階評価(担任の方針で、トップの部分には6を付けてる)…そしてその担任の先生からコメント


・折木 公平(おれき こうへい)

国語:5
数学:3
社会:4
理科:2
英語:3

担任からのコメント……国語と社会などの文系科目は申し分ないですが、理数系ももう少し頑張りましょう。あと関係ないことですが、実習の時に破壊したパソコン(時価)は学園が負担しましたので、ちゃんとお礼を言いましょう。


・陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

国語:3
数学:6(トップ)
社会:3
理科:5
英語:4

担任からのコメント……普段の授業からは考えつかないほど好成績(とくに理数系)でした。しかしテスト中の、地鳴りを思わせる貧乏揺すりは止めましょう。普通にうるさいです。


・鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

国語:4
数学:2
社会:3
理科:2
英語:2

担任からのコメント……テストを開始してすぐ、用紙を前に鉛筆を転がし続ける作業…それは知識ではなくギャンブルと言います。後、授業中にうけをを狙うのは咎めませんが…テストで珍回答を量産しようとするのは流石に死罪です。…先生的には国語の問3の解答が好きでした。



・沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

国語:3
数学:2
社会:1
理科:4
英語:1

担任からのコメント……シャーペンや鉛筆では無く、毛筆と墨でテストを受けたがために、誤答を消せず、だいぶ点数を落としましたね。まあそれを加味しても、勉強不足でしたけどね(笑)。


・古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

国語:5
数学:3
社会:4
理科:3
英語:4

担任からのコメント……文系科目は流石ですね。両隣の落合君と鮫島君の妨害がありながら、よく頑張りました。その調子で精進していきましょう。


・雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

国語:4
数学:5
社会:4
理科:6(トップ)
英語:5

担任からのコメント……パーフェクトです。理科についてはもう言うこと無しです。しかし問題で求められている以上の解答はなるべく控えましょう。他人が分かりやすいように解答するのもまた、勉強です。でないと、先生が知識不足で泣きたくなります。


・落合 隼人(おちあい はやと)

国語:2
数学:1
社会:1
理科:1
英語:2

担任からのコメント……問題外です。もっと頑張りましょう。ていうかまともに解答しましょう。国語は比較的解答率は高かったのですが…独自解釈が過ぎます。でも一部納得できる部分もあったため、そこはプラス加点しておきました。


・ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

国語:4
数学:5
社会:5
理科:5
英語:6(トップ)

担任からのコメント……完璧です。英語だけで無く、総合点数もトップでした。しかし、勝手に新しい答えを生み出すのは止めて下さい。対応する先生側も大変になるので、個人的に持ち帰って下さい。



・水無月 カルタ(みなづき かるた)

国語:1
数学:2
社会:3
理科:4
英語:5

担任からのコメント……テストの点数で遊ぶのは止めて下さい。誤答するよりもたちが悪いです。そして白紙の部分でチェス・プロブレム(詰めチェス)をするのは止めて下さい。解いてみたくなりますので……実際解いてみましたが、結構面白かったです。


・小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

国語:1
数学:1
社会:1
理科:1
英語:1

担任からのコメント……義務教育の限界を感じました。流石の先生も匙を投げかけましたが、勉強しようとする気概は素晴らしいので、できうる範囲で協力します。話は逸れますが…前の調理実習で作った和菓子はとても美味しかったので…今度、家内用に作っていただけないでしょうか?


雲居 蛍(くもい ほたる)

国語:6(トップ)
数学:3
社会:5
理科:3
英語:4

担任からのコメント……国語については流石の一言です。図書委員万歳。しかし理数系は空白が少し目立っていました。…分からない部分も分からないなりに考えてみるのもまた、勉強の一環です。



・反町 素直(そりまち すなお)

国語:4
数学:1
社会:3
理科:2
英語:1

担任からのコメント……国語に関しては問題無いのですが、全体的には怪しい成績です。ざっくりとではなく、細かい部分もおさらいしておきましょう。そして点数が悪かったからと言って、舎弟らしき人達を先生の車の側でたむろさせるのは止めて下さい。正直言って、ちびります。


・風切 柊子(かざきり しゅうこ)

国語:2
数学:1
社会:2
理科:2
英語:1

担任からのコメント……テスト開始数秒で居眠りをし出す生徒はあなたが初めてです。授業中も休み時間中も居眠りをしていて…テストだけで無く普段の過ごし方にも問題アリです。背中のライフルも泣いています。



・長門 凛音(ながと りんね)

国語:3
数学:2
社会:2
理科:4
英語:2

担任からのコメント……時間不足で解答しきれなかった、という印象です。立ち止まって考えることは確かに大切ですが…時には問題を寝かせて、次の問題に取り組んでみるのも手です。すこぶる成績が悪いというわけでは無いので…これからも頑張って下さい。


・朝衣 式(あさい しき)

国語:5
数学:1
社会:6(トップ)
理科:5
英語:5

担任からのコメント……社会については流石はジャーナリストです。完璧以上です。しかし、数学で名前の“記入忘れ”が致命的でした。解答もほぼ満点でしたし…最後の詰めが甘かったですね。名前を書いていれば…総合得点もトップでした。残念です。


・贄波 司(にえなみ つかさ)

国語:5
数学:4
社会:4
理科:5
英語:4

担任からのコメント……まともに受けて頂けること、そして高得点。これ以上に喜ぶべき事はありません。周りが地獄絵図の中、決して揺るがずに黙々とテストと授業を受ける姿勢…先生も見習わせて頂きます。



○ざっくりまとめるとこんな感じ

 雨竜≧朝衣=ニコラス>>水無月>贄波=陽炎坂>雲居>折木=古家>長門>反町>鮫島=沼野>風切=(越えられない壁)>>落合≧小早川


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Chapter2 -非日常編- 10日目 裁判パート 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【学級裁判】

 

 

        【開廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーではでは、改めて、学級裁判の簡単な説明から始めていきましょウ!」

 

 

「学級裁判では『誰が犯人か?』を議論し、その結果は、キミタチの投票により決定されまス」

 

 

「正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおキ。ですが…もし間違った人物をクロとした場合は…」

 

 

「クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけがこの施設から出る『権利』が与えられまス!」

 

 

 モノパンは最初の裁判と同じように、淡々と、学級裁判のルールを復唱する。改めて流れを聞いた俺達はそのあきれ果てる程の趣味の悪さに対し、厳しく表情を歪めていた。

 

 

「うぅ……何度聞いても、残酷すぎるルールです……!皆さんと疑いあってさらには、犯人を吊し上げろだなんて……」

 

「今更って感じだけど~。改めて聞くと~、この裁判作った人って~結構良い性格してるよね~。目をつぶって開けてみたら~、終わっていて欲しいくらい~イヤでイヤで仕方ないよ~」

 

「ふん…そんなの前回の裁判でイヤって程分からされたことですし、味わってきたんです………ここまで来たからには、割り切るですよ」

 

「真実と嘘……疑いと信頼……ああ、そうだとも。この記憶こそが、僕達の足を進めてくれる、光りとなってくれるのさ」

 

「……前向きな感じだけは伝わる」

 

「最初の裁判から時間も空いたので、すっかり平和ボケしてるかと思いましたけド。どうやらそんな心配は杞憂だったみたいですネ…くぷぷぷぷぷ……コロシアイを主催した者としては、嬉しい限りでス」

 

「かーっ!忌々しい位のしたり顔さね!手を出しちゃいけないルールが無かったら真っ先に粉々にしてやるってのに…」

 

「無駄ですヨ、ワタクシこそがルール…ルールこそがワタクシ。あるいは概念、あるいは真理、あるいは絶望……手を出すことすら不可能とい謳われた超常的存在なのでス……自分の席で勝手に苛立っていて下さイ」

 

「そんな居るか居ないかのイマジナリー的存在は、声も出さず黙って玉座にふんぞり返ってるですよ。その声を聞くと、イライラして議論に集中できないんですよ」

 

「そんなことは出来ませんヨ。ワタクシは、時々補足や茶々を入れる…所謂アドバイザーとしても存在しているのでかラ…居なくなったら居なくなったで…結構不便になっちゃうと思いますヨ?…というわけで、早速助言をしちゃいまース!……まずは、最初の議題として今回の被害者である、鮫島クンの死体について、話し合っていきましょーウ!」

 

 

 そんな監督者のように偉そうな言葉を並べていた態度から一転、自ら進んで議題を提供していくモノパン。イヤ何なんだよ、と内心毒づく反面……その妙な態度に俺は違和感を抱いた。

 

 

「ほぉ、モノパン。目を背けたくなるくらいねじくれたキミが、言葉通り議題を提供してくるとは…驚いたものだね。前は『自分たちで考えなさい』やら『これ以上は』などと、積極性を重んじたスタンスだったはずなのに……どういう風の吹き回しだい?」

 

「ははっ…風の行く末なんて誰1人わかりはしないさ。とても近くて、とても遠いい、友の様に暖かく、赤の他人のように冷たい……気まぐれなヤツだよ」

 

「…落合、ニコラスの言いたいことから180度くらいズレてるぞ」

 

「最初から飛ばしまくってるよ~」

 

 

 …落合の言っていることは置いておくとして…。そんなニコラスの言葉に置き換えられた不信感に対してモノパンは、ただただ、薄気味悪い笑みを返す。 

 

 

「くぷぷぷ……ワタクシは理解してしまったのでス。この業界は積極性だけで通じる世の中では無い、もっとスライム様な柔軟さが必要であるト……。ですので今回のモノパンの個人的な目標、マニフェストは……身内に優しく、そして手厚くすること。その出だしとして、手始めに身内への“謝罪”を込めた議題提供をしようと思いまして…」

 

「既に不祥事をやらかした後かい…」

 

「本音を言えば。モノパンファイルの情報がとても希薄だったので、ちょっと不公平かな、なんて思ってもみたりしただけでス。なので、今回はワタクシからその話し合いの種を埋める…と、つまりそういうわけなのでス」

 

「平等な采配ができていない自覚があるなら、最初から詳細に書けば良かろう…」

 

「えー、それについては今後の励みとさせていただきまス」

 

「なんか重役っぽい逃げ方されたんだよねぇ!?」

 

 

 モノパンのもっともらしい顔と、丁寧に並べられた言い訳…口ではああっているが、根本的なコイツのスタンスは変わってないんだな…そう感じた。

 俺達はモノパンの言動にうんざりしつつも、時間があるのか無いのか分からない今、このまま足踏をしているわけにはいかない、そう思い、議論への腰を上げていく。

 

 

「はぁ、開き直ってるモノパンなんて放っておいて…さっさと議論をおっぱじめるですよ」

 

「折角議題が目の前に出てきてくれたんだから…それについて話合っちゃおっか!ええっと…確か“死体について”だったよね。よし!じゃあ早速意見を募集しましょーーー!。誰か気になる点がある人ー!!はいはいはーーーーーーーい!!!…はい早かった!!今手を挙げている水無月くん!!」

 

「議論じゃ無くて、一人芝居をおっぱじめてるんだよねぇ……人の意見微塵も聞く気ゼロの出だしなんだよねぇ」

 

「1人芝居ならボクも得意だよキミ!!…数年前、我が故郷ロンドンにて、かのシャーロックホームズを彷彿とさせる推理ショーをとある殺人事件を前にして演じたことがあってね。そのときの超高校級の名探偵たるボクの大立ち回りといったら、それはもう――」

 

「あんたの武勇伝は聞き飽きてるんですよ…それを聞くと速攻でタイムリミットがきそうなんで……反町、手筈通りに頼んだです」

 

「任せなっ!!」ドスッ

 

「オゥ……!」

 

「ニコラス殿に強烈な腹パンが!?」

 

「あれは、反町流喧嘩殺法の一つ……出洲斗露井・無苦流(ですとろい・なっくる)……腰を軸に、大車輪の如き勢いで相手のみぞおちに拳をたたき込む、先手必勝の奥義……1度食らえば2、3日は胃に食物が通らなくなること請負の技です」

 

「目の前の光景にツッコミを入れる前に、横からツッコミどころ満載の解説役が出てきたんだよねぇ……!」

 

「主に、邪な気持ちで肩やお尻を触ろうとする者への護身術の1つです!」

 

「ちゃんと使いどころもあったんだよねぇ!?……ていうか明らかに過剰防衛なんだよねぇ!?」

 

「これニコラス、くん、裁判の最後、まで、体、保つのか、な……?」

 

「裁判の終盤、虫の息になっていないことを祈るしかないな………長々とすまん水無月、続けてくれ」

 

 

 腹を押さえながら悶絶するニコラスに皆は微妙な表情で眺める。俺は思い出したように隣に居る水無月へ話を促すよう声をかける。それに対し水無月は“うーんとね?”そう小首を傾げながら言葉をまとめるように一瞬間を置いていく。

 

 

「いやーカルタね?みんな知ってると思うけど、鮫島くんがお亡くなりになって、ちょーっとばかしセンチメンタルになってましてーそのせいであんまり捜査できてなくてさー。死体のこととかも全然理解が浅くて、一体どういう状況で死んじゃったのかちんぷんかんぷんなんだよねー……理由は言えないけどさ」

 

「……もう洗いざらい言ってる」

 

「死体云々については私も同感です!!!」

 

「……梓葉。アンタ、裁判前にモノパンファイルじっくり見てたんじゃ?もう画面とキスするんじゃないかってくらいの至近距離で…」

 

「はい!何やら小難しい字が沢山書かれてるなぁと思いました!……残念ながら……その内容は殆ど、いえ9.5割くらい理解することは叶いませんでしたが…」

 

「それでは殆ど分かってないと同義ではないかぁ……」

 

「う~んと~、じゃあ~今の出だし的に~死体の状況説明が~最初の議題って事でいいのかな~~?」

 

「ああ…そうだな。前と同じように議論して、今現在の死体について分かっている部分と、分かっていない部分を切り分けていこう」

 

 

 

 …やけに遠回りをした気もするが……やっと本格的な話合いを行えそうな雰囲気になってきた。…まずは、死体周りについて…わかっていることをまとめていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

「鮫島くんの死体の周辺状況について…」

 

「そのぜーんぶをもう一度さらってみましょーー!!」

 

 

さらってみるかぁ…

 

        さらってみるんだよねぇ…  

 

さらってみるさね…

 

 

「…まず、死体が発見された場所は…」

 

「……エリア2の【図書館の中央広場】…」

 

「…時間は深夜の0時半…」

 

「…中々に眠い時間…」

 

 

 同感だね!!キミ!!

 

       態々こんな深夜にやらなくてもね~ 

 

 よりにもよって図書館で……

 

 

「そんで、死体は【全身を焼かれていて】…」

 

「一見誰なのか分からないくらい…酷い有様だったさね」

 

 

うむぅ…何ともな…

 

         こ、言葉も出せません…

 

 

「成程、では話を総括すると…」

 

「現時点で明白なのは…」

 

「『死体発見現場』と…」

 

「【死亡推定時刻と死因】……というわけでござるな!」

 

 

   成程!!

 

           まとめると…そうなるのか…

   

 

「へー!モノパンが言うわりに…分かってること結構あるじゃーん!」

 

「これだけ情報がたんまりあれば…」

 

「クロの特定は時間の問題だね!!」

 

 

 

 

 

 

【モノパンファイル Ver2)⇒【死亡推定時刻と死因】

 

 

 

「それは違うぞっ…!」

 

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや沼野…今回の事件においては死亡推定時刻も死因も、確定的とは言えないんだ…」

 

「え~。何か最初の裁判の時も、拙者言い負かされてなかったでござるか?何でござるか?チュートリアルが如き感覚でござるか?」

 

 

 言葉の穴を突いたつもりだったが…沼野自身はそれよりも、また一番最初に指摘されたことに対し疑問を呈しているようだった。

 

 

「いや、別にそういうわけじゃ無いんだが……もう一度モノパンファイルを見直して欲しい……。このファイルには“死体発見現場”と“発見時刻”は明確に記載されてはあるんだが……」

 

「あー!死亡推定時刻、死因の欄は『体が殆ど焼けてしまっているため不明』って書かれてるー!!」

 

「……ちゃんと分からない部分は分からないって書かれてたんだ」

 

「沼野ク~ン、さっきも言ったじゃあ~りませんカ~。渡したファイルの情報が全然足りないっテ~。モノパンの話はおばあちゃんの知恵袋並に、つぶさに覚えておく物ですヨ?そして何か名言を言う前は必ず…『おばあちゃんが言っていた…』て付けるんですよ?」

 

「モノパンと沼野さんのお婆さまは……同一人物……ということですか?」

 

「そんな寒気しか覚えないようなことがあるわけないでござろう!!いや……そうじゃなくて……ここは流石に言い訳をさせてもらうでござる。……拙者、モノパンファイルの内容を失念していたのでは無く……“ファイルそのものを持っていなかった”のでござる…」

 

「……配られ、て、無かった、てこと?」

 

「左様はでござる。恐らく皆、“図書館にて”ファイルを受け取っていたのでござろう?ほら、そのとき丁度、拙者は倉庫に向かっていた故、配り損なわれたのではないかと……まあこれはこれでだいぶ問題有りの事案でござるが……」

 

「ええ~?一緒だった私は~貰ってるよ~?」

 

 

 そう言って、同じく倉庫に同行していた長門は、ひらひらとモノパンファイルを沼野へと見せつける。沼野は、ぽかーんと、今何が起こっているの理解しかねる顔で、硬直した。

 

 

「……えっ?なんでで、ござるか?いや、何で。ござるか?この……疎外感?全員一様に受け取った大事なファイルが、拙者にのみピンポイントで配られていない……恐るべき村八分の陰謀が伝わってくのでござるが?」

 

「あっ……そういえば。これはうっかりうっかリ。どうやらワタクシ、沼野クンにだけファイルを渡すの忘れていたみたいですネ。どーりで、一枚余るとおもいましたヨ。あっ、別にわざだとか差別とかじゃ全然無いですヨ?素直に存在を忘れていただけですのデ」

 

「いやそっちの方が傷つくでござるよ!!拙者そんな影薄いキャラじゃないでござろう!?むしろ結構影濃い感じのキャラだと思うござるよ!?もっと言うと、ニコラス殿の方が影薄いでござろう!?」

 

「Hey!ミスター忍者!それは聞き捨てならないねぇ…黄金と表現するには生ぬるい程輝くボクを影が薄いだなんて…言動には気をつけたまえよ、キミィ!!」

 

「自分を黄金って表現するのも大概だと思うけどねぇ………ていうか忍者は存在感がない方が喜ばしい事なんじゃないのかねぇ…」

 

「なんてことを申すでござるか古家殿!!忍者である前に拙者はテーマパークのスターでござる!!目立ってなんぼの商売でござる!」

 

「才能へのプライドがあるのか無いのか判断に困る文句ですけど…。…あたしから言わせてみれば、どっちもどっち、どんぐりですよ」

 

「「いやっ!!こっちのほうが薄い(でござる)(よキミィ)!!」

 

「ちょっとあんたら、くだらない言い争いはそこまでにするさね。今すぐその向け合っている指を降ろさないと…明日の朝メシは無しの上、地獄のお祈りタイム10時間、みっちり受けてもらうことになるよ…」ボキボキボキ

 

「「……はい」」

 

「一瞬で黙っちゃった~~すんごい統率力だよ~」

 

「それよりも…シスターなのに、お祈りの時間を地獄というのは……如何なものかと思うんだが…」

 

 

 反町の威圧によって大人しくなった2名のウチ…その片方である沼野は改めてモノパンからファイルを受け取ると…少々脱線してしまっていた…鮫島の死体の死因、そして死亡推定時刻へと話を巻き戻していく。

 

 

「ははっ、どうやら話が彼方へ羽ばたいてしまっていたみたいだね。……悪くない旅路だったけど、鳥はいつか、自分の巣へ戻らなくちゃいけないものさ……さあ見せておくれよ、議論がどのように羽を降ろしてくれるのかを」

 

「あんたは、言葉よりも頭をひねって欲しいんだよねぇ」

 

「……でも、落合の言いたいことに私は半分同意」

 

「ああ、死因と死亡推定時刻っつう重要な部分が『不明』ってぼかされちまってるからね…。落合の言葉を借りると、羽を降ろすための地盤がデロデロになっちまってる状態に他ならないよ」

 

「…困ったもんですね、何か前よりも情報が乏しい気がするですよ。このまま行き先もままならないようじゃ…早々に裁判を切り上げて、脳死でニコラスに投票することになるですよ」

 

「おいおいミス雲居、それは流石に悪手と言わざる終えないぜ?だけど何だかいきなり滞った雰囲気になってきたみたいじゃないか………ふーむ、ファイルに載っていることが当てにならないのなら、もう“我々の力”でどうにかするしかない…ボクとしてはそう思うね、キミ」

 

「私達の力で……でございますか?」

 

「ああそうともさ!…つまりだキミ…ふむ…そうだね…ああー……何か心あたりはないかな?ミスター折木…」

 

 

 数秒を考えを巡らせたニコラスは、そそくさと、逃げるように俺へ言葉と視線を向ける。……明らかに何かあるだろうと、期待しているような目だった。ガクッと肩から落ちるような気分だったが…ニコラス自身は一切捜査をしていないのだから…仕方の無い事だ。

 

 そんなニコラスから渡された中々のキラーパスに…多少の動揺はあるも…それでも心当たりはあるにはあると、俺は気を持ち直す。

 そして思い出す。独自に捜査して見つけた、モノパンファイルにも記載されていない――事実を。

 

 

 その証拠と合わせて考えれば――――明確に出来ることがある。

 

 

 

 それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.死因

 

2.死亡推定時刻

 

 

A.死因

 

 

 

「これだっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……“死因”だったら…明らかにできるかもしれない」

 

「死因が…ですか?つまり、どうやって鮫島さんが殺されたってことが……ええっ!分かってしまうんですか!?」

 

「そうなんだよ!キミ達!死因が分かってしまうんだ!ああそう言うと思っていたとも!勿論!嘘じゃ無いさ!」

 

「あからさまな知ったかぶりなんだよねぇ!?」

 

「反町、またそいつ議論をかき回すようだったらもう1発頼むです」

 

「……流石にこれ以上殴ると、生活に支障が出るから、軽く小突く程度に納めとくさね」

 

「…しかし折木殿。あのモノパンファイルにすら明記されてないことだのに…どのようにして証明するのでござるか」

 

 

 “死因が分かるかもしれない”という言葉から、どうやって証明できるのか…話し合いはその方向へと展開していく。

 ――すると何やら……“くくくく……”という含み笑いが裁判場に小さく木霊しだした。俺達は何事かと、声の発生点を探し出す。そしてすぐにその主は見つかった…雨竜だ。腕を組んだ雨竜が、俯き、そして肩を震わせていたのだ。

 

 

「どうしたの雨竜くん?もしかして腹痛?トイレなら奥行って右だよ?」

 

「くぷぷぷぷ…出す物は出すべきところで出してくださいネ?ちなみにやらかしてしまって社会的に死んだ場合は…学級裁判は開きませんので…あしからズ」

 

「誰がクソなど漏らすかぁ!!!ワタシは、折木達の言っていることは正しい…天文を司る物として、そう賛同しようとする前に、助走をつけていただけだぁ…!!」

 

「…雨竜、くん、その助走、は、余計だと思う、よ?」

 

「でも中々説得力のありそうな雰囲気だから……これは大の期待を胸に、向けて良いのかな?かな?」

 

「ふはははっ!!!その通りだ水無月!!これはまさに天啓なのだ!!貴様らへのなぁ!!」

 

「…変なスイッチ入ってきた」

 

「たまに有ることさ。頭にすーっと、覚えも無いのに詞が降りてくるときがね。そっか、あれは神様からの贈り物だったんだね……また一つ、僕は、僕を知ることが出来たよ」

 

「……さらに変な人が釣れた」

 

「くくくくくっ、今このときこそ、観ることすべてに全能力を注ぎ込んだワタシの出番!!!まさに独壇場……たぎる、たぎる……マグマのように煮えたぎってきたぞぉ……!!」

 

「こいつ確か…天文学者として希望ヶ峰学園に呼ばれてたハズなんですけどね。天文要素がだんだん減ってきている気がするですよ」

 

「しっ!それは誰もが分かってる事だから言わない方が良いんだよねぇ…」

 

「はっ!!吠えるが良いさ。…天を知り、生を知る……見るが良いこの万能たる力を……超高校級の観測者…いや神たらしめる全知全能さを!!フフフ既に我が戦闘力は戦闘力は53万すらも優に越える……!」

 

「ほお、アタシの前で神を自称するたぁ良い度胸じゃないか……本当にアンタが神様だっていうんならそこに直りな……1発で良いからぶん殴っておきたかったんだよね」

 

「止めるんだよねぇ!!反町さんの神殺しの拳を受けてしまったら、雨竜君のもやしボディが粉々になっちまうんだよねぇ!!」

 

「2人とも……いった平常に戻れ、とにかく…話を進めよう。雨竜、“検死”をしたお前の意見をかみ砕いて、聞かせてくれ」

 

「ふ、ふん……良いだろう…。無知なる貴様らに、我が叡智の一端を見せてやる…!」

 

 

 反町からの睨みの所為なのか…ちょっとばかし及び腰の雨竜。しかしまだ変なスイッチを入れた状態は継続しつつ…鮫島の死因について話をし始める。

 

 

「結論から言わせて貰おう…鮫島は……“絞殺された”のだ」

 

「絞殺~?」

 

「……鮫島は、縄または紐などの索状物による気道の圧迫、および血流の妨害による血管閉塞…法医学的に言えば絞頸(こうけい)またの名を……絞死(こうし)…」

 

「雨竜、その辺で止してやってくれ……被害が甚大だ」

 

 

 周りを見ると…何やらパンクしかけている生徒達がチラホラと……特に小早川は目が死んでいた。

 

 

「つまりあれだね!ミスター鮫島は、紐か何やらで首を絞められ殺された!という結論で良いのかな?キミ」

 

「ふっ……ご名答ぅ」

 

「にしては、気味が悪いくらいに堂々と断言するでござるな?」

 

「…検死役は狂四郎だったから、そこで何かしら根拠を見つけたなんだと思う………多分…?」

 

「へぇ~じゃあその根拠ってヤツ、もったいぶらずにバーッと言うさね」

 

「はっ!そんなことも説明せぬばならんとは……どうやら貴様らごときでは、ワタシの量子力学的思考回路に追いつくことは不可能のようだなぁ……ふっ…無様だなぁ、身の程をわきまえぬ問いをするから結局こうなるのだぁ……」

 

 

 そのまま素直に話せば良い物の…余計を3乗したような煽り口調をこぼしだした雨竜に、“カチン”と雨竜のとは別のスイッチが入る音がした……ような気がした。

 

 

「……………ああん?何だぁ…アンタ?確かに検死役をまとめてアンタに丸投げしたのはアタシらだけど……にしては随分調子に乗った文句を並べてくれるじゃないか」

 

「私も流石に今の発言は見逃せないですね。つーかマジで切れかけてる5秒前なんですけど?今すぐにでもそのゴボウみたに細い足をボキボキに折って、豚汁に放り込んでやりたいんですけど?」

 

「おおーーやるかーマウント合戦なら受けて立つぞーーー!!」シュッシュッ

 

 

 そしてそれが割と本気でとられてしまったのか…何人かの生徒達から反感のような声が上がりだす。

 

 

「ふん…ワタシが見て、聞いて、そして感じた言葉を正直に述べただけだ…ふははは!!我が頭脳が演算した言葉に狂いなし!!これこそが宇宙の真理なのだ!」

 

「その真理から出てきた言葉が今の煽り文句って……だいぶすさんでるんだよねぇ」

 

「アンタねぇ…雨竜。前々から言おうとは思ってたけど……その中身が伴ってない仰々しい言葉遣い、今すぐにでも止めな!!何か頭がこんがらがるんだよ!!使われる者の身になって、素直に言葉を改めるさね!!」

 

「ぬわんだとぉ!?このワタシの崇高なる言葉にケチを付けるというのか貴様ぁ!!その発言、観測者たるワタシへの冒涜と知っての言動かぁ!!」

 

「強い言葉には…必ず責任が伴う……手に入れた強大なる力と同じく、とても重い、そして愛おしく、儚い…」

 

「ま~た筆頭が火に油注いでるよ~」

 

「そういうのはどうでも良いでござるから!!雨竜殿!反町殿!双方ともかく落ち着くでござる!!!ここは真実を見いだし、そしてクロを見つけ出す場……言葉の殴り合いをする場ではござらん!!」

 

「うるさいですよ、パチモン忍者。今この木偶の坊は私達の超えちゃいけないラインを踏み荒らしたんです…それ相応の報いを受けてもらわなきゃ、こっちの腹の虫が収まらないんですよ」

 

「今パチモンって言ったでござる!!パチモンって!!それはちょっと言い過ぎじゃないでござるか?いくら温厚な拙者でも聞き捨てならんでござるよぉ!?」

 

「今度はまた別の人がキレて、別の場所が炎上し出したんだよねぇ!!」

 

「今の反町さんの目つき…あれは反町流喧嘩殺法の一つ…『面血斬り(めんちぎり)』…相手が手を出す前に、野獣をも射殺すほどの眼光で相手の目をにらみつける…先手必勝の絶技……流石でございます。迫力が違います…」

 

「小早川さん!解説はもう良いから鎮火活動を手伝って欲しいんだよねぇ!!あと反町流喧嘩殺法、今のところ先手必勝の技しかないんだよねぇ!!」

 

 

 何となく燻っていたフラストレーションが雨竜の煽りを皮切り、この場で爆発したように見えた。古家や風切、長門達がそれぞれの喧嘩を仲裁してはくれているが……1度暴走してしまった喧嘩は留まることを知らない。俺も何とか声を掛けてみるが…全員聞く耳を持っていないように言い争い未だ続いていく。…このままではこの事件において最も大事な一歩を踏み出すことができない…。

 

 

「良いでござるか!拙者は厳密には忍者とは言えないでござるが…それでもプライドくらいあるでござるよ!」

 

「プライドがあるんだったら、たった一言くらいで熱くなるんじゃないですよ!忍者としての器が計り知られるですよ!プライドの前に精神を鍛え直すんですね!」

 

「そーだそーだ!!寺子屋からやり直せー!!」

 

「いやそれ寺子屋関係ないでござるー!!」

 

「…雨竜、ここは一つ腹割って語り合おうじゃないか……どっちが正しくて、どっちが間抜けなのか……拳じゃ無くて…言葉でね」

 

「きてみろよー銃なんて捨てて…かかってこいやーー!」

 

「ふ、ふふ、ふふふふっ、やれるものならやってみるが良いさ……そのロジックバトル…受けて立とうでは無いかぁ……ま、まあ、勝つのは誰が何をのたまおうと、ワタシの他ありえんがな!ふあはははは雨竜の『う』は宇宙一の『う』なのだぁ!!」

 

「不味い、よ。皆、頭に血が上って、る」

 

「…カルタは明らかに野次馬感覚」

 

「…重症なのは雨竜君なんだよねぇ…反町さんへの恐怖がピークに達して、テンションが可笑しくなってるんだよねぇ…」

 

 

 1番情報をもっているというのに……今この瞬間、その雨竜が1番使い物にならないだなんて……。

 

 今この場で蔓延する焦燥感は、他の連中に伝播していき頭に血が昇ったままを維持していく。殆どは雨竜が原因な気もするが……。だからといって、こんな、思い思いに暴走する発言が飛び交うパニック状態じゃあ、まともに話合いが進まない………。

 

 

「ふむ…このまま話を止めようと躍起になっても、キリが無いね……もういっそこのままズンドコと進めちまうというのはどうかな?キミ?」

 

「何言ってるんだよねぇ!!こんな爆走状態じゃ議論もへったくれも無いんだよねぇ!!」

 

「ははっ大丈夫だよ……人の声は、突き詰めれば喉の振動から始まる、音の塊…そしてそれには必ず人によって色がある……聞き分けることだってできるさ…ああ、音と音のぶつかり合う不協和音……これもまた良いものだね」

 

「いやぁ良い感じに騒々しくなってきましたネ~。いつかはこうなるだろうと思っていましたガ…予想以上のバカ騒ぎですネ」

 

 

 ……聞き分け?どういうことだ……?

 

 ――いや、その意味を深く考えても…この焦りにまみれた現状を打破することはできない。もうとにかく、全員の発言を聞き分けて、この話を無理矢理にでも進めていくしかない。もしかしたら、どこの誰かが、話を前進させれるような発言をしくれるかもしれない。俺は僅かな期待を胸に前を見据える。

 

 

「己の無力さ、そして浅ましさを…おのが眼でとくと写し見るが良い!!!そして後悔しろ…!ワタシこそが勝者であるという現実を前にしてなぁ!!」

 

「後悔するのはそっちさね!良いかい?もし適当に言いくるめようってんなら、容赦しないよ!!誤魔化した分、アンタの腹にいいもんくれてやるからね!!」

 

「ボコボコにしてやるぞーー!!」

 

 

 

「雲居殿!!拙者は確かに忍者としては未熟やもしれんでござるが…決してニセモノではござらん!!そういう発言をするならもっと相手のことを知った上ででござるな――」

 

「忍者だったら、そんなホイホイ自分の情報を明け渡すものじゃないですよ!忍ぶ者と書いて忍者なんですからん、大人しく隅っこで身を潜めてるですよ!」

 

「忍者が聞いて呆れるぞーーー!!」

 

 

 

「どんどんと面白いことになってきているみたいじゃないか!キミ達!こんな世にも愉快な社交場…超高校級の名探偵たるボクが参加しない手はないんじゃないか?」

 

「ニコラス君、は、1番関係…うんと…今は、無いの、かな?」

 

「そうだー!!今だけはすっこんでろーー!!」

 

「はははっ!!実に曖昧で困るだろ?まさに特異点と言っても過言じゃあないさ。…キミほどじゃないけどね?」

 

 

 

 

「反町ぃ!!」

「雨竜!!」

 

 

 

 

 

「雲居殿!」

「沼野!」

 

 

 

「ニコラスくん!」

「ミス水無月…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大変です!お三方それぞれが意見を始めてしまいました!』

 

『一部関係ない方々もいますが…それはご愛敬』

 

『とにかく…皆様、勝手な場所で言い争いを始めて大騒ぎ!裁判上はパニック状態!』

 

『そうまさに、これからパニック議論へと突入いたします』

 

『本小説のパニック議論では、ゲームと同様に3つの意見が同時に進行致します』

 

『しかし小説中で画面を3分割できるわけでもないので、各議論は―や~で区分けして、それぞれForum 1、2、3とマーキングしております』

 

『そして分かりやすいように、議論が進んだら*マークで境界線を引いているので…とっちらかり率は軽減されているかな?なんて思います』

 

『後は…通常のノンストップ議論と変わらないでの……ご確認の程、宜しくお願いしたします』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【パニック議論】  【開始】  

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「ふはははははははははははーーーー!!!」

 

「全宇宙のコスモを集約させたワタシの力……」

 

「とくと見るが良いぃぃぃ!!!」

 

 

――――――――――――――

 

 …色々混ざって化学反応を起こしてる

 

          もう止められないんだよねぇ…

 

―――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「身を潜めるだけが忍者ではないでござる!!」

 

「時には身分を隠し…社会に溶け込み…偽りの自分を演じる…」

 

「それもまた【忍者の一側面】なのでござる!!」

 

 

――――――――――――――

 

 もう何が本筋なのか分からないよ~

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「とにかくアレだよキミ!!」

 

「他は他で…取り込み中で、忙しない様子みたいだし…」

 

「ボク達だけでも、話を進めていこうじゃあないか!!」

 

「それに喧嘩している間ボクは【自由の身】だしね!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「へぇ…随分と自信に満ちあふれてるみたいじゃないか…」

 

「やっぱりロジックよりも物理力で勝負するのかい…?」

 

「どこからでもかかってきな…!アタシは逃げも隠れもしないよ!!」

 

 

「反町さん!!いい加減に雨竜さんのお話を傾聴しましょう!!」

 

「どんな勝負にも…時には『引き際を見極めるのも肝心』…」

 

「修行の時にそう教えてくれたじゃないですか!!」

 

 

――――――――――――――

 

 ボルテージ、が上がりきって、る…

 

      誰が仲裁しても収まる気がしないんだよねぇ…

 

――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「じゃあ今のあんたのそれも、一側面ってことですか?」

 

「今までのあんたを顧みてみると…」

 

「明らかに素のまま…」

 

「…いや欲望のまま『人生を謳歌している』ようにしかしか見えないですよ!」

 

 

「……もし今のが演技だったら…怖くて夜しか眠れない…」

 

 

――――――――――――

 

 健康的に寝れてるじゃないかキミ!

 

          確かに怖いんだよねぇ…

 

――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「話合うって~言われてもさ~」

 

「今暴走してる雨竜君の頭を整備すれば~」

 

「すぐに答えは分かるんじゃないの~?」

 

 

「まあ良いじゃん!!面白そうだし!!」

 

「じゃあ早速、カルタから案を出してくね!」

 

「死因を断定できる理由…」

 

「あれだね、その『現場を目撃したから』!……とか?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「止めるんじゃないよ梓葉!!」

 

「こんな舐められたまま引き下がったら…」

 

「アタシの仲間達に…示しが付かないんだよ!!!」

 

 

「それでもです!!」

 

「ほら…もしかしたら…そうです!!

 

「例えば…『絞殺に直結する何か』があったのかもしれません!!!」

 

 

――――――――――――――

 

 …どこに本質があるのか聞き分けられないよ~

 

     いや、僕には聞こえているとも…真実を呼ぶ声がね…

 

――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「人生を謳歌しているとは…!!」

 

「まあ確かに【地味に覗かせてしまっている】かもしれぬが…」

 

 

「地味にっ、ていう、か…モロに、ていう、か」

 

 

「つまりアホ丸出しってことですね…」

 

 

――――――――――――――

 

 …引くくらいの超ストレートパンチ

    

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「いや、それはもう決定的っていうか…」

 

「究極に【怪しい証言】なんだよねぇ…」

 

「それよりか…『絞殺用の道具』が側に落ちてたとかの方が…」

 

「まだ頷ける根拠なんだよねぇ…」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「ふははははは!!!どうした反町…その程度か…」

 

「ふん…どうやら矮小なる貴様の逆立ち如きでは…」

 

「天地をひっくり返すことすらできやしない………」

 

「ふふふ…命拾いしたな…。ワタシはまだあと3回ものバージョンを残している……」

 

「つまり、ワタシは無敵…誰よりも、な」

 

「……ふっ…そう証明されてしまったようだなぁ!!」

 

 

――――――――――――――

 

 いい加減に煽るのを止めるんだよねぇ!!

 

          殴られれば1発KOなクセに~

 

 早く、元通りにな、って、ほしい、かな?

 

――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「ぐぬぬぬ…いや、拙者はちょっぴり普通の忍者とは違うのでござるよ…」

 

「そう…いうなれば…拙者は特別…いや…」

 

「特殊な忍者なのでござる!!」

 

「英語で言えばスペシャル…」

 

「つまり忍者のスペシャリスト!」

 

 

「…よく分からなさすぎて…何かもう頭が冷えてきたですよ…」

 

「お疲れ、さ、ま」

 

 

――――――――――――――

 

 忍者は元から特殊な気が…

 

        …確かに意味が分からない

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「うーん、それでも何かしっくりこないなー」

 

「てことは…他に考えられそうな事は無いってことだね!!!」

 

「はい!じゃあ話合い終わり!!!」

 

 

「もう終わっちゃったんだよねぇ!?」

 

「激安のタイムセール並の閉店速度なんだよねぇ!!」

 

 

「結局ボクは1度たりとも議論に参加できなかったよ!!」

 

「はははは!!これは傑作じゃないかキミ!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【雨竜の検死結果②)⇒『絞殺に直結する何か』

 

 

「聞こえた……っ!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、その通りだ小早川…!鮫島の死体には、死因らしき痕跡があったんだ!」

 

「こん…せき…?………いえ!あの、意味が分からないというわけでは無くて、その、漢字を教えていただければ、と…」

 

「………すまん、俺の配慮が足りなかった。1度、有識者に話題を移そう…雨竜!」

 

「グルルルルルル……」

 

「ガルルルルルルルルルルゥ……」

 

「…もう人間の言葉を越えて牽制しあってるんだよねぇ」

 

「2人ともいい加減に矛を収めろ!!雨竜!鮫島の“首元”についた痕跡の話だ!!そんなんじゃいつまで経っても話が進まない!!」

 

 

 普段なら出さないほどの大声で俺は雨竜を呼びかける。すると、言葉に気づいたのか“ぬぅ…?”と、獣の如き瞳を此方に向ける。

 そしてすぐに、我に返ったのかように頭をガシガシと掻きながら大笑いをし出した。

 

 

「…ふはっははははははは!!!そうだ、そうだったなぁ!!忘れていたぞ!!ワタシには重大な使命があったのだったなぁ!!反町、名残惜しいが勝負は預けるぞ!」

 

「ちっ……確かにアタシもちょっとヒートアップしすぎたさね。…結果的に話は進んだみたいだけど、ちょっと頭を冷やしといた方が良いみたいだね…」

 

「ううむ、拙者らもこの場の空気に当てられて…えらくしょうも無い争いをしていた気がするでござる」

 

「…本当ですよ。何でこんなバカなことで言い合ってんですかね…今になって急に恥ずかしくなってきたです。はぁ……黒歴史ノートに新たな一ページが刻まれたですね」

 

 

 …そして一石の所為なのか…他の喧噪も段々と鳴りをひそめていき…裁判場は冷静な空気に包みこまれていく。その状況に、俺達仲裁側もほっと、安堵の息を吐き出した。

 

 

「……でも、皆落ち着いたようで何より」

 

「うん、良かった、ね?」

 

「静と動、それぞれを使い分けてこそ…この世界は、美しく回っていくのさ……激しくも大人しく…片方に偏りすぎては…その輝きは光りを失っていってしまう」

 

「本当だよキミ達!これからはもっと落ち着いた議論をしてくれたまえよ!ボクとしては、こんなバカ騒ぎ2度と御免だね!」

 

「カルタも同意見でーす!!」

 

「一番悪ノリしてたあんたらにだけは言われたくないんだよねぇ!?」

 

「…反町」

 

「フン……」ゴスッ

 

 

 明らかに神経を逆なでした発言の報い……反町の拳に頬を張らすニコラス。その傍ら……隣に居た長門が…“あのさ~”と、声を上げる…。

 

 

「…クールダウンしたところ悪いんだけどさ~~。今、折木君が言ってた~、首元のなんちゃらと~、さっきの死因の話とかって関係あったりするの~?」

 

「ん?……ああ、そうだな。長門の言うとおり、大ありだ。鮫島には、絞殺された明確な“痕跡”があったのだぁ。首の横、丁度服で隠れてしまうこの部分だなぁ」

 

 

 雨竜は、自分の首の横にトンと指を置き、どこに痕跡があったのか、俺達へと伝えていく。

 

 

「しかしだよ、ドクター雨竜。あの焼けただれたミスター鮫島の死体。しかもその首元。そこにそんなご都合主義的な証拠があったとは、実に恐ろしい偶然だね。念のため確認だけど…その痕跡はもしや……」

 

「ふっ…ヘタな勘ぐりはよせ、ミスターニコラス。先手を打たせてもらうが故意の偶然ではない。本当に、たまたま、首もとの…一部の焼けただれていない部分に…索状痕…つまり紐で首元を圧迫したことによって発生する跡が見られたのだ」

 

「真偽についてはあたしが保障するんだよねぇ……。かなり気が引けたけど。確かに、あったんだよねぇ…ほんのちょっとロープで締められたような跡がねぇ…」

 

「はははははは!!勝手にささいな疑いをして、やんわりと否定されてしまったよ!!これは名探偵であるボクも認めざる終えないみたいだね!!もう笑うしか無いよキミィ!!」

 

「まあ良いさ!!!そんなことは誰にでもある!!!だが、それ以上のことは皮膚が丸焦げていて一切分からなかったがなぁ!!遠慮無くもっと笑うが良い!!ふはははははっははは!!!」

 

「今のどこに笑える部分があったのか私に教えて欲しいですよ……」

 

「笑顔…それは身と心を照らす太陽のような光……無くて良い物でも無いし、ありすぎて良くないことも無いさ」

 

「なら暇なのでワタクシも便乗して大笑いさせていただきますネ!!ぷひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

「…笑い声が過多で胃もたれするですよ」

 

「…しかぁし!僅かにしか分からないとはいえ、その僅かはビックバンすらも遙かに超える事件の真相を示している!!!!くくくくなんたる僥倖、なんたる幸運……我が世の春がきたぞぉ!時代がぁ…時代がこのワタシに縋っているのだぁ……追いついて下さいとむせび泣きながらなぁ!!!」

 

「時代があんたに泣きついてるのかは置いておくとして…死因を特定する証拠としては申し分無いと思うけどねぇ」

 

「………そうだな。まだ不安定な部分はあるが…鮫島の死因は絞殺で――」

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

  「詰めがあまあまだよ!!!」

 

 

             【反論】

 

 

 

 

 

「…み、水無月……?」

 

「あのね、あのね?公平くん達が話してることをさ、カルタなりにまとめてみたんだけどさ…つまり、公平くんたちは犯人は鮫島くんを首を絞めて殺して、そんで火事でこんがり焼きました……そう言いたいんだよね?」

 

「ああ……その通りだ」

 

「ふふふふふ、なんかね~それ聞いてたらさ、カルタちゃんの脳細胞にぴーんっと来ちゃったんだよね!」

 

「…ピーン?」

 

「閃き、っていうかつっかかり?かな?……なんて言うか、それは違うよ!!って思ったの。だからこそ今ここで、渾身の水無月カルタによる水無月カルタのための推理ショーを見せてあげる!!」

 

 

 

【反論ショーダウン】    【開始】

 

 

「公平くん達は…つまりこう言いたいんだよね?」

 

「鮫島くんは」

 

「体を焼かれる前に」

 

「絞殺されていた…」

 

「それを聞いてて、なんかねー」

 

「やっぱり、できすぎてるって感じが拭えないんだよねー」

 

「あっ、別にニコラスくんが言ってたのを真似したわけじゃ無いよ?」

 

「純粋にカルタがそう思っただけ…」

 

「それに加えてこうも思うんだ…」

 

「鮫島くんの死因はまったくの逆だってね!」

 

 

 

「逆って…どういうことだ?」

 

「…首の索状痕を見る限り…」

 

「鮫島は焼かれるよりも前に、首を絞められている可能性が高いんだぞ?」

 

 

 

「それができすぎてるって言ってるんだってばー」

 

「忘れてるのか、あえて知らない振りをしてるのか分からないけど…」

 

「…容疑者はあのニコラスくんなんだよ?」

 

「だとしたら、クロのニコラス君は…」

 

「鮫島くんを予め【焼き殺して】…」

 

「そしてわざと…首の一部に跡を残した。」

 

「そしてあの図書館に火を放ったんだってね!!」

 

「図書館の中に居たニコラス君なら」

 

「…そういう」

 

「細かい細工なんて」

 

「【いくらでも効いちゃう】んだから!」

 

 

 

 

【雨竜の検死結果①)⇒【焼き殺して】

 

 

 

「その言葉、切らせて貰う……!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

「水無月。お前が言うように、絞殺の可能性を不確定かもしれない……でも、焼死の可能性を否定することは出来るんだ…」

 

「焼死の可能性を?」

 

 

 俺の切り返しに対し…水無月は当を得ない表情で首を数回左右に傾げる。その反応に、ちょっともったいぶりすぎたな、と内心自嘲する。

 

 

「Exactlyぃ……!!鮫島がもし、気絶させられ、そして火事によって殺されたのであれば……通常、もがき苦しみ、あのようにピーンとピアノ線のように真っ直ぐな体勢は取ることはありえん………これは我が天文学的見地から断言させて貰おぅ………」

 

「せめてそこは医学的見地から言って欲しかったんだよねぇ」

 

「色々こじれた説明になってしまいましたが……つまり、鮫島さんは焼死ではなく、結局のところ、絞殺ということですね!!」

 

「うーんそっかー、じゃあ焼死の可能性は殆どゼロ、ってこと……かな?」

 

「ふむ…火事を起こしてまで鮫島殿を焼いた理由としては、索状痕を消すため…そう考えるとしっくりくるでござるな」

 

「それはそれで、中々パスい発想ですけどね」

 

「わざわざ図書館を火事にしてまで死体をを焼いてるんだからね~。でも~極小単位のクロの不始末を~雨竜君が見つけてくれたってことは~お手柄だよね~」

 

「くくく…もっと、もっと褒め称えるが良い……観測者たらしめるこの両眼こそ、我が至宝にして才能の――」

 

「分かったから、また話が滞るさね…」

 

 

 またしち面倒くさい匂いを感じ取った反町が雨竜を先んじて制する中、否定された側の水無月は、少々気落ち気味で、深いため息を吐きだした。

 

 

「それにしても……あーあ、結局的外れな推理だったかー、カルタのひらめきもまだまだだねー結構良い線行っているかなーなんて思ったけど…」

 

「はははミス水無月、まだまだ修行不足だったようだね!まあ、ボクというあまりにも高い壁を前にして閃きを披露する…そのチャレンジ精神だけは認めるけどね!」

 

「ニコラス殿もそこまで核心を突くような閃きを出していないような…?」

 

「まっ、出してきたとしても信憑性皆無ですけどね。なんせ容疑者なんですし…」

 

 

 まあニコラスの態度については今さらと考えておくとして……。

 

 ――実は今回の事件…焼死ではなく絞死でした、というだけで話は終わらない。

 

 

「…皆聞いてくれ……今回の殺人について、実はもう1つ大切なことがあるんだ」

 

「えっ…もう一つ、ですか?一体どのような…」

 

「…さっき俺達は、犯人によって鮫島は絞殺をされたと言った。だけど、それは“ただの絞殺じゃない”可能性があるんだ……」

 

「ただ、の、絞殺、じゃ無い、?」

 

「要は普通の絞められかたじゃないってことだよね……ええっとそれって…キュッじゃなくて、ギチチチって感じってこと?」

 

「いや、効果音の話じゃないと思うんだけどねぇ……」

 

「……絞殺に種類なんてあるの?」

 

 

 疑問に思った風切は詳しそうな雨竜へと視線を向ける。それに対し雨竜は“ああ”と首肯した。

 

 

「……そして恐ろしいことに水無月の言っていることもあながち間違いじゃ無い。今我々が話題としている“絞殺”とは、先ほど言ったようにロープなどの紐類を首に巻き付け、そして水平に圧迫し呼吸を困難にさせる殺し方の事を差している。そして、手や腕を使って首を圧迫する方法もあり、それを扼殺(やくさつ)…。固定した縄を首に掛け、斜めに圧迫する縊死(いし)……つまりは“首吊り”なんてものもある」

 

「……成程、思ったよりも分けられてるんだ」

 

「……」ポカーン

 

「大変なんだよねぇ!小早川さんの脳みそがオーバーヒートして顔が埴輪みたいになってるんだよねぇ!!」

 

「完璧に置いてけぼりにされたら~人間ってあんな顔になるんだね~」

 

「頭に氷枕乗せとけば、次期に治るですよ」

 

 

 

 ――そう、雨竜が言うように首を絞めて殺すことにも、種類と名前がある。その中でも鮫島は…

  

 

 

 

 

 

【選択肢】

 

 

1) 手で絞め殺された

 

2) 首を吊るようにして殺された

 

3) 縄で直接絞め殺された

 

 

 

A.首を吊るようにして殺された

 

 

「そうかっ……!」

 

 

 

 

 

 

「その中でも鮫島は、“首を吊るようにして絞め殺された”……その可能性が高いんだ」

 

「……ロープをクロスさせてとか……自分の手でとかじゃなくて?」

 

「よりにもよって吊るようにして……でござるか?偏見かもしれぬが…その方法は主に、自害用の手段に思えるでござるが…」

 

「ああ、本来であればそのような詳しい死因は、顕微鏡的検査や解剖などをして、判別する必要があるんだがなぁ」

 

「こんな、限定された環境、だ、と、詳しく、調べられな、い…」

 

「そうだ。そうなのだが……折木よ。貴様何故首吊りと…憶測がだせるのだ?」

 

「憶測なんてナンセンスだぜドクター雨竜。ミスターマイフレンドはキミと同じように、何かしら根拠を持って、縊死を選択した……そうだろう?」

 

「言葉に意味があるように、言った言葉にも理由があるんだ。僕の言葉にもきっとそれが込められている…いつか世界を救うと信じてね」

 

「……」

 

 

 勿論あるんだろう?と言わんばかりの重い期待感がニコラスから発せられた。……まあ確かに、そのとおり、根拠らしき物はある。

 

 ……首を吊って殺された、その可能性を高めるための証拠……俺は思い出す。鮫島の死と深く関係しているかもしれない。雲居と共に目撃したあの“光景”を。

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

【紙袋を被った誰か)

 

 

「そうかっ……!」

 

 

 

 

 

「ああ。薄い糸口だが……皆、1つ思い出して欲しい。捜査が始まる前にしていた雲居の話を…」

 

 

 俺からの問いかけに、皆はしばし沈黙が走り、少々不安になったがすぐに“あっ!”と声が上がり出す。どうやら、思い出してくれたようだ。俺は内心胸をなで下ろす。

 

 

「覚えてるよ~例の黒ずくめの不審者の話でしょ~?」

 

「エリア2に蠢く怪しき影……ああ分かっているとも。人は誰しも孤独な影を背負っている…無限の旅人だとね…」

 

「…大まかにですが私も覚えています!!あの雲居さんの頭をかち割って、プールで姿を消した…確かそうでしたよね!」

 

「かち割ってたら私は既にこの世の人じゃないですよ…多少こぶになっただけです。でも、私を強襲したあいつは確か…………――――!……成程。あのあんちきしょうの話が、それに繋がってくるわけですね」

 

「おっ、どうやらミス雲居も何かしら気づいたみたいだね…」

 

「その閃き詳しくプリーズ!!できるだけ短めに!!」

 

「……例の不審者が姿を消す前、俺達はプールの天上で“首を吊った不審者”を目撃していたんだ……」

 

「…首を吊った?」

 

「ちょいと待ちな!……鮫島の死因は絞殺……その消えた不審者が首を吊っていたってことは…まさか!」

 

 

 

 俺と雲居が図書館の大火事に気づく前、忽然と消えた一抹の夢の如き記憶。この証拠と今まで示唆されてきた鮫島の死因、この二つを紐付けていくと………あの不審者の正体が見えてくる……。

 

 

 

 あの不審者は――――

 

 

 

【怪しい人物を指定しろ!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒サメジマ ジョウノスケ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒づくめの不審者の正体は殺された鮫島本人……俺はそう考えている」

 

 

 俺は今は亡き鮫島の遺影へと指を向け、そう言い放った。

 

 

「ええええーーー不審者の正体が鮫島さんだったんですか!!」

 

「ぬわんですってええええええええええエ!!!!!!………意外な展開っぽかったので、ちょっと驚いてみましタ」

 

「いや、なんであんたが顎を外してるんだよねぇ!!………でも……ん?ん?」

 

「あいや、ちょっと待ってほしいでござる……確かその不信な輩は……姿を消す前に雲居殿を襲ったはずでは…」

 

「両方とも鮫島君だったってこと~?」

 

 

 やはりというか、俺の話に疑問が湧いて出てくる。だけど説明不足だった故か、ほんの少し俺の考えていることと微妙な食い違いが見えた。

 

 

「すまん…ざっくりと言い過ぎたな…………正確には…首を吊っていた方の不審者だ」

 

「………じゃあ、死体になった鮫島さんが…雲居さんを襲ったということですか?」

 

「もう時系列がグチャグチャなんだよねぇ、それだとB級パニック系映画が始まっちゃうんだよねぇ」

 

「とっちらかりそうだから折木の言いたいことまとめるですよ?まず始めに、エリア2に忽然と現れた不審者……そいつは私を襲ったその後、すぐにプールの天井の足場へと移動したんです。……そこで自分の被っていた黒いローブと紙袋を鮫島に着せて…同じく足場に吊したんです」

 

「……まさか、そのときに鮫島さんを……?」

 

「……具体的にいつ殺されたかは不明ですが。いつ殺されてたとしても……私達が見た首を吊った不審者の光景が完成するです」

 

「でも……吊して殺したって言うなら…どうやって?正直イメージが湧かない…」

 

「ははは、ならばこの名探偵たるボクが説明しようではないか。まず始めに、紐を固定できるような強固な“ひっかけ”を用意し、そこに紐をくくりつける。そしてもう片方にミスター鮫島の首を結ぶ……あとはある程度の高さから落とせば…あら不思議というわけだよ、キミ」

 

「あら不思議って……もっと言い方があるじゃないですか?あり得なくは無い手法ですけどね……昔は絞首刑っていう、意図的に縊死させる手段もあったわけですから。今回の殺人も、それに倣った可能性はあるです。まっ、なんでそんな事をしたのか、その理由はよく分からないですけど…」

 

「ふふふ、その処刑法の場合高所から落下するエネルギーで頸椎損傷を起こし、場合によっては骨が折れて即死するが……今回のケースでは首の骨が折れてなかった故、通常の首吊りと見て良いだろう……」

 

「その首を吊られる間、鮫島は黙して待っていたということでござるか!?」

 

「ああそのとおりだよミスター忍者。何故なら、ミスター鮫島を前もって気絶させておけば良いんだからね。それで…殺されるまでの沈黙の問題は解決さ…」

 

「むむむむ、まるで最初から知っていましたーかのような口ぶり……ますます容疑者の色が濃くなってきたですね」

 

「そうだったねえ!!ボクは筆頭容疑者だった…勢いのまま話してて忘れてちまってたよ!キミィ!!」

 

「その手のロープを見るですよ!!節穴ですか!!」

 

「だってもう手の感覚が無くなってきたからね!あってないようなものだよ!!」

 

「……流石に不憫に思えてきたから、ちょっと緩めるさね」

 

 

 話が円滑に進んでいる中…“ちょっと、待って…!とぎこちないながらも、重みのある待ったが入った。

 

 

「……贄波?」

 

「ごめんね…折木くん、雲居ちゃん。今までの証言聞いてた、けど、やっぱりその、少し、いやかなり、へかなって思っ、て?」

 

「…変?」

 

「2人、が、吊された不審者を目撃した……それは分かって、たんだけ、ど。でも、その人が、鮫島くん、っていうのは、ちょっと強引かな、って、思った、の」

 

「強引って…私らはこの目で見たんですよ。首吊りした生身の人間を」

 

「ううん、それだ、と、足りない、かな?実際に、死体があったの、は、図書館だったんだ、よ?なんで、プールに居た、鮫島くん、が、移動してる、の?」

 

「人というのは何処にでも居て…そしてどこに居ないものさ……それは命在るモノだけに限らず、小さな亡骸にも言えることさ」

 

「ふむよく考えてみると確かにおかしな話だな、全体を通してみると眉唾なる怪奇現象にしか聞こえん」

 

「かかかかか、怪奇現象って……ちょっと詳しく説明してほしいんだよねぇ」

 

「案の上でしたが、専門の人が食いついてきました!!」

 

 

 

 確かに、贄波の言い分も分かる。俺だって最初は、何で鮫島の死体が、図書館にあるのか…その理由がわからなかった。もしや、俺達は幻覚でも見せられたのでは無いか…そう思わせるくらい、不可思議な現象が俺達の目の前で起こっていた。だけど捜査をする中で…それが幻覚なんかじゃないと分かった。

 

 だから少しずつ、あの首吊り死体が、鮫島だという根拠を固めていこう。

 

 

「…確かに死体が移動したなんて、超常現象も良いところだ…だけど、もう一つ、その黒づくめの不審者が、鮫島だという根拠があるんだ」

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

【黒いローブ) 

 

 

「これだっ……!」

 

 

 

 

 

 

 俺は、死体の側にて沈んでいた…怪しいローブを全員の前に提出する。それを見て何人かが、見覚えがあるというように、気づきの声が上がった。

 

 

「それは…黒いローブ?あっ!もしかして倉庫にあったあのコスプレ用のローブ!?………でもなんで?」

 

「この黒いローブは、雲居を襲った不審者が身につけていた物と同じ代物だ……そしてこれは、図書館の広場にあった死体の側……水路の中に沈んでいたんだ」

 

「鮫島さんの死体の側って…もう完璧な証拠じゃありませんか!……でも待って下さい……てことは…鮫島さんは“自殺”ということですか!?」

 

「確かにその線も捨てきれんが……首を絞められた後に、身を焼かれていることを考えると……自殺の線は薄い」

 

「それに、アイツはあたしの頭を殴って、まるでこっちに来て下さーい。て感じで誘導してきたんです。……そんなの自殺するようなヤツの行動には見えないですよ」

 

「…やんわりと全否定された気分で…少々心が痛いですね」

 

「……可能性が無くは無いから。問題無い」

 

「ち・な・み・に……モノパンモノパン、万が一自殺だった場合って…誰がクロって判定されるの?」

 

「はい、質問されたのでお答えさせていただくト…それは自殺した人自身がクロ扱いとなりまス。つまり今回の場合ですと…鮫島クンの遺影に対して投票する形になりますネ」

 

「成程~。でも~今の方々の話を聞く限りだと~自殺は無いね~~~」

 

「そういうことだ。そして、これが鮫島の側にあったということは…鮫島は黒いローブを着ていた可能性が高い…だとすると…鮫島はプールで――」

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

   「それは違う、よ!!」

 

 

               【反論】

 

 

 

 

 

「……折木、くん」

 

「贄波…」

 

「ごめん、ね?折角、わたしの疑問に、答えてくれた、のに。でも……やっぱり」

 

「……そうか…いやそうだよな…。お前のことだ、まだまだ納得できるような論理性は無い…そう言いたいんだろ?」

 

「うん…最後まで、付き合って、ね?わたしが、納得できる、まで」

 

「ああ…分かった」

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】    【開始】

 

 

「折木くん」

 

「の」

 

「話を聞いても」

 

「ね?」

 

「やっぱり強引さが否めない」

 

「そう思ったん」

 

「だ…」

 

「違うんじゃ、無い、か…」

 

「もう一つ、可能性があるん、じゃない、か」

 

「って」

 

「そう思った、の」

 

 

 

「…もう一つの可能性?」

 

「贄波…お前は何を考えているんだ?」

 

 

 

「私は、ね」

 

「こう思うん」

 

「だ…」

 

「鮫島くん、は」

 

「最初から

 

「【図書館の中に居た】んじゃ無いか」

 

「て…」

 

「本当は」

 

「折木くん達が見た」

 

「首吊り死体」

 

「は」

 

「【犯人だった】んじゃ」

 

「ないか…って」

 

 

 

「俺達が見た首吊り死体は…」

 

「紙袋と、黒いローブを被ってた…」

 

「そしてその黒いローブは、鮫島の死体の側にあったんだ」

 

「これを、お前はどう説明するんだ?」

 

 

 

「きっと」

 

「そのローブ」

 

「は」

 

「別の物なんじゃ」

 

「ないか?」

 

「って」

 

「思うん…だ」

 

「【もう1枚のローブ】」

 

「が」

 

「あれば」

 

「今の犯行は」

 

「可能」

 

「そう思うんだけ、ど」

 

「どうか、な?]

 

 

 

 

【倉庫の状態)⇒【もう1枚のローブ】

 

 

「その言葉切らせて貰う…」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、贄波、もう1枚のロープが使われたという可能性は低い…。何故なら倉庫の中から持ち出された物品から、それが読み取れるからだ。そうだよな!沼野、長門!」

 

 

 そう呼びかけると、2人は待ってましたと言わんばかりに、頷き返す。

 

 

「うん。大体1つずつ持ってかれてるよ~」

 

「復唱すると、倉庫の中からは…ロープ1本、スタンガン1つ、マッチ、紙袋1つ、灯油タンクが数個、運動用の靴が1組、コスプレ用の黒いローブが1着持ち出されていたでござる」

 

「そんなに持ち出されていたのかい!!」

 

「火事の原因とおぼしき灯油やマッチ……それに殺害用のロープまでぇ……あそこは殺人道具の温床だなぁ…」

 

「ですが…そんなに大量の小道具が…いつ、持ち出されてしまったのでしょうか…」

 

「きっと風が運んでくれたのさ…あいつは気まぐれだけど…根は良いやつだからね…きっと今回も、そうやって気を利かせてくれたのさ」

 

「なんてはた迷惑な風なんですか…嘘くささがもうファンタジーを飛び越えて、ポルターガイストを疑うですよ」

 

「ぽぽぽぽぽ、ポルターガイスト!それについてももう少し、詳しく…ねぇ!!」

 

「安心したまえ!!ポルターなんたらは100%関係ないよ!キミ!だからその荒い鼻息を抑えることをオススメするよ?」

 

「……とにかく。この倉庫の様子から、あの図書館に沈んでいたローブは、プールで首を吊っていたときに来ていたローブと同じはずだ」

 

「…もし2枚以上使われてたら…その分倉庫から減ってるはず」

 

「………成程、分かった、それじゃあ、私からはもう何も無い、かな?」

 

 

 納得?したように表情を和らげる贄波を見て安心した俺は、1度呼吸を整える。しかし、疑問に次ぐ疑問と連鎖するように、うーんと隣の水無月から、首を傾げるような声が上がった。

 

 

「だとしたらさ……鮫島くん死体って…何で、図書館にあるの?同一だったとしたら、何か余計にすっちゃかめっちゃかにならない?」

 

「はい!まるで“てれぽーと”なる奇っ怪な現象が起きています!!」

 

「そのような術は、我が一族に伝わる秘伝忍術の中にも無いでござる……」

 

「ちなみに興味本位で聞くけど…どんな術があるの?」

 

「商品に付いている値札シールを綺麗に剥がす術、米を炊くときの水の量を正確に計れる術、ワイシャツの首元の汚れを綺麗に落とす術……その他色々でござるな」

 

「あったらあったですごーく便利な術ですけど…正直しょーもないのばっかですね……」

 

「消えた君は今もここに、ここにいた君は今どこに……。きっとどこにでも居るって、僕は分かっているさ…さて、今度は僕らの番だ…どこに行く?」

 

「分かってないからこんがらがってるんだけどねぇ…」

 

「じゃあ次は、死体の移動手段についての議論と行くかぁ…」

 

 

 新たな疑問と出てきた……死体の移動手段。それについても今ある手札で、何とか解決することが出来る。

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

「鮫島さんの死体がプールにあったとしたら……」

 

「どうして図書館に死体が移動なさっているのでしょうか?」

 

「まさか本当に『瞬間移動』!?」

 

 

急に超能力系の話が出てきたんだよねぇ

 

       それは、流石に違う、か、な?

 

 

「いや、クロが鮫島殿を背負い…」

 

「そして『図書館へ投げた』というはどうでござろう?」

 

 

 怪力の野球選手じゃあるまいし…

 

       野球選手でも無理だと思うよ~

 

 

「ふふふふふふ…姿無き回廊があの2つの施設には存在し…」

 

「犯人はそれを使って、死体と共に【姿を消した】…」

 

「ふっ…決定的だなぁ…」

 

 

 移動どころか消えちまってるさね

 

      また自分の世界に浸ってるですよ…

 

 

「…簡単なことさ」

 

「死体は風に乗って…どこまでも『飛んでいった』んだよ」

 

「どこまでも……どこまでもね…」

 

 

 雨竜よりも浸ってるヤツがいたですよ

 

      瞬間移動より奇天烈な現象なんだよねぇ

 

 スーパーマンかな?

 

 

「はぁ……皆現実的じゃ無い話ばっか」

 

「プールと図書館が【繋がってない】以上…」

 

「…この議論に終着点はない」

 

 

 む、難しいんだよねぇ

 

         確かに…

 

 

 

 

 

 

 

【プールの窓につけられたワイヤー)⇒【繋がっていない】

 

 

「それは違うぞっ!!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや風切。プールと図書館は…繋がってたんだ」

 

「…嘘。それって本当?」

 

「繋がっていた……まさか!!実はエリア2の施設全てに地下があり、混沌に交わりし地底へと繋がっていたと言うのかぁ!?」

 

「だったら早くそれをいうさね!!今までの議論の根底からごろんとひっくり返っちまうよ!!」

 

「いや…そうじゃない。繋がっていたのは図書館とプールだけだ」

 

「図書館と、プールが地下で繋がっていたのか…のか…?」

 

「はぁ…地下から離れろ………繋がっていたのはプールの一角……天井の足場に踏み入れなければ触れられない、プールの窓に施設と施設を繋げる橋のような物があった」

 

「窓って、こと、は、あのワイヤーのこ、と?」

 

「“ワイヤ~”?」

 

「ああ、その橋の一部…それがワイヤーだ…それが天井の窓にくくりつけられていた。ほどけないよう、しっかりとな」

 

「ふむふむ……実際に調査に行ってない身分だけど…これは明らかに今までに無かった代物ですなぁ」

 

「ああ認めるとも。天上の世界へと踏み入れたときにそれは夜闇中で、キラリと光りを放っていたとも」

 

「アンタも知ってたんかい…ならもっと回りくどい表現を抑えるさね」

 

「……今更ですよ」

 

「でも、その糸くずが死体の瞬間移動と、どう関連してくるのかねぇ?」

 

 

 この証拠は、単体では何の意味も持たない糸くずでしかない。だけどもう1つ。“この証拠”を組み合わせることで、死体の瞬間移動トリックを解決する……文字通り糸口になる。

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

【図書館の天窓につけられたフックとワイヤー)

 

 

「これだっ……!」

 

 

 

 

 

 

「このワイヤーと同じ物が……図書館に備え付けられた窓に引っかかっていた。しかも、プールと丁度対面の位置にある、窓にな」

 

「しかも窓も開けられちゃってるよ!!どうぞ入ってきて下さいと言わんばかりに!!」

 

「図書館を根城にしてる私が断言するですけど……これはグレートに怪しいです。こんなフック、昨日の夕ご飯の時間まで図書館には無かった物です」

 

「プールと図書館のが対面している窓にワイヤーが取り付けられていた………ということは…」

 

「“ワイヤーで繋がっていた~”、ってことになるね~」

 

「……確かにそうなる…すごく面倒くさい感じだけど……」

 

「しかし折木よ…何故そのようにワイヤーを張る必要があったのだ?」

 

「……?あっそうですよね。先ほどの議論でも出ていましたけど、森を突っ切ることだってできたのにどうしてそんなことを……」

 

「ふむ…それについては…発言の許可をもらう前に、ボクから言わせて貰うけど……。犯人がワイヤーを使ったのは、そういう手段を“とらざる終えなかった”からなのさ」

 

「…とらざる終えなかった?でござるか」

 

 

 犯人が図書館とプールの間にワイヤーを引いた理由。…ニコラスが言うように、犯人は森に足を踏みいれることが出来なかった……何故なら――

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】 

 

 

 

【棘の森) 

 

 

「これだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「二つの施設に生い茂る森…いやそれだけじゃない、エリア2の森の地面には……大量の棘が張り巡らされていたから…そうだなニコラス

 

「ああ勿論だとも!!正解だよ!キミ」

 

「…それに古家…エリア2を調査していた時、実際に痛感したお前なら、わかるよな?」

 

 

 そう問いかけると、古家は遠いい目をしながら“ああ~そんなこともあったねぇ”とつぶやく。

 

 

「…そうだねぇ、経験者のあたしから言わせてもらえるなら……通り抜けるのは不可能なんだよねぇ……多分だけど草履とか、長靴とかだったら、生地の薄い靴だったら足が血だらけになるんだよねぇ」

 

「な、何とおぞましいことでしょう……お暇を潰すために森へピクニックにすらいけないとは……」

 

「あのおどろおどろしい森の中でランチをする勇気は、さすがのアタシにもないさね」

 

「…話を聞く限りだと…エリア2の森の特性上…犯人は、棘の森を突っ切ることはできない。故に、犯人はワイヤーを施設の間に張り……そして鮫島の死体を移動させるのに使った……そう総括できるなぁ…」

 

「…ワイヤーを、使っ、て?」

 

「キミたち!よく考えてみたまえ、今分かっているのはワイヤーを張ったという事実のみ…それを犯人はどのように使ったのか…まずはそれを話し合っていこうじゃないか!!」

 

「ニコラスくんなら、その方法知ってるんじゃないの?」

 

「知るわけ無いじゃないか!!なんたってボクは犯人なんかじゃ無いんだからね!」

 

 

 …ワイヤーを張って、そしてどうやって鮫島を移動させたのか……その具体的な運搬方法を今度は議論していこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

「ワイヤーが2つの施設の間に架かってたのは分かったけど…」

 

「その先は真っ暗闇さね…」

 

 

一寸先は闇…というわけですね!

 

     使う場面としては正しくないですよ…

 

褒めるべきはその言葉を知ってることだね!キミ!

 

 

「態々特殊な道具を使ってワイヤーを張ってるんだから~」

 

「鮫島くんの死体移動の何かしらに使われたのは~」

 

「間違いないかな~?」

 

 

…想像してみるとものすごい面倒くさい

 

       前提は分かっているのだがなぁ…

 

 

「じゃあ話し合うべきは【具体的な移動方法】だね!」

 

「カルタ的には『ワイヤーの上を渡った』って思うんだよね!」

 

「つまり犯人は沼野くんしかいないよね!!忍者だし!!」

 

 

それに賛成だぁ!!!

 

        えっ!?

 

最後のセリフは要らなかったんだよねぇ…

 

 

「都合の良いときだけ忍者扱いは止めて欲しいでござる!!」

 

「大道芸人じゃあるまいし!」

 

「それよりも、ワイヤーを『掴んで渡った』のでは…?」

 

 

 チンパンジーじゃ無いんですから…

 

       ……SAS○KE?

 

 

「ワイヤーだけ、じゃなく、て」

 

「もう一つ…『道具を使った』の、かも?」

 

 

道具…ですか?

 

          また道具~?

 

 

「可能性の追求は常に自由であるべきだ…」

 

「ボクは思うんだ…」

 

「そもそもあんなワイヤーは【使われなかった】ってね」

 

 

いきなり考えを放棄し出したですよ

     

          素晴らしい潔さだね!!

 

…うがち過ぎ

 

 

 

 

 

 

 

 

【落ちていた滑車)⇒『道具を使った』

 

 

「それに賛成だ!!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ贄波。鮫島の運搬には、ワイヤーと、もう一つ道具が使われていたんだ…」

 

「……道具が使われていた?また?…一体どんな?」

 

「…“滑車”だよ、図書館の窓の真下。それも、フックが掛けられていた窓の下に、“これ”が落ちていたんだ」

 

「…深淵とも取れる暗闇の中、見つけたのは微かなる光明……ああそうだね。君はここにいたんだね…」

 

「未だ誰とも知らぬ誰かを探していたのか…!こいつ、できるぅ…」

 

「あんたら本当に飽きないね…じゃなくて…。その滑車が、窓の近くに落ちてたって話なら…まさにって感じさね!」

 

「…少なくとも~どこかにポイ捨てするような物じゃ無いから~、不自然に目立ってるよ~」

 

「……そう。犯人はこの滑車と、張られたワイヤーを組み合わせて、鮫島の運搬を行ったんだ」

 

 

 そう断言するように言い切ると、何故か、芳しくない空気が蔓延りだす。言わずもがな、納得していない雰囲気であった。

 

 

「それなら一つ、気になる部分があるでござる」

 

「何だ?沼野」

 

「…先ほどの運搬したという推理と合わせて考えると…犯人はつまり、天上の足場にぶら下がった鮫島を持ち上げて…さらには滑車で、こう、空中を移動した……ということになるござるが…」

 

「はいそうなりますね!!覚えの悪い私でも完璧に分かりました!!」

 

「と、すると……でござるよ?その滑車の形状からして…犯人は、こうやって、片手に滑車を、そしてもう片方の手で鮫島殿を持って、滑空した……ということになるでござるな」

 

「……何か…怪盗が宝箱を持って逃げ去るイメージが湧いたんだよねぇ」

 

「ミスター忍者!ミス小早川の脳みそですら理解できたこの推理のどこに疑問点があるというんだい?」

 

「…“重さ”でござる。ほら鮫島殿って、拙者ら全員と比較しても、中々に大柄でござったろ?」

 

「…そうですね。考えてみると、現行の推理を行うとするなら……中々の腕力が前提になるですね」

 

 

 沼野が呈したように、今まで言ってきたことを行うには、大柄な鮫島を持ち上げたり、抱えたりする必要がある。鮫島よりも小柄な生徒や、腕力の乏しい生徒が犯行を行うのは、ハッキリ言って困難を極める。だけど――。

 

 

「女子の中だったら反町くらいがギリギリだと思うですけど…――でも男子、その中でもニコラス…あんたの腕力ならできるんじゃないんですか?」

 

「おやおやおや?疑いは自然と晴れるかなと考えていたら…段々追い詰められている気がしてきたぜ?」

 

「ふははは…確かに貴様なら何とか出来なくもなさそうだな。…ちなみにワタシがやった場合、持ち上げて5秒立った頃に、足からポッキリ折れていくな!」

 

「……それは、自慢…なの?…分からない」

 

「ていうか…スルーしちゃったけど、なんでアタシも頭数入ってるさね…」

 

「普段の、行、い?」

 

 

 ――そう、鮫島を運べるほどの腕力があれば…この犯行は可能だ。だからこそ、その条件をクリアしているニコラスが疑われるのは必然と言える。それに比例するように、真偽を問う全員分の視線が、ニコラスに集中した。

 

 

「はは!この衆目、悪くない気分だね!!では、ミス雲居のオーダーにお答えしようじゃないか!!…ああそうだとも、持てなくもない、そう答えさせてもらうよ?」

 

「で、出来なくも、ない……」

 

「もう呆れる位、間を置いて、呆れる位堂々と宣言したんだよねぇ」

 

「……これって決定的?」

 

 

 その言葉を聞いて、俺は眉をひそめる。一体ヤツは何故自分の首を締めていく……助かりたいのか、助かりたくないのか…ハッキリして欲しい言動である。俺は憎たらしい目つきをニコラスに向ける。しかしヤツはニヒルな笑みを崩さず…そのまま胸を張る。俺は一度、大きくため息を吐く。

 

 

「…いや…そんなことは無い。今までの犯行は、ニコラスや反町だけじゃなく、誰でも行うことは可能だ」

 

「えっ!誰でも!?……てことは…まさかドーピング!!」

 

「ぬわにぃ…!!ニコラス!錬金術師とあろう貴様が人間の禁忌に触れるとはなんたる所業、生命への冒涜であるぞぉ!!」

 

「ははは!!安心した前よ禁忌とは生命や金を作ることだから、ドーピングはまだ人間の枠組みに収まる行為だぜ?……まあ勿論法律的にはアウトだけどね!ちなみボクがそういった薬を作ると、数分間だけアメコミばりの超人的なパワーに目覚めることができるぜ?」

 

「すごい!!結構欲しいかも!!マッスルマッスル!!」

 

「その代わりに…とても不味い…というなんて特徴があったりするんだ。そこのところ……どう思う?ミスター折木」

 

「ぶっ…お前!!まさか!!」

 

「ははっ冗談だよキミ!!あれは本当にただの栄養ドリンク。人格が入れ替わったり、チート能力に目覚めたりはしないさ!!」

 

「一体どんな怪しい取引があっただよねぇ…」

 

「折木さん、お薬は使用容量を守れば毒にはなりませんから…きっと大丈夫ですよ!師匠も許してくれます!!」

 

 

 一瞬、前に飲まされた栄養ドリンクらしき物がその超人薬だと勘違いしてしまった。普通に気分が悪苦鳴ってきた気がする。……ていうか何度も言うが、小早川、お前の言う師匠は俺の何なんだ…親か。

 

 

「ふぅ…いや、そんなことじゃなくて。鮫島が大柄だろうとなんだろうと、男子だろうと女子だろうと、犯行を行うことはできる」

 

「……何か凄そう」

 

「いやぁ、捨てる神あれば拾う神ありとはこのことだね!この場合は見捨てない神というのかな?まっ、どっちでも良いけど、あとは頼んだよ!キミ!」

 

 

 ――それはこの“特殊”な道具が、証明している。

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】    

 

 

【モノパワーハンド)

 

 

「そうかっ……!」

 

 

 

 

 

「……この美術館にあった道具…“モノパワーハンド”を使えば…誰でも、鮫島を持ち上げたり、運んだりすることは可能だ」

 

 

 俺は見せつけるように、モノパワーハンドの情報を持ち出し。全員に見せつける。それを見て、小早川と反町が、”ああ!“と、思い当たったように、大きく頷く。

 

 

「確かに!テコの原理やら何やらで持ち上げられるその手袋なら…犯行は可能です!!…なんなら持ち出されてますし」

 

「それ先に言って欲しかったんだよねぇ!?」

 

「悪い、言うタイミングが無かったさね」

 

「ふむ…持ち出されたことが真実であれば…確かにニコラスでも、運動音痴のワタシでも可能ということか……ふははははは!!!これは中々面白くなってきたのはないか!?」

 

 

 そして、このモノパワーハンドは今現在も、行方不明。今回の犯人によって使われた可能性は限りなく高い。

 

 

「では今の話を踏まえて、話を戻すと……クロはその奇っ怪なる手袋を手にはめて、鮫島殿を持ち運び…」

 

「そして、予め張っておいたワイヤーに滑車を掛けてぇ…そして闇に包み込まれた天を渡った……ということかぁ」

 

「きっと図書館の側に落ちていた滑車は…鮫島くんを抱えて、図書館に降り立って、そんで渡ったことを感づかれないようにワイヤーを切った拍子に落ちた物って考えたら良いのかな?」

 

「随分アグレッシブな犯人なんだよねぇ」

 

「スパイ映画のレビューを聞いてる気分ですよ」

 

「今まで見てきた物は、きっと僕らへのメッセージだったのさ……ココにいるよ…僕を見つけておくれよ…そう送ってくれてるのさ」

 

「ワイヤー云々の話はもう分かったし。事件に深く関係してるのも理解したけど……だったらそのワイヤーはそもそも一体何なんさね?」

 

「倉庫から持ち出された物ではないよね~」

 

「うむ…くすねられたものの中には…そのような滑車も…ワイヤーも無かったでござる……」

 

「えっ…じゃあ無から作り出されたって事?……じゃあやっぱり…ニコラスくん?」

 

「Hey!等価交換の法則をしているかな?10を渡したら、必ず10を返す…0から10を作り出すことなんて、それこそ禁忌だぜ?ミス水無月。そして流石に犯人扱いが雑すぎて引いている今日この頃だよ、キミ」

 

 

 勿論皆の言うように、このワイヤーと滑車は、倉庫からも、誰かが作り出した物でも無い。何故ならこれも。モノパワーハンドと同じ…もう1つ、特殊な道具に備わっていた物なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

【どこでもワイヤー)

 

 

「これしか…ないっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「このワイヤーは倉庫から持ち出されたものじゃない……とある特殊な道具に備わっていた物。モノパワーハンドと同じ美術館から持ち出されたものなんだ。そうだろ?小早川、反町」

 

「は、はい!確かに。手袋と同じくどこでもワイヤーなる道具が無くなっていました!!」

 

「…まだ無くなってたのかねぇ!!今回のクロは本当に節操がないねぇ!!」

 

「まあ。コロシアイをして下さいって感じの品々だったから……使って当然だと思うですけど…ここまで存分に使われると…何だか畏怖すら覚えるですよ」

 

 

 確かに…今回のクロは特殊な道具を上限である2つ借りてまで、周到な準備をし、そして鮫島を殺害している。とてもじゃないが…衝動的に行った殺人ではない…絶対に殺して、絶対にバレたくない。そんな強い意志が感じられた。

 

 

「ふーむ……犯人は七つ道具のうち2つの道具が使われたのはハッキリしたが、キミ達。一つ疑問に思ったことはないかい?」

 

「……疑問。ですか?未だ疑問だらけすぎて、どれのことを言っているのやらと…」

 

「……右に同じ」

 

「…犯人が“どこでもワイヤー”を使ったことに対してさ。想像したまえよキミ達?図書館の窓にフックがあって、プールの窓にそのワイヤーの切れ端があったってことは…はつまり」

 

「このワイヤー射出機なるものは…”プール側から放たれた”、ということでござるな」

 

「そうさ……犯人はこのどこでもワイヤー使って、プールと図書館を繋いだんだ」

 

「…ああ、そうだな」

 

「考えてみたまえ、両施設を繋げるためには……この射出機から放たれるフックを目的の場所…つまり図書館の窓に引っかけなければならない。これは単純に見えて、かなり繊細なプロセスだとボクは思うんだ」

 

「……射撃選手の風切さん、なら、ともかく…素人の私達、には、繋げること自体、が、難しい、てこ、と?」

 

「その通りだよ!ミスにえな――――」

 

「あっ…そんなことは有りませんヨ?だってモノパンの七つ道具なんですからラ。殺人に使って欲しいものなのに、何で誰でも使えないようにしてあると思ってるんですカ?天性のノーコンでも無い限り、このどこでもワイヤーは誰でも使えまス。特別な才能も技術も…この道具たちの前では必要ありまっせーン」

 

 

 何やら核心を突こうとニコラスはつらつらと言葉を並べていたが……それをぶち壊すようにモノパンはそれを否定する。それを聞いたニコラスは…指を突き上げたまま…その場で石像のように固まってしまった。

 

 

「……おーい、大丈夫ですか。ニコラス」

 

「おおっと!放心していたよ!ふむ、密かにボクへのヘイトを軽減させようと思ったけど…まさか、思わぬ助け船を出てきてしまうとは…………いや、まさか技術が必要じゃなかっただなんて……とんだ赤っ恥をかいてしまったよ!キミ!!」

 

「ふふふ…ミスターニコラス、まだまだ修行不足だったみたいだね!まあ、カルタというあまりにも高い壁を前にして閃きを披露する…そのチャレンジ精神だけは認めてあげちゃうよ!」

 

「さっきの意趣返しみたいな被りぶりなんだよねぇ…」

 

「……よくわかんないけど、あらぬ疑いを回避できた気分…ふぅ」

 

 

 裁判が始まってしばらく、ようやくここまで来たような気持ちだった。昨夜、エリア2で何が起こったのか…その一部が分かったような…安心感を思わせる雰囲気が辺りを満たしだした。

 

 すると“あのー”と、恐る恐ると擬音がつきそうな、そんな声が上がる。…見てみると、行儀良く手を挙げる小早川の姿あった。

 

 

「鮫島さんの死体移動についてはわかったんですけど……1つ宜しいでしょうか?」

 

「…?何か読み方がわからないところでもあったですか?」

 

「いえ…漢字の話じゃなくて。その、ちょっと考えてみたんですけど……少しばかりひっかかってることがありまして……。雲居さんを襲った犯人は、プールに折木さんと雲居さんをおびき寄せて、死体を見せて……そしてお二方が居なくなった後、鮫島さんの死体を回収して、図書館へワイヤーをたどって移動したたってことで良いんですよね?」

 

「おお、その通りさね。梓葉……あんた本当にあの梓葉かい?」

 

「あまりにも模範的なまとめ具合に内心戦慄してるあたしがいるんだよねぇ…」

 

「恐怖とは常に、目の間に現れる物では無い…そうは思っていたけど、知らぬ存ぜぬうちに…ここまでとはね…僕ですら怖さを知ってしまったよ」

 

「どういうことですか!落合さんまで!!私は正真正銘の小早川梓葉です!」

 

「それで…小早川…何が引っかかっているんだ?」

 

「はい!!あの、死体を折木さん達に見せつけているときなんですけど……犯人は”どこ”にいらっしゃったんでしょうか?」

 

 

 俺は小早川の疑問、はて、と首を傾げる。そして、しばらく思考する。

 

 

「ええ…それは。もう……ねぇ。どこに居たかっていうと……あれ?どこにいたのかねぇ?」

 

 

 俺は自分の記憶を掘り出し…すぐにハッとなる。…俺達があの首吊りをした鮫島を見たとき、天上の足場を含めた施設の中には誰1人、人が存在していなかった事実に。

 

 

「…どこにも…居なかった」

 

「ふむ…これは当たり前のようで…中々虚を突くような意見だね。さてミスター折木、これをどう考える?」

 

「ニコラス…お前本格的に丸投げしてきたな…」

 

「そりゃあボクはとらわれの身の王子だからね…いつしゃべれなく出来るよう、断頭台に首を掛けられているようなものだからね」

 

「んな残酷な仕打ちをした覚えはないですよ」

 

「フン……隣に怪物を用意して…良く言う」

 

「…おい雨竜。今アタシのこと怪物って言ったかい……………でも、そうだね…何だか懐かしい気分さね」

 

「結構やばい雰囲気から、急に浸りだしたんだよねぇ!?」

 

 

 しかし、小早川に指摘されたこの疑問…俺達が施設内にいたときクロは何処かに隠れていたのか……1度、頭の中で俯瞰的に見てみるか…。どこか…身を潜められそうな場所が見つかるかもしれない……。

 

 

 

【スポットセレクト】 【開始】

 

怪しい場所を選択しろ!

 

 

 

 

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「そうかっ……!」

 

 

 

 

 

 頭に地図を描くように考え、そしてふと、アイディアを思いつく。もしかしたら、もしかしたら犯人は……。

 

 

「――――犯人は……“外”にいたんじゃないか?」

 

「……外、に?」

 

「あの森の中に隠れていた…ということでござるか?」

 

「でも施設の周りは棘の森だらけ…隠れるにも相応のリスクが…ある気がするんだよねぇ」

 

「いや森の中じゃ無い……1箇所だけあるんだ。森に足を付けず…さらに、俺達がいつ外に出てもすぐに中に戻れる様な場所が……」

 

「ふあはははは!!そんな場所があるわけ無かろう!空を飛んでいない限り不可能よぉ」

 

「いや、その通り…犯人は空を飛んでいる…いや浮いている様な状態だったんだ」

 

「えっ…ワタシの案採用?いまいち想像はつかんが……まあ喜んでおいてやる…ふあはは」

 

「本当にいまいちな反応だよ~」

 

「でっ?具体的にどういうことなんですか?浮いてるとか、身を潜めるとか……もっと本質を突いて説明するですよ」

 

「なら雲居…昨夜の事を思い出してくれ……特に、死体を見上げて、それからすぐに”はしご”を登った時を……」

 

「…え?……うーーーーーーーーーん……………えっ……あーーー、まさか…”あそこ”にですか?」

 

「分かってしまったみたいだね。ああそうともさ。何時だって小さなきっかけはすぐ側にある…僕に覚えがあるさ」

 

「落合!ややこしくなるから…少し大人しくしてな。折木、雲居!何がわかったんさね!」

 

「……犯人は”はしご”に登りながら、外に隠れていたんだ…」

 

「はしごって…あのプールの真横に備えられてる…あのはしごのことだよねぇ……そこに登ってってことは…」

 

「…うむむむむむむ…申し訳ありません。想像力が足りませんでした……」

 

「つまり……犯人はこういう風に身を潜めていたんだ」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「おお!そのはしごで身を潜めながら入口の窓から折木殿達を見張り……そして外に出たのを見計らって、また施設の中に入った…ということでござるな!」

 

「な、成程…だから折木さん達には姿が見えなかったんですね!!」

 

「……なんかトカゲみたい」

 

「いやむしろ、忍者みたいだよねー」チラッチラッ

 

「拙者を露骨に見やるなでござる!!はしごにへばりつくぐらい誰でもできるでござる!」

 

「…しかしまぁ…そこまで考えると……犯人は身を潜めながら、図書館へ鮫島を運搬した…という理論にも信憑性が持てるなぁ……」

 

「そうだね~、何だかんだ形にはなってるしね~」

 

 

 何とかこれで…犯人はどういう風にして、犯行を行ったのか…その一連の流れは分かった。長い時間をかけて、俺達はやっとここまでこぎ着ける事が出来た。そのおかげ、胸の奥で、小さな達成感のようなものまで感じられた。

 

 

 

 ――――だけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――なんだ、この感じは?

 

 

 

 

 

 

 ――――事件のあらましを解明できたというのに

 

 

 

 

 

 

 

 ――――全員が納得するような…答えを得たのに

 

 

 

 

 

 

 

 ――――どうして、答えを導いた俺自身が…

 

 

 

 

 

 

 ――――腑に落ちないんだ?

 

 

 

 

 

 

 ――――一体…何なんだ?

 

 

 

 

 

 

 すると――

 

 

 

 

「――――だったら。結局ニコラスが犯人、ってことですね」

 

 

 一瞬の逡巡、その言葉を聞いた俺はすぐ、我に返る。そして、雲居に見開いた目を向けた。

 

 

「……どういうことだ?」

 

「折木。あんた、自分で自分の首を絞めているの気づいていたですか?自分の推理を顧みてみるですよ……そしてその犯行を最も行いやすいのは……ニコラスなんです」

 

「あっ!そうだよね!ニコラスくん、突然図書館の中から出てきたんだもんね!!」

 

「……うむむむ……クロが鮫島の運搬を行ったとしたら、最終的に図書館の中に居るのは必然……つまりぃ…」

 

「紅き炎に包まれていたのは誰か…それは君だったのか……いや、答えを出すのは僕じゃない…それを知っている自分自身さ」

 

 

 俺は冷や汗を流す。まずい。とても不味い雰囲気だ。そうだ、俺はニコラスはクロじゃ無い。そう証明するハズだったのに…議論はその逆へと進んでしまっていた。

 

 

「じゃあ、ほほ、本当の本当にニコラス君が…犯人なのかねぇ……」

 

「…今のところの流れからすると。そう」

 

 

 そしてその雰囲気は次々と他の生徒達を飲み込み…段々とニコラスが犯人だと…そう思わせてしまうように、黒いムードが広がっていく…。

 

 

「何だか変な感じですが……これが今回の事件の答えなんでしょうか…?」

 

「…よし!それなら…早速投票タイムさね!!」

 

 

 …もしかして、さっきの不穏な予感は、これを予見していたのだろうか?…ニコラスは犯人だ、それを覆すことは出来ない真実なのだと…そう心の何処かで俺自身が叫んでいたのだろうか?

 

 

 

 ――もしかしたら。本当に……ニコラスが……?

 

 

 

 瞬間…俺の中の自分自身が揺らいだような気がした。自然と…瞳はニコラスへと向かっていた。極限まで追い詰められているハズなのに…犯人だと吊され掛けているハズなのに……彼は――――

 

 

 

 

 ――――笑っていた

 

 

 

 

「落ち着きたまえ。マイフレンド。気持ちなんてものは、景気づけるための些細な隠し味のようなものさ。その味は決して全面に出たりはしない……真実はいつも証拠で語る物だ」

 

 

 

 ”まっ、容疑者であるボクが言うのも、何だけどね”…誰にでも無く…焦るべき場面で何故笑っているの理解できない俺に向け、そうコトダマを打ち出した…。

 

 

 

 

 ――そうだ

 

 

 

 

 何を考えてるんだ俺は……俺は最初から、ニコラスが犯人じゃないと証明してみせるために、今ここに立っているんだ。俺が…俺自身が信じる真実を信じ抜かなくて…誰が信じるんだ…!

 

 お前が犯人なんかじゃ無いってことを。最初から、そう心でわかっていた…俺自身の直感で、そうじゃないって分かってるんだ。後は真実を物語る証拠を突きつければ…それで良いだけなんだ――――

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

 

【ニコラスの証言)

 

 

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

 

 

「いや…それは違うぞ…雲居。ニコラスは犯人なんかじゃない…むしろ“被害者”だ」

 

「えっ…犯人かと思ったら…今度は被害者…なのかねぇ?」

 

「わ、私、もうちんぷんかんぷんです…」

 

「…安心しなよ。物語は最後に分かれば良いのさ…全てを積み重ねた布石を最後に集め直せば…それでいいのさ」

 

「……んっん…折木……随分ハッキリと言うじゃ無いですか…ですけどその根拠はまさか…“あの証言”を元にして構築したんじゃないですよね?」

 

「…あの証言?」

 

 

 案の上、雲居は食ってかかる。当たり前だ…この証言の信憑性は…今のところ皆無に近い…今だけは…な。

 

 

「……そのまさかだ。ニコラスには、日々のルーティンとして…就寝前の読書…大体夜の7時から9時までの2時間…ニコラスは図書館に行くことにしていた…そうだよな?」

 

「ああその通りだよキミ!ボクは活字という知識の欠片を目に焼き付けてからではないと、安眠することができなくてね。ミスター鮫島が殺された、昨日の夜も同じく読書を嗜んでいたさ!」

 

「…ん?夜7時から9時…か。もしや…」

 

「丁度事件が発生する前ですね!!」

 

「そして…その日の9時頃…読書をしていたニコラスの背後に突然スタンガンか何かが押し当てられた。そして…気絶してしまった」

 

「スタンガン…って、倉庫の中から持ち出された物品の1つでござらぬか!」

 

「何だか気になる証言だよ~」

 

「……じゃあニコラスが被害者というのは」

 

「そうだ…ニコラスは今回のクロによって気絶させられ…そしてあの火事の中に放り込まれたんだ…」

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

  「推理が稚拙なんですよ!!」

 

 

              【反論】

 

 

 

 

 

 

「待つですよ……その証言…本当に信用できるですか?私の記憶が正しければ…それはニコラス自身から聞いたことのはずです…」

 

「ああそうだ…。今の証言は、ニコラス自身が言ったものだ。お前も側にいて聞いていただろう…?」

 

「勿論聞いてたですよ。ですが、その直後に。私はあんたにこう言い聞かせたはずです。“容疑者の証言を鵜呑みにするな”!まさか、忘れたなんて事はないですよね?」

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「気絶させられたと言う話は…」

 

「ニコラス自身が発現した証言…」

 

「幾らでもねつ造なんて可能です…」

 

「証言の中のスタンガンの話だって…」

 

「倉庫から持ってかれた話だって」

 

「犯行を行ったのはニコラスだと考えれば…」

 

「全部知ってて当然…」

 

「作り話を考えることだって容易なんですよ!!」

 

 

 

「落ち着いて考えてみろ。ニコラスは最初から疑われていた身なんだぞ?」

 

「何でこんな作りもの染みた話をわざわざ疑う俺達の前でする?」

 

「まるで自分への疑いを助長させているようじゃないか…」

 

 

 

「苦しいですね」

 

「まさに苦し紛れって感じの反証です」

 

「…その程度の証明じゃ、ニコラスへの疑いを拭う事なんて…」

 

「夢のまた夢ですよ」

 

「私は自分の目で見た事しか信じない主義なんです」

 

「事件があった夜も…」

 

「死体を見失ったあたし達は火事になった図書館へ向かった」

 

「そしてニコラスはその図書館から転がり出てきた…」

 

「あんたの推理通りの事が起こったとするなら…」

 

「これは鮫島を図書館へ運搬した直後としか考えられないんですよ!!」

 

 

 

「ああそうだな…その通りだ」

 

「あのとき図書館から出てきた時が、鮫島を運搬した直後とするなら…」

 

「これほどジャストなタイミングは無い…」

 

 

 

「今…納得したですね?」

 

「なら決まりです」

 

「ニコラスが…【犯人として充分】すぎるこの状況…」

 

「捜査をする前と変わらず…」

 

「クロはニコラス!!」

 

「これ以外に答えは無いんですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

【どこでもワイヤー) or【モノパワーハンド)⇒【犯人として充分】

 

 

「その矛盾……見切ったぞ…!!」

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや……充分じゃ無いんだ…」

 

 

俺のその一言に、雲居はいぶかしげに眉を上げた。

 

 

「…どういうことですか?…何が足りないって言うんですか?」

 

「足りない物を補うのもまた…人生さ」

 

「…落合。大人しく国に帰って」

 

「………もしもニコラスがクロだったら…プールから図書館に死体を移動させた直後だったとしたら……必ず手元に無くちゃいけない証拠があるよな?」

 

「……?ええと…」

 

「鮫島くんを吊したロープとか?それに黒いローブ……あっ、でもこれは図書館の水路に落ちてたっけ?」

 

「…もしかし、て…『モノパンの七つ道具』の、こと?」

 

「そう…。この事件は、“どこでもワイヤー”と“モノパワーハンド”その2つの特殊な道具が利用されている………しかも、死体の鮫島の移動直後なら…どちらも所持していたはずだ」

 

 

 “だけど…”俺は言いよどまず…続けていく。

 

 

「図書館から転がり出てきたニコラスの手元には、その道具の姿は無かった……“何も持っていなかったんだ”…そして今もその道具の所在は不明…そうだよね?反町」

 

「あ、ああ…そうだねえ」

 

「……何も、持っていなかったって………」

 

「雲居…当事者だったお前も…その確認していたはずだ」

 

「……そんなの……あたしたちがたどり着く前に、あの火事の中で燃やして、隠滅したに決まってるです……」

 

「あっそれは無理ですネ。…毒とか爆弾とか、一過性のアイテムは別として…銃とか鍵とか、リユースの効く道具は絶対的な防御力を誇っておりまス。そんな簡単に処理されてしまったら、こんなに持ち上げているワタクシの立つ瀬がありませン。……つまりあれです。いっぱい使って、いっぱい殺せるよ!ってことですネ!!」

 

「最後の、言葉、は、いらな、い」

 

「図書館の中に隠したとしても…かなり目立つ代物だった故…見つかってない方がおかしいでござる」

 

「……っ!だったら…事件が発覚してすぐに、森とかどっかに捨てた……とか」

 

「いや…雲居。捜査中ずっとニコラスに張り付いていたお前だろ?…そんな怪しい素振りなんて一切させないようにしていたはずだ…」

 

 

 道具を処分もしくは隠したという可能性を次々と否定され、雲居は”ぐぬぬぬぬ…”と声を絞り出す。

 

 

「……ですけど……そうだとしたら…他に鮫島を殺人出来る人間が…図書館の本を燃やしたヤツが…もっと分からなくなるです」

 

「タイミング的には~充分だったんだよね~?」

 

「確かに絶妙だったかもしれない…だけど俺達がプールから図書館へ向かった時間…そこにもインターバルがあった…!逃げだそうと思えば…逃げ出せる」

 

「……むむむむむぅ…矛盾の上に矛盾が重なっているなぁ…」

 

「…だけど今の話が本当ならさ。ニコラスくんが犯人の可能性、割と低くなってきたんじゃない?」

 

「いや……しかし、何も持っていないからといって、疑いを消すのもいささか……」

 

「いえ!!それでも私は…あの、ニコラスさんは犯人じゃないと思います!!」

 

「う~~ん、でもやっぱり~無理がある気がするよ~」

 

「むむむむ…あたしとしても、ニコラス君じゃ無い気がするんだよねぇ」

 

「……ふぅ…何かもう面倒くさくなってきた…後は任せる」

 

「…意見が、完全に、真っ二つ、になっちゃった、ね…」

 

 

 ガヤガヤと俺達がニコラスが犯人かどうかの真偽を話し合っている中…“真っ二つに分かれてしまった…”そう贄波が発言した、その瞬間――

 

 

『ちょーーーーーーとお待ちくださーーーーーイ!!!!!』

 

 

 しばらく耳にしていなかった…”あの”声が裁判場に響いた。

 

 

「んん???んんんんんんんン?今、真っ二つ、今真っ二つ………そう仰りましたネ!?」

 

 

 玉座から立ち上がり…”モノパン”は両手を上空に掲げ、大声を上げていた。俺達は何事かと、そんなモノパンへと奇異の目を向ける。

 

 

「いや皆まで言わないで下さイ……確かに、確かに聞きましたヨ!キミタチの間に深い、深ーーーーーーーい溝が出来てしまったことオ!」

 

「そんな大げさな深さじゃないと思うけどねぇ…」

 

「ですが、そういうことならお任せ下さイ!!!そんなときこそ、我がジオ・ペンタゴンが誇る“変形裁判場”の出番でス!!」

 

「…変形裁判場?」

 

「待って下さい!!今でもこんな複雑な形をしているのに、これ以上形が変わっては。私の頭がグチャグチャに変形してしまいそうです!!」

 

「…至ってシンプルな円形だと思うよ~」

 

 

 …とりあえず、変形については置いておくとして…。今のこの状況なら、あともう一押しだ。

 

 

 ――この事件の犯人は、ニコラスじゃない…

 

 

 …この意見こそが真実であると諦めず証明するんだ。…そのために、諦めず、望みを捨てず……全員の意見を一つにまとめていこう…。

 

 落ち着いて証拠を整理すれば……大丈夫。

 

 

 

 

 モノパンは持っていたステッキを、目の前に現れた装置へと突き刺した。

 

 

 すると、俺達が立っていた証言台は……螺旋状に入り乱れ…そして横並びに終着し…目の前にはニコラスを犯人と主張する生徒達が並んでいた。真横には並ぶのは…それは違うと…逆の主張をする生徒達。

 

 

 

 

 ――――ここが事件の流れ左右する重要な局面だ

 

 

 

 

 ――――気張っていこう

 

 

 

 

 ――――だって、俺は1人じゃ無いんだからな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『意見が見事に真っ二つに分かれてしまいましたね』

 

『そんな時は議論スクラムの出番です!!』

 

『議論スクラムでは議論のテーマに対して、二つのチームに分かれて…お互いの意見をぶつかっていただきます』

 

『といっても、システムはゲームとほぼ同じ……既にプレイされた方々であれば…もう分かっていますよね?』

 

『ヒートアップした全員を、折木君が頑張って成立させる…そして議論を進めていく…そういう形になります。…考えてみると彼も相当苦労人気質ですね(笑)』

 

『…本小説においては…最初↓以下の様に始まります』

 

 

 

犯人だ!    犯人じゃない!

 

『ニコラス』   『折木』

『雲居』     『小早川』

『雨竜』      『古家』

『長門』     『落合』

『反町』     『贄波』

『沼野』     『水無月』       

『風切』

 

 

『これが今回の場合ですね。左が主人公側で、右が敵側…と覚えていただければ大丈夫です』

 

『そこからは…ゲームと同じように、相手側のキーワード(【】←で囲われて単語)に対して、主人公側が意見をぶつけていく…これくらい説明すれば…あとはもう読み慣れていただければ…ですね』

 

『読者様には、誰と誰が意見をぶつけ合うのか…そして最後のラストスパートをお楽しみ頂けたらな…と思います』

 

『…説明は以上となります。分からない場合は……特に何もありません。…申し訳ありません』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    = 意= =対=

      = 見= =立= 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ニコラスは本当に犯人なのか?】

 

 

犯人だ!       犯人じゃない!

 

 

『ニコラス』      『折木』

『雲居』        『小早川』

『雨竜』         『古家』

『長門』       『落合』

『反町』        『贄波』

『沼野』       『水無月』       

『風切』

 

 

 

 

 

【議論スクラム】   【開始】

 

 

 

 

ニコラス「さぁてキミ達…ここが【正念場】だ。存分にボクの身の潔白を…証明しておくれよ?」

 

「古家!!!!」

 

古家「その【正念場】に何であんたがそっち側に居るんだよねぇ!!初っぱなから立ち位置で遊ばないで欲しいんだよねぇ!!」

 

 

 

反町「ここまで事件の流れを聞く限りだと…ニコラスが鮫島の死体を図書館に移して、【火事】を起こした…そう考えるのが自然さね」

 

「小早川!!」

 

小早川「自然だからと言って決めつけてはいけません!ニコラスさんは【火事】に巻き込まれた側の可能性だってあるんですから!!」

 

 

 

長門「だけど~ニコラス君が襲われたことだって~本人が言ってるわけだし~【偽装】の可能性だってあるよね~」

 

「贄波!」

 

贄波「でも、【偽装】できない、事実も、あるよ、ね?道具の有無、とか…」

 

 

 

雨竜「ぬるいなぁ…道具など煮るなり焼くなり隠すなり…どうとでも【処理】できる…。我が淀みなく…銀河と揶揄されしこの心眼は、これこそが真実だと…そう語っているぅ…」

 

「……落合」

 

落合「君達が思っている以上に…道具の隠匿は困難だ、なんて使う本人が囁いていた気もするよ…あれは気のせいだったのかな……もしかしたら、そうだったのかもしれないね……。それにしても、【処理】…か、無骨な言葉だね。そんな堅苦しいものよりも、もっと柔らかな表現が――」

 

 

 

沼野「しかし【タイミング】的には完璧であったはずでござる!!鮫島殿の死体が運搬された後と考えれば、犯人が逃げいる隙は無いでござる!」

 

「水無月!!」

 

水無月「蛍ちゃんと公平くん…この2人がプールから図書館へ向かう途中。僅かだけど、逃げ出す【タイミング】はあったはずだよ!!」

 

 

 

雲居「……あんたら死にたいんですか?そんな僅かな【可能性】だけで、ニコラスを信じ切るって言うんですか?」

 

「俺が!!」

 

折木「…【可能性】なんかじゃない…俺は、俺達は…これこそが真実だと、そう信じているんだ!!」

 

 

 

 

 

  CROUCH BIND

 

SET!

 

 

 

 

「これが俺達の答えだっ!!」

「これが私達の答えです!!」

「これがあたし達の答えなんだよねぇ!!」

「これが僕達の答えだよ……」

「これが、私達の答え……!」

「これがカルタ達の答えだよ!!」

 

 

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…確かに、今までの推理であれば、ニコラスが犯人の可能性が高いのかも知れない…だけどそれは、可能性の話だ…確定じゃ無い。だから、みんな、信じてくれ…!ニコラスは…犯人なんかじゃ無い!」

 

「……折木、くん」

 

「…こういうのはあんまり口にしたか無かったですけど……これは学級裁判なんですよ?仲良しこよしで友達をかばい合う、そんな生ぬるい場所じゃないんです。それでも…あんたはニコラスを信じるっていうんですか?」

 

「ああ…俺は信じるべきことを、信じるべき人を…信じ切ってみせる……!それが自分自身の信じた道だ」

 

 

 俺は強く、そして鋭い意志を持って…雲居を見つめた。雲居も、険しい表情のまま、俺と視線を交わす。それからしばらく……雲居は、大きなため息を吐き、言葉を紡ぎ出す。

 

 

「………………………………分かったですよ。私の負けです。反町、ニコラスの縄をほどいてやるです」

 

「おや?もういいのかい?個人的には容疑者の気持ちをもう少し体感しておきたかったんだけどね」

 

「…いやどんな気持ちさね。でも。良いのかい?」

 

「はぁ…ここまで犯人じゃ無いなんて言われたら…こうするしかないですよ。それにちょっとやりすぎたって感じもあったですし……正直止めてくれてどこかホッとしてるですよ。悪かったですね、ニコラス」

 

「はは!全然問題無いさ!それに、言う程ミス雲居も、本気でボクを疑っているわけでは無さそうだしね?」

 

「えっ!!そうだったんですか!」

 

「はぁ…?今までの態度をどう曲解したらそんな芸術的な着地を決められるですか…!もしかしなくても、国語の成績1ですよね」

 

「残念ながら成績は悪くは無いし!感情読解は得意中の得意と断言させて貰うよ!!……もし仮にボクを疑いきっているのなら…捜査の前に気合いを入れないし、ボクの言葉なんて一切無碍にしないだろうしね…」

 

「…言われてみれば…異様に積極的でござったしな」

 

「はぁ……そんなことこそ有るわけ無いですよ…ただ本を焼かれた腹いせに、真実の究明は徹底的にして、逃げ場を無くす寸前まで落とし込んでやろうって思っただけですよ」

 

「…確かに、言葉の通り容赦なかった」

 

「いやぁ本当に逃げ場が無かったから恐ろしいところだね!キミ!!もしかしたらと思うと寒気が止まらなくなってきたね!!」

 

「……その割にあんた、遊びまくってきた気がするんだよねぇ」

 

 

 …まあいろいろあったが…これで…やっとニコラスが犯人であるという意見の声は少なくなり、逆の意見に全員の意見がまとまったようだ。何となく一安心した気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だけどやっぱり

 

 

 

 

 ――――何か、何かが引っかかる

 

 

 

 

 

 ――――ニコラスは犯人と扱われなくなったというのに

 

 

 

 

 

 ――――先ほども感じた不穏な予感は拭われない

 

 

 

 

 

 ――――どういうことだ?

 

 

 

 

 

 ――――充分進んできたはずなのに……進みきったはずなのに

 

 

 

 

 

 

 ――――それは、単なる足踏だったような

 

 

 

 

 

 ――――ズブズブと…真実を隠す、沼にハマってしまっているだけのような…… 

 

 

 

 

 

 

 ――――一体、何なんだ?

 

 

 

 

 

 

 ――――……この違和感は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【学級裁判】

 

 

        【中断】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

 

 

「ふぅ…中々に長丁場になってしまいましたね………でも皆さん…分かってます?これ、前半なんですヨ?

 

 

「いやぁこわいですねぇ…恐ろしいでねェ…後半には、一体どんな謎が隠されているのでしょうねェ…」

 

 

「まぁ…今回はどうやら作者も難易度調整をミスってかなりヤバめの事件になってしまったらしいので…多分隠れすぎて見えていませネ」

 

 

「それでも既に…答えが分かっちゃった人は……正直凄すぎて何にも言えませんネ。もう凄すぎて、…よく頑張ったで賞をお送りさせていただきたい気分でス」

 

 

「………………」

 

 

 

「あっ、勿論気分というだけで、分かっても特に何もありませんけどネ…」

 

 

「えっ?ヒントを寄越せって?」

 

 

「そうですねェ……ちょっとヒントを言うなら……とある証拠をもっと深く見てみれば…真実の究明は可能やも、知れませんネ?」

 

 

「くぷぷぷ、くぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り13人』

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計3人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 




お疲れ様です。とりま前編です。疲れた…。






【コラム】


名前の由来コーナー 鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)編

作者から一言:「丈」って文字を使いたかった

 コンセプトは、ボケ続ける関西弁使い。他作品を見て回ってみると、関西弁を使うキャラはツッコミが多い印象を受けたので、ボケ専にしてみました。しらけようが寒かろうが、面白いことを追求する変わり者みたいなキャラになりましたが…。
 名字は、パイロットということで、対照になるよう海関連の名前にしました。理由はありません。徒然なるままに大学の講義を受けていたときに、ピンと来た時は今でも忘れません。名前は、作者から一言でも書いたように、「丈」という字を使いたかったのです。でも一文字だけだと味気がなかったので、長くしてみました。結構お気に入りの名前です。


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Chapter2 -非日常編- 10日目 裁判パート 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       【学級裁判】

 

 

        【再開】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  裁判開始から数時間……

 

 端から数えてみれば、なんてことも無い24時間の中のごく僅かな経過…そうでしかないはずなのに……。

 

 俺は、俺達は…とても……とても長い時を経てしまっている様な、矛盾した感覚に包まれていた。

 

 数時間前から今現在まで…深夜という、本来なら眠ってても可笑しく無い時間。そんな中でも、寝ぼけた頭を振り払いながら……無我夢中に、がむしゃらに、愚直に、議論を進めてきた。

 

 ――だけど…今まで突き進んできた方向は、今まで踏みしめてきたその道が……本当に真実へと繋がっているのか、鮫島を殺した犯人に近づけているのか……全くと言って良いほど分からない。

 

 …胸中に燻る、この小さな”違和感”は、未だ振り払えていない…。

 

 犯人に目星がついていないのなら、そんな不穏な予感は”当たり前”だ…そう言われてしまえば返す言葉も出てこない……。

 だけども、かねてより感じていた、決して看過しきることができないズレた感覚……。”この学級裁判は、どこかがおかしい”と言う感覚。掛け違えてしまったようなボタンのような、はめ違えてしまったパズルのピースのような……致命的なエラーが出てしまった感覚。

 

 ……もしかしたら、この胸に走る違和感の正体は…この”感覚の中”にあるのだろうか…。誰に対してでも無い…空虚な自問が…心の中で儚く霧散する。

 

 

「…っ」

 

 

 そしてふと、目が眩む。

 

 気の遠くなるような不気味さの数々に気が遠くなってしまったからなのか…それとも頭の中を這いずり回る眠気の所為なのか…目の前の風景が一瞬ボヤける。所在不明の原因が普段の思考を、ぐにゃりぐにゃりと歪ませていく。

 

 

 このままではいけないと、俺はきつけるように、誰も知らないところで顔を小さく振り、余分な何かを無理矢理振り落とす。

 

 

 …眠かったから…必要以上な事に気を取られていたから…裁判に集中できなかった…だから議論が上手くいかなかった…なんて。「そんな言い訳は…この場では……命をかけた疑いの場である学級裁判である、この論理の戦場では…通用しない。

 

 今俺達が立っているのは…シロにとってにもクロにとっても、生きるか死ぬかたった一度きりになるかもしれない…一か八かの世界。うっかり命を落としちゃいました…なんて…まるでもう一度チャンスがあるような…そんな気楽さなんて微塵たりとも存在していない。

 

 このたった一度の議論に、自分の全てを出し尽くす、そんな気概と意志を持たなくては。そうしなければ…自分自身だけじゃない…俺を含めた何の罪も無い他の命までもが危ぶんでしまうのだから。

 

 

 俺は一度息を吐き、目をつぶる。そして、鋭い眼差しを携え、再び議論へと目を据える。

 

 すると、その目線の先で今まである意味で議論を先導していた人物の1人である雲居が…”でっ……”と、強い語調の言葉を吐き出していた。

 

 

「――ニコラスが犯人じゃ無いとしたら…結局、誰が犯人なんですか?」

 

 

 やれやれといった態度で、腰に手を当てながら、彼女はこの裁判の命題とも言うべき問いを俺達の中心へと落としていく。それはあまりにも単純明快…もはや答えを教えて下さいと言っているような簡単な問いかけだった。

 

 その問いへの、俺達の答えは当然…”沈黙”。悩ましく唸る声と、どうしたものかと頭を抱える生徒がチラホラと見られるだけ。俺自身も、顔を普段以上にこわばらせるだけ。答えられませんと、素直に口にする者は居ないが…暗にそうだと言っているような状況だった。

 

 

「そう言われてもね~」

 

「そんなの拙者らも聞きたいでござるよ……」

 

「最有力容疑者を疑う理由が、殆どかき消えちまったんだからね…」

 

「……ですよね。言い出しっぺの私も、ニコラスが犯人だと決めつけてたから、正直弾切れです。見張りに注力してたのがココで仇となったですよ」

 

 

 そう言いながら、少しシュンと小さな体をさらに小さくする雲居。ニコラスへ疑いを持ってた生徒達も同じく、同調するように気まずそうな空気を纏い始める。

 そうさせてしまった原因の1人である俺が言うのもなんだが……そんなムードになってしまうのも無理は無い。

 ……結論の一つとしては分からなくも無い、流行とも言えるほど蔓延していたニコラスの犯人説。今まで推理されてきたトリックと俺達の目撃談を重ね合わせれば…もはやそれしか考えられない程、強固な答えであっても不思議では無かった。

 

 だけど先ほどの議論で、その答えは覆されてしまった。鮫島を殺した犯人である、と言い張るには、証拠が不十分だったが故に。

 だからこそ…今、現在進行形で、これからの話の道行きに滞りが生じてしまっているのだ。

 

 

「そもそもの話…どうして犯人はニコラスさんを気絶させていたんでしょうか?」

 

 

 すると、小早川が、指を頬に沈めながら、根本的な犯人の意図についての疑問を持ち出す。それに対応するように、雨竜は低く唸り、口を動かしていく。

 

 

「…犯人側の立場で考えてみるなら…恐らく、有力な容疑者としてワタシ達の間で諍いを起こさせるためだろう…」

 

「えっ…殺害のためじゃ無くてねぇ?」

 

「殺すためなら、気絶させたタイミングでとどめを刺しているはずだ。態々、生きるチャンスを与えてまで火中に放り込む理由にはならん」

 

「……じゃあ私達は、丹念に用意されたトラップに、まんまと嵌まったってわけですね。そう思うと…正直、屈辱ですね」

 

「まさかこれ程の緻密な戦略があの一夜の間に…此度の犯人は、前回以上に一筋縄でも二筋縄でいかんでござるな…」

 

 

 犯人がこの状況になるように仕込んでいた、そう考えるとするなら、圧倒的な計画力と称さざる終えない。今の今まで、犯人の筋書き通りに進んでいた思うと、憤りを越えて寒気すら覚えてしまう。

 …実に狡猾だ。本当に見つけることが出来るのか…本当に全てを暴き出すことが出来るのか…半ば諦めに近い感情を漂わせてしまいそうになる……。

 

 

「…唯一分かってることと言えば~、死体になった鮫島くんの移動トリックだけだよね~」

 

「……しかし分かっていても、まだ先行きは不明瞭。既に喉元まで牙を伸ばせているというのに…実に歯がゆい話だ…」

 

「歯だけに?歯だけに?」

 

「ふん…我ながら上手くいったものだ。賛美の言葉を掛けても良いのだぞ?」

 

「日本語が上手で良かったね~」

 

「そこはかとなく馬鹿にされた…だと……!」

 

 

 …シリアスなはずのムードから、また変におちゃらけた空気へと、微妙に傾く。また水無月か…と思うと同時にジャラランと、聞き慣れたギターの音が阻む様に響いた。

 

 

「ははっ、僕達が突き進む先あるのは命を照らす真実か…それとも永遠と共に巡り続けなければならない無限の迷宮か…果たしてどっちなんだろうね?」

 

「…できれば、後者にだけは迷い込みたくはありませんね……。一度でも迷ってしまったら、きっと、一生出られずに…そのまま……うう」

 

「…それは流石にオーバーなんだよねぇ」

 

「そんなしょげる必要は無いぜ!!ミス小早川。この先に待っているのは当然、真実に決まっているのだからね!!晴れて自由の身となった超高校級の錬金術師兼、超高校級の名探偵たるニコラスバーシュタインが、事件の解決と言う名のユートピアへ導いてこうじゃないか!!」

 

「敬虔さが売りのアタシが言うのも何だけど…怪しい宗教勧誘みたいさね。アンタの場合」

 

「それにしても元気だよね!素直ちゃんから結構良いの何発か貰ってたのに、全然ピンピンピーンってしてるよね!」

 

「普段からの鍛え方が違うからね!それにあれだよ、名探偵であるはずのこのボクが、今までまともに推理に参加できなかったんだ、水を得た魚になってしまうのは必然なのだよ!例えるなら、大好物が並んでいたのにお預けを食らっていたディナーを、今まさに頂けるような気分だね!」

 

「…あんたは犬ですか」

 

 

 本当に…今までの後遺症などなんてことも無いように、揚々とした身振り手振りで、油の乗った舌を彼は振り回す。うるさいことに変わりないが…意見が通りやすくなった、というのは、ニコラスにとっては最大の朗報だったのだろう。

 

 

「でも~確かに犯人としては不十分だけど~、まだ疑ってる人は多いから~完全に解放されたって訳じゃ無いよ~」

 

「同感だ……貴様の現在の身分は仮釈放に近い…あまり調子に乗りすぎると、また求刑されるぞ」

 

「所謂、私達と同じ”ぐれーぞーん”なるものに落ちてきた…というヤツですね!!」

 

 

 仕方無しと首を振る生徒の中にも…まだ疑いを拭いきれない生徒もまた存在していた。完全に犯人では無いと言い張るには…もう少し、議論が必要のようだった。

 

 

「勿論分かっているとも!…だからこそ、こんなにも大人しめに話しているんじゃないか!キミ!」

 

「…どこが?」

 

「はぁ、もう好きにさせてやんな……。それに、現時点で被害者側のアンタの意見ってやつも気になるしね……どれ、ちょいと聞かせてみるさね」

 

「あー、そういえば9時頃に襲われたと証言していたでござるな……」

 

「あんな大層な口火を切ったんだからね、きっと事件の核心に迫りまくっちゃう意見を持ってるはずだよ!!」

 

 

 そう…ニコラスは、自己申告ではあるが、犯人に襲われたという経緯を経ている。ただ目撃しただけの俺達よりも…より近いところで接触したニコラスなら、何かしら重要な証言が出てくるかもしれない。

 

 俺も他の全員と同じく…最有力容疑者から最有力被害者へと転身したニコラスへ視線を集中させた。しかし当の彼は、何か考えに耽るように、いつものおもちゃのパイプを口に咥え、ぷくっ、ぷくっ、と数個のシャボン玉をのんきに作り出していた。

 

 

「ニ、コラス、くん?」

 

「ふーーーむ。そうだねえ…キミ、あれだよ………少し考えればすぐ出てくるのだけど、今はね……うーむ、少々記憶が遙か遠くへと旅だっていってしまってね……いや、覚えてない訳じゃ無いんだが…」

 

 

 長いセリフを口ずさんではいるが……。その煮え切ら無い態度で、それが明らかに中身の無い言葉の羅列であることは分かった。

 いや…お前、もう何も覚えてないだろ…。そっと、内心ツッコんだ。

 

 

「はぁ……そんな長ったらしくぼやかすなら、素直に覚えてないって言うですよ…」

 

「……でもつい数時間前のことなのに」

 

「!”すたんがん”なるもので気絶させられたとき、記憶が飛んでしまったとか!」

 

「あ~成程~~記憶する脳の器官がビリってされたからか~」

 

「…そこで納得しちゃうのでござるか?」

 

「それ、に、殆ど、不意打ちみたい、だった、から…覚えて、無く、ても、不思議じゃ、ないんじゃない、かな?本を読んでいた、ん、だから、きっと後ろから、だよ、ね?」

 

「そう!つまりそうなんだよ!キミ!…ボクの灰色の脳細胞は極めて不意打ちに弱くてね………どうやらとても大事な場面を見逃してしまったみたいなのだよ!」

 

「はぁ……じゃああのユートピアやらの下りは何だったんですか……」

 

「それはキミ!!所謂若気の至りというというヤツだよ!!」

 

「アンタ、アタシらとタメだろ………本当は覚えてるけど、忘れてるだけじゃ無いのかい?一度ひっぱたいてみれば、多少なりとも埃くらい落ちてくるんじゃないかい?」

 

「はは!まさか。ボクの頭はアナログティックなテレビでは無いからね、ショック療法は流石に勘弁だぜ?シスター反町。だけど…本当に、困った物だよ…事件当時のことが分からないとなれば…もう下手な鉄砲よろしく…様々な可能性から土台を作るしか無いのだが…しかしそんな”気になる証拠”すら見当たらない……このままじゃあ埒があかないね……そうだね…では……――――ミスター折木!!」

 

「……ちょいちょい……呼ばれてますぜぇ…公平の旦那ぁ……」

 

「……………!えっ?…俺か…?」

 

 

 殆ど傍観者のような立ち位置で、思いっきりボーっとしていた俺は…急に引っ張り出された…イヤ実際は水無月が服を微力に引っ張られたことに気づき……ワンテンポ後ろで少なくない驚きを表わした。

 

 

「キミはボク達の中でも特に捜査を念入りにしていたからね…何かしら重要そうな証拠が懐にあるんじゃないかい……?だからこそ改めてに意見を仰いてみたんだけど……どうなんだい?ん?」

 

「どーなの!!?」グッグッ

 

「水無月、耳元ではしゃぐな……あと指を頬にめり込ませるな……しかし…いきなりそんなことを言われても…」

 

「勿論!キミの話を聞いて、思い当たる節があったならば、途中で茶々を入れさせてもらうよ」

 

「せめて入れるなら助言にしてくれ……。しかし……何か…気になる証拠、か……」

 

「いや~倉庫に引きこもっていた拙者が言うのも何でござる……流石にあの短時間で証拠を集めきるのは……些か無理があるのでは?」

 

「くっくっく~、公平くんや。やっぱりあの、鮫島くんの部屋に置いてあった”アレ”じゃないかな~?カルタ的にもうビンビンに気になっちゃってるんだけど…」

 

 

 そう困ったようにつぶやいていると、水無月はニヤニヤとした顔つきで肩を叩き、”あれだよ、あれ”と口パを動かしている。少々イラッとくる表情の下の方に目を向けると…彼女は自分のポケットを指さし…何かを示していた。

 

 

「アレ、というと………アレのことか?」

 

「えっ……マジで心当たりアリアリでござるか?あんなだだっ広いエリアの中で?」

 

「…どこぞの忍者とは大違いですね」

 

「ぬぬぬぬぬぬ…はぁ……そうでござるよ。所詮拙者は死体の見張りとか、倉庫の在庫を数えることしか出来ない能なしの忍者でござるよ……」

 

「けなしすぎて、とうとう塞ぎ込み始めたんだよねぇ……」

 

 

 これが本当に直接犯人に繋がるのかどうかは分からないが、アレはこの場を進展させるには充分な力を持った証拠……。俺は手元にあるメモ帳をぱらりと開く。

 

 

「…確かに……密接に繋がっていそうな証拠はある…」

 

「そうなんだよ!そういう証拠を待っていたんだよ!!」

 

「そうだよ!そういう犯人に繋がってそうな証拠があるんだよ!!キミ達!」

 

 

「「……」」バチバチバチ

 

 

「セリフがちょっと被ったからって無言で火花を散らすのを止めてほしいんだよねぇ」

 

「特にニコラス…お前は一旦マジで黙るです。でっ、その怪しい証拠ってのは一体なんなんですか?」

 

 

 

 ――迷っていても仕方ない……とりあえず…出してみるだけ出してみるか。

 

 極めてどうでも良い乱闘を繰り広げる寸前の2人は放置し…微かに感じた不穏な予感を乗せて、証拠を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【鮫島の部屋にあった手紙)

 

 

「これかっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

「……鮫島の部屋にあった”手紙”だ」

 

「手紙~?」

 

「はーい!そうでーす。ちなみに、此方が実物になりまーす!!」

 

 

 ”手紙”という疑問の多い単語に説得力を持たせようと…隣の水無月が、少々クチャクチャになった手紙を掲げた。いや、絶対適当にポケットに突っ込んでただろ…とは言わないでおいた。

 

 

「手紙…というと…以前渡された、”動機の手紙”のことでござるか?―――まさか…!鮫島殿の秘め事が今回の事件に関係しているというのでござるか…!」

 

「ま、またあの手紙ですか!?」

 

「――――――――いや!それとは全くの無関係なんだよねぇ!!!」

 

「……古家?」

 

「あ……いや、な、何でも無いんだよねぇ……折木君、続けて大丈夫なんだよねぇ」

 

 

 …少し焦ったような否定を入れた古家を変に思いつつ、俺は同意するようにたどたどしく頷いた。

 

 

「古家の言うとおり……今話題に出た動機の手紙と、この手紙は無関係だ。そうだよな?水無月」

 

「パンパカパーン!!そのとーり、全くもってそのとーり!水無月カルタちゃんの冴え渡る直感によって、真実へと繋がる一筋の光り…もっと簡単に言うと、もんの凄く怪しい手紙をこの手に収めることに成功したのだーー!」

 

「もんの凄く……ですか。そうおっしゃられると、もんの凄く気になります!!」」

 

「もったいぶらずさっさと見せるさね!」

 

 

 ”まあまあそう焦らず騒がず…”そう言いながら全員をわざとらしく宥める水無月。そのまま彼女は…まるで壇上で祝辞を送るように手紙を大げさに開き、よく通るかん高い声を響かせる。

 

 

「じゃあ読み上げまーす。『本日の夜10時半、図書館に来てください。相談したいことがあります ”古家”』…って書かれてまーす」

 

 

 差出人の部分をイヤに強調しながら……そう読み上げた。

 

 そして手紙の中身を公開して数秒……居心地の悪い沈黙が辺りを走る。そしてハッキリと、息を飲み込む音が聞こえ…直後、たった1人から小さな震え声漏れ出した。

 

 …それが誰から発せられているのか…気づくのにそう時間はかからなかった。

 

 

「あああ、なんで、あたし、な、な、名前が…」

 

 

 ――古家からだった。いきなり自分の名前が出され、今に顎が外れそうな程口をガクガクと上下させ、誰が見ても相当焦っているようにしか見えない状態に、その身を変貌させていた。

 

 

「な、何故その怪しさ満点の手紙に…古家殿の名前が…?」

 

「む、むぅ…これは、つまり…」

 

「いやぁ!どうやらボクらの中にとんでもない伏兵が潜んでいたみたいだね!!まさかミスター鮫島の友人であるミスター古家の名前がココで出てくるだなんて……もしやもしやのキミが犯人…そうだとすれば、とんでもない超展開じゃないか!」

 

「い、いや…違うんだよねぇ……あたしは…!そんな、そんなことしないんだよねぇ!」

 

「……本当に?」

 

「それはもう…あたしのオカルト人生を賭けても良いくらいバキバキの本当の本気の本当なんだよねぇ!!」

 

「ちょっと最後の方は意味が分からないけど…尋常じゃない汗が吹き出すくらいには、切羽詰まってるのは確かさね……」

 

 

 …この証拠を出す前に感じていた、不穏な予感はやはり的中してしまった。…だけど、この証拠が出てくれば…絶対にこの状況にならざるを終えない。だけど、分かっていながらも、どうすることも出来なかった…。きっかけを作ってしまった原因が自分にある故、どうしようも無い罪悪感が胸を掠める。

 

 しかしニコラスのような矢継ぎ早の疑りは無いものの……静かに、しみこむように…疑いの矛先が古家へと向かっているのが目に見えて分かった。

 

 

「そ・う・い・え・ば…さっき手紙の部分でかなり確信めいた否定が入っていたけど……あれってどういう意味だったの?何かしらの心当たりあったからって感じ?」

 

「いや、全然心当たりも何も無いんだよねぇ?!アレは…ちょっと、いや、思いっきり違うかなーって心が閃いたから…ああ言っただけなんだよねぇ!!」

 

「何か無きゃそんな閃きは浮かばないよ~」

 

「いや信じて欲しいんだよねぇ!!あたしが、鮫島くんを、あ、あ、あんな惨たらしく殺すだなんて………できっこないんだよねぇ!!!」

 

「できっこない…か………それはどうかな?キミ」

 

 

 ニコラスが…声を低くしながら…古家を見据えた。その疑いに近い声を聞いた古家は”えっ…”と怯え含んだ驚愕を露わにする。

 

 

「事実は小説よりも奇なり……なんて良く言うじゃないか。大切な家族を殺したのが、その身内であったり。殺人犯が自分の友人であったり……それこそ、今まで仲良くしていた友人がその友人殺すだなんて…こんな殺意を煮詰めたような世界で、そんな残酷なことが起こっても不思議は無い……」

 

「…全面的に同意はしたくないですけど……否定も出来ないですね」

 

 

 ”現に、あたしも折木にも言った気がしますし”…そう雲居がこぼす中…ニコラスは緩まず、言葉を続けていく。

 

 

「それに…とても快適とは言いにくいこの狭苦しいコミュニティーだ。人間関係でいつトラブルが起きても不思議は無い…いやむしろ…何故今まで、人間関係のトラブルが起き無かったのか…そっちの方が不思議で仕方ないよ」

 

 

 ”まあ意図的にトラブルに発展させられたミスター陽炎坂は例外としてね?”…そう付け足していく。

 

 ココでそんな賛否両論なことを堂々と言うのはどうかと思うが…確かに…ニコラスの言葉には”一理”ある。人間はとても不気味な生き物だ…。考えていることは確かにあるのに…その考えは自分以外の他人には決して捉えることはできない。同時に、他人も自分以外の他人の考える事なんて完全に理解できやしない…。だからこそ、信じられないような人物が信じられないような事をしでかしても……何ら、可笑しいことではない…。

 

 

「――案外、今までしつこくつきまとってくるミスター鮫島のことを、常日頃から殺したいくらいうっとうしく思っていたとか、そんな気持ちが微かにあったんじゃないのかい?ミスター古家」

 

「ニコラスさん!言い過ぎですよ!!!!」

 

 

 だからこそニコラスは疑っているのだ……証拠も何も無いなら、感情論で”違う!”と宣っても…信じることすらできないと…。さっきまで疑われていた自分を棚に上げ、そんな演説紛いのセリフを次々と声高に並べているのだ。

 それでも流石にその言動が目に余ったのか、即座に小早川から注意が入った。だけど、その微力な努力も空しく、古家は自分を守ってくれている盾に気づかないほど…動揺は悪化の一途を辿っていた。

 

 

「そ、そんなこと、絶対に、絶対にないんだよねぇ!!!あたしは、あたしは、鮫島君を、こ、殺してなんか……」

 

「あり得ないことなんて、あり得ない…。これは僕がよく口にしている言葉なんだだけどね。いついかなるときも、人の感情というのは、どう動くのか予測なんてつけやしない……まるで大海原のようにね」

 

「……お、落合。アンタも疑う側についてるのかい…」

 

「僕は常に風と共に旅をする、しがない渡り鳥さ。どこにいても、そこに居るボクこそが、ボクなんだよ」

 

 

 まさか…落合も似たような考えを持っていたとは……少し意外だった……。気づくと、その考えに賛同するように、もしかしたらと考えている生徒がチラホラと見られるようになっていた。

 

 

「う~ん、よく分かんないけど~、こういうときって~またさっきみたいに疑ってみるのがいいのかな~?」

 

「ふっ…疑う余地があるのなら…とことん追求するのもまた真理への一歩…ふははは、ならばこの狂乱、ワタシも乗ってやろうではないかぁ…」

 

「ううむ…拙者的には、ちょっとやりにくでいござるな…先ほどのように要らぬ疑いをしてしまってるのではないかと…心のブレーキなるものが…」

 

「……何かややこしくなってきた。…終わったら起こして」

 

「…この、状況、で…!?」

 

「ううう…古家くん…まさか貴方みたいな人畜無害というか、むしろ害を与えられる側のような人が…こんな、こんな」

 

「何勝手にしんみりしちゃってるんだよねぇ!!あり得ないったらあり得ないんだよねぇ!!」

 

「おいおいおいおい、さっきから”違う、違わない”の一点張りじゃないか。それじゃあ面白みも何も無いぜ!キミがそうなら、今ココで、本当に違うのかどうか吟味し合おうじゃあないか!何ていったってこれは学級裁判なんだからね!!!今この瞬間に踊らずしているいつ踊るのかというものだよ!キミ!」

 

「あー、学級裁判をてんてこ舞いにするのはキミタチの自由ですけど…ちゃんと制限時間通りに話を収めてく下さいネ?これ優しい紳士からの忠告ですからネ…?」

 

 

 ニコラスの、煽るような口調は、古家が怪しいという突発的な疑いは風速を上昇させていき…そして確実に嵐を巻き起こしていた。

 

 しかし…この疑惑の嵐……先ほどのニコラスへの一方的なとても激しい物では無く…どちらかというと、理知的に、疑うべき部分を疑うという、静けさが根幹に流れているような気がした。

 

 恐らく……狼狽する古家を見て…逆に皆、冷静になってしまっているのだと思う。何だか可哀想な話だが…。

 

 だからこそなのだろうか…俺自身も妙な落ち着きを持ち始め、先ほどよりも、より俯瞰的に周りを見えるようになってきた。

 

 この客観的な視点で…この状況をおっぱじめた張本人である、ニコラスを見てみると何となくこの状況になることを想定して…故意に遊んでいる様に写って見えた……。だって瞳の奥で、ちょっと笑っているんだもの……。そう分かってしまうと…今まで気にしていた不安感は、段々と呆れに近い感覚へと置き換わっていた。

 

 …だけど、古家にとっていわれの無い悪い流れがあることに変わりは無い。とにかくこの状況を諫める、絶妙な流れに変えなくては……。

 

 自分だけじゃなく、”相手の言葉を使ってでも”…。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

「あたしゃ殺人なんて起こしちゃいないんだよねぇ!!」

 

「これは何かの間違いなんだよねぇ!!」

 

 

 思わぬ人があぶり出てきた~

 

       しかし、疑いにくいでござるな…

   

 

「であれば、この手紙どう説明する?」

 

「これは『貴様が書いた物』では無いのかぁ?」

 

 

 手紙に名前が書かれていたの大きいさね

 

     そうだーー!!そう説明するんだーー!!

 

 …水無月、さん…

 

 

「そんなのまったく【身に覚えが無い】んだよねぇ!!」

 

「だから絶対にあたしが書いた手紙じゃないんだよねぇ!!」

 

 

 身に覚えが無いなら仕方ありませんね!!!

 

      まあ犯人じゃなくても、普通そう言うですけどね

 

 

「…でもこの手紙、とっても角張ってる」

 

「…きっと【定規で書かれてる文字】」

 

「だから…誰でも書ける」

 

「古家が書いてない、『絶対の根拠にはならない』」

 

 

 偉く達筆な字だと思ってました!

 

       ……達、筆?

 

 字は人を表わすと言うけど…これはどんな人柄を表わしているんだろうね?

 

      …硬派、とかかい?

 

 

「そ、そんなぁ……」

 

「ここ、こ、これはきっと罠なんだよねぇ」

 

「あたしを犯人に仕立て上げようとする……」

 

「犯人の仕組んだ策略なんだよねぇ!!!」

 

 

 罠…ですか…

 

   これもまた犯人による一計?

 

 

「はっ!何を言うのかと思えば!」

 

「この手紙にはキチンと……」

 

「【差出人の名前】にキミの名が書かれているじゃないか!!」

 

「これを今回のクロと言わずして、何というのかな?キミ!!」

 

 

 そうなのだよ!キミ!!

 

      便乗の鬼だね、アンタ…

 

 

 

 

 

 

 

【定規でも文字が書かれてる)⇒【差出人の名前】

 

 

「それは違うぞっ!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ニコラス…それは違うぞ。この差出人は…風切が言うように…筆跡を誤魔化してる…だったら…」

 

「態々名前まで書いてしまえば…筆跡を隠蔽した意味が無くなる…だからミスター古家が手紙を送った可能性は低い…そう言いたいんだろ?……ああ。そうだよね?そのとおりさ、キミ」

 

「………えっ?」

 

 

 ちなみに今のすっとんきゅうな声は、古家からだ。それもそのはずだ。襲い掛かるように疑いの言葉を浴びせてきた相手が…急に態度を翻し、分かっていたように”古家では無い”と、同意し始めたのだから。

 

 疑惑からの肯定……既に俺を含めた何人かは呆れつつも分かっていたようにため息を吐く。…何がしたいのか…何を考えているのか、殆どはわかりきっていないが…根幹の部分で目指す目的は何となく理解できた。

 

 ……まあその不可解さには困惑する以外の感情は禁じ得ないのだが。

 

 

「はぁ……ニコラス。いたずらに場をおちょくるものじゃないですよ。ここはお前専用の遊び場じゃないんですから」

 

「えっ?えっ?……つまり、どういうことですか?」

 

「ああ悪かったねキミ達。久しぶりに翼を広げられると思って、少々昂ぶりすぎていたみたいだ。だけど安心してくれたまえよ?ボクは最初からミスター古家を疑ったりはしていない。今までのは、ミスター古家の潔白を証明するため、そして真理を確かめるために必要な余興だったのさ」

 

「本当に悪いと思っているのか、貴様…」

 

「…やるんだったら、もっと緩やかに議論を開始させてくれ」

 

「ふ、ふーん。分かってたもんねー、古家くんのことなんか…カルタは一ミリだって疑ってなかったもんねーウソジャナイヨー」

 

「いやぁ本当に。つい熱が入ってしまってねえ。許してくれ給えよ、諸君、そしてミスター古家」

 

「え…え?あ、あの?ねぇ?」

 

 

 気づかなかった連中からすれば、小さな即興劇を見せつけられた気分なようで、未だ呆けたような表情を貼り付けている。少し気の毒に感じるが……もうコイツはこういうヤツだと慣れるしか無い。

 

 俺は溜まった疲れを逃がしていくように、もう一度深いため息をついた。

 

 

「…余計な遊びは抜きにして、結論から言おう。その手紙はそう…”誰からの物でもある”のだよ」

 

「……その理由は…やっぱり筆跡?」

 

「ああ、その通りさ」

 

「……字を偽っている手紙に、差出人の名前を書くのは、考えてみれば本末転倒な話です。こんな見るからに怪しい手紙に、犯人本人の名前を書くのは正直バカですからね」

 

「…つまり、古家の名前を差出人に書いたのは鮫島を呼び出しやすいようにした犯人なりの工夫…そう考えられる」

 

「鮫島くんを呼び出しやすく出来る上に…あわよくば古家くんに疑いの目を向けさせられる……絶好の人選だよね!」

 

 

 短く手紙についての議論の終着点を俺を含めた生徒達で淡々とまとめ、…同時に、古家への疑いも少しずつ薄まっているようだった。

 だけど、余分な疑いが少なくなって…喜ばしいことのはずなのに……今の話から数人の生徒達が気まずそうな声が上がり出していた。

 

 

「さ、左様でござったか……何だか場の流れに乗せられて、また要らぬ疑いを持ってしまった気がするござる…。すまぬ古家殿」

 

「あたしも……一瞬疑っちまったよ。悪かったね」

 

「私もごめんね~…」

 

「いやいやいやいや、別に良いんだよねぇ……そもそも限度を知らないニコラス君が暴走したのがいけないんだから…皆に非は無いんだよねぇ……ふぅ」

 

「いやもしかしたらこういう結論になると分かっていて、敢えて自分の名前を書いたとも考えられるけど…流石にキリが無いので言葉に出しておくのは止しておくとするよ!!!」

 

「…めちゃめちゃ声に出てる」

 

「アンタ!折角穏やかに終わりそうなムードだったのに、水刺すんじゃ無いよ!」

 

「それにあたしは定規で線を書くのは好きじゃ無いんだよねぇ!!もう正方形なんて見るだけで反吐が出るんだよねぇ!!」

 

「……それは明らかなダウトだよ~」

 

 

 そうやって、また要らぬ疑いをニコラスが繰り広げそうになっていたが……すぐさま古家は微妙にズレたツッコミを入れる。焦りが消えたためなのか…その声には張りが戻っているように聞こえた。

 鮫島の件で余り疑いたくなかったために…少し安心した気持ちになる。

 

 

「…それにしても……鮫島さんを呼び出すために、古家さんの名前まで利用するなんて…今回の犯人…もう許せません!!」

 

「…既に許されんから…この学級裁判は開かれているのだがなぁ…」

 

「だけど、手紙を送ってまで…鮫島殿を執拗につけ狙っていたとは………此度の犯人は何やら執念なるものを感じるでござる」

 

「うん~。ちょっと怖いよね~」

 

 

 確かに…この手紙のことから、沼野の言うとおり、これは明らかに鮫島1人を狙っての計画的犯行である。しかも、ワイヤーを使ったあれほどまでに大がかりな準備までした……とんでもない計画。

 

 俺はそんな底知れぬ執念深さを持つ犯人が、俺達の中に潜んでいるという事実に…寒気以上の恐怖を感じた。

 

 ――だけど…どうしてそうまでして鮫島を狙っていたのか……その根底に在るモノは未だに理解ができない……。…もしかして、今までの日常の中で何か…何か鮫島に狙いを定める”きっかけ”のようなものでもあったのだろうか?

 

 

「…しかしぃ…その手紙が犯人へと繋がる手がかりにならないとすると…話はまた振り出し戻った、ということかぁ?」

 

「いや、そうでも、無い、んじゃない…か、な?」

 

「……?そうでも無い…?一体どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味だよ。キミ。この手紙にはもっと重要な部分がある…ミス贄波はそう言いたいのさ……そして名探偵であるこのボクも同感で…さらに言ってしまうと、その気になる部分の見当は既についているのだよ」

 

「本当かな?本当かな?じゃあ言ってみなよー、やってみろよ名探偵!!」

 

「折角のレディーからのリクエストだが…丁寧に断らせて貰うぜ?超高校級の名探偵であるボクは、どうやら答えを最後の最後までもったいぶるのが癖になっていてね……ここはあえて、ミスター折木にパスしよう」

 

「今の状況だったら…とんだはた迷惑な癖さね」

 

「それに……敢えてもなにも、毎回パスしてる」

 

「もう完投するする勢いで折木君にボールを投げまくってるんだよねぇ…」

 

 

 俺はニコラス達の発言を聞き、そして話を振られたことに対して、しばし考え込むように下を向く。確かに異様に意見を求められるのは気になるが………それよりも……。

 

 

 

 …手紙の中のもっと重要な部分…か…。

 

 

 

 ――もしかして、ここのことか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【スポットセレクト】

 

 

 

『本日の夜10時半、図書館に来てください。相談したいことがあります 古家』

 

  ↓

 

『本日の【夜10時半】、図書館に来てください。相談したいことがあります 古家』

 

 

 

⇒【夜10時半】

 

 

「ここだっ!!」

 

 

 

 

 

「……もしかして、それって呼び出し時間のことか?」

 

 

 俺は全員に向けて、ニコラス達が言っていると思われるポイントを言葉で示していく。あまり自信は無いが…気になる点と言ったら、ココ以外には考えられなかったからだ。

 

 

「呼び出し時間~?」

 

「…夜10時半と書かれていますね!………でもこの時間帯は……えと…確か」

 

「そうだね!このボクが読書をしていた9時よりも随分後になるね!しかも場所も一致している…。これは参った、なんたる偶然だろうか!!」

 

「へっ…今回の犯人の計算高さからして…偶然じゃなく…もう意図的に合わせてるですよ」

 

「笑えないくらいリアリティがあるでござるな…」

 

「じゃあさじゃあさ、今回は鮫島くんの死亡推定時刻が分かってないんだから……もしかして…この時間に、ポックリ?とか?」

 

「…ていうか、それくらい暫定しとかないと、話が進んだ気がしないさね…」

 

「本当に、そう、だね…」

 

 

 まあ、この時間丁度かどうかは分からないが…。雲居が襲われた時間とニコラスが襲われた時間を考えれば……少なくとも、この時間からそう離れていない時間に亡くなった…その可能性は高い。

 

 

「この時間通りに鮫島が図書館に行ったとして……犯人は、ニコラスを気絶させた後、その一時間ほど後に、殺害した…順序立てていくとそうなるな…」

 

「そんで~~鮫島くんをプールに運んで~、吊したってことかな~?」

 

「まっ、妥当な推論ですね」

 

 

 手紙を起点に、大まかにだが、犯人の行動を1つ1つを紐解いていく俺達。9時の時点でニコラスが図書館に居た事…そして鮫島が10時に呼び出された時間のこと……それらの証言と証拠を踏まえてみると……。

 

 

「………犯人、は、最低で、も、夜の9時、から、事件を、発生させる準備を、していたって事になる、ね?」

 

「では…ニコラスを気絶させたのは…これから図書館にやってくる鮫島の殺人に邪魔だったから…か?」

 

「それに~その前々から~倉庫から大量の物を持ち出してるよ~」

 

「ものすんごく念入りなんだよねぇ…」

 

「人は何か一つの事に執着すると…途轍もない奇跡を起こすこともあり得る……詞とギターを片手に、世界を歩き回ってしまうような奇跡をね」

 

「スーパー風変わりのアンタからの言葉だと、説得力が半端ないさね…」

 

「奇跡込みで考えても、今にも卒倒しそうな緻密ぶりです。…ていうかもう倒れるスレスレなので、宜しければ介護お願いしたい気持ちです!!」

 

「勝手に仕事を増やすなです…はぁ、でも厄介な事には変わりないですね。今回の犯人…見つけるのは相当な骨ですよ」

 

 

 鮫島を付け狙った周到さに加え、雲居を襲った周到さ…ワイヤーを使った大胆さ……本当にこの中の誰かがやったとかと、首を傾げたくなる程の実行力だ。それはまるで経験者のような大立ち回り…雲居の言うように…本当に見つけるのに骨が何本あっても足りないかも知れない、相手だ。

 

 

「それにしてもさ~今の話と~折木くん達の不審者の話を混ぜてみるとさ~、何か~事件の流れが~すんごい複雑になってきてるよね~~」

 

「確かに……犯人の動きがランダムで、どこの時間にどこに居たのか…とっちらかってきたさね」

 

「でしたら!!折角なので、今まで起こったことを時間別にまとめていくのはいかがでしょう!!」

 

「おっそれは名案でござるな!」

 

「小早川”に”しては、粋なアイディアですね」

 

「えっ!!……えへへへ~そうでしょうか?何か照れてしまいますね…」

 

「いや…微妙に褒めてない」

 

 

 どうやら何時に、何処で、何が起こったのか…今まで分かってきた事実をまとめていく流れになってきているようだった。全員の気合いを入れるような態度に、俺自身も気持ちに力を入れていく。

 

 

「では決まりみたいだね!!キミ達。ボクの襲撃から、シスター反町達が図書館にやってくるまでの間…時間が無い、今からノンストップでまとめていこうじゃないか!乗り遅れてくれるなよ?」

 

「いや1番時間を浪費してるのはあんたなんだよねぇ…」

 

 

 俺は、数時間前の記憶と、今まで分かってきた事実を掘り返しす。そして…意識を目の前で流れ出そうとしている議論へと集中させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

「犯行が始まったのは夜の9時…」

 

「ニコラスさんを【”すたんがん”】なるもので気絶させられてから…」

 

「…と見て宜しいでしょうか?」

 

 

 まだ横文字は苦手みたいだね!! 

 

       でも、そんな早い時間から

  

 

 

「ニコラスくんの話を聞くと~そうなるよね~~…」

 

「それから少し経った後の10時半に~」

 

「鮫島くんを~手紙で呼び出して~」

 

「【図書館で殺害】したって事になるのかな~?」

 

 

 死亡推定時刻だけはどうも曖昧でござる…

 

       でも、その時間しか考えられないんだよねぇ

 

 

「そして11時半に…私は犯人らしき【不審者に襲われ】…」

 

「現れた折木と合流して、プールに向かった…」

 

 

 そんな時間に襲われたと思うと… 

 

        恐怖でしか無いんだよねぇ…

 

 ボクだったらトラウマものの出来事だよ!

 

 

「そこで【首吊り死体を発見した】のだったぁ……」

 

 

      …なんで図書館から態々…

 

 考えられるのは~捜査の攪乱のためとか~?

 

       充分すぎるくらい攪乱させられてるね!!

       

 

「死体を目撃した後…」

 

「12時ちょっと過ぎに…私達はプールで図書館の大火事を目撃したんです…」

 

 

 本の都を包みし、煉獄……燃え尽きた先にあるのは夢か希望か…

 

       灰と炭だけしか残って無かったんだよねぇ…

 

 

「図書館に急いでやって来たキミ達と、火の中で目覚めたボクが入り口前で合流」

 

「火事は【約30分ほど】で鎮火され…」

 

「治まってすぐ、12時半にミスター鮫島の死体を発見した」

 

 

考えてみると…あの炎の中でよく生きていたですね…

 

       そこそこのやけどの症状は見られたがなぁ…

 

それはもう!超高校級の名探偵たる力だよ!キミ

 

      一ミリも関係ないと思うんだよねぇ…

 

 

「鮫島の死体発見アナウンスを聞いたアタシ達は」

 

「【12時40分頃】に、図書館に集まったきたってわけさね」

 

 

 もう少し早めに鎮火して欲しかったですよ

 

          …そうすれば…多少なりとも本を救い出せたですのに…

 

 悲哀が痛いくらい感じるよ~

 

 

「はぁ…まとめてみて分かりましたが…」

 

「複雑怪奇この上ありません…」

 

「ここまでわかってるのに、犯人の【足取りすら分からない】のが悔やまれます」

 

 

 

 

 

 

 

【ぬかるみの足跡)→【足取りが分からない】

 

 

「その矛盾…見逃す訳にはいかない…!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや小早川…もしかしたら、“足取りなら分かるかもしれない”」

 

 

 たった一言、もしかしたら犯人の動きが分かるかも知れない…。俺は小早川の発言に対し、そう言い放った。

 

 

「まさか!…犯人の動きが分かるというのでござるか!」

 

「ほ、本当ですか!!折木さん!!それは…ええと、とにかくすんごい発見じゃありませんか!!!」

 

「小早川…興奮しすぎて語意が低下しているさね。一旦落ち着きな」

 

「安心して下さい!!元々語意は下限を突破しております!!」

 

「そこ安心する部分なのかねぇ…」

 

「……何か、開き直ってる?」

 

 

 もしかしたら、という他愛も無い発言ではあったが……それだけでも…全員にとって思っても見ない指摘だったようで…大きな注目が俺自身に注がれた。少し、気圧されてしまう。

 …そんなこと有るわけ無いと一蹴される雰囲気では無いのは嬉しいが……しかし…微妙にズレた受け取り方をされてしまっているみたいだった。俺は、少し申しわけない様な気持ちを燻らせつつも…その発言の意味を修正するように、言葉を続けていく。

 

 

「……期待させているところで悪いが。犯人のだけじゃなく………――”全員分”の動きだ」

 

「おお~全員分なんて、随分と大きく出たね~」

 

「ままま…まさか!!通行人を”せんさー”で感知し、そして何時何処でどなたが通ったのかを瞬時に判断するという…あの…」

 

「え…?イヤ別に…」

 

「どうやらミスター折木の中にも文明開化の波が来ているみたいだ!友人として実に喜ばしい事だね!!キミ!」

 

「人とは、時代と共に常に変わりゆくものさ…まるで逆らうことが出来ない激流のようにね」

 

「曲解に曲解を重ねるな…!それにそんな非現実的な謎技術なんて有るわけ無いだろ……!もっとアナログチックな方法を使ったんだよ…!」

 

 

 勘違いを累乗させようとする言葉の数々に無理矢理待ったをかけた俺は……この裁判場に降りてくる前の揺れるエレベーター内でまとめていた”例のメモ”を取り出した。すると、そのメモ帳を見覚えがあった贄波は、はっ、気づいたような短い声を上げた。

 

 

「そういえ、ば、逐一、地面を見なが、ら、メモ取ってた、ね?……確か、足跡だった、っけ?」

 

「……”足跡”………ですか?」

 

「ああ、この中央分岐点に付けられた足跡、それも全員分のな」

 

「本当にアナログチックな方法だ~」

 

「まあ”昨夜における”、が頭に付くがな……だけどこれで”何人の”生徒が、”何処に”向かったのかが分かるんだ」

 

「ああ~だからこんなに種類が少ないんだ~」

 

「…ご丁寧に事件とは関係なさそうな場所の足跡……それに地図まで書いてるよ…几帳面なこったねえ」

 

「流石ご老体!!細かい作業ならお手の物だね!!」

 

 

 水無月のイジりに対し、反射的に”誰がだ…!”と危うく反応しそうになったが、面倒くさい流れになる前に、寸前で飲み込む。確かに、細かい作業は得意ではあるが……。

 

 

「どぅあがぁ…折木よ。そもそもの話、何故足跡などがわかったのだぁ………?」

 

「あっ!それ拙者も気になってたでござる!」

 

「それも含めて説明していこう。まずみんな思い出して欲しい欲しいんだが……捜査が始まる前、雲居とニコラスが、中央分岐点の”道の真ん中”を歩くな、なんて指示があっただろ?」

 

「あったね~、それと~足跡が~何かしら関係あったり~?」

 

「勿論大ありだね!!ではここでキミ達に質問しよう…どうしてボクが、そのような注意をしたのか……わかる人はいるかな?」

 

「はい!!わかりません!!!!」

 

「清々しいねキミ!そういうのは嫌いじゃ無いよ!!」

 

 

 ニコラスがまた自分のペースで話を巻き込んでいこうとする中…その足跡の原因に心当たりがある…”とある1人”――――風切が…”あっ…”と、小さな声を漏らした。

 

 

「……もしかして…あの泥濘のせい?」

 

 

 待っていたと言わんばかりの風切の発言を聞き、俺は首肯した。

 

 

「そうだ。そのぬかるんだ泥の所為で、地面に生徒全員分の足跡がくっきりと残っていたんだ」

 

 

 ”勿論、犯人の足跡も含めて、な”そう強調するように付け加える。

 

 

「で、でも…何でそんなに地面がドロドロになってたのかねぇ…?周りの水にまつわるものといえば、水田くらいしか無かったんだよねぇ」

 

「前の事件みたいに、雨が降ってたとかじゃないのかい?」

 

「いや、エリア2には、そのような形跡は見当たらなかったでござるのだが……」

 

「むむむ、何だか不思議だねーー。もーしーかーしーたーらー、あのエリア2には、カルタ達も気づいてない、”仕掛け”の所為…かも?」

 

 

 まるで分かっているような水無月の発言。どうやら彼女は何となく感づいているようだった。確かにその通り、あのエリア2には、事件が始まって初めて分かった”仕掛け”があった。

 

 どうして地面に足跡が付くほど”泥だらけ”になっていたのか…それを示す証拠はただ一つ…。

 

 

 それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

【水やりシステム)

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…エリア2の天井には、とある特殊な装置が備わっていた…。その名も”水やりシステム”」

 

「”水やりしすてむ”……そ、それは一体どのような…いや、名前的に何となく想像は出来ますが……具体的に教えて下さい!!」

 

「…エリア2の中央には、畑と水田があっただろ?それらに生える食物を育てるには、日差しや水が必要だ…そしてその水の部分を補うのが今言った”水やりシステム”なんだ。そうだろ?モノパン」

 

 

 ”あのとき説明くれていただろ?”と言う風に、玉座で大あくびをかましているモノパンへと目を向けた。

 

 

「はいそうでス。世界で一番長い山の名前は『タウマタファカタンギハンガコアウアウオタアマテアポカイフェヌアキタナタフ』なのでス」

 

「全く事件に関係ない雑学ネタが飛び出てきたんだよねぇ!!てか本当に長いんだよねぇ!!」

 

「…モノパン今だけで良いから真面目に解説を入れてくれ」

 

「…くぷぷぷ、というのは冗談として。――――はい。折木クンの言うとおり、朝の7時と”夜の11時”、その2つの時間帯に畑と水田に向けて天井から水が投下されるようになっていまス」

 

「そんな大がかりな装置が備わっていたなんて……き、気づきませんでした」

 

「それりゃあもう、相当不摂生な生活リズムをしている人以外気づかない時間帯に投下してますからネ」

 

「決まった時間帯に水を撒く…だから水やりシステム…でござるか…。また安直な…」

 

 

 モノパンからのシステムの説明を改めて聞いた俺達。その中で、雨竜が何かに気づいたようにハッと顔を上げる。

 

 

「そうか…その降ってくる雨の余波で…地面に泥濘が発生していた…ということか」

 

「ほいほいほほいのほい。つまりそういうことになりまス~。構造的にもの申したいのは山々ですガ…、仕方ありませんネ…」

 

「だから地面があんなにドロドロになっちまってて、それで地面にくっきりとした足跡が残っていたんだね」

 

「…モノクロなからくりが流す涙が落ちる大地。幸か不幸か…黒き影はかの地に、真実へと続く軌跡を残していったみたいだね…。偶然とは…恐ろしくも、面白いものだよ」

 

「……本当に、偶然なんですかね。ここまでくると、足跡が残ってることにさえも策略を感じるですよ」

 

「…ヘタに煮込みすぎると、さっきみたいにまたドツボにはまっちまうぜ?ミス雲居。…今は目の前に残ってる証拠に向き合い、そして突き詰めていくこと集中しようじゃないか…」

 

 

 モノパンの解説が終わり、それぞれ程度こそあれ、納得したように生徒達は成程と声に出していく。良かったと胸をなで下ろしつつ、このまま、証拠の信憑性を証明できれば…この事件を確実に解決へと導くことができるはず…内心そう目論んでいると……。

 

 

「だけどさ~、折木く~ん。その足跡ってさ~、本当に信用できる物なの~?」

 

「…?」

 

 

 ただ1人、長門がこの証拠に対して疑念を振り払えないようでいた。何処かにおかしい所でもあっただろうか?その根本的な疑問に対し、俺は小さく首を傾げた。

 

 

「…長門、何処か信用できなところでもあったのか?」

 

「う~~んとね~、あのさ~確かにエリア2にはさ~足跡が残っちゃう道があったのかも知れないけどさ~…。でもさ~道の周りを見てみてよ~」

 

「周り…というと、畑とか、水田…とかかねぇ?」

 

「そうそう、そこそこ~。もしもさ~犯人が水やりシステムのこともさ~、地面がぬかるむことも知っていたとしたらさ~~態々自分の足跡を残さずにさ~水田はちょっとイヤだけど~畑とか~通るんじゃなかな~?」

 

「…道だけが道じゃない…と僕は受け取ったよ。まさに真理のような言葉だね。僕達が辿る道はきっと暗闇だったんだろう。でも”何も無い”訳じゃない……それを教えてくれるような話だね…不思議と心が晴れたような気分だよ」

 

「勝手にお悩みが湧き出て、勝手に解決されてて、困惑の一言に尽きるんだよねぇ」

 

「言いたいことが何となく分かり始めてきたのは……恐怖以外の何物でも無いですね」

 

 

 …そうだな、長門の疑問も、考えてみれば最もだ。エリア2に生い茂る森は、地面に針が敷き詰められていた故、横断することはできなかった。

 だけど畑や水田は、森のように針が張り巡らされておらず、…道徳的には気が引けるが、絶対に通れないわけじゃない……。つまり横切ることは可能なのだ。

 

 

「ふむぅ…あそこを横切れるとするなら…折木には悪いが、その記録された足跡も無意味に等しくなるなぁ…」

 

「でしょでしょ~、でもまあ~~そこを覆せるんだったら~、その証拠の信憑性は証明されるし~私も納得するよ~」

 

 

 もしも今の長門の意見が正しいとするなら、雨竜の、この証拠は紙切れと化してしまう。

 

 

「ああ…覆せる。あの水田と畑に入ることは誰にも出来ない…」

 

 

 ――――だけどそれは、今の意見が正しいとするならの話だ。何故なら、この主張には、無理があり、そして不可能と言えるから。

 

 

「…ほう随分と断言するじゃないか。それくらい大見得を切るんだ…相応の理由が、勿論あるんだよね?キミ」

 

「ああ、ちゃんと論理的に、証拠で証明してみせるさ……」

 

 

 いやニコラス、お前どういう立場に居るんだよ…という事は置いといて…。

 

 俺は思い出す…あれは4日前、エリア2を初めて訪れ、調査したときのことだ。中央分岐点と、畑を調べていたとき…モノパンから忠告された、あの区画に足を踏み入れると…起こってしまう…例のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.服が濡れる

 

2.照明に照らされる

 

3.アラームが鳴る

 

4.罰則が発生する

 

 

⇒アラームが鳴る

 

 

「そうかっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何故踏み入れられないのか……それは、あの土地に無断で踏み入ってしまうと――――アラームが鳴り響くからなんだ」

 

「アラ~ム~?」

 

 

 俺の言う”アラーム”という単語に対して、そのとき同行していた小早川が思い出したように手を叩く。

 

 

「あっ!!思い出しました!!確かにモノパンから聞きました!!あそこに一ミリでも足を入れると、すこぶるどでかい音が鳴りひびくとか!!」

 

 

 そんな心強い、大きな同意の一方で…その”アラーム”に対して、思い当たる節の無いように顔を難しく固め生徒の姿がチラホラと。 

 

 

「アラームって…そんなの初めて聞いたですよ」

 

「…本当なの~?モノパン~~?」

 

「ええ……はイ」

 

「めっちゃ適当な肯定なんだよねぇ!?

 

「だって何度か説明したことありますシ?それにちょっと補足続きで面倒くさくなっちゃいましすシ~?いやもう、何か全部どうでも良いって感ジ?」

 

「……なんで、ナイーブになってる、の?」

 

「いやちょっと待てモノパン…”何度か”…?俺と小早川以外にもあの話を誰かにしていたのか?」

 

「それは何だかそそられる部分ですね。アラームの件、誰に話してたんですか?」

 

 

 妙に引っかかる部分に対して、俺と雲居はモノパンにもっと詳しい情報を求めていく。しかしモノパンはとても面倒臭そうに…鼻をほじって頬杖まで突いている。もはや紳士の欠片も無い、酷いだ行儀の悪さであった。

 

 

「ま~た情報の開示ですカ~?そうですネ~…え~っと、折木クンと小早川サン…それにニコラスクン…あとは、…忘れちゃいましタ!」

 

「明らかに意味深なぼやかしだよ~~!」

 

「てか……ニコラス!アンタ知ってたんだったら、なんで追求する側に回ってたんさね!!そういうのは最初っから説明しときな!」

 

「あれですよ。また、真実をじらすっていうあの悪癖が再発したんですよ」

 

「………………………」

 

「ニコラス…?」

 

「……ああ!!そういえばそんな注意書きがあったような気がしなくもないね!!でも未だに覚えが無いと言うことは……清々しい程に頭からすっぽ抜けていたいたんだろうね!!」

 

「本当に忘れていた!?」

 

 

 今の微妙な間は何だったのかは分からないが……どうやら本当に忘れていたみたいだ。俺は内心、頭を抱えた。

 

 

「…ちなみにだがモノパン。警鐘が鳴ると言っていたが…一体どれほどの規模の物なのだ?」

 

「ええとですネ。寝ていようと、なかろうと、無理矢理全員たたき起こす位には、けたたましいアラームが施設全体に鳴り響きまス。良い夢を見ていようと、憂鬱になる現実を突きつけつめること請負ですネ、これ」

 

「……それは、話を聞いただけでも最悪」

 

「分かりやすいくらいげんなりしてるんだよねぇ………でも、そんな大きな音が、エリア2が解放されてから今まで1度たりとも聞こえてない…ということは…ねぇ?」

 

「誰も、あの畑に、は、に入ってない、って、ことだ、ね」

 

「成程~。じゃあ、歩けるのはあの中央の道だけか~~。だったら~そのメモに残してある~足跡は~、信じて良いって事なんだね~。おっけ~完璧に理解したよ~。」

 

 

 長門を最後に、これで生徒全員がこの足跡に対しての疑念を無事に振り払えたみたいだった。

 

 森も畑も通り抜けられない…昨晩の中央分岐点しか歩けない……そんな限定的な条件下で記録した全員分の足跡。きっと、この地図こそが犯人の動向をしうる唯一の道筋だ。

 

 密かにそんな達成感、そして高揚感を感じていると――。

 

 

「ちょっと良いかい?」

 

 

 また、何か引っかかることがあるのか…妙にドスの利いた反町の声が裁判場に木霊した。正直誰に何を反論されても平常心はある程度保てるのだが…反町のみに限っては、声を出された始めに、酷い緊張感を持ってしまう。

 だけど引き上がるわけにはいかないと、俺は、そんな怯えた気持ちを押し殺しながら、再び口を開いていく。

 

 

「まだ…何か納得いかない点でもあったか?」

 

「いや、別にこの証拠が信頼に足る足らないの話じゃないよ。……この証拠が正しいって前提で話をするだけさ」

 

「正しいとして…何が気になるのかねぇ?」

 

「悪いけど、率直に言い切るほど説明が上手いわけじゃ無いから…順を追っていくさね。多分だけど、この足跡って”11時以降”に付いた物だろ?」

 

「……11時以降…でございますか?」

 

「どうしてそんなことが分かるです?」

 

 

 反町は頭をわしわしと掻きながら…さらに続けていく。

 

 

「ほら、”水やりシステム”のことだよ。あのシステムって朝7時と夜11時に起動して、天井から水を投下するんだろ?……てことは、直近で水が撒かれたのは夜の11時……つまり…11時以降に中央の道に泥濘ができたって考えるのが定石さね」

 

「……だから、ぬかるんだ後の11時より後に…足跡は出来た、そう言いたいんだな?」

 

「とどのつまりは、そういうことさね」

 

 

 思った以上に深い分析を含めたまとめであったため、少々面食らう。他の皆も同様の反応をしているが。中でも友人である小早川は、その話を聞いて何故か絶望した表情になっていた。多分自分が追いつけない程の話が友人から飛び出してきたこと…驚きを隠せないでいるのだと思う…。

 

 

「そこ、の、何処、が、腑に落ちない、の?」

 

「だとしたらだよ?……この跡、中々”不思議な”付き方してるんじゃないかい?」

 

 

 ”不思議な付き方”…その言葉に一瞬、思考を巡らせる。すると先に、気づいてしまったのか、ニコラスは”ああ!”と大きな一言を上げる。

 

 

「成程、シスター反町。キミはこの全ての足跡の中に、”出自の分からない足跡”がある…そう言いたいんだね?」

 

「ああ!!そうさね!それを言いたかったんさね!」

 

 

 ニコラスの述解に反町は大きく頷き賛同する。その言葉の意味を理解しようと、俺はもう一度メモに目を走らせる。

 

 

「折木の記録を見てだけど…多分ここ書いてある『中央棟から図書館まで』の足跡って…エリア1に居たアタシらものだろ」

 

「はい!!数人を抜かした皆さんで図書館まで向かいましたので……恐らくと言わず間違いは無いかと!」

 

「その論理で行くなら……この『プールから図書館まで』の足跡は”私と折木の”ですね」

 

「確かにプールから、図書館に向かってたんだったねぇ……もしかしてそのときに?」

 

「…時間的にも合致するから。確定で良いはずだ」

 

「だったらだよ?……――この『温泉から美術館』を行き来してる足跡ってのは誰の者になるんだい…?」

 

 

 そう言われて…メモを見直し、そして気づく。

 確かに、この図書館へ向かう2つのルートからの足跡は何時、誰に付けられたのか…それは分かる。だけど…他の足跡…『温泉から美術館』を往復するこの足跡だけが…浮いてしまっている……。

 

 

「…言われてみれば、意味の分からない足跡なんだよねぇ…」

 

「急に現れて、急に消えてしまったような…まるで幽霊のような不気味な足跡みたいです…」

 

「例えどれほど怪しく光り続けていたとしても……それは間違いなく人が刻んだ代物…それだけは覆しようのない…不退転の真実なのさ」

 

「…むしろそれ以外だと困るのだがなぁ……そしてもう一つ、反町の言うように11時以降に付けられた、ということも間違いないだろうが………」

 

「すぐに答えが出せそうで…出せないような…そして安易に決めてしまって良くないような…複雑なエモーションを感じるでござる」

 

「忍者が横文字使うな~~」

 

「だった、ら、今度、は、この不思議な、足跡につい、て、議論を進めて、みよっ、か?」

 

「ああそうだとも!!とにかく気になる部分はとことん突き詰めていこうじゃないか!こんな出そうで出ない、歯に挟まった夕飯の食べかすみたいなのが、ボクの中で最も腹立たしいことからね!!」

 

「おっ!!やっと水無月カルタちゃんの出番?よぉーーし、暴れるぞーーー!!」

 

「…カルタ、ステイ」

 

「あんたが頑張ると、議論が崩壊することは目に見えてるんだよねぇ…」

 

 

 反町から始まったこの不可思議な跡……その疑念は、未だに答えらしい答えが閃かないほど、しつこく、厄介なようだった。

 だったら贄波の言うとおり、議論して、もっと、もっと深掘りし、その正体を掴みにいかなければ…。

 

 

 もしかしたら…その掴んだ真実が…飛んでもない事実を孕んでいるかも知れない。とんでもない真実が飛び出してくるかも知れない。

 

 

 ――――直感的に、俺はそんな確信めいたものを感じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

「謎が謎を呼ぶ…謎の足跡…」

  

「その形状からして…【人によって付けられた】のは間違いない…」

 

 

 いや、いくら何でも謎って言い過ぎさね

 

 

「水やりシステムのことも踏まえると……」

 

「この足跡が付けられたのは…【夜の11時以降】……」

 

 

 11時よりも後、ということですね!!

 

       そこに確認は必要無いと思うよ~

 

 

「それだけ分かってるなら…」

 

「議論すべきは、なんで【足跡があるのか】…ですね」

 

 

 ……一番眠い部分

 

      そう言われるとカルタも眠くなってきちゃったなー

 

 いや寝たらダメなんだよねぇ!?

 

 

 

「もう普通に『風呂に行ってた』人が居て…」

 

「その時に付いたんじゃ無いのかねぇ…」

 

 

 深夜に入る風呂も乙でござるからな!

 

      ふっ、ワタシは夜明けに入る派だがな…

 

 その時間は流石に寝ていて欲しかったよ~

 

 

「あんな夜遅くにかい?」

 

「アナウンスの後に、風呂屋から出てくるヤツなんて【誰にもいなかった】さね」

 

 

 はい!確かに居ませんでした!!

 

     殆ど全員、ログハウスに居たからね!!

 

 

「…だったら、『別の日に付いてたもの』とか?」

 

 

 …その発想はなかった

 

      じゃあ事件の前々日に付けられたってこと?

 

 

「いや、もしや…拙者らを混乱させるために…」

 

「『わざと足跡を残した』とかはどうでござるか?」

 

 

 わざとか~

 

      充分攪乱させられているんだよねぇ

 

 

「軌跡というヤツは、実に気まぐれで、そして実に気分屋なのさ」

 

「今まで側に居たはずなのに…今度は『どこか別の場所に居たりする』」

 

「本当に……忙しないヤツさ…見てて飽きないくらいにね」

 

 

 うう…ますます分からなくなってしまいました

 

      いや、それは落合の言い回しの所為さね

 

 私たち、も、あんまり、分かってない、から、安心し、て?

 

 

 

 

 

 

【風切の違和感)→『どこか別の場所に居たりする』

 

 

「それに賛成だ!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そうか…そういうことだったのか…。

 

 

 突然よぎった、その閃き…。俺はさっき感じた確信めいたものの”何か”の正体が掴めたような気がした。だからこそ、俺は瞬間的に落合の言葉に同意していた。

 

 

「落合……お前の言うとおりかもしれない…この足跡は――――――”別の場所にあったんだ”」

 

「はぁ?…どういうことですか?足跡が…別の場所にって…」

 

「これもまた巡り合わせ…いや、運命というわけかな。これは僕達が生まれてくる前から、既に決まっていた…いわば定め…定理……どんな言葉でも言い尽くすことはできない奇妙な繋がり……はは、やっぱり言葉とは、興味が尽きないものだね」

 

「落合…今真面目な話をしているのだ、バラードでも弾いて大人しくしていろぉ」

 

「ああ良いとも……ではリクエストにお応えして……聞いて下さい『デッドエンドに夜露死苦』…」

 

「明らかにバラードとはほど遠いタイトルなんだよねぇ!?」

 

 

 横からものすごいローな気持ちになるギターが横から聞こえてきたが…それについてはもう放っておくとしよう。……とにかく、今は目の前の雲居の疑問に集中しなくては……。

 だけどもし、この答えが真実であるとするならば…この答えが実際に起こったとするならば……今までずっと感じていたエリア2にへの大きな疑念が…今ココで晴らすことが出来るかもしれない。

 

 

「より分かりやすく言おう……そもそもあの足跡は『温泉と美術館』を往復してできたものじゃ無く、”別の施設と施設”の間に走っていたものだったんだ」

 

「……別の施設と施設…でござるか」

 

「どうしましょう…もっと分からなくなってきました…」

 

「折木、アンタ、ニコラス並みに回りくどくなってきたねえ…」

 

 

 そうは思いたくないが、確かに少し、回りくどさが似通ってきたかも知れないが……。今はそっと置いておこう。すると、指をパチンと鳴らす音が隣から聞こえる…水無月だった。水無月が、此方へキラキラした目を向けていた。

 

 

「そっか!!分かった、分かったよ公平くん!!つまり、足跡が移動したんだね!!」

 

「……足跡が?」

 

「ああ、そういうことだ。あの足跡は元々あった位置から……”移動していたんだ”」

 

「そんな、生き物じゃあるまいし……動いただねんて……ねぇ…?………風切さん?」

 

「別の場所……移動した……畑………もしかして…!」

 

 

 水無月の閃きと同時に、最もエリア2に違和感を持っていた風切が、静かな気づきを見せた。合わせるように、俺は風切と視線を交差させ、そしてお互いに頷きあう。

 

 

「何々~風切さん何か思いついた感じ~?」

 

「…確信は出来ないけど。でも、…あり得なく無いことが……エリア2で起こった…思う」

 

「起こった……ですか。まるで現象みたいな言い回しですね……」

 

「ああ、そうだ。その通りだ雲居。あのエリア2では、昨晩とある事象が起こっていた…」

 

「へぇ……じゃあ具体的にどんな事が起こったって言うんですか?」

 

 

 風切が言い続けていた、あの違和感の正体……俺自身も未だに答えを見いだせないでいた、一つの大きな疑問。

 

 

 ――不可思議に付けられた足跡

 

 

 ――誰も居ないはずの場所からの往復

 

 

 ――そして足跡が移動している、その意味。

 

 

 

 

 ……これが示す答えは…一つしか無い。

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.施設の位置が変わってる

 

2.地面が動いている

 

3.エリア全体が動いてる

 

 

⇒地面が動いている

 

 

「これだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「元々あった場所から、別の場所へ足跡が移動していた…それら示すのは……つまり”地面そのもの”が動いていた、ということなんだ」

 

 

 突飛な発想かも知れない、だけど…俺は自分自身の直感を、答えを信じ、強い意志を持って、このコトダマを中心へと打ち込んだ。

 

 

「じ、地面が…動いてる…でござるか!?」

 

「そのような天変地異が如き事象が…?昨日の晩にぃ…?」

 

「エリア2で起こったってーー!?な、なんだってーーーー!!!」

 

 

 やはりと言える反応か…波紋を呼ぶような喧噪が裁判場を満たした。……閃いていたはずの水無月が…何で驚いているんだと思いたくなるが…恐らく反応したら負けだ。

 

 

「で、で、でも、地面が動いたってって言われても……あの、施設の位置は変わっていませんよ?」

 

「いや、ミス小早川。そこじゃないのだよ…動いたのはね。……ミスター折木…ミス風切、つまりこういうことだね。あの残された足跡は、”中央分岐点”と共に動いていた…だから元々あった位置から、『温泉と美術館の間に』移動していた……キミ達は、それが言いたかったから”足跡が移動している”と表現していたんだね?」

 

「中央分岐、点、が?」

 

 

 ニコラスのまとめに対し、俺と風切は大きく頷いた。

 

 

「足跡の主が動いたのでは無くて…動いたのは足跡そのものだった…なんて!まさに逆転の発想だね!!」

 

「で、でも本当に動いてたのかねぇ…正直まだ信じられないんだよねぇ…」

 

「そうでござるよな…あまりにも非現実的すぎるでござるよな…」

 

「と、このような仮定がでてきたのだがぁ……どうなのだ?モノパンよ」

 

「あ、はい動いてますヨ。もうおっしゃるとーリ」

 

「「驚くほどあっさり認めたーーー!!」」(忍者とオカルトマニア)

 

「恐ろしく見事なユニゾンだ……僕じゃなきゃ、聞き惚れていたね」

 

 

 モノパンの軽い調子の頷きに、発案者の俺も少し動揺してしまう。…流石にこうもあっさりと即答されるとは思わなかったためだ…

 だけど…その施設の管理者たるモノパンの一言で”地面そのものが動いている”と肯定したのなら、この驚くべき事実は証明されたも同然であった。…正直な話、あっさり過ぎて腑に落ちない感じはあるが…。

 

 

「……地味に聞いておくけど…何時何分にどんな風に動くんだい?」

 

「あ、それ私も聞きたかったです。ささっと教えるです」

 

「ええーま~た、しち面倒くさそうな役が回ってきましたネ~、何かやる気出ませんネ~」

 

「くだ巻いてないで、さっさと動きな!!」

 

「もう…しょうが無いですねェ……良いですか?一度しか言いませんヨ?ええーまず、例えば、現在の畑の位置がこんな感じだとしまス」

 

 

 説明を開始してすぐ、モノパンの側にスライドショーのような幕が下ろされる…。そこへ、エリア2の上面図が投影された。モノパンは自分のステッキの先をスライドに差し…説明を続けていく。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「んで、この中央は”深夜12時丁度”に”逆時計回りに動きまス”…ええっと…つまりですネ。この地図が――」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「――このように動くって感じでス。キミタチ、お分かりになりましたカ?」

 

「な、何かここまで丁寧に応対されると…逆に怖くなってきたんだよねぇ…」

 

「あっけらかんだよ~」

 

「でも…これで、地面が動いた、っていう、のは…証明された、ね?」

 

「信じられん話だが…まさかここまでおおきな変動が今まで起こっていたとは…」

 

「全然気づかなかったんだよねぇ…でも、夜12時に動いてるんだったらそりゃ分からないのも当然なんだよねぇ」

 

「あんまり気にする程のことではなかってでござるからなぁ…」

 

「でも当たり前に在るモノに疑問を抱くって本当に大事なんですね…勉強になります!!!」

 

「本当に学べてんのか怪しい所だけど……そのエリア2の動きにいち早く気づいてたのはお手柄さね。なあ風切?」

 

「……ブイ」

 

 

 モノパンの説明も加えられたことで、忽然と現れた足跡の謎の話は終止した。だけど、あくまでこの謎の足跡がどうしてこんな位置にあるのかが分かっただけ……つまりここからが…本題であると言えた。

 

 

「――――だとしたらだよキミ達……この足跡、もう一度考え直してみた方が良いんじゃないかい?」

 

「ん?……何をでござるか?」

 

「この足跡の証拠は、あくまで”分岐点が動かないこと”を前提とした証拠だからだよ…。だけど今その前提が崩れてしまった今………どの足跡が”中央分岐点の動く前”でどの跡が”動いた後”なのか…それを考える必要がでてきた……そうボクは思うんだけど…如何かな?」

 

「うーん、調べるにしてもさー。ちょっと骨のいる作業じゃない?」

 

「でも逆に、その前後が分かれば……どの時間帯に、誰が何処へ向かったのか…あの謎の足跡の行く先も確定させることが出来るです。骨を折ってでもやってみる価値は大いにあるですよ」

 

 

 雲居達の言うとおり…これが分かれば確定的に事件は大きく進展する。どの足跡が…分岐点の動く前、もしくは動いた後に付けられたのか……分かる範囲で良いから、確実に明らかにしていこう。

 

 

 

 ――よし…そうと決まれば…思いっきり、考えを深めていこう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロジカルドライブ】

 

 

 

 

Q.1 プールに居た俺達が図書館へ移動したのは…?

 

 

1) 分岐点が動く前

 

2) 分岐点が動いた後

 

 

A. 分岐点が動いた後

 

 

 

 

Q.2 反町達が図書館に集合したのは…?

 

 

1) 分岐点が動く前

 

2) 分岐点が動いた後

 

 

A. 分岐点が動いた後

 

 

 

 

Q.3 雲居が襲われたのは…?

 

 

1) 分岐点が動く前

 

2) 分岐点が動いた後

 

 

A. 分岐点が動く前

 

 

 

 

「推理は繋がったっ!!」

 

 

【COMPLETE!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度の整理を終えた俺は…この考えを全員平等に行き渡らせるため…とある方法を使うことを考えた。

 そのために…一度手を挙げ、”少し良いか?”と声を上げ、衆目を自分へと集中させた。

 

 

「確認を込めて聞くんだが……どれがどの足跡について…俺達ってさっき、半分の足跡は特定できていたよな?」

 

「私と折木が図書館に向かったときに付いた物と、反町達が図書館に集合したヤツですね…確かに出来てるですね。それがどうかしたですか?」

 

「それらの足跡が付けられたのって……確か”12時以降”…だったよな?」

 

「アタシらは言わずもがな…雲居達のは…」

 

「間違いないですね。プールを出たのは12時過ぎだったです」

 

「……と、いうことは、先ほどの分岐点の動きを取り入れて考えると…」

 

「それらの足跡は……”分岐点が動いた後”に分類されるなぁ…」

 

「…そう、それらの事を考えて…このメモを見て欲しい」

 

 

 俺は改めて、先ほど見せたメモ帳を再度、取り出していく。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「これは捜査したときに書いた物だから…地面が動いた後と断言できる…。そこでだ…今の時点で判明しているこれらの足跡を除外していくんだ」

 

「…成程、消去方だねぇ!!それなら俯瞰的に見れて、あたしたちでも容易に話が入ってくるんだよねぇ!!」

 

「やはり挿絵があるかないかで、物事への理解度は大きく違ってきますからね!!」

 

「……もしも挿絵が無かったら?」

 

「目からうろこならぬ…文字が落ちていきます!!ポロポロッて!!」

 

「脳に文字が行き渡ってないよ~~」

 

「…読もうとする気概だけは買うですよ」

 

「ま…まあとにかく、今の話を踏まえると…この図書館に向かっている2種類足跡は取り除くことができるんだったよな?……そうするとこの地図は…こんな風になる」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「おお~だいぶ見やすくなったね~」

 

「でもやっぱり、この温泉と美術館の足跡だけ…妙に浮いてるさね。でも、これは別の施設と施設の間に走ってた足跡なんだろ?」

 

「ああそうだ…だから…」

 

「さっき、モノパン、が言って、た、地面が動いた、事、を、付け加えて、いく、と」

 

 

 夜12時に…逆時計回りに…。分岐点は動いていた…。だったら、このエリア2の分岐点の地形は――――

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「…こうなっていたはずだ」

 

 

「なんと!!『温泉から美術館までの道』から…事件現場である『プールから中央棟』までの足跡へと姿を変えたでござる!!!」

 

「意味不明な足跡は、元々プールと中央棟の間に走ってたものだったんだねぇ!」

 

「だいぶ進展してきた感じがするさね!」

 

 

 地面が動いた…たったそれだけの情報を付与するだけで…恐るべき真実を明るみに出すことができた。まるでマジックを見せられたかのように殆ど全員が驚愕を表情で表わしている。

 

 

 だけど、それだけじゃない…この足跡からはもう一つ…加えられる情報があるんだ。

 

 

「そして、この二方向への足跡、このうち『中央棟からプール』までの、この足跡も除外することができるんだ」

 

「えっ!できちゃうんですか?」

 

「どんな人間に、どんな心が宿っているの、それは人と同じくらい数と種類が存在する…。だけど、その全てを知ることは決して出来やしない。だけど…たった一つ、聞くことは出来るんだ…君は今何を思い、何を感じているのか……」

 

「落合、そこは”それはどういう意味ですか…”ってちゃんと素直に聞くもんですよ。…どう和訳したらそんな長い言葉に置き換えられんですか…」

 

「本当に何を言いたいのか分かってきてる感じだね!!カルタは未だに全然分からないけど!!」

 

 

 …どうして…プールへと向かうこの足跡を消すことが出来るのか…それは”この証拠”が示している…。

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

⇒【雲居の証言)

 

 

「これかっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

「この足跡は、雲居が襲われた時…丁度11時半に付けられたものだからだ」

 

「雲居殿が襲われた…というと、折木殿と共にプールに向かったときのことでござるよな――――あっ!」

 

「…そう、この足跡は、俺と雲居、そして”犯人”の足跡なんだ」

 

「…あの襲撃は12時になる前…それも地面が動く前ですから…タイミング的にも合致するです」

 

「ということは……このプールへ向かう三種類の足跡の中に犯人の物があるんですよね?でしたら!!私達の足跡とその足跡を照合すれば…犯人の特定が出来るんじゃ無いですか!」

 

 

 思いついたようにポンと手を叩く小早川。

 

 

「おお!それはグッドアイディアなんだよねぇ!!犯人の特定なんて一瞬なんだよねぇ!!」

 

「よっしゃ!そうと決まれば、まずは型のチェックだよ!!全員足上げな!!もしも上げないヤツがいたら…ゴキッて音が部屋中に鳴り響くことになるよ……」

 

「……骨が折れる音なのか…関節を外されるのか…分かりかねる音だなぁ……。まあどっちにしても地獄のような痛みであることは確かだな…」

 

 

 確かに…この足跡を全員の靴の底と照合すれば……もしかしたら犯人特定の足がかりになるかも知れない……だけど…――。

 

 

「――――いやそれは無理でござるな」

 

 

 俺の心の声を代弁するように沼野が…場を諫めた。

 

 

「なんだい?沼野、折角良い感じにまとまりそうだったってのに…」

 

「どうして無理なのかねぇ!前の事件ではグチョグチョだったから難しいとか色々有ったけど…今回だったら流石に…」

 

「――犯人が使っていたのは恐らく…”倉庫にあった運動靴”でござる。つまり、消耗品。どこにでもあるようなありふれた靴なのでござる」

 

「あ~うん。確かに~運動靴も持ってかれてたね~」

 

「態々持ち出されていたのなら…ううむ……不審者スタイルの際に履いていた可能性は大いにあるなぁ……であれば、今ワタシ達の足の型を調査しても、時間の無駄、か」

 

「そ、そうですか…良いアイディアかと思いましたが……無理でしたか……はぁ、残念ですね」シュン

 

「…今できるのは、判明した足跡をこの上面図から除外することくらいですね」

 

 

 何となく落胆した空気が漏れる中……俺は雲居の言うとおり…プールへと向かう中央棟からの足跡を除外していった。

 

 

 すると――――

 

 

「しかし…取り除いたら、取り除いたで……何だぁ?この妙な足跡は…」

 

「……折角足跡を整理して分かりやすくしたのに…『プールから中央棟』までの足跡がまだ浮いてるですね…」

 

 

 ――――本当だ。どういうことだ…?

 

 

 様々な事実を除外することで、何かしら分かることがあるかも知れない…そう言う意味を込めて今まで整理を進めてきたが……最終的にこの『プールから中央棟』までの足跡だけが残ってしまった。

 …残ってしまったのは良いが…この跡は…一体?今までの跡は根拠のある説明はついたのに…これだけが全くできない。

 

 追求に追求を重ねてきたのだ…これにとても重大な意味がある……そう本能的に、瞬間的に感じ取れるのに…それが何なのか、どんな真実が含まれているのか…見当もつかない。

 

 

「シンプルな証拠だってのに…また意味が分かんなくなってきたさね」

 

「何だか、ものすごくもどかしいような、もう喉元まで来ているの出てきてくれないような…むずむずした感じなんだよねぇ…」

 

「確実に、分かるの、は…11時以降、に、付けられた、てこと、と…誰かが、プールから中央棟、まで、移動したこと、だよ、ね?」

 

「一応聞いておくけどー…誰かプールに行ってた人とか、居ちゃう?」

 

 

 水無月からの質問に対し、全く身に覚えが無いと言わんばかりに全員は沈黙で返していく。

 

 

「……私達がプールに行ったときの話ですけど…そのとき施設の中には鮫島の死体以外の気配は感じなかったです」

 

「ああ、そうだったな」

 

「……態々深夜に泳ぎに行く輩の方が少ないと思うがなぁ」

 

「……ダイバーの凛音以外」

 

「流石の私もその時間は寝てるよ~、夜に泳ぐの海だけだよ~~」

 

「……それもそうでござるよなぁ…寝てるでござるよなぁ………ううむ」

 

「では……一体のどちら様の足跡なんでしょうか?」

 

 

 そうやって、たった一つの足跡に対し、”ほぼ”全員が頭をひねらせている。端から見ればギャグのような、異様な光景…。そんな中で――。

 

 

「――――Hey!!諸君…そう深く考え込まなくても……もっと素直に考えてみてはどうかな?」

 

「素直にって…どうバカ正直に考えれば良いんさね…」

 

「馬鹿正直な私ですが!!何も思いつきません!!」

 

「そこを認めちゃうともう擁護できなくなるんだよねぇ……」

 

「今までの話を振り返ってみるんだよキミ達……あのプールに行っていたのは…ミス雲居とミスター折木…そして”犯人”だけ……ここまで言えば、分かるかな?」

 

「ああ、分かるとも。これは夢なのさ、誰かが見た大いなる夢…それを僕達は今、紐解こうとしている…実に浅ましいよ。でも――夢を知ろうとすることに…誰も口を挟むことは出来ないのさ…これもまた人間が人間たらしめる…一つの意味なのかもね」

 

「…何か、分かった、の?」

 

「………その続きは、夢の中で話そう」ジャラララン

 

「……何も分かってないことだけは分かったですね」

 

 

 …まあいつも通りと、ひとまずここはスルーとして……。それよりも”シンプルな思考”…か。そして今、アイツは、ある部分を強調したセリフを吐いていた。

 

 

 …俺は記憶を掘り起こす。

 

 

 ――プールへと向かっていたの…俺と雲居、そして犯人だけ

 

 

 

 

 …ということは。

 

 

 

 ――――まさか……この足跡って…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

1.犯人の

 

2.鮫島の

 

3.ニコラスの

 

4.別の誰かの

 

 

 

A.犯人の

 

 

 

「そうかっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして…この足跡……”犯人の物”ってことか?」

 

 

 そう言い放ち…刹那、無言の空間が形成された…。数人の生徒は、脳の処理が追いついていないとばかりに、目をぱちくりとさせていた。少し、気まずい気持ちになってしまう。

 

 

「………はぁ、今気づいたんだよねぇ!?それって、マジなのかねぇ!」

 

「俺と雲居じゃないとするなら……考えられるのはただ1人。犯人しかいない…犯人は”プールから中央棟へ”向かったんだ」

 

「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って下さい!!確か犯人は、あのワイヤーを使ってプールから図書館へ移動したハズですよね!?だったら…」

 

「そうさね!今までの議論はどうなるさね!まさかここまで来て、その事実をひっくり返す気かい!?」

 

 

 均衡を破るように大声を上げた古家…そしてそれが引き金になったのか、ダムが決壊したように驚きの声がなだれ込む。

 まさに大どんでん返しとも言える新事実が顔を出してきた故に、仕方の無いとも言える。言い出した俺ですら、どうしてそんな事を口走ったのか未だに信じられない…。

 

 今まで信じてきたトリックが…ガラガラと崩壊するように感じた。

 

 

 だけどもし…これが事実であるのなら…、これがあり得るのであれば…。

 

 

 ―――新しい真実が、見えてくるかも知れない

 

 

 それに、こうやって口にしてしまった以上、もう止まることは出来ない…。今までのトリックを覆すような、”抜け穴”を見つけるしか無い。もしもプールから中央棟への足跡が”犯人のモノであるとするなら……今まで議論してきた全ての中で、決定的に食い違う部分が”どこか”にあるはずだ。

 

 

 ――それを、見いださなければ…

 

 

 ――ココが、今後の裁判の行く末を左右する重要な場面かも知れない

 

 

 ――今まで以上に、気を研ぎ澄まさなければ…

 

 

 俺は…行き当たりばったりながらの決意を固め…目の前に議論へと集中させていった。

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】   【開始】

 

 

「本当に犯人のものなんですか?」

 

「でも犯人は図書館へ移動していたハズ!!」

 

「このままでは、すっちゃかめっちゃかになってしまいます!!」

 

「主に私の頭の中が!!」

 

 

 今の時点でついて行けてるのか怪しいさね…

 

     ぐっちゃぐちゃだね~

 

 

「さては、貴様…」

 

「今までの議論の中に『おかしな部分』がある…とでも言うのか?」

 

「ふっ…ふはははははははは!!!」

 

「それはそれで面白いでは無いかぁ!!!」

 

 

 お、面白い、の?

 

     ヤツの笑いのツボは分からんですよ…

 

 笑うことには…悪い事なんかじゃ無いさ…

 

 

「…今まで私達の推理だと…」

 

「ニコラスと丈ノ介、蛍を襲った犯人は…」

 

「…公平と蛍を【プールにおびき寄せた】…」

 

 

 未だに頭のこぶがうずくですよ

 

     何か、考えてみると、雲居殿も散々でござるな…。 

 

 

「そんで、鮫島の死体をあんた達に見せた後…」

 

「【ワイヤーを使って】、鮫島の死体と一緒に図書館へ移動した」

 

「そうだったはずだよ!」

 

「これのどこに、おかしな部分があるんさね!!」

 

 

 どこにおかしな部分があると言うんだい!キミ!

 

   どこにおかしな部分があると言うんだー!

 

 2人とも実は仲いいよ~

 

 

 

 

 

『おかしな部分』→【ワイヤーを使って】

 

 

「それは…違うぞ!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしも……もしも”犯人がプールから出ていった”とするなら…考えられる”抜け穴”なんて、…矛盾なんて、たった一つしか存在し無い…。

 

 

 

 

「いや……犯人は………

 

 

    ―――――ワイヤーを“使わなかった”んじゃないか?」

 

 

 ……今まで議論に上がっていた…プールから図書館への移動に使われた…あの張られたワイヤー…あれははどうなるのか…。

 

 

 答えは…”使われなかった”。

 

 

 ――あのワイヤーは移動に使われなかったんだ。

 

 

 今まで議論されてきた”ワイヤーは犯人の移動のため使われた”を考えられていた。だけど違った、その前提こそが、最大の矛盾点だったんだ。

 

 それだけじゃない…俺が今まで感じていた”あの”違和感…拭おうにもどこが拭えば良かったのか分からなかったズレ……このワイヤーのトリックの矛盾こそ…裁判全てにおける…アキレス腱だったんだ。

 

 

 俺は確かに…確信を得たような、核心を突いたような……そんな納得感を感じ取った。

 

 

「使われなかった…って。じゃあ、今まで丹念に話し合っていた…鮫島殿の死体の運搬は…犯人の図書館への移動は!」

 

「行われなかった…そうとしか考えられない」

 

「本当に考えてきたトリックをひっくり返してきたんだよねぇ!?」

 

「じゃあ聞くけどさ~~なんでさ~プールから図書館にさ~態々ワイヤーなんて張ってたの~~?どこでもワイヤーとかいうさ~、特殊な道具を使ってまでさ~~」

 

 

 だけどこの計画を頓挫させるような推理に対し…衝撃を受けたように目を見開く生徒達。…そして信じられないと、今までの議論は何だったのだと…今のような疑問が後を絶たない。

 急な話だった故…そんな言葉出てくるのも、無理も無い。

 

 

「いや、それこそが犯人の罠だったのだよ、諸君。犯人は――――あの張られた”ワイヤーを使ったように見せかけたかった”……つまりそういうことなのだよ、キミ達」

 

 

 そう、聞き逃してはいけないような言葉を紡いだニコラスは…ふっ、と鼻で笑いながら、続けていく。俺達は自然と、引き込まれるように耳を傾け始めた。

 

 

「少し前の議論で、ミスター落合が言っていた言葉を覚えているかい?キミ達」

 

「えっ?…えーっと確か、『そもそもあんなワイヤーを使われなかったってね』…だったかな?」

 

「Great!よく覚えていたね!!その通りさ、キミ」

 

「ふふん、どーだー!お姉ちゃん譲りの最強記憶術。とくとお見せしてやったよ!」

 

「…まったく覚えていませんでした……」

 

「記憶…それは何時いかなる時も、流れ、止まり、そして消えていく…とても儚い存在…。だけど覚えているのは己自身だけじゃない、誰か…かけがえのない誰かが、知っていることだってある……僕は今、それを教えて貰った気分だよ」

 

「いや…アンタも覚えてないのかい…」

 

「でも…言われて、みれ、ば…使われ、なかっ、たって…言ってた、ね?」

 

「ああ、実はね、キミ達。私事なんだが…その言葉が…どうにもボクの明晰なる頭の中で何度も引っかかっていてね……ずっともしやもしや…と、そう思って仕方なかったんだ」

 

「……そんなに前から」

 

 

 俺達に意見を求めつつ…名探偵さながら、シャボン玉をパイプからくゆらせつつ、つらつらと自分の考えを述べていくニコラス。

 

 

「そして、ミスター折木の描く、足跡の地図を見た瞬間、ボクは確信したのさ……ボク達はだまされていたんだ…ワイヤーは、犯人が使ったと我々に思わせるためのカモフラージュだったんだ…とね……」

 

「見た時からって……分かってたなら最初から言ってくださいよ!!」

 

「…言っただろ?ボクには真実を焦らしてしまう悪い癖があるとね……まあ、真相は定かでは無かった故に、余計な混乱を起こしたくなかったというのが本音だが……丁度、我が友が話題に上げてくれたからボクも確定的に真実を述べることが出来たのだよ…要は時と場合だね、キミ」

 

「貴様ぁ……次からその口に自白剤を流し込んでやろうか…!」

 

「自称医者にあるまじき発言なんだよねぇ……」

 

 

 本当に分かっていたのかどうか分からないニコラスの発言…何を考えているのか、行動が実に読めない。……だけど、このワイヤーを使われなかった、と言う意見に賛同してくれていることは、分かった。何となく心強く感じた。

 

 

「コイツからの話は、にわかに信じがたい話ですけど……でも、現に私達は今の今まで犯人はワイヤーは使われていたって前提で話してたですからね…」

 

「何か化かされた気分だよ~」

 

「そりゃそうだよ!…特殊な道具を使ってまでワイヤーを張って、大がかりな運搬装置を作っていたのに…実は使われてませんでした~…なんて、普通じゃ思いつかないよ!」

 

「ふっ…きっとこんな未来があり得るかもしれない…無数に存在しうる可能性の一端を、僕の詩には分かっていたのかもしれないね」

 

「あのときは、明らかに当てずっぽうな気がして仕方有りませんでしたが……まさかそんな思惑があっただなんて!」

 

「いや……当てずっぽうなのは間違ってないと思う」

 

 

 最初は、玉手箱から飛び出てきたような、突飛な発想ではあった…。少しずつ、丹念に積み上げていったことで、少なくない賛同してくれたことで、もしかしたら…という現実味を帯び始めているのが分かった。

 

 

「――であればでござる…皆の衆。例の死体の運搬についてはどうなるのでござるか?」

 

「……おおっ!そうだ、プールの天井には鮫島の死体があったのだったなぁ!かなり前の議論されてたから、すっかり忘れていたぞ!」

 

「実際に~雲居さん達は~~死体を目撃してたんだよね~?」

 

「……そうですね…見たです。この目でしっかりと…」

 

「ワイヤーを使ってないって言うなら…あのルートは無し…やっぱり普通に鮫島を持って、図書館に移動させたってことかい?」

 

「いや……プールから図書館へ続く足跡は無かったはずだ…持ち運んだ可能性はかなり低い」

 

 

 そこでやはり出てくるのが、鮫島の死体運搬について……確かに俺達は、雲居とあの時、あの場所で、吊られた死体を目にしていた。――だけど、もしもワイヤーの話が偽装であるなら……死体を図書館へと運搬する方法が無くなってしまう……。

 

 

「――――……移動、なん、て、させ、る、必要なんて、無かった、んじゃない、か、な?」

 

 

 すると、何かが分かっているように…鈴を転がすようでいて、強い意志のこもった言葉が裁判場に響いた。

 

 

「”必要が、ない…”…ですか?」

 

「どういうことなのかねぇ!!何か凄く気になる言い回しなんだよねぇ!!」

 

「みん、な……私、が。折木くん、と、2人、で議論し合ってた、こと、思い出し、て、みて?」

 

「ああ!そういえば司ちゃんと公平くんで激しく言葉を飛ばし合ってたね!!……えっとどんな中身だったけ…?」

 

 

 俺は贄波の言葉に従うように…脳の浅瀬に眠る記憶を掘り起こす。確か、そのときも今のような”死体の運搬”について話し合っていた……そのときの贄波の反証が確か……あの死体は、鮫島ではなく――――。

 

 

「……まさか…!」

 

「……っ!!!じゃあ私達の見たあの死体は……!!」

 

 

 

 

 

 

【閃きアナグラム】

 

 

 

 フ を リ た の

犯 死 人 し 体

 

 

 

→死体のフリをした犯人

 

 

 

 

 

 

「「……死体のフリをした、犯人」」

 

 

 

 俺と雲居が同時に答えを導き出す。その言葉を聞いた途端、周囲は騒然とし、張り詰めたような中でお互いの顔を見合わせ始める…。

 

 

 

「――――俺と贄波が意見を飛ばし合っていたとき…その中心にあったのは…”鮫島の死体は最初から図書館の中にあった”…という主張だった…」

 

「…もしもワイヤーが使われずに、そして私達が見たのがフリをした犯人だったとしたら…その反証は信憑性を帯びてくるです」

 

「ででで、でも死体のフリって…そいつは首を吊っていたんだよねぇ!?首を吊った死体のフリなんて、可能なのかねぇ!?」

 

「簡単さ、ロープを首に巻き付け、そしてさらに両腕にも撒く……後は吊るされれば……擬似的な首吊り死体を再現できるのさ…。…海外のドッキリなんかでも、急に上から首吊り死体が降ってくる…なんてイタズラみたいなのが小さく流行っていたよ」

 

「…聞くだけでも恐ろしい余談でございます…」

 

「あの不審者は…黒いローブを身に纏ってたんです……腕に巻いたロープは黒い布の下に隠して…首元だけ見せるようにすれば、ニコラスの言うように本当に死んでいる死体に見えるです……」

 

「それに、死体は天井の足場にぶら下がってんだよねぇ?…遠目からじゃ、本当に生きてるかどうかも分からないしねぇ……」

 

「…実際、俺と雲居はそれに見事引っかかったわけだが…」

 

 

 ……あの不審者が黒いローブを着ていたのは…自分の正体を隠すためだけじゃ無くて…体の下に巻いたロープも見えなくするため……二重の意味があったんだ…。

 

 

「…厳しい点としては…そうだね、死体のフリを止めた後…腕の力一つで足場まで這い上がらなければいけないんだが……」

 

「それだったら、モノパワーハンドを使えば楽勝さね」

 

「……だいぶ揃ってきた」

 

「ああ…つまりまとめると…この事件に使われたワイヤーは偽装で、犯人は俺達の目の前で死体のフリをしていた。そういうことに――」

 

 

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

  「風を読み違えたみたいだね…」

 

 

                【反論】

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、落合…?」

 

「逆境というのは…いつどこで目の前に現れるのか…誰1人としてわからないものさ。だからこそ、今この瞬間に現れても不思議では無いのさ」

 

「……この意見の何処かに…腑に落ちない疑問が有るってことか?」

 

「疑問…それは疑いの子供とも取れる。ああそうだね。もしかしたら僕はそんな無垢な言葉を言いたいのかも知れない」

 

「もう少し…論点を分かりやすく言ってくれないか?」

 

「さぁ?どうだろうね?それは、キミの応対次第…なぁに、大した事じゃないさ…ただ風の心を知ればいい、ただそれだけのことさ」

 

「………………」

 

 

 

【反論ショーダウン】 【開始】

 

 

「疑いの気持ちを知ってしまったのは…」

 

「そうだね…」

 

「何時のことだったかな…」

 

「あれは僕が子供だった頃…」

 

「まだ詞という言葉すらも知らなかった…」

 

「無垢な幼さを持っていた頃……」

 

「自分自身に疑いを持ったんだ…」

 

「”何故世界を知ろうとしない”…」

 

「”何故夢を追いかけようとしない”…」

 

「…とね」

 

 

 

「おい落合…」

 

「ここはお前の思い出話しをする場面じゃ無いぞ…」

 

「頼むから…早く本題に入ってくれ」

 

 

 

「ああ、そうだったね…」

 

「…忘れていたよ」

 

「じゃあもう一度、思い出話を始めよう」

 

「あの日、あの場所で、プールの足場で時間を徒然に費やしていた時」

 

「僕はね、知ってしまったのさ」

 

「なんて、完成された世界なんだろう」

 

「なんて、完璧な世界なんだろう」

 

「それこそ、僕はどこにも違和感という感情を抱かなかった」

 

「どこにも、違和感なんて見られなかった」

 

「同じく、【違和感を残した存在】もね」

 

「無かったんだよ…」

 

「君も僕と同じ場所に立っていたんだ」

 

「同じように、感じたはずだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

【プールの窓につけられたワイヤー)→【違和感を残した存在)

 

 

「その矛盾……切り伏せてみせる!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いや…それは違うぞ、落合………今まで揃えてきた証拠品の中に…すでに違和感のある…いや矛盾した証拠品があったんだ」

 

「…はは。気づきとは恐ろしいものだね。何時いかなる時も…発想、閃き…それは時に画期的な発明にも繋がる……さあ、君のその世紀の発見たる”気づき”を僕に見せておくれよ」

 

「……いや、そんな大層な物は見せられないが……あえて示すなら…プールの窓にくくりつけられていた”ワイヤー”だ」

 

「ワイヤーって…あのプールと図書館に張られていた…あのワイヤーのことかい?」

 

 

 反町の言葉に、俺は頷く。

 

 

「そう…それだ。その張られたワイヤーは一見、事件に使われたかのように持ち上げられていたが……それは違う…これこそが、この事件最大の”矛盾を孕んでいた”んだ」

 

「…矛盾?」

 

「分からない人、も、居るみたい、だから。そのため、にさ、もう1度、その証拠を、見直してみよ、っか?」

 

「同感だよ、キミぃ。まさに予想通り、どうやら、ミス贄波も、ミスター折木も、ボクと同じ境地にまで達しているみたいだね」

 

「はぁ……あんたの後方師匠ズラ発言はもう聞き飽きたんですよ……それよりも、折木、詳しく説明するです。どこに矛盾があるって言うんですか?」

 

 

 あっけらかんとするニコラスを無視し、雲居は詳細を求める。俺は頷き、続けていく。

 

 

「ああ……このワイヤーは元々は一つなぎの1本だった。だけどワイヤーは、犯人の手によって切断されている。理由としては、恐らく証拠の隠滅なんかが挙げられるが…」

 

「隠滅の仕方としてはかなり雑然としているなぁ……」

 

「ということは…その隠滅の仕方が矛盾していると…!」

 

「いや、そうじゃない。重要なのは、ワイヤーが切断されていたと言うこと…。そして注目すべきは…切られたワイヤーの”長さ”だ」

 

「…長さ?」

 

 

 俺は、首を傾げる生徒にも分かりやすいように…サササっと、即興でざっくりとした上面図をメモに書きあげ、見せつける。

 

 

「ワイヤーの長さは……今回の事件の場合だと、プール側のワイヤーが”短く”切られ、図書館側のワイヤーは”長めに”切られていた。上面図で表わすと…こうなるんだ」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「この×印は~?」

 

「これは”ワイヤーが切られた位置を”表わしている。そしてこれが…俺が指摘している最大の矛盾点でもある」

 

「……ほう、言うではないかぁ…」

 

「実に軽やかなメロディーだね、まるでジャズミュージックだ。もっと、君の心の音を聞かせておくれよ…」

 

「…今回の事件におけるワイヤーは、図で示したとおり、プール側”短く切られ”、そして図書館側が”長めに切られていた”これは、分かるな?」

 

「理解したんだよねぇ…」

 

「はい!大丈夫です!!」

 

「――だけどそれが”可笑しい”んだ。もしも犯人がワイヤーを使ったのなら…普通ワイヤーはこんな風に切られたりしないんだ」

 

「”普通は”って……じゃあ…通常だと、どうなるんですか?」

 

「ワイヤーが”図書館への移動手段”とし使われた、というのなら…普通、ワイヤーはこのように切れているはずなんだ」

 

 

 俺はメモをもう一度書き直し…そして本来有るべきワイヤーの姿を、書き記していく。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「…図書館側が…短く切られてる?」

 

「もしも……あのワイヤーが使われたのだとしたら、使っていたときは…ちゃんと張られていたはず。そして…その”後”にワイヤーを切っているはず…そうだよな?」

 

「そうでござるな…態々、張って、切ってだと……プールから、移動、は……でき…………――――!!」

 

 

 俺の言いたいことを、察しの良い数人の生徒が気づき出す。まだまだと、じわりじわりと、理詰めに話を積み上げていく…。

 

 

「そうだ。プールから移動していたなら……プールの窓よりも、図書館の窓に括りつけられたワイヤーの方が、”短く”なるはずなんだ」

 

「……だけど…プール側の方が短くなっている……」

 

「ということは…”プール側でワイヤーを切った”…ワイヤーは使われなかった…」

 

「ミスター忍者の言うとおり……犯人は”プール側”でワイヤーを切断した…そんな結論が導き出されるのだよ、キミ」

 

 

 ――――やっと

 

 

 ――――やっと、導き出すことが出来た

 

 

 ――――今までモヤモヤと頭を巡っていた…違和感の正体を見つけることが出来た。

 

 

 だけどこれだけじゃ、まだ足りない。もう一つ、重要なファクターを、この場に突きつける。

 

 

「そしてもう一つ、とある証拠をこのワイヤーと組み合わせることで……鮫島本人がプールで首を吊っていた…そしてその犯人がニコラスであるかのように、俺達を誤認させたんだ」

 

「…もう一つの証拠品?」

 

 

 ――そう、この証拠品があったから、俺たちはワイヤーが移動に使われたと、ニコラスがその犯人であると…そう錯覚してしまった。

 

 …図書館の窓の側に落ちていた…”この証拠品”があったから。

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

【落ちていた滑車)

 

 

「これだ……っ!」

 

 

 

 

「この、どこでもワイヤーに付属していた…小さな滑車…これが図書館に落ちていたから…」

 

「アタシ達が、図書館へと犯人は移動していった…そう判断しちまった…」

 

「そうかぁ…成程……確かに、この証拠の存在が、ワイヤーで空を渡った事実を助長していた……」

 

「…ワイヤーが張られた形跡に加えて、図書館側に滑車が落ちていたとするなら…使ったと判断せざるおえないですね……。それで私達はまんまと犯人の罠にはまって、手のひらの上で踊り狂ってた、ってわけですか。何か、アホみたいですね」

 

 

 悔しさを吐き捨てるように、自虐するように、雲居は過去の自分に対し、悪態をつく。何を言って良いのか分からないが…責めるべくは、自分自身では無い…それだけは感じ取れた。

 

 

「でもさー滑車を落としたりさー、ワイヤーを張って切ったのは、いつ行われたのかな?時系列がまたよくわかんなくなっちゃうんじゃない?」

 

「滑車を図書館の外に落としたのは…恐らくミスター鮫島を殺害してからミス雲居を襲うまでの間だろうね。そして、ワイヤーを張ったのは…あの切れ方からして、ミス雲居を襲った後、もしくはミスター折木達をだまくらかした後…かな」

 

「そう聞くと…ワイヤートリックだけは、どうやら余裕のある計画は立てていなかったみたいだがな…」

 

「え…どうしてそんな事がわかるんですか?」

 

「…プール側のワイヤーを短く切ってしまう…なんて、想像すれば簡単にばれてしまうようなポカをやらかしてしまっていたんだからね………まあそのミスのおかげで、危うく犯人に軍配が上がってしまうことを阻止できたんだけどね」

 

「ここまでくると~そのポカは~ポカに入ってる気がしないよ~」

 

 

 とても長い時間はかかってしまったが…これでやっと、犯人によって仕組まれた、ニセモノのトリックを見破ることが出来た。

 

 そして、ここまでで判明した…犯人のめまいを起こしてしまいそうなほど綿密な下準備、俺達を完全にだましきろうとする仕掛けられた偽装トリック。それを全て聞き終えた俺達は、うなだれるように深い息を吐く……。

 その理由は言わずもがな、その計画に秘められた強い意志を感じてしまったから。俺達をだましきろうとする、絶対に生き残ろうとする強い意志を感じたから。

 

 ――驚きと戦慄、震撼、そして恐怖が、一遍に押し寄せてくるようだったから。

 

 

「…狡猾…いやずる賢い…と言うべきなのか…ねぇ」

 

「末恐ろしいの一言に尽きるですね。こんな大がかりな偽装トリックは裏に仕込まれてたなんて…もうどこに仕掛けがあっても驚かないですよ」

 

 

 他の生徒達も、顔をいつも以上にこわばらせ…身震いしていた。……だけど、そんな他人事な反応をしている中に、この恐るべき計画を実行した犯人が…潜んでいる。俺はまた、別の意味で…背筋を撫でられるような、ジワジワとした恐ろしさを感じた。

 

 

「待って…だったら…例の火事はどう説明するの?確か…プールに居たときに気づいたって…蛍達が…」

 

「……ミス雲居が襲われた時点で、図書館内部で火事が起こっていたと考えてみよう。予め、ボクとミスター鮫島を残した状態で…決まった時間に火が図書館内部を包むように仕掛けを作っておくか……」

 

「それはそれでまた難しい気が…」

 

「…もしくは撒かれていた灯油の量を調整し、火を放っても…可能ではあるなぁ…」

 

「それももっと難しい気が……」

 

「だけど俺達が来た頃に、火にはかなりの勢いがあった。火を放ってから間もない状態とは思えない…火を付けてしばらく時間が経っていたか、仕掛けを作っていたと考えれば…納得がいく」

 

 

 加えるように、俺達は犯人の仕組む緻密なタイムトリックも地道に解いていく…。そしてあらかたの流れが分かり始めたな、というのを皮切りに…話は自然と、事件全体のまとめへと移行していった。

 

 

「――――じゃあここまでの話をまとめるよ?予め殺害していた鮫島と、気絶させておいたニコラスの周りに倉庫から持ってきた灯油をばらまくか、仕掛けを作っ」。

 

「後は、滑車を落としたりして…偽装の準備もしてたんだよね!」

 

「…最後に一定の時間に燃え広がるように火を放った」

 

「そして黒ずくめに扮装した犯人は、雲居を襲い、ついでに俺もプールへと誘い出した…」

 

「死体のフリをした自分を私達に見せて……それで血相を変えて施設から出て行った後、ワイヤーを図書館まで飛ばし…そして切断…」

 

「………分岐点が動く前に、中央棟へと走って行った…ということでござるか…」

 

「……中央棟まで突っ切ったってことは~~」

 

「は、犯人は…陽炎坂さん、ですか?」

 

「ええええ!!本当にいいいいいいいいい!!!???」

 

「いやそのトリックと言う名の力業はもう良いんだよねぇ!!ていうか普通に小走りして行ける距離なんだよねぇ!!あと水無月サンわざとらしすぎるんだよねぇ!?」

 

「そうじゃなくて………今まで導かれてきた事実を踏まえてみると……この事件の犯人は――――…」

 

 

 犯人は――あの中に居る…

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

→【アナウンス直後の生徒達)

 

 

「そうかっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

「犯人は、死体発見のアナウンス直後――――ログハウスエリアにいた生徒の中に紛れ込んでいる…そう考えられるんだ」

 

「わ、私達のログハウス組の中に…平然と…そんな大舞台を、一仕事終えたみたいに紛れ込んでいた……」

 

「……とんでもない肝の据わりよう」

 

「でも~~犯人候補が~ニコラスくんだけだったのに~…何か凄い増えちゃったよ~」

 

「ああー、そうだねぇ、何か急に大所帯になっちゃったんだよねぇ」

 

 

 ……確かに、言われてみれば、容疑者候補が1人から10人……この中の誰かが犯人。なんだが……いや、待て…本当に待て……口で言うのは簡単だったけど……ものすんごく難しくないか?だって10人だぞ?……殆ど振り出しみたいなものじゃないか。

 

 これ以上に、何を議論すれば良いんだ?正直言って、弾切れだ。そんな状態で、この中から犯人を1人に絞り込ませることなんて……できるのか?

