お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 (たーぼ)
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プロローグ.もふもふツインテールとの出会い


誰得の何番煎じだよと問われれば、俺得だよと言い張ります。


※出来得る限りの配慮はしていきますが、ウマ娘の世界線での細かい設定やトレセン学園の制度を全て把握しているわけではないので、不備があってもその辺を特に気にしねえよって方であれば気楽にゆるっと楽しんでいってください。(もちろん故意的な設定弄りでないものにはご指摘くだされば修正します)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』。

 通称『トレセン学園』。

 

 

 

 

 東京都府中市にあり、全国に存在しているウマ娘トレーニング施設の中でも最先端、最大規模の施設を誇り、また教育機関としても確立されている。

 全国からスターウマ娘を目指すためにわざわざ中央へやってくるウマ娘もいるほど、今や『トゥインクル・シリーズ』は日本だけでなく世界でも注目されているのだ。

 

 そんなトレセン学園では今日、ウマ娘の実力を測る選抜レースがあった。

 自分の実力を示すと同時に、結果によってウマ娘を育成し、共に重賞と呼ばれるG1レースやドリームトロフィーを目指すトレーナーにスカウトされるなどといったウマ娘にとってもトレーナーにとっても大事な行事である。

 

 当然、好成績を残したウマ娘ほど様々なトレーナーからスカウトされるお決まりとなっているのだ。

 つまり、デビュー前のウマ娘にとって今だけは本番のレースよりも一着を取れるか取れないかで将来が色々決まってしまうほどの重大な出来事なのだが。

 

 

「……ふう」

 

 それこそその名の通り、栄光の一着を取れるのはたった一人のみ。

 一着以外の二着三着までは入着だとしても、到底トップほどのスカウトは来ない。

 

 トレーナーだってどうせなら一着をとったウマ娘をスカウトしたいものだ。

 現に、三着で入着したナイスネイチャには一人のトレーナーも話しかけてこない。みんな、一着を勝ち取ったトウカイテイオーの元でお世辞にも列とは呼べない人だかりができていた。

 

 

(まっ、そんなもんだよねえ。現実って)

 

 元々自分の実力がどんなものか分かりきっているナイスネイチャにとって、この結果は落ち込む要素にもならない。

 

 

(主役とモブの違いっていうの? やっぱ眩しいわテイオー。アタシとはかけ離れてるねー)

 

 同じクラスで席が後ろのテイオーとは割と話す機会も多いが、その時点でまずオーラが違うと察した。

 夢は無敗の三冠ウマ娘と目標の大きいトウカイテイオー。特にそんなものもなく地元の人達に応援されただけでトレセン学園に来たナイスネイチャ。

 

 そこから既に格が違う。

 持つ者と持たざる者。それがトウカイテイオーと自分なのだと思ってしまう。

 

 キラキラしている主役の方がこの先の未来はきっと明るい。

 自分は素直にその日陰で細々とやっていく方が性に合っている。

 

 

(さて、トレーナーさん達はテイオーに夢中だし、脇役のアタシは商店街に寄って買い食いして帰りましょうかねー。……あ、そういや商店街のおっちゃん達今日選抜レース見に来てたんだっけ……うあーっ、ちょっと会いづらー!)

 

 いつも応援してくれる人達にどう言い訳しようものかと考えながら歩いているネイチャだったが、そこに待ったをかける者がいた。

 

 

「おーいたいた。そこのウマ娘さんや、ちょっといいか?」

 

「……アタシ?」

 

「そうそう、君」

 

 商店街の人達へ言い訳を考える暇もなく呼び止められ足を止める。

 見た目は普通の好青年、歳は21~23といったところか。そこまでは普通の男性と変わらない。

 

 しかし、ウマ娘からすればどうしても見逃せない部分があった。

 襟に付いているバッジに視線をやりつつ、ネイチャは質問した。

 

 

「……えっと、もしかして、トレーナーさんだったりします?」

 

「もちろん」

 

「でーすよねー」

 

 だがしかし、それで期待してしまうほどネイチャの卑屈思考は伊達ではない。

 こういう時は大抵自分をスカウトしに来たとか胸躍る展開ではないのがオチだ。このトレーナーもきっとトウカイテイオーをスカウトするためにどこにいるか聞きに来たとかそういうオチに決まっている。そうだ、無駄な期待をしてはいけない。

 

 と、自分の脳内で完結させテイオーのいる場所を教えようとした。

 

 

「……あー、テイオーならこの先の」

 

「ナイスネイチャ」

 

「ッ……は、い?」

 

 まず、だ。

 普通トレーナーなら先ほどの選抜レースを見ているに違いない。ならば必然的にそこから目的のウマ娘のとこへ移動するだけの話。

 

 トウカイテイオーの元へ行くのは簡単のはず。

 なのに、わざわざ選抜レース場から少し離れたここへ来たのは何故か。

 

 そもそも、目の前のトレーナーは最初に声を掛けてきた時、何と言ってきたか。

 

 

『おーいたいた』

 

 まるで探していた人がいた時のような言葉だ。

 ナイスネイチャの中で、どこからともなく変な高揚感が押し寄せてくる。期待してはいけない。いけないのに、考えれば考えるほどウマ娘として期待してしまうような自分がいた。

 

 名前を呼ばれたのだ。

 トウカイテイオーではなく、自分の名前が。斜に構えがちな自分はどうあがいても変えられない。物事を少し穿った目で見てしまう自覚はある。

 

 だけど、これだけはどうしてもそうであってほしいと思ってしまう。

 ウマ娘だから、欲しいと思ってしまう。

 

 眼前の人物を見る。

 その者はネイチャに向かい、片膝をついて右手を差し出した。

 

 まるで姫をダンスに誘う王子のように。

 

 

 

 

 

(……ん? いや、何でそんな態勢に──)

 

 

 

 

 疑問に思う前に彼はこう言った。

 

 

 

 

 

 

「ナイスネイチャ、俺と一緒になろう」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽が空を焼きつつある時間帯。

 謎の告白と共に、ナイスネイチャとトレーナーの物語が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






アニメとゲームの設定ごちゃ混ぜになる可能性。
他の小説も書いているので不定期かもしれませんが、できる限り早く更新したい所存。








可愛いネイチャを笑顔にし隊。


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1.ネイチャを追い回して担当契約を頼む話

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「いやー、ない。ないわー。ほんっとないわー。いまだにないわー」

 

「だからそれは何度も謝っただろ? 悪かったってネイチャ」

 

「普通スカウトするだけであんな変な言い方してきますかねー? 無駄にビビったアタシの気持ち返してほしいわ全く」

 

 

 

 

 広大なトレセン学園の中を歩く2人の人物がいた。

 1人はウマ娘のナイスネイチャ。腕を組み少しむくれながら歩いている。

 

 そしてもう1人はトレーナーの渡辺輝(わたなべひかる)。何故だかナイスネイチャに対してバツが悪そうな顔をしながら謝っている。

 実はあの謎の告白から一週間がたっているのだった。

 

 

「てか結局あの謎めいた言葉になったのは何でなの? その辺の説明をしてくんないとこちらとしても入部届けを提出するか迷うとこなんですけど」

 

「いやほら、俺もトレーナー資格取ってから初めてのスカウトだったしどうすれば誠意が伝わるのかちゃんと考えた末のアレですはい」

 

「誠意の方向性がぶっ飛んでるんだよなーもー」

 

 結局、ネイチャの密かな期待通りのスカウトだったのだが、如何せんトレーナーの言葉が悪かった。

 あの場面、傍から見れば普通にただのプロポーズにしか見えない。何ならネイチャ本人が一瞬そういう勘違いをしてしまうほどに。

 

 初対面の者に告白するようなバカは早々いない。それにすぐ気付いたネイチャは少し赤くなっている自分の頬を夕陽のせいにし、渡辺輝にこう言った。

 

 

『……あ、あの~、一緒になろうって、ど、どゆこと……ですかね……?』

 

『え? 当然一緒のチームになってくれって事だけど?』

 

『…………あー、はいはい。予想の範囲を遥かに超えた言葉だったからちょっと頭パンクしそうになったけどそういうことね。うんうん、分かってた。分かってましたけどー……え、もしかして色々ヤバい人?』

 

 何をどうしたらスカウトが告白じみた言葉に変換されるのか。

 スカウトされた事実よりもトレーナーに対してというか人としての不信感が真っ先にのし上がってきた。単純に頭ぶっ飛んでる系男子にしか思えない。

 

 

『そんなことより俺と担当契約結んでく──、』

 

『あっ、他の子当たってくださーい』

 

 ウマ娘としてどうかとは思ったが、スカウトされた嬉しさよりも不審者系トレーナーから逃げるという選択肢が勝った。

 

 

『あ、おいちょっと待っ……いや速えな知ってたけど!?』

 

 颯爽と走り去っていくナイスネイチャに呆ける形で見ることしか出来なくなってしまったトレーナー。

 こんな感じで、2人の出会いはものの2分程度で終了した。

 

 

「ったく、普通あんな逃げたら諦めるでしょうに」

 

「何言ってんだ。俺は一度こうと決めたら諦めないんだよ多分」

 

「最後ちょっと自信なくしてんじゃん。だから一週間ずっとアタシの事追いかけ回してきたのか……」

 

 そう、この一週間、トレーナーは毎日ネイチャを見つけては入部してくれと追い掛け回していた。

 人間とウマ娘。追いかけるのと逃げるのに関しては絶対に勝てないため、その度ネイチャには逃げられていたのだが、会うたび会うたび言ってくるのだ。

 

 

『ネイチャああああああああッ!! 俺と一緒(のチーム)になろうぜええええええええッ!! ネイチャああああああああああああああああッ!!』

 

 と。

 ネイチャ本人を見失っても叫び続けるせいでこのトレセン学園、当然ウマ娘が多数在籍しているせいでいつの間にか色々周知されていた。

 

 これを一週間毎日だ。何にしても言葉足らずが過ぎる。誤解しか招かない事をずっと叫んでいるのだ。普通にやばいヤツである。

 ネイチャ本人はもちろんだが、周囲の友人も知っているわけで何かと質問されることも多かった。いつもはぐらかしてきたがそろそろネイチャのメンタルも持たなくなっていたのだ。

 

 

『おっ、標的発見。ネイチャー俺と一緒──、』

 

『わ、分かったって! 分かったからもうそれ以上言わないでってば! 入部すればいいんでしょっ』

 

『……おお、まじか! ようやく俺の思いがネイチャに届いたんだな! っしゃあ!』

 

『いやだから言葉に語弊がありすぎるんだってば……』

 

 毎日告白めいた言葉を言われると真意を分かっていても顔が熱くなってしまう。

 手をパタパタさせて顔を仰ぎながら何とか平静を装う。

 

 こうして何やかんやあり現在に至る。

 トレーナーの粘りによって折れたネイチャ。しかし入部するとなれば気になることも必然的にあった。

 

 

「……ねえ、一つ聞いていい?」

 

「何だ?」

 

「何で……アタシなんかを選んでくれたわけ?」

 

 純粋な疑問。

 というよりはいつもの自分の面倒くさい性格が出てしまった。

 

 

「だってアタシ以外にも良い子なんていくらでもいるじゃん? 一着だったテイオーは当然だろうし、二着だった子もいる。他の選抜レースにも良い成績を残した子達だってたくさんいるのに、何で模擬レースでも選抜レースでも三着のアタシなんだろって思って、さ」

 

「……、」

 

 ネイチャの言い分も少しは分かる。

 結局、三着というのは一番記憶に残りづらいのだ。

 

 一着はみんな覚えている者も多く、二着だって覚えられているウマ娘も多い印象を受ける。それが元々人気のあるウマ娘ならもっとだ。

 しかし、三着はどうだろうか。入着はしても、その記憶は人々からすれば忘れられやすいのではないだろうか。例えば好きな食べ物一位はすぐ答えられても、三位はすぐに出ないのと同じように。

 

 キラキラした一位にはなれない。そんな主役達と自分はかけ離れているから、そんな自分を選ぶトレーナーには何か別の理由があるはずだとネイチャは思う。

 面倒くさい自分だ。卑屈な自分だ。素直に物事を見られない自分だ。

 

 だから、そんなくだらない理由だけがすぐに出てきてしまう。

 

 

「ま、分かってんだけどね。テイオーはベテラントレーナーさん達にも引っ張りだこだし、それに時間を取られたくないトレーナーさん達はここ数日で二着の子に声掛けてたからさ。だからトレーナーさんは誰にも声をかけられないだろうアタシに消去法でスカウトしに来たんでしょ? 知ってる知ってる分かってますよー」

 

 こういう時だけ饒舌になってしまう自分にももう慣れた。

 そんなことない、という言葉をトレーナーはかけてくれるのだろうと予測もできる。

 

 やはり面倒くさい性格だなと自分で思いつつも、こうした自虐はもはや癖になっていてやめることもやめるつもりもない。

 取り繕うのは得意だ。自分を卑下するのはもっと得意だ。そんな自分を知って、トレーナーはそれでも自分を入部させようとしてくるのか。

 

 

「ははっ……これでも自分の性格って面倒なんだなって自覚はあるからさ、正直アタシをスカウトするの思い直すなら今だと思うけど?」

 

 人差し指で自分のツインテールの髪をくるくると巻きながら言葉を待つ。

 もし入部してこの性格が仇になり退部させられるような事があるなら、先にこれで愛想尽かせた方が良いと判断した。

 

 さあ、何を言ってくるかと目を逸らしつつ、チラリとトレーナーを見る。

 するとどうだろう。ネイチャがびっくりするほど間抜けを見るような目をしていた。

 

 

「いや、何言ってんだ?」

 

「……え?」

 

「そもそも俺は最初からお前に一目惚れだったからトウカイテイオーをスカウトするつもりは一切なかったぞ」

 

「なっ、ひっ、ひと……っ!?」

 

「あ、これじゃまた語弊生んじまうか。えっとだな、正確に言うと俺はネイチャのあの走りに一目惚れしたんだ」

 

 言われて気付く。また熱が顔に集中していたらしい。分かってはいてもそんな事を言われてしまえば照れるのが乙女心なのである。

 赤面させた元凶はそのまま続けた。

 

 

「確かにトウカイテイオーの走りも凄かった。柔軟性を利用した走りとバネの強さが印象的だし、選抜レースを見返した時は圧倒的だなって正直な所思ったのは事実だ」

 

「まあ、そうですよねえ」

 

 だからこそあのスカウト量の多さにも納得できる。

 遠巻きにテイオーを見かけた際はいつもトレーナー達に囲まれていたほどだ。それに比べてこの一週間、ネイチャのとこへは誰も来なかった。たった1人を除いて。

 

 

「けど俺はテイオーよりもネイチャの方が良かった。最後の追い込みからの末脚は大したもんだ。ほとんどのウマ娘達を差していったしな」

 

「……でも、三着だったよ?」

 

「だとしてもだ。一着はダメだったけど、入着にこぎつけられる実力を既に持ってるのは強い証拠だよ。だからそれを俺の元で磨きたい」

 

「こんなアタシでも?」

 

「むしろお前が良い」

 

「……はあ~……」

 

 トレーナーから見えないように俯いて出たのは震えながらもでかい溜め息。

 その真意はネイチャにしか分からない。

 

 こんな自分の走りに惚れ込んだと言ってくれる者がいた。

 この一週間ずっと諦めないで声を掛けてくれた者がいた。

 あのトウカイテイオーよりも自分が良いと笑ってくれた者がいた。

 こんなにも近くに、自分を認めてくれる者がいた。

 最初からずっと、ナイスネイチャを真っ直ぐ見ていてくれた者がいた。

 

 こんな顔、恥ずかしくてトレーナーには絶対に見せられない。

 だから死力を尽くして平静を装う。お得意の口調と共に、口角が上がりすぎないように気を付けながらポーカーフェイスを気取って顔を上げる。

 

 

「もう、しょうがないなー。折れましたよ完全に。ここまで言われたらさすがのアタシも信じるしかないわ」

 

「おっ、やっとその気になってくれたか」

 

 その厚意をまだ素直に受け取る勇気はできていないけれど。

 

 

「まあテイオーに勝てる自信はこれっぽっちもないし、勝てるなんて思っちゃいないけどさ。とりあえずはまあ、トレーナーさんに免じてアタシも少しは善戦できるようになりたいしね」

 

 絶対に一着になってトウカイテイオーに勝つなんて無謀なことはまだ言えないけれど。

 

 

「そこまで言ってアタシをその気にさせたんだから、トレーナーさんには責任とってもらいますからねっ」

 

「……お前もちょっと語弊ありそうな言い方するなっての」

 

 きっと、このトレーナーとなら上手くやっていけそうだと不覚にも素直に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、ここは?」

 

「俺達の部室だ」

 

「うーわめっちゃ散らかってるー」

 

 

 

 

 

 

 さっそく不安になったナイスネイチャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はよほのぼのせんかい。
ネイチャの口調って結構難しいですよね。


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2.匂い嗅いだり掃除したり友人に会ったり


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「せっかく入部したのに何で初日にミーティングとかトレーニングじゃなくて部室の掃除になるかなー」

 

「契約するウマ娘がいない間は俺が自分の部屋のように扱ってたからな。ウマ娘にも部室だからって変に気負う必要もなく、自室のように伸び伸びできる空間をと思ってですね」

 

「はい屁理屈という名の言い訳はその辺にしてさっさとこのゴミ袋を外に出す」

 

「あ、はい」

 

 初っ端から出鼻を挫かれるレベルってもんじゃないほど部室が悲惨になっていた。

 このトレーナー、もしかしたら自分の家でもこんな地獄絵図で暮らしているのだろうか。だとしたらやばい。主にゴミの臭いとか漂わないか心配になってくる。

 

 

「……、」

 

「……ん? え? 何、どうした急に」

 

「……すんすん……んー」

 

「え、もしかして俺臭いと思われてる? 22という歳でもう加齢臭とか出ちゃってる? 噓でしょネイチャ。嘘って言ってくれよお!」

 

(服やトレーナーさんからは何も臭わない、と。何ならトレーナーさん自体はちょっと良い香りがする。え、何故に?)

 

 無言でトレーナーの服をくんくんと匂いを嗅いだら普通に良い香りがした。

 その報告がないせいでトレーナーに至っては自分が臭いと思ったのか袖などを嗅ぎまくっている。しばらくは放っておいた方が部室を荒らした罰として機能するかもしれない。

 

 

「軽い香水振ってるつもりなんだけどもっと良い香水使うべきか? いやでも匂いがキツいのはウマ娘達が嫌がるかもしれないし、我慢するっきゃないか……?」

 

 何やら1人で自問自答している。どうやら成人男性に匂いの話はあまりしない方がよろしいかもと判断する。主に精神的ダメージが凄そうだ。

 そうしている間にもお菓子袋やメモがたくさん書かれていたであろう紙くずのゴミもだいぶ片付いてきた。これで使えるレベルにはなっただろうと思う。しかし時計を見るともうトレーニングをする時間というには中途半端だった。

 

 

「ねえ、これからどうすんの? もうトレーニング始めるような時間帯でもないし、アタシが言うのもアレだけど軽いミーティングでもしとく?」

 

「と言ってもなあ、元々入部してくれたらその日はトレーニングとかじゃなくて、まずは軽くお互いのことを知るって意味で雑談でもしようかと思ってたんだよな」

 

「……そんな呑気でいいの?」

 

「言い方に問題がある。親睦を少しでも深めることが出来れば信頼性が増すし、トレーナーとウマ娘はどちらかが上の立場ではなく対等な関係だって事を知ってほしいわけよ。端的に言えばネイチャも俺に何か言いたいことがある時は変な遠慮はいらねえ的な」

 

「おし、じゃあトレーナー室行こっか。どうせそっちの部屋も散らかってるだろーし、何ならトレーナー室の方が広いからそっちでゆったりしながら話しますかねー」

 

「あれ、何かもう俺が使う部屋全部汚いとか思われてない? 遠慮はいらないってそういう事じゃないよ? 気遣いはもうちょっとあってほしいななんて思ったりもするんですがいかがでしょうかネイチャさん?」

 

「はーい行きますよー」

 

「ちくしょう何も聞いてねえ!」

 

 

 

 そんなこんなでトレーナー室へやってきた。

 いったいどれだけ散らかっているのやらとドアを開けてみると、多少散らかってはいるものの先ほどよりかは全然綺麗に見える。

 

 

「ありゃ、ここは案外普通なんだね」

 

「何でもかんでも散らかすと思うなよ? ここは俺がようやくトレーナー資格を取って与えられた部屋だからな。大事に扱うためにもできるだけ自分で掃除したりしてるんだよ」

 

「へー、ちゃんとしっかりしてるところはしてるんだ」

 

「まあな」

 

 ドヤ顔しているトレーナーを放置して室内を見て回る。掃除は10分程度で終わりそうな感じなので、そこまで急がなくてもいいだろう。というかこの程度ならトレーナーだけで掃除させた方が将来のためにもなる。

 

 部室よりも広いトレーナー室には色々な物が揃っていた。資料、レース場の詳細が載っている分厚い本。ウマ娘の脚質や適性距離を見極めるための極意の本。ざっと見ただけでもネイチャにとっては見慣れない本ばかりが棚に置かれている。新鮮さというよりは驚愕が大きい。

 

 

「はえー、トレーナー室ってこんなに本置いてあるんだ」

 

「と言ってもそいつらは全部俺が揃えたんだけどな」

 

「……え、()()()()()()()()()()? マジ?」

 

()()ってところが気になるが、俺だって新人だけど中央のトレーナーだぞ。半端な勉強や努力だけで資格を取ったんじゃないからな」

 

 これまた驚いた。アレが一週間語弊ありまくりで追いかけ回してきた男なのかと本当に疑ってしまう。

 この若さで中央のトレーナー資格を取るだけのことはある。もしかしたらバカと天才は紙一重かもしれない。

 

 

「ふーん、なるほどねー」

 

「……何だよ」

 

「べっつに~。トレーナーさんも案外やるじゃんって思っただけですよー」

 

「当ったり前だろ。そしてそんな俺が認めたお前だ。一着なんてまだでかい事は言えないけど、磨いていけば絶対に良いとこは行ける確信がある」

 

「そこは言い切らないんだね。てっきり一着にさせてやるーとか言うもんだと思ってた」

 

 大見栄を張るわけでもなく、トレーナーにしては珍しい発言だとネイチャは思った。

 普通ならこういう時こそトレーナーはトップに立たせてやるとか鼓舞をしてくるものだと思っていたのだが、この渡辺輝という男は違うらしい。

 

 

「そう言ってやりたいのは山々なんだけどな。さっきも言ったがここは『中央』だ。元々センスのあるウマ娘も多い中、好成績のウマ娘を育ててきたベテラントレーナーもたくさんいる。悔しいけど、場数で言えば俺はまだまだひよっこレベルにすら達してない。そういう意味でも、まだお前には変な希望を持たせたくないんだよ」

 

「……そっか」

 

「失望でもしたか?」

 

 トレーナーはそう聞いてくる。

 本来であれば、嘘でもそこは希望を持たせるのがトレーナーの仕事なのだろうと思う。一着を取らせてやると、センターで踊らせてやると言うべきなのだろう。

 

 しかしこの男はそんな誑かすような嘘は言わなかった。現実と自分の経験値や現状をちゃんと踏まえた上で正直に言ってくれた。

 他のウマ娘ならそれで不安になってしまったかもしれない。愛想尽かせて出ていってしまうウマ娘もいるかもしれない。

 

 けれどナイスネイチャは違う。

 子供の頃から少し捻くれた思考を持っているせいか、変に希望を持たせてくるよりもこうして正直に言ってくれる方が納得できるタイプなのだ。

 

 だからこそ、信頼できる。信用もできる。

 このトレーナーに着いて行って間違いないのだと再認識する。無駄に熱い人よりも、しっかりと現状を把握していて冷静に見ることのできるトレーナーの方が良いと思うのは当然だろう。

 

 そして何より、今のネイチャの気質と合っている。

 だから、だ。

 

 

「……ううん、むしろそれが当然だってアタシも分かってるしね。トレーナーさんがスカウトしてくれただけでも本当はありがたいんだから、これ以上は高望みしませんよー」

 

「そっか。じゃあ良かったよ」

 

「んじゃまー、パパッと掃除しちゃってー。そしたら適当にくっちゃべろー!」

 

「あれ、一緒に掃除するんじゃなかったっけ?」

 

「こんくらいならトレーナーさん1人ですぐ終わるっしょ? ほら、さっさとやる」

 

「うわひでえ! 騙したなコノヤロー!」

 

「元凶は誰かなー?」

 

「ゴメンナサイ」

 

 そもそもの原因がトレーナーなので反論の余地は一切ないのだった。

 とは言いつつもテキパキと片していくトレーナーをネイチャは微笑みながら見ている。

 

 まだ契約したばかりでお互いの事をちゃんと知っているわけでもない。だけど、これからこのトレーナーと励んでいく事に何の嫌悪感もなかった。

 先ほどの言葉を思い出せばまた自然と口角が上がってしまいそうだった。

 

 

「(ありがとね、トレーナーさん)」

 

「お礼言われるような事したっけ?」

 

「いや聞こえてんのかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掃除も早々に終わり、雑談という名のちょっとした親睦会も終えたところで2人して廊下を歩いていた。

 ネイチャが商店街の人達に人気という事や、地元で親がバーをやっている事も聞き、お互いのことを少ない時間でも知ることができたのは大きいだろう。

 

 ネイチャと話している時に分かったことがある。

 彼女は基本的に達観しているというか言動からも分かる通り、中等部にしては少し大人びた思考を持っているようだ。だから自分の才能と他のウマ娘達との差を嫌でも分かってしまうらしい。

 

 自分で自分を捻くれてるなどと言っていたが、それも言動からするに本当だと思う。

 同期にトウカイテイオーというデビュー前なのに化物染みたセンスを持っているウマ娘がいるのだ。ネイチャは当然、他のウマ娘もそれに関しては痛感しているはずだ。

 

 だからこそ、渡辺輝は思う。

 ナイスネイチャが一着を取ってキラキラ輝く姿を見たいと。

 

 だって、笑えるのだ。

 普段あんなに斜に構えた言動と表情をするのに、話していると時折見せる年相応な可愛らしい笑顔で笑えるのだ。

 

 それを絶やしたくない。もっとちゃんと笑ってほしい。本当の意味で、彼女を笑顔にしたい。隣で今も他愛ない話をしている彼女に報いたい。

 こんなことを実際に言ったら笑われるだろうとトレーナーは思う。だからまだ口にはしない。ネイチャがそこまでの実力と自信を持った時……いいや、いっそ不意に言ってやるのも悪くないかもしれない。

 

 

「どうしたのートレーナーさん? 何か変にニマってるけど、おかしなモノでも食べた? それか元から?」

 

「ナチュラルにディスってくるね君。ったく、俺以外にはそんなこと言うんじゃねえぞー」

 

「トレーナーさんにしかこんなこと言わないですよーだ」

 

「それはそれでどうなんですかね……」

 

 とまあ、初日でこれだけ心を許してくれているなら問題ないだろう。

 明日からは本格的にミーティングやトレーニングに力を入れていく事になる。そこからゆっくりでも実力を付けていけばいい。

 

 そんなことを考えている時だった。

 ふと声を掛けられた。

 

 

「あ、ネイチャちゃんだ~! おーい!」

 

「ん?」

 

「ああ、マヤノじゃん」

 

 ネイチャよりも身長が少し低めのウマ娘がやってきた。

 長いロングの髪をそのままにぴょこんと小さなツインテールが印象的な可愛い子に見える。

 

 

「もしかして、この人が噂のネイチャちゃんのトレーナーさん!?」

 

「あー、うん。まあそんなとこかなー」

 

「何でちょっと言い淀んでんだよ」

 

「あはは、いやー何かさ……ちょっと何と言いますか照れくさいと言いますか~、ね……? こんなこと初めてなもんで」

 

 どうやら本当に照れているらしい。頬を人差し指で軽く掻いている。今時そんな女子がいるのかというツッコミは野暮だろうか。

 それはそうと、だ。

 

 

「俺は今日からネイチャのトレーナーになった渡辺輝だ。ネイチャの友達、でいいんだよな?」

 

「うん、そうだよー! マヤはマヤノトップガンっていうんだ~! よろしくね!」

 

 何ともまあ元気な子だなというのが第一印象だった。

 果たしてこんな明るい性格の女の子とネイチャは気が合うのかと疑問にも思うが、話している雰囲気からして普通に仲は良いらしい。

 

 

「いいな~ネイチャちゃん。トレーナーさんからずっとアプローチされてたもんね~! マヤも早くそれだけ想ってくれるトレーナーさん探さなきゃ!!」

 

「あぷっ……!? も、もーマヤノってば何言ってんのさまったくー! そんなんじゃないってば! ねっ、トレーナーさん?」

 

「そうそう、俺の熱いアプローチがネイチャにようやく届いたんだよー」

 

「なあ!? トレーナーさん!?」

 

「お~、いいな~これが相思相愛っていうの!?」

 

「おっ、良いこと言うねマヤノさんや!」

 

「もおー、2人ともいい加減にしなってばー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 悪ノリトレーナーと友人のマヤノトップガンによって、このあと数分は赤面状態のまま居させられたネイチャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






いつもwikiとにらめっこしながら書いてますが、今のとこ活かす場面がないという。
一話自体の文字数は少なめでいこうかと思っています。


ネイチャを弄り倒して赤面させ隊。


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3.トレーニング後の雑談って楽しかったりする

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やる気上がってきます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあー、さすがトレーナーさんが考えたトレーニング……腕がプルップルする~鬼だ~鬼畜だぁ~トレーナーだぁ~……」

 

「トレーニング始めて四日間毎日同じセリフ吐いてんじゃねえっての嫌味か。あと最後のは今でも意味分からん」

 

「わひゃあっ!?」

 

「ほれ、スポドリ」

 

「うぅ……だからっていきなりほっぺに当ててくる事ないじゃん……ありがと」

 

 

 

 トレーナーとマヤノトップガンによるネイチャ赤面事件から四日が経ち、ネイチャは絶賛トレーニングの真っ最中だった。

 不意に冷たいスポーツドリンクを当てられ冷えたはずの頬の温度が、恥ずかしい声を聞かれたことによりまた高くなっていく。誤魔化すために勢い良くフタを開けてそのまま半分ほど一気飲みした。

 

 普段は気楽そうに話してはいても、やはりトレーナーはトレーナー。きっちりとトレーニングメニューやら体調管理の経過などを見てくれている。

 優しい所は優しく、厳しい所は厳しく。メリハリはちゃんと出来るらしい。

 

 近くにあるベンチに2人で座る。

 

 

「ところでどうだ。今のトレーニングメニューは。しっくり来てるとかあるか? 自分の走りに違和感があるようなら変えたりもするけど」

 

「ううん、今のとこは大丈夫。ジムでの筋トレのおかげで筋肉痛は多少あるけど、四日も経つとさすがに慣れてくるものですなー」

 

「一応始めたてだし無理のないメニューを組んではいるからな。あとは今よりもネイチャに合う走りに変えつつ微調整していくつもりだ」

 

「はーやっぱ一応はトレーナーなんだねー。アタシの走り方のクセとかよく見ていらっしゃる」

 

「一応は余計だっつうの。当たり前だ。お前の走行トレーニングをカメラで色んな角度から録画して毎日見てるからな」

 

「え、トーサツ?」

 

「シャレにならん語弊だけはやめてもらえませんかね!! これも立派なトレーナー業ですぅーッ!!」

 

 ジムにいる他のウマ娘やトレーナーに聞かれていないか焦るトレーナーを見て笑みが零れる。

 やはりこの人と話していると落ち着く。軽い冗談(トレーナーにとっては大問題)を言い合えるパートナーというのはいつの時代でも大切な存在だ。

 

 気兼ねなくそう思えるのは、彼がトレーナーとウマ娘は対等な関係でいたいと言ってくれたからだろうか。

 トレーニングの疲れもトレーナーと話しているといつの間にか消えている事が多い。自分でこう思ってしまうのも何だが、やはりトレーナーとの相性は良い方なのだと思うネイチャだった。

 

 

「このあとはどうすんの? いつも通り練習場で走行トレーニング?」

 

「……、」

 

「え、急に黙ってどうしたの」

 

「いや、最初はあんだけ期待しないでとかぼちぼちやっていきましょーとか言ってたお前がさ、いざトレーニング始まったら結構真面目にやるんだなって思って。こっちとしては嬉しい限りなんだけどさ」

 

「……あー」

 

 そういえばトレーニングを始める頃にそんな事を言っていた記憶がある。

 普通に聞けばあまり乗り気ではないようにも思えるのだが、ネイチャに至ってはその逆でしっかりとトレーニングをこなしているのだ。

 

 トレーナーが決めた筋トレメニューをちゃんとやり、走行トレーニングでもアドバイスを取り入れながら改善しようとしている。

 陰ながらの努力ではなく、真っ当な努力で強くなろうとしている。

 

 

「言動と行動がまるでマラソン大会で最後まで一緒に走ろうなって言ってたのに途中から友達置いて行くタイプのやつだなーって思った」

 

「実体験のように言うじゃん」

 

「実体験だからな。あの時の吉田は今も許してねえ」

 

「吉田さんに置いてかれたんだ……」

 

 トレーナーの苦い思い出は置いといて、だ。

 彼の疑問に答えるのは簡単だが、それを言うのがネイチャにとって簡単ではなかったりする。

 

 やる気のないような発言をしておいてこれだ。トレーナーが疑問に思うのも無理はない。

 それでも、ネイチャの中で答えはハッキリとしていた。言うのはむず痒いが、言わないとトレーナーも気になってしまうか。

 

 

「ま、まあ……その? アタシだってウマ娘だし、無理とは分かってても勝ちたい気持ちがないわけじゃないし? せめて良い勝負ーまでには持って行きたいってのもあるんだよ?」

 

「やっぱ何だかんだ真面目なんだな」

 

「あ、あはは、まあねー……こんなアタシでも、負けたくない気持ちは本物だよ?」

 

 だからトレーニングはしっかりやる。

 しかし、実は当たり前の事を当たり前のようにするのは難しい。それはトレーニングでも何にでも言える事だ。

 

 才能なんかないとネイチャは言うが、既にそれが出来ている時点で素晴らしい才能を持っているのだとトレーナーは思う。

 きっとそれを言うとネイチャはそんな事ないと一点張りで言ってくるので言わないが。

 

 

「あっ、そ、それにね……?」

 

「?」

 

 まだ何か言いたげなネイチャは、首に掛けているタオルをちょうどトレーナーから見えないように口元を隠す。

 まるで恥ずかしいから見られたくないと言わんばかりに、だ。

 

 

「その……せっかくトレーナーさんが考えてくれたメニューだから、さ? アタシもそれにちゃんと応えたいなーって……そ、それで、レースに出て少しでも良い結果を残すことが出来たらさ、2人でやったーって喜びたいじゃん……? ぁ、アタシも……トレーナーさんの喜ぶ顔が、その、ぇと……み、見たいし……」

 

「……、」

 

 何だか隣で茹でダコのようになっているウマ娘がいた。思いきり頭からプシューと何かが出ている。

 最後のは声が小さすぎてよく聞こえなかったが、どうやら言ったはいいが想像以上に恥ずかしかったらしい。タオルで口元を隠しているが、顔全体が髪色と同じくらい赤いので普通に隠せていない。

 

 

「あ、あーッ! ごめん! やっぱ今のナシナシ! あっはっは、なーに言ってんだろねーアタシっ。こんなのキャラじゃないってのにね! トレーニングでちょっと疲れてんだろうなーはははっ」

 

 何か言おうとしたところでネイチャが慌てて訂正してきた。

 タオルから手を離し両手を空中に泳がせながら、ついでに目もぐるぐる回している。言わずもがな顔は赤い。俗に言うあたふた状態であった。

 

 ネイチャの性格を理解してきたトレーナーだから分かる事がある。

 彼女は普段こんなことは言わない。思ってはいても口に出さないタイプだと思っていた。現に今もキャラじゃないと言っていたではないか。

 

 なのにわざわざ言ってくれたというのは、自分を信頼してくれている証なのだろうかと思う。

 トレーナー冥利に尽きるというものだ。

 

 であれば、彼女の勇気にこちらもお返しをしなければならない。

 

 

「あう……」

 

「そこまで思ってくれてるなら俺としてもありがたいってもんだ。俺とネイチャ、2人でゆっくり気ままにでも進んでいこう」

 

「……う、うん……」

 

 優しく彼女の頭に手を置く。

 世間では下手するとセクハラと訴えられるかもしれないが、ネイチャの反応からして嫌がられているわけではなさそうだ。顔を赤くしながらも尻尾はブンブン振っている。

 

 

(ちゃんと可愛いとこもあるんだよなこいつは)

 

 どこまでいっても中等部は中等部。年相応の可愛らしさが目立つほうがデビューしてからの人気も獲得できるだろう。

 と、そういえばここはジムだという事を思い出す。周囲を見ればコソコソしながら見てくるウマ娘もいれば何やら興奮しながら見てくるウマ娘もいる。

 

 決してここは2人だけの空間ではない事を忘れてはならない。

 さすがのトレーナーもこんなにもジロジロと見られていては羞恥心が勝るものだ。というかネイチャがされるがまま何も言ってこないのも気まずい。

 

 顔に出さないようサッと手を離す。

 

 

「おっと」

 

「あっ……」

 

「どした?」

 

「ああ、いや、ううんっ、な、何でもない何でもないっ」

 

 さて、この時無自覚にでも名残惜しそうなネイチャの表情と気持ちにトレーナーは気付けたか。

 

 

「そういやこの後のトレーニングはどうするかって話だったな」

 

「……あーそうそう、それだよそれ。どうすんのー?」

 

「走行トレーニングしたいのは山々なんだけど、どうも今日はどこの練習場も他のウマ娘やチームが使用してて使えないんだよな」

 

「あれま、じゃあどうする?」

 

「だから時間は少し余っちまうけど、今日はもう終わりにしとくか」

 

 ミーティングにしてもいいが、せっかくの空いた時間だ。

 ウマ娘とは言っても学生には変わりないので、遊びたい年頃でもあるだろう。

 

 

「オフの友達でも誘って適当に遊んだらどうだ」

 

「トレーナーさんはどうすんの?」

 

「俺? んー、トレーナー室で適当にくつろぎながら資料読むくらい、かな」

 

「休まないんだ?」

 

「トレーナー業だからな。オフならとことん休むけど、基本的にはトレーナーとして力付けるために勉強したりとか、担当ウマ娘のために何ができるか研究することが多いぞ」

 

「へー、そうなんだー。アタシのために、ねぇ……」

 

 そもそも何故自分に何をするのか聞いてきたのか分からない。

 学生は学生らしく、オフになったら友人と遊びに行けばいいのに、だ。

 

 そんなところでさっそく自分のトレーナー室へ向かおうとして、裾を掴まれた。

 振り返らずとも分かる。ネイチャだ。

 

 

「あのー、ネイチャさん? いったいぜんたいどうしまして?」

 

 聞きながら振り返ると、それはもうにっこりとしたナイスネイチャがいた。

 

 

「アタシもトレーナー室に行こうかなーって」

 

「え、何で? 友達とかと遊びに行けばいいじゃん。友達いないわけじゃないだろ?」

 

「そりゃもちろん。けど今日は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どゆことー」

 

「そゆことー」

 

「どゆことー」

 

 どうやらこれはもう決定事項らしい。

 何を言っても着いてくるつもりのようだ。トレーナーとしては別に断る理由もないので構わないのだが、いいのだろうか。

 

 

「着いて来ても特に楽しくもなんともないと思うぞ?」

 

「いーいーのー。トレーナーさんと喋りながらソファでゴロゴロするからー」

 

「それでいいのか若者よ……」

 

 ネイチャの今後を心配していてもこの子は特に気にしないだろう。

 というか、である。

 

 ネイチャも普通にこんな事を言ってはいるが、無自覚にトレーナーと一緒にいたいという気持ちには自身も気付いてはいない。

 いくら大人びていてもそこはまだ子供といったところか。

 

 

「ほらー、さっさと行くよー」

 

「何でお前の方が乗り気なんですかねー」

 

「トレーナーさんも若者の流行とか気になるところなんじゃない? アタシもそんな知らんけど」

 

「俺だってまだ若い方だっつうの! 流行は知らんけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて。

 2人は周りから見たら近すぎる距離でトレーナー室へ向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





そろそろ毎日投稿がキツくなってきた頃。
担当契約して一週間もしてないのに距離近すぎじゃね?


高評価ありがとうございます。
他の小説でもやっているのですが、次回辺りから高評価をくださった方々をあとがきに載せてご紹介させていただきますね。


ネイチャの無自覚赤面可愛くないですか?
自分は愛してます(鋼の意志)


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4.商店街ドタバタ騒動(前編)

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。
びっくりするほど多くの方が読んでくださってて感謝しかありません。

これからもネイチャのイメージを出来る限り損なわないよう精進します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今日はこの辺にしとくか」

 

「はあ~、今日も疲れた疲れたー」

 

 

 

 

 夕陽の赤が空を支配しつつある頃、恒例となったネイチャの走行トレーニングも終わりを迎えていた。

 

 

「今日はよく頑張ってたな」

 

「まーね、最近感じてるんだ。選抜レースの時よりも速くなってるって……うん、手応えアリって感じ」

 

「そのためのトレーニングだから当たり前……ってのも野暮か。ネイチャがちゃんと頑張ってる何よりの証拠だもんな。チーム組んでから最初の模擬レースまでもう少しだし、このままもっと強くなってもらうぞ」

 

 模擬レース。

 基本的には本格的なレースとは違い、ある種の現状の力試しや今後の課題を見つけるためとして行われる事が多い。

 

 特定のウマ娘を指名して良い所を奪い自分の力にしたり、お互いの力をぶつけ合い直接対決をするウマ娘もいると言うが、今回は選抜レースからトレーナーと契約したばかりのウマ娘達が模擬レースを行う。

 

 とすれば、だ。

 

 

「当然、ネイチャと同期で既にトレーナーと契約してるウマ娘達も同様に強くなってるって事だ。むしろ選抜レースの時よりも厳しい可能性の方が高いと思えよ。何しろ相手には──、」

 

「テイオーがいる、でしょ」

 

「……ああ。厄介なのはテイオーだけではないけどな」

 

 言わずとも分かっている、といった表情だ。

 トウカイテイオーの強さは選抜レースの時から桁外れだった。そんなのがトレーナーと契約してもっと強くなっている。それだけで怖気づいてしまうウマ娘がどれだけいるだろうか。

 

 勝ちたいと思っていても、その壁は遥かに高い。それを選抜レースで思い知らされたのはネイチャも同じだ。

 だが、こういう時こそネイチャの思考は冷静だった。

 

 

「分かってますって。そう簡単に、というかテイオーに勝てるなんて思ってる訳じゃないし、テイオーの事だから契約したトレーナーさんも只者じゃないんでしょうしねー」

 

「そういう事。ただでさえ並外れたセンスを持ってるテイオーだ。それにプラスされて経験値豊富なベテラントレーナーが付いた。まさに鬼に金棒、いいや、ウマ娘にロケットブースターみたいなもんだ」

 

「例えのセンス」

 

「うるせえ」

 

 何はともあれ、テイオーとネイチャの差は持ち前のセンスと才能。しかしレースの経験値は全く同じだ。

 本来なら、そここそトレーニングで工夫して差を詰めるのが一番なのだが。

 

 如何せん、問題はトレーナーの方にある。

 片方は好成績のウマ娘を輩出し、トレセン学園でも最も実力を認められているれっきとしたベテラントレーナー。

 片方はウマ娘との契約は初で実力も経験値も皆無、さらにこれと決めたウマ娘を一週間追い掛け回す新人トレーナー。

 

 100人のウマ娘に聞けば100人が前者に教えを乞うだろう。

 どうあがいてもひっくり返る事のない実力と経験差がトレーナーにはある。才能の差を詰めるためのピースが圧倒的に足りないのだ。

 

 それでも、とネイチャは言う。

 

 

「アタシは別にいいんだよ。勝てる勝てないとかじゃなく、今は純粋にトレーナーさんと培った実力を試したいだけだし。本番のレースじゃないから気軽に走れるしね」

 

 気を遣っている訳ではなさそうだが、それでも何だか申し訳なくなる。

 事実が事実なだけに、トレーナーとして思う所があるのは隠せないようだ。女の子にこんな言葉を言われるのは成人男性的に色んな意味でキツい。

 

 ので虚勢を張る事にした。

 

 

「まあ実力と経験がないって事はだ。言い方を変えれば実力はまだまだ未知数。つまり無限の可能性を秘めているって訳よ! ベテランのオッサン共なんか若い柔軟性のある頭で超えてやる!!」

 

「虚勢じゃん」

 

「何でそんなこと言うの」

 

 思いっきりバレちゃっていた。

 担当ウマ娘に言われてしまえば終わりである。

 

 

「よっし、ストレッチ終わりー」

 

 何ならさっぱりと流されて会話を強制終了されてしまった。新人トレーナーのメンタルを壊すには充分なスルー力である。

 ナイスネイチャはジャージ姿のままトレーナー室へと向かっていく。何故だか最近部室よりもトレーナー室で着替える事が多い。

 

 理由を聞いたら部室よりトレーナー室の方が広いし綺麗だからと言われた。年頃の女の子の思考はそういうものなのかとよく分からない23歳トレーナー。

 しかしネイチャがトレーナー室で着替えるようになってから早数日。もう慣れてしまっているのでいつも通りトレーナー室の外で待っている事にする。

 

 

 

 

 

 

 

「ほーい。着替え終わったよー。っと、そうだ。ちょいちょい、トレーナーさん」

 

「んぁ?」

 

 着替え終わったネイチャが出てきたと思ったら、廊下に誰もいないか確認してからトレーナー室の中に入るよう促される。

 そもそも自分もこの部屋に戻るつもりなので素直に従った。いつも通り自分のPCが置いてある特等席に行こうとしたところで、何だかもじもじしているネイチャに声をかけられた。

 

 

「あ、あのさっ、トレーナーさんの今日の予定ってもう終わり?」

 

「え? そうだなー。ネイチャの今の現状を軽くPCにレポートしたら終わりだけど」

 

「それって時間かかる?」

 

「や、多分10分くらいで終わる」

 

 その瞬間、あからさまに顔色が明るくなったネイチャが取り繕うようにして言う。

 

 

「じゃあさ、このまま待ってるからこの後一緒に帰るついでに商店街寄ってかない? 小腹も空いてるし、ちょうどいい軽食でもしてこーよ」

 

「そういや商店街の人達と仲良かったんだっけ」

 

「こんなアタシをちやほやしてくれる物好きさん達だけどねー。……良い人達ばかりなんだ」

 

 そう言うネイチャの表情は優しかった。

 ならばトレーナーの答えは決まっている。

 

 

「おし、待ってろ。5分で終わらせる。んでネイチャのオススメ教えてくれよ。今日は商店街で晩飯にするからさ」

 

「大袈裟だねートレーナーさんも。いーよーオススメばっかりで満腹になっても知らないんだからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 商店街に着いた。

 空も夜に差し掛かり、あるのは商店街特有の灯りと食欲が沸いてくるように漂う匂いばかりだ。

 

 

「へえ、この辺ってあんま来た事ないけど、夜も賑やかなんだな」

 

「バーとか立ち飲み屋もあるからねー。昼間は惣菜買いに来るおばちゃん方、夜は仕事帰りのおっちゃん達がお酒目的に寄ってく事が多いのよ」

 

「どうりでみんな楽しそうなわけだ」

 

 商店街と言えば少し閑散としたイメージもあるが、ここはその真逆の位置にあるらしい。ちょっとしたお祭り気分すら感じる。

 このままもう少し雰囲気を味わうのもいいが、ネイチャもトレーニング終わりで空腹になっているだろうし、歩を進めていく。

 

 

「で、ネイチャのオススメってのは――ってうおっ」

 

「ふふーん、こっちこっち! トレーナーさんも男ならまずはお肉から攻めなきゃねー!」

 

 不意に手を引っ張られバランスを崩しそうになるも堪える。

 ネイチャにしては珍しく少しテンションが高い。地元でも商店街で育ったと言っていたから、ここもネイチャにとってはホームみたいなものなのだろう。自然体な笑顔が物語っている。

 

 連れて来られたのは精肉店……ではなく串屋だった。

 奥に客が複数いる事もあって既に大量の肉が串に通されて焼かれていた。これは空腹時に来てはいけない。匂いだけで我慢ならずに大人買いしてしまいそうな勢いだ。

 

 

「やっほーおっちゃーん」

 

「おおっ、ネイちゃんじゃねえか! 今日も寄ってくれるたぁ嬉しいねえ。今なら出来立てのつくねと牛串があるぜい!」

 

「それはラッキーな時に来たな~。じゃあその二つをトレーナーさんのも含めて2本ずつちょーだい!」

 

「おうおう。すぐに用意するから待っ……トレーナーさん、だって……?」

 

 言ってすぐ失言だったと気付く。あれだけせっせと動いていた主人の手が止まったのだ。

 トレーナーは分からないかもしれないが、主人をよく知るネイチャには分かる。こういう時、よほどの出来事じゃない限り主人の手は止まらないと。

 

 つまりはそういう事だった。

 

 

「アンタがネイちゃんのトレーナーかい!?」

 

「えっ? いやまあ、そうですけど」

 

「……そうかそうか。あっはっはっは!! そうかー! ネイちゃんにトレーナーがねえ……! 嬉しい限りだねえ……」

 

「お、大袈裟だっておっちゃん……」

 

 何か凄く感慨深そうな顔をしている。油まみれの手袋で涙を拭っている。

 本当の親のようにネイチャとこちらを見て、何故だかうんうんと頷いていた。

 

 

「それにそんだけ熱く手ぇ握ってんだ。こりゃあ近々新メニューに赤飯追加でもしとくかってなー!! がっはっは!!」

 

「……………………………………………………え?」

 

 そういえば片方の手はどうしたかとネイチャは自問する。そういえば案内する時、無意識にトレーナーの手を掴んだではなかったか。そういえばそのままここに来て注文してはいなかったか。そういえばさっきからずっと自分から握ってはいなかったか、と。

 

 トレーナーも思っていたように、この商店街はネイチャにとって第二のホームのようなものだ。

 だからいつもより少々気が緩んで油断していたのかもしれない。主人と話している時も普通に手を繋いじゃっていた。

 

 それも気付かずに自分から握っている形でだ。

 正気に戻ってからの行動は早かった。瞬時に手を離しお得意の言い訳がスラスラと出てくる。

 

 

「~ッ!? ご、ごごごごごごゴメンねっ!? 何か勝手に手握ってたみたいだわー! お腹空かせてるだろうから早く食べさせてあげなきゃなーって思ってたからついね、つい!! 何やってんだろーねアタシ!」 

 

 既視感のある慌てっぷりを披露していた。

 まるで顔全体がトマトのようだとトレーナーは思う。最近は何だかこういうネイチャを見るのも悪くない気分だった。

 

 

「いやまあ俺から離す事も出来たんだけど、お前が結構強く握ってるから離すのも何だかなって思──、」

 

「いいい言わなくていいからッ! あーもー! おっちゃん早くちょーだいってばー! ……おっちゃん?」

 

「ご主人なら何か店の奥の方で電話しにいったぞ」

 

 それを聞いて嫌な予感しかしなくなったナイスネイチャ。

 あんな反応を見せておいてあの主人がこのまま終わらせるはずがない。何やら良からぬ事を考えているに違いないと断言できる。

 

 恐る恐る奥にいる主人の声に耳を集中させると、それは聞こえてきた。

 

 

「ネイちゃんと契約してくれたトレーナーさんが来てるぞ!! 商店街の美味いモンをありったけかき集めて集合だッ!! こんなめでたい時にネイちゃんとトレーナーさんに金払わせるようなバカな真似はすんじゃねえぞお!!」

 

「ちょっともー何言ってんのさおっちゃん! そんなんしなくていーってばみんな自分の仕事とかあるでしょー!?」

 

「ご主人! さすがにお金はネイチャの分も自分で払うんで大丈夫ですから!! そんな遅くまでいられるわけでもないので!! ご主人ーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いがけない串屋のおっちゃんの行動によってトレーナーとネイチャのドタバタ商店街騒動は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まさかの続きます。
基本後先考えずに行き当たりばったりで書いてるのでこういう事も今後あるかもしれません。
あと毎日投稿はこれにて一旦終了。二日~三日間隔で投稿できればなと思ってます。


お気に入り登録が凄まじいなと思っていたら何やら日間ランキングに一瞬載っていたとか。
それも高評価を入れてくださった方々のおかげです。
ネイチャを布教するためにまた載りたいところですね。頑張ります!


では、今回高評価を入れてくださった

岩裂根裂さん、zs6008さん、磁区さん、一日三色ドンタコスさん、きこりんさん、ampppppさん、スズキ カサカサさん

以上の方から高評価をいただきました。
わざわざコメント付きで入れてくれた方もいて、非常に励みになりました。本当にありがとうございます!!




ここすき機能とは何ぞやと思い見てみたら好きな文にいいねできるみたいな機能、なんですかね?
活用してくださってる方がいたので勝手にニヤケてました。すいません。


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ナイスネイチャ生誕祭 番外編.星に願いを

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。
またしてもランキング入り……身が引き締まる思いです。ありがとうございます。


そんな訳で前回毎日投稿は一旦終了とかほざいていましたが、その後にネイチャが誕生日だと気付き急いで書きました。

今回の世界線としましては、出会ってある程度時間が経ち仲がより深まっている2人だと思って読んでみてください。番外編なのであくまで本編とは別時空ですが、多分本編も時間が経てばこうなります。いや絶対。


flumpoolの『星に願いを』という曲をテーマにして書いてみたので、それを聴きながら読むともっと楽しめるかも……?




 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夜の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 春のファン大感謝祭。

 普段ウマ娘を応援してくれるファンに対してウマ娘達がトレセン学園全体を使って感謝の気持ちをお返しする催し物。つまりは学園祭のようなものと思えばいい。

 

 そんな大規模な祭りの前日。

 トレーナー室の窓から夜空を見上げる2人の姿があった。

 

 

『そういや今日って何たら流星群が見えるらしいぞ』

 

『肝心なとこ忘れてるじゃん。えー何々ー……ああ、こと座流星群だって』

 

『そうそうそれそれ』

 

 ナイスネイチャがスマホで調べるとすぐに分かった。

 隣にいるトレーナーも相づちを打ちながら空を眺めている。

 

 

『時間帯的にはもう見えてもおかしくないらしいよー』

 

『おっ、んじゃいっちょ探してみっか』

 

『そもそも流れ星ってそんなに見えるもんなの?』

 

『分からん。けど探してみないと見えるものも見えないだろ? 幸いこの周辺は結構星自体見えるからな。チャンスはあるさ』

 

『うへー、アタシよりロマンある事言っちゃいますねーあなた』

 

 まず大前提に、だ。

 何故この2人が夜に、それもトレセン学園のいつものトレーナー室にいるのかという話になる。

 

 理由としては単純だった。

 春のファン大感謝祭の準備のため、特別にトレセン学園で泊まる事を許されているからだ。もちろん寮へ外出届を出さないといけないがそこはネイチャ、ちゃんと事前に出していた。

 

 トレーナー室にはこの2人しかいないが、廊下を出れば夜なのにも関わらず結構賑やかだったりする。

 感謝祭なのを良い事に、ほとんどのウマ娘やトレーナーがちょっとした合宿気分で泊まるケースが多いので有名であった。

 

 もちろんこの2人もそのうちの一組であるのだが、この部屋にいる理由は少し違ったりする。

 トレーナー自体は特に何も準備する事はないから帰ってもいいのだが、ネイチャにクラスの出し物で運び出さないといけない荷物が多いから人手が欲しいと頼まれたからだ。

 

 当然、単純な力であれば人間のトレーナーよりもウマ娘の方が強いので力仕事は大丈夫だ。しかし、荷物量が多いとなると話は変わってくる。

 ということでの臨時残業なのだった。そしてそれも終わったから今はのんびりこうして夜空を見上げている訳である。

 

 

『つうかお前自分の教室には戻らなくていいのか? みんな待ってるとかないの?』

 

『んー? ああ、アタシは荷物運びが仕事だったからね。教室じゃまだ他の作業してる子達がいるからここにいるわけ』

 

『手伝わなくていいのかよ?』

 

『適材適所ってのがあるじゃん? アタシに細かい作業はムリムリ』

 

『だから力仕事ってか。何、パワー系女子でも目指してんぎゃぶぇッ』

 

『余計な事言わんでいいっての』

 

 肘でトレーナーの横っ腹を突きながらも流れ星がないか探すネイチャ。

 手加減はされてもウマ娘の力は人の域を超える。ので普通にエルボーを喰らった気分のトレーナーは横っ腹を押さえ悶絶していた。

 

 流れ星。

 聞いた事は何回もあるが、言い伝えも様々ある。

 

 流れ星を見た時、願いを言えば叶う。流れ星が流れている間に3回同じ願いを祈れば叶えてくれる。というありきたりなモノだ。

 ネイチャ自身、こんな性格もあってかわざわざ流れ星が願いを叶えてくれる訳もないと思っている性分である。

 

 それでも、もしも本当に願いが叶うとしたら何を願うのか。

 そんな事を夜空を見上げながら考えていると、その時は突然訪れた。

 

 

『……あっ、流れ星』

 

『うぶふぅ……え、マジ!? 流れ星流れたの!? 嘘だ、俺まだ見てないのに! エルボー喰らっただけじゃん!! 損じゃん!!』

 

『ふふっ、それはトレーナーさんが悪いんでーす。さて、アタシはそろそろ行きますかねー』

 

 言ってトレーナー室から出ようと窓から離れる。

 当然、それが原因で悶絶していたトレーナーに疑問が浮かぶ。

 

 

『あれ、他の子達がまだ作業してるんじゃなかったっけ?』

 

『まーね。けどせっかくだしアタシもクラスでこの学園祭みたいな雰囲気に呑まれてきますわー。トレーナーさんはそこで流れ星でも探しときなー』

 

 トレーナー室から出ていくネイチャ。

 それを見送ったトレーナーは1人夜空を見る。

 

 流れ星を見たならナイスネイチャはいったい何を願ったのか。そもそもそんな願い事を彼女はするのか。

 そんな事も考えずに、トレーナーはまったく別の事を考えていた。

 

 

『……今日も探してみるか』

 

 夜空を見上げてはいても探し物は決して流れ星とは限らない。

 願いをする事よりも、それ以上に価値のあるものを得るために、青年は星々と同じく無数にあるネットの海から目的の物を探す。

 

 

 

 

 トレーナー室を出てすぐの廊下。ナイスネイチャは出来るだけ他のウマ娘達に顔を見られないように、自分のもふもふツインテールで顔の下半分を隠しながら()()()()()()()()()()()歩いていた。

 

 

(本当はクラスの手伝いはしなくてももう大丈夫なとこまで準備は出来てるんだけどね……)

 

 ただ耐えられなかった。

 トレーナーと同じ空間にいるとどうにかなってしまいそうだったから退散してきたと言った方が正しいか。

 

 流れ星が流れたら何を願うのか。

 念願の一着を取りたい。それは自身の努力で勝ち取るべきだ。トウカイテイオーに勝ちたい。それは自身の頑張り次第だ。センターで踊りたい。それは自身で死力を尽くすべきだ。

 

 類似した安直な願いの終着点には必ず『一着』という目標が絡みついてくる。だからネイチャはそこに執着はしない。願いと目的を履き違える事はない。

 しかし、『一着』以外にそこへ付随してくるものがあった。

 

 そのためにナイスネイチャは目標に向かって頑張れる。

 想いは無自覚にますます膨らんでいき、いつしか少女の中でその存在は遥かに大きくなっていた。

 

 だからだろうか。

 ふと、流れ星にあんなお願いをしてしまったのは。

 

 

(あーあ、アタシらしくないなー。あんなの願っちゃうなんて)

 

 何を願うのか。

 それを考えていたら偶然流れ星が流れた。

 

 本当に偶然。無意識に思っていた事でもあった。

 些細な願い。あるいはちょっとした我が儘。夢、希望、望みを常に思っていないと叶わないような代物ではない。

 

 それでも願ってしまった。

 我が儘を思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 誰もいない飾られた庭園に出て、少女は空を見上げる。

 ウマ娘だとしても、乙女には変わりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が願ったのは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……まさかこうなるなんてねー……」

 

 4月16日。

 時間は夜の19時を過ぎた頃、ナイスネイチャは1人学園内を歩いていた。

 

 昨日。

 春のファン大感謝祭も終わり、いつも通りのトレーニングを終えた時の事だ。

 

 

『あ、あのさ、トレーナーさん……明日の夕方なんだけど……よ、良かったら一緒に──、』

 

『ああ、明日ならオフにしたから友達とかと遊んでこいよ』

 

『……え、オフ?』

 

『おう、スケジュール見てもそろそろ休み入れとかないとってな。俺も明日はちょっと用事あるし、タイミング的にはちょうどいいだろ。だから明日はパーッと息抜きしてこい』

 

『……あー、うん、そっか。りょーかいりょーかい! それじゃお言葉に甘えて適当に遊びますかねー』

 

 

 こうして今日は休みとなった訳である。

 普通なら休みになればそれなりに嬉しいはずなのだが、さすがに今日はそう思えなかったのだ。

 

 

「……一応今日はアタシの誕生日なんですケドー……」

 

 ついつい独り言が漏れる。

 そう、4月16日。今日はナイスネイチャの誕生日だった。

 

 だから、せっかくなので専属として世話になっているトレーナーと一緒に、いつも通り商店街でぶらりと軽いパーティーも兼ねて祝ってもらおうかと思っていた。

 なのに、トレーナーは今日用事があると言って休みになった。

 

 もちろんネイチャがこの時間までトレセン学園にいるのは、同室のマーベラスサンデーやマヤノトップガン、トウカイテイオーを含む友人達が食堂で誕生日パーティーという名のお菓子パーティーを開いてくれたから何もなかった訳ではない。

 

 あのトレーナーの事だ。ネイチャの誕生日を知らないという訳ではなさそうだし、もしかするとテイオー達がパーティーを開催すると知っていて気を遣ってくれたのかもしれない。

 しかし、しかしだ。

 

 

「そーゆう事じゃないんだけどな……」

 

 こういう気遣いが嬉しくない訳ではない。実際パーティーを開いてくれたテイオー達には感謝しているが、それとこれとは話が違う。

 本当に祝ってほしい人がいる。それだけの事でしかない。

 

 パーティーの片付けを手伝おうとしたら今日の主役はそんな事をしなくていいと言われ帰された。

 だから用もなくトレセン学園を歩いている。いいや、トレーナーがいないか探していると表現した方が正確かもしれない。

 

 だがどれだけ探してもトレーナーの姿はどこにもない。用事があると言っていたが、トレセン学園にいないとなると外に行っているのか。

 だとしたらそれはもう詰みだ。今日会える可能性は限りなくゼロに近い。

 

 

「……帰ろ」

 

 一日会わない日も珍しくはない。いくらトレーニングがあるからと言っても日頃から休日は設けられている。

 日曜日は大体休みだし、そういう日は基本的にトレーナーとは会わないから何か思うところもない。

 

 はずなのに、今日だけは違った。

 誕生日なのにトレーナーと会えない。それだけでネイチャの心は今の夜空のように暗くなっていく。

 

 用事が何なのか聞かなかったから分からない。

 普通に考えたらトレーナーだし、それ関連のものだとは思う。しかし日頃から斜に構えがちなネイチャに今のメンタルでは最悪な事しか考えられなかった。

 

 誰かと会っている可能性だってあり得る。なら誰と? 何故用事としか言わず詳細は言わなかった? もし自分には言えない用事だったとしたら? もしそれが、人間の女性だとしたら……? 

 

 

「……っ、ダメッ!!」

 

 思考を振り切る。自分を制御しろ。今の考えは絶対にダメだ。超えてはならないラインを履き違えてはいけない。

 自分の立場を考えろ。自分はウマ娘、相手はトレーナー。良くも悪くも相棒やパートナーレベルでしかない。

 

 自分にも他者にも過剰な期待はしないのがナイスネイチャだ。

 だから。なのに。

 

 

(苦しいなぁ……)

 

 近いからこそ、それは最も遠い。

 誰かと笑い合っているトレーナーを想像したくない。今にもどこかに駆け出したい気分に駆られる。

 

 

(はーあ、分かってはいたけど……やっぱ流れ星に祈ったところで願いなんて叶わないもんだねー)

 

 あの日。

 偶然にも流れ星に祈った願い。

 

 それはスケールで言えば遥かにちっぽけで、矮小な願いだった。

 誰もが流れ星を見ると見合わない願いや傲慢な欲望ばかり言うのに対してだ。

 

 

 

 

 

 

(誕生日の日に、トレーナーさんと一緒に過ごしたい)

 

 

 

 

 

 

 たった1人のウマ娘の願いは、この夜空に吞み込まれていくしかないのか。

 こんなにもささやかな願いさえも、叶えてはくれないのか。

 

 

「あんな願いでも、アタシには似合わないって事かなぁ……」

 

 決して目には見えない感情が心の内で熱くなるのを感じた。

 トレセン学園を出て寮へと向かう途中、赤信号になり足を止める。

 

 ふと空を見上げると、あの時と同じくらいの星空があった。

 2人で見た空。短い時間だったけれど、ネイチャからすればそれだけで幸せだと思える時間だった。

 

 目尻に雫が浮かびそうになる。

 こんな事で泣きそうになるなんて情けない。そう思っていても、コントロールできない感情は誰にだって存在する。

 

 ネイチャにしては珍しく楽しみにしていた誕生日だから、その反動はより大きい。

 誰もいない路地に一旦避難する。周囲に人がいないのがせめてもの救いか。零れそうになる涙を制服で拭い、また信号が青になるのを待つ。

 

 待っている間、スマホを見る気にもなれずまたしても星空を見上げる。

 こうすればトレーナーと見たあの日を思い出せるから。

 

 

「(会いたいなぁ……)」

 

 小さな声が零れる。

 そして、無数にあるどこかの星が一瞬強く輝いたような気がした。

 

 今は4月だ。

 まだ何とか桜も咲いている状態だった。

 

 春の夜風が桜の花びらを散らした。

 どこからか舞ってきたその花びらがネイチャとすれ違うように飛んでいく。言い伝えによると、常に夢や希望、望みを持っていると、流れ星は小さな奇跡を起こす。

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

「ネイチャ!!」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 時間が、だ。

 ネイチャの中の時間が止まりそうになった。

 

 今日はもう聞く事はできないと思っていた声だ。

 今日はもう見る事もできないと思っていた姿だ。

 

 

 ナイスネイチャの専属トレーナー、渡辺輝が必死に走ってこちらに向かっていた。

 

 

「はあ……はあっ、や、やっと追いついた……!」

 

「……と、トレーナー、さん……? 何で……」

 

 理解が追いつかない。

 だって、言っていたではないか。用事があると。だから探してもトレセン学園のどこにもいなくて諦めていたのに。

 

 未だに息切れで両手を膝に付いているトレーナー。こんなに急いでいる理由が一向に見えない。

 あんなにも会いたかったのに、実際に会うと急すぎてどうすればいいのかさえ分からないほどネイチャは混乱していた。

 

 

「どうしてここ──、」

 

「ごめんッ!!!!」

 

 突然の謝罪だった。

 それはもう綺麗な90度での頭下げである。ここに来てネイチャの混乱は最高潮になってきた。

 

 

「……え? え? な、何でトレーナーさん急に謝ってんの!?」

 

 ネイチャの問いに対し、トレーナーは一つの袋を差し出してきた。

 

 

「今日がネイチャの誕生日だってのは知ってたんだ」

 

「え? そうなの……?」

 

「ああ、だからプレゼントは何がいいかってずっと考えてたんだけど。ほら、ネイチャの同室にマーベラスサンデーがいるだろ?」

 

「う、うん」

 

 何故か相部屋の友人の名が出てきた。

 差し出された袋を受け取りながらトレーナーの言葉を聞く。

 

 

「あの子にネイチャが好きなものを聞いたんだ。何をあげたら喜んでくれるか。そしたら教えてくれたよ。よくネコの動画とか休日にネコと触れ合える店に行ってるってな。ちなみにネイチャがどこにいるか帰ってきて聞いたらさっき学園を出たって教えてくれたのもその子だ」

 

「そうなんだ……」

 

「だからネコに関する物で使えそうなやつがないかずっとネットで探して、少し高いけどネコをモチーフにしたネックレスがあったからそれを買おうとしたんだ」

 

 ネックレス、と聞いてドクンと心臓が胸を打つ音がした。

 顔に熱が集中していないか気になってしまう。

 

 けど、とトレーナーは続ける。

 

 

「いざ買おうとしたらどこの店も売り切れで、今日も他の店舗とか探して回ったんだが見つからなくてな……。買えなかったんだ。だからすまん!!」

 

「そんな、いいってもー! そんだけアタシなんかのために頑張ってくれたんでしょ? それだけで充分だってば!」

 

 そうだ。今日はもう会えないと諦めていたのだ。

 こうして会えただけでもネイチャにとっては掌を返すような出来事である。

 

 

「……でも、じゃあ今くれた物って……?」

 

「ああ、ネックレスは買えなかったからグレードはどん底に落ちたようなもんだけど、開けていいぞ」

 

 言われて袋の中にあったケースを開けてみる。

 そこから出てきたのは、シンプルな物だった。

 

 

「ちっちゃいネコのフィギュア……?」

 

「……や、言いたい事は分かるけど待って。え、もしかしてどん底より下って事ある? 現金あげた方が良いとかありますかね? だったら喜んであげますけどネイチャさん?」

 

 赤い毛が特徴のキャラクターっぽいネコのフィギュアを見る。

 トレーナーはどん底とか言っていたが、とんでもない、と言いたかったのはネイチャの方だ。

 

 あれだけ走り回って探してくれて、でも結局なくて、最終的にくれたのがこのフィギュア。

 本物のネコには見られない赤い色が、何だか自分に似ているようにも思える。きっと数ある中のフィギュアからこれを選んでくれたのだろう。

 

 小さな奇跡が、だんだんとネイチャの中で膨らんでいくのが分かる。

 ここまでのどんでん返しなど誰が想像したものか。

 

 

「ね、ネイチャさん……? 嫌なら返してくれてもいいからね? 俺の部屋に置いとくからね……?」

 

「やだ。トレーナーさんがくれたんでしょ? ならもうこれはアタシのモノだしー」

 

「い、いいのか? フィギュアなんかで。一応保険として望むならネイチャが欲しい物買うつもりでいたんだけど」

 

「いいのー」

 

「こんなフィギュアでも?」

 

()()()()()()()()

 

 どこかで聞いたセリフだとトレーナーは思った。

 主に自分がネイチャと担当契約した時に。

 

 ともあれ、だ。

 こんなフィギュアを大事そうに抱えるネイチャを見てしまったらもう何も言えない。彼女がそれでいいと言ったのならもういいのだろう。

 

 

「ありがとねっ。トレーナーさん」

 

「ッ」

 

 ふと、夜風に舞い散る桜の花びらを背景に笑う彼女を見て、不覚にも見惚れてしまった自分がいた。

 それほどまでに美しい一枚の美術絵のようだった。

 

 軽く咳払いをして気を取り直す。

 腕時計を見れば19時半を超えたところだ。

 

 時間はまだある。

 

 

「よし、ネイチャ、まだ飯は食えるか?」

 

「え?」

 

「実は俺一日中探し回って何も食ってないから腹減ってるんだよ。だから商店街でたらふく食べたい気分なんだけど。どうよ?」

 

 言葉の意味を正しく理解する。

 要はこうだ。

 

 

「ネイチャの誕生日。俺と二次会しようぜ!」

 

 分かりやすい誘い文句。ド直球ストレートなトレーナーからの気持ちだ。

 返す答えなんて分かりきっていた。

 

 流れ星にかけた願い。

 その小さな奇跡はまだ続く。

 

 

 

 

「モチロンお菓子だけでお腹膨れる訳ないじゃん? だから、トレーナーさんの奢りでいっちょ全制覇やったりますかー!」

 

「おう、今日は好きなだけ食え食え! 年に一度の誕生日なんだ。最後まで最高の一日だって思える時間を過ごしてやろうぜ」

 

「トレーナーさん」

 

「ん、何だ?」

 

「大事にするね。プレゼント」

 

「……ああ」

 

 2人して歩いていく。

 確かな心の距離がゼロに近い状態で。

 

 

 

 こうしてたった1人のウマ娘のささやかな願いは叶えられた。

 偶然に偶然が重なり、必然の奇跡を迎えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 就寝時間を迎えた頃。

 ある一室でこんな事があった。

 

 

 

 

「あれ、ネイチャ何それ~?」

 

「これ?」

 

「うんうん、イイ笑顔で見てるから気になって~!」

 

 いつもならこう言われるとどう答えるか迷っていたのだが、今日のネイチャはひと味違った。

 愛おしそうに人差し指で軽く撫でるようにフィギュアを触りながら。

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、大事な()から貰ったんだー」

 

「……おー、ネイチャのその表情……すご~くマーベラースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





本編よりも長い番外編とは。
中盤まではほんのり切なく、だけど終わりはハッピーにできたかなと。

現実のナイスネイチャはもちろん、ウマ娘のネイチャも誕生日おめでとうございます。これからも大好きです。


では、今回高評価を入れてくださった

水無月凌さん、十埜さん、ヒビカリさん、マケライネンさん、feruzenさん、牛丼ブレストさん、まいせんpammさん、ノブオさん、リンたんさん、wanTanさん、月の魔王さん、みっつだよさん、スズコウさん、筆銀〈ペンギン〉さん、鳥ん取るさん、ファビラウさん、雨西瓜さん

以上の方々から高評価を頂きました。
こんなにもたくさん……感無量です。おかげで頑張れます。
これからもネイチャ布教し隊として精進します!



今回で本当に毎日投稿は一旦終了。
ですが出来るだけ早く更新できるようにしますね。


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5.商店街ドタバタ騒動(後編)

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。
先日ランキングを覗いたら日間18位にまでなってて普通にマジでかってなりました。
恐悦至極です。


もっとネイチャの良さを広めたいですね。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば奥に連れられ座らされていた。

 

 

 

 

 

「(おいどうすんだよこれ完全に今からパーリナイする雰囲気じゃねえか既に酒飲んだくれてる人いるじゃねえか一番角の逃げれねえ席じゃねえかどうなっちゃうんだよどうにかしてくれよこれなあおいネイちゃんッ)」

 

「(トレーナーさんまでそのあだ名で呼ぶなってのっ。しょうがないでしょこうなったらもうさっさと酔いつぶれてもらってその隙に退散するよ。てかトレーナーさんも大人なんだったらもっとハッキリ断ってよねッ)」

 

「(バッカお前、大人だからこそ余計年上の方々には変に断れないモノなんだよ。俺はノーと言える人間ではあるけどその場の勢いで流される人間でもあるんだ覚えときな嬢ちゃん)」

 

「(ダサいだけじゃん)」

 

「(おう泣くぞコラ)」

 

 周りが勝手に騒いでるせいで小声で話しても気付かれない。

 というかメインの2人を放置して普通に飲んで食っている商店街の人達。主役がもはやモブの空気感であった。

 

 

「完全に商店街のメイン張ってる人ら集まってるし。さてはこれを口実に店切り上げてきたか他の人に任せてきたな?」

 

「自分の店より優先ってどんだけ好かれてんだお前」

 

「そんなんアタシが聞きたいくらいだわ。いやまあ、嬉しくない訳ではないけどさ……」

 

 何だかんだ言いつつも満更ではないらしい。ため息を吐きながら仕方ないといった表情で騒ぎの方を見ている。

 目の前のテーブルには商店街の人達が持参してくれた食べ物が山ほど置かれていた。

 

 先ほどの牛串を含む串カツ類、鮮魚を使った刺身や干物、塩だれがかけられたキャベツに様々な漬物、聞いてからわざわざ作ってくれたであろう揚げたてのコロッケと唐揚げ、焼きそばにたこ焼きまである。

 まさに商店街の名物が勢揃いだ。

 

 

「……いや、こんな食えないんだけど」

 

「そのためのこの人達だと思ってていいよー。どうせ自分達でみーんな食べちゃうだろうし。アタシ達は普通に食べれる分だけ食べりゃだいじょーぶ。いただきまーすよっと、あむっ」

 

「随分慣れてんだな」

 

「選抜レースの時にね、みんな見に来てくれててさ。その時の夜も今とおんなじ感じで盛り上げてくれたんだよね。結果はあんなだったのに」

 

「なるほどねえ。っと、いただきます……うまっ! ネイチャこれめっちゃ美味いぞ!」

 

「知ってますよー。アタシが来たらみんないつも一番人気のやつばっかくれるし」

 

 さすがは商店街の中でも人気の品ばかり用意されているだけあって美味い。空腹な分その箸は止まる事を知らない。

 成人男性、とはいえまだまだ若い青年の食いっぷりは見てて面白いなと思う中等部のネイチャ。ここだけ見ると保護者と子供の立場が逆転しているようにしか思えない。

 

 がっついているトレーナーをよそによく見れば酒のツマミばかりだなと内心ツッコミながら軽く箸で突っついてると、串屋の主人が頬を紅潮させながらやってきた。

 

 

「よおトレーナーさん、どうよウチの商店街の味は! どいつもこいつも美味えモンばっかだろ!」

 

「いやあ、めちゃくちゃ美味しいですね! これは俺も帰りに寄って行きたくなりそうですよ」

 

「かぁーッ! 上手い事言うじゃねえか! その口でネイちゃんの事も口説き落としたって感じかあ!」

 

「うっわ酒臭っ、おっちゃんもうそんな飲んでんの? ほどほどにしとかないとまたおばちゃんに怒られるよー?」

 

「はっはっは! 大丈夫だっての。何たって今日はネイちゃん達の祝いの場だからな!! 無礼講だっつって!!」

 

 酔っているようだが、基本的に出会った時とあまり変わっていないように思える。テンションが高くなるだけだろうか。

 そして串を焼きながら主人を睨んでいる女性が目に入る。これは綺麗に後でフラグ回収されそうだ。

 

 

「ごめんねトレーナーさん。おっちゃん酔ったら適当ばっか言うから」

 

「ん? まあ口説き落としたってのもあながち間違いじゃないと俺は思ってるぞ? おかげで契約できたし」

 

「……すぐそういうこと言う……」

 

「熱いねえおい! こりゃあっついなあお二人さん!! 赤飯炊いてやろうか!?」

 

「ボリュームボリューム。声でかいってのおっちゃん」

 

 子供に嗜められる中年とはこれ如何に。どうあがいても奥さんに説教される未来しか見えない。

 しかしそこはもう酔っぱらいの空間であり領域だ。現状シラフで止められる者は奥さんしかいないが、他の客の対応でできないでいる。

 

 つまりは串屋のおっちゃんノーブレーキなのだった。

 どんちゃん騒ぎをしている向こうに行ったと思ったら一升瓶を片手に戻ってきた。

 

 

「トレーナーさんも一杯どうだい? ここはいっちょ乾杯といこうじゃねえか!」

 

「ああいえ、俺はお酒あまり飲まないので、お気持ちだけありがたく頂戴しときます」

 

「何だ、あんま強くないのか?」 

 

「それもあるんですけどね。酔ってこいつに迷惑かけたくもないんで」

 

「おわっ」

 

 急に頭に手を乗せられ声が出る。

 むしろ酔ってないのにこういう事をしてくる方がネイチャにとってタチが悪いのだが、それを言う勇気も不思議と抵抗もない。

 

 

「それを言われるとこっちは辛えな!! いいじゃねえか、ネイちゃん。やっぱこのトレーナーさんは俺達の期待通りな人だぜえ!!」

 

「んなこと言われなくても分かってるってば。それより迷惑かけてる自覚あるんだねーおっちゃん。見てみ、おばちゃんこっち見てるよ」

 

「うえっ!? あ、あっはっは、じゃあなトレーナーさん。俺はあっちの連中んとこ行ってくるから、好きなだけ食べてってくれな! もちろんお代なんかいらねえからよ!!」

 

「え、いやでも──、」

 

「こりゃあ俺達からの感謝みたいなモンだ。ちょいと捻くれちゃあいるが、この子はちゃんと頑張れる子なんだよ。だから、ネイちゃんをよろしく頼むな」

 

「……はい」

 

 言うだけ言って奥さんの視線から逃げるように集団の方へ行った。

 酔ってはいても、いいや、酔っているからこその本音だったのだろう。隣を見るとネイチャがぶつぶつと小言を垂れている。

 

 

「ったくもう、余計な事ばっかり言っちゃって……」

 

「そんだけ好かれてんなら幸せ者じゃねえか」

 

「あははーあんま期待されてもって感じではあるんだけどね~」

 

「頑張んなきゃな」

 

「……まあ、うん」

 

 これだけの人達がネイチャのために集まってくれる。それだけで思いの強さというのは伝わってくるものだ。

 それに応えたい。報いたい。結果として残し、胸を張れるようなウマ娘になりたい。

 

 思うだけなら誰だって出来る。

 それらを実行し叶える事が難しくないのであれば、だ。

 

 

「テイオーなんて、とんでもないのと同期になっちゃったなあ」

 

「いいじゃねえか。どの世代にも突出してるヤツはいるもんだ。だからこそ燃える」

 

「わーお、本気で言ってます? 自慢じゃないけど勝てる気しないよアタシ」

 

「ほんとに自慢じゃないな。いつかはでっかいライバルを超える展開。まさに主人公みたいだろ?」

 

「アタシはせいぜい主人公を離れたとこから見てるモブなんだけどなあ」

 

「なーに言ってんだ。少なくとも、あの人達はお前を主人公として見てると思うぞ。もしくはヒロイン」

 

「ヒロインなんて余計似合わないってーのー」

 

 そう言いながら漬物を口に入れる。心地いい音と共に程よい酸味が広がっていくのを感じた。

 油モノを食べた後だと口内をサッパリとリフレッシュしてくれるのだ。

 

 何となく気持ちまでリフレッシュされたような気がした。

 と、そこで先ほどのトレーナーと主人の会話を思い出した。

 

 単純に気になる事がある。

 

 

「あ、そういやさっき言ってたけど、トレーナーさんってお酒飲めないの?」

 

「や、めちゃくちゃ飲まないってだけで一応は飲めるぞ」

 

「強くないんだっけ? すぐ酔っちゃうとか?」

 

「まあ、そんなとこだ」

 

 何だか少し含んだ言い方をしていた。

 23歳と言っていたか。その歳と若さならむしろ友人とたくさん飲み交わしていそうなのだが、ここでネイチャの中である仮説が立つ。

 

 

「まさか、過去にお酒で失敗した事ある?」

 

「……、」

 

「あるんだ? ほらほら、アタシに言ってみなさいな。実家のバーでそういうの見てきたから少しはアドバイスできるかもよ」

 

 沈黙は肯定なのである。

 目を逸らしてはいてもだ。ネイチャは幼少の頃から実家がバーという事もあり手伝いをしていた。

 

 それもあってか、酔っぱらいの扱いに心得があったり失態を何度も見てきた経験がある。

 だから自分を担当するトレーナーの酒の失敗談が少し気になるのだ。本音を言えば面白半分だ。

 

 

「……や、まあ、二十歳祝いで飲みに行った時にな」

 

「ほうほう」

 

「ちょっと調子乗って結構飲んだんだが、何だろ。酔ってる自覚はあって理性もあるんだけど、酒のせいもあってかいつもより本音をぶちまけたり少し絡み酒みたいになっちまうんだよな」

 

「……なるほど?」

 

「だから、そういうのもあって酒は基本1人で休日にストレス発散のために少し飲むくらいだよ。最近はもう飲んでないけど」

 

「何で最近飲んでないの?」

 

「あー、最近っつうかネイチャと契約した後から飲むのは止めたよ。さっきも言った通りお前に迷惑かけたくないからな。酔ってネイチャに絡んでしまう自分を思い出したくないし」

 

「……へえ?」

 

 ゾクッと、ネイチャの中でナニかが目覚めかけた。

 これまで酔っ払いのそういうのは何度も見てきたが、何も思う事はなかったのにだ。

 

 あのトレーナーの絡み酒に、興味が出てしまう自分がいた。自分の前で酔わせるとどうなるのか。何なら酔ったトレーナーを世話してみたいと。

 それと同時に自分のために飲むのをやめたという気遣いに対してもあるのか、変に口角が上がってしまう。誤魔化すように漬物を頬張って話題を流す。

 

 

「ちなみに誰と飲みに行ったの?」

 

「あん? んなの男友達に決まってんだろ」

 

「ははっ、彼女とかいるもんだと思ってたわー」

 

「生憎、こちとらずっと中央のトレーナー資格取るために必死だったからな。出会い求めてる暇なんてこれっぽっちもなかったんだよ言わせんな。自分が見苦しくなる」

 

「……へー、ほー、ふーん」

 

「え、バカにしてる? もしかしなくてもバカにしたよね? 男のそういう繊細なとこ攻撃したらダメだよ? 今後の関係に響くよ?」

 

「してないってばーもー!」

 

 何故か笑っているネイチャ。

 どうして女子はこういう話題が好きなのか分からない彼女いない歴年齢のトレーナー。いっそ悲しみの酒を飲んでやろうかとさえ思ったところで踏み止まる。

 

 そこでだ。

 シラフなだけあって冷静な判断が出来るトレーナーはここで疑問に思った。

 

 あれだけあった大量の品々も半分以上は無くなっていた。主に酔っ払い集団のせいで。

 という事はだ。それだけの時間が経っているという事でもある。

 

 はて、確かナイスネイチャは栗東寮住みではなかったか? 

 

 

「……な、なあ、ナイスネイチャさんや」

 

「何でいきなりフルネーム? そんな怒らせちゃった? だったらゴメンてトレーナーさん。きっとイイ人見つ……いややっぱ何でもな──、」

 

「貴女様の寮の門限って何時でしたでございましょうか……?」

 

「い……って、ん?」

 

 2人して時計を見る。

 門限などない中年達は今も騒いでいるが、少女と青年は色々と理由があるのだ。

 

 ネイチャの顔がサッと青ざめていく。綺麗な赤髪の色とは真逆のようだった。

 それを見てトレーナーも察す。あ、これはヤバいと。

 

 2人して席を立つ。幸い商店街の人達は入り口付近で固まっているから当初とは違い、席が奥でもすんなりと抜け出せる。

 ここからはもう時間との勝負だった。

 

 

「皆さん今日は本当にありがとうございました!! ネイチャ共々頑張っていきますのでこれからも応援してやってください!! はいネイチャ本筋説明!!」

 

「寮の門限ヤバイから帰るわー! また来るからよろしくねみんな!!」

 

「おーうもうそんな時間か。ネイちゃんもトレーナーさんもまた来いよお! いつでもサービスすっからなあ!」

 

「ネイちゃんの事よろしくねトレーナーさん! 今度ウチの店にも直接寄ってってちょうだいねー!」

 

「必ず来ます! 出来るだけ早い時間に!! それでは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭だけ下げてダッシュで栗東寮まで向かう。

 当然ウマ娘と人間。差は歴然だった。

 

 

「何でトレーナーさんまで来てんの!? 寮には入れないでしょ!?」

 

「一緒に謝んだよ!! 俺もいたらそんな説教されなくても済むだろ!? ぜえ、一緒にレースのはあ、研究してたとかぜえ、言えばぜえ……許してくれはあ……ちょ、ま、死ぬ……胃袋の中のやつ全部リバースしちゃう……俺の中でシェイクされちゃってるぅ……!」

 

「……ったくもー、そんな気ぃ回さなくてもいいのに」

 

 全速力で今にもキラキラを出しそうなトレーナーのとこまで戻るネイチャ。

 こちらは息を切らしてもいない。そこはウマ娘、食べたばかりでも問題ないらしい。

 

 

「ほら、肩貸して」

 

「うぷぅ、でも急がねえと……」

 

「どーせ怒られるんならゆっくり行っても問題ないっしょ」

 

 やはりバーの娘、慣れている。

 これじゃ酔っ払いの世話と変わらないように見えるが、ネイチャに嫌悪感はない。

 

 

「ふふっ、トレーナーさん、まるで酔ってるみたいだよー?」

 

「酔わなくても迷惑かけちまうってどうしようもねえな俺」

 

「こーいう時のためのアタシなんだから、気にしなさんなって。ゆっくり歩いてこっ」

 

 またもご機嫌なネイチャ。年頃の女の子の気持ちは分からない。

 そして自分の胃袋の容態も分からない。トレーナー業なんだから自分ももっと体力付けるかと密かに決心したトレーナー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の道を2人。

 寄り添い肩を貸し合う姿は、まさに熟年のソレであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(いつかトレーナーさんにお酒飲ませてみよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密かな企みを胸に。

 模擬レースまで、もうすぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





2人の無自覚イチャコラ書くとなるとどうしても会話文が多くなりがち。
しかもまだこれ以上仲良くなるのか……。


タグのシリアス追加は一応保険です。
今後のストーリーを視野に入れるとどうしてもね。



では、今回高評価を入れてくださった

月夜空さん、鳩の餌やり係さん、ごーすてっどさん、HALLIONさん、ライカ・ヨーさん、シノビガミさん、草と風さん、すず塩さん、ほびっとさん、マルタケの里さん、TAKA TYOさん、コウ@スターさん、うなむ~さん、むっしゅさん、ticotunさん、ガリューさん、cesilさん、クオ212さん、てっちゃーんッさん、綾ちぃさん、邪竜さん、ひね様さん

以上の方々から高評価を頂きました。
前回の倍以上頂いて驚いております……。どんどんネイチャ好き広めましょ!!





ところでカレンチャン出ません。


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6.模擬レース


お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。
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 模擬レースの日がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーと契約したウマ娘がどれだけの実力を身に付けたか試すためのレース。

 模擬レースとは言ってもウマ娘には距離適性があり、それをトレーナーが見極める事によって模擬レースの出走グループが振り分けられる形となっている。

 

 ナイスネイチャが出走する模擬レースは中距離、芝の2000mだ。

 トレーナー、渡辺輝は配られた出走グループとウマ娘が書かれているプリントを見ていた。

 

 他の距離はもちろん中距離を走るウマ娘はたくさんいる。だから出走グループ表には中距離A、中距離Bなどとグループ分けがされているのだ。

 中距離だけで7つあるグループ。それだけあれば被る確率は低いと思っていたのだが。

 

 

(トウカイテイオー……)

 

 ネイチャの出走グループウマ娘欄に、その名前はあった。

 まさかいきなりテイオーとぶち当たるなんて、と思わないでもない。しかし、元々ネイチャがテイオーを意識している節があるのでこれはこれでありと思う事も出来る。

 

 何にしても、だ。

 

 

「強敵、だよなあ」

 

 先日ネイチャと話した時の事を思い出す。

 勝てるとは思っていない。今は自分の実力を試したいだけと。虚勢を張る訳でもなく、自分の実力を自覚した上での言葉。その冷静な分析は立派なのだが、トレーナーとしては思うところもある。

 

 

「やっぱ最初なんだし勝って自信を付けてほしいところなんだが……」

 

 出走欄とにらめっこ状態であった。

 頭一つ抜きん出ているトウカイテイオーだけが強敵な訳ではないのだ。他にも強くなっているウマ娘はいる。それを考えると作戦などはどうしたものか悩みも多少は出てくるものだ。

 

 これまでネイチャの走り方を矯正したり、末脚を強化するために脚を重点的にしたトレーニングを行わせてきた。

 無理のない適度なトレーニング。健康状態や体重管理。例え模擬レースだとしても、始めが肝心なのである。そこを大事に出来ない者に勝利は掴めない。

 

 基本中の基本。新人トレーナーの自分がこう考えているのだ。

 きっと他のトレーナーも同じ事を考えているはず。それかそれ以上の事を。

 

 

「やっぱ奇をてらって先行で行かせるべきか……?」

 

「おーい、トレーナーさーん?」

 

「いや、最初だからこそいつも通りの走りをさせないと意味がない」

 

「ちょいちょーい、聞こえてますかー?」

 

「あの末脚なら差す事も可能なはずだ。上手くいけばテイオーも……()()()()()()

 

「なーにブツブツ独り言言っとんじゃーい!」

 

「どぅわっ!? 何だ!? あ、ああ、ネイチャか……」

 

 耳元で叫ばれたおかげで正気に戻る。

 隣を見たらネイチャが体操着のジャージ姿で座っていた。目の前には何人かのウマ娘達が練習場でゆっくりと走っている。

 

 

「もー、ウォーミングアップのランニング終わったよ?」

 

「悪いな、少し考え事してたみたいだ」

 

「ずっと1人でブツブツ言ってたけどね」

 

「え、マジ?」

 

「大マジ。アタシも最近分かってきたけどさ、トレーナーさんってあれだよね。考え事というか何かに集中してる時って独り言呟きがちになりますなー」

 

「うそん」

 

 何とも初耳だった。全くもって意識していなかった。もしや今までもそういうのがあったのだろうか。

 主に同期トレーナーなどがいる場所でやっていないか気になってしまう。普通に死ねるレベルの恥ずかしさだ。

 

 

「ほら、そろそろ時間だし行かないとじゃない?」

 

「っと、そうだな」

 

 時計を確認して立ち上がる。

 ネイチャの出走時間まであと10分程だ。本番のレースではないため、今回は控室などの待遇は用意されていない。実技テストのようなものと考えるのが良いだろう。

 

 

「調子は?」

 

「まあフツーって感じ? 悪くはないよ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 2人してレース場まで並んで歩く。

 他にも同じように歩いているウマ娘やトレーナーもいた。全員がそれぞれ誰かの仲間でありライバル。友人だとしても誰かが蹴落とし、誰かが蹴落とされる宿命。

 

 それが走る事を選んだウマ娘の生き方だ。そんな舞台に一歩踏み入れようとしているのだ。

 自然と拳を握る力が強くなる。所詮、どこまでいっても自分は実戦経験のないトレーナーだ。自分の考えたトレーニングメニューはネイチャをどれだけ強くしたのか。確信を得れる程の自信があるのかはトレーナーでさえまだ分からない。

 

 

「え、もしかしてトレーナーさん緊張してる?」

 

「……え? まさかそんな感じに見えてる? 結構顔に出さないようにしてんだけど」

 

 隣を歩くネイチャにあっさりバレた。

 

 

「少なくともアタシにはバレバレですよー? そーんな気張りなさんなって。どーせ模擬レースだし、負けたってどーってことないんだからさ」

 

「お前はお前でいつも通りすぎなような気もするけどな。……まあ、俺にとっては初めて担当するウマ娘が走るからな。それなりに緊張だってするさ」

 

「うーわ、いつも気楽そうにしてるくせにらしくなー」

 

「最近ナチュラルにディスるようになってない?」

 

「ソンナコトナイデスヨー」

 

 ふと、こんな会話をしていたからか、拳に入っていた力が緩んでいた。ネイチャとの会話はリラックス効果でもあるのだろうか。

 レース場に着いた。模擬レースに出るウマ娘はもちろん、レースに出ないウマ娘達の姿も見える。おそらくレースが見たくて来たのだと思う。

 

 

「よし、俺はここまでだから、しっかり走ってこいよ」

 

「あれ、作戦とかはないの? あんだけブツブツ言ってたのに?」

 

「まだ言うか。色々考えてはいたんだけどな。今回はナシだ。いつも通りネイチャの走りたいようにやってみろ。仕掛けるタイミングも任せる」

 

「ほいほーい。けどテイオーいるしあんま期待しないでよー」

 

 ぷらぷらと手を振って歩いていくネイチャ。

 相変わらず気の抜けた声であったが、果たして大丈夫なのかと思う。

 

 心配していてももうどうにもならないので観覧席まで移動する。

 どうなるかは、この目で見ればいいのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ネイチャだ! やっほーネイチャ!」

 

「ああ、テイオー。今日も元気だねーアンタは」

 

「やっと模擬レースだからね。ボクとしては早くデビューしたいとこなんだけど!」

 

 同期の中では今最も注目されているウマ娘、トウカイテイオー。

 そんな彼女だが、ネイチャの真後ろの席という事もあって普通に仲は良い。元気があり余ってる所が少しネイチャとノリが合わないくらいだろうか。

 

 

「とりあえず今日の一着は譲らないからね! 無敵のテイオー伝説は既に始まってるのだー!」

 

「ハイハイ、こちらとしてはお手柔らかにお願いしたいんだけどねー」

 

「ボクはいつだってレースに関しては全力だよ!」

 

「分かってるって。……ま、アタシも全力で走らせてもらうけどさ」

 

 観覧席を見る。そこにはトレーナーがいた。

 こんな自分を選んでくれて色々メニューを試行錯誤しながらも一緒に付き合ってくれたのだ。

 

 

(トレーナーさんが見てるんだ……)

 

 恥ずかしいレースを見せる訳にはいかない。

 一着は無理かもしれないけれど、そこまで喰い付くレベルの走りはしたい。

 

 

「そういやネイチャのトレーナーさんってどんな人なの?」

 

「え? アタシの?」

 

「うんうんっ、ちょっと気になってさ!」

 

「……あー、まあ、トレーナーとしては新人みたいで、ふざけたり気楽そうにしてる感じかな?」

 

「それってトレーナーとしてどうなのさ……」

 

「だよねー。けど、レースとかトレーニングの事になると結構真面目になるんだ。そーいうギャップがさ、アタシみたいな性格と割と合ってんのかなーって」

 

 聞かれた質問に普通に答えた。

 それなのに、質問してきたトウカイテイオーは頭上に? マークが出ている。ネイチャの答えというよりも、もっと他に気になる事があるような。

 

 

「……ネイチャ?」

 

「ん?」

 

「何でそんな嬉しそうなの?」

 

「……う、うえぇ!? ウソ、そんな顔してる!?」

 

「すごくしてたよ」

 

「あーやだやだ……レース前だってのにもーっ。テイオーも変な事聞かないでよっ」

 

「そんな変な質問したかなボク……」

 

 割と普通の質問だったはずだが、ネイチャの反応からしてあまりツッコまない方がよさそうだと判断したテイオー。

 これでネイチャが本領発揮できなかったら申し訳なさすぎる。

 

 なので話題を自分のへ持っていく事にした。

 

 

「そ、そうだ聞いてよネイチャ! ボクのトレーナーなんだけどさー」

 

「……テイオーの?」

 

「そうそう。結構強いウマ娘とか出してて凄いトレーナーらしいから期待してたんだけど、これがもう全然分からないトレーニングばっかさせてくるんだよ!」

 

「へー、例えば?」

 

「ツイスターゲームとか階段うさぎ跳びとか」

 

「へ、へえ……」

 

 ベテラントレーナーともなると普通のトレーニングからはかけ離れるのだろうか。

 何か意図はあるのだろうが、それを聞いても特に教えてくれなかったらしい。実際のレースで走ったら分かるのかもしれない。

 

 特殊なトレーニングには何かしらの効果が必ずあるのがお約束だ。

 ならば、やはり侮れない。退屈そうに話しているテイオーだが、きっと選抜レースの時とは比べ物にならないほど強くなっているに違いない。

 

 模擬レースの時間がやってきた。

 各々がゲートに入っていく。

 

 

「じゃ、お互い良いレースにしようね。ボクが勝つけどっ」

 

「ほいほい、ホントブレないねーアンタ」

 

 テイオーがゲートに入り、ネイチャも自分のゲートに入る。

 全員がゲートに入り、数秒間の静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 ゲートが開く。

 

 

 

 

 

 

 

「……、」

 

「お、始まったな。ここいいか?」

 

「滝野さん。ええ、大丈夫ですよ」

 

 観覧席で座って見ていると男性がやってきた。

 歳は29前後か。顎からもみ上げにかけてチリチリと髭を生やし、黄色のカッターシャツの上に黒のベストを着ている。

 

 名を滝野勝司(たきのしょうじ)

 お調子者でありながらトレセン学園からも認められているベテランであり、トウカイテイオーのトレーナーとなった人物だ。

 

 

「で、お前のウマ娘は今どの辺りだ?」

 

「6番目くらいですね。位置的にも悪くない」

 

「なるほど、そしてうちのテイオーは4番目か。上出来だな」

 

 第2コーナーが終わり前半の直線に入った。

 先頭にはこのまま逃げ切るつもりらしいウマ娘が走っており、そこから先行組の集団の中にテイオー、ネイチャも混じっていた。

 

 

「テイオーの作戦は何なんですか?」

 

「あん? んなの聞くまでもないだろ」

 

「いつも通り好きに走れ、ですか」

 

「おう、よく分かってるじゃないか」

 

 何故これでベテランなどと言われているのか不可解しかないが、実際これで好成績を残しているから何も言えない。

 トレーニングも基本放任主義であり、いざメニューを考えたとなると奇想天外なトレーニングだったりするのだ。未だにこの男の底が知れない。

 

 

「そういうお前んとこの作戦は?」

 

「好きに走ってこいって言いました」

 

「一緒じゃねえか! 俺の作戦パクんなよなあ!」

 

「いや作戦って呼べるモンじゃねえでしょこれ! はあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺のせいにすんなっての」

 

 そう、渡辺輝はトレーナーの資格を得るまでこのベテラントレーナー、滝野勝司の元で色々勉強していた。

 何としてもトレーナーになるために、トレーナーとして良いモノを盗むために、ノウハウを叩き込もうとしたのだ。

 

 そして得たモノと言えば、全て感覚的なものしかなかった。

 だから今回はこの感覚に従った。ネイチャの実力を明確にするために。

 

 

「おっ、()()()

 

「っ……」

 

 何が、とは言われなくても分かる。

 第3コーナーに入り、最終コーナーへ移ろうとしていた。

 

 レースに詳しい者なら誰だって分かる。

 ここから展開が変わると。

 

 

(ネイチャ……)

 

 あれだけ期待するなと、勝てるとは思っていないなどと、そう言っていたはずの彼女の顔は、とてもそうは思っていないような表情をしていた。

 たかが模擬レースではない。模擬レースだからこそ、だ。

 

 

 

 

 

(トレーナーさんのメニューは間違ってなんかないって証明するんだ……!)

 

 最終コーナーに入る。

 ネイチャはまだ先頭集団の中にいた。

 

 凄まじい足音が前後から聞こえる。しかし、微かに前方にいるウマ娘達からは荒い息遣いの声も聞こえた。

 スタミナが切れてきた証拠だろう。だがネイチャの息はまだ乱れてきてはいない。脚も十分に残っている。

 

 

(直線に入る直前、そこで仕掛けるッ)

 

 少しずつ外側へ移動する。

 空間は空いていた。いつでも行けると、そう思った時だ。

 

 

「行っくよー!!」

 

(……なっ、あんな速かったっけ!?)