 

 

 ――すると何処かで、パチンと、大きく手を叩いた音が聞こえた。

 

 

 俺は、俺達は…その音の元へと、視線を寄せる。…その先に居たのは雲居だった。

 

 

「いや、ちょっと待つですよ……その10人の中から犯人を見つける前に…――もっと考えるべき疑問があるです」

 

 

 俺はどうしたものかと、何をどうすれば良いのだ…そう頭を悩ませ始めている中で…雲居は”一度冷静になれ”と”頭を冷やせ”と、待ったをかけた。

 

 

「疑問……ですか…?」

 

「何か色々と考え尽した感は否めないでござるが……」

 

「はぁ…良いですか?犯人は中央分岐点を突っ切る前に…私達の前で死体のフリをしていたんですよ?……だったら…どうやってあの”高い天井の足場”から…”プールの入口”へ移動したんですか?」

 

 

 

「――――――――――――あっ」

 

 

 盲点だった……今までトリック全体の事を考えすぎていて…もっと根本的な、”どうやって”移動したのかというHow done it(ハウダニット)が抜け落ちていた。思わず、目を点にしてしまった。

 俺はあのときの、陽炎坂が、どうやって炊事場エリアを脱出したのか…そんな刻みつけられたように鮮明な感覚を思い出した。

 

 

「……う…うむ。確かになぁ……ワイヤーが使われていないとするなら…犯人はあの天井の足場から、入口に行った………一体どんなマジックを使ったというのだ……」

 

「窓からは……は、折木さん達が登っていたから不可能…ですよね」

 

「そういえば…もう片方にも窓があったんでござるよな?そこから降りることは…」

 

「…難しい、かな?はしご自体、は、片方、にしか、なかったハズ、だし…」

 

「……じゃあ…どうやって?」

 

 

 蜘蛛の糸が如き光明であったのに……それを答えきれるような、閃きが出てこない。あと少しで…答えがだせそうなのに…頭の中でつっかえているようで…声にも出せない。

 

 

 ――”何か”、きっかけさえ…あれば、もしかしたら…

 

 

「…落合…アンタ確かプールを調査していたんだろ?何かそこで気づいた事は無かったのかい?」

 

「なぁに、僕が覚えているのは…虹のように天高く連なる鉄橋と、血の池の如き水面が下一面を埋め尽くしていた………ただそれだけのことさ」

 

「…血の池の水面…って。多分プールのことだよ…ねぇ?あの足場の真下にある…」

 

「たかがプールにそんな地獄みたいな表現をするってことは…あんたまさか……カナヅチ…ですか?」

 

「……」ジャラン

 

「…また誤魔化した。でもいつもよりギターの引きが甘い。明らかに図星」

 

「…高所、恐怖症、じゃ無かったん、だ、ね?」

 

「そうみたい…だな。はは、は……は………――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――待てよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――……橋の真下には……プールが…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――えっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いや…まさか…そんな…

 

 

 

 

 

 

「ミスター折木」

 

 

 

 誰の声も聞こえるような、小さな喧噪に周りが包まれている中で…ふと、肩を叩くように俺の名が呼ばれた。

 

 ――――ニコラスだった。俺は…その声色に引き寄せられように、彼と視線を合わせた。

 

 

「忘れたのかい?深く考えず…シンプルに考えてみるのだよ。…余計な感情も全て捨てて…素直にね?」

 

 

 

 

 

 ――――シンプルに………?

 

 

 

 ――――…もっと素直に考え、る…?

 

 

 

 

 

 

「そしてもう一つ…ボク達が相手をしているのは…普通じゃない…一流の才能を持った…超高校級というのも念頭に置くんだ…だからこそもっと自由に、そしてあり得ないことも、考え尽すんだ」

 

 

 

 

 

 

 ――――そして超高校級の”才能”…………

 

 

 

 

 

「そうすれば自ずと……いや、キミは既に…見当が付いているはずだ……後はただ…それを口にするだけ……」

 

 

 

 

 

 ”あのときと同じように、ミスター陽炎坂のときと同じようにね?”

 

 

 

 

 

 

 ――――陽炎坂の時のように…

 

 

 

 

 

 

 

 ――――シンプルに…

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして自由に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だとしたら

 

 

 

 

 

 

 

 ――――…やっぱり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――”あいつ”が…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう考えてしまうと…もう……止まることはできなかった。

 

 

 口ずさむように…………その言葉は…裁判場の中心へと、こぼれ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プールの中に…………“飛び込んだ”…のか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その発言に、全ての空間がシンっと張り詰めた。誰からも、言葉が出てこなかった。俺自身もつっかえたように言葉を出せなくなった。だけど……ここで、こんなところで…言葉を終わらせるわけには、いかない……。そう思った。

 

 

 

「あ、あの足場の下には…プールがあった。だったら、素直に考えれば……そのプールの中に…足場から落ちたと考えれば……」

 

「飛び込んだって…あの真下のプールにかい!?」

 

「…成程……実に単純な方法だね。ボク好みのシンプルな発想だ……と、いうことはだ…キミ…あとはもう分かっているね?」

 

 

 

 

 そんな馬鹿げた事が出来る……超高校級の才能を持つ犯人

 

 

 

 

 そんなヤツ……

 

 

 

 

 

 ――――たった1人しかいない…

 

 

 

 

 

 

【怪しい人物を指定しろ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒ナガト リンネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長門……あんな高所からの飛び込みなんて離れ業…超高校級のダイバーである…お前にしか…できない、よな?」

 

 

 俺は、こんなあまりに飛躍したトリックをやってのける……たった1人の生徒へと、指を、そして未だ信じられないと震える瞳を向けた。

 

 

 

「……長門さん?」

 

 

 

 小早川が声を掛けた、指先の延長線上にいる彼女は…ぽかーんと口を開けていた。まるで何が起きたのか、まったく理解できていないような…そんな状態に見えた。それでも俺は、その指先をブレさせなかった。

 

 

「……………え、え~~!そんな危ないこと出来ないよ~~」

 

 

 いくら反応の鈍い彼女でも。その自分の身に降りかかる火の粉に気づいたのか…目を見開きに、両手を振りながら、いつも通りの口調で否定し出した。

 

 

「も、も~、急に話を振るから~びっくりしちゃったよ~~振るんだったら予め言っておいてよね~~」

 

「……いきなり名指しで呼んだのは謝る……だけど、――どうなんだ?長門」

 

「今言ったとおりだよ~~。凄い高いところからプールに飛び込んだなんて言われてもさ~、ぶっちゃけそんな危険なこと、普通は無理だよ~~」

 

「……でも、何処にも脱出する場所が無いなら……公平の言うとおり、プール以外他に無い」

 

「それにだよ?ミス長門。キミはダイバーという潜ること、そして泳ぐことに特化したエキスパートだ…君言う普通の範囲内に…入らないと思わないかい…?」

 

「え~でも~そんなのお前にしか出来ないとか言われてもさ~誰だって~寝耳に水に決まってんじゃ~ん」」

 

 

 いつもの声のトーン、いつもの表情、いつもの口調。疑われているのに、疑惑の目を向けられているというのに……その様子に…一切の焦りは見えなかった。

 

 

 

 ――だけど、いつも通りすぎるその仕草全てが…

 

 

 

 今だけは――イヤに不気味に感じてしまった。

 

 

「そんなさ~根も葉もない話をされてもさ~正直分かんないよ~」

 

 

 焦りが見えない……そうだ……彼女はまったく、焦っていないのだ。今までだって、疑いを向けられた人間は何かしらの反応は見られていた。言葉を無くす者、口数が多くなる者、性格が変わる者…数こそ少ないが……大抵の人間はそんな反応になってしまう……はずだった。

 

 

 だけど、コイツは。長門は――

 

 

「冗談キツいな~、本当に~」

 

 

 ――ただ平然としていた。自分が犯人じゃ無い事に、何ら疑いを持たず…普段通りののんきな口調で…意見を否定してくる。

 

 

 ……一瞬…本当にこんなのっぺりとしたヤツが、あんな緻密なトリックを…?あんな残酷な全ての犯行を行ったというのか……?

 

 一度言い切ったはずなのに…一度直感したはずなのに……本当に間違っていないのか?、一瞬そう考え込んでしまうくらいに、…俺の中で小さな迷いが生じているようだった…。

 

 

「それにさ~~今まで徹底的に洗ってきてさ~トリックとかさ~偽装とかなんか一杯あったけどさ~~~、そんな沢山のこととかさ~複雑なトリックをさ~~私に出来ると思うの~~?」

 

「ええと……私だったら、途中できっと…いや確実にミスを連発してますね…」

 

「右に同じなんだよねぇ……」

 

「でしょ~~?まあ自分で言うのもアレだけどさ~、そんなゴチャゴチャしたことがさ~ノロマな私に本当にできるのかな~~?」

 

「…確かに複雑かも知れないが…それとこれとは話は別だ…結果として事件は起こってる、トリックは行われたんだ」

 

「できるかできないかの問題じゃ無い……それが“誰だったら可能か”を今話し合ってるんです……論点はずらしていくもんじゃ無いですよ…」

 

「も~強情だな~~、だったらさ~ちょっと聞きたいことがあるんだけど~良い~?」

 

「…?」

 

 

 しかしイマイチ緊張感に欠ける態度に加え、一体何を考えているのか、まったと読み取れない言葉の数々。俺は警戒をしつつも、彼女の言葉の全てに神経を集中させていった。

 

 

「一体…何が聞きたいと言うんだい?ミス長門?」

 

「犯人はさ~灯油とかさ~、紙袋とかさ~、運動靴とかさ~”黒いローブ”とかさ~。それに~特殊な道具を二つも使ってたんだよね~?」

 

「特殊な道具…というと…どこでもワイヤーに、モノパワーハンドのことかぁ……」

 

「いろんな、道具、を駆使してた、ね」

 

「倉庫を捜査してた私から言わせて貰うけどさ~、結構さ~使われた物が多いじゃな~い~?でもそれらってさ~未だに殆ど見つかってないじゃん~?」

 

「ああ……そうだな」

 

「じゃあそれって全部さ~処分されたってことだよね~~?だったらさ~かなり時間がかかると思うんだよね~~」

 

 

 

 長門は何が言いたいのだろうか?俺は不気味な感情を抱きながら、眉をひそめた。しかし彼女は指を立てながら朗々と言葉を並べていく。まるで自分が疑われていないかのような立ち振る舞いだった。

 

 

「…アンタ、つまり何が言いたいんだい?」

 

「どこに~大量の道具を~処分する時間があったのかっていう話~」

 

「…処分する、時間、は。無かった、て、こと?」

 

「そうそう~~、だってさ~折木くん達が図書館で火事を発見して~そして死体が発見されてから~~私達がアナウンスで呼び出されてるまで~~~そんなに時間なかったじゃない~?」

 

「…?」

 

「時間とは…思っていたよりも短く、そして有限。僕は思うんだ、この僅かに残された時にこそ、自分が為すべき意味があるんだとね…」

 

「…無視するけど~~、あんなにすぐ~アナウンスで呼び出されてたらさ~~、強度がえぐい道具も全部~処分してる暇なんてないじゃ~ん?そこんところ、どうなの~?」

 

 

 

 ――――すぐ?

 

 

 

 いや…そんなことは無かったはずだ…。あのとき、俺と雲居が図書館に行ってニコラスと合流して…そしてモノパンが現れて…すぐに鎮火活動が始まった。

 

 

 

 確かアレは――――

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

【図書館放火事件)

 

 

「そうかっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

「……いや長門…そんな事は無い。道具を処分する時間は充分にあったはずだ」

 

「え~?そうだったっけ~~?」

 

 

 まるで本当に始めて知ったかのように目を開いて驚く長門。その細やかな反応の数々に…またぐらぐらと、彼女が犯人かも知れないという軸がぶれそうになる。

 

 

「…あの火事の鎮火活動は、モノパンの力を持ってしても30分の時間がかかっていた……」

 

「はイ。山火事のスペシャリストである、モノパン組は火事を消すのに30分もかかっておりましタ」

 

「で、では、犯人にはプールを出てから、“30分間の余裕”があった、ということになりますね」

 

「…ああ、そうなる」

 

「あれれ~?そうだったっけ~?う~ん、でも~確かに~それ位あったかも知れないね~~。ちょっと人より体感時間がゆっくりだから~~もしかしたらそれで、処分する時間が無いって~錯覚しちゃったのかもな~」

 

「うう……な、何だか…よくわかんなくたって来ちゃったんだよねぇ。ほ、本当に彼女が犯人なのかねぇ…」

 

「何とも不気味な感触でござる……」

 

「這いずるような影は誰の物なのか……きっとそれは自分さ。拭いきることのできない、過去に残してきた自分の影……」

 

 

 何だ…何を考えている?…これが長門の反論なのか?これで何を覆そうとしているんだ?

 

 じわじわと、首元に手をかけられて締め上げられてきているような……隅の方へ追い詰められているような感覚が…全身に走っているようだった。頬にジトリとした汗が流れ落ちる。

 

 

「つまりだよミス長門……たっぷりと道具を処分する時間は残されていた。ノロマを自称するキミでも、道具の処分は可能であるのだよ……。さて…何を言いたかったのかは分からないが……ここでまた、先ほどの議論に話を戻したいのだけど……構わないかな?」

 

「うん良いよ~~」

 

「……良いんだ」

 

「えらくあっさりしてるさね……」

 

 

 ここでまた、先ほどの議論である“長門ならあのプールを脱出することができるの否か”へと話は戻される。妙な回り道をしている気分だった故に、”何を考えているんだ…?”と不穏な言葉が…俺の頭で何度もちらついていた。

 

 

「えっと確か~~、あの天井の足場から私なら飛び込めるか~~だったっけ~?」

 

「ああそうさ、さて答えを聞かせて貰おうかな…キミ」

 

 

「うん――――“出来るよ”~~」

 

 

 “へっ…?”と間抜けな声を上げながら、思わずキョトンと、顔を硬直させてしまった。あのニコラスですら…目をつぶったまま…ピシリと固まってしまっている。

 

 だけど、確かに、今目の前で、長門は、あの天井から”飛び降りることが出来る”…着水できる、そう認めた。

 …そんなの“私だったらあのプールから脱出できる”と、”私は犯人の可能性が高いです”そう宣言しているようなモノだった。

 

 

「――――えっ……認めちゃうんですか…そんなに速攻で?」

 

「うんそうだよ~~。あっでもね~~もう一個言うとね~~飛び込みをね~できるのは~私“だけ”じゃないよ~~」

 

 

 “だけ”という二文字を偉く強調し、そんなことを長門は微笑みを絶やさず付け加える。俺はその耳にした言葉から、計り知れない思惑を感じ取った。

 

 

「は?ひ?ふ?へ?ほ?どゆことどゆこと?私だけじゃないって?」

 

「私だけじゃなくても、誰でも出来るって言いたいんだよ~~」

 

「そんな……あの高所ですよ!あんな高さを誰でも飛び降りることなんて出来るわけ無いじゃないですか!!ヘタしなくても死ぬ高さなんですよ!!」

 

「あのさ~私はさ~一応って付けるのもあれだけど~超高校級のダイバーなんだよ?言わば飛び込みのスペシャリストなんだよ~?どの高さから落ちても、大丈夫なような体勢を~~いくらでも知ってるんだよ~~?」

 

「貴様ぁ…知っているから何だというのだ…!」 

 

 

 圧を与えるような言葉なんて意に返さず…つらつらと長門は話を続けていく。同時に、俺は加速度的に…胸中の不安を増長させていった…。

 

 

「特に~運動神経が良い人とか……ほら~崖の上から一回転して飛び込むヤツとかあるよね~?そう言う人って、頑張って体勢を整える技術さえ学べば~すぐにマスターできちゃうんだよ~」

 

 

 ”例えば~”と頬に指を当て、周りを見回す。そして、ピタリと…標準を定めるように…瞳を止めた。

 

 

「“沼野”くんとか~、身軽だし~、難しくないんじゃないかな~?あっ、ていうか~――――」

 

 

 

 

 

 ――――前に教えたよね~?

 

 

 

 

 

 貼り付けたような笑みそのままに…彼女はそう、ハッキリと言ってのけた。俺達は…瞬間、沼野へと目を向けた。

 

 

「…あいや!!せ、拙者!?で、ござるかぁ!?」

 

「高いところから飛び降りるパフォーマンスのために~~、学びたいとか言ってたもんね~~それで、丁寧に教えてあげたもんね~?」

 

「ちょちょちょちょ、ちょっと待つでござる!!拙者……そんな教えを請うた覚えは……」

 

「そうだよね~~普通はそう言うもんね~~だって~、もし技術を知ってたんだったら~~そりゃあ使うもん…だって…そんな技術が使えば~~~私に罪をなすりつけられるもんね~~私以外に出来る人は居ないみたいにできるもんね~~」

 

 

 “私を犯人に仕立て上げられるもんね~~?”…悪びれもせず…ただ気安いように…そう沼野へと同意を求める声を出す。

 その言葉はつまり……沼野が今回の事件の犯人であると……そう暗に告発しているようなものだった。

 

 

 

 ――俺は理解した…彼女が何を思って、今まで意図の読めない言動をしていたのかを。

 

 

 

「それに~折木くん達も言ってたもんね~~。時間があったんだから~私で“も”…犯行は可能だってさ~~」

 

 

 

 ――俺は理解した…何故彼女が、先ほどの誰でも突けるような、矛盾した反論をしていたのかを

 

 

 

「じゃ~あ~、あんな飛び込みなんて運動神経の良い人なら誰でも出来るんだから~~、沼野くんにも可能だよね~?」

 

 

 

 ――俺は理解した…俺達は彼女に術中に嵌まっていることを

 

 

 

 

 一瞬…長門は嘘なんてついて無いと思ってしまった。

 

 

 一瞬、沼野にも犯行は可能なんじゃ無いかと思ってしまった。

 

 

 一瞬、沼野は何かを隠していると思ってしまった。

 

 

 一瞬……沼野が犯人なのでは無いかと思ってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 だからなのだろうか…ただ、確認を込めたような…一言が…。一度聞いてしまえば…終わってしまうような一言が………口から……こぼれそうに――――

 

 

 

 

 

 

 

「ぬ…沼野…お前――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――おおっと……ボク達を乗せようと思っても無駄だぜ?ミス長門」

 

 

 

 ――その言葉を遮るように…ニコラスはそう言い放った。

 

 

 

 俺はハッとなる…。俺は、慌てて、声の主である…ニコラスへと目を向けた。

 

 

 

「ダイビングの専門家であるキミから、あの超高度からの飛び込みなんて……技術さえあれば誰でもできる…なんて、そんなこと言われちゃあ、そりゃあ素人のボク達も信じちまいそうにもなるさ」

 

 

 ”…まあ実際にボクも危うく乗せられそうにもなったんだけどね”、そう言いながら、やれやれと首を振る。

 

 

 そうだ……今まで俺は何を考えていたのだろう…分かっている真実が目の前にあったのに…何故俺は…何も関係ない、沼野を疑おうとしていたのだろうか……。

 

 

 

 

 ――あのときと同じだった

 

 

 

「…だけど、忘れてくれるなよ?キミは、超高校級である以前に――――」

 

 

 

 ……鮫島の、死体を初めて見たときと同じ……あの姿がそこにあった。

 

 前に一度見たときとは別に、正面の姿ではあるが……そこに立っているのはまさに、真実を愛し、そしてひたむきに求め続け……追求することを止めない…

 

 

 

「――この事件最大の、超高校級の“容疑者”なんだぜ?」

 

 

 

 ―――自称名探偵が…立っていた。

 

 

 

 目の前に佇む真実……“犯人”を見据えながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、え、ええええ~~~なな、な、何さ~~いきなり犯人扱いは止めてって言ってんじゃ~ん!」

 

 

 

 そんな断定とも取れるニコラスからの宣告に対し…先ほどの平常心が嘘のように…長門は焦りを表出させていた…。今まで自分のペースに巻き込んでいたはずのなのに…一瞬でも犯人を自分では無いようなムードにしたはずなのに……そんな、思惑が外れたような焦りぶりであった

 

 

「……超高校級のダイバーという肩書きの前に…”有力な容疑者である”が付くか…ううむ………信じられそうで…信じられん微妙なラインだがぁ…」

 

「常識的に考えたまえよ。あんな天井の足場からの高さから水に落っこちちまったら……特殊な訓練を受けてる人間じゃない限り…コンクリートにぶつかるのと変わりはしない…首の骨を折って死体になるのがオチだぜ、キミ」

 

「…よく考えてみたら…確かに。自分で死んじまう高さって言ってたのに…なんで誰でも出来そうな気持ちになってたんですかね……?」

 

「……何か、また化かされた気分」

 

「ちょ、ちょっと~~人を狸扱いしないでよ~~」

 

 

 長門は俺達から浴びせられる言葉の数々に涙目になりながら、抗議する。俺は…罪悪感のような物を感じながらも…その反論へ言葉を重ねていく。

 

 

「だけどだ…長門…お前の反論は“誰でもあの高さなら飛び込める”…そう言う前提ありきのもの…」

 

「だけ、ど、いくら、運動神経の、良い、沼野く、ん、でも、一朝一夕、で習うこと、なん、て、不可能…なんだ、よ?その前提、こそ、無意味、なんだ、よ?」

 

「む、無意味じゃ無いよ~。ちゃんと、ちゃんと誰でもできるも~~ん…!」

 

 

 とても冷静とは言えない彼女の様子……そしてその焦りが…僅かな“隙”を、…凪いだ大海の中に…ほんの少しの波が見えたような気がした。

 

 

「そして、もしもお前が犯人だとしたら……今まで集めてきた証拠の中で、たった1つだけ、怪しい物がでてくるんだ…」

 

「怪しい…ですか?この場面で…?」

 

「…偽装だらけのこの事件です……怪しくない証拠の方が少ないと思うですけど…」

 

「おやおやおや?公平クンの表情からすると、もう見当はついている感じかな?」

 

「え、え~…急に何さ~、そんな怪しい物なんて何処にもないよ~~それに私は犯人じゃ無いよ~~…!」

 

「いいや…ある。そしてそれは、お前自身の首を絞める致命的な証拠にもなり得るんだ…!」

 

 

 俺は思った。

 

 ――詰めるためには…この場面しか無い。この好機、絶対に見逃すわけにはいかない……!

 

 俺は決意した。

 

 ――あのとき…あの場所で、犯した、長門自身の大きなミス、それをここで突きつけるんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

「怪しい所なんて何処にも無いよ~~」

 

「だって私は犯人じゃないんだから~」

 

「そういう波が立つようなこと~おおっぴらに言わないで欲しいよ~」

 

 

 …本当に…犯人じゃ無いの?

 

        何か訳が分からなくなってきたんだよねぇ!?

 

 貴様の場合もっと前から前後不覚であっただろうが…

 

 

「だけど、火の無いところに煙は立たないと言うですし…」

 

「捜査中に何か『変な動き』してたんじゃ無いんですか?」

 

 

 推理小説でよくあるヤツだね!

 

      でも長門は沼野と共同で捜査してたさね

 

 

「も~私ちゃんと捜査してたよ~」

 

「倉庫の中だって【真面目に調べてた】し~」

 

 

 真面目なフリをしてた、とかですか?

 

 

「むむむむ…一緒に捜査していた拙者の意見だと…」

 

「そこで変に証拠を捨てるとか…『不自然な動き』は…無かったような…」

 

 

 沼野がそう言っちまったらお手上げさね

 

   嘘でも良いから不自然だったと言えば良かったのにーー!

 

 それは流石にアウトな発言なんだよねぇ…

 

   自称名探偵が聞いて呆れるよ、キミィ!

 

 

「そうでしょ~?」

 

「それに~議論にだって決行【協力的】だったじゃ~ん」

 

「犯人だったら~」

 

「そんなホイホイと事件に口出しすると思う~?」

 

 

 ちなみにボクも結構を話に加わっていたよ?キミ…

 

     邪魔してた、とも、言える、ね?

 

 

「た、確かに…事件のあれこれに意見は挟んでおりましたし…」

 

「非協力的…とは、『ほど遠い態度』でした」

 

 

 …そういえば結構積極的だった

 

    ますます分からなくなってきてさね…

 

 

「ほ~ら見たことか~」

 

「どこも怪しい所なんてなかったでしょ~?」

 

「だから最初っから言ってるじゃ~ん」

 

「私は【犯人じゃ無い】ってさ~」

 

 

 

 

 

 

【倉庫の状態)⇒【真面目に調べてた】

 

 

「それは…違うぞ!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…思い返してみれば、そう…矛盾は目の前にあった。……それはお前とそして沼野が調べていた…――――倉庫の状態…それがお前の致命的なミスだ」

 

「な、何さ~~、調査不足だって言いたいの~?ちゃんと調べてたよ~?」

 

「ま、まあ綿密に調べていたのは…確かでござるが…」

 

「いいや調査の精度がどうこうじゃない……俺が指摘したいのは、倉庫から持ち出された物の――“数”のことを言いたいんだ…」

 

「…数、ですか?」

 

「そんなの…沼野くんと確認し合いながら~物の数を数えて~報告してたじゃ~ん!」

 

 

 …そう、確かに調べてはいた。だけど――――

 

 

「ああもしもそれが…“申告通りの数”ならな」

 

「え、ええ~~……な、何でそういうこと言うのさ~…信じてよ~~…」

 

「……倉庫から持ち出された……物の数…でござるか………」

 

「…どうしたんですか?何か引っかかる所でもあったですか?」

 

 

 ”物の数”という単語に対し、“ううむ…”と明らかにうなだれた様子の沼野に、雲居が言葉をかける。少し間を置いて…沼野は、不安げな様子で語り出していった。

 

 

「捜査の時…確かに倉庫を調べてお互いに報告しあっていたのでござるが………その…効率的に倉庫を調べるため…“手分けして”倉庫内を調べていたのでござる……まさか、虚偽の申告なんてしないと思った故…長門殿が担当した物が、本当に無くなっているかいないかは…詳しくチェックしていなかったのでござる…」

 

「そんな~…ちゃんと、ちゃんと見てくれてたじゃ~ん、思い違いだよ~~」

 

「…ちなみにですけど。長門には何処の区画を任せてたんですか?」

 

「……”コスプレ用”の物品が並ぶ区画…でござる」

 

「今回使われた…黒いローブがあったコーナーだね!!」

 

 

 ”黒いローブ”その単語が出てきた瞬間を、俺は見逃さなかった。

 

 

「そう…その“黒いローブ”が問題なんだ…」

 

「あの図書館の水路に沈んでいたヤツのことか……………いや、よく考えてみると……――――“何故だ”…?」

 

「…?狂四郎?」

 

「何故……黒いローブが”水路に“沈んでいたのだ?」

 

 

 手で顔を覆い、独特なポーズを決めつつも…雨竜は眉根を寄せ…何かが引っかかるようなつぶやきをする。どうやら、俺が最も言いたかった疑問に雨竜はたどり着いたようだった…。

 

 俺は頷き、同調する。そして…繋げるように、注目すべき問題点を指し示していった。

 

 

「そうだ…ローブを身につけた犯人は図書館にも行っていないのに…何故、身につけていたはずの黒いローブが図書館にあったのか…答えはたった一つ、ローブは――――”2着”使われていたからなんだ……」

 

 

 ―――犯人が死体のフリをしていたのなら

 

 ―――そのままプールから中央棟へ向かったとするなら

 

 ……図書館の水路に沈んでいた、あの”黒いローブ”…それはどう説明できるのか。さっきのようにシンプルに考えれば…”もう1着”ローブが使われていたとすれば簡単な話だったんだ。

 

 

「じゃあ…あの水路に沈められていたのは……」

 

「…犯人がワイヤーを使った錯覚させるための布石の1つ…そう考えられる」

 

「確か申告だと、ローブは1着しか使われてないはずだったねえ……――――ちょい長門!!!これは一体どういう了見だい!!」

 

「……そ、そんなのさ~ただ数え間違えただけだって~…もう1着使われてたなんてそんな知らなかったんだよ~~~」

 

 

 男だろうと女だろうと、厳つく睨みを利かせる反町。それに対して、長門はあわあわと、苦しい言い訳を並べていく。そして――――。

 

 

「ちょっと考えてたことなんだけど、さっきの議論でさ……ほら、凛音ちゃんが言ってた『議論に協力的だった』ていうところ?あったじゃん……思い出してみれば、今まで凛音ちゃんが積極的に推してたのって………あの嘘のトリックの方だったような気がするんだよな~」

 

 

 その状況を悪化させるように、水無月が過去の発言を蒸し返す。

 

 

「そ、そんなこと言ってたかねぇ…?」

 

「『ワイヤーを張ってるんだから絶対に使ってる』……なんてね……カルタの冴え渡る記憶力がそうだと言ってるよ!!」

 

「違うってば~~~~!!誰だってそう思うってことじゃ~ん!それに皆、嘘のトリックが絶対使われてるって考えてたじゃ~ん!!疑う根拠にもならないよ~!」

 

「…ヘタな勘ぐりでござるが…捜査が始まる前……倉庫へ向かう拙者に優しくしていたのは、もしかして…」

 

「まさか………最初から倉庫の品を誤魔化すため?」

 

「話聞いてよ~~~皆~~~!!だから考えすぎだってばあああ~!!」

 

 

 証言台の縁を掴みながら“違う”と反証する長門。それを尻目に、彼女の過去の行動の一つずつを俺達は夢中になって読み解いていく。

 もし…今までの、違和感すら抱かなかった小さな行動の1つ1つにそういった思惑があったとするなら……今までのトリックを成立させ、完全犯罪への布石であったとするなら…。

 

 

 

「皆~~信じてよ~~…私は、犯人なんかじゃ、無いってば~~~…」

 

 

 ――――これ以上に恐ろしいことは無い…。

 

 

 俺は今までのその記憶全てに、今の長門の全てに…恐怖した。

 こんな無垢を体で表わすような彼女が、底知れぬ、執念のような何かが潜んでいると、感じ取ってしまったから。

 

 

「な、長門…さん?嘘、ですよね……こんな、こんな、惨たらしい事件を起こしただなんて……嘘、ですよね…」

 

「ち、違うよー…………」

 

 

 

 そして今、この瞬間…全員の疑いの矛先は…完全に彼女へと向けられていた。

 

 

 

「長門…貴様…!!!」

 

「ちが……違う…って……」

 

 

 

 ベクトルの先に居る彼女は、前髪で目元隠し、そして俯き…何かを唱えるように、かすれた声を絞り出していた。

 

 

 

「……本当の事を言って…もっとハッキリと」

 

「ちが…………」

 

 

 

 かすれた声は…誰の耳にも届かず…ただ他の声にかき消されるだけ。

 

 

 

「ブツブツ言ってても、何も聞こえないですよ!ハッキリしゃべるですよ!!!」

 

「……………………………」

 

 

 

 誰も、彼女の声を聞き取らない。

 

 

「長門さん……あんたが、あんたが…鮫島くんを――――殺したのかねぇ?」

 

「…………………………………………………………………………」

 

 

 

 彼女は…長門は……諦めたように自分の世界に閉じこもる…。言葉をなくし……沈黙の道を歩んでいった。

 

 

 

「長門殿!!」

 

「長門さん!!」

 

「………長門」

 

 

 

 

 そう、思っていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うっていってんじゃあああああああああああああああああああん!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――吠えた。

 

 

 底に貯まりきった黒く濁った物を吐き出すように…長門が目の前で、慟哭した。

 

 

 俺達は、その圧に跳ね返され…言葉を失う。恐ろしさとも、衝撃とも表現できる見えない糸が体を縛り付け、動くことを止めさせる。

 目の前の彼女がまるで別人のように叫ぶから……本当に”彼女本人”なのか、瞬間的に分からなくなってしまったから……。

 

 彼女は、震えながら肩で息をして…俺達を震える瞳で射貫いていた。見ると……その瞳には、”色”がなかった。水底のように、真っ黒に。その奥に潜んでいるのだろうか…何が渦巻いているのだろうか……憶測ばかりで何があるのか、まるで判別できない。

 

 だけど、全身を打ち付けるようなそんな強い怒りだけは、確かに感じ取れた。

 

 

 

「ねぇ…なんで、なんで誰も信じてくれないの~?」

 

 

 凍えるように震えた、可愛らしい声で彼女は俺達に…問いかける。

 

 

「なんでさあ~~何で誰も私の話を聞いてくれないのさ~~……!」

 

 

 怯えるように、されど怒りを吐き出すように…。

 

 

「最初はニコラス君のこと疑ってさ~、やれ違う、やれコイツが犯人だって糾弾してた癖にさ~」

 

 

 その矛先は俺達全員…今までの全ての過去の俺達に向けた全員。

 

 

「次は古家くんが犯人かもしれないって言い始めたりさ~~」

 

 

 右を行けば右へ。左を行けば左へ……今までの、兵隊のように言いなりだった俺達の行動全てに怒りをぶつけていた。

 

 

「そして最後には私~~?………今まで気遣ったりさ~~、命が惜しいからって頑張ってたのにさ~、私が善意でやってた行動にケチ付け始めてさ~~~~もういい加減にしてよっ!!!!」

 

 

 その怒りは、憎しみは…一言毎に膨れ上がる……。

 

 

「やっぱり皆そうなの?皆も”あいつら”と同じで、虐めやすそうだったから私を虐めてるんでしょ!!!」

 

 

 その有り余る怒りは…憎しみへと置き換わっているようで…。まるで、知らない”誰かに”向けて言っているようだった。

 

 

「全部…全部……全部全部全部……全部全部全部全部、全部!!全部!!全部!!!!!違うんだよよ!!!!違うんだよおおおおお!!!!!!!!!」

 

 

 今までの全ての怒りを煮詰めたような声を、裁判場へ…俺達へ…誰かも知らない別の誰かへ…たたきつける。……それを最後に、長門は震える拳を置きつつ、言葉を止めた。…とても強い、吐きたくなるほどの強い憎しみのこもった目で俺達をにらみつけるながら。

 

「――――――」

 

 

 

 その憎しみは、誰に向けてなのか…俺達自身に向けてなのか……それとも――。

 

 

 

 痛いくらいの静寂がこの場を支配する。長門は全てを言い切ったはずなのに…俺達へ言葉を投げたはずなのに……何を言うべきなのか…何を投げ変えせば良いのか……喉がつっかえたように言葉が出てこない……何も、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 だけど――――

 

 

 

 

 

 

「お怒り中の所悪いんだけど……言いたいことは、それだけかい?キミ」

 

「…………?」

 

 

 ニコラスはただ真っ直ぐに…長門に、とても冷たい言葉を投げつけた。今までの怒りなど無かったように…普段以上の真剣さを持って…長門の言葉を切り捨てた。

 

 

「日頃の鬱憤と、怒りをここで吐いたのは……そうだね、周りに気を配らなければならない君のストレスフルな人生においては…とても重要なことだ」

 

 

 淡々と、諭すように…自分に向けられた怒りなど、何にも知らないと言わんばかり…。

 

 

「だけどね、キミの生い立ちについては…正直知りもしないから…コメントは控えておくけど……。そんなのは、今この場には関係のないことなんだよ。キミ」

 

 

 イヤ違う…彼は何も知らないと、無視しているんじゃ無い……。

 

 

「今重要なのは…キミが人を殺したのか否か……タダそれだけなんだ。余計なファクターは、この場には一切必要無いのだよ、キミ」

 

 

 ――”拒絶しているんだ”……例え犯人が何を並べようと…何を言い聞かせようと……人殺しは人殺し…今までの全てなどでは無く…今ココにある全てが全てなのだと………それ以外の要因を拒絶しているんだ。

 

 そして同時に、理解した…今のニコラスは、本気だ。本気で、長門が犯人であると…疑いきっている。キミが犯人であると、完璧に”信じている”のだと。

 

 

「……お、おい、長門?」

 

 

 俺はすぐに長門へと目を向けた。ニコラスからの、神経を刺激するような言動の数々、長門が…またさっきのような怒りを爆発させるのではないか…そんな不安を感じてしまったから。

 

 

 だけど――――

 

 

「……………――――あはは、そうだよね~。ニコラスくんの言うとおり~関係なかったよね~~~」

 

 

 予想外にも…長門は、頭を冷やしたように…態度をまた一変させていた。いや、正確には怒りをさらけ出す前の、今までの長門に態度を戻った、とも言えた。

 

 

「ごめんね~皆、ちょっと興奮しすぎちゃったよ~」

 

 

 平静、焦り、沈黙、怒り、そしてまた平静…その、海のように移り変わる感情の数々…それらから感じるのは…言い様もない…気味の悪さだけだった。

 

 

「きゅ、急に落ち着いちゃったんだよねぇ……普通は落ち着くのは良いことなのに…何か妙に情緒が不安定な気が…」

 

「あの…本当に大丈夫ですか?一度、休憩を挟んだ方が…」

 

「大丈夫だよ~、皆があんまりにも流され過ぎだったから~、思わず頭に血が上っちゃってさ~」

 

「な、なーーんだ。頭に血が上っちゃっただけかー!もう、ビックリさせないでよー凛音ちゃーん」

 

「ち、血が上った…で済むのか…アレを…」

 

「実に…実に血を冷たくするような激情だったね……そうか、そうだったんだね。あれもまた君であり、そして今もまた君ということなんだね」

 

「えへへ~そういう細かいところは良いから~、気を取り直そうよ~~………それにね~誰がなんて言おうと~今回の事件はね~私には絶対に犯行なんて無理なんだよ~~…」

 

「往生際が悪いですよ!……倉庫の数の誤魔化しとか、プールからの脱出の話とか…もう証拠は挙がってるんですよ!」

 

「でもさ~~それって全部状況証拠じゃな~い~?倉庫の件だってさ~?ちょっと数え間違えただけでわざとじゃ無いし~~~~、それに~さっきも言ったじゃ~ん?飛び込みなんて、技術を学べばすぐに、誰でも出来るってさ~~?」

 

「……その意見は曲げないんだ…」

 

 

 あくまで長門は…倉庫の話は自分のミスで…そして脱出の件も、自分以外でも”あの高所からの着水”は誰でも出来るという言い分らしい。確かに、今のところ決定的とも言える物的証拠は手元には無い…酷な話、長門を犯人と決めつけるには…あまりに貧弱な手札だった。

 

 だけど、それ以上に俺は…今の”私には絶対に犯行なんて無理…”そう断言した事に対し、疑問を持った。

 

 

「長門さん、の、言いたいことは、分かった、よ?でも、どうして、今、絶対に、無理なんて、言い切る、の?」

 

「今までを総括するとさ~犯人は~プールの天井で~鮫島くんのフリをして~吊されたフリもしてたんだよね~~?そして~~雲居さんと折木くんは~それを目撃したんだよね~?」

 

「ああ…そうだな」

 

「私も、目に焼き付いたように覚えてるです。犯人が鮫島のフリをしていた、首吊り死体を」

 

「じゃあさ~~遠目から~~その吊されてた人はさ~誰なのか分かった~?」

 

 

 何を言っているんだ?と、また意図不明の質問に首を傾げそうになる。しかし…先ほどのこともあったために、一度冷静になる。そして改めて…長門の質問へ答えを示していった。

 

 

「いや…分からなかった。だけど、それがどうしたんだ?分からなくて、当然だろ。犯人は黒いローブと紙袋を、被っていたんだからな」

 

「そうだよね~~じゃあ~~私には無理だね~~~」

 

「何が!…っ……何が無理って言いたいんですか……?」

 

「変装するなんて無理~って言いたいの~~」

 

 

 ニコニコとした微笑みを浮かべる彼女は、両手を自分の肩に置き、”変装なんて”無理…そう断言する………。俺はさらに困惑を加速させていった。

 

 

「…貴様、先ほども言ったであろう!黒いローブで正体を隠していたと!!つまり、変装など誰にでも可能なのだぞ!!」

 

「全員じゃないよ~~だってその変装って~~顔と体型は隠せるだけで~~。もっと重要な部分を隠せて無いじゃ~~ん」

 

「く、くびれとか、で、ござるか」

 

「はいハズレ~~……ほら、これだよこれ~。鮫島くんと~私とで~明らか~に違う部分」

 

 

 長門は自分の”とても長い髪”を持ち上げ…全員に向けて見せつけた。

 

 

「髪、の毛……?」

 

「そうだよ~。確かにさ~黒いローブ着てたんなら~犯人が男か女かも分からないしさ~、体型もさ~判別できないけど~。でもさ~、このものすご~く長い髪の毛はさ~ごまかせないよね~?」

 

「えっ……えっ?」

 

「………成程、ミス長門、キミの言い分は分かったよ。キミは鮫島と自分とでは明らかに髪の毛の”長さ”が違う。だから、死体のフリをするために紙袋を被ったら…漏れ出てくるその燃えるような紅い髪の毛で……すぐにバレてしまう…そう言いたいんだね?」

 

 

 ニコラスの説明に…俺は納得する。確かに…鮫島と長門で、明らかに違う髪の毛の長さ。変装した状態で誤魔化すことができない、重要な箇所。あの長さの髪の毛をまとめようにも……あのボリュームだ、たった1枚の紙袋に収まるかも分からない。

 

 

「…ううむ、あの首元までしか無い紙袋を使っても…悔しいでござるが、髪の長さを誤魔化すのは難しいでござる……」

 

「そ、そうですよね。鮫島さんは短髪で、長門さんは長髪……しかもかなりの長さの差があります」

 

「うんうん~、だから~、もしこのまま変装をして~2人の前に吊されたフリをしたら~~1発でわかっちゃうんだよ~。それに~、さっき~折木くん達が分からないって言っちゃってるから~~」

 

「……髪の長い自分に、鮫島の変装は無理…って訳ですね」

 

「そうだよ~~もし出来るとしたら~~、短髪の人くらいだよね~~~?」

 

 

 長門は…勝ち誇ったように、自分ではあり得ない…自分には犯行は不可能だ…そう強調していく。そして、髪の短い生徒にジトリとした目を向け始めた……。なんか怪しいな~、そう言いたげに。

 

 

 確かに、一見まかり通りそうな…そんな言い分だった。

 

 

 

 それでも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや……お前でも、変装することはできたはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は…ハッキリと、言い返した。その一言が気に入らなかったのか…カクンと首を傾げ、此方をにらみつけてきた。

 

 

 

「はぁ……???何言っちゃってるの~…?」

 

「お前にも、変装は可能だった…そう言っているんだ」

 

 

 また、目の前の得体の知れない不気味さを放ち始めた彼女に、その今にも射殺す程の眼光に、一瞬怖じ気づきそうになる……。

 

 

「聞こえなかったの~~?私には、無理だって、今ハッキリわかったじゃん…なんで理解してくれないの~?」

 

「いや、ちゃんと理解したさ……お前にも犯行は可能だと、髪の毛の長さなんて、関係ないんだとな」

 

「意味分からないよ~~、あのさ~~違う、違う、って言うんじゃ無くてさ~~~、もっとちゃんとした物的証拠を出してさ~証明してみせてよ~~~~~…………あっ、でも無理か~~~証明するための証拠なんてどこにも無いんだしね~~~…?」

 

「君が君だと証明したいのなら…簡単さ。僕自身が、そう証明すれば良い…でも、それは君の全てが分かっていればの話さ。…分からない物に答えを付けるほど、野暮なことは、無いからね?」

 

「…お前のマイペースさは、もう賞賛に値するレベルですね…」

 

 

 だけど、俺は…長門の眼光に臆さず…睨みを返した。そんなことは無いと…言い放つように、強い意志を持って。

 

 

「確かに…今俺の手元には…そんな証明をするような決定的な証拠は残されてない」

 

「でしょでしょ~?」

 

「ああそうだ……俺の…”手元には”…残されていない…」

 

 

 ある部分を強く言い放った言葉に…長門は頬を引きつらせ…動揺を見せた。

 

 

「手元には……折木…それは、一体…」

 

「その言葉の通りだ……だから、その決定的な証拠の在処を…今ココで示す…」

 

「……決定的な、証拠…」 

 

 

 長門の迫力に押され、黙りこくっていた周囲も…その証拠に疑問を重ねていく。しかし…その証拠を突きつけるべき張本人は…何故か…俯き、わなわなと、泣いているかというように、体を震わせていた…。

 

 

「――――――――ねぇ……”何で”~?」

 

 

 とても臆病な声が…疑問を垂らした。

 

 

「………?」

 

「なんで、皆は私のこと疑うの~?なんで折木くんは、私のこと疑うの~?」

 

 

 

 

 

「私のこと嫌いなの~?」

 

 

 

 

 

「私、なにか悪い事した~~?」

 

 

 

 

 

「だったら謝るからさ~~…――――――――もう、疑わないでよ~~~…」

 

 

 続け様に懇願するような、悲痛な声を出しながら…長門は顔を上げた……その瞳には、――――一筋の涙が流れていた。

 

 

 何故自分に暴力を振るうのか…何故自分をよってたかって責め立てるのか…まるで理解していないような…あまりにも純粋な涙が頬を流れていた。

 

 

 その無垢な雫に対し…普通なら、罪悪感に押しつぶされるような…良心を刺激するような…気持ちになるはずなのに……俺は…その言葉に、態度に、涙に――――強い”憤り”を、抱いてしまった。

 

 

 

 なんで今更、そんな事が言えるんだ――――

 

 

 なんで…ノウノウとそんなことが言い放てるんだ――――

 

 

 なんで…人を殺したお前が…涙なんかを流しているんだ――――

 

 

 

 あまりにも強い怒りが……あまりにも強い”疑いが”…胸を支配した。

 

 

 

 ――――疑わないで下さい…?ふざけるな……!

 

 

 

 ――――コイツこそが犯人だ!!

 

 

 

 

 ――――コイツこそが…鮫島を殺した犯人だ!!

 

 

 

 

 ――――コイツこそが、疑うべき…真犯人だ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど――――

 

 

 

「…そうじゃない…」

 

 

 

 それでも…俺は。

 

 

 

「そうじゃないんだ……長門」

 

 

 

 俺は…お前を…。

 

 

 

『”間違えてしまった人”が、目の前に居るって、折木くん、分かってた、から』

 

 

 

 

 ”間違えてしまった”、お前を――――

 

 

 

 

『ボクを信じてくれるというのなら……ボクを疑うんだ。疑いきって……そして君自身の信じる、真実を見いだすんだ…』

 

 

 

「”信じている”んだ…信じているから……お前を”疑っているんだ”」

 

 

 

 

 

 

 ――――同じくらい…信じているんだ

 

 

 

 

 ――――疑う余地なんて無いくらいに…”信じているんだ”

 

 

 

 

 

「…………………はぁ?」

 

 

 その答えを口にした時……何かが、決してちぎれてはいけない何かが…切れた様な、音がした。

 

 

「何が………何が信じてるのさ!!!うたがってんじゃん!!!私のこと犯人だって思ってんじゃん!!!」

 

 

 ――――さっきと同じような……吐き出すような絶叫が俺に向け、放たれた。

 

 

「何が信じてるさ~…!!ただよってたかって私のこと糾弾してるだけじゃん!!!…ただ疑いたいから~~ストレスのはけ口がここにしかないから~って、ただ私をサンドバックにしてるだけじゃん!!!!」

 

 

 でも今度は…明確に、俺自身に向けて…怒りを露わにしていた…。誰とも知らない人間では無く…俺自身に向けて…。

 

 

「嘘つきだよ~、折木クンは嘘しか言わない嘘つきさんだよ~!!」

 

 

 震えながら…怯えながら……俺を糾弾する。責め立てる。とても鋭い…言葉の刃。その斬撃は体中を傷だらけにしても飽かないほど…俺の全てズタズタに引き裂いていった。

 

 

「嘘つき、嘘つき!!嘘つき!!!嘘つき!!!!!!」

 

 

 なんてツラいんだろう…なんて苦しいんだろう……。今にも泣き出しそうになるくらい……体が…心が悲鳴を上げている。

 

 

 

 ――――だけど…ここで止まるわけには行かない

 

 

 

「違う…嘘なんかじゃ無い。お前に疑う余地がないことを信じて…俺はお前を疑うんだ…疑い尽くしているんだ!!」

 

 

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるいさ、うるさい…もう何にも聞きたくないよ~~!!!嘘つきの言葉なんて何にも聞きたくないよ~~~!!!」

 

 

 …何も聞こえない…聞く耳を持たない…そう言いたげに、その慟哭は心を貫く。

 

 

 

「嘘つきの言葉なんて!!信じられないよおおお~~~!!!!!!

 

 

 ――――それでも……何を言われようと……俺は…俺は…お前を

 

 

 

 ――――お前を信じ切ってみせる……!!!

 

 

 

 

「信じられない…!!…信じられない……!!!!信じられない…!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

  

  「もう何も信じられないよーーー!!!!!!!!!!!!」

 

 

                          【反論】

 

 

 

 

 

【ファイナルショーダウン】    【開始】

 

 

「何が信じるさ!!何が信じ切るさ!!!!」

 

「私のこと心の底では疑ってる癖に~~~~!!!」

 

「鮫島くんを殺した人殺しだって、思ってるくせにぃ~~~~!!!」

 

「折木くんの言葉なんて、全部嘘っぱちなんだよ~~~~!!!!!!!」

 

「信じない、信じない、信じない、信じない、信じない………!!」

 

「嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき………!!!!」

 

 

 

「お前がなんて言おうと、俺は自分の言葉を絶対に曲げたりしない」

 

「嘘なんてつけないくらい…疑いなんて持てないくらい、俺はお前を信じたいから…だから疑うんだ…!!」

 

「長門、俺にお前を信じさせてくれ…!!」

 

 

 

「折木くんが何を言いたいのか分からないよ~~~!!!」

 

「何で私を疑うのか全然分かんないよ~~~!!!」

 

「根本的に私じゃ犯行は無理なのに…」

 

「何で疑い切ろうとするのか全然分かんないよ~~~!!!

 

「どこにも疑う部分なんてないのに~~~!!」

 

「私じゃ無理だって言う理由だってあるのに~~~!!!!」

 

 

 

「お前が自分じゃ無いと言い張る理由だって…」

 

「お前の信頼が証明されるためだったら…」

 

「その全部を疑い尽して、反証してやる…!!」

 

 

 

「だったら私の反論を証明して見せてよ~~~!!!」

 

「私に犯行が可能だって証明して見せてよ~~~!!!」

 

「無理だよ~~~~!!!」

 

「不可能だよ~~~~~!!!!」

 

「あんなチープな扮装じゃ、すぐに私だって分かっちゃよ~~~!!!」

 

「不審者のフリなんて…鮫島クンのフリなんてできないんだよ~~~!!!」

 

 

 

 

 

 

「髪の長い私じゃ、できないんだよ~~~~~~!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

   コスプ

 

ッグ      ウィ

 

   レ用の

 

 

 

 

 

 

 

【コスプレ用のウィッグ)

 

 

 

「これで、終わらせるっ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――長門…もし、お前が犯人じゃ無い…鮫島に変装するなんて無理だ…そう言い切るんだったら…」

 

 

 俺は…スゥッと腕を上げ…その指先を彼女の髪の毛へと向け…そう言い放った。

 

 

「…お前のその”髪”を、調べさせてくれ」

 

「――――――へぇっ…………?」

 

 

 

 長門は…その発言を耳にした途端…ピシリと時が止まったように動かなくなってしまった。

 

 

「か、髪…を…?」

 

「俺は言ったはずだ…証拠は俺の”手元”には無い…とな。証拠は……それはお前自身が持っていた……お前のその髪が…決定的な証拠だ」

 

「……まさか…”ウィッグ”で、ござる?」

 

 

 それを聞いた瞬間、殆どの生徒が理解した…その証拠が示す真意を。そしてその髪の持ち主である長門自身もまた、気づかれてしまったことを理解し…俯き顔を青ざめさせていた。

 

 

「……髪の人間が短髪の人間に化けるなら……髪を切れば良い……髪が短くなれば…丈ノ介の変装も容易になる」

 

「でも…か、髪を切ってしまったら……」

 

「ああ、そうだね。当然、短くなってしまう。それに、事件が起こった後、急に髪の毛が短くなっていたら…誰だって不審がる。だからこそ…犯人は、その状況を未然に防ぐために…髪の毛の長さを誤魔化す手段をとったのさ」

 

「そのために…ウィッグを、使ったって、言うのかねぇ……?」

 

 

 倉庫にあった…コスプレ用の道具が多くあったあの区画…その中には髪の長さを変えるための…ウィッグも置いてあった。そして、その区画の捜査を担当していたのは……。

 

 

「長門……お前が倉庫から持ち出した物の中には…そのウィッグも含まれていた」

 

「そし、て…捜査の時…もう1着、の、黒いローブと、一緒に、私達、へ、申告をしなかっ、た…」

 

「そそ、そんな…し、知らないよ~~~そんなものがあるなんて、初めて知ったよ~~…」

 

「変装のために髪を切り…そしてを終えた後…そのウィッグを付けて……拙者らの前に堂々と現れた……と、いうことは長門殿の現在の髪の半分は…」

 

「ニセモノ…と言うことになるね…キミ。彼女はどうやら……しらばっくれちまっているようだけど」

 

「そんなの当たり前だよ~~わ、私の髪、…全部本物だよ~~~…ニセモノなんかじゃ…ない、よお~…」

 

「もし本物なら……この手で調べさせてくれ。最後まで…信じ切らせてくれ……」

 

 

 今までと一変、とても弱々しく反論する長門に対し、俺は鉛のように重苦しい気持ちを抱えながら、そう溢す。俺の気持ちを察したのか……両脇に居座るニコラスと雨竜が、証言台を降り、長門へとジリジリと歩み寄る。その髪の真偽を確かめるために。

 

 

 

 

「や、やめてよ~…近づかないでよ~、来ないでよ~~、わ、私のこと、”虐めないで”よ~…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――パチ、パチ、っと、音を立て…長門の足下まである程に長い髪は…首元を境に…さらりと…落ちていった。

 

 

 

「………」

 

 

 

 ざんばらに切られ、とても短くなってしまった髪の長門が、俺達の目の前に立っていた。

 

 

 

「これで…お前にも犯行は可能になった…………何か、……反論はあるか?」

 

 

 

「…………………………………」

 

 

 

 

 ――――呆然と…長門は地面を見続ける…

 

 

 

 ――――一体何を見つめているのか…

 

 

 

 ――――いや、そもそも何も見つめていないのか…

 

 

 

 

 ――――誰にも分からない

 

 

 

 

 

「最後に…この嘘だらけの事件を――――頭から振り返っていこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【クライマックス推理】

 

 

 

「これが…事件の全てだ……!」

 

 

 

 

 

――ACT.1

 

 

 

『事件の始まりは、今から数時間前、夜の9時ごろの事だった…』

 

『その時間は夕食後のルーティンと称し、ニコラスが図書館で読書に耽っていた時間だった』

 

『犯人は、本を読んでいるニコラスの隙を突いて、倉庫から持ち出していた”スタンガン”で気絶させた』

 

『それから約1時間後の夜10時半、そこに今回の被害者である鮫島が図書館に現れた』

 

『普通だったらこんな時間に出歩くなんて、危険すぎて誰もするはずは無いんだが…』

 

『今回だけはその時間に図書館に来なければならない”特別な理由”があったんだ…』

 

『それは手紙だった』

 

『犯行を起こすずっと前に、犯人は予め”本日の夜10時半、図書館に来て下さい、相談があります”と、友人である古家の名前を使った呼び出しの手紙を鮫島に送っておいたんだ』

 

『だから、鮫島はそんな遅い時間に図書館を訪れたんだ』

 

『そして犯人は、まんまと誘いに乗って現れた鮫島を、スタンガンで気絶させた後か…もしくは、直接ロープを使って…絞殺した』

 

 

 

 

 

ACT.2――

 

 

 

『一連の犯行を終えた犯人は次に、計画のための準備に取りかかった』

 

『……まず始めに、プールに備えられた窓の対面に位置する図書館の窓、真下に…美術館に飾られているどこでもワイヤーに付属していた”滑車”を落とした』

 

『そして次に…倉庫のコスプレコーナーから持ってきておいた2着の黒いローブのウチ、片方を図書館の水路に沈めた』

 

『一見、何のために行ったのか分からない、意味不明な行動に見える…』

 

『…だけどこれは、――――犯人の恐るべき完全犯罪のための布石になっていたんだ』

 

『それらの奇妙な物を設置し終えた犯人は、図書館にある程度の灯油を撒き……』

 

『そして最後に、一定の時間になると火が付く様な装置を作り…図書館で行うべき全ての準備を終えた』

 

 

 

 ―ACT.3―

 

 

『そして夜11時半…犯人は、本格的な計画を始動させた』

 

『まず犯人は…倉庫から持ち出しておいた紙袋と運動靴、そして水路に沈めたものとは別の同質の黒いローブを着込み、エリア1へと向かった』

 

『恐らく、エリア1へは誰でも良いから生徒を呼び寄せるために向かったんだろうが……一つ、小さな誤算が現れた…それは図書館へと向かおうとする雲居がエリア2に現れたことだった』

 

『だけど、誤算と言っても元々おびき寄せる算段はつけていたのだろうから…そのまま犯人は計画通り、雲居を襲った』

 

『そして犯人はわざと、自分がプールに行くことを雲居に見せつけた』

 

『さらに続けて現れた俺も合わせて、不審者追跡に奮起させ、プールへと誘い出したんだ』

 

『恐らくだが…俺と雲居が合流した時と時を同じくして、予め設置しておいた装置によって図書館に火が放たれた…』

 

『火は、図書館の中央に寝かされた鮫島の死体を飲み込み、そして首元の索状痕を殆どかき消すほど丸焦げにした』

 

 

――

 

 ACT.4

 

     ――

 

『雲居を襲った直後に話を戻すぞ?』

 

『プールへとやって来た犯人は、雲居と俺が向かってくる間に、もう一つの計画を始動させた』

 

『犯人は施設の中に…そのまま入らず…施設の真横に付けられたはしごを登り…プールの天井備え付けられた窓から施設に侵入し、窓の先に架けられる足場に足をかけた』

 

『犯人は施設に入ってすぐ、入ってきた窓とは逆側に位置する窓に向かった』

 

『そこで、美術館から持ち出したとある道具……”どこでもワイヤー”を取り出し……』

 

『そのプールの窓から、対面にある、例の落とした滑車の真上にある図書館の窓に向けて…フック付きのワイヤーを打ち込んだ』

 

『まるで架け橋のように二つの施設をワイヤーで繋いだ犯人は………何を思ったのか、そのワイヤーを使わず…すぐに”切ったんだ”…。これもまた意味不明な行動に見えるが、図書館で行った準備と同じく…計画犯罪への重大な布石となっていた』

 

『犯人はその後、自分の首元、そして両腕に予め巻き付けておいたロープを取り出し、何も巻き付けていない片側を足場の手すりに結びつけた』

 

『手すりにロープを固定した犯人は…恐ろしいことに、そのまま、まるで首吊り自殺した死体のように――――足場にぶら下がったんだ』

 

『その結果、何も知らずに通常の入口にから、タイミング良く入ってきた俺と雲居は…天井にぶら下がる首吊り死体を目撃することになった』

 

『死体を見た事で冷静さを失った俺達は…天井の足場へに繋がるはしごへ向かうために一時的に施設を出て行ってしまった』

 

『その死体がまだ生きているとも知らずに…』

 

 

 

 

 

――ACT.5

 

 

『俺達が出て行くの見届けた犯人はすぐ、モノパワーハンドを使ってロープを伝い、足場に戻り…』

 

『そして俺達が足場にやって来るまでの間に、このプールからの脱出に取りかかった』

 

『一見、ワイヤーも切ってしまったことで殆ど逃げ場を無くしたような状態だったんだが……それは違った』

 

『犯人は、このプールから居なくなる術をもう一つ持っていたんだ』

 

『それはその犯人だからこそできる、たった一つの、今回の事件最大ともいえる超高校級の方法が…』

 

『それは…足場から、その真下にあるプールの中へ……――――飛び込むことだった』

 

『ものすごい高さではあったが…犯人の持つ超高校級のダイバーとしての才能を使って、超高度からの飛び込みを決行したんだ』

 

『プールへの着水に無事成功し、施設から脱出した犯人は…急いで…中央の道を突っ切った』

 

『そんな緻密に緻密を重ねたような計画など何にも知ず、足場へとやってきた俺と雲居は…誰も居ない…気配すら無くなった足場を見るだけだった』

 

『そしてすぐに、既に火が回りきっていた図書館の火事を目撃した俺達は、血相を変えて図書館へと向かうことになった…』

 

『大火事となった図書館にたどり着いた俺達は…直後、覚醒し、扉をこじ開けてきたニコラスと合流した』

 

『間もなくモノパンによる鎮火活動が始まり…そして火の手が落ち着いた図書館の中で、焼けこげてしまった鮫島の死体を、目撃したんだ』

 

『鎮火活動に慎んでいる間、犯人は自分の今までの犯行を消すための後処理をしていた』

 

『今まで使用してきた道具の隠蔽、処分……さらに変装のために短くしてしまった髪の毛のウィッグによる偽装』

 

『時間は充分にあった。火事が治まるまで、全部で30分もかかっていたんだからな」

 

『それら全てを終えた犯人は…何食わぬ顔でエリア1のログハウスへと戻り…そして……まるでアナウンスを聞いて図書館へとやって来たかのように、装ったんだ』

 

 

 

ACT.6――

 

 

 

『だけど犯人の計画はまだ終わってなかった。むしろ、事件が発覚してからが本番とも言えたんだ』

 

『プールと図書館を繋いでいたワイヤー、そしてただ落としただけの滑車、水路に沈めた黒いローブ。これらの意味不明な代物は、見つけられることで…その効果を発揮する物だった』

 

『そして最後にニコラス…普通であれば犯人によって殺されても可笑しくない状況だったはずなのに…気絶させられていただけで、少しやけどしたくらいだった』

 

『そこにもちゃんとした理由があった…。何故ならそれすらも、犯人の計画の一環だったからだ』

 

『俺達は証拠品、そして図書館から出てきたニコラスを見てこう思った…”犯人は死体と共にワイヤーを使って図書館へ移動し…それらは全てニコラスが行ったことなんだと”…』

 

『だけど、それこそが犯人の計画の肝だった。トリックを偽装し、犯人はニコラス1人しか居ない…そう思わせるための布石だったんだ…』

 

『ここまで大がかりな舞台装置を作ったんだ…使わないわけが無い…まさか証拠品の偽装なんて……その真理を逆手にとられたんだ』

 

『現に、俺達は途中まで、犯人の思惑通りの事を考えていたしな…』

 

 

 

 

 

 

「これが、お前の起こした事件の真相だ…!……長門 凛音……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うもん……違うもん……」

 

 

 全てを言い終えたはずなのに…全貌を明らかにしたはずなのに…長門はただ、ブツブツと、否定の言葉を並べるだけ。

 

 

 震えた瞳で、中心を見続けるだけ。

 

 

「長門……」

 

「長門……さん」

 

「………」

 

 

 生徒達からの声も…彼女の耳には届かず…ただ部屋の中で、空しく響くだけ。

 

 

「ふぅ…どうやら、もう…彼女に反論をする気力は残されていないみたいだね…」

 

「長門、さん?」

 

「……………」

 

「……沈黙は是、認めたにも等しい」

 

「これで、終わりみたいだねえ……」

 

 

 

 彼女が嫌う、決めつけるような言葉さえも……行き場を無くし、誰とも知らない彼方へと消えていく。

 

 

「くぷぷぷぷ、はいはいはいはいはイ。そうですそうです、その通り、この通り、大詰めの時間でございまス」

 

 

 そん痛い沈黙の中で、場違いなくらいに陽気で、狂気的な、声がモノパンから上げられた。

 

 

「ではでは…どうやら議論の結論が出たようなので…」

 

 

 そしてそれは、この裁判の終幕の合図であり…。

 

 

「…緊張の投票タイ~ムと参りましょウ!」

 

 

 この世で持っても残酷な…死の始まりの合図でもあった。

 

 

「キミタチはお手元のスイッチを押して投票して下さイ…」

 

 

 俺は、俯くように、手元で光るスイッチを見下ろした。

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰カ!?その答えは正解なのか不正解なのカっ!?くぷぷぷぷぷっ!やっぱりこの瞬間…ぞっくぞくしますネ!!」

 

 

 

 その言葉と同時に…

 

 

 

 俺は無情にも――――スイッチを手にかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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       【学級裁判】

 

 

        【閉廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り13人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計3人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 

 

 




ものすんごく長くなりましたが、2章の事件はこれにてお開きです。





【コラム】



 本当はタイトルの由来を書きたかったけど、諸事情で次回。なので穴埋めとして、実在する名字と、しない名字を並べていきます。


○実在する名字
折木(”おれき”という読みは無いが、”おりき”ならある)
鮫島
沼野
古家
落合
小早川
雲居
反町
長門

○実在しない名字
陽炎坂
雨竜
水無月
風切
贄波
朝衣


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Chapter2 -非日常編- 10日目 裁判パート オシオキ編

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いかないで

 

 

 

 

 ――いかないで

 

 

 

 

 

 ――私を

 

 

 

 

 ーー私を"置いて"…いかないで

 

 

 

 

 

 

 ――私はまだ、ココで生きているの

 

 

 

 

 

 

 ――ココに私の居場所は何処にも無いの

 

 

 

 

 

 ――だから

 

 

 

 

 

 

 ――こんな”海の底”に置いていかないで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――パパ…ママ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【学級裁判場】

 

 

 

 

 

 

 

「ななんとなんと…!!!二連続の大、大、正、解ッ!!恐るべき偽装トリックを使い、鮫島 丈ノ介クンを殺害したのは……」

 

 

 とうとう――決まってしまった。

 

 

「超高校級のダイバー、長門凛音サンでしタ~!!」

 

 

 とうとう、たどり着いてしまった…。

 

 

「………」

 

 

 ――――とても現実とは思えないその真実に

 

 

 今まで、選び…進み…そして信じ切って…疑いようのない程、突き詰めてきた真実が、今目の前にあるはずなのに……。

 

 この場を巡っていたのは…喜びや歓喜などでは無く、突き刺さるほどの沈黙だけだった。

 

 誰も言葉を発することできない無音の空間だけが、この場を巡っていた。

 

 

「長門さん……」

 

 

 だけど…張り詰めた静寂の均衡を破るように、誰かが小さく声を上げた。

 

 ――古家だった。

 

 胸に置いた拳に力を籠めた古家が、震えた瞳で長門を睨んでいた。

 

 

「長門、さん……あんたが、鮫島君を……”殺した”…!!そうなんだねぇ………!?」

 

 

 古家は、重く濁った物を吐き出すようにそう言い放った。明らかに、ぶつけるような聞き方であった。

 

 

「…………………………………」

 

 

 だけど長門は、その問いに肯定も否定も…何も返すことはなかった。ずっとずっと…投票が始まる寸前から今まで、放心したまま、何かを呟き続けるだけだった。

 

 その言葉は何なのか…真実を受け入れまいと、この事実を否定している言葉なのか…はたまた俺達への恨み節か……何一つ、分からなかった…。

 

 

「長門ぉ…!アンタ、ちったぁ反応したらどうだい!!」

 

 

 一切の反応を見せないその様子にしびれを切らし…強い怒気と、"悲哀"を纏った反町が長門に詰め寄った。その鬼気迫る勢いに、思わず足が竦んでしまうようだった。

 

 

「………………………」

 

 

 だけどそんな勢いに、長門は短くなってしまった髪の毛を揺らすだけで、心ここにあらずのままを維持していた。

 

 

「長門ぉ!!今古家が言ったことが聞こえなかったのかい!?本当にあんたが…鮫島を……あんたが……っ!」

 

 

 事実の真偽を問おうとする途中、反町は涙ぐんでいるように、声を震わせ、言葉を躓かせた。

 

 

「反町…言いたいことは分かる。だけど一端、落ち着いてくれ」

 

「正気かい!?折木!!」

 

「反町!…殺したのか否かは…投票でもう、結果は出てるんです…!……それを改めて、本人に言わせるのは、酷ってもんです。折木は、そう言ってるんです…」

 

「…………くそっ!!だったら聞かせるさね…長門!!どうして、アンタみたい、人畜無害なヤツが…なんで……鮫島を………」

 

 

 頭を彼女の胸へと打ち付けながら、反町は長門の服を掴む。まるで懇願しているようにそう問うた。それほどまでに、この事件の真実は、反町には堪えるものだったのだ。

 

 俺だって、生徒達だって…同じ気持ちだ。表情をみれば…そんなのは一目瞭然だったから。

 

 

「……反町さん…お気持ちは分かります……」

 

 

 こと垂れるように俯く反町の体を支えながら、長門と反町を引き離す小早川。離れると同時に、小早川は長門へと、突き刺すような眼差しを向けた。

 

 

「……長門さん…今の言葉聞こえていましたよね?ちゃんと聞かれてる理由も分かっていますよね?……酷い事をしているのは承知の上で、もう一度お聞きします。……どうして鮫島さんを、殺したんですか?」

 

 

 まるで自分に言い聞かせるように、静かな声で長門へと問いかけた。いつもは賑やかな雰囲気を纏う彼女でも…今回ばかりは、明らかな怒りを持っていた。

 

 

「…だっ、そうですよ…長門。言う事は勿論、あるですよね?」

 

「だんまりは止めて……このままじゃ、全然納得できない」

 

 

 それに同調して、まるで人形のようにこと垂れた長門へ、ポツポツとに言葉を投げた。だけど…彼女は視線を合わせず、決して俺達へと言葉を向けることはなかった。

 

 すると、何かに気付いたように雨竜が怪訝な顔つきで、"まさか…"と声を上げた。

 

 

「……貴様このまま逃げるつもりか…?罪を犯したまま…十字架も背負わず……このまま諦めたように死んで全てを闇に葬り去るつもりか?」

 

「おおっと!!それは、真実の求道者と呼ばれたボクとしては聞き捨てならない言葉だね!!悪い事は言わない、そろそろ現実に戻って、真実を述べることをオススメさせてもらうよ?キミ」

 

「詩を紡ぐには、必ず口が無ければいけない訳じゃ無い。筆を取るのも、音で表現するのも…それは紡ぐ者の自由さ。まあ僕としては、口で言う方が…好きかな?」

 

「いや、落合殿の好みを聞いてるわけでは……ないのでござるが……?」

 

 

 言われてしまえば、長門のその姿勢は逃げともとれた。だけどそれは看過できないと、また生徒達から、促すような言葉が投げられた。

 

 

 

 ――――すると

 

 

「……?」

 

 

 夢から覚めたばかりのように、長門はユラリと此方に目を向けた。俺達は密かに身構えた。"何が飛び出してくるのか?"…今までの彼女の言動を思い出してしまったから…恐れてしまったから。

 

 

 だけど…

 

 

「はぁ~?"何で"~?」

 

 

 飛び出してきたのは…とても嫌悪的で、とても否定的な回答であった。

 

 

「……な、なんでって…」

 

「…そりゃあ気になるからだよ。ミス長門。どうしてキミという平和的な人間が、唾棄すべき殺人に走ってしまったのか。そして何故、ミスター鮫島を狙ったのか……それが気になって仕方ないからだよ…キミ」

 

「あと、この施設からの脱出を無下にしたのかも含めてです……徹頭徹尾理解不能なあんたの意図…洗いざらい話して貰うですよ」

 

「聞く権利、位…私達、にも、あるはず、だよ、ね?」

 

 

 その通りだった。彼らが言ったことの全てに、俺達の聞きたいことの全てが詰まっていた。

 

 

「はぁ…そういう自己本位的な理由じゃ無くてさ~…私は~何で~、そんな言いたくも無い話を~話さなきゃいけないの~~って言いたいんだけど~?」

 

 

 虚ろな目をした長門は、それらに完全なる拒否の言葉を吐き捨てた。予想外の答えだった故に、俺達は動揺した。同時に、その無責任な態度に怒りも表わした。

 

 

「貴様…本当に逃げるつもりだったのかぁ…!」

 

「……この期に及んで黙秘権の行使するのはルール違反。流石の拙者でも看過できんでござるぞ。長門殿」

 

「…それに、自己本位なのはそっちです。まるで子供の我が儘みたいに適当こねて…矛盾に矛盾を重ねるのにも限度があるです…!」

 

 

 連なる質問への回答に対し、長門はもう一度大きなため息を吐いた。まるで嫌気が差したような、深い呼吸だった。そして悪びれもせず、言ってのけた。

 

 

「…イヤだよ~だ」

 

「長門さん!!!本当に…どうしてしまったのですか!」

 

「あんたいい加減にしな!!!今自分がどういう立場なのか、理解できてんのかい!?」

 

「理解しているよ~。理解してるけど~説明すんのがイヤだって言ってんの~」

 

「全然分かってるような態度に見えない!!開き直りも過ぎてる感じ!!」

 

「後さ~そういう自白の強要って言うの~?正直、人としてどうかしてるんじゃない~?皆さ~学校で『人の嫌がることはを無理強いしてはいけません』って学んでこなかったの~?」

 

「…少なくとも。人を殺して良いとは…学んでこなかった」

 

 

 周りが何を言っても、長門は支離滅裂な理由を述べ続けた。そんな彼女に、俺達は怒りを通り越し、絶句してしまった。"一体コイツは何を言っているんだ?"、そうとしか言えなかった。

 

 

「…前の裁判の時はさ~、陽炎坂君は~お涙頂戴って感じで~、自分のことペラペラと話してたけどさ~。あれってさ~よくよく考えてみれば~、結局な話、無意味な時間だったじゃな~い~?」

 

「……無意味、だとぉ?」

 

「うんそうだよ~、だって~この学級裁判って極論さ~、"誰が誰を殺したのか当てる"ってだけでしょ~?殺した方法はともかくとしてさ~~~、そんな事に至った経緯なんてさ~ぶっちゃけ必要ないじゃ~ん?」

 

 

 裁判というシステムを根底からひっくり返すような、極論だった。だけどそんな偏った持論に、俺達は何も言い返すことは出来なかった。

 

 本来動機とは、裁判官が刑の重さを計る上で必要な判断材料の一つ。そこで問われているのは情状酌量の余地があるのか、救いようのない悪質さが見られるかの有無。

 だけど、この時点で犯人が長門だと分かってしまった今、言ってしまうと、動機などもう必要無いのだ。既にオシオキという名の死刑で、刑の重さは決まってしまっているのだから。

 

 つまり、動機を話す義務など、この場面には存在していないのだ。言うも言わないも、当人の自由なのだ。だから俺達は、何も言い返すことが出来なかった。

 

 

「それじゃあキミは…何の意味も無く、無差別にボク達に不和をもたらした…そういうことなのかい?」

 

「別にそうじゃないけどさ~」

 

「だったら…!」

 

「でもさ~、それを話したからって言って~おしおきされませ~ん、なんてある訳無いでしょ~?それともなに~?話すことで~モノパンが特別措置か何かをしてくれたりするの~?」

 

「既に多数決でクロの負けが決定しているので…おしおきという刑罰は決定済みでス。免れる術も、特別措置も、この状況では存在しませン!」

 

 

 何故か偉そうに、モノパンは長門の言葉を補足した。より一層、反論しにくくなってしまった。

 

 

「それに~、裁判で私のこと吊し上げた連中にさ~何で話したくも無い自分の身の上話を話さなきゃいけないの~?」

 

「………そんなの、自分勝手すぎるよ!凛音ちゃん、もうそんな無意味なこと言うのは止めて!!」

 

「貴様ぁ……結局はそれが本音であろう!!ワタシ達への腹いせに、このような嫌がらせをおこなっているのであろう!!」

 

「まあそんな気持ちもあるかも知れないけど~~、でも違うってば~。もっとドライになろうよ~って話~。犯人が決まりました~、分かりました~、オシオキしま~す、はい終わり~…って感じでさ~終われば良いじゃ~んって私は言いたいの~」

 

「そんな、簡単に割り切れません!!!」

 

「じゃあ今ココで慣れてね~」

 

 

 狂っているようだった。暴論を振りかざし、俺達の言葉を悉くはたき落とす姿に、今までとは違った怒りが湧き出てくるようだった。

 

 

「命を…自分の命を何だと思っているんだ…!!!自分自身の家族に申し訳ないと思わないのか……!」

 

 

 命を軽んじる言葉に耐えられなかった俺は、押し殺したような声で、言葉をぶつけた。

 

 長門は、すぅっと、虚ろな目を、何も見えていない様な空虚な目を、俺へと向けた。

 

 

「はぁ?…………――――居るわけないじゃん」

 

「……え?」

 

 

 一瞬何を言ってるの分からなかった。ただ決して、聞き逃してはいけない一言であることだけは、分かった。

 

 

「ど、どういう……ことだ?」

 

 

 反射的に、俺はそう聞き返してしまった。

 

 

 

「私のこと待ってくれてる家族なんて…何処にも居ないんだよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞いてはいけない事を、聞いてしまったようだった。周りの生徒達も、耳を疑うように愕然としていた。

 

 

「……居ないって…」

 

「それってどういうことだって~?皆そればっかりだよね~?ちょっと飽きてきちゃったよ~……」

 

「仕方の無い話さ…人を知ることと、疑問は同義…疑問を投じることこそが、人を知る最大の近道なんだからね?」

 

「はぁ……今の言葉は~その通り…まんまの意味だよ~、ココを出ても、何処に行っても。私を待ってる家族は、この世のどこにもそんざいしていないんだよ~」

 

 

 長門はしょうが無さ気に、無機質に、軽々しくしてはいけない断言を軽々しく口にする。その内容だけでなく、彼女のそのあっけなさに、俺達は愕然としてしまっていた。

 

 

「…皆はさ~10数年前に起こった『大津波事件』って覚えてたりする~?」

 

 

 俺達が動揺を広げる最中、長門は徐に過去の出来事らしき話をし始めた。

 

 10数年前……?大津波…?

 

 何処かで聞いたことがある単語の数々だったが、俺は"首を傾げた"。…対照的に、生徒達は苦虫をかみつぶしたように、表情を変えていくのが分かった。

 

 

「そ、それって…"あの"、事件のことだよねぇ…」

 

「…うん……覚えてる…。忘れようにも忘れられない」

 

「…当事者でこそありませんでしたが……痛ましいできごとと、記憶しております…はい」

 

「映像で見たことがあるさね……でもそれだけ見ても、本当に、悲惨としか言えない光景だったさね…」

 

 

 俺が未だに頭をひねらせている中で、生徒達は悼む様に、悲痛な声を上げていった。俺は、周りと自分とのギャップから、動揺をさらに加速させていった。

 

 

「約1万を越える被害者を出し、今なお、その深い傷跡を残し続けている……歴史的大天災。"原因は未だ不明"、隕石の衝突か、はたま海底火山の噴火か、一切の予兆を見せずに発生した謎多きあの災害のことか…」

 

 

 補足のように雨竜は、覚えの無い"その"災害に付け足しをする。大津波、そして天災、それらのキーワードから俺は思い出した。

 

 

 

『10数年程前に、旅客機の事故や、"大津波"、暴力団グループによる抗争が、ニュースで頻発していたことを…覚えているかい?』

 

 

 それは2回目の報告会の後…ニコラスから聞かせて貰った、あの話。何処かで聞いたことがあると思ったらと、まさかこんな場面で耳にするなんて…。俺は驚きながらも、納得するように頷いた。

 

 

「…でもどうして、大津波の話が出てくるの?」

 

 

 風切は当然の疑問を投げかけた。

 

 だけど俺は、何となく理解してしまった。どうして今、未曾有の災害の話が、長門の口から出てきたのか、その理由を。

 

 

「私はね~その災害の――――"被害者"だったんだ~」

 

「……!」

 

 

 出来るなら、この予想は当たって欲しくない…そう思っていた。だけど、間違ってなかった。余りにもツラい、的中であった。

 

 

「まあ~ここまで言えば分かってると思うけど~、そこで~パパもママもどっちも死んじゃったんだ~」

 

「そんな……!」

 

 

 懐かしむように…昔の古傷を触るように……長門は目を細めながらそう言いきった。その感情を殺したような口調に、聞かされている俺達の胸が痛むようだった。

 

 

「今でも思い出すんだ~、逃げ遅れた所為で、家族もろとも津波に巻き込まれて…溺れて、そして苦しみながら2人が沈んでいく光景……」

 

 

 想像を絶するほどの悲惨な思い出…。もし自分がその立場であったなら、今に発狂していただろう。

 

 だけど…待てよ?"もろとも"…?

 

 俺はその言葉に引っかかりを覚えた。

 

 

「待て、お前の口ぶりからすると………お前も、その津波に巻き込まれたのか?」

 

「……!そうですよ。あんた、何で…」

 

 

 長門はその言葉を聞き、明らかな作り笑いを浮かべた。

 

 

「そうだよ~、家族と一緒に、津波に呑まれちゃったよ~」

 

「だったら…何故貴様、生き残っておるのだ…!」

 

「忘れちゃったの~?皆~。私の才能のこと…」

 

「………超高校級、の…ダイ、バー」

 

 

 贄波の一言で、息を呑んだ。まさか、そんな…、とさらに当たって欲しくない予測が頭をよぎった。

 

 

「私ってばさ~ダイバーとして本当に恵まれた体質みたいでさ~、異様に発達した肺ととっても硬い皮膚を持ってたんだ~~、でもその"所為"でさ~……生き残っちゃった~」

 

 

 "生き残ってしまった"…その言葉はあまりにも重かった。普通あら喜ぶべき言葉であるはずなのに、何故か、大きな不幸であるかのように聞こえてしまった。

 

 

「災害に見回られたことで…ダイバーとして覚醒し、生き残ってしまった……そういった解釈で間違いないのかな?キミ」

 

「間違いないよ~~、普通だったら家族と一緒に溺れて…海の藻屑になっていたハズなのにさ~~。奇跡的にさ~才能に気付いちゃってさ~生き残っちゃったんだ~」

 

 

 なんてことだろうか…。長門は…自覚し、そして開花してしまった自分の才能に生かされたのだ。そして代償のように、彼女は家族を失ってしまった。自分"だけ"が生き残ってしまったのだ。

 

 

「神様って本当に粋だよね~~~大切な人達を奪ってまで、才能に気づかせてくれるなんてさ~」

 

「……」

 

「確かに…気の毒な話だ…な…」

 

 

 怨嗟すら感じるほどの皮肉であった。神様を信教する反町ですら、その言葉に返す言葉を失っていた。

 

 

「皆にはさ~、きっと皆の事を思ってくれている人が、沢山居るんだろうね~~でもね~私には居ないんだ~……世界中のどこを探してもね~」

 

 

 そこで俺は、思い至った。長門のその過去と、今回の動機である『強制退去』。

 

 それらから導き出されることが何なのか、思い至ってしまった。

 

 

「この施設から……出たく無かった…から」

 

「そうだよ~、皆は外に待ってくれている人が居るけど~、だけど~私には、事を待ってくれる人が居ない……そんな世の中に出ても、ツラいことしか無い。だからココから出たくない。それが~私の動機だよ~」

 

 

 それが……長門の、動機。殺人に走らせた…とてもシンプルな、動機。だけど――――。

 

 

 

 

「いや、それだけが理由じゃ無いんだろ?キミ」

 

「……――――え~?」

 

 

 ニコラスは突くように、長門の違和感に疑問を放った。

 

 

「…どういうことなのだ?ニコラス」

 

「合点がいかないのさ…キミ…それに矛盾も見られた」

 

「矛盾~?そんなの無いと思うけど~?」

 

「では何故、キミはミスター鮫島をあんな物のように、扱い、弄んだんだい?」

 

 

 俺達は鮫島の凄惨な死体を思い出し、苦く表情を歪めた。

 

 

「そんな大災害に遭ったのなら、むしろ人間は命を尊ぶものなのだよ。生き残って良かった、この残された命を懸命に生きよう…とね」

 

 

 "だけど"…一転し、朗らかな表情を鋭くする。

 

 

「ここまで周到に殺人の準備をし、そしてボク達をまとめて殺す算段まで付けていた。キミはボク達を蹴落とすという、真逆に命を軽々しく扱うような行動を取っていた…。そこが、どうしても納得できない」

 

「…それって一般論でしょ~?私は違ったんだよ~」

 

「ふふ…ならば当てて見せようじゃないか。ではまず先に…ミス小早川、ミス長門の今までの発言を覚えているかい?」

 

「……覚えておりません」

 

「…聞く相手を間違ってしまったようだ…非常に申し訳ない。では……ミスター折木」

 

「…『アイツら』………のことか?」

 

「Good!!その通りさ。キミ、段々と探偵の相棒らしくなってきたんじゃないかい?」

 

 

 …誰が相棒だ。内心ツッコんだ。

 

 

 ――だけど、確かに、ニコラスの言うとおり長門はそう言っていた。でも最初は…その言葉の先にあるのは俺達なのかと思っていた。だけど――長門に引導を渡したとき…明らかに、この場に居ない誰かへと向かっていた。

 

 

「ミス長門…恐らくその"アイツら"というのが……キミをここまで狂気に走らせた原因なんじゃないのかい?」

 

 

 口角を上げ、鋭く尖った目線で、長門を差した。…長門は、観念したような大きなため息をついた。

 

 

「……憎たらしいくらいに鋭いね~、ニコラス君って~…」

 

「お褒めにあずかり光栄だよ…ミス長門」

 

「……全然褒めてないよ~……でもさ~~、そんな他人の領域をさ~好き勝手踏み荒らしてさ~楽しい?」

 

「楽しくは無いさ。だけど、そこに私情を持ち込むほど感情屋ではない。何故起こったのかを解きほぐすのも、名探偵として当然のことだからね?キミ」

 

「時々錬金術師ってことを忘れちゃうよ~」

 

 

 そう言いながら…”はぁ~”と終始怠そうな状態を止めない長門。

 

 

「……パパとママは災害の時には居なくなっちゃったけど~~そのときは~別に家族がどこにも居ない訳じゃ無かったんだ~」

 

「もしかして、おじいさまとおばあさま…?でしょうか」

 

「そうだよ~、正確には、おばあちゃんは早くに亡くなってたから…"お爺ちゃんだけだった"よ~…」

 

 

 祖父が居た…なんてことも無い言葉のはずなのに、イヤな重みを感じた。

 

 

「引っ越した当初はさ~、心機一転して~、お爺ちゃんと二人三脚で頑張って行こ~って考えてたんだけどさ~……」

 

 

 長門は少し言いよどんだ。だけど、また押さえ込むように、淡々と語り出した。

 

 

「…生活はできたんだけどさ~、でもさ~、新しく通うことになった学校側が問題だったんだ~」

 

「…もしかして…"いじめ"………」

 

 

 予想だにしていなかった言葉に、俺達は息を呑んだ。長門は顔をしかめた。

 

 

「………そうだよ~、ちょ~っとばかしさ~、いじめられちゃってたんだよね~~」

 

 

 俺達は愕然とした…。あっけらかんとした口調で出てきたこともそうだが…不幸な目にあっただけなのに…それをむち打つような行為をする人間が存在することにも絶句してしまった。顔も知らぬ人間への強い怒りを感じた。

 

 

「何で…そんな酷いことを…!!」

 

「……被災したことによるいじめ………ですね」

 

「雲居!…知ってんのかい?」

 

「ニュースか何かで聞いたことがあるんです。被災者の親族は多額の補償金が国から施されているんです…その大金を狙って、被災者に対する悪質なたかりが横行してた、なんて」

 

「…むごい」

 

「それに加え、災害はその被災者によるモノだという…理不尽な理由をつけられ、排斥されるとも聞いたことがある……恐らく"津波の原因が不明"、というのにもいじめに拍車を掛けていたのだろう………」

 

「皆よく知っているね~、もしかして経験者~?……仲間はずれは当たり前だったけど~…いろんな事言われたんだ~、『どうしてお前が生き残ってるの?』『震災で色々保障されたんだろ、お金出せ』『お前の所為で、津波が起こったんだ』ってさ~……」

 

 

 聞けば聞くほど、その一連の出来事に…胸を締め付けられるようだった。同情なんて本人は望んじゃいないはずなのに。

 

 

「長門…アンタ、そんな仕打ちを受けても誰かに言わなかったのかい…?」

 

「勿論相談したよ~でも誰も取り合ってくれなかったんだ~。『今だけは我慢しろ』『今だけ頑張れば何とかする』…その一点張りだったよ~……目の前にで苦しんでるのに…何で何もしてくれないんだろうね~~」

 

 

 あまりにもツラい出来事であった。助けを求めても、誰1人として手を取ってくれなかった。

 

 

「なんでなんだろうね~。不幸な目に遭った人にさ~、そんな酷い仕打ち加えられるのってさ~~」

 

 

 言葉を止めず、見知らぬ誰か、自分の不幸に加担した誰かに向けて…怒りを孕んだ言葉を紡ぎ続けた。

 

 

「でもさ~その経験があったからこそ~分かったこともあったんだ~」

 

「…分か、った、こと?」

 

「…人ってばさ~ただ虐めやすい理由があるってだけで、人を迫害できるんだってね~。何の呵責も無く~、人の心を殺すことが出来るんだってね~」

 

 

 悟ったように、そう言い切った。極論だと思った。だけど、もしも自分がその立場にいたら…きっと同じ考えにたどり着いてしまっていたかも知れない…。そう思わずにはいられなかった。

 

 

「地獄の日々の中でおじいちゃんだけだったな~、私をいつも励ましてくれて~、いつも笑顔で向かえてくれる、心の拠り所はさ~」

 

 

「……でも、お前。さっき帰りを待ってくれる人が居ないって……」

 

「うんそうだよ~~。………皆ってばさ~、"これ"って覚えてる~?」

 

 

 法被に付けられたポケットから、長門は1枚の封筒を取り出した。

 

 ――――手紙だった。あのとき、陽炎坂が殺人に走る要因となった。モノパンからの動機の手紙であった。宛名の部分には"長門様へ"と書かれていた。

 

 

 長門は、その中身を、俺達へと見せつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『長門様へ 

 

 

   アナタ様のお爺さまは、老衰によってご逝去なされました

 

 

                        モノパン より』   

            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その内容を見て、俺達はまた言葉を失った。

 

 

 長門の祖父の家に引き取られたと聞いたときから、不穏な予兆はあった。

 

 

 そして不穏は、今目の前に存在していた。

 

 

 長門は、"本当にひとりぼっちになってしまった"という事実が…俺達の目の前にあった。たった1枚の、手紙によって分からされてしまった。

 

 これが真実でなければどれほど良かったであろうか。だけど陽炎坂の一件で、この手紙の信憑性は証明されている。だからこそ、それが如何に空しい理想であるのかも、理解してしまった。

 

 

「最初はさ~、皆と同じで、外に出たいな~みたいな気持ちはあったよ~?だってお爺ちゃんを1人になんてできないしさ~」

 

「……最初は」

 

「でも~その唯一の家族が死んじゃったなんて現実見せられたらさ~もう何かさ~こう思うようになっちゃったんだよね~」

 

 

「――――だからココに、”一生”居れば…幸せ。そう思ったんだね?」

 

 

 ニコラスは先手を打つように、単純すぎるその答えを口にした。長門はまた呆れたように凍えるような視線をニコラスへ向けた。

 

 

「……そうだよ~。だって、外に出ても~…私を虐めてくるイヤな奴らが沢山居るんだからさ~」

 

「そんなの寡聞はですよ…あんたのいうアイツらなんて、人類のごく一部なんです……あんたが思うよりもずっと、世界は広いんですから…」

 

「でも~、そんな人達が居ないって保障は何処にもないでしょ~?」

 

「…それは」

 

「私が不幸だったから~って言いたい~?」

 

「そのような事を言いたいわけではござらぬ!!」

 

「絶対そうに決まってるよ~。不幸な人間は何処まで行っても…不幸な人間なんだからね~……」

 

 

 その言葉が、強く俺の心に突き刺さった気がした。

 

 …少し、頭が痛くなった……。何故なのかは…分からなかった。

 

 

「…完全なる…人間不信に陥っているなぁ…」

 

「巡り合わせ…それは人を形作る、大切な骨組みの一つさ……だけどそれに致命的なほころびが出てしまうと……人間は自由でいられなくなってしまう……実に…無常だね…」

 

 

 長門の余りの有様に、俺達は閉口してしまった。何を言っても、全て否定されてしまいそうだったから。

 

 

「ここってばさ~、部屋も綺麗だし~、娯楽もまぁ充実してるし~、食糧も尽きることは無いし~正直楽園だと思うんだよね~」

 

「楽園…それは人々の理想であり、夢であり、欲望でもある…確かに…ココはまさに求められても可笑しくない完成された世界。余りにも整いすぎた世界、僕も同調せざる終えないね」

 

「でもさ~そう思ってたらさ~、あんな動機提示されたらさ~、一生私は、ここに居たいんだからさ~、もうココから出られないようにするしか無いよね~?」

 

「だから…殺人を、犯し、て……強制退去、を、防ぎたか、った…」

 

「自分勝手すぎるでござる!!お主、気は確かでござるか!!」

 

 

 長門の言うその結論は…決して納得することのできないものだった。だけど、ココを出たくないという理由としては、理解できてしまった。今まで彼女が経験してきた苦い記憶…それは彼女をここまで偏った思考に陥らせるには充分過ぎたから。

 

 

「どうとでも言えば良いよ~…外は深海と一緒なんだよ~、暗くと、苦しくて、不安だらけで…人は海そのものなんだよ~安心できる所なんて、家族の場所しか無いんだよ~」

 

 

 長門は強く、断言した。

 

 

「まっ、満たされてる人にはさ~そんなこと想像もつかないだろうけどね~~」

 

 

 そして…"誰か"を見て、そう吐き捨てた。いや、きっとこの中の"誰も"を見ていたのだろう。

 

 

「でも…でも、人を殺して、裁判に勝っても…この施設から出なくてはならないのではないですか?」

 

「いいや。それは違うぞ小早川。殺害をして得られるのは、この施設から出られる”権利”だ」

 

「……け、権利…」

 

「そう、義務じゃ、ない、の。…出る、か出ない、か…は本人が、選べる」

 

 

 そう、つまりコロシアイを勝ち抜いたクロは”この世界に居続けてこともできる”のだ。だからこそ、長門は、殺人を犯した。ここに永住するために、不幸しか待っていない、外の世界から身を守るために…。

 

 

「酷いよ凛音ちゃん!…どうしてそんな簡単にカルタ達を切り捨てられるの?外は一杯イヤなことはあるだろうけど…それでももう一度見つければ良かったじゃん!!!それに、大切な人にだったら、"友達"のカルタ達が……」

 

「――――はぁ?友達な訳ないじゃん…何いっちゃってんの~?」

 

「…えっ」

 

 

 長門は水無月の言葉を、何の躊躇いも無く突き放した。水無月はショックを受けたように目を見開いた。

 

 

「私が一番嫌いなのはさ~、たかが2,3日程度で~友達ヅラしてるヤツなんだよね~。私は味方だよ~って親身に接してくれた人もさ~、結局助けてもくれなくて~、最終的には虐めに加担してたしさ~~」

 

「そ、そんな…ことって…」

 

「あるですよ……自分がいじめの標的にされたくないから、自分の身を守るために……それで…」

 

「もう悟っちゃったよね~、友達ヅラしているヤツって、本当は友達ヅラしてるだけだって~。そんな奴が、私の大切な誰かの代わり~?血のつながりなんてそう簡単に再現できるわけないんだよ~。馬鹿じゃないの~?」

 

 

 水無月はきっと善意で、さっきような言葉を走らせたのだ。だけど。それは大きな間違いだった。自分たちが友達だと思っているのなら、長門だって俺達を同じように思っているなんて勘違いにも程があったんだ。

 

 そんなこと、今までの話を聞いていれば簡単にわかってしまうことなのに。だけど本人の言葉から、ああもハッキリ言われるなんて……。

 

 

「皆アイツらと一緒なんだよ~、災害に巻き込まれた、たったそれだけで迫害してきた…そして助けてもくれない、何も力になってくれない…アイツらとさ~~」

 

 

 結局、俺達が求めていた先に待っていたのは…こんな理不尽な真実だったなんて。

 

 なんて重いのだろう、なんてツラいのだろう、なんて苦しいのだろう……なんて、やるせないのであろう。

 

 凡人の俺はもう、訳が分からなくなっていた。これ以上、何と言葉を掛ければ良いのか…いやむしろ、何も言わないことが正解なのかも知れない…そうとしか、考えられなくなっていた。

 

 

「…貴様の言い分は…よく分かった…だがただ一つ…解せぬ部分がある……何故…"鮫島を狙ったのだ"?」

 

 

 雨竜は呻くような声で、そんな質問を長門へ投げた。

 

 

「そ、そうなんだよねぇ………あんた、どうして鮫島君を…!!」

 

「え~、それも答えなきゃいけないの~?」

 

「いや、ボクとしてむしろそちらの方が気になってしまうね、キミ…だってミスター鮫島の殺害は予め決まっていた…決して無差別と呼べる代物ではなかった。彼を狙った、理由、そして執念は……一体どこから来たんだい?」

 

「…………まあ、最初から鮫島君を殺そうとは…思ってなかったよ~。ぶっちゃけちゃうと、別に誰でも良かったんだよ~」

 

「誰、でも?」

 

「う~ん厳密には~殺しやすそうな人を殺そうとしてたんだよ~。例えば~雲居さんとか~、あと折木くんとかさ~」

 

 

 俺と雲居を一瞥し、長門はそんな合理的な理由を述べていく。

 

 確かに、鮫島は腕っ節が強いかどうかは分からないが…少なくとも殺しやすさでいえば、断然俺や雲居のようなひ弱そうなタイプの人間の方が殺しやすい。

 

 そうだったとしても…まさか、本当に俺が殺害対象に入っていただなんて…。そう思うと、背中に薄ら寒さのようなものが走った。

 

 

「だったら…何で…鮫島を……なおのことわからなくったちまったさね!」

 

「ターゲットを鮫島君に絞らなきゃいけない"きっかけ"があったからだよ~」

 

 

 …きっかけ?…俺は今までの出来事を…思い起こした、だけど心当たりは見つからなかった。

 

 

「覚えてる人は覚えてると思うけど~、動機発表の直後にさ~皆で親睦会みたいなのあったでしょ~?」

 

「…はい。企画したのは鮫島さんや、沼野さん、それに私も………!まさか、主催したことそのものに…!」

 

「少し違うな~~。別に企画したこと自体に恨みは無かったよ~?でもさ~そこで話してたことが問題だったんだよね~~。あの会の中でさ~鮫島くん、最後の方でなんて言ってたと思う~?」

 

「最後に……?」

 

 

『ココから出られたら、ええことわんさかで、ウチらはウハウハなんやから、考える必要無しやで~』

 

 

 最後に言っていたとするなら…あの言葉、だろうか?

 

 

「ココから出られれば~良いことが沢山~~?じゃあ元々良いことの無い私はどうなるの~って思ってさ~」

 

「あれは!!鮫島さんなりに皆を励まそうとして出た言葉…長門さんを攻撃するような言葉ではありません!」

 

「そうなんだよねぇ!!」

 

「そんなの知ったことじゃないよ~。あんな現実も知らない言葉吐き出す方が悪いんだよ~」

 

 

 暴論だった。今まで以上に、自己本位的な、暴論だった。だけど、長門はその決めつけたような姿勢を止めなかった。

 

 

「アンタ…それだけで鮫島のことを殺したって言うのかい!?」

 

「そうだよ~。何も知らずに自分だけ幸福ぶって……そういう奴って本当にウザいし、嫌いなんだよね~~~だから―――――

 

 

 

 奪ってやったんだ~~アイツの人生まるごと~」

 

 

 

 その言葉を聞き…そしてまるでモノを見るかのような瞳を見た俺達は、確信した。

 

 

 長門は…壊れた人間なんだ、と。

 

 度重なった忌まわしい記憶の中で、人として失ってはいけない大切なナニかを失ってしまった、人間なのだ、と。

 

 そしてその全てが、彼女を人間をモノのように弄ぶような、壊れた人間(モンスター)へと変貌させてしまったのだ。

 

 些細な優しさも、自分への攻撃と考えてしまうほどに。周りの声を全て否定し、拒絶し、そして淀んだものだと決めつける程の人間へと、変貌させてしまったのだ。

 

 

 何も言葉が出てこなかった。いや、でてくるわけがなかった。

 

 

「――――ふざけない、で」

 

 

 不意に、鈴の鳴るような声が、俺達の間に響いた。

 

 

「…贄波」

 

 

 贄波だった。誰もが目を伏せる悪夢のような状況の中で、彼女は真っ直ぐに立っていた。

 

 

「人殺し、は………どんな事があっても、どんな理由があっても…絶対に許されることじゃ…ない」

 

 

 貫くような鋭い意志を持って、贄波は長門へと指を差し向けた。

 

 

「どれだけ、自分が、苦しんでいたとしても、どれだけ、自分が絶望の淵に立たされていたと、して、も……犯した罪を…正当化して良い理由に、は……ならない」

 

 

 そして贄波は…長門を言葉でも、突き刺した。

 

 

「あなた、は…鮫島くんを”犠牲”にして、自分の我が儘を、通した、だけ。そんなの、あなたを虐めていた、人間と、何も、変わらない………」

 

「………………」

 

「エゴイスト以外の、何者でもない…」

 

 

 今までの躓いた口調が嘘のように贄波ははっきりと、言い放った。長門は前髪で顔を隠しながら、その言葉を聞いていた。俺達も、染みこませるように、聞いていた。

 

 

「――――――それだけ~?」

 

「…は?」

 

 

 だけど返ってきたのは…あまりにも淡泊な答えだった。

 

 

「貴様…贄波の言葉を聞いてなかったのか…!!」

 

「ちゃんと聞いてたよ~…それに~言いたいことも分かったよ~、でもさ~だからどうしたって言うの~?」

 

「どうしたのって……」

 

「最初に言ったよね~?こんなのは無意味だって~、何を言っても、何を語っても、何を言い聞かせても…罪の重さも、私の意志も、全部に、変わりは無いんだよ~」

 

 

 その言葉には一切の動揺など無かった。お前らとは、根本から考えなんて違うと、唾を吐き付けられているようだった。

 

 

「くぷぷぷぷ…その通りなのでス。泣いても笑っても、結局全てこの"おしおき”に帰結するのでス!だからこそ!今、引導が渡されるときなのでス…。長かった…あまりに長かっタ……」

 

「あ~もうそんな時間か~、はぁ~あ~、結局全部言い切っちゃったな~」

 

 

 全てを出し尽くしたと言わんばかりの、一息だった。

 

 

「でも~これでやっとパパとママ、それにお爺ちゃんの下まで逝けるよ~……」

 

「超高校級のダイバーである長門凛音サンのために。スペシャルなおしおきを用意させていただきましタ!!」

 

 

 誰もが苦悶の表情を浮かべているというのに…。誰も止めようとする声も上がらなかった。誰も、長門の顔を見ようともしなかった。手の施しようなんて、何処にも無かったから。

 

 

「あっ、でも最期にこれだけは皆に言っておかなくっちゃっね~」

 

「では、張り切っていきましょウ!おしおきターイム!!」

 

 

 モノパンがおしおきの宣言をする中で…気付いたように、長門は俺達へと目を向け直した。

 

 

「皆、"大っ嫌い"だったよ~」

 

 

 長門は俺達に向けて…完全な隔絶の言葉を言い切った。

 

 

 それは誰も傷つくことない平和で、平穏で、そしてとても孤独な道を選ぶ決意表明のようにも思えた。

 

 

 その言葉を聞いて俺はこう思った。

 

 

 ”なんて、切ない人生なのだろう"…と。

 

 

 瞬間、モノパンが掲げた木槌は、紅いボタンへと振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      GAME  OVER

 

 

 

   ナガトさんがクロにきまりました。

     おしおきをかいしします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …気がつくと、長門は姿を消していた。

 

 

 突然の変遷だった。

 

 

 驚いた生徒達は周囲を見回した。だけど何処にも彼女の姿は見られなかった。

 

 

 

 "おい!あれを見ろ!!"

 

 

 そう言って、誰かが上を指さした。

 

 

 

 生徒達は、指先にある、スクリーンへ目を向けた。

 

 

 

 スクリーンには、光りが灯っていた。

 

 

 

 

 そして、シパシパと瞬く液晶の向こう側、裁判場では無い何処かに長門は確かに立っていた。

 

 

 

 

 立ち尽くす彼女の周りに広がるのは、青く彩られた、油絵の如きディープブルー。

 

 

 一面の青色がユラユラと、風に乗って波立っていた。

 

 

 生徒達は確信した。…あそこは…長門が立ち尽くすは――”大海原"。

 

 

 その中心。

 

 

 超高校級のダイバーたる彼女が愛すべき、世界の中心であった。

 

 

 

 

 

 

 超高校級のダイバー 長門凛音のオシオキ 

 

 

      『少女と海』

 

 

 

 

 鼻孔に広がる、懐かしい潮の匂い。耳をきざむように揺らすさざ波の音。

 

 

 長門は、ココは裁判場ではないと、早々と気付いていた。普通であれば驚くはずの状況だというのに…長門は何故か、酷く落ち着いていた。

 

 それは自分は既に処刑台に上げられている身であるから、既に自分の死は確定しているから…悟りにも似た感情を、持ってしまっていたから。

 

 

 長門は徐に空を見上げた。

 

 目の前には憎らしいぐらいに晴れ渡る大空が広がっていた。ジリジリと、突き刺すような暖かみを放つ、太陽もそこにあった。

 

 同時に、足下にも違和感を感じた。長門はすぐに下を向いた。

 

 そこには、帆もオールも付いていない、ユラユラと揺れる小さなイカダがあった。

 

 

 

 長門は、この大海原にポツンと、絶海の孤島が如きイカダの上にに取り残されてしまっていた。まるで遭難してしまったような状況だった。

 

 

 

 しばらくの間、処刑中だと言うことを忘れてしまうほど、何も起きることは無かった。長門はそれでも周囲に神経を張り巡らせることを怠らなかった。何時モノパンが自分の命を絶とうとしているのかもわからない状況なのだから、仕方の無い話だった。

 

 だけど、そんな気持ちとは裏腹に、大海原には何の変化も見られなかった。世界に自分1人しか居ないのではないか、そう思うくらいに海は平和であった。

 

 

 長門はこの状況に覚えがあった。それは自分が幼少の頃、大津波に遭い、家族を失ったあのとき。家族がこんな暗い"海の底のような世界"に自分を置いていったとき。

 

 息苦しさしかない、"人海"に取り残されたとき。

 

 

 

『何でお前だけが生き残っているんだ』

 

 

『お前のせいで皆死んだんだ』

 

 

『疫病神』

 

 

『お前が死ねば良かったんだ』

 

 

 

 またあの時の恐怖が数瞬、蘇ってきたようだった。長門は苦い思い出を振り払うように、頭を振った。

 

 

 すると、周囲から水音が聞こえた気がした。

 

 

 何かが泳いでいるような、波打つような音が。

 

 

 長門は周囲を見回しその音の正体を目撃した。そしてすぐに顔を青ざめさせた。

 

 

 "あれ"が、泳いでいたから。

 

 

 自分が手に掛けた、あの少年の名を冠するあの生き物が。

 

 

 ――"鮫"が、泳いでいた。

 

 

 それも一匹だけじゃ無い、何匹も、湧き出てくるようにうようよと、自分が乗るイカダを取り囲んでいた。

 

 とても獰猛で、血に飢えたような目つきをしていた。

 

 見るからに、腹を空かせた様子だった。

 

 長門は、とうとうモノパンが仕掛けてきたのだ、そう思い至った。

 

 長門は急いで、イカダを動かそうと思った。

 

 しかしこのイカダにオールは無かった。ついでに、帆も無かった。つまり、それは漕ぐ手段が殆ど残されていないことと同義であった。

 

 …方法は、あるにはあった。しかしそれは、あまりにも無謀な手段であった。

 

 だけど長門はその方法を、手を使ってイカダを移動させよう、そう思ってしまった。

 

 あのときのトラウマを掘り起こしてしまった彼女は少しずつ冷静さを欠いてしまっていた。こんな場所には居たくない、ここから早く離れたい、そう思う余り、少女の心にヘタな選択肢を与えてしまった。

 

 長門は海に手を浸けた。その瞬間。

 

 

 

 ―――ザシュッ、と鋭い痛みが、手に走った。長門は小さな悲鳴を漏らしながら、腕を慌てて引っ込めた。見てみると、手からドクドクと、血がおびただしく流れ出ていた。

 

 

 案の上、長門は鮫に牙を突き立てられたのだ。それを物語るように、目の前を泳ぐ鮫は、牙に血をべっとりと付着させていた。その血のせいで、その鮫も、周りの鮫も獰猛さに拍車を掛けてさせているようだった。

 

 幸いにも、海に引きずり込まれる事は無かった。だけど…神経をやられてしまったせいで、手は動く素振りすら見えなくなってしまっていた。

 

 

 これで全ての退路は断たれた。

 

 

 長門は、何十年ぶりのように、海に恐怖を抱いた。今まで海の中こそが自分の世界だと思っていたはずなのに……自分を癒やす、母なる海だと思っていたはずなのに…。

 

 

 そして同時に…こう思った。いや思ってしまった

 

 

 

 ――――死にたくない

 

 

 

 なんてたやすい心なのだろう。なんて弱い意志なのだろう。

 

 彼女は生きたいと思ってしまった。自分のエゴで人の命を奪ったくせに…。自分の命を持って、全ての帳尻を合わせようとしているはずなのに。

 

 

 もしかしたら、その感情の機微こそが、彼女の心の中で、唯一壊れてなかった部分だったかもしれない。

 

 

 だけど、そんなのは遅すぎも良いところであった。

 

 既に逃げ場を失ってしまった今。何処へ逃げれば良いのか。分からなかった。

 

 海がダメだったのなら、空へ逃げれば良いのか?だけど人間に羽は無い。そんな事は不可能だった。

 

 

 すると…上空から、――――パラパラとプロペラのような音が、かすかに聞こえた気がした。

 

 

 長門は、縋るように、もう一度空を見上げた。

 

 

 ヘリが飛んでいた。長門の真上をヘリコプターが滞空していたのだ。

 

 

 あのときと、自分が被災したとき、助けられたときの光景を思い出した。

 

 

 長門は恥も外聞もかなぐり捨てて、助けを求めた。

 

 

 ――私はココにいる!!

 

 

 流れ出す血の朦朧とする意識の中で、動かない右手を垂らしながら左手を大きく揺らしそう叫んだ。

 

 

 決死のSOS信号が通じたのか、ヘリは近くまで降りてくると、カラカラカラと縄ばしごが降ろされた。

 

 

 長門は蜘蛛の糸の如く、それを手に取った。安心感の様なモノが、腕を起点に広がるようだった。

 

 

 右手が動かない故に登ることは出来なかったが、これで上空に逃げられる。長門はそう思った。はしごに手をかけながら、ヘリは空へと上昇しようとしていた。

 

 

 だけど――。

 

 

 

「―――――――!!!!!」

 

 

 

 自分の背丈ほどもある巨大な鮫が、トビウオのように海面から飛び上がり――――牙をむきだし、襲い掛かってきた。

 

 

 

 驚いた長門は目を見開き…はしごから手を、離してしまった…。

 

 

 長門は、そのまま絶望の海へと…――叩きつけられてしまった。

 

 

 海に打ち付けられた痛みを伴いながら、彼女はもがきだした。

 

 

 血の匂いに誘われて、群がり始めた鮫を振り払うよに、無意味と分かっていながらも長門は左手で海をかいた。

 

 

 ほんの数秒、ほんの一瞬でも、生き長らえるために。

 

 

 目の前を潜行する鮫はぐんぐんと、長門の心中などお構いなしに確実ににじり寄ってきた。

 

 

 恐怖など既にピークを通り越している。ただ生きたい、生き残りたい。その一心で、長門はもがき続けた。

 

 

 ――――その一瞬、とある一匹の鮫と目が合った。

 

 

 

 それはあのとき、自分の手を噛みちぎった鮫と同じ個体だった。

 

 

 クロで覆い尽くされた、海淵のような、その瞳。

 

 

 生きているのか、生きていないのか…本当に同じ生命なのか分からない、"骸"のようなその瞳。

 

 

 もしかしたら、自分が殺した"彼"が乗り移って、自分に復讐しにやってきたのか、そんな錯覚を持ってしまった。

 

 

 

 ――――また、長門は恐怖した。

 

 

 

 そう思った刹那。

 

 

 

 

 ――――――鮫は少女を覆い尽くした。

 

 

 

 

 決して人の出して良い音では無い、鈍い音が海と空の狭間で木霊した。

 

 

 

 映像を見ていた生徒達は、余りの光景に目をそらした。

 

 

 

 目を離してからしばらくが経った

 

 

 

 見てみると…彼女がいたはずの海中に煙のような血が漂い出していた。

 

 

 

 

 煙の中には、少女であったはずの"それ"が、ぷかぷかと、寂しげに浮いていた。

 

 

 

 

 それは時間と共に漂うのを止め…

 

 

 

 

 深い深い海の底へと、沈んでいった。

 

 

 

 

 彼女の両親と同じ、海の底へ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクストリィィィィーーーーム!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

――――て感じではないですネ。何か静か~に終わってしまった感じで、盛り上がりに欠けますガ…まあ、たまにはこういうのもありっちゃありですネ」

 

 

 

 …終わった。終わってしまった

 

 

 2度目のおしおき、そして2度目の最期。

 

 

 何もかもを否定し、拒絶した彼女は、才能と共に……消えていった。誰も居ない、海の底へと沈んでいった。

 

 

 

 ――悪夢のような、鬱屈とした空気を残して。

 

 

「……………!!」

 

「……長門、さん…」

 

「ぐぅうぅぅぅうぅううう……」

 

「……また1人…居なくなった……」

 

 

 

 それは長門が犯人である…そうわかった時よりも…ずっと、重かった。犯人はいなくなったはずなのに…最小限の被害で事件を終えられたはずなのに…。今まで何と戦ってきたのだろう、そう思わざる終えないほどの虚無感が、この場を包み込んでいた。

 

 

「友達じゃ無い…大嫌い…か。結構仲良く出来てると思ってたんだけどなー」

 

「……最期の最期まで…奴は奴のままだった……というわけか。……ままならないものだなぁ」

 

「…………」ジャラララン

 

 

 塞ぎ込んだ空気の中で、生徒達はそれぞれくぐもるような声を上げる。誰もが苦しげに表情を歪めていた。

 

 

「……もう考えるのは、止めるさね。もう…終わったことだと…そう思うしかないよ……」

 

「そんな事…言われても…」

 

「今回ばっかりは……切り替えて行くには、ちょっとばかし時間が必要ですよ……」

 

 

 仲間が仲間を躊躇いも無く殺し、そして殺した仲間がまた処刑され命を散らしていく。こんな狂った状況で、そんなメリハリを付けろだなんて…不可能に近かった。

 

 

「…ああ。そうだね。考えないように、そして忘れようとするのは、とても難しい話だよ。何もかも、いや殆どが……だけどだ、キミ達…何も悪い事ばかりじゃ無いさ。我々は、この事件を通して、学びとった教訓もあったはずさ」

 

 

 帽子のツバをイジりながら、ニコラスはそう言った。何が言いたいのだろうか、俺達はニコラスに注目した。

 

 

「学んだ、こ、と…?」

 

「…こんな状況で、一体何を学べたって言うさね…」

 

「人間のあり方についてだよね。ああ、分かっているとも。人生というのは、そう簡単にいかない…あらゆる困難や、逆境がある…だからこそ、人と人たらしめる……そう言いたいんだね?」

 

「…いいや、ミスター落合。もっと簡単な話さ。それは、――――――いつ誰がこのボクの、そしてキミ達の首元を狙っているのか……分からない…ということさ…」

 

 

 信頼の欠片も感じられない声色だった。強く、突き放されるように錯覚してしまった。生徒達も同様だったのか、その発言に向け食ってかかる。

 

 

「……それって、アタシ達の事が、信用できなくなってことかい!」

 

「言葉を濁しても仕方ないからハッキリと言わせて貰うと……ああその通り。シンプルに肯定させてもらうよ、キミ」

 

 

 ニコラスは、まるで人が変わったように、長門とは違った冷たい瞳を俺達へと向けた。

 

 

「ニコラス…!お前…」

 

「そんなの、あんまりです!!」

 

「…ボクもね、最初はモノパンの所為で…このコロシアイは起こり…そして起こされてしまう不条理を絵に描いたようなゲームだと、そう思ったよ」

 

「まぁ実際その通りですネ。何たって主催者側のワタクシがそう仕組んでいる訳ですシ」

 

「最初の事件…ミスター陽炎坂については…まぁモノパンに唆されて…そして殺人に走ってしまった。所謂殺人教唆だと…そう整理することはできた…」

 

 

 "だけど…"声色を変えながら、ニコラスは続けた。

 

 

「今回は違う……ただ目障りだったから……ハッキリとしたエゴで、ミスター鮫島はミス長門に殺されたのだよ」

 

 

 沈黙は肯定を意味していた。長門は、タダココかから出たくないというエゴで、そして鮫島に不幸を与えたいというエゴで…殺人を犯した。

 

 長門がやったことは、殺人。この世界でも、どの世界でも、許されてはいけない、大きな罪を彼女は犯した。

 

 そこにモノパンの介入は、殆どとして無かった。やったことと言えば、ただここから出すと勧告しただけ。そう考えるなあ…確かに、この事件は人間の悪意によって引き起こされたと言われても仕方が無かった。

 

 

「ミス長門の態度を見ただろ?キミ達。まるで人間の皮を被った人形だったじゃないか。そんな人間が、この中にまだ潜んでいるかも知れない」

 

「それは、長門自身が…」

 

「ミス長門だけが例外と言うのかい?ボクは思うんだよ。いやそんな事は無い、とね」

 

「…何故そこまでハッキリと言えるのだ…」

 

「キミ達の事を知らないからさ。会って間もない、過去も何も知らない人間自身のことを、ね」

 

「知らない、か、ら?信用できない、って、こと?」

 

「ああそうさ。歴史は人の数だけ存在する。ボクの様に輝かしい歴史もあれば、ミス長門のように後ろ暗い歴史もまた存在する。……今ここに居るキミ達にも…他人に軽々と話せないようなことの一つや二つ、あるんじゃないかい?」

 

 

 そう言って、ニコラスは俺達に指先を向けた。…生徒達は、押し黙って、聞いていた。

 

 

「そして歴史があるのならば、人と人との間には、価値観の相違も存在してくる。今回の事件その最たる例なのだよ。キミ」

 

 

 鮫島の生きてきた価値観、そして長門が生きてきた価値観。確かに、あの2人には大きな相違点があった。あったからこそ、看過できない相違に長門は怒った。だからこんな理不尽な事件が起こってしまった。

 

 

「そんな、何も今"この瞬間だけ"全面的に信用しろだなんて…不可能なんだよ」

 

「不可能…なのかな?その価値観を理解し合い、歩み寄ることができれば…信頼し合うことも夢じゃ無い……違うかな?」

 

「そうだね、ミスター落合。それはボクら人間にとってとても重要なことさ、理解し合う時間”さえ”あればね?」

 

 

 いやに強調したその言葉を聞いた数人が、何かを理解したように顔を上げた。

 

 

「……信頼に足るには…あまりにも時間が足りない…というわけか」

 

「合って間もない人間に自分の素性をペラペラと話す奴なんて、それこそ嘘つきか、相当なお人好し位さ。そして、それも含めて、ここは、この状況は、ボクらの軋轢を押し広げる、強いストレスも故意に与えてくる…必然的にコロシアイが起きるようにね」

 

「む、難しい言葉が多すぎて、頭が”しょーと”しそうです…」

 

「ニコラス…もっと分かりやすく言葉を選びな!!」

 

「ふむ……それは悪かったよ…キミ。とどのつまりだ、ボクは理解したのさ……モノパンに全ての責任を負わせるのは…間違いだ…とね。事件を起こすのは、人間。強いストレスを与えられたボクら自身こそがコロシアイの源なのだよ。ボクら自身が動こうと思わなければ…事件は起こらない」

 

「……動かなければ…事件は起こらない…」

 

「この状況で必要なのは、コロシアイを起こさないための未然の予防………ここで1度信用を断ち切り、必要最低限の交流をして、必要以上の接触を避ける…どうだい?不和の芽を根本から切り取ることくらいはできるんじゃないかい?」

 

「だから……俺達を信用できな…いや、しない……そう言いたいのか?」

 

「ふん……まるで囚人だな」

 

「ここは最初から牢獄だよ…キミ。まあ何人かは…信頼できそう候補はいるが……。候補どまりさ。完璧には信用できない……。それに忘れてくれるなよ?…ボクは殺されこそしなかったが…一歩間違えていれば死んでいたのかもしれない身なんだぜ…?」

 

「…確かに…そうですけど」

 

「この~、何が信用できないだー!一番うさんくさい身なりしてるくせにー!」

 

「どうとでも言うが良いさ。ボクは自分自身の考えに従うまで。…ふぅ…それじゃあ早速、ボクは単独行動を取らせて貰うよ……それに……――――――確かめたいこともあるしね」

 

 

 何か小さく呟いたニコラスは、ひらひらと手をフリ…裁判場を出るためのエレベーターへと向かっていく。

 

 

「おい!!ニコラス!!!」

 

「シィーユーエブリワン。シスター反町、ミス小早川、良い食事をありがとう。そして楽しかったよ、キミ達」

 

 

 止めても、止まらなかった。制止も聞かずに、一方的な別れのような言葉を発しながら、ニコラスはエレベーターの中へと姿を…消していった。小さな…沈黙がこの場に流れた。

 

 

「単独行動だなんて…いっっつも通りが気がしないでもないけど…」

 

「はぁ…だけどココまでハッキリと言うのは、珍しいですけどね…」

 

 

 "でも”、と雲居はつなぎ、続けた。

 

 

「でも…こんな酷い事件が起こった後です。当然の態度ですよ…正直、癪ですけど…今回ばかりはアイツの言うとおりです」

 

「ど……どういうことさね、雲居」

 

「今まで上辺だけ交流してきた私達ですど………そろそろこのコロシアイの状況に対応しなければならない時が来たのかもしれないです……。まああいつの言う案については、正直結果論です、どうなるかは神のみぞ知るですけどね……」

 

「うん……しばらく距離は置いた方が良い…かも……私も命は惜しい……あと眠い」

 

「最善策を打ち出す脳は、カルタの回路にはなぁ……それにちょっと傷心気味だし……うーーーーん」

 

「はぁ……拙者はそういう難しいことは……後で考えることにするでござるよ……何か疲れてしまったでござる……」

 

「…………」

 

 

 そう言いながら、ニコラスの後を追うようにして、無言の古家を含む生徒達は続々とエレベーターの中へと入っていった。彼らの後ろ姿からは、今までとは違う、明らかな隔たりが見えた。

 長門が生み出した亀裂は…俺達の間にまで波及し、確実に蝕んでいた。凡人の俺には……どうすることもできなかった。どうしようも無かった。

 

 

「ありゃりゃりゃりゃ、ワタクシが居なくなる前に居なくなってしまうなんて…こんなこともあるんですネ。でも…くぷぷぷぷ…良い感じに、疑心暗鬼が熟成してきましたネ、やっぱり布石を打ってきた甲斐があるってモンですヨ」

 

「………モノパン!」

 

「おおっとぉ!!!そんな怖い顔しても、ぜ、ぜ、全然嬉しく無いんだからネ!」

 

「ふざけるな…!お前、最初から…長門の境遇を知ってただろ!だから、あんな動機を…!」

 

 

 何も出来ないからこそ、俺は、誰かに、この事件の黒幕に言葉を浴びせることしか出来なかった。絶対的な悪を、怒りのはけ口にすることしか出来なかった。

 

 

「へぇ?ふむ……ご家族がご存命では無い事は分かっていましたけど…まさかあんな青春時代を過ごしていたのは、寝耳に水ってやつですね?はイ」

 

「ふっ……白々しいことこの上ないな…もう少しまともな嘘はつけんのか?」

 

「くぷぷぷぷぷ…まあ知っていようがいまいが、今回ワタクシ行ったことは手紙を渡して、ココから出て行けと、そう言っただけ……後はノータッチ。エッチもスケッチもやってない……つまり、キミタチは、ニコラスクンの言うとおり…身内のゴタゴタで命を失いかけた…ただそれだけなのでス」

 

「……くそっ!!ふざけるな、卑怯者!!!」

 

「折木さん…!」

 

 

 何も言い返せなかった。言葉にすることができなかった。だからなのか、制止する小早川を振りほどいて、怒りに任せて、コイツを殴りたくて仕方なかった。

 

 

 ――すると、誰かが俺の肩に手を置いた。

 

 

「荒れているね…だけど安心しなよ、僕は僕らしく、君は君らしく、この世界で調を奏でれば良いんだ…だから、君は……そのままの君で居てくれればそれで良いのさ…」

 

「…気持ち、は分かる、よ?……ツラいかもしれない、けど……その手を振り上げて、も……誰も、喜ばない、よ…」

 

「折木…滅多なことするもんじゃないさね。アタシはもう……誰も欠けて欲しくないんさね」

 

 

 でもそんな事をしても、何も進展するわけ無い、むしろ、俺"達"自身が損をするだけだと。落合達は、頭を冷やせと俺を諭していく。俺は、俯き、握った拳をほどいた。

 

 

「くぷぷぷ、くぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ……」

 

 

 モノパンはそれを見て、ひたすらに笑みを浮かべ続けていた。俺は視界に入れないように目をそらした。また怒りが湧きそうだったから。

 

 

「折木、くん……行こ?」

 

 

 俺は贄波に手を引かれ、残った生徒達と共にエレベーターに乗り込んだ。途中、背中をさすられたり、肩を叩かれたり……その優しさに涙があふれそうだった。俺は何をすることもできない、凡人だというのに…。

 

 だけど……この日の全てで…俺達の周りを深い溝が出来たことだけは分かった。容易埋めることは叶わない深い深い溝が。

 

 

 

 ――――俺はどうすれば良いんだ…

 

 

 ――――こんな俺に何が出来るんだ……

 

 

 

 俺はどうしようもない程のやるせなさを抱え…裁判場を後にした。

 

 

 

[newpage]

 

【エリア2:図書館】

 

 

 裁判所から逃げるように出てきた俺は、図書館へとやってきていた。

 

 大した事情では無かった。だけど、決して怠ってはいけない事情だった。

 

 

「…鮫島」

 

 

 それは、今呟いた友人の弔いのためだった。

 

 友人である、鮫島がこの世に生を受けていた事を、心に刻み込んで置くために。友人として手を合わせておくべきだと思ったのだ。

 

 だから、俺はココに来ていた。

 

 

「…?」

 

 

 だけど、図書館の中央…鮫島の死体があった"はず"の場所に、たった一人の先客が居た。

 

 ーー古家だった。並べられた背もたれの無い円柱の椅子に座りながら、中央の一点を眺めていたのだ。思い起こすように、ボーッとしながら。

 

 

「ああ………折木君。…さっきぶりなんだよねぇ」

 

 

 俺の存在に気付いた古家は、ぎこちない笑みを此方に向けた。

 

 

「お前も、来てたのか………」

 

「色々振り回されたけど、あたしはあの子の友達だったからねぇ……門出くらい見送ってやるのが、筋だと思ってねぇ…こうやって来てみたんだよねぇ」

 

「………俺も同じだよ。俺も……あいつの友達の一人だったからな」

 

「ははっ、色々冷たい扱いは多かったけど、こんなにも思われてたんだねぇ。鮫島君も案外、幸せもんだったんだねぇ…はぁ、良かった良かった」

 

 

 取り繕うような、乾いた笑みだった。

 

 一番友人として接していた時間が長かった人間が何を言っているのだと思った。だけどそれを指摘するほど、俺は野暮では無かった。

 

 

「……全部、元通りだな」

 

 

 少し間を空けることがイヤだった俺は、周りの、"整然と並べられた本棚"を見回しながらそう言った。古家は同調するように頷いた。

 

 

「そうだねぇ……気味が悪いくらい綺麗さっぱり片付いちまってるんだよねぇ…」

 

 

 その言葉は、本だけに言えることでは無かった。俺達の視線の先にあったはずの、鮫島の"死体"も、何事も無かったかのように消え去っていた。朝衣の時と同じだった。

 

 今まで謳歌していた平和な日常を送れるようにと、モノパンが全てやってのけたのだろう。

 

 

「裁判が終わった直後位なら、残ってると思ってたんだけどねぇ……本当に…恨めしいくらい仕事が早いんだよねぇ」

 

 

 だけどその仕事ぶりは、ある意味残酷とも捉えられた。全て綺麗に片付けることで、元の日常に切り替えさせようとする、そんなモノパンの決してわかり合えない性質を目の当たりにしているようだった。

 

 

「なぁ古家。一つ…聞いても良いか?」

 

「…ん?何かねぇ?」

 

 

 裁判の時から、どうしても腑に落ちないことがあった。それを思い出した俺は、自然とそう口走っていた。

 

 

「動機の手紙が今回の事件と関連してるんじゃ無いか…ってなったとき、お前、少し取り乱してただろ?あれは…結局、何だったんだ?」

 

「…ああ…うん。あのときのことだねぇ……」

 

 

 その質問に対し、苦く表情を歪める古家。聞いてはいけない内容だっただろうか?…一瞬、そう思ってしまった。

 

 

「…言いづらかったか?」

 

「………いんや。ただあんまり流布して良いことじゃ無かったから、ちょっと考えちゃっただけなんだよねぇ……でも、折木君にだった、きっと大丈夫だねぇ」

 

 

 そう言うと、古家は1枚の"手紙"を取り出した。それは、長門が俺達に見せつけた"動機の手紙"だった。だけどその宛名には、何故か、古家では無く、鮫島の名が記されていた。

 

 

「……!それって」

 

「うん…鮫島君のなんだよねぇ……」

 

 

 どうしてその手紙が古家の手元に?…驚く俺に、古家はその手紙を差し出した。どうやら中身を読んでくれと言外に言っているようだった。

 

 

 俺は受け取り、手紙を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

『鮫島様へ

 

 

 

 アナタの妹君である、鮫島 小雪(さめじま こゆき)様の様態が急変なされました

 

             お急ぎ下さい。

 

 

 

                              モノパンより』

 

 

 

 

 

 

「古家…これ……」

 

 

 中身を見た俺は、その詳細を求めるように、古家へと目を向けた。

 

 

「…………あの子の妹さんは…生まれながらに、重い病気を患ってるんだよねぇ……」

 

「病気…?」

 

「それも、いつ急変してポックリ逝っちまうかも分からない位、厄介な病気で…生まれてこの方病院のベッドから離れられないって言うんだよねぇ……」

 

 

 長門同じか、それ以上の衝撃だった。聞いていい話なのか、一瞬そう思ってしまった。手紙を持つ手が震えるようだった。

 

 

「でも何でお前が、そんなこと…」

 

「手紙を渡された次の日に、鮫島君に呼び出されてねぇ。この手紙を読まされて、そんで、今の話を聞かされたんだよねぇ」

 

 

 古家は、今は亡き友人に思いを馳せるように、目を細めながらそう語った。いたたまれない気持ちになった。

 

 

「あたしはそのとき、ちょっと身構えちゃったんだよねぇ。この手紙を読まされて、そんでもしかしたら、あたしに、死んでくれって言って、殺しにかかってくると思ったんだよねぇ……」

 

 

 だけど、そう思うのも無理は無かった。大切な家族が危機に瀕しているというのに、どうして平静で居られるだろうか。

 こんなモノを見せつけられて…どれだけここから出たがってただろうか、どれだけ妹に会いたいと思っていただろうか…そんな鮫島の気持ちを想像するに難くなかった。

 

 

「でもねぇ…あの子は、鮫島君は、"この手紙をあたしに預けてる"って、言ってきたんだよねぇ。そんで――――」

 

 

 

 ――――ウチな。誰も殺したないねん。生き汚く、友達見捨てて、血濡れたまんまの姿で妹の前に出てきとうないねんな

 

 

 ――――それに朝衣とも約束したやろ?

 

 

 ――――…皆で無事にココから出たろう、って

 

 

 ――――ウチ約束だけは果たす男やからな?

 

 

 

 

「あの馬鹿は…あたしたちを殺したくないから……あたしたち一緒に出たかったから……その一心で、この手紙をあたしに渡してきたんだよねぇ…この手紙を見てしまうと、出たくなってしまうから…あたしを殺してでも…ココを出たいと思ってしまうから」

 

 

 だから……この手紙を、友達である自分に託したのだ。古家から聞かされたそれは、鮫島の強い覚悟だと思った。絶対にココを生徒全員で脱出しようという固い決意表明のように、思えた。

 

 

「そりゃあ、バカ丸出しだし、恥知らずだし、シスコンだし、飛行機の操縦以外からっきしな唐変木だったけど……でも……根っからのお人好しだったんだよねぇ」

 

 

 それが鮫島だった。例えどんな困難があっても、俺達を見捨てない。勿論家族も見捨てない。そんなお人好しな人間…それが鮫島という男の全てだったのだ。

 

 

 俺は、こう思った。

 

 

"何て、切ない人間なんだろう"、と。

 

 

 

「………鮫島君と長門さんは、きっと一緒だったんだよねぇ」

 

 

 古家はこぼすように、そう言った。俺は黙って、頷いた。

 

 

「…2人とも、きっと同じ孤独をもっていたんだよねぇ。どんなに周りに人が居ても、居なくても……人間1人では抱えきれないような、葛藤とか、辛さとか…あの子達は、ずっと心の奥深くに押し込んでいたんだよねぇ」

 

 

 ”ああ…”俺は黙って、焼き付けるように、耳を傾けていた。

 

 

「もしも、長門さんに、鮫島君のように、いざというとき、心の声をさらけ出せるような人が側に居たなら、その人に頼れる勇気があったなら……」

 

 

 

 ――――殺人になんて走らず、皆でココから出られたのかねぇ

 

 

 

 それはあまりにも純粋な、そしてあまりにも空しい、もしもであった。

 

 だけどそのもしもは、最悪の形で帰結してしまった。だから、俺はその言葉に肯定も否定も出来なかった。黙って、その言葉を噛みしめることしか出来なかった。

 

 

「……」

 

 

 その言葉を最後に…小さく、しかしとても長いような沈黙が流れた。

 

 

「ところで…折木君。知っているかねぇ?」

 

「…何をだ?」

 

「鮫島君が何であんなに、しょーもないギャグとか、うさんくさい関西弁を使い続けるのか、ねぇ」

 

 

 すると不意に、古家からそう聞かれた。俺は唐突ながらも、その質問についてしばし思考した。

 

 

「…………いや、分からんな」

 

 

 だけど、答えは出てこなかった。鮫島風に考えれば、単純に自分が面白いから…?…だろうか?でも、イマイチピンっとこなかった。

 

 そんな風に頭を抱える俺を見て、古家はニヤニヤと笑っていた。少しムッとした。

 

 

「ハハハ…悩むほど複雑な事情じゃ無いんだよねぇ…鮫島君は深く考えるのは得意じゃ無いからねぇ」

 

 

 少々失礼な言葉を付け加えながら古家はそう言うと…神妙に表情を変え、静かに広場の中心を見つめ直した。

 

 

「――――"小雪が笑ろうてくれるから…小雪をもっと笑わせたいから……どや?かっこええやろ?"……だってねぇ…」

 

 

 …あいつらしな、と思った。何処まで行っても、妹の事を考えるアイツらしい理由だと…思った。

 

 

「…………――鮫島君、後は任せるんだよねぇ」

 

 

 古家はそう言って、目をつむり、静かに手を合わせた。

 

 

「だから、安心して成仏して良いんだよねぇ…」

 

 

 宥めるように、祈るように、そうつぶやいた。

 

 

 俺も手を合わせ、目を閉じた。

 

 

 

「じゃあな……鮫島」

 

 

 

 ――――どうか、安らかに。

 

 

 

 ――そしてどうか、この祈りが届きますように

 

 

 

 俺達は、ただひたすらに手を合わせ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【???】

 

 

 

 

 

 ――――とある一室。

 

 

 暗闇が殆どを占めるその空間。壁には、大量のモニターが張り巡らされていた。

 

 

 爛々と瞬く電光は、部屋中をささやかに照らし出し…モニターの前に鎮座する"誰か"へと光りをちりばめ、影を作り出していた。

 

 

 …幅の広い椅子に座る人影は何者なのか。男性なのか、女性なのか、青年なのか、老人なのか…部屋が暗い所為もあり、判別するには至れなかった。

 

 

 

「―――れろ…」

 

 

 

 不意に、人影は呟いた。

 

 

 

「…壊れろ…もっと…もっと…………!!」

 

 

 

 『ジオ・ペンタゴン』の内部を映し出したモニターを見ながら…。怨嗟とも、恍惚ともとれる声を人影はつぶやいた。

 

 

 

 何に向けてなのか、誰に向けてなのか……そのこぼれるような言葉は、誰にも気づかれること無く……儚く、溶け去るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……見てみると、人影の膝元には、とても厚い”ファイル”が置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 幾重にも重なり合うその姿は、とても歴史深いものであることが見て取れた。

 

 

 

 

 

 表紙には…文字が付けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――『Ark of Time』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『時の方舟』…そう刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  第二章 沈黙の青春

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り12人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計4人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 

 




ちょっとキツい描写があったかも知れませんが、これにて2章終了。
3章をコツコツと書いていきます。










↓コラム



○名前由来のコーナー 

長門 凛音(ながと りんね)編

作者から一言:NARUTOの長門とは関係ありません

 コンセプトは地雷型のんびり枠。間延びするような口調なダイバー、という大雑把な設定は決まっていました。ですが、容姿が全然決まってませんでした。小柄になったり、長身になったり…色々変遷した結果、最終的に超長身キャラという形に落ち着きました。最後の最後まで普通の体型にしないという気持ちだけは、何故か一貫していました。
 当初自分で書いてみて、実に不気味なキャラだ、という印象を受けていました。しかし…友人に聞いてみると、それとは真逆の印象だったと言われたので…書いている側と呼んでいる側とで明確な齟齬が見られたキャラクターでした。
 名前の由来は、戦艦の『長門』と六道輪廻の『輪廻』を可愛らしくして『凛音』になりました。何気に一番最後に決まった名前なので、結構思い入れがあったりします。


○(忘れてた)サブキャラ紹介

小走 迷(こばしり まよい)
cv.広橋涼
⇒紹介するのを忘れていた1章のキーパーソン。走ることを愛してやまない典型的なスポーツ少女。しかしその愛が報われることは無かった。ジャージとスパイクは学校でも外さないし、廊下は基本走ってる。恐らくその廊下は穴ぼこだらけ。名前の由来は、『迷走』。


鮫島 小雪(さめじま こゆき)
cv.川澄綾子
⇒鮫島の妹。兄の鮫島と違い、奥ゆかしさを全面に押し出したような少女。幼少の頃から煩っている病気の所為で、人生の殆どをベッドで過ごしている。世の不条理に嘆きながらも、それをさらけ出してはいけないという葛藤を持っている。故に、本人は気づいていないようだが、いつもぎこちない笑みを浮かべている。だけど兄の放つギャグと関西弁だけはツボらしく、その瞬間だけは心の底から笑っている。
 ちなみに、将来はCA(キャビンアテンダント)で、兄と同じ旅客機に乗ることが夢だった。


○オシオキ名

『少女と海』
⇒元ネタはヘミングウェイ作、『老人と海』。


○2章タイトル
『沈黙の青春』
⇒元ネタは、レイチェルカーソン作、『沈黙の春』から。安直に『青』を加えたらそれっぽくなった。今回のクロである、彼女の生い立ちを表わしています。でも、沈黙するのは彼女の人生だけで無く…生き残った彼らを待つ未来の青春……だったりして。




○プレゼント
鮫島 丈ノ介
⇒焼け焦げたパイロットグローブ
 パイロットを目指す際に家族から送られた茶色のグローブ。所々に穴が空いていたらしいが、それを塞ぐように、雪の結晶のパッチワークが施されている。でも、もう全部真っ黒け。


長門 凛音
⇒おじいの法被
 血で染め上げられたかなり大きいサイズの法被。所々アラが見られるので…恐らく手縫い。服の隅っこに、小さく『りんね』と書かれている。


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第三章『きっと君は素敵な何かで出来ている』
Chapter3 -(非)日常編- 11日目


 

 

 

 

 ――――登ってくるんだ!!早く!!!

 

 

 

 そこに居てはいけないと、せきたてるような声が降ってくる。

 

 

 

 ――――あともう少し!!!頑張れ!!

 

 

 

 だけど、その声は自分に向けてではなく…見覚えのある"誰か"に向けて発せられていた。"誰か"は、そんなことは分かっていると、泥だらけになりながら、小刻みに生えた雑草をかき分け、土の壁を這い上がっていく。

 

 

 

 ――――良かった…無事で本当に良かった…!!ここならもう安全だ…!

 

 

 

 壁を登り切った"誰か"を見ながら、声の主は心底安堵したように表情を緩ませた。反するように、"誰か"は表情を酷く歪ませ、膝をついていた。

 

 

 

 ――――おい……見ろよ…町が……

 

 

 

 どうやらここは、山の上のようだった。声の主とは違う別の誰かが……そんな平地とは違う、少し小高い場所で下を見下ろしていた。それはまるで信じられないモノをみるような瞳であった。

 

 

 

 

 ――――ああ…何で…こんなことに………

 

 

 

 眼下に広がっていたのは…"海"だった。

 

 

 黒く濁った海が、地上にあったはずの、全てを覆い尽くしていた。残っているのは、山の上に逃げ込んだ、人々だけ。

 

 

 きっとこの人々は、住んでいたのであろう。

 

 

 ほんの数十分前まで。今も絶え間なく流れつづげるあの"波"が、人々の住んでいた"町"を崩壊させるまで。

 

 

 

 その悪夢のような光景を見つめる…見覚えのある"誰か"は、涙をこぼしていた。

 

 

 

 ――――…どうして?どうして…こんなことになるの?

 

 

 

 ――――どうして、"僕"ばかり…

 

 

 

 震えた声で、地面を両手で握りしめる"誰か"は嘆いていた。

 

 

 

 

 ――――全部…全部……”僕”の所為だ…

 

 

 

 神の所業とすら思えるこの"厄災"を自分の所為なのだと。

 

 

 

 

 他人かも分からない誰かのハズなのに…その姿を見ているだけど、何故か自分も悲哀をもってしまった。同じように涙をこぼしたくなってしまった。

 

 

 

 …もう少し、もう少しで……思い出せそうだった。

 

 

 

 この姿が、記憶が、あと少しで真実を語ってくれる気がしたのだ。

 

 

 

 だけど…その思いを阻むように…視界は少しずつぼやけていった。

 

 

 

 

 ――――たのむ、あと少しだけで良い

 

 

 

 ――――この光景を見させておくれ。

 

 

 

 ――――もう少しだけ、この"夢"を見させておくれ。

 

 

 

 

 

 

 歪みは視界を覆い尽くしていく。そんなことは無理だと、強く拒むように。

 

 

 

 

 

 …視界は再び――――――暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章 きっと君は素敵な何かで出来ている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア1:炊事場エリア】

 

 

 なんてことも無い朝の始まりだった。なんてことも無く起きて、なんてことも無く朝の支度をして、なんてことも無く炊事場に向かう。

 昨日までの事なんて夢だったような、そんな始まり方だった。

 

 

「あ…!折木さん!!おはようございます!!」

 

 

 先にやって来ていたのであろう。小早川が少々気の抜けた面持ちの俺がやって来たことに気付くと、跳ねるように立ち上がる。そして晴れやかに笑顔を溢しながら此方に手を振るう。

 

 

「ああ……おはよう」

 

 

 ぎこちない表情でではあるが、かすれた声でそう返す。

 

 炊事場に居たのは、小早川と、そしてふてぶてしい顔を崩さない反町の2人だけだった。

 

 いつもよりも遅めに来てしまった、そんな気持ちはあった。だけど、遅刻気味とも言えた俺が来るような時間になっても、生徒達は集まりきっていなかった。

 

 それは昨日の出来事が、裁判が、軋轢が、決して夢ではないことを物語っていた。だからなのか、小早川のこの明るさが、余計にその寂しさを際立たせているようだった。

 

 

「反町さん!!折木さんが来てくれましたよ!!」

 

「…そうだねえ。やっとこさ、って感じだよ。もう誰も来ないんじゃないかと思ってところさね」

 

 

 反町は周りを一瞥し、小さくため息を吐きながらそう言った。朝起きてから、一体どれ位待ったのだろうか…テーブルに並べられているご飯を見ながら、俺はなんとも言えない気まずさを持ってしまった。

 

 

「遅れて悪かった…。どうにも、朝から体が重くてな」

 

「まさか風邪ですか!?であれば、今日一日ゆっくりしていた方が…」

 

「ああいや…そうじゃなくて…気持ちの問題だ。昨日の疲れがどうしても抜けてなくて…覇気が思うように出せない感じだ………」

 

「…多分、他の奴らも、同じだろうねえ」

 

 

 "それに…朝衣の事件も重なってるのもあるだろうね"反町は、自分を含めた此所にいない生徒達を擁護するように、そう付け加えていった。それを聞いた俺と小早川は、不満な気持ちを募らせつつも、首肯した。

 

 

「……そういう2人は、大丈夫なのか?無理とかは、してないか?」

 

「心配しなさんな。…アタシは部屋の中でウジウジ悩んでるより、こうやって体動かすとか、料理を作ってる方が、性に合ってるんさね。これで、昨日の疲れもチャラにしてるんだよ」

 

「は、はい!私も同じです!!こう難しい事を考えると、100%…いえ、120%、パンクしてしまうと思うので!!!いや、お花について悩んだときも、実際そうなってしまいましたし」

 

「…お前も結構、苦労してるんだな…」

 

 

 ここでの生活以前に、むしろ別の不安要素が出てきてしまっているように感じてしまった。

 

 

「そ、それに……ニコラスさんの言う『必要最低限の交流』を、その言葉通りにしてしまうと、何だか…取り返しがつかなくなってしまうようで……居ても立っても、居られなかったんです…」

 

「そうか…」

 

「アイツも、アイツなりに考えてのああいう提案をしたんだろうけど……現段階だと、賛否両論って感じさね」

 

 

 確かに、あの考えは極論にも思えた。だけど今までの出来事が顧みても、ニコラスの言いたいこと、やりたいこと…そして成し遂げたいこと。それら全てをクリアするには、どうしても人的エラーをケアしなければならない。だからこそ、ああいう風な言葉を残したのだろう。

 

 

 

「あの……このまま私達、バラバラになってしまうんでしょうか?」

 

「…そんな事は無い…とは、言い切れないな」

 

 

 とても答えにくい質問だった。それに対して俺は肯定的とは言えない言葉を返すことしかできなかった。小早川は…沈むように俯いた。

 

 

「……私、前みたいにもっと皆さんと仲良くしたいです」

 

「そうだね…アタシも同じ気持ちさね」

 

「ああ…」

 

「…前みたいに、ここでご飯を食べて、怒られて、笑っていたいです…コロシアイなんて忘れて……皆さんと、生きていたいです」

 

 

 とても我が儘で、健気な願いだった。ココに居る誰もが抱いている、理想に近い願い。でも…。そんな願いなんて、所詮は理想。今この光景を見れば、それがどれほど難しい願いなのか、一目瞭然だった。

 

 だけど、昨日にあんなできごとが合った故に、抱えきれなくて、そう言わずにはいられなくなってしまったのだろう。俺と反町は彼女の言葉にどう返したものかと、顔を見合わせた。

 

 

「小早川……そうだな…俺も、出来るならそんな風になってほしいさ。でも今は時間がお互いに考える必要だ…無理に思いをぶつけても、修復できる物も修復できやしない」

 

「じゃあ……このまま何もしないで、いつもを過ごせというのですか?」

 

「いや。そうとまでは言わない。俺が言いたいのは…何もしないまま時を無為にしていれば、きっと今みたいにバラバラのままが続いてしまうだろう。ということだ」

 

 

 ”でも…”俺は翻すように、言葉を繋ぐ。

 

 

「それは何もしなかったらの話だ。今のお前達みたいに、ただ料理を作って、待ってくれれば話は別だ。案外人は現金なものでな…美味しい料理を前にすると腹を空く、そして本能的にノコノコとこっちにやってくるもんだ……俺みたいにな」

 

「折木さんみたいに……ですか?」

 

「…ああ。だけど料理が置いてあるだけじゃダメだ。人が居る居ないも大切だ。炊事場に来て、そしてお前達を見つけたとき…正直、凄く安心したんだ。待ってくれる人がいて良かった……ここに来て喜んでくれる人が居て良かった、とな……不器用な俺がこう思えるんだ。なんてことも無いことを重ねていれば、きっと今までみたいに、皆とまた仲良くできるはずだ……きっとな」

 

「梓葉…あんた朝の支度の時アタシよりも早く来て、色々準備してくれてたろ?あれ、恥ずかしい話、結構嬉しかったんよ。折木の言う通り、そんな些細な事を繰り返すのが和を取り戻すための第一歩さね。得意だろ?そういうの」

 

「そ…そうでしょうか……面と向かって言われると、こみ上げる物が…」

 

 

 頬を赤らめながら、小早川は俯いた。今度はさっきとは違う、明るい雰囲気の俯きのように思えた。でも、一瞬出てきた不安を少しでも取り除けたのなら、親身になった甲斐があるというものだ。

 

 パンっ、と反町に肩を軽く叩かれる。…これは、よくやった、という意味と捉えて良いのだろうか。

 

 

「そうだねぇ…こんな状況だと、いつも通りの空気を出してくれることはとっても大切だし、個人的には大助かりなんだよねぇ……」

 

「…古家!あんた、居たのかい」

 

「……今さっき来たばかりなんだよねぇ。神妙な話をしてるっぽかったから、ちょっと足踏しちまったけどねぇ…」

 

「…何だかすみません」

 

「いやいやいや、驚かせちゃったみたで、こちらこそなんだよねぇ…」

 

 

 古家は手を振りながらそう否定する。そんな仕草をする彼を見て、俺は裁判後の、図書館で鮫島に黙祷を捧げた時のことを思い出す。

 祈り終えた後、すぐに分かれたために…あの後どんな風に過ごしたのかは分からないが……どうにも心配になってしまう。

 

 

「…古家」

 

「――折木君、あたしはもう大丈夫なんだよねぇ。心配してくれて、ありがとうねぇ」

 

「……そうか」

 

「何か、あったのかい?」

 

「いやぁ、裁判の後にちょこっと雑談し合っただけだから、気にしなくて良いんだよねぇ」

 

「………じゃあ、気にしないことにしておくよ」

 

 

 俺達のやりとりに何かを察したのか、反町はこれ以上の事は聞かなかった。…小早川は、全くと言って良い程理解していないみたいだが…。

 

 

「ああ、なんたる偶然だろうね…。春の曙に興じようと、徒然なるままにココまできてみれば…こんな場面に出くわしてしまうなんてね……控えめに言っても…素晴らしい情景さ」

 

「落合、お前もか…」

 

「アンタも、きぃつかって距離を置いていた口かい?」

 

「はは、その真偽は世界聞いてみると良いさ…こうやって、耳をすましてね………」ジャラン

 

「…いや、分からないから聞いているんだが……」

 

「そうだね、敢えて言うなら…折木君がここに来たときに…かな」

 

「…まったく気付きませんでした」

 

「本当に空気みたいなやつさね…」

 

「……何て言ったって僕は自然そのもの…どこにでも居て、どこにでも居ない…そんな、風のような存在と思ってもらってもかまわないさ。勿論、空気ではなくね」

 

「…あっ、そこはやっぱりこだわるんだねぇ」

 

 

 普段通り過ぎる落合の独創性に、俺達は苦笑する。だけど…今だけは、彼の常人とは思えないいつも通りさに、安心してしまった。

 

 

「ふはははっ!!おはよう愚民共!!どうやら遅れてきてしまったみたいだなぁ!!!」

 

「みんな、おはよ、う。遅れて、ごめん、ね?」

 

 

 すると今までの静けさからは嘘のように雨竜、贄波と、炊事場に集まり始め、賑やかさが累乗し始める。この現状に憂いを抱いていた小早川は花が開くように、喜びを露わにした。

 

 

「雨竜さんに、贄波さんも!!!来て下さったんですね!!」

 

「ちょっと、行きづらかった、けど…部屋に居ても、ね?」

 

「ふあはは!!!ワタシは普通に寝坊してしまっただけだがなぁ!!!こんの馬鹿共ガァ!!!」

 

「贄波はともかく、お前は何を偉そうにしてるんだ」

 

「雨竜君も雨竜君で、平叙運転みたいなんだよねぇ…」

 

 

 それもそうだが…雨竜の場合もう少しボリュームを下げたテンションの方が良いような気もする。正直うるさいことと、その態度がどうにも…。

 

 どうやらこの気持ちは反町達も同様だったらしく…反町は雨竜にに"朝からうるさいんだよぉ!!"とスープレックスを決めていた。 

 

 

「ぬぉぉぉぉ……首が……首がぁ……」

 

「どえらい寝違いが発症してるんだよねぇ…」

 

「…無念だな」

 

 

 そうしみじみとしながら、悶絶する雨竜を眺める。

 

 これでやっとこさ…俺達らしい、微妙に騒がしい朝になってきた。…そう思えた。

 

 

 すると――――

 

 

「パンパカターン!!!よってらっしゃい見てらっしゃい、お持たせしました、お待たせしすぎてしまいましタ、ミスターモノパンのスパーーーーイリュージョンターイムでス!!」

 

 

 モノパンが、雨竜に負けずとも劣らない頭に鳴り響くが如くの声量を持って、堂々と登場する。…今度は料理の並んだ食卓の上ではなく、別の丸テーブルの上に姿を現していた。

 

 

「うげ…折角良いムードになってきたのにねぇ…余計な奴が来ちまったんだよねぇ」

 

「また飯が不味くなりそうだよ」

 

「ありゃりゃりゃ、人が居ると思ってこうやってわざわざ赴いて見ましたが…ちょっと少ないみたいですねェ」

 

「…悪いか?」

 

「べぇつに~~、ただ今まで仲良くしていた割に、たった1,2回裁判程度で壊れかけて仕舞うだなんて……実に儚い友情だなぁ~と思いましてネ…」

 

「中々の言いようなんだよねぇ…」

 

「人が死んでいるのに、その程度扱いだと…?はっ、その時点で話にならんな……モノパンよ、ワタシのコスモが貴様を焼き尽くす前に…とっとと消え失せておけ」

 

「はい!!それにこんな状況、何のこれしきです!!まだ崩れきった訳ではありませんからね!!きっと明日にでも、元通りにしてみますとも!!」

 

 

 そんなモノパンの挑発に、全員で対抗する。何となく、チームワークのような物を感じた。

 

 

「…というわけだ、モノパン。俺達は今取り込み中だ…用なら後にしてくれ」

 

「くぷぷぷぷ…そうですネ。そうさせて貰います。……大事な、大事なご褒美のお話を終えてからネ」

 

「ご褒美?……お話…?」

 

「それ、って…もしかし、て」

 

 

 俺は頭の中で裁判が終了した次の日…生き抜いたご褒美と、エリア2が開放されたときのことを思い出す。

 

 

「モチのロンロン。裁判の後にやって来るのは、お楽しみ、"新エリア"の解放でス!!!ああ、ついにやってきました、やってきすぎてしまいました……この気持ち…まるで小学校の時の工場見学のような高揚感…た、たまりませン…」

 

「いや、それはちょっとワクワクしづらいんだよねぇ…つかメモリアルの盛衰が尖り過ぎてんだよねぇ…」

 

「ふっ…ワタシの場合ちくわ工場であったぁ…」

 

 

 ふむ………俺の場合はどこだっただろうか…。…何処か辺境の、しかも漁業関係の会社だった気もするが…。上手く思い出せないな…。

 

 軽く頭を悩ませてみるが…どうにも小学校時代の記憶が曖昧で、結局思い出せなかった。そんな俺は置いていくようにモノパンは続けていく。

 

 

「取りあえず、お食事が終わり次第、中央棟にある3と刻まれた扉の中にお入り下さイ。ワタクシは、新エリアの中でお待ちしておりまス…今回は今まで以上に特別な施設となっておりますの…どうぞお楽しみに…ではではでハ」

 

 

 そう言って、モノパンは俺達の要求通りそそくさと姿を消していった。俺達は、小さな沈黙の中でお互いに顔を見合わせた。

 

 

「…特、別なエリア…」

 

「何だか気になる匂わせなんだよねぇ…」

 

「ああ……気になるな」

 

「目の前に現れるは新たな世界。僕らが思うは、未知への関心。さぁて、僕らのは明日は、どんな風に渦巻いていくんだろうね…」

 

「明日じゃなくて、今日行くんだろ?…そんなことを考えるのは後さね。アンタ達、そろそろ朝飯にするよ。早く食べてくれないとこいつらがカッチカチに冷めちまうよ」

 

「ふはっ!!言われてみればそうだな…我々の腹は既にブラックホールの様子を呈していたのだったなぁ!!」

 

「はい!!!皆さん、たんと食べて下さいね!!!」

 

「残したら鼻フックだからね」

 

「しれっとえぐいリスクが聞こえたきがするんだけどねぇ…」

 

「まぁ…残さなきゃ、大丈夫だろう」

 

 

 急遽、新エリアへと向こう事が決まった俺達は…小さなリスクを背景に…いそいそと食事をかきこんでいく。

 そして残さずきっちりと食べ終え、新エリアへと繋がる中央棟へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【中央棟】

 

 

 カツーン…カツーン…とぶつかり合うような、小さな足音が幾度も鳴り響く。果てしないとも思える程の暗い道の向こう側へと消えていく。

 

 モノパンの新エリアの開放を聞かされてからしばらく…俺と贄波、雨竜、古家、小早川、そして落合の6人は、新しく開放されたエリア3に続く鉄の道を踏みしめていた。

 

 

「エリア2の時もそうだったけどねぇ……やっぱり見たことも無い様な場所に行くとなると、こう、高揚感っていうのかねぇ…ドキドキが止まらないって言うのかねぇ…」

 

「…確かに、こんな風に階段を上っているとより感じるのは、あるな」

 

「新世界、それは誰もが夢見る未開の大地。僕は何度も何度もそんな気持ちを経験してきた。だけど、このほどよい緊張感は…何にも代えがたい、素晴らしい一時だと…僕は思うよ」

 

「…と、途中で何を言っているのか聞けていませんが…"にゅあんす”は何となく伝わってきました!!もはや絶望的なテストを受けた後の、テスト返しのような緊張感ですね!!」

 

「小早川…それは微妙にズレた表現じゃないか?」

 

「雰囲気だけ伝われば良いかと思って!!」

 

 

 まぁ…彼女が良いのなら…良いのだろうか。他の全員の顔を見ても、しょうが無いと言わんばかりに黙って頷くだけだった。

 

 

「しかし…前に開放された時と違い…エリア特有の気温の変化は今のところ感じられんなぁ…」

 

「エリア2の時は蒸し暑い感覚が先走ってたけど…今回は感じられないねぇ…」

 

 

 確かに…いやむしろ、少し肌寒い感触に思えた。どうやら、どのエリアも、それぞれがそれぞれの気候があり、今回はエリア1と同じか、それよりちょい下くらいの気温が蔓延っているようだった…。

 

 

「それにしても…あの…反町さんのことなんですけど…本当に連れて来なくて良かったのでしょうか…?」

 

「…待つことは追いかけることよりもツラいことさ…でも彼女は、それを自分1人で受け持った…その気概は賞賛されるべきだと思うよ」

 

「…『折角来たのに誰も居なかったら、アイツらも寂しいだろ』…と口にはしていたが…やはり気にせずにはいられんなぁ…」

 

 

 このメンバーからも分かるとおり、反町だけは1人炊事場に残った。俺達が第3のエリアに向かおうと意気込む中、今俺が言った言葉の通り、反町は未だ部屋の中にこもる何人かの連中のために、1人残ったのだ。

 

 正直、俺達も待った方が良いのか迷ってしまったが…結局反町に『行け』とリアルで尻を叩かれたので…こうやって来ている。こういうところが、アイツらしい考え方だと思った。

 

 

「気になるは分かるけど…途中、来なかったら来なかったで食事をねじ込みに行くとか…ちょいと物騒な発言が聞こえたような気がしたから、あたしとしては別の意味での心配はあるんだけどねぇ…」

 

 

 …確かに。というかそっちのほうが心配の比重が高いかも知れない。……あの物理的交渉術の天才である反町ならやりかね無い。俺達は起こりうるであろうその光景に、今居ないメンバーに対しての同情を共有した。

 

 

「ま、まぁエリアについてなら報告会の時にでも、伝えられるしな…今は黙ってエリアの探索に集中しよう」

 

「そうだねぇ。でなきゃ、送り出してくれた反町さんに申し訳が立たないしねぇ」

 

「……報告のみではわかり得なかったのであれば、己の身一つで新たな大地へと赴けば良い話だ……我々のようにな?」

 

「…そう……ですね」

 

「ふふふ…案ずるでない小早川よ…我が論理的思考は常に常人にも理解を越えた、完全なる超理解を約束しよう。そして全てを理解したとき、きゃつは我が天文学的観測術の神髄を――――」

 

「あっ!扉が見えてきましたよ!!」

 

「話を聞けいぃ!!」

 

 

 唾を飛ばしながら激しくツッコむ雨竜の居ない方角…そのすぐ先には、大きく『3』と刻まれた金属製の扉が重々しく佇んでいた。今までのエリアの倍近い大きさのそれが、迫力をことさらに倍増させているように思えた。

 

 

「この向こうに、また新しいエリアが……ゴクリ」

 

「モノパン曰、く、特別エリアだって、言ってた、ね…」

 

「ああ、ついに前人未踏の大地、そのスタート地点が僕らの目の前に現れてくれたね。さぁ風と共に、歩みを進めていこうじゃないか」

 

 

 落合の仰々しい前座を聞いた俺はゴクリと唾を飲み込む。そしてゆっくりと、扉に自分の手を近づける。

 

 

 そしてあっけないほど簡単に、新しい世界への扉は、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア3:入口】

 

 

 

「うわぁ……!!」

 

「ふむ、これは何と…凄まじい…」

 

「こりゃぁぶったまげなんだよねぇ…」

 

 

 扉の向こうの光りの先、新エリアと呼ばれる世界には、とても施設の中とは思えない光景が広がっていた。

 

 

 俺達の凱旋を祝うように舞う、楓の葉と、紙吹雪。

 

 傍目から見ても分かる、巨大な観覧車。

 

 空を縦横無尽に曲がりくねりながら駆け巡る鋼鉄製のコース。

 

 そして、エリアの奥にそびえ立つ展望台とおぼしき高層タワー…。

 

 その様相は…どこからどう見ても、"遊園地"そのものであった。

 

 

「こ、これっ、て、遊園地だよ…ね?」

 

「ああ……しかしこの光景は我が予想を遙かに超えている…あのモノパンが特別と称するのも頷ける話だぁ……」

 

「…施設の中にテーマパークとは…まさに…大胆不敵です!!」

 

「多分使い方間違ってるねぇ…」

 

「箱庭にあるは夢の国…それは人の思いを具現化させた事象か…それとも有り余る欲望が見せる幻か……どうせなら前者であることを願うよ」

 

「そしてあんたは何と葛藤してるのか、てんでわからんのよねぇ…」

 

「…扉を見て思ったが……やはり、エリアそのものも今までの、倍くらい広いな…右を見ても左を見てもまだ先がある」

 

 

 

 そんな風にして、それぞれがそれぞれの感嘆の声を漏らしながら呆気にとられていると…。

 

 

「ようこソ!!我がジオ・ペンタゴン最大の強み!!エリア3、こと『ジャパリパー…』じゃなかった…『モノパンパーク』へ!!」

 

「今聞こえてはいけないような単語聞こえた気がしたんだよねぇ…」

 

 

 俺達の目の前に、怪盗の如き衣装に分したモノパンが現れる。その様相はいつもと変わらないのだが…このテーマパークの雰囲気も相まって、何かのイベントのキャストのように錯覚してしまった。

 

 

「くぷぷぷぷ…いやぁ待ちわびましたヨ。この時ヲ。このエリアを紹介したくて、だけどできない。そんなジレンマを抱えながらどれだけヒビを数えていたか……うう、余りの嬉しさに…何かが口からでてきそうでス……うっぷ」

 

「どんだけ喜びに震えているんだよねぇ…」

 

「ふっ…出てきたとしてもネジか、もしくは油くらいであろう」

 

「本当ですか!!!何だかロボットみたいですね!!」

 

「前々、から、ロボット、って、自白はしてたと、思う、よ?」

 

「どちらににしても、口から溢されるのはイヤだな…」

 

 

 微妙な視線をモノパンに注ぎながら、俺達は後ずさりする。流石に吐かれてもらってはかなわないからな…。

 

 

「冗談、冗談ですヨ。そんなムードを壊すようなマネはしませんかラ。是非とも、お楽しみな気持ちを保ちつつ、探索を行っていただければと思いまス……」

 

「見知らぬ僕らの世界の一部、そこに存在するは、この箱庭からの解き放たれる鍵か…それとも沈黙か…」

 

「なんのなんのです!!皆さん!!頑張って探索していきましょう!!」

 

「…ちょっと骨は折れるかも知れないけどねぇ……」

 

「ふはは、人数の有無など関係は無いさ…必要なのは如何に効率的に調査し、情報を取捨選択できるか否か…我々なら…いやこのワタシであれば、そのような些事、造作も無い事よ…」

 

「そうでス…あがきなさい、あがいてみなさイ………どうせ脱出の手段なんてどこにもないですからネ…」

 

「ふん…やってみなければわからんであろう…貴様は黙って、施設の運営に手を焼いていろ…」

 

「くぷぷぷぷ…それもそうですね…ではお言葉通りにさせていただきまス」

 

 

 モノパンは頬骨らしき部分を上げながら、そう含み笑いを漏らす。すると突然……あっ!と何かを思い出したような声を上げた。

 

 

「そういえば、言い忘れてましタ……このエリア3、一部の施設は現在準備中なのデ…アトラクションをご利用になられる際、ご不便をおかけすると思いますがそこんところはどうかご了承下さイ」

 

「え゛っ………そんな中途半端な形で、よくあれだけ自慢気な態度を取れたねぇ…」

 

「良いじゃないですカ。ノリと勢いは盛り上げ上手の第一歩…今は遊べずとも、完成した後日に、また楽しめば良いんですヨ…いまはあくまで体験コースということデ…はしゃいでくださいナ」

 

 

 そう言い終えると同時にモノパンは姿を消していった。ここに来てからの一部始終を見終えた俺達は、現在進行形で当惑という感情を抱えていた。

 

 

「未完成って……でも確かに、よく見てみると観覧車とかも動いてないように見えるな…」

 

「じゃあ本当に一部は動いてないみたいなんだねぇ…」

 

「モノパンが居たので、気丈に振る舞ってはみましたが…これほどの設備を目の前に…全力で娯楽に身を投じることができないなんて…誠に”しょっく”です…」

 

「ふん…癪ではあるが…モノパンの言うとおり、今ある手札のみ楽しむほかあるまいよ」

 

 

 確かに雨竜の言うようにすれば良いのだろうが…何とも盛り上がり切れない駆け出しのように思えた。俺達は大きなため息を吐きながら…エリアの奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア3:噴水広場】

 

 

 入口から出てきて数分の場所には、エリア1のような中央広場が存在していた。役割は言うまでも無く、中継地点。

 だけどエリア1と違い、水を噴き出す中央にあるのは、あの趣味の悪い熊顔の彫像ではなく、バロック風のオブジェだった。

 

 そしてその噴水の前には――

 

 

「…地図だな」

 

「地図ですね…」

 

「地図であるなぁ…」

 

「……まとめて言う必要あるのかねぇ?」

 

「すみません…つい流れで…」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 このエリア全体を端的にまとめた地図が、掲示板に貼り付けてあった。

 

 

「俺達居るこの赤い点の場所を中央とするなら……このエリアは西と東で大まかに分かれているみたいだな…」

 

 

 地図に指を付けながら、このエリアの所感を並べていく。古家達は頷き、続けていく、

 

 

「ひ、広すぎて迷ってしまいそうなんだよねぇ…あたしちょっと広すぎる場所に来ると腹痛が酷くなる持病があってねぇ…」

 

「そのような気味の悪い症状は存在せん、洞窟で育ってきたのか貴様は」

 

「洞窟に近い環境で育ってきたから、強く否定できないんだよねぇ…」

 

「…本当にどんな生活をしてきたのだ…?」

 

 

 どーでもいい場面で、古家の生活の一端が見えた気がした。なんとも触れづらそうだったので、まとめて置いておくことにした。

 

 

「こんな、に、広いんだった、ら…ちょっと、手間だ、ね……手分けして、みる?」

 

「ええそんな!!折角のテーマパークなんですし、一緒に回りましょうよ!!何だか楽しそうですし!!」

 

「時間とは人の数だけ存在し、人の数だけ過ごす時がある…だけど、必ずしも全てがバラバラになるわけでは無い……僅かな時間だけでも重なり合う時もまた存在するのさ。…そんな刹那の一時を、大切にするべきだと…僕はそう思うんだ」

 

「…取りあえず落合も賛成、ということだな。…俺も小早川の意見に賛成だ。折角のテーマパークなんだ、時間が有限でもないわけだ。楽しみながら探索しよう」

 

「……良いだろう、そこまで言うのなら一緒に行ってやらんでもない……!!ふははは!!泣いて喜ぶが良いさ!!この超高校級の観測者たる雨竜狂四郎が貴様らと時を共にするなど、天に人を作るが如きあり得ん事象なのだからなぁ!!」

 

 

 この反応を見るに、少なくとも雨竜は案外嬉しそうだということだけは伝わってきた。

 

 

「…うわぁ友達と遊園地を歩くなんて初めての体験なんだよねぇ…ちょっとおめかししとけば良かったかねぇ…」

 

「古家…お前そんなにボケるタイプだったか?」

 

「あ、いやちょっとねぇ…場をできるだけ和ませようとねぇ…そんなに気にしなくても大丈夫なんだよねぇ…」

 

 

 恐らく鮫島のマネをしているのだろうが…この中でお前がツッコミ役を降りたら、恐らく俺が過労死する。というかツッコミ役こそがお前のアイデンティティのはずなのに、それを捨て去ってしまったお前に何が残るのだ。

 

 

「…あんた、結構失礼なこと考えて無いかねぇ?」

 

「…いや、そんなことは無い。…贄波もそれで良いか?」

 

「うん、大丈夫、だ、よ?」

 

「あからさまに逃げられた感じがするんだよねぇ…」

 

「そんなことよりも、です!決まりですね!!さあ最初の"あとらくしょん"へと参りましょう!!」

 

「はは、どうやら風は僕達の方へと吹いてきているみたいだ。この流れに乗らざるして、いつ乗るのか…だね」

 

「…それ多分、逆風だと思うんだけどねぇ…」

 

 

 …満場一致、ということで、俺達は全員でエリアを探索することになった。まずは噴水エリアからみて左、西方面へと俺達は揚々とした足取りを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア3:お菓子の家】

 

 

 西エリアの道を歩いてすぐに見えてきたのは、1つの家だった。一見何の変哲も無い家のように、遠目からは見えていたのだが……近づくにつれてそれが"変わった"様相をしていることに気付いた。

 

 

「これ、って…!」

 

 

 …パンで出来た壁に、クリームが塗りたくられたケーキのような屋根、チョコレート製の煙突に砂糖で出来た窓…某童話兄妹が迷い込みそうな、お菓子の家がそこにあった。

 

 

「夢、みた、い…!」

 

 

 どうやら、そんなお菓子の家は贄波にとって憧れの光景だったらしく…目をキラキラとさせながら、手を重ねていた。まさに、比喩抜きで今にでも食いつかんばかりに前のめり具合であった。

 

 

「うわぁ…こうゆうのって絵本の世界でしか存在し得ないと思ってたけど…実際に存在するんだねぇ…」

 

「ふっ…某ネズミの国では到底マネできん施設だが…下らんな……本当に菓子で出来ているのか?」

 

「注意書きがありますね…ええと…『この家は全て本物のお菓子で出来ています。ご自由にお食べ下さイ…』…本物のみたいですね!!どうしましょう…はしたないかもしれませんが…一口食べてみても…?」

 

 

 イマイチ信用できない口ぶりの看板だったが、触ってみたり、匂いを嗅いでみると本当にパンやらクッキーで家は構成されていた。乾燥してパサパサになっているわけでもないし…衛生面から見ても口に含んで問題無さそうだったが…。

 

 

「甘い物は苦手だ……試食は貴様らに任せる」

 

「お、親には外で変なモノを食べてはいけないってきつく言われてるからねぇ…あたしもパスさせてもらうんだよねぇ…」

 

 

 しかし、何か変なモノでも混ざっているのではないかという疑いは残っているために、殆どは遠慮をしていた。

 

 

「うん、おいし、い!」

 

「………やっぱりお前が食べるのか」

 

「体と食欲は比例しないように、小柄な彼女にもその身に合わない大きさを持っているみたいだね…ああ、人の食べる姿はどうしてもこうも美しいんだろうね」

 

 

 そう贄波を賞賛する落合の手にも、チョコレートらしき物体が握られていた。どうやら気付かないうちに、そそくさとつまんでいたようだった。何とも読めない奴である。

 

 そんな彼の様子に毎度ながらため息をつく俺は、家の中を調べてみようと、チョコレート製のドアノブをヒネり、中へと侵入。

 

 

「…部屋の中は…俺達の部屋の間取りと変わらないみたいだな」

 

「トイレとシャワールームを除いてシンプルにした感じだねぇ…大きな違いと言ったら、気持ち悪いくらいに甘ったるい匂いが充満してるところ位なんだよねぇ…」

 

 

 部屋の中には、板チョコで出来た椅子に、ベッド…棚や机が、並べられており、様々な菓子類か発せられる甘ったるい匂いが部屋の中に立ち込んでいた。正直な話、お菓子が苦手じゃない人間でも、頭が変になりそうな匂いの密度であった。

 

 

「特に目につくようなモノは無し、か……贄波、小早川、そっちは……」

 

「「…え?」」

 

 

 気になるモノはあるか…?そう聞こうと見てみると…彼女達の口元にはクリームがべったりと付いており、手元には歯形の付いたケーキが握られていた。明らかに、さっきのつまみ食いを未だに続けているようだった。

 

 

「……美味しいか?」

 

「はい!!」

 

「うん、おいしい、よ…」

 

 

 照れながら微笑む彼女達に、俺は苦笑いを浮かべた…。…朝ご飯を食べたばかりだというのに、想像以上の食い意地を目の当たりにしたようだった。

 

 流石に節操がなさ過ぎるな…とりあえず、反町にこのことは報告しておこう……。そう心に決め、俺達はまた別の場所へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア3:メリーゴーランド】

 

 

 エリアの説明の際に、モノパンは一部の施設は稼働していないとは言っていた。だけどこのメリーゴーランドはその例に漏れているらしく、馬やカボチャの馬車と言った乗り物が、中心の柱を起点にし、目の前を元気に回転していた。

 

 

「折木さーーん!!!見てますかーー!!!楽しいですよーーー!!!」

 

 

 メリーゴーランドに乗りながら、心底楽しそうに大きく手をふる小早川"達"に、俺は手をふりかえす。どんな角度から見ても微笑ましい光景だった。

 

 

 

「くそ………何故追いつかんのだぁ……既に標的は目の前に居るというのに……駆けろ、駆け抜けるのだぁ…!!我が愛馬よぉ…!」

 

「そりゃあ追い越すように作られてないから、到底不可能なんだよねぇ……正直みっともないから結構止めてほしいんだよねぇ」

 

 

 小早川だけでなく、雨竜と言った歳不相応な連中も混ざる光景の中に、俺自身も入りたいとは思った。だけど…昔家族と遊園地に行った際、俺が乗ったアトラクションが悉く故障するというイヤな思い出が未だに残っているために、遠巻きに眺めるに留まっていた。

 

 …時々思うのは、俺が機械を苦手としているのではなく、機械が俺を苦手としているのではないだろうか…そう思って仕方が無かった。

 

 

「…まるで運命の輪のように、この世界は回り続ける………ああ、だけど残念だよ。運命とはこんなにも単純ではない、入り乱れ、そして交差する…実に複雑で、そして面白いもの…そう思わないかい?」

 

「落合君、は、別の意味、で恥ずかしい、ね?」

 

「この世に恥ずかしいことなんて無いさ……羞恥とは世界ではなく、人が決めるモノだからね?」

 

「…流石は既に羞恥の限界点に居る人間、説得力が違うんだよねぇ」

 

 

 全員思い思いに話をしていて収集がつかないが……とりあえず、楽しそうで何より。そう心で締めくくることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:射的場】

 

 

 予想以上にメリーゴーランドを楽しんでしまった俺達は、探索を再開し、対面にある別のアトラクションへと足を進めていた。

 

 

「見た目以上に…細長い施設、だ、ね」

 

 

 施設は長方形の体を為していた。中は、2:8の割合で区画が分かれており、前者は何やら物騒な銃やらボーガンやらが棚に収められた所謂射場といえる場所で、後者は殆どが空き地のようだが最奥には流鏑馬に使うような的が設置されていた。

 

 見たところ…この施設は射的場であるといえた。

 

 

「むむむ…射撃用のライフルだけじゃなくて、拳銃とか、果てにはアーチェリー用の弓まで完備されているなぁ…何とも物騒な…」

 

「こちらのおは庭…思った以上に距離もありますね。多分弓道で言う的場に当たる設備だと思いますが…的がまるで豆粒のようです…」

 

「どの道具を使っても文字通り的外れになりそうだねぇ…」

 

 

 小早川の言うとおりだと思った。射場から的までのその距離は凄まじく…素人の俺達ではもう当てられる気が起き無いような間隔に思えた。

 

 …総括すると、射撃選手である風切しか楽しめ無さそうな施設だな、と思った。

 

 

「なぁに、そう心配することはないさ。初めてというのは継続の最初の試練、1度使ってしまえば案外慣れてしまうかもしれない。僕も最初は、この相棒を弾くときは同じように臆していたものさ」ジャラン

 

「楽器を弾くと、拳銃を引くとではだいぶ仕様が違うと思うけどねぇ……ていうか銃には一生慣れたくないんだよねぇ…」

 

 

 見たところ、ここに置かれている武器は本物ではないようだが……確かに、進んで触るべきものじゃないな。

 

 

「……それにしても、なん、で、ここも、停止中、って扱いなのか、な?」

 

「的にも、お暇が必要ということなのでしょうか…?」

 

「中々に不気味な可能性だけど…きっとここにも何かしらの仕掛けがあって、今はそれを調整してる最中だと思うんだよねぇ…」

 

「仕掛け……か。…この雨竜狂四郎…そういった遊び心というのは大の好物……いずれはこの試練へと立ち向かい、その仕掛けとやらを拝ませて貰おうではないかぁ…」

 

「…既に楽しむ準備万端みたいだな」

 

 

 しかし使用ができないのであれば長居は無用、ということで、俺達はそそくさと施設を出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:電気室】

 

 

 西エリアの端まで探索の足を広げていると…ぽつんと建つ白い正方形の建物が目についた。

 

 恐らく、目立たないようにエリアの隅っこに立てられているのだろう。だけど…色とりどりな施設が連なるエリアの中で、その素朴さが逆にその存在を際立たせているように思えた。

 

 何となく入りづらい不気味さが漂っている故に微妙に足踏みを仕舞っている俺達。

 

 だけど、これではいけないと、妙な重たさと冷たさを持つ扉に手をかける。かん高い金属音と共に扉は開き、俺達はその内装を目にすることとなった。

 

 

「…ここは…なんだ?」

 

「何でしょう…この厳かな雰囲気のお部屋は。息が詰まるというか…勝手に入ってはいけない場所に来てしまったような趣を感じます…」

 

 

 部屋の中は、鉄製の棚のような四角形が連立していた。…その全てに扉が取り付けられ、扉の表面には雷を現したマークが記されていた。

 

 

「…少なくとも、アトラクションの1つ、とは、言えない、感じか、な?」

 

 

 贄波の言葉に俺は頷いた。今までのアトラクションと呼ばれて施設はここまで機械的な雰囲気を纏っていなかった。このことから、この施設は、楽しませるのではなく、支える側の、所謂裏方的な施設なのだ合点がいった。だけど…一目見てもどんな役割を持った施設なのかまでは分からなかった。

 

 

「何の変哲も無い平凡な世界にあった、非凡な秘密。これはきっと真実さ。この部屋こそ、世界が語る真実の一端なのさ」

 

「驚くほど的外れな意見は置いといて……多分、これって配電盤とか分電盤とかじゃないかねぇ…」

 

「はい、でん…ばん?」

 

「ええっと簡単に説明すると…使いすぎることのないように電気を各施設に送る…中継地点を担ってくれる設備のことなんだよねぇ」

 

「な…なるほど!!」

 

「…一応分かったことにしておくんだよねぇ……。ココは恐らくだけど…その配電盤とかが集められた電気室か何かじゃないのかねぇ…。あたしが在籍してた研究所にもこんな風な部屋があったから分かるんだよねぇ…」

 

「そうか、あれか。絶対に目につかない場所に設けられてる…あの部屋のことか……学校にもあったよな」

 

「…業者や職員以外は立ち入りを禁ずる場でもあったがなぁ……ふっ懐かしいな…冒険と称しそういった場を跋扈している最中…適当にイジって学校中の電気を落としたことをなぁ…」

 

「…よく怒られなかったな」

 

「どう見てもやってることテロリストなんだよねぇ…」

 

 

 …いや本当にコイツ大丈夫か?

 

 深掘りしていくと、もっとヤバい埃が出てきそうなのがその恐ろしさをさらに助長させているように思えた。

 

 

「…でも何でこのエリアだけ…このような設備が」

 

「きっと、ここって、一杯、電気を喰う、から。管理して、おかない、と、停電になっちゃう、とかか、な?」

 

「…あっ、成程。そうですねアトラクションを動かす電気量って、馬鹿にならなさそうですし…」

 

 

 確かに、今のところ断定は出来ないが…ここはエリアの電気を一手に引き受けている部屋のようだった。一見地味に見えて…かなり重要な場所だと思った。

 

 

「ふむ…だとするなら、ここはべたべたと触れるべき場所ではないな…ヘタにイジるとこのエリアの電気が止まりかねん」

 

「実際に止めた人間が言うんだから、言葉の重みがちがうんだよねぇ…」

 

「ですが……電気が止まってしまうと…実際どうなるんでしょう……」

 

「多分、エリア、が真っ暗に、なるんじゃない、か、な?」

 

「ひゃー。そりゃ大変だねぇ…そうと分かれば、さっさと退散とするんだよねぇ…触らぬ神に祟りなしなんだよねぇ」

 

「小さき物ほど強大な力を持つ…まさにこの世の理を現出させているようだね……」

 

「…言い方はどうあれ…エリアのアキレス腱な事に変わりは無いな…」

 

 

 そう思うと何となく居づらい…そんな感覚に陥った俺達は、逃げるように電気室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:気球乗り場 着地場】

 

 

 電気室を離れた俺達は、東エリアの端っこ、深い灰色に塗りたくられたような平地へと足を踏み入れていた。地面は無地の灰色というわけではなく、丸い円に加えて、『H』と文字が大きく刻まれていた。

 

 

「うーん…こりゃあねぇ……見たところヘリポートのように見えるけどねぇ…」

 

「……このエリアでヘリを飛ばすのか…?」

 

「ふっ、天井にぶつかって確実に御陀仏だろうなぁ…」

 

「…キメ顔で、言う、事、かな?…でも、ヘリじゃない、なら、何なんだろう、ね?」

 

「そんな悩める若人達に説明をしてあげましょウ!!」

 

「うわ!!さっきぶりに出たんだよねぇ!」

 

 

 如何にも何かありそうな灰色の地面から、まるで生えてきたかのように現れるモノパン。悩んでいる最中であった故にぎょっとしてしまったが、いつも通りのことと、俺達は平常を取り戻す。

 

 

「実はここ、『気球の発着場』なのでス」

 

「…ききゅう?」

 

「人間のツボに温熱的刺激を与え、疾病を治癒する…」

 

「それは『お灸』でス」

 

「よく漫画などで、拳銃を撃つ際の効果音に使われる…」

 

「それは『ばきゅーン』」

 

「きっとあれさ、ありがとう、を英語に訳した…」

 

「それは『サンキュー』!!もう!!わざとやっていますネ!!!気球は、あの巨大な風船に人を乗せられるくらいのかごを吊して飛ぶ、あの気球でス!!」

 

「「「あーー」」」

 

「…ぐぐぐぐ、キミタチ中々にワタクシを舐めてきてますネ…」

 

「どっちがだ…」

 

 

 少なくとも今までの行いからして、舐められるのは当然とも思えた。

 

 

「もう、良いですカ!?このエリアはとても広イ!!呆れ程に広イ!!!そんなだだっ広いエリアを地に足を付けながら右往左往するのはとても時間がかかル!!このような手間暇を解消するために用意されたのが、気球、名付けて『モノパンバルーン』なのでス!!」

 

「…そうか成程…では、その気球とやらは今どこにあるのだ?」

 

「ええと、気球は安全の最終チェックを行わなければならないのデ、現在は運営を停止しておりまス。キミタチも、気球の飛行中に墜落はしたくないでしョ?」

 

 

 …確かにイヤだな。整備を行ってしまった故に事故死なんて、洒落にもならない。

 

 

「まあ最終チェックの段階なので、近いうちに営業は再開しますヨ」

 

「そういえば……地図を見た時に、…ここの他にも…同じような発着場があったが…あれも発着場か?」

 

「そうですネ。東側の隅に設置された発着場でございまス。予約が入り次第、好きな方角から、対する着地場まで、気球を飛ばす事が出来まス。ただし、気球はたった一つだけ…泣いても笑っても早いモノ勝ちということだけは覚えておいて下さいナ」

 

「成程……エリア内で完結するお空の旅…とっても”ろまんちっく”な匂いがします!!」

 

「……貴様が操作する気球とやら…長い目を見て楽しみにしておくとしよう…」

 

「え?何言ってるんですカ?…いやいやいヤ、冗談はよしこちゃんしておいてくださイ……操作するのは"君達"ですヨ?」

 

 

 モノパンからの言葉に俺達はえっ……と同時に声を出してしまった。

 

 

「ええ!!!む、無理です!!私気球を操作したことないんですよ!?」

 

「小早川さんだけじゃなくてあたし達全員そうなんだよねぇ!!鮫島君ならわからないけど……てっきり、あんたが添乗員をしてくれるものと…思ってたのにねぇ」

 

「ノンノンノンノンノンノン、前から言っていますがワタクシは激しく忙しい身、一々気球を飛ばすために現れては、体がいくつあっても足りませン…。ですが心配はいりませン。何故ならワタクシ自慢の気球はそんじょそこらの平凡なモノとは比べものにならないくらい簡単に操作できるものですかラ」

 

「だ、だけど…」

 

「それに、最初はワタクシが簡単にレクチャーしてあげますので、ご安心下さイ」

 

 

 いや、操作方法ではなく、操縦することそのものに不安があるのだが……。

 

 

「ワタクシの説明は以上でス!!ではでは、今一度パークをごゆるりとお楽しみ下さーイ!!」

 

 

 しかし、そんな俺達の気持ちはお構いなしと…何とも不安の残る空気を残し、去っていってしまったモノパン。

 

 どうしたものかと、先行きへの心配をくゆらせる俺達は…仕方なしと発着場を離れ、エリアに東側のへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア3:お化け屋敷】

 

 

 東側エリアの始め目についたのは、何ともおどろおどろしい雰囲気を漂わせる施設であった。そして看板らしき板には、でかでかと『おばけ屋敷』と書かれていた。

 

 

「ふん…作られた心霊が住み着く愚か者共の館か…非現実的この上ない下らん俗物だな…」

 

「そう言う割には、だいぶ足が震えてないか?」

 

「…ふっ…………気のせいだ」

 

 

 …今の間は。絶対内心怖がっているようにしか思えなかった。…ちょっと笑みが引きつってるし。

 

 

「……あの、古家さん。すこぶる震えていますけど…大丈夫ですか?寒気があるなら、反町さんの所に戻りましょうか?」

 

「ああ、いや…お気になさらずに…ちょっとお化け屋敷が個人的に、ねぇ……」

 

「お前、もしかしてお化け屋敷…苦手だったりするのか?」

 

「うう……オカルト好きとして恥ずかしい話だけど。どうにもお化け屋敷はねぇ……不自然に現れる怨霊ならまだしも……こういう、人を驚かせるためだけに作られた怖さってのがどうにも苦手でねぇ…」

 

 

 …まあ確かに、お化け屋敷は人の恐怖のツボをつくのが生業だしな…。超自然的な怖さよりも、人工的な怖さが際立つの仕方の無い話だ。恐らく古家は、その後者に強い恐怖を持つタイプなんだろう。

 

 

「ふっ…まだまだ未熟だなぁ?古家よ…ではこう思ってはどうだ?幽霊など、そんな非現実的な現象この世の存在し得ないと、そう宣言すれば、多少の恐怖は消えるのではないか?」

 

「…商売上あたし的にそれタブーなんだけどねぇ…」

 

 

 オカルトマニアとして、確かに雨竜のそれは禁句である。ていうか…どんだけ怖いんだよ。

 

 

「でもねぇ…あたしとしてはこの苦手を克服したいと思うわけで……そうだ!!折木君…今度一緒に入らないかねぇ…!!誰か信頼できる人と一緒に入れば、少しは怖さを軽減できそうな気がするんだよねぇ…!!」

 

「えっ…」

 

「い、一緒に!?それは聞き捨てなりません!!何て言うか、少し納得がいかないというか……そのような楽しげなことに私も混ざりたいです!!!折木さん!!私とも行きましょう!!!」

 

「……3人で入るのか?」

 

「入れる、のは、2人までっ、て書いてある、よ?」

 

「…ええ…では先約である古家さんに譲るしか…。……であれば、先ほどの気球などはどうでしょう!!あれに一緒に乗りましょう!!きっと面白いですよ!」

 

「あれって俺達が操作するんだよな………。でも、そうだな……折角だし、乗ってみるか」

 

 

 どうせやることも限られているわけだしな…。不安は限りなくあるが…案外、小早川の反応込みで、楽しいフライトになるかもしれない、そう想像できた。

 

 

「うむむむ……我々は何を見せられているのだ…?幽霊の存在を否定するのではなかったのか?」

 

「人の感情の巡り会い……これもまた人が人たらしめる現象の一つなのさ」

 

「…折木君、人気、だね?……ね?」

 

「贄波…妙な圧が感じられるぞ…………何か気に触ったか?」

 

「そんなこと、ない、よ?きっと、気のせい、だよ…」

 

 

 いや…その貼り付けたような笑顔は怖い。普通に。俺は引きつらせながら、笑顔を返すことしかできなかった。

 

 

「こ、これって…あたし約束を取り付けない方がよかったかねぇ…何か若干の後悔が…」

 

 

 焦ったような古家。何だかゴチャゴチャさせてしまったようで…申し訳ない。少々気まずい空気を残しながら、俺達は次のアトラクションへと向かっていった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:ジョットコースター乗り場】

 

 

 お化け屋敷の隣には、何かの乗り場らしき施設の入口が立てられていた。看板には『モノパンコースター』と書かれて、大きく刻まれていた。

 

 

「『モノパンコースター』……どう見てもジョットコースターの類いだな…ふんっ、下らん」

 

「あんた下らんって言っておけば恰好がつくと思ってると思うんだけどねぇ…今までくだらないって言ってなかったの、メリーゴーランド位なんだよねぇ…」

 

「貴様ぁ!!メリーゴーランドは良いであろう!!」

 

「何か逆ギレされちまったんだよねぇ!?あれそんなに楽しかったかねぇ!?」

 

 

 ……知らないところで雨竜の趣味が露呈してしまっているみたいだが…取りあえず面倒くさそうなので無視しておこう。

 それよりも、この『モノパンコースター』についてだ。確かに、言われてみれば、エリア3を取り囲むように流れる大きなレールはココから始まっているみたいだった。

 

 

「ですが……この看板の状態からして…ジョットコースターの方も、乗れそうにないみたいですね……」

 

 

 看板には準備中とでかでかとぶら下げられており、他の施設同様、運営を一時休止をしているようだった。

 

 

「あと…もう1枚…この掲示板に地図らしきものが張ってありますね…ええと…『かん…』『かん…』……………」

 

「……『完成予定図』だな」

 

「……読めてました」

 

「本当か…?」

 

「本当です…」

 

「「…………」」

 

 

 お互いに沈黙。

 

 

「え…折木君?小早川さん?なな、何でちょっとピリついてるのかねぇ?変なこと起きてたかねぇ…?」

 

「手を取り合うことも重要だけど、時には摩擦を起こすこともまた創造を生む原動力となる……これもまた真実なのさ」

 

「…ふははは!!……若いな…あまりに若すぎる……そのような煩わしさなどワタシには不必要と言えよう…」

 

「誰もあんたの事を言ってない気がするんだけどねぇ…」

 

「……………」

 

「あっ…これは確実にあたしの所為だねぇ」

 

 

 また少し気まずくなってしまったが…俺達は気にせずその完成予定図とやらに目を向ける。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 掲示板に貼り付けられていたのは、小早川の言うとおり地図のように見えた。だけど……それは噴水広場に張ってあったのとは違い…各施設の名前は消され、代わりにジョットコースターのコースと、コースのポイントなどが明記されていた。

 

 そして左端には、恐らく作者と思わしき誰かの手書きのの似顔絵も付け加えられていた。

 

 

「…この地図は、モノパンの手書きみたいだな」

 

「こういうところ、なにげ、に、細かい、よ、ね?」

 

 

 手書きにしてはなんとも言えないうまさであった。率直に言うなら、下手くそとも上手いとも言えない…微妙なラインに思えた。

 

 

「ふふ…でも。ここは要チェック、だ、ね…?」

 

「お前…妙に楽しそうだな」

 

「そんなこと、ない、よ?きっと、気のせい、だよ…」

 

 

 いやその笑顔は純粋に楽しんでいる笑顔だ。俺には分かる。もしかしたら、このエリアに来て一番はしゃいでいるのは、実は贄波なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア3:ゲームセンター】

 

 

 特有の蛍光が施設内部を満たし、整然と並べられた筐体から流れるけたたましいBGM。

 

 そのポップかつサイバーパンク的な様相から、ここがゲームセンターである事が容易に分かった。

 

 俺達は、この施設の営業が停止していないと分かるやいなや、とある筐体…『イニシャルなんたら』という筐体を前に腰を下ろし、コントローラーらしきハンドルを握っていた。

 

 

「ふはははは!!!ゲームセンター!!!とうとう、とうとうワタシの腕の見せどころがきたぞぉ!!!!」

 

 

 これから始まるであろうゲーム対戦に、気持ちを高ぶらせている雨竜。そして対戦相手である俺、古家、贄波の3人は…そんな彼とは逆に、物々しい雰囲気を醸し出していた。

 

 

「うわぁ…何だか不安になってきたんだよねぇ…こうゆう場所ってあんまし縁が無くてねぇ…怖いねぇ…」

 

「…俺も自信は無いな。いろんな意味で…」

 

「…気合い入れ、な、きゃ……」

 

「みなさん!!頑張って下さい!!及ばずながらも、観客として応援させていただきます!!」

 

「ゲームのメロディだけでは、物足りないだろうから、BGMは任せておきなよ…さて…リクエストは何かな?」

 

「サイレントでお願いするんだよねぇ…」

 

「ああ承ったよ…では皆さん聞いて下さい…『凪 feat.僕』…」

 

「…どう打ち返しても敵無しだな…」

 

 

 そして本当にジャカジャカとギターを鳴らし始める落合。俺達はできるだけ気にしないよう、始まる寸前のゲーム画面へと顔を戻した。

 

 

「ふっ…では小早川よ!!ゲームスタートの合図をしろぉ!!」

 

「ええと…げーむかいししぃぃぃぃぃ!!!…でよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 ~~数分後~~

 

 

 

 

 

「………負けた…だと」

 

「「「…よ…弱い」」」

 

 

 ゲームを開始してしばらく、あっけなくその勝負は終止符を打った。1位が贄波、2位が古家、3位が雨竜、そして早々と筐体を故障させた俺は問題外という、実に解せない結果となった。

 

 ちなみに3位の雨竜と2位の古家とは…まさに圧倒的としか言えない差が広がっていた。敗因は言うまでも無く…ゲーム内でも法定速度を守ってしまった事だろう。

 

 

「雨竜君……あんたどんな縛りプレイしてるんだよねぇ……」

 

「ゲームの前提を覆す、斬新なプレイの仕方だったな…」

 

「……まさか時速40キロで競り合おうとは…逆に恐ろしい度胸に思えます」

 

「この世界の風には、君は少しリズムに乗りきれなかったのかな?はは、別に悪い事じゃ無いさ…この世には、適材適所と言う言葉があるんだからね」

 

「それに…ずっと、前のめりになって、運転してた、ね…」

 

 

 次々に浴びせられる様々な言葉に雨竜はぬぉぉぉぉとうなだれる。途中から観戦に徹していたが…確かにへっぴり腰な運転模様であった。…ゲームなのに。

 

 ていうか…そんなことよりもだ。

 

 

「なあやっぱり、俺の筐体壊れてないか?」

 

「…折木君、は、これ以上、機械には触れない、方が良いと思う、よ?」

 

「あの…私も、同意見かと存じます…はい」

 

 

 きっぱりと、お前は機械に触るなと言われてしまった。何だろうか…2回目の裁判くらいに傷ついた感じがリフレインしてきたように思えた。

 

 

「うむむむむ…このままではワタシの不敗神話に泥がついたまま…であれば、やはりここはリベンジマッチとしよう……贄波、そして古家よ…それまで首を洗って待っているのだなぁ………」

 

「あ…あのざまで不敗神話を語り継いでいたのかねぇ…」

 

「ふっ…一度も勝負していなければ誰でも不敗神話を語れるのだよ…」

 

「凄まじく無理矢理な理屈を並べられたような気がしました……」

 

「…そのリベンジマッチの中に、俺は含まれていないんだな……」

 

「まず貴様はスタートラインに付けるように善行を積んでおけ…」

 

 

 善行って……俺ってそんなに悪徳を積んできたのだろうか……。

 

 

 俺はまた、小さなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:観覧車】

 

 

 ゲームセンターから少し離れ、エリアの中央付近へと戻ってきた俺達。その目の前、エリア3のシンボルであるタワーの隣、負けずとも劣らない見上げるほどの大観覧車がそこに堂々と佇んでいた。

 

 しかし、アトラクションは佇んだまま微動だにしておらず…この施設も準備中であることがよく分かった。。

 

 

「やはり!遊園地と言えば観覧車!!ですが…ピクリとも動いてくれないとは……楽しみにしていた分残念です…」

 

「ああだけど、素晴らしいね。動かずともこれほどまでの美しさを備えているなんて……まさに人が作りし至宝とも呼べる傑物だよ」

 

「落合…お前…観覧車好きなのか?」

 

「はは…その答えは…君達がよく知っているはずさ」

 

「知らないから聞いてんだけどねぇ…」

 

 

 ココまで聞いてるのに…好きなものすらストレートに言えないとは…。だけど好きなことに変わりは無いようで……落合の意外な好みが見られた気がした。

 

 

「だが…動かないのであれば巨大な鉄くずに変わらん下らんものよ…さっさと行くぞ」

 

「なぁに、永遠に吹かない風が存在しないように…佇むだけの観覧車もまた、存在しないのさ…時を経ることで君達もこの美しさをしることになるはずさ。歴史を重ねることで人々の賞賛を手に入れた…名作のようにね」

 

「できるなら稼働してる間に賞賛をかって欲しいんだけどねぇ…」

 

「でも…好きなのは、わかる、ね?」

 

「はい!!そうですね!!!やっぱり愛って大事ですよね!!」

 

「どう転んだらそんな所に行き着くんだ……お前、その意味…分かって言っているのか?」

 

「…意味って…折木さん……もう…言わせないで下さいよ!!」ドスッ

 

「うごぉ……」

 

 

 照れながら…思いっきり腹をどつかれてしまった…。…一瞬何かが出てきそうになったが、何とか踏みとどまった。流石にココで出すのは不味い…。

 

 

「わわわわ…ごめんなさい…つい…恥ずかしくなってしまって……」

 

「いや…大丈夫だ…問題無い」

 

「流石毎日稽古してるだけ合って…相当力がついてきてるんだよねぇ…あれ以上の拳が来たら、悶絶では済まなさそうなんだよねぇ…」

 

「ふん…ワタシでは骨が折れているな…」

 

「…それは虚弱体質にも程があるんだよねぇ…」

 

「たまに、変なところ、で、かっこつけるよ、ね?雨竜君…って」

 

 

 腹を抱えて悶絶する俺を介護しつつ…一行はエリア最後の施設…モノパンタワーへと足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:モノパンタワー エントランス】

 

 

 …満を持して、俺達はこのエリア3のメインとも言えるモノパンタワーへと足を運ぶ段階となった。別に勿体ぶっていたわけではない。ただ、自然とココは最後にしようという、抑止力のようなものが働いた気がしたから、このように後回しになってしまったのだ。

 

 と何処へかも分からない弁明を並べつつ、俺達はタワーの中へと侵入していく。

 

 タワーに踏み入れてまず目についたのは、中心にそびえる巨大な観葉植物であった。その鉢植えの周りには取り囲むようにソファも取り付けられていた。見たところ、待ち合いか、もしくは休憩用のスペースのように見えた。

 

 中心から視線を外し、壁際に目を向けてみると、売店らしき店が4つ、そして店と店の間にはトイレがあった。店の方は営業をしている様子は見えないが…トイレの方は使えるらしい。まぁ使えなかったら逆に問題だと思うが…。

 

 

「シンボルとは言っていたが……至って平凡なエントランスって感じだな…」

 

「…はい…安心半分、肩透かし半分のように思えます」

 

「あたしゃ何にもなくても安心10割なんだよねぇ…」

 

 

 そんな当たり障りのない構造を見て、身構え損だったと、お互いに肩の荷を降ろす。そう思えるくらいには、気になる場所は殆ど見受けられなかった。

 

 

「…でも、この扉は…」

 

「何なんだろうねぇ…」

 

「どう見ても…エレべー、ター、だよ、ね…」

 

 

 そう”殆ど”見受けられなかったのだ。俺達が入ってきた入口の対面に位置する場所には扉があった。一見、何の変哲も無いもに見えたが…、扉の横には上下を示すボタンが付けられ、さらに階数を示しているであろう数字が扉の上に表示されていた。贄波の言うとおり、それはエレベーターの扉そのものであった。

 

 恐る恐るボタンを押してみると、矢印は光りを発し、そして滑車とワイヤーの摩擦音が扉の向こうで低く響き始めたのが分かった。

 

 

「…動くみたいだな」

 

「そりゃあ、上はあるはずだよねぇ…タワーなんだからねぇ…はぁ、気が休まらないんだよねぇ…」

 

 

 ざわざわと胸騒ぎがよぎる中、エレベーターは音を立て、俺達の目の前でその口を開け放つ。

 

 

「ふぅ…行ってみる他あるまいな…探索できる所は探索し尽くす…ただそれだけだ」

 

「口を開き、天上へと誘う鉄の箱。何があるのか、何が僕らを待ち望んでいるのかとても楽しみだね」

 

 

 別段代わり映えしないただのエレベーターのようではあった。だけど、どうしても裁判場の例のエレベーターを思い出してしまったが故に、俺達は入ることを、ためらってしまった。

 

 だけどそんなことではいけない…と俺達に自分自身に発破を掛ける。

 

 吸い込まれるように、扉の中へと入り、タワーの最上部へとエレベーターを動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア3:モノパンタワー 2階 『ダンスホール』】

 

 

 上から降りかかる微かな重力を堪能し終えた俺達は、動きを止めたエレベーターの扉を潜る。

 

 

「何ていうか、ありきたりな言葉だけど…めちゃくちゃ綺麗なんだよねぇ…」

 

 

 そして部屋の中に入ってすぐに、古家はそうこぼした。

 

 他の全員もそう思った。

 

 何故なら目の前に、余りにも豪奢かつ巨大な『シャンデリア』が垂れ下がっていたのだから。壁から生えた4本のチェーンが根元に集中し、落ちないようにその巨体を支えていた。

 

 さらに見てみると、そのシャンデリアが付けられている天井は、なんと『ガラス張り』であった。理由は今のところ定かでは無いが……このおかげでエリアの空を、この目で間近で確認することが出来た。今俺達が、手を伸ばせば届くほどの高さにいる…そう教えてくれているようだった。

 

 

「それではキミタチ!!注目!!!」

 

 

 案の上というかお決まりのように、フロアの中心からモノパンはまた姿を現した。目的は、やはりこの部屋について…初見でどんな役割を持った部屋なのかを見抜けなかった俺達に、説明を加えにやって来たのだろう。

 

 

「現れたか……では淀まず、先んじて質問をしておいてやろう……まずあのシャンデリアは何なのだ?何のタメにつけてある。そして何故天井がガラス張りなのだ?」

 

「ここって…どういう場所なのかねぇ…展望台かと思ってきてみれば…外の景色、空以外一切見えないしねぇ…」

 

「それにあの階段と、ここを囲むように取り付けられた足場は何なんですか?」

 

「あああーーもうーーーそんなにいくつも質問をぶつけないで下さイ……一個ずつ丁寧に答えていきますかラ…焦らず、ゆっくり、落ち着いて耳を傾けて下さイ。えーまずシャンデリアをぶら下げている理由ですが……それはここが、『ダンスホール』だからなのでス」

 

 

 ダンスホール?…要領を得なかった俺達は、そう単語を反復させた。

 

 

「はいそうでス。ここは巨大なシャンデリアの下で踊り狂い、そして星空をプラネタリウムが如く眺めながらアダルティックな雰囲気を楽しむ…そういう場所なのでス」

 

「あ、"あだるちっく"な…夜を……楽しめる…」

 

「なんだかそそられるん言い方なんだよねぇ…」

 

「どこがだ……」

 

「ふっ…まだまだあおいな折木よ。このようなローマンチックなスポットこそ、遊園地の醍醐味…色恋も知らん貴様では理解できん感覚だろうよ………ちなみにワタシは書物で知っていながら…そういった色恋を知らない……」

 

「むしろ、悲惨、だ、ね…」

 

「良いじゃないか…叶わ存在こそ人は求めて止まぬ物……世界に恋い焦がれる、風の旅人の僕もそんなちっぽけな存在の1人なのさ」

 

「こっちはスケールが違いすぎて、色恋じゃなく思想を感じるんだよねぇ…」

 

 

 モノパンのこのホールの使い方について聞いた途端、何故か食いつく生徒達。どうにもそういった経験が浅い故に、何となく理解に苦しむ。

 

 

「そしてこの階段と足場については、空をより間近に、そしてゆったりと楽しめかつ、エロティックな夜を堪能していただくために作らせていただきましタ…」

 

「「「エ、エロティック…!!」」」

 

 

 そしてモノパンの話に耳を傾けすぎている3人は、また前のめりになってモノパンへと顔を近づける。その光景を端から見ていた俺は、心底馬鹿馬鹿しく思えてきてしまった。変な気構えを持ってしまった、反動が来たのかも知れない。

 

 モノパンも、生徒達を煽るような事を続けているようで、これ以上の説明も無さそうに見えた。

 

 

「はぁ……そろそろ…探索は終わりにするか」

 

「今日はもう遅い、から、報告会、は明日、だ、ね?」

 

 

 

 それもそうだな…と、未だに驚いたようなリアクションをとり続ける3人は置いておき、俺と贄波はモノパンタワーを離れ、エリア3の探索に区切りを付けた。

 

 

 …ちなみに、落合は知らないうちに何処に行ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア1:ログハウスエリア】

 

 

 新たに開放されたエリア3、通称モノパンパーク。通常のエリアよりも広く、施設の数も…その殆どはまだ準備中であったみたいだったが、倍近く設けられていた…。

 

 そんな中でも、探索できる所は探索したし、手に入れられる限りの情報も手に入れた。だけど結局、脱出の糸口になるような答えは見つけられなかった。

 

 

「……はぁ」

 

 

 念入りとまではいかずとも、細かな箇所まで目を光らせているつもりであった。だけどまさか、脱出に繋がりそうな隙が、アリの巣一つほど見つからないなんて……。

 

 そう思うと、どうしても2回目の動機である『強制退出』…あれが無くなってしまった事を悔やんでしまう。長門が、あんなマネをしなければと、何度も思い返してしまう。

 

 自然と表情を暗くさせてしまう。

 

 もうどうしようもないことのはずなのに。いくら考えても、今を生きるということ以外…俺達に出来ることはないのに。

 

 あの出来事は、生徒達にとっても、俺にとっても、あまりに辛い痛みであったことが、染みついているようだった。

 

 

「こーうーへーいーくーーーーーーーん!!!!」

 

「どぅあっ!!!」

 

 

 そんなブツブツと影の落ちた思考をしていると、聞き覚えのある俺の呼び名と共に、腰の辺りに強い痛みが走った。その勢いは中々に強烈で、ギャグ漫画のように地面に顔からダイブしてしまった。

 

 

「……み、水無月…か…」

 

「そうその通りなんだよ公平くん!!貴方を照らすまばゆい女神!!水無月カルタちゃんここに見参だよ!!」

 

「女神にしては…慈愛もへったくれもない、…物騒な挨拶じゃないか?」

 

「ええー良いじゃんこれくらい。ほら、カルタ達ってここに連れてこられて以来の親友なんだし、軽いスキンシップみたいなものだよ!」

 

 

 いや軽いというレベルの小突きではなかった。完全に重いとしか表現できないドロップキックであった。どこの邪神ちゃんだお前は。

 

 

「そんなことよりもだよ公平くん!!!次のエリアって遊園地なんだってね!!!さっき司ちゃんに教えて貰ったときはビックリしちゃったよ!探索するときに何で誘ってくれなかったの!?」

 

「いや…お前、一日中何処にも居なかったし…」

 

「暇なときカルタはいつも部屋に居るんだよ!!忘れちゃったの?」

 

「普通に初耳だ」

 

「じゃあちゃんと迎えに来てよ!!」

 

「初耳と言わなかったか…?それに家まで迎えに来いって……幼少期来の幼なじみじゃあるまいし」

 

「幼なじみじゃなくても迎えに来るのが公平くんの役割でしょ!?」

 

「いや俺の身分理不尽すぎないか?」

 

 

 昨日のこともあったんだ。今日一日はそっとしておこうと、不器用なりに気遣ったつもりだったのだが…。彼女のこの様子からして、大人しく見守るという判断は少々悪手であったようだ。

 

 

 

「それにだよ!!公平くん今日のウチ、いろんな人とデートの約束をしたとかなんとかってことも聞いたよ!!」

 

「で、デート…って…俺としては、軽い交流のつもりだったんだが…」

 

「司ちゃんがそう言ってたよ!!」

 

「…あいつ」

 

 

 何だ…?贄波のやつ、やっぱりちょっと怒ってたのか?俺、何か悪いことしてたか?顧みてみても、当たり障りの無い関係は築けていたと思うのだが…。

 

 

「水無月…贄波の奴、他に何か言ってなかったか?」

 

「……別に怒ってないよ?…とか?」

 

「俺の思考が先読みされている…」

 

 

 あいつ、やっぱりエスパーか何かか?どこまで俺の考えが読まれている…?

 

 

「いや…贄波の事は置いておくとして………確かに、今日アイツらと約束はしたが…デートとは少し違うような…それに片方は古家だし。男だし…。」

 

「違わない違わない!!!どんなことであれ、遊園地で何かしらの約束をすることは全部デートって言うんだよ!!

 

「えらく偏っているな…」

 

「そんなうらやまけしからんことを…それもカルタを差し置いて~…ブーイングの暴風雨だよ!!」

 

「ブーイングの嵐な……」

 

「そこでカルタからも提案します!!テーマパークがまともに使えるようになったら、カルタともデートしてよ!!はい!決まり!!」

 

 

 細かにボケらしきものを拾っているウチに妙な約束を取り付けられてしまった。うむむ……ここまでくると何かしらの思惑を感じてしまうな……。

 

 まぁ。約束してしまった物のは仕方が無い。体の壊れない範囲でちゃんと守ろう。しかし……水無月の誘いに乗ったとして、何処へ行けば良いのだろうか。…何かしらのアテはあるのだろうか?

 

 

「ねぇねぇねぇねぇ…何処行く?何処行く?」

 

「いや、決めてなかったのかよ…」

 

「だって何があるか分かんないもん…」

 

「よくそれでデートしようと思ったな…」

 

「いやぁ……それほどでも…」

 

「はぁ…どこも褒めてない。…………じゃあ、ダンスホールでも、見に行くか?」

 

「だんす、ほーる?」

 

「新エリアに大きなタワーが建っていてな……その頂上に、シャンデリアのぶら下がった社交場のようなフロアがあるんだ」

 

「へぇ面白そう!!!じゃあそこに行こっか!」

 

「かなりアバウトに決めたが…良いのか?」

 

「公平くんが良いならモーマンターイ!だよ!……ええと次は日にちだよね……うーーーん……明日だと心の準備が出来てないから~~……明後日にしよっか!」

 

「ああ…そうするか」

 

「よぉ~し。そう決まるとなると何だか楽しみになってきたね!!じゃあまた明日ね!!」

 

 

 そう言った水無月は、手を大きく振りながら自分の部屋へそそくさと姿を消していく。

 

 

「相変わらずの直進ぶりだったな……」

 

 

 …だけど同時に元気そうで良かった、とも思えた。さっきも言っていたが、昨日の出来事は俺達の関係性に少なくない打撃を与えていった。そんな中で、水無月のあの調子を再確認できたことは、とても喜ばしいことだった。

 

 水無月以外の沼野や風切といった他の連中はどうなのかは分からないままだが……明日にでも何か話すきっかけを作って、様態を見てみよう。

 

 

 ――ニコラスが勝手に作り出した、わずかな溝。

 

 

 でも埋まるかどうかも未定のまま……この状況を、俺が、何が何でもどうにかしなければ。…そのために、あのエリア3をどんどんと有効的に活用していこう。

 

 

 俺は小さな決意を胸に、部屋に戻っていく。そして今日という日を締めくくるように、静かに寝息を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モノパン劇場』

 

 

「秋と言えば娯楽、娯楽と言えば、現実逃避…現実逃避と言えばテーマパーク!」

 

「ということでやって参りました新エリア、モノパンパーク!!」

 

「いやぁ…テーマパーク。絶叫マシーン、観覧車、ゲームセンター、迷子センター…実に様々な楽しみなことが連想できる…夢の集合体……言わば夢の国」

 

「そこででス。ミナサマ。…このように思い浮かべられる全ての施設の中で、"どれ"が最も集客できる施設なのか…ご存じだったりしまス?」

 

「……ここだけの話…"トイレ"なんでス」

 

「ええ?…ふざけるな?…くぷぷぷぷ、そんなことありませんヨ。考えてもみて下さイ?トイレはひっきりなしに人は入るし、時には長蛇の列が出来ますし、無かったらブーイングの嵐が吹き荒れるんですヨ?」

 

「これを人気施設と言わずして、どう表現すれば良いですカ!!ワタクシはそう言いたイ!!」

 

「ですが待って下さい……そう考えると……夢の国のシンボル…つまり、夢の代表格はトイレだっタ……?」

 

「………何だか、そう言われると…果てしなく夢の無い話ですネ…夢の世界なのに……」

 

「でも案外…それこそが夢の真実だったりするかもしれませんネ?」

 

「くぷぷぷぷ…くぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り12人』

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計4人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 




お世話になります。頭を空にして、執筆してました。



【コラム】


↓エリア3の地図


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↓エリア3 各施設内装


【挿絵表示】



↓エリア3 ジョットコースター コース

【挿絵表示】



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Chapter3 -(非)日常編- 12日目

 

  ~~~~~~

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

  ~~~~~~

 

【エリア1:グラウンドエリア】

 

 

 いつものチャイムが朝を告げた直後のことだった。炊事場へと向かう途中、グラウンドの方から、またかけ声のような声が聞こえてきた。

 

 また小早川と反町の朝稽古か、でも少々長引いてるな、最初はそう思った。だけど、その中に小早川以外の声が混じっていることに気付いた。

 

 一体どうしたものかと、俺は急いでグラウンドへと足を運んでみた…。すると。

 

 

「だらしないねえ。もうへばっちまったのかい?」

 

「ぬあっはっはっ!!皆の衆よ、まだまだ修行が足りぬでござるなぁ!!」

 

「はぁ…いや…いつもより、キツいのは、確かかと…思います…」

 

「へぇ…へぇ……想像以上にハードなんだよねぇ」

 

「…何で…私まで…こんな疲れなきゃ…」

 

 

 グラウンドには、膝を曲げながら肩で息をする小早川。そして地面に大の字になって疲れを露わにするジャージ姿の古家と風切。それを一切の疲れを見せずに見守る反町と沼野がそこに居た。

 

 

 イヤなんか…増えてないか?……しかも3人。

 

 

「よよよ。これはこれは折木殿!奇遇でござるな!!」

 

「おう、折木!アンタも朝の特訓に参加するかい?」

 

 

 …と俺の存在に気付いた反町と沼野が、爽やかな笑顔でそんな誘いをかけてきた。しかし…その足下の光景は爽やかさとはかけ離れており、吐く寸前の陸上部といったデロデロの様相であった。

 …誘いについては素直に嬉しいのだが…それよりも、俺はどういう経緯でこんな状況に発展しているのか、それがいまひとつ理解できなかった。

 

 

「反町……今は、小早川との朝稽古の時間じゃないのか?…何で、増えてるんだ?」

 

「…はひ…はぁ…私も、そう思ってたんですけど…」

 

「あ…あたしが…頼んだんだよねぇ……ひぃひぃ」

 

「お前が…?」

 

「そうさね……こいつが、急に頼んできたんだよ。『自分を鍛えてくれ』ってね」

 

 

 そう言って、反町は寝転がる古家を足で差す。

 

 

「細かい事情は省くけど……まぁ来る者は拒まずのアタシからすりゃ、頼ってくれるのは嬉しかったしねえ。その気合いに応えるように鍛えてやったんだよ」

 

「その結果がこれか…」

 

「ひぃ……ひぃ…元ひきこもりあたしから言わせて貰うんだけどねぇ……これはどう見てもオーバーワークなんだよねぇ…」

 

「…マジ無理…マジ無理ぃ…」

 

「そ、そんなにキツかったのでござるか…何だか、異分子である拙者が基準を上げてしまったようで、一抹の申し訳なさを感じてしまうでござるな……」

 

「気にしなさんな!よくあるこったよ!!」

 

「ええ…あってほしくない…」

 

「……成程…まぁ、古家が居るのは分かったが…それに何で風切と沼野もくっついてるんだ?」

 

 

 どう考えても、どこから見ても、今の話からはまったく関係のない2人である。反町は鼻をこすりながら、何故か得意気に表情を変えながら言った。

 

 

「そりゃあアンタ、協調性皆無の風切には、団体行動のなんたるかを教えてやってるんさね。昨日からっていうかここに来てからずっと部屋で引きこもって寝てるみたいだし、運動不足解消も兼ねてこうやって首ねっこつかんでたってわけさ」

 

「疲れた…センパイ…ヘルプ……」

 

「…一応、教えてやってる体なんだよな?何かたたき込まれすぎて、此所にいない誰かに対して助けを求め始めてるように見えるんだが」

 

「大丈夫!毎日やれば、不思議と慣れるもんさね!!」

 

「え………毎日…やるの?」

 

「…こりゃあ毎朝起きるのが、億劫で仕方なくなっちまったんだよねぇ…」

 

 

 反町の言葉を聞いて、2人の表情は絶望へと早変わりさせる。一体どれほどハードな特訓だったのか、それが一体どんな内容だったのか…想像するのも恐ろしく思えてしまった。

 

 

「……だけど…風切はアタシが連れてきたから分かるけど……でも沼野。アンタなんで参加してたんだい?」

 

「拙者…?」

 

「あっ!!それ私も気になってました!」

 

「…小早川。お前もう大丈夫なのか?」

 

「はい!!折木さんがいらっしゃってくれたので、何か元気が出てきました!!!もうピンピンです!!」

 

「そうか…」

 

 

 よく分からんが…とにかく元気になってくれたのなら良かった。しかしそれよりも、沼野の事だ。

 

 

「ていうか…どんな経緯か知らないのか?」

 

「気付いたら参加してたんさね」

 

「はい!気付いたら一緒に汗を流していました!!」

 

「……少々傷つく反応でござる。あ、いやしかし………これは説明していなかったの拙者の落ち度、ここは改めて述べさせて貰う良い機会でござるな」

 

 

 すると徐に、沼野は芝生に腰を下ろす。俺達も合わせて、座り込む。そして沼野はふむ、としばし言葉を整理するように間を空け、そして考えがまとまったのか…静かに言葉を並べていく。

 

 

「少々長くなるでござるが…よかろうか?」

 

「要所要所はかいつまんでくれよ?」

 

「梓葉の頭がパンクしちまうからね」

 

「どういう意味ですか!」

 

「あいやわかり申した……」

 

「分かって仕舞われるんですか!?」

 

 

 そんな小早川の反応をスルーした沼野は”昨日の話でござる…”…と話を切り出した。

 

 

「拙者、先に宣言したとおり一日ほど考える時間を頂いたのでござる」

 

「そういえば…裁判の後半でも同じ事を言ってたな」

 

「…それ故に、昨日は新エリアのなるものの探索にも同行できなかったのでござるが………まずはその点については、今この場を借りて謝らせて貰うでござる」

 

「えええ…」

 

 

 そう言って、沼野は丁寧に頭を下げる。俺達はいやいやいや、と何を謝ることがあるのかと、止めるような仕草をするが…沼野はその体勢のまま続けていった。

 

 

「拙者、思慮を重ねる中でこれからのこと、これまでのこと、思っていた以上に沢山あった考えるべき事に…今一度向き合ったみたのでござる」

 

「生真面目な話だね」

 

「……それで向き合ってみて、どうだったんだ?」

 

「……結局。――――――何も思い浮かばなかったのでござる」

 

 

 あっけらかんとした口調で笑みを溢す沼野に、俺達はズルッとずっこけた。

 

 

「ア、アンタねぇ…」

 

「あーいや!本題はココからでござる故、呆れるのは後ほどと言うことで……コホン、拙者はそうやって考えに行き詰まっている中で…一つ、部屋の中でトラブルが発生したのでござる」

 

「トラブル…ですか?」

 

「何だか気になる前置きなんだよねぇ」

 

 

 いつのまにやら復活している古家が相づちを入れる。

 

 

「反町殿のカチ込みでござる」

 

 

 俺達は一斉に反町に目を向けた。反町は慌てたように沼野に食ってかかる。

 

 

「ちょっとアンタ!!人聞きの悪い事言うもんじゃ無いさね!ただ腹を空かしてるだろうと思って、食事を届けに行ってやっただけだろ?」

 

「本人の元に届ける前に、『反町ぃ!!!』と鬼のようにノックをする行為はどう見てもヤクザのそれでござる」

 

 

 俺達は目を細めて反町に目を向ける。反町は誤魔化すように視線を逸らした。どうやらこの経緯は図星のようだ。

 

 

「…それ、私もやられた」

 

「物騒なウー〇ーイーツだな」

 

「折木君…それが流行るのはもっと未来の話なんだよねぇ…」

 

 

 …イヤな予感ほどよく当たると言うが…やはり食事をぶち込み行ってたのか。加えて…風切の証言から、他の生徒達にも同じ事をしてさらに罪を重ねていることも分かる。

 

 

「……悪かったよ。でもそれとこの特訓の参加にどんな関係があるんさね」

 

「実はそれを受け取り、そして食事を堪能してる際……ふと、これまでの朝の風景を思い出したのでござる」

 

 

 朝の風景、というと、俺達全員が一緒の食事をしていたときの事、だろうか。

 

 

「そして思ったのでござる…。ああ…あのときは楽しかったなぁ…と。つい数日前のことなのに、まるでとても昔のような出来事に思える程、充実していたな…と思えたのでござる」

 

 

 俺は同じように思い出す。他の生徒達も同じようにしているのか、少ししんみりとした空気が流れ始めた。

 

 

「だからこそ、こうも思ったのでござる。あのときの光景を取り戻したいと…そのためには…まず動かねばならぬと。動いて、そして協力し合わねばならぬと」

 

「沼野さん…!」

 

 

 まるで演説のように熱く語り出す沼野。それを見て、小早川は喜びを孕んだ声を上げた。

 

 

「協力してこそ脱出は実現する…団結せずして、明日は無い!!拙者はそう至ったのでござる。その第一歩として、小さい中柄もこのように皆で出来そうなことに参加してみたのでござる」

 

「くぅ~~…わかってんじゃないかい沼野!!今まで忍者っぽいとは思ってたけど、本当に忍者らしくなってきたんじゃないか!」

 

「…えっ?えっえ?忍者っぽい?どういうことでござるか?良いこと言ったはずなのに、何かそこはかとなく馬鹿にされているような…」

 

「本当ですね!!よっ!日本で1番忍者みたいな人!!」

 

「ん~~あれあれ?忍者”みたい”?これは如何にぃ…」

 

「こりゃあ今日の夕飯は赤飯だねぇ!沼野君がやっと忍者らしくなってきたことを祝ってねぇ!」

 

「……おめでとう」パチパチパチ

 

「はっはっは……褒められているのに…賞賛されているハズなのに……そんな気が全くしないでござる…」シクシク

 

「ドンマイだ…沼野」

 

 

 既に沼野は本物の忍者ではなく、超高校級に忍者っぽいただのアルバイターという扱いになってきているみたいだった。まぁ…今まで忍者らしいことしてきたかと言えば、どうにも首を縦にふりかねるのは事実だが。

 

 

「なら、その団結を強める努力に…俺も微力ながら協力させてくれないか?まず手始めに、俺も含めて、特訓を再開しよう……何の特訓かは分からないが」

 

「おお折木殿!!それはナイスアイディアでござる!!参加人数は多いに越したことはないでござるからな!!」

 

「折木さんも参加してくださるんですか!?なら余計に恰好の悪いところは見せられませんね!!」

 

 

 そう言うと、沼野と小早川は喜びを露わにする。それに対して、古家と風切は、逆に顔を青く染めた。

 

 

「ええ…正直もうギブアップなんだよねぇ…お腹は減ってるのに、腹の中の何かが出てきそうなんだよねぇ…」

 

「……先に炊事場に行ってる」

 

「ちょいと待ちな!!折木が参加するってんなら、ここで終わらせるのは『御陀仏』族長、反町素直の名折れってやつさね!!メニュー増し増しでヒートアップしていくよ!!安心しな!!アタシにかかれば、アンタのよぼよぼボディも、褐色筋肉ボディに早変わりさね!!」

 

「…どんな即効性……明らかにドーピングにしか思えない。そして帰りたい…」

 

「褐色は流石に無理が気がするんだけどねぇ…」

 

「…ていうか誰がよぼよぼボディだ」

 

「ああん?………――――――やるよな?」

 

「「……はい、続けさせていただきます」」

 

 

 

 反町に一瞥された古家と風切は、まるで舎弟のように頭を下げた。恐ろしい統率力である。

 

 そうして、朝食前の軽め(重め)の運動を改めて再開し、何度も吐きかけながら、時間を費やしていった。

 

 …とても辛かったし、苦しかったが…何となく、またあの体育祭の様に騒がしくも楽しい思い出を作ることが出来たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア1:炊事場エリア】

 

 

「皆様!今日は報告会に集まっていただき誠にありがとうございます!!」

 

 

 朝ご飯を食べ終えた後、恒例とも言える報告会が始まろうとしていた。今回の進行役は小早川。見なくても分かるとおり、かなり緊張しているようだった。

 

 

「というわけで!これより報告会を始めたいとっ……!!す…すみません…噛んでしまいました…」

 

 

「大丈夫かなぇ…だいぶ肩に力が入ってるみたいだけどねぇ」ヒソヒソ

 

「肩ではなく…今は口に力が入ってるようでござるが…」ヒソヒソ

 

「……進行役…変えとく?」ヒソヒソ

 

「梓葉本人がやりたいって言ったんだから、見守ることにするさね」ヒソヒソ

 

 

 開始早々とちってしまった彼女を見て、数人が…このまとめ役兼進行役というかなり不安の残る役割を任せてしまったのではないかと密かに話す。

 

 

「報告会を!!始めたいと思います!!!!はい!」

 

 

 しかし見たところ、さほど持ち崩す様子は無さそうだったので…このまま俺達は傾聴することにした。

 

 

 ちなみに、今回報告会に参加しているのは朝のトレーニングを共にしていた6人と、落合、雨竜、水無月、贄波……そして――。

 

 

「…」ズズズ

 

 

 俺達の座る場所から少し離れた空席で紅茶を啜るニコラスの11人であった。雲居のみ、不参加である。

 

 

「ふぅ…小早川よ。始めるのは良いが…この場に似つかわしくない輩が紛れ込んでいるのではないか?」

 

「んん…?それは誰の事を言っているのかな?キミぃ」

 

「貴様以外にいるわけないであろうがぁ!!!!わざとらしく聞き返すで無い!!」バンッ

 

 

 明らかに分かった上でニコラスはそう返す。しかし…それが気にくわなかったのか雨竜は強く噛みついた。

 

 

「おおっと!!これは1本取られちまったよ。流石はドクター雨竜!!ボクのキミへの見立ては、間違いではなかったみたいだね!!…いや待てよ。よく考えてみたら、そんなドクターの資質を見抜いたボク自身こそ褒められるべきなのではないか?……失礼、流石はボク!と、言い換えさせて貰うよ!」

 

「ぐぐぐ…この超高校級の観測者たる雨竜を小馬鹿にするような口ぶりぃ……はらわたのプロミネンスが煮えくりかえるようだ…!!!」

 

「だから意味分かんないってんだよ…」バコッ

 

 

 テンポ良く煽り散らかすニコラスに、怒りを抑え切れずにいる雨竜。それを反町が頭を殴って黙らせた。

 

 

「ま、まあまあ。居てくれるだけでも、嬉しいことなので…ここは荒事を起こさずに、穏便に進めていきましょう…」

 

「お気遣い痛み入るよ!ミス小早川」

 

「……はぁ」

 

 

 進行役である小早川は明らかに面倒臭そうにため息をつく。少々不憫に思えてしまった。

 

 

「でも…どういう風の吹き回しだい?裁判の最後にあれだけの啖呵を切ったってのに……お早い切り替えだね」

 

「安心したまえよ、意志を曲げたとかそういう意図は今のところはないぜ!!これはあれだよ、ある程度新エリアの概要を頭に入れて、それから詳しく探索してみようと思って、報告会に参加しただけのことさ!…別に寂しかったからここに来たというわけじゃないよ!!キミ!」

 

 

 ”ああそれと!このミルクティーは中々に美味だぜ!サンキューミス反町”と付け加え、今までとなんら変わらない飄々ぶりを見せるニコラス。

 ”本当は…寂しかったのだろうか…?と俺達の見解は一致させたが…その口ぶりに反して、此方に近づく意志、今のところ無い様に見えたために、その真意は掴みかねた。

 

 

「ぐぬぬぬ…何を言っても調子が狂わされる気がしてならん…」

 

「今のところは無視を決め込むしかないよね!!ニコラスくんだし!」

 

「始まってないのに……疲れる…」

 

「意味も無い行動と、脈絡のない言葉、その全てには必ず共通点という物がある…それを紐解くのも、僕達の仕事だと…そう思うよ」

 

「どの口が言うのかねぇ…」

 

 

 とりあえずニコラスの茶々は無視するという形で、滞りなく話を進めていくこととなった。

 

 

「ええと…今回の議題は、ニコラスさんが先に言っていただいたように、新エリアについてです。昨日のうちに、私や折木さん、古家さん、雨竜さん、落合さん、贄波さんの6人で探索を終えているので、その報告をしていきたいと思います」

 

「おお……最初はどうなるかと思ったけど、滑り出しとしては申し分ないし、分かりやすいんだよねぇ…これは意外な側面が見れちまったんだよねぇ」

 

「…アンタ、本当に梓葉かい?」

 

「どう意味ですか!!」

 

「…ええっとさ、とりあえず…話の腰が折れる前に、その調査内容をさ、教えて欲しいなーなんて」

 

「は、はい!そうですよね!……ええと――――」

 

 

 小早川は昨日探索したエリア3の情報をまとめ、おぼろげな部分を俺達が補足しつつ、あらかた説明をしていった。

 

 お菓子の家、電気室、メリーゴーランド、射撃場、気球の発着場、お化け屋敷、ジョットコースター、ゲームセンター、観覧車。そして…モノパンタワー。一部の施設の運営が止まっていることも含めて、細かに説明を加えていった。

 

 

 だけど…。

 

 

「ふむ…脱出に繋がる有力な情報は無し…でござるか」

 

「はい…すみません」

 

「ごめん、ね?」

 

「いやいやいや、別に小早川殿達が悪いのではない故……別にそんな深刻な顔をして謝らずとも…」

 

「沼野…アンタねえ…」

 

「…今のはない」

 

「えっ!事実を述べただけでござるのに…!拙者、愕然…!!」

 

「はぁ…だが…ワタシの観測の目を持ってしても、見つけられなかったのは小早川だけでなく我々の落ち度だ……」

 

「いやぁ…細か~く、見落としの内容に調べてみたんだけどねぇ…誠に面目ない」

 

 

 何も未来に繋がるような手がかり見つけられなかった、そう分かった途端、消沈した空気が流れ出す。一昨日までは、脱出できる…その可能性を掴みかけていたこともあって、その落ち込みようは大きかったように見えた。

 

 

「で、でも何だか楽しい遊具が一杯だったんだってね!!遊ぶところが増えてラッキーじゃん!」

 

 

 そんな中、水無月が空気を変えるようにポジティブな面について話を変えていく。

 

 

「うん、そうだ、ね…娯楽が増えた、点を見れば…幸運なのか、な?」

 

「ああ、時間つぶしをするための選択肢が増えたのは確かさね」

 

「ふん…!!だが彼処にあるのはどれも下らんこと、この上ないものだったがなぁ…」

 

「…あたしの記憶が正しければ、あんたが1番エンジョイしてた気がするけどねぇ…」

 

「はい!!私もこの目で見てました!!!満面の笑みでした!!」

 

「馬鹿げた事を言うでないわぁ!!それは貴様らの見間違いに他ならん!!」

 

 

 と雨竜は激するが…実際に楽しそうだったのは事実であった。

 

 

「ぶーーーずるいよーー。早々と皆で楽しんじゃってさ~。先に見つけた戦法を公式戦で先に使われた気分。まぁ……カルタが部屋の中でだらだらとしてたのが悪いんだけどさぁ…」

 

「いやどんな気持ちだよ…」

 

「それに…射撃場があったなら……私も同行してた……ずるい」

 

「後の祭りってやつさ風切。…でも、射撃場ってところも運営は停止してるみたいだから、行っても楽しめずに、徒労に終わってたさね」

 

「…確かに」

 

 

 そう風切と雑談を交わす反町の一言に、雨竜は何かに気付いたように顔を上げた。

 

 

「そうか…そういえばあのエリアはまだ施設の半分が営業停止…つまり”未完成”であったのだったなぁ…」

 

「と、すると…」

 

「つまり…アトラクションが、再開してくれれ、ば、エリア3を、もっと深掘りできるって、ことも考えられるの、か、な?」

 

「そうとも言えるね…魔弾飛び交う演習場、怪鳥とおぼしき浮遊物を司る出立場、妖が跋扈せし恐怖の館、空中を縦横無尽に駆け巡るウロボロス、そして我が第2の故郷と言える大観覧車…謎とロマンはまだあそこに秘められているようだ」

 

「全部あんたが考えたのかねぇ…」

 

「それにどんだけ観覧車に乗りたいんだよ…」

 

「で、ですが!モノパンパークにはまだ何かしらの手がかりがある可能性が高いということになります!!まだ落ち込むには早いかと存じます!!」

 

 

 小早川達の言うとおりエリア3は現時点で完全に開放されてはいない……つまり未調査の施設がまだ存在してるということ。

 もしかしたらその中に何かしらの手がかりがあるかも知れない。そんな小さな展望は、俺達の気持ちを多少なりとも前向きにさせてくれた。

 

 

「であれば皆さん!提案なのですが!!施設の運営が再開された際にはすぐに調査を始めませんか!!!」

 

「善は急げ、思い立ったが吉日…アタシも梓葉の案に賛成さね」

 

「でもでも…再開されるのって、いつ?」

 

「…う~んいつって言われてもねぇ…モノパンのみぞ知るとしかねぇ…」

 

「だったら、――――明日辺りが怪しいんじゃないかな?キミ」

 

 

 調査する日について頭を悩ませる俺達に、ニコラスそう一石を投じた。

 

 

「…何故分かるのだ?ニコラス」

 

「なぁに単純な話だよキミ……今までの素行は問題はあれど…ああ見えて仕事だけは迅速なモノパンのことだ…そう時間を空けて、ボク達の楽しみを先延ばしにすることは考えにくい…そう思ったのさ」

 

「うむむむ…確かに、一理ありでござる」

 

 

 確証はないが…モノパンの仕事ぶりを考えるなら、絶対にないとは言えなかった。

 

 

「でもすぐかー。う~ん…」

 

「…何か不満でもあるでござるか?水無月殿」

 

「…えっとね…もし明日調査しますってなっても。一日まるごと使って協力はできないかなぁ……って思ってさ」

 

「ありゃ、何か先約があるのかねぇ?」

 

「まぁ?デートの約束みたいなことはしてる、みたいな?…そうだよね?公平くん」

 

「えっ…折木さん、水無月さんと何かご予定が?」

 

 

 すると水無月は何故か此方に目を向け、そう言ったそしてつられるように他の皆も此方に視線を伸ばした。

 

 

「……ああ。そうだな、明日、だったよな…」

 

 

 …人が集まる場でそういうことを大々的に聞かれるのは恥ずかしかったが。ぼかすのもどうかと思ったために肯定した。

 

 

 しかし…その安易な肯定がいけなかった。

 

 

「だけどデートでは――」

 

「えええ、どういうことですか!!!折木さん!!!私と古家さんの他にも約束してるなんて聞いてないですよ!!!」

 

「…私も、聞いて、ない」

 

 

 水無月の語弊を正そうとした瞬間、数人から食ってかかられた。その反応に、俺は困惑してしまった。

 

 

「…昨日の夕方頃のことだったから言うタイミングは無かったんだ。でも…まずかったか?いや、調査にはちゃんと参加もするから、別に問題無いとは思うが…」

 

「ああいや…その…そういうわけでは!!無くて…」

 

 

 事実を肯定したはずなのだが…何故か先ほどの明るい雰囲気から一転…気まずい空気が流れ始めてしまった。

 …えっ…どういうことだ…もしかして俺の所為か?いやどう考えても俺の所為だよな…だって凄い痛い視線を感じるからな。

 

 

「折木ぃ……アンタはホント…まあいいさね。そういうのは後でで良いから、ちゃんと示し合わせとくんだよ?」

 

「…はっはっは!!折木殿も隅に置けんでござるなぁ!!…ござるなぁ…はぁ…良いなぁ…」

 

「ありゃりゃ…何だか急に人間関係にメスが入り始めてるんだよねぇ…ああ、大事にならなきゃ良いけどねぇ…」

 

 

 と、まるで傍観者のように言葉を並べていく生徒達。どうやら…俺の想像する以上に約束は波紋を呼んでいるようだった。きっとどうにかするべき場面なのだろうが…こんな時の対処法を知らない故に、頭を掻いて誤魔化すほか無かった。

 

 すると、報告会が混沌とし始めようとする中で…離れた席にいたニコラスが立ち上がった。俺達はどうしたのかと、彼に視線を集中させた。

 

 

「そうか、そうか…成程。よーく分かったよ。進行役ではないが、代わってボクがまとめるとしよう」

 

「何故貴様が…」

 

「まとめると…エリア3には様々なアトラクションがあり、それらは半分停止中。そしてそれらが再開し次第、キミ達は再び調査を始める。……だけど、それ以上の情報は無い、そう思って差し支えないかな?」

 

「そ、そうですね…多分、これ以上の報告は無いものと…存じます。はい」

 

「……ふぅ…ならここに居る意味はもうなさそうだね、キミ。では、報告会はこれで終わりということで、ボクは部屋に帰らせてもらうよ」

 

「ぬぁぜ貴様仕切る…それにまだ終わってはおらんであろうが…」

 

「そうだよ梓葉ちゃんがまだ終わりって言うまでが会議なんだよ!!だからもうちょっと落ち着きなよYOU!」

 

「ニコラス、水無月の言うとおり…折角来たんだから、もう少しゆっくりしていったらどうだい?」

 

「おおっと、待った。忘れてくれるなよ諸君?ボクがここに来たのは、あくまで新エリアの前情報を知りたかっただけ。ゆっくりキミ達とティータイムを楽しみに来たわけではないのだよ、キミ」

 

 

 ここに来てくれたからと言って、やはりなれ合うつもりはない、という意志に変わりは無いようだった。だけどそう口でハッキリ言われると、より寂しさを感じるのは、俺だけじゃないハズだ。

 

 

「……ふぅ…わかったよ…だったら仕方ないね」

 

「悪く思わないでくれよ?…これはボクの自衛手段の一つ、キミ達を完全に嫌いになったわけでは無い…それだけは念頭に置いておいておくれよ?」

 

 

 そう言うと、ニコラスはこの場から離れていこうとするのだが…――――何かを思い出したのか…俺に近づく。そして耳元に口を寄せ、小さく声をかける。

 

 

「最後にミスター折木、キミも1人の男であるなら、レディーのエスコートはキチンとしておくことをオススメするよ?ヘタなことをすれば、最悪背中を刺されることもあるからね?」ボソボソ

 

「…物騒な事を言うな」ボソボソ

 

「経験者だからこそ、そう言えるのだよ…キミ。ただまぁ…友人として応援はしているから安心してくれたまえ」ボソボソ

 

 

 今の話のどこを安心すれば良いのだ…。そんな俺のツッコミも待たずに、ポンポンと俺の肩を叩いたニコラスはそそくさと炊事場から姿を消していってしまった。一体アイツは何を言いたかったのだろうか…。

 

 

「……行っちゃった」

 

「……はぁ……やっぱりそう上手くはいきませんよね…はぁ」

 

「まぁ…良いんじゃないかねぇ?殆どは集まってくれるたんだし、あれからよく持ち直したもんだよねぇ…」

 

「傷一つ無い完成品が無い様に、この世にある全ての物には、必ずほころびがあるものさ……今のままでも僕は美しいと思うよ」

 

「一応良いことを言っているのだろうが…やはり上手く理解できんなぁ…。しかし…奴の態度…どうにも気に食わん」

 

 

 納得できないまでも、納得せざる終えない雰囲気であった。

 

 

「えと…話を戻しますね。報告会は以上になるのですが何かご質問がある方はいらっしゃいますか?」

 

「ふむ質問ではないのでござるが……やはり小早川殿達の報告だけでは上手く掴み切れんというのはあるでござるなぁ……」

 

「じゃあ掴みきるために1回現地に行ってみたら?」

 

「お!!良いねえ。アタシも言葉だけじゃ分かってなかったんだよ……沼野が行くってんなら、アタシも同行するよ」

 

「え……反町殿と2人で……いやぁ…それはちょっと…」

 

「そう遠慮しなさんな!!アタシがついてれば、賊が現れても八つ裂きにしてやるさね!!」

 

 

 いや明らかに遠慮している態度であった。ていうかここに賊なんて出ないだろう。しかし反町はそんなことも気付かず、バンバンと沼野を叩く。

 

 

「頼もしい限りだね!!だったらカルタも一緒に行っちゃおうかな!!デートの下見も兼ねて!」

 

 

 いや、その付け加えは要らない気がする。本当に…。

 

 

「おお!!賛同してくれる奴は誰でも歓迎さね!!……でも3人だけじゃ何だが寂しいね……よし!!じゃあ風切!アンタも一緒に来な!」

 

「………え」

 

「アンタも探索サボり組だろ?勿論行くよな?」

 

「いや…私は…部屋で」

 

「行くよな?」

 

「……銃の手入れを……」

 

「イ・ク・ヨ・ナ」

 

「…………………はい、行きます。行かせていただきます」

 

 

 限りなく顔を近づけ、まるで脅しとも言える圧を風切にかける反町。いくら図太い風切でもこのプレッシャーにはどうやら叶わなかったようで、赤べこのように首を振ってしまっていた。

 

 さっきな朝稽古のことを踏まえて見てみると……反町は完全に風切のことを、問題児というか舎弟みたいな認識をされているように見えた。

 

 

「よぉーし!そうと決まれば善は急げ、急がば回れ!さっさと行ってくるよ!」

 

「む、矛盾が酷いでござるよ~、反町殿~」

 

「ゴーゴーレッツゴー!!アイキャーンフラーイ!!」

 

「………はぁ…だる…」

 

 

 ブツブツとものぐさな風切と、快活に先陣を切る反町と水無月、後を追う沼野という中々珍しい組み合わせの4人は、そのまま姿を消していってしまい、俺達は数人は炊事場に取り残されてしまった。

 

 

 それじゃあ…ぼちぼち俺達も解散とするか。そう言おうと、テーブルに向き直る。

 

 

 すると――

 

 

「折木さん!!先ほどの話なんですけど!!!!」

 

 

 テーブルをバン、と叩き、何かに燃え上がる小早川が立ち上がった。えと、報告会は終わってるんだよな?

 

 

「……ど、どの話だ?」

 

「あれですよ!!あれ!!!先ほどのしれっと出てきてた、水無月さんとの逢瀬の約束について!!!」

 

「逢瀬って……そんな思わせるような表現は止してくれ。単に、モノパンタワーの上に行くとか…しか約束はしていない…」

 

「タワーに!?あの…”あだるてぃっく”なるあのタワーの最上階にですか…!!」

 

「……いや待て!!お前は恐らく大きな勘違いをしてる!!!ただ上に行って、話をするだけだ!!!」

 

「…そしてのちに、淫行に走るのであろう?ふんっ!……エロリストめ…」

 

「馬鹿を言うな!」

 

「ありゃりゃ…こりゃぁお若いこったねぇ…青春なんだよねぇ…多感なんだよねぇ…」

 

「古家お前まで…」

 

 

 周りに助けを求めようと視線を回すも、男子組には知らんぷりをされてしまった。四面楚歌という言葉が身に染みてくるようだった。

 

 

「こりゃあ面倒毎になる前に、あたしらは一時退却とするしかないみたいだねぇ…」

 

「……くたばるが良い。この世の全てに許しを請いながらなぁ…」

 

 

 そしてそう物騒なことを言いながら、古家と雨竜は逃げるようにこの場を離れていってしまった。置いてかれた俺はとっさに、出来れば頼りたくなかった…彼の名を呼んだ。

 

 

「………落合!!」

 

 

 しかし、目を向けてみると…案の上姿はなく、テーブルの上に『風と共に去りぬ』と置き手紙が置いてあった。

 

 …ど、どういう意味だ…。

 

 

「………………」

 

「…折木さん!!」

 

 

 どう説明した物か…俺は裁判の時と同じくらいに、頭をフル回転させる…。しかし人には得意不得意というものがあり、上手く切り抜けられる手段が思いつかなかった。

 

 

「折木、くん」

 

「贄波……!」

 

 

 すると、最後の綱である贄波に声をかけられた。俺は三度、助けを求めるように目を向ける…が。

 

 

「…正座」

 

「………………」

 

 

 しかし彼女もどうやら説明が必要な人間だったらしい。俺は大人しく地べたに座り込むこととなってしまった(何だか前にも同じような事があった気がする)。

 

 

 それからは言うまでも無く…説明にはかなりの時間を要した。結果的には納得のいく様に様々な犠牲を払いながらも無事に説得することが出来た。

 

 だけど何故だか分からないが、その流れの中で、贄波とも運営を再開したジョットコースターに乗る約束を取り付けられてしまった。有無を言わせないその凄み、どうしても頷くことしかできなかった。風切が屈する理由が分かった気がした。

 

 

 それにしても、着々と予定がかさんでいる現状に…憂鬱な気持ちも同時に重ねていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア1:噴水広場】

 

 

 昼食を終えてからの噴水広場にて。広場のベンチに珍しい人が居ることに気づいた。

 

 

「…よっ、雲居」

 

 

 雲居だった。ベンチ座り、風に揺られながら、本を読んでいる彼女に、俺は逡巡しながらもそう話しかけた。しかしその反応は芳しく無く…こちらを一瞥した彼女はすぐに本に目を戻した。

 

 

「……裁判ぶりですね」

 

「…ああ、そうだな」

 

 

 少々息の詰まる会話の始まりではあった。だけど同時に、俺はなんとも言えない安心感を覚えていた。昨日今朝と姿を見せず、どうした物かと心配していたため、余計にそう思えてしまった。

 

 

「珍しいな……てっきり、図書館にこもって本を読んでいると思ってたよ…」

 

「…気分の問題ですよ。それに……あんな事件が起きた後なんです。…誰だって彼処に行くのはためらうです」

 

「…確かに、そう考えると、ちょっと足繁くは通いにくいな」

 

 

 あくまで所感だが…多分後者が、躊躇う主な理由なのだろう。前回の裁判で殺害現場となりそして炎上した図書館。そんな図書館が昨日のうちにまるでゾンビのように再生していたのだ。

 そこを好んで根城にしていた彼女にしてみれば、思うところが無い方がおかしい話だ。

 

「………」

 

「なぁ…雲居?」

 

「……折木………………………悪かったです」

 

「…えっ?」

 

 

 突然、彼女からそんな謝罪の言葉が漏れた。一瞬、俺は何に対して言っているのかは分からず…短い言葉を返してしまった。それでも彼女は、続けていった。

 

 

「前の裁判のことですよ……あのときの私は、色々迂闊だったです。タダ目の前にある犯人を吊す事ばっかり考えてて…周りが見えてなかったです」

 

 

 いつのまにやら本を閉じて、視線の先にある噴水を眺める彼女はそう言葉を並べていった。

 

 

「一歩間違えれば、私が戦犯になって、長門の思い通りの事件で終わるかも知れなかったです…」

 

「…でも、あれはお前に限った話じゃ…」

 

「いいや…それでもです」

 

 

 譲らない態度を保ちながら…雲居は自己嫌悪を続けた。その暗い面持ちを見た俺は、気付いた事を口にした。

 

 

「もしかして…ここ数日姿を見せなかったのは…それに責任を感じてか?」

 

「…図書委員として、言葉には責任を持たなくちゃならないですからね」

 

 

 案の上…かなり引きずっているようだった。…できるなら、そのおもりを少しでも軽くしてやりたいと思った…でも安易に全ては終わったことだ、だから気にするな。…とは言い切れなかった。

 

 もしも言ってしまえば、確実に彼女との間にある亀裂を広げてしまうように感じたから。だから俺は、あえて彼女の言葉を待つことにした。

 

 

「だから…あのあと…ニコラスにも改めて、謝ったです。疑いに掛かってごめん、て。鍵の掛かった扉の向こうに言ったです」

 

「…何か反応はあったのか?」

 

「無かったです。部屋の中に入ってるのを見たから、一応伝わってるとは思うですけど……あいつがどんな気持ちで考えてるのか…分からないです」

 

「……もう許してる。…とも言い切れないな」

 

 

 お人好しなようで、急にドライになることがあるあいつは、俺達の中で最も読みづらい感性を持ってるとも言えた…。朝の報告会みたいに、急に姿を現したと思ったら、突き放した態度を取ったり、俺にアドバイスを送ったり…。本当によく分からない奴だ。…落合以上に。

 

 

「…でも、あいつのことだから、次会ったときには『そんなことあったかい?』とか言ってくるんじゃないか?」

 

「はぁ…無いですよ。あいつ、案外恨みがましいタイプですから……きっとまだ根に持ってるですよ」

 

 

 …重症だな。相手がニコラスだからとも言えるが…何だか見ていられないくらい鬱になっているみたいだった。

 

 

「…………いや雲居…そんなことこそ無いと思うぞ?」

 

「…えっ」

 

「ニコラスは確かに変な奴だが…個人的な恨みにとらわれ続けるような、愚かな人間じゃないハズだ」

 

「…そんなの。ニコラスに聞いてみないと分からないですよ」

 

「いいや分かるさ。だって俺はアイツの友達だからな。……それに、裁判の中で自分が疑われるのは仕方の無いことだって…そう言ってただろ?」

 

「………」

 

「…だから、もう反省タイムは終わりして良いんじゃないか?」

 

「………」

 

「猛省したくなる気持ちは分かるが…それ以上は体に毒だ。そんな気持ちのままずっと引きずっていたら…こうやって生き残っても生きた心地がしない」

 

「……………」

 

「だからココで、一旦自分を許そう」

 

 

 雲居は俯いたまま、しきりに何かを見続けていた。それでも俺は、続けていった。

 

 

「大丈夫…案外、お前が思っている以上に、皆は気にしてないさ……むしろ、心配してると思うぞ?」

 

「……そう、なんですかね」

 

「ああ……言葉には出さなくても…きっと思っているはずだ」

 

 

 考えがよく分からない奴が大半ではあるが…少なくとも小早川とか、反町辺りは確実に思ってるだろう。

 

 

「分かったです…許すことにするです…」

 

「ああ…そうしよう」

 

 

 すると、雲居は目を向けずに…此方に片手を差し出した。

 

 

「……じゃあ、折木。ありきたりですけど…握手するです。和解の意味を込めて…」

 

「…そうだな。これで、仲直りだな」

 

 

 少々照れくさい雰囲気を出しつつ、俺達は手を交わし合う。何となく納得した様子の雲居に俺は安心した。

 

 

 そんな中で一つ…とあることを思い出した俺は、話の方向を転換させるように、雲居を呼びかけた。

 

 

「そういえば…お前、新しいエリアについては…何か聞いてるか?」

 

「ああ…それについてならもう聞いてるですよ。さっき贄波に聞かされたです」

 

「贄波が?」

 

「部屋を出たとき。アイツが待ち構えたように噴水広場から来たですから、そこで少し話をしたんです。アイツの一方的な会話だったですけど…その流れで…」

 

「成程な…」

 

 

 贄波のかゆいところに手が届く動きには、毎度感心してしまう。説明する手間が省けて良かった、そう思えた。

 

 

「はぁ…態々報告しなくても別に良いのに……あいつもお節介ですよ。あんたと同じくらい…」

 

「……俺は焼いたつもりはない。…諭しただけど」

 

「はっ…よく言うですよ…」

 

 

 そう鼻で笑う雲居。何となくいつもの調子が出てきてくれたような気がした。すると、何かを思い出すように、彼女は懐かしむような表情で空を眺め始めた。

 

 

「……あんたらを見てると…昔お世話になった人を思い出すですよ」

 

「昔?」

 

「私が5,6歳の頃の話です。……私、地元にある図書館に通い詰めてたです。片田舎にひっそりと立っているような、しょぼくれた図書館に」

 

「その頃から本が好きだったのか……お前らしいな」

 

「どうもです。…そんで、そのよく通ってた図書館には長年勤めている司書さんが居たんです。その人が今言ったお世話になった人です。6、70代位のおじいさんですね。”棚田さん”って、読んでたです」

 

「棚田さん…」

 

「いっつも穏やかにニコニコして…ゆったりとしてて、見てるだけで眠くなるような、ある意味変わった人だったです」

 

「…ある意味…そうだな。言ってる限りじゃあ不思議な雰囲気の人に聞こえる」

 

「その顔の通り、典型的なお人好しで…誰の言う事も聞いちゃう、所謂断れない人だったです。……子供の私から見ても、まあ生きにくそうだな、ってませた事を思ってたですよ」

 

 

 確かに、何となく想像がついた。良く言えば頼みやすそうな、悪く言えば都合が良い…という感じの人なのだろう。

 

 

「でも棚田さん博識だったです。とんでもなく」

 

「…司書レベルに収まらないくらいか?」

 

「です。聞けば、必ず返ってくるくらい、あの人自身が図書館みたいだったです。私、その人から沢山の本の話を聞いたです」

 

「それは…聞くだけでも凄いな。でも話を聞いてたって事は…もしかして、お前の図書委員としての始まりって…」

 

「はい…その人が発端です。あの人が居なかったら、超高校級としての私はココには居なかったはずです」

 

「師弟関係のようだな」

 

「まさにそれです。私はきっと棚田さんの弟子だったんです」

 

 

 ”でも――”

 

 

 と、先ほどの明るい声色から一転、しぼむように、雲居は声を暗くした。

 

 

「…私が中学校に上がるころに……棚田さんは末期がんを患って、すぐに亡くなってしまったんです」

 

「…気の毒な話だな」

 

「初めて、身内以外の葬式で泣いたですよ。今でも、その気持ちはしっかり覚えてるです」

 

「棚田さんとの思い出を…大事にしてるんだな」

 

「当たり前ですよ、何たって師匠ですからね。……でも、ここからが本題なんです…その葬式の時に聞いた話なんですけど……棚田さん、実は『元・超高校級の司書』だったらしいんです」

 

「本当か?」

 

「参列者の中に、テレビでよく見かけるような政治家とかどっかの会社のCEO何かもいたですから…間違いないです」

 

「…そんな凄い人だったのか…お前が表現するような、図書館並みの知識量があったのも頷けるな」

 

「私も同じ事を思ったです。……でも、1番驚いたのはそこじゃなかったんです」

 

「何が…不思議だったんだ?」

 

「……そんな元超高校級たる人間が、私の住んでいる片田舎の図書館に勤務してたのか…それがわからなかったんです」

 

 

 ……確かに。希望ヶ峰学園は卒業すれば成功間違いなしの伝統ある名門。棚田さん程の人であればもっと、国が経営するような大図書館に居ても良いはずだ。だけど…雲居の住む地元の…彼女曰くしょぼくれた図書館に勤務していた。

 

 

「死ぬ間際に、その同級生らしき人も棚田さんに同じ事を尋ねたらしいです。『君程の人間が、どうして国の勧誘を蹴ってまで、ここに居ることにこだわったんだ?』って」

 

「もっともな質問だな……それで、棚田さんは何て答えたんだ?」

 

「『自分らしい生き方をしようと思ったら…気付くと此所にいた』…って言ったらしいです」

 

「…?どういうことだ?」

 

「単純な話ですよ……棚田さんは、ただ自分の大好きだった地元の図書館を守るために…あそこに居続けたんです。約束されていた地位や名誉をかなぐり捨ててまで」

 

「…凄い覚悟だな」

 

「……私、その話を聞いたとき、また教えられた気がしたんです。意志を曲げずに、お前も自分の生きたい道を選びなさいって、同級生を通じて、言われた気がしたんです。…遺言って奴ですね」

 

「…自分の生きたい道?」

 

「所謂、夢って奴ですよ。だから私は、その葬式の日に決意したんです。棚田さんという人がいた証をこの世に残すために、彼が持っていた全ての知識を世界中に轟かせるために、私は図書委員として人生を全うする…そう考えたんです」

 

 

 今までのひねた雲居からは考えられないほど、その瞳は真っ直ぐだった。師と仰ぐ人から教えられた、覚悟が秘められた瞳だった。

 

 

「…だから、この道に進んだのか?」

 

「それ以外に理由なんて無いですよ」

 

「…成程な」

 

「今まで目一杯努力して、そして念願叶って希望ヶ峰学園に入学できて。これで、あの人と同じラインに立てた…そう思ったんです。

 

 

 ”でも…”と、暗い声色で続けていった。

 

 

「こんな…夢のことを考える余裕もない意味不明なことに巻き込まれて……ホント、人生そう上手くはいかないもんですね……」

 

「雲居…」

 

「でも……私、諦めないです。何が何でも生き抜いて、この目標を貫いてみせてやるです。絶対に…」

 

「ああ…そうだな。そのために、頑張ろう」

 

「折木……そのときは、頼むですよ」

 

「………何をだ?」

 

「…秘密です」

 

 

 …よく分からなかったが…何だか良い雰囲気で終われたようだ。

 

 …最初はギスギスした雰囲気の滑り出しだったが…それでも途中の仲直りを通して、彼女のルーツを知ることが出来た気がした。

 

 俺と雲居はまた明日と、そう言い残し、別れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア1:炊事場エリア】

 

 

 

「反町…ちょっと相談しても良いか?」

 

 

 今日の夕食を終えた後のことだった。テーブルの後始末をする反町に俺は控えめな口調で話しかけた。

 

 …どうしても相談したいことがあったからだ。

 

 反町は、難しく顔をしかめながら話しかける俺を見るやいなや、何故かニヤニヤと表情を崩した。

 

 

「おう、どうしたんだい?色男」

 

「……………」

 

 

 笑顔の理由はすぐに分かった。どうやら朝の出来事が尾を引いてるようだった。

 

 しかしその反応は些か不本意であったゆえに、俺は逆に顔をしかめた。

 

 

「ははは…悪かったよ。でも…相談内容は、どーせそれについてだろ?」

 

「………ああ」

 

 

 どうやら、俺が相談したい内容はは言うまでも無かったみたいだった。あまりおおっぴらにしたくなかった故に、察しが良くてとても助かる。

 反町は、促すように俺を指で示した席に座らせると、彼女もその対面に腰を下ろした。

 

 

「で?チヤホヤされるようになったことの何に困ってるんだい?別に不自由なことでもないだろ?」

 

「…チヤホヤ…なのかは分からないが。それをしてもらってること事態に問題は無い。むしろ嬉しいさ…だけど…」

 

「…何か思惑が有るんじゃ無いかって?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだ。だけど、急にどうして…と思ってな」

 

 

 そう昨日、辺りから薄々感じてはいたが…今日になってはっきりと認識した。俺は今、協力とも違う積極性…にしては強引な部分もあるが……そういった類いのベクトルを向けられていると。

 

 今までこういった変化は見られなかったために、そしてこういう部類の交流は、受けたことが少ないことも重なって…俺はそう…戸惑ってしまっているのだ。

 

 

「煮え切らないねえ…つまりどう思ってるんだい?」

 

「………何となく、ハッキリ言うと……気を遣われているように感じたんだ」

 

「その通りだよ。皆、アンタを元気づけようとしてるんだよ」

 

「そうだようなあ…………え?」

 

 

 あっさりと俺の所感を肯定する反町に、逆に聞き返してしまった。反町は何を言っているんだお前は、と、いぶかしむような表情を此方に向けていた

 

 

「元気づけるって……俺、そんなにやつれてたか?」

 

「アンタねぇ…気付いてないフリしてるのか分からないけど……昨日辺りから、相当老け込んでるよ」

 

「ふけ――…老人扱いは止してくれ」

 

「冗談じゃなくて……真面目に言ってるんだよ。はぁ…アンタ、鏡って文化にも乗り遅れちまってるのかい?改めて自分の顔見てみな…目元に酷っい隈が出来てるよ」

 

「えっ…」

 

 

 俺は嘘だろ、と思い、慌てて自分の目元を触ってみた。その行動に、反町はため息を吐く。明らかに呆れているようだった。

 

 

「触ってもわかるわけないだろうに………。念のため聞いておくけど…アンタ、一昨日の裁判が終わってから、よく寝れてないだろ?」

 

「…いやそんなことは……」

 

「じゃあ眠りが浅くなったとかは?」

 

「まぁ…それは多くなった気がするが…」

 

「それだよ。知らないうちにストレスを溜め込んでる証拠さね。加えて、アンタ昨日の朝から、ボーッとすることも増えてる」

 

「……」

 

 

 俺自身でも気付かなかったような客観的な意見を反町はまるで母親のように淡々と並べていった。

 

 ”…まっ、この状況で溜め込むなって方が難しい話だろうけどね…”としょうが無いことだと、付け加えてくれているが…何となく、小言を言われているようで肩をすぼめてしまう。

 

 

「それにアンタのその状態。アタシ以外にも、小早川やらも気付いてるんよ」

 

「えっ……そんなに分かりやすかったか」

 

「ああ、もうバレバレさね」

 

 

 中々の言われようだった。自分が分かりやすいとは前々から言われていたが…まさかそんなことまで筒抜けだったとは。

 

 

「そんなアンタの様を見て、小早川達は元気づけようって、そう考えたんだろうね。まぁ実際に、アタシの目の前で宣言してたしね。『裁判で役に立てなかった私にはこれ位しかできませんから!!』って言いながら、燃えてたさね」

 

「…そうか。そうだったのか…」

 

 

 真っ直ぐで素直なその気遣いに、照れくささと、言い様もない嬉しさが感じられた。

 

 

「……この状況をどうにかしようと、小早川も小早川なりに頑張ろうとしてるってことさ。…変わろうとしてる点で言うなら、古家も同じさ。鮫島がいなくなって、そんで今のままじゃダメだって思って……ああやって慣れないトレーニングまで始めちまった」

 

「古家も…だから急に」

 

「まぁ…ちょっと空回り気味だけどねえ…」

 

 

 苦く笑いながらも、嬉しそうに表情を緩める反町。その姿は、同級生と言うよりも、もはや雛の巣立つ寸前の姿を喜ぶ親鳥のようだった。

 

 

「そういうアンタも、同じだろ?例えば、この不均衡な状況をどうにかしなきゃ、とか……」

 

「…分かるのか?」

 

「昨日の小早川への態度とか、さっきの雲居への働きかけとかを見かけたら、イヤでもそう思っちまうさね」

 

 

 …小早川のはともかくとして、まさか、雲居との場面も目撃されているとは……何とも恥ずかしい話である。

 

 

「……折木ぃ……アンタはアンタが思う以上に、大した人間さ。いろんな修羅場を潜ってきたアタシらでさえ背けたくなるような事から…絶対に目をそらさないようにしてきた。そして、そんなアイツらのために怒りもした」

 

「急にどうした………でも、そんな大した事はしていない」

 

「…本当に……アンタは果てしなくお人好しな奴だよ。アタシらよりも、ずっとね。でも、そういう姿はどうしても危うく写るもんさ。そしてそんなアンタが無理してる姿は、ここ数日で何度も見てきてんだ…」

 

 

 危うく写る、そんな醜態をさらしてしまったことで、きっと小早川達の行動に原動力を与えてしまったのだろう。

 …凡人の俺がこれほど心配を掛けてしまったことに何だか申し訳ない。

 

 

「はぁ………また心底どーでもいい事で頭を悩ませてるんだろうけど……一時くらい、そんな使命感とか責任感と全部忘れてみたらどうだい?この約束事が良い機会さね」

 

「だけど…」

 

「アイツらは恥ずかしさも捨てて、覚悟してアンタを外に連れ出そうとしてくれてんだ。その気持ちにしっかりと答えてやるのが甲斐性ってやつさ……。まあ、もしもそれがどうしてもダメってなら……デート云々とかは考えずに、ゆっくり友達と羽を伸ばすって気持ちで過ごしてみるさね」

 

 

 友達…か。確かに、それなら多少は気持ちは楽になったような気がした。

 

 

「確かに、慣れてない働きかけに戸惑っちまってるんだろうけどね……そう思うのは、後でいつでもできるさ……今は大人しく、その幸せを噛みしめとくんだね」

 

 

 ”他人の事の前にまずは自分の事…”そう付け加える反町に、頭をガシガシと撫でられる。何となく母親に撫でられている気分になった。何となく、教会での彼女が強く慕われる理由が分かったような気がした。

 

 

「…それに…――――――――――なんてことも……あるからね…」

 

 

 よく聞こえなかったが…ボソリ何かを呟やく反町。そして…何故だか寂しげに様子になる彼女。

 

 聞いても良いのだろうか…?だけど、そうして良いのかわからなかったために。俺は沈黙することしか出来なかった。

 

 ――――すると反町は尽かさず”でもっ!!”と打って変わって大きな声を上げた。思わず、驚きを露わにしてしまった。

 

 

「でも…それはそれ!これはこれ!!乙女心は乙女心さね!!良いかい?楽しむのは良いけど、梓葉も、贄波も、水無月も、あと古家も泣かせたら承知しないからね!!個人差こそあれ、アンタのことを憎からず思ってるのは事実、向き合ってやるのが通すべき筋ってもんさ…良いね?」

 

 

 そう腕をまくりながら、反町は圧をかけてくる。

 

 

 一応背中を押されているのだろうが、むしろヘタなことをしたらタダじゃおかない、という脅迫染みたものを感じた。

 

 

 そして同時にこうも思った…―――いや、キツくね?…と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モノパン劇場』

 

 

「ミナサマは、『愛』について考えたことはありますカ?…ありますよネ?」

 

 

「では愛について語る前に、まず辞書的な表現から話を切り込んでいきましょウ

 

「辞書的な表現をするなら、愛とはつまり、慈しみあう気持ちのこト。生ある物をかわいがり大事にする気持ちのこト。特定の人を愛おしいと思うこト。このように表現されていまス」

 

 

「そして愛とは、向ける相手によってその形を変えていきます」

 

 

「親子愛、兄弟愛、友愛、恋愛…細かく分類するなら、それこそおびただしい数となるでしょウ」

 

 

「しかし定義のみで話を進めてみても、形ばかりで、決して理解したとは言えませン」

 

 

「だからこそ、ココで一つ、例を挙げていきましょう」

 

 

「…最近とある映画を見ましタ。よく金曜ロー〇ショーなんかでやってる、天才物理学者が、殺人犯であり、そして友人である天才数学者の作り上げたトリックを見破るという物語のやつでス」

 

 

「しかし、物語だけ聞くと、愛なんて言葉は、一欠片も見当たりませン。ですがそれは違うのでス。実は数学者が殺人を犯したのは、ワタクシが何度も言っている『愛』が原因なのでス。それこそ、特定の人を愛おしいと思う、『恋愛』」

 

 

「物理学者は、愛という物の存在に否定的でした。しかし、数学者は逆に愛の存在を知ってしまったが故に、今までは考えられないようなことを次々としでかしていったのでス」

 

 

「まさに『愛』のなせる技ですネ」

 

 

「そして、真実を見いだした時、物理学者は友人が罪を犯したことを嘆き、泣きましタ」

 

 

「ワタクシはその涙を見たとき、これも『愛』だと思いました。言葉で表現するなら友愛。それをハッキリと感じ取りましタ。物理学者はその涙で、皮肉なことに自分自身は今まで否定してきた愛を証明してしまったのでス」

 

 

「学者はその後も、友人の罪を嘆き続けていました。どうして友人は罪に走ってしまったのか…その理由が分からずにずるずると考え続けていましタ。…その気持ちこそが理由だとも知らずニ」

 

 

「……ん?つまりワタクシが何を言いたいのかっテ?」

 

 

「そうですネ…ワタクシが言いたいことをまとめるなら…何事にも動じない鉄の心を持っていても…どんな超常的な存在であろうと…愛は必ずその人の人生そのものを狂わせてしまうということでス」

 

 

「愛とはつまり、人を変えてしまう麻薬のような代物なのでス」

 

 

「それこそが、ワタクシなりの定義、『愛』の定義なのでス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り12人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計4人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 




基本、事件発生するまでは脳死です。



【コラム】

〇みんなの得意料理

男子
・折木 公平
⇒手打ちそば


・陽炎坂 天翔
⇒プロテイン入りハンバーグ


・鮫島 丈ノ介
⇒卵がゆ


・沼野 浮草
⇒白菜の漬け物


・古家 新坐ヱ門
⇒ペペロンチーノ


・雨竜 狂四郎
⇒インスタント系


・落合 隼人
⇒きまぐれ(すぎる)サラダ


・ニコラス・バーンシュタイン
⇒スティッキートッフィープティング


女子
・水無月 カルタ
⇒特濃豚骨ラーメン


・小早川 梓葉
⇒おにぎり


・雲居 蛍
⇒オムライス


・反町 素直
⇒パン(自分でこねて焼く)


・風切 柊子
⇒ビフテキ(でも作りたくない)


・長門 凛音
⇒魚の塩焼き


・朝衣 式
⇒コーヒーゼリー


・贄波 司
⇒謎スープ(材料は現地調達)


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Chapter3 -(非)日常編- 13日目

【エリア1:折木公平の部屋】

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

『…とここでもう一つお知らせがございまス!!至急エリア3、「モノパンパーク」へお越しくださイ……それでは、それでハ…』

 

 

 朝の起き抜けにそんなアナウンスが部屋中を包んだ。眠気に気を取られ、少し反応が遅れかけたが…そのアナウンスは確かに頭の中に響いていた。

 

 

「……」

 

 

 言外に、パークが完成しました、そんなアナウンスだと思った。妙に嬉しそうに言っていたことも含めて、そうと思わずにはいられなかった。

 

 

「それにしても、ニコラスの言うとおりだったな…」

 

 

 ベッドに横たわり、朝特有のだるさを抱えながらそう呟いた。ニコラスの予想の通り、本当に今日のウチにパークは再開した。今までのモノパンの迅速さを考えれば、思い至るにたやすかったが…やはりひっかかるところはあった。

 

 

「………」

 

 

 だけど、そんな些細な事を考え込んでも仕方が無い。昨日取り決めたとおりに、エリア3の探索の再開しなければならない。それに加えて、知らずのウチに重ねてしまった約束も果たさなければならない。

 …正直な話、安請負をしすぎたと、もう少しスケジューリングに余裕を持たせるべきだったと、今更ながらに思えてきた。

 

 

「…はぁ……でも行かなきゃならないよな」

 

 

 俺はそう腹をくくるようにベッドから立ち上がり、急いで身支度を済ませる。そして、皆が待っているであろうエリア3へと向かっていった。

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア3:入口】

 

 

 『至急』という言葉にあてられ早歩きでやってきたエリア3の入口には、俺以外の殆どの生徒達が集まっていた。殆ど後ろ姿であった故に、どんな面持ちかは分からなかったが…どこか落ち着かない雰囲気であることは分かった。

 

 その原因は勿論、そんな彼らの目の前にいる紳士の化け物モノパンである事は言うまでも無かった。

 

 

「折木さん…。おはようございます」

 

「ああ…おはよう…何か進展はあったのか?」

 

「いやぁ…それが」

 

 

 控えめに気付く小早川の隣にこそこそと移動した俺は、現状について聞いてみる。しかし微妙な表情でモノパンを見たため、何も始まってすらいないのだと理解した。

 

 

「くぷぷぷぷ…全員集合とまではいきませんでしたが…まぁ良いでしょう、なんら支障はないのでちゃっちゃと進めていきますカ」

 

 

 俺が来たタイミングでモノパンは集まった顔ぶれを眺めながらそう言った。見たところ、殆ど集合しているように見えたが…たった1人、ニコラスだけが集合していないことはわかった。 

 

 

「えーミナサマ、このようにお集まりいただいたことを心より、嬉しく思いまス…本日はお日柄も良く……」

 

「おーい御託は抜きにして…さっさと本題に入るさね!」

 

「…姉御の言うとおり、早くして。寝不足気味だからイライラしてる…」

 

 

 …えっ、なんで姉御?

 

 風切から出てきた思いも寄らない言葉に反応しそうになる。しかし、誰も反応していなかったので、そのままスルーしておくことにした。

 

 

「折角のパークの再開記念だというのに……初っぱなからこんな野次が飛んでくるなんて。ワタクシどれだけないがしろにされているのでしょうカ…」

 

「少なくとも人間という存在として扱っているつもりは無い」

 

「いやぁ、そもそも人間じゃないからねぇ…」

 

「要はアンタの長話は聞き飽きたってことさね!」

 

「ちぇー、分かりましたヨ。もう…徹夜してスピーチの内容考えたのに、キミタチの所為で台無しになってしまいましタ」

 

 

 …そう妙な罪悪感を俺達に押しつけながら、モノパンは切り替えるようにクルリと一回転、海を割ったモーセのように両手を掲げる。

 

 

「えー!ではミナサマ!今回の招集の理由は言うまでも無くエリア3こと『モノパンパーク』の全アトラクション営業再開をお知らせのためでス!」

 

「だと思ったでござる」

 

「ではまず、あちらをご覧下さイ!あの空中を龍が如く舞い踊ろうとするジェットコースターを!!」

 

 

 見てみると、確かにシンボルであるモノパンタワーの向こう側に、今にも落ちますよとじわじわと力を貯めるジェットコースターがレールを上っていた。そして瞬間、機体は滑りだし、コースターを豪速で駆け巡りだした。

 

 

「ふぉぉおぉ!!!めっちゃめちゃ早い!!楽しそう楽しそう楽しそうーーー!!もうワクワクが止まらないよ!!」

 

「むむむ…下らん…あのような俗まみれのアトラクション…乗る価値も見いだせんな…乗るならロケットであろう…」

 

「それはアトラクション域越えちゃってるんだよねぇ…」

 

「ですが、こんな遠くから見ても迫力満点としか言いようがありません!!」

 

「な、なあ贄波…あれに乗るのか…?」

 

 

 想像以上にハードな乗り心地の予感がした俺は、改めて贄波に話しかける。

 

 

「そうだ、よ?…ダメ?」

 

 

 ダメではないが…正気を保てるだろうか。もしくは、機体が故障してストップするのではないか。という不穏がよぎっているのが正直な気持ちだった。だけど”イヤ、ダメではない”としか、答えられなかった。

 

 

「…それで、です。モノパン」

 

「はいはイ、どう為されましたカ?雲居サン」

 

「このエリア3が完全に再開してることは分かったです。でも、何で態々アナウンスを使ってまで私達を招集したんですか?」

 

「確かに気になるでござるな。集めずとも、報告だけして放っておけば良い物の…」

 

「どういうことさね!モノパン、前置きは無しにしてさっさと答えな!!」

 

「くぷぷぷぷ、やはりそうきましたネ」

 

 

 そんな些細な疑問にモノパンは、待ってましたと言わんばかりに、口角らしき部分をつり上げる。

 

 

「何故なら、この記念すべきモノパンパークの完全開放に併せて。ミナサマの為に一つ、催しをご用意したからなのでス」

 

「催、し…?」

 

 

 笑みを崩さずモノパンはそうのたまう。俺達は、今までに無かった出来事に困惑と同時に、”何か思惑があるのでは?”と勘ぐった。自然と体は、身構える体勢となった。

 

 

「それは…一体何なんだ?」

 

「――――スタンプラリーでス」

 

「…す、すたんぷ?」

 

 

 想定していた催しに、思わず拍子抜けの声を風切が漏らす。俺や生徒達も例に漏れず、呆けた表情をモノパンに向けていた。

 

 

「ええ、そうでス。やはり遊園地と言ったらスタンプラリー!子供の事めちゃめちゃ楽しかったのに、成長するにつれて何でこんな事が楽しかったと考えてしまう筆頭のイベント!」

 

「わ、分かるようで分からないんだよねぇ…」

 

「カルタはまだ結構好きだよ!!」

 

「…貴様の脳内レベルで考えれば妥当だな」

 

「なーにおー!」

 

「まぁまぁまぁ…でも、どうして…」

 

「そちらについては後ほど説明させていただきまス。まず先に、こちらのそのスタンプを押すためのカードをお配りしまス」

 

 

 動揺を隠せない俺達にモノパンは1枚1枚丁寧に、それこそ電子生徒手帳を配布したときのように、手元にスタンプカードらしき紙が回していく。

 

 紙は5つの空き枠が設けられており……まあありきたりなタイプのカードデザインであった。

 

 

「それにしてもスタンプラリーとはね…アンタのことだからもっと派手な企画を用意してると思ったよ。例えばそうだねえ…殴り合いのデスマッチとか」

 

「僕らを僕らたらしめるための終わりのない音楽会も、魅力的に思えるね」

 

「えー!もうノンストップ耐久ジェットコースターはぁ?」

 

「どんな催しですカ!!キミタチは鬼か何かですカ!!コロシアイ好きなれど、拷問はワタクシの趣味ではありませン!」

 

 

 不本意ではあるが、ここはモノパンの言うとおりだと思った。ていうか、それお前らがやりたいだけだろう…。

 

 

「はぁ…では次に質問のあった何故?についてお話しさせていただきまス」

 

 

 コホンと、モノパンは咳払いを挟み、続けていった。

 

 

「このように、オリエンテーションを企画した理由としましてハ…ミナサマに、再開したアトラクションを満遍なく楽しんでいただきたいと思ったからでス」

 

「満遍なく…でございますか?」

 

「はイ。だった折角再開したのに、一度も楽しんで貰えないなんテ、悲しすぎて野生が目覚めてしまいそうじゃないですカ…。そうならないためのワタクシなりの粋な計らい、と捉えていただければ幸いでございまス」

 

「粋…?どぅあと?」

 

「どう見てもエンタメの押し売りですよ…」

 

「まぁ…物騒な要素がない分、今までよりマシでござるな」

 

 

 と、モノパンの言葉に苦言を並べる中で…モノパンは”具体的なルールについてですガ”…と再び続けていく。

 

 

「今話したとおり、ミナサマには今回開業したばかり、気球に射撃場、お化け屋敷、ジョットコースター、そして観覧車…それぞれの場所でスタンプを押していただきまス」

 

「…スタンプを押すというと…それぞれのアトラクションにそういったスタンプ台が設置されている…という認識で良いでござるか?」

 

「ノンノンノン…ノットグッドでス。忍者くん」

 

「…せめて名前を呼んで欲しかったでござる」

 

「良いですか?そんな台だけ置いていたら…楽しみもせずにスタンプを押して帰る輩が続出してしまうでショ?ちゃんと楽しみ終わった後に、ワタクシが直々にスタンプを押しに来まス。少々骨は折れますガ…」

 

「…思考が読まれてる」

 

「ちっ…対策してきたですか」

 

「いやあんたら本当にやる気だったのかねぇ…面の皮厚すぎなんだよねぇ…」

 

 

 雲居達だけではなく、他何人かから舌打ちをする音が聞こえた気がした。…いやウチのクラス、ものぐさな連中多すぎだろ…。

 

 

「ええー、そしてもう一つ大事な説明があるのですガ…」

 

「ねぇ~早く始めようよー、大事とか言ってるけどどーせ大した内容じゃないんでしょー」

 

 

 モノパンが何か含みを持たせた言葉を遮るように、水無月は我が儘を漏らす。しかしモノパンは、その”クマ―!!”と怒りを露わにする。

 

 

「だまらっしゃイ!!水無月サン!!本当に重要なことなんです、と・く・に!水無月サンにとっては朗報中の朗報なはずでス」

 

「むむむむむ…そう名指しで言われるとすっごーく気になっちゃうよ!」

 

「何と!!全ての枠を埋めたスタンプカードをワタクシに渡すと…スッペシャルなプレゼントと引き換えができるのでス」

 

 

 その言葉を聞いた途端、予言通り水無月は”ええ!!本当に!?”と目を光らせ、モノパンに詰め寄った。いや、扱われ易すぎだろう…変わり身の早い彼女を見て、そう思った。

 

 

「”すぺしゃる”なプレゼントですか……それこそ”すぺしゃる”な趣を感じますね!」

 

「ただ脳死でスタンプを集めるだけじゃなくて、ちゃんとご褒美があるってんなら…多少なりとも気合いが入るさね」

 

「確かに、モチベーションが上がってくるんだよねぇ」

 

 

 しかし、それは水無月だけに言えたことではなく…他の生徒達も同様に、楽しみな面持ちを持っていた。これを見ると、やはり超高校級といえど、思春期の高校生なのだな…そう思えた。

 

……まぁ俺もその思春期のまっただ中にいるのだが…。

 

 

「…あと言い忘れる前に行っておきますガ。スペシャルな物の中には、さらに一段上のスペシャルなプレゼントをご用意しておりますので、お楽しみ二…」

 

「もうスペシャルな横文字がインフレしつつあるんだよねぇ…」

 

「…漸次的に唯一性が損なわれてる気がしてならんなぁ…」

 

 

 そもそもそのプレゼントがなんなのか分からないのだから、喜ぶに喜べないまである。だけどモノパンがここまで渋るのだから、本当に特別なプレゼントであることは確信できた。

 

 

「一応聞いておくけど…その1番特別なプレゼントってのは、1番早くスタンプを集めたらとかで、受け取る奴を決めるのかい?」

 

「…いいえ、誰が受け取れるかはランダムとなります…言ってしまえば、ワタクシの気分次第という事でス」

 

 

 …何ともモノパンらしい決め方だと思った。だけどその個人的裁量に、何人かが”じゃあ、急がなくても良いのか…”と安心した声が聞こえた。

 

 …そんなに楽しみなのか…。まだ何が手渡されるのかも分からないのに…。俺は驚愕した。

 

 

「くぷぷぷぷ…良い感じにバイブスが上がってきたようですネ。では要望通り、開演の時間と致しましょうカ…ミナサマ、夢のような良い一日をどうかふるってお過ごし下さいまセ…それではそれでハ…」

 

 

 全てを言い終えたモノパンはマジックのように姿を消していく。いつ何時、見ても見事な瞬間移動だと今更ながら思った。

 

 

「……はぁ…帰りたい」

 

「いきなりバイブスが急転直下しちまってる人がいるんだよねぇ…今までの盛り上げを無に帰す初動なんだよねぇ…」

 

「たっく…仕方ないやつさね…昨日みたいにアタシが気合い入れといてやるよ…」ゴキゴキ

 

「…」シュッ

 

「えっ…何で拙者の後ろ…?頼ってくれてる?もしくは盾扱い?」

 

 

 間違いなく後者であろう。だって服を掴んで逃げられないようにしてるし。

 

 

「よーし!!それじゃあ皆!陰気な雰囲気なんて吹き飛ばして、頑張って、スタンプを集めよーーう!!」

 

 

 そう言って水無月は再度盛り上げるように、片手を高々に上げる。しかし、その様子に雨竜が”おい!”と怒気を孕んだ声を出し、制止した。

 

 

「水無月、あまり羽目を外しすぎるなよ…これはレクリエーションという名は被っているが、本来は調査が目的だ。何か脱出のヒントらしき物が見つかれば、すぐに報告するのだ…良いな!!」

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんと探索もやっておくから……それじゃあ公平くん!!用事が終わったらタワーで会おうね!」

 

 

 そう言って、羽を広げるようにパークの西エリアの方へと向かってく水無月。本当に分かっているのかどうかは、怪しい返事に思えた。

 

 

「たっく腕白娘が…年齢を考えろ年齢を………」

 

「まぁ、暗い顔のまま過ごされるよりは数倍マシなんじゃないかねぇ…」

 

「ええ。元気なお姿を見られて、私も嬉しいです。あっ!折木さん!!私も気球の発着場でお待ちしておりますので!どうぞ、時間が空いたときにでも…」

 

「ジョットコースター、も、忘れない、で、ね?それじゃあ、行こ?雲居ちゃん…」

 

「はぁ、何か裏技とかないんですかね……ないですよね…」

 

「…まだ、模索してるん、だ、ね…」

 

「ああ…もう皆行っちゃう感じなのかねぇ…だったらあたしも流れに乗って、行っちまうとするかねぇ……折木君、あたしとの約束は……いや、ぶっちゃけ来なくても大丈夫だから…それについては折木君に任せるんだよねぇ…」

 

「人は何処へ行くのか…彼方の向こう側か、それとも内側か……僕はどこへむかうのかって?それは、風の向くまま、気の向くまま、さ」

 

 

 水無月に続き、次々とアトラクションの方へと吸い込まれていく生徒達。一応調査という深刻な目的もあるが…それほど堅い雰囲気は見られず、リラックスしているように見えた。

 

 それを見て、俺自身も、久しぶりに変に力を入れずに楽しめそうな予感が出てくるようだった。

 

 

「馬鹿やろお!!沼野ぉ!!!今気合い入れようととしてるんだ!!避けんじゃないよ!!!」シュッシュッシュッ

 

「ええ!!何で!!拙者が!!理不尽!すぎで!ござるよ!!…風切殿!隠れるの!!止めて!!いただきたい!!」

 

「…後は頼んだ」

 

「風切殿おぉぉぉぉぉぉぉぉ…!!そんなご無体なぁあああああああ!!!」

 

 

 それにしても…アイツらは一体何をやってるんだ…。いきなり朝稽古の続きを始めてるぞ…。しかももの凄い迫力で。

 

 あまりにも常識外れな取っ組み合いをしてる姿に、俺は一ミリも理解を示せなかった…。だけど少なくとも、一切関わらないことが最善策ということだけは理解できた。

 

 

「…俺も、そろそろ行くか…」

 

 

 俺自身も、本腰を上げてパークを見て回ろうと、フンっと意気込んだ。

 

 

 

「さて…どこから攻めていこう――――」

 

 

 

 …調査の他に、約束も重なってるからな…柔軟に、尚且つ丁寧に遂行していこう。ニコラスと反町の忠告の通り、慎重に…な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:気球発着場】

 

 

「折木さん!!お待ちしておりました!!」

 

 

 気球の発着場に着くなり、小早川が晴れ渡るような笑顔で此方を出迎える。俺はおうと、手を上げた。炊事場で何度も繰り返してきたやりとりだ。

 

 発着場の中央に目を移してみた。そこには、火を爛々と吹かす気球が屹立し、骨組みの部分には紐が巻き付けられ、空中に放り出され無いよう固定されていた。

 

 いつでも浮き上がれるよう準備されていることに驚いたが…しかし…。

 

 

「……思ったより小さいんだな」

 

 

 想像よりもこじんまりとしていたことに、驚きを持って行かれてしまった。

 

 

「そのようですね…モノパン曰く、おおよそ3~4人が限界だそうです!!」

 

「見た目通りの人数制限だな…」

 

 

 俺の予想ではもっと巨大な風船に、7~8人は乗れる籠が吊されている物だと思っていた。この発着場の広さから、そう思っても不思議ではなかった。

 

 

「何はともあれです!!広いと持て余してしまいますし。ち、近いのでお互いに話もしやすいですよ!!」

 

「それも…そうだな?」

 

 

 上手く良さが読み取れなかったが…彼女が良いのならそれで良いのだろう。

 

 

「では!!いざ、参りましょう!!」

 

 

 と、前向きに天に拳を上げ、さあ乗りましょうか…という流れになるが……その前に俺は待ったを掛けた。

 

 

「…?どうかなされましたか?」

 

「小早川。お前操縦の仕方わかるのか?」

 

「…も、モノパンに予め聞いて置いたので…大丈夫かと…」

 

「…何か不安げじゃないか?」

 

「あの…いえ…そんなことは…」

 

「本当か?」

 

「…………ちょ~っと説明が難しかった…ような?」

 

 

 俺は頭を抱えた。まさかそんなおぼろげな状態で乗ろうとしていたとは…このまま乗船しなくて良かったと思えた。仕方ないから、復習も兼ねてもう一度モノパンに聞いてみようかしら…そう考えていると。

 

 

「ふん…こんな事だろうと思ったわ」

 

「雨竜…」

 

「雨竜さん!」

 

 

 すると、端から見ていたのか呆れた様子の雨竜が此方に近づいてきた。

 

 

「お前…どうして」

 

「ふふふ…小早川の可哀想な脳みそを考えれば、貴様らがまともに運転できずにここで停滞することなど容易に想像できたのでな…助け船を出しに来てやったのだ」

 

「か、可哀想……否定できないのが悔しいです…」

 

「そこは否定しとけよ……だけど雨竜、気遣い痛み入る」

 

「ふはははは、泣いて喜ぶが良い!!!そして後悔しろ、この世の全てに許しを請いながらなぁ…」

 

「どっちだ…」

 

「どちらともだぁ!!」

 

 

 俺はまた別の意味で頭を抱えた。

 

 

「でも…助け船って事は…お前だったら完璧に操縦できるって事か?」

 

「よくぞ聞いてくれたぁ!!」

 

 

 えらく調子に乗った様子の雨竜が大げさな身振りを振りかざす。また始まった、と思った。

 

 

「貴様の疑問に、端的に述べてやろう!!」

 

「その時点で端的とは言わん」

 

「本当に、ワタシは完璧に気球を操縦できるのか?その通りだとも!!!」

 

「凄いです!!私ですら半分も理解できなかった部分を、100%網羅して仕舞うだなんて!」

 

「…今、半分って言ったか?」

 

「い、言ってません!!」

 

「そこは否定するのか…」

 

 

 もう何を肯定すれば良いのか分からなくなってしまってきた。

 

 

「何故ワタシがこれ程までの自分自身に絶対の自信を持ってるのかだって?それを愚問というのだ」

 

「だから端的に話してくれ。有言実行しろ…」

 

「良いだろう。何故なら、貴様らがここに来訪する前に、この雨竜狂四郎もまたモノパンから講習を受け、そして完全にマニュアルを理解したからだ!!」

 

「圧倒的に予想通りだな…」

 

 

 むしろそれ以外の方法が考えられない。

 

 

「だけど…やけに準備が良いんだな」

 

「ふはっ!」

 

「何故そこで笑う…?」

 

「なぁに。ただここへノコノコと現れただけでは、貴様らの空中デートを邪魔しに来ただけだろと、言われてしまう…そう思っただけの事……」

 

「く、空中デートだなんて…そんな」テレテレ

 

「……照れるところか…?」

 

 

 …段々小早川の感情の動きが分からなくなってきた気がした。いや、何と無くは理解できるのだが…。

 

 

「ワタシとしても邪魔者扱いはあまりにも不愉快!!であるが故に、貴様らを邪魔する大義名分として…このような圧倒的知識をぶら下げワタシはやってきたのだぁ!!!」

 

「もう裏の目的らしきことが露呈してるぞ」

 

「ふっ…気のせいだ…」

 

 

 コイツ、いつも以上に意味が分からなくなってきてる…!

 

 

「それに…知識不足による墜落で事故死など、それこそあってはならんことだからなぁ………むしろそちらの方が強い理由まである」

 

「「確かに……」」

 

 

 その妙に説得力のある理由に俺達は一瞬で納得してしまった。

 

 

「貴様ら本当に分かってるのか…」

 

「「あんまり…」」

 

「ぐぬぬぬ、この低脳生物共もがぁ……」

 

 

 何故か恨めしげに此方を睨む雨竜は、1度大きく呼吸をする。そしてまたキメ顔らしき表情で言葉を続けていった。

 

 

「まあ良い!!!改めて、この雨竜狂四郎。貴様らが進む天空の旅路の添乗員として花を添えてやろうではないかぁ!!」

 

「もっと控えめな添乗員の方が落ち着くんだがな…」

 

「だまらっしゃい!!」

 

「…すまん」

 

 

 あまりにも迫力があったのでつい謝ってしまった。

 

 

「さて、そろそろ出立の時間だ!!貴様ら死地へと赴く準備は出来ているかぁ!!」

 

「その表現は縁起が悪いぞ…」

 

「――御託は抜きだ!!いざ、のりこめえええええええええええ!!!」

 

「話を聞け……陽炎坂か、お前は…」

 

「あははは、賑やかな旅になりそうですね……はぁ」

 

 

 と、何故かため息を漏らしながら小早川そう言った。

 

 いや、賑やかすぎるだろ。と内心思った。

 

 

 俺達は雨竜のペースに巻き込まれないよう、ズルズルと籠に乗り込んでいく。固定用の紐を解くと同時に、炎の力で膨張した風船は、ふわりと浮かび上がった。

 

 今まで地べたを歩いてきたとは違うその不思議な足触りに、小さな緊張感と、高揚感が同時に心を覆った。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 気球を発進させてしばらく、俺はその立っているとも言い切れない感覚に文字通り浮き足立っている様な気分だった。

 エリアを上から見下ろす光景はとても新鮮で、落合のマネをしてるわけではないが、まるで鳥になったような気分だった。

 

 まぁ…実際は風船をくくりつけたでかい箱に乗るという、羽ばたくとはかけ離れた状態なのだが…。

 

 

「それにしても雨竜、聞いても良いか?」

 

「ぬわぅんだ?ワタシは知識人だ、何でも聞くが良い」

 

「一々余計だな…じゃなくて……気球って確か、風の力で動くんだよな?」

 

「ああ、原理としては炎を焚くことで空気を膨張させ、その火力よって高さをを調節する。そして天空の風向きを利用し、動く方向を決めている……その見解で間違ってはいない」

 

「じゃあ、この気球内で捜査するのは、その火力、つまり高さだけってことだろ?」

 

「ああ、そうだ。……それがどうしたのだ?」

 

「だったら…お前の前にあるその『操作盤』は何なんだ?」

 

 

 俺は雨竜の目の前にあるいくつかのボタンとレバーがついた操作盤を指さした。

 

 実は雨竜はこの気球に乗ってから、今言っていた炎を調節する操作は一切しておらず、代わりにその操作盤をイジることだけに集中していた。

 

 気球に乗るなんて初めての俺でも…彼は今、通常とは異なる方法で気球を動かしていることは明白であった。

 

 

「はい!そのことについてでしたら、私がお答えしましょう!」

 

「無理だなぁ」

 

「無理はしなくて良いぞ?」

 

「あんまりですよ!」

 

「……冗談だ」

 

「冗談というなら目をそらさないで下さい」

 

 

 冗談半分、本気半分だというのは口に出さないことにした。

 

 

「納得できませんが、話を戻しますね?ええと…この操作盤はこの気球の所謂”こんとろーらー”なんです」

 

「コントローラー?」

 

「ああ、これに付いているボタンを押すことによって火の勢いを調節し、ワタシが今握っているレバーを使って向きを調整する……簡単に言えばそんなものだ」

 

「…向き?お前さっき、気球は風の吹く向きで気球は動くって言ってなかったか?」

 

「折木さん、それは時代の最先端ではないんですよ…。この気球は、自然風が無くても動かすことが可能なんです!!…………でしたよね?雨竜さん」

 

「……折木、首を外側に出して、風船の横を見てみろ」

 

「今、無視をされたような…」

 

「ふっ、頭の悪いヤツは嫌いだからなぁ……わざとしてやったのだよ…」

 

「…………」ギュム

 

「んぎゃああああああ。貴様つねったなぁ!!ワタシは今操縦桿を握っているのだぞぉ!!」

 

 

 傍らで言い争いを始めた2人をほっておいて……俺は言われたとおり、籠から顔を出し上を見上げた。すると、気球の真横の部分に扇風機のような羽根のジョットエンジンが取り付けられているのが見えた。俺はつかさず、質問を重ねた。

 

 

「あれが風無しで動く理由か?」

 

「そうだ…あのエンジンが動力となり気球の向きを決めているのだ」

 

「あんな小さなエンジンでどうにかなるものなんだな」

 

「どうにかなってしまってるのだから仕方ないであろう」

 

「それに、エンジンが小さいから、気球も合わせて小さいのかもしれせんね!」

 

「………それを加味しても破格の技術であるがなぁ…本当にどこからこんな技術が出てきたのやらだ…」

 

「こうやって操作盤一つで気球を動かせるから、モノパンの奴も”誰でも動かせる”って言ってたんだな」

 

「はい!!私程度でも出来ると、モノパンに言っていただきました!」

 

「おい小早川…そこはかとなく馬鹿にされているぞ」

 

「…そこに気付かんとは……本当に馬鹿だなぁ」

 

「馬鹿と何度も言わないで下さい!!!テストの成績はオール1でしたが、勉強をおろそかにするほど愚かではありません!!」

 

「努力を重ねているのならなおさら取り返しがつかんではないかぁ…」

 

 

 努力込みで成績なのだとしたら…もしかして、本当に取り返しの付かないレベルで学業が壊滅的なのかも知れない。

 

 

「あの……雨竜さん」

 

「今度は貴様か…ぬわんだ?」

 

「先ほどモノパンの説明の中で、最も理解できなかったことなのですが……”このボタン”って結局何なんですか?」

 

 

 小早川は指先で操作盤にある、ドクロマークがついてる怪しげなボタンを指さした。確かに、俺も気になっていた。だけど見るからに、触ってはいけない禍々しいオーラを放っていたため。どうにも聞けずにいたのだ。

 

 

「ふむ…これか…ワタシも気になって聞いてみたのだが……」

 

「はぐらかせれたのか?」

 

 

 少しだけ答えるの逡巡した雨竜に、俺はそう言った。ニコラスに負けず劣らずの勿体ぶり屋のモノパンだったら、分からなくもなかったから。

 

 

「…ううむ結果的にはそうだったのであろうが……奴はこのボタンの事を「シナバモロトモスイッチ」と読んでいた」

 

「…見た目通りに不穏さ満点のネーミングだな」

 

「絶対に触れない方が良さそうですね………押した後については…何とおっしゃっていのですか?」

 

「そこは折木の言うとおりはぐらかさされた。加えて奴は”押してからのおっ楽しミ~”と、歯を見せて笑いやがった…ふん!忌々しいパンダだ」

 

「不気味でございます…」

 

「なおさら押すのが躊躇われるな…」

 

 

 小早川の言うとおり、滅多なことでは押さないようにした方が良さそうだとはっきり思えた。小さな疑問は残りつつも、それ以上の会話は無く、しばらく空の旅は続いた。

 

 そんな中で、俺はちょっとした好奇心が湧いてきた。

 

 

「……なぁ雨竜…一瞬で良いから気球の操縦を俺にもやらせてくれないか?」

 

 

 やはり自分も男であるが故に、こういった装置というものには憧れを抱いてしまう。だからこそ、どうしても触ってみたくなってしまった。しかし――――。

 

 

「貴様も小早川の馬鹿が移ったか?それともクラッシャーの血が騒いだのか?…気球を墜落させるつもりなら、貴様1人の時にやれ」

 

「何故だ」

 

「あの、折木さん、私も命は惜しいので、できれば…というか絶対触れないで下さい…」

 

「何故だ…」

 

 

 折角だからやってみようと思っただけなのに…ひじょーに不本意な旅の終盤であった。

 

 

 *  *  *

 

 

「はいはいはーイ!短いながらも長い空の旅、ご苦労様でしタ~。ご褒美と言っては何ですが、スタンプを押していきますネ?さっさとカードを出して下さーイ!」

 

 

 気球の旅は終わりを告げ、無事に着陸を果たした俺達の前にモノパンが忽然と現れた。その手元には小さなスタンプが握られていた。どうやら、これでスタンプを手に入れる条件は満たしたらしい。

 

 俺達はそのまま素直にカードを差し出し、スタンプをポチポチと押していってもらった。

 

 

 すると――

 

 

「あの…折木さん」

 

「…どうした?」

 

 

 スタンプを貰って、よし次は何処へ行こうか。そう思ってた矢先、小早川に呼び止められた。

 

 

「その……」

 

「……?」

 

 

 もじもじとしながら何か言いたげな様子に俺は怪訝な表情を変える。

 

 …何を言い出すのだろうか、彼女の様子からついドキドキとしてしまう。もしかしたらと、思ってしまう。

 

 だけど――――

 

『アンタの事を元気づけようとしてるんさね』

 

 俺はそこで、昨晩の反町の言葉を思い出した。俺は妙に納得したような気持ちになった。

 

 

「ありがとう…」

 

「えっ…」

 

 

 俺はできうる限りの穏やかな表情でそう言った。俺からの言葉予想外だったのか、小早川は目を見開き、思わず笑ってしまいそうになるくらいに、表情を呆けさせる。

 

 

「俺を…元気づけようとしてくれたんだろ?態々、約束まで取り付けて…」

 

「…あ、はい!!そうです!!その通りです!!……折木さん、裁判の時から、ずっと、暗い面持ちでしたので…」

 

 

 アタフタと手をグルグルとさせながら、小早川は何故か取り繕うように投げ返す。

 

 

「……き、気付いていらしたんですね。その…私が励まそうって躍起になってたのを…」

 

「反町から聞いたからな。でも、そんなに心配を掛けてたとは思わなかった。気遣わせたみたいで…悪いな…」

 

「い、いえいえいえ!私こそ、もしかしたら……いらないお世話だったのかと…思ってしまって」

 

「いや…そんなことは無い…。今思えば…正直俺、裁判の後から気を張りすぎてた……」

 

「…折木さん」

 

「でも小早川のおかげで元気になれた気がするよ……だから、改めて言わせてくれ……本当に、ありがとう……」

 

 

 俺は丁寧に、頭を下げて感謝を表わした。大体45度くらいのお辞儀であった。

 

 

「ああ折木さん!顔を上げて下さい!!そこまでされると、何だか恥ずかしいです!!」

 

「す、すまん。こう気遣われるなんて慣れてなくて…どう言葉にすれば良いのかわからなかったから…つい」

 

 

 そう言って俺は顔を上げ、彼女と見つめ合う。何だかこの光景がどうにも不思議で、お互いに吹き出してしまった。

 

 

「ふふふふ…何だか、どっちが元気づけられてるの分からなくなっちゃいますね」

 

「ああ…そうだな。可笑しいよな…俺達もしかしたら似たもの同士なのかもな?」

 

「……そうかもしれませんね」

 

 

 本当に、ちぐはぐになってしまったようだった。だけど、彼女の真っ直ぐさが俺の心をほぐしてくれたこと…それだけは間違いなかった。

 

 

「でも、お前のおかげで、持ち直せた気がする…。その、良かったらでいいんだが…また、何かあれば誘ってくれ…」

 

「はい!喜んで!!」

 

 

 ……いや待てよ。この場合は俺から誘った方が良かったのだろうか?…でも見たところ。彼女は特に気にして無さそうだし……ううむ………まぁそれは後から考えるか。今は、今の幸福を噛みしめていよう。

 

 

「おい……!まさかこのワタシの存在を忘れている訳ではなかろうなぁ…!!」

 

 

 向き合う俺達の横から、まるで大木のような影がかかる。見てみると、今にも血の涙を流しそうなほど顔を食いしばる雨竜がそこに立っていた。

 

 

「すまん…ちょっと忘れてた」

 

「…申し訳ありません。私もです」

 

 

 似たもの同士故か、お互いに素直に言ってしまった。雨竜はさらに表情の皺を増やしていった。

 

 

「良いか貴様ら!よく聞けけぃ!!ワタシのあずかり知らぬ場で、人目も気にせず、みっともはずかしい交友を繰り広げるのは構わん…!!」

 

「いや…確かにお前のことを意識から外してしまっていたのは悪かった…でも――」

 

「どぅあがしかぁし!!ワタシの目の前で堂々と不純異性交遊のは断じて許さんぞ…!!断じてなぁ……!!」

 

「そ、そうでしょうか…私達、そういう風に見えてしまっていたでしょうか…」テレテレ

 

「小早川…お前もせめて言い返せよ…!」

 

 

 かなりご立腹名様子の雨竜と、どこに照れる要素があったのか体をくねらせる小早川。正直な話、収集の付かない状況であった。

 

 

「ふん!!やめだやめだ!!!こんな不愉快な気持ちで、スタンプラリーなどやってられるか!!!部屋に帰らせて貰う!!」

 

「え、ええエ~~ワタクシのモノパンパーク、楽しまずに帰ってしまうんですカ~そんなご無体ナ~」

 

「ひっつくな!!ワタシはこれから日課のお勉強の時間なのだ!!貴様などに構っていたら、叡智の具現化たるワタシの頭脳が風化してしまうわぁ!!」

 

 

 そう言って白衣をひっつくモノパンと格闘しながら…雨竜は何処かへと行ってしまった。…何だか悪い事をしてしまったような気がする。

 

 

 小早川も同じ事を考えていたのか、お互いに顔を見合わせて、苦笑いを漏らした。

 

 

 本当に、似たもの同士だな、そう改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア3:射的場】

 

 

 ――――――パァンッ!!!

 

 

 俺が施設に入った瞬間、そんなかん高い音が、激しく響き渡った。

 

 

「な、何だ?」

 

 

 あまりにも聞き慣れないその破裂音に、何事かと思わずのけぞってしまう。

 

 見ると、施設の射場にはとても重たそうなライフル銃を構える風切の姿があった。足下には数発の薬莢が転がっており、先ほどの音は彼女の持つライフルから出た物だと理解した。

 

 そしてそんな風切の後方には感心するように首を縦に振る反町と、沼野が立っていた。

 

 

「す、凄い音だな」

 

「折木殿!はははは、本当に正しく雷が如き轟音でござった。拙者今でも耳がキーンと鳴り続けているでござるよ…」

 

 

 俺が入った来た事に気付いた沼野が手を上げて此方に手を招き寄せる。先ほど乱闘をしていたはずだが…どうやら事態は収拾しているようだった。

 

 

「それにしても、どこからどう撃っても百発百中じゃないか!流石超高校級の射撃選手さね!」

 

「…恐縮です」

 

 

 銃口の延長線上を見てみると、見事にド真ん中だけがぽっかりと空いた小さな的が煙をたゆたわせていた。確かに、ど真ん中を打ち抜いたのがわかる。さらに、足下の空薬莢からして、後に撃った弾も同じド真ん中に潜らせしまったのだろう。まさに超高校級の銃の腕前である。

 

 

 ――――だけどだ… 

 

 

「なぁ…風切っていつから反町に敬語になってたんだ?」ヒソヒソ

 

「言わずとも分かるであろう…昨日からでござるよ」ヒソヒソ

 

 

 2人に聞こえない様耳打ちをし合う俺と沼野。

 

 …昨日というと、確か反町、水無月、風切、沼野の4人で軽い探索に出かけた日のことだよな?

 

 

「まさか…探索中にか?」ヒソヒソ

 

「かなり無理に連れ回されていたでござるからな…その影響でござる。いやぁ…壮絶な時間でござった」シミジミ

 

「一応聞くが…探索しに行ったんだよな?」ヒソヒソ

 

「…でござる」ヒソヒソ

 

「壮絶って…どんな表現の仕方だよ」ヒソヒソ

 

「口にするのも恐ろしい光景でござった、あの水無月殿でさえ言葉を失っていたでござる」

 

 

 本当になにがあったんだ…。凄く気になるが…あまりにも怖くて聞くにきけなかった。

 

 

「十発撃って、十発ともど真ん中だなんて…人間業じゃ無いさね。風切、アンタ本当に天才だったんだね」

 

「自分、昔からこういうのが得意でしたから…」

 

「軍人かお前は……でも本当に凄いな」

 

「超高校級だし…普通」

 

「ただ食っちゃ寝てを繰り返す睡眠ロボットじゃなかったんだねえ!!」

 

「…恐縮です」

 

 

 あっ…反町以外の相手には通常通りなのか…。実に切り替えが面倒臭そうだ。

 

 

「でもどうやったらそんなに上手くなれるんだい?」

 

「…沢山銃を使って、経験しました」

 

「でも普通、銃なんて町中じゃ使えないんじゃないかい?…銃刀法違反、とかでねえ」

 

「家柄が銃を扱うとか…」

 

「どんな家柄だ」

 

「……いや、浮草の言ってることは…間違ってない」

 

 

 そうなのか?と再度確認してみる。彼女は頷いた。

 

 

「…ウチは元々猟師の家系だった。だから、銃は常に生活の側にあった」

 

「へぇ~狩人ってやつかい。そんじゃあ、その猟銃を使って山の獣を狩って生計を立ててたって事かい?」

 

「…はい…一応。家が山の奥の奥の奥でしたから」

 

「その家、遭難してないか…?」

 

「もはや辺境を飛び越えた秘境に住んでいたみたいでござるな…いやぁ何だか親近感が湧いてしまったでござるなぁ」

 

「アタシもだよ…山ごもりして心身を鍛えた時を思い出すよ」

 

 

 逆じゃないのか?普通。こいつら、いつもどんな生活してたんだ…?むしろ都会に住んでた俺の方が少数派ってどんなアンケートだよ…。

 

 

「でもWi-Fiは飛んでた」

 

「…思ったよりも都会風の秘境だったんだな」

 

 

 どうやって飛ばしてんだよ。本当にどんな所に住んでたんだ?逆に住んでみたいと思えてしまった。

 

 

「成程ねぇ…猟師として親御さんの手伝いをして、その道中で銃の扱いを学んで…ってことかい」

 

「…はい」コク

 

「何辛気くさい顔してるさね!中々できることじゃないよ!もっと胸張りな!」

 

「…恐縮です」

 

 

 お前はオウムか。さっきから恐縮しかしてないぞ。俺は内心ツッコんだ。

 

 

「成程……しかし、それなら何故今は射撃選手に転向を?銃を扱うのは同じでござるが、思いも寄らぬ所に着地しているような…」

 

「何か、理由があるのか?」

 

「……………言いたくない」

 

 

 ムスッとした表情で口を結んでしまった。無表情ではあるが、顔をしかめ、不機嫌になったのが分かった。

 

 

「話は以上……もう聞かないで」

 

「風切…?」

 

「………聞かないで」

 

 

 静かにではあるが、強い語調だった。何だか、これ以上は踏み込むなと、壁を作られたようだった。

 

 

「…そうかい。それなら仕方ないね。深掘りはしないよ」

 

「…助かります」

 

 

 反町も何となく踏み込んではいけないラインを見えたのか、これ以上聞かないと、そう言った。俺も沼野も習って、それ以上は言わなかった。

 

 小さく気まずくなってしまった中で…”ねぇ…”と風切が俺達に小さな声をかけた。

 

 

「私はもう撃ち終わったけど…他に誰かやる?」

 

「…なぁ沼野。一応聞いておくんだが…この射撃場でスタンプを貰う条件って…」

 

「折木殿のご想像通りでござる。ここでのスタンプのノルマは、あの的に何かを掠らせるというものでござる」

 

「…やっぱりな」

 

「あ、ちなみに拙者と反町殿はもう終わってるでござる」

 

「えっ…?お前も反町も銃を撃ったのか?」

 

「拙者は撃ってはいないでござるよ」

 

 

 話の結末が掴めなかった故に、再び”えっ?”と返してしまう。そんな俺を見かねたのか、反町が”あれだよ、あれ”と、反町は顎で。風切が貫いていたのとは別の的を差す。

 

 的のど真ん中には、黒くて小さな、手裏剣が刺さっていた。

 

 

「……お前がやったのか?」

 

「無論でござる!!忍者でござるからな!!」

 

 

 と胸を張る沼野。

 

 そう簡単そうに言うが…この射場から的まで20メートル位の距離くらいあったはずだ。忍者屋敷の手裏剣体験場とは訳が違う。

 だのに…ここからど真ん中に突き刺すとは……どれだけ精密性と腕力を彼は持っているのだろうか…?

 

 

「でも銃弾じゃなくても良いのか?」

 

「とにかく当てれば良いらしいでござる」

 

 

 とするなら、野球選手だったらボール、やり投げ選手だったら槍でも良いわけが。…にしては自由形すぎる気もする。

 

 

「風切もそうだけど、沼野の手裏剣さばきも見事だったさね。アンタ…実は本物の忍者だったりかするんじゃないかい?」

 

「ふははははそれは企業秘密でござるよ!!……あ、すまぬ少々鼻が……はっ…はっ………ぶえっくしょん!!!」

 

「…ばっちい」

 

 

 盛大なくしゃみに、先ほどの得意気な顔はどこえやらと、間抜けズラを晒す。何か恰好が付かないな…。

 

 

「沼野は分かったが…反町はどうやって当てたんだ?」

 

「アタシはマシンガンを撃ってたら、適当に当たっちまったさね」

 

 

 マシンガン…?と怪訝な顔で的場を見ると、明らかにズタボロになった的が一つあった。恐らくも無くアレである。

 

 いや…どんだけ派手に撃ちまくったんだ…。ていうか普通にマシンガンって……本当に何でもありだな。

 

 

「…じゃあ、クリアできていないのは…俺だけってことか」

 

「てっわけだね。折木!男見せてきな!」

 

「…銃は何を使うの?」

 

「折角だし、ライフルでやってみるよ」

 

「丁度、指導役にピッタリな風切殿もいるでござるし…良い選択でござるな!」

 

「…うん、手取り足取り教える」

 

「…お手柔らかに頼む」

 

 

 

 俺はそう言って、棚に置いてあったライフルを取り出し…そしてゆっくりと射場にの台に銃を置く、ゆっくりと銃口を的に向け、そして一呼吸。片目をつむる………そして引き金を思いっきり引いた。

 

 

 ――――カチッ

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

 何度も引き金を引いても、何も出てこない。これは……。

 

 

「…すまん、ジャムった」

 

 

 全員に冷たい目を送られた。だって仕方ないだろ…弾詰まりなんて予想が付かないんだから。

 

 ちなみに、他の銃を使ってみたが…軒並みジャムった。さらに視線が冷たくなった。精密機械の類いではなかったはずのだが…。

 でもこれは流石にモノパンの整備不足だろ…俺の所為じゃない……多分。

 

 

 ライフルが使えないと分かった俺は…何とかアーチェリーで誤魔化し、モノパンからスタンプを手に入れた。

 そこで分かったのは…俺って意外とアーチェリーの才能あるのかもしれない、ということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 *  *  *

 

 

【エリア3:お化け屋敷】

 

 

「ああー…来てくれたんだねぇ」

 

 

 相変わらずおどろおどろしい、いやむしろ初めて来たときよりも湿度が高い雰囲気を放つお化け屋敷。その前に設置された待合所に古家は座っていた。

 俺が来た事に気付いた彼は、少し微妙な表情で俺を出迎える。

 

 

「悪い…待たせたな」

 

「あー別にそれほど待ってないから、お気になさらずねぇ……それにしても、大丈夫だったかねぇ?」

 

「何がだ?」

 

「ほら、あの子達のことだよねぇ…」

 

 

 あの子達、というと…恐らく小早川達の事だろうか。やはりというか、気にしていたのか。神経質な古家らしい心配の仕方である。

 

 

「いやぁねぇ…どうにもねぇ、部外者のような感じがしていたたまれなくてねぇ…」

 

「すまんな…何だか気を遣わせたみたいで。だけど、心配しなくても、アイツらはそんな細かい事を気にしたりはしない……多分な」

 

 

 そもそも怒らせたことは、覗きの件ぐらいでしかないので…彼女らの沸点は分かっていないのが本音だが。

 

 

「なら…良いんだけどねぇ…後で制裁があったらイヤだねぇ…」

 

「どんだけ後ろ向きに考えてんだ…むしろお前の方が先約のはずだろ…」

 

 

 別に不利というか、むしろ謝られる側のはずなのに…何とも不憫な性格である。

 

 

「そうだねぇ…気にしすぎない方が良いよねぇ。じゃあ、気を取り直すことにするんだよねぇ…」

 

「ああ、そうしてくれると助かる…――所で、このお化け屋敷のスタンプを貰う条件って…」

 

「あー先に説明があったんだけどねぇ…。ええっと…ここのスタンプは、入って出れば貰えるらしいんだよねぇ」

 

「だよな…むしろそれ以外の方法が知りたいくらいだよな…」

 

「ええっと…巣食うお化けを除霊できたら…とか」

 

「どんなエクソシストだよ…」

 

 

 古家と反町くらいだろ…そんなことできるのは。

 

 

「流石のあたしでも除霊はできないんだよねぇ…反町さんは分からないけどねぇ…暴力でアンデッド辺りは沈められそうだけどねぇ……」

 

 

 …出来ないみたいだ。でも反町については…完全に否定できないという方が怖かった。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くとするかねぇ…」

 

「ああ、一応塩振りかけとくか?」

 

「……勿体ないから止めとくんだよねぇ。一応お経は読めるから…仮にも本物が来ても、多分大丈夫なんだよねぇ…」

 

 

 流石はオカルトマニア…心強い限りの言葉だった。

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 所々に火の玉が飛んでいたり、うるさいくらいにモノパンとおぼしき笑い声が響く館の中。俺達は支給された懐中電灯を片手に、墓場のように演出された夜道を歩く。

 

 その道中――――

 

 

「なあ古家……」

 

「んん?何かねぇ?」

 

「気に触るかもしれないこと…聞いて良いか?」

 

「……内容によるんだよねぇ」

 

「お前って……”引きこもり”だったのか?」

 

「んががががっ」ズルッ

 

 

 隣で何かをブツブツと呟きながら歩く古家に俺はそう投げかけた。余りにも素直に聞きすぎたのか、躓かせるようなリアクションをさせてしまった。

 

 

「…すまん、やっぱりまずかったか?」

 

「イヤ…う~ん…いやぁ…まずかないんだけどねぇ、急に聞かれたもんだからねぇ…ビックリしちゃったんだよねぇ…」

 

 

 苦笑いをしながら、しょうが無いと声を漏らす。どうやら、自分の短所である無神経さが出てしまったみたいだった。…申し訳ない。

 

 

「おおっぴらに聞くような事じゃないし……2人になった時にでも話そうと思ってたんだが……」

 

「ははは…成程ねぇ…」

 

「昨日の朝に反町の朝稽古の流れの中で溢していた事が…どうにも気になってな」

 

「あ~…そんなこと口走ってた気がするねぇ…」

 

「ああ、口走ってた」

 

「…そこまで清々しく聞かれたら、もう答えるしかないんだよねぇ……うん…ちゃんちゃら嘘でもないからねぇ」

 

 

 古家は…視線を前から外さず続けていった。

 

 

「それに…折木君は友達だからねぇ、隠し事はできないんだよねぇ」

 

「そう堂々と言われると。何だか、むずがゆいな」

 

「今さっきの、お返しなんだよねぇ…」

 

 

 そうは言うが……それでも、その言葉は嬉しかった。

 

 

「…折木君は。幽霊って存在を信じるかねぇ?」

 

 

 一呼吸置いて、古家はそう聞いてきた。俺も同じく間を置いて、考えてみた。だけど…。

 

 

「…分からないな」

 

「だろうねぇ…多分、皆そう言うと思うんだよねぇ、諸説アリだからねぇ…」

 

「…雨竜辺りだったら、いないって断言しそうだがな」

 

「確かに、言えてるんだよねぇ…」

 

 

 ケラケラと笑いながら、そう同意してくれた。

 

 

「…あたしはねぇ…子供の頃、霊感体質って奴が強かったんだよねぇ…」

 

「霊感体質…?」

 

「人に見えない物が見える類いの人間…て言えば良いのかなぇ?…幽霊とかねぇ」

 

「この館に居る幽霊とは違うんだよな?」

 

「全然違うんだよねぇ…」

 

 

 俺のヘタな冗談を軽く流しつつ…しみじみとした表情を古家は浮かべた、。

 

 

「まだまだ幼さの抜けない子供のあたしには、わきまえってものがなくてねぇ…。見えないものを見えるって…信じてくれって周りに言い張って、他の子達に壁を作られてたんだよねぇ」

 

「……排斥されてたのか?」

 

「有り体に言えば、そういうのを"いじめ"、言うんだろうけど。あたしゃぁシカトされてたんだよねぇ…」

 

 

 古傷に触るように語るその中の”いじめ”という単語を聞いて、俺は長門の事を思い出した。脳がピリつくようだった。

 

 

「多分、長門さんの事を思い浮かべてるだろうけど…でも安心して欲しいんだよねぇ。長門さんのように中傷を受けたり、物理的に攻撃されたりはなかったからねぇ」

 

「そうか…」

 

 

 とは言っているが、内心俺は全くと言って良いほど安心していなかった。古家のそれは、辛い記憶であることに変わりなかったから。

 

 

「でも、ヒソヒソと陰口をされる。仲間ハズレにされる……先生も力にはなってくれない。むしろ、避ける側に立っていた…なんてのはよくあったんだよねぇ」

 

 

 あれは…ツラいんだよねぇ………。まるで共感するように、古家は言った。俺は黙って、傾聴を続けた。

 

 

「だからあたしは自然と、学校がイヤになっちまってねぇ…」

 

「それで…」

 

「…部屋にこもるようになったんだよねぇ」

 

 

 周りに理解されないからこその、排斥。人間誰しもが持っている、普通とは異なる人間に対して行う本能とも言うべき行動。彼はそれに耐えられなかった。外を嫌悪してしまうのも無理はない、俺はそう思った。

 

 

「でもねぇ…折木君。引きこもりってのは…普通に生きていく以上に、大変なんだよねぇ」

 

「…そうなのか?」

 

 

 塞ぎ込んだ経験の無い俺は、その言葉を理解できなかった。だからこそ、そう無神経に、聞き返してしまった。

 

 

「最初の方はねぇ、いろんなしがらみから解放されて、ああ良かったって……まぁ心の傷はまだまだ癒えてないから多少の恐怖心は残ってるけど、穏やかな気持ちになるんだけどねぇ」

 

 

 ”でもねぇ…”翻すような言葉で繋げる。

 

 

「それをずっと続けてくと、段々辛くなってくるんだよねぇ。自分はこのまま何もせずに、ずっとこの部屋の中で生を全うすることになるのかな…って、悲嘆に暮れちまうんだよねぇ」

 

「…確かに、それは辛くなってくるな」

 

「だから気付いたら、部屋でオカルトの研究を始めちまってたんだよねぇ…」

 

 

 ”何もしたくない”をしたくないから…。古家はきっと、そう思って何かを始めようとした。それがオカルトの研究だった。……でも。

 

 

「何でオカルトに手を付けようと思ったんだ……?正直、不登校になった原因みたいなものだろう?」

 

「あたしが引きこもっちまった原因が、自分は分かってるのに分かって貰えないってことだったからねぇ…それがどうしてもイヤで…そのトラウマを乗り越えるつもりで、ヘタながらにオカルトを勉強して存在を証明しようって頑張ったんだよねぇ」

 

「そして研究を続けた結果…」

 

「…超高校級のオカルトマニアなんて、変な称号を貰っちまっててねぇ…」

 

 

 まるでシンデレラストーリーを聞いているようだった。タダでは立ち上がらないその反骨心が彼をここまで導いたとするなら、これ程の美談はなかった。

 

 

「最初に…」

 

「…?」

 

「最初に、あの子と…長門さん会ったとき、あたし何となく……シンパシーのようなものを感じてたんだよねぇ」

 

「……」

 

 

 古家は明確に、彼女の名前を口にした。

 

 

「…最初は雰囲気だけで、何となくそうかなって、気のせいかなって思って……深くは踏み込まなかったんだけどねぇ…」

 

「…でも」

 

「うん……あの子の動機を聞いたとき…"ああ、どうして気のせいだって、思ってしまったんだろう"って思ってねぇ…」

 

 

 ―――深い後悔のこもった、言葉だと思った。言い表せない空しさが、心を包むようだった。

 

 

「世の中…ままならないもんなんだよねぇ…」

 

「古家…」

 

 

 彼女と殆ど同じ経験を持っていたからこその…言葉だと思った。何と声を掛けるべきなのか…いやきっと何も聞かずに、黙って聞くことが最善なのだろう。

 

 

「んが…」

 

 

 ――――すると。古家はふと、此方に見開いた目を向けた。…いやこれは俺でなはなく、俺の後ろを見ながら固まっているようだった。

 

 俺は恐る恐る、後ろを見てみると…顔面にゾンビメイクを施したモノパンが此方を恨めしそうににらみつけていた。

 

 

「んぎゃああああああ……やっぱり怖いんだよねぇーーーーーー!!!!」

 

「…古家」

 

 

 先ほどまでの寂寥感はどこえやらと、一目散に古家は暗い道の向こう側へと消えて言ってしまった。俺はポツンと、暗い夜道に取り残される。

 

 

「……そんなにリアクションされるとは思いませんでしタ。ファンシーをテーマにメイクしたのに」

 

「お前、本物だったのか…」

 

 

 ていうかファンシーって…お化け屋敷の醍醐味が消えてないか…?

 

 

 結局、置いてかれた後は、出口につくまでに古家と合流することはなかった。

 

 その後古家に、死ぬほど謝り倒されたが…とりあえず…大丈夫だからこの件は忘れよう、ということにし、モノパンからスタンプを貰った。

 

 だけど小さく”もう一度入ったらいけそうな気がするんだよねぇ…”と密かに聞こえた気がしたが……そのときは別の人とお願いしたいと思った。

 

 

 終わりに締まりは無かったが…古家との交友を深められたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア3:ジェットコースター乗り場】

 

 

 約束のために、ジェットコースターにやってきた俺は、そこで当の贄波と…付きそいと思われる雲居と合流していた。

 

 

「…早速、乗っていくか」

 

「うん、楽しみだ、ね?」

 

 

 俺と贄波はお互いにうなずき合い、入場しよう施設へ踏み入れようとした時……雲居はピタリと足を止めた。

 

 

「どうした、の?雲居、ちゃん」

 

「仲睦まじく入場しようとしている所で悪いですけど、私、これに乗るのは無理です」

 

「えっ…どうし、て?」

 

「乗り物が苦手なのか?」

 

「違うです」

 

「もしかし、て、肩身が、狭かっ、た?」

 

「それも違うです」

 

 

 じゃあどうしたのだろうか?もしかして調子でも悪いのだろうか…?そう思っていると、雲居は手元にあったジェットーコースターのパンフレットを広げ、此方に見せつけた。

 

 

「ジェットコースターの説明書き……それがどうしたんだ?」

 

「そうです。そんでパンフレットの…ココ、見るですよ」

 

 

 雲居は、パンフレットの右隅にある注意書きの部分に指を差した。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……『身長140センチメートル以上の方しか乗れません』……雲居お前…」

 

「身長は130後半、少なくとも140は無いです」

 

「ああー…そうか…そうだったか…」

 

「……ごめん、ね。リサーチ、不足、だった…」

 

「別に問題なしですよ。問題があるのはこのアトラクションです…酷い身長差別を受けた気分ですよ」

 

 

 そういって入場口の柱部分に足を乗せる。どこからか、”ワタクシのアトラクションを足蹴にするなァ!!”と聞こえた気がしたが……気のせいということにした。

 

 

「でも、何、で…乗れないの、か、な?」

 

「きっと安全バーの問題ですね」

 

「安全バー?」

 

「多分ある程度の身長がないと、安全バーが肩に掛からないんですよ。かからないと、ジェットコースターに放り出される危険があるですから」

 

「…それは怖いな」

 

「だったら、なおさら、乗るのは止めた方が、良い、ね?…ごめん、ね?」

 

「さっきも言ったですけど…別に贄波達の所為じゃないですよ…ここのアトラクションが欠陥だらけなのがいけないんです。だから、2人で自由に楽しんでくるですよ」

 

 

 また”欠陥だらけとは何ですカ!!”と、また聞こえた気がしたが…やっぱり気のせいということにした。

 

 

「…ああ、ありがとう」

 

「じゃあ、行ってくる、ね?」

 

「んー」

 

 

 少々気まずい気持ちを引きずりつつも…俺達はジェットコースターに乗り込んでいった。

 

 

 

 ~~数分後~~

 

 

 

 

「だ、大丈夫?」

 

「…………」

 

 

 そのたった数分後…俺はベンチに腰を下ろし、膝に両手を乗せ、ズンと俺は俯いていた。そんな俺の背中を贄波がさすっていた。

 

 正直に話すと…大丈夫ではなかった。想像以上のGと不慣れな乗り物の極限の蛇行は、俺にとって相当な負担であったらしい。

 …まさか、あれほどまでの重圧を一身に受けることになるとは…。たかがモノパンの作った物と、タカをくくった罰が当たった気がした。

 

 

「ふん、神経まで老化してるですね…」

 

 

 降りてきた俺達と合流した雲居は、そんな俺を見て一言。

 

 

「老化ではない…ただ乗り物酔いをしただけだ」

 

「冗談ですよ……でもこれだけグロッキーになるなんて…乗らない方が良かった気がするですよ」

 

 

 確かに俺は気持ち悪さを巡らせていたが……雲居の言うように、正直乗らない方が良かったかも知れないと思ってしまった。だけど口には出さなかった。…流石に贄波に申し訳なさ過ぎるから。

 

 

「これ…飲、む?」

 

 

 そんな内心を抱えている中、贄波はどこから出したのか、ミネラルウォーター此方に渡す。

 

 

「ああすまん…」

 

 

 俺はありがたい、と受け取り、ラベルの貼られていないペットボトルを傾けて一口。…だけどその一口に”違和感”を感じた俺は、顔をしかめた。

 

 

「…ん?何か、変な味がするな…」

 

 

 化学物質の味ではなく、妙に自然臭い、というか…なんというか。少なくともミネラルウォーターの味ではなかった。

 

 

「えっと、多分…手作り、だから、かな?」

 

「…手作り?」

 

「何か、イヤな予感が漂ってきたですね……」

 

 

 少なくとも水は手作りする物ではないはずだが……。

 

 

「ペンタ湖、の湖水、を、ろ過して、作ったん、だ」

 

 

 俺は吹き出した。

 

 

「だ、大丈、夫?」

 

「うわぁ…気の毒に…」

 

 

 正直にもう一度言おう、大丈夫では無かった。 まさか倉庫から持ってくるとか、水道水を入れて冷やすでもなく…自然に流れる水を持ち出してくるとは…。

 何故ラベルが貼られていないのか、その理由が分かった気がした、心なしか、ちょっと茶色く見えてきた。

 

 

「ごめん、ね。つい、癖、で…」

 

「どんな癖だ…聞いたことが無いぞ…」

 

「…今までどんな生活してたんですか…」

 

 

 前々から思っていたが、彼女はサバイバーか何かだろうか…?実は原始時代からタイムスリップしてきたとか……。

 

 

「それは…ちょっと…言いにくい、かな?」

 

 

 贄波はたじろぎながら、そう拒否した。

 

 

「あ、あと、ね!お弁当、も作ってみたん、だ…!」

 

「…お弁当」

 

 

 流石の贄波もこの不穏な状況を察したのか…切り替えるように、小さな楕円型の弁当箱を取り出した。

 

 俺は過去に起きた悪夢のような昼食を思い出し、逆に不穏が加速するようだった。

 

 彼女は”どうぞ召し上がれ”と言わんばかりの笑顔で、弁当箱を開く。

 

 

 ――俺は表情を失った。

 

 

 そこら辺に生えていたであろう雑草のサラダ。そこら辺の木からとったであろう樹液のドレッシング。そこら辺に生えていた可能性の高いボロボロのキノコのソテー。そこら辺の泥のような色合いのゼリー。そして申し訳程度の白飯(何か湖水の匂いがする)。

 

 といった緑色と茶色と白色の献立が敷き詰められていた。

 

 明らかに倉庫から取り出したとは思えないラインナップであった。

 

 

「泥は、ちゃんと、落としてる、よ?」

 

 

 そういう彼女を見て、再び弁当に目を落とした。問題そこじゃなかった。いや…もう問題がありすぎて、どれが問題なのか分からないまであった。

 

 

「やっぱり、食べれそうに、ない?」

 

 

 いや、これを見て躊躇うなという方が可笑しい。だってそこら辺の匂いがするんだもの。いくら贄波の手作りという形容詞が付いていても、これは流石に……。

 

 しかしそんな躊躇する俺を見て、少し元気の無さそうな表情をする贄波に、チクチクとした罪悪感が募っていくようだった。

 

 

「折木、骨は拾ってやるですよ」

 

 

 雲居に肩を叩かれる。恐らく他人事だからと、適当に言っているのであろう。正直コイツの顔にぶちまけてやりたかったが…色々な方面に喧嘩を売りそうだったので早々にやめておいた。

 

 そんな風に、全部お前の為のものだからお前が完食しろと、雲居のいらないゴリ押しを受けた俺は……

 

 

「……………頂きます」

 

「うん!…めしあが、れ!」

 

 

 

 ――また虫のような食事に口を付けることにした

 

 

 ――やはり彼女の笑顔には、勝てなかった

 

 

 何とかかんとか弁当を完食した俺は、胃もたれとも違う究極の違和感を腹に感じつつ…ほくほく顔の贄波、そして目をそらし続ける雲居と別れ…次の場所へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア3:観覧車】

 

 

 スタンプラリーのチェックポイントの一つ、観覧車。俺はその目前に立ち、宙を見上げていた。

 

 

「…にしても大きいな」

 

 

 じわじわと回転を続けるその巨体を見て、改めて感想を呟いた。1度見て、そしてもう1度見て、また同じ事を言ってしまう位、本当にでかい。

 

 

「…乗るか」

 

 だけどじわりじわりと回り続ける観覧車を見続けてる程、俺は暇じゃない。

 

 長い時間をかけて回る故に、少し退屈かも知れないが…まぁ休憩するつもりで乗ってみる気持ちで乗り込もう。

 俺はそう消極的なことを思いつつ、観覧車の一部に乗り込んだ。

 

 

「それで――――何でお前が乗ってるんだ」

 

「さあね…僕が言えることは……このささやかな偶然の出会いというの大切にするべき、ということだけさ」

 

 

 そのたった一つに、ミスター神出鬼没の名を欲しいままにした落合が乗っていた。いや…どんな確率だよ。だけど、先ほどの少し退屈かも知れないという言葉は撤回しよう。むしろ、面白くなりそうな予感がしてきた。

 

 

「…そういえば…お前と2人だけというのも、珍しい話だな…」

 

「いついかなる時も、誰かと話すことに容易さは存在し得ない。だからこそ、僕達詩人は、詩を歌って、世界と繋がるのさ」

 

「繋がって、それからどうするんだ?」

 

「それはその時の僕に任せるさ。詞とはすなわち、心の歌だからね」

 

 

 相変わらずボールの投げ合いが出来てるのか出来てないのか分からない、何とものっぺりとした会話の滑り出しだった。

 

 

「折角の機会だ、歌じゃなくて、言葉で繋がってみないか?」

 

 

 だけどここで、はいそうですか、と言い切ってしまえば延々と沈黙が流れそうだった。それだけは防ぎたかった俺は、そう切り返した。

 

 

「へぇ…そそられる歌だね。じゃあ君は、どんなプレリュードを聴かせてくれるのかな?」

 

「…お前がどうして吟遊詩人になったとか」

 

「素晴らしいね。それは実に素晴らしい」

 

 

 何とか食いついてくれたみたいだった。俺は密かに胸をなで下ろす。

 

 

「早速、聞かせてくれよ」

 

「そうだね。…じゃあ始めようか…僕の回顧録をね」

 

 

 ジャラランとギターを鳴らす…今にでも歌い出しそうな様相であったが…今まで通り意味の分からない詞を紡ぐのだろう。紛らわしいモーションである。

 

 

「あれは、僕が赤子だった頃の話だ…」

 

「えっ…」

 

 

 俺は一瞬固まった。

 

 

「我が故郷とも言うべき、母なる海から僕は産み落とされた…あれはそうだね…まさに真の目覚めと言うべき――」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待て…お前、どこから話す気だ!」

 

「それは勿論、僕の生誕からさ。ああ、ごめんね。精細を欠いていたみたいだ…前世の話からすべきだったよ」

 

「遡りすぎだ…それに前世に関してはもう妄想の域だろ…」

 

 

 また斜め下の切り出しに俺は、やはり一筋縄ではいかない、と内心戦慄する。何処まで本気なのか分からないことも含めて、本当に癖が強い。

 

 

「俺が知りたいのは、お前が吟遊詩人となった経緯だ。お前の出産記録なんて誰も知りたくない」

 

「ははっ、そうだね。もっともな指摘だ。人とのセッションは本当に学ぶことが多い。特に、君との問答は本当に面白いね」

 

「俺は疲れる」

 

「…君は冗談も上手いんだね」

 

「…冗談のつもりはないんだが」

 

「照れなくても良いさ。恥じらいは美徳、しかして過剰は卑下にも繋がる…」

 

 

 今までよりは言葉の理解はたやすいが…やはりやりにくい。それに、コイツには変なところで頑固な一面があるように思えた。

 

 

「ああ、そうだった…そうだったよ…僕が風を愛する風来坊となった起源を話すんだったね?」

 

「…そうだな。ちょっと忘れてた」

 

 

 …危ない。うっかりコイツのペースに巻き込まれるところだった。

 

 

「じゃあ先刻の添削を踏まえて…僕がまだ世界の広さも知らない、赤子同然の存在だったときのことからを話そう」

 

「まだわかりにくい…それは具体的に何歳ぐらいだ?」

 

「13の年月を数えていた事は記憶しているよ」

 

 

 じゃあ13歳くらいか。そこは素直に言って欲しかった…。

 

 

「この話をするのはいつぶりだったからな?覚えてるのは風が僕を連れ去ってから、初めてだったように思えるね」

 

「前座はもうやりきってるだろ……今話してくれ」

 

「ああ良いとも。友人の言葉は、僕の胸の内に――」

 

「まともに話せ…13から年齢が進めてないぞお前」

 

 

 本当に話が進まない。勘弁してくれ。

 

 

「そうだね…13の年月が流れてまもない春の始まりのことだったよ。…青臭く、そして脳みそも何もかもを生け贄にしたような僕はね…とある絵をみたんだ」

 

「絵…?」

 

「ムー〇ンという芸術品をね?」

 

「それアニメーションだろ」

 

 

 まあ芸術品には入るが…。ていうかコイツ、サブカルチャーに触れてた時期があるのか…。

 

 

「その中で僕は人生の師を見つけたんだ…」

 

「まさか…」

 

「ああ…スナフキ〇さ」

 

 

 …何となく予測は付いたが…まさか本当に言ってのけるとは。ていうか何でそこだけ素直に言うんだよ。

 

 

「僕は彼を見て世界の広さを知った…」

 

「思わぬフィルターを通したな」

 

「そして僕は、旅に出たのさ。小さな鞄とギターを片手にね」

 

「マジか…」

 

「マジだとも」

 

 

 つまりコイツは、アニメの影響で吟遊詩人の道に進みんだ、ということか…。客観的に見ても末恐ろしい行動力だな。いや、純粋さ、というべきなのだろうか。

 

 

「それで、旅に出た後は…どうなったんだ?」

 

「我が師と同じように、詞を歌ったさ…あらゆる町を巡りながらね」

 

「その時点でだいぶ逸脱した人生だな」

 

「はは…そうとも言えないさ」

 

「…どいうことだ?」

 

 

 そう言うと、落合は俺の瞳をのぞき込むように顔を近づける。

 

 

「君も――似たような物だろう?…とても曲がりくねり、人の道を外れたような数奇な運命を人生の中で辿ってきたみたいだからね」

 

「…俺はごく普通の人生だ」

 

「はは、目を見れば分かるさ……君の瞳には、とても複雑な、まるで自分自身すら見失わせるような暗闇が、霞のように漂い続けている。まるで君の心を包み込んでいるみたいだ……」

 

 

 …闇?…またコイツは…俺をおちょくっているのだろうか?

 

 またペースに巻き込まれそうになった俺は、怪訝な目つきで沈黙を返す。落合は、また誤魔化すようにギターを一撫でした

 

 

「少し…話が飛んでしまったね。どこから話したら良いかな?……この後の話というか、後日談を話すべきかな?」

 

「もう後日談か?」

 

「ああそうさ。何故なら、僕の人生に波こそあれ、波乱は存在しなかったからね。風にのって歌を歌い続けていたら…気付けばこの希望の園にきていたのさ」

 

「恐ろしい才能だな…」

 

 

 素直に旅をして、そのまま誰もが認める吟遊詩人とは…。末恐ろしいを通り越して畏敬の念を感じてしまう。

 

 

「僕の歌には…大した力なんてないさ…あるのはミュージック…この世の美しさを奏でる力だけさ」

 

 

 それだけでも充分だと思うが。だけどそれをものともしなからこその、超高校級なのだろう。

 

 

「折木君……どうやら……そろそろ時がきたみたいだ」

 

「えっ…?」

 

「この運命の輪はまた1度の生を終えようとしている。…お別れの時間さ」

 

「もう観覧車が一周したのか…!そんな時間が経っていたのか…」

 

 

 信じられないことだが、俺達が乗っている観覧車はまた乗り場の横に付けるための体勢になっていた。まさかコイツとの会話で時間を忘れるとは…これもコイツの才能だったりするのだろうか?

 

 

「…ああとても名残惜しい話さ、こんな時間が無限であったのならどれだけ嬉しいか…君もそうは思わない会」

 

「…………そうだな。今なら少しだけ、そう思えるよ」

 

 

 悔しいが、ちょっとだけコイツとの会話は楽しいと思えた。かなり寄り道は多い分、疲労は大きいが。

 

 

「……ははっ、涙が出そうだね。こんなしがない音楽家の僕との対話に、そんな言葉を向けてくれる何なんてね…」

 

 

 しかしその言葉は落合にとって予想外だったのか…少し目を見開くのが分かった。何だか彼の人間らしい部分が見られたような気がした。

 

 

「だけどだ…落合…ちょっと待ってくれ」

 

「良いとも、僕の流れる時間は常に自由、幾らでも待ってみせるさ…」

 

「それはありがたいんだが………お前もしかして、まだ乗ってるのつもりか?」

 

「至高は、何度見ても至高であるように…素晴らしき芸術は何度経験しても飽きはこないものさ」

 

「…1人でか?」

 

「旅人は、いつでも孤独なものさ。出会いの中にある相乗りはあっても、永遠の道連れは…僕の中には無いのさ」

 

 

 つまり、今まで、これからも…コイツは1人で、旅を続けていく。そいうことだろうか。何とも、寂しい話である。だけど、コイツがそうしたいのなら、俺もそれを尊重すべきなのだろう。

 

 …今乗ってるのは観覧車というのは、置いておくとして。

 

 

「……そうか、それなら仕方ないな。じゃあ、また相乗りしような」

 

「だとしたら、それほど嬉しいことはないね…」

 

 

 俺は落合を残し、観覧車を降りていく。

 

 最後まで彼は、手を振らずに、目をつむりギターを弾き続けていた…だけどそれが彼なりの別れの挨拶なのかも知れない。

 

 …縮まったのかどうか分からない交流ではあったが、少しは落合のことを知ることが出来た気がした。そしてもっと落合のことを知りたい…そう思えるような時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア3:モノパンタワー『ダンスホール』】

 

 

「おっ!公平くん!やっときてくれたんだ!」

 

「…約束だからな」

 

「もう待ちすぎて首がぐーんって伸びちゃうところだったよ!」

 

「大げさに言うな。入口で分かれてから、そんな時間は経ってないだろ」

 

 

 モノパンタワーの2階、ダンスホール。アトラクションなんてへったくれもない、タダ雰囲気だけの施設…そこで俺は、予め示し合わせていた水無月と会っていた。

 

 

「でも待ってる側って結構なが~い時間を感じちゃうもんだよ?」

 

 

 しかしお相手である彼女は、少々不満気味なのか。わざとらしき頬を膨らませて俺に抗議する。

 

 

「…待たせたなら…すまん。具体的に時間を決めておくべきだったか?」

 

「……ぷっ、本気で怒ってると思ってやーんの。カルタってば旅行のプランは時間も決めないで雑に立てる派だから、別に怒ってないよ?」

 

 

 どうやら今のは本当にわざとだったらしい。少し空回ったような気分だった。

 

 

「でもでも~よくすっぽかさなかったね、公平くん、今日ってば結構立て込んでたみたいだったのに…」

 

「他ならぬお前のお願いだから…すっぽかすわけにはいかない」

 

「うわっ!今の言葉ドキッてした!もしかして…これって不整脈…?」

 

「どういう着地の仕方をしてるんだ…」

 

 

 普通恋とか何とかだと思うが、そこは流石の水無月。落合ほどではないが、此方のペースをケラケラと笑いながら乱してくる。

 

 

「…ふふふ~、良いねー。こういう短いうやりとり、デートって感じする!」

 

「まだ言ってるのか……」

 

「カルタがデートって言ったらデートなの!」

 

「どんなごり押しだ…」

 

 

 デートかどうか何て、些細な問題のはずなのに…どうしてそこまで。そこだけは分からなかった。

 

 

「……それにしても水無月。何度も聞くようで悪いが…ココで良かったのか?本当に何も無いぞ?」

 

「大丈夫大丈夫、公平くんと2人で話したかったから誘ったんだし」

 

 

 妙に思わせるようなその一言に、普段ならどうってことはないのだが…。場所が場所なだけに、意識をしてしまう。勿論、表情には出さないようにはしているが…。

 

 

「…ジョットコースターもあったのにか?」

 

「ああいうのは1人で乗りたい派だから。別にモーマンタイ!」

 

 

 珍しい…というか、水無月にしてみれば意外な一面であった。

 

 

「ん~雑談も良いところに…折角2人になった訳なんだし…何話そっか?このまま何の中身も無い話を続けてもカルタは楽しいけど…」

 

「…前にお前の話を聞いたことがあるから…今度はお前の好きな話題で良いぞ」

 

「じゃあ好きな人の話とか?」

 

「……え゛っ」

 

「うん!!それによう!!」

 

「いや…」

 

「女子でも構わないからさ、誰か良いなーってあったりする?あっ、男子はダメだよ!……どうしたの?」

 

「…その話題は、無しにしないか?」

 

「え~何でも好きな話題で良いって言ったじゃ~ん。レギュレーション違反だぞ~」

 

 

 グリグリと指を俺の頬に押しつける。

 

 …正直ムカつく。

 

 なので俺はコイツの頭も同じく手でワシャワシャ仕返す。彼女はキャーと言いながら、楽しげに笑いながら受け入れる。…端から見れば、兄妹のやりとりに見えなくもないやりとり。

 

 

「だけど…好きな女性か…」

 

 

 確かに何でも良いとは言ったが…そんなパーソナルな話が出てくるとは思わなかった。普通こういう話題って、女子会とか男子会とかで話内容ではないのだろうか?俺はどう言って良いものか、と…使い慣れてない部分の脳を回し出す。

 

 

「友達として聞いてあげるから…ね?」

 

 

 揺さぶられながら、キラキラとした目を向けられる。どうにも断りづらい雰囲気になってきた。

 

 

「はぁ……分かった。だけど、周りにはあんまり言いふらすなよ?」

 

「やりぃ!公平くんの秘め事ゲット!」

 

「語弊のある言い方をするな…」

 

「ゴメンゴメン…っで?誰が気になってるの?」

 

 

 ここまで純粋に聞かれることには慣れないが…そうだな。

 

 

 ――――………。

 

 

 俺は決意をしたように、息を吐き、口を開いていった。

 

 

「1人だけ……居る」

 

「1人だけ…良いね良いね。そういうのもっと頂戴よ!…それで?誰の事?梓葉ちゃん?司ちゃん?」

 

 

 あえてその2人を出してくる辺り、コイツもしたたかだな、と思った。…だけど、残念ながらその2人では無かった。

 

 

「…………すまん。正確には…”居た”……だな」

 

「居た…?…何だか変な言い方。…どういうこと?」

 

「今はもう。この世にはいないってことだよ…」

 

「えっ…?それって…どういうこと?」

 

 

 きっと初めてだろう。こんな事を言うのは…。まだ誰にも話したことがない。本当の本当に、胸に奥底に秘めていた心の声。

 

 

「一番最初に、誰よりも早く…”殺された”んだ」

 

 

 今俺は、この世の誰よりも穏やかな笑みを浮かべていただろう。とても穏やかで、どこか寂しげな…そんな笑顔を。

 

 

「もしかして…」

 

「――――”朝衣”だ」

 

 

 密かに秘めていたものではあったが…友達として、聞いてくれる。そう思って、吐き出した。水無月は、本当に驚きだったのか…声も上げずに固まったまま此方を見ていた。それでも俺は続けていった。

 

 

「………覚えてるか…?朝衣と俺が初めてあったときのこと」

 

「う、うん。覚えてるよ。だって、ずっと側に居たもん」

 

「…俺はあのとき、アイツに見惚れてた。…一目惚れかは分からないが……充分な位、目を奪われてた」

 

 

 彼女は綺麗だった。整った顔立ちの多い女子生徒達の中でも、特に俺は彼女に目を惹かれていた。

 

 

「…」

 

「それからはアイツを見る度に、ドキドキしてた」

 

 

 ……もしかしたらそれは憧れに近い感情だったのかもしれない。凡人の俺にとって朝衣は、高嶺の花のような存在だったから。

 

 

「話すことは少なかったし、交流する場面は少なかったけど…いろんな側面を見ることが出来た………だから」

 

 

 でも…それでも朝衣と過ごした4日間は…彼女の人柄を知るにはあまりに短すぎた。だけど、仲間を思って先陣を切ろうとする彼女を見続けて……俺は。

 

 

「……不思議と好きなんだな。って思えてな」

 

 

 それがlikeなのかloveなのかどうかは、今はもう判断が付かない。…だってアイツはもう、この世には居ないんだから。後ろに居た仲間に、殺されてしまったから。

 

 

「俺はアイツがいなくなって…これからはもう、あのクールそうに見えてコロコロと変わる表情、途中までは完璧なのに詰めの甘いちょっと抜けた姿がもう見られないなんて…思うと」

 

 

 ――――どうしようもなく、胸が苦しくなるんだ

 

 

 今でも、涙が出そうになる。ちゃんと、あの裁判の後に、流しきったと思ったのに。あの湖で、気持ちに蹴りをつけたと思ったのに……付き添ってくれた贄波に申し訳が立たない。

 

 

「そっか…そうなんだ」

 

「ああ…少しずるい回答かも知れない……でも」

 

「自分の気持ちには嘘はつけない…って?」

 

「……」

 

「式ちゃんのことを…」

 

「好きだったんだろうな…って。いや、きっとアイツが生きてたら、好きになってたんだろうな…って」

 

 

 今となっては、こうやって憶測でしか思いは計れなかった。でも、確実に、そう思った。だって俺の気持ちなんだから…隠し事なんて出来ない。

 

 

「…………」

 

「水無月……?」

 

「――――かなわないなぁ」

 

「……何にだ?」

 

「ううん。何でも無い。気にしないで…ただちょっと予想外な展開だったから……」

 

 

 …?どういうことなのか、上手く掴めなかったが…首を振る彼女の言うとおり気にしないようにした。深く、追求するほどのことだと、思わなかったから。

 

 

「でも…やっと分かった気がしたよ」

 

「…何が…分かったんだ?」

 

「初めての捜査、初めての学級裁判……全部が初めてのことばかりだったのに。公平くんは誰よりも捜査を頑張って…裁判にまっすぐ向き合ってた……その理由がさ」

 

 

 どうして、凡人の俺の、どこにそんな度胸があったのか。理解できていなかった。水無月にそう言われて、何となく俺も納得できたような気がした。

 

 

「覚えてる?式ちゃんの部屋で、式ちゃんの日記を見たときのこと」

 

「…ああ。覚えてるよ」

 

 

 アイツがどれだけ俺達を導こうと躍起なっていたのか…それを痛感させられたあの日記だ。…忘れる方が可笑しい。

 

 

「あのときの公平くん…今にも泣き出しそうになってた。手元にあった日記をそのままくしゃくしゃにしちゃうんじゃないかってくらい…悲しそうだった。……それを見てカルタね、きっと自分なんかよりも…ずっと式ちゃんの死を…悔やんでるんだって…表情を見て分かったの」

 

「分かりやすい短所がそこにも出てたんだな……何だか、恥ずかしいな」

 

「公平くん…前にも言ったけど、分かりやすいって事はカルタにとって美点なんだよ。…だから、全然卑下することじゃないよ」

 

 

 今までに無いくらい…水無月は真剣な顔で、そう言った。俺は”そっか、そうだよな…”…苦笑しながら、頭を掻いた。

 

 

「…でも…安心したな」

 

「何が、安心したんだ?」

 

「皆、学級裁判のこと、全然話題にしないから……式ちゃんのこと、忘れようとしてるんじゃないかって…むりやり振り払おうとしてるんじゃないかって…思っててさ」

 

「そんなことは無い。誤魔化してる部分はあると思うがな…」

 

 

 きっと触れてしまったら…あの辛い記憶を思い出してしまうから。だから、皆……。

 

 

「でも…こうやって、直接公平くんの口から聞けて、本当に良かった」

 

 

 “涙を流してくれる人が…カルタだけじゃなくて良かったよ…”

 

 

 そう言って、満面の笑みを溢す水無月。俺も、目を細め、笑顔を浮かべた。

 

 

 しばし、沈黙。

 

 

「何かしんみりしてきたな…少し話題を変えるか。……お前は、誰が好きとは、気になるとかはあるのか?」

 

 

 俺は水無月から貰った質問を、そのまま返した。聞かれた彼女は”うーーーん。好き、か”と…俺以上に難しく表情を歪めた。

 

 

「まぁ、悩みどころだよな」

 

「…いやー。そういう決められないとかどうかの悩みじゃなくてさ」

 

「…?」

 

 

 どういうことだ?俺は首を傾けた。

 

 

「カルタってさ。そういう愛っていうの?…あんまり信じてないんだよね」

 

「信じて、ない?」

 

 

 思ってもみないその答えに、俺はさらに疑問を深めた。

 

 

「…ちょっと昔話…しても良い?」

 

「ああ、別に構わないが…」

 

「ありがと……あのね、昔話って言っても…カルタだけのじゃなく、カルタの家族の昔話ね」

 

「家族の…?」

 

「うん、カルタの家族。公平くんには、前にも家族の事には触れてたよね」

 

「水無月竹斗さん、だったよな…才能豊かなプロ棋士の」

 

 

 元・超高校級の棋士であり、生きる伝説として、今なお棋界でその才能を振るう、水無月竹斗。俺は、勿論覚えていると、頷いた。

 

 

「うん……そう。才能溢れた、ね。でもねとっても才能に恵まれてたのは、パパだけじゃないんだ…。ママもおねぇちゃんも…皆…カルタよりもすっごい才能にまみれてたの」

 

「姉に、母親も?」

 

「ママはね…元・超高校級の弁護士…だったんだ」

 

「その肩書きの時点で…母親も、もの凄いことが分かるな」

 

 

 棋士に弁護士…もう何と表現して良いのか分からないが……誰もがうらやむほどのエリート家系であることだけは理解できた。

 

 

「…肩書きだけだよ、ママは。希望ヶ峰学園でパパと出会った、学生結婚して、弁護士にならずに専業主婦になってたから」

 

「そ、そうか……弁護士の道には進まなかったのか」

 

 

 昨日聞いた雲居の話に出てきた人と同じようだ…そう思った。

 

 

「でも、学生結婚か。きっと才能がある者同士…惹かれ合うものがあったんだろうな」

 

「…あったのかな。よくわかんないけど……」

 

 

 何故か苦い顔で、水無月は怪訝に言葉を濁す。少し、気になったが…水無月は続けていった。

 

 

「まぁそんなわけで、才能溢れる2人の遺伝子が合わさって、お姉ちゃんとカルタが生まれたの。そして両親の思い通り…カルタはチェスプレイヤーとして、カルタのお姉ちゃんは特殊な能力を持って世の中に広まっていったの」

 

 

 ”両親の思い通り…”その言葉に引っかかりは覚えたが…それ以上に気になる言葉があった。

 

 

「……特殊な、能力?」

 

「所謂、瞬間記憶能力者、って言うのかな?何でも覚えて、何でも、いつでも、すぐに思い出せる…そしてその記憶は、”一生”無くならない」

 

「聞くだけでも…バグみたいな能力だな……」

 

「ほんと、バグみたいだよね。まるで神様から直々に渡されたような天才的な頭脳。…そんなおねぇちゃんは、去年『超高校級の記憶力』って肩書きで入学してるんだけど………公平くんは知ってる?」

 

「…確か、そんな女性が…いたような…」

 

 

 そういう人がテレビでチラチラ見かけたことは何度かあるし、ネットの掲示板でも僅かだが…情報が載ってたような…。ううむ、名前が思い出せない……なんだったろうか…日本のおもちゃと同じ名前があったような…。

 

 

「…でね、だよ?公平くん。カルタがしたいの家族自慢じゃなくて…愛について…忘れてないよね♪」

 

「そ、そうだったな。お前の家族が凄すぎて、一瞬、話の基点がぶれるところだった」

 

 

 本当に…別の意味でペースを乱されるところだった。危ない危ない…。

 

 

「カルタの家族は…確かに才能に満ちあふれてた…でもね………家族愛は、無かったの」

 

「…どういうことだ?」

 

「そのまんまの意味だよ。パパは将棋一辺倒で、休日には部屋にこもってばっか。おねぇちゃんは、記憶力の関係云々で、ずっと寝て過ごす……ママは、そんなおねぇちゃんにかまってばっか……」

 

「み、水無月?」

 

「パパが部屋から出てきたと思ったら…カルタを将棋で虐めてくる……おねぇちゃんは、何にも興味ないフリして…カルタのやってることには興味を示して、カルタのマネばっかしてくるし…ママは……そんなカルタに目もくれない」

 

 

 水無月はまるで拗ねたように…そうブツブツと家族の小言を連ね始めた。だけど、言葉を重ねていくウチに…段々と寂しそうに俯く水無月。

 

 だけど、すぐに彼女は顔を上げ、此方に作ったような笑顔を向けた。

 

 

「だからね、公平くん!カルタが言いたいのは…愛は確かに存在はするんだろうけど…誰しもが持ってるとは、限らないってこと!カルタの家族がその典型!」

 

「典型って…」

 

「そう……だから、好きな人って言われても、カルタ的にはあんまりピンとこないんだ……ごめんね、何かずるい回答しちゃって」

 

「いや…別に構わないんだが……でも…」

 

 

 彼女の言葉を聞いて、まるで渇望しているように思えた。愛はあるけど、でも手に入らないものだと…そう思ってるのに…欲しく欲しくてたまらないような、飢えてるような。子供っぽくも、だけど無くてはならない感情の揺らぎが、見て取れた。

 

 今まで俺は、分かりやすいと散々言われてきたが…水無月も、十分分かりやすい、そう思った。

 

 

「ふぅ……ああーー、スッキリした!!!」

 

 

 すると、水無月は立ち上がり、ぐぅっと両手を上げて伸びをしながらそう言った。いきなりそんな事を言うもんだから、俺は”どうしたんだ…?”と眉根を寄せた。

 

 

「何かさ今まで抱えた気持ちをさ、公平くんに色々話したら、だいぶ楽になった気がする。やっぱりカルタ、結構溜め込んでたんだねー」

 

 

 知らないうちに、何故か自己完結した彼女の姿に俺は戸惑いを隠せなかった。

 

 

「ごめんね?何か愚痴みたいになっちゃって」

 

「いや…問題は無いが…だけど。大丈夫か?」

 

「ん?何が?」

 

「いや…家族の事で悩んでたんじゃないのか?」

 

「え~別に~、確かに変な家族だったけど…それはそれとして受け入れてたから…全然深刻には考えてないよ?」

 

 

 だけど、水無月はなんてことも無いと、そう言い切った。彼女が良いのなら…それで良いのだろうか?俺は納得のいかないままであったが…そう考えておくことにした。

 

 

「でもね――――肩の荷が下りたのは、本当だよ?聞いてくれて、ありがと。公平くん」

 

 

 それでも、水無月は少し晴れやかな表情を浮かべていた。何となく、俺も安心するようだった。どうやら、俺の考えすぎだったみたいだ。

 

 

「またさ…溜まってきたって思ったらさ…こんな風に公平くんに話しに来ても良い?」

 

「ああ、いつでも良いぞ」

 

「良かった…何か、気が楽になった気分」

 

 

 そう言って、俺と水無月は軽い雑談を交わし合う。しばらく時間が流れ…そして俺達は別段不祥事も何も無くモノパンタワーを降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア3:入口】

 

 

「モノパン。枠を全部埋めてきたぞ」

 

 

 既定の設備を回り終え、スタンプを集めきった俺はモノパンにカードを渡した。約束を全て果たした上で、スタンプも集める……目的と手段が入れ替わった気もしなくもないが……十全な結果と思えた。

 

 

「はい!!承りましタ!!確かに……全部、回っておられますネ!!お疲れ様でしタ~」

 

 

 かつてこれ程までに嬉しくないねぎらいの言葉はあっただろうか。いやきっと、後にも先にもコイツだけだろう。それほどまでに、コイツの言葉には何も伝わってこなかった。

 

 

「…それで、お前の言うプレゼントってのは…結局何なんだ?」

 

「くぷぷ…それは明日になってのお楽しみでス」

 

「はっ?お前、朝、埋めきったカードを渡せば、引き換えるって…」

 

「別に、今日渡すとは一言も言っておりませんのデ」

 

 

 コイツ、また屁理屈をこねだして…。コイツはこういう奴だと学ばない俺にも、非があるにはあるが…。いい加減に止めて欲しい…。

 

 

「お前なぁ…」

 

「くぷぷ…クレームは事務所の電話を通してから…ということデ」

 

「事務所も、電話も何処にもないだろ…!」

 

 

 適当なことで誤魔化して…本当に今にも殴りたくて仕方が無い気持ちが満載だった。でも殴れば、校則違反、ジレンマである。

 

 

「まぁまぁ落ちついて…プレゼントは明日の朝、折木クンの机の上に置いておきますので…お楽しみ二…あっ、それがスペシャル中のスペシャルな品物なのかは…今は伏せさせておりまス」

 

「…はぁ。分かった…明日だな……期待しないでおくヨ」

 

「分かっていただければ、幸いでス」

 

「……なぁ、ダメ元で聞いてみるんだが、そのプレゼントの中身…今は教えられないのか?」

 

「…それを言ってしまったら。濁してる意味ないじゃないですカ…つまらない事聞かないで下さいヨ」

 

 

 キッパリと教えませんと言われてしまった。何故そこだけはぐらかさずに言うのか…その神経が理解できない……。…まぁどうせ碌でもない物だろう。モノパンのストラップとか…モノパンクッキーとか…。

 

 

「くぷぷぷ…そうとも限りませんヨ?」

 

「…どういう意味だ?」

 

 

 含みのあるその言い方に俺はいつも以上に表情をしかめる。息を吸うように思考が読まれたのは置いておくとして…とにかくその含みだけは聞き逃せなかった。

 

 

「どういう意味も無く、そのまんまの意味ですヨ」

 

「…それが分からないと、言っているんだが…?」

 

「くぷぷぷぷぷ……それは明日になってのお楽しみ……」

 

 

 そのオウム返しに、俺はまた深いため息をつく。これ以上は禅問答だ、時間の無駄だと考え”分かった、もう良い”…と突き放す。

 

 モノパンは”理解が早くて助かりまス”とまた揺さぶるような一言を重ねてくるが…今は我慢して、沈黙を貫いた。

 

 

「…さて良い時間となってきましたのデ、そろそろワタクシも撤退するとしますかネ」

 

「撤退…?閉園するのか…?」

 

「ええ、言うまでも無く…このモノパンパークは10時以降は営業停止に含まれる施設となりますのデ…」

 

「…成程」

 

「あっでも、一部の施設には出入りは可能ですヨ。お菓子の家とか、ゲームセンターとか…」

 

 

 いや、ゲームセンターは不味くないか?夜更かしする生徒が出てきそうな予感がするし…。

 

 

「そして忘れてはいけないのが…忘れられない夜を楽しんでいただくためのモノパンタワーは夜通しで入ることは可能でございまス」

 

「…一言余計だ」

 

「くぷぷぷぷ…と、これでは雑談はこれ位にして、ワタクシは業務に戻らせていただきまス…モノパンは朝も昼も夜もなく、働き続ける歯車なのですからネ。それでは、ばいっくま~」

 

 

 そういって施設の黒い部分を匂わせながらモノパンは姿を消していく。

 

 そんなモノパンに、いつも以上の疲れが与えられた俺は、真っ直ぐ自分の部屋に戻る。

 

 

 今日は本当に、生徒達との交流が濃密な時間であった。でも悪くない一日だった。

 

 

 どうか明日、明後日も…こんな日々が続きますように……そんな思いを胸に、俺は部屋で寝息を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モノパン劇場』

 

 

 

「思い出とは、2つの種類に大別することが出来まス」

 

 

「『良い思い出』と『悪い思い出』」

 

 

「これら二つに、記憶は分けることが出来ます」

 

 

「何にも無い、平凡な毎日。それは平和の証拠…良い思い出でス」

 

 

「誰かに怒られた、大切な物をなくした…それは自分にとってのエラー、悪い思い出でス」

 

 

「そしてその二つには残りやすさというものがありまス」

 

 

「『良い思い出』は、記憶に残りにくイ。だってそれらが人生の大半を占めているかラ…」

 

 

「『悪い思い出』は残りやすイ。だってそれらは人生のごく一部だかラ」

 

 

「しかし、悪い思い出を全てが全て覚えられる訳ではありませン」

 

 

「人間は忘れることのできる、唯一の生物ですからネ」

 

 

「ですが時に、人は本能的に思い出を忘れる事がありまス」

 

 

「何故なら、忘れてしまわないといけないかラ」

 

 

「忘れてしまうわないと……心が持たないから…」

 

 

「ではもしモ…」

 

 

「そんな絶望的な思い出したとキ…」

 

 

「思い出の鍵が開け放たれたとキ…」

 

 

「その人は自我を保っていられるのでしょうカ?」

 

 

「その人は…その人でいられるのでしょうカ?」

 

 

「実に、興味深いものですネ…」

 

 

「くぷぷぷぷぷぷ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り12人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計4人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 




引き続いて交流回。
思った以上に長くなりました。




↓コラム


〇趣味(才能に関係すること以外)


男子
・折木 公平
⇒しおり作り


・陽炎坂 天翔
⇒水泳


・鮫島 丈ノ介
⇒野球観戦


・沼野 浮草
⇒農業(バイトではない)


・古家 新坐ヱ門
⇒落語を聞く


・雨竜 狂四郎
⇒プラモデル作成


・落合 隼人
⇒アニメ(ムーミ〇)のイベントに行く


・ニコラス・バーンシュタイン
⇒乗馬


女子
・水無月 カルタ
⇒お人形遊び(シルバニ〇ファミリー)


・小早川 梓葉
⇒和菓子作り


・雲居 蛍
⇒ヨガ


・反町 素直
⇒キックボクシング


・風切 柊子
⇒美化活動(ゴミ拾いとか)


・長門 凛音
⇒刺繍


・朝衣 式
⇒カフェ巡り


・贄波 司
⇒食糧調達


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Chapter3 -(非)日常編- 14日目

【エリア1:折木 公平のログハウス】

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 

 ――――午前7時、俺はいつものようにアナウンスの声と共に起き上がる。

 

 

 

「これは……?」

 

 

 すると、1つ…昨日まで何の変哲も無かった部屋の机の上に”封筒”が置いてあることに気付いた。

 

 やや幅の広い、書類やお金を入れるタイプの間くらいの大きさの封筒が置いてあった。

 

 一体何なのか…そう思った直後、封筒の傍らにメッセージカードが添えられていた。字は直筆ではなく、ワープロで書かれたようなフォントであった。

 

 

 

『よく頑張りました♡』

 

 

 カードには……見るだけで無性に腹の立つ一言が書かれていた。今にもこの封筒をゴミ箱に捨ててしまいたい気分にかられた。

 

 だけど活字のみでここまで業腹にさせるメッセージが添えられるのは…ただの一匹、考えこまずとも、モノパンからの贈り物だとすぐに分かった。

 

 またアイツは勝手に……。息をするように不法侵入を繰り返すパンダに辟易しながら、俺はため息を吐き、封筒を手に取った。

 

 

「…そうか、昨日のスタンプラリーの報酬か」

 

 

 手に取ってすぐに、この贈り物が一体何なのか、見当がついた。

 

 ”明日のお楽しみ”と、焦らされた…。そして分かったように”碌な物ではない“…と暗に表現していた報酬。

 

 それがコレ。

 

 

「とりあえず…見てみるか」

 

 

 別段、口にするような言葉では無かったが…モノパンのあの不気味な態度を思い出した俺は、微かな緊張を感じていた。

 何でも良いから言葉を口にして、と少しでも落ち着かなければならない…。そのためにあえて言葉を漏らした。

 

 あのモノパンからの贈り物であることを踏まえて、細心の注意を払って、封筒の口に手を添える。

 

 

 …まるで一番最初の、モノパンからの手紙を思い出すようだった。

 

 

 俺の場合は、『お前は超高校級の不幸です』なんて、今考えれば悪口のようなもので。イマイチピンとくることも無かった内容であった。

 

 だけど、――――周りは違った。陽炎坂は違った。だから第1の殺人が起こった。

 

 だからこそ、この鼓動を感じるときは大抵良いことなんて無い、そうすり込まれてしまった。

 

 だからこそ、心臓は激しい鼓動を繰り返していた。

 

 

「…」

 

 

 意を決して、その封筒の口を――――破った。

 

 中を探る。1枚の……とても鋭いような、冷たいような感触が手に伝わった。

 

 これは……”写真”だ。

 

 手触りだけでそう理解が出来た。

 

 中身を抜き取った。やはり写真だった…。丁度裏側だったから、その中身をすぐに拝むことはできなかった。

 

 一体……この写真には何が写っているのか?俺の盗撮写真か?それとも昨日の遊んでいるときの写真か?

 

 予想が付かない不安を払拭するために…あえて、平和的に、そう仮定する。

 

 ゴクリと…唾を飲み込み。ゆっくりと……――――写真を翻した。

 

 

 

 瞬間…――――息を呑んだ。

 

 

 

「――――――――――!」

 

 

 

 そして、言葉も声を、失った。

 

 

 

 その写真に写っていたのは…殆どが俺の予想通りだった。

 

 

 そう、殆ど。

 

 

 それはとても楽しげで、とても微笑ましてくて…まさに思い出といえるような光景がそこに写っていた。

 

 

 

 だけど、俺は喉も体も硬直させてしまった。

 

 

 

 だって、昨日の写真でも、今までの俺達の写真を写した物ではなかったから

 

 

 

 

 

 ――――”身に覚えがなかった”から。

 

 

 

 

 

 

 ――――見知らぬ”教室”の中で微笑み

 

 

 

 

 

 

 ――――――まるで旧来の友のように肩を組み合う

 

 

 

 

 

 

 ――――”俺達”が写っていたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア1:炊事場エリア】

 

 

 

 ――――午前8時

 

 

 

 俺達は炊事場に集まっていた。一昨日とは違い、満遍なく、全員が。今まで孤高を気取っていたニコラスや、気まずいと応じなかった雲居でさえも、集合していた。

 

 緊急であったから。それに、誰もが意見を混じり合わせるべきだと思ったから。

 

 

 目の前に並べられた、”5枚”の写真について。

 

 

「…これに写っているのって…私達…ですよね?」

 

「ああ…」

 

 

 小早川が、確認するように、一言。

 

 

 ――――1枚目は、俺が受け取った、教室でのとある一場面。

 

 

 席の並べられた教室に、黒板で何かを決めあおうとしているような場面だった。

 

 

 だけど話合いなんてそっちのけで、俺達は自由に、怒っていたり、笑っていたり、慌てていたり、適当に過ごしていたり…様々な表情がちりばめられていた。

 

 

 

 ――――2枚目は体育祭の一場面

 

 

 体操着を着て、グラウンドで競走したり、木陰で一休みをする俺達。

 

 

 

 ――――3枚目は修学旅行らしき一場面

 

 

 

 浴衣を着て、枕投げをしていたり、月見をしている俺達。

 

 

 

 ――――4枚目は文化祭の一場面

 

 

 

 頭にかぶり物をつけて店を巡ったり、店で売り子をしていたりする俺達。

 

 

 

 

 ――――5枚目は冬山での一場面

 

 

 

 分厚いジャンパーを身につけて、スキーを楽しむ俺達。

 

 

 

「そうだね…どう見てもボクらだ」

 

 

 どれも、これも俺達だった。何気ない思い出の一ページ。アルバムのために取られたような、そんな写真が今、目の前にあった。

 

 その写真の中には――――。

 

 

「朝衣さん…陽炎坂、さん」

 

 

 黒板の前で、何かの評決を取ろうと声かけをする朝衣。本気で走りすぎて、体育祭で極限にぶれている陽炎坂。

 

 

「鮫島君…」

 

「…凛音ちゃん」

 

 

 俺や古家と無理矢理肩を組んで、カメラに向かって笑顔を浮かべる鮫島。写真の隅っこで、どーでも良さげに、空をぼーっと眺める長門。

 

 それぞれの写真に、亡くなってしまったはずの彼らも…当たり前のように収められていた。

 

 

「…………」

 

 

 それぞれの紙に映し出された、知らない俺達。…喜びに溢れた、ありえないはずの俺達。

 

 

 のぞき込む俺達は…反して、激しい動揺に溢れていた。

 

 

 

 ――いつ、どこで撮られた?

 

 

 ――どうして死んだアイツらも写っている?

 

 

 ――そもそも何で俺達が写真の中に?

 

 

 

 答えの出せない疑問が、脳内で飛び交う。これは何なのだと、脳は回り続ける。

 

 

「えと、えと…ええ?なになに、なんなの?…カルタ達って、誘拐されてるん…だよね?だから、だから…」

 

「ああ…その誘拐を覆す方法を模索していた…」

 

「はぁ…頭が痛くなってきたですよ」

 

「くっ、また面妖な…」

 

 

 俺達は、ココから脱出する術を考えていたはずだった。ココが何処なのかを理解するために動いていたはずだった…だのに。

 

 

 また大きな疑問が、俺達の中心に投下された。今までやって来た前提を覆す可能性を孕んだ、大きな疑問が。

 

 

 今までの命題に、さらに上の命題が重なってきたようだった。一体、何をどうすれば良いのか。この問題を、どう取り扱っていくべきか。

 

 まだまだ青い俺達は、そのあり得ないはずの光景を前に…当惑することしかできなかった。

 

 

「いや、待て…。まだコレが本物だと決まった訳ではない。ねつ造の可能性も考えられるはずだ」

 

「そ、そうさね!きっと、どっかから既存の写真を持ってきて、そこにアタシ達の顔とかを合成させれば…」

 

「―――いんや、…ねつ造の可能性は低いんだよねぇ」

 

 

 ねつ造という疑問に、すぐさま反意を挙げたのは、驚くことに古家であった。しかも、今までの弱気な語威はそこには無く。ハッキリとした自信を持って言っていることが見て取れた。

 

 

「…古家?」

 

「ほほう、随分と意気のある断定ではないか…。であれば勿論、ちゃんとした根拠が存在するのであろうな?」

 

「…確かに。今までに無い自信」

 

「い、いや……根拠って言うには、かなり弱いんだけどねぇ…」

 

 

 だけどすぐに、弱気な姿勢になり、じれったさが見え始めた。

 

 

「それでも全然大丈夫です!!しょぼいかどうかは、私達で判断します!はい!」

 

「そう言って貰えると助かるんだよねぇ……じゃあ、言うねぇ?…まず先に、写真がねつ造かどうかで重要なのは、被写体や、文字、そして色、明るさ、コントラスト、ブレ…なんだよねぇ」

 

「…コント?プレイ?…」

 

「…言葉で説明するよりも実物を挙げてみた方が良さそうだねぇ」

 

「うん、その方、が、私達素人でも、分かりやすい、ね?」

 

「ええと…例えばこれ。この写真に写ってるあたしたちを見て欲しいんだよねぇ」

 

 

 そう言って、古家は教室のでの一風景を収めた1枚の写真に指を差した。俺達は上からのぞき込むように顔をで円陣を作る。

 

 

「ねつ造した写真だと、こういった被写体のあたしたちには必ず不自然さが見られるはずなんだよねぇ」

 

「不自然さ…でござるか?それはどういった?」

 

「さっき列挙した色とか明るさ、コントラスト…あとはブレ、そして影なんだよねぇ」

 

「ほう…」

 

「それらを踏まえて写真を見てみると、色にも加工の跡は見られないし…影はキチンと出来てるし、写真特有のブレもちゃんとおさめられてるんだよねぇ」

 

 

 ふむふむと、講座のように話す古家の声を俺達は傾聴する。

 

 

「それらの情報と、さらに古今東西あらゆる心霊写真を看破してきたあたしの目を合わせて考えてみると…この写真には偽の情報が一切ない…つまり本物で間違いないんだよねぇ」

 

 

 古家は人差し指を上に向けそう言った。思いのほか丁寧に説明してくれたことに加えて、俺自身は納得したのだが……肝心の説得される側の反応については…。

 

 

「………」

 

 

 どうやらあまりよろしくないみたいだった。

 

 

「だが…それは貴様の所感であろう?」

 

「まぁ…そうだねぇ…機械に掛けたわけじゃないから…ねぇ」

 

「であれば、その根拠は却下だ」

 

「たははは、やっぱり弱かったかねぇ…」

 

「ええええ!!!どうしてですか!!」

 

「確かに古家のプロとしての腕は認める。だが、貴様のそれは確たる証拠ではなく、あくまで一個人の意見だ。ワタシが言いたいのは、そんな曖昧な言葉ではなく…ちゃんとしたエヴィデンスを提示しろ…ということなのだ」

 

「エビ……海老?」

 

「梓葉…証拠って意味だよ。…態々英語にする意味は分からないけど」

 

 

 特に、発起人の雨竜は納得しなかった。確かに、古家の意見は、古家自身による視覚的意見。ちゃんとした分析を掛けているわけでもない故に、その根拠はあまりにも脆弱。雨竜の言いたいことにも一理あった。

 

 だけど…。

 

 

「いや、そうとも限らないのではないかな?ドクター雨竜。ミスター古家は、素人ではなく、玄人…超高校級の専門的知見だ…あっさりと切って捨ててしまうのは頂けないんじゃないかい?」

 

「…貴様に意見を促した覚えは無いのだが?」

 

 

 ニコラスは、その意見を逆に尊重した。しかし、その発言が気にくわなかったのか…いやニコラスが発言したことが気にくわなかったのか…雨竜は怒りを押さえ込んだような声を漏らす。

 

 

「はははっ、そう邪険しないでおくれよ。泣いてしまいそうになるじゃないか」

 

「そうは見えんのだがなぁ…むしろ楽しんでいるように見える」

 

「言えてるぅ!」

 

「……まぁ、ボクの真意についてとか何とかは、正直どうでも良いのだよ……ドクター雨竜。良いかい?聡いキミであれば分かると思うが。今ここには既に、生徒全員が意見を交わし合う場となっている…誰1人として、人の言葉を却下する権利なんて誰も持っていない、ボクはそう思うのだけど……キミの意見を聞かせてもらえるかな?」

 

「ああそうだとも。人には確かに色の差はある…だけど、根本的に人は人…混じり合うことも、肩を組み合うこともできる、素晴らしい生き物なのさ」

 

「落合、微妙に論点がずれてるし……あと、お前には聞いてないと思うぞ」

 

「…ワタシは貴様の意見”は”聞いていないと言ったはずだが?」

 

「ボクは意見を言った覚えは無いよ?ボクはミスター古家の、写真の真偽について意見しているのだよ?」

 

「あ、あの…お二人とも少々気を張っているように窺えるので…もう少し穏便に…」

 

「…でござるな。頭を冷やすのが懸命かと」

 

 

 いち早く尖った雰囲気を察した小早川達が、2人の間に仲裁に入る。

 

 確かに、両者とも何となく落ち着きに欠けている様には見え…。その通り、言葉の節々に棘を感じられた。手は出てないが、いずれは出てくることになるだろう。

 

 

「ふん…」

 

「オーライ。そう思わせてしまったのなら…すまなかった。勿論、反省してるとも!」

 

 

 本当に反省しているのか定かではなかったが…いつものひょうきんブリだと、スルーすることにした。

 

 

「あのさあのさ…じゃあさ、良い考えがあるんだけどさ?」

 

「は、はい!水無月さん、何なりと!」

 

「本物かどうかはさ…モノパンに聞いてみれば良いんじゃない?」

 

 

 一瞬、間が空いた。そ、そういえばそうだな、と思った。

 

 

「……確かに」

 

「盲点…それは神が人に与えた、愛すべき欠点。それがあるからこそ、人は人を愛し、そして人を人たらしめる者なのさ」

 

「…そこまでは言ってない」

 

「ふん…ヤツに真偽を左右されるのは気に食わんが…それ以外に確実な方法がないのは確かだ」

 

「そんな御託は抜きにして。さっさとあのパンダす呼ぶさね!!

 

 

 

 ――――――――――モノパン!!!出て来い!!!!!」

 

 

 

 と、言い出しっぺの反町による原始的な呼び声がエリア1に強く響く。

 

 

 しかし――――――

 

 

 

「こ、来ない…珍しいでござるな」

 

 

 何故か現れなかった。今まで何かしらの動きがあれば、必ずと言って良い程、余計な説明を加えてきたのに。

 

 

「くっそ…肝心なときに姿を現さないなんて…」

 

「ははは…それにしても大きな声なんだよねぇ…」

 

「…流石です」

 

「話を折るようで悪いが…ミス風切、キミはいつから敬語になったんだい?」

 

 

 そう言って、静かに落胆するような声が上がり出す。

 

 

 だけど――――

 

 

「うーーん…じゃあさ、じゃあさ…モノパンが来ないんだったら。もうひとつ良い?」

 

 

 水無月は続けて、意見を重ねていった。

 

 

「まだ。何かあるのか?」

 

「…カルタ達だけで、この写真について考えを深めてみよう、って提案」

 

「考えを深めるとは…一体どのようにでしょうか!!」

 

「えっとねえっとね……もし仮にね?この写真がねつ造じゃないとしたら……ここに写っているカルタ達って、誰なの?って感じで」

 

 

 すると、水無月があっけらかんという風に、そんな意見を投下した。

 

 もしも…?誰…?意見の内容が上手く捉えられなかった俺は首を傾げた。しかし、その意見に、また雨竜が”馬鹿者”と一言。

 

 

「……さっきから言ってるだろ…これは本物では無い…。我々を陥れるためのモノパンの策略の1つだ」

 

「断定できるほど揃ってないのに、決めつけないでよ!それに、も・し・も・の話だって!……この写真がさ、本当にニセモノだったらさ、”はいそうですか”って、この意見を交わし合う場?っていうのかな?…それがおしまいになっちゃうでしょ?」

 

「この話合いの場を有意義に使おうってことかねぇ?」

 

「グ~ッド!!」

 

「…確かに、終わっちゃう。そして解散して部屋で寝る」

 

「スケジューリングに一切の無駄がないんだよねぇ…!」

 

「いや、うたた寝の時点で無駄な時間を浪費しているござる」

 

「……ほら、また脱線しているよ。それで?水無月。続けてな」

 

「だから、敢えて本物だったの可能性も考えとこって言ってるの!」

 

「何のタメにだ?」

 

「分かんない!!」

 

「……はぁ」

 

 

 いや、分かんないのかよ……。

 

 

「つまりカルタが言いたいのは、頭の堅い誰かさんみたいに切り捨てるんじゃなくて…もっと柔軟に、受け入れて物を考えようって話」

 

「誰が頭が堅いだぁ!!!!」

 

「落ち着くさね!!」ガン!!

 

「がばぁ!!」

 

 

 飛びかかりそうな雨竜を、反町はすぐさま沈ませる。やり方はどうあれ、ナイスプレーに思えた。

 

 

「で、ですが…か、仮にと言われても…」

 

「ううむ…難しい話でござる。拙者、このような摩訶不思議な事態、初めてでござるし」

 

「あんただけじゃなくて、全員初めてですよ。ていうか…なんなんですか?…私は写真について聞きに来たと思ったら…今度は妄想会議を始めようだなんて…のんきすぎやしないですか?」

 

「私も、帰りたい…たたき起こされたから睡眠が足りてない」

 

「風切!シャキッとしな!」

 

「…はい」シュッ

 

「本当にシャキッとしたんだよねぇ!?」

 

「………」シュ~

 

「雨竜、くん…大丈、夫?」

 

「目覚めとは、生き返るか、死ぬか…その瀬戸際の選択とも言える…彼は今、覚悟を決めようとしているのさ」

 

「こっちでは無駄に壮大な物語が展開されてるんだよねぇ…」

 

 

 と、水無月からの議題は出たものの…出題された側の俺達は何となく乗り気ではないような雰囲気を漂わせる。…というよりも何故か”考えないようにしている”…そう見えた。

 

 俺は、その生徒達の有様に微かな違和感を覚えた。

 

 

「本物だったのなら…か…………ははっ、そんなの――――1つしか考えられないんじゃないか」

 

 

 そう思った直後、ニコラスはそう言った。

 

 

「答えは1つ…って…何か心当たりがあるのかねぇ?」

 

「さっさと言うさね!」

 

 

 いつの間にか、おもちゃのパイプをくゆらせるニコラスに数人が食いかかる。何故か焦る生徒達の中でも、ニコラスは…まるで傍観者のように酷く落ち着いていた。

 

 

「…ボク達は

 

 

 

 

 

 

   ――――”記憶喪失”になっている。そう考えるしかない」

 

 

 

 

「―――き、記憶喪失だとぉ!!」

 

「あ…起きた」

 

 

 ニコラスの発言に、数秒前まで気絶していた雨竜が飛び起きる。他の生徒達も、ザワザワと小さく驚きの声を漏らす。

 

 

「あ、あの……き、きおくそう、しつ………どういう意味なのでしょうか?」

 

「「「……」」」ガクッ

 

 

 そんな小早川の腰を折るような疑問に、数人の生徒達が首をガクリと下げる。当の発言者である彼女は、首をひねらせていた。

 

 

「つまりだミス小早川、ボク達は――――」

 

「――――既に、出会っていたのさ。止めどない人生の、その一部、何処かで…しかも席を並べ合い、そしてつき合わせる程に、その仲は親密だった」

 

 

 ニコラスが言おうとした…あり得ないはずの可能性を…代わって落合が言い切った。何故お前がかは置いておくとして……その言葉に、生徒達は騒然としていた。

 

 

「………」

 

 

 だけど何人かは、少なくとも、否定していた数人は、分かっていたように沈黙していた。

 

 何となく予想はついていた。そう分かっていたが……漫画や小説でしか見たことの無い、そんな展開に現実味を感じていない、そんな本音が見えるようだった。

 

 

「だけど……僕らには…その覚えすら無い。何て…何て空しい話なんだろうね。」ジャララン

 

 

 そう……覚えていない。きっとそれが俺達が留まっていた理由なのだろう。目の前の記録に…存在しないはずの記憶に…どんな言葉を並べれば良いのか…考えることが怖かった。

 

 

 だって…もしも、それが本当だと認めてしまえば…それは――――――。

 

 

「で、でもあたし達は、入学式の時、確かに意識を失って、それで気付いたらここ居たんですよ…!」

 

「……私も覚えてる。……だから、記憶喪失なんて…そんなの事実無根」

 

「そうだ!我々のことは、我々がよく知っている!!自分自身を!記憶の有無もだ!!」

 

 

 すると、数秒前まで沈黙を守っていた、会議否定派の生徒達は、分かりやすいほど焦ったように迫った。

 

 

「我々はここに誘拐されてきたのだろう!?あのモノパンという狂ったパンダに、ここに連れ込まれ、そしてコロシアイをさせられているのだろう!?」

 

「……ああ、そうだね。蠱毒のようにね。実に残酷な話さ」ジャラン

 

「…なら。…こんな写真はあり得ない……だって私達はここで初めて会ってるんだから」

 

「いやぁ、まあ…ねぇ…あたしらとしても、そうだと思うけどねぇ…」

 

「だから言ってるんですよ。無い記憶について議論しようなんて、無駄も良いところなんです。だからさっさと、会議を切り上げるのが吉なんです」

 

 

 まるでこれが現実ではないと、自分に言い聞かせているように。現実味を知りたくないと、拒むように。雨竜達は言葉を並べ続けていた。小さく、恐怖しているように見えた。

 

 

「そんなに…怖いのかい?」

 

「はぁ?どういうことですか。何が、怖いっていうんですか」

 

「真実を知ることにだよ…」

 

「…何だい?真実ってのは…」

 

「……ボク達が…その失った事実すらも”忘れてしまっている”という事実をさ」

 

「事実、も…?」

 

「ふん!!!訳のわからんことをのたまいおって…まるでワタシ達が記憶操作を受けたような言い分だ!ますます信じられん!!」

 

「…えーだったらさ

 

 

 ――――――実際に受けたんじゃない?記憶操作?ってやつ」

 

 

 荒波の立つ議論の中に水無月は、キョトンとした様に、あまりにも突拍子もない言葉を言い放った。俺達は、その結論とも言えるその一言に…言葉を止めた。

 

 だけどニコラスは――――。

 

 

「ああ…そうだとも。ミス水無月。それが真実だ……。ボクらは、記憶を操作されている」

 

 

 強く同意を示した。

 

 

「そんな…!」

 

「まさかあたし達に身に、そんなSF的な事が…」

 

「あまりに非現実的すぎるでござる」

 

「ああそうだね。ボクもこの天才的頭脳がイジられただなんて、余りにも突拍子もなさすぎるし、反吐がでるほど信じたくないさ」

 

 

 いや、そこまでイヤなのかよ。というツッコミは、今のところおいておくことにした。

 

 

「だけど、もしも入学式から、いつまでかは予想が付かないが…ここに連れ込まれるまでの記憶を、穴抜けにされていたことが真実ならば。……こんなありもしない記憶の欠片が目の前にあるのも頷けるというものさ」

 

「勝手に頷くなです!!ていうか…何でコレが本物前提で話してるですか!まだ決まったわけでもないですよ……!」

 

「妄想に妄想を重ねるな!!貴様は名探偵である前に、一端の研究者であろう!!事実的根拠を述べてから、結論を言え!!」

 

「はぁ……ああ、良いとも。そんなに欲しいのなら、――――その根拠とやらを提示しよう」

 

「えっ……あるの?」

 

 

 そう言いたげに雨竜達も動揺を示した。俺自身も、そうだった。

 

 

 ニコラスは淀まず、続けていった。

 

 

「――――今まで起こった事件、その原因こそが根拠さ」

 

「今まで…?」

 

「長門さんの…事件のことですか?」

 

「ああ、そしてミスター陽炎坂の事件も含めてね」

 

 

 そう言われてすぐに、俺は、今までの事件の経緯を思い出す。陽炎坂の、そして長門の事件を。

 

 

 確か――。

 

 

「まずミスター陽炎坂の場合だ。最初、あの事件の発端はモノパンからの手紙だった。だけど手紙を渡されたとき、彼は大きなギャップを持ち…嘘だと信じてモノパンに詰め寄った――――でも、モノパンに、それが現実だという証拠を突きつけられて、根拠を見せられて…あんな凶行に走った」

 

 

 1つ目の事件は、陽炎坂の幼なじみの事故死。その事実を突きつけられたが故の、アイデンティティの喪失。

 

 

「ミス長門の場合は、手紙の延長戦上に居たが故の凶行……きっかけは違えど、原因は同じだった」

 

 

 2つ目の事件は、鮫島の思いも寄らない失言……だけど根本には、祖父の死が関係していた。

 

 

 そうやって、改めて思いだし…そして俺は思い至った。ニコラスの言いたいことを。

 

 

「キミ達も、あの手紙を貰ったとき、ミスター陽炎坂よ同じような違和感を持ったはずじゃないかい?……”昨日まであんなに元気だったのに…どうして?””昨日まで無事だったのに…どうして?…とね」

 

 

 確かに、鮫島や、陽炎坂、長門の手紙を聞いたとき。まるでどこかの未来の一部を切り取られたような錯覚はあった。

 でも、深くは考えようとはしなかった。きっと、俺達がこの中に閉じ込められて、それから起こった事だと、思ってしまったのだ。

 

 俺には分からなかったが…手紙を見たとき、生徒達はそんな出来事の切れ端を、事態の結末を、いきなり見せられたようだったのだろう。

 

 だけど、もしも、切れ端が、結末が過去の、それも何年も前のものだったのなら……この写真もその過去の一部であったのなら……その違和感に対する辻褄も合う。

 

 そしてそれを認めるということは、写っている俺達が…俺達本人だという真実に他ならなかった。

 

 

「…」

 

 

 真実を叩きつけられた俺達からは、今までの様な強い反論は見られなかった。何故そんなにあっさりと、…その理由は薄々分かっていた。

 

 

 俺達は、感じていたのだ。俺達には何かが足りていないと。心の中で燻り続ける違和感を満たすような、正体の見えない物が、存在することを。

 

 

 でもそれが何なのか分からなかった。だから、今まで口にすらしてこなかった。

 

 

 だけど今日、今、この瞬間……その正体が、目の前に現れた。落ちてきた。

 

 

 記憶の一部。…忘れてはいけない空白の思い出。

 

 

 納得できなくても、納得することを強いるような…あまりにも突然すぎる答え合わせ。

 

 

 とてもじゃないが、ニコラスのように…冷静ではいられなかった。

 

 

「でも……どうして、ですか?」

 

「…どうして?」

 

「……記憶を操作する理由が分からない…意味不明」

 

 

 動揺を隠せないまでもなお、食い下がる雲居達にも、ニコラスは飄々とした態度を崩さず。ふむと、考える仕草をする。

 

 

 ――――だけど、その疑問に答えたのは、全く別の生徒だった。

 

 

「理由……?そんなの簡単じゃん」

 

 

 水無月だった。今、風切が放った”理由”に向けて、無邪気にそう声を上げた。俺は、強ばった表情のまま、言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

「――――絶望させようとしてるんだよ。カルタ達の事を」

 

 

 

 

 

 俺だけじゃなく、生徒達も、言葉をなくした。先ほどよりも、とても痛い、沈黙が、流れるようだった。

 

 

「ああ、そうだとも。その通りさ…………モノパンの本来の目的を…コロシアイをさせることそのものではなく……ボク達を、絶望させること…」

 

 

 

 

『ワタクシは絶望を求めているのでス。より具体的に言うなら、ただ絶望している姿が見てみたいんです』

 

 

 

 

 忘れた訳ではなかった。でも、思い出したくもなかった。だけど確かに言っていた。あまりにも醜悪な笑みを浮かべて、俺達に向けて言ってのけたあの言葉を。

 

 

「こうやって時間的事実を隠匿し、結果だけをボクらに伝え、混乱させる。あわよくば、殺人を犯すための、材料にする……そしてボク達を絶望させ、さらに殺人を誘発させる……」

 

 

 まるで全てを見透かしたように、ニコラスは考えを述べ続けた。反論する人間をねじ伏せるように、言葉を続けた。

 

 

「これも…恐らくその1つさ。ボクらを凶行に走らせる、…”動機”の1つと…暗にモノパンはそう告げているのさ」

 

「…動機」

 

 

 言い聞かせるように、ニコラスは俺達に向けて言葉を放った。

 

 

「であれば…拙者らの呼びかけに珍しく応じてこなかった理由もわかるでござるな」

 

「カルタ達にこの写真を中心に争わせて…不和を持ち込もうとしてる…ってシナリオかな?」

 

「ああそうさ、ボク達は試されているのさ。この事実を目の前に、自分自身のエゴに駆られ…先人達のような二の舞をしないかどうか…とね」

 

 

 まるで事実を叩きつけられているような気分だった。まるで、言葉の…いや事実の暴力のようだった。今になって、目の前に並べられた写真が恐ろしく映って見えた。

 

 

「…信じがたいけど。確かに、モノパンのアホの事を考えれば、納得出来ちまうさね」

 

「わ、私は、余計に訳が分からなくなってきたような…」

 

 

 度重なるその事実の列挙に、生徒達は信じられないと、苦しむように俯いていた。

 

 

「ぐぐぐ…信じんぞ。ワタシはそんな……信じはせんぞ……!!」

 

「本当に、馬鹿みたい、な話だ、ね……」

 

「うわー、何かヤバめな感じ?……いや、最初っからヤバいか……」

 

 

 俺達のその姿は、信じていないのではなく、まるで信じないようにしている、そう見えて仕方がなかった。

 

 だって、それが本当だったなら…友達だったはず俺達が、コロシアイを演じさせられていた。

 

 

 こんな幸せそうな顔で過ごす写真の中の俺達が…。

 

 

 今では、私利私欲に駆られて、自分のエゴで、殺しあっている…。

 

 

 そして生き残る俺達も、そんな仲間達を自分たちの手で吊るし上げている。

 

 

 自分達が生きるために…今まで犠牲にしてきた。

 

 

 これほど、……残酷な話は無かった。

 

 

 

「ああ…くわばらくわばら…」

 

「……はぁ…きっつ」

 

「何で、何で私らが……ただ、希望ヶ峰学園に入学してきただけじゃないですか」

 

「………」ジャラン

 

 

 ただでさえ、監禁、殺人強要……度重なる精神的苦痛がすぐ側にあるのに。それに加えて、記憶喪失…そしてかつての仲間達とのコロシアイ、こんな碌でもない真実はもう沢山だと、生徒達は悲鳴を上げているようだった。

 

 

 俺だって…今にも泣き出したくなりそうだった。

 

 

 だけど――――。

 

 

 

「皆の者…1度、注目でござる」

 

 

 暗い面持ちを並べる俺達に、酷く真剣な表情で沼野が手を叩き視線を集めた。

 

 

「何だ…沼野。今は貴様の存在感のアピールする場では無い…後にしてくれ」

 

「そうだー!お前は一生影の薄いキャラでアリ続けるのだーー!」

 

「折角絶妙な所で間を取ったというの…そこはかとなく不本意でござる……」

 

「ま、まぁまぁ。みなさまも、そうないがしろにせずとも………それで。沼野さん、如何為さりたいと?」

 

 

 小早川の擁護に、”かたじけない…”と律儀にお礼を言いつつ、沼野は続けていく。

 

 

「……いやぁ、もう見ても分かる通り…現状、かなりどんよりとした空気ござろう?だから――――ここで1つ、話合いはお開きにして、お食事にしてはどうかと…」

 

 

 かなり、というか、だいぶ疲弊しているようではあった。否定する側もまともに否定できない程に……。誰が見ても、話合いを続けられる状況とは思えなない程に…。

 

 だからこそ、沼野のその提案は何よりも魅力的に思えた。

 

 

「ナイスアイディアだぜ!ミスター沼野!ボクもそろそろ解散しても良いんじゃないかと、そう思ってたのだよ!」

 

「…ふん、我々を言葉で弄ぶのに飽きただけだろ」

 

「おいおいドクター雨竜。偉くけんか腰じゃないか!…それとも何かな?本当に拳と拳を交わし合おうというのかな?ボクはいつでも買う準備は出来ているぜ?」

 

「…止めるです!…頼むから、もう余計ないざこざは勘弁して欲しいです…」

 

 

 また、一触即発な雰囲気が漂い始めた2人に、雲居は怒鳴る。その姿を見て、沼野はやはりと、冷静に頷く。

 

 

「と、このような有様では、会議もままならんでござる……1度冷静になってから、明日改めて話合いを?……どうでござるか?」

 

 

 そう言って、チラチラと俺達の表情を伺う沼野。

 

 

「だねぇ…時間も良い感じだし。朝ご飯もまだ食べられてないからねぇ…」

 

「眠い…お腹減った…帰りたい……でもお腹減った」

 

「食欲、と、睡眠欲、が、せめぎ合ってる、ね?」

 

「時とは、永遠に流れ続け、決して止まることはない…人の体も時と同じく進み続け、やがて衰えていく……もしかしたら、空腹はその衰えのサインなのかもしれないね?」

 

 

 沼野の提案の声に、少なくない、”まぁ良いんじゃないか?”との声が上り始める。それを聞いた反町が、”よし!!”と大声を上げた。

 

 

「じゃあ早速、飯にするさね!…ちょいと遅めだけど」

 

「は、はい!そうしましょう!!話合いはまた、後日、ということですね!よろしいですね!」

 

 

 と、完全に乗っかった二人を最後に、多少の強引さはあれど、会議はお開きとなった。

 

 

 そして俺達は――――午前9時という…少々遅めの朝食にありつくこととなった。

 

 

 その皮切り以降、食事中の間は写真に触れることはなかった。

 

 きっと…話し出しても、平行線を辿って仕舞うだろうから。俺自身も、進んで何かを言うことはなく。先送りにするように、淡々と食事を頬張っていった。

 

 折角、久しぶりに全員が集まったというのに、寂しさと、険悪さの残る、朝食となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ……食事をする中で、俺には1つ、疑問が残っていた。

 

 

 

 

 別に、記憶云々とは関係ないことだが…。何となく、ふと、思ったこと。

 

 

 

 

 モノパンは確か、プレゼントの中にはさらに上のプレゼントがある……そう言っていた。

 

 

 

 

 じゃあ……。

 

 

 

 

 

 ――――一体どれが…どの写真がそうなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 俺達の知らない、何かが、映り込んでいるのだろうか……?

 

 

 

 

 

 それとも、誰か、個人にとって特別なのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 あるいは―――――

 

 

 

 

 まさか――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあるかもしれない微かな可能性を考えてしまった。

 

 

 

 

 

 背に、一筋の冷たい汗が流れるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア1:ログハウスエリア】

 

 

 ―――――午後6時半。

 

 

 長引いた議論、遅めの朝食、そしてしばらくの自由時間…様々な出来事を過ごし切った俺は、そろそろ休もうかと、自分の部屋への帰路についていた。

 

 

「――――今日は、色々とありすぎたな」

 

「…いやーそーだねー。もう参っちゃうよねー」

 

「…そうは見えないんだが?」

 

「あ、バレちゃった?」

 

「そんなのんきそうな顔をしてれば…誰だって分かる…」

 

「なはは~」

 

 

 同じく、自分の部屋に戻ろうとしていた水無月と一緒に。たわいもない、漫才みたいな雑談を繰り返しながら。

 

 

「…そういえば、水無月」

 

「何かな?公平くん…?この水無月カルタちゃんになにか質問でも?」

 

「ああ…今日の――――」

 

「先に言って置くけど、カルタのスリーサイズは上から…」

 

「いや、そうじゃないそうじゃない……何でそうなる……午前中の、会議での話だ…」

 

 

 ”ええ~違うの?”と何故かふてくされたようにおふざけを続ける水無月。俺は、真面目な話だ、と言うと、渋々ながら聞く姿勢を取り始める。

 

 

「確か、あの話合いの時、テーブルの上には写真が5枚並べられてたよな?」

 

「あーそうだねー、梓葉ちゃんと公平くん、後は沼野くんと古家くん、司ちゃんの提出物だったとはずだよ」

 

「流石の記憶力だな」

 

「へへーん」

 

「………だけど、何でそんなに少なかったんだ?」

 

「少なかった?」

 

「ほら、あのスタンプラリーに参加した人数に比べてだ」

 

「あー」

 

 

 あれほど乗り気な人間が多かったはずなのに、どうして枚数が少なかったのか。純粋に、気になった。たかだかスタンプを集めるだけだというのに。

 

 

「ていうか…お前が一番乗り気だったろ……何で持ってないんだ?」

 

「ん~…何だろうなぁ。飽きちゃったって言うか…ジェットコースター乗ったら、もうパークを全部楽しんだ気持ちになっちゃったから…かな?」

 

「テンションが極端すぎだろ…」

 

「いや、本当に、急にスーッとやる気が消えたんだよね」

 

 

 何とも、気分の波が激しい水無月らしい理由だと思った。

 

 

「他の皆も同じ感じだよ、気まぐれっていうか、飽きっぽかったというか…偏っていたというかー…」

 

「…成程、お前のように途中で止めたヤツと、1つの施設にずっと居続けたヤツが居た、と言うことだな」

 

「おおお!!よく分かったね!!ピンポンピンポーン」

 

「…アイツらの性格を考えれば、何となく分かる」

 

 

 短いスパンとはいえ、あれだけ濃密に接していれば、イヤでも性質は分かるものだ。

 

 

「……もしかしたら!その察しの良さって、写真の中の公平くん譲りなのかも知れないね!」

 

「写真の?」

 

「うん!!!…反応的に多分気付いてないと思うけど。いろんな写真に写っている公平くん、実は皆の事をよ~く見てたんだよ?」

 

「…気付かなかった」

 

 

 別に人間観察が趣味というわけではないのだが…。どうやら彼女にはそう見えたらしい。

 

 

「だから、きっとその名残が、今も公平くんの体に息づいているんだよ。だから、そうやって皆の行動を予想できるんだよ」

 

「……そうか?」

 

「きっとそうだよ!!」

 

 

 …信じ切れないというか、自信は持てないが。これだけ真っ直ぐに言われると、何となくそうかもしれない、と思えてしまう。何とも不思議な話だ。

 

 

「だとしたら。だとしたらですよ?公平くん」

 

「…何がだとするんだ?」

 

「そうやって染みついた気持ちが公平くんにも残ってるなら、きっと皆の心にも同じよーに残ってるかも知れないのですよ」

 

「ほう…」

 

「だから、きっともうコロシアイなんて起き無いよね!!」

 

「染みついてたら…で、そこまで飛躍するのか?」

 

「もぉ~察しが悪いなぁ。良い?カルタ達って、今は覚えてないだけですっごく仲は良かったみたいだったでしょ?」

 

「見た限りだと…そうだな」

 

「だったら、友達同士でこれ以上コロシあうのは、きっと皆もしたくないって思うはずなんだよね!」

 

「……そうだな」

 

 

 確かに、その可能性が限りなく高い今。今まで犠牲にしてきた4人の呵責も踏まえて、これ以上のコロシアイは、今まで以上に望むべきことではないのは明らかだった。

 

 午前中の、生徒達の反応を見れば、尚更そう思えた。

 

 

「だーかーら。もう安心、安全、快適!意志が無ければ、コロシアイも始まらない!…いやぁ、モノパンも悪手を差しちゃったね。過去の記憶が合わさったカルタ達の友情パワーの底力を甘く見ちゃったからこうなるんだよ」

 

「今はまだ…友情パワーの欠片も見当たらないんだが…」

 

 

 少なくとも雨竜とニコラスには、深い溝は見受けられた。

 

 

「今だけだよ。お互いに頭が冷やして、また明日話し合えば、きっと足並みも揃っていくよ…絶対に!!」

 

 

 でも、先ほどの彼女の言葉の力を考えると。そう思えてしまう。きっと大丈夫だと、根拠のない自信が湧き出てくるようだった。本当に、不思議な話である。

 

 

「だと、良いな」

 

 

 だから、俺は彼女の言葉に、小さく微笑みながら、そう肯定した。

 

 

「あっ!!もう着いちゃったね。じゃあここでお別れだ!!…お休み!!」

 

「ああ、お休み」

 

 

 エリアの中心にたどり着いた俺と水無月は、話の切りも良いからと、短く言葉を交わしあう。

 

 

 そのまま、それぞれの個室へと向かい、そして…扉に手をかける。

 

 

 

 

 ――――その時のことだった。

 

 

 

 

 俺は、俺の部屋の…扉の隙間に…”封筒”が刺さっていることに気付いた。

 

 

「…何だ?」

 

 

 余りにも不自然な突起物であるそれを、俺は恐る恐る抜き取り、表と裏を眺めてみた。

 

 封筒には、宛名や差出人の名前は書かれておらず。今朝の写真のようにメッセージカードも添えられていなかった。

 

 俺は、微かな疑心を持ちながら…ビリビリと上を破る。そして…中の綺麗に折りたたまれた手紙を取り出し…広げていった。

 

 

『本日お配りした写真について、改めて説明をしようと思います。

 

…午後7時、モノパンタワーにてお待ちしております。できるならミナサマで来ていただけると幸いです。

          モノパンより

 

 

 ps.パンダは熊の仲間ですが、冬眠はしません』

 

 

「…うん?」

 

 

 中身にはちゃんと差出人の名前が書かれていた…今朝と同じくモノパンからのようだった。

 

 内容は俺達生徒達の招集。朝に現れなかったので、改めて写真の説明おば…と。その上、どうでも良い雑学のようなものまで付け足されている。

 

 …な、何なんだ?一体?写真の次は、手紙?…度重なる普段から微妙にズレた出来事の数々に、俺は頭を悩ませる。

 

 同時に、何故紙媒体でこんな手紙を寄越してきたことそのものにも…俺は疑念を重ねていた。何故なら、贈り物をするときは、前回の動機の手紙宜しく、何も言わずに部屋にポンと置いて帰っていった。

 

 だけど招集を掛ける際は、アイツは普通、アナウンスを使っていたはずだ…。こんな気付かないままだと絶対に俺達伝わらない、不完全な伝達は、アイツらしくない。

 

 そう疑念を加速させる。

 

 でも、もしこの疑念が、本当だとしたら…この手紙は――――。

 

 

「こ、公平くん!!」

 

 

 手紙を眺めながら思慮に耽る俺の元に、血相を変えた様子の水無月が現れた。何事だ?そう思ったが、彼女の手元に俺と同じような封筒が握られていた為、その慌てる理由にすぐアテが付いた。

 

 

「…お前もか?」

 

「う、うん!!これ…」

 

 

 俺は水無月に差し出された、俺が受け取ったのと同じ手紙を眺める。集合時間も場所も、一言一句全て同じだった。唯一違うとすれば、パンダについての雑学の内容が違うこと。…これについては、本気でどうでも良かった。

 

 

「でも7時って…あと30分しかないな」

 

「ど、どうする?何か怪しさ百点満点って感じだけど……」

 

 

 彼女の言葉を聞いて、俺はまた思考を深めた。今までのモノパンの手口。そう考えれば、これは明らかに、呼び出しのための手紙。鮫島の時と同じような、思惑の張られた呼び出しの手紙。

 

 考えたくはないが…俺達の中の誰かからの……。

 

 

「……」フリフリ

 

「公平くん…?」

 

 

 俺は首を振って、無理矢理否定した。もっと別の可能性がある、と考えの視野を広げた。

 

 あのモノパンの事だから、もしかしたら本当に気まぐれで今回だけは手紙で呼びつけてきた可能性も十分にありうる。来なかったら、来なかったで…集まったヤツにだけ情報を渡して、後は適当に共有して下さい…そんな適当さを見せても…可笑しくは無い。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

「ああ…すまん、大丈夫だ」

 

 

 ……もしも、もしも俺だけにこの手紙が渡されていたのなら、行かない、の一択であった。だけど、水無月にも届いているという事は……。

 

 

「お前にも届いたって事は…他の皆の手元にも同じモノがある可能性もあるには、あるよな…?」

 

「う、うん…多分…カルタも今さっき気付いたばかりだから…わかんないけど…」

 

 

 俺達以外の全員かは怪しいが…手元に届いている可能性を考慮すれば、そう行き着ける。

 

 

「だったら…誰かしらはモノパンタワーに向かっているかも知れない……」

 

「…だね!」

 

 

 ――――だったら、選択肢は1つしか考えられなかった。

 

 

「念のため行ってみるか……何も無かったら、さっさと帰ればいい話だからな」

 

「うん!!じゃあ急ごう…!公平くん!」

 

 

 俺と水無月は、躊躇いつつ、互いに背中を押し合うように、指定されたモノパンタワーへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:モノパンタワー 1階】

 

 

 手紙の指示通りに、タワーの1階に足を運んだ俺達。

 

 …来てみると、反町、水無月、贄波、雲居…そしてニコラス。俺と小早川を含めて、全部で7人の生徒達がタワーの一階に集結していた。

 

 

「あっ折木さん!それに水無月さん!」

 

「おっす梓葉ちゃん!さっきぶり!」

 

「おっすです!!」

 

 

 タワーに入って早々、元気に挨拶を交わし合う2人。俺自身も軽く”おっす”と返事をしつつ、話を本題に移していく。

 

 

「…お前達も、この手紙で?」

 

「…ああ、そうさね。部屋に帰ろうとしたら、扉に挟まってたんよ」

 

「…同じくです」

 

「このボクにもさ!!やはりモテる男というのは辛いね!キミ!!」

 

「珍しい話でしょ?ニコラスくんにさえも渡ってるなんてさ~」

 

「おいおいおいおい!このボクを仲間はずれにするのは当たり前という風潮は、実に良くないと思うんだけれどね!」

 

 

 案の上、生徒達は、同じ手口で届けられた手紙で、同じように呼び出されたらしい…。手元にある俺達の持っているのと一緒の封書を見て、その確信を強めた。

 

 これだけの人数に行き渡っている…ということは――――この手紙はほぼ全員の元に届けられている、と見て良さそうだった。

 

 だとしたら――――

 

 

「…他の皆はどうしたんだ?」

 

「あ!そうだよ!全然見当たらないみたいだけど…?お手洗い?」

 

「違うさね……変な話、殆ど見当たらなかったんだよ」

 

「えっ、マジめに?」

 

「そう、本気って書いてマジさね。手紙を貰ってすぐに探したんだけど…」

 

「呼びかけ、る、皆が、居なかった、のかな?」

 

「部屋にもか?」

 

「同じくさね」

 

「でも、古家さんと雨竜さんは先ほどこのパーク内でお見かけしました!でも…用事があるって…断られてしまいました」

 

「落合、くんにも、会った、けど…観覧車、の、方に、行っちゃった」

 

「成程、だからこれだけなのか…」

 

 

 だけど、今出てきた3人は、少なくともこの周辺に居ることは確かなようだった。

 

 

「にしもて珍しいな…特に古家はこういう集合には参加すると思ってた」

 

 

 あいつのビビりやな性格を考えれば…手紙を受け取ってすぐに飛んできそうなイメージはあった。

 

 

「まぁ…確かに、急な話ではありましたから……用事があるのなら、いくらの古家さんでも仕方ありませんよね…」

 

「――――違うですよ。逆ですよ逆」

 

 

 そんな俺達の言葉を聞いて、やれやれと、雲居はため息を吐きながらそう言った。

 

 

「逆?どういうこったい?」

 

「こんなあからさまな怪しい手紙に乗せられて、馬鹿正直に来ることの方が、危機感の塊のアイツらしくないって言いたいんですよ」

 

「ははっ!同感だよ!…それにミスター鮫島の件も踏まえてみれば、ミスター古家だけじゃなくと来ない選択をとることに不思議はないさ!」

 

「でもお前ら来てるだろ」

 

 

 と、ツッコミを入れたが…ニコラスはあからさまに無視をした。何やら、また何かを隠しているような素振りに見えた。

 

 しかしそう思うのもつかの間、そんなニコラス達のやりとりを聞いていた小早川達が、”えっ!?”と大声を上げた。

 

 

「そうなんですか!?これモノパンからの手紙じゃないんですか!?」

 

「何で言ってくれなかったんさね!!本当に呼び出されたと思って、馬鹿正直に来ちまったよ!!」

 

「あんたらマジで馬鹿ですか。いや多分馬鹿ですよね。お願いですから馬鹿って言って下さいです…」

 

「そこはかとなく馬鹿にされながら頭を下げられてしまいました…!」

 

 

 そこはかとなく悲壮感のあるお願いに思えた。本気で言っている分、ことさら悲しくなってきた。

 

 

「じゃあさ、じゃあさ、だったら何で2人とも態々来てるの?…怪しいって分かって癖にさ…あっ!!もしかして、ねずみ取りのネズミの気持ちを感じにきたとか?」

 

「実に興味深い体感ではあるけど…残念ながら違うのだよ。これは、あれだよキミ…名探偵としての勘が…行った方が良い…そう告げていた…だからボクはここに来たのだよ」

 

「第六感というやつですね!!!」

 

 

 と、ニコラスはそう言うが…何か取り繕っているような感じが否めなかった。やっぱり、何か、言えない事情とやらかあるのかもしれない。俺は、小さな確信めいたものを感じ取った。

 

 

「じゃあ雲居は…?」

 

「もしも、のためです」

 

「もし、も?…どういう、こと?」

 

「本当にモノパンが手紙を出してたらって場合を考えたんです。アイツが急に思考を変えて、集まった連中以外を虐殺しだすかもって…そう考えたんですよ」

 

「どんなデスゲーム思考だよ」

 

「もうデスゲームですよ。それに、襲われたら襲われたで、対策用の本を持ってきたですからね」

 

「…随分と分厚い本だな」

 

「刺されても貫通しないようなヤツを持ってきたです」

 

 

 雲居の持ち出した本には『襲われても大丈夫な本』と、書かれていた。見た目通り、安全性しか感じなかった。ていうか、そう考える雲居も、古家に負けず劣らずの危機感の塊のように見えた。

 

 だけど、そこまで念入りな準備を見ると…鼻を垂らしてノコノコとやって来た俺達が、何となく恥ずかしく思えてしまった。

 

 

 そうやって、雑に賑わいながらも、短いようで、それでも長いように、時間はコチコチと進んでいく。段々と約束の午後7時まで、じりじり迫っていく。

 

 

 すると――――

 

 

「でも、何だか今の雲居の話を聞くと……やっぱりもう一回アイツらのこと探してきた方がいいかもしれないねえ」

 

 

 あと数分もないというのに、反町がそんなことを言い始めた。

 

 

「えっ…!集合時間までそんなに間もありませんよ!?」

 

「何だかムズムズするんさね!あれだよ、あれ。ニコラスの言う、エックス線みたいな!!」

 

「おいおいおいおい!!レントゲンを撮るときの電磁波と一緒にしないでくれ給えよ!!キミィ!!」

 

「どっちでも良いさね!取りあえず、古家とか、風切あたり探して、連れてくるから、ちょっと待ってなーーーーー!」

 

「ちょ、反町さん!!」

 

「素直ちゃん!!カムバーーック!!!……あ~あ行っちゃった」

 

 

 …とニコラス達の指摘も聞かず、反町はタワーの外へと飛び出していってしまった。人に言われたからとはいえ、何ともせっかちな即決であった…。

 

 

「たっく、落ち着かない奴です。小早川、飼い主ならちゃんとアイツの手綱握っとくですよ」

 

「…反町さんは狂犬かなにかなのでしょうか…」

 

「似たようなもんですよ」

 

「思いっきり毒を吐いていくな……というか、元はと言えばお前の発言の所為だろ…」

 

「もしもの話を鵜呑みにするほど単細胞だとは思わなかったんですよ…」

 

「…反町さん…もしかして私よりも、単純…?」

 

 

「「「「それは無い」」」」

 

 

「何で声を揃えてしまわれるんですか!!!」

 

 

 何処かに行ってしまった反町と、表情をコロコロと変えながらリアクションをとる小早川を好き勝手にあれこれ言っていると…

 

 

 

 

 

 

 タワーの壁に掛けられた時計が――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――午後7時を示した。

 

 

 

「あ………時間、ですね」

 

 

 何が起こるのか。手紙の通りであれば、この時間に。モノパンか、それかモノパンを装った誰かが、現れるはず……。

 

 

 

「…………」

 

 

 そう思ったのだが…。

 

 

「………………」

 

 

 

 ……。

 

 

 

「…………」

 

「何も…起こらないな」

 

「…そ、そうだ、ね?」

 

 

 モノパンも、誰も…姿を表わすことはなかった。俺達は互い顔を見合わせた。

 

 

「うーん?モノパンだったら時間になればすぐに現れるし、でも現れないって事は…」

 

「……?」

 

「たっく…結局いたずらですか…」

 

 

 雲居はため息を吐きながらそう言った。

 

 

「でも何か…変だよな?」

 

「うん……」

 

 

 呼び出されたというのに、その怪しい本人が現れないというこの状況。俺達の間に、安堵のような、落胆のような、不可解なような…そんな空気が広がっていっているようだった。

 

 

「……まっ!ボクとしては、どうせこんな事だろうと思ったけどね!キミ」

 

「威張るなです!!…はぁ…、態々対策までしてたのに、無駄に骨を折ったみたいですよ……」

 

「あはは……?」

 

「なので、私、疲れたので帰るです」

 

 

 そういって、雲居はそそくさとタワーの外へと消えていこうと歩き出す。

 

 

「あっ、雲居」

 

「あんたらも、さっさとここからおさらばしといた方が良いですよー。何か不気味ですからねー」

 

 

「………ほ、蛍ちゃん…――――行っちゃった。まっ、無理もないか」

 

 

 雲居は…此方に背を向けながら手を振り、そのままタワーを出て行ってしまう。残された俺達は、どうしたものかと、顔を見合わせる。

 

 

「…どうしましょう?」

 

「何か、不穏だけど、ね。でも、何にも、無いわけだか、ら……」

 

「1度、帰っとく?」

 

 

 そう言って、水無月は此方をのぞき込む。俺は、ふむ、と思考してみる。

 

 俺達を呼び出した本人…そいつは、俺達全員の部屋の扉に、ここへと呼び寄せる布石を敷いていた。具体的な時間も指定し、さらにはそこまで労力を費やしたというのに…結局本人は来ない。

 

 雲居はいたずらと一蹴したが…にしては、大げさすぎるし、あまりに無駄が多い。呼び出した本人に何のメリットも、感じられない。

 

 ただそうやって俺達を惑わせようと遊んでいる可能性もあるが…そんなしょうもない事なんて、俺達の中にいないはず。

 

 

 ――――どうにも…腑に落ちない。

 

 

「…いや…俺はもう少しココにいる。もしかしたら…当人が遅れてる可能性も捨てきれないからな」

 

 

 と、言ってはみたが…本当は、直感的にココで帰ってはいけない……何となくそう思ってしまったから。本当に、何となく。

 

 

「そう?公平くんがそう言うなら、止めないけど……じゃあ、カルタは先に帰ってるね?」

 

「ああ、お休み…」

 

「お休みなさい!!どうかいい夜を!!」

 

「うん、お休みなさ~い!」

 

 

 しかし水無月はそうは思わなかったらしく…雲居達と同じく、此方に手を振りながらタワーから出て行ってしまった。

 残されたのは、俺を含めた、小早川、贄波、ニコラスの4人。最初の人数の半分程となってしまった。

 

 

「…ということだ。俺は残るが、お前達はどうする?」

 

「私、も…もうちょ、っと、居よう、かな?…気になる、し」

 

「折木さんが残るなら、私も残ります!!それに、反町さんが戻ってくるかも知れませんからね!」

 

「…そういえばそうだったな」

 

 

 ちょっと忘れていたのは内緒だ。 

 

 

「おいおいおいおい!まさかこんな眉唾な手紙をまだ信じるつもりかい?それはあまりにピュアすぎるってもんだぜ?」

 

「…お前はあれだろ?元々いたずらだって分かってたんだろ?だったら、もう帰っても良いんだぞ」

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!マイフレンド。その聞き方はずるいぜ?仲間はずれが大の苦手なボクがそう言われちゃ、残らざる終えないじゃないか!キミぃ」

 

 

 と…何ともおちゃらけた模様のニコラスではあったが、結局残るようだった。でも、何となく、ニコラス自身も同じように、ココからでてはいけない…そう思っているように感じた…。

 

 

 

 そうやって、さて待ちましょうか…と残った俺達は小さな雑談を混じり合わせようと、そう思った……。

 

 

 

 

 ――――そのときだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――――ガシャアン!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、巨大な何かが割れたような…、そう思わせる轟音が、タワー内に響き渡った。

 

 

 上からだった。

 

 俺達は一斉に、上を向いた。

 

 

 

「な…!」

 

「何ですか!今の音は!!」

 

 

 俺達はお互いに目を合わせた。普通では無いその音を前に、一瞬で血の気が下がったような…逆に上がりきってしまったような…”焦り”が体中を駆け巡った。

 

 

「上…から…!」

 

「ああ…だけど…何で」

 

 

 先ほどの穏やかな雰囲気なんて夢だったみたいに、俺は何をどうしたら良いのか、訳が分からなくなっていた。俺だけじゃなく、小早川や贄波も。

 

 強い焦焦燥を持って、お互いの顔と天井を、交互に視線を移すことしか出来ないでいた。

 

 

 だけど…1人。周りを見る中で、既に居なくなっている人物がいた。

 

 

「に、ニコラ、ス…?」

 

 

 ――――その人物は、ニコラスはまるで瞬間移動をしていたかのようにエレベーターの中へと移動していた。

 

 

 

「ニコラス!」

 

「ミスター折木。話は後だ……早く乗りたまえ!」

 

 

 そのあまりにも迅速すぎる行動に不可解さを持った俺は、彼の名を呼んだ。

 

 だけど彼は言い切らずに、後回しにして、それだけを言って此方に来るよう顎を回した。

 

 確かに言葉数は少なかったが、それでも、たった数言、行動で、彼が今、何をしようとしていること……そして俺がするべき事が理解できた気がした。

 

 

 考える前に…まずは動くんだ……取り返しの付かない事になる前に…。

 

 

 そう感じ取った。

 

 

「……分かった」

 

 

 俺は急いで、先ほどよりも落ち着いた心持ちで、エレベーターに駆け込んだ。

 

 

「私も乗ります!!」

 

「わ、わたし、も…!」

 

 

 小早川、そして贄波も、その思いに乗っかるように、エレベーターへと駆け込んでいく。少し気が引けたが、ニコラスを見ると、分かったと、その気持ちを汲み取るように頷いていた。だから、俺も頷いた。

 

 

 全員が入ったことを確認した俺達はすぐに、エレベーターを動かした。

 

 

 尋常ではない音が響いた、――――ダンスホールへ向けて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 タワーのエレベーターは、とても静かだった。

 

 

 裁判場へと向かうもののように…無駄な雑音を響かせず。ただ静かに俺達をダンスホールへと運んでいっていた。

 

 

 …ささやかに重力を肌に押しつけながら。

 

 

 

 だけど、ビリビリと微動する、重力と違うその感覚は、まるで裁判場へと向かうものと同じに思えた

 

 

 

 内装も、設備も…全くと言って良いほど違うはずなのに。

 

 

 

 同じか、それ以上の…緊張感が走っているようだった。

 

 

 

 とても…とても不快な…吐き出したくなるような緊張感。

 

 

 

 他の生徒達も、同じように感じているのか……静かに沈黙を保ち続けていた。

 

 

 

 

 だけど、その沈黙は長くは続かなかった。

 

 

 

 ――――チン…と音が響いたから。

 

 

 

 ダンスホールへ、エレベーターがたどり着いた合図が鳴ったから。

 

 

 

 そんな中でも、俺達は無言を貫いた。

 

 

 

 

 吐き出したくなるような鼓動を無理矢理押し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ真っ直ぐに――――ゆっくり開かれたドアを、見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――まず始めに目に入ったのは、巨大なシャンデリアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 だけどそのシャンデリアは、前に来たときと同じ”形”をしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 豪華絢爛を表現するように垂れ下がっていた光りのアートは……

 

 

 

 

 

 

 ――――落ちて、粉々に粉砕されていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、落ちてしまった弾みの所為だろう。きっと、さっきの音の正体はこのシャンデリアからだったのだろう。

 

 

 

 

 

 小さな考えを巡らす俺達の視界は……少し薄暗かった

 

 

 

 

 

 シャンデリアという大きな光源がないために、室内は壁に取り付けられた、小さな光りで照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 …でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも…――――――分かってしまった。

 

 

 

 

 

 落ちた巨大なシャンデリアの真下……

 

 

 

 

 

 そこに、あってはいけない、”モノ”があることに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン…!』

 

 

 

『死体が発見されましタ!』

 

 

 

『一定の捜査時間の後、“学級裁判”を開かせていただきまス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血はまるで蜘蛛の巣のように床に広がっていた。

 

 

 

 

 まるで血の入った風船が、シャンデリアに押しつぶされてしまったように広がっていた。

 

 

 

 

 

 だけど、押しつぶされていたのは、風船でも何でも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――”人”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一目で、死んでいると…理解できてしまう。そんな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――超高校級の忍者“沼野 浮草”の、死体が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:モノパンタワー 2階『ダンスホール』】

 

 

 

「な…何で……」

 

 

 ――――むせかえる血の匂い、まき散らされた血の水たまり。

 

 

 ――――目の前で粉々に砕け散る、シャンデリアの骸

 

 

 ――――生々しく、そして激しく傷つけられた遺体。

 

 

 

 視覚が、嗅覚が、目の前にある全てが、俺から冷静さを奪い去ろうと刺激する。

 

 

 

「沼野…!」

 

 

 感じ取っていたはずだった、覚悟していたはずだった。だけど俺は…冷静さを欠いていた。今日まで、自由に動いて、話していた友人の名を、震えた声で呟いた。届くはずも、宛ても、何処にもないというのに…。

 

 今朝まで話をして、そして分かれたばかりの、また明日と分かれたばかりの沼野が、何故…ココで死んでいる?何故、シャンデリアに押しつぶされている?