 

 最終直線に入ろうとし、ネイチャが仕掛けようとしたそのすぐワンテンポ早く。

 トウカイテイオーが、加速した。

 

 

「あそこからまだあんなにも加速するのか……!?」

 

「あれがテイオーの武器だ。恐ろしいほどのバネと柔軟性を利用した加速。あの踏み込みからのテイオーは、風を切るぞ」

 

 元々のセンスもさながら、そこに滝野勝司のメニューが加わったせいか。

 もはや別次元だった。これほどまでに変わるのか。

 

 

「ぐ、くぅッ……!!」

 

 最終直線に入った。

 テイオーに続くようにネイチャも加速して先頭集団を次々と差して追い上げていく。

 

 が。

 

 

(とど……か、ない……ッ!?)

 

 さっきまですぐ前までいたはずのトウカイテイオーが、遠い。

 どれだけ踏み込んで速度を上げても、脚が残っていても、距離は縮めるどころか離されている。

 

 トレーナーが見ているのだ。無理だと分かっていても、せめて恥ずかしくないように喰い付こうとしているのに。

 これ以上速くなってくれない。追いついてくれない。いっそ笑えてくるほど、自分の思惑とは真逆の方へと展開は進んでいく。

 

 

「ッ…………くッ、ぅ……ぁ……ッ!」

 

 まさに全速力。

 さっきまで残っていたスタミナも脚も全てを使っても、彼女には届かない。

 

 

「良い走りをするな。あの子も」

 

「……知ってます」

 

「これからもちゃんと支えてやれよ。あの子は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はい」

 

「厳しい事を言うようだが、これが()()()()()。だからこそ、期待してるぞ、輝」

 

 そう言って、滝野勝司は去って行った。

 結果がこうなると分かっていたように。

 

 渡辺輝自身、こうなるとは予想していた。

 どのみちトウカイテイオーが出る以上、一着は無理なのだと分かっていた。しかしそれを実際思うのと見るのとではまた違ってくる。

 

 理想は、現実とはかけ離れているものだ。

 だからこそそれに焦がれ、奮闘する。どのウマ娘もそれを掴み取るために。

 

 模擬レース。

 本番ではない序章も序章のレース。

 

 その結果は。

 

 

 

 

 

 

 

 模擬レース──三着、ナイスネイチャ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トレーナーさん……」

 

「おう」

 

 模擬レースが終わり戻ってきたネイチャを出迎えたのは、当然トレーナーだ。

 

 

「……あ、あははーやっぱ速かったわテイオー。ケッコー全力で追いつこうとしたんだけど速すぎでしょ。気付いたら目の前から消えてんだもんねー」

 

 そう言って笑う彼女の姿は痛々しい訳でもなく、本当にそう思っているだけのようだ。

 だが、顔や髪からも滴っている汗、未だ整いきれていないのか息も切れている。

 

 本気で走ったのだと、そう痛感した。

 何だかんだ言ってもウマ娘。走るとなると真剣になるのは当然のことだ。

 

 

 

 

 そして、だからこそ。

 勝たせたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デビュー戦をするぞ。ネイチャ」

 

「……え?」

 

「6月にある京都のレース。そこでお前をデビューさせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当のスタート地点へ立つために。

 準備期間が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






今回は甘さ控えめ。
そして、物語の都合上、ネイチャの戦績からしてレースの時は普通にスポコンやっちゃうかもです。
てかやっちゃいます。ネイチャの可愛さだけでなく、カッコイイところも書きたいので(勝てるとは言ってない)

どうか、お付き合いくださいませ。


では、今回高評価を入れてくださった


時武佳夢さん、円城伊清さん、躬月さん、猪口実芭蕉さん、PN:欲望は世界を救うさん、覚醒ウラガンキンさん、川場 菫さん、イガラさん、磐音さん、春の獣さん、綾ちぃさん、餅0825さん、rakutaiさん、Siroccoさん、kogeさん、Kentannさん、璽武通さん、741さん、とめいとうさん


以上の方々から高評価を頂きました。
一言付きで頂けたり、高評価を頂けるおかげでモチベーションを保てます。本当にありがとうございます。





テイオーのトレーナーはアニメのトレーナーと同じようなものと解釈していただけると分かりやすいかもです。


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7.プールでの一波乱

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。
読者の方から直接お声頂ける感想を見てはニヤケています。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、という事で『ドキドキ、プールでスタミナを上げよう大作戦』の始まり始まり~! ドンドンドンパフパフ~イェイイェイイェイ」

 

「ドキドキってとこいる?」

 

「一番大事なとこだぞ」

 

「一番どーでもいいとこでしょ」

 

 

 

 

 授業が終わり、いつも通りトレーナー室に入ると言われた。

 

 

『水着に着替えてプールに集合』

 

 そうしてここまでに至る。

 

 

「トレーナーさんがアタシのスクール水着を突き出してきたのナゾすぎるんですけど」

 

「俺はお前のトレーナーだぞ。当たり前だろ」

 

「もしもーし警察ですか?」

 

「いやんちょっと噓じゃんウソウソ。冗談だって。お前と同室の子……確かマーベラスサンデーだっけ? あの子に聞いたら何故か持って来てくれたんだよな」

 

「あんのマーベラス……」

 

 プライバシーもへったくれもねえ友人であった。

 とりあえず通報用に持ち出したスマホを濡らさないようベンチへ置く。ここまで流されるがまま水着を着た自分も自分なのだという自覚もあるネイチャだった。

 

 

「こっちのプールはまだ誰も使ってない……か。なら遠慮なく自由に使えそうだな」

 

「というか何でプール?」

 

「決まってんだろ。今日はひたすら泳いでもらう」

 

「ひた、すら……?」

 

「ああ。先週も言ったろ。今のネイチャに足りないのはスタミナとパワーだ」

 

「あー、確かに……」

 

 忘れるはずもない。突然デビュー戦をすると言われ驚いたのだから今でも鮮明に覚えている。

 先週の模擬レースが終わった後、トレーナーに言われた事があった。

 

 

『お前が仕掛けようとしたタイミングは悪くなかった。けど、先にテイオーが仕掛けたせいで焦ったんだな?』

 

『……うん。アタシも追いつかなきゃって思って、すぐに仕掛けたんだけど』

 

『追い付けなかった、か。まあ、見てても分かったよ。焦りで自分のリズムを考えずにスパートかけたせいで()()()()()()()。だからまだ残ってたはずの体力(スタミナ)も減って、追い付くための加速力(パワー)も乗らなかった』

 

『さすがトレーナーさん、的確だね』

 

『これでもトレーナーだからな。そして結局序盤から逃げ切りを狙ってたウマ娘にも逃げられ三着』

 

『ウッ……うぁぁぁ今のアタシに3という数字を出さないで~!』

 

『や、三着入れるだけマシなんだけどな……』

 

 と、こんな事があった訳である。

 そして今日連れて来られたのは、トレセン学園に設置されている複数あるプールの中の一つ。

 

 まだトレーナーとネイチャ以外には誰もいなかった。

 

 

「ここではもし次回以降に掛かってしまった時があったとしても尽きないスタミナを付けるのが目的だ」

 

「ランニングマシンとかじゃダメなの? スピードも一緒に鍛えられそうだけど」

 

「あれも悪くはないんだけどな。今日はスタミナ増強がメインだ。そして明日は加速力を上げるための筋トレがメイン、その次にレース中でも自分のペースを乱されないよう冷静でいられるように専用の本とかを一日中読みまくるっつうメニューをループさせていく」

 

「はえー、重点的にメニュー絞ってくんだ」

 

「ああ。ネイチャのスピード自体は申し分ないからな。実際先頭集団をほとんど躱して差したんだ。掛かりさえしなかったら二着の子にも追い付けた可能性は高い」

 

 実によく見ているなと、ネイチャは素直に感心した。

 自分は必死に走っていたからよく分からなかったが、トレーナーが付くだけでこんなにも自分の課題が分かるものなのか。

 

 

「……ヨシ、とりあえず泳げばいいんだよね?」

 

「おう。クロールでも平泳ぎでも何でもいい。自分のやりやすい泳ぎ方で構わん」

 

「あいよー」

 

 

 こうしてネイチャのスタミナ訓練が始まった。

 

 

 

 

 

 ネイチャが選んだのはクロールだ。

 学校などでも一番最初に習う一般的な泳ぎ方。金づちでもない限りは誰もが出来るであろう王道のもの。

 

 それ故に、一つ一つの動作が洗練されていないと速度に差が出るものでもある。シンプルだからこそ、基本だからこその所作が必要とされるのだ。

 例えそれが、スタミナ作りのただの訓練であっても。

 

 

「クロールの動作を一つ一つ意識して泳げよー。走ってる時のフォームを意識するような感覚でだ。あと息継ぎする時のリズムは常に一定を保て。泳ぐ速度を上げる時も下げる時もだ。ひたすら泳ぐと言っても、何も意識せずに泳いでても何の意味もないからなー」

 

「……ぶ、ぅぶ……っ、ぶはぁっ! ちょ、トレーナーさんっ、一気にそんな言われても分からないって! 泳いでるし水の音で聞こえにくいし!」

 

「え? ああ、それはすまん。プールだしどっかにトレーナーが使う用のメガホンとかなかったっけかな……。あ、ネイチャはそのまま続けといてくれー」

 

「……分かりましたよーぶぶぶぶぶ」

 

 言いながらプールの隅に置かれているカゴをガサゴソし始めるトレーナー。

 トレーニングには真面目なのだが何故かどこか抜けている感が否めない。

 

 というよりもだ。

 あのトレーナー、仮にも女子が水着を着ているのに何の一言も言ってこないではないか。トレーニングを始める前にせめて何か言ってくれてもと思いながら水をブクブクさせるネイチャ。

 

 

(いや、まあ所詮はスクール水着だし、トレーナーとウマ娘だし、何よりトレーニングだし何も言ってこないのはフツーなんだけどさ……)

 

 仕方なくさっき何となく聞こえてきたアドバイスを意識しながら泳ぎ始める。

 

 

(というかトレーナーさんにそーいうのを求める時点でアタシが間違ってるのか。うん、あの人だしな……。いやいや、てかトレーナーさんがアタシのために考えてくれたメニューなんだから失礼な事考える方がヤバイじゃんっ。何だこれ、メンドクサイ思春期かアタシは!)

 

 実にめんどくさい思春期であった。

 そしてそれを見ているトレーナー。メガホンを見付けさっきのアドバイスをまた言おうと構えたところで止まる。

 

 

「あれ、出来てんじゃん。飲み込み早いなあいつ」

 

 何ならさっきよりも早いペースなのにリズムもフォームも綺麗になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、休憩。俺特製のドリンクだ」

 

「はあ、はあ……そこの自販機で買ってきたスポドリじゃんか。……ありがと」

 

 およそ二時間、ずっと泳ぎっぱなしだったネイチャにドリンクを渡す。

 プールから上がってきたネイチャは案の定疲れている。

 

 

「うーわ、体おもっ……」

 

「そりゃ数時間ずっと水の中にいたらそうなるさ。つうか二時間あのペースで泳ぎ続けれるの凄えな。さすがはウマ娘ってとこか」

 

「案外出来るもんだねー。めっちゃ疲れるけど」

 

 隣のベンチにネイチャが座る。

 見ている限り元々のスタミナは結構あるように思えた。やはりペースを乱されない限りスタミナ面は善戦できそうだ。しかし万が一に備えて鍛えておくに越した事はない。

 

 二時間も経てば他のウマ娘もプールにやって来てトレーニングをしている。

 それを2人で見ながらトレーナーがある事に気付いた。

 

 

「そういやお前のそのツインテールって毎日セットしてんの?」

 

「え、急にどーしたの」

 

「いやさ、普通のツインテールだったらそのまま重力に任せてスラ~って下に落ちるじゃん。でもネイチャのってすげえふわふわしてるというか、いつももふもふしてんなって思って」

 

「どうした急に。……んー、まあいつも気を遣ってセットはしてるよ? 小さい頃はおふくろがしてくれててさ、自分でもしたくて教えてもらったんだけど、これがケッコー時間かかるから大変なんだけどねー」

 

「へえ、てことはセットしなかったら普通のツインテールみたいになるって事か?」

 

 何やらトレーナーの視線が気になるが、何だか目を合わせてはいけないような気がしてドリンクを一口含んでから答える。

 

 

「どうなんだろ? この辺は元々癖っ毛か何かでモサッとしてるんだよね。だからおふくろがそれを誤魔化すためにセットしてくれてたけど。アタシもセットする時以外はあんまり自分の髪見ないからなー」

 

「ほーん?」

 

「……な、なに?」

 

 全体的に怪しい。主に視線が。

 何だかやたらとニマニマしていないかこのトレーナー。やはり素で不審者系男子なのは出会ってからも変わっていない。

 

 通報一歩手前まで考えられているとは思いもしないトレーナー。

 しかしそこで会心の一撃を出す。

 

 

「や、お前今プールのせいで普通のツインテールになってるからさ。珍しいなーって思って見てる」

 

「………………………………………………………………あ」

 

 すっかり忘れていた。そういやそうだ。

 風呂に入る時は普通に髪を解くから気付いていなかったが、プールでは髪は解かなかった。

 

 故に水分を吸収した髪は重さによってそのまま重力に逆らえずだらりと垂れ下がる。

 どれだけ癖っ毛だとしても、パーマをかけない限りほとんどはペタンとなってしまうものだ。

 

 つまり、今のネイチャはいつものもふもふツインテールではなく、正統派ツインテールなのだった。しかも水も滴っている。

 

 

「…………あ、あの、トレーナーさん……? できればあんまり見ないでくださいますと助かるんですが……」

 

「え、何で? 見られたって別に減るもんじゃないだろ? それにこれからプールでのトレーニングも増えるんだから気にすんなって。今の内に俺に思う存分見られとけ」

 

(アタシが気にするんですけど……!?)

 

 普段の自分じゃないものを見られる時、恥ずかしいと思うのは人間でもウマ娘でも同じなのだ。

 特に思春期の女の子にとってはとても重要な問題だったりする。そしてこういう時にそんなものを何とも思わないのが決まって男だったりもする。

 

 果たしてトレーナーはネイチャの気持ちを汲み取るか汲み取らないか。

 次の発言で全てが分かる。

 

 

「うん、やっぱそっちも可愛いなお前」

 

「かっ、カワっ……!?」

 

 クリティカルヒットであった。

 汲み取った結果、ナイスネイチャに精神的ダメージが入る。

 

 

「いや~、担当してくと愛着湧くって言うけど、割と本当なんだなー。大丈夫だネイチャ。俺が保障してやる。お前は一番可愛い。自信を持て!」

 

「や、だから……そんな、い、言わなくても……いいってば……!」

 

 こういう時、いつもならご自慢のもふもふで顔を隠すのだが、今は絶賛ずぶ濡れで使い物にならない。

 結論を言えばだ。ネイチャを守る鎧がないのだった。

 

 

「もふもふだろうが普通のツインテールだろうがお前の可愛さは一級品だ!! 早くウイニングライブで踊るお前の姿が見たいくらいだぜ!」

 

「ちょ、だ、もーいいって言ってるじゃんかっ」

 

 もはや照れるネイチャが面白くて叫ぶトレーナー。気持ちだけは本物である

 対して思惑に引っかかっているネイチャは髪で隠せないせいでそろそろ限界の域に達しようとしていた。

 

 いついかなる時もだ。

 しつこい者にはそれ相応の罰が下されると相場は決まっている。

 

 

 よって。

 

 

「はーはっは!! 俺のウマ娘が世界で一番かわ──、」

 

「だーかーらー、もういいって言ってるでしょーがああああああああああッ!!」

 

 

 思春期乙女も爆発する時はするのだった。

 まずトレーナーの腕を掴み、まさに柔道の一本背負いの要領で思い切りトレーナーをプールの方へぶん投げた。

 

 

 

 

 

「いっ、ちょ、えっ、う、うォォォあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 ザッブァァァアアアアアアンッ!! と。

 自業自得によってトレーナーがプールの底へと落下した。

 

 幸い周囲のウマ娘達が全員休憩中でプールから上がっていたおかげで誰にも被害はない。

 しかし、ウマ娘が驚いているのは確かで、それを認識したナイスネイチャの反応はこうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、やっちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷかぷかと浮かんできたトレーナーを見て、無意識にやってしまった思春期ウマ娘。

 職員室へ呼び出されるのも時間の問題なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウマ娘って実は人間よりも力が強いんですよね。
つまりもしネイチャに独占欲が出てきてしまえば……?

あと単純に髪を解いたネイチャが見てみたいです。


では、今回高評価を入れてくださった


ダークスさん、だてっさん、東芝を倒したいさん、そうじゅさん、カリュクスさん、村上 ゆうさん、今井紗夜さん、741さん、グラタンD-89さん、至高王さん、3000フル覚2落ち隠キャさん、四葉志場さん、まみゅ。さん、らんたむさん、でぃれさん、エルスさん


以上の方々から高評価を頂きました。
☆8から☆9や☆10に変えてくださった方もいるようで身に染みています。一言評価も欠かさず見させて頂いてます。本当にありがとうございます!




申し訳ありませんが土日は基本予定が入っているので更新はありません。
月曜更新目指して頑張ります。


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8.携帯の引継ぎ設定は結構面倒くさい

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。
まさかのお気に入り登録者数が1000超えました。やった!!もっと増えるように頑張ります!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突撃~、あなたの担当ウマ娘ですよー。今日もやってますかいトレーナーさん」

 

「やってねえよ今日はオフだよどうした急に」

 

 

 

 5月に入りデビュー戦まで約3週間と迫ってきたある日の事。

 授業を終えたナイスネイチャがいつも通りトレーナー室にやってきた。

 

 

「いやー、もう授業が終わったらここに来るのがクセになっちゃって、つい来ちゃったわー」

 

「普通のウマ娘は部室に行くもんなんですけどね。真っ先にここに来る君がむしろおかしいんだからね。何なら部室よりこの部屋にいる時間の方が長いしね。言っちゃえば部室ほとんど使ってないしね」

 

 トレーナーの言葉を華麗に受け流しつつ特等席のソファへ移動するネイチャ。

 動きがあまりにも自然すぎてもはやルーティーンと化しているようにさえ思う。

 

 このウマ娘、実はトレーニングまで時間がある時やトレーニング後で時間が余っている時はしょっちゅうトレーナー室で寛いでいるのだ。

 そろそろこの部屋の合鍵を作らされる可能性もあるかもしれない。

 

 スクールバッグをテーブルに置こうとしてネイチャがある事に気付く。

 いつも鞄を置いてあるスペースに紙コップと見慣れない紙袋があった。

 

 

「ありゃ、何これ?」

 

「あん? ああ、後で片付けるつもりだったやつだよ」

 

「誰か来てたの?」

 

「まあな。PC作業があるし今日休みにしてたからお前も来ないと思って先に作業の方をやろうと思ってたんだが、急に来るんだもんな~……」

 

 仕方ないといった感じで席を立ちテーブルに置いてある物を片付け始めるトレーナー。

 その様子をスマホを弄りながら見ているネイチャ。

 

 そういえば、ネイチャはトレーナーの交友関係やら人間関係やらを全然知らない。

 トレセン学園に通うウマ娘は基本的に寮生活を主とされている事もあってか、トレセン学園の関係者やトレーナー以外の人間と直接関わる事は少ない。

 

 なので必然として先輩後輩関係なくウマ娘同士での友好関係が広がっていくのだ。

 だから純粋に気になってしまう。単純に興味としてトレーナーの交友関係が。

 

 

「ちょいちょい、誰が来てたん?」

 

「え、普通に同期のトレーナーだけど」

 

「ほうほう、トレーナーさんにも友達がいたんですなー。ぼっちじゃなくてアタシは安心しましたよ~」

 

 どうやらトレーナーはトレーナー同士で交友関係を持っているらしい。

 トレーナーとしてこの学園にいる時間とウマ娘達が授業中の時は何をしているのか何となく気にはなっていたが、トレーナーはトレーナーで色々同じ空間で仕事について話しているのだろうか。

 

 

「んー、友達かぁ。まあ、女友達って言っていいならそうなんのかな」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………おん、な?」

 

「え?」

 

 何かがピシリと、ネイチャでさえどこか分からないどこかでそんな音がしたような気がした。

 そうだ。トレーナーとして働いている以上、男女関係なく同業者は必ずいる。男性の同期がいるのなら、当然女性の同期がいるのだって何ら不思議ではない。

 

 当たり前の事だ。自分だってジムでトレーニング中の時に女性トレーナーを何度も見ているのだから。

 そして、だ。

 

 このトレセン学園、何故だか美人な女性トレーナーばかりいるのは何なのだろう。

 ふと見た際のスーツを着こなす姿はまさに出来る女性といったトレーナーばかりだとネイチャも思っている。

 

 そんな女性が。

 この空間でトレーナーと一緒にいた。しかも紙コップは一つだけだった事からおそらくは確定で二人っきり。こんなのもう、気にならない方が無理な話である。

 

 

「ね、ねえっ、どんな人!? 美人さんだったりすんの!?」

 

「うおっ、何だよいきなり! 俺にだって友達くらいいるっての!」

 

 ソファから乗り出すようにしてネイチャが聞いてきた。

 トレーナーから見ても珍しくテンションが上がっているようにも見える。そこまで気にするようなものなのか。

 

 

「……あ~、ほら、こんなトレーナーさんでも友達になってくれる優しい女性がいるんだなーって。アタシの事追い掛け回してくるくらいなのに」

 

「こんなって言った? 今こんなって言ったよね? 失敬な。俺はお前以外には結構礼儀正しい振る舞いをしてるんだぞ」

 

「何でアタシには礼儀正しい振る舞いをしないのさ?」

 

「だってそんなんいらんじゃん。()()()()()()()()? スカウトした時も言ったように対等なんだから遠慮なんて必要ないね」

 

「うぐっ……中々お強い返しをお持ちのようで……」

 

「何の勝負してんだよ」

 

 ネイチャからすればその言葉は効くようだ。

 トレーナーに背を向けるようにソファへもたれ掛かりご自慢のツインテールで口元を隠している。

 

 

「まあ、つっても何回か話しただけだけどな。それに今回に至っては分からない事があったから少し教えてもらってただけだし」

 

「……教えてもらってた? 何を?」

 

「ん、そこの袋の中のもん出してみ」

 

 言われてテーブルにポツンと置かれている紙袋を見る。

 そういえばこの中身が気になっていた。女性トレーナーと一緒にいたのならこれは何なのか。プレゼントか何かか。もしくはその使い方が分からなくて教えてもらっていた? 

 

 紙袋の中にあった物を取り出すと、見慣れた物があった。

 

 

「スマホ……?」

 

「そゆこと」

 

 他にも取扱説明書やスマホを入れていた箱などもある。

 

 

「どっかの誰かさんにプールに放り投げられてからスマホの調子がおかしくてな。さすがの防水でもどっぷりと水に浸かっちまったらダメになるらしい。契約期間も過ぎてたし、ちょうどいいから新しいのを買いに行ったんだよ」

 

「あー、あはは……な、なるほどー」

 

 どっかの誰かさんから冷や汗が垂れていた。

 しかしあの件はトレーナーがいらん事を言いまくったのが原因である事を忘れてはならない。

 

 

「俺がネイチャを弄ったのが悪いんだし、その辺は気にする必要ないからな。いつ変えようか迷ってたからタイミング的にもむしろ好都合だし」

 

「そう言ってくれるならもう気にはしないけどさー。……あ、これもしかして最新機種?」

 

 興味がすぐ他に移るのはまだ子供故か。

 取扱説明書を手にパラパラと捲っている。

 

 

「ああ。どうせなら一番新しいのをって店員さんに勧められたからそれにしてみた」

 

「へー凄いじゃん。画素数めちゃくちゃあるしトリプルレンズとかもあるし高画質な写真とか撮れるっぽいよ」

 

「んな事言われてもな……俺写真とかあんま撮らねえから意味ないんだよなー」

 

 確かにこのトレーナー、一緒にいる時でスマホを使っているとこを見た事ないような気がする。

 ずっとPCで作業をしているかネイチャと喋っているかくらいだ。

 

 

「トレーナーさんもしかしてさ、スマホ自体そんな使わない感じ?」

 

「ご名答。言われるがまま最新機種にしたはいいがチンプンカンプンな訳。だから最新ものとか流行りとかに詳しそうな人にさっきまで教えてもらってたんだよ。トレーニングあるから途中で帰ったけどな」

 

「で、扱い方とか分かったわけ?」

 

「……、」

 

 無言で目を逸らされた。この男、おそらく何も分かっていない。

 ただでさえ扱い方を知らない者に最新のスマホを持たせても宝の持ち腐れである。

 

 ここで実家のバーで培われたネイチャの面倒見の良さが出てきた。

 

 

「しゃーない。ほら、隣座りなー。ネイチャさんが一緒に見たげるから使い方ってのを教えてしんぜよう」

 

「いいのか?」

 

「今日はオフだし時間もあり余ってますし? スマホ音痴なトレーナーさんに付き合ってあげますよ~」

 

「急に機嫌良いな」

 

 隣に座るや否やネイチャのドヤ顔が目に入った。

 女性トレーナーと何をやっていたのか分かっただけで機嫌が良くなっちゃうネイチャの気持ちに、トレーナーやネイチャ自身も気付いていないのだった。

 

 

「本体の前のデータはもう引き継いでるんだっけ?」

 

「そのはずだけど」

 

「じゃあ次はアプリの引継ぎとかだね。さすがのトレーナーさんでもUMAINはやってるでしょ?」

 

「ああ。連絡ツールとしては必須だからな」

 

「……、」

 

 UMAIN。

 主に家族や友人、仕事仲間とトークや通話ができる便利なアプリの一つ。

 

 友人とある通り、自宅ならトレーナーは同じトレーナー仲間ともトークをしている可能性は高い。

 だがしかし、とネイチャは気付く。

 

 そういや自分はトレーナーと連絡先を交換していないのではないかと。

 担当契約をして約2ヵ月経とうとしているのにだ。そういった交友を自分達は何もしていない。

 

 思い立ったが吉日である。

 

 

「と、トレーナーさん?」

 

「うん? どした?」

 

「あの~、さ……あ、アタシと、その、連絡先ぃ、交換とか……どうですかね~みたいな?」

 

 めちゃくちゃどもった声が出た。

 普通に聞けばいいのに何故かトレーナーに対してこういう事を聞く時だけ変に緊張してしまうのは何故なのか。それを自覚するのはまだ先の話だったりする。

 

 

「そういやまだしてなかったっけ。勝手にしといていいぞ」

 

「あ、うん、ハイ」

 

 対してこのトレーナーはめちゃくちゃ軽かった。

 あまりにも何とも思ってないのが素で出てしまっている。自分のスマホを他の人に触らせる事に何の抵抗も抱いていない。ノーガード戦法すぎる。

 

 とはいえ、だ。

 相手の反応がどんなに軽くとも、連絡先を手に入れられたのは紛れもない事実。ネイチャのスマホにも渡辺輝という名前が表示されていた。

 

 

「あと何かあったっけ?」

 

「え? あー、っていやいや……トレーナーさんのスマホなんだからトレーナーさんが思いださないと意味ないでしょ。アタシに聞いてどーすんのさ」

 

「あ、そうだったな。悪い悪いおふくろ」

 

「アタシは親かーい」

 

 こんな軽口コントもいつの間にか日常になっている。

 さて、トレーナーとウマ娘の関係はそれぞれあるが、特にこの2人に関しては他とは比べ物にならないほど心の距離が近いのに気付いているか。

 

 

 

 

 

 

 この後も2人で一緒に取扱説明書と格闘しながら使い方を覚えていった。

 そしてそれも終わった頃。

 

 ネイチャからの提案があった。

 

 

「ちょいちょい、トレーナーさん」

 

「ん?」

 

「せっかくカメラの性能凄いんだからさ、ちょっとアタシと一緒に写真撮りませんかい? ほらほら、アタシと契約してからの記念写真ということで」

 

「えーいいよもう。自撮りってやつだろ? 男でそんなのするって何かあれじゃね。女々しくね?」

 

「だからアタシと一緒に撮るんじゃん? それにその考え、アタシが言うのも何だけど古いですよー」

 

「え、ウソ……古いの俺……?」

 

 若干のショックを受けているトレーナーにグイッと近づき、スマホを構えるネイチャ。

 普通を装っているが少しドキドキしているのは内緒である。

 

 

「はーい、スマホの方に顔向きましょうねー」

 

「ポーズって何かすんの。表情って何がいいのこれ」

 

「笑えばいいと思うよ」

 

 軽快な音と共にそれは撮られた。

 2人で確認する。

 

 イタズラっぽく微笑みながら定番のピースサインをしているネイチャ。

 どうすればいいか分からずとりあえず笑おうと顔が強張っているトレーナー。

 

 

「……ぷはっ、何トレーナーさんのこの顔っ! 初めて見た!」

 

「慣れてねえんだよそういう事言うのやめて! 次の機会にはちゃんと笑えるようにしとくから!」

 

「この写真アタシのスマホに送っとくねー」

 

「ちょ、誰かに俺のその顔見せびらかすのはナシだぞ!? 笑われるの俺だからな!?」

 

 何やら慌てているようだがお構いなしのネイチャ。手際よく自分のスマホへ写真を送った。

 ただし勘違いは正しておかなければならない。

 

 

「だーいじょうぶだって。誰にも見せびらかさないからさ」

 

「いやもうホント、頼むぞマジで。上手く写れる練習しとくから!」

 

(まっ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そっと、2人で撮った写真をホーム画面に設定したネイチャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





何気に新しいスマホで初めて撮った写真がトレーナーと自分という事実に喜ぶネイチャ、ありだと思います。

そしてトレーニングは書かれていない裏でしっかりやってるんで……。
2人のほのぼの書くの好きなんです。


では、今回高評価を入れてくださった


ピノスさん、ギャラクシーさん、雑食さん、キッカ3854さん、Kuon8901さん、bennetさん、あまちゃまさん、Lotus〜蓮さん、ぼんち揚さん、裏人さん、あかいあいつさん、*フミ*さん、Sagarisさん


以上の方々から高評価を頂きました。
ネイチャ好きが増えていく喜ばしさったらありません。本当にありがとうございます!!




サポガチャ引いてきます(爆死)


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9.メイクデビュー戦

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。
まさかの総投票者数も100超えとなりました。マジか……となりつつ感謝しかありません。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、やってまいりましたな~」

 

「ソウデスネー」

 

「京都に着くとあれだな。何だかこう、こっちまではんなりしそうだな」

 

「デースネー」

 

「ところで適当抜かしてたけどはんなりってどういう意味?」

 

「だーもうっ、現実逃避はいいから行くよ! 誰のせいで遅れそうになってると思ってんのさ!」

 

「体調、かな……」

 

 

 

 京都に着くや否や、青年とウマ娘少女のコントが繰り広げられていた。

 外から見れば何だかオシャレな建造物にも見える京都駅。そこで渡辺輝とナイスネイチャは目的の出口まで走っている。もちろんネイチャがペースを合わせてだ。

 

 

「駅に着くなりいきなりトイレ行ったと思ったら20分も籠るとかどんなお腹してんの!?」

 

「いやほら、あんじゃん。緊張してたら腹痛くなるとかってよく聞くだろ? アレだよアレ。お前のデビュー戦だから緊張してたんだってば」

 

「それフツーアタシがするやつじゃん。何でトレーナーさんが緊張するのさ?」

 

「そりゃだってお前、お前の体は俺のものでもあ──、」

 

「あ、やっぱ言わなくてもいいや。これ以上言わせたら多分アタシ今日走れなくなりそうだし。余計な事言うに決まってるし」

 

「ねえ、最近俺の事普通にディスってくるようになったよね?」

 

 この男の不意打ちは本番に良くない影響を与えてくるのは知っている。主に心臓に悪い意味で。

 出会ってから誤解を招くような発言をするのは今も変わっていないらしい。

 

 タクシーを待たせている場所まで行くと、腕時計を見ながらドアにもたれ掛かっている運転手のおじさんがいた。

 

 

「遅れてすいません! 電話をさせて頂いた渡辺です!」

 

「ああ、お待ちしておりました。大丈夫ですよ。行き先は京都レース場ですね?」

 

「はい、お願いします」

 

 普通に優しい運転手さんで胸をなで下ろす2人。京都には優しい人しかいないのか。

 タクシーに乗るとすぐに発進した。ナビ設定もしていないのに異様に慣れた運転にも見える。

 

 

「その子が今日デビューするウマ娘ですか?」

 

「え? ああ、そうです。ほれ、挨拶しとけ」

 

「うぇえ!? や、まあその、ハイ……どーも、ナイスネイチャでーす……」

 

「これはまた可愛い子ですねえ。ははっ、この時期になるとメイクデビューするウマ娘とトレーナーさんがよく予約入れてくるものですから、私も京都レース場に行くのがもう慣れちゃってましてね」

 

「なるほど」

 

 これで納得がいった。何度も行っているからスムーズに運転できるのか。

 

 

「どうですか? デビュー戦は勝てそうですか?」

 

「確信がある訳ではないですが、必ず良い線はいけると思ってますよ」

 

「もう、買い被りすぎだってば。そんな期待背負えるほどネイチャさんは優れてませんよー」

 

「こんな感じでちょっと捻くれてはいますけど、ちゃんと良い脚持ってるんですよ」

 

「ちょ、いいってそんなこと言わなくて!」

 

「はははっ、まだデビュー戦前だというのに仲が良いですねえ」

 

 どうやら運転手さんのおじさんにはこのコントが仲睦まじく見えるらしい。

 ミラー越しに見えるおじさんの微笑ましいものを見ているような表情に、トレーナーは当然だと言わんばかりのドヤ顔に、ネイチャは少し照れている感じだった。

 

 

「こいつがこういうフラットな性格してくれてるおかげで、自分も気兼ねなく接する事が出来るんですよ。トレーナーとウマ娘は対等な関係だと思ってる自分には相性の良いヤツだと思ってます」

 

「かぁーっ、よくもまーそんなことをスラスラと言えますなー。知ってるんだからね。最近のトレーナーさんがアタシが照れるのを面白がって言ってるのくらい」

 

「ほら、ちょいと捻くれてるでしょ? 基本的に斜に構えてるんですよ」

 

「そういうお年頃なんですね」

 

「ちょ、運転手さんまで!?」

 

 敵が1人増えた。大人というのは軽々しく子供を可愛がってくるので、少し大人びた性格をしているネイチャにとっては天敵なのだ。

 無邪気に喜べない分余計にタチが悪い。こうなってくるとただ黙ったままで抵抗するしかないのだった。

 

 

「面白い方達ですなあ。私はあまりこの子だ、と決めたウマ娘はいませんでしたがファンになっちゃいました。仕事があるので今日のレースは見れませんが、あなた達を応援させてもらいますよ」

 

「お、やったなネイチャ。さっそくお前のファンが増えたぞ」

 

「もう、ちょーしいい事ばっか言っちゃって……どもデス」

 

 ウマ娘にとってファンが増える事はモチベーションに係わるのでこれは普通にありがたい。

 それはそれとして商店街の人達然り、ネイチャはおじ様おば様に好かれやすい性質なのだろうかと時々疑問に思う。

 

 

「勝たなきゃな」

 

「……だね」

 

 だけど、京都で出来た初めてのファンだ。

 ネイチャのやる気を上げるには十分の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 目的地が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都レース場。

 

 

 GⅠはもちろん、GⅡやGⅢといった重賞レースが多く行われている立派なレース場でもある。

 そこで今日、ナイスネイチャのトゥインクル・シリーズ初挑戦、メイクデビューが行われる。

 

 控え室に2人はいた。

 既にネイチャは体操着に3番のゼッケンを付けて待機中だ。

 

 

「緊張は?」

 

「してない、と言えばウソになるかな。けど、うん、調子は悪くないよ」

 

 2人共タクシーに乗っていた時とは顔つきが変わっていた。

 以前の模擬レースとは違い、これは本番のレースだ。それに、ネイチャにとってもトレーナーにとっても大事なデビュー戦でもある。

 

 何としても、勝ちたい。

 

 

「他のウマ娘については事前に調べはしたが、何かに突出したようなウマ娘はいなかった。勝てないレースじゃないぞ」

 

「ふーん……」

 

 何を言わんとしているか、ネイチャにも即座に理解出来た。

 飛び抜けたウマ娘がいない。つまり、あのトウカイテイオーみたいな才能を持っているウマ娘は今回レースにはいないという事になる。

 

 だけど、だ。

 

 

「油断はするな、でしょ?」

 

「ああ」

 

「分かってますよー。元々そんなつもりもないし、アタシだけが強いなんて毛頭思ってもないし」

 

 自分の実力は自分が一番よく分かっている。

 だから油断も容赦も遠慮もしない。

 

 走る以上は全力を出し切るまでだ。

 

 

「分かってんならいい。後はそうだな。作戦としては先頭集団に紛れて最後に差していけ。タイミングはネイチャの好きにすればいい。直感でもいいぞ。好きに走ってこい」

 

「前回とあまり変わらないんだ?」

 

「そのためのトレーニングだったからな。お前の脚とスタミナを重点的に鍛えて末脚を伸ばす。それでごぼう抜き出来れば完璧だ」

 

「そんな上手くいきますかね~」

 

「まあ、今回はデビューと言ってもそんな気負う必要はないさ。トレーニングの成果がどんなもんか見るためでもある」

 

 絶対に勝てと言わない辺りがトレーナーの気遣いを感じられる。

 けれど勝てない試合ではないのなら、勝ちにいくだけだ。

 

 時間まであと10分ほどになった。

 

 

「っと、んじゃ行ってこい」

 

「はいよー」

 

 デビュー戦が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、観客いっぱいいる……」

 

 パドックも終わり、いざゲート付近まで出てくるとまず圧倒された。

 模擬レースにいた野次ウマ娘とは違う。観客席はありとあらゆる人間で埋め尽くされていた。

 

 

(こんなにも、いるんだ……)

 

 全てが初体験のようだった。

 周囲を見れば他のウマ娘も似たような表情をしている。何たってデビュー戦だからだ。

 

 初めて本番を走るウマ娘。次世代のトゥインクル・シリーズを盛り上げてくれるようなウマ娘を探しに、あるいは見に来た人達。

 たったそれだけの要素で会場はこんなにも簡単に埋まる。

 

 先ほどのトレーナーが言った言葉を思い出す。

 緊張は? と。きっと、こういう事を含めての事だったのだろう。

 

 

(そりゃ、緊張もしますわな)

 

 種類にもよるが緊張で体に変な力が入ると思うように走れない。だから人を含めウマ娘はそれを解すためいくつかの手法やルーティーンを持っている。

 例えば決まった行動や動作を行うか、脳内で緊張を上書きするような出来事を思い浮かべるか。

 

 ナイスネイチャは予め用意していた。

 どちらかと言えば後者を。

 

 ネイチャにとって心が安らぐモノ、出来事。

 思い浮かべる。トレーナーの顔を。細かく言えばホーム画面に設定したトレーナーとの2ショット写真を。

 

 

(ふふっ…………ヨシッ)

 

 力が自然と抜ける。

 

 案外、他者がそんなものでと思うようなものが、緊張を無くす事だってある。

 ネイチャからすればそれがトレーナーのぎこちない顔だっただけに過ぎないのだ。

 

 次々とゲートに入るウマ娘に続きネイチャもゲートへ向かう。

 この狭い空間がネイチャの集中力を高めていた。

 

 

(大丈夫、冷静になれてる。後は作戦通りに走るだけ……!)

 

 そして。

 ゲートが開かれた。

 

 

 

 

 

 京都レース場。

 芝、良。距離、2000m。天候、晴れ。右・内回り。

 

 

 

 

 

 

 

(よし、スタートダッシュは悪くない)

 

 観客席から見ていたトレーナーはとりあえず安堵する。

 スタートダッシュが遅れたウマ娘もいたが、ネイチャは良いスタートを切っていた。

 

 まずは第一コーナー、作戦通り上手く先頭集団に紛れ込んでいる。

 模擬レースの時よりもスタミナを強化していたからその辺の心配はいらないはずだ。前回の失敗にはならないと思いたい。

 

 

(逃げが1人、先行しようとしてるのが6人、か)

 

 その6人の後ろから2番目辺りにネイチャがいた。

 第二コーナーが終わり直線に入る。まだ動き自体はない。本番は後半だ。デビュー戦とはいってもやはり本番のレース。下手な動きを見せるようなウマ娘はいない。

 

 だからこそ、だ。

 

 

(行けるぞ、ネイチャ)

 

 誰も突出していないからこそ、あのテイオーほどではない。

 別次元のウマ娘と走ったネイチャには、他のウマ娘は必ずテイオーよりも遅いという事が分かっている。隙のないテイオーとは違う。

 

 第三コーナー。

 レースが、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 ネイチャのすぐ後ろを走っていたウマ娘が仕掛けてきた。

 

 

(ッ……焦ったらダメ。今抜かされたって最後に抜き返せばいいんだから)

 

 テイオーの時と同じ轍は踏まない。自分は自分のペースで走りつつタイミングを見計らえばいい。

 最終コーナーに入りかけると、最初に仕掛けたウマ娘に釣られたウマ娘達が一斉にスピードを上げてきた。

 

 集団がペースを乱されていると直感で分かる。

 焦るな。よく見ろ。どこの空間が空いている。この溜まり切った末脚はどこでなら最高を迎えられるか考えろ。

 

 先頭集団は固まったまま前を走っている。

 ならば。

 

 最後の直線に入る。

 左に良いスペースがあった。

 

 最高は、今だ。

 

 

(ここッ!!)

 

 ダンッ!! と。

 足で踏んだとは思えない音がした。

 

 

(よし、タイミングは悪くない!)

 

 それを見ていた渡辺輝はようやくと言わんばかりに口角が上がる。

 ネイチャは自分は強くないと言っていたが、あの末脚は間違いなくネイチャの天性のものだ。

 

 デビューもしていないのにあの加速力を持っているのは後々確かな武器となると思っていた。

 それを鍛えた成果が今見れる。ネイチャのトレーナーとして、これを楽しみにしない訳がない。

 

 

(すげえ、どんどん抜いていきやがるッ)

 

 ペースを乱され執拗にスタミナを持っていかれていた先頭集団のスピードが遅くなるのに対し、ネイチャは更に速くなっていく。

 周囲にいる観客もネイチャの加速を見て歓声が上がっていた。

 

 これが堪らない。

 自分と共に鍛えたウマ娘が、観客の歓声を浴びているのが嬉しくて堪らない。

 

 残り200mを切り、ネイチャが2位まで上り詰めた。

 1位との差も詰まってきている。

 

 これなら。

 

 

「……いける。いけるぞ、ネイチャ!」

 

 

 

 スパートを掛けているのに脚はまだ残っている感覚がある。

 息も切れつつあるが、スタミナが尽きた訳ではない。

 

 

(もうすぐで追いつける……いいや、追い抜くッ!)

 

 1位との距離までおよそ1バ身差。

 残り100m。

 

 もはや聞こえるのは自分と相手の凄まじい走行音と息遣いのみ。

 観客の声援すら、今のネイチャの集中力の前ではシャットアウトされている。

 

 

(もっと……もっとッ! 速くッ!!)

 

 デビュー戦。初戦も初戦。

 ここで勝たないで何が成果だ。

 

 トレーナーにあんな事を言っておきながらでも、勝ちたいものは勝ちたい。

 そのためのトレーニングだったんだから。それだけの思いだったんだから。

 

 更に加速。

 差はもう分からないほど、いいや、2人して並んでいるようにも見えるまで追い詰めた。

 

 

(いける……)

 

(いける……)

 

 ネイチャとトレーナーがシンクロする。

 僅か数センチのとこまで並んだ。

 

 

((いけるッ!!!!))

 

 

 そして。

 2人のウマ娘がほぼ同時にゴールを切り、大歓声が京都レース場に響いた。

 

 

 思わず身を乗り出しそうになるトレーナー。

 先頭で立って見ているとはいえ、ここからじゃどちらが先かは見えなかったのだ。

 

 

「ハァ、はぁ……っ……?」

 

 最後のスパートに全力を出し切ったネイチャの息は上がっている。

 本人達でさえ、どっちが先にゴールしたのかは分かっていない。

 

 掲示板の一番上に3と書かれていたらネイチャの1着が確定するが、2番だったら相手のウマ娘が1着となる。

 トレーナーも、ネイチャ自身も最後は抜けると確信したところでゴールしたのだ。

 

 つまりは、自信がある。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 掲示板の一番上に出た数字は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハナ差の2番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またしても、トレーナーとネイチャがシンクロした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いや2着かい!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都レース。

 メイクデビュー戦──ナイスネイチャ、2着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という訳で史実通りデビュー戦は2着となりました。
まさかのご都合展開とはいかず、しかしこれもネイチャの魅力の一つという事で。




では、今回高評価を入れてくださった


かーまいんさん、Minobusiさん、ガルパンお兄さんさん、旅人Tさん、kinoppiさん、 デホレスさん、fujisakiさん、提騎さん、大黒堂アキラさん、くゆちたさん、そうじゅさん、ICHI Y cronさん、そこら辺のペットボトルさん、星川スバルさん、janmilさん、ゆぎわさん、0rchisさん、イロワケカワウソさん、甚兵衛さん、blossomsさん


以上の方々から高評価を頂きました。
ここまで来たなら目標は大きく、次はお気に入り2000や投票者数200を目指したいところです。本当にありがとうございます!!




ゴルシウィーク楽しみましょう。


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10.未勝利戦、後に

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。

投稿が遅れてしまい申し訳ございません。
GW中は執筆する時間がありませんでした故……。

誤字脱字などのご報告や訂正などもありがとうございます。助かってます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都レース場。

 芝、良。距離、1400m。天候、晴れ。右・内回り。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから2週間が経ち、そのレース場では歓声が響き渡っていた。

 

 

『未勝利戦』。

 メイクデビューで勝利できなかったウマ娘が出走するレースであり、それに勝利するまで未勝利戦以外のレースには出られない仕様となっている。未勝利戦で勝利すれば次回からプレオープン以上のレースに出走する事が出来るのだ。

 

 ナイスネイチャのメイクデビュー戦は二着と未勝利になった。

 だから今回の未勝利戦に出走している。ここで何としても勝たないといつまで経っても大きいレースには出られない。目標すら見据えられないままじゃ進む事だって出来ないのだ。

 

 およそ2週間と短期間での挑戦にはなったが最終コーナーを迎えた今、ネイチャは現在二位まで上り詰めている。

 一気に後方から差していった結果だ。先頭ウマ娘との距離も一バ身差と充分に勝てる範囲内だった。

 

 

(よし、今回は少し早めに仕掛けさせたが上手くいってる。見てる限りじゃスタミナも余裕そうだ。このまま行けば勝てる……!)

 

 前回とは違いゴール前の席から見ているトレーナー。

 最後の直線に入った所から、徐々にウマ娘達の凄まじい足音が近づいてきているのが分かる。

 

 最も近い足音はと聞かれると当然分からないが、そんなものは走っている本人を見ればすぐに分かる事だ。

 見える。いいや、見えた。

 

 ナイスネイチャが、先頭のウマ娘に並んだと思った瞬間に抜いたのだ。

 

 

「よしッ!!」

 

 まだ勝利が決まっていないのにも関わらず、トレーナーは思わず小さなガッツポーズをした。

 自分のウマ娘が先頭を走っている。それだけでこんなにも気持ちは昂るのか。

 

 

(最後まで気を抜かずに走りぬく! 前回とは違うんだから……ッ!!)

 

 一方、ネイチャは直線を全力で走りながらも警戒心は解かなかった。

 前回はあと一歩のところで二着に終わった。ギリギリで勝ったと思ったのに結果はあの惜敗だ。それだけは許されない。

 

 差し切ってゴールする。誰にもこの先頭は譲らない。その一心で気は抜かずに目線は前だけを見る。

 後ろから聞こえてくる足音は徐々に遠のいていた。もはや聞こえるのは自分が出している音のみ。

 

 ちらりと、ゴール付近のスタンドに立っているトレーナーの姿が見えた。前だけを見ていなければならないのに、見てしまった。

 笑っていたのだ。自分を見て。もうすぐで勝てそうな自分を見て歯を食いしばりながら笑顔で見てくれている。

 

 

(……ああ、もうっ……気を抜いたらいけないのに、そんな顔で見られたらこっちまで緩んじゃうじゃん)

 

 不思議と、スピードが衰える事はなかった。むしろより一層速さが増したようにさえ思える。

 自分のためだけではなく、誰かのために頑張る事は意外と悪くないのかもしれない。卑屈なままでも我武者羅に走る事は出来る。

 

 

(っし……行くよッ!)

 

 先頭のまま、ナイスネイチャが更に加速した。

 残り100mを切り、二位のウマ娘との差が3バ身まで開いていく。

 

 もはや独壇場だった。

 他の追随を許さない。客の視線はネイチャへと集中し、実況も興奮したようにネイチャを語っている。歓声が大歓声へと変わっていく。

 

 誰がどう見ても結果は覆らなかった。

 

 

 

 

 

 

 京都レース。

 未勝利戦──ナイスネイチャ、一着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 控え室。

 

 

 そこにネイチャが帰ってくると、既にトレーナーが待っていた。

 

 

「トレーナーさん、もういたんだ」

 

「おう、一着になったお前の顔を一番に見ようと思ってな」

 

 改めて言われてもあまり実感が沸いてこない。

 未勝利戦と言えど、一着は一着。まさに正真正銘の勝利をしたのだ。自分とは無縁かもしれないと思っていたモノを掴み取った。

 

 

「……ははは、とは言ってもまだ全然大きいレースとかじゃないし、素直には喜ぶほど子供なネイチャさんじゃありませんよー。テイオーはちゃんとデビュー戦で勝ったって連絡来たしね」

 

「だとしてもだっつうの。そもそも一回目の未勝利戦でちゃんと勝てたんだからもっと誇っていいんだぞ。俺からすればデビュー戦も実質勝ってたまである」

 

「いや負けてたんだけどね」

 

 何はともあれ勝つ事は出来た。正直、ネイチャの中にもまだ少しあるのだ。

 興奮のような高揚感のようなものが。

 

 

「とりあえずこれでもっと大きなレースに出られる。今回のはそのための小さな一歩だ。だけど、確かな一歩でもある」

 

 まずここで勝たないといつまで経っても前に進めない。最初に立ちはだかる壁を見事に突破したのは大きいだろう。

 新人とは言っても彼は中央のトレーナーだ。それなりの成績を収めるだけじゃ物足りない。目標はあくまででっかくだ。

 

 

「次からのレースは今よりもっと激しくなる。当然勝つ事も簡単じゃない。ネイチャの実力はもちろん、相手との駆け引きやその時のバ場や天候によって勝敗は大きく変わってくる」

 

「……、」

 

 当たり前の事をトレーナーは言う。

 しかし、それをちゃんと把握しておくかしていないかでは対策のしようも違ってくるものだ。基本だからこそ、そこは大事にしなければならない。

 

 

「それに対応できるように俺もこれからのトレーニングを更に調整していく。だからお前にももっと気合い入れてもらうぞ」

 

「ふーん……ってことは、もう次のレースは決まってるってわけ?」

 

「ん? ああ、そうだ。次のレースは……っと、その前に」

 

「?」

 

 言いかけて止める。

 次の目標を言う前にまずやるべき事があった。

 

 

「よく頑張ったなーネイチャ!」

 

「ぅふぇあっ!? と、トレーナーさん!? な、なに!?」

 

「何って、担当ウマ娘が一着になったんだ。褒めるのはトレーナーとして当たり前の事だろ。俺は褒めて伸ばすタイプの人間だ」

 

 わしゃわしゃとネイチャの頭を撫で繰り回す。

 突然の事に色々と理解が追いつかないネイチャだがレース後の自分は体も頭も汗だくな訳で、思春期ウマ娘にとっては割と死活問題だったりする。

 

 

「あ、アタシ今汗かいてるから触らない方が良いって! 汚いってば!」

 

「なーに言ってんだ。ウマ娘の汗は勲章モンだろ。一着なら尚更な」

 

 全然撫でるのを止めてくれない。これはもう諦めた方がいいと判断したネイチャ。抵抗は余計にトレーナーを加速させるものだと最近学習したのだ。

 されるがままである。というかだ。トレーナーに撫でられるのを悪くないと思ってしまっている自分がいた。

 

 口ではああ言っても尻尾は綺麗に上がっている。完全に体は喜んじゃっていた。

 ひとしきり撫でられた後、トレーナーは手を頭から離して切り替える。

 

 

「さて、次はウイニングライブだろ? 一番前の特等席で見とくから張りきっていけよ」

 

「……う、うん」

 

 やるだけやって出て行ったトレーナー。

 ネイチャもネイチャでウイニングライブのために軽く髪を整えて控え室を出る。

 

 観衆を前に自分がセンターで踊る。前回は二着だったが同じように踊ったので特に問題はないだろう。

 それよりもだ。ネイチャにとってはウイニングライブよりも新たに分かった大事なことがある。

 

 

(勝ったらトレーナーさんが撫でてくれる……勝ったらトレーナーさんが撫でてくれる……一着になったらトレーナーさんが撫でてくれる……)

 

 頭がそれで埋め尽くされていた。勝てば褒美としてアレをしてもらえるのであれば、今後のトレーニングはもっと頑張らなければならないと密かに決意するネイチャであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウイニングライブも無事に終わり、2人は帰りの新幹線に乗っていた。

 

 

 

 

 

「やっぱ自分の担当ウマ娘がセンターで踊ってるのを見るのは良い気分だな」

 

「さっきからおんなじ事ばっか言ってるよー」

 

「仕方ねえだろ。何回もそう思っちまってんだから」

 

 スマホを片手に外の景色を見ている窓側席のネイチャ。家族や友人に一応勝ったと連絡しているのだろうか。

 

 

「ところでさ、さっき控え室でも言ったけど次のレースって決まったんだっけ?」

 

「そういやそうだったな。決まってるぞ」

 

 言って出走予定表を出す。決まったと言っているならば既に登録は済ませているのだろう。

 新幹線、その中にある2人の席だけ少し張りつめたような空気になった。

 

 

「来年の1月後半、今回と同じ京都レース場。オープン戦、『若駒ステークス』。芝2000mだ」

 

「芝2000mかあ」

 

「前回のレースは1200mだったせいか、お前のスピードが乗り切る前に負けたからな。次回からは最低でも1400m以上で走ってもらう事になる」

 

 ネイチャの末脚は終盤に加速する。距離が短いのであれば早めに仕掛ければいいだけの話かと思われるが、実際は違うのだ。

 ウマ娘には距離の適性があり、個々によって細かい距離にもそれは影響してくるものだ。ネイチャのスタミナがあれば1600m以上からが実力を思う存分発揮できるとトレーナーは思っている。

 

 トレーナーはそれに、と加えて言う。

 

 

「これからは大きなレースも目標に入れていくから、早めに2000m以上のレースを見越してもっとスタミナ増強を目指していく。もちろん脚の強化もな」

 

「ま、そうなりますわな~。厳しくなるのも仕方ない、か」

 

 と言いつつ内心ではやる気満々のネイチャである。

 勝てば褒美があるのだ。トレーナーには黙っているが実は楽しみにしている。

 

 そして、もっと大事な報告があった。

 

 

「芝の2000m。確か模擬レースでも走ってたな」

 

「うん? そうだね。三着だったけど」

 

「なら実質の二回戦ってとこか」

 

「ん? どゆこと?」

 

 ネイチャにとってはそれだけで戦慄が走るほどの衝撃が。

 

 

「トウカイテイオー。あいつもこのレースに出るぞ」

 

「ッ……」

 

 因縁、というにはあまりにも烏滸がましいかもしれない。

 そもそもあちらは自分をライバルとしてすら認識していないだろう。あくまで友人。それだけでしかない。

 

 格が違うと思い知らされた。別の次元とすら思えてしまう才能を持っている。

『天才』と『平凡』など比べるまでもない。勝つという覚悟すら簡単に捻じ伏せてしまうような相手だ。

 

 

「そっか~。テイオーが出ちゃうかー。じゃあさすがに勝つのは厳しそうかなあ」

 

 口から出たのは最初から負けると同義のような言葉。

 トレーナーも真っ向からそれを否定してやりたい気持ちもあるが、トレーナーだからこそトウカイテイオーの強さをよく知っている分、強く言えない部分もある。

 

 でも。

 だけど。

 それでも。

 

 

「そのために強くなるんだろ」

 

「トレーナー、さん?」

 

 言わなければならない時がある。

 ただの感情論かもしれない。たかが根性論かもしれない。

 

 だとしても、自分がナイスネイチャのトレーナーである限り、絶対に言わなければならない事がある。

 

 

「テイオーに勝つためにネイチャが……いいや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 例え負けると分かっていても、まだ勝てないと思っていても、いつか必ずその時が来るのを信じて。

 

 

「俺もテイオーをギリギリまで分析する。だからお前もこれから俺が考えるトレーニングをこなすんだ。負けるレースじゃない。勝つレースをするために」

 

「……ふふっ」

 

「え、何かおかしい事言ったか?」

 

 思わず笑みが出てしまう。

 普段は気楽そうにしているくせに、こういう時だけは真面目になる。そんなギャップに笑ってしまうのだ。

 

 おかげで強張った緊張が一気に解けた。

 今なら何でも言えそうだ。

 

 

「いや、何も。まあ、やるだけやったりましょうか。アタシだって勝ちたくない訳じゃないしね」

 

「お、おう」

 

「んじゃレースとウイニングライブ終わりで疲れたし、ちょっとだけ寝ていい?」

 

「え? ああ、いいぞ。着いたら起こすよ」

 

「それじゃちょいと失礼して、と」

 

「ん?」

 

 言ってひじ掛けを上に仕舞うネイチャ。

 これがあると寝にくいのだろうかと思った矢先だった。

 

 

「っ」

 

「そのまま寝ちゃうとやっぱ首痛くなるからさ。少し貸してもらいますよー」

 

 トレーナーの肩にネイチャがそっともたれ掛かってきた。

 ネイチャのもふもふした髪が時折頬に当たりくすぐったくなると同時に、何だか甘い香りがする。ウイニングライブ終わりにシャワーを浴びたからか。

 

 気付くと、案外あっさりとネイチャは寝息を立てていた。

 負けられないレースとセンターでのウイニングライブもあったから疲れていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

(どさくさに紛れて俺も寝ようかと思ったが、こりゃ眠れそうにないな……)

 

 

 

 

 

 トレーナー、渡辺輝にしては珍しくだ。

 ネイチャを少し意識してしまった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という事であっさりと『未勝利戦』一着です。
史実ではダートでの一着なのですが、これからを考えて芝に改変させていただきました。

もっと早く関係を進展させて色々書きたいんですが、じっくり書いてイチャイチャもさせたいジレンマ……。



では、今回高評価を入れてくださった


もりそばさん、とらきちさん、ビスチャさん、9様さん、SFさん、ruhaさん、gごとーさん、ブーーちゃんさん、Thallumさん


以上の方々から高評価を頂きました。
ランキングに何度も載せて頂いているのも皆様のおかげです。本当にありがとうございます!





ゴルシウィークのジュエルは全てファル子に消えました(当たったとは言ってない)


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11.お出掛け、或いは(前編)


お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。

基本的に週2~3回投稿頑張りたい所存であります(願望)
割と日常系のネタを考えるのも大変だったり。日常系を書いてる方は凄いなと思っております……。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものトレーニング終わりの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーがPC作業をしていると帰り支度をしていたネイチャから声がかかったのだ。

 

 

「ねえトレーナーさん」

 

「何だ?」

 

「明日って休日だから練習もオフだったよね」

 

「ああ、そうだぞ」

 

 そもそもトレーナー室はトレーナーが使うからこそトレーナー室なのだが、もはやネイチャとのミーティングは部室ではなくこの部屋で行われるのが日常になっていた。

 部室よりもトレーナー室での滞在時間の方が長いというツッコミは今更野暮である。

 

 

「ならトレーナーさん明日はヒマだよね」

 

「ああ、そうだぞ」

 

「じゃー明日駅前に14時集合で。お疲れさまー!」

 

「あいよー……って、ん? あれ、ちょ、まっ」

 

 さすがはウマ娘、気付いた時にはいなかった。

 拒否権というか流れがあまりにも自然すぎてリアクションを取る前に全てが決まってしまった。

 

 ポツンと静かな部屋に1人取り残されたままのトレーナー。

 思わず出た声は困惑のものだった。

 

 

「ええ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 

 

 律儀に駅前で待っているトレーナーの姿があった。

 時間は約13時半。こういう時でも一応は社会人としてちゃんとしているようだ。

 

 ネイチャが言っていた駅前はネイチャの寮から近いしここで合っているとは思う。万が一間違っていたら土下座ものだが。

 と、ここで肝心な事を思い出した。

 

 

(そういやスマホで連絡先交換してたな)

 

 どうにもスマホをあまり触らないトレーナーにとってコミュニケーションアプリは慣れないものだ。

 仕事として同期のトレーナーや先輩などに連絡をする際は利用しているが、こういうプライベートではてんで使う機会が少ないという寂しい人間であった。

 

 UMAINのアプリを開いてフレンド欄を見る。

 何なら家族と同業と数えるほどの友人の二桁程度しかいなかった。トーク履歴を見れば同業トレーナーと仕事場でのトークだったり、家族から仕事は順調かなどと聞かれたものだったり、先輩から酒奢ってくれと来たものを既読無視しているものだった。

 

 再びフレンド欄を見る。

 家族、同業、友人、そのどれにも属していない者の名前が一つだけあった。

 

 突然時刻と場所を言われまんまと集合場所へ呼び出してきた張本人の名前だ。

 ナイスネイチャ。彼女の名前を軽くタップし、トーク画面を開く。そういえば交換したままネイチャとこのアプリを通じてトークをした事はなかった。

 

 

(何て送ればいいんだ? 普通に駅前の場所はここで合ってるかとか? いやでも急に送られてもアレか。ならお疲れ様ですから始めたり……いやいやそれ仕事付き合いみたいな人じゃねえか。あれ、そう考えたら俺って普段友達とかとトークしないからどうメッセージを送ればいいか分からなくなってる? え、俺ってそんな寂しいヤツだったっけ?)

 

 そんな寂しいヤツだった。

 ちなみにネイチャの場合、夜な夜なトレーナーに何かを送ろうとしながらも毎回思いつかず諦めて寝るのが日課になっているのはまた別の話である。

 

 駅前でスマホ片手に悩んでいると声を掛けられた。

 

 

「あれ、思ったより早かったじゃんトレーナーさん」

 

 張本人のネイチャだった。

 いつもの制服とは違って休日だからか私服を着ている。見慣れないせいで二度見した。

 

 

「おう、家から近い方だしな。場所も合ってて良かったわ」

 

「寝るのが好きなトレーナーさんの事だから遅れてくると思ってたのに」

 

「お前が昨日急に呼び出してきたんだろうが。それにわざわざ14時集合って俺に合わせてきたのは分かったからな」

 

「おっ、勘が鋭いですな~。遅めの時間にしてあげたネイチャさんに感謝してもいいんだよ~?」

 

「ならもっと前から予定を聞いてこいっての」

 

 このトレーナー、趣味という趣味をあまり持ち合わせていないせいか、休日の日は基本寝ているか家でボーっとしているかの二択である。

 それを知ったネイチャの気遣いは正直ありがたい。普通にギリギリの13時までぐっすり寝ていた。

 

 ネイチャに送るために触っていたスマホをポッケに仕舞う。

 腕時計を見てもまだ13時35分を過ぎたとこだ。

 

 

「トレーナーさんはどうせヒマだと思って。まさか何か予定あったりした?」

 

「そうやって勝手に決めつけるのは良くないぞ。ちなみに予定はこれっぽっちもないです」

 

「ないんかい」

 

 悲しきかな、渡辺輝の休日の予定は基本的にがら空きだったりする。

 UMAINのフレンド欄からして予定を埋めるような出来事はほとんどないのだ。これはもう自他共に認める寂しいヤツ認定されてもおかしくない。

 

 

「ところで今日は何かあるのか? 俺を呼びだしたって事は荷物持ちでも必要だったり?」

 

「すぐにその発想出てくるのもどうかと思うんだけど……。最近蹄鉄がダメになってきたからさ、いつものやつを買うよりトレーナーさんが選んでくれた物を買おうかなって思った訳ですよ。だからデパートに行きたいんだよね」

 

「俺? 何で?」

 

「ほら、アタシの走りとかクセを分かってるじゃん? だから客観的に見てくれてるトレーナーさんの方がアタシに合ってる蹄鉄を選んでくれるかなって」

 

「あー……なるほどね」

 

 ウマ娘が使用する蹄鉄には様々な種類がある。

 サイズはもちろん、好みで軽い物や重い物、芝やダートで使い分けられる物、レースで使う用の蹄鉄やトレーニングの時のみに使用される超重量級の蹄鉄などもある。

 

 ウマ娘にとってはレースを決定づける大事なものでもあるのだ。

 それをトレーナーに任せるという事はそれだけウマ娘から信頼されている証拠でもあるのだが、果たしてトレーナーはその事に気付けたか。

 

 

「よし、分かった。ネイチャが良いなら俺が選ばせてもらうよ」

 

「おっ、やる気になってくれたね。頼りにしてますよー」

 

 やる事は決まった。

 あとはデパートに向かうだけだ。

 

 

「俺も普段デパートとかに行く事ないし適当に見て回るのも悪くないかね」

 

「買い物に付き合ってもらうんだし、アタシもトレーナーさんに付き合うよ。好きなとこ行きなね」

 

「母ちゃん……」

 

「この前はおふくろって言ってきたし最近そのボケマイブームなの?」

 

「いや別に」

 

「相変わらずその辺は適当ですな……」

 

 言いながら2人して歩き出す。

 目的地は案外近い。適当に喋っているだけでもすぐ着くだろう。

 

 

「んじゃ行くか」

 

「はーいよ」

 

 トレーナーとウマ娘。

 ある種のパートナー関係。

 

 そんな2人が私服姿で歩いているとどうなるか。

 傍から見ればどう映っているのか。

 

 

 

 

 

 ただのお出掛けか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それとも或いは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、そんな訳で今回は短めですが前編という形になりました。
前回前々回とレース回だったので今回からトレーニングしつついつもの日常系となります。

ネイチャの私服はアプリと同じと思っていただければ分かりやすいかと。
もっと私服増やしてくれ……(願望)

次の更新は水曜、もしくは木曜予定です。



では、今回高評価を入れてくださった


爺駆自由斗さん、とめいとうさん、Hero_odebUさん、マーベラスきのこさん、arakoreさん、SFさん、ゾォルケンさん、シャムロックさん、たかのさん、天井桟敷さん、kurono83さん、KAYSAさん


以上の方々から高評価を頂きました。
最近貴重な☆10評価を頂ける事が多くなり身が引き締まる思いです。一言コメントも毎回見てテンション上げてます。全身全霊で頑張りますよ!
本当にありがとうございます!!





最近の執筆中は作業用BGMにゾンサガやウマ娘などといったアニソン、UVERworldばかり聴いてます。
レース描写書く時は熱い曲を聴くのが最適ですね(個人的見解)


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12.お出掛け、或いは(後編)

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。

この小説を書く時はいつもネイチャのwikiと競走履歴を見ながら書いてます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地にはすぐに着いた。

 

 

 

 

「ネットで何回か調べはしたけど結構いろんなのがあるんだな」

 

「専門店とかと比べるとさすがに少ないけど、トレセン学園と近いからウマ娘用の店とか商品は結構充実してるんだよね」

 

 デパートの中にあるウマ娘用の蹄鉄店だ。

 周りを見ると他にもレース用のシューズやトレーニング器具、果ては勝負服やウイニングライブ衣装の見本となる資料雑誌店もある。

 

 さすがは中央と言ったところか。ウマ娘のためにあると言っても過言ではないくらい商品や店が揃っている。

 トレセン学園の生徒らしいウマ娘もちらほらいた。大抵は友人と一緒か1人で来ていてトレーナーと来ている者はネイチャ達以外にはいない。

 

 その事に気付いたのはネイチャのみだったが、それも別に気にするほどの事でもないだろう。

 というか気にしたら買い物に集中できない可能性が高い。

 

 

「今日はトレーニング用の蹄鉄を買いに来たんだよな」

 

「だね。走行用だから重さもそんなにないやつなんだけどそこはトレーナーさんに任せるわ」

 

「ちなみにいつも履いてるシューズは何足ある?」

 

「スペア合わせると3足かな」

 

「じゃあ走行用、踏み込み用、レース用で三つほど買っとくか。いちいち蹄鉄を付け替えるのも面倒だろ。なら練習別に使い分けできる方がそれぞれダメになりにくいしな」

 

 トレーナーの言い分には納得したが、如何せんネイチャには素直に頷けない部分があった。

 

 

「あー、ごめん。そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ、蹄鉄って結構良い値段するやつもあるから出来たら安めなの選んでね? ネイチャさん一個だけしか買うつもりなかったから今日そんなお金持ってきてないんですよね~……イヤ、ある程度遊ぶ分は持ってきてるんだけど」

 

「あん? んなもん俺が全部買うから気にしなくていいぞ。あと俺が選んでいいとは言ってくれたけどネイチャも気になるのがあったら遠慮なく言えよ」

 

「ええ!? いやいや、いいってそんなの! ただでさえアタシの買い物に付き合ってもらってるんだし自分の物は自分で買うってば!」

 

「バッカお前、トレーニング関連の物なら俺にだって関係あるだろ。何なら担当ウマ娘が使う蹄鉄なんだし俺に買わせてくれ。俺の休日の過ごし方知ってるだろ? 基本寝てるか家でボーっとしてるかだ。趣味も特にねえから無駄に貯金は貯まってく一方だしな。こういう時に使わねえとトレーナーとして腑に落ちん」

 

 トレーナー業。

 チームに所属するウマ娘のレース指導や体調管理などをするトレセン学園特有の職業だ。そのためレースに関する専門知識はもちろんウマ娘の事や栄養管理の知識、ウマ娘がケガした時のために最低限の医療知識が必要とされる。

 

 いくつかの資格も必要とされ、それも中央のトレーナーともなればまずトレーナーの資格を取得するだけでも難しいとされているほどだ。

 だからかと言われればそうと断言できる訳でもないのだが、給料は結構良かったりする。一人暮らしの男性が割と余裕に生活できるほどは貰っていた。

 

 それに加え渡辺輝は特に趣味を持たずお金を使うのは基本生活費のみ、あとはトレーナーとしての教本や資料などの仕事関係の物か多少のマンガくらいだろうか。

 とにかくまだ新人トレーナーとは言ってもそれなりに裕福な遊びができるくらいには貯金がある。つまり遠慮はいらないという事だ。

 

 

「……じゃあ、甘えさせていただきます」

 

「それでよろしい」

 

 こういう時のトレーナーが強情なのをネイチャは知っている。

 よって折れるのはネイチャだ。ここで押し問答をしていても羞恥心が芽生えてくるのは自分だからもはや諦める他なかった。

 

 

「じゃあさっさと決めるか。走行用の場合だと重すぎない程度の蹄鉄でいいな。自分の脚の感覚を掴めるぐらいの重量なら……っと、これがちょうど良いか」

 

 値札を見る事すらなく形や重さを確かめては買い物かごに入れていく。

 

 

「ネイチャの得意技はあの踏み込みからの加速力だから、結構重いけど踏み込みの練習をするならこれがいいか。脚を上げる時と踏み込む時の力の入り方を感じやすいはずだ」

 

「結構すんなり決めていくんだね?」

 

「ネイチャの課題は基本分かってるからな。それを加味すればどれを買えばいいかってのは案外分かるもんだよ。レース用のはっと……75グラム、よしっこんなもんか。会計行ってくる」

 

 そう言ってレジへと向かうトレーナー。ものの数分でネイチャの買い物は終わってしまった。

 手早く会計を済ませてきたトレーナーはレジ袋を片手にネイチャの元へ帰ってくる。

 

 

「えっと、ありがとねトレーナーさん。三つも買ってもらっちゃって」

 

「気にすんな。お前のためなら貯金の全部使ったって構わねえよ」

 

「それは言い過ぎ」

 

 この男はすぐ誤解を招くような言い方をするから心臓に悪い。

 とはいえネイチャも彼と出会って数ヵ月。さすがに平静を装ってツッコミを言い返す程度には慣れてきた。

 

 時間は14時半といったところか。

 既に目的の物は買えたので解散、でもいいのだがそれにしても早すぎる。ここは先ほどの通り、トレーナーが見たい店に行くという選択が正解だろう。

 

 正直言うとこのまま解散は何か寂しい。

 

 

「んじゃトレーナーさんが行きたいとこにでも行く? どうせヒマだし色んなとこまわろっか?」

 

「ん~、と言ってもさっきフロアマップ見た限り気になるとこもそんななかったんだよなあ」

 

 さすが趣味ナシ男。清々しいほどどの店にも興味がなかった。

 これにはネイチャも呆れるところだ。ウマ娘やレース以外に惹かれるものがないのか。

 

 だからといって解散という選択肢をトレーナーの口から出させる訳にはいかない。

 何でもいいから代替案を出そうとネイチャが何か言おうとしたところで、

 

 

「あ、あのさ──、」

 

「おっし、適当に見て回るか」

 

「……え? 気になるとこ、ないんじゃ?」

 

「ないから見て回るんだよ。それにゲーセンとか娯楽コーナーもあるし、せっかくの休みなんだからネイチャも楽しめるとこ行こうぜ」

 

「あ……うん……」

 

 自分が言おうとしていた事とまったく一緒の事を言われた時、何だか照れ臭い気持ちになるのは人間もウマ娘も変わらないらしい。

 しかし解散は免れた。ならば素直に従うまでだ。

 

 

「よーし、とりあえず目に付いた気になる店にでも行くか。今日は全部俺の奢りだ! パーッとやろうぜ!」

 

「急に乗り気になるね」

 

 

 

 かくして、トレーナーとネイチャの突発デパート散策が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本屋の場合。

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさんってマンガとかは読まないの? ずっとレース関係ばっかの読んでる感じ?」

 

「や、マンガも多少は読むぞ。けど本って結構かさばるし家に多くは置けないから気楽に買えないのが難点なんだよな」

 

「そんな趣味ナシスマホ音痴なトレーナーさんに良いハナシがあるんですけどいかがかね?」

 

「今テンポ良くバカにされた気分なんだが。言ってみたまえ」

 

 ふふんと言いながらネイチャは自分のスマホを出してアプリ画面らしきものを開いて見せてきた。

 

 

「これは……?」

 

「ふへへ。トレーナーさんや……今の時代、本はスマホでも読めるんですよ~。電子書籍って言うんだけどさ、スマホ一つで数千冊も見れるんだって。もちろんマンガだけじゃなくてトレーナーさん御用達のレース資料とかもね」

 

「なん……だと……!? こんな端末一つで、本がめっちゃ読めるのか……!?」

 

「そうですとも。家のスペースを占領しないし、スマホさえあればトレーナー室でも電車の中でいつでもどこでも読めちゃうわけ。どう、凄くない?」

 

 何故かドヤ顔で聞いてくるネイチャ。

 普通ならこんな事で何ドヤってるんだと思うかもしれないが、そこはスマホ音痴なトレーナー。本気で感心しちゃっていた。

 

 

「すげえ! やっぱ時代の最先端って進化を続けてんだな! 今の若者はすぐこういうのを見つけては取り入れてるんだからすげえわ」

 

「まあアタシも最近まで全然知らなくて友達に教えてもらったんだけどね。いや~最近の若い子って凄いわ」

 

「おい若者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘用洋服店の場合。

 

 

 

 

 

 

(あ、この服……可愛い)

 

「その服気に入ったのか?」

 

「ふぇああ!? ととととトレーナーさん!? いやいやいやいや、そんな事ないない! ちょっと見てただけだし!」

 

「ちょっと見てただけの反応じゃないだろそれ……。ほら、試着してみたらどうだ? 似合うと思うぞ」

 

「に、似合わないって! アタシには可愛すぎるから荷が重いのですよハイ」

 

「はーいつべこべ言わずに試着しますよー。とっとと着てこいオーケー」

 

 手を掴まれ見ていた服と一緒に試着室へと連れて行かれていく。

 人間より力が強いのがウマ娘という認識は既に世間でも一般となっている。なのに掴まれた手を振りほどかないという事は、ネイチャも満更ではないのだった。

 

 もっとも、掴まれた手に意識が向いていたのか似合うと言われた事について意識が向いていたのかは本人しか分からない。

 いとも簡単に試着室へと放り込まれ仕方なく気になっていた服に着替えていくネイチャ。

 

 ウマ娘専門の洋服店だから尻尾の部分もちゃんと考えられている白いフリルのミニスカートだ。

 上は無地のシンプルなホワイトシャツに青のデニムジャケット。夏でも着れるように通気性も良くしっかりと作られている。

 

 シャララと、カーテンが開く音がした。

 腕を組みながら待っていたトレーナーはその音と共に試着室へと目を向ける。

 

 

「……お~」

 

 そこには頬を若干染めながらトレーナーとギリギリ目を合わせないとこへ視線を泳がしているネイチャがいた。

 恥ずかしがってはいても手を後ろに組んでファッション全体を見えるようにしている辺り、評価は気になるようだ。

 

 

「……え、えと、ど、ドーデスカ?」

 

「何だ。やっぱ全然似合うじゃねえか。雰囲気も合ってるし良いと思うぞ」

 

「あーははは、そ、そーかなー?」

 

「こういうのは実際着てみないと分からないもんだからな。よし、店員さーん」

 

「ええ!? 何で店員さん呼んでんの!?」

 

「俺が一式買うから今日はそのままでいれば着替え直さなくていいし楽だろ? 今日のところは俺に甘えとけ甘えとけ」

 

「うぅ……」

 

 そう言われると弱い。というかこうと決めた時の行動が早すぎてネイチャが遠慮する前に全てが終わってしまう。

 ネイチャがトレーナーの言動に慣れてきたのと同じように、トレーナーもネイチャがどこで遠慮をしてくるのか分かっているのだ。

 

 

「ほら、次行こうぜ」

 

「ホント……敵いませんなあトレーナーさんには……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームセンターの場合。

 

 

 

 

 

 

「うあー! また負けたー!」

 

「はーはっは!! 実際に走ったら絶対勝てねえけどウマオカートなら俺には勝てないようだな!!」

 

「てかこのゲームでも三着って何なのさー! ゴール手前で赤甲羅ばっか投げてくるなんてズルいわこのNPC!」

 

「ゲームの方も特訓しとくべきだったなあネイチャさんよお」

 

「あーもう腹立つ! 行くよトレーナーさん!」 

 

「え、どこに?」

 

「……プリクラ」

 

「プリピュア?」

 

「プリクラ! 少女アニメじゃないから」

 

 さっきとは違い今度はネイチャがトレーナーの手を掴んだ。

 当然、振りほどけない。

 

 

「えーこれって普通女子が撮るもんだろ~? 学生でもない俺がこれ撮るって相当イタいヤツと思われそう」

 

「その考えは古いって前も言ったじゃん? それにほら、この前の自撮りのリベンジって事で。笑顔の練習してた?」

 

「なるほど、それなら甘んじて受け入れよう。俺の超絶爽やか笑顔見せてやる。どんと来い」

 

「ほいほい、んじゃ軽く設定して、と。全体写る事もあるからポーズとか適当に取ってね。全部同じだとつまんないし」

 

「……え、ポーズ? 待って、それは練習してな──、」

 

「はーいカウントダウン始まったよー。さーんにーいーち」

 

「ちょ、まっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽が差し込むような帰路に二人はいた。

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ、ポーズ考えてたら笑顔なんてする暇もなかったぞ……」

 

「はーあ、笑い疲れた~。プリクラって自動で結構加工してくれるのにトレーナーさんってば何でそんな面白い顔になるかなー」

 

「俺が聞きてえよ。くそ、もうプリクラなんて二度と撮らん」

 

「ごめんって。またリベンジしようよ。()()()()()2()()()()()()()

 

「……ったく、お前がそこまで言うなら考えてやってもいいけどな」

 

 これで言質は取れた。

 また適当な口実を考えて休日にでも連れ出そうとネイチャは考える。

 

 そもそも行きが近かったのであれば帰りの道も近いのは必然。

 ネイチャが住んでいる栗東寮の前まですぐに着いた。

 

 

「送ってくれてどうもです」

 

「まだ夕方だけどな。俺の家も近いし大丈夫だよ」

 

「……あと、今日は色々とありがとね。楽しかった」

 

「俺も久々にちゃんと休日を満喫できたし、お前が楽しんでくれたようなら万々歳だ」

 

「あっ、あとどれだけ気に食わなくてもあのプリクラ捨てちゃダメだかんね。今度撮る時と比較しなきゃだし」

 

「さすがに捨てないっつうの。何なら俺の分もネイチャが持っとくか?」

 

「うーん、それはいいや。多く持っててもあれだしね。トレーナーさんにもちゃんと持っててほしいし」

 

 えー……と言いながら財布から取り出したプリクラの写真を見直すトレーナー。

 自撮りのリベンジができると思っていた分、どうやら本気で納得がいかないようだった。

 

 栗東寮にはネイチャ以外にも多数のトレセン学園の生徒が住んでいる。

 いつまでもここにいると色々と注目を集めてしまうだろう。ネイチャ的にもそれは困る。

 

 

「それじゃね、トレーナーさん。また学校で」

 

「おう」

 

 去っていくネイチャを見送る。

 今日買った服を着たまま、他にも色んなものを買った買い物袋を片手にだ。夕陽に照らされる彼女の姿はいっそ、モデル雑誌の中身にある1ページの写真のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も次はもっとちゃんとした服着てった方がいいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、後編です。
一回目のデー……お出掛けなので大体は端折りましたが、割と濃いな。

次回は月曜か火曜更新になる予定です。



では、今回高評価を入れてくださった


もいすさん、アヌベールさん、ばぺろぺさん、ブクブクグリムさん、総介さん、しのづさん、cheetahさん、ナゴムさん、ヒャオさん、良介さん


以上の方々から高評価を頂きました。
先日日間ランキングを見たら一瞬ですが16位になってるのを見てすぐスクショしました。元気付けられました。最高順位を更新できるのはやはり嬉しいものですね……。
本当にありがとうございます!!




最近ちょっとした出来心でTwitterでこの作品を検索したら、いくつか感想を呟いてくださったりブクマしてくださっている方を見かけていいねするか迷いました(怖くてできない)
恐悦至極です……。


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13.チーム名

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。

前回のお話が結構好評価だったので、ネイチャの良さが少しでも出せていたのかなと思いたいところです。


あとがきにて少し『宣伝』があるので、よろしければご一読くださると幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間での一幕があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさ~、トレーニングの休憩中にゴールドシップがプロレス技仕掛けてくるからその日は余計に疲れたよぉ~……」

 

「それで今日は授業中のプリント配りの時に後ろ向いたらグッタリしてた訳ね。休憩中とはいえそんなのやられたらそらそうなりますわなー」

 

「せっかくカイチョ―のとこ行こうとしてたのにこれじゃ行こうにも行けないよ……」

 

 ナイスネイチャとトウカイテイオーは席が後ろと前という事もあり、休み時間になるとよく話すほど仲が良い。

 今日の会話もいつもと同じような日常の一コマみたいなものである。

 

 

「こういう時のアンタってアタシと話してるか生徒会室に行ってるかだもんねー。他にする事ないのかって思ったりもするけど」

 

「えー、じゃあネイチャはボクがカイチョ―のとこ行ってる間は何してるのさ? ベンキョー?」

 

「えっ、そりゃあ、まあ……ホラ……と、トレーナーさんのとことか……?」

 

「ボクとそんなに変わらないじゃん! ネイチャもヒトの事言えないよー!」

 

 思わぬところで特大ブーメランがぶっ刺さった。無闇に発言をするとどこから自分に返ってくるか分からないから怖い。

 悔しさよりも一言も返せないのが事実なのでとりあえず話を逸らす事にする。

 

 

「……いや~、それにしてもテイオーのチームはいつも賑やかだよね~。何というかこう、全然ヒマしなさそう的な?」

 

「思い切り話逸らした……。うーん、まあそうだね。おかげでトレーニングとかも楽しくやれてるとこあるし、そこは嬉しいかなっ。併走トレーニングも気軽にチームのみんなで出来るからさ、競い合うの楽しいんだよー!」

 

「競い合い、ねえ……」

 

 テイオーの表情を見る限り嘘を言っている素振りはない。本気でそう思っているのだろう。

 自分のトレーナーの話だと、テイオーのトレーナーはこれまで何度か成績優秀なウマ娘を輩出している敏腕トレーナーと聞いている。

 

 しかもその内の1人は今海外へ遠征中だとか。誰もが認めるほどの強いチームにテイオーは所属している。

 そんなチームメイトと共に毎日高め合っているのならば、成長の幅はネイチャと比べても差は歴然といったところか。

 

 と、またマイナスな方へ考えてしまう思考を振り切る。これではトレーナーに悪い。

 

 

「そーいえばさ」

 

 いつもと同じような日常の一コマに、一石が投じられた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 言われてみれば、である。

 基本、トレセン学園のみならず全国のウマ娘を育成する施設では『チーム』が存在する。

 

 1人のトレーナーを顧問として、複数のウマ娘が入部する部活と言えば分かりやすいか。それがこの学園、或いはトレーナーとウマ娘の形と言っても過言ではない。

 にも関わらずだ。ネイチャのチームにはたった1人しかいないではないか。

 

 一度浮かんだ疑問というのはそう簡単には離れてくれない。ならその疑問を解消するための解がなければならない。

 ネイチャでもいくつかは推測できるが、一番あり得そうな答えは……すぐに出た。

 

 

「スカウトはしてるけど逃げられてたりするんじゃない? ほら、話した事ある通りあの人結構ぶっ飛んだ発言する時あるし」

 

「あー、うん、ボクなら逃げてたね」

 

 ヒドイ言われようであった。

 色んな意味で容赦がない。

 

 チャイムが鳴った。

 同時に教師がやってくる。体の向きを黒板の方へ戻すが視線は窓の外へ。

 

 

(チーム、か……)

 

 答えは出ても完全に疑問が消えるかと言われればそうでもない。

 わだかまりが残ればそれはもう立派に心を侵食してくるものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 何でうちのチームがネイチャだけなのかって?」

 

 

 時は放課後。

 走行トレーニングが数本終わっての休憩中だ。

 

 

「そそ。他のチームって何人かウマ娘の子いるじゃん? チームメイトがいれば一緒に併走トレーニングも出来てもっと強くなれるのかなって。テイオーもそれで高め合ってるって言ってたから何でウチはアタシだけなのか気になってさ」

 

 スポーツドリンクを一口飲んでから疑問をぶつける。

 ネイチャの走りからデータを取るために紙に何かをメモっていたトレーナーが逆に疑問を放った。

 

 

「え、何、チームメイト欲しいの?」

 

「……いや、そういう訳でもないんだけど、ちょっと気になっただけでして……」

 

 チームメイト。お互いを高め合える仲間、またはライバル。

 そういう存在が自分を更に強くする。ネイチャもそうは思っているのだがさて、ここで素直に首を縦に振れない自分がいた。

 

 遠慮しがちな性格が出たのか、こんな自分のトレーニングに付き合ってもらうのは悪いと思ったのか、それとも。

2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。真意は不明だ。

 

 無意識の葛藤に陥っていたネイチャをよそに、トレーナーは普段通りの軽い口調でこう言った。

 

 

「ちなみに他のウマ娘をスカウトとかは一切してないぞ。今後もする気はない」

 

「え? そうなの? 何で?」

 

「何でって言われてもなあ……。俺お前の専属トレーナーになるって決めてたし」

 

「せ、専属って……アタシだけのトレーナーって事……?」

 

「そうだけど?」

 

 あっけらかんと答えてきやがった。この男、発言にデリカシーや意図を隠せないのか。

 トレーナーの言葉に慣れてきたと言っても動じないように心掛けているのと不意打ちでそうでないのとでは全く違う。

 

 端的に言えばクリティカルヒットだった。

 

 

「……そ、そうなんだ~。あ、あはは~はははは……」

 

 何か言おうにも言えないレベルだ。トレーナーに変な意思がないと分かってはいてもこうなってしまう自分がおかしいのか。

 なるほど、テイオーが逃げると言っていたのも頷ける。これを初対面の時から言われて慣れてきたネイチャが逆に凄いのだと思う。

 

 

「本音を言えば一緒にトレーニングが出来るってのは大きいポイントだとは思ってるよ。その方がライバルを意識しながら成長も出来るしな。お互いの良い所を奪って自分用の走りにアレンジだって出来る。メリットが大きいのは確かだ。現に俺と同期のトレーナーのチームにもウマ娘が何人かいる」

 

 ならば何故、という当然の疑問が生まれる。

 今回は乙女心よりもウマ娘としての本能から来る疑問が勝った。ピン、とネイチャの耳がトレーナーの方へ向けられる。

 

 

「けど俺はまだトレーナーとして未熟な部分が多い新人だ。実績もなけりゃ経験も少ない。こんなんで一気に複数人のウマ娘をチームに迎え入れても実績を残せる可能性ははっきり言って少ないと思ってる。簡単に言っちまえばそれだけの人数を抱える余裕が今の俺にはまだないって事だ」

 

「……、」

 

 ネイチャが思っているより真剣に考えての結論らしい。

 チームだから複数のウマ娘が所属する方が正しい、という固定観念をトレーナーは捨てているのだ。

 

 たとえ1人しか所属していなくても良い成績を残せばそれは実績となり認められる。ただ所属している人数が多ければ多いほど好成績を残すウマ娘が増え、その分トレーナーの実績も多くなるという仕組みだ。

 しかし、そのやり方にも欠点はある。

 

 必ずしもチーム内全員のウマ娘が好成績を取れる訳ではないという事。

 いくら入学すら難しい中央のトレセン学園に入ったとしても、だからこそ強いウマ娘がわんさかいるここで結果を出す事がどれだけ難しいかを知らなければならない。

 

 そして、あくまで可能性の話だがチーム内だからこそ実力の差を思い知らされ軋轢が生まれてしまう事だってある。それをウマ娘の実力かトレーナーの指導不足かと決める事でまた混乱を招く可能性もないとは限らない。

 

 一人一人の面倒を細かく見る事が出来るのは間違いなく要領のいい者か才ある者だ。

 そして渡辺輝は自分はどちらにも当てはまらないと思っている。調子に乗って何人かチームに入ったとしても面倒を見切れるか、みんながみんなレースで結果を残せるかと言われて首を縦に振れるほど甘くないのを、先輩トレーナーである滝野勝司の元で勉強していた時からよく知っている。

 

 だから今はネイチャ以外のウマ娘はスカウトしない。

 それを堅実と捉えるか臆病者と捉えるかは人次第だ。新人トレーナーだから結果を残したいと思う者が多いのも分かる。人数が多ければ可能性は増えるから。

 

 しかし、勇気と無謀を履き違えてはいけない。

 実力に見合わない重圧は簡単に想定の許容範囲を超えて人を壊す。

 

 だから渡辺輝はたった1人のウマ娘を選んだ。

 他の相手との実力差など関係なしに、成功か失敗かなんて度外視で、一目惚れしたあの走りを共に成長させたいと心から思ったから。

 

 

「それがこのチームにアタシしかいないって理由?」

 

「……まあ、そんなとこだ」

 

「何、今のちょっとした間は?」

 

「お前が気にする事じゃねえよ」

 

 他にも理由はあるにはあったが、今は……いいや、今後もネイチャに話すべきではないだろう。話したら何だか怒られそうな気がする。

 まるでメリットだけ話してデメリットは話さない悪徳業者の気分だった。1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「お前は俺がじっくりたっぷり時間かけて強くしてやるからな」

 

「言い方が何かキモチワルーイ」

 

「言い方がストレートすぎてメンタルブレーイク」

 

 すっかりいつもの調子へと戻る。

 この切り替えは柔軟な思考をしているからか、それとも何かを隠すためのカモフラージュか。

 

 

「でもまあ、ネイチャがそこまでチームメイト欲しいってんなら1人くらいは探──、」

 

()()()()()()

 

「お、おう……」

 

 何だか食い気味に言われた。何だろうこの謎の威圧感は。不躾な言葉は不要と言わんばかりの視線すらあった。

 いらないならいらないでトレーナー的には全然良いのだが、そこまで言う必要があったのだろうか。

 

 食い気味で言われたせいで気付かなかったトレーナーであったが、いつもなら気付いているはずだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? と。

 

 普段のネイチャなら『いらない』ではなくもっと遠慮したように『大丈夫だから』と言うはずだ。

 その違いの真意は、きっと彼女にしか分からない。2人と3人なら2人を取りたい。そんなものだろう。

 

 10分の休憩時間もあと2分ほどで終わる。

 そろそろかと立ち上がるネイチャへ思い出したかのようにあっと言ったのはトレーナーだ。

 

 

「そういや言い忘れてた。決まったぞ、ネイチャ」

 

「何が?」

 

「俺達の『チーム名』」

 

 突然の事で一瞬脳内がはてなでいっぱいになったネイチャ。

 

 トレセン学園にはトレーナーとウマ娘からなるチームがある。とすれば、だ。

 この学園にあるチームには必然的にそれぞれ『チーム名』が存在している。テイオーのいるチームにだって確か『チーム名』があったではないか。

 

 個々のチーム特有の名前。

『チーム名』が決まったその瞬間から、そのチームには特別な意味が含まれる。

 

 渡辺輝とナイスネイチャ。

 たった2人だけの『チーム名』。

 

 特別の証。

 

 

「それで、『チーム名』って?」

 

 気付けば喰い付いていた。

 応えるようにトレーナーも立ち上がる。青と朱が混じりつつある空をバックに、その証が刻まれる。

 

 

「『アークトゥルス』。それが俺達の『チーム名』だ」

 

「アーク、トゥルス……」

 

「『アークトゥルス』。一等星の一つで単独の恒星の中ではシリウス、カノープスに続いて三番目に明るく見える星だ。俺達にとってピッタリの名前だろ?」

 

「ここでも3の数字がアタシを蝕むのかー!」

 

 どこまでもいっても『3』が纏わりついて来るのはもはや呪いか何かか。

 せっかく名前が決まったのにうぎゃーと怪獣みたいに呻いているネイチャだが、トレーナーの意図は別にあった。

 

 

「とは言っても案外悪くない名前だぞ」

 

「……ホントに?」

 

「ああ、いつかテイオーに勝つならもってこいの名前だ」

 

「……、」

 

『アークトゥルス』には様々な話があるが、その中にこういうのがあった。

 

 

「『アークトゥルス』。単独の恒星の中では三番目に明るい一等星。そして、その近くには『スピカ』っつう星がある」

 

「『スピカ』、ねえ……」

 

「本来ならその二つの星は朱色のアークトゥルス、青色のスピカで『夫婦星』なんてロマンチックな呼ばれ方をされてるらしいが、俺達は違う」

 

 ピクンッと、『夫婦星』に一瞬反応したネイチャの耳だがそんな場合ではない。

 本題はここにあった。

 

 ネイチャが模擬レースの時から意識していた事でもあり、ある意味では最終目標と言ってもいい儚い夢だ。

 そこへ切り込む。トレーナーが何を言おうとしているのかはもう分かっていた。

 

 

「『チームアークトゥルス』は、『チームスピカ』を超えるぞ」

 

「……相変わらず大それた事を言いますなーうちのトレーナーさんは」

 

「言うだけならタダだぞ。どうせなら無謀な夢追っかけてこうぜ」

 

「アタシ1人でどこまで『スピカ』に近づけるかって事ね」

 

「ああ。そしていつかは超えてみせる。ネイチャならいけるさ」

 

 勇気と無謀は履き違えてはいけない。

 しかし、何か一つでも可能性のピースがあるとするならば、それに賭けるのはどんなにちっぽけでも立派な勇気となり武器になる。

 

 自分を信頼しすぎではと思ってしまうのは卑屈なネイチャの悪い癖だ。

 だけどそれが心地良いと思ってしまった時点でもうトレーナーに乗せられているのだろう。

 

 季節は真冬。

『若駒ステークス』は来月。そこから『チームアークトゥルス』と『チームスピカ』、ネイチャとテイオーの勝負が始まる訳だが。

 

 

「ちなみに聞くけど勝算は?」

 

「今はまだない」

 

「正直か!」

 

「何かとテイオーのデータは取ってるけどやっぱセンスあるわあいつ。伸びしろの塊って感じが凄い。天才はいるなあ、悔しぶりゅえっ!?」

 

「あっちを褒めるなっての」

 

 ネイチャの人差し指と中指がトレーナーの横っ腹を抉った。

 ウマ娘の力はえげつない。ネイチャにしては珍しく素直な嫉妬だった。

 

 

「ほら、トレーニング再開するよトレーナーさん」

 

「いつつ……結構力入れやがったな……」

 

「勝算がないってのは、()()()()って事でしょ」

 

「……、」

 

 ネイチャはちゃんと過去の言葉を覚えている。

 テイオーの事もちゃんと分析してネイチャを徹底的に鍛えると言っていたのだ。信頼しているのはトレーナーだけではない。ネイチャだってきちんと信頼しているのを忘れてはいけない。

 

 

「どこまで出来るかは分かんないけどさ、テイオーに少しでもアタシを意識させてやるんだからちゃんと付き合ってくださいよー」

 

「……何だ。分かってんじゃねえか」

 

 どうやらチーム名が決まって気合いが入ったのか。

 やる気は充分のようだ。

 

 

「っし、じゃあトレーニング再開だ。スパートかける時のタイミングを全力で走りながら考えるんだ。一秒の思考の遅れが命取りになると思えよ」

 

「はーいよ。ぼちぼちやっていきますかー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全力で練習用のターフを駆ける。

『スピカ』に少しでも近づくために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という訳でオリジナルのチーム名が決まりました。
個人チームなので『3』に定評のあるネイチャにはピッタリの名前かなと。

チームスピカについてはアニメとは別時空のものとお考えください。
あくまでこの作品でのチームという枠です。

次回は金曜更新となります。



では、今回高評価を入れてくださった


南国フルーツさん、麦丸さん、Кадзукиさん、Chulainnさん、Catalina helmさん、運輸省さん、坂本龍馬さん、紫子さん、腐乱人形さん、五穀米兎さん、球磨猫さん、ぼのわんさん、星狐鴉さん、GREEEEEENさん、柊ナタさん、ロクでなしの神さん、アマゾネス使いさん、静刃さん、Morse信号機さん、なっとう博物館(弟)さん、甘い鯛焼きさん、黒鳥さん、ちゃんひらさん、啓蒙トリルさん、fire-catさん


以上の方々から高評価を頂きました。
ま、まさかまさかの総合日間ランキング6位(19時現在)になってるのを見て呆然となりました。まじか……スクショが増えていく……。
皆様の温かいお言葉や感想にいつも励まされています。本当にありがとうございます!




【宣伝】

5月22日(土)の21時より、『十五夜にプロポーズでも』という作品を執筆なされている知り合いであるちゃん丸さん主催企画小説『ウマ娘プリティーダービー〜企画短編集〜』が毎日一話ずつ9日間投稿されます。
お誘いいただいだ時は驚きましたが、ネイチャとはまた違うキャラで一話完結の話を書くので、もしよろしければ皆様も是非読んでいただけると幸いです!

9日間という事は、他にも現在ウマ娘小説を書いている方や別作品を書いていたけどウマ娘が好きな方々が書く短編集なので、自分も密かに楽しみにさせていただいております。
自分の出番は23日(日)なので二番目でした! 三番目だったらネイチャと縁があったのに……という気持ちは仕舞っておきます。

では、企画小説でもお会いできる事を祈っています!


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14.年明けは案の定寒い

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた。トレーナーさーん、こっちこっち」

 

「おーう。ったく、人が多くて堪ったもんじゃねえな」

 

「レース場はもっと密度高いじゃん」

 

「好きな場所とそうでもない場所だと価値観も変わるもんなんだよ」

 

 

 

 1月1日。

 年明けの新年。近くの神社には人はもちろんウマ娘もたくさんいた。

 

 その中に2人、待ち合わせ場所を決めて合流したばかりのトレーナーとナイスネイチャの姿があった。

 特に振袖という訳でもなく、普通に私服である。雰囲気を楽しもうとする気持ちは一ミリもあったもんじゃない。

 

 

「結構トレーナーと来てるウマ娘もいるんだな」

 

 見渡せばトレーナーらしき人物の周囲には基本的に何人かウマ娘がいる。

 もちろん友人と来ているウマ娘だけのグループもいるにはいるが、何だか今回はトレーナーとウマ娘という枠組みが多い気がした。

 

 

「まあレースに向けての勝利祈願ってのが大半だろうね。だからトレーナーも一緒に来てるのは当然みたいな感じじゃない? ほら、ここってトレセン学園から一番近い大き目な神社だし」

 

「そういうもんか」

 

 言われてみればである。

 この神社はトレセン学園から最も近くにあって、それなりに有名な神社でもあった。

 

 昔からあるようで所謂レースで勝利祈願をするならこの神社、と言われるくらいらしい。わざわざ地方からこの神社にお守りを買いに来るウマ娘もいるとか何とか。

 ちょっとしたパワースポットなのかとトレーナーは思う。

 

 

「ん? じゃあネイチャが俺を誘ってきたのも勝利祈願って事か?」

 

「アタシは別にそういうの特に信じてる訳でもないですけどねえ。それで勝てたら苦労しないし。お守り買ったとして勝てなかったら何だったんだよーってなるじゃん?」

 

 一応神聖な神社で何てこと言うんだこの子と口に出そうになるも何とか抑え込むトレーナー。

 言葉にした瞬間自分もとばっちりを喰らいそうで怖い。有名な神社は信仰が強く、その分神様とやらが力を発揮してくれるとよく聞くが実際は分からない。が、用心しておくに越したことはないのだ。

 

 だとすれば、だ。

 

 

「なら何で俺を誘ったんだ?」

 

「……、」

 

 当然の疑問である。

 そして墓穴を掘ると当人は思考が砂漠の砂嵐のようにサラサラと飛んでいくらしい。

 

 噓でも勝利祈願と言っておけば良かったか。いつもの捻くれた思考をここぞとばかりに後悔するウマ娘。さっそく罰が当たった。

 真冬の寒さなのに顔は紅潮していくばかりだ。体温は上がれど対面で見ているトレーナーからすれば寒さで顔が赤くなってる程度としか思えない。不幸中の幸いである。

 

 

「ほ、ほら、せっかくアタシ達のチーム名も決まったし、契約してから初めての年始じゃん? だからまあ、その……特別なイベントだしちょっとした親睦を深めよう的な……?」

 

 取り繕うように言っているが、実は全く取り繕えていないのを果たしてこの少女は気付いたか。

 何かもう普通にドストレートでトレーナーともっと仲良くなりたいと言っているようなものだ。さすがに言ってから気付いたのか、より顔を沸騰させ仕舞いには言い訳すら思い付かない様子だった。

 

 そしてトレーナー。

 担当ウマ娘が精一杯(?)言ってくれた言葉を無下にするほど落ちぶれてはいない。意味もちゃんと理解している。多分。

 

 

「何だ。そういう事か。ならもっと前に言ってくれりゃよかったのに」

 

「え?」

 

「そうすりゃネイチャの振袖姿を見るためにレンタルしたり、おせちでも予約して俺の家でもいいし学園の食堂でも借りて食えたのになあ」

 

「わ、わざわざそこまでしなくても大丈夫だってっ」

 

 トレーナーの家と聞いて一瞬耳がピクンッと跳ねたのは内緒だ。気取られる訳にはいかない。

 このトレーナー、いつもはレース場以外での人混みを嫌い、ウマ娘関連以外の事では気だるさ満点のくせにネイチャの事になると普通に態度が一変するのは何故なのか。

 

 何とかして話題を切り替えたいネイチャ。

 とにかく周りを見渡してイベントらしいイベントをこなす事に専念する。

 

 

「あーえっとー、あっ、ほらトレーナーさん、今なら空いてるからちゃちゃっと参拝してこっ」

 

「ちゃちゃっと済ませていいのかそれ」

 

 とはいえ新年といえば初詣がメインイベントだ。

 せっかくここまで来たのだからやっておくべきだろう。ネイチャのトレーナーとしても。

 

 看板に書かれている通りに礼をして拍手、お決まりの5円玉を賽銭箱に入れて願いを祈る。

 

 

(定番中の定番だけど、せっかくウマ娘と所縁がある神社でもあるしな。ネイチャがレースで勝てますように……いや、全勝できますように? 違うな、レースで勝つのには確かに運も必要だけど、それよりも自分の力を信じて実力を出し切る事だ。ここで神頼みしてどうにかなるような問題じゃない。つまり俺がここで祈るべきなのはネイチャの勝敗なんかじゃない。俺が祈るべきなのは、ネイチャがこれからも大きなケガなく走れるようにだ)

 

(レースで勝てるようにとか贅沢な事は言わないからせめて良いとこまでいけますようにっ。あとトレーナーさんともっとな……か良く、なれます、ように……。いや何願っちゃってんのアタシ……!?)