 

 俺は絶え間無く、どうして、どうして…宛てもない問いを繰り返す。覚束ない足取りで、沼野の死体に近づいていく……。

 

 

 ――――しかし。

 

 

「ミスター折木…ストップだ」

 

 

 肩を掴まれ、制された。ニコラスだった。彼が、俺の震えを抑えるように、落ち着けと言っているように、堅く肩を握りしめていた。少し痛かった。

 

 

「に、ニコラス…」

 

 

 その痛みが俺の冷静さを、少しだけ取り戻させてくれた。そして、俺だけじゃなく、ここには小早川や、贄波も居たという事実も思い出させてくれた。

 

 

「うっ……」ガタッ

 

「小早川、さん!」

 

「こ、小早川…!」

 

 

 瞬間、小早川は蹲る。近くに居た贄波が、倒れないように彼女を支えてくれた。

 

 俺はすぐに彼女たちの元に駆け寄った。見てみると…小早川は今に吐きそうな位に、顔を青くしていた。俺は上着を脱いで、袋のように形を作り、彼女の目の前に差し出した。

 

 

「すみません…本当に、すみま、せん……まさか、こんな…こんな…」

 

「…大丈夫、気にするな。替えはいくらでもある。今は…自分の事だけを考えろ」

 

「折木、くん…」

 

「大丈夫だ………ああ、俺も、……大丈夫だ……」

 

 

 確かに冷静は取り戻した。でも、俺自身も大丈夫ではなかった。俺よりも酷い小早川を見て、ただ相対的に余裕をもっているだけだった。

 

 無理もなかった。見えるに耐えないほど、無惨な状態の沼野を見て、正常なままでいろと言う方がおかしいのだから。

 

 そんな俺を、贄波は見透かしているようだった。それでも、”分か、った”と、とどめてくれた。

 

 

「ミスター折木」

 

 

 安心させるよう、小早川の背中をさする俺に、ニコラスは声を掛ける。苦しげな顔で、真剣さを崩さない表情の彼と相対した。

 

 

「…良いかい?今から言うことを、よく聞くんだ」

 

 

 表情とは裏腹に、声色には、僅かな動揺が見えた。

 

 だけど、決して冷静さを失わないように、自分で自分を抑える自制しているようにも見えた。俺は黙って、彼の言葉を待った。

 

 

「キミとミス小早川は今すぐに下に行ってくれ…そして全員にこのことを…――――」

 

 

 きっと、沼野の訃報を下に居るはずの生徒全員に伝えるんだ…そう言いたかったのだろう。

 

 

 

 だけど言い切る前に…

 

 

 

 

 

 ――――ぱっ、と暗闇が辺りを包んだ

 

 

 

 

 

 

「な、何だ…!」

 

 

 突然の暗転…。光りの消失。周りに居た生徒達を一瞬で見失ってしまった俺は、焦りを助長させ、暗闇に瞳を巡らせた。

 

 

「お、折木さん…」

 

「ふ、二人、とも…離れない、で!」

 

 

 立ち上がろうとした俺の服を誰かが掴んだ。同時に、手も掴まれた。恐らく声の聞こえた二人のどちらか。

 驚きもあったが…誰かが側に居るという実感に触れたことで…とても強い安心感を覚えた。

 

 

「手を掴んでるのは誰だ…」

 

「わ、私です…」

 

「服は、私、だよ?」

 

「良かった…………―――――ニコラス!」

 

 

 二人の安否を肌で感じた俺は、もう一人の、さっきまで側に居たはずの彼の名を呼んだ。できるだけ離れていないでくれと、そう思いながら強く叫んだ。

 

 

「ああ聞こえているとも!」

 

 

 暗闇がこの場を支配する中で、明朗な声が返ってくる。先ほどまでの動揺は何だったのかというほど…酷く落ち着いていた声色だった。

 

 声の大きさから、どうやら彼もすぐ側に居てくれているようだった。また少し、安心できた。

 

 

 

 すると――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――ガン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 安堵したのもつかの間、何かが落ちたような音が…また”上から”響いた。

 

 

 俺は…上を見上げ、息を呑んだ。

 

 

「な、何ですか…!今の…!」

 

「しっ…静かに」

 

 

 驚きの余り取り乱す小早川の声を、ニコラスが制する。俺達は息を殺しながら、何も見えない宙を見上げた。

 

 

 

 

 ――――カタ…カタ…カタ…カタ…………

 

 

 

 

「……!」

 

「……」

 

 

 再び音が響いた。今度はとても小さく、まるでガラスを踏みしめるような、引き締まるような音だった。

 

 

 だけど待て、俺は黙ったまま自分で自分に問いかける。

 

 

 そんな足音が上から降ってきたということは……もしかして…何かが…

 

 

 いや――――誰かがこの上にいるのか?

 

 

 だけど、上にあるのはガラス張りの天井だけのはず……。

 

 

 考えるまでもなく怪しい音の数々に、心臓を包み込むような恐怖を感じた。握る手に、力がこもる。

 

 

「諸君……聞きたまえ。ゆっくりと、こっちに来るんだ」

 

 

 すると、ニコラスの声が俺の背後から聞こえる。俺はすぐに振り返る。何も見えないが、エレベーターのある方角であることは分かった。

 

 

「ニコラス…!」

 

「良いから!こっちに…!このエレベーターを使って、このダンスホールから早く脱出するんだ…」

 

「えっ…どうして…」

 

「キミ達も聞こえただろ?…上からの音を……あれは足音だ。上に、誰かが潜んでいるのだよ」

 

「そんな…一体何のタメに…!」

 

「分からない…だけど、態々上に足を乗せているということは…このダンスホールに侵入する以外考えられない…。そして、そんなイレギュラーな方法で入ってくるヤツに、碌な輩は居ないものさ」

 

 

 それはすなわち、このダンスホールに碌でもない事を考える輩が、碌でもない事をしようと降りてくる…そう言っているようだった。

 

 確かに…途轍もない説得力のある理由だった。俺は大きく頷き、足音を立てないよう、ゆっくりと、エレベーターへと近づく。

 

 エレベーターの側、恐らくボタンがあるであろう場所に手を置き、スイッチを押した。

 

 

 だけど……

 

 

「つ…点かない…」

 

「何で…!」

 

「もしかし、て…電気、が、落ちてる、から……動かな、い」

 

「そ、そんな……!」

 

「――――そうか、成程ね」

 

 

 何かを理解したように、暗闇から彼の声が漏れた。

 

 

「ボクらは、どうやら退路を断たれたみたいだ」

 

「退路を…!」

 

「………もはや、ボクらに逃げ道はない…つまりそういうことさ」

 

「じゃあ、どうすれば…」

 

「ははっ、なぁに、此方もそれなりの対処方法を用意してあるさ。安心したまえ」

 

「方法って…」

 

 

 その対処法とやらに、一縷の希望が見えた気がした俺は…詳細を彼に聞く。

 

 

「物理的行使…それ以外に無いとは思わないかい?」

 

 

 だけど返ってきたのは、希望の欠片も、そしてこれ以上考えられない程…シンプルな解決方法であった…でも。

 

 

「いやダメだ…危険すぎ――――…!」

 

 

 

 ――――――カタ、カタ、カタ、カタ

 

 

 

 また。動き出した、音が、段々と此方に近づいてきているような気がした。恐怖が、目の前まで迫ってきている、そう直感した。

 

 

「……!!」

 

「だけど、これ以上の策は他にない…良いね?ボクに何かがあれば………ミスター折木

 

 

 

 

 ――――後は頼んだよ?」

 

 

 

「ダメだ、ニコラス――――」

 

 

 

 ――――何処かに行ってしまう

 

 

 

 そう思った俺は、暗闇の向こう側へ、追いかけようと身を乗り出した。だけど、握られた手の力と、服を掴まれる力が強くなった。

 

 

 ”行ってはいけない”と止められたようだった。

 

 

 俺はその恐怖を埋めるように、お互いに、身を寄せ合った。それでも心臓の鼓動は治まらなかった…今にもはじけ飛びそうなくらい、強く動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――タッタッタッタッタッタ……タン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極限の緊張の中で…何故か…――――走るような音が聞こえた。

 

 

 

 

 そして……飛び跳ねるような音を最後に…音は消え去ってしまった。

 

 

 

「…何だ?…何が起こった?」

 

 

 

 …辺りは頭が痛くなるくらいの静けさを取り戻していた。暗闇の中に取り残される俺達はその状況を飲み込めず、小さく首を傾げていた…。

 

 

「居なくなった…のか?」

 

 

 意味の分からない音の集まりと、意味の分からない不審者の行動。その不自然に不自然を重ねた出来事の数々に、疑問符を浮かべていた。

 

 

 

「そ…それよりも…ニコラス!」

 

「……――――ああ大丈夫さ。ボクが動き出す前に…どうやら、いなくなってしまったみたいだからね」

 

 

 友人のその声に、強く安堵した。張っていた肩の力を抜くように、大きく息を吐いた。

 

 

 ――――良かった、無事で

 

 

 そう思った俺の、握られていない手にはじっとりとした汗が滲んでいた。

 

 

「で、ですが…何も起こらなかったようで…良かったです。本当に…」

 

「うん……でもまだ、暗い、から……それまで、は、動かない、ように、しよ?」

 

 

 驚くほど何も無かったことに首を傾げながらも…”そうだな”…と贄波の案の通り、俺達は待った。

 

 

 しばらく、動かず、時計も見えない暗闇の中で、時間を待ち続ける。

 

 

 

 何分?いや何十分…いや、何時間?

 

 

 

 とにかく長い時間を、世界が光りを取り戻すまで…待ち続けた…。

 

 

 

 

 そして――――。

 

 

 

 ――――パッと……光りが灯った

 

 

 

「電気が…」

 

「復旧したみたいだね…」

 

 

 シャンデリアに押しつぶされた沼野。エレベーターの入口近くで、手を握る俺と小早川とそして服を掴む贄波。

 

 微動だにせず立つニコラス……暗くなる前と少し距離は近くなっただけで、特に、変わりは見られなかった。

 

 色々とイレギュラーな事態は多々あったが…これで、一安心……――――ではなく早く、沼野のことを伝えねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン…!』

 

 

 

『死体が発見されましタ!』

 

 

 

『一定の捜査時間の後、“学級裁判”を開かせていただきまス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………!??!??!!」

 

 

 

 

 何故か、もう一度アナウンスが鳴り響いた。俺は声にならないほどの驚きを表わにした。

 

 

 

「…ど、どういうことだ!!!!」

 

「…沼野さんはここにいるのに……何で」

 

「……もう一度、鳴った…て、ことは…」

 

「ああ……つまり――――そういうこと、みたいだね」

 

 

 目元が見えない程ハンチング帽を深く被り直すニコラス。俺はすぐに、そんな彼に目を向け、言葉を投げた。

 

 

「……ニコラス、これは」

 

「ミスター折木。緊急事態だ……ここはボク達に任せて下に行ってくれ…!」

 

 

 今までに無いほど切迫したニコラス、そして俺を見て頷く贄波と、小早川……。

 

 

 今、何が起こったのか、その瞳と、姿を見て、何もかもを理解したくなくても、理解してしまった。

 

 

 俺は…”頼んだ…”そう低く呟き、エレベーターに飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 ――――――鉛のような、重苦しい不穏を押し殺しながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:噴水広場】

 

 

「…何だ…?これ…」

 

 

 タワーを降りてまず目に入ったのは…。

 

 

 

 

 

 ――――噴水の中心に刺さった、大きな”籠”だった。

 

 

 

 

 

 ――――それは、どう見ても気球に用いていた籠だった。

 

 

 

 

 

 ――――その籠が、堂々と目の前の噴水に突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

「…何で、籠が、こんなところに……――――いや…それよりも…!」

 

 

 

 

 明らかに不自然な光景は…気になって仕方が無かった………

 

 

 

 だけど問題は、それではなかった。

 

 

 

 

 アナウンスの出所の方が今の俺にとって、最も重要な問題だった。

 

 

 

 すぐさま、頭を切り替え、周りを注視する。

 

 

 

 

 

「……どこか…人だかりは」

 

 

 

 

 

 …アナウンスが鳴ったということは、3人以上に死体が発見されたということ。

 

 

 

 

 

 つまり何処かに、それらしい人だかりがあるはず。

 

 

 

 

 

 そう考えた俺は急いで、噴水広場で周りを見回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、酷くあっさりと――――その人だかりを見つけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お菓子の家の前だった。

 

 

 

 

 ”お菓子の家だった”、粉々に倒壊した何かの前に。

 

 

 

 

 俺は、足をズルズルと、運んでいった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

 

 

 

 

 俺は、疲れているわけでもないのに。――――何故か、深い呼吸を繰り返していた。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ………はぁ………」

 

 

 

 

 

 ずっと心臓が、はじけそうな位に脈動を続けていたから。落ち着かせるには、どうしても、呼吸が必要だったから。

 

 

 

 

 

 

 それでも…心臓は激しく動き続けていた。俺を冷静にさせてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「…折木」

 

 

 

 

 

 誰かが、呼吸を止めない俺の名前を呼んだ。

 

 

 

 聞こえているが…聞こえていないふりをして…人混みを手でかき分け、突き進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…!……はぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 それは聞こえないふりをしなくちゃならないくらい……周りに気をさいていられないくらい……心が言い様もない不安にとらわれていたから。

 

 

 

 

 

「はぁ…………――――――――」

 

 

 

 

 

 押しのけられるがままの生徒達を押しのけ…

 

 

 

 

「……ああああ――――――――――」

 

 

 

 

 ……その向こう側へと…

 

 

 

 

 

 ――――――――俺はたどり着いた

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああ………!!!」

 

 

 

 

 

 

 とある1人の…結末に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までも…今も、これからも――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと…一緒にいるはずだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、逝ってしまった。

 

 

 

 

 

 いなくなってしまった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超高校級のチェスプレイヤー”水無月 カルタ”は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――どこにも…いなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

 

 

 

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 



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Chapter3 -非日常編- 14日目 捜査パート

 

 

 きっと分かっていた

 

 

 

 きっと知っていた。

 

 

 

 きっと、理解していた。

 

 

 

 何が起こって、何が終わってしまったのか。

 

 

 

 何が無くなって、何が始まろうとしているのか。

 

 

 

 

 誰がいなくなって、誰が残っているのか

 

 

 

 

 誰が生きて、誰が終わってしまったのか。

 

 

 

 

 

 

 ――”あのとき”から分かっていたのかもしれない。

 

 

 

 

『じゃ、お休み!』

 

 

 

 そう、あの時から。

 

 

 

 たわいもない1日の別れの言葉を告げたあのときから。

 

 

 

 それが永遠の別れになる…。それが分かっていたのかも知れない。

 

 

 

 その予感をを証明をするように

 

 

 

 ――血を飛び散らせ、まるで壊れた人形の様に四肢を崩しながら

 

 

 

 …”水無月”は横たわる

 

 

 

「…何で」

 

 

 

 だけど、俺にはできなかった。

 

 

 俺には不可能だった。

 

 

 目の前の現実を受け入れろだなんて。

 

 

 ココで出来た、大切な友人の――――…”死”を受け入れることなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――”お前”の所為だ

 

 

 

 唐突に、誰かの声が木霊した。

 

 

 …え…?俺の所為?

 

 

 誰でもない誰かから向けられたその言葉。

 

 

 ココにいる誰でもない声の色を持った…誰かの言葉。

 

 

 俺は視線を周りに移し、声の源を探そうと瞳を走らせた。

 

 

 

 

 ――――お前の所為で、死んだんだ

 

 

 

 ――――お前がココにいるから

 

 

 

 ――――お前が、水無月を、沼野を殺したんだ

 

 

 

 だけど誰もその言葉を放つ者は見つからなかった。

 

 

 見つからないはずなのに、何処かから、俺へ、謂われのない言葉で、責め立てる

 

 

 

 ――――朝衣も、陽炎坂も

 

 

 

 ――――鮫島も、長門も

 

 

 

 ――――お前が、皆を”死”に追いやったんだ

 

 

 

 分からなかった。何故俺がそんなことを言われなければならないのか。何で全て俺の所為にされなければならないのか。何一つ分からなかった。

 

 

 

 ――――お前が全てを…”不幸”にしているんだ

 

 

 

 ――――”今まで”のように

 

 

 

 だけど、一番分からなかったのは。

 

 

 何度も何度も聞こえてくる言葉を…――――素直に受け入れる”俺自身”だった。

 

 

 怒りもせず、哀しみもせず…ただ黙って、”当たり前”のように聞き入れる、俺自身が、分からなかった。

 

 

 

 

「――――――パンパラパンパンパ~ン!!痛みを知り、孤独を知り、そして絶望を知る紳士……怪盗モノパン…ココに推参!」

 

「………!」

 

 

 ハッとなった。濃霧の中から引っ張り出されたようだった。目の前には、今まで読んでも姿すら現さなかったモノパンが、現れていた。

 

 

 

 ――――俺は今まで、何をしていた?何を考えていた?何を聞いていた?

 

 

 ――――俺は、どれくらい、ココに立っていた?

 

 

 

 

「いやぁ、やっぱり始まってしまいましたねえ!のろしが再び上がってしまいましたねえ!!かつて仲間と呼び合っていたはずの超高校級の逸材達よるコロシアイ。そしてなんと!!今回は2人も!!……友情というなの絆はかくも脆く、そして儚いものですネ……」シクシク

 

 

 俺1人が混乱する最中でも、何1つ現実を理解できていない最中でも…モノパンは決して緩めず、自分自身の言葉を優先していく。わざとらしい泣き真似までして、俺達をあおり立てる。

 

 

「そんな哀愁は置いておくとしテ…さぁさぁさぁさぁ!!!一体誰なんでしょうネ!!水無月サンを、そして超高校級のなんちゃって忍者こと、沼野クンを殺害した犯人ハ!!」

 

 

 ズカズカと、許可も無く話を進めていくモノパンは。さらりと、沼野の死を安易に告げる。その訃報を始めて聞いた、俺以外の生徒達は、強い驚きを露わにした。

 

 

「……!ぬ、沼野…も…殺されたっていうですか…!」

 

「ぬわんだとぉ…あの沼野がか…!!」

 

「ふふふ、2人も、揃ってって、ねぇ?そんな……ええ?」

 

「だから、2回もアナウンスが……鳴ったの?」

 

「イエス!!イエス!!!……そう、かのモノパンタワー、ダンスホールにて、シャンデリアの下敷きとなってご逝去なされましタ。ウウウ…なんとも彼らしくない派手な最期でございまス……」

 

「折木…本当なのかい?…あのタワーで…沼野が…」

 

 

 モノパンの発言の真偽を問うような、質問が反町から投げられる。同時に、他の生徒達の鋭い視線が集まった。俺は、コクリと、俯きながら、小さく首肯した。

 

 

「………くそっ!!」

 

「くぷぷぷぷ…実に愉快、そして実に実に!!愉悦!!!そして心地よい程の、空気の圧力!!やはりコロシアイはたまりませン!!くぅ~~!!この1発が止められないんですよねェ!!」

 

「そ、そんな駆け付け一杯的に人の死を嘲笑うんじゃないんだよねぇ!!」

 

「不愉快がすぎるぞ…貴様」

 

「くぷぷぷ、心地よい熱視線、あまりの熱さに興奮してしまいそうでス。…でも、嘲笑うとか、人の死を悼むとか、ワタクシに言わせてみれば知ったこっちゃ無いんですけどネ。そういう難しい事を考えるのは、キミタチのお仕事なんですからネ」

 

「…そういう言い方、止めて」

 

「おおっと怖い怖い…そんな食い殺さんばかり睨まれてしまったら………もっと興奮しちゃうじゃないですカ…」

 

「こいつ…無敵か…!」

 

 

 おちょくるように、他人事のように…このデスゲームを仕組んだモノパンは言葉を並べていく。何の感慨もなく、タダ無情に、俺達に言葉をあびせかける。

 

 対して、怒りを募らせながらも、強く反抗すること出来ないことに、俺達は悔しさを滲ませる。

 

 

「ワタクシの性癖については置いておくとして…問題なのは、これからキミタチにまた重大な場面が待っているという事…そして今から始めるのはその準備…すなわち捜査タイム。もう2度も経験しているキミタチなら、もうご存じですよネ?」

 

「……ああ、わかっているよ。世界のために歌い、そして世界と肩を抱き合い、心を共有させる…あの時間が来た事なんて、誰だって理解しているさ」

 

「9割9分外れてるんだよねぇ…」

 

「くぷぷ、まぁざっくりと言えばそんな感じス」

 

「訂正することも諦めちまってんだよねぇ…!」

 

「そして捜査タイムにはお約束があることもご存じのハズです。ですが今回は特別なので、少々張り切って言っちゃいますネ~。――――たらららったら~、ザ・モノパンファイル Ver.3 アンド Ver.4!!」

 

 

 そう言って掲げられた2つのタブレット。

 

 その掲げられたタブレットをモンパンは、俺達に有無を言わせずに押しつけていく。立ち尽くす俺にも、落とすなと言わんばかりにタブレットを強く握らせる。

 

 

「…まさか2冊まとめて貰う時くるなんて、ねぇ…」

 

「…今日は厄日さね」

 

「………」

 

「それでは時間制限の間際まで、ふるって、調査を行って下さいまセ。ワタクシはいつもどーり、裁判場でお待ちしておりますのデ。あー今日は定時で帰れそうで何よりでス」

 

 

 “では、ばいっくま~”そう言って、モノパンは忽然と消していく。

 

 ヤツが去った今でも…俺はただ呆然と、目の前の水無月の死体を眺め続けるだけ。

 

 何を思って、何をすれば良いのか…分かっているはずのに…体が動かなかったから。哀しみで、今にも倒れそうだったから。だから、俺は今も、立ち尽くす。

 

 

「――――折木!!」

 

 

 肩を掴まれた。強く、痛く。また反町に呼ばれた。先ほどとは違って、少し憐憫を含んだ声色で。

 

 俺は何処を見ているのかも分からない、虚ろな瞳を反町へと向けた。彼女の真っ直ぐと揺れる瞳が俺を突き刺した。後ろの生徒達も、同じように俺を見ていた。

 

 

「…折木。悪い事は言わない…アンタは向こうに行ってるさね」

 

 

 そう言って、噴水広場の方を指を差す。

 

 

「……」

 

「アンタ、目に見えて酷い有様さ……ここは、アタシらに任せて、向こうで休んでな」

 

「うん…あたしもそうした方が良いと思うんだよねぇ…本当に…ねぇ?」

 

 

 ココにいたら、邪魔だ、そう言いたいのだろうか。でも優しい彼らのことだ、きっとそう突き放すように言っているわけではない。

 

 無理をするな、そう言っているだ。だけど、何もかもに取り残されたような俺には、俯くことでしか応えることはできなかった。

 

 

「行かないんだったら、無理矢理にでも連れてくですよ……そこ突っ立っててもらっちゃ、捜査の邪魔になるんです」

 

「ちょちょ、そういう言い方は、なんかねぇ…もうちょっと、やわらか~い言い方ってもんがねぇ…」

 

「大丈夫、蛍は、キツそうだったら…一緒に付いてく?って言ってるだけ」

 

「…どう捉えたらそう解釈できるですか」

 

「…真面目に解釈してる」

 

 

 分かっていた。今の俺は、平常ではないと。今までの様に、まともに捜査できるほど切り替えができる状態じゃないと、何をすべきかを判断出来る程の余裕は無い、と。

 

 

 だから…。

 

 

「いいや……良い。捜査の邪魔にだけは、なりたくないから……1人で充分だ」

 

 

 俺は、優しい彼らの足手まといに、なりたくなかった。真実への追求の邪魔をしたくなかった。

 

 

 だから俺は…その場を、離れることにした。

 

 

 水無月の死体に、背を向けながら。トボトボと。

 

 

 現場を離れる間際も、背中から、全員の視線を感じていた。

 

 

 とてもじゃないが、振り返ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア3:噴水広場】

 

 

 お菓子の家から離れてから数分。

 

 俺は、ベンチに腰掛け、こと垂れていた。

 

 こんな日が来るなんて思わなかったから。

 

 大切な友人が、居なくなってしまった現実を受け止められていなかったから。

 

 流すべきはずの涙も、何処かへ、消えていってしまったようだった。

 

 

「折木」

 

 

 噴水広場のベンチに座る俺に、誰かからの声が掛ける。

 

 

「雨竜…」

 

 

 雨竜だった。右手をポケットに入れながら、不機嫌そうに顔をしかめ此方を見下ろしていた。

 

 

「あれ、雨竜……?……何で…お前、検死は…」

 

 

 そして何故、彼がココにいるのか、俺は一瞬理解できなかった。彼は、今まで死体の検死をやっていた、だったら、今回も同じように死体と向き合っているはずだ。

 

 だから、理解できず、瞬きを早めた。

 

 

「貴様と同じ戦力外組だからだ…」

 

「………」

 

 

 どういうことだ?言葉にはせずとも、表情でそう言った。

 

 

「………………血が、苦手なのだ」

 

「…え?」

 

「ワタシは血を見ていられないほど、気絶してしまうほど、苦手なのだ」

 

 

 血が、苦手…?何故急にそんな、今までだって。

 

 

「今までは、運が良かったのだ。血が出る死因はなかったからな」

 

 

 朝衣の溺死、鮫島の縊死…からの焼死。確かに、遺体から血の出るような死因ではないが…。

 

 

「故に…今回ばかりは、ワタシは検死もまともに出来ない…木偶の坊と化しているのだ。自分で言うのもなんだがな。…だから、ワタシは貴様と同じように、あそこから締めだされたのだ」

 

 

 だけど今回に限って…雨竜は、血の所為で、今回の捜査がまともにできない。それだけは理解できた。つまり、俺達は…同類ということだった。

 

 

「……そう、だったのか………」

 

「見張りは反町と風切、雲居…捜査は古家と落合がやるそうだ…」

 

「落合が…?」

 

「ふっ、珍しいことにな…あの落合が急に捜査をしようだなんて、遠回しにではあるがそう言ってきた」

 

「………想像できないな」

 

「同感だ。直に目にしたワタシでも。未だ信じられん」

 

 

 ”だけど”…そうつぶやき雨竜は続けていく。

 

 

「ヤツがそう言わなければならないほど…今我々は、限りなく切迫している状況にいるということだ」

 

「……」

 

 

 …そうか、そうだよな。

 

 水無月だけじゃなく、沼野も死んでいる今。場所が場所なだけに見張りも四人にしなくてはならない。

 

 あまりにも、人手が足りなくない。ただでさえ、捜査なんて慣れない行為を行わなければならないというのに。

 

 

「それにだ。奴らも…お前やワタシ、そしてニコラスを頼りっぱなしではいかんと思ってるのか……いやに張り切っている」

 

「……そうか」

 

 

 付け加えるように、そう言った。一連の報告を聞き終えると、急に彼は”さてっ!!”と意気込むように、大声を吐き出した。

 

 

「…雨竜?」

 

「今から、ワタシも捜査に赴こうと思ってな…」

 

「え、でも…お前、血が苦手なんじゃ」

 

「死体を見ずともできることは山ほどある。ワタシは、ワタシなりにやれることをやるつもりだ」

 

「やれる、こと」

 

「それに、死体についてはこのファイルに事細かく書かれている。今までのファイル宜しく、悔しい話だが、ファイルの情報は正確だ。これを読んでおけば、出遅れずにはすむはずだ」

 

「………」

 

「水無月と沼野が……亡くなってしまったことは…気の毒な話だ。だが…二の足を踏んでいては、自分の命が危ぶむ…自分の気分ごときで、甘えてはいられん」

 

「雨竜…」

 

「それに奴らは奮起している。生き残るために、水無月達の死を乗り越えるために、このデスゲームを早く終わらせるために」

 

「……」

 

「そのような気概を見せられては、超高校級の観測者の名が廃る。ヤツらのやる気に、負けていられんというものだ」

 

 

 

 生き残るために、水無月達の死を乗り越えるために。

 

 

 俺は反復した、そして同時に今の自分を顧みた。

 

 

 2人の大切な友人を失って、頭が真っ白になって、仲間から肩を支えられなければならないほど倒れそうになって。

 

 

 何も思わず、彼女たちとの思い出を思い出しているだけ…。

 

 

 受け止めきれなくて、甘ったれて、皆の気遣いを素直に受け取って…。

 

 

 こんなの、タダ生きているだけじゃないか。

 

 

 生きようとしていないじゃないか。

 

 

 こんなの、死骸も同じじゃないか。

 

 

 水無月達と一緒に、死んだも同じじゃないか…!

 

 

 

 ……そうだ。

 

 

 これから、学級裁判が始まってしまうんだ。

 

 

 

 俺達の中に潜む、クロをあぶり出すための。

 

 

 

 そのための助走を…今俺達はしているんだ。

 

 

 

 その助走を怠ってしまえば、俺達は真実をつかみ取ることも難しくなる。

 

 

 

 俺達には、いや俺には…足踏みをしてる時間なんて、一分一秒だって無い……。

 

 

 

 だって、ここで終わってしまえば、2人の死を悼む俺達すら死んでしまうかも知れないんだ。

 

 

 だったら…

 

 

「……俺も、やる」

 

 

 俺も真実を暴かなければ…。友達を葬った犯人を見つけ出すために。

 

 

「…ふっ、その息だ。その言葉を待っていたぞ、折木公平よ、貴様に貴様がやるべき使命を果たすときがきたようだぞ…」

 

「…雨竜。俺は、やるぞ…!」

 

「そうだ…やるのだ…俺達は!!」

 

「俺はやるぞ、やってやるぞ!」

 

「もぅっと声をだすのだ!!俺ハァ!!!やるぞぉお!!!となぁ!!!」

 

「俺は、やるぞ!」

 

「リピート!!」

 

「俺は!!やるぞ!!」

 

「アゲイン!!」

 

「俺は!!!!――――「うるさいですよ!!!!」」

 

「「…………」」

 

 お菓子の家の方角から、やまびこのように雲居の怒声が木霊した。どうやら、かなり近所迷惑だったらしい…。

 

 そ…そうだよな、今は捜査タイムなんだよな。

 

 

 少し騒がしくしすぎたと、お互いに反省する。

 

 

 だけど雨竜が宣言したように、俺も深く強く、言い切った。……つもりだ。

 

 

 何となく、心に余裕が出来たような気がした。何となく、心が軽くなったような気がした。

 

 

 これなら今までよりは、上手く動けるかもしれない。何とか、まともに捜査ができるかも知れない。

 

 

「ん?おい、あれは…?」

 

 

 そんな決意表明をした供御、何かに気付いた雨竜が、タワーへと視線を向けていた。

 

 向いてみると、此方に向かって走ってくる贄波が見えた。

 

 

「はぁ…はぁ…折木、君。良かった、居て、くれて…」

 

 

 肩で息をする贄波は、俺達にそう声をかける。尽かさず、俺は意識の外の置いていたモノパンタワーの現状について聞いてみた。

 

 

「贄波…ダンスホールの方は、小早川は大丈夫なのか?」

 

「反町さんが、来てくれ、た、から。大丈夫そう、だよ?…見張りも引き受けてくれるっていう、から、私とニコラスくん、も捜査、してこい、って」

 

「ふふふふ…どうやら、かの名探偵様も動き出すみたいだな。そして、我らの希望の星たるコイツも、無事に立ち直った………ふっ、我々に勝機あり、と見た」

 

「希望の星は止めてくれ。そこはかとなく恥ずかしい」

 

「そうか…?では希望の一等星」

 

「二文字追加してどーする」

 

「ふふふ…」

 

「贄波?」

 

「心配してた、けど元気そう、で、良かった、って、思って」

 

 

 やはり、お菓子の家の連中だけじゃなく、贄波達にも心配を掛けてしまったようだ。

 

 

「ああ…でも大丈夫だ。始めよう、生き残るための…捜査を」

 

「その、粋、だよ!」

 

 

 ニコラスだけじゃない、俺だって…やってやる。もう、弱音を吐く時間なんて何処にも残されてないんだからな。

 

 

 水無月、沼野……。

 

 

 絶対に……お前達を殺した犯人を、見つけてみせる。

 

 

 絶対に……!

 

 

 

 

 

 【捜査開始】

 

 

 

 

 まずは、事件の概要を把握しなくちゃな…。そう思った俺はすぐに、先ほど握らされたタブレットを、無事に起動させる。

 

 

 すると…

 

 

「…折木よ、口頭良いから、要約してもらえるか?」

 

 

 そう言って、雨竜は目を背けたまま、二つのタブレット俺の目の前に差し出す。

 

 

「画面越しでも無理なのか…」

 

「言ったであろう…血は大の苦手だ」

 

「えっと…何だか、よく分からない、けど…難儀、だね?」

 

「そうだな…難儀だな」

 

「仕方ないであろう…血を見たときのワタシの気絶は凄いぞ、それこそきゅーっと!」

 

「どんな自慢だ」

 

「そんな、漫画みたい、なことって、あるんだ、ね」

 

 

 …何だか、先の思いやられる出立だな。

 

 

 俺達は小さなやりとりをしながら、ver.3の沼野のファイルに目を通していく。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 モノパンファイル Ver.3

 

 被害者:【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

 

 死体発見現場はエリア3、モノパンタワー2階の『ダンスホール』。死亡推定時刻は午後5時あたり。体全体に無数の外傷が見られる。外傷以外では、被害者は激しく吐血したことが確認できる。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 写真に写るのは、シャンデリアによって押しつぶされた、沼野の死体。

 

 苦しむように目を見開らかれ、ファイルに説明があった激しく吐かれたとされる血が、口元を彩どっていた。

 

 

「…ううむ。口頭で聞いたところでは…沼野は…圧死?の線が濃厚か?」

 

「ああ…”字面”だけだったらな」

 

「ん?何か含みのある言い方であるな…どういう意味なのだ?」

 

「もしも雨竜の言うとおり圧死であったなら。沼野はシャンデリアに押しつぶされて死亡したことになる。だけど…俺達の耳が正しければ…シャンデリアが落ちたのは恐らく午後7時のはずだ」

 

「んんん?疑問が尽きぬが、ファイルには午後5時に死亡したと書かれているぞ?」

 

「そう、死亡推定時刻、と…合わない、の」

 

「むぅ…であれば、確かに不思議な話であるなぁ」

 

 

 ファイルに書かれている情報は、今までの経験上、意図的に隠された情報でなければ、十中八九正確だ。

 

 つまり、沼野は確実に午後5時に死亡している。だけど、俺達の身辺で起きたことを踏まえてみると、明らかなタイムラグが存在していることも事実。

 

 …恐らくこの時間差には、何かしらのトリックが隠されているのだろうが…今の時点ではまだ何も思いつかない。

 

 考えるのは後にしよう、そう割り切った俺は、もう一つのファイルに手を伸ばした。伸ばしたのだが…。

 

 

「……」

 

「再三聞くが、いけるのか?」

 

「大丈夫だ…さっきも言ったろ?俺はやるぞ…って。もう覚悟は出来てる」

 

「…じゃあ、見ていく、ね?」

 

 

 少し止まってしまったが、それでも大丈夫と…もう一度確認するように心の中でそう呟いた…そして

 

 

 ――――もう一つのモノパンファイルに目を通した。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 モノパンファイル Ver.4

 

 被害者:【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

 

 死体発見現場となったのは、エリア3のお菓子の部屋。死亡推定時刻は午後7時30分頃。死因は体全体を高所から打ち付けた事による『転落死』。外傷は他に、強く掴まれたようなのアザが見られた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 死体の写真は、とてもじゃないが見ていられないほどの様相であった。

 

 体の四肢が、あらぬ方向に曲がり、割られた水風船のように血をまき散らす。

 

 沼野に負けずとも劣らない凄惨さであった。

 

 

「…」

 

 

 苦しむように目をしかめながらも、ファイルをスクロールし情報を整理していく。

 

 落ち着きをはらいながら、改めて記憶を掘り起こし、そしてアイツの行動の時系列についてかんがえてみた。

 

 

 水無月が死亡したのは午後7時30分…。そしてアイツがタワーを出て行ったのは7時ちょっと過ぎ…。

 

 …つまり水無月はタワーから離れてから、大体30分後に彼女は死亡した。タイミング的には、例の停電が起こった前後、もしくは最中。そう考えられた。

 

 だとしても…。

 

 

「何で、”転落死”…?」

 

「…ああ。ワタシもそこが気になっていた。気になった固めに色々考えてみたのだが……このエリア内で、かつお菓子の家の中で転落死……絶好の高所と言えばタワーとまでは結びつけられるが…」

 

 

 雨竜はそう言ってタワーを見上げた。

 

 

「……だとした、ら……ドンピシャ、だけど」

 

 

 贄波は何となく信じがたいように顔をしかめていた。だけど逆に俺は、内心あり得るかも知れないと頷いていた。

 

 

 …タワーのダンスホールに居たときのこと。

 

 

 

『――――カタ…カタ…カタ…カタ…………』

 

 

 

 足音のような音が…タワーの上から聞こえていたことを、俺は思い出す。

 

 

 

『――――――タッタッタッタッタッタ……タン!!』

 

 

 

 それに加えて、跳ねるような音も聞こえていた。

 

 

 そこから考えれば、雨竜の意見も信憑性が高くなる。

 

 

 問題なのは、あの天井からの音が水無月のものであったのなら…どうやってモンのパンタワーのてっぺんに登ったのか。

 

 いや…そもそもの話、何で水無月は屋上にいるのかも分からない。アイツは、約束の時間の直後に、すぐログハウスエリアへと向かっていったのだから。

 

 まるで、瞬間移動でもしたみたいだ。

 

 

 

「……意味が分からないな」

 

「その通りだな、全くもって意味が分からん。…だが、それも含めた謎を究明するための学級裁判だ。深くは考えるのは後回しにしよう。今は、情報集めが先決だ」

 

「…そう、だ、ね」

 

 

 俺は雨竜の言うとおり、自分の推理ではなく、今分かっている事実のみをメモに書き記していった。

 

 

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【モノパンファイル Ver.3)

…被害者:【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

 

 死体発見現場はエリア3、モノパンタワー2階の『ダンスホール』。死亡推定時刻は午後5時あたり。体全体に無数の外傷が見られる。外傷以外では、被害者は激しく吐血したことが確認できる。

 

 

 

【モノパンファイル Ver.4)

…被害者:【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

 

 死体発見現場となったのは、エリア3のお菓子の部屋。死亡推定時刻は午後7時30分頃。死因は体全体を高所から打ち付けた事による『転落死』。外傷は他に、強く掴まれたようなのアザが見られた。

 

 

 

 

 

 ファイルをメモに記録した俺は、すぐに移動を開始する。目指すのは、まずこの噴水広場の中央。

 

 その広場のマストである、噴水。そして美しいシンメトリー調のオブジェに、不自然に突き刺さる、大きな籠に、俺達は目をやった。

 

 エリア3の目玉として、西エリアと東エリアを空中浮遊しながら往復できる気球。

 

 その籠が今俺達の目の間につき刺さっていた。上にくっついていたはずの風船は何処にもなく。両者をつなぎ止めていたと思われる多数の糸も、垂れ下がり、噴水に身を沈めている。

 

 

「…この籠って気球に使うアレ、だよな?」

 

「ああ、乗った経験のあるワタシ達であれば、なおさら見間違えられん」

 

「でも、何で、ここに?」

 

 

 水無月の転落死に加えて、噴水へ不自然に突き刺さる気球の籠。まるで空間がねじ曲がったように意味の読めないこの光景。

 

 だけど、何も読めない空間の中でも、たった一つだけ分かることはあった。

 

 

「分からないが……少なくとも俺達が2階に上がる前は、何も無かったハズなんだけどな」

 

 

 そう、何も無かった。タワーの入口越しからでも、噴水が見えるために、ココに突き刺さっていれば俺も俺以外の誰かがすぐに気がついたはずだ。

 

 だとしたら、ここに籠が置かれたのは…俺達がタワーに2階に上った後…ということになる。

 

 

「…籠自体には変わった様子は……」

 

 

 そう言って、見上げる形で噴水に突き刺さる籠を調べていく。贄波たちも、ジロジロと、外周を回りながら観察していく。

 

 

「あ!…彼処!」

 

「何か見つけたのか!」

 

 

 すると贄波が普通よりも大きめの声を上げる。聞きつけた俺達は彼女の元に集まっていく。

 

 

「あの、縁の部分」

 

 

 見てみると、籠の手すりの一部分が大きく”凹んでいる”のが見えた。

 

 

「…形からして、何かが引っかかったように見えるなぁ……丁度、この手でぶら下がれば、同じような跡ができるかもしれん」

 

「じゃあ、やって、みる?」

 

「まずあれをここに降ろさなければならんだろうに…」

 

「時間的にも、検証している暇は無さそうだな……それにしても奇妙な跡だな…」

 

 

 些細な事かも知れない。だけど、できうる限りの情報はこまめに記録しておこう。

 

 俺は気球のこと、そして籠の手すりの凹みについて記録していった。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【気球の籠)

…噴水に突き刺さった遊覧用の気球。少なくとも、タワーに集合した時には突き刺さっていなかった。

 

 

【気球の手すり)

…大きく凹んだ跡があった。丁度、手を引っかけた位の大きさの凹み。

 

 

 

 

 気球の籠については他に気になる点はなさそうだな…。

 

 

 そう思い、そろそろ噴水広場から出て行こうか…そう考えていると。

 

 

「貴様らに今一度問いたいのだが…」

 

 

 頃合いと思ったのか、雨竜は俺達にそう言葉を向けた。

 

 

「…?」

 

「先ほども言っていたが……貴様らは、停電当時、あのタワーの中にいたのか?」

 

「……ああ、そうだったな。ついでだから、今説明しておくか。俺達、沼野の死体を見つける前に、とある手紙でタワーの一階に呼び出されていたんだ」

 

「とぅえがみぃ…?」

 

「ほら、これだよ」

 

 

 そう言って、俺は受け取った封筒と手紙を雨竜に見せる」

 

 

「『午後7時に来て下さいモノパンタワーにてお待ちしております。できるならミナサマで来ていただけると幸いです…モノパンより』…ううむ、確かに…。だけどワタシは知らんぞ」

 

「部屋の扉に突き刺さっていたんだぞ…部屋に戻ってきたときに見てないのか?」

 

「今日一日、部屋には戻っておらんかったからなぁ…」

 

「じゃあ、小早川さん、から、何か聞いて、ない?」

 

「………ううむ。覚えては…いや、待て――――そういえば…小早川のヤツ、停電が起こる前に血相を変えて何やら大変だ大変だと騒ぎ立てていたなぁ……何が言いたいのか詳細は掴めなかった故に、自分の用事を優先したが」

 

「…小早川」

 

 

 落ち着かないまま手紙の事を伝えてたのか…。その様子だと、恐らく古家の場合も同じ様子だったのかも知れないな…。それじゃあ来る者もこないだろうに…。

 

 

「じゃあ改めて説明すると…俺達は……――――俺とニコラス、贄波、小早川、反町、雲居の6人は部屋を介して渡された手紙を受け取って、午後7時にタワーの1階に行ったんだ」

 

「…集まったのは分かるが、そもそも何故そんな怪しい誘いにのったのだ?」

 

「……モノパンの名前が、書かれてた、から…かな。万が一、ってこともあったし…それに、配られてた対象、も、1人じゃ、なかったし…」

 

「ふぅむ…。それで結局モノパンはきたのか?」

 

「いや…来なかったよ…」

 

 

 7時になっても、時間を過ぎても…結局何も起こらなかった。

 

 この結果を踏めて、改めて考えてみると…恐らく、この手紙はモノパンじゃない誰かが書いたんだろう。モノパンは、性格は余りにもアレだが、時間にだけは几帳面だったからな。

 

 

「成程…午後7時に、タワーの1階に集まっていたということは分かった…それで集まった後に何があったのだ?すぐに停電が起こったのか?」

 

「いや、とても大きな音が2階から響いたんだ……巨大なガラスが割れたような音が」

 

「十中八九シャンデリアだな…。そうか、だから先ほど、シャンデリアの音を聞いたと言っていたのか…」

 

「うん、その音を聞いた私達、は…すぐに上に向かった…んだ」

 

「そして、そこで沼野の死体を見つけたんだ」

 

「ぬぁるほど…それで1回目のアナウンスが鳴り響いた、という訳か」

 

 

 だとするなら、俺達は多分、タワーの1階に誘導されたのかもしれない。シャンデリアの件と言い、沼野の死体があったことと言い…あまりにもタイミングができすぎている。

 

 少々込み入ってる話だが。恐らくこの時系列は、今回の事件の指標になる記録だ。ちゃんと整理して、少しでもぶれないようにしなければ。

 

 

「ところで、雨竜…お前が小早川に話しかけられたときに言っていた用事って、結局何だったんだ?」

 

「………ああ、そのことについてか。いやぁ……」

 

「…雨竜?」

 

 

 別に大した事を聞いたつもりではなかったのだが…何故か言いあぐねる雨竜。もしかして…言いづらいことなのだろうか?

 

 

「雨竜、くん。もしかして、変なこと、してた、の?」

 

「いいや断じて無い!…無いのだが少々恥ずかしいでな………実は、貴様らがタワーに集合している解き、ワタシは”ゲームセンター”にいたのだ」

 

「ゲームセンター?」

 

 

 俺と贄波は互いに顔を見合わせる。

 

 

「これまた…何で?」

 

「…せ、雪辱戦のためだ」

 

「雪辱、戦?」

 

「前回、貴様らに負けた事がどうしても悔しくてな…夜な夜な、あのセンターのあの筐体で密かに練習をしていたのだ」

 

「練習って…」

 

「何としても貴様らから輝かしき白星を奪い取ってやりたかったのだ…ぬぬ、笑いたければ笑うがい良いさ!ふはははははははははは!!!」

 

「お前が笑ってどうする」

 

 

 それに、だからってこんな夜遅くにコソ連することもないだろうに……どんだけ負けず嫌いなんだよ…。

 

 

「でも、待てよ…てことは。あの停電の時も、ゲームセンターにいたのか?」

 

「ああ、ゲームセンターでの修行中、いきなり例のアナウンスが流れてな…驚いて施設から出ようとしたのだ……出ようとした瞬間、いきなりゲーム機の電源と、電灯が一斉に消えてしまってな」

 

「確かあそこって自動扉だったよな?」

 

「ああ、その所為で扉は開かず…あの暗闇の中で閉じ込められていたのだ」

 

「そうだったのか…」

 

「何だか、気の毒な話、だね」

 

 

 確かに…まぁ気の毒な話だが…俺達もあのダンスホールに閉じ込められていたようなものだから、似たようなものだとも思う。

 

 

「そのゲームセンターに行く最中とか、行った後に誰かの事を見たりしていないか?」

 

「ふぅむ………そういえば、ゲームセンターに行く途中で、古家と落合を見たな」

 

「あの2人を?」

 

「ああ、古家は確かお化け屋敷の前でなにやらブツブツつぶやいていたのと…落合の場合は…既に観覧車の中に乗っているのを目撃している」

 

「何やってたんだ…アイツら…」

 

 

 事件が起こった当日にだというのに、自由に動きすぎだろ…。

 

 

「じゃあ停電の、後は…どうな、の?」

 

「ゲームセンターを出た直後に、それぞれの施設から出てきた2人と合流し、そのままお菓子の家に行った」

 

「何で、行こうと思ったんだ?」

 

「遠目から人混みが出来ていたからな。だけどまさか、行く途中でもう一度アナウンスを聞く羽目になるとは思わなんだ」

 

 

 苦い顔をしながら雨竜はそう言った。

 

 成程、その集まった直後で水無月の死体を発見した…というわけか。何となく、雨竜以外の連中の動きも分かったが…その他の連中の視点からの話も聞いた方が良さそうだな。

 

 

 

 

コトダマGET!!

 

 

【配られた手紙)

…『本日お配りした写真について、改めて説明をしようと思います。午後7時、モノパンタワーにてお待ちしております。できるならミナサマで来ていただけると幸いです。モノパンより』

 

 全員に届けられた手紙。しかし時間になってもモノパンは来ず、恐らくモノパンじゃない誰かが書いたと思われる。

 

 

【停電時の居場所)

折木、贄波、ニコラス、小早川⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

雨竜⇒ゲームセンター

 

沼野⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:モンパンタワー 2階『ダンスホール』】

 

 

 噴水広場を離れた俺達は、真っ直ぐにタワーへと向かっていた。

 

 

 大層な理由ではなかった。

 

 

 どうしても、第2の事件現場であるお菓子の家に、すぐに向かう心の準備は出来ていなかったから。

 

 

 でもいつかは向き合わなければならない、その気持ちはある。今は、そのときでは無い、そう思っただけ。

 

 だから、俺と贄波、そして雨竜はダンスホールへとやって来ていた。

 

 視界に大きく広がるのは、未だシャンデリアに押しつぶされたまま、痛々しく血を広げる沼野の死体が一つ。

 

 

「これは…むごいな」

 

 

 実際に目の前にした雨竜はそうこぼした。

 

 

 その通りだと思った。

 

 

 …砕けたガラスで隈無く傷つけられた沼野の死体。思わず目を背けたくなるほどの酷い有様であった。

 

 

  ”何でお前まで…殺されなきゃ…”

 

 

 水無月と同じように、そう口からこぼれそうだった。でも口にはしなかった。言ってしまえば、また、足踏をしてしまうと、そう思ったから。自分自身の覚悟を、今更踏みにじりたくなかったから。

 

 

「やぁ、諸君…。そしてミスター折木…見たまんまのこと言わせて貰うけど、だいぶ参っているみたいだね」

 

 

 その側で、死体なんて見慣れているように留まり続けるニコラス。彼は飄々とした態度と口調を保ちながら、此方に近づいてきた。

 

 

「ならばあえて口にするな野暮助が…。…お得意の軽口は、今だけは控えておけよ」

 

「……ああ、言われなくても。分かっているとも」

 

「なら言わせるな」

 

「……」

 

 

 あのニコラスからも、そんな口ぶりをさせてしまうなんて…もしかしたら俺は今も、相当酷い顔色なのかも知れない。

 そう思うと、少しだけ苦しくなってしまう。

 

 

「小早川さん、の方、は…大丈夫、そう?」

 

 

 だけど、これ以上皆に木を遣わせるわけにはいかない。そう思った俺は、自分自身を誤魔化すように話題を振った。

 

 

「………ああ、シスター反町が来てくれたおかげで、多少はマシになったよ。今では、見張りをお願いできるくらいには、回復してくれているさ」

 

 

 彼が指を差した先に、反町と談笑する小早川が。まだ無理をしている印象は受けたが…それでも、俺がタワーを出たときよりもマシな状態に見えた。自分で言うのも、何だがな。

 

 

「……早速だニコラス。ここで掴んでいることを今すぐ報告しろ。貴様のことだ、既に何らかの証拠は見つけているのであろう」

 

 

 確信を持って追求してくる雨竜の言葉に、”勿論さ、キミ”そう軽く返事をし、すぐに続けていった。

 

 

「結論から言おう、どうやらミスター忍者はこのシャンデリアによって死んだわけではないみたいだ」

 

「…シャンデリアによる圧死…じゃないのか」

 

 

 それほど驚いた印象ではなかった。元々不可解なことだと勘ぐっていたために、この結論に対しては妥当な反応であった。

 

 

「ああ、そうとも。彼はどうやら、別の死因で死亡し…横たわった状態で、このシャンデリアに押しつぶされたみたいだね、キミ」

 

「横たわった状態で…?」

 

「そのような根拠があるのか」

 

「あるともさ。ほら、彼の周辺にある血は乾いてる…少なくとも数時間前に飛び散った証拠だ。それに、引きずられた跡もある」

 

「本当、だ…血が、かすれ、てる」

 

「…それを見た、貴様の見解は?」

 

「まぁそう答えを急がずともーーと言いたいところだが…勿体ぶるのは後回し。これはつまり、ミスター忍者を予め殺害され、そしてこのシャンデリアを落とすことで、1階にいるボクらを誘導し、死体を発見させる…そう見ているよ。ああ、勿論ボクらが手紙で呼び出された事については、知っているね?ドクター」

 

「ああ、既知の情報だ。だがしかし…聞けば聞くほど何とも残酷な手間の掛け方だ…」

 

 

 雨竜の言うとおりだと思った。予め…だとするなら。今回の犯人は、すでに事切れた沼野を、俺達を誘導するためだけにこれ程までに傷つけたことになる。

 重なるように……本当に俺達の中の誰かがそんな事をしたのか…?そう思ってしまった。でも長門の例もあるために、その疑問は初めから度外視で考えるしかない。そう思うほか無かった。

 

 

「でも、予めって、まとめてるけど、どんな、方法で、殺したのかはわかってたり、する、の?」

 

「さぁね、さっぱりだよ、キミ。仮にもミスター忍者は超高校級の忍者、腕っ節でも、不意打ちでも勝てるのか怪しい相手だ……彼が死んだことすら分かっていないような、相当な搦め手を使った…とボクは睨んでいるよ」

 

「…周辺には小細工に使われた小道具は見当たらんがなぁ」

 

 

 …確かに周辺には凶器らしき代物はなかった。…だとしたら、犯人はどうやって沼野を殺害したのだろうか…?運動神経だけで言えば、俺達の中ではトップクラスのあの沼野を…どうやって。

 

 

「ふむ…そういえば、シャンデリアは何故落ちていたのか聞いていなかったな……報告しろ」

 

「…また高圧的だな」

 

「これくらい無理矢理せんと、またどうでも良い口を叩き始めるであろう?」

 

「その通りさ、キミ!ボクの事を段々と理解してくれているようで、とても嬉しい話だね!」

 

「誰が好きこので貴様を知らねばならんのだ…!…ワタシの興味の対象は常に生命と、宇宙の神秘だ!」

 

「――――と、無駄話はこれ位にして…シャンデリアの件だったね簡単なことさ。あのシャンデリアは4本のチェーンを切っておとされたのさ」

 

「話をきけぇい!」

 

 

 雨竜を無視して、さらに続けるニコラスに、贄波も無視を決め込み、”切る…?”と反応を示した。

 

 

「ああそうさ、ほら、ここに始めて来たときに教えて貰っただろ?シャンデリアを支えるチェーンの存在を」

 

 

 そういえば、モノパンからの説明の中に、シャンデリアをさせる四方に伸びた鎖についてのがあったな…。

 

 見てみると、確かに…その支えているはずのチェーンが、根元の方で切られているのが遠目から見えた。

 

 

「成程。確かに、その4本切れば、残りは垂直に支える鎖が真ん中の1本になる。そしてシャンデリアそのものの重さと重力に耐えきれず…そのままドボン。あり得ない方法ではないな。むしろ高いまである」

 

「でも1本の鎖でも、落ちるのに時間はかかるんじゃないか?」

 

「ボクも気になってついさっきモノパンに質問を投げてみたんだが……どうやら…約1時間程時間がかかる、そう言っていたよ」

 

「1時、間」

 

「そこから考えるに、犯人はその時間を利用し、ボク達をここに誘導した…そう思い至ることができる」

 

 

 であるなら、落ちた時間を踏まえて、シャンデリアのチェーンは俺達がここに来る1時間前には切られていた…。つまり…午後6時には…チェーンが切られていた…ということか。

 

 

「そしてその切断を決定づけるように、こんなハサミが、上の観覧用のベンチの側に落ちてたよ」

 

 

 ニコラスは、エレベーターの側にたてかけてあった、鋭利な枝切りハサミを指さした。

 

 

「…これで切ったのか」

 

 

 あからさまに立てかけられたそのハサミを見て、シャンデリアが落とされた方法について完璧に理解し、確信する。

 

 

「そしてもう一つ。キミ達に見せたい物があるのだよ…」

 

「はぁ…勿体ぶるのは止めてくれよ?」

 

「ははっ、勿論さ。実はね、ミスター忍者の懐を探ってみた所、面白い物が見つかったのさ」

 

 

 自分に注目する俺達に、”これだよ”ニコラスは懐から一枚の封筒を取り出した。

 

 

「それって、俺達が受け取った手紙が入ってた…」

 

「ああ、だけど持ち主が違う。これはミスター忍者に宛てられた手紙さ」

 

 

 確かに封筒には、沼野様へ…。俺達の封筒には書かれていない宛名が書かれていた。

 

 

「まぁ…折木たちの口ぶりからして、それは我ら全員に宛てられたのであろう。であれば…ヤツに送られていても不思議ではないな」

 

「それだけじゃないよ、キミ。…面白いことに、彼の封筒の中身だけは、ボク達に宛てられた物とは、少し変わった内容が書かれていたのさ」

 

「内容、が?」

 

 

 そう話ながら彼は封筒を解き、中身を此方に見せる。

 

 

『貴方の計画は知っています。公にされたくなければ、午後5時にモノパンタワー2階のダンスホールへ来て下さい』

 

 

 中身を見た俺達は、絶句とまではいかないが、強い衝撃を受けた。

 

 

 

「これは…」

 

「私達、の、ヤツと違って、脅迫してる、ような、書きぶり、だね……」

 

「うむぅ…しかも5時…死亡推定時刻一緒ではないか!」

 

「ああそうともさ。ミスター忍者は、この手紙で呼び出され、そして殺された…」

 

 

 沼野がころされた時間。シャンデリアの切断と落下時刻。そして俺達の誘導。大まかにではあるが、沼野殺害の経緯が見えてきたようだった。

 

 

「…一応確認なのだが…その沼野と、折木達に宛てた手紙の主は、同一人物なのか?」

 

「勿論同一人物さ!」

 

「いやにハッキリと言うんだな」

 

「ああ!キミ達も見て分かっていると思うが、この手紙は直筆なのさ。だったら、こうやって、筆跡を見比べてみれば一目で分かるさ、キミ」

 

 

 そう言って、ニコラスが受け取った手紙と沼野が受け取った手紙を照らし合わせる。確かに、同じ筆跡であった。俺達は、”成程”と納得の声を上げた。

 

 

「それにしても、沼野君への手紙に書いてある、この”計画”…って、何のこと、なの?」

 

「残念ながら、その計画をしていたであろう彼が、今はもう仏様になってしまっているからね、それについては迷宮入り……この事件の犯人に聞くしか無い」

 

「…霊媒をして無理矢理聞くのも…難しい話か」

 

「古家辺りに頼めばいけるか?」

 

「ミスター落合の言葉を借りるなら、適材適所…人には可も不可もある…そう言わせて貰うぜ」

 

 

 良い考えだと思ったが…予想以上の反論をされてしまった。まさかニコラスからツッコミを受けることになるとは…。

 

 

「計画云々については置いておくとして…少なくともこの手紙で分かるのは…犯人は午後5時にミスター忍者をココに呼び出し、そして殺害…シャンデリアのチェーンを切り…そして1階にボクらを呼び出した…つまりそういうことだね」

 

「…綿密な、計画、だね」

 

「ああ。長門の事件と同じか…それ以上の作為を感じるよ」

 

 

 確改めて考えてみれば…俺達全員を呼び出した上で、そしてさらに沼野を殺害、発見させるためにシャンデリア落としたのだ。恐ろしい行動力である。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【落ちたシャンデリア)

…沼野の死体に落下したシャンデリア。四方に4本の鎖、そして中央のチェーンで支えられていた。四方のチェーンを切断すれば、重さに耐えきれずに約1時間で落下する。

 俺達が集合した午後7時よりも1時間前の午後6時には鎖は切断されていた模様。

 

 

【切断用のハサミ)

…チェーンの切断に使われたと思われる枝切りばさみ。ダンスホールの観覧席に隠されていた。

 

 

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

 

【配られた手紙)

…『本日お配りした写真について、改めて説明をしようと思います。午後7時、モノパンタワーにてお待ちしております。できるならミナサマで来ていただけると幸いです。モノパンより』

 

 全員に届けられた手紙。しかし時間になってもモノパンは来ず、恐らくモノパンじゃない誰かが書いたと思われる。

 

 しかし、沼野への手紙には『貴方の計画は知っています。公にされたくなければ、午後5時にモノパンタワー2階のダンスホールへ来て下さい』と書かれていた。筆跡を見たところ手紙の主は、同一人物。

 

 

 

 

 

「しっかし、この手紙…直筆にしてはいやに達筆であるなぁ……本当に人間が書いたのか?」

 

 

 すると雨竜は、また手紙に話を戻し…今度は筆跡についての議題を投下する。

 

 

「人間じゃなければ誰が書くというんだい?」

 

「………星の使徒の仕業というのはどうだ…!」

 

「論外だね、キミ」

 

 

 ぐぬぬぬぬ…と歯を食いしばる雨竜。俺もそう思う。

 

 

「筆跡が分かってるなら、じゃあ、みんな、の筆跡を、見比べてみるのは、どう?」

 

「OH!それはナイスアイディアだぜ!ミス贄波。早速全員の筆跡を鑑定していこうじゃないか!」

 

「え゛…まさか、貴様、今から全員のを確かめに行くのか…?」

 

「そうともさ!思い立ったらすぐ行動するのが名探偵だけでなく、研究者として大事な事だからね!それじゃあ手始めに、まずは、キミ達のを見させて貰っても良いかな?」

 

 

 そういって、ニコラスは懐から何かの紙の切れ端を此方に差し出した。俺と贄波は、にべもなくサラサラと書いていく。そして雨竜もいくらか渋りながらも書いていった。

 

 ニコラスは俺達を吟味するように眺め始める。

 

「ふーむ、良いね。実に良い。諸君の個性がよく現れているよ」

 

「自分の字をじろじろ見られると…少し恥ずかしいな」

 

「ミスター折木の字は、とても角付いているね!もう平仮名が全部カタカナに見えるくらいにはカクカクだ。キミのしっかりとした性格が表れていてグッドさ」

 

「何にグッドしてるんだよ」

 

「ドクター雨竜のは、普通に汚いね…実に不得意というか、活字を書くことそのもの嫌悪しているように見えるね!!国語は苦手とみたよ、キミ」

 

「ぬぬぬ…何故分かるのだ…確かに…国語の成績はいまいちだが…もっと頑張りましょうと太鼓判を押されているが…!」

 

「じゃあ、先生の言うとおり、もっと頑張ろう、ね?」

 

「お次にミス贄波の場合なんだが……………うん。まずキミは、字を覚えよう」

 

「「字じゃないのか!?」」

 

 

 ハモった俺達は、贄波の字を見せて貰う……確かに、芸術的と言うには余りにも前衛的すぎる字であった。少なくとも俺達と同じ字を書いてはいない。でもなんでか意味は伝わる字。それ以上に表現できるは出てこなかった。

 

 

「……だけどこの中には手紙と同じ筆跡は見当たらないね。一番近くて、ミスター折木だけど…微妙に癖が違う」

 

「貴様の字はどうなのだ。今なら、この観測者たるワタシが隅々まで鑑定してやるぞ?」

 

「おいおい、書道のしょの字も知らないような字を書く人間に、このボクの字を鑑定する資格があるとでも思ってるのかい?」

 

「ぬわんだと貴様ぁ!!誰が知識もクソも無い間抜けだ!!もういっぺん言ってみろ!!」

 

「いや、確かに悪口だが、そうは言ってなかったぞ」

 

「はは、繰り返さずとも、ボクが今からする行動を見れば、言いたいことは大方伝わると思うけどね!!…ハン!」

 

「ぬわfんぱrjんpfこいえrんjm!!!」

 

 

 思いっきり鼻で笑ったニコラスに、雨竜は頭をカンカンにさせ、顔を赤くする。俺はその様子を見て、また始まった…と頭を抱える。

 

 

「でも、楽しそう、だよ、ね?」

 

 

 何処でそう見えるのか分からなかった。だけど贄波には、そう写っているらしい。俺達が呆れる中でも、彼らは気にもとめず、未だ口論を続ける2人。

 

 

「…長くなりそうだな」

 

「無視して、2人で次、行っちゃおう、か?」

 

「そうするか…」

 

 

 これ以上付き合いきれないと思った俺達は、言い争う2人を置いておき、沼野の死体から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「反町!ちょっと良いか!」

 

 

 大きな声で、反町を呼びかけた。彼女は振り返る。

 

 

「ん?…折木と贄波かい…なんの――――」

 

「はい!!何でしょう折木さん!!何かお困り事でしょうか!!であれば、不肖、小早川梓葉…どこでも参りますよ!」

 

 

 一応反町の名前を言ったつもりだったのだが…何故か、小早川も釣れてしまった。

 

 

「梓葉…呼ばれてるのはアンタじゃないよ…」

 

「あ……そ、そうでしたか……すみません、折木さんの声が聞こえたので、つい…。えと、…捌けますね」

 

「いや、証言は多い方が良いからそのままで大丈夫だ……」

 

 

 そうフォローするよう言うと、”本当ですか!!”と元気さを取り戻し、また此方に距離を詰め直す。何とも単純というか、純粋な女性である。

 

 

「…で?折木…わざわざアタシを呼んだって事は…何か聞きたいことでもあるんじゃないのかい?」

 

「ああ…約束の時間になる直後、タワーを出た後の事を聞きたいんだ」

 

「ほら、風切さんたち、を呼びに行く、って、啖呵、切ってた、でしょ?」

 

 

 ”ああ~あのことかい”そう合点いかせる反町。

 

 

「…あれからは、確か…誰かしら居るかなーって思って、すぐにログハウスの方に向かったんよ」

 

「ログハウスエリアに…」

 

「そんで、その直感通りに風切のやつ、部屋で眠りこけてたから、首根っこ掴んでエリア3に戻ってきたんさね」

 

「……少々気の毒な起こされ方に思えますね」

 

 

 まったくもってその通りである。

 

 

「じゃあ、風切さん、には、会えたん、だ?」

 

「そうさね。後、エリア3へ戻る最中に、t中央棟から歩いてくる雲居とも鉢合わせしたよ」

 

「雲居さんともお会いしたんですね!!」

 

「出て行ったタイミングと合わせれば……頷けるな」

 

 

 風切と合流して、そして…戻ってくる雲居と会っていた……ん?だとしたら…。

 

 

「…水無月も同じくらいに出て行ってたと思うんだが…すれ違ったり、会ったりしなかったか?」

 

「……?いんや…雲居だけだったさね」

 

 

 まるで記憶に内容に首を振る反町。見たところ嘘をついてる感じではなかった。

 

 それを聞いた俺は…どういうことだ?水無月のやつ、真っ直ぐ帰ったんじゃないのか?…そう思考を巡らせた。

 

 

「他に、気になった、こととかはあ、る?」

 

「はぁ…それ態々聞くかい?もうありありのありさね」

 

「…何があったんだ?」

 

「アナウンスに停電、もうイレギュラーの見本市みたいだったさね」

 

 

 ”ああ…”と俺達は察した声を上げる。

 

 

「エリア3に戻ろうとしたらアナウンスが鳴るわ、急いでエリア入ったらまっくらだわ、入ったら入ったで暗闇をさまよってたら”破裂音”が響くわ…もうすっちゃかめっちゃかさね…」

 

「………いや、ちょっとまて…破裂音?」

 

 

 アナウンスに加えて、停電までは分かった。だけど”破裂音”という聞いたことの無い話に俺は食いつく。反町は少し慌てたように、”あ、ああそうさね”と肯定する。

 

 

「…でかい破裂音が上から響いて、そんでドシンって、少し離れたところに落ちたんよ…。これは風切も、雲居も一緒だったから、同じく聞こえてたはずさね」

 

「それで、その音の正体は如何に…!」

 

「停電が明けて見てみれば、噴水にでっかい籠がぶっささっててね…多分音の正体はそれだね」

 

「籠…ですか?」

 

 

 掴みきれない様子の小早川に対して、思い当たる節があるために、しばし考えこむ俺と贄波。

 

 じゃああの籠は、あの停電の中で落ちてきて、それで…噴水に刺さっていた。ということか?

 

 …一応納得してみたが、端から見ても不思議な話である。

 

 

「籠を、見つけた、後は…?」

 

「お菓子の家が崩れてるの気がついて、もしかしたら彼処が事件現場かって思って駆け付けたら、水無月の死体を見つけたって、流れさね」

 

「それでアナウンスが鳴り響いたわけか」

 

「そうさね」

 

「雨竜達はその後に集まってきたのか?」

 

「…ええっと、アタシら3人が最初で、落合、古家、雨竜って来て…そんでアンタって感じだったね。死体を見た直後だったから、うろ覚えだけど」

 

 

 成程。…そういう経緯があったのか。

 

 

「どうだい?何か気になることであるかい?」

 

「……いいや。今のところは大丈夫だ。話を聞かせてくれてありがとう」

 

「お礼なんて必要無いさね!また聞きたくなったら、いつでも聞きにきな!」

 

「うん、そうさせて、もらう、ね?」

 

「はい!私も、何かお力になれることがあれば、何でも言って下さい!!」

 

「き、気持ちだけ受け取っておく」

 

 

 ていうか、お前は殆ど俺達と一緒だったから…特に聞くことは無いんだが。まぁ言うだけ野暮か。

 

 

 それにしても破裂音、か。あの噴水の籠の件も含めて、もう少し調べた方が良さそうだな。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

【強烈な破裂音)

…停電中にエリア3の上空で響いた音。

 

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

 

【気球の籠)

…噴水に突き刺さった遊覧用の気球。少なくとも、タワーに集合した時には突き刺さっていなかった。

⇒反町達からの証言から、停電中に突き刺さった可能性あり。

 

 

【停電時の居場所)

折木、贄波、ニコラス、小早川⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

雨竜⇒ゲームセンター

反町、雲居、風切⇒エリア3の入口

 

沼野⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

水無月⇒???

 

 

 

 

「ミスター折木、ミス贄波!少し良いかい?」

 

 

 反町との話の最中、切りの良いところで…雨竜ともめていたハズのニコラスが此方に声を掛けてきた。もしかして喧嘩の仲裁でも頼まれるのではないかと、一瞬考えたが…。

 

 

「実はね、キミ。ちょいと頼みたいことがあるのだけど…良いかな?」

 

 

 少しイヤな予感はしたが…仲裁でないことにほっと胸をなで下ろす。しかし二つ返事も思慮がなさ過ぎると思い、話は聞くだけ聞くと、と返事をする。

 

 

「いや、なに少々調べて置いて欲しいところがあるのだけれど…」

 

「欲しいところ?」

 

「何処を調べて、欲しい、の?」

 

「彼処だよ」

 

 

 ニコラスは天井を指さしながらそう言った。

 

 

「天、井?」

 

「ほら、よく見てみたまえよ。あの隅っこの方に小さな扉があるだろ?」

 

 

 見てみると、確かに正方形の形をした、まるで屋根裏へと繋がっている様な小さな扉が天井に張り付いているのが見えた。

 

 

「あれは屋上へ行くための扉さ。ボクも、ここに来てしばらくは気付かなかったけどね」

 

「別に調査する分には構わないが…何で委託する?お前は調べないのか?」

 

「ボクはもうちょっとここで調べたい事があってね。別にキミ達にキツそうなことを任せているわけではないさ、ああそうだとも!!!…だろ?ドクター」

 

「ああ、ワタシも同じくだ」

 

「……お前らいつから仲良くなった」

 

「ふん、仲良くはなったわけではない。お互いに利用価値があると思ったから、一時的に共同戦線を張ったまでだ…ああそうだとも、決して、決して高いところがイヤだからとか、そういうわけではない!」

 

 

 にしては共通の認識を持って、俺達に全力で押しつけようしているにしか見えない。ううむ…仲が悪いんだか、良いんだか…よく分からん2人である。

 

 

「うん。分かった、よ。じゃあ、折木くん、行ってみよ、か!」

 

 

 何とも、貧乏くじを引かされた気分だが…贄波が行くというのなら、それに付いていくほか無い。だって、よく分からないけど嬉々としているのだもの。

 

 小さくため息をつきつつ、俺は近くに据えられたベンチを移動させ、足場にし、淀みない動作でカチリと、扉の鍵を外し、扉を開く。

 

 俺達は、今までかすりもしてこなった、屋上へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:モノパンタワー 屋上】

 

 

「風は思ったより吹いてないみたいだな…」

 

「これな、ら、あおられて、落ちる心配は、無さそうだ、ね?」

 

「…縁起でも無いこと言うなよ…」

 

 

 ニコラスに頼まれて…いや押しつけられて、捜査をタワーの2階から屋上へとやってきた俺達は、そんな風に小さくやりとり。

 

 まず始めにと、カタカタと足音を立てながら、ざっくりと周りを調べてみることにする俺達。

 

 俺は迷い無く、西側…水無月が死亡していたお菓子の家がある方角へと向かっていった。

 

 落ちないように、ギリギリまでを四つん這いになりながら、タワーの端っこへと寄っていく。

 

 

「……」

 

 

 ひょっこりと、屋上から顔を出し、下を見てみる。案の上、めまいがしそうな程の高さが目の前に。

 

 落ちないように、しっかりと膝を踏みしめ、真下にある崩れたお菓子の家へ向けて目を細める。

 

 

「…水無月」

 

 

 倒壊したお菓子の家には、見張りとおぼしき雲居と風切。そして仰向けになりながら、ぐにゃりと四肢を曲げた仰向けの水無月。

 

 

 こうやって、死体現場をこんな高さから見ることになるなんて。

 

 

 まるで宙に浮いてしまったような、不思議な感覚を感じた。

 

 

 何も思えず、何も考えず、何も分からず、宙に投げ出された。そんなようだった。

 

 

 そんな虚無に包まれた気分。

 

 

 きっと、転落した水無月も、同じように宙に身を投げ出されて…そして……。

 

 

 俺は唇を強く、噛みしめた。

 

 

 そしてパチンと、両頬を叩いた。

 

 

 痛みを持って、自分自身を現実へと引き戻す。何となく、このままだと自ら落ちて行ってしまいそうに思ったから。贄波の言っていたことが現実になってしまうところであった。

 

 

 本当に、縁起でも無いことだ。

 

 

 切り替えて――――この事件について、この屋上に立ってすぐに思ったことに、俺は頭を巡らせる。

 

 

 ここに来て、歩いた時のガラスを踏みしめたときに聞こえた、小さな単音を思い出す。

 

 

 

『――――カタ…カタ…カタ…カタ…………』

 

 

『――――――カタ、カタ、カタ、カタ』

 

 

 

 あのとき、停電中に聞こえた小さな単音。あの音とそっくりな、ココでの足音。

 

 

 聞き間違いと捨てられないほど、よく似ていた。

 

 

 ――――だとするなら。

 

 

 …やはりあれは人の足音。つまり、あの暗闇の中、屋上に、ココに…”誰か”がいたのだ。

 

 

 ――――だったら、誰が屋上に居たんだ?

 

 

 素直に考えれば、死因と、死体発見場所を重ね合わせれば……被害者である『水無月』

 

 

 つまり、水無月はここに来て、そしてお菓子の家に真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 そう考えれば、何故水無月が転落死していたのか、その理由に説明が付く。

 

 

 …であれば、何故こんな所に?

 

 

 何故、下に落ちようとした?何故、そんな自殺紛いなことを?

 

 

 いや…もしかしたら、本当に…自殺?

 

 

 なら、何故そんな事をする必要がある。

 

 何故、自殺なんて道を選ぶ必要がある。

 

 何故転落という恐怖を抱えながら自ら命を絶つ必要がある。

 

 

 様々な疑問が、泉のように湧き出てくる。あまりにも意図が見えない所為で、考えがうまくまとまらない。

 

 

 なら考えられることは…。

 

 

 …今の時点で考えるには、”圧倒的に情報が足りない”ということ。

 

 

 今の俺は、明らかにドツボに嵌まっている…。

 

 

 だったら、ここで答えを出すには余りにも早すぎる。

 

 

 ――もっと捜査を続けてみよう。考えるのは、後でもできる。

 

 

 今は、その記憶をしっかりと書き留めておくことが先決だ。

 

 

  雨竜に言われたことを、何度も心の中でそう反復させ、メモに記していく。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【天井からの足音)

…停電時、ダンスホールの真上から聞こえたカタカタとした音。恐らく、足音。

 

 

 

 

 メモを終えた俺は、いつ落ちるかも分からない高所から早く出ていきたい一心で、また屋上を踏みしめながら周りを隈無く探してみる…。

 

 

「ねぇ。折木、くん」

 

「…どうした?」

 

 

 すると、一緒に来ていた贄波が服をつまみながら声を掛けてきた。振り向く俺に”アレを見て”、と彼女は促すように指を向ける。方角はタワーの北側。

 

 

「あそこに、止まってる、の、って……ジェットコースター、じゃ、ない?」

 

「…えっ」

 

 

 見てみると、確かに。タワーのすぐ側、ジャンプすれば飛べそうな程近くに、ジェットコースターがレールの上で停止していた。

 

 そのあまりに不自然すぎる光景に、顔をしかめた。

 

 

「こんな所にジェットコースター?何で…」

 

「うん…変だよ、ね?」

 

 

 俺達は側に近づきすぎないように、近寄っていく。いくらジャンプすれば届きそうというが、ヘタに踏み外せば、真っ逆さまに落ちてしまう。だからこそ、細心の注意を払って、慎重に。

 

 

「ねぇ折木、くん……一番前の、席の、安全バー」

 

 

 ”一番前の安全バー?”…俺は言葉を繰り返しながら、足下に神経を集中させつつ、目をこらす。すると、1番前の席の安全バーが”1つだけ”、上げられていた。

 

 もっと眉間に力を入れて、適度な距離を保って見てみると……無理矢理こじ開けたのか、留め金の部分のネジが飛んでしまっているのが確認できた。

 

 

「安全バーが上がってる?まさか…」

 

「……うん、アレが、原因だ、ね」

 

「…何か心当たりがあるのか?」

 

 

 イヤに確信めいた口ぶりの彼女に、俺はすぐに疑問を呈した。

 

 

 

「コレ、見て…」

 

 

 すると贄波は、懐から蛇腹に折りたたまれた、一枚のを取り出す。見ると、その紙は、このエリアに来たときに貰った、例のジェットコースターのパンフレットであった。

 

 

「この、右下の、注意事項…」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 その欄を見て、そうかそういうことか、と俺も納得した。何故、ジェットコースターが停止してしまっているのか、何故安全バーが原因であるのか、その理由が。

 

 

「成程。バーが外れた所為で……ジェットコースターは、”緊急停止”したのか」

 

「どうしてココで止まってる、か、とか、どうやって…まで、は…わからないけど、ね」

 

「………確かにな」

 

 

 止まっている原因が分かったからといって、なぜなにまでは、まだ分かっていない。

 

 意味の分からない状況に説明を付けるには、まだ情報が必要そうだが…それでもこの事件と何かしらの関係があるかもしれない。そう直感した

 

 

 俺はすぐに、この状況をメモに書き留めていった。

 

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

 

【止まったジェットコースター)

…タワー屋上のすぐ側。ジャンプすれば届きそうな距離に、レール上で停止していた。一番前の安全バーは無理矢理外されており、恐らくバーを外したことにより、ジェットコースターが停止した模様。

 

 

【ジェットコースターのパンフレット)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア3:お菓子の家】

 

 

 …タワーを降りて、すぐに俺たちは――――第2の殺人現場へと赴いていた。

 

 そこには、タワーの屋上でも見たとおり、見張りをしている、風切、雲居がいた。

 

 

「公平…」

 

「……」

 

 

 2人は此方に気付くと、まるで門番のように俺達の前に立ち塞がった。

 

 

「見張り、任せて悪いな」

 

「別に問題無いですよ……それよりもあんたの方です。具合はどうなんですか?」

 

「………大丈夫だ」

 

「無理矢理感が否めないんですけど…」

 

「大丈夫だ」

 

 

 言葉を強める俺をじっと難しい顔で見つめる雲居。その対応に、禅問答をするかもしれないと直感したのか、彼女はすぐに隣に贄波に視線を移した。

 

 

「安心して、雲居ちゃん。…私が、見てる、から…」

 

 

 彼女はぎこちない笑みを浮かべながら、そう返した。

 

 

「そうですか。わかったですよ…」

 

 

 顔をしかめながら、言葉少なに雲居は離れていった。

 

 すると逆に、コソコソと風切が口に手を添えながら、口を近づける。

 

 

「あのね、気が立ってる様に見えるけど…蛍、公平が向こうにいってからずっと心配してた」

 

「……」

 

「きっと、今も思ってる。だから、気を悪くしないであげて」

 

「……ああ、分かってる。ちゃんとな」

 

「なら良かった……」

 

「ありがとう、風切、さん」

 

 

 そう言い残した風切は、再び見張りに戻っていった。

 

 

「折木、君…愛されてる、ね?」

 

「……」

 

 

 確かに、その厚意は嬉しかった。だけど逆に…その気遣いが、俺自身の首をしめてきているように思えて仕方なかった。

 

 嬉しいはずなのに、喜ぶべきことなのに…感じてしまうとても強い罪悪感。

 

 

 未だに、その理由も、根拠も、分からなかった。

 

 

 

 俺は頭を振り、考えすぎないように、水無月の死体へと近づいていき…。

 

 

 ――――そして向き合った。

 

 

 また、目を背けたくなった。

 

 

 ――――あらぬ方向にねじ曲がり、ズタズタになるほどまで叩きつけられた水無月の死体。

 

 

 酷い死に様だ、改めてそう思った。

 

 

 彼女が大切にしていた、『おねぇちゃん』と呼んでいたぬいぐるみも…水無月のピンク色の血で侵され、本来の色を失ってしまっていた。

 

 

「水無月…」

 

「折木、くん」

 

 

 水無月……お前の敵は…俺が取ってみせる…!

 

 

 誰も気付かない心の中で、決意を込めてそう宣言した。

 

 

「……?」

 

 

 俯瞰しながら水無月の死体を見ていた俺の視線の先に…キラリと、死体となった彼女の側に何かが転がっているのがチラついた。

 

 …俺はそれに近づき、地に膝を付ける。

 

 

「…ナイフ?」

 

「うん…それに先っぽに、血が付いてる、ね…」

 

 

 切っ先に血まで付いた、ナイフが落ちていた。お菓子の家には似つかわしく無い、明らかに持ち込まれたような、不自然な物。

 

 

「……水無月が、持っていたのか?」

 

 

 水無月の丁度手元付近に落ちていたそのナイフ。…

 

 

 落ちていた場所から考えて、もしかしたらと思った。だとしたら、何故…何のために?

 

 

 妙に浮いたように転がるソレらをみて、様々な憶測が頭を飛び交う。だけど、答えには行き着かない。

 

 

「……とりあえずメモしておくか」

 

 

 

 モヤモヤとした感覚に陥りながらも、俺は焦らずに、この証拠品をメモに残していった。

 

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【血の付いたナイフ)

…水無月の死体の側に落ちていたナイフ。切っ先に血が付いている。

 

 

 

 ナイフを見つけた後も、何か、事件に繋がりそうな証拠品はないか。そう思いながら、俺達は彼女の周辺を見て回る…彼女の懐に何か無いかと、服も探ってみる。

 

 

 だけど、見つかったのは、俺達と動揺に宛てられた封筒と手紙だけ。

 

 

 想像以上に、何も見つからない。

 

 

「めぼしい証拠は無し…か?」

 

 

 証拠品以外にも、死体の側にも、遺体そのものにも…変わった箇所はない。分かるのは、ファイルに書かれていた通り、体を強く打ち付けたために、全身が複雑骨折していること。

 

 そして右手首に、青いアザがあること。何ら、間違いも、追求できそうなことは見当たらなかった。

 

 

「このアザ…水無月さん、が、転落したとき、に、付いた物、なのか、な?」

 

 

 だけど。贄波は、何か引っかかる物でもあったのか、その青いアザに目を付け、知恵を貸してくれと言わんばかりにそう聞いてくる。

 

 言われてみれば、確かに不思議なアザだった。何かに掴まれたような、何かに握りしめられたような…。

 

 丁度、気球の籠に付けられた、あの凹みに、よく似ていた。

 

 

「…籠の手すりの跡とよく似てる、けど…何か、関係でもあるのか、な?」

 

 

 どうやら贄波も同じ考えのようだった。ソレを最後に、良い考えは浮かばない。

 

 とりあえず、情報は頭に残しておこう、アザについて違和感を感じた事を書き記し、水無月の死体の調査を終わりを告げた。

 

 

「なあ二人とも、ちょっと良いか?」

 

「ん、なんですか?」

 

 

 そしてすぐに、見張りをする風切と雲居の二人に話しかけた。

 

 

「停電の、時…の話なんだ、けど」

 

 

 内容は勿論、反町の証言の確認。

 

 証言の信憑性を高めるために、俺達はさっき聞いた反町の話を彼女たちに復唱した。

 

 聞き終えた二人は、うん、お互いにうなずき合う。

 

 

「ん…その流れで間違い無い」

 

「ですね。反町にしては正確な情報伝達ですね」

 

「じゃあ、反町と風切は、タワーを出た後の雲居と合流して、それで…」

 

「…アナウンスが鳴った直後にエリア3に急いで戻ってきた」

 

「です。それから停電になったエリア3と遭遇したわけです。…念押しで言っておくですけど、途中で水無月のヤツとは会わなかったのも本当ですよ?」

 

「…そうか」

 

 

 どこか見落とした箇所があるかも知れない。そう考えて聞いてみたが、やはり答えは同じ。

 

 …水無月のヤツ、結局停電中、どこにいたんだ?どうにも変な箇所が多い。そもそも何で転落死したのかも…分からないわけだし。

 

 ううむ…不可解だ。

 

 

「それで、停電に遭遇してる、最中、に…上から、もの凄い、破裂音、が、響いたんだよ、ね?」

 

「…そしたら何かでかい物が落ちた音が聞こえて、音の方向へ真っ直ぐ進んで…やっと電気が復旧したと思ったら、目の前に噴水に刺さったでかい籠があったんです」

 

「うん…多分…その落ちた物は…あの籠で間違い無いと思う」

 

 

 やっぱり、あの気球の籠は、空から落ちてきたもの…。これで間違いはなし。

 

 じゃあ…もしかしてあの停電中で…気球が浮いていた、ということか?

 

 あの暗闇の中で、どうやって?…これもまた不可解だ。

 

 

「あっでも…」

 

 

 今までの話を聞く中で、何か思い当たることがあったのか雲居は、話にメスを入れる。

 

 

「私だけかもしれないですけど…破裂音に乗じて変な音も聞こえてたです」

 

「変な音?」

 

「どんな、音、だった、の?」

 

「カンカンカン…って、叩くような音が真上から響いた気がするんです」

 

「へぇ…知らなかった」

 

「破裂音の所為でパニクってたですからね。…とくに風切が」

 

「あれはパニックじゃなくて…慌ててただけ」

 

「日本語にしても意味は同じですよ…で、停電明け後は、反町の言うとおりの流れで、ここで遺体を発見したって感じです。これで満足ですか?」

 

「うん、よく分かった。ありがと、雲居、ちゃん」

 

「………あの、贄波。今更言うのも何なんですけど。そろそろ、ちゃんづけは止めて貰いたいんですけど」

 

「え、でも…可愛い、よ?」

 

「いや、可愛いとかそういう問題じゃなくて…ごく個人的な話みたいな」

 

「…え。じゃあ私も蛍ちゃんって呼ぶ?」

 

「じゃあもクソもないですよ。どこでなけなしの協調性を使ってるですか」

 

「でも。もう呼び慣れ、ちゃった、し…」

 

「……呼ばれ慣れなさすぎて、鳥肌が止まらない気がするんですけど」

 

「雲居、ちゃん?」

 

「……あー寒寒」

 

「誤魔化した………蛍ちゃん」

 

「あーーーーーー寒寒寒寒」

 

 

 そう言って火花が散りそうなほど体をこすり出す雲居。明らかな照れ隠しであった。

 

 途中から傍観に徹していたが…。目の保養と言うべきか…何とも微笑ましい光景似思えた。途中で姿を消そうと考えてみたが…いなくなったら殺す、と雲居に一瞥されたために…結局動くに動けなかった。

 

 

 それにしても…――――カンカンカン…っか……音だけだと、俺達が屋上で聞いた音と同じような擬音に思える…。

 

 

 だけど入口周辺の真上…。何か、そんな音のするような物でも合っただろうか?

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【雲居の証言)

…停電中、雲居が耳にしたカンカンという叩くような音。入口の真上から響いたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア3:電気室】

 

 

 事件当時に起こった、例の停電。その原因を探るために、俺達はお菓子の部屋を離れ、1度電気室へと赴いていた。

 

 相変わらず、施設の中は薄暗く、小さな電灯でじめっと照らされるだけ。中に居るだけで、息が詰まりそうになほどの厳かな雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 恐らく、エリア3全体がテーマパークの様そうであるがために、その温度差がここで浮き彫りになっているのかも知れない。

 

 

「…停電。といえば、ここ…だよな?」

 

「うん、だけ、ど…」

 

 

 そして、恐らくこのエリアの出力を管理しているであろう、電気盤の扉を開き。いくつも並べられた、それぞれの施設の名前が書かれたスイッチに目を走らせる。

 

 

「…分からないな」

 

 

 首をひねっていた。動かされた形跡も、イジられた形跡も…あるのかないのか…イマイチ分からなかった。触ってみても、動かされたかもしれな生暖かさはあるが…それが機械熱の所為なのかそうでないのか…未だ判別がつかない。

 

 

「でも、埃の掃け具合、を、見ると…触られては、いるの、かな?」

 

「…言われてみれば、そうだな」

 

 

 見てみると。確かに、スイッチに薄く積もっていた埃が、半分ほど拭われているようにも見えた。ここに取り付けられている、スイッチ全てにそれと同じ形跡があった。

 

 小さな根拠ではあるが、これらの形跡を見てみるとやはり、停電が起こった原因は電気室をイジられたためと考えて良さそうだった。

 

 ていうか、それ以外の原因が思いつかなかったのがために、もうこれでいいだろと少々投げやりになっているのが本音だった。

 

 だけど、埃以外にも、もう一つ気になることがあった。

 

 

「…この電気盤。ジェットコースターの欄が見当たらないな」

 

「…!本当、だ」

 

 

 スイッチの上に貼られたラベルを見ても…当のアトラクションを司るスイッチは無く。そしてその他の電気盤を見てみても、見つからなかった。

 

 これはつまり――――

 

 

「ジェットコースターの、電源だけは、独立してる、て、事なのか、な?」

 

「ああ……」

 

 

 恐らく、起動したコースターが途中で止まったしまった場合でも、無事に帰島させるためなのだろう。

 

 ……だけど、だからどうしたと、独立してるからどうだ…と言われてしまえばそれまでだった……でもタワーのすぐ側で止まっていたこともあって…どうにも気になってしまう。

 

 どんなときでも、直感を大切にする。俺は、いつか言われた水無月の教えを思い出し、メモに書き留めていった

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【電気室の配電盤)

…イジられた形跡があったため、恐らく停電の原因と思われる。しかし、ジェットコースターを司るスイッチは見られなかったため、この施設の電源だけは独立している模様。

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア3:ジョットコースター乗り場】

 

 

 タワーのてっぺん付近に止まっていたジェットコースターがあったこと、そして電気室のことも踏まえて…何かしらの痕跡があるかも知れない。そう思った俺達は、その本体を乗り降りする、入場口へと足を運んでみた。

 

 

 運んでみたまでは良かったのだが…。

 

 

「驚くほど、何も無いな…」

 

「本当、だね…」

 

 

 施設”内”には、何も見当たらなかった。何処かしらに、怪しい証拠があるのではないかと期待してみたが…

 

 

「ううーん。やっぱり思い過ごしなのか?…でもジェットコースターが何で彼処にあった理由が……」

 

「…でもこの中には、何も無い、みたい、だし…他の所に、行って、みる?」

 

「そうするか。悪いな、付き合わせて…」

 

「うううん。全然、良い、よ。折木くん、の、向かうところ、に、私は付いてくだけ、だから」

 

 

 そう言われると何となく主従関係のようで、妙に恥ずかしくなる。でも気にしたらよりそう思えそうだったので、それ以上は何も言わず、施設の外へと出て行く。

 

 

「…うん?」

 

 

 すると……施設の入場口を出てすぐ、近くの茂みに中に何かが落ちているのが見えた。

 

 

「……?」

 

「どうか、した?」

 

 

 膝を曲げ、のぞき込むように茂みをかき分けていく。

 

 

「……!」

 

 

 そのかき分けた先に…まるで隠すように、この場には決して無いであろう浮いた代物が落ちていた。しかも…"2つ"。

 

 

「なぁ、贄波…これって」

 

「…美術館に置いてあった、あれ…だよね?」

 

 

 大層な装飾の施された黒いゴーグル。そして手の甲にモノパンの顔が描かれた、ゴムのような質感の手袋。見せるように持ち上げたソレらを見て彼女はそう言った。

 

 間違い無く、美術館に展示されていた、モノパンの七つ道具の内の2つだった。

 

 

 片や『赤外線放射機能を搭載し、どんな暗闇でも、どんな暗夜でも、何でも見通す究極のゴーグル!』

 

 もう片方は、『てこの原理やら何やらを駆使し、どんな小柄な人であろうと、軽々と自分より重い物を運ぶことが出来る超スーパーアイテム』

 

 

 

 とか何とか、だったよな?

 

 

 

 なんでこんな目に見えにくい所にその2つが…。

 

 

 …でも、ここに隠されていた、ということは…もしかしたら今回の事件と関係しているかも知れない。

 

 数秒前とは打って変わって、俺は真剣な眼差しで怪しげな証拠品の記録を付けていった。

 

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【モノパンゴーグル)

…赤外線放射機能を搭載し、どんな暗闇でも、どんな暗夜でも、何でも見通すことができる。ジェットコースターの入場口近くの茂みに落ちていた。

 

【モノパワーハンド)

…どんな小柄な人であろうと、軽々と自分より重い物を運ぶことが出来る。ジェットコースターの入場口近くの茂みに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア1:沼野 浮草の部屋】

 

 

 エリア3の調査を一通り終えた俺達は、被害者である2人の部屋向かおうと、エリア1へと場所を移していた。

 

 まず手始めに、ダンスホールで死体となって発見された沼野の部屋から。

 

 

 彼の部屋に赴いてみて思ったのは、この部屋の内装は他と一線を期す装飾が施されている…ということだった。

 

 

 床には一面の畳が敷かれており、壁には絶対に読むことの叶わない何かの草書体の掛け軸がいくつも掛けられていた。

 

 加えて、俺達が使っている机よりもとても低い形状の、ちゃぶ台が置かれていたり、椅子の代わりに座布団が敷かれていたり。何故か、水もないのに音を鳴らし続けるししおどしが置かれていた。

 

 

 武家屋敷のような、徹底した和の強調がされたその風貌。とにかく、彼の才能に合わせたような部屋作りがされてるな、と思った。

 

 

 そんな沼野の部屋に先客がいた。

 

 

 ――――古家と落合であった。

 

 

 俺達よりも先に捜査を開始していた2人が、俺達と同じ考えを持ってか、部屋の中を物色していた。

 

 

「あー、折木君、さっきぶりだねぇ…贄波さんは…ええと、いつぶりかねぇ?」

 

「6時間と数分ぶりだね…昼過ぎに出会い、そして民謡について話していたとも」ジャラン

 

「…そうだねぇ。何かそんな話をしていた気も……てかなんで知ってんだよねぇ!?」

 

「風に運ばれて来た気分屋の僕も、そこ居合わせただけのこと…気付かないのも無理は無いさ」

 

「気持ち悪いくらい気付かなかったんだよねぇ…」

 

「お前ら何で漫才してるんだ」

 

「…2人は、通常運転、て感じ、だね」

 

 

 いつも通りツッコむ古家に、ギターのチューニングに没頭する落合。最初はどうなるかと思ったコンビだったが、此方が苦笑いしかできないほど、問題無さそうに見えた。

 

 

「いやぁそうでもないんだけどねぇ。ほら折木君がカを緑色にしてたときとか、あたしも今にも卒倒しそうだったしねぇ…正直見張りしてたら、もう捜査どころじゃなかったねぇ、ありゃあ」

 

「そうか…そうだよな」

 

 

 仲間があんな壮絶な死を遂げたのだ。すぐに目を背けたくなるのは、誰だって同じだ。その気持ちはよく分かる。

 

 

「折木君、そういう君の心の声はどうなんだい?」

 

「こころのこえ?」

 

「荒波にさいなまれ、そして鳥さえとべないような無風に見回られ、君はどんな心の表情をしていたのか…そう思ってね」

 

「ああ~多分、調子はどうですか?って言ってると思うんだよねぇ」

 

「よく、分かる、ね?」

 

「そりゃあ捜査中同じ事を何度も聞いてたら…翻訳できちまうんだよねぇ…」

 

「……俺は大丈夫だ、心配かけたな」

 

「なぁにどうってことないさ。それよりも僕は今、酷く感動しているのさ。君は涙も浮かべない、人間にしては希薄な心を持っている…そう思ってた。だけど、今さっき、君は心の底で膝をついていた」

 

「…また始まったねぇ」

 

「それに、誰が希薄な人間だ」

 

「僕がそう思っただけ、たった一つの窓から見ただけの僕の感想さ。でもいつかそのときの気持ちを教えておくれ。きっと良い詞が書けると思うんだ」

 

「…あんた励ましてんだろうけど。言い方を考えるんだよねぇ…」

 

「本当に、ぶれない、ね…落合くん」

 

 

 もっともである。でも…こいつのこの普通では無い普通さが…何となく今はホッとしてしまう。

 

 

「それよりも。調査の、進捗は、どう?」

 

「ああ~やっぱり聞いちゃうかねぇ……」

 

「…芳しく無いのか?」

 

「お恥ずかしい話、今のところそうなんだよねぇ…いやぁ申し訳ない」

 

「……」ジャラン

 

 

 そう言って、落胆するようにため息をつく古家。言葉には出していないが、落合も同じ心境のようだった。いつもより音色に覇気が無い。

 

 

「難しいもんだねぇ…ニコラス君達みたいにって思って色々調べてみたけどねぇ」

 

「人の存在価値は真似事をすることで始まる。学ぶとはつまり、習うこと、…だから、古家君。君のやろうとしていることに、決して間違いは無い。例え茨の道だろうと、そこに無駄なんてものは存在しないのさ」

 

「贄波。つまりどういうことだ…?」

 

「”僕達のやっていること、に、間違いは無い”……て、言いたいの、かな」

 

 

 成程。流石は贄波だ。…俺にはさっぱりである。

 

 

「ああー、でも。念のために何かしら道具が関与してるかって思って、美術館には行っきたんだよねぇ」

 

「……!本当か。どうだったんだ?」

 

「3つ、7つ道具のショーケースから無くなってたんだよねぇ」

 

「「…3つ?」」

 

 

 その発言を聞いて、俺達は同時に疑問の声を漏らした。

 

 

「確かグローブと、スコープと…あと……」

 

「毒薬…ああそうだとも。人を死に至らしめる、悲劇の液体……それが存在を消していたとも」

 

「毒薬が…!」

 

 

 今のところ俺達は、無くなった3つの内の2つを見つけていた。そういう経緯もあって、七つ道具のがなくなっていたこと自体には、そこまでの衝撃はなかった。

 

 だけど…3つの道具がなくなっていたこと。特に、毒薬、つまりあのセットで置かれていた、確か名前は…『即効性絶望薬』と『遅効性絶望薬』。だったよな。

 

 それぞれの効果は、

 

遅効性の方が…

『服用から8時間きっかりで効果が現れるため、アリバイ作りに持ってこい!』

 

 

即効性の方が…

『服用後すぐに野垂れ死ぬ優れもの。さらに空気よりも軽いため、気化して部屋中にガスを蔓延させること間違いなし!』

 

 

 だったよな?

 

 

「それらの所在についてはまだ分かってないけど…でも、この3つが事件に関与している事は確かって………そう思ったんだよねぇ?落合君?」

 

「…………」ジャララン

 

「せめて言葉で肯定して欲しかったんだよねぇ…」

 

 

 借りられた3つの七つ道具…古家達の言うとおり、それらの内のいくつかは事件が起きたエリア内で見つけた…つまり、関与している事は確定。

 

 これらの情報もメモに残して――――。

 

 

「でも、折木くん、それって、変、だよ、ね?」

 

「…何が変なんだ?」

 

 

 すると、コソリと、贄波は俺にそう耳打ちをする。どういうことだ?といぶかしげに顔をしかめる。

 

 

「だって、考えて、みて?……彼処の道具は、1人、”2つまで”…なんだ、よ?」

 

「……そうか…!そうだよな…そんな制限、あったよな」

 

 

 ついつい忘れていたが、あの美術館の道具は1人2つまで。モノパンがあの美術館を紹介したときにそんな条件を行っていた気がする。

 

 

「だとしたら…だよ?今回の事件って…」

 

 

 今、贄波が言おうとしているのは……犯人は1人だとしたら…道具の数と人数が合わない、ということ……つまり。

 

 

「――――2人以上の人間によって、道具を使われた」

 

「…うん」

 

 

 ということが考えられた。毒薬に、ゴーグルに、手袋……。それぞれが何らかのために使われた。それらが具体的にどのように使われたかは分からないが……少なくとも。水無月と沼野の死に、絶対に絡んでいるはずだ。

 

 それだけは確信できた。

 

 俺は、水無月の発言も含めて、メモに記録していった。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【即効性絶望薬 and 遅効性絶望薬)

…モノパンの七つ道具の一つ。

 

遅効性絶望薬:『服用から8時間きっかりで効果が現れる毒薬』⇒所在不明

 

即効性絶望薬:『服用後すぐに人を死に至らしめる。さらに空気よりも軽いため、気化して部屋中にガスを蔓延させることもできる』⇒所在不明

 

 

【七つ道具のルール)

…道具を借りられるのは、1人二つまで。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そうだな。……2人の停電の前後の話を聞いても良いか?」

 

「ああ、停電ねぇ…衝撃的なことだったからよく覚えてるんだよねぇ」

 

 

 美術館の情報を貰った俺達はすぐに、古家達に停電時のアリバイを聞いていく。

 

 すると”あのときは大変だったんだよねぇ”と、何故か哀愁を漂わせた一言を添える古家。

 

 

「…何かあったのか?」

 

「何かあったって言うか…停電中、あたしずっと、お化け屋敷に行ってたんだよねぇ…」

 

「お化け、屋敷?変わった、所にいた、ね?」

 

「そうなんだよねぇ…あっ、これは多分落合君とか、雨竜君辺りが証言してくれると思うんだけど…ねぇ?」

 

「巡り巡る僕の記憶…ああ、確かにそうだとも。君と雨竜君は、東エリアに身を置いていた。天空から見下ろしていた僕が言うんだ…間違い無いとも」

 

「お前は…観覧車、だったよな?」

 

「タワーに、集合する前から、入っていた、よね?」

 

「そうともさ。流れゆく凛音の歯車…この世の全てはそこで帰結する」

 

「観覧車に対して思いを込めすぎなんだよねぇ……観覧車からしてみれば荷が重すぎるんだよねぇ」

 

 

 本当に好きなんだな…気持ちは分からないが。…だけど、落合の言葉も踏まえてみても、雨竜の言っていたことと、古家達の言っていたことは共に合致する。

 

 

「でも、何でまたお化け屋敷に1人で。お前、あそこ苦手だったはずだろ?」

 

「苦手はそのまんまにしてたらどうにも寝覚めが悪くてねぇ…それにあの程度のクオリティだったら一人でも大丈夫かなーって…ちょっとばかしのチャレンジ精神で行ってみたんだよねぇ」

 

「あの程度って…最初行ったときは尻尾巻いて逃げてなかったか?」

 

「…あれは不意打ちだったから仕方ないんだよねぇ」

 

「不意打ちするのが、お化け屋敷だと思う、けど…」

 

「…………いやあ!!!でも、まさか屋敷に入ってる最中に…あんなことが起きるなんて思わなかっただんよねぇ!!!」

 

 

 あ、明らかに誤魔化した。あからさまに焦りを隠せず大声緒を張り上げた古家にジト目をむける。

 

 

「でも…屋敷に入っている最中…って、どういう、こと?」

 

「古家…お前もしかして……停電中もお化け屋敷の中に居たのか?」

 

「アナウンスが鳴った瞬間こりゃ大変だって思って、出口まで走ってねぇ……その途中で停電にあっちまってねぇ…」

 

「それは…災難だったな」

 

「永遠の暗闇は、人の孤独をより浮き彫りにする…君はそのとき、自分自身の闇と戦っていたんだよ…。きっとそれは、明日へ進むための財産となり得るはずさ」

 

「無駄に壮大にされてるけど…あれって、ロッカーに閉じ込められているのと殆ど変わらない体験だと思うんだけどねぇ」

 

「…その表現もどうかと思うぞ」

 

 

 何とも触れにくい思い出の一端を聞いた気がする。流石の落合も、ギターを弾く手を止めていた。

 

 

「でも落合…そういうお前は何で観覧車に?」

 

「人生は観覧車と同じさ…全てが回り…巡り続ける運命の輪に、身を委ねていたのさ…これほど素晴らしいことはないだろ?」

 

「何で観覧車に乗ってたんだ?」

 

「観覧車は人生と同じさ…全てを回し、自分の思い出すらも巡らせ、懐古させる。その世界に、僕は浸っていたのさ。これ程素晴らしいことはないだろ?」

 

「…わかった。…観覧車にずっと居座って、弦をはじいていたんだな?」

 

「物好き、だね」

 

「物好きにしては引くレベルなんだよねぇ…」

 

「はは…暗闇の世界がこの世を包んだその時もそうさ。こんな何もかも孤独になってしまった世界でも…運命の輪に身を任せ続けていたい…そんな人生も悪くはない…そう思っていたさ」

 

「成程…な」

 

 

 言い方はどうであれ、これで…古家、落合、雨竜…。停電当時のこの3人が居た場所は把握できた。

 

 それに、この3人は、お互いにお互いのアリバイを証明し合っている。停電時に身動きが取れなかったみたいだし…それはすなわち、3人はシロ寄り…と見て良いのだろうか?

 

 

「でも…」

 

 

 そう思考を巡らせていると…落合は弦を弾く手を止め、翻すように一言呟いた。

 

 

「何か気になる点でもあったのか?」

 

「…そうだね。ああ、あったとも…1つだけ、気になる”現象”は…あるにはあったかな?」

 

「…現象?…何だ?それは」

 

「だけどそれは泡沫の夢のように一瞬で、明確な記憶と言うには曖昧で…実に刹那的な…」

 

「良いから、話し、て…」

 

「うわ。圧凄いんだよねぇ…」

 

 

 あまりのまどろっこしさに、贄波は少しばかりすごむ。普段そういう態度を見せない分、ちょっと意外に思えるし…普通に怖い。

 

 落合も、同じように思ったのか…少し押し黙る。そしてすぐに、本題へと入っていく。

 

 

「…………”火”が、見えたのさ」

 

「火…?人魂か何かねぇ?」

 

「確かに…そうとも言えるね。何も無い、無が轟く闇の合間に…闇に包まれた大空の向こう側に…火が浮かんでいた…まるで人魂のようにフワフワとね」

 

 

 火…?人魂…?それも上空に浮いていた…?…どういうことだ?貯めたにしては、何だかオカルティックな話だ。

 

 

「まぁ…その火も、光りの再生する寸前に消えてしまったけどね…」ジャラン

 

「なぁ落合。その火って…どこら辺に浮かんでたか、覚えてるか?」

 

「近くとも遠からず…僕には、計り知れない何処か、透明なる巨頭のほど近く……火は揺らめいていたかもしれないね」

 

「透明な巨頭って…」

 

「モノパン、タワーの、こと、かな?」

 

 

 落合の言う事だから…イマイチ精密性に欠けるが…それでも無駄な証言とは思えなかった。

 

 もしかしたら、とても重要な証拠になり得るかも知れない…。そう思った俺は、2人の証言と、火についてメモを記した。

 

 

「ああ、そうだ。ついでに…停電が終わった後のことも、確認ついでに聞いて良いか?」

 

「うーん、そうだねぇ。あたしがお化け屋敷をやっとこさ抜け出したときは、丁度落合君と鉢合わせしてたねぇ」

 

「…顔を向け合い、そして言葉を向け合うことで、出会いは始まる…。僕達はそこで、運命というヤツに巡り会ったのさ」

 

「あんたとあたしは初対面じゃないんだけどねぇ…」

 

「そのまま、2人、でお菓子の家、に向かった、の?」

 

「ああ~、そうだねぇ、あたし落合君が合流して、そのすぐ後にゲームセンターから走ってくる雨竜君と会って…そんで西エリアが騒がしいな~って思ったらアナウンスがまた鳴ってねぇ」

 

「そして、屍と化した我らが友と、向き合えない目を、交わし合ったのさ」

 

 

 何ともしんみりとする表現で終止したが…どうやらそこで、反町達と合流した…というわけらしい。何となく、生徒達の時系列が分かってきたような気がするな。

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【上空に浮かぶ火の玉)

…停電時、観覧車に乗っていた落合が目撃。モノパンタワーの近くに浮かんでいたらしい。

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

 

【停電時の居場所)

折木、贄波、ニコラス、小早川⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

雨竜⇒ゲームセンター

落合⇒観覧車

古家⇒お化け屋敷

反町、雲居、風切⇒エリア3の入口

 

沼野⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

水無月⇒???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア1:水無月 カルタの部屋】

 

 

 沼野の部屋を調べ終えた俺達は、落合達と分かれ、水無月の部屋へと捜査の場所を移していく。

 

 

 ガチャリと、自分の部屋と変わらぬ動作でドアノブを回し、部屋へと入っていく。水無月の部屋を見回す。

 

 

 そして思ったのは、彼女の部屋は至ってシンプルな内装だな、ということ。

 

 

 いくつかの本棚に、机の上に積まれた山のような紙の資料。床に適当に投げられたような、紙の資料。そして部屋の真ん中にポツンと鎮座するガラスの丸テーブルとチェス盤。

 

 

 チェス盤の乗った机以外を除いて言えば、とても殺風景な部屋だな、そう思った。

 

 

 同時に彼女らしくない、とも思った。彼女のキャラクターからして、ぬいぐるみや、何やらが山のように積まれたファンシーな内装を勝手な想像をしていたが…それに反するようにとても勤勉そうな風貌であった。

 

 その勤勉さをさらに助長させるように、ベッドに放り投げられた厚めの本、そして本棚や、机や、床に落ちた資料は全てチェス関連の代物ばかりであった。

 

 本にはおびただしい数の付箋が挟まれ。紙の資料には、多数の書き込み。めまいがしなそうな程の情報量であった。

 

 

「よく、研究されてる、ね」

 

「ああ…」

 

 

 端から見てもチェスを極めようという、血の滲むような努力が見て取れた。あれほどまでに俺達を盛り上げようとひた走る彼女からは想像が付かない勤勉さ…とても意外な一面だと思った。

 

 

 そんなあいつが、…死んでしまった。

 

 

 このおびただしい資料に目を通す人間も、活かす人間も、今はもうどこにも居ない。

 

 

 何てあんまりな話だろう…そう思わずにはいられなかった。

 

 

「……?…っ!折木、君…!これ、見て!」

 

 

 居ない人間へと、思いを募らせる俺に、贄波は焦ったように声を掛けてきた。彼女にしては珍しく、動揺を隠せていなかった。

 

 俺もその様子に釣られて、小さな焦燥にかられながら贄波の居る机に近づいていく。

 

 

「……瓶?」

 

 

 机の資料の影に隠れて、この場に似つかわしくないような様相の瓶が1つ置かれていた。褐色の、何処かで見た事があるような…。

 

 いや違う、実際に目にし、そしてごく最近聞いたはずの…。

 

 

「七つ道具、の…一つ、だよ、ね」

 

「…”絶望薬”」

 

 

 

 俺が思い出すよりも先に、贄波は答えを示し、それに俺も続いた。

 

 ラベルには、“遅効性絶望薬”そう刻まれていた。確かに、彼女の言うとおり…これはあの美術館に置かれていた毒薬。

 

 古家から聞いた、美術館の道具の貸し借り。その中の2つの所在は掴めていた。だけど、残りの一つ、いや二つと言うべきか。『即効性絶望薬』と『遅効性絶望薬』の二つの居場所は分かっていなかった。

 

 

「こんなところに…何で」

 

 

 そう言葉が出てしまうのも無理はなかった。だって、被害者である水無月の部屋に置かれているなんて…あまりにも突飛すぎるから。

 

 

「でも。もう片方は、見つからない、ね?」

 

「…ああ、そうだな」

 

 

 すると贄波はそう言って、もう片方の所在についても言及する。確かに、恐らくセットで貸し借りが行われたはずのこれらの内、その片方だけが見つかるなんてことも、不思議な話である。

 

 

 でも、そんなことよりもココにその毒薬があることに、俺の思考はとらわれていた。

 

 

 複雑に、思考をくねらせる。ココにある理由、そしてその用途について…考え始める。

 

 

 そして同時に…。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

 

【即効性絶望薬 and 遅効性絶望薬)

…モノパンの七つ道具の一つ。

 

遅効性絶望薬:『服用から8時間きっかりで効果が現れる毒薬』⇒水無月の部屋にて発見。

 

即効性絶望薬:『服用後すぐに人を死に至らしめる。さらに空気よりも軽いため、気化して部屋中にガスを蔓延させることもできる』⇒所在不明

 

 

 

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

 

 

「――――――!!」

 

 

 

 考えを深めうと俯いた直後、そのチャイムは鳴り響いた。

 

 

 

『光あるところ影がアリ…影ある所さらに深き影がある…すなわち闇…シロあるところ…クロがあル。それは不変であり、決して重なり合うことのない永遠の因果』

 

『しかし、永遠に必要なのは………さてさて、時間でス…狂気の連続殺人の答え合わせのお時間でス』

 

『つまりは審判、つまりは選択、つまりは裁判の時』

 

『捜査を今もシコシコと続けているミナサマにお告げを致しまス』

 

『さっさと切り上げテ!!赤い扉の前に集合ダ!!!分かったなァ!!制限時間は10分!!!』

 

『年貢の納めタイムもクソもありませんからネ!時間はきっちり守れヨ!絶対守れヨ!!絶対だかん――――――』

 

 

 

 ――――――――――ブツッ

 

 

 

 

 脳に直接響くような程のチャイムの音と同時に流されるタイムリミットの合図。

 

 

 そしてモノパンの尻切れなアナウンス。

 

 

 とうとう、来てしまった。

 

 

 とうとう、やって来てしまった。

 

 

 3度目の学級裁判の時間が…

 

 

 3度目の命がけの審判の時間が…

 

 

 血が冷たくなるような…熱くなるような…気持ちの悪い感覚が体中を巡った。今にも吐きそうな、嫌悪感が同時に思考を覆った。

 

 

「いよいよだな」

 

「うん。そう、だね……」

 

 

 ………………。

 

 

「なぁ…贄波」

 

「ん?…なぁに?」

 

「………………」

 

「折木、くん?」

 

「その…あれだ……」

 

「…?」

 

「今回の事件何だが………――――いや、すまん。何でも無い」

 

「…?変な、折木くん」

 

 

 

 ……嘘だった。言いたいことは、あるはずだった。

 

 

 でも…勇気が出なかった。

 

 

 もしかしたら…この事件は……。

 

 

 そう思ってしまった、考えついてしまった…

 

 

 とある”可能性”を。

 

 

 思いついてはいけないはずの…1つの可能性。

 

 

 ”そうかもしれない”…そう言われるのが怖かった。

 

 

 だから、言うに言えなかった…。

 

 

 言葉にする自信が、持てなかった。

 

 

 

「じゃあ…行こ?」

 

「…ああ」

 

 

 

 

 だから俺は、何も口にせず。大事な事を、付き添ってくれた、信頼しているはずの相棒に、何も言えず。

 

 

 ただ不穏な予感をよぎらせながら、共に学級裁判へと赴くための中央棟へと向かっていくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【中央棟エリア】

 

 

「やぁミスター折木、そしてミス贄波。捜査の成果は順調だったかい?」

 

 

 中央棟に集合した直後、既に集まっていたニコラスからそう声を掛けられた。隣には、ポケットに右手を突っ込んで恰好を付ける雨竜が居た。

 

 俯瞰的に見たところ、まだ扉は開いてはいないようだった。

 

 

「ぼち、ぼち、かな?」

 

「贄波の言葉の通りだ…。だけどできる限りのことは調べたつもりだ」

 

「ははっ相変わらず頼もしいね。いやぁ、ボク達の方は少々証拠の集まりが悪くてね。正直、ボクの力を十二分に発揮できなかった、というのが今回のハイライトだったね、キミ」

 

「ふん、貴様が無駄な講釈で時間を引っ張った所為であろうが」

 

「いやいやキミが死体を前に立ちくらみを何度もするからじゃないのかい?」

 

「いや貴様が…」

 

「どっちでも良いから…それで。何か分かったことがあるなら、今のうち共有しておこう」

 

「オーケイ!じゃあ良いニュースから言わせて貰うよ!」

 

「その口ぶりからして、悪いニュースもあるのか?」

 

「特に無いとも!」

 

 

 いや、無いのかよ…。

 

 

「まぁ何を隠そう、例の筆跡の件についてなのだけれど……実はついさっき、照合を終えた所なのだよ。いやぁ大変地道な作業だったさ…あれはそうだね、ボクがまだ真実のうま味という者を知らなかった頃の――――」

 

「貴様の昔話はどうでも良いのだ!さっさと話を進めろ!はぁ…何故ワタシがこんなチマチマした作業をしなければならんのだ…」

 

 

 あきれかえる雨竜に、ニコラスは”おおっ!そうだったね!キミ!”と、快活に応える。この様子を見てみると……案外、悪くないコンビ感で捜査をしていたのかも知れない。裁判前に、大変疲れそうではあるが。

 

 

「話を戻そう、筆跡の鑑定結果、だったね。…キミ達も聞きたくてウズウズしているんじゃないのかい?」

 

「……さっさと教えろ」

 

「オーケイ…任せたまえよ、キミ」

 

 

 そう言って恐らく全員分の文字が書かれた紙を取り出し、眺める。そして、まるで何かの結果発表をするように溜めていく。

 

 

「今回のボクら独自の調査を報告しよう――――残念ながら…誰1人として手紙と合致する生徒はいなかったさ、キミ」

 

「…えっ…い、居なかったのか?」

 

「ああ…このワタシによるダブルチェックも込みで、そう結論づけた」

 

「どういう、こと?」

 

「さあね。だってほら、見てみたたまえよ…この手紙の筆跡と、全員の筆跡を…物の見事に癖が違うだろう?」

 

「…本当だな」

 

 

 本当に、全員が全員、個性をもろに出したような字を書き連ねている。十人十色と言う言葉があるのだが…それを今目の前に提示された気分だった。

 

 これなら…誰1人筆跡が合わないと言えるのも頷ける………だとしたら…誰が―――――――――――

 

 

 

 

 あれ?

 

 

 

 

 だけど…何だ?手紙の、この筆跡……最初はどうとも思わなかったが…なんでか、既視感が…?どういうことだ?

 

 

 この字…どこかで……見た事が…あるような。

 

 

「しかしだよ?諸君、この結果を元にして、分かったことがあるにはあるのだよ」

 

 

 考えに没頭しようとした矢先、ニコラスがそう高々と宣言する。その言葉に俺は、現実に引き戻される。

 

 

「……一応聞いておくが、何が分かったのだぁ?」

 

「分からないことが分かったのさ!!どうだい素晴らしい調査結果だろ?」

 

 

 ガクッと、俺達は体を傾ける。続けてため息を1つ。大層な間を作った癖に結局何も無いと言う結果だったのだ、そう反応してしまうのも無理はなかった。

 

 

「とまあ、こういった結果であったことに変わりは無いが、だけどこういった証拠も何かしらの役に立つはずさ……良いかい?」

 

「…わかった」

 

 

 重要そうにはまったく見えないが…ニコラスが言うなら、念のため頭には置いておこう。

 

 

 

 でも…さっきの感覚は…どういうことなのだろうか?…一応、この直感もメモに書き記しておくか。

 

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

 

【配られた手紙)

…『本日お配りした写真について、改めて説明をしようと思います。午後7時、モノパンタワーにてお待ちしております。できるならミナサマで来ていただけると幸いです。モノパンより』

 

 全員に届けられた手紙。しかし時間になってもモノパンは来ず、恐らくモノパンじゃない誰かが書いたと思われる。

 

 しかし、沼野への手紙には『午後5時にモノパンタワー2階に来い』と書かれていた。筆跡を見たところ手紙の主は、同一人物。⇒しかし筆跡鑑定の結果、誰1人筆跡が合致する生徒はいなかった。

 

 …だけど、俺自身は何処かで見た事があるような…そう思えて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

「あ!あの…ニコラスさん!」

 

 

 筆跡についての話をしてしばらく。そろそろ赤い扉が開くのではないか、その間際、俺達の元に…手に何かしらのメモを握った小早川がやってきた。

 

 

「Oh!ミス小早川!待ちに待っていたよ!キミ!」

 

「は、はい…。あの頼まれた代物です」

 

「サンキュー!ミス小早川。実に迅速な働きだ。…ふむふむ成程成程」

 

 

 小早川から、手元にあった何らかの紙を渡されたニコラスは、わざとらしく頷き、メモに目を走らせる。

 

 

「小早川?何か頼まれたのか?」

 

「ええと、タワーの見張りをしている最中に、ニコラスさんから今朝の献立について教えてくれって言われまして。それで…」

 

「献、立?」

 

「そういえば、何やらコソコソと頼んでいたなぁ……まさか献立如きだったとは」

 

 

 渡されたメモを覗きこんでみると…確かに俺達が今朝食べたメニューが羅列され、1人1人の生徒達の食べた食事と、飲み物が丁寧に記されていた。

 

 

「でも、今朝のメニューなんて、ほぼ全員一緒で、教えるほどのものではないような…」

 

「本当だ。皆、殆ど一緒…だね」

 

「ううむ。どうやら、無駄足だったようだな?ニコラス」

 

「いいや、そうでもないぜ?ミス小早川。ちょいと追加で聞いても良いかい?」

 

「は、はい…なんなりと」

 

「この食事メニュー以外に、生徒それぞれに何かしらの個人差についても聞いて良いかな?」

 

 

 個人差…?俺は頭を傾けながら、小早川に向き直る。

 

 

「あるにはありますけど…あの”ぷらいばしー”の配慮については…」

 

「良いから良いから、後でどうとでもフォローするさ、キミ。ほら、彼らのこだわりなんかを洗いざらい言ってくれたまえよ」

 

「不安しかありません…」

 

 

 小早川の気持ちは分かるが…それにしても…こだわりか。

 

 偏見かも知れないが、ここにいるのは癖の強い連中が多い故に、何となく小さなこだわりが満ちあふれているイメージはある。

 

 

「でもわかりました…ご飯そのもののこだわりではなく、その周辺の環境の違いについてお話しさせていただきます…」

 

「周辺の、環境?結構、そういうの、皆、気にするん、だ」

 

 

 お前の場合は、まず普通の食事をすることにこだわりを持とう…と言おうと思ったが。話が脱線しそうだったので、やめておいた。

 

 

「は、はい。味は勿論のこと、飲み物、調味料…それに、食事に使う”食器”などにも違いが」

 

「成程………食器も、かぁ」

 

 

 その”食器”という言葉にニコラスはピクリと耳で反応を示したのが見えた。

 

 

「例を挙げるなら、お皿とかお箸、ですね……コレじゃ無きゃヤダっと言うお方が、チラホラと。特に、お箸などは半分以上自分専用のお箸を使っていらっしゃいます」

 

「きづかなんだ…」

 

「いや、雨竜さんが特に多い方なんですけど…」

 

「うぐ………ふ、ふははは!!勿論ワタシは常に自分自身のモチベーション管理に余念はないからな!!当然と言えよう」

 

「誤魔化したな」

 

「誤魔化しましたね」

 

「誤魔化した、ね?」

 

「ははっ!焼きが回ったもんだね!キミ」

 

 

 ……そういえば。俺がご飯当番だったときも、水無月や雨竜、それにニコラスにも皿やコップはこれにしてくれとか、割り箸を置いてもすぐに席を立って別の箸に取り替えた連中もいたな。

 

 

 そう考えていると…

 

 

「ミスター折木」コソコソ

 

 

 小早川達が話している中で、小さくニコラスが此方に声を掛けてくる。まるで気付かれては不味いというように、彼女たちにはバレないような形で。

 

 

「どうした…?」コソコソ

 

「実はシスター反町から、一つタレコミがあったのだけれど…聞いてもらえるかい?」

 

「別に構わないけど…何で皆に言わないんだ?」コソコソ

 

「ちょっとした工夫さ、キミ」コソコソ

 

 

 工夫って…まぁ彼がそうしたいのなら、言わないでおくが。

 

 

「実は朝、炊事場にボク達が集合する前に、ちょっとした出来事があったらしいのだよ」コソコソ

 

「何があったんだ…?」コソコソ

 

「紛失事件さ、ミスター忍者が食堂に集合したときの話なのだけれど……どうやら彼のポーチが無くなっていたらしくてね。中には、古びたクナイやら手裏剣、メモ帳に、墨、それに彼が愛飲しているお茶っ葉が入ったそうだ」コソコソ

 

「随分物騒なものが入ってたんだな……で、その後は…どうなったんだ?」コソコソ

 

「報告会の後、すぐに見つかったらしいさ。どうやら机に置かれていたらしい…」コソコソ

 

 

 成程…沼野のヤツの持ち物が消えて…そしてすぐに見つかったのか。でも、これって結構怪しい話じゃないだろうか?

 

 

「でも尚更分からないな…何で、そんな大事な事を皆に共有しないんだ?」コソコソ

 

「ミスター折木、敵を欺くにはまず味方から、だよ。キミ」コソコソ

 

「…どういうことだ?」

 

「はは、いずれは分かるさ、いずれね」

 

「いずれって……」

 

「それよりもだ…良いかい?コレはボクとキミ、そしてシスター反町しか知らないことだ。勿論彼女にも口止めをしている。この情報を披露するときは、ボクが合図する。良いね?」

 

「…わかったよ」

 

 

 気は進まなかったが、ニコラスが戦略を立てたというのならそれを無碍にするわけにはいかない。俺はうっかり口を滑らせないよう、心に決めた。

 

 

「いやぁーミス小早川、献立のについて、そして食器について教えてくれてサンキューだぜ!これでまた一歩、真実へと近づけた気がするよ、キミ」

 

 

 一瞬の密談を行ったニコラスは、切り替え、そう言いながら彼は小早川達に向き直る。テンションは同じなのだが…食えない感覚である。

 

 

「そ、そうでしょうか。でも、うう…ゴメンなさい、こういう細かいことでしか、お力になれなくて……」

 

「なぁに、そう蹲ることはないさ。キミの一握りの努力こそ、クロを貫く牙となりえるものなのだよ」

 

「……ああ、ニコラス言うとおりだ。小早川、お前のその記憶…きっと力にしてみせる」

 

「うん、だから…後は、任せ、て」

 

「ふはは!鼻から貴様の脳細胞に一ミリとて期待はしておらん…安心しろ!」

 

 

 いや、その言い方はどうかと思う。

 

 

「折木さん…皆さん。――――そ、そうですよね!はい!!何だか私らしくありませんでしたよね!!まだ事件の概要すら掴めておりませんが、裁判でも、お力になれるよう頑張ってみせます!」

 

「流石に、概要は頭に入れて置いた方が良いんじゃないか?」

 

 

 少々不安は残るが…でも小早川の方も、何とか、しおれすぎずに済んだようだった。

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【生徒達のこだわり)

…生徒達はそれぞれ自分の食事にこだわりをもっていたらしい。食事中に飲む飲み物、使う箸、茶碗、などそれぞれ違っていた。

 

 

【ポーチ紛失事件)

…朝の報告会の前に起こった小さな事件。沼野のポーチが何処かに消えたらしいが、報告会の後、すぐに見つかったらしい。

 ポーチの中身は。古びたクナイやら手裏剣、メモ帳に、墨、お茶っ葉。

 

 

 

 

 これらのことをメモし…そして今までの情報を整理していると。

 

 

 ――――ガラガラガラ

 

 

  そうやって、音を立てながら、赤い扉が開いた。

 

 

「扉…開きましたね」

 

「…そうだな」

 

 

 また、空気が重くなったようだった。

 

 

 生徒達は、覚悟を決めたように…無言のまま次々とエレベーターの中へと入っていく。

 

 

 俺も続かなければ。事件と向き合うために、強い覚悟を持って。

 

 

 くよくよしてる時間も、怖じ気づいている時間も、俺には無い。

 

 

 真実を確かめる場へ…早く向かわなきゃいけない。

 

 

 生き残るために、2人の死の真相を究明するために。

 

 

 

「……………」キュッ

 

「ん?贄波…どうした?」

 

 

 エレベーターへと向かおうと足を速めようとする俺の服をつまむ贄波。じっと、吸い込まれそうな瞳を此方に向けてきた。

 

 

「折木、くん…右手、出して」

 

 

 向き合う俺に、贄波は急にそんな事を言った。

 

 少し呆けてしまう。

 

 

「こう、手のひらを、上に、するように…」

 

「………こうか?」

 

 

 何の事か分からないが、言われるがままに俺の手のひらを出す。

 

 すると、彼女はその右手を両手で優しく包み上げる。そして、目をつぶる。

 

 急にそんな事をされたものだから。少し頬を染める。何んなのか、聞こうと考えた。でも、余りも真剣なその雰囲気に押されて、つい押し黙ってしまう。

 

 ほんの数秒。彼女のぬくもりに包まれた右手を眺めていると、彼女は目を開き、此方に微笑みかける。

 

 意図の読めなかった俺は、首を傾げることでしか返せなかった。

 

 

「…?」

 

「おまじ、ない…」

 

「おまじない?」

 

「今、折木くん、の手のひらに、おまじないを、かけた、の」

 

「……」

 

 

 そう言われた俺は、自分の右手をジッと見つめてみた。

 

 

「折木くん、今、とっても、怖い顔してた、から……それに、とてもつらそう、に見えた、から」

 

 

 俺は、えっ?とそんなこと初めて聞いたように目を見開いた。

 

 

「気付かな、か、った?」

 

「…正直」

 

 

 自分がそんな顔をしていたなんて、思いもしなかった。自分で自分の事を、客観的に見ることなんてあまりないものだから。

 

 

「これは、ね?…勇気の出る、おまじない」

 

「勇気の?」

 

「今、折木君の右手には、勇気が、こめた、の」

 

「………」

 

「きっと、折木くん。今とっても、怖がってる。裁判に行くことに、真実を、知ろうとする、こと、に」

 

 

 ――――怖がってる。

 

 

 自分では何なのか、言われても分からなかったが。

 

 何となく、腑に落ちてしまった。

 

 今まで経験してきた裁判でも、今まで求めてきた真実を求めるときも。俺は…。

 

 

「陽炎坂くんや、長門さんの時、みたい、に……自分に、自信を、持てなくなる、時が、くるはず。迷って、迷いながら、無理するとき、が来るはず…」

 

「……」

 

「だから……怖くなったり、不安になったら、右手を胸に当てて、みて?」

 

 

 俺は右の手のひらをもう一度見つめてみた。

 

 

「きっと…折木、くん、の力になれる、はず、だよ」

 

「…………」

 

 

 勇気の出る、おまじない…。

 

 

 子供っぽい、そう思った。だけど何となく、贄波が唱えてくれるなら、言葉にできない安心感が持てるようだった。不思議な話だった。

 

 

「…………まだ、不安?」

 

「いや…そんな事は無い。凄く、心強いよ」

 

「そっか…なら、良かっ、た」

 

 

 俺は出来る限りの笑みを浮かべた。ぎこちなかったかも知れないけど、でも今までしてきた表情よりは、ずっとマシに思えた。

 

 

「でも…こんなおまじないなんて、いつ教わったんだ?」

 

「…私の、お母さん。私が、いつも不安になったとき、いつでも勇気を持てるようにって…こうやって、してくれた、の」

 

「お前の…」

 

「歌も歌って、くれてたん、だけ、ど……でも私、歌下手くそ、だから…」

 

「いや…充分だよ。ありがとう…」

 

 

 …この手のひらに、目に見えない勇気がある。そう思うだけで、不思議と心強い暖かさを感じた。

 

 

「……頑張ろうな、贄波」

 

「うん…!」

 

 

 そう言い合い俺は、贄波と共に開いた扉の向こう側へと、歩いて行った。

 

 

 落とさないように、話さないように…強く、堅く、右手を固く握りしめながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【裁判場】

 

 

 

 ――何度目かも分からないエレベーターの下降音

 

 

 ――まるで首を締め上げるように、下から上へ湧き上がるような反重力

 

 

 ――深く深く、唸り上げながら、エレベーターは下っていく

 

 

 ――深い深い、地獄の底へと俺達を運んでいく

 

 

 

 そんな低い重圧が蔓延る中、俺達の間に言葉はなかった。

 

 

 全てが無音。ヘタな沈黙ではなく、張り詰めたような強い沈黙。

 

 

 まるで誰かに話すことを禁じられているのではないか、そう錯覚してしまうほど…俺達の間に会話という会話はなかった。

 

 

 無理もなかった。

 

 

 俺達に配られた今朝の写真。俺達の知らないはずの大切な思い出。

 

 

 それはすなわち、俺達が仲間だったクラスメイトだった証。

 

 

 その証を破り去るように、コロシアイが起こってしまった。

 

 

 しかも、2人。

 

 

 その事実が、全員の口をこんなにも閉ざすように、仕向けている。

 

 

 誰1人として言葉を出すことは出来ないように、抑えつけている。

 

 

 

 ――――そのまま、誰1人として言葉も発さずに

 

 

 

 チーン――――――

 

 

 

 到着の合図と共に、入口である鉄格子が、ガラガラと開いていった。

 

 

 重圧から解き放たれたはずなのに、エレベーターの中で感じていた重苦しい感覚は未だ続いていた。

 

 

 まるで牢屋から出されるような。そんな罪を背負った感覚だった。

 

 

「今晩はミナサマ……三度、我が学級裁判場へご足労頂きまして感謝致しまス」

 

「……」

 

「くぷぷぷ、芸術的なほど悲痛そうでございますネ。そんな辛気くさいままでは、目の前に迫った真実とやらも逃げて行ってしまいますヨ?」

 

 

 俺達の苦しげな様子を、おもちゃを触るようになじるモノパン。今の俺達に、それへ反応できるような余裕はなかった。俺は、そんなモノパンを視界に入れないよう、耳も、目もそらしていった。

 

 見てみると…裁判場の内装も、また前回に引き続いて変化していた。風船と花吹雪が飛び交い、まるで物語に出てくるようなお城が壁に描かれている。恐らく今回の事件現場である、モノパンパークにちなんで着色されたのだろう。

 

 

「それではミナサマ。いつもどーり、自分のお席にお着き下さいまセ」

 

 

 俺達は、相変わらず言葉も無く、続々と自分たちの定位置へと立っていく。

 

 

 その淀みの無さに、これまで経験が込められているようで…イヤに悲しかった。

 

 

 そしてまた、俺達は向かいあった。いや、向かい合ってしまった。

 

 

「ははっ…できるなら…3度と拝みたくない光景だったんだけどね。キミ」

 

「仕方あるまい。殺人が起きた今、この中に潜む愚か者をあぶり出すには、この方法しかないのだからな」

 

「ひぇ~、心臓が口から飛び出してきそうなんだよねぇ…もう心臓以外にも自分の知らない未知の内臓が出来そうなんだよねぇ…」

 

「…それは出し過ぎ。普通にグロい」

 

「はぁ、そんな気持ちが貼ってんなら、景気づけにお祈りでもするかい?多少は気分も晴れるかも知れないよ?」

 

 

 暗い面持ちが周囲を満たす中、首元の十字架のペンダントを見せびらかし、笑いながら反町は提案する。

 

 

「いや、お祈りって景気づけにするものじゃないと思うんですけど…」

 

「そうかい?…じゃあ1人でやってるさね」

 

「あっ、結局1人でやってしまうのですね」

 

 

 静かに、ポツポツと会話が繋がるこの中で、モノパンはソレを見てまたくぷぷと笑い出す。

 

 

「くぷぷぷ、最初はどうなるかと思いましたが…案外元気そうですネ。でもまぁ、いつもより、静かなのは事実。なんていったって…今回の事件はこのクラスの賑やかし担当である2名が、とうとう消えてしまったのですかラ」

 

 

 …そう言われた瞬間、また、小さな圧が俺達の間にかかり始めた。

 

 

 今まで口には出さなかった、事実。出せば、きっとまたさっきような沈黙が、また走ってしまう。

 

 

 そう思って、誰も口にはしなかった。だけど放たれてしまった。

 

 

 思った通り、俺達の間には酷い重苦しさが、再び蔓延していた。

 

 

 わかっていながら、口にするなんて……何て嫌みなヤツなのだろう。本当に、コイツには、嫌悪感しか感じられない。

 

 

 だけど、分かっていても、どうすることもできない俺。逃げるように、事件の被害者である二人の席に視線を移した。

 

 

 そこには既に遺影が立てられていた。

 

 

 ――――『超高校級の忍者』“沼野 浮草”…影が薄いとか、忍者くずれだとか様々な野次を飛ばされて、でも俺達の間の不和を誰よりも早く察して、身を乗り出してでも穏便に済ませようと努力していた。

 

 彼の遺影は、まるで誰なのか分からない様に、顔を筆で塗りつぶされていた。

 

 

 ――――『超高校級のチェスプレイヤー』”水無月カルタ”…俺達の中で随一のムードメーカーで、例えどんな暗い状況だろうと、自分がどれだけコロシアイを嘆いていたとしても、必死にこの場を盛り上げてようとしてきた。そして、俺がここに来て、初めて出会った最初の友人。

 

 彼女の遺影には、朝衣や鮫島のように×が描かれていた。だけど、その線は、チェスのキングとクイーン。チェックメイトを表わすように、倒れかかっていた。

 

 

 そんな2人が居なくなってしまった。俺達の思い出の中でしか…彼らは生きることができなくなってしまった。

 

 

「それでは早速、上げていきましょう…キミタチ人生最期になるかも知れない生の分岐点…学級裁判、そののろしを」

 

 

 

 きっと今、俺は冷静じゃない…この中の誰よりも焦燥に駆られている。

 

 

 

 

 この震える体が、その尋常じゃない焦りを証明している。

 

 

 

 右手に力を込める。

 

 

 

 それでも俺は……真実を導いてみせる。

 

 

 

 

 誰が二人を殺したのか…その全てを、絶対に暴いてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――例えソレが…どれほど残酷な真実であったとしても…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〇証拠一覧

 

【モノパンファイル Ver.3)

…被害者:【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

 

 死体発見現場はエリア3、モノパンタワー2階の『ダンスホール』。死亡推定時刻は午後5時あたり。体全体に無数の外傷が見られる。外傷以外では、被害者は激しく吐血したことが確認できる。

 

 

 

【モノパンファイル Ver.4)

…被害者:【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

 

 死体発見現場となったのは、エリア3のお菓子の部屋。死亡推定時刻は午後7時30分頃。死因は体全体を高所から打ち付けた事による『転落死』。外傷は他に、強く掴まれたようなのアザが見られた。

 

 

 

【気球の籠)

…噴水に突き刺さった遊覧用の気球。少なくとも、タワーに集合した時には突き刺さっていなかった。

⇒反町達からの証言から、停電中に突き刺さった可能性あり。

 

 

 

【気球の手すり)

…大きく凹んだ跡があった。丁度、手を引っかけた位の大きさの凹み。

 

 

 

【配られた手紙)

…『本日お配りした写真について、改めて説明をしようと思います。午後7時、モノパンタワーにてお待ちしております。できるならミナサマで来ていただけると幸いです。モノパンより』

 

 全員に届けられた手紙。しかし時間になってもモノパンは来ず、恐らくモノパンじゃない誰かが書いたと思われる。

 

 しかし、沼野への手紙には『貴方の計画は知っています。公にされたくなければ、午後5時にモノパンタワー2階のダンスホールへ来て下さい』と書かれていた。筆跡を見たところ手紙の主は、同一人物。⇒しかし筆跡鑑定の結果、誰1人筆跡が合致する生徒はいなかった。

 

 …だけど、俺自身は何処かで見た事があるような…そう思えて仕方なかった。

 

 

 

【停電時の居場所)

折木、贄波、ニコラス、小早川⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

雨竜⇒ゲームセンター

落合⇒観覧車

古家⇒お化け屋敷

反町、雲居、風切⇒エリア3の入口

 

沼野⇒モノパンタワー2階『ダンスホール』

水無月⇒???

 

 

 

【落ちたシャンデリア)

…沼野の死体に落下したシャンデリア。四方に4本の鎖、そして中央のチェーンで支えられていた。四方のチェーンを切断すれば、重さに耐えきれずに約1時間で落下する。

 俺達が集合した午後7時よりも1時間前の午後6時には鎖は切断されていた模様。

 

 

 

【切断用のハサミ)

…チェーンの切断に使われたと思われる枝切りばさみ。ダンスホールの観覧席に隠されていた。

 

 

 

【強烈な破裂音)

…停電中にエリア3の上空で響いた音。

 

 

 

【天井からの足音)

…停電時、ダンスホールの真上から聞こえたカタカタとした音。恐らく、足音。

 

 

 

【止まったジェットコースター)

…タワー屋上のすぐ側。ジャンプすれば届きそうな距離に、レール上で停止していた。一番前の安全バーは無理矢理外されており、恐らくバーを外したことにより、ジェットコースターが停止した模様。

 

 

 

【ジェットコースターのパンフレット)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【血の付いたナイフ)

…水無月の死体の側に落ちていたナイフ。切っ先に血が付いている。

 

 

 

【雲居の証言)

…停電中、雲居が耳にしたカンカンという叩くような音。入口の真上から響いたらしい。

 

 

 

【電気室の配電盤)

…イジられた形跡があったため、恐らく停電の原因と思われる。しかし、ジェットコースターを司るスイッチは見られなかったため、この施設の電源だけは独立している模様。

 

 

 

【モノパンゴーグル)

…赤外線放射機能を搭載し、どんな暗闇でも、どんな暗夜でも、何でも見通すことができる。ジェットコースターの入場口近くの茂みに落ちていた。

 

 

 

【モノパワーハンド)

…どんな小柄な人であろうと、軽々と自分より重い物を運ぶことが出来る。ジェットコースターの入場口近くの茂みに落ちていた。

 

 

 

【即効性絶望薬 and 遅効性絶望薬)

…モノパンの七つ道具の一つ。

 

遅効性絶望薬:『服用から8時間きっかりで効果が現れる毒薬』⇒水無月の部屋にて発見。

 

即効性絶望薬:『服用後すぐに人を死に至らしめる。さらに空気よりも軽いため、気化して部屋中にガスを蔓延させることもできる』⇒所在不明

 

 

 

【七つ道具のルール)

…道具を借りられるのは、1人二つまで。

 

 

 

【上空に浮かぶ火の玉)

…停電時、観覧車に乗っていた落合が目撃。モノパンタワーの近くに浮かんでいたらしい。

 

 

 

【生徒達のこだわり)

…生徒達はそれぞれ自分の食事にこだわりをもっていたらしい。食事中に飲む飲み物、使う箸、茶碗、などそれぞれ違っていた。

 

 

 

【ポーチ紛失事件)

…朝の報告会の前に起こった小さな事件。沼野のポーチが何処かに消えたらしいが、報告会の後、すぐに見つかったらしい。

 ポーチの中身は。古びたクナイやら手裏剣、メモ帳に、墨、お茶っ葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 




捜査編です。
情報量は大変多いですが、比較的分かりやすい事件だと思います。






【コラム】
〇名前の由来コーナー 沼野 浮草(ぬまの うきくさ)編

作者から一言:NARUTOに出てきそうな名前にしたかった

 コンセプトは争い事を嫌う、穏やかな青年……だったのですが途中から、そんなに薄くはないけど影が薄いとイジられるタイプの騒々しいキャラに転じました。小説って面白い♡
 名前は一言でも言ったように、NARUTO風味の名前(『海野イルカ』みたいな)にしたかったのが始まりでした。次にそーろんの全キャラが載ったサイトを閲覧しました。名前被りがイヤだったので、50音中で一番使われていない最初の音を調べたところ、唯一『ぬ』から始まるキャラが居ませんでした。なので…ぬから始まる名前にしようと思いました。
 その結果、『沼野(ぬまの)』が最初にでてきました。次に名前ですが、初めは『蛙(かわず)』だったのですが、何か不格好だったので、色々調べて『浮草(うきくさ)』に行き着きました(沼に生息する生物図鑑…みたいなのを見て決めたんだと思います)。こういった試行錯誤を繰り返した過去があるため、かなり思い入れの深い名前です。


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Chapter3 -非日常編- 14日目 裁判パート 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    【学級裁判】

 

 

     【開廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、三度となりますが、学級裁判の簡単な説明から始めていきましょウ!」

 

 

「学級裁判では『誰が犯人か?』を議論し、その結果は、キミタチの投票により決定されまス」

 

 

「正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおキ。ですが…もし間違った人物をクロとした場合は…」

 

 

「クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけがこの施設から出る『権利』が与えられまス!」

 

 

「何と!今回は2人という複数殺人となってしまったために、謎解きの負担は大きいとは思いますガ。張り切って!議論していきましょーウ」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 何度目かも数えたく無い、裁判の説明。

 

 

 

 

 何度目か分かりたくも無い、疑い合いの始まりの合図。

 

 

 

 

 何度目かも信じたく無い、仲間が居なくなったという事実。

 

 

 

 

 

 その全てを聞き終えた俺達の面持ちは…一言で言って。

 

 

 

 

 ――――重い

 

 

 

 

 あまりにも重かった。

 

 

 

 まるで暗雲に浸されたように、まるで深海に沈められたように、裁判場を、俺達の周囲を重く湿らせていた。

 

 

 

 無理も無かった。

 

 

 

 俺達の仲間が二人も殺されたこの大事件を、まともに受け止めろだなんて、酷も良いところだったから。

 

 

 

「……」

 

 

 

 そして俺達の中に――――水無月達を殺害したクロが…潜んでいる。

 

 

 

 この現実が、俺達を酷い沈黙へと誘っていた。

 

 

 

「…議論をしていくのは良いのだけれど。一つ質問をしても良いかな?モノパン」

 

 

 しかし、その重苦しい中で、ニコラスはそう疑問を呈した。殆ど全員が顔をしかめるこの空間の中で、何事も無かったように平常な彼の姿は、誰よりも輝き、そして同時に恐ろしくも見えた。

 

 

「はいはーイ。大丈夫ですヨ~今回は妙にややこしい事件なので、どんな質問がきても良いよう準備は出来ておりま~ス」

 

「…ニコラス、何か引っかかる部分でもあったのか?」

 

「いや、ね。今回の事件は2人の被害者がいる…つまり複数の殺人が行われていた、ということについてなのだけれど…」

 

 

 今回の事件において最大のアキレス腱とも言える、連続殺人。そのことについて、どうやら彼は疑念を抱いているようだった。

 

 

「だとしたら……だとしたらだよ?もしも、2人を殺したクロが別々の場合、ボク達は裁決を取る際、どのように投票すれ良いんだい?」

 

 

 別々…その単語を聞いた俺は…また少し、空気に重みが増したように感じた。

 

 

「別々のって…!それって、どういう意味ですか…!」

 

「そのままの意味さ。今回の事件は連続殺人なのか、そうでないのか…もしもそうでないなら、という質問をしているのだよ…キミ」

 

 

 あっけらかんという彼は言うが…それは、要は俺達の中に沼野達を殺した犯人が”2人”居るかも知れないということと他ならなかった。

 

 

 

 ――――1人でも神経を極限まですり減らさなきゃならないというのに…2人もだなんて

 

 

 

 ――――仲間の中で、今まで以上に疑い合うなんて…勘弁してくれ

 

 

 

 言葉にせずとも…そう言外に現れているようだった。

 

 

 

「でも…確かにニコラス君が疑問に思うのも無理も無いんだよねぇ…なんせ水無月さんも、沼野君も…全く別の場所で殺害されている訳だからねぇ」

 

「…モノパンタワーの2階に、お菓子の家。場所っていうか、高さが全然違う」

 

「この世には2種類の人間が居るものさ…それは生きる者と死んでいく者……生き続ける僕らは常に同じ…そして死んでいく者は…」

 

「ええい!ややこしく話をかき混ぜるな落合!!それで!!もし犯人が複数いた場合、我々はどうすれば良いのだ!!」

 

 

 連続殺人なのか否かは、今すぐ議論することではない…雨竜はそう言い放ちながら、モノパンへと向き直った。

 

 

「はい!後になって困らないようにする…そのためにお答えしましょウ!もしもそれぞれが別々のクロだった場合は、それぞれの被害者ごとに投票を行いまス。そして丁寧に、オシオキを執行させていただきまス。くぅ~ワタクシってば誠実で律儀~お嫁にしたイ~」

 

「どこがですか…誠実なんて、あんたの辞書になんて書かれてるはず無いでしょうに…」

 

「というよりも、貴方がメスだったことに驚きを隠せないのですが…」

 

「いいえ…いいエ。ワタクシは設定的には性別不明なので。そういう差別的なアレは止めて下さいネ?」

 

「差別なんて、そのようなアレは………無いような?…うぅややこしいです」

 

「シンプルにおちょくられてるだけだから、馬鹿正直に真に受けるもんじゃ無いと思うんだよねぇ…」

 

「馬鹿とはなんですか!!!」

 

「ええ!キレれる沸点がそこなのかねぇ…」

 

 

 …だけど、もしも今回の殺人が連続殺人では無かった場合、最悪、2人同時にオシオキされる…ということ。

 

 

 

 ――あんな凄惨の場面を二度も見るかも知れない

 

 

 ――そう考えるだけで、頭が可笑しくなりそうだ

 

 

 

 想像するだけでも恐ろしい、そのありえるかもしれない未来に、俺の心は、また重くなるようだった。

 

 

 

「…と、ボクの聞きたいことは以上さ。他にもキミ達から聞きたいことはあるかい?」

 

 

 ニコラスからの質問に、俺を含めた生徒達は沈黙する。その返答を是と捉えたニコラスは“オーケイ”と、その質問に蹴りをつける。

 

 

「…ではさっさと議論に進んでいこう。なんせ被害者が2人、つまり推理の量も2倍、ある程度の余力を持って議論に挑んでいかなければならないんだからね」

 

「そんな緩急、あんたしか付けられないですよ…」

 

「おおっと、すまない!!ボクとしたことが、知らずの内に名探偵マウントをとってしまったみたいだね!!」

 

「さっさとコイツに投票して、この減らず口を永遠に塞ぎたくて仕方ないんですけど…」

 

「激しく同情するが…それは流石に愚策だ、止めておけ」

 

 

 ぐぬぬと拳を握りしめる雲居に、雨竜は待ったを掛ける。確かにイラつくが、今はそんな些細な事でいざこざを起こしている場合では無い事も、確かだった。

 

 

「……でも議論するとしても。何について議論するべきなの?」

 

「語るべきは、空白の時の流れ…僕らが気付かず、そして見ぬフリをしていた世界について…話してみないかい?」

 

「ああ~ややこしぃ。つまりどういうことさね?」

 

「今回、の、事件の、流れを知りたい、って…言いたいの、かな?」

 

「………何で分かるかが分からないんだよねぇ」

 

「でも、落合の言う事も一理あるさね。……ほら、折木の話からして…この事件、だいぶ立て込んでるみたいだし」

 

 

 確かに、事件当時、俺達は全員バラバラの位置にいた。そしてバラバラの場所でバラバラの目撃証言がある。つまり、全員が死体を発見する前後で何が起きていたのかを知らない。

 

 …だとしたら、円滑に裁判を進めるために、生徒全員と今回の事件の大筋を共有をしておくべきだな。

 

 

「じゃあ、まとめて、みよ、っか。何が分かってない、のか、も、何を、議論すべきなのか、も、把握できる、し」

 

「OK!理解したよ……だけどボクは自分の興味の赴くままに扮装していたから、そういった細かい流れを確認する作業を怠っていてね…そういうネチネチとしたことは我が友であるミスター折木に任せるとしよう!!」

 

「誰がネチネチだ…どっちかっていうとキリキリだ」

 

「そここだわる部分なのかねぇ…」

 

「どっちでも良いから、さっさと進めるですよ」

 

 

 …俺らしくなく、少し突っかかってしまったみたいだ。とにかく、今は雲居の言うとおりさっさと話の流れを整理していこう。

 

 まずは事件の始まり。つまり、俺達が例の手紙を受け取った時のことから。

 

 

「…俺の視点から事件を整理していくぞ。この事件の始まりは、今日の午後7時…モノパンタワーの1階で、だ。そこには、俺と贄波、ニコラス、反町、雲居、ニコラス、そして被害者である水無月の7人が集合していたんだ」

 

「…いきなりで申し訳ないんだけど、何でそんな場所に集合してたのかねぇ?」

 

 

 と、案の上の質問が古家から飛び出してきた。

 

 

「…“手紙”を渡されたからだ」

 

「…手紙?」

 

「これ、だね」

 

 

 そう言って、補足するように入ってきた贄波は、ポケットにしまってあったと思われる手紙の封筒を取り出し、全員へと回していく。

 

 

「『午後7時に来て下さい…』ねぇ……それにモノパンの名前まで使われてるんだよねぇ…」

 

「この手紙がログハウスのドアに挟まっててねえ。それを受け取っちまったから、アタシらはタワーに向かおうって発想になったんさね」

 

「今思えば、何でこんな怪しさ五百万点の手紙にホイホイ付いていったのか…当時の自分の気が知れないですよ」

 

「ま、まぁ…もしかしたら、って、ことも、ある、し」

 

「そうですよね!!!雲居さんだって、ニコラスさんだって、誰だって向かっちゃいますよね!!!」

 

「……流石にお前ほど鵜呑みにはして無かったと思うぞ」

 

「そんな……!!!皆様の途轍もない裏読みに驚きを隠せません…!!!」

 

「どんだけ戦慄してるですか。あんたは前回の事件から何を学んできたんですか…」

 

「ん~ミス小早川の純粋さが再度認識出来たことは置いておくとして…。…この手紙は恐らくボクら以外にも、集合していなかったキミ達の元にも配られてると思うんだが…覚えは無いかな?キミ達」

 

 

 そう逆に聞き返すニコラスに、タワーに来なかった連中は頭をひねらせる。

 

 

「えっ…え~?あたしゃ、そんな手紙、身に覚えすら無いんだけどねぇ…」

 

「安心しろ、ワタシもだ…」

 

「風の便りとは目に見えず、僕らの元にいつの間にか届いてしまっている物…。だけど悲しいことに、不可視とは時に、思い過ごしと捉えてしまうものなのさ」

 

 

 と、一様に知らぬ存ぜぬの証言をする生徒達。その反応に、ええ!と大きな声で驚愕する小早川。

 

 

「そんな!!!どうしてですか!!!私、皆さんに報告しましたよ!!!『早く来て下さい』って!!」

 

「『アレがアレなので早く来て下さい!!』、『とにかく急ぎなんです!』…理由も訳もわからんし、焦りすぎで気持ちしか伝わってこないし…伝達の悪手を悉く踏み抜いた貴様の言葉につい来る者など、誰一人としておらんわぁ!!」

 

「残念だけど…勢いだけじゃぁねぇ…それに用事もあったわけだし…」

 

「……うぐ」

 

 

 …よく分からなかったとは聞いていたが。そんな風に彼女は伝えていたのか。それじゃあ…来る者も来ないな…。

 

 

「…私は知ってたけど…眠かったから行かなかった…」

 

「それは既に全員が承知済みさね」

 

「「「……」」」ウンウン

 

「…驚愕すぎて顎が外れそう」

 

「あんたは今までの自分の生き様を顧みた方が良いかもしれないんだよねぇ…」

 

「人には生きる目的というものがある…例え小さな回り道があっても、それを貫かなければ目的は決して果たすことはできないものさ」

 

「あんたはよくわかんないからパスです」

 

「……」チャラン

 

 

 …とにかく、とにかくだ。雨竜、古家、落合はこの手紙の存在については殆ど知らず……風切は意図的にボイコットした…とまとめられる。

 

 とまあ、事件の始まりについてはこれぐらいにして…次は、集合した後の事だ。

 

 

「話を戻すぞ。タワーに呼び出された俺達は…手紙を渡してきた本人が現れる午後7時を待った」

 

「でもアタシは、【何が】鳴る前タワーを出てったさね。捜査中にも言ってたけど、風切達を呼びにログハウスの方に向かったんよ」

 

「本当に家に来てたから…姉御の証言は本当」

 

「そう……そして約束の7時になっても一向現れないことに業を煮やした、雲居、そして水無月も離脱していったんだ」

 

「いち早く抜けたのは私ですね……あそこに居続けても、正直意味ないと思ったですからね」

 

「見切りが早いのは、ミス雲居の良いところだね!キミ」

 

「………不思議ですよね。恐らく喜ぶべき場面のハズなのに。こいつに褒められても何の感慨も湧かないんですから」

 

「右に同じだぁ…」

 

「「「「…」」」」ウンウン

 

「おいおい!!あんまりにも程があるだろ!キミ達!!この超高校級のイケメン…じゃなく、名探偵の賛辞なんだぜ!!目を輝かせるくらいに喜ぶに値する価値はあると思うぜ!!」

 

 

 恐らくそういう所なのだと思う。だけどこの際だから、あえて口にはしないで置こう。

 

 

「雲居の話も、アタシと風切が保障するさね」

 

「……でも、タワーを出た後に、後ろから水無月も続いてたのは知らなかったですね」

 

「でも、水無月さんが外に出ていくの、私達も見てましたよ!!!」

 

「……ああ、そうだ。小早川の話も、俺達も見ていたんだ…勿論正しい。だけど今はそれに関しては保留にしておこう」

 

 

 確かに気になる事項ではあるが…でも、今はもう推理することでしか彼女の行方を追うことはできない。

 

 

 なんせ、どこに行っていたのかなんて確認するにも確認できなくなってしまったんだからな…。

 

 

 ……次は7時の後のこと、だな。

 

 

 

「そして、雲居達がタワーから去った直後…同施設の2階から、耳を裂くほどの轟音が響いたんだ」

 

「そのことなら梓葉から聞いてるさね。確か、その音に釣られて2階に上がった…で間違い無いかい?」

 

「は、はい!そこで、シャンデリアに押しつぶされた沼野さんの死体を発見したんです!!………うう。今でも、思い出すだけでこみ上げてくるものが…」

 

「……乙女としてはそこは押し込んでおいた方が良い。でもそこで浮草の死体を見つけたなら、…1回目のアナウンスは…」

 

「それが原因、か、な?それに、重ね、て…現場の状況を見てみる、と…折木くんの言って、た、音は、きっとシャンデリア、が落ちたと音、だと、思う、よ?」

 

 

 恐らくも無く、シャンデリアの音で間違い無いはずだ。それ以外に壊れた物は、あの2階では見つからなかったわけだし。

 

 

「そしてボク達が死体を発見してすぐ、停電が発生。そして停電が直ってすぐに2回目のアナウンスが鳴ったのだったね」

 

「…2回目は私達が音源。カルタの死体をお菓子の家で見つけたとき鳴ったから」

 

 

 そう、停電の復旧直後に、反町達が崩れたお菓子の家で死体を発見した。ソレを聞いた俺は、タワーを下り、タワーに居なかった生徒達と合流した。

 

 

 ――――これが、事件が起きてから死体を発見するまでの大筋。

 

 

 説明し終えた俺は、切り替えるように、一度呼吸を整える。

 

 

 

「ふむ…流れは大方整理し終わったと、見ても良いのかな?では、ココまでの話で何か疑問に思ったことはあるかい?キミ達」

 

「ありすぎて逆にどれから手を付けて良いか分からないんだよねぇ…ああ~~態々まとめてくれたはずなのに頭がこんがらかってきちまったんだよねぇ」

 

「大丈夫ですよ!!古家さん!!私もです!!!」

 

「………ああああぁ、何か余計に不安になってきたんだよねぇ…さらに飛んで、将来も不安になってきたんだよねぇ」

 

「何故そこまで不安が飛躍するのでございますか!!」

 

「不安とは常に身近に生きる、楔のようなものさ。人は努力をすることによって、その楔を取り除くことが出来る…だけど、楔は深ければ深いほど、難しくなってしまう……」

 

「…………」

 

 

 その講釈については、裁判が終わった後に話して貰うことにしよう。

 

 …だけど、やはり。起きたことが多い所為か、生徒達はどこから手を付けるべきか分からない様子だというのは目に見えて分かった。

 

 

「だったら…順序立てて、最初に起こった事から事件を紐解いていかないか?」

 

「順序立てて…つまり一番最初の出来事…ということは例の手紙の件についてでしょうか!!」

 

「手紙については、配られてたって結果だけだしね……差出人が誰なのかってのが一番の謎さね」

 

「でも…1発でわかるようなウルトラCがあるとは思えないんだよねぇ…」

 

「ああ!そうだとも!!そんなの今回の答えを言っているようなものだからね!!やるとしたら、時系列順に、なおかつ確実に分かっていることから切り崩してくとしようじゃないか!!」

 

「…わかっていること?具体的に…なに?」

 

 

 今はまだ考えるべきでは無いとわざとらしい口ぶりをするニコラスに、風切は首を傾げる。

 

 

「ほら、あれだよ……………………」

 

 

 しかしニコラスは…大げさな身振りをしようとしたところで固まってしまう。ポクポクポクと、木魚の音が聞こえてきそうな雰囲気であった。

 

 

「どれさね…」

 

「………………ドクター雨竜!ほら言ってやりなよ!!キミィ!!」

 

「最終的にワタシに振るなら、無闇に煽るな……。だが、そうだなぁ…分かっていること…というのなら、一番最初に発見された“沼野の死体”については、どうだ?」

 

「そうだよ!ミスター忍者の死亡状況についてまとめていこうじゃないか!!ボクもそう思っていたのだよ!!」

 

「ワタシが先に言ったのだろうガァ!!」

 

 

 裁判が始まって数十分……議論にすら入れていないというのに、少し、ほんの少しだけ騒がしさが増してきているように思えた。

 

 

 それはつまり、話が滞る前兆とも言えたが…。

 

 

 だけど、初めの暗雲を広げたような時より、全然マシに思えた。 

 

 

 変に暴走しすぎないように、だけどこの調子を崩さず…議論を進めていこう。

 

 

 まずは沼野の死体について、やはりそこが最初の論点。

 

 

 2人を殺害した犯人を見つけるために。真実のために、どんどんと事件を突き詰めていこう。ここから、この場所からがスタートラインだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

「今回殺害された被害者…」

 

「その1人は、【ミスター忍者】!!」

 

「超高校級の忍術を納めた彼が何故…」

 

「殺されてしまったんだろうね!」

 

 

 沼野さん…

 

    死して直も名前で呼ばれないなんてねぇ…

 

 でもアイツってアルバイターだったはずじゃ…

 

 

「…死体発見現場は」

 

「…モノパンタワーの2階のダンスホール」

 

「…状況からして」

 

「ココが【殺害現場】なのは間違い無い」

 

 

 あの状態から動かしたとは

 

   …考えにくい、よ、ね

 

 

「ファイルに寄れば…」

 

「体中に【無数の切り傷】が刻まれていたとあるなぁ…」

 

 

 今回に限った話じゃないですけど…

 

    ここまで痛めつけられるなんて…

 

 何とも凄惨な話であるなぁ…

 

 

「言うまでも無く、シャンデリアの所為だねぇ」

 

「シャンデリアに【押しつぶされて死んじまった】ときに…」

 

「付けられたモノだと思うんだよねぇ」

 

 

 確かに押しつぶされてました…

 

     ボクでなければ初見で絶対に吐いていたね!!

 

 …口にはしないで欲しかったです

 

 

「それに加えて、【激しく吐血した後】…」

 

「口元をみれば一目で分かっちまう…」

 

「沼野…」

 

「アンタは、どんな死を遂げたって言うんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

【モノパンファイル Ver.3)⇒【押しつぶされて死んだ】

 

 

 

「それは違うぞっ!!」

 

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は指をかざし、古家の、ウィークポイントと言うべき場所へと否定の言葉を狙い撃つ。

 

 

「いや違う…それは違うんだ、古家。沼野は…シャンデリアによって、押しつぶされて殺されたわけじゃないんだ」

 

「えぇ…!そ、そうなのかねぇ。これ見よがしに押しつぶされてたものだから、あたしゃてっきり…」

 

 

 その反論に大きく動揺する古家。

 

 確かに、あの現場を見ても、ファイルを見ていても…殆ど生徒達はきっと沼野の死因は圧死と判断するだろう。…だけど。

 

 

「うん。でも…モノパンファイルには『死体の状況』、は、書かれている、けど。水無月さんの、ファイルみたい、に、『死因』は、断定してないん、だ、よ?」

 

「……本当だ。『体全体に無数の外傷が見られる』としか書かれてない」

 

「気付きませんでした!まさに国語のトリックですね!!」

 

「そこまで大げさに反応されるような事は、書いたつもりはないんですけネ……ミナサマの思うように、ワタクシも小早川サンの歩むこれからにただならぬ不安を覚えて仕舞いましタ」

 

「どういう意味ですか!!ていうか本当なんですか皆さん!!」

 

『……………』

 

「返事くらいして下さいよ!!!」

 

 

 …まさかあのモノパンから同情の言葉が出てくるとは…しかもいつものおちゃらけた声色では無く、割とマジなトーンで。あいつにここまでの言葉を出させるなんて…小早川は俺が想像するよりも、別の意味でヤバい状況なのかも知れない。

 

 

「……それに、沼野の死亡推定時刻は午後の5時…と書かれてる。そして、俺達がシャンデリアの落下音を聞いたのは…午後7時」

 

「圧死だとしたら…死亡時刻と、落下時刻が合わないですね」

 

「本当さね……まるでかみ合ってないよ」

 

「目の前の真実こそが真実とは限らない…世界を学ぶ上で教訓とするべき程の出来事だね」

 

「一つの死体から世界に繋げられるのは、古今東西何処を探してもあんたくらいですよ…」

 

「で、でも何で、時間が合っていないというのに…沼野さんはシャンデリアの下敷きに……」

 

「それについてはボクがお答えしよう!!諸君!」

 

「……他を当たらせて頂きます」ペコリ

 

「まさか真実を語る人間をえり好みされるとは夢にも思わなかったよ!キミ!!」

 

 

 夢にも思っていないような態度じゃ無いニコラスは、大げさに笑い飛ばす。

 

 

「……まとめるなら、さっさとまとめろニコラス」

 

 

 雨竜からの言葉に”お気遣い痛み入るよ!ドクター雨竜”…とまた大げさな口調を崩さず返事をするニコラス。

 

「言いかい?諸君。今キミ達が疑問に思っている聞こえた音の時間差…これらの謎から考えられる答えはただ一つ……それはミスター忍者は午後の5時に予め殺され、そして午後7時に沼野の死体の上にシャンデリアを落とした…つまりそういうことなのだよ!キミ!」

 

 

 …と横からかっさらうようにニコラスは結論を言い切った。

 

 

「…成程。そう考えれば、確かにしっくりくる」

 

 

 …つまり、沼野は俺達がタワーに集合する2時間も前の午後5時に何らかの方法で殺され、そのまま俺達に発見されるまであそこに放置されていた…ということになる。

 

 多少の反論は覚悟していたが、思っていたよりも生徒達の反応は悪くはなかった。

 

 

「でも…沼野を予め殺したって言うですけど…あの沼野をどうやって殺したって言うんですか。今までふざけ半分であれこれけなしてはいたですけど…あいつは仮にも超高校級の忍者なんですよ?」

 

 

 だけど、生徒達はシャンデリア云々以前に、超高校級の才能を持つ沼野をそもそも簡単に殺せるのか否かということに疑問を抱いているようだった。

 

 

「そうだねぇ…朝練の時も思ってたけど、ふっつうに超人並みの身体能力が見受けらたんだよねぇ」

 

「ああ!アイツと一緒に汗を流したアタシも同意見さね!!」

 

「ははっ…わかったよ。キミ達。質問をされたのならばしょうが無い、此方もそれ相応の結論を言うというんが作法というものさ。ミスター忍者の殺され方…それはつまり…………………さっぱり分からないね!!」

 

 

 俺達は同時に頭をガクリと下げる。まぁ…そうだな。そうだよな…タワーの2階にはそれらしい手段も見当たらなかっらわけだし…むしろいきなりここで答えが出たら、出した本人が犯人かと思えてしまう。

 

 

「はぁ…ですよね。分かってたですけど…」

 

「し、死因が分かってた、ら…こんなに、苦労しないもん、ね?」

 

「でも、ミスター忍者は実際に死んでしまっている。殺され方については、今はまだ話すべき事では無いと思うのも本音さ」

 

「ううむ、コイツに合わせるわけでは無いが…確かに、ここで突き詰めるというのも時間の無駄か。では、ヤツの殺され方については保留とするか…」

 

 

 もどかしい話だが…まずは分かるところからというのが、この話合いの前提だ。テストの答案でも、分からない部分は飛ばしていけ…と良く言うからな。

 

 

「…アンタらの言うとおり話を戻すとして、じゃあその落ちてきたシャンデリアってのは結局なんだったんさね?」

 

 

 死因についてから離れた反町は…今度は落ちてきたシャンデリアについて疑問を漏らした。

 

 

「このシャンデリアは、恐らく…1階に集まった俺達を、2階に誘導するために落とされたものだと思う。だってあんな時間に落ちるなんて、タイミングが良すぎるからな」

 

「誘導するため?何のためにですか」

 

「…当事者側からの意見を言わせてもらうとすると。恐らく、我々という招待客にミスター沼野を見せつけるため…そう思うのだけど…どうかな?」

 

「じゃあ誘導するためだとして…何で沼野の死体を、その時間に見せつける必要があったのかってことです」

 

「確かに…」

 

「ふぅむ…有り体に言えば”アリバイ工作”…だな。あえてその時間帯に落とすことで、沼野の死因を圧死と見せかけ、殺人のタイミングに居合わせなかったと…言い逃れるために、あのシャンデリアを使った」

 

 

 “…というのはどうだ?”

 

 と周りを見回す雨竜に、俺達は全員は何となく納得のいっていない表情を返す。分からなくも無いが…ここまで面倒臭い方法をとったのだから…何となく、もっと別の理由が有ったんじゃ無いか…そう思えて仕方なかったから。

 

 ここもやはり…意図の分からない部分。…ということか。

 

 そう理由について心の中で断定していると、小早川が手をおずおずと手を上げているのが見えた。

 

 

「…どうした?小早川」

 

「あ、あのぉ。素朴な疑問なんですが…あのシャンデリアって、そんなに簡単に落とせる物なんですか?」

 

「ああ~言われてみれば…確かにねぇ。落とした理由以前に、方法が気になるんだよねぇ」

 

「敢えて聞いて置くけど…落としたかも知れないような怪しいヤツは、沼野の死体を発見した直後の部屋にはいなかったのかい?」

 

「それが不思議な事に、誰も居なかったんですよね。…誰かが落としたのなら、落とした本人も現場に居るべきだというのに…」

 

「暗かったから…とも言える、けど…でも、部屋の”中”に、気配は、無かった、かな?」

 

 

 贄波が”中”と態々強調するように、あのタワーには誰も居なかった訳ではない…。

 

 でも、もしもコレが答えだった、とは直感ではあるがイマイチ考えにくい…余計な情報を避けることも含めて、今は――――可能性の高い方法から話を進めていこう。

 

 

「じゃあ、どうやって…」

 

「この世は僕らが思っているよりも、とてもシンプルにできているもの…難しく考える必要は無いさ。一度目をつぶり、そしてもう一度向き合えば、自ずと答えが見えてくるさ」

 

「何で当事者じゃないアンタが答えるんさね…しかも結構人任せなニュアンスだし」

 

「いや落合の言うとおり……あるぞ。あのデカ物を簡単に落とせる方法、しかも、その場に犯人が居合わせない方法が」

 

「…そんな欲張りアラカルトみたいな方法があるのかねぇ!?」

 

「こんな僕でも、世の中の役に立てることがあったんだね。ははっ、嬉しいね、今日は良い夢が見られそうだよ」

 

 

 そう、一つだけ…ある。とてもシンプルで、ある種力業とも言える方法が。

 

 

 それは――――。

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

 

【落ちたシャンデリア)

 

 

 

「これだっ!!」

 

 

 

 

「皆は覚えているよな?あのシャンデリアは元々、5本の鎖が支えになって吊されていたことを」

 

 

 その質問を聞いた生徒達は、勿論知っていると、細かに頷いた。

 

 

「ああ、うん。覚えてるんだよねぇ…最初にダンスホールを案内された時、モノパンがちらっと言ってた気がするんだよねぇ」

 

「Yes!Yes!!ワタクシの親身な説明を覚えてくれて、ワタクシは嬉しくて仕方ありませン。そんなお利口さんな古家クンには、後でワタクシからのご褒美という名のベーゼをーー」

 

「オエエエ!!!きしょくて仕方ねぇんだよねぇ!!!」

 

「………」ショボン

 

 

 古家からの純粋な拒否にモノパンは大きく落ち込む。身から出た錆である。

 

 

「…で?そのシャンデリアが何だって?」

 

「あのシャンデリアはその鎖によって、支えられていた。そのうちの4本、つまり、“四方に伸びた鎖を切る”ことで…犯人は、シャンデリアを落としたんだ」

 

「切り落としたって…言葉にするのは簡単ですけど。鎖を引きちぎるにはそれ相応の力が要るはず」

 

「まさか手で引きちぎったってことかい!?」

 

「それはゴリラ並みの力を持ったあんたにしか出来ないですよ…」

 

「……うひゃぁ、反町さんにそんな口を利くなんて…命知らずにも程があるんだよねぇ…あたしがそんな口きいた日にゃあ、きっと明日には土の中なんだよねぇ」

 

「多分私は…天に召してる」

 

「お二人は反町さんをどのような存在として見ているのか、気になって仕方ありません…」

 

「はっはっは!!アタシも随分と慕われたもんさね!!」

 

「これを慕われていると捉えるあんたは、本当に大物ですよ…」

 

 

 ま、まぁ反町と、彼女への認識については置いておくとして…。

 

 

 …案の上全員が疑問に思うのは、どうやってそのシャンデリアの鎖を切ったのか…。

 

 

 勿論、それに対する答えも、用意してある。あのときタワー中を捜査していたときに、ニコラスが見つけた…”あの”証拠品。

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

 

【切断用のハサミ)

 

 

 

「これかっ!!」

 

 

 

 

 

「シャンデリアの鎖を切れたのは…”とある”道具を使ったからだ」

 

「…道具?」

 

「…タワーの2階に置いてあった所謂、枝切り用のハサミ…しかも鎖を切れるくらいの強力な刃物。それが俺の示す、方法だ。そうだろ?ニコラス」

 

 

 そのハサミを見つけた本人であるニコラスに目を向け、そう聞いた。

 

 

「ああ、そうだとも!ちなみに、コレを発見したときはシスター反町達も一緒だったから、ボクのねつ造という線は消えるよ、キミ」

 

「……そういえばそんなもん観覧席で見つけてたね…印象が薄すぎて失念してたさね」

 

「はい!!同じくです!!!」

 

「そこはせめて確認したと肯定してた方が、ニコラス君も安心するんじゃ無いのかねぇ…」

 

「構わないよ!!見ていてくれた彼女達だった時点で、ボクは既に諦めていたからね!!」

 

「何か褒められた感じがしますね!!」

 

「……耳が余りにもポジティブシンキング過ぎる」

 

 

 そう彼女たちによる、とても不安の残る肯定が続いていく。

 

 そんな彼女達の態度に苦笑いする生徒達。…でも何となく、他の生徒達もシャンデリアを落とした方法の前提に納得してくれているようにも見えた。

 

 

 だけど――――

 

 

「…反論じゃないけど…引っかかる所がある」

 

 

 風切は、まだよく分からないと表情をくゆらせながら、そう溢した。

 

 

「引っかかる所?」

 

「…シャンデリアは5本で支えられてるって言ってたのに…。だけど公平は、今、”4本を切って落とした”って言ってた。…そこだけが引っかかる」

 

「そうさね!!矛盾してるじゃないか!!折木!!これはどういう了見さね!!!!」

 

「何でそこですごむ必要があるですか…」

 

「気分さね!!」

 

「聞いたあたしが馬鹿だったですよ…」

 

 

 風切達からの疑問。俺の中には勿論、それへの答えも準備できていた。だけど…。

 

 

「それは勿論!犯人がその場にいなくてもシャンデリアを落とすこと出来る肝と言える部分だからさ!キミ」

 

 

 またニコラスが横からしゃしゃりと躍り出てきた。

 

 

「き、肝…ですか…?何だか重要そうとは分かるのですが……ぐぐぐ、掴めません…」

 

「さっきも言っただろ?重要なことなんていつでもすぐ側にあるものだと…ね。ほら、手元を見てご覧、見えるだろ?」

 

「…………見えません」

 

「真に受ける天才ですか…あんたは…」

 

 

 また、議論があらぬ方向に迷子になりそうだと思った俺は、“話を続けるぞ?”と言葉で場を改める。

 

 

「あのシャンデリアには特徴があってな。四方の鎖を切った場合、残りの1本がその全ての重さを担うことになってる」

 

 

 宙に絵を描くように、全員に一本だけで支えられたシャンデリアを想起させるよう促していく。

 

 

「1本…うん、イメージできた」

 

「そして、もしもそのまま1本の状態が継続した場合、シャンデリアを支えきれない鎖は、次第に軋み……――――そして時間が経った後に、そのままドボン…ということになるのさ、キミ」

 

「時間って言うと、どれ位かかるですか?」

 

「1時間ほどだそうだ。そうなんだろ?モノパン」

 

「…イグザクトリィ!!というか、ワタクシがニコラスくんに言ったことなんですけどネ」

 

 

 モノパンからの肯定。それを含めた俺達は次第に、どんな流れでシャンデリアが落下したのかを理解し始める。

 

 

 …つまり、犯人は沼野を殺害した後、そしてシャンデリアの四肢を切り落とした。

 

 

 沼野の殺害は、それよりも前に行われた…ということになる。

 

 

 そう考えると…あのシャンデリアの鎖は――――

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

 

1.午後5時に切断された

 

2.午後6時に切断された

 

3.午後7時に切断された

 

 

A.午後6時に切断された

 

 

 

 

「そうかっ…!」

 

 

 

 

 

 

「シャンデリアの落下するまでの時間を踏まえると、犯人は午後5時に沼野を殺害し、そしてその1時間後の午後6時に鎖を切断し……落とすための布石を敷いた」

 

「…そし、て。私たち、を、シャンデリアが落ちる直前、に、呼び出し、た犯人は…」

 

「2階へと、俺達を呼び寄せた…」

 

 

 

 そしてこれまでの話で出てきた手紙の事、そして見計らったようなタイミングで落下したシャンデリアのことを考えれば…事件の犯人は何者なのか自ずと分かってくる。

 

 

「つまり、今まで考えたことを踏まえてみれば…手紙で呼び出した犯人こそが、沼野を殺害した張本人、ということになる」

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

 「添削してやるですよ!!」

 

 

            【反論】

 

 

 

 

「折木、一言多かったみたいですね」

 

 

「…どういうことだ?」

 

 

「途中までは、納得できたって事です。私達が手紙の主に呼び出されて…沼野も同類だったってところまで」

 

 

「つまり…それ以降が?」

 

 

「そうです…。勿論、私が納得できるまで、付き合って貰えるですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】

 

 

 

 

 

 

 

「まず前提として」

 

「私達全員呼び出した犯人がいること…」

 

「そして、シャンデリアの誘導の件については…」

 

「大きく頷いてやるです」

 

「大きく理解したです」

 

「何せ、途中までは当事者だったですし」

 

「明らかに意図的な思惑を感じるですからね」

 

 

 

「それなら、今までの話の何処に…納得がいかないって言うんだ?」

 

「ちゃんと論点を明確にして、教えてくれ」

 

 

 

「勿論そのつもりです」

 

「私が納得できなかった点は全部で2つです」

 

「まず1つは、沼野がノコノコと、2階にやってきたってことです」

 

「ダンスホールなんて、そんな【頻繁に出入りする】ような場所じゃないハズですから」

 

「気分転換にタワーに来たら」

 

「この世から居なくなっちゃった~…なんて」

 

「お話にもならないですよ」

 

 

 

「雲居、お前の疑問はよく分かった」

 

「じゃあ、もう一つの疑問も、教えてくれ」

 

 

 

「もう一つは…」

 

「沼野を呼び出した犯人が同一ってところです」

 

「確かに沼野は私達と別々に呼び出されたのかもしれないです」

 

「なら、沼野を呼び出した【犯人が別々】の可能性だってあるはずです」

 

「この疑問、あんただった」

 

「勿論ちゃんと、応えてくれるですよね?」

 

 

 

【配られた手紙)⇒【犯人が別々】

 

 

「その言葉、切らせて貰う!!」

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、答えられるさ。沼野と俺達を呼び出した犯人は同一であること、そして…どうして沼野があのタワーに居たのかも…含めてな」

 

「またそんな欲張りな解決方法があるっていうんですか?」

 

「ああそうだ。…まずは沼野を呼び出した犯人と俺達を呼び出した犯人が同一どうかについて」

 

 

 俺達は沼野と、全員に宛てられた手紙を見せた。雲居と、そして他の生徒達も手紙を凝視する。

 

 

「それは…?」

 

「片方は俺達に宛てられた手紙、そしてもう片方は、沼野に宛てられた手紙だ……この二つを見比べてみて、何か気づいた事は無いか?」

 

 

 そう言って、さらに目を凝らす生徒達。すると風切が何かに気付いた”あっ…”と声を上げる。

 

 

「……筆跡が同じだ」

 

「筆跡が、ですか…?」

 

 

 風切は流石の視力でこの手紙で最も気付いて欲しい観点に目を付けてくれた。他の生徒達も、字の癖に焦点を当て始める。

 

 

「た、確かに同じ筆跡でございますね!…ていうかもうどっちが本物か分からないくらいです!!」

 

「それは、ちょっと、言い過ぎ、かな?」

 

「じゃ、じゃあ、アタシ達と、沼野を呼び出したヤツは、同一…つまり殺害した犯人も…同一」

 

「とんでもねぇ計画犯なんだよねぇ…」

 

 

 その筆跡を見終えた生徒達は、納得と同時に、衝撃を受けているようだった。

 

 だって、態々全員分の手紙を書き、そして沼野をも殺害するために呼び出し、俺達を誘導するという精緻な計画を遂行する、そこにとてつもない実行力と執念を感じたから。

 

 騒然とするのも無理も無いように思えた。

 

 

「だけど…浮草の方の手紙に書かれた『計画』って……結局、何なんだい?」

 

「目的とは、見つけるものでは無く…きっと感じるものだと思うんだ。それは指名とも、運命とも…名を変えていくのだけれどね」

 

「……残念ながら、ミスター沼野が亡くなった今、その目的を知ることは叶わないさ。キミ」

 

「ああ…もう無視するのが自然な流れになってるんだねぇ」

 

「………」ジャラン

 

 

 どこからか取り出したパイプをくゆらせ、ニコラスはそう断じた。

 

 ――――誰がなんと言おうと、沼野の計画については、本当に闇の中。知っているのは…沼野と、そして沼野を殺害したクロだけ。

 

 全ての答えを見つけ出した後にしか、分からないことなのだ。

 

 

「でも…何だかんだと言って、沼野の死体回りの情報はあらかた揃ってきたった感じさね…」

 

「死因とか、何で小早川さん達が呼び出されたのか、そういう核心をつけそうなところは…までは分かってないけどねぇ」

 

 

 確かに分かっていない。これから先で出てくる情報などから、解決できれば良いと高はくくっているが……今になって不安になってくる。

 

 でもきっと…そう思ったら、この裁判は負けたも同然。俺は右手を握りしめながら、もう一度”大丈夫”、そう心の中で口にした。

 

 

「今考えても…多分思う以上に時間がかかるだろうし…その事については、今は置いておくとしようじゃないか」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて順番通り謎を改めていくとするかねぇ。ええっと、お次は沼野君の死体発見直後にあった、停電について……かねぇ?」

 

「そ、そうですよ!!!停電です!停電!!!」

 

「…アタシら的にはそれが一番の謎さね」

 

「ですね…意図も方法も不明…正直今回の大物って感じです」

 

 

 古家が停電という言葉を出した途端、生徒達は次々と声を出す。

 

 この中の半数以上が、あの停電に迷惑というか、被害を被っている故なのだろう。それらの反応の中に、怒りが混じっているように思えた。

 

 

「…じゃあ、次の議題は、何で停電が起こったの、か。…どうやって、停電が起こったの、か、について、だね」

 

「でも方法なんて…どのように話し合えば…」

 

「とにかく様々な可能性を言ってみるのが、早期解決の糸口になると、ボクは思うよ?」

 

「成程!!分かりました!!!」

 

「頼もしい大声なんだけどねぇ……小早川さんっていう前提で考えると、途轍もない衝突事故が起きそうでねぇ…」

 

「そんなことはありません!!…ですよね!折木さん!!」

 

「………とにかく意見を出していこう」

 

「諦めを感じさせる”するー”……!」

 

 

 

 ……1番目と2番目に鳴ったアナウンスの合間に起こった、エリア3の停電。

 

 

 一体誰が、何のために、どうやって引き起こされたのか。

 

 

 今回の事件の最初のキーになるかもしれない、最初の関門。

 

 

 慎重に、そして確実に、ポイントを打ち抜かなければ…!

 

 

 

 俺は一度深呼吸をして、そして再び、裁判場へと…向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

「どうして急に…」

 

「エリアの電気が止まってしまったのでしょうか?」

 

 

 …何かしらの方法が絡んでいるはず

 

    

       まったく想像が付かないんだよねぇ

 

 

 

「じゃあ停電になっちまう状況を…」

 

「いくつか考えてるってのはどうだい?」

 

 

 とにかく数を撃っていくしかないんだねぇ!

 

     

     …何か一つ位、命中するかも

 

 

「停電となる状況か…」

 

「電源となる場所が『故障した』、というのはどうだぁ…」

 

 

 機械の不具合…

 

     ヒューマンエラーではないと言いたいのだね!キミ!!

 

 可能性としては高いかもしれないねぇ!

 

 

「…単純に『電気の使いすぎ』とか?」

 

 

 このエリアには無限に電気がありそうな気もするですが…

 

 

    でもあり得なくもありませんね!!

 

 

「『電源を落とした』とか、どうさね?」

 

 

 そんなシンプルなやり方が…?

 

 

     …でもどうやって?

 

 

「いや、僕ら全員が暗闇に包まれるほど」

 

「『迷っていた』…と言う可能性は…」

 

 

 

 どういうことですか?

 

 

    意味不明にも程があるね!!

       

 

 

「どれも怪しいですし…」

 

「どれも見当しても良い感じがありありに思えます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【電気室の配電盤)⇒『電源を落とした』

 

 

「それに賛成だっ!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――そうだ、そうなんだよ反町」

 

「…どこがそうなんさね?」

 

 

 その肯定に対して、反町は思い当たらないと言う風に顔をしかめる。だけど俺は、そんな反応なんて知らないと、続けていく。

 

 

「今回の停電は、電気の使いすぎでも、電灯の故障でもない…あの停電は――――――電気室のスイッチを切ったことで、引き起こされたことなんだ…」

 

「スイッチを切ったぁ!?」

 

「んな単純な答えなのかねぇ!!」

 

「まさに!灯台いとあやうし、という気分です!」

 

「灯台元暗らし…だねぇ。盲目過ぎて本体にダメージ入っちゃってんだよねぇ」

 

 

 誰もが驚くほど、シンプルかつどんなIQを持っていても容易にできそうなその方法。

 

 むしろ今回の停電は、厳密には停電ではなく、電気を止めただけ、とも表現できた。

 

 

「ああ、その証拠に、電気室の配電盤にはスイッチを降ろしたような形跡も残されていた」

 

「…本当にですか?もしかしたら、離れていても遠隔にスイッチを切れる仕掛けがあったとかは…」

 

「その仕掛け、も、電気室には、無かった、の。…本当に、単純に電気のスイッチを切っただけ…だと、思う、よ?」

 

 

 でも、容易に可能ではあるが…誰でも出来る訳ではない。

 

 

 何故なら停電時に、犯人は――――とある場所に居なければ、実行することはできないのだから。

 

 

「そう、もしも犯人が遠隔では無く、直接電気を切ったということが本当ならば…停電を引き起こした犯人が、当時どこに居たのかも分かってくる」

 

「犯人の居場所も…?」

 

「そう犯人は――――」

 

 

【スポットセレクト】

 

 

犯人の居場所を選択しろ!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 ↓

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

「ココだ!!」

 

 

 

 

 

「“電気室に中に”犯人が居なければ…実行できないんだ」

 

 

 俺はまるで犯人を絞るかのように、そう告げた。

 

 

「で、電気室の中に!?大胆にも程があるんだよねl!!そ、それで、誰なら、誰だったら!!可能なのかねぇ…!」

 

「……勿論、ミスター折木。そこまで大見得を切るんだ…誰がどこに居て、誰になら可能なのか……勿論分かっているんだろうね?」

 

「うん、分かってる、よ。そうだよ、ね?折木、くん…」

 

「ああ、俺はそのために、停電当時の全員の居場所を聞いていたんだからな」

 

「本当ですか!流石です!!!」

 

 

 ……ちょっと俺らしくなく盛った所為で、少し恥ずかしいが…でも、直感的に必要だと思ったのは本当だ。

 

 

 停電時の全員の居場所を。

 

 

 

 

 

 ――――だからこそ俺は…

 

 

 

 

 

 ――――覚悟を…決めなければならない

 

 

 

 

 

 ――――誰にだったら可能なのか

 

 

 

 

 

 ――――それを言い放つ覚悟を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

 

【停電時の居場所)

 

 

 

「これだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

「俺と、贄波、ニコラス、小早川は、モノパンタワー内部に居たために、除外」

 

「そうだね!ボク達はお互いに証明し合っている」

 

「反町と風切、雲居の3人は、停電の前に合流していたために…こちらも除外」

 

「これもアタシらが証明し合っているね」

 

「あたしがスイッチを切ってから合流した…にしてはタイミングが合わなさすぎるですからね」

 

「そして雨竜と落合、古家の3人は、居る場所はバラバラだったために、有力に見えるが……実際はお互いに場所の証明をしあっている…だからこちらも除外」

 

「ああ、そうだとも、運命の輪を回り続けた僕が言うんだ、間違い無いはずさ」

 

「…まさか貴様に助けられる日が来るとはなぁ…」

 

「人生って分からないもんなんだよねぇ…」

 

「そして、沼野の場合は停電時には既に死亡しているため、完全に除外。つまり…この中で、事件当時の場所が唯一判明していないのは一人だけ…」

 

 

 

 

 必然的に、たった一人しか……できない。

 

 

 

 

 そう証明される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかしたらと…考えたくは無かった。

 

 

 

 

 

 アイツが、直接何かをしたかまでは分からない。

 

 

 

 

 

 でも、何かを、何かを計画していたいことは…

 

 

 

 

 

 

 ――――――明白だった。

 

 

 

 

 

【怪しい人物を指定しろ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒ミナヅキ カルタ

 

 

 

「お前しか、いない…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の被害者である――――――水無月だけだ」

 

 

 

 …確信を持って、俺は停電を起こした犯人…水無月カルタの遺影に指を差し、そう言った。

 

 

 瞬間、生徒達は驚嘆の表情を露わにした。

 

 

 

「ええええっ!!水無月さんが!!」

 

「そんな!!あの子はもう既に仏さんになっちまってんだよねぇ!!!」

 

「……嘘」

 

 

 余りにも信じられないと、口々にあり得ないと可能性を否定していく。

 

 

 ――――だけど

 

 

「…そう驚くほどの事でも無いさ。彼女も、生前であればボクらのように容疑者の1人も入る。なんせ死んだのが、紳士淑女諸君が見つける数分前だったんだからね」

 

「時間的、に、停電のとき、は生きてた可能性も、あるし、ね?」

 

 

 対して、そういう可能性も考えられなくも無い、と納得する人間もチラホラと。

 

 決して動揺を見せず、平常に受け止めている彼らは、まさに別格とも言えた。俺自身ですら、畏怖を覚えるほどに。

 

 

「ああ…事件当時の居場所から考えて…エリアの電源を切ることが可能だったのは、水無月だけだ」

 

「それに、反町さん、雲居ちゃん、は、水無月とは会わなかった、んだよ、ね?」

 

「で、です……」

 

「確かに会わなかったけど…」

 

 

 さっき証言していたよな、と。したたかな姿勢を取る贄波に、雲居達はたじろぎながらも頷いていく。

 

 

「もしも彼女が停電を引き起こしたのなら、タワーを出たタイミングからして、辻褄もあう」

 

「位置関係を含めて見てみても、信じがたい話だが…間違い無いとボクは見ているよ?」

 

「で、では…水無月さんは、タワーを出た直後、真っ直ぐには帰宅せず、電気室のある東エリアへと向かったというんですか!!」

 

「そのとおりさ!ミス小早川!!」

 

「…うう、あまり嬉しくない肯定に思えます」

 

 

 まとめられた小早川の発言に、生徒達は未だ渋く表情を歪める。

 

 

「…………でも何で。何で、私達を混乱させるようなことをしたの?それが分からない」

 

 

 風切はそう言って、首を傾げるが…実際、俺達自身もその理由にまで至っていないのが現状であった。

 

 

 ――――何故停電を引き起こしたのか?

 

 

 ――――そもそも何故彼女がこんな、騒動を起こしたのか?

 

 

 ――――まさか…

 

 

 

 と、酷く曖昧な立場となった彼女に、不信感を募らせる。

 

 

 何をしでかそうとしていたのかは分からない。だけど、明らかに不自然な行動をしているため、今回の事件には何らかの形で関与している事だけは、分かっていた。

 

 

「停電させたという事実は、これにて証明されたわけだけど…。問題なのは、その当人である彼女は、死んでしまっていること……。一体、停電を引き起こした後、彼女の身に何があったんだろうね?」

 

「…………」

 

「うう…想像が付きません」

 

「文字通り暗中模索、って感じさね」

 

 

 一体水無月は、あの停電の中で何をしようとしていたのか。そしてどういう経緯で、死体となってしまったのか。

 不自然な行動と移動の所為もあったか、見通しが立っていない様に見えた。

 

 

「…忘れているとは思わないけど。そういうときは、確実に分かっていることから…さ。無理に新しい考えを生み出すこと何て、誰だって出来るわけじゃない。周知の事実を改めて確認し、そこからミス水無月の行動を分析していこうじゃないか」

 

「分かってる事って…ねぇ…」

 

「……――――死因、とか?」

 

 

 贄波は、たどたどしくも、俺達を誘うように、その言葉を口にした。

 

 

 ソレを聞いた俺は、すぐに思い出した。

 

 

 確か水無月のファイルに書かれていた死因を。

 

 

 

 彼女は――――

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.失血死

 

2.転落死

 

3.縊死

 

 

A.転落死

 

 

 

「そうかっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水無月の死因は確か、転落死…だったよな?」

 

 

 俺はファイルに書かれていた情報をその場でひねり出し、そして口にした。それを聞いたニコラスは”ああ、そうだとも”…と頷いた。

 

 

「転落死だから…どういうことなんでしょうか?」

 

「普通、転落死というのは……”地べた”にいてはあり得えない死因さ。……つまり、ボクが何を言いたいのか…勿論理解してくれるね?」

 

「………?」

 

「………」

 

 

 

 まるで誘導するように、ニコラスは誰かに向けて、矢継ぎ早に言葉を掛けていく。

 

 

 あからさまなこの視線からして。俺に向けてと思われた。

 

 

 

 だからこそ、その言葉に応えるために、頭を回転させていく。

 

 

 

 水無月の死因は先ほども言ったとおり、転落死……そこから考えられる、彼女の身辺状況。

 

 

 

 

 

 つまり彼女は、停電時――――

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

 

1.高いところに居た

 

2.お菓子の家に居た

 

3.首を吊されていた

 

4.犯人と戦っていた

 

 

A.高いところに居た

 

 

 

「分かったぞ…!」

 

 

 

 

 

 

「水無月は…高所に居た…。それも、エリア3の…お菓子の家の真上に」

 

「…高所?、お菓子の家……そして転落死」

 

「まさか!!その高所から転落して、お亡くなりに…?」

 

 

 先んじて、結論を言い切る生徒達。誘うように仕向けたニコラスは、笑みを浮かべながら頷いている。恐らく、正解と暗に言っているのだろう。

 

 

「でも。そんな隅っこから、高所に移動するなんて、可能なのかい?」

 

「…そうなんだよねぇ…もう超常現象の域なんだよねぇ」

 

「君があそこにいて、ココに君がいて…まるで僕の様だね。風に跨がる、僕のようにね?」

 

「…隣に居たり、跨がられたり、突き放されたり…風も大変」

 

 

 余りにも突飛な話。いや発想。だけど、彼女の死因から考えればあり得なくも無い話。

 

 

 高所にいたという事実は納得できる…だけど、水無月は東エリアの隅っこ。つまり電気室の周辺から、彼女はどうやって高所へと移動したのか。その方法が分からないと生徒達は言い連ねる。

 

 

 ――――確かにまるで瞬間移動したかのような移動の振れ幅だ。

 

 

 

 普通に考えれば、あり得ないと一蹴される薄い可能性。

 

 

 

 そんな方法は…。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ――――いや…方法はある。あの方法が。

 

 

 

 

 俺の推理通りであるなら…水無月は、この方法で空中に身を移したんだ。

 

 

 

 東エリアの、それも電気室の周辺の地理を考えれば…その方法は容易に想像が付くはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

「電気室からお菓子の家に移動するなんて…」

 

「そんな方法が…本当にあるのかねぇ?」

 

  

 また人海戦術でもするですか?

 

    そもそもの話、考えが浮かばないさね

 

 

「普通に考えて、【あり得ない】」

 

「しかもあんな隅っこから…」

 

 

 だったら、どうやって

 

      中央近くの空中に…

 

 移動した…?

 

 

「【重力を無視する力】をヤツが身につけた可能性は…」

 

 

 まーた始まったさね

 

      早く自己啓発本でも渡したい気分です

 

 

「【超常的な技】を使ったとは考えられないでしょうか!」

 

 

 こっちに同じ症状が…

 

     伝播してるさね…

 

 

 

「いいや…」

 

「水無月さん【翼を生やした】んだよ…」

 

「彼女は、自由へと羽ばたく鳥となったのさ」

 

 

 ………コイツは

 

        むしろ、普段通り、だね

 

 

「水無月は宇宙人みたいなアッパラパーだったですけど」

 

「少なくとも【肉体は人間】だったはずです」

 

 

 

 ええ…

 

    いやむしろ、それを隠していた可能性も!

 

 もう作品の根幹が崩れちまうんだよねぇ…

 

 

「はぁ…」

 

「どれも妄想の産物みたいな方法ばっかり…」

 

「もはや【万策尽きた】って感じかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【気球の籠)⇒【万策尽きた】

 

 

「それは違うぞ!!」

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや方法はある…――――たった1つだけな」

 

 

 そう、たった1つだけ。スタンプラリーを全て押し終えていた者なら、誰だって想像が付く…その方法が。俺は人差し指を立てながら、裁判場の中心に、そう言葉を落とした。

 

 

「折木ぃ…中々鋭く否定してくれるじゃないか…それ相応の覚悟があって、アタシを否定してんだろうねえ」

 

「ふぇ~、急にすごんできたんだよねぇ…怖くなってきちまったんだよねぇ…ここはもうあたしが土下座するしかない感じなんだよねぇ」

 

「…いいや、ここは私が」

 

「何であんたらが土下座する流れになってるですか。しかも競り合うように……ていうか、あんたらの土下座なんてこの世で、一ペソも価値は無いですからね?」

 

「どこまであたしらのヒエラルキーは暴落しちまってるんだよねぇ!!」

 

「…一緒にしないで。新坐ヱ門よりは価値があるはず」

 

「同類以下に認定されちまったんだよねぇ!!」

 

「…はぁ、貴様らは勝手に張り合っていろ。………それで?折木よ、聞かせてもらおうか?…その方法とやらを」

 

 

 反町から脅しを受けている連中のやりとりを抑え、雨竜は視線を向け直し、此方に意見を促す。正直、助かった気持ちだった。

 

 

「結論を言うと…水無月は、エリア内を飛び立ったんだ」

 

「…飛び立った!そうか…やはりそうだったんだね。この大空に翼を広げ…飛んでいったという僕の夢は…現実に…」

 

「つ、翼って、望めば貰える物だったんですね…!」

 

「どこに戦慄してるですか…折木はあくまで比喩で、そう表現してるんですよ……。はぁ…こういう変な奴らが釣り上がるですから、正直そういうのは止めて欲しいですね」

 

「誰が変な輩だぁ!!!」

 

「いやあんたの事は一ミリも触れてなかったんだけどねぇ……」

 

 

 方法を言い切ったはずなのに、また脱線しようとしている様は、ある種、芸術的と言っても良かった。

 

 俺は”続けても良いか?”と、少し強めに一言こぼし、周りの様子を確認する。

 

 

「停電の原因となった電気室、その近くには、気球の発着場があった…それは覚えてるよな?」

 

「は、はい!!覚えておりますとも!!なんせ折木さんと一緒に乗った物ですからね!!」

 

「ワタシも居たなぁ!!」

 

「ああ……はい、そうでしたね…」

 

「何故そこで苦笑いするのだぁ!!!」

 

「確かに…そんな乗り物、あったきがするんだよねぇ…確かスタンプラリーとかで無理矢理操縦させられたような………ああ~思い出しちまったんだよねぇ…操縦がヘタすぎて墜落しかけたことを」

 

「ワタクシもよく覚えておりますヨ。生まれたての子鹿のように震えながら舵を握り、まるで幽霊船の如き虚ろに揺れる気球を…ワタクシが助けに入らねばマジでポックリ逝ってましたネ、あれハ」

 

「貴様は一体どんな粗い操作をしていたのだ…小学生でもできるぞ。…それよりもだ、折木。態々その気球とやらを議題に出すという事は…まさか…」

 

「……つまり水無月は、『気球』を使って、高所へ、いや空中へ移動したんだ」

 

「き、気球、使って!?」

 

「あの停電の中で!?」

 

 

 そう…あの暗闇の中で。あの気球は確実に使われた。

 

 

「ああ、あの停電の中でだ。そして、気球が使われた事が事実であることを証明する証拠もまた、存在する」

 

 

 そして、とある生徒達が聞いた”例の音”が、エリア3に響いたあの音が…気球が使われた事をさらに明確にしていく。

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

 

【強烈な破裂音)

 

 

 

「これだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はその”音”証言していたはずの、彼女たちへと目を向けた。

 

 

「反町、お前達も言っていたよな?停電の中で響いた音のことを…」

 

 

 そう言うと、何を聞かれているのか、合点をいかせたように”あ、ああ”と小さく頷いた。

 

 

「そ…そうさね。でっかい…破裂音みたいなのが聞こえたのは覚えてるよ」

 

「破裂音…そっか…あれって…」

 

「――――気球の上に付いた風船。その破裂音がキミ達の耳に届いた。つまり、そういうことだね?」

 

「確かに……聞いたけど…風船みたいな音はしたけど…」

 

「停電中だって言うのに、あのどでかい風船が破裂したっていうのかい!?」

 

「そうか!だから噴水に…あの籠が刺さってたんですね…」

 

 

 それぞれが、三様に形は違えど納得するように頷いていく。俺はまとめるように、もう一度、水無月が停電中に行ったと思われる事を反復させていく。

 

 

「そう、突き刺さっていた。つまりあの暗闇で風船が破裂し、そして墜落した…」

 

「うぐぐぐ…停電したり、気球が飛んだり、破裂したり…もおややこしくて頭が可笑しくなりそうなんだよねぇ…」

 

「確かに変な話だ。だけどコレまでの証言と証拠を合わせて見ると…気球は、あの暗闇の中で浮遊していたことに――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

 「そうは問屋がなんとやらです!!」

 

 

             【反論】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「折木さん!!いえ…折木公平さん!!!!」

 

「な、何で言い直した…?」

 

「気分です!!」

 

「そうか…」

 

「…いいえ!そんなことよりも、停電中に気球が浮いていただなんて…いくら頭の悪い私でも納得できません!!」

 

「……」

 

「この問題に、私は断固として、反対してみせます!!だって納得できませんから!!」

 

「分かってるから…2度は言わなくて良いと思うぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】

 

 

「水無月さんは」

 

「気球に乗って」

 

「あのエリアを飛び立ち」

 

「そしてどこかへと向かっていった」

 

「そこまでは」

 

「いくら鈍い私でも理解が出来ました!!」

 

「はい!!」

 

 

 

「…だったら、何が理解できないんだ?」

 

「まさか…操縦の仕方が分からないかもしれない…とでも?」

 

 

 

「いいえ!」

 

「いいえ!!」

 

「そうではありません!!」

 

「あの気球はやり方さえあれば操縦は私でも可能です!!」

 

「だってモノパンが懇切丁寧に教えてくれましたから!!!」

 

「ですが!!」

 

「事件当時の状況を見て下さい!!」

 

「あのエリア停電中だったんですよ!!」

 

「あの停電の中で!」

 

「水無月さんが【まともに操縦できると思えません】!!」

 

「私はそう言いたいんです!!」

 

「コレが私の納得できない疑問点です!!」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

【モノパンゴーグル)⇒【まともに操縦できるとは思えません!】

 

 

「その矛盾、断ち切ってみせる!!」

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……確かに、気球を浮かべるにしては、あの暗闇はいつ壁にぶつかっても可笑しくないバッドコンディションだった」

 

「そう、そうなんです!!そこを覆さない限り、私はバンとして頷きませんよ!!!」

 

「微妙に音が違う…」

 

 

 だけど、そのそれを覆す材料さえあれば、何とでもなる。

 

 俺は彼女の…小早川の疑問に、言葉で立ち向かっていく。

 

 

「でも、逆に言えば…暗闇でも周りが見えれば…操縦は出来る、とも言えるよな?」

 

「えっ!?は、はいそうなりますけど…そんな簡単なことじゃないような……」

 

「いや…ある」

 

「…ううう、折木さん。余りにも堂々とする姿は、格好いいのですが………少し怖いです」

 

 

 俺は臆する彼女の疑問を解消するために…今まで口にしてこなかった、一種のワイルドカードを取り出した。

 

 

「全員は覚えているはずだ。美術館にあった…あの7つ道具の存在を…そしてあの内にあったモノパンゴーグルのことを」

 

「……!」

 

「あ、ああ…覚えているが…」

 

「そして今回の事件に、そのゴーグルは使われたんだ!」

 

 

 そう、まるで答えであるように言い切るが――――

 

 

「「「………」」」

 

 

 だけど、何故か納得いっていないようなそんな空気が漂うのが分かった。

 

 

「勿論覚えているがぁ…しかし、いきなり使われたと言われても」

 

「実際に持ち出されたかどうかなんてわかってもいませんし…」

 

「いや、持ち出され、そして確実に使われた――――――そうだよな?古家」

 

 

 俺の言葉に、“そうなのか?”と目を見開いた全員が古家に視線を注いだ。

 

 

「う、うん…確かにあたしと落合君が調べたときには、美術館のショーケースの中にはゴーグルは無くなってたんだよねぇ…そうだよねぇ!?落合君!?」

 

「この世には二種類の人間がいる…それは覚えている者と、覚えていない者…もしかしたら僕は、後者だったのかもしれない…いや、まさに霞みに包まれたような」

 

「落合、君?」

 

「…ああ、そうだとも。古家君が見て、そして言ったとおり…彼はその類い希なる真実を口にしていたとも」

 

 

 と、多少怖じけずきながらも落合も肯定する。

 

 かなり不安な証言ではあったが…でも彼らのおかげで、持ち出されたこと、そして使われた可能性が出てきた。

 

 その事実に、生徒達は重ねて驚愕の色を表わにした。

 

 

「ほ、本当に、7つ道具がまた使われていたなんて……」

 

「それもモノパンゴーグルが持ち出されていたとは……だがもしも、あの停電の中で気球を発進させたと考えるなら…これ以上にもってこいの品は無いなぁ…」

 

「ところで、一つ聞きたいんだが……そのゴーグルとやらは見つかっているのかい?」

 

「い、いやぁ…残念ながら…」

 

 

 そう言葉を濁す古家。

 

 …一応、俺と贄波はそのゴーグルがあった場所は知っている。

 

 だけど、未だ何故そこにあるのか、不明な点は多い…。だから今は混乱を防ぐ意味を含めて、今は伏せておこう。

 俺は贄波にも、アイコンタクトで言わないようにと念を押していく。彼女も同様に思ったのか、頷き返す。

 

 

「……――――成程。つまりだ、ミスター折木。キミはこう言いたいんだね?ミス水無月は、停電の中、そのゴーグルを使用した状態で、あの気球を操縦した…と」

 

「ああ、でなければ広場の周辺まで気球を動かすこと何て、出来やしない」

 

 

 そう、自殺行為なのだ。無理矢理かも知れないが…これが今のところ考えられる、一番しっくりくる、推理だ。

 

 

「まぁ…夜目が利いたとか、そう言われるよりは説得力のある方法さね」

 

「…でもゴーグルはカルタの死体の側には置いてなかった」

 

「どっかで落としたとかなのかねぇ?」

 

「うう…道具が出てきた瞬間またさらにこんがらがってきたように思えます」

 

「元からこんがらがってるですから…そう気を落とす必要無いですよ」

 

「そ、そうですよね!!元から私!!そうでしたからね!!!!」

 

「梓葉…」

 

 

 そう言って、納得して切ったはいないながらも…数人の生徒達は頷いていく。

 

 その様子に、一山越せた、と気付かれないよう一息つく。

 

 

「であれば………水無月のヤツは、その気球とやらに乗って、何をしようとしていたのだ?」

 

「そ、そうですよね。気球に乗って夜空を散歩なんて…”こんびにえんすすとあ”に寄る気持ちでやることではありません」

 

「…言いづらくない?」

 

「何かしらの目的があったことは分かるんだけどねぇ……あの子の脳みそに聞いてみない限りは叶わないんだよねぇ」

 

「次々と立ちはだかる謎…そしてそれに立ち向かうために苦心する僕達。まさに学級裁判の体を為していると言えるね」

 

「あんたは今までコレのことを一体何だと思ってたですか…」

 

 

 …落合についてはもう今更と思うことにしよう。考えるだけで時間の無駄遣いになる。

 

 

 それにしても、水無月の行動…か。

 

 

「じゃあ、次の議題は、それについ、て、だね。水無月さん、が、何をしようとしていた、の、か…」

 

「ああそうだね!!何か停電の最中に思い当たることがあれば、どしどし応募していこうじゃないか!キミ!」

 

 

 …気球に乗って、彼女は何をしようとしていたのか。

 

 

 …もしくは、どこに行こうとしていたのか

 

 

 それらの全てを解き明かさなければ…真実を究明することも…彼女の死の真相を知ることはできやしない。

 

 

 今までの生徒達の言葉を思い出せ。

 

 

 

 きっとその中に、彼女の行動心理が潜んでいるはずだ。

 

 

 

 ――――あの暗闇の中で光る、彼女の目的が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

「気球を使って水無月さんは…」

 

「どこに行こうとしていたのかねぇ?」

 

 

 正直知ったこっちゃ無いですよ

 

    でも、重要な、話だから、ね?

 

 確かめなきゃまた振り出しさね!

 

 

「『エリアを横断しようと思った』のかもしれませんよ!」

 

「だって、あの気球って、そのためのものですからね!!」

 

 

 確かにそのためのアトラクションなんだけどねぇ

 

      態々停電中に横断するですか…?

 

 …西エリアに何か用があったとか?

 

 

「いや、そうやって考えを『狭める必要はない』だろう…」

 

「どこか別の場所に向かおうと考えていた可能性もある」

 

 

 ミス水無月の性格を考えれば、そうだろうね!!

 

   …何かしらの思惑があると踏まえれば

 

 

「……例えば何処へ行こうとしたって言うんですか?」

 

 

 お菓子の家は…

 

       態々上空から向かう必要は無いねぇ…

 

 歩いて行けば済む話だからね!!

 

 

「…あの高さで言うと…『観覧車』」

 

「…それに『タワー』」

 

 

  高さからすれば

 

    その中の何処か、ですかね?

 

 

「何処かに向かっているようで、『何処にも向かっていない』」

 

「もしかしたら、そんなこともあるかも知れないね?」

 

 

 ……………。

 

       …………。

 

 ……………。

 

 

「どっちにしても、変な話です」

 

「気球とか、ゴーグルとか、大層なものを使って」

 

「あの停電を【浮遊する】なんて…」

 

 

 

 

 

 

 

【上空に浮かぶ火の玉)⇒『タワー』

 

 

 

「それに賛成だっ!!」

 

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。そうなんだよ…風切。水無月は”タワー”に行こうとしたんだ!」

 

 

 俺は、思い当たる節がある謎と謎をつなぎ合わせるために、風切の言葉に強い同意を示した。

 

 しかしとうの彼女は少々困惑気味であった。

 

 

「………高いからって理由で言ってみたけど…採用されちゃうの?」

 

「そうだ……。何故なら、そのタワーの近くで目撃証言があったからな」

 

「…目撃証言?何か大げさな話」

 

「落合、お前言っていたよな?観覧車に乗っているときのこと。あれをもう一度復唱してくれないか?」

 

「ははそうだね。とうとう来てしまったのか…あの伝承を話すときが……。さぁて…どこから始めたものかな、この世の酸いも甘い…味わい、それを歌にしてきた、あの忌まわしくも美しい時代のことから…」

 

「落合…!」

 

「あはは…ニコラス君のマネをしてみたのさ…ほんの気まぐれ。そう、しがない旅人の小さな気まぐれさ」

 

「めんどくせぇヤツにめんどくせぇヤツを掛けても、本当にめんどくせぇヤツにしか変貌しないんですから、マジで止めるです」

 

「おいおい!!面倒くさいとは随分と傷つく言い草じゃ無いか!」

 

「何処をどう見たら面倒くさくないと行き着くのか逆に聞きたいくらいですよ!」

 

 

 本音を言えば、かなり大事な話のためにそういう遅延行為は止めてほしかった。

 

 故に、雲居のその発言は思いのほか助かったと言えた。

 

 

「落合、もう一度聞くぞ?観覧車に乗っていたとき、空中に、火の玉が飛んでいんだよな?しかも、タワーの近くに」

 

「言っていたかな?いや、君が言っていたというのなら、きっと言っていたんだろうね?」

 

「せめてそこはハッキリしてくれよ…」

 

 

 何とか証言はしてくれているのだが…証言者としては、余りにも不適格すぎる。ただ一言二言聞くだけだというのに、妙に疲れてしまう。

 

 

「だけど…火の玉って…もしかして…」

 

 

 そんな苦労の甲斐もあってか、俺達の間飛び交った”火の玉”という単語に勘づく生徒が1人2人。

 

 

「そうか、”気球の”…!」

 

「ああ、気球の熱膨張を引き起こすための種火…それが、落合の見た火の玉の正体だ」

 

「思い出したよ。あの透明なるモノクロの塔の近くに漂う妖しき光…確かにあった…あったはずだよ折木君」

 

「俺に聞くなよ…てか今さら思い出すなよ…」

 

「その種火が塔の近くにあったという事は、つまりタワーの近くに気球は浮いていた。水無月にはタワーへと行く理由があったんだ…」

 

「しかも。モノパンゴーグルまで使ってまで…」

 

「水無月さん……タワーへ、何をしに…」

 

 

 水無月がタワーへと向かった理由に唸りを上げている中で……。

 

 

「…………」

 

 

 

 ――――古家が、何か、思い詰めたように…裁判場の中心の一点をしきりに見つめている姿があった

 

 

 

「………古家?」

 

「…えっ!あ…な、何かねぇ?」

 

 

 彼の名を呼ぶと、彼は挙動不審気味に返事をする。

 

 

「そういうお前の方こそ、様子が変だぞ?……何か、気になることでも?」

 

「………っ」

 

 

 唇を噛みながら、少し渋るように…何か、言ってはいけないような、そんな躊躇いを感じさせる様子に見えた。さらに俺は、何か変だ、何かあったのか、と疑問を募らせる。

 

 

「そ、その……折木君……一つだけ、聞いておきたいんだけどねぇ…」

 

「……?」

 

「その、水無月さんは……もしかして、美術館から、他にも”道具”を持ち出してだしてたりしないのかねぇ?」

 

 

 恐れるように、古家はそう言った。

 

 

 ――――俺は…槍に貫かれたような…そんな気分に陥った。

 

 

 とうとう、来てしまった。

 

 

 何故か、直感的にそう感じた。

 

 

 その核心となる証拠品を握っているためだろうか?

 

 

 それとも、何かに気づいてしまっているからだろうか?

 

 

 俺は、恐る恐ると、頷いた。

 

 

 

「他にも?どういうことさね」

 

 

 その疑問に、他の生徒達も同様に関心を寄せる。

 

 

「あ、その……美術館から持ち出された代物は…実はモノパンゴーグルだけじゃなくて…ねぇ?」

 

「まだあるっていうのかい!?」

 

「何が…何が持ち出されたのだ!!」

 

「えええっと……その、ひ、一つは、モノパワーハンドっていう…あの手袋…そんで、もう一つは――――」

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

 

【即効性絶望薬 and 遅効性絶望薬)

 

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

 

「即効性絶望薬、そして、遅効性絶望薬……覚えてるよな?美術館のショーケースに保管されていた、あの二つの瓶だ」

 

 

 古家は言い淀む。その様子を見た俺は…先回りをするように、そう言い切った。

 

 

「な…それは、毒薬では無いか!!」

 

「ど、毒薬!?」

 

 

 雨竜は目を見開き、そう大声を上げた。

 

 彼が取り乱すのも無理は無かった、その二つは、いわゆる毒薬…この7つ道具で1、2を争うほどに危険な代物。

 

 それが、美術館から、無くなっていた。つまり、持ち出されていた。

 

 

「そして…その毒薬こそが、水無月が借りた、2つめの道具だ」

 

 

 俺は淀まずに、毒薬を、被害者である水無月カルタが持ち出したと、ハッキリと言って見せた。

 

 

「何で…そんな事が分かるんですか!!」

 

「そうだ!!手袋の方かもしれんのだぞ!!」

 

 

 それでも食い下がる生徒達…俺は唇を強く噛みしめる。

 

 

 そして、その論理の後押しをするように。

 

 

「何故なら、この毒薬の内の片方…遅効性切望薬は――――」

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

 

1.道ばたに落ちてた

 

 

2.水無月の部屋にあった

 

 

3.沼野の部屋にあった

 

 

 

 

A.水無月の部屋にあった

 

 

 

 

 

「――――――水無月の部屋に置いてあったんだ…まるで、隠すように、書類が大量に置かれた、机の上に」

 

 

 その根拠を言いきった。

 

 

「み、水無月さんの、部屋に……」

 

「あったって言うのかい!?」

 

「で、でも片方ずつレンタルしている場合があるんじゃ無いんですか?」

 

「いいエ。それはありません。借りるのなら骨まで…それがワタクシの流儀。とにかく、あれは二つで一つの代物なので…あれをに限っては、借りる場合、両方押しつけさせていただきまス」

 

「ソレを言うなら肉なんだよねぇ…でも何てジャイアニズム的流儀…」

 

 

 このことから…つまり、部屋その片方を置いていたという事は…。ほぼ確実に、水無月はこの毒薬セットを両方とも借りていた。……そういうことになる。

 

 

 思いも寄らないモノパンからの言葉に、俺はじわじわと、心をすりへらしていく。

 

 

 

 ガリガリと。

 

 

 ガリガリガリガリと。

 

 

 

 俺が、裁判が始まる前から感じていた。

 

 

 たった一つの…最悪のシナリオ。

 

 

 その幻が…現実に近づいているような、そんな感覚を覚えるようだった。

 

 

 

「…そして、水無月の部屋の遅効性絶望薬には…使われた形跡もある」

 

 

 

 その言葉を聞いた生徒達は、また息を呑む。

 

 

 使われた…と言うことは、それはつまり…水無月が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――いや、結論はまだ後だ。

 

 

 毒の減少量といった、物的量では判断出来ない。

 

 

 だけど…今まで出てきた証拠品の中にあった、使用されたかもしれないという影。

 

 

 

 ほんの一箇所。

 

 

 

 あり得るかも知れないと…そう感じてしまった箇所。

 

 

 

 

 俺は震える手で、その論理の証明に手をかけた。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

 

【モノパンファイル Ver.3)

 

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はその痕跡らしき影を、震える手で生徒達に見せつけた。

 

 

「そ、それって…沼野さんの、ファイル…」

 

「ああ。そしてここで、問題として提起したいのは…今まで曖昧になっていた――――――沼野の死因についてだ」

 

 

 言い放った言葉に、生徒達は疑問の浮かべた色へ、表情を変えていく。

 

 

「死因?…そういえば…保留にはなってたけど…急にどうして…」

 

「それは勿論!!関係しているからさ。寸前まで話していた美術館から借りられた7つ道具と…ミスター忍者の死因とやらがね。そうだろ?マイフレンド」

 

 

 分かっているという風に、ニコラスは俺の話を後押していく。

 

 

 自分が切り開いた道だ。自分の力で、突き進んでいけ…。

 

 

 言外に、そう言っているように見えた。

 

 

 また心が、少しずつ、着実に、ガリガリと、削れていくように思えた。

 

 

「マジなのかねぇ!?…でもそれで何でファイルが出てくるのかねぇ?確か、ファイルには死因に対する断定は書かれてないとか、どうとか…」

 

「”断定”はされてなかったのさ。でも…触れられていないわけじゃ無い…」

 

「どういうことさね?」

 

「ファイルの、中に、ヒント、は、あるって、言いたいん、じゃ、ないかな?」

 

「ヒントがですか!!!この短い情報の中の一体何処に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【スポットセレクト】

 

…被害者:【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

 

 死体発見現場はエリア3、モノパンタワー2階の『ダンスホール』。死亡推定時刻は午後5時あたり。体全体に無数の外傷が見られる。外傷以外では、被害者は激しく吐血したことが確認できる。

 

 

 

 

  ↓

 

 

 

 

【スポットセレクト】

 

…被害者:【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

 

 死体発見現場はエリア3、モノパンタワー2階の『ダンスホール』。死亡推定時刻は午後5時あたり。体全体に無数の外傷が見られる。外傷以外では、被害者は【激しく吐血した】ことが確認できる。

 

 

 

【激しく吐血した】←

 

 

「ここだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このモノパンファイル Ver.3で、注目して欲しいのは…この”激しく吐血”をしたという部分…それがヒントになる」

 

「…激しく…まさか。折木、貴様…沼野のヤツは…」

 

 

 医療的見地を持つ雨竜はいち早く気付く。それ以外にも、ニコラスや、贄波なんかも、分かっているように見えた。

 

 

「何をわかり合ったみたいに言っているですか!さっさと言うですよ!!」

 

「ああ、勿論に言うさ…沼野の死因は――――」

 

 

 

 沼野は激しく吐血をしたという記述…つまり…沼野は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.圧死

 

 

2.毒死

 

 

3.失血死

 

 

A.毒死

 

 

 

 

「そうか…!」

 

 

 

 

 

「沼野の死因は、毒死……つまり毒殺された可能性があるんだ」

 

「ど、毒殺!!」

 

「今回持ってかれた道具とドンピシャなんだよねぇ!!!…………ん?ドンピシャ?」

 

「折木……あんたまさか…!」

 

 

 俺が何を言いたいのか、何を言おうとしているのか…既に分かった生徒達は、俺に酷く鋭い視線を突き刺す。

 

 

「……そして思い出してくれ、この遅効性絶望薬の効能を……」

 

「…この毒薬の特徴は、服用後“約8時間後”に人を毒殺することができるだった」

 

「8時間後?…」

 

 

 刃のように尖った視線なんて知らないと…俺はさらに……続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「沼野が殺害されたのは”午後5時”、その”8時間前”には、何があったか……もう一度思い返してみれてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 沼野が死亡した時間から8時間前に起こった事…いや、俺達がしていたこと………そんなの、たった一つしか無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――――――――朝食」

 

「朝食って…会議があった所為で、遅くれてしまった…今日の?」

 

「……確か、9時にありついてたね」

 

 

 

 真実に気付いてしまった生徒達は…

 

 

 信じたくないと

 

 

 信じ切れないと

 

 

 嘘だと

 

 

 嘘っぱちだと

 

 

 

 暗く、重く、表情を歪めながら…突き進んでいく。

 

 

 

 

「待って下さい!!朝の9時って…まさか……その中に……!!」

 

 

「ああ――――――――食事の中に毒を混ぜ…そして呼び寄せた沼野を…タワーの2階で死に至らしめたんだ」

 

 

 

 そして…こんな計画的なことが出来たのは…この毒薬を持っていた張本人にしか出来ない。

 

 

 

「そんな事が出来たヤツなんて…1人しか居ない――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

【怪しい人物を指定しろ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒ミナヅキ カルタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――思えば、最初から分かっていたことなのかも知れない

 

 

 

 

 ――――でも認めるのが怖くて

 

 

 

 

 ――――そうだよ、と言われるのが怖くて

 

 

 

 

 

 ――――勇気をくれた、友人にも打ち明けられなかった

 

 

 

 

 

 

 ――――ずっと拭いきれなかった心の声

 

 

 

 

 

 

 

 ――――心の底では…信じたくて仕方が無かった

 

 

 

 

 

 ――――でも、信じ切れなくて…

 

 

 

 

 

 

 だからこそなのか。

 

 

 

 

 まるで拒むように震えた指で…。

 

 

 

 

 

 その真実を突き刺した。 

 

 

 

 

 

 事件の…”犯人”を指し示した。

 

 

 

 

 

「水無月カルタにしか、沼野を殺すことは出来ない」

 

 

 

 

「……!!!」

 

 

 

 

 空気が明らかに固まった。

 

 

 

 

 既に理解していたように。でも言葉にするのが怖くて、誰も言えなくて。

 

 

 

 

 

 これ程までの混乱に俺達を陥れた犯人が…

 

 

 

 

 あの水無月だったなんて…。

 

 

 

 

 とても信じられないと思っていたから。

 

 

 

 

 ――――死ぬ間際のあの笑顔は何だったんだ…?

 

 

 

 ――――今までの行動は何だったんだ…?

 

 

 

 

 言い切った俺自身…顔を伏せたくて仕方なかった。

 

 

 

 

 冗談でしたと、笑い飛ばしたくて仕方なかった。

 

 

 

 

 でも――――

 

 

 

 

 ――――今逃げてしまったら

 

 

 

 

 ――――今更そんなことを言ってしまったら

 

 

 

 

 

 ――――きっと、二度と向き合う事なんてできない

 

 

 

 

 ――――きっと、自分自身に嘘をつき続けることになる

 

 

 

 

「そしてもしも…水無月が犯人であったのなら……」

 

 

 

 

 

 だからこそ

 

 

 

 ――――俺はその事実を真実として、構築していくしか無い。

 

 

 

 

 

 

「この”証拠”の謎を、解き明かすことが出来るんだ」

 

 

 

 

 

 ――――真実へと自分自身を導かなきゃならない

 

 

 

 

 

 

 ――――例えそれが、とても残酷な真実だったとしても

 

 

 

 

 

 

 

 ――――例え、それを口にして、心が砕け散ったとしても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――俺は、この意志を…

 

 

 

 

 

 

 ――――沼野達の前で誓ったこの意志を

 

 

 

 

 

 

 ――――貫き通さなければならない…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 水無月カルタが、この事件の”犯人”であると。

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマ提出】

 

 

 

【配られた手紙)  

 

 

 

「………これだっ!」

 

 

 

 

「この手紙こそが…水無月が書き記し…そして犯人であると証明する証拠品になり得るんだ」

 

 

 

 

 俺は長らく不明となっていた、手紙の差出人を、ココにいる半分を呼び寄せた人物を。

 

 

 

 被害者である水無月カルタだと、言い切った。

 

 

 

「どこで…どこでそんなことが分かるのだ!!」

 

「そうですよ!!だって、水無月さんも、手紙で集まった1人なんですよ!!」

 

「集まっていたからは理由にはならないですけど…でも、何でそうハッキリと言い切るのかは私も分からないです」

 

 

 勿論、生徒達は食い下がった。当たり前だ。だって、なんの証拠も無く、彼女が全てを行ったと、全てを計画したと宣うなんて…余りにも横暴すぎるから。

 

 

「…理由は、さっきも話には出ていた、”筆跡”だ」

 

「……筆跡?」

 

「沼野君と、折木君らを呼び出した犯人が一緒って根拠になったヤツだねぇ」

 

「まさか!!その筆跡に、まだ何かあるってのかい!?」

 

「例えるなら、面影、もしくは名残…。字には、人の気持ちが込められている…それは同時にその人自身をおも浮き彫りにする。字は人を表わすとは、良く言ったものさ」

 

「…!まさか…!その筆跡と同じ方が!!」

 

「いいや……――――誰もいなかった」

 

 

 …そう言った瞬間。ぽかん、と音が鳴りそうな程の静けさが、辺りを包んだ。表情からも。呆けている生徒がチラホラと。

 

 

「アンタ…それ真面目に言ってるのかい?」

 

「ああ、真面目に言ってる」

 

 

 表情を変えず、俺は真っ直ぐに、前を見続けた。何か言いたげな生徒達も居たが、俺は気にもせず、そのまま言葉を続けていく。

 

 

「確かに、この手紙の筆跡と同じく癖が見られる字を書く生徒は誰1人としていなかった。それは、確認をしていた、ニコラスと、そして雨竜が証明している」

 

「ああそうだとも!!キミ達も記憶に新しいはずさ、このボクが直々に、”ここに字を書いてくれませんか?”といっていたことを!!」

 

「”このボクのために協力よろしくぅ!”とか、自分本位の言い方だったと思うですけど?」

 

「…同行していたワタシも、そう記憶していたが…」

 

「それはきっと別人さ!!キミ!!」

 

「あまりにも苦しい言い訳なんだよねぇ…」

 

「……まぁ言い方はどうあれ、確かに――――この手紙の筆跡と、ボクらの筆跡には1人として、同一の人間はいなかった」

 

 

 表情をコロコロと切り替え、最終的には真剣に声色を低め、そう言い切る。俺はその言葉を待っていたばかりに頷き、続けていった。

 

 

「…そう、誰1人として。だけどだ、ニコラス。一つ聞かせてくれ……その筆跡が一致しない生徒の中には……――――”生きている人間”も、含まれているのか?」

 

「――――――――――!!!」

 

 

 

 誰かが、いや誰もが息を呑む音が漏らした。

 

 

 文字通り、何かを理解してしまったような…そんな音。

 

 

「………いいや。死んだ人間の筆跡なんて、勿論、調べられないさ。それこそ黄泉の世界に行かなければね」

 

 

 首を振り…そう告げた。

 

 

 …その表情には、今まで決して見せないであろう憐憫の感情が含まれていた。

 

 

 

 

「この時点で、筆跡が分からない人間は2人…今回の被害者である沼野と、水無月だけ」

 

 

 

 …感情を殺すように、決して同情しないように…でも、それを隠せていないような…そんな複雑な表情。

 

 

 

 裁判の始まる前に、彼は、ニコラスは言っていた

 

 

 

 

『分からないが分かった…ソレを念頭に置いておくことを…オススメするよ?』

 

 

 

 ハッキリと、”何も無いこと”こそが、証拠になりうると。

 

 

 

 きっと分かっていたんだ。この真実を…この事件の行方を…。

 

 

 

 

 そして、俺が今、どんな真実を告げようしているのかを。

 

 

 

 

 

 

「でも――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――俺は見たんだ、この字と…一緒の筆跡を」

 

 

 

 

 

 

 汗ばむ右手を握りしめた。

 

 

 

 皮膚を貫通するのでは無いか、それほどまでに、強く、深く。

 

 

 

 

「この手紙の字と一緒の字を

 

 

 

 

――――――彼女の部屋で、大量の書き込みがされた、”付箋”の字と…手紙の筆跡は一致していた」

 

 

 

 

 

 躊躇うことも、止めることも出来ない口を、俺は動かし続けた。

 

 

 

 

「この事件において、沼野を殺害し…俺達をタワーへと呼び起こし…そして停電を引き起こした犯人……

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして

 

 

 

 

 

 

 ――――――水無月カルタなんだ」

 

 

 

 

 

 

 俺は言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だけど

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それだけじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 ――――まだ、終わりじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――まだ、真実はこれだけじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で……なんですか…?」

 

 

 

 

 誰もがこの真実を噛みしめるように、沈黙をしていた中で。

 

 

 

 

「何で、死体の沼野さんをいたぶるようなマネをしてまで…」

 

 

 

 

 小早川が、そう、震えた声で、あまりにも曖昧な疑問を呈した。

 

 

 

 

「何で私達を…呼び寄せて、停電まで引き起こしたんですか?何で、気球を使って、タワーにまで、向かったんですか……?」

 

 

 

 ”意味が、意味が分かりません…”…しぼむように、彼女はそう言葉を口にした。俺自身も、生徒達自身も、また沈黙した。

 

 

 

 

「狂四郎の言ったとおり…アリバイを、作るため…とか?」

 

「…ううむ」

 

 

 

 ぽつりと、こぼれるようなそんな一言。

 

 

 でも、それは確信とは言えなかった。

 

 

 だって誰も、そうだと、思い切ってないから。

 

 

 そんな空気が肌を通して、伝わってきたから。

 

 

 

 

「いや、それだけじゃないはずだ…」

 

 

 

 

 俺はそう言って、同調するように可能性を否定した。

 

 

 

 

 彼女のこれまでの行動の数々を考えてみても。アリバイを作るためだけにやったにしては、あまりにも大がかりすぎる。

 

 

 

 

 沼野を殺害した…その裏に、何か、…強い思惑がある…。

 

 

 

 絶対に何かがあるはず。

 

 

 絶対に何か目的があるはず。

 

 

 

 この緻密な全ての中から、俺はそれを確かに感じ取った…。

 

 

 

 気のせいなんかじゃ無い。

 

 

 

 コレは確信だ。

 

 

 

 

 友人である俺が、彼女から感じ取った。

 

 

 

 

 強い確信だった。

 

 

 

 だけど――――

 

 

 

「………」

 

 

 

 でも、それ以上を踏みしめられなかった。

 

 

 

 パズルのピースが、あと一つ無くなったような…。小説の一ページを破りとられてしまったような…。

 

 

 

 

 攻めきれない、もどかしさ。

 

 

 

 

 ――――くそ…。

 

 

 

 ――――ダメだ…考えが…。まとまらない…。

 

 

 

 ――――何も、思い浮かばない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――もしも…」

 

 

 ふと声が聞こえた。気付いた俺は、俯く顔を上げ、その声をする方へ、目を向けた。

 

 

「………もしもミス水無月が毒殺を敢行したことが本当ならば、彼女の手元には遅効性の毒だけではなく………きっと即効性の毒薬も握られていたはず…」

 

 

 ニコラスだった。

 

 

 何かを含ませたように、淡々と、可能性の提起をしていた。

 

 

 

「何故、死体となった彼女の手元に瓶が無いのかは分からないが……それでも部屋に片方が無かったのなら…きっと彼女は、その毒薬を、停電当時、持っていたはずだ」

 

 

 

 …確かに、ニコラスの…言うとおりであるなら。水無月はセットであの毒薬を借りていたはずだ。コレは、モノパンがそう自信を思って言いきっていたはずだから、間違い無いはずだ。

 

 

 

 だけど、その毒薬は、何故か彼女の手元には無い。

 

 

 

 でも、確実に持っていたはずだ。

 

 

 

 だったら、持っていたと仮定するべきだ。

 

 

 

 

「その毒薬がありきで考えてみれば………彼女が態々タワーのてっぺんにまで、気球を浮かばせた理由も、停電を引き起こした理由も、自ずと見えてくるのではないかい?」

 

 

 

 

 ”勿論、その毒薬の特性を、知っている上でね?”

 

 

 

 

 そう付け足しながら、まるで全てを見透かしたように…飄々とした表情で、俺にそう言った。

 

 

 

 

 

 解いてみろと…挑戦するように。

 

 

 

 

 分かって見せろと、思うように。

 

 

 

 

 

 俺はその言葉と同時に、考えを深めていった。

 

 

 

 

 

 ――――彼女の考えた目的を、解き明かすために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロジカルドライブ】

 

 

 

 

Q.1 停電後に水無月が向かったのは…?

 

 

1) モノパンタワー

 

2) 観覧車

 

3) 西エリア

 

 

A. モノパンタワー

 

 

 

 

 

 

 

Q.2 タワーの中にあったのは…?

 

 

1) シャンデリア

 

2) 沼野の死体

 

3) 閉じ込められた俺達

 

 

A. 閉じ込められた俺達

 

 

 

 

 

 

 

Q.3 タワーの天井には何があった?

 

 

1) 止まったジョットコースター

 

2) ダンスホールへと繋がる扉

 

3) 犯人

 

 

A. ダンスホールへと繋がる扉

 

 

 

 

 

 

 

Q.4 水無月は何を持っていた?

 

1.モノパンゴーグル

 

2.モノパワーハンド

 

3.即効性絶望薬

 

 

 

A.即効性絶望薬

 

 

 

 

 

Q.5 即効性絶望薬の特性は?

 

 

1.空気よりも軽く、気化すると部屋中にガスを充満させる

 

2.服用から8時間で効果が現れる

 

 

 

A.空気よりも軽く、気化すると部屋中にガスを充満させる

 

 

 

 

 

 

「……推理は繋がったっ!!」

 

 

 

【COMPLETE!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――瞬間

 

 

 

 

 

 

 ――――――背筋に、尋常では無い悪寒が走った。

 

 

 

 

 

 ――――まさか

 

 

 

 

 

 ――――まさか、そんな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かったぞ…」

 

 

 

 

 いや分かってしまった。

 

 

 

 

 そう思った。

 

 

 

 

 今まで散々見てきた残酷な真実。

 

 

 

 

 今まで散々開け放ってきた、苦しい現実。

 

 

 

 

「水無月が何でエリア3を停電にする必要があったのか…何で水無月は気球を使ってまで、タワーに向かったのか……」

 

 

 

 

 ――――その理由が

 

 

 

 

 生徒達は注目した。

 

 

 

 

 

 俺はまた、心を噛みしめた。

 

 

 

 そして振り絞った。踏みしめた。

 

 

 

「あのタワーには…あのタワーの中には…人が居た」

 

 

 

 傷ついても、倒れないように。

 

 

 

「人って…」

 

「”俺達”だ。停電によって…タワーに閉じ込められた…俺達だ」

 

 

 

 砕けても、また拾い集めれば良いと…開き直るように。

 

 

 

 

「――――!」

 

「水無月の狙いは…タワーそのものでも…自殺するためでもない…――――――閉じ込められた俺達が狙いだったんだ」

 

 

 

 

 俺はまた扉を開こうと、手を掛けた。

 

 

 

 

 

「水無月は、タワーのエレベーターは止まることを知っていた。だから、施設全てを停電にした」

 

「何を…閉じ込められた私達に…何の目的が…」

 

「そして、水無月にはタワーのてっぺんに登ろうとした。そして恐らく、その手元には…………”即効性絶望薬”があったはずだ」

 

 

 

 

 

 狂ってしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 友人の無念を晴らそうとしていただけなのに…。

 

 

 

 

 解き明かしてみせると、そう思っただけなのに…。

 

 

 

 

 今までだったそうだった。

 

 

 

 陽炎坂の時だって、長門の時だって…

 

 

 

「もしもの話だ。もしも、密閉空間になった、あの中で、即効性の…それもすぐに気化する液体を振りまいたら、………中の人間は……どうなると思う?」

 

「………!!」

 

 

 

 

 

 大切な友人の無念を晴らすために…

 

 

 

 

 

 頑張ってきたのに…

 

 

 

 

 

 

 

「水無月は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そして、俺は開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今俺のやっていることなんて…

 

 

 

 

 

「……水無月、は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――あまりにも重く

 

 

 

 

 

 

 

 

 無念を晴らすも何も無い…

 

 

 

 

 

「俺達全員を――――皆殺しにしようとしていたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――あまりにも残酷な、真実の扉を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――開け放った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …真逆そのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【学級裁判】

 

 

    【中断】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

 

 

「物語の佳境、突入する寸前…とても、と・て・も良いところで終わる…」

 

 

「創作もの界隈の中で、実によくあることでス」

 

 

「2部作予定の映画作品然リ」

 

 

「実は続編がありました…という作品然リ」

 

 

「本当によく使われますよネ」

 

 

「まさに、物語を作る上での常套手段…言わばセオリー」

 

 

「作者としても、伏線を回収する楽しみが増えますし…視聴者としても、どんなことが起きるのカ…」

 

 

「そう楽しみに思える、まさにWin-Winな手段でス」

 

 

「まっ、――――たまに次回予告とかでネタバレされますけどネw」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 




お疲れ様です。水鳥ばんちょです。
裁判編、前編です。もう一度言います、前編です。
また後編、頑張りますね。




どーでもいい裏設定⇒折木くんの捜査中に使っていたメモ帳は朝衣さんの遺品。




【コラム】
〇名前の由来コーナー 水無月 カルタ(みなづき かるた)編


作者から一言:多分メンバーの中で一番理由が浅い


 コンセプトは、とても愉快かつ、明るい少女。そして天才肌に見えて、誰よりも努力家という、ギャップのある実は結構平凡な性格。生き様についても、主人公に最初に出会うことも決めていたし、3章でいなくなることも最初から考えていました。
 名前の由来については、名字は何となく、名前は彼女がチェスプレイヤーだからです。チェスは外国の玩具…なので日本の玩具を名前に使いました。
 ちなみに、お父さんの名前の竹斗は、『竹とんぼ』…お母さんは麻子(コマ)、お姉さんは折紙(折り紙)と言いますです。


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Chapter3 -非日常編- 14日目 裁判パート 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【学級裁判】

 

 

    【再開】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――静謐という音が…鳴り響いているようだった

 

 

 

 ――――耳をすましても、聞こえないはずなのに

 

 

 

 ――――耳を凝らしても、何処にもないハズなのに

 

 

 

 ――――耳鳴りのように

 

 

 

 

 ――――シンっ…と鳴り響いているようだった

 

 

 

 

 ――――この場所で

 

 

 

 ――――この”学級裁判場”で、反響していた

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 音の主は、俺達だった。誰もが口を閉ざし、声も出さずに、静謐を作り出していた。

 

 

 

 ――――その沈黙の中心ともほど近い。全ての視線が一点に集まるその場所で…。

 

 

 

 

「この事件の犯人は――――被害者である水無月自身だ」

 

 

 

 その場所で俺は、この事件の、答えとも言える真実を口にしていた。

 

 それを発した途端、生徒達の視線が、さらに、突き刺さるようだった。

 

 ピリピリと、ビリビリと肌を刺激するようだった。

 

 

 

 ――――まるで、台風の目に立たされているみたいだった

 

 

 

 穏やかで、静かで…。

 

 

 だけど、本当はそうじゃなくて。

 

 

 決して心安らげる場所でも、時間でもなくて。

 

 

 

 嵐の前の、途轍もない不穏が押し寄せてくる寸前のような。仮初めの平穏が、この世界を、俺自身を、包み込んでいるようだった。

 

 

「水無月、さん、が……」

 

「…あの、カルタが?」

 

 

 信じられないと、そう言いたげに言葉を紡ぐ生徒達。

 

 無理も無かった。

 

 その真実は、すなわち。俺達を友人だと、仲間だと言い張っていた彼女が……この事件の犯人であり、そして虐殺紛いなことを行った黒幕である。

 

 そう言っている以外に他ならなかったのだから。

 

 ――――数人を除いて。

 

 でも俺を含む殆どの生徒達は、その真実に躊躇いを表情を向けていた。

 

 

「で、でも…それって、あくまで仮定の話なんだよねぇ…?絶対にそうであるかどうか、わからないんだよねぇ…?」

 

 

 怯えきった表情を向け、古家はその躊躇いを言葉にする。

 

 凡人の俺がその立場に居たなら。その真実を聞かされた側に立っていたなら。きっと、何も言えず、ただ呆然と立っているだけしかできなかったはずだ。

 

 だのに、それでも…事実を飲み込んでもなお、友達を信じようとする姿勢は…尊敬に値した。

 

 だからこそ、少しでも可能性を見いだそうとするその言葉に…また心をガリガリと削られていくようだった。

 

 

 だけど――――。

 

 

「……だけど、あいつがココまで大がかりなことを計画していた事を踏まえれば、考えられたくも無いはずだ。――――いや、違う。俺は、かもしれないじゃなく、ソレが答えだと、思ってる」

 

 

 苦悶に表情を歪めた俺は言い切った。かみ砕くように、かみ切るように…。古家の切り開いた光明すらも、言葉で閉ざしていく。

 

 彼は顔をしかめ、諦めたように、沈めていく。

 

 

「折木……アンタ、本気で…?」

 

 

 そんな毅然とした態度を繕う俺に…続けざまに反町は、そう言葉を掛けた。まるで母親に、本気でこの道で生きていくのか…そう問いかけるように。

 

 もう後戻りはできないぞ、と、念を押さている気持ちになった。

 

 

「……ああ、本気で思ってる。水無月は、沼野を殺害し、そして俺達も、殺害しようとしていたんだ」

 

 

 でも、反町への答えに迷いは、俺の中には無かった。取り繕ったモノではなく、即興的に組んだ物でも無い……揺るぎない確信を持って、俺はこの推理を貫いた。

 

 

「……反町さん……折木君はわかっている。そう、わかっているのさ。彼の目を見てごらん。僕が旅をしようと意気込んでいた、そのときの目とそっくりだ。ああ、とても懐かしい気分だよ」

 

「…この状況で感傷に浸れるあんたの図太さが羨ましいですよ」

 

 

 反町は、その落合の言葉を聞いてなのか……俺の目をジッと見つめる。反町のその目からは、憤りとも、哀れみとも取れる、複雑な感情が読み取れた。

 

 俺には、その目を見続けた。

 

 言葉ではなく、態度で示せと、そう言われているようだったから。ジッと、相対し続けた。

 

 

「シスター反町、キミも言いたいことは山ほどあるのだと思う…だけどこれ以上の言葉は、不要…そうは思わないかい?」

 

 

 ニコラスの言葉を受けて…反町は、瞳を閉じ、そして小さく鼻でため息を吐いた。鋭い雰囲気が、少し取れたような、そんな印象をに変わった気がした。

 

 

「………わかったさね。これ以上は、もう言わないよ」

 

 

 納得の語感は無かった。非合理を、事実を飲み込んで、そして、自分を納得させているようだった。

 

 

「…ありがとう」

 

 

 ただ、その言葉が何よりも嬉しかった。アタシはアンタを信じる…そう言ってくれた気がしたから。

 

 もし、彼女に強い語気を持って詰め寄られていたら……きった何かが、変わっていた。揺らいでいたかもしれない。

 

 真実かどうかの疑念を持ってでは無く、極めて個人的で、自己本位的な理由で。

 

 それほどまでに、俺は、この導き出した答えに疑いを持っていた。いや、迷っていたんだ。

 

 でも、生徒達の言葉で、生徒達の黙認で、何とか意志を貫けるような気がした。いや、今貫き通そうと、確信を持てた。

 

 迷い無く、曇りの無い意志で。

 

 

「………」

 

 

 アイツが、”水無月”が、こんな”愚かで”、凄惨な事件を引き起こした。

 

 

 他の誰でも無い…アイツが起こした事件。

 

 

 俺は追求しなければならないんだ

 

 

 ーーアイツの仲間として

 

 

 公平に、公正に、一切の私情を排除した心を持って。真実を求めなければならない。

 

 

 ――アイツの友達として

 

 

 

 俺はまた右手を強く握りしめた。

 

 血が出るのでは無いか。そう思ってしまうほど、深く、強く。戒めるように、自分を罰するように。

 

 

「であれば、であればだ…折木よ。何故…ヤツは…水無月は死んでいる。何故犯人である水無月が、被害者として見つかっているのだ?」

 

 

 雨竜はこぼした。

 

 この事件の、最たる謎と言うべき点を、何故…彼女は死んでしまったのか、という疑問を。

 

 

「……」

 

 

 …正直な話、俺自身も、その疑問に対して、考えあぐねていた。

 

 沼野の殺害、生徒達の招集、エリアの停電、気球の利用、そしてタワーにいた俺達の殺害。

 

 水無月が行ったと思われる数々の計画。

 

 だけど、その当人は、俺達に悟られず、死去してしまっている。

 

 

「確かに、私達を殺そうとしていたのなら……」

 

「……どうして公平達が生きて、逆にカルタ死んでるのか…訳が分からなくなる」

 

 

 生徒達も、同じく、頭をひねらせていた。彼女が被害者として現れた所為で、その謎がさらに深まってしまっているのだ。

 

 殺される寸前だった俺が言うのも何だが…証拠を見る限りだと、計画は途中まで上手くいっていたはずだ。

 

 だったら、何故、彼女が死んでしまうという、訳のわからない結果に結びついてしまっているのか。

 

 その過程の中で“何が”起こってしまったか。

 

 ソレが分からなかった。

 

 

「でも確実に分かる、こと、は…水無月さんの、計画、は、失敗した、って、ことだよ、ね?」

 

「…”たーげっと”と思われる私達が、今も息づいていることを考えれば、そうですよね…」

 

 

 確かに、贄波達の言うとおり。今も俺達は生きている。俺がさっき思ったように、水無月の計画は、”途中まで”、上手くいっていた。

 

 つまり、最後の最後で、彼女は何らかの失敗を犯した。

 

 その結果、彼女は死んでしまった。

 

 きっとその失敗には、何か意味があるはずだ。

 

 推測することでしかたどり着けない、深い意味が…。

 

 

 その中で……一つ。真っ先に考えられる事は…あるにはある。

 

 

 それは――――

 

 

「…まさか…”自殺”?」

 

「えぇ……ここまで壮大な前振りをして、どうして最終的に自殺なんて手段を選ぶですか」

 

 

 そう“自殺”。

 

 俺も捜査中、一瞬そう考えたときもあった。何故なら、あのタワーの屋上と、お菓子の家は隣接していた。つまり、屋上から飛び降りたり、気球から身を投げれば、お菓子の家に落ちることができる。

 

 …つまり今回の事件現場と同じ光景にたどり着けるのだ。

 

 

「……逃げ切れないと踏んだから、というのはどうだ?」

 

「逃げ切れない?」

 

「時系列を考えてみれば…ヤツはファイル通りの時間に沼野の殺害は完了していたはずだ…午後5時にダンスホールで…」

 

「ああ。今までの証拠品と状況からして…間違い無い」

 

「そして水無月は折木達を一箇所に集め、全員を殺そうと考えたんですよね?」

 

「そう、そこまでは計画通りだった。だけど何らかの理由で計画が頓挫し…その結果逃げられないと踏んだヤツは…失意の内に自殺した……こういう線はどうだ?」

 

「無理矢理な感じは否めないけど…確かに考えられるっちゃあ、考えられるねぇ…」

 

 

 確かに、非道い話ではあるが…無くは無い…そう思った。

 

 だけど、もしその線が正しいとするなら…。

 

 

「だったら、あの気球やらはどうなるんだい?」

 

 

 そう、気球。

 

 今回の事件で水無月が利用したと思われる気球。そしてその気球が墜落している事実が宙に浮いてしまうのだ。

 

 それに、俺自身が生徒達にはまだ言っていない、様々な証拠の数々。

 

 その余りにも多くのことも煩雑に”残ってしまう”。捜査の中で見つけた、様々な痕跡が、残されてしまうのだ。

 説明の付かないこれらが残されたままでは、この事件の全てを解明したことにはならない。

 

 そこだけは、俺は確信めいたものを感じていた。

 

 

「う、ううむ…そうだな。不自然に残されてしまうなぁ…」

 

「…それに、これ程まで大層な事件を起こしておいて。はい、終わり終わりー、もうダメだー、と即断即決で自ら命を絶つだなんて…言い方はあれだけ、こんな尻切れな終わりはボクは……いや、キミらも納得できないんじゃ無いかい?」

 

「終わりは常に突然起こりうるモノ。人生と同じさ。いつ病に倒れても、いつ鉄の塊に体を引きずられても可笑しくないのが人生。……だけど今回に限っては、例外とも言えるね」

 

「余計な話が横から入ってきた所為でさらに混乱モノですけど…雨竜の案はしっくりはこないですね」

 

「だとしたら…ニコラス、アンタはどうかんがえるって言うさね」

 

 

 ニコラスのしたり顔見て、何かを察したのか…反町は顔をしかめ、言えと言わんばかりにそう返す。

 

 

「それは勿論!!…――――“犯人がもう1人いる”…そう考えるのが妥当だと、ボクは思うのだよ、キミ」

 

「――――――!」

 

「も、もう1人…犯人が?」

 

「何という事だ…!」

 

 

 ニコラスのその言葉に、俺は目を見開いた。俺だけじゃ無く、他の生徒達も、言葉だけで無く、口を開けたり、目をパチクリとさせたりして…驚きを露わにしていた。

 

 

「…その考えに至った理由は何なの?」

 

「…ミス水無月の計画が失敗に終わってしまったのは…計画した本人が遂行不可能になってしまったから…。つまり、何らかの理由で彼女は死んでしまったから…とボクはまず、そう考えたのさ」

 

 

 ニコラス、その暗にたどり着いた経緯を…淡々と語り出す。

 

 

「気球から足を踏み外すほど彼女はドジでは無い…それこそ、計画の中で最も力を入れていた部分に等しいこのセクションだ…細心の注意を払って行動していたはずさ」

 

「…だから。カルタは、本人とは無関係の何らかの要因によって?」

 

「ああそうさ。その要因こそが…」

 

「もう1人、の、犯人」

 

「そう…彼女の計画に入り込んできたイレギュラー…もう1人の犯人」

 

「水無月さんは、自殺ではなく殺されたと…!?」

 

「って…アイツは気球に乗ってたはずだよ?アタシらから見て、手も届かない高さに居たんだよ?」

 

「うん…空を飛んでる状態でカルタが殺されたなんて…想像が付かない」

 

 

 だけど、その答えに納得するかと言われればそうでは無く。状況的に難しいのでは無いか…そう考える生徒達が多数を占めていた。

 

 確かに、全員の証言を聞いた限りだと、俺達生徒達は、一部を除いて地上に居たはずだ。生徒達はそれを理解しているからこそ、首を傾げているのだろう。

 

 

「だけど…自殺があり得ないとするなら、殺されたと考えるのが普通さ…。それにキミ達は既に、もう1人の犯人…その影に触れているはずだと思うのだけれどね」

 

 

 その足がかり?触れている…?そう言って、此方へとウィンクをするニコラス。

 

 勿論キミなら分かっているよね?と言いたげな瞬きであった。

 

 俺も、俺達も…どういうことだ?とまた首をひねり出す。

 

 

「もう一度、今まで出てきていた証拠品と、ルールについて考えてみれば、自ずと答えが見えてくるはずさ」

 

 

 そう言われた俺は今までの話合いを思い出しながら、考えを巡らせた。

 

 

「ルールと言えば…この施設の、でしょうか?」

 

「ノンノンノン…もっとコンパクトかつ、ピンポイントなルールさ、ほら、よく考えてみなよ、キミ」

 

「…絶妙にウザい」

 

「分かってるならさっさと言うさね」

 

「ああ分かっているとも。それはこの世のしがらみさ。自由を愛する僕らが嫌うべき、この世界を縛り付ける強固な鎖のことだね」

 

「あああーー。さらに訳が分からなくなってきたんだよねぇ…」

 

 

 相変わらず鼻につく言動を繰り返すニコラス。それにもどかしい気持ちながらも罵りで返す生徒達。

 

 

 そんな中で、俺はニコラスの示す…それらしいルールを思い出していた。

 

 

 もしかして…美術館の?

 

 

 だとしたら――――

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【七つ道具のルール)←

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

「そうかっ…七つ道具のルールか…!」

 

 

 もう1人、関係者がいるかもしれない鍵を一つ、思い出し、口にした。

 

 ニコラスは、その通りと、パチンと指を鳴らす。

 

 

「七つ道具って…美術館のあれかい?」

 

「そういえば…借りられているって話がでてた」

 

「うん、出てた、ね。古家君、と、落合君、から…」

 

「古家…お前確か、道具は”3つ”借りられている…そう言っていたよな?」

 

 

 確認するように証人であるの方へと目を向ける。本当は落合にも聞いておきたいのだが…彼はアレなので眼中にも入れなかった。

 

 

「ああ…そうなんだよねぇ。この目でしっかりと見たんだよねぇ。だ、だよねぇ?落合君?」

 

「楽しさという記憶は、思い出として残りにくい。逆に悪い思い出はこびりつくよう残り続ける。……僕はその大半の人間に入ってしまっているようだね。覚えていないよ」

 

「言い切ったんだよねぇ!!数時間前のことなのにねぇ!!」

 

「それ以上に、捜査時間を楽しい一時と思うあんたの神経に驚きを隠せないですよ…」

 

「褒めても何も出てこないよ?」ジャラン

 

「一箇所も褒めてないんだよねぇ…!」

 

 

 …一応確証は取れているみたいなので、俺は話を続けていった。

 

 

「……そう。古家達が言うように、3つ道具は借りられていた……つまりコレはどういうことかわかるか?」

 

「…分かりません!!!」

 

「清々しいな…」

 

 

 …分かっては居た。だけどそこは分かって欲しかったいうのは本音であった。

 

 

「つまりアレさ!道具を借りるには、1人2つまで…そういうルールが美術館にはあった。そうだね?モノパン」

 

「はい。その通りでス。3つ以上借りようとする不届き者には、ワタクシの有り難い説教が2時間聞くことになりまス」

 

「たったの2時間で良いのかい?」

 

「………2時間で充分だと思っ次第でス」

 

 

 …2時間は少ないと思ってしまった俺は、相当感覚が麻痺しているのかも知れない。モノパンの方が何となく穏便に思えてしまう。

 

 

「とにかく、3つ以上の道具の貸与は禁止事項。だってそんなに借りられたら、どこぞのバグ主人公並に無双されてしまいますからネ!」

 

「つまりだ、諸君。ルール上、ミス水無月は2つまでしか、ゴーグルと、毒薬のセットしか借りることはできないことがココに証明されている」

 

「だけど、この事件には3つの道具が借りられ、使われていた」

 

 

 

 今ニコラスが言った、ゴーグル、毒薬、そして――――。

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.バグ弾

 

2.秘密の愛鍵

 

3.モノパワーハンド

 

4.ロシアンワルサー

 

 

A.モノパワーハンド

 

 

 

「そうか…!」

 

 

 

 

 

 

「…美術館から、ゴーグルと毒薬の他に、”モノパワーハンド”が借りられていた」

 

 

 この状況が物語る事実…それは。

 

 

「…水無月さんじゃない誰かによって借りられた…ってことかねぇ」

 

「カルタじゃない…?」

 

「そうともさ、キミ。だって、1人の人間が道具を3つ借りられないのなら、誰か別の人間がもう一方の道具を借りた…そう考えるのが道理というものさ」

 

「もしかして、それ、が、犯人が、もう1人居るかも知れない、っていう、理由?」

 

「イグザクトリー。そうこれが、犯人がもう1人居るかも知れない…その根拠さ」

 

「具体的に何処でどのように使われたのかは…」

 

「勿論!!!……分かっているわけ無いじゃないか、キミ」

 

「「「………」」」

 

 

 まあ…確かに、美術館のルールを踏まえて考えてみれば…もう1人、借りた人間がいることは分かる。そう、”借りた人間がいたこと”は。

 

 

「おやおや?なにやら芳しくない空気が漂っている思えて仕方ないのだけれど…これはボクの気のせいかな?」

 

「…気のせいでは無い」

 

「使われたかも知れない。居るかも知れない…確かに納得はできる…だが…明確に事件に関係しているかどうかなどはまだ不明では無いのか?ニコラスよ」

 

「…………」

 

「まさか…根拠ってそれだけだったのかねぇ」

 

「…………ははっ!そんなこと、わけあるわけ無くは無いじゃないか、キミぃ!」

 

「どっちなのだ…!」

 

「…どっちでも良いから隠さず言って欲しい」

 

 

 見るからに冷や汗をかいているように見えるが…。本人的には、まだ何かしらの理由はあるようだ…。

 

 それでも本人のあの飄々とした態度と言動の所為で、真偽が分からない無い。

 

 

「勿論さ、今からその心当たり、いや、確信とも言える根拠をココで聞かせてあげようと思っていたところさ!」

 

「本当ですか!!」

 

「ああ!!本当だとも!!ナイスな反応、感謝するよ!ミス小早川!」

 

「かなりの大見得に見えるですけど…まぁ、期待ぐらいはしとくですよ」

 

「その心の裏にあるのは、答えか、誤りか…ソレを知っているのは、神のみ…ということだね」

 

「こんがらがりすぎて、運命に身を委ね始めてんだよねぇ…落合君」

 

 

 何となく頼りなさげな雰囲気ではあるが…それでもニコラスはコレで終わるわけでは無さそうだった。

 

 だけど、事件の関係者がもう1人いるかも知れないもう一つの理由…か。見当外れかも知れないが…一つだけ、俺はとある考え、いや記憶がよぎっていた。

 

 

「まず前提条件として、この事件には、例の道具を扱おうとしていた人間が水無月を除いて…もう1人いた」

 

「論理的に考えれば…そうだねえ。で、その誰かが、どこのどいつかってのを議題にしてるさね」

 

「そもそもそのどこのどいつが事件に関係しているのかすら疑わしいがな…」

 

「そう!ボクがこれから推理するのは、そのどこのどいつが、実際どのように動き、何処に身を潜めていたのか…その事実をここに提示しよう!」

 

「そんな事がわかるのかねぇ!?」

 

「そうだとも!!」

 

 

 勢いにも、調子にも乗ってきた、ニコラスは…高々に話を広げていく。

 

 そして俺自身も、ニコラスの言いたいこと…すなわち、関係者が何処で、どのように動いたか。それが分かってきた気がした。

 

 

「…でも、停電の時の居場所は…皆把握している」

 

「はは…その答えは追々ということで…今は結果の話が先さ、ミス風切」

 

 

 未だ冷や汗をかきながらだが、その言葉の雰囲気には、確かな自信が感じ取れた。

 

 …きっと…俺が微かに感じている、同じ可能性を、彼は提示しようとしているのかも知れない。

 

 もしかしたら…俺だったら…いやあのタワーのいた生徒達なら…分かるかも知れない。

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

「この事件に関わって居るであろうもう1人の犯人」

 

「仮にX(エックス)と名付けよう」

 

「その人物は、一体どこに居たのか…」

 

「その何処で、何をしていたのか!!」

 

 

 なんともキザな仮称だ…

 

  じゃあアンタだったら何て付けるさね

 

 未知数と不可思議の頂点…ダークマター

 

  ニコラス君の方がマシなんだよねぇ…

 

 

「…勿体ぶらないで」

 

「…さっさと結論を言って」

 

 

 私!気になります!!

 

  焦らしすぎ、は、禁物、だよ?

 

 

「ボクの推理はこうさ」

 

「犯人であるXは、何と!」

 

「【タワーのてっぺん】にいたのさ!!」

 

「しかも、停電の最中にね!」

 

 

てっぺん…?

 

 あのタワーの…ですか?

 

 

「てっぺんって…」

 

「急に【ピンポイントな所】を言い切ったんだよねぇ!!」

 

 

ピンポイントっていうか

 

   もう答えですね

 

 

「どこにそんな証拠があるんさね!!」

 

「あの停電の中で…」

 

「一歩でも間違えれば真っ逆さまになっちまう…」

 

「あんな高所に居るだなんて…」

 

「【あり得ないにも程がある】さね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【天井からの足音)⇒【あり得ないにも程がある】

 

 

「それは、違うぞ…!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いや、反町。ニコラスのその推理はあり得ない話じゃ無いんだ」

 

 

 俺はニコラスの推理に同意を示すように、反町の、強い否定に反論した。反町は、いぶかしげに眉をヒネらせ、此方に視線を移す。

 ニコラスも同様に、此方は逆に、”待ってました”と、そう言っているような視線を向けてくる。

 

 

「どうやら…ミスター折木はボクの考えていることを、理解してくれているみたいだね?」

 

「どういうことさね!!折木!詳しく聞かせな!!」

 

「ああ、勿論そのつもりだ。だけど、その説明をする前に、一つ。予め言わなければならないことがある」

 

「言わなければならないこと?…何です?」

 

 

 予め言わなければならないこと、そう前置くと、雲居は首を傾げる。

 

 

「前に…俺達が停電の所為でタワーのてっぺんに閉じ込められた、そう言っていたことがあったよな?」

 

「ああ~、言ってたねぇ。だから、水無月さんに殺されそうになったとこだったよねぇ?」

 

「…それがどうかしたの?」

 

「閉じ込められた俺達はタワーの中で暗闇に翻弄されている最中、ある”音”を…耳にしていたんだ」

 

「音…どぅあと?」

 

「あっ!!天井から響いた、あの足音とおぼしきもののことですか!!」

 

「足音って、どういうことだい?そんなの初耳さね!!」

 

 

 初めて聞く情報に、事件当時タワーに居なかった生徒達は、どういうことだと身を乗り出す。

 

 

「足音とというのは、言葉の通り足音さ。ボクらはそこで、”誰か”がタワーの屋上に居ることに気付いたのさ」

 

「だ、誰か…?」

 

「ハッキリ言ってしまうなら、ダンスホール内に居た人間以外…つまり、タワー外に居たキミ達の誰かが屋上に居たのさ」

 

「アタシらの中の!?」

 

「何だか分からないけど…疑いの矛先急に変わってきた気がするんだよねぇ!!?」

 

「疑いとは言わば空気のようなものさ。周りにあって当たり前、だけどそれは、決してイヤなものじゃなくて…好奇心の様に無邪気な心でもあるのさ」

 

「落合ぃ!話を揺るやかにかき乱すなぁ!!」

 

「ああ、分かったよ。じゃあ、僕はまた世界の何処かで小さな調を奏でているとするよ」ジャララン

 

「誰かそいつからギターを没収するです」

 

 

 ニコラスの、いきなりの疑いのベクトルに戸惑う、タワー外にいた生徒達。当然の如く、何故そうなると、混乱が生じ始める。

 

 

「……その足とが、カルタのものの可能性は」

 

「もし、水無月、さんだった、ら…きっと、わたし、達、は、もう死んじゃってるんじゃない、かな?」

 

 

 風切の可能性の定時に、贄波は少々物騒な反論で返していく。

 

 …これまでの推理通りだとするなら、確かに水無月ではありえない。計画が失敗したことを踏まえれば、彼女は、タワーの天辺にはたどり着けなかったことになる。

 

 必然的に彼女は容疑者から除外される。ということだ。

 

 

「ちなみにですけど…足音の数は?」

 

「1人だ」

 

「…成程。じゃあ屋上で争った線は消えるですね」

 

「はい!!争うようなゴタゴタ音は一切聞こえませんでした!!」

 

 

 そう、たったの1人。たった1人の足音に、俺達は不安を煽られていたんだ。

 

 イヤでも、耳に焼き付いてしまっている。

 

 

「…成程、納得したさね。だからあり得なくないってわけなんだね」

 

「その通りさ!恐らく、我々の頭上に蠢いていたそのXこそが、ミス水無月の計画を頓挫させ…そして」

 

「水無月さんを…殺害した犯人て訳かねぇ…」

 

「むぁだXを続けるかぁ…」

 

「…最初は突拍子も無い推理だと思ってたけど」

 

「は、はい…突拍子も無いながらもじわじわと事件に近づけてる実感ございます!」

 

 

 そう、紆余曲折はアリながらも、着実に事件は紐解かれている。そう感じ取れた。

 

 タワーのてっぺんには”誰か”が潜んでいた。

 

 そして今度は、その”誰か”という存在の行動、そして正体を…俺達は紐解いていかなければならない。

 

 

「その怪しい輩の存在が証明されたのは分かったけど…当のソイツはどうやってあんな高所に行ったって言うんだい?」

 

「確かに気になるねぇ。あんなタワーの屋上なんて危険極まりない場所に行く手段がねぇ」

 

「気球は水無月のヤツがジャックしてたわけですから…この方法は無し…って考えても良いですよね?」

 

「ああ!そう考えた方が楽だと思うよ!」

 

 

 まず、その怪しい輩の行動。すなわち…どうやってタワーの屋上へと移動することが出来たのか。

 

 この議題から、ジワジワと、真実を白日の下にさらしていこう。

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

「その犯人らしきヤツが…屋上に居たというのは分かったが…」

 

「ではどのようにして…」

 

「タワーの屋上まで向かえたというのだ?」

 

「やはり超能力か…!?」

 

 

 それはあり得ないさね…

 

   まだそれ引っ張ってるですか…

 

 

「…無難に考えるなら」

 

「…ロープとか、手に入りやすそうな『道具を使った』とか」

 

 

 もの凄く無難なんだよねぇ

 

   だが余りにも選択肢が多すぎる

 

 

「ああ~確かに道具をを使ったのはあり得そうだねぇ」

 

「それこそ、モノパンの『七つ道具』とかも怪しんだよねぇ…」

 

 

 …また七つ道具

 

    借りられた中には

 

 

「道具以外だと、『アトラクション』などが怪しいですよね!!」

 

「具体的に示すなら…」

 

「『もう一つ気球があった』というのはどうでしょうか!!」

 

 

 もう一つあったら…

 

  アタシらが流石にすぐに気付いてるさね…

 

 

 

 

 

【止まったジェットコースター)⇒『アトラクション』

 

 

「それに賛成だ!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 アトラクション、その単語を聞いた瞬間。俺は、捜査中に見つけた例の乗り物を思い出した。

 

 同時に、それがとある場所に、不自然に止まっていたことを。

 

 

「そうだ、思い出したぞ…!」

 

「お、折木さん?…一体何をお思い出しに?」

 

「屋上を捜査しているときに見つけた、止まったアトラクションをだ。そうだよね?贄波」

 

「うん、あった、ね」

 

「………」

 

 

 止まったアトラクション?その単語に、分かりやすいくらいに首を傾げる生徒達。

 

 …その反応になるのも当然か。”あれ”を見ていたのは、俺と贄波くらいだったからな。

 

 

「ニコラス達にタワーの屋上の捜査を押しつけられたときの話だ」

 

「押しつけたとは人聞きが悪いね!!ボクはお願いしたつもりだったんだけどねえ!!」

 

「押しつけ、た、でしょ?」

 

「…………」

 

「…撃沈はや」

 

 

 す、凄い圧だ…。どうやら俺だけじゃ無く、贄波もそれなりに気にしていたみたいだ…。

 

 

「と、とにかく、俺達はタワーの近くで不自然に止まっていた、ジェットコースターを見つけてたんだ」

 

「じぇ、じぇっとこーすたー?」

 

「うん、ちょっとジャンプ、すれ、ば…届くと思う位、近く、に止まっていたん、だ。レールの上に、ね?」

 

「ちょ、ちょっと待つさね。ジャンプをすればって………まさか!」

 

「ああ。屋上に居た、そのヤツは、ジェットコースターを使って、タワーのてっぺんまで上り詰めた…その可能性がある」

 

「えええ!!」

 

「ままま、ま、マジなのかねぇ!?」

 

 

 数ある可能性の中で、ジェットコースターは予想外だったのか…生徒達は驚愕を露わにする。

 

 

「はははは!流石はボク、やっぱりあそこには何かある事は、この灰色に塗りたくられた脳細胞が感知していたとも!!」

 

「ふ、ふん…このワタシもすでに理解していた…ああ!!理解していたともぉ!!」

 

 

 と、明らかに取り繕ったような態度の2人を無視し、俺と生徒達は話合いを進めていった。

 

 

「……って言っても。ジェットコースターを使って登った云々よりも、何であえてその手段が使われたんさね」

 

「それは…あのジェットコースターの”仕組み”を使えば、簡単に、タワーを登ることができたからなんだ」

 

「…し、仕組み?」

 

「うん。それに、その仕組み、は…ジェットコースター、に、乗ったことがある人だったら、一度は、目にしたことがある、の」

 

 

 

 贄波の言う、その一度見たはずの代物…説明を円滑に進めるために…まずはそれをつきつけていこう。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【ジェットコースターのパンフレット) 

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

 

「このジェットコースターのパンフレット…乗ったことがあるヤツなら知っているよな?」

 

 

 復習も兼ねて、俺はそのパンフレットを全員に見せつける。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ええっと確か………はい。…いいえ!勿論覚えていますよ!!ただ、ちょっと掘り起こすのに時間がかかっているだけで…決して覚えていないというわけでは!!」

 

「…無理するもんじゃないさね。梓葉」

 

「改めて、説明した方が、良いんじゃ無い、かな?」

 

 

 贄波のアドバイスを聞いて、俺は、”そ、そうだな”と頬を引きつらせる。

 

 

「…注目して欲しいのは、このパンフレットの右下に書かれている”注意書き”だ」

 

「ええと、『140 cm以上の方しか乗れません』、『安全バーは外さないでください』…もしはずした、ら……あっ」

 

 

 気付いたように言葉を止める古家。俺は頷きながら、続けていく。

 

 

「そう…あのジェットコースターには安全装置がついているんだ。乗った際に掛けられるあの安全バー、あれが外れた場合、ジェットコースター緊急停止するという、安全装置がな」

 

「滅多なことでは外れないのですガ…万が一外れてしまった場合…慣性の法則云々で吹っ飛んでしまう可能性を抑えるため、急ブレーキがかかりまス。まっ、その勢いで結局バーが外れた人は吹っ飛びますけどネ?」

 

「じゃあほぼ無意味な装置なんだよねぇ…」

 

「いえいえ、そんな事はありませんヨ?例えば、ジェットコースターがレールを登り始めている時とか、落ちる寸前の時とかは有効に機能しまス」

 

「……え、ってことは」

 

「タワーの側、が、登っているとき、だか、ら。安全に、止まれるよ、ね?」

 

 

 贄波の言うとおり、その止められるという機能を用いれば…。すなわち、登り切っているときに安全バーを外せば、事件の様な光景を再現できるのだ。

 

 そんな中で“だとしても…”と言いながら小早川は続けていく。

 

 

「…安全バーなんてそう簡単に上がるものなんですか?」

 

「先ほども言いましたが…滅多なことでバーは外れませン。何故なら、単純にバーそのものが堅く固定されているからでス」

 

 

 小早川の疑問に、覆し様のないよう補足を入れるモノパン。

 

 しかし再び翻すように”ただし…”とニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「相当な”パワー”で無理矢理持ち上げられたら…話は別かもしれませんけどネ?」

 

 

 ”相当なパワー”…そのフレーズに…聞き覚えがあるような、無いような、そんな雰囲気が漂い始める。

 

 

「モノパンからの補足を聞いた諸君。では、ここで思い出して欲しい。ボクらはさっき、モノパンの言う相当なパワーを放出するための特別な道具の話をしていたことを、覚えているかい?」

 

「………そうか!モノパワーハンド!」

 

「ああ、そうだ。どんな力の弱い人間でも、怪力を手に入れられるあの手袋を使えば…安全バーなんて簡単に外せる」

 

「その、証拠、に、一番前の安全バーだけが無理矢理外されていた、ような、形跡が、あったん、だ」

 

「……まさかここで道具が繋がってくるなんて。驚き」

 

「てことは…七つ道具を借りたもう1人のヤツと、水無月を殺害した犯人は…同じってことかい…!?」

 

 

 次々と出てきては繋がっていく事実の数々に、生徒達は驚愕と同時に、納得の色に表情に表わしていく。

 

 俺自身もそうだった。

 

 だけど、ここまで考えられる証拠を顧みてみても…確かにそうとしか考えられなかった。

 

 

「そう、つまり。この事件に関係するもう1人の人間は、あのジェットコースターを使い、そしてタワーの屋上へと――――」

 

 

 

【反論】

 

 

 「そこは見過ごせないんだよねぇ!!」

 

 

                 【反論】

 

 

 

「ふ、古家…?」

 

「折木くん…悪いけど、流石に、今の言葉は見過ごせないんだよねぇ」

 

「……どこが見過ごせないって言うんだ?」

 

「ジェットコースターが使われたとそのものなんだよねぇ…」

 

「お、大きく出たな…」

 

「そうだねぇ…だいぶ根本的な話しなんだよねぇ……でも、大事な話だからねぇ」

 

「ああ、分かった。納得のいくまで、話し合っていこう」

 

 

 

【反論ショーダウン】 【開始】

 

 

「まず改めて確認するんだけど…」

 

「つまり折木君は…」

 

「もう1人の犯人らしき人物」

 

「そいつは、ロープも何も使わずに…」

 

「アトラクションの一つの」

 

「ジェットコースターに乗って…」

 

「タワーの近くまで登り…」

 

「そんで、直接屋上に乗っかった…」

 

「そういう理解で良いのかねぇ?」

 

 

 

「ああ、そうだ」

 

「その解釈で間違ってい無い…」

 

 

 

「だとしたら…」

 

「状況からしてみても」

 

「エリア3が【停電しているとき】に」

 

「犯人はジェットコースターを発進させて」

 

「タワーへ登った風に聞こえるんだけど…」

 

「そこんとこ、どうなのかねぇ?」

 

 

 

「…それもお前のその解釈で間違い無い」

 

「当人は、エリア3を停電になった時に、ジェットコースターを利用したんだ」

 

 

 

「もらったんだよねぇ!」

 

「大きな」

 

「大きな」

 

「大穴が、今、見えたんだよねぇ!!」

 

「良いかねぇ?」

 

「エリア3は停電になっていた…」

 

「だとしたら、エリア全体の電気は、完全に止まっていた…」

 

「そういうことになるんだよねぇ!!」

 

「なら電気で稼働していたはずの…」

 

「あのジェットコースターが動いてるのは…」

 

「余りにもおかしな話なんだよねぇ!!」

 

「つまり!!」

 

「停電したエリアで…」

 

「【ジェットコースターは動くはずがない】んだよねぇ!!」

 

「あのジェットコースターは…」

 

「停電した直後に…」

 

「【偶然タワーの側で止まっちまった】だけなんだよねぇ!!」

 

 

 

 

 

【電気室の配電盤)⇒【ジェットコースターは動かない】

 

 

「その言葉、切らせて貰う!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――確かに、停電が引き起こされたということは…電気の供給が無くなる。つまり、殆どのアトラクションは停止してしまうことになる」

 

 

 俺は古家の反論に対し、確かに、と小さく首肯した。

 

 

「やっぱり、そうなんだねぇ!!」

 

「――――だけど、停止したアトラクションの中で、ジェットコースターだけは例外なんだ」

 

 

 そして同時に、否定を重ねた。古家は、ええっ、と目に見えて困惑を露わにする。

 

 

「え…例外?…」

 

「それは…どういう意味なんでしょうか?」

 

 

 ”例外”という言葉に、生徒達はすぐさま疑問符を向ける。俺は、余計な混乱を避けるために説明から省いていた、”電気盤の特徴”を滔々と掘り起こしていく。

 

 

「アトラクションの電気を司っている電気室にある電気盤…そこには特徴があってな。ジェットコースターの電気を供給するスイッチが、そこには”無かったんだ”」

 

「まるで、敢えて外したよう、に、ね?」

 

「な、何故!!無いのですか!!」

 

「それについてはワタクシがお答えしましょウ!」

 

「貴様がぁ…?」

 

 

 俺と贄波が話を展開する中で、アトラクションの責任者であるモノパンが横からひょっこりと生えてくる。

 いぶかしみながらも、俺達は静聴した。

 

 

「ジェットコースターを司る電気は、電気室には備わっておりませン。何故なら、それは安全面の観点から考えてのためでス」

 

「……安全面?どういうこと?」

 

「例えば、電気室にイタズラされて、起動中のジェットコースターが止まってしまったとしましょう。もしそのジェットコースターに、誰かしらの生徒が乗っていた場合、どうなりますか?」

 

「……驚いちまうねぇ」

 

「そんでクレームをつけるさね」

 

「後は、辞世の句を残しておくかな?」

 

「人生を諦める理由が些細すぎるぜ!ミスター落合!」

 

「と、この通り、大変面倒……じゃなく、大変危険な状況になってしまいまス。故に、ジェットコースターはジェットコースターで電気を司って貰っているのでス」

 

「な、成程…」

 

「それに安全バーの件も含めて、ジェットコースターは、ジェットコースターで電気を管理して貰わないと困る事が多いのでス」

 

 

 モノパンは経営者目線で、その電気室と、アトラクションの設備について補填していく。

 

 思いも寄らない助成ではあったが、これで、ジェットコースターを用いたタワーへの到達は可能かも知れない。その光明が見えた気がした。

 

 

「だとしたら…停電の最中にいつ発車させるのかねぇ?辺りは真っ暗だし、気球がタワーの側に近づくタイミングに、都合良くジェットコースターをねぇ…」

 

「モノパンゴーグルは少なくとも水無月の手元にあったはずだからなぁ…」

 

「…いや別に難しくは無いんじゃないですか?例えば、停電になった瞬間に発車させた…とか」

 

「……あっ、確かに、それならベストなタイミングかも知れないねぇ!!だったら納得なんだよねぇ!!」

 

 

 雲居の可能性の提示に、古家はすぐさま成程と頷き、事実を受け止めていく。何という代わりに身の速さであろうか。

 

 

「停電当時…いや事件当時、ジェットコースターはタワーの頂上、その側にあった」

 

「そ、そして、タワーの近くには気球もあった」

 

「だとしたら…停電当時、気球と、介入してきた人物との位置関係は――――」

 

 

 

【スポットセレクト】

 

Q.介入してきた人物の位置は?

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ここだっ!!」

 

 

 

 

「介入してきた人物は、水無月が気球でタワーの近くに居た瞬間、すぐ近く…つまりタワーの屋上に立っていた」

 

「丁度、私達が、2階に、閉じ込められている、とき、に…」

 

 

 俺は当時の、停電中の出来事を思い出す。

 

 周りで何が起こり、そして何が耳に響いていたのか。

 

 こびりついて落ちない、不穏な音を。

 

 

『――――――ガン!!!!!』

 

 

『――――カタ…カタ…カタ…カタ…………』

 

 

『――――――カタ、カタ、カタ、カタ』

 

 

『――――――タッタッタッタッタッタ……タン!!』

 

 

 

「まるで人が居るかのような、足音が聞こえた」

 

 

 

 あのとき聞こえた、足音とおぼしき音。

 

 やっぱりアレは、誰かも分からない”人が居た証拠”。

 

 ジェットコースターに乗って、人が、水無月じゃ無い、この事件のもう1人の関係者が、タワーの天井へと降り立っていた証拠。

 

 

「じゃ、じゃあ、その犯人は、タワーの天辺に立って…そして一体どこへ消えたというのですか!!」

 

 

 存在が証明された、ならば…今度はその次。その存在のその後の行動。

 

 話は、そこへと転じていく。

 

 

「た、確かに、結局その犯人は、停電後は見つからなかったんだよねぇ?」

 

「ああ、そうだとも!人っ子1人見当たりゃしなかったよ?キミ」

 

「…まるで煙のように消えてちまっているさね…」

 

「存在していたのか、いや、そもそもいなかったのか…それを知るにはまず――――」

 

「また推理を覆すような発言は今は控えておくですよ、余計こんがらがるです」

 

「ははっ、手厳しいね」ジャラン

 

「当然です…」

 

 

 存在していたというのなら、そいつは一体何処へ行ったというのか。

 

 どうやって、そこから居なくなってしまったのか。

 

 

 この事件の重大なピース。たどり着けば、それが誰なのか、分かるかも知れない、重要なピース。

 

 その方法を、今、解き明かしていこう。

 

 慎重に、そして確実に…。

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

「貴様らの発言からして…」

 

「タワーの天井に、怪しき影が存在していたのは分かった」

 

 

 ここまで証明されたら…

 

    納得することしかできないんだよねぇ

 

 未だに夢の中って感じです

 

 

「…でもその怪しい影が何処に行ったのか『分からないまま』」

 

「…行方不明」

 

 

 もう1人、施設の中で潜んでいる可能性は…

 

   そしたらとっくのとうに見つかってるですよ

 

 

「分からない…ということは」

 

「何処かに『移動した』のかも知れませんね!!」

 

 

 まぁそうとしか考えられんなぁ…

 

   でも流石に大雑把すぎる

 

 

「だったらどこに移動したって言うですか?」

 

 

 それが分からないんだよねぇ…

 

 

「タワーの近くというと…」

 

「『観覧車』…?」

 

 

 観覧車…は…

 

  はは、ボクの故郷が答えの中に入っているのかな?

 

 ふ、故郷…

 

 

「そういうなら、『コースターのレール』に…」

 

「戻った可能性も…」

 

 

 でもあそこって…

 

  うん…かなりの急勾配

 

 

「無難に『タワーの中』は…」

 

 

 実際に中に居たボクらは…

 

  気配は無かった、けど…

 

 まさか…!!

 

 

「物事は、常にシンプルに考えるべきなのさ」

 

「そう、例えば」

 

「『天高く飛びたった』…とかね?」

 

 

  …シンプルすぎる

 

しかも飛び立ったって…

 

  それはもう自殺なんだよねぇ…

 

 

 

 

 

『移動した』⇒『天高く飛び立った』

 

 

「…お前達なら、証明できる!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 ……あり得るかも知れない。

 

 

 そう一瞬思った俺は、早かった。

 

 

「てっぺんに身を潜めていた人間は…消えたんじゃ無かったんだ」

 

「だから、その消えた方法を考えてるんじゃ無いのかい?」

 

「まさか、何か思いついた事が…?」

 

「ああ、落合の飛び立った、その言葉で思いついた」

 

 

 そのアイディア元を聞いた瞬間、少し時間が止まる。

 

 何故か落合でさえも、ギターを弾く手を止めてしまっていた。

 

 いや、お前が言ったことだろう…。

 

 

「とととと、飛び立った…って…ええ…ま、まさか…」

 

「ああ、そうだ。想像の通り、タワーの天辺に居たそいつは…飛び上がったんだ。それも…――――”気球”にむかって」

 

 

 その可能性を、少なくないはずの逃げ道を俺は提示した。

 

 

「と、飛び移ったって…」

 

「い、いやいやいや。確かにタワーの近くに気球はあるのは分かってるけど…ねぇ」

 

「……折木、状況を考えてみるです。周りは停電だったはずなんですよ?アンタが言ってることは、結構無謀ですよ?」

 

「そ、そうなんだよねぇ!!き、危険すぎるんだよねぇ!!」

 

「だけど、飛び移った可能性を示唆する、証拠だってある」

 

「……そんな都合の良い証拠が、あるの?」

 

 

 そう、落ちてきた気球の籠を調べたときに見つけた、些細な痕跡。

 

 一番最初に見つけた、小さな痕跡。

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【気球の手すり)

 

 

「これだっ…!!」

 

 

 

 

「落ちてきた気球の籠、その手すりに…不思議な”跡”があったんだ。まるで、強く手で掴まれたような跡がな」

 

「そういえば…あの気球の籠にあったなぁ………まさかあれが!?」

 

「覚えて、る?みんな。元々…犯人の手元、には…例の手袋が、あった、はず、だよ、ね?」

 

「…モ、モノパワーハンド」

 

「まさか、その手袋を履いた手で……空中の気球に?」

 

 

 風切の推測に、俺は頷いた。

 

 そいつは、飛び上がり、そして気球の籠を鷲掴みにし…そして気球の中へと乗り込んだ。

 

 

「…それにだ、キミ。周りが暗くて見えずとも、気球には必ず種火が点火されていたはずだ。恐らく、その火を目印にし、近づいてきた時を見計らって…ぴょん、と。実に一歩間違えれば自分の命を絶っていたかもあしれないギャンブルな手段だ、ボクであれば絶対に取らない手段さ」

 

「ああ、そうだな。だけど…ソイツは飛びきった、だから何処かへと消えさり…水無月は命を落とした」

 

 

 あくまで結果論ではあるが…そうでなくては、水無月が死亡した理由が分からない。ソイツが飛び移ってきたからこそ、水無月の計画は破綻し、俺達は今も生きていられているのだ。

 もしも違うのであれば…それこそ、本当に超常現象的事象が起こったとしか考えられない。

 

 

「………………確かに、それ以外考えられないですね。違うぞ、言っても、正直他の可能性を提示する自信は無いです。想像しがたい話ですけど…認める以外に無いみたいですね」

 

「ああ、仮定としては分かった…どぅあが…」

 

「まだ、何か疑問でもあるのか?」

 

「忘れたのか?あの気球は上空で破裂して、そして噴水に落ちてきていることを…」

 

「確かにそうさね!アタシらが丁度エリアに戻ってきた時、気球は落ちてきたさね!」

 

「…何で落ちてきたのか。犯人は何処に行ってしまったのか…そこが分からない」

 

「……………」

 

 

 そうだ。確かに…気球は最終的に、墜落している。水無月の計画を止めたソイツも乗っていたはずの…気球が。……つまり、その関係者は、気球から、また何処かへと消えてしまったという事。

 

 次から次へとなだれ込んでくる疑問の数々に、正直参ってしまう。

 

 そんな風にして、内心疲弊した気持ちを吐露していると…。

 

 

「あれ?でも…あの気球って、色々機能がついてませんでしたっけ?えーっと…確かに…何か大事ことを、忘れてしまっているような」

 

「う…ううむ…確かに、ワタシも同じ事を思っていた…」

 

「…………」

 

 

 

 色々な、”機能”?

 

 

 そういえば、確かにあった。

 

 

 方向転換するための機能とか…高さを変える機能とか。

 

 

 そしてあと一つ…かなり物騒な名前がついていた装置もあったよな…?

 

 

 ええと…アレの名前は…確か…。

 

 

 

 

 

 俺は冷静に、呼吸を繰り返しながら、その装置の名前を思い出していく。

 

 

 

 

 

 

閃きアナグラム

 

 

モ ト ロ バ モ ッ

 ナ シ イ チ ス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シナバモロトモスイッチ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…分かったぞッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかっ!!それだ!…あの怪しいスイッチ」

 

「は、はい!!そうです!!あのドクロマークのついた!!今の今まで忘れてしまっていました!!!」

 

「ああ~~~…そうであったぁ~~!あの一切触れられずに終わった例のアレのことかぁ…!!」

 

 

 スタンプラリーの際に、同乗していた小早川、そして雨竜は思い出したように、そうだったと手を叩く。

 

 

「ああ~、言われて思いだしたけど…スタンプ集めの時にそんなもの見かけたねぇ…」

 

「気味が悪すぎて触れたことも無かったさね」

 

「……もしかし、て…気球が墜落した原因、って」

 

「恐らくあのスイッチだな……」

 

 

 それ以外に墜落する原因があるのかどうかすら怪しいレベルである。

 

 

「確か、名前は『シナバモロトモスイッチ』……でしたでしょうか?」

 

「…名前の時点で物騒すぎる」

 

「是非ともお目に掛かりたくないスイッチだね、キミ」

 

「全くもってその通りだぁ……どぅあが、ここまで確定的な見当がついたのだ…。そろそろ焦らすのを止めて詳細を話しても良いのではないか?モノパンよ」

 

 

 あのスイッチは結局なんなのか、その詳細を知るモノパンに俺達は目を向ける。

 

 するとモノパンは”くぷぷぷ”と、いつもの含み笑いを返し、続けていく。

 

 

「どうやらその方が良いみたいですネ。ミナサマも、何とな~く勘づいているみたいですし、出し惜しみするほどの理由も、もう無いみたいですシ。そう、キミタチの言うとおり。あのスイッチは、気球を緊急墜落させるスイッチとなっておりまス」

 

 

 強く迫るように聞かれたモノパンは、渋ること無く、ハッキリとスイッチの詳細を白状していく。

 

 その名の通り、”シナバモロトモスイッチ”とやらは、本当に物騒な機能を有していたみたいだ。

 

 

「いや、何でそんな必要なさそうな装置を付けちまったのかねぇ…」

 

「そりゃあもう無理心中用ですヨ!」

 

「…臆面も無い」

 

「面の皮が厚すぎてですよ」

 

「人という生き物は、何をしようにも必ず誰かの足を引っ張ることになる。家族、友人、知人、怨敵…その選択肢は実に豊富だ。最悪、死さえもその身に降りかかるかもしれない…」

 

「アンタは今どこの話をしているさね…」

 

 

 だけど。これで墜落してしまった理由は、コレで判明した。そして、実際に気球が墜落した事を踏まえれば、そのスイッチは“誰か”によって、押されたと言うことになる。

 

 

 ――――だけど。

 

 

「気球の墜落方法は分かったとしても、乗ってた犯人は結局煙のように消えたまんまなんだよねぇ…」

 

「そ、そうですよね!!気球は墜落していたということは、乗っていた犯人もタダでは済まないはずです!!」

 

「…でも。それらしい人は何処にも転がってなかった」

 

 

 そう…乗っていたハズのヤツの行方が未だ消えてしまったままなのだ。

 

 普通であれば、墜落と同時に乗っていたヤツ自身も死体として、噴水の周辺で発見されているはず。

 

 だけど、どこにも、それらしい影はなかった。

 

 

「転がって無かった、とした、ら…」

 

「ああ、墜落するその瞬間に…何処かへと犯人は移動したことになるね?」

 

 

 移動…した…。

 

 であれば…どこに?

 

 飛び降りれば、水無月と同様に地面に叩きつけられる。その周りには、高いとっかかりも…見当たらない…。

 

 

 

「――――――待てよ」

 

「どうした、の?」

 

「気球が落ちた場所って…確か噴水広場…だったよな?」

 

「そうですね。それがどうしたんですか?」

 

「………」

 

 

 噴水広場の近く、つまり…それは入口の周辺とも言え変えられる。

 

 確か…。その周辺で気になる発言をしていたヤツがいたよな?

 

 ソレも、あの気球が墜落した直後。

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【雲居の証言) 

 

 

「そうかっ…!」

 

 

 

 

「…なぁ雲居…お前確か、あの気球が墜落した直後に…”上から音がした”、って言っていたよな?」

 

「言ったですよ。丁度…入口周辺の真上辺りから西へ遠のくような音が……聞こえたですね」

 

「真上…――――――成程。ちなみにだが、ミス雲居。その音はどんな感じだったか、覚えているかい?」

 

「どんな感じって…」

 

「俺に説明したみたいに…擬音で構わない」

 

「…そうですね。『カンカンカン』、って堅いモノを叩くような音だったですね」

 

 

 ――――カンカンカン

 

 

 ――――堅いモノを叩くような音。

 

 

 俺はそれと”似た音”を、あそこで、タワーの中で聞いている。

 

 だけどその答えを言うよりも先に…まずは入口の真上に何があったのか…。

 

 それを確認しておこう。

 

 

 

【スポットセレクト】

 

Q.入口の真上に在ったモノは?

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ↓

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「分かったぞ…っ!」

 

 

 

「入口の真上に在ったモノ…それは……”ジェットコースターのレール”だ」

 

「…レール?あの?」

 

「地図を見た限りだと…確かに、あるさね」

 

「……そうですね。最初は真っ暗でそのときは分かんなかったですけど」

 

 

 恐らく、停電時に雲居が立っていた場所は入口と、噴水の間…。

 

 丁度、その真上に引かれているものはジェットコースターのレールしかない。

 

 

「つまり、音の出所はそのレールから、ということだね?」

 

「ああ、それに雲居が聞いた音と似た音を…俺は、いや俺達はタワーの中で聞いている」

 

「……ああ!!天井の足音ですか!!」

 

 

 そう、天井の足音。それが、雲居の真上で、レール上で発せられていた。

 

 つまり、ソレが示す答えは…。

 

 

「………まさか”犯人”…が、レール上に?」

 

 

 風切の答えに、俺は深く、頷いた。

 

 

「ああ、気球に乗っていた人物は、墜落の最中でジェットコースターのレールへと飛び乗った」

 

「気球の次はレールの上…まるでバネみたいに動き回るですね…」

 

「まるで赤い帽子の髭おじさんのようだね!キミ!!」

 

「僕はね、鳥になる事が夢だったんだ。果ての無いこの雄大な空を、自由に飛び回りたくてね。だけどたまに雲にも、憧れを抱くときもあるんだ。何も思わず、何も考えず、悠然と空を浮かぶその姿――――」

 

「うるさい!」

 

「………」ピン

 

「あ、弦切れた」

 

 

 …そう。難しいかもしれないが。気球に乗っていたヤツは、まるで鳥のように空を飛び回り、そして採取的にジェットコースターのレールへと羽を降ろした。

 

 そして、足を使い…

 

 

「犯人は西エリアの方へ、消えていっ、た……」

 

「恐らく…ジェットコースターの発着場へと向かったんだろうね?そこ以外、降りられる場所が無いわけだらね」

 

「…そうだ。そして、そのジェットコースターを使って、タワーへと登り切った事を踏まえれば…」

 

 

 

 つまり、事件に関係して居るであろう人物は――――限りなく絞られる

 

 

 

「――――”西エリアに居た人間”の中に…関係者は居るはずだ」

 

「じゃ、じゃあ…」

 

 

 一筋の汗を垂らしながら、生徒達は恐る恐る、怪しい人物”達”の方へと目を向ける。

 

 

「……まさか。狂四郎、隼人、新坐ヱ門の、中の……誰かが?」

 

 

 風切は疑わしい、3人の名を口にする。

 

 

 ――――瞬間、彼らは大きく焦燥を露わにし出した。

 

 

「いや、いやいやいやいやいやいや…あたしは違うんだよねぇ!」

 

 

 真っ先に強く否定をする、古家。

 

 

「ぬぉ…勿論、ワ、ワタシもだ!!」

 

 

 そして雨竜も同様に、強く反発する。

 

 

「クロかどうか。シロかどうか…それは君達が決めること。ああ、そうさ、僕はどんな真実でも受け入れてみせるとも」

 

「………」

 

 

 ………一部を除いて、我先にと。西エリアに居た生徒達は、自分では無いと、言葉を並べ始める。

 

 

「ワタシは停電中!!ゲームセンターに閉じ込められていたのであるぞ!!」

 

「あ、あたしも!あたしも小屋から抜け出せなくて…めちゃくちゃ困ってたんだよねぇ!!」

 

「なぁに、何処でも良いじゃ無いか。僕は何処かにいて、同様にどこにでも居る…それもまた君達が決めることさ」

 

「貴様は話をややこしくする気しかないのか!!」

 

 

 詳細に、自分たちが居た場所の事を、そして無理だという理由を口々に言い出す。

 

 

「そ、そうでしたよね。それぞれ停電前の居場所は割れておりましたし…」

 

「…それにお互いの場所の証明をしあっていた」

 

 

 しかし今までの証言と、証拠からして、彼らに犯行が可能なのかどうかも…断言しきれない。

 

 

「ははっ、そうでもないさ」

 

「…どういうことだ?ニコラス」

 

「彼らが証明し合っているのは、あくまで施設へと向かう姿のみ……そこさへ乗り越えてしまえば、後はどうとでもなる。すなわち、彼らの中の誰でも…今までの犯行を可能なのさ」

 

「ニコラス貴様…意地でも我々を犯人にしようとしているのかぁ…!」

 

「それ以外にどう捉えられるのかな?キミ」

 

「身体能力が足りないんだよねぇ!!」

 

「モノパワーハンドの存在を忘れているのかい!運動神経がドベ以下のキミ達でも、これ程までの大立ち回りはできるはずさ!!自信を持ちたまえよ!」

 

 

 だけど、ニコラス自身は、その中に怪しい人物が潜んでいると…そう確信している様に思えた。

 

 そしてそんな彼の声に追従するように、また生徒達は、3人へ疑惑の眼差しを強めていく。

 

 もしかしたら…まさか…そんな声が瞳から聞こえてくるようだった。

 

 

「あばばば…そんな怖い目をあたしらに向けないで欲しいんだよねぇ…あたしは、本当に…本当に犯人じゃないんだよねぇ…!」

 

「貴様!自分だけ信じられよう躍起になるでない!!姑息であるぞ!!」

 

「しょうが無いんだよねぇ!!あたしはもう余裕がからっきしなんだからねぇ!?」

 

「良いじゃ無いか。真実はこうやって、調を奏でていても、やってくるものさ」

 

「「貴様(あんた)は黙っていろぉ(ってるんだよねぇ)!!」

 

 

 その不穏な雰囲気に触発されてか、3人(2人?)のボルテージは、一気に上昇しているように見えた。

 

 とてもじゃないが、まともに進行できるのか怪しいような落ち着きであった。

 

 

「うう…何だか誰も犯人では無いような…そうでないような…」

 

「…結局誰なの?」

 

「取りあえず1人ずつぶん殴って吐かせていくかい?」

 

「拷問、は、不味いんじゃ、ない、かな?」

 

「少なくとも2人はえん罪で頬を腫らすことになるですね」

 

 

 疑いの矛先を向けている側の女子達は、埒があかないと思ったのか…危ない話合いをし始めている。

 

 素早く答えを見つけないと、少々彼らの身が危ないのかも知れない。

 

 実際に身の危険を感じたのか、3人は、さらに言葉数を多くしていく。

 

 

「ワタシはぁ!!」

 

「ああああ、あたしは!!」

 

「さてと…一体誰が」

 

 

 

「犯人ではない!!」

 

「犯人じゃ無いんだよねぇ!?」

 

「犯人なのかな…?」

 

 

 

 だったら、この荒れ狂う声の中で、真実を貫けば良い。

 

 

 耳に神経を集中させて、そして聞き分けて行けば良い。

 

 

 大丈夫。前のように、いつもの平常心で、慎重、そして迅速やってのければ良い。

 

 

 

 ――――俺は深く息を吐き、そう1人呟いた。

 

 

 

 

【パニック議論】   【開始】 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「ワタシは停電の被害者なのであるぞ!?」

 

「たかだか【ゲームの練習をしていただけ】のワタシを…」

 

「このような場に立たせ…」

 

「終いには糾弾し、矢面に立たせようとするとは」

 

「じつに不愉快な話だ!」

 

 

――――――――――――――

 

 不愉快って…

 

 …でも不憫な感じはする

 

 

―――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「さっきも言ったかは覚えてないけど…」

 

「あたしは停電中…」

 

「【お化け屋敷から出られなかった】んだよねぇ!!」

 

「ライトも全部消えちまってたから…」

 

「迷いまくってたんだよねぇ!!」

 

 

――――――――――――――

 

 暗闇の中に…

 

 暗所恐怖症にとって気絶ものだね!!

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「知っているかい?」

 

「この世界は、【様々な因果でがんじがらめにされている】」

 

「それは運命とも表現できるね」

 

「僕はその運命に従って…」

 

「世界を渡り歩いていただけさ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「アンタの機嫌なんてどうでも良いんさね!」

 

「アンタらの中の誰かなら…」

 

「【犯行ができるかもしれない】…」

 

「アタシらの論点はそこなんさね!」

 

 

「言い方はあれでございますが…」

 

「かねがね反町さんと一緒のご意見と存じます!」

 

 

――――――――――――――

 

 ぐぅ…ツーマンセルを組んでくるとはぁ…

 

――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「…そもそも1人でお化け屋敷に行く」

 

「その考えに至っていること自体が不思議なんです」

 

「終わった後にうだうだ言うくらいだったら…」

 

「【部屋で大人しくしておけば良かった】んです」

 

 

「…確かに」

 

「…何でお化け屋敷になんて行ったの?」

 

――――――――――――

 

 めちゃめちゃ疑われてるんだよねぇ!?

 

 そう思わせるのも仕方ないかと…。

     

 

――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「思い出話じゃなく、て」

 

「せめて、言い訳くらい」

 

「して欲しかった、かな?」

 

 

「しょうが無いさ!ミス贄波」

 

「これも【彼の個性】なんだ」

 

「尊重してあげるのが…」

 

「大人の対応というモノだぜ?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「ワタシは観測者である前に…」

 

「1人の人間であるのだぞ!?」

 

「【ゲームセンターに閉じ込められた】可哀想な人間を…」

 

「思いやる心は貴様らにないのかぁ!!」

 

「貴様らの血は何色だぁ!!!」

 

 

――――――――――――――

 

 また変に興奮し始めてるさね

 

 ていうか、自分から可哀想言うですか…

 

――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「ただ自分の苦手を克服しようとしただけなんだよねぇ!!」

 

「本当に!苦手を何とかしようと…!」

 

「それ以外の思惑とか、何とかは…」

 

「【一ミリたりともない】んだよねぇ!!」

 

「お願いだから!信じてほしいんだよねぇ!!」

 

 

――――――――――――――

 

 出来れば日を改めて欲しかったような…

 

 本当に、最悪のタイミングですよ…

    

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「感謝するよ…」

 

「でも、僕にだって考えはあるというものさ」

 

「それは存在の真偽」

 

「例の【発着場に人は存在し得なかった】のか」

 

「それとも存在しえたのか…」

 

「はは…それもまた神のみぞ知る…ということなのかな?」

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「赤って答えとけば良いのかい?」

 

「何を言っても否定されて」

 

「結局ゲームセンターに居たの一点張り…」

 

「はぁ…お話になら無いさね」

 

 

 

「諦めてはダメです!!」

 

「ここはやはり、お話を!!」

 

「最悪、【実力行使をすれば】!!!」

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 貴様らは何故最終的にぶん殴ってくるのだぁ!!

 

     …発想が蛮族過ぎる

 

――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「…信じるも何も」

 

「そもそもの話…」

 

「あんたらが【何もしてない証拠が何処にも無い】んですから」

 

「疑いたくなくても…」

 

「疑わなければいけないんですよ」

 

「…これは学級裁判なんですからね」

 

――――――――――――――

 

 確かに…

 

 …一ミリの疑惑も残してはいけない

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「自分の弁護をするどころか…」

 

「堂々とボクらに疑問を返してくるなんて…」

 

「面の皮の厚さが違い過ぎるというものだね!!」

 

「その部分、ボクも見習わなければね!!」

 

 

「見習わなくて、も」

 

「ニコラス君は…」

 

「【十分、厚かましい】と思う、よ?」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

【モノパワーハンド) ⇒【発着場に人は存在し得なかった】

 

 

「…聞こえたっ!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

「いや、落合。あの乗り場には…絶対に犯人はいたんだ」

 

「おや?その口ぶりからして…やはり存在し得たのかな?僕もいつか、そういう存在になっていたいものさ」

 

「……続けて良いか?」

 

「かまわないさ」ジャラン

 

 

 落合とのやりとりに早々に見切りを付けた、俺は”何故なら”と付け加え、続けていく。

 

 

「その発着場の近くにはこの道具が――――“モノパワーハンド”が隠されていたから」

 

「ああああ、あの手袋がですか!?」

 

「うん、出入り口の、茂みの、中に、ね?」

 

「何で最初に言わなかったんさね!!」

 

「混乱を避けるために、敢えて伏せさせて貰った」

 

「えええーー…」

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ…良いように裁判を捜査されているようで納得がいかん…!」

 

 

 意図的に情報を伏せた固めに少し反感を買ってしまっているように見えるが……でも真実を見つけるためには仕方の無いことだ。

 

 …それに他にも隠されていた道具はあるしな。でも…これは、まだ残しておくべきだ。心配そうに視線をむける贄波に“大丈夫”そうアイコンタクトをとった。

 

 …このゴーグルが発着場に隠されていたと言う事実、そして”この証拠”と組み合わせれば…

 

 …俺は…一度小さく息を吐いた。

 

 

 ――――この証拠を提示する

 

 ――――この事実を提示する

 

 

 それが、真実へと近づくための、大きな一歩だと、そう感じたから。

 

 

 水無月の計画を壊した、張本人を見つけ出す、決定打になる…そう思ったから。

 

 

 俺は右手を強く握りしめ、そして――――――この証拠を突きつけた。

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【停電時の居場所)

 

 

「これだっ!!」

 

 

 

 

「この、今まで調べてきたこの居場所の証拠を、ジェットコースターの事実を組み合わせれば…誰なら可能なのか…ソレが見えてくる」

 

「……そ、それって…ねぇ」

 

 

 それはつまり、この事件のキーパーソンとも言える最重要人物が誰なのか…それを言っているに他なら無かった。

 

 

「では、改めて西エリアにいた3人が居た場所を、確認しようじゃないか!」

 

「お三方が居た場所は、ええと、確か、観覧車、お化け屋敷、そして”げーむせんたー”」

 

「ああ。その中で、最もジェットコースターの入口に近い施設…そこにいたヤツが」

 

「…犯、人」

 

「ち、近い場所って…それじゃあ…!」

 

「え、ええ…えええええ」

 

「まさか…」

 

 

 だとしたら…怪しい人物は”1人”に絞られる。

 

 

 停電が明けた直後に、絶対にその例の人物と鉢合わせていなければならないはずのアイツにしか…。

 

 ジェットコースター乗り場の”目の前にあった施設”…にいたはずの…アイツにしか。

 

 

 今までの犯行を。

 

 今までの行動を。

 

 

 ――――遂行することは出来ない。

 

 

 ――――可能とするこが出来ない。

 

 

 

 俺は、自分の指を、”その生徒”に向けて…つきつけた。

 

 

 

【怪しい人物を指定しろ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒ウリュウ キョウシロウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前しか……いない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、その真実に向けて。

 

 

 雨竜という1人の生徒に向けて…瞳を差し向けた。

 

 

「………」

 

 

 瞳の先に立たされた雨竜自身は、眉を歪ませる。

 

 ”何のことだ?"

 

 そう言っているような表情であった。

 

 

「雨竜…お前、最初に言っていたよな?『ゲームセンターを出た直後に、それぞれの施設から出てきた2人と合流した』…と」

 

「…それって、つまり…それ以外の、人と、は、会ってない、ってこと、だよ、ね?」

 

「……………」

 

 

 雨竜以外の生徒達自身も、騒然とした態度を崩さない。

 

 一言一言が、決定だともなり得るような…張り詰めた状況に思えた。

 

 

「じゃあ、ジェットコースターから、出てきた、はずの、人と会っていない、なら…」

 

「お前自身が、乗り場を出入りしていた張本人…そういうことになる」

 

 

 そしてこの一言は、お前こそが水無月の計画の邪魔をした…もう1人の事件の関係者である…そう言っていることと他ならなかった。

 

 言葉を向けた雨竜は、先ほどの騒がしさなどどこへやらと…静かに、目をつぶる。

 

 まるでそんな声など聞こえないというように、瞠目していた。

 

 

「う、雨竜さん、が…?」

 

「ゲームセンターに、閉じ込められていたはずの……コイツがかい?」

 

「いや、ゲームセンターにいたからこそ…とも言えるんじゃないかな?キミ」

 

「いたからこそって……そうか!施設の位置関係のことかねぇ!」

 

「ああ、既に分かっていること、そしてエリアの構造から考えれば…ジェットコースターの入口へと向かったソイツと、ゲームセンターの入口から出てきた雨竜は…その時点で鉢合わせしてなければ可笑しい」

 

 

 勿論、停電はその時点で直っていた。だから、暗くて見えなかったという言い訳もできない。

 

 追い詰めるように淡々と並ぶ言葉に…沈黙を貫く雨竜。そんな彼の反応の所為なのか、周りの騒がしさが、少しずつ増しているように感じた。

 

 

「……それ、に、雨竜くんだった、ら…ジェットコースター、を、利用しやすい、と、思うんだ…」

 

「え…」

 

「いや、むしろ雨竜にしかできないとも言える。何故なら、古家達の言い分通りなら、ゲームセンター方面に行ったのは、雨竜タダ1人なんだからな」

 

「だ、だから…西エリアの端に居たはずの、雨竜さんが…」

 

「犯人…てわけなのかねぇ…」

 

 

 俺達がコレまでの出来事をまとめる中でも、雨竜は俯き、黙り続ける。…右手を、白衣にしまい込みながら、沈黙を貫き続ける

 

 

「……っ、雨竜!!どうなんだい!!」

 

 

 下を見続ける雨竜にしびれを切らした反町は、強い剣幕で言葉を浴びせる。

 

 

 ――――本当にそうなのか?

 

 

 陽炎坂や、長門にかけてきた言葉と同じような…

 

 

 強い悲哀と、怒りのこめられた…複雑な 一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――すると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ふはっ、ふはははは…」

 

 

 からからと……笑いだした。

 

 

「はははは…」

 

「雨竜、さん?」 

 

 

 今までのかっこつけた笑いでは無く、静けさをそのままにした気味の悪い笑い。

 

 雨竜は、小さく笑い続ける。

 

 そんな姿を見続ける俺達の中の不穏さは…徐々に徐々に密度を上げていく。

 

 

 徐々に徐々に…不安さが、表情を覆っていく。

 

 

 

 ――――今までのクロであった彼らを思い出してしまったから

 

 

 ――――今までの彼らの淀みを、思い出してしまったから

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 ひとしきり笑い終わった雨竜は、余裕綽々と言ったように一息つく。

 

 俺達は沈黙を守り続ける。いや守り続けるしか無かった…彼の言葉を…待つしか無かった。

 

 

「ふっ――――まさか…?ワタシが?…何を世迷い言を…そんな事があるわけ無いであろう…。ワタシは、超高校級の天文学者にして、観測者である雨竜狂四郎であるぞ?」

 

 

 肩書きを見せびらかし、雨竜は自分は犯人では無いと…我を通していく。

 

 

「…ドクター。名前や肩書きなんてどうでも良いのさ…必要なのは、キミなら可能かどうかだけだ。ソレを答えてくれキミ」

 

「ふん、勿論……不可能であるな…何故ならワタシは本当にゲームセンターの中で暗闇をさまよっていたのだから」

 

「それはさっきも聞いたです。私達が言いたいのは…停電後のことを聞いているんです」

 

「…直後に犯人は狂四郎と会っていたはず。でも…」

 

「会っていないから…それでワタシが犯人だとぉ?」

 

 

 まるで不愉快だという風に、言葉の圧を強めた。

 

 そして、それがどうしたと、そう言うように鼻息を、フンっ、と鳴らす。

 

 

「妄想も、世迷い言もそこまでにしておけ。我々はおとぎ話を創作しているのではないのだぞ?」

 

「いや雨竜。これは妄想でも、世迷い言なんかじゃない。本当にあったことを話し合っているんだ」

 

「口だけならどうとでも言える。ワタシは観測者だ。形ある証拠、それこそが事実を事実たらしめるのだ。もし証明することさえできないのであれば、出来ない時点でワタシに疑惑を向ける資格は、貴様らには無い」

 

「…何が言いたい」

 

 

 ギロリと雨竜は此方を睨む。俺は、負けじと、にらみ返す。

 

 

「証拠が無い、と…そう言っておるのだ。今まで貴様らが引き合いに出していたのは、あくまで証言。しかもどれも精度の低いものばかり」

 

「…だから、精度の高い、物的証拠をこの場に提示しろ?…そう言いたいのかい?」

 

「分かっているのなら皆まで言わせるな。ワタシがそのような非現実的なパルクールをしたという、そしてワタシが犯人とやらに鉢合わせしていたかもしれない……決定的な証拠を突きつけてみろ。であれば…ワタシも納得しよう」

 

「…何でそんな偉そうな態度なのかねぇ」

 

「劣勢のはずなのに、優勢のように感じてしまいます」

 

「つーか、注文多いですね」

 

 

 彼らの言うとおり、何故か先ほどから余裕の態度を崩さない。

 

 まるで天高くそびえる城壁の如く、そびえているようだった。

 

 …その言葉を宣うのも頷けた。

 

 何故なら…雨竜が今までの推理を実行した

 

 それを証明できる、物的証拠は――――――

 

 

「………いや、今俺の手元には無い」

 

 

 そう…無いのだ。

 

 提示できるのは、雨竜の言うとおり形の無い状況証拠。

 

 彼がやったかどうか、決定づける証拠は、”手元には無い”のだ。 

 

 ソレを聞いた彼は大きく”はっ!”と鼻で笑う。

 

 

「脆弱な話だ!…貴様のトリックには根拠も、真実も、何もかもが足りない!論理のなんたるかを貴様は知らないのか?」

 

「うっ…」

 

「いや、小早川さんがダメージ受ける所じゃ無いと思うけどねぇ…」

 

 

 証明が出来ないと分かった雨竜は、さらに自信を強めていく。

 

 やはり自分には不可能だ。

 

 もっと他の可能性を考えろ。

 

 そう言うように、雨竜は言葉を並べていく。

 

 

 

 ――――――――だけど

 

 

 

「――――――雨竜…何か勘違いしてないか?」

 

 

 雨竜の好き勝手な良いように顔をしかめる俺は、そう制止した。

 

 

「ぬわんだと?」

 

「…俺の手元に”は”無い…俺はそう言ったはずだ」

 

 

 そう言うと、雨竜、何故か一瞬たじろぎ、一滴の汗が流れるのが見えた。

 

 理由は分からなかった。だけど、この一言で分かるとおり…雨竜は内心、相当焦っている。

 

 今までの態度なんて、取り繕っただけの、脆い牙城なのだ。

 

 

「ど、どういうことだ?」

 

「証拠は、別の所にある…そう言っているんだ」

 

「…ふん、ハッタリだ…!そう言ってワタシを惑わそうとしているのだな…!このペテン師めぇ…!!」

 

「ハッタリじゃ無い…形のある、事実だ」

 

「形の在るモノ、無いもの…それを認めるのは人の勝手さ。でも、本当に在るモノが目の前にあったのなら、それはもう…現実と見て間違い無いんじゃないかな?」

 

「……落合。今は勘弁するさね」

 

 

 

 …そして俺は知っている、決定的な証拠痕跡が…どこにあったのかも。

 

 

 どこに、真実を示す道しるべがあったのかを。

 

 

 俺は、水無月の手元に落ちていた、あの証拠品を取り出した。

 

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【血の付いたナイフ) 

 

 

「これしか、ないっ…!」

 

 

 

 

 俺は、水無月の側に、不自然に転がっていた…証拠品を取り出した。

 

 

 

 これが…これこそが、この血の付いたナイフこそが――――

 

 

 

「…お前と水無月の死を関連付ける、確かな証拠だ」

 

「………?」

 

「ええと…どういうことなんでしょうか?」

 

「このナイフは、水無月の死体の側に落ちていた。そして関連付けるように、ナイフには血も付着していた」

 

「……カルタの血じゃ無いの?」

 

 

 そう、初めて見た時、俺もそう思った。

 

 

「でも、水無月さん、の、体を、調べても…そんな、刺したような傷跡は、なかったんだ…」

 

「じゃ、じゃあそのナイフの血は何だって言うんさね…?」

 

 

 前置きのように、このナイフについて説明を重ねる俺と贄波。

 

 それでも合点がいかないのか、殆どの生徒達は首を傾げる。

 

 …俺と贄波、ニコラス。そして…”雨竜”以外。

 

 分かりやすいくらいに、動揺し…そして彼は、彼自身”右手”を、一瞬後ろに下げた。

 

 

「そろそろ…出しても良いんじゃ無いか?いや、それとも…出せない理由でもあるのか?

 

 

 

 

 ――――――――その右手」

 

 

 

 俺は、捜査が始まる寸前も、裁判が始まる前も、白衣のポケットにしまわれていた、雨竜の右手を指さした。

 

 雨竜は、しまった、と…自分の行動の浅はかさを悔いているようだった。

 

 

「そ、そういえば…お菓子の家に集まる前から…隠していたさね」

 

「…なんのことだ。これはタダのかっこ付けに過ぎん。よくあるであろう…白衣に手を突っ込みたくなる…淡い少年心…」

 

「……雨竜、隠し事はココでは無しだぞ」

 

 

 強く冷たい視線で、雨竜を射貫く。言い訳をしようとした彼は、言葉を止めぐぬぬと、後ずさりする。

 

 

 すると…。

 

 

「ハァ……キミが見せないというのなら仕方ない…」

 

 

 そう言うと、隣の席に居たニコラスが、彼の右腕を強く掴み上げた。

 

 

 非力な雨竜は、ニコラスに勝てるはずも無く…

 

 

 生徒達に見せつけるように、その右手を掲げさせた。

 

 

 

 

 

「…!!そ、それは…」

 

「ほ、包帯…?」

 

「……っ」

 

 

 掲げられた雨竜の右手首には、応急処置の直後と言わんばかりの”包帯”が巻かれていた。処置が最低限行われているようだったが…それでも不十分な所為で、若干血が滲んでいた。

 

 だけどその痛々しさと生々しさから見て、明らかに最近付けられた傷跡という事が分かった。

 

 

「その傷って…まさか、ナイフの…?」

 

「ああそうだ。その傷は、雨竜と水無月が”争った時に出来た形跡”」

 

「争った…形跡?」

 

 

 雨竜の傷と、血の付いたナイフ。

 

 それが何を示すのか、何と何をつなぎ合わせる証拠となるのか…生徒達は薄々勘づき始める。

 

 

「ジェットコースターを使い、タワーの天辺へと登ったお前は…水無月の乗る気球に乗り込んだ」

 

「勿論、そこで、争い、は、起こった、よね?だって、いきなり、乗り込んでくるんだから、ね?」

 

「だけど水無月は、恐らく護身用に…予めナイフを所持していた。そして雨竜、お前はそのナイフによって――――その傷を付けられた」

 

 

 決めつけるようなその一言に、雨竜はニコラスの手を振り払う。そして違う!、と大きく声を張り上げた。

 完全に、先ほどの余裕な態度は崩れ去り、動揺を表に出していた。

 

 

「ぐぐぐ…こ、これは、事件が起きる前に切ってしまって…それを即席で治療をしていただけだ…!」

 

「じゃあ何故隠していたんだい?」

 

「あ、あらぬ疑いを掛けられぬようにだ!!」

 

「…でも、この状況だとむしろ疑いが深くなってる」

 

「そうですね。それに雨竜、あんたってば自称医者だったですよね?だったらなんで、そんな治療がおざなりなんですか?」

 

「これは!!ゲームセンターで傷を付けてしまったからだ!!彼処には救命箱も、無かったのだからな!!!手元にあった包帯で我慢するしか無かったのだ!!」

 

「包帯は手元にあったんだねぇ…」

 

「流石ですね!!」

 

 

 何故その傷が付いたのか、何故傷を隠したのか…俺達は、じわじわと、雨竜を追い詰めていく。

 

 雨竜は、右手を抱え、俺達から向けられる疑惑の視線に、瞳を右往左往とさせる。

 

 

「お前が何を言おうと、それこそが決定的な証拠だ…。きっと傷跡と、ナイフの切っ先を照合すれば、間違い無く合致するはずだ。…どうだ?雨竜、何か言い返すことはあるか?」

 

「黙れ!!無理矢理認めさせようとしても、そうはいかんぞ!!!この傷は事件とは関係ない!!」

 

「疑い、それは己の正しさを証明するには欠かせない必要な鍵。それを乗り越えることこそが…本当の信頼を築く、柱となるはずさ」

 

「貴様は本当に黙ってろ!」

 

 

 確かに…その傷が事件と関係あるか、真の意味で結びつけることは困難だ。

 

 だけど、布石を打つことは出来た。だってアイツの、雨竜の焦燥を引き出すことが出来たんだから。

 

 見るからに焦りを表出し始める雨竜。その姿を見ている所為か、俺は逆に落ち着いていくようだった。

 

 …だけど、少し優勢な立場が戻っただけで…一歩も間違えてはいけない状況に変わりは無い。

 

 俺は自分に活をいれるように、小さく息を吐く。

 

 

「こんな傷など、何の証拠にもならん!!それに、結局状況証拠であることに変わりないでは無いか!!」

 

「はぁ、何を言うのかと思えば。それはキミの求める、精度の高い証拠のはずだ…これで納得する約束だったじゃないかい?」

 

「黙れ黙れ!!そもそも約束など知らん!!この程度ではワタシは納得せん!!納得せんぞぉぉおお!!」

 

「…はぁ。…ミスター折木。素人目に見ても、彼は大きな焦りにとらわれている…であれば、必ず、言葉の穴が、見えてくるはずだ。決して…決して、見過ごさないようにね?」

 

「…折木、くん…がんばって…!」

 

「……」

 

 

 発言の穴…か。

 

 確かに、焦ったように言葉を振りかざす雨竜に、余裕はもう無い。

 

 だとしたら、ニコラスの言う通り、ヤツの発言の中から必ずほころびが見えてくるはずだ。

 

 嘘が嘘を呼ぶように。

 

 嘘が真実を真実たらしめるように。

 

 なら……やることはただ一つだ。

 

 この事件の真実を導いてみせること…。一ミリの疑念も抱けないほどの…真実へと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――――――その”先にある”真実も。

 

 

 導いていかなければならない。

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

「事件が起きる前に怪我をしたなんて…」

 

「ハッキリ言って、苦しい言い訳です」

 

「それに、自称なりとも医者を自負してるあんたが…」

 

「そんな酷い傷を、そんな不甲斐ない処置ですませるハズが無いです」

 

「そろそろ白状するですよ…」

 

 

 見るからに不十分な治療跡でございます!!

 

     雨竜君らしくない話なんだよねぇ…

 

 

「そ、それは…」

 

「周りに設備がなかったからだ!」

 

「なにせ、ゲームセンター内で傷を負ってしまったからなぁ…」

 

「このような処置になるのは、自明の理である!!」

 

「だから、このワタシを犯人呼ばわりする…」

 

「確固たる理由にはなり得んのだ!!」

 

 

 ゲームセンターの何で怪我したんだい?

 

   …ちょっと、想像できない、かな?

 

 

「…だけどそれ以上に」

 

「…ジェットコースターを最も利用しやすい位置に居た事は…」

 

「…間違い無い」

 

 

 真正面だったからね!!

 

   ”たいみんぐ”的に、犯人とも接触していたはずです!

 

 

「ワタシ以外にも利用できる!!」

 

「何故なら…」

 

「古家も落合も、嘘をつけば…」

 

「【誰にだって犯行は可能】なのだからなぁ!!」

 

 

 あたしゃ嘘はついてないんだよねぇ!!

 

    僕の詩にも、嘘もヘチマもありはしないさ

 

 でもそこをつかれると痛い

 

 

「…誰にだって…ですか」

 

「こっちが有利な状況だったはずなのに…」

 

「何だかこっちも苦しくなってきた感じがするです」

 

 

 見事に逆転してしまったね!!キミ

 

     何でちょっと、嬉しそう、なの?

 

 

「ふはっ!」

 

「そうであろう!!」

 

「つまり!!その入口に手袋と【ゴーグル】を…」

 

「誰だって隠すことが出来る…」

 

「そういうことになり得るのだ!!!」

 

 

 

 

【モノパンゴーグル)⇒【ゴーグル】

 

 

「その矛盾、捕らえたぞ…!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

「雨竜…ボロを出したな」

 

「…なっ!」

 

 

 雨竜が今、一番言ってはいけない一言。

 

 それを彼は、今、この瞬間、口走ってしまった。

 

 発言の穴。…墓穴を、彼は掘ってしまったのだ。

 

 これが、ほころび。焦りから生まれた、矛盾。

 

 

「皆、思い出してくれ…雨竜が言った言葉。ジェットコースターに入口に手袋と…何を隠せると言った?」

 

「……っ!」

 

 

 言葉を反芻するように、頭を傾げる生徒達。

 

 雨竜はそに一言に、一瞬で顔を蒼白とさせる。

 

 自分が何をしでかしてしまったのか、何を溢してしまったのか…それを一瞬で理解してしまったようだった。

 

 

「ええと、確か…手袋と………………”ゴーグル”?」

 

「ああ、そうだ。”ゴーグル”だ」

 

「………あれ?そういえば、何で…」

 

 

 首を傾げる生徒達。先ほどの思い出すような傾きとは違う、今度は、何故その言葉が出てきたのかへの疑問。

 

 

「全員には黙っていたが…ジェットコースターの側には、手袋の他にもう一つ置かれているモノがあった」

 

「そ、それって、まさか…」

 

「ああ、雨竜の言うとおり――――――ゴーグルが隠されていた」

 

「……言うとおり…じゃあ」

 

「そしてこのことを知っているのは…俺と、一緒に居た贄波だけ」

 

「もしも、そのことを。知っている人が、他に居る、なら…」

 

 

 贄波は、少し間を置き、雨竜へと…目を向ける。

 

 確実な自信を持って、彼を射貫いた。

 

 

「それはもう、”犯人”しか、居ない、よね?」

 

「ああ~、一応言っておくけど…勿論ボクも初耳さ。何故なら、ボクとドクターは、ジェットコースター乗り場なんて、一度も捜査していないんだからね?」

 

 

 わざとらしく。ニコラス…決定的な証言を付け足していく。雨竜の顔は、みるみるうちに、青く、暗くしていく。

 

 

「雨竜、どうしてゴーグルのことを知っているんだ?」

 

「………」

 

 

 俯く雨竜に、俺は問いかける。

 

 事件には関係ないと言い張っているはずの雨竜が、知っているはずの無い証拠。

 

 だったら何故、知っているのか。その理由を問いただす。

 

 

「……雨竜」

 

「………………………」

 

 

 

 

 静かに、語りかけるように…。問いかける

 

 

 雨竜は……。

 

 

 

 

「……………………………」

 

 

 

 

 

 俯き、そして――――――沈黙を貫き続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはっーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――ふはははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 高く、笑い上げた。

 

 

 先ほどの乾いた笑いとは、全く別な位。

 

 

 今までに無いほど、高らかに、明朗に…。

 

 

 

 

 

「よくぞ…よくぞたどり着いたなぁ……」

 

 

 

 

 高笑いの余韻のように、ケタケタと不気味に笑う雨竜、こらえるように、噛みしめるようにそう呟く。まだ全ては終わっていないはずなのに。

 たどり着くことを、待ち望んだような、セリフを吐き出した。

 

 

 

「超高校級たるこのワタシを、観測者足るこのワタシを……よくぞ、よくぞココまで追い詰めた……!!!実に、実に素晴らしい!!!素晴らしすぎる!!!!」

 

「う、雨竜…?」

 

 

 RPGに登場する魔王が如く、俺達を褒め称える。追い詰められているのは自分のハズなのに。威風堂々に、両手を高く広げる。

 

 

「褒めてやろう、我が才覚を持って、我が叡智を駆使し練りに練った計画を、こうもあっけなく看破されてしまったのだからなぁ…」

 

 

 …………だけど、悔しさも、往生際の悪さも…そこには無かった。

 

 その様子はむしろ、どこに”嬉しさ”のようなモノが、含まれているように感じた。

 

 ”本当に、よくここまで導いてくれた”

 

 そう言っているようだった。

 

 

「リクエストに応じ、ここに宣言しよう…そう、その通り…このワタシこそが!!この超高校級足る観測者である雨竜狂四郎こそが!!!!!この事件の犯人、水無月カルタを殺害したクロ……張本人!!!」

 

「言い切った!!」

 

「…意地汚さも無いくらい、清々しく言い切ってる」

 

「僕は嫌いじゃ無いよ?この爽やかさ、爽快さ…複雑な人間性の対になるような言葉だと、僕は思うよ」

 

 

 自分自身こそが、犯人。開き直るように、雨竜はそう豪語した。生徒達はその発言に、信じられない、とばかりの…非難の目を、雨竜へと向けていく。

 

 いや、非難と言うよりも、戸惑いに近いかも知れない。

 

 こんなにも、呆気なく終わりを迎えてしまったことに…動揺を隠せないでいるようだった。

 

 

「じゃあ、水無月の計画を潰したのも…気球を墜落させたのも…」

 

「その通り!!!!ふははは…予めヤツの計画を推察し、そして乗っ取らせてもらったよ……。そうつまり!!全てワタシの仕業だったのだぁ……実に面倒ではあったが、それを覆すほどに楽しかったぞ?」

 

「何で、そんな…良心の呵責は、あんたにはないのかねぇ!!!」

 

「有るわけ無い…むしろ痛快であったぞ?ヤツを暗闇のそこへ叩きつけたときはなぁ!!!」

 

「この大馬鹿モノ!!そんなことは、冗談でも言っちゃいけないさね!!」

 

「ふあはは!!冗談では無い!!紛れもない我が本心だ!!」

 

 

 全てを認め、全てを真実と肯定する雨竜。

 

 戸惑いを覚えていた生徒達は、口々に、雨竜の今までの行動、これまでの言動に対し、言葉の槍を向けていく。

 

 今までの沈黙が、嘘だったように、この場は怒号に満ちていた。

 

 

「…理由がわかりません!!どうして、水無月さんを殺すようなマネをしたのか…その理由が!!!」

 

「理由?…ふん、そんなのどうでもいいであろうがぁ!!」

 

「ど、どうでも…!?」

 

「ああどうでもなぁ!!!何故なら、理由など決まっているから…この世界から出たかったから…それ以外に何も無いのだからなぁ!!」

 

 

 薪をくべるが如く、雨竜は高らかに自分自身の罪を告白していく。生徒達は、ただただ怒りでその身を震わせる。

 

 ――――どうしてそんなことを

 

 

 ――――俺達は仲間だったんじゃ無いのか

 

 

 哀しみを滲ませたような、怒りだった。

 

 

 

「出てかったからってだけでなんて…信じられないんだよねぇ!!」

 

「充分であろう!!!ワタシはこのような、まがい物の天体が包む世界など、とうの昔飽き飽きしていたのだ!!」

 

 

 雨竜はそんな俺達はお構いなしに言い張る。

 

 理由も何も無い、ただ窮屈だから、水無月の計画を頓挫させ、そして彼女を殺したと。

 

 追求すればするほど、雨竜は次々に罪をその口から発していく。

 

 その罪への罪悪感は全く感じさせず…むしろ、開き直った態度を彼はとり続ける。

 

 その態度が、生徒達の怒りのボルテージを底上げさせていた。

 

 

 

 すると――――――

 

 

 

 

 

「改めて…もう一度…聞かせてくれないかい?」

 

 

 

 ニコラスが、コレまでも出てきた真剣な声色を持って、それでいてとても冷たいような言葉を溢した。

 

 

 

「キミが、ミス水無月の計画を邪魔し…そして、殺害した」

 

 

 本当にキミがやったんだね?と言質を取るような、尋問するような…言葉で語りかけていく。

 

 

「ああそうだ!!ヤツの計画に相乗りすれば…クロになるはずだっヤツが死ぬという…奇妙な構図が出来る。つまり捜査を攪乱することができる。これ以上無いほどの舞台であろう?」

 

「雨竜…言葉を慎むさね!!」

 

 

 雨竜の、計画を乗っ取った理由も自ら、言葉にしていく。捜査を攪乱し、自分が犯人であることをわかりにくくするため…と。

 

 

 

「……決まり、みたいだね」

 

 

 

 

 その一言を聞いたニコラスは、そう呟いた。

 

 

 

 目をつぶり…小さく、鼻で息を吐く。

 

 

 

 ――――完璧に理解したよ

 

 

 

 ――――事件を、裁判を…終わらせよう。

 

 

 

 そんな、雰囲気を、俺は感じ取った。

 

 

 

 

「ドクター雨竜。やはり、キミこそが…ミス水無月を気球から”突き落とした”張本人。つまりこの事件の――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――いいや。それは違うぞ…ニコラス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だけど俺は、その言葉を制止した

 

 

 

 ――――強い意志を持って、言葉を撃った

 

 

 

 ――――理由は簡単だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨竜は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――”犯人じゃない”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強く、ハッキリと、俺はそう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、裁判場内全ての視線が…俺自身に集まるのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水無月が犯人だと、そう言ったときと、同じ感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな間を空けて、まるで想定外と言うように、誰かからの声が小さく上がった。

 

 

 また暫く、沈黙が流れた。

 

 

 

 

「……それは、どういうことかな?ミスター折木」

 

 

 

 その沈黙を破るように、先ほどまで疑い終わった態度だったニコラスは、そう疑問を呈した。

 

 

 

「その言葉の通りだ、雨竜は水無月を殺していない――――無実なんだ」

 

 

 

 手のひらを返すような一言だと思う。

 

 

 生徒達の意図をひっくり返すような、とんでもない発言かも知れない。

 

 

 だけど…俺は。”最初から”…そう考えていた。

 

 

 

 

「な、何をいっているのだ!!ワタシこそが犯人だと言ったはずだ!!貴様も、そのつもりで、ワタシを詰めてきたはずだろ!」

 

「………」

 

「そ、そうですよ…折木さんが、雨竜さんのことを犯人と……言って……………あれ?」

 

 

 小早川は言い切る前に、待てよ、と言葉を止めた。

 

 

「そ、そういえば…」

 

「ああ…俺は今まで、雨竜が犯人だなんて“一度も言っていない”」

 

 

 

 これまで俺が言ってきたのは、関連する人物、関係者、介入者、第三者……。

 

 タダの”1回”も、犯人と、言ったことも、思ったことも無い。

 

 

「確かに、一貫して…キミは言っていなかったね。今気付いたよ」

 

「な、何を、貴様は…」

 

 

 今までの矢面に立たされていた雨竜は、狼狽を加速させる。

 

 何が起こっているの、まるで分かっていないという風であった。

 

 

「じゃあ…折木。あんたには雨竜が犯人じゃ無い根拠が、あるって言うですか?」

 

 

 雲居の疑問に…間を置いて…ゆっくりと頷いた。

 

 

「そ、そんな……証拠など…どこに、も」

 

 

 先ほどまで自分を犯人だと言っていたはずの雨竜は…今度は、別の意味で否定の言葉を繰り返す。

 

 まるで嵐のように巡り巡る、学級裁判。

 

 きっと誰も、今何が真実なのか、分かっていないのかも知れない。

 

 だけど…俺は…この事件を畳みかけなければなら無い。

 

 紛れもない、真実へと…導かなければならない。

 

 

 

 

 

 

 雨竜が…犯人では無いと言う…真実を示すために。

 

 

 

 俺は、雨竜が言葉少なに口にした…証拠。彼が犯人では無い、その証拠を取り出した。

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【モノパンファイル Ver.4)←

 

 

「これだっ…っ!」

 

 

 

 

 

 それは、事件の基盤とも言える、証拠品だった。

 

 

 始まりとも言える…水無月の死が、たった1枚に集約された、その記録を…取り出した。

 

 

 

「それは…モノパンファイル……?しかも水無月の…どういうことですか?」

 

「…っ……そのファイルが何だというのだ!!それがなんの証拠になるというのだ!!!」

 

 

 意図の掴めないまま進み続ける現状に戸惑う雨竜は、強い語調で質問を投じる。

 

 その質問に応えるために、俺は、死因、外傷、そして死亡推定時刻に場所の中のとある部分に指を添えた。

 

 

「このファイルの中に書いている…水無月に付けられた”右手のアザ”。ココが…雨竜、お前が犯人じゃないという証拠だ」

 

「アザ…だと?アザだけで…何が言える!!」

 

 

 アザ、というあまりにも説明不足な結論を返す。当然のように、雨竜は食ってかかってきた。

 

 …先ほどとは真逆の状況に、少しこんがらがってしまいそうになる。

 

 

「…そうだな。アザだけだったら、それがどんな意味を持つのか…まったく理解できない」

 

「だけど、意味があるから…その証拠を示したのだろう?ミスター折木」

 

 

 ニコラスの問いに、俺は”ああ”と肯定を返す。

 

 

「俺と贄波は、水無月の死体を目の前にしたとき、実際に右手にあったアザも確認してきた」

 

 

 贄波も、しっかりと頷く。

 

 

「そのアザを見た俺と贄波は、共通して、まるで“腕を掴んだようなアザ”だと、思った」

 

「それも、ただ、掴んだだけじゃ、ない…誰かが、腕を、引っ張ったような……手のアザが…ね?」

 

 

 

 

「――――――」

 

 

「腕を引っ張るようなって…!!」

 

「まさか…」

 

 

 

 

 

 俺は、俺自身の信じる…その答えを…口にした。

 

 

 

 

 

「雨竜。お前は水無月を殺そうとしたんじゃ無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水無月を――――――“助けようとした”んじゃないのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酷い静けさが、辺りを包んだ。埃の落ちた音さえ聞こえそうな程の…俺が水無月を犯人と言い切った時と同じか、それ以上の静けさが。

 

 

 そんな中でも、右手を握りしめた俺は、真っ直ぐに、視線を雨竜へと送っていた。

 

 

 まるで、信じていると…そう言っているような視線を。

 

 

 

「…………」

 

「何を…」

 

 

 

 

 

 小さな、小さな吐息のような声が、漏れ出した。

 

 

 

 

 

「……何を、言っているのだ?」

 

 

 

 

 

 吐息は段々と大きさを増していき…。

 

 

 

 

 

「貴様は…何を…言っているのだ!!!!!!!」

 

「ひっ…」

 

 

 強く、強く、その否定を込められた声を、俺に浴びせかかってきた。

 

 向けられた訳ではないはずの、別の生徒が怯えてしまうほど、その圧は凄かった。

 

 

 

「…お前は、ジェットコースターを利用し、タワーのてっぺんへ。そして、モノパワーハンドを使い、気球へと飛び乗った」

 

「………だから…!」

 

「だけど…それは水無月を殺すためじゃない。水無月の計画”止めるため”に、お前は気球に飛び乗ったんだ」

 

「と、止めるために…」

 

 

 そう、だけど――――。

 

 

「当然、水無月、そして雨竜、お前達の間に争いが起こったハズだ」

 

「人の思いと思い、そして正義と正義は…決して同じ世界に居続けることは出来ない……必ず、軋轢と言う名の、ヒビが生まれてしまうものさ」

 

「そして、その争いの最中に、水無月は気球から落ちかけてしまった…」

 

「雨竜君、は、水無月、さんの…助けるために、右手で、水無月さんの、”右手首”を掴ん、だ」

 

「じゃあ、水無月さんの右手首のアザは、そのときできたもの……って訳かねぇ?」

 

「……狂四郎の右手の傷は」

 

「水無月さん、が、ナイフを、使って、傷つけて、できたもの…だね。こう、雨竜くんの、腕を刺して、ね?」

 

「確かに、だったら何で腕に傷があるのか…説明がつくですね」

 

「え……ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!!だとしたら…水無月さんは」

 

 

 何かに気付いたように、慌て始める小早川。俺は頷き、その言葉の先を引き継いでいく。

 

 

「…ああ。水無月は、雨竜の救助拒否による

 

 

 

 

 

 

    ―――“自殺”…ということになる」

 

 

 

 

 

 

 

「……自殺!?」

 

「……それが、この事件の…俺達の一連の推理…そして結論だ。何か…異論はあるか?」

 

 

 

 俺と贄波が言い切った推理を聞き終えるが…未だ夢の中のように、お互いに顔を見合わせる生徒達。

 

 

 とてもじゃないが、そんな結論に、自分の意志を起きかねているようだった。

 

 

 そんな中で……ワナワナと、下を見続け…震える雨竜。

 

 

 

「ある…」

 

 

 

 彼は、低く、そう溢した

 

 

 

「――――――あるに決まっているであろうが!!!」

 

 

 

 そして彼は大きく宣った。慟哭とも言える、激しい反論であった。

 

 

 

「ワタシが!!!ワタシこそが犯人だと!!そう言ったはずだ!!そのような妄言は、貴様の想像に過ぎない!!!」

 

「いや、お前のそれこそが思い込みだ…お前は水無月を殺してなんかいない。逆に命を救おうとした…これこそが…この事件の”真実”なんだ」

 

「ふざけるなふざけるなふざけるな!!!ふざけるな!!!ワタシこそが…この手で…ヤツを……殺したんだ!!!何故否定する!!」

 

 

 全くもって違うと、完全な否定を口にしていく。

 

 すると、”ミスター折木”と、緊迫した状況の中で、俺に声を掛ける。

 

 

「…こう彼は言ってるが…どう思う?キミ」

 

「俺の意志は変わらない…雨竜は、犯人じゃ無い」

 

 

 堅い決意を持って、そう答えた。

 

 誰がなんと言おうと、この推理以外で全ての証拠を繋げることは出来ない。

 

 だから、俺は…そう言い切った。

 

 だけどニコラス自身は、何となく、この答えを納得しているようには見えなかった。雨竜と同様に、否定の顔色がうっすらと見えた。

 

 

「……成程。ではボクも、キミに習って、自分自身の意志を信じよう。ボクの場合、ドクター雨竜は犯人…すなわちキミの意見とは対立するわけだ」

 

「じゃあ、私は、折木くん、に、つくね?私自身の、意志、で…」

 

「……私達は2人が退治している状況を見ていない。気球で何かあったのかなんてどうとでも言える」

 

「なんて言えば良いのかねぇ、あたしは、折木君側かねぇ……何故かっていうと…主観だけど、雨竜君には、きな臭さが、感じられなくてねぇ…」

 

「風邪の流れは、きっと雨竜君には向けられていない…だったら、人のいない…群れの少ないところが、僕の性に合っているかな?」

 

「あんたは何処であまのじゃくを発揮してるですか…。でも、雨竜のヤツの思惑が分かるまで…私的には、折木寄りの意見ですね」

 

「梓葉、あんたはどうするんだい?」

 

「勿論!!折木さんの意見に私は全面賛成です!!」

 

「………だと思ったさね。なんとやらは盲目とはいうけど。まぁ良いか」

 

 

 生徒達は、それぞれがそれぞれの言葉を、意見を出していく……見た感じ、五分五分。綺麗に、意見が分かれてしまったように見えた。

 

 

「…物の見事に、真っ二つになってしまったね?」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

 そう、これはつまり――――。

 

 

 

「真っ二つ…今、また真っ二つとおっしゃいましたね!?」

 

 

 すると、モノパンが、待ってましたと、また自慢のステッキを振りかざし、そう言った。

 

 案の上、ヤツが口を挟んできた。

 

 

「まさか…」

 

「そう、そのまさか!!再び、このジオペンタゴンが誇る変形裁判場の出番でございますネ!!」

 

 

 モノパンは持っていたステッキを、目の前に現れた装置へと突き刺した。

 

 

 すると、俺達が立っていた証言台は……螺旋状に入り乱れ…そして横並びに終着し…目の前にはニコラスを犯人と主張する生徒達が並んでいた。

 

 

 真横には並ぶのは…それは違うと…俺と同じ意見を主張する生徒達が立っていた。

 

 

 雨竜が犯人か、否か…。

 

 

 だとしたら…この戦い…決して譲るわけにはいかない。

 

 

 絶対に、退くわけにはいかないんだ。

 

 

 事件の真実を、導くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

    = 意= =対=

      = 見= =立= 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【雨竜は犯人なのか?】

 

 

犯人だ!       犯人じゃない!

 

 

『ニコラス』      『折木』

『風切』        『小早川』

『落合』         『古家』       

『反町』        『贄波』             

『雨竜』        『雲居』

            

 

 

 

 

 

【議論スクラム】   【開始】

 

 

 

ニコラス「Hey!正気かい?キミ達。彼自身が自分を犯人と呼んでいる…これ以上の【真実】は無いと思うのだけれど…」

 

「贄波!」

 

贄波「本当に、【真実】かどうか、は、もっと、話し合ってみないと、分からないん、じゃない、かな」

 

 

落合「嘘か本当か…真実か虚偽か…この戦いはまさに切迫の一言だ。一時の【無駄】も許されない。僕はそう思うよ」

 

「古家!!!!」

 

古家「いやいや、あんたのスッカスカの反論が今まさに【無駄】になってるんだよねぇ…」

 

 

反町「本当に水無月は自分で死んだっていうのかい?それを【誰が見た】っていうんだい?」

 

「雲居っ!」

 

雲居「逆に聞くですけど。本当に、そして確実に、雨竜が殺した光景を【誰が見た】んですか?」

 

 

風切「…雨竜がクロじゃ無いなら…カルタが自殺なら…私達は誰に【投票】すれば良いの?」

 

「小早川!!」

 

小早川「ニコラスさんも最初に聞いてたじゃ無いですか!!この場合は、被害者である水無月さんに【投票】すれば良いのです!!」

 

 

ニコラス「だったら何故…ミス水無月は、自ら【死】を選んだんだい?」

 

「俺が!!」

 

折木「その【死】の理由を雨竜が曖昧にしているからこそ…話合いを続ける必要があるんだ!」

 

 

雨竜「このワタシこそが犯人だと自白しているのだぞ!!!何故頑なに【認めない】!!」

 

「俺が!!」

 

折木「ああ、【認めない】さ。全ての証拠が、お前は犯人じゃ無いと言わしめているんだからな!!」

 

 

 

 

 

 CROUCH BIND

 

SET!

 

 

 

 

「これが俺達の答えだっ!!」

「これが私達の答えでございます!!」

「これがあたし達の答えなんだよねぇ!!」

「これが、私達の答え……!」

「これが私達の答えです」

 

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――皆が言うように、雨竜が犯人の可能性も確かにある」

 

 

 

 

 …甘い理想なのかもしれない。

 

 

 

 

「…だけど、雨竜が犯人では無い可能性も…同じく高いんだ」

 

 

 

 …ぬるい幻想なのかもしれない

 

 

 

 

 でも――――――

 

 

 

 

「だったら俺は…犯人では無い可能性に賭けたい…!」

 

 

 

 

 

「もう、これ以上…誰かを疑いあったり…命を掛け合ったりすることなんて…俺はもう、イヤなんだ…!!」

 

 

 

 

「だから頼む…」

 

 

 

 

「皆――――――俺を信じてくれ…!!」

 

 

 

 

 

 もう、仲間を失いたくないから…

 

 

 

 

 もう、命を失う光景なんて、見たくないから…

 

 

 

 

 俺は、魂を込めて…全力を持って…そう言いきった。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「…折木」

 

「公平」

 

 

 

 

 

 これ以上の疑い合いを終わらせるために。

 

 

 これ以上のコロシアイを止めるために。

 

 

 

 

 

「――――――…っ……馬鹿馬鹿しい…!!あまりにも呆れた話だ!!」

 

 

 

 そんな叫びにも似た懇願を、雨竜は否定する。

 

 決してそんな真実を認めることは出来ない、と。

 

 決して譲るわけには行かない、と。

 

 そう同じく、叫んでいるようだった。

 

 

 

「もう誰かを犠牲にするなんてイヤだ…?だからワタシは犯人じゃ無い…?……あまりにも愚かな結論だ…!!」

 

 

 雨竜は……話合いを経ても…今もなお、自分自身への疑いを取り下げることを、否定していく。

 

 俺とは全く逆の姿であった。

 

 真逆の正義、真逆の意志を掲げるように、俺達はにらみ合った。

 

 

「これは学級裁判なのだぞ!!誰かを犠牲にしなければ…生き残れない…!!!それがこの狂いきった世界の現実だ!!!!そのような甘ったれた理想を振りかざす貴様など真実を知る資格も、我々を導く資格など、粉みじんたりとも無い…!!!」

 

「仲間を犠牲しなければならない真実なんて…そんなのこっちから願い下げだ…!」

 

「甘ったれるな!!」

 

「甘ったれでも良い!!俺はお前を、信じている!!」

 

「まだ言うか……!!」

 

「ああ、何度でも言うぞ…。何度でも、お前は、犯人なんかじゃ無い……何度もな!!」

 

 

 

 怯まず、臆さず…俺は雨竜と対峙する。

 

 

 絶対退く事なんてできやしないから。一度でも退けば…また誰かがいなくなってしまうから。

 

 

 ――――また1人、誰も知らない何処かへと行ってしまうから。

 

 

 迷うわけにはいかなかった。

 

 

 

「……………成程。貴様が何を言っても聞かない事は、イヤという程分かった…!!であれば仕方ない」

 

「…雨竜?」

 

 

 すると、何かを取り出そうと雨竜はごそごそと、懐をまさぐり始める。

 

 

 …今度は何をしようとしているんだ?

 

 

 俺は懐疑の瞳を向ける。

 

 

 

「これだけは…”これ”だけは使いたくは無かったが…――――――これを見るが良い!!!!」

 

 

 

 そう言うと、”それ”を取り出し、此方へと見せつけた。俺達は注目した。

 

 

 それは“瓶”だった……。

 

 

 何処か見た事があるようで、でも、違う。

 

 

 ”あれ”とよく似た、褐色に着色されたその”瓶”

 

 

 そうあれは――――

 

 

 

「――――"即効性…絶望薬”」

 

「まさか、今まで行方不明になっていた、あの…!?」

 

「……やはり、キミが隠していたんだね」

 

 

 今まで存在は示唆されていても、決してのその姿を見せてこなかった。7つ道具の一つ、”即効性絶望薬”。

 

 ソレが、今ここに現れた。

 

 俺達は驚きとともに…何故雨竜がソレを持っているのか…その疑問が尽きなかった。

 

 だけど分かるのは…今まで無かったはずの物が…雨竜の手元にあるという…現実。

 

 雨竜は引きつったような笑みを浮かべ、息を荒くする。

 

 

「何で…アンタがそんなモノを」

 

「決まっているであろう!ワタシこそが犯人だからだ!!!」

 

「…答えになってない。何で狂四郎がソレを持っているのかを聞いてる」

 

「ワタシが最初から持っていたからだ!!そうつまり………ふははは、ここで、貴様らの求めてやまない、本当の真実とやらを教えてやろう…

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――このワタシ、雨竜狂四郎こそが、今まで解き明かされた全ての計画を遂行し、そして全ての殺人を行ったからだ!!!」

 

 

 

 

 突然だった。

 

 雨竜はその口から、今までの推理を覆すような、発言を宣った。

 

 今まで分かっていたのは。水無月の計画を失敗に終わらせた、その事実だけ。

 

 だけど今になって、沼野の殺害も…自分自身がやったと。そう宣言したのだ。

 

 俺達の間に、今までに無いくらい疑問が走り抜けた。

 

 焦りすぎて、狂ったか。そう思ってしまうくらいの、突然の発言だった。

 

 

「いや…でも半分以上は水無月が行ったはずです。それに、毒薬も水無月自身が借りたモノで…」

 

「いいや違う!!!このワタシが美術館から毒薬とゴーグルを持ち出し…そして、沼野を殺害…水無月も同時に殺してやったのだ!!!」

 

「ええええ!??それって今まで導いてきたことと全くの逆の話になっちまうんだよねぇ!?」

 

 

 古家の言うとおりだった。だけど雨竜は、そんな俺達の装いなんてお構いなしに、全ては自分の仕業と言って聞かなかった。

 

 

「ああそうだ、その通りだ!!全ては逆だったのだよ!!!気球を用いたのも…気球を墜落させたのも、このワタシだぁ!!!」

 

「あばばばば…もう頭がこんがらがってきちまったんだよねぇ…」

 

「安心して下さい!!私もです!!!」

 

「だから安心できないんだってばねぇ!!!」

 

「これ以上あんたらはアホをやるなです!!余計に状況が訳わからなくなるです!!」

 

 

 生徒達は既にてんてこ舞い状態。俺自身も、何故雨竜が持っているのか……いや多分、乗り込んだときに水無月から取り上げたのだろうが…。

 

 だけど、気球を用いた理由が分からない。

 

 どうして沼野を殺害した。

 

 様々なありもしない事実が駆け巡り、俺達の脳内をかき乱す。雨竜の焦りの渦にとらわれてしまったようだった。

 

 

「だけど…水無月の部屋に遅効性の毒薬は置かれていた」

 

「ふん、簡単だ。そんなもの…ワタシがあえて置いておいたに決まっているであろうが!!ヤツに罪をかぶせるためになぁ!!!」

 

「待ちたまえ…ボクはキミと共同で捜査をしていた。そんなスキも暇は無かったはずだ」

 

「トイレタイムくらいはあったであろうがぁ!!」

 

「………確かに。そういえばあった気がするよ。まさに盲点だったね、キミ」

 

「納得するなよ…!」

 

 

 頼みの綱であったはずのニコラスも、何か勢いに飲まれたように、頷いてしまった。

 

 完全に、雨竜の口から飛び出てくる、無理矢理かつ行き当たりばったりの発言の数々に踊らされているようだった。

 

 

「ふははは!!どうだ!!これこそがワタシを、犯人たらしめる証拠だぁ!!!!」

 

 

 だけど、正直な話…コレ覆すような、明確な証拠は、手元に無かった。

 

 まさに爆弾の如き主張。

 

 そんな酷い混乱の最中で…。

 

 ――――何故、雨竜はそうまでして、自分を犯人と言い張るのか。

 

 それがどうしても引っかかっていた。

 

 まるで自分自身を、クロとして処刑させようと、俺達を強引に誘導しようとしている様にしか見えなかった。

 

 

 何が彼をここまで駆り立てるのか。

 

 何が彼を焦燥の坩堝に引き込んでいるのか。

 

 どうしても分からなかった。

 

 

「…折木、くん」

 

「………贄波?」

 

「考えていることは、分かる、よ?…でも今は、目の前の、事に、集中して…」

 

「――――――そうだな」

 

 

 贄波、頬を叩かれたような言葉を投げかけられた。

 

 ……確かに、その通りだった。

 

 今は、雨竜の即席で作ったような、そんな反論をどうにかしなければならない。

 

 

 このままじゃ、ただ圧に押されて、最後には取り返しの付かないことになってしまうかもしれない。

 

 

 誰かが、アイツの発言に待ったを掛けなければならない。

 

 

 おかげで…少し、落ち着けたような気がした。

 

 

 …やっと、本当の意味で前を向けた気がした。

 

 

「頑張って…折木、くん」

 

 

 俺はその小さくも強い言葉に頷いた。

 

 

 右手に、力を込めた。アイツが勇気をくれた、右手に。

 

 

 ――――ここで…俺はヤツの、つぎはぎだらけの偽りを暴いていく。

 

 

 ――――矛盾を貫いてみせる。

 

 

 

 

 ――――だって俺は、雨竜…お前を信じているから…!

 

 

 ――――誰よりも命の尊さを知っているお前が…

 

 

 ――――殺人なんて起こすわけないと…信じているから…!

 

 

 

 

 強い意志と、確信を持って…俺は雨竜と向き合った。

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

 「このワタシこそが!!犯人なのだ!!!」

 

 

                 【反論】

 

 

 

 

 

 

 

 

【ファイナルショーダウン】 【開始】

 

 

 

「この毒薬こそが全てを物語る…!」

 

「この毒薬こそが、ワタシを犯人たらしめる…!!」

 

「物的証拠なのだぁ!!」

 

「それでもワタシを!!」

 

「このワタシを!!!」

 

「犯人と!!」

 

「言い切らんつもりなのか!!」

 

「折木公平ぃ!!」

 

 

 

「ああそうだ。今までの推理にも、言葉にも、嘘偽りは無い」

 

「だってお前は、誰1人として殺していないんだから…!!」

 

 

 

「甘い…」

 

「甘い、甘い、甘い!!」

 

「甘い!!!」

 

「甘い!!!!」

 

「甘い!!!!!」

 

「甘すぎる!!!」

 

「貴様は偽善者だ!!」

 

「貴様は愚か者だ!!」

 

「目の前の真実から目を逸らそうと」

 

「ただ躍起になっているだけの…」

 

「現実逃避者にすぎないのだ!!」

 

 

 

「甘くても良い、馬鹿でも良い、愚かでも良い…」

 

「俺は、俺自身の信じる意志を貫き通す!!」

 

 

 

 

「まだ宣うかぁ…!」

 

「まだ認めぬかぁ…!」

 

「この超高校級の観測者足るワタシの言葉を…」

 

「全てを知り、全てを見透す…」

 

「このワタシの言葉を、証拠を…!!」

 

「何故だ!!」

 

「ワタシは黒幕なのだぞ!!」

 

「事件の全てを知り得ているのだぞ!!!」

 

「何が足りないというのだ!!」

 

「ワタシは超高校級の観測者なのだぞぉ!?」

 

 

 

 

 

「そのワタシが知らぬことなど、何一つとしてないのだぞ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

    毒

 

 

入れた   場所

 

 

    を

 

 

 

 

【毒を入れた場所)

 

 

「その矛盾、断ち切ってみせる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨竜自身が犯人…その主張を崩すためには。

 

 

 ただヤツが犯人じゃ無いことで対抗しては、埒があかない。

 

 

 

 

「お前が犯人だというのなら…全ての計画を実行した黒幕というのなら…1つ、聞かせてくれ」

 

「………ぬわんだ」

 

 

 

 だったら…犯人だった知っていることを、聞いてやれば良い…。ないハズの…行った計画の記憶を掘り返させれば良い。

 

 

 

「沼野の毒殺はどうやったんだ?」

 

「ふん…そのような初歩的なことを…。ワタシはヤツの食事に毒を混ぜ、そして死に至らしめたに決まっているであろう」

 

「そこまでは、議論で出ていることを踏襲しているだけだ。俺が聞きたいのは…沼野の食事のどこに…つまり朝食のどこに、毒を入れたんだ?」

 

「……!!」

 

「お前自身が犯人であるハズなら…ソレがわかるはずだ」

 

 

 そう、どこに。

 

 犯人であるなら、沼野の殺害はとても慎重に行ったはずだ。

 

 勘の鋭い沼野なら、きっとすぐに看破してしまうから。

 

 だけど、沼野の殺害に成功している。きっと、どこか、あの沼野ですら気付かないような、綿密に計画された場所に、毒を仕込んだハズだ。

 

 それが言えないのであれば…雨竜が犯人とは言い切れない。

 

 計画なんてそもそも無かった…そう答えているようなものなのだ。

 

 

 

 

 

「……………」

 

「どうなんだ…?雨竜」

 

 

 

 

 

 俺は、雨竜の言葉を…待った。

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボロを……出したなぁ?…折木よぉ……」

 

 

「………?」

 

 

 

 意図返しのように、雨竜はそう返す。少し予想外だったその反応に、俺は内心面食らう。

 

 そのまま彼は、ほくそ笑みながら、続けていく。

 

 

 

「どこに毒薬を振りまいた…だと?そのような些事、このワタシが知らないわけではないであろうがぁ」

 

「………」

 

「全く予想外の反応、といったところだなぁ……。ふはっ!このワタシは超高校級の観測者なのだぞ?貴様の思惑など、既に見当がついているわぁ!!」

 

 

 全て見透かしていると言わんばかりに、大声を張り上げる。

 

 

「大方、犯人しか知り得ない情報を引き出させ、その揚げ足を取らせようという魂胆だったのだろうが…ふっ…どうやら失敗のようだな?」

 

「折木、さん…?失敗って、どういう…」

 

「折木よ、どうやら質問が来ているみたいだぞ?それに答え無くて良いのか?……もっとも、ワタシはそれすらも答えられる自信がある。何故なら、ワタシは全てを既知としているから、貴様らの全ての特徴を把握しているのだからなぁ…」

 

 

 そう言って……見るからに勝ち誇った顔で此方を見下す。

 

 

 そう、だったな…

 

 

 学級裁判前の俺とニコラス、そして小早川の話を、雨竜も聞いていたんだったよな。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【生徒達のこだわり)

 

 

「………」

 

 

 

 

「俺達の食事中の、こだわり…お前はそう言いたいんだな?」

 

「…こだわり?…それってもしかして。あの話のことかい?」

 

「ああ、全員の食事の時の特徴。…といっても決まった食器を使ったり、コップとか箸なんかの細かなものだけどな」

 

「ふふふふ…そうだ、その通りだ!!!折木よワタシはその”食器の中”に、毒を入れた!!!コレがワタシの計画の、言わば”のろし”とも言える方法!!!すなわち貴様の疑問への回答だ!!!!どうだ折木ぃ…何か言い返すことはあるかぁ!!!」

 

 

 食器の中に…毒を入れた。

 

 単純なれど、わかりにくいその方法。

 

 

 その言葉を、答えを聞いた俺は、珍しく、小さく口角を上げた。

 

 

 そして思った。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――勝った、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の最後で、迂闊だったな。いや、そう言わざる終えないように、俺”達”が、仕込んだんだけどな」

 

「……達…だと?」

 

「…ああ、そうだね。ミスター折木」

 

 

 名前を呼んだわけでも無いのに…そう言って、物知り顔で横から入ってくるニコラス。

 

 最初っから最後まで分かっていたかのような、そんな笑みを浮かべながら…彼は肯定する。

 

 その様子に、一転して、狼狽し始める、雨竜。

 

 

「何だ、どういうことだ…?何を笑っている…!?何が可笑しいのだ!?ワタシは、今ハッキリと答えを…!!」

 

「そうだとも、間違い無く言ったさ………”間違った答え”を…ね?」

 

「な、何、だと……!?」

 

 

 顔を青ざめさせる雨竜、何が自分の身に起こっているの、どんな地雷を踏んでしまったのか。

 

 

 全くと分かっていない状況であった。

 

 

 だったら、今自分何を言ってしまったのか…その理由を突きつける。

 

 

 そしてこの証拠で……長かった学級裁判に、決着を付けてやる。

 

 

 

 

 

 これが――――――最後の証拠だ。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【ポーチ紛失事件)

 

 

「これで、終わらせる!!!」

 

 

 

 

 

「何故間違った答え、なのか………そんなの簡単だ。毒を入れた場所が…”違う”からだ」

 

「違う…だとぉ…!?」

 

「そうさ、キミ。まぁ最も、何も見えていなかったキミが、このこと知っているはずなんて無いから、仕方の無い話だけどね」

 

「見ていないとは…観測者として聞き捨てられん!!どういうことだ!!説明してみろ!!」

 

 

 自分のしでかした出来事が気になって仕方ないように、指を突きつける。

 

 俺はそのリクエストに応じて、”とある生徒”に、答えを託した。

 

 

「今から、説明するよ。頼めるか?…反町」

 

 

 ニコラス、そして彼女しか知らない…あの事件について。俺は話を委ねた。

 

 

「わかったさね。……朝食の前…いや、報告会の始まる前、ちょっとした事件が起きてたんさね」

 

「…事件?何それ?」

 

「朝早くのことだったから、アンタは居なくて当然さね」

 

「……確かに」

 

「事件…って…――――――――ああ!!もしかしてあの事件のことですか!」

 

「あたしも覚えがあるんだよねぇ!!ええっと…確か……」

 

「見た感じ、古家達は知っているみたいですけど…どんな事件が起こったって言うんですか?」

 

 

 雲居からの話の深掘りに、反町は、また詳しく、話を進めていく。

 

 

「沼野がいっつも腰に付けてたポーチ、あっただろ?…あれが、朝、しばらくの間、紛失しちまったんさね」

 

「うん、凄く慌ててた、ね?それで、”そのとき居たメンバー”、で、ポーチを探したんだった、よね?」

 

「でも結局見つからずに…そのまんまズルズルと報告会。でも、報告会が終わったと思ったら、ひょっこり出てきたんさね」

 

「僕らの知らぬ所に…真実有り。その供宴に、是非とも参加したかったよ」

 

「ただの落とし物捜しなんだけどねぇ…」

 

 

 雨竜自身も“そんな事があったのか”と、今にでも言いそうなほど見開く。

 

 俺は予想通りの反応を尻目に…言葉を続けていった。

 

 

「その無くしてしまったポーチの中に入っていたのは、古いクナイに手裏剣、そしてメモ帳、墨、”お茶っ葉”」

 

「……お茶っ葉」

 

 

 もしかしたら…可能性があるかもしれない。

 

 そんな、小さな希望とも言える…可能性を、風切は呟いた。

 

 

「そう、お茶っ葉だ。その中で、沼野の口に入っていくモノなんてソレしか考えられない」

 

「きっと、その葉の中、に、毒を混ぜたんだ、ろう、ね?」

 

「確かに、その日も、自分のお茶の葉で、緑茶を作ってたさね…」

 

「沼野さん…」

 

 

 俺達は次々と、”雨竜の知らない事実”を積み重ねていく。

 

 雨竜自身は、自分が何をしでかしたのか…それに気付いたように…顔をじわじわと俯かせてゆく。

 

 

「では、ここからが本題だ。シスター反町。そのポーチを探していた者達の中に…ドクターは居たかい?」

 

「……居なかったさね。ていうか、雨竜はいつも朝はギリギリさね」

 

 

 その事実は、生活習慣が生み出した、ボロとも言えた。

 

 朝早く来る者、時間通りに来る者、遅めに来る者。

 

 その中で、朝早く来ていた者だけが……その事実を知り得る。

 

 

「まったく…計画実行日だというのに、ドクターは随分と重役出勤だったみたいだね?…では逆に聞こう…その生徒達の中には、誰が、居たんだい?」

 

「…………」

 

「アタシと、小早川、沼野、贄波、古家…そんで………」

 

 

 その事実が示す答えは、明白だった。

 

 

「…水無月さね」

 

 

 そう言い切った。

 

 それはつまり…沼野を殺す布石を打てた。

 

 その可能性があるのは…朝早く来た者の内の誰か。

 

 

「一応、アラを指摘される前に、加えて聞いておこう…シスター。朝食としゃれこみ、そしていざ食器を運ぼうとしたとき、誰か、不審な動きはしていた生徒はいたかい?」

 

「…いいや。誰も、そんな事をしてるヤツは…見かけなかったさね」

 

「わ、私も、皆さんを見ていましたが…そのようなお方は…」

 

 

 

 だとしたら…全ての計画のために周到に動いていた。

 

 そのたった1人しか、考えられない。

 

 

 

 

 

 ――――――水無月カルタ

 

 

 

 

 彼女が、この事件の黒幕…犯人なのだ。

 

 

 

 

「これで…決まりだ」

 

 

 先ほどのニコラスの言葉を繰り返す。

 

 

「……ドクター、実にキミらしくない、浅はかな反論だったよ。いや、無理も無いか…」

 

「何故ならお前は…何も見ていないから、何も知らないから…だから、今のような失言をしてしまったんだ」

 

 

 

 

 超高校級の観測者と自負する雨竜にとっては、余りにも皮肉な穴だったとも言える。

 

 

 才能を否定しているような…いやそもそもコイツは天文学者なのだが…。

 

 

 それでも、彼の自信を打ち砕いてしまったような罪悪感を覚えてしまう。

 

 

 でも、この否定でお前の命を救えるなら…。

 

 

 

「お前の負けだ…雨竜」

 

 

 

 俺は喜んで、お前に引導を渡してやる。

 

 

 言い切った俺の言葉を聞いてか…手すりを掴み、裁判場の中心に目を落とし、瞳をうつろわせる雨竜。

 

 

 

「……ち、違う…違うのだ…ワタシが……毒を…」

 

 

 そんな彼から出てきたのは、否定の言葉であった。

 

 

 この事実を、無理矢理にでも認めようとしない、余りにも脆弱な否定であった。

 

 

 まるで取り憑かれたように、彼は食い下がる…。

 

 

「雨竜、何で…そこまで自分を…」

 

 

 最後まで分からなかった。

 

 あんな、誰にでも分かるような、まるで小学生の駄々のような反論を。何度も何度も、堂々巡りのように。

 

 それが、分からなかった。

 

 

 

「ワタシが犯人だから……!!!あのとき…!!手を…離してしまった犯人だから…!!」

 

 

 だけどその出来事に、気球の中であった出来事の中に…答えがあるような気がした。

 

 

 今の言葉で、俺はそう思えた。

 

 

「で、でも、手を離してしまったのは…」

 

「ああ、水無月が雨竜の右腕に、ナイフを突きつけたのが原因だ…」

 

「そ、そうなんだよねぇ!その拍子に、雨竜君が手を離したんだったらねぇ!雨竜君が犯人とは…!」

 

「だから…水無月は意図的に、自分を死に追いやった…つまり、水無月の自殺。お前が責任を感じる必要は――――」

 

 

 

「――――違う!!!」

 

 

 

 裁判場に強く響くような、大声が空気を揺らす。

 

 

 

 

「オレがこの手を離さなければ…!!ヤツは死ななくて済んだはずなのだ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

「だのに、オレは…あのとき、手を離してしまった……!!!だからヤツは…!!だから……!!!!」

 

 

 

 

 

 

「死んでしまったんだ…!!!オレが原因なんだ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む…!!後生だ…!!――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ワタシを……罰してくれぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 懺悔するように、懇願するように、彼はそう言った。

 

 

 食いしばるように慟哭するその姿を見て、俺は、やっと、彼の真意がわかった気がした。

 

 

 何故、ここまで雨竜が自分を犯人と言って、聞かないのか。

 

 

 何故、自分自身をクロに仕立て上げようとしているのか。

 

 

 その叫びで……この事件の全てが理解できた気がした。

 

 

「雨竜…お前」

 

 

 

 

 命の尊さを誰よりも理解している、雨竜だからこそ…

 

 

 命を失うことがどれだけ重いのかを、知っている雨竜だからこそ…

 

 

 俺達仲間の命が…どれだけ大切なのかを、分かっている雨竜だからこそ…

 

 

 

 ――――水無月の死に、強い責任を感じてしまっていたのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ドクター雨竜。どうやらキミはまだ分かっていないようだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中で、ニコラスは唐突にそう雨竜に声を掛けた。

 

 何を言おうとしている?

 

 俺は、ふと、首を傾げた。他の生徒達も、同様だった。

 

 

「……な、何だと?…何が言いたい…!!!!」

 

「ニコラス…?」

 

 

 生ぬるい、悪寒が…背中に走る。

 

 

 何か、俺の知らない事を…想像もしないような事が出来そうな…予感がした。

 

 

 いや…”知っていても、分からない様にしていた”ような言葉が…出てくるような気がした。

 

 

 

 

 

 

「良いかい?ドクター、キミは…

 

 

 

 ――――ミス水無月に利用されたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコラスは、そう言い切った。

 

 

 雨竜は、いや、俺達も時が止まったように…硬直した。

 

 

 

「利用…された…だと…?」

 

「ミス水無月の…本来の目的。キミは…キミ達は忘れたわけでは無いだろう?」

 

「…本来の目的?」

 

「ええと……確か、私達をタワーに呼び寄せて…」

 

「――――――俺達全員を、殺すこと…それが……水無月の目的だ」

 

「………!」

 

 

 そうだ。そうだった。水無月は、そもそもニコラス達を殺すために、あんな計画を立てた。

 

 俺達はその真実を見いだした。

 

 でも、今更…何で…?

 

 だけど、何人かの生徒達は、何かに気付いたように…顔を青ざめさせていた。

 

 

「もしも…だ。ボクらの殺害が、失敗に終わったと分かった時…つまり、邪魔が入ってしまったとき……」

 

「…今がその状況、だ、ね?」

 

 

 そして、時間が経つにつれて…。

 

 

「彼女は…もう1つ計画を用意していたのさ……いやもしくはキミが邪魔に入ったときに思いついたのかも知れない…それも自分の手を下さない、人の感情を理解し、そして利用した…実にチェスプレイヤーらしい方法をね」

 

 

 ニコラスのその言い回しに…俺自身も水無月の、――――”もう一つの計画”に思い至ってしまった。

 

 

「それはドクター、”キミ自身を凶器”とした…我々の殺害をね?」

 

「…凶、器?」

 

 

 瞬間、先ほどまでの生ぬるいモノでは無い、酷い冷たさの悪寒が走った。

 

 

「彼女は、自分が死ぬことで…キミがこれまでのように動くことを…分かっていたのさ」

 

「………」

 

「…分かった上で、彼女はまるでキミが手を離したことが原因で、死んでしまったと…錯覚させようとした」

 

 

 雨竜の腕を刺し、自分の所為なのか、それとも水無月の所為なのか…どちらか原因かを分からない様に…彼女は自ら命を絶った。

 

 それすらも…彼女の計画だった。

 

 自分の死すらも勘定に、無理矢理ねじ込み…そして雨竜に…。

 

 

「そして、案の上キミは、思惑通り動き…考え至らせた。もしも、仮に……その真実に従い、投票を行ってしまったとしよう。その場合、これが“間違い”だと、モノパンに認められてしまったら…どうなると思う?」

 

「――――――血の殺戮…そして悲嘆する間もなく、消えゆく命。きっと、そんな未来が、僕らにあったのか、無かったのか…全てを解き明かした今となっては、分からないことさ」

 

 

 

 俺達全員に…間違ったクロに投票させ……――――全員を”処刑”させる。

 

 

 

 まるで悪夢だった。

 

 無垢な彼女の頭から考え出てきた事とは思えない。悪夢のような、その計画。

 

 

 

 

 雨竜は、自分の立たされている立場を理解してしまったのか……虚ろに瞳を揺らし、こと垂れる。

 

 

「…………」

 

 

 

 同時に、どうしてそれほどまでに、俺達を執拗に、殺そうとしたのか。

 

 それがまた、分からなかった。

 

 だけど、その理由も…そもそもソレが本当なのかどうか…真実かどうかは…被害者である、水無月しか知らない。

 

 だけど、今までの彼女の執念を考えれば…この計画を、実際に行った可能性は考えられなくは無かった。

 

 友達として、ここまで導いてきたはずなのに…。

 

 

 ――――あんまりだ

 

 

 ただ一言。

 

 そう思うしか無かった。

 

 

「ミスター折木。時間だ…」

 

 

 そう言って、ニコラスは…俺に瞳を向けた。

 

 

 ”後は頼む”、そして“この事件を終わらせてくれ”そう言うように…。

 

 

「――――――ああ、分かった」

 

 

 俺は、決して内心穏やかでは無かった。だけど

 

 

 本当の意味で、この事件に終止符を打つために…こんな悪夢を終わらせるために…了承し…

 

 

 そして――――

 

 

 

「ここまでの事件を、改めてまとめていこう」

 

 

 

 俺は静かに、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【クライマックス推理】

 

 

 

「これが、事件の全てだ…!」

 

 

 

 

 

――ACT.1

 

 

 

『事件の始まりは、今日の朝…俺達が集まる午前8時よりも前からだった』

 

 

『今回の事件の黒幕である犯人はまず、既に集合している生徒の、とある持ち物に目を付けていた』

 

 

『それは、今回の被害者の1人である沼野のポーチだった』

 

 

『スキを見て沼野からポーチを盗み出した犯人は、とある道具を取り出した』

 

 

『それは美術館から借りてきた7つ道具の一つ、”遅効性絶望薬”だった』

 

 

『その毒薬を、ポーチの中に入っていたお茶の葉に含ませた。折を見て、分かりやすいところにポーチを置き、沼野の手元に戻した』

 

 

『――――報告会が終わった午前9時。遅めの朝ご飯が始まり、沼野はいつも通りに自前のお茶の葉で緑茶を作った。そしてそのお茶を口にした瞬間、沼野の死が8時間後に確定してしまったんだ』

 

 

 

 

ACT.2――

 

 

 

『朝食を終えた犯人は次に、沼野へと招待状を送った』

 

 

『俺達に配られたような招待状ではなく…全く違った文面の招待状を』

 

 

『”貴方の計画は知っています。公にされたくなければ、午後5時にモノパンタワー2階のダンスホールへ来て下さい”…と』

 

 

『沼野は、その招待状の通りダンスホールへと向かった…』

 

 

『結局、どうして沼野は誘われるがままに向かったのか…そしてその“計画”がなんだったのか…当事者が既にいない今…もう分からない』

 

 

『…話を戻そう』

 

 

『そして午後5時、ダンスホールへと現れた沼野は…8時間前に盛られた毒によって、その場で力尽きた』

 

 

『沼野の死を見届けた犯人…その後、午後6時にとある行動に移っていった』

 

 

『それは――――ダンスホールの天井につり下がる、シャンデリアのチェーンを切ることだった』

 

 

『予め用意してあった強力なハサミを使い、四方に繋がれているチェーンを断ち切った』

 

 

『そしてこのシャンデリアは完全に支えきれない状態となり…1時間後の午後7時に、落下するように仕向けたんだ』

 

 

 

 

 ―ACT.3―

 

 

 

 

『これでダンスホール”内”で行う全ての作業を終了させた犯人は、次の計画へと取りかかっていた』

 

 

『犯人は、沼野以外の生徒達にも招待状を送りつけていた』

 

 

『午後7時、タワーの1階へと来て下さい』

 

 

『モノパンの名前を騙りっていたことは明白だったために…殆どの生徒達は、怪しんでいたが…犯人にとって多少来てくれるだけで問題は無かった』

 

 

『そして招待状は自分にも送りつけていた…まるで今自分も受け取ったいう風に。そして、居合わせた俺と共にモノパンタワーへと向かっていった』

 

 

『ある程度の生徒達が集まっているのを見届けた犯人は…“手紙の主は来ないから、部屋に戻る”そう言って…午後7時になる寸前に、すぐにタワーを出て行った』

 

 

『次の計画を…要とも言うべき、計画の実行のために』

 

 

 

――

 

 ACT.4

 

     ――

 

 

 

『――――午後7時、その時間に落ちるように仕組まれていた、シャンデリアの音がタワーの一階に響き渡った』

 

 

『残っていた俺達は、その音に驚き、すぐに2階へと向かった』

 

 

『そこで俺達は…まるでシャンデリアに押しつぶされたような姿の沼野の死体を発見することになったんだ』

 

 

『沼野の死体を発見したと時と同時刻…犯人は電気室とやってきていた』

 

 

『俺達が死体を見つけたことで鳴り響いたアナウンス…その瞬間を狙って、犯人は電気室にある全ての電源を落とした』

 

 

『そして、エリア3は一点の光りも無い、暗闇に包まれてしまった』

 

 

 

 

 

 

 

――ACT.5

 

 

 

『電気室の電源を落とした犯人はその中で、気球の発着場にある気球を動かした』

 

 

『暗闇の中で無謀かと思うが…犯人は予め借りて置いた”モノパンゴーグル”を使っていたから、暗闇の中でも自由に動けたんだ』

 

 

『犯人は自分にとって有利な状況を利用して、気球をタワーの頂上へと動かしていったんだ』

 

 

『懐に忍ばせていた…もう一つ”即効性絶望薬”を取り出しながら…』

 

 

『そのとき…タワーの2階、ダンスホールに居た俺達はとあるトラブルに巻き込まれていた』

 

 

『それは、1階と2階を繋ぐ唯一の手段であるエレベーターが動かない…つまり俺達はタワーの2階に監禁されていたんだ』

 

 

『そしてそれが…犯人の狙いだった。2階に閉じ込め、俺達の逃げ場を無くすこと』

 

 

『すなわち…犯人が懐に忍ばせていた即効性絶望薬が最大の効果を発揮する、場を作るためだったんだ』

 

 

『何故ならこの毒薬は、気体になると空気よりも軽くなるから。つまり…室内に瓶を投げ込んでしまえば…その中ですぐに気化し、毒ガスが充満することになる』

 

 

『逃げ場の無い俺達をそのガスを使って大量殺人をすることが、犯人の計画の肝だったんだ』

 

 

 

 

ACT.6――

 

 

 

『だけど…その計画に気付いていた人物がいた』

 

 

『それは、雨竜だった』

 

 

『雨竜は、犯人が計画する大量殺人を防ぐための行動をしていた』

 

 

『そのためにはまず、気球に乗った犯人に近づく必要があった。だから…タワーの頂上へと足を運ぶために…そして停電になったのと同時に、電源が独立していたジェットコースターを動かしたんだ』

 

 

『何故なら、ジョットコースターが登り上がる時、コースターはタワーへと急接近するから。しかもゆっくりと』

 

 

『その時を狙い…雨竜は予め美術館から拝借していたモノパワーハンドを使い、コースター安全バーを無理矢理取り外した』

 

 

『…そして備え付けられていた安全装置が起動し、機体は緊急停止してしまった』

 

 

『雨竜はそのジェットコースターからタワーの屋上へと飛び移ったんだ』

 

 

『このときのカンカンカン、という音が…俺達の聞いた謎の音…つまり足音だったんだ』

 

 

 ―ACT.7―

 

 

 

『タワーへと飛び移った雨竜は次に、驚くべき行動を取った』

 

 

『雨竜は、タワーへと近づいてくる犯人の乗った気球へと飛び上がったんだ。目印である、気球の種火に向かって』

 

 

『モノパワーハンドを付けて、気球の手すりを掴み、そのまま気球内部へと乗り込んだ…』

 

 

『犯人はとても驚いたハズだ。なんせ暗闇の中から、自分の計画を阻止しようと雨竜が乗り込んできたんだからな』

 

 

『犯人と雨竜はそこでもみ合いとなった。恐らく、そのもみ合いの折に、犯人の持っていた、暗視ゴーグルと即効性絶望薬を奪い取ったのかも知れない』

 

 

『だけどそのもみ合いの拍子に、犯人は気球から落下しかけてしまった』

 

 

『元々計画を阻止するために動いていた雨竜は、勿論助けようと手を伸ばした』

 

 

『犯人の右手を、雨竜は右手で掴み…宙ぶらりんの様な体勢となった』

 

 

『だけど何故か犯人は、懐に忍ばせていたナイフで、雨竜の右腕に刺した。痛みに耐え慣れなかった雨竜は…つい手を離してしまった』

 

 

『そして、犯人はそのままお菓子の家へと落下してしまい、息を引き取ることとなった』

 

 

『その結果、犯人は、犯人でありながら、被害者として発見されることとなってしまったんだ』

 

 

 

――

 

 ACT.8

 

     ――

 

 

 

『残されてしまった雨竜は、手を離してしまったこと、その全てを自分の所為だと考えてしまった』

 

 

『雨竜は犯人の暗視ゴーグルを使い、気球を誰も被害の出ないよう噴水の上へと動かした』

 

 

『そして雨竜は、気球に取り付けられた”シナバモロトモスイッチ”押し、気球を墜落させ、入口の真上にしかれたレールに乗り移り…ジェットコースター乗り場へと移動した』

 

 

『停電が明けた直後、雨竜は持っていた道具を全てジェットコースターの入口近くに隠した。そして何食わぬ顔で俺達と合流し、死体を発見した』

 

 

『それから雨竜は、まるで自分が犯人であるかのように振る舞った。“自分は停電時、ゲームセンターに居た”と…嘘をついてまでして』

 

 

『――――裁判によって、自分自身を裁いて貰うために』

 

 

『犯人を殺してしまったのは自分の所為だから、自分が手を離した所為で犯人は死体となってsima

ったから……』

 

 

『だけど…そんな雨竜の感情までも犯人は理解していたんだ。そして予想していたはずだ。きっと、生き残った生徒全員は雨竜を犯人だと糾弾し、犯人を吊し上げるだろうと』

 

 

『間違ったクロを選択したことによって、俺達をまるごと処刑になる、そんな残酷な未来を…』

 

 

『死ぬ間際に、犯人はその恐るべき計画考えついたんだ』

 

 

『…本来の目的である、皆殺しを完遂するために――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう…この事件の犯人…黒幕こそ…被害者の1人、水無月カルタだったんだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――全てを、言い切った

 

 

 

 塊のような物が喉につっかえたような。

 

 

 重苦しい、非道い後味。

 

 

 

「……………」

 

 

「………」

 

 

 沈黙でこの事件の真実を…真実だと肯定する生徒達。

 

 そんな中で、膝をつき、全てが終わったと、全てが終息してしまったと…完全な沈黙をしつづける雨竜。

 

 

 

「雨竜…さん」

 

 

 巨体である彼の姿は、まるで幼子のように、小さく見えた。

 

 そして抜け殻のように、消沈していた。

 

 今まで自分がやってきたことは、なんだったのか。

 

 今まで自分が行動は、何を意味していたのか。

 

 

 全てを頭で巡らせているような。後悔しているような、懺悔をしているような。

 

 

 そんな弱々しい、姿に見えた。

 

 

 

「くぷぷぷぷ、最後の方に色々とゴタゴタと投票先がまどろんでおりましたガ…どうやら、答えを決めてくれたみたいですネ」

 

 

 

 そしてまた、この裁判にも、終わりがやってきた。

 

 それもそのはずだった。だって、これ以上議論すること何て何一つ残っていないのだから。

 

 それが分かっているからこそ…今までの全てを見守っていたモノパンは…そう告げた。

 

 

 

「それでは、緊張の投票タイ~ムと参りましょウ!ミナサマは、お手元のスイッチを押して投票して下さイ…投票先の分割については……見たところ必要なさそうなので、統一させておきますネ?」

 

 

 

 俺は、俯くように、手元で光るスイッチを見下ろした。

 

 

 

 すると――――

 

 

 

「……折木よ」

 

「…………?」

 

 

 呟くように、俺の名を呼ぶ人間がいた。

 

 

 

 ―――雨竜だった

 

 

 

 俯く彼が、震えた声で、俺の名を呼んでいた。

 

 

「何故だ…?」

 

「………」

 

「何故貴様は、水無月を疑いきった…何故、水無月を信じなかった?アイツは、貴様の友達だったのでは無いのか?」

 

 

 その口からでた言葉は、疑問だった。理由だった。水無月を、恐らくもっとも一緒に居る時間が長かったはずの俺が、どうして彼女を犯人と決めつけ、そして迷わなかったのか…その理由を、雨竜は問うていた。

 

 

 

 だけど、その答えは…既に決まっていた。最初っから決まっていた。

 

 

 

 

「――――友達だからだ」

 

 

 

 ―――――友達だから

 

 

 

「アイツの友達だから…俺はアイツの間違いを、行いを、明かさなきゃらならない。決して曲げずに、迷わずに」

 

 

 使命とも思えた。その使命を貫くことが、俺のするべきことだと思ったから。

 

 それが、死んだアイツにできる、最後の供養だと思ったから。

 

 

 

「…その間違いを諭すのも、友達の役目だから…」

 

「……」

 

「――――だから俺は、アイツを信じたんだ」

 

 

 

 ――――彼女を信じて、彼女を疑いきった

 

 

 長門の時と、同じように。

 

 

 俺は水無月を信じたいから…疑いきったんだ。

 

 

 俯く雨竜は、手を震わせる。

 

 

 彼も、今も光り続ける、投票ボタンを見下ろしている。

 

 きっと、彼も迷っているのだ。

 

 自分の押すべきか、彼女のを押すべきなのか。

 

 どこに指を置くべきなのか…選択しているのだ。

 

 何を押すべきかは、本人が一番、よく分かっているはずなのに。

 

 

 

 

 

 

「………そうか」

 

 

 

 

 

 雨竜は、ただ一言。顔も上げずに、そう返した。

 

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰カ!?その答えは正解なのか不正解なのカっ!?くぷぷぷぷぷっ!やっぱりこの瞬間…ぞっくぞくしますネ!!」

 

 

 そして。そんな小さな会話を断ち切るように、モノパンは高らかに宣言する。

 

 

 俺は、再び、スイッチに目を落とす。

 

 

 

 ――――そして

 

 

 

 ――――導き出した答えを持って

 

 

 

 

 ――――迷いも無く、淀みも無く、だけど言い様もない空しさを持って

 

 

 

 

 

 俺達は…ゆっくりと、スイッチに手を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【〉VOTE〈】

 

 

  /ミナヅキ/ミナヅキ/ミナヅキ/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    【学級裁判】

 

 

     【閉廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 




遅くなって申し訳ないです。
とりあえず、学級裁判編、終了です。




↓コラム


〇タイトルの由来コーナー

『きっと君は素敵な何かで出来ている』
⇒マザーグースの歌『男の子って What are little boys made of』の歌詞の1文、『女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ている』から。『君』、というのは犯人である彼女のこと。


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Chapter3 -非日常編- 14日目 オシオキ編

【学級裁判場】

 

 

 

 ――――今更になって、分かった気がした。

 

 

 

『だから、きっともうコロシアイなんて起き無いよね!!』

 

 

 

 その言葉を、彼女が何故あんなにも晴れやかに、言い切ったのか…

 

 

 何故、ああも綺麗な笑顔を浮かべて、言い切ったのか…

 

 

 その理由が、ようやく分かった気がした。

 

 

「……」

 

 

 彼女は確信していたんだ。

 

 

 今日という日を境にして。

 

 

 もはや疑う余地の無いほど…疑い合う人間なんて…この世界から居なくなってしまうから。

 

 

 …誰も疑い合う事なんて絶対に無いと。

 

 

  そして同時に、自分自身の命の切れ目でもあると…。

 

 

 

  ――――確信していたから。

 

 

 だから。だから…。

 

 

 

「驚愕…!!!まさに驚天動地!!!!怒濤の3連続の大、正、解ッ!!」

 

 

 瞬間、モノパンのわざとらしく張り上げられた声が、俺を現実に引き戻す。

 

 ほんの一瞬の中で、夢を見ていた気分だった。とても昔のように思える、ごく最近の過去の記憶を。その証拠ともいうように、彼女の…水無月の姿と言葉が鮮明に張り付いていた。

 

 

「あらゆる手練手管のトリックを使い、沼野浮草クンを殺害し、暗闇の中を縦横無尽に動き回り、そして水無月カルタサンを転落死へと追い込んだ犯人ハ~……何ト!!!被害者である水無月カルタサン自身でしターー!!!」

 

 

 だけど、夢から覚めた先で待っていたのは…ついさっきまで見ていた白昼夢の中の…俺達の仲間が、再び殺し殺されたという事実。

 超高校級の忍者である沼野が、超高校級のチェスプレイヤーの水無月の執念の犠牲となってしまった…。

 

 その事実を、俺達は改めて受け止めさせられていた。

 

 病み上がりのような、酷い倦怠感が背中に這い寄るようだった。

 

 だけど同時に、安心感というものも感じていた。

 

 俺は今も俯き、血が出るのでは無いかという程、拳を握りしめ、身を震わせる――雨竜に目を向けた。

 

 もしかしたら彼が、水無月を殺害したクロとして投票されていたかもしれない、この事件を清算するための犠牲となっていたかもしれない。

 

 そんな最悪の可能性が裁判中に何度もあった。

 

 だけど、最後の最後で俺達は水無月に投票し、その可能性を潰えさせた。

 

 最善の道を選べた、今回だけは誰かを犠牲にすること無く終えられた。…そう思えた。…唯一の心の救いとも言える達成感が、僅かながらも、気持ちをプラスに後押ししていた。周りの生徒達も同じように弛緩しているような面持ちだった。

 

 

「…ですが。はぁ、実に盛り上がりに欠ける結末でス」

 

 

 だからこそなのか…そんな俺達の様子を見て、大いに盛り上げる口上をあげたモノパンは、少々不満気に目を細めていた。その口調に、数人の生徒は眉根を寄せる。明らかに、売り言葉であった。

 

 

「――――ですが。はぁ、実に盛り上がりに欠ける結末でス」

 

「…随分と、気落ちしているみたいですね」

 

「誰かを糾弾し、糾弾されるこの世界で、まさかの…クロが被害者という事実。ゲームマスターであるワタクシとしても、非情に微妙な気分でス」

 

「キミにとっては、ね?ボクらにとっては、最良の結果だ。僥倖とも言えるさ、キミ」

 

 

 そんなニコラスの返しを聞いてか、モノパンは何故か、くぷぷ、とまた笑みを含む。少し、顔を強ばらせる。

 

 

「最良…ですか、にしては相当な手負いになられている方が…いらっしゃるみたいですけどネ」

 

「………」

 

 

 モノパンの視線の先。俺の視線の先。俺達の視線の先。そこには俯き、声を殺し、沈む込む雨竜の姿があった。

 

 

「雨竜、さん」

 

 

 この事件をいち早く察知し、そして止めようとした第一人者。

 

 自分自身が手を離して所為で、水無月が死んだ…そう思い、自らを犯人と1人で叫び続けた…。そんな優しくも愚かな彼が…こと垂れていた。

 

 俺は、彼にどんな言葉を掛けるべきなのか…何も思いつかなかった。

 

 

「……雨竜。一体、何があったんさね。あの夜、あの時間に、あの場所で」

 

「……」

 

 

 反町は聞きづらそうにしながらも、そんな問いを投げた。

 

 俺自身も、いやココにいつ生徒達が気になっていた…事の発端。彼にはその全てを話す義務があった。この事件の裏側を、真実を俺達は知らなければなら無いのだから。

 

 雨竜は、葛藤するように、強く目を食いしばった。

 

 自分でも、分かっているのであろう。でも、これまで自分が行ってきた全ての重圧が、彼の体を縛り付けているようだった。

 

 …周りから急がせる声は無かった。ただ雨竜が、声を出そうと、必死になってもがいている姿を見ているからなのだろう。

 

 俺達は静かに待ち続けた。

 

 

「…………昨夜の…話だ。日課の夜更かしを終えたオレは、図書館でまた時間を潰そうと考えていた」

 

「出だしからぶん殴ってやりたいところだけど……続けな」

 

 

 雨竜は、途切れ途切れながらも、声を絞り上げるように、言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「オレは、図書館へと向かっていた。その途中で、水無月とぶつかってしまった」

 

 

 

 

 

 

『あっ!!ごめん雨竜くん!!前見てなかった!!』

 

 

 

 

 

「そのときのヤツは、いつも通り落ち着きの無い、間抜け同然の態度であった。だが、ヤツが飛び出してきた方角には、”美術館”があったのだ」

 

「彼女の態度自体には問題は無かったが…だけど彼女の動向に気になる点があった…つまりそういうことかい?」

 

 

 雨竜の思考を先読みするように、ニコラスはそうアテをつける。雨竜は頷く。

 

 

「ああ、だから…”何か美術館に用事でもあったのか?”と聞こうとした…だが、聞く前に水無月はすぐにその場を離れていってしまった」

 

「……話を聞くだけだと、怪しさ満点に思えるねぇ」

 

 

 確かに、時間帯、そして場所を考えれば不審に思える行動に思えた。

 

 

「……ほんの少し、イヤな予感がしたのだ。オレは、その足でそのまま美術館に向かった」

 

 

 雨竜は苦悶に表情を歪める。何を言いたいのか、何となく理解できた。

 

 

「そこでは道具がいくつか無くなっていることに気がついたのだ」

 

 

 きっと内心で、外れていてくれ、この予感が気のせいであってくれ…そんな気持ちもあったのだろう。

 

 だけど、その予感は最悪の方向に…当たってしまった。

 

 

「何で、それをアタシらに報告しなかったんさね!!」

 

「水無月が借りたと、断言出来なかったからだ。もしかしたら、ヤツも、オレと同じで、道具が借りられている事に気付いただけかもしれん…それに、ヘタに騒ぎを大きくするのも、懸命ではないと思ったのだ」

 

「だとしても…だとしても…」

 

「…………」

 

 

 雨竜の考えも、分からなくは無いと思った。

 

 俺だったとしても、きっとヘタな混乱を避けるために言いふらすような事はしなかっただろう。

 

 …だけど、誰にも言わず…たった1人で抱え込んでしまったことは…雨竜の落ち度といえた。

 

 

「その場で、オレが考えつけたのは何か在ったとき…オレ自身の身を守るための自己保身だった」

 

「だか、ら、手袋を、借りたんだ、ね?」

 

「…でも何で手袋?」

 

「あそこには拳銃も置いてあったはずなんだよねぇ…身を守るならそっちの方が…」

 

「確かに拳銃も視野にあったが…扱い慣れているものではなかったからな。誤射した所為で、誰かを殺してしまった、そしてクロとなって処刑されてしまいました…そんなお話にもならんことを避けたかったのだ。だから、簡単に相手を組み伏せられそうな、手袋を選んだのだ」

 

 

 確かに、拳銃なんて代物は銃を扱う風切以外は…恐らく素人が大半。扱いやすく、かつ安全そうな方を取るのはベターとも言えた。内心穏やかな状態では無かったとは言え、流石の冷静さとも言えた。

 

 

「それ以降オレは、怪しい行動は無いかどうか…念のため水無月の動向に注意を向けていた」

 

「…そこで彼女が遊園地で何かを企んでいる…そう確信したんだね?」

 

「……ああ、加えて道具を借りたのは水無月だという事もな。だけど気付いたときには、既にヤツの計画は後戻りできないほどまで進んでしまっていた」

 

「具体的に…どこで確信したですか?」

 

「……停電が起こった時だ」

 

「でもアンタは水無月に注意を向けてたんだろ?何で目を外すような事をしたんさね」

 

「ヤツが電気室が側に向かっていったからだ。あそこには特に危険な物も無かったから、何もないだろうと…簡単に安心してしまった」

 

「だけど気球と言う名の運命の方舟に乗り込み、そしてガラスの巨塔へと向かうとは思わなかった。そんなところかな?」ジャラン

 

「…ああ、その通りだ」

 

 

 雨竜は重々しい口調で、肯定した。

 

 

「そして、勝手に一安心したオレは、ゲームセンターへと向かったのだ」

 

「……本当にゲーセンに用はあったんだ」

 

「理由も…折木達に話した通りだ」

 

「じゃ、じゃああたしは、そこへ向かう姿を見た訳なんだねぇ」

 

 

 …ゲームでリベンジのための修行をしていたのは、どうやら事実であったようだ。思いのほか、驚きであった。

 

 

「ああ。だけどゲームセンターへ向かう途中、エリア3は停電した。そして空中に気球が泳いでいることに気付いたオレは…タワーに向かうために、すぐにジェットコースターに飛び乗って発進させた」

 

「…タワーに向かうために?」

 

「気球を利用してまで向かおうとしているところなど、消去方で分かる」

 

「でもどうして、ジェットコースターなんて”りすきー”なマネを…」

 

「何となく、物理的に可能であるとは分かっていた。そしてあの場ですぐに向かえる乗り物がそれしかなかったからな」

 

 

 物理的に可能であった…そうあっさりと言ってのける雨竜に、軽く戦慄する。…そこは流石は超高校級とも言うべきか。

 

 

「……それ以降は貴様らの推理通り。オレはタワーへと飛び移り…そして気球へと乗り込んだ……ヤツの凶行を止めるために」

 

「そこで……その気球の中で、一体何があったんですか!!」

 

 

 小早川は、気になる部分であった故に、両手を抱えるようにして大きく疑問の声を上げる。雨竜は少し間を置き……躊躇うように現場の状況を話し始めた。

 

 

「……最初は乗り込んできたオレを見て、ヤツは驚いていた。だけどすぐに、オレを気球から突き落とそうとした。『邪魔しないで!』『出て行って!』、そう言いながらな」

 

 

 水無月も、突然に現れたイレギュラーには驚いたのか。あの彼女からは想像が付かないほどの焦りを孕んだ言葉を発しているように思えた。相当、切羽詰まっていたのだろう。

 

 

「狭い空間でオレ達は争った。だけど、その争いの拍子に、水無月は気球から足を踏み外し、外に放り出されてしまった」

 

「……そこ、で」

 

「ああ、急いで…水無月の腕を掴んですくい上げようとした。だけど、そのときオレは手袋を外していた所為で、すぐに引き上げることはできなかった」

 

「…えっ、何でですか?」

 

「警戒心を解こうとして、手袋を外しているとアピールしていた所為だ」

 

「……成程」

 

「…だけどヤツの体重であれば、俺の腕力でも引き上げることは可能であった。可能、だったのだ…。だけど水無月は――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――もう…カルタ、疲れちゃった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヤツは、ただそれだけを言って、オレの腕をナイフで突き刺した。何故ヤツがそんな物を持っていたのかは分からないが…そのまま、暗闇の底へと消えていった、悲鳴も上げずに」

 

 

 

 水無月の死の瞬間を見た最後の証人である雨竜は、そう綴ると、口を閉じた。

 

 それ以上は何も分からない。そう暗に告げていた。

 

 雨竜から語られた事件の全貌。だけど未だ、意図の読めない彼女の行動の数々に、首をひねらせるばかりであった。

 

 だけど…。

 

 

「水無月…何で…」

 

 

 疲れた、なんて…どうしてそんなことを。

 

 でも今更そんなことなんて、今この場に居る誰1人としてわからない。誰にも、答えられない。唯一の方法と言えば、仏になってしまったアイツから…聞く以外に方法は無い。

 

 まるで現実味の無い、酷いもしもだ。

 

 俺達は…行き詰まったような雰囲気を漂わせていた。

 

 

 

 

 …もう、終わりなのだろうか?

 

 …これでお終いなのだろうか?

 

 …コレが、結末なのだろうか?

 

 

 

 そう思っていた…矢先だった――――

 

 

 

 

「……では、聞いてみますカ?」

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 呆けた声が響いた。

 

 俺からだった。だって、急にそんな事を言うモノだから、仕方の無い話だった。

 

 

 

「Hey、モノパン。一体どうやって声を聞くと言うんだい?まさか霊媒だなんてオカルトチックなことでもしようとか言うんじゃ無いだろうね?」

 

「霊媒なんてインチキなんだよねぇ!!あたしゃあれだけは信じてないんだよねぇ!!死人に口なしなんだよねぇ!!」

 

「…めちゃめちゃ切れてる。何故か」

 

 

 そんなニコラス達から上がる声に、モノパンはいえいえいえ、と否定するような仕草と言葉を上げる。

 

 

「全然見当違いですネ!ワタクシただのパンダであって、ネクロマンサーなんて類いのパンダではございませン!」

 

「アンタがそのパンタの類いに入るかどうかが考え物だけどね…」

 

 

 最もであった。

 

 

「それじゃあどうやって…」

 

「まぁ聞くといっても、過去の映像をお見せするというだけなのですけどネ」

 

「…映像?」

 

「ええ、映像でス。ワタクシが要所要所に仕掛けてある、不正防止用の隠しカメラが、彼女の行動の一部を捕らえていたので…それをお見せしようかト」

 

「そんな映像在るなら…最初っから提出するさね!」

 

「それをしてしまったら解答を見せてしまうような物じゃ無いですカ!ワタクシ、受験勉強の時は問題を解いてから答えを見る派でしたのデ」

 

「いや、あんたの趣向を聞いてるわけじゃ無いんだけどねぇ…」

 

 

 …成程。だから、モノパンは全ての答えを知っていたような態度をとっていて…さらに公正なジャッジを出来ていたのか。

 何となく、微かに感じていた疑問が解けたように思えた。

 

 

「と、とにかく!その映像とやらを早くお見せ下さい!!」

 

「…先に言っておきますけど…答えが載っているかは限りませんヨ?…彼女の最期の声…いややりとりを、激写した…というだけなのデ」

 

「御託は、良いから…モノ、パン」

 

 

 

 急かす生徒達の声に、モノパンは気持ち悪い笑みをこぼす。求められていることに、悦に浸っているように見えた。

 

 

「モノパン」

 

 

 そんなヤツを見た俺は…咎めるようにモノパンの名前を口にした。

 

 

 

「…くぷぷ、はいはい。分かりましたヨ。ではミナサマ!上の画面をご覧下さーーイ!!」

 

 

 

 その催促を聞いてなのか、重くないはずの腰を上げモノパンは立ち上がる。そして高らかに、上に取り付けられた真っ暗な画面に注意を促した。

 

 俺達は、言われるがままに、その画面に集中した。

 

 画面は何かと繋がるような音を立て。

 

 

 そして、光りを灯した。

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 映像に映し出されたのは、とある部屋の映像だった。

 

 その場所には、とても見覚えがあった。

 

 何故なら、その場所は、この事件の被害者である沼野が殺されていた"あの場所"。

 

 先ほどまで議論しされていたモノパンタワーの…『ダンスホール内』の映像だったから。

 

 その映像の中には、今はもう懐かしい顔も共に映っていた。

 

 既に死んでいるはずの、水無月が…ダンスホールの壁にもたれかかっていた。

 

 トントンと足でリズムを刻みながら、床を寂しそうな表情で見つめていた。

 

 

 …その様子から見るに、誰かを、待っているように思えた。

 

 しばしの静寂な流れたと思うと…ダンスホールの入口であるエレベーターの扉が、唐突に開かれた。

 

 

 

 

 

 

 ホールに入ってきたのは――――”沼野”だった。

 

 

 

 

 

 沼野は今までに無いほどの深刻に表情を抱えながら、水無月の居るホールへと入り込んできた。

 

 

 これで…映像に中に、今回の被害者である2人が揃ってしまった。

 

 

 

『………水無月殿』

 

『来てくれたんだ』

 

『ゴメンね?こんな中途半端な時間に呼び出して』

 

『いいや、拙者も丁度、水無月殿に用があった故。問題なしでござる』

 

『そっか…じゃあ手間が省けたってことだね。…態々呼び出して良かったよ』

 

『そうでござるな』

 

 

 対峙しながら、小さく一言二言。

 

 仲間内の会話とは思えない、重苦しい言葉のやりとりであった。

 

 両者の間に何が交錯しているのか。俯瞰的に見ている俺達からしたら何も分からない。唯一分かるとすれば…この映像の中で沼野は、いずれ死に至るのだろうということ。

 

 映像の右下にかかれた時間の文字が…沼野の死亡時刻スレスレを表示していたから。

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 2人はしばしの間、静かになった。

 

 その静謐は決して和やかなものとは言い切れず、嵐の前の静けさというのか…お互いに間合いを計っているような物々しい空気が蔓延っていた。

 

 映像外の俺達からも、その張り詰めるような緊張感がひしひしと伝わってきた。

 

 

 

『水無月殿』

 

『ん?なぁに?』

 

 

 小さく、水無月の名を呼ぶ沼野。その声色は真剣そのもので、彼特有の優しげな声色は鳴りをひそめていた。

 

 

『唐突に申し分けないのでござるが…1つ、頼みが…』

 

『…良いよ。カルタと沼野くんの仲だからね…何でも言って』

 

 

 沼野は、水無月からの二つ返事を聞くと……何かを決意するように表情を鋭くさせるた瞳を彼女へと向けた。

 

 

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 ――――口を開いた。

 

 

 

 

 

『水無月殿……今ココで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――拙者に殺されて欲しいでござる』

 

 

 

 

 

 

 ――――――!?

 

 

 

 

 

 腰に付けたポーチから出したであろう寂れたクナイを差し向けながら…沼野はそう告げた。

 

 

 

 その一言に、生徒達は静かに動揺を広げた。

 

 

 

 "どういうことだ?”

 

 

 

 純粋な疑問であった。

 

 この事件の被害者である彼が…何故そんな事を言うのだ?

 

 意味の分からない状況に、置いていかれる俺達。意図の読めないその言動に疑問を湯水のように湧き上がらせる俺達。

 

 

 それでも、誰かが待ってくれと、声を上げたからと言って、映像が止まることは決して無かった。

 

 

 過去の記録はそれでも…流れ続けていた。俺達の知らない出来事が、過去が進んでいった。

 

 

『そっか……そっかぁ……そうきたか…。一応理由は聞いても言い?』

 

『聞いて何になるでござる?』

 

『冥土の土産に…的な?』

 

 

 あっけらかんとした彼女の言葉に、沼野はふぅ……と目をつむり、何か呆れたように息を吐く。

 

 

『…そうでござるな。仮にも、お主は仲間であったでござるからな』

 

『恩に着るぜぃ!』

 

 

 拍子抜けするような彼女のテンションに、何か調子を狂わせている沼野。

 

 だけどのそのやりとりの中で出てきた、まるで今はもう仲間では無いというような言動。少し、また少しと、哀しみが積もり積もっていくように感じた。

 

 

『理由…でござったな。単純でござる……よからぬ、予感を感じたからでござるよ』

 

『…予感?』

 

 

 自分が今から殺されるかも知れないというのに…まるで焦っていないと、水無月はコテンと首を傾げる。

 

 

『左様』

 

『予感で、カルタの事殺しちゃおうって思ったの?……ひっどーい」

 

『…ふっ。何も、己自身の直感のみで殺すほど、拙者は冷酷ではござらん。そんなことは、全くの他人にのみに行うことでござる』

 

『あっ…やっぱり、沼野くんってば……――――”そういう人”なんだ。今も…"昔も"』

 

 

 一体、何の話をしている?

 

 一体、何がこの会話の中で繰り広げられている?

 

 俺は二人の間に流れる問答に、まるで沼野と水無月がドラマの世界にいるような錯覚を覚えた。まるで現実味を感じていなかった。

 

 今まで見てきた彼らは本物だったのか…彼らは俺達に何を隠し続けているというのか。

 

 それほどまでに、この二人が、俺の知っているよう現実のアイツらとはまったく合致しなかった。アイツらの事が分からなくなっていた…。

 

 俺はじわりじわりと、心が削れていくように感じていた。

 

 

『……過去のことはこの場では関係ござらん。重要なのは今でござる』

 

『だよね~。話、戻そっか。それで?どういう経緯で?長くなるんだったら、上のベンチにでも座る?』

 

『……お主、流石に警戒心なさ過ぎではござらぬか?今拙者お主に引導を渡そうとしているのでござるよ?これ結構シリアスな場面のはずでござるよ?』

 

『だったら最後までシリアスな雰囲気貫いてよ。だから未だに”忍者擬き”って、馬鹿にされるんだよ?』

 

『擬きとはなんでござるか!!!初めて言われたでござるよ!!………ああ、いかんいかん。シリアス、シリアス』

 

 

 のらりくらりと言葉を交わし合う二人。若干…というかかなり、沼野の方が水無月に振り回されているように思えた。

 

 

『…拙者は、その予感に従い。少しばかり、お主のことを監視をさせてもらったのでござる』

 

『えっ!そうなの。気付かなかった』

 

『……白々しいでござるな。拙者の所感からして…お主はその監視に勘づいていたはずでござる。だから拙者に"あのような"手紙を送ったのでござろう?』

 

『ああ、そういえばそんな事も書いた気がするなー。でもねその監視…っていうのかな?それに気付かなかったのは嘘じゃ無いよ。流石は忍者って感じ』

 

『……』

 

 

 嘘か本当か分からない様な水無月の飄々とした言葉の節々。それに沼野は鋭い雰囲気をそのままに、口を閉じた。

 

 だけど確かに…水無月が沼野に宛てた手紙の内容には。

 

 "アナタの計画は知っています"

 

 そう書かれていた。

 

 それはつまり…水無月自身は沼野の殺意に気付いていた。そう言っているように思えた。

 

 だけど彼女の口ぶりが、どれが真実で、どれが嘘なのか…その真意にモヤをかけているようだった。

 

 

 

『じゃあさ、その監視の中の、どの段階で…どうしてカルタの事を殺そうって…思い至ったの?』

 

『また白々しいことを…お主が美術館から2つも道具を借りたところを、目撃したからでござる』

 

『そっか、沼野くんも気付いてたんだ。てっきり”雨竜くん”だけかと思ってた』

 

 

 その言葉に、俺だけじゃ無く、雨竜も驚愕の声を上げていた。

 

 まさか…雨竜に計画がバレてしまっていることを彼女は気がついていたなんて。

 

 だとしたら、もしも雨竜にバレてしまっていることも計画の内であったのなら、これまでの行動に出ることも、彼女の計画の一部だったのだろうか?