 

 2人の温度差が凄かった。

 片や割と真面目に考えているが祈る時間が長すぎて後ろの人から睨まれている。そして片やウマ娘の方は文字通りパパッと終わらせて真冬なのに顔を手で扇ぎながら端へ移動する。

 

 

「何願った?」

 

「……そういうの口に出したら叶わないって言うじゃん?」

 

 遠回しの否定だった。というか完全に照れ隠しである。

 メインイベントの初詣はこれにて終わった。問題はここからである。

 

 

「さて、これからどうするよ。寒いし帰る?」

 

「自分に正直かっ。どうせならさ、おみくじだけでも買ってこーよ」

 

「そういやそんなモンも売ってたな。よし、いっちょ最初の運試しといくか」

 

 もちろんトレーナーがネイチャの分も買って2人でおみくじを開く。

 結果は顔を見ればすぐに分かった。

 

 

「ねえ、平吉って何? 末吉より立ち位置不明なの出てきたんだけど。吉より上なのか小吉より下なのか分かんないんだけど。何吉まであるんだよおみくじ結局俺の運勢はこのよく分からない立ち位置のやつに振り回されるわけ? え、もっかい引こうかな!? そういうリセマラってありかな!?」

 

 1人究極の選択に苦しんでいるトレーナーをよそにだ。

 

 

「中吉……まあ悪くないだけ良しとしますかねえ。えー何々……、」

 

 ふと目線がおみくじによくある恋愛欄にいった。

 そこにはこう書かれていたのだ。

 

『意外とすぐに接近できる。ぐっと近づいちゃえよユー』

 

 本当に有名な神社なのかと疑いたくなるほど軽い感じで書かれている。

 誰だこんなの書いたヤツと一瞬破ってやろうかと思うネイチャであった。

 

 気持ちも興醒めだ。

 とにかく新年という特別な一日にトレーナーと会えたのだから目標は達成。今日はもう帰ろうと心に決める。

 

 

「ほら、おみくじも引いたし帰るよトレーナーさん。リセマラしなくていいから」

 

 おみくじの列に並ぼうとしていたトレーナーの首根っこを掴み引っ張る。

 運のリセマラなどそれこそ神様への冒涜だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~ミスったなあ」

 

「どしたの?」

 

 帰り道。

 明らかに機嫌の悪いトレーナーが呟いた。

 

 

「手袋忘れちまったんだよ。絶対忘れないようにテーブルに置いてたはずなんだけど、完全にしくじった。手が死ぬ」

 

「……、」

 

 これは好機だと気付いたウマ娘。

 もはや照れている暇などない。チャンスは最速で掴んでこそ意味がある。

 

 ネイチャは両手で手を温めるように息を吹きかけているトレーナーへおずおずと提案した。

 

 

「あ、あのさ、トレーナーさん……もし良かったらなんだけど、アタシ手袋してるから……さ。も、もし良かったらなんだけど……手、繋ぐ……?」

 

「え、いいの?」

 

「トレーナーさんが良ければね!? 全然嫌だったらいいんだけど……」

 

 そしてこういう時に鈍いあんちくしょうはデリカシーの欠片もない様子でネイチャの手を取った。

 

 

「いや~俺って基本寒がりだから手袋常備なんだよ。なのに新年早々忘れるからおみくじで変なの出ても仕方なかったのかもな。そんな訳でありがたくその手を拝借させてもらうわ」

 

「……ッ」

 

 手を繋ぐ。

 割とありふれた行動の一つ。しかし、それを特別な意味で捉える事もある。

 

 ネイチャは先ほどのおみくじ、その内にあった恋愛の部分を思い出す。

 

 

『意外とすぐに接近できる。ぐっと近づいちゃえよユー』

 

 

 あんなにもふざけた文面だったのにも関わらずだ。

 

 

(もしかして案外当たってる……!?)

 

 

 

 

 意外とすぐに接近できた事に驚きを隠せないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、この感情はトレーナーに気取られる訳にはいかない。

 手袋をしていて良かったと心の底から思う。

 

 

 

 

 そうでなければ、きっと体温が伝わっていただろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、一度目の初詣でした。
一度目なので軽めです。微妙な距離感なので逆に難しい……。



では、今回高評価を入れてくださった


猫の手もかりたいぬさん、味の染みない染みこんにゃくさん、エパルレスタットさん、陽炎@暇人さん、ゆずポンズさん、天内玲音さん、ロクでなしの神さん、Ruinさん、まいせんpammさん、みんなまさん


以上の方々から高評価を頂きました。
毎回たくさんの方々から頂ける嬉しさったらありません。本当にありがとうございます!!




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明日5月22日(土)の21時より、『十五夜にプロポーズでも』という作品を執筆なされている知り合いであるちゃん丸さん主催企画小説『ウマ娘プリティーダービー〜企画短編集〜』が毎日一話ずつ9日間投稿されます。
お誘いいただいだ時は驚きましたが、ネイチャとは違うキャラで一話完結の話を書くので、もしよろしければ皆様も是非読んでいただけると幸いです!

9日間という事は、他にも現在ウマ娘小説を書いている方や別作品を書いていたけどウマ娘が好きな方々が書く短編集なので、自分も密かに楽しみにさせていただいております。
自分の出番は23日(日)なので二番目です!よろしくお願いいたします!


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15.若駒ステークス

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。

お気に入り数が2000を超えました。
何と言ったらいいのか……感謝しかありません。これからもぼちぼちやっていきます。ありがとうございます!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず最初に言っておく」

 

 

 

 京都レース場。

 その控え室でトレーナー、渡辺輝はこう言った。

 

 

「テイオーを意識しすぎるな」

 

「え?」

 

 思わず椅子で座りながら聞いていたナイスネイチャも声を上げる。

 これまでにしてきた練習、このレースで勝つための指標にしていた目的をいきなり無に帰そうとしたのだから。

 

 しかしここで訂正が入る。

 

 

「と言ってもまったくするなって事じゃない。当然テイオーはこのレースでも1番人気だ。実力もあるし分かってた事だから多少の意識はしておくべきだろう。だけど、テイオーだけを見てると確実に足をすくわれちまう」

 

 テイオーだけが強敵ではない、と言いたいのだろう。

 もちろんその事はネイチャだってよく分かっている。テイオーがいる時点で主人公枠は奪われているようなものだ。

 

 1番人気のテイオーと違い、ネイチャは5番人気だった。もはや3番ですらない。きっと相手にもされないと思えてしまうほどの差だ。

 そしてそういう意味で言うと2番人気と3番人気、4番人気のウマ娘がいる。自分よりも上で、過去のレースでも良い結果を残したのだろう。

 

 こういう風にレースの格式は上がっていき、その分勝つ事もだんだん難しくなっていく。

 それがレースなのだと思い知る。

 

 

「ま、やっぱそんな簡単にはいきませんよね~」

 

「ただ」

 

「……ただ?」

 

「強いウマ娘に勝つためには相手の隙を突く事も大事だ。今回はそこを狙えるかもしれない」

 

 出バ表を見ながらトレーナーは続ける。

 

 

「良くも悪くもネイチャは9人いる中で5番人気だ。他のウマ娘からも絶妙に注目されてないレベルだな」

 

「え、今回はトレーナーさんがディスってくる番?」

 

「ちげえよ。……え? 今回はって今までディスってきてたのもしかして自覚してた? ……いや今はそうじゃなくて、5()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「利用って、そんな事できるの?」

 

「テイオー以外のウマ娘達には通用するかもしれん。全員に効くかは定かではないけどな」

 

 ネイチャにも同じ出バ表を渡す。

 テイオーと自分、他にも合わせて9人の名前が書いてある。

 

 

「レースでの人気ってのは結構重要でな。それによって誰が強いのか、誰が期待されているか、誰が掲示板に入り込んでくるかって感じで如実に表れるんだよ」

 

「うんうん」

 

「つまりだ。そんな重要なモンを相手のトレーナーやウマ娘が調べないはずがないだろ? だから事前に人気のあるウマ娘がどういう風な走りやスパートのタイミング、位置取りをしてくるかってのは割と研究されてるもんなんだ。そういう意味ではトウカイテイオー、あいつの圧倒的な人気っぷりはそれが出すぎてて他のウマ娘達は大概そっちの対策で手一杯だろうさ」

 

「はえー、何番人気っての、そういう見方もあるんだ」

 

「あくまで俺ら(トレーナー側)の見方だけどな。観客は純粋な好みとかで人気を選んでるだろうよ」

 

 ウマ娘を育成するプロにとって、レースでの勝ち方や分析は出来る限り細かくしなければならない。

 鍛えるだけが、勉強するだけが、研究するだけがトレーナーの仕事ではないのだ。

 

 視野を広く持て。相手との差を見極めろ。そして劣っているならば差を詰めるだけの作戦や実力を底まで出し尽くせ。

 トレーナーに出来る事は決してウマ娘を勝たせるだけではない。いかに担当ウマ娘の緊張を解して走りやすくさせるか、レースですら楽しく走り切らせる事が出来るかだ。

 

 トレーナーはとにかく、と付け加えて、

 

 

「5番人気ってのは実にちょうど良い。2番3番でもなくちょうど真ん中。圧倒的な1番人気がいるおかげでレース前から調べてた限りではみんなテイオー対策しかしてない。これならチャンスは必ずどこかにある。掲示板に入り込めるチャンスがだ」

 

「アタシ達もテイオー対策しかしてないんですけど。それって大丈夫なの?」

 

「実際俺は何度もこっそりテイオーの偵察をしに行った。勝つためのレースをさせるために。……けど、その分何度も思い知らされたよ。ネイチャなら分かるだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

「……まあ、だね」

 

 あれだけテイオーに勝つための練習だと息巻いていたのにも関わらずだ。

 見れば見るほど次元が違うと思えてしまう。ウマ娘を育成するプロのトレーナーだからこそ余計に、その強さが本物だと分かってしまうのだ。

 

 それをネイチャは理解している。何なら最初から。

 キラキラ主人公は元より自分とは違う次元にいる。こんなモブとは違うのだと知っている。実力の差は歴然。

 

 それを踏まえた上で、だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()。もちろん今日も勝てそうなら全然狙いにいっても良い。けどそれはあくまで第二の目標だ。今回の第一の目標は、掲示板に入る事。最低5着、出来れば2着を狙いたい」

 

「それもアタシからすれば結構難しい目標だと思うんですが……」

 

「大丈夫だ。テイオー以外のウマ娘は突出した部分が特に見受けられなかった。実力もネイチャとさほど変わらないとみていい。そこで5番人気だ」

 

「……そこで?」

 

「ああ。絶妙に誰からも警戒されてないって事は、その分自由に動けるって事にもなる。考えてもみろ。怖くないか? 一番強いとされているテイオーを狙ってたらまったく気に留めてもいなかったウマ娘にいきなりぶち抜かれるなんて」

 

「……言われてみればそう、かも?」

 

 レースに絶対はない。だからテイオーが狙われるのなら彼女がバ群に呑まれて思うようなレースができない可能性も万一にあるかもしれない。あくまで万一だが。

 それでも、そこに少しでもチャンスがあるのなら狙うべきだ。何百通りもある勝ち筋から最善のルートを選ぶしかない。

 

 

「もちろんテイオー以外をちゃんと警戒しているウマ娘もいるかもしれない。自分はヤツに釣られないぞって感じでな。だがそれはネイチャも同じだ。テイオーを意識しすぎない事で視野を広げられれば一気に掲示板に入れる確率は上がる」

 

「ん~、まあやるだけやってみるけど、あんま期待はしないでよ? ネイチャさんはそんなに器用でもないんでね~」

 

「そう言いながらも頑張ってくれるお前の姿に期待するよ」

 

 レース前の軽口。緊張を解す手段としても行われるいつものルーティーンだ。

 時計を見るともうパドックが始まろうとしていた。ここからは2人ではなく1人の時間になる。

 

 最後に、部屋を出ようとしたトレーナーは振り返って言った。

 

 

「走る事を楽しんでこいよ」

 

「そんだけの余裕があったらね」

 

 即答で返す。

 ガチャリと、ドアの閉まる音を聞いてから微笑むネイチャ。

 

 勝敗に関わらず、ただウマ娘の本能として走る事を楽しめと言ってくれるのは彼の優しさだろう。

 スマホのホーム画面。自分と不器用な笑顔のトレーナーを見る。いい加減、画面を開く度に口角が上がってしまうのをどうにかしないといけない。

 

 

「さて、行きますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パドックも終わりいよいよゲート前。

 観客のいるレースも慣れリラックスしている所に声をかけられた。

 

 

「ネイチャー!」

 

「テイオー」

 

 1番人気のトウカイテイオーだ。

 

 

「レース場では久しぶりだね!」

 

「教室では毎日会ってるけどね。てかどうしたの? アタシに用でもあった?」

 

 友人だからわざわざ声をかけてきたのかは怪しいところだ。

 教室では友達でもレース場ではライバルである。そんな自分に声をかける理由は、牽制か? 

 

 

「え? 特にないよ。ネイチャがいたから喋りたかっただけ!」

 

「ああ、さいですか……」

 

 深読みもいいとこだった。むしろ少し警戒していた自分が申し訳なくなるレベルだ。

 軽い挨拶だけしようとしていたのか、テイオーはそのまま自分のゲートへ向かっていく。

 

 その直前、1番人気がこちらに振り向いた。

 

 

()()()()()()()()()()()!」

 

「ッ」

 

 何故。そんな質問をする前にテイオーはゲートへ入った。

 わざわざこんな自分にそんなセリフを言う必要もないのにだ。

 

 ただ、ほんの少しでも彼女はネイチャを意識している、という事なのだろうか。

 真意は分からない。これが相手の作戦の可能性もある。しかし考えても時間は待ってくれない。仕方なくネイチャもゲートへ入る。

 

 観覧席から見ていたトレーナーもそれを目撃していた。

 

 

(テイオーがネイチャに向かって何か言ってた……? まるで宣戦布告みたいな感じだったけど、もしかして1番人気がそう言った事で他のウマ娘達の意識がネイチャにも向くって事か? いいや、テイオーはそんな器用な事はしない。となると……)

 

 考えられる結論は一つだ。

 

 

「滝野さんかッ!」

 

 ゲートが開かれた。

 

 

 

 

 

 京都レース場。オープン戦。

 芝、良。距離、2000m。天候、晴れ。右・内回り。

 

 

 

 

(よし、良いスタートは切れたっ。まずは他の子達を様子見しながら良いポジションを見付ける……!)

 

 出遅れにもならず冷静なままネイチャは第一コーナーを目指す。

 先頭にいるのが1人、先行集団は5人、そしてネイチャのいる場所はその後ろ。

 

 前の集団を見ながら終盤で仕掛ける作戦だ。

 トレーナーの言っていた通り、他のウマ娘達はテイオーを狙う事を考えているのか、ネイチャをブロックしてくる者はいない。これなら前方を常に確認しながら位置取りも楽にできる。

 

 

(………………あ、れ?)

 

 だから、気付いた。

 いいや、気付いてしまった。

 

 違和感。それがネイチャの心を徐々に支配していく。

 ネイチャがいるのは後方だ。自分を含め9人しか走っていないこのレース。前で確認できるのは6人。自分を合わせると7人だ。

 

 出場者の大半が前にいるのは分かっている。

 だから、なのに。

 

 

(テイオーは……どこ!?)

 

 前を走っているウマ娘達がネイチャをブロックしてこない()()()()()()()()()()、テイオーを狙っているからではない。

 その逆だ。

 

 狙うはずの獲物が、どこにもいなかった。先頭でも、先行集団の中にも紛れていない。ターゲットがいなければ、そもそもそれを基に練っていた作戦はご破算となる。

 強者を相手にしなくちゃいけないのに、そいつがいなければそのために用意していた武器も無意味になるのと同じように。

 

 全員が動揺していた。

 レースの序盤からこの時のために練っていた手段を奪われた。一瞬の判断がミスに繋がるこのレースで、それは命取りになってしまう。

 

 そして。

 全員がくまなく探している本命は果たしてどこにいるのか。

 

 

(……ッ!?)

 

 ゾワリと、だ。

 第二コーナーに差し掛かったネイチャが悪寒を感じた。

 

 普通に考えたらその結論に至るのは必然なのに、脳が、固定観念が、それを勝手に可能性の引き出しから閉じ込めていた。

 トウカイテイオー。8人のウマ娘達を欺いた彼女は、確かにいた。

 

 

(何で、そんなとこに……!?)

 

 ナイスネイチャのすぐ斜め後ろに。

 

 

 

 思わず席を立ったのは渡辺輝だ。

 第二コーナーが終わり前半の直線に入ったところで、彼は信じられないようなものを見る目をしていた。

 

 

(バカな……あんな後ろにいるって事は、先行じゃなくて差してくるつもりか!? テイオーの走りは後方からの差しに向いてないはず……! いくら狙われるからといってもそんなに後ろじゃ……ッ、いいや、まさか……)

 

 憶測は仮説に変わり、レースの状況を見てどんどん確信へと変わっていく。

 テイオーは誰の後ろに付いているか、会話が聞こえなかったせいで不確定だがレース直前にテイオーは宣戦布告のようなものをしていたはずだ。

 

 つまり。

 

 

(狙いは……ネイチャか!?)

 

 

 

 

 渡辺輝とは離れた観覧席。

 トウカイテイオーのトレーナー、滝野勝司は冷静にレースを見ていた。

 

 

(他のウマ娘達には悪いがあれじゃテイオーの脅威にはならない。確かにあいつは先行から一気に駆け抜けるのが得意だ。いずれ重賞レースに出る際は差しだと通じないだろう)

 

 なのにあえて今回は後方からのスタートをさせた。

 理由は簡単だ。

 

 

(けどテイオーの柔軟な脚とセンスがあれば、()()()()()()()()()()()()()()()()。警戒されてるのだってバレバレなんだよ)

 

 トウカイテイオーは同期のウマ娘よりもレースセンスがずば抜けている。

 あのシンボリルドルフを目標にしているだけの事はあるだろう。並大抵のレースじゃ負けない自負すらある。

 

 とすれば。

 

 

(一番警戒すべきはナイスネイチャだ。輝が担当してるだけあってあの中じゃ群を抜いて成長している。唯一テイオーが負ける可能性として考えられるのはあの子の末脚と輝の入れ知恵、といったところか。だから、()()()()()()()()()()

 

 これはレースだ。紛れもない勝負だ。

 勝ち負けが存在する以上、負ける可能性は一つ残らず潰しておくのが定石。

 

 

(輝の事だ。テイオーの練習をいつも偵察しに来てたのくらいは知ってた。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 テイオーが注目されているなら必ず誰かが偵察に来るのは分かっていた。ならば表では普段の練習風景を見せ、真冬の砂浜など誰も見ないような場所で本命の練習をさせる。

 まさに対策をさせないための対策。その術中に全員が嵌った。

 

 

(テイオーにはナイスネイチャを軸に全員を揺さぶっていく作戦を伝えたが、上手くいったようだな。これで万が一の可能性は減らせる)

 

 渡辺輝の、いわば師匠のような存在。

 それが滝野勝司だ。担当したウマ娘達は数々のレースに勝ち、何度も重賞を制覇している。そんなベテラントレーナーを相手に。

 

 まだ新人の渡辺輝が勝てるはずもなかった。

 観客を含め走っているウマ娘達にも動揺が走る中、レースは第三コーナーへ入る。

 

 

 

 

(ずっとアタシの斜め後ろ……ギリギリ視界に入るレベルでぴったりマークされてる……ッ!)

 

 そのギリギリが、ネイチャの思考を鈍らせる。

 いつ仕掛けてくるかも分かりづらい。かと言ってこっちが仕掛けようとすると大外に行かせないようにしてくるはずだ。

 

 ただでさえスパートをかけるのにはタイミングと位置取りが重要なのに、その二つを見事に封殺されている。

 こちらはコンマ一秒でも遅れたら致命的なのにも関わらず、テイオーにとってはそれすらも巻き返せるとでも言うのか。

 

 だとしたら本当にまずい。

 前を走っているウマ娘達はテイオーがまだ来ないならと最後のスパートを仕掛けようとしている者もいれば、既に仕掛けだした者もいる。

 

 

(テイオーを意識したらダメなのに……これじゃ、意識するなって方が無理だっての……!)

 

 第四コーナー、またを最終コーナー。

 レースが動こうとしていた。

 

 

 

 

(他のウマ娘達が一斉に仕掛けた。……けど、()()()()

 

 スパートを仕掛けるなら最終コーナーの最後か最終直線が基本だ。

 なのに、まだ最終コーナーに入ったばかりでスパートをかけたウマ娘が多すぎる。

 

 渡辺輝から見てこの状況を例えるなら、完全にテイオーの掌の上で踊らされている。

 いつ来るか分からないテイオーの加速に焦っているのだ。もたもたしている間に抜かれるなら、いっそ抜かれないレベルまで引きはがしてしまえばいいと。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてネイチャにとっても良くない展開だ。完全に他のウマ娘達からテイオーの囮扱いをされている。まるで私達のためにテイオーを食い止めていろと言わんばかりだ。このままじゃ確実に負けてしまう。掲示板にすら入れない可能性も高い。

 

 もはやこのレースはテイオーが支配している。

 テイオーに押される形でネイチャがペースを上げ、それに釣られるように前の集団も強引にペースを上げられスタミナの消耗も激しくなっていた。

 

 その上でこの早すぎるスパートだ。おそらく他のウマ娘達のスタミナは最後まで持たない。

 どこかで必ず減速し、そこをテイオーに抜かれる事になるだろう。

 

 そこまで想定して。

 

 

(……いや、待て)

 

 渡辺輝はネイチャを見た。

 確かにネイチャは先頭集団と離されている。本来なら追いつけるかも怪しいところだ。

 

 だが、それはウマ娘達がいつもの場所でスパートをかけた場合だ。テイオーによって焦って早く仕掛けたのなら、減速は必ずある。

 対して、離されているネイチャはまだ仕掛けていない。正確にはテイオーのせいで仕掛けられないと言った方が正しいか。

 

 まずい状況なのには変わらないが、スパートをかけていない今ならまだネイチャはスタミナが残っているはずだ。

 あとはテイオーがどこで加速するのかが問題ではあるが、懸けるならもうそこしかない。

 

 

(頼むぞ、ネイチャ……)

 

 

 

 先頭のウマ娘が最終直線に入った時だった。

 本命が、動き出す。

 

 

「さーて、行くよおッ!!」

 

「ッ!」

 

 突如、トウカイテイオーが背後から消えた。

 否、気付けば前に進んでいた。

 

 綺麗に大外から角度を気にせず突き進んでいく。

 そして、その時を待っていたのはネイチャも同じだった。

 

 

(ようやく外が開いた。こうなったらもうヤケだって逆にテイオーを意識しまくって仕掛けるのを待ってたけど、続くなら今ッ!)

 

 テイオーがいなくなった事で、ネイチャを封殺していたものは無くなった。

 それにより鍛え上げてきたご自慢の武器を解放する。

 

 ダンッ!! と。

 以前より遥かに大きい衝撃音がした。

 

 既に致命的な距離の差があるかもしれない。万が一の可能性すら潰されているのかもしれない。

 だけど、ネイチャはテイオーの後を続く。出来る限り続いてみせる。

 

 

(くッ……!)

 

 やはりペースを乱されていたのか、予想以上にスタミナを持っていかれていたらしい。

 だがそれは他のウマ娘も一緒だ。現に、もうスタミナ切れを起こして速度が落ちている者が複数いた。

 

 それでもその者達に比べればネイチャは体力温存できた方だろう。

 脚はまだ残っている。後はもっと前との距離を詰めて追い抜く事が出来れば上々だ。

 

 ネイチャが徐々に他のウマ娘達を抜いていくのに対し、テイオーはもの凄い勢いで抜いていっている。

 追い付くのは到底不可能だと察したネイチャは即座に切り替えた。

 

 

(テイオーはもう先頭を抜いて一番前にいる……。今回の作戦はとにかく掲示板に入る事。だから無理に追いつこうとしなくてもいいんだ)

 

 今更、トレーナーが言っていた意味を理解した。

 1着を取れなくても構わない。掲示板に入る事が出来れば今回はとりあえずそれでいい。

 

 常に1着を夢見るウマ娘にとってそれは作戦だとしても悪い例かもしれない。

 しかし、今回はそれが功を奏した。

 

 おかげでレース終盤、テイオーからのプレッシャーも消えたネイチャは冷静さを取り戻せたのだ。

 1着を取れるのは奇跡が起きない限りたった1人。そしてそれはもう決定している。

 

 なら狙うのはその次か次でもいい。今回に限ってだけ言えば、掲示板に入ればネイチャの目標は達成される。

 テイオーのペースに惑わされるな。失った失態はここで全部取り戻せ。誰からも注目されていない5番人気の底力を見せろ。

 

 

(残りおよそ100m。残った体力の全部を使い切るッ!!)

 

 ネイチャの位置は4番目ほど。だがすぐ前のウマ娘はもうスタミナを使い切ったのかバテている様子だ。

 これならいける。まだ加速しているネイチャは前のウマ娘を抜いて3番手に躍り出た。

 

 

(……けど、さすがにあれは……無理、かも……!)

 

 テイオーとの距離はもうどれほど離れているかすら分からない。

 そして2番手にいるウマ娘とは4バ身もの差がある。ゴールは目前。これ以上の差を詰める余裕は、なかった。

 

 

 

 

 

 

 京都レース。

 オープン戦──―ナイスネイチャ、3着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わってみれば、圧倒的だった。

 適正ではない作戦をしていたテイオーが圧勝し、まんまと嵌められた上に2着ではなく3着。

 

 やはりギリギリまで抑えられていたのが痛かったのだと控え室に向かいながら思うネイチャ。

 けれどテイオーはあそこから1着まで上り詰めた。得意な先行ですらなかったのに。それでも勝てるレースなのだと思い知らされた。

 

 

(やっぱ強いなあ。キラキラ主人公は)

 

『チーム・アークトゥルス』は『チーム・スピカ』に大敗を喫した。

 負けると分かっていても、今回は負けて良いと分かっていても、だ。やはり悔しいものは悔しい。

 

 ウマ娘なのだから勝ちたいと思うのは当然だ。勝てる可能性があるのならそれに喰らい付きたいと思うのは必然だ。

 しかし、今回はどうあがいても勝てるビジョンが見えなかった。だからトレーナーもそれを踏まえた上で今日のような目標を提示してきたのだろう。

 

 苦笑が出る。

 自分の控え室のドアノブを引いて開けると、先客がいた。

 

 

「……トレーナーさん?」

 

「おう、おかえり」

 

 椅子に座ったままトレーナーが振り返る。

 まあ、レースが終わった直後ならいて当然かと思い近づく。

 

 口から出る言葉は当たり前のようにレースの事だった。

 

 

「ったくもー、テイオー強すぎでしょ。最初から最後まで思うようなレース出来なかったし、まさかアタシが最後までマークされるなんて思ってなかったわ~」

 

 トレーナーですら呆気に取られた相手の作戦だ。

 実際走っていたネイチャはもっと動揺していたのだろう。

 

 

「……ごめんね、トレーナーさん。一応は頑張ったんだけど、2着になれなかったや」

 

 ネイチャは申し訳なさそうに笑う。

 それを見て、トレーナーは静かに立ち上がった。

 

 そしてネイチャに近づき両手を肩に置いた。

 突然の事にビクンッと体が跳ねる。何を言われるかも分からない状況でネイチャが何か言おうとした瞬間。

 

 

「あ、あの~、トレ──、」

 

「すげえよネイチャ!!」

 

「……はい?」

 

 まさにもう興奮した状態のトレーナーの顔が目の前にあった。

 

 

「序盤からギリギリまでテイオーに抑えられてたのに、最後にほとんどのウマ娘をぶち抜いて3着だぞ!? 俺も差しで来られた時は完全にやられたって思ってたけど、そこから諦めずによく最後まで走り切ってくれたなあ! 並のウマ娘ならあそこから掲示板に入るのはほぼ無理のはずなのにだ。ネイチャは5着どころか3着。しかも2着は2番人気のウマ娘だし仕方なかったで済ましていいレベルなんだよ。それだけ追い詰められてたんだからな。それを……ああ、さっきの終盤を思い出しただけでまた叫びたくなっちまう!」

 

 何か早口オタクみたいに饒舌になっている。

 ネイチャにはどういう事なのかさっぱりだ。表情を見る限りどうやら本当にテンションが上がっているらしい。

 

 

「そ、そんなに言われるほどだったっけ……?」

 

 謙遜、というよりは普通に本心からの言葉だった。

 だからこそトレーナーは一瞬ポカンとした顔になる。大きくそれを否定するように、

 

 

「何言ってんだ? ()()()()()()()()()()()3()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

「テイオーは完全にネイチャを負かすつもりでマークしてた。それも徹底的にな。どうあがいても掲示板に入る事すら出来ない可能性の方が高かったんだ。それを見事に覆した。それだけで今日のレースは俺達にとって想定通り……いいや、想定以上の収穫があったんだよ。ネイチャ、()()()()()()()()()()()()()()()。俺が断言するよ」

 

「こんな、アタシが……?」

 

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 言われて、少し納得した。

 警戒しない相手をわざわざマークしない。警戒しているからこそ、狙われるのだ。だから他のウマ娘達はテイオーを狙っていた。

 

 つまりは、そういう事だった。

 

 

「思った以上に向こうはネイチャを警戒してたらしい。どうだ、『あの』テイオーから意識されてるかもしれないんだぜ。そんだけ成長できてるっつう証拠だろ」

 

(……そう、なんだ。アタシ、ちゃんと強くなれてるんだ……)

 

 実感する。

 目の前で笑ってくれているトレーナーのおかげで、ここまで力がついたのだと。

 

 自分がそんなにと思っていた今日の結果は、トレーナーが喜んでくれるほどの成果だった。

 それが分かった途端、何だか体中の力が抜けるようだった。

 

 

「おっと、大丈夫か? 最後あんだけ追い込んだんだもんな。疲れて当然か」

 

 支えてくれたトレーナーの腕を掴む。

 

 

「うん、大丈夫。まだウイニングライブもあるしね」

 

「それもそうか。なら、しっかり応援してくれた人達に応えないとな」

 

 3着という結果になった今回のレース。

 しかしそれはしっかりと収穫のあったものだ。これからもっと前に進むための布石となる。

 

 今はまずウイニングライブだ。

 レースだけが全てではない。3着になったのならウイニングライブをしっかり終えてこそのレースだ。

 

 

「と、そうだ」

 

「?」

 

 思い出したようにトレーナーは部屋から出ようとして止まる。

 そのままネイチャの目の前まで来て、その手をそっと頭の上に置いた。

 

 

「今日もよく頑張ったな、ネイチャ」

 

 1着を取れなかったのに何故そのような笑顔を向けてくれるのか、何故勝てなかったのに撫でてくれるのかなど、そんな些細な事はもはやどうでも良かった。

 形容しがたい心地良さがネイチャの心を優しく覆う。

 

 それだけで、トレーナーの言葉を素直に受け取れるくらいには表情も綻んでいた。

 トレーナーの笑顔に応えるように、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネイチャは柔らかい笑みでそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という事で予想以上に長くなった若駒ステークスでした。
この作品では一番文字数多くなりましたね。
史実とはレース内容は違いますが、着順はそのままです。


可愛いネイチャも好きですが、レースで必死な顔になるかっこいいネイチャも大好きです。
レース描写に気合い入れたのは、最近買ったシンデレラグレイを一気読みした影響かもしれません。面白すぎる……。



では、今回高評価を入れてくださった


チーフなっちゃんさん、Tenntiyoさん、風の魔法使いさん、なか丸さん、ソロランナーさん、うめたんさん、ヤング信者さん、エパルレスタットさん、Komimiさん、ユキルカさん、躬月さん、島人さん


以上の方々から高評価を頂きました。
様々なコメントを頂いております。まだまだいじらしい距離感の2人ではありますが、どうか見守ってやってください。
本当にありがとうございます!


【宣伝】

現在、5月22日(土)の21時より、『十五夜にプロポーズでも』という作品を執筆なされているちゃん丸さん主催企画小説『ウマ娘プリティーダービー〜企画短編集〜』が毎日一話ずつ9日間に亘って投稿されております。

自分のは既に投稿されたので、もしよろしければそちらの方も読んでくださるととても嬉しいです。
アニメ版ネイチャのチームのあの子を書かせていただきました。あちらの作品の方でもご感想お待ちしております!

他にも現在ウマ娘小説を書いている方や別作品を書いていたけどウマ娘が好きな方々が書く短編集なので、皆様ももしかしたら読んだ事のある作品の作者様がいらっしゃるかもしれません。
それも含めて一緒に楽しみましょう!!




特に関係ないですけどゾンビランドサガ面白すぎません?


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16.ケガの功名(前編)


お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 若駒ステークスも終わり、ネイチャはいつも通りトレセン学園で走行トレーニングをしていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「3分休憩したらまた走るぞー。次はウマ娘だと遅く感じるかもしれんが、人間並みのスピードでダッシュしながらフォームを意識して走ってもらう」

 

「はーいよー。ドリンクドリンクっとぉ」

 

 タオルで軽く汗を拭きスポーツドリンクを取って口に含む。

 その間、トレーナーはネイチャの改善点やこれからの課題を分析しメモに書いている。

 

 疲れた体に冷たいドリンクが体内を通っていくのを感じながらネイチャはトレーナーに話しかけた。

 

 

「そういえば次のレースって決まったの?」

 

「いや、そこんとこはまだ決めてない。やるにしても夏辺りになるだろうな」

 

「ありゃ、結構期間空くんだね」

 

「まあその間にじっくり鍛えるのも悪かないだろ。着実に強くなってるのはこの前のレースで分かった事だし。いきなり短期間でレース出まくるのも気が張りつめて疲れちまうからな。のんびり気ままにやろうぜ」

 

「そんなもんですかね~」

 

 トレーナーがそんな事言っていていいのかと思わなくもないが、実際成長を感じているのはネイチャも実感している。

『あの』テイオーが自分をマークしてくるなんて絶対にないとネイチャは思っていたのにだ。

 

 まだまだ到底届かない相手だというのは理解している。何せ自分はそこら辺にいるモブのようなもので、テイオーはまさにキラキラしている主人公だ。

 次元が違う。しかしこのトレーナーに着いて行けばいつかは、という思いもある。

 

 こんな自分が、なんていつもの卑屈思考も出てくるが少しは自信を持ってもいいのだろうと思えてきた。

 水分補給も取り、息も整ってきたとこで練習を再開する。

 

 

「態勢低めのフォームのまま一周してみてくれ」

 

「了解デース」

 

 低めの態勢で先ほど言われた通り、『人間』並のスピードに合わせて走る。

 ウマ娘からすれば遅いが、常にフォームを意識しながら走るという点においてはピッタリのトレーニングだ。

 

 全速力ではなくいつもより遥かに遅い。

 だからフォームを意識しながらもその余裕からネイチャの思考は他所へと飛んだ。

 

 

(もしあのレースの時、テイオーがアタシをマークしなくて普通に走ってたらどうなってたんだろう。みんなテイオーを警戒してたから思い通りの走りは出来なかった? けど、『あの』テイオーだもん。きっと普通に走っててもみんなを掻い潜って1着になってたんだろうな)

 

 反省点、というよりかはもしもの振り返り。

 その先にあるのは揺るがないテイオーの勝利だった。ある種の憧れへの信頼。負けるはずないという絶対的王者の風格。

 

 

(やっぱりアタシが万全でも勝てるビジョンは見えないや。かぁ~、やっぱ強いわテイオー。主人公街道まっしぐらってね~)

 

 トレーニング中。特に走っている最中によそ見は禁物だ。

 慣れていると油断が生まれ、その油断が事故を起こす。

 

 途端、走っていたネイチャの足がもつれた。

 

 

(ぁ、や、ばッ……!?)

 

 分かりやすく言えば、転倒した。

 それを見ていたトレーナーの反応も早かった。

 

 

「ッ、ネイチャ!!!!」

 

 練習用のレース場は本番の物と同様に広い。

 いちいちコースに従って回る必要はない。そのまま真ん中を突っ切ってネイチャの方へ全力で駆けていく。

 

 着いた頃にはネイチャは起き上がって座っていた。

 

 

「いつつ……」

 

「大丈夫かネイチャ!?」

 

「あーうん……ごめん、ちょっと考え事しながら走ってたらやっちゃったわ……」

 

「んなのどうだっていい。ケガは? どこが痛む!?」

 

 ネイチャの返答を待ちもせず視線を足へ向けると、彼女は足首をさすっていた。

 

 

「……足首か」

 

「……ハイ」

 

 トレーナーはウマ娘を育成するプロだ。

 だからトレーナーライセンスを取得する際には最低限の医療知識などが必要とされる。トレーナーの判断は早かった。

 

 

「よし、保健室に行くぞ」

 

「え? ちょ、ひゃあっ!?」

 

 いわゆるお姫様抱っこだった。

 軽くネイチャを持ち上げたトレーナーはそのままグラウンドを突っ切って歩いていく。

 

 もちろん戸惑っているのはケガをしているはずのネイチャだ。

 既に顔は自分の髪色のように染まり、足首の痛みよりも困惑が感情を支配していた。

 

 

「ととととととトレーナーさん!? い、いったいなななにゃなな何を……!?」

 

「決まってんだろ。極力足首を刺激しないよう運ぶのにはこれが最適なんだ。歩きだから少し時間は掛かっちまうけど保健室まで我慢してくれ」

 

「そ、そういう問題とかじゃなくて、デスネ……!? 色々と視線を買ってしまうような気がしてならないんですけど!」

 

 ネイチャの気持ちとは裏腹にトレーナーは足を止めずに突き進んでいる。

 

 

「あん? こちとら担当ウマ娘の緊急事態なんだ。視線なんて気にするだけ無駄だっての。それとも何か? お姫様抱っこに憧れてたけど不本意なシチュエーションだから気に食わないとか?」

 

「アタシの性格知っててそんな事言ってる?」

 

「失礼しました」

 

 いきなり感情のないトーンで言われると普通におっかない。

 校舎内へ入る。そうなると必然的に生徒数も多くなってくるわけで。廊下を歩いてるだけで視線はこちらへ集中してきた。

 

 

「はーい通してー。うちの子がケガしちゃったんで通してくださーい。道開いてそうありがとねー」

 

「ちょっといちいち声に出さなくていいってば! 余計見られちゃってんじゃん!」

 

「ウマ娘にとってケガは下手すりゃ選手生命に係わる事だってある。こうする事で自分はケガしないようにって気を付けてくれりゃこちらとしてもありがたいし道は開けてくれるし一石二鳥だな」

 

「それでアタシを利用しないでよ! あーもう、明日から校内歩きにくくなっちゃうじゃん……」

 

 そう言いながらもお姫様抱っこをやめてくれと言わない辺り、トレーナーの気遣いを思っての事か。

 それとも何だかんだで悪くない気分なのか。

 

 

「どうだ、まだ痛むか?」

 

「あ、うん。ちょっとズキズキ来る感じかも」

 

「そうか」

 

 少し速度が上がった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 保健室。

 独特な匂いが漂う本来日常とはあまり関わりのない異質な空間。

 

 

 そこで保健室の先生が言った。

 

 

「軽い捻挫ですね。人間程度のスピードで走ってたのが不幸中の幸いだったようです。1~2日ほど安静にしてればいつもの練習をしても大丈夫ですよ。まさかお姫様抱っこで来るとは思ってませんでしたけど」

 

「それにはアタシも同感です……」

 

「ウマ娘を大事にするのがトレーナーの役目なんで」

 

 もはや捻挫より熱があるのかと疑うほど顔が赤かった。

 しかしそこは保健室の先生。中央にいるという時点でどれほどのウマ娘達を診てきたかなど言うまでもない。

 

 ネイチャの顔が赤いのは熱によるものではなく、もっと心の奥底にある何かから来ているのは明白だ。

 彼女がそれを自覚できているかはまた別問題ではあるが、そんな野暮な事を言うほど無粋ではない。

 

 

「とりあえず、少なくとも今日と明日はトレーニングをせずに普段通りの生活をしてね。軽い捻挫と言っても無理をしたら悪化しちゃう時もあるから」

 

「はーい」

 

「任せてください。その間のこいつのサポートは俺がするんで」

 

「……え?」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

 

「あらあら、そうですか。ではトレーナーさんにお任せしましょうかね」

 

「え、ちょっと待って。トレーナーさんがアタシのサポートするってどゆこと?」

 

「そりゃお前、悪化しないように基本は俺がお前を担いだりするんだよ。当然だろ」

 

「いやいや当然じゃないって。それアタシ見せ物みたいになっちゃうやつじゃん。さっきよりも目立っちゃうじゃん!」

 

「何か問題あるっけ?」

 

 本気で言っているのかこいつと唸るネイチャ。大真面目な顔で頭の上に「?」が浮かんでいる。

 普通にビンタしてやりたいレベルだ。

 

 

「……ちなみにどんな時にサポートしてくれる訳?」

 

「授業が終われば教室行くし昼飯も食堂まで連れて行く。行きと帰りは当然送って行く」

 

「ほぼ全部ッ。ムリムリムリムリ耐えらんないってアタシ! クラスの連中に見られたらそれこそ無理!」

 

「んな事言われてもケガしてる担当ウマ娘をサポートするのは俺の役目だし。あとちょっと面白そうだし」

 

「いや最後本音出てんじゃん。はあ……トレーナーさんはアタシを何だと思ってんのさ」

 

「俺の大事なウマ娘」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………はあ~」

 

 もはや出るのは溜め息だ。

 即答でこんな事を言ってくるのはやめてほしい。ネイチャの心臓が持たない。しかも人前でだ。

 

 

「……あーもう、ほんっとズルいわトレーナーさん……」

 

「質問に答えたのにヒドイ言われようだな」

 

 しかし、これで悪くない気持ちになってしまっているネイチャも大概であった。

 太ももに肘を置いて頬杖を付きながら口元を隠すが口角は少し上がっている。

 

 

「あーーーー分かった分かりましたよー。そこまで言うならサポートされてやりますわまったく!」

 

「おう、それでいいんだよ」

 

「その代わり、ちゃんと大事に扱ってくんないと治った後でいっぱい商店街の食品奢ってもらうから」

 

「いつでも奢ってやるわそんなん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、トレーナーのネイチャサポート期間が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、またも前編です。
夏まで期間があるのでしばらくはまたラブコメさせたいです。



では、今回高評価を入れてくださった


bunnbetuさん、reichiさん、むっしゅさん、あXゆうさん、tqくまさん、オレンジラビットさん、まがつさん、おすぽーんさん、ロクでなしの神さん、ムカウさん、ユキニティーさん、三毛猫。さん


以上の方々から高評価を頂きました。
皆様のおかげで投票者数も200を超えました。これからもこの小説で少しでもネイチャを好きになってくれる方が増えると信じて頑張ります。
本当にありがとうございます!




ウェディングマヤノかわいい。


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17.ケガの功名(後編)


お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっし、トレーニングは出来なくなったし今日はもう帰るだけだな。とりあえず帰り支度のためにトレーナー室行くか」

 

「一応聞くけど、どうやって?」

 

「さっきみたいにお姫──、」

 

「せめておんぶでッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室での一波乱があった。

 

 

 

 

 

 

「これはこれで何か恥ずかしいですけど……」

 

「そうは言ってもおんぶを所望したのはネイチャだろ。あんま文句を言いなさんな。ケガしたんだからしょうがないと思えば気にならないっしょ」

 

「気にしてるから言ったんだけどなあ」

 

 廊下を歩きながら進む2人。

 放課後という事もあり、ほとんどのウマ娘はトレーニングで外にいるとはいえ、それでもちらほらと教室や廊下に残っている生徒はいる。

 

 トレーナーと契約していないウマ娘でも、座学の教師や契約済みのトレーナーとは違って教官と呼ばれる育成者の元で担当が決まるその日までトレーニングを行うのだ。

 そのため今日はオフなのかな、なんて事を思いながらトレーナーはウマ娘達をチラリと見つつ自分のトレーナー室へ歩を進めていく。

 

 

「そういや保健室の先生、何か最後笑ってたな。何でだろ?」

 

「アタシ達の今の姿見たからじゃない? 結構一悶着もあったしね……」

 

「あれはお前が頑なに拒否するからだろ?」

 

「アタシはお姫様抱っこされて喜ぶお年頃じゃないっての! トレーナーさんが強引にしようとするからでしょ?」

 

「俺はお前のためを思ってだな?」

 

 おんぶしている者とされている者がわーぎゃー廊下で騒いでいると、自然と視線が集まるのは必然である。

 結論を言えば、保健室の先生が笑っているように見えたのは滑稽だったからではない。

 

 微笑ましい、または初々しいとでも言うべきか。

 とにかくまだまだ未成熟な想いを目の当たりにすると、人はそれを青春と呼びついつい口角が上がってしまうものだ。加えて自覚していない果実ほど甘酸っぱさは増して見ている者は悶える事もあるという。

 

 

「そうだ。着替えはどうすんだ? 自分で着替えられるか? 何だったらマーベラスかマヤノ辺りを呼んで手伝ってもらった方がいいんじゃね?」

 

「いちいち来てもらうのも悪いし今日は着替えずに寮まで戻ろうかな~ってオイ、まてまて待ちなさいな。何でマーベラスとマヤノの名前がすぐに出てくんのさ? てゆーか何で愛称で呼んでる訳~?」

 

「え? あー、あれだ。ネイチャのトレーナーだからって結構話しかけてくれるんだよ。その過程でUMAINも交換したぞ。てかスマホ奪われて勝手に登録されたけど」

 

「……ほーん?」

 

「何だ? どうかしあだだだだだっ。強いっ、ちょ、肩がっ、俺の肩が!」

 

 何故か肩を掴んでいるネイチャの力が強くなった。ウマ娘の力でやられれば普通に痛すぎる。

 決して肩が凝っている訳ではないと思いたい。

 

 

「ほらっ、トレーナー室着いたからさっさと支度するぞ」

 

「鞄に制服畳んで入れるだけでいいからトレーナーさんはアタシを椅子に座らせてくれるだけでいいよ。後は部屋から出てってね」

 

「え、何で? お前の制服畳むくらいは俺だって出来るぞ?」

 

「はいデリカシーポイントマイナス5ね。女の子の制服を畳む男の人とか世間的に危ないので却下でーす」

 

「デリカシーポイントって何だよ」

 

 とはいえ現役女子学生にそんな事を言われたら迂闊な行動はできない。

 ちょっとした善意がさじ加減一つで淘汰される時代だ。ここは素直に部屋を出ていった方がいいだろう。

 

 

(送迎するなら明日は車で行くか)

 

 部屋の外。

 いつもは徒歩で来ているが、ネイチャの事を考えると明日は車で寮まで迎えに行く必要がある。

 

 ウマ娘のサポートをするのがトレーナーの仕事だ。

 それも大事な担当なら余計に。出来る限り最大限ネイチャに尽くす事に何の疑問も抱かない。

 

 

「ネイチャー」

 

「なにー?」

 

「明日は車で迎えに行くからー」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

 部屋の中からドガシャンッ! と、机に手をぶつける音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝から栗東寮前でちょっとした視線が集まっていた。

 

 

 

 

「ホントに寮まで来たの!?」

 

「昨日言ったじゃん車で迎えに行くって。ありがとなマーベラス、ネイチャをここまで連れてきてくれて」

 

「全然いいよ! こんなに思ってくれてるトレーナーがいるってすっごくハッピーだねネイチャ! まさにマーベラースだねっ!!」

 

「分かった。分かったからアンタは少し声のボリュームを下げなさい。朝っぱらから元気溌剌かっ」

 

「おーい、早く乗ってくれネイチャ。一応寮の前に車止めてるの目立つんだからなー」

 

 ぞろぞろと寮から出てくるウマ娘達が何事かとこちらを見ている。

 それはネイチャとしても好ましくない。マーベラスとトレーナーの手を借りて助手席の方へ座らせてもらう。

 

 

「どうせならマーベラスも一緒に乗ってくか?」

 

「アタシはだーいじょーぶ! お二人の邪魔はしないから安心してねネイチャ!」

 

「余計な事は言わなくていいから! ほらトレーナーさん、さっさと車出して」

 

「お、おう」

 

 急かされたトレーナーはそのまま車を出してトレセン学園へ向かう。

 とは言ってもただでさえ寮から学園までは割と近い。車で向かえばものの5分程度で着くレベルだ。

 

 その道中。

 こんな会話があった。

 

 

「トレーナーさんていつも徒歩なの?」

 

「そうだぞ。家からトレセン学園まで近いとこに引っ越したからな。ギリギリまで寝ときたいって理由だけで学園から徒歩7分程度で着く家にしたんだ」

 

「理由が不純ですな~。まあトレーナーさんらしいけど」

 

 そんな事よりもネイチャとしては良い情報をゲットした。

 

 

(トレーナーさんの家……学園から近いんだ。じゃあ寮からも近いって事だよね……ふむふむ)

 

 これは後々役に立ちそうだと思いつつ前を見ているとすぐにトレセン学園が見えてきた。

 貴重なトレーナーとのドライブはほぼすぐに終わりを告げた。

 

 しかし本番はこれからだ。

 

 

「さて、ネイチャを教室までおぶっていきますか」

 

「うあーッ!! そうだった、この地獄の時間が待ってたんだったー!!」

 

「はよおぶされい。今日は一日中俺が傍にいると思ってくれていいからな。あ、もちろん授業中は外にいるけど。でもあれか、授業中にトイおうわっ!?」

 

「ハイさっさと教室行く!!」

 

 勢いよく乗ってきたネイチャのせいでバランスを崩しかけた。

 多分またデリカシーポイントはマイナスになっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に行くまでの視線と着いてからの視線はもう諦めるしかなかった。

 次が移動教室だと授業が終わればトレーナーが教室内に入ってきてそそくさとネイチャを担いできた。

 

 

「次は移動教室だな。行くぞネイチャ」

 

「待った待った! まだ休憩時間あるからいいってば! あと5分したらまたお願いしますんで!」

 

「……ふむ、それもそうだな。早く行っても暇なだけだし。んじゃ廊下で待機しとくわ」

 

 注目を集めているにも関わらず平然と教室を出ていくトレーナーを見て口を開いたのは、ネイチャではなく後ろの席に座っていたトウカイテイオーだ。

 

 

「朝の時もそうだったけど、ネイチャのトレーナーは何をしてるの? 執事ごっこ?」

 

「アタシが捻挫したからそのサポートだーって言って車の送迎から歩かなきゃいけない場所にはおんぶしてくれるのよ。……相当ハズいからあんましお願いしたくはないんだけどね……」

 

「へ~……ボクのとこのトレーナーもそうだけど、やっぱネイチャのトレーナーも結構変なんだね」

 

「返す言葉もありませんよ」

 

 言い返せる要素が一つもなかった。

 何なら同意しかない。軽い捻挫でここまでやるトレーナーは果たしてどれだけいるのかと問いたいぐらいだ。

 

 廊下を見れば待機してたはずのトレーナーが偶然見かけたであろうマヤノトップガンと雑談していた。

 

 

(むっ)

 

 一瞬の胸騒ぎ。羞恥は消え新しく芽生えた感情は若干の苛立ち。

 常に傍にいると言っていたのに自分から目を離して他のウマ娘と談笑するのはどういう事なのか。

 

 詰め寄りたい気持ちを自覚したネイチャは自分を面倒くさいヤツだと分かりきった上で他の手段をとった。

 

 

「トレーナーさーん! 次移動教室だから至急お願いしてもよろしいでしょうかー!?」

 

 ビクンッと、珍しくネイチャが大きい声を上げたので呼ばれたトレーナーの体が跳ねた。

 マヤノに別れを告げ急いでこちらに向かってくる。

 

 

「目立ちたくない割に大声出すのかお前は。もしかして慣れてきた?」

 

「別に……んっ」

 

 何だかむくれているような気もするが仕方ない。

 両手を伸ばしてきているので素直におんぶ態勢に入る。今朝の嫌々しながら飛び乗ってくる感覚とは違い、今回は普通にもたれ掛かるように来た。

 

 

(女の子の気持ちは分からん……)

 

 そんな去っていく2人を、背後から見ていたテイオーはただただこう思った。

 

 

「……おんぶじゃなくて松葉杖使えばいいんじゃ?」

 

 簡単な答えを知る事もなく、2人は既に教室からいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に放課後がきた。

 

 

 

「あ~……色んな意味で疲れた……」

 

「それほぼ一日中お前をおんぶしてた俺が言うセリフじゃね」

 

「普段のアタシ達はもっと厳しいトレーニングしてますけど」

 

「そもそも人間とウマ娘の身体能力を同列に扱う時点で間違いなんだ。俺だって疲れるんだからね!」

 

「ハイハイ」

 

 夕方の廊下だった。

 呆れたように流してきたネイチャは当然おんぶされている。

 

 トレーニングは出来なくてもミーティングは出来るので、軽いレースの振り返りと今後のレースについて話し合った。

 その後には保健室に行き先生から足の様子を見てもらったら予想以上に治りが早く、明日には軽いトレーニングは出来るとの事。

 

 ネイチャとしてはいつまでもトレーナーにおんぶされるというのも耐えられないので非常に助かる吉報だった。

 昼休みには食堂まで連れられた際、学年の枠を超えて注目されたのが一番精神的にダメージがあった。

 

 声を掛けられては事情を説明するの繰り返しだ。

 さすがに精神的疲労が凄い。

 

 

「けどさ」

 

 トレーナーの優しい声があった。

 

 

「色んな収穫があったよ」

 

「収穫? そんなのあった?」

 

「もちろん」

 

 即答だ。

 廊下の窓から差す夕陽を見ながら、トレーナーは言う。

 

 

「トレーナーの俺達は普段トレーニングの時しかウマ娘と関わらない。だからこうして普段のお前達の学校生活を可能な限り一緒に過ごして分かった。ネイチャ、お前は友達に恵まれてるな」

 

「え? そ、そうだっけ?」

 

「マーベラスやマヤノは当然として、昼休みの時も事情を説明したらすぐにネイチャがいつも頼むメニューを代わりに注文してくれたり、俺の昼食まで頼んでくれた娘までいた。それに移動教室の時だって必要な教科書を後から持ってきてくれた娘もいたしな。確かマチカネタンホイザって娘と、ツインターボだっけ。ネイチャの周りは良い娘ばかりだな」

 

「……まあ、アタシの友達が良い娘ばかりってのは、完全に同意かな」

 

 本来はレースで競い合うライバルでも、それ以外では普通に仲の良い友人。

 ここではそれが普通かもしれないが、こういった緊急時に助けてくれる友達というのは非常に心強いのと同時に、ネイチャが親しまれている何よりの証拠だ。

 

 

「良いよなあ、そういう関係って」

 

 ネイチャの目に映ったのは、夕陽に照らされながら微笑んでいるトレーナーの横顔だった。

 

 

「……、」

 

 ふと、それに見惚れている自分がいた。

 トレーナーのこんな優しい表情を初めて見たからだろうか。

 

 これは危ない。胸の鼓動が高鳴っていく。

 おんぶという密着状態のせいか、この早くなった鼓動を聞かれるのはまずい。

 

 

(……ッ、何考えてんのアタシ!? トレーナーさんはただトレーナーとしてそう言っただけであって別にアタシとか何の関係もないんだから……!)

 

 幸いトレーナーは振り返れないのでこの顔を見られる心配はない。

 ただ、何かの弾みで、細かく言うとふとした窓の反射などで見られる可能性はある。

 

 

「よし、帰るかっ」

 

「……うん」

 

 とすれば。

 ネイチャのとる手段は一つだった。

 

 成人男性なのにまだどこか少年っぽさのある笑顔で言ってきた彼に答える。

 おんぶ。背負われている者の特権。

 

 彼の首に優しく両手を回し、見られないように顔を彼の首のすぐ後ろにうずめる。

 時折ネイチャのツインテールが彼の顔に当たり、くすぐったそうにする彼を見て静かに笑う。これもおんぶの特権。

 

 

(色々あって今日は疲れたけど)

 

 トレーナーとの距離がこんなにも近くになるのなら、それも悪くない。

 そう思うネイチャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こんな日もまあ、たまにはありかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という事で後編でした。
これでネイチャもまだ好意を自覚してないのヤバイですね……。


そろそろネタ切れなので、次回から更新頻度は少し遅くなるかもしれません。
次回は金曜更新を目指します。目指します(ここ重要)
ハイペースで低クオリティーで投稿するよりも、遅めでも可能な限り高クオリティーで出したいのでね……。



では、今回高評価を入れてくださった


長船さん、龍神将さん、くりとしさん、因数分解さん、あきたんさん、ポケモンマニアさん、デキンハンザーさん、うすいさん


以上の方々から高評価を頂きました。
皆様の感想一つや評価の一つあるだけで作者はモチベ上がるようなちょろい奴なので毎回何度か見返したりしてます。
本当にありがとうございます!!




いっそ活動報告などでネイチャとのこういう話が見たいとかそんな感じのネタ募集したらどうなるのか気になるところ。あくまで気になる程度の思考です。


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18.トレーナーの一日withネイチャ


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 AM.7:00。

 

 

 

 

 

 

 いつものように起き、眠気が取れないまま洗面台へ。

 蛇口を捻れば冷たい水が勢いよく出てくる。それを両手で掬って自分の顔面へバシャリと思いきりかけると一気に意識が覚醒していくのを感じた。

 

 テレビを点けて朝のニュースや今日の天気予報を確認しながら洗濯を今するか夜に帰って来てから部屋干しするかを決める。

 今日の降水確率は10%。雨が降る確率はもはやないと言っていいだろう。洗濯かごに入れていた衣服類などを洗濯機に入れてスイッチを押す。

 

 洗濯が終わるまでの間にやる事も決まっている。

 まずはささっといつもの青みがかったカッターシャツを着て、その上から黒いベストを羽織る。これが普段のスタイルだ。

 

 そしてまた洗面所へ行き、ワックスで軽く髪をセットする。

 朝食は洗い物が面倒なのでコンビニで買っておいたパンを適当に開けて頬張る。飲み物はコップ一杯分の野菜ジュース、申し訳程度の栄養補給だ。

 

 パンを食べ終えると、洗濯が終わるまでまだ少し余裕があるのでその時間を使いスマホを開く。

 テレビでやっているニュースを聞き流しながら開いたアプリはマンガアプリ。ネイチャに教えてもらってから最近のこの時間帯はこれにハマっている。

 

 わざわざ本を取りに行く必要もなく、パラパラといちいちページを捲る必要もない。

 好きなマンガをタップし、ただ親指をスライドするだけで次のページが見れる。何より電子書籍なので部屋のスペースを奪う事もなくかさばらないのが良い。

 

 お気に入りのマンガをいくつか読んでいると洗濯機からピロリロリンッと軽快な洗濯終了の音が鳴った。

 洗濯物を取り出し、まさに快晴と言わんばかりの空と暑苦しい太陽を憎らしく思いながら干していく。これくらいの生活力はいくら男性でも一人暮らしをしていれば身に付くだろう。

 

 独身男性の洗濯物は少ないからまだ楽だ。これだけ日差しが強いと帰宅した頃にはすっかり乾いているだろう。そろそろ天気を気にする心配をしたくないから乾燥付きの洗濯機を買おうか迷うところである。

 

 時計を見ると8時。そろそろトレセン学園に向かう時間だ。

 家でやる事はもうやった。あとは徒歩でのんびり行けばトレーナーとしての仕事が始まる。

 

 さて、行きますか。

 こうして、俺こと渡辺輝の一日が今日もスタートするのだった。

 

 

 

 

 AM.8:20。

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園に着きやってきたのは自分のトレーナー室だ。家から近いと少しのんびりできるから素晴らしい。

 俺はウマ娘を育成するのが仕事なのだが、その本腰はまだ始まらない。昼の15時半までしばらくは座学、簡単に言えば一般教養の授業がある。

 

 いくらウマ娘といえどレースで走るだけが全てとは限らない。俺達人間と同じように普通の授業もちゃんと受けてこそ文武両道というのだろう。

 そしてそうなるとトレーナーの俺はこの間に何をしているか。やる事がないから暇、という事は決してない。

 

 主に担当ウマ娘のトレーニングメニュー、毎日の体調管理、今後のレースについて等、考える事は山ほどある。

 と言っても毎日これをやっているとさすがに飽き……じゃない、やる事も減っていくので余裕のある日は俺も勉強しているのだ。

 

 もちろんウマ娘達が今やっている授業とは違う。

 トレーナーとしての勉強だ。滝野さんの元で色々学んだとはいえ、トレーナーとしての経験が浅い俺に出来るのは知識を増やし、どれだけネイチャのために役立たせられるのかだ。

 

 あいつは他の同年代のウマ娘よりも少し考え方が大人というか、達観している節がある。

 自分の実力と他の実力を比べては卑下しやすい、いわゆる自分に自信が持てていない。だからまずはその自信のなさをどうにかするためにレースに勝たせてやりたいのだが、次のレースはまだ決まっていないからどうにもならないのが現状だ。

 

 とにかく今は知識を溜め、それをいつでも最大限発揮できるようにしておく。

 何もしないよりかは全然いい。そのためにトレセン学園に元々あった資料の他に自費で買った本などをたくさん置いているのだ。時間のある限りはこれを見まくろう。

 

 

 

 

 PM.12:20。

 

 

 

 

 

 

 やっべ、寝てた。

 昼のチャイムで起きたはいいが、いったい何時間寝てたんだ俺。

 

 記憶に残っているのは確か……10時くらいだったはず。約二時間もイスで寝てた訳か。どうりで腰が痛いはずだ。

 

 

「……あー、このままじゃまたネイチャに怒られるな」

 

 部屋を見れば床のあちこちにくしゃくしゃに丸まった紙が落ちている。

 勉強しつつトレーニングメニューを考えてはこれはダメだと投げ捨てていたのが原因だろう。よし後で片付けよう。

 

 割とでかめの引き出しからストックしておいたカップ麺を取り出し、保温状態にしておいたポットで湯を入れる。

 これが俺の毎日の昼食スタイルだ。朝はパン、昼はカップ麺、夜は適当にコンビニ弁当。いやー、食文化って素晴らしい。

 

 ちなみにネイチャが捻挫した時に食べた食堂の飯はめちゃくちゃ美味かった。危うく常連になりそうだったぜ。

 カップ麵を啜る。うん、美味い。これぞ約束された安定の味ってやつだな。明日はカップ焼きそばにしよう。

 

 

 

 

 PM.15.40。

 

 

 

 

 

 

 待ちに待ったトレーニングの時間だ。

 と言ってもネイチャはまず部室ではなくトレーナー室に来て体操着に着替えるからここで待機していたのだが。

 

 

「……で、何でこの部屋こんなに散らかってんの?」

 

「後で片付けようと思ってたんだけど、気付いたら今の今まで忘れてました、はい」

 

 腕を組んだネイチャの前で正座させられていた。

 俺とした事があの後普通に作業をしていてすっかり片付けるのを忘れていたのだ。まさにうっかりである、てへっ。

 

 

「はぁ……まったく、ほら、アタシも手伝うからさっさと片付けてトレーニング行くよ」

 

「サンキューお袋」

 

「誰が親だ」

 

 

 

 

 PM.16:00。

 

 

 

 

 

 

 グラウンド。

 そこで俺はネイチャの走行トレーニングを見ている。正確にはタイムを計っている。

 

 

「はっ……はっ……!」

 

「そこからスパートだ!」

 

「ッ!!」

 

 メガホンで合図するとネイチャはそこから一気に速度が上がった。

 猛烈な音と共にそのままゴールまで駆け抜けると同時にタイマーを押す。

 

 

「はあ、はあ……どう……?」

 

「ああ、タイムもまた縮まってる。順調に行けばレースに勝てる可能性も高いかもな」

 

「けど同じようにみんなも強くなってるんだし、そう簡単にはいかないっしょ」

 

「それはそうだけど、自分の成長を確かに感じれるんならまだまだ強くなれるさ。俺が合図しなくてもスパートかけようとしてたのも見えてたしな」

 

「うっ、やめて、褒めすぎないで。アタシには素直に受け取る勇気がまだないから!」

 

 両手をぶんぶんと振り回しながら顔を赤くしている。

 ははは、可愛いやつめ。最近はこういうネイチャを見るのが面白くて褒めちぎってやる事が多い。もちろん噓ではなく褒めれるところをちゃんと本音で言っているからお世辞でも何でもない。

 

 こうする事でネイチャに少しでも自信を持ってほしい俺の気持ちでもある。

 やればできる。ちゃんと強いウマ娘なんだと思ってほしいところだ。

 

 

「調子いい事ばっか言わないでよー? アタシにそんなん通用しないから」

 

「攻撃でも何でもないんだからそこは通用してくれよ」

 

「トレーナーさんはすぐアタシを褒めてくるから心臓に悪いのっ」

 

「俺の褒め言葉って心臓にダメージあるのか……」

 

 褒めて伸ばすって前に言ったんだけど素直に喜ぶ時もあれば今みたいにそれを否定する時もある。

 うーむ、乙女心というのは理解できん。普通褒められたら嬉しいと思うんだけど違うのか? 

 

 

「ほら、次のトレーニングは?」

 

「はいはい、次は相手がいると仮定して走ってもらう。言っちまえば脳内で仮想敵を作りながら本番みたいに走ってくれ。相手は何でもいいが、出来れば常に自分より少しだけ強いウマ娘として仮定すればいい。上手く前に行かせてくれない。もう少しなのにギリギリ追いつけないくらいがちょうどいいな」

 

「アタシより強い娘なんて山ほどいるから仮想敵ってのはいいけど、それって効果あんの?」

 

「勝てる相手よりもギリギリ勝てない相手の方が自分の力を限界より出せるもんなんだよ。最後の力を振り絞って振り絞って最後の最後に勝つ。もっとも熱い展開じゃねえか」

 

「少年漫画の見過ぎじゃない?」

 

「お前が教えてくれたマンガアプリのおかげでな」

 

「アタシが元凶だったか……。まあいいや、それじゃ走ってきますよー」

 

 案外飲み込み早いなあいつ。

 まあこちらとしてはありがたいけど。何だかんだ俺の言ったトレーニングは全部こなしてくれるからちゃんと頑張れる娘なんだろう。

 

 そこからは俺から見てもネイチャの走りは白熱していた。

 走行トレーニングをしていた時よりもまるで顔が違う。

 

 

「はあ、はあっ……負けた……もっかい!」

 

 誰がネイチャの仮想敵をしているのかは分からない。しかし、これで何度目だろうか。

 軽く10は超えている。本番さながらのグラウンドで本番さながらのレースのように走っている。

 

 しかも驚きなのは、疲れているはずなのに速度がまったく落ちていない。

 むしろ、上がっている? 何十周もしているのに速度が上がるなんて、提案した俺でもそうなるとは思っていなかった。

 

 まるで本当に少年漫画の修行編を見ているかのようだ。いや走っているのは少女だけど。

 そして、何度目だったか。明らかにネイチャの走り方が今までとは違っていたのを見た。

 

 

「前傾姿勢……それもだいぶ低い。風の抵抗を少なくしたのか……?」

 

 態勢を低くすることで風の抵抗を少なくするのはよくある事だが、デメリットとしてバランスを保つためにポジションコースを即座に変更できないのがある。

 それもネイチャのように差し型の作戦が多いなら尚更だ。なのに何で、と思ったところで気付いた。

 

 

「……いいや、違う。あの前傾姿勢になったのは最後の直線から。その直前にネイチャは外に回ってた。つまりもう予定していたポジションに着いたのか!」

 

 風の抵抗が少なくなったネイチャは一気にスパートをかけて加速した。

 すぐ横に目線を移しながらも顔は前へ向いている。仮想敵を見ているのか。

 

 およそ練習とは思えない表情になりながらネイチャはゴールを横切った。

 さすがに疲れたのかそのまま四つん這いになってへたり込んだ。俺もすぐさまネイチャへ駆け寄る。

 

 

「ネイチャっ、大丈夫か?」

 

「はあ……はあ……はあ……うん」

 

 手を差し出すとネイチャが少し遠慮がちに俺の手を取った。

 ゆっくり起き上がらせると、トレーニングの結果を聞こうとした俺よりも先にネイチャが口を開いた。

 

 

「……勝ったよ」

 

「ん?」

 

「仮想敵に勝った」

 

「お、おう?」

 

 俺からは何も見えなかったが、ネイチャは何度も仮想敵にリベンジしてようやく勝ったのだろう。

 ギリギリ勝てない相手。それは上手くいけば簡単に勝てそうでいて、その実勝つのはとても難しい。

 

 所詮は脳内で作った敵だ。強さなんてその時の気分で簡単に強弱を分けられる。

 それなのに、ネイチャは全力で応えて勝てるまで何度も本番同様の走りをしたのだ。

 

 そして、勝った。

()()()()()()()()()()()()

 

 そこまで気付いてようやく俺はネイチャの意図を察する事ができた。

 レースに勝ったネイチャに、レースを頑張ったネイチャにしていたのは何だったか。

 

 なるほどね。

 汗だくで無言のまま視線だけ送ってきて何かのアピールをしてくるネイチャの頭に手を置く。

 

 

「よく頑張ったな」

 

「……ん」

 

 何というか、こういうとこは素直なのになあ。

 とか言うと何をされるか分かったもんじゃないので迂闊には言わない。俺だって命が惜しい。

 

 気持ち良さそうに顔を綻ばせる彼女を見て、やはり何だかんだ言ってもまだまだ可愛い子供だなと思う。

 そんな娘達が大観衆の前であんな白熱したレースをするのだからまた凄い。まったくこの世は謎ばかりである。

 

 ひとしきり撫でくり回した手を離し、時計を見てから言う。

 

 

「もうこんな時間だし、今日はここまでにして帰るか」

 

「そーだね。うあー、今日は一段と疲れたー!」

 

 

 

 

 これと同時に、俺の今日のトレーナー業は終わりだ。

 

 

 

 

 PM.20:00。

 

 

 

 

 

 

 晩飯のコンビニ弁当も食べ、風呂も入りのんびりテレビを見ていたらスマホからポンッと通知音が鳴った。

 

 

「そういやそんな時間か」

 

 もはや恒例というか日常と化したようにスマホを手に取りUMAINを開く。

 メッセージを送ってきた相手はネイチャだった。

 

 最近、ネイチャとは毎日この時間帯になるとUMAINを通してやり取りをしている。

 とは言ってもトレーナーと担当ウマ娘としての業務的な連絡ではなく、人とウマ娘として完全にプライベートな……と言えば綺麗に聞こえるかもしれないが、普通に適当な会話を繰り広げているだけだ。

 

 最初はネイチャからの遠慮がちなメッセージから始まったのだが、気付けばもうそれが普通になっていてお互いこの時間帯だと風呂や夕食が終わって暇な時間という事が自然と分かっていた故だろう。

 

 軽いネイチャの挨拶メッセージから約数時間ずっと適当な駄弁りをアプリで続ける。

 普段の俺なら面倒くさくてやらないが、何故かネイチャ相手だとそうは思わないのが自分でも不思議だ。というか何ならちょっと楽しい。

 

 女子中学生相手にメッセージアプリで相手してもらってる成人男性って考えると相当ヤバイかもしれないとか言わないでほしい。

 俺もちょっと自覚あるから。的確に被らない話題を振ってくるネイチャが凄いだけだって。これも実家のバーで培った話術なのだろうか。こりゃ商店街の人達にも人気出るわけだわ。

 

 

 

 

 これが俺、渡辺輝の一日である。

 特に特別な事なんてないいつもの日常。

 

 ただネイチャと共に成長してレースに勝つために頑張るだけの日々。

 それが何とも楽しいのだ。中央のトレーナーになるために滝野さんに振り回されていた甲斐もあった。

 

 ネイチャとの何気ないメッセージのやり取り。

 そこにちょっとした変化があった。

 

 

「珍しく返信遅いな。誰かと話してんのか?」

 

 ネイチャはいつも俺がメッセージを送ると一分もしないうちに返信してくるのだが、今は三分たっても来ない。

 まあこんな事もあるだろうと、というかそれが普通なんだろうと思っていると返信が来た。

 

 ネイチャが写真を送信しましたとの通知だ。

 何だ? そういう会話の流れでもなかったような。まあいいか。

 

 通知から開くをタップするとトーク画面まで開かれる。

 そこに写っていたのは。

 

 

「……ははっ、何だこれ」

 

 おそらく自撮りだろう。

 すぐ手前に満面の笑みのマーベラス、その奥で笑顔でピースをしているマヤノと照れながら顔を隠そうとして若干ブレているネイチャがいた。

 

 女子会でもしていたのか、俺とやり取りをしていてずっとスマホを触っていたから奪われたのかもしれない。

 普通に3人共寝巻きというかパジャマ姿だった。おーおーお若いこって。

 

 すぐに付けたしのメッセージが来た。

 

 

『その画像すぐ消して!! マーベラスがふざけて撮ったやつだから!!』

 

 ネイチャのメッセージを見て簡単に推測できる。

 きっと今ネイチャは部屋で叫んでいるだろう。だから俺も追い打ちをかける。

 

 

『不意打ちの時でも笑顔になれる練習をしとくんだったな』

 

 いつぞやのカメラの時のちょっとした仕返しだ。

 こんな感じで俺の一日はほんの少しの変化をもたらし終わりを迎える。明日も早い。ギリギリまで寝るために乾燥機付きの洗濯機買うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺は、からかってやるためにこの画像をそっと保存した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という事で今回は珍しくトレーナーの一人称視点で挑戦してみました。
この小説では初めての一人称だったので、違和感なく出来たか少し心配です。

ネイチャのパジャマ姿が見たい(願望)



では、今回高評価を入れてくださった


かすてぃらさん、そうじゅさん、クロ562さん、クオ212さん、アヌベールさん、万年厨二病さん、blossomsさん、宇々字さん、テシルさん、samurai072さん


以上の方々から高評価を頂きました。
ネイチャ可愛い、面白いと言っていただけるだけで狂喜乱舞でございます。
本当にありがとうございます!!




次回からネタ見つかり次第投稿します。


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19.特権、その寝顔

お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は練習もミーティングもなく、いわゆるオフの日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふーん」

 

 なのに、ネイチャの目的は友人との放課後トークや買い食いぶらり旅でもない。

 向かっているのはトレーナー室。もはやネイチャにとって第二の自室と言っても過言ではない場所となっている。

 

 オフの日が被った友人の遊びの誘いを断り別れを告げ、まるで浮足立つかのようにそこへ向かう。

 理由は、特にない。

 

 

(トレーナーさん何してんのかなー)

 

 オフなんだからわざわざトレーナー室に行く必要は皆無だ。暇であれば友人と遊びに行っても良かったはず。

 だがそれもしないで何故トレーナーがいるであろう部屋へ行くのか。理由は、やはり特になかった。

 

 練習があってもなくても気付けば一緒にいるし、適当な会話で時間を潰す。そんな関係に2人はいつの間にかなっていた。

 強いて言うなら、何気ない時間をトレーナーと過ごすためにトレーナー室へ向かっているというのが理由になるだろう。

 

 ウマ娘やトレーナーにとってのオフ。

 それは予定も何もない日となる。

 

 となれば向こうはネイチャが来るとは思っていないだろうし、ちょっとしたドッキリ気分だとネイチャは思う。

 まあ過去に何度かオフでもトレーナーに会いに行っていた事もあるが。

 

 トレーナー室の前に着く。

 そして左右の廊下を見て誰もいない事を確認してから自前のウマ耳をピトッとドアへ引っ付ける。

 

 

(……話し声は聞こえないから誰か来てる感じではなさそうかな。じゃあいつも通り作業でもしてる……?)

 

 こういう時はいつも部屋へ入る前にこうして耳で確認するのだが、普段と同じなら微かにカタカタとキーボードを叩く音が聞こえるはずなのに今日は何も聞こえない。

 普通に考えるならレース映像を見て研究しているかメモ帳に何か書いているかだろう。

 

 こうなるともう部屋に入らなければ分からない。

 正直ここまではネイチャがいつも経験してきたものだ。今更どうという事でもない。トレーナーが作業中でも邪魔にならない程度に話題を振ればいいだけの話。

 

 という事でさっそくドアを開ける。

 第二の自室のようなものなのでノックなんてしないのだった。

 

 

「おいっすートレーナーさーん。今日はオフだけどネイチャさんが来ましたよー……って、あれ?」

 

 ネイチャの視線はトレーナーがいるはずのPC前のイスなのに、そこにトレーナーはいなかった。

 とすればどこだ? パッと見でトレーナーの姿は見えない。そう思ったところでネイチャから見て縦になっているソファに違和感があった。

 

 ちょっとした死角に彼はいた。

 

 

「何だ、トレーナーさんいたんだ。いるならちゃんと返事くらい……ん?」

 

 いつものようにテーブルに自分の学生鞄を置き、トレーナーを見ると彼は目を瞑っている。

 リズミカルな呼吸で表情もどことなく柔らかい。

 

 

「もしかして、寝ていらっしゃいます……?」

 

 綺麗にソファに横たわり熟睡していた。

 いくらオフとは言ってもトレーナー室で堂々と寝るのは少々度胸がありすぎな気もするが仕方ない。

 

 せっかく練習がないから来たのに寝ていたら余計暇になってしまう、という思考をネイチャは持っていない。

 そこは実家のバーで育っただけの事はある。器の広さは伊達じゃないのだ。

 

 

「まあ、いつもこんなアタシなんかのために頑張ってくれてるもんね」

 

 しゃがんで目線を寝ているトレーナーに合わせる。

 仮眠を取っているのか、はたまたレースを見ている内に寝てしまったのか。トレーナーの手のすぐ側に置いてあるリモコンを見るに、レースを見ていたがそのまま寝落ちして録画映像は終わり、しばらく操作されなかったからテレビが自動的に電源を切ったと考えるのが妥当だろう。

 

 普段の気の抜けた表情や練習の時の意外と真面目な表情とは違い、トレーナーの寝顔はネイチャも初めて見た。

 自分よりも年上なのに、まるで子供のような寝顔にも見える。

 

 

「……、」

 

 何を思ったのか、ネイチャの好奇心が突然表に出てきた。

 軽く人差し指でトレーナーの頬をツンツンと突いてみる。

 

 

「(おーい、ネイチャさんが来たのに何寝てんのー)」

 

 小声で言ってみたものの起きる気配はまったくない。

 もう少し動くやら呻くなどのアクションがあると思ったのだが、どうやら相当眠りは深そうだ。

 

 

(眠りが深いって事は、結構疲れてる……?)

 

 トレーナー業とはウマ娘を指導するだけが仕事ではない。

 日々のトレーナーとしての勉強や研究はもちろん、担当ウマ娘の走りの癖を見抜きその時に合ったトレーニングメニューを考えたり、ライバルチームの偵察に行ったりなどする事がとにかく多かったりする。

 

 サブトレーナーや同じチームのウマ娘がいれば幾分か手分けするなり偵察を任せたりできるのだが、『チーム・アークトゥルス』には渡辺輝とネイチャの2人しかいない。

 詰まるところ複数人いないとキツイのをこのトレーナーはたった1人でしている事になる。

 

 ネイチャが努力している以上に、トレーナーも頑張ってくれているのだ。

 それが分かってしまうと、どうにも何か出来ないかと思ってしまうのが彼女だった。

 

 トレーナー室。

 ここにいるのは寝ているトレーナーとネイチャのたった2人。

 

 何が出来るか、と自問自答すれば出てくるのは一つの答えしかなかった。

 ソファで寝ているトレーナーは自分の腕を枕にしている。痺れてしまわないかという心配は置いておいてだ。

 

 相手の意識がないのなら多少は積極的になってもいいのではないか、と無自覚ながらその結論に至る。

 善は急げだった。

 

 

(起きない、よね……?)

 

 一応先ほどの指ツンで確認したが起きないなんて確信は結局どこにもない。

 まずはそっとトレーナーの首と頭を両手で支え浮かせる。

 

 僅かに出来たソファのスペースに自分が座ると、トレーナーが起きないか逐一確認しながらゆっくりトレーナーの頭を自分の太ももの上へ乗せた。

 ふにっと、太ももへ乗った感覚と彼の頭が乗っている重量感がネイチャの体を刺激する。

 

 ゆっくりとはいえ動かしたというのにトレーナーが起きる気配は微塵もないようだ。

 いわゆる膝枕だった。

 

 

(こ、これはこれでむず痒いなぁ……)

 

 自分達以外に誰もいないとはいえ、膝枕などという意外と高等なプレイをしているのは中々にどうなのか。

 そもそも今時膝枕をする者など存在するのか。それこそマンガやアニメの中だけではないのかとネイチャも思うが、やってしまった後ではもう遅い。

 

 もうなるようになれである。

 身動きができないのでスマホでも触って暇つぶしをしてもいいのだが、かといってこの時間は割と貴重なのでは? と思いトレーナーに目をやる。

 

 手持ち無沙汰になった手はおもむろにトレーナーの頭へ。

 恐る恐る撫でてみる。軽くワックスでセットしているからか、ほんの少しだけ抵抗感のある固めの髪だ。

 

 だがそれがネイチャの好みど真ん中だった。

 

 

(ふふっ、何だか猫みたい)

 

 実は猫が好きなネイチャ、動画サイトではよく猫動画を見て癒されるほどだったりする。

 休日にはよく猫カフェに行ってもふもふするくらい猫には目がない。

 

 だから何となく分かる。

 これは長毛種の猫を撫でている時の感覚と非常に似ているのだ。こうなっては止まらないネイチャ。セットが崩れない程度にトレーナーの頭を撫でくり回す事にした。

 

 

(むふふ、これは中々……止められませんな~)

 

 むず痒さはどこへやら、いつの間にかネイチャも癒されていた。

 猫が嫌がらない絶妙な力加減で撫でるせいか、その心地良さからトレーナーの寝顔も人知れず和らいでいる。

 

 気付けばお互いWINWIN状態になっていた。

 1人は知らない内に女の子の膝枕と頭を撫でられ、1人は猫の毛に似ているからと勝手に撫でて癒されている。とことん無駄に相性が良い2人であった。

 

 トレーナーが眠っているからか珍しくにへらと緩んだ顔のまま撫でるネイチャ。

 もはやこの2人の空間だけ他から断絶されているような感覚すらある。

 

 そしてそうなると必然的に周囲への警戒心は薄れ、誰かがこの部屋へ近づいて来る足音すらも気付かない。

 

 

「~♪」

 

 実家で親が歌っていた子守歌を鼻歌で再現していたら、その時は突然来た。

 ドアの方から軽いノックが2回した後、ゆっくりと開かれた。

 

 

「ねえ、渡辺君宛ての荷物が何故か私のトレーナー室にあったんだけどこれって間違……ありゃ?」

 

 若い女性トレーナーだった。

 おそらくトレーナーと同期の人だろう。目的は言わずもがな、今言っていた事で来たのだろうとは思うが、問題はそこではない。

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 女性トレーナーの目線の先には、ソファで寝ているであろうトレーナーとそれを膝枕しながら頭を撫でている最中のナイスネイチャが固まったままこちらを見ていた。

 顔は固まっているがその色は青ざめるよりもだんだんと赤くなっていく。

 

 静かな空間。2人っきり。膝枕。頭撫で。女の子の赤面。

 完全に状況証拠はバッチリだ。

 

 そしてオトナな女性トレーナーはすぐに察した。

 出来るオンナはそそくさとドアの方へ引き返すとこう言った。

 

 

「荷物はまた後日持って行くって伝えといてね。そんじゃ後はごゆっくり~」

 

 そっとドアを閉め去っていくのを確認した。

 今度はちゃんと足音も聞いて、それが聞こえなくなるまで耳も澄ました。

 

 喋る暇も誤解を解く(そもそも誤解でも何でもないのだが)暇もなく固まっていたネイチャは、ようやっと自分を解放する。

 

 

(あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!)

 

 心の中で大絶叫だった。

 

 

(何やってんのアタシ!? 何やってんのアタシ!? ていうかみ、見られ……うあーッ、こんなの絶対誤解されたに決まってんじゃん!! いかにも分かってますよ黙ってますよの目してたもんあの人ー!! 自分だけの時間みたいに思ってる場合じゃなかったー!!)

 

 器用にトレーナーを寝かせてる足は動かさずに両手で頭を抱え上半身を思い切りくねらせていた。

 膝枕しているせいで身動き一つできなかったのが余計痛い。完全に油断していた。今後あの女性トレーナーと鉢合わせした時どう言い訳しようか考えねばならなくなってしまった。

 

 しかし、過ぎてしまった事はもう戻せない。後の祭りである。

 顔の熱はまだ戻りそうもない。また2人だけの時間がやってきた。

 

 

「……トレーナーさんのせいだからね」

 

 頬をつつく。小さな八つ当たりだった。

 彼は起きない。一度寝るとあまり目を覚まさないタイプなのだろうか。

 

 時間は進んでいく。静寂が部屋を包む。聞こえるのは時計の針がカチカチと一定のリズムで進む音だけだ。

 また頭を撫でる事にする。

 

 ただそれだけの時間が、今は何だか愛おしく感じた。

 

 

(今は、アタシとトレーナーさんだけの時間)

 

 女性トレーナーもトレーナーの顔をちゃんと見ずに察して帰っていった。

 つまり、この寝顔をずっと見ているのはネイチャだけだ。そう思うと自然と口角が上がる。

 

 

(アタシだけがトレーナーさんのこんな無防備な寝顔を見れてるんだ……)

 

 少しの幸福感とほんの少しの優越感があった。

 これは担当契約している自分の特権だ。スマホを手に取り、そっとかざす。

 

 

(これは内緒にしてよっかな)

 

 トレーナーの寝顔を撮り、それをしっかり保存する。

 こんな経験は早々ないと判断しての事だ。トレーナーには以前マーベラスのせいで自分のパジャマ姿を見られた仕返しという言い訳を使わせてもらう。

 

 まだ起きそうにないトレーナーを見て、仕方なくといった感じでネイチャは時間が過ぎるのを待つ事にした。

 空虚ではなく、有意義な時間として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んぁ?」

 

「あっ、起きた?」

 

 目が覚めると何故かネイチャがいた。

 おかしい。確か今日はオフで自分はレース映像を見ていたはずなのに、と思ったところで理解した。

 

 

「……寝ちまってたか」

 

「それはもうぐっすりとねー」

 

「それはそうと、何でいんの? てか、何でこんな事になってんの?」

 

 気付いたらネイチャに膝枕されていたのは分かったが、経緯が分からない。

 普通に考えたらネイチャがしてくれたのだと思うが、理由が不明だ。

 

 

「……ばーか」

 

「え!? 罵倒されるような事したの俺!? 寝言で変な事言ってないよな!?」

 

 勢いよく起き上がると焦り出したトレーナー。

 よくもまあ寝起きでそんな声が出せるなと呆れ気味になる。

 

 重みがなくなった太ももに少し寂しさを感じつつ、ネイチャはトレーナーの質問に答えずこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでーすっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネイチャに膝枕されたい人生でした。




では、今回高評価を入れてくださった


まがつさん、他人さん、ロクでなしの神さん、RAI9さん


以上の方々から高評価を頂きました。
そして何と感想も100件を超えました。何気に読んでる方の声がちゃんと分かりやすい感想が一番嬉しかったりします。
本当にありがとうございます!!




マチタン実装まだですかね。


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20.栄養管理はしっかりと


お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすがに少し暑くなってきたな」

 

 

 

 撫でるような風とは裏腹に、照り付けるような太陽が頭上から差し掛かっている。

 春も過ぎた頃のグラウンド。そこでいつも通り渡辺輝とナイスネイチャはトレーニングをしていた。

 

 タイムを見つつネイチャのフォームとスパートのタイミングを見定める。

 以前と比べるとまた速くなっている。彼女の努力が本物だと思える証拠だろう。

 

 走り終えたネイチャがこちらに近づいてくると、少し息を切らしたまま、

 

 

「どう? 少しは速くなってる?」

 

「ああ。前よりもタイムは縮まってるよ。やっぱ目標を見据えた方が練習にも精が出るな」

 

「ま、一応やれる事はやりたいからね。アタシに出来る事はトレーナーさんのメニューをこなす事だけですよー」

 

「それでレースで勝てれば万々歳だな」

 

「そう上手くいきますかね~」

 

 走り込みの後でも軽口を叩けるならまだ余裕は残ってそうだ。

 スタミナもだいぶ付いてきている。これから狙うレースには長距離だってある。その第一に、『菊花賞』に出る事を決めた。

 

 距離は3000m。

 若駒ステークスの時と比べると1000mも長くなる。これまで以上にスタミナを要求される事は想像に難くない。

 

 そんな長距離の『菊花賞』は重賞、それもGⅠである。

 当然、無条件で出られるほど容易なレースではない。ある程度結果を残さなければならないのだ。

 

 それにその『菊花賞』にはトウカイテイオーも出るらしい。今の彼女は絶好調と言っていいほど順調にレースで勝ち続けている。

 何せ同じGⅠの『皐月賞』と『日本ダービー』すら1着で今も無敗を誇っているのだ。

 

 テイオーの目標が無敗の三冠ウマ娘なのは知っているが、このままだと本当に叶えてしまいそうな勢いである。

 つまり、ネイチャからすればどんどん目標が遠くなっていっている状態か。

 

 

「……、」

 

 思わず拳に力が入る。

 同じ同期のウマ娘があんなにも活躍しているのに自分はどうなのか。比べるのすらおこがましいほど実力差があるのにだ。

 

 どうしても考えてしまう。焦燥感に駆られる。

 やはり元からセンスが違うのか。勝てる相手ではないのか。

 

 そこでネイチャの頭に手が置かれた。

 

 

「焦る必要ねえさ」

 

「……トレーナーさん」

 

「お前はお前の……いいや、俺達のペースで頑張っていけばいいんだ。大丈夫、()()()()()()()()

 

 何も言っていないのに何故こうも自分の気持ちを見透かされるのか一向に謎だと思うネイチャ。

 しかし、それでも悪い気がしないのはトレーナーが自分の性格を理解してくれているからか。

 

 こんな事を言われればもう変に考えるのはなしだ。

 無駄に考えるだけ卑屈な自分はマイナスの底へ沈んでしまう。その前にレールを元に戻す。

 

 

「は~あ、よくもまあそんな主人公が言いそうな事をアタシに言えますな~。……まあ、おかげで気は楽になったけどさ」

 

「何言ってんだ。俺からすれば主人公はネイチャだっての。GⅠで1着取ってウイニングライブをセンターで歌うお前を見るのが俺の夢なんだからな」

 

「え? そんな事言ってなかったよね? いつの間にそんな無謀な夢出来たのさ」

 

「テイオーが皐月賞とか日本ダービーでセンターでウイニングライブ披露してたの見て羨ましくな」

 

「ハードル高いし夢見つける動機が不純!」

 

「へぼぅあッ!?」

 

 見事なチョップがトレーナーの腹へ直撃した。

 この男、良い事言って上げた後は余計な一言で下げる天才か何かだろうか。

 

 

「うべぅ……昼飯のカップ麺が出てくるとこだった」

 

「そんな強くしてないでしょうに」

 

「最近ツッコミの威力増してない? 主に物理的な意味で」

 

「遠慮しなくなったからかな? 信頼的な意味で」

 

「あれれ、おかしいな。どこで間違えたんだろ俺」

 

 くだらない事を言い合っている間に時計を見るとそろそろ交代の時間だった。

 

 

「あ、もうグラウンド交代の時間じゃん。ほら、次使う娘達が来る前に退散するよトレーナーさん」

 

「もうそんな時間か。最近暑いし今日はトレーナー室で涼んでから帰るか~」

 

「その前にアタシが着替えるから外で待っててもらいますよー」

 

「ねえ毎回思うけど何で部室で着替えないの。何のための部室のロッカーなの。トレーナー室で着替えるその理由をはいどうぞ」

 

「あっちの方がまだ清潔だし広いし涼しいしゆったりできるから」

 

「ちくしょう全部俺も思ってる事だから何も言い返せねえ!」

 

 2人共パイプ椅子とロングソファだと圧倒的に後者だった。部室にエアコンが設置されていないのが問題だと思う。部員が少ないチームの悲しい末路だった。

 タオルを首に巻いたネイチャと共にトレーナー室の方へ向かう。

 

 

「そういや次のレースは距離どのくらいだっけ?」

 

「1800mだ。若駒ステークスより200短い。その次も同じ1800m。それに勝てば次にあるGⅢの小倉記念は2000mだな。最後のGⅡ、京都新聞杯のトライアルは2200mになってるぞ」

 

「重賞レースかあ。やっぱまだ実感ないわ。出れる確証もまだないけど」

 

「とは言ってもネイチャならいけるだろ。少なくとも掲示板、もしくは3着以内には必ず入れる実力はあるしな」

 

 そういうのは逆にプレッシャーになるのだが、何故だかトレーナーが言うと安易に否定できない。

 時々新人トレーナーという事を忘れそうになるくらい無駄に自信があるのだ。そのくらいの意気がないとトレーナーなんてやってられないのかもしれないが。

 

 

「とにかく今はスタミナ増強だ。暑くなってきたし明日からはプールで鍛えるのも悪くないな」

 

「ねえ、疑ってる訳じゃないけどさ、そんな徹底的に体力付ける必要あるの? やっぱ3000mってめちゃくちゃしんどいとか?」

 

「それもある。けど、今回に至ってはそれだけじゃない」

 

 脇に抱えていたレースの資料を持ち直し、ネイチャに見せる。

 

 

「俺達の狙ってるレースはさっき話した4つ。けど最後のトライアル以外の3つのレースは間隔が短いんだ。最初のレースから次のレース、そしてその次のレースまでの間は約2週間しか空いてない」

 

「……あー、なるほどねえ」

 

「だから調整も細かく体調管理もこれまで以上に気を遣わないといけなくなってくる。しかも最後以外は季節は真夏だ。嫌でも体力を増やさないとすぐにばてちまうぞ。スタミナはあるだけあるに越したことはないからな。今やれるだけの事はしておこう」

 

「それもそっか。これも少しは善戦するためだし、やるだけやったりますかねえ」

 

 普通に考えれば過密なスケジュールだろうと思う。

 しかし、早い段階でこれに対応できればこれからのレースでもしまた同じような事があっても失敗する確率を大いに減らす事ができる。

 

 トレーナー室に着き、ネイチャだけ入って着替えを始める。

 外で誰も入ってこないようにドアにもたれたままトレーナーは話を続けた。

 

 

「スタミナつけるならトレーニングだけじゃなくて料理もがっつり食うんだぞ。肉食っとけ肉」

 

「男の人ってとりあえず肉食べとけばいいみたいな風潮まだあるんだ……。あ、もう入っていいよー」

 

 それは多分食にあまり興味がないトレーナーが問題なのだという事をネイチャはまだ知らなかったりする。

 早々に着替えを終えトレーナーを部屋に入れた。

 

 

「トレーナーさんも夏はお肉とかばっか食べてんの?」

 

「あん? 舐めるな。俺の相棒は基本パンとカップ麺とコンビニ弁当だ。最近のコンビニ弁当は凄いんだぞ。ちゃんと栄養を考えられてる物だってあるんだからな」

 

「ふーん、何かあれだね。トレーナーさんってホントレースとかそういうの以外にあんま興味なさそうって感じ」

 

「ない訳じゃないけどな。せっかくお前の担当になれたんだし、今はそっちに専念する方が俺も楽しいんだよ」

 

 軽く聞き流しつつ、顔を拭いていたフェイスペーパーをゴミ箱に捨てようとしたところでネイチャが気付いた。

 

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

 トレーナーが言っていた事を思い出す。

 彼の基本食はパンとカップ麵と栄養(笑)を考えられたコンビニ弁当だと。たった一食の栄養管理弁当が何になるというのか。

 

 そんな大前提でだ。

 今ネイチャの目の前にある惨状は何だ。このゴミ箱に入っている大量のプラスチックの器はいったい何なんだ。

 

 思わず、ネイチャが手をゴミ箱の中に突っ込んだ。

 

 

「これも、これも……これもこれもこれもこれも!?」

 

「おいどうしたネイチャ? 間違えてプラスチックのゴミ箱に入れちまったか? 分別はちゃんとしなきゃだぞ~」

 

 呑気にPC前のイスに座り今日のトレーニングのレポートを書いているトレーナー。

 自分へ矛先が向けられるのをこれっぽっちも予想できていない憐れな男だった。

 

 

「……トレーナーさん」

 

「何?」

 

「もしかして毎日お昼はカップ麵だったりする?」

 

「そうだけど。さっき言ったのをほぼ年中続けてるぞ。たまに商店街とか自分へのご褒美で豪勢にピザの出前とかも取ってる」

 

 栄養もへったくれもない返答がきた。

 多分このバカトレーナーは一食の栄養管理弁当でどうにかなると思っているハッピーセットの頭をお持ちらしい。

 

 これには実家がバーのお節介ネイチャの血が騒いでしまう。

 というかここまで来れば無駄な口実ももう必要ない。何なら口実が出来たと言うべきか。

 

 振り返ったネイチャの顔はほんのりと赤かった。

 そして人差し指をトレーナーへ向けてこう言ったのだ。

 

 

「明日のお昼はアタシもここに来るからカップ麵にお湯とか入れないで待ってる事! いい!?」

 

「え、何でいきな」

 

「いーい!?」

 

「アッハイ」

 

 言い残すと鞄を手に颯爽とトレーナー室を出ていった。

 真意は分からないが、とりあえず言うとおりにしないとおっかない事になるのは確かだと思う。

 

 出ていったドアの方を見つめエアコンへ目をやる。

 ネイチャの顔が紅潮していたのは見間違いではなかったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

「もっと温度下げてやるべきだったか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見当違いの推理のまま、明日の昼はネイチャと過ごす事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、カップ麺ばかりのゴミ箱が見つかりました。
ネイチャの本領発揮です。



では、今回高評価を入れてくださった


チキチキさん、航太さん、九重義政さん、原始人さん、ロック365さん、ポケモンマニアさん、MASAKI-さん、アマゾネス使いさん、hakugyokuさん、ハサハサさん


以上の方々から高評価を頂きました。
毎話更新する度に高評価を入れてくださる方々がいてくれるおかげで頑張れてます。
本当にありがとうございます!