 

 余りにも気の遠くなるような話だ。でも、そう考えなければ、彼女にあんな言動はできない。

 

 一体、何処まで彼女は計算の内だったのだろうか…俺は彼女の底の知れなさに…酷い恐怖を抱いていた。

 

 

『故に、何かを始められる前に、この場で…殺すことに至ったのでござる』

 

『その怪しい下準備っぽいことが目に余るから…即決で殺すってこと?残酷だね…――――”君”って』

 

『その程度の言葉で片付けられる才能であれば…拙者も楽だったのでござるがな。何分、疑わしきは罰せよ…その精神をたたき込まれているでござるからな』

 

『へぇ…英才教育ってやつ?大変だね』

 

『…そんな可愛い物ではござらんよ。もっと惨たらしく、もっと冷酷な地獄でござる』

 

 

 ……不穏な空気が増長していくのが分かった。

 

 もしも俺がこの場に居合わせていたら、きっと一歩も動けずに居ただろう。

 

 そう思わせるほど…今にも、お互いに首を斬り合いそうな、ピリピリとした静謐が流れ始めていた。

 

 

『――――そろそろ時間でござるな…』

 

 

 沼野はそう言うと、手に持っていた赤褐色の錆が付いたクナイを水無月に向け直す。

 

 今から殺すけど、良いよね?

 

 その最後通牒を行動で語っていた。

 

 沼野から放たれる純粋な殺意は…真っ直ぐ、水無月に向けられていた。

 

 

『あっ、もうそんな時間なんだ。退屈な時間かなって思ったけど…時間の経過って早いんだね』

 

『……拙者もでござるよ』

 

『……そっか。何か、悲しいね』

 

 

 ピンっと、ピアノ線のように緊迫したように空気が張り詰めていた。次の瞬間には、水無月の首が転がっていたも可笑しくない。そんな、一分一秒に思えた。

 

 

『でも、よかった』

 

『……?』

 

 

 

 だけど水無月は、笑みを絶やさなかった。最初っから、最後まで。

 

 沼野に殺すと言われた時も、目の前に引導を渡そうとしている殺意があった時も。

 

 彼女は、俺初めて会ったときと同じ、晴れやかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

『君が、素直に殺すって言ってくれる人で…良かったって』

 

 

 

 

 

『…?それは……どういう………………ゴフッ――――――!?!?!?』

 

 

 

 

 

 瞬間、沼野の口から飛沫のように血が吹き出した。

 

 だらだらと、血が床にしたたり落ちる。

 

 見てみると…右下の時間が、沼野の死亡推定時刻を回っていた。

 

 

 

 

『え……なん、で……?』

 

 

 

 

 

 沼野はそのまま、何も理解できないというように…倒れる。浅い呼吸を繰り返していたが…やがて、数秒の内に、その小さな呼吸音も聞こえなくなってしまった。

 

 

 ほんの一瞬。

 

 

 ほんの刹那の出来事だった。

 

 

 沼野は、水無月に既に含まされていた毒によって…――――殺された。

 

 

 既に事切れる沼野を見下ろし、水無月は語りかけ始めた。

 

 

 

『カルタはね…まだダメなんだ。まだ生きてなくちゃならないんだ――――皆”と”死ぬまで…絶対に』

 

 

 

 確かな覚悟を持って、彼女は今はもう動かない沼野を見下ろしながら…そう宣言した。誰1人として、その言葉を耳にする人など、周りには居ないというのに。

 

 

 

『だから、”ゴメンね?”沼野くん』

 

 

 

 

 沼野を呼び出して、すぐに掛けた言葉を繰り返した。

 

 

 

 水無月は小さく微笑みながら、カメラに背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 そこで映像は途切れてしまった。

 

 息をすることも忘れていたわけでもないのに、俺は、粗く、深い息を吐いていた。

 

 気付くと、酷い汗をじっとりとかいていることも分かった。

 

 俺と同じように、顔を青くさせる生徒もちらほらと見て取れた。

 

 当たり前だった、俺達は、仲間が仲間を殺す瞬間を…決定的とも言えるシーンを目の当たりにしてしまったのだから。

 

 

 「以上と、なりまス。後は、既に裁判で話し合われた推理通りのことが行われましたとサ。めでたしめでえたシ」

 

 

 そう終着するようにモノパンは映像を締めた。真実の裏側とも言うべき、めでたくもない、悪夢のような出来事の一端をおさめた、証拠映像を。

 

 …一体あのモノパンタワーの中で何が起こっていたのか、ソレを知ることができた。

 

 この事件は、水無月カルタが、この事件を計画し、そして俺達を殺そうとしていた。その真実を詳らかぶ語っていた。

 

 

 ――――だけど何で…沼野のヤツ…

 

 

 同時に、疑問に思ったこともあった。映像の中で出てきた不可解な一幕。何故沼野が水無月を殺そうとしていたのか。

 

 ただ殺気を感じたから。イヤな予感がしたから。それだけであれほどまで本気の殺意を向けられるのか。

 

 理解できなかった。今まで仲間として接してきていた人間を、何故あれほど冷たい視線を向けることが出来たのか。全くと言って良い程、考えるに及ばなかった。

 

 

「えー…傷心中の所痛み入りますガ…何かお忘れになっていることはございませんか?」

 

「…忘れていること、ですか?」

 

 

 モノパンが急にそんなことを言うモノだから。俺達は心当たりは無いかと、顔を見合わせた。

 

 すると、モノパンはオホンと、息を弾ませる。

 

 

「オシオキですよ、オ・シ・オ・キ」

 

 

 えっ…?

 

 俺達は息を止めてしまった。時が止まってしまったようにも感じた。

 

 そして、その一瞬のうちに、血の気が引いていくようだった。

 

 

「オシオキって…そんな!!」

 

「今回の、事件の、被害者、は…もう死んでいるはず、だよ?」

 

「…ミス贄波の言うとおりさ。モノパン、そんな中でキミは…一体、誰を処刑すると言うんだい?」

 

「……まさか。雨竜を…ですか?」

 

「――――!」

 

 

 雨竜がオシオキされる可能性があるのか…雲居がそう口を挟むと。モノパンはすぐさま、ノンノンノン、と指を振る。

 

 

 

「雨竜クンは、今回の裁判において…クロではないにも関わらず事件を引っかき回した…所謂、共犯者として扱われまス。最終的にクロとして投票されなかったのですから、当然のルールとして"シロ"と扱われまス」

 

 

 その完全な否定に、密かに安堵の気持ちを感じる。

 

 

「じゃあ、だ、誰をオシオキするって言うんですか…」

 

「何度も言わせないで下さイ。勿論――――今回のクロの方でス。最終的に投票で選ばれた、クロに」

 

「――――――!!貴様!まさか…!!」

 

 

 見当が付いてしまった故に、真っ先に声を荒げる雨竜。俺自身も、顔を強ばらせながら、その…"誰か"に震えた瞳を向けた。

 

 

「はぁイ!!!クロである"水無月さん"のために、スペシャルなオシオキを用意しましタ!!」

 

 

 水無月の遺影を見つめた俺は、その事実に、頭を抱えた。酷い頭痛が襲ってきているようだった。

 

 

「待つんだよねぇ!!!水無月さんはもう死んじまってるんだよねぇ!?」

 

「そうですよ!!死体に鞭を打つなんて、人のやって良いことではありません!!」

 

「そんな事は関係ありませン。人殺しは人殺し…死人だろうとゾンビだろうと、きちんと仲間を殺害した罪を償って貰うのがワタクシが敷いたルールなのでス。だので、そのルール通り彼女は"死んだまま"オシオキを受けてもらいまス。モノパンは厳正なる審判なのですかラ」

 

「……ふざけるな!!!ふざけるな!!!!!この水無月は…ヤツはオレの手で命を落としたのだ!!そのような処遇は死の原因であるオレに与えられるべきだ!!!だから……――――殺すのならオレを殺せ!!!」

 

「雨竜…!!」

 

 

 モノパンの発言に反するように…雨竜は唐突に、そう声を荒げた。

 

 

「…ドクター、冗談でもそんなことは口にすべきことじゃない。一度、頭を冷やすんだ」

 

 

 ニコラスは、自分自身の命なんてどうでも良い。そう言うような雨竜の発言が聞き捨てなら無かったのか。撤回するように、冷たい声でそう制した。

 

 

「うるさい!!!この事件の責はこのワタシと、水無月にある。ならば、同等に罰を受けるべきのはずだ!!オレが!!処刑されるべきなのだ!!」

 

 

 自暴自棄とも言える発言の連続。今まで覇気を無くしていた雨竜は、翻るように荒々しさを轟々と上げていく。

 

 

「ドクター、自称なりとも、キミは医者のはずだ。そんな命を粗末にするような発言は、許されるべき事じゃ無い」

 

 

 ニコラスは雨竜の暴走に真っ向から向き合っていた。遊びも一切無いニコラスは、雨竜を強く諭していく。

 

 

「医者だからこそ!!死の責任を取ろうとしているのだ!!」

 

「…ソレは責任とは言わない…ただのうぬぼれだ。キミの今しようしていることは…無駄死にに他ならない」

 

「ならば貴様は、オレが完全に無罪と言うのか!?この事件において、オレは全く責任が無いというのか!?」

 

「確かにキミは事件をかき回したかも知れない…だけど、その首謀者は彼女に…ミス水無月にあった。そのういう結果が今この場において重要なんだ」

 

「違う!!この事件の首謀者は、水無月とオレだ!!……オレが……オレが……!」

 

「いいや、それこそ明らかな矛盾だ……キミはこの事件においては紛れもない――――"被害者”だ。これはボクの結論であり…ボク達の総意だ」

 

「…………!!」

 

 

 思い出されるのは…先ほどの映像の中であった水無月の言葉。

 

 

『そっか、沼野くんも気付いてたんだ。てっきり”雨竜くん”だけかと思ってた』

 

 

 …雨竜は水無月、無意識に操られた駒だったのだ。

 

 無意識に彼女を止めるように動かされ、無意識に自分自身を犯人にしようと動かされ…そして俺達は全滅にまで追い込まれようとしていた。

 

 恐れるべきは、まるで人を”駒のように”扱う彼女の才能だった。その才能の被害者に、雨竜はなってしまったのだ。

 

 その見解に、誰1人として反論をする者はいなかった。

 

 …だけどそれ以上に、雨竜は自分が許せないのだ。助けられたはずの命を、手の届く範囲にあったハズの命を…救い損ねてしまった…自分が。

 

 だから、彼は死にたがっているのだ…。不甲斐ない自分を…情けない自分を…殺したがっているのだ。

 

 その気持ちは痛いくらいに、伝わってくるようだった。

 

 

「くそぉ…くそぉ……くそぉ!!」

 

「…キミの今やるべき事は…この事件の結末を見届けることだけだ。ボク達がたどり着いた、最善の顛末をね」

 

 

 床に膝をつき、ガツンガツンと、拳で地面を叩き続ける雨竜。その悔しさは、周りの俺達でさえも共有してしまうほど、悲哀に満ちていた。

 

 

 

「…うーんと、お話は付きましたカ?まぁ、そこでどんな意見を持ってこようとも、結局は水無月サンのおしおき以外の回答は返ってこないのですがネ」

 

 

 打ちひしがれる雨竜。少しずつ、床を殴る拳に血が出てきていた。ソレを心配してか、反町や小早川が彼を止めるように、駆け寄ってきた。ポツポツと、彼の目から、雫が落ちているのが見えた。

 

 

「――――くぷぷぷ、それでは改めて…超高校級のチェスプレイヤーである水無月サンのために、スペシャルなオシオキをご用意しましタ!!」

 

 

 俺に出来ることはないだろうか?愚かにも、俺はこんな瞬間にそんな事を考えてしまった。俺に出来ることなんて、たった一つしかないというのに。

 

 

 

 

 

「では、張り切っていきましょウ!おしおきターイム!!」

 

 

 

 

 光りが灯された…その先にある光景を見守ること。

 

 

 それ以外に、出来ることなんて…何一つ無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

      GAME OVER

 

 

 

  ミナヅキさんがクロにきまりました。

    オシオキをかいしします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 映像に映し出されたのは、先ほどのダンスホール内の物では無かった。

 

 

 暗い暗い、まるで洞窟のような石造りの空間。

 

 

 その世界を照らすのは、壁に焚かれたいくつもの薪の炎。

 

 

 全ての炎の中心、空間の中心。

 

 

 そこに在ったのは…いや作り出されていたのは。シロとクロがおりなす格子。

 

 

 すなわち、チェス盤そのものであった。

 

 

 空間の半分以上を占めるほどの大きさを誇り、その盤上には、巨大なチェスの駒がルール通りに配置されていた。

 

 まさに、いざ尋常に勝負…その寸前であった。

 

 

 だけど、1つ、違和感があった。

 

 

 ただでかいだけで、それ以外は何の変哲も無いチェスの駒の集団の中の1つ…それもポーン。

 

 

 小さな小さなポーンだけは、他と、少しだけ、違っていた。。

 

 

 

 誰かが、いや、誰もが知っている水無月が、事切れながら、小さな小さなポーンに張り付けられていた。

 

 

 

 

 

  ――――

 

   『Check My Life』

 

         ――――

 

 

 

 

 薪の焚かれる音だけが響く時間が少し過ぎると…水無月が張り付けられたポーンに対するように、魔法使いのようなローブを着たモノパンが暗闇から姿を現した。

 

 

 これはすなわち、モノパンは水無月側の駒を操る側では無く…対戦相手ということが分かった。

 

 

 すると、モノパンは何か呪文を唱える。モノパン側のポーンが、ひとりでに動いていく。

 

 

 どうやら戦いの火蓋は静かに切って落とされたようだった。

 

 

 水無月側のチェスの駒は…誰も居ないはずなのに同じように、ひとりでに動いていく。

 

 

 まるで将棋の電王戦をしているようだった。高度な知能を持ったコンピューターと、モノパンがお互いに知略を尽し合おうとしているようだった。

 

 

 ゲームは淡々と進んでいき。双方は、次々に駒を動かしていく。

 

 

 ポーン、ビショップ、ナイト、ルーク。

 

 

 それぞれの駒はジリジリと戦線へと赴いていく。

 

 

 すると、モノパン側の駒が、ポーンが、取られそうになった。

 

 

 相手は同じくポーンだった。すると、獲る側のポーンは、まるで人間のように生々しく動き出す。懐に収めていた剣を抜く。

 

 

 そして――――一閃。モノパン側のポーンを切り裂き、粉々に粉砕する。ガラガラと、崩れていく。

 

 

 戦いの均衡が破れた瞬間だった。

 

 

 それからは次々と、それぞれがそれぞれの駒を破壊していく、されるを繰り返していった。

 

 

 盤上に、駒の残骸が散乱していく。死体の山とも言うべき塵が、ジワジワと重なっていく。

 

 

 幸いにも、水無月がくくりつけられているポーンは無事で、戦線からは脱落しておらず。未だ残骸と成り果ててはいなかった。

 

 

 あんな壮絶な攻撃を受けてしまえば、五体満足でいられるのか怪しくなる。できるなら、そのまま動かず、綺麗なまま戦いを終えて欲しい。

 

 

 

 ――――そう思った矢先だった。

 

 

 

 不幸なことに。指揮官の判断ミスで、水無月の括り付けられたポーンが、モノパンの駒に取られるポジションに来てしまった。

 

 

 モノパンは好機と言わんばかり笑みを溢した。

 

 

 モノパンは自陣のポーンを動かし、水無月のポーンを破壊するように命じていく。ポーンは今にも切りつけんばかりに、剣を掲げる。

 

 

 そして、水無月をポーンごと切り裂いていった。

 

 

 ザシュッ…切り裂かれたと分かる鋭い音が木霊した。

 

 

 ショッキングピンクの血が舞い上がった。まるでポーンが生き血を持っていたかのように吹き出した。

 

 

 

 

 ――――これで、ゲームオーバー。

 

 

 

 "ルール通り"であれば、ポーンはそのまま戦線離脱し、復帰することは叶わないだろう。

 

 水無月も…やられては仕舞ったものの、バラバラになら無い程度の損壊で、酷い有様では無かった。誰かが、安心するように息を吐いた。

 

 

 

 ――――だけど、それが終わりでは無かった。

 

 

 

 切りつけられた側のポーン。即ち水無月のくくりつけられたポーンは、突如、剣を引き抜いた。

 

 

 瞬間、差し向けられた刺客を、切り裂いた。

 

 

 そう…返り討ちにしたのだ。何故ならポーンは、"傷が浅かった"から。"粉々に砕けていなかった"から。"倒れていなかった"から。

 

 

 ポーンは水無月を盾にし、自分へのダメージを軽減させ、カウンターと言わんばかりに、敵をなぎ倒したのだ。

 

 

 モノパンは、そんなルール無用の出来事に苛立ちを隠せずにいた。

 

 

 このお遊びとも言うべきゲームが、ゲームで無くなった瞬間だった。

 

 

 モノパンは、今度はナイトを差し向けた。

 

 

 馬の様相のナイトは、足を高々と掲げ、ポーンを、水無月ふみつぶす踏み潰す。グシャッと何かが砕ける音が木霊した。

 

 

 だけどポーンは水無月を盾に、また生き長らえた。

 

 

 そしてまたナイトを切り刻み、粉砕した。

 

 

 モノパンは焦ったように自陣の駒を、まとめてポーンへと差し向けた。

 

 

 ポーンは、次々とやってくる刺客を、水無月を盾にしながら、八面六臂の活躍をこれでもかと見せつけていった。

 

 

 たった1人で…たった1人を犠牲にして、敵をなぎ倒していった。

 

 

 水無月という最強の盾を使って、ポーンは、歴史に名を残す程の活躍をしていった。

 

 

 だけど、盾である水無月は…ズタズタに…切り裂かれ、踏み潰され、押しつぶされ…身ある影も無い有様に、もはや流す血など無いのではないかと言うほどの、血が散乱していた。

 

 

 だけどポーンにとって、そんなことは関係なかった。

 

 

 これは必要な犠牲なのだ。

 

 

 水無月という犠牲を使うことで、自分は歴史に名を残すことが出来るかも知れないのだ。

 

 

 ポーンは、その大義名分を掲げ、英雄となるために、モノパンへと攻め入っていった。

 

 

 まさに、不滅であった。

 

 

 そんな反則レベルの異分子に、壊滅まで追い込まれたモノパンは…ワナワナと身を震わせていく

 

 

 怒りのボルテージが高まっていくように、顔を憤怒の形相に変えていく。

 

 

 不滅のポーンは、キングのすぐ側までにじり寄る。

 

 

 

 

 

 

 ――――"チェック"であった。

 

 

 

 ――――ポーンは剣を掲げた。

 

 

 

 

 

 すると…。指揮官であるモノパンは、顔を赤く染め上げながら…何かを大声で唱えた。

 

 

 

 自陣に向けての命令では無い…呪文のような物。

 

 

 

 ――――瞬間、盤上ははち切れんと言わんばかりに盛り上がり始めた。

 

 

 

 

 そして噴火するように

 

 

 

 

 ――――――盤上は爆発した。

 

 

 

 残された駒が、爆発と同時に上空へ舞い上がった。

 

 

 

 モノパンが唱えたのは、爆発の呪文だったのだ。この戦いに終止符を打つために。この戦いを無理矢理、終わらせるために。

 

 

 爆発が引き起こされて暫く、打ち上げられ駒が、ゴトゴトと墜落し、砕けていく。

 

 

 生き残っていたはずの駒は悉く粉々となってしまう。

 

 

 だけど、そのたった一つだけは…壊れなかった。水無月が張り付けられていた、ポーンだけは…

 

 

 代わりに――――プチっ…という音が鳴った。

 

 

 ポーンから、まるで自分自身が死んでいるかのように、血が流れ出す。

 

 

 あともう少しだったというのに、ポーンは呆気なく、戦争の、神のイタズラの犠牲となってしまった。

 

 

 たった1人の犠牲を払ったはずなのに…

 

 大を取り、小を切り捨てたはずなのに…

 

 

 

 

 あっけなく…不滅のポーンは倒れ伏してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもやっぱり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――イライラしたときは、爆発オチですよネ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノパンは、ケタケタと笑いながら。暗闇へと消え去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクストリィィィィィィンム!!!!死体蹴り最高!!!死体蹴り最高!!!!」

 

 

「おおおお………ぉぉぉおおおおお…!!」

 

 

 

 

 激しく飛び散るモノパンの歓声。

 

 打ちひしがれ、小さな涙を垂らし、獣のような慟哭を上げる雨竜。

 

 死体となった仲間が、ズタズタに引き裂かれる…その地獄のような光景を目の当たりにした俺達は…何も出来ず、声も出せず、目を伏せるだけだった。目を背けなければ、狂ってしまいそうだったから。

 

 

「…水無月」

 

 

 確かに…小さく呟いた名前の彼女は、陽炎坂や、長門のように、人としてやったはいけないことを犯してしまった。その罪は、一生を持って償わなければなら無い…背負わなければならない咎。

 

 だけど…死んでしまった彼女が、これ程までに弄ばれてしまう。このシステムが、ルールは…余りにも理不尽がすぎた。人の死はこんなにも侮辱されて良い物なのか。

 

 でも俺達には、この出来事を見届けることしかできなかった。見届けることさえも、難しいとさえ思えた。

 結局俺達に出来たのは、事件の真実を求めることだけ。誰が嘘をついていた、誰が本当の事を言って、誰が悪なのか。それを求めることだけ。

 

 だけど、その真実を明らかにした結果が…コレだ。

 

 だからこそ…

 

 ――――自分は何て無力なのだろう。

 

 ――――真実とは、なんて苦しいものなのだろう

 

 

 そう思えて仕方なかった。

 

 

「……――――分からないね」

 

 

 おしおきが執行された後だというのに…。この何もかもを咎められているようなこの空間の中で、1人の生徒が…落合が、そう口を開いていた。

 

 

「実に分からない…理由と意味を集めきれなかった物語のように…読めないよ」

 

 

 彼は徐に、そう呟いていた。俺達は彼のその言動に理解が追いついていなかった。

 

 

「落合…?」

 

「何が…分からないと言うんだい?ミスター落合」

 

「今も、そして未来永劫わからなくなるかもしれない…その意味さ」

 

「…ごめん、本当に何が言いたいの?」

 

 

 俺も本当に分からなかった。正直な話、言い方が悪いとさえ思った。

 

 

「水無月さんは…どうしてこんなことを策謀したのか。どうしても腑に落ちない。過去の記録にソレが記されている。そう考えていた……だけど…この闇は、振り払われることはなかった。だけど同じように、振り払われるべきなのかどうかさえも…僕にはわからない」

 

「……」

 

「………」プシュー

 

「……」ポリポリ

 

「それって、水無月、さんの、動機が分からない、って…こと?」

 

「そう捉えて貰って構わないさ」

 

 

 贄波がかみ砕いてくれたことを聞いてみて、確かに、と俺は納得する。様々な情報源はあったが…結局、俺達は、水無月の行動の根幹を読めないでいた。

 

 その理由が分かると思っていたあの映像には、その確信とも取れる発言は無く。『今ココで死ぬわけには行かない』『みんなと死ぬまで死ねない』と、むしろ疑念を助長させることしか言っていなかった。

 

 …今はそんな事を考えている余裕なんてないハズなのに。

 

 俺達は、疲れた頭で、着地点の見当たらない問題に向き合おうとしているようだった。

 

 

「…くぷぷ、そうですネ。まぁそのくらいでしたラ…ネタばらししても差し支えは、ない…ですかネ?」

 

 

 するとモノパンは意味深げに、そう呟いた。俺達はモノパンに視線を集中させた。

 

 

「簡単ですヨ。彼女は、――――この”写真”を見て、こんなことをしでかしたのでス」

 

 

 モノパンの手元にはいつの間にか、”写真”があった。何かが写っているハズの写真が握られていた。

 

 ひらひらと扇ぐように波打つソレは、裏向きのままで、中身が何なのか…俺達には物理的に見ることができない故に、分からなかった。

 

 分からなかったが…それでも、”とても見覚えのある風貌”であることは理解できた。

 

 

「そ、それって…ねぇ」

 

「まさか、俺達が写っていた写真…か?」

 

 

 そう、事件が起きる前。スタンプラリーをクリアした景品として渡されたあの写真。俺達が肩を組んで笑い合っていた、存在しないはずの集合写真。

 

 

「いいえ?違いまス」

 

 

 だけどはっきりと、モノパンはすぐに否定した。これは、”俺達が手に入れた写真では無い”と。

 

 俺達は、その言動に疑念と、違和感を重なっていった。

 

 

「ど、どういうことなんだよねぇ…じゃあその写真はなんなのかねぇ…」

 

「アタシらの写真じゃないなら、それはなんなんさね!!それと水無月が、どうして関わってくるさね!!」

 

「そんなこと、よく考えてみれば自ずと分かると思いますヨ?何故、キミ達の知らない写真を、水無月サンだけが見ていたのカ」

 

 

 水無月だけが知っている、俺達の知らない写真…?

 

 こんがらがるようなモノパンの言動に、疲弊した頭は付いて行かなかった。シンプルな話に置き換えることがままならないでいた。食ってかかった生徒達も同じようで、要領を得ていない表情をしていた。

 

 

「…待ちたまえ、キミ。いや………そうか」

 

「ど、どうした?」

 

 

 モノパンの言葉に、何か心当たりがあるのか、ニコラスはブツブツと考え込む。思考がとっちらかっている俺は、そんな彼に説明を求めることしかできなかった。

 

 

「…成程。ミス水無月は…ボク達に嘘をついていた。そういうことだね?」

 

「嘘を…!?」

 

 

 ニコラスの発言に、小さな波紋が波打つ。

 

 

「……景品を、受け取っていた、の、は、折木くん達、だけ、じゃ、無かった…」

 

「えっ…受け取っていたって…まさか、水無月さんも…?で、でも水無月さんは、途中でスタンプラリーを辞退したはずじゃ…」

 

「ううん…それは、水無月、ちゃん、が自分で、言ったこと……だから」

 

「あたしたちに嘘の報告をしてたっていうのかねぇ!?」

 

「…そのまさかさ、キミ…確かに、とてもシンプルに考えればすぐにアテがついたというのに…ボクとしたことが少し複雑に考えてしまったみたいだね」

 

「あんの馬鹿…何処まで隠し事すれば気が済むんさね…!!」

 

「でも…仮に水無月がコソコソソレを受け取ってたとして…それって私らと同じ感じの写真なんじゃないんですか?」

 

 

 その雲居の純粋な疑問に…俺も考え込む。あの水無月の凶行が、疑問を呼び込むだけの集合写真が原因とは思えない。

 むしろ彼女であれば、もうコロシアイなんて止めようと…そう結論づけるはずだ。

 

 すると、ピン、とギターの音が反響する。俺は、その音の主である、落合に目を向けた。

 

 

「……スペシャルな代物。ああ、そうか。うん、こんなしがない僕でも、閃くことがあるんだね…今更こんなことを思い出してしまうなんて。……それが彼女の理由だったんだね」

 

「……?」

 

 

 スペシャルの、代物…その落合の言葉を聞いて、俺はハッ、と思い出した。

 

 

『…スペシャルな物の中には、さらに一段上のスペシャルなプレゼントをご用意しておりますので、お楽しみ二…』

 

 

 確かにモノパンは、スタンプラリーを終えた者に、そう言ったプレゼントを用意していると。しかも、ランダムで。

 

 

「…それはミス水無月の元に渡された…我々が受け取った物とは違う…特別な写真だった…そういうことかな?」

 

「…くぷぷ、ご明察。そう、この誰もが恐れおののくスペシャルワン。一握りの可能性に直撃してしまったのは、今回の事件のクロであり、首謀者の水無月サンの手元にあったのでス!」

 

 

 モノパンはニコラスの結論に笑みを浮かべながら首肯した。

 

 余りにも単純な答えと、その特別の招待が何なのか分からないというもどかしさが胸を支配する。

 

 その気持ちは、俺以外にも数人の生徒達も同様のようだった。

 

 

「…っ…だったらそれを見せるさね!!アイツの動機ってやつを、この目で拝ませな!!じゃなきゃ、腹の虫が収まらなすぎて、誰かをぶん殴りそうさね!!」

 

「ちょちょちょ、あたしの胸ぐら掴まないでほしいんだよねぇ!!誰が殴られるのか決定的になっちゃってるんだよねぇ!!」

 

「ええ~イヤですヨ~、この特別は、誰か1人のためにあるから特別なんでス。キミタチに渡してしまっては、コンセプト崩壊になって仕舞いまス……なので……

 

 

 

 

 

 

 ――――――こうしちゃいます」

 

 

 

 

 

 

 そう言って、モノパンはその写真に――――火を付けた

 

 

「ああ!!なにするさね!!」

 

「何って、彼女の特別を永遠のものしてあげたのでス。ワタクシやさしイ?」

 

「あたしらには優しくないんだよねぇ!!汚いんだよねぇ!」

 

「汚いとは何ですカ!!!ワタクシ一日に5回は風呂に入る位、潔癖なパンダさんなのですヨ」

 

「……いや念入りすぎですよ」

 

 

 火の付けられた写真は一瞬で黒い墨と化し、塵となってしまう。

 

 裏も表も、バラバラの燃えかすとなり…それに何が写っていたのか…その謎は、永久に分からなくなってしまった。

 

 分かるのは、写真に写っていた何かが…彼女の大虐殺計画の原因であること。一体何が彼女の狂気の引き金となったということ。

 

 それ以外に、突き詰めることはできなかった。

 

 

「………もういい」

 

 

 モノパンに憤るを向ける俺達の中で…震えた声で小さく雨竜は呟いた。

 

 

「雨竜さん…あの…」

 

「………」

 

「いえ、何でもありません…その…はい…ははは」

 

 

 ユラリと立ち上がる雨竜を心配し小早川は声を掛ける。だが、あまりの気まずさに、引き下がることしか出来ずにいた。

 

 

「……もう…部屋に戻らせてくれないか?」

 

「ええ、良いですヨ?既に学級裁判の全ての過程は終えてしまっているので…帰りのエレベーターの準備は出来ておりまス」

 

「…そうか」

 

 

 雨竜はトボトボと、その巨体を揺らしながら…エレベーターへと戻っていく。何か声を掛けるべきなのだろうか。だけど考えたところで、何も思いつく物は無かった。

 

 

「ドクター、疲労困憊の中で申し訳ないんだが…1つ忠告をさせて貰っても良いかい?」

 

「ニコラス…!アンタ何を――――」

 

 

 憤る反町を、贄波が"待って"、と制止する。雨竜は立ち止まった、ニコラスの言葉を待っているようだった。

 

 

「……」

 

「……部屋に戻っても…”滅多なこと”は、考えてくれるなよ?キミ」

 

 

 その言葉は、まさしく忠告とも言える一言であった。それが何を意味するのか…誰もが理解できた。俺は、震えた瞳を雨竜へと向けた。

 

 

「……――――当たり前だ。オレはもう、1人の命で成り立ってはいないのだからな……」

 

 

 そう言って、彼はエレベーターへと重い足取りを向けていく。

 

 その背中からは、今まで背負ってきた後悔、そして重圧を耐え続けてきた疲労が感じ取れた。

 

 俺達が今感じているものよりも、きっと何倍も重いであろうその罪悪感。俺達は…ただその姿を見送ることだけしかできなかった。

 

 

「ニコラス…?」

 

 

 雨竜が部屋を出て行くと同時に、もう1人、俺達の目の前を…ニコラスが横切る。その所為か、反射的に彼の名を呼んでしまった。

 

 

「…ああは言ったが、つい魔が差して…なんてこともある。今回の事件で共に捜査をしたよしみだ。念には念を入れて、しばらくは彼のことを見張らせてもらうよ」

 

「ニコラス…」

 

「……分かったです。雨竜の事は、任せたです」

 

「あの…宜しくお願いします…」

 

「だけどボクは錬金術師であり、名探偵だ。カウンセラーではない。だからアフターケアなんてもの期待しないでおくれよ?」

 

 

 今の俺達に出来ることは、余りにも少ない。そう判断したのか、彼の行動を制する生徒はいなかった。

 

 ニコラスはそのまま、ひらひらと後ろ手を振り、この場を後にした。

 

 

「くぷぷぷ…どうやらこの裁判の重要人物は、軒並み居なくなってしまったみたいですネ。であれば、ワタクシも通常業務に戻らせて頂きまス。時間も時間ですからネ」

 

「ああ帰んな帰んな、アンタがいなくなるだけで清々するさね」

 

「もう…そんな素っ気ないこと言って、実はまだ帰って欲しくないんでしょ?このツンデレ屋さン!」

 

「1発マジでいっとくかい…?」

 

「おおっと、怖い怖イ。どうやらマジで帰って欲しいみたいなので…スタコラサッサとお暇お暇。それではミナサマ、お休みなさ~イ。良い夢見ろヨ!!」

 

 

 モノパンは羽毛のように軽々しい口を並べながら、姿を消していく。

 

 すっぽりと、穴が空いた様に、静かな空間が戻ってきた。一気に、現実に引き戻されたような、夢から覚めたような、倦怠感が体を覆うようだった。

 

 

「ちょっとあんた、大丈夫ですか?」

 

 

 ――――するとそんな静謐の中で…雲居が、誰かを心配する声を上げた。

 

 

「どうした?」

 

「風、切さん?…」

 

 

 1人だけ。声も出さずに、震えている生徒が…いた。

 

 風切だった。自分自身を温めるように抱きしめ、何故か凍えるように震えていた。

 

 

「おい…何かあったのか?」

 

「知らないですよ、気付いたら俯いて震えてたんです」

 

「…風切?」

 

 

 そういえば、いつ頃からか声を聞こえていなかった気もする。

 

 それを心配して、声をかけても、変わらず粗く呼吸を弾ませる風切。俺達は彼女を囲み始める。

 

 体を震わせ続けるが、見たところ寒気を感じているようには見えなかった。

 

 

「…た」

 

「……?」

 

 

 一体何があったのか、疑問を浮かべていると…彼女の口が微かに動いた。何か声を出しているようだったが、微弱であったために、俺は耳をすませた。

 

 

 

「…あの、写真……」

 

「あの写真…ですか?」

 

「もしかし、て…モノパンが、持ってた、写真の、こと?」

 

「あの写真がどうかしたのかい!?」

 

「せ、急かしちゃいけないんだよねぇ…。風切さん、ゆっくりで大丈夫なんだよねぇ」

 

 

 写真について何か身に覚えでもあるのだろうか、俺達は微かな手がかりを感じ取った。だけど困らない程度に詰めよった。

 

 

「少しだけ…"見えた"」

 

「……!」

 

 

 俺達は息を呑んだ。

 

 確かに、超高校級の射撃選手である彼女の目は、とても良いことは分かっていた。だけど、今そこでそれが発揮されるなんて思わなかった。

 

 

「何が…見えたんだ?」

 

「………」

 

 

 内心穏やかではなかったが、それでも…少しでも情報を得ようと、僅かな期待を持って…ゆっくりとした語調で言葉を掛けていく。

 

 

「………」

 

「風切?」

 

 

 風切は押し黙る。

 

 

「…言いづらい、ですか?」

 

「いや。そうじゃなくて…やっぱり、見間違えかも知れないって…思えて」

 

「それでも構いませんとも!」

 

「…もう何が起こっても信じ切れるところまで来ちまってるからねぇ」

 

「………」

 

 

 俺達はどんなことでもばっちこい、そういうようにに意気込む。珍しく不安げに表情を曇らせる風切…少し息を吐き、心を整え、その朧気な内容を、口にしていった。

 

 

「多分だけど…この施設の外の写真だった」

 

「あの思い出のアルバムとは違うのか?」

 

「…うん。写ってたのは…私達じゃ無かった」

 

「じゃあ、何が、誰が写ってたんですか……?」

 

 

 少し呼吸を整えるようにする風切。俺達も同時に、息を呑んだ。

 

 

 

「――――”死体”……だった」

 

「…死、体?」

 

 

 想像を絶する回答に、胸騒ぎを膨れ上がらせる。

 

 

「死体の山と…荒廃した…世界…ちょっと見ただけでも…酷い…有様の…写真だった」

 

 

 これ以上聞いても良いのか、その怖さと、真実を知りたいという欲が、言葉を失いながらも、彼女の言葉に耳を傾けさせていた。

 

 

「どっかの紛争地帯の写真だったのか?」

 

「ううん……殆ど灰色で、うまく捉えられなかった……けど…」

 

「けど…?」

 

 

 風切は、ゆっくりと…言葉を紡いでいく。

 

 この世界に飛び込められて、外の世界の情報や、外の光景を、少しずつ見てきたつもりだった。

 

 だけどそれは本当にごく一部で…俺達が未だ信じられない事実が、外の世界で起こっているのかも知れない。

 

 何となく、それは理解していた。

 

 まるで絶対にヘタな情報は渡さないという、その統制するような意志が、モノパンから感じ取れたから。

 

 

 ――――だから

 

 

 

「ボロボロになった…"希望ヶ峰学園"だけは…はっきりと見えた」

 

 

 

 俺達が夢見た希望の象徴に…いや、希望そのものに…。

 

 

 "何かが起きている"

 

 

 そんな信じられないこともまた、例に漏れる事は無い。

 

 

 そう確信することが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …確信することだけしか…出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア3:モノパンタワー2階『ダンスホール』】

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 モノパンタワー2階、ダンスホール

 

 

 ガラス越しに夜空が写るその箱庭を、爛々と巨大なシャンデリアが照らし出していた。

 

 シャンデリアが飛び散った形跡も、沼野の死体も、事件の面影など何一つ無いように…この部屋から消えていた。

 

 この部屋もまた、今までの全ての事件と同じように、通常の状態へと修復されていた。

 

 そんな、全て元通りの世界には、異分子とも言うべき違いがあった。

 

 

 ――――超高校級の錬金術師であるニコラスが、ダンスホールの中央に、沼野の死体が転がっていたその場所にしきりに見つめながら…立ち尽くしていた。

 

 

 何故なのかは…分からなかった。

 

 

 

「――――ミスター」

 

 

 

 その中でポツリと…この場に、この世界に誰1人すら居ないはずなのに…ニコラスは誰かを呼んだ。

 

 

 

「……ボクにだって。ボクにだって…人の死を哀しむ感情だってあるさ…それこそ友人の死というのであれば、尚更ね」

 

 

 

 

 誰かに向けてなのか、ここに居ない誰かに向けて、ニコラスは、そうポツポツと言葉を紡いでいった。

 

 

 

 

 

「安心したまえ、キミとの約束は、決して無碍にしたりはしない。この"超高校級の名探偵"たる、ボクの才能に誓ってね」

 

 

 

 

 

 

 そう言い切ったニコラスは徐に、懐から、"電子生徒手帳"を取り出し、起動させた。

 

 

 そして、生徒名簿の欄を開き…――――"超高校級の特待生"の肩書きが記された、『折木公平』の欄を、じっと、見つめ続けた。

 

 

 その表情には、大きな疑念が、哀愁が、躊躇いが、……とても言葉では表わしきれない複雑な感情が読み取れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ミスター折木……

 

 

 

 

 

 

 ――――キミは一体…何者なんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その宛ての無い問いは…タダ世界に溶けていくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【??????】

 

 

 

 

 

 某所、某時刻。

 

 裁判が終了し、生徒達が帰路についてからしばらくして。

 

 とある風景の一部に、2人の人物が対峙していた。

 

 厳密には、1匹と1人。

 

 モノパンと…顔の見えない、黒く染められた誰か。

 

 その2つの影が、人目を避けるように向かい合っていた。

 

 

「…それで?態々こんな所に呼び出して、何か御用ですカ?」

 

「……」

 

 

 モノパンはうんざりしたような口ぶりで、言葉を切り出した。誰かは、まるで切り取られたように聞こえないような声で、モノパンに何かを話した。

 

 

「はぁ…態々呼び出して何かと思えば、そんなことでしたカ。何だか拍子抜けですネ」

 

「……!!」

 

 

 誰かの言葉を聞いて、モノパンはさらに嘆息していく。その反応を見てか、男なのか女なのか…判別のつかない誰かは、その態度に怒りを表わにした。

 

 

「…ああ、そうですよネ。アナタにとっては、とても重要な事でしたよネ。…申し訳ない、此方の無配慮でしタ。ええ、この通りでス」

 

「……」

 

 

 決して謝罪を抱えていないような態度で、モノパンは誰かに頭を下げる。誰かはそんなモノパンに愛想を尽かしながらも、言葉を重ねた。

 

 

「…勿論、全て事実ですヨ?"あの時”話したことも、今まで話したことも…全て。ワタクシは世界一の正直者なのですからネ」

 

 

 そしてその全てを、モノパンは肯定で返した。

 

 

「くぷぷぷ…まぁそう何度も聞いてしまうのも仕方ありませんよネ?……何せ、"これは"アナタにとっての重要事項…いや、決して見逃してはいけない――――"忘れてはいけない記憶"なんですからネ」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 誰かは、言葉を続けず。沈黙した。

 

 だけどそれは一瞬のことで…誰かはすぐに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「――――――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いがけない言葉だったのか…”え…?”と、モノパンはそう短く驚きを返した。

 

 

「……そうですネ…ええ…まぁ。それについては、ふむ、どうなんでしょうね…?肯定も否定もする気はありませんガ」

 

「……」

 

 

 いつも通りの所在のなさげな、曖昧な回答。だけど珍しく、答えづらそうな返事であることが、見て分かった。

 

 

「……ですが。それが可能であったとしテ。アナタにそれを実行に移す勇気があるのですカ?」

 

「………」

 

「…くぷぷ、やはり口ではそう言っても、迷われているようですネ。無理もありませン。だってそんな酷いことは…この世界で、決して、決して、やってはいけない事なのですかラ」

 

「………」

 

 

 

 何を提案し、何を話し合っているのか。切り取られた言葉を知らない限り、何もわからない。だけど分かるのは、提案した誰か自身が、モノパンに言われるまでも無く迷っているということだった。

 

 

 

「ですが…そこまで迷われているのであれバ……思いきって…やってみれば如何ですカ?」

 

「……!?」

 

 

 だけど、その提案を是正するようなモノパンの物言いに、誰かは顔を先ほどよりも強い驚愕を露わにした。

 

 

 

「ええ、勿論。まぁ、やれる物なら、やってみろ…と前置きは言わせていただきますけどネ」

 

 

 モノパンの挑発的な言葉に、誰かは黙りこくる。その沈黙には何が含まれているのか…誰かの心を描かない限り、その真意を読み取ることは出来ない。

 その態度に、モノパンはさらに笑みを深めていく。してやったり、そう言いたげな笑みであった。

 

 

「……」

 

「えっ?もしも…ですカ?」

 

 

 唐突に、誰かはモノパンに何かを聞いた。モノパンは、少し思考する。…そして…その小さな口を開いた。

 

 

 

「そうですネ。もしもアナタにそれが出来たのであれバ……」

 

 

 

 

 

 

「このゲームは…いや、コロシアイは――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――きっと、終わりを迎えてしまうのでしょうネ」

 

 

 

 

 

 

 

 モノパンはくぷぷぷ、と、そのまま笑い続けた。

 

 

 このゲームの"終わらせ方"を、口にしてしまったはずなのに。

 

 

 このゲームの"終着点"を、告げてしまったはずなのに。

 

 

 まるで自分の事では無いように、延々と笑い続けた。

 

 

 一人と一匹だけの空間で、その笑い声だけが、静かに反響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章 きっと君は素敵な何かで出来ている

 

 

 

 

     END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 




やっと前半戦終了って感じですね。




↓コラム


〇名前由来のコーナー 

・水無月カルタ編

作者から一言:多分一番最初に出来たキャラクター

 コンセプトは明るく天真爛漫な天才っぽい努力家。さらに言えば、ヒロインになれなかったヒロイン…って感じ。こういう子が、めちゃめちゃ苦労してて、とにかく死に物狂いで努力してるっていうパターン、良いですよね(押しつけ)。 
  容姿も、才能もこの物語を作るに当たって早くから決まっており、一番最初っから最後まで性格も行動もは一貫してました。なので、背景とかも造詣を深くでき、個人的には一番描きやすく、そして魅力を十分に引き出せたかな、と思えたキャラクターでした。
 名前の由来は、名字は…適当に思いついたヤツで。名前は才能がチェスプレイヤー、すなわち外国のおもちゃに関していたので、逆に日本のおもちゃから名前をとらせて頂きました。ちなみに、彼女の名前は一貫してカタカナ表記でしたが、本来は漢字表記で『歌留多』が正しいです。


・雨竜狂四郎編

作者から一言:多分一番動かしにくかったし、これからも動かしにくいキャラクター

 コンセプトは、マッドサイエンティスト風の中二病、です。そういうキャラクターを軸にして、容姿なども逆立てたり、色々いじくり回して、こんな風になりました。
 シリアスもギャグもいける、結構美味しいキャラクターになるだろうと、書く前は考えていたのですが…肝心のセリフを書くのが難しく。さらにには持ち味の破天荒さも、作者自身の想像力の乏しさ故に鳴りをひそめ。その結果、水無月さんとは逆に、とっても動かしにくいキャラとなってしまいました。
 名前の由来は、雨竜は、『銀の匙 -Silver spoon-』から。同作品に『雨竜』という名字が出てきていたので、これ良いなぁ、と考え使わせて頂きました。名前の方は、漫画『狂四郎2030』から。最初は『田中眼蛇夢』的な、ネタネームにしようと考えていましたが…上手く思いつかず、じゃあもういっそ中二病ビンビンの格好いい名前にしてしまえとなり、今の彼の名前ができあがりました。






〇プレゼント
・沼野浮草
⇒忍者式携帯ポーチ
 沼野がいつも腰ぶら下げていた腰巾着。中には赤くさび付いたクナイや手裏剣、そしていつも彼が愛飲していたお茶の葉が入っている。


・水無月カルタ
⇒とある少女のお人形
 いつも肌身離さず持ち歩いていた、彼女の姉を象ったとされるお人形。かなり大事にされていたためか、1つのほつれも見当たらない。


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第四章『デッド・ボックス・ヒーローズ』
Chapter4 -(非)日常編- 15日目


 

 

 

 

 

 

 

 言葉の聞こえない声が、周りを満たす。

 

 

 知らない人々が、周りを行き交う。

 

 

 今では無い風景が、目の前に広がる。

 

 

 …これで、何度目のことだろうか。

 

 

 もう何度目から、数えなくなってしまったのだろうか。

 

 

 焼き付いたように離れない記憶の風景。

 

 

 夢だとはっきりと分かる、とぼけた感覚。

 

 

 まるで張り付けられたような、浮いた感覚。

 

 

 朧気な世界の中心で、縁日のように賑わう人々の中心で、自分は立ち尽くす。

 

 

 顔の知らない、だけどあったはずの人々が、目の前を交差し続ける。

 

 

 そんな中に、一つ。

 

 

 面影が…あった。

 

 

 また、見覚えのある。いや、今ととても近いような。その姿が。

 

 

 どうしてなのかは分からなかった。

 

 

 何故か、自分は。

 

 

 

 ”大きく、手を上げた”

 

 

 

 手を、上げた。

 

 

 

 瞬間――――だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――バンっ!

 

 

 

 

 

 

 …巨大な爆発音が、耳を貫いた。

 

 

 夢だと分かっているのに、知っている記憶のはずなのに、思わず耳を塞いでしまう。

 

 

 自分だけでは無かった。

 

 

 その音に驚いた人々は、声を張り上げる。そして走り出す。そして頭を抱える。そして呆然と動きを止める。

 

 

 色とりどりに、分かりやすいくらいに、焦りを行動で表わしていた。

 

 

 …気付くと、霧のような黒い煙が、少しずつ周りにたゆたい始めているのが分かった。

 

 

 爆心地は”自分が覚えていた”よりも、とても近かったみたいだった。

 

 

 口を塞いでみた。自分はこうしていた、そう覚えていたから。

 

 

 …記憶の自分は、それで終わる事は無かった。自分のやるべきことは、まだ残っていたから。

 

 

 真っ直ぐに、逃げ惑う人混みを貫くように、面影の元へ…走り抜けて行った。

 

 

 手を届かせるために、少しでも近くにいるために。

 

 

 だけど…距離が無くなるにつれて、面影の輪郭は次第にぼやけていくのが分かった。

 

 

 たどり着くことはできない、そう言い聞かせられているように…

 

 

 

 

 ――――あの場所へ

 

 

 

 ――――あの記憶の元へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章 デッド・ボックス・ヒーローズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア1:折木公平の部屋】

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 チャイムの音が、意識を覚醒させる。

 

 

 朝だ。

 

 

 朝という時間が、今日という日がまた来てしまった。

 

 

 目を開けなくても、それがハッキリと分かった。

 

 

 ゆっくりと…瞼を開く。

 

 

 ぼやけた世界が最初に見える。もう一度瞬きをして、世界を切り替える。はっきりと、世界を認識する。

 

 

 そして、今やもう見慣れてしまった、自分の部屋の天井を見つめる。

 

 

 そのすがら…ふと、昨日の事を思い出す。自然と、思い出そうと考えてしまった。

 

 

 ――――裁判の後に示された、水無月が例の凶行に走った原因とも言える例の写真。

 

 

 そして、風切の瞳が一瞬だけ捉えた、外の世界の風景。

 

 

 あのとき、俺達は風切にその記憶を思い出して欲しい、一心にそう呼びかけた。

 

 

 だけど…。

 

 

『ごめん…やっぱり気分悪い。…続きは明日にして』

 

 

 彼女はどうしても優れなかった。仕方の無い話だった。

 

 

 水無月の死体蹴りを見た後に、さらには一目で凄惨と表現できるような光景を立て続けに見てしまったのだから。

 

 だからそうやって俺達に返した。だから俺達は、以降、何かを聞く事は無かった。また明日にしよう、別に今話さなきゃいけない訳でもない。

 

 そうして話は終わった。ふらつく風切を支えながら、俺達は裁判場を後にした。

 

 

 だけど実際は、区切りをつけることなんてできていなかった。

 

 

 ――水無月の動機

 

 

 ――沼野の殺意

 

 

 ――風切が見た、写真の内容

 

 

 ――そして雨竜の様子

 

 

  その数々が、自分自身の中で渦巻いていた。

 

  その所為で、部屋に戻っても上手く寝付くことはできなかった。浅い眠りを繰り返し、そしてまた繰り返していった。

 

 おかげで今、俺は半分寝不足気味だった。これから食べるご飯を腹に押し込んだら、また眠くなってしまう知れない。そんな予感のする感覚だった。

 

 だけど、そんな自堕落にすることはできない。

 

 

 別段、特別大事な日ではないのだが、この朝だけは、今日だけは、何もしない訳にはいかなかった。

 

 

 これからのことを、少しでも早く話し合わなければならないから。

 

 

 誰かと、対策を共有しなければならないから。

 

 

 そうしないと、不安で仕方なくなってしまうから。

 

 

 ふぅ…と、区切りをつけるように小さくため息をつく。同時に、起き上がる。

 

 

 誰がいるかも分からない、もしかしたら誰もいないのかもしれない炊事場に向けて、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア1:炊事場エリア】

 

 

 ふらついた脳みそを携えながら、炊事場へとやって来た。

 

 今までの日々が嘘のように静かなってしまったその場に、1人。

 

 恐らく朝一番にココに来たのであろう小早川が、コクリコクリと船を漕ぎながらポツンと席に座っていた。

 他に、生徒達の気配は見られなかった。

 

 何となく起こすのは気が引けたが…。取りあえず、声を掛けてみる。

 

 

「小早川」

 

「………えっ!…あっ!!折木さん!おはようございます!!ええと…おはようございます!」

 

「あ、ああ、おはよう」

 

 

 瞬間目をパチリと開けながら飛び起きる。そして開口一番に挨拶が2回も飛び出てくる。少し驚く。

 

 見てみると、テーブルの上には食事が並べられていた。キチンと、人数分。裁判を終えてから、数時間も経っていないというのに…。恐らくも無く、彼女が用意したということが一目で分かった。

 

 …いつも通りの事ではあったが…それでもこのいつもが、今だけは身に染みるようだった。

 

 

「…悪いな。疲れ目なのに」

 

「い、いいえ!いいえ!!そんな…ぜ、全然疲れてませんから!!全然大丈夫です!!はい!」

 

 

 さっきまでうたた寝しかけていた姿を見ているので、どう考えても空元気なのだが…あえて触れないようにした。

 

 

「………反町は、まだ来てないんだな」

 

「…はい。今日一日休ませてくれって」

 

 

 いつもだったら誰よりも早く来て、そして俺達に”とにかくメシを食え”と健康を押しつけてくる彼女でも…流石に昨日の出来事はクルものがあったようだった。

 

 

「他の皆もか?」

 

「ええと…皆さんではないのですが…一応ダメ元で、雨竜さんとか雲居さんにも声を掛けてみました…」

 

「…いきなりそんなハードな方から行ったのか」

 

 

 中々に肝が据わっているな…と思った。

 

 

「でも、やっぱり”いらない”って……はぁ」

 

 

 ため息をつく彼女の言葉に、俺は”…そうか”と返すことしかできなかった。

 

 仲間達のコロシアイに、疑い合い、そして騙し合い。息をついたころに何度もやって来るその悲劇。

 

 昨日の裁判を含めて、これまで積み重なってきたストレスに限界を迎えてきても、無理も無いように思えた。

 また起きるかも知れない、また誰かが死んでしまうかも知れない、今度は自分が死んでしまうのかも知れない。その不安が…その身を重くしてしまっているのかもしれない。

 

 だからこそ、彼らの対応が間違っていると、否定できなかった。

 

 

「それでも…態々用意してくれたのか?」

 

「…前に反町さんがやって頂いたことの繰り返しみたいですけど……でもやっぱり、どんなに辛いことがあってもお腹は減るものですし…それに、裁判でお力になれなかった分、こういう時にこそお力添えにと思いまして…」

 

 

 何となく、前者よりも、後者の方が強い理由に思えた。あくまで、彼女の性格からしての考えだが。

 

 

「あと、お師匠も仰っていました!”鯛も1人は旨からず”…と!」

 

「へぇ、良いこと言うんだな。受け売り…ってやつか?」

 

「………………はい!多分そうです!」

 

「……ちなみに、どういう意味かわかってるのか?」

 

「………………はい!勿論です!!」

 

 

 答えは”どんな旨いモノでも1人きりでは不味い。でも大勢で楽しく食べれば一層美味しく感じられる…”という意味である。

 

 …きっと食事時にそのお師匠とやらが口酸っぱく言っていたのを見まねで言ってみたのだろうな。

 

 その言葉をポケーっとした表情で聞く彼女の姿が目に浮かぶようだった。

 

 だけど…今までの修羅場を潜ってきたはずなのに…俺でさえここに来るだけでも、精一杯だったのに…。とそのひたむきさと、明るさをこうやって目にすると、つい涙ぐんでしまうようだった。

 

 

「ど、どうなさったんですか!折木さん!!何か私、気に触るようなことを!?」

 

「…いや、何でも無い。ただお前の言う師匠も苦労してるんだな…って思ってな」

 

「どういう意味ですか!!」

 

 

 …あえて口にしないように言葉を選んだつもりだったが、選択を間違えてしまったみたで、少し怒られてしまった。

 

 

「……――――それでも。ありがとう…本当に…いつも助かる」

 

 

 そう言って、軽く頭を下げる。今込められるだけの、最大の誠意を込めたつもりだ。

 

 

「お、折木さん…そんな、改めて真っ直ぐに言われると…て、照れてしまいますよ」

 

 

 だけどその誠意が伝わっていないのか…何故か両手を頬に当てながら顔を隠す小早川。…いや別に照れるような事を言ったつもりは無かったのだが…。

 

 …どうにも、最近の彼女との交流はかみ合わない。

 

 

「――――あの~、お取り込み中のところ悪いんだけど…ねぇ」

 

 

 そうやって、お互いによく分からない間が在る中で、声がする。向くと、何やら気まずそうに古家が立っていた。

 

 

「古家…!」

 

「あっ!古家さん!おはようございます!」

 

「ちなみに、あたしだけじゃなくて、落合君も居るんだよねぇ」

 

 

 そう言うと、古家は俺達の後ろを指さす。その指先の延長戦、炊事場の椅子に落合が座っていた。今にも、弾き語りを始めそうな体勢であった。

 

 

「……いつの間に」

 

「気付きませんでした…」

 

「朝焼けはいつも美しい。今僕らの心の底に溜まる淀みを、全て浄化してくれそうな程優美さだ。この薄紫色の空の向こうには…一体何があるんだろうね?」

 

「…知るよしも無いんだよねぇ」

 

「贄波を呼んできた方が良かったか?」

 

「贄波さんはまだ熟睡中だったみたいで…返事はございませんでした」

 

 

 そうか…。どうにも俺の解釈だけでは落合とコミュニケーションを続ける自信が持てない。 だけどまぁ…逆に安心するくらいの彼の出だしだな。そう思えた。

 

 

「そ、それにしても…本当に閑散としちまってるねぇ。つい一週間も前だったら、この倍以上の参加率だったんだけどねぇ…流石に昨日のアレで、K点越えしちまったのかねぇ…」

 

「…皆、一杯一杯なんだろう。今日だけは、このメンバーでどうにかしよう」

 

「………」ジャラン

 

 

 古家の蒸し返しに、少し、沈黙が走る。

 

 

「と、取りあえずご飯にしましょう!!このままではご飯が冷めてしまいますからね!!」

 

 

 だけど小早川が慌てたようにこの場を改める。彼女の提案に、俺達は頷きを返していく。

 

 

「…そうだな。用意してくれた小早川に、悪いしな」

 

「早速準備手伝うんだよねぇ!」

 

「何か、という形があるのか、わからない大切なモノをつかみ取るためには、少なからず努力が必要なものさ。だけど…時には待つことも大事なんだよ?何故なら、つかみ取るためには、一握りの運…というものが肝心だからね」

 

「あんたも手伝うんだよねぇ!」

 

 

 それから暫く、用意された食事を含みながら談笑を交わしあう。俺達は短くも充実とした一時を共有し合う。

 

 すると――――

 

 

「……おはよ」

 

「…!風切」

 

 

 少し疲れた様子の風切が、炊事場にやって来た。少し予想外だった人物の来訪に、驚く俺達。

 

 

「か、風切さん!良かった、来てくれたんですね!!どうぞどうぞ!椅子です!座って下さい!」

 

「……ありがとう」

 

「飲み物、どうするかねぇ?お茶?紅茶?それとも、ウーロン茶?」

 

「…え、何でお茶縛り?……でも、ありがとう」

 

 

 あからさまというか…分かりやすい位に手厚い気遣いに、ポーカーフェイスの風切も流石にちょっと引いている。

 何となく此方に”何があったの?”と疑問符が飛んできているように見えた。取りあえず見守ることにした。

 

 

「いやぁ!嬉しいねぇ!1人でも来てくれると、安心感が違うんだよねぇ!」

 

「…………そっか。皆来てないんだ」

 

「雨竜も、反町も、ニコラスも、贄波も、雲居も……来る様子は無いな」

 

「…そっか」

 

「うう…何人かの方には声を掛けてみたのですが…空振りになってしまって…」

 

「そっか…あの扉の音は梓葉のだったんだ…ゴメン普通に寝てた」

 

「確かにそんなことがあった気がするねぇ。確か……5時くらい?」

 

「……そんな早くにか?」

 

「はい!その通りです!!」

 

 

 時間までは聞いていなかったが…。まさかそこまでとは…そりゃあ誰も応答しないはずだ。人によってはキレられそうな時間帯だ。特に雲居辺り。

 

 

「……?でも待て、俺はそんな呼びかけはされた覚えは無いんだが…」

 

「えっ!!…あっはい…えとえと…なんていうか…その…あの…どう説明するべきか。ちょっと、声をかける勇気が出なかったというか…まだ部屋に入るのは、これからを考える上で早すぎるというか…その……」

 

「あー、成程ねぇ」

 

 

 また先ほどと同じように指をモジモジとさせる小早川。ソレを見て何かを察したような古家。

 

 …俺はそんなに声の掛けづらい人間なのだろうか?確かに仏頂面だし、言葉少ななのは自覚してるが…面と向かって言われると少し傷つくものがあるな。

 

 でも…優しい彼女の事だから、もしかしたらもっと深い意味があるのかも知れない。後で古家に聞いてみよう。

 

 

「…話を変えてみても良いかな?そもそも風切さんは何のためにここに来たのかな。詩を歌いに?それとも小鳥のさえずりを聞きながらお昼寝をしに?」

 

「え…普通に食事。…ていうかまだ朝だし、昼寝はまだ早い」

 

「昼寝はする前提なのか…」

 

「あ!!!ごめんなさい、そうでした!!今から風切さんの分もご用意しますね!少々お待ち下さい!」

 

「それじゃあ、あたしも手伝うんだよねぇ」

 

 

 気付いたようにパタパタとキッチンに移動していく2人。それを見ながら目を細める風切。

 

 

「…元気だね」

 

「…アイツらの長所だな。本当に…助かるよ」

 

「……うん。そうだね」

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 それから、また用意された食事を楽しみながら、雑談に花を咲かせること十数分。

 

 

「風切…そろそろ本題に入っても良いか?」

 

 

 そろそろ頃合いか。そう思い、俺は風切に言葉をかけた。

 

 

「………」

 

「折木さん…?」

 

「昨日の写真のこと、今なら…大丈夫そうか?」

 

「……うん、良いよ」

 

 

 その言葉に風切は分かっていたように頷く。

 

 少し重い空気が辺りを包む。折角和らいだムードに水を刺すようで少し罪悪感を感じるが、それでも話さないわけにはいかない。イヤなことは、さっさと終わらせていこう。

 

 

「もう一度だけ…思い出してくれるか?モノパンの持っていた写真に、何が写っていたのか…。でももし気分が悪くなったら、すぐに思い出すのを止めて良い」

 

「……うん、大丈夫」

 

 

 それから風切り俺の言葉に応えるために、再び昨日の写真の話をしていく。

 

 荒廃した世界…死体の山…くすんだ曇天。…そしてボロボロになった”希望ヶ峰学園”。

 

 

「…前半はともかくとして…後半はもう聞くだけでもおぞましいワードなんだよねぇ…」

 

「ああ、そうだな。そっちについてはあまり考えすぎないようにしよう…。だけど、希望ヶ峰学園…か」

 

「ねつ造写真…でしたっけ?その可能性は…」

 

「だったら多分堂々と見せびらかすハズなんだよねぇ。きっと見せたくない位の本物の写真だから…ああやって勿体ぶったと思うんだよねぇ」

 

 

 小早川の懸念をバッサリと否定する古家。流石はプロフェッショナル、と思った。

 

 

「だとしたら…ああ…希望ヶ峰学園…我らが未来の母校には僕らの預かり知らない何かが、いや、もしかしたら知っている厄災が…はたまた人災が起こっているのかも知れないね」

 

「というと?」

 

 

 いつも通りではあったが、発言が不穏であったために、落合の言葉を深掘りする。

 

 

「…決して逃れることの出来ない”天災”が…世界に降りかかっているのかもしれないね?」

 

「…天災?」

 

 

 彼が返した”天災”というワードに、思わずそう反応してしまう。

 

 前にニコラスと似たような話しをしていたためだ。まさか、あれから数日経って、またそのワードを聞くことになると思わなかった。

 

 だけど…その疑問の声に彼らは気付かず…深刻な面持ちのまま話は続いていく。

 

 

「…うん。どんなことがあったのかは分からない…けど。でも…私達がこの施設の中に閉じ込められている間に外の世界では…」

 

「”何かが起こってしまった”ってねぇ。それこそ、落合君の言う”天災”に近い何かが…ねぇ。うーん」

 

 

 憶測ではあるが…風切の見た写真からなぞらえて、生徒達は考えを示していく。明るい未来の見えない、いくつものマイナスの可能性。どう考えても…そう考えざる得ないいくつもの推測。

 

 すると――。

 

 

「”また”…起こって仕舞ったんでしょうか?…あの…”天災”が」

 

 

 ”また”というワードに、微かな違和感を覚える。視線を彼らに移すも、特に補足が入ることも無かった。さらに違和感は、増幅していく。

 

 

「……断定という言葉は…安易には使いたくないけど…あの世の中だ、可能性が無いわけじゃない」ジャラン

 

「それだけはあって欲しくない…かな」

 

「でも、時期がねぇ…バッチリ、っていうからねぇ…どうしてもねぇ…勘ぐっちまうんだよねぇ」

 

 

 何故か、置いてかれているような…そんな感覚を覚えた。生徒達が交わす言葉の数々。そのどれもが、俺の中に当てはまらなかった。

 

 今彼らは…――――何を言っているのだろうか?

 

 何か俺の知らない、皆が周知している何かが、今飛び交っているように思えた。

 

 でも、ソレを聞いて良いのか…全員が知っていることなのだから…聞く必要が無いんじゃないか?そんな、拒否反応にも似た感覚を感じた。まるで…決して開いてはいけない…開かずの鍵が掛けられているような。

 

 

「その他に、何か気付いた事とかはあったのかねぇ?」

 

「……ううん。ごめん…本当にチラッと見ただけだから、これ以上は」

 

 

 

 そう逡巡するのもつかの間…話は一転していく。俺は疑念を振り払い、意識を輪に戻していく。

 

 古家からそう声をかけられた風切は、分かりやすいくらいに沈んでしまう。これ以上自分に分かることは何も無い…とお手上げの様子だった。

 

 …正直、もう少し要素は欲しかったが、無い物ねだりも甚だしかったことと、彼女の記憶を克明にするのも酷な話、そう思った俺は、”そうか、分かった”と話を切る。小さくありがとう、と言葉を添えながら。

 

 

「それにしても…よくあの状況から盗み見できたもんだねぇ。モノパンのやつ手元でひた隠しにして意地でも見せないようにしてたのに」

 

「写真をひらひらしてたときとかにちらって…盗み見して…それで…」

 

 

 視認できた。というのだから、まさに超人的な反射神経と視力である。

 

 

「とてつもない視力でございます…改めて思いました。風切さんって、本当に超高校級のスナイパーだったんですね…」

 

「…今までなんだと思ってたの」

 

「………お昼寝マニア…でしょうか」

 

「そんな…」

 

「圧倒的今更なんだよねぇ」

 

「はは、落ち込むことは無いさ。きっといつか、君の魅力に気付いてくれている人は必ず存在するさ…きっとね」

 

「………」

 

 

 フォローしようとしているのか、しようとしていないのか捉えにくい意見である。だけどまぁ…確かにそう言われても可笑しくない日々の過ごし方だったのは間違い無い。

 

 その反応に不満げにすね始めた風切を眺めていると…”1つ”、思い出した事があった。いや、今気付いた事、といった方が厳密なのだが。

 

 

「……そういえば。モノパンの奴、今日は来ないんだな」

 

「確かに…ねぇ?いつもだったら裁判が終わった次の日にゃは、あたしらの前に厚い面の皮を張り付けて現れるっていうのに」

 

「…新しいエリアの開放、だっけ…。毎度恒例みたいなアレ…まだ連絡無い」

 

 

 その疑問に、言われてみれば、と生徒達は同じように頭をひねりながら違和感を感じ始める。

 

 

 すると――――

 

 

「あっ!!忘れてしました!!」

 

「…何を?」

 

「これです!!これ!!」

 

 

 何かを思い出した小早川は1枚のメッセージカードらしきモノを慌てて此方に差し出した。

 

 輪の中央に置かれたカードをのぞき込むと、カードには簡潔に『エリア4、開きました』と一言メッセージが添えられていた。本当に、ただシンプルにそう書かれてあった。

 

 のぞき込んだ全員が同時に、顔を難しくする。

 

 

「何コレ…?」

 

「エリア4って書かれてるけど…小早川さん、これはどういった経緯でねぇ?」

 

「今朝炊事場に来た時テーブルの上に置かれておりました!どういう意味なのか分かりませんでしたが、取りあえず預かっておりました!」

 

 

 ハッキリとそう伝えられた俺達は、その突然の出来事に、少し、面食らう。同時に、そんな大事なモノを忘れるなよ…と言いたかったのは内緒だ。

 

 

「…にしてもねぇ、おっそろしい位に今回は手抜きなんだよねぇ」

 

「最初は堂々と宣言しにやってきたと思えば、放送になったり、今度は伝言になったり。手数が多いのは良いが…段々、適当になってきてる気がするな」

 

「世の中はこのメッセージカードくらい簡単な方が良いのさ。僕達人間が住むこの世界という名の箱庭は、あまりにも余計なモノが多すぎる」

 

「たった一文で話をそこまで広げられるのはあんた位なんだよねぇ…」

 

 

 全くもってその通りである。

 

 

「……でも、”エリア4”…だって」

 

 

 落合の様子に呆れながらも、すぐにとうのメッセージに焦点を戻し、風切は静かにそう一言。

 

 

「うーーん。ありきたりな表現かもしれないけど…来るところまで来たって感じなんだよねぇ」

 

 

 続いて出てきた古家の言葉に、俺達は頷く。

 

 確かに、エリア1から始まったと思えば、気付けばエリア4まで開放されて仕舞っていた。

 

 だけどそれは、何人もの犠牲が積み重なってきたことの証左とも言えた。そう考えると、頭の中でその犠牲になった生徒達の顔がよぎるようだった。小さく、誰にも気付かれない位に、唇を噛みしめる。

 

 

「今度は、どんな所なんでしょうね?」

 

「キャンプ場に始まって、田舎みたいな田園、そんでテーマパーク」

 

「…全然予測がつかない」

 

「予測がつかないからこそ人生。未来が分からないからこそ今がある…だからこそその未知を楽しむのもひとしお…僕はそう思うよ」

 

「…お前って悲観的なのか、それとも楽観的なのか?」

 

「僕から言わせてみれば、どちらでも無く、どちらでも無い…かな?」

 

「いや、答えが余計枝分かれしちまったんだよねぇ」

 

 

 まぁこれも落合の良さということで、話は落ち着いた…が。

 

 俺からしてみれば…興奮よりも、怖さが、今度はどんな施設が待っているのか、どんな光景が広がっているのか…肌寒いような、そんな不安な予感が胸を支配するようだった。あえてメッセージカードで伝えるということそのものにも、何らかの意図を感じてしまっている程に。

 

 だからこそ、落合の様にあっけらかんとした気持ちを持つことは出来なかった。

 

 

「…今更ビビっても仕方ないよな。よし、早速エリアに行ってみよう。他の奴らも、来る様子は無さそうだしな」

 

「お料理の方はどう致しましょう?」

 

「…ラップでも掛けとけば?」

 

「そうするかねぇ。あと書き置きと、このメッセージカードも添えとくかねぇ」

 

「良いですね!」

 

 

 そうやって、後から来るであろう生徒達に向けて準備をしつつ…俺達は新エリアへと、足を向けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【中央棟】

 

 

 目の前にそびえる、”4”と記された丸扉。それに対面する…俺、小早川、古家、風切、落合の5人。

 

 緊張した面持ちを張り付けながら、恐る恐ると近づいてみる。すると、扉はシュンと空気を抜いた様な音を立て、素早く開く。

 

 

「確かに…開いてるみたいだねぇ」

 

「…腹くくるか」

 

「既にくくっていますとも!!」

 

 

 今までの事があって多少疑い深くなってしまったために、ちゃんと開いてくれた事に安堵する。そして扉の向こうに現れた階段を、カツカツと弾くようにしながら登っていく。

 

 そのエリア4へと向かうしばしの間…その中で段々と…小さくも明らかな変化が、肌を震わせた。

 

 

「…気のせいかも知れないけど、何か寒くなってきてないかねぇ?」

 

「いや、気のせいじゃ無いと思うぞ。俺も、そう思ってる」

 

 

 そう、寒いのだ。エリア2とは真逆に、とても寒い風が俺達を突き抜ける。

 

 その寒冷さは両腕で体を抱えないと震えが止まらない程で、吐く息も目の前でユラリと白くたゆたっていた。

 古家に至っては何度かくしゃみをしてしまっている。取りあえず懐にあったポケットティッシュを渡しておいた…。

 

 

「うう、手の震えも少しずつ増してきているように思えます」

 

「…そうかな?」

 

「地球の上に立つ僕らに大きな違いは無いように、世界の何処かもまた違いは無いのさ。風の音、星の空、人々の笑顔…ほら、思い起こしてご覧。とても良く似ているだろ?」

 

「ええっと、これってあたしらが少数派なのかねぇ?確かに温室育ちは自覚してるけど、常識の範囲内の体質だと思うんだけどねぇ」

 

「…できれば多数派であってほしいな」

 

 

 だけど風切と落合に関しては、その寒さは何のそのといったみたいで…顔色1つ変えずにずんずんと先陣を切っていく。

 

 落合の場合は世界中を旅していたために、これぐらいの気温差は大した事は無いのだろうが…風切の反応は意外であった。暑いエリア2の時は結構文句を言っていたと思うのだが…。

 もしかしたら、かなり寒い地帯に身を置いていた経験があるのかもしれない。思い起こして見れば…前に、山奥に住んでたとか何とか言っていたような気もする。

 

 と、懐かしくも無い位の事を思い出しながら、冷ややかな風を肌に滑らせている間に、俺達は入口にたどり着く。

 

 そこで俺達はエリア4へと繋がる扉を見て、驚きを露わにした。

 

 

「うわわわわっ!!見て下さい!!入り口に氷が張ってますよ!!こう、じわっとした感じに!!」

 

「…入口から冷気が漏れてるのが見える」

 

「中はかなりの寒さ…みたいだな」

 

「ひえぇぇ…もう既に探索する気概が無くなっちまいそうなんだよねぇ」

 

 

 …道中で何となく分かっていたが、やはりエリア4は相当な寒冷地帯のようだった。その証拠に目に見えるほどの冷気が入口から漏れ、氷は入口の周りを浸食していた。

 

 

「暑い、涼しいに続いて、寒い…まさに春夏秋冬、四季折々…この世の美しさをひとまとめにしたようだ」

 

「しき…おり…おり?」

 

「一個前の言葉と同義だ。…多分、あえてそういう風に作られてるんだろうな」

 

「…無駄に凝ってる」

 

「気温差の所為で風邪を引いちまいそうだし、既にくしゃみが止まらないときてるんだよねぇ…ああ、先が思いやられるんだよねぇ…」

 

 

 俺達の時間感覚を狂わせるためなのか…はたまた特に意味は無く、単なる設計者のこだわりなのか。一体何のためにこんな施設を作ったのかすらわからないというのに…謎がことある毎に増えていくようだった。

 

 ただ分かるのは、このままだと本当に風邪を引いてしまいそうだということだけだった。

 

 

「…?これは」

 

 

 見てみると、他の入口とは違う際に気付く。物かけが、そこにあった。かなりの厚手のコートが吊す、物かけが、入口の側に取り付けられていたのだ。そしてその下には、厚底のブーツも。

 

 

「ええと…『このエリアに入られる際は、このウィンドブレーカーとブーツをご着用下さい』…ねぇ。一応あたしらへの配慮は利いてるみたいだねぇ」

 

「…そうだな」

 

「でしたら早速羽織りましょう!このままではエリアに突入する間もなく凍え死んでしまいそうです!」

 

「…大袈裟すぎ。私はいいや、靴だけで」

 

「ええ…マジなのかねぇ。落合君は?」

 

「同じく、かな?世界の声は自分自身の肌で常に感じていたい…そういうポリシーが僕にはあるのさ」

 

「…靴も要らないのか?」

 

「……」ジャラン

 

「凍傷には気をつけろよ?」

 

 

 と、いうことなので、戦慄しつつも2人を除いた俺達はウィンドブレーカーとブーツを着用していく。そのおかげで、先ほど感じていた寒さが嘘みたいに無くなってしまう。寒い寒いと言っていた2人も同じように、顔色を良くしていた。

 

 

「じゃあ、行くか」

 

「そうだねぇ」

 

「はい!!」

 

「…おっけ」

 

「………」ジャラララン

 

 

 エリアに入る前の準備を終えた俺は、彼らの様子に頷く。…そして、新しい世界への第一歩のために、入口の扉を開いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

【エリア4:入口】

 

 

「うひゃー、こりゃおったまげなんだよねぇ」

 

 

 入口を出た先に待っていたのは、一面の白銀…すなわち雪であった。

 

 エリア1に負けず劣らずに植えられた針葉樹林。そして茂る森林に被さる雪。

 

 時々ドサリと落ちる雪の音が、その密度と重さを伝えてくれるようだった。

 

 

「”こーと”で寒さに備えているはずなのに…うう…何故か凍えてしまいそうです…」

 

「…この位じゃまだ足りないくらい、このエリアが低温なんだろう。耐えられないなら、戻っても大丈夫だぞ?」

 

「…!い、いいえ!そんなことはございません!!…ええ!決して消沈などしていませんとも!!さぁさぁ皆さん!参りましょう!!」

 

 

 そう言ってザクザクと整備された舗道に積もる、浅い雪を踏みしめていく小早川。

 

 

「ありゃりゃ、なんか変なスイッチ入っちまったかも知れないねぇ…」

 

「…責任問題?」

 

「…確かにちょっと言い方がキツかったかも知れないな」

 

「いいや、この世には間違った事なんて何一つだって無いさ。間違って聞こえるのは、人が人を思い違ってしまうからさ」

 

 

 落合の励ましらしき言葉に苦笑い。少し、言い方がキツかっただろうか?

 

 …だけど、先ほどの小早川の言う事も分からなくも無かった。このエリアを包み込む雪を作り出した、この寒さは相当であり。服の隙間から感じられる小さな冷気の所為で、かじかんで、今にもしゃがみ込んでしまいそうになる位だ。

 

 

「…とにかく、小早川に付いてこう。見たところ、道も整備されてないみたいだし、見失うかもしれない」

 

 

 そう、先ほど整備されているとは言ったが、エリア1やエリア3ののように几帳面にではなく…森林の獣道を無理矢理道として、切り開いたような、山のハイキングコースのような曖昧具合であった。

 

 だからこそ、小早川が先んじてしまったら…最悪遭難する危険性がある。

 

 

「ああ~確かにねぇ。一応エリアにも果てはあるから良いけど、迷子になられたらねぇ」

 

「なぁに、人間は誰しも人生の迷い子さ。何処かで行き違ったとしても、この空の下に居る限り、会えない事なんてあり得ないのさ」

 

「…迷いすぎに注意。それよりも早く行こ、梓葉を本当に見失いそう」

 

 

 俺達は風切の言葉を聞いて慌てながら小早川に追いついていく。そして彼女を先頭に、縦並びになりながら森をかき分けてゆく。

 

 

「あ!見て下さい!!」

 

 

 先頭を歩く小早川は何かを見つけたらしく、足を速める。

 

 

「…看板?」

 

 

 目の前に立てられたその”看板”であった。小早川は降り積もった雪を振り払い、表面に書き込まれたソレをのぞき込む。

 

 

「みたい…ですね。ええと…右に行くと『水管理室』、真っ直ぐに行くと…『ホテル・ペンタゴン』?…」

 

「水管理?…何かお堅い感じ」

 

「ホテル…と言ったら、あのホテルかねぇ?」

 

 

 聞き慣れない単語に首を傾げつつも、その言葉の意味を解釈していく。

 

 

「うーん、どちらも気になりますけど…」

 

「…どっちが近いんだろう?」

 

 

 生い茂った木々の所為で、看板に書かれた設備がどんなモノかも遠目では分からないし…そこまでどれ位在るのか分からない。故に、どちらも未知の状態から手探りで探索していくことになる。

 

 

「…分かれて、行動するかねぇ?」

 

 

 ココに分岐点があるなら、人数を割いて探索していくのが効率的な方法だ。だからこそ、古家の意見には賛成である。

 

 

「僕は思うんだ。この旅路というものは、それほど急ぐモノなのかな?落ち着いて、そしていくつもの視点を得ることで、見つけられる真実も、増えていくと感じはしないかい?」

 

 

 だけど、落合はそのニュアンスからしてだが、反対のようだった。

 

 …すると。

 

 

「…まぁ、確かに。別にそこまで調査を急いでる訳じゃ無い」

 

「そうですね!!落合さんの言うように、皆さんでゆったりと余裕を持って探索していきましょう!!」

 

 

 女性陣側はその落合の意見に賛成みたいで…エリア3の時のように全員で行こうと加勢していく。その話を聞いた古家は成程、と一言。

 

 

「多数決的に考えるなら、仕方ないねぇ。…全員って方向性でいくとするかねぇ……ええと、じゃあどっちに行くとするかねぇ?」

 

「ホテルに行きましょう!!ホテルに!!!何だか暖かそうな趣を感じますし!!」

 

「…え、そういう感じで決めるの?」

 

「良いんじゃ無いか?小早川らしいしな」

 

「じゃあ…決まりだね」ジャラン

 

 

 そういうことで。小早川のささやかな独断で、ホテルに行くことに決まった俺達。

 

 看板に書かれた『ホテル・ペンタゴン』たやらが在ると思われる矢印の方向へ。また森林をかき分け、目標地点へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア4:桟橋~ホテル・ペンタゴン前】

 

 

 看板の矢印に従い、真っ直ぐとまだ見ぬ『ホテル・ペンタゴン』へと向かっている途中の事。

 

 俺達は、森の出口らしき”開き”をやったとついたか、とそう思った矢先のことだった。

 

 

「お…おお……」

 

 

 俺達は立ち止まり、思わず驚嘆の声を漏らしてしまう。

 

 何故なら…その開きの先にあったのは…。

 

 

「――――――が、崖」

 

 

 そう”崖”であったのだ。

 

 幅跳びの要領で飛び越えることは決してと思えない引き裂かれた地面。

 

 確認しなくても、落ちればきっとひとたまりも無いと、そう思い知らされるほど底の見えない奈落。

 

 一目見ただけで、血が冷たくなるような、恐怖と思われる物が湧き上がるようだった。

 

 

「それにこれって…橋?」

 

「しししし、しかもただの橋じゃないんだよねぇ…吊り橋なんだよねぇ…」

 

 

 だけどそこにあったのは何も、崖だけでは無かった。水の無い岸と岸を繋ぐ、唯一の通行手段とも言える…吊り橋がそこにあった。目算で言うと、大体50メートル行くか行かないか位のサイズ。

 しかも、ドラマなどでよく見るような、見るからに落ちそうな雰囲気を醸し出す、木と紐で構成された古びた桟橋であった。

 

 

「………引き返す?」

 

「賛成なんだよねぇ!」

 

 

 そう言って、後ずさりしてしまうのも仕方なかった。今目の前には、暗闇が口を開けて待っているような崖に加え、どう見ても不安の残る作りの桟橋のみ。

 

 ホテルに行くのに、何故こんな試練のようなモノをクリアしなければならないのか。もし落ちたら最後、きっと命は無い。ただでさえ命のやりとりをしてきた後だというのに、こんな物理的な恐怖なんてイヤでイヤで仕方ないハズだ。

 

 だけど…。

 

 

「いや、一度決めたからにはホテルまでは頑張ろう。今このエリアを探索するのが、俺達の負うべき役目なんだからな」

 

「同感です!!勿論私もお供しますよ!」

 

「安心とは、満足と同義では無いのさ。満ち足りた人生を歩むためには、時には危険に自らを追いやることもまた必要なのさ」

 

「…あばーー」

 

「ひぇぇぇ…責任感が、押し寄せてくるみたいなんだよねぇ・・」

 

 

 その前向きなのか、向こう見ずなのか分からない様なその言葉を受けて、古家達は顔を引きつらせる。もう進むしか無い、そんな雰囲気になっている事を察したようだった。ちょっと、申し訳ない気持ちになる。

 

 

「…ま、いっか」

 

「こ、こういうときだけは初志貫徹を曲げて欲しかったんだけねぇ……でもねぇ…そこまでの気概をみせられちゃあねぇ…あああ~~~ナンマイダーナンマイダー、主よどうか臆病者なあたしをお守りしたまえ~~」

 

 

 軽く流す風切とは対照的に、そ様々な宗教をミックスさせたような念仏…所謂、願掛けみたいなモノを唱え始める古家。

 

 …よし。どうやら満場一致のようだ。

 

 

「大丈夫ですよ!!吊り橋と言っても、結構頑丈そうだし。万が一にも、落ちることはないハズですよ!ほら!見て下さい!!」

 

 

 そういってグラグラと橋を揺らし、強度を見せつける小早川。いや、どう見ても揺れてる。すっごいギシギシいってる、その行動はむしろ不安を煽っているようにしか見えない。

 

 古家の念仏もさらに勢いを増す。手から火が出るのでは無いと言うほどこすり始めていた。

 

 そしてすぐに、小早川は揚々とした態度で先導する。恐る恐るながらも、俺達も続いていく。

 

 

 

 その途中。

 

「ああ、足が…!足が動かないんだよねぇ!やっぱり…やっぱり引き返した方が…!」

 

 橋を渡っている途中にも関わらずそんな弱音を吐く古家がいたり。

 

 

「新坐ヱ門…トロい。早く行って…」

 

「だだ、だからといってあんたの背中のチャカをあたしの背中に付けないで欲しいんだよねぇ!!」

 

「チャカじゃない。ライフル」

 

「どっちでも良いんだよねぇ!!一応聞いて置くけど、本当に!…それって実弾入って無いんだよねぇ…!?」

 

「それは本当。ただ高速でゴム弾が飛んでくるだけ」

 

「それはそれで痛いんだよねぇ!?」

 

 

 持っていたライフルを古家の背中に突きつけ、脅すように歩かせる風切がいたり。

 

 

「大丈夫ですよ!!この小早川梓葉が先陣を切り!!そしてつゆ払いをしてみせますとも!!」

 

「…小早川前には誰も居ないぞ」

 

「間違えました!この橋が崩れても、この私が盾になりますよ!!」

 

「いや崩れたら全員逝くぞ…」

 

「はっ!でも待って下さい!今私の後ろには折木さんが…!ということは、俗に言う吊り橋効果というのも期待できるのでは…?」

 

「話を聞いてくれ…頼むから…」

 

 

 何処にそんな自信があるのかズカズカと力強く橋を踏みしめる小早川がいたり。

 

 

「旅は道連れよ世は情け。と言う言葉があるよね?…これは僕の所謂、座右の銘の1つなんだけどね。それを今僕は直に体感している気がするんだ。本当に、嬉しくて仕方ないね」

 

「だからといって俺の服を掴んで、本当に道連れにしようとするな…歩きづらい」

 

 

 暗に、落ちるときは一緒だよと道連れ覚悟で俺の服を思いっきり掴む落合がいたり…。

 

 

 …そんな紆余曲折はあったが。何とか俺達は、無事に渡りきる。

 

 

 疲労困憊の中であった俺達は、少し休憩し。そして橋の先にあった森林の続きの中の探索を再開した。

 

 目的であるホテルを目指しながら…また、申し訳程度に整備された林道をかき分けていく。

 

 …そしてもう一つの森に入って数分。開けた所に出た俺達は、目の前にそびえるホテルと思わしき、”平べったい大きな施設”を目の当たりにした。

 

 

「はぇぇ…これが…『ホテル・ペンタゴン』…かねぇ」

 

「…中々荘厳」

 

「ああ…どう見てもこのエリアの核、といった所だな」

 

「気になりますね!」

 

「やったとたどり着いた先にあったのは…そう。僕らが生まれた頃から持ち続ける好奇心を刺激する何か。面白いね、本当に、人の心というモノは」

 

 

 思いのほかでかく、そして堂々と佇むホテルを目の前にして、感想を一言。

 

 デザインは見るからに日本風では無く、英国の、つまりはバロック式の左右対称の建物であり。その美しさ故に、感想の殆どは、感嘆であった。

 

 だけど、見たところ普通のホテルのように2階、3階があるわけでは無く。旅館のような平屋になっているみたいだった。

 

 …そんな風にして、言葉を並べるのもつかの間。俺達は心の準備を整え、扉へと手をかける。そして、このエリアの核と思われる、『ホテル・ペンタゴン』へと足を踏み入れていった。

 

 

[newpage]

【エリア4:ホテルペンタゴン『エントランス』】

 

 

 ホテル探索の第一歩。その先で俺達は立ち止まる。

 

 

「おお……!」

 

 

 そう、初見の小早川は一言口にするのだが…。

 

 

「…結構こざっぱりしてるんだねぇ」

 

 

 古家の言うとおり、こざっぱりとした、至って庶民的なビジネスホテルのエントランスといった、様相であった。

 

 小さな花瓶が乗ったガラスの机を、四方から囲むように並べられたソファ。

 

 そして奥にはフロントらしき茶色い長机。壁際には、俺達が入ってきたドアを含めて4つ、四方に張り付けられていた。

 

 あの見た目のからには、中はどんな豪奢な作りをしているのだろうか…と少し身構えて施設の中へと踏み入れてみたのだが…思ったよりも肩透かしな印象であった。

 

 

「いいや。こんなシンプルさもまた良い物なんだよ。朝にも言っただろう?物事はシンプルな方が良いって…。つまり、余計なモノを全て取っ払った先にあるただ一つこそが、究極…そういうことなのさ」

 

「…余計なモノが一杯付いている人が何か言ってる」

 

 

 と辛辣な風切の言葉はあったが…俺は共感していた。もしも扉の先に見た目通りの豪華な内装が施されていたら…何だか落ち着かないというのが正直な話だった。

 

 変にジャラジャラとしているよりも、こうゆう無駄を取っ払った素朴な方が、俺の性に合ってる…そう思った。

 

 何て…そんな俺の好みの話なんて置いておいて…とにかく探索だ。

 

 ”さて、何から調べてみたモノか…”

 

 そうやって周りに目を走らせていると…。

 

 

「…あ!!!折木さん!電話です!!電話がありますよ!!」

 

「ほ、本当なのかねぇ!」

 

 

 小早川の”電話”という単語に引かれた俺達は、このエントランスの奥に置かれてたフロント前に集合した。

 

 見てみると、確かに机の上には電話がのっかっていた。しかも、コードが繋がれた、電気の通っている状態で。

 

 だけど――。

 

 

「いや、”ダイヤル式”って…いつの時代のなのかねぇ」

 

 

 そう昔の映画やアニメに登場するような…10個の丸い穴が付けられた子機が、そこに置かれていた。時代遅れな性分を自覚している俺ですら、古いとさえ思った。

 

 

「ええっと…どうやって使えば」

 

「お前の師匠はこのタイプは使ってなかったのか?」

 

「お師匠はこのタイプでは無く”すまーとふぉん”派だったんです!!」

 

「…最先端なご老人だったんだな」

 

「…新坐ヱ門は使える?」

 

「あたし、ボタンタイプのしか使ったこと無いんだよねぇ……変にいじくって見ず知らずの人とかに繋がりたくないんだよねぇ…だから、パス」

 

「知らないものを知ることはとても大切なことさ。だけど、知っていることをまた知ると、その深みというモノも感じ取れると思うんだ」

 

「…使い方分かるの?」

 

「その答えは、君自身が知っているはずさ」

 

「……はぁ、頭を打ち抜きたい」

 

 

 オロオロとどうしたら良いのかと慌てる小早川達。それに何だか意味も無く殺気立っているようにも見える。

 

 …その様子を仕方ないと考えた俺は、横からかっさらうように受話器を手に取り、ガラガラと音を立てながらダイヤルを回していく。

 

 

「…何で使えるの」

 

「慣れてるだけだ。祖父の家がこのタイプだったんだ」

 

 

 断じて、俺が時代遅れの人間であるから使える…そういうわけでは無い。というかそう思われそうだったから一歩引いていたのが本音だが…流石に見てられなかった。

 

 

「ええと…どこに掛けようとしてるのかねぇ?」

 

「実家だ」

 

 

 自分の記憶の中で最も明確で、そして俺自身が最も安否が気にしている電話番号を入力していく。

 

 ボタンを押し終え、そして淡い期待を胸で踊らせながら、受話器を耳に当てる。

 

 周りの生徒達も、緊張した面持ちで此方に注目する。密かなれど、大きな緊張が胸を打つ。

 

 

『ツー、ツー、ツー』

 

 

 だけど聞こえてきたのは、呼び出しのベル音ではなく、機械的な信号音。これはつまり、どこにも繋がっていない、という合図。

 

 緊張の糸が切れたのと同時に、ため息を漏らす。そして俺は全員に、ダメだったと首を振って伝える。

 

 

「………そう、ですか」

 

 

 周りから落胆の声が上がる。だけど何となく予期していたのか、それほど暗い雰囲気は感じられなかった。まぁ、こんなことだろうといった様子だ。

 

 …あのモノパンが、こんな堂々と外へと繋がるかも知れないホットラインを残しておく訳がない。悲しい話だが、これも仕方の無いことだ。

 

 それに俺達は今まで、それ以上の最悪のケースを目の当たりにしてきたんだ。この程度で一喜一憂するほど、やわになっていない。

 

 

「くよくよしても仕方在りません!もっと別の場所を探索していきましょう!」

 

「そうだねぇ。もしかしたら、他にも何らかの手段がひょっこり出てくるかも知れないからねぇ」

 

 

 案の上、すぐに切り替えていこうと別の部屋の探索へと乗り出す生徒達。だけど心の奥底では不安に思っていたのか、少し安心の気持ちが顔を出す。

 

 

「………」

 

 

 だけど、気になるのは。あの電話…ホットライン自体はまだ生きていた。つまり、まだどこかに繋がっている可能性はあるように思えた。

 

 …なのに、番号を入力しても、何処にも繋がらなかった。

 

 

 だったら…一体、あの電話は何処に繋がっているんだ?この施設の何処かに繋がっているのだろうか?

 

 俺は、小さな疑問を抱く。

 

 だけどそんな疑問も考え込む暇も無く、生徒達は次の扉へと…入口から見て左の扉に手をかけていた。

 

 俺は慌てて、ホテル内の探索を再開する生徒達の背中を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『通路 with 個室』】

 

 

 扉を開ける。その先には、少し曲がった通路があった。

 

 通路の外側…つまり入ってきた側から見て”左側”に2つ、奥の方にドアが1つ張り付けられていた。

 

 

「…ドアの後にまたドア」

 

「ぞ、増殖しているようでございます…一体どれから調べていけば…」

 

「まぁ急がず、1つ1つ潰していくしか無いねぇ」

 

 

 そう言って迷い無く、身近に張り付けられた左側のドアを攻めていく古家。彼の後に続いて、その部屋の中をのぞき込む。

 

 

「個室…みたいだな」

 

「ホテルって言うからねぇ、そりゃ個室ぐらいあるよねぇ」

 

「…でも見たところ、私達のログハウスと大差ない」

 

「本当ですね!」

 

 

 彼らの言うとおり、個室は俺達の部屋と同じように、ベッドに机、トイレにシャワールームがついていた。それ以外に別段変わったところは無かった。

 

 強いてあげるとするなら、個室の内側からは、”手動”で鍵を掛ける仕組みになっているようで。そして外側からも同様で、鍵穴があった。

 肝心のルームキーについては、部屋の中を入ってすぐ側の壁に、カランと不用心に掛けられていた。…といっても金品なんて盗む奴なんて何処にも居ないわけだけども。

 

 だけどこれで、最低限のプライバシーは守られることは分かった。

 

 

 次いで、外側に張り付いたもう一個のドアも調べてみたが、それも先ほどの個室と同じ様相であった。

 

 

「どうやらこの安らぎの館の通路は…全てこんな風に個室が取り付けられているようだね」ジャラン

 

「…そうなのか?」

 

「ああうん、そうだねぇ。この通路に来る前に、対面のドアもチラ~っと開けてみたんだけど…ここの通路と同じ感じだったんだよねぇ」

 

 

 成程…どうやらこういった通路の外側には個室に繋がっているドアがあるらしい。つまり、この平べったいホテルは、通路が個室フロアになっている…しかも、1つの通路につき2つずつ。

 

 ある程度の探索を終え、納得した俺達は…個室とは繋がっていない奥の方のドアへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『医務室』】

 

 

 通路を抜けた部屋の中は、膨大なアルコールの匂いが充満していた。

 

 普通とは違うその環境に一瞬、顔をしかめる。

 

 だけどすぐに、ココが学校の保健室のような、医療設備であることが理解できた。

 

 

「どっからどう見ても…保健室なんだよねぇ」

 

「…うん」

 

「懐かしい感じではあるな」

 

「そうですね!よく先生に匿って貰ったことを思い出します!!」

 

「…何に?」

 

 

 …綺麗に埃が掃き取られた青いタイル状の床に、傷一つ無い真っ白な壁。整然と並べられた2つのベッドとその間を通る薄めのカーテン。

 

 部屋の隅っこに置かれた事務机に、のしかかるように壁に張り付く大きな棚。棚の中には、消毒液やら、家庭用薬品やら、プロテインやらが、段々に敷き詰められていた。

 

 そして、エントランスと同じく、ホテルの内側へと繋がるドアがまた張り付けられていた。

 

 

「…救急箱も、あるみたいだな」

 

 

 扉については最後に調べるとして。棚の一番上の段には赤い十字マークが印字された白い箱が気になったの俺は、試しに取り出してみる。

 

 

「道具も一式揃ってるねぇ」

 

「ではどんな大けがでも、たちまちに対処できる!ということですね!」

 

「流石に限度があるんだよねぇ…」

 

「例え計り知れない傷であろうと、例え深く刻み込まれた闇の刻印であろうと…浄化することができる…とおいうことなんだね」

 

「だから限度があるって言ってるんだよねぇ!!後半に至ってはもうどうしようもないんだよねぇ!!」

 

 

 …それに加えて、今も絶賛傷を増やしている…とは言わない方が良いのだろうか?いや…言ったとしても軽く流されそうではあるが。

 

 

「うーん、30点。固い。…個室のが良い」

 

「いや何で勝手にくつろごうとしてるのかねぇ…それにこうゆう施設のベッドに品質は求めるものじゃないと思うけどねぇ…」

 

「……zzz」

 

「寝るの早すぎなんだよねぇ!品質と体質はイコールじゃなかったんだよねぇ!!」

 

 

 ベッドに横たわろうとする風切を無理矢理起き上がらせ、俺達はまた次の部屋へと繋がる通路へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂 and キッチン』】

 

 

 医務室から繋がれた通路を抜けた部屋からは、アルコールでは無くとても良い匂いがした。

 

 嗅いでいるとつい腹の虫が鳴いてしまうような。そんな匂いが。

 

 見てみると、部屋には大きめのテーブルに兄妹のように並べられた椅子が数個置かれ、部屋の奥の方には横長にくりぬかれた壁…さながら受け渡し口の様な”空き”があった。

 

 この、また学校で見た事のあるような、特に昼ご飯などを取るのに利用するあの場所に似ている…という既視感があった。

 

 

「食堂…?だよな」

 

「です、ね。……あー、壁の向こうにはキッチンも…あるみたいですよ!ええと、コンロに冷蔵庫、オーブンにトースター、炊飯器…設備も申し分なしですね!」

 

「本当だねぇ。えらく整ってるんだよねぇ。あー…冷蔵庫の中もちゃんと食材が揃ってるねぇ……それにしても、こんなエリアの隅っこみたいな所の食材にまで気が配るなんてねぇ」

 

「……本当に1匹なのか怪しい」

 

「本当に1匹であって欲しいがな…」

 

 

 小早川を先頭にして、キッチンを中心に調べていく俺達。…確かに、彼らの言うとおり、この食堂はエリア1の炊事場に負けず劣らずの設備に加え、色とりどりの食材などが蓄えられているようだった。整いすぎて、何故ここまで気合いが入っているのか疑問に思ってしまうくらい。

 

 まぁホテルと銘打っている訳だし、神経を注ぐのも分からなくも無いが。

 

 ……だけど、何というか、この感じ。最初にこの巨大な施設、ジオ・ペンタゴンに初めて来た時と同じ感覚。あの気持ちが蘇るようだった。

 

 

「人の心と体はとても深く…そして密接に繋がっている。だからこそ、誰も見ることができない心を、その体がつまびらかに表現してくれる。そうは思わないかい?」グゥ…

 

「…あんた朝ご飯食べたばっかりじゃないのかねぇ」

 

「人は時に、限界というものを超えていく存在なのさ」ジャラン

 

「…限界なの?それ…」

 

 

 だけど他の生徒達…というか落合が蘇らせたのは別の感覚でだったようで。

 

 どうやら、この食材の匂いに釣られて…生徒達はお腹に手を当てていた。腹が減っている…のジェスチャーである。。

 

 

「でしたら!!折角なので何か作ってみましょう!」

 

「…良いのか?」

 

「勿論ですとも!折木さんも是非お召し上がり下さい!!」

 

「へぇ!だったらあたしもご相伴に預かろうかなぇ…ちなみに小早川さん。今回は何を作ってくれるのかねぇ?」

 

「よくぞ聞いてくれました!!ここはやはり、腕によりをかけた師匠直伝の”ふるこーす”…すなわち和食中心の満漢全席なるものを…!!!」

 

「いや、そこは軽食で済ませてくれ」

 

「…賛成」

 

 

 …と、偉く気合いの入って目に炎を浮かべる小早川を落ち着かせ。彼女の作ったメシで軽く腹を満たす俺達。そしてすぐに、また別の部屋へと場所を移していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『娯楽ルーム』】

 

 

 続いてやってきた部屋は今までの設備と大きく雰囲気が異なっていた。

 

 紫色の床に、金色が張り付けられた天井。部屋の輪郭を沿うように走った蛍光ランプ。

 

 そして部屋の隅々に並べられた…ビリヤード台、スロットマシーン、雑誌掛け、ダーツ、それと場違いな感じはあるが掃除用具を入れるためのロッカー。

 

 …先ほどの落ち着いた雰囲気とはまるで違う。チャラチャラと、そしてキラキラとしたむしろ逆の感じの部屋であった。

 

 

「へぇ…このホテルって、ゲームセンターも完備してるんだねぇ」

 

「…ゲームセンターというよりは…遊技場に近い」

 

「そう、みたいだな」

 

「如何にも、大人な遊びができる…という感じですね!」

 

「それちょっと語弊がある言いなんだよねぇ…」

 

 

 食堂や医務室の様な必需さは、ここからは特に感じられなかったが…それでも極寒の表ではなく室内で楽しく遊べる場所…そのための部屋に思えた。

 

 

「…遊べるのは分かったけど。ちょっと辺境過ぎる気がする」

 

「………」

 

 

 もっともに思えた。俺達が寝泊まりしているエリア1から、ここはかなり距離がある。だのに、態々こんな微に入り細を穿った作りに、何らかのこだわりか…もしくは意図を感じざる終えなかった。

 

 

「それもた娯楽なのさ。良く言うだろう?待ち望む出来事は、その前…準備をするときがとても楽しいと…ここはそういう施設なのさ」

 

「…態々ウィンドブレーカーに着替えて、雪の森とか吊り橋を越えてねぇ?」

 

「それもまた人生さ」

 

「無理矢理人生に落とし込まれたんだよねぇ…」

 

「まるで落とし穴みたいな話だな…」

 

 

 と、たわいも無いやりとりをする俺達は…微かな疑問を残しつつ、この娯楽室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『ランドリー』】

 

 

「ここは…」

 

 

 娯楽室に繋がる通路を抜けたその部屋。

 

 …壁際にみっちりと並べられた、透明な半球が張り付いたいくつものドラム型洗濯機。直角方向に同じように並べられたまたドラム型の乾燥機。

 

 そして大きめのテーブルに、足にキャスターの付いた洗濯籠が数個。

 

 …見て分かるとおり。ここは”ランドリールーム”のようだった。

 

 

「へぇ、自分で洗濯できるんだねぇ。それは有り難い話なんだよねぇ」

 

「いつもは俺達、モノパンのクリーニング屋を使ってるからな」

 

 

 このように、ランドリーを目にした俺達はそういった少しズレた感想を口にする。その理由は簡単で、俺達は普段洗濯を自分でしないから。殆どを、炊事場の購買部にくっついたモノパンのクリーニングを利用しているから。

 

 そう、態々服を店に持ち込んで洗って貰い、それを受け取る…というのを繰り返していたのだ。

 

 だからこそ、自分で洗える設備があることに、多少の嬉しさがあった。…何故そんな嬉しさあるのか…それは単純にモノパンに洗って貰うこと事態がイヤだからである。なにかされたたけではないが…何かをされそうだから。

 

 

「えっ!そうなんですか!!ご自分で洗わないんですか!?」

 

 

 だけど小早川はその例に漏れているようだった。少し、イヤな予感がした。

 

 

「お前…いつもはどうやって洗っているんだ?」

 

「桶を使って、手洗いです!」

 

「いつの時代なんだよねぇ…どこにそんな洗う場所が…」

 

「丁度近くに湖もありましたからね!!」

 

「……確かにあった」

 

「限りない純白を手に入れるために…時には自分自身の手を汚してしまうこともいとわない。僕はそんな人間でありたいね」

 

「ですよね!たまに落合さんもいらっしゃいましたよね!」

 

「…いやお前も手洗いかよ」

 

「旅をしていたときは…そうだね。ソレが僕にとっての常識だったんだよ」

 

「…その光景を想像すると中々にシュールなんだよねぇ。現代のあるべき風景なのかどうかを疑っちまうんだよねぇ」

 

 

 なんと言えば良いのか…俺よりも時代に取り残された人間は居るものなんだな…。と思ってしまった。いや取り残されたというか自ら逆行したように見えるが。

 

 …そんななんとも言えない気持ちを感じた俺達は、次の部屋へ…いや、”外”へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『庭園』】

 

 

 俺達が次に向かったのは…エントランス、医務室、食堂、娯楽室、そしてランドリー。それぞれの部屋に共通してついていた、このホテルの中心へと繋がる扉。

 

 即ち、”中庭”のような場所へと繋がる道であった。

 

 その扉を開けてみると、そこには案の状、屋根も何も無い雪が自由に降り積もる…中庭…ではなく”庭園”が広がっていた。それも、見るからに固そうな木々や、何の溜めにあるのか分からない無作為に置かれた岩石。まさに日本庭園、といった様相であった。

 

 この場所の役目は、ただの観光名所というだけではなく…恐らくこのホテルの中継地点。その証拠に、それぞれの部屋に繋がっているであろう扉が、俺達が出てきたモノを含めて”5枚”、張り付けられていた。

 

 

「それにしても…本当に綺麗だな」

 

「はい!!この松の木に雪が乗っている姿に、言い様もない趣を感じます!!」

 

「…うん、確かに綺麗……。でも今更思い出したけど…梓葉は華道家だった」

 

「はい!!ていうか、お忘れでしたか!?」

 

「…正直、忘れてた」

 

「そんな!?…一体私を何だと思ったいたのでございますか!」

 

「…お手伝いさん?」

 

「酷いです!!」

 

「…朝の仕返し」

 

 

 そんな庭園の優美さに声を漏らしている最中に、何とも微笑ましいやりとりが見られた気がした。

 

 

「いとおかし…『いと』とはとてもということ、『おかし』とは素晴らしいこと。まさにこの景観を表わすのにピッタリな言葉だね」

 

「ああうん、いとおかしだねぇ…いとおかし」

 

 

 逆に此方は芸術的なほど適当なやりとりをしている。この2人、前の事件からか妙に仲が良い感じである。

 

 と、この庭園を最後にエリア4の探索を調べ尽した俺達。

 

 ここでしみじみと時間を費やすのも悪くはないが、他の生徒達への報告もある。

 

 だから、そろそろ戻ろうか…。

 

 

 

 そう考えていると――――――

 

 

 

 

 …ジリリリリリ

 

 

 小さく、ベルの音が響き始めたのが聞こえた。それに気付いた俺達は、何事かと顔を見合わせる。

 

 

「…なんだ、この音?」

 

「古今東西あらゆる音を耳にしてきた僕の記憶から導き出される答えは……電話の音…かな?」

 

「…方角からして…エントランス」

 

「えっと…じゃあきっとフロントにあった子機の音じゃないのかねぇ?………――――――えっ!ちょちょちょ、ちょっと待つんだよねぇ。じゃあ何処かから電話が来てるってことなのかねぇ!?」

 

「取りましょう!!そうしましょう!!!」

 

「…急ごう」

 

 

 もしかしたら、もしかするかもしれない。俺達は突如訪れたそんな小さな希望を抱き、急いで庭園からエントランスへとその足を戻していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『エントランス』】

 

 

 エントランスのフロント。このホテルの入口へとやって来た俺達は、ジリリ、ジリリ、と少しやかましい位に鳴り響く電話を見下ろす。

 

 

「誰が…とるかねぇ?」

 

「…お先どうぞ」

 

「ええ…お、落合さんは?」

 

「………」ジャララン

 

「あっ、そうですよね。イヤですよね…はい」

 

 

 …と、やはりいざとなると不安にかられてしまうのか、出ることそのものに足踏をしている生徒達。俺は一息つき、彼らをかき分け、代表者として受話器に手をかける。

 

 

「…もしもし?」

 

 

 生徒達から注がれる視線に気が散りながらも…俺は第一声を”向こう側から”ではなく此方から発する。そんなありきたりな言葉であるはずなのに、途轍もない緊張感が含まれているようだった。

 

 俺は向こう側から返ってくる言葉を、息を呑み、待ち続けた。

 

 

 

『…おや、どうやら繋がったみたいだね。いやぁ良かった…ボクだよ、超高校級の錬金術師であり、そしてこの地球史上最も偉大な名探偵として名を残す予定の――――』

 

「…ニコラスか?」

 

『…態々名乗る必要は無かったみたいだね。ああそうだとも、名探偵ニコラス・バーンシュタインさ』

 

 

 彼の名前を聞いた途端弛緩する。オウム返しした言葉を聞いた周りの生徒達も、大きなため息を吐き、見るからに落胆した態度を取る。

 

 …まぁ確かに、先ほどの淡い期待が先攻していた故に、電話の先が彼であったことでその期待が崩れてしまい、ほんの少しだけ残念に思ってしまった。……と、言うのは内緒にしておこう。

 

 だけど、それよりも…。

 

 

「…いや、そもそも何でお前から電話がかかってくるんだ?」

 

 

 この施設には、ココ以外に電話機はどこにも無かったはずなのに…と至極真っ当な疑問を受話器にぶつける。

 

 

『何、あれさキミ。答えはそう急ぐモノじゃ無い。まずは順序立てて、ゆっくりと説明していくのが………えっ?早くしろって?』

 

「…何だ、他にも誰かいるのか」

 

『ああ、ボク以外にも、ミス雲居、シスター反町、ミス贄波もいるよ、キミ』

 

 

 どうやら雨竜以外のそれも朝食に出席していなかった全員が側に居るみたいだった。…であれば彼の先ほどの余計な言葉の数々は抑えられるだろうと、少し安心する。

 

 

『とにかく、どうやってボクから電話がかかってよりもまずは確認だ。キミたちは今、”ホテル”にいる。それは間違い無いかい?』

 

「ああ、そうだが…そっちは?」

 

『看板を見てくれたのならば話は早いのだけれど……今ボク達は『水管理室』といった場所に居るのさ』

 

 

 その単語を聞いて、成程、と思い出したように一言。

 

 確かに、入口をでてすぐに看板があって、その2択の中にそう言った施設があった気がするな。つまり、俺達が探索を終えていない、設備も何も分からない未知の場所。

 

 そのことから、ニコラス達は今『水管理室』とやらにいて…そこから電話をかけていることが間接的に分かった。

 

 

「あの道を右に行った先にある施設のこと、だよな?…勿論分かるぞ。じゃあ…その管理室から、ココに電話をかけている、ってことか」

 

 

 ”その解釈で間違い無いさ、キミ”と鼻につく言動で、そう肯定する。

 

 

『だけど、キミの声が聞けて安心したよ』

 

「…急にどうした?気持ち悪いぞ」

 

『ごく稀に思うのだけれど、キミは友人の心を深くえぐってくる時があるよね?』

 

「気のせいじゃ無いか?」

 

『本当に?』

 

「ああ」

 

『ふむ…そうだね。今のはボクの早とちりとしておこう。うん』

 

 

 何とも不思議なやりとりをしつつ、俺達は浅く居場所についての情報を共有していく。

 

 …だけど思うのは…。何故、態々電話を掛けてきたのだろうか?しかも、まるで今まで心配であったような口ぶりで。

 

 態々こんなまどろっこしいことをせずとも、直接ホテルに来れば安否なんて簡単に確認できるのに。

 

 

「…実はこっちの施設の探索はもう終わって、今からそっちに向かおうと思ってたんだ。報告は後でするから、そっちの皆は先に帰ってても大丈夫だぞ」

 

 

 微かに感じた疑念を携えながらも、俺は心配する必要も無い、そんな意味を込めたつもりでニコラスに言葉を並べていく。

 今まで面と向かってしか話したことがなかったために、こうやって電話口で話すのは何とも変な感じではあるが…。

 

 そう言って、彼の返答待つ。

 

 

 

『…………』

 

 

 

 だけど、彼から返ってきたのは”沈黙”であった。ぱったりと、何故か声が消える。

 

 

 

「…ニコラス?」

 

 

 その突然のだんまりに、思わず彼の名前を呼んでしまう。何か、変な事でも聞いてしまったのだろうか?そう不安を募らせてしまう。

 

 

『……ミスター折木』

 

「…な、何だ?」

 

 

 一瞬無くなってしまった声が、再び顔を出す。少し安心しつつも、その深刻な声色に思わず声をどもらせてしまう。

 本当に、彼らしくない。一体、どうしたのだろうか?さらに首を傾げてしまう。

 

 

『ミスター折木、とても言いづらい事なのだけれど………』

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血の気が引いたようだった。

 

 一瞬で血が逆流するような、そんな感覚が走った。

 

 ニコラスから告げられた信じられない話を聞いて、俺は絶句しながら、そんな短い声を上げた。

 

 

「どういう…ことだ?」

 

 

 一も二も無く、間髪も無く、俺は聞き返してしまう。ニコラスから聞かされたその”現象”があまりにも突飛すぎたから、信じられなかったから。

 

 

『……そのまんまの意味さ。キミ』

 

「……」

 

「お、折木…さん?」

 

「……――――っ!!!」ダッ

 

「ええ!?どうしたんですか!?」

 

「んあななな、何が、何がどうしたのかねぇ!?」

 

 

 その告げられた事を確認するために、ガシャンと受話器を放る。その突然の行動に、小早川達は驚きを表わす。

 そして、そんな彼らにも目もくれず、俺はホテルの外へと走り出した。

 

 

「ええ…何事?」

 

「さぁ…だけどただ事では無い。彼の生き様、そして行き様を見てきた僕が言うんだ…間違い無い」

 

「あんたのしち面倒くさい推論なんかどうでもいいんだよねぇ!!早く追いかけるんだよねぇ!!」

 

「待って下さーーーい!!折木さーーーーん!!!」

 

 

 小早川達の声を背に、血相を変えた俺はエリアの架け橋である桟橋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア4:桟橋】

 

 

 

「な――――――――……!!!」

 

 

 

 俺はホテルの出入り口から小さな小道を抜け、そして桟橋へとたどり着く。

 

 そして、声になら無い悲鳴を、驚愕の感情を爆発させる。

 

 俺達が恐る恐ると渡った、あの桟橋。

 

 エリアの岸と岸のその架け橋であるはずのものが…

 

 

 

 

 

 ――――――――無くなっていた

 

 

 

 

 

 

 そんなものなんて、最初っから存在しなかったように。

 

 崖しか、そこには無かった。

 

 初めて崖を見たときとは比べものにならない位に、血が冷たくなった。体の内側から、凍てつくような感覚が、全身を走った。

 

 

 

「折木さーーん!!一体、一体どうしたというので………どええええええええええ!!!!!橋が、そんな…!!」

 

「あああばばばばば…ここここ、こりゃあ、こりゃああ…ははははは、橋無くなっちまってるんだよねぇ…!何が、ど、どうなっちまってるのかねぇ…!」

 

「…イ、イリュージョン」

 

「………」

 

 

 後からやって来た生徒達も、同じように顔を青くさせる。

 

 その崖の向こう側には、ニコラスが立っていた。ニコラスだけじゃ無い。贄波や、反町、雲居も、雨竜以外の生徒達がそこに立ち尽くしていた。

 

 

「おおーーーーーい!!!梓葉ぁーー!!折木ーー!!古家ぁーーー!!!風切ーーーー!!!無事なのかーーーい」

 

 

 そんな俺達の姿を目視した反町が、先陣を切って、此方に大声で呼びかけてきた。

 

 

「大丈夫でーーーーす!!!ご安心くださーーーい!!!」

 

「……あれ?どうしたことだろうね?僕の名前は、どこか遠くへと旅立ってしまったのかな?それとも風が声を、僕の名前をかき消してしまったのかな?」

 

「…かき消されたんでしょ」

 

「成程…なら良かったよ」ジャラン

 

「……良いんだ」

 

 

 いや、呼ばれてなかったと思う。現に今は、無風の状態である。

 

 

 …って…違う違う、そんなことよりも…!今は…。

 

 

「何で橋が…無くなってるんだよ…」

 

「そ、そうですよね!まずはそちらを聞いてみましょう!ええと……反町さーーん!!どうして橋が無くなってしまっているんですかーーーー!!!」

 

「それを聞きたいのはアタシのほうさね!!!このエリア入った時点で、どこにも橋なんてなかったんだよ!!!」

 

「…エリアに入った時点で?」

 

「あたしらが来た時は、ちゃんとあったっていうのに……!!ああ、もう…!訳がわからないんだよねぇ…!」

 

 

 そうやって、焦りを段々と助長させる古家。

 

 俺自身も何がどうなっているのか、今どんな状況で、誰が窮地に立たされているのか、この状況で何をすべきなのか。古家と同様の焦りを内心で爆発させていた。

 

 だけど、冷静では無い頭の中でも分かることはあった。俺達が渡りきって、それから向う岸のアイツらが来てから…こんな都合の良いタイミングで橋が消え去ってしまうなんて。

 

 どう見ても何かしらの思惑が働いているとしか考えられなかった。

 

 

 そしてそれが誰の思惑だなんて、考えるまでもなかった。

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン』

 

 

 

 

 その瞬間ことだった。

 

 死体発見の時とは少し違うトーンの音が、突如鳴り響く。その音の方向へ、すなわち上空に俺達は一斉に顔を向けた。

 

 

『えー連絡事態が発生しましたので、お知らせ致しまス』

 

『エリア4にございます。桟橋が、何者かによって落とされてしまいましタ』

 

『そのため、運悪くホテル・ペンタゴンいらっしゃるミナサマは、桟橋の修理が終了するまで当施設にてお過ごし下さイ』

 

「ちょっ…待っ………!!!」

 

 

 ”それでハ、それでハ”そう言って、放送を切ってしまったモノパン。一方的にかけられ、そして一方的にぶち切られ、声を上げる暇すらも無かった今の時間。まるで突風のような一瞬であった。

 

 

「え?ええと…?」

 

「……これって結構ヤバい、よね?」

 

「………」

 

 

 だけどこのその突風は、余りにも致命的な打撃を俺達に与えていた。

 

 まだ何もかも始まったばかりだというのに…。まだ裁判が終わってから、間もないというのに…。

 

 俺達5人は、絶海の孤島と化したエリア4、この雪の荒野に取り残されてしまった。

 

 絶望的な状況がさらに悪化した。そうとしか言えなかった。

 

 俺達は思わず泣き出してしまいそう程の”不幸”なこの状況に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 誰もこの状況どうにかすることなんて出来ないから。誰もそんな余裕なんて欠片たりとも残って無いから。

 

 俺はやるせない気持ちのままに…強く、唇を噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

 

「ミナサマもお分かりの通り、人間、というのは特別な生き物でス」

 

「理由は勿論、『考える』ということができるからでス」

 

「故に…人は生物の中で唯一、明確な愛憎で他を傷つけることが出来まス」

 

「考えるという唯一無二のアイデンティティを持っていながら、ソレが逆に、牙となって我々を襲い掛かってくるのでス」

 

「しかも、とても些細な理由で、思ったよりも平気で他人を傷つけることを自分に許しまス」

 

「例えば、隣の部屋でうるさくしていたから、進路を妨害したから、間違いを指摘されたかラ」

 

「時には、善意のつもりで行ったことが、死傷に繋がることだってございまス」

 

「…理不尽ですよネ?理不尽極まりないですよネ?」

 

「ですが、それは本当に理不尽なことなのでしょうカ?」

 

「ただ分からないだけで、本当はその行動に悪意が満ち満ちているのかも知れませんヨ?」

 

「そう…知らないこと、気付かないことこそが…最大の悪、最大の罪…」

 

「アナタの方こそが…理不尽なんでス」

 

「くぷぷぷぷ…くぷぷぷぷぷぷプ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 

 




お疲れ様です。水鳥ばんちょです。後半戦、開始って感じです。

2022.12.14 【通路 with 個室】の一部の文を加筆・修正させて頂きました。


【コラム】


エリア4の地図↓




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エリア4(ホテル・ペンタゴン内部)↓



【挿絵表示】





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Chapter4 -(非)日常編- 16日目

【エリア4:ホテルペンタゴン『個室』】

 

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 くぐもった音のチャイムが室内に響き、飽きれる程耳にしたモノパンの言葉が告げられる。

 

 

 その音と共に俺は覚醒する。

 

 

 視線の先にあったのは、別の、初めて目にする景色だった。

 

 

「……そう、だったよな」

 

 

 包み込むような暖かさ包まれながら、つい昨日の出来事を思い出す。

 

 …本当に、突然の出来事だった。

 

 同日に開放されたエリア4へと踏み入れ、そして施設を見回っていた俺と小早川、古家、風切、落合の5人は…エリアの中心に吊された桟橋、ジオペンタゴンとエリア4を繋ぐ命綱とも言うべき代物が、突然無くなっていた。夢なんかでは無く、今俺が座り込むこの現実で。

 

 結果、そのまま俺達は、いつも寝泊まりしていたはずのエリア1では無く。このエリア4に予め用意されていたこのホテルの中で寝息を立てることとなった。

 突然の事でまともに寝れられるかどうかも怪しかったが、予想外にも快眠であった。

 

 理由は分からないが、三度目の裁判を乗り越えてすぐだったり、まともな睡眠が今まで取れてなかったり、この個室がいつも寝泊まりしていた場所とそう変わらない内装であったりなど…考えられるだけでも、原因はいくつも考えられた。

 

 

「……」

 

 

 その快眠のおかげか、体調はすこぶる良かった。…決して認めたくは無いが…その誤算だけは、数少ない心の救いだったと思えた。

 

 

「……雪か」

 

 

 ふと個室に取り付けられた窓の向こう側に目を向ける。ガラスの目と鼻の先には雪の森がうっそうと茂り、その植えにパラパラと小さな白い粒が舞い落ちる。雪は思ったいたよりも重かったのか、時々ガサリと、塊が落ちていた。

 

 

「……はぁ」

 

 

 寝て起きても、目をつぶってもこすっても決して変わらない景色にため息をつきながら、俺は起き上がる。あまりにも辛気くさい出だしではある。が、それで現状がどうにかなるわけでも無い、そう自分に言い聞かせながら、普段とは違う設備で、今までと変わらない支度を始める。

 

 

 ――――トントン

 

 

 その最中。小さく跳ねるようなノック音が耳に転がり込む。少し、身構える。…仕方の無い話だ。今までこの音がしてから、ズカズカと部屋に入り込んできたり、蹴破られたり等、碌な記憶が無かったのだから。

 

 …まぁ鍵を掛けろと言われれば、ソレまでの話なのではあるが。

 

 

『折木さん…?お目覚めでしょうか?』

 

 

 だけど、そんな心配とは裏腹に壁越しのくぐもった声が此方に届いた。この丁寧な言葉遣いからして、小早川のものであるようだった。

 

 

「…ああ。起きてるよ」

 

『なら良かったです!朝食のご準備が整いましたのでご挨拶も兼ねてこのように!』

 

「ありがとう、今行くよ」

 

『はい!お待ちしております!』

 

 

 そう言って、カシュっカシュっと靴をすり減らすような小さな音は遠ざかっていく。彼女がドアの前からいなくなった、と言うことが分かった。

 

 

「……ノックする奴って。不法侵入をしてくるわけじゃないんだな」

 

 

 と、これが彼女が来て、そして帰ってから数秒で出てきた言葉である。正直自分でも見当外れ、というか非常識なコメントに思う。

 

 だけど、先ほども言ったように仕方の無い話なのである。一番最初に厚顔無恥な連中……まぁ今はもういない水無月とか鮫島らの事だが。彼らの所為だとすぐにアテがつく。

 

 今や懐かしい、最初の会合。今思い返しても、本当に、図々しい奴らだった。

 

 迷惑ではあったけど…でも、悪くない、なんて、心の片隅で考えてもいたな。

 

 何とも、慣れとは恐ろしくもあり、哀しいものである。

 

 

 

 

 ……また…老け込みそうだな。アイツらにまた老いぼれてるとか、年食ってるとか、笑いながら馬鹿にされそうだ。

 

 俺は懐かしむように小さく笑顔を作る。そして何も無い部屋の中で、手を合わせる。突発的に思い浮かんでしまったアイツらの顔を思い出しながら…祈る。

 

 ほんの少し朝食は遅れてしまうかも知れないけど…俺は短いその時間を、大切に費やしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

「…取りあえず、忘れないうちに昨日あったことをまとめていくか」

 

 

 午前8時前。…時計を見て、まだ”あの時間”まで、間があるな…そう考えた俺は、朝食を食べ終えた生徒達へ切り出した。

 生徒達は、お互いに目を合わせ、突然の切り出しに困惑しながらも頷く。それを合意と見た俺は続けていった。

 

 

「まとめると言っても、昨日の桟橋が無くなって、そんでエリアを分断されてからの事だ」

 

「…良かった、昨日の朝のことからまとめると思って内心ヒヤヒヤした」

 

「流石に遡りすぎだし、いくらなんでも疲れると思ったからな」

 

「…ニュアンス的にやる気持ちはあったことに怖さを感じるんだよねぇ」

 

 

 いくらの俺でもそこまで几帳面にはなれない。あの"時間"まで猶予があるといっても…有限だ。まとめてる間に期限が来てしまって中途半端に尻切れになったらグダグダになる。

 

 

「でしたら!!はい!はい!!橋が無くなってから私達は策を練っておりました!!勿論!閉じ込められなかった側…と………………あれ?閉じ込められた側……閉じ込められかけた……側…?あれあれあれ?」

 

「…ニコラス達とも策を練ったんだよな」

 

「はい!!そうですよね!!」

 

 

 唐突にバグる彼女の頭に冷や汗をかきながら、話を折らないように補足を入れていく。

 

 

「そして、その輪の中心にあったのは…鳥が空を飛ぶ方法に気付くように、何か僕らが大空を羽ばたく方法。そうだったね?」

 

「そこまで人間を止めるつもりは無いけどねぇ…でも飛び越える方法を模索したのは合ってるんだよねぇ」

 

 

 そう、桟橋が落ちてすぐ、エリア4に取り残された俺達5人と、対岸のニコラス達は何とか崖を渡る方法を模索した。大声で話し合うのは、端から見て滑稽と思ったために、一度ホテルに戻って電話を介しながら。

 

 橋を1から作り直す。とんでもない大ジャンプで宙を跨ぐ。マジで翼を生やす。…正直、挙げるだけでも碌でもない策しかでてこなかったのが事実であり、現実的な解決方法は中々出てこなかった。

 

 …そんな中で。

 

 

「…それで道具を使おうって…話になった……だっけ?」

 

「ああ、それも美術館に展示されていた…『どこでもワイヤー』をな」

 

 

 何処でも、誰でも使えるモノパンの7つ道具の1つ。『どこでもワイヤー』。前の前の事件で使われたきりだったあの道具を利用すれば、この地割れを渡りきれる。

 

 やっと現実的かつ、即効性の在る光明を見いだした――――そのはずだった。

 

 

「…これで勝った!!とか、問題解決っ!って雰囲気だったんだけど…ねぇ?」

 

「まさかその道具事態が"おしゃか"になって仕舞われているとは…」

 

「………」

 

 

 美術館に向かったニコラス達からそう聞かされた時は耳を疑った。

 

 今まで壊れた事なんて聞いたことも無かったあの道具が…しかもピンポイントで『道具が壊れてしまったので、しばらく修理に出しておりまス』…だなんて。

 

 …この崖を何が何でも渡らせないためのモノパンの根回し。どう見方を変えようにも…そうとしか考えられなかった

 

 モノパン自身に文句をつけようと呼びかけても、姿を見せず。何処かに隠れているのでは無いか、と探し回っても見つからず。

 

 もはや解決できない話の1つと、敗北に近い決着がついてしまった。

 

 

「そんで、時間も時間だから仕方なくココで夜を明かそうってなったんだよねぇ」

 

「…何処に誰が寝るかとか決めた」

 

「部屋割りだけじゃなく、お掃除とか、お食事の当番とかもですよね!」

 

 

 彼女達の言うとおり、崖の渡り方について保留となった後、俺達はホテルでの住み方について話し合った

 

 まずは誰がどの部屋に住むのかという事。例として、殆どの食事当番を引き受けてくれた小早川はこの食堂の隣に、そしてそのさらに隣に風切。そして残った部屋を、俺達男性陣が好きなように陣取っている…といった配置だ。…加えて、各々の部屋には、エリア1のログハウスのように誰が誰の部屋なのかというサインが付けられている訳ではないので、それぞれの個室に簡易的なサインが設けられている。後はまぁ余談ではあるが……鍵は常に掛けるようにしている。これはプライバシーの問題である。

 

 その他にも、掃除当番とか、先ほども出てきた食事当番についてもあるのだが…一部の生徒がまったく協力的ではないことを除けば特段言うことは無い。

 

 

「で、最後に…」

 

 

 そう言って、古家はテーブルの中心に置かれた”黒電話”に、視線を集中させた。

 

 

「『毎日の朝と夜のアナウンスが鳴ってから1時間後に連絡を取り合う』…だったかねぇ?」

 

 

 古家の回答に俺は頷く。部屋の配置や、食事当番等の決め事をした昨晩。突然、入口に置かれた電話が音を鳴らした。

 

 ニコラス達からであった。内容は、先ほど古家が話したとおり『連絡を取り合う』…というもの。

 

 安否の確認を主に、何か分かったことや現状を報告する毎日の朝と夜のアナウンスが鳴ってから1時間後に連絡を取り合おう。そう、提案してきた。勿論、俺達は二つ返事で受諾した。なんせ、オレ自身も向こうの出来事も安否も気になるから。

 

 …とまぁ、ここまで言えば分かると思うが…つまるところ、俺達が食事を終えて未だ解散とならないのは、朝のアナウンスから1時間経った8時に来る"その電話"を待っているからである。

 

 

「……でもこの電話、よくここに持って来られたね」

 

「隠されしは雷光迸る洞穴…そう僕らは、時間という名の限界と、極まりし寒さを乗り越え、そしてその二ツ穴を見つけることが出来た。まさに一つの大冒険だったよ」

 

「たまたま見つけただけとか言ってなかったかねぇ…?」

 

「それは過去の僕の過ち、けっして相まみえることのできない、もう一人の僕がしでかしたことさ」

 

「…現在進行形で過ちを犯している気がする」

 

「ですが、まさか入口だけに限らず、この部屋にも"こんせんと”があったとは…まさに"らっきー”でしたね!!」

 

「そうだな」

 

 

 加えて、電話が来る毎に態々フロントに出向いて連絡を取り合う、というのは些か面倒。そう考えた俺達は、どうしたものかと考えを巡らせていると、落合が偶然食堂に同じコンセントが取り付けられていることを発見したため、このように食堂に持ってきた…という次第である。

 

 

「此方は受話器を取るのに時間はさほどかからない。かたや反町さん達側は、この地帯までご足労頂く……うう、些か忍び在りません…」

 

「…それは仕方ない。あっちから提案した来たことだから」

 

「気に病む心は塵のよう…積もり積もれば山となり、人の心を覆い尽くし心を蝕んでいく……そう気に病む必要はないんじゃないかな?小早川さん」

 

「…もっとこう。回りくどくない励まし方はないのかねぇ?」

 

「善処……しようかな?」

 

「せめて嘘でもすると言って欲しかったんだよねぇ!?」

 

 

 そうやって、コレまでの経緯を何とか限られた時間内でまとめた俺達。コチコチと音を立てる時計を見てみると――――丁度約束の時間に針が重なろうとしていた。

 

 

「……そろそろ時間?」

 

「………ああ」

 

 

 なんてことも無い。ただの連絡の取り合いだというのに、少しだけ緊張が走る。ドキドキとした感触が手の先にまで響き渡る。

 

 …何事も一番最初というのは、一重にソワソワとしてしまうものだ。加えて、電話に出る役目は、主に"俺"に一任されている。理由は分からないが、何故かやれとは言われた。それ故に緊張もひとしお、ということだ。

 

 カチリと音が鳴る。時計を見てみると、丁度長針が12の数字を刺し、短針が8の数字を刺していた。

 

 

 そして――――

 

 

 ――――ジリリリリリリリリ

 

 

 初めて鳴ったときと同じように、電話はけたたましく騒ぎ出す。…鳴るとは分かっていたが、そのタイミングは突然であったために、ほぼ全員がビクリと体を揺らしてしまう。

 

 …だけどすぐに、時間通り連絡が来てくれた、と安堵する。…代表者として連絡を受け取る俺は、一呼吸置き、受話器を手に取った。

 

 

『おは、よう。…元気?』

 

「…その声は、贄波か?」

 

 

 電話は、昨日と変わって、贄波が受話器の向こうに立っているようだった。またニコラスでも電話口に立っていると思っていた俺は、驚きを含めながら彼女の名を呼んだ。

 

 

『うん、昨日は、ニコラスくん、だった、から…かわりばんこで、やろう、って、ことに、なって、ね?1人だけに、負担は、かけさせないよう、に…ね?だから、今この部屋に、私1人なん、だ』

 

「そうか…確かにそっちは距離もあるしな。…こっちは俺が主に電話に出るようにしてるんだけど……そっちに合わせた方が良いか?」

 

『ううん、別に決まりとか、そういうのは、無い、から…大丈夫、だよ。そこまで気遣って、くれなくても、大丈夫、だよ?』

 

「…分かった、じゃあそうするよ」

 

 

 滞りなく、昨日のあれからや、今日の朝のこと。少ないながら、連絡を取り合っていく。俺以外の生徒達は、妙な緊張を保ちながら俺と贄波の電話を聞くことに徹している。…ちょっと話しづらいというのが本音ではある。

 

 

『……取りあえず、ね?崖を、どうにかできる方法が、まだ無いか、こっちで、も、色々、探してみる、から…待ってて』

 

「分かった。そっちだけじゃなくて…俺達も方法を模索してみるよ」

 

 

 やはり、まだ見つからないか。その結果に当然、落胆する気持ちはあったが…そう簡単に見つかるものではない、と声色には含まず、励ますように言葉を選ぶ。

 

 

 

『うん、ありがとう、もう少し、辛抱、だから。………………あと…ね?…その……』

 

 

 贄波は不自然に、話を切ったような間を作る。俺は眉根を寄せながら、"どうかしたか…?”と聞いてみる。

 

 

『いや、その…ちゃんと、ご飯、食べて、る?』

 

「…今さっき食べ終えたよ。そっちは?」

 

『こっちも同じ、だよ。反町さん、が作ってくれたん、だ。美味しかった、よ』

 

「俺達も小早川に作って貰ったんだ。だけど、アイツに負担は掛けすぎないように…夜は古家が作ることになってる」

 

『そっか…羨ましい、な』

 

「そっちは違うのか?」

 

『うん、ずっと反町さん、料理を作ってくれてる、らしく、て……』

 

「……?反町は料理が得意だし、むしろ毎日の楽しみが増えて喜ばしいことじゃないのか?」

 

『……私も料理作るって…いってるん、だけ、ど…中々、やらせて、くれなく、て…』

 

 

 あちゃー、やってしまった、とおでこに手を付ける。

 

 

『他の人達、に、相談しても、全然、取り合って、くれなく、って』

 

「……そ、そうか。それは大変だな」

 

 

 贄波にキッチンに立って欲しくないという反町達の思いが見て取れた。同時に、その話題が出た瞬間の蒼白になった表情もまた目に浮かんだ。

 

 

「…何だか、料理を、させないように、避けられている、ような…気がし、て」

 

「いや、そんなことはない。全然避けられてなんか無いぞ…全然、全然」

 

「………もしかして…私って、料理、ヘタなの…かな?」

 

「下手じゃ無い、むしろお前が作る料理は絶品だ。絶品過ぎて気絶するくらい絶品だ」

 

 

 むしろ今まで自分の料理に違和感を持っていなかったことに戦慄してしまったが…俺は傷ついて欲しくないという気持ちのままに、贄波を励ますような言葉をかぶせてしまった。

 内心、勘弁してくれと、悲鳴を上げているのだが…彼女の悲しげな声を聞くとそう言わざる終えなかった。

 

 

「そう、かな?」

 

「そうだよ。やみつきになる患者を増やさないために、反町はあえて避けるようにシフトを組んでるんだよ」

 

 

 声色が少し明るくなるのを察した俺は、たたみかけるように彼女の背中を後押ししていく。笑えるくらいに嘘に嘘を上塗りしていく。もう自分が何を言っているのか分かっていないまである。

 

 

『………そっか、うん……そうだよ…ね。反町さん、そんな酷い人じゃ無い、もん、ね?』

 

「ああ、その通りだ」

 

 

 すまない反町。と心の中で土下座しながら、肯定していく。

 

 

『…じゃあ、今度、折木君がこっちに戻ってきたら、また作ってあげる、ね?』

 

「………あ、ああ。楽しみにして……待ってるよ」

 

 

 正直もの凄い後悔をしているが、そう言うしか無かった。ちょっぴりだけ、このエリアに居続けたいという思いがよぎってしまった。情けない話である。

 

 

『…ありがとう。ごめんね、急に、相談事みたいな、こと、しちゃって…』

 

「……そんなことはない、他でもないお前の相談だ。いつでも聞いてやる」

 

『本当、に?』

 

「ああ、本当だ。自分で言うのも何だが…俺は約束は必ず守る男だ」

 

「…そっか……うん……そうだよ、ね…折木君は…そういう人だったもんね……えへへ」

 

 

 …できれば料理関連以外の相談にしてほしいと言うのが本音だが。

 

 いつもと違う彼女の照れ笑いに、俺も釣られて口角を上げてしまう。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 ……何だか気恥ずかしい間が…出来ているようなそんな感触がする。無言のまま、何となく話を出しづらいというか…むしろこのままで良いかもしれない…とか…。…いや、そうじゃなく。

 

 

「……そろそろ、終わるか?」

 

『………うん、そう、だね?もっと話してたい、けど…皆もいるし、ね?終わろ、っか?』

 

「ああ、そうしよう」

 

『私、ね?明日も夜に、電話する、から…そのときも、ちゃんと、出て、ね?』

 

「約束する。…じゃあな」

 

『うん、また、ね?』

 

 

 そう言って彼女は先に受話器をガチャリと置く。ツー、ツー、という電子音が流れる。

 

 俺は、フー、と弛緩するように息を吐きながら同様に受話器を置いていく。

 

 

「……といった感じだ。向こうもこっちも問題無く………」

 

 

 今話した内容を伝えようと生徒達を見てみる。すると何故か彼らはボーッとしたように此方に目を向けていた。

 

 

「……どうかしたか?」

 

「…折木さんって、贄波さんと話す時って結構…」

 

「贄波と話すとき?」

 

「いつもより口数多めに聞こえるんだよねぇ」

 

「……そうか?」

 

「…うん、確かに思った。…今までの三倍くらい多い…それに感情の起伏もある」

 

「割り増ししすぎだし…起伏についてはお前に言われたくない」

 

 

 俺はそこまで口数は少なくない、もう少し言葉は足りるくらい付け加える方だ………多分。

 

 

「でも、…司との電話…後半から個人的な会話になってた気がする」

 

「ああ~確かにねぇ。こう、カップルの電話みたいな雰囲気になってたんだよねぇ!」

 

「僕らは知らないのかも知れないね。…彼らは月日を数えながら逢瀬を交わし、そして尋常では無い関係を築いちまってる、ということに」ジャラン

 

「じ、尋常では無い関係!!!折木さん!!それは聞き捨てなりませんよ!!!」

 

「…俺は言っていないぞ」

 

「言ったのは僕だよ」

 

「言っている方は関係ありません!関係があるのは折木さんと贄波さんとの間柄です!!…さぁ!教えて下さい!!どうして贄波さんとあのような甘美な"むーど”になっていたのでありますか!!」

 

「いや、どうしても何も……贄波とは……至って清い友人関係だ」

 

 

 その言葉の通り、生徒達が考えるような関係では勿論無い。

 

 …ただアイツと話すときは、他の奴らよりも少し口が軽くなるのは…あるかも知れない。あくまで、主観だが。

 

 

「…おお?適当にほじくってみたけど…もしかするともしかするのかねぇ?」

 

 

 だけど妙な表情が凶と出たらしく、古家は邪推を続ける。初めてコイツを殴りたいと思った。

 

 

「…古家、ヘタな突っつきはやめろ。俺と贄波は、本当にそういう関係じゃ無い」

 

「でも!!今絶対贄波さんのことをお考えになっておりましたよね!!!」

 

「…考えることすらもまずいのか?」

 

「不味くはありませんが!!納得できません!!」

 

「理不尽すぎるだろ…」

 

「…もしかしてこれって修羅場?」カチャカチャ

 

「修羅場だねぇ」ボケー

 

 

 憤り小早川を横目に、風切は背中のライフルの手入れをし始め、古家は天井を見ながらボーッとし始めていた。どっからどう見ても、この状況を野次馬感覚で見物しているようにしか見えなかった。

 

 

「修羅場…それは誰もがくぐり抜けなければならない鬼の道。さて、折木君、君はこの試練をどうやって躱していくのかな?」ジャラン

 

 

 落合はもうどうしようも無いペースでギターを弾き始めていた。コイツは別にアテにはしてない。

 

 

「………」

 

「折木さん!!」

 

 

 酷く憤る小早川に、傍観者のようにノータッチの古家達。

 

 …朝からこんな面倒臭い状況になるなんて誰が想像していただろうか。できればずっと落ち着いた状況でいて欲しかったが、贄波が電話口に立っていたのが運の尽きであった。

 

 どう説明したものか。俺は頭を軽く抱える。

 

 学級裁判で培った思考力を駆使し、俺は貴重な朝の時間を弁明と釈明に費やしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『娯楽室』】

 

 

 小早川の暴走と古家達の悪ノリから数時間。

 

 ホテルに留まる俺達は、自由時間へと入っていた。

 

 それぞれ自由の名の通りに思い思い過ごしており、風切は個室で居眠り、落合は寒い中庭でのんきに歌を、小早川は食堂で昼の準備をしていた。

 

 そして残った俺と古家は。

 

 

「………」

 

 

 娯楽室にて高校生らしくダーツに興じていた。

 

 ちなみに今は、古家は片目をつむりながら、親指と人差し指で挟めたダーツを標的へめがけている最中である。

 

 

「いやぁ、ダーツなんて初めてだけど……」

 

 

 そう言いながら、ヒュッと手首を軽くスナップさせながら投射。

 

 ビイイイン、と、ダーツの刺さった機械は音を立て、光の点灯と点滅を繰り返す。…刺さった場所は真ん中とはほど遠い、右の端っこ。それもあまり点数の高くない場所。

 

 ソレを見た古家は、"あちゃ~"と、悔しそうに頭を掻く。

 

 

「手元が狂っちまったみたいだねぇ…ビギナーズラックもあるかと思ったけど…そう上手くはいかないもんだねぇ」

 

「勝負の神様もそこまでチョロくないってことだな………でも結構楽しいだろ?ダーツ」

 

「…最初はチャラチャラした輩の遊び道具だって思って気が引けたけど…やってみると案外って感じなんだよねぇ」

 

 

 一通りプレイした後の彼の感想を聞き、少し安堵する。合うかどうか不安ではあったが、思ったよりも受けは良かったようだ。

 

 

「…でも驚いたもんだねぇ。折木君ってばこういうのには疎いイメージがあったんだけどねぇ」

 

「いつもは何を楽しんでそうなイメージだと言うんだ…」

 

「うーん、お手玉とか…折り紙とか……習字?」

 

「……枯れすぎだろ。確かに全部出来るけど」

 

「出来ることは出来るんだねぇ…」

 

 

 何故かやっぱり、という表情をされる。しょうが無い話である。だって俺はおじいちゃん子なのだから。

 

 

「そういえば、皆から聞いてるけど…あんたってば他にも漁師とか、乗馬とか、鷹匠とか、気味悪いくらい色々やってたことがあるんだってねぇ?」

 

「…気味悪いは余計だ。でも…そうだな、やったことはある。あくまで体験程度で」

 

「他にも、そういう体験っていうのかい、やったことあるのかねぇ?」

 

「………スカイダイビング、クルージング、あとは…化石掘り、妊婦体験」

 

「そ、想像以上だったんだよねぇ…いやぁ、どこにそんな行動力があったんだかねぇ」

 

 

 古家は突き刺さったダーツを抜きながら、絶句した口調で反応を示す。……確かに、思い返せば思い返すほど結構な数のことを経験してきたような気がする。きっと趣味:読書、なんて書いたときには鼻で笑われてしまうくらいには。

 ………でもどうして、こんな馬鹿みたいに人生を謳歌しているのか。考えてみれば、その理由は簡単であり、そして酷く身近であった。

 

 

「……きっと姉さんの影響…だな」

 

「あれ、折木君ってお姉さんいたのかねぇ?」

 

「……ああ、まぁな」

 

 

 そういえば水無月くらいにしか話してなかったな、と思い返す。

 

 

「…じゃあそのお姉さんの話、聞かせて欲しいんだよねぇ。この前はあたしの身の上話したんだから、今度はそっちの番なんだよねぇ」

 

「……それもそうだな。…でも、どう説明したものか…」

 

「一言では説明が付かないって感じかねぇ?」

 

「ああ、こう絶対将来は大物になるなって風格?オーラ?…のような人柄を持ってる人…って言えば良いのか?」

 

「ほほう、中々ダイナミックな表現なんだよねぇ」

 

「それに…俺とは真逆で、とにかく好奇心が旺盛で、冒険心が人一倍あって…何事も味を見たり、叩いて聞いたりして絶対に確かめる意志の強い人、だな。覚えてるのだと、味が気になるからって言って、ミミズを料理して食ってたな」

 

「…身内の前で言うのもなんだけど、大物過ぎるし、変人すぎるんだよねぇ。…もしかして芸術家?」

 

「いや、姉さんは大学生だけど…芸大ではなかったはずだ。でも……確固たるこだわりとか独特なセンスを持っていることは確かだな。おかげで友達が出来にくいとか何とか、前に愚痴られたことがある」

 

「…その気持ちは分からないでも無いんだよねぇ」

 

「で、その好奇心に、俺はいっつも付き合わされて、いろんな所で、いろんな経験をさせてもらった?いや、させられた……のか。まぁ体験させてもらった全部を覚えてるわけじゃ無いけど…」

 

「ははは…どんだけ付き合わされてたのかねぇ…」

 

 

 

 いや本当におびただしい数の経験をさせられたし、連れ回されたな。普通そういうのは両親が先導する者なんだが…。

 …でもその経験があったからこそ、自分の視野の狭さに気づけたし、自分やり続けたいこととかの選択肢を増やせたことはある。全てが全てデメリットに終わったわけではない。

 

 

「あたしゃ一人っ子だったから、あんまし姉弟って関係にはてんで疎いもんだけど……聞くだけだと姉弟仲はすこぶる良好だったみたいだねぇ」

 

「…そんなに歳も離れてなかったしな。喧嘩も良くした分、距離感も近かったのかもしれん」

 

 

 まぁ喧嘩しても一度も勝てたことは無かったがな。

 

 

「色々言ってはいるけど、あたしからしたら羨ましいんだよねぇ」

 

「…羨ましい?」

 

「いやねぇ。あたしもそういう引っ張ってくれる上がいてくれたら、アウトドアな引きこもりになれたかも知れないねぇ。って思ってねぇ」

 

「アウトドアな引きこもりって……矛盾しすぎだろ」

 

 

 それに、結局引きこもりに帰結するのか…。悲しすぎるだろ。

 

 

「あたしは引きこもりであったからこそココにいるからねぇ。所謂1つのアイデンティティ…ステータスなんだよねぇ」

 

「……顔に似合わずポジティブ」

 

 

 引きこもりと胸を張って自慢する奴初めて見たな。俺からしたら、古家のその自己肯定感がむしろ羨ましい。

 

 …そんな風にして俺の姉の話に花を咲かせて、数分。一通り話し終えた俺達の間に、手持ち無沙汰な空気が少しできる。

 

 

「……なぁ古家」

 

 

 そんな中で、俺は神妙な面持ちで彼の名を呼んだ。

 

 

「ん?どうしたのかねぇ?」

 

「聞きたいことがあるんだが…良いか?」

 

「ほぇ?…急に改まったりして、どうしたのかねぇ?」

 

 

 突然の言葉に案の状呆けた顔をする古家。俺は心の中で怯えながらも、意を決する。

 

 

「…お前、"怒ってるか"?」

 

「怒ってる?…何をかねぇ?」

 

「昨日の事だ。橋が…ほら、崩れる前の渡るときのことだよ…お前行きたくないって、ずっと言ってただろ?」

 

「ああ~…そんなこともあったねぇ。確かに」

 

「…あのとき、俺はお前達の事を無理に引っ張ってきてただろ?」

 

 

 お互い気安い関係でもあるために、今まではなぁなぁで過ごしていたが…。

 

 俺自身は心の中でずっと、このエリアに古家達を連れてきたことを後悔していた。同じように、古家達も目に見えて後悔していた。そして、その監禁の原因となった俺達に、恨みを持っているんじゃ無いか…そう思えて仕方なかった。

 

 

「俺達がそんなことしなければ、お前らは向う岸で、変に不安にかられずに過ごせていたのにって…」

 

「………」

 

「だから…もし怒りがあるなら…ごめん」

 

 

 少し沈黙。俺は叱責と、そして1発ひっぱたかれる覚悟で、古家の言葉と行動を待った。

 

 

「……確かに、あんな事があってすぐには…ちょっとばかし怒りはあったかもしれないねぇ。…あのときあたしの言う事を聞いてればこんなことにはならなかったって、感じでねぇ」

 

「………」

 

「でもそれは、昨日までの話なんだよねぇ」

 

 

 先ほど抜いてきたダーツを指でいじりながら、ポツポツと、古家は言葉を紡ぎ始める。俺は黙って、彼の一言一言に耳を傾けた。

 

 

「……つまるところ…仕方の無い話ってことで蹴りがついちまうんだよねぇ。結局あんたの言葉に背中を押されて付いてきたのはあたしだし、このエリアを探索したかったってのも本心だったからねぇ」

 

「……そうなのか?」

 

「だから、さっきの『怒ってるか?』の答えは、NO、『別に怒ってないよ』…なんだよねぇ」

 

「………」

 

「多分、風切さんもおんなじ気持ちだと思うんだよねぇ」

 

「…」

 

 

 彼らの懐の深さに、思わず涙ぐみそうになる。俺みたいなちっぽけな人間よりも、よほど輝いて見えた。

 

 

「それに…いつ、目の前の人がいなくなるかも分からない現状だからねぇ。そんな些細なやりとりとか、いざこざだけで永遠にお別れなんて……鮫島君の時だけで十分なんだよねぇ」

 

 

 哀愁を漂わせながら、古家は呟く。

 

 

「あと何だかんだ隔離されたって言っても今更の話だし。これでおっ死んじまうって訳じゃなかったしねぇ。このホテルのおかげで割と快適に生き残れてんだからねぇ」

 

 

 ”まぁ……でもこんな立派な根城が無かったら…ちょっとキレたかもねぇ”…と聞こえた気がしたが…取りあえずスルーしておいた。

 

 

「だからこそ、この話をしてくれたは良い機会だったかもしれないねぇ。そんなわだかまりを抱えられたままじゃ、その快適さもどこえやらになっちまうからねぇ」

 

「……そうだな」

 

「だから、昨日の事は恨みっこ無しってことにして………ええっと、今度はビリヤードでもやってみるんだよねぇ」

 

 

 そう言って、高校生らしく無邪気に娯楽室を楽しみ始める古家。

 

 "いつ、永遠にお別れになってしまうかも分からない"

 

 響き続ける古家の言葉を反芻させる。今まで別れすらも言えなかった生徒達の顔を思い浮かべながら。

 

 そうだよな…俺だって、古家だって、小早川達だって…いつどうなるかなんて分からない。

 

 だからこそ…せめて、この時間、この瞬間だけは、大事にしよう。

 

 俺は固く、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

「…てことがあったんだ」

 

 

 昼の12時、古家と娯楽室で別れた俺は、食堂にて。先ほどの古家との話を、小早川、落合の二人にしていた。

 

 

「はぁ…古家さんには足下を向けて寝られません…」

 

「彼の人間性を感じるね、やはり人とは成長するもの…というわけだね」

 

「…お前が言うと少し薄っぺらく感じるな」

 

 

 ちなみに此方の2人は、古家達とは真逆で、ガンガン進もうぜと橋を渡ることを推奨していた派で、同じくそのことを重く捉えていた。

 

 …落合はどうなのかは読めないが。

 

 

「――――ですが、やっぱり……分かりません」

 

 

 唐突に話題を変えるよう、何かについて疑問を生やす小早川。"何がだ?"と詳しく聞いてみる。

 

 

「モノパンが、私達をここに閉じ込めた理由です」

 

 

 まさに核心とも言うべき話題であった。すると、隣いた落合がピン、っと高音の弦をはじく。俺達は、彼に視線を集中させる。

 

 

「答えは常に闇夜に存在する。だけど、もしかしたら手の届くような場所にあるかもしれない…そういうことかな?」

 

「全然違うと思います」

 

「…どうやら闇から逃れる術はないらしいね」

 

 

 真顔で小早川に否定される落合。実に珍しい光景である。珍しいが故に、落合も珍しくピタッとギターを弾く手を止めていた。目に見えてダメージを受けているように見えた。

 

 

「あー、俺なりに、閉じ込められた理由を色々考えてみてが、やっぱり…分断されて慌てふためく俺達を見て、楽しむため…とか」

 

「考えそうですね!マンネリ化してしまった展開にテコを入れるためとか!!そんな理由で!」

 

「……アイツが俺達を弄んで楽しもうとしてる…ということで良いよな?」

 

「はい!差し支え在りません!!」

 

 

 ありきたりかつ、モノパンの考えそうな事を考えてみる。でも、それが確信かと言われれば、どうにも頷きにくい。…とても煮え切らない。

 

 

「無難すぎる…もっと深い意味こそある…裏の裏を見ていくのが定石さ」

 

「…じゃあ、お前はどう思うんだ?」

 

「…言葉にするのは難しいけど」

 

「いや、難しいのはお前の言葉だ」

 

「…その理由は、決して目に見えることの無い"脅威"のようなものが原因なのかも知れない」

 

 

 明らかに無視されたことは置いておくとして、彼の引っかかる言い方に"脅威?"と俺は思わず聞き返す。

 

 

「その"脅威”とは、何も地中に埋もれていたり、目に見えないほど微細であるということではない。何故ならそれは僕達の中に、いや僕達の心の中に潜むモノだからさ。それを感じたモノパンは、無理矢理と言うなの断絶を引き起こし、そしてこの世界と僕らの関係に亀裂を入れた」

 

「……というと?」

 

「僕達を開放しようとしたのさ、がんじがらめに縛り上げようとする運命からね?」

 

「………」プシュー

 

「…つまり、あれか?俺達を、何かから切り離そうとした……ということか?」

 

 

 贄波がいない分、できるだけ自前で解釈しようよ考えた結果を口にしていく。すると、ジャランと、調子よくギターを鳴らす。

 

 

「どう捉えるかは君達の自由さ…」

 

「成程!!」

 

「……」

 

 

 当たりか?と思わせといて、答えを示そうとしない。その言動に一瞬手が出そうになったが…取りあえず一呼吸。

 

 ……だけど、もし落合の言葉をまともに解釈しようとしたなら……モノパンは俺達をその何かから…遠ざけようとした…?ということになる。

 

 …でも、何から?何のために?それも、何故モノパンが?

 

 落合らしい、ありきたりじゃない、的外れとも言えない、ある種独特な立ち位置の意見。

 

 思い返せば、落合はちゃんちゃらおかしな意見を発言したことはあまり無い。まぁ、彼の言葉の意味を捉えられればの前提はあるが。

 

 だからこそ、引っかかってしまうし、捨てきれない。俺は思い詰めたように、顔をしかめ、彼の言葉を真面目に思案してみる。

 

 

 

 すると――――

 

 

 

『ピン、ポン、パン、ポーン』

 

 

「…?」

 

「何だ…?」

 

 

 思考の最中、突然その音は響いた。昨日の、無くなった橋を目の前にした時と同じ調子のチャイム。

 

 昼に何かそういう決まり見たいなものはあっただろうか?…そう思って、時計を見てみる。針は丁度12の数字に重なっていた。

 

 

 

『あーあー、えー………ミナサマおはこんにちハ。ミナサマのミナサマのモノパンでございまス、これより、お昼の放送を開始いたしまス』

 

 

 普段とは明らかに違う異質なアナウンスに、俺は息のつまるような面持ちでモノパンの声に耳を傾けていく。

 

 

『えー、突然の放送に驚かれる方は多いと思われますガ……まずはその理由を説明する前に…昨日修理に出しました橋についてご報告致しまス』

 

 

 内容はやはり橋の事。態々こんな時間に報告することと言えば、それぐらいしか思い浮かばなかった。少し、緊張がほぐれる。

 

 

『えーワタクシとしたことが、このエリア4に関しては少々手が回っておらず、橋自体の老朽化が顕著に進んでおりましタ。そのため、突然の改修工事か決定づけられましタ』

 

 

「…白々しいな」

 

「何も私達が此方を探索している時に持っていかなくても良かったではないですか!!」

 

 

 モノパンに聞こえているのか分からないのに、俺達は責めるような声を上げていく。

 

 

『えー改修につきましては、今日を含めて約4日を必要とするため、その最低でも4日間は今いる場所での生活を続けて頂きまス』

 

「よ、四日間…」

 

「長いような…短いような…」

 

「なぁに、僕らが生きる人生に比べたら、とても短いものさ。気にすることなんて自由への冒涜に等しい」

 

「………」

 

 

 …ええと、つまり…俺達が無理に崖を渡ろうとせずとも、4日間この生活を続けていれば、ここから脱出できる…。モノパンはきっとそう言っているのだろう。

 

 これまでの出来事に遺憾はあれど、仕事はきっちりとするモノパンの言葉を聞いて、僅かながらも安心感を持つ。

 

 

『と、ここまでが昨日までの報告となりまス…続きまして先ほど濁させて頂いた本題について、発表させていただきまス』

 

「……さっきのが本題ではなかったのですね」

 

 

 小早川の言うとおりだと思った。一体何を言いたいのか、もどかしいような気持ちで再び耳を向けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

『えーまずは結論から言わせていただきまス。これより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――”動機発表”を、行いたいと思いまス』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…――――!!???」

 

 

 "動機発表"その言葉を耳にした途端、思わず飛び上がる。ガタンと椅子が転がってしまう。小早川も驚いたように口を塞ぎ、落合もギターのチューニングの手を止めてしまう。

 

 

『と、この言葉に多少なりとも驚いている方がいらっしゃると思いますが…今回は少々仕様が異なりまス』

 

 

 少しの混乱を抱えている俺達なんてお構いなしに、モノパンは続けていく。俺は頭の整理は付かずとも、今は目の前のモノパンの言葉に集中していく。

 

 

『まず始めに説明を致しますのは、今回の動機の内容。それは今生き残っていらっしゃるミナサマを対象とした…――――”恥ずかしい過去の大公開”…でございまス』

 

「…恥ずかしい過去の」

 

「大公開…ですか」

 

『えー仕様が分からないと言う方のために例に挙げますと、一番最初に亡くなられた朝衣式さんの場合”実はコーヒー好きだが、ブラックは絶対に飲めない”…といったようになりまス』

 

「何か勝手に人の過去をバラし始めたぞ」

 

 

 しかもよりにもよって朝衣の…。小さな怒りが、心に走る。

 

 

 …――――いやそうじゃなくて。ていうかそれって恥ずかしい過去なのか?恥ずかしい習慣じゃ無いのか?と、内心つっこんでみる。

 

 

『と、このような恥ずかしい過去を…――――”1日1人ずつ”読み上げさせて頂きまス』

 

「い、1日、1人…」

 

 

 『1日1人』…生き残っている俺達の誰かの黒歴史を暴露していく。俺かも知れないし、小早川かも知れない。そして今が恥ずかしい過去なのではないかという落合かもしれない。

 

 まだ前回の裁判から2日も経っていないのに…。俺は昨日から続いていくハプニングの数々に、頭を抱えてしまう。

 

 だけどそんな俺達の事なんて知らないと…一通りの説明を終えたモノパンは、"ではでは"と、間を置き。そして嬉々とした声で続けていく。

 

 

 

『まず最初の動機発表を行いと思いまス!!ご静聴下さイ!!第1の、動機発表の犠牲者は~~~~~』

 

 

 

 ――――誰が来るのか、誰のどんな過去が暴露されるのか。

 

 

 

 その緊張感が、喉を枯らす。それを潤すように、息と、唾を呑みこむ。だけど、その程度では緩和されることは無かった。

 

 

 

 モノパンの、焦らすようような、息を吸う音が聞こえる。

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

『――――――――…ニコラスバーンシュタインクンでーーース!!!』

 

 

 

 

 

「……に、ニコラスの?」

 

 

 思わぬ人選に、つい声がこぼれてしまう。

 

 

「不意の人選、まさかこの人…よくある話だね。僕もよくあるよ」

 

「……あるのか」

 

「確かに意外ですけど…それよりもニコラスさんの秘密、って…一体」

 

 

 確かに小早川の言うとおり…気にならないと言えば嘘になる。何故彼からなのか、疑問は尽きないが…思わず、耳をすましてしまう。

 

 モノパンは朗々とした口調を崩さず、続けていく。

 

 

 

『超高校級の錬金術師であるニコラスクン。実は昔…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――10人の女性と同時に交際していた経験があル』

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

『――――――以上、動機発表で第一弾でしタ~」

 

 

 

「………」

 

「……じゅ、10人…」

 

 

 

 大層な間をあけて何を言い出すのかと思えば…

 

 

 いや、しょうもな…

 

 

 それが率直な感想であった。

 

 

 どれほど恥ずかしい過去なのかと…いや暴露された本人的にはきっと相当な黒歴史なのだろうが…それでも固唾を呑んで座して待っていたはずなのに……何だか心の準備が無駄に終わったような感じである。

 

 

『それでは、また明日12時にお会いしましょウ!アデューーーーー』

 

 

『ピン、ポン、パン、ポーン』

 

 

 

「……何だったんだ?」

 

「……さぁ」

 

 

 同じく困惑する小早川と目を合わせて一言。落合に目を向けても、答える気は無い、そう思わせるようにただニヒルな笑顔を見せるだけ。

 

 それ以上に会話は無く、ただ呆然とした奇妙な静けさだけが、食堂を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

「――――それで…何か言う事はあるか?ニコラス」

 

『不本意の一言に尽きるね、キミ。流石のボクも10人の女性は抱えきれない。せいぜい7人が限界だよ』

 

「…複数の女性との交際は認めるんだな」

 

『前にも言っただろう?ボクは探偵であると同時に、化学者なのさ。事実を事実と認めてこそ、ボクをボクたらしめる。……まぁ否定しなかったおかげで、こちら側のマドマァゼェル達には、埋まるかも分からない距離を置かれてしまっているけどね!』

 

「置かれてるのか…」

 

 

 夜のアナウンスから1時間、俺達は変わらず食堂にてニコラス達からかかってきた定時報告を受けていた。内容は勿論、先ほどの”動機発表”の放送。

 

 これまでの経緯については友人として色々と言いたいことはあるが…。だけど彼の発言から、さっき流された動機と言う名の”情報”。それは単なるねつ造では無く、事実であったことが確信できた。

 

 

『…ともかく、今日始まったモノパンの放送。あそこから流される情報は、細かい精度にムラはあれど…信じるに足るモノが含まれている。そしてそれが、また明日も流される……ということになるね、キミ』

 

「…だよな」

 

 

 コロシアイの火蓋を何度も切ってきた動機発表。前回はゲームを最後までクリアしたモノのみに特典として渡し、その内の1つに爆弾を仕込むという方法で。そして今度は、全員分の過去を欠片のようにチラチラと降らしていくというスタイル。

 

 …こざかしいというか、鬱陶しいというか。よくまあこんな嫌らしい寸法を毎度毎度考えつくものだ。

 

 だけど俺達を不安にさせる材料として、その方法は申し分ないのが何ともムカつく話である。

 

 

「何か…動機をスルーできる方法は無いのか…」

 

 

 …その方法を何とか止めたいという気持ちはある…だけど動機発表の元栓はモノパンの絶対領域ともいえる放送から。そこを潰さない限り、その発表を止めることはできない。

 

 すなわち、俺達がとれる対策は。

 

 

「全員で放送の時に耳に蓋をする…という方法は?」

 

 

 そういった原始的な方法しかなかった。”あっ!それ良い方法ですね!”と、外野から小早川の言葉が聞こえる。あまり頼もしいとは言えない賛同である。

 

 

『…やってみるに越したことはないだろうけど、果たしてモノパンが許すかどうか、と言ったところだね』

 

 

 案の上、電話の向こうのニコラスは気乗りしないように返す。俺自身も、正直こんな粗末な方法が対策になるのか…そんなことも気付かないほどモノパンは馬鹿なのか…そう思えて仕方なかった。

 

 つまる所この話題の結論は…お手上げ、ということである。

 

 

『でもまぁ、かれこれと言ってきたボク達だけど…何よりも最優先で注意すべきなのは明日の放送さ。一体誰のどんな情報を開示するのかは定かでは無いが…気を引き締めておいた方が良い』

 

「……」

 

『確かに今回の場合は、まぁ自分で言うのも何だけど…大したことではなかった。でもあれはきっと前哨戦、ボクシングで言う挨拶程度のジャブ、野球で言う見せ球用の煽りストレートさ』

 

「…いや、前者はともかく後者は分からん」

 

『とにかく……あのモノパンの事だ、きっと準備くらいはしているはずさ。ボク達の中に潜んだ、決して触れてはいけないパンドラの箱のようなモノをね』

 

「………」

 

 

 俺は、視線を周りを4人の生徒に向けていく。生徒達は、どうした?そんな表情で答える。

 

 

 ――――もしも、生徒達の中に……あまり考えたくないが…俺達の中に、決して探られて欲しくない何かを抱えている生徒がいたとしたら…。

 

 それが暴かれる、バレる…そんなのイヤだ…そう思った誰かがいたとしたら…。

 

 それを、無理矢理にでも塞ごうとすることに誰かがいたら…。

 

 

 きっとまた…起こって仕舞う。…コロシアイが、学級裁判が。

 

 

 …まるで地雷原に無理矢理押し出されたような気分だった。いつ誰を至らしめても可笑しく無い、特大の地雷地帯。

 

 酷い痛みが、脳の中を駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも…。

 

 

 

 

 

「……それでも、俺は」

 

『ああ、キミはそれで良い』

 

「…え?」

 

『キミは、ボクらを信じることに専念すれば良い。そしてボクらを疑うのは名探偵であるボクの役目だ。…その方が、きっとキミにとっても、ボクにとっても最適な分担のはずさ。…違うかい?』

 

「……ニコラス」

 

『アプローチの仕方は違えど、キミとボクの終着点は一緒。真実にたどり着くことに変わりは無いさ』

 

「ああ……そうだな。そうだよな」

 

 

 疑う余地の無いくらいに信じる俺と、信じられない余地の無いほど疑うニコラス。みたび修羅場をくぐり抜けてきたからこそ、彼のその言葉に強い確信と理解を持てた。

 

 同時に、俺にとって、それ以上に心強い言葉は無かった。

 

 

『……少しクサいことを言い過ぎたかもしれないね。そろそろ良い時間だから、報告はこれぐらいにしておこう。今回はボクが特例でミス雲居からチェンジしているけど…明日からはちゃんと別の生徒に任せる予定だから、そこんところは宜しくだぜ?キミ』

 

「いきなり特例を使うのか…」

 

『常にイレギュラーを想定し、そして動いていくのがボクなのさ』

 

「……はぁ、そうか。だったら。切る前に、少し良いか?」

 

 

 ニコラスが電話を切ろうとする。その間際。ふと気になったことがあった。俺は、彼の置こうとするその手を言葉で制止させた。

 

 

『……何だい?』

 

「”雨竜”の様子は…どうだ…?」 

 

 

 前回の裁判から二夜も明けての彼の現状を聞いてみる。今のところ、生きているという事は伝わっているのだが…具体的な様子は分かっていなかった。

 

 

『………キミの期待する結果では無い事は確かさ』

 

 

 だけど、気を使って濁してくれているのだろうが……きっとまだ部屋か出てきてすらいない…と暗に答えてくれているのだろう。

 

 "そうか…”俺は察した声色で、小さく頷いた。

 

 

『安心したまえよマイフレンド。彼のことはボクら任せたまえ…大丈夫、生きてキミ達の目の前に引っ張り出して見せるさ。キミ達は何よりも、橋が直るまでそこで生き残ることにベストを尽くしておくれ』

 

「…そうだな、ありがとう」

 

『ははっ!礼には及ばないさ!!なんせこのボクは超高校級の錬金術師であり!!超高校級の名探偵!!!ニコラ――――――』

 

 

 ――――ブツっ、と切った。一方的に、きっと面倒くさくなると思ったから。

 

 そして俺は、すぐさま今ニコラスと話した内容を生徒達に伝えていった。

 

 

「――――と、いうことらしい」

 

「…ええとまとめると…私達の現状は未だ安全とは言えない、雨竜さんは今もお部屋の中に、そしてえーっと…動機発表については、対策不能…。うう……もう頭がこんがらがってしまいそうな数々です」

 

「全部まとめて考えちまうと、ストレスで夜も寝れなくなっちまうんだよねぇ。今は目の前の1つ1つを丁寧に解決いくしかないみたいだねぇ」

 

「……いや、私は眠い」

 

「例外がいた所為いちまったんだよねぇ。ていうかあんた昼間っからずっと寝てたきがするんだけどねぇ」

 

「しょうが無い…生物とはとにかく寝ることが仕事だから」

 

「…開き直りの仕方がもう清々しいんだよねぇ」

 

「でも睡眠は美容に良いですからね!!」

 

「……その通り、今私は美容活動をしている」

 

「過ぎたるは及ばざるが如しということが、あるよね?微量は薬となり得、過剰は猛毒と化す良薬のように、風切さんは今、ほどほどから逸脱した領域に達しようとしているのかもしれない。限度とは…ああそうさ…自分で決めるモノだけど、時には人の言葉を信じてみるのは…どうかな?」

 

「…うるさい」

 

「……」チャラン

 

 

 …長い口上が一言で一蹴されてしまった。…案外落合って、シンプルな言葉に弱いよな。皮肉な話だが。

 

 

「……とにかく、今日はこれぐらいにして、解散にするか」

 

「まぁ他にやることは無さそうだからねぇ、さっさと寝床に付くとするかねぇ」

 

「分かりました!!では皆さん!また明日ですね!!」

 

「…おや」

 

「………」ジャラン

 

 

 解散の言葉と共に、生徒達はそれぞれの部屋へと散っていく。

 

 

 俺も、その後に続いて、部屋へと戻っていく。

 

 

 また明日…何が起こって仕舞うのか。何が俺達を待ち受けているのか。どこまでもつきまとう不安にかられながらも、俺はその日に、エリア4での監禁生活の2日目に区切りをつけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

 

 

「突然ですが、ミナサマは”占い”を信じていたりしますカ?」

 

「――――ええ、勿論かなり信心深い方もいらっしゃれば、まったく信じない、アホくさいと言う方もいらっしゃることでしょウ」

 

「…そういうワタクシは、実は結構信じちゃうタイプでしテ」

 

「その日の朝にテレビの最後で流されるコーナーを見て、もし自分の星座が上位にあったのなら気分良く、悪ければ気分悪く…典型的な”信じる”タイプでしタ」

 

「ですが……そういった日常を繰り返している内に、ふと思ったんでス」

 

「…もしも導き出された運勢が全て幸福なら、全て不幸なら…と」

 

「その結果が人生を大きく左右されるわけでは無いですガ…前者であれば、きっと誰もが晴れやかな表情で1日を過ごせることでしょウ」

 

「きっと、此方を望む方は多いと思われまス」

 

「ではもしも逆であれば……皆は暗い面持ち二?……いえ、むしろ面白いと思うかも知れませんネ。信号無視、皆で渡れば怖くない、と言ったよう二」

 

「あまりそういった終末的な考えの方は…できれば多くはあっては欲しくないですネ」

 

「……まぁワタクシはその少数派側なんですガ」

 

「えっ?どうしてそんな辛気くさいことを考えるのかっテ?」

 

「それはもう、そっちの方が”嬉しい”からですヨ」

 

「もうね…皆、不幸になって死んでしまえば良い…そう思ってすらいまス」

 

「…あ、流石に死んで欲しいは言い過ぎでしたネ」

 

「――――でもまぁ、結局のお話。そんな占いなんて、面白くもなんとも無いですよネ」

 

「だってみーんな幸福だったり、不幸だったりしたら全然優越感なんて感じられませんもン」

 

「誰かより結果が良いからこそ、占いは面白いんでス」

 

「それを全部平たくしてしまったら、もう娯楽として成り立たなくなってしまいまス」

 

「善し悪しがあるからこそ、それは娯楽として受け入れられるのでス」

 

「そう、善し悪しがあるからこそ…でス」

 

「以上、為にも薬にもならない、モノパンの独り言でしタ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 

 




お世話になります。水鳥ばんちょです。
短めですが、日常編です。






↓コラム



〇生徒達の家族構成……と

男子の場合

・折木 公平⇒父、母、姉

・陽炎坂 天翔⇒父、母(離婚)

・鮫島 丈ノ介⇒父、母、妹(重病)

・沼野 浮草⇒義理の父、義理の母、義理の兄(死亡)

・古家 新坐ヱ門⇒父、母

・雨竜 狂四郎⇒父、母(死亡)、長兄、次兄、弟

・落合 隼人⇒父(行方不明)、母、弟、

・ニコラス・バーンシュタイン⇒父、母、兄

女子の場合

・水無月 カルタ⇒父、母、姉

・小早川 梓葉⇒父、義理の母、長姉、次姉、妹

・雲居 蛍⇒父、母、妹

・反町 素直⇒父、母(死亡)

・風切 柊子⇒父、母、弟(重傷)

・長門 凛音⇒祖父、父(死亡)、母(死亡)

・朝衣 式⇒父、母、長兄、次兄

・贄波 司⇒父、母



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Chapter4 -(非)日常編- 17日目

 

 ~~~~~~

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 ~~~~~~

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

 決められた時間に毎度飽きること無く鳴り響く朝のアナウンスに起こされながら、決められた約束を守るために、食堂へとやってくる。

 

 そして、決められた人間である俺は、向こう側へと繋がる受話器を耳に押し当てていた。

 

 

「…んで、今回は決められた当番が私だったわけです」

 

「…そうか」

 

「不満ですか?」

 

「…当番制なんだから不満も何もないだろ」

 

 

 開口一番からの、今回の連絡係である雲居の卑屈な発言。通常通りとはいえ、思わず頬を引きつらせてしまう。

 

 

「なら良かったです。んじゃ本題に入るですね、昨日の監禁生活の具合はどんなもんだったですか?」

 

「…モノパンの唐突な動機発表以外に大きな変化は無い」

 

「ふーん、そっちは平和そのものの日々だったみたいですね。何よりです。…こっちもニコラスを村八分にしてる位で大した事は起きてないです」

 

「…十分大したことが起きている気がするんだが」

 

 

 そういえば、と。昨日、"距離を置かれてる”とか何とかニコラスは冗談めかしに言ってたことを思い出す。嘘か本当か定かでは無かったが…まさか偽りなく壁を作られていたとは…。

 

 

「過ぎたこととはいえ、不貞をいたした輩に変わりは無いですから。当然の処置です」

 

「…あまりやり過ぎるなよ、そっちは女子の方が人数が多いんだから」

 

 

 女性間のそう言ったもめ事は極めて生々しいと聞くからな。

 

 

「別に過度な心配しなくても大丈夫ですよ。あんたが想像しているよりも深刻な雰囲気はないです…馬鹿みたいに自信に満ち満ちあふれたあいつの鼻っ柱を小突いてるくらいの状況です」

 

「…そうか。なら良いんだが」

 

 

 良いのだろうか?…と再度考えてみたが、何のそのと笑い飛ばすニコラスの姿が思い浮かんだため、良いということにした。

 

 

「それに、こんなことでコロシアイに発展するんだったら、もっと犠牲は増えてるはずですし。コソコソ隠してた今までの連中のディープな過去に比べたら、かわいいもんですよ」

 

「……確かにな」

 

 

 そう聞いて、俺は大事になっていないことにホッと安堵する。

 

 

「まぁでも、その10股された女性が私達の中に潜んでいたなら…話は別ですけど」

 

「………」

 

 

 一瞬寒気がよぎってしまったが…もしそれが本当だとしたら、初日の顔合わせの時に既に刺されているかぶん殴られているはずだから、恐らく心配は無いだろう。俺は、改めて安堵する。

 

 

「んで話を元に戻すですけど…――朗報と悲報が1つずつあるんですけど…どっちが聞きたいですか?」

 

「……」

 

 

 どこぞのアメリカ映画のような質問に、しばし逡巡。

 

 

「でも悲報から話すと順序が成り立たなくなるんで、朗報から話すですね」

 

 

 だけど考える隙間も無いと、雲居は話を続けていく。じゃあ聞くなよと思ったのは、誰もが考えることだろう。

 

 

「えーっとまず朗報ですけど、雨竜の奴が部屋から出てきたんです」

 

「雨竜が!?」

 

 

 願っても無い出来事がしれっとこぼれたのだから、俺はつい大声を出してしまう。周りの小早川達が、驚かせてしまう。

 

 

「んで…悲報の方は…雨竜の奴がまたこもり始めたんです」

 

「……えっ」

 

 

 続けざまに、雲居は雨竜に関する新たな情報を注いでいく。その浮き沈みの速度に、脳みそがついて行けずに居た。

 

 

「しかも図書館に」

 

「と、図書館?」

 

「そうです。おかげで私の貴重な読書の時間がお流れになってしまったんです。……どうしてくれるですか?」

 

「……えっ、俺の所為か?」

 

「ただの八つ当たりです。あんたの所為ではないですけど、はけ口が無いので観念するです」

 

「………」

 

 

 急に仲間の安否が確認されたと思った、急に仲間から責任がおっかぶされる……どう考えても理不尽が過ぎる一連の流れであった。

 

 

 だけど…それ以上に…。

 

 

「でも…雨竜の奴、部屋から出てこれたんだな…」

 

 

 裁判から今日までずっと姿を表わさなかった彼が、やっと確認できた。その情報だけでも、悲報を覆すほどの朗報に思えた。

 

 

「確かに安心はしたですけど…困ったもんですよ。散々心配掛けた挙げ句、今度は知識の独占。何がしたいんだか…分かったもんじゃ無いです」

 

「……」

 

 

 と、彼の安否に対しての思いは当然個人差があるみたいで、雲居はイライラを隠せないでいるようだった。だけどまぁ、業腹な理由は、どう考えても”図書館に引きこもる”ということなのは考えるまでも無かった。

 

 

「…だから、今日は1日使って図書館前にて抗議活動を行うつもりです」

 

「…革命でも起こすつもりか?」

 

「場合によっては 武力行使もいとわない所存です」

 

 

 いや過激派過ぎるだろ。日本でも中々無い攻撃性だぞ。

 

 

「……くれぐれも穏便にな」

 

「あいつの出方次第ですね。…でもまぁ、色々言ったですけど、雨竜の事は進展があったらまた夜にでも話すですよ」

 

「ああ…頼む」

 

 

 俺は心を込めて、そう雲居に伝える。

 

 …雲居のことだから武器は使わずとも、手は高確率で出る心配がある。時々、反町より喧嘩っ早い性分を見せる時があるからな。…ていうかウチの女子生徒、物騒な奴多すぎないか?今更だけど。

 

 

「…ところで、話は変わるですけど。折木」

 

「何だ?」

 

「あんた、昨日贄波に何か吹き込んだりしたですか?」

 

「…………………………いや、何も」

 

 

 唐突に変わった話に、俺は小さくない間を置いて返事をする。

 

 

「…嘘ですね」

 

 

 だけどあからさまに身に覚えがあると踏まれたため、すぐに雲居からダウトを受ける。

 

 

「ぐっ…」

 

「何故なら、今日の朝から、つまりあんたと電話をした翌日に、妙に張り切って料理の練習してたからです。それも"グラウンド"で」

 

「…ぐ、グラウンド」

 

 

 いや、まず場所の時点で不安しか持てない。十中八九料理のための材料を採取しているのだろうが…今時料理に”現地調達”という言葉は余りに時代錯誤が過ぎる様に思えた。

 

 

「そんで、試食会みたいなのを今日やらされたです」

 

「……どうだった?」

 

「言わずもがなです。未だに口の中から大自然の風味が残ってるです」

 

「………そうか」

 

 

 …バランスは良さそうだな。という言葉が出てきそうになったが、グッとこらえ、代わりに心からの謝罪を口にする。こう言っておかないと、また彼女から毒を吐かれそうだったから。

 

 

「……そんで被害を被った反町から伝言です。"帰ってきたら覚えとけよ”…だそうです」

 

「………」

 

 

 だけど雲居からでは無く、別の生徒からの背筋も凍るような”脅し”を受けてしまった。

 

 

「じゃあ切るですね」

 

 

 ガチャリと、冷たく音を切り離される。俺は頬を引きつらせながら、受話器を耳に当て、向こう側で流れるツー、ツー、という音を耳に流がし続ける。

 

 

 何となく……余計向こうに帰るのが段々嫌になってきた気がする。

 

 

 不謹慎ではあるが、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『ランドリー』】

 

 

「……」

 

「……」カチャカチャ

 

 

 ゴウゴウと服が回る洗濯機の音が響くランドリー。タダでさえ静けさが目立つ室内で、おもちゃをイジるようなプラスチック音もまた流れ、沈黙を助長させていた。

 

 俺は、その発信源である隣に目を向けた。

 

 そこには、椅子に腰掛け、黙々と作業に没頭する風切が居た。彼女が対するテーブルの上には、いつも背中に携えていたライフルが分解された状態で並べられていた。

 

 

「いつもやってるのか?その作業」

 

 

 その酷く複雑な工程を眺めながら試しに一言。

 

 

「…うん、毎日やってる」カチャカチャ

 

 

 その没頭具合から返答があるか怪しかったが…メンテナンス道具らしき長い棒に綿をくくりつけたようなもので筒をほじくりながら彼女はそう答える。

 

 

「…そういえば、お前と初めて会ったときから今までずっと背中に張り付けていたよな。しかも埃一つ無い綺麗なまんまで」

 

「大切な相棒だから、当然。だからこそ、毎日体調を整えてあげてる」

 

 

 そう言いながら、まるで我が子を愛おしむように、バラバラになったライフルを、いつも無表情の彼女からは考えられないほど穏やかな表情で眺める。

 

 

「…それに、この子はそこらの代物の中でも特に一筋縄じゃいかないヤツ…だから念入りにご機嫌を取らないと、すぐに拗ねちゃう」

 

「ご機嫌を取らなかっただけで照準がぶれたりするのか?」

 

「…うん、もの凄くブレる。1回メンテナンスを怠けただけで、2~3発撃ったら弾詰まり」

 

 

 それただの欠陥品なんじゃないか?と思ってしまったのは内緒だ。

 

 

「…それに良く言う。できの悪い子ほど愛おしいって」

 

「……できが悪いのは自覚してるのか」

 

 

 …同時に、それは人では無く銃ではないか?と口にしそうになったが、流石に無粋だと、寸前で飲み込んだ。先ほどの彼女の表情からしても、目の前のライフルは友達、もしくは家族同然の存在。だからこそ余計にそう思えた。

 

 

「だから今私は大事な対話の時間を過ごしてるから………テーブル、揺らさないでね?」

 

「………」

 

 

 静かにしていろじゃなく、揺らさないでね、と言われたのは初めてだったが…そのとんでもない集中力を邪魔するのもまた無粋であった為に、テーブルから一定の距離を取っていく。

 

 そんな中で、ふと気になることがあった。といってもたわいも無いし、どうってことない、雑談程度の気になること。

 

 

「でも…何で個室でやらないんだ?あっちの方が断然静かだし、気が散ることもないだろ?」

 

 

 どう考えてもこのランドリーよりも環境としてはあの部屋の中の方が上のはずなのに。そう思ってのもっともな質問。

 

 

「…あの個室、いつも寝てた本来の場所より埃っぽいから集中できない」

 

 

 聞かれた彼女は筒に目を通しながら、あっさりと答えていく。

 

 その返答に、意外に神経質な所もあるんだな…と彼女の新たな一面を見て思った。正直、俺達の中で1,2を争う図太い奴と認識していたから。

 

 

「…まぁでも確かに、エリア1よりは息が詰まる所はあるかもな」

 

 

 だけど俺自身も彼女に同意見であった。

 

 今までは世界に張り付けられた風景のおかげもあり、限りなく屋外に近い世界の中で過ごせていた。だけど今は、寒空の所為でホテルの中という明確に室内の中と認識させられる環境に変わり…より鮮明な閉塞感を感じてしまっている。

 

 

「うん…だから、早くココから出て、ログハウスエリアに戻りたい」

 

「……今はここに閉じ込められて2日だから…後2日の辛抱だな」

 

 

 モノパンが昨日放送していた”最低でも4日はかかる”という言葉を鵜呑みにすれば…の話だが。

 

 

「…ついでにこのジオなんたらからも出たい」

 

「………それは…未定、だな」

 

 

 そこまで言うと流石無理があった。無理と思うべきなので無いが…そう簡単なことじゃない。

 

 風切も自身も分かっているのだろう、はぁ、とため息。

 

 

「…でも、気付いたら…もう半月もこの施設の中で過ごしてる」

 

「……」

 

 

 すると風切は、メンテナンスの手を止め、宙を眺めたまま、しみじみと振り返り出す。

 

 そういえば、と、俺自身も。激動の毎日を駆け抜けてきた所為で実感を持っていなかったが、恐らく風切が言った位の日にちが経ってしまっている。時の流れは早いと言うべきなのか、

 

 

「…途中から数えて無いけど…そんなに経ってるのか」

 

「…うん」

 

 

 だというのに、それなのに助けも無くて、何処にも脱出の手がかりも無い。

 

 加えて、もしかしたら既に何年後かも分からない未来に立っているかも知れない、俺達の希望ヶ峰学園がただならぬ事態に見回られているかも知れない。そして、脱出の手がかりを見つけようと、このエリアを探索しに来たというのに。

 

 

「むしろ、状況が悪化しているような気がするよ…笑えない話だけどな」

 

「…本当に、ね」

 

 

 しょうが無いとも言えた。どんなに諦めずに探索をしたりしても、どんなに努力してきても結局手がかりなんて見つからない。

 

 だのに、仲間が1人、また1人と消えていく。コロシアイ、疑いあいが続いていく。日々が過ぎる度に、刻々と深刻さは増していく。またため息をつきたくなる陰鬱さがぶりかえすようだった。

 

 

「ねぇ…公平は…」

 

「……?」

 

「………もう嫌になったとかってある?」

 

「……」

 

 

 風切は俺を視線で射貫く。今の俺自身を、文字通り貫くような質問であった。つまりそれは、脱出することが、何かを探すことに嫌気が差したのか。ということに他ならなかった。

 

 

「そんなことはない……」

 

 

 だけど、その答えに時間を要することは無かった。でも…。

 

 

「そんなことはない……だけど」

 

「…けど?」

 

「…………少し疲れてきたのは…ある」

 

 

 回答には、時間はかからなかったが…ハッキリとした答えでは無かった。それでも俺は言い切った。どちらも、俺自身の嘘偽り無い答えであったから。

 

 

「………そっか」

 

 

 そしてそれは弱音とも言えた。俺は情けなくなる様な気持ちを噛みしめる。

 

 

「……じゃあ、今の時間は大切にしないとね」

 

「…え?」

 

 

 だけど、そんな情けない弱音の吐露から帰ってきたのは、励ましでも、叱責でも無く、全く別の…より添いの言葉であった。俺は、思わず呆けた顔になってしまう。

 

 

「…昔、”センパイ”に言われた。誰かに弱音を吐くことは恥ずかしいことじゃない。…重い気持ちを軽くするための人にとって大切な行動だって」

 

「…また、例の”センパイ”とやらの受け売りか」

 

 

 前にエリア2の時に話した、彼女の恩人、この希望ヶ峰学園に来た理由とまで言っていた、あの話を思い出す。

 

 

「うん、私が”塞ぎ込んでた”時期に…”センパイ”が言ってくれた」

 

「………塞ぎ込んでた?」

 

「そう、今の公平みたいに。でもセンパイにそう言われて、いっぱい怒って、いっぱい話して、いっぱい泣いて、いっぱいまた泣いて…そんないっぱいを繰り返してたら…不思議と心が軽くなってた」

 

「………」

 

「…だから、やっと今みたいに生活できるようになれた」

 

「……風切?」

 

「…だから、やっと自分の罪に向き合えるようになった」

 

「………」

 

「…だから、やっと…”翔斗(しょうと)”と、向き合えた」

 

「………?」

 

 

 

 唐突な、風切の続けざまの言葉に…俺は、首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのね、公平。私……――――――――――”自分の家族を殺しかけたことがあるの”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷に打たれたような、そしてとても冷水をぶっかけられたような。

 

 そんな強い衝撃としびれが体に走るようだった。

 

 だってなんてことも無い1日の雑談の中で…しかも俺なんかの前で、風切は目の色を変えること無く、自分が殺人未遂を犯したことがある、そう告白したのだから。

 

 俺は”えっ…?”と呟きながら、酷い硬直に陥る。

 

 

「……ごめん、急にこんなこと言って」

 

「いや…でも……」

 

 

 ぺこりと頭を下げ風切に、俺は当惑してしまう。

 

 

「何でそんな大事な事を、急に?」

 

「…”今”、言うべきだと思った」

 

「今?」

 

「……動機発表、あるでしょ?……あれは誰かの、恥ずかしい過去を発表するもの」

 

 

 そう言った風切の理由に、俺はハッと、ようやく合点をいかせた。

 

 

「……もしかして、今のが、お前の?」

 

 

 風切は、コクリと頷いた。

 

 

「…うん、きっと…家族を、――――――”弟を殺しかけた”…それが私にとっての酷い過去、動機」

 

 

 モノパンがいずれ発表するであろう、風切にとっての動機。俺は、彼女の真剣な眼差しと向き合った。

 

 

「弟、を……」

 

「…前に、私の家は猟師の家系だって話したの、覚えてる?」

 

「あ、ああ…そこで銃のノウハウを学んだって言ってたよな?」

 

 

 そして、何故ハンターから射撃選手に転向したのか…そこははぐらかされたのも覚えている。

 

 

「……もしかして、その事件が、お前が射撃選手に転向した理由なのか?」

 

「…鋭い、その通り」

 

 

 あのときは何で、そう思って違和感を持っていたが…その理由が頷けた気がした。…家族を殺しかけたから何て…口が裂けても言えない。

 

 でも……。

 

 

「詳しく…聞いても良いか?」

 

「ココまで話したんだから、公平には骨まで呑んで貰う」

 

「……もう既につっかえそうなんだが」

 

「…しょうがない。……でも、殺しかけたと言っても、明確な殺意を持ってとかじゃない」

 

「というと?」

 

「…その日は、月に一度の姉弟だけの狩りをしてた。でも途中で、予防が足りなくて、弟が迷子になって、そっちに気を取られている間に、私は熊に背後を取られた」

 

「く、熊にか」

 

「うん、私より背丈のある…でかいヤツ」

 

 

 彼女の背丈から考えると…大体古家くらいの大きさと考えられた。

 

 

「…そしてすぐに木に追いやられた。私、尋常じゃ無いくらい震えてた。目の前に死が迫ってることに恐怖しかなかった」

 

 

 そう思うのも無理は無いと思えた。だってただでさえ人を殺傷するのに長けている熊が、目の前に迫っていたのだから。大きさから考えても、爪でひと掻きされたら、タダでは済まない。

 

 

「だから、私、手に持ってた猟銃で、撃った。自分自身の命を守るために。弾は熊の心臓を貫いた」

 

 

 焦っても超一流というべきか…流石の射撃能力と思えた。

 

 だけど風切はすぐに、”でも…”と声を暗くする。

 

 

「でも、弾は貫通した。そして、後ろで、熊の影になってた弟に…」

 

「当たって、しまった…」

 

「……うん。当たり所も悪かった。すぐに血を止めて、家に駆け込んだ、病院に運んだ」

 

 

 まさに悲劇であった。銃を撃たなければ自分は死んでいたからこそ、最善の答えが無い、極限の悲劇に思えた。そのときの彼女の心境は、考えるまでも無い計り知れないものだっただろう。

 

 

「何とか一命は取り留めたけど……でも、後遺症は残った。片目が見えなくなってた」

 

「…………片目を」

 

「おとーさんもおかーさんも、事故だった、仕方ないって…慰めてくれた。2人とも生きてくれてて良かったって、言ってくれた」

 

「………」

 

「でも私はトラウマとしてずっと記憶の中に残り続けてた」

 

 

 無理も無い、そう思わざる得なかった。もしも自分が同じ立場ならと考えたら、ぞっとしてしまう。

 

 

「だから、銃も手放した……勿体ないって止められた。でも私は銃で、”生物”を撃てなくなってた。イップスみたいになってた」

 

 

 それは彼女にとって、その道の終わりとも言えた。俺は、何を言うべきなのか…何も言わないべきなのか…それすらも分からなくなるほど…重い気持ちを感じていた。

 

 

「でも……本当は辞めたくなかった。おとーさんみたいな立派な猟師になりたいって…ずっと思ってたから……それに、翔斗のせいにしたくなかった。翔斗を撃った所為で、夢を諦めたくなかった」

 

 

 今も生きる弟に気に病んで欲しくないという責任感と、弟を撃ってしまった罪悪感に板挟みにされている様に見えた。一体どれほどの、重圧と戦っていたのか、凡人の俺には決して分からなかった。

 

 

「そんな時に、”センパイ”に出会った」

 

「…例の?」

 

「同じ高校で、変人って言われて遠巻きに皆に避けられてたけど…でも、私の悩みを無関係なのに親身に聞いてくれた……」

 

「………」

 

「…そういう他人にばっかり優しくする所は、公平にちょっと似てるかも知れない」

 

「そう、なのか」

 

 

 思わぬ所で重ねられた事に、少し動揺してしまう。他人にばかり、というのは少し引っかかったが。

 

 

「それから、いっぱい話を聞いて貰って、いっぱい相談して、いっぱいどうしようかって考えて…それでちょっとずつ治していこうって…」

 

「……それで、射撃を?」

 

「…幸い、エイム力は誰にも負けなかったから。動かない的のど真ん中に当てることなんて簡単だった」

 

「流石だな…」

 

「それでも、中途半端だって、自棄なってたときもあったけど…”中途半端でも貫き続ければ1つの道になる”って…また励ましてくれた」

 

「本当に…親身になってくれてたんだな。メンタルトレーナーみたいだな」

 

「うん、でもセンパイの本業は環境委員」

 

「……そうなのか」

 

 

 ますますセンパイとやらの人物像がぼやけていくようだった。でも、確実に彼女の人生の助けになっていることはひしひしと伝わってきた。

 

 

「おかげで、弟とも和解できた。そこでやっと、私は持ち直せた」

 

「……センパイとやらの取り持ちでか?」

 

「…うん。本当に頭が上がらない」

 

 

 ココまで聞いて、何故か彼女がセンパイにこだわるのか、何故希望ヶ峰学園に態々お礼をしに来たと言ってのけたのか、頷けた。まさに、恩人と言うべき存在であり、彼女に確かな影響を与えた存在だから。

 

 

「でも…風切。なんで、そんな大事なことを…俺に話そうと思ったんだ?」

 

 

 純粋な疑問であった。決して笑い話になんてできない悲劇を、凡人である俺に、それもこんな時に告白してきたのか…どうしても分からなかった。

 

 風切は、小さく間を開ける。そして、静かに息を吐いて、吸って…

 

 

「…私はもう、”救われてる”から」

 

 

 ――――救われているから?

 

 

 言われた俺は、首を傾げた。

 

 

「そう、翔斗と仲直りして、過去と向き合って、向き合い尽くして、清算してるから」

 

「……」

 

「……今の公平は昔の私に似ている表情をしてた」

 

「……お前の言う、塞ぎこんでたってやつか?」

 

「…うん、だからそんな苦しさ、少しでも和らげられたらって…思った」

 

 

 ”センパイ”が私にしてくれたみたいに”

 

 

 微笑みながら、風切は付け加えた。

 

 

「そして、今度は私が誰かを救えたら、って思った。……だから、公平に話した」

 

「………」

 

 

 

 ――――強いな、本当に

 

 

 

 ――――凡人の俺が、矮小に見えるくらいに

 

 

 

 黙って受け止めた俺は、すぐにそう思った。

 

 

「…どう?少し、楽になった?」

 

 

 だけど…気付くと、俺は今までの疲れが、苦しさが、確かに軽くなってるような気がした。

 

 

「…………そう、だな、お前の話を聞くと、俺の悩みなんてちっぽけなもんだ」

 

「…なら、良かった。センパイが褒められてるみたいで、”コーハイ”として鼻が高い」

 

「…慕ってるんだな」

 

「うん、恩人だから当然」

 

 

 ドヤっと、淡泊な表情からでも分かるほど誇らしげに胸を張った。その態度が、何故か可笑しくて、つい笑ってしまう。

 

 

「はは……そんなに慕ってるんだったら…実は、好きだったりするのか?」

 

 

 こういうのはセクハラ、に当たるのだろうが…冗談めかしに風切に聞いてみる。ある意味、気になっていたから。

 

 

「無い…人としては尊敬できるけど、恋愛対象としては全然ダメ」

 

「……」

 

 

 だけど彼女はそう即答した。

 

 一体、センパイという存在は一体どんな者なのか、ますます分からなくなってきた気がした。

 

 

 そして、徐に、首をひねって時計を見てみると…長針と短針が12時で重なり合おうとしていることに気付いた。

 

 

「…そろそろ、だな」

 

「…本当だ」

 

 

 俺の言葉に、風切も時計に目を向け、そう言った。

 

 

 そして――――

 

 

『ピンポンパンポーン』

 

 

「…来たか」

 

 

 昨日と同じチャイムの音が鳴り響いた。俺達は、覚悟を持った表情で、そのアナウンスに耳を傾けた。

 

 

『再びやって来ましタ!またもやってきましタ!お楽しみの動機発表タ~~~~イム!!!』

 

 

『楽しみして下さいましタ?楽しみすぎて、もだえ死んでたりしていませんカ?』

 

 

『だけどそんな事はこのモノパンが許しませン!断固!!キュン死!!萌え死!!』

 

 

『…と、御託はこのくらいにして…ではでは今回の動機発表の第2の犠牲者を発表といたしましょウ!!』

 

 

『今回の犠牲者は~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――小早川梓葉サンで~~~ス!!」

 

 

「……梓葉の?」

 

 

 

 だけど今回は、小早川のようで。見ると、風切はどこか、ホッとしているように思えた。

 

 俺も何故か、ホッとしてしまう。

 

 そしてすぐに思考を切り返す。

 

 秘密とは無縁そうな小早川。一体何が彼女の恥ずかしい過去なのか、また、昨日のニコラスのようなしょーもない事でも話すのだろう。

 

 

 

 俺は耳を塞ぐことも忘れて、そのアナウンスに耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

『超高校級の華道家である小早川梓葉サン、実は――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――"偽名"を使っている』

 

 

 

 

 

 

 

「――――――えっ?」

 

 

 

 

『以上!!FMモノパンでしタ~~~、ミナサマ良い夢見ろヨ~~~!!』

 

 

 

 ブツリと、モノパンは音を閉じた。

 

 

 俺は呆けた表情で、その場に固まってしまっていた。何か良くないことを聞いてしまって、どうしたら良いのか、どう行動したら良いの分からなくなったような硬直を。

 

 

 

「……どういうこと?偽名って?」

 

 

 銃のメンテナンスも中断し、風切は俺に目を向け、そう声を掛ける。 

 

 

 そんなの、聞きたいのは俺の方だった。

 

 

 …偽名?何故?

 

 

 では、小早川梓葉という生徒は、小早川梓葉では無いということ?

 

 

 彼女からは考えられないような内容に、秘密に…暫く、言葉を失ってしまう。

 

 

 ――――だけど

 

 

「………!!」ダッ

 

「え…公平!」

 

 

 俺はすぐさま、ランドリーから掛けだした。

 

 

 何か、”胸騒ぎ”がした。

 

 

 そう直感したから。

 

 

 俺は渦中の…小早川を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『入口』】

 

 

「……ここに、いたのか」

 

「………」

 

 …フロントに入ったとき、新鮮な寒さを微妙に感じたから。たったそれだけの理由で出入り口に手をかけてみると。入口の階段に腰を下ろす、小早川が居たのだ。

 

 そして、俺は白い息を切らしながら、目の前の、入口の階段に座り込む小早川にそう声をかけた。彼女は漫画みたいにピンと跳ねる。多少、驚かせてしまったみたいだった。

 

 

「……急にいなくなるもんだから、探したぞ」

 

「え、ええ?…ど、どうしたんですか?何か、あ、ありましたか?」

 

 

 振り向いた彼女は開口一番、あからさまな動揺を孕んだ、しどろもどろな口調で言葉を紡ぐ。俺は軽く、ため息をついた。

 

 

「…小早川」

 

「……すみません、何かありましたよね」

 

 

 はぁ、と彼女は俺のが伝染したみたいに息を吐き、またガックリとこと垂れる。

 

 

「…本音を言えば、ちょっと隠れちゃってました。少しだけ1人になりたかったので……でもこんな早く見つかってしまって…やっぱり折木さんって探し物が上手なんですね」

 

 

 取り繕った笑顔で、動揺しているのがバレバレの言葉でまた取り繕う。少し1人になりたかった…というとやはり…。

 

 

「やっぱり、あの放送が…?」

 

 

 ――――小早川梓葉は、偽名である

 

 

 それが真実であると、そう示すように無言で、力無くコクリと頷いた。

 

 ”そうか…”そう言いながら、俺は彼女の隣に腰掛ける。雪もしんしんと降っている中で寒かったが、中で話をしよう、とかそう言う空気では無かったから。

 

 

「……話、聞かせてくれるか?」

 

 

 殆ど無関係な間柄だというのに図々しい話だが…でも、まだ何も知らない関係だからこそ聞けることがある。何も知らないからこそ、言える言葉がある。

 

 そう思いながら、俺は静かに彼女の言葉を待った。

 

 

「…そう、ですね。話をしてみれば…少しは楽になるかもしれませんしね…」

 

 

 その思いが通じたのか、何かを決心したようにそう言葉を漏らす。

 

 

「少しだけ、長くなってしまいますが…宜しいですか?」

 

「ああ、お前の気持ちが軽くなるなら幾らでも聞いてやる」

 

「…ありがとうございます」

 

 

 さっきの風切にされたように、俺自身も仲間の力になりたいから。彼女はその言葉に大してなのか、深々と、礼儀正しく、お辞儀をした。

 

 

「折木さん。『四條(しじょう)』…ってお名前を聞いたことはおありですか?」

 

「………ああ、世事に疎い俺でも聞いたことはある。”あの”四條だろ?茶道とか、弓道とかで有名な」

 

 

 突然、彼女の口から出てきたその”名前”。俺は、声色だけでは分からないが、内心少なくない驚きで満たされていた。

 

 ――――”四條”

 

 それは弓道、茶道、薙刀道、そして華道といった日本の伝統文化に精通した血を脈々と受け継ぐ由緒正しき家元。それこそ、希望ヶ峰学園へ入学するような一流の逸材を幾人も排出してきたまさに名家中の名家。

 

 

「まぁ、日本舞踊のみにおいては"西園寺”様のお宅には負けてしまいますけど…」

 

 

 だけど一芸に特化する家元も勿論あるわけで、その1つが西園寺家…。

 

 とまぁ、そういった例外を除けば、まさに金の卵の宝庫。あの”十神財閥”に勝るとも劣らないブランド力を持っていると言っても過言では無い。

 

 

「……それで…その家と、お前がどういう関係なんだ?」

 

 

 ―――――だけど…そんな”四條家”と彼女に、何の関係が?こみ上げる疑問の声を抑えながら、俺はまた彼女の言葉を待っていると…。

 

 

「私…その家の娘なんです」

 

「……………………」

 

「本当ですよ?」

 

「……まじか?」

 

「おおマジです」

 

 

 今までの彼女の雰囲気からして俄には信じがたかったが……その真剣な眼差しと、言葉の重みで、本当に本当の事実ということが理解できた。

 

 

「じゃあつまり…お前は名家のお嬢様、ということになるのか?」

 

「…そう言われると、どうにもむず痒く思います」

 

 

 と、複雑そうに顔をしかめる。

 

 

「…でも今は、小早川?」

 

「はい…そうなんです…それをどう説明したものかと…」

 

 

 分かりやすいくらいに考えこむ小早川。俺の想像以上にこんがらがった事情あるように見えた。

 

 

「ええと……まず家族関係がゴチャゴチャしておりまして……ええと、私のお父様は…3人お母様とご結婚?…いや、ご本命いらっしゃっていて…その隣に…”側石”?」

 

「…側室のことか?」

 

「ああ!!はい、側室です!!……それで、2人お姉ちゃんの母親はいわゆる本命?でして、…私と、妹の瑞葉(みずは)のお母様は……その側室でして…」

 

「………とにかく、身内の女性関係問題が酷かったんだな」

 

「はい!!その通りです!!」

 

 

 彼女の明るい返事とは裏腹に、中々にディープな滑り出しである。

 

 だけど、そこまで聞いて思ったのは。世間で超一流の名家と言われる四條には……なにかしらのタネがありそうだということ。それも、極めてグロテスクなタネが。

 

 

「でも、どうして…そんなに、その…奥方が?」

 

 

 とても言いにくかったが…気になるところに疑問を投じる。1人の男性が複数の女性との婚姻だなんて、まるで平安時代だ。現代の日本では認められていないはずなのに…。

 

 

「元々四條という家は…普通よりもお金持っているということだけが取り柄の、なんてことも無い家だったんです。でも、私の、四條の家系の中で最も野心家だったと言われる曾祖父はそのお金を利用して、今よりもさらに地位を上げようとしたんです」

 

「…地位を?」

 

「その方法が、名家の血を、お金を使って買い、一族を…はん、はん、はんえい?…させるということでした。簡単に言うと、超一流の血を手に入れて、”さらぶれっど”なるものを、作り上げ、成り上がろうとしたんです。そしてその行動は、驚くくらい上手く転がっていきました」

 

「………周りは、何も言わなかったのか?」

 

「いいえ。何も……時代が時代だったのもありますし…それに…その”こーせき”…?が認められてしまって…国のお偉い様もその活動を、余計に知らんぷりするようになって…そんな周りの方々からの助けもあって…四條の家は、ただのお金持ちから、超一流のお金持ちに成り上がっていったんです」

 

「……そして今では知らない人はいないほどの名家中の名家、か」

 

 

 ……過去に作り上げた基盤によって、家は守り。そして一族の繁栄という刻印のような教えが…今でも受け継がれ続けている…ということか。

 

 何とも、スケールが大きすぎる話である。俺みたいな凡人になんて、想像できないくらい。

 

 

「……お前は、何も不思議に思わなかったのか?」

 

 

 …同時に、小早川のような四條の子供達は、結局なんなのか。と思ってしまった。家を繁栄させるためだけに生まれてきたような彼女のそして彼女の姉妹の人生とは何なのか…。

 

 

「案外、家の中居るときは…不思議に思わないものです。生まれたときから、ずっと言い聞かされ続けてきたことでしたから」

 

 

 そう言って、小早川は空しそうに、ケラケラと笑う。

 

 

 まるでのロボットのような、歯車のような……その人道に背くような刷り込み。俺は人知れず、四條という家に、静かな怒りを抱いていた。彼女の空っぽな微笑みが、余計にその気持ちを強くする。

 

 

「…仕方の無いことなんです。私は、あの日、あの場所で、この家に生まれてしまった。だからこそ、家の教えに、伝統の通りに……そしてその”ぶらんど”を守るために…動くしか無かったんです」

 

 

 生まれたときから決定づけられた、自分の生き様。まさに呪い。子供の自分にはどうしようもない、あまりに無力な世界。きっと…俺が感じているこの静かな怒りも、結局その家の力の前では同じように無力なのだろう。

 

 考えれば考えるほど、心が折れてしまうようだった。同時に、そんなことで折れてしまう、自分に腹が立った。

 

 

「そのために、私や姉妹達は子供の頃からあらゆる"えーせーきょーいく"を施されてきました」

 

「…英才教育だな」

 

 

 …そんな伝統にがんじがらめにされた名家。その子供というからには、それ相応の、格式に見合うような教育が待っているのは道理に思えた。きっと、想像を絶するような教育が彼女を襲ったのだろう。

 

 

 だけど…。

 

 

「……気を悪くするようなことを聞くんだが……ついて行けたのか?」

 

「…………」

 

 

 その沈黙から、ついていけないことを暗に示していた。

 

 

「で、でも!お花の種類を覚えることだけは得意でした!!」

 

「…フォローになっているのか?」

 

 

 当時のことを考えると…あまり上手くはいってなかったのが想像するにたやすかった。

 

 

「…それじゃあ、何で…名字が変わるような…ことになっているんだ?」

 

 

 肝心の”偽名”という部分の説明がついていなかったことに気付いた俺は、話を戻すように彼女に聞いてみる。すると、また小早川は声を暗くし、また言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「……四條の家の”えーさいきょーいく”には、学校で習うようなお勉強は勿論のこと、弓道や茶道といった実技のお勉強も含まれておりました。むしろ…お家の繁栄がかかっていたので、お勉強よりもそっちの方に重視されていました」

 

「……」

 

「姉達や妹は、私よりも”勉学”においては、何倍にも優れておりました」

 

 

 ”でも”…切り返すように、彼女はさらに声色を暗くする。

 

 

「でも…彼女達はそれ以外に”何にも”優れていなかったんです」

 

「……というと。華道に?」

 

「それだけじゃありません。弓道にも、茶道にも、何にも」

 

 

 あっさりと、彼女は言い切った。俺は驚くほど冷たく言い放つ彼女に、小さな自信を感じるようだった。

 

 

「だからこそ、勉強は出来ないくせに、華道に優れた私が…目障りだったんです」

 

「嫉妬…か」

 

「………ただ思われるだけだったら、どれほど楽だったか」

 

「…何か、あったのか?」

 

「衣服を…その燃やされたり…私の私物が盗まれたり、倉に閉じ込められたり…思い出せるだけでもキリの無い数々です」

 

「酷いな…」

 

 

 気にくわなかったにしても、限度があるように思える。四條という家への評価が、再び下がっていく。

 

 

「ちなみに聞くんだが……学校では…大丈夫だったのか?」

 

「はい!!特に嫌がらせはありませんでした!!学業は全ての分野で壊滅的だったので!!人権は無かったと存じます!!」

 

 

 むしろ別の大丈夫じゃないよう部分が見えた気がした。

 

 ……嫌がらせせずとも自分から転げ落ちていくから必要無いと考えたのだろうな。

 

 

「…次第に…お父様達も、できの悪い部分を見るようになって、私を叱るようになっていきました。きっとこれも姉たちの所為だと思いますけど…」

 

「何か確証があるのか?」

 

「告げ口しているところを、見てしまったんです」

 

「…そうか」

 

 

 その光景を見て、信頼も地の果てまで落ちてしまった…そんな感情が読み取れた。もしも俺が自分の姉そんな事をされたら……と思うと、考えたくもなかった。

 

 

「…色々言われて、叱られて、褒められることも無くて……だから私、決めたんです。この家から出て行こうって」

 

 

 道を真っ直ぐ進んでも、戻っても、どっちも地獄。その場に立ち続けても自分に居場所は無い、だから逃げるしか無かった……そう考えるの無理も無いようの思えた。

 

 

「…そして家を飛び出した私は…ええと、お父様の側室の本当のお母様の母親の…」

 

「……つまりお前の祖母……"小早川 黄金(こばやかわ こがね)"さんを…尋ねたのか?」

 

「名前、覚えててくださったんですね!!はい、お師匠に弟子入りをさせて頂いたんです!!」

 

 

 あれだけ濁されたら…むしろ印象強く焼き付く。俺は最初にあのエリア1で話した内容を思い出す。

 

 

「……でもそう簡単なお話ではありませんでした」

 

 

 表情を暗くしながら、小早川はイヤな事を思い出すように呟く。反射的に”えっ?”と言ってしまう。

 

 

「お師匠と私のお母様は親子関係ではあるんですけど…その…四條の家にお師匠に無断で嫁いだ際に、酷く激高してしまいまして…その…えっと…お母様と、ぜつ、ぜつ……」

 

「絶縁?」

 

「あっ、はい!絶縁してしまっていたんです!……だから、その絶縁した、それも四條の娘の私が来たわけですから…」

 

「……無視、されたのか?」

 

「…はい、関わりたくないって…門前払いをされてしまいました」

 

 

 覚悟を決めて家出をしたというのに…災難続きな彼女の人生に、涙が出てきそうになる。

 

 

「でも私には考えがあったんです、お師匠の首を縦振らせう素晴らしい方法が!!」

 

「最後の…?」

 

「土下座です!!」

 

「………えっ?」

 

「とにかく土下座をして、土下座をし続けるんです!!何日も、何日も、何日も!!家の前で!!扉を開けてくれるまで!!!」

 

 

 驚くほどシンプルな方法であった。確かにお願いするときとか謝るときによくする誠意の示し方ではある。俺の父さんも母さんの前で土下座をしていたのは記憶に新しい。

 

 だけど…と、俺は彼女の言葉の一部に気になる点があることに気付く。

 

 

「……小早川…ちょっと良いか?…何日もって…」

 

「はい!!何日もです!!!ちなみに3日ほどしていたと思います!!!」

 

「み、3日も……」

 

 

 …よく耐えられたな。というのが率直な感想であった。ニュアンス的に、昼も夜も、雨の日も、風の日も土下座し続けていそうだったから。

 

 

「お姉ちゃん達の行いに比べればへのかっぱでした!」

 

「……」

 

 

 だとしても、相当な忍耐力である。

 

 …だけど、家に戻らない彼女の覚悟を考えてみれば…できても可笑しくないと思えた。

 

 

「土下座を続けたはや3日!!やっと!!お師匠が門を開いて下さったんです!!そして真っ先にご飯を頂きました!!」

 

 

 …これってそのお師匠とやらが餓死する可能性を考えたから門をあけたのでは?…と邪推を考えてしまったが、すぐに飲み込んだ。あまりにもデリカシーが無い。

 

 

「それでなんやかんやあって!弟子入りに成功したんです!!」

 

 

 そこが聞きたかった、というのは内緒である。

 

 

「……そして私、自分の『四條』という名前を捨て、お婆さまの…いいえ、お師匠の『小早川』の名前を頂いたんです!!」

 

 

 誇り高いというように、彼女は胸を張る。俺自身も、今まで苦労してきた彼女がやっと報われてくれたことが何よりも嬉しく思えた。

 

 そして、それが彼女が偽名を使っていた、本当に理由だということも理解できた。というかむしろ…。

 

 

「偽名なんて……それこそでたらめじゃないか。お前は小早川になったんだろ?」

 

「………いいえ。そんなことはありません」

 

 

 動機の意味を理解し、そして改めて俺は小早川の嘘を否定する。だけど、彼女はそれすらも違うとハッキリ言った。

 

 

「私は”四條”の人間です。」

 

「…何で」

 

 

 どうしてそこまで頑なに否定するのか、そう聞こうと思った。だけど彼女は、すぅっと、彼女自身の電子生徒手帳を床に滑らせ、此方に寄せているのが見えた。

 

 

「…起動してみて下さい」

 

 

 よく分からなかったが、俺は彼女の言うとおり、電子生徒手帳を手こずりながらも起動する。

 

 

「……『四條 梓葉』」

 

 

 画面を起動したときに、最初に出てくる自分のフルネーム。

 

 小早川の場合、そこには『小早川 梓葉』と表示されなくてはなら無い。だけど、そこに表示されていたのは…彼女が誕生したときの、彼女が嫌う、彼女自身の名前だった。

 

 

「モノパンも変な所でしっかりしてますよね…この電子生徒手帳を起動したときに出てくる名前は私の本名『四條 梓葉』で登録されておりました」

 

「………」

 

「……このことは自分から言うべきか…言うべきじゃ無いのか…迷ってはいたんです。皆様にお会いしたあのときから今まで、ずっと、ずっと…」

 

 

 ”でも…”小早川は、複雑な表情で胸の前で拳を握る。

 

 

「その画面を起動する度、私は皆さんに嘘をついてる。嘘をついて、黙ってしまっている。そう実感させられて、何だか、苦しくなってしまって」

 

「……」

 

「そのままずっと先延ばしにして、言い出せずにいて……もうこのまんま言わなくても良いかな~なんて、ちょっと考えてたら…」

 

 

 

 

 

『超高校級の華道家である小早川梓葉サン、実は――――――――"偽名"を使っている』

 

 

 

 

 

 

「…あの放送が流れてしまった」

 

「…どういうことなのか、説明する責任が突然出てきちゃって…話すべきだって、自分では分かっていたんですけど…急に怖じ気づいてしまって……」

 

 

 嘘をつけない彼女の性格から、変に自分を追い込んでしまい、そしてココに隠れてしまった。

 

 

「自信を持って、胸を張って…私は小早川という名を自分の名前だって名乗れます。でも…やっぱり言うのは辛かったんです。名前を引き出すと、どうしても昔の事を思い出してしまって」

 

「………」

 

「それに…名前を偽ってるということは…皆さんに嘘をついてるってことになります。その所為で、皆さんから嘘つき呼ばわりされて…友達として信じてくれなくなるんじゃないかって…思ってしまって」

 

「……」

 

 

 そんなことはない…。無責任にそう返すことはできなかった。何よりも、彼女が覚悟をして打ち明けてくれたことを否定することは、俺にはできなかったから。

 

 

「…”小早川”」

 

 

 俺は、俺自身が知っている彼女の名を呼んだ。俺に出来ること、するために。

 

 

「…大丈夫だ」

 

 

 それは、彼女の覚悟を受け止めることだった。

 

 

「俺は、お前を嘘つき呼ばわりはしない。例え皆がお前を突き放しても…俺は味方で居続ける」

 

「………」

 

 

 ニコラスが言ってくれた俺に出来る、仲間を受け止め、信じるということを。

 

 

「だから…大丈夫…お前に嘘なんか無い」

 

 

 俺は…そう言い切った。

 

 

「………」

 

 

 …言葉を受け止めてくれたのか、それとも聞き流してしまった。彼女は俯き続ける。

 

 

「折木さんと話していて、私分かった気がします」

 

 

 すると、ポツポツと、小早川はつぶやき始める。

 

 

「私の小早川という名前も…”四條という名前”も全部嘘じゃ無いって。全部、全部、私の一部なんだって」

 

「…小早川」

 

「嘘でも本当でも、自分で分からなくても…きっと誰かが認めてくれるって。認めて、受け止めてくれるって…」

 

 

 顔を上げて、微笑みながら俺の顔と向きあった。今までの乾いた笑みでも何でも無く、何かつきものが落ちた様な朗らかな笑み。

 

 

「だから……私の方こそ、ありがとうございます。…こんな暗い話を聞いて頂いて。そして信じてるって言っていただいて」

 

 

 ぺこりと…改まったように頭を下げる。すぐに、顔を上げる。

 

 

 そして…。

 

 

「やっぱり………」

 

「…?」

 

「…折木さんは、私の思った通りの方でした」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 要領を得なかったために、思わず聞き返してしまう。

 

 

「ふふっ、何でもありませんよ」

 

 

 ニコニコとしながらそう言った。俺はそこにどういう感情が宿っているのか、分からなかったから、”そうか…”と答えるしかなかった。

 

 

 気付くと、先ほどの重い雰囲気は不思議と無くなっていた。

 

 すると、彼女は立ち上がる。内心驚きながら、俺は彼女を見上げた。

 

 

「はぁーー!!今まで言えなかった事を言えて、何だかスッキリしちゃいました!やっぱり、溜め込むっていけないことですね!!」

 

「…そう思ってくれたなら、何よりだ」

 

「だからこそ!!この勢いは大事にしないといけません!!なので、私ココにいる皆さんにもう一度話してみようと思います!」

 

 

 急な思いつきに付いて行き切れず、困惑してしまう。

 

 

「……辛くは、ないのか?」

 

「折木さんが大丈夫って言って下さったので、大丈夫です!!きっと!!」

 

「……そうだな」

 

 

 少し責任が重くなってしまったような気がするが…だけどいつもの彼女の快活さが戻ってきてるようで良かったと笑顔で返す。

 

 

「で、ですけど…やっぱり、皆さまにお話しするとなると、少し、ほんの少し不安なので…宜しければなんですけど…」チラチラ

 

 

 チラチラとお願いしますと言いたげに視線を送る。

 

 

「…付き合うよ。お前が満足するまで」

 

「ありがとうございます!!!」

 

 

 そう言って、つきものが取れた表情の小早川と共に、俺はホテルの中へと戻っていった。

 

 また少し、小早川との距離が縮まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

「成程ねぇ、あの放送の後でそんな事があったんだねぇ」

 

 

 夜時間に入ってからの1時間後、夜の定期連絡の時間。俺は、古家達の先ほどの小早川とのやりとりを話していた。先ほども小早川から話したのだが…案の上、説明下手だったためだ。

 

 

「――――――――」

 

 

 そして本来であれば、普段は俺が電話を取る役割なのだが…自分から変わってくれと立候補したために、今回ばかりは小早川に連絡を任せている。ちなみに、通話先の相手は話し方から反町のようだった。

 

 …しかし、自分で説明するとは言ったものの…だいぶしどろもどろになっているため、うまく連絡できてるのかは怪しい。

 先ほどの古家達の説明もだいぶ不安定だったために、後で補足を入れてやらないといけないかもしれない。

 

 

「道理で…彼女のあんな晴れやかな姿をしていた、そのワケが理解できたよ。そして彼女にそんな物語がかくされていたなんて、行間を読み誤ったね」

 

「敢えて深掘りはせず黙って聞いてたけど…本当にねぇ。人は見かけによらないとは言うけど、驚きなんだよねぇ」

 

 

 そう彼らのコメントを聞いて、確かに、と考える。よくもまぁあんな人生を送っていて、あれほど健気に育ったものだと、感心を通り越して、奇跡の様に思えてしまう。

 

 

「…でも、心配かけて悪かったな。多分、あいつはきっと、大丈夫だ」

 

「ははっ、別に心配はしてすらも無かったさ。何故なら僕ら人間にとって名前は飾りのようなものだからね。だけどただの飾りでも、彼女には、彼女に似合った飾りがある。それを言い続けることが、僕らにできる最善の行動なのさ」

 

 

 と、こんがらがってはいるが…きっと落合なりに心強い言葉を返してくれているのだろう。落合は無駄なことは多いが、無駄を削いでいけば意外と良いこと言っていることが、ココで過ごしてきて分かった。

 

 

「それにしても、あんた、結局の話どうするのかねぇ?」

 

「………どうするって、何をだ?」

 

「何って…そりゃあ決まってるんだよねぇ。小早川さんの事なんだよねぇ」

 

「……………どういうことだ?」

 

「えっ…マジで言ってるのかねぇ?ほら、男女関係的なコレだよコレ」

 

 

 そう言って、小指を立てて俺に見せつける。ソレを見て、俺はやっと合点をいかせる。

 

 ちなみに、小早川は今絶賛電話中で、風切はうたた寝をし始めているため、必然的に俺と古家、落合の軽い男子会が開かれていた。…だからこそ、”この手”の話題は定番とも言えた。

 

 

「…いや親父かお前は」

 

「細かい事は良いんだよねぇ…もう一度聞くけど、あんた気付いてるんだよねぇ?」

 

「……ああ、そのことか。大丈夫、気付いてるぞ」

 

 

 最初は本気で何を言っているのか分からなかったが……彼が何が言いたいのか、つまり小早川を”恋愛的”に意識しているかどうか。そう言っているのだろう。

 

 

「そうだよねぇ…あんなにあからさまにアプローチされたらねぇ」

 

「…俺だって鈍いわけじゃ無い」

 

 

 

 贄波といった女子生徒と話しているのを見られるとちょっと不機嫌そうしていたり、妙にスキンシップが多かったり等女性が気のある男性にする行動全般を綺麗にクリアしていた。この前なんて”重い女性はお嫌いですか?”と涙目で言われた。……そのときは本当に回答に困った。

 

 

 

「折木君の場合鈍いじゃ無くて、若干衰え始てる気がするんだよねぇ」

 

「…人を勝手に老化させるな」

 

「老いとは決して退化ではない。だけど決して進化とは言わない。そのどちらでもない積み重ねを何枚も何枚も重ね続けることを言うのさ。だからこそ、だ折木君。自分自身の老いを決して悔やまないで欲しい」

 

「お前も乗るな」

 

 

 邪推を入れてくる彼らを多少うっとおしく思えてしまう。ますます、男子会らしくなってきたような気がした。

 

 

「んで?んで?…あの子の気持ち…どう決着をつけてくつもりなのかねぇ?」

 

「……勿論、ないがしろにするつもりは無い。ちゃんと誠実に向き合うつもりだ……」

 

「じゃあ…」

 

「でも……」

 

「…でも?」

 

 

 何をどうするのか、その答えを口にしながらも、俺は古家の言葉を遮るようにそう区切った。

 

 

「……今すぐには…答えは出せない」

 

「えっ…」

 

「……自分勝手な話、今は自分の事で精一杯だからな」

 

 

 この施設に閉じ込められたことだけじゃなく、施設のエリアに閉じ込められている。目先にあるのは問題だらけ。今、別の気持ちにうつつを抜かすわけにはいかない。

 

 それに……”俺自身”についても。俺は知らなければならない。

 

 小早川が自分自身の嘘と向き合ったように、俺自身に紛れ込んだ、”真実の正体”と向き合わなければならない。

 

 それをしなければ、俺はその気持ちに答えを出す資格すらない気がしたから。

 

 

「……その問題を解決するまでは」

 

「…はーん、成程ねぇ」

 

「だけど絶対に……答えは出すつもりだ」

 

「ん~、まぁ折木君のことだからないがしろにしないだろうから心配は無いけどねぇ」

 

「信頼とは、言葉を交わし合う数によってその強度は変わっていく。だからこそ、僕と君の…折木君の信頼は足りている、僕は今そう確信したよ」

 

「……悪いな」

 

 

 何故かお通夜みたいに表情を暗くしてしまう俺に、古家達は”そこまで深刻に…?”と励まし声を上げる。

 

 

「別に悪かないけど…もし答えが決まって、実ったらお祝いしてあげるんだよねぇ」

 

「…何だか照れくさいな」

 

 

 ”でも…”…古家は意味深げに、言葉を翻す。

 

 

「…くれぐれ彼女を泣かせたらいけないんだよねぇ」

 

「彼女の涙は…あらゆる世界を敵に回すだろう。まるでラグナロクもかくやの災害級の大敵をね」

 

 

 そう言われた俺は身震いする。…小早川の人徳は俺が想像している以上にある。だからこそ、無碍にした場合の代償は計り知れない。

 

 

「……ああ、肝に銘じる」

 

 

 想像するだけでも恐ろしい話だ。反町あたりからは死ぬよりも恐ろしい仕打ちを受けそうだ。いや想像しなくても、わかりきったバチかも知れない。

 

 

「あの~お二人でコソコソとどうなされたんですか?」

 

「…怪しい」

 

「「「いや、何でも無い(んだよねぇ)(さ)」」」

 

「…はや」

 

「ええ…」

 

 

 困惑する彼女達。俺達は断固として何も言わないと示し合わせる。

 

 男ならではの絆が垣間見えた気がする。

 

 俺達は、困惑する小早川から、特に問題無く事情を話したこと、そして向こう側での現状維持の報告を受け取る。

 

 

 そして、部屋へと各自戻っていった。

 

 

 こうして、俺達はこのエリアでの3日目を終えていく。

 

 

 

 

 ――――あともう少し

 

 

 

 

 ――――明日が終われば、このエリアを脱出できる

 

 

 

 

 ――――凍えるような監禁から解放される

 

 

 

 

 そんな小さな期待をもって、俺は自分の部屋で寝息を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モノパン劇場』

 

 

「突然ですがミナサマ、"自分がこの世界に必要な人間なのかどうか"…と考えたことはありませんカ?」

 

 

「勿論ありますよネ」

 

 

「世間の荒波に揉まれ、壁にぶつかれば、誰しもが考えること…考えない人間は…相当な楽観主義者か、壁にぶつかったことも無いお坊ちゃんくらいでス」

 

 

「まさに人生の命題の1つとも言える事柄でス」

 

 

「ですが、引き合いに出したワタクシが言うのも何ですけド…この問題って、そもそも考える必要のないことですよネ」

 

 

「だって必要かどうかなんて、自分が決めることじゃないんですかラ」

 

 

「相手が居てこその概念」

 

 

「相手と歯車がかみ合うことでこそ成立する概念」

 

 

「自分一人で決めるなんて、おこがましいにも程がある話でス」

 

 

「ですが…もしも必要とされたいと、心から願うのであれバ…」

 

 

「"まずは自分から誰かを必要とする"、それが大事な一歩なのかも知れません」

 

 

「そうすればきっと…アナタは必要とされる人間に、なれるのかも知れませン」

 

 

「――――以上、モノパンの無理矢理人生相談でしタ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 




どーも、お世話になります。
交流パートでした。少しというか、かなり深掘りしたつもりです。



【コラム】

サブキャラ紹介


風切 翔斗(かざきり しょうと)
cv.石原夏織
 風切柊子(以降柊子)の弟。姉と月に一度の"狩り"をしている最中、調子に乗ってしまった翔斗自身が森で遭難。姉を探していると、彼女が熊に襲われそうになっているのを発見。背後を突いて熊を気絶させようとしたが、柊子が撃った猟銃の流れ弾が直撃。意識不明の重体となる。柊子とその両親の必死の治療もあって一命は取り留めるが、片目を失明してしまうと言う後遺症が残ってしまう。
 姉に恨みは無く、むしろ自分の所為でこんなことになったと自責の念を持っているが、”センパイ”の取り持ちもあって、姉弟共に話合い、今では何ら問題無く過ごせている。名前の由来はshot(ショット)から。


”センパイ”
cv.浅沼晋太郎
 風切が世話になったという高校時代の先輩。本名、"炭谷 渓十朗(すみたに けいじゅうろう)"。希望ヶ峰学園第76期生、『超高校級の環境委員』。サングラスにアロハシャツ、さらにはサンダルというチャラチャラした恰好をしている。かなりとぼけた性格らしいが…風切曰く、性格は公平に似ているかも知れない、とのこと。公平本人は心外とのこと。



小早川 黄金(こばやかわ こがね)
cv.京田尚子
 小早川梓葉(以降梓葉)の実の祖母であり、四條 漱石(しじょう そうせき)の2番目の妻、四條 棗(しじょう なつめ)の母親。義理の息子を中心とした女性問題に呆れ果て、絶縁状態(現在は修復済み)。
 しかしあるとき、その娘である梓葉が自分を訪ね、『弟子にしてくれ』と、言われる。血縁上は祖母、孫の関係ではあるが、あの愚かな義理の息子と娘には関わりたくは無かったため、当初は気にも掛けていなかった。しかし、自分の家の前で雨に降られようが、カンカン照りに晒されようが土下座し続ける梓葉の我慢強さと強情さ、ひたむきさに負け、家に上げ、仕方なく弟子に取る。それからは、彼女の華道の才能の片鱗に触れながら、厳しくも優しく向き合い続け、現在では弟子でも孫でもなく、娘のように可愛がるようになっている。
 華道の才能については、あと数年もすれば自分を超えていく評する程認めているが…それ以上に、彼女の頭の悪さにも危機感を持っている。それも『これでは嫁のもらい手も出てこない』と本気で悩むほどに。後々の梓葉の人生のためにお花以外の家事、化粧、作法、言葉遣い諸々をたたき込んだ。おかげで料理も化粧も上手になりました。良かったね。



小早川の姉妹達
 姉は二人おり、上から静葉(しずは)、鈴葉(すずは)。妹は瑞葉(みずは)。全員勉学は良く出来るが、肝心な実技に才能が無かった。才能に恵まれた梓葉を疎み、嫉妬しするようになる。そして家から必要無くなるという恐怖心に負けてしまい、彼女を排斥するようになる。
 梓葉の家出後は、実技に才能が無いことが露呈し、父から愛想を尽かされることとなってしまった。



四條 漱石(しじょう そうせき)
 小早川梓葉の父。四條家の繁栄のため、あらゆる伝統文化に特化した女性を金をかき集める。才能がある子には優しく接するが、無い子には興味すら抱かない。梓葉に対しても、逃げ出したために能なしの烙印を押していた。…が、梓葉が華道として大成したことで連れ戻そうとした。しかし、師匠である黄金(こがね)とその梓葉以外の弟子達に袋だたき合い、二度と梓葉の近くに寄るなと誓わされる。


四條 牡丹(しじょう ぼたん)
  小早川の義理母。四條漱石の本妻。弓道の達人。


四條 棗(しじょう なつめ)⇒小早川 棗(こばやかわ なつめ)
 小早川の実母。四條漱石の2番目の妻。華道の達人。娘である梓葉に愛情はあったが、夫である漱石に媚びることに精一杯であったため、愛する余裕が無かった。しかし梓葉の家出後、目が覚め、四條の家を出る。そして母親である黄金と、実の娘である梓葉の前で渾身の土下座をする。最初は許されなかったが、その頭を下げる姿が誰かさんに良く似ていたため、いろんなことが馬鹿らしくなり、和解する。


四条 百合(しじょう ゆり)
 小早川の義理母。四條漱石の3番目の妻。茶道と薙刀の達人


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Chapter4 -(非)日常編- 18日目

【エリア4:ホテルペンタゴン『個室』】

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 3度目の目覚め、3度目の覚醒。…ここに来て、3度目の朝が始まった。

 

 

 何と事も無い今日の幕開け。

 

 

 だけど今日だけ、その目覚めには高揚感があった。修学旅行前の夜のような、新年を迎える前の12月31日のような…思わず浮き足立ってしまう、良い意味での高揚感が。

 

 

「今日で…最後、だよな」

 

 

 今日がモノパンが宣言していた、橋の修理が環境する最低4日の最終日。

 

 それはこの 閉鎖された環境の中で、さらに閉鎖された環境。このエリア4から、やっと解放される。

 

 そんな限りなく現実に近い理想が達成されるときの高揚が、喜びが、俺の中で今か今かと待ちわびていた。

 

 …ここの生活自体に、何ら支障は無かった。しかしどうにも息が詰まってしまうのもまた本音だった。

 

 生徒達との距離がいつもよりも近い。そして動ける行動範囲がどうにも限定されてしまう。

 

 そんな閉塞感からやっと終わる。

 

 この生暖かい空間での目覚めも、明日には終わりを迎える。

 

 だけど、結局のところ施設の中には変わりないのだが……それでも、教室の中と体育館ほどの違いはある。

 

 

「よし…」

 

 

 そんな密かな抱いた希望を胸に、俺は部屋を後にした。

 

 

 *  *  *

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

 ――――AM.8:00

 

 

 俺を含めた、5人の生徒達は食堂に会す。埃の落ちる音が聞こえそうな程の沈黙が流しながら、テーブルに置かれた”黒電話”を中心に、それぞれ妙に強ばった表情をちりばめていた。

 

 理由は簡単だった。

 

 彼らからの電話を待っていたから。いつも通りの約束を待っていたから。

 

 もし連絡が来なかったらどうしよう。途切れてしまったらどうしよう。この約束が、始まらなかったらどうしよう。

 

 …そのいつも通りが壊れたとき、毎回と言っていいほど、碌な事は無かった。そんなジンクスのようなものが今まで何度も経験してきた。

 

 だから、ささやかにほど近い、少しずつ膨れ上がりそうな心配が胸中にあった。

 

 俺は電話のダイヤルとにらめっこをしながら、こんな心配が杞憂であってくれと、まだかまだかと、それが出す音を待った。

 

 

 ――――ジリリリリン

 

 

 たった3日間のウチに聞き慣れてしまった呼び鈴の音が、響いた。

 

 

 小さな安堵が、周囲に走る。俺は初日の頃とは比べものにならない軽々しい手つきで、受話器を手に取った。

 

 

「もしもし」

 

 

 いつも通り、俺は向こう側へと声を送る。かれこれ6回以上続けてきた短いながら、お約束の言葉。

 

 

 ……しかし、声は無かった。不可思議に思う。

 

 確か昨日の話では、今日の朝は”ニコラス”が担当のハズだったよな?

 

 何かあったのか、あったのであれば今俺の声を聞いているのは誰なのか…再び不穏な予感が走る。

 

 

「……もしもし?」

 

『………』

 

 

 …また、声は無かった、向こう側には誰かがいるはずなのに…変な不安がジワジワとこみ上げる。

 

 

 ――――すると

 

 

『ふはっ……』

 

「……?」

 

 

 やっとこさ声がしたと思った…だけど何か、小さな、それでいて聞き慣れたような笑い声が…出だしが…聞こえた気がした

 

 俺は首を傾げる。強めに、受話器に耳を強く押しつけてみる。

 

 

 

『――――――――ふははははははははははは!!!!!!!諸君!!ワタシは帰ってきたぞ!!!』

 

 

 

 キーン、と耳と脳の狭間で音が鳴る。

 

 俺は思わず目をつぶり、顔をしかめてしまう。酷い耳鳴りだった。

 

 …だけど、すぐに、その声の主が誰なのか、すぐさま理解した。

 

 

「……!お前、雨竜か!?」

 

 

 未だ頭で激しく音がバウンドする中で、俺は声の主に向け、驚きを孕んだ声で確認した。

 

 

『ふはは、その通り、ワタシは今!!ここに!!みたび!!還ってきたのだ!!!!いや蘇ってきたのだ!!!ふん、ザクとは違うのだよ、ザクとは……』

 

「………」

 

『…安心しろ。正常だ』

 

 

 一瞬、これまでの事件のダメージの所為で発狂してしまったのか、そんな絶望的な思いがよぎったが…どうやら大丈夫なようだった。

 

 

「…雨竜、お前…復調したんだな」

 

 

 思わず喜びが溢れてしまいそうだった。多分声に微妙に乗ってしまっているかもしれないが…そう見られても仕方ないくらい、彼の安否が確認できたことが何よりも嬉しかった。

 

 

『ふん、このワタシを誰だと思っている…”あの”雨竜狂四郎だぞ?…ユニオン軍のトップガンであり、MSWAD所属の中尉…またの名を…”ミスターブシドー”…』

 

「雨竜?」

 

『…ふはは、聞き逃せ、ただの戯れ言だ』

 

「………」

 

 

 …元気そうなのは嬉しいのだが…本当にまともなのかと疑ってしまう。

 

 

「いや…だけど良かったよ。裁判の後から姿を見せなくなって…昨日雲居から部屋から顔を出したと思ったら…また図書館にこもったりして」

 

『引きこもりに次ぐ、引きこもり…我ながら心配をかけすぎたと自負している。言い訳も、弁明も必要無い程にな…』

 

「…………ああ。だけど、仕方ないさ、お前は誰よりも近くで、それも左右するくらいの間近で事件に関わっていたんだからな」

 

 

 水無月が画策した”あの事件”。

 

 雨竜が止めなければ、半分以上の生徒が死んでしまうという最悪顛末すら考えられた、あの事件。

 

 雨竜だけじゃ無い、生徒全員に刻み込むほど深い爪痕として残ったあの事件。

 

 既に事件の裁判は終わった、終わっていたが。俺達の中で終わってしまったというわけではない。

 

 何もかも蹴りが付いたのだから、心の整理なんて、さっさと済ませて、明日に向かって進んでいこう…そんなことを軽々しくなんて口が裂けても言えない。

 

 …俺達は、コロシアイをするための機械じゃないんだから。簡単に区切りを付けられるほど、心は単純じゃ無い。永遠に出口にたどり着けない迷路のようにもっと複雑なものだ。

 

 

 今まで起きた全ての事件にすら整理がついていない俺が、その複雑さを証明している。

 

 

『…ワタシも、ずっと…今でも、淀みのように脳の中で渦巻いている…ヤツの表情、ヤツの体の重み、ヤツの言葉も、全て脳に刻み込まれている。……もはや魔術でも使わん限り、忘れる事も、決着をつけることもできんだろうな』

 

「……」

 

『…だから、ワタシは引きずっていくつもりだ。この事件も、記憶も…茨の道とは分かっていても、この記憶と、一生を賭けて向き合っていくと』

 

「辛く…無いのか?」

 

『……ふん、何度も言わせるな。俺が選んだ道に、例え修羅が出ようが阿修羅が待っていようが…オレは突き進んでいく。これは決定事項だ………それに、貴様に比べれば、マシな方だ』

 

「…どういうことだ?」

 

『…何でも無い。ただの独り言だ』

 

 

 気になる言葉に俺は反応を示したが…雨竜は最後まで語らず、そう話を終わらせた。

 

 

『だが、そうだな…ある意味一つの区切りを付けるために…貴様には…言っておかなければならん言葉がある…』

 

「…なんだ?」

 

『………”礼を言う”。貴様と、そしてニコラスの言葉が無ければ…オレは、もっと、いや今もずっと…塞ぎ込んでいたかもしれん』

 

 

 雨竜は、謝るでも無く、自分自身を卑下するでも無く…感謝の言葉を口にした。俺は、少し驚く。

 

 

 俺は、思い返した。俺とニコラスが、雨竜にどんな言葉をかけたのかを。

 

 

 *  *  *

 

 

『アイツの友達だから…俺はアイツの間違いを、行いを、明かさなきゃらならない。決して曲げずに、迷わずに』

 

『…その間違いを諭すのも、友達の役目だから…』

 

 