活動報告にちょっとしたシチュエーション募集をしたので、もし見てやろうかと思う方がいればそちらも見ていただければ幸いです。


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21.女の子の手作り弁当とかいう最強アイテム


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 栗東寮にあるキッチン。

 そこに1人のウマ娘がいた。

 

 

 

 

 

 

「……うーん」

 

 ナイスネイチャだ。

 既に大量のビニール袋と野菜などが調理台に並べられている。総量を見れば主婦でも音を上げそうな重さだが、それを一人で軽く持ち帰ったネイチャはやはりウマ娘故か。

 

 顎に手を当て、食料を見つめ出た言葉はこうだった。

 

 

「いや多いなっ!」

 

 悲しき1人ツッコミがキッチンに響いた。

 ここに置いてある野菜や肉類、他にもたくさんあるが省略。とにかく多い。元々食堂にあった物ではなく、これらはネイチャが行きつけの商店街で買ったものである。

 

 いいや、正確には3割はネイチャが買ったのだが、後の7割は商店街のおっちゃんおばちゃんが半ば強引にサービスしてくれたのがほとんどだ。

 買い手からすればありがたいと思うのが本音だろう。しかしネイチャとしては普通に貰いすぎてもはや申し訳なさがあった。

 

 

「まったく、いいって言ったのになぁ。ホントお節介焼きが多いんだから」

 

 主に買い食いや暇つぶしで商店街に通う事が多いネイチャ。そんなネイチャが珍しく大量の買い物をしていたら仲の良い人達は当然疑問に思う。

 そこで質問された時、素直に答えてしまったのがいけなかった。

 

 

『不健康な食生活をしてるらしいからさ、と、トレーナーさんにお弁当作ってあげたいんだよね……』

 

 

 年頃の女の子があからさまに取り繕ったような赤面顔でこんな事を言ったらどうなるか。

 もうおっちゃんおばちゃん大騒ぎであった。お節介焼きの本領がこれでもかと発揮されたのだ。

 

 ネイチャが所望した物を手早く一番良い状態でくれたり、遠慮しているのに買った商品より高そうな肉をサービスとか言ってレジ袋に入れられてたりした。

 おかげで気付いた時には想定の数倍ある荷物の量になっていたという訳だ。

 

 

(1人分、アタシのを入れて2人分としても全部使える量じゃないしなあ)

 

 弁当箱に入れるのだから、当然内容量には限界がある。そもそもこんな量、工夫さえすれば10人前の品が作れてしまいそうだ。

 せっかくの厚意を無下にしたくないが、これだけあると出番のない食べ物は必ず出てしまう。

 

 

(仕方ない。余りそうなやつはとりあえず保存して、と)

 

 使わなそうな物を野菜室やら冷蔵室、冷凍室など用途に分けて入れていく。

 ようやく本番。いいや、食べてもらう明日が本番なら今は前哨戦か。エプロンを着け、手を洗って事前の準備を済ませる。

 

 ひょんな事から始まった弁当作り。

 実家のバーで自然と鍛えられた料理の腕が鳴る。

 

 

「さて、いっちょ仕込みからやったりますか」

 

 レースとはまた違う、彼女の負けられない戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼。

 

 

 

 

 チャイムが鳴り、トレセン学園全体が昼食の時間になった頃。

 トレーナー室のソファで何のこっちゃか分からない状態で待っている渡辺輝がいた。

 

 

「……え、昼飯どうすりゃいいの俺」

 

 昨日の会話を思い出す。

 いつもこの時間帯はカップ麵を食べているのだが、今日はそれをするなとネイチャに言われたので何もする事がない。

 

 コンビニで弁当でも買ってくるべきだったかとも考えたが、ネイチャの言葉的にも彼女が何か代わりに買ってきてくれるのだろうか。ちなみに朝は普通にパンを食べたトレーナーである。

 一応お金を渡せるように財布は出しておくかと思っていた矢先、ドアが開かれた。

 

 

「……お、おいっすぅ」

 

「おっす。昨日ぶりだな」

 

 たどたどしさ満載のネイチャがトレーナーの隣へ座る。

 片手で何かを持っているようだが、トレーナーからは見えないようにしているようだ。

 

 彼からすればネイチャが購買で何かを買ってきた可能性があるかぐらいか。ネイチャは弁当を作ってくるとは一言も言っていないのだから想像できないのも無理もない。

 そんなネイチャが切り出してきた。

 

 

「あ、あのさ」

 

「うん?」

 

「お昼、まだ食べてないよね?」

 

「お前が昨日食うなって言ったからまだ何もありつけてないぞ。正直腹ペコです」

 

「そ、そうだよね~……」

 

 一応は言いつけを守ってくれたらしい。

 ならば自分もそれに応えるのが道理だ。ネイチャは意を決した。

 

 隠していた片方の手から用意していたものを差し出す。

 

 

「こ、これ!」

 

「……あれ、購買で買ってきたものじゃない? いや、これってまさか」

 

 彼女が差し出してきたのはランチクロスに包まれた箱のようなものだった。

 その時点で中身が何なのかはトレーナーもすぐに分かった。

 

 

「……お弁当」

 

「もしかして、ネイチャが?」

 

「う、うん、一応、全部アタシが作ったよ。トレーナーさんの口に合うかどうかは分かんないけど……」

 

「まじでか。え、てことはこれ女の子の手作り弁当って事じゃん!! やべえ、テンション上がってきた!」

 

 さっそくランチクロスを広げ弁当箱を開ける。

 そこには白ご飯はもちろん、から揚げ、ミニハンバーグ、きんぴらごぼう、卵焼き、ウインナー、ブロッコリーにほうれん草とコーンのバター焼きが入れられていた。

 

 

「そこまで盛り上がる事でもなくない?」

 

「何言ってんだ。女の子の手作り弁当ってだけでそこにゃあ弁当以外にも付加価値が乗るんだよ。男にとっちゃそれだけでステータスが上がるってもんだ。つうかめちゃくちゃ美味そうだな」

 

「トレーナーさんの好みが分かんないからさ、とりあえず今回は誰でも食べれそうなやつを作ってみたんだよね」

 

「へえ、食べていいか?」

 

「どぞ」

 

「んじゃ、いただきますっと」

 

 特に上品にという訳でもなく、普通にミニハンバーグを箸で掴んで口に頬張る。

 咀嚼しているトレーナーを見るネイチャは少し不安そうでもあった。誰でも食べられそうなものと言っても味付けで好みが変わるのは必然だから、いくらハンバーグと言えど油断はできない。

 

 こういう時は素直に聞くしかないのだ。

 

 

「ど、どう、かな……?」

 

 おそるおそる聞いてみる。

 ご飯も一口分頬張った後、しばらく咀嚼して口の中に何もなくなったのを確認してからトレーナーは小さく呟いた。

 

 

「……ぇ」

 

「え?」

 

「うめえ、めちゃくちゃ美味いぞネイチャ!!」

 

「あ、え……?」

 

 隣にいるのに急に顔を近づけられて安堵よりもまず混乱が頭を支配した。

 次にから揚げ、その次に卵焼きと頬張っていく。

 

 

「から揚げも卵焼きも全部お前が作ったんだよな? すげえ、こんな丁寧な弁当俺が学生の時なんて一度もなかったぞ」

 

「そ、そうなの?」

 

「ああ、俺の両親は共働きだったからな。朝も忙しくて弁当のおかずはほとんど冷凍食品とかだったよ。俺としては親が忙しいのは分かってたし、例え冷凍食品ばかりの弁当でも作ってくれるだけありがたかったし、何より美味かったから何の文句もなかったけどな。元々食にこだわりとかあんまないからさ俺」

 

「へえ、そうだったんだ……」

 

 彼の食への関心のなさはこういう所にあるのではないかと思ってしまうがそこは家庭の事情、仕方ないのである。

 

 

「けど卵焼きだけは絶対手作りで焼いてくれてて、その味が好きだったんだよ。それがまさかネイチャの焼いてくれた卵焼きと味が似ててビックリしたわ。こう、ちょっと甘めな感じの卵焼き? 好きなんだよなあ」

 

「ふ、ふーん……?」

 

 ネイチャ、心の中でガッツポーズだった。

 たまたまではあるがトレーナーの好みにストライクだったらしい。これは後々の参考になる。

 

 美味しそうに食べているトレーナーを見て、ようやくネイチャにも笑みが零れた。

 これだけ言ってくれているのであればもう心配はいらないだろう。自分も似たようなキッチンクロスを広げて弁当箱を開ける。中身はトレーナーのものと一緒だ。

 

 というか何なら弁当箱に至ってはお揃いの二段弁当である。

 ネイチャは基本、昼食は食堂か購買なので弁当箱を持ち合わせていなかった。そして急遽弁当を作る事になったので昨日適当な店に行って買ったのだ。わざわざお揃いの物を。

 

 お揃いであればまずネイチャの弁当箱におかずを詰め込んで見栄えなどを整える見本として使える。そして量のバランスなども比べる事ができるから……という言い訳にも近い動機を当てはめる事にした。

 

 

「ふう、ごちそうさまでした」

 

「え、はやっ」

 

 ネイチャが二口目のご飯を飲み込んですぐだった。

 

 

「いやー、美味すぎてついがっついちまった」

 

「もー、お行儀悪いよ?」

 

 ふぃー、と言いながら腹を抑えるトレーナーに呆れた笑みで返す。

 少し注意しながらも表情が綻んでいるのは、昨夜から頑張って作った弁当をこんなにも早く平らげてくれた事の喜びが原因か。

 

 

「こんなにも料理が上手いとは思ってなかったぞ」

 

「これでも一応実家のバーじゃ手伝ったりして料理の腕は鍛えられたからねー。ふふんっ、珍しくネイチャさんが自信のある唯一の特技と言ってもいいくらいだよ」

 

「特技か。そうだな、こんだけ美味いんだ。特技と言っても全然過言じゃねえ。店で出してたんなら普通に店レベルの腕って事だもんな」

 

「と言ってもバーで出す程度のもんだけどね。卵焼きとか酔ったおっちゃん達のために優しい味付けで作ってたらこうなった感じだし」

 

「だとしてもその歳でこれだけ料理が出来るのはすげえよ。わざわざありがとな。俺のためにこんな美味い弁当作ってくれて」

 

「いいって別に。アタシが勝手に作ったんだからさ。まあトレーナーさんの食生活に不安があるのは否めないけど」

 

 元々トレーナーのバカみたいな食生活が原因でこんな事になったのだ。

 これを機に改善してほしいのが本音だが、人間そう簡単に変われるほど単純な生き物ではないのである。

 

 

「てか久々に誰かの手料理食べたな。何か感慨深いわ」

 

「え、そうなの?」

 

「言ったろ。俺はほぼ年がら年中パンとカップ麵とコンビニ弁当だって。まあ自炊も出来ねえからそうなっちまうんだけどさ。コンビニとか常連すぎてもはや女の子の店員さんとちょっと話すくらい仲良くなってるレベルだぞ。あ、悲しい大人だなとか思うのはナシな。寂しさで泣くから」

 

「……ほーん?」

 

 何やら聞き捨てならない事を聞いたような気がするが堪える。

 一応は感謝の気持ちを伝えてくれているのだから追及はしない。いやそんな権利も自分にはないのだが。

 

 

「だからネイチャの弁当食べたらちょっと感傷に浸っちまったわ。美味すぎてってのが一番だけど、それを誤魔化すのに早く食い終わったのもそれが原因だ。俺にとっちゃ女の子の手作り弁当も冷凍食品じゃない弁当も初めてだったからかねえ。いや、ネイチャの弁当が何か母さんの味みたいなせいかもしれない説もあるか」

 

「……ふふっ、何それ。褒められてる気がしないんですけど?」

 

「褒めてる褒めてる。俺なりにすげえと思ってんだからな? やっぱ持つべきものは優秀な担当ウマ娘だねえ」

 

「優秀かどうかは分かんないとこだけどねえ」

 

 ゆったりとした時間が流れていた。

 食べ終えたトレーナーは紙コップに入れたお茶を一飲みし、ネイチャはまだ残っている自分の弁当をマイペースに食べている。

 

 

「いやいや、充分優秀だって。こんな美味い料理が出来るんだ。ほんと、お前なら将来良いお嫁さんになれるよ」

 

「ぶふぉうッッッ!?」

 

 口に含んでいたお茶を吹き出した。ご飯とかではなかったのが不幸中の幸いか。

 いきなりの爆弾投下は心臓に悪い。そういえばこの男は突然こういう事を言いだすのだったと少し忘れかけていた。何事も不意打ちほどダメージが大きいものはない。

 

 咳き込みながらも即座にテーブルの上に置かれていたティッシュで吹き出したお茶を拭きながら、

 

 

「な、何をいきなり言い出すかなーもー! ビックリしたじゃんっ!」

 

「ええ~、普通に思った事言っただけじゃんか。お前の将来の旦那が羨ましいよ。毎日こんな美味いもん食えるなんてさ」

 

「だ、だんっ……!?」

 

 もう弁当にかまける暇もない猛攻(トレーナーは無意識)がきた。

 こいつこの無自覚野郎よくもまあそんな恥ずかしい事を簡単に言ってのける。いくら子供相手だからってもっとデリカシーを持てないのか。

 

 このままだとペースはトレーナーに握られてしまう。

 何とかしてこの話題から少しでも逸らさないといけないと思ったネイチャは脳内をフル回転させた。

 

 

(何も思い浮かばない!)

 

 ダメだった。

 

 

「とにかくサンキュー。昼飯に満足できたの何年振りだろうって感じだったよ」

 

「あ、う、うん」

 

「しかしこうなったらカップ麵じゃどうにも満足できなくなっちまうなあ。これからはもうちょいマシなコンビニ弁当でも買っとくか? スーパーの弁当も悪くないな」

 

 自炊が出来ない悲しい成人男性だとどうしてもこの結論に至ってしまうのは当然か。

 ともかくネイチャとしても今の台詞は見過ごせなかった。

 

 一旦箸を置く。

 両手を膝の上に置き、いっそ改まったような姿勢でこう切り出した。

 

 

「しょ、商店街のみんながさ」

 

「ん?」

 

「トレーナーさんにお弁当作るって言ったらいっぱい色んなものくれてね、実はその残り物がまだたくさんある訳なんですけど……」

 

 トレーナーの目は見れない。

 代わりに上を向いて視線を天井に集中する。

 

 

「だから……明日とか、明後日とかも、ね……もし良かったらなんだけど、またアタシがトレーナーさんにお弁当……作ってあげよっか……?」

 

「マジでか!?」

 

「うぇええっ!?」

 

 予想以上の喰い付きだった。

 思わず目が合ったトレーナーの瞳はキラキラしている。まるでオアシスでも見付けたかのような希望の眼差しだ。

 

 

「いいのか!? 俺としては嬉しい限りでありがたい話でもあるけど、朝とか大変になるんじゃないか? あまりネイチャの負担になるような事は避けたいんだが」

 

「……はぁ」

 

 ここまで来て自分の心配をしてくれる彼に呆れた溜め息を出す。

 そんなものは愚問とばかりに、だ。

 

 

「いいよ。アタシもお弁当作るのは結構楽しいし、いつもアタシの事を考えてくれるトレーナーさんへの恩返しみたいなものと思って」

 

「? お前の事考えるのはトレーナーとして当たり前の事だろ? 恩とか売った覚えはないぞ」

 

「そう言うと思いましたよー。ま、アタシの勝手なお礼と受け取ってくれればいいからさ」

 

「けど、本当にいいのか? 無理はしなくていいからな?」

 

「くどいよトレーナーさん。アタシのお弁当食べたいのか食べたくないのかどっち?」

 

「超食べたい」

 

「っ、よろしい」

 

 食欲には忠実だったらしい。

 どうせなら美味しいものを食べたいと思うのは人としてむしろ在るべき欲望だろう。

 

 そんなに自分が作った料理を気に入ってくれたのかと思うと不覚にもニヤケてしまう。

 見られる訳にもいかず誤魔化すように残りの弁当を食べると、手早くトレーナーの弁当箱も含めて回収した。

 

 

「じゃあ、また明日作ってくるねっ」

 

「おう、ありがとな」

 

 少し慌てたようにネイチャが部屋を去って静かになったトレーナー室。

 おかげさまで満足感を得られたトレーナーは1人、こう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しばらく昼が楽しみになるなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これはまたマーベラスに質問攻めされそうな展開が来そうです。
ネイチャの作った手料理食べて満腹になり隊。

活動報告でネイチャとのこんな話が読んでみたいなどといったシチュエーション募集をしておりますので、お気軽にご要望くださいね!


では、今回高評価を入れてくださった


夜々空さん、おしるこなさん、骨折明細さん、麦丸さん、Honorific88さん、アコルさん、チュートンさん、koikoi0319さん、名無しさんですさん、kaz0429さん、タンポポ雲さん、コウ@スターさん、1201teruさん、みかん団長さん、ガチタン愛好者さん、KOBASIさん、れきさん、麟として時雨さん


以上の方々から高評価を頂きました。
毎回毎回こんなたくさん頂いていいのか……と思いつつ狂喜乱舞しています。
本当にありがとうございます!!







長期連載するつもりはなかったのにどんどん話数が増えてる事に戦慄してます(笑)


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22.梅雨を吹っ飛ばせ


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「はぁ~、マジで何もやる気起きねえなー」

 

 

 

 

 

 

 ソファに大きくもたれ掛かり天井を仰いでいるのは渡辺輝。

 今は放課後だ。本来ならトレーニングがあり今頃グラウンドでネイチャの練習を見ているはずだった。

 

 そして件のナイスネイチャはトレーナーの隣で1人何やら格闘していた。

 

 

「うがーっ、めんどい! まじメンドイ!」

 

 隣で叫ばれると嫌でも視線はそちらに向いてしまうものだ。

 やる気なさ全開の表情のままトレーナーは担当ウマ娘に声をかける。

 

 

「何やってんだ?」

 

「見て分かるでしょ。髪を櫛でといてんの。毎年この季節になると髪が爆発するから手入れも面倒なんだよね」

 

「あー、なるほどね」

 

 必死にサイドにある爆発もふもふツインテールを手入れしていた。

 そういや去年もやっていた気がする。

 

 6月下旬。

 梅雨の季節はまだまだ終わりそうになく、今日も今日とて激しい雨が窓を叩きつけている。レース本番日には雨が降る事も少なくない。だから重バ場でも慣れておく必要がある時は雨の中でも練習はするのだが、今回はそれどころではなかった。

 

 テレビを点ければニュースでは大雨警報が出ている。

 幸い風は弱く帰宅する分には何の問題もなさそうではあるが、如何せんこの強すぎる雨が練習自体を妨害してくるのだ。

 

 試しにカッパを着たトレーナーが外に出たら、大量の小石でも降ってきているのかと思うほど大粒の雨が真上から降り注ぎ、風が少し強くなれば無防備の顔面に小石並の雨粒が襲い掛かって来る始末。

 これではまともに練習が出来ないと判断した結果、今日の練習はオフとなった。

 

 あとは少しでも雨が弱まれば帰る手筈となっている。

 ただいつその時が来るのかは分からない。窓の外は今も雨の槍が空を支配しており弱まる気配はなさそうだ。

 

 ともすれば、今はまずこの雨で湿気った嫌な気分を転換する必要がある。

 渡辺輝。ウマ娘やレース以外の事ではもうからっきしぐうたらお気楽青年だという事を忘れてはならない。

 

 このうだうだした気分を改善できるのなら利用できるものは全て利用するのだ。

 そのための相手が隣にいるではないか。

 

 ネイチャを見る。

 彼女は今必死に膨張したもふもふツインテールを何とかしようと奮闘している最中だ。

 

 

「……な、なに?」

 

 トレーナーにはボサボサになった髪の自分をあまり見られたくないのか、少し恥ずかしそうにネイチャは強い視線で見てくるトレーナーへ疑問をぶつけた。

 勘違いしてはいけない。彼はネイチャが思っている以上にこういう時はふざけるヤツなのだという事を。

 

 

「わはは、もふもふがでかくなりすぎてまるで顔が三つあるみたいだぞネイぶほぅえあッ!?」

 

「だからデリカシー身に付けろっての!!」

 

 相手の機嫌を転換してしまったようだった。

 横っ腹へウマ娘の力が入ったまま櫛がめり込んだ。どうあがいても自業自得である。

 

 

「ったくもう、いくらトレーナーさんだからって好き勝手言っていい訳じゃないんだからね? トレーナーさんだからこそってのもあるけど」

 

「ぎゅぶぅ……」

 

 聞いちゃいねえようだった。

 乙女の問題に土足で入り込めばこうなる事を覚えておかなければならない。誰にだって踏み込んでほしくない領域というものは存在するのだ。

 

 とはいえ一応は湿気った気分ごと痛みへ変換された。

 結果は違うが作戦は一部成功と言っていいか。

 

 ようやく痛みが和らいできたところで普通に質問する事にした。

 

 

「俺はそんなだけど、ネイチャは結構髪とかボサっちまうんだな?」

 

「まあロングとかボリュームあるヘアスタイルしてる娘とかは割とそうなっちゃうかな。対策しててもなる時はなっちゃうしね。アタシの場合は髪質とかもあるんだろうけどこればかりはどうしようもないかなあ」

 

「そんなもんなのか。さっきは茶化しちまったけど、普通に今のも悪くないとは思うけどな。ボサボサってよりはまだもふもふが増したようにしか見えないし。あと何か面白い」

 

「おい最後」

 

 今度は弱めに横っ腹をツンと指で突つかれた。

 ネイチャも自分の髪を何とかするのに手いっぱいらしい。

 

 気分は変わってもジトジトした空気はまだ変わりそうにない。

 こんな時は適当にでも会話を続けた方が幾分かマシにはなるだろう。

 

 

「そうだ、なあネイチャ。これ見てみろよ」

 

「なにそれ?」

 

 一旦PCのある席に移動して引き出しから一冊の雑誌を取り出した。

 それを持ったままソファに戻ると適当にページを開いていく。

 

 レース関係の雑誌かとも思ったが表紙からして違うようだ。

 何かと聞く前にトレーナーが口を開いた。

 

 

「ほら、7月の下旬から短い期間で何個もレースがあるだろ? 3回連続小倉レース場だから何日かあるオフは福岡に泊まって足を伸ばすのも悪くない。それに真夏だし、オフともなるとちゃんとリラックスできるものが良いかと思ってさ」

 

「うん?」

 

「夏にどっか行きたい場所とかあるか?」

 

「…………ええッ!?」

 

 理解するのに数秒かかった。

 この男自身にはそんな自覚も一切なくただのオフの日をどう過ごすかというだけなのだろうが、率直に言ってしまえばデートのお誘いだった。本当にトレーナーは何の意図もないのだが。

 

 しかしそこは年頃の女の子ナイスネイチャ。

 あんな事言われれば嫌でも意識してしまうのも無理はない。というか誰だってそう思ってしまう言い方をするトレーナーが悪い。

 

 言われるがまま渡された雑誌を見る。福岡の旅行雑誌のようだった。

 適当に見ていくだけでも豪華なホテルや観光地に海水浴場まである。はっきり言って中等部の自分にはまだ早いと思ってしまうほどのレベルだ。

 

 

「ね、ねえ、アタシは別にこんな豪勢な場所とかじゃなくても大丈夫なんだけど……」

 

「せっかくの夏だぞ。クソ暑いだけでもやってらんねえのにレースが続くんだからオフはみっちり満喫しないとモチベも保てないってもんだよ」

 

「もしかしなくてもさ、トレーナーさんとアタシの2人だけだったりする?」

 

「当たり前だろ。チーム・アークトゥルスは俺達だけなんだから」

 

 これで確定してしまった。

 2人っきりだ。たった2人で福岡でオフを楽しむ男女の出来上がりが確定してしまった。

 

 そこら辺の店やデパートに行くのとは訳が違う。どうあがいてもただのお出掛けとは意味が異なってしまう。

 もはや爆発しているもふもふなどどうでも良くなっていた。

 

 ならばほんの少しでも、と思い雑誌を見る。

 どこもかしこもロマンチックな景色や豪勢な食事、賑わいのある観光地などの見出しが書き込まれていた。

 

 呑まれてしまってはダメだ、と思う。

 こんなにも魅力のある場所に行ってしまえば、きっと思い出はその場所の方に大きく残ってしまう。

 

 

(ほんの少しでも……トレーナーさんとの思い出を強く残したい……)

 

 ネイチャにとってどこに行くかなどの場所は正直どうだっていい。

 大事なのは場所よりも思い出。つまりはどれだけ相手の心の中に自分が強く残っているかだ。

 

 であれば。

 申し訳なく思いつつも雑誌を閉じる。

 

 

「どうした? 行きたい場所なかったか?」

 

 もっと色んな雑誌を持ってくるべきだったかと思っているトレーナーへ首を横に振る。

 いつもよりボリューミーな髪を指でクルクルと巻きながら、だ。

 

 ネイチャはあえてトレーナーと視線を交えてこう言った。

 

 

「アタシね、トレーナーさんと一緒ならさ……別にどこだっていいんだよ」

 

「……、」

 

 何か髪を弄りながら指をくねくねしている。

 こちらの金銭面を心配しているのだろうかと勘繰るトレーナー。趣味が基本的にないのでこういう時こそあり余った貯金を崩せるというものなのだが、ネイチャはそういうとこを気にしてしまう性格なのだろう。

 

 ただネイチャの気遣いを無下にしてしまうとこの優しい娘はいつまでも気にしてしまうので、結局はトレーナーが折れるしかないのだった。

 溜め息一つ。せめて彼女が満足できるような返しをする事に全力を尽くす。

 

 

「しゃあねえ。じゃあどこに行くかはその時また決めるか。俺もお前とならどこでも楽しめそうだしな」

 

「んっ」

 

 ニカッと笑うトレーナーに笑みを返す。

 きっと、これでいい。その方がずっと心に残ると信じている。

 

 

「雨はまだ止みそうにないな。ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

「はいはい、相変わらず空気をぶち壊すのが得意なようで」

 

 部屋に1人残った少女。

 テーブルに置かれた雑誌を一瞥し、スマホのカレンダーを開く。

 

 思わぬ形とはなったが、夏にトレーナーとどこかに行けるというイベントが増えたのだ。

 ならば、気持ちも湧き上がってくるもの。

 

 

 

 

 

 

(元々負けるつもりはなかったけど、レースを頑張る理由が増えちゃったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 梅雨のどんよりとした気分が一気に華やかになったネイチャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





もふもふが爆発しているネイチャの髪に手を突っ込みたいです。
きっと幸せになるに違いない。




では、今回高評価を入れてくださった、


HI ROさん、くろは?さん、フカヒレ珈琲さん、Raven(ゴミナント)さん、百々芦ぺろりんさん、ナナシロキさん、pika4thさん、ぺぺすけさん、ロクでなしの神さん、めうさん、因数分解さん、ガチタン愛好者さん、どらごんずさん、ポケモンマニアさん、真暇 日間さん、danann_scpさん、主犯さん、島人さん


以上の方々から高評価を頂きました。
改めて創作する者にとって必要なのは読者の方々の励ましやご感想一つ一つなんだなと噛みしめています。これだけで意欲が湧いてくるんじゃ。
本当にありがとうございます!!




実は安直ではありますがトレーナーの名前にもちゃんと由来や意味があります。


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23.七夕に何を願う


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 7月7日。

 

 

 

 まだ完全に梅雨が明けた訳ではないが、この日は雨が降る様子も一切なく雲一つない快晴の空。

 

 

 

 

 

 

「いやあっつ!!」

 

 突き抜ける太陽光が容赦なく人様の頭を熱していた。

 トレセン学園。その中にあるグラウンドでトレーナーこと渡辺輝は練習中にも関わらず思いっきり太陽へ愚痴っている。

 

 

「何なんだよこの暑さ。久々に湿気がないと思ったら今度はカラッカラの灼熱地獄じゃねえか! 太陽テメェこの野郎少しは遠慮しやがれ気遣いってもんを覚えてこいド阿呆がぁーッ!!」

 

 何か太陽に向かってめっちゃ暴言を吐いていた。

 そこへやってきたのが担当ウマ娘のナイスネイチャだ。半袖半ズボンの体操服に汗だくの状態で腰に手を当てている。

 

 

「何で太陽に喧嘩売ってんのさ。アタシなんてこのこの暑さの中を何周も走ってんだからトレーナーさんはまだマシでしょ? 暑さに負けないために体力増やさないとって言ってたのはどこの誰だっけ?」

 

「それはネイチャの話であって俺の話じゃないから関係なうゅあぅえぁ~」

 

「ほら溶けないでちゃんと立つ。もう、次からちゃんと自分の日傘とか日除けのパラソルとか持ってきなね? トレーナーさんが熱中症になったらアタシが困るんだから」

 

 溶けかけたトレーナーをあらかじめ持って来ておいたネイチャの日傘に入れる。

 陰があるだけ幾分かはマシになるだろう。

 

 人間とウマ娘では体の作りが少し違うのか、ウマ娘は一般の人よりも暑さに耐えれるらしい。

 それを含めてもこのトレーナーの暑がりは異常だが。いいや、寒がりでもあったか。

 

 

「日陰って素晴らしい。ネイチャ、俺はこれから陰キャになるよ」

 

「なるな」

 

 冗談が言えるくらいには暑さを凌げたらしい。

 確かにこの暑さの中、まだ猛スピードで走って風を感じれるネイチャよりも、その場でじっとそれを見ているトレーナーの方がじんわりと熱に侵食され辛いのかもしれない。

 

 ネイチャは流れた汗をタオルで拭きつつ、クーラーボックスからスポーツドリンクを出し水分補給をする。

 熱い体の中を冷たいドリンクが流れていくのを感じた。この時期の水分補給はこまめに多く摂取しなければならない。暑い中を走るウマ娘なら特にだ。

 

 そしてそれを見守るトレーナーも。

 

 

「ほい、トレーナーさんの分のスポドリ。ちゃんと飲まないとだよ」

 

「おう、サンキュー。……いや何で俺がサポートされてるんだよ。逆だろ」

 

「思ったより暑さにやられてるからでしょ。それにアタシの担当なんだからネイチャさんがトレーナーさんを逆に支えるのも道理じゃない?」

 

「……? そうなのか?」

 

「そうそう。お互い支え合ってこそのパートナーじゃん?」

 

「ふむ……なるほどな。うん、よし、さすが俺の最高のパートナーだなっ」

 

 ペシンッと、納得したトレーナーがネイチャの頭に手を置こうとしたところでネイチャの手によって弾かれた。

 いつもなら素直に受け入れるのにだ。笑顔で手を弾いてきたのだ。

 

 

「……、」

 

「……、」

 

 ペシンッ、ペシンッと、無言の戦いが始まった。

 

 

「何で弾くんだよ! そこは受け入れるところじゃん! 俺達って支え合うパートナーだよね!? 思いっきり拒否されてるんですけど!?」

 

「今日は暑くていつも以上に汗かいてるから個人的に嫌なの!」

 

「そんなのレースの後と変わんないだろ?」

 

「気分が違うから!」

 

 どうやら乙女心は難しいようだった。

 嫌がるのに無理矢理という趣味はないのでここは素直に引いておく。弾かれて地味に傷付いたのは決して顔に出さない。

 

 

「アタシはまた走ってくるから、ちゃんと見ててよ」

 

「バッカ、どんだけ暑くてもお前の走りから絶対目は逸らさねえっての。トレーナーだからな」

 

「ハイハイ」

 

 軽く流したまま彼女はコースの方に駆けていった。

 外はどれだけ暑くても心の中はそこはかとない寂しさで冷えるトレーナーであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングが終わっても空はまだ暗くはなっていない。

 陽が長くなるとこういう事も良くある事だ。

 

 夏にもなるとさすがにネイチャもトレーナー室で直接着替えたくはないのか、シャワーを浴びてからトレーナー室に戻ってくる事が多くなった。

 そうなってくるとトレーナー室に残っているのは渡辺輝のみ。エアコンの効いた部屋というものは灼熱地獄の外を考えると天国のようなオアシスだった。

 

 

「もうこの部屋から出たくねえ……」

 

「たまにトレーナーさんってこの仕事に合わないんじゃないかってレベルで外の温度に弱いよね。特に夏と冬」

 

「むしろ暑いのと寒いのに強い人間がいること自体信じられん。実はウマ娘なんじゃねえかそいつら。そしていつの間に戻ってきた?」

 

「ただ単にトレーナーさんが弱いだけでしょ。あと今戻ってきたとこだよー」

 

 ソファから起きると隣にネイチャが座った。

 シャワー上がりだからかほんのりとシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。時計を見ると時間は夕方の6時半を差していた。

 

 

「アタシは帰るけどトレーナーさんは? まだ仕事残ってるの?」

 

「いや、もう終わらせたから涼んでたとこ。まあ時間も時間だし俺も帰るかねえ」

 

「じゃあ途中まで一緒に帰りません? トレーナーさん家も近いから徒歩なんでしょ?」

 

「別にいいぞ。にしても最近暑いし明日から車で来ようかな」

 

「徒歩数分で着くのに車って贅沢すぎません?」

 

「その数分でクソ暑くなるんだから仕方ねえじゃん。暑いのが悪い」

 

 他愛ない会話をしながら2人してトレーナー室を出る。

 さすがに夕陽も沈みかけてきて夜が来る雰囲気になりそうな空だった。

 

 廊下を歩きながら窓の外を見れば一番星が輝いている。

 星、というワードでようやく今日が何の日か思い出した。

 

 

「ああ、そういや今日って七夕か」

 

「トレーナーさんでもそういうの覚えてるんだね」

 

「大人になったし今となっちゃ特別感ってのは全然感じないけどな。ああいうのは小さい子供とか学生が短冊に色々書いて盛り上がるもんだろ。俺も中学生の時はふざけて空から大量の金が降ってきますようにとか書いてたし」

 

「欲望丸出しじゃん」

 

 トレーナーのロマンもへったくれもねえ過去が明らかになった。

 実際の言い伝えには一年に一度だけ天の川で彦星と織姫が会える日などと言われているが、現実の人々からすればそれよりも短冊に願い事や行事食としてそうめんを食べるなどのちょっとしたイベント気分でしかない。

 

 

「けど実際短冊の願い事って結局のところ望みという名の欲を書く事だろ? 夢が叶いますように、健康でいられますように、誰々とずっと一緒にいられますようにとかってさ、最終的には自分の欲じゃね」

 

「ホントトレーナーさんってロマンのロの字もないよね。や、アタシもそんなだけど」

 

 少し同感してしまう辺りネイチャもネイチャである。

 これでも自分で卑屈系女子と自覚しているのだから無理はない。無謀な願い(欲望)ほど叶いっこないのは重々承知しているのだから。

 

 

「そんなところでまた思い出したんだけど、トレセン学園って毎年この時期になるとウマ娘達が短冊に願い事を書けるようにその辺に笹飾りとか置いてるんだよな。……あ、あった。あれあれ」

 

「うへ~、もう結構飾られてんね」

 

 庭園に出ると笹飾りがあり、そこにはもう多数の短冊が飾られていた。

 

 

「『レースで一着になれますように』、『重賞レースに勝ってセンターでライブできますように』、『もっとたくさんのにんじんを食べられますように』、『食堂のメニュー全制覇したから新メニュー増えますように』、『もっとダジャレの腕が上がりますように』、『宇宙行きてえ~、誰か拉致って行くか』、『尊すぎてすぐ鼻血出る癖が治りま(ここから先は血で滲んで読めない)』、『ダジャレにもっと早く気付けますように』、『美味しいラーメンを広められますように』、『ビクトリーズがもっと勝てますように』、『常にバクシンあるのみです!』……後半欲望だらけじゃねえか」

 

「個性爆発って感じですなあ」

 

 まさに十人十色の願い事(?)が書かれている。

 ウマ娘にもそれぞれ欲があるらしい。一部願いですらないような気もするが。

 

 

「正直見てて飽きないなこいつらの短冊。いくつか誰のか分かるのもあるし。つか血が滲んでるヤツ大丈夫かよよくそのまま飾れたな」

 

「まあレースに勝つのは自分の努力次第だし、それなら短冊くらい自分の好きなように書いてもいいんじゃないって事かね~」

 

「中坊の時の俺とほぼ一緒じゃん」

 

 考えてみればネイチャもこの短冊を書いたウマ娘達もまだ学生だ。

 短冊にこんな事を書いていてもトレーナーの過去から見れば何ら不思議ではなかったりする。

 

 視線を横に向ければご丁寧に机とペンと短冊が置かれていた。

 

 

「お、ちょうどいいな。ほれ、ネイチャも願い事書いとけよ」

 

「えーアタシはいいよ別に」

 

「こういう行事には少しでも参加しときゃ気分も乗ってくるもんだぞ」

 

「じゃあトレーナーさんも書こうよ。そしたらアタシも書くからさ」

 

「まじか。何年振りだ書くの……」

 

 ネイチャに言われ仕方なくペンを手に取る。

 急に言われても願い事なんて出てきやしない。トレーナーになる夢は叶ったし、ネイチャをGⅠで勝たせるのは願いではなく誓いであり決定事項だ。書くべき事ではない。

 

 となると、やはりレース以外では基本無頓着なトレーナーは適当な欲望ばかりが出てきてしまう。

 ここは学生の時と変わりないらしい。

 

 

(子供の頃はふざけて書いてたけど、俺も今は一応学園の生徒に教える立場でもあるしバカみたいな事は書かない方がいいよなあ)

 

 ギリギリのラインでバカは踏み止まった。

 

 

(レースに勝つ……はアタシにとっては難しいから間違いではないんだろうけど、それだと勝てない前提みたいになってトレーナーさんに申し訳ないよね……。こればっかりは自分で何とかしないと)

 

 対してネイチャは案外真面目に考えている。

 

 

(七夕なんだからそれらしい事……ってなると……)

 

 そもそも七夕の由来は諸説あるが有名どころで言えばやはり織姫と彦星伝説だろう。

 普通に考えればロマンチックな願い事を書く人が多いようにも思える。

 

 斜に構えがちなネイチャも年頃の女の子。そういう事を考えなくもないのだった。

 隣を見る。何を書こうか迷っているトレーナーの横顔があった。自分よりも年上なのにどこか子供っぽい表情に見えて可笑しくなってしまう。

 

 自然と、持っていたペンが動いていた。

 

 

 

 

 

 

「……ま、こんなもんか。ネイチャは書けたか?」

 

「うん、アタシはもう飾ったよ」

 

 数分してようやく書けたと思ったら担当ウマ娘は既に飾り終えたという。

 そうなれば先ほど見たウマ娘達の個性豊かな願い事からして気になったトレーナーは聞いてみた。

 

 

「どんなの願い事書いたんだ?」

 

「え~ナイショ」

 

「何でだよ教えてくれたっていいだろ」

 

「気になるならこの中から探してみればいいじゃん」

 

「無数にある中から一個見つけ出すのはさすがに無理じゃん!」

 

 ただでさえ生徒数も多いこのトレセン学園。しかもみんなきっちり短冊に飾っているのを見るとほぼ全生徒が書いているのだろうと思う。

 渡辺輝、一目で諦めた。

 

 

「トレーナーさんのも別に言わなくていいからさ。どうせ子供っぽい事書いてるのは想像つくし」

 

「たまに君って俺の事めちゃくちゃ下に見てくるよね」

 

「違うの?」

 

「舐めんな。俺だってもう大人だぞ。少しは……いや、超絶大事なこと書いたっつうの」

 

「ふふっ、ホントかな~?」

 

「あれ、もしかして信用されてない俺?」

 

 トレーナーも短冊を飾り終えると2人して校門の方へ歩いていく。

 お互いの短冊を確認しないで、だ。

 

 そろそろ星も見えてくる空の中、一年にたった一度しかやってこない日を2人は普通に過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ネイチャと共にこれからも歩んでいけますように≫

 

 

 

 

 

≪トレーナーさんともっと長く一緒にいられますように≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、2人もそういう気分に乗せられたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という事で一日遅れの七夕でした。
昨日投稿したかったのですが、どうしても執筆が間に合わず申し訳ございません。


他のウマ娘達の短冊についてはある程度予想できるかと思われます(笑)


では、今回高評価を入れてくださった、


イナトさん、ルスワールさん、とめいとうさん、norosukeさん、まがつさん、いぬくまさん、qonopさん、太鼓さん、えふえふさん、曙好きの提督さん、hidarimeさん、eqriaさん、るいさん、獅子王鈴音さん、アヌベールさん、雑食さん、七篠言平さん


以上の方々から高評価を頂きました。
投稿する度にランキングに載せていただいて恐縮です……。のびのび頑張ります。
本当にありがとうございます!!




今回のウマ娘イベントに使われているVR、ファンタジー世界に行けるなら色々とネタが作れそう感ありますよね。


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24.自信とは


お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園。

 その食堂にやってきたナイスネイチャと既に昼食をとっているトウカイテイオーがいた。

 

 

「ここ、いい?」

 

「あ、ネイチャ! もちろんいいよー!」

 

 同じクラスで席も前後という事もあり、2人の仲は普通に良かったりする。

 少し異なるのは、テイオーが食堂メニューにあるかつ丼をトレイに乗せているのに対し、ネイチャは持参した弁当箱を持っているところか。

 

 

「今日はお弁当なんだ?」

 

「まあね。最近自分で作るのがハマってるというか何というか。自分で栄養管理とかもできるから便利だったりするのよ」

 

「へえ~」

 

 と、軽く流したはいいもののテイオーはちゃんと見透かしていた。

 何ならその理由をある者から聞いていたのだ。

 

 

「で、ネイチャのトレーナーにお弁当を持って行ってたからここに来るのがちょっと遅れちゃったんだ?」

 

「うぇぶふぉっ!? な、ななななな何故それを……!? え、な、なんっ……ええ!?」

 

「この前マーベラスから聞いたよ。最近ネイチャがトレーナーのためにお弁当作って持っていってるって」

 

「あ、あんの娘はぁ……!!」

 

 プライベートがガバガバであった。

 どうりで最近のマーベラスからの視線が温かかったのはこのせいか。何かと質問してくる彼女が突然何も言ってこなくなったのはトレーナーに作っているのがバレたからなのか。

 

 何にしてもネイチャとしては心臓に悪い。

 一応はコソコソと自分だけの弁当を作っていると思わせていたはずなのにいつの間にか筒抜けになっているし少し広まってすらいた。帰ったらあのド派手ツインテールの口を封じこまなければならない。

 

 

「にしてもトレーナーと一緒に食べてこなかったんだ?」

 

「……うん。アタシも最初は一緒に食べるつもりだったんだけどね」

 

 これ以上のはぐらかしは無意味と判断し素直に認めた上で話を進める。

 意外にもテイオーがからかってこない理由は不明だが。

 

 

「トレーナーさんが『俺とばっか食ってても何だし、せっかくの昼休憩なんだから友達と一緒に過ごしてきていいぞ』ってさ。あんな事言われたら断れないし、言われたままこっちに来たってわけ。遠回しに一緒に食べるの煙たがられたのかなー」

 

「ちょっとした捻挫でネイチャを車で送迎するくらいなんだしそれはないでしょ」

 

「うっ……よく覚えてるね……」

 

「レースとか関係なく噂になってる珍しいチームがアークトゥルスとウチのスピカくらいだしねえ」

 

 噂にも様々な種類があるのだがここは聞かない方が身のためだろう。きっと心臓が持たない。

 ちなみにチーム・スピカの噂は勧誘ポスターや実際の勧誘活動がほぼ誘拐みたいな事もあってか悪目立ち状態である。

 

 チームの全員がちゃんと結果を残しているからあまり糾弾もされないのだろうと思う。

 ヤバいヤツほど秀才が多かったりするのがこの現実だ。グロテスクなモノほど美味いと言われる理論と似たようなものか。

 

 

「それにしても」

 

 話題を変えたのはテイオーだった。

 

 

「ネイチャってば最近順調だよね。3連勝でしょ?」

 

「ん、何とかね。重賞レースはやっぱ緊張するわ」

 

「短いスパンでレースに出たのに勝てたんだから凄いじゃん」

 

 七夕が終わってから1ヵ月ちょっとが経ち、その間のレースに出たネイチャは見事に全勝を果たした。

 トレーナーの言っていた通りスタミナを重点的に増やし夏の暑さに少し慣れていたのが幸いしたのか、連続でレースに出たのにも関わらず疲れはほとんど残っていなかったのだ。

 

 ネイチャ的には掲示板に入れば上等だろうと思っていたら予想外の1着続き。これにはさすがのネイチャもレース終わりにガッツポーズをした記憶がある。

 初めての重賞レース(GⅢ)も緊張していたがいつも通りのレースが出来たのだって、きっと短いスパンでのレースで空気感に慣れていたおかげもあるはずだ。そういうのを含めてトレーナーは計算していたのかは分からないが、結果的に勝てたのだから気分も良くなる。

 

 

「まあ、一番喜んでたのはアタシじゃなくてトレーナーさんなんだけどね」

 

「そうなの? ネイチャのトレーナーだしその辺とか計算してたのかと思ってた」

 

「レース終わりとか髪くしゃくしゃになるまで撫でてきたんだよ? ウイニングライブもすぐ控えてるってのに、直すのめっちゃ苦労したし」

 

「の割には嬉しそうに言ってるじゃん」

 

「げふん」

 

 最近表情に出やすいのを本気でどうにかしないとと思う。

 このままではテイオーにまでからかわれそうだ。こういう時は話題を変えるに限る。

 

 

「けど凄いのはテイオーの方でしょ。皐月賞と日本ダービーのGⅠも勝って未だに無敗のままなんだから」

 

「えへへ~、それほどでもあるかな~!」

 

 謙遜せずに素直にそう言えるのは真の強さの表れか、はたまたまだまだ余裕すらあるのか。

 ネイチャは初のGⅢに出たばかりだが、テイオーは既にGⅠに出ておりどれも1着と結果を残している。いきなりのGⅠを、しかもウマ娘が一生に一度しか出られない日本ダービーを制しているのだ。

 

 紛れもない才能。目指すべき頂点。絶対の王者。ターフ()の帝王。

 自分がようやく出た重賞よりも、テイオーは遥か上のグレードで爪痕を残している。

 

 

「やっぱ凄いわテイオー。ホントに同級生とは思えない強さしてるねえ」

 

「ふふん、こんなもんじゃないよ。ボクはまだまだ強くなるんだから!」

 

「かーっ、おっそろしい事を簡単に言ってくれるじゃん」

 

 ネイチャは自分が強くなっているという自覚をちゃんと持っている。

 その証拠に連勝しているのだから紛れもない事実だ。

 

 しかし。

 それ以上に。

 

 ネイチャの成長速度よりも早くテイオーが成長している。

 こちらのレベルが5上がったと思えばあちらのレベルが10上がっているかのような感覚。

 

 何だか、追いかけている背中が逆にどんどん遠くなっている気さえしてしまう。

 こんな事を思っていたらまたトレーナーに変な気遣いをさせてしまうので何とか切り替える必要がある。自分で話題を振っておいてダメージを負うとは情けない限りだ。

 

 しかし、ネイチャのネガティブ思考を振り切るように口を開いたのはテイオーだった。

 

 

「でもネイチャだって凄く強くなってるよね。さすがだと思うよ!」

 

「え?」

 

 ネイチャからすれば信じられない言葉を聞いたようなものだ。

 何かを言う前に頭の中が少し混乱しかけている。

 

 

「連勝してるのもそうだし、チームにネイチャしかいなくて練習効率も悪いはずなのにそれを気にもしないで結果勝ってるんだよ? 普通に凄い事だと思うけど」

 

「そ、そんなことないってば……」

 

 チームに仲間がいればライバル意識も高まり競合意識も相まって練習に熱が入る。その結果効率も良くなりその分成長速度はより速くなるのだ。

 ネイチャにはそれがない。なのにレースで勝てたのはそれだけトレーナーの指示とネイチャの努力があってこそだ。

 

 そして、決定的な言葉があった。

 

 

「うーん……言っていいかは分かんないけど、まあいっか」

 

「?」

 

「ボクのトレーナーね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 本当の意味で、頭が混乱した。

 だって、分からない。そんな事をする理由が見つからない。ネイチャとテイオーが同じレースで走るのならまだしも、そうじゃないのに見ているなんてどう考えたっておかしいのだ。

 

 あの『チームスピカ』のベテラントレーナーが、自分の映像を一番見ている。

 そんなの、そんなの。

 

 

「ネイチャはもっと自信持っても良いと思うよ」

 

 自分が勝手にライバルだと思い込んでいる相手からの言葉だった。

 

 

「ボクのトレーナーが注目してるくらいだもん。それだけの『素質』が絶対ネイチャにはあるんだよ」

 

 追いかけている憧れの存在が、自分なんかにそんな事を言ってくれる。

 どれだけ卑屈で斜に構えがちなネイチャでも、ここまで言ってくれたのにそんな事はないなんて言える冷酷さは持っていない。

 

 きっと、自分のトレーナーだって同じ事を言ってくれるから、無下になんて絶対にできない。

 半ば諦めたように、だ。

 

 食べ終えた弁当箱を仕舞い、席から立ちあがったネイチャはテイオーに向かってこう言った。

 

 

「アタシ、次の京都新聞杯(トライアル)に勝って絶対『菊花賞』に出るから」

 

「うん」

 

「そこでテイオー、アンタに勝ってみせるからね。何たってアタシは、アンタに勝つのが夢なんだから」

 

「……ボクも、当然負けないよ!」

 

 少しだけ自信をつけた少女と、最初から自信満々の少女の視線が交差する。

 まだまだ実力の差は歴然で隣にすら立てていないかもしれない。菊花賞に出ても勝てる見込みだって少ないかもしれない。

 

 それでも、この気持ちだけは。

 きっと対等だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 

 

 グラウンドにやってきたネイチャを待っていたトレーナーが声をかける。

 

 

 

 

「おう、ネイチャ。今度の祭りの事なん──、」

 

「トレーナーさん」

 

「……何だ?」

 

「アタシね……テイオーに菊花賞でアンタに勝つって言っちゃった……」

 

 真剣な顔、というより青ざめた表情をしていた。

 何だか後からヤバい事を言ったと気付いたかのように。

 

 

「アタシとした事がその場の空気にやられてらしくない事言っちゃったんだけど! どうしよ!?」

 

「大丈夫だ、ネイチャ」

 

 焦りは動揺を生み、冷静な判断を鈍らせる。

 そんなネイチャを落ち着かせるのはいつだってトレーナーだ。

 

 ネイチャが全信頼を置いているトレーナーは、彼女の肩にポンッと手を乗せこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言うだけならタダだから」

 

「頼りになんないこの人!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






はい、今回はテイオーとの食事回でした。
ネイチャとトレーナーの噂どんどん広まれ。



では、今回高評価を入れてくださった、


H&K YAMATOさん、良介さん、闘夜さん、百々芦ぺろりんさん、ユキの宮さん、弥生さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!


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25.小さな祭り


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 9月も中旬になった頃。

 

 

 

 

 とある街の神社付近にネイチャのトレーナー、渡辺輝はいた。

 トレセン学園で着ている普段のスーツとは違い、一応は成人している事もあってか普通にラフな私服状態だ。

 

 時刻は夕方の6時半前。トレーナーは6時には着いていたが待ち合わせ時間にはまだ5分ほどあるのでスマホを操作し適当にマンガアプリで暇潰しの最中である。

 視界の端に映るのは男女のカップルや友人グループ、家族連れや学校帰りなのか制服のまま来ている者達もいた。

 

 そしてより目立つのは6割ほどの女性が浴衣を着ている事か。対して男連中は視界に映る限り全て私服だ。ここに男女の意識の差というものを感じる。

 一つのイベントを普段と変わらず過ごすか、大事な青春の1ページにするため最大限の努力をするかだ。

 

 

(うん、やめよう。私服の俺がブーメランで自滅するだけだ。それに俺は大人だしああいうのは子供達だからこそ青春って感じがするしな)

 

 子供を見ていると時折自分の年齢を実感してしまう。

 バカみたいに騒いでいたあの頃なんてもはや懐かしいと思ってしまうほどだ。どうやら大人になると歳をとる感覚が短くなっていくのは本当らしいと悟る23歳。

 

 そんな自虐めいた思考をしているとすれ違う人々とは違う足音がした。それは確実にこちらを向かってきているようで、トレーナーがその音の方へ視線を向けると、音の主がいた。

 

 カツッカツッと、下駄の音が止まる。

 見慣れた担当ウマ娘が見慣れない恰好でやって来た。

 

 

「……え、えっと……お、お待たせ~」

 

 下駄を履いているので当然私服でもない彼女、ネイチャは浴衣姿だった。

 白を基調としていて彼女の髪のように赤い水玉模様が特徴的な浴衣だ。浴衣という事もあってか、それに合うように髪はいつものツインテールではなく後ろに結んだポニーテールだ。

 

 そのせいで普段とのギャップが凄い。

 まだ中等部の女の子なのに大人びた雰囲気が漂っている。

 

 

「待った?」

 

「……いや、俺もさっき来たとこだからちょうど暇潰しにマンガでも読んどこうかなって思ってたとこだ」

 

「相変わらずトレーナーさんはブレませんな~」

 

 たははと苦笑いしているネイチャを尻目に少しだけ目を逸らす。

 一瞬でも見惚れていたなんて絶対に言えるはずがない。ましてや大の大人が教え子に、だ。それだけで何だかイケない匂いがプンプンしてしまう。

 

 

「んじゃネイチャも来た事だし、さっそく行くか」

 

 そう、3連戦のレースを終え残るは10月の京都新聞杯(トライアル)が控えている。

 残された日数もまだ余裕があり、トレーニングも順調だしという事で以前から息抜きとしてどこかに行こうとしていた予定が決まったのだ。

 

 それが夏の恒例行事、夏祭りである。

 トレーナーとならどこに行っても良いとネイチャが言っていたが、どうせなら少しでも季節のイベントを楽しんでもらおうとして決めたのがこれだ。彼女に言ったら二つ返事で了承してくれたのでトレーナーとしてもありがたい。

 

 しかもネイチャがこんなにもおめかしして来るという事はそれだけ楽しみにしてくれていた可能性も高いのだ。

 提案したこちらとしても悪い気分ではない。

 

 そうして神社の入口に入ろうとしたところで、

 

 

「……ねえ」

 

「どうした? 下駄だと歩きにくいか? もちろんペースはネイチャに合わせるぞ」

 

「いや、それもありがたいんだけど……えと、そうじゃなくてですね……」

 

 何やらもじもじしていらっしゃった。

 浴衣でそんな事をしていると衣擦れの音が凄いのでちょっとやめてほしい。嫌でも意識してしまう。

 

 そんなネイチャは業を煮やしたのかとうとうボリュームを上げてこう言った。

 

 

「だーもうっ、だからさ、あ、アタシの浴衣姿見て、何かこう……ないんですかね……!」

 

 最後の方はちょっと小さくなっていた。さすがに周囲の人の事も気にして恥ずかしいらしい。

 とはいえ思春期の、ましてや捻くれ系女子がなけなしの勇気を持って聞いてきたのだ。であればこちらも大人としてちゃんとした言葉を返さなくてはならない。そういうとこは弁えているのだ。

 

 

「ああ、お前は何着ても似合ってるし誰が何と言おうと世界で一番可愛いと俺は思ってるぞ」

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はあ~」

 

 長い沈黙からの溜め息であった。

 あれ、思ったより反応が悪い? と思いつつもネイチャの顔を窺うトレーナー。それに気付いたネイチャはさっさとトレーナーよりも先に神社の入口へと進んで行く。

 

 

「もぉ、早く行くよっ。お祭りのためにお腹空かせてきたんだから」

 

「お、おう」

 

 言葉の選択肢は間違っていなかったように思うが、結局はそれを貰った個人次第だ。捉え方は人によって違う。

 ネイチャに掛ける言葉としては失敗だったのかもしれない。

 

 

(確かに普通にあんな事言ったらむしろクサいと思われちまうか? マンガに影響されすぎたかなあ)

 

 趣味とはいえマンガの読み過ぎには注意しないといけないか、と勝手な推測をたてつつネイチャに着いて行く。

 そして、だ。

 

 件のネイチャはトレーナーから見えないよう必死に顔色を元に戻す努力をしていた。

 

 

(あーもうっ、あの人はああいう事を普通に言ってくるから一応心の準備はしてたのにい! どうしてこういつもいつも簡単にぶち破ってくるかなあ……!)

 

 クリティカルヒットだった。

 キャッチボールでフワッと優しい返しが来ると思っていたら剛速球ストレートを返された気持ちである。

 

 幸い周りに見知ったウマ娘や人はいない。そのためにわざわざ地元と少し離れた祭りを選んだのだ。

 端的に言えば、知り合いがいないここでなら思う存分楽しめるということ。顔に集中していた熱は何とか治まった。

 

 今から始まるのは何てことのない、ただの男女が祭りで遊ぶだけだ。

 だからこそ、価値あるものにしなければならない。

 

 

「さて、トレーナーさん。何からします?」

 

 やはりそこはネイチャのトレーナー。一年半近く共にいると最高の相棒みたいなものでやりたい事の一つや二つ分かったり分からなかったりする。

 この場合は分かった時だった。

 

 

「決まってんだろ。とりあえず片っ端から腹ごしらえだ!」

 

「さっすが分かってるうっ!」

 

 こうして、トレーナーとネイチャのお祭り弾丸ツアーが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぷぅ……」

 

「いや食べすぎだってば……」

 

 瀕死のトレーナーが人気の少ないベンチで横たわっていた。

 あれから数十分、ありとあらゆる屋台の食べ物をトレーナーの奢り(ここでネイチャと割り勘かどうかで一悶着があった)でほとんど食べ尽くしたのだが、一般男性の胃袋の許容量はそんなになかったらしい。

 

 

「ウマ娘のアタシと人間のトレーナーさんじゃそもそもの食べる量が結構違うんだからね。無理したらそりゃそうなりますわ」

 

「反省はしている。後悔はしていなうぇぷ」

 

「ったく、男の人って何でこう後先考えず突っ走っちゃうかねえ」

 

「大人になっても男は心に少年魂を飼ってるんだよ」

 

「アタシに膝枕されてる状態で言われてもダサい事には変わりないよ」

 

 人気が少ないからこそ膝枕をしてあげていた。

 浴衣が崩れないか心配だったから断ろうとしたのだが、ネイチャが固いベンチで寝させるのはダメだと頑固だったので甘える事になったのだ。

 

 休憩してから10分ほどたった頃。

 ようやくトレーナーが体を起こした。

 

 

「ふう、ある程度回復した。悪かったな、せっかくの祭りなのにこんな事でロスさせちまって」

 

「あの張り切り様見てたらこうなるって分かってたし別にいいよ。アタシもトレーナーさんと同じもの食べるの楽しいし」

 

 何て良い娘なのだろうと思わず涙が零れそうになるのを堪えるトレーナー。

 ならばもっと楽しませてやるのが自分の義務だ。

 

 

「よし、今度こそ遊びまわるか。ちなみにネイチャはまだ食べたい物とかあるか?」

 

「うーん、りんご飴とかはまだだし最後に食べたいかな」

 

「分かった。じゃあ最後にそれ買うか。それまでは適当にやりたいもんでもやろうぜ。全部俺が出すから気にすんなよ」

 

「自分の分は自分で出したいんだけど、言っても聞いてくんないし……仕方ないから甘えちゃおうかな」

 

「おう、甘えろ甘えろ」

 

 いよいよ祭りの醍醐味を味わう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金魚すくいとか何年振りだ? 子供ん時もそんなやった事なかったし……お、こいついけそうだな。……ちょ、ま、ああッ!? おい一回目なのに盛大に破れたぞおい!? こんな脆かったっけか!?」

 

「水に深く浸けすぎなんだって。これをこうして……ほら取れた」

 

「一気に二匹取った……だと……!? プロか? プロの金魚すくい師なのかお前!?」

 

「いやウマ娘ですけど」

 

 

 

 

 

 

「射的って倒した物を貰えるんだっけ。倒したら別の景品貰えるんだっけ。どっちだっけ?」

 

「アタシもよく分かんないや。どっちのパターンもあるんじゃない?」

 

「だよなあ。明らかにいらん景品とか立ってるし」

 

「言い方」

 

「とりあえず簡単に倒せそうなお菓子とかやるか。にんじんポッキーでいいか。そいっ……」

 

「ビクともしないね」

 

「……、」

 

「や、そんな連発しなくてもアタシ他の景品でもいいからさ?」

 

「おい親父テメェこら絶対倒れねえように細工してんだろこれ!?」

 

「にんじんポッキーは頑丈なんだよ兄ちゃん。ほら、彼女さんにプレゼントしたいんならもっとチャレンジしな!」

 

「か、かのッ……!?」

 

「おっしゃやってやんよ上等だこの野郎! どんな手段を使ってでもぶっ倒してやらあッ!!」

 

「かかってきな兄ちゃん!! アンタのそのやる気をぶつけてみろ!」

 

「何も聞いてないなこの人」

 

 

 

 

 

 

「10回やっても取れないからって鉄砲ごと投げるのはどうなのよトレーナーさん」

 

「どんな手段を使ってでもって言ったろ。最終的に取れたんだからいいじゃねえか」

 

「おじさんがその心意気に免じて譲ってくれただけじゃん」

 

「けど俺はあの親父がにんじんポッキーを縦から抜いたの見てたからな。あいつあのゲス野郎割り箸仕込んでやがった」

 

「もーいいじゃん。ほら次行こ?」

 

 

 

 

 

 

「へえ、輪投げ上手いんだなネイチャ」

 

「アタシもまさかこんな上手くいくとは思ってなかったけどねー。で、トレーナーさんの成果は?」

 

「ゼロだけど? 何か?」

 

「トレーナーさんホントレース以外の事だと上手くいかないよね」

 

「何気に気にしてる事言うのやめて!」

 

 

 

 

 

 

「くじとかはやんないの?」

 

「子供の頃にゲーム機当てようとお小遣い全部注ぎ込んで爆死してからはやらないようになったな」

 

「何やってんのさ……」

 

「そのせいで晩飯代わりのお小遣いまで失ったから家で親に泣きついて晩飯食わしてもらったなあ。あの頃は俺も若かった」

 

「子供特有の欲だよねえ」

 

「ちなみに中二の時な」

 

「アタシと一緒の時かい!!」

 

 

 

 

 

 

 最後にりんご飴を買って、帰路についている時。

 

 

「そういやここの近くでは花火とかはやってなかったみたいだな」

 

「あー確かにそうだね。小さめのお祭りだったからかな?」

 

 小さい神社の祭りだったからなのか、ここいらで花火大会をやるという情報はなかった。

 ネイチャはどこでも良いと言っていたが、規模の小さい祭りでも良かったのかは正直分からない。

 

 

「ここに決めたのは俺だけど、楽しめたのか? 規模も小さいし、花火もなかったけど」

 

「そんな事気にしてたの? 前も言ったけどアタシはトレーナーさんとならどこでも良いの。お祭りだってちゃんと楽しめたよ」

 

「……そうか」

 

「何やらご不満な様子ですねえ? アタシの言った事が信じられない?」

 

 トレーナーとしてレースを頑張ってくれているウマ娘を労いたいという気持ちは本物だ。

 そこにレースでの勝敗など関係ない。だからこそ、やはり心のどこかではもっとネイチャを楽しませたいという思いが出てくる。

 

 

「そういう訳じゃないんだけどな。俺としてはもっとネイチャを労いたいというか、楽しませたいってのがあるんだよ。担当ウマ娘のために俺が出来る事は何かってどうしても考えちまう」

 

「屋台じゃあんなにボロボロだったのに、レースとかウマ娘の事となるとホント真面目になるよね~」

 

「それが今の俺の生き甲斐みたいなもんだからな。ネイチャをもっと大事にしたいんだよ」

 

「っ……すぐそういう事言うんだから」

 

 真面目に自分の事を考えてくれている。それだけでネイチャは充分なのだ。

 これ以上を望むのはきっと我が儘だからと思っているのに、トレーナーはそれでも良いと言っている。

 

 

「よし、決めた!」

 

「うぇえ、どうしたの急に?」

 

 突然トレーナーが声を大きくして言った。

 まるで決定事項だと言わんばかりに。ネイチャの些細な我が儘を押し切るようにだ。

 

 

「来年も一緒に祭りに行こう」

 

「……え?」

 

「そんで今度はもっとでかい祭りのとこに行ってさ、花火でも見ようぜ」

 

「……いいの?」

 

「じゃあ逆に俺が聞かせてもらうよ」

 

 立ち止まる。

 他に帰宅途中の人達が過ぎていくのを尻目に。

 

 

「ネイチャ、これが俺の我が儘だ。だから、俺の我が儘を聞いてくれるか?」

 

 これ以上を望むのはきっと我が儘だから遠慮していた。

 中等部だけど、まだまだ子供だけど、周りのウマ娘達よりも少し大人びた思考を持っているから我慢していたのに。

 

 トレーナーがそんな事を言ってくるなら、断る事なんてきっと出来ない。

 ズルい、と少し思ってしまった。しかしそれと同時に嬉しくあったのも事実だ。

 

 だから、答えは決まっている。

 

 

 

 

 

 

「仕方ないなあ、トレーナーさんは。だったら来年も楽しみにするしかないじゃん」

 

「決まりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 来年の楽しみが増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






はい、今回はお祭り回でした。
ネイチャの浴衣姿絶対可愛いんですよね(確定事項)




では、今回高評価を入れてくださった、


ff_akssphrさん、りゅーどさん、香具土美鳥さん、ユキワラさん、味の染みない染みこんにゃくさん、表の月面さん、Morse信号機さん、宮部仁さん、カナハナさん、ナキネナ・F・Aさん、ravellさん、ぐみすらいむさん、まいせんpammさん


以上の方々から高評価を頂きました。
様々な激励を頂いており励みになります。本当にありがとうございます!!




活動報告にて頂いているシチュエーション募集の話に関しましては、関係がもう少し進展してから書いていきますので、しばしお待ちを!


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26.勝負服


お気に入り登録ご感想高評価本当にありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は約1ヵ月前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よし、ネイチャ、採寸するぞ』

 

『……え?』

 

 オフの日にトレーナー室で本を読んでいたネイチャにトレーナーが突然そう言ったのだ。

 当然何の事か一切分かっていないネイチャの脳内には疑問符しか出てこない。

 

 

『よし、ネイチャ、採寸するぞ』

 

『一字一句言い直さなくても聞こえてるから。どういう意味なのかって事の“え? ”だったんだけど』

 

 率直に言えば急に何言ってんだこいつ状態である。

 採寸と言うだけあって既にメジャーを構えながらネイチャの方へにじり寄って来ていた。事前説明がないので見た目がただの変態に見えてきてしまうのは気のせいか。兎にも角にも確認だけはちゃんとしないと気が済まないネイチャ。

 

 

『何を採寸すんの? もしかしてアタシ?』

 

『当たり前だろ。1ヵ月後には菊花賞があるんだ。待ちに待ったGⅠ、つまりはだ』

 

 そこまで聞いてようやく理解した。

 言わなくても分かってるだろという視線を向けてきたトレーナーにも納得がいく。

 

 そう、つまりは。

 

 

『勝負服がいる』

 

『それでアタシを採寸しようって事ね』

 

『おうとも』

 

 言い分は分かった。

 しかし納得できない部分があるのも確かだ。

 

 ナイスネイチャはウマ娘というだけあって女の子である。それも思春期真っ只中で大人達に囲まれて育ってきたマセた子供だ。

 そんな女の子が採寸するのに、何故成人男性であるトレーナーがメジャーを持っているのか。何故採寸してくれる女性トレーナーやウマ娘がいないのか。答えを知っているのは目の前の男だけだ。

 

 

『で、トレーナーさんがメジャーを持ってる理由は?』

 

『俺がお前を採寸するからだけど』

 

『普通に真顔で言ってくんなっての! 常識的に考えて他の女性トレーナーさんか知り合いのウマ娘呼んでってば!』

 

『……あ、その手があったか。すまん』

 

『ホントこういう時だけ周り見えなくなるよね……』

 

 危うくセクハラになりかけたトレーナー。

 せっかくなのでネイチャの友人であるマヤノトップガンに連絡したらすぐに来てくれる運びとなった。

 

 

『つうかたかが中等部の子供の下着姿とか見たぐらいで俺は一ミリも何も思わんけブルゥッハァッッッ!?』

 

『そんな事いちいち言わなくていいっつの!! てかそれ思いっ切りセクハラだから! そんなんだから彼女できないんだよもうっ!』

 

ふぉふぇんふぁふぁい(ごめんなさい)……』

 

 普通にセクハラしてぶん殴られたトレーナー。

 彼女いない歴=年齢だと女の子とのコミュニケーションにもっと気を配らないといけないと反省した。多分今までで一番強いパンチだったと思う。

 

 バタンッと、トレーナー室のドアが勢いよく開かれた。

 

 

『ネイチャちゃんのためにマヤが来たよ~! ……って、あれ? 何でネイチャちゃんのトレーナーさんこんな所で倒れてるの?』

 

『さてマヤノ、来てくれてありがとね。さっそくなんだけどこのおバカさんを外に放り出して服の採寸してほしいんだけど、お願いできる?』

 

 少し顔を赤くしているネイチャ。頬にぶたれた跡がくっきり残ったまま倒れているトレーナー。その手に持たれているメジャー。ネイチャからの採寸の依頼。

 これ以上ないほど状況証拠がばっちりあった。

 

 すぐに察したマヤノは倒れているトレーナーへしゃがみ込んで笑顔でこう言った。

 

 

『これはトレーナーさんが全部悪いねっ!』

 

『べぅ……』

 

 10:0で罪人扱いだったが正論すぎて何も言えない。

 そのままウマ娘の力で廊下に放り出された。

 

 中からマヤノとネイチャの会話がうっすら聞こえてくるのを耳に感じつつ、地味に彼女できないんだよと言われた心にショックを受けるトレーナーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間は現在まで戻る。

 

 

 

 

 トレーナー室。

 そこでオフだからとまた居座って適当にスマホを弄っているネイチャがいた。

 

 トレーナーは荷物を取りに行くと言ってトレセン学園から一旦外に出ている。

 時計を見るとそろそろ戻ってきてもいい頃合いのはずだ。そんな事を思っていると廊下の方からバタバタと足音が近づいてきた。

 

 

「ネイチャ、できたぞ!!」

 

「何が?」

 

 ドアを開けて開口一番、トレーナーが興奮した様子で叫んだ。

 

 

「勝負服だよ勝負服! この前マヤノが採寸してくれただろ。あの後ネイチャの細かな希望とかも聞いて依頼した完全オーダーメイド、ネイチャだけの勝負服が完成したんだよ!」

 

「……ま、マジでっ!?」

 

 いつもは少し冷めたリアクションをとるネイチャが珍しくスマホを置いて立ち上がる。

 ウマ娘なるもの、GⅠで走る衣装というのはやはり特別だからだろうか。

 

 トレーナーがさっそく包装されている荷物を丁寧に開けていくと、それは姿を現した。

 しかしそれをトレーナーはすぐにネイチャに手渡すと背を向く。

 

 

「え、な、何っ?」

 

「せっかくなんだし廊下に出てるから着てみろよ。一応サイズとか諸々確認もしないとだしな。それに」

 

「それに?」

 

「最初の実物はちゃんとお前が着ているのを直接見たいから」

 

「っ」

 

 このトレーナーはすぐそういう事を言う。

 だがせっかくの勝負服、ネイチャ自身も着てみたいと思っているのは本心だ。レース本番の日に着るのも悪くはないが、トレーナーの言う通り万が一の事も考えてサイズの確認はしっかりしないといけない。

 

 

「じゃあ着替えるからちょっと待っててくれる? 出来るだけ早く着替えるからさ」

 

「了解した」

 

 そうと決まればさっさと廊下へ出ていくトレーナー。

 部屋に1人残ったネイチャは今一度手に持っていた勝負服を見る。

 

 この数分間だけは自分だけの空間だ。誰もいない。トレーナーすら外にいる。

 圧倒的な高揚感はどうやら抑えられそうになく、自然と口角は上がっていた。誰のものでもない、ネイチャだけの専用の勝負服。

 

 

「……っと、早く着替えないと」

 

 外にトレーナーを待たせている以上、ゆっくりしている時間はない。

 特殊な作りはしていないから割とすんなり着替える事ができるはずだ。普段と違うのはベルトがあるぐらいか。

 

 ともあれ、念願の勝負服に手をつける少女の顔はどことなく楽しげだった。

 

 

 外で待っているトレーナーもドアに背を預けながらこんな事を考えていた。

 

 

(ネイチャにしては珍しくテンション上がってたなあ。本人は頑張って表に出してないつもりっぽかったけど)

 

 衣装を受け取った時のネイチャの表情を思い出す。

 自嘲気味に笑うのでもなく、年相応の少女の笑顔があそこにはあった。

 

 まだレースの本番でもない。ましてやレースに勝ったわけでもない。それなのに、彼女の表情にはそれ以上の価値があるとトレーナーは思う。

 レースの結果だけが笑顔に結びつくとは限らない。ふとした時の不意に出る笑顔にこそ、彼女の素の気持ちが出るのだろう。

 

 

(勝たせてやんないとな)

 

 勝負服。ウマ娘にとって特別な意味を持ち、最高クラスの重賞、GⅠレースに出る者だけがそれを着て走る権利がある。

 そこにネイチャが出るのだ。トウカイテイオーを含めライバル達は多いが、ネイチャなら必ず良い線は行けると信じている。

 

 

(まあ、今はレースよりこっちか)

 

 思考を切り替える。

 レースの事はまた後日考えればいい。

 

 タイミングも良かったのか、ドアの向こうから声がかかってきた。

 

 

「トレーナーさーん、着替えたから入ってもいいですよー」

 

「おーう」

 

 そのままドアを開けて入ると、視界に最初に映ったのは当然ネイチャだった。

 

 

「あはは……ど、どう、ですかね……?」

 

 ネイチャの要望通り、目立ち過ぎず地味すぎずという事でイヤーカバーと同じ赤と緑の色を基調としたリボンと袖が特徴的な服で、ジャンパードレスとブラウスを着用している。

 

 全体的にクリスマスカラーを思わせるのはネイチャ自身に何か思い入れがあるからか。

 何にしてもだ。トレーナーとして言える事はただ一つ。

 

 

「ああ、似合ってるぞ。正直想像以上だ」

 

「さ、流石にそれは言い過ぎでしょ~」

 

「んなことねえって。うん、やっぱ元が良いから何着ても似合うとは思ってたけど、勝負服となると格別だな。俺の担当は世界一だ」

 

「すぐ調子良い事言うんだから……」

 

 とは言いつつもにへら顔を隠せていないネイチャであった。

 勝負服だからか気が緩んでいるらしい。完全に満更でもない顔になっちゃっている。

 

 

「本気でそう思ってるよ。ネイチャから希望を聞いた時に何でクリスマスカラーなのかとか色々思い出話を聞かせてもらったからな」

 

「うぅ、軽率に話すんじゃなかったかな~……」

 

「俺は嬉しかったぞ? 大切な思い出話をしてくれたんだ。ちゃんと信頼してくれたのかなって思えたし」

 

「それは、まあ……そうですけど」

 

 こんな事を言われるともう何も言えない。素直に褒め言葉を受け取っておく。

 女手一つでネイチャを育てた母親。休む間もなく毎日ネイチャのために働きっぱなしだった。だから我が儘を我慢していたネイチャが唯一子供に戻れる日としてクリスマスがあったのだ。

 

 純粋な子供だったため、サンタを信じてツリーに願い事として書いた些細な我が儘。

 

『お母さんとキラキラなクリスマスパーティーがしたい』

 

 小さな子供が願うにはあまりにもちっぽけで矮小な願い。

 他の家庭なら当然に過ごしていたであろう特別な日を、子供だからおもちゃやゲームが欲しいといった欲望丸出しのやんちゃな願いを、ネイチャはその小さな体で子供ながらに内に潜めていた。

 

 それ故の、唯一のひと欠片ほどの我が儘を、本気で叶えてくれた大人達がいた。

 ネイチャの願い事を見た母親と、いつもバーに来ていた常連達だ。

 

 毎年クリスマスの日には集まって七面鳥代わりに焼き鳥、ケーキはおつまみ、イルミネーションはミラーボール。

 他の家庭のクリスマスとは全然違っていて程遠いのに、その思い出はネイチャの憧れているキラキラしたものとして記憶されていた。

 

 ありふれた特別な日常ではなく、ネイチャの場所だけでしか味わえない掛け替えのない一日。

 そんな思い出を、少女はこの勝負服に込めたのだ。似合わない訳がない。

 

 

「恥ずかしくないレースにしないとな」

 

「はあー、ちょっと今そういう事言うのやめてよ~。変にプレッシャーかかるじゃん」

 

「ははっ、勝負服姿のネイチャを見て俺も少し気持ちが昂っちまったかな」

 

「何、またセクハラ?」

 

「ねえ俺もういよいよ何も言えなくなってくるよ」

 

 匙加減はいつだって女の子側にあるので油断も隙も無い。

 しかし、実際気持ちが昂ったのはネイチャも同じだ。これを着ていると気が引き締まる。

 

 やる気は出てくる一方だった。

 

 

「ねえ、トレーナーさん」

 

「何だ?」

 

「今日オフなのは分かってるんだけどさ」

 

 ネイチャの手元を見ると、強く握られている。

 何を言いだすのかはもう想像できた。

 

 

「ちょっとだけ、練習してもいいかなっ?」

 

 オフの日にもちゃんと意味はある。

 身体を休めるのも練習の内だときっとこの少女は理解している。それでも内から湧いてくる気持ちに抗えないのだろう。

 

 ならせめて、自分の監視下で見ていれば大丈夫だろう。

 ここら辺はまだやはり子供だな、と思いつつトレーナーは仕方ないといった表情で口を開く。

 

 

「ったく、少しだけだからな?」

 

「……うっしゃっ、さすがトレーナーさん。話が分かるぅ!」

 

「ちゃんと着替えてからだぞ」

 

「分かってるって!」

 

 こんなにやる気になっているネイチャは珍しいかもしれない。

 本来なら休ませるべきなのだが、そこはもう理屈より気持ちだ。勝負服だけではない。彼女の希望を叶えてやるのがトレーナーの役割なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊花賞まで、あと一週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






はい、ゲームの方の勝負服の話が良かったのでこちらでも扱わせていただきました。
ネイチャ良い娘すぎんか。



では、今回高評価を入れてくださった、


味の染みない染みこんにゃくさん、nuko1048さん、田舎野郎♂さん、百々芦ぺろりんさん、麦丸さん、xX やけ酒 Xxさん、柴ドリルさん、ziss_さん、豆狸0818さん、トーマスs かんたわさん、ポケモンマニアさん、eqriaさん


以上の方々から高評価を頂きました。
さまざまな方々から最高などと言ったお言葉を頂いております。本当にありがとうございます!!



これだけ上げておいて落とす訳な――。


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27.菊花賞(前編)


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 10月下旬、京都レース場。

 

 

 

 京都新聞杯(トライアル)で勝ち、無事に出走権を獲得したナイスネイチャとそのトレーナー、渡辺輝が控え室にいた。

 

 

「いよいよGⅠレース、菊花賞だな」

 

「あ~、さすがに緊張してきた……」

 

「まあGⅠともなれば客の数も注目度も結構違ってくるしなあ。しかも今回は4連勝してるから2番人気だ。だからこそ今日まで練習頑張ってきたんだし、俺としてはそこに不安はないよ」

 

「簡単に言ってくれちゃってますねえ」

 

 ウマ娘からすればGⅠは大舞台だ。レースである程度結果を残さなければ出られない。そんな晴れ舞台でネイチャが走る。

 トレーナーとしては彼女は成長しているし申し分ない実力を持っていると思っているのだが、彼女の性格上素直に自信があるとは言えないのだろう。これまで4連勝という事もあり注目もされているネイチャ。そのプレッシャーと圧は彼女にしか分からない。

 

 

「いつもの走りが出来ればテイオーにだって勝つチャンスはあるはずだ。GⅠだから他のウマ娘達も強いが、それはネイチャだって一緒なんだからな」

 

「テイオーに勝てるチャンス?」

 

「前の若駒ステークスの時と一緒だよ。テイオーは1番人気だし、みんながみんなテイオーを警戒してくる。若駒の時とは違って今回はGⅠだ。手強いウマ娘達が揃ってテイオーをブロックしてくれるなら都合が良い。前回同様、逆手を取っていけ」

 

 無敗の三冠ウマ娘を狙っているトウカイテイオー。皐月賞と日本ダービーをも勝ち取り見事に無敗を続けている。

 誰もがテイオーが三冠を取る瞬間を見たいと思っているだろう。だからこそ、その注目度こそが逆転のチャンスになり得るのだ。

 

 

「もちろんGⅠだからそう簡単にはいかないって事もネイチャなら分かってるとは思う」

 

「そりゃあね。アタシは自惚れる程のモンは持ってないし」

 

「当然あえてテイオーなんて眼中になしで勝ちに行くウマ娘もいるだろう。しかも前回まで4連勝で2番人気だ。代わりに若駒でテイオーに狙われてたネイチャが警戒されていても不思議じゃないと思え」

 

「あー、それもそうですよねえ」

 

 この大舞台ではネイチャも等しく警戒されている事を忘れてはいけない。

 卑屈な思考や自惚れなど関係なく、ネイチャも注目されている事実は変わらないのだから。

 

 それでも無敗のトウカイテイオーに劣るのは必然だが、確かにあの日ネイチャから聞いたのだ。

 

 

「だけどあの時グラウンドでテイオーに勝つって言ったんだ。少しは良いとこ見せないとだぞ」

 

「はぁ~何であんな事言ったんだろアタシ……その場の勢いってホント怖い……」

 

「そんな落ち込む事か……? でもさ、テイオーに勝ちたいって気持ちに偽りはないんだろ?」

 

 分かりきった質問をする。

 これはきっとネイチャの気持ちを再確認するためだ。勝ちたくないウマ娘なんていない。誰もが勝ちたいと思って走るのがレースなのだ。

 

 観客の期待、願い、想い、それらを背負ってウマ娘は走る。自分が一番速いと証明するために。

 目の前の少女だってそうだ。その場の勢いだとしても、思っていなかったらそもそも口にはしない。心のどこかで勝ちたいと思っているから出た言葉。紛れもない本音。

 

 そこにこそ、言葉の価値は生まれる。

 

 

「……うん」

 

 静かに頷く少女。

 どれだけ卑屈だとしても諦めきれない気持ちがあるのならそれは本物だ。トレーナーとして、最大限のサポートをするだけである。

 

 腕時計を見る。パドックまでもうそろそろだ。

 少しでも勝利へ導くために、トレーナーはこう切り出した。

 

 

「よし、じゃあ作戦の最終確認とテイオー以外に警戒しておいた方がいいウマ娘を伝えておくぞ」

 

「分かった」

 

「まず──、」

 

 その時だった。

 不意に慌ただしいノックと共にドアが開かれた。

 

 

「すいませんっ。今少しだけお時間よろしいでしょうか!」

 

 京都レース場の職員だ。

 何故か緊迫した表情で息も切れている。全部の控え室を走って回ってきたのかもしれない。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「突然ですいません。出走ウマ娘に変更がありましたのでお知らせにあがりました!」

 

「出走ウマ娘に変更?」

 

 ピリッと、雰囲気がガラリと変わる気配を感じた。

 職員が焦った様子で来たという事は、それだけの事情がある。そして、微かに嫌な予感がトレーナーの脳裏をよぎった。

 

 

「トウカイテイオーが、出走を取り消しました」

 

「なっ」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 時が、止まった気がした。

 真実を受け入れるまでに進む時間がそれを許してくれない。今でも刻一刻とパドックの時間が迫っているのに。

 

 それでも僅かに振り絞った声を出したのはネイチャだった。

 

 

「……な、何でテイオーが!?」

 

「詳しい事はこちらもまだ……ですが、直前でケガをしたと聞いています」

 

「ケガ……? 一昨日まではそんな情報はなかったはず……だとしたら昨日か? それとも今日ケガが判明した……?」

 

「ひとまずお伝えしときます。それでは失礼します!」

 

 走って去っていく職員。一番注目されているであろうトウカイテイオーがレースに出ない。それは観客だけでなく当然関係者達にも影響が出てしまう。

 そして必然的に、トウカイテイオーと走るウマ娘にもだ。

 

 

「テイオーが……ケガで、出ない……?」

 

(ま、ずい……ッ)

 

「レースに出れない程のケガって大丈夫なのかな……ひどいのかな? いいや、というか……」

 

 一番テイオーを意識していたのは誰だったか。テイオーに勝つための作戦を考えていたのは誰だったか。テイオーを目標にして背中を追いかけていた者は誰だったか。

 今まで築いてきた牙城に、亀裂が入っていく音がした。

 

 

「とりあえず落ち着けネイチャ」

 

「無理だよ! だって、せっかくテイオーと戦う覚悟してたのに……アンタに勝つのが夢って言っちゃったのに……今日まで頑張ってきたのに……」

 

 ある意味テイオーと戦うという目標が彼女の支えになっていた。それが突然失われてしまうと、いとも簡単に何もかもが崩れ去ってしまう。

 テイオーに勝つという目標も、テイオーに勝つための作戦も、全部ご破算となってしまった。

 

 

「トレーナーさん……」

 

 弱りきった声が控え室に響いた。

 

 

「アタシ、今日誰の背中を追って走ればいいの……?」

 

 勝負服に身を包んだ少女の姿はあまりにも小さく見えた。目標を見失えば人は心の路頭に迷う。

 誰かに手を引っ張ってほしいと思ってしまう。新しい道を指し示してほしいと願ってしまう。

 

 トレーナーとして、今のネイチャにとって何が最善なのか考えろ。

 テイオーがいない以上、それに準じた作戦が必要だ。

 

 

「テイオーが出ないのはこの際仕方ない。気持ちは分かるけど大事なのは切り替えだ。今から別の作戦を伝えるぞ。1番人気のテイオーがいないから2番人気のネイチャが狙われる可能性が一気に上がってくる」

 

 圧倒的な力を持つトウカイテイオーが不在となれば、力量の差がまだそんなにないネイチャが狙われてしまえば一気にレースは苦しくなってくる。何とかしてそれを避けなければならない。

 

 

「さっきも伝えようとしてたけど他にも警戒しなきゃいけないウマ娘がいる。時間がないから簡潔に言うが、8番、10番、18番のウマ娘には気を付けろ。特に8番と18番の最後の追い込みはネイチャとほぼ同等と思え。変にブロックされたら厄介だ。それと10番は逃げが得意だか──、」

 

「そろそろパドックのお時間なので各ウマ娘の皆さんは準備お願いしまーす!」

 

 控え室の外からそんな声が聞こえてきた。

 

 

「くそっ、もう時間か!」

 

「じゃあトレーナーさん、アタシ行ってくるね……」

 

「ネイチャ!」

 

 トレーナーの顔を見る事も振り返る事もなく控え室を出るネイチャ。

 彼女の顔は見えない。いったいどんな表情をしているのかさえ分からない。

 

 

「……ッ」

 

 念願の勝負服なのに。初のGⅠレースなのに。

 ナイスネイチャの背中がどことなく小さく感じてしまった。ただ見つめる事しかできない自分に腹が立つ。

 

 

(こんな状況でレースを楽しんでこいなんて、言える訳ねえだろ……)

 

 友人がケガで出られなくなり、追いかける背中を見失い、一緒に走るという一つの目標が無くなった彼女の心境を考えるととてもじゃないが楽しめなんて言えない。

 拳を強く握りしめる。最後までネイチャがこちらを振り向かなかったのは放心故か、それとも情けない顔をトレーナーに見せたくなかったのか。

 

 それは彼女にしか分からない。しかし、自分が彼女の力になりきれていなかったのは紛れもない事実だ。

 滝野勝司というベテラントレーナーの元で修行していたとはいえ、渡辺輝はまだ新人トレーナーだ。どうしたって足りない経験や知識がこういう時に容赦なく降りかかってくる。

 

 こういう土壇場で担当ウマ娘のメンタルケアも出来ないようではまだまだだと自分を戒める。

 だがウマ娘がレース場に行ってしまった以上、もうトレーナーにできる事は信じるのみだ。

 

 

「……ネイチャ、頑張ってくれ」

 

 

 信じてくれた人達の願いや期待、想いを背負ったクリスマスカラーの勝負服を身に纏った少女が(ターフ)に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主役(トウカイテイオー)が不在の中、波乱の『菊花賞』が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





後半へ続きます。
久々にイチャイチャなしのスポ根になりそうな予感。イチャコラを見たい方は少しだけ辛抱頂けますと幸いです。
これも未来のラブコメのため……。


では、今回高評価を入れてくださった、


宮部仁さん、蜜柑泥棒さん、Conley11さん、タイガードさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!




水着ウマ娘が実装されるならクリスマスカラーの勝負服だし12月はネイチャのサンタ衣装来るんじゃねと勝手に予想してジュエル貯める決意をした作者です。
サンタ衣装のネイチャ見たくないですか?


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28.菊花賞(後編)


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 トウカイテイオーが出ないと発表されたという事もあってレース場内の観客にもざわつきが広がっていた。

 

 

 

 

 主役の不在。目玉を失ったレース。トウカイテイオーが3冠を取る瞬間を見るために集まった観客達の意識はもはやレースにはなく、ケガをしてしまった彼女への心配や喪失感で埋め尽くされている。

 こうなってしまえばこの空気感を変えられるのはもうレースしかない。レースさえ始まれば観客の意識はウマ娘達に向くはずだ。

 

 

(テイオーが出ないってだけでこうも雰囲気が変わるのか。改めて俺もネイチャもとんでもないヤツに勝とうとしてるんだな)

 

 自分達が勝とうとしているライバルはこれだけの影響をたくさんの人に与えている。それは無敗を誇る圧倒的な強さ、誰をも魅了してしまう走り、3冠ウマ娘という夢まで一気に駆け抜けるような実直さがあったからだ。

 その夢はケガで潰えてしまったけれど、彼女の強さを知っている者達からすれば、きっとこのレースに出ていれば勝っていたのはトウカイテイオーだと誰もが言うだろう。

 

 そう言わせてしまう貫録が既に彼女にはあった。

 しかし、そんな彼女に勝とうとしているナイスネイチャにそれほどの実力と魅力があるかと問われ、首を縦に振る者はいない。きっと誰もがネイチャよりもテイオーが勝つという選択肢しか選ばない。

 

 ただ1人を除いて。

 

 

(今は絶対的な主役のテイオーがいない。心配ではあるけど、それなら今日はネイチャが勝つ可能性は高くなってくる。初のGⅠだし、ここで勝って自信になればいいけど)

 

 パドック前のネイチャの後ろ姿を思い出す。

 どことなく小さく見えた彼女の姿に不安を感じたのは確かだ。唯一の懸念点。ほんの一つの綻びがレースに支障をきたすのをトレーナーはよく知っている。

 

 ファンファーレが鳴った。

 もうレースが始まる。

 

 

(あとは、ネイチャの精神次第か……)

 

 

 

 

 京都レース場。GⅠ『菊花賞』。

 芝、良。距離、3000m。天候、晴れ。右・外回り。

 

 

 

 

 ゲートが開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

(今のところはまだ問題ない、か)

 

 一周目の第1コーナーの坂、第2コーナーと第3第4コーナーを過ぎた辺りでネイチャの走りには何の変化も見当たらない。

『菊花賞』、数ある長距離レースの中でも春の天皇賞に次いで長いとされていて、二度の坂超えもあり特にスタミナが必要とされる長丁場のレースだ。

 

 大抵のウマ娘は初の菊花賞の終盤にはスタミナが切れてしまい伸びきれずに終わってしまう。

 だからスピードとスタミナが求められる事から菊花賞はこう称されている。

 

 

『最も強いウマ娘が勝つ』と。

 

 

 その栄光を手に入れられるのはただ1人。だからみんな今日のためにトレーニングを頑張ってきているのだ。

 当然ネイチャもその1人。スタミナを重点的に鍛え、夏場に短期間でレースに挑み見事連勝をかっさらってきた。

 

 現に今のネイチャの順位は後方の12着。18人のウマ娘が出るレース運びとしては好位置につけている。

 差しが得意な彼女にとっては充分1着を狙える差。あとは警戒しているウマ娘達を観察して仕掛けるタイミングを誤らなければ問題はない、はずだ。

 

 しかし、やはりどうにも気にかかる。

 モニターに映っているネイチャの表情に明るさを感じられないのだ。

 

 

(何もないといいけど)

 

 この思いが彼女に伝わるかどうかは分からない。

 それでもトレーナーはこうするしかないのだ。レースが始まれば見る事しかできないから。

 

 レースは最後の坂、二週目の第1コーナーへと入ろうとしていた。

 ここから展開が一気に動き出す。既にスタミナが切れかかっているウマ娘もいるようで順位が落ちてきている者もいた。仕掛けるタイミングとしては今が最高潮。むしろここで行かなければ逃げを得意としている10番のウマ娘に追いつけなくなってしまうのだが。

 

 思わずトレーナーの口が開いていた。

 

 

「……どうしたネイチャ。タイミングが遅れてるぞッ!?」

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 ほんの少し前、二周目の坂に入りかかる前だ。

 

 

(テイオーがケガ……大丈夫なのかな。レースに出られないなんて……)

 

 レースが始まる前や始まってからもネイチャはずっとそんな事を考えていた。

 いいや、考えてしまっていた。

 

 レースに集中しなければならない状況でそれ以外の事を考えていれば、どうなるかなんて分かっているはずなのにだ。

 どうしても頭の中から雑念が消えない。余計な事ばかり考えてしまう。

 

 

(っ、こんなんじゃダメ。レースに集中しないと……)

 

 しかしもう遅かった。

 ほんの少しの油断と隙がレースの勝敗を分ける瞬間がある。そして、最初からレース以外の事を考えてしまっていたネイチャと、早くも思考を切り替えていたウマ娘達との差は決定的になっていた。

 

 

(……あ、れ? ()()()()()()()()()()()()()()()()……?)

 

 もはやそこからだった。

 そこからもう差があったのかもしれない。切り替えができず、トレーナーの言葉をちゃんと聞き取れていなかった時点でズレは大きくなっていく。

 

 普段ならば仕掛けるタイミングも分かっていたはずなのに、坂を上っている最中に差を詰めるはずだったのに、気付けばネイチャは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ふと前を見る。どんどん追い上げていくウマ娘達がいて、逃げていくウマ娘もいた。自分は何をしている? ネイチャ以外にもテイオーの出走取消に動揺していたウマ娘もいたはずだ。

 

 そんな娘達はちゃんと切り替えて自分の走りを見せているのに、テイオー自身に勝つと言ってみせた自分は何をしている。

 ケガをしてしまった彼女に、こんな情けないレースを見せられるのか? 

 

 

(しまっ……!? くッ!!)

 

 ガンッ!! と。

 だいぶ遅れての末脚がネイチャの足元で破裂音のように鳴った。

 

 致命的と言う程ではないが、それでも先頭との差は結構ある。これを巻き返すのは正直に言って厳しいだろう。

 気付いた時にはもう遅いかもしれないが、それでもネイチャはスピードを増していく。幸いスタミナ増強をメインにしていたおかげか体力も脚もまだ残っている。

 

 少しずつでもいいから順位を確実に上げていく事に専念しないといけない。今になってトレーナーの言っていた言葉を思い出した。

 トウカイテイオー以外に警戒しなければならないウマ娘。勝負服のため番号は分からないが、今先頭集団にいる3人。この長距離をずっと逃げ続けている先頭のウマ娘、そのすぐ後ろから追い上げている2人のウマ娘。あれがトレーナーの言っていたウマ娘達に違いない。

 

 最終コーナーも終わり、最後の直線に入った。

 ここで全てが決まる。この直線404mを制した者が最も強いウマ娘となる。

 

 しかし、ネイチャと先頭の差は7バ身もあり順位はまだ6位ほど。意外にもスピードが遅くなるウマ娘が少ない。みんなこの距離に喰らい付いているのだ。

 実力も才能も特別じゃないネイチャにとってこれらを差し切るほどの力を持っているかと言われれば、答えはノーだ。

 

 

(ここからどうにかしないと……テイオーにも、トレーナーさんにも顔向けできない……!)

 

 トウカイテイオーに勝つ。無謀とも言える言葉を本人の目の前で言った。そんなネイチャの言葉をテイオーは真正面から受けてくれたではないか。

 それをテイオーが出られなくなったからと言って惨敗していい理由にはならない。そんなふざけた言い訳を許してくれるはずがない。

 

 何より、だ。

 こんな自分を応援して見に来てくれているファンの人達を考えれば、諦める選択肢なんて簡単に捨てられる。

 

 

(言わせない……)

 

 きっとトレーナーはタイミングを間違えた自分とその原因にも気付いている。2番人気なのに体たらくな結果を残す事は許されない。だから失態は走りで取り返せ。情けない姿を見せるな。特別でないならないなりの足掻きを見せろ。

 そして、表明するのだ。

 

 

(テイオーが出ていればなんて……絶対に言わせないッ!!!!)

 

 芝を踏む音が更に大きくなる。

 ネイチャのスピードがここに来て更に増したのだ。どこまで届くか分からないけれど、限界まで脚を使い切れ。

 

 ここで根性を見せないと、ずっとテイオーに勝てないままだ。

 それだけは絶対に嫌だと、証明してみせろ。

 

 視界を前だけに集中する。もう余計な雑念はない。少しでも足を前へ進め、抜く事だけを考える。

 ゴール板までおよそ100mを切った。1人2人と追い抜き、あと残っているのはトレーナーの言っていた3人のウマ娘のみ。だけど、その3人が遠い。

 

 

(……ッ、差は、縮まってるのに……!!)

 

 先頭との差は4バ身。逃げていたウマ娘が追い上げてきたウマ娘に抜かれている状態だ。ネイチャの前にいるウマ娘こそ逃げていたウマ娘、さすがにスピードが落ちてきたのか差は縮まっている。

 だが、その少しの差が果てしなく遠く感じてしまう。

 

 ゴール板はもう目の前。

 だからこそ悟ってしまった。

 

 あのスパートを仕掛けるタイミング。

 決定的な差を生んでしまった雑念のズレ。これが、レースなのだと。

 

 

(ぅ、あ、あぁ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都レース。

 菊花賞──ナイスネイチャ、4着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 控え室。

 レースを終えたネイチャはそこへ帰ってきた。先客がいた。見ずとも誰なのか分かる。出来るならあまり顔は見たくないのかネイチャの視線は下に向いている。

 

 

「とりあえずはおかえり、ネイチャ」

 

「……うん」

 

 声に覇気はなかった。ただいまの一言も言えない精神状態なのかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。

 次に言葉を放ったのはネイチャだった。

 

 

「トレーナーさん……ごめん……アタシ……」

 

「……そんな顔してるって事は、今日のレースがどんだけ酷かったのかは自覚してるみたいだな」

 

「ッ……う、ん」

 

 普段なら負けたとしても優しいトレーナーが言ったのは厳しい一言だった。

 自分のトレーナーから酷かった、なんて言われるほどのレースをしてしまったのだから何も言えないと俯くネイチャ。これに関しては全部自分が悪いと分かっているのだろう。

 

 

「レース前にトレーナーさんから言われてたのは分かってたのに……アタシ、テイオーの事ばかり考えちゃってた……。あれじゃ負けて当然だよね。最後は勝ちに行ったつもりだったけど、結局は情けない姿見せちゃった」

 

 みんなの願いや期待を背負った勝負服を両手でギュッと握り締めて震えながら言っている。

 こんなレースをさせたかった訳じゃない。負けたとしても清々しく次へ繋げられるような、最後には楽しいと思えるようなレースをさせたかったのに、今の彼女からはそんなのを微塵も感じられなかった。

 

 責任はネイチャだけにない。自分にだって責任はあるのだ。

 ちゃんとネイチャの心の支えになってやれなかった自分にも非はある。

 

 だから。

 レールをごっそりと切り替える必要がある。やる時は盛大にだ。まだまだ子供の彼女が重く俯いている表情を見たいと思うトレーナーなんていないのだから。

 

 

「それが分かってるならいいんだ」

 

「……え?」

 

「自分の何がダメだったのか分かってんだろ? ならちゃんと反省点を見付けて改善できるって事じゃねえか。それさえ分かってりゃいいよ。あとは敗因を糧にして次勝てるように頑張ろうぜ」

 

 自分の担当ウマ娘には笑っていてほしい。それが渡辺輝だ。

 だからいつまでも重い雰囲気にしてやるものかと笑ってみせろ。今度こそネイチャの心の支えになれるような男になれ。

 

 

「テイオーを意識してばっかのお前は今日で終わりだ。これからはあくまで最終的にテイオーに勝つ事を考えて、他のレースで勝って自信をつけていけばいいさ」

 

「トレーナーさん……」

 

 ある意味、だ。

 ここからが本当のスタートかもしれない。課題は見えた。あとは実施していけばいいだけの話。

 

 

「俺と一緒に行こうネイチャ。次のステージに」

 

 手を差し伸べる。

 彼女の瞳に微かな揺らめきがあった。負けた悔しさか、それとも別の意味か。

 

 ただ、その手を取ったネイチャはこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん……アタシも、いや……アタシもトレーナーさんと一緒に行きたい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





そう簡単に勝てない世界線。
だけどそれがネイチャらしいといいますか。



では、今回高評価を入れてくださった、


Raven(ゴミナント)さん、SerProvさん、ぐみすらいむさん、アムネシアさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



はよイチャコラさせい。


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29.厳しく、優しく

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 11月中旬。

 

 

 

 

 

 さすがに秋も終わりかけ冬が近づき始めた少し肌寒い放課後。

 陽も短くなり夕方の18時にはもう空は茜色ではなく青く淀んだ薄暗い黒に染まりつつあった。

 

 トレーナー室。グラウンドでの練習は今日はなく、トレーナーとナイスネイチャはずっとこの部屋にいた。

 何をしているのかと問われれば、まさしく勉強の真っ最中である。

 

 言われるがまま勉強という名のレース教本を見ていたネイチャはようやく疑問を口にした。

 

 

「ねえ、何でアタシ練習じゃなくてここで勉強してんの? いや言われた時からちょっと疑問に思ってはいたけど何か考えがあっての事だよね?」

 

「ああ、今日はどこのコースグラウンドも予約取れなかったからする事なかったしな。ちょうど良いと思って」

 

「何がちょうど良いのさ?」

 

 自分がやっていた作業を中断してネイチャのいるソファへと移動する。

 ついでに自分の机に置いていた山積みの本を両手にだ。置くとダンッと重い低音が耳を刺激した。

 

 

「うわっ、凄い量の本……これ、全部レースとかに関係ある本なの?」

 

「まあな。『菊花賞』の後からレースやウマ娘についての資料本を追加で買ったんだ。一応ひと通り全部は読み終わってるぞ」

 

「これ全部読んでんの!? はえ~、分厚いのが10冊以上もあるんですけど……」

 

 ネイチャが色々手に取っている本の中には様々な事がテーマとして表紙に書かれている。

『レースの坂について』。『長距離の極意』。『ウマ娘の精神状態について』。『自分でもできる精神療法』などだ。中身を読めば他の本に似たような事も書かれていそうなのに、そういうのは一切ない。

 

 メインタイトルを軸に、それを極限に解説したものや事細かに解決法などが書かれている。たった一つの命題を取り扱うのにこんな分厚い一冊の中にいったいどれだけの文字数が使われているのか。

 変に話題とか逸らしてたまに脱線してしまうようなタチの悪い教本とかではないだろうな、という心配を隠せてないネイチャ。表情に思いきり出ている。

 

 

「どれもちゃんと勉強になる良い資料だったよ。本棚にあるやつ達とはまた違って内容もそんなに被ってないし、これまでの反省とこれからの課題も見付けられたからな」

 

「課題?」

 

「次のステージに進むって言っただろ」

 

 菊花賞の後、控室で言った言葉を思い出す。

 ネイチャも強く印象が残っているのかすぐに思い出したようだ。

 

 

「テイオーを意識してばかりのお前はもう終わりだって。これからはテイオーはあくまで最終目標にする。クラシック級、シニア級と他にも強いウマ娘はわんさかいるんだ。相手の得意な戦法がテイオーにはないモノだった場合、それの対策を練る必要がある。特にシニア級は先輩ウマ娘も出るから余計勝つのは難しくなってくるだろう」

 

「そう、だよね」

 

「おそらく『あの』テイオーですら適性距離の差で勝てないウマ娘だっているかもしれない。それだけ化物級の相手がいると思った方がまだ心の準備もできるだろ」

 

「テイオーでも、勝てないレース……」

 

「あいつは主に中距離のレースに出てるけど、長距離レースは未だ未知数だ。この前の菊花賞で見極めるつもりだったけどケガで出れなくなっちまったからな」

 

 ネイチャの顔が少し暗くなる。テイオーの事を考えているのかとも思うが、一番は不甲斐ないレースをした自分の事を思っているのだろう。

 彼女としてはあまり良い思い出にならなかったのも仕方ない。暗い話がしたい訳じゃないのだ。

 

 

「とは言ってももうテイオーはトレーニング復帰はしてるんだろ?」

 

「え? うん、教室でもずっとケガで出られなかった分のレースは復帰した時に勝って取り返すって息巻いてたよ。さすがめげないキラキラ主人公って感じ」

 

「本来復帰後のレースは厳しいもんなんだけど、例外としてああいうヤツは復帰してからが一番怖いからな。っと、話を戻すか。テイオーでも長距離だと勝てない可能性は充分にある。長距離を得意としてるウマ娘がいるなら尚更な。レースに絶対はない。だからこそ、自分と戦う強者の事は全員警戒しないといけないんだ。気持ちから負けてちゃ勝てるもんも勝てないからな」

 

「気持ち、か」

 

 菊花賞、あの時はもう気持ちから負けていたのかもしれない。ネイチャからすればライバルであり友人でもある彼女が、ケガをして大切な三冠ウマ娘を取るという夢が潰えた瞬間を感じてしまった。

 そんな心配事をテイオー本人ではなくネイチャが考えてしまっていた時点で、あのレースに勝てるはずもなかったのだ。

 

 だけど、それでもとトレーナーは付け加えて、

 

 

「終盤には何とか切り替えて追い上げての4着。絶望的な状況から掲示板に入り込めたって事は、ちゃんと走れていたらもっと上位に食い込んでた確信が俺にはある。そのための勉強だよ」

 

「そのための?」

 

「ああ。俺が読んでた本とか見てると分かると思うけど、レースの最中でも直前でも、いつだって冷静でいるためにあらゆる手段を尽くす。そのために知識は必要不可欠になってくるんだ。自分の精神、心をコントロールできればレース運びに支障が出る事はないはずだ。ネイチャの実力は確実に上がってる。だから今鍛えるべきなのは脚じゃなくて、いつでもちゃんと走れるように知識と心のコントロールを覚えるべきだ」

 

「……うん、ありがとね。アタシのためにこんな事までしてくれて」

 

 しおらしく俯くネイチャ。隣のトレーナーから見ても感謝なのか菊花賞での事を申し訳なく思っているのかどっちなのかは正直分からない。

 しかしそれももう終わった事だ。次のステージに行くのなら、担当ウマ娘と一緒にと決めたのは自分である。

 

 

「俺もトレーナーとしちゃまだまだだしな。一緒に強くなっていけばいいさ。それに、レース中だったからこそ余計な考えはしない方がいいってのは事実だけど、友達の事を第一に考えて心配してやれる気持ちに間違いなんか絶対にない」

 

「トレーナーさん?」

 

「あの時は急だったから仕方ねえよ。俺だって大事な場面で大切な人にもし何かあったら集中できるかって言われるとそうとは言えないからな。だからネイチャの気持ちは間違いじゃない。それだけは言いたかったんだ」

 

 他の者からすればそれこそ甘えだとか、だから勝てないんだと言われてしまう事なのかもしれない。レースの時はレースだけの事を考えないといけないと言われればそうなのかもしれないけれど。

 でも、だけど、誰かを心配してそう思う気持ちだけは絶対に否定してはいけない。

 

 厳しさよりも、何とも思わない冷酷さよりも、つい優しさを取ってしまった彼女の想いを、誰が何と言おうとトレーナーだけは肯定してやらなくちゃいけない。

 レースの結果を見てネイチャは何がいけなかったのかを自覚していた。ならば後は褒められるとこを褒めるだけでいい。

 

 

「自分の担当ウマ娘が優しい娘で良かったと心の底から思ってるよ。ははっ、何か俺のタイプみたいになってきたなネイチャ。いや、元から優しいし最初からタイプだったのか……? 走りに一目惚れしてたしな俺」

 

「ぶふぉっへっ!? ななななな何いきなり!? ちょっと良い話風になってたのに急に変な事言ってぶっこんでこないでくれません!?」

 

「お、何か久々に良いリアクションだったな」

 

 ご丁寧に耳も尻尾も天井まっしぐらへ伸びている。

 こんなに顔を真っ赤にしているネイチャも菊花賞以来では初か。相変わらず可愛らしい反応をしてくれる彼女である。

 

 

「ったくもー……これだからトレーナーさんは油断ならないんだよね……」

 

「俺を敵扱いみたいな言い方はやめてくれないか」

 

「ある意味敵かもね~」

 

「お、言うねえ。いいのかなそんな事言って。泣いちゃうぞ。坊泣いちゃうぞ」

 

「良い大人が某赤ちゃんの真似すんじゃないっての」

 

 気付けば雰囲気がいつもの陽気なものへと変わっていた。

 やはりこちらの方が自分達には合っていると確信するトレーナー。ネイチャのためなら基本的にどんな事でもしてやるつもりである。

 

 流れは確実に変わった。

 自分達はもう次のステージに行くためのレールを進んでいる。

 

 来たるべき次のレースへ向けて、トレーナーは言う。

 

 

「んじゃまあ、有記念までにもっと勉強でもするか」

 

「いや下校時刻だから今日はもう帰るよ」

 

「マジじゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 締まらない一日の終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




有マまでに何かほのぼの一話くらい挟みたい所存です。



では、今回高評価を入れてくださった、


ziss_さん、棚兵衛さん、たきょさん、みーこれっとさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



SSRネイチャ可愛さとカッコよさの権化すぎる……。


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30.真冬の併走?


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「寒すぎるので部屋に戻ってもいいですかねいいよねいいに決まってる答えは聞いてない!」

 

「ダメに決まってんでしょ。ほらさっさと今のタイムをちゃんと書くっ」

 

 開口一番震えながらも堂々とバカを言ったのは鼻水を垂らしながら凍り付きそうな渡辺輝である。

 12月に入り、下旬にはGⅠレース『有記念』を控えたナイスネイチャは寒空の中、猛練習に励んでいた。にもかかわらず担当トレーナーがふざけた事を抜かしているので襟首を掴んで普通に引っ張る。

 

 

「うぶぐぇッ」

 

「トレーナーなんだからちゃんと見ててくれないと困るんだからね」

 

「寒すぎるのが悪い。真冬の風ほど恨めしいものはないってのに太陽の野郎ちょっとは張り切って照り付けやがれちくしょう!」

 

 半べそかきながらもちゃんとタイムをメモっている。染み付いた動作というものはこういう時に真価を発揮するらしい。

 何だかこういうやり取りを夏にもした覚えがあるのは気のせいではないだろう。

 

 

「真夏の時も同じような事言ってたよね~」

 

「暑いのと寒いのは苦手なんだよってな。むしろどっちも好きだなんて人いないだろ絶対。せめてトレーナーがいるとこには簡易暖房グッズ置いていいか理事長に直談判する必要があるぞ」

 

「まあアタシ達ウマ娘は基本走ってるから冬でも体は温まるからね。じっと見てくれてるトレーナーさんが寒いのは当然っちゃ当然か」

 

 ガタガタ震えながらネイチャを見ると頬辺りに軽い汗がツーッと流れている。正直ヒートテックにスーツの上からコートとマフラー、手袋にニット帽と耳当てまでしているのに寒いと感じている自分には今最も縁がないモノだと思う。

 普通に汗を流しているのが信じられない完全防寒装備の成人男性。ウマ娘の速度で走っているとこの寒さもそんなものなのか。

 

 震えながら書いたせいか若干見づらいタイム表とフォームの解析をメモした自分の字を見ない事にして、トレーナーはある事を思い付いた。

 

 

「試しに俺もこの一周全力で走ったら少しは体も温まるか?」

 

「むしろそんだけ防寒対策しててそんなに寒がってるのが不思議なんだけど。ん~じゃあ走ってみる? 寒くて運動不足になるよりかはマシでしょ」

 

「……このまま走っていい?」

 

「さっさと脱がんかい」

 

 

 

 というわけで急遽始まったトレーナーとネイチャの併走トレーニング。

 スタート地点から準備万端のネイチャと防寒装備一式を無理矢理脱がされて上もワイシャツだけになっているトレーナー。おかげで始まる前から既にやる気が絶不調である。

 

 

「これ併走トレーニングって言うのかな……アタシって普通に走っていいんだっけ?」

 

「ととととトレーニングも兼ねてるんだからららお前は全力でででで走れよ……! てか早く始めてっ、普通に寒波地獄だから!!」

 

「はいよーいドン」

 

 急に始まったと思ったら既にネイチャはトレーナーの遥か先にいた。

 

 

(本気のウマ娘と走ったらこんな光景なのかよっ……分かっちゃいたが相手になれるレベルじゃねえな!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やっと来た」

 

「コヒューっ……コヒュー……じ、じぬぅ……」

 

「ダースでベイダーみたいな息切れしてるけど大丈夫?」

 

「肺が冷てえ……」

 

 顔は汗だくなのに体内はもう温まっているのか冷えているのか分からない状態だった。

 一周とはいえ真冬のグラウンドを全力疾走すればこうなるのも必然か。トレーナーであってもウマ娘とは体の構造が違うので疲れも段違いである。

 

 おかげさまでコートはいらないくらいにはなってきたが真冬は真冬だ。体が冷え切らない内に一応コートを羽織り直す。

 マフラーなどはもう少し後でもいい。息が整いきる前にトレーナーはこう言った。

 

 

「もう走らん」

 

「でしょうな」

 

 精一杯の抵抗がすんなりと肯定されてしまった。

 ネイチャから見てももうトレーナーはこの冬のグラウンドを走る事はないと思ったのだろう。めちゃくちゃ正解である。

 

 

「あんなに走ったのにすぐ冷えてくるな。汗がすぐ乾いてくる」

 

「だからアタシはまたすぐ走るようにしてるからね。トレーナーさんは一回だけだし風邪引かないようにちゃんと温めときなよ」

 

「俺も今日はシャワー浴びて帰るか……」

 

 この寒さの中を時に体操服や勝負服で走っているウマ娘達は流石だなと改めて思うトレーナー。

 寒がりな自分では考えられないので人間で良かったと安心しておく。ネイチャの方はまだまだ走れそうな顔をしている。有マ記念までもうすぐだからか気合いが入っているのだろう。

 

 空を見る。生憎今日は曇りなのか、冬特有の仄暗い灰色の空模様が視界を覆っていた。そのせいで余計寒いのだから季節を恨むばかりである。

 先ほどのネイチャのタイム表を見てみると前回よりも速くなっていた。まだまだ成長できる余地はある。人間よりも丈夫とは言ってもウマ娘だって風邪を引く時は引いてしまうので、有記念まではこれまでよりも体調管理を徹底していく必要もあるだろう。

 

 夏と冬では体調管理もトレーニングの仕方も異なる方法でやる必要があるのだ。この季節にはこの季節でのアプローチを、特に肌も冷える冬は筋肉が収縮して硬くなりやすく柔軟性が低下するため、ウマ娘にとっても大事な靭帯、腱などが損傷しやすい時期でもある。

 その危険性を最大限まで低下させ、基礎代謝が高くなる冬で最も効果的なトレーニングを考案するのがトレーナーの仕事だ。

 

 これも様々な資料を読みつくしてきたトレーナーの知識だ。とは言ってもこのくらいはトレーナーにとっての基本情報だが。

 

 

「ネイチャ、脚の方はどうだ。重くはないか?」

 

「え? うん、ちゃんと準備運動してから走ってるし大丈夫だよ。身体も柔らかいぐらいだし」

 

「ならいい。じゃああと一周したら温水プールに行くぞ。どんだけ走ってもこの季節だとすぐ体が冷える。温水プールなら体もちょうど良い塩梅に温まるし筋肉も解れる。ついでに泳いでトレーニングも出来るから一石二鳥だ」

 

「おっけー。で、本音は?」

 

「一刻も早くあったかい場所に行きたい」

 

 一瞬で見抜かれちゃっていた。

 最近自分の言い訳が彼女に見透かされている気がしてならない。これもパートナー故の関係性か。とはいえその本音7割、方便3割なので一応は温水プールへ行くのもネイチャのためではある。

 ネイチャもそれは分かっているのか、軽い溜め息を吐きながら、

 

 

「まあトレーナーさんの言う事だからちゃんと考えてはくれてるだろうしそれに乗っかりますよ~。アタシもあったかいとこ行きたい気持ちはあるしね」

 

「ちなみにここで何周も走ってるからプールじゃ泳ぐのは軽くにしとけな。筋肉解しながらクールダウンが目的だから」

 

「はいはい、じゃあパパッと最後の一周してきますよー」

 

 言うだけ言ってネイチャはスタート地点へ走っていき、自分のタイミングで走り出した。

 フォームもスピードも先ほどと差異を感じさせないキレのある走り方だ。問題はあれが有記念でどう通じるのかだが、今はそれよりも思うところがトレーナーにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱあと一周なしにしてすぐ温水プールに行くべきだった。さっみぃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、ネイチャとマラソン感覚で並走したい自分です。
彼女なら走りながら雑談とかしてくれそう(妄想)

何気に本編30話突破しました。
まさかここまで続くとは……。
  

では、今回高評価を入れてくださった、


エッショさん、プッチさん


以上の方々から高評価を頂きました。
ありがたいお言葉ばかりいただいております。本当にありがとうございます!!




第二弾ミッションのスピードとスタミナ因子☆2育成終わる気がしませーん!


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31.有マ記念



お気に入り登録ご感想高評価いつもありがとうございます。


 

 12月下旬。

 年の締めくくりとして最後の大レースが始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 中山レース場。GⅠ『有記念』。

 芝、良。距離、2500m。天候、晴れ。右・内回り。

 

 

 

 

 ゲートが開かれ15人のウマ娘達が一斉に駆け出していく。

 外回りからスタートし、初角となる第3コーナーまでは192mと短い。問題は一周目と二週目の第4コーナーを終えてからの直線にある上り坂。スタミナはもちろんタフさやペース配分と器用さが求められる。

 

 最初の第4コーナーを終えたところで、ナイスネイチャは後方集団にいた。

 それを確認しながらとりあえずは予定通りの出だしで安堵するトレーナー渡辺輝。いつもと同じスタンド前に立ってレース映像と走っているネイチャ達を交互に見ている。

 

 

(よし、好調なスタートを切ったし最初のコーナーも後方で控えてるから接触も変なブロックもされてない。上々だな)

 

 有記念。ファン投票から選ばれる事もあるが、これまでに優秀な成績を残したウマ娘も出走できるとされ中央の一年を締めくくる最後のレースとなっている。

 そこにもはや掲示板常連のネイチャも選ばれ、今こうして走っているのだ。

 

 しかし、そこにトウカイテイオーはいない。ケガは順調に治りつつあり、トレーニングもしているのだが出走できるまでの調整は叶わなかったようだ。

 だからチーム・アークトゥルスとチーム・スピカの再戦は実現しなかった……という訳でもない。

 

 

(やはり先頭集団にいるか。メジロマックイーン)

 

 メジロマックイーン。薄い紫のような芦毛、名門メジロ家出身であり生粋のお嬢様気質なのが特徴のウマ娘だ。落ち着いた淑女的な物腰と気品からファンだけでなくウマ娘達からも人気があるらしい。

 そんな彼女の得意な距離こそが、長距離レースだ。

 

 渡辺輝が出走ウマ娘のデータを分析していた際、最も警戒すべきウマ娘の筆頭がメジロマックイーンだった。

 長距離を得意とし、その実力も折り紙つきである。今回の1番人気が彼女で、ネイチャが2番人気なのもそこが理由だろう。有記念の2500m、長距離とされるこのレースは普通に考えればマックイーンの方が圧倒的有利になる。

 

 だが、渡辺輝はこのレースで警戒すべきウマ娘がもう2人いるとレース前の控え室でネイチャに言っていた。

 

 

(3番人気のウマ娘は言わずもがな気を付けないといけないのは他のウマ娘達も分かってるはずだ。当然みんなマックイーンとネイチャも警戒してるかもしれない。けど、俺がどうしても気になるのは……)

 

「よお、輝」

 

 突然隣にやってきたのは渡辺輝にとってはとても見覚えのある人物だった。

 

 

「滝野さん」

 

 滝野勝司。渡辺輝の師匠的存在であり、トウカイテイオーも所属しているチーム・スピカを率いているベテランのトレーナー。

 何故こんなとこにいるのかと疑問に思う訳もない。

 

 

「ナイスネイチャ、順調に強くなってるようだな」

 

「まあGⅠはまだ勝ててないですけどね。これからですよ」

 

「確かにあの走りを見てるとまだまだ成長できるだろうな。今後が楽しみだ」

 

「それよりあの娘の調子も良さそうですね」

 

「ああ、()()()()()()の事か」

 

「それ以外に何があるんですかね……」

 

 話している間にもレースは続いている。一回目の上り坂を終えて今は第2コーナーから第3コーナーに入ろうとしていた。

 会話をしながらもウマ娘達からは目を離さない。ネイチャが走っているこのレースさえ他のウマ娘からデータを取るためだ。

 

 高低差約2mある上り坂を終えても、ネイチャの顔色に変化は見当たらない。まだスタミナも温存できている証拠だろう。第3コーナーが終わると後方から少しずつペースを上げている。

 あれも作戦の内だ。

 

 有記念の最後の直線は310mと短い。だから直線に入ってからスパートを仕掛けても捲る前にゴール板へ逃げられてしまう危険性が高いのだ。

 それを知っているウマ娘は、そのほとんどが残り1000mを切ってからペースアップをしてスパートをかけるようになっている。だが、早い内に仕掛けると最後の上り坂でスタミナを使い切ってしまうウマ娘も多いため、タイミングとスタミナ、末脚の持続力が問われる難しいレースだ。

 

 そんなレースを、だ。

 メジロマックイーンが先頭集団を率いてペースを作っている。

 

 何故渡辺輝の師匠、滝野勝司がここにいるのか。その理由も至極簡単で単純なものだ。

 メジロマックイーンはチーム・スピカの一員だから。これだけの事に過ぎない。トウカイテイオーはいないが、今ここでチーム・アークトゥルスとチーム・スピカが戦っている真っ最中なのである。

 

 

「実際マックイーンの調子はいい。走る前も落ち着いていたし、長距離はあいつの適性距離だからな。負ける確率は少ないとは思ってる。だが……」

 

「レースに絶対はない、ですか」

 

「ああ。あのシンボリルドルフほどの実力があるならまだしも、他のウマ娘はそうじゃない。だからレースに絶対なんてない。何が起こるか分からないんだぞ。まあ、それがレースの面白さでもあるけどな」

 

 レースに絶対はない。だからこそネイチャがマックイーンに勝つ可能性も充分にあるし、この先トウカイテイオーに勝つ事だって全然あり得る話だと思っている。

 1番人気のウマ娘だけが勝ち続けるレースに面白味は感じない。どんでん返しがあってこそのレースだ。誰も想像し得ない結果になった瞬間、レース会場は沸き立つのだから。

 

 そしてその可能性は、ウマ娘を強化する専門のトレーナーだからこそ感じ取れるものがある。

 渡辺輝はレースを見ながら静かに口を開く。

 

 

「だから警戒しなきゃいけない相手は必ずしも注目されてるウマ娘だけじゃない……」

 

「……5番人気までのウマ娘の他に、そういう相手がいるのか?」

 

「あくまで俺の個人的な主観になりますけど……」

 

 最低でも掲示板に入る可能性が高い5番人気までのウマ娘は誰からも警戒されるものだ。とりあえずはそこを押さえておけばある程度の対策は練れると言ってもいいだろう。

 しかしそうなると必然的にそれ以外のウマ娘への警戒心は自然と弱くなってしまう。たまにあるのだ。そうやって油断していると後ろから全く意識していなかったウマ娘に差されてゴールされる事が。

 

 レース前、ネイチャに伝えていた懸念点。

 普段なら警戒の外へ追いやっていたかもしれない可能性の一つ。出走人気で言えばそれほどないのかもしれないが、有記念に出走できる実力と人気があるのなら絶対にその可能性を無視してはならない。

 

 渡辺輝がマックイーンや他のウマ娘よりも警戒しなければならないと思ったウマ娘。このレースを荒らす台風の目となるかもしれない存在。

 それを彼はハッキリと言った。

 

 

「ダイサンゲン。14番人気で本来なら意識の外にやってたかもしれない彼女ですけど……あの娘、纏ってるオーラがいつもと全然違います」

 

「ダイサンゲンっていうと、今マックイーンの後ろにいるあの娘か」

 

「ええ。何だか嫌な予感がするんです。もしかしたら、今日一番の敵はあの娘かもしれません」

 

「……確かに明確に実力のあるウマ娘にはただならぬオーラとかたまに瞳から異様な稲妻のようなものが見えるっていうが、まさかあのウマ娘にそれが見えるって事か?」

 

「俺も詳しくは分からないんですが、何か周りに白いオーラが漂ってる気がするんです」

 

 人間とウマ娘の違いの一つ、と言えばいいかは分からないが何かの一線を超えた時、またはその日の調子がいつもと別次元に良いと思う時、ウマ娘の身体にはちょっと変化が見えるらしい。

 それはウマ娘同士に見えるものでもあるらしいが、極稀に人間にも見えるほどのモノもあると言われている。

 

 ただ、渡辺輝にそれを見えているという事は。

 

 

(俺には何も見えないが輝には見えてる、か。()()()()()()()()()。マックイーン……)

 

 気付けばレースも終盤に入ろうとしていた。

 残り1000mを切った瞬間、全体的にペースが上がり直線前にスパートを仕掛けていくウマ娘もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

(よし、ここから!)

 

 同じタイミングでスパートを仕掛けたのはナイスネイチャだ。

 二週目の第3コーナーの途中、他のウマ娘と同じく強く脚を踏み込んだ。一気に加速していくと、スルスルと前方にいたウマ娘達を追い越していく。

 

 

(トレーナーさんが危ないって言ってたのはマックイーンだけど……一番警戒しなきゃいけないのがダイサンゲンって娘だったはず)

 

 前を見る。第4コーナーに入りネイチャの前にいるのは2人のウマ娘と、先頭争いをしているマックイーンとダイサンゲンだった。

 トレーナーの言っていた事が今のところ完璧に当たっている。

 

 ならば。

 

 

(最終直線は短いから、その前に全速力で追い上げて最後の上り坂でギリギリを差しにいく!!)

 

 最後の直線は310m。その中で最もキツイ瞬間の上り坂、そこに全てを懸ける。

 そのためにまずは目の前にいる2人のウマ娘を追い抜く。差すにもスペースは必要だ。

 

 

(直線に入った……。ここから行けるか……!?)

 

 2人を追い越し、前にいる本命との距離を測る。

 現時点でおそらく3バ身ほど離れている。長距離を得意としているマックイーンのスタミナ切れは期待できない。ダイサンゲンはもはや未知数と言っていいから油断も隙も無い。

 

 これ以上の差を詰めるのに相手が落ちる事を想定してはならない。終盤、その土壇場。試されるのは、頼れるのは自分の脚のみだ。

 

 

(いいや、行くしかないっしょ!)

 

 ダンッ!! と。

 ネイチャの脚が芝を弾いて更に加速した。

 

 上り坂に入るまでにはせめて1バ身まで詰めておきたい。そのためにスタミナをギリギリまで温存して末脚の持続力を鍛えてきたのだから。

 少しでも脚を前へと進める。案の定2人は減速していない。マックイーンよりもダイサンゲンの方が少し前にいるのが確認できる。長距離が得意なあのマックイーンが抜け切れていないのだ。

 

 上り坂に入った。何とかマックイーンとの距離を1バ身まで詰められたが、それだけで終わりではない。

 もしマックイーンを抜いたとしてもその先にダイサンゲンがいるのだ。しかも、マックイーンと彼女の差は2バ身ほどもある。ネイチャとの差は約3バ身。上り坂が終わればすぐゴールと考えると、さすがにキツイか。

 

 

(ぐッ……マックイーンも前に行かせてくれない……!)

 

 ダイサンゲンに負けじと差を詰めようとするマックイーンを捉えてはいるのに中々抜けない。

 これ以上の差が、詰められない。

 

 上り坂が終わる。それはもうほぼレース終了を意味していた。

 最初にゴール板を駆け抜けたのは、ダイサンゲンだった。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

「ごめん、トレーナーさん。また負けちゃった……」

 

 いつも通りの控え室。ネイチャの第一声はそれだった。

 俯く彼女に対してトレーナーのやる事は一つ。いつも通り彼女の頭に手を乗せる。

 

 

「色んな世代が走る有記念。1着はダイサンゲンだったけど、最も注目されてたマックイーンを相手にクビ差まで追い詰めての3着。ネイチャからすれば確かに残念な結果だったかもしれねえけどさ、俺としてはよくあそこまで食い付いたなって思ったよ。だからそんな落ち込む必要はないぞ」

 

「……相変わらず優しいね。トレーナーさんは」

 

「俺は自分の気持ちは素直に言ってるだけだ。レースに勝つのは1人だけ。だから勝つ事の難しさも理解してる。何なら勝ち続ける事の方がよっぽど難しいんだ。負けは何も恥ずべき事じゃねえ。勝利よりも敗北からの方が学ぶ事はたくさんある。そんでまた強くなればいい。大丈夫だ。()()()()()()()()

 

「ッ……たはー、そんな事を簡単に言ってくるとはさすがですなあ」

 

 自分が欲しい言葉を必ずといっていいほど言ってくるトレーナーにネイチャも苦笑いを隠せない。

 けれど、それで喜んでしまっている辺り彼女も満更ではないようだ。

 

 

「反省会はほどほどにしてとりあえずはウイニングライブだな。3着だしセンターの隣だろ? 最前列で思いっきりペンライト振るわ」

 

「恥ずかしいので控えめでお願いします……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 中山レース。

 有記念──ナイスネイチャ、3着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

 

 メジロマックイーンの控え室でこんな会話があった。

 

 

「ネイチャさんはどうだったか……ですか?」

 

「ああ。今回は勝ったが、輝の事だからな。今後も警戒しとかんといつ寝首を搔かれるか分かったもんじゃないしな」

 

「そうですわね……。ゴール直前は必死だったのであまり意識しないようにはしていましたが……ネイチャさんのプレッシャーは凄まじいものでした。あともう少しゴールまで距離があったらどうなっていたかは……あまり想像したくはありませんわね」

 

「そうか……」

 

 ダイサンゲンを捉えるのに必死だったマックイーンでさえ、嫌でも意識してしまうほどの迫力がすぐ背後にあった。

 その実力は、以前よりも遥かに成長している。

 

 それに何より、だ。

 

 

(あいつには俺にも見えてなかったウマ娘の()()()()()()()()……。トレーナーとしての才能がより開花したのかはまだ定かじゃないが、俺も見逃していたダイサンゲンの強さを輝は最初から警戒していたんだ)

 

 弟子の成長を喜ぶべきか恐れるべきか。とにもかくにも渡辺輝のウマ娘を視るあの目は絶対に脅威になる事は確定だろう。

 ネイチャしか担当していない彼なら、彼女をどこまでも強くできてしまう可能性がある。伸びしろで言えばまだ30%ほどかもしれない。

 

 

(ナイスネイチャしか担当していない、か)

 

 それとは別の思いも滝野勝司にはあった。

 担当ウマ娘が1人しかいない。そのリスクを知りながら渡辺輝はネイチャしか担当していない。おそらくネイチャは、そのリスクの意味を知らない。

 

 中央にいるならば、それ相応の実績を必要とされるこの場所、トレセン学園の厳しさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(彼女しか担当しないなら、それこそもっと勝ち続けなきゃ厳しいぞ。輝)

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という事で有マ記念でした。
ダイサンゲンはアニメでも出てきましたが、そこから使わせていただいています。
ネイチャの成長を感じつつ、勝ちきれない彼女の諦めの悪さに魅力を感じていただければなと。

ウマ娘のオーラに関しては完全に作者の独断設定なのであまりお気になさらず。
アニメではどう見えてんのかなアレ……(ライスの黒いオーラとか)


では、今回高評価を入れてくださった、


麦丸さん、姉妹の兄で弟2さん、You刊さん、folpsさん、パスタデココさん、rumjetさん、アムネシアさん、ユー1234さん


以上の方々から高評価を頂きました。
投票者数がまさかの300を超えました!!これまで書いてきた自分の作品では初めての事なので、読んでくださっている皆様に感謝しかありません。
本当にありがとうございます!!





アニメ2期を見直してたら普通に何回も涙腺崩壊してしまいます。


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32.クリスマスプレゼント



お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有記念が終わって数日。

 今年のレースも一通り終わった事でウマ娘達の雰囲気も一気にガラリと変わっている。

 

 言うなれば世間はクリスマスだった。

 トレセン学園はレースの育成だけでなく勉学という教養の面も当然持っている。もっと単純に言えばレース以外の事に関しては学校とそんなに変わらない。

 

 という訳でトレセン学園は冬休みに入ろうとしていた。

 

 

「終業式がクリスマスって今年は学生にとっちゃタイミング悪そうだよなあ」

 

 そんな中、トレーナー室で他人事のように呟いたのは渡辺輝である。

 彼は教師でも生徒でもないのでトレーナー室に暖房を効かせてひっそり温もっていた。

 

 いったいどこから取り出してきたのか、床に絨毯を敷いてこたつとこたつ布団を設置し完全にトレーナー室を自室同然のように扱っているトレーナーを見てため息一つ吐いたのはナイスネイチャだ。

 

 

「アタシ達が申し訳程度のストーブが置かれてて何の効果もなくただただ寒いだけの体育館で話を聞いてる間に1人でぬくぬくと暖をとってたとは良い御身分ですな~トレーナーさんは」

 

「お、来たかネイチャ。お前もこっち来て座れよ。ちょうど良い感じにこたつがあったまってきたぞ」

 

 一応は皮肉のつもりで言ったようなのだが、ネイチャの小言もこたつの前ではトレーナーにノーダメージらしい。

 寒がりな彼にはこたつは冬のゴッドアイテムなのである。

 

 

「てかこのこたつどっから出してきたのさ。去年はなかったよね?」

 

「暖房だけじゃ何だから買ったんだよ。自分の家の次に長くいるのがトレーナー室だからな。第二の自室として使わせてもらってるんだ。あ、もちろん自費だぞ」

 

「これで自費じゃなかったらどうかしてると思うけどね」

 

 とは言っても日本の宝の一つ、こたつの魔力にはネイチャも逆らえない。何だかんだ言いつつもトレーナーの向かいに座りこたつ布団を首元まで被せている。

 

 

「クリスマスだってのにトレーナーさんはこんな所で何してたのさ? ずっとこたつに潜ってたの?」

 

「人をこたつ魔人みたいに言うな。今日の分の仕事はもう終わらせたよ。来年のレースプランとかトレーニングプランとかな。まあしばらくはレースもないし学生なんだから適度なトレーニングだけして後は冬休みを満喫しときな」

 

「トレーナーさんからそう言ってもらえると素直に休めるからありがたいですわ~」

 

 レースがなければ基本的にトレーナーは事務仕事などが多い。トレーニングがなければ大体はPCとにらめっこしている。そんな作業も終わった事で今日はこたつに引きずり込まれているという訳だ。

 クリスマスに何をしているのか聞かれれば仕事、という悲しい答えしか持っていないのは言わないお約束である。

 

 

「で、お前は何でこの部屋に来てんの? 有記念もまだ終わったばっかで今日はクリスマスだし終業式なんだから練習はオフにしたって言ってたろ?」

 

「まあね~。トレーナーさんは何してんのかなってちょっと気になったもんで」

 

「俺は仕事も終わったし今日は適当にのんびりしたら帰ろうとしてたとこだよ。んでお前は? クリスマスなんだから友達とかと予定あるんじゃないのか?」

 

「ん~まあ去年はマヤノ達と軽いお菓子パーティーみたいな事はしたけどね。今年は終業式と被ったし、みんなそれぞれ自主練とか他の娘と予定あるっぽいんだよね」

 

「なるほどねえ。年末にレースがなかったウマ娘は走っとかねえとなまっちまうからな。じゃあネイチャはそれでフラれちまった訳か」

 

「言い方。アタシとしてはキラキラしてる娘達に囲まれてパーティーってのも楽しいけど眩しいもんでもあるからさ、毎年連続でやるのもあれだしたまにはこうしてゆっくりできるクリスマスも悪くないなあって感じでここにやってきました~」

 

 子供に付き合わされてる大人かというツッコミは野暮だからしないでおくトレーナー。

 クリスマス。ふとその単語で思い出した。

 

 

「そういやこっちに来てからクリスマスの日に地元の人達とかとは何もないのか?」

 

 ネイチャにとってはクリスマスは思い入れのあるイベントのはずだ。

 勝負服にだってそれを強調させたカラーを使っている。幼少期の頃からずっとネイチャと一緒にクリスマスを祝ってくれていた母と地元の大人達はどうしているのか、特別な今日という日をどう過ごしているのかがトレーナーとしても気になるところだ。

 

 

「え? ああ、みんな毎年この日に色々送ってくれるよ。商店街の食べ物とかはさすがに無理だから普通の仕送りとあんま変わんないけど、色んな野菜とか果物とか送ってくれるんだ。いっぱいありすぎていつも消費するの大変なんだけどねっ」

 

 そう言うネイチャの表情は呆れているようにも見えるが、どこか柔らかかった。それだけで、どれだけ彼女が商店街の人達から愛されているのかが一目で分かる。

 これもネイチャの人柄の良さもあるのだろう。照れ臭そうに言っていた彼女は誤魔化すようにテーブルの上に置かれているみかんに手を出していた。

 

 今日のトレーニングはない予定だったからネイチャと会う事もないと思っていたのだが、彼女はこの部屋に来た。

 なら都合が良いと考えたトレーナーは面倒そうにしながらもこたつから立った。

 

 

「どうしたの?」

 

「今度お前に会った時に渡そうと思ってたんだけど今日来たからちょうど良いと思ってな」

 

 PCが置かれている机の引き出しから取り出したのはカラフルな紙袋だった。

 それをこたつテーブルのネイチャ側に置き、一言。

 

 

「ほい、一応俺からのクリスマスプレゼント」

 

「……え?」

 

 予想外のプレゼントに一瞬理解が遅れたネイチャ。

 目の前の紙袋を見てからトレーナーへ視線を移した。

 

 

「トレーナーさんが、クリスマスプレゼント?」

 

「あれ、思ってた反応と違うんだけど? もしかして俺クリスマスプレゼントも渡さないようなヤツに見えてた? もっとこう、えっ、噓っ、トレーナーさんがアタシに? って感じのリアクション期待してたのに俺ってそんな冷たいヤツって思われる?」

 

「普通にビックリしてただけなんだけどそれ言われると何かその通りのリアクションしたくなくなったわ」

 

 思わぬ墓穴を掘ってしまった悲しき青年。反応がトレーナーよりも大人であった。

 何はともあれ、だ。ネイチャの手はみかんから紙袋へと変更された。

 

 

「まあ貰える物は貰っときますけどね~。ねえ、開けていい?」

 

「おう、開けろ開けろ。そして今度こそ期待通りのリアクション待ってるぞ」

 

「だからそんな事言われると無理だっ……」

 

 ネイチャの言葉が止まった。

 紙袋から出てきたのは、マフラーだ。

 

 

「これ……」

 

「ああ、お前に絶対合うと思ってつい買ったんだ」

 

 普通のマフラーならまだ何の変哲もないリアクションを取れただろう。

 しかし、普通とは違う点が一つあった。

 

 色だ。このマフラーの色は、緑と赤を基調とした物だった。

 つまりは、クリスマスカラー。ネイチャの勝負服と同じ、思い入れのある特別な日を模した色。そんな特別な物を、特別な日にプレゼントされた彼女の顔は、どうやらトレーナーが思っていた以上の反応をした。

 

 

「今年一年もよく頑張ったからな。俺からの労いのプレゼントでもあるんだぜ」

 

「……うん、ありがと」

 

 マフラーを優しく抱きしめた少女からのお礼は、何ともくすぐったい気持ちになった。

 何だかんだ当日に渡せて良かったとトレーナーは思いながら目を逸らす。ネイチャの反応が想像以上に年頃の乙女だったのでこちらも何だか照れ臭くなってしまう。

 

 目を逸らしているせいでみかんを取ろうとしながらも手が宙を舞っている状態のトレーナーを見て、今度はネイチャが声をかける番だった。

 

 

「そうだ。お礼って訳でもないんだけどアタシもね、トレーナーさんにクリスマスプレゼントを持ってきたんだ」

 

「え、そうなのか?」

 

「うん、今日もホントはそれを渡しに来たのが目的なんだよね~。って事で、はいこれ」

 

 渡されたのはよくある小さな紙袋。

 手に取りさっそく中身を取り出すと、

 

 

「これは……手袋か?」

 

「当ったり~」

 

 黒と青色が特徴の手袋だった。

 デザインもシンプルで大人の男性が使うにはもってこいの代物だろう。

 

 しかし、気になる点が一つ。

 

 

「マフラー選ぶ時に手袋も色々見てたけど、こんなデザインはなかったような……。どこの店で買ったんだ? 素材も結構良い感じのやつっぽいけど」

 

 トレーナーの純粋な問いに、一瞬戸惑いが見えたのは気のせいか。

 何故だかプレゼントを貰った時よりも顔が赤くなっているネイチャは観念したかのように答えた。

 

 

「あ~えっと……一応その、アタシの手編み、です……ハイ」

 

「…………え、手編み?」

 

「ハイ……」

 

「めちゃくちゃ上等なモンに見えるけど、手編みなのかこれ?」

 

「ユキノビジンって娘が手編み凄く上手で、空いた時間に教えてもらいながらコツコツやってました……ハイ」

 

 担当ウマ娘からのクリスマスプレゼント。しかもそれは手編みの手袋ときた。

 自分のプレゼントでネイチャの反応を楽しみにしていたのに、思わぬカウンターを喰らった気分だ。

 

 こんなの、嬉しくない訳がない。

 出たのは小さな笑い声からだった。

 

 

「はは……すげえや。ありがとな、ネイチャ! めちゃくちゃ嬉しいよ」

 

「……ふふっ、そんだけ喜んでもらえたならこっちも頑張った甲斐があったってもんですかねえ」

 

「手編みのプレゼントなんて何気に初めてだし、何なら女の子からクリスマスプレゼント貰ったのも初めてだからなあ。そりゃ嬉しいさ」

 

「あれ、何だろ。ちょっとそれ聞いたらこっちが悲しくなってくるからやめて。別に哀れとかは思ってないけど」

 

 クリスマス。それは誰かにとっては特別な日で、誰かにとっては特別でもない日。

 渡辺輝とナイスネイチャのようなやり取りは、この世界できっとたくさんの人々が同じような事をしている。友人、恋人、家族。大切な人との特別な日は、何でもないような日を彩ってくれるものだ。

 

 この喜びは、今日しか味わえない。

 今日しか楽しめないのなら、せめてこの時間を少しでも共有していたいと思うのは自然な事なのだろうと思う。

 

 ひと通り満足したトレーナーはネイチャに提案した。

 

 

「なあネイチャ。今日はこの後予定あるか?」

 

「さっきも言ったけど今日は特に何もないよ」

 

「じゃあせっかくのクリスマスだ。お前が良ければだけど、俺と一緒に商店街でも行ってパァーッと何か食っていくか?」

 

「お、いいねー。さすがに今日はおっちゃん達もクリスマスっぽい物売ってそうだし行ってみますかっ」

 

 さっさと準備を済ませて暖かいトレーナー室から寒い廊下へと出る。

 

 

「北京ダックとか売ってねえかな」

 

「いくら焼き鳥屋でもそれはないでしょ」

 

「それもそうか。さて、今日も頑張って定価で払わせてもらえるように粘るかね~」

 

「アタシとトレーナーさんが来た時だけみんな値引きしてくれようとしちゃうもんねえ」

 

「親切な人達だから断るのは心苦しいけど俺達だけ特別扱いは悪いしな。まあいいや、とりあえず今日は食いまくるぞ」

 

「そう言って去年みたいに吐きそうにならないでよ?」

 

 

 寒いのにも関わらず2人は雑談をしながら歩いていく。

 お互いが貰ったクリスマスプレゼントのマフラーと手袋を身に付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という事でクリスマスプレゼント交換でした。
ネイチャの手編みのプレゼントが欲しい人生でした。



では、今回高評価を入れてくださった、


オルトンさん、危険な手品師さん、rumjetさん、キヌツムギさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



アオハル杯決勝安定しないのでどうにかしたいとこです。


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33.トレーナー宅訪問(前編)



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 年を越し一月も中旬になった頃、いつも通りトレセン学園でのトレーニングが終わりトレーナー室で適当な談話をしていた時の事だった。

 

 

 

 

「しばらくはレースないんだっけ」

 

「ああ、最低でも次は10月。GⅡレースの『毎日王冠』からだな」

 

「ん~暇になっちゃうなあ」

 

「んな事も言ってらんねえぞ。今年のレースプラン見せたろ。『毎日王冠』の次からはGⅠレースが続くって。もたもたしてっとすぐに来ちまうぞ」

 

「だよね~」

 

 トレーナーが自費で買ったこたつで顔をとろけさせながら軽い返事をするネイチャ。それを恨みがましそうに一瞥しながらも作業を終えるためにPCとにらめっこ中のトレーナー。

 いっその事ノートパソコンでも買ってこたつで作業してやろうかと密かに計画を企てる事にした。

 

 夕方でもまだまだ暗い時期の空を確認してネイチャを見る。相変わらずこたつでみかんを食べていた。

 カタカタとキーボードを叩きながら会話に戻る。

 

 

「レースのないこの期間中に目一杯トレーニングして全体的に大幅アップしないとだからな。そのためにトレーニングメニューも季節ごとに結構変更になるから覚悟しとけよー」

 

「トレーナーさんが考えたものなら何だって頑張りますよ~っと」

 

「気の抜けた返事ばっかだなさっきから……」

 

(……まだ当分レースないし誘うなら早めの方がいいよね……)

 

 トレーニング終わりという事もあるのか疲労で空返事をしてくるのはもう仕方ないとする。

 少し目の前の作業に集中する事にした。

 

 レポートを打ち込みながら思い出すのは有記念の日。

 あの時、渡辺輝は不思議な現象を目の当たりにした。

 

 

(他のウマ娘にはなかった雰囲気……あるいはオーラのようなもの。()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 数多の資料を見てきたトレーナーにもその現象については何度か本で確認した事がある。

 ウマ娘には時々、異様なオーラや瞳からナニかが燃え盛るように漂う現象があるらしい。それは限られたウマ娘のみに見られ、時々その日のパフォーマンスの全てが完璧に近い時や、圧倒的な実力を持つ者のみに現れるモノだという。

 

 そこまでならまだ納得はできる。何せウマ娘自体、普通の人間とは異なる部分があり特殊な人体をしているのだから。そういう現象(モノ)が見えても不思議ではない。

 不可解なのは、それは本来ウマ娘同士だからこそ見えるモノなのにただのヒトである渡辺輝が何故見えたのかという事だ。

 

 

(正真正銘俺はただの人間だ。性別的にも人体的にもそれは間違いない。けど数ある資料にああいうのが見えるのはウマ娘同士と書いてあった。極稀に人間にも見えるほどのモノがあるとはあったけど、もしそうなら俺以外の人にも見えてたはずなのに滝野さんは見えてなかった)

 

 ならば何故、という疑問に解答をくれるものは何もなかった。

 一部の人間にしか見えないなどという過去の事例もなかったのだから無理もないのだが、そうなれば疑問は更に深まっていくばかりだ。

 

 レポートを打ち込みながら器用に別の事を考えていく。

 謎は更なる謎を呼ぶ。

 

 

「(試しに過去の色んなレースを見返してもアレが見える事はなかった。俺が見たやつはたまたまなのか、単に過去のレース映像で走ってたウマ娘にそれほどの娘がいなかったのかは分からない、か)」

 

 あれからあらゆる資料とネットでも調べたが何も進展はなかった。

 やはり偶然、あるいはアップで体を動かしていた後、冬という事もあり身体から汗の蒸気のようなものが出ていただけと解釈するのが妥当か。

 

 

「(だけど実際勝ったのはネイチャでもマックイーンでもなくダイサンゲンだった)」

 

「──さん?」

 

「(ならただの偶然にしてはおかしい。俺が見えてたのに俺よりも経験が深い滝野さんが見えないはずがない。くそっ、余計分かんなくなってきやがった)」

 

「──い、トレ──―さ―ってば」

 

「(もっと他に資料がないか調べてみるか? 確信がない以上、他のトレーナーに聞くのもかえって迷惑になっちまうよな。滝野さん、は……逆に笑われそうだな……)」

 

「トレーナーさんってばっ」

 

「うおわっ! あれ、ネイチャ?」

 

 気付けばすぐ横にネイチャがいた。いつからいたのかすら分からない。

 視線を前に向ければ既にレポートも終わっている。

 

 

「集中すると小声でぶつぶつ言う癖は相変わらずですなあ」

 

「そんな声出てたか?」

 

「小声だから何言ってたかはあんま聞こえなかったけどね。にしても器用だねえ。他のこと考えながら作業できるなんて」

 

「慣れたら誰でもできるんじゃねえの?」

 

「簡単に言ってくれるなこの人は」

 

 ふとキーボードの横を見るとポツンとみかんが置かれていた。丁寧に皮も剝かれている。

 ネイチャなりに労いのつもりなのだろう。ありがたく手に取って一欠片を口に頬張る。甘酸っぱさが酷使した脳に染み渡っていく。

 

 

(ま、考えるのはまた今度にするか)

 

 分からない事にいつまでも囚われていても前には進まない。

 ならば今は少しでもネイチャのためになる事を考えるのが先決だろう。

 

 

「そういやわざわざ俺のとこまで来てどうしたんだ? みかんくらいなら投げてくれても良かったのに」

 

「お行儀悪いでしょうがそんなの。んー、まあちょっとトレーナーさんと話したい事があったんだけど、下校時間も来たしまた今度でもいいかなー。大した事でもないし」

 

「何だよ。大した事ないならちゃちゃっと言ってくれてもいいんだぞ? これでも俺はお前のためならいつだって時間割くようにしてんだからな。それに明日から土日だし次会うのは来週になっちまうぞ」

 

「……や、だいじょぶだいじょぶ! ホントいつでもいいような事だからっ。また日を改めてから言うし!」

 

 の割には何だか煮え切らない表情のネイチャ。こういう時の彼女は変に遠慮している時だとトレーナーも分かるようになってきた。

 担当ウマ娘だから何も遠慮しなくていいと何回も言っているのに。

 

 なのでいっそトレーナーからこう言った。

 

 

「何か俺も気になってきたし月曜まで待てねえからさ、直接話す事あんなら明日ウチに来るか?」

 

「……え?」

 

「もちろん明日お前が用事なければだけど」

 

 目の前の少女が急に固まった。

 15秒ほど経った頃、頭からボフンっと煙を出してようやくネイチャが焦ったように声を出す。

 

 

「と、トレーナーさんの家に、アタシが!?」

 

「そうだけど……あ、いくら担当ウマ娘と言っても女の子1人で男の家に来るのは抵抗あるか。ならUMAINの方で言ってくれても」

 

「いいいい行きます行きます行かせてもらいます! 別に抵抗とか一切ないんで大丈夫だから!」

 

「お、おう……そうか、ならよかった」

 

 何だか食い気味で言われた。逆に気を遣わせてしまったかともう少し言葉を選ぶべきだったと内心で反省するトレーナー。

 そして、それとは別に気にしている少女が1人。

 

 

 

 

 

 

(ちょっと行きたいとこあるから誘うだけのつもりだったのにアタシがトレーナーさんの家に行く事になるなんて……どうしよう何か変に緊張してきた……!?)

 

 

 

 

 

 

 





はい、次回初めてネイチャがトレーナーの家に行きます。
愛いやつめ……。


では、今回高評価を入れてくださった、


ぴろし33さん、rumjetさん、小十郎さん、ポケモンマニアさん、百々芦ぺろりんさん、cesilさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!




長々続かせるのも何なので今年中には終わらせたいです(願望)
とすると週一更新じゃ間に合わない可能性大という……。時間が欲しい!


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34.トレーナー宅訪問(後編)



お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。


後書きにてちょっとした宣伝がありますので、よろしければ見てくださると幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 とあるドアの前に少女が1人。ナイスネイチャだ。

 

 前日にあらかじめ家の住所をスマホに送ってもらい、それを頼りにここまでやってきた。のはいいのだが、インターホンを鳴らそうとすると何故か直前で手が止まってしまう始末に陥っている。

 ネイチャの住んでいる栗東寮からトレーナーの家までは徒歩で約10分程度。それをウマ娘の脚の速さで急げばものの3分程度で着く。

 

 そのためか予定の時間よりも遥かに早く着いてしまい、このままインターホンを鳴らすべきか予定の5分前になるまでは待機しておくべきか、という何ともくだらない理由でドアの前に立ち尽くしてからおよそ10分経過していた。

 

 

(どどどどうしよう……! まだ予定より20分も前だし今鳴らしても逆に迷惑になっちゃわないっ!? けどずっとここにいると変に目立って不審に思われちゃう可能性も高いし……だあ~もう何でアタシはこんなとこでずっと自問自答してるかなー!?)

 

「何してんだネイチャ」

 

「ひょえわあッ!?」

 

 変な声が出た。

 頭を抱えて悩んでたら急にドアが開いてトレーナーが出てきたのだ。普通に心臓に悪い。

 

 

「と、トレーナーさん? な、何でアタシがいるって分かったんでしょうか……?」

 

「や、一応客が来るんだしいつもは脱ぎ散らかしてた靴とか並べとくかなーって思って玄関行ったら、外から何回も玄関前を往復する足音聞こえたから不審に思って。まだ時間に余裕あるからまさかなとは思ってたんだけど、お前だったんだな」

 

「あはは~、お、お騒がせしました……」

 

 トレーナーから不審に思われるほど足音がうるさかったのだろうか。気付かぬうちに脚にも力が入っていたのかもしれない。

 今後は気を付けるのと同時にちゃんとインターホンを鳴らそうと心に決めた。

 

 

「まあいいや。ほら、入れよ」

 

「あ、うん。お、お邪魔しま~す」

 

 ネイチャの緊張をよそにトレーナーは普通に招き入れてくれた。

 事前に並べられたであろう靴の隣に自分の靴を置く。そのまま案内され着いて行くと。

 

 

「ここがトレーナーさんの部屋、かぁ」

 

「とは言っても何もないけどな」

 

「意外と片付いてるんだね? トレーナー室がいつもくしゃくしゃになった紙でいっぱいだからもっと散らかってると思ってた。もしかして今日だけアタシが来るから綺麗にしてたとか?」

 

「お生憎様、家では基本的にこんなだよ。トレーナー室は例外だ。それに片付いてるというよりかは何もないって言った方が例えとしては正しいかもな。基本は飯食って風呂入って家事して勉強して寝るだけの家になってるし」

 

「大人とはいえ若者のセリフじゃなくないですかね」

 

 見渡せば、確かにあるのはテレビにテーブル、ウマ娘関連の資料がある本棚やPC、ベッドという必要最低限の物しか置かれていない。

 現代の若者の部屋、というにはあまりにも質素で簡素な物悲しい部屋という印象が強い。

 

 

「確か中央のトレセン学園って給料良いんじゃないっけ? てっきりマンションとかに住んでると思ってたけどこの家もアパートだよね」

 

「まあそれなりにな。だから生活必需品に関しては結構良い物買ってる自負はあるぞ。洗濯機とかは最近乾燥機付きのやつに変えたしな。テレビは無駄に4Kだし、枕はオーダーメイドだから快眠って訳よ。ちなみに家はトレセン学園から近くてちょうどよさそうなのがこのアパートしかなかったからここにした」

 

「お金かけるとこそこなんだ。もっとこう、娯楽的なのには使わないの?」

 

 見た感じDVDプレーヤーやゲーム機なども見当たらない。本棚に多少のマンガがあるぐらいか。

 20代の大人といえばまだまだ若く1人の時間を重宝し娯楽に興じるものだとばかりネイチャは思っていたが、どうやらこの男は例外らしい。

 

 

「前も言ったろ。特に趣味もないからありがてえ事に貯金も貯まってく一方なんだよ。娯楽なら最近はマンガアプリでちょくちょく課金する程度かな。俺にはそれで十分だよ。基本は資料読んでるかPCで作業してるし」

 

「相変わらず勉強熱心なことで」

 

「ちなみにPC作業ってのは気になったマンガのアニメを有料サイトで見てる事を言う」

 

「アタシの褒め言葉返してもらえます?」

 

「家では仕事はしない主義なんだよ。教本とか読んでるのはただの俺の数少ない趣味だ。っと、適当に座ってくれてていいぞ」

 

 ネイチャを座らせようとして1人キッチンへ向かうトレーナー。おそらく来客用にお茶でも入れてくれるのだろうと思う。

 しかし、ネイチャにも座ってられない理由があった。

 

 予定より早く着いたとはいえ時間はもう昼時。元々時間を決めたのはネイチャだった。

 座らずにキッチンへ駆け寄る。

 

 

「ところでトレーナーさんや、お昼ご飯はもう食べた?」

 

「え、ネイチャが来ると思ってまだ食ってないけど。適当に出前でも取ろうかと思ってたし……ってお前、その買い物袋どうしたんだ? まさか……」

 

 待ってましたと言わんばかりに後ろに隠し持っていた買い物袋を見せつける。

 許可もなく冷蔵庫の中を覗き込んでみれば見るも無残な……という感想すら出てこないほどまともなのが何もない。というかあるのは水にお茶、以前聞いて飲まなくなったと言われていたからかお酒の缶が奥に押し込まれているのと、軽食のつもりかは分からないが10秒メシと言われている飲料ゼリーがいくつかあった。

 

 一人暮らしの男の冷蔵庫と言ってももう少しマシなものと思っていたが、そうでもないようだ。

 

 

「そのまさかですよー。まったく、トレーナーさんの食生活も相変わらずなようで。はいネイチャさんの突撃押しかけ昼ごはーん。キッチン借りますよ~」

 

「ありがたいんだけど何でそんなノリノリなの? エプロンも持参してるし」

 

「そう見える? まあ気にしなさんな。軽くチャーハンでも作りますんで」

 

「男ならみんな大好きチャーハンとか分かってるなお主」

 

「はいはい、今度はトレーナーさんが座っててねー」

 

 親しい男性の家でエプロン姿のまま昼食を作る。という状況で何故か機嫌が良い自分に疑問を持つ事すらなく材料を用意していく。

 自炊しなさそうなのに一応一通りの調理器具はあるようだ。こういうとこはしないにしても買っておいた方がいいだろうと思っていたのかもしれない。

 

 

「さて、パパッと作っちゃいますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはーっ、食った食った。ごちそうさまでしたっと」

 

「はーいお粗末様ー」

 

 食べ終えた皿を慣れた手付きで片すネイチャ。これも幼少の頃に実家のバーを手伝っていた故か。

 チャーハンが出来上がった時にフライパンを既に洗っていたため、残るは片した皿のみである。この辺の手際の良さも中等部にしては立派すぎるというものだ。

 

 テレビから聞こえる休日のバラエティー番組の音を聞きながらキッチンへ視線を向ける。

 エプロン姿のまま鼻歌を歌いながら洗い物をしているネイチャがいた。そして自分はテレビを前に心地良い満腹感を感じながらソファに背を預けている。

 

 

(これって何だか……)

 

 思うよりも先に思考を止める。

 この先は何だかイケないような気がする。主に大人と子供という意味で危険領域に踏み込んでしまいそうだった。

 

 

「何か悪いな。洗い物までさせちまって」

 

「家にお邪魔させてもらってるのはアタシだし、そのお礼だから気にしなくていいですよ~。お弁当作ってるのとあんま変わらないしね」

 

「やっぱネイチャの作る料理は絶品だな。何もかもが美味い」

 

「チャーハンくらいで大袈裟だってば」

 

 その後は何気ない雑談がずっと続いた。

 この家にゲーム機やボードゲームといったものは一切ない。そのためやれる事は少なく、いつもトレーナー室でやっているような雑談を暇潰しとしてやっていた。

 

 時刻が15時を過ぎた頃、ふと思い出したトレーナーはこう切り出した。

 

 

「あ、そういえば忘れてたけどさ」

 

「どしたの?」

 

「そういや俺と話す事があったからウチに来たんじゃなかったっけ?」

 

「……あ」

 

 ネイチャのこの反応、どうやら素で忘れていたようである。かくいう自分も今の今まで忘れたまま普通に話していたので何も言えないが。

 これではトレーナー室でやっている事と何も変わらない。ここにきて話は本題に入った。

 

 

「何の話だったんだ?」

 

「……あ、やー、その……昨日も言ったようにホント全然何も大した事じゃないんだけどね?」

 

「おう」

 

 目の前の少女がもじもじしている。大した事ないと本人は言っているが、ならば何故そんなに言いづらそうにしているのかが分からない。

 ネイチャを見るに体調の変化やケガしたとかの話ではないのは分かる。それならまずトレーナーが見逃さないからだ。

 

 だとすれば何か。生憎女の子の考えが分かるほど陽な生き方をしていなかったせいか皆目見当もつかない。

 大人しくネイチャからの言葉を待つしかないのである。

 

 そして、彼女は気まずそうにようやく口を開いた。

 

 

「蹄鉄がもうダメになってきたから、ま、また買いに行くのにトレーナーさんも着いて来てくれないかなぁ~と……思いまして、はい……」

 

 こちらに視線も合わせずそう言った彼女の顔は仄かに赤い。

 対してトレーナー、渡辺輝の顔は……見るからにポカンとしていた。呆気に取られた、というよりかは本当に大した事なくて拍子抜けしたのだ。

 

 

「……え、そんな事言うためだけに俺ん家来たの?」

 

「バッ……そ、それはトレーナーさんが来ていいって言ったからでしょ! 大した事ないから来週でもいいってアタシはちゃんと言ったじゃんかっ」

 

「まさか本当に来週でもいいような用事だったとは思わなくてな。いや、うん、だって昨日のお前ちゃんと言いたそうにしてたから」

 

「ええぇ!? あ、アタシそんな言いたげな顔してました……ホントに?」

 

「うん」

 

「さ、さいですか……」

 

 恥ずかしいのか両手でパタパタと仰いで顔の熱を冷まそうとしだした。しかしここでトレーナーは素早く思考を切り替える。

 蹄鉄はウマ娘にとって大事な物だ。トレーニング用然り、レース用然り。そんな大事な物がダメになりそうだったのなら、買うのは早めの方がいいだろう。

 

 ネイチャが来週でもいいと言っていたという事は、まだ完全に擦り減った訳でもないはずなので急ぐ必要もまだなさそうだが、念には念をだ。

 こういうのは早いに越したことはない。

 

 

「時間もまだ余裕あるか。よし、んじゃ今から買いに行くか」

 

「え、今から!?」

 

「ああ、休日だしちょうど良いだろ。時間もまだまだあるから適当にぶらついてもいいしな」

 

「けどさ……いいの? トレーナーさんって基本休日は家でぐうたらしてたいんでしょ?」

 

「言い方に棘があるのは気のせいですかね? いいよ別に。昨日も言ったろ。俺はお前のためならいつでも時間を割くって。いちいち気にせんでいい。遠慮もすんな。こういう時子供は大人に甘えとくもんだ」

 

 言いながら外出するための準備をしていく。

 こうしておけばネイチャも無理に断れなくなるからだ。彼女の遠慮しがちな部分には多少強引なくらいがちょうど良いのである。

 

 車のキーを手に取り財布もポッケに入れた。

 最低限の持ち物さえ揃えばあとは出発するだけだ。

 

 

「こんなもんか。んじゃ行くぞネイチャ。ここまで来て断るのはナシだかんな」

 

 確信犯の自覚があるのか、少し意地悪そうに笑いながらネイチャに問いかける。

 その意図を察したのかネイチャは諦め半分呆れ半分、いいや、どことなく嬉しそうに溜め息を吐いた。

 

 

「は~あ……お礼に今日の晩ご飯作らせてもらうから食品コーナーにも寄ってね」

 

「お、それは嬉しい誤算だな。楽しみが増えちまった」

 

 そうして2人は一緒に外へ出る。

 こんなやり取りをきっと今後もしていくのだろうというちょっとした確信を持ちながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうせなら来客用に適当に何個かゲームでも買ってみるかねえ」

 

「ゲームってそんな軽い感じで買うもんだっけ」

 

「つっても来んのはネイチャぐらいだろうし、お前が興味ありそうなやつ選べばいいよ。2人で出来るのとかあるだろ?」

 

「対戦は苦手だから協力できるやつがいっかな」

 

「じゃあそれで探してみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 他愛ない会話は止むことなく続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






では、今回高評価を入れてくださった、


太鼓さん、K.W.C.G.さん、十束煉さん、rumjetさん、みやびさんさん、ヒロキチさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



【宣伝】

現在、ハーメルンで『“高貴なる蒼穹”、或いは“光輝なる真紅”』という小説を書かれている『またたね』さん主催のウマ娘企画小説が開催されるという事で、ありがたい事にお誘いを頂きましたので参加させていただく運びとなりました。

企画小説自体の掲載日はハーメルンにて“10月1日”~“10月9日”まであり、自分の作品は“10月4日”(月)に掲載される予定です。
企画に参加される方は9人ですが、全員ハーメルンでの執筆経験があり実力者揃いの方々ばかりですので自分も楽しみで仕方ありません!
中にはウマ娘の作品を書いてる方もいますので、もしかしたら皆様も一度読んだ事のある作品の作者がいるかもしれませんのでそちらもお楽しみに。

ネイチャが好きでこの作品を読んで下さっている方々がほとんどだとは思いますが、企画ではネイチャ以外のキャラに挑戦します。(そういうルールですので)
そういった意味でも自分の力がどれだけあるのか試せる良い機会だと思うので、もしよろしければ企画小説の方でも読んで下さると狂喜乱舞です!


長々と宣伝にお付き合いいただきありがとうございます。
次回も皆様に読んでいただける事を祈りつつ、今回はここまでにさせていただきたいと思います。



料理しているネイチャを見ながら新婚感を味わいたい人生でした。


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35.信頼の証?


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(基本は中距離だからそれに合わせたスタミナトレーニングを……いや、けど10月のレースはGⅡのマイルだからスピード優先の方がいいか……? ん~、けど割とすぐにGⅠレースが続くしなあ。はあ、アイス食いてえ)

 

 

 季節はほぼ夏となってきた6月中旬。

 絨毯やこたつを置いていた場所はすっかり元通り……という訳でもなく4畳ほどの畳が置かれており、そのすぐ傍には扇風機もある。窓には風鈴が吊るされ完全にこのトレーナー室を夏バージョンへとアップデートさせていた。

 

 1人で寝転ぶ分にはちょうどいい広さの畳で、扇風機の風に当たりながら座っているのはトレーナーではなくナイスネイチャだった。

 

 

「やっぱ夏は風鈴の音を聞きながら畳で涼むのが乙ですな~。まあ風鈴が揺れてるのはエアコンの風でだけど」

 

「今年はだいぶ早い梅雨明けだから窓なんて開けたら温風どころじゃないしな」

 

 ネイチャの何気ない言葉を聞いて一旦息抜きに入るトレーナー。

 凝り固まった体をほぐすために軽い伸びをする。気付けば時間もだいぶ過ぎており下校時間もすぐそこまで来ていた。

 

 直接扇風機に当たっているくせにうちわまで使っているネイチャが話しかけてきた。

 

 

「随分考え込んでたけどどうかしたの?」

 

「7月に合宿行くだろ? そん時のトレーニングメニューを考えてたんだよ」

 

「ああ、なるほど」

 

「夏合宿は短期間で大幅に能力向上が出来る大事な時期だ。それを今トレーニングメニューを考えるべきか、現地に行った時に周辺の地形を利用したトレーニングをその時に考えるかとか、何を集中的に鍛えるかを考えてたらもうどうでもよくなってきた」

 

「それダメじゃん」

 

 ある程度は考えているがそれがネイチャに適しているか、今後控えているレースで役に立つかと自問自答を繰り返していたら何が正解か分からなくなってくる始末だ。

 今よりも強くなるなら出来るだけ効率化させたいのがトレーナーの本音である。

 

 

「あ~これじゃまるで夏休みの宿題だ……。最終日に全部一気に片付ける気分になっちまう……」

 

「トレーナーさんはそういうタイプだったかあ」

 

 考え事が詰まった時は気分転換が良いのだが、如何せんマンガ以外にあまり趣味のないトレーナーにはそれも難しい話だった。

 外は晴れているのに気分は梅雨の雨模様だ。とりあえず時間も時間だしでこの事はまた後日考える事にした。

 

 

「ネイチャ、お前はもう帰ってていいぞ。そろそろ下校時間だろ。俺は机の書類片してから帰るから」

 

 言って机の上にある書類に適当に手を付けていく。

 しかし適当に返事がするかと思っていた彼女からの言葉は何もなかった。そういう挨拶は軽くでもいつもはするネイチャだったからか不思議に思い彼女の方を見ると。

 

 何か少し不満気な顔をしているネイチャがいた。

 めちゃくちゃジト目でこちらを見ている。

 

 

「ど、どした……?」

 

 恐る恐る問いかけてみると、珍しくちょっぴり頬を膨らませながらネイチャが答えた。

 

 

「……五日前に今日は晩ご飯作りに行ったげるって話、忘れてません?」

 

「……あ」

 

 そういえばそんな事を話していた気がする。

 ネイチャのトレーニングとトレーナー業務に追われてすっかり忘れてしまっていた。

 

 ネイチャが初めてトレーナーの家に来てからというもの、たまにだがトレーナーの食生活を心配してか昼の弁当だけでなくわざわざトレーナーの家に来て夕食を作りに来てくれる回数が増えたのだ。

 弁当も割と作ってきてもらっているからさすがに悪いと何度か断ったものの、ネイチャ自身が料理の腕も上がるしトレーナーの健康にも繋がるからと言って結局その好意に甘えさせてもらっている訳である。

 

 結論、全体的にトレーナーに非があった。

 

 

「こっちは五日前から何作ろうか考えて買い込んだ食材を冷蔵庫に入れてるってのにさー」

 

「いつの間に買って入れてたんだ……」

 

「ちなみに今日はハンバーグです」

 

「ひゃっほう今すぐ帰ろう我が愛しのマイハウスへええええッ!!」

 

「もうっ、調子良いんだから」

 

 そう言いながらも微笑むネイチャからは謎の母性を感じた。

 ひとまずは滅入った気分をリフレッシュできる予定が確定したので書類を爆速で整理し片付けていく。

 

 

「トレーナーさんってホントハンバーグとかから揚げとか子供が好きそうな食べ物が好きだよねえ。子供舌っていうのかな」

 

「前々から思ってたけどむしろハンバーグやらから揚げが嫌いな人とかごく少数だろ。過半数の人は絶対好きというか安牌みたいなとこあるし、変に凝りすぎた料理よりかは分かりやすくてまだ好感持てる方なんじゃないか? 知らんけど」

 

「そういうもんかねえ。ま、アタシもその辺は作り慣れてるからトレーナーさんが分かりやすくて助かるけど」

 

「誰かに分かりやすいって言われるとあれだな。何か小バカにされてる感あるよな」

 

「してるよ」

 

「してんの!?」

 

 ガラスのハートにピシリと亀裂が入ったのは気のせいではないだろう。

 たまにストレートな事を言ってくるネイチャだが、その度にトレーナーの心がブレイクされている。子供の言葉は大人に効いちゃうのだった。

 

 精神ダメージで挫けそうなトレーナーは何とか踏ん張って体を立たせながら、

 

 

「まあ、ネイチャが作る料理は全部美味いから俺の好きなもんも変わりつつあるけどな」

 

「え、そうなの? 何か好きなものでも増えた?」

 

「つうかお前が作るやつ全部美味いから大体が好きになってる」

 

「ぐぇあはっ!」

 

 今度はネイチャが精神ダメージ(?)を喰らった。普通に自分の料理をべた褒めされるのに慣れていない少女。

 ここにきてカウンターの反動はでかかった。

 

 そしてトレーナーの無自覚猛追は止まらない。

 

 

「おっと、そういやアレ忘れてた」

 

「アレ?」

 

「ほら、これ持っとけ」

 

「わっと。……ナニコレ」

 

 トレーナーから投げられた物を受け取る。

 ひと目見ればそれが何かはすぐに誰でも分かる。いいや、分かるからこその疑問がネイチャの中に生じた。

 

 

「何って見りゃ分かるだろ。俺ん家の合鍵」

 

「デスヨネ~。……え、ナンデ?」

 

「何回も俺の家来てるし、別に担当ウマ娘だからいいかなって。暇な時とか大体家にいるし来ていいからな。お前が来た時のためのゲームとかまだあるし」

 

「あ、うん。えと……ありがとーございます……」

 

 もはや何も考えずにただ返事をするだけになっている。

 トレーナーとしては普通に渡したのだが、あまり嬉しいようにも見えないのでもしかしたらありがた迷惑だったのかもしれない。

 

 合鍵というのは基本家族や恋人に渡すのが常識である。

 しかしこのトレーナー、彼女いない歴=年齢なのでそういう常識も乏しかったりする。普通に何の下心も一切なくただ担当ウマ娘で信頼できるからという理由だけで渡しているのだ。結婚詐欺とかに騙されなければいいが。

 

 

「……一応家の鍵だから無くさないでくれな」

 

「え? あーうんうん、大丈夫大丈夫! それはもう、ほら……厳重に保管するからマカセテ!!」

 

「いや保管したらそれはそれで意味なくなるんだが」

 

 頭大丈夫じゃないトレーナーがネイチャの反応を見て心配するほどにはネイチャがテンパっていた。

 そんなこんなで下校時間のチャイムが鳴る。これを聞くと何故か空腹を感じてくるから不思議だ。

 

 トレーナーの脳内はもうハンバーグの事でいっぱいになっている。

 合鍵なんて二の次だ。

 

 

「とりあえず帰ろうぜ。門限までに作ってもらわねえと。もう俺の口はハンバーグになっちまってるぞ」

 

「……はいよー。お腹ペコペコなトレーナーさんのためにもちゃちゃっと行きますか~」

 

 いつも通りのトレーナーのおかげで強制的に我に戻った様子のネイチャ。

 冷蔵庫から食材を取り出し袋に入れてスクール鞄と一緒に持って隣にやってきた。のでトレーナーはネイチャが持っている食材の入ったビニール袋を半ば取る形で持ち手に指を絡める。

 

 

「そっち持つよ」

 

「大丈夫ですよー。ウマ娘なんだからこんなの重い内に入んないし」

 

「それでもだっつの。こういうのは重い軽いの問題じゃねえんだって」

 

 言うがままビニール袋を取り先を歩く。

 こういうとこだけはちゃんと男女の意識をしっかりしてるという事か。ただ大人が子供に荷物を持たせる訳にはいかないと思っているだけかもしれないが。

 

 それでもそんな些細な気遣いがネイチャにとっては嬉しいようで。

 

 

 

 

 

 

「お~頼りになりますな~」

 

「へいへい、お世辞サンキューってな」

 

 

 

 

 

 

 

 




トレーナーはネイチャを女の子として意識してるのかしてないのかどっちなのか。
多分まだしてなさそう?レディーファーストの気持ちはあるようですが。



では、今回高評価を入れてくださった、


3番目に強い土竜さん、みーこれっとさん、上野弦月さん


以上の方々から高評価を頂きました。
嬉しい言葉をたくさんいただいております。本当にありがとうございます!!


【宣伝】

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企画に参加される方は9人ですが、全員ハーメルンでの執筆経験があり実力者揃いの方々ばかりですので自分も楽しみで仕方ありません!
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ネイチャが好きでこの作品を読んで下さっている方々がほとんどだとは思いますが、企画ではネイチャ以外のキャラに挑戦します。(そういうルールですので)
そういった意味でも自分の力がどれだけあるのか試せる良い機会だと思うので、もしよろしければ企画小説の方でも読んで下さると狂喜乱舞です!


長々と宣伝にお付き合いいただきありがとうございます。
次回も皆様に読んでいただける事を祈りつつ、今回はここまでにさせていただきたいと思います。



当面の目標はお気に入り3000超える事です。がんばるぞい。


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36.懸念



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「ぬぁーッ! また負けたー!!」

 

「おー、よく食ってんなあ……」

 

 

 

 

 10月も中旬に入る頃。

 GⅡレース『毎日王冠』を終えた翌日のトレーナー室に、商店街で買い漁ってきたのか大量のお惣菜をヤケ食いしているネイチャと、それを苦笑いしながら見ているトレーナーがいた。

 

 

「気持ちは分かるけどあんま食べすぎんなよ。来月には秋の『天皇賞』と『マイルチャンピオンシップ』があるんだからな」

 

「食べた分だけ走るから大丈夫!!」

 

 どうやら取り入れたカロリーは練習場を何十周もして消費するという事で確定しているらしい。

 焼き鳥にたこ焼き、から揚げなどをいくつも頬張っている。見てると普通にこっちまで腹が減ってきそうだ。

 

 

「それにしても珍しいな。負けてヤケ食いするなんてさ。いつもは自分を卑下してこんなもんかーとか言ってるのに、心境の変化でもあったか?」

 

 片肘をついて聞いてみる。

 目の前のヤケ食い少女は一旦箸を止め、口の周りを軽くティッシュで拭いてから少し目を逸らしながら言った。

 

 

「久々のレースだったからっていうのもあるけど……トレーナーさんの期待に応えられなかったから、それがめちゃくちゃ悔しくて仕方がなかったんだよ……」

 

 前回のレースから約10ヶ月。それまでたくさん練習してきたからこそ勝ちたいという気持ちが強かったのだろう。

 実際ネイチャはこの期間でタイムを縮めていたり末脚を強化した事により加速力も上がった。成長は確実にしていると言っていいだろう。

 

 しかし。

 

 

「そういう気持ちを持ってるのは他のウマ娘もトレーナーも一緒だ。だからみんな必死に練習して次は勝つって意志を強く持ってる。レースに勝てるのはたった1人だ。また次頑張ればいいだけだよ。むしろ3着になれたんだからもっと胸張っていけ」

 

「……はぁ~、トレーナーさんはそう言ってくれるって分かっちゃうからあんまりその言葉には甘えたくないんだけどなあ」

 

 GⅡレース『毎日王冠』でネイチャは3着という形で負けた。

 成長しているのは自分だけじゃなく他のウマ娘も同じだという事を嫌でも思い知らされた気分なのかもしれない。勝ちたい気持ちはどのウマ娘だって一緒なのだから、それはもう仕方のない事だ。

 

 ただ、ネイチャが素直にここまで悔しがれるという事は、それはもっと速くなりたいという気持ちがある証拠だろう。

 悔しさをバネにして努力すれば誰だって今の自分よりも上にいける。契約した当初のネイチャと比べると、精神的にも成長しているのを感じて感慨深い。

 

 

「ダイタクヘリオスの1着にイクノディクタスの2着、か。ヘリオスの逃げっぷりは流石といったところだったけど、イクノディクタスはあと少しで抜けそうだっただけに惜しかったな」

 

「イクノとはクビ差だったからねー。あと20mくらいあったらいけてたのかなあ」

 

「だとしたら彼女もそれに合わせて走るだろうから結果はあんま変わらんと思うぞ。レースを振り返るのも悪くないが終わった事をいちいち気にし過ぎるのも良くない。次の事を考えようぜ。あ、から揚げ1個ちょうだい」

 

「はいはい、次はGⅠですもんねえ。ほい、口開けてー」

 

 ネイチャの持っている箸から差し出されたから揚げをぱくりと頬張る。一口サイズのから揚げは食べやすいからお手軽だ。

 噛む度に出てくるジューシーな肉汁を堪能しながら資料を手に取る。次の天皇賞の出走表だ。

 

 

「前回競ったダイタクヘリオス、イクノディクタス、メジロ家の令嬢メジロパーマーも出てくる。後は、久しぶりの対決になるな」

 

「うん、テイオーが出るってね」

 

 今最も注目されているウマ娘の筆頭、トウカイテイオー。

『菊花賞』をケガで出られなかったが、復帰後の『大阪杯』では見事1着を勝ち取った。春の天皇賞ではやはりトレーナーの推測通り、距離適性の問題でマックイーンが1着となったため無敗のウマ娘としての目標は消えてしまったと聞いている。

 

 だが、渡辺輝の師匠、滝野勝司が率いるチームに所属している以上油断はできない。

 距離適性の合っている中距離では絶対的な強さを彼女は持っている。現にこの前遠く離れた場所からチーム・スピカの練習を偵察していた時、トウカイテイオーの速さは頭一つ抜けていた。

 

 一度のケガと初の敗北を味わっても、彼女は挫けるどころかより大きく成長している。

 脅威は減るどころか増すばかりだ。変に対策を練ったところでそれが通じるような相手ではないだろう。

 

 

「強敵ばかりだな」

 

「それは最初から分かってた事じゃん? まあアタシも負けに行くつもりはないからさ。やれるだけの事はやってみるつもりだよ」

 

「……そうか」

 

 以前なら負けて当然みたいな事を言っていた彼女とは思えない発言だった。

 その事についつい口が緩む。負けた事に素直に悔しさを表し、次は勝ちに行く。それをネイチャが言動と態度に表した時点で活路は見出せる。

 

 ネイチャがやる気になっているのならトレーナーとしてもそれに応えるのが義理だ。

 

 

(『毎日王冠』じゃどのウマ娘にもオーラのようなものは見えなかった。やっぱりその日のコンディションとか実力によって見えるものなのかもしれないな。一番嬉しいのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そう簡単にいくものでもなさそうだよなあ)

 

 ウマ娘以外の人間で何故か自分には見えたウマ娘のオーラ。それが相手であれば脅威以上に危険だが、ネイチャに出れば頼もしいのも事実。

 しかし、そのオーラや瞳から出る稲妻とやらの発動条件も分からなければ必ず見えるという確証もない。そもそも渡辺輝だけに見えるというのもおかしい話なのだ。

 

 実力以上の力を持つウマ娘のそれは極稀に人間にも見えるというが、そんな事もなかった。

 まだまだ分からない事が多いこの現象。今の現状ではあまり役に立たないと思ったほうが賢明だろう。

 

 それよりも、いくつかの懸念があった。

 ネイチャの実績は今のところデビュー戦を含め5勝。GⅡとGⅢをそれぞれ1勝しているが、逆を言えばそれしか勝てていない。GⅠも入れて掲示板の常連と言えば聞こえはいいが、結局は勝ちきれていないという事実が圧し掛かる。

 

 

「ごちそうさまでしたっと。あ、アタシ今日マヤノ達と予定あるからお先に失礼するね」

 

「ん? おう、今日はオフだし好きに過ごしていいからな。青春を楽しんでこい」

 

「言い方がオッサン臭いよそれ。んじゃね」

 

 ネイチャは手早く食べ終えたパックなどを片付けそそくさと部屋を出ていった。

 軽く上げていた手を下ろす。表情に出ていなかっただろうか。ネイチャに悟られないよう上手く笑顔が出来ていたか。

 

 

「レースも大事だけど、こっちも色々考えなくちゃな。理事長にも滝野さんにも無理なお願いをしちまったし……」

 

 チームに複数人ではなくたった1人しかいない。

 2000人弱ものウマ娘がトレセン学園にいる。それに比べてトレーナーの人員不足が深刻視されている昨今、1人しか担当契約を結んでいないチーム・アークトゥルスは若干問題視されていた。

 

 中央のトレーナーになるには相応の資格と努力がないと非常に厳しいと言われている。

 そしてその壁を超えてくる者は現実問題として少ない。他にもいくつか理由があるが、それも含めてチームには原則として2人以上のウマ娘が所属するというちょっとしたルールが課されているのだ。

 

 そのルールには例外もあるが、それもちゃんとした条件の下で許されている。

 渡辺輝もその1人だ。滝野勝司に相談し一緒に理事長へ条件付きで許諾してもらった。

 

 

(最低でもGⅠレース1勝以上……)

 

 基本的に掲示板にはいつも入っている事から決して不可能ではないかもしれない。

 ベテラントレーナーである滝野勝司の弟子的存在として期待してくれているという条件でもあるのだろうが、その1勝が遠い。

 

 

(今の調子だとこれからもGⅠには出られる。チャンスだってまだまだある。焦っても何も変わらない。ネイチャには気にせず走ってほしいし、何より走る事を楽しんでほしい。俺の事情にあいつを巻き込む訳にはいかないんだ)

 

 GⅠレースの1勝。近いようで遠い栄光。期限は来年末。つまりは来年の『有記念』までだ。

 それまでに1勝出来なければトレーナーに待っているのは。

 

 

(ネイチャも悔しがってたんだ。だったら全力で勝ちにいくのは当然。俺だってネイチャを信じてる。その上で挑戦し続けて、それでももしも勝つ事が出来なかったら……その時はその時で考えよう。まずは目先のレースだ。相手のクセや脚質を軸に作戦を練らないと)

 

 思考を切り替えて他の資料と過去のレース映像のDVDを取り出す。

 やる事は変わらない。いつだって渡辺輝がやるべき事は、ナイスネイチャを1着にする事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地方へ飛ばされないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






あくまでこの作品内の設定と思って軽く流してくださいませ。
次回から史実もですが、物語が大きく動いていくかもしれません。



では、今回高評価を入れてくださった、


tk03さん


以上の方から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



【宣伝】


現在、ハーメルンで『またたね』さん主催のウマ娘企画小説が開催されています。ありがたい事に自分もお誘いを頂きましたので参加させていただく運びとなりました。

タイトルは『ウマ娘プリティーダービー企画短編集ーAutumnー』です!

“10月1日”~“10月9日”まで投稿され、自分の作品は“10月4日”(月)に掲載されました。
キングヘイローをヒロインとした単発小説ですので、よろしければ読んで下さると大喜びします。
そしてあちらの方で感想もいただけると嬉々として返信させていただきますので何卒!!


長々と宣伝にお付き合いいただきありがとうございます。
次回も皆様に読んでいただける事を祈りつつ、今回はここまでにさせていただきたいと思います。




アオハル決勝未だに安定して勝てません。うへえ。


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37.天皇賞(秋)前編/白蒼領域、覚醒


お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、方針が変わる事はなかった。

 

 

 

 

 来年末の『有記念』までにGⅠレースで1着をとる。

 そのために何をするか。結論は一つであり、不変であった。

 

 ただただトレーニングをこなす。勝つための努力を惜しまない。特別な練習法を思い付けばそれを取り入れるが、基本的にやる事は変わらないのだ。

 いつもと同じようにその時に適したトレーニングをさせる。これに尽きると渡辺輝は考えた。

 

 勾配のある坂を走っても大丈夫なようにスタミナは強化してあるし、囲まれても抜け出せるように筋トレでパワーも付けている。

 最近は集中力を高めるトレーニングをし、レース中に一点集中できるようにもした。

 

 最大の相手に挑むための、最強のライバルに勝つための準備を整えてきた。

 控え室、そこで深呼吸を終えたナイスネイチャは立ち上がる。

 

 

「何せ相手は18人だ。トウカイテイオーだけが要注意じゃないのは分かってるな」

 

「うん。油断は一切しない。それに何だか今日は身体が軽いんだよね。だから今のアタシに出来る全力で走ってくるよ」

 

「……その様子だと言う事は何もないな。後はいつも通り楽しんでこい」

 

 10月下旬。

 秋のGⅠレースに含まれる中の一つに、ネイチャは挑もうとしていた。

 

 

「うんっ、じゃあちょっと行ってきますわ!」

 

 控え室を出ていったネイチャを確認してから自分も出る。

『天皇賞(秋)』。春の天皇賞の京都レース場とは違い、秋の天皇賞は東京レース場で行われ秋の数あるレースの中でも最高峰と言われる重賞レースだ。

 

 それ故に出走するウマ娘達のレベルも高く、またコースの複雑さもあるからか1番人気とされたウマ娘でも期待通りに1着を取るのは難しいと言われている。

 ただでさえ勝利を掴む事が難しいこのレースで、ネイチャが勝つイメージが浮かぶかと問われれば、迷いなく首を縦に振るべきなのだろう。

 

 しかしトレーナーである以上、相手の力量も見れば大体分かってしまうので素直に首を縦に振れないのも事実。ましてや相手にはトウカイテイオーがいる。

 ネイチャの同期の中では頭一つ抜けている最強格の1人。そこに喰らい付くにはそれ相応の努力と根性が必要だろう。

 

 観覧席に出ると既に客は殺到しており大歓声がレース場に響いていた。

 いつものようにゴール板の近くのスタンド前まで移動して目の前に映し出されている大画面を見る。パドックを終えたウマ娘達が次々とゲート前まで移動していた。

 

 

(ネイチャを除いても17人のウマ娘がいる。全員を警戒しつつ自分のレースが出来れば勝機はあるかもしれないが、基本は差しでいくネイチャだ。人数が多ければ多いほど囲まれると厄介になっちまう。2番人気だとまさにブロックの対象にされる可能性も高い)

 

 1番人気は言わずもがなトウカイテイオー。次いでネイチャだ。確実な掲示板入りを見越しての人気なのは明白だろう。

 しかし1番と2番には見えない差がありすぎると思っている人々がほとんどだ。勝ち数の多いトウカイテイオーとイマイチ勝ちきれないネイチャ。どちらが人気になるのかは火を見るよりも明らか。

 

 それでも。

 

 

(それでも、ネイチャが勝つ事を俺は信じてる)

 

 最近のネイチャはトレーニングに熱心だった。以前よりも遥かに努力していると言ってもいい。敗北の悔しさを素直に受け止め、勝利への渇望が身体を突き動かしていた。

 そしてその努力は着実にネイチャを強くしていた事もトレーナーが一番よく知っている。

 

 トウカイテイオーとの再戦。

 その成果が試される時が来たのだ。

 

 パドックを終えたネイチャが画面に映る。変に強張っている様子もなく程よい緊張感でいれている。とりあえずの心配はなさそうだ。

 と。

 

 

(……ん?)

 

 ネイチャから他のウマ娘にカメラが切り替わる瞬間、何かが見えた気がした。

 ほんの一瞬だったからか気のせいかもしれないし単なる見間違いかもしれない。そもそもカメラ越しのスクリーンにそんな()()が見える確証もないから確信も持てない。

 

 ただ、その一瞬に見えた気がした。

 ネイチャの瞳から、何かが舞うように漂っていたモノが。

 

 

(他の人には、見えなかったのか……? いいや、そもそも見えてない?)

 

 自分だけに見える何か。まだまだ分からない事だらけだが、人間で自分にしか見えないのなら色々と好都合なはず……と思いたい。

 もしもネイチャの瞳に見えたのが見間違いではないとしたら、それはそれで頼もしい限りではないか。勝機は充分にあると言っていいかもしれない。

 

 こんな都合の良い考えが出来るほどネイチャは強くなったのだと、確信を持って言える。

 スクリーンには次々とゲートに入っていくウマ娘が映っている。

 

 観覧席はこんなに盛り上がっているが、件のゲート周辺は逆に静寂で包み込まれているだろう。

 GⅠレース。最高峰のレースともなれば走るウマ娘達の集中力も段違いだ。歓声に囲まれているトレーナーにまで緊張感が伝わってきそうな勢いである。

 

 全てのウマ娘がゲートに入った。

 

 

 

 

 東京レース場。GⅠ『天皇賞(秋)』。

 芝、良。距離、2000m。天候、晴れ。左回り。

 

 

 

 

 この一瞬だけは、観覧席も含め東京レース場が静寂の空間に支配される。

 そして、ゲートが開かれた。

 

 

 

 

 

 

 一斉に駆け出していくウマ娘達。

 その中でネイチャはまず後方につきつつコースの内側へすぐさま移動していく。

 

 

(よし、とりあえずは作戦通りコーナー前に内まで来れたっ。あとは終盤まではこのままをキープ!)

 

『天皇賞(秋)』のコースは第1コーナーの奥にあるスタート地点から始まる。

 そのため第2コーナーまで短く、そこで外を走らされると距離のロスが激しく余計なスタミナを減らす羽目になってしまうのだ。最後の直線までは何とかスタミナをキープしておきたい。

 

 最初の直線に入る。

 視認できる範囲にトウカイテイオーはいた。先行集団の中団に彼女はいる。仕掛けるのは最終コーナーを終えた直後。まずは第3コーナーに入る前に目の前の坂で少し距離を詰めておきたい。

 

 

(テイオーは少し外めにいる。いつでも仕掛けられるようにしてるんだ。アタシは……ちょっと囲まれてるな。最終コーナーで列が乱れる瞬間に外に出られればいいけど)

 

 作戦がネイチャと同じ差しで走っているウマ娘が多いのか、後方集団がやけにいる。

 先頭で引っ張っているウマ娘は1人か。だがこのペースならまだまだ余力は残せそうだ。坂を上りつつ前との距離を詰める。

 

 普通、この速度で坂を上るとどれだけスタミナがあっても多少は脚が重くなるはずなのに、その感覚が今はない。

 

 

(やっぱり、今日は何だか脚が軽い感じがする……。視野も確保出来てるし、今もこうして考え事をしてるのに常に集中力が全開って感じだ)

 

 第3コーナーに入る。

 そろそろ仕掛け準備をするウマ娘もいる中、ネイチャも少し外へ行けるように意識を向ける。不思議と調子の良い今なら、いける気がした。

 

 負ける気は毛頭ない。目指すは1着。ただそれだけだ。

 しかし、その集中力の中にいたからか、ほんの微かな違和感を感じ取った。

 

 

(そういえば……)

 

 視線を少しだけ斜め前へ向ける。

 白と青を基調とした勝負服を身に纏ったトウカイテイオーが走っている。それだけなら何ら違和感はないはずだ。ただ、彼女の走りを研究していたからこそ分かる。

 

 あまりにも大人しすぎないかと。そして、パドックを終えた時にも感じていた雰囲気。いつものように話しかけれる様子でもなかった。

 前回の春の天皇賞でメジロマックイーンに敗北して初のレースがこれだ。この数ヶ月間、トウカイテイオーを偵察していたトレーナーもいつもとは変わらない様子と聞いていたが、もしかしたらそれは表面上だけだったのかもしれない。

 

 三冠ウマ娘も叶わず、無敗のウマ娘にもなれなかった。

 その果てにあるのは何なのか。何を思っていたのか。それはトウカイテイオー本人にしか分かり得ない事だ。

 

 悔しい思いをした強者ほど、バネの反動は大きく高く跳ね上がる。

 高く飛ぶために低くしゃがむのと同じように、助走をつけて飛ぶために後ろへ下がるのと同じように。強さというものは弱さから生まれるものでもあるのだ。

 

 敗走を知り、たゆまぬ努力を続けた強者。

 そうして得られたモノは彼女を豪速へと進化させる。

 

 最終コーナーに入り徐々にスパートをかけていくウマ娘がいてもネイチャは直線に入るまでは焦らない。おかげでスペースは出来ていき視界も広がっていく。

 

 

 

 

 そして、見えてしまった。

 

 

「ここからだ」

 

(…………え?)

 

 ネイチャの斜め前にいるトウカイテイオー。顔色もよく窺える。

 垣間見た。前兆を。片鱗を。その瞳から出る。

 

 

 白く蒼い稲妻を──。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 その違和感を感じていたのは渡辺輝もだった。

 大人しすぎるトウカイテイオーを見て、絶対に何かあると踏んでスクリーン越しに彼女を注視していた。

 

 最終コーナー辺りのトウカイテイオーが映った瞬間、即座に理解した。

 数ある資料を見ていく内にたどり着いた結論。

 

『そこ』に辿り着くにはいくつかの要素が必要だった。

 凄まじい集中力、相応の実力。時代を創るウマ娘には必須とされていて、自分の知らない豪脚を発揮できる。

 

 限界の先の先。

 真の強者が行き着く領域。

 

 スタンドの柵に手を掛け身を乗り出して、渡辺輝はこう言った。

 

 

領域(ゾーン)かッ!!」

 

 トウカイテイオーの両の瞳から漂っている純白の光と蒼穹の稲妻。

 スクリーン越しでもハッキリと見えた。もう見間違いでも何でもない。理由はどうあれ渡辺輝は完全に()()()()()()()()

 

 だとしたら。

 

 

(本当に領域(ゾーン)が現れるなんて……マズいぞ……ネイチャ!!)

 

 1人の強者が白蒼(びゃくそう)へと覚醒した。

 その強さは光が見えなくとも圧倒的な脚でもってレースを沸かせていく。最終直線の525mの途中には160mの坂があり、上りきった後にまた末脚を発揮しなければならないタフなコース。

 

 そこを押し切れた者が勝者となるこのレースで、誰もが超越した追い上げを見せるトウカイテイオーが勝つと思っていた。

 しかし、忘れてはならない。見逃してはいけない。

 

 トウカイテイオーの、すぐ後ろ。

 そこで必死に喰らい付いているウマ娘がいる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 限界の先の先。何かがひび割れるような音が中で響いた。

 少女の瞳から、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という訳でトウカイテイオー、領域に入りました。
ここから史実とは異なる展開になっていくので、そこはご了承ください。

白蒼(びゃくそう)に関しては完全に語呂的にカッコよくね?ってなり勝手に作者が作った造語です。
適当に流してやってください。
これがシンデレラグレイに影響された者の末路。



では、今回高評価を入れてくださった、


光の狂信者ペニーワイズ@シングレ買ったさん、さんすいさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!




時代を創れるウマ娘の器じゃないだろだなんて、絶対に言わせない。


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38.天皇賞(秋)後編/深緑領域、開花


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 彼女が桁違いに強いのなんて最初の最初から分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 デビューする前の選抜レースだって、一緒に走ったレースだって、強豪が集まるGⅠレースだって、全てを抜き去り彼女は1着だった。

 自分にとっての憧れ、羨望、憧憬、詠嘆、敬慕。卑屈な自分からすれば彼女の存在はまさに対極のようで天地、陰陽、表裏、光と影だと思っている。

 

 そして、誠に勝手ながらライバルだと意識すらしていた。

 憧れているからこそ負けたくない、勝ちたいと密かに思っていたのも事実。表では斜に構え勝てる訳ないと言いつつも内心では負ける気なんて更々なかった。

 

 実力差なんて明白で、だから誰もが彼女に期待し瞳を輝かせている。

 絶対に超えられない壁が目の前にそびえ立っているような感覚がした。故の憧れ。敵わないと分かっていても挑戦し続け、絶対的な彼女に勝つなんて無謀な夢を見続けてしまう。

 

 そんな絶対的な彼女が春の天皇賞でメジロマックイーンに負けたのを見た時は不思議な気持ちになった。

 距離適性も理由にはあったのだろうが、それでも『あの』絶対的な強さを持っていた彼女が初めて敗北した姿を見て、失望感もなければ高揚感もなかったのだ。

 

 自分があれだけ憧れていた彼女でも負ける事はあるのだと思うと、むしろ少し親近感が湧いた。

 大きいケガをしてしまった時も諦めず歯噛みしながらトレーニングを続けていた姿はキラキラしたものではなく努力と根性魂を感じた。

 

 これはあくまで勝手に感じた事だ。

 ケガで三冠ウマ娘の夢を奪われ、敗北で無敗のウマ娘という目標すら失い、それでも彼女はこうして観客の期待に応えるように絶対的な走りをしている。その裏にある努力を自分は見ていた。

 

 だから、彼女がキラキラウマ娘なんて勝手に思い込んでいた自分が恥ずかしい。才能の差はあるかもしれないが彼女の努力は本物だ。むしろ努力しないウマ娘なんてトレセン学園にはいないのだから。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

 たゆまぬ努力の末にあそこまで辿り着いた境地。

 気付けばいつの間にか先行集団の前の方に彼女はいた。少しずつペースを上げてきている。

 

 こんな時でも冷静に集中出来ている自分に少し驚きながら少しずつ前へ出ていく。

 最終コーナー辺り、彼女の瞳に異様な光を見た時から圧倒的な存在感が増したのを感じた。恐らくこのまま離されると取り返しがつかなくなる。良いポジションで走っていたからかスタミナにもまだ余裕がある。

 

 今は何が何でも喰らい付け。この集中力でもって全てのタイミングを完璧にこなしてみせろ。じゃないと勝てる未来が潰えてしまうと直感的に分かる。

 ペースを上げて背中を追う。最終直線に出れば全員がスパートを掛けてくるがもう気にしている場合じゃない。

 

 他のウマ娘達も彼女の、トウカイテイオーの異様な雰囲気に気付いているはずだ。

 そしてそれがいったい何なのかもウマ娘だからか本能的に分かった。ただでさえ一つ上の段階にいた彼女が、更にもう一つ上のステージへ上った。

 

 もはや並大抵の走りじゃ今のトウカイテイオーには絶対に勝てない。競い合うというよりも彼女の独走に近い何かになってしまう。

 それだけはダメだ。

 

 

(離されるな……少しでもしがみ付くんだ……!)

 

 思い出す。

 菊花賞前にトウカイテイオーと共にした昼食の時の事を。

 

 

『アタシ、次の京都新聞杯(トライアル)に勝って絶対「菊花賞」に出るから』

 

『うん』

 

『そこでテイオー、アンタに勝ってみせるからね。何たってアタシは、アンタに勝つのが夢なんだから』

 

『……ボクも、当然負けないよ!』

 

 トウカイテイオーのケガによって叶わなかった再戦。それが今別の舞台(GⅠ)で叶っている。

 ならば情けない走りをするのだけは絶対にあってはいけない。少しでも自分を競争相手として意識してくれた彼女に相応しいレースにする義務がある。

 

 自分なんかが時代を創れるウマ娘の器じゃないと、以前なら断言していただろう。

 時代を創るのはトウカイテイオーだと自嘲気味に笑っていただろう。

 

 しかし、もう今は違う。

 100%とはまだ言えないけれど、自分だってその1人になりたいと願って頑張るくらいの意志はある。そしてその近道を示してくれたトレーナーに応える力が今はあるはずだ。

 

 最終直線に入った。

 そこで聞こえた。

 

 バヂリッ!! と、目の前の彼女の瞳から稲妻が弾ける音がした。

 瞬間、スパートを掛けていくウマ娘達をものともせずトウカイテイオーはそれを抜いていく。もはや他のウマ娘は眼中にないようであった。

 

 

(喰らい付く……喰らい付け……!!)

 

 最終直線約525m、しかも直線に向いてからすぐに約160mの上り坂がある。上りきってからの直線でまた末脚を伸ばす必要があるため最低限のスタミナは温存しておきたいが、前を行くトウカイテイオーがそれを許してくれない。

 彼女の後ろに付いた時点でネイチャのペースは崩されスタミナは余分に減ってきていた。

 

 このままだと坂を上ってからの伸びに不安を感じるが、何故だか焦りよりも更に集中力が増していく。

 脚は重くなってきているはずなのにどんどん前へ行く。やはり今日はどこか調子が良いのだろうか。だとすれば好都合だ。

 

 何としてもトウカイテイオーから離れまいと後ろをキープする。

 

 

(限界まで着いていく。いいや、限界を超えてでもアンタに嫌でも意識させてやるんだから!!)

 

 偶然か必然か。

 トウカイテイオーに負けたくないという気持ちで走っているナイスネイチャ。その一心で喰らい付いていた少女に変化が訪れようとしていた。

 

 いくつかの条件が揃っていく。

 凄まじい集中力、トレーナーによって磨かれた実力、トウカイテイオーによってペースを乱されたが故の限界を超えた。

 

 それでも少しずつトウカイテイオーとの距離が広がっていきそうになる。

 実力差を少しでも埋めるために、もう一つ上のステージへ行く最大の条件。今までネイチャが思うには程遠かった願い、決意。

 

 自覚する。

 ハッキリと。

 

 

(アタシはまだアンタを超えるぐらいの力はないかもしれない。そう思わされるくらいキラキラした才能と努力の天才だって思ってた。だけど……アタシだって変わったんだ。トレーナーさんと出会って、少しずつでも一歩一歩強くなったんだ……)

 

 目の前の白蒼(びゃくそう)へ達した彼女を確かに見る。

 

 

(時代を創るウマ娘になるって期待されてるアンタはきっとその通りになるんだろうけどさ、()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()

 

 坂でどんどん上がっていく息、乱されたペースによって超えた限界、それでも抜かされる事なく前へ出る脚。

 

 

(もう決めたんだ。絶対にアタシは諦めないって。いつかテイオーに勝つって決めた。だからまずは……)

 

 限界の先の先。

 強者が辿り着くもう一つの領域。

 

 条件が、揃った。

 

 

(テイオー、アンタに並ぶッ!!)

 

 ヒラリと、だ。

 トウカイテイオーが放つ白蒼の稲妻とは別に、ナイスネイチャの右にある瞳から爽やかな風が舞うように緑色の光が発現した。

 

 瞬間、ネイチャの走りが変わる。

 トウカイテイオーに必死に喰らい付くような力強い走りを見せていた彼女が、まるで自身が風になったかのように柔らかく、しかし鋭い豪速でもってトウカイテイオーへ迫っていった。

 

 

 

 

 

 

 スクリーン越しにも見えていた。

 その瞬間を。ネイチャの瞳から出る緑色の光をちゃんとこの目で見ていた。

 

 

(ネイチャが……ネイチャも……領域(ゾーン)に入ったってのか……!?)

 

 ここまで来るともう勘違いのしようもなかった。

 やはりゲート前に一瞬だけ映ったネイチャの瞳から出た何かはアレの事だったのだ。

 

 

(実力は言うまでもない。今日は身体が軽いって言ってたし、それにレース前とレース中のあの集中力、そして終盤に入ってからテイオーを意識しての限界突破……関係があるとしたらその辺か?)

 

 資料を読み漁ってきた渡辺輝個人の推測。

 それは偶然にも当たっていた。ネイチャが辿り着いた境地、領域(ゾーン)。トウカイテイオーと同じようにあれが発動しているなら、もしかするかもしれない。

 

 

(いけ、ネイチャ。今のお前なら対等になれるかもしれない……。チャンスを掴み取れ!!)

 

 

 

 

 

 

(あれだけ重たかった脚なのに何故か軽く感じる。何か吹っ切れた気分だ……これなら!)