 ~~~~~

 

 

『ドクター、自称なりとも、キミは医者のはずだ。そんな命を粗末にするような発言は、許されるべき事じゃ無い』

 

『キミはこの事件においては紛れもない――――"被害者”だ。これはボクの結論であり…ボク達の総意だ」

 

 

 *  *  *

 

 

 我ながら勝手な言葉を吐いていたと思う。ニコラスの言葉も含めて、雨竜の気持ちも考えずに、良く言えたものだと。

 

 

『色合いこそ違ったが…貴様らの言葉は全て、事実だった。ワタシは…オレは自分自身に酔っていた…自分が悪ければ…あの事件は全て済むと…勘違いしていたんだ』

 

 

 だけど、雨竜は心に残してくれた。俺達が言った言葉を、心に浸してくれた。

 

 

「………」

 

『だから……気付かせてくれて、目を覚まさせてくれ………”ありがとう”』

 

 

 電話越しに、頭を下げているのがありありと伝わった。

 

 俺は、その感謝を、噛みしめるように受け止めた。それが俺のすべきことだと思ったから。言葉をかけた、俺の責任だと思ったから。

 

 …黙って、聞き届けた。

 

 

「……ニコラスにも、同じ事を言ったのか?」

 

『ああ…少し気恥ずかしかったが…言わせて貰った。だけど、”一体なんのことだい?”…なんて、すっとぼけられたがな』

 

「あいつらしいな…」

 

『ふん、そうだな……』

 

 

 妙に、気恥ずかしい空気が流れる。周りに生徒達が居る分、余計に照れくさかった。だから、少し話題を変えることにした。

 

 

「…そういえば、お前、図書館で何してたんだ?」

 

『ふん、些細な話ゆえ多くは語れんが…ただ叡智の巣窟たるライブラリーにて……我が思考、我が頭脳の糧とするため…しばし精神を鍛え上げていた、とだけ言っておこう』

 

「……そ、そうか」

 

 

 ちょっと何を言っているのか分からなかったが、納得することにしておいた。

 

 

『だが、その崇高なる聖域を独占してしまった代償か…雲居に我が身足を頂戴させる羽目になりそうだったがな…』

 

「…あいつ…本当に暴力に訴えたのか」

 

 

 確かに武力行使もなんたらとか言っていた気がするが…。

 

 

『どぅあが!!その程度でこのワタシを仕留めるなど何度ヤツが転生を繰り返していたとしても不可能……決死の懇願、謝罪、そしてあらゆる面倒事を引き受けるという槍を持ったことで…ワタシは自分自身の命を延命させたのだ…』

 

 

 だけど雨竜はその業腹な雲居に、とにかくいろんな当番とか、雑用とかの肩代わりをして許して貰った…ということか。

 

 

『そしてその図書館なる魔窟にて研鑽を積んだワタシは確実に、かつ甚大なる成長を果たした…すなわち、今のワタシは今までの雨竜狂四郎ではなく、いわばネオニュー雨竜狂四郎ということだ…宜しく、OK?』

 

「……そうか」

 

 

 結局意味は分からなかったが…少なくとも景気の良い、充実した日々を送れていることが分かった。俺は適当な相づちも兼ねて、そう返答した。

 

 

「ともあれ…お前が元気そうで良かったよ。本当に」

 

『貴様に心配されるまでも無く、すこぶる好調だ』

 

「…さっきは心配をかけたなと言ってたくせに」

 

『ふはっ!なぁに冗談だ……だが、これにて我復活。それは宇宙の決められた定理であり、神がその手で施した予定調和ということだ…今後の活躍に期待せよ』

 

「…………」

 

 

 エンジンが暖まってきた落合以上に意味の分からない彼の言動に、俺は頬を緩ませる。これまでにない朗報の連続。俺はこれまで以上の喜びで満たされていた。

 

 まぁ…今までが下限が過ぎた、というものあるのだが。

 

 

『動機発表の件も、既に奴らから聞いている。今まで発表された分も含めてな…だからこそワタシもできうる限り尽力する。約束しよう』

 

「…ありがとう」

 

『ふはっ!!礼には及ばん…だが喜びむせかえるが良い!!ワタシは天体だけでは無く、癒やしの神の力さえも手にした。今のワタシは無敵以外の何者でも無い』

 

「……とりあえず、期待してるよ」

 

 

 変に流すような言葉だが、雨竜の頭脳と柔軟性は俺達の中でもトップクラス故に、頼りがいがあるのは間違い無かった。

 

 

『と、此方からは…これ以上の報告する点は無い、続報を待て』

 

「そうか、分かった。…こっちからは…多分、明日には橋も元通りになって、そっちに戻れるはずということだけだな」

 

『ふん、同じく喜ばしい話だ。そのときには祝いの席でも用意してやる』

 

 

 続けざまに、”じゃあな”そう言って、雨竜は電話を切る。

 

 …中二口調に拍車が掛かっている気がしたが、とにかく元の調子を取り戻したことは分かれたのは良かった。

 

 俺は周りの生徒にそのグッドニュースを報告する。先ほどの俺と同じように、生徒達が喜びを露わにしてくれた。

 

 そうして、景気の良い出だしの朝の定期報告会は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『娯楽室』】

 

 

 定期連絡会を終えて暫く時間が経った後。

 

 俺は娯楽室にて珍しく、落合と雑談をしていた。お互い手持ち無沙汰(落合は常に)だったから、会話をする流れになるのは自然であった。

 

 

「…友達のゴーシュは気まぐれでね、気分が乗らないときは、名前を呼んでも返事すらしなかった」ジャララン

 

「へぇー」ペラッ

 

 

 雑談と言っても、落合が言う適当な事にちまちま相づちを打つくらいの、本当にたわいも意味も中身も無い、どーでも良い雑談。少ない中身の話しをするなら、今彼が語っているのは旅の途中で出会った、ゴーシュという友達の話らしいということだけ。

 

 

「ゴーシュは僕と同じか、それ以上に自由を愛していた…だけど彼自身は理解していた。この世に本当の自由は無いんだってね、秩序の中の自由しかこの世には存在しないって」

 

「………」ペラッ

 

 

 ちなみに俺は自室に置かれていた『冷えた心も温まる六角関係』という本に集中しながら、彼の話を話半分で聞いている。そのゴーシュという人物がどういう人となりなのか、半分を以上聞いていなかったので、気まぐれな性格と言うこと以外全く分からない。

 

 

「だから彼は本物を求めた、そして気付くと、ゴーシュの背中にはイカロスのような羽が生えていた」

 

 

 ここに来て、そのゴーシュというヤツはそもそも人間なのか怪しくなってきた。俺はここで気にしたら負けと、本を読む手を止めなかった。

 

 

「そして彼は、雲一つ無い青い青い天空の彼方に向かって飛んでいった」

 

「……どこに飛んでいったんだ?」ペラッ

 

「分からなかった。だけど僕は知りたかった…それを確かめるために、彼の行く先へ、歩き続けた。何日も、何ヶ月も、何年もね」

 

「…随分日にちを使うんだな」ペラッ

 

 

 余りにも嘘くさい話だが、クライマックスっぽいので、少しだけ耳を寄せながら、本を読んでいく。

 

 

「旅の途中、僕はあらゆる場所に足を踏み入れた。黄金にまみれた水の無い町、氷に包まれた決しての春の来ない町、まるで洞窟のような太陽の差さない町。何かはあるのに大切なモノが欠けた町……僕はそこに居る人々と文化に会ってきた」

 

「……」ペラッ

 

「だけど、その全ての文明には共通して存在”しない”物があった……何だと思う?」

 

「……?ええと…」

 

「――――ミュージックさ」

 

 

 たまには相づち以外の答えを言おうと思ったら、もの凄い食い気味に言われた。俺は目を閉じ、もうまともに答えないと心に決めた。

 

 

「だから、僕は奏でた。夜も、昼も、朝も無く、町で、人々の中心で音楽を奏で続けた」

 

 

 友達のゴーシュの話しはどこに行ってしまったのだろうか…何だかあらぬ方向に会話の舵が切られているような…と思ったが、無理矢理にでも気にしないでおいた。

 

 

「すると人々は自然と僕の周りで円を作っていた。耳を傾けていた…言葉も人種…何もかも違う僕の周りにね」

 

「……」ペラッ

 

「人々は共通して口にした、”コレは何だろう”、”何なのか分からないけど、楽しい気持ちになる”、”よし、俺達もやってみよう”…なんて…。気付くと、町には音楽が生まれていた」

 

「…へぇ~良かったな」ペラッ

 

「また音楽を奏で続けていると、音が音を呼び、歌が歌を呼んだ」

 

「………」ペラッ

 

「町は音楽で溢れかえった。僕がいなくなっても、遠くで聞こえるくらい、賑やかで、楽しくて、まるで今まもあったかのように音楽は町にあり続けたのさ」

 

「………」ペラッ

 

「そして僕は、無事に、ゴーシュと再会したのさ」

 

「………えっ、再会したのか?」

 

「ああ無事にね?背中の羽は、消えてしまっていたけど」

 

「むしろ生えてたら困るな」

 

 

 もう人として接することが出来なくなってしまう。

 

 …いや、そもそもどこから湧き出てきたんだよゴーシュ。終わりに急に再会するなんて道ばたにでも生えてたのかゴーシュ?打ち切り寸前の漫画みたいな終わり方だぞゴーシュ。

 

 突然の終わりが告げられた彼の話に、思わず本を読む手を止めてしまうくらいに俺は困惑してしまった。

 

 ジョットコースターのように巡り巡る彼の話は、想像以上に絶叫系で、かつゲテモノがであるようだった。

 

 

「そしてそのとき僕は思ったのさ、自由と音楽を、愛し続けようってね」

 

 

 一体今までの話の何処でそんな答えに行き着いたのか甚だ疑問であった。ゴーシュから得た話しなのか、今までの旅から得た答えなのか理解が追いつかなかった。

 

 …いや、そもそも理解すること自体がナンセンスであり、もしかしたら…これこそが彼の小話の術中なのかもしれない。

 

 だとしたら…。

 

 

「……つまり俺の負けということか」

 

「?」ジャラン

 

 

 本を閉じずに、俺はおでこをドンっとテーブルにくっ付け、あからさまに落ち込んだ。

 

 

「だけど、はぁ…お前って本当に何もやましいものは無さそうだよな」

 

 

 ため息交じりに俺はそんな率直な感想を口にした。それは嘘くさい過去の話だったけど、それでも事実からは大きく逸れてないと思ったから。

 つまり、ゴーシュに羽は生えてないけど、本当にどっかに行ってしまって…様々な町にも実際に訪れたのだろう…ということ。

 

 

「ははっ…高潔さ、素直さ、陽気さ、それらは勿論人間の大事な美徳。それと同時に、自分自身やましさや醜さ、そして愚かさもまた人の美徳と言える。だって、自分の誇るべき場所も、拙き箇所も…全て自分自身だからね」

 

「お前は本当に……逆に安心するよ」

 

 

 一昨日、昨日、そして今日の朝と…重い話が続いていたために、こういうツッコミどころが多すぎて逆に何の心配も無い人間が居てくれるのはある意味助かる。

 

 …だって本当に中身が無いのだから無理に考え込む必要はない…つまりはそういうことである。

 

 

「…そう言う、君はどうなんだい?」

 

「俺?」

 

「僕は知らない。君の過去、君の才能、君の好み、何もかも分からない。人が人ではない何かに踏み外してしまうような、理由が分からないのさ」

 

「…ああ、俺の動機か」

 

 

 落合から逆に質問を受けた俺は、しばし考え込む。

 

 正直、何も思い当たらなかった。以前に俺に関する”動機として配られた物”はあった…だけどニコラスに聞いてみても、結局分からず、闇のまま。

 

 

「んーーー、分からないな」

 

 

 だからこそ、こう答えるしか俺には無かった。不確かなことで、間違っているかもしれないことで、落合達を混乱させるのも忍びないと思ったから。

 

 

 

『ピン、ポン、パン、ポーン』

 

 

 

 ――――そう答えたと同時に…そんな音が天井から響いた。

 

 壁に掛けられた時計を見てると、針は約束の時間が示していた。

 

 何がこれから起こるのか、俺は察知した。

 

 

 

『……ミナサマおはおはこんこん、おこんにちハ。これより、三回目にしてお約束のお昼の放送を開始いたしますでス』

 

 

 

『それではそれでハ!このまんま皆大好きで嫌いででも好きでたまらない一日一人の恒例!!誰かさんの動機を大発表~~~~!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーと言いたい所ですが…まず始めに、ミナサマに報告がございまス』

 

 

 いやらしい位のタメを入れつつ、モノパンは前座を口にした。何事かと顔をしかめる。

 

 

『エリア4にてかかる大橋の修理ですガ、明日の朝をもちまして完了することとなりましタ。具体的には、明日の朝、アナウンスが鳴った直後くらいとさせていてただきまス』

 

 

「本当か!」

 

「確かな朗報、コレは僕も喜びのブルースを奏でなければならないね」ジャラン

 

 

 雨竜の復帰に続いて、橋の修理の完了。重なっていく朗報に俺達は表情を明るくする。

 

 

 

 だけど――――

 

 

 

『いやぁ、ボクの思う最短ルートで修理が終わって良かったデスヨ~…ワタクシ偉い?それともエロい?エコロジスト?エンジン全開?オールオッケー?』

 

 

『…というワタクシのセンシティブな内容は置いておくとして、これにて朗報は終了、閉店ガラガラ……/お次は~~~悲報のお時間で~~~~~ス!!即ち、動機発表!!待ってタ!!この日をワタクシは待っていたんダ!!!!』

 

 

 

 

 わざとらしいくらいに、そして嫌がらせのように、テンションを上げてくる。

 

 

 ここ数日の間で最も嫌いな瞬間。それに俺は、やはり来たか、とつぶやき、息を呑んだ。

 

 

 

 

『本日の犠牲者は~~~

 

 

 

 

 

―――――”折木公平”クンで~~ス!!!』

 

 

 

 

「………俺?」

 

 

 

 その名前を聞いて真っ先に思い浮かんだのは…まさか、という短い三文字。

 

 

 先ほど落合と話していたタイムリーな話題。

 

 

 先ほど思っていた、不確かな情報。

 

 

 俺は思わず、追いつくことを忘れてしまうような思考に陥っていた。

 

 

 …だけど同時に、この放送の中で、ヤツは、モノパンはどんな動機が発表してくるのか。落合同様に、何の身に覚えも無い俺は、他人事のように放送に集中してしまう。

 

 

 

『超高校級の特待生である折木クン…実は――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――”超高校級の特待生”では無く、”超高校級の不幸”として希望ヶ峰学園に入学しタ』

 

 

 

 

 

 

 

「…超高校級の、不幸?」

 

 

 

 落合は、ギターを弾く手を止めて、そう呟いた。

 

 

 まるで尋ねるように俺の方を向くが、俺は首を振って何のことなのか分からないと表現する。

 

 

『と、まぁこんな感じで明日も明日でチェケラッチョしてくんで、リスナーのキミタチは!よだれを飛び散らせる位バイブス上げて、かぶりくように座してマッテローヨ!!…楽しみすぎてションベン漏らすなヨ!』

 

 

 

 ”んじゃ、まったネ~”

 

 

 モノパンはそう言い残し、放送をまたブツリとちょん切った。

 

 俺達は、流れきった放送の余韻の中で、気味の悪い疑問に浸されていた。

 

 

『超高校級の特待生”では無く、”超高校級の不幸”として希望ヶ峰学園に入学しタ』

 

 

 …いやきっと俺だけじゃ無い、この放送に耳を傾けていた他の生徒達も同様か、それ以上の当惑に直面しているのだろう。

 

 

 

 

 ――――だけどすぐに、この内容と”あの手紙の内容は同じだ”と、俺は記憶を当てはめていった。

 

 

 

 ~~~~~~

 

 

 

『折木様へ

 

 

 

  アナタの真の才能は“超高校級の不幸”です。  

 

 

 

 

                 モノパンより』

 

 

 

 

 ~~~~~~

 

 

 

 

 細部は違ったが…でも事実に間違いは無い。

 

 念押しに何度も突きつけられるその動機。

 

 これで俺が本当に殺人に動くと思っているのか?そう信じているのか?

 

 何の意味があるのか…見当が付かなかった。

 

 湧いて出てくる理解の読めないモノパンへの疑問…。

 

 だけど見当が付かないからこそ、不気味とも言えた。

 

 

「お前は…どう思う?何か知っているか?」

 

 

 試しに、近くにいた落合に聞いてみる。言うまでも無く混乱の最中だろうが、心中穏やかとは言えないおれからしたら、なり振りなんて物は無かった。

 

 

「………まぁ良いじゃ無いか。僕はこんな自由な世の中も悪くないと思うよ?うん、僕もそう思う」ジャラン

 

「………」

 

 

 それでも、落合はギターを弾く手を止めなかった。

 

 ……コイツに聞いた俺が馬鹿だった。

 

 俺はそう思いながら、ガックリと、吐息と共に肩を落とした。だけど、同じように、彼のブレ無さのおかげでリラックス出来たような気がした。そういう意味では最初に彼に話しを聞いたのは正解だったかも知れない。

 

 

「でも……」

 

「…?」

 

 

 だけど、すぐにギターを止めと…そして何か今ふと思いついたと言わんばかりの短い言葉を漏らした。

 

 

「いや、これはただの夢物語。おとぎ話の域を超えている」

 

「…どういうことだ?」

 

 

 相変わらず煮え切らない落合の言動に、イライラを見せないよう深掘りしていく。

 

 

 すると…

 

 

「…朝衣さん、超高校級の情報収集能力のある彼女だったら…君の不幸について…僕のような無知な愚か者以上の何かを…知っているんじゃ無いかと…そう思っただけだよ。気にしてないでいておくれ」

 

「……朝衣なら、か」

 

 

 確かに、超高校級のジャーナリストであれば何か知っているかも知れない。生前の間際だけでなく、ここに閉じ込められる以前にも彼女は希望ヶ峰学園について綿密な情報収集をしていた。

 

 だとしたら…落合の言うとおり、俺の動機について何か掴んでいたかも知れない。

 

 もっと長く、もっと近くにいてくれたら…そう悔やまずにはいられなかった。

 

 

「ああ、それともう1つ、彼女の話をしたおかげで…思い出してしまった物語があったよ」

 

「…さっきの嘘くさい作り話ならもう良いぞ?」

 

「いいや、そんなちゃちな物語じゃ無いさ。君の不幸とは交わらないかもしれないけど…でも同じかも知れないそんな不思議な物語を」

 

「…ちゃちって、自分で言うのか」

 

 

 だけど、俺に才能に関することかも知れない、という部分には気になった。俺は詳しく聞きたいと、落合の話に耳を寄せた。

 

 

「…彼女は、朝衣さんは…1人草原のベンチに腰掛けながら、僕に気付かず、こう呟いたんだ。”…私が収集した情報と、ズレのある生徒がいる”…何てね」

 

「…ズレ?」

 

「僕に気付き、そして驚き飛び跳ねた彼女は…すぐに何処かに行ってしまったよ。それはつまり、僕はそう呟いたのを聞いただけ。後は野となれ山となれ…いや空に消えてしまったのさ」

 

「………」

 

 

 

 ”…貴方以外に1人…肩書きがよく分からない――――”

 

 

 確かに、彼女と俺はここに来て最初に行った運動会で、落合が聞いた言葉と似たような事を、言っていた…。

 

 もしかして、その事を差しているのだろうか?

 

 だとしたら…それは別の問題。俺と関係があるのかは疑問だが…全く違う不安の種とも言える。

 

 

 ”超高校級の特待生”

 

 

 超高校級の朝衣ですら掴みきれない…俺の才能。そしてモノパンが真の才能と言って聞かない”超高校級の不幸”。

 

 そして、落合の聞いた――――”ズレのある才能を持つ生徒”

 

 グルグルと、出口の無い丸い迷路を回り続けているような。揺れ続ける船の中で、永遠に終わらない航路に出ているような。目が回る気持ち悪さがあった。

 

 

 

 それでも、俺がもう思う以上に、この謎は混迷を極めているていること、そして複雑に入り組んでいることだけは、間違い無かった。

 

 

 

 

 ……もう一度、朝衣と話せたなら…このときほど、俺はそんなイフを願ったことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

 ――――PM.8:00

 

 

 モノパンの放送が流れてから8時間が経った、夕下がり。

 

 俺は食堂にて、珍しくキッチンに立っていた。今夜は小早川では無く、俺が食事当番だったからだ。

 

 丁度、料理が作り終わり、それを早めにやってきた古家に食べさせていた。

 

 

「うーん、やっぱり薄いんだよねぇ」モグモグ

 

 

 …だのに、作って貰った分際でこの言いようである。不味いでも、上手いでもなく…薄いと。俺はその何にも包んでいない言いようにピクピクと、頬を引きつらせた。

 

 

「…コレが俺の適正濃度だ」

 

「う~んそうなのかねぇ。もうちと塩を多めに振って欲しいんだよねぇ…なんか病院食食ってるみたいなんだよねぇ」

 

「…そこまで言うか」

 

 

 折角この施設での最後の晩餐だと言うのに…まさかここまで薄いと言われるとは…。親しき仲にも礼儀ありと言う言葉を知らないのかと指を突きつけたくなる。

 

 

「……はぁ」

 

「えっ…そんなに薄いの気にしたのかねぇ…申し訳ないんだよねぇ、ちょい言い過ぎたんだよねぇ…」

 

「ああ…いやそういうんじゃない…。まぁそれもちょっと考えたが…ただ、”今日の動機”について、考えててな」

 

「成程ねぇ……確かに奇妙な内容だったよねぇ。…もう奇妙すぎてあのあとすぐに電話もしてたものねぇ」

 

 

 動機発表が行われてすぐ、俺は落合を含んだ全ての生徒に才能について聞いて回った。特に、嘘は別についていない…自分でもよく分からない…そう強調しながら。

 

 そして、放送から1時間も経たない内に、定期連絡の時間では無い電話が鳴った。内容は勿論、動機について。

 

 だけど俺は、何も覚えが無いと言い切った。逆に、何か知っているかと、聞いてみた。

 

 

『残念ながら、ボクも含めた全員も分からない…とのことさ』

 

 

 そんな質問も空しく、先んじてこのことを伝えていたニコラスだけでなく、生徒全員に分からないと言われた。

 

 まるで情報に突っぱねられているような。

 

 お前には知る権利が無いと、そっぽを向かれているような。

 

 意図的に、俺にだけ情報がシャットアウトされているような。

 

 

 俺自身が最も知りたいことのはずなのに…思うように先に進めない、究極なまでに行き詰まってしまxっつあのだ。

 

 

 …俺はもう一度、はぁと、ため息を吐いた。

 

 

「……あー、あー……………そーいえば…折木君?」

 

「…ん?」

 

「今日の、それもついさっきのことなんだけど…あんた、”外に何か用事”でもあったのかねぇ?」

 

「………は?」

 

 

 俺の不調を察してなのか、古家は話題を変えるようにそう言った。だけど、その質問に対してもイマイチ要領を得なかったため、顔をしかめてしまう。

 

 

「ちょ、ちょっと待て、何の話をしてるんだ?」

 

「えっ、えーと…うーん、30分くらい前の話なんだけど。外に、ねぇ、ほら、このエリアの入口にかけてあった黄色いジャンパーを着込んでた人がいたから、ねぇ。てっきり折木君が外で何か散歩か用事でも済ませてんのかと、思ってねぇ…」

 

「……ん?どういうことだ?」

 

「あれ?…何かちぐはぐになっちまっているねぇ。……じゃああれは折木君じゃなかったって…ことなのかねぇ?」

 

 

 古家自身も混乱するようにしどろもどろになっている。俺も同様に情報の錯誤の所為で、脳内にてグルグルと疑問を回していた。

 

 

「少し落ち着こう。聞いてみるんだが……その外にいたヤツの、顔は見たのか?」

 

「いんや…フード被ってたから…顔がよくわかんなくてねぇ」

 

「ああ、だから俺に聞いてきたのか…だとしたら、俺は知らん。外には一歩も出ていない」

 

「あー、そうなのかねぇ。…でも見たのは本当なんだけどねぇ」

 

「…何処で見たんだ?」

 

「ええと、”個室の窓”でなんだよねぇ」

 

 

 …てことはホテルの外周にいた、と言うことか。ますます俺じゃ無いな。

 

 

「…小早川じゃないか?あいつもジャンパー持ってきてたろ?」

 

 

 落合と風切は持ってきてなかったはずだし。俺もココに来てから一度もジャンパーを着てない。だとしたら、必然的に、彼女以外居ない。

 

 

「かもしれないねぇ……?」

 

 

 何となく納得していないように納得する古家。

 

 すると…。

 

 

「…もう料理できてたんだ」

 

 

 眠たげな目をこすりながら風切がやってくる。言うまでも無く、昼寝の後と見えた。

 

 

「ああ、できたてだから早く食べてくれ」

 

「…じゃあ遠慮無く…頂きまーす………薄」

 

「おい…」

 

 

 口にした瞬間のコンマ数秒で同じ事を言われた…。

 

 金輪際作らんという不満と…もう一度作って見返してやりたい気持ちが相反するようだった。

 

 

「はぁ……まぁ良いか。…風切、お前、ココ数十分の間に黄色いジャンパーを着たヤツとか見たか?」

 

「……?見てない。数十分どころか今日一日見たこと無い」

 

 

 即答される。古家は”あれ~あたしの見間違いだったのかねぇ?”と疑問を生やした頭を掻く。

 

 何とも人騒がせな、と呆れていると…。

 

 

「いや、それは決して偽りの光景では無かったと…そう断言出来る。僕は今、そう思っているよ」

 

「…落合」

 

 

 すると、娯楽室側の廊下から落合が入ってくる。さっきまで詩でも歌っていたのか。ギターを弾きながらの登場であった。

 

 

「詳しく聞かせてくれ」

 

「…とある夕暮れ時、僕は自分の個室の中で僕自身に問うていた。何故、人は旅をするのか、とね」

 

「……長くなりそう」

 

 

 風切の言う通り、しくった、と思ってしまった。

 

 

「そして、そんな折り…自室の窓を横切る、金色の外套を纏ったなにがしを…僕の瞳は捉えた」

 

「やっぱり居たんだねぇ!!あたしの記憶に違いは無かったんだねぇ!しかも個室の窓!!同じ場所なんだよねぇ!!」

 

「だけど、その名も知らぬ人物の表情は影に隠されていた。君が誰で、どんな人間なのか…それすらも僕は理解することはできなかった。……何て空しい人生なんだろうね」

 

「…悟るの早すぎ」

 

 

 だけど、落合もまた目撃していたという事は間違いなさそうだった。時間も聞いてみると、確かにドンピシャで、奇妙な存在がより明確になっていくようだった。

 

 

 …だとしたら……やはり小早川?

 

 

「今晩はです!!皆さん!!」

 

 

 また落合とは別の、医務室側の廊下から溌剌とした勢いで出てきたのは、俺の思案の中に居た小早川。グッドタイミングであった。

 

 

「あ!折木さん!作っていただいてありがとうございます!!」

 

「熱いうちに食べてくれ」

 

「はい!!頂きます!!……………」

 

「…薄いんだな」

 

 

 微妙な表情とすぐに置かれたお箸に、彼女が何が言いたいのか察してしまった。

 

 料理の旨い彼女にそんな表情をされたら、流石にお手上げ、かつショック……今度はもう少し調味料の分量を増やしてみようと、密かに決意した。

 

 

「…あの、折木さん、古家さん…少しお聞きしたいのですが」

 

 

 すると、小早川は小さく手を挙げながら話しかけてくる。此方も聞きたいことがあったために丁度良いと言えた。

 

 

「…?何だ」

 

「どうしたのかねぇ?」

 

「あの…お二人は、”今日外に出られてましたか?”あの――――”じゃんぱー”なるものを着て」

 

 

 

 

 ――――そんな彼女のひょんな言葉に、俺達は…え?、としばし制止してしまった。

 

 

 

「えっ?えっ?…私何か言ってしまいましたか?」

 

 

 たわいも無い事を聞いたはずなのに、と小早川は慌てたように周りを見回す。急に俺達が無言になったのだから、当然の反応であった。

 

 

「……いや、あたしもそのジャンパーを着た誰かを見たんだよねぇ」

 

「そ、そうでしたか……じゃあ古家さんじゃないとしたら…折木さん、ですか?」

 

「…俺でも無い」

 

 

 

 否定に次ぐ否定、そんな俺達の返答を聞いた小早川は…”何か”を、察してはいけない何かに気付いたように…顔を青くし、口元を抑えた。

 

 

 

 

 

 

「…俺でも、古家でも……小早川でも、外には出ていない」

 

 

 

 

 

 

 と、すると…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――誰かが、いる?私達以外の人が?こっち側に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 風切の言葉を聞いた瞬間、ぞわりと、悪寒が走った。

 

 

 何か得たいの知れないものが這い寄ってきたのに、気付かなかったことに気付いたような。

 

 内側の大部分がウィルスに犯されていることに気付いたような。

 

 

 そんな極寒の悪寒が、ビリビリと走り続けていた。

 

 

 コチコチと、時計の音だけが流れる沈黙が走る。今までに無い、恐ろしさに満ちた沈黙だった。

 

 

 

「ど、どど、どういうことなのかねぇ!?ここって絶海の孤島的な場所のはずじゃ…あたしたち以外に人がいるなんて可笑しすぎるんだよねぇ!!」

 

 

 口火を切ったのは古家だった。余りにも真っ当な意見に俺達は、とにかく落ち着けずとも、落ち着いて思慮を深めていった。

 

 

「………橋はもう直ってるの?」

 

「いや、明日の朝に直った橋がかけられる予定だ」

 

「だったら、向こうの世界に身を置く彼らという可能性は、余りにも低い、かもね」ジャラン

 

 

 コロシアイに関して以外はモノパンは正直だ。それに加えて、一つの移動手段とも言えるモノパンワイヤーが直ったなんてことも聞いていない…だから、こちら側への移動手段は今のところないハズ。

 

 

「だとしたら余計に可笑しいんだよねぇ!?」

 

「…そのモノパンがジャンパーを着てたのを見たとかは?」

 

「い、いいえ私が見たのは人間サイズでした…モノパンの体格とは似ても似つかないような…」

 

「彼女の言葉と僕の言葉は実に似ているよ。だから。あえて言わせて貰うよ…僕も今、そう言おうとおもっていた…とね」ジャララン

 

「……お願いだからまともに同意して」

 

 

 確かに、実際に見た彼らが言うのだとしたら…モノパンの可能性も無い。俺は手にジワリと滲む手汗を握りしめながら、思案を重ねる。

 

 

 

「…考えられると…したら」

 

 

 

  消去法で様々な可能性を潰していく中で…俺は1つ、また背筋に氷を入れられるような”可能性”が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…――――”黒幕”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、黒幕ぅ!!??」

 

 

 余りにも突然の可能性に、古家は大声を上げた。他の生徒達も、彼に隠れてしまっていたが驚きを表情に露わにしていた。

 

 確かに、信じられない程突飛な発想ではある…俺でさえ今もそう思ってる…だけど。

 

 

「あの不審者が俺達でも、崖の向こう側の奴らでも無いのなら……」

 

「……た、確かにモノパンは、遠隔で操作されているとは聞いてたけど」

 

 

 モノパンを操作している…少なくとも人間サイズの誰か。

 

 それにモノパンがどこからでも出現する行動の数々を見てみると、黒幕であればこの施設の出入りなんて余裕。

 

 つまり…黒幕かもしれない誰かが、この周辺にをうろついている可能性が高い、ということになる。…今更姿を表わした理由を聞かれると苦しいが。

 

 

「…その可能性なら人間サイズに見えたことにも説明が付く……」

 

「え、ええ~、でも唐突すぎてイマイチ飲み込みきれないんだよねぇ」

 

「でもいるんだから、誰かがいるのは間違いない、間違い無いのなら黒幕の可能性が高い。それは古家達が言ったこと」

 

「い、いや後者は折木君が言ったことなんだけどねぇ」

 

「細かい事はどうでも良い………問題なのはそれが本当なら…今が”チャンス”だってこと」

 

「ちゃ…チャンスって…どういうことなのねぇ?」

 

「そ、そうですよね!!千載なんたらの”ちゃんす”です!!黒幕という輩をとっ捕まえる!!」

 

 

 小早川と風切は、そう言って立ち上がった。いきり立つ彼女達に、古家は慌てたように呼び止める。

 

 

「…えっ、ど、どうするつもりなのかねぇ?」

 

「…今梓葉が言ったとおり、その黒幕を捕らえる。それ以外にない」

 

「え、ええええ……」

 

「落ち着け二人とも。確かに黒幕とは言ったが…この施設の外から来た人物の可能性もある」

 

「そ、そうだよねぇ!!そうなんだよねぇ!!!ほら、あたし達を助けに外部の人間が来てくれた人かも」

 

「…じゃあなんで私達と接触しないの?…私達は被害者なのに」

 

「そ、それは…分からないけど…ねぇ」

 

 

 風切の強い言い返しに…古家は怯えるままで、反論できずにいた。

 

 だけど確かに、もし救助に来た誰かであるなら、難民である俺達の周辺でコソコソする理由は無い。であれば、見つかることが不利益になってしまう誰か……つまり――――黒幕。

 

 

「でも、でもねぇ…そ、それに…こういう怪しい事は逐一報告と共有をした方が…ねぇ。だから、さ、先に電話を、ねぇ?」

 

 

 そう言って、古家は黒電話に目を向ける。

 

 

「…向こうにかけても、向こう側に人が居なければ意味が無い」

 

「定期連絡の時間が来るまでは、このことを伝えるのは難しいな…」

 

 

 そ、そうだよねぇ…と古家は消沈する。

 

 風切の言うとおり、このことを報告するとなれば、夜の11時となってしまう。神出鬼没なそのキーマンとおぼしき不審人物が何者なのか…それを確かめる時間が無くなってしまうかも知れない。

 

 

「……私、やっぱり見てくる」

 

「わ、私も!!私も行って、その怪しい輩を取り押さえてきます!!この腕で!!」

 

「そ、そんなぁ…」

 

 

 そう言って、彼女達はいそいそと廊下の方へと消えていってしまう。完全な独断先行である。怯える古家が制する間も無い程の。

 

 

「…俺達も行くか。2人だけじゃ危ない」

 

「…ひぇ~、ウチの女子生徒はたくましすぎるんだよねぇ。男のあたし達が恥ずかしくなるくらいにねぇ…」

 

「それもまた人の多様性、美しさだと思うよ」

 

 

 残された俺達男子勢も同じく立ち上がる。

 

 黒幕らしき人物を探すために、このホテルの中を改めて調べるために。

 

 微かな、恐怖心を胸に秘めながら。俺達は食堂を中心に、突如解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『廊下』】

 

 

 ――――食堂にて解散してしばらくの時間が経ち…俺はホテルの廊下にて生徒達と合流していた。

 

 

「見つかったか?」

 

 

 再び集結した生徒達を見回しながらそう聞いてみるが、誰からも色よい返事は無かった。

 

 

「…食堂以外の全部の部屋を探したみたんだけど…ねぇ?」

 

「…ランドリーにも、中庭にも、医務室にも、娯楽室にも、フロントにも……どこにも居なかった」

 

「個室や、外は?」

 

「空いてる部屋は全部見てみましたけど…」

 

「…白銀舞い散るこの密空間。気配、残像、痕跡…それすらも僕の瞳は捉えることは出来なかったよ」ジャララン

 

 

 中にも、外にも…どこにも居ない。今まで目撃談はいくつもあったはずなのに、霧のように存在を掴みきれない。やはり、食堂で話し合った時点で…いなくなってしまったのだろうか?

 

 

「…やっぱり…もう、どっか行っちまったんじゃないかねぇ?これだけ探しても見つからないわけだしねぇ」

 

「…どこって…どこ?」

 

「うう~ん、そう言われると困っちまうんだよねぇ。そもそもどこから侵入したのかも分からないわけだしねぇ」

 

 

 小さな言い合いからピリピリした雰囲気が流れる。このまま捜索を打ち切るか…だけどここで切り上げるのも、歯切れが悪い…そんな雰囲気でもあった。

 

 

「……もう少し、粘ってみるか。だけど、タイムリミットを設けよう…定期連絡のある11時まで。11時になったら”食堂”に集合しよう」

 

「向こう岸のあの子達にも報告しなきゃならないからねぇ!」

 

「そ、そうですね!!そうしましょう!!」

 

 

 渋々半分、安堵半分と言ったように生徒達は頷いていく。

 

 

「分かっていると思うが…くれぐれも冷静に。黒幕か、外部の者かは分からないが、不審者に変わりは無いんだからな」

 

「そ、そうだねぇ…冷静に、冷静にねぇ。それと皆ちゃんと武装をしておくと良いんだよねぇ…その不審者とやらが丸腰だって確証もないわけだからねぇ」

 

「大丈夫です!!私には反町さんから教わった喧嘩殺法があります!!」

 

「私には相棒が居る」ジャキン

 

「僕の友を、忘れては困るよ」ジャラララン

 

「…お前のはギターだろ、どうやって応戦するんだ」

 

「まずは友の身を振るう他ないだろうね」

 

「お友達が身を削る羽目になってるんだよねぇ…!?」

 

 

 ……つまりほぼ丸腰なのは古家と俺…後は実質素手の小早川だけということか。…結構危ない気もするな。

 

 

「…とにかく、もし見つけても1人で対処しようとはするなよ。1人で捕まえるよりも、2人で捕まえた方が何倍も安全だ」

 

「では、その不審者様と鉢合わせてしまったら」

 

「すぐに大声を上げてくれ…この施設は個室以外は防音加工はされてなかったはずだからな」

 

 

 そう言って、俺は、コンコンとホテルの壁を叩く。

 

 

「…分かった」

 

「善処する…かな。僕の生涯に記される心がけの1つとして」

 

「本当に分かってんだろうな…」

 

 

 どうにも心配な返事である。

 

 ともかく、ソロプレーに走るな、俺は念入りに全員にそう言い聞かせた。…何も言わなかったその一瞬が、一生の後悔になってしまいそうだったから。

 

 

「じゃあそういうことで、ねぇ。あたしはもう1度個室の中を調べてみるんだよねぇ」

 

「僕は…入口側に旅路を移してみようかな?」

 

「…食堂側を見てみる」

 

「私はランドリーに行ってきます!」

 

「…じゃあ、俺は残った中庭か」

 

 

 それぞれの探す位置を決め、俺達は落ち着く間もなく散会していった。どうか、何事も無く、全員無事でありますように…俺はそう祈りながら、外へと移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『庭園』】

 

 

 

 

 

 

 ――――――見つからない。

 

 

 

 

 

 

 どこにも、居ない。

 

 黄色いジャンパーを着た、顔を隠した不審者なんて。どこにも。

 

 ここで隠れられそうな場所は全て探した。

 

 林の裏、木の上、岩の陰。

 

 それらのどこにも、不審者の姿は無かった。

 

 

 しんしんと大雪が降り続ける中庭に立ちながら、シトシトと雪が小さく頭に降り積もらせ、黒一色の上を向く。

 

 

 …少し雪の降りが強くなってきた気がする。

 

 俺は勘弁してくれよと、一息つく。白く、濃い色の息が呼吸の度に立ち上る。

 

 

「寒…」

 

 

 さらには、全身という全身、内蔵を含めた何もかもが凍てついてしまいそうな程、ココは寒かった。

 

 一体、エリアはマイナス何度を示しているのだろう。白い息も、数秒もすれば塊となって下に落ちてしまうのではないかと思わせる様な、酷い寒さがあった。

 

 …少なくとも、マイナス2度、3度の世界では無い、二桁は確実にいっている。

 

 気付くと、髪も、眉毛も、束になって身を寄せ合い、固まっていた。触ると、パラパラと小さな氷が落ちていく。

 

 両手で自分自身の体を包み込む。気休めのような寒さの対策だ。

 

 …こんなんだったら上着を着てくれば良かった。

 

 俺は細やかな後悔を心で綴った。

 

 

「……はぁ…戻るか」

 

 

 天気が悪くなってきたから、それに反比例するように増す寒さから逃げ出しかったから、俺は早々に捜索を打ち切ろうとしていた。

 

 これだけ居ないのなら……多分他も同じ成果だろう。

 

 寒さの所為なのか、えらくネガティブにそう考えてしまう。

 

 だって、俺は実際にその不審者を目撃していないのだから…もしかしたら、本当に彼らの見間違いの可能性だってあるのだから。

 

 だから早く食堂で暖まりたいので、戻ろう。…恐らくこっちの方が本心なのだろうが…とにかくそう思い食堂側へと体を翻したのだ。

 

 

 

 そう、振り返ったのだ。何の気まぐれでも無く、そうしたいと思い、フロント側に背を向けたのだ。

 

 

 

 

 誰もいない、誰の気配も無い出入り口に、背を向けたんだ。

 

 

 

 

 

 俺は…。

 

 

 

 

 

 

 おれ、は…

 

 

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミツケタ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、声が聞こえた気がした。

 

 

 

 実際に声が聞こえたワケじゃ無く、そんな気がした。

 

 

 

 だから俺は、振り向いた。フロント側の、”ホテルの入口”がある方に。

 

 

 

 

 

 

 

 そこには…――――――”立っていた”。

 

 

 

 

 

 

 見たと、居たと、何処かに居ると、そう言われ続けていた――――誰かが。

 

 

 

 黄色いジャンパーのフードを被った――――誰かが。

 

 

 

 

 

 降りしきる粉雪がその像をぼやけさせていたが。

 

 

 

 

 確実に立っていた。

 

 

 

 

 その姿を見た俺は、何かをするべきだった。

 

 

 

 

 大声を上げたり、逃げたり、とにかく行動をするべきだった。

 

 

 

 

 

 でも――――――何も出来なかった。

 

 

 

 大声を上げる余裕なんて無かった。

 

 

 逃げる余裕なんて無かった。

 

 

 

 

 動けなかった。

 

 

 

 俺は、動けなかったのだ。

 

 

 

 

 目の前から――――”向けられていたから”

 

 

 

 

 

 ――――”銃口”が向けられていたから

 

 

 

 ――――”小さな拳銃”が、向けられていたから

 

 

 

 ――――尋常では無い殺意が…俺に向けられていたから

 

 

 

 

 

 

 

  瞬間、寒さなんて忘れ去ってしまうくらいの恐怖が、俺の身をがんじがらめに縛り上げた。

 

 

 

 

 そんな絶望的な恐怖を前に…俺は目を、大きく見開くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ――――何も、できなかった。

 

 

 

 ――――何も、させてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――パンッ、と響く音に俺は動くことすらもできなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが、俺の名を呼んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――俺の体と”黒い影”が重なった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ショッキングピンクの血が、ドパッと降りかかった

 

 

 

 

 自分の頬や、服、手に、はじけたように飛び散った。

 

 

 

 

 生ぬるい水のような、今まで息づいていたと分かる熱さが体を覆った。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 ”黒い影”が、倒れるのが見えた。

 

 

 俺は、僅かに残った反射神経で、その体を支えた。

 

 

 人の重み、生命の重みが震えた手にのしかかる。

 

 

 ドクドクと、生々しく体内に残された血液が、”穴”から垂れていく。

 

 

 じわりじわりと、地面の雪に血が広がっていく。

 

 

 

 

「――――――――――」

 

 

 

 

 血は止まらなかった。だけど――――――生命の鼓動は、止まっていた。

 

 

 

 生きた心地なんて、何処にも無かった。

 

 

 

 ――――”即死”だった。

 

 

 

 

 

 別れの言葉も、お礼の言葉も言えぬ間に…。

 

 

 

 

 

 黒い影は…生命を絶やしていた。

 

 

 

 

 

 打ち出された弾丸が”脳”を…貫いて。

 

 

 

 

「………ああ」

 

 

 

 震えた声が漏れた。それは決して寒さの所為ではなかった。

 

 

 

「………」

 

 

 

 知ってしまった声だった。震えるくらい怖い現実を知ってしまった声だった。

 

 

 

 

 認識してしまった。

 

 

 

 理解してしまった。

 

 

 

 悟ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生命の重みが一瞬で、軽々しく消えていく現実を。

 

 

 

 

 

 

 "いつ、永遠にお別れになってしまうかも分からない"

 

 

 

 

 そんな言葉が、走馬灯のように蘇った。

 

 

 

 

 

 

 残酷すぎるほど突然に、それはやってきた。

 

 

 

 

 

 

 現実として。事実として。

 

 

 

 

 ――――――――目の前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”見開いた目”と俺の目が交差する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生命なんて色など無い、虚ろな瞳と交差する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――超高校級のオカルトマニア、”古家 新坐ヱ門”の虚ろな瞳と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り9人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計7人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 



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Chapter4 -(非)日常編- 18日目 捜査パート

 

 

  

 

 ――――俺の所為だった

 

 

 

 

 俺が怖じ気づいていたから

 

 

 俺が何もしなかったから

 

 

 

 ”俺が、諦めてしまったから”

 

 

 

 ――――こんな事になってしまった

 

 

 

 ――――紛れもない…俺自身の責任だった

 

 

 

 

『…黒幕?』

 

 

 俺があんなことを言わなければ。

 

 

『………!』

 

 

 アイツを見た瞬間に…俺が声を上げていれば…。

 

 

 

 ――――こんなことに、なるはずなかったんだ

 

 

 ――――こんな事態に転ぶはず無かったんだ

 

 

 

 ――――こんな…絶望的な光景に…

 

 

 

 

 

 …なることなんて、なかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『庭園』】

 

 

 夕暮れの終わった暗闇の空の下。ホテルのライトに浅く照らされたその中心。

 

 

「おい、古家……」

 

 

 ポツポツと体中に当たり散らす雪の中で。

 

 

 俺は…決して何かが写ることない、くすんだ瞳の友達を両手に抱き…揺さぶった。

 

 

 何かを言ってくれ。いつもみたいにお前の声を聞かせてくれ。

 

 

 そう思いながら。そう願いながら。

 

 

 だけど…彼は…抜け殻のように、人形の様に、ブラブラと…首が揺らすだけだった。

 

 

「返事してくれよ…おい…」

 

 

 何を言っても、音の無くなった彼から…俺のよく知る声は、返ってくることは無かった。

 

 

「おい…!!!」

 

 

 だけど、それでも…俺は声をかけ続けた。心を奥底に響かせるように、僅かな意識を覚醒させる漫画のような展開を思い描くように。

 

 

「……おい……………!!」

 

 

 ………だけど、そんな声は空しく世界に響くだけだった。

 

 

 

「………………古家ぁ……!!!」

 

 

 気付くと、頬から何か生暖かい感触が流れていた。

 

 

 ……涙だった。

 

 

 あのとき、最初の事件が終わったとき…流しきっていたと思っていた涙が…

 

 

 ぽろぽろと、溢れていた。

 

 

 心が、友達の死…今更気付いたように、ぽろぽろと。

 

 

 ぽろぽろ、ぽろぽろと……

 

 

 嘘みたいに…ぽろぽろと…

 

 

 

 

 ――――チャキッ

 

 

 

 

 

 すぐそばで、何かを引いたような、何かを備えたような…小さな音が聞こえた。

 

 

 半ば反射的に、俺は涙を伝わせる顔を上げた。

 

 

 ――――そうだった……まだ、”ソイツ”は立っていたんだ。

 

 

 ――――今、古家を殺害した…ソイツは立っていたんだ。

 

 

 宵闇の中で、コチコチと体にぶつかる吹雪の中で、ソイツは…犯人は、俺に、再び銃口を向けていた。

 

 

 目の前で、今人を殺した事なんて忘れたように…銃口を向けていた。

 

 

 その光景を目の前にして…哀しみと、恐怖がごちゃ混ぜになった心が、渦巻いていくようだった。

 

 

 今何をするべきなのか、逃げ出すべきなのか、友の死を悼むべきなのか…何もかも分からなくなってしまった。

 

 グルグルと、グルグルグルグルと…崩壊していた。

 

 

 だけど……俺は、反射的に…いや本能的に…………

 

 

 

 ――――古家の体を庇った

 

 

 

 これ以上、古家の体を傷つけたくなかった。

 

 

 これ以上、古家の死を傷つけて欲しくなかった。

 

 

 だから、俺は自分の命を…銃口へと差し出した。

 

 

 やるなら、俺をやれ……まるでアクション映画のように…俺は古家の体を庇った。

 

 

 だけど……銃口は、淀みなく…俺に向けられていた。そんな良心なんて無駄だと、ハッキリと…突きつけるように。

 

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「公平!!!」

 

 

 ……次の瞬間に聞こえたのは銃声では無かった。

 

 

 そんな、良く聞き慣れた、仲間の声が聞こえた。

 

 

 

 ――――風切だった。

 

 

 俺は咄嗟に、声のした方。食堂に、目を向けた。

 

 

 銃声を耳にしたためなのか…食堂から風切が食堂のドアから出てきていた。背中のライフルを引き抜き、雪が降りしきる中で、犯人へと銃を向けていた。

 

 

 犯人は、後ずさった。それは超高校級の射撃選手である風切の腕を良く知っているからこその、動揺の現れだった。

 

 もし、彼女と銃弾を交わし合おうとするなら、その勝敗は明白だったから。

 

 少しずつ、俺に向けられた銃口は離れていくのが分かった。

 

 その動揺につけ込んだ風切は……距離を保つようにジワジワと逆ににじり寄る。決して隙を見せないように、ライフルを犯人に向けたまま、膝をついた俺の側まで近づいてくる。

 

 緊張した空気が、庭園の中で走り続ける。

 

 

「公平……大丈、夫………――――――!!!」

 

 

 俺の側まで来た事で、俺が両手に抱える、古家の死体を風切は見てしまった。声になら無い驚愕が、その表情を包んだ。

 

 

「……古家?」

 

 

 返事の無い、傀儡のように横たわる古家を見て、事態を察し、顔を青くさせていた。彼女の、今までの淡泊な表情からは考えられない程の衝撃が見て取れた。

 

 

 …だけど、その動揺が大きな隙を生んでしまった。

 

 

 犯人は、俺達に背を向けて…――――――開け放たれていた、フロントの裏口に駆け込んでいった。

 

 

 つまりは…逃げ出したのだ。

 

 

「許さない……!」

 

 

 古家の死を目の当たりにした、風切は目に見えて怒りに震えていた。ここから脱出しようとする犯人に、ライフルを再び向け直し、今にも引き金に指を掛けようとしていた。

 

 

「風切…!」

 

「大丈夫…実弾じゃ無い…!」

 

 

 確かに、前にライフルに入っているのはゴム弾だと言っていたが…。

 

 そんなことは分かっていた……だけど俺にはそれ以上の”別の心配”があった。昨日、彼女の過去を聞いていたからこそ分かる…その理由が。

 

 ――――”彼女は生物を撃てない”…今までだましだましで射撃に関わってきた彼女にとって、コレはトラウマの再発とも言える状況であった。

 

 俺は、極限とも言える緊張が再び庭園に走った。

 

 

「お願い…動いて……!」

 

 

 彼女は、彼女自身に言い聞かせていた。

 

 

 仲間のタメに、友達の敵に一矢報いるために。古家の死から逃げ出そうとした、犯人を止めるために。

 

 

 俺は今、人が、自分自身の過去を乗り越えようとする瞬間を目の当たりにしていた。

 

 

 震える指と、揺れる瞳、張り詰める心。信じられない程の心拍が、体を脈動させた。

 

 

 …犯人は、裏口を抜け、ホテルの入口に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――そして

 

 

 

 

 

 

 

 ――――バンッと、拳銃とは比べものにならない轟音が、響いた。

 

 

 

 風切はライフルの反動に身を弾ませる。ふわりと、火薬の硝煙が舞散った。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――キンッ

 

 

 

 

 

 

 

 とても、かん高い音が響いた。それが何の音なのか…正体は分からなかった。

 

 

 されど瞬間…犯人は振り返りこそしたように見えたが…決して足を緩めることは無く、真っ直ぐに森へと…開けられたままの扉の先に消えいくのが見えた。

 

 

 

 ――――それでも、その弾丸は何処かに着弾したことは確かだった。

 

 

 

 ――――それでも、犯人の足が止まることもまた、確かだった。

 

 

 

「……くそっ!」

 

 

 

 この事実を見た風切は…明らかな悔しさを滲ませるように、そう吐き捨てた。

 

 

 

「…逃がさない!!」

 

 

 

 そして、風切は犯人を追って、ホテルを飛び出そうとフロントへと足を急がせた。

 

 

「風切!」

 

 

 そう彼女を生死するように声を上げたが…彼女もまた足を緩めることは無かった。

 

 

 俺は死体となった古家を抱え、ただいなくなる彼女達の光景を呆然と見送ることしか出来なかった。

 

 

 まるで舞台の観客のように、まるでテレビの前の視聴者のように…。

 

 

 ……どうしようもないほど…何もできないままに。

 

 

 

 

 

 

 すると――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――パンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの悪夢のような銃声が、再び響き渡った。風切のライフルの音とは違う、心臓を握りしめられたような発砲音。

 

 

 それは……あの犯人が、また愚かにも引き金を引いたことを物語っていた。

 

 

 瞬間に走った、吐き出しそうな程の絶望感。

 

 

 銃声は誰に向けて放たれたのだろうか?

 

 追っていった風切はどうなったのだろうか?

 

 誰かが、また傷ついてしまったのだろうか?

 

 

 

 騒音のような胸騒ぎが、胸中をかきむしる。

 

 

 勘弁してくれよ、と、今にも叫び出しそうだった。

 

 

 そして、同時に…誰か来てくれと…これまでに無いほどの助けを、心の底から求めていた。

 

 

「折木さん!!」

 

 

 そんな願いが通じたのか…ワンテンポ遅れたように焦った小早川が、中庭へと現れた。

 

 

「…何なんですか!今の、世にも恐ろしい音は!!……………あ、あれ?…あの、折木…さん?その、両手に抱えているの……は………」

 

 

 …そして、風切と同じように、俺の腕に抱えられた古家を見て、彼女は両手で口元を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン…!』

 

 

 

『死体が発見されましタ!』

 

 

 

『一定の捜査時間の後、“学級裁判”を開かせていただきまス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空しくも、彼の死を決定づける、アナウンスが鳴り響いた。

 

 

 喪失感と、現実を受け止めきれない虚無感が同時に襲ってきた。

 

 

 ああ、そうか……やっぱり…そうなんだ、と。

 

 

 完全に、今目の前にある現実を理解した気分だった。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 俺はゆっくりと、”古家の死体”を地面に降ろした。

 

 

 傷つけないように、宝物のように…ゆっくりと。冷たい雪の上に、横たわらせた。

 

 

 

「……古家さん…!」

 

 

 その合図のきっかけとなった小早川自身も、そう声を上げ、呆然とする俺の側に掛けより、古家の前で膝を折る。

 

 瞳を潤ませ、先ほどの俺のように、声を失わせていた。

 

 

「……」

 

「折木…さん?」

 

 

 俺は、自分の手を古家の瞼へと持っていく。

 

 

 もう、これ以上彼の瞳を見続ける事は出来なかったから。

 

 もう、安らかに眠らせてあげたかったから。

 

 

 見開かれた彼の…古家の瞳を閉めた。…安らかに眠らせてあげるように。

 

 

 すると…

 

 

「か、風切さん!!」

 

 

 小早川は、何かに気付いた声で、犯人を追いかけていたはずの風切の名を呼んだ。

 

 声を向けた方向に、フロントの裏口へと…俺は視線を移動させた。

 

 そこには、風切と、…そんな彼女の肩に背負われた落合がいた。

 

 見ると、彼が違和感を持つように引きずる足の…膝の辺りがショッキングピンクで滲んでいた。

 

 

「落、合…」

 

「ゴメンよ友達。ゴメンよ相棒…僕は今自由を奪われた、自分の足で立つことすらも、人間としてできることすらもできなくなってしまった」

 

「……何が、あったんだ」

 

「大した事じゃ無いさ。ただ誰かがいて、僕がいて…そして世界がそう答えを出しただけさ」

 

「…風切」

 

 

 もう落合に受け答えを期待できないと即座に判断し、隣の彼女に声を向けた。何故落合がこんな状態になったのか…説明を求めた。

 

 

「…追ってる途中で、アイツと…外にいた落合が交錯して…それで撃たれた」

 

「ああ、そうだとも。それが僕自身が言いたかった全てさ」

 

「……そうか、あの音は…そのときの」

 

 

 あれから逃げた犯人は…外を捜索していたと思われる落合と鉢合わせ、何らかの理由で足を打たれた…ということか。

 

 …先ほどの、3発目に放たれたと思われる銃弾の行方がどうなったのか。

 

 それを知ることが出来たことに、場違いにも…俺は小さな安堵を覚えていた。

 

 

 ――――また、誰かを失わずに済んだ。

 

 ――――また古家のような犠牲者が出なくて良かった

 

 

 そんな安堵を確かに感じ取れた。

 

 

「…ある程度血止めはした…でも、ちゃんとした処置はしてない」

 

「で、では、一刻も早く医務室に参りましょう!!救急箱…救急箱をご用意しなければ!!」

 

「そうだな…」

 

 

 あたふたとしする小早川は、先に医務室へと駆け込み、ドアを開け放つ。俺達も続くように、落合を背負い、医務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

  

【エリア4:ホテルペンタゴン『医務室』】

 

 

 医務室にて――――

 

 

 コチコチと時間が過ぎる中、風切は慣れた手つきで、落合の足に集中する。救急箱だけじゃなく、室内にある薬を総動員し、痛々しく空いた膝の穴の処置をしていた。

 

 俺と小早川は、そんな風切の処置の手伝いをしていた。

 

 前に彼女が言っていた。

 

 昔、誤射の所為で命を奪いかけた弟の緊急的に治療をしたことがあると…だからこそ、彼女はその記憶を頼りに、治療に専念しているのだ。

 

 風切のそんな壮絶な経験が…今、役立とうとしている…実に皮肉な話しだ。

 

 

「………」

 

 

 俺は医務室の…中庭へと繋がる…開け放たれたドアに目を向ける。

 

 

 その視線の先の、庭園の中心に寝かされた、古家の死体。

 

 

 死体の現場を…荒らしてはいけない。死体を動かすことは、今までの事件から学んできた御法度だったため…苦渋の決断ではあったが、彼の死体は外に寝かせることに至っていた。

 

 イヤなくらいの、事件への慣れだ。

 

 ……だけど、完全に目を離すのは良くないと、中庭へと繋がるドアは半開きにしながら…。

 

 その所為か、エリア内の冬の風が部屋の中に緩やかに流れ込んでいた。

 

 

「あ、あの…折木さん」

 

 

 すると、隣に居た彼女が、大きめのタオルを此方に差し出してきた。先ほどまで湯に浸けていたからなのか、僅かに立ち上る湯気が見て取れた。

 

 

「…お顔を、その…」

 

「顔?……ああ、そうか」

 

 

 …そうだった。俺があのとき、古家が犯人に撃たれたとき…彼の返り血が俺自身にかかっていたのだった。

 

 

「すまん…ありがとう」

 

 

 囁くような小さな声で礼を言う。そしてゴシゴシと、顔の血を拭きとった。湯に浸からせていたおかげか、その感触はとても暖かった。

 

 

「うう……落合さん、こんなお労しい姿に…」

 

「…あはっ、傷とは決して後悔する物じゃ無い。人をより強くするための、人の心をより強靱にするための証なのさ。だから安心して遅れ、こんな怪我は旅路の途中でよくやってたものだから」

 

「…うるさい。黙って治療を受けて」

 

「…………」

 

 

 風切から咎められ、本当に黙りこくる落合。また、張り詰めるような沈黙が走り出す。コチコチと、時計の針の動く音だけが、部屋中に流れる。

 

 

 そしてそれから、数分後…

 

 

「…これで大丈夫」

 

 

 処置を終えたのか、風切はそう言いながら息をついた。

 

 

「…落合、具合は?」

 

「ああ、何処へでも、どんな旅路が待っていようと、僕はいつでも飛び立てる準備は出来ている」

 

「……無事、なんだな」

 

 

 イマイチ読み取れないが、先ほどの死にかけた口調よりは、明るく。ほどよく回復していることは、明らかに思えた。

 

 

「落合さん!良かった、ご無事で」

 

 

 小早川は力の入った肩を抜き、息を吐く。俺も”そうだな”と、同じように安堵する。

 

 

 だけど…

 

 

「隼人……ごめん、私が無鉄砲すぎた」

 

 

 対するように、作業を終えた風切は、肩を落とし、俯き、そう呟いていた。

 

 

「どうして、君が謝るんだい?」

 

 

 落合は、微笑みながら当然の疑問を返した。

 

 

「…私がアイツを仕留めきれなかったから、私が無理にアイツを追いかけたから、アイツを血迷わせて…それで…」

 

「…何を言っているんだい?そのヤツという罪人を、僕もまた止めようとした。それは僕自身がよく知っている。だからこそ、立ち塞がったからこそ、羽を手折られてしまった。これは、なるべくしてなった事象…いわば自分自身の業を自分で清算したにすぎないのさ」

 

「…ううん、違う。…隼人は、ただ鉢合わせただけ。だから、あんな無闇な発砲をさせてしまって…それで…あなたの大切な…」

 

 

 落合の側に目を向ける。そこには彼が友と言っていてやまない、ギターが、見事に壊れている姿が。…もう今までの様に、弾くことはできない、そう物語るような無残な姿をさらしていた。

 

 …恐らく、犯人が発砲した弾が、ギターを貫き、その先にあった落合の膝もまた貫いたのだろう。

 

 だけど…それは…

 

 

「友は僕の命を、助けてくれたのさ。彼がいなければ、きっと僕はこの程度の怪我ではきっと済まなかった…だからこそ、気に病む必要は無い。彼は、友として、僕自身のために命を全うしてくれたのさ」

 

「………」

 

 

 それでも風切は、顔を上げなかった。

 

 …強い自責の念だった。余りにも、背負い込みすぎるような、うぬぼれにも似た自虐の心が見て取れた。無理も無かった。彼女の弟の殺人未遂の過去を顧みても、そう思ってしまって然るべきだと思ったから。

 

 彼女にとって、これは自分の所為で命を失いかけたことは…まさにトラウマであったのだから。

 

 前に彼女は…自分は救われているから…そう言っていた。だけどそれは…本当の意味で救われたわけでは無かった。周りとの禍根を清算できただけで、自分自身を…心の底では許せていなかったのだ。

 

 だからこそ…彼女はこの状況に深い責任を感じているのだ。

 

 

「ふぅ……風切さん。顔を上げておくれ」

 

 

 落合は、とても優しげな声で風切の名を呼んだ。応えるように、顔を上げる。そこには、淡泊だった表情が嘘と思えるような、今にも泣き出しそうな顔があった。

 

 

「ふぇっ…!」

 

 

 そして何と、落合は彼女の頬に手を寄せた。その余りにもロマンチックな行動に、小早川は変な声を上げ、顔を赤くした。俺も、変な声を上げそうになった。

 

 風切自身も、そんなことをされたのは初めてと、大きく目を見開いた。それでも、嫌がる素振りは見られなかった。

 

 

「過去に、君がどんな経緯を経ているのか…無知な僕にはわからない。だけど分かるのは…君は今、背負いすぎている。背負わなくても良い全てまで、何もかもね」

 

「………」

 

「…でも、それは間違ってない。人の心は言葉1つで切り替わるほど、単純じゃ無い。吟遊詩人の僕が言うのも、恥ずかしい話しだけどさ…」

 

「…で、でも」

 

「…さっきも言ったはずさ。傷は人を強くする、傷を得ることで人は今まで以上に成長できる。僕は今強くなろうとしている……だから、僕は大丈夫…他の誰でも無い君のおかげでね……きっと君の過去の、それこそ僕の知らない誰かも、同じ事を言うはずさ」

 

「………隼人」

 

 

 吟遊詩人らしい、まるで寄り添うような、そして緩やかに心に入り込んでくる風のような言葉の数々を、風切は黙って、噛みしめるように聞いていた。

 

 

「だから、そんな表情は君の美しい顔には似合わない。さぁ、僕に君の笑顔を見せておくれ」

 

 

 端から見れば、口説き文句のような言葉で…落合はそう終止させた。

 

 そして、暫く…何故か二人は、じっと…見つめ合っていた。そう…じぃーっと…得体の知れない言葉では無い何かでやりとりしているように、視線を交わし合っていた。

 

 

「えっ?えっ?……あの、これって……」

 

「…………」

 

 

 ……何かいたたまれないような、いや気恥ずかしい空気になっているようだった。言うまでも無くこの状況は……うーん、コレはきっと口にするだけ野暮なことなのだろう。

 

 深くは言わないが…ただ今、目の前で、何かが生まれたことだけは確かだった。

 

 そしてソレを見て思ったのは…まさか、非現実的な出来事の筆頭としてあげられた吊り橋効果を現実として見られる日が来るとは…ということ。現実は小説よりも奇なり、まさにその言葉を俺は実感していた。

 

 

 もしかしたら…俺達は今、お邪魔なのかもしれない…そんな雰囲気が蔓延している中で…

 

 

「あれれれ、れれのレ?何かロマンスの最中でしたカ?お邪魔虫さんでしたカ?パンダなのに虫扱いでございますカ?…何を仰いますか!!虫には五分の魂が宿っているのでス!ないがしろにしてはいけないのでございまス!!徳川綱吉だって仰っておりましタ!!」

 

 

 ニョキリと、モノパンが、この悪夢のような出来事の元凶が現れた。また小馬鹿にするような、自分自身が中心かと言うぐらいにまくし立てながら。

 

 俺はこの瞬間、酷い怒りが湧いて出てくるようだった。

 

 

「…モノパン…!」

 

「おやおや?珍しく怒りを露わに為さっておりますネ?折木クン?…くぷぷぷ、いやはや、それもそうですよネ。まさかこんな展開となって仕舞うだなんテ…ワタクシ驚き、いやまさに驚天動地といった心境でございまス」

 

「…きょ、きょうて……えっ?」

 

「……何のよう?今あなたの冗談に付き合っている状況じゃ無い」

 

 

 冷たく、あしらうように風切は言い放つ。…それでも、落合と手を重ね合わせている所はちゃっかりしているな、と密かに思った。

 

 

「何をそう怖い顔をしなさるのですカ。ワタクシは今本当に驚いているのでス。まさに執念というべきか、それとも怨念と言うべきものか…まぁつまりは、そんなドロドロしてこそは居ますが、清々しい行動力に感服しているのでございまス」

 

 

 妙、かつ粘つくように遠回りな発言に俺はさらに神経をすり減らす。執念?怨念?ますます意味が分からない。一体誰に、そんな賛辞を送っているのだ?

 

 

「ですが褒めるべきは、そんな底知れない執念を呼び起こす…アナタの『超高校級の不幸』という才能。やはり、人に災いをもたらすことにならアナタと右に出る物はいませんネ…」

 

「………何だと?」

 

 

 まるで、俺がこの事件を引き起こした原因であるかのような言い草に、俺は気を立てた。ただでさえ、俺自身の所為で、古家が死んでしまったというのに。

 

 それを逆撫でするモノパンの言葉に、とさかに来ていると分かるような暗い声を響かせた。

 

 

「くぷぷ…これ以上はワタクシからではなく、アナタ様方のお友達の口からお聞き下さイ」

 

 

 意味深に言葉を残し、逃げるようにモノパンはポヨンっと、いなくなってしまった。

 

 

 ……いや、本当に何しに来たんだ?

 

 

 そう思った矢先…何故か、すぐにモノパンは再び姿を現した。

 

 

 

「い、今ワタクシを見ませんでしたカ!?」

 

 

 何故か酷く取り乱したような。いやわざとらしいくらいに焦りながら、また口を開いた。

 

 

「えっ…ええっ…先ほど、見ましたが…」

 

「馬鹿野郎!ソレが本物モノパンなのでございまス…!!何をだまされておいでになったのですカ!!!!」

 

 

 ……何がしたいんだ?コイツは。とにかく俺達で遊ぼうとしているのか、自分が楽しもうとしているのか分からない行動だ。だからこそ、腹立たしさが増していくのだが。

 

 

「……モノパン、本当に止めて」

 

「…あれ?やっぱり受けは悪かった?…のですかネ?」

 

 

 その通り、この永遠と続くような茶番に流石に手が出そうだった。だけど、モノパンが指定した規則の所為で、暴力は振るえない。何とも、煮え切らない。

 

 

「くぷぷぷ…長い長い茶番はこのくらいにして。先ほど意味深な事を残すことにかまけすぎて、すっかり抜けていた本題を今お話しようと舞い戻ってきましタ

 

 

 

 

 ――――――――ザ・モノパンファイルVer.5!」

 

 

 

 

「………!」

 

「も、モノパン、ファイル」

 

「……」ギュッ

 

「大丈夫だよ、これは決まっていることだ」

 

 

 分かっていた。 そんなことは分かっていた。きっとこの時間がやって来る。というか、今まで出てこなかったのが不思議な位だ。

 

 

「くぷぷ、残念ながら捜査のお時間でス。己の心に鞭を打ち、骨を折り、脳を振り絞り、真実へとたどり着くための準備のお時間でス」

 

 

 そう、やってくるのだ。

 

 ――――”学級裁判”が

 

 俺達の中の、古家を殺した犯人を見つける、命を賭けた騙しあいが。

 

 

「放送から時間も経ち、裁判まで刻々と差し迫っておりまス。決して、決して、手を抜くことの無いように…さもなくも、死、あるのミ…お分かりデ?」

 

 

 ファイルを手渡しながら、モノパンは確認するように、そう言葉も渡してくる。抜かりないように、ぬかってしまったら自己責任。そう強調するように。

 

 

「……分かってる」

 

 

 そうは返したが、本当は分かりたくなかった。古家が死んだ現実も、コロシアイが起きてしまった現実も…分かりたくなかった。

 

 でも、分からざる終えなかった。それが、この世界のルールなのだから。

 

 

「でしたら僥倖…では、恥ずかしくなるくらいあがいて、足を掛け合って、だまし合って下さいまセ…」

 

 

 そう侮るような言葉を残し、モノパンは消え去っていった。…一瞬また何かの拍子で出てくるのでは無いか、そう思ったが…数秒して本当に、ヤツの気配は無くなったことを理解した。

 

 

「……捜査のお時間なんですね」

 

「ああ、古家を殺した、犯人を見つけ出すためのな…」

 

 

 命がけのだましあい、命がけの疑い合い、命がけの信じ合い…その準備をしなくてはなら無い。一瞬でも怠ってはいけない、念入りな準備を。

 

 

「折木君」

 

 

 すると、ベッドに腰掛ける、落合が俺の名を呼んだ。

 

 だけどその声には、決して今までのとぼけた雰囲気は無く、まるで人間のような、まるで友達に話しかけるような…そんな声色だった。

 

 

「お願いがあるんだ」

 

「……?」

 

 

 いつもの彼からは見た事もなかったその雰囲気に、思わずたじろぎながら…それでも一語一句、聞き逃さないように耳を傾けた。

 

 

「…古家君はね…僕の友達だった。ここに来てから、今までも…ずっと何気ない会話を交わし続けてきたんだ」

 

 

 俺だって同じくらいの時間を過ごしてきたつもりだ。だけど、落合もまた同じ時間を過ごしていた…それだけは決しては揺らぐことは無い、事実だった。

 

 

「………」

 

「残念ながら、この足の所為で僕は君達のように自由に歩けない。人として、致命的になってしまった。ただ待つことしか、僕にできない。……だから――――――――お願いします……”古家君のためにも…犯人を見つけてください”」

 

 

 そう言って、彼は頭を下げた。今までの演技がかった口調なんて無い、落合の言葉を紡ぎながら。

 

 彼はきっと…怒っているのだろう。…彼は今自分に情けなさを持っているのだろう。だけど決して激情流されないように、でもそれを悲観しないように。

 

 だから、彼は俺に頭を下げた。こんな凡人の俺に。

 

 …俺は。

 

 

「…………わかった。任せてくれ」

 

 

 そう言って、頷いた。

 

 

 隣の小早川も、風切も、頷いた。全員意思は…既に1つとなっていた。

 

 

 俺は外に倒れる古家の死体に目を向けた。

 

 

『いつ、目の前の人がいなくなるかも分からない』

 

 

 ――――古家、本当に、別れなんて一瞬だったよ

 

 

 お前のおかげ、今更になってこの言葉が染みるようだ。

 

 

 だからこそ…こんなお別れを演出したヤツを…お前を殺した犯人を見つけてみせる。

 

 

 悔しさも、空しさも、全部、全部ぶつけてみせる。

 

 

 この事件の真実を明らかにすることに…

 

 お前を殺した犯人を見つけ出すことに…

 

 

 

 全部、ぶつけてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【捜査開始】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…まずは」

 

 

 …取りあえず、ファイルの確認だな。

 

 

 殆どリアルタイムかつ、目の前で進行した事件のために、死体については特に不可解な点は無さそうだが…。一応見ておく分に越したことは無い。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 モノパンファイル Ver.5

 

 被害者:【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

 

 死体発見現場はエリア4、ホテルペンタゴンの『庭園』。死亡推定時刻は午後8時32分。死因は、銃弾を脳に受けたことによる失血死。外傷は無く、即死であった模様。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……即死、だったんですね」

 

「ああ……」

 

 

 そのファイルに映し出される、彼の写真。とても綺麗で、何も傷の無い…死体。

 

 俺はまた、あのときの記憶がフラッシュバックしそうになった。だから、すぐにファイルを閉じた。

 

 

「じゃあ、次は…」

 

 

 気持ちを切り替える意味で、俺は次の行動にテキパキ移していく。そうしていないと、自責の気持ちがまた顔を出しそうだったから。

 

 

「………」

 

 

 だけど…リアルな話し。

 

 今までは事件慣れしていたニコラスや、死体慣れしていた雨竜が…率先して捜査に口を出していたために…ええっと、まずはアイツらは何をしていただろうか?とその第一歩から躓きかける。

 

 殆どの指示を彼らに丸投げしていたツケが今更になってやって来た気分だった。

 

 

「え、えと…まずは見張り…ですよね…でも人数が」

 

 

 確かに、最初は死体の周辺に見張りを立てるのがセオリだー。だけど彼女の懸念するように、人数の配分が問題になってくる。落合は負傷中…だから残るのは俺と、小早川と、風切の3人。

 

 だけど見張りを立てる以前の…それ以上の問題が眼前にあった。

 

 

「…だけど、ソレよりも前に犯人がこのエリアのどこに居るのかも」

 

 

 そう今回の場合、犯人は風切から逃げおおせているのだ。即ち、犯人はこのホテル側に潜んでいる可能性が高い。つまり、未だ俺達はその犯人からの危険に晒されている状態なのだ。

 

 

「…いやそれは必要無い」

 

「……えっ?」

 

 

 だけど、そんな考えを風切は即座に否定した。余りの即答ぶりに、小早川のような変な声を上げてしまった。

 

 

「ど、どうして…」

 

「だって――――アイツは…もうこのエリアにいないから」

 

 

 ハッキリと言い切った。余りにも唐突に。

 

 

「…詳しく聞かせてくれ」

 

 

 その事実が何を差しているのか…俺は当然の質問を風切りに投げ、彼女はうん、と頷き、その理由を一言で言い切った。

 

 

「……アイツは…空中を歩いてた、このエリアから出て行っていってる」

 

「…飛んでた、のでございますか?えっ?えっ?」

 

「ごめん、表現が悪かった。…正確には、”崖を歩いてた”」

 

 

 いや、表現を変えてもまったく分からないし…とてもじゃないが信じられない。

 

 だけど彼女の毅然とした態度から、嘘をついているようには決して見えなかった。ますます、意味が分からなくなってしまった。

 

 

「……夜だったし、少し吹雪いてたから視界は悪かったけど…でも私はこの目で見た…崖を渡っている姿を」

 

「追いかけて確かめなかったのか?」

 

「隼人をその場に置いて行けるわけ無い。…すぐに引き返した」

 

「そ、そうだよな………じゃあ落合、お前はその光景を見たのか?」

 

 

 射撃選手である彼女の視力を疑うわけでは無いが…余りにも想像できなかった。だからこそ、その場に言わせていた可能性が高い、落合にも話しを聞いてみた。

 

 

「彼女の論理を強固に出来るほど僕の目は暗闇に向いていた…でも、代わりに彼女の表情を見た。まるで夢でも見ているかのような、驚いた表情を……だから、その発言に間違いは無い…僕が保障するよ」

 

「……そうか」

 

 

 落合の保障する等の発言。どうやら、風切の証言は間違いないみたいだ。まるで現実離れした目撃談なのだが、これは頷かざるおえないようだった。

 

 

「……ありがとう、隼人。信じてくれて」

 

「なんてこともないさ…」

 

 

 そうこう言って、また手を重ね合い…見つめ合う。また、いたたまれない空気が流れ始める。

 

 

「……行くか」

 

「……はぁ…羨ましい」ボソリ

 

「……小早川?」

 

「はっ!!いいえ、何でもありません!!そうですね!!!行きましょう!!!そうしましょう!!!」

 

 

 聞いているのか分からなかったために、声を掛けてみたのだが…想像以上に驚かせてしまったようで、握りしめた手を挙げながら小早川は廊下の方へとさっさと出て行ってしまった。

 

 ……何をそんなに焦っているのか、理解できなかった。

 

 

「…風切…お前は」

 

「……隼人を診てる」

 

「えっ…でも…」

 

「…診てる」

 

「……」

 

「診てる」

 

「…そうか」

 

「はははは…」

 

 

 いやまだ何も言っていなかったのだが…何だか有無を言わせない空気に、押されてしまった。落合はまるで他人事のように朗らかな笑みを浮かべていた。

 

 本音を言えば、捜査に協力して欲しいというのはあったが…まぁここなら、古家の死体を、遠巻きではあるが見張れるし、落合の看病も出来る。

 

 …しょうが無いから、ここで待機していて貰うとしよう。無理矢理そう納得した。

 

 

「……」

 

 

 それに…何だか早く出て行けという気持ちの視線を送られているようだったので…俺もまた、そそくさと足取りのまま、小早川の後を追うようにして部屋を後にした。

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【モノパンファイル Ver.5)

…被害者:【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

 

 死体発見現場はエリア4、ホテルペンタゴンの『庭園』。死亡推定時刻は午後9時2分。死因は、銃弾を脳に受けたことによる失血死。外傷は無く、即死であった模様。

 

 

【崖を渡る犯人)

…事件直後の風切が犯人を追いかけた際に目撃した光景。橋も何も架かっていないはずなのに、犯人は崖を走って渡っていた。

 

 

【生徒達のアリバイ A)

…折木:庭園

 風切:食堂⇒庭園⇒ホテル外

 落合:ホテル外

 小早川:?

 

 古家:?⇒庭園

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『廊下』】

 

 

 速い足取りで医務室を後にし、俺と小早川は…廊下にて。

 

 

「……取りあえず。犯人が目撃されてから今までの動きを、確認していくか」

 

「そ、そうですね!!先ほどの風切さん達の話からしても、妙に入り組んでいると存じます!」

 

 

 

 まず俺達は、最初の出来事から落合達と合流するまでの流れを振り返っていくことにした。

 

 ただでさえ出来事を頭に入れるのが苦手な彼女のためでもあり、俺自身が考えを整理したいためでもある。その中でも一際気になる点があれば、調べていこう、という方針だ。

 

 

 ええと、まずは…

 

 

「最初は、例のジャンパー姿の犯人を…古家、落合、そしてお前が目撃したことから始まった……前者の二人はどちらも個室の窓から……お前は、ちなみにいつ、何処で目撃したんだ?」

 

「…ええと、確かに…フロントで当番で割り振られていたお掃除をしているとき…チラリと入口のドアの窓を覗いてみたら…そのお方をお見かけしました!時間は、食堂に行く20分ほど前だったかと思います!」

 

 

 20分、か。古家は確か30分前に見かけたとか、言っていたな。時間の部分に不自然な点は無し…か。

 

 

「……成程。ちなみにどうしてドアの窓を覗こうなんて思ったんだ?」

 

「何やらただならぬ”視線”を感じたからでございます!そして、私が覗いた時はその犯人は尻尾を巻いて逃げておりましたから!」

 

「…じゃあ、その窓から小早川の行動を観察していた可能性が高いかもな」

 

「はい!恐らくは!……でも今思えば、かなり不自然な行動でしたね、今更になって…寒気が…」

 

 

 だとしたら…犯人は30分以上前からこのホテルを徘徊し…そして外側の窓から、俺達の行動を観察していた…ということになるな。決め手に欠ける話しだが、1つの可能性として考えておくか。

 

 

「…犯人が目撃されてから丁度30分後…食堂からすぐに俺達は犯人の捜索にかかった」

 

「はい…でも、何処に見当たらなかった…のでまたすぐに廊下に集まった…のでしたよね。うう、あのとき切り上げていれば…」

 

 

 そう言いながら表情を暗くする小早川。…俺も、同じだ。だけど、既に起きてしまった事。既にこれまでの行動の数々は後悔と化している。後悔を取り返すことは、ほぼ不可能なのだ…。

 

 …そう割り切るしか無い。

 

 

「でも…犯人は、どこに潜んでいたんだ?」

 

 

 そう…あれだけの目撃証言、とあれだけの大捜索があったにも関わらず、犯人の尻尾すら掴めなかった……だのに。

 

 

「突然、庭園に姿を現した…」

 

「……まるで幽霊のようでございます」

 

「…そうだな、まるで亡霊だ。でも、今考えてみると、本当に何も無いところから現れたわけじゃ無い……フロントの裏口が開いていたから…多分、彼処から出てきたんだろうな…」

 

 

 逃げる際に既に開け放たれていたので…そう考えるのが普通。…でも、それまでは姿を完全にくらましていたのは間違い無い。勿論、捜索に杜撰な部分は無かった。徹底的に、それこそ草の根を分けて探していた。だとしたら、犯人は一体、何処に隠れていたのか…ますます見当がつかなくなってくる。

 

 参考になるかは分からないが、一度俯瞰して見るために、このホテルの見取り図を見直してみた方が良いか…。何か、思い当たる節が見つかるかも知れないしな。

 

 

「そして…鉢合わせた俺に犯人は、所持していた拳銃を発砲…………それを守るために出てきた古家の脳に着弾し……そして彼は絶命した。ファイルに書いてあるとおり、即死だった」

 

「………古家、さん」

 

 

 …未だに思い返しても…苦しくなる。先ほどの割り切るしか無いという考えも、まともな感性があるなら、出来るわけが無い。当事者である俺であるなら、尚更。

 

 ――――俺がもっとまともな判断が出来ていたら…あんな事態にはなら無かったのに。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 俺はまた目をつむり、悔やんだように表情を歪ませる。

 

 

 

「……でも、あの、先ほどの話しの通りなら…犯人は、”折木さんに向けて撃った”…ということなんですよね?」

 

「…ああ………考えがたいが…俺が、ターゲットだった可能性が高い」

 

 

 古家が死んでしまったのは、半ば事故のようなものだ。

 

 それに、古家を撃ち殺した後も、さらに俺を狙おうとしていたことも踏まえると…小早川の思うとおり、俺を狙った犯行の可能性がある。

 

 もしかしたら、犯人が生徒達の観察を行っていたのは……俺を見つけるためという理由が浮かんでくる。

 

 でも、そこで問題になるのは…何故俺を狙ったのか。

 

 ここまで来れば…もはや”動機”というほか無い。

 

 だとしたら、あの…”モノパンのアナウンス”が……動機になった…ということか?

 

 

 ……だけど事件の、動機を考えられるほど、今の俺達に余裕は無い。だからこそ、すぐに、これまでの行動のまとめに俺は思考を戻した。

 

 

「……そして、その光景を目撃した風切が食堂から現れて、そして犯人は逃げ出した」

 

 

 …そうだ、風切が自前のライフルを構えて現れた。そのおかげで犯人はひるみ、そして追い返せたのだ。

 

 …もし風切が出てきてくれなかったら、きっと俺も撃ち殺され、このファイルの一員になっていたかも知れない、いや絶対にそうなっていた。

 

 …考えれば考えるほど、溢れかえるような冷や汗がでてきてしまうようだった。

 

 

「逃げ出した犯人に向けて…風切はライフルを発砲した。犯人の足止めをするために…」

 

「…………はあ」

 

「だけど、その打ち出されたゴム弾は、空しくもかん高い金属音を鳴らすだけで…犯人の足を止めることは無かった」

 

 

 しょうが無い話しではある、あの雪が吹雪いている最悪のコンディションの中で、ドア越しであの距離を、しかも反動の強いライフルを女性である風切は立ったまま撃ったのだ。

 

 これで犯人を仕留められていたら…まさに神の領域だ。

 

 

「そしてその直後に、小早川が庭園に現れた。…ちなみにお前は事件当時どこに居たんだ?」

 

「ええと、個室を捜索しておりました!」

 

 

 そのハキハキとした口調の所為で、新米警察官の様な姿が幻視してしまった…。さらに表情も、姿勢もカチコチなので、何かに緊張感を抱いているようにも見えた。

 

 少し気になったが……とりあえず、今はまとめる事に集中しよう。

 

 

「…それからすぐに風切は、犯人を追ったが…犯人は再び発砲し、落合の足に傷を負わせた」

 

「……そ、そして先ほどお二人と、私達が合流した……ということですね」

 

 

 恐らく、風切の足止めも考えて…落合を撃ったのだろう。風切の性格を考えれば、ほうっておくことなんて出来ないと踏んで。

 

 つまり、犯人が俺に向けて、風切が犯人に向けて、そして犯人が落合に向けての計3発の銃弾が、このエリアで飛び交った。まさに、このエリアは数分間戦場と化していたのだ。

 

 

 ……と、この辺りが事件の始終。ということになる。

 

 

「小早川、何か気になることはあったか?」

 

「…あの、1つだけ」

 

「何だ?」

 

「いや、今の話しとは全然関係無いことなのですけど…その、殺人がこのようにして起こって仕舞ったわけですから……これまで流していたモノパンのお昼のアナウンスは…」

 

「……そういえば」

 

 

 そうだ、小早川の言うとおり、どうなるのだろうか?普通に考えれば、この古家が殺されてしまった時点で動機の発表はこれにてお終い、ということになるはずだが。

 

 

「それについてはワタクシから説明いたしましょウ!」

 

「うぉ!」

 

 

 またもやひょっこりと現れたモノパンに、驚きを表わす。言うまでも無く、俺達が話していた内容の答えを持ってきたのだろう。

 

 

「何ですカ?何ですカ?医務室でラブロマンスをおっぱじめたと思ったら、今度はこっちですか?ココはいつからそういういがかわしいホテルとなったのですカ?」

 

「そ、そんなことはありません!!確かに!!あの”ろまんす”に羨ましさはございましたが!!ええっ、そうです!!そういういかがわしいことは一ミリたりとも!!」

 

「小早川、話しがズレているぞ……モノパン、冗談はそのくらいにして、本題に入れ」

 

「くぷぷぷ、そうですネ。いやぁ反応が良い物ですから、こうやって邪推してみたくなるのですヨ…くぷぷ可愛らしい小早川さんですね、まったク」

 

「……貴方に言われても嬉しくはありません」

 

「モノパン」

 

 

 流石にもう止めろ、と低い声でヤツの名前を口にする。

 

 

「分かっておりますよ。ええと、お察しの通り、殺人が行われてしまいましたので、折角慣れてきたFMモノパンは打ち切リ。まさかの折木クンの動機を発表したあの回が、最終回となりましタ。うう、あれほどのお茶の間に愛された放送が、こんな形で…」

 

 

 わざとらしくシクシクと泣き散らすモノパン。うんざりとしながらも、これであの緊張感とはおさらばできる事実に、安堵する気持ちもあった。

 

 

「ですが、やりたいことはやれましたし、実際に殺人は起きてしまったので意外にも心の残りは少なめだったりしまス…それに~少し~、飽きてきた~って感じもありますシ~、潮時だったのかな~っテ。だからグッバイモノパンラジオ!モノパンラジオよ永遠に!フォーエバーFMモノパン!!!!」

 

 

 くどいくらいの残響を残しながらモノパンは姿を消していく。どーでも良いことだが、モノパンラジオなのかFMモノパンなのかハッキリしろ、とは思った。

 

 静かに流れるなんとも言えない空間の中で、俺は黙って…コレまでの事を書き留めていった。

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【ホテルペンタゴンの見取り図)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【風切の銃弾)

…風切が犯人を足止めするために発砲したゴム弾。恐らく犯人に着弾したと思われるのだが、キンッ、というかん高い音だけを響かせるだけで、足止めは叶わなかった。

 

 

 

【不審者の動向)

…事件が起きる”1時間前(7時半頃)”から犯人は、個室、そしてフロントの窓から目撃されていた。外周を回って、俺達を観察していた可能性が高い。

 

 8時以降に行われた捜索にて、目撃されていたにもかかわらず見つけることは出来なかった。

 

 8時半に突然、庭園に現れた。

 

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

 

【生徒達のアリバイ A)

…折木:庭園

 風切:食堂⇒庭園⇒ホテル外

 落合:ホテル外

 小早川:個室⇒庭園

 

 古家:?⇒庭園

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだ。小早川、1つお願いがあるんだが…」

 

 

 メモを書き終えた俺は、気付いた事…というよりも確認したいことがあったために彼女にそう声を掛けた。

 

 

「は、はい!何でしょう!!不肖小早川梓葉!!折木さんのためでしたら、何でも承りますよ!!」

 

「…そこまで決意に溢れなくて良いんだが……まぁ大したことじゃない。このエリアに初めて来たときに持ち出した、あのジャンパー…それって、今も部屋にあるか?」

 

「はい!ございます!!」

 

「じゃあそのジャンパー、すまないが持ってきて貰っても良いか?」

 

「私の、ですか?よく分かりませんが…はい!!分かりました!!持ってきますね!!”じゃんぱー”ですよね!!!………あっ!!!でしたら…ついでに古家さんのも持ってきましょうか?」

 

「いや、でも古家のもきっと個室にあるだろうし、それを持ってくるとなると鍵を探すために死体をまさぐることに…」

 

「いいえ!いいえ!私、頭を使うよりは行動をした方がやっぱり性に合っておりますし…それに何よりも折木さんのお役に立ちたいので!!」

 

「……そ、そうか。じゃあ、頼む」

 

 

 余りにも健気な彼女のその言葉の圧に、俺は押されてしまう。今まで俺にここまで言ってくれた人は居なかったものだから…慣れずについ頷いてしまったのだ。

 

 まさに太陽に様な明るさと、快活さである。

 

 …だけどすぐに、切り替えた頭の中で、ジャンパーを持ち出す中で重要な注意点があったことを思い出す。

 

 

「…ああ、それと、できるだけ、そのジャンパーは外に出さないように」

 

「…え!お外に…ですか?」

 

「そうだ…頼んだぞ?」

 

「は、はい、分かりましたとも!不肖、小早川梓葉!今すぐ出動いたします!!」

 

 

 そう大袈裟な言葉を残し、その場をトタトタと音を立てながら走り去る。

 

 

 …もしも、俺と古家、そして小早川の中の誰かが不審者としたら…きっとそのジャンパーは必ず使われている。そしてもしも使われていたとしたら…ジャンパーは俺の想像通りの状態になっているはずだ。

 

 

 彼女の背中を見送る心の中で、そう独りごちる。

 

 

「じゃあ…俺も、自分のを部屋から取ってくるか」

 

 

 そう言って、俺は廊下を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『個室』】

 

 

 自分の部屋に戻ってきた俺は、自室にある椅子に掛けられたジャンパーを手に取った。

 

 

 そして、服の生地を、素材を確かめるように…そのジャンパーを触り、観察する。

 

 

 ――――――うん、やはり間違い無い。俺の思ったとおりの状態だ。

 

 

 そう1人、納得した。

 

 

 そして、小早川立ちのジャンパーを待つことにしよう、そう考え、部屋から出て行こうとドアに手をかける。

 

 

 

「…………?」

 

 

 何か、妙な違和感がよぎった。

 

 

 いや正確には、”足下”に今までこの部屋で感じた事の無い感触がした。

 

 

 俺は下を見た。そして膝をつき、自分の足を裏返し、のぞき込む。

 

 

「……濡れてる」

 

 

 何故か――――濡れていた。

 

 

 踏んだ場所を見てみると、自分足と同様に濡れており…しかも小さな水たまりのような物が出来ていた。

 

 気になった俺は、すぐにドアを開け、その周辺を見てみる…。

 

 

「……続いてる。水たまりが」

 

 

 点々と、フロントから俺の部屋までの道に小さな水たまりが続いていた。

 

 

 コレがなんなのかは分からなかった。だけど、少なくとも今日の朝から夕方頃の時点では、部屋と廊下はこんな状態ではなかった。

 

 

 ……前に、ニコラスが言っていた…些細な変化も大事な証拠になり得る。何故なら、それに根拠が無くても、それを裏付ける何かがあれば真実となるから。

 

 

 俺はその言葉を信じ、この違和感を記録した。

 

 

 

 コトダマGET!!

 

【個室の水たまり)

…個室のドア付近出来ていた小さな水たまり。水たまりはフロントまで点々と続いていた。今朝から夕方頃まではこんな痕跡は無かった。

 

 

 

 

 開け放ったドアに寄りかかりながら、記録をしている最中…

 

 

「あっ!!折木さん!!ココにいらっしゃったんですね!!」

 

 

 小早川が、俺が頼んだ、ジャンパーが2着を手元にぶら下げ、此方にやって来るのが見えた。

 

 そして近づき終わった彼女は、はい!、と清々しくやりきったような表情でジャンパーを差し出した。

 

 

「折木さんに頼まれていた代物でございます!!勿論、外には出さずに!!持ってきました!!」

 

「ありがとう」

 

 

 簡単に御礼の言葉を述べながら、小早川から貰ったそれを、じっくり触っていく。主に外側の部分をベタベタと。2着とも、一緒に。

 

 

 ……うん、やはり……湿っていない。それに、水滴が染みこんだ跡も見当たらない。

 

 

 俺は確認したかったこと、そして想像していた事が的中したことに一人ほくそ笑む。

 

 

 …もしも俺達の中に不審者の正体が潜んでいるとしたら、そのジャンパーはきっと”濡れているはず”。外は雪が降っていたのだから…多くの雪が伝った跡があるはず。だけど、今俺の手元にある全てのジャンパーには水滴一つ付いていない、ほぼ新品に近い肌触りだ。

 

 

 …これで、犯人は外部の者であり、俺達の中に犯人がいる可能性は低くなった。だからこそ、俺は小さく笑みを作ったのだ。

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

【ジャンパーの水滴)

…俺、小早川、古家のジャンパー。それぞれには水滴や、濡れた感触は無く…外に持ち出された可能性は極めて低い。

 

 

 ―――――ジリリリリリ

 

 

 

 俺が答えをあわせをしている最中、外から突然、そんなベルの音が聞こえた。音の大きさからして、ここからほど近い場所であることはわかった。

 

 

「…何でしょう?この音。何だか、酷く聞き覚えのあるような」

 

 

 彼女の言うとおり、聞き慣れた音だった。それも、毎日必ず耳にするような…そんな日常的なベルの音。

 

 だからこそ、俺はすぐに合点をいかせた。

 

 

「…もしかして、電話じゃないか?」

 

「あっ!!そうですね!!!きっと反町さん達からですよ!!!」

 

 

 余りの急な流れにすっかり忘れていたが…小早川と合流した時点で、すでに死体発見アナウンスは鳴っていた。

 

 だとしたら、このエリアにいない、施設側の生徒達もこの事実に当然、気付いている。きっと、事態を把握したいがために、今彼らは電話を鳴らしているのだろう。

 

 

 …だったら、話しは”変わってくる”。

 

 

 密かな考えを携え、俺達は…急いで、食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】

 

 

 部屋中にかき鳴らされる電話の呼び出し音を止めるために、受話器を取った。

 

 

『梓葉ぁ!!無事かい!!!』

 

 

 そしてすぐに、電話口から鳴り響くその大声に、耳をキーンと鳴らされる。何だかデジャブを感じる出だしであった。

 

 

「……反町、残念ながら俺だ」

 

『お、折木かい!?…いや折木でも良いから教えな!!梓葉のやつは無事なのかい!?風切は!落合は!』

 

「矢継ぎ早に急かすな、落ち着け。…小早川は今隣にいる。それに、風切も、落合も無事だ」

 

『そ、そうかい…良かったさね』

 

 

 でも……彼らの無事を確認する反町だったが……肝心の、彼の名前を出さなかった。

 

 

 と、いうことは。

 

 

「……反町、古家が」

 

『………分かってるさね。この水管理室に来る前に、アイツからファイルを渡されたからね』

 

「……そうか。そうだよな」

 

 

 態々説明しなくて助かったという安心感と、死なせてしまった心苦しさが同時に襲ってくるようだった。そして、古家を死なせてしまったことを責めない彼女に、密かな優しさを感じた。

 

 

「…………なぁ、ニコラスは側に居るか?」

 

『えっ?ああ、いるよ』

 

「済まないが、変わって貰えるか?」

 

『……分かったさね』

 

 

 そういって、反町の声は遠くなり、誰かに受話器を渡すようなかすれた音が聞こえた。

 

 

『ボクだよ、ミスター。先ほどシスターが言ったように、大体の事情は察している。それに、死体の概要も既に分かっている……だから早速事件の状況を…君の視点で聞かせてくれるかな?』

 

 

 俺はああ、と頷き、これまでの事件の流れを説明した。だけど、これまで掴んだ情報を細かく全てでは無く、目撃してきた光景を大まかに。特に気になる点を強調しながら。

 

 

『…成程。確かに謎だ…本当に謎だらけ、かつ穴だらけの事件だ…特に、ミス風切の証言…名探偵としての直感が怪しいと言って仕方が無い』

 

「……ああ、だから。その真実を見つけるためには…俺達だけじゃ、ココだけでの捜査だけじゃ、限界がある。だから…」

 

『ははっ!!皆まで言わずとも理解しているさ…勿論引き受けるとも。他ならないキミの頼みなんだからね』

 

「すまん…」

 

『何言うんだい、ボクはキミの友人なんだ、当たり前のことだよ…キミ。それにこの場面で必要な言葉は、謝ることではないと思うんだけどね』

 

「……そうだったな……”ありがとう”」

 

『いいや、いいともいいとも。キミがそちらを、此方はボクが……実に効率的だ、中々のコンビネーションとも言える』

 

「……まるで相棒のような口ぶりだな」

 

 

 彼らしい、妙にかっこつけた言い草に巻き込まれてしまった。

 

 …だけど、そこまでイヤなことじゃない…だからこそ苦笑を含ませながら、そう言った。

 

 

『そう!実にそういう表現がピッタリだ!ボクがホームズで、キミがワトソンのような…』

 

「…小説の読み過ぎだ」

 

『ははっ!言い過ぎたかな?だとしてら…そうかもしれないね!』

 

 

 あっけらかんとしたように笑い飛ばすニコラスに、今までの張り詰めた気持ちが和らぐようだった。

 

 

『おっと、こういった話しはまたお茶の席にでも話そう、今は捜査に集中…そうだね?』

 

「ああ…」

 

『オーケイ。それとだ、ミスター…いや今悩みに悩み悩んでいるマイフレンド…忘れてはくれるなよ?』

 

 

 何かもったい付けたような言い草に、俺は何のことかと、耳をすませた。

 

 

『キミが信じ、そしてボクが疑う……自分一人で気負いすぎるなよ。世界で1番辛気くさい顔をしていたら、またミス贄波に叱られてしまうよ?』

 

「……ああ、分かってる」

 

 

 何が言いたいのか、ソレを理解した俺は口元で微笑みを作り、分かっていると、頷いた。

 

 そう、前に言われた、俺には俺の、ニコラスにはニコラスの…出来ることを分担していこうという言葉を思い出していた。

 

 

『なら良かった!なんせキミが役割を全うしてくれなくては、超高校級の名探偵である、このニコラスバーンシュタインの、きらびやか、かつ盛大な物語が成り立たなくなるんだ。何よりも誇りと信念をたずさえ、数々の難事件を――――』

 

 

 ――――長くなりそうだっただからこそ、俺はすぐに電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

……………

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:水管理室】

 

 

 

 ふむ…まさにボクの代名詞とも言うべき決め台詞をと思ったいたのだけれど…どうやら切られてしまったみたいだ。

 

 ははっ!実に恥ずかしがり屋なマイフレンドだ!まるで見られたら姿を隠してしまうカタツムリの様だよ!キミ!

 

 と、まぁ心内での冗談はこの位にしておいて…。

 

 

「ボクもボチボチと捜査を始めるとするかな」

 

 

 始めるとしよう、ボクの、ボクによる、ボクのための捜査をね。

 

 いやぁ自分ですら驚くほど、やる気に満ちていると、確かに感じるよ。

 

 それはもう、今までお預けを食らっていたわけだから…と説明がつく。

 

 最初は死体の見張り役。お次は有力な容疑者。そして最後には被疑者の監視。

 

 まともな捜査なんてできやしなかったんだ。

 

 腕が鳴るよ、キミ。

 

 

「捜査…するのかい?」

 

 

 そう言って、ボクはシスター反町に目を向けた。同じく、岩石のように険しく顔をしかめるドクター雨竜の姿もその隣にあったのだけれどね。

 

 

「しかし、向こう側で起きたのなら、向こう側にクロがいるのが定石ではないのか?」

 

「ああそうだね!まさに妥当な解答だ!妥当すぎるくらいに」

 

 

 何せ、向こう側で起きてしまった事件だ、彼らがそう思うの無理は無い。だけど、不可能という言葉ほどボクをかき立てる物は無い。それに、定石という名なの常識程、捜査に邪魔な代物は存在しない。

 

 

「……また好奇心とやらがうずくのか?」

 

「そうだね、名探偵のサガとも言える」

 

「サガぁ?また非論理的な…」

 

「それだけじゃないさ…彼が信じているから、ボクが疑う…そういう約束をしたからね。…/つまりはそういうことさ」

 

「ん…意味が分からん」

 

「はぁ……どっちにしてもワタシ達を疑ってかかる、ということかい?」

 

「勿論さ!だから覚悟して置いてくれよ!キミ達!」

 

「…こりゃ、こっちが何言っても聞かなそうさね」

 

 

 やれやれといった様に、彼らは首を振っている。

 

 人を真実を追い求める動物、もしくは怪物か何かだと思っているのかな?

 

 まぁ、間違ってはいないね!むしろ広めて欲しいくらいさ!真実を追い求める獣、ニコラスバーンシュタイン!!うん、実に格好が良い。

 

 

「…ところで、ドクター。早速聞きたいのだけれど…」

 

「アリバイか?」

 

「流石に聡いね!まずは初歩中の初歩、事件直前のキミ達の動きを確認さ」

 

「直前の?…ええっと事件が起きたのは…確か9時頃の話しだったかい?その時間だったら……そうだねえ」

 

 

 そう言って、彼らは記憶を辿るように考えている。まぁきっと上手い言い訳でも考えているんだろうけど…取りあえず聞いておこうじゃないか。可能性を捨てきってしまうような大ポカは、名探偵としての御法度だからね。

 

 

「ワタシは図書館内に、1人でいた。”いつもの”勉強だ。…だが、その行動を証明するヤツは居ない」

 

「アタシはエリア3のお菓子の家にいたさね」

 

「ほほう?ドクターはともかくとして、シスターにしては中々似つかわしくない場所にいるね。キミがそれほどお菓子好きだったとは意外だよ」

 

「茶化すんじゃないよ。…………ただ、祈りを捧げてたんさね。アイツらが無事に天国にいくようにってひざまずいてね……でもそのアリバイを証明するヤツは、こっちも居ないよ」

 

「成程…」

 

 

 凶暴性に隠れて仕舞っている敬虔な彼女らしい行動だ。まぁだけど…2人とも嘘をついている可能性もあるわけだから、間に受けるつもりは無いけどね。

 

 

「そういう貴様はどうなのだ?」

 

「炊事場エリアにて紅茶を嗜んでいたとも!!お休み前のティーブレイクはボクの大事な一日の一部だからね!!!勿論証人はいないさ!!」

 

「…何で不利な事なのに自信満々なんさね」

 

「こういうヤツだ…諦めろ」

 

 

 おやおや?何故か呆れられてしまった。ボクは嘘つきは嫌いだから、素直にかつ、堂々と話したつもりだったんだけど。

 

 やはり、世の中はそれで信じられるほどそう単純では無いということか!!うん、勿論知っていたけどね!!

 

 

「OK。では次だ、キミ達…何か身の回りで変わった事はなかったかい?そうだね、同じく9時頃のことでも、その数時間前でも構わない」

 

「変わったことかぁ……ううむ、いや、覚えはないな」

 

「………あ!そういえば」

 

 

 おっと、ドクターでは無く、シスターには何やら心当たりがあるようだね。ここは注意して聞いておいたほうが良さそうだ。

 

 

「エリア3の中央に、妙に手の込んだ噴水ってのがあっただろ?」

 

「そういえば合ったね!確か前の事件で気球が突き刺さって、さらには炎上したことは記憶に新しいよ!」

 

「……あれから噴出する水が、”止まってたんさね”」

 

「ほう、止まってた。…実に興味深い話しだね」

 

「それは…噴水から出てくるべき水が、そのときだけは噴出していなかったと…ということかぁ?」

 

「そうさね。でもただ止まってるだけじゃ無くて、段々水が無くなってたんだよ」

 

「無くなってた…か。ちなみに、それはいつのことで…どれ位の時間止まったのかは…覚えているかい?」

 

「時間は…ええっと…7時半から1時間くらいだった気がするさね。エリアから入ったときも、出てきたときもずっと止まってたからね…。でも水が止まる姿を最後まで見てたわけじゃないから。1時間以上は続いてたかもしれないよ」

 

 

 ほほう、これは面白い。実に面白い現象だ。

 

 では早速このことをメモしておこう。

 

 …普段は事件の概要や証拠は頭の中にインプットして勝手に推理するのがボクのスタイルなのだけれど…今回はどうにも外せない”ワケ”があるからね。

 

 そう、ワケが。約束とも言い換えられる。”彼ら”をここで死なせていけない大事な、大事な…約束がね。

 

 だからこそ、ミスター折木に習って、頭の中に情報を紙に起こしている、ということさ。

 

 それに、ミスター折木に情報を渡しやすくなるからね!ビバ!紙媒体さ!

 

 いやー、しかし、端から見て思っていたけど…実に面倒だね!よくこんな細々した作業を彼はよく淡々とこなせるものだ!

 

 これが終わったら紙媒体のやりとりはこれっきりにして欲しいものだ!アンチ!紙媒体!!

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【生徒達のアリバイ B)

…ニコラス:エリア1(炊事場エリア)⇒エリア4

 雨竜:図書館(エリア2)⇒エリア4

 反町:エリア3(お菓子の家)⇒エリア4

 

 

【反町の証言)

…7時半ごろから8時半までの1時間、エリア3の噴水から出てくる水が、段々と少なくなっていたという。エリア3を出入りした時か様子がおかしかったため、もっと長い間その現象は続いてたかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:桟橋(跡)】

 

 

「やはり、キーポイントはここ、だね」

 

 

 そう独り言を呟きやってきたのは、犯人が渡ったという証言が得られたこの大地割れ。

 

 まずは近場から、それも確実に事件と関係していると確信できる場所を捜査する。そのつもりでボクはここにやってきたのさ。

 

 

「ふむ…」

 

 

 さて、どうしたものか。崖をただボーッと見てるだけでは、埒があかない。

 

 ボクはこの崖の調査方法について、しばし考える。

 

 

「良し」

 

 

 ボクはとある方法を思いついたので…1度エリア1にある倉庫に戻り…。

 

 

 そしてすぐにこの地に舞い戻った。その手にぶら下がるのは、倉庫から持ち出した、とてつもなく頑丈な紐……ええっと、ザイルというのかな?それと、ライトがおでこについたヘルメット。

 

 

 これを、どう使うのかって?

 

 まぁ見ておきたまえよ。まずはこの持ってきたザイルを……橋が架かっていた時に使われていた、絶対に抜けないと信じられる木の杭に、こうこうこのように固定する。

 

 そして、もう片方をボクの体にも巻き付け、そして固定して…。

 

 

 うん、”命綱”の完成だ!!

 

 

「……ふぅ」

 

 

 ここまで来れば、何となく理解が付くだろう。

 

 ボクは一息挟み、そして…。

 

 

「よっ…はっ……」

 

 

 ご想像の通り、紐を手に持ちながら、地道に崖を伝って降りていく。つまりはあれだよ、消防隊の彼らが高所から降りるように、ポツポツと、安全第一に下っていったのさ。

 

 まぁ、ボクはこんなの初めてやるんだけどね!いや、中々うまいもんじゃ無いか!生まれ変わったら救急隊員にでも立候補しようかな!キミ!

 

 …と、たった一人で寂しく冗談を言っているわけにもいかないね。もしもボクが邪魔だと思った誰かが上にいたら、ザイルを切られて、すぐに真っ逆さま。もう一つの変死体の完成だ。

 

 まぁ、そんな最悪は無いだろうけど…可能性は無くも無い。早めにパッパと終わらせてしまおう。

 

 

「どれどれ」

 

 

 そろそろ頃合いかと考えたボクは、崖の壁に手を添え、その岩肌の感触を確かめてみた。

 

 

「うん…やはりね。思った通りだ」

 

 

 間違い無く――――濡れている。

 

 しかも、この冷たさと、しめりけから、ごく最近の痕跡であると考えられた。

 

 これで、何となく崖を歩いたというトリックの謎に想像は付いた。だからこのまますぐに戻っても良かったのだけれど…明らかに証拠不十分だったからね…もう少し下ってみようと手にザイルを滑らせたのさ。

 

 

「……そろそろ下限、かな」

 

 

 チョロチョロと、何かが流れる音が聞こえ始めた、段々と大きくなってきたために、ボクはそう呟いた。そして、丁度良い具合かな、と…ボクは頭に被ったヘルメットのライトを付けた。

 

 

「川…みたいだね」

 

 

 ザイルにぶら下がりながら、首を動かし、光りの先で静かに流れる川を、その向きに沿って眺めていく。

 

 

 …方角的には、エリア4の入口から見て、右から左にかけて流れてるようだ。でも言葉で説明するのは少し回りくどくなりそうだから、後で図に書いて分かりやすくまとめるとしよう。

 

 

 よし、ではに…もう少し近づいてみるとしよう。

 

 

 ボクは、間違って落ちないように、スレスレになるまでザイルを降ろす……。

 

 

 すると――――その川の表面に何かが見えた。

 

 

「……ん?これは……氷?」

 

 

 …そう、流氷を人の大きさにしたような氷の塊が川にて浮いていたのだよ。実に怪しい…こんな崖の底に氷の塊が浮いているなんて。

 

 

「ふむ……」

 

 

 ボクが想像する、崖を歩いたトリックの証拠。都合良く見つかるものかと不安ではあったけど……思ったよりも、簡単に見つかってしまった。

 

 …まぁ犯人もここまで来て証拠隠滅は出来ないだろうから、仕方の無い話しだけど。

 

 でもこれで、ミス風切の言う、崖を歩いた…という事実の信憑性を上げるのに一役かえる、というものさ。

 

 

 ボクの想像通りなら…クロは……いや、これ以上はネタばらしになってしまうので、一度思考はよしておこう。こういった真実の探り合いは、常に公平でなくてはいけないからね。

 

 

 ……だけど、これが事実であるなら、追加で調査しなければなら無いところが増える、というものさ。うん!何だか楽しくなってきた、やはり捜査とは楽しいものだね。

 

 

 

「ふむ……もう少し何かないだろうかね?」

 

 

 そろそろ上に上がってみては如何か、って思うだろう?ああ、自分の今居る場所の危険性を考えれば、正しくその通りさ。

 

 だけどね、妥協や楽観、そして杜撰という言葉は、ボクの辞書には存在しない。

 

 それに、無いだろうから探さないと、無いだろうけど探す…とでは、断然後者の方が真実へと近づく速度や精度は高かくなるものだ…と誰かが言っていた気がするよ。

 

 だからこそ、この空間をつぶさに見ていくのさ。

 

 

「おや?おやおやおや?」

 

 

 川の流れる先、小さな岩が突き出ている所に…。

 

 

「ジャンパー…か」

 

 

 

 ”黄色いジャンパー”が引っかかっていた。

 

 はは…どうやら、また1つ、いや一足先に真実へと近づいてしまったみたいだね。いやいや、ボクの真実へとたどり着く才能には、自分自身ですら感服してしまうよ。

 

 

 

「……ふぅ中々のスリルだったよ、キミ」

 

 

 

 そう自分自身に酔っている間に、ボクはザイルをよじ登り、再びエリア4の桟橋(跡)までたどり着く。中々に体力を使ってしまったけど…まだまだ余力は万全と見た。このボクが言うんだ、間違い無い。

 

 いやはや、運だけで無く、体力すらも規格外。まさに名探偵にふさわしい才覚と言える。

 

 

 だけど…

 

 

 ここまでボクが行ってきた行動の数々は、端から見れば、狂っていると言われるだろう。

 

 何故そこまでして真実を求めるのか。自分の命を危険に晒して楽しいのか。

 

 なーんて……まぁ実際に何度か言われた気がするよ。

 

 

 でもね…

 

 

「…真実を見つけ出すためなら、例え地獄だろうとボクは何処へだって突き進むのさ、名探偵の肩書きにかけてね」

 

 

 そう、これは戦いだ。真実を解くためのゲームじゃ無い。絶対に負けられない、命を賭けた戦いなんだ。

 

 

 なら、死ぬほど頑張って、死ぬほど準備をするのが、当たり前なのさ。

 

 

 例え狂人と、揶揄されようともね。

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【湿った岩壁)

…崖を少し下った所の岩壁から、妙に湿った感触が感じられた。その冷たさと、しめりけから、ごく最近の痕跡である可能性が高い。

 

 

 

【崖の底の川)

…崖の底には川が流れていた。丁度エリアから入った方角から見て、右から左方向に。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【氷の欠片)

…川の表面に流氷を人の大きさにしたような氷の塊が浮かんでいた。

 

 

 

【捨てられたジャンパー)

…川から突き出た岩に引っかかっていたジャンパー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア2:美術館】

 

 

「おや?ミス贄波、キミもここにきていたのかい」

 

 

 ボクはエリア4の美術館へとやってきた。

 

 理由は簡単、これらの特殊な道具が使われたかどうかを確認するためさ。今まで毎回利用されてきたのだから、今回も使用されたと考えるのが定石さ。

 

 

「う、ん……何だか、ここを調べなきゃって…思って」

 

 

 そしてなんとだ、その美術館に先ほどエリア4にて姿を見なかったミス贄波がいたのだよ。中々の偶然と、”不自然さ”、キミ。

 

 

「成程…ね」

 

「何か、変、かな?」

 

 

 名探偵として未熟極まりない話しなのだけれど、どうやら彼女が疑念を持ってしまう位に、今ボクは表情に出てしまっていたみたいなのだよ。

 

 …いや、そもそもの話しこんな短いやりとりでそう読み取る彼女の観察力こそが素晴らしいのかもしれない。うん、そうだね。それじゃあさっきのボクが未熟だった、という話しは無かったことにしよう!

 

 

「いや、ね。キミのことだから、真っ先に例の管理室に来て、真っ先に受話器をとって…そして真っ先にミスター折木に連絡しに来ると思ったからね……どうして向こう側事件が発生したというのに来ないのか、不思議に思った次第なのさ」

 

「……うん。最初はそう思った、よ?すぐに、行かなきゃって……。けど…今、折木くん、に、必要なの、は、私じゃ無く、て、ニコラス君の声なんじゃ無いかって、思った、の」

 

「ははっ、それは面白い、かつ嬉しい話しだ。それにキミらしくも無いネガティブな発言だ。…詳しく聞いてみても良いかい?」

 

「…そんな複雑な、事、じゃ、ない、よ。…ただ、きっと折木君は、真っ先、に、ニコラス君を、信頼して、信用、して、それで、こっち側の、捜査をお願いするって、思ったの」

 

「ほほう」

 

 

 ほぼ100%の的中率だ。末恐ろしさすら覚える数字だよ。もしも彼女が幸運として呼ばれていなかったとしたら、きっと超高校級の予知能力者としてスカウトされていたかも知れないね!

 

 

「でも、それって、折木君、が、今、頑張って、捜査をしてることの証拠、でしょ?俺は、こっちで捜査するから、そっちは、任せた、って。でも一人だけじゃ、きっと、折木くんも、不安だと、思うから…だから、私も、捜査の力になろうと、思って」

 

「だから、キミもこのように黙々と捜査を開始している…ということかい?」

 

 

 そう言ってミス贄波は頷いた。

 

 まさに、魂レベルの連携だ。先ほどのボクの自慢げな言動が恥ずかしくなるレベルだよ。カマをかけたつもりだったのに…とんでもない宝石が掘り起こしてしまった気分さ、まったく。

 

 ただ変な話し……ボクらしくないことだけど、例えボクがいなくても、ボクがこの世に存在しなかったとしても……この事件も、いや今までの事件も…きっと彼らは、彼らの力で解決してしまうのだろう。実に、寂しくもあり、頼もしい話しさ。

 

 だけどまぁ実際はボクというスペシャルワンがいるわけだから、そんなイフの話しはもはや仮定の話に過ぎないのだけれどね!

 

 

「……野暮なことを聞くようだけど…ミスター折木が、向こうで挫けて仕舞っている可能性は考えなかったのかい?」

 

 

 ボクが彼をそう不安視するのには、勿論理由がある。

 

 何故なら彼は、友人であるミスター古家を亡くしている。先ほどの電話でも、いつものように背負い込みすぎて、いつものように周りから促されないと自分1人で全てをやってしまおうとしてる…目に見えるように疲弊した声色だった。

 

 今は周りが何とかカバーしているが…彼はいつ壊れても可笑しくない…今まで様々なネジの外れてしまった人間を見てきたボクだからこそ言える見解だ。

 

 

「ニコラス君、あの人は…そう簡単に折れる人じゃ無い、よ…?」

 

「……?」

 

「いや、違うか、な。壊れてしまった、いや折れてしまった、時こそ、が…折木くんの本領、なんだ、よ?どんなに絶望的な心の底からでも、頑張って、這い上がれる人、なの」

 

 

 だのに…何故彼女は…そんな前提すら考えていないという風に…こんな事をいえるんだ?

 

 

「何故…そう言い切れるんだい?」

 

「何となく、だよ。それとも、知ってるから、かな?頭じゃなくて、心、で」

 

 

 意味深げに微笑む彼女。まさに余裕を感じざる終えない笑みだったよ。

 

 決して根拠らしい事を言っているわけでは無いのに、殆ど確信しているような声色でもあったさ。

 

 いやはや、途轍もない解像度だ。もはや一心同体、昔一緒の体を共有していたのでがないかレベルの理解度だ。…彼への理解関しては、ミス小早川には悪いけどミス贄波の右に出る物はいないかも知れないね。

 

 一体どうしてそこまでの理解度を得ているのだろうかね?先ほどの体を共有していたと言う話はもはや非現実的として……案外、過去の忘れ去ってしまった記憶の中で、ミスター折木とミス贄波は…かなりねんごろな関係だったとか……。

 

 いやそしたら、ミス小早川は?はたまたミス水無月は…?

 

 

「……ふむ」

 

 

 …だけどこれ以上語るのは野暮にも程があるかな。紳士としてあるまじき邪推だ。こういった思考は、後に取っておくとしよう…。彼を友人らしくイジるネタとしてね。

 

 

「ははっ!これは1本取られたよ、キミ。成程、キミはもしかしたら名探偵の素質があるかもね!ボクほどじゃないけど!!」

 

「…ニコラスくん、そう言って貰える、なら…ちょっと自信がつく、かな?」

 

「ああ、そう言って貰えると助かる…。そこでだ!そんなキミに質問がしたい。ここまでの話しからして。キミがこちらで既に捜査を始めているのは分かった。ということは、もしかしてキミも、こちら側に犯人がいるかもしれない…何て思っているかい?」

 

「…考えたくない、し、あり得ない、とも思いたい、けど……でも、可能性を狭めるのは、良くないって、思うから、居ると考えてる、よ?」

 

「それについては心から同意するよ!!では早速それ裏付けるような証拠を見つけていこうじゃないか!!」

 

「……じゃあ、まずは、目の前の、美術品を、見て、みよっか?」

 

 

 そう言って、彼女と共にボクは、陳列された特殊な道具の数々を見てみる。

 

 そして、成程、とボクは一言。

 

 

「――――拳銃だけが借りられているね…実に物騒な話しだ」

 

「えと…”ロシアンワルサー”だっ、け」

 

「その通り!6発中1発が空砲の無駄にロシアンルーレットを強要してくる極めて扱いづらい欠陥品さ!」

 

 

 そもそもの話し、何故6発中6発じゃないんだい?殺しにエンタメを求めているようで、極めて不快な一品だ。

 

 だけど、一品であるそのワルサーが借りられている。ということは…ミスター古家の死因を含めて考えると…ここにあったワルサーが凶器。そう見て間違いなさそうだね。

 

 

「…でも、他の、物は、借りられてない、みたい、だね?」

 

「……」

 

 

 まぁボクらがエリア4に向かったのは、事件が起きてから暫く時間が経った後だったからね…充分犯人が逃げる時間もあったし、ここに道具を返す時間もあった。不甲斐ない話しではあるけどね。だからこそ、此方も、目の前の真実だけを鵜呑みにするのよしておこう。

 

 もしかしたら…この並べられている6品。…失礼、ええとどこでもワイヤーは故障中、それとミス水無月がしようした『毒』は一度きりのものだったので…

 

 『モノパワーハンド』『モノパンゴーグル』『秘密の愛鍵』『バグ弾』

 

 この4品の中にも使われた道具はあるかも知れない。そう言った可能性も視野に入れておこう。

 

 だけど、もしも犯人が”ココに1度道具を返しにきている”ということが事実なら……問題になるのは、犯人が継続して”拳銃を借りている”という事。

 

 マイフレンドの証言から、既に2発撃たれている…つまり残弾は3発。

 

 ……この事実は、忘れてしまうことはきっと命取りになる。勿論きっちりとインプットしたとも。今後のためにもね。

 

 

「ふむ、美術品について分かった。では今度はアリバイ確認だ。ミス贄波。キミは事件当時、どこで何をしていたのかな?」

 

 

 道具が陳列された棚から向きをミス贄波に移す。まぁ先ほどの彼女の意思表示からして、何となく犯人の線は薄いだろうが…念には念を入れておかないとね。

 

 

「えっ、アリバイ?……ええ、っと…私、は…その時間は、このエリア、の…プールで、泳いでた、よ?」

 

「ほう、珍しい話だね!というか久しぶりにこの施設を図書館以外を利用している人を見たとも言える」

 

「気分転換、したく、て…さ…でも、証言してくれる人は、いない、かな」

 

 

 と、彼女は言うが…髪から香るほのかな塩素の匂いとそのパサパサの質感から見て…ついさっきまでプールに入っていたことは間違いなさそうだ。

 

 これまでの発言を踏まえると…やはり彼女の証言は大体信じて良さそうだね!というか、彼女が犯人だったらそろそろミスター折木の心が心配だ。

 

 まぁそんなことは置いておくとして…では、次の…といっても、最後の質問を彼女にぶつけてみよう。

 

 

「…ではミス贄波、続けざまで申し訳ないのだけれど。ミス雲居がどこにいるのか…ご存じかな?彼女の話も事件好転のために聞いておきたいのだけれど」

 

「えっ?…ええと、どこだろう。プールに、行く前、は…エリア1の方にいた、気がする…けど」

 

「ふむ…オーケイ!エリア1だね!!情報提供、感謝するよ!キミ」

 

 

 僅かな証言ではあったけど、少なくともエリア1にいることは間違いなさそうだ!何故ならば、かくいうボクも、炊事場で紅茶を飲んでいるとき、ミス雲居らしき人影を見ていたのを思い出したからね!

 

 じゃあ聞くなよって話しだけど、そこはご愛敬。

 

 では、早速行ってみるとしよう。

 

 ボクはミス贄波と別れ、エリア1へと向かっていった。

 

 

 コトダマGET!!

 

【故障したどこでもワイヤー)

…3日前に橋が無くなったと同時にに、一緒に故障し、使えなくなった。事件が発生した現在の時点でも使えない様子。

 

【7つ道具の行方)

…故障したどこでもワイヤーと既に使い切られた毒薬を除いて、借りられていたのは『ロシアンワルサー』のみ。しかし、生徒達がエリア4に集まるまで少しラグがあったため…他の道具も使われている可能性がある。

 

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

【生徒達のアリバイ B)

…ニコラス:エリア1(炊事場エリア)⇒エリア4

 雨竜:エリア2(図書館)⇒エリア4

 反町:エリア3(お菓子の家)⇒エリア4

 贄波:エリア2(プール)⇒エリア2(美術館)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア1:ペンタ湖】

 

 

 そんなこんなでペンタ湖へやった来たボクなのだけれど…。

 

 

「ん?…ああ、ニコラスですか」

 

 

 そう、ボクが来たことに気付いたミス雲居は、素っ気なく言い捨てた、そっぽも向いたのだよ。うん、どうやら今日の彼女は少々不機嫌と見た。

 

 

「ミス雲居。随分と面白い場所にいるね…何か面白い物でも発見したのかな?」

 

 

 そんな捻くれた声を上げる彼女に、ボクは英国紳士らしく声をそう声をかけてみたのさ。

 

 …だけどいつもの軽口に近い形の滑り出しでは無くて、所謂本心に近い言葉でね。いや、本当に、まさかエリア1の中でも特に辺境のココいるだなんてね…本当に今日はどうなっているんだろうね?

 

 つまり何が言いたいかというと…ボク以外の他の生徒達は何故今日に限ってこれほどバラバラに行動しているのだろう?ということさ。お菓子の家だったり、プールだったり、湖だったり。珍しいことこの上ない日だ。

 

 おかげで、思った以上に彼女の捜索に時間がかかってしまった。同じく、捜査の時間もだ。…だからこそ、さっさと用事を済ませてしまいたい気持ちさ。

 

 

「……そうですね。面白いものと言えば、面白いものかもしれないですね」

 

 

 おっと、若干の当てつけのつもりで話してみたのだけれど、彼女にしては珍しく素直な反応だ。それも思わぬ掘り出し物かも知れないおまけつきでね。

 

 

「ほう、ではその面白い物の話しを掘り下げてみよう……どういった何時何処で、何を発見したんだい?」

 

「たまにはと思ってまともに対応したら、すぐこーですよ。……どーせ私のアリバイを聞きにきたんでしょうから…その発見と一緒に報告するですよ」

 

「お気遣い感謝するよ!キミ。ボクも無駄な会話のキャッチボールは嫌うタイプだからね!」

 

「一体どんなツラでそんな事を言ってるですか…そういうの今までの言動を顧みてからするもんですよ」

 

 

 カエリミル…?ああなるほど!確か、日本語で過ぎ去った過去を反復してみる…ということだったよね。勿論知っているとも!!このジャパンという国に住む前に、日本語はよーく勉強したからね。郷に入っては郷に従えという言葉も踏まえて、そうしたわけだよ!

 

 ええと…ではボクの今までの言動を顧みてみよう…。

 

 

 

 …うん

 

 

 

 …うん

 

 

 

 ……うん

 

 

  うん!………ヨシ!問題無いね!キミ。

 

 

「はぁ…本当に分かってるんですかね」

 

「勿論さ!もう一度言おう!勿論さ!!」

 

「………ますます怪しく思えてくるですよ」

 

「……そんな事よりもだ。キミ、さっさと本題に入らないかい?何だか余りにも中身の無い会話過ぎて、そろそろボクも飽きてきたよ」

 

 

 と、ボクがそう言うと、何やら恨みがましい顔で睨まれてしまった。何かおかしな事でも言ってしまったかな?まったく身に覚えが無いのだけれど

 

 

「はぁ…もういいです……。ええっと…アリバイ、ですよね?私はあの事件の数時間前から、この湖にいたです」

 

「ほう、またまた珍しい。つまり、事件からずっとここにいた、と見ても良いのかな?ちなみに、理由は聞いても?」

 

「別に良いですよ。本を読んでたんです。いつもは部屋で読んでるんですけど。でもたまには、良い景色でも見て、読書でもしようって、ココにいたんです。知ってるですか?この湖、晴れた日の夜だと月が反射して結構映えるんですよ」

 

「成程、それは知らなかったよ。…では、この湖もその読書スポットの一つ…ということかい?」

 

「です。……だからここでずっと本を読んでたです。小さなランプを持ってきて」

 

「想像してみたが、中々風情のある光景だ」

 

 

 実際、ボクも今度やってみようかと思ってしまったよ。

 

 

「でも、その本を読んでる最中に、湖から変な音がしたんです」

 

「変な音?…もしかしてそれがキミがさっき言っていた面白い物…というやつかい?」

 

「そうです。…原因はわかんないですけど…とにかく何事かと前を見たらと、湖の水が”少なくなっていたんです”、ちょっとずつ…着実に…それで最終的には、底が見えるくらいには水が減っちまってたんです」

 

 

 確か、同じように水が減っていたとか、止まっていたとか…そんな話しをしている生徒がいた気も……ああそうだったよ!シスター反町のエリア3の噴水の話しだった!今思い出したよ。

 

 

「ちなみに、時間単位でどの位の間水は減り続けていたんだい?」

 

「1時間くらいだったと思うです。気付くのに遅れた自覚はあるですから…もうちょっと長かったかもしれないですけど」

 

 

 ふむ…しかも時間も合致している。もしかしたら、シスターの話と何か関係があるのかも知れないね。

 

 

「では、そうだね…この場所に居たこと、それとその干上がった事を証明する人間は…?」

 

「いるわけないですよ…ケッ」

 

 

 女性としてはふさわしくないように、そう吐き捨てるミス雲居。

 

 はぁ…つまりは事件当時、全員はバラバラの場所に居て…しかも共通して保証人も不在という始末。証言としては余りにも稚拙と言える。

 

 

 ……だけど、記録しておくに越したことは無いさ、キミ。いつ何時、どれが犯人のアキレス腱になるのか、分からないのだからね。

 

 

 そして、これまでの水に関する証拠、証言を踏まえて、まとめてみると……

 

 

 どうやら、もう一度エリア4の…特に、水管理室に…彼処システムについて…もう一度掘り下げてみなくてはならないかもしれないね。

 

 

 コトダマGET!!

 

【消えかけた湖)

…7時半から8時半までの1時間、湖の水が減り続けていた。気付くのも遅かったため、もっと前から減っていた可能性がある。

 

 

 

 コトダマUP DATE!!

 

【生徒達のアリバイ B)

…ニコラス:エリア1(炊事場エリア)⇒エリア4

 雨竜:エリア2(図書館)⇒エリア4

 反町:エリア3(お菓子の家)⇒エリア4

 贄波:エリア2(プール)⇒エリア2(美術館)

 雲居:エリア1(ペンタ湖)

 

  

 *しかしお互いに証明できる人物はいない。

 

 

 

 

「ニコラス……」

 

「……ん?」

 

 

 つい考え事に没頭してしまっている最中のことさ。ミス雲居が想像以上に深刻な声色でボクの名前を呼んだのさ。

 

 だからこそ、驚いてしまった所為で、ちょいと反応が遅れてしまったのだよ。

 

 見てみると、彼女は何処か悲しげに、それも世をはかなむような表情をしていたのさ。さらに、驚いてしまったよ。

 

 

「この世って…理不尽ですよね」

 

「……どうしたんだい?藪から棒に」

 

 

 ボクが何か、情に訴えかけるようなことでもいっただろうかな?…いや、これまでの問答を振り返ってもそんな場面は無かった。殆ど、アリバイと現象という、極めて報告書に書く程度の内容だ。

 

 …だとしたら、考えられる原因は一つしか無い。

 

 

 そう、ミスター古家の件以外に考えられない。

 

 

「…古家は、誰が見ても分かるような良いやつだったです……臆病者のくせに、変なところで大人で…友達思いで…でもやっぱり臆病で」

 

「…ああ、そうだね。彼らしく、隠れてはいたが、彼なりに、この劣悪な環境を通して成長していた。人を観る目があるボクが言うんだ」

 

 

 彼女の言うとおり、間違い無くね。お世辞にも、彼とはミスター折木のように懇意にしていたわけではないボクでも、そう言い切れる。

 

 

「でも、そんなアイツが、こんなにもあっさり死んじまったんです」

 

 

 重い…実に重い…そんな一言だと思ったよ。彼が死んでしまったことが…ボクらにどれほどの衝撃を与えたのか、よりハッキリと思い知らされる一言だ。

 

 情けない話し。いつもはお茶らけているボクでも…この死を知らされた時は、いや事実を目の前にしたときは…身が裂けてしまうほどの哀しみが走ったよ。

 

 

「前の長門が引き起こした事件のことです。私の所為で、事件の展開をグチャグチャにしたことを、あんたや折木の時みたいに…古家に謝ったんです。頭を下げて…ごめんなさいって……その時、あいつ…何て言ったと思うですか?」

 

「……さぁね。想像が付かないよ」

 

 

 嘘だ。優しい彼が言う事なんて、手に取るように分かったさ。何故ならボクは、名探偵なんだからね。だけど、ボクが横からしゃしゃり出ていく場面は、ココには無い。そう思っただけさ。

 

 

「”生きてるだけで結果オーライなんだよねぇ。それ以上に、雲居さんが生きてて…本当に良かったんだよねぇ”…なんて。お人好しにも、あいつは私のことを案じたんです」

 

「………」

 

「そんなキャラに合わないこと言う前に…自分の心配をしろってんです……だから…こんな………」

 

「………」

 

「……今ほど、この世はくそ食らえって思ったことは無いですよ」

 

 

 当然だ。実に当然の声さ。

 

 当然だからこそ、分かるさ。そう思わせるほどに…彼は魅力的な人だったのだからね。

 

 愛だの恋だの…そんな俗な言葉ではくくれない。彼女にとって、いやボクらにとって彼はそういう存在だった。

 

 だけど、そんな臆病で、でも優しくて、誰よりも前向きに生きようとした彼が…死んだ。いや殺されてしまった、ボクらの中の、誰かの手によって。

 

 もう二度と、彼の動く姿も声も、見ることも聞くことも出来なくなってしまったんだ。

 

 だからこそ、彼女は今、人目も憚らず悔しさを露わにしているのだ。

 

 

「私達は、仲間だったかも知れないってのに。…犯人の気が知れないですよ」

 

 

 第三の事件、その発端の1つとなった…ボクらのあったかもしれない過去の関係。きっと彼女はそれを言っているのだろう。

 

 そう、未だ話し尽くせていない。結論すら出ていないあの話。結論が下せていないからこそ

 

 

 …この殺人はある意味で残酷であり、ある意味で裏切りだ。

 

 

 級友を殺してしまうことになるかもしれない……そうと分かっていながら。犯人は殺人に及び、そしてその手を血に染めた。

 

 

 まさに、悲劇的さ。ああ、極限なまでにね。

 

 

 

 

 …だけど思うのは。

 

 

 

 …その程度の抑止力で、犯人は自分を止められなかったという事。

 

 

 思い出せない思い出を振り切れるほどの、一夜、二夜で魔が差したからとは言い切れない程の、すさまじい”憎悪”と、”殺意”と”覚悟”があったのだろうという事。

 

 

 ……まぁ、理由なんて、既に見当はついているんだけどね。名探偵だからこそ、あえて答えを決めきらない。だけどあらゆる可能性を想定する。

 

 

 ……つまりはそういうことさ。

 

 

 だからこそ…。

 

 

「安心したまえ…ボクは名探偵だ。そんな罪深き人間が如何に愚かだったのか…ソレを伝えるのも、ボクの役目だ」

 

「……」

 

 

 あえて言い切らないからこそ、ボクはボクがするべき役目を全うするだけさ。

 

 

「ボクが…いやボク達が全てを全うする…だからキミは黙って、野次を飛ばしてくれるだけで良いさ」

 

「………」

 

 

 彼女には彼女の、ボクにはボクの、そして彼には彼の…役目があるのだからね。

 

 

 どうだろうか?ボクなりに、彼女のことを元気づけてみたのだけれど。どうにも、女性を口説く事に長けてはいても…肩に手を置くことは慣れてない物だからね。

 

 

「そうですね…そうすることにするですよ……」

 

 

 そう言って、彼女は引きつったような笑みを返してくれたのさ。

 

 どうやら、掛けた言葉に間違いはなかったみたいだ。思わず変に固唾を呑んでしまったよ、キミ。

 

 

「……変な話しして悪かったですね」

 

「いいや、実に有意義な会話だったとも。ああ、ボクが保障するさ、キミ」

 

 

 そんな取り繕うような言葉を聞いた彼女は、”そうですか”、と苦笑し言い捨てる。するとすぐに立ち上がり、スタスタと、ペンタ湖を後にしようと何処かへと。

 

 

「……ミス雲居?」

 

「部屋に戻るんです。こんなみっともない顔じゃ、人前に出れないですから」

 

 

 見てみると、確かに彼女の目元は赤く膨れてしまっていた。恐らくボクがココに来るい以前から…何があったことを明確に示していたさ。

 

 だからこそ…それを見たボクは、自分自身に失望してしまったよ。

 

 

「……悪かったね。女性にこんな野暮なことを聞いてしまうだなんて、ボクは紳士失格だ」

 

「あたしは淑女なんて高貴な身分じゃ無いんで…そういう気遣いは結構ですよ」

 

 

 …いいや。キミは実に高貴だよ。

 

 キミは自分を捻くれていると誤解しているのだろう。だけど、キミは誰よりも素直で、そして純粋な子だよ。

 

 言っただろ?ボクは人を見る目は確かだって。

 

 …そんな些細なことこそが…ボクが尊敬するに充分な理由さ。キミ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア4:水管理室】

 

 

 先ほど心の中で宣言したとおり、ボクは捜査の出発点であるエリア4の水管理室へと戻ってきていたのさ。

 

 理由は先ほども述べたと水管理室の調査のため。

 

 だけど見たところ…ドクター達の姿は無く…ここではない何処かへ行ってしまったみたいだ。…であれば、ボクも好きなようにソロプレイに走るとしよう。

 

 ええっとまずは…このシステムについて…は……と。

 

 

「予想通り…崖の下の水はココで管理しているみたいだね。それも崖の両端に設けられた水門を開け閉めすることによって……まぁこんな名前がついてるのだから、当たり前なのだけれど」

 

 

 だけど重要なのはどのような操作が可能なのかだ。こんな大それた設備があるんだ、お飾りの施設とは考えにくい。

 

 ええと、何々?

 

 ボクは適当に、ピコピコとパネルを操作し、システムの概要について記憶していく。

 

 

「ふむ、てっきり水量だけを雑に管理するのかと思ったけれど……」

 

 

 どうやら、崖の底の水量を調整するだけではなく…指定すれば一定時間の間の水量も調整できるみたいだ…つまり一度設定してしまえば…態々ココに戻ってこなくても…ということか。

 

 うん…実に興味深い。

 

 ええと、それに加えて…水だけじゃなく…外気温も操作…いや、これは計測しているだけか。流石に設備を集中させるのはどうかと踏んだのかな?では改めて、事件当時の気温、は…っと…

 

 

 …”マイナス12℃"!!

 

 

 酷い寒さだ!ボクだったら2秒とすら外にいられないね!きっと水に浸かろう物なら一瞬で冷凍保存さ!

 

 とするなら、ボクの想定するトリックもようやく形になってきた、というわけか。それで…次に重要になってくるのは…このエリアに隣接している場所…だね。

 

 これについては……全体の地図を、改めて見直すとしよう。

 

 …確か、このエリア4の両隣は…エリア3とエリア1。うん、どちらも水関連の問題…いや現象がが目撃されているエリア。

 

 

 これらの要素と…今までの要素を重ね合わせて考える…と。

 

 

 

 ふむ、やはり――――――そういうこと、になるのかな?

 

 

 

 

 ボクの推理が正しければ……犯人は――――――

 

 

 

 

 

 

 コトダマGET!!

 

 

【水管理室のシステム)

…崖の両端に設けられた水門を開け閉めすることによって、底にある水量を調整する。さらに指定すれば、一定の時間の間だけ好きな量に調整できる。

 

 

 

【エリア4の気温)

…事件当時の気温は-12℃。水も体も速攻で凍ってしまいそうなほどの寒さであった。

 

 

 

【ジオ・ペンタゴンの全体図)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

『キーン、コーン…カーン、コーン』

 

 

 

 

 

 納得、そしてある程度の確信を得たと同時に…無情な鐘の音が、この空間に響き渡った。

 

 

「さて、時間か」

 

 

 だけど十分さ、今までの事件に比べれば、実に簡単な事件だったからね。

 

 

 というか、まぁボクの超高校級の名推理があれば…どんな事件も造作も無いレベルになってしまうのだけれど…

 

 

 

 ――――――でも

 

 

 

 それ以上に考えておくべきことは…ある。

 

 

 それは、これから先のこと…。事件を解決した先のこと…

 

 

 この事件が終わりを迎えたとき、ボクはきっと、ボクが知る”真実を話すこと”にならざる終えないだろう。

 

 

 事件の発端となった…根幹とも言うべき真実を。

 

 

 推理をするなんて生やさしいものじゃない。

 

 

 …大いなる”覚悟を持って”

 

 

 そして同時に、ボクと”彼”の間にもまた、大きな溝が生まれてしまうのだろう。

 

 

 …だからこそ、今を、噛みしめて、宝物のように大切にしておかなければね。

 

 

 

 

 

 

 ――――いや、実に寂しい話しだよ…まったく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

……………

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【エリア4:ホテルペンタゴン『庭園』】

 

 

 

 

『キーン、コーン…カーン、コーン』

 

 

『この世に死と生が存在する限り、人はだましあい、疑い合い、信じ合い、手を取り合い、傷を舐め合い、なれ合い……そして命を削り合う……これは輪廻のように、際限なく、永遠に…終わることは無い』

 

 

『実に、実に気怠くなる長さでございまス。ええ!ええ!!そうですとも…例え面倒臭いと世界の中心で叫ぼうとも、泣き言を傷にすり込んでいても……結局、ミナサマのお力ではこのコロシアイの輪廻を止めることは出来ないのでしタ』

 

 

『チャンチャン(終わりの音)』

 

 

『と、1つ小咄が終わったところで…お次は学級裁判…この円環の理に区切りを付けるための学級裁判のお時間でス』

 

 

『つまりはアレです…至急、赤い扉の前にお集まりくださーイ、ということでス』

 

 

『PS.ホテル側のミナサマは中庭にお集まりくださーイ』

 

 

 火を付ければ良く燃えそうなほど油の乗った舌を動かし終わったモノパンは、ブツンと、ゴムを断ち切ったような音と共に、アナウンスを終えた。

 

 

「……始まるのか。学級裁判が」

 

 

 アナウンス直後の悲哀に満ちたその言葉。

 

 とうとう、いや、既に分かっていたからこそ覚悟は付いていた。

 

 だけど、その覚悟を持っていても…俺は今まで以上の心配に駆られていた。

 

 理由は簡単だ…余りにも情報が少なすぎるのだ。これまでに比べて準備不足が顕著に表れている。……ニコラスのことだから、きっと上手く証拠は集まっているのだろうが。

 

 成果を見てみないと、やはりこの不安を拭うことはできなかった。

 

 

「…ですが。どうして私達だけ、この中庭に?」

 

 

 そんな不安と隣り合うように、どうしてモノパンはココに俺達を呼び出した疑問もあった。

 

 

「確かに不思議だな…だけど態々場所を指定したんだ、何か理由があるんだろう」

 

 

 そ、そうですよね…と彼女は無理矢理納得するように頷いた。

 

 …少なくとも察することが出来たのは、まだ橋が架けられていないエリア4を横断するための善後策を講じようとしているのだろうということ。

 

 

「…隼人、痛くない?」

 

「決してその可能性を捨てきることは出来ない…だけど、男として我慢できないものでもない…大丈夫さ、他ならない君が運んでくれているんだから」

 

 

 そしてその呼び出しからワンテンポ遅れて、医務室に居た2人がやってくる。落合の足は未だ癒えておらず、風切に肩を貸される形で。

 

 それにしても……まだあのやりとりを続けていたのか。ていうかさっきよりも距離感が、あ、いや物理的では無く、心理的距離が近くなっているような…。そんな印象であった。

 

 

「うう…やはり私も…」

 

「……」

 

 

 その光景を見てなのか…隣に居た小早川も変にウズウズしているように見える。

 

 しかも此方を何やら睨むように…滅多なことでは無いだろうが、早く事態が進展しないと俺の身が危ないかもしれん。

 

 俺は…生まれて初めて、モノパンが早く来ないかと思ってしまった。

 

 

「パンパカパーン。ミナサマに朗報でございまース!!ええ!!まさに大朗報…歴史的、いや地球史的な…」

 

「そういうのはもう良い」

 

 

 そしてそんな空しい願いが通じたのか…

 

 モノパンは現れた。また地面から生えるように…ニョキリと。また要らない前置きをつらつらと述べながら。

 

 

「……朗報?」

 

「ええ!そうですとも。翼を手折られ、そして悲しみに暮れる迷えるエンジェル達であるキミタチのために代わりの翼を…ああいや、足をプレゼント」

 

「天使様には足も無いのですか…」

 

「歪だ…僕の知っている、いや人々が信じる天使や神というのは、すべからく人の形をしているから、尚更ね」

 

 

 小早川だけでなく、落合にまで小突かれる始末。落ちるとこまで落ちたものだなと、1人思った。

 

 

「んな細かい所小突くんじゃありませン!!!髪がおハゲになりますでございますヨ!!」

 

「…お前が言い出したことだろうに」

 

「ぐぐぐぐ…またもや揚げ足を……もはや、もはやこれまでか………んじゃああああああーーーー!!!!!いでよ緊急脱出ロード!!!!」

 

 

 突然モノパンが奇声のような叫び声を上げた途端、庭園の中央がガコンと音を鳴らして凹み、御簾のようにカラカラとその口を開けた。

 

 口を開けた先には、階段が。それも先の見えない暗闇の道が続いていた。階段の両脇には簡易的な電灯が連なっていた。

 

 

「……こ、これは?」

 

「くぷぷぷ、ワタクシ専用の秘密の入口にてございまス。普段は表の道しか利用できないのですが…今回は特別に、ええ、橋ができあがっていないので此方をご利用し、中央棟へとおいで下さいまセ」

 

 

 やはり…コイツは隠していた。緊急という名目で、意図的に隠された秘密の通路が。モノパンはこの通路を通じて、あらゆる場所に出入りしていたんだ。

 

 

「でしたら最初っからこの手段を使えば良かったではありませんか!!」

 

「……うん、もっともな指摘…どう説明するつもり?」

 

「うううう…ワタクシも此方をお見せするのはまさに断腸の思いでの決断でございましタ。このような裏ルート…所謂スタッフ用の通路を使ってしまえば、まさに、今ミナサマが仰ったように糾弾されるのは必至。このような言われ様は、まさにゲームマスターとして恥ずべきことでございまス」

 

「ええ…そこまで反省されると…なにやら罪悪感が…」

 

「梓葉、流されないで……」

 

 

 しっ、風切は小早川を制止した。その通りであった。

 

 何を言っても、何を誤魔化しても、結局俺達にやましいことを隠していた事実に変わりは無い。自己本位この上ない言い訳である。

 

 

「じゃあ、俺達の個室だけじゃ無い…どのエリアにもお前は自由に動ける…間違い無いな?」

 

「ええ、間違いありません。ですが、誓ってキミタチが懸念するように…事件に協力などはいたしませんシ、事件を起こしませン。これは最初の事件で、ワタクシは言いましタ…この世界ではルールが絶対ということに準拠しておりまス。『モノパンが殺人に関与する事はありません。しかし、コロシアイの妨害があった場合この限りではありません』、これが覆されること…即ちワタクシが自分自身で直接罪を犯すことは…まさにこのコロシアイの終焉と言って良いでしょウ」

 

「……」

 

 

 コロシアイの…終焉か…。

 

 変な所でしっかりとしているコイツがそこまで言うんだ。

 

 今回の事件に限っては…本当にモノパンは関与していないのだろう。

 

 だけどこれまでの事件を引き起こした原因、動機はなにもかもコイツの仕業だ。今までの所業が許されるとか許されないとか、それ以前の問題。もはや憎むべき怨敵と化しているのだ。

 

 

「分かった…だったら行こう。落合、肩貸すぞ」

 

 

 これ以上は平行線、自分の平常心のためにもココは話しを切り上げるべき、そう判断した。

 

 

「…私がやるから大丈夫」

 

「ですが…」

 

「……大丈夫」

 

「………そうか」

 

 

 何かムキになられた気がするが…。手伝いは要らないことは間違い無かった。

 

 

「折木さん!では私が肩をお貸ししましょうか!」

 

「……どういう意味だ?」

 

「ううう、ですよねぇ…」

 

 

 どうにも凸凹した雰囲気の俺達は、そのまま階段を下っていく。小早川を先頭に、落合と風切…そして俺という順番で。

 

 俺は下っていく途中、誰にも気付かれないように、ふと…振り返った。

 

 

「………古家」

 

 

 こんな辺境の、寒い寒い空の下に置いていく。死体となった彼から離れていく。

 

 …せめて、最期に声だけでも聞きたかった。お別れの言葉を……。

 

 きっと…裁判が終われば…彼の死体も何処かへと消えてしまうのだろう。もう二度と、その姿を見ることは無くなってしまうのだろう。

 

 俺は唇を噛みしめる。血が出るのでは無いか、それぐらいに悔しさを噛みしめる。

 

 

「公平?」

 

 

 前を歩く風切に呼ばれる。俺は気付いたように、前を向く。

 

 

 どうしたの?と、曇った様な表情が向けられる。

 

 

 ………少し、心配を掛けてしまっただろうか。

 

 

 俺は一つ、息を吐く。そして、前を向く。生徒達も、安心したように同じく前を向く。

 

 

 たった一人、大きな存在を欠いた俺達は、下っていく。

 

 

 何もかもに、苦しさや悔しさを残しながら、下っていく。

 

 

 確かな覚悟を持って、下っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【中央棟エリア】

 

 

「ん?…やあ、久しぶりの対面だ、マイフレンド」

 

 

 階段を下っていった、その到達点にあったまばゆい光。

 

 その先に、既に集合を果たしていたニコラス達が待っていた。久方ぶりだった。いまや懐かしく思えるような生徒達と、やっと顔を突き合わせることができた喜びに、俺は思わず頬を緩ませた。

 

 

「折木、君!!」

 

「…久しぶりだな、贄波」

 

 

 同時に、そんな生徒達の中をかき分け、真っ直ぐに此方へとやって来たのは贄波だった。電話をした時は、例の施設に居なかったために、密かに心配していたのだが、どうやら元気そうであった。

 

 

「……良かった、本当、に」ギュッ

 

 

 すると、彼女は俺の両手を彼女の両手が包み上げる。久しぶりに感じた彼女特有の暖かなぬくもり…。俺はその時、今まで以上の安心感が心に表れていた。

 

 

「すまんな…心配かけた」

 

「ううん…そんな、全然、だよ」

 

 

 いや、想像以上に不安にさせて仕舞ったみたいだ。その不安げな表情をみればそう察しが付いた。だから…俺は大丈夫、そう言うように堅いながらも笑顔を作った。

 

 

「ん、贄波も大胆なもんですね。これで一歩リードです」

 

「いやはや、やはり心配は心配で。しっかりとしてたみたいだね。いろんな意味で安心したし、いろんな意味で不安が増した気分だよ」

 

 

 ヘラヘラとした顔で雲居やニコラスから冷やかされる。俺は硬い笑顔の裏で、勘弁してくれと、と心から思った。

 

 

「……うう、私は手すらも握ったことが無いのに…羨ましいです」

 

 

 そして、予想通り、贄波越しに、此方を振り返る小早川が悲痛な表情をしているのが見えた。

 

 頼むから、そんな涙ぐむような目で此方を見ないでくれ…。そんな顔をされると、本当に罪を犯した気分になるし、首をくくりたくなる。そう思いながら、俺は頬を引きつらせた。

 

 

「梓葉!!無事に会えて良かったさね!!」

 

「…はっ!そ、反町さん!」

 

 

 すると、反町が声を大きく上げながら小早川の側へと寄っていく。友人同士、両手を繋ぎ、感動の再会を果たし、お互いに、無事が叶ったことを短く言葉で交わし合う。

 

 …少し、彼女の気が逸れて良かったと思ったのは内緒だ。

 

 

「落合…貴様、その足」

 

「気にすることは無いさ、この染みるような痛みは、最初は突風のような激しさと、そして冷たさだった。だけど、此方の風切さんのおかげで、今ではそよ風のような穏やかささ」

 

「……柊子で良い」

 

「逆に穏やかになると危険に思えるが……念のため、見せてみろ。処置が甘ければ…壊死して、最悪足を切らねばならなく可能性がある」

 

「…そ、そう……だったら降ろすよ?」

 

「…医者が患者を不安に思わせるなさね」

 

 

 風切は、雨竜の指示通り、ゆっくりとした動作で壁に落合をもたれかけさせる。その過程で伸ばされた彼の足を、雨竜はじっくりとプロフェッショナルのような手さばきで診察し出す。

 

 

「ミスター折木、少し良いかい?」

 

「…ニコラス」

 

 

 落合の診断をしている最中、俺はそう言って近づいてくるニコラスの方に意識を移した。どうしたんだと、怪訝な視線を送っていると…。

 

 ニコラスは唐突に、1枚のメモ帳を此方に差し出してきた。

 

 

「……?」

 

「約束通りの捜査の成果さ、受け取ってくれたまえ」

 

「……そ、そうか、そうだったよな…頼んでたんだよな」

 

「ははっ!何をそんなに動揺しているんだい?キミが頼んできたことじゃないか」

 

「いや、お前が紙媒体で渡してくるなんて…って意外に思ってな。てっきり頭の中の情報を口頭で説明されると」

 

「おいおいおい!!そんな人間コンピューターみたいな記憶力をボクが…………持ってるに決まっているじゃ無いか!!おっと、持っていないと思わせて、持っているだなんて…まさに驚き!!どうだい?ミスター1本捕られただろ?」

 

「………」

 

「一人で何をやっているんだ、と言う顔だね。うん、実に最もだ」

 

 

 本当に何をやっているんだろうか?いやここは、冗談の通じない俺の頭が固いと言うべきなのだろうか?

 

 

「まぁあれだよ、キミ。こうやってメモで渡して置いた方が、キミにとって都合が良いそう思っただけさ。なぁに、既にボクの頭には、先ほども言ったようにインプットされているから、心配は無用だよ。キミ」

 

「そうか…世話を掛けたな」

 

「んんんん?んんんんんんんんんん?」

 

「………そうだったな…すまん。…ここはありがとう、だよな」

 

「うん!それが正しい答えだ!また1つコミュニケーションのなんたるかを学んだみたいだね!」

 

 

 そんなこざかしいような言葉の数々に、俺は彼らしいな、と小さく笑う。釣られて、ニコラスも少し目を細め、笑っているようだった。

 

 

「…ふむ、どうやらまだ赤い扉は解錠されていないみたいだね。では…この無駄な時間を使ってキミに1つ確認しておきたいことがあるのだけれど」

 

「……?何だ」

 

 

 改まった口調で語りかけるニコラスの様子に俺は思わず姿勢を整える。

 

 

「1つ…例の不審者をミス風切がライフルで撃ったとき…妙にかん高い音が響いた…と言っていたね」

 

「…ああ、ソレがどうした?」

 

 

 彼が聞いてきたのは…風切と犯人の間に起こった例の流れ。風切が、ライフルを撃ったけど、結局その足を止められなかったこと。

 

 …俺自身も気になって、その周辺や、外を調べてみたが…結局正体も、その痕跡らしき証拠も見つからなかった。

 

 

「…だとしたら、これから先の…生徒達の行動をつぶさに見ておいた方が良いね。…特に、”学級裁判が始まる直前の動き”を注視することをオススメするよ?」

 

「…動きを?」

 

「ああ、それも”今までの彼らの動きと”照らし合わせながらね?」

 

 

 えっ…今までの?

 

 妙に難易度の高いアドバイスに…俺は小さく面食らってしまう。

 

 

「…折木君…難しそうだった、ら、私も、協力する、よ?私、記憶力は、結構良い方、だから」

 

 

 すると、その話しを聞いていたのか、贄波が助け船の如くそう割って入る。

 

 

「おお!これは実に頼もしい助っ人だ。ミスター、ココは遠慮せず彼女に助けを請いたまえよ。1人より2人!2人より3人さ!キミ」

 

「…だったら言い出しっぺのお前も手伝えよ」

 

「ははっ!!それは出来ない相談だ!!ボクは調査の時点で気力の半分以上を使い切ってしまったのだからね!!」

 

 

 …よくそんな乏しい体力で今までを生き抜いてきたな、と。多分だがはぐらかされているだろう…という言葉が同時に頭によぎった。

 

 飄々としながらも、想像以上に頑固な彼に、俺は仕方ない、と小さく息を吐いた。

 

 

「折木…くん、がんば、ろ?」

 

「……ああ、そうだな。1人じゃなく。2人で、な?それに…」

 

 

 俺は広げた右の手のひらを彼女に見せ、逆の手で手で中心に指を差す。

 

 

『……怖くなったり、不安になったら、右手を胸に当てて、みて?』

 

 

 贄波に言われた事を思い出す。右手にかかれたおまじないも一緒に。

 

 

「お前に貰った勇気もあるから。きっと、もっと頑張れるさ」

 

 

 そう言うと彼女は、安心したように微笑んだ。俺も、同じように頬を緩ませた。誤魔化しでも、繕った物でも無い自然な笑顔で。

 

 

「ふむ…適切に処置できているな。このまま経過観察で問題無いだろう」

 

「…当然」フンスッ

 

 

 すると、今まで作業をしていた雨竜が一息つきながら立ち上がる。どうやら、雨竜による簡易診断が終わったようだ。

 

 

「どうさね、落合、立てるかい?肩なら貸すよ」

 

 

 そしてすぐに、座り込む落合の近くへとやってきた反町が、手を差し伸べる。

 

 

「ああ、そうだったね。僕は今、片翼へと成り下がった憐れな流離い人…誰かが側に居なければ立ち上がることすらできない不出来な鳥だった…それじゃあ有り難く――――」

 

「……いえ、ココは自分が貸します」

 

 

 だけどそれを突っぱねるように、風切は落合と反町の間に立ちふさがった。

 

 

「えっ、でも体格的にアタシの方が無理の無い気が…」

 

「いいえ…いくらの姉さんでもこれは譲れません」

 

「えぇ……」

 

「ははっ…良いね、とても頼もしい姿だ…だけど無理をしなくても」

 

「……無理してない」

 

「……ぬわんだこれは?…妙に虫唾が走ってきたぞ?」

 

 

 その落合と風切の妙なやりとりから…数人ほど何が彼らの間に起こっているのか察したようだった。

 

 しばらく…この光景は見守ることに務めよう。空気の読める何人かはそう思っているようで、何も口は挟まなかった。…まぁ雨竜の場合は、積極的に妬んでいきそうだが。そこはご愛敬と言うことにしておこう。

 

 

 …そうして、落合の怪我も大丈夫と、一段落したような空気が蔓延っていると――――

 

 

 

 ――――ガコン

 

 

 

「――――!!」

 

 

 その結果を待っていたかのように…赤い扉は…エレベーターはその口を大きく開かれた。そのたった一音で、たった一瞬で空気は、凍えるように張り詰めた。

 

 

「………行くか」

 

 

 徐に投げたその言葉を皮切りに、生徒達は黙々とエレベーターの中へと吸い込まれていく。

 

 

 誰も何も語らず、ただヒタヒタの平常心を維持することだけを考えているように…。

 

 

 そして、全員が乗り終えたと同時に、その鉄の箱は1度だけ揺れ…

 

 

 

 ………そして、すぐに下降を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウンゴウンと、耳鳴りのような音が辺りを満たす。

 

 じわりじわりと体の全てを重苦しい空気が包み込み、おもりのような重圧が、体を下へと押していく。

 

 

 ――――お互いに言葉は無かった。

 

 

 瞳を閉じていたり、ブツブツと何かを言っている人がいたりするだけで、それぞれの時間を、自分自身の中で完結させていた。

 

 

「…ミスター折木」

 

 

 すると…そんな詰まるようなプレッシャーの中で…近くにいたニコラスが、ヒソリと再び声を掛けてきた。

 

 一瞬、周りから何かを言われるのでは無いか?そんな行きすぎた心配はあったが、幸いにもエレベーターの下降音のおかげで、この密談が誰かに聞こえることは無く。誰も見向きもしなかった

 

 

「…何だ?」ヒソリ

 

「すまないね、1つ言い残したことがあったことをね、思い出したんだ。でも返事はしなくて良い…ただ黙って聞いておくれ」

 

 

 肩に顔を乗せるような体勢で、耳の横でそう囁いた。俺は彼の言うとおり、黙って、真っ直ぐに、何も変わらない、壁が落ちていくだけの景色を見つめ、耳をすませた。

 

 

「……このミスター古家の殺人事件…恐らくキミにとって、とても”大きな意味”を持つ事になるだろう」

 

 

 大きな、意味?…思わずオウム返しをしそうになったが、意識で言葉を抑えた。そのまま、彼は言葉を続けていった。

 

 

「それこそ、キミの”才能”に関する…重大な根幹がこの事件に内在している」

 

 

 その意図の読めない言葉に俺は顔を歪ませた。…だけど意図は読めずとも…聞き逃してはいけない、俺は直感的にそう思った。

 

 

「そしてその真実が明かされた時…ボクはきっと、キミに謝らなくてはいけなくなるだろう」

 

 

 何故?謝らなければなら無いのか。全くと言って良い程の、脈絡の無い、それも一方的なこの会話の数々。

 

 

「……それって、どういう」

 

 

 ――――思わず。声を出してしまった。小さな彼のお願いを無視し、彼の真意を聞こうと返事をしてしまった。

 

 

 

 だけど…

 

 

 …その瞬間。

 

 

 エレベーターはガコンと重低音を立て――――止まった。

 

 

 同時にチーンと、到着のベルが流れ、目の前の扉は開かれた。

 

 

 光りが…もう見たくないと何度も思ってきた…絶望の光が…俺達の瞳の全てを照ら出す。

 

 

 そして、再確認した…

 

 

 

 ――――俺達はまた…やってきてしまったのだと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【裁判場】

 

 

 思わずしかめてしまうような、光の温度差。

 

 

 その光の先に待っていた、光景にあったのは、今となっては見慣れてしまった。いや、見慣れてはいけなかったはずの…学級裁判場。

 

 

「くぷぷぷ、ようこそいらっしゃいましタ。モノパンの学級裁判場Ver4、すなわちミナサマ4回目のお目見えとなりまス」

 

 

 その奥、いつもの玉座で、モノパンは立ち上がり、丁寧なお辞儀を披露する。

 

 そんなおどけた口調のヤツの言うとおり、裁判場の壁面のデザインは、再び様相を変えていた。

 

 壁や、ゴツゴツとした起伏に富む水晶に覆い尽くされており、床は鏡のように青く、そして透き通ったようににキラキラと輝いていた。さらに、上を見てみると、人なんてたやすく貫くようなつららがぶら下がっていたり、取り付けられたテレビ画面は僅かに凍っているような細かさまで施されていた。

 

 今回の裁判場は、エリアのテーマとも言えた”冬”を徹底的に押し出され、今にも凍えてしまいそうな程の寒々しいデザインに仕上がっているようだった。

 

 

「ココにやって来たという事は、ミナサマ…おわかりですネ?では、遅延行為も、エッチな行為も後にして…さっさと自分の席にお着き下さイ」

 

 

 その無駄の多い指示言の通りに、生徒達は、黙って席へと着いていく。俺もまた、同じように、無言のまま着いていく。

 

 

「くぷぷぷ、やはり死を決する寸前の、このちが冷たくなるような緊張感。心地よい、実に心地よいでございますネ」

 

 

 横から溢されるモノパンの戯れ言を流しつつ、すぐに、俺は前を…学級裁判場を真っ直ぐと見据えた。

 

 

 その視界に入るのは、俺と同じように、毅然とした態度で前を見続ける者。豪胆にも薄ら笑みを絶やさない者。不安げに瞳を揺らす者。じっと瞳を閉じる者。

 

 

 様々な様子の生徒が居た。

 

 

 そんな生徒達の中で…俺は、たった一人、ニコラス・バーンシュタインという生徒に瞳を向けた。

 

 

『この事件…きっとキミにとって大きな意味を持つ事件になるだろう』

 

 

 俺は先ほどのやりとりを思い出す。

 

 

 …彼が言っていた。意図的にぼかされたような、真実を聞く暇も無かった、さっきのあの言葉。

 

 

 エレベーターを出たときからずっと、そして今もやまびこのように頭の中で、何度も何度も言葉が繰り返されていた。…そしてその度に疑念は増幅していくのも感じていた。

 

 

『それこそ、キミの”才能”に関する…重大な根幹がこの事件に内在している』

 

 

 この事件の根幹には、一体何が潜んでいるのだろうか?

 

 

 『超高校級の特待生である折木クン…実は――――――”超高校級の特待生”では無く、”超高校級の不幸”として希望ヶ峰学園に入学しタ』

 

 

 それは、モノパンのアナウンスにあった、俺の真の才能と、”超高校級の不幸”と関係があるのだろうか?

 

 

 

 

 疑問は尽きなかった。おびただしい程に、俺の頭は疑念で覆い尽くされていた。

 

 

 

 だけど…

 

 

 

 その疑問を解決するためには…

 

 

 俺自身の真実と…向き合うためには…

 

 

 

 ――――俺は視線を…裁判場の中央へと移した

 

 

 …今俺が立っているのは、命を賭けた学級裁判場だ。

 

 

 …命を賭けた、戦いをしなければならない場所なんだ。

 

 

 …命をかけて、事件の真実にたどり着かなければならないのだ。

 

 

 だから、今は…

 

 

 ――――目の前の真実と向き合うなければならない

 

 

 ――――目の前の命を賭けた真実と、向き合わなければならないんだ

 

 

 

 

 

 

 ――――『超高校級のオカルトマニア』”古家 新坐ヱ門”…このコロシアイの中で親しかった友を失い、その死を乗り越え、その死すらも成長へと繋げた、強く、優しい心の持ち主だった彼。

 

 

 

 …一緒に馬鹿話をしたり、一緒にゲームだってしたり、一緒に苦難を乗り越えてきた。

 

 …紛れもない…俺の仲間であり、親友だった。

 

 少し、臆病な所もあったけど…それえお覆す位の大きな、大きな勇敢さを胸に秘めていた。

 

 

 

 だけど…

 

 

 

 その勇気が…仲間を守ろうとする、まるでヒーローのような勇気が――――――彼を死に至らしめた。

 

 

 ……イヤ違う。…他でもない俺の所為で。…俺を狙った誰かの手によって…

 

 

 ――――――殺されたのだ

 

 

 この中に。仲間であったはず俺達の中の誰かによって。

 

 

 

 許せない…

 

 

 許すことなんて、絶対に出来ない

 

 

 犯人を…!

 

 

 古家を殺した犯人を…!!

 

 

 この学級裁判で…見つけてみせる……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・コトダマ一覧

 

 

【モノパンファイル Ver.5)

…被害者:【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

 

 死体発見現場はエリア4、ホテルペンタゴンの『庭園』。死亡推定時刻は午後8時32分。死因は、銃弾を脳に受けたことによる失血死。外傷は無く、即死であった模様。

 

 

 

 

【崖を渡る犯人)

…事件直後の風切が犯人を追いかけた際に目撃した光景。橋も何も架かっていないはずなのに、犯人は崖を走って渡っていた。

 

 

 

 

【生徒達のアリバイ A)

…折木:庭園

 風切:食堂⇒庭園⇒ホテル外

 落合:ホテル外

 小早川:個室⇒庭園

 

 古家:?⇒庭園

 

 

 

 

【ホテルペンタゴンの見取り図)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

【風切の銃弾)

…風切が犯人を足止めするために発砲したゴム弾。恐らく犯人に着弾したと思われるのだが、キンッ、というかん高い音だけを響かせるだけで、足止めは叶わなかった。

 

 

 

 

【不審者の動向)

…事件が起きる”1時間前(7時半頃)”から犯人は、個室、そしてフロントの窓から目撃されていた。外周を回って、俺達を観察していた可能性が高い。

 

 8時以降に行われた捜索にて、目撃されていたにもかかわらず見つけることは出来なかった。

 

 8時半に突然、庭園に現れた。

 

 犯人が俺を拳銃で狙った際に1発、風切が犯人を足止めするために1発、犯人が風切を足止めする際にもう1発と計3発の銃弾による応酬があった。

 

 

 

 

【個室の水たまり)

…個室のドア付近出来ていた小さな水たまり。水たまりはフロントまで点々と続いていた。今朝から夕方頃まではこんな痕跡は無かった。

 

 

 

 

 

【ジャンパーの水滴)

…俺、小早川、古家のジャンパー。それぞれには水滴や、濡れた感触は無く…外に持ち出された可能性は極めて低い。

 

 

 

 

 

【生徒達のアリバイ B)

…ニコラス:エリア1(炊事場エリア)⇒エリア4

 雨竜:エリア2(図書館)⇒エリア4

 反町:エリア3(お菓子の家)⇒エリア4

 贄波:エリア2(プール)⇒エリア2(美術館)

 雲居:エリア1(ペンタ湖)

 

 

 

 

【反町の証言)

…7時半ごろから8時半までの1時間、エリア3の噴水から出てくる水が、段々と少なくなっていたという。エリア3を出入りした時か様子がおかしかったため、もっと長い間その現象は続いてたかも知れない。

 

 

 

 

 

【湿った岩壁)

…崖を少し下った所の岩壁から、妙に湿った感触が感じられた。その冷たさと、しめりけから、ごく最近の痕跡である可能性が高い。

 

 

 

 

 

【崖の底の川)

…崖の底には川が流れていた。丁度エリアから入った方角から見て、右から左方向に。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

【氷の欠片)

…川の表面に流氷を人の大きさにしたような氷の塊が浮かんでいた。

 

 

 

 

【捨てられたジャンパー)

…川から突き出た岩に引っかかっていたジャンパー。

 

 

 

 

【故障したモノパンワイヤー)

…3日前に橋が無くなったと同時にに、一緒に故障し、使えなくなった。事件が発生した現在の時点でも使えない様子。

 

 

 

 

【7つ道具の行方)

…故障したモノパンワイヤーと既に使い切られた毒薬を除いて、借りられていたのは『モノパンワルサー』のみ。しかし、生徒達がエリア4に集まるまで少しラグがあったため…他の道具も使われている可能性がある。

 

 

 

 

【消えかけた湖)

…7時半から8時半までの1時間、湖の水が減り続けていた。気付くのも遅かったため、もっと前から減っていた可能性がある。

 

 

 

【水管理室のシステム)

…崖の両端に設けられた水門を開け閉めすることによって、底にある水量を調整する。さらに指定すれば、一定の時間の間だけ好きな量に調整できる。

 

 

 

 

【エリア4の気温)

…事件当時の気温は-12℃。水も体も速攻で凍ってしまいそうなほどの寒さであった。

 

 

【ジオ・ペンタゴンの全体図)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り9人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計7人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 

 




お疲れ様です。
水鳥ばんちょです。捜査編になります。
いつもご感想ありがとうございます、とても良い励みになります。




【コラム】
〇名前の由来コーナー 古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)編


作者から一言:ツッコミ役をとにかく頑張ってくれた良い人


 コンセプトは、優しい臆病者。とにかく元引きこもりだったのですが、コミュニケーション能力が思った以上にあり、最終的にはメンバーの緩和剤のような立場になっていました。
 名前の由来について。名字は割とすんなり決まって、『古畑』だったプロトタイプから…落語家みたいな口調だったので『林家(はやしや)』みたいな感じにしようと、最終的に『古家(ふるや)』となりました。
 名前の方は意外に難航して、最初は『呂都里下須(ろどりげす)』だったり、とにかく珍妙な名前にしようと迷走していました。でも古くさい名前にしようというコンセプトは揺るがなかったので、そのモチーフ求めるために、”忍たま乱太郎”の登場人物名とにらめっこして、最終的に『新坐ヱ門(しんざえもん)』と落ち着きました。


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Chapter4 -非日常編- 18日目 裁判パート 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【学級裁判】

 

 

    【開廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【裁判場】

 

 

「えー、破竹の勢いにて四度目とあいなりましたが…まず始めに学級裁判の簡単な説明から始めていきましょウ!」

 

 

「学級裁判では『誰が犯人か?』を議論し、その結果は、キミタチの投票により決定されまス」

 

 

「正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおキ。ですが…もし間違った人物をクロとした場合は…」

 

 

「クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけがこの施設から出る『権利』が与えられまス!」

 

 

 恒例とも、お約束とも言える、裁判前のルール説明がこの場に木霊する。

 

 話すのはモノパンだけではあった。だけどその言葉に耳を傾けられるほど、俺の内心に余裕は無かった。その位、頭の中では、考えずにはいられないことがおびただしいくらいに飛び交っていたから。未来の不確かさに、不安を持たずにはいられなかったから。

 

 だから俺は、ただ黙って、目の前の苦々しい表情の生徒達の中心に視線を落とすことしか出来なかった。

 

 

「……うう、空気が重いです」

 

 

 そんな中で、この場の重々しさに耐えかねたように、小早川はそんな本音を漏らした。

 

 …きっと誰もがそう思っているのだろう。より正確に言うのなら…”犯人を除いた”、誰もが、その重さに表情を曇らせ、息を詰まらせているのだろう。

 

 当たり前の話しだ。半月以上も寝食を共にし、毎日のように顔を突き合わせた仲間が、今日殺されたのだから。

 

 朝衣が殺されたときも、鮫島が殺された時も、沼野が殺された時と同じような…そんなイヤな当たり前の話しだ。

 

 そして何よりも…

 

 

「しょうが無いさね…。今になっても、古家が殺された実感が湧かないんだからね」

 

 

 裁判の中で様々な役目を担ってきた古家が死んでしまった…。だからこそ、今回ばかりは超高校級の彼らの口から飛び出す、ふざけた言動は少なくなる

 

 

 …そう思っていたのだが。

 

 

「…僕もだよ。叶うのなら、彼を弔うためにレクイエムを一曲、この場で奏でたい所ではあった。だけど残念ながら、僕の相棒が彼と共にこの世を去ってしまった。友無くして、音は僕と共にあらず。この願いは、流れ星の如く儚く散ってしまったのさ」

 

「……はぁ、長すぎて途中で読むのを止めたくなるようなセリフです」

 

「そもそも、聞いてる、人は、いないんじゃないか、な?」

 

「ちなみに、流れ星というのは宇宙空間にある直径1ミリから数センチ程度の塵の粒が地球の大気と激しく衝突し、高温になって気化し、気化した塵の成分が光りを放つ現象のことで――――」

 

「……狂四郎、空気読んで。一応、隼人ですらまともに読んでるのに」

 

「な……!ぐぐぐ…ワタシなりにこの場を暖めようと図ったつもりだったのだがぁ…」

 

「どんな思考になったら、そのうざったいうんちくで場が和むと思ったんですか」

 

「正直鼻につくだけだね!キミ」

 

「存在そのものが鼻につく貴様にだけは言われたくないわぁ!!」

 

 

 想像以上に、彼は彼らしく平常運転の様子であった。これを儚むべきなのか…それとも安堵するべきなのか…凡人の俺には判断が付かなかった。

 

 

「…だけどまぁ、このままずっとため息をはき続け、傷を舐め合うのは……あまりにもナンセンス。折角こうやって、久しぶりに面と向かって話し合う機会を得たわけだから、生産的に真実を追い求めることでもしようじゃないか」

 

「趣味のような感覚で軽々と言い切るでない…!」

 

「でも…そうだ、ね…時間も限られてる、の、かもしれない、わけ、だし…今は、さ…事件に向き合ってみよ?」

 

「同感さね。ここはそもそもアイツの死を悼む葬式場じゃなくて、アイツを殺した犯人の何万もの罪を数える場所なんだからね」

 

「……知らないうちに犯人がおびただしい数の罪を重ねてない?」

 

 

 そうだ。反町の言う通り…ここは犯人が犯した事件の真実を追い求める場所なんだ。

 

 古家を殺した…重い重い罪の真実を、追求する場所なんだ。

 

 だからこそ、こんな所で手をこまねいているわけにはいかない。今俺達がするべきなのは、事件の全てを暴く、それに全力を尽くすことなのだから。

 

 

「でしたら!ここは私が、この場を取り仕切って参りましょう!クヨクヨしながらでは、進む会議も進みませんからね!」

 

「…そこでどうして小早川が取り仕切る流れになるんですか」

 

「やはり!”きゃらくたー”的にそう思ったのでございます!!」

 

「答えになってないですよ…」

 

 

 だというのに、また緩い茶番が始まって仕舞う……が、躓きながらも、話しは進んでいきそうな流れは感じ取れた。

 

 

「うん。じゃあ早速、だけ、ど。まず、議論しなきゃいけない、のは…古家くん、死、について…だよ、ね?」

 

「は、はい!!古家さんの死について…ですね!!ええとええと…はい!勿論、分かっておりますとも!まずはそこからですよね!!」

 

「既に目に見えてしどろもどろではないか…まったく、先が思いやられる。だがそうだな、今回の殺人事件、ワタシ達は知らない事が余りにも多すぎる。特に古家の死体近辺について、な」

 

 

 確かに、今回の事件の大きな特徴は、崖を隔てた”ホテル側”で事件が起こっているということにある。つまりそれは、ホテル側じゃ無い…”ペンタゴン側”の生徒達は事件の概要を詳しく理解できていないと言うこと。

 

 だとしたらまずは…。

 

 

「じゃあ不鮮明な部分をちょっとずつ埋めていくしかないってこったね……古家の死体とか、殺された前後で何か奇妙な点はなかったのかい?」

 

「……いや、アイツは今までの様な大がかりな仕掛けを使って殺されたわけじゃ無いし、殺しの隠蔽に小細工が施されたわけじゃない…ただ古家は、眉間を打ち抜かれて殺されただけだ」

 

「じゃあ…古家、くん、殺害後の、犯人の、動向、は?」

 

「犯人も、殺しの後はすぐに逃げ出して、それっきりだ」

 

「…うん、その場面なら私も見た」

 

「成程、小細工無し…か。つまり彼の死体そのもの。そして近辺には不審な点は皆無。そういうことだね?キミ達」

 

 

 確認する様に視線を向けるニコラス、俺達はその疑問の返答に頷き返した。

 

 その通り…古家は即死。たった1発の銃弾が彼を貫き、死に至らしめたのだ。

 

 今も、思い出すだけで自責の念に覆い尽くされそうになってしまうような…酷く苦い光景。だけどこの光景を目の前で目撃した俺だからこそ、古家の死の瞬間を、光景を証明できるのだ。

 

 

「ふむふむ……いや、ね。確認のために聞いておきたかったことだったから…こうやって改めてキミに問いを投げてみたのだよ…酷な記憶を思い出させて悪かったね」

 

「いや、問題無い。これから何度も思い出さなきゃなら無いことだからな」

 

「…そうかい!ではジャンジャカ聞いて、ジャンジャカ掘り下げていくとしようじゃないか!勿論、気分が悪くなったら、ドクター雨竜に相談したまえよ!」

 

「貴様には人の心という物が無いのかぁ!!それに、ワタシに全て丸投げしようとするなぁ!!」

 

「アンタは本当に…どんだけ面の皮が厚いんさね」

 

「……言っても無駄」

 

 

 ニコラスの厚かましさにあきれかえる生徒達。その飄々とした…というよりも、いつもより気の大きくなったようなその態度に俺は苦笑いを返すことしかできなかった。

 

 

「では、早速切り替えて、議論を進めていこうとしよう。次は、キミ達が目撃したという不審者がホテルに現れてから、ミスター古家が殺されるまでの事…そちらを振り返ってくれるかな?」

 

「そうですね!!まずは事件の大まかなあらましからの説明ですね!!」

 

 

 と、やっとこさと議論は事件の大まかな流れへ…中でもこの事件のキーキャラクターとも言うべき、不審者の話題にシフトしていく。

 

 

「でも不審者って…どういうことさね。また、2回目の事件の現れた紙袋マンが再登場ってことかい?」

 

 

 その話題に、初耳だと…反町は疑問を呈する。彼女だけでは無く、雨竜や雲居、果てには贄波も同じ態度を示していた。

 そういえば…不審者が現れたことについてはニコラス以外には報告してなかった事を、俺は思い出す。

 

 

「いや…確かに顔を隠している点は共通しているが、今回はジャンパーを着て、フードで顔を隠した人物が今回の事件現場であるエリア4のホテルに現れたんだ」

 

「これまた珍妙なヤツが出てきたもんですね。でも、紙袋を頭に被って、鮫島の服を着てたヤツよりはマシな感じですけど」

 

「…ううむ、そのジャンパー、というとエリアの入口で貸し出されてた例の黄色いブツのことで間違い無いか?」

 

「はい!いくつも掛かっていたアレですね!!!あのエリアはお寒うござんしたので!」

 

「そうだね。アタシ達も一着ずつ借りてたよ」

 

 

 あの極寒のエリアには持ってこいの厚手で、しかも顔をキチンと防御できるように、顔を覆いつくせるほど広いフードも付いたジャンパー。

 

 やはり反町達も、同様にそのジャンパーを借りていたみたいだった。

 

 ということは、借りなかった人間は…特殊な体質というか、環境で育った風切と落合くらい…ということになる。

 

 

「そう…吹きすさぶ吹雪の中で…僕達はまるで霧の様な、黄金の衣を纏った正体不明の存在と隣り合わせていたのさ」

 

「成程、そのジャンパーを纏った正体不明の輩というのは…やはり」

 

「ああ、犯人と見て間違い無い」

 

 

 実際にソイツは、フードで顔を隠し、自分が誰なのか分からないようにしたまま、目の前で古家を殺したのだ…間違えようが無い。

 

 

「…その不審者を、新坐ヱ門が殺害される1時間前に隼人、そして殺された本人が個室で目撃してる」

 

「私も”ふろんと”にて!!」

 

 

 そして風切と小早川の両名が、あのとき食堂で聞いた不審者の目撃証言を投下していく。…しかし、その証言を聞いた雲居は、余り合点がいかないように表情をくゆらせ”うーん”と唸る。

 

 

「その話しをするなら、まず個室やらフロントやらの場所がどういう位置関係なのか教えて欲しいです。そもそもあたし達はホテルの内装について、ふんわり程度しか知らないんですから」

 

「折木からある程度の地理は聞かされてるけど…どうにも不鮮明さね」

 

 

 確かに、雲居達の言うとおり今回の事件現場はホテル側に居た5人は把握できているが…ペンタゴン組は殆ど初見。

 

 朝と夜の定期連絡の時に、”ホテルがどういう形をしているのか”、そして”どこにどの部屋があるのか”は、一応報告しているのだが…。

 

 やはりここは、事件現場であるホテルの地図を提出し、地理を明瞭にしていく他無いみたいだ。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【ホテルペンタゴンの見取り図)

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

 

「…俺達の居たホテルの全体は、こんな風になっている」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「お、ミスター折木特有の、几帳面なお絵かきタイム。待ってましたよっ…てね」

 

「変に茶化すな……このホテルの地図と、連絡会の時に話した内容をすりあわせれば、整合性は取れるはずだ」

 

「う~む、確かに、鮮明にはなった。鮮明にはなったついでに、1つ質問なのだが…この貴様らの名前が刻まれている場所は…個室…という認識で良いのか?」

 

「ああ大丈夫だ。ちなみに、俺達の名前の書かれていない箇所は、全て空きの個室だ」

 

「はは!こう俯瞰してみると、随分と大勢の宿泊を想定してるような内装だね!キミ」

 

「その通リ!全10名の収容を可能とするだけでなく、娯楽室や医務室と言った充実した設備に加え、核爆弾が落ちても決して壊れないシェルター性能、さらには無限に供給される食糧とガスに電気…外が極寒である以外はほぼ完璧な施設と言って良いでしょウ!!」

 

「最後の要素で全部台無しですね」

 

 

 …施設のマーケティングについては置いておくとして。

 

 この地図を踏まえて、小早川と落合、そして古家3人が犯人を目撃した部屋にはそれぞれ共通点がある。

 

 それは…

 

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.トイレがある

 

 

2.外側を見られる

 

 

3.使われていない

 

 

 

 

A.外側を見られる

 

 

 

「そうかっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

「…小早川達が、犯人を目撃したそれぞれの場所…それらに共通して言えるのは、ホテルの”外側”を見られるという事だ」

 

「えっ!!そうなんですか!!」

 

「…いやお前は肯定する側だろ」

 

 

 見た本人が1番驚いてたら世話無いだろうに。…いやでも、彼女とはあまり捜査について話せていなかったから…当然の反応と言えば当然か。

 

 

「でも外側って…そのそれぞれの部屋には窓でも備え付けられてたんですか?」

 

「ええと…ええと……あっ!!はい!個室と、そしてフロントの出入り口のドアに窓がついておりました!!」

 

「僕ら過去にいたはずの外側の世界を、ガラス越しに見ることが出来る。誰も知らないようで、誰かが知っている。まるで風のようだね」

 

「…話しの前後関係が壊滅的さね」

 

 

 とにかく…外側に窓があるということ。そして犯人がその窓から目撃されたということを合わせて考えれば…。

 

 

「ホテルの位置情報を顧みてみると…その犯人はホテルの外周を周っていた…ということになるのかな?」

 

 

 ニコラスの結論に俺は頷いた。

 

 

「でも、どうして…そんな、回りくどい、こと、を…?」

 

 

 そして続いて湧き出てくる疑問は、何故ホテルの外を嗅ぎ回っていたのか、その理由。それについても、俺の中である程度の当たりはついていた。

 

 

「理由までは犯人にしか分からないが…俺達の動き、それも誰が”どの部屋に居るのか”を確認していた可能性はある。そうだよな?小早川」

 

「は、はい!そういう、所謂監視するような視線を感じておりました!」

 

「それは当たり前のようで、当たり前では無い。僕自身も、その当たり前をこの心で感じていたかも知れない」

 

「…で、ですが…どうしたものかと私がドアに近づくと、その方はすたこらと逃げて仕舞いました」

 

 

 真意までは分からずとも、小早川の証言と、落合の証言…?を組み合わせれば…犯人は何らかの目的を持って俺達を見ていた可能性は高い。

 

 

「だとしても、何で態々そんな目立つ行動をしてるのか腑に落ちないですね……そんな怪しんでくださいと言わんばかりの不審者を見てるのに…あんたらはそいつを追いかけなかったんですか?」

 

「うう、お恥ずかしながら…その方を私は折木さん達だと思ってしまったのです。あの”じゃんぱー”なるものは、折木さん達もお持ちになっておりましたので」

 

「僕も、そして今は亡き古家君も同じ心を持っていたさ。もしかしたら、誰かが外側の世界で何かやるべき事を為していた…そう勝手に思ってしまったのさ」

 

「ああ成程、そういう意味かい」

 

「…いや落合の言ってることの意味分かるんですか?」

 

「馬鹿!分かったふりしてるんさね!言わせるんじゃ無いよ!」

 

 

 …それを大声で言ってしまってはもはや無意味なのでは無いだろうか。と、何となく悲しげに空を見つめる落合を横目に、内心つっこんだ。

 

 

「ん?んんんん?…ちょっと待ちたまえよ。キミ達何を納得しているんだい?もしかしたら…

 

 

 ――――――本当にその彼らだったのかも知れないじゃないか!」

 

 

 ニコラスによる、その突然の指摘、俺はハッ、と驚いた。

 

 何を言っているんだ?…そう思わず口に出してしまいそうな、瞬間的な驚きだった。

 

 

 

「どどどどど、ど、どういう意味でございますか!!」

 

「そのまんまの意味さ、キミ。証言するキミも含めて、ホテル内に居た生徒がその不審者だったんだろう。つまりボクはそう言いたいのさ」

 

「ちょ、ちょっと待ちな!梓葉達が自作自演をしてるとでも思っているかい!?」

 

「え?…じさく…じえ…?」

 

「そうとも考えられる…とボクはそう言っているのさ。イヤむしろ高いとも言えるかな?だって考えてみたまえよ。今回の事件は”ホテル側”で起きているんだぜ?」

 

「……だから?」

 

「だからこそ、ホテル側に居る人間がその不審者であると考えるのがセオリーということさ。それとも何かな……ホテル側に彼ら以外の誰かが、ペンタゴン側の誰かが存在しうる…とでも?」

 

 

 ニコラスのその言葉に、俺は内心焦る。だけど、そう思われても無理は無いと、同時に理解もした。

 

 何故なら、俺達が集まったのは…不審者を見かけた”30分後”。

 

 俺達5人の中で、誰かが不審者の恰好をして、数人の目の前に現れ、そして素知らぬ顔で俺達に合流していたのではないか、そう疑われても無理の無い時間の余裕が、実際にあったのだから。

 

 そして何よりも俺達もそのジャンパーをいくつも所持している事が、その疑いに拍車を掛けている。

 

 だからこそ…ホテル側じゃない居残り組だった生徒達は”そうだな”と肯定するように頷いていた。

 

 

「…まっ、そうなるですよね。ジャンパーは誰でも借りられたですし…むしろ崖の事もあるですから…ホテル側の自作自演が濃厚ですよね」

 

「じゃあ何でホテルの外側をまわる必要がある。犯人が俺達の中に居るのなら、そんな混乱を招くようなことを何故する必要があるんだ」

 

「…そうですよ!態々姿を隠すというのは、それはすなわち!!その不審者が見られてはいけないやましい姿をしているからのはずです!」

 

「や、やましい姿かどうかは意味が分からないけど…自分がその場に居ちゃいけない人間だからこそ、姿を隠す必要があった…って言うんだったら説得力があるさね」

 

「…そう。素直の言うとおり。だから、犯人はホテル側には居ない。3人の証言は信頼できる」

 

 

 だけど俺達は、そのまま納得させまいと、俺達は応戦する。小早川が疑われている事もあってか、反町も加勢してくれているようだった。

 

 だけど…

 

 

「いやいや、その程度でそちら側に犯人がいないと決めつけるのは良くないぜ?キミ達」

 

「……うむ、そうだな。先ほどの貴様らの反論を返すのなら…見るからに怪しい恰好で敢えて目撃されることそのものが目的だったとも考えられる」

 

「目撃、される、こと、が?」

 

「ああ…目撃され、そして集まった所で自分も外には出ていないと言えば、もしかしたらホテルに不審な人物がいるかも知れないと、大きな混乱が生じる」

 

「混乱させること事態が犯人の目的ってことですね。…ちなみに、犯人の存在を認知したとき、あんたらは実際どんな様子だったんですか?」

 

「君達の想像通りさ。僕達は、荒れ狂う波のように激しく狼狽し…そして、霞の如き存在を見つけるために…施設の中でバラバラの旅路についたのさ」

 

「…は、隼人、そんなペラペラと」

 

 

 と横から、落合が驚くほど正直に、当時の出来事をくどいながらも口にした。風切は焦ったように、落合に待ったを掛けた。

 

 

「正直者が馬鹿を見ると世界は、大人達は言うが、僕はそうは思わない。何故なら正直者こそが、世界の素晴らしさを、この身で、肌で、1番に理解できるからなのさ。だから、ここは素直さが1番、そう、何事も正直であることが1番なんだよ、風切さん」

 

「……ゴメン、やっぱり意味が分からない」

 

「……僕は悲しい」

 

 

 …取りあえずこのやりとりは放っておくとして。確かに、やれ不審人物の存在を認識したとき…黒幕だ、外部からの侵入者だ、と滑稽に踊っていたのは事実だ。

 

 ここで嘘をつくことに意味は無い。

 

 それに雨竜達の言い分も分かる。確かに、その混乱そのものが目的だとしたら…俺達の中の誰かが仕組んだ可能性も…ゼロとは言い切れなくなる。

 

 

「それでも、私達は私達じゃ無いどなたかを見たんです!それは間違いありません!」

 

「ははっ!見ていられない必死さだね。それに実に盲目だ。考えてもみたまえよ?犯人は人1人、それも仲間であったはずのミスター古家を殺している。つまり許されざる一線を超えてしまっている…言わばランナーズハイのような心理に陥っている。例え裏切りになってしまおうと、味方すらも利用し尽くすのが、それが人の生き意地というやつさ」

 

 

 小早川の信じたい気持ちもよく分かるが、ニコラスの言う事も…もっともだ。犯人は、小早川が思うような綺麗な人間では決して無い。俺達をだまし、利用し、欺き、そして生き残ろうと…見えない裏切りを画策しているはず人間なのだ。

 

 もしもその犯行がバレてしまったら…犯人に命は無いのだから。犯人は今しの瀬戸際に立たされているのだから。

 

 だからこそ、俺達の誰かを盲目に信じることは…自分たちの命を危険にさらすことになる。

 

 そんなことはダメだと。ニコラスは、目の前の出来事にとらわれず、あらゆる可能性を考えろ…そして追求しろ…そう訴えかけている。

 

 

 そう思えて、仕方なかった。

 

 

「確かに、誰が犯人かは大事だ、し…それに、どっちの側の、人間の中に、居るのか、も。だけど、一々、誰なら、出来るか、を議論してたら、キリが無いんじゃない、かな?どっちの可能性も、ある…そう考えながら話しを進めていか、ない?」

 

 

 だけど……今考えなければならないのは。ソレじゃない。そう、まだ追求するべき”時”じゃないのだ。

 

 贄波もまた、訴えかけるように…そう言葉を呈した。

 

 

「うん、そうだね!ではさっさと話しを進めてしまおうじゃないか!」

 

 

 ――――と、贄波の言葉に、まるで人格が変わったように態度を翻すニコラス。俺だけじゃ無く、殆どの生徒がずっこけかけた。

 

 

「き、貴様が撒いたタネであろうが!何を勝手に完結しているのだ!!」

 

「そうですよ!今犯人を追求する場面だったんじゃないんですか!?」

 

「ミス贄波の言うことも最もだと思ったからさ!それに展開が早すぎるともね!!」

 

「意味分かりません!!じゃあ先ほどまでの私の焦りは何だったんですか!?」

 

「所謂リアクション芸の一つさ、キミ!!」

 

「くっそ、言いたいこと言って…梓葉まで手玉にとって…本気でどついてやりたい気分さね…!」

 

 

 その急転直下の態度の変貌に、ホテル側からもペンタゴン側からも反感を買っている様子のニコラス。

 

 だけど問題はフラットに見るべき。言い方はどうあれ、これが彼なりのスタンスだと、さっきの言動からでも理解できた。だったら俺も、その気持ちを踏みにじる訳にはいかない。

 

 だからこそ俺は、その流れに乗っていくしか無い。

 

 

「ああそうだ、今は誰が犯人なのかよりも…これまでの行動のまとめだ。話しを戻すぞ?…犯人は、俺達に目撃され、そしてその30分後に食堂に集まった俺達に、その存在を改めて認知された」

 

「確かめ合った僕達は、ね…それぞれがそれぞれの未来への道を歩んでいったのさ」

 

「…うん…でも見つからなかったからまた集合して、また解散して…バラバラに捜索を再開した」

 

「ふん、見つからなかったか。先ほどの可能性を鑑みてみれば、違和感しか感じんな」

 

「まったくです。もっと簡単に言えば、あんた達の中に犯人が居るなら見つけられなくて当然…という見方が濃厚です」

 

「うう…絶対に、私達以外の方がいたはずなのに…」

 

「……でも反論しきる証拠も無い…結構劣勢な感じ」

 

 

 そう、あのときの俺達は動乱の最中であった。つまり平静な状態では無かった。だからこそあの時のことをつぶさに覚えているわけじゃない。

 

 だけど言えるのは…ホテル側には、確実に俺達以外の正体不明の存在が潜んでいた。

 

 その存在を証明するために、俺は今まで証拠も集めてきたんだ。ああやって、ふざけながらも両方の可能性を追求しようとしているニコラスと共に、懸命にかき集めた証拠を。

 

 それを、過程も何も無くすっ飛ばして提出しても…理解を得られる物も得られない。

 

 今は耐え忍ぶ時。順序を踏んで、基礎を固めていく時なんだ。

 

 だからこそ次の…例の”銃撃戦”の話しを、進めていかなければならない。

 

 たとえ疑われながらでも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「解散した後は…」

 

「公平は庭園で犯人と鉢合わせ…」

 

「犯人は持ってた【拳銃を発砲した】」

 

 

 

   折木くん、が、狙われた、ってこと…?