 

 深緑(しんりょく)の光を右目から漂わせながら更に前へ加速する。

 坂を上りきったらトウカイテイオーは最後の末脚を使う。その前にピッタリと背後へつく。

 

 スリップストリーム。前を走るウマ娘の背後につき、風の抵抗を軽減する。ほんの少しでも有利に走れるように利用できるものはしていく。

 そうでないと勝てる相手ではないとネイチャは理解している。一瞬の油断も許されない。もはやトウカイテイオー以外のウマ娘の足音は気にしない。

 

 先頭で逃げていたダイタクヘリオスもスタミナが持たなくなっていたのか既にネイチャの後ろだ。

 もう前にはトウカイテイオーしかいない。ここからは2人の真っ向勝負となる。

 

 新たな境地へ至ったウマ娘の戦い。

 坂が終わるまでもうすぐそこ。タイミングを見計らいトウカイテイオーの斜め後ろへ移動し、スピードを上げる。

 

 そして。

 

 

(並んだ! テイオーにッ!!)

 

 狙い通り隣に並び立つ。

 それと同時に上り坂が終わった。

 

 ここからは純粋な末脚勝負だ。2人共同じタイミングで最後のスパートを掛ける脚を踏もうとする。

 その一瞬の刹那、ネイチャは隣を見た。余計な視線を向けられる唯一最後の時間。

 

 待ちに待った瞬間。紛れもないネイチャの実力自身で並び立った光景。

 その相手は、同じくこちらを見ていた。

 

 両の瞳から白蒼の稲妻を漂わせながら、いっそ微笑んでいたのだ。

 そして一言。

 

 

「待ってたよ。ネイチャ」

 

 1秒にも満たないその刹那の一言がネイチャの身体全体へ駆け巡る。

 勝手にライバルだと思っていた相手は、ちゃんと自分を意識してくれていた。止まる事なく、更なる高みへ進みながらも努力と実力でここまで来るのを待ってくれていた。

 

 応えるしかない。

 2人の脚が(ターフ)を踏むその直前。ナイスネイチャは前を見据えて言う。

 

 こちらも右の瞳から深緑の風を靡かせて好戦的な笑みを浮かべ。

 

 

「こっからが勝負だから」

 

 その音は一緒だった。

 ドンッ!! と衝突音のようにも思える音がネイチャとトウカイテイオーの脚から聞こえた。

 

 次の瞬間。

 最後の加速をした2人が一気にゴールへと駆けていく。

 

 誰もがトウカイテイオーの独走を予想していた分、その現実に異様な胸の高鳴りを覚えていた。

 中距離では絶対的な走りを見せるトウカイテイオーに喰い付くように並んで()()()()()()()()ウマ娘がいたからだ。2番人気。1番人気の彼女とは超えられない差があると思われていたウマ娘が、その()()隣を走っていた。

 

 坂が終わった後の直線、約300m。

 最初に違和感を感じたのはネイチャの方だった。

 

 

(タイミングは一緒だった。ちゃんと隣に並んでた。……だけど、徐々に、本当に少しずつだけど……差が開いてきてる……!?)

 

 確かに喰らい付いてはいる。大きな差を広げられるような事にはなっていない。だが、それだけだった。

 隣に並んだところでネイチャがトウカイテイオーよりも前に行く事は決してなかったのだ。それどころか、徐々にトウカイテイオーの方が前へ出ている。

 

 

(せっかく隣に並んだのに……ッ!)

 

 実力差のある相手に領域(ゾーン)で挑めばまだ何とかなったかもしれない。

 しかし、実力差があるだけでなく相手も領域(ゾーン)を使っていればその差が埋まる事はない。しかもトウカイテイオーが使っていれば余計だ。

 

 隣に並んだのも束の間、トウカイテイオーは稲妻の如く前を突っ切っていた。

 ただでさえ領域(ゾーン)が発現した2人だ。300m先のゴールなんてすぐに迫ってきてしまう。

 

 

(離させない! 最後まで視界にいてやるんだ!!)

 

 徐々に差が開いてるとはいえ今はまだハナ差に満たない辺りだ。

 ここまで来たらもうどうなろうと知った事ではない。今のネイチャに出来る最大限の走りをするしかない。

 

 ゴールまで約100m。

 少し先を行くトウカイテイオーにも笑みを浮かべる程の余裕はなかった。

 

 

(トレーナーが言ってたのはこの事だったんだ。ネイチャはいつか必ずボクの脅威になるって。そして競い合うライバルになるって。その通りだった。ネイチャはやっぱり凄いんだ)

 

 トウカイテイオーのトレーナー、滝野勝司がずっとネイチャを警戒しろと言っていた意味が分かった。

 若駒ステークスの時にあった余裕が今はもう皆無なのだ。ネイチャと違ってGⅠレースを勝ってきたトウカイテイオーがそこまでと思う程、ナイスネイチャというウマ娘は強くなっている。

 

 きっとネイチャのトレーナーのおかげだろう。滝野勝司の弟子である彼が担当しているならネイチャがここまで強くなるのも理解できる。

 だからこそ、トウカイテイオーは一切の遠慮も容赦も油断もしない。本気で勝ちにいく。それでもって自分が一番なんだと示してみせる。

 

 

(けど、負けられないのはボクも同じなんだよ、ネイチャ。君がボクをキラキラウマ娘だとか主人公だって言ってくれたのに、結局は三冠と無敗という目標を失った。だから……だから!! ここでネイチャにだけは負ける訳にいかないッ!!)

 

 勝ちたい理由なんてそれぞれだ。

 譲れないものがあるから走るなんて当然で、我武者羅にでも勝つという執念が自分を強くしてくれる。

 

 勝者はたった1人。

 その座に座れるのは1着をとった者のみ。

 

 ゴールまで約30m。

 きっと、思いの強さで勝負は決まらない。そうなれば誰もが一番になれるのだから。結局はその時に一番強かったウマ娘が勝つのがレース。

 

 

 

 領域(ゾーン)をもってしても、だった。

 

 

「ッ……ぐっ、ぁぁ……!!」

 

 ゴール板を超え、勝敗が決まる。

 大歓声が東京レース場に響いた。期待通り、いいや期待以上の結果を残した彼女達に向かって声援が浴びせられた。

 

 ネイチャもトウカイテイオーも、レースが終わると同時に両手を膝で支えながら身体をくの字に折る。

 お互いが限界の先の先へ至ったのだ。無理もない。

 

 しかしトウカイテイオーはすぐに顔を上げて観客に向け手を上げた。

 歓声が更に盛り上がっていく。

 

 

「はぁ……ハァ……ッ!」

 

 それを聞きながら、膝を持つ両手に力が入る。

 手の甲に滴り落ちていくのは汗か、はたまた悔し涙か。おそらく、どちらもだろう。

 

 電子掲示板にはこう表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京レース。

 天皇賞(秋)──ナイスネイチャ、1/2差で2着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という訳で天皇賞(秋)終了です。
ここでは史実とは大きく異なりネイチャとテイオーに焦点を絞りました。
テイオーには最初以外大きなケガなく活躍していると思ってくれて構いません。

そしてネイチャもまさかの領域へ。
実はこの小説を書く事にした時からアニメ2期のライスに影響されてネイチャがゾーンに入る話をずっと書きたかったんですよね。
ってなってたらシングレで領域の話が出てきて笑いました。やっぱライスのあれゾーンだったんじゃねと(笑)
余談はほどほど。
という事で『白蒼』と『深緑』。今回勝ったのはテイオーという事で、天皇賞(秋)は幕を閉じます。


次回からはまたほのぼのに戻るかと思われます。多分。



では、今回高評価を入れてくださった、


ユユユsummerGさん、やらもちさん、くぬぎさん、アオリの民さん、エルスさん


以上の方々から高評価を頂きました。
モチベーションに繋がるお言葉もいただきやる気も絶好調です。
本当にありがとうございます!!



ここすき機能をたまに覗いては、読者の皆様が自分の書くセリフや文のどこを気に入ってくださっているのかを見て分析してる自分がいます。
面白いですねこの機能。

そして何気にこの作品を投稿してから半年経っている事に驚いております。
続くもんですなあと思いながら、飽きずに投稿できているのは読んでくださる皆様と感想をくださる方々のおかげです。
今後ともよろしくお願いいたします。


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39.気持ちの変化



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 控え室のドアを開けるとすぐに声がかかった。

 

 

 

 

「ネイチャ!」

 

「トレーナーさん……」

 

 あまり顔を合わせたくない気分のネイチャにとってはタイミングが悪い、とも思えない気持ちだった。

 担当トレーナーなんだからレース後に控え室で待っているのは当たり前であり、それが普通である。

 

 慌てた様子でトレーナー、渡辺輝はネイチャの肩を掴んだ。

 

 

「大丈夫か!? いつもより疲れてないか? 脚の痛みは? どこか違和感のある箇所とかもないか!?」

 

「うわちょちょ、いきなりどうしたのさトレーナーさんっ……。ち、近いっ、近いから!」

 

 気持ちよりも先に声が先に出た。

 表情から見るに本気でネイチャを心配しているようだ。トウカイテイオーと競り合ったレースの後だからという事もあるのだろう。

 

 

「大丈夫。何ともないよ。体調もいつも通りだし、気にしなくていいから」

 

「けどお前、()()に入ったんだろ?」

 

()()。即ち領域(ゾーン)。限られたウマ娘だけに発現するとされている領域。

 相応の実力と集中力、その日のコンディションを含め最高潮だった時に現れる現象。時代を創るウマ娘は必ず領域(ゾーン)に入ると言われていて、『あの』シンボリルドルフもその領域に至ったという。

 

 その1人として、今日ナイスネイチャとトウカイテイオーは仲間入りを果たした。

 領域(ゾーン)に入った者同士の対決。

 

 その結果は。

 

 

「でも負けちゃった。最初は並んだって思ったんだけど、すぐに差付けられたしね」

 

「けどクビ差だったろ。そこまで追い詰めたって事じゃねえか。それより本当に身体に異常はないんだな!?」

 

「トレーナーさんが前々から言ってた領域(ゾーン)ってこの事だったんだあって本能で分かったけどさ、テイオーまでアレになるのは反則でしょーってね。あと本当に大丈夫だから心配しないで、ありがと」

 

 そもそもあの状態に入れるのが一部のウマ娘しかいないという事を忘れてはならない。

 ネイチャも実力で言えば相当なものになっているはずなのに、超えるべき相手がその想像を上回っていくせいでイマイチ自分の成長が実感できないでいる。

 

 いいや、正確にはトウカイテイオーとの成長速度の差が気になっていると言った方が正しいか。

 同じ領域(ゾーン)に入っても元々の実力に差があっては埋まるものも埋まらない。絶対的に超えられない壁が存在している。それを埋めるためのピースが足りない。

 

 

「……確かにテイオーは強かった。期待以上の走りでレースを盛り上げたのも事実だ。領域(ゾーン)に入ったあいつの走りには絶対的な威圧感があった。まさに威厳のある『帝王』だったよ。普段の子供っぽいテイオーなんか想像できねえくらいの強さだった」

 

「うん……それは一緒に走ってたアタシも同じ事思ってた。レースになればみんな普段とは違うって事は分かってたのに、今日のテイオーは本当に別人のようだった」

 

 圧倒的な存在感を放つ走り、見る者も競る者も震わす威圧感。

 故に『帝王』。

 

 だが、発見も得るものもあった。

 

 

「けどさ、そのテイオーの顔には余裕ってもんがなかった」

 

「……え?」

 

「あれだけの走りをしても、ネイチャに抜かされないように必死な顔だったよあいつも。『あの』テイオーにそこまで喰らい付いて、ギリギリまで競って追い詰めたのは間違いなくネイチャ、お前だ」

 

「アタ、シが……テイオーを、追い詰めた……」

 

「ああ。今回は負けちまったけど、今日のレースは俺にとってそれ以上に価値のあるレースだった。迫ってるぞ。テイオーに」

 

 成長はしている。しかしトウカイテイオーとの差がどうしても気になっていたのも事実。

 自分からは見えなかったが、彼女も同じように必死な顔で走っていたのか。相手を格上だと断じてしまうネイチャの悪い癖の一つだが、見方を変えれば何てことない。

 

 彼女も自分と同じウマ娘だと思えばいい。相手のグレードを下げるのでもなく、自分のグレードを上げろ。

 現にトレーナーも言った通りトウカイテイオーには負けたがクビ差の惜敗だ。トレーナーと一緒にやってきたトレーニングは無駄なんかじゃなかった。

 

 そして、ネイチャの心境にも変化があった。

 

 

「……いつもなら、ここで勝てないのも当然かーとか言ってたんだろうね」

 

「ネイチャ?」

 

 心の中にある本音を漏らす。

 弱音でも強がりでもない。紛れもない成長した心でもって言葉を紡ぐ。

 

 

「悔しいんだよ、アタシ。テイオーに負けて、本気で悔しいと思った。烏滸がましいとか思われるかもしれないからまだトレーナーさんにしかこんな事言えないけど、やっぱり勝ちたいよアタシも……」

 

 

 

 

 最後の方はどこか声が震えていた。

 今まで卑屈で斜に構えがちだった少女の紛れもない本音。成長したが故の悔しさ。瞳から出る雫はその証拠だった。

 

 ここまで言わせて、何も言わないなんて選択肢は渡辺輝の中にはない。

 彼女にはその名の通り『素晴らしい素質』がある。それを見出したのは自分だ。ならば勝たせるのも自分だ。拳を握る。

 

 あまり顔を見られたくないのか、彼女は近づいてきてそのまま額をトレーナーの胸辺りにコツンっと預けて言う。

 

 

「トレーナーさんと一緒に喜びたい……GⅠレースに勝って自信持ってこの人のウマ娘なんだって言いたいよ……」

 

 あれだけ凄いレースをした彼女が、今はこんなにも小さく見えてしまう。

 レースを沸かせるウマ娘と言っても彼女達はまだ子供なのだ。そんな娘が勝ちたいと、悔しいと言っている。

 

 なら導くべきは大人の自分であると思い直す。

 自然と、だった。

 

 

「……ああ。俺が絶対にお前をGⅠレースで勝たせてみせる。いいや、俺とお前で勝つんだ」

 

 いつか言った言葉にも似ていた。

 ネイチャの頭に手を置き、もう片方の手で優しく抱き寄せる。なるべく安心できるように。悔しさを分かち合うように。

 

 

「そして絶対にテイオーに勝ってセンターで歌うネイチャをファンのみんなに見せてやろう。それだけの願いを背負える力が、今のお前にはある」

 

 緑と赤のクリスマスカラーを模し期待と願いの象徴を持つ勝負服。

 それに相応しいウマ娘になると決めたあの日から、ナイスネイチャは大きくなった。

 

 今ならもうハッキリと言える。

 少し強く少女を抱きしめた。

 

 

「恥ずかしいんですが……」

 

「別に誰も来ねえよ。悔し涙くらい流したって構わん」

 

「今のアタシ、走った後だから汗臭いよ……」

 

「頑張った証だ」

 

「……次は勝ちたい」

 

「お前が諦めない限り、俺はお前と2()()()()()()()()()()()()

 

 来年末までにGⅠレースに勝利。

 それが出来なければ渡辺輝は地方のトレセンに行く事になる。だけど今回の結果で希望の道が増えた。

 

 ネイチャは時代を創れるウマ娘だ。

 つまり、勝てる見込みは大いにある。これからはきっともっと厳しいトレーニングになるだろうが、今のネイチャなら難なくこなしてくれるだろう。

 

 ふと、ネイチャの両手が背中に回された感触がした。

 表情は見えないが微かに震えている。今の自分に出来る事は、ただ優しくいつも通り頭を撫でてやる事だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、トレーナーの胸の中にいたナイスネイチャの心も大きく変わろうとしていた。

 いいや、正確にはその気持ちに気付きかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(トレーナーさん……)

 

 

 

 

 

 

 





はい、という事で天皇賞(秋)が終わった直後の話となりました。
この作品のネイチャはだんだん精神的にも成長していってもらうつもりです。

何気に気になってたんですが、アプリで中等部のウマ娘が3年間走り切った後はもう高等部扱いになってるんですかね?
となれば高等部のウマ娘なら……?とも考えますが、その辺りの設定がまだ詳しく分かってないので何とも言えないです。


では、今回高評価を入れてくださった、


キヌツムギさん、叢真さん、weibさん


以上の方々から高評価を頂きました。
何と念願のお気に入りが3000を超えました。こんなに伸びるとは思ってなかったので感激です。本当にありがとうございます!!




ネイチャは可愛い(再確認)


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40.表裏


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 12月下旬。

 

 

 

 年末もすぐそこまで迫り、街中の景色を見ればおせちを売っている店や売り尽くしセールなどがやっていて正月の事前準備もあってか今年も終わるという実感が強くなってくるものだろう。

 

 すっかり外も寒くなったせいで迂闊に外へ出るような真似はしたくないと思う寒がりな人々がいる中。

 府中トレセン学園。そのトレーナー室にいる渡辺輝は自費で買ったこたつにくるまり顔だけをテーブルの上に置いて誰が見てもアホな顔をしていた。

 

 

「あうあうあ~」

 

「溶けてる溶けてる。声も顔も溶けてますよトレーナーさん」

 

 向かいの正面に座っているナイスネイチャがみかんを食べながら呆れている。

 練習もせずサボっている訳ではない。今日はオフの日……でもなく、今日からしばらくはオフと言った方が正しいか。

 

 年末年始はさすがにトレセン学園にいるウマ娘達も一部を除いては休みに入るのだ。休みよりも練習に力を入れたい生徒は事前に学園、もとい何故か理事長ではなく生徒会長のシンボリルドルフに許可書を提出して練習場を使わせてもらっているらしい。

 しかしこの現状の通り、ネイチャとそのトレーナーはもれなく年末の休みを満喫している最中であった。

 

 

「やる事もなくただただこたつでのんびりしてたらそりゃ溶けるじゃろうて」

 

「口調までおかしくなってるし……。まあ、部室もあんまり使わずだしこの部屋の大掃除くらいしかやる事なかったけど、まとめてやるのも面倒だから毎日こまめに掃除してたらすぐ終わっちゃったしねえ」

 

「そもそも年末年始はしっかり休むって決めた時点でこうなる事は想像できてた」

 

「てかこまめに掃除する羽目になったのはトレーナーさんがすぐ部屋を散らかすからなんですけど、その辺のお気持ち聞かせてもらってもいいですかね」

 

「お前は将来良いお嫁さんになるよ」

 

「げふんっ……まーたすぐ調子いい事言っちゃって」

 

 そんな事を言いながらもしっかりと目を逸らして頬を赤くしているネイチャ。こたつの熱のせいだと誤魔化せるかは分からない。

 そして相変わらず顔が溶けているトレーナーはそんな事にも気付く気配すらなかった。

 

 

「ちょっと前までは色々忙しかったしそうなるのは分かるけどさ、もう少ししっかりしてくれてもいいんじゃない? ほれ~あなたの担当ウマ娘がヒマしてますよ~構え~」

 

「みかんのおかわりならあそこの袋の中にあるぞ」

 

「そゆことじゃないわ」

 

「『マイルチャンピオンシップ』と『有記念』は惜しかったな」

 

「あうあうあ~」

 

「顔も声も溶けてんぞ」

 

 晴れて両方とも溶けてしまった。

 みかんの皮だらけのテーブルにあった書類にはこう書かれている。

 

 ナイスネイチャ、マイルチャンピオンシップ3着。有記念3着。

 天皇賞(秋)の2着と比べても決して悪い成績でもなく、どちらかと言えば立派な好成績と言えるだろう。堅実な実力を持ち掲示板入りも安定している。

 

 しかし、結局はそこまででしかない。

 1着は遠く、またGⅠレースがどれだけ難しいかも余計思い知らされた。

 

 何より気になるのは、

 

 

(マイルCSの時も有の時もネイチャは領域(ゾーン)に入れてなかった……)

 

 天皇賞(秋)のレースでネイチャの瞳から舞うように発現していた深緑の光。

 それがどちらのレースでも見られなかったのだ。

 

 

(考えられるのは発動条件が揃っていなかった事。実力は足りているにしてもその日のコンディション、集中力に関しては簡単にどうにかなるもんじゃない。そもそも領域(ゾーン)に入るといつも以上の力が発揮できるんだ。やっぱりそう易々となれるもんでもないと考えるのが普通か……)

 

 そうなると領域(ゾーン)にばかり頼る事は期待できない。いつも以上に練習に気を配り、いつも通り着々と力をつけていく必要がある。その上でレース当日にもし領域(ゾーン)に入れれば僥倖といったところか。

 幸いそれがなくとも5着以内に入れている事が収穫と考えればいい。絶対に1着に及ばない訳ではないのだ。

 

 

「あーペース配分もスタミナも良い感じだったのになあ。もう少しのとこで届かないの何なんだろ。神様はアタシに3着しか取らせない気かねー」

 

「笑っちまうくらい『3』って数字に縁があるよなネイチャって。好かれてんじゃね」

 

「もはや呪いだと思ってるんですが……」

 

「まあいいじゃねえか。『有記念』ではテイオーに勝ったんだから。お前が3着でテイオーが11着。改めて見ても信じられないけどな」

 

「走る前から脚を気にしてたし、レース始まった後も走りづらそうだったからね。しかも先行集団が多かったせいで結構ブロックされてたし、最終的には脚を庇いながら走ってたから結果がああなったのも無理ないよ」

 

 レース前からトウカイテイオーの脚の調子がおかしく、若干不安はあったものの彼女の走る意思を尊重して許可をしたが結果は著しくなかった。

 と、渡辺輝はトウカイテイオーのトレーナー滝野勝司から聞いている。後半から脚を庇いながら走っていたおかげか大きなケガもなく、今は様子を見ながら少しずつ慣らしてから走っているらしい。

 

 ウマ娘の走る速度から考えても脚にかかる負担は相当なものだ。下手をすると命にも関わる事故が起きてしまっても不思議ではない。そういうものを回避するためにウマ娘のトレーナーや専門の医者がいる。

 そういう意味でも渡辺輝はネイチャに過度なトレーニングは絶対させないようにしているのだ。

 

 

「それにあれはアタシのしたい勝ち方じゃないから。ちゃんとテイオーと競り合った上で勝つのがアタシの目標」

 

「……へえ。言うようになったじゃねえか。ちなみにそれテイオーにも言ってんの?」

 

「……やっぱまずはそれなりに段階を踏まないとですねえ」

 

「だろうとは思った。まあいいや、それだけお前が全体的に成長したって事くらいは分かってるからな。今後の更なる伸びしろも楽しみにさせてもらうよ」

 

 今後。渡辺輝にとっては来年末までの勝負となるが、果たしてどうなるかは分からない。

 しかし領域(ゾーン)に入ればトウカイテイオーをもギリギリまで追い詰める事はできる。可能性があるならば最後まで足掻くだけだ。

 

 そんなところで自分もみかんを食べようと袋に手を伸ばして気付いた。

 

 

「ありゃ、もうみかんないのか……って」

 

 テーブルを見てまた発見。ネイチャの前には大量のみかんの皮が置かれていた。

 さっきまではなかったのにちょっとした山にまでなっている辺りこのウマ娘、一度も手を止めずみかんを食べていたのか。

 

 

「あ、ごめん。ここにある全部食べちゃったわ」

 

「いくらみかんだからってそんなに食ったら腹膨れるんじゃねえのか?」

 

「んー、何だか最近食欲が凄いんだよねえ。けど運動もしてるから変に体重増えたりとかはしてないよ」

 

「……そうか。ならいいんだけど」

 

 ネイチャの話が本当なら思い当たる節が一つある。が、今はまだ確信がある訳でもないので黙っておく事にする。

 ふと外を見ると太陽も沈む準備を始めていた。冬は陽が短く夕方になるのも夜になるのも早い。時刻はまだ17時だが空は暗くなりつつある。

 

 

「そういや休みだってのに何でこんなとこ来てんだ? あまりにも自然にいるもんだから普通に俺も過ごしてたけど」

 

 クリスマス辺りから冬休みに入り、『有記念』が終わってからは本格的な休みになったはずなのに今こうしてネイチャは目の前にいる。

 本来であればわざわざトレセン学園に来る必要はないというのにだ。もしかすると何かしら真面目な理由があるのかもしれない。

 

 

「え? ああ、後でマヤノ達と商店街食べ歩きしよーって予定だったからそれまでの暇潰しに来ましたーって感じ」

 

「めちゃくちゃ普通だなオイ」

 

 何の理由もなかった。

 

 

「っと、噂をすればマヤノから連絡来た。んじゃアタシはもう行くねっ」

 

「おう、若者は寒空でも元気だな。商店街の人達にもよろしく言っといてくれ」

 

「はいはい。……ところでトレーナーさん」

 

「何?」

 

 こたつからで鞄を持ったネイチャが振り返って言う。

 

 

「トレーナーさんってどうせ明日も明後日もここに来るんだよね?」

 

「どうせって何だどうせって。冬休みって言ってもトレーナーとかは来年の調整とか連絡とか色々あるからな。俺はひと通り終わらせてるから大丈夫だが、一応はここにいてるぞ。それがどうした?」

 

「じゃあ明日も明後日もアタシここに来るからよろしくねっ。それじゃ」

 

「え、何で? ちょ、待」

 

 言い終わる前にネイチャは部屋から去って行った。

 練習があるならまだしも許可証を提出していないからここに来てもほとんど無意味なはずだ。なのに何故わざわざここに来るのか。

 

 理由は分からないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こたつから出てすぐ自分のPCへ向かう。トレーナーとウマ娘にとって1年なんてものはすぐに終わってしまう。ネイチャのために、自分のためにやる事はたくさんあるのだ。

 

 表面上はやる事もなく暇そうに。

 裏面上はネイチャが勝てるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくまでお気楽そうなトレーナーを演じ続けろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、マイルCSと有マ記念は飛ばせていただきました。
レース描写ばかり書いてるとほのぼの書けませんので。

そして最後にメインタイトルの一部にもなっている『お気楽そうなトレーナー』にも触れました。
ちゃんと理由があったんですぜ。



では、今回高評価を入れてくださった、


頑張るざるそばさん、雨に濡れた犬は臭いさん、takosuoisiiさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!





イベポイント100万までがキッツい……。


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41.芽生えるココロ


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 ネイチャが去ってからPCに向かい作業をすること1時間。

 渡辺輝はこれまでの練習やレースで分かった事をレポートに書きながら過去の資料もいくつか見直していた。

 

 

(ネイチャの実力は申し分ない。重賞レースでも実力者達と渡り合える力は既に持ってる。けどだからと言って絶対に勝てるとは言えないのがレースだ。1番人気のウマ娘が負ける事なんて珍しくもない。つまりは実力と運、その日のコースと他ウマ娘の対策が勝利への鍵となるのは明白……)

 

 目を通し、資料の紙を脱力気味に手放す。

 どれだけネイチャのために尽くそうと色々見ていても結論は同じだった。

 

 

(結局やる事は練習と対策。特にネイチャの得意な末脚を伸ばす事だけ、か。最近のトレーニングを見てると負荷を増やすのも悪くはないな。あとは……レース中にどれだけ良い位置につけるかをもっと意識させてみるか)

 

 同じコースを走っていてもウマ娘達のいるポジションによって走行距離は変わるものだ。

 良い位置につけなければ外を走らされ体力の消費が激しくなってしまう。走る全員が常に最善の位置を狙うからポジションも変わりやすい事が多い。レースに集中しながら視野を広げ、スピードも調整しつつ他のウマ娘も注意しなければならない。

 

 

(改めて考えるとウマ娘って凄えな……)

 

 人間離れした走りと筋力。離れた場所からでも声を聞き取れるウマ耳。感情のままに揺れる尻尾。不思議な存在ではあるが人間と何ら変わらない生活をし、人間と結婚して添い遂げるウマ娘もいる。

 そしてその多くがウマ娘と共にレースを走り切ってきたトレーナーと結ばれたと聞く。

 

 やはり一緒にいる時間が長いとそういった気持ちが芽生えてくるものなのだろうか。レースに勝つという志を共にしている以上、距離は近くなり絆は強くなるとは思うが、あくまでトレーナーとウマ娘だ。そもそも年齢の差がある。

 

 

(そういや結構歳の離れたトレーナーとウマ娘が結婚したって何度か滝野さんも話してたな。何で自分はまだ結婚出来ねえんだって嘆いてたけど)

 

 恋愛経験のない自分には分からない事だらけだが、実際恋愛には年齢の差なんて関係ないのだろうか。

 悲しくも恋人いない歴=年齢の渡辺輝は経験も知識も皆無なので全て憶測でしか測れない。だから自分と担当ウマ娘が、なんて事も考える脳を持ち合わせてないのだった。

 

 というよりも今はレースの事で精一杯だからそれ以外の事を考える余裕もなかったりする。

 

 

(っと、余計な事を考え過ぎたな)

 

 思考のズレは脳の疲労からか。1時間でも集中して資料と睨めっこしているとさすがに目も疲れてくる。

 外を見ると18時だというのにすっかり空は暗くなっていた。冬休みという事もあり、教師もトレーナーもウマ娘も今トレセン学園にいる人数は少ない。

 

 いつもは廊下や外から聞こえてくる喧騒も今は全くと言っていいほど聞こえない。

 冬の夜景色。部屋とは違い寒いだろうと思いつつも席を立った。

 

 

「……コーヒーでも買ってくるか」

 

 軽い息抜きのために。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

「廊下にも暖房付けるべきなんじゃねえのマジで……」

 

 冬休みだから購買は当然やっておらず、仕方なく中庭にある自販機まで行く羽目になった。

 その帰り、もはや外も廊下も気温はほとんど変わらず真冬の空気が渡辺輝を襲う。外とは違い風がないだけマシか。

 

 トレーナー室に着いてから飲もうとしている缶コーヒーをカイロ代わりに両手に持ちながら部屋を目指す。

 本来ならまだ生徒も残っていて、練習場には多数のウマ娘達がいる時間帯だからか誰もいない練習場を窓越しに見て少し違和感を抱いてしまう。

 

 

(ネイチャは今頃マヤノ達と遊んでんのかな)

 

 冬休み。普通の人間が通う学校ならば宿題をしつつ後は休みを満喫するだけでいい。

 しかしトレセン学園に通うウマ娘はレースのために練習したり、遠征しにいったりするのが基本だ。いわば部活の上位に位置するものか。

 

 約2週間の休みはなく、1週間弱休みがあれば上々。

 いくらウマ娘といえどまだ学生であり子供だ。学業やレースだけじゃなく、学生なりに冬休みを満喫してほしいという考えもあってか、渡辺輝はネイチャに休める時は目一杯休んでほしいと思っている。

 

 

(学生でいられるのは人生でも今の内だけだしな。あいつは変に大人ぶった思考してるし、こういう時くらいは適度にハメ外して楽しんでくれてたらいいけど)

 

 突き当たりを曲がればもうトレーナー室はすぐそこ、という時だった。

 曲がり角から足音がしたのだ。そして同時に発せられた声は自分を呼ぶものだった。

 

 

「よっ」

 

「滝野さん」

 

 渡辺輝の師匠的存在。ベテラントレーナーでありネイチャのライバル、トウカイテイオーの担当トレーナー滝野勝司が目の前に現れた。

 いつから待っていたかも不明なチリチリと髭を生やした滝野は言う。

 

 

「久々に世間話でもどうだ」

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

「あ──もうっ、忘れ物するなんて何してんだアタシ……!」

 

 逃げるようにトレーナー室を出たのが災いしたのか、ついうっかり部屋に宿題用のノートを置き忘れていたのに気付いたネイチャが戻って来ていた。

 食べ歩き一軒目で気付けたのが不幸中の幸いだっただろう。マヤノ達も商店街で待ってるからと言ってくれたので、ウマ娘お得意の走りですぐさまトレセン学園へ帰ってきたばかりだ。

 

 

(他の教科ならまだしも今日一緒に進める予定の宿題忘れるとか一番ないでしょ。ナイナイ!)

 

 宿題の話題になり少し確認しようと鞄を見たら見事にピンポイントで数学のノートと教科書だけ入ってなかった。

 宿題の範囲を見てどこまで進めるか考えていたのに忘れるとは自爆この上ない。空は暗いが時間はまだ遅くないので校門も普通に開いていた。

 

 トレセン学園の廊下は原則としてウマ娘は静かに走るというルールである。

 つまりは静かであれば普通に走っていいのだ。もちろん注意はしながらだが。

 

 トレーナー室が見えたところでスピードを落とし普通に歩いていく。

 そこでネイチャの耳がピクンッと動いた。

 

 ウマ娘の耳は人間とは違い優れた聴覚を持つ。なので多少距離の離れた場所でも誰の声なのかを察知できるのだ。

 普段とは違ってほとんど誰もいない校内から聞こえる話し声。ネイチャでなくともウマ娘なら嫌でも聞こえてくる。

 

 

(この声……)

 

 そしてその声には聞き覚えしかなかった。

 トレーナー室からではなく、突き当たりの曲がり角からそれは聞こえた。

 

 

(トレーナーさんと……確か、テイオーのトレーナー?)

 

「で、この先勝算はあるのか?」

 

「あるにはありますよ。ネイチャにはちゃんと素質があるんですから」

 

(アタシの話、してる……?)

 

 何故か姿を出す事なく、角から隠れるようにしてネイチャは話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

「けど、レースに絶対がない以上、100%勝てる自信は持てません」

 

「へえ、意外だな。お前ならあの娘を信じて勝てるって断言すると思ってたんだが」

 

「そりゃ今もこれからも俺はネイチャを信じてますよ。でもあいつは年齢の割に妙に現実的な考えをしてるから、下手に取り繕った言い方をしてもすぐバレちまう。だからこういう時は正直に言うって決めてるんです」

 

 100%勝てるレースがあるならみんなそれに出るに決まっている。

 勝てるか分からなくとも勝率の高いレースがあるとも限らない。みんな様々な目的があってレースに出るのだ。それに絶対に勝てるレースの何が面白いのか。

 

 ネイチャだって言っていた。

 ちゃんと競り合った上でトウカイテイオーに勝ちたいと。ならばその気持ちを汲まなければならない。

 

 

「なるほどな。それで、来年出るレースは決まってるのか?」

 

「大体は。中距離を主軸にしながら長距離も出る予定です。上半期は控え目にして下半期に色々出ていく感じですかね」

 

「……GⅠは? 出るのか?」

 

「……ええ、出るのは下半期ですけど」

 

「そうか……」

 

 滝野勝司は渡辺輝の期限を知っている。

 来年末までにGⅠレースで1着を取らなければいけないと。それを気遣っての質問だが、如何せんベテラントレーナーの滝野と言えどこればかりはどうなるか分からないから下手な事は言えない。

 

 しかしこれだけは言っておかなければならないと思っているのだろう。

 そういった表情で滝野勝司は言った。

 

 

「輝、こんな事言うのは憚られるが一応俺もトレーナーをやってる身だ。お前達が挑むレースに俺のチームのウマ娘が出る事も当然ある。……その際は、悪いが手加減出来ないぞ」

 

「何言ってんですか。むしろその上で勝ちに行くんですからそんな事言うのは野暮ですよ。滝野さん達にんな事言われるほど俺とネイチャはそんなに柔じゃない」

 

「……そうでなくちゃ俺の弟子じゃないわな」

 

 どんな事情であれ、それはレースを走るウマ娘には関係ない事。

 トレーナーの事情に担当ウマ娘を巻き込む訳にはいかないのだ。

 

 そして。

 

 

「もちろん勝ちに行くのは大前提ですけど、俺はネイチャには出来るだけ気負わずに走ってほしいと思ってるし、何より走る事を楽しんでいてほしい。勝つ事だけに拘って楽しむ事を忘れてしまったら、それはもう無機質な機械と変わらない。俺は、あいつの笑顔が好きなんですよ」

 

「ははっ、そうかそうか。よーく言ったな輝。それでこそ俺が認めた男だよお前は!」

 

「いてっ痛って! 無駄に力強えんだってアンタは!」

 

 パンッパンッ! と大きな手振りで肩を叩いてくるチリチリ髭男。

 非常にご機嫌な様子だが、こういうところは少しだけ苦手だったりする。しかし、この目の前の男にウマ娘やレースについてのノウハウを全て教えてもらった事も事実。

 

 勝利する事も大事だが、ウマ娘自体が走る事を楽しめていなくちゃ意味がないといつも教えられていた。

 それだけはいつも胸に刻んでネイチャとも接しているのだ。何だかんだ滝野勝司から学んだ事は全て活かされている。

 

 

「お前もお前だが、ナイスネイチャも幸せ者だな。こんなに一途に自分だけを想ってくれるトレーナーがいるなんてよ」

 

「担当するウマ娘の事は第一にって口うるさく言ってきたのは滝野さんでしょ。俺はそれに倣ってるだけです」

 

「それは担当ウマ娘が複数いる前提の話だったんだけどな。担当が複数いりゃ忙しくなった時視野も意識も散漫になっちまう。そうならないために常にウマ娘第一って考えを意識しておくと優先順位含めて冷静でいられるって事なんだが。まあ1人でもちゃんと第一に考えてんなら全然良いって事だよ」

 

「だーもう痛えっての! もうちょっと力の加減考えろよアンタは! いつも担当ウマ娘達にいらねえ事して制裁喰らってるから加減の仕方忘れてんぞ!」

 

 とりあえず何かあると肩か背中を叩くのをやめてほしいと切に願う渡辺輝。

 このチリチリ髭、着々とめんどくさいオッサンルートへ足を進めていっているかもしれない。

 

 

「大事なんだろ、あの娘の事が」

 

「……、」

 

 油断すればこうだ。

 突然真剣な顔になって聞いてくる。オンオフ、メリハリ、表裏をしっかりと使い分けてくる。だから侮れないし尊敬できる。

 

 そんな人の下で経験を積んできた渡辺輝も、ハッキリとこう言った。

 

 

「もちろん。ネイチャは俺にとって掛け替えのない大事な娘ですよ」

 

 トレーナーとしてウマ娘を第一に。

 その思いもあるにはあるが、それ以上にナイスネイチャというウマ娘は非常に良い娘だ。

 

 家事も出来る。料理も出来る。努力も出来る。面倒見も良く、友人にも様々な人達からも人気で慕われている。

 トレーナーはウマ娘を支える存在ではあるが、自分に至ってはネイチャに支えられている部分も多い。栄養管理がなっていないとほぼ毎日弁当を作ってくれたり、たまに晩ご飯を作りに来てくれるからという理由で家の合鍵も渡している。

 

 そういう意味でも全信頼を置いているくらい渡辺輝にとってナイスネイチャは大切で大きな存在だ。

 

 

「こりゃあ強敵なライバルさん達はまだまだ強くなりそうだな。俺達のチームもうかうかしてらんねえや」

 

「ライバル意識持ってくれてるようで何よりです。だけど、これだけは言わせてもらっておきます」

 

「ん? 何だ?」

 

 師弟関係の2人。

 その関係は続きながらも、今はもう立派なライバル同士だ。

 

 チーム・アークトゥルスとチーム・スピカ。

 そのトレーナーである渡辺輝と滝野勝司は対面に向き直る。そして渡辺輝は師匠であった滝野に向かって確かに言ったのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ほお、言うじゃねえか」

 

 弟子から師匠へ下剋上宣言。

 成長の証だった。渡辺輝に迫る期限はもう1年とない。勝負はこれから約1年間。全てを出し切り最後に打ち勝つのはどちらか。

 

 対して、実績を積みベテランとまで呼ばれた滝野勝司は不敵に笑って返す。

 

 

「来いよ、挑戦者。ウチのチームが受けて立つぜ」

 

 師弟関係だからという訳でも、ライバルだからという訳でもなかった。

 ただどちらともなくお互いの拳を合わせたのだ。

 

 外にいるかのような寒い廊下。

 しかし2人のトレーナーは意に介さず笑う。確かに感じた。

 

 

 身体の内側、心が燃えるように熱いのを。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 激しい息遣いが宙を舞っていた。

 

 

「はぁっ……はぁ……はぁ……ッ!」

 

 トレセン学園校門前。

 そこまでノンストップで一気に走ってきたナイスネイチャは校門に手を付き息を整える。

 

 本来ならこんな距離を走ったくらいでは息が切れるはずもないのに、何故か動悸が治まらない。

 心臓が激しく鳴り響く。頭の中がグルグルかき回されていく。気持ちに整理がつかない。だけど体温だけは真冬の気温とは裏腹に上昇していった。

 

 

(何で……どう、して……ッ!)

 

 落ち着いていく脳内から思い出されるのは先ほど隠れて聞いていた会話。

 自分のトレーナーとトウカイテイオーのトレーナーが話していた言葉の節々。傍から聞いていれば何て事のないライバル同士の熱い会話だっただろう。

 

 しかし、捉え方は人それぞれだ。

 渡辺輝はあの場にネイチャがいなかったから取り繕う事なく本音で話していた。そう、本音で、だ。

 

 息は整ってきたのに心臓はまだバクバクと音を立てている。

 理由は、何となく分かっていた。いいや、気付いていた。

 

 

(ホントは……ダメだって分かってたのに……心のどこかで気付いちゃいけないって思ってたのに……)

 

 自分の気持ちとは不思議なもので、思っている事と感じている事が真逆でもそれは本心と何ら変わらないという事。

 そして帳面表力のようにギリギリまでせき止めていたはずの気持ちは、彼の本音によって容赦なく少女の気持ちを溢れさせた。

 

 

『今もこれからも俺はネイチャを信じてますよ』

 

『俺とネイチャはそんなに柔じゃない』

 

『俺は、あいつの笑顔が好きなんですよ』

 

『ネイチャは俺にとって掛け替えのない大事な娘ですよ』

 

『最後に勝つのは()()()()()()だ』

 

 

 何の意味もないと分かっていても両手が自然と胸へ強く押しつけられた。

 真冬なのに体は熱くなり顔は真夏のように赤くなっている。けれどどこか切なく淡い表情。無自覚に蓋をしていたものが強制的に開けられた感覚がした。

 

 夜空を見上げる。とても澄んでいる空気と一緒に景色が視界を覆う。軽く吐いた息は白くネイチャの世界を一瞬だけ霞ませた。

 呼吸が甘い。まるで今の心の色の味がした。いっそ認めた方が楽になるのか。無数の星々が夜空を支配する。世界の可能性は無限大で、きっと自分の悩みはちっぽけなものだと思う。

 

 だから。

 そして。

 

 

 

(ああ……アタシ……)

 

 

 

 少女は、自覚した。

 

 

 

 

 

 

(トレーナーさんが、好きなんだ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、40話越しにようやくネイチャさんが自覚しちゃいました。
今までのは無自覚だったようです。罪な女の娘やで……。

恋心にも気付いたしタイムリミットはあと1年なので次回から物語は更に動くかもしれませんし動かないかもしれません。片想い中のネイチャの話とか面白そうですよね。
活動報告に頂いたリクエストにもようやく応えていけると思いますので、それも含め是非ともより一層楽しみにしていただければなと思います!



では、今回高評価を入れてくださった、


ねこさんさん、rumjetさん、ナフタレンのストラップさん、島人さん、一 八重さん


以上の方々から高評価を頂きました。
いつも励まされております。本当にありがとうございます!!




これからもウマ娘の二次創作ガイドラインに抵触しないよう、モデルとなった実馬や馬主の方々に最大限の配慮と尊敬の念を持って書かせていただきます。
よろしくお願いいたします。


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42.友人に恋の相談するのは誰だって恥ずかしい

お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夜19時、栗東寮の一室では複数人のウマ娘がテーブルを囲んでいた。

 

 

 

 

 夜という事もあり全員寝巻き姿のパジャマでテーブルの上や床には教科書やノート、お菓子にジュースなどが雑に置かれている。

 言わば女子会というやつだ。冬休み、練習もなくウマ娘にとっては珍しい完全休暇。人々をレースで魅了する彼女達も年齢で言えばまだ子供である。

 

 それを満喫しないはずもなく、お年頃の少女達は貴重な休みを満遍なく堪能するつもりなのだった。

 さてそんな中、たった1人だけ若干浮かない顔というよりかはまるで取調室にいる追い詰められた犯人のような表情になっているウマ娘がいた。

 

 まずそんな少女へ問いかけたのはマヤノトップガンだ。

 

 

「で、結局何でネイチャちゃんは昨日宿題だった数学の教科書とノートを忘れたのかな?」

 

 ポテトチップスを1枚頬張りながら聞いているのを見るに、別に責めている訳でも何でもないのは分かる。

 ただ本当に気になるから聞いているだけのようだ。

 

 

「まあ別の教科進めたからいいんだけど、珍しいよね。ネイチャが忘れ物するなんて」

 

 軽いフォローを入れるように言ったのはマチカネタンホイザである。室内であっても欠かさず破れた(もしくは破った)帽子を被っていた。

 そして件のナイスネイチャは正座で苦笑いをしたままこう答えた。

 

 

「や、まあ……別にアタシもいつもしっかりしてる訳じゃないし? こういう事くらいあってもおかしくないって、ね?」

 

「いーやあるね! ネイチャちゃんはいつも何だかんだ抜かりなく準備してるんだってマヤ分かるもん! だから絶対おかしい! 昨日の夜戻ってきた時だってちょっとヘンテコな顔してたもん!」

 

「褒めてるのかちょっとバカにしてるのかどっちよそれ」

 

 昨夜、担当トレーナー渡辺輝への恋心を自覚してしまったネイチャ。

 一度溢れ出してしまった想いはもう自分でも止める事はできず、気持ちに整理がつかないまま戻ってしまったのがいけなかったらしい。何かと物事に対してすぐ理解してしまうマヤノがいたからかすぐに異変を察知されてしまった。

 

 まあただ忘れ物を取りに行くだけなのに、その忘れ物を持ってくる事を忘れていたとなれば何かあったに違いないと思われるのも仕方ないが。

 完全に自分の落ち度であった。

 

 

「マベちんなら何か知ってるかもと思ったけどいつも通りマーベラスを探しに行ってまだ帰ってきてないし……ぜーったい何かあるのに!」

 

「あはは、だから何もないって……ただホントにドジして忘れただけだから……」

 

 隠し通せるかは別として、何もなかったらないで穏便に済ませられるためネイチャとしては勘付いてほしくないのだが。

 忘れてはいけない。このマヤノトップガン、その場にいれば超人的な直感力ですぐさま事態の真実を見抜いてしまうウマ娘なのだという事を。

 

 

「……あ、そういえばネイチャちゃん、忘れ物は()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 沈黙は肯定という言葉がある。それだけでも証拠になり得るのにネイチャの尻尾は正直なようでしっかりと逆立っていた。

 必死に目を逸らしているがおそらく意味はまったくない。むしろ逆効果だろう。

 

 直感で察したマヤノ、ここまである意味露骨な反応だと却って分かってしまったマチカネタンホイザ。

 そしてもう自分でバラしたようなものだと後から気付き冷や汗が止まらないネイチャ。

 

 昨夜戻ってきてからのネイチャの頬がずっと赤かった理由。

 時たま何かを想うような表情と瞳。それらを見逃さず見ていたオトナに憧れしウマ娘は完全に分かったようだ。

 

 すぐ隣までマヤノの顔が近づいてきて、こう言った。

 

 

「何かあったんでしょ?」

 

「……………………ハイ」

 

 圧が凄かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吐いた。

 もう洗いざらい吐いた。というより吐かされた。

 

 お年頃の女の子の恋バナに喰い付く勢いは凄まじく、ただ自覚しただけなのにもの凄く質問攻めにされたのだ。主にマヤノに。

 そして色々言わされたネイチャの顔は案の定髪と同じように紅くなっていた。

 

 

(どうしてこんな目に……)

 

「いや~あのネイチャちゃんもとうとう恋をしたんだね~」

 

(ネイチャいつもマヤノちゃんに嘘のオトナ情報教えてからかってるから絶対その仕返しされてるけど黙っとこ……)

 

 三者三様の顔色が部屋に蔓延していた。

 大人びたい年頃のマヤノトップガンは屈託のない笑みで言う。

 

 

「トレーナーさんが好き、か~。ねえねえ、どんなとこが好きなの!?」

 

「……あの、それを今のアタシに言わせるのは酷なものだと思うんだけど、マヤノには遠慮というかさ、優しさってモンはあるかな」

 

「ないよっ! だって気になるし!」

 

(マヤノちゃん容赦ないね!?)

 

「ストレートすぎて逆に清々しいなッ」

 

 ツッコミをしても逃してはくれないらしい。

 どうやらこの目付きと食い付きよう、言わないとずっとネチネチ聞いてくるタイプのやつだ。

 

 とはいえネイチャもまだ『恋』というものを自覚したばかり。正直に言ってしまうと誰かを好きになったのは初めてなので自分でもどう言えばいいのか分からないところが本音だ。

 しかし目の前のアイコピー少女はそれで満足してくれなさそうな気がしてならない。

 

 どうにか誰もが納得しそうで現実味のある答えを探した先に出たのは、

 

 

「……えと、気付いたら全部好きになってた、とか……?」

 

 あまりにも言い訳苦しくて誰もが照れて誤魔化しそうな時に言いそうなものだった。

 ありきたりすぎて自分でも言ってて恥ずかしくなったのかまたも顔を赤くするネイチャ。一つ言っておくならばネイチャの出した答えがあながち間違いでもなく、ネイチャ自身の本音も間違いなく入っているという事だ。

 

 そんな赤いネイチャを見たからか、聞いてきたマヤノも満足いったようでむしろテンションが上がっていた。

 

 

「そうなんだ……そうなんだ~! ねえタンホイザちゃん! これが大人の恋ってやつなのかな!? きっとそうだよ!!」

 

「むしろ初恋レベルの初々しさ感じるんだけどマヤノちゃんがそう思うならそうなんじゃないかな」

 

「うっ……」

 

 マチカネタンホイザの苦笑い混じりな返しがネイチャに精神ダメージを与えた。

 マヤノよりもタンホイザの方が思考は大人らしい。彼女のツッコミにより変な勘繰りが入らないか見てみると、

 

 

「いいな~。マヤもそんな大人な恋をしてみたいな~!」

 

 聞いちゃいねえようだった。

 どうやら自分の世界に浸っているらしい。さすがはネイチャがチョロかわと称するだけの事はあるか。

 

 キラキラとデジっているマヤノを尻目に、マチカネタンホイザは普通にネイチャへ問いかける。

 

 

「トレーナーさんの事が好きって気付いたって事は、ネイチャはトレーナーさんにアプローチするの?」

 

「えッ……!? いや、そ、それは……」

 

「だって好きなんでしょ? だったら早めにアタックしないと勿体ないんじゃないかな?」

 

 タンホイザの言い分も分かる。

 せっかく気付いたならアプローチすればいいと。お互い担当同士なのだから距離も近く、その分いくらかやりやすいはずだ。

 

 しかし、踏み込めない理由だってもちろんある。

 

 

「け、けどさ……あっちは大人でアタシはウマ娘でもまだ子供じゃん。そもそも相手にされるかどうかも怪しいと思うし、今はトゥインクル・シリーズで現を抜かしてる場合でもないって思っちゃうと、変にアピールしてもただ迷惑かけちゃうんじゃないかってなるんだよね……」

 

「なーにを言ってるのネイチャちゃん!」

 

「うおわっ!? な、何!?」

 

 いつの間にか自分の世界から戻って来ていたマヤノが大きく身を乗り出してきた。

 

 

「女の子の恋に迷惑とかないんだよ! 好きになったらもうまっすぐ突き進むくらいの勢いでいかないとダメ!」

 

「うぇえ!? いや、そ、でも……」

 

 いっそマヤノくらいの自信と精神があれば何か違ってたかもしれない。

 レースに対しても最近は勝ちたいと素直に言えるようになってきたが、恋愛面ではまだまだのようだと今更自覚する。そういう意味でもマヤノには羨ましい気持ちが湧いてきてしまう。

 

 

「まあネイチャのそういうとこもきっと良いとこなんだけどさ、せっかく担当がネイチャしかいない今がチャンスなんだから、少し頑張ってみるのも悪くないんじゃないかな?」

 

「絶対そうだよ! 頑張ろうよネイチャちゃん! レッツ大人な恋だよ!」

 

「……そう、だね。うん、ちょっとくらいアプローチするのも、いいかな」

 

 大切な友人がここまで言ってくれる。

 同年代とはいえ自分の恋を相談するのは誰だって恥ずかしいし簡単に言えるものではない。しかしここまで親身になってくれる友人がいるというのは、それだけで大きな価値だと言えるだろう。

 

 優しさに浸ればいい。信頼できるのはトレーナーだけじゃない。友人だってそうだ。

 半ば強引に言ってしまった初恋だが、過ぎてしまえばもうどうにでもなれだ。

 

 恥ずかしさなんてもう振り切れているのだから迷う事もない。

 優しい世界にどんと頼ればいい。

 

 

「ねえ、アピールとかってさ……どんなのがいい、かな」

 

 思い切ったネイチャの相談に、待ってましたと言わんばかりのタンホイザとマヤノが答えてくれる。

 

 

「んー、やっぱりまずは積極的にいくべきとか? 王道的なとこでいくとほら、ネイチャ料理得意だしトレーナーさんにも何回か作ってあげてるって言ってたよね。その頻度を増やしたり、家庭的な一面を見せるという事で部室とかトレーナー室を掃除してあげるっていうのはどうかな?」

 

「……あー」

 

 そしてネイチャの中で流れが少しづつ変わっていく。

 

 

「それだけじゃ生温いよ! せっかくなら2人きりの部屋で膝枕とかして距離縮めるくらいしないとだよ! あとは2人でどこか出掛けたり~、いっその事トレーナーさんの家に行くとか!」

 

「いや、えっと……その、」

 

「それでそれで、トレーナーさんの家でネイチャちゃんが晩ご飯とか作ってあげたらきっともうすぐに距離も縮んじゃうよ!! 他の人にも協力してもらって外堀り埋めるのもいいかも!?」

 

「あの、2人共、ちょっと」

 

「お~、マヤノちゃんグイグイ言うねえ。私は~どうかな、行事イベントとか大事にして2人で過ごすのとか良いと思うんだよねっ」

 

「ちょちょちょちょ2人共ストップストーップ!」

 

 大きめの声でヒートアップしていく2人を静める。

 色々な気持ちが混ざりすぎてもはやネイチャの目はグルグルと渦巻いていた。

 

 当然止められたマヤノとタンホイザはネイチャの方を見つめる。

 何か言いたそうにしていたからだ。

 

 グルグル目のまま、紅潮した顔で変に笑いながら控え目にもふもふツインテールは言った。

 

 

「……じ、実は、その……っ、ます……」

 

「「何て?」」

 

 あまりに小声で言ってしまったため聞こえなかったらしい。

 それもそのはず、ネイチャの気持ちを考えればこんな事を普通に言える訳もないからだ。

 

 意を決してだった。

 

 

「じ、実はもう、マヤノ達が言ってくれたやつは前に全部しちゃってまして……何ならトレーナーさんの家のあ……合、鍵も……貰っちゃってます……ハイ」

 

 部屋の中の空気が凍り付いた気がした。

 両手の人差し指をツンツンしながら言ったが、今のところ反応はない。

 

 恐る恐る2人の方へ視線を向けると、

 

 

「……え、無自覚でそこまでしてたのネイチャちゃん……」

 

「ネイチャ……それは流石にフォローできないかな……というかそこまでして何もない2人って……」

 

 凍てつくような視線を向けられていた。

 今思えばだ。恋心を自覚する前の自分の行動を思い返してみると普通にとんでもなかったのではないか。

 

 何も想ってない2人では到底やらないであろう事ばかりしている気がする。

 思い返せば思い返すほど自分達の行動に疑問が生じてきた。

 

 

「あ、ああぁあれ、あれ……? あ、アタシ……今まで何やって……あぁああぁぁぁあ」

 

 ボフンッと、ネイチャの頭から煙のようなものが出てきてそのまま茹でダコのようになっていく。

 ある意味突出していた行動力とトレーナーの包容力のおかげであまり不思議に思わず過ごせていた事も、今となっては一大事ばかりなイベントだと思う。

 

 これにはマヤノもタンホイザも呆れた様子で、

 

 

「はあ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……いいや、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええっ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うえぇえッ!? な、何!? 2人共もしかして、あ、アタシの気持ちにき、気付いてたりしたの!?」

 

「「何を今更」」

 

「へぁッ!?」

 

 同時に部屋のドアが開かれた。

 入ってきたのは当然、ネイチャと同じく部屋主のマーベラスサンデーだ。

 

 

「たっだいまー!! 今日もマーベラスをたくさん発見してきたよー☆」

 

「ま、マーベラスっ!」

 

「ん、なーにネイチャ?」

 

 こうなればなりふり構っていられない。

 何事も確認は大事だ。

 

 そしてそんなネイチャをタンホイザとあのマヤノでさえ溜め息混じりに見ながら同じ事を思っていた。

 

 

((これは前途多難だなあ))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、マーベラスってアタシがトレーナーさんの事……ど、どう思ってるか、分かる……?」

 

「どうって……普通に見てたら分かるよ! 好きなんでしょ☆」

 

「はぅあッ!?!!??!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




グルグル目のネイチャ、めちゃくちゃ良いと思います。
マヤノとタンホイザのお互いの呼称は不明なので自分の妄想です。

ネイチャに「はぅあッ!?」って言わせたかっただけの回。


では、今回高評価を入れてくださった、


蒼羽彼方さん、papemapexさん、ビスチャさん、無印読品さん、きりさんさん、ヨシムツさん、しまひとさん、鵜鷺さん、蔵土縁裟夢さん、rumjetさん、小十郎さん、タイガードさん、ポケモンマニアさん、haruhimeさん、takattiさん、本好きネコさん


以上の方々から高評価を頂きました。
恋を自覚するネイチャというずっと書きたかった回なので、様々なありがたい反響があり評価コメントを見ては書き続けて良かったと身に染みております。
本当にありがとうございます!!





無事キタちゃん完凸させたので育成頑張ります(白目)


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43.3度目の初詣



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『とにかく、自分の気持ちに気付いたんだったらすぐに行動だよネイチャちゃん! トレーナーさんは人間だからライバルもウマ娘だけじゃなくて人間の女性の人もいるって思っとかないと!』

 

『今まで自覚なしで色んな事やってきたんだから、次からさりげなくアタックするのもアリだと思うよっ。頑張ってネイチャ!』

 

『マーベラスに攻めましょ!!』

 

 

 

 

 

 

 友人達からのありがたーいお言葉を受けて今はもう年明けの1月1日である。

 世間もテレビも特別感満載で盛り上がっている中、1人の少女がある店でひっそりと意気込んでいた。

 

 

「……よしっ」

 

 年始から早々、恋するウマ娘の勝負が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 3度目の初詣ともなれば待ち合わせの場所ももはやお馴染みとなっていた。

 風を通さないダウンジャケットに1度目の時にうっかり忘れていた手袋もしっかりと装備し、マフラーを口元まで巻いて完全防寒の渡辺輝は時計を確認しつつもう一度手をポケットへ入れる。

 

 

(ちょっと早く来すぎたか?)

 

 待ち合わせ時間は11時。今は大体10時40分だ。

 ネイチャだから5分前には必ず来そうだが、それでも寒がりなトレーナーにとってはトレーニングとは違いこの待ち時間が地獄なのである。

 

 すれ違いざまに横切っていく人達を見ると、これも見慣れてきたのか行き交う人は友人等と来ているウマ娘やトレーナーと一緒に来ているウマ娘が多い。

 普通に私服で来たり振袖姿で来たりしていてつくづく年始というイベントを実感させられる。

 

 

「……、」

 

 そう、()()()()()()()

 つまりはもう今年が期限だという事。この1年が終わるまでにGⅠレースで1勝しなければ、来年の春にはもう中央トレセン学園に自分の居場所はない。本当ならめでたい年末年始。しかしじりじりと迫り来る期限に思う所はある。

 

 

(あーダメだ。1人で何もしない時間になると余計な事考えちまう。やっぱギリギリまで何かしら作業でもしてた方が良かったか。いやでももしそれでネイチャを待たせる事になったらまずいしなあ……)

 

 気付けば1人で腕組みをしていてうんうん唸っている不審者の出来上がりだった。

 マフラーで口元を隠しているから表情が分かりにくいというコンボ付きである。時計が10時42分に回った時だ。

 

 ふと背後から声をかけられた。

 

 

「や、やっほー……トレーナーさん」

 

 聞き慣れた声に振り向くと、

 

 

「おう、結構早かったなネイ──、」

 

 見慣れない姿のナイスネイチャがいた。

 というか振袖姿だった。珍しく髪を後ろに結びいつものもふもふツインテールではなくポニーテール。赤を基調とした松竹梅の花柄の振袖姿は出会った頃よりも成長しているネイチャによく似合う雰囲気を醸し出している。

 

 見方が少し変わる。

 中等部の子供だと思っていた彼女も契約してから2年近くが経ち、大人への階段を一つずつ駆け上がっているのだ。

 

 

「ど、どう、ですかね……?」

 

 頬を掻きながら控え目に聞いてくるネイチャ。

 せっかくの振袖姿なのだから、似合うかどうか聞いてくるのは当然だろう。もちろんその意図はさすがにトレーナーも理解している。

 

 

「ああ、よーく似合ってるぞ。正直別人と思っちまうとこだったわ」

 

「べ、別人って、そこまで違って見えた?」

 

「まあ普段と全然違うからな。ツインテールでもないし、軽くメイクもしてるだろ? 何つうか、可愛いよりも綺麗って言った方がいいのかこれ? うん、あれだ。どっちにしろ抜群に似合ってる。さすが俺の担当ウマ娘だ」

 

「……ぅぇ、あ、ありがと……」

 

 恋愛経験のないトレーナーは悲しくもこういう時の正解が分からない。

 のでとりあえず全力で褒める事に徹した。可愛いのも綺麗なのも似合ってるのも本音だから全部言えばいいやと思った結果である。

 

 そして、全力投球のストレートを貰った恋する乙女の反応だが。

 

 

「じゃあさっそくだけど長蛇の列になる前に参拝行こうぜ。……どうした?」

 

「お、お構いなく~……うぇへへ」

 

「?」

 

 柄にもなく二へッていた。

 好きな人からの言葉というものはそれだけで当人の性格を変えてしまうらしい。あのネイチャが卑屈にならずにただただ普通に喜んでいる。トレーナーとしても何だかむず痒い気分だ。

 

 

 

 

 幸い列もそんなに長くなく、3分程度で参拝できるくらいの場所で2人は並んでいた。

 前も後ろもウマ娘やトレーナーだから自分達の違和感も全然ない。気合いを入れて振袖姿を着ている人達が多いという印象があるのは、自分の担当ウマ娘がそうだからか。

 

 

「そういや今年は何で振袖姿で来たんだ? 去年と一昨年は普通に私服だったよな。何か心境の変化でもあったか?」

 

「えっ? あー……まあ、アレですよアレ。今年はレースとかも含めて色々気合い入れてくぞー、みたいな? ほら、今年は前半レースあんまないし後半からだからその分練習頑張んなきゃなって」

 

「それで振袖になるもんなの?」

 

「アタシだって一応は女子ですし? たまにはこうやって普段とは違う感じでいきたい気分でもあるんですよー」

 

「ふーん」

 

 そんなものかと、とりあえず自分の中で結論付けるトレーナー。

 女心は分からない。突然オシャレに目覚めるようなものなのかもしれない。ネイチャでもそういう気分屋なとこがあった事に少し驚きを感じた。

 

 適当な雑談をしているとすぐに順番は回ってきた。

 5円玉を放り投げて2拍手。

 

 願うのは。

 誓う事は。

 

 

(年末までにネイチャをGⅠレースで勝たせる。そして来年以降もネイチャと一緒に励めますように)

 

 固く誓う。

 本当に叶うかどうかは別として、これは一種の儀式だ。自分の願いを掴み取るまでの決意のようなもの。

 

 隣で何を願っているのかは分からないが、とても真剣な様子で祈っているネイチャ。

 彼女を自分でもないトレーナーに担当させると考えるだけで嫌な気分になる。誰にも譲らない。彼女を支えるのは自分自身だと今一度誓う。

 

 

 対して。

 ネイチャが願ったのは。

 

 

(レースでトレーナーさんの期待に応えられますように……。あ、あと、出来ればなんですけど、少しでも隣のこの人がアタシに振り向いてくれますように……! どうかお願いします神様ー!)

 

 もう欲望丸出しであった。

 そういうのはあまり信じていないと言っていた1度目の初詣とは大違いである。人間もウマ娘もどうしようもなく叶えたいものがあるととりあえず神頼みするらしい。

 

 少女の願いは果たして叶うのかどうか。

 まさに神のみぞ知るといったところか。

 

 

 

 

「今年は末吉って、一昨年は謎の平吉だし去年は小吉だし微妙なとこばっか彷徨ってんな俺の運勢。しかも仕事運のとこ『あんま無理すんなって。時には休むのも大事だぜ』とか書いてるし、何だよこの無駄に距離の近いコメント。友達かよ。こんなのに振り回される性格じゃなくて良かったな俺。一昨年のリセマラしようとした件については既に忘れたものとしよう」

 

 参拝も終わりおみくじを引いていた。

 1人でぶつくさ言っているトレーナーをよそに、ネイチャがおみくじを開けると、

 

 

「あ、アタシ大吉だ……」

 

「え!? うっそ大吉!? めっちゃいいじゃん! てかホントに大吉ってあるんだ人生で初めて見た!! すげえじゃねえかネイチャ絶対良い事あるぞ!!」

 

 何か他人のおみくじでめっちゃ振り回されていた。

 余程これまで大吉に縁がなかったらしい。周囲の人達に少し注目までされている。

 

 喜ぶ前に当人、ネイチャが見たのは一昨年と同じく恋愛運。

 明確に違うのは一昨年よりもトレーナーと親密になりネイチャが恋心を自覚したという点だ。今のネイチャにとってはレースと同じくらい大事な事である。

 

 そこに書かれていたのは。

 

 

『鈍いのか鋭いのか分からないヤツにはとにかくさりげなくでもいいからアタックすべし。絶対いるだろそこに。そいつだよ。強引にでも分からせてやれはいレッツゴー』

 

 相変わらず神社のおみくじとは思えないコメントが書かれていたが、こういう他の神社ではやってない感じが密かに人気を集めているらしいと最近ニュースで見た。

 しかも結構当たると聞く。

 

 

(アタックすべし……)

 

 現に一昨年の時も若干ではあるが当たっている感じがしたのは間違いない。

 つまりはネイチャの努力次第ではより接近できるチャンスでもある。レースも恋愛も頑張ると決めたのだ。

 

 

(よし、が、頑張るぞ~)

 

 今年の抱負が決まった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 おみくじも引き終えていつも通り帰ろうとしたところで。

 ふとネイチャが立ち止まった。

 

 

「あ、ちょっとそこで待っててっ。買いたいのあるから」

 

「ん? 何か買いたいなら俺が買」

 

「こういうのは自分で買わないと意味ないんだってば!」

 

 あっという間に神社の売店の方へ行ってしまった。

 主にお守りやお札、たまに数珠なども売っている境内の売店だ。

 

 ものの数分でネイチャは戻ってきた。

 

 

「お待たせ~。いやー買えた買えた」

 

「大体は想像つくけど何買ったんだ?」

 

 トレーナーの質問にあたかも待ってましたと言わんばかりの表情で強調しながらネイチャは見せびらかした。

 

 

「レース勝利祈願のお守り。せっかくウマ娘にまつわる神社でもあるし、大吉も引いたから買っとこうかなってね。むしろ今まで買ってなかったのが不思議じゃない?」

 

「言われてみれば確かに。こういったゲン担ぎってのがいざって時に助けてくれる事もあるしな。いいんじゃねえの、まさにウマ娘って感じで」

 

「もしかして茶化してます?」

 

「気のせいだよアハハ」

 

 やる事も終わったので2人して神社を出る。

 あとは別れるまで同じ道を帰るだけ、だったのだが。

 

 ネイチャの発言でそれは変わる事となる。

 

 

「まったくもー……でもまあいっか。そんじゃトレーナーさん家にでも行きますかっ」

 

「あれ、何で? そんな予定あったっけ?」

 

「ないよー。今作りましたし。先にレンタル屋さんでこの振袖返さないとなんだけどね」

 

「それはいいけど、俺ん家来て何すんだ? 正月番組見るとか? それかゲーム?」

 

 2歩3歩と、少しずつトレーナーの前へ出ながらネイチャは答える。

 必死に心の中にある照れくささを隠しながらだ。

 

 そもそも、今日はポニーテール。

 つまり、どれだけ恥ずかしくても照れてしまってもネイチャはいつものもふもふで顔を隠すという事ができない。いいや、自分でそれを封印したと言った方が正しいか。

 

 照れ隠しで逃げないために、1歩踏み出すためにわざわざ髪を後ろに止めたのだ。

 友人達に励まされ、ふざけたおみくじにも背を押されたからには止まれない。

 

 

「それもいいんだけど、ちょうど今ってお昼時じゃん? だからちょっと買い物してさ、トレーナーさんの事だからどうせおせちとか正月っぽいもの食べてないだろうし、アタシが即席で少し作ってあげようかと思いまして。ほら、お雑煮とかもあるしね」

 

「どうせって言われたのが何か癪だが的中すぎて何も言い返せねえ……。けどそうだな、ネイチャの作る料理は何でも美味いし、その案に乗らせてもらう事にするよ。久々に正月らしい日を過ごせるなら楽しみだ」

 

 了承は得た。

 急遽出来た予定に胸を躍らすのは正月料理が食べられると思っているトレーナー1人ではない。年始早々、トレーナーの家で2人で過ごせるという予定が出来たネイチャも一緒なのだ。

 

 そして、トレーナーの前にいるネイチャは振り返る。

 昼時、太陽が後光のように暖かく照らしつける中、赤い振袖に身を包んだ少女は華やかな笑みでこう言った。

 

 

 

 

「じゃあほら、早く行こっ」

 

 

 

 

 

 

 

 レースの勝利祈願お守りと一緒に密かに買った恋愛成就のお守りを隠し持ちながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






1度目の初詣回と比較しながら読むとまた面白いかも?
ただでさえアプリでもさりげないアタックしてくるネイチャなので、恋心を自覚して友人達に背を押されたら普通にアピールしてくる可能性高いのかなと。



では、今回高評価を入れてくださった、


how-kyouさん、脇腹にダメージさん、鴉の濡羽色さん


以上の方々から高評価を頂きました。
久々に日間ランキングで上位の方に載ってたらしく、お気に入り登録がいつもより増えてて驚きました。
本当にありがとうございます!!





普通に考えたら作中のネイチャは出会ってから2年近く経ってるのでもう高等部扱いでいいのか……?


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44.何かに誘うのって案外緊張したりする


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 カランカランッと、オレンジ色の空と冷える空気の商店街に鈴の音が響いた。

 

 

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

「……とうとうやられたな。フッ……ほれ、持ってけネイちゃん」

 

 1月3日。まだ練習が休みで買い物を済ませた後、何やらシリアスな雰囲気のままネイチャと相対していたのは商店街でお馴染み串屋のおっちゃんだった。

 バトルでも始まりそうな展開から一転、その結末は福引で決まった。

 

 1等『特上にんじんハンバーグ』、2等『にんじん山盛り』、3等『にんじん1本』、残念賞『ティッシュ』などがある中、正月恒例毎年3等しか当たってこなくて商店街でも一時期話題に上がっていたネイチャだが今年は違ったのだ。

 鼻を指で擦りながらへへへと串屋のおっちゃんが渡してきたのは、特賞と書かれたもの。

 

 

「毎年3等しか当たんなかったアタシが……と、特賞……?」

 

 手渡された封筒を一瞥し、景品が書かれた看板を見る。

 確かに書いてあった。特賞『温泉旅行券』と。

 

 

「……と、トレーナーさんっ、やっちゃった……アタシ特賞当てちゃ……、」

 

 あまりの出来事に振り返りながら声を掛けるもそこには誰もいなかった。

 

 

(あっ……今日はトレーナーさんいないんだった)

 

 去年と一昨年の福引の際にはトレーナーもいたが、今日はマヤノ達と正月の買い物をする予定だったから不在なのを忘れていた。

 そんなマヤノ達とも先ほど別れたばかりであり、毎年の癖で口に出したのは完全にネイチャの失念だ。

 

 とどのつまり串屋のおっちゃんに聞かれていた。

 

 

「こんな時にトレーナーさんいねえのは残念だよなあ」

 

「いいい、い、いやいやっ! 別にそんなつもりで言ったんじゃないですし!? ここ最近はいつも一緒にいたからたまたま間違えただけだから! ホントだから!!」

 

「はっはっはっは!! いつにも増して口数が多いじゃねえかネイちゃん! せっかく大好きな温泉旅行が当たったんだ。ペアチケットだしトレーナーさんと2人で行ってきたらどうだ!?」

 

「ふぐぁッ!! 純粋なおっちゃんのセリフのダメージがでかい! な、なーにを言ってんのさ、トレーナーさんだって忙しいだろうしアタシと温泉なんか行ってるヒマないって!」

 

 内心おっちゃんの言葉に天才かと言ってやりたくなったのをすんでのところで止める。

 トレーナーと2人きりで温泉。正直なところを言うと距離を縮めるにはこれ以上ないイベントだ。誰にも邪魔されずゆったりと2人で温泉旅行を満喫できるいいチャンスにもなる。

 

 だがしかし待ってほしい。

 温泉旅行。おっちゃんは簡単に言ってくれるがあの温泉旅行だ。いくらトレーナーと担当ウマ娘だからと言っても所詮はまだその領域(関係)でしかない2人。

 

 温泉旅行などもっと距離の近い、それこそ恋人同士で行くものなのではないかとネイチャが思ってしまうのも無理はない。

 誘いたいけど誘うにはハードルが高すぎるのも事実。いっそトレーナーがここにいてくれればおっちゃんの言葉からの流れで自然に誘えたかもしれないと思うと何だかやるせない。

 

 ネイチャの後ろに人がいないのを確認してから思い出したかのように串屋のおっちゃんは言う。

 

 

「そういやトレーナーさんもよく1人で商店街に来る事があるんだがよ、何かここ最近結構疲れた顔してる事が多くてな」

 

「……え? そうなの? アタシの前じゃ全然そんな素振りも表情も見ないけど」

 

「俺らのとこに来たらそんな顔もすぐ変えて笑ってくれるんだよ。しっかし商店街に入ってくる時とかただ歩いてる時とかに顔に出ててな。ここの連中も心配してるとこなんだよ」

 

「そう、なんだ」

 

 自分の知らない人の話を聞いているような感覚がした。

 ネイチャの前ではわざとらしく疲れたような仕草はしても、決して暗い表情を見せる事はなかったはずだ。1人の時は、そうでもないのか。

 

 特賞を当てた気分はどこかへいってしまった。

 何故おっちゃんはこんな事を言ってきたのか。何故、トレーナーはそういうところを見せてくれないのか。

 

 

「何で、アタシにはそういうとこ見せてくんないのかな……」

 

 恋というものを知り、その相手の事をもっと知りたいと思うようになってきたネイチャ。

 そんなネイチャにはまだ見せていない顔がトレーナーにはあった。無意識に封筒を握る手が強くなる。

 

 

「そういうもんなんだよ」

 

「え?」

 

 トレーナーよりも人生経験を積み、大事な人と結ばれた串屋のおっちゃんが言った。

 

 

「大事なヤツにほど自分の暗えとこは見られたくねえ。大事なヤツにほどいつも笑っててほしい。そうやって無駄にカッコつけちまうんだよ男って生き物はな。トレーナーさんなんかよっぽどだぞ。俺達にすらそういうのを隠していつも笑いかけてくれんだからな。ネイちゃんのために頑張ってるからこそ疲れた顔なんざ見せたくねえんだろ。まさにネイちゃんの事を一番大事に思ってる証拠だろうさ」

 

「トレーナーさんが、アタシを一番大事に……」

 

 実感が沸いてくる。彼の優しさが間接的に染み渡ってくる。

 きっとネイチャの見ていないところでトレーナーはいつも頑張ってくれているのだろう。そしてそれをネイチャには絶対見せないようにしている。

 

 結果的に知ってしまったが、おっちゃんの言う通りであるならば自分からは黙っておいた方がいいだろう。

 トレーナーの気遣いを無駄にしてしまえばそれこそ距離は遠くなってしまうかもしれない。

 

 そもそもだった。

 串屋のおっちゃんがこんな事を言いだしたのは何故なのか。疑問はすぐに解かれる。

 

 

「おうよ。だからネイちゃん、疲れてるトレーナーさんを癒すために温泉旅行にそれとな~く誘ってみるのも悪くないんじゃねえか?」

 

「……なるほど……おっちゃんそれだ!」

 

 ハードルが高すぎてどう誘えばいいのか分からない。ならつまりは口実を作ればいい。

 何の意味もなく唐突に誘うよりかは担当同士でお互いを労うためという理由付けで誘った方が不自然さは感じないはずだ。

 

 そうと決まればであった。

 トレーナーの気遣いと自分の気持ちに気付いてからのネイチャの行動は早かった。

 

 

「ごめんおっちゃん。アタシ行くとこあるからもう行くねっ。あんがと!」

 

「おーう、トレーナーさんにもよろしくなー!」

 

 ウマ娘の速さでもって去っていくネイチャを見ながら、串屋のおっちゃんはポツリと呟く。

 

 

 

 

「こりゃあ芽吹いたかねえ」

 

 

 

 

 ネイチャの気持ちに察しをつけながら。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 家に着き速攻でドアを開ける。

 鍵は開いたままだった。

 

 

「よお、急に連絡来てから2分ちょいで来るとかさすがだなウマ娘の脚って」

 

 出てきたのは寝巻き姿でもなく普通に部屋着の渡辺輝だった。

 

 

「つかどうしたよまた晩飯作ってくれるって。一応お前が作り置きしてくれてるおせちはまだ多少は残ってるけど」

 

「あー、うん、今日の買い物で買いすぎちゃってね。どうせならトレーナーさんとこで作って自分の分はまたタッパーとかに入れて持って帰ろうかなって」

 

「俺としてはありがたいから別にいいけど。ほら、とにかく上がれよ。急に来るってもんだから菓子とかは用意してないぞ」

 

「いいよいいよ。先にご飯だけ作っちゃうから」

 

 部屋に入るとテレビは点いておらず、テーブルにはノートパソコンとお茶だけが置かれている。

 上着をハンガーに掛ける際、気付かれないようチラリとだけパソコンを見ると何やら作業中のようだった。

 

 

(休みの日は絶対仕事しない主義だって言ってたのにしてるんだ。ふーん)

 

 続いて買い物袋をキッチンの方へ持って行き、トレーナーの方へ目をやると既にノートパソコンは閉じられていた。トレーナーはあくまで自然な動作で気取られないようにしている。

 先ほど串屋のおっちゃんが言っていた事を思い出す。

 

 

(アタシには見られないようにしてる、か。大事だって思ってくれてるからこそだっけ……)

 

 不覚にも口角が上がってしまった。

 急いで顔を逸らす。これも自分とトレーナーのためだ。

 

 トレーナーが近づいてきた。

 

 

「今日は何作るんだ?」

 

「え? ああ、一昨日おせちいっぱい作ったせいでまだ残ってるし、お雑煮とかでご飯は食べてないでしょ? だから今日はおせちに飽きないように炊き込みご飯とブリの照り焼きでも作ろうかなって。それならおせちをおかずにして一緒に食べれるじゃん?」

 

「ネイチャのおせち美味いから全然飽きないけど、それはそれでもう聞いただけで美味そうだわ天才か? って急にあっち向いてどうした?」

 

「お構いなくッ」

 

(ダメだっ、トレーナーさんの言葉一つ一つにアタシの顔が変形してしまうっ! あれ、こんなに表情緩かったっけアタシ!?)

 

 恋というものは恐ろしく、以前までは特に普通で聞き流していた台詞も今となってはネイチャのハートへクリティカルヒットしてしまう。

 一つ咳払いし、本題を思い出す。

 

 

(そうだ。今日のアタシはトレーナーさんを温泉旅行に誘うんだ……。口実もある。理由付けも充分。いつもみたいに自然な流れでいけばいけるぞアタシ!!)

 

 

 

 

 

 

 数十分後。

 

 

「おっ、炊飯器から良い匂いしてきたな。ブリの照り焼きも良い感じに焼けてきてんじゃん! 腹減ってくんなあ」

 

「デスネー」

 

 普通に料理だけをしていた。

 

 

(何やってんのアタシ!? 全然誘えないまま料理もう出来ちゃうけど!? こんな緊張するもんだったっけ!?)

 

 決して顔には出さないまま心の中で発狂していた。

 時間は淡々と過ぎていく。気付けば炊飯器からは炊けた音が鳴っている。

 

 タイミングはいくらでもあったのに見事に全てを逃していた。

 気持ちと行動力は決して繋がるものではない。元から高すぎるハードルがほんの数センチ程度低くなっただけで誘える境地とは程遠いレベルなのには変わらないのだ。

 

 

(……うん、別に誘うのは今日じゃなくていいし……また別の日でも誘えばいいだけだし……そもそも誘ったところでトレーナーさんに断られる可能性もある訳だし……あれれ、おかしいなー、怖くなってきた)

 

 もはや半ば諦めの境地に入っていた。

 ネイチャの気持ちを知る由もないトレーナーは、

 

 

「そろそろ箸とか並べとくか」

 

「……あ、ハイ」

 

 ネイチャの反応に一瞬違和感を覚えたが、空腹の方が大きくすぐに食器棚へ向かって食器を取り出していく。

 そしてテーブルの上にあったネイチャの鞄を下に降ろそうとした時、鞄のポッケからはみ出していた封筒がトレーナーの足に当たり床に落ちた。

 

 

「あ、悪い。……ん? 何だこれ。特賞?」

 

「……あっ」

 

 その時は突然やってきた。

 焼き上がったブリの照り焼きを皿に乗せ、運ぼうとしていたネイチャにチャンスが訪れる。

 

 もうなりふり構っていられない。

 この機を逃せばそれこそ絶好のタイミングは二度とやってこない。

 

 若干震える両手で皿を持ちながら、ネイチャは口を開いた。

 

 

「……商店街の福引でさ、引いてきたんだよね」

 

「ああ、毎年やってたあれか。……え? 特賞? マジ? 今まで3等しか出なかったネイチャが? 特賞引いたのか!? 噓だろ!?」

 

「えっと……うん、まあ……特賞、引いちゃいました」

 

「マジかよすげえじゃん!! 1等でもなくまさかの特賞って、本当に当たるんだなこういうの!」

 

 何だか最後に無粋な発言をしているトレーナーだが、ネイチャはネイチャでそれどころではない。

 震える手のまま話を続ける。

 

 

「そ、それで、さ? その特賞ってのが温泉旅行券だったんだよね……」

 

「へえ、まさに特賞って感じの景品だな。良かったじゃねえか。確か温泉好きって言ってたもんな」

 

「うん……で、でね? その事でひとつ、提案があるんですが……」

 

「提案?」

 

 深く深呼吸をする。

 皿を持つ手に力を入れ、意を決した。

 

 

「もし……もし良かったらなんだけど、その……温泉旅行、お互いを労うって感じで……あ、アタシとトレーナーさんと2人で……い、行きません、かね……?」

 

 言った。言ってしまった。

 何をどうしてももう後には戻れない。待つのはトレーナーの返答のみだ。

 

 誘う事は出来たが、了承を得られるかどうかはまた別の話である。

 断わられる可能性だってあるのを忘れてはならない。上手くトレーナーと目を合わせられないまま返答を待つ。

 

 そして。そして。そして。

 

 

「おう、いいぞ。一緒に行くか」

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 めちゃくちゃあっさりとした返事がきた。

 

 

「いい、の?」

 

「いやむしろこっちがいいのかって聞きたいくらいなんだけど、ネイチャが俺を選んでくれたんなら断る理由なんてないってもんだ。息抜きにもなるしな」

 

 自分の緊張を返してほしいと思うまでもなく、了承を得られた事の方がネイチャにとって重要だった。

 2人で温泉旅行。誰がどう考えても特別な意味を持ちそうなイベント。

 

 誘えた喜び。トレーナーが一緒に行ってくれるという事実。

 もう無意識だった。

 

 声だけは出さずに小さくガッツポーズをした。

 

 

(…………っし!!)

 

 ガタンッボトンッと。

 皿と共にブリの照り焼きが床に落ちるのと引き換えに。

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

「俺のブリがァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





アプリでもお馴染み福引きイベントでした。
話を書く度にアプリのネイチャのストーリーを何回も見直すんですが、結構ぐいぐい行くのでこちらは良い塩梅にしつつ初々しさも表現できていたらなと思っています。

この後ちゃんと落としたブリは食べたとさ。

では、今回高評価を入れてくださった、


瀬佐セサミさん、かくてるさん、愁悠さん、クランケさん、航太さん、棚兵衛さん、キヌツムギさん、シントウさん、インティライミさん、しょっしよさん、白桜太郎さん、eupさん、ナフタレンのストラップさん、hiro0918さん、北海いくらさん


以上の方々から高評価を頂きました。
ネイチャを温かく見守って下さる方がたくさんいるようで同志達よ……と勝手ながら思っています。
本当にありがとうございます!!




マチタン、キタサン、サトダイがキャラ実装されるまでガチャ禁します。


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45.酒は程々がちょうど良い(前編)



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 2月上旬。

 まだまだ真冬の寒さが猛威を振るう中、トレセン学園のグラウンドではちょうどコースを走り終えたネイチャが担当トレーナー、渡辺輝の元へ駆け寄っていた。

 

 

「ふぅ、タイムはどう?」

 

「ああ、さっきより早くなってる。やっぱり今のフォームに変えてから格段に良くなったな。よし、フォームに関してはこれで完成形と言っていいだろ。これからは今のフォームに慣らしつつレースでも走っていこう」

 

「オッケー。アタシも走ってて違和感もないしむしろ走りやすかったかな。てかよくフォーム変えた方がいいって分かったね?」

 

 ネイチャは息を整えながらポッケに手を入れてトレーナーに聞く。

 そしてニット帽にネックウォーマーの上からさらにマフラーを巻き、風を通さない素材で出来た分厚い上着とズボンに手袋という完全防寒装備もといほぼ雪だるま状態のトレーナーは答える。

 

 

「ネイチャもまだウマ娘として成長期だからな。身長が伸びると共に適正体重も増えればそれだけ走ってる時にかかる負担やバランスも変わってくる。だからその時によってフォームを変えた方が良い時もあるんだよ。なるべく負担を減らしつつネイチャの走りに合った型を探す。それもトレーナー()の役割だからな」

 

「ふーん……アタシの事、ちゃんと見てくれてるんですな~」

 

「当たり前だろ? 担当ウマ娘の事は他のトレーナーよりも知ってて当然。対策や研究されてるとしても俺の方が絶対にネイチャの事を一番見てるし理解してる自負はある」

 

「……ほーん?」

 

「……え、何、何でそんな見てくんの? まさか一番見てるとか言われてセクハラとか言わないですよね? 今の時代そういうのホント厳しいからそれだけはやめてっ! 俺は下心とか一切ないから! 純粋にトレーナーとしての仕事で見てるだけだから!!」

 

「いきなりそんな被害妄想しなくても……ちゃんと分かってますって。トレーナーさんがアタシのために頑張ってくれてる事くらい」

 

 セクハラパワハラモラハラだのと昨今の世間事情からトレーナーの気苦労も分からないでもないが、そこまで気にするものなのか。

 まあウマ娘とはいえ年頃の女の子を徹底指導するにあたり、そういう事には人一倍気を付けなければならないという考えを持っていないとまずトレーナー業は出来ないだろう。

 

 そういう意味では目の前にいる渡辺輝は心配の欠片もないとネイチャは結論付ける。

 残念な事に趣味がウマ娘やレース関連、マンガ漁りくらいだ。学生のネイチャですらこのトレーナーは現代の若者とは少しかけ離れた性質をしていると思っているほどだ。

 

 下心がないと言っていたがおそらく、いいや本心でそう思っているに違いない。ウマ娘の事しか考えていないトレーナーに下品な思考を持っていると思っている方が無理があるだろう。

 トレーナーとしては理性的であり最適な考え。中央のトレーナーを務めるだけの事はある。

 

 そう、トレーナーとしてはだ。

 ネイチャの個人的な考えではこう至った。

 

 

(……けど少しくらいは下心あったっていいと思うんだけどねえ)

 

 担当ウマ娘としては嬉しい限りだが恋する乙女としては複雑な心境であるのも確かだ。

 この男、本当の本当にピクリともネイチャのアプローチに反応しない。自覚を持ってからさり気ないアタックはしているものの、見事に空振り三振状態が続いている。自覚する前から気付かず色んな事をしていたせいもあるかもしれないが、それにしてもここまで反応がないものか。

 

 

(っと、いけないいけない。トレーナーさんはあくまでアタシのために考えてくれてんだから、アタシが変な願望持ってたらそれこそ失礼じゃん)

 

 思考を振り切るように首を振る。もふもふツインテールも一緒に揺れた。

 今はトレーナーの誠意に応えるのが最善だ。レースが下半期とまだとはいえ、それまでにどれだけ強くなれるかが課題である。自分が成長しているという事は、他のウマ娘達も成長しているという事。

 

 油断なんて一切出来ないのが現状だ。

 もっと強くなり、GⅠレースで勝ってトレーナーに自分はGⅠウマ娘の担当だぞと誇らせたい。それがネイチャの密かな夢でもある。

 

 

「じゃあ後一周したら今日は終わりにするか。気温も大分下がってきたし風邪引いちまうと元も子もにゃにがニャにゃ」

 

「凍ってる。口が凍ってるからトレーナーさん。何でそんだけ防寒対策してるのにまだ寒いかな~」

 

「寒ぎゃりってのはちょっとやそっちょの軽い防寒じゃあ対策出来にゃいんじゃじぇ」

 

「防寒装備で疑似雪だるま状態なのに軽い対策なんだ……」

 

 極寒の北海道にいてもおかしくない装備をしていてまだ寒いと豪語するトレーナーに軽い溜め息が出るのと同時に安心感さえ覚えた。

 もう長い付き合いにもなるがこういうところは何も変わっていないのだ。極度の暑がりであり寒がり。ここまで来ると将来が不安になる。

 

 

「最近の技術ってすげえよな。手袋したままスマホとかタブレット操作できるし。たまにタップミスするのが難点だけどずびー」

 

「鼻水出てるから。はいティッシュ、アタシラスト一周走ってくるけどマフラーに垂れないようにしなよ」

 

「うーい」

 

 もはや苦笑いのままコースへ向かう事しか出来ないネイチャであった。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 練習も終わり、着替えが終わって少しトレーナー室でゆっくりしていた。

 

 

「……っし、今日の作業完了~。はーやっぱあったけえこの部屋……」

 

「お疲れさん。ほい、コーヒー」

 

「ん? おう、サンキュー」

 

 事前に温めておいたポットで簡易コーヒーを作りトレーナーに手渡す。

 熱いのをお構いなしにトレーナーはそれを口に含んだ。どうやら口の中はそんなに熱がりではないらしい。

 

 

「ふぅ……つか集中してたから気付かなかったけど、まだいたんだな。明日は休日でオフだし今日は別にウチで晩飯作ってくれる予定もなかっただろ?」

 

「うん、まあね。少しこたつで温もってから帰ろうと思っただけだから」

 

「温もるねえ。まあ外はあんなに寒かったしな。ふはぁ、コーヒーが染み渡る……」

 

 PCを前にコーヒーを飲みながらリラックスするトレーナーの横で立っていると、何だか彼の秘書になったような感覚がしてそれも悪くないと勝手に1人思っていたネイチャ。

 ふとトレーナーのコーヒーを飲む手が止まった。飲み物関連で何か思い出したらしい。

 

 

「……そういや家の酒、どうにかしないとな」

 

「……ん?」

 

 何やら聞き慣れない単語が聞こえてきた。

 

 

「あれ、トレーナーさんって確か最初の頃お酒は止めたって言ってなかったっけ?」

 

「ああ、止めてたよ。けど2日前に滝野さんがウチに来てな。色々話してる内に俺の家だしネイチャもいないから少しだけ飲む事になったんだが、その残りの缶がまだいくつか家にあるんだよ。今思えばあのクソ師匠、全部俺に酒買わせてほとんど自分で飲んでやがったし次会ったら一発ぶん殴るか……」

 

「へ、へえ~……?」

 

 それどころではなかった。

 何故ネイチャのために止めたと言っていた酒を飲んでいるのか咎める気持ちなんて一切ない。むしろネイチャにとってはこれ以上ない機会が来た。

 

 一度酒での失敗談を聞いた時から気になってはいたのだ。

 トレーナーはあまり酒に強い方ではなく、酔えば絡み酒とやらになるらしい。実家のバーでも似たような酔い方をしている人を見た事あるが、とても自分のトレーナーがそれになっている姿を想像できない。

 

 故に興味津々なのだった。

 普段から自分の事を教えてはくれるが、もっと奥深くで思っている事は口に出さないのが渡辺輝だ。そんな彼が酔えばどうなるのか。

 

 単純に気になる。

 もはや先ほどまでトレーナーの誠意に応えるのが今やるべき事だと思っていたウマ娘はおらず、担当トレーナーの酔い姿を見てみたいという乙女しかいなかった。

 

 スイッチが入ってしまえばもう遅い。

 こういう時だけはスラスラとイタズラ心のように言葉が出てくる。

 

 

「じゃあさ、急だけど今日トレーナーさん家で晩ご飯作ってあげよっか」

 

「え、いやいいよ別に。お前に迷惑かけないために家で飲むんだから」

 

「大丈夫だって。そもそも実家だと酔っ払いの相手ばっかしてたんだからそういう耐性はありますし」

 

「や、だからそういう問題じゃ」

 

「それにアタシならお酒のおつまみに良いモノいっぱい作れるし。ほら、コンビニとかでよく食べるようなおつまみじゃなくてバーで鍛えられた本格手作りの出来立ておつまみですよー」

 

「ぐっ……」

 

 今ので完全に揺らいだのを確認する。

 自分じゃ基本自炊をしないトレーナーの事だ。同じような肴を何種類も買ってちびちび食べるつもりだったのだろう。そこへネイチャの提案が来た。

 

 ここに来て自分の料理が武器になるのはでかい。

 もう一押しがあればいけると確信したネイチャ。一気に畳み掛ける。

 

 

「ほらほら、お手軽だけど自分でやるのはちょっと面倒なキャベツの塩だれに枝豆、中盤には味の濃い目な豚の生姜焼きやピリ辛なエビチリも良いと思いません? それにサーモンのカルパッチョとか手羽先もガブリといっちゃいたいとかあるで」

 

「だーもう分かった! 分かったからッ! つまみとかはネイチャに任せるからそれ以上言わんでくれ! この時間帯にんな事言われたら嫌でも腹が減ってくる!!」

 

「ハーイじゃあ決まりーっと」

 

 これにてトレーナーとの晩餐が決まった。

 明日は休日。練習もないし寮には許可書を提出すれば多少帰りが遅くなっても問題はない。

 

 いそいそと帰宅準備を進めるトレーナーの見えないところで口角を上げる。

 このチャンス、無駄にはしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうと決まれば買い出しに行きませんとですな~」

 

「迷惑かけまいと今まで貫いてきたのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人のテンションに差があるのは否めないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






はい、トレーナーの酒解禁です。
皆さんも呑まれないように気を付けましょう。

それにしてもウチのネイチャは攻めますなあ。



では、今回高評価を入れてくださった、


舞子さん、バクシン、タキオン推しさん、はまはーまさん、じゃがりこexさん、ふがふがふがしすさん


以上の方々から高評価を頂きました。
この小説でネイチャを好きになった方もいるようで大変嬉しゅうございます。
本当にありがとうございます!!




このネイチャ、いつ掛かってもおかしくないな……?


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46.酒は程々がちょうど良い(後編)

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 さて、やってきた。

 買い物袋を両手にトレーナーの家へやってきた。

 

 

 

 

 一旦栗東寮へ帰り門限時刻を過ぎても問題のないよう、外出許可書を寮長に提出し何故だかニンマリと許可を貰ってから私服に着替えスーパーや商店街などで食糧調達。

 資金はお駄賃込みで事前にトレーナーから1万円とあり余るほど渡されたので問題はなかった。

 

 いっそ1万円もあるのだから全部使って良いモノを、とも一瞬思ったがネイチャは庶民派なのでその線はすぐに断ち切る。何より今夜は豪勢な晩ご飯ではなくお酒を消費するためのおつまみ料理を作るのが目的なのだ。

 ちなみに実家のバーで鍛えられた本場の手作りおつまみというものをトレーナーに食べてもらい、いつもの料理とはまた違う事を思い知らせ胃袋を掴む事もネイチャの目的には含まれている。

 

 自分は普通の料理以外の工夫も出来るんだぞというさり気ないアピールと、あわよくば酒に酔うトレーナーが見られるかもしれないという期待。

 まさに一石二鳥を狙うウマ娘ここにありだった。もはや清々しいほど下心しかない。

 

 

「トレーナーさーん、あなたの担当ネイチャさんが来ましたよーっと」

 

 さすがに冗談のつもりでもあなたのネイチャと言うのはあまりにもハードルが高すぎて顔を合わせたら自爆しそうなのでこれで留めておく。

 声を掛けて数秒、ダンダンッと軽い足音が室内から聞こえたと思うとすぐにドアが開いた。

 

 鍵が開いてるかどうかはさておいて、ネイチャにはまだ知らない人にこれが見つかってしまったらとんでもない誤解が生まれそうな男性の家の合鍵というシークレットアイテムを持っているはずなのだが、それを使わない理由は一つ。

 

 

「よお、てか鍵開いてるぞ……ってああ、こりゃまた豪勢な事で」

 

 出てきたトレーナー、渡辺輝がネイチャの言葉に何の反応もなく視線を落とした先には両手いっぱいに買い物袋を持っているネイチャが突っ立っている状態だ。

 察するにはこれ以上ない理由ですぐ納得したようで、特に何も言わずんっ、と促すように声を出し手を出してきた。

 

 何度かトレーナーの家で晩ご飯を作る機会があり分かった事がある。

 ウマ娘は人間と比べても数倍の力を持っている。だからぎっしり詰まった買い物袋程度の重さはネイチャにとっては何てことない。むしろ軽いレベルだと思っている。

 

 だが渡辺輝はそういう事を分かっていて尚、そんなのは関係ないと言わんばかりの気遣いをしてくれるのだ。女の子に重い物を持たせる訳にはいかない。

 ウマ娘であってもそれは渡辺輝の中だと例外ではないのだ。てんで当たり前の気遣いを、たったの一度も彼は忘れた事がない。

 

 だから嫌でも差し出された手の意図は分かる。

 甘えるように、だ。ネイチャは持っている買い物袋を手渡した。軽く指と指が触れ合う程度で。

 

 

「豪勢なんて言ってますけど、これほとんど商店街の人達がサービスで多くしてくれたのばっかだからね。実際資金は7割以上余ってるし。てかこれ、ホントに貰ってもいいの?」

 

「おう、とっとけとっとけ。ウマ娘の本分は走る事だが学生の本分にゃ勉強ともう一つ遊びも含まれてんだ。そういう時のための小遣いと思ってくれればいいさ。何かと弁当とか晩飯作ってもらってるしその礼も含めてるけどな」

 

 いやむしろ礼としては足りないか、と呟きながら部屋へ入っていくトレーナーにネイチャも付いて行く。

 いつの間にかトレーナーの家に置いてあったネイチャ用のエプロンを身につけるとさっそく調理の準備をする。

 

 冷蔵庫を覗くと、

 

 

「缶ビール2本にワンカップが1本、か。思ってたよりあんま残ってないんだね」

 

 少し期待外れな感じがした。

 これだけならいくら酒が弱いと思われるトレーナーでも変に酔うことはなさそうだ。

 

 と、そう思っていたらトレーナーの予想外の返事がきた。

 

 

「え……ネイチャの認識だとそれあんま残ってない判定なの……。俺の中だと酒豪レベルに強くねえと酔っちまう代物なんだけど。特にワンカップとかラスボスだろアレ」

 

「……ほ~ん?」

 

 前言撤回。これは期待できそうだ。

 まあ酒の強い弱い、酔う酔わないは個人差があるのでネイチャもそうと断言はできない。が、トレーナーの反応からして実家のバーに来ていた常連達がどれだけ強かったのかが分かる。

 

 最低でも8本くらいは残っていると思っていたが実際は3本。これはおつまみフルコースを練り直さないといけないか。

 幾度となく料理をしてきたネイチャにとって料理の見直しはすぐに終わってしまう。要は単純に品を減らして合う料理を出せばいい。

 

 

「とりあえずちゃちゃっと作ってくね」

 

「ありがたい」

 

 てきぱきと調理を始めていく。

 簡単な物から順に出来ていった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱすげえなお前……」

 

「そう?」

 

 テーブルの上に並べられた料理を見て感心の声を上げるトレーナー。

 言われたネイチャは普通に返したが内心では喜んでいるのは内緒である。

 

 キャベツの塩だれ、ピリ辛エビチリ、味の濃い豚の生姜焼き、だし巻き卵にきゅうりのみそ漬け、香ばしいホッケも焼かれていた。

 おつまみというだけでなく、ちゃんと晩ご飯としても食べられるボリュームとなっている。

 

 

「残ってたお酒が少なかったから品数は少なく、1品1品の量も控えめにしてるから食べきれるとは思うよ。一応アタシも頂きますけど」

 

「当たり前だろ。俺だけ食うのはさすがに申し訳なさすぎる。ほれ、コップ」

 

「ん、ありがと」

 

 これもいつの間にか買われていたネイチャ専用のコップにお茶を注ぎ、トレーナーはカシュッ! と、缶ビールを開けた。

 

 

「一応最善の手は尽くすけど悪酔いしてからじゃ遅い気もするし先に謝っておく。ごめん」

 

「酔っ払いの対処法は知ってるから気にしなくて大丈夫ですよー。はい、乾杯」

 

 カツンッと、コップと缶のぶつかる音がした。

 さて、どうなるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後。

 

 

「よ、弱すぎる……」

 

 大体の料理は食べたものの、テーブルにはぐったりと顔を突っ伏しているトレーナーがいた。

 理由は明白だ。残っていた酒は全部で3本。缶ビール2本とワンカップが1本。そのうちトレーナーが飲んだのは、何と缶ビール1本だけである。

 

 

「2本目のビールまで辿り着いてないなんて……ラスボスのワンカップとか絶対飲めないやつじゃんこれ」

 

 いつだかの商店街での会話。あの時トレーナーは結構飲んだとか言っていたが、おそらくあれはあくまで渡辺輝基準なのだと今更気付いた。

 この男、壊滅的に弱いのだ。弱い人はとことん弱いというが、まさかここまでとは思わなかった。会話しながらどんどんトレーナーの言葉がへにゃっていくのを思い出す。

 

 

(こりゃお酒も余るわけですわ)

 

 ネイチャの人生の中で酒に弱いナンバーワンがここに決定した。

 実家のバーに来ていた人達とは比べ物にならない。雑魚中の雑魚である。どうやってトウカイテイオーのトレーナーと酒を飲みながら話していたのか想像もつかない。

 

 一度はトレーナーの酔った姿を見てみたいと期待していたネイチャだが、これからは出来るだけお酒は飲まさないようにしようとひっそりと決意した。

 そんなぐったり酒雑魚トレーナーがふわりと顔を起こした。

 

 

「ぅ……うぅ……」

 

「あ、トレーナーさん、大丈夫? 気分悪いとかない?」

 

 たった1本でも酒は酒だ。酔う人はどこまでも酔って気分を悪くする場合がある。

 そういった対処法はネイチャも実家で叩き込まれているから大体は分かる。

 

 

「くそ……ネイチャにだけは迷惑かけないって思ってたのに、頭ん中がふわふわしてやがる」

 

 そういえばトレーナーは酔っていてもその自覚と理性はあると言っていた。

 理性はあるのに絡み酒のようになってしまうというある意味において一番厄介な酔い方だが、何だか今は出来る限り抑えている印象がある。

 

 ネイチャがいるから必死に振り切ろうとしている? 