 

ではその弾が古家に…

 

       無念さね…

 

 

 

「ミスター折木からの話だと…」

 

「すぐに犯人は『逃げ出した』と聞いているよ!」

 

 

 

 吹雪舞い散る世界の中で

 

     誰かは僕らに背を向けたのさ

 

 だからセリフが一々長いんですよ…

 

 

 

「…それを見た私は、犯人を【追いかけた】」

 

 

 

 折木を残してかい?

 

    いいえ!そんなことはありません!

 

 

 

「僕はその追いすがられた犯人と『交錯し』…」

 

「この身に消え難い傷を残した」

 

 

 

 どういうことですか?

 

     …撃たれたってこと

 

 あの傷はそういう意味だったのか

 

 

 

「その時の【1発目の銃声】を聞いた私は…」

 

「すぐにホテルから…」

 

「庭園に参じたのでございます!」

 

 

 

 

 

 

 

【不審者の動向)⇒【1発目の銃声】

 

 

 

「…それは違うぞ!」

 

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件の流れのまとめをしている途中、聞き逃せない、小早川の”その発言”に、俺は耳を疑った。

 

 

「小早川…?何言ってるんだ?」

 

「えっ…えっえっえっ?…あの、何か間違いが…?」

 

 

 そして、俺の耳に疑われた彼女は、何かしでかしてしまったのだろうか…と分かりやすいくらいに動揺していた。

 

 

「小早川、あのとき、エリア4で銃弾が飛び交ったのは…”3回”。つまり落合が撃たれた時の銃声は3回目のものなんだ」

 

「さ…さんかい…め?」

 

 

 前にまとめたときと同じように改めて説明しているはずなのに、なお首を傾げられる。…やはり、話しの何処かで齟齬があるとしか思えないすれ違いのように思えた。

 

 

「…犯人が放った1発、私が撃った1発、そして犯人が隼人を撃った1発。計3発」

 

「ちょ、ちょっとタンマ…風切、アンタも発砲したのかい?あのライフルで?」

 

「…ゴム弾だから問題無い」

 

「問題、ないの、かな?」

 

 

 色々言いたいことがあるだろうが、実際にけが人は出なかったので、今は置いておくとして。

 

 

「あ、あれ?そ、そうでしたったっけ?………あっ…そ、そうでしたよね」

 

「…ミス小早川。もしかしたらキミは…状況をがまだ飲み込めていないんじゃないかい?それとも何かな?…聞かれたら困ることを隠していたりするのかな?」

 

 

 されでも理解できていないと確信できる彼女の動揺ぶりに、ニコラスは冷静に…何に疑念を持っているのか…それとも後ろ暗いことでもあるのか、素早く追求していった。

 

 

「まさか…貴様が犯人だというのか!!だから嘘をついて議論の流れを誤魔化そうと…」

 

「そんな高度な”てくにっく”、私にできるとお思いですか!!」

 

「いやどう考えても無理ですね」

 

「そうだね!キミ」

 

「梓葉はドの付くほど不器用だからねえ…残念な話しだけど」

 

「……こう面と向かって仰られると…相当に来る物がございます」

 

 

 

 同調するようにうなずき合う俺達を見て、小早川は相当堪えたのか…ずーんと暗い影を落としていた。まぁ、それはある意味信頼されているとも取れる。だからこそ、彼女は本当に本気で1発と勘違いしている可能性が高いとも言えるのだ。

 

 

 

「んで?結局の所どうなんだい?アンタは、今何を聞かれていて、そしてどういう状況なのか理解できていたのかい?」

 

「う…うう……お、お恥ずかしながら…捜査の時に折木さんとお話を振り返っても…どうしてもよくわからなくて。でもこんな事で時間を割いてしまうのもどうかっと思って…つい頷いてしまいました」

 

「…そういうことか」

 

 

 

 …だからあのとき反応がイマイチだったのか。だとしたら、もう少し細かい所まで話し合わなかった俺の責任でもあるな。

 

 

 

「ふむ…では質問の内容を少しイジって聞いてみよう。勿論何を答えれば良いのか明確にね…ミス小早川。どうしてミスター落合が撃たれた時の銃声を1発目だと思ったんだい?」

 

 

 ニコラスは、具体的に…小早川の勘違いの理由を聞いていく。

 

 

「き…”聞こえなかった”のでございます」

 

「…聞こえなかった?」

 

 

 聞こえなかったって…その轟音の応酬を?

 

 思いも寄らない回答に、思わずオウム返しにそう質問を返してしまった。

 

 

「何言ってるですか。ホテルの中で発砲があったんですから…聞こえないわけないじゃないですか」

 

「でも、本当に聞こえなかったんです!!パーンともスーンとも!」

 

「す…スーン、は、部門違い、じゃない、かな?」

 

 

 だけど…素直な彼女がここまで言い切っているということは。本当に銃声を耳にしていなかったのかもしれない。だとしたら…聞こえなかった理由があるはずだ。

 

 

「待てよ…?」

 

 

 俺はハッと思い出し、そう言葉を溢す。

 

 

 ――――そういえば…小早川が犯人捜索の時にいた居場所って…

 

 

 俺は、手元にある生徒達の居場所が記された”記録”を掘り起こした。

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

 

【生徒達のアリバイ A)

 

 

 

「これか…っ!」

 

 

 

 

 

「…確か、お前は事件当時、”個室”を調べてたんだよな?」

 

「え?…あ、はい!個室の中に犯人が潜んでいるのでは無いかと、コソコソと」

 

「もしかして…その部屋を出てすぐに銃声が聞こえた、とかじゃないか?」

 

「そ、そうです!まさにその通りです!!どうしてそれを…」

 

「…どういう意味ですか?折木」

 

 

 質問の意図が分からないと、雲居は俺に答えを求める。

 

 それは、小早川の耳に銃声が届かなかった理由は…。個室に施された”ある特徴”の所為だったはずだ。

 

 あの個室は――――

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

 

1.壁が分厚かった

 

2.防音加工がされていた

 

3.超音波は響いていた

 

 

 

A.防音加工がされていた

 

 

「分かったぞっ…!」

 

 

 

 

 

 

「あのホテルの個室は全て、防音加工が施されている…だから小早川の耳には、銃声が聞こえなかったんだ」

 

 

 どうして個室に居たら銃声が聞こえないのか…先ほどの雲居の質問の答えを、俺は示していく。ソレを聞いてなのか、成程と、合点をいかせた声がチラホラと。

 

 

「ほう、あのホテルにはそんなコーティングが施されていたのか」

 

「…うん、されてた。もしされてなかったら、隼人のギターの音がずっとホテル中に響いていることになる」

 

「あ!そうですよね!!私にも覚えがございます!!音が聞こえているときは個室じゃ無い何処かで、聞こえているときは部屋の外に落合さんは居るんだなって…勝手に話の肴にしていたのを覚えております!!」

 

「おや?何か地味に褒められた気がしたんだけど…これは風のささやき声かな?」

 

「……どういう耳してるんですか、あんたは」

 

 

 その話しについては、俺にも覚えがあった。古家と話しているとき、突然弦の音が聞こえて、それで”アイツまた外でギター弾いてるのか”…という具合に笑い合ったことがあった。

 

 

「だったら…小早川が銃声を耳にしていなかったのも頷けるですね。個室を捜索していたから、もう2発の銃声を耳にしていなかったことになるですから」

 

 

 さらに言えば、落合が犯人に撃たれた時の音が彼女が最初に耳にした銃声だったのだろう。もし一発目を耳にしていたなら、真っ先に…それこそ風切と同じタイミングで庭園に現れていたはずだからな。

 

 

「じゃあ彼女が犯人かもしれないという可能性は少し薄くなったね!犯人はホテルの庭園に居たわけだから、個室に居た彼女と位置関係が矛盾する。いやぁ、ボクも最初っからそう思ってたさ!キミィ」

 

「急に態度を変えやがって…あ、アンタってヤツは…アンタってヤツは……」ワナワナ

 

「ま、まぁまぁここはいったん落ち着いて…私は特に気にしておりませんから…」

 

 

 ニコラスの調子の良さに、小早川を庇っていた反町の堪忍袋が今にもはち切れそうになっていた。気持ちは分かるが…その程度でイラついていたら、血管がいくつ在っても足りない。俺は今までで、そう学んできた。

 

 

「…でも少しだけ、僕も腑に落ちないところがあるような気がするよ」

 

「ふぇ…?」

 

 

 すると、落合が何を思ったのかそんな疑問を返してきた。珍しいこともあるものだと、俺は彼の言う言葉を、静かに待った。

 

 

「…どういうこと?隼人」

 

「僕は覚えているのさ。2回目の再会を果たした時に発した、小早川さんの言葉を」

 

 

 

 

 

『見つかったか?』

 

『…食堂以外の全部の部屋を探したみたんだけど…ねぇ?』

 

『…ランドリーにも、中庭にも、医務室にも、娯楽室にも、フロントにも……どこにも居なかった』

 

『個室や、外は?』

 

『”空いてる部屋は全部見てみましたけど…”』

 

 

 

 

 

 

「…君は、集まる寸前まで…まるで個室を見ていたという口ぶりだった。だけどどうして…君は今個室を捜索し…そして歌っていたのか。…好奇心の心がうずいて仕方ない。どうか、この気持ちを分かっておくれ」

 

「…ほ、本当だ。良く覚えてる」

 

「あ…うう…そんなこと…言ってた様な…言ってなかったような…」

 

「梓葉…アンタ結構穴だらけな動きしてたみたいだねえ…」

 

 

 確かに、司会進行を謳うには…余りにも不安定な発言と行動に思えた。この始末で、結局犯人と疑われて無いのが奇跡としか言い様がない。

 

 

「確かにね。うん、ミスター落合にしてはもっともな疑問だ。既に隈無く調べてるところを再び探す必要は無い…どうにも違和感がある」

 

「それは梓葉が…ええと…そうさね……そうだ!!何か、個室に気になる点がまだあった。…解散後そう考えたんじゃ無いのかい?」

 

「は、はい!!それに近いような…でも…遠いいような………」

 

「……?」

 

 

 反町の擁護に…小早川は再び濁したように肯定する。あながち的外れでは無さそうなのだが…どうやら…そう単純な話しでは無さそうだ。

 

 

「ふむ。だったらだ、ミス小早川。その話し、もう少し…詳しく聞かせてもらえるかな?」

 

「え…あ、はい。…確かに落合さんが仰ったとおり、私は犯人を見つけるために解散した後、誰よりも先に個室を調べておりました。ですが…2回目の時は私は気になることがございまして…また個室を………少しだけ”違い”がございまして」

 

 

 …だけど、少し違っているような?

 

 

 俺はこの言葉の小早川の真意を探るため。彼女の言葉を溢さないように、耳を深く傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

「私は2回目の解散後…」

 

「『自分の個室』を捜索していたのです」

 

 

 

 自分の部屋…?

 

     何故そんな場所を…

 

 お手洗い、とか?

 

 

 

「ほう、随分と興味深い場所へ赴いたんだね」

 

「その心をお聞きしても宜しいかな?」

 

 

 

 確かに、興味深いニュアンスが聞き取れたよ

 

    ……?どういうこと?

 

 

 

「あの、本当にふと思ったことであって…」

 

「大層な理由では無いのですけど…」

 

「最初は犯人が見当たらないと騒いで…」

 

「『隅々まで探した』のに~、と皆さんは仰られていたのですが…」

 

「そういえば、自分の部屋を見てなかったな~」

 

「なんて、ふと思って…」

 

 

 

 …そういえば調べてなかった

 

    でもそんなに誰でも出入りしやすい場所なのかい?

 

 …いいや、鍵が賭けられるはず…だから

 

    誰も僕の世界に、立ち入ることはできないさ…

 

 あんたが答えるのかい…

 

 

 

「成程!確かに盲点とも言える隠れ場所だ!」

 

「では、その捜査の結果はどうだったんだい?」

 

「『侵入された痕跡』らしきものは…」

 

「キミの部屋にはあったのかい?」

 

 

 

 確かに、気になる、ね?

 

    どうだったのだ?

 

 ここは重要な部分ですね

 

 

「うう…残念ながら…」

 

「【何も見つかりません】でした…」

 

 

 

 

 

 

 

【個室の水たまり)⇒『侵入された痕跡』

 

 

 

「まさか……っ!」

 

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「あの、折木…さん?」

 

 

 俺は彼女が言った、自室の捜索の件で

 

 ――――”気付いた事”があった

 

 それに気付いた瞬間、まるで冷たく感電してしまったような、ビリビリとした寒気が背筋に走った。

 

 その押し黙る俺の様子に気付いたのか、発起人である小早川がそんな言葉を掛けた。

 

 

「そうだ…”痕跡”はあったんだ。個室の…それも”使われている部屋”に」

 

「…え、でも私の部屋にはそんな跡のようなものは…」

 

 

 そのつぶやきに、小早川は何か勘違いしているのでは無いかと否定が入る。

 

 だけど、それも違う。つまり俺が言いたいのは…。

 

 

「いや違う……お前の部屋にじゃない…

 

 

 

 

 ――――”俺の部屋”に痕跡があったんだ」

 

 

 

 そう。小早川でも古家でも無い…俺の部屋に。

 

 

「折木、くん、の?」

 

「ほ、本当ですか!!どど、ど、どんな違和感だったんですか?是非ともお聞かせ下さい!!」

 

 

 一体どういうことなのか。未だ理解が及ばないように、生徒達は、しかめた表情をそのままに、いくつもの視線が俺に集められた。

 

 俺が部屋に入ったときに感じた…あの違和感。俺が部屋を出る前には無かった…あの形跡。

 

 

「――――――”水たまり”」

 

「水、たま、り…?」

 

「…?水たまりがどうしたって言うですか?」

 

「…俺が捜査時間の際に自分の部屋を調べていたときの話しだ。俺の部屋の中のドア付近に…知らないうちに水たまりが出来ていた」

 

「…知らない?随分不思議な口ぶりだね?それは、キミが外に出ていて。そして部屋に戻った時に付いた雪が落ちて、そして溶けた跡じゃないのかい?」

 

「無い。俺はその日は、外にも中庭に出ていなかった。だから、足に雪が付く機会が無かった」

 

「…一度も?じゃあどうして公平の部屋に?」

 

 

 答えは簡単だ。それは、俺が部屋を出入りしていただけでは絶対に付かない形跡なのだから。

 

 

 そう…つまり…俺の部屋には

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.雨漏りがあった

 

2.漏水があった

 

3.誰かがいた

 

 

A.誰かが居た

 

 

「これしか…ないっ…!」

 

 

 

 

 

 

「簡単だ、俺の個室には――――――俺じゃ無い、誰かがいたんだ。それも、つい最近まで、足に雪が付いてしまうような、今まで外に居た人間が」

 

「…今まで?」

 

「それ、に、誰かって…もしかし、て…」

 

 

 

 贄波の察したような表情を見て、俺は頷いた。

 

 …少し、奇妙な間が流れる。

 

 ビビってしまいそうなほどの静けさ。誰かの、唾を飲み込む音がハッキリと聞こえた気がした。

 

 

 

「――――犯人が。…この事件の犯人が潜んでいた。その可能性が高い」

 

 

 

 その言葉を発した途端、波紋が広がった。当然の反応だ。俺の部屋に、犯人がいたかも知れないなんて…驚くなと言う方が可笑しい。

 

 

 

「は、犯人が…!?」

 

「本気で言ってるですか?」

 

「だだ、だが…何故貴様の部屋に!?」

 

 

 

 狼狽しながらも発せられる雨竜の疑問…それもまた答えるのは簡単だった。

 

 

 目的はただ一つ。

 

 

 犯人は、ある人物の命を狙っていたから…だから俺の部屋に忍び込んでいた。

 

 

 

 

 

 その、狙っていた人物は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【怪しい人物を指定しろ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒オレキ コウヘイ

 

 

 

 

「お前しか、いない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――俺の命を狙っていたから。だから犯人は、俺の部屋に潜んでいたんだ」

 

 

 かも知れないなんて覚束ない物では無く、大きな確信を持って…俺はそう発した。生徒達は再び、大きな波紋を広げた。

 

 

「折木さんを!?」

 

「な、何故そう言い切れるのだ?」

 

「…偶然部屋に潜んでいただけじゃないの?」

 

 

 いや、犯人は確実に俺を狙っていた。

 

 部屋に潜んでいたからではなく、犯人のコレまでの行動から見えた、確かな根拠。あのとき、古家が殺害される直前の…犯人の”あの行動”だ。

 

 

「いや理由は他にもある。古家が撃たれる直前…俺の目の前に犯人が忽然と現れたとき…そいつは拳銃で――――俺を狙っていた」

 

「折木、くん、を?」

 

「それに加えて。古家を殺害した直後も、犯人はもう一度、俺に向けて発砲しようとした」

 

「随分と執拗なマネさね…」

 

「確かにな。であれば…貴様を狙っていたと言えなくも無いか」

 

「…うん、その状況なら私も見てた。確かに公平を狙ってた。私のライフルで牽制しなかったら…多分…公平は…」

 

 

 そう…確実に俺も撃たれていた。

 

 その場で直に対峙したからこそ分かる、生の瀬戸際の疑似体験…。そう実感させられる程の、異様な殺意を、犯人は俺に向けていたのだ。

 

 

「てことは、本当に犯人はあんたを殺すために…部屋にですか?」

 

「……」コクリ

 

「成程。その話しが事実なら…犯人がキミの部屋に潜んでいた理由も頷けるね」

 

「…事実”なら”じゃない。コレは、あのとき、あの場所で、本当にあった出来事」

 

 

 風切のその強気な姿勢に…ニコラスもまた…納得せざる終えないね、と肩で息を吐いた。

 

 

「だとしたら、犯人は折木の部屋だと確信を持って…その部屋に潜んでということになるのだよな?」

 

「そうだな…俺を狙っていた事を考えれば。間違い無く、迷いは無かったはずだ。それに…」

 

「それ、に…?」

 

「庭園で…俺と鉢合わせたことを考えれば…」

 

 

 

 あのとき、廊下で俺達が再度集合をしたとき…それぞれがどの場所に探索に行くのか…その話をしていた。

 

 それも――――俺の部屋の前の廊下で

 

 

「……盗み聞きしてたってこと?」

 

「ああ」

 

 

 

 廊下には窓も無く、ホテルの構造上、俺がどこ居るのか…それを俯瞰してみる事は不可能だった。

 

 もし盗み聞きをしていたと考えれば…あそこまですんなりと鉢合わせた理由も頷ける。

 

 

 

「う~む」

 

 

「まだ曖昧な部分はあるか?」

 

 

「そうだな。極めて素朴な疑問だ……そもそも、何故折木がその部屋の主だと、犯人は知っていたのだ?」

 

 

 

 雨竜からのその疑問に…数人の生徒がハッと、息を呑む。そういえば、と根本的な事を聞かれた気分だった。

 

 

「それは勿論!ホテル側の誰かの中に犯人がいるからではないのかい?ホテル内の生徒なら、地理を良く理解しているし、ターゲットの命を狙うために迅速に行動できるからね」

 

 

 その発言から。あくまで、ニコラスは俺達の中に犯人がいるというスタンスは崩すことはないようだった。しかし…。

 

 

「無難に考えるとそうですけど…部屋の割り振り云々となると…そうともいかないんじゃないですか?」

 

「ええ?どういうことですか?」

 

「朝と夜の定期連絡の時の事ですよ。間取りばかりはさっき初めて聞いたですけど…部屋の話しは折木から何度か聞いてたです」

 

 

 確かに、部屋の調査方向のタメ、ニコラス達に行き渡るような情報は渡した。ただ言葉だけの報告だったために、正確性に難はあった。だからこそ、先ほど提示した地図で補填したとも言えるが。

 

 

「実際、個室の話題はこっちでも何度か出てきてたねえ」

 

「そういえばそんなこともあったね!中でもミスター折木は随分と離れた場所の個室を選んだね!とか、色々笑い話にしていたのを覚えているよ!」

 

 

 どこが笑い話になるんだ、という言葉はグッと飲み込んだ。

 

 

「でも、これ、で、犯人が折木くん、の部屋を、知っていた、理由は、分かった、ね?」

 

 

 そう、贄波の言うとおり…誰にでも俺の部屋が何処なのか、見当をつかせる機会あった…と言うことになる。

 

 だけど…そこで湧き出てくる疑問もまたあった。

 

 それは――

 

 

 ――どうやって俺の部屋に侵入したのか、ということ。

 

 

 

 俺は確実に…部屋の鍵を閉めていたはずなのに。まるで通り抜けたように、犯人は俺の部屋に潜んでいたのだ。

 

 考えれば考えるほど…複雑に絡み合っていく様だった…。

 

 

 

「うう…考えることが多過ぎてややこしくなってきて、頭で湯を沸かせそうな気持ちです」シュー

 

「……本当に湯気が出てる。知恵熱?」

 

 

 そう、ややこしくなってきたのだ。どんなに探ってみても、次から次へと疑問が増殖していくような。今までも同じではあったが、今回は余りにも証拠が不確かな物が多い所為で…尚更そう思ってしまう。

 

 

 そんな中で…。

 

 

「ふむ……ややこしく…か。いやいや、それどころか、分かりやすくなってきたんじゃないかい?」

 

「えぇ…そこまで言っちまうのかい?」

 

 

 ニコラスが、そこまで深く悩んでいないような、清々しい言葉を吐いた。

 

 

「どこが分かりやすくなったって言うですか。とぼけたこと言うのも大概にするです」

 

「まぁまぁ…そうけんか腰にならずに聞きたまえよ。まずは手始めに…ホテル側の諸君に聞きたい。キミ達が最初に犯人の存在を認知したとき…最初、キミ達はそれぞれ何処を捜索していたのか…覚えているかい?」

 

「ええ…急にそんな事を言われましても」

 

 

 正直な話し…俺自身も覚えていなかった。だからこそ、下手なことは言えないと口を閉ざしてしまう。

 

 

「僕が覚えているさ。折木君はホテルの廊下を…僕は外を、小早川さんは個室を、風切さんと古家君は医務室だったりを…様々な場所を渡り歩いていた僕が、保障するよ」

 

「……本当に良く覚えてる」

 

 

 だけど落合だけはスラスラと、俺達が捜索していた場所を答えていく。妙な所で記憶力が良いのは、落合らしいと言えばらしい。

 

 

「だとしたら答えは簡単さ!」

 

 

 そしてその落合の記憶に…ニコラスは閃いたように大声を上げた。

 

 

「勝手に納得するな!我々を置いて真実にたどり着いたような口ぶりもよせ!!」

 

「うう、早すぎます。まだ私は銃の撃ち合いの時点で”ぎぶあっぷ”だというのに」

 

「…それは流石に早すぎない?」

 

「ははっ。では、キミ達にヒントを出そうじゃないか。まさに答えとも言うべき大ヒントをね」

 

「偉そうに…さっさと結論を述べるですよ」

 

「まぁそう言わずに聞きたまえよ。それはね?キミ。先ほど言っていたミスター折木の部屋が濡れていた…これが疑問を解くための大ヒントさ」

 

「…部屋が?どうしてそれがヒント?」

 

 

 当然の質問に、当然の反応…だけど。

 

 

「部屋が濡れて、いた、から。犯人は、部屋に来る前、に、ごく最近まで外に居た、…て、こと?」

 

 

 贄波は、ヒントを元にした推論を立てた。そして正解と、そう体現するようにパチン、とニコラスは指を鳴らした。

 

 

「外周を回ってたんですから、当然だと思うですけど」

 

「いやいや、それは数十分の違いの時間差があるだろ?そのたった数十分の違うが重要さ。…そう考えるとだ、キミ…犯人はズバリ…つい数分前まで”外に居た”人間と限定される」

 

「…数分前って…じゃあ…!」

 

 

 

 

 

「……そうさ、つまり――――――」

 

 

 

 

 ニコラスはその指を…”アイツ”へと差し向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――キミこそが犯人なのさ、ミスター落合」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコラスからの、死角とも言える場所からの告発に、全ての生徒達は落合に視線を集中させた。俺自身も例外ではなく、見開いた目を彼に向けていた。

 

 

「…な、何で隼人になるの…!」

 

 

 そして真っ先に動揺を示したのは、当人である落合では無く…風切であった。彼との関わりから考えて、納得のいく反応ではあった。

 

 その一方で…

 

 

「……おや?何か、風の流れが変わってしまったのかな?ギターをかき鳴らすことも忘れてしまったこのしがない旅人に、何をどうしたいというのか」

 

 

 打って変わって、落合はどこ吹く風と場違いにも程がある態度であった。疑っていない側からしたら、勘弁してくれよの一言であった。

 

 

「で、ですがそうです!!風切さんの言うとおり、落合さんが犯人だなんてあり得ません!」

 

「…先入観は良く無いとは思うが。俺も小早川達に賛成だ」

 

 

 コレまでの経緯、証拠から考えてみても犯人とは考えにくい。だからこそ、俺は風切の反論に帯同した。

 

 

「おや?随分と信頼を得ている様だね?だけどキミ達、あり得ないことはあり得ないのさ。……ミスター落合は先ほどの話しによると…一度外に出ていた、間違い無いかな?」

 

「ああ、真実だよ。僕は外にいるのが好きだった。だからまだ見ぬ誰かを見つけるときも、外界へと足を伸ばしていたさ」

 

「……隼人、だから話しすぎだって」

 

「ふむ、流石にココまで素直に話すとは思わなかったけど。今言った通り、彼は”外”に居たんだ。犯人自身も同じく外に居た…これが何を指し示すのか…お分かりかな?」

 

「…雪が体に付着する機会はあった。つまり、折木の部屋に水たまりを作る条件は満たしているはずということですか」

 

 

 しかし、俺達の口にする反論では考えは変えることはないと、ニコラスはいつも通り犯人と考えられる根拠を並べていく。それに、ホテル側では無い、ペンタゴン側の生徒達は成程と頷いていく。

 

 

「オフコース!さらに言えば、ホテル側に居ることそのものが最大の根拠とも言える。あらゆる要素を一緒くたにし、そして考えてみれば綺麗に犯人である要素を、ミスター落合は芸術的に踏み抜いている」

 

「…2度目の解散後に、落合は折木の部屋に侵入し、そして彼を殺害する機会を虎視眈々と伺っていた…ということか」

 

 

 だけど、落合の放浪癖が仇となったようなアキレス腱とも言うべき根拠の数々。

 

 改めて見ればみるほど…考えてみればみるほど、落合が犯人である可能性はあるのかもしれない…庇おうとする側の俺ですら錯覚してしまいそうになる。

 

 

「だけど重要な事がまだ分かっていないぞ。そもそも、どうやって俺の部屋に犯人は入ったって言うんだ…!」

 

「それこそ、そもそもの話しさ。諸君、ミスター折木の記憶力はアテになるのかい?昼間にボケて、部屋の鍵をかけ忘れた何て可能性が無くも無い」

 

「う…それは…!」

 

「……反論できない」

 

「おい!」

 

 

 そして同じく擁護派のハズの小早川達は、何故かその程度の反論で納得しかけてしまう。それも、人を老人扱いしたような…流石に失敬すぎるだろ。

 

 

「で…ですが落合さんは拳銃で撃たれております!撃つ側である犯人とあろう人が、どうして撃たれるようなことになっているのですか!」

 

「…うん、その通り。それに…拳銃何て物がどこから出てきたのかも未だに分かってない」

 

「度重なる質問、オーケイ。一つずつ丁寧に答えていこう。まず最初のミス小早川の質問だけど…簡単さ、ミスター落合は”自分で自分を撃った”のさ」

 

 

 ”自分で自分を…?”想像するだけでも異様な行動に、俺は信じられない口調で思わずそう呟いてしまう。

 

 

「自分が犯人ではないと証明するためには、自分も被害者になれば良い…さらに彼愛用のギターも破壊してしまえば、より信憑性も高くなる」

 

「……ど、どうしてそうなるのですか!」

 

「自分の大事な物を犠牲にしてでも、自分を捜査線上からはずしたかった言いたいんですよ」

 

「……う」

 

「そして、2つ目のミス風切の質問…それはキミ達がエリアに初めて入った時から、自分の懐の中に隠し持っていたから…そう考えれば簡単さ」

 

 

 …拳銃を…最初っから隠し持っていた?

 

 ニコラスのその…どうにも納得できない根拠。

 

 だけどそれを覆すような反論の材料が少ないために、押し黙ってしまう。

 

 

「でも、拳銃を隠し持ってたなら、どうして今更銃を使ったのか分からない。閉じ込められた初日にさっさと撃てばいい話…!」

 

「今日に限って…とは言うが。ある程度油断が流れているときに事件を引き起こしたかったのでは無いか?…橋が直ると言われあのとき、貴様らは恐らく浮き足立っていたはずだろう?」

 

 

 実際浮き足立ってたというか…油断があったのは事実だ。その日は、何も無いと、タカをくくっていた。

 

 そんな時に、足下をすくうような不審者の存在…焦るには充分な要素しかなかった。

 

 その反論にも、俺は何も言えなかった。

 

 

「それに、さっきのミスター折木の話しから考えても…不思議な話さ」

 

「……?どういうことだ?」

 

「犯人がキミ”だけ”を狙っていたのなら、何故ターゲットではないミスター落合を撃つ必要があるのかな?そんなその場しのぎの行動なんてしなくても…彼を突き飛ばして、さっさと逃げれば良いのに」

 

「それは…」

 

「…それは違う。私が犯人を追いかけていたから、隼人を手負いにして…それで私から振り切ろうとした」

 

 

 まくし立てるようなその疑惑の数々。それに風切はいの一番の勢いで、応戦した。

 

 そうだ、古家を殺してしまった以上…ホテル側の人間を殺してしまうことは…あまりにも愚策。犯人がもしもその場で冷静に考える暇があったのなら…ホテル側の容疑者を減らすこと事態も自分にとってリスクになる。

 

 だからこそ、犯人は落合を手負いにすることが目的の発砲だったはずだ。決して、命を狙った訳じゃ無い。

 

 

「成程、良い反論だ。…でもそれは、キミが逃げる犯人を見ていたらの話しさ」

 

「…どういう意味?」

 

「犯人がホテルを出てから、ミスター落合が接敵するまで…キミは一度も目を離さなかった、そして見失いもしなかった…そう言い切れるのか。そう聞いているのさ」

 

 

 ここでニコラスは畳みかけるように、そう追求に追求を重ねた。まるで試すように、絶対的な証言を得ようとするように。

 

 

「………」

 

 

 風切は押し黙る。本来であれば疑われている立場の落合が自己弁護をするべき場面のはずなのに…。何故か彼女が舌戦を演じている。

 

 

「ミス風切、どうなんだい?」

 

「…そんな事は無い…確かに、落合と交錯した一瞬は視界が悪かったけど…でも…見失うことは無かった。超高校級の射撃選手の肩書きに賭けて、私は犯人を見ていた」

 

 

 自分は犯人を見たんだから。そう彼女は言い切った。

 

 その絶対の自信とも取れる風切の気迫に、ニコラス自身も、何となく反論に困った様子を呈していた。

 

 

「ああ、そうだ。風切は…犯人を見失わなかった。その証拠も、ちゃんと存在する」

 

 

 その反論に、俺自身も頷き…そして証言を保障しようと口を開いた。

 

 そう…彼女は見たんだ。あり得ないような…でも実際にあったの光景を。犯人を…あの夜に。

 

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

 

【崖を渡る犯人)

 

 

 

「これだ…っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――崖を渡る犯人を。私は見た」

 

 

 俺が突きつけるよりも先に、風切はその記憶を口にした。

 

 この裁判における、ワイルドカードとも呼べる証言をその場に投下したのだ。

 

 

「が、崖をだとぉ!!」

 

 

 その証言に、雨竜は真っ先に大声を上げた。

 

 

「…ああそうだ。風切は、崖を渡る犯人を見たんだ」

 

 

 今が加勢するときだと、俺もその発言に同意を示した。 

 

 

「え…ええ?ま、まさか、おとぎ話じゃあるまいし。そんな光景はあり得ないさね」

 

「ですね。霞みたいに何処かに消えたって言われた方がまだ信じられるです」

 

「…ああ、そうだね。あのとき、あのエリアでは雪がそれなりに降っていたみたいだからね」

 

 

 案の上信じられないと、ペンタゴン側の生徒達はそう疑念を持ち上げる。

 

 …俺だって最初聞いたときはそうだった。

 

 だけど、調べていく内に、ニコラスが集めてくれた証拠を見ている内に、その疑惑は確信に変わった。

 

 風切の見た光景は…本当なんだと。

 

 そしてそれを証明するように…。

 

 

「風切さんが見ているのを…落合さんが保障しております!」

 

 

 そう、渦中の人物である落合が、見てはおらずとも、彼女の驚き様から本当なんだと言い切ったのだ。

 

 

「いやいや、保障している人間が犯人なんだ。十中八九その保障…いや証言はフェイクなのさ」

 

「”ふぇ”…ふぇい、く?…それって…あの飲み物のような、氷菓子のような…」

 

「はぁ…それはシェイクさね。今の風切の証言は嘘だって言ってるんだよ」

 

「えええええええええええええ!!!!」

 

「貴様が驚くのか…」

 

 

 だけど予想通りの反論が待っていた。…つまり落合は…いや正確には風切がその証言を偽証しているということになる、と。

 

 

「どうしてそう、下手な勘ぐりができる」

 

「下手な勘ぐりでは無いさ、ミスター落合とミス風切は、随分と仲が良いみたいだからね。そういった人間関係による隠蔽の可能性も考えるべきと、ボクはそう言っているのさ」

 

「いや、そもそも落合と風切は…さっき仲良くなったばかりで、事件が起きたときはそんな様子は…」

 

 

 ”無かった”そう言い切ろうとした途端、”いや…”と否定が入った。

 

 

「…でも思い返してみれば…風切からの落合への当たりは間違い無く強かったですけど…でも悪くない雰囲気あったかもしれないです」

 

「まさに凸凹コンビといったようだね!そういえば!!随分前にグラウンドのベンチで二人して昼寝してる所見たような気がするね!いやより正確に言うならば、ミス風切が寝て、その隣でギターを弾いている光景だったかな」

 

「その絵面ならアタシも見たさね。確か、エリア2の図書館で」

 

「ぐぬぬぬ……業腹だがワタシもだ。あれはエリア3の噴水の周辺だったな…」

 

「じ、実は私も…あのホテルのランドリーで…」

 

「…エリア1、の、個室の、前とか?でも、見たような、な…」

 

 

 いや…なんで俺の知らない場所でそんなイベントが起こってた風になっているんだ!どういうことだよ!

 

 …ていうか何で昼寝ショットしかないんだよ!もっとこう、あるだろ!そういうイベントというか、噂みたいなのは!

 

 

「…ミスター折木。焦っているところ悪いけど…ボクは何の根拠も無く、疑ったりはしない。必ず理由があるから疑っている。それをちゃんと理解しておくれよ?」

 

「そ、そんな…」

 

 

 とってつけたようなその反論に、俺は動揺を隠せなかった。

 

 風切と落合は…お互いにお互いを庇うような証言をしている。それがジワジワと本質を得てきているような…少なくとも擁護派の俺が不利になっている状況になりつつある事は明確だった。

 

 

「それでだ…ミスター落合。すっと黙っているようだけど…どうなんだい?黙秘は、自分の立場を危うくするだけだぜ?」

 

 

 ニコラスは、風切にではなく落合に直接言葉をぶつける。落合は、大きめのテンガロンハットの鍔を掴み、目深に被るだけ。

 

 

 すると…

 

 

「愛だ恋だの…それは一抹の気まぐれのようなものさ。風と一緒さ…吹きすさぶ時もあれば、まるで何事も無かったように無風になるときもある」

 

 

 相変わらず何を言っているのか分からない言葉が連なる。あきれかえる生徒や、意味が分からなすぎて湯気を発し出す生徒。

 流石のニコラスも言葉も無いというのか…少し顔が引きつっているように見えた。予想を超える大物具合に、引いている可能性がある。

 

 

「……本気で言ってるの?」

 

 

 だけど風切は、何故か涙目になって彼に向けて訴えかけた。

 

 

「……本気なのかどうかは、君に任せるよ。……いや、今回ばかりはそうともいかないかもしれない。けど…そうだね…うーん」

 

「ええと…何か、空気が、ピリ付いて、る?」

 

 

 そんな彼女の言動に、落合は本気で困ってそうで。そのためなのか、本当に珍しいくらいの動揺が言葉に乗っていた。

 

 

「…このままでは埒があかないね。ふぅ、改めて、ミスター落合、年貢の納め時だ。キミの犯行をまとめるとしよう」

 

 

 いや、そんな事は無い。

 

 落合が犯人の可能性は、殆どゼロに近い。

 

 それは今までの証拠…いや、今までのエリアに入った時からの記憶から証明できる。

 

 決して迷うな。

 

 この疑いを晴らすピースを、確実に俺は持っているのだから。

 

 これを覆さなくては、真実にたどり着けないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「ミスター落合、キミは」

 

「【自分のジャンパー】持って…」

 

「ホテルペンタゴンを徘徊し」

 

「不審者の存在を装った」

 

 

    え、いきなり最終局面ですか?

 

ううむ、早すぎる幕切れのようにおも思えるが…

 

 

「…いや、そんなわけない」

 

「そもそもそのジャンパーが…」

 

「…『落合の物』かもわかっていない」

 

 

 …ん?どういう意味ですか

 

     誰だってジャンパーは持っているはずでは?

 

 

「どういう意図の反論なのか分からないけど…」

 

「続けさせれもらうよ?」

 

「キミは不審者捜索の折、再び『ジャンパー』を着込み…」

 

「ミスター折木の部屋に潜んだ…」

 

 

 …ほう、そういう流れか

 

     何か腑に落ちないさね…

 

 

「折木さんの部屋に潜む理由が分かりません!」

 

 

 

 ちょっと、読めない、よね

 

     苦しいですね…

 

 

 

「【不意打ち】をするためさ」

 

「まさか自分の部屋に犯人が潜んでいるなんて…」

 

「誰も考えないだろうからね…」

 

「ミスター落合は…ミスター折木の不意を突いて殺すために…」

 

「部屋に潜んでいた…」

 

「そしてその際、外を出たときに【くっついていた雪】が…」

 

「ミスター折木の玄関に、したたり落ちてしまったのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『落合の物』⇒【自分のジャンパー】

 

 

 

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

「それは…違うぞっ…!」

 

 

 

 

 

  ニコラスの、否定するべき矛盾点。そのウィークポイントを見つけた俺は、つかさず言葉を向けた。

 

 

「…どういうことかな?ミスター折木」

 

 

 少し圧の感じるような、その反応。だけど怯んではいけない。落合が犯人じゃ無い、という証拠を、示さなくてはならないのだから。

 

 

「犯人はジャンパーを着て、自分自身の姿を隠していた。…だけどそれこそが、落合が犯人では無い何よりの証拠になるんだ」

 

「意味が分からないですね。ジャンパーならあのエリアに入ったら誰でも持ってるはずです」

 

「…いいや、ソレこそが間違い。このエリア4に初めて入ったとき、確かに公平達は入口のジャンパーを着て入った」

 

 

 だけど…着て居なかったヤツらも居た。

 

 それは…。

 

 

 

 

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

 

1.古家と小早川

 

2.落合と古家

 

3.風切と小早川

 

4.俺と古家

 

5.風切と落合

 

 

 

A.風切と落合

 

 

 

「そうかっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――風切と落合だけは、ジャンパーを着て、エリアには入らなかったんだ」

 

「ジャンパーを借りなかったってのかい!?」

 

「ど、どんな神経してるんですか。あの寒さの中で…」

 

 

 その2人の行動に、殆ど生徒達が常識外れだと、目で語っているようだった。

 

 

「…私はああいう寒さに慣れてる」

 

「僕は灼熱の砂漠だろうと、極寒の雪山だろうと、世界中をこの身一つで歩き回ったしがない吟遊詩人。この程度の風は、僕にはそよ風とも言えるのさ」

 

 

 目を疑われた本人達は、何故か堂々と、自慢げにそう言い切った。

 

 

「どこからそんな自信が来るのか分からんさね…」

 

「それに、いつの、間に、か、本調子に、戻ってる…し」

 

 

 だけど同時に、そのあり得ないを事実を大言しているおかげで…落合が犯人である可能性が段々と薄らいでいるようにも感じた。一か八かの反論ではあったが、何とかまくれたようだった。

 

 

「とにかく、あのエリアに入った時、入口のジャンパーを持ってきていたのは、俺と、古家、そして小早川の3人だけだった」

 

「はい!!そうです!!3人です!!!」

 

「ミスター落合が隠し持っていた可能性はないのかい?」

 

「……それはない、ジャンパーを持ってきてないことは全員で確認してる」

 

「ああそうだ。ここに入る前に、俺達は全員で確認している。つまり、外周に居たときも、俺の前に現れたときも…犯人はジャンパーを被っていた。つまり落合が犯人である可能性は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

 「愛など非論理的である!!」

 

 

             【反論】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えっ。う、雨竜?」

 

 

「ぐぬぬぬぬぬ……認めん、認めんぞぉ…」

 

 

「…何が言いたいんだ?」

 

 

「愛だの!恋だの!ワタシは認めんと!!そう言っているのだ!!!」

 

 

「…………そうか」

 

 

 

 

 

 

【反論ショーダウン】 【開始】

 

 

 

 

 

 

「まず納得がいかんのは」

 

「奴らが何故そのような関係になっているのかだ!!」

 

「貴様というものがありながら…」

 

「何故みすみす関係を発展させるような…」

 

「過ちを…」

 

「犯して…」

 

「しまったというのだぁ!!」

 

 

 

「いや…それと俺を責める理由がどこで結びつくんだ」

 

「アイツらは勝手に、しかも俺の知らないところで進展していたんだ」

 

 

 

「勝手にだとぉ!?」

 

「貴様は愛という物をなんら理解できていないようだな!!」

 

「舐めてすら、いると言えよう!!」

 

「d=1/p=愛」

 

「D=pL=愛!」

 

「4+x=愛!!」

 

「1.5×10^11 m=愛!!!」

 

「この程度の数式で、愛を表わすことは不可能!!」

 

「それ即ち、宇宙の真理の解明と同義!!」

 

「つまり貴様は…」

 

「その愛を、舐めきっているのだ!!」

 

 

 

「おい雨竜、お前落合より訳が分からなくなっているぞ」

 

「つまりお前は何が言いたいんだ!」

 

 

 

「ふっ、知れたことを…」

 

「ジャンパーを持っていなかったからと言って」

 

「ヤツがジャンパーを着られない理由にはならない…」

 

「持ってきた連中の【ジャンパーを盗み】…」

 

「そして利用すれば…」

 

「その程度の反論など」

 

「塵と消えていくしかできんのだ…!」

 

「ふはは、理解して頂けたかな?」

 

「愛を知らない少年君?」

 

 

 

 

 

 

 

【ジャンパーの水滴)⇒【ジャンパーを盗み】

 

 

 

 

「その言葉、切り伏せる…!」

 

 

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …雨竜の発した、その確かな矛盾を俺は見逃さなかった。

 

 

「――――確かに、落合が俺達の持っていたジャンパーを盗み、使用した可能性はある」

 

「ふん…であれば――――」

 

「だけど違う。大きく矛盾している。何故なら、俺達のジャンパーには”使われた形跡”も盗まれた形跡も無かった」

 

「盗まれた…形跡も…だと?」

 

「ああ…もしも仮に、俺達のジャンパーがどれか1つでも使われていたのなら…湿っていたり、水滴が付いてるはずだ」

 

「は、はい!!ですが、皆さんのをご確認したところ、全てピンピンに乾ききっておりました!」

 

「態々全部集めて確認したんですか?」

 

「ああ、俺達の中に犯人が居るかも分からない…その確証を得るために」

 

「ええ!!あれってそういう意味だったんですか!」

 

 

 …そういえば理由を彼女には話してなかった気がするな。少し悪い事をした。…ていうかよく何も聞かずにほいほいと協力できたな。

 

 だけど小早川が協力してくれたからこそ得られた、確かな証拠。コレを覆すことは、いくら彼らでも出来やしない。

 

 

「ううむ…だとしたら落合は…」

 

「うん…犯人じゃない」

 

 

 そう。これまでの前提は、犯人が”ジャンパー”で姿を隠していたことにある。だけど、そのジャンパーを利用できないとあれば、これまでの犯行を行うことは不可能になる。

 

 

「それ、に…だけど…拳銃を隠し持ってた、なら、皆が閉じ込められた日の直後、に、美術館を確認した時にはもう…無くなっているはずじゃ、ない?」

 

 

 すると、贄波が助け船を出すように、そう発言した。その言葉を聞いてなのか、わざとらしいくらいに驚きのけぞるニコラス。

 

 

「おおっと!!そういえば、崖を渡れるかどうかを確認するタメに美術館に行っていたね!そして拳銃はまだ顕在だった…すっかり忘れていたよ!キミ」

 

「ぬわんでそんな大事な事を抜かしていたのだぁ!!!」

 

「しょうが無いだろ?ボクは名探偵ではあるが、完璧超人というわけでは無い。時にはこういうこともあるのさ?」

 

「ぐぬぬぬ…だが納得だ。名探偵ごっこをしている化学者ふぜいが、これ程早期に犯人を特定できるなどあり得んことなのだから…そういう意味では、納得だ」

 

「おいおい!化学者風情とはなんだい?ボクの将来の夢を馬鹿にしないでおくれよ!それにキミ達も賛同していたじゃないか!」

 

「う…そう言われると弱いですね。何だか、またやらかした気分です」

 

「ああそうだね。ここは素直に謝った方が賢明さね……悪かったよ落合」

 

 

 続いて、疑っていた連中(ニコラスを除いて)は頭を下げる。落合は、ただ笑みを浮かべ、特に気にしていない様に振る舞っていた。

 

 …そのおかげか嵐が過ぎ去ったような、少し落ち着いた雰囲気がこの場を包んでいるようだった。

 

 

「一度落ち着いた所で、再び話しを戻すとしよう。ミスター落合が犯人では無いとしたら…」

 

「…本当、に、ホテル側の人達じゃ無い、第三者が…そのときに、居た」

 

 

 贄波の言うように、ホテル側か、それともペンタゴン側のどちらに犯人が居るのかどうかは分からないが…俺達じゃ無い第三者の存在を証明する証拠もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

 

【捨てられたジャンパー)

 

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

 

 

「その第三者…すなわち犯人が使ったと思われるジャンパーと同じ物が、崖の底に流れる川に引っかかっていた……そうだよな?ニコラス」

 

 

 続いて…この証拠を見つけた本人であるニコラスに、確認の声を掛けた。間違い無いよな?と念を押すように。

 

 

「うん?それはボクに対して質問しているのかな?ははっ、それもそうだよね。だってそのジャンパーは、何を隠そうこのボクが見つけた証拠なのだからね!」

 

「そんなまどろっこしい前置きはどうでも良いんさね!どうなんだい!ニコラス!」

 

「そもそも、崖の底に川があるなんてことも初耳でございます!!」

 

「ははっ!続け様の疑問、驚き、の言葉、ありがとう。それに免じて2つとも同時答えさせて貰うと……ああ!彼が言ったとおり!崖の底で優雅にユラユラと川とともに流れていたさ。このボクが命からがらになりながら、綱を腰に巻き、この目で…確認したとも」

 

「だにぃ!また貴様は隠し事を…一体どっちの味方なのだ」

 

「どちらの味方でもあり、どちらの敵でもある…そう答えておくよ!キミ」

 

「…はぁ、何かもう疲れるです」

 

 

 そのめくるめくニコラスの大立回りに…ペンタゴン側の生徒達は、まだ疑われている段階でも無いというのに、酷く疲弊しているように見えた。もし彼がこちら側だったのならと…考えるるだけ末恐ろしい道化ぶりである。

 

 

「…だとした、ら、そのジャンパー、は、その犯人が、捨てた可能性が高い、よね。…古家くん、を、殺した後……崖の、底に」

 

「そして何よりも…風切さんのお話からして、ホテル側には犯人がいない可能性が高いと思われます!」

 

 

 そう、落合が犯人では無いとするなら…必然的に、先ほどの風切の、あの目撃証言が真実味を帯びてくる。

 

 犯人は崖を渡って、ペンタゴン側へと消えていった。

 

 それはつまり、ペンタゴン側の、雨竜、ニコラス、反町、雲居、贄波の5人の内の誰かが犯人かも知れないという事実が。俺達側のジャンパーが全て揃っていることも踏まえても…その事実が持ち上がることになる。

 

 

 だけど…

 

 

「…でも第三者がいたからって…さっきの風切の崖を行き来した話しも本当だって言い切るのは、ちょっと納得はしきれないですね」

 

「…梓葉には悪いけど、アタシもさね。どうにも犯人が崖を渡ったって話しが…非現実的としか思えないよ」

 

「まったくだ。貴様らが知らないだけど、誰かがもう1枚、気付かないように隠し持っていた可能性もゼロでは無い」

 

 

 だけど、完全にはペンタゴン側に犯人がいるかもしれない。その可能性を肯定する空気はまだ無かった。

 

 その反応も最もであった。

 

 それを認めることは即ち、ホテル側じゃ無い側に犯人がいる…自分たちの中の誰かが古家を殺したと言うこと。

 

 殆ど射程圏外だったはずの自分たちが、まるでおとぎ話のような目撃証言で、犯人扱い、そんなのはたまったものじゃないはずだ。

 

 

「…贄波?」

 

「私は…折木君も、小早川さん達を…信じる、よ。安心して?」

 

 

 だけど例外も居た。自分が疑われる立場になるかもしれないというのに…涙が出そうな位の信頼である。僅かながらも、味方が多いことに俺は嬉しさを、僅かながらも表情に滲ませた。

 

 

 こちらに贄波が加わったことで、5:4…ホテル側が数的に優位な状況。

 

 

 それでも…。

 

 

「ははっ…殆ど真っ二つな状況だね。キミ」

 

「……と、いうこと、は」

 

 

 

 

「んんんんん?おやおや?今、今!今!!真っ二つ…みたび真っ二つとおっしゃいましたね!?」

 

 

 

 

 

 するとモノパンが自慢のステッキを振りかざし、そう言った。

 

 待ってましたと、お約束の展開に興奮した様子であった。

 

 

「…」

 

 

 また、始まるのか…内心穏やかでは無い思いを胸に、俺はモノパンの行動を見守った。

 

 

「まともや、このジオペンタゴンが誇る変形裁判場の出番でございますネ!!」

 

 

 そして、モノパンは持っていたステッキを目の前に現れた特殊な装置へと突き刺した。

 

 

 俺達が立っていた証言台浮き上がり、螺旋状に入り乱れ…そして横並びに終着する。目の前にはニコラスを含んだ、ペンタゴン側に、犯人は居ないと主張する生徒達。

 

 真横には並ぶのは…それは違うと…俺と同じ意見を主張する生徒達が立っていた。

 

 

 歯がゆい展開ではあるが…事件をまとめる意味でも、そして犯人をより明確にする意味でも、この議論はターニングポイントになる。

 

 

 俺は小さな覚悟を持って、彼らと対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

= 意= =対=

    = 見= =立= 

 

 

 

 【犯人はどっち側?】

 

 

ホテル側だ!    ホテル側じゃない!

 

 

『ニコラス』     『折木』

『雲居』       『小早川』                

『反町』       『落合』             

『雨竜』       『風切』

           『贄波』

 

 

 

 

 

 

【議論スクラム】   【開始】

 

 

 

ニコラス「いやぁ色々証拠を照らし合わせて見て、【何となく】そっち側かな~なんて考えてみたけど、やっぱりこっち側に付くとするよ!キミ」

 

「俺がっ!」

 

折木「【何となく】で自分の立ち位置をフラフラと変えるな!だから友達なくすんだぞ!」

 

 

雨竜「そもそも、崖の底に【ジャンパー】が流れていたからと言って、貴様らの中に犯人がいない確証にはならんであろうがぁ!」

 

「小早川!」

 

小早川「ですが私達の【じゃんぱー】は全て手元にあります!誰かが持ち出したならともかく、新しいじゃんぱーを用意するのは不可能です!」

 

 

雲居「崖を渡った人間なんて…あの吹雪の中の【見間違い】に決まってるですよ」

 

「風切!」

 

風切「【見間違い】なんかじゃ無い…。私はこの目で見た…超高校級の射撃選手のプライドに賭けて断言できる」

 

 

反町「悪いけど、あんな断崖絶壁の【崖】を渡ったなんて非現実的すぎるさね」

 

「落合!」

 

落合「…非現実的なことを嘘だと吐き捨てることなんていつでもできるさ。もしかしたら、僕達の知らない、【崖】の渡る方法が、空を飛ぶ方法がこの世にあったのかもしれない」

 

 

 

ニコラス「改めて聞こう、キミ達。この議論の決着は、事件そのものの流れを大きく変える事になる…その【覚悟】は出来ているんだろうね?」

 

「贄波!」

 

贄波「そんなの、最初っからできてる…。【覚悟】があるから、こうやって、突き進めるん、だよ?」

 

 

 

 

 

 CROUCH BIND

 

 

SET!

 

 

 

 

「これが俺達の答えだっ!!」

「これが私達の答えでございます!!」

「これが僕達の答えさ…」

「これが、私達の答え……!」

「これが私達の答えだ、よ…!」

 

 

 

【BREAK!!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに、単純に考えれば犯人は俺達の中に居るんだろう。こちら側で死者が出ているし。都合良く不審者が現れたり…それに橋の無い崖を渡るなんて、余りにも荒唐無稽すぎる」

 

「…こう、とう…?」

 

「…でたらめってことです」

 

 

 だけど…俺は翻すように続けた。

 

 

「…それと同じように、コレまでの出来事と証拠を合わせて考えてみても。ペンタゴン側に…犯人がいる。その可能性も高いんだ」

 

 

 確かな意思を持って、俺はこの真実を目の前に提示していく。

 

 何を言われても良い、俺は揺るがない…そんな固い意志を持って。

 

 

 ――――俺は生徒達にそう訴えかけた

 

 

 

「うーん…だ・と・し・た・ら!やっぱりボクらの方に、犯人が居るのかもしれないね!!」

 

 

 

 その真実にいち早く反応したのは、これまで矢継ぎ早の疑いをこちらに向けていたニコラスだった。

 

 

「貴様ぁ!!一体何度乗り換えれば気が済むのだ!!」

 

「ぐぐぐ、本当に、アンタってヤツは………!」

 

「はぁ……もう一々反応するのも疲れてきたです」

 

 

 そしてその光速とも取れる切り替えの早いニコラスの言動に、生徒達は辟易とした声を次々と上げていく。

 反論する側の俺ですらこの疲れようなのだ。雨竜達からしてみれば、それ以上の疲労なのだろう。一体何がしたいのか、その真意を読み取れなければ、これ以上に面倒臭い人間はいない。

 

 

「でもですよ?仮にその犯人がこっち側だったとして…意味不明なことは全部で2つあるです」

 

 

 すると雲居が、2本の指を立てながら論点をまとめるよう言葉を紡いでいった。

 

 

「ええと…どんなことですか?」

 

「1つは、どうやって鍵のかかった折木の部屋に入ったのか。そしてもう1つは、風切が見たって言う、崖を移動したっていう犯人のトリックです」

 

「……ううむ、確かに気になる部分であるなぁ」

 

「その2点を解決できたなら、完璧に納得するですよ。こっちに側…ペンタゴン側に犯人がいるってことをです」

 

 

 完璧な納得。一番最初の疑いぶりからは想像できなかったほどの進歩。これまでの基礎固めの甲斐もあって、ようやくここまでこぎ着けられた。

 

 俺は密かな達成感を、内心感じていた。

 

 

「…じゃあまずは前者、ミスター折木の部屋に犯人が侵入した方法だね!キミ」

 

「でも…それって折木さんが閉め忘れと結論づけられたんはずではないんですか?」

 

「梓葉…まさかこのポンコツ探偵が本気で言っていると思っていたのかい?」

 

「え………え。ええ!ええ!!そんなことはありません!!ほ、本気では思ってないですよ。何を!!当たり前の事を言っているんですか!!」

 

「…これはギルティ」

 

 

 …だけど、これがゴールじゃ無い。ここからがスタートなのだ。

 

 長い長い助走からのスタートが今、目の前にあるのだ。

 

 誰が、何のために、どうやって…その真実を暴き出す本番がやって来たのだ。

 

 より高く集中しなければ、そして考えぬかなければ…。

 

 

「……」

 

 

 俺は少し、息を吐く。そして再び――――前を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

 

「では早速…」

 

「部屋に不法侵入した方法を…」

 

「募るとしようじゃないか!」

 

 

 

 何を偉そうに…

 

   貴様に舵を取れると癇にさわるのだ!!

 

 ま、まぁココは穏便に…

 

 

 

「個室には窓があるって言ってたね」

 

「だったら…『窓を割って入った』とかはどうだい?」

 

 

 

     ぼ、暴力的すぎるです…

 

だけどシンプルかつ、可笑しくない方法だね!

 

     音で、バレ、ない?

 

 

 

「折木から【鍵を盗んだ】のでは無いか?」

 

「そうすれば堂々と折木の部屋に出入りできる」

 

 

 

 いや、堂々とするべきことではないね!

 

   でも案外いい線いってるかもですね

 

 盗みとは頂けないさね!!

 

 

 

「…うーん。難しい」

 

「…盗人らしく『ピッキング』をした可能性もある」

 

 

 

 そんな技術持っているヤツいたか?

 

    実はボクが出来たりするよ!

 

 犯人が名乗り出たですね…

 

   おおっと口が滑ってしまったよ、キミ

 

 

「ピッキングか、どうかはわからない、けど…」

 

「何か、『道具を使った』と、か…?」

 

「それも、特殊、な」

 

 

 道具…?

 

  また、アレ…のことか?

 

 

「いえいえ皆さんお忘れですか!」

 

「そもそも『鍵が掛かっていなかった』可能性を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【7つ道具の行方)⇒『道具が使われた』

 

 

 

「それに賛成だ!」

 

 

 

 【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、そんなあり得ないような出来事が起こった…それを可能にするには道具を使うしかない」

 

「道具ですか?」

 

「それって……まさか!!」

 

「……モノパンの…7つ道具?」

 

 

 そう、それもあの道具群が…俺のような凡人でも簡単に使用できる。あの特殊な道具がこの事件にも、使われた。

 

 その中でも…。

 

 

 

【選択肢セレクト】

 

1.バグ弾

 

2.どこでもワイヤー

 

3.秘密の愛鍵

 

 

A.秘密の愛鍵

 

 

 

 

「――――”秘密の愛鍵”…アレが使われたはずだ」

 

「鍵……?ええと……ああ~、あの鍵ですか。今まで使われた記憶が無いからすっかり忘れてたですよ」

 

「確か機能は…どんな部屋でも簡単に侵入できる…だったか?………と、いうことは…」

 

「そう、ソレを使えば俺の部屋になんて簡単に侵入できる……だよな?」

 

 

 問いかけるように俺は生徒達に表情を向けた。

 

 

「…しかし、ちゃんと機能するのか?今まで一度も使われた事が無い故に、少々信用できない部分があるのだが」

 

「そんなことはありませン!!勿論、ちゃーんとあの辺境なホテルにも、鍵は対応しておりまス。品質はこのワタクシが保障しますヨ!!」

 

「……余計信用できない」

 

 

 だけど…あのモノパンが認めていることなのだ。ほぼ確実に、鍵の掛かった部屋でも、簡単に侵入できるということなのだろう。

 

 

「だけど…もしも借りられたことが本当だとしたら…」

 

「…そうだね。犯人はペンタゴン側の中に居る可能性が高くなる」

 

 

 ”でも”ニコラスは小さくため息を吐きながら、声を暗くした。

 

 

「残念ながら、”カギ自体”は美術館にあったさ。ボクが捜査時間の際に訪れたときは展示されたままの状態で、残っていたよ」

 

「ぬわにぃ?であれば使われた形跡は無い、ということか?」

 

 

 雨竜の言うとおり、美術館に未だ残っているのであれば…使われたという証明にはならない。だけど、もしも…。

 

 

「はは、そうでもないさ。ボクらが殺人を知ってからエリア4に集まるまでにはラグがあった。既に返し終わった後と考えれば…なんら不思議は無い」

 

 

 そう、使われた後にすぐに返した…というのであれば、そんなのは些細な隠蔽に過ぎない。

 

 それに時間についても…ホテル側に居た俺達側からして見れば、どれほどラグがあったのか分からないが……あのニコラスがこうも言い切っているのだ。

 恐らく、それだけの時間の余裕があったのだろう。だとしたら、使われた可能性を完全には否定できない。

 

 

「ちなみに!調べたとき、”拳銃は未だに借りられていたまま”だったから、この中の誰かが懐に潜ませているか、何処か別の箇所に隠している可能性は無きにしもあらずだね!!」

 

「……それってすこぶる決定的ではありませんか!!!」

 

 

 ニコラスは、あっさりとその衝撃的な一言を溢す。俺だけじゃ無く、殆どの生徒達は、身を乗り出し、驚愕の声を上げた。

 

 

「あ、アンタなんでそれを先に言わないさね!!あっちで銃が使われた事を考えれば…犯人はこっち側で確定じゃないか!」

 

「そうですよ!先に言ってればこれまでのしち面倒くさい議論なんてしなくて済んだはずです!!」

 

 

 指を向けて抗議の声を露わにする生徒達。流石に看過できないと、怒りの色が強く見えた。

 

 だけど確かに、コレまでの積み重ねを無駄とは言わないが、彼のその情報があればある程度の時間の節約になったのは明白ではあった。

 

 だからこそ、生徒達の怒りも当然とも言えた。

 

 

「いやぁ!何となくそうした方が都合が良いと思ってね!!」

 

「ぐぬぬぬぬぬ……流石に限度が過ぎるぞぉ」

 

 

 そんな怒れる生徒の一人である雨竜が今にも手が出そうな程、証言台を掴むでは震えていた。恐ろしい怒気を孕んでおり、これ以上刺激してはいけないと、見るからに分かった。

 

 

「ああ、そうさね。もう限界突破だよ………!!」

 

「え?……あの…反町、さん?」

 

 

 前に乗り出していた反町が、急に証言台を飛び降りた。

 

 

「もお我慢できない!!やっぱりブツ!!!」

 

 

 仏の顔も三度まで…そういうように…反町は怒号と共にニコラスへとズカズカと近づいていく。

 

 

「あ~、席からは離れないで下さいネ~。特に今回は歩き回らない方が…」

 

「問答無用さね!!!!」

 

「…おやおや?これはボクもとんずらをこいた方が良いのかな?」

 

「当たり前だ!!本気で殴られるぞ!!」

 

 

 ドンドンと鬼の形相の反町はニコラスに焼きを入れようと、距離を縮めていく。いつも以上の気迫、距離のある俺ですら後ずさりしてしまう。

 

 …自業自得とは言え、流石にヤバいと数人の生徒も身を乗り出していた。

 

 

 しかし…

 

 

「ぶへっ――――」

 

 

 

 ズルッと。近づく寸前で、反町は思いっきりすっ転んでしまった。

 

 

 しかも顔面から。

 

 

 アニメーションのように、見事なほど綺麗に床へとダイブしてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

  ~~~~~

 

 

 

 

 

「そ、反町さん」

 

「…面目ないさね」

 

 

 ニコラスへの暴行未遂が起きてから数分、まだ少しクラクラするために、自分の席に腰掛け…鼻に詰め物をしながら、反町は小早川に看病されていた。

 

 

「何事も無かった。そう物語が帰結してくれたことが何よりも素晴らしいことさ。ああ、そうだとも、世界が平和であることに僕は本当の意味で嬉しさが止まらないよ」

 

「…ラブアンドピース?」

 

 

 落合の気でも可笑しくしたような発言を横目に…。救護箱を持ってきたモノパンは反町の側でプリプリと彼女に怒りを見せていた。

 

 

「まったく、だから言ったではありませんカ。足下にお気をつけ下さいト!テカテカの氷の上で走ってはいけませんと、お父さんとお母さんに習わなかったのでございますかカ?」

 

「…面目ない。じゃなくて!!そもそも何でこんな歩きづらい装飾にしたんさね!…おちおち歩くのも難しくなっちまっているじゃないか!…あ、いたたたた」

 

「反町さんどうか落ち着いて。また痛みがぶり返してしまいます」

 

 

 氷の上で転んだ際、さらに頭も打ったためなのか、おでこに氷袋を乗せ安静にと小早川に肩を抑えられる。

 

 

「ですが、反町サンのコレは…しばらく中断した方が良いかもしれませんネ」

 

 

 すると、モノパンはこの状況を鑑みてなのか、さらっと裁判の中断を口にした。俺達自身も、仕方が無いと一度、一息置く。

 それに議論を始めて暫く経っていることだから、頃合いと言えば頃合いだしな。

 

 

「それは仕方のないことだね!キミ。これからはちゃんと周りを見て行動することをオススメするよ!!」

 

「う、うぜぇです…」

 

「ぐぐぐぐぐ……今度はワタシがぶん殴ってやろうか…!」

 

「はは、ははは…」

 

 

 相変わらず神経を逆なでするような言動の数々に、生徒達は声を震わせる。

 

 

 多分、こんなしょうも無い暴行未遂の場面は以降も続くのだろう。そう思うと、裁判終了後のニコラスの先が思いやられてしまう。

 

 …裁判後が、鬼門だな。

 

 まぁ…とにかく。中途半端な閑話となってしまったが…。

 

 それでも…ニコラスの決定的とも言える証拠と、風切の証言からして、犯人がホテル側におらず、ペンタゴン側に居るという風潮が優勢の様に思えた。

 

 

 だとした犯人は…

 

 

 古家を殺し…そして俺を…殺害しようとした犯人は…

 

 

 

 ニコラスにイライラを突き刺す生徒達、雨竜、雲居、反町、贄波へと目を向ける。

 

 

 

 犯人は――――――この5人の中に…?

 

 

 

 弛緩した空気の中で、俺は気味の悪い覆い被さるような胸騒ぎが、止まらなかった。

 

 

 一体誰が…こんな酷い事を。

 

 

 手汗がジワリと滲む。

 

 

 そんな拳を、俺は密かに握りしめた。

 

 

 強く強く、心を落ち着かせるように、握りしめた。

 

 

 怖くない、何も怖くなんか無い…

 

 

 自分に何度も、そう言い聞かせる。

 

 

 何度も…何度も…何度も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  【学級裁判】

 

 

   【中断】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【モノパン劇場】

 

 

 

「一服って、大切ですよネ」

 

 

「世間ではヤニ休憩と直結するような言い回しが主ですガ」

 

 

「息抜きとか、一休みとか、喫茶店でお茶飲み休憩とカ…」

 

 

「そういう言い回しもできますよネ」

 

 

「だからこそワタクシはこの世界の裏で一服するのでス」

 

 

「決して決してたばこなんて吸ったりしない、より健康的な一服をするのでス!」

 

 

「そこら辺に生えてる大麻よりも中毒性の高いたばこなんて吸ったりはしないのでス!」

 

 

「ええ!そうでス!誓って吸ったりなんかしませン!」

 

 

「……だのにワタクシは、つい最近、健康診断にて肺炎と診断されましタ」

 

 

「何も吸ったり、吐いたり…肺に負担を掛けたわけでもないの二…」

 

 

「世の中、正直にかつ、綺麗に生きても…そう上手くはいかない物ですネ」

 

 

「とほほほほ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り9人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計7人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)




お世話になります。軽めの裁判パート、前編です。





〇どーでもいい豆知識


『ニコラスは過去に、霧切響子&五月雨結(ダンロン霧切)の2人と推理対決をした事がある。勝敗は引き分け』


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Chapter4 -非日常編- 18日目 裁判パート 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  【学級裁判】

 

 

   【再開】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――罪を背負うとは、一体どういう気持ちなのだろうか?

 

 

 

 つかの間に出来た休息。ソレが終わる頃、ふとそんなことがよぎった。

 

 

 何も罪を犯したことも無い。世の中を黒さを何も知らない俺だからこその、そんな疑問。

 

 

 

 

 ――――犯人は今、どんな気持ちで、この裁判に臨んでいるのだろうか?

 

 

 

 俺達をほくそ笑んでいるののだろうか?

 

 

 哀しみにくれているのだろうか?

 

 

 焦燥に駆られているのだろうか?

 

 

 

 今まで殺人を犯した陽炎坂は、長門は……何を思ってこの場に立っていたのだろうか?

 

 

 

 聞く暇なんて無かった。だけど聞く場面でも無かった。

 

 

 

 それでも、今更になって、本当に、徐に…アイツらは、そしてこの事件の犯人は…俺達の仲間として、何を思って、ココに立っているのか…理解したくなくても…理解したくて仕方無かった。

 

 

 だけど人々は皆、口を揃えてこう言うのだろう。

 

 

 

 ――――”死にたくない”

 

 

 ――――”生きたい”

 

 

 

 そんな単純明快な理由で…仲間をだましてでも生き残りたい、そう思ってココに立っている、と

 

 

 

 でも――――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それが本当に向き合う…という事なのだろうか?

 

 

 

 

 それが、目を背けないという行動の表れなのだろうか?

 

 

 

 

 ――――何か”別の思い”を持って、ココに立っているかも知れない。

 

 

 

 ――――何か”別の感情”を持って、ココに立っているかも知れない。

 

 

 

 

 だからこそ…

 

 

 

 

 きっとこれは、そう簡単に切り離せる問題じゃ無い。

 

 

 

 

 いや、簡単に切り離しちゃいけない問題なんだ。

 

 

 

 

 

 簡単じゃ無いからこそ、永遠に考え続け無ければいけないんだ。

 

 

 

 

 

 ずっとずっとずっと…彼らが死の果てへと逝ったとしても…考え続けなければならないんだ。

 

 

 

 

 

 それが…今までの、過去を、陽炎坂の、長門の、水無月の罪を罰した俺が背負い続ける…

 

 

 

 

 

 凡人である、俺なりの

 

 

 

 

 

 

 ――――覚悟なのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【裁判場】

 

 

 

 

 反町の負傷によって、一時休廷となってから暫く。

 

 この裁判場には…沈黙とも言い難いささやかな喧騒が流れていた。

 

 

「……そろそろ、でございますかネ」

 

 

 すると、タイムキーパー的役割のモノパンが、再開の旨を示す言葉を漏らした。

 

 

「ふー、やっと休憩は終わりみたいだね。いや、ね…良いタイミングの休廷だったよ」

 

「と、本格的な再開の前に…一応確認させていただきますネ。反町サン…お体の方は如何ですカ?」

 

 

 モノパンは、珍しく心配の色を孕んだ声で、彼女に言葉を掛ける。

 

 

「……まだクラクラするけど、議論をする分には支障は無いさね」

 

「うう、それでも心配です」

 

「中々の転び具合だったですからね…」

 

「くぷぷぷぷぷ、そうですカ、そうですカ。反町サンの容体も落ち着いてきたみたいな・の・で……裁判を再開したいと思いまース!!それではミナサマ、思う存分、議論をして下さいまセーー!」」

 

 

 モノパンは値踏みするようにニヤけた笑みを見回しながら、裁判の再開を高らかに宣言した。

 

 

「ははっ!では開幕の宣言に甘えて、始めようとしようじゃないか!それじゃあまずは……ええと、何を話していたんだっけかな?」

 

「さっきまでは、犯人がどうやって折木の部屋に侵入したのかを議論していたですね。んで、後は犯人が崖をどうのこうのって感じの話が残ってるですね」

 

「ならば!!今度は後者の話をしようじゃ無いか!!」

 

 

 と、取り仕切るような口ぶりで、俺達を先導する。

 

 

「…いや、何でアンタが取り仕切る流れになってるんだい」

 

「同感だ。貴様が舵を切ると、また会議が踊る。隅っこで大人しくしていろ」

 

 

 だけど開幕直後から今まで、議論をすっちゃかめっちゃかにしていた影響か、その調子の良さに突っかかる生徒もまたいた。特に反町と雨竜は、かなり翻弄されているためか、特に業腹な様子だ。

 

 

「そんな悲しいこと言わないでおくれよ!こう見えてボクは寂しがり屋、かつ構ってちゃんなんだぜ?」

 

 

 こう見えてもというか、どう見てもそうだろう…というのが俺達の総意だった。

 

 

「ぐぬぬぬ、減らず口がぁ…。やはりあの時、礼を言ったのは間違いだったかぁ…?」

 

「…一々指摘しても、埒があかないです。さっさと議論を始めるです」

 

 

 相変わらずのテンションに、こりゃダメだ、と呆れた様子の雲居はこの場を改めた。何とも締まりの無い狼煙の上りだ。

 

 

「で、ですよね!ええと、もう一度まとめさせて頂くと……先ほどの折木さんの部屋に侵入したとか、羨ま……じゃなくて決して許されない話しの結論は…モノパンの七つ道具の1つび『秘密の愛鍵』が利用された、だったと思います!!」

 

「……今の失言は危険な匂い」

 

「…………」

 

「そして僕らが次に目指すべきは、世界の狭間にそびえる大地割れを犯人は”どうやって渡ったのか”…なけなしの僕の知識だけじゃ解決不可能な問題だ」

 

「なけなし、なのは自覚してるんですね」

 

 

 …コレまでの話しをまとめると、彼女の言うとおり犯人は美術館で『鍵』を…そして凶器として使われた『拳銃』、この2つを借りていた。

 

 だけど犯人は、未だ想像のつかない何かしらのトリックを使って、エリア4の間にある、あの大きな崖を渡った。

 今議論されるべきは、その崖をどうやって渡ったのか…それが主題なってくる。

 

 

「……考えられるとしたら。また、あの7つ道具が使われたとか?」

 

「僕らが心の奥底に抱える亀裂の様なあの大地割れを超えるための一筋の蜘蛛の糸。前人未踏の世界へと、まさに風のように飛び去る…あの…」

 

「確か!!まだ美術館にはアレが!!ええと…”わいやー”とか何とかを発射する…アレですよね!!!」

 

「”どこでもワイヤー”のことかい?」

 

「ああ!はい!!そうです!!それです!!それのことです!!」

 

「…ううむ、ソレやらアレやら…主語を明確にしろ、主語を」

 

「まぁ良いじゃ無いか!語彙力が壊滅的なのも彼女の魅力だからね!……とにかく、だ。確かに例のワイヤーを使うことができれば、あの崖は渡ることは可能だとも」

 

「う、うん…で、も…」

 

 

 贄波とニコラスは、どこでもワイヤーを”使うことができれば”、崖を渡ることが出来る。その可能性の示唆をする。だけど、彼らはあからさまに言葉を濁す。

 

 理由は明白。礼のどこでもワイヤーは、”使うことができなかった”。

 

 

 何日も前から…ずっと。使うことができなかった。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【故障したどこでもワイヤー) 

 

 

「これしか…ないっ…!」

 

 

 

 

「…いや、どこでもワイヤーを使われた可能性は低い」

 

「ええ!!どうしてそう断言出来るのですか!!!」

 

 

 確実に俺達が閉じ込められた直後の事を頭から抜かしている小早川の声。…仕方無い、と改め、俺はあの日起きた、イレギュラーな出来事を口にしていく

 

 

「忘れたのか?あのワイヤーは…故障していたんだ」

 

「こしょー?」

 

「そうともさ。キミ達がエリア4に閉じ込められた日と同時に、とても都合良く、どこでもワイヤーは故障し、美術館から姿を消していたのさ」

 

「……あっ、そういえば閉じ込められた次の日の朝に、そんな事聞いた気がする」

 

「事件発生の、後、も確認した、けど…ちゃんと、そのときも、無かった、よ?」

 

 

 ニコラスが美術館を調査していた場面を共有していた贄波も、ニコラスの証拠に補強を加えていく。

 

 

「既に修理が終わっていて、延々と今も借りられ続けている可能性はないのくぁ?」

 

「忘れた、の?…犯人は、『拳銃』、と『鍵』…を借りているん、だよ?」

 

「……あ、美術館のルールってヤツですね?」

 

「……この世界にある美しい物全てを手に取る事は人間である限りは不可能。何故なら僕ら人間は手が2つしか無いから、その美しい宝もまた2つしか手に入れることができない」

 

「…制限以上に物を借りられない。だから、どこでもワイヤーを借りる余裕が無かった」

 

 

 そう。ワイヤーが使われたことを否定する材料として、もう1つ。モノパンが最初に設けていた特別な道具を借りられるのは、最大2つまでというルール。

 

 既に借りられていた、という可能性を弱めるには、充分に効果のある意見だ。

 

 

 それに…

 

 

「さっき風切の話していた、犯人の目撃証言も思い出してほしい。犯人は風切から逃げ去る際、”崖を渡っていたんだ”…そうだよな?風切」

 

「うん…間違い無い。ちゃんと…”立って渡っていた”」

 

「た、立って…?ぐぬぬぬ、であれば……」

 

「はい!!もしもどの、どこでもワイヤーなる代物を利用したのであれば……したのであれば………したのであれば……ええと」

 

「風切の目撃した光景と矛盾する…。そう言いたいんだな?」

 

「は、はい!その通りです!!」

 

 

 あの視界が悪い中で、風切は犯人があの崖を…立って渡っている姿を見ていた。だとしたら、もしもワイヤーを使って、備え付けの滑車を利用した場合、犯人は空中を飛んでいる姿に映って見えるはずだ。

 

 

「じゃあ…どこでもワイヤーを利用したって可能性は、完全消滅って訳だね」

 

「……だけど」

 

「ああ…”崖を立って渡った”、とはな」

 

 

 もしも道具を使ったという可能性が潰れてしまったのなら…。

 

 持ち上がるのは…犯人が橋も無い崖を足で渡っている…という事実。これが、方法の見えない主題の答えなのだろう。

 

 だけど…その事実を受け止めるには余りにも不可思議すぎる。そんな、空気が流れているようだった。

 

 

「ああー、結局あの話しの議論からは逃げ切れないって感じですよねー」

 

「勿論さ!それが今回の本筋、メインディッシュさ」

 

「うーむ立って…かぁ。恐らく何かしらの手品のタネがあるのだろうが…。全くもって、理解不能だ」

 

「まさに空中浮遊…じゃなくて空中歩行さね」

 

「そう…まるで大宇宙の奥底、果ての果てにある未知の惑星に住む未確認生物……そして人の脳に模したニューロンのような惑星位置…」

 

「余計訳が分からなくなってるですよ。もう裁判関係無い証明が入ってきてるですし…」

 

「僕らには立派な2本の足がある。だからちゃんと、歩くことが出来る。だから旅をすることができる。ははっ、どうしてこんな当たり前なことに気づけなかったんだろうね?…本当に、不甲斐ないよ」

 

「こっちはこっちで重傷ですし…」

 

「……大丈夫。また戻ってくると思うし。コレもいい所だから」

 

「風切、さん。それは、甘過ぎ、ない?もっと、強めに、言わない、と」

 

「いや…お前落合に厳しすぎないか?」

 

 

 ……ともかく。崖を立って渡る方法…か。

 

 

 その方法にかすりもしていない状況からして、凡人の俺には到底たどり着けないモノなのだろう…。

 

 

 だからこそ、ここは俺一人じゃ無く、全員の意見を聞いて、これまで手に入れた、特にニコラスが集めてくれた証拠を照らし合わせて行こう。

 

 今は我慢の時だ。少しずつ、皆の知恵を積み上げていく時なんだ。

 

 もう一度、頭を冷静に……集中していこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

「崖を立って渡る方法…」

 

「考えられる分だけ、挙げてみようじゃないか!」

 

 

 

 まーたリーダー気取りさね…

 

      ま、まぁそう突っかからずに…

 

 

 

「実は崖には、不可視の『ガラスの橋』が存在していて…」

 

「それを単純に歩いた…というのはどうだ?」

 

 

 

 見えない橋…ですか

 

      …あり得そう

 

 でも、雪が積もりそう、じゃな、い?

 

 

 

「天空に垂らされた『一筋の糸』」

 

「ソレは自身を縛り上げ…」

 

「そして自分を鳥のように見せたのかも知れないね」

 

 

 

 ワイヤーアクションですね

 

      わ、わいはーぺんしょん…ですか?

       

 …聞こえ方が酷い

 

 

 

「実は『人形』か何かを使って…」

 

「そう見えるよう演出していた…なんてのはどうだい?」

 

 

 

 成程…

 

   実は渡っていませんでした…ということか

 

 人形なら確かに危険は少ないね!キミ

 

 

 

「そもそもの話し…」

 

「『崖に細工』があった可能性も考えられるです」

 

 

 

 崖、に…?

 

    実は秘密の通路がありました…なんてね

 

 

 

「うううううううう…」

 

「詰めれば詰めるほど…」

 

「考えれば考えるほど…」

 

「沼にハマっていく様な感じがます…」

 

 

 

 

 

 

 

【湿った岩壁)⇒『崖に細工があった』

 

 

 

 

「それに賛成だ…!」

 

 

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これまで同じくらいに、十人十色な意見が飛び交う中で…1つだけ。

 

 コレまでの証拠に引っかかる、ある意見があった。

 

 

「――――”崖に細工”。確かに…そうかもしれない」

 

 

 俺はその意見を逃さず、そう言葉を挟んだ。

 

 

「ありゃ…まさかそこに目を付ける感じですか?」

 

 

 だけど思いも寄らなかったのか、案を口にした雲居は驚きを表わした。確かに、そう反応するのも当然だ。

 

 

「細工をしたって言われても…あの地割れにどんなトリックを仕込んだってんだい?」

 

「…人1人がどうこうできるサイズじゃない」

 

 

 そう、細工をするには余りにも規模が大きすぎるのだ。比率で言えば100:1の様な差のある大小関係の中で…犯人1人に、あの崖をどうできるのか。

 

 …もしかして心当たりがあるのか?そんな僅かな期待が、言葉では無く、視線から読み取れた。

 

 

「いいや、あったんだよ。あの崖には、普段とは違う、”違和感”があった」

 

 

 だけど俺が答えられるのは…そのトリックの端くれ。小さな小さな、タネの中の細胞の1つを示唆することだけだ。

 

 

「違和感…?」

 

「ああ。だけど詳しくは、その違和感を抱いた当人に聞いてみよう……ニコラス。頼めるか?」

 

 

 その小さな細胞を見つけたニコラスに、俺は説明を求めた。答えではなく、見つけた経緯を。一斉に生徒達はニコラスへと視線を移した。

 

 

「ん?ああ、そうだね。そうだった…うん、そんな気がしていたよ。ボクのターンが回ってきたみたいだね」

 

「またアンタかい……」

 

「はは!まぁそうイヤそうな顔をしなくても良いじゃ無いか」

 

「これまでのアンタの散々たる行いを顧みれば、イヤな顔一つ位したくなるもんですよ?」

 

「その程度で済んで良かったと思うが良い」

 

 

 流石にその言葉には、俺も擁護しきれなかった。彼の調子の良さは、まさにオリンピックレベルのなのだから。

 

 

「まぁ良いじゃ無いか!結局はボクの力は必要なわけだし…水に流してお茶でも!」

 

「そういう発言はもう良いから、早く頼む」

 

「OKマイフレンド……。では諸君、先ほどボクが話した…崖の底にて明らかに使用済みのジャンパーが川の上で引っかかっていた…その話しは覚えているね?」

 

「はい!はい!!覚えておりますとも!!!」

 

「うん、良い返事をありがとうミス小早川。だけど実はね、諸君。ボクは何も、ジャンパーだけを崖のそこで見つけた訳じゃないのだよ」

 

「……まだあるの?」

 

「そうともさ。ボクはね、命綱をつけて崖を下っていた時…いや実に興味深い”違和感”を見つける事ができのだよ」

 

「面白い、違和、感?」

 

「むむむ…また回りくどい言い回しを…」

 

 

 もったい付けるような言い方に、再び怒りが飛び出してきそうなになる。

 

 今までの彼の言動と行動からして、これはもう仕方の無い、というかどうしようも無い部分ではある。…だからこそ、話しがこじれてしまうので、ココは一度彼らにも抑えて貰いたい。

 

 

「あの崖の、降りしきりる雪が消えてしまうような少し深いところまで命綱を垂らし、そして下っていった時…ボクは徐に、岩壁を触れてみたのだよ」

 

「徐…それは時として起こる人生の気まぐれ。だけどそれこそ、僕らが生きるこの世界で最も重要な言葉…いや行動なのさ」

 

「…隼人。ここは黙ってて」

 

 

 少し落合に甘くなった風切も、流石にガチトーンで制した。それ以降彼が口を開くことは無かった。

 

 

「…それ、で…岩壁、を、触れて、みて…どうだった、の?」

 

「――――”濡れていたのさ”…雪も届かない、丁度崖と底の中間の岩壁が、”満遍なく酷く濡れていた”。具合からして、ごく最近の、実に新鮮な痕跡だったよ」

 

「……ごく最近?……それってどういうこと?」

 

「…それはね、キミ………………………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……………」

 

「「「……………」」」

 

「………いや、何も言わないのかぁ!!」

 

 

 ニコラスが、何を言うのかと期待したような無言の間に終わり無く、すぐさま雨竜がツッコミを入れる。

 

 

「ははっ!ボクはあくまで、そういった痕跡を提出しただけ。…それ以降の考える方はキミ達に任せるよ」

 

「…名探偵自称してる癖に、肝心なときに推理しないんですね」

 

「大層なご身分さね」

 

「はは!褒めても何も出ないぜ!」

 

「……褒めようともしてない気がする」

 

 

 まるで未だ分かっていないような振る舞いを続けるニコラス。

 

 だけど、諸々の言動と、渡された証拠の偏りからして…恐らく彼は、敢えて言わないだけで――――――既にトリックにたどり着いている。

 

 ならどうしてこんな言動を取りづけるのか…それは、この事件の推理は全面的に俺に任せる腹づもりなためだ。

 

 理由は未だ読めないが…ニコラスはこの事件を俺に解かせたがっている。だから彼は今、ヒントを小出しにして、槍玉に上げられる役割に徹しているのだ。

 

 

「…それでも、ニコラスが言うように…つい最近まで、その岩壁が濡れていた。だったら話は簡単だ。あの崖は――――

 

 

 

 

 ――――水で満たされていた。それも、濡れていた高さ以上まで」

 

 

 

 

 

 だったら……俺も、俺自信の役目を真っ当しなければならない。俺が、この事件をまとめ上げなければならない。

 

 だから俺は、犯人が用いたかも知れない…そのトリックの一部を呈した。

 

 

「水で、満たされていた……だとぉ?」

 

「…まったく想像がつかない」

 

 

 だけどやはり大半の生徒達は、その水で満たしたという方法に対して理解し切れていない様子だった。

 

 

「そうですよ!いきなりそのような事を言われても…水らしきものなんて一体どこから持ってきたというのですか!崖の底の川以外に水に関連するモノなんて…」

 

「それだと、思う、よ?その川の水を、崖を水で満たす、のに、使った、ん、じゃないか、な?」

 

「へ?川の水をですか?」

 

「そう。その川の水を”増水させたんだ”。それが崖に施された細工…犯人が崖を渡ったトリックの一部始終なんだ」

 

「…思いつきと、理解は必ずしも強く結びついているわけじゃない。発想とは時に、世の中から放逐されてしまうものだからね」

 

「つま、り…分からないって、こと、かな?」

 

「…うん、多分そう言ってる」

 

「ううむ。だが確かに、もし川の水の量を捜査できれば、そのような発想は現実的になるな…」

 

「え、ええと、では、では!!お次は、どうやって、ぞーすい?というのが、できたの教えて頂きたいです!はい!!」

 

 

 そこから出てくる疑問は、どうやって川の水を増水させたのか。

 

 それを克明にするためには、あのエリアの…水に関連する、あの施設の設備について、説明する必要がある。

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【水管理システム)

 

 

「これだっ…!」

 

 

 

 

「――――水管理室。俺達と電話をしていたときに使っていたあの施設のこと……全員覚えているよな?」

 

「アンタ達がエリアに閉じ込められてから、足繁く行き来してたんだからね、覚えてるよ」

 

「ああ、ワタシもだ。しかし…態々その施設に触れてきたということは……貴様の言う、川の水をどうにかするシステムが、その施設に存在する…ということだな?」

 

「そう。そこには、雨竜の言うように、川の水の量を調節する、水管理システムというモノが備え付けられているんだ」

 

「水管理システムって…ネーミングがまんまですね」

 

「……あ、あそこって…電話をするためだけの施設じゃなかったんですね」

 

「……当たり前」

 

 

 殆どの生徒が水管理システムの役割について、何となく気付いていたようだが…一部、呆けた認識をしている人物がいたのは残念な話しではある……。

 

 

「でも、具体的にそのシステムはどういうものなんですか?誰か説明してくれる人がいたら、とても助かるんですけど」

 

 

 そして話しは、水管理システムの詳細について。一応、ニコラスがまとめた概要から説明は出来るのだが…これはもっと説明の上手い、システムを熟知している人間にお願いした方が良い。

 

 そう思った俺は、モノパンに目を向ける。気付いたヤツは、コホンと咳き込み、行儀悪く椅子の背もたれを足蹴に立ち上がる。

 

 

「良いですとモ!!やはりそう言った細かい施設概要については、施設の長であるワタクシ、モノパンにお任せを――――!!」

 

「いやいや!このボクが説明しようじゃないか!!何故ならボクの方が施設について詳しいはずだからね!!」

 

 

 モノパンが、要望通り、システムについて答えようとしていた矢先の話し。何故かニコラスが我が物顔で言葉を遮る。いや何でお前だよ、と説明したがり彼に内心つっこんだ。

 

 

「がーん…ずーん……シーン」

 

「……あ、息止まってる」

 

「喜ばしいことですね」

 

 

 お株を奪われたモノパンは、効果音を口で言いながら、珍しく落ち込みながら沈黙した。……とんだ茶番である。

 

 

「では早速。まずはあの崖をこんな風に、縦に割った断面図で解説しよう」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「まず崖はこのようになっていて、底には流れる川があった。そしてその両極には水門というものがあった」

 

「すいもん…?」

 

「ダムとかに取り付けられた、水を完全にせき止めたり、流したりするための門です」

 

「そう…水管理室はその水門の開け閉めを遠隔で行えるように、施設が設けられているのさ」

 

「水門の先には何があるんですか?」

 

「恐らく、ジオ・ペンタゴン全体へ、だろうね。エリア1の湖、エリア2のプールや図書館の水、エリア3の噴水。全てに平等かつ適量に行き渡らせるために、崖の底で貯めたり、流したりと…ミス雲居が今言った、ダムのような役割を、エリア4は担っているのだろうさ」

 

「……成程。それが貴様らの言う水管理システムの詳細、ということか。どうなのだ?モノパン」

 

「シーン…」コクコク

 

「…息絶えながら頷いている」

 

「分かりやすいかつ、素晴らしい反応ですね」

 

 

 モノパンが言葉も無いという様子に、おおよそはニコラスの説明したとおりなのだろう。つまり、水管理室は文字通り、施設全体の水を司る施設であったのだ。

 

 

「とすると…水管理室で、川の両極にある水門を閉じることで、水を貯める事が出来る」

 

「…それ、も、崖を覆い尽くす、位、ヒタヒタになるまで貯め、た」

 

「……そっか。だから崖の岩壁が濡れてたんだ」

 

 

 そこでニコラスの証言した、崖が満遍なく濡れていた原因。水が貯められていたという痕跡。

 

 

「………それじゃあ。その水を貯めた事と、崖を渡るという”とりっく”は、どう関係してくるのでしょうか?」

 

「…………それは」

 

「変な間ですね。まさか、まだ分かっていないとかですか?」

 

 

 実を言うと、その通りだ。肝心のトリックが、未だ分かっていない。どうにも、水を貯めた事と、風切の証言が、どうしてもかみ合わないのだ。

 

 

「ふふふ…何を言っているのだ?小早川、そのような問題など容易も容易なはずだ」

 

 

 俺は犯人が崖を渡ったかも知れないトリックの決定打に詰まっていた中で、雨竜が横からそう自信に満ちた表情を掲げる。何事かと、生徒達は彼に注目した。

 

 

「ほほう、随分と大きく出たものじゃないか。折角だ、キミの推理とやら、聞かせて貰えるかな?」

 

「ふっ、言われなくてもな。至極単純に考えれば、崖を渡ったトリックは完成するのだよ」

 

 

 至極簡単に…と言われも、どんなに簡単に考えても思いつかないままの俺を首を傾げる。

 

 だけど、もしこのトリックを解決出来るのであれば、まさに猫の手も借りたい状況のために、こんな風に誰かが推理を披露してくれるのは助かる。 

 

 それにもしかしたら、本当に雨竜はトリックを解き明かしているのかも知れない。

 

 雨竜の頭の良さを考えれば、その期待もひとしおだ。

 

 だからこそ、耳を掻きほぐし、聞いてみよう。彼の推理とやらを。

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

「このワタシによる偉大かつ、有り難き推理…」

 

「しかとその耳に刻み込むが良い!!」

 

 

 

 …今までまとも推理してこなった癖に

 

     尊大な風を感じるね

 

 先が思いやられるってんだよ

 

 

「…はぁ。そういう偉そうな前置きはいいですから」

 

「さっさと推理を述べるですよ」

 

 

    …蛍の言うとおり

 

 そう、だね

 

 

「良いだろう!!」

 

「まず、例の『崖の状態』からして…」

 

「エリア4にある【特有のシステム】を利用し…」

 

「水を崖をギリギリまで貯め…」

 

「そして犯人は…【泳いで渡った】のだ!!」

 

 

 お、泳いだ?

 

    ええええええええ!!!

 

 あの、エリア、内で?

 

 

「お、おお、泳いででございますか!?」

 

「まさかそんな…『しんぷる』な…方法で?」

 

 

 確かに簡単だね!!

 

  泳いだ…ということは…

 

 まぁ…あり得ない話しじゃないですね

 

 

「そう、すなわち…!」

 

「この事件の犯人は…」

 

「【水に入っていた可能性のある人物】…」

 

「つまり犯人は寸前まで『濡れていた人物』が怪しいと見たぁ!!!」

 

「ふはははははははははははははははっ!!」

 

 

 

 

 

 

【エリア4の気温)⇒【泳いだ渡った】

 

 

「それは違うぞっ…!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

「……雨竜。折角披露してくれた推理のところ悪いが……崖に貯めた水を泳いで渡るの不可能だぞ?」

 

 

 雨竜の堂々たる推理を、心苦しい中で反論する。

 

 

「ぬわぜだぁ!!ワタシなりに一生懸命考えたというのに!!」

 

 

 当然のように、雨竜はオーバーリアクションで反応。頭を抱えながら、何が問題なのだと、否定された理由を求める。

 

 

「忘れたのか?そもそも、あのエリアは、水に入れるような環境では無かったはずだ」

 

「環境…かい?ええっと……エリア4は…冬の気候で…そんで…………あ!!そういうことかい」

 

「冬の気候………………ぐはぁ!!そ、そういえば…!!」

 

 

 致命的なほころびに気付いた雨竜は、またオーバーにダメージを受けた仕草をする。

 

 

「ああ、あのエリアは気温は極端に低い環境だった。報告によると、事件当日、あのエリア-10℃を下回っていたらしい」

 

「……誰の報告?」

 

「勿論ボクさ!」

 

「……知ってた」

 

「だからこそ雨竜。あんな環境で、それも今にも凍り付きそうな帰庫の中で寒中水泳なんて、自殺行為も良いところ…そう思わないか?」

 

「ぬぬぬぬぬぬ、確かに…言えている…」

 

 

 心臓麻痺とか、凍傷と、とにかく相当鍛えていなければタダでは済まないはずだ。医学的見地を持ってる雨竜ならば、尚更どうなるか想像がつくはずだ。

 

 

「……それに私は、立って渡った所を見たって言った。…もしも狂四郎の推理が本当なら…普通泳いでいる姿を私は証言してる」

 

「ぐはぁ!!……それも忘れていた……!!」

 

「……どんだけ忘れれば気が済むんですか」

 

 

 

 そして風切の証言を本当に飛ばしていたためか、完全にノックアウトされたような声を上げる。…少し、彼の推理に期待していたのだが…どうやら答えに至れなかったみたいだ。

 

 

「…………?」

 

 

 でも……待てよ?

 

 

「…そうだよな。あのエリアは…相当な寒さ…だったんだよな?」

 

 

 そう、相当な寒さに包まれていた。それも、濡れたタオルもすぐに凍てついてしまうような…そんな寒さが。

 

 ……だとしたら。

 

 

「………」

 

 

 もしかしたら……トリックが分かるかも知れない。

 

 

 崖に貯め込まれた水を利用し、かつ立って渡る姿を目撃されるような…方法が。

 

 

 少し、考えを深める必要がありそうだ。

 

 深く深く、今まであり得ないような答えを導いてきたように。

 

 

 

 

【ロジカルドライブ】

 

 

 

Q.1 崖の状態は…?

 

1.水で満たされていた

 

2.橋が架かっていた

 

3.崩れていた

 

 

A.水で満たされていた

 

 

 

Q.2 エリア4の気温は…?

 

1.高音だった

 

2.低温だった

 

3.常温だった

 

 

A.低温だった

 

 

 

 

Q.3 風切が見た犯人は…?

 

1.泳いでいた

 

2.浮いていた

 

3.走っていた

 

 

A.走っていた

 

 

 

 

「……推理は繋がったっ!!」

 

 

【COMPLETE!!】

 

 

[newpage]

 

 

 たどり着いた答えがあった。

 

 

 これまでの証拠と、証言、それらを照らし合わせて導いた…たった1つの答え。

 

 

 あり得ないかも知れない。だけど在るかもしれない答え。

 

 

 ……まさかコレが……崖を渡った犯人のトリックなのだ?

 

 

 導いた俺自身も半信半疑。その説を信じて良いのか、このまま言葉として紡げば良いのか…。言いあぐねる。

 

 

「どうなさったんですか?折木さん」

 

「急にブツブツ呟いたと思ったら、黙りこくって……」

 

 

 いや、でも…この考えは、今このとき、この場面でしか言えない。

 

 この場面ほど、絶好の機会は無い。

 

 俺は心の中で、小さな覚悟を胸に秘め…。

 

 

「あのエリアは…極寒だった。ジャンパーを着ていなくては耐えられないくらいの寒さがあった」

 

 

 滔々と、語り出す。

 

 

「繰り返さずとも、イヤというもう分かっているわ…貴様、何が言いたいのだ?」

 

「方法だ。その極寒の状況下でしかできない。ただ一つの崖の上を渡る方法…それを今、説明する」

 

 

 目に見えた動揺が、波紋のように広がっていく。口々に、どういうことだ、本当か、それは一体どんな方法だ…今まで何度も聞いたような反応がいくつも返って来る。

 

 だから俺は、その声に応えるためにコツコツと、何をどう説明するべきなのか、積み上げていく。言葉を整理していく。

 

 

「――――――凍らせたんだよ。スレスレまで貯めた川の水を、エリア4の極寒の気温を利用してな」

 

「………はっ?こ、凍らせた!?」

 

「ままま、まさか犯人は、人智を超えた異能力の持ち主だったというのかぁ…!」

 

「雨竜、妄想がすぎるですよ。でも…そう思うのも無理ないですね。これは」

 

 

 驚きの声が次々と上がる。そして同時に…

 

 

「……凍らせたって言っても、あの崖は相当な大きさのはず。……あれを凍らせるなんて」

 

「まさに人の域を超えた、生命の偉大さを感じざる終えないね」

 

「……そこまでは言ってないと思う」

 

 

 どうしてそんな結論にたどり着いたのか…そんな疑問の声も上がる。最もな疑問だった。

 

 

 だけど…

 

 

「何も崖に貯め込まれた水を、全て凍らせたと言っているワケじゃ無い。それに、俺はさっきも言ったように、エリア4の極寒の気温を利用したとな」

 

「気温…水………まさか!!……いや……確かに……あの気温ならば…できるのか?」

 

「えっ?えっ?えっ?何がどういうことなんですか?まったく読めないのですけど?」

 

 

 

 聡い生徒は既に方法にたどり着いているようだったが…勿論全員では無かった。

 

 

 だから俺は…またメモに絵を描き、丁寧に説明を加えていく。

 

 

「つまり犯人は……」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「崖を水でヒタヒタになるまで満たし…そして暫く放置した」

 

「……放置?」

 

「ああ…その結果……極寒のエリア4の気温によって水の表面はグングンと冷やされ」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「やがて固まってしまった」

 

「固まった…ってことは………じゃあまさか…その上を?」

 

「ああそうだ。犯人は…

 

 

 

 

――――満たされた水の表面に出来た氷の上を渡った」

 

 

 

 コレが俺の考える、犯人の崖を渡ったトリック。

 

 

 俺が今までの証言、証拠、崖に関する全ての情報を総動員した結果、導いた答え。

 

 

 まるであり得ないレベルの、あるかも知れない答えだ。

 

 

 

「納得できません!!!どうしてそんな都合良く冷やされて仕舞うんですか!」

 

「そこは!!少し話しが難しくなるから、代わりにボクが説明しよう」

 

 

 

 ここで求められるのはより化学的な、メカニズムの問題。そこに、ニコラスはまた補足するように横から言葉を挟む。

 

 

 

「水には密度というものがあるのはご存じかな?」

 

「常識だ。何を当たり前なことを……………と思ったが、その当たり前から説明しないといかんのだったな」

 

「どうして私の方を見るんですか!!!実際によく分かりませんけど!!」

 

 

 いや、本当に分からないのかよ。…そこは流石に認めちゃいけない所だろ…。

 

 

「続けるよ?キミ達……今言った密度というのは、値が高い程物質は重くなり、低いほど軽くなるという原理がある」

 

「もっと言うなら、暖かい水ほど密度は高く、そして重い。逆に冷たい水ほど密度は低く、軽い……ということだ」

 

「その原理に沿って言うなら、温かい水は底に沈んで、冷たい水は上に浮いてくるって事になるですけど」

 

「理解が早くて助かるよ!水の中は全て温度が均一な訳じゃ無い…暖かい部分と冷たい部分というモノが出来てくる。今回の場合で言う、崖を満たした水だね。こいつも例に漏れず、そう言った層ができあがる」

 

 

 

 

「さっきミス雲居が言ったように、暖かい水は崖の底に溜まり…密度の低い冷たい水は満たされた水の表面に集約される。その結果、元々低温だった表面はエリア4の外気温によってドンドンと冷やされ…」

 

「そし、て、凍り付いた、って事、なんだ、ね?」

 

「……どれ位の時間満たされていたのかで、ちゃんと人が立てる厚さに凍ったのかは変わってくるけど……ほんの数センチほどの厚さであれば…多少の時間があれば可能さ……」

 

「可能…か」

 

「随分とサイエンスチックな話しですね…」

 

「でもこれで解決ということですね!!!」

 

「……いや、あんた。それはキチンと理解した上で言ってるですか?」

 

「いいえ!!何となくそういう雰囲気かと思って!」

 

 

 ……まぁ飲み込み切れないとは分かっていたため、ニコラスは特には気にしない様子だった。俺的に問題なのは、それに何のコメントも無く目をつぶっている落合の方に思えた。遠目からだが…多分アイツ、途中から寝てる。

 

 

「…とまぁ、ボクからの補足説明は以上さ、後は任せたよ?ミスター折木」

 

 

 そこで、ニコラスによる有り難い講義は一度帰結。話しの舵は、再び俺へと引き継がれていく。俺は改めるように、一度咳払いをする。

 

 

「そして…犯人はその即席で作り上げた氷の橋を使い、ホテル側へと渡ったんだ」

 

「じゃあ…私が目撃した光景は…」

 

「…そうだ。風切が見たのは、犯人が実際に氷の橋を渡って――――」

 

 

 

 

 

【反論】

 

 

 

 「世迷い言はそこまでさね!!」

 

 

 

              【反論】

 

 

 

「ちょいと待ちな…いや大いに待ちな!」

 

「どっちだよ……でも何を待つって言うんだ」

 

「どうにも納得できないんさね!水が凍り付いてたとか…水の上を渡ったとか…意味不明って感じだよ」

 

「……そうだな。少し答えを急ぎすぎたかもな」

 

「分かってるじゃないか。ニコラスのおかげで鬱憤も溜まってたんだ、ココで一度言葉の殴り合いといこうじゃ無いか」

 

「……俺で晴らすのか」

 

 

 

 

【反論ショーダウン】 【開始】

 

 

 

「前から…」

 

「いや今まで何度も思ってたけどね…」

 

「どうにも今回の事件ってやつは…」

 

「とっちらかり過ぎてる」

 

「それに加えて…」

 

「アンタとニコラスのおかげで…」

 

「ことさら煩雑になっちまってるってもんだよ」

 

 

 

「…そうだな」

 

「確かに、入り組んでいる…いやそんな一言で済ませない程、難しくなっているのは事実だ」

 

 

 

「ちゃんと理解しているようで…」

 

「安心したさね」

 

「だったら…」

 

「アタシの疑問…」

 

「いや…」

 

「納得できない部分も…」

 

「ちゃんと理解してるんだろうねえ?」

 

 

 

「お前の口ぶりからして…崖に水が溜まって…凍り付いた

 

「…その話しに納得がいかないんだろ?」

 

 

 

「その通りさね!」

 

「そもそも水が崖に溜まってたことが…」

 

「意味不明だってのに…」

 

「ソレが凍り付いただなんて…」

 

「さらに訳がわからないってもんだよ」

 

「実際にアンタは…」

 

「【凍っている崖の姿】を見たってのかい?」

 

「【本当に凍ってたってのかい?】」

 

「どうなんだい!!」

 

「ああん!!」

 

 

 

 

 

 

 

【氷の欠片)⇒【本当に凍ってたのかい】

 

 

 

「その言葉、切らせてもらう!」

 

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……残念だが、お前が今求めている、氷の橋があったという決定的な光景は…誰も目撃していない」

 

 

 何故なら、最も間近で目撃したとされる風切自身は崖を渡る場面を見ただけで、足場まで見ていないから。

 もし見ている人間が他にいるとしたら…それはもう犯人以外に居ない。

 

 

「じゃあ…!」

 

「だけど形跡はあった」

 

「形、跡?」

 

 

 俺は頷き、再びニコラスへと視線を移す。

 

 また頼む、と言葉も無しに小さく頷く。気付いた彼もまた、分かったと、頷き返す。

 

 

「何故なら…ボクはあの崖の底に流れる川に…凍っていたと思われる形跡があったのさ」

 

「な、何が川にあったって言うんですか?」

 

「――――氷の欠片さ。崖の底の川の表面に。…残骸のように浮かぶ氷の塊がそこかしこに浮かんでいたさ。異常なまでにね」

 

 

 最初、この証拠を渡されたとき、一体どういう理由で記録したのか…どうやって議論に使えば良いのか、まったく分からなかった。

 

 だけど…川が凍りつき、そして犯人はその上を歩いた、という事実を踏まえてみれば…この氷の欠片は、決定的な証拠と確信できた。

 

 ……もしもこれが全て、ニコラスが推理しているとおりだとするなら…この場面がやってくると予期していたことになる。

 

 どこまで、彼はこの事件を知っているのだろう。どこまで、彼を俺達に隠し事をすれば気が済むのだろう。そう思えて、仕方が無かった。

 

 

「自然に出来た物が、そのまま漂流していた可能性は無いんですか?」

 

「いや。もし崖の底で凍結物が発生するような事案があれば……水の管理にも支障がでてしまう」

 

「え?どーいうことですか?」

 

「つまりは川が詰まって、施設に水が行き届かないと考えてみれば良いのさ!そうだろ?モノパン」

 

「………シーン」コクコク

 

「まだ、消沈、して、る」

 

「永遠にこのままで在ることを願うですね」

 

「ううむ…だがそう頷かれてしまっては…」

 

「認めざる得ない…って感じだね」

 

 

 そう。モノパンへの確認のおかげで…”崖の底では川は凍り付かない”という事実が分かる。

 

 つまり…水はエリア4の地面まで貯め込まれ、急速冷凍された事も同時に証明される。

 

 確実に…問題は解決の方向へと変わっていっているのが分かった。

 

 

 ようやく…この事件の肝とも言える犯人がホテル側へとやって来た方法が見えた。

 

 今までに無いほどの、達成感と、そして真実へと向かうための大きな一歩を踏み出せたような気がした。

 

 

 

「……じゃあもしかして。私が見たのって」

 

「十中八九、犯人が自分で作り上げた氷の橋を渡っている瞬間だ。見間違いでも何でもない、決定的な場面だよ」

 

 

 そして風切は、まさに答えとも言える瞬間を目撃していたのだ。

 

 もしも彼女が証言してくれなければ、きっと方法も分からず、考えあぐねていただろう。いやそもそも、俺達への疑いが永遠に晴れずに終わっていたかも知れない。

 

 

「…じゃあ私が、形振り構わずちゃんと追いかけていれば。こんな馬鹿みたいなトリックを解くのも…苦労しなかったってんだね」

 

「そんなことは無い。お前はお前に出来る最大限の行動をしてくれた」

 

「そうですよ!!むしろ、何も出来ずに、部屋の中でのほほんと捜査をしていた私の方が不甲斐ない話しで……」

 

「……でも」

 

「そう悲しい顔は止しておくれよ。確かに見るべき瞬間、真実ともとれる瞬間を君は見過ごしてしまったのかもしれない…だけど代わりに僕の命を繋いでくれた。大事な友もまとめて、独りになんてしようとしなかった……君は良くやっているよ」

 

「……隼人にそう言われたなら仕方ない」

 

「「…………」」

 

 

 どうやら俺達の言葉ではなく…落合の言葉には死ぬほどあっさりと割りきる風切。…俺も小早川も見るからに釈然としない様子であったが……彼ら的にはそれで良いのなら、もう良いかと、無理矢理納得することにした。

 

 

「でも、さ。そこに、水を貯めるの、って…結構、リスクがあるんことなんじゃ、ない、かな?」

 

「”りすく”…でございますか?」

 

 

 すると、これまでの経緯を踏まえて何かを思ったのか、贄波はそんな疑問を呈した。俺自身も、彼女がどういう意図を持って言ったのかと、首を傾げてしまう。

 

 

「うん、リスク……崖の底を流れる川、って、施設に送るための、水なんだよ、ね?……じゃあ、その水を、エリアに集中させちゃう、と…他の場所、にも…影響がでるんじゃないかな、って?」

 

「……ほぇ?」

 

「……もしもだよ、キミ。例えば、3つの村があったとして…それぞれは同じ水源を使い、水を分け合って生活していた。だけど1つの村が水源を独占してしまいました……さて、他の2つの村の水はどうなる?…ということさ」

 

 

 ニコラスの例えば話を聞いて、俺は贄波が何を言いたいのか、リスクとは何なのか、その詳細を理解した。

 

 

「………水が、水が…ええと…はい。どうなるんでしょう!その答えは!!」

 

「いや、今はどう見ても考えてみなって投げられてる問答だと思うけど…」

 

「逆に質問を返せばもしかしたら反射的に返ってくると思って!!学校でも同じ事をして乗り切った記憶がございます!!」

 

「…シスターのアタシもビックリな神頼みな学校生活さね」

 

「知識はあっても、それを使わなければいずれ錆び付いてしまう。何を言いたいのかというと、僕の頭の中にある原理は既に錆び付いてしまっている…学ぶべき教科書が、所々破れてしまっている、ということさ」

 

「……隼人も分からない感じ」

 

「あー、アホ2人は置いておくとして。つまりあんたらが言いたいのは…エリア4に水が集中したんだから、他のエリアに、何らかのしわ寄せがくるってことですね?」

 

 

 流石に埒があかないと判断したのか、雲居がその答えらしき返答をする。

 

 そう、あの崖のサイズからして、トリックを準備する際相当な量になるまで川の水を増水させたはず。

 

 つまり…。

 

 

「その増水によって、周辺に何らかの影響が出て…俺達に異変を勘づかれてしまうのでは…ということか?」

 

「うん、そういう、こと」

 

「周辺の…だとぉ?…そう言われても、ワタシは何も…」

 

「いや…そんな事無いです。私、その影響の心当たりはあるです」

 

「ほ、本当ですか!!雲居さん!!」

 

「それを言うならアタシもだね……つまりは、あの現象の事を言ってるんだろ?」

 

「反町さんも!?」

 

 

 ……確かに、彼女達の言うとおり…その贄波の言うリスクは発現していた。

 

 

 水にまつわる現象がエリア4以外にも…あったのだ。

 

 

 ニコラスが集めてくれた中で、一際目を引いた、その現象。

 

 

 それも、エリア1と、エリア3で起きた…あの出来事。

 

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

 

【消えた湖)or 【噴水)

 

 

 

「これしか…ない…っ!」

 

 

 

 

 

「消えた湖と…そして止まった噴水……お前らはその事を言っているんだよな?」

 

「です」

 

「間違い無いさね」

 

 

 その例の現象を間近で見ていた雲居と反町は大きく頷き、正解であると体で表現した。

 

 

「………何の話し?」

 

「勝手に理解し合ったように視線を交わすな!!ちゃんと説明しろ!!」

 

 

 だけど、やはり言葉少なであったために、憤った様に説明を急かす。俺は頷き、その示し合わせた出来事を口にしていった。

 

 

「エリア1の湖、そしてエリア3の噴水…そこで水が減っていく、水が出なくなる、…そんな不自然な現象が起こっていたんだ」

 

「……ぬわんだぁ?その不気味な現象は」

 

「言葉の通りです。エリア1の湖が、徐々に無くなっちまったんです」

 

「同じく、エリア3の噴水が、少しずつ減っていっていたっていうか、出てこなくなった感じさね。いつもだったら寝る間も惜しんで馬鹿みたいに流れてるソレが急におかしな状態になったもんだから。イヤでも記憶に残っちまったよ」

 

「ふむぅ…確かに…どちらも水関連…それもニコラスの説に添うような現象だ」

 

「………じゃあそれが、水をエリア4に集中させたしわ寄せ、ってこと?」

 

 

 風切の結論に、俺は頷いた。

 

 

「そうだとも!!実際に異変は起こっていた…だけど、結局は…」

 

「ただ呆然と見守るだけだったですよ……だってジオペンタゴンの水事情なんて、知るよしも無いですし…興味も無かったですから」

 

「まぁ、アタシらも、まさかエリア4に水が溜まってるなんて、氷の橋を作るために貯めたなんて、考えもしなかったんだからね」

 

「何かをすべきだったとは…僕は決して思わないさ。それは景色の最果てを吹きすさぶ竜巻を見ているように、何が起こっていて、ソレが何を誘発してしまっているのか…ちっぽけな僕らじゃ、考えが及ばない」

 

「そっ、か、じゃあ、リスクあっても、危険は少ない、って、こと、だね」

 

 

 異変に気付かれてしまうというリスクは確かに存在する。だけど彼女達の言うように、それが犯行に使われたなんて想像もつかなかった。つまり、ほぼノーリスクという事である。

 

 

「では…具体的に、いつからいつまでその…不可思議な現象は起きていたのだ?」

 

「ええと…私がその現象に気付いたのは、大体7時半から1時間くらいですね」

 

「アタシも同じくらいさね」

 

「でも、7時半に水門を利用して水を貯めたとしたら、ホテル側に犯人が現れるまでに多少のラグが発生するはずだから……7時半よりも少し前、水が溜まる時間も考えて、大体7時くらいに…水が止まってしまったのだろうね」

 

「ですね…私も気付くのが遅れてたですから。多分、もうちょっと前にその兆候はあったと思うです」

 

「アタシはエリア3に入るときと、出るときに見ただけだから…そこんところは悪いけど不透明さね」

 

 

 反町達の現象を踏まえてみると、古家が殺される1時間以上も前から崖の水は貯められ、そして1時間を過ぎた頃にまた水門を開き…施設へと水を送り直し……そして氷の橋の証拠を隠滅した。

 

 施設の概要を良く理解した、とても大胆な犯罪計画である。これまでも充分緻密であったが、それにひけを取らないクオリティだ。

 

 

「そう考えると……いや本当に”だいなみっく”な”とりっく”でございます…大仕掛け過ぎて、もう全然脳みそがついて行ける気がしません」

 

「そもそも、今まで追いつけてたんですか?」

 

「そ、そうでした……!!追いつける脳みそが…私には無かった…!!」

 

「梓葉…痛ましすぎる自覚さね」

 

「いいや、小早川さん。そう恥じることは無いさ。恥じるべきなのは…限界がココにある決めつける自分自身。まだまださ、君はまだまだ充分にやれる。人間の可能性は、僕らが思う以上に無限大なんだからね」

 

「…………うう、追いつけません」

 

「…隼人の言葉を理解するのは不可能に近い」

 

 

 本当に悲しすぎる話しである。そして誰も否定しないことが、その悲しさをさらに助長させているように思えた。

 

 

「……どぅあが。それならそれで、話しは早い」

 

「?何が早いって言うんですか」

 

 

 すると、また何か気付いたことがあったのか、雨竜は不気味な笑みを浮かべる。ソレを見て、また始まったと、呆れた声色で雲居が構う。

 

 

「ふはっ、知れたことを…それは……」

 

「つまりアレだね!”犯行時刻”の事をキミは言いたいのだね!!」

 

「へ??……は、はんこうじこく?」

 

「貴様ぁ!!今ワタシが言おうとしたことを横取りするんじゃぁない!!!」

 

 

 横取りも何も、よく雨竜が言おうとしたことを遮れたなという気持ちが強かった。だってほぼノーヒントだったのに…心を読んでいるような聡さであった。

 

 

「だけど…どういうことなんだ?」

 

「…水を貯める際、犯人は必ず水管理室に行かないとならない。それは分かるね?」

 

「…うん、分かる。方法のための設備を利用しなくちゃ話しにもならない」

 

「だったら、その水を貯めて、そして渡り、犯行を行い、戻り…そして水を放流する…これは全部でおおよそ1時間半~2時間…具体的には7時から8時半までの間、犯行は行われた」

 

 

 それが示すことは…水を貯めてから、放流されるまでの時間の間、犯人はエリア4にいた。

 

 

 つまり…

 

 

 

「その水、の、増減がある、時間、内に、アリバイの無い人、が、犯人って、こと、かな?」

 

「ああ!そうなるだろうね!!ここで改めて問おうじゃ無いか!!!犯人くん…?いや…さん?はさっさと自白することをオススメするよ?」

 

 

 そんな素っ頓狂なアドバイスは、空しく、裁判場に響くだけ。痛い静けさが、一瞬現れる。

 

 

「……ここで自白してたら、ここまで苦労してないですよ」

 

「うん。そうだ、ね…流石に、厳しい、よね」

 

 

 だけど…犯行が可能な人物か。

 

 ニコラスのメモに寄れば、犯人が潜んでいると考えられるペンタゴン側の生徒達は全員…どこに居たのかというアリバイがある。

 

 でも…それは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

「はんこー時間が分かってしまえば…」

 

「後はこっちのモノです!!」

 

「そうですよね!!」

 

 

 ………そう、ですけど

 

   ああ!間違い無いとも!!

 

 貴様が肯定するな!!

 

 

「『自由』とは何なのか…」

 

「『束縛』とは何なのか…」

 

「ソレを今、【語り合うとき】が来たみたいだね」

 

「勿論、僕は前者が全てだと…考えているさ」

 

 

 もう議論する気、ない、よね?

 

   コイツ回り道どころか…

 

 別ルートに入って無いですか?

 

 

 

「……でも【犯行時間】が分かってても」

 

「ペンタゴン側の全員は…」

 

「……私達と同じように」

 

「……どこに居たのか」

 

「…【アリバイがある】はず」

 

 

 

 

 

 

 

【生徒達のアリバイ B)⇒【アリバイがある】

 

 

 

「それは違うぞっ…!」

 

 

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

「いや…誰が何処にいたのか…それを証明するのは難しい」

 

 

 誰かがどこに居て、そして誰になら犯行が可能なのか……でも全員にアリバイがる。

 

 それは大きな間違いだ。

 

 

「…?どうして?」

 

 

 否定を返された風切は…多少ムッとしながら、俺に疑問を投げかける。他の生徒達も、同様に答えを求めるような表情をしていた。

 

 

「ペンタゴン側の生徒達がどこに居たのか、そのアリバイ、というか……居場所は確かに分かっている。だけど……それと同じように、誰1人、自分がどこに居たのかを確実に証明をする人が居ない…」

 

 

 証明する人が居ない。

 

 それはつまり、全て生徒それぞれの自己申告ということ。誰かが誰かと一緒に居たとか、見たとか、そんな目撃証言が、一つも無いのだ。

 

 

「ぐぬぬぬ…た、確かに。よくよく考えてみれば…証明できぬ…」

 

「…こういう時に限って、何でバラバラに行動したもんですかね」

 

「こんなことならパーティの一つでも催しておくべきだったね!キミ」

 

「…気にくわないけど。そう思えて仕方無いよう」

 

 

 では、誰一人自分の居場所を確実に証明できないということは…

 

 

「だったら……考えられる可能性はただ1つ…だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――お前達の誰かが嘘をついている…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はハッキリと、真実をココに示した。

 

 犯人が潜んでいるかも知れない…5人の生徒達に指を差し向け、そう告げた。

 

 

「う、嘘…ですか?」

 

 

 これでハッキリした。今まで仲間意識とか、友情とか、そういうモノもあって、上手く思い切れなかった。

 

 

 だけど…ニコラス、贄波、雨竜、反町、雲居。

 

 この5人の誰かが…この事件の犯人。

 

 今なら、そう言い切れる。

 

 

 

 誰かが、古家を殺したことから、目を背けようとしている。

 

 誰かが、罪から免れようと、嘘をついている。

 

 誰かが…俺達を犠牲にしようと、この裁判場に立っている。

 

 

 

「……確かに、誰も証明できないなら…嘘をついているとしか考えられない」

 

 

 

 今まさに、俺はこの場所が、命がけの騙しあいする場であることを、深く実感していた。

 

 命がけの信頼、命がけの疑いあい、命がけの学級裁判。

 

 だけどこれが初めてなんかじゃない。

 

 4度もだ。4度も、俺達はこの感触に触れている。

 

 全くもって酷い体験談だ。笑い話にも、思い出話にも出来ない…。

 

 ――――だけど、唯一の救いと言うなら

 

 少なくとも、ホテル側の生徒達はシロと考えられるということ。小早川、落合、風切の3人は、確実に信頼できるラインに居るという事。

 

 これまでの道具の貸し借りや、大がかりな崖のトリックから考えて…ホテルに居ては出来ないことが殆どであるから。

 

 もし共犯者だったと言われれば苦しいが……だけどそれを行うメリットが余りにも見えない。結局脱出出来るのはクロ1人だけなのだから。

 

 故に、棄却することができる。

 

 だからこそ、心の救いとなり得る。

 

 

「あ、あたしらの中に…ですか?」

 

 

 俺は深く頷いた。その通りだと、この意思を曲げることは無いと…そう思わせる様に。

 

 

「…だ、誰なの?嘘をついているのは?」

 

 

 信じられないような瞳で、風切は…小早川は、渦中の5人に目を向けた。

 

 

「…あ、あたしは嘘なんかついてないですよ!?だって、嘘なんて、私が一番嫌うことなんですから…」

 

「勿論ワタシもホントの事を言っている!!図書館に居たことは事実なのだ!!!その時間いつも通りお勉学に励んでいたのだからな!!」

 

「アタシだってそうさね。実際、水の現象とかも見てるわけだから…これ以上無いアリバイだよ」

 

「ははっ!往生際が悪いぜ諸君、さっさと嘘をついているのは自分ですと、吐いちまえよ!」

 

「「「アンタ(貴様)(あんた)も同類だろうが!!」」」

 

「そこまで強く言われると逆にワクワクするね!!キミ達、そんなにボクの事が好きなのかい?」

 

「……日本語は通じてない」

 

「コミュニケーション、って、難しい、ね?」

 

 

 そしてやはりというか、案の上、”嘘”という単語に対して、そして疑いの矛先が確実に自分に向いたことに、生徒達は敏感に反応し、大きな動揺を広げていく。

 

 

「難しい話しだね。誰かが自分の本当の心の声をさらけ出してくれれば、こんな難しい話しにはならなかった。でも…人はそう単純なものじゃない。永遠に解けない迷路のように…入り組んでいる。…本当に、難儀な話しだよ」

 

「……そうだな」

 

 

 少々難解だったが、確かに落合の言うとおりだった。

 

 彼らは脳みそを持った生き物なのだ。自分は嘘はついていない。本当の事を言っていると…常套句のような自己弁護を口々に言い始めるのも無理は無い。

 

 何故なら彼らの中のたった一人が、焦っているから。この事件の犯人が身の潔白を証明しようとしているのでは無く、真実を誤魔化そうと、躍起になっているから。

 

 だから、話しがこじれてしまうのだ。

 

 自分は嘘をついていない。自分には不可能だと。

 

 ”たった一人”…まるで暴風雨の様な嘘を振りまき、そしてこの場を吹き荒らしているのだ。

 

 

「ワタシはぁ!!」

「あたしは…」

「アタシは!!」

 

 

 ……だったら、この喧騒の中でも、俺は俺の耳で…真実を聞き分けなければならない。

 

 

「嘘などついておらんわぁ!!」

「嘘なんてついてないんですよ!」

「嘘なんかついてないさね!!」

 

 

 

 

 そして…この吹き荒れる真実の中に潜む矛盾を…見つけ出さなければならない。

 

 

 何が可能で、何が不可能なのか。

 

 何が嘘で、何が本当なのか。

 

 

 確実に、打ち抜かなければならない――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【パニック議論】   【開始】 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「確かに!これまでの【推理通り】であるなら…」

 

「ワタシ達の中に犯人がいる…」

 

「その可能性は大いにあり得る」

 

「いや…もしかしたら無いのかも知れんが…」

 

 

――――――――――――――

 

 ……自信が途中で消えていってる

 

 うう…そのお気持ち…よく分かります

 

―――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「嘘つきが私達の中に居るのはわかったです」

 

「でも…」

 

「それは私では無い事は確かです」

 

「私は絶対的に…」

 

「【真実オンリー】の出来事しか述べてないんですから」

 

 

――――――――――――――

 

 それだったらボクも同じ事を言えるさ!

 

 だったら、その心を詩にしてみたどうかな?

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「随分と決めつけた言い方してくれるじゃないか!」

 

「アタシらの中に犯人がいるだなんて…」

 

「中々視野が狭いって話しじゃないのかい!?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

  *  *  *

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「ほう…キミにしては随分と煮え切らない態度だね」

 

「もしかして【キミが嘘つき】だったりするのかな?」

 

「隠し事が恥ずかしくて、そして抑えきれなくて…」

 

「つい口が動揺を示してしまっているんじゃないのかい?」

 

 

――――――――――――――

 

 確かに怪しいですね

 

 何故ワタシの時だけここまで疑われるのだ!!

 

―――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「ええっと…これは…私、も…」

 

「弁解した方が、良いの、かな?」

 

「うん、私も、同じ、だよ?」

 

「気分転換に、【プール】に、行ってたこと、は…」

 

「本当、の、こと」

 

 

――――――――――――――

 

 うう…どれも本当の事に思えて仕方在りません

 

 だけどこの中に、僕らを欺く矛盾があるのさ

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「…もしかして…【私達の中に犯人】がまだいる…」

 

「…そう考えてたり?」

 

「……でも、無理も無いか」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 *  *  *

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「そそそそそそ、そんなわけ無いであろうがぁ!!」

 

「ワタシはその時間は…」

 

「キチンと時間通りに…」

 

「【図書館】にてお勉強に興じていたのだ」

 

「もし疑うのなら…」

 

「勉強内容を今ココで講義しても良いのだぞ!?」

 

 

――――――――――――――

 

 講義はイヤです!!

 

 …恐ろしい拒否反応

 

―――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「という訳で…贄波と私は確実にシロです」

 

「何故なら…私には証言があるからです」

 

「私は事件の最中、【減っていく湖】を見ていたんです」

 

「こんな明細で…それも嘘くさい怪しい証言…」

 

「クロだったら絶対にしないです」

 

「もし私がクロなら、もう少し現実的な証言をするです」

 

 

――――――――――――――

 

 確かに…

 

 まるで嘘みたいな話しがあって…でも信じられなくて…人の心は難しい

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「まさかまさかのホテル側のキミ達の中の誰かが…」

 

「嘘つきだとでも言うのかな?」

 

「いやいや…それは根本的におかしな話しだよ」

 

「だって【全ての発端はペンタゴン側にある】のだからね」

 

「まぁもしも共犯者がいたのなら…話しは別ではあるけどね」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 *  *  *

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

[Forum 1]

 

 

「…そんな個人的過ぎる話しはどうでも良い」

 

「…今重要なのは」

 

「…今までの犯行が」

 

「コレまで分かった時間の中で」

 

「…【誰になら出来た】ってこと」

 

 

――――――――――――――

 

 誰に、なら、?

 

 その通りであるな!!早く明確にせぬば!!

 

―――――――――――――――

[Forum 2]

 

 

「それが根拠になるなら…」

 

「アタシだって同じさね!」

 

「【エリア3】で…アイツらの墓参りをしている所で…」

 

「アタシは様子のおかしい噴水を見たんだ」

 

「コレがアタシがエリア3に居たって言う」

 

「明確なアリバイになるさね!!」

 

 

――――――――――――――

 

 あたしと同じタイプの証言だったですからね…

 

 …なら…素直と蛍は…容疑者から外れる?

 

――――――――――――――

[Forum 3]

 

 

「ですが【共犯者】などというものを考えて仕舞っては…」

 

「本当に一から何もかもを考え直さなくてはいけません!!」

 

「私はイヤです!!」

 

「ていうか…もうこれ以上頭を使うのは…」

 

「体に良くないので!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【水管理システム) ⇒【誰になら出来た】

 

 

「…聞こえたっ!!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや…誰にならできたんじゃない……"誰にでも”出来たんだ」

 

 

 

 そう、誰にでも出来た。それも、誰が何処にいても…態々エリア4の水管理室に赴かなくても、簡単に崖に水を貯める方法が……ある。

 

 

「だ、誰にでもって…システムを使うのも、時間も覆す…そんあ欲張りセットみたいな事が出来るって言うんですか?」

 

「ああ、そうだとも。そんな方法があるのだよ、キミ」

 

 

 するとニコラスが、そこはボクが説明しよう、まるで解説キャラのような態度で、また口を挟む。

 

 

「説明不足も甚だしいぞ…最初っから全部綺麗に話せ」

 

「まぁそう急かさずに、物事には順序という物があるからね。……ええと、どこまで話したかな」

 

「……まだ何も話してない」

 

「わざとボケてるんですか?」

 

「そうだった!!そうだった!!いや、申し訳ない。では順序よく説明していこう。……あー、前述の水管理室に備えられた水の増減を左右するシステム…というのは実にタイムリーな情報だと思うのだけれど…勿論覚えているね?」

 

「勿論覚えてるさね。そのしち面倒くさいシステムについての話しが、焦点になってるんだよ」

 

 

 その通り、つまり犯人は水を貯めて、さらに放流するというプロセスをクリアするために、一々水管理室に行かないければいいけない…そんな時間の無駄とも言うべき問題を彼らは指摘しているのだ。

 

 だけどニコラスが言うように…その問題を覆す方法もまた存在する。

 

 

「ああそうさ、確かに面倒臭い…だけど、今まで言うまでも無いと思っていたけど、実は例のシステムには”タイマー機能”、というものがついていてね」

 

「たいまーきのう?」

 

「僕が何処かに居ても、決められた事項は施行され。決められた事項があっても…僕は何処にでも居られる……つまりそういうことだね?」

 

「…………」

 

「ええと、ミスター落合の話は置いておくとして。つまりあれだよ、誰が何処にいても、予め設定しておけば、水は時間通りに増減させる事が出来る…ざっくりと言えばそういう機能だね」

 

「えっ…彼処に、そんなあからさまな代物がついてたってのかい…」

 

「本当に欲張りセットみたいな機能ですね。…まさに犯罪のために用意したとしか思えないシステムです」

 

 

 確かに、雲居の言い分も分かる…。

 

 だけど実際の所…あの施設の役目は施設へ送る水量の調節。普段は自動だが、緊急の場合に備えて手動で捜査できるように作られている。だから、タイマー機能なんてモノも取り付けられているのだろう。

 

 

「…じゃあ具体的に何時何分にタイマーを設定してたの?」

 

「始まりの時間は、大体7時位と考えて……特に重要なのは、終わりの時間さ」

 

「始まりがあれば終わりがある…逆に言えば、終わりが無ければ始まりも無い…まさに虚無さ。その点、時間というモノは素晴らしい…必ず終わりと始まりのピンを打つ事ができる…皮肉な話しだね」

 

「……何処が皮肉なんですか。…でも、その時間が具体的に分かれば…」

 

「犯人が、逃げおおせるため、の、タイムリミットも明確にできる、よね?」

 

 

 

 その終わりの時間を具体的に、示すなら…あの証拠しか無い。

 

 

 この事件の始まりを告げる…あの証拠。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

 

【モノパンファイル Ver.5)

 

 

 

「これしか…ない…っ!」

 

 

 

 

「古家の死亡時刻…夜8時32分…恐らくコレが崖から水が抜かれ始めた時間…そして水を放流するタイマーをセットした時間だろう」

 

 

 そう考えれば、反町や雲居が、水が元に戻ったという証言とも辻褄が合う。

 

 つまり、古家が殺された時刻は、この事件の始まりでもあり、ある意味で終わりでもあった…ということだ。

 

 

「では……今まで考えられていた手間暇を”たいまー”でどうにかできるとするなら」

 

「……犯人にとってかなりの時間的余裕が出来る。逃げる時に出来る選択肢も増えてくる」

 

 

 犯人は最初っから、たった1時間というタイムリミットを設け、ホテルへと侵入。そして殺人を犯した後、すぐさま逃げ出し。そして、美術館へと借りたモノを返すなどの、隠蔽工作をした。

 

 

「だからこそ…お前達が口々に言うアリバイ…」

 

「殆ど不成立に…という結論になるね」

 

 

 これらの可能性と、そしてペンゴン側の生徒達のアリバイは全て自己申告という事を踏まえれば…。

 

 誰でも嘘をつける。

 

 

 誰でも犯行を行うことが出来る。

 

 

「ほ、本当にどなたでも…可能、ということになる…のですか…?」

 

 

 

 瞬間――――――身が引き締まるような、血が冷たくなるような、そんな感覚が走った。

 

 

 それは目の前で古家を殺されたからこそ感じる恐怖。俺を殺そうとしたからこそ分かる執念。

 

 そんな深い深い殺意のような心を持っている殺人鬼へと、真実へと、確実に近づいている。

 

 その事実が、確信できた。

 

 でもそれが、誰が行ったのか、誰が嘘をついているのか…肝心な所がわからなかった。いや、わからないからこそ…俺はこんは恐怖をいだいているのかもしれない。

 

 誰しもが普段通りの口ぶりと、身ぶり手ぶり…一見誰もが違うと判断してしまいそうなこの光景を目の前にしているから。

 

 知らないからコソを、恐怖を、俺は今、実感している。

 

 その裏に、何が潜んでいるのか、どんなドロドロとした意図が渦巻いているのか。

 

 ……怖がるな…と言う方が無理な話だった。

 

 

「……じゃ、じゃあ結局誰が嘘をついてるの?全然情報も無いし、このままじゃずっと堂々巡りしたまま」

 

「いやもう既に、目に見えて堂々巡りをしているね!!」

 

「そこを自信満々に言う事か?」

 

 

 それにこの間延びした状況にした原因はお前にもあるんじゃないか…と言ってしまいそうだったが…今は口をつぐんでおいた。

 

 

「そう…そこでだよ、キミ達。ボクに、そんなイタチごっこのこの状況を打破する…良い考え方がある」

 

「………考え方?」

 

「ああ、勿論あるとも、それは風に聞いてみること。風は僕の知らない所まで、全てを把握している…からね」

 

「ちょっと、だまって、て?」

 

「……ゴメン。ウチの隼人が」

 

「そんな事は無いさ!こういう箸休めは定期的に入れるのが僕ららしい。ええと……うん、そう誰が嘘をついているのか、確かめる方法が…いや確定させる方法が、今この場に存在しているのさ」

 

「本当ですか!!!!」

 

「えー、またそんな都合の良い…」

 

 

 場を改めるように、ニコラスは含みを持たせた言葉を発した。俺達は、急にそんなことを言われたモノだから、すぐさま当惑を露わにしてしまう。

 

 

「とはいっても…どうやって確定させるというのですか?」

 

「勿論今すぐにでも答えたい所だけど……それを言う前に………ミス贄波…そしてドクター雨竜」

 

「な、なんだ?」

 

「…どうした、の?」

 

 

 すると、意外な組み合わせの二人の名前をニコラスは呼んだ。二人も同様に、不意を突かれたように言葉をどもった反応をしてしまっていた。

 

 

「いやね、そこまで身構えなくても良いさ。ただ、キミ達が居たというエリア2について聞きたいことがあってね」

 

「…あのエリアについてか?」

 

 

 そう言われて、確かに彼らに共通して言えることといえば…事件前エリア2に居たという事だった。俺は手元にある、アリバイの証拠を見て思い出す。

 

 

「何を、聞きたい、の?」

 

「簡単なことさ。そのエリア2において、シスターや、ミス雲居の様に、水に関連する不思議な現象は起きていたのかどうか、ということさ」

 

 

 ……そういえば、と俺は思った。

 

 

 あの反町と雲居は、エリア4に水を集約したことによって現れた、水の現象を目の当たりにする中で。

 

 エリア2にいたハズの彼らは、その現象について一切言及していなかった。

 

 これまでの定理からすると、反町達が証言したような目撃情報があっても可笑しくないのに…。

 

 

「…いや、特に変化は無かったな。ああ、そうだとも。ワタシ自身図書館にはいたが…そこ流れている水に、変化は無かった」

 

「同じ、かな?プールの水も、何も…」

 

 

 だけど彼らは、その定理に反するように首を振った。

 

 

「OK、だったら話しは簡単さ」

 

 

 そしてその答えを聞いて、まるで確信したように、そう言葉を紡いだ。

 

 一体何を言おうとしているのか、未だ犯人の尻尾すら掴めていない俺は、まったく見当がついていなかった。だからこそ、俺は、いや俺達は彼の言葉を待つ他に選択肢が無かった。

 

 

「施設の水について、ボクは今まで…何処かに水源があって、そこからから引っ張っている…そう言っていたね?」

 

「うん、そう言ってた、けど…」

 

「でもね…それは”間違え”だった。彼らの言葉を聞いて、そう確信できたのだよ」

 

「間違いって…!今までのソレが覆されるんだったら、事件の根本から考え直しになっちまうですよ!」

 

「………また面倒臭くなる」

 

「ははっ!いやいや、そんな砂の城をぶち壊すような事じゃ無いさ。さっきも言っただろ?犯人を確定させる方法があるって、簡単に、ね?」

 

「まどろっこしいさね!今までの水源から引っ張ってきているってのが間違いだったら、他にどこから水を持ってきてるって言うんだい!!」

 

 

 確かに遅延行為とも言えるニコラスの御託に、それぞれしびれを切らした発言が増えてくる。また、憤った雰囲気が蔓延り始める。

 

 

「ああ良いとも…僕の推理によれば…」

 

 

 だけど、ニコラスは、そんな野次にも流されず、ただ静かに、淡々と、その真実を語り始めた。

 

 

「このジオ・ペンダゴンそのものに水源は無く、水そのものが――――施設全体で循環している」

 

「……じゅん、かん?」

 

 

 的を得ない彼の結論に、彼らは首をひねる。俺自身も、彼が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。だけど彼は気にせず、続けていく。

 

 

「いやぁ、ね。これまでの経緯を踏まえて、常々思っていたことがあってね」

 

「何を、思ってた、の?」

 

「何故、エリア4に水管理室なんて物を設けているのかということさ」

 

「………?」

 

「…どうして水の量を、あの場所で調節する必要があるのか…と思っていたのさ」

 

「うう…もうちんぷんかんぷんです」

 

「安心しな、アタシも意味不明さね。……ニコラス!もっと分かりやすく説明しな!!」

 

 

 難しい返答に、ニコラスは他の生徒から催促が入る。彼は仕方無い、とまた神経を逆なでするようにぼやく。

 

 

「つまり!このジオペンタゴン全体は川のように水が巡回していて、崖の底の水はその通り道の1つ…と言う訳なのさ!」

 

 

 そして結論とおぼしき発言を聞いた俺達。だけど、再びシーンと、という音が鳴ったように静まりかえる。

 

 ……コレが意味するのは…何を言っているんだ?コイツ…ということだった。

 

 

「……どういうことなのだ?モノパン」

 

 

 そして最終的に、流石の雨竜も、詳しく知っているであろうモノパンへと助けを求めた。これまでにない光景故に驚くべき事なのだが…それ以上に掴めない状況のため、リアクション無く進行していってしまう。

 

 

「えー説明がよく分からない方がいらっしゃっておりますが…確かに…ニコラスクンの言うとおりでございまス」

 

「…当たってるの?」

 

「ええ!!そうですとモ!!まずは此方のフリップをご覧下さイ」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「この施設全体には…国道とも言うべき大きなパイプが通っておりまして…この施設を一周するように通っております。…そしてその大きなパイプからいくつもの小さなパイプが枝分かれし、それぞれの設備へと送られていきます。ですが全ての水が送られているのでは無く、大きな川とも言うべき主流の一部を水をくみ上げている、といった感じです」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「故にこのジオペンタゴンの水はこのように恒久的に流れ続け、そして使用済みの水はそれぞれのエリアの間に張り付けられているろ過装置を通し…そしてそれぞれのエリアの水としてまた再利用していっているのでス。言わば、この施設全体が水の貯蔵庫のようになっているのですネ」

 

「……じゃあトイレの水も、エリア2の農業用水も、使われたて、また再利用してるってこと?」

 

「そうなりまス!!ですがだからといってここの水を飲みたくないとか、もう料理作れないとか思わないで下さいヨ?この施設の浄水装置はマジで完璧なので、マジで完璧な循環システムが完成しているので、安心して今後もお使い下さイ」

 

「いや…それは良いですけど…。あたし達が聞きたいのは…どうしてそんな周囲と隔絶したような構造なってるんですかってことですけど」

 

「他から水を引いた方が手間も少なくなると言うのになぁ…」

 

 

 確かに、雲居達の言うとおり…どうしてこの施設にそんな一つで完結した設備が備わっているのか?……それじゃあまるでシェルターだ。設備の中で再利用を繰り返し、そして延々と生活する、シェルターの様に思えた。

 

 

「まぁ細かい事は置いておくとして……つまり、ニコラスクンの言っている循環とは、そういうことを差しているのだと思いまス……OK?」

 

「勿論OKだとも!!ボクはそう言いたかったのだよ!!」

 

「……調子良い」

 

 

 だけどモノパンは以降決して説明を加えず、そのまま話しを本筋へと軌道を戻していった。…少し気になったが…確かに、今はそんな事を考えている余裕は無いのもまた事実であった。

 

 それでも…今の情報、裁判中ではあるが何か有益な情報だ。一応メモに加えておこう。

 

 

 コトダマUP DATE!

 

【ジオ・ペンタゴンの全体図)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「成程…だからワタシ達のエリアに水の現象が波及していないかった…ということか」

 

 

 すると雨竜がモノパンの説明から、いち早く何かに気付いた。

 

 

「ふぇ?…どうしてそうなるんですか?」

 

「水の現象が起こったエリアは、エリア4の両脇に位置していた。そして先ほどのモノパンの示した画像、水の流れ、循環…それらの事を考えれば、水の増減によって我々のエリアは直接影響は無かった…いや少ないということだ」

 

「恐らく!エリアの繋がりからして湖の水をそのまま使って、延命治療をしていたのだろうね!」

 

「………どういうことですか?」

 

「目の前に4つに仕切られた水があった、その中の1つに水を集中させた……すると、周囲の水はドンドンと無くなっていく…だけど最も離れた両隣じゃ無い水は…影響はあっても少ない…この理解で大丈夫だよ思うよ?」

 

「………どういうことですか?」

 

「……聞かなかったことにしてる」

 

 

 つまり。水門を調節して流れを少なくしても、そこから離れた場所に位置するエリア2への水は通常通り供給される、ということか。…うん、自分で言っても、上手く説明できないな。俺の説明も落合レベルかもしれない。

 

 

「…それにしても、よくお分かりになりましたネ~。この施設の謎の1つである水の大量循環に、ノーヒントでたどり着いただなんて、驚きの余り、解き明かしたアナタにベストウォーターマン賞を差し上げたい気分でス」

 

「謹んでお断りさせてもらうよ、キミ!」

 

 

 グッドのハンドサインを、清々しくモノパンにぶつけた。確かに要らない、と心の底から同意した。

 

 

「だけど…それが事件とどう関係するってんだい?」

 

「おいおいおいわざと言っているのかい?ボクが言いたいのは、この流れの事を念頭に置けば――――誰が犯人なのか分かる、ということさ」

 

「犯人がですか!?」

 

「何処をどうやって犯人を見分けられるというのだ!」

 

「ソレを説明する前にに……今言った水の流れの原理…これをもう一度考え直してみれば、自ずと答えは見えてくる………そうだろ?ミスター折木」

 

 

 もう一度考え直してみれば……?

 

 

 俺は自分に向けられた様なニコラスの言葉を、聞いて…頭をひねり出す。

 

 

 誰も彼もを置いてけぼりにするような彼の発言の数々。

 

 

 そしてそこからパスされた、犯人を特定するための…答えの要求。全くもって、焦るばかりだった。

 

 

 だけど、冷静に考えてみれば…彼は水の流れに焦点を当てている。

 

 

 だとしたら…その水の流れを突き詰めてみれば……分かるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

「まずはヒント…」

 

「とかく重要なキーセンテンスは…」

 

「…『水門』」

 

「これで分かるかな?」

 

 

 え…それだけですか?

 

   むむむむ…いや、ここまでくればなんとか

 

 貴様には無理だろう…

 

  無理とは何ですか!!

 

 

 

「……水門?」

 

「ううん…ダメ、もっと欲しい」

 

 

 

 同じ気持ち、同じ思考……それはつまり

 

   同じ、く、ヒントが欲しい…ってこと?

 

 …誰でもそう考えるですよ

 

 

 

「欲しがりさんだねキミ達というやつは…」

 

「仕方無い…」

 

「より具体的に言うならば…」

 

「いや根本的に言うならば…」

 

「崖は『水門を閉めなければ』、水は溜められない…」

 

「それで良いかな?」

 

 

 …少ない、それにしょぼい

 

   マジでどういう意味さね

 

 

「何を当たり前の事を言っているのだぁ!!」

 

「水を貯めるには…『水をせき止める』必要がある…」

 

「そんなわかりきっていることの…」

 

「何処が『ヒント』になるのだ!!」

 

 

 考える…考える…考える

 

  …不味いですね

 

 若干小早川が壊れてきてる気がするです

 

 

「いやいや、その当たり前が重要なのさ」

 

「だけど同時に、水を貯めるには…もう一つ」

 

「『川の流れ』が重要になってくるのさ」

 

 

 

 

『水をせき止める』⇒『川の流れ』

 

 

「お前達なら…証明できる!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだ。もしも…水を貯めなければならないのなら、川の流れを…1度”せき止めなくてはいけない”………だよな?」

 

「そう、だね。しなかった、ら、水は貯められないもの、ね?」

 

「オーケイ、良いよ、キミ達……ここまで来れば、後はトントン拍子さ」

 

 

 ……贄波の言うとおり、水門を閉めなければ、せき止めなければ、崖に水はたまらない。だけど…。

 

 

「……”水門の両方を閉めてはいけない”。何故なら、水を供給しなければならないから…」

 

「……どっちも閉める必要が無い…てこと?」

 

「グッド…では…大詰めだミスター折木。それはどちらの水門を閉める必要があると思う?」

 

 

 …どちらか。

 

 

 そんなこと…今までの議論を顧みれば、すぐに分かるはずだ。

 

 

 例の崖の川は、入口から見て右から左に流れていた。

 

 

 だったら…………

 

 

 

 

 

 

 だった、ら……………

 

 

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 

 …………………

 

 

 

 

【スポットセレクト】

Q.閉められた水門はどっち?

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ↓

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――瞬間だった

 

 

 

 …ゾクリ。

 

 

 と、あの時、ホテルの中庭で感じた、鋭い悪寒が再び走った。

 

 

 

 そして同時に…理解してしまった。

 

 

 

 ――――――”誰が嘘をついているのか”

 

 

 

 

 誰が――――犯人なのか

 

 

 

 

 誰が……古家を殺したのか。

 

 

 

 でもどうして……アイツが?こんな事件を?

 

 

 

 ………いや、今はそんな事を考えている場合じゃ無い。

 

 

 

 ソレよりも…やるべきことはある。…心を乱すな。真っ直ぐ前を向け。

 

 

 

 

 

「………エリア4から見て…川は、右から左に流れていた。だとしたら…水を貯めるために、せき止めるには左側の水門を閉める必要がある」

 

「……左、側、うん、そうだよ、ね…川の流れは、通りに、ね?」

 

「じゃあもう片方は…」

 

「そちらは供給側の水門、つまり―――――エリア4に流れ込んでくる川の水門は閉める必要がないのさ」

 

 

 水を供給させ、そして崖に貯めるためには、閉めるのは左側の水門だけで良い。

 

 

 そしてココで必要になるのは…

 

 

 …モノパンの言う流れが…全体が分かるような………例の図。

 

 

 

 

【コトダマセレクト】

 

 

【ジオ・ペンタゴンの全体図)

 

 

「そうか…!」

 

 

 

 

 

「それ、は……全体図か?」

 

 

 そう、先ほどモノパンが示したジオペンタゴン全体の水の流れの図。

 

 

 コレが――――――決定打になる

 

 

 

「ああ、この全体図と、エリア4の水の流れを重ねて見ると…」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「こういう風に流れていることになる…」

 

 

 そう、つまり……

 

 

「閉められた側の…”エリア1”の水への供給は断たれ…今まで話していた水が出なくなるという現象が起きることになる………だけど…供給側の水門は――――――”閉められなかった”…そうすると」

 

「……閉められなかって」

 

「え?ええ?」

 

「つまり…エリア1の…蓄えられていた湖の水がエリア2、エリア3…と通常通りに循環していくことになる」

 

 

 

 エリア2にはエリア1湖の水が供給され、エリア2の水はエリア3へと…だけどエリア3の水は……エリア4を通り…エリア1へと戻っていく。だけど今回ばかりは…エリア1には戻っていなかった。

 

 

 

 

 

 それが意味するのは…たった1つ。

 

 

 

 

 

「つまり――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――”エリア3”側の水門は閉める必要は無く、水は今まで通りに供給される。おかしな水の現象は起こりえなくなるんだ」

 

 

「な…では……まさかぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 だとしたら、嘘をついていた人間が誰なのか自ずと見えてくる。

 

 

 

 

 

 証言の中で…『エリア3の水が変だった』と、そう証言した人物が。

 

 

 

 

 

 そいつがこの事件の…

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――”犯人”

 

 

 

 

 

 

【怪しい人物を指定しろ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒ソリマチ スナオ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前しか……いない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――反町。お前、エリア3の噴水がおかしかった…そう言っていたよな?」

 

 

 

 嘘をついているかも知れない。

 

 

 俺は、その可能性を持つ彼女の名前を…口にした。

 

 

 そして静かに、彼女を見やり、返答を待った。

 

 

 

「………」

 

「え、どうして…反町さん…?」

 

 

 

 だけど彼女から、答えは返ってこなかった。

 

 周囲は、急にどうしたのだと、反応を見せない反町に視線を向けていた。

 

 

「……?」

 

 

 だけど、緊迫したステージに昇華していることに気付いていた。今まででは考えられない、俺が反町にすごむ光景が今目の前で繰り広げられていたのだから。

 

 だからこそ、どもったように疑問を呈したり、同じように何も言わず静観に徹したり、それぞれの反応を示していた。

 

 まさに異様な雰囲気であった。

 

 

「…答えてくれ、反町」

 

「……」

 

 

 催促するように、彼女の名を呼ぶ。だけど、何も返ってはこない。

 

 返答する言葉を思案しているのか、それとも何も言えず困っているのか…理由は分からない。

 

 

 だけど…少なくとも…。

 

 

 きっと、俺の疑問が何を意味しているのか…その先に何があっているのか…彼女自身、理解しているだろう。

 

 だからこそ、彼女は言葉に詰まっている。

 

 

 

「反町」

 

「…………」

 

「……反町」

 

「………ああ、ああ、言ったよ、間違い無く、言ったさね」

 

 

 彼女の名を繰り返した。そして、ついに沈黙を破った。

 

 そして投げやりに、彼女は認めた。その事実を、現象の有無を認めた。

 

 瞬間、俺は小さな愕然を感じた。同時に、諦観のようなモノも、同時に感じた。

 

 ああやっぱり…そんな静観を。

 

 

「だとしたら…おかしく無いか?もしも湖が減るような影響が、お前が居たエリア3にも影響が出ていたのなら……エリア2…雨竜達の居た場所にもそれと同じ現象が発生していたはずだ」

 

「え、あ…あの……折木、さん?それって…どういう」

 

「でも、湖の延長線上にあったエリア2には何の不可思議なことも起こっていなかった…だとしたら、お前の居たエリア3も、エリア2にと同じように、水の現象は起こっていなかったハズなんだ」

 

 

 吐き出したくなるような辛さを抑えながら……コツコツと、コツコツと、今までの事実を重ね、重ね、重ねていき…詰めていく。

 

 ……起こっていない現象を見たなんて言い張っていたのか。どうして知るよしも無い期間を知っていたのか。

 

 

「………」

 

「だけど…お前は証言した。ニコラスに言ったはずだ……エリア3で噴水の様子がおかしかったと」

 

 

 反町が…嘘の証言をしていた。

 

 その事実を、白日の下にさらすために。

 

 

「う…うむぅ、確かに、ワタシ達を例に挙げるならそうなるが…」

 

「………姐さん?」

 

「……」

 

 

 生徒達も、その矛盾に気付き始める。そしてそれが大きな意味を持つ矛盾であると、この裁判の行方を左右するほどの矛盾であると…気づき始めていた。

 

 

「………反町。お前、どうして知っていたんだ?水が無くなっていたことも、そしてどれ位の時間…減っていたなんて細かい事まで」

 

 

 

 そしてその矛盾が何を意味しているのか。

 

 どうして嘘をつく必要があるか。

 

 そんな理由は…誰しもが理解できていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ――――だから苦しかった

 

 

 表情には出さなかったが、とても辛かった。

 

 

 

 

「反町…答えてくれないか?」

 

 

 

 

 本心では、答えて欲しくなかった。

 

 

 コレが真実であって欲しくなかった。

 

 

 反町の言葉を聞きたくなかった。

 

 

 いつも真っ直ぐな彼女が…嘘をつく姿なんて――――――見たくなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………すぅーーーーーーーーはぁーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど返ってきたのは………大きな大きな大きな…ため息だった。

 

 

 煙が漏れるような…深い深いため息だった。

 

 

 肺が膨張し、そして縮小するのが、服越しでも分かるくらいの…深い呼吸だった。

 

 

 

「――――――知っていたからに、決まってるさね。どうしてそんな当たり前の事を聞いてくるんだい?」

 

 

 

 続いて返ってきたのは、事実の否定だった。自分自身の証言の肯定であった。あっけらかんと、いつものように、何を馬鹿な事を聞いてるんだと…そう言うように。

 

 

 でも…

 

 

「………いや、お前は嘘をついてる。今までの証拠を組み合わせてみても…」

 

「……はぁ?」

 

「だから…」

 

「…はぁ?」

 

「……………」

 

「はぁ?」

 

「あの…今は何も言ってないような…」

 

 

 

 確かに何も言っていない。だけど、言葉を返す事ができなかった。

 

 ……たった一言

 

 たった一言に、その圧力に…思わず足を引いてしまいそうになったから。いや、実際に怖じ気づいて、手から汗が止まらないでいた。そして黙ってしまったのだ。

 

 

「……アンタらの言う能書きはもう良いさね。要はアンタは、今、アタシが嘘こいてる…っつー事を言ってるんだろ?」

 

「……そうだ」

 

 

 だけど流石に悠長かと判断したのか…彼女は俺の言いたいことを代弁していく。その代弁に俺は肯定する…それを見た彼女はヤレヤレと首を振った。

 

 またやってるよと、呆れたものだと言うような…そんな挙動。

 

 いつも通り、馬鹿をやってる俺達の姿に呆れる彼女の挙動。

 

 

「水が減っているはずが無いから、水門がどうだから…お前は嘘をついてる……そう言ってるんだろ?」

 

「……そうだ」

 

「はっ……どーいう理屈でそうなるんだい?」

 

「いや理屈じゃないさ…論理的に、キミは隠し事をしている。いや、知るよしの無い出来事はキミは証言していたと言ってるのさ」

 

 

 だけど、いつも通りでは無い反町の言動。いつも通りでは無い彼女の反応。

 

 そんな彼女に怯む俺を見てなのか、ニコラスが割って入る。そしてつらつらと、軽口のように言葉を並べていく。俺と同じ真実を持って、同じ意思を持って、並べていく。

 

 

「ニコラス…今度はアンタかい」

 

「ああ、そうさこのボクさ。キミには本当に…一瞬でもだまされそうになったよ。いの一番で証言をしてきたキミが、実は嘘をついていたのだからね」

 

「嘘じゃないさね。アタシは――――」

 

「いいや、嘘だね。…そうつまりその証言はまさに悪手だったのさ。本当は何も不思議な事は無かったと、証言するべきだった。何も言わなければ、こんな明らかな矛盾に引っかかることは無かったんだからね」

 

 

 ニコラスは自分が情けないという風に、自嘲するように、言葉を重ねていく。彼女の気迫に負けないほどの勢いで、言葉を重ねていく。俺と違って、怖じ気づくような様子は無かった。

 

 

「恐らくキミは…この水循環のシステムを理解し切れていなかった。それこそ、ボクが先ほど説の一つとして挙げていた、この施設は一つの水源から水を引っ張り上げ、そして施設全体に行き渡らせている仕組みと想像した。だからキミは、不思議な現象が起こっていたと証言した。きっと他のエリアも同じだと思ったんだろう…と思ってね」

 

「……何度言わせれば気が済むんさね…さっさと結論を言いな」

 

「でも…違った。本当はこの施設全体が水の貯蔵庫であり。水源なんて何処にも無く、ただ全体で水を分け合って、再利用し…恒久的に流れ続けていた」

 

「だから!!!!」

 

「だからこそ!!!キミの証言は嘘と化した。嘘が嘘を呼ぶように、矛盾が矛盾を呼ぶように…キミは見ても居ない光景をでたらめに繕い、そしてソレが命取りとなった」

 

 

 ニコラスは…反町に指を差し向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミこそが――――――――――この事件の犯人。ミスター古家を殺した犯人なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まりかえった。

 

 今までの喧騒なんて吹き飛ばすほどの、痛い程の沈黙。

 

 この場の、この裁判の”答え”を口にした。

 

 ニコラスは反町、確かな意思を持って、告発したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いい加減にしな」

 

 

 

 耳に響くよう静謐の中で…。

 

 低く、地獄の底から煮え出す様な…声が響いた。

 

 

 

「反町…」

 

 

 

 

 凄みだった。

 

 その一言には… 超高校級のシスターであり、関西圏最強の不良集団を束ねる長の凄みがあった。

 

 二度と退かないぞと、ひとことでもふざけたことを言ったら…本気で容赦しないぞと…声だけで無く、迫力で語っているようだった。

 

 

「……ふざけんじゃないよ」

 

「反町…さん」

 

 

 小さく。小さく呟いた。怯えるように、小早川も彼女に視線を向ける。

 

 

「――――――ふざけんじゃないよ!!!!!!!」

 

「………!!!」

 

「ひっ…」

 

 

 ダンっ!!!!と、証言台を足蹴にした激しい音がこだました。

 

 

 その目には、今までのような憤りの表情ではなかった。

 

 

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も………」

 

 

 

 本気の、怒りだった。

 

 

 

「理屈理屈理屈理屈……だから嘘つきだとか嘘吐きだとか…」

 

 

 

 ココから逃げ出したくなってしてしまう位の、怒気がそこにあった。今までドラマなんかで、気迫というモノはただの効果だと、テレビを面白くするための演出だと、鼻で笑っていた。

 

 

「…いい加減耳にたこができちまうってんだよ!!!」

 

 

 でも…今目の前にしている気迫は…そんなちゃちなものじゃない。本物の気迫だった。オーラだった。

 

 ……正直、ちびりそうだった。

 

 

「………」

 

 

 その怒りに押されて、黙りこくる俺達に、反町は反論していく。いや、これは反論では無く。純粋な文句のようにも見えた。

 

 

「気持ち悪いんだよ…。アタシが言ってることに何一つ答えずに。あるかもしれない、可能性…目に見えない、空想を並べまくって…罪を償う云々の前に頭がいかれちまいそうさね」

 

 

 あることないことをこねくり回し、そしてコレが真実だと叩きつける俺達にそのものに、反抗しているのだ。

 

 

「ニコラス、特にアンタだよ。いつもいつも適当に推理して、場をすっちゃかめっちゃかにして…落合を犯人扱いしたと思ったら、今度はアタシを槍玉に挙げて。心変わりにも限度があるんじゃないかい?」

 

「……名探偵にとって、疑うとは呼吸をするようなものさ。そして何よりも…ボクは無意味な疑いはしない」

 

「へー、じゃあ何か?今までの大立ち回りは全部意味があってやってたってことかい?」

 

「当たり前さ、何故なら無意味な議論なんてこの場には存在しないからね。全ての可能性を疑い尽す…一つの可能性に縛られては、真実にたどり着く物もたどり着けない。コレがボクできること。役目何だかからね」

 

 

 特に強い圧力を受けているのはニコラスだった。確かに今までの彼の言動と行動は、事情を知っている俺ですらも目に余る数々だったから。だけど、当の本人はぶれているようには見えなかった。彼の図太さ、というか、偉く肝の据わったところは…本当に羨ましいくらいに凄い。

 

 

「はっ、どうだかね。だけど…アタシはちゃんとこの目で見たんだよ。水が止まっている光景を、嘘なんて何処にもないんだよ。穴一つとしてね」

 

「……そ、そうですよ。反町さんもこうやって見てると言っている事ですし。やはり犯人は別に…」

 

「…しかしこれまでの証拠からして確かに反町が嘘をついている可能性もぉ…」

 

「――――ああぁ?」

 

「…………ふ、ふあはははははは!!!!いやもしかしたら無かったかもしれんなぁ!!!!」

 

「……弱い。…でも狂四郎の言い分を…そう突っぱねることも無い様な」

 

「――――ああぁ??」

 

「…すいません、出過ぎたマネでした」

 

「移り気が酷すぎですよ。本当に、肝心な所でヘタレですね」

 

「ぬわんだとぉ!!!肝心なとき位ワタシだって活躍できるわ!!!」

 

「……今がその肝心な時だと思うですけど。…でも確かに、反町が嘘をついてたって決めつけるのも…今までの証拠からして言いにくいですね」

 

「…蛍も若干ビビってる」

 

 

 そんな反町を擁護に走る生徒も居た。確かに、彼女の言い分も分からなく無いと。それ位に、俺達の推理にもいくつも穴が在るのは、自覚していた。いや…どっちかというと彼女の怒りに触れないよう、敢えて擁護に近い事を言っているようにも見えるが。

 

 だけど半信半疑…という状況であることは間違いは無かった。

 

 

「このままでは平行線だね。もはや、この場を吹き飛ばすほどの爆弾でも落とさない限り、議論が進む気配が無いと見たよ」

 

「………そうだな」

 

「さえずるんじゃないよ!!アタシを嘘吐きやら、犯人呼ばわりするんだったら…決定的な証拠でも持ってくるこったね!!」

 

 

 

 ――――決定的な証拠。

 

 

 そうだ。

 

 

 彼女がそう求めるなら、それしかない。

 

 

 彼女ならできたかもしれないなんて…そんな細い可能性なんかじゃなく。

 

 

 ――――――その逆

 

 

 彼女がホテル側にいたという可能性を…示すしかない。

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論】    【開始】

 

 

 

 

 

「おうおうおうおうおうおうおう!!!!」

 

「名探偵だか、【迷探偵】だか知らないけどねえ…」

 

「アタシはハッキリとしないヤツが大っ嫌いなんだよ!!」

 

「それをアンタらときたら…」

 

「やれ【水門】がどうたら…エリア3がどうたら…」

 

「そんで犯人扱い…?」

 

「いい加減にするどころの話しじゃないさね!!」

 

 

 ひぇぇぇ…

 

  ふ、ふん…!どうってこと無い迫力であるな!!

 

 …足がブレブレ

 

 

「はは…とんだ言い草だね」

 

「コレはもう…歴とした証拠がなきゃ…」

 

「ただの【迷惑人間】として…」

 

「ボクは彼女の前で完結してしまうそうだ」

 

 

 …迷惑人間なのは自覚してるんだ

 

   自覚してるからこそ…

 

 尚更面倒臭いんだけどね

   

 

「だった、ら…犯人である…証拠」

 

「反町、さんが…犯人である、可能性」

 

「反町さんが…【ホテル側に、居た】…」

 

「証拠が、必要、だよ、ね?」

 

 

 …素直が…ホテル側に居た可能性?

 

  そ、そんな証拠なんて…

 

 

「……アタシの目の前でコソコソコソコソ…」

 

「本気でアタシをクロに上げようってなら…」

 

「本気の証拠をアタシに突きつけてみるんだね!!」

 

「【何処にも無い証拠】ってヤツをね!!」

 

 

 

 

 

 

 

【風切の銃弾)⇒【何処にも無い証拠】

 

 

「その矛盾、捕らえたぞ…っ!」

 

 

【BREAK!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――もしも

 

 

 

 

 

 コレまでのトリックが本当であるなら…

 

 

 

 

 もしも反町が犯人であるなら…

 

 

 

 

 

 彼女が、ホテルの側に居たというのなら…

 

 

 

 

 ――――――たった1つだけ

 

 

 

 今まで不確かだった…あの証拠…

 

 

 

 なんてことも無い、そういえばそんなこともあったような…些細な証拠。

 

 

 

 それが意味を持ってくるはずだ。

 

 

 

 

 その意味を掴みきれば…彼女が…反町が犯人であることを

 

 

 

 

 ――――――証明できるかも知れない

 

 

 

 

 

「ある……たった1つだけ。犯人がお前だという証拠が、あるんだ」

 

「おお、折木さん!!!どうして…どうして…そんな…疑って……!!反町さんはそんな人では…」

 

「小早川さんは、黙って、て!今は、そんな言葉で、治まるような、簡単な場じゃ、無い、の!」

 

「――――――っ……でも…でも!!」

 

 

 明らかに感情論に走る小早川を贄波が声を張り上げ、制する。今までに無い、珍しく荒げた声の贄波の言葉に押された小早川は、涙ぐみ、そして俯く。

 

 

「………何を、言うつもりなんだい?ニコラスみたいな下手に藪をつつこうもんなら……ニコラスごとアンタに焼きを入れるよ」

 

「おいおい!何故ボクまで被害を被っているんだい?するんだったら、張本人であるミスター折木だけじゃないのかい?」

 

「……それ本気で言ってるですか?」

 

 

 いや言うまでも無く本気だろう。だけど、むしろそのつもりでココまで来たんだ。彼自身も内心本望の展開だと感じているだろう。

 

 だからこそ、俺は今、彼女に、例の、決定的証拠を…突きつけないといけない。

 

 あの証拠を――――

 

 

 

「どぅあが?その決定的と宣う証拠とは…一体何なのだ?」

 

「………思い出して欲しい。風切が。犯人を追いかける前に、一度ライフルで犯人を撃ったということを」

 

 

 

 

『…犯人が放った1発、私が撃った1発、そして犯人が隼人を撃った1発。計3発』

 

 

 

 

「た、確かに、議論中に出てた話しですね」

 

「……うん。間違い無い。私は撃って、でも…犯人は止まらなかった」

 

「もしもその誰かに銃弾が当たっていたら…きっと止まっていた。でも…止まらなかった……何も起きることの無かった結果だけが残ってしまった……と覚えているよ」

 

 

 

 だけど今更何故そんなことを、と、毒にも薬にもならないような一つの場面に、何の意味があるのかと。

 

 

 そんな疑問が飛び交った。

 

 

 

 だけどたった1人……

 

 

 

 ――――――反町だけは、何故か焦っていた。

 

 

 

 表情には出ていなかった。

 

 

 だけど確実に、彼女に纏う空気が変わったのが分かった。

 

 

 今までの強気な姿勢が…少しずつ衰えようとしている。そして焦燥を走らせていると……揺れる瞳が、それを語っているようだった。。

 

 

 

「風切が放ったあの銃弾…そのあと、かん高い音が鳴っていたよな?」

 

「……う、うん鳴ってた。間違い無い」

 

「ああ。その音だったら、僕も耳にしたことがあるかな?とてもかん高い、金属音のような、それも何かが壊れるような音が…僕の耳につんざいたよ」

 

 

 俺は頷いた。

 

 落合の言う――――”何かが壊れる音”…と言う表現。

 

 それこそが、まさに俺が言いたいことだったから。

 

 

「そう…壊れた音。そんな音が鳴っていた……」

 

「あ、アレは外れたって…アンタらは結論づけてたはずじゃなかったのかい?」

 

「いいや、あの銃弾はちゃんと”着弾していたんだ”……それも犯人じゃなく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――”犯人の持っている物”に、着弾したんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、持っている物って…」

 

 

 俺が強調した”持っているモノ”という言葉。

 

 その言葉に、数人の生徒は、その言葉が差す…”物”に、当たりを付けているように見受けられた。

 

 当然だ。

 

 彼女の事を、長く見てきた人間ほど、よく分かる。

 

 

 

 あの…代物。

 

 

 

 

「そうだ…それは――――」

 

 

 

 

 そんなのたった一つしか無い。

 

 

 反町が持つ、金属で出来た…たった一つのモノ

 

 

 

 

閃きアナグラム

 

 

 

 

 

ペ ト の ン 

 町 ダ ン 反 

 

 

 

 

 

『反町のペンダント』

 

 

 

「これしか…ないっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――お前の持つ、十字架のペンダント。銃弾は、それに当たったんだ」

 

 

 

 

 俺は反町の首元を…弧を描き首に巻き付く鎖に指を向けた。

 

 

 周りの生徒達は、青ざめたように…俺の指の延長線上…その先に居る彼女に視線を集中させた。

 

 

 

 

「……ああそうだとも。ミス風切が放った銃弾は、犯人の、ペンダントに当たった」

 

 

 

 

 すると、ニコラスが改めるように、俺が言った結論を反復した。

 

 

 

 

「……では諸君。キミ達に問わせてもらおう。もしも…時速1600 m/sのゴム弾が彼女の持つ小さなペンダントにぶち当たったとき…ソレは、どんな状態になっていると思う?」

 

 

 

 言葉を紡ぎながら、ニコラスは、自分の証言台から降りだした。

 

 

 まるでプレゼンターのような手癖で、俺達に声を掛けていく。

 

 

 そしてツカツカと、さっきとは真逆に、反町へと近づいていった。

 

 

 

「…凹んでしまっているか、折れてしまっているとか…きっと、タダでは済まない状態のはずさ」

 

 

 

 そしてニコラスは、反町と対峙した。そして手を、彼女の首のチェーンにかけた。何をされても可笑しくないような距離だった。

 

 だけど反町は、今までの言動、そして荒ぶるような行動が嘘のように、何もしなかった。

 

 ニコラスの手に対し、反抗の意思は見られなかった。

 

 その沈黙が何を意味しているのか、俺には分からなかった。

 

 

 

「確認させてもらっても…良いかな?…キミのペンダントを」

 

 

 

 確認するようで、だけど結局有無を言わせないように、ニコラスは彼女の首元に掛けられたペンダントを引き上げた。

 

 

 

 そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……完全に、折れているね」

 

 

 

 

 

 ――――――ポッキリと、先が折れてしまった十字架のペンダントがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうなんなんだ?…反町」

 

 

 

 瞳を一点に集中させたまま、反町は無言を貫いていた。

 

 

 俺は願うように…彼女の言葉を待った。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 何故ならコレは、一種の賭けだったから。

 

 

 

 もしも壊れてしまったなんて…日々の最中で、ペンダントを折ってしまったなんて誤魔化されたら…この話しはお終いだったから。

 

 

 

 

 もしも隠されてしまったら、彼女が犯人である決定的な証拠では無くなってしまうのだ。

 

 

 

 でも意味の無い賭けはしない。

 

 

 意味があるから、勝算があるから…この賭けに出られるんだ。

 

 

 

 

 

 

 何故なら――――あり得ないから

 

 

 

 

 

 反町が…あのペンダントを適当に扱うなんて……

 

 

 反町が大切にする…孤児の子供の送り物をぞんざいに扱うなんて…

 

 

 彼女の大切な思い出をぞんざいに扱っていたなんて…

 

 

 

 

 俺が今まで見てきた彼女なら…。

 

 

 

 彼女が、俺の信じる彼女なら…。

 

 

 

 

 ――――そんな事は絶対にあり得ないから

 

 

 

 

 

 

 あり得ちゃいけないことなんだ。

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 

 なら…どうして、あり得ないはずのペンダントが壊れてしまったのか。

 

 

 

 

「反町」

 

 

 

 そんなの簡単だ。

 

 

 それは犯人である反町も予期しない、事故が起こったからだ。

 

 

 逃げる際に、不意に…

 

 

 超高校級の射撃選手である…風切の弾丸が直撃してしまった。

 

 

 そんな避けようのない事故が起こったからに他ならない。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 俺は彼女の答えを待った。

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 

 

 彼女を信じ続けた。

 

 

 

 

「……………………………………」

 

 

 

 

 

 

 俺の知っている彼女を…信じ続けた。

 

 

 

 

「……………………………………………」

 

[newpage]

 

 

 

「――――――何を…言ってるんですか…?」

 

 

 

 そんな時、鈴の転がる様な…震えた声が、どこからか響いた。

 

 少なくとも反町からではなかった。彼女は未だに、口すら開いていないのだから。

 

 だったら…誰なのか。

 

 黙する反町を庇うような声を上げるのは誰なのか。

 

 

 ………そんなの、決まっていた。

 

 

 

「何で、何でそんなこと言うんですか………!」

 

 

 

 ――――小早川以外にいなかった。

 

 彼女は震えるように、怯えるように…そして葛藤するように。

 

 本気で言っているのか?

 

 今までの彼女から向けられたことの無い、そんな目で、そんな言葉を向けられていた。

 

 

「どうして…反町さんのことを………そんな風に言うんですか…!!」

 

 

 まるで反町の目の前に佇む、彼女はそんな言葉を繰り返していた。

 

 

「小早、川……」

 

 

 それは反町の仲間として、友人としての…叫びだった。

 

 

「反町さんが、反町さんが……!!犯人なんて…あるわけないじゃありませんか…!」

 

「………」

 

 

 反町を庇うための、叫びだった。

 

 そんなことはあり得ないと。そんなこと間違っていると。

 

 

 強く、強く、強く、強く、強く、強く………

 

 

 否定していた。拒絶していた。

 

 

 真実を、事実を…現実を。

 

 

「あれだけ仲間思いだった反町さんが…」

 

 

 それは今までの反町の人となりを知っているから。

 

 

「誰よりも皆さんの為に体を張ってきた反町さんが……」

 

 

 

 今までの反町の姿を、誰よりも近くで知っているから。

 

 

 

「古家さんを殺しただなんて……そんなことあるわけないじゃないですか!!!!」

 

 

 

 信じたいという。確かな叫びだった。あまりにも悲痛な…慟哭だった。

 

 

 

「………」

 

「だから…だから……だから…!!」

 

 

 

 それは同時に、懇願とも取れた。

 

 

 本当は…心の中では……反町が今、どういう立場に立たされているのか。

 

 

 そして、事件はどう終わりを迎えようとしているのか――――分かっているのかも知れない。

 

 

 そんな悲しい答えはイヤだ。そんな結末は認めない。

 

 

 だから、振り絞るように、声を溢していた。

 

 

 俺はその声を黙って、ただ黙って、聞き続けた。

 

 

「小早川……」

 

「……折木、さん」

 

 

 その心を知ってくれ、理解してくれ。

 

 今までの俺の様に、信じてくれ。

 

 そう…瞳で語っていた。

 

 

 でもそれは――――

 

 

 

「だったらお前に…1つ、質問をさせてくれ」

 

「………何ですか」

 

「その言葉は、反町への、信頼からきている言葉なのか?」

 

「……?」

 

「反町を信じているから、違うと言い切っているのか?」

 

「………」

 

「聞かせてくれ」

 

 

 

 信頼と謳うその声に、真意を問うた。

 

 彼女の答えを待った。

 

 ――――――――決して、あってほしくない。その答えを待った。

 

 

 

「……そうです。そうに決まっています!!!!私は信じているんです…!反町さんは…そんな事はしないって!!」

 

 

 

 彼女は健気に…そう言い切った。真っ直ぐに、

 

 

 ソレこそが、あってほしくない答えだった。

 

 

 息苦しくて、辛くて、目眩がするような葛藤があって、自分自身がボロボロだと分かっていても。

 

 

 

「…………いや、それは違うぞ」

 

 

 

 否定した。

 

 

 

「お前のその信頼は…本当の信頼じゃ無い」

 

 

 

 そして俺は、口にしたくない、現実を、彼女の目の前に突きつけた。

 

 

 

「どうして…どうしてそんな酷いことを言うんですか!!!」

 

「……ああ、そうだな。酷いんだろうな、酷すぎる」

 

「だったら…!どうして……!!!」

 

「本当の信頼はお前が今考えている物とは大きくかけ離れてるからだ。…仲間だからとか、友達だからとか、親友だからとか…そんな理由で、違う、と手放しに信じることは…”本当の信頼”なんかじゃない…」

 

 

 嫌われても良い。

 

 

「疑って、信じて、疑って、信じて…」

 

 

 信頼が崩れても良い。

 

 

 

「疑う余地の無いほど信じて…信じる余地の無いほど疑って…それを繰り返して」

 

 

 それが間違いであったとしても…

 

 

 

「繰り返して、気が遠くなるくらい繰り返して…」

 

 

 

 それが自分自身を傷つけることであっても。

 

 

 

「その果て…たどり着いた先にあるものが…本当の信頼なんだ」

 

 

 

 お前達の、お前の命を救うことになるなら…安い物だ。

 

 

 

「お前のその感情は。放棄だ…何も考えてない、手放しの甘えだ」

 

「私だって考えてます!!!甘えなんかじゃないんです…!!今までの反町はこんなことは絶対しないって…!!あり得ないって…!!」

 

「それが違うと…言ってるんだ!!」

 

「違いなんてありません!!!!」

 

「違う!!!!」

 

「折木さんは分からず屋です!!!」

 

 

 俺達は短い言葉を飛び交わし、にらみ合う。彼女と対峙した。

 

 

「どうして…どうして信じてくれないんですか!!!反町さんは仲間なんですよ!?」

 

 

 その瞳には、今までの真っ直ぐな意思なんてモノは何処にも無かった。

 

 俺と反町、どちらを信頼すれば良いのか…どちらの真実を受け入れれば良いのか…ずっと迷うような瞳だった。

 

 

「……反町さんは…!」

 

 

 だけど、庇われる側に居る反町自身は…。

 

 

「………………」

 

 

 終止、無言を貫いていた。強いモノを盾に…後ろで震えながら隠れる彼女らしくない…弱々しい姿を晒していた。だからこそ…その姿は同時に、卑怯だとも思った。

 

 大切な友人あるはずの小早川の後ろに隠れる、反町素直という人間を…俺は初めて、軽蔑した。

 

 

「どぅあが……小早川よ。そこまでヤツをかばい立てするならば……犯人じゃ無い、明確な根拠はあるのか?…例のペンダントが壊れていた問題をどう説明するのだ?」

 

 

 そんな激しく飛び交う叫びの中で、雨竜がそう疑問を呈した。

 

 

「あれは……あれは!!!先ほど、転んでしまった時に壊れてしまったんです!!あの事故の所為で、壊れてしまったんです!!!今壊れたのなら、風切さんの弾がぶつかったなんて、決定的な証拠にならないんです!!」

 

 

 …そういえば。

 

 

 盛大に、前のめりに転んでいた事を俺は思い出した。

 

 

 確かに…あれの拍子に壊れてしまったというのなら…納得できた。

 

 

 

「……いいや。それはあり得ない」

 

 

 だけど俺は、また否定した。

 

 確実に…ペンダントは裁判以前から壊れていたハズ…そう言い切った。

 

 

 

『これから先の…生徒達の行動をつぶさに見ておいた方が良いね。…特に、”学級裁判が始まる直前の動き”を注視することをオススメするよ?』

 

『それも”今までの彼らの動きと”照らし合わせながらね?』

 

 

 

 今になって、そんなニコラスのアドバイスを思い起こしていたから。

 

 

 俺と、そして贄波は、裁判が始まる前…反町を含んだ彼らの一挙一動を観察していた…その事実を思い起こしていたから。

 

 

 

「どうして…!…どうして全部否定してしまうんですか!!!!あのとき……私の味方だっていってくれたじゃ無いですか!!!」

 

「…………」

 

 

 

 

『誰がなんと言おうと…俺はお前の味方だ』

 

 

 

 その言葉も同時に、思い出していた。

 

 ――――痛かった、激痛だった。

 

 今まで味方であると、俺自身が味方だと、言ったはず彼女を目の前に…俺は敵対していたから。

 

 

 …コレも、ある意味で裏切りなのだろう。

 

 

 俺は心の中で…ごめんと…呟いた。何度も何度も何度も何度も…つぶやき続けた。

 

 

 だけど…俺は向き合った。彼女の言葉に、彼女の全てに向き合った。

 

 

 彼女が間違った道へ行ってしまわないように。

 

 

 彼女が仲間として…友達として、信じあえるようにするために。

 

 

 見過ごしてはいけない裏切りを……許さないために。

 

 

 

 

【反論】

 

 

 

 「反町さんは…犯人なんかじゃありません!!」

 

 

 

                  【反論】

 

 

 

 

 

【ファイナルショーダウン】 【開始】

 

 

 

「折木さん…!」

 

「どうして…どうして…!」

 

「そこまで反町さんの事を…」

 

「反町さんは…そんな事を…」

 

「古家さんを殺すような人ではありません!!」

 

「折木さんを殺そうとする人でもありません!!」

 

「信じられる人なんです!!!」

 

 

 

「……………」

 

「……いや…それは違う」

 

 

 

「どうして…また…」

 

「折木さん…言ってくれたじゃありませんか!!!」

 

「私の味方だって…!」

 

「私の事信じてくれるって…!!」

 

「言ってくれたじゃ無いですか…!」

 

「だったら…私が信じる…」

 

「反町さんを…」

 

「信じて下さいよ…!!」

 

 

「…言ったはずだ。それは信じることじゃない」

 

「それは手放しの甘えだ」

 

「それに。反町が犯人であることを…証明する…ペンダントの証拠を覆す材料にはなら無い」

 

 

 

「私も言ったはずです!!」

 

「反町さんのペンダントは…」

 

「反町さんの大切なペンダントは…」

 

「ニコラスさんに飛びかかろうとした時に…」

 

「綺麗に転んでしまった時に…」

 

「壊れてしまったんです!!!」

 

「風切さんの銃弾なんか…」

 

「当たったなんて嘘っぱちなんです!!」

 

「コレが…」

 

「コレが私の信じる真実なんです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「反町さんのペンダントは、裁判の中で壊れてしまったんです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

   り

  

前の    お祈

 

   裁判

 

 

 

 

【裁判前のお祈り)

 

 

「その矛盾、断ち切ってみせる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いいや…あの時、転んだ拍子にペンダントは壊れなかった。確実に、風切の銃弾によって、あのペンダントは破壊されたんだ」

 

「どうして…言い切れるんですか……!!!」

 

「……」

 

「どうして……!」

 

 

 

 ――少し、迷う

 

 

 

 それは今にも涙を流してしまいそうな。いやもう頬を伝っている雫を目の前にしてしまったから。

 

 

 信じていると、反町を思う気持ちが…明確に伝わってしまったから。

 

 

 さっきまで決意していた覚悟が、そんな些細な事で揺らいでしまう。

 

 

 でも――――

 

 

 

「言い切れる……真実があるからだ」

 

 

 

 言わなければならない。言い切らなければならない。

 

 

 

 俺の知っている反町なら。

 

 

 俺の信頼している反町なら。

 

 

 ”あの仕草”をしていたはずだったと。

 

 

 ニコラスにアドバイスされなければ、決して気付かなかった、本当に小さな仕草。

 

 

 

 俺が信じた顛末を…ココに。

 

 

 

「……お祈りだ」

 

「…へ?」

 

 

 

 あのときも…

 

 

『――――全員の顔が、よく見える』

 

 

『――――不安そうに小さく震える者、”祈る者”、真っ直ぐと見据える者』

 

 

 

 

 あのときも…

 

 

『…俺と同じように、落ち着き払おうと深呼吸をする者、目をつむり瞑想をする者、”首に掛けた十字架のペンダントを握りしめる者”。種類は様々』

 

 

 

 

 あのときも…

 

 

 

『そんな気持ちが張ってんなら、景気づけにお祈りでもするかい?多少は気分も晴れるかも知れないよ?』

 

『暗い面持ちが周囲を満たす中、首元の十字架のペンダントを見せびらかし、笑いながら反町は提案する』

 

 

 

 

 

 

「反町は、今まで裁判に始まる前…必ずお祈りを捧げていた――――――ペンダントを握りしめながらな」

 

 

 

 

 喉元が酷く詰まりながら…俺は言葉にしていく。

 

 

 

 

 

「だけど……今回の裁判だけ…反町は何もせず。呆然と裁判場を見つめるだけだった」

 

 

 

 最初はただの偶然だと思った。反町だって人間だ…たまには、抜けてしまう時もある。

 

 

 …そんな些細な違和感だった。

 

 

 でも…ペンダントが壊れていた。

 

 

 その事実が分かったとき。

 

 

 

「そのルーティーンを、今さら止めてしまうだなんて……敬虔な彼女には…超高校級のシスターである彼女ではあり得ない行動だ」

 

 

 

 些細な違和感は…疑惑に変わった。

 

 

「でも、ね?もしも…お祈りに使うペンダントが…人には、見せられない状態に、なってたとした、ら…もしもそのペンダントが壊れてしまった、のか、聞かれたくなかったと、したら………」

 

 

 

 その疑惑は…答えを出すにつれて、蝕むようにジワジワと、その意味を強めていった。

 

 

 

「だから反町は裁判前の祈りを省いた。…変な疑いを、もたれないために」

 

 

 

 だから…俺は反町を…。

 

 

 

「でも…でも…!……そんなの、一時の……偶然…、で…今だけ、やらなかった……だけで…」

 

 

 

 小早川は、明らかに、動揺を広げていた。

 

 

 まるで、痛いところを突かれてしまったように。

 

 

 図星だというように。

 

 

 

 ――――――もしかしたら

 

 

 

 …彼女自身も…俺達と同じように”違和感”を抱いていたのかもしれない

 

 

 でも…それは、同じように、小さな違和感くらいで…。大した事無いだろうって思って。

 

 

 でも…ペンダントの話しが持ち上がった時……その違和感が何かイヤな予感も湧き出てきてしまって。

 

 

 だから…あんな風に、取り乱したように、反町を庇っていた。

 

 

 そんな疑惑と、現実と、葛藤と、信頼…揺れ動かされながら。彼女は気付かないふりをしようとしていた。

 

 

 

 どうして?

 

 

 どうして?

 

 

 どうして?

 

 

 

 何度も、何度も、何度も…鳴り止まない言葉がこだましていた。

 

 

 

 何度も見ていた、彼女の表情だからこそ、その気持ちが…痛い程よく分かった。

 

 

 

 

 

「…違います」

 

「………」

 

 

「…違うんです」

 

「………」

 

「違うに、決まってるんです…!」

 

「……」

 

 

 小早川は、顔を伏せ、肩をしゃくり上げる。

 

 

 否定して、否定して、否定して…

 

 現実から目を背けようと…否定し尽そうとしている。

 

 

「……梓葉」

 

「小早川さん…」

 

 

 彼女の惨状を見て、落合も、風切も…傷ましく表情を歪めていた。普段よりも近く過ごしてきたからこそ、普通よりも彼女の人となりを知る機会があったからこそ湧き出る…悲哀だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――もういい」

 

 

 

 

 

 

 また、声が転がった。その声は、小早川でも、贄波でも、ニコラス達でも無かった。

 

 

 

 

「もういいさね」

 

 

 

 …俺が待ち望んでいた。反町の声だった。

 

 そこには、諦めのような、疲弊したような、嬉しさのような…そんな色があった。

 

 

 

「反町…さん」

 

 

 涙で目元を腫らした小早川は、顔を上げる。

 

 

「………まさかそんな小さな所作までつぶさに見られてたなんて思わなかったよ」

 

 

 

 ガシガシと頭を掻きながら、ため息混じりに言葉を並べる。

 

 

 

「……そんな大事な所作を怠っちまった姿が決め手になっちまうとは…情けなさ過ぎて、アイツらに合わせる顔が無いって話しだよ」

 

 

「………反町」

 

 

「まっ……合わせる顔なんて、何処にも無いわけだけどもね」

 

 

「………?それって、どういう…」

 

 

「だからこそ!大事な事を、偶然やりませんでした…なんて…嘘でも言っちゃいけないってこった………超高校級のシスターとしてね」

 

 

 

 

 聞こうとした声を遮り、憑きものが落ちた様な表情で、ハッキリと…認めた。

 

 

 ソレは偶然じゃ無いと、意図的に…やらなかったと。

 

 

 コレがどういう意味を持っているのか。…誰にだって分かった。分かるしか無かった。

 

 

 

「……折木。いつものまとめ、頼んだよ」

 

 

 

 変わって、反町は声を暗くしながら俺の名を呟いた。

 

 

 

 ――――――此方には、一切の目もくれずに

 

 

 

 俺は黙って頷いた。

 

 

 

「事件を…まとめよう」

 

 

 

 肩にのしかかる、尋常ではない重圧。嗚咽さえ出てきてしまいそうな、吐き気。およそ終わるはずの無い…感じる必要の無い罪悪感。

 

 

 でも……コレで…区切りをつけなくちゃならない。

 

 

 一度、終わらせなければならない

 

 

 

 ――――――この最後の、まとめで

 

 

 

 

 

 

 

【クライマックス推理】

 

 

 

 

 

「これが、事件の全てだ…!」

 

 

 

――ACT.1

 

 

「事件の始まりは、古家が殺される1時間以上前。犯人はまず、エリア2の美術館で2つの道具を持ち出した」

 

「1つは今回の事件に使われた”拳銃”…『ロシアンワルサー』」

 

「そしてもう1つは『秘密の愛鍵』この2つを借り…」

 

「さらに、自分が自分であるとバレないよう…入口にかけてあったジャンパーとフードを身に纏った」

 

「そしてエリア4への…とある場所へと向かった」

 

「――――それは『水管理室』だった」

 

「水管理室は、ホテル側とペンタゴン側の間に隔たる、崖の底に流れる川の水量を管理している場所で…犯人は、その施設を使って水量を調整し…崖を水でヒタヒタに満たした」

 

「満たされた水、そして極寒といえるエリア4の気温……その条件が重なった結果、水面は薄く凍り付き…」

 

「崖には…即席で作られた氷の橋ができあがった」

 

「犯人はその橋を渡り…”ペンタゴン側の生徒”でありながら、ホテル側へとその身を移した」

 

 

 

―ACT.2―

 

 

「だけど犯人には、不鮮明な箇所があった」

 

「それは、”俺達の部屋の割り振り”だった。ペンタゴン側だったために、電話口からでしか情報を得られなかった貯め…犯人は、まずホテルの外側を周り…窓から誰がどこに居るのかを確認した」

 

「そして…その確認している姿を…古家、落合、そして小早川の3人に目撃したんだ」

 

「でも、怪しまれることは無かった。犯人は、ジャンパーを着ていたから。3人はジャンパーを着ている誰かを…俺と小早川、そして古家の誰かだと誤解していたから」

 

「そんな誤解の中で…犯人はある程度、俺達の居場所を把握した上で…ホテルの中へと侵入した」

 

「そして人目を避けるため…”ある場所”に身を隠した……それは"個室”。それも”俺の部屋だった”」

 

「灯台もと暗しの言葉の通り、小早川達が捜索する中で決して目にも留めない…”鍵のおかげで侵入不可能のはずの場所に”」

 

「…だけどそれは犯人も同じ条件だったが。でも犯人の手には”鍵”があった。恐らく犯人は最初っから、この手を使って身を隠すつもりだったんだろうな」

 

「……それに…もしも部屋を探索されたとしても、それもまたは狙い通りでもあったから」

 

 

ACT.3――

 

 

「何故なら…犯人は最初っから、俺の命を狙っていたから」

 

「もし部屋を開けたとしても、開けてくるのは俺以外に居ないから。開いた瞬間、すぐに殺せる、言わば不意打ちを考えていた」

 

「だけど俺は来ることは無かった。何故なら俺達はその犯人を捜していたから。ある意味で、自分の存在が殺人計画に支障を与えていた」

 

「そんな中で、一つ転機が訪れた。それは部屋の前で犯人の捜索について話し合う俺達の声だった」

 

「恐らくそこで、俺が庭園に向かうという情報を掴んだ」

 

「だから…誰にも見つからないように庭園へと向かった」

 

「そして、計画通り庭園で俺と1対1で対峙した犯人は、もう1つの道具…”拳銃”を取り出し――――発砲した」

 

「だけど放たれた弾丸は俺に当たることは無かった。…その銃弾は無情にも俺を守ろうとした古家に着弾した」

 

「……それでも犯人は焦らなかった。怯まずに、俺を再度狙おうとしたんだ」

 

 

―ACT.4―

 

 

「だけど1つ、問題が起こった」

 

「発砲音を聞いて姿を現した風切の乱入があったからだ」

 

「そして風切が常備しているライフルを向けられた事に驚き…犯人はすぐに逃げ出した」

 

「風切はすぐに背を向けた犯人にライフルのゴム弾を発砲した」

 

「直後、かん高い音が鳴り響いた。――キンって…金属音のような物がな」

 

「それでも逃げ出す犯人を見て、俺達は弾は外れたと思っていた」

 

「だけど…それは間違いだった。ゴム弾は確かに着弾していた。犯人がいつも首から下げている…大切な”十字架のペンダント”に」

 

「その結果…ペンダントは破損してしまった」

 

「犯人は…ペンダントを犠牲にして…逃げることに成功した」

 

「だけどその犠牲こそが…自分自身を犯人と決定づける…最大の矛盾となってしまった」

 

 

 

ACT.5――

 

 

「逃げ切る途中にあった氷の橋は…水管理室で予め設定しておいたタイマーによって…1時間後には崖の底にある”弁”が開いて、表面だけ凍った崖の水を元の位置に戻るようにしておいた」

 

「だから犯人は、ただ真っ直ぐに、水管理室では無くペンタゴンの内部へと戻るだけで…崖を渡った証拠を隠滅できた。美術館に戻り道具を元の場所へと返す余裕も生まれた」

 

「だけど、その水の調整にもリスクはあった。それは犯人が理解しきれていなかった部分でもあった」

 

「このジオ・ペンタゴンの水はその殆どが循環していて、エリア4に水を集中させると…その”両脇のエリアの水”にも影響を及ぼすということが分かっていなかった」

 

「だけど犯人は、予め保険として用意しておいた言い訳に、矛盾が生まれてしまった」

 

「自分は誰も寄りつかないであろう『エリア3』に居た…そしてそのエリアの噴水の様子がおかしかった…信憑性を高くするために、細かな部分も含めてそう証言してしまった」

 

「だけどされは間違いだった」

 

「供給される側のエリア3は弁を閉める必要が無かったから…つまり噴水の様子がおかしくなることなんてあり得なかったのだから」

 

「それが…自分自身が犯人である決定的な証言になってしまったんだ」

 

 

 

 

 

 

「反町 素直…これが、お前が引き起こした事件の真実だ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件の全てをまとめ終えた、しばしの余韻。

 

 

 

「……………」

 

「…反町…さん」

 

 

 

 流れるのは静謐と、ぽろぽろと涙をこぼし、嗚咽を上げる小早川の声だけ。

 

 

 生徒達は、暗く表情を歪め、彼女達を見ている。

 

 

 それ以外に、何も出来ることが無かったから。何かをするべきだと、考える場合では無かったから。

 

 

 これが、信じ切った先にあった真実だった、ただそれだけ。

 

 

 余りにも、救いなんてなかった。

 

 

 神も仏も、どこにも居ない。ソレを思い知らされた様に…ただ黙り続けていた。

 

 

 

「……慣れない殺しなんて。死んでもやるもんじゃないね。…肩書きだけじゃなくて、コイツにも、泥をぬっちまった」

 

 

 反町は、誰にも目を向けず、一人、ペンダントを指で転がし出す。

 

 感謝と、悲哀、そして諦観、どれもがこもったような笑み、それに向けていた。

 

 

「ある意味でアタシを守ってくれて、ある意味で…神様にも見放されちまった…ってこったね」

 

 

 

 小さく、消えてしまいそうな声で…そう呟いた。

 

 

 そんな彼女の姿を見て…俺達が思うのは、”何故”という感情だけ。

 

 

 何故彼女が殺しを行うことになってしまったのか。

 

 何故古家を殺しながら、自分の罪を隠そうとしたのか。

 

 何故…俺を殺そうとしたのか。

 

 

 今までのトリックとか、穴とか、そんなものじゃない…何もかもが…知りたくて、仕方無かった。

 

 

 

「――――くぷぷぷぷ、良いですね、実に心地よい…音でス」

 

 

 

 だけどこれが終わりじゃ無かった。

 

 

 

「疑惑と、欺瞞と、信頼がガラガラと崩れるような…とても気持ちの良いいい音が聞こえてくるようでス」

 

「…………」

 

 

 

 モノパンは人を徹底的に侮蔑するような、酷い笑みを浮かべ…何か、大事な事を忘れていないか?そんな風に、言葉を並べ始めた。

 

 

 

「頃合いでス。この事件の全てに、決着をつけるお時間でス」

 

 

 

 この事件の本当に終わり…終着点。

 

 

 投票タイム。

 

 

 また…"仲間を殺す時間”が始まるんだ。

 

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰カ!?」

 

 

 

 俯くままに…

 

 

 呆然とするままに…

 

 

 鉛のように重い、震え続ける手をスイッチの上に置いていく。

 

 

 生徒達の表情には…既に答えがあった。誰もが、理解したくない答えを持っていた。

 

 

 もう議論の余地は、何一つ残されていない。

 

 

 残されないくらいに、ハッキリとしているから。

 

 

 

 

 

 

「その答えは正解なのか不正解なのカっ!?」

 

 

 

 

 

 俺は震え続ける手で、空しさばかりがのしかかるこの手で――――――スイッチ押し込んだ。

 

 

 カチッという音が…また裁判場にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【〉VOTE〈】

 

 

  /ソリマチ/ソリマチ/ソリマチ/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  【学級裁判】

 

 

   【閉廷】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り9人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計7人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 




終わりっす。



コラム(意外にやってなかった人間関係編)

(人の名前)
仲が良い⇒男子: 女子:(好意とかも含めて)
苦手⇒男子: 女子:(嫌いという意味では無い)


〇男子
・折木 公平
仲が良い⇒男子:ニコラス 女子:贄波
苦手⇒男子:沼野 女子:朝衣


・陽炎坂 天翔
仲が良い⇒男子:折木 女子:贄波
苦手⇒男子:落合 女子:長門


・鮫島 丈ノ介
仲が良い⇒男子:古家 女子:水無月
苦手⇒男子:雨竜 女子:反町


・沼野 浮草
仲が良い⇒男子:ニコラス 女子:雲居
苦手⇒男子:鮫島 女子:反町


・古家 新坐ヱ門
仲が良い⇒男子:鮫島 女子:雲居
苦手⇒男子:雨竜 女子:水無月


・雨竜 狂四郎
仲が良い⇒男子:折木 女子:反町
苦手⇒男子:ニコラス 女子:風切


・落合 隼人
仲が良い⇒男子:古家 女子:風切
苦手⇒男子:鮫島 女子:贄波


・ニコラス・バーンシュタイン
仲が良い⇒男子:折木 女子:贄波
苦手⇒男子:落合 女子:水無月



〇女子
・水無月 カルタ
仲が良い⇒男子:折木 女子:朝衣 
苦手⇒男子:落合 女子:贄波


・小早川 梓葉
仲が良い⇒男子:折木 女子:反町
苦手⇒男子:雨竜 女子:朝衣


・雲居 蛍
仲が良い⇒男子:古家 女子:贄波
苦手⇒男子:沼野 女子:長門


・反町 素直
仲が良い⇒男子:雨竜 女子:小早川
苦手⇒男子:ニコラス 女子:朝衣


・風切 柊子
仲が良い⇒男子:落合 女子:小早川
苦手⇒男子:陽炎坂 女子:反町


・長門 凛音
仲が良い⇒男子:折木 女子:反町
苦手⇒男子:折木 女子:小早川


・朝衣 式
仲が良い⇒男子:ニコラス 女子:水無月
苦手⇒男子:落合 女子:長門


・贄波 司
仲が良い⇒男子:折木 女子:雲居
苦手⇒男子:落合 女子:水無月


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