 

 

「……、」

 

 自分のために迷惑をかけまいと酔いと戦っているトレーナーを見てゾクリッと、ネイチャの中で何かが芽生えた。

 今のトレーナーは聞いていた通りならいつもより本音が出やすい状態だ。普段から奥の底にある自分の部分までは決して話さないトレーナー。それが今なら聞けるかもしれない。

 

 自分のために戦っているトレーナーを、ネイチャは崩しにかかったのだ。

 欲望、関心、興味には勝てなかった。そもそもの目的が今叶おうとしていた。

 

 

「ねえ……トレーナーさんはさ」

 

「……?」

 

 あくまで普通に、聞いた。

 

 

「アタシの事、どう思ってる?」

 

 捉え方だけなら何通りもある。

 ウマ娘としてなのか、担当としてなのか、はたまた友人としてなのか、それとも、女の子としてなのか。単純に気になる人がいて、その助言を貰おうとしているのかは定かではない。

 

 ただ、今のトレーナーは酔っていて正常な判断ができない状態だ。

 故に聞かれた通りの言葉の意味で脳が判断した。そして口に出す言葉は普段では口にしない心からの本音。

 

 

「俺は」

 

「……」

 

 ある種の本心だ。

 

 

「ネイチャを最高のウマ娘だと思ってる」

 

(……あ)

 

 そうして、今更ネイチャは気付く。

 いいや、後悔した。

 

 

「ネイチャの一番の理解者は俺だ」

 

「え、あ」

 

 このトレーナー、渡辺輝が実は情に厚い男だという事を忘れていたのだ。

 

 

「ウマ娘としても、それ以外でもお前はよく出来た娘だ。そしてそれを一番よく知っているのも俺なんだ。だから俺にはお前をレースで勝たせる義務がある。ナイスネイチャというウマ娘は強いんだって世間に知らしめてやるんだ。誰が何と言おうが、ネイチャは俺にとって一番のウマ娘なんだよ」

 

「へぐぇあッ!?」

 

 酔っているせいか言葉の繋ぎが若干おかしいところもあるが、あれも本心で言っている事くらいはネイチャにだって分かる。

 そもそもだ。本当にそもそも。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ネイチャを褒める事に関して言えば渡辺輝は一切の嘘をついた事がない。思った事をそのまま口に出す事は感情を加味すると本来難しい事もあるが、それを普通に言ってのけるのが渡辺輝である。

 

 本心や本音をそのまま出すのが今のトレーナー。

 つまりは聞き方を工夫し変えさえすればネイチャの()()()()()()()()は聞けるだろう。

 

 しかし、聞けない。

 酔ってはいても記憶は残り理性や自我もちゃんと持っているのだ。その状態で聞いてしまえば、返ってくるのは見当違いな拍子抜けかお互いにとっての地獄だろう。こんなのはただの反則だ。

 

 なら肝心なところでヘタレてしまっても構わない。トレーナーの本音でダメージを喰らうのは自分だけなのだから。

 であればと思考を切り替えてみる。褒めちぎられたダメージはまだ残っていた。

 

 

「じゃ、じゃあさ、アタシの料理はどうだった……?」

 

 変化球。これも捉え方ならいくつかある。

 問題はトレーナーがどう捉えて答えるか。言葉通りの意味か、それとも……。

 

 

「んなのめちゃくちゃ美味いに決まってるだろ」

 

「それはありがたいですな」

 

 これは予想通り。いつも美味い美味いと言ってくれているのでそれは酔っていても変わらないのは分かっていた。

 この際本音カウンターで照れダメージを喰らうのは想定内とした。ここまで来れば聞けるとこまで聞いてやろう。

 

 

「出来ればこの先も毎日食いたいぐらいだよ」

 

「ぶべうぁッッッ!!??」

 

 想定外の超絶特大カウンターがやってきた。

 女の子の手作り料理に対して毎日食べたいはもはやそんなのアレだ。ちょっとしたプロポーズなのではないのか。

 

 酔っているのはトレーナーなのにネイチャの方も顔が真っ赤になっている。

 

 

(こんなの……ズルじゃん……)

 

 本心。だからこそ重みがある。

 きっとトレーナーは本心ではあっても()()()()()()で言ってはいない。毎日食べたい、そのくらい美味しい、という意味なのだろう。

 

 分かっている。分かってはいるのだが。

 ネイチャの心が跳ねてしまう。期待していたのとは意味合いは違ってもニュアンスは似ていた。それだけで満たされてしまう自分の心が少し憎らしい。

 

 

「うぇぇ……」

 

 ぐでりとテーブルにまた突っ伏してしまったトレーナー。

 もうほとんど瞼が開いていない。元々酒に弱いのだからダウンも早いか。ここいらで潮時だろう。

 

 胃袋を掴むのと酔ったトレーナーを見る。

 とりあえずの目的は達成された。しばらくトレーナーには酒を飲ませない事を誓う。

 

 

(残ったお酒は……テイオーに言ってテイオーんとこのトレーナーさんに持って帰ってもらいますか)

 

 う~……と謎の声を出したまま寝かかっているトレーナーの頬を指で軽く突く。マヤノ達とは違って柔らかいというよりかは反発力を感じた。

 まだ寝ている訳でもないのに頬を突かれていても反応はない。

 

 

(ふふっ、こうしてると可愛いんだけどな~)

 

 トレーナー室とは違い、本当の意味で誰にも邪魔されない2人だけの空間。

 横やりなんぞ入る余地もなく、トレーナーの家というある種の密室。頬杖をつきながらトレーナーの頬を突いている構図を見れば、誰が見てもそういう関係にしか見えない2人。

 

 しかし、決してそういう関係とは遠い2人でもあった。

 だからこそ、決める。少しでも近づくために。自分の気持ちに正直でいるために。

 

 目標を。

 

 

(もっと距離を縮めつつ、少しずつでも意識してもらえるように努力して)

 

 自分の気持ちの整理も必要。

 その上で、一番言うにふさわしい場面はどこか考えて。

 

 

(GⅠレースに勝ったら、告白しよう)

 

 そう誓った。

 

 

 そろそろ食器を片して帰ろうとした時だった。

 まだ完全に寝ていなくて、意識が朦朧としていたのか。ダウンする前にネイチャの質問があったからそれも一緒に混濁していたのかは分からない。

 

 

「……チャ、──も……ない……」

 

「……?」

 

 はたまた、酔っていて意識もハッキリしていないからついうっかり出たものかもしれない。

 奥の底の底。暗闇の深さで言えば光を通さぬどん底。ネイチャにすら黙っていてまだ見せていないその一面。渡辺輝にとっての禁忌の蓋。片鱗を。

 

 

「……ネイ、チャは、誰にも……、渡さない……」

 

「なっ」

 

 果たして、その真の意味をネイチャは正しく理解できたか。

 きっと知らない。理解できていない。恋する乙女は今の言葉を都合よく解釈する事しかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 起きた時には既にネイチャはいなくなっていた。

 というか日付も変わっており朝になっている。

 

 

「ッつつ」

 

 テーブルに突っ伏した状態で寝ていたからか少し腰が痛い。体を起こすとはらりと何かが落ちた。

 毛布だ。おそらくネイチャが帰り際に掛けていってくれたのだろう。

 

 

「結局迷惑かけちまったな……」

 

 昨夜、ネイチャが質問してきていたのは覚えているが、その後の記憶は曖昧だ。意識的にはほとんど寝ていたからどこまでが現実で夢なのかすらハッキリしない。

 ふと、テーブルに紙が置いてあった。ネイチャの置き手紙のようだ。

 

 

『冷蔵庫に余った食材で作った朝ご飯とか置いてるからレンジで温めてから食べてください。あとトレーナーさんが思ってるような迷惑はこれっぽっちもかかってないからそこは安心してくださいな。けど当分は健康上の理由でお酒禁止、分かった? byナイスネイチャ』

 

 最後まで読んで冷蔵庫にあった物をレンジで温めている最中、また置き手紙を読む。

 そして一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

「親か???」

 

 

 

 

 

 

 

 




酔ってイチャイチャするだけでは物語は進まないのです。
さて、ここいらでネイチャも一つの決心。そしてほぼ寝ていたトレーナーの口から出た言葉の意味を、理由も知らないので当然理解できるはずもなくご機嫌なままついでに余った食材で料理を作っちゃった模様。

ほのぼのとした中にも、ちゃんと物語を動かすパーツを仕掛けるのは難しいですね。
そういった意味でもメインタイトルにある『ほのぼの?←』の(?)には色々な意味が含められています。



では、今回高評価を入れてくださった、


PUCCINIさん、タピタピさん、migiさん、sevenstarさん、jagabataーさん、zephyさん、ぽりぽりさん、yusuke1109さん


以上の方々から高評価を頂きました。
この作品を見てネイチャをもっと好きになったと言って下さる方がたくさんいて小説を書き始めた当初の目的通りであり、そしてもっとネイチャ好き広まってしまえーとより精進する心意気になりました。
本当にありがとうございます!!




最近大好きなラノベの最新刊が出てそれを読んだらもの凄くモチベが高くなりました。
やはり好きなものを取り込むとやる気が湧いてきますな。


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47.バレンタイン(前編)



お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2月14日。

 いわゆるバレンタインデーという日の事だった。

 

 

 今日1日は街中から甘い匂いがしてきそうなほど世間でもテレビやSNSですらそういった雰囲気を漂わせている。

 本命の想い人にチョコを渡す習慣として認知されているのは言わずもがな、昨今では友チョコやら男子から女子に渡す事もあるのだという。

 

 好きな人に想いを馳せる女の子や、単純に友チョコの交換に意気揚々とする女友達、気にしていない振りをしてるだけで内心ではソワソワしている男子など、この1日だけで日本では様々な思いが錯綜している中。

 早朝。栗東寮にあるキッチンには1人のウマ娘がいた。

 

 

「……よしっ」

 

 いくつか量産型の簡易手作りチョコが並べられており、あらかじめ友人や何かあった時のための予備チョコも作ったりと用意周到な準備を済ませている。

 そして、量産型チョコの手前には明らかに気合いの入ったサイズも形も全く違うチョコが一つ。

 

 あとは包装して学生鞄ではなく手提げバッグに入れれば完璧なのだが、そのクオリティーも段違いのチョコを見て思う。

 担当トレーナー、渡辺輝に密かに恋するウマ娘、ナイスネイチャは作り終えてから気付いたのだ。

 

 

 

 

「あれ、もしかして気合い入れすぎた……?」

 

 

 誰が見ても本命としか思えないハート型のチョコがあった。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 当然作り直すにはもう時間がなかった。

 という訳で仕方なく包装してチョコを手提げバッグに入れ登校する羽目となったのである。

 

 寮に住んでいるので必然と周囲には同じく登校しているウマ娘が多い。

 聴覚が人間の数倍良いとされているウマ娘特有のウマ耳から聞こえた会話があった。

 

 

「ねえねえ、チョコって作った? 買った? 私お菓子とか作れないから買っちゃったんだけど」

 

「私は作ってきたよー! だからあとで交換しようね!」

 

 

「ふむ、何だか甘い匂いがするな」

 

「バレンタインやからな。チョコ持ってきてる娘とかぎょうさんおんねやろ」

 

「餃子の中にチョコは入れないぞ。タマはおかしな事を言うな」

 

「餃子やのうてぎょうさんな」

 

 

「スズカさんっ、にんじんにチョコって合いますかね!?」

 

「スぺちゃんは本当ににんじんが好きね」

 

「はい! 好きなものに好きなものを合わせるともっと美味しくなると思いませんか!?」

 

「同意したいのは山々なんだけど、さすがににんじんにチョコは合わないんじゃないかしら?」

 

 見た事ないウマ娘から有名なウマ娘達の会話も聞こえる。

 バレンタインという日はそれだけ特別なものを感じるウマ娘も多いようだ。かくいうネイチャもその1人だからこそハート型チョコを作ってきた訳なのだが。

 

 

(どうしようどうしよう勢いで持ってきちゃったけどこんなの渡したら絶対トレーナーさんにアタシの気持ちバレるじゃんいや気付いてほしい気持ちもなくはないけどそういうのはGⅠレースに勝ったらって自分でこの前決めたしここでバレちゃうのはちょっと違う感じもけどトレーナーさんだしやっぱ特別なモノあげたい気持ちに嘘はつけないしああああああ!!)

 

 真顔で内心めちゃくちゃ焦っていた。

 作ってしまったのならもう遅い。どうしてもの時は量産型のチョコを渡せばいいが、さすがにそれはネイチャ的にも納得できないのが本音だ。

 

 今までのバレンタインでは量産型ではないにしろ少し工夫を加えた程度(他の人から見たら充分本命レベル)のチョコを渡していたので、今年の気合いの入りようは自分で言い訳できないほどのクオリティーになり違和感しかない。

 形も単純に丸型や星型ではなくよりにもよってハートにしてしまったのが取り返しつかない。完全に理性よりも気持ちの方が押し出てしまっていた。

 

 

(こうなったらいつも通り普通に渡してはい終わりって事にするしかない。トレーナーさんだって何も渡されてすぐ開けて食べるなんて事ない……はず? 何なら昼休みまでに会いに行って早めに渡して教室に戻ればその後には食べ終えてる可能性も高いか……? ダメだッ、トレーナーさんの行動が全然読めないっ!!)

 

 ちなみに今日の昼はマヤノ達と昼食後に交換したチョコを食べる集まりがあるからトレーナーと会う事がない。

 ネイチャからすれば本来なら会いたい所ではあるが、今回に限っては都合が良いかもしれない。

 

 

(どうせなら可能性が大きい方を狙うしかないよね。まず事前に連絡して渡すのは今まで通りのセオリーから外れるのでナシ。そんな事したら余計特別な感じに思われるかもしれないし。だから昼までにトレーナーさんを見付けていつも通り普通にチョコを渡してさっさと教室に戻ればいい。それなら最低でも会うのは放課後。お昼のデザートとして食べてたら適当に感想だけ聞けばいいし何とも思われないはず。よし、これだっ)

 

 本命チョコなのに本命と思われないための悲しい作戦を決行する事になったネイチャ。

 果たして上手くいくのか。

 

 

 

 

 2回目の休み時間になるとネイチャはすぐさま教室を出た。

 目的は当然トレーナーを探すためだ。トレセン学園の廊下は原則として静かにしていれば走って構わないという事で遠慮なく走る。目指すはトレーナー室。放課後の練習時間になるまでは基本的にトレーナー達はトレーナー室にいるのだが、ドアを開けるとそこには誰もいなかった。

 

 

(すぐに来たのに何でまたいないの!? トレーナーさんの事だから絶対ここにいると思ってたのにこういう時だけいないの何で!?)

 

 心の中で愚痴っていても何も変わらない。休み時間は限られている。

 思考を切り替えていく。チャイムが鳴ってからまだ1分程度しか経っていない事を考えると。

 

 

(まだそう遠くへは行ってないはず。休み時間、確か部屋にはもうコーヒーパックもないから温かい飲み物はなかったよね。だとしたら仕事の休憩がてらにトレーナーさんならどこに行くか考えたら……中庭の自販機!)

 

 すぐに走り出す。

 最短の道はすぐそこの階段を降りて1個下の学年の廊下を突き進めばいいはず。上手くいけばそこで出会ってコーヒーと一緒に食べてくれと言えばいい。

 

 そして階段を降りた矢先の事だった。

 ネイチャの耳がピクンッと声に反応したのだ。

 

 

(うおっとと、トレーナーさんの声?)

 

 角を曲がった先から聞き慣れた声がする。

 ネイチャの学年とは1個下の学年の廊下で、だ。つまりこれは、誰かと喋っている……? 

 

 バレないようにこそっと顔を出して見てみると、いた。

 こちらに背を向けた状態の渡辺輝と、それに重なってるせいで全体像は見えないがウマ娘がいた。左半身の僅かしか見えないから顔も分からず、長く結ばれた茶髪の生徒という事しかこちらからは分からない。あと微かに見えている胸は爆弾級だった。

 

 

(トレーナーさんがマヤノ達以外に、しかも1個下の学年の娘と話してるとこ見た事ない……てか知り合いいたの!?)

 

 思わず隠れてしまっているが、本来の目的を忘れていた。

 ささっとチョコを渡して退散すればいい。そう思い出ていこうとした時。見逃せないものを見た。

 

 

(……え、何か渡し……え、まさかチョコ? チョコ渡した!?)

 

 茶髪のウマ娘が包装された平べったい何かを渡しているのが見えた。

 この距離なら会話も聞こえるのだがもはやそれどころではない。咄嗟にネイチャはトレーナーに近寄って声をかける。

 

 

「お、おいっすートレーナーさん! こんなとこで会うなんて奇遇ですな~!」

 

「ん? おうネイチャ。ここにいるなんて珍しいな」

 

 焦る事もなく普通に返事をしてきた。

 裏を返せばネイチャに見られても何とも思わない程度という事なのか、それに対して勝手に内心ムッとなりながらもそれを抑える。

 

 もっと気になる事があるからだ。

 

 

「ま、まあね。……えっと、そ、それよりそちらさんは……」

 

 手で軽く促すとトレーナーは察したのかすぐに横へズレた。

 トレーナーにチョコ? らしきものを渡していたウマ娘の全貌が明らかになる。

 

 膝元まで伸ばされた茶髪の髪をツインテールに結び、頭には小ぶりのティアラを乗せ、最終的にはこれでもかと言わんばかりに強調してくるバストがネイチャの目を奪う。

 そんなウマ娘を親指で指してトレーナーはこう言った。

 

 

「ん、こいつはダイワスカーレットっていってな、俺がトレーナーになるまで滝野さんとこで世話になってたチーム・スピカの部員だよ」

 

「どうも、ダイワスカーレットですっ。お話は渡辺トレーナーから兼ねがね窺っております。よろしくお願いしますね、ナイスネイチャ先輩♪」

 

「え、ああ、どうもよろしく……?」

 

 何とも人当たりの良さそうな笑顔でダイワスカーレットは挨拶してきた。

 チーム・スピカの一員ならトレーナーと知り合っているのも納得できる。問題は渡していたブツだ。

 

 

「見た通りこんな感じで猫被ってるけどそんな畏まらなくてもいいぞ。こいつ実は結構負けず嫌いで強気な性格してっから。あれだ、分かりやすく言うと典型的なツンデレってやつ。いわゆるベジータ系女子だぶぎょりゅをえッッッ!?」

 

「余計な事まで言わなくていいわよッ!!」

 

 6mほどトレーナーがぶっ飛んで行った。

 見事な右ストレートをかましたダイワスカーレットは先ほどの人畜無害そうな笑顔はどこへやら、鬼の形相と化していた。

 

 

「せっかくたまたま見かけたから適当にチョコ渡してやったのに恩を仇で返すのねアンタは!?」

 

「恩も何もこれただの板チョコじゃねえか! コンビニとかで普通に売ってるやつッ! お前の恩安すぎねえか!?」

 

「アンタみたいなデリカシーのないおたんこにんじんにはこれくらいがちょうど良いのよ! 何だったらミロルチョコでも良いくらいだわ。ホントそういうとこだけバカトレーナーに似ちゃって可哀想なヤツなんだから!」

 

「殴っておいて扱いがハイパー雑う!?」

 

「すぐ起き上がれるくらい頑丈なんだから問題ないでしょ!」

 

 目の前でハードなコントが繰り広げられていてネイチャはじっと見る事しか出来ない。

 とりあえず渡していたのはただの板チョコという義理チョコ以外の何物でもないという事が分かっただけ収穫か。

 

 今のやり取りだけでトレーナーがチーム・スピカにいた時どういう風に接したりしていたのか理解できた。トウカイテイオーとの会話でも何度か話題に出ていたがこのデリカシーのなさの原因は滝野勝司だろう。

 どおりでダイワスカーレットの右ストレートが遠慮ない訳である。

 

 ふんっ! とだけ踵を返しネイチャに軽い会釈だけしてダイワスカーレットは教室へ戻って行った。

 ぐったりと廊下と同化しつつあるトレーナーに近づく。

 

 

「えっと、だいじょぶ?」

 

「久々にあいつの鉄拳喰らったけど以前よりもパワー上がってねえか? なるほど、スカーレットも成長してるって事か」

 

「アタシも一発殴ってみてもいい?」

 

「何で!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 非情にもチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





まさかのダイワスカーレットが出てくる始末。
大丈夫、フラグは立っていません。頑丈なのはスカーレット達の脚を触ったりして何度も蹴られていたからです。もちろん他意はなく脚の筋肉を見るため。


これまでずっと温めてたバレンタインネタを1話で消費するのが勿体なくて前後編で分けました。
甘くなりそうでならなそうな感じがむしろ良い説。



では、今回高評価を入れてくださった、


悪夢の蜃気楼解禁はよさん、ロ・ジカルさん、ユキキさん、しょっしよさん、ナフタレンのストラップさん、tomoteruさん、ティアナ000782さん、坂本龍馬さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



そろそろ年末で忙しいですが、何とか来週には今年最後の更新をしたいと思います。


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48.バレンタイン(後編)



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 渡せなかった。

 結局チョコを渡せなかった。

 

 

 あの後の休み時間もトレーナーを探しに行ったが見つからず、昼休み後の休み時間すらも心当たりのある場所を走り回っていたのに渡辺輝はどこにもいなかった。

 まだまだ寒い2月だ。あの極度の寒がりであるトレーナーが仕事と練習以外で安易に外へ出る事なんてほとんどあり得ないはずなのに、放課後まで会う事すら叶わなかった。

 

 もう練習の時間という事でネイチャは若干重い足取りでトレーナー室へ向かっている。

 ちなみに今日はミーティングなのでずっとトレーナー室にいる事になっていた。だからチョコを渡すタイミングという意味では絶好のチャンスではあるだろう。何なら毎年放課後に渡していたしその方が不自然はないのだが。

 

 

(やっぱり、形だよねぇ……)

 

 チョコの形をハートにしてしまったのが一番いけなかった。

 変にハードルが上がってしまうため今更何故そんな形にしたのか絶賛後悔している最中だ。結論から言えば気付いたらハート型になっていたというのは言うまでもない。無意識である。

 

 

(……いや、でもめちゃくちゃ鈍いトレーナーさんの事だから案外何とも思われなかったりしない? アタシがいつも通り普通に渡せば気取られるなんて事もないのでは……? 今年はこんな形にしてそれっぽくしてみましたよーとかからかい気味にいけば流してくれるはず……! これに懸けよう!)

 

 本命チョコを本命と悟られないようにする悲しい作戦。しかし今はこれでいい。

 想いを伝える機会は自分で決めたいのがネイチャだ。変なとこでバレてしまっては意味がない。というよりも今のままでは成功率があまりにも低すぎる。

 

 昼休みの時間、マヤノ達との会話を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

『えー! いっその事もう告白しちゃえばいいのにー!』

 

『いやいや飛躍しすぎだってば。そういう事はちゃんと時期も含めて考えてるし』

 

『けど好きすぎていつの間にかハートのチョコ作ってたんだよね???』

 

『……、』

 

 交換しあったチョコを一つ頬張りながらマヤノトップガンが言う。

 あまりにも図星だったためネイチャは目を逸らすしかできなかった。正論を言われるとどうしようもない。

 

 誰かが買ってきたトリュフチョコを指で転がしながらマチカネタンホイザが続きを話す。

 

 

『ネイチャの考えも合ってるといえば合ってるよねえ』

 

『え~! どうして!?』

 

『この前ネイチャも言ってたけどトレーナーさんからすれば私達って教え子であり子供って認識でしょ? 大人の人が子供に、それも教え子相手に対して好きになる可能性って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 大人と子供。あまりにもハッキリとしている境界線があるのにも拘らず、それに加えて担当トレーナーと教え子という関係性まで構築されている。

 距離感で言えば最も近いのに、関係性で言えばある意味最も遠い位置に存在しているのだ。

 

 トレーナーとウマ娘の恋愛関係。前例で言えば多々ある事ももちろん知っている。だからと言って自分も成功すると楽観視できる程の余裕をネイチャは持ち合わせていない。

 精神が周囲のウマ娘よりも大人びているからこそ冷静に考えなければならないのだ。

 

 

『タンホイザの言う通り、今以上の関係になるのは難しいって事くらい分かってるつもり。だから想いを伝えるのもちゃんと時期を考えないといけないんだよね』

 

『……なるほど、今よりももっと距離を縮めて少しでも成功率を上げるって事だね!』

 

『ホントすぐ分かっちゃうなーアンタは……』

 

 一歩間違えれば下手すると今までの関係性ですらいられなくなる。そのために着々と確実にこちらを意識させる必要がある。

 道は険しい。レースで勝つ事よりも困難かもしれない。だけど、同じく諦めないという思いも強くなっていく一方だ。

 

 

『私達もできそうな事があったら力になるからねっ。私のトレーナーは女の人だから参考にはならないかもだけど、何か良いアドバイスないかそれとなく聞いてみるよ!』

 

『マヤもトレーナーちゃんに聞いてみよっかな! 大人の女がする口説き方とかあるかもしれないし!』

 

『ふふっ、ありがとね2人共。とりあえず今日を何とか乗り切ってみますかー!』

 

 トリュフチョコを頬張って気合いを入れる。

 せっかくの特別なイベント。想いにはまだ気付いてほしくないが、何かしらの進展くらいはあってもいいはずだ。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

(……よし、やる事は決まってるしまずは平常心を保ちつつ部屋に入る)

 

 

 

 軽く深呼吸してからトレーナー室のドアを開ける。

 そこには誰もいなかった。

 

 

「……あれ?」

 

 思わず声が漏れていた。いつもならいるはずなのに中はすっかり空き部屋状態だ。

 ないとは思うが一応最低限鍵をかけておくなどの対策はしていてほしい。無警戒にも程が過ぎる。

 

 そしてよりによって、わざわざ『今日』という日に限っていつもはいるトレーナーがいないという事実にネイチャの脳内は次第に焦りへと転じていた。

 

 

(……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 バレンタイン。チョコを渡すというイベントが世間の一般認識となっている通り、義理チョコもあればもちろん()()()()()も存在している。

 本命、つまりは想い人へチョコを渡す。言い換えればある種の告白と同義。

 

 この日を機に誰かが好きな人に告白していたって何らおかしくはないのだ。

 あの人の事を好きなのは自分だけ。そんな甘っちょろい事を考えていたのは自分だった。想いを秘め、来たる日に爆発させようとしていたのは他の人だってそうなのに。

 

 可能性がゼロじゃない以上、ネイチャの焦りは止まらない。もしかしてという可能性が焦燥感に駆られて平常心とは程遠い感覚へ陥れられていく。

 今更どうしようかと考えている時、後ろのドアが急に開けられた。

 

 

「あれ、もう来てたのか。てかそんなとこで突っ立ってどうしたよ? 座んねえのか?」

 

「わひゃっ、トレーナーさ……!?」

 

 ここに入ってくる人物なんて限られてくるがそれでも渦中の当人が現れた事によって変な声が出た。

 振り返って何かを言う前に、ネイチャの視線が真っ先にトレーナーの手元へ向けられる。紙袋があった。

 

 普段こういうのを持たないという事は既に知っている。

 つまり、特別な何かがないとトレーナーが立派な紙袋を持っているなんてあり得ないのだ。震える指で指しながらネイチャは聞いてみる。

 

 

「……え、えと、トレーナーさん、それって……?」

 

「ん? もちろんチョコだけど」

 

 ピキリッと、ネイチャの中で何かがヒビ割れるような音がした。

 嫌な予感が的中したからなのかもしれない。確か去年や一昨年は誰からも貰っていなかったはずだ。それはネイチャが直接トレーナーに聞いて嘆いていたのを見たからよく覚えている。

 

 それなのに今日誰かから貰ってきたという事は、やはりそういう事なのか? 

 わなわなといよいよ全身から震えてきたネイチャとは裏腹に、何の気なしにトレーナーは紙袋から()()()()()()を出した。

 

 

「……え?」

 

「いや~、あれだな。去年も一昨年もその前も誰からもチョコ貰ってなかったけど、実際こんなに貰うとどうしたもんか悩むな。一気に食べる訳にもいかないし、かといってせっかくくれたのに勝手に溶かしてチョコドリンクとかにするのも失礼だよなあ。やっぱちまちま食べるのが妥当か?」

 

「ん、んん???」

 

 何か思っていた以上にわんさかチョコが出てきた。確実に1人とは思えないほどの量だ。

 焦りはまだ残っているが、疑問を解消しないと済まない。

 

 

「トレーナーさん、そのチョコ達って……?」

 

「ああ、ネイチャが来るまでに図書室で別の資料借りに行っててな。その途中でばったり会ったトレーナーやウマ娘に貰ったんだよ。ほら、ウマ娘ってよく食べる娘が多いだろ? そういうので予備にたくさんチョコを買ったりしてた娘が多くてさ、けど余ったのもあるからついでにあげるって初対面のウマ娘にも言われて貰ってたらいつの間にかこうなった」

 

 まさかの在庫処分係扱いされていた。

 予想よりも遥かにある意味悲しい現実がネイチャの脳内を支配していく。余ったからそこにいるトレーナーに押し付けようぜ的な意味合いが8割を占めている可能性が高い。何よりウマ娘の頼みとあらば実際押し付けられても断りそうもないのが渡辺輝だ。まさに貧乏くじである。

 

 

「ちなみにその立派そうな紙袋は?」

 

「たづなさんから貰った。ついでにチョコも」

 

 どうやら救いはあったようだ。全てが在庫処分だったらもう目も当てられない。義理チョコとかそういう以前の問題だ。

 そして同時に安堵の表情を浮かべている自分は実は意地悪なのかもしれない。義理チョコですらなかったけど、本命がいないようなら安心だ。それに余ったチョコの中にももしかしたらバレンタインという事で偶然ハート型のチョコも混じっている可能性がある。

 

 

「今日は適当にチョコでもつまみながらミーティングするしかないか。ネイチャもそれでいいか?」

 

 あれだけ焦っていたのがまるで嘘だったかのように安心感があった。

 振れ幅が大きかった分、思っていたよりも平常心でいられそうだ。どのチョコを開けようか迷っているトレーナーの背に向かって声をかける。

 

 

「トレーナーさん」

 

「何?」

 

「はいこれ」

 

 平常心ではあるけれど、自分の顔色がどうなっているかは分からない。割と普通かもしれないしほんのり赤くなっているかもしれない。

 結局自分の気持ちなんてコントロールできない方が自然なのだ。だから人もウマ娘も自分の欲に忠実であり続けられる。

 

 今日はあれが食べたい。明日はあの服を着ていこう。帰りにあのマンガでも買って帰ろう。もう少しトレーニングしていこう。晩酌を楽しみながら録画していたドラマを見よう。ゲームの続きをやろう。大好きなあの人に甘やかしてもらおう。

 何てことのない気持ち、または欲。自分のそういう気持ちに素直に従っているのが自分達だ。

 

 だから、気付いたらハート型のチョコを作っていたのもネイチャの無意識下にあった欲なのかもしれない。

 当初はこんなつもりじゃないと迷っていたけど。今はもうこれでもいいと思えた。

 

 まだ自分の気持ちがバレる訳にはいかない。それに鈍感な彼が気付くとも思えないしいつも通り空回りで終わってしまうのだろうと思う。

 それでも今日はバレンタインだ。甘い甘い特別な日だ。誰もが甘美なチョコに酔いしれる。

 

 だから。

 きっと。

 

 ほんの少しだけ踏み込んでいいはずだ。

 

 

「ネイチャさん特製のお手製ビターチョコですよ。……いつもより気持ち込めて作ったからさ、それなりに味わっていただけるとう、嬉しいかな~なんて……」

 

「おう、今年もサンキューな。んじゃ今年もネイチャのチョコ食べながらやりますかねえ。開けてもいいか?」

 

「え? あ、うん……」

 

 分かってはいても緊張してしまう。

 そして、すらすらとラッピングは外し包装された箱の中からチョコを出した渡辺輝の反応はこうだった。

 

 

「お、今年はハート型か。確か一昨年が丸型で去年は星型だったもんな。相変わらず料理上手なネイチャさんは凝ってますなあ」

 

 案の定全然気付いてなかった。

 毎年形の違うチョコを渡していたのでそういった意味でも本当の意味をカモフラージュ出来ていたようだ。正直ホッとしている自分もいるが気付かなすぎてこの先どういうアプローチをしていけばいいのか分からない不安も出てきた。

 

 意識で言えば完全に蚊帳の外にされている。

 本当に告白しないと何も気付かないのではないかこの男。

 

 そう思い至ったせいで、また理性よりも気持ちが先に出てきたらしい。

 ほとんど無意識だった。ネイチャはトレーナーに近づいて、確かにこう言ったのだ。

 

 

「……()()()()()()()()()()

 

「………………はい?」

 

 2人しかいない空間。

 ほんの数秒間、沈黙がトレーナー室を支配した。

 

 明らかに呆気に取られた表情をしているトレーナー。何かの聞き間違いかと思っているようだが、それはない。そのためにわざわざ近づいて言ったのだから。

 そして、最初に沈黙を破ったのはトレーナーの顔を見つめていたネイチャだった。

 

 

「なーんてね! どう? 少しは驚きましたかなん?」

 

「や、ネイチャがそんな冗談言うの珍しいなって思った」

 

「バレンタインだしたまにはトレーナーさんの事ちょっとだけからかってみようかなーと思ってたんだけど、さすがですな~。全然動じないじゃんっ」

 

「彼女いない歴=年齢舐めんな。変に騙されたりしないようメンタル面での自己管理は完璧なんだよ。……あれ、自分で言ってて悲しくなってきた」

 

「全然メンタル自己管理出来てないじゃん。ほら、食べなよ」

 

 そう言ってハート型チョコを手に取りトレーナーに渡す。

 自分の発言にダメージを負い若干涙目になりながらも受け取った渡辺輝はチョコを食べた。

 

 

「あ、うまっ。何か年々作るの上手くなってないか? めちゃくちゃ俺好みのビターなんだけど」

 

「そりゃトレーナーさんに合わせて作ってるからね。日頃の感謝も含めてトレーナーさんには出来るだけ大好きなものをあげたいしっ」

 

「ッ……」

 

 決して狙って言った言葉ではなかったが、素直な本音というものは時に本人が一番輝く表情をさせるという。

 さて、ここでネイチャの笑顔に不覚にも見惚れた誰かがいたという事に果たしてネイチャは気付けたか。

 

 口どけはビターなのに、空間には仄かに甘い何かが漂っていた。

 

 ミーティングでメモを取るためにメモ帳を取り出そうと鞄の中を見ていたネイチャがあっと言った。

 

 

「あちゃー、トレーナーさんごめん。ペンケース教室に忘れたっぽいから取りに行ってくるね」

 

「ん、了解」

 

 言ってネイチャは足早にトレーナー室を去っていく。

 渡辺輝だけが部屋に残った。微かのチョコの甘い香りがする。テーブルに置かれているハート型のチョコだ。

 

 誰にも聞かれていない。誰もいないから、ふと呟いていた。

 

 

 

 

 

 

「担当ウマ娘に見惚れるなんて、何考えてんだ俺は……」

 

 

 

 

 

 

 明確な変化が芽生えかけていた。

 

 

 

 

 

 

 






はい、という事で今年最後の投稿です。
甘すぎず、けれどバレンタインという特別イベントなので仄かな甘さを添えさせていただきました。

ネイチャのふとした時の笑顔に見惚れたい人生ですね。


想定よりも意外と長く続いてしまっているこの作品ですが、よろしければ来年もどうか見ていただける事を願いつつ、今年はこの辺で筆を置かせていただきます。
では皆様、良いお年を!!



来年はネイチャの新衣装が出ますように。


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49.ふとしたエンカウントは気まずいものである



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 3月上旬。

 真冬とはいかないまでもまだ寒い時期が続くこの季節。

 

 

 

 下半期まではレースに出ない代わりに上半期はトレーニングに集中し、メニューは4日連続追い込むようにキツい練習の後、2日ほど軽いトレーニングをして1日休みという日が続いた。

 その結果。

 

 

「だうー…………」

 

「あははっ☆ ネイチャ顔がスライムみたいに溶けてる! マーベラスだね!!」

 

 マーベラスサンデーの言う通り相部屋テーブルで溶けていた。

 下半期のレースで勝つためなので練習には何の不満もなく、ネイチャ自信もやる気に満ち溢れながら励んでいたのだが。

 

 

「さすがにメンタル的に疲れる……」

 

 それとこれとは別問題であった。

 どれだけやる気を持っていても疲れるものは疲れるのだ。このローテーションを既に3週間ほど続けていて効果はあるかと問われれば、あると答えるくらいには成長しているだろう。

 

 実際タイムも縮まっているし、スタミナもついている。

 何より、これだけ厳しい練習をしていてもケガなどをしていないのはトレーナーの管理のおかげだ。最近はトレーニング終わりに脚を見てもらい、どこをマッサージすればいいかアドバイスを貰う事も多い。

 

 さすがにトレーナーに直接マッサージしてもらうのはネイチャの精神的に耐えられないので断っているが、アドバイス通りのマッサージやその他の疲労回復にと勧められた食事や入浴法を試すと、これが案外効いてくる。

 おかげで練習後の疲労もあまり残らず、1日の休日でほとんど疲れが取れているのだ。

 

 そう、メンタル面を除いては。

 

 

「なるほど! ネイチャは疲れてるんだねっ☆」

 

「そーそー、ネイチャさんはメンタル的な疲労がアレなので出来ればそっとしてもらえるとありが」

 

「ところでバレンタイン以降トレーナーさんとはどうなったの!?」

 

「ぶぇあっほぃ!? 話聞いてない上に容赦もないなアンタ!?」

 

 ちょうど口に含んだホットミルクティーを盛大に吹き出した。

 温かい飲み物を飲み込む前に噴射したのに何故か身体が熱くなっていく。

 

 

「どこまで進んだ!? ネイチャ的には進展とかあったの!? マーベラスな事とかあった!?」

 

「やややややめーいッ!! 近いっ、顔も近いし心の距離もめちゃくちゃ近いからッ! そんなぐいぐい来ないでー!」

 

「バレンタインの日は帰ってきた時何だか機嫌も良かったよね☆ きっと良い事あったんだよね!!」

 

「あーもー相変わらず何言っても止まんないなこの娘はッ……! わ、分かったってばっ。言う、言うからキラキラした目でこっち見ないでえ!!」

 

「何があったの!?」

 

「……思い返せば別にそんな大袈裟な事じゃないんだけど、アタシがあげたチョコをね、トレーナーさんがちゃんと目の前で全部食べてくれた事……かな」

 

「うわぁ……ネイチャの本命チョコだったもんね! それをちゃんと食べてもらえたなら嬉しい訳だよ!! まさにマーベラースっ☆」

 

「拷問かこれ……」

 

 まさに地獄だった。マーベラスにも恋心を知られていて一応は間接的に相談にも乗ってもらっている以上(ほとんどマヤノトップガンかマチカネタンホイザ)、報告しておく義務はあったのかと思う。

 にしても自分の口から自分の恋事情を報告するのは精神的によろしくない。ちょっとした拷問レベルである。

 

 ネイチャの言葉から勝手に色んな事を想像しているのか、マーベラスは口を開いてはマーベラスマーベラスと語尾に☆を付けてそうな感じで騒いでいる。

 ダメだ。ここにいればいつまでたっても精神的疲労が取れない気がしてきた。

 

 

「あー、アタシちょっと出掛けてくるわ。適当にブラブラしてリフレッシュでもしましょうかねえ」

 

「あっ、行ってらっしゃいネイチャ!! マーベラスなもの見つかるといいね☆」

 

 適当に手だけ振って返す。

 マーベラスには悪いが、今はあのハイテンションについていける気力がない。

 

 とにかくこの部屋から出る必要がある。

 休日に外へ出掛けるのは至って自然の発想だ。

 

 

 つまり、明確な目的があってネイチャは栗東寮を後にする。

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 

 要は外に出るための口実は何でもよかった。

 ただし本当の目的はマーベラスに悟られないように適当な理由付けで。

 

 

「あぁ~今日も可愛いな~アンタ達はぁ……!」

 

 結論で言えば学園近くの猫カフェにネイチャはやってきていた。

 身体的ではなく精神的疲労を取り除くのであれば、自分の好きなものに触れたり没頭するのが一番。

 

 ネイチャからすれば好きな猫に触れて囲まれる猫カフェはまさに理想郷である。

 もふもふに囲まれ堪能できる空間は至高に至高。この上ない幸福感に満たされるのだ。

 

 ちなみに今日もと言っている時点で察する事はできるが、ネイチャは大の猫好きであり猫カフェには何度も通うほどである。

 店員にはもはや常連と思われており、近くの猫カフェは全部当然のように網羅している。その日の気分でお気に入りの猫がいる店に行くくらいには名前も見た目も覚えているのだった。

 

 暇があればスマホで猫の動画を見るほどであり、たまに学園に迷い込んでくる野良猫にも密かに声をかけたりもしている。

 そして何より猫カフェの良い所は誰にも気遣う事なく猫を可愛がれるところだ。知り合いもいないので遠慮なく猫へ話しかけたり写真を撮れる。誰かにからかわれる恐れもない。

 

 

(むふ~、将来は猫カフェ経営か家で猫飼うのもありかな~なんてッ)

 

 猫を優しく抱いて頬ずりしながらそんな事も思ってみる。

 アニマルセラピーという言葉もあるように、動物には心を癒す効果もあるとされていて、それが医療の役に立つ事も立証されているのはまた別の話だ。

 

 疲れ切った心に猫の癒しがネイチャへクリティカルヒットする。

 こうして何十回も来ているせいか猫の方もネイチャを見ると覚えているのかもふもふツインテールへ猫パンチしてくるようになった。それがまたネイチャの心をくすぐってくる。

 

 

(トレーナーさんにも猫の良さを教えてあげたいけど、さすがにこんなアタシを見せるのは恥ずかしいし黙っておくのが正解だよねえ)

 

 いくら好きな人でも秘密にしておきたい事の一つや二つはあるものだ。

 ましてや猫に向かってこんなだらしない顔をしている自分なんて尚更。

 

 

(まあ猫の写真とか動画を一緒に見るならあり、かも?)

 

 秘密は秘密でも欠片の部分くらいは共有したいと思ってしまうのが思春期の難しいところである。

 人懐っこいのが有名なこの店の猫達は1人考え事をしているネイチャのツインテールに興味津々なようでずっと手を伸ばしている。

 

 何というかあれだ。自前の猫じゃらしを持っている気分にされる。

 思い出したように猫を撫でると腹を見せて手足をわたわたさせていた。自分の顔が癒されて溶け落ちそうになるのを感じる。

 

 

「うにゃ~ッ、アンタはアタシの顔埋めの刑にしてやるぅ~!」

 

 完全にキャラ崩壊しちゃっていた。

 猫の腹に顔を埋めて歓喜乱舞のネイチャだった。たまにトイレのお世話や水の入れ替えでやってくる若い女性店員は常連ネイチャの暴走を見ても動じない。テレビでもレースで活躍している彼女を知っているので、こういうリフレッシュも必要かとむしろ優しい笑みで見守っていた。

 

 猫は猫で腹に顔を埋められているなんて気にもせず、ネイチャのツインテールを両足でわなわなしている。

 まさしくWINWINであった。

 

 トレーナーには見せられないほど破顔しているが、どうせ彼はここにいないのだから気にする必要もない。

 万が一遭遇なんてしてしまえばどんな顔をすればいいか分からなくなるしどんな声が出てしまうか分かったものではない。

 

 

「ぷはぁ~、アンタのお腹はやらかいねえ」

 

 ちなみにこの店の配置を詳しく説明すると、だ。

 トレセン学園の近くにはあるが、あまり生徒が通るような通りにはないため重宝している店であり、1階に猫カフェがあってペットショップのようなガラス張りで外からも中からもお互い見えている状態だ。

 

 だが人通りが少ないから生徒に見られる事も今までなかったしそんな心配もほぼ不要だろう。

 そんな事を思っていた時期がネイチャにもあった。

 

 運命というものは時に不条理で不可解である。

 ほんの少しだけよぎった嫌な予感ほど当たる時は当たるもので、万が一というのはフラグのようにしか思えないものだ。

 

 つまりは、こうなった。

 

 

 

 

 

 

 2度目の顔埋めを堪能し、気持ちの良い顔で解放され世界を見渡したら。

 いた。目に入った。

 

 ガラス張りの店の外。

 人通りが少なく穴場と言える猫カフェの前に、立ち止まってこちらを見ている男性が1人。

 

 買い物袋を片手に少し目をパチクリさせながらじっとネイチャを見ている。

 対して、破顔したままご満悦に浸っていたネイチャの時は止まっていた。

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 万が一。そんな事を思っていた彼女は見事にそのフラグを拾い上げた。

 満面の笑みから凍り付き乾いた笑みに変わり、口角がヒクヒクとカクついていた。

 

 およそ数十秒。

 ガラス越しにいる男性、いいやトレーナー渡辺輝がネイチャに向かって軽く手を振っていたところ、ようやくネイチャに動きがあった。

 

 

「な」

 

 現実を受け入れ、平等に時間は進むと思い知らされた挙句、どうあがいてもだらしない顔を見られた少女がとった行動は至ってシンプルだった。

 

 

 

 

 

 

「なにゃァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 

 絶叫が店内に響き渡り、何事かとやってきた店員が見に来たり、本来であれば大きい音や声などがすると逃げる猫達は構わずネイチャに群がり、ガラス越しにいるトレーナーは声が聞こえていないため頭の中に『?』しか思い浮かばず。

 

 

 

 

 

 

 ネイチャは現実逃避した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





明けましておめでとうございます。
新年早々ネイチャには可愛い絶叫で締めてもらいました。

以前活動報告で頂いたお題を自分なりの解釈でまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか。
新年なので凝った内容などではなく気楽に読める1話完結型の話にしました。ええ、この話、別に次回とかに続きません。変にエンカウントしてしまって終わるだけです。

レースが始まるとこうしたほのぼの系統の回は少なくなる可能性があるので、今の内に書いておきたいなと。



では皆様、今年もこの作品をよろしくお願いいたします。
今年中に完結させるのでどうかそれまで読んでいただける事を祈っています。


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50.一人暮らしの風邪は割とキツい


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 4月中旬。

 ようやく気温も程よく温かくなってきた早朝、気怠い身体に鞭を打ち起き上がった渡辺輝はいつも通り顔を洗いに行く。

 

 

 

 

(何だか今日は体が重いな。疲れが取れ切ってないのか……?)

 

 ここ最近家でも夜遅くまでPC作業やレース映像を見ていたからかもしれない。

 ネイチャのレースがない分、後半のレースで勝つために対決するであろう相手のウマ娘達の走りを見て対策を考え、コースの全体像を見ながらどの位置を取りどこで仕掛けるのがベストなのかなど、様々な作戦を吟味しレポートに書くのが毎日だ。

 

 その日その日に行われる全てのレース映像を何度も見返しながら奪える技術がないかとか相手の癖を見極める必要がある。

 芝でもダートでも関係ない。奪えるものは奪って自分のものにアレンジすれば立派な武器になるのだから。

 

 とはいえ、そういったのが原因で体が重いのかもしれない。

 

 

(変に疲労が溜まってたら集中出来ないかもしれねえし、今日はトレーナー室で少しだけ仮眠するか。数十分くらいだけならだいじょうぶなろ……)

 

 と、ここまで来て気付いた。

 独り言を呟いている訳ではない。なのに思考の中でまで呂律が回っていないような気がしたのは何だ? 何故自分はフェイスタオルを取ろうと伸ばした手でバスタオルを掴んでいる? 

 

 いつもなら目を瞑っていても位置が分かるほど記憶しているのに。というよりも、何だか頭の中がフワフワしてきていないか? 

 それと一緒に視界も少しずつ左右に歪んでいっているのを感じる。

 

 

(……ぁ、これって……)

 

 そして、体温も上がってきている事も自覚してきた辺りで分かった。

 トレーナーになってからここ数年、一度もなっていなかったから気付くのに遅れたのだ。

 

 

(や、ば……っ)

 

 こんな急に来るものだったかと思う前に、渡辺輝の世界は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 3限目が終わった頃のトレセン学園。

 休み時間中の教室に1人の女性トレーナーがやってきた。

 

 

「えーっと……あ、いた。ナイスネイチャさん、ちょっといいかな?」

 

「え、アタシですか?」

 

 スマホを見ていたネイチャが呼ばれた通り廊下へ出ると、人気の少ないとこまで連れてこられた。

 

 

「あの、どうかしたんですか?」

 

「まあね、あなたのトレーナー、渡辺君の事なんだけど」

 

「はい?」

 

 何か伝言でも頼まれたのだろうか。一応ここは教師含め生徒がウマ娘とある通り女性が8割を占めている。

 そのため男性は多少の居心地悪さを感じてしまうのかもしれない。ネイチャがケガして世話していた時は例外だったのかもしれないが。

 

 その前に伝言なんて頼まなくてもスマホで連絡をくれればいいのではないかとも思う。

 急用であればもっとだ。と、勝手な憶測で片付けていたのだが、女性トレーナーが否定するようにこう言った。

 

 

「渡辺君ね、今朝倒れたみたいなの」

 

「………………は?」

 

 バクンッと、一瞬心臓があまりにも大きく跳ねた感覚がした。

 時が止まったような錯覚から脳が揺れる。何を言っているのか理解できない。自分の顔色が変わっていくのを体温で感じた。

 

 そして。

 

 

「あ、ちなみに風邪だって」

 

「いや大袈裟に言わないでくださいよ!!」

 

 ズッコケそうになった。

 一言目のダメージが大きすぎる。心臓に悪いったらありゃしない。温度差でこっちが風邪を引きそうだ。

 

 

「けど倒れたってのは本当だそうよ。本人から連絡が来てね。ただの風邪らしいけどもしも担当ウマ娘に移ってしまったら嫌なので今日は休みますって。まあ自分のせいで誰かに風邪を移しちゃうのは誰だって嫌だもんね」

 

「それは……まあ、そうですね」

 

 いかにも担当ウマ娘第一としている渡辺輝が考えそうな事だ。

 しかし、ただの風邪なのに倒れたというのが少し引っかかる。風邪で倒れるというのは、それほど高熱が出たという事ではないのか。

 

 本人から連絡が来たという事は意識も戻って大丈夫そうではあるが、なら何故自分には何の連絡も寄越してこないのか。

 トレセン学園に連絡するのは当然だとネイチャも思う。職場なのだから必須だろう。しかしそれなら担当ウマ娘である自分にも何か連絡するのがトレーナーというものではないのか? 

 

 

(もしかして、学園に連絡した後に高熱でダウンした……?)

 

 そうとも考えられる。それならば仕方ないと納得できるが、ここで少しモヤッとしてしまうのが恋するネイチャの悲しい性だ。

 同時にトレーナーの体調が心配になってきた。一人暮らしで風邪をひくというのは結構キツイと聞いた事がある。

 

 体がどんなに辛くても代わりに何かをしてくれる人もいなければ、用意してくれる人もいない。全部自分でしなければならないのだ。

 ましてや渡辺輝はネイチャが料理を作らなければコンビニ飯や簡易的な秒速飯で済ませてしまうほど自分に疎い。

 

 そんな人が風邪でダウン、家に残っている食材で料理する様子なんて想像できない。下手すると風邪が悪化してしまう可能性だってある。

 ただでさえ上半期のトレーニング次第で後半のレースの結果が変わってしまうかもしれない大事な時期だ。ここで悪化してトレーナーのいない日が続いてしまうのはネイチャも望んでいない。色んな意味で。

 

 と、ここで自分のスマホがポポンッと鳴った。

 メッセージアプリだ。

 

 

「じゃあ、事情は伝えたし私は行くね」

 

「あ、ありがとうございましたっ」

 

 軽くお辞儀してからスマホを開く。

 普段この時間帯は誰からも連絡は来ないはず。だから大体の予想はついている。

 

 メッセージアプリの送り主は渡辺輝。

 こう書かれていた。

 

 

≪悪い、風邪引あた。お前に移す訳にもいかないかり今日は大事を取って休む事にする。何とか明日までには治すようにするよ。それと今日のトレーニングはいつも通りせるように。グラウンド予約したぬに使わないのは他のウマ娘に申し訳ないし勿体ないからな。メニューの方についとは画像で送る≫

 

 読み終えた頃にトーク画面が更新された。

 そこには画像が貼られている。今日のトレーニングメニューがみっちりと書かれていた。事前に書き終えていたものだろう。

 

 プルプルとネイチャの手が震えていた。

 

 

「……何これ」

 

 これはちょっとした怒りだ。

 自分が呟いていた事も忘れネイチャはこの文面を見て感情を溢れさせていく。

 

 

(何でアタシに送ってくるメッセージはこんな簡素なの? 倒れたとか言わずに風邪引いたとしか言ってこないし、そりゃアタシに心配かけたくないって事くらいは分かるけど! ていうか所々誤字してるしっ。そんだけダウンしてるって証拠じゃん!!)

 

 多分重い瞼と怠さを我慢しながらこのメッセージを書いたのだろう。フリック入力が部分的に上手く出来ていない。よく考えてみればこれだけ辛いのに自分へ支障のないようトレーニングメニューとメッセージを送ってきたのかと思うと、他の怒りも込み上げてくる。

 

 

(トレーナーさんは自分の事が二の次すぎるからね。だったらアタシにだって考えがあるよ。この前弱みも見られたし、そのお返しになるかは分からないけど弱ってるトレーナーさんの家に突撃してやるんだから!)

 

 弱み(猫カフェに通っているのがバレた)かどうかはともかく、おそらく今のトレーナーを1人にしていたら栄養管理共に上手くいく事は皆無なので家へ行く必要がある。

 トレーナーの考え的にネイチャが一番来てほしくない相手なのは分かっているが、そこはマスクなり手洗いなり予防対策をすればいい。

 まずはトレーナーをちゃんと回復させるのが最優先だ。

 

 目的は固まった。

 トレーニングメニューをこなしてからトレーナーの家に突撃だ。

 

 

(待ってなよトレーナーさん。自分の体調管理も出来ない人にはお仕置き(看病)が必要って事を分からせてあげるんだからっ)

 

 

 

 

 

 

 

 ネイチャの突撃看病劇が密かに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





総話数で言えば既に超していますが、本編ではようやく節目の50話に到達しました。
そして本編内ではトレーナーが風邪を引くという不幸な事態に。
次回はネイチャ看病編です。



では、今回高評価を入れてくださった、


路地裏猫同盟さん、libra0629さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!




今のイベント、ややこしいんでもう余りあるにんじんゼリーでごり押してやろうかと思ってます(育成する時間が少ない民)


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51.看病イベントなんて実際病人はキツくてそれどころではない



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 暗闇の世界で物音がした。

 

 

 

 

 まずそこで自分は寝ていたのだと思い出す。

 どんな夢を見ていたのかは覚えていない。夢を見ていたのかさえ分からない。清々しい目覚めなんて当然なく、意識が覚醒するのと同時にやってきたのは身体の怠さだ。

 

 ベッドまで這いつくばってきた時よりかはマシになってるが、それもいつぶり返してくるか分からない。

 いっそ二度寝に入ってこの熱から解放されたい気持ちに溢れてくる。

 

 

(……あ、れ?)

 

 と、違和感を感じたのはここが自分の家だからか。

 渡辺輝は一人暮らしだ。だから自分以外の者が家にいるなんて普通に考えてあり得ない。なのに、自分は物音で目が覚めなかったか? 

 

 ほんの少しの疑問は不安に変わり、重い重い瞼を薄っすらと開けていく。

 見慣れた天井があった。そして最初に感じた違和感は顔の下半分にあった。

 

 

(マスク……? そんなのしてたっけ?)

 

 身に覚えのないマスクを確認し、状況を把握するために首を左に回してみる。

 慣れない風邪を引き、そのために普段よりも思考能力が低下していたせいもあるのだろう。あとマスクもしているから分かりづらかったが、何だか良い匂いがする。

 

 自然と視線はキッチンへ。

 そこにいたのは。

 

 

「あ、起きた? おはよートレーナーさん、あと勝手にお邪魔してますよ~」

 

 担当ウマ娘のナイスネイチャだった。

 学生服にエプロン姿をした彼女はお玉で鍋を軽く混ぜながらこちらへ振り向く。

 

 そんなネイチャを見て、渡辺輝が最初に放った言葉はシンプルなものであった。

 

 

「……え、何でいんの。こわっ」

 

 普通に引いちゃっていた。

 風邪で怠い身体なのにも関わらずツッコミは健在らしい。そんな割と理不尽な言われ方をされたネイチャは鍋の火を止めトレーナーの元へ寄ってくる。学生服のポッケから出したのは可愛らしい猫のキーカバーが付いた鍵だ。

 

 

「アタシにこの家の合鍵を渡したのはどこのどなたでしたかねえ?」

 

「……あー」

 

 そういえばそうだった。いつだったかネイチャがいつ来てもいいように作って渡したのを思い出す。

 基本彼女がここに来る時は自分と一緒か鍵をあらかじめ開けていたから使う機会が今までなかったと考えるのが妥当か。

 

 普通に考えればすぐ思い出せるような事なのに言われるまで分からなかった。これも風邪のせいかは不明だが普段よりも頭が回らなくなっている。

 しかし、それでも大事な事は覚えていた。自分が休んだ理由は何だったか。

 

 

「……というよりもっ、何でネイチャがここにいるんだよ。UMAINでも伝えたろ。お前に移したくないから今日は休んだのに、お前がここに来たら意味ないじゃねえかっ……ぅ」

 

「っとと。はいはい、そのお気遣いはちゃーんと伝わってきてましたよ。無理したせいでフリック入力もめちゃくちゃになってたしね」

 

 ベッドから立ち上がろうとしてよろめいた所をネイチャが支えてくれた。

 そのまま促されるようにベッドに腰掛ける。寝る前よりもマシになったとはいえやはりまだ怠さはある。

 

 そんなトレーナーを見て眉を八の形にして困ったように微笑みながらネイチャは言った。

 

 

「けど、だから余計ほっとけないんだよ」

 

「っ」

 

 言い返すにも何も言えない感覚に陥った。

 無理に口を開けば頭痛で頭に響きそうだからか、それともネイチャの言葉と表情に何か思う所があったのか。

 

 

「アタシに移したくないからって気持ちは分かるよ。でもさ、伝えたい事もまともにタップできないくらい辛いのかなって思うと、心配するのは当然の事じゃない? ましてやトレーナーさんは常にアタシの事を一番に考えすぎて自分の事蔑ろにしすぎなんだってばもうっ」

 

「……ん?」

 

「それにもしアタシが風邪引いて保健室で寝込んでたとして、トレーナーさんに移したら悪いから来ないでって言っても絶対トレーナーさん来るでしょ。まったく、自分はよくてアタシはダメって考えをまずどうにかしてもらわないといけないかね~」

 

「あの、えっと……ね、ネイチャさん……?」

 

「なに?」

 

「も、もしかしてなんですが……その、少し……お、怒っていらっしゃいますでしょうか……?」

 

「割と結構」

 

 どうやら少し程度ではなかったようだ。見積もりが甘かったらしい。

 珍しく、本当に珍しくあのネイチャが怒っている事に普通にビビっているトレーナー。以前から呆れながら小言を言ってくる事は何回かあったが、今回はマジなようだ。

 

 証拠にネイチャの耳はしっかりと後ろへ向いている。これがネイチャの感情を悟った理由ではあるが。

 完全に説教モードと化したネイチャがペチャクチャと今も言葉をぶつけてくるが、如何せん元々風邪で頭の回転が遅いので処理する前に精神的大ダメージを受けている状態だ。さらにネイチャの表情が表情なので怖い。

 

 

 数分経過した頃、ようやくネイチャが落ち着き説教も締めに入ろうとしていた所で、風邪を引いてダウン中なのに渡辺輝のとった行動は何とも潔いものだった。

 

 

「ほんとマジすんませんでした」

 

「分かったならよろしい」

 

 病人が綺麗な土下座を披露していた。身体の怠さなんて気にしていられない。とにかく今は全身全霊でもって誠意を伝えるのが大事だ。身体に鞭を打て。

 そして堅く誓う。もうネイチャを怒らせてはいけないと。大人的思考が出来る彼女に説教されたりしたら1ミリの反論もできない。正論のマシンガンでハチの巣にされてしまう。

 

 両手を腰に当て仕方なさそうに許してくれたネイチャは声色を普段の調子に戻しつつ話題を変えた。

 

 

「まあ風邪引いてるしお仕置きはこのくらいで勘弁しといてあげる。そんじゃさっそく看病の続きでもしますかっ」

 

 言いながら合鍵を出した方とは逆にあるポッケからマスクを取り出して付ける。

 

 

「まあこっちが本番だしアタシも風邪移される訳にもいかないからマスクは付けさせてもらうね。ちなみにトレーナーさん」

 

「何でしょう……?」

 

「今日は何か食べた? それともまだ食べれてない?」

 

「えっと、10秒飯のゼリーを少々飲んでベッドまで這いつくばって今に至るから、そのくらいかな」

 

 一瞬うわこいつマジで予想通りの事してたよみたいな顔に見えたのはきっと気のせいではない。

 しかしこれ以上の説教は今のメンタル的にも良くないと判断してくれたのか、軽い溜め息を一つしてからキッチンの方へ向かっていった。

 

 

「なら一応食欲はある訳ね。準備しといて良かった。それじゃあ今からもう用意するけど食べられそう? 身体は怠いとかない?」

 

「あ、うん。正直身体はまだ怠いけど、寝たおかげで最初よりかはマシになったよ。それにこの匂い嗅いでたら何か腹減ってきたし、悪いけど用意してくれるとありがたい」

 

「病人が遠慮なんかしなくていいっての。あ、そこに体温計置いてるから今の内に計っておいてよ。食後だと体温上がって正常な数値にならないからね」

 

 あの説教が嘘のように優しい言葉をかけてくれている。実を言うとまだネイチャに看病してもらうのに抵抗を感じるが、あれだけ言われると受け入れるしかない。

 秒速飯ゼリーを飲んだと言った瞬間の表情を見るに自分1人だと何もできないと思われてそうだ。間違いではないが。

 

 そしてマシになったとはいえ頭の回転はいつもより遅く、正常な判断が鈍っている今。

 スマホの隣に置かれていた体温計を脇に挟みながらほとんど思った事をそのまま口に出してしまう厄介な風邪引きが誕生した。

 

 

「やっぱオカンみたいだな」

 

「あん……?」

 

「ごめんなさい嘘です」

 

 体温が一気に低下したかと思ったトレーナーであった。

 

 

 

 

 程なくして。

 ネイチャは小さい鍋から茶碗によそった物をテーブルに置いた。

 

 

「トレーナーさんはほっといたら栄養ガバガバなモノばっか食べてるから免疫力低下してると思う訳。だからアタシに言う前にトレーナーさんだって自分の体調管理くらいしっかりしないとダメだよ? アタシのトレーニングしっかり見てもらわないとなんだから」

 

「ごもっともです……」

 

 ぐうの音も出ねえほど正論をぶつけられた。説教ほどではないがチクチク言われるのも中々に来るものがある。

 お小言付きでテーブルに置かれたのは風邪引いた時のド定番的なものだった。

 

 

「定番だけどたまご粥作ったから。食欲あるならまずはよく食べてよく寝てもらいますからね~。風邪治す時の基本だからこれ。……っと、熱は……37.6か。あれかな、普段風邪引かない人ほど少し熱が出ただけでもダウンしがちってやつの典型ですかねこれ」

 

「多分そうかも。っつつ」

 

 言われてみると小さい頃から滅多に風邪は引かなかったが、微熱程度でも出てしまえば高熱並にダウンしていた記憶がある。

 それよりも身体の怠さで忘れていたけれど、何故か熱が出た時にやってくる体の痛みが酷い。今になって腰辺りに重く攣りそうな痛みが響いてきた。土下座なんてするもんじゃなかったかもしれない。

 

 それを見たネイチャも気付いたのか隣に来て体を支えてくれた。

 ベッドに腰掛けるのは何とか出来るが、床に座るのはキツそうだ。テーブルに置かれた茶碗を取るのも億劫になってくる。

 

 

「筋肉痛か関節痛かな。風邪引いた時になるやつだっけ。うーん、この態勢だと食べづらいよねえ。………………あ」

 

 少し考え込むようにしてから数秒。

 何か思いついたかのように声を出すネイチャだったが、また何か考え込んでしまった。というよりかは悩んでいるに近いか。

 

 

「(…………けど、仕方ないよね。辛いんだもんね。だったらアタシが支えてあげなきゃ……ここはアピールポイントでもあるんだしっ)」

 

 隣でブツブツ何か呟いているも、生憎今のトレーナーには聞こえないようだった。

 そして意を決したように顔を上げたネイチャはマスク越しでも少し緊張したような表情で言う。

 

 

「こ、このままじゃ食べづらいだろうからさ……トレーナーさんが良ければなんだけど、その……あ、アタシが食べさせてあげるってのは、ど……どうです、かね……?」

 

 風邪を引いているのはトレーナーなのに、何故か隣のネイチャの方がマスク越しでも分かるほど顔を赤くしながらもじもじしている。

 彼女なりの善意なのだろう。もじもじする気持ちも分かる。特に付き合っても好きでもない異性に自分が作った物を食べさせるのは思春期の女の子にとっては緊張なり嫌悪なりするものだろう。決して得意ではないはずだ。

 

 なのに自分からそう提案してくれたネイチャの善意を無下にするなんて出来やしない。彼女の意を汲んでちゃんと誠意をもって受けるべきだ。

 ……なんて正常な判断を今のこの微熱バカが出来るはずもなく、マスクのせいで顔の上半分しか見えないままもはや半目状態でこう言ったのだ。

 

 

「ん、頼む」

 

(あまりにも動じてなさすぎるッ!?)

 

 哀れにも少女の決心を無自覚に踏み躙った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 にしてもだ。

 狙い通りとはいかなかったが結局あーんをするのには変わりない。ネイチャにとっても割と大きな意味を持つ行動。目の前の唐変木は風邪のせいかいつもより反応は薄い。

 

 しかし逆に言ってしまえばこれはチャンスなのでは? 

 リアクションがなさすぎるのも癪だが、反応が薄いなら薄いでこちらとしてもやりやすいはず。あまり意識せずにあーんを成功させる事が出来たならネイチャにとっては大きな進展だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、無理にでも看病イベントにこぎ着けた甲斐はあった。

 トレーを自分の太ももの上に乗せ、そこから小さめのスプーンでたまご粥を一口分掬い取る。

 

 食べさせるのが目的なため、2人の距離は必然的に肩と肩が触れ合う程度に近い。微かに制服とスウェットが擦れ合う音がした。

 トレーナーが起きる前から作っていたため、程よく冷めたたまご粥を落ちないように左手をスプーンの下辺りに添えて、トレーナーの口元まで近づける。

 

 

「えっとぉ……はい、あ、あーん……」

 

 マスクをしていて正解だった。トレーナーからは当然見えていないだろうが、ネイチャの口元は恥ずかしさと待ちに待ったイベントで口角が上がりながら波のような形になっていた。

 そんなネイチャの気持ちをよそに。

 

 

「んぁむ……あぁ、優しい味がするなぁ……」

 

 普通に食って浸っているトレーナーがいた。渡辺輝、男の夢『風邪を引いて可愛い女の子に看病されつつあーんをしてもらう』を達成。

 そして期待はしていなかったけれど、こうも反応がないとネイチャの空回り感が凄い。それはいつもの事だが。

 

 

(ま、まあやりたい事は出来たし? アタシも何だかんだ弱ってるトレーナーさんとか見れて満足したから……実質勝ちって事で)

 

 何の勝敗かは不明だがとりあえずやりたい事は出来たから良しとする。

 それに、瞼もハッキリと開けられていない状態でもにゅもにゅとお粥を食べる様は何だか寝ぼけながらエサを食べている小動物のようだ。

 

 これが本当に自分が好きになった人なのか疑いたくもなるが、猫好きのネイチャ、猫が好きすぎるだけで他の動物も結構イケる口なのである。

 つまりはこんなトレーナーも普通に可愛く見えてくる程には、ネイチャも別の意味ではお熱なのだった。

 

 何回かのあーんイベントが終わる頃にはネイチャも慣れて普通に食べさせていた。

 そしてトレーナーが食べ終えた頃、食後の風邪薬を飲ませ再びベッドに寝かす。

 

 

「全部食べられるくらいには食欲もあったし、これならひと眠りするだけで結構良くなりそうな感じだね」

 

「けどお前がいるのに寝る訳には……」

 

「なーに言ってんのさ。病人は寝てさっさと風邪治すのが先ですよー。これが今のトレーナーさんの仕事です。アタシもトレーナーさんが寝たの確認してから帰るから」

 

 相変わらずの正論でもはや黙るしかないトレーナーは頭を枕に落とす。頃合いと感じたネイチャはコンビニで買った冷やピタをトレーナーの額に貼って顔を確認すると、上昇している体温とは真逆の物が貼られ気持ちよさそうにしていた。

 と、言い忘れていた事がある。

 

 

「あ、そうだ。後で起きてまた何か食べられそうなら色々作ってるから、それ食べてね。スポドリとかは冷蔵庫に入れてるし、栄養満点のお味噌汁とか野菜をとことん柔らかくなるまで煮込んだスープも作ってるし、段階的に食べられそうなものから食べるように。一応ヨーグルトとゼリーも買ってるから余裕が出てきたら食べなよ」

 

「ほんと、何から何まで悪いな……」

 

「こういう時はありがとうでいーの。トレーナーさんには早く治ってもらわなきゃアタシも色々困るしね」

 

 色々、という部分には本当に色々な意味が含まれているのだが、頭の回転が鈍っているトレーナーはそれを探るだけの気力も今はない。

 

 

「さてと、とりあえず先に食器片しとくね」

 

「ああ、わる……ありがとな」

 

 軽く相づちをし、元々少ない食器を手早く洗い終えてトレーナーの元へ戻った頃には彼の目はウトウトしていた。

 秒速飯のゼリーも少ししか食べておらず、今しがたようやくしっかりした食事を終えたものだから眠気が来たのだろう。意識が朦朧としている。

 

 今にも寝落ちしそうな所を見るに、まだ寝ないという意思があるのか無理矢理目を開けようともしていた。

 

 

「もう、寝ていいって言ったでしょ?」

 

「……ゃ、でもな……」

 

「まったく、仕方ないなあ。そんじゃまいっちょネイチャさんが1曲子守歌でも歌ってあげますかねー。といってもおふくろが口ずさんでたやつだからうろ覚えですけど」

 

「え……でもお前、そういうの得意じゃなかったんじゃ……?」

 

「どっかの誰かさんがいつもいつもアタシの歌を褒めるもんだからさ、あんまり恥ずかしくなくなっちゃったんですよねー。ホント罪な男ですよ」

 

 マスクをしているから微笑んでいるのもきっと見えていない。だけどそれでいい。もし見えていたら、この想いが一発でバレてしまうほど顔に出ていたから。

 渡辺輝の行動がネイチャに大きな影響を与えている証拠の一つがこれだった。ならば変えられた身としてそれをふんだんに使ってやろうではないか。

 

 

「~♪」

 

 バーで母が歌っていた曲をうろ覚えながらに口ずさむ。

 幼い頃はイスに座りながら聴いていたらいつの間にか寝ていた記憶が未だに残っている。何故だか昔からこの歌を聴いていると心が落ち着くのだ。

 

 思い入れのある歌を聴いて、トレーナーも同じ気持ちになってくれたらと密かに願っているのはネイチャの勝手な思いだ。

 同じ気持ちを共有したい。そんな思いで口ずさんだ子守歌は、気付けばトレーナーを夢の世界へと送り出していた。

 

 

「(少しは寝顔もマシになってるね)」

 

 貰った合鍵で家に来た時に比べると顔色は大分元通りになっている。

 元々の熱が高い訳ではなかったので、この分だと明日には治っているだろう。

 

 軽く頭を撫でてみる。

 いつかのトレーナー室で撫でた時と同じ感触だった。少し癖っ毛で猫の毛のような触り心地。いつまでも撫でていたくなるような感覚。

 

 しかし、あの頃とは決して異なる事があった。

 ネイチャの想い。そして、あの時は既に寝ていたから言えなかったけど、今回はちゃんと寝るのをこの目で見ていた。

 

 

 だから、今度こそ堂々と言える。

 撫でながら、マスクの下から微笑みながら。

 

 

 

 

 

 

「おやすみ、トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ネイチャに看病されたいだけの人生だった……。
彼女はあらゆる面倒見が良さそうなので風邪を引いても安全に完璧に看病してくれそうですよねえ。



では、今回高評価を入れてくださった、


バナナマンさん、蔵土縁裟夢さん、rokomonさん、剣崎 一真さん、桜 佳奈さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!





チヨちゃん可愛いけどアニバまでもうすぐだからジュエル温存しときたい気持ちとそれでも引きたい気持ちがせめぎ合ってます。


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52.ファッション雑誌



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 6月中旬。

 梅雨入りしたにも関わらず今日は晴れた。おかげでグラウンドでいつものようにキツい練習を終えたネイチャはシャワールームで汗を流した後、涼しいトレーナー室へすぐにやってきた。

 

 

「うあー、今日もキツかった~。晴れた日の6月はもう完全に夏ですなーこれ。シャワーもちょっと冷たいの浴びちゃった」

 

「んなの7、8月に入ったらもっと暑くなるんだから覚悟しとけよー。俺だって暑いのは死ぬほど嫌だけどな。いっそ室内に涼しく走れる練習場作ってくんないかな理事長」

 

「覚悟しとくべきなのはトレーナーさんでしょうに。いつも夏場は二言目に暑い帰りたいって言うんだから。はー涼しっ」

 

 言いながらソファに座ってもたれかかるネイチャ。

 練習終わりにこの部屋で寛いでから帰るのももう習慣となっているようだ。

 

 ネイチャの練習は終わってもトレーナーの仕事はまだ少し残っている。さっさと今日のレポートを終わらせて自分も早く帰りたいのが本音だ。

 家でしか集中できない研究(対策)もあるのだから。

 

 

 

 

「ふぅ、終わりっと」

 

 レポートを終わらせ一息つく。部屋が涼しいとストレスなく作業が出来るからありがたい。

 時計は18時半辺りを指していた。夏場は陽が高いから何故かまだ時間に余裕があるように思ってしまう。

 

 と、やけに静かなネイチャに目が行った。

 寝ている訳ではなさそうだが、ここからでは後頭部しか見えないので何をしているか分からない。作業も終わったので近づいてみると、何かを読んでいた。

 

 

「何読んでるんだ?」

 

「んー? あーこれ? 普通のファッション雑誌ですよ~」

 

 ファッション雑誌と聞いて、まず最初に読んだ事ないなと思ったトレーナーはオシャレに無頓着の人間である証拠だ。

 

 

「珍しいな。ネイチャがそういうの見てるって」

 

「一応言っておきますけど、アタシだってこういうの興味ない訳じゃないですからね? ほら、最低限の身だしなみと言いますか、ダサいと思われるよりかは良い感じに見られたいじゃん?」

 

「なるほどねえ。まあ学生だしそう思うのも当然か。俺は基本スーツだしオシャレとかしなくなったしなあ」

 

 ネイチャが良く見られたい相手は自分だという事に当然ながら気付かないトレーナー。普通に友人とかの目線が気になるのかなと思っていた。

 自分の服はもうスーツ以外だと3着くらいしか持ってなかったような気がする。平日はスーツ、休日には夕飯を買いに行く程度しか外に出ないから服自体もそんなに汚れる事もなく綺麗なまんまだ。

 

 

「確かにトレーナーさんの私服ってあんまり見た事ないね。あってもいつも同じような服ばっかだし。もしかして使いまわしてる?」

 

「使い回すほど着てないのが現状だよ。そういやファッション雑誌って何でまたそんなの読んでるんだよ? 今まで雑誌読んでるとこ見た事ないのに」

 

「え? まあ普通に今の流行りの服がどんなのかとか気になってるってのもあるけど、一番はこれかな」

 

 ネイチャが見せてきたのは雑誌の表紙だった。

 そこには1人のウマ娘が載っている。

 

 

「あれ、ゴールドシチーか?」

 

「そそ。普段はアタシもこういうの見ないんだけど、ゴールドシチー先輩が表紙飾るから気になってちょっと買ってみたんだよね」

 

 ゴールドシチー。ネイチャより学年が上の先輩であり、モデル業をしながらトレセン学園に所属しているウマ娘だ。

 そのスタイルと美貌から100年に1人の美少女ウマ娘と呼ばれ、プラチナブロンドの髪色と青みがかった瞳は見る者を惹き付ける程とも言われている。

 

 トレセン学園にも彼女のファンが多い事から、トレーナーもゴールドシチーの事は知っていた。

 

 

「はー、やっぱ生で見ても雑誌で見ても綺麗な人だなあ。何着ても似合うって分かっちゃう感じがもうスゴい」

 

 ファッション雑誌の表紙を飾るほどの容姿をしている時点でそうなのだろうとは思う。

 誰が見ても綺麗、美人と思うのは実際トレーナーも思っているから事実だ。

 

 

「確かに見れば見るほど美人って感じだよなゴールドシチーって。俺も何度か見た事あるけど、ホントに俺より年下かよって思うくらい大人びてる印象あるし」

 

「……ふーん、トレーナーさんでも誰かを可愛いとか綺麗って思う事あるんだね」

 

「俺だって一応は男だからな。そりゃそう思う異性がいれば綺麗だのなんだの思うってのは普通だろ。単に縁がないってだけで」

 

 最後のは余計だったか。自分で言ってて少し悲しくなった。トレーナーももう良い歳だからこういう事はあまり言わないように控えているのだが、そういうのを差し引いてもゴールドシチーというウマ娘は綺麗だ。

 何よりトレーナーが綺麗だと思っている部分は他にもあるが。

 

 で、トレーナーの言葉を聞いて少し表情が変わったのがネイチャだった。

 

 

「へえ、じゃあ今のトレーナーさんが可愛いとか言うのって本当にそう思ってる時なんだ……?」

 

「可愛いだの綺麗だのってむしろ本気で思わんと俺は言わないぞ。ってあれ、どうした? 何か機嫌悪い?」

 

「べっつにー、シチー先輩が綺麗なのは事実だし? アタシもそう思うくらいなんだから男のトレーナーさんが思ってても不思議じゃないですもんねー」

 

「そうそう、綺麗なんだよなゴールドシチーって。何より走ってる時のフォームまでも様になってるし、しかも残すべき結果はちゃんと残してる。レースもモデルも両立しながらどちらでも活躍してるんだから凄えよ」

 

「……あ、そっちのが重要なんだ」

 

 少しムスッとしていたネイチャの表情が元に戻った。というより呆れた顔になっている。

 

 

「確かに顔もスタイルも良いのは知ってるけどな。俺としてはゴールドシチーのウマ娘としての能力の方が魅力的だと思ってるよ。モデルなのに飾らずに負けず嫌いな走り方。なのにフォームは見惚れるほど綺麗。そんなウマ娘は中々いないもんだ。あの娘にしか持ってないモノ(武器)だし、彼女のトレーナーも凄い人なんだろうさ」

 

「やっぱトレーナーさんはトレーナーさんですなー」

 

「それって褒めてる?」

 

「3割くらい」

 

「半分すらいってない、だと……」

 

 思った以上に評価が低かった。もしかしたら担当ウマ娘は自分に厳しいのかもしれない。

 内心少し傷付きつつもネイチャが読んでいる雑誌を覗き込んでみる。どうやらウマ娘専門のファッション雑誌のようで、人間の男は一切写っていない。

 

 モデルの人達もみんな成人済みのウマ娘だったりとびきり美人なウマ娘が流行りのファッションを着こなしている。

 けどこういう雑誌に載っているような服って5桁くらいするような高い代物なんじゃないのか、とファッション雑誌初見のトレーナーは思っていた。

 

 

「こういうのって気に入った服とかあったら一式で買うもんなのか?」

 

「どうだろうね。他にも組み合わせがない訳じゃないから、自分の持ってる物とかで合いそうなのあったら一点だけ買うって事もあるんじゃない? アタシも雑誌見て買った事ないからよく分かんないけど」

 

 言われてみれば雑誌を見てそれを買う友人や知り合いをトレーナーは見た事がない。そもそも店に行って買わないといけないのか通販でも買えるのか分からない。

 今時の若者なら普通に知っているのだろうか。

 

 そんな事を考えながらそろそろ帰る準備を始めようかと自分の机に行こうとした時。

 

 

「ちなみにさ」

 

「ん?」

 

 雑誌をペラペラと捲っているネイチャから声がかかる。

 ファッション雑誌なんだから服装ちゃんと見ないと意味ないのでは、という疑問もあるがそのままネイチャの言葉を待つ。

 

 

「と、トレーナーさんから見たらアタシって、可愛い方……か、綺麗……だと、どっちに見える……?」

 

 それはどちらの服を着ればいいのかという質問なのか。

 正直可愛いも綺麗もどう違うのかトレーナーはよく分かっていないけれど、お年頃の学生はやはり気になってしまうのだろう。

 

 ならば担当トレーナーとして真摯に答えてやらなければならない。

 ネイチャを見る。可愛い服か、綺麗に見える服か、どちらが彼女に似合うか。ネイチャと出会ってもう3年目だ。彼女もしっかりと成長している。

 

 その上で、トレーナーは迷いなくこう言った。

 

 

「ネイチャは何着ても似合うし可愛いんだから好きな服着ればいいと思うぞ」

 

「かッ……!?」

 

 ネイチャが少し固まった。返答を間違えたか? と考えるもそんなに怒らせるような事を言った覚えもない。

 しかし、トレーナーは数分前に自分で言ったセリフを忘れていた。

 

 

『可愛いだの綺麗だのってむしろ本気で思わんと俺は言わないぞ』

 

 

 

 

 そしてネイチャはしっかりとそれを覚えていた。思っていた返答とは少し違ったがもうどうでもいい。

 つまりトレーナーはネイチャを本気でそう思っているという何よりの証拠だ。先ほどゴールドシチーに芽生えた微かな嫉妬も今のでどこかへ消え去った。

 

 1分間たっぷりかけて解凍されたネイチャは思い切って次の質問をしてみる。

 雑誌を指差してこう言った。

 

 

「じゃ、じゃあさ……この中だとアタシに一番似合いそうなのとか、ありますかねー……なんて」

 

「あー、そうだな~。あえて選ぶなら……これとか良いんじゃないか?」

 

 トレーナーが選んだのは白を基調としたフリルのついたスカート、青いデニムジャケットの下には白いフリルシャツで全体的に涼し気なイメージと清楚な印象を持つ服装だった。

 奇抜なモノは選ばなかったのを見るとぶっとんだセンスはしてないようだ。

 

 

「なるほどねー、ありがと。一応参考にさせてもらいますわ~。っと、じゃあもういい時間だし帰ろっか」

 

「参考になれば何より。んだな、とっとと準備済ませるかね」

 

 言って自分の机に向かっていくトレーナー。その背中を見て何かを考えるネイチャ。

 誰かの服装を考える時は、それこそプロでもない限り少なからずその人の好みが出る。トレーナーはネイチャに似合う服と思ってこれを選んだらしいが、そこには大小問わなくともトレーナーの好みも入ってるはずだ。

 

 だから、ネイチャは結論に至った。

 

 

 

 

(今度似たような服買いに行こうかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 






首をブンブン振り回しながら断るネイチャにモデルを勧めたい。
世界一可愛いよって言ってあげたいです。



では、今回高評価を入れてくださった、


じゃがりこexさん、ビックバイパー(前:イギー)さん、仮面色さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!励みになります!!





まさかアニバイベントの前にバレンタイン衣装のネイチャとか来ないよな……?と毎晩震えております。
キタサトとマチタンのために2天井分の石は貯めてるけど。


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53.夏に誓う



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 8月中旬。

 

 トレセン学園恒例の夏合宿も終盤になり、チームごとに休暇やら追い込み練習など様々な過ごし方を満喫していた。

 そして、渡辺輝とナイスネイチャはというと。

 

 

「お待たせ~っと。時間は……間に合ったねえ」

 

「おう、10分前行動は良い事だ。さすがに夜付近は暑さも少しマシになるな」

 

 思いっきり休暇を満喫するつもりだった。

 時刻は19時前。焼けるような暑さを放つ太陽もほぼ沈み、気温も1度か2度くらいは下がって幾分か耐えられる暑さとなっている。

 

 

「んじゃ今年もさっそく行くか、合宿終わりの夏祭りに」

 

「はいはい、お腹減ってるんですね分かりますよー」

 

 合宿場付近の神社で祭りをやっている事に去年気付き、その前の年に行っていた地元の祭りではなくこちらの祭り会場に行くようになって2年。

 初めて夏祭りに行った時の言葉はまだ遂行できている。毎年夏祭りに行くという言葉を。

 

 ネイチャのペースに合わせて歩きながら問いかける。

 

 

「そういや今年は浴衣着てるけど持ってきたのか。それともどっかでレンタルした?」

 

「んー、この前買ったんだよねー。マヤノ達とも行く事あるし、その時一緒に着てこってなってさ。まあ良い機会だしどうせお祭りに行くの分かってるなら着ていこうかなって。ほら、その方が雰囲気も出ますし?」

 

「確かに着れる時に着ないと勿体ないしなそういうのって。ネイチャが着てくるなら俺もどっかで借りて来ればよかったか」

 

「今からだと時間かかるしお祭り楽しむ時間もなくなるから却下でーす」

 

(や、まあ浴衣デートには憧れてるけど……今は一緒に過ごす時間が最優先だし)

 

 ネイチャの気持ちを察する事もなく、トレーナーはネイチャをじっと見つめる。

 

 

「……え、ナニ? 何でそんな見てくんの? え、何か着付けおかしいとこあります? 何回も確認したんだけどっ」

 

「いんや。ネイチャが自分で選んだだけあって似合ってんなーって」

 

「………………いきなりそういう事言われるとビックリするんですケド」

 

「いやー、やっぱ浴衣にはポニーテールだよなあ。気品というか貴重な髪型だからこそ男的にはそういうのに視線奪われるってもんだし。……あ、ヤベ、今のナシでっ。別に他意はないから! ちょっと本音が……じゃなくて、えーっと……褒めようとして言葉のチョイスミスっただけだから!」

 

 男渡辺輝、20代後半になって見苦しい言い訳しかできなかった。このご時世では迂闊な発言で吊るし上げられてしまう世の中だという事を忘れてはならない。

 うっかりな本音が自分の身を滅ぼしかねないのだ。それも担当ウマ娘なら尚更。

 

 浴衣姿にポニーテールのネイチャ。今年の初詣の時も振袖姿でポニーテールという似たような恰好をしていたが、彼女にはこういった和な雰囲気が合うのは親のような面倒見の良さといった性格もあってだろうか。

 もちろん反応が怖いから口に出しては言えない。

 

 そしてトレーナーの弁明を聞いたネイチャの反応は。

 

 

「ははは、分かってますって~。トレーナーさんはそんな事言えるような人じゃないって知ってるし」

 

 手首をパタパタ扇ぎながら意外にも淡泊なリアクションだった。

 

 

(あっぶな! 今まで何度か言われてきたけど不意打ちはダメだってば! けど気合い入れてきて良かったぁ……)

 

 少女の内心と言動に必死の努力はあったけれどトレーナーはそんな事分かるはずもなく、理解のある担当ウマ娘で良かったと思っているだけである。

 歩いている内に祭りの会場にやってきた。こじんまりとしつつも風情を感じられる雰囲気が漂っている。

 

 これでも走りづらい砂浜を何十回も走り、暑苦しい中を駆けずり回ってきた。

 短期間で急成長するための合宿だけど、それでもしんどくない訳ではない。普通に苦しいし辛いのだ。熱中症にだけは気を付けてネイチャを見ていたトレーナーもトレーニングを見てるだけでうなされる地獄のような暑さ。

 

 それを耐え抜いてやり切ってみせたネイチャには、ちゃんとご褒美があってしかるべきだろう。

 つまりは、祭りの毎年恒例食べ歩きである。

 

 

「よっしゃ、んじゃ好きなだけ食いたい物買うぞ。いつも通り俺が全部出してやるから遠慮すんな」

 

「いよっ待ってましたぁっ! 今日はたらふく食べちゃいますもんねー!」

 

 ウマ娘脅威の食欲が祭り会場を席巻し始めた。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 小さな祭りとは言っても規模はそれなりにある。

 地元の人も多く行き交い、合宿を終えるウマ娘達もそれぞれのトレーナーや友人とここに来ていた。

 

 食欲に飢えたウマ娘達が、だ。何故祭りで売られている食べ物は一層美味しそうに見えるのかは未だに不明だが、多分祭りの雰囲気や楽しい気分のせいも含まれるのだろう。

 それもあってか出店に並べられた食品はほとんどウマ娘達の手によって平らげられていた。おかげで毎年店の人達は儲けられて万々歳らしいが。

 

 かくいうネイチャもその一人として大量の空き容器や串を生成していた。

 

 

「ふぅ、今年も全部制覇出来た~」

 

「去年と同じくらい金額用意してたのにまさか手持ちの金がほぼ全部無くなるとは……。屋台の人達ウマ娘が来ると分かっててメニュー増やしたな……?」

 

 一つの屋台にメニューのバリエーションが3つ程増えてたのは絶対気のせいじゃない。から揚げにカレー粉やチョコバナナに追いチョコソースなどありそうなものから無理矢理こじつけたようなメニューが増えていた。

 どうりで去年よりも装飾などが少し豪華になっている訳だ。味を占めたのかもしれない。

 

 

(ま、ネイチャが満足してんならそれでもいいか。元々全部使ってやるくらいの気持ちで来たし)

 

 数年前のネイチャなら絶対気を遣ってトレーナーのお金をそんなに消費させないよう控えてただろう。

 しかし今ではそんな素振りもあまり見せなくなってきた。そもそもこれまでのネイチャが遠慮しすぎていたのだ。トレーナーからすれば子供は大人に甘えるものだと思っている性格だから、このくらいがちょうどいい。

 

 

(こんだけ食えるって事は、『本格化』はまだ続いてるって事か。普段以上の食欲、トレーニングの集中力も上がってる。不安定の砂浜をすぐに克服して安定した走りも出来た)

 

『本格化』。ウマ娘が急激に成長すると言われている成長期間。

 アスリートの目覚めとして認識されており、そこから能力はピークに達しやがて緩やかに下降していくものらしい。

 

 しかしその判断は難しく、本人が漠然と感じられるかどうかという。

 例えば体が軽い。食欲が凄い。今までできなかった事ができるようになったなど。ネイチャもそんな感じの事を言っていたような気もするが、正確な判断は分からない。

 

 ただ、まだ『本格化』が終わっていないとすると。

 

 

(ネイチャのピークにはまだ至ってない。つまり、まだまだ成長できるって事だ)

 

 いつまで続くかも分からない『本格化』。続いている内はネイチャの成長速度を信じていくしかない。

 

 

「あ、何か今日は花火もやるらしいよ」

 

「……え、花火? 去年はそんなのなかったよな」

 

「今年からやるんだってさ。景気でも良くなったのかねー」

 

「絶対俺達トレーナーのマネーが絡んでる気がする……ってのは野暮か」

 

 せっかくの夏祭りだ。今はこれを楽しむ事に専念すればいい。後の事は帰ってからだ。

 

 

「ってか花火もうすぐじゃん! ほら、トレーナーさん早く行こっ、花火初めてだから分かんないけど良いとこで見られるかもって屋台のおばちゃんに教えてもらったからさ!」

 

「ホントよく知らないとこでおっちゃんおばちゃんとすぐ仲良くなれるなお前、それもはや才能だろってうわっ……ちょ、そんな強く引っ張んなくても行くからお前の力で引っ張られたらもうそれ引きずられるだけだからあばばばばばばー!?」

 

 その日、浴衣姿で男性を引きずっていくウマ娘が目撃されたとか何とか。

 

 

 

 

 人気の少ない高台にベンチがあった。

 とはいっても誰もいない訳ではなく、ちらほらとここで花火を見ようと男女が数組いる。まるでデートスポットのようだとトレーナーは思う。

 

 

「確かにここならそんなに人も多くないしゆっくり見れそうだな」

 

「一応初めての花火大会だし今年はあんま来なさそうだね」

 

 なら今ここにいる人達はあらかじめ場所を知ってた地元の人か、それともネイチャのように屋台の人に聞いて来た人のどちらかか。

 

 

(にしてもカップルっぽい人多くない!? ここにいる人みんな男女1組なんですけど! ハッ!? もしかしてアタシ達も周りから見たらそう見えてる……? それはそれでちょっと恥ずかしいな!!)

 

「?」

 

 何だか隣でネイチャが赤くなっている。さすがに夜といっても真夏だ。浴衣でここまでダッシュしてくれば普通に暑いのかもしれない。

 先ほど自販機で買っておいたペットボトルの飲料水をバッグから出してネイチャの顔に当ててみる。

 

 

「うひゃあッ!? え、何!?」

 

「ほれ、水。一応走ったんだし暑いなら水分補給しとけ」

 

「あ、ああ……アリガトーゴザイマス」

 

 そういう事じゃないんだけどな、みたいな目をしている少女だがトレーナーは普通に夜空を見ていて気付いていない。

 すると、それは突然始まった。

 

 

「おっ、花火始まったみたいだな」

 

 パァンッ! と弾ける音と共に花火大会が始まった。

 

 

「花火大会なんていつ振りかも覚えてないけど、やっぱ夏に見るとなるとこれだなってなるな」

 

「トレーナーさん基本インドアだから見てもテレビとかだけだもんね。や、テレビでも見ないか」

 

「お前は俺を何だと思ってんだよ。見ないけど」

 

 軽口を叩きながらベンチに座って花火を見る。

 小規模だからかそんなに次々と打ち上がってはこないが、だからこそのんびり見れる分もあるのでこれも悪くない。

 

 ふと、そんな時だった。

 隣からこんな声が聞こえてきたのだ。

 

 

「何かいいなあ」

 

「何が?」

 

「こういうさ、トレーナーさんと普通にお祭り回って花火見て楽しむの。何てことない平凡な時間ってのがアタシには合ってんのかねー」

 

「それその歳で言う事じゃないと思うぞ。もっとこう、年取った時に一緒に見て言うなら分かるけど」

 

 呆れながらネイチャを見ると、その横顔は花火の灯りに照らされ一つの芸術品のようにも思えた。絵になる、とはこういう事を言うのかもしれない。

 微笑みながら花火を見るネイチャに少し見惚れていた自分がいた。何故だか失いたくないという思いもあった。

 

 トレーナーもまた視線を花火へ戻す。ド派手じゃない花火が、自分達のらしさという感じがした。

 こんなものでいい。これだけで充分気持ちは満たされる。

 

 そして、最後に隣の少女はこう言った。

 

 

「来年もまたここで花火見ようよ、アタシ達でさ」

 

()()。自分にはその居場所があるのかどうかも分からない。結果次第ではトレセン学園を離れる事になってしまう。

 だけど、そうならないために今も頑張っているのだ。だから、渡辺輝は言う。

 

 言ってやる。

 確証のない口約束だけど、確信のない未来だけど。

 

 少女のささやかな願いを叶えるために。

 

 

 

 

 

 

「ああ、来年も一緒に見よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






捻くれず真っ当に精神も成長したうちのネイチャは遠慮がないようです。
いいぞ、有り金全部使ってやるからな。

シニア級も下半期、物語もそろそろ終盤に入っていくやもしれません。



では、今回高評価を入れてくださった、


ネイチャを全力で推すかめさん、セカンドミラクルさん、おびてんさん、最弱のニートさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



バレンタインは30連で何も出ず撤退。しかしまだ2天井分は残ってる。
来るか、アニバでキタサトWピックアップ!?(願望)


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54.GⅠレースに向けて



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 10月初旬。

 

 

 

 約9ヶ月間の猛特訓を終えたナイスネイチャが久しぶりのレースを迎えたのはGⅡレース『毎日王冠』だった。

 上半期を全てトレーニングに費やし、夏合宿でもただ勝つ事を考え苦手な部分を最大限まで克服し、体調も状態もほぼ完璧に仕上げた上で挑んだレース。

 

 約10ヶ月振りのレースで少しは緊張しているものかと思っていたが別にそうでもなかったようだ。

 他の出走ウマ娘の対策も万全にこなして走り抜けた結果、ネイチャは無事に1着を勝ち取る事が出来た。

 

 2着との差は1バ身。他にも強いウマ娘がいたにも関わらずこの仕上がりは上々だろう。この調子のまま月末にある『天皇賞(秋)』も上手くいってくれればいいが、さすがにGⅠレースともなればどうなるかは分からない。

 本番にならなければその日のコンディションや相手の状態で全てが変わってくるのだから。

 

 とまあ、考えなきゃいけない事は山ほどあるが今は久々に勝利した現実を喜び合うのが先か。

 レース終わり、場所が東京という事もあり別段打ち上げに持ってこいの場所も特に思いつかずどうしようかと考えた末。

 

 

「という事で久々のレース大勝利という事でカンパーイ!」

 

「かんぱ~い……ってこれいつもと変わんなくない? トレーナーさんの家だし」

 

 自宅で晩ご飯を食べるだけとなった。普通なら女の子と家でご飯を食べるなんて夢のような空間のはずなのだが、如何せんトレーナーとネイチャにとってはただの日常となりつつあるため特別感も何もない。

 強いていつもと違う事を挙げるなら。

 

 

「何言ってんだ。いつもはネイチャにご飯を作ってもらってるけど、今日は出前で色々頼んでるんだからネイチャに手間はかけさせてないし豪勢でしょうが。トレーニングのために食事制限も大事っちゃ大事だけど、たまにゃ好きなモン好きなだけ食うのも良いだろ。心の栄養をとるってやつだよ」

 

「ホントたくさん頼んでるもんねー。トレーナーさんが食べる量を考えたらアタシが食べなきゃいけない量多すぎません?」

 

 並べられている料理はテーブルだけでなく床にまで置いてある。ピザやカツ丼、焼肉の盛り合わせにポテトやナゲット、餃子とカレーライスにラーメンなど色んなジャンルの容器があった。

 そしてトレーナー、勢いでめちゃくちゃ頼んだけど実際多すぎたかもしれないと少し思っているのは内緒だ。

 

 

「レース終わりでネイチャも腹減ってるだろ。食欲増しそうなやつばっか買ったからきっと大丈夫だって。……え、大丈夫だよね?」

 

「いや知らんけど。頑張ってはみるけどあんま期待しないでね。食欲あるとは言っても油ものばっかはさすがに若いアタシでもキツくなりそうだし」

 

「ねえそれだと俺とかもっと油ものキツくなるんだけどどうしよ。助っ人とか呼ぶか? 滝野さんとこのスペシャルウィークとか。2つ返事ですぐ来そうだし」

 

「アタシが食べるから呼ばなくていい」

 

「そ、そうか? まあ今日はネイチャの勝利祝いだしな……」

 

 何故か食い気味に断られた。この家に呼ばれたら不都合な事でもあるのだろうか。

 確かにスペシャルウィークとネイチャ自体はそんなに話した事もないし少し気まずいか。ならマヤノやマーベラスサンデー辺りを呼んだ方が良かったかもしれない。

 

 気遣ったつもりだが的外れな推測をしているトレーナーをよそに、ネイチャは呆れながらいただきますと言ってからさっそく品々に手を付け始めていた。

 最初にポテトを一つまみして少女は言う。

 

 

「それにしても久しぶりのレースで勝ったからって大袈裟じゃない? GⅠで勝ったならまだ分かるけどさ」

 

「こういうのは最初が肝心なんだよ。出だしが好調ならその先もこのまま勝てるように景気づけるのは大事だ。それにGⅡも立派な大きいレースだしな。ここで重賞獲れたのは大きい。ネイチャの成長の仕方が間違ってなかった何よりの証拠だ。いただきますっと」

 

 ピザを一切れ取って頬張る。空腹だと一口目は何でも美味しく感じる現象は何なのだろうという疑問をすぐにどこかへ追いやり、ネイチャの方へ目をやる。

 ポテトとナゲットを両手に持って交互にパクついていた。

 

 

「まあ勝てたのは素直に嬉しかったけどね。今後のモチベーションにもなるし。次の天皇賞はどうなるかな~ってのはあるけど」

 

「GⅠだからな。毎日王冠でも戦ったイクノディクタスはいるし、菊花賞と春天を獲ったあのライスシャワーもいる。あとはそのライスにオールカマーで勝ったツインターボも出るな。他にも注意すべきウマ娘はいるけど、注目を浴びてるのはまだこのくらいか」

 

「トレーナーさん的にはどう思ってる?」

 

 ナゲットを一つ取って思案する。

 とりあえずマスタードに付けて頬張ってから、

 

 

「まだ推測の域を出ないけど、強いて言うならライスシャワーは最低でも警戒すべきかな。勝敗に波はあるけど実力は確かだ。狙う相手を見付けたら一点集中してくるのはハッキリ言って恐ろしい。勝負服に付いてるナイフ的なやつってプラスチック製だよな? 本物じゃないよね……?」

 

「気になるとこ違くない?」

 

「あと個人的に気になってるのはこれまでの入着率が高いゼンニンオファーとかか。GⅠだから強いのがゴロゴロいるな」

 

「最高峰のレースだからねー。そりゃ簡単には勝たせてくれないっしょ」

 

 そんな生温いレースならとうに勝っている。そう上手くいかないからこそ中央にいられる条件としてG1勝利を設けられたのだ。

 油断なんて一切許されない。誰も彼もが様々な想いを掲げその1着を狙って鎬を削ってくる。それだけの覚悟と決意を背負って。

 

 たった一つの勝利に全てを懸けて走るのだ。その傍らに自分がトレーナーとして支えになれるなら、どんなに誇れるだろうか。

 栄光への架け橋となりたい。ネイチャと共にこの先もずっと駆け抜けていきたい。レースにそんな想いを掲げるのは何もウマ娘だけではない。渡辺輝もまたその1人だ。

 

 だから勝つ必要がある。未来を守るために。

 勝利への鍵は何か。

 

 

「そういや毎日王冠では領域(ゾーン)は出なかったな」

 

「ああ、アレね。前の秋天以来から出ないけど、やっぱあの時の感覚が不思議すぎたんだなって思うよ。異様なくらい体軽かったりしたからね。あんなもん簡単に易々なれたらそれこそ怪物ですわ」

 

「まあ、そうだよなあ」

 

 簡単になれたら苦労はしない。だから時代を創れると言われている。

 この先のレースで勝つための鍵となりそうだが、この上半期にどれだけ練習を積んでも自主的に開花する事はなかった。トレーニングでダメならレースに出れば変わるかとも思ったがそうでもなかったらしい。

 

 練習量と成長した実力。それでも発生の条件には含まれていなかった。

 これも推測だが、あの頃より実力が上がっても領域(ゾーン)が出なかったのをみると、やはり考えられるのは本番のコンディションか。

 

 

(こればっかりは運か)

 

 ピザやポテトを食べ終えラーメンを啜る。

 ネイチャもカツ丼をまだまだ余裕の表情で食べていた。

 

 

「あれだな。あとやれる事は領域(ゾーン)を頼らずにもっと強くなる事だ」

 

「結局はそこに行き着きますよね~。分かってたけど」

 

 年末までにGⅠレースは3つほどある。どれも厳しい戦いになる事は間違いないが、それまでにもっとネイチャの走りを磨く以上やれる事は少ない。

 そして最大の壁とも言える強敵は、おそらく最後に立ちはだかってくるだろう。

 

 

「トウカイテイオーはどこに出てくるかねえ」

 

「ま、有記念は確定でしょうよ」

 

「だろうな。あの娘も今年はレース控え目にしてたけど、出てたレースはGⅡ、GⅢ含め全部1着。紛う事なき最強であり続けてる。ビワハヤヒデやウイニングチケットも有に出るだろうし、想像するだけで凄いレースになりそうだな」

 

「うへえ……強豪ばかりじゃん」

 

「けどそれと一緒に並び立つのがお前だぞ。最終的にテイオーに勝つなら強気でいかねえと」

 

「それはそうだけど……いや、うん、そうだね。勝つって決めたんだし物怖じしてられないか」

 

 言い淀むとも思ったがそうでもなかった。ちゃんと自信がついている。今のネイチャなら勝てる見込みは充分にある。

 トレーナーも他のウマ娘対策をちゃんと立てておかなくちゃならない。1人で勝つのではなく、2人で成長して勝つと決めたのだから。

 

 そうとなればいつだって二人三脚で挑むしかない。

 まずは目の前の大量にある料理を片付ける事から始める。

 

 

 

 

 

 

「そうそう、だから英気を養うためにも今日はたーんと食え。明日は休みだけど明後日からまた厳しいトレーニングだし、まずは月末の天皇賞(秋)まで調整しつつもっと仕上げていくぞ。2人で勝つために二人三脚で頑張るんだ」

 

「はいはい、で、トレーナーさんは次何食べるの?」

 

「あ、俺はもう何も食えないからパスで」

 

「二人三脚どこいった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ウマ娘をやっているとGⅡ、GⅢに勝つ事は当たり前になっているけど、実際考えると普通に凄い事なんだぞってちゃんと再認識しなければ小説を書く上で致命的なミスを犯しそうで毎回気を付けています。



では、今回高評価を入れてくださった、


クロノワさん、蘭童さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



ファミマコラボの商品に友情トレーニングしてるキタちゃんがいたから周年で期待していいですかね。


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55.大敗



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 10月末。

 東京レース場でGⅠレース、『天皇賞(秋)』が行われていた。

 

 

 レースも終盤に差し掛かり、ここからが盛り上がりどころだと誰もが湧いた。

 最終コーナーが終わって最後の直線になる。

 

 

「はぁ……はぁ……ッ!!」

 

 本来ならばもうスパートをかけて全てのウマ娘が先頭を狙い前線へ来るのだが、その集団の中にナイスネイチャはいなかった。

 ポジションで言えば最後方の1人。今でこの順位ならここから追い上げるのは不可能ではないがとても難しい。

 

 

(くっ、何で……!?)

 

 今日は調子も良い方だった。いつも通りの作戦で良い位置取りも出来て仕掛ける準備も出来ていたはずだ。

 それなのに、何故自分はこんなところにいるのか。スタミナ切れではない。脚もまだ残っている。末脚で今も追い上げている真っ最中だ。

 

 だけど。

 前に切り開けるだけの道が閉ざされていた。

 

 

(ブロックされてる……! みんな追い上げるために横に広がってて隙間がないッ)

 

 これでは前に行こうとしても狙えない。ジリ貧状態のままレースが終わってしまう。

 

 

 

 

 レースを見ていたトレーナーもまた、拳を握り締めていた。

 

 

(くそっ、GⅠレースだからこそ慣れてる差し作戦で行かせたけど、逆にそれが仇になったか! あの感じ、1番人気のライスシャワーと2番人気のネイチャに対策してきてるウマ娘が多すぎる。先行集団が図らずも完全にブロックしててネイチャの抜け道がなくなってるんだ……!)

 

 それだけ脅威と思われていたのか。そう捉えるだけなら高く買われていて悪い気分ではないが、如何せんこんなにもあからさまに警戒されて対策されていれば良い気分とも言えない。

 1人や2人程度なら何とかなっただろうが、GⅠレースに出る強者達がほぼ総出で壁になられるとどうしようもない。

 

 現に注目されていたライスシャワーも未だに先頭ではなく6番目ぐらいを走らされている。

 強者ほど警戒され作戦を封じられてしまう。それをねじ伏せるだけの圧倒的強さを、まだネイチャは持っていない。

 

 レース会場を響かす地響きような足音と共に、ウマ娘達がゴール板を切った。

 今まで大敗を喫した事のなかったナイスネイチャ。1着にならずとも必ず5着以内で掲示板入りの常連だったウマ娘は。

 

 初めてその掲示板から名前を消した。

 

 

 

 

 東京レース。

 天皇賞(秋)──ナイスネイチャ、15着。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 トレセン学園に帰り、いつものトレーナー室。

 当然明るい空気はなくどちらかというと重たい空気が漂っている。

 

 控え室で一言二言交わし、帰りの車でもいつもより会話は少なくそのままここへ戻ってきた。

 しかしこんな空気に耐えられる訳もなく、落ち込む担当ウマ娘のメンタルケアも仕事の内として渡辺輝は口を開く。

 

 

「控え室でも言ったけどあんま気にすんなよ。ネイチャの実力じゃ間違いなく勝てるレースではあったけど今回は運が悪かっただけだ。さすがにあんだけ前を閉ざされてたらどんなウマ娘も前にいけなかっただろうしな」

 

「うん……」

 

 17人中15位。初の掲示板を逃した上でしかも大敗。今まで何だかんだで上位に入っていただけに落ち込むのは当たり前か。

 強いと思われているが故に自慢の末脚を発揮する前に前を封じられたのだ。注目されるのも考え物かもしれない。

 

 あのライスシャワーですら6着だった。それだけレースには絶対はなく、強者が勝つとは限らない。

 そこがレースの面白さでもあるけれど、自分達でそれを思い知らされると中々くるものがある。

 

 

「悔しいか?」

 

「……うん」

 

「なら良い」

 

 あれだけブロックされれば仕方ないと言っても許されるのに、そうは言わなかった。悔しいと思える気持ちがまだある。それだけでも充分負けた価値はあったのだ。

 ネイチャの隣に座る。

 

 

「どこかで一回思いっきり負ける事も悪くないとは思ってたんだ。何せ今までずっと5着以内だったんだからな。まあその方がよっぽど凄えけど。今回の大敗で色々見えた事や分かった事もあるし、きっちりこの敗北を価値ある経験値にしようぜ」

 

「はぁ~あ、トレーナーさんは優しいですなぁ……」

 

「負ける事は勝つ事よりも学びがある。反省点や修正点も踏まえてな。今回負けたのは俺の伝えた作戦がいつもと同じすぎたのが原因だし、ネイチャの強さは俺が一番知ってる。だから次こそは勝てるように前を向く事から始めるんだ。いいな?」

 

「……トレーナーさんが前向いてんのにアタシだけ下向いてるのはおかしいもんね。……っし、オッケー、気持ち切り替えますわ。次もGⅠだしね」

 

 ネイチャは両手で自分の頬を軽く叩いた。気合いを入れ直したのだろう。

 彼女もGⅠレースに思うところがあるのか、ふんすっとやる気がアップしている。トレーナーの事情とは別にネイチャもGⅠレースに勝ちたい理由があるのかもしれない。

 

 何はともあれだ。

 

 

「よし、ネイチャの機嫌も元に戻ったし」

 

「お、じゃあさっそく今日の反省点でも話し合いますか」

 

「今日はもう帰って休んでいいぞ」

 

「……ん? え、何で!? 今の流れはこれから2人で色々話し合うとこだったじゃん!」

 

「や、元々今日は普通にレース終わったら解散するつもりだったし流れ的にはおかしくないぞ。……あ、言ってなかったっけ」

 

「聞いてないわっ。もう、せっかく頼もしかったのに台無しじゃーん」

 

 力なくソファにもたれ掛かるネイチャ。どうやら元の調子に戻ってくれたようだ。

 

 

「よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べてよく休む。これが立派な修行だって亀仙人のじっちゃんも言ってたろ。それと一緒だ。今日明日はしっかり休んで気晴らしして次のトレーニングまで英気を養う事」

 

「誰が亀仙流の弟子じゃい」

 

 ツッコミのキレも元通りになった。メンタル面はもう大丈夫だろう。

 勝敗に関わらずレースで頑張ってくれたウマ娘にはちゃんと休んでもらうのが渡辺輝のやり方だ。それはミーティングとて同じ。変に無理をさせて余計疲れるような真似は絶対にさせない。

 

 

「初めての大敗で色々思うとこはあるだろうけど、とにかく今日はもう帰って休んでてくれ。明後日からはまた来月末のGⅠレースに調整して厳しいトレーニングが続くからな」

 

「トレーナーさんは?」

 

「俺はネイチャみたいに走ってないから別に疲れてないし、今日はまだここでやる事あるからもうちょっと残ってくよ。あ、今日だけは一緒に残るとかはナシだかんな」

 

「……ちぇー、バレたか。まあトレーナーさんがそう言うなら今日は大人しく帰るとしますかね~。トレーナーさんもあんま無理しないようにね」

 

「何ならレース見てただけだし疲れは一切ないレベルだけどな。気遣い感謝する」

 

 立ち上がって自分の作業机に向かう。ネイチャも帰り支度をして鞄を肩にかけていた。

 

 

「んじゃアタシは帰るね」

 

「おう、お疲れ」

 

 軽く手を振ってきたネイチャに同じく手を上げて返す。

 バタンッとドアが閉まり部屋の中を静寂が包んだ。ネイチャが離れていく足音を確認しつつ、溜め息を一つ吐いた。

 

 

「……ふぅ」

 

 手元を見る。ぷるぷると握り締められていた左の拳が震えていた。

 右隣にいたネイチャからの死角。左手を開くと爪が喰い込んでいた跡があった。それだけずっと強く握っていたのか。

 

 多分ネイチャには気付かれていないとは思う。平静を装いつつ会話を続けられていたから、見られてもいないはずだ。

 15着という初の大敗。それもGⅠレースで。上手く走れていれば勝てたかもしれないチャンスを阻まれた。これもレースならではだから仕方ないと言えば仕方ない。

 

 だけど、悔しい気持ちの方が大きいのもまた事実。

 

 

(今回の敗因は俺にある。ネイチャの実力を信じて普段通りに走らせた事。あんなにも多くのウマ娘に対策されてると思わずに過信しすぎていたから負けたんだ)

 

 どんなに強いウマ娘でも道がなければ前に行く事はできない。強引に行ってもし何かあってしまっては遅いのだ。

 それらを含めてもっと相手のウマ娘を分析し何をしてくるのか対策を考えておくべきだった。勝つ事に拘り過ぎて相手がどんな対策をしてくるか警戒を怠ってしまったのも原因だろう。

 

 普段ならそれも踏まえて作戦を練るべきなのに、それらを考慮していなかった。

 何故か。

 

 

(……まさか、焦ってるのか?)

 

 GⅠに勝たないといけない。渡辺輝にはもうチャンスが2回しか残されていないのだ。

 来月末のジャパンカップと年末の有記念。どちらかで勝たないと来年の春にはもうトレセン学園を離れなければならない。

 

 分かっていて隠しながらも冷静に対処をしてきてるつもりだった。平静でいられると思っていた。

 だけど、もし心のどこかで焦っていたとしたら。

 

 

(ふざけんな。それじゃ俺がネイチャを信じてないみたいじゃねえか!)

 

 振り切る。ネイチャは勝つ。それを成し得るだけの力と素質を持っている。

 それなのにこんな邪念が浮き出てしまうとしたらそれは自分のトレーナーとしての力が未熟だからだ。

 

 滝野勝司の元でサブトレーナーとして修業を積んできたけれど、トレーナーとしてはまだ新人の部類にいるのが自分だ。

 ベテランの弟子がベテランになるとは限らない。そこには才能と努力の壁が立ちはだかる。ならばそれを超えるために出来る事を考えろ。

 

 

(俺のメンタルと未熟さがネイチャの敗因になってるとしたら、それを払拭するくらいの技術を身に付けるしかない。こんな事は他のトレーナーだっていつもやってる。なら俺はその上を行かなくちゃネイチャに見合わねえ。ネイチャの力をフルに発揮させてやるぐらいの努力をもっとしないと勝てる見込みも少なくなる)

 

 大量の資料と記録映像のDVDをテーブルに置いてソファに座る。

 やれる事は限られている。ならそのやれる事を全てやり尽くせ。一寸の隙間もなくデータを頭に詰めこめろ。

 

 相手の分析と対策。自分達が対策をするだけでなく、相手がこちらをどう対策してくるかすら考えて更にその上にいけ。あらゆる活路を見出せるように準備を整えるのがトレーナーの仕事だ。

 死力を尽くしてウマ娘のサポートに徹底し勝たせてみせろ。

 

 

 

 

「2人で勝つんだ……ネイチャと2人で……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 






ネイチャの前ではお気楽そうに、いない場所では努力を惜しまない。
こうしてみると結構似てる2人なんですよね。

さて、この作品も最終章に近くなってまいりました。



では、今回高評価を入れてくださった、


柳瀬川さん、ななな5629さん、しろくま2さん、滄海さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



アニバ前にアルダンとアヤベさん追加してくるのはズルいやん……。
キタちゃん待ってるかんな!


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56.夕陽差し込み何思う



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 11月上旬。

 月末のジャパンカップに向けてミーティングをする予定のネイチャは授業が終わるとすぐにトレーナー室にやってきていた。

 

 部室よりもトレーナー室で過ごす事の方が多くなった今、ノックなんてするはずもなくいつも通り部屋に入る。するとトレーナーの渡辺輝がソファに座ったまま何かを呟いていた。

 テーブルの上には資料らしきものとレース映像のだろうか、そのDVDが何枚も重ねて置かれている。

 

 何やらブツブツ言っているようだ。

 

 

「(今回は海外のウマ娘もいるけどデータが少ないな。もっと何か参考になるような映像を探すか? けど昨日も大分探してそんなに見つからなかったし、変に時間を取られるのも惜しい。まずライスシャワーとメジロパーマー、ウイニングチケットやマチカネタンホイザとかここにいるウマ娘達の対策を万全に練って、それから時間が少しでも余れば海外のウマ娘達の資料を探すのが効率的にもいいか)」

 

(あー、いつものね)

 

 案の定ネイチャが来たのに気付いていない。ずっと資料と睨めっこしている。

 トレーナーの癖と言うべきか、はたまた考えを口に出す事でより集中できるのかは分からないが、トレーナーは集中している時よく独り言のようにボソボソと口に出しているようだ。

 

 こうなっていると話しかけない限り周囲に誰がいるかなども全然気付かないらしい。この約3年間一緒にいて分かった事である。

 完全に自分の世界に入っていた。もはやこれも一種の領域(ゾーン)なのではないかとネイチャは内心冗談めいたように思ってみる。

 

 とりあえず今日はネイチャを入れてのミーティングなので元の世界に帰ってきてもらう事を優先させた。

 

 

「トレーナーさ~ん、ネイチャさんが来ましたよ~って」

 

「(パーマーの大逃げ作戦は今回炸裂するかどうか……された場合レースを引っ張られて余計にスタミナ奪われちまう危険性があるな。ライスは標的がいれば一点集中で恐ろしいけど、今回に至っては海外勢相手にどう対応するのかまだ分かってない状況だろうしこちらも判断は早いか。タンホイザはふとした時のど根性から来る末脚がどこで発揮してくるか、ウイニングチケットに関しては警戒しなくちゃいけない部分が多すぎてもっと記録映像を見返す必要がある)」

 

「……今日は一段と集中してんね。ったくもう」

 

 全然こちらに振り向く気配すらない。目線はテーブルの資料へ一直線だ。視界が狭いどころの話ではない。

 こうなれば仕方ない。普通に声を掛けても気付かないなら隣に座ってやる。

 

 

「(こうなってくると余計海外勢のデータが欲しくなってくるな。全員の走り方を完全に詰め込んでどんなレースをするのか疑似的に頭の中で少しでも鮮明に思い浮かべたいし、今日もここで泊ま)」

 

「はいそこで一旦ストップねー」

 

「え? って、あれ、ネイチャ? 何でここに?」

 

「いやトレーナー室だからですけど。ミーティングだからですけど。てか何もなくても来ますけど」

 

 キョトン顔で見られても逆に困る。こっちは時間通りに来たというのに何故疑問に思われないといけないのか。

 

 

「ああ、そうか。もうそんな時間になってたか。集中してたら時間経過が狂うな」 

 

「まーたボソボソ1人で何か言ってたよ。トレーナーさんの癖は相変わらずだねえ」

 

「1人暮らしで家に話し相手とかいなかったら結構独り言話すようになるんだよなあ。今はネイチャが割と家に来るから頻度は少なくなったと思うけど」

 

「バチバチに1人で喋ってたよ」

 

「それはほら、あれだよ。今言った通り集中してたから」

 

 取り繕うように言いながら、テーブルの隅に置かれていたコップを取ろうとして中身が空になっていたのに今気付いたらしい。

 多分家で1人の時は普通に独り言を言ってるんだろうとネイチャは結論付けた。もっとトレーナーの家に行こうかなと、どういう口実で攻めようか密かに考える必要がある。

 

 とりあえずその話は一旦心の引き出しに入れておく。

 今はミーティングが最優先だ。

 

 

「さ、まずはちゃちゃっと本題に入りますかっ。ジャパンカップまでにやらないといけない事はたくさんある訳だし」

 

「そうだな。詰めれる所は詰めていこう」

 

 勝負は既に始まっているのだから。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 何時間たったか。

 既に陽は傾き始めていた。

 

 変な無駄話も入れず、たまにコーヒーを口に含むだけの手間さえ省けばこんなにも詰めたミーティングをしたのは初めてかもしれない。

 そしてネイチャは改めてトレーナーへの関心を再確認した。これだけ分かりやすく相手の対策とデータを詰め込んで話してくれるのはこちらとしてもとてもありがたい。

 

 本人はまだ完全なデータが足りないから不確定ではあるけど、と言っていたが大体どういう走りをすれば疲れにくいか、良いポジションにつけるかなどコースや対戦相手の走りを想定して対策を練ってくれている。

 逆に言えば、どれだけ時間を費やせばここまで相手の事が分かるのか想像もつかない。

 

 

「とまあ、今の段階でこっちに出来る対策はこのくらいかな。出来れば海外勢の映像をもっと見たいんだけど、生憎記録映像もそんなにないし向こうに知り合いのトレーナーもいないから全部は分からずじまいだ。だからまずは中央(ここ)にいるウマ娘達の対策を完璧にこなす事を最優先にって感じでいいか?」

 

「オッケー、それに合わせたトレーニングメニュー組んでくれてるって事でしょ? ならアタシはそれをこなすまでだし」

 

「そゆこと。っと、気付けばもうこんな時間か。休憩も入れずに話しっぱなしってのも結構疲れたろ。現状出来る事は全部話せたし、今日は早めに終わっとくか?」

 

「アタシは全然大丈夫だけど、んー……そうだね。気になる事もあるし一応今日は終了にしときますか」

 

 そう言ってネイチャはテーブルにあった資料達をそそくさと片付け始めた。

 多分、これらが原因なのだろうとは思う。

 

 

「片付けくらい俺がするぞ。元々全部自分で用意したんだし」

 

「ダーメ。トレーナーさんも今日はこれで仕事全部終わってるんでしょ? じゃあ終わりなら終わりでしっかりスイッチ切り替えないと体がもたないよ」

 

「いや、俺は大丈夫だけ」

 

「目に隈、できてるよ」

 

 ずっと気になってはいた。ネイチャは恋心を自覚してから以前よりもっとトレーナーの顔を見るようになっていたからかすぐに気付いた。

 普通の人よりも寝るのが好きなトレーナーだから、寝不足になるような事だけは決してしないと思っていたがそうでもないのか。

 

 

「あー、まじか。鏡見てないから分からなかった」

 

「寝不足になるなんて珍しいね」

 

「まあ、色々見てたら少しな……ふぁあ、やべ、落ち着いたら急に眠気が」

 

 あれだけミーティングに集中していて緊張が解けたからか、一気にトレーナーが瞼を重そうにしていた。

 うつらうつらしながら首を振ってはを繰り返している。

 

 

「じゃあ1時間ほどここで仮眠していけば? アタシが見といてあげるからさ」

 

「え、それは悪いしネイチャは帰ってくれていいぞ。俺も家まで踏ん張ってから思いっきり寝ようと思ってるし」

 

「今でそんだけ意識ふわってんのに帰り道にいきなり倒れて寝られたらそれこそ気が気じゃないし。いーから一旦ここで寝なって。早めにミーティング終わったおかげで下校時間までまだ余裕あるしさ」

 

 トレーナーを思う気持ち半分また寝顔が見れるという気持ち半分であった。

 どちらも本心なので悪意は一切ない。恋する少女はこういう時に限って何気に押しが強かったりするのだ。

 

 そしてここまで言われたトレーナーも観念したのか、ほんの少し苦笑いして首を縦に振った。

 

 

「じゃあお言葉に甘えて少しだけ仮眠させてもらうよ。誰か来たら起こしてくれ」

 

「はいはい、ネイチャさんにお任せあれ~」

 

「ようやく泊まり込みの徹夜からひと眠りできるなぁ……」

 

「…………ん? 泊まり込み? 徹夜? えっ、それってどういう」

 

 健康面的に聞き捨てならない事を聞いて隣を見たら既にトレーナーは夢の世界へと旅立っていた。

 それだけ限界だったのか。座ったまま寝ているので首を痛めてしまいそうな寝方だ。某名探偵アニメに出てくる催眠針で眠らされた人みたいになっている。

 

 

(寝るの早っ)

 

 これでは何も言えない。何度かトレーナーが寝ている所に遭遇した事はあるが、一度寝たら時間になるまで中々起きないのが渡辺輝だ。

 アラームを1時間後に設定しておく。そしてこのままじゃ首を痛める可能性があるのでどうしようかと、せめて枕代わりになる物を探して横にしてあげようと考えている時だった。

 

 コツンッと、バランスを崩したトレーナーの身体がネイチャに寄りかかってきたのだ。

 つまりドラマやマンガなどでもよくある、寝ている想い人に肩を貸すあのシーンである。あれが突然やってきた。

 

 

(ホァァァああああああああーッ!?)

 

 寝顔が見たいとは思っていたけどこんなイベントがやってくるなんて思っていなかったネイチャは当然尻尾諸共毛が逆立った。

 綺麗にネイチャの肩に収まったトレーナーへ顔を向けられる状態でもない。

 

 枕代わりになる物をと思っていたけど、まさか自分のツインテールを枕にされるとは思わないのが普通だ。

 これでは身動きができない。何ならトレーナーの寝顔を見ようとすると髪も動いてしまうから振り向けもしない。完全な手詰まりである。

 

 

(自分で寝ていいって言っておきながら今更起こすのも悪いし、てか起きそうにないけど。これ誰か来ても対応出来なくない!? お願いだから誰も来ないでー!)

 

 何だか膝枕の時のデジャヴを感じるがもうどうしようもない。このまま1時間待つしかないだろう。

 ある意味寝顔を見るよりも役得なシチュエーションにはなったが、色々飛び過ぎて思考がまとまらない。とりあえず一旦深呼吸をする。

 

 

(……うん、まあ、これはこれでアリ……かな)

 

 思考をリセットした結果、美味しいシチュはバッチコイという結論に至った。

 ここまで来たならもういっそこの時間を大いに満喫する事に決めたネイチャ。1時間という何もしないならゆったりと流れていく空間を堪能するだけである。

 

 右手は解放されているので、起きないとは思うが一応警戒しつつスマホのカメラを起動して自撮りモードにする。

 ちょっとした背徳感はあるものの、この貴重な瞬間を残さないという選択肢は恋する乙女にはなかった。小さな撮影音がトレーナー室に響く。

 

 

(……おー)

 

 撮った写真を見て、思わず口角が上がってしまう。何も知らない人が見たら恋人の寝顔とツーショットで写真を撮っているようにしか見えない。

 思わぬ臨時収穫だ。これは万が一にも誰かに見られる訳にもいかないので秘蔵のフォルダに入れておく。ちなみにそのフォルダには既にトレーナーと普通に撮った写真や過去に寝顔を撮った時の写真などが入っているのは内緒だ。

 

 これを見られたら恐らく1ヶ月は引きこもってしまうかもしれない。スマホもロックをかけ厳重に保管しておく。

 元々やる事がないのでスマホを置いて物思いにふけてみる。

 

 

(昨日からここに泊まって寝てないって事だよね)

 

 という事は家に帰っておらず、そのままここで寝ずにずっと作業していたという事になる。

 人よりも寝るのが好きで仕事とプライベートはきっちり分けるタイプのはずなのに、寝る間も惜しんで資料と睨めっこしていたのか。時間を忘れるほどに、自分のためにここまでしてくれていたのか。

 

 ネイチャが勝てるように、2人で勝利を掴むために努力を続けてくれている。

 だから惹かれた。自分のためにここまでしてくれる人がいるから、ネイチャは諦めずにここまでやってこられている。

 

 思いを無下にはしたくない。

 テーブルの上に片付けられた資料達を見る。まだまだやる事はたくさんあるけれど、きっとこの先もトレーナーと2人ならどこまででもやっていけるような気がした。

 

 室内に夕陽が差し込み、部屋全体をオレンジに染め上げられていく中。

 少女は静かにこう思った。

 

 

 

 

 

 

(こんな日がいつまでも続いてくれたらいいなあ)

 

 

 

 

 

 

 





はい、今回はあえて過去にあった膝枕回と似たような話にしました。
あの頃からの関係の変化、成長などと少し違った雰囲気を感じていただければなと思います。



では、今回高評価を入れてくださった、


Amber birdさん


以上の方から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!




1周年おめでとうございます!
キタちゃん無事天井してマチタンも☆3にしました!!推しは初日に引くのが愛ってもんよ。マチタン☆2だったから比較的入手しやすくて助かりました。
あと1回天井分残ってるのでダイヤちゃん来たらやります(鋼の意志)


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57.終わりのその先に



お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 11月末。

 GⅠレース『ジャパンカップ』当日。

 

 本格的な冬の時期に入り寒さも増していくばかりの今日も、快晴という天気に恵まれ陽光が東京レース場の芝を照らしつけていた。

 その控え室で、渡辺輝とナイスネイチャは最後のミーティングをしている最中だった。

 

 

「世界中から強いウマ娘が集まってるけど、やる事は変わらない。作戦はさっきも伝えた通りだ」

 

「うん、分かってる。最善は尽くすよ」

 

 見ている限りネイチャの調子は悪くなさそうだ。変に緊張している様子もなく落ち着いている。

 

 

「出来得る限りの対策はしたし、それに伴う努力もしてきた。大丈夫、お前ならやれるさ」

 

「簡単に言ってくれますなぁ。けど、そうだね。これでもかってくらい一緒に相手のレース映像とか見まくったし、大体のリズムとパターンも読めるようになったからある程度は対応できると思う。ま、結局は走ってみなくちゃ分かんないけど」

 

「レースに100%の勝率なんてないしな。完璧に仕上げたとしてもそれで絶対に勝てるなんて事はないんだ。だから気負わず走っていいからな。いつも通り、走る事を楽しんでこい」

 

「よっし、そんじゃ行ってくるね」

 

「おう」

 

 ネイチャを見送る。渡辺輝としてはネイチャに走る事を常に楽しんでいてほしい。もちろん勝てるならばそれに越したことはないが、勝利に拘りすぎて走る事への楽しさを見失えば、ウマ娘としての本質とは合っているとしても渡辺輝の掲げている信念とかけ離れてしまう。

 どうあがいても勝敗が付いてくるのがレース。ならせめて勝っても負けても後味の良い走りをしてくれれば何も問題ないと思っている。

 

 自然と拳に力が入っていた。

 ネイチャには純粋に走る事だけを考えていてほしい。だから自分の事情は何も話していないし、話すつもりもない。余計な心配はレース中にいらぬ思考を与えてしまいかねないからだ。

 

 残されたチャンスは今日のジャパンカップを入れてあと僅か2回。それによって結果は変わってくる。

 しかし、負けよりも勝つ事を信じているのもまた事実だ。だから渡辺輝はネイチャのいる前では普段通りの言葉を投げかける。そうやって、彼女が勝てると思っているから。

 

 ドアを開けて自分も観客席へと歩き出す。

 世界の強豪達へ挑戦する少女を見届けるために。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 東京レース場。GⅠ『ジャパンカップ』。

 芝、良。距離、2400m。天候、晴れ。左回り。

 

 

 

 

 滞りなくレースは進み、最終直線に向かおうとしていた。

 現在ネイチャは16人中5番手の位置にいる。位置取りも問題なくスタミナを残しつつ着々と順位を上げている最中だ。

 

 

(今のところ作戦通り……。みんなの走り方も対策通りっていうか、そもそも大きな作戦変更はしてないって感じかな)

 

 ここまで走ってきて感じた事は、あれだけ自分が対策されていた場合の対策を考えていたが、意外にも他のウマ娘達は対策という対策をせずにこれまで通りの走りをしている。

 誰か特定の者に向けたレースを誰もしていない。各々が自分のレースを繰り広げていると言えば正しいか。

 

 正直に言えば少し拍子抜けというのがネイチャの感想だ。しかし今はレースの真っ最中。ネイチャとて油断は一切しない。

 だから相手がみんな普段通りなら、ここで自分がレースの全てを変えるチャンスでもあるという事。

 

 

(みんながいつもと同じレースをしてる分こっちはこっちでやりやすいし、スパートを掛けてきてる娘もいる。ならアタシはここで少しでも優位に立つ!)

 

 それぞれがペースを上げてきた中、ネイチャは一気にスピードを上げた。

 全員が最高潮に入る前に、自分は先に最高速度を出しておいて数センチでも距離を縮めて広げていく。

 

 自分が前に行ける分のスペースはある。そこを狙ってぐんぐん足を進めていく。

 前後の足音が次々大きくなっていくのを肌で感じた。みんなこの最終直線でまず誰を差すか決めているのだろう。

 

 

(アタシが差すべき相手は……先頭ッ!)

 

 後ろの足音は気にも留めない。自分よりも前に行かせる気なんて更々ないのだから。

 強く足を踏み込む。トップスピードから更に末脚で上乗せさせる。4番手、3番手と順位を上げていく。

 

 あと前にいるのは最初からずっと先頭にいてレースを引っ張っていたウマ娘と、中盤から徐々にスピードを上げて2番手についていたウマ娘。

 一緒に逃げていたメジロパーマーは既にペースダウンして後ろにいるし、ライスシャワーは依然上がってこないが、まだ来ていないダービーウマ娘のウイニングチケットが少し気がかりか。

 

 

(それでもアタシは前に行く。行って……勝ってみせるんだ!)

 

 2番手のウマ娘までの差を2分の1まで縮めた。そこからまだ速度を上げてクビ差まで追い詰める。

 ゴール板までの距離はあと200mほど。先頭のウマ娘とはまだ1バ身ほど離れているか。

 

 

(中々スピードを落とさないっ。いいや、あんだけ逃げてまだスピードが上がってる……!?)

 

 自分も今は最高速度に達したまま走っている。だけど、それ以上に先頭のウマ娘はまだ先にいる。2番手にいたウマ娘を抜かすも、先頭との距離はまだ縮まらない。

 そして、前だけに意識を集中して後ろを蔑ろにしていると警戒心を怠ってしまう証拠だろう。

 

 2番手のウマ娘を抜いた瞬間、別の気配がすぐ後ろにあった。

 

 

(なっ……ここで上がってくんの!?)

 

 ウマ娘にとって一生に一度しか出られないレース。日本ダービーを勝ち取ったウマ娘、ウイニングチケットがここに来てもの凄い勢いで上がってきたのだ。

 気付けばすぐ隣まで迫って来ている。先頭がどうとか言っている場合じゃなくなってきた。このままではまずい。

 

 

(もっとスピード上げなきゃ、あれだけ練習して対策してきたんだから……!)

 

 決して舐めていた訳ではない。トレーナーが言っていたように100%対策したからといって勝てるほどレースは単純ではないから。

 それを分かっていた上でネイチャも油断は一切していないし即座に対応できるくらいトレーニングを積んできた。

 

 それなのに、そこを乗り越えてくるのが強豪達なのだという事も知っているのに。

 自分の全力を以てしても勝てないものがあるのかと思ってしまうほど、他のウマ娘は強いのか。

 

 そもそもの話であった。あるいはネイチャと渡辺輝の見誤りか。

 前回のレースと違って大きな作戦変更や相手のウマ娘に対策をしてくるウマ娘がいなかった今回のレース。

 

 世界中から集まった強豪みんながみんな、普段通りのレースを展開していた。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、そこから導かれる結論はただ一つ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無駄な小細工など通用しない。己の脚で全てを捻じ伏せる圧倒的なレースを見せ客を魅了できる者が、ここに集結しているのだ。

 ネイチャも間違いなくその1人で、今も先頭集団を走り客を沸かせているにも関わらず、自分がとんだ勘違いをしているのだと思い知らされた。

 

 

(届か、ない……!)

 

 

 

 

 東京レース。

 ジャパンカップ──ナイスネイチャ、3着。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

「惜しかったな」

 

「そう、だね……」

 

 レースが終わった後の控え室では、そんな会話があった。

 

 

「ウイニングチケットとはアタマ差だったし、1着のウマ娘とは1/2差だった。ダービーウマ娘を追い詰めて海外のウマ娘達にも競り勝って総合的に見れば大健闘なんだ。そう気を落とす必要はねえよ」

 

「まあ、そうなんだけどさ……。けどやっぱ強いなあって。アタシも出せる全力出したんだけどなぁ」

 

「全力出して負けたんなら悔いもあんま残んねえだろ。悔しさも糧にして次に繋げりゃいいさ。ジャパンカップで3着なら充分誇って良いぞ」

 

 世界の強豪達を押さえ3着ならば誰も文句は言わないだろう。むしろ今後のネイチャの注目度は上がり大躍進とも言える。

 前回の大敗からここまで活躍できるなら次も期待できると言っても過言ではない。

 

 パンッと空気を変えるためにトレーナーは手を叩いて、

 

 

「それより3着だったんだからウイニングライブがあるだろ? 反省会とかもあるけど、まずは観客にライブでもっと笑顔になってもらわないとだし、応援してもらった分をしっかりと返してこい」

 

「……うん、分かった。お客さんに暗い顔見せらんないし、いっちょ行ってきますわ」

 

「おう、もうライブも慣れたもんだしな」

 

「早くGⅠで勝ってセンターで踊りたいもんですけどね~」

 

 観念したようにネイチャは両手を広げてから控え室を後にした。

 足音が遠くなっていくのを確認し、トレーナーはふぅと息を零す。

 

 今度は自然でもなく、自ら強く拳を握った。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

「……あ、ありゃりゃ、お守りポッケに入れたまんまだった。ん~、一旦控え室に戻るか」

 

 衣装室に行っている最中のネイチャは勝負服の中にレース祈願のお守りが入ってる事に気付いた。

 借りる衣装の中にお守りを入れておくのも考えたが、もし衣装の中に忘れてしまったらと考えたら一旦控え室に戻る方がいいだろう。

 

 そそくさと控え室に向かい、ドアに近づこうとした瞬間。

 ガンッ!! という大きな音が聞こえた。いきなりの音にネイチャの尻尾と耳が少し逆立つ。

 

 しかし、ネイチャの鋭い聴覚を持つウマ耳で聞こえた音源は、

 

 

(アタシの控え室から……?)

 

 確かにネイチャの控え室から聞こえたはずだ。ネイチャが出てからまだ1分も経っていないから不審者という訳でもない。

 つまり、

 

 

(トレーナーさん、だよね? 何か物でも落としたとか)

 

 にしてはでかい物音だったと思いながらドアノブに手を掛ける。

 一応、恐る恐る静かにドアを開けると案の定トレーナーがいた。トレーナーは少し不自然なポーズをしているようにも見える。

 

 壁に手をかけているのか、やはり何か物でも落としたのか、覗き込んでも床には何も落ちていなかった。

 そしてネイチャはもう一度トレーナーを見る。今度は確かな違和感があった。壁に手をかけてもたれているとでも思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

 握り拳だった。

 音源の正体は強く強く握り締められたトレーナーの拳が壁に打ち付けられた音だったのだ。

 

 

(え、何で……トレーナー、さん?)

 

 声を掛けようともしたけど上手く声が出ない。僅かに開けられたドアの隙間から覗き見るのが精いっぱいだった。

 だからトレーナーもこちらには気付いていない。まるで自分の世界に入っているように見える。普段から優しいはずのトレーナーの行動に頭が混乱しだした。

 

 どうして。何で。壁を殴るような事をしたの。そんな疑問ばかりが出てくる中で、答えはすぐに出てきた。

 トレーナーの口が開いたのだ。

 

 

「くそ、俺のせいだ……」

 

 見覚えがある。彼の癖だ。

 トレーナーは以前から集中したり1人になると独り言を呟くような癖があった。ネイチャが見てる事も今は気付いていない。

 

 例え小さな呟きだとしてもネイチャの聴覚は凄まじいもので、聞こえてしまう。

 

 

「前回のレースで対策されてたからって、今回も徹底的に対策されてる訳じゃないのは少し考えりゃ分かってたはずだろうが。海外勢がいる時点で変に手を打つより地力をもっと上げるべきだったッ」

 

(アタシの前じゃそんな事言わなかったのに……)

 

 あのトレーナーが壁を殴り見た事もない悔しそうな表情で自分を責めている様子は、とても見られるものではなかった。

 

 

「俺がもう少し視野を広くしてれば何か変わってたかもしれないのに、こんなんじゃ本当に間に合わなくなっちまう」

 

(……?)

 

 間に合わなくなるとは、いったい何がなのか。そういう疑問も今は聞ける雰囲気ではない。

 トレーナーがあれだけ自分のために徹夜してくれたり研究してくれていたのをネイチャは知っている。だからトレーナーの期待に応えられなかった自分が不甲斐ない。

 

 そんな思いさえ出てくるのに、彼は今も自分を責め続けている。今すぐ飛び出して否定してあげたいのに何故かそれができない。

 自分には絶対に見せないように配慮してくれた彼の前に出ていったい何が出来るのか。レースの時はあんなにも足を前にと思っていたのに、今は全然前にいかない。

 

 

「ナイスネイチャさーん、もうすぐライブが始まっちゃいますので早めに準備お願いしまーす!」

 

「っ……はい」

 

 スタッフに呼ばれて我に返る。

 多分、自分は今ここでトレーナーの前に出るべきではない。心の中に仕舞う。次会ったらトレーナーはきっといつも通りに接してくれる。

 

 だから自分もここでは気持ちをリセットしろ。

 トレーナーのために何が出来るか考えろ。

 

 もう負けてしまったレースは取り戻せない。

 だから、次へ繋げるんだ。

 

 控え室から離れる。レース勝利祈願のお守りをポッケに入れ、次こそはと。

 

 

 

 

(トレーナーさん……次は、勝ってみせるから)

 

 

 

 

 

 

 ネイチャが知らないタイムリミットまで、約1ヶ月。

 

 

 

 

 

 

 

 






かろうじて秘密は知られていない様子。



では、今回高評価を入れてくださった、


キヌツムギさん、凉暮月さん、扶桑畝傍さん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!



新シナリオやっばい。


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58.その時は突然に


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 12月も中旬に入り、トレーニングも厳しさを増していた。

 今年最後のGⅠレース、有記念まで残された時間も多くはない。

 

 少ない期間で成長できる所は全て鍛えていく覚悟でいかないと到底勝てるレースではないのだ。

 人気投票で選ばれたウマ娘が出られるレース。つまりはそれだけ注目されていて間違いなく強いという事。対策はもちろんだが、こちらの地力ももっと上げていかなければならない。

 

 時間を有効に使って少しでも鍛える必要があった。

 そこで今行われているのが、

 

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

「とりあえずあそこまで走り切ったら一旦休憩だからな。ペースは落とさずフォームもそのままで行くぞ」

 

 真冬の朝練であった。

 白い吐息を吐きながら走っているネイチャを自転車に乗りながら隣で一緒に走行している。走り込みではなくスタミナをつけるのが目的なため、変にスピードは出さなくていいし自転車で追いつけるレベルだからちょうど良かったりする。

 

 ただし人間のランニングとは違ってこれはウマ娘のランニングだ。そういう意味ではトレーナーも自転車を漕ぐスピードは普段よりも速くしなければならない。

 幸い早朝という事もありこの河川敷には人もほとんどおらず、気兼ねなく走れるという点ではもっとスピードを出しても良さそうではあるが、これ以上速くなったらネイチャに追いつけないのでペースはトレーナーが決めるようにしている。

 

 そうこうしている内に決めておいたゴール地点までやってきた。

 

 

「ふぅ……どうだった? 一応ペースもフォームも崩さなかったと思うんだけど」

 

「ああ、見た感じ呼吸のリズムも一定だったし他もネイチャの言う通り全然良かった。スタミナアップとフォームの改善点も特に見当たらないし、あとはやっぱ走り込んで末脚と地力のスピードを上げていくか」

 

「オッケー。……にしても朝練付き合わせちゃってごめんね。睡眠時間減っちゃったし寒いでしょ?」

 

 真冬の中を長距離走ってかいた汗をタオルで拭きながらネイチャは言う。

 既に息が整っている事に少し驚きつつも白い吐息を吐いてから、

 

 

「ネイチャがもっと強くなりたいなら俺はどこまでも付き合うから気にすんな。自転車漕いで体も結構温まってるし。顔面だけくそ寒いけど」

 

「自転車だとモロに顔に冷たい風当たるもんね。いつもみたいに完全防寒装備すればいいのに」

 

完全防寒装備(フルアーマー)だとめちゃくちゃ自転車漕ぎづらいんだよ……」

 

 自転車を止めて2分程度でもう寒く感じてきた。やはり真冬でも早朝は特に寒い。

 寒がりのトレーナーにとってただのダウンジャケットとズボンでは軽装備にも程がある。手袋の中の指先まで冷たくなってくる始末だ。

 

 腕時計を見るために袖を捲くる事すらしたくないのでポッケからスマホを出して時間を確認する。

 時刻は朝の7時。6時から集まったので1時間はたっている。世間の学生達ならちょうど今頃から起き始める時間帯だろう。

 

 周囲を確認する。河川敷にはまだ誰もいない。まるで貸切り状態だ。

 広大な景色の中、2人だけしかいない感覚に不思議な気持ちを抱きつつも振り切ってネイチャを見る。首にタオルを掛け飲料水を飲んで朝陽を見ていた。

 

 

「……、」

 

 澄んだ空気と朝陽の光でより一層少女の容姿の良さに拍車がかかったように思える。

 まるで一つの作品のようだった。渡辺輝は数秒間、無意識にネイチャだけを見つめていた。その視線に気付いたのか、ふとネイチャがこちらに振り向く。

 

 

「どうしたの?」

 

「……あ、や、何でもないよ」

 

「?」

 

 分からなそうに首を傾げている仕草までも様になっている事から、最初に出会った時よりもやはり成長しているんだなと感じる。

 思考は大人でも見た目はまだまだ少女だったのに、今ではもうすっかり美少女だ。これでたまに商店街に行くとおばちゃん達と普通に会話するのだからギャップを感じてしまうのも無理はない。

 

 ここまで彼女は成長したのだから、やはりレースでも勝たせてやりたい。それだけの実力があるからGⅠレースを勝つという夢を叶えさせてやりたいと思える。

 邪念を払う。担当ウマ娘に見惚れるなどちょっとした問題になりかねん。信用問題になったらどうなってしまうか、考えるだけでこの真冬よりもエグい冷気を浴びそうだ。

 

 振り切るようにトレーナーは口を開く。

 

 

「幸いまだ誰もいないし、時間もまだあるからこの直線で走り込みトレーニングでもするか。芝とは違う地面だし気を付けながらだけど」

 

「お、いいねー。いっちょやってみますかっ」

 

 こうして早朝トレーニングは登校時間まで続いた。

 

 

 

 

「くぁ……」

 

「やっぱ眠いんじゃん」

 

 朝のトレーナー室。着替えを終えたネイチャとトレーナーは朝のHRが始まるまでの間ここでのんびりする事にした。

 といってもあくびをしているトレーナーは手を止めずずっとPC作業でキーボードをカタカタと動かしている。

 

 

「まあな。けどお前のためなら苦でもないよ。これからも朝練とか自主練したかったら俺に言えよ? トレーナーがいた方がアドバイスも出来るし」

 

「ん、そのお言葉には素直に甘えさせてもらいますわ。ふへへー」

 

 何だかにんまりしているが意図は分からない。強くなれている自覚でも出来たのだろうか。

 ネイチャ的には少しでもトレーナーと一緒にいられる時間が増えるからという理由であろうが、このウマ娘バカは当然気付くはずもなかった。

 

 またあくびが一つ。

 少しコーヒーでも淹れようと席を立つ。まずポットに近づいて気付いた。湯を沸かしていないから待たないといけないのだ。

 

 

「保温にしとけばよかった……」

 

「眠気覚ましたいならこれでもいる?」

 

「……ナニコレ」

 

 ネイチャが差し出してきたのはタッパーに入った紅いしわしわの球体。

 つまりは。

 

 

「梅干し。ほい」

 

「むぐぁッ……すッッッぱ!?」

 

 半ば強引に梅干しを丸々一つ口に入れられた。

 瞬間、口の中が刺激でいっぱいになる。口内で何かが爆発でもしたのかと思うほどだ。

 

 

「朝の梅干しは健康にいいからって商店街のおばちゃんに貰ったんだよね。疲労回復にもいいし、トレーナーさんも結構自転車漕いでたからちょうどいいっしょ?」

 

「にしたって丸ごといきなり口に入れるか!?」

 

「ほら、目覚めたじゃん」

 

「だからって……あれ、確かに……」

 

 気付けば意識もはっきりしていた。突然の刺激だから一時的な処方でしかないが、これならお湯が沸くまで眠気も我慢できそうだ。

 タイミング良く梅干しを持っていたネイチャに感謝する。

 

 

「あ、じゃあアタシはHR始まるからもう行くね」

 

「ん? おう、もうそんな時間か。しっかり勉強してくんだぞ」

 

「分ーかってますって。んっ……じゃね」

 

 最後に梅干しの汁でも付いていたのか、人差し指をほんの少し舐めて少女は部屋を出ていった。

 年頃の女の子がはしたない、なんて思う訳でもなくネイチャでもあんな事するんだなーとしか感じず自分の席につく。

 

 そしてお湯が沸くまで1分ほどとなり、少しでも作業を進めておこうとした時にふと思い出す。

 

 

(あれ、そういや強引に梅干し入れられた時にネイチャの指がちょっと口ん中入ったような気したけど……さすがに気のせいか)

 

 思い直してPCの画面に視線を戻す。

 ネイチャにも指摘された眠気は、おそらく朝練のせいだけではない。最近夜更かしが続いているせいでもある。

 

 今年最後のGⅠレース『有記念』。

 そこで全てが決まってしまう。ある意味、残された時間はもう僅かだ。1分1秒も無駄にはしたくない。

 

 

(有記念にはトウカイテイオー、ビワハヤヒデ、ウイニングチケットやライスシャワーも出る。今まで以上に強敵が揃ってる中でネイチャを勝たせるためにはどうすればいいかもっと考えないと)

 

 ネイチャとの契約を終わらせないためならば、渡辺輝は秘密を最後まで守りながら死力を尽くす事ができる。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 昼休み。

 ネイチャは廊下を歩いていた。

 

 今日はマヤノ達と一緒に食べたため、トレーナーには朝練の時に渡しておいた弁当を食べてもらう形となった。

 そして何で今1人で廊下を歩いているというと、

 

 

(ターボは、来てないか……。昼ご飯食べた直後に校内サイレント鬼ごっこしようなんて正気かっての)

 

 廊下は校則で静かになら走ってもいいとされている。だから何も喋らずただ標的を見付けたら静かに追い掛け回すのがサイレント鬼ごっこだ。

 喋ってはダメなので参加している者を見てもパッと見て誰が鬼か分からないのが難点である。そうして逃げている内に普段やってこない階の廊下にまでやってきた。

 

 ふと生徒会室と同等、もしくはそれ以上のドアがあった。

 ドアのプレートにはこう書かれている。

 

 

(あー、確かここ理事長室だっけ。一番偉いだけあって扉も豪華ですな~)

 

 理事長というには子供のような小さい見た目が印象的だった記憶がある。

 だが生徒を愛し一途に考えてくれている優しい人でもある。噂では生徒のために新しく土地を買おうとして秘書のたづなに怒られていたとか。

 

 そんな事を思いながら理事長室を通り過ぎようとした時だった。

 ネイチャのウマ耳が聞き覚えのある名前に反応した。

 

 

「……ん? 今のって」

 

 確かに理事長室の中から聞こえた気がする。

 いけない事とは分かりつつも、周囲に誰もいない事を確認して耳をドアにピトリと付ける。話しているのは理事長と、トウカイテイオーのトレーナーか。もう少し注意深く聞いてみる。

 

 そしたら聞こえた。

 絶対に聞いてはいけなかった名前と会話が。

 

 

「理事長、このままじゃあいつは……輝はトレセン学園を辞めなくちゃならないんですよ。本当にいいんですか!? 次の有記念で勝たなきゃ、ナイスネイチャとも一緒にいられなくなっちまう……。無茶な事をお願いしたのはあいつですけど、こんなに頑張ってるんだからもう少し譲歩してくれてもいいんじゃあ!?」

 

「……無論、私もそうしてやりたいのは山々だ。しかし、そうした所で彼が納得するとも思えない。ここにきて私が許しても彼が彼自身を許すと、師匠である滝野トレーナーはそう思うか?」

 

「ッ……しかし!」

 

 中で行われていた会話。

 決して聞いてはいけなかった会話を、禁忌を、タブーを、1番耳にしてはいけない少女が聞いてしまった。

 

 気が付けば、会話の内容は入ってこなかった。

 分かった事はただ一つ。

 

 次の有記念で勝たなければ。

 

 

 

 

 

 

「……トレーナーさんが……辞め、る……?」

 

 

 

 

 

 有記念まで、あと2週間。

 

 

 

 

 





誰も悪くない。そんなタイミングで聞いてしまった禁忌。
さて、彼女は何を思うか。



では、今回高評価を入れてくださった、


とよねぇさん、疲れた航海士さん、瞭裕さん、田中1177さん


以上の方々から高評価を頂きました。
ありがとうございます!!



キタサト無事ダブル天井で☆4にしました。
へへ、もう力(ジュエル)が残ってねえや……。


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59.真実



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 理事長室の扉から誰かが出てきた。

 チーム・スピカのトレーナーであり、トウカイテイオーも担当している滝野勝司だ。

 

 ドアを閉めてため息を一つ吐く。

 

 

(理事長自体は許してくれそうだが、輝自身がそれで納得するとは思えない。有記念まであと2週間……そこにはテイオーの他にも強いウマ娘達ばかりが出てくる。ナイスネイチャが勝てる可能性もなくはないが、俺もテイオーを勝たせるために妥協は出来ない……)

 

 渡辺輝は滝野勝司の弟子だ。才能もあるし素質もある。普段はお気楽そうにしているが、隠れた努力ならおそらくトレセン学園の中でもトップクラスと言えるだろう。

 滝野勝司の中で彼は弟子以上に大事な存在でもある。そんな逸材でもある彼を失うのはきっとトレセン学園にとっても痛手となるのは明白。

 

 だから渡辺輝にも内緒で理事長に直談判をしに来たのだが、理事長の言い分に納得させられてしまった。

 彼がここに残るにはナイスネイチャが強豪ばかりが集う有記念で勝たなければならない。『簡単』なんて言葉は一切出てこない。むしろ『困難』でしかないはずだ。

 

 チーム・スピカのトウカイテイオーも出る。自分は他のチームよりも担当しているチームのウマ娘が勝つ事を望むのは当然だろう。

 しかし、そうなってしまえば彼はこの学園を去る事になる。妥協は許されない。以ての外だ。

 

 

「……ぁぁぁああああもうッ! 俺はいったいどうすりゃいいんだよ!」

 

 我武者羅に両手で頭を掻きむしり葛藤を発散させる。少しも楽にはならなかった。

 むしろ事態は悪化する。

 

 すぐ隣に足音がしたのだ。

 振り向くと、出会えば今一番タイミングの悪いウマ娘の少女が立っていた。

 

 

「なっ」

 

「……理事長室での話、詳しく聞かせてもらってもいいですか」

 

 弟子の唯一の担当ウマ娘、ナイスネイチャがこちらを真っ直ぐ見ていた。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 屋上へのドアが目の前にある階段の踊り場、そこにナイスネイチャと滝野勝司が2人でいた。

 周囲に生徒は誰もいない。ここならば例え聴覚の良いウマ娘の耳であっても誰にも聞かれる心配はないだろう。

 

 昼休みの残り時間はまだ10分ほどある。聞ける範囲は聞いていった方がいいか。

 正面にいる男性は気まずそうな顔をしながら頭を搔いていたが、やがて覚悟を決めたかのようにネイチャと目を合わせた。

 

 

「あー、どこまで話聞いてた?」

 

「全部は聞いてないけど、アタシが次の有記念で勝たないと……トレーナーさんが辞めるってとこまでは」

 

「ある意味一番聞かれたくないとこだったか……」

 

 ため息を吐きながら小声でどうしたもんかと呟きつつ、滝野勝司はネイチャの目を見て観念したように口を開く。

 

 

「あいつに強く言われてたし本当なら最後まで秘密にしておかないといけないんだけどな……。担当ウマ娘の君に聞かれちまったらもう話さない訳にもいかないか」

 

 黙ってネイチャは頷く。

 こんな話を聞いてしまった以上、詳細を聞くまでは滝野勝司をここから逃がす訳にはいかない。何が何でも話してもらう。そうでないとこれからトレーナーとどう接すればいいのかさえ分からないのだから。

 

 滝野勝司は悪いな輝、と小さく謝ってから経緯を話し出す。

 

 

「まず最初に言っておくと君の聞いてた通り、次の有記念でナイスネイチャが勝たないと輝は中央トレセン学園にいられなくなる」

 

「ッ……どう、して」

 

 世界が壊れる。

 分かってはいたけどこうもはっきり言われると、やはり心の大事な部分に来るダメージがでかい。一瞬で心臓が縮こまるような気配がした。

 

 

「そもそもここのトレセン学園は原則としてチームに2人以上ウマ娘が所属している必要がある。トレーナーの人員不足が原因なのと、2000人近くいるウマ娘に少しでも多くのチャンスをあげるためのルールだってのは知ってるか?」

 

「え、原則……? まさか、本来はそういう決まりなんですか?」

 

「その様子じゃチームの仕組みについては輝から全く聞かされてないって事か。まあ一応例外として実績を積んできたトレーナーとかだと特別にマンツーマンも許されてるんだけどな。ナイスネイチャも知ってるだろうが、君と契約した頃の輝は俺の下でサブトレーナーとして修業してたとはいえ新人トレーナーだ。実績なんてないに等しい」

 

 それはネイチャも知っていた。

 過去にふと何で自分のチームは1人なのかと聞いた事もあったが、その時に自分はまだ新人だからと言っていたとも記憶している。

 

 

「自分で言うのも何だけど俺の弟子として修業してた輝は理事長からも結構期待されててな。色んなウマ娘を活躍させてくれるんじゃないかって色々言われてたんだよ。だけど、いざトレーナー業を始めたと思えば君の専属トレーナーになるって言いだした」

 

「……、」

 

「俺も理事長も驚いたさ。どれだけ実績を積んでいくのかって思ってた所にこれだからな。原則ルールを破ってでもあいつはナイスネイチャだけを担当させてくれって俺と理事長に何度も頭を下げてた。色んなウマ娘達の活躍を期待していた分、これを承認するのに無条件でっていうのはさすがに理事長も憚られてたよ」

 

 それはそうだ、とネイチャも思う。

 人員不足やウマ娘のためだからそういうルールが制定されていて、だけどそれを破って1人だけを担当したいと新人トレーナーが言うのは傲慢だろうと。

 

 期待されていた1人のトレーナーがルールを破るだけで、どれだけの数のウマ娘達が活躍する機会を奪われてしまうのか。考えただけで心が痛む。

 渡辺輝のウマ娘を大切に想う気持ちは人一倍強いとネイチャも分かっている。だからこそ、彼が自分に拘った気持ちが余計分からなくなってきた。そこまでの実力と素質を自分は持っているのか。

 

 

「だから理事長は輝に特別な条件を付けた。期限までにGⅠレースを1勝する事をな。俺の弟子だからって期待されてるからなんだろうけど、新人トレーナーにとっちゃ担当ウマ娘をGⅠレースで勝たせるのはめちゃくちゃ難しい事なんだよ。何せ勝者はいつだって1人だけなんだからな。そこには実力はもちろんだが、運も絡んでくる」

 

 GⅡやGⅢならば何度か勝った事があるが、よりによってGⅠ勝利が条件。

 当然GⅠレースの勝利はウマ娘にとって目指すべき道だけれど、そう簡単に獲れるものではないと実際に走ってきたネイチャなら嫌でも分かる。故に条件として働くという事か。

 

 

「そんでもってその条件を呑んだ輝は君に黙ったまま最後まで一緒に走り切る事を決めた。そしてその期限が、2週間後の有記念という事になる。これが君の聞きたがってた経緯だ」

 

「……そう、ですか」

 

「輝は君の走りに惚れて専属トレーナーになりたいと言った。だから大事に思ってるんだろうし、ルールを破ってでも貫きたいって頭を下げた。この事を話すと君は思い詰めてしまうかもしれないから絶対に話さないでほしいとも言われたよ。あいつは、ナイスネイチャには何も気にせず走る事を楽しんでほしいって願ってる。だから俺が言うのはおかしいかもしれないけど、どうか輝が内緒にしてた事は許してやってほしい」

 

「……、」

 

 正直、思う事はたくさんある。

 何故そんな無謀な条件を呑んだのか。何故全てを話してくれなかったのか。何故自分だけのトレーナーになりたかったのか。何故平凡な自分の走りに惚れてくれたのか。何故頑なに諦めようとしなかったのか。

 

 疑問も不満もないと言えば噓になる。むしろめちゃくちゃあると言ってもいい。

 だけど、それでも、彼が自分を大切に思ってくれているという事が分かって嬉しい気持ちもどこかにあった。

 

 許せるかどうかは分からない。だって自分のためとはいえずっと嘘をついていたのだから。

 だが、これで最近トレーナーが夜更かしやら根詰めたように作業をしている理由が分かった。ネイチャの中で散らばっていたピースがだんだん埋められていく。

 

 つまりは、だ。

 渡辺輝は何一つ諦めていない。最後の最後までネイチャが勝つと信じて粘ってくれているのだ。これからも一緒に頑張っていくために。

 

 

(トレーナーさんはアタシのためにたった1人で頑張ってたんだ)

 

 見方が変わる。

 認識が変わる。

 

 

(アタシなんかのために、寝る間も惜しんで対策を練ったり勝つための方法を考えてくれてる。あの時の言葉は期限の事だったんだ)

 

 ジャパンカップが終わった直後の控え室。あそこでネイチャが聞いたトレーナーの独り言。間に合わなくなるとはこの事だった。

 次の有記念、そこで全てが決まる。決まってしまう。敗北は2人を引き裂く決定打となる。

 

 相手は強敵ばかり、GⅠレースを1度も勝っていない自分が勝つにはあまりにもハードルが高いレースになるだろう。目の前のベテラントレーナーが担当しているあのトウカイテイオーだっている。

 勝率は正直に言って半分もあるかないか。

 

 

(……それがどうした)

 

 拳を強く握る。世界を再構築していく。

 決意の表れだった。

 

 

(勝てる見込みがないから諦める? それでトレーナーさんと一緒にいられなくなるなんて論外に決まってるっ。トレーナーさんは諦めてない。ならアタシだって最後の最後まで足掻いてやる)

 

 GⅠレースを勝てていないにしても基本的に掲示板を外さないほど好成績を残せているのは間違いなくトレーナーのおかげだ。

 成長はしている。努力もしている。素質もあると言ってくれた。ならば絶対勝つためにこれからすべき事はもう決まっている。

 

 

(トレーナーさんがアタシだけを選んでくれた選択が間違っていなかった事を証明してみせる!)

 

「……話してくれてありがとうございました」

 

「え、あ、ああ……」

 

 自分の中でとりあえず大体の整理は出来た。ネイチャは同年代のウマ娘からすれば大人びた方の考え方をする少女だ。

 だから変に感情を表に出す事はしない。やれる事はやる。自分の手で。

 

 

「テイオーも有記念に出るんですよね」

 

「……ああ」

 

 ライバル。だけど真正面から一度も勝った事のない相手。

 そんな最強を担当しているトレーナーの前で、ナイスネイチャは去り際にこれだけを言って去っていく。

 

 

「絶対に負けないんで」

 

 

 

 

 昼休みももう終わりに近づき予鈴が鳴る。

 自分以外誰もいなくなった階段の踊り場で滝野勝司は一筋の汗を頬に垂らしていた。

 

 去り際に見たナイスネイチャの瞳。

 その奥底にあった何かを滝野勝司は垣間見た。まるで見た事のない圧が目を見るだけで感じるかのような瞳をしていた。

 

 色んなウマ娘を見て担当してきた中でも、あんな目は見た事なかったはずだ。

 覚悟が決まったような瞳。燃え盛る紅焔のような輝きすらあった。

 

 だから、こんな言葉が独りでに出ていた。

 

 

「……こりゃあ、敵に塩を送るってレベルじゃ済まないかもな」

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 放課後。

 いつも通りグラウンドで走行トレーニングをしているネイチャを見ながら渡辺輝は少し違和感を感じていた。

 

 

(あいつ、いつになく真剣に取り組んでるな。いやいつも真剣だけど)

 

 それにしてもいつもと少し様子が違うようにも見えて一度声をかけたが、何もないの一言でまた走りにいったネイチャだ。

 何があったかは知らないが、無理に彼女の事情に踏み込むのも悪い気がして結局そのままである。練習に支障がないから問題自体は全然ないが。

 

 

(今日は一段と走りにキレがある。タイムもまた縮みそうだな。これなら可能性も……いや、油断はダメだ)

 

 そう考えながら、渡辺輝はネイチャに関してのメモを書き込んでいく。

 だから見えなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 走っているネイチャの瞳から、何か燃えるようなモノが出かけていた事に。

 

 

 

 

 

 





真実を聞いたネイチャですが、決して崩れる事がなかったのは成長しているからかなと。
さて、次回は有マ記念にするか最後に一休み回を入れるか迷ってるところです。



では、今回高評価を入れてくださった、


るむぞんさん、ななな5629さん、御聡さん、gbwjさん


以上の方々から高評価を頂きました。
嬉しいお言葉をたくさんいただいております。本当にありがとうございます!



次のガチャにブライト、だと……!?


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60.有マ記念(前編):運命のレース



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 12月26日。

 有記念当日。

 

 

 中山レース場には数えきれない程の人々がいた。

 ファン投票で選ばれた実力あるウマ娘達が鎬を削る大レース。年末を締めくくるに相応しい1戦がここで開かれるのだ。

 

 そしてその地下にある控え室。そこにナイスネイチャと渡辺輝がいた。

 室内の空気は緊張感だけでなく他にも何か入り混じっているような異物感すら感じる。現に渡辺輝はその違和感に気付いていた。

 

 

(レース前だからある程度の緊張感は必要だけど、それにしても何かネイチャの雰囲気がいつもと違うような……でも話しかけたら普段と変わらないし、俺の勘違いか?)

 

 ネイチャは今イスに座って一点だけを見つめている。おそらく集中しているかレース運びのイメージトレーニングでもしているのだろう。

 普段商店街の人達から可愛がられるような気の抜ける空気を纏った彼女はどこにもいない。いるのは眉を吊り上げリズム良く呼吸を繰り返しながら俯く少女だ。

 

 

(俺ももしこのレースでネイチャが負けたら……って考えるとどうしても焦りが顔に出ちまう。こういう時こそ冷静さは大事だ。ネイチャも気合いが入ってるようだけど、強張りすぎて変に掛からないようにしないとな)

 

 あくまで自分の事情は隠し通す。それでいて自然にネイチャのフォローを欠かさない。

 ある意味期限は今日だ。だからこそ普段通りにする。タイムリミットなんて最初からなかったかのように。ネイチャの勝利を最後まで信じてやるのがトレーナーの役目だという事を忘れるな。

 

 

「ネイチャ、集中してるとこ悪いけど作戦の話をしてもいいか?」

 

「……え? ああ、ごめんね。あはは、色々考えちゃってたみたい。いいよ、作戦の話ね」

 

 いつものネイチャに戻ったようだ。目元も優しくなっている。

 律儀に両手を膝の上に置いて話を聞く態勢になる彼女を見て、トレーナーは鞄からノートを取り出す。

 

 中身はびっしりと書き込まれていた。

 

 

「過去に2回走ってるから分かっているとは思うけど一応改めて再確認だ。この有にはGⅠレースを勝ち取ったウマ娘が何人も出てくる。特に今回見た限りだと絶好調のトウカイテイオーやビワハヤヒデ辺りが大分伸ばしてくると思う。ウイニングチケットとライスシャワーも怖いとこだが、今のネイチャなら実力は同等かそれ以上だから危険度は低いはずだ」

 

「お、買ってくれてますなー」

 

「お前の実力は俺が1番よく分かってるからな。だからこそはっきり言ってやる」

 

 一呼吸置いて、だ。

 渡辺輝は何の躊躇いもなくこう言った。

 

 

「ネイチャとテイオー。2人のどちらが強いかと問われれば、俺もテイオーだろうと答える」

 

「……、」

 

 分かってはいた、という表情をネイチャはしている。

 トウカイテイオーの実力なんて誰もが知っているのだから、何回か一緒に走っている彼女はもっと実感しているだろう。

 

 

「けどあくまで強いってだけだ。強いだけじゃレースは勝てない。レース運びと対策、運も兼ね備えて初めてレースの勝敗が決まる。前回テイオーと戦った時のお前は惨敗ではなく惜敗だった。あそこからお互い成長してるだろうけど、成長の振り幅で言うと俺はネイチャの方が大きいと思ってる」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ、向こうは勝率も良いし滝野さんが担当してるから努力の方向性も成長の度合いもバランスよく行われてるだろう。どんな相手に対しても適応できる身軽さと身体の柔らかさで柔軟に躱してくる。文字通り最強の一角だろうさ」

 

 誰もが期待し、それに応える力を持っているのがトウカイテイオー。単純な強さではおそらく敵わないかもしれない。

 だから、アプローチの仕方を変える。

 

 

「その上で今回ネイチャにはテイオーだけをマークしてもらう」

 

「……はい? え、ごめん待って待って、それじゃあ今まで今日のために他の娘達の対策してきたのは何だったの? 全部無しにするって事?」

 

 まあ、そう捉えるのも無理はないか。

 そこでトレーナーは少しの否定を加える。

 

 

「いいや、そういう訳じゃない。その必要がないって事だよ」

 

「ん~、どゆこと?」

 

「これまでのレースや対策を経て、レース中のネイチャはもう無意識に他のウマ娘に対する対応力ってのが身に付いてるはずなんだ。無理に意識を割くんじゃなくて、何も考えずとも目で見たり気配を感じるだけで常にその時に対する最適解を導き出せるって事だよ」

 

「……えー、アタシにそんな器用な事できますかねぇ……。結構不安なとこなんだけど」

 

「俺がネイチャの練習を見てきて確信したんだ。今のお前なら充分出来るよ。まあ、信じるか信じないかはネイチャ次第だけど」

 

「ん、信じる」

 

「お、おう……?」

 

 案外早くに理解の返答が返ってきた。

 分かってくれたようなので話の続きをさせてもらう。

 

 

「とまあ、そういう訳でネイチャが意識的に警戒しておくのはテイオーだけだ。あいつだけは無意識にどうこう出来るレベルじゃない。ビワハヤヒデ以上に厄介なのは当然と言っていいだろう」

 

 それに、とトレーナーは付け加えた。

 

 

「今日テイオーを見た限りだと調子は抜群って感じだった」

 

「まあ、そりゃ体調とか諸々はみんな今日のために整えてきてるだろうしね」

 

「ああ、それも飛びっきりな」

 

 その言葉にネイチャの耳がピクリと反応した。

 おそらく次の言葉が何なのか分かっているような顔つきになる。理解が早くて助かると思ったと同時に言う。

 

 

「多分……いいや、テイオーは今回必ず使ってくるはずだ。全力の領域(ゾーン)を」

 

「ッ……だろうね」

 

 最強が使う領域(ゾーン)。その圧倒的強さと恐ろしさを彼女は天皇賞(秋)の時に身をもって体感している。

 そして実力はあの時よりも数段と上がっている。脅威は更に増しているのだ。

 

 ぎりぎりトレーナーにも聞こえるようにネイチャは呟いた。

 

 

「じゃなきゃ勝つ意味がない」

 

「……ああ。全力のテイオーに勝つ。それが俺達の目標であり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ」

 

 またネイチャの耳がピクリと動く。どういう反応なのかいまいち分からないが気にする必要もないとトレーナーは判断した。

 これで最後のレースにはしない。これからも一緒に続けていく前提で話す。約3年間隠し続けてきたのだから、今更変に勘付かれるようなヘマはしない。

 

 時計を見る。そろそろ出ないといけない時間だ。

 最後にトレーナーはテーブルに置かれていた雑誌を手に取る。何とも不服そうに雑誌を前に出しながらだ。

 

 

「何かと3着が多いからか良くも悪くもネイチャは『ブロンズコレクター』なんて称号を付けられちまってる。成績的には全然良い方だからネガティブな事は言うべきじゃないとは思うが、トレーナーの俺からしたら結構この称号は不服なんだよな」

 

「あー、まあ結局は1着取れてないって事だからねえ……。2年連続有3着だし」

 

「名脇役だとか掲示板を外さない安定ウマ娘だとかって愛着持たれてるようだけど、そこには絶対1着は取れないっていう意味が隠されてるようにしか俺は思えねえ。客側とトレーナー側とでは捉える意味が違うのは当然だ。こっちからすりゃ1着目指してんのに3着止まりが定番みたいな言われ方されてるのと同じなんだ」

 

『ブロンズコレクター』。3着の多いネイチャにはまさにうってつけの称号だろう。

 あくまでメディアや観客側からすれば。

 

 だが、そんな称号は渡辺輝とナイスネイチャにとっては不服でしかないのだ。

 常に1着を目指している自分達にとってその称号は毎回敗北しているというイメージが湧いてしまう。愛されているのは分かる。愛着をもって付けられたというのも分かる。

 

 悪意がないのも知っていて、だからこそ人気なんだという事も分かっている。

 でも、だけど。きっとそういう事ではない。

 

 渡辺輝とナイスネイチャは、同時に拳に力を入れていた。

 

 

「返上するぞ、『ブロンズコレクター』っていう称号を」

 

「……うん」

 

「他のウマ娘達や全力のテイオーに勝って、自分が1番だって証明してやるんだ」

 

「うん」

 

「応援してくれているファンのみんなに、GⅠレースで1着を取るとこ見せてやろうぜ!」

 

「うん!」

 

 2人して控え室を出る。見送ろうとしたネイチャの背中が止まった。

 まだ何か言う事でもあったのかと思い声をかけようとすると、先に少女から口を開かれる。

 

 

「トレーナーさん」

 

「どうした?」

 

 その声に、いつもの陽気な雰囲気はどこにもない。

 真剣そのもの。覚悟を決めたかのような覇気さえ感じた。少女は言う。

 

 

「見ててね。アタシが絶対勝つから」

 

 その言葉にどんな意味が含まれていたのか。それはトレーナーには分からなくて、ネイチャにしか分からないものだっただろう。

 何せ彼女がこんな事を言うのは初めてだったから。今までどんなレース前でもそんな事を言った過去はなかった。それなのに今回は言った。

 

 だけど、渡辺輝にとってネイチャの言葉にどんな意味が込められていようと関係ない。

 言葉そのものの意味を汲み取ればいいだけだ。シンプル且つ単純に。担当トレーナーとして彼は答える。

 

 

「おう。先頭でゴール板切るのを待ってるぜ」

 

 その背中から返ってくる言葉はなかった。代わりに尻尾が高く振られているのを見るに笑ってくれているのかもしれない。

 また数歩歩いていたネイチャが止まる。今度は柔らかい雰囲気を纏っているような気がした。

 

 さっきと違うのは、彼女が最後にこちらへ振り向いた事だったか。

 

 

「それとね」

 

 地下道の出口から差す後光とその一瞬の笑顔に、思わず目が見開いた。

 振り返りざまに見せたナイスネイチャの表情。出会った頃よりも成長していて、精神と見合う程度に大人びてきた彼女の笑顔は少し妖艶さすら帯びていた。

 

 

「レースが終わったら伝えたい事があるから聞いてよね」

 

 そのまま去っていくネイチャを見送って、渡辺輝はふと我に返る。

 何故だか鼓動が早くなっている気もするが、同時に笑みも零れた。

 

 

「……ほんと、成長したよな」

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 ゲート前。

 既に出走するウマ娘全員が揃っていた。

 

 それぞれレース前に集中している者もいたり、ストレッチしている者や話したりしている者もいる。

 その中でネイチャは集中している1人の内に入っていた。

 

 トレーナーとの会話に例の件を話す事はなかった。いいや、話す訳にはいかなかった。

 彼は約3年間もの間、たった1人でその事を隠し続けてきたのだ。ネイチャが少しでも不安にならないために。そんな拙い努力をネイチャ自身が無遠慮に踏み躙ってしまうのだけはダメだ。

 

 意識を集中する。呼吸のリズムも良く身体が軽い。調子が良い証拠だ。

 今日のためにやれる事は全てやってきた。何が何でもその成果を出し切る必要がある。

 

 深呼吸をした時だった。

 

 

「やあ、ネイチャ」

 

「……テイオー」

 

 最強の一角、トウカイテイオーだ。

 

 

「久しぶりの対決だね」

 

「そうだね」

 

 ネイチャの対応がいつもより冴えないのに気付いたのか、テイオーの表情も少し変わる。

 久しぶりの対決。トウカイテイオーはそう思っているだけかもしれないが、ネイチャは違う。ここで負ければ終わってしまう関係が確かにある。

 

 

「テイオー、今日は調子良いんだってね」

 

「え? うん、そうだよ! だから今日はネイチャにだって負けないからね!」

 

「そっか」

 

 去年の有記念ではトウカイテイオーは足の調子がおかしく11着と振るわなかった。

 しかし今年はそんな心配もいらなさそうだ。それならばこちらも全力で挑んでいける。

 

 レースももう始まる。

 ライバルに言っておかなければならない事があった。

 

 

「ごめん、テイオー」

 

「ん? 何が?」

 

 ゲートに入る直前、ネイチャの目付きが一気に変わる。

 真冬にも関わらず、ネイチャとトウカイテイオーの周囲一帯の空気だけは完全に焼けていた。

 

 

「今回は……今回だけは何があってもアタシが勝たせてもらうから」

 

「ッ……へえ、言ってくれるじゃん」

 

 バヂリッと、お互いの瞳に迸る閃光がぶつかりあう。

 ライバル同士の宣戦布告。戦いは既に始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 中山レース場。GⅠ『有記念』。

 芝、良。距離、2500m。天候、晴れ。右・内回り。

 

 

 

 

 全てが決まるゲートが、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 






最終章なので有マ記念は前編中編後編となります。
さてどうなるか……。


では、今回高評価を入れてくださった、


じゃがりこexさん、北海いくらさん、ゆゆゆnnnさん、鈴猫りょうさん、名無しの大空さん


以上の方々から高評価を頂きました。
ネイチャの良さが広まっていて感無量です。本当にありがとうございます!!




チャンミはもうSとかSSランクの相手が当たり前になってきた……?


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61.有マ記念(中編):VS白帝/紅焔領域、業火

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 一斉に14人のウマ娘達がゲートを出る。

 

 

(よし、まずは良いスタートがきれたっ……)

 

 全体のペースを見極めつつネイチャはトウカイテイオーを探す。

 先頭を走っているのは案の定メジロパーマーだ。このレースの速度をどう作り上げていくか気にはなるが気にしない。トレーナーに言われた通り自分はトウカイテイオーだけに意識を割くべきだろう。

 

 少し先行気味の集団に紛れ位置取りも悪くないとこを取る。ここをキープしつつ気配を探っていく。

 トウカイテイオーは基本先行策で走るのが多い事から、今回もそうだろうと踏み意識を集中する。そして、ヤツは前にいた。

 

 

(そこか、テイオー!)

 

 ネイチャの少し斜め前、そこにトウカイテイオーが走っている。先頭のメジロパーマーと比べると速度は遅めか。先行でも中団の後ろ辺りだ。

 ビワハヤヒデや他の先行策のウマ娘などはメジロパーマーに引っ張られてペースを上げながら前に詰めている。

 

 1周目の第4コーナーが終わる。本当なら自分もペースを上げて前に行くべきなのだろうが、あえてそうはしない。あくまでトウカイテイオーの後ろにつく。

 他のウマ娘に対してはもう勝手に身体が反応して対応できるくらいにはなっているとトレーナーが言っていた事を信じるだけだ。

 

 直線に入る。そこでまた各々のポジションが変わっていった。ネイチャもトウカイテイオーを注視しながら適した位置を取りに行く。

 微かに順位の変動はあってもまだ1周残っているのだ。慌てる必要はどこにもない。

 

 なら今考えるべき事は。

 

 

(どこで仕掛けるべきか、それともテイオーがどこで仕掛けてくるか、か)

 

 前者と後者。自分の判断と相手の判断に委ねて仕掛けるのでは大きく変わってくる。

 自分の好きなタイミングで仕掛けられたらその分気持ちに余裕が出来るしペース配分も考えられる。ただし、相手が仕掛けてからこちらも仕掛けるのでは速度に一瞬のラグと気持ちの余裕を持てなくなってしまうという事。

 

 相手に引っ張られた上で実力を最大限に発揮出来れば上々だが、その相手がトウカイテイオーだという事を忘れてはならない。

 普通の相手とは違う。まさしく最強の一角。帝王と呼ばれる異名の持ち主。こちらの常識に収まってくれるような器ではないだろう。

 

 だけど、だからこそ。

 相手にとって不足はない。

 

 

(まずは存分にアタシの事を意識してもらうよ、テイオー!)

 

 トウカイテイオーのすぐ後ろ。

 そこに張り付く。

 

 

 

 

(やっぱりボクの後ろに来たね、ネイチャ)

 

 そしてトウカイテイオーは想定通りの笑みを浮かべていた。

 

 

(ここまでは予想通り。ネイチャは絶対ボクをマークしてくるってトレーナーの読みは当たってたね)

 

 レース前、滝野勝司の言っていた事だ。

 ネイチャは必ずトウカイテイオーに張り付いてくる。だから思う存分引っ張り回した上で引っ搔き回してやれと。

 

 ネイチャの位置はぎりぎりトウカイテイオーの視界に入るか入らないかという所にいる。これじゃ嫌でも意識してしまうのも無理はないが、それすら想定済みなので別段思う所はない。

 2周目の第2コーナーが終わって向こう正面に入った。

 

 まだ仕掛ける所ではないが、少しずつ全体のペースが上がってきたようにも思える。

 ウマ娘の本能で分かるのだ。こういう時は仕掛けるための準備段階だと。そしてそれは自分も同じだった。

 

 

「すぅ……はぁ……」

 

 息を入れる。今日のためにやれる事は全てやってきた。それは最強のトウカイテイオーであっても同じ事だ。

 他にも強者と名高いビワハヤヒデやダービーウマ娘のウイニングチケット、ステイヤーと言われているライスシャワーですらみんな同じ努力をしている。

 

 その上で、トウカイテイオーの判断はこうだった。

 最強達を除いて、だ。

 

 

(今日のボクが一番警戒すべき相手は……君しかいないよ。ネイチャ!)

 

 未だGⅠレースで未勝利のウマ娘。もっと他に警戒しなければならない相手がいるのにも関わらず、ナイスネイチャを警戒する理由。

 滝野勝司が言っていたのもあるだろう。今日の彼女は何かが違うと。それはトウカイテイオーも感じていた。

 

 

(レース前にほんの少し話しただけだけど……それでも分かった。今日のネイチャは、()()()()()()()()()()()()って。他のみんなよりも纏っている雰囲気が静かだった。いいや、静かすぎたんだ)

 

 レース前であれば勝ちたいという欲から闘志がみなぎってくるものだ。それは雰囲気に現れウマ娘同士でもオーラという形で感じる事がある。

 今までのネイチャもそうだったのに、今日は違った。闘志が溢れているのではなく、全てネイチャの内側に閉じ込められていたように見えた。

 

 静かなる闘志。微かに漏れ出ていた熱気はネイチャによるものだっただろう。覚えている。あの時、自分は思わず身震いした。

 強い相手と戦えるワクワク感か、それともこんなのと戦うのかという恐怖感。どちらか、もしくは半々か。

 

 だとして、ならば自分はどうするか。簡単だ。

 ペースを保ちつつ少しだけ目を瞑る。意識の集中だ。

 

 

(今のボクの全力でもって、ネイチャ……君に勝つ!)

 

 極限の集中力に地力で達する。限界に至らずとも扉を開く。それが出来るまで彼女は成長した。

 

 

(少し早いけど第3コーナーはもうそこだしゴールまでは余裕で持つ!)

 

 身体が一瞬で軽くなり、乱れかけていた息はすぐさま整った。

 時代を創るウマ娘だけが入る事の許される最高の状態。領域(ゾーン)

 

 以前よりも激しくなった白蒼(びゃくそう)の稲妻がトウカイテイオーの瞳から放たれた。

 

 

「さあ、行くよおッ!!」

 

 

 

 

 その瞬間はネイチャも見ていた。

 

 

(まさか、もうここでッ……!?)

 

 前にいたトウカイテイオーから発現した重いプレッシャーとオーラ。天皇賞(秋)の時に一緒に走っていたから分かる。

 渡辺輝が言っていた通りだ。その脅威が、圧倒的に増幅されたまま再びこのレース場に解き放たれた。

 

 普通なら仕掛けるにしても第3コーナーが終わってからのはずだ。あまりにも早すぎる。それだとゴール板を切る前に領域(ゾーン)が切れてしまうのではないか。

 そう思った刹那、ネイチャはそれを否定する。

 

 

(いいや、今のテイオーならゴールまで領域(ゾーン)を保ったまま走り切れるんだ。だって、以前よりも領域(ゾーン)の圧が強くなってるッ)

 

 後ろにいても分かる重圧。抜かす事が許されないような雰囲気さえ感じてしまう。

 それでも喰らい付け。こちらだってスタミナは余裕にある。いつどこで発動しても耐えきれるように鍛えてきた事を忘れるな。

 

 何より。

 今回のレースで敗北は絶対に許されないのだから。

 

 

(……勝つ)

 

 今日のコンディションは最高潮。集中力が増していくのが分かる。トウカイテイオー程ではないが、ネイチャも実力と兼ね備えほぼ地力でそこまで達する事は出来た。

 相手がもうソレを使ってくるならば、こちらも使うまでだ。

 

 

(絶対に勝つんだッ!!)

 

 ヒラリと、ネイチャの右の瞳から緑の波が流れ出す。

 滑らかな深緑が白蒼の支配していたレース全体の流れを変えていく。ネイチャの領域(ゾーン)が、トウカイテイオーに追い縋る。

 

 

 

 

 レース場が湧いた。

 本来であればまだ仕掛けるタイミングではない場面での、注目されていたウマ娘2人によるスパート。

 

 徐々に上げられていたペースが一気に崩れ去る。2人のウマ娘によって速度が無理矢理上げられたのだ。

 スクリーンを見る限りビワハヤヒデやウイニングチケットも2人を見て驚愕の目をしていた。スパートのタイミングをずらされた。それは刹那の判断が勝敗を分けるレースにおいて致命的とも言える。

 

 第3コーナーに入る。

 かくいう渡辺輝もレースを見ながら胸のざわつきが治まらないでいた。

 

 

(ネイチャとテイオーが領域(ゾーン)に入った。にしても早くないか? いや、テイオーなら最後まで走り切れるか。問題はネイチャだけど、もし領域(ゾーン)に入った時の事を考えてスタミナと脚を重点的に鍛えておいて正解だったな。一応ゴールまでは持つはずだ)

 

 タイミングに多少の差はあれど、これならネイチャも最後まで走り切れるだろう。

 だが、走り切れるだけじゃ意味がない。結局は最後に勝たなきゃ全てが無意味になってしまう。今回に限っては。

 

 

(単純な実力だけで言えばまだテイオーの方がネイチャよりも少しだけ強い。だけど()()だ。ならそれを領域(ゾーン)かレース運びで補って何とかするしかない……!)

 

 レースは第4、最終コーナーに入る。

 もう他のウマ娘達もスパートを掛けていく中、トウカイテイオーとネイチャは既に先頭のメジロパーマーを捉え先頭集団にいた。

 

 そこで、気付く。

 違和感はスクリーンに映し出されていた。

 

 

(あ、れ……?)

 

 接戦。そう予想していたのは渡辺輝だったはずだ。実力も近く領域(ゾーン)を発動したなら一騎打ちになると、そう思っていた。

 だが、あれは何だ? 自分の想定ならもう2人は並ぶかアタマ差でネイチャが後ろくらいだと感じていたはずなのに。

 

 

(ネイチャが、テイオーに距離を開けられてる!?)

 

 

 

 

 何故か差が縮まらない。

 

 

(くッ……何で……!)

 

 領域(ゾーン)は発動している。速度も上げてメジロパーマーも抜き今前にいるのは自分を除いてトウカイテイオーだけだ。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お互い極限の集中状態にいて実力以上の力を出している今、隣に並んで拮抗していても不思議ではないはずなのにそれが叶っていない。

 トレーナーがトウカイテイオーの実力を見誤った? あり得ない。それに限って言えばトレーナーがウマ娘の実力を見誤る事は絶対にあり得ないのだ。

 

 なら何だ。1バ身も離されていて今も尚ほんの少しずつ距離を離されている今の原因はどこにある? 

 拮抗している実力。領域(ゾーン)の発動。力はあちらが上でもレース運びで補っている。

 

 であれば。

 そもそも。

 

 

(地力の差かッ!?)

 

 いくら成長の振り幅がネイチャの方が大きいと言っても、30と80の地力からスタートすればどちらが強いかは明白だ。

 どれだけ補った所で肝心なところが埋まっていなければ詰められるものも詰められない。

 

 1バ身の差は、本当に少しずつでも開いていく。まるで死に物狂いの努力が否定されていくような気分だった。

 トレーナーの期限を知って限界を超えてまでトレーニングに打ち込んでも、その差を埋める事は出来なかったのか。結局は1着を取れず敗北を喫してしまうのか。

 

 

(ぁ……あぁ……っ)

 

 こんなにも全力で走っているのに埋まらない。現実が突き付けられていく。敗北のイメージだけが湧いていく。

 負ければどうなってしまうか分かっているのに、これ以上脚が前に進んでくれない。領域(ゾーン)を使えてもまた負けるのだと思い知らされてしまう。

 

 強く歯噛みする。自責の念か恐怖の押し殺しか。

 今回のレースの敗北は、ネイチャにとって終わりを意味する。ただの負けではない。最愛のトレーナーとの関係が終わってしまうという意味で。自分が弱かったから。自分を信じてくれたトレーナーの期待に応えられなかったせいで、全てが終わる。

 

 

(嫌だ……いやっ……)

 

 最終コーナーが終わる。

 こんな時に、よりにもよってこんな大事な時に。ネイチャのネガティブ思考が蘇ってきてしまう。

 

 

(アタシが弱いから、アタシが弱かったから……トレーナーさんが学園を離れちゃう……。あんなに期待してくれてたのに、あんなに素質があるって言ってくれてたのに……アタシは応えられなかった……!)

 

 このままいけば2着。普通に見れば大健闘であり誇っても良いレベルだ。

 だけど、今日だけはそれだと何の意味もない。1着でなければ本当の勝利とは言えない。死力を尽くしても、敵う相手ではなかった。

 

 全部自分のせいだ。そう結論付けて、それでも脚は動いていた。

 最終直線に入った。ここからトウカイテイオーは更に速度を上げるだろう。いよいよネイチャでも手が付けられない程に。

 

 いっそ自分もトレーナーと一緒に地方のトレセン学園に行けばいいかもしれない。そうすれば地方のトレセンもトレーナーの手腕と自分の実力も相まって盛り上がるはずだ。それを認められれば中央に戻る事もいつかは許される日が来るかもしれない。トレーナーが何と言うかは分からないが。

 それでも一緒にいられるならネイチャにとっても悪くはない。地味な自分には良い役割だろう。

 

 

 領域(ゾーン)の余力を使ってもはやそこまでの事を思っていた時だった。

 割れるようなレース場の歓声の中で、ネイチャの耳が勝手に反応した。

 

 

(……え?)

 

 騒音の域を遥かに超えた足音と歓声。むしろ幻聴のようにも思えた音だったけれど、確かに聞こえた。

 ゴール板までの直線は約310m。トレーナーはゴール板で待ってると言っていたから、本来なら聞こえるはずもない声。

 

 いいや、そもそも。

 トレーナーは普段レースの時は声を出していなかったはずだ。自分は客ではなくトレーナーだから、強く思ってはいても静かに見ているだけと聞いた覚えがある。なら、この音は何だ。

 

 ゴール板の方を見る。

 音源の正体はすぐに見つかった。

 

 

「ネイチャァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

 今までにない程口を大きく開き叫んでいた。

 誰よりも。届かせるように。

 

 

「ッ」

 

 本来であれば歓声に消されて聞こえるはずのない声。毎日のように喋って聞き慣れていたからか、はっきりと聞き分ける事が出来た。

 ゴールまで約280m。ネイチャの中で何かが変化しようとしていた。

 

 それはトレーナーの次に発せられた声で確かとなる。

 

 

「行けェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!」

 

 自覚があるのかないのか分からない。けれどネイチャの外だか中にある何かが、燃え滾るように膨れ上がっていく。

 まず心の変化があった。

 

 

(そうだよね……何弱気になってたんだろアタシ。トレーナーさんが諦めてないのに、アタシが諦める訳にはいかないっての)

 

 思い返せ。ここで負けると本当に取り返しのつかない敗北になる。

 レースと期限の二重で追い詰められているのは事実で、だから負ける訳にはいかないと決意した日を思い出せ。

 

 何を思った。何を感じた。何を誓った。

 トレーナーとこれからも一緒にいるための努力をした。それら全てをこのレースでぶつけるための死力を尽くした。

 

 本当か? 領域(ゾーン)を発動しただけで、それは本当に自分の全てを出し切ったと言えるのか? 

 文字通り死力を尽くしたと胸を張って言い切れるのか? ダメだ。言い切れない。そんな予防線を張っただけの言い訳をするなんて恥ずかしい真似は絶対に出来ない。

 

 超えろ。領域(ゾーン)を発動している今の自分ですらも。

 全てを超えてみせろ。

 

 

(熱い……)

 

 まるで灼熱が体中を駆け巡っているようだった。不思議と周囲がスローモーションのように見える。

 何かが起こる兆候か。この感覚には少し覚えがあった。初めて領域(ゾーン)に入った時の感覚と似ているのだ。

 

 本能で理解した。これは受け入れるべき兆候だと。全力の領域(ゾーン)に入ったトウカイテイオーに勝つには、もうこれしかない。

 領域(ゾーン)に入った状態でのさらに極限状態。その奥の底の底。本当の限界を超えて尚、その先へ進む者にのみ通す事を許された道。

 

 

(そうだ。勝つから見ててって言ったのはアタシだ。これからも一緒にいたいって思ったのはアタシだ。あの人しかいないって思ったのはアタシだ)

 

 底の底にあった心の中にあった扉をこじ開ける。

 全てが燃え盛っていた。その業火の中に、ネイチャは迷いなく踏み込んでいく。

 

 

(だから、負けられないッッッ!!)

 

 そして。そして。そして。

 最後のキーは彼の声だった。

 

 

「勝てェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!」

 

「ッッッ!!」

 

 瞬間。

 噴火があった。

 

 

 こんな事を言っていたのは渡辺輝だったか。

 成長の振れ幅で言えばトウカイテイオーよりもネイチャの方が大きいと。

 

 そういう意味ではネイチャはまだ未熟だったのかもしれない。

 実力という意味でも。領域(ゾーン)を含めてという意味でも。

 

 トウカイテイオーの白蒼は両方の瞳から出ているのに対し、ネイチャの深緑は右の瞳からしか出ていなかった。

 だけどそれがそういう形の領域(ゾーン)という訳でもなく、もしもネイチャの領域(ゾーン)自体がまだ未完成のものだったとしたら? 

 

 もう片方の瞳から発現してようやくそれがネイチャの完成形の領域(ゾーン)だったとすれば。

 渡辺輝がスクリーン越しに見たのは緑ではなく紅だった。

 

 ヒラリとした深緑の光とは違う。ネイチャの左の瞳から発現したのはどこまでも紅く燃え盛るような紅蓮の炎であった。

 クリスマスカラー。勝負服にも施された人々の願いの象徴。

 

 今、トレーナーと自分、2人の願いを背負った少女が本当の覚醒をする。

 

 赤と緑。

 両方の色をそれぞれ左右の瞳から漂わせ目指すべき前へ突き進むために。

 

 

 

 

 

 

 紅焔の炎が、レース場を席巻する。

 

 

 

 

 

 

 




ネイチャ、本覚醒。
ここからが本当の勝負です。左右で違う色の領域ってのを書きたかったんですよね。その分ネイチャのクリスマスカラーってそれを表現しやすくて助かりました。

シングレかこの作品……?


では、今回高評価を入れてくださった、


Yasu08さん、東風乃扇さん、Yukimura 0920stさん、サイルさん、棗桜さん、ぴーす71さん


以上の方々から高評価を頂きました。
嬉しいコメントをたくさん頂いています。本当にありがとうございます!



アプリのメインストーリーもちょっとシングレ描写っぽいのあって興奮しました。
ほら、スぺがスカイを抜く瞬間。


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62.有マ記念(後編):運命を変えろ/紅緑VS白蒼



お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。




 

 

 

 

 

 誰もが1着になるのはトウカイテイオーだと思っていた。

 圧倒的な末脚、瞬発力、柔軟さ、レース運び、どれをとっても彼女は最強レベルであり確信にも似た気持ちで勝つと踏んでいた。

 

 それはトウカイテイオー本人も一緒だ。

 

 

(ネイチャもボクに合わせて領域(ゾーン)を使ってきたけど、今のとこ追い上げては来てない。最後のスパート中に来ないならこのまま勝てる!)

 

 トウカイテイオーのスピードは落ちない。むしろどんどん上がっていく。

 これは証明だ。自分が最強であるとこのレースを見ている者全てに見せつけるための記録。誰も並ばせない。誰も寄せ付けない。誰も抜かせない。

 

 最強を自分のものにしろ。絶対は自分だと知らしめろ。ライバルすらも蹴散らしていけ。

 それが出来れば、『このウマ娘にも絶対はある』と言われる未来が来るかもしれない。憧れるだけでいるな。そのままでは何も超えられない。だから、憧れをも超えてみせろ。

 

 強く足を踏み込む。更に前へ。

 そして、ゴールまで約280mを切ったところだろうか。

 

 

「……ッ!?」

 

 ゾワァッ!! と、身の毛もよだつ感覚がトウカイテイオーを襲った。

 全身を覆ってくるようなプレッシャー、どれだけ紛らわそうとしても意識せざるを得ないほどの熱を感じる。

 

 熱源がどこからか、詳しく言うならばトウカイテイオー、その背後。

 まるで後ろから炎が背中を押してきているような圧迫感があった。

 

 一瞬。

 ほんの一瞬だ。

 

 注意深く油断せず1秒にも満たない速度で後方を見ようとした瞬間だった。

 

 ドゴァッッッ!!!! と。

 およそ(ターフ)から発せられた音とは思えない爆発音が周囲を支配した。

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 思わず零れたのはいっそ素っ頓狂な声。

 そして、それは爆発音に対して向けた声ではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そもそも音源が出る前に感じたプレッシャーの気配を探るためトウカイテイオーが目線を後ろに向けるその直前、誰もいなかったはずの自分のすぐ背後。

 

 既に2バ身近く離れて本来ならあり得ない姿があった。

 

 

(そんな……まさか……ッ!?)

 

 ナイスネイチャ。トウカイテイオーが一番警戒していた相手であり、ライバルと認めた数少ないウマ娘の1人。

 油断なんて1ミリもしていなかった。容赦も遠慮もしていない。隙を見せたつもりもない。警戒していたからこそ対策もしていて対応出来る策を滝野勝司から聞いていた。

 

 今も全速力の末脚で他を圧倒しているのに。

 何故。

 

 

(ネイチャが追い付いてきた!?)

 

 赤と緑の閃光を両の瞳から漂わせている少女が、トウカイテイオーのすぐ隣に並ぶ。

 

 

 

 

 限界を超え、それすらも超えてその境地に辿り着いたネイチャも余裕がある訳ではなかった。

 ただでさえ限界を超えているのだ。その上未完成からの完成形として実質領域(ゾーン)の二段階解放。領域(ゾーン)中のトウカイテイオーに追い縋るために消費していたスタミナは想定よりも数倍多く、体力なんてとうに尽きかけていた。

 

 それなのに、身体も脚も軽い。息は乱れていてもどんどん前へ進める。どうしようもないと思っていた距離を縮めていく。

 最後のスパートのために踏み込んだ脚からは自分が出したとは思えないほどの爆音が響いたが、これこそがネイチャの真骨頂。

 

 激しく燃え上がる紅焔と優しくたなびく深緑の領域(ゾーン)を掛け合わせた完成形。

 紅緑領域。

 

 相反する2つの領域(ゾーン)から射出されるようなネイチャの末脚は初速、加速力、速度共にウマ娘の常識を優に超える。

 それは滝野勝司やトウカイテイオーの想定からも遥か上を行く。いいや、むしろこのレースを走っている当事者や視聴している者の中でこれを想定していた者は誰一人としていなかっただろう。

 

 レース終盤。まさに土壇場。

 誰もがトウカイテイオーの勝利を確信していた矢先のどんでん返しにもなり得る存在。

 

 少女はトウカイテイオーとの距離を詰めていく。

 そして。

 

 

(並んだッ!!)

 

 以前の『天皇賞(秋)』と同じ状況になる。

 とうとう並んだ。トウカイテイオーの隣につく。あの時のように並んだ瞬間また離されるような事には絶対しない。

 

 せっかく掴んだチャンスを逃すな。喰らい付け。そして超えていけ。

 憧れのライバルをここで超えなければ何も変えられない。どうやったって勝てないと思っていた相手にここまで喰らい付けたのは誰のおかげだ。そんな人と別れないために今度こそ文字通りの死力を尽くせ。

 

 ここからが本当の勝負だ。

 

 

(アンタにだって負けられない理由があるんだろうけど、今回に限っては何が何でもアタシが勝つ。そうじゃなきゃ、ここまでしてもらった意味がない!)

 

 領域(ゾーン)はあくまで超集中状態であって、思いの強さで変わるような理論を飛び越えた特殊能力ではない。

 しかし、ネイチャに限っては違う。思いの強さでその扉をこじ開けた。

 

 であれば。

 ネイチャが思えば思うほどその炎はさらに強く燃え盛っていく。

 

 

(アタシだって……テイオーに勝ってみせるッ!!)

 

 

 

 

(負けられないのはボクだって同じだ……)

 

 そのまま追い付いてネイチャが独走、なんて事にはならなかった。

 綺麗に並んでいる。トウカイテイオーとナイスネイチャ、2人がどちらも譲らないまま並走して競い合っている状態だった。

 

 ネイチャの追い上げは確かに凄い。あそこからここまで瞬時に差を詰めてくる末脚には目を見張るものがある。

 しかし、それでも地力自体はこちらが上なのだ。ならばこのまま無様に負ける道理なんてない。向こうが死力を尽くしてくるならこちらもそれに応じるまで。

 

 自覚する。

 憧れを超えるためには、まずは目の前のライバルに勝ってこそ挑む価値があると。ここで最高に高め合えるライバルと出会えた事が、自分の更なる成長に繋がる。

 

 

(ネイチャはボクに勝つのが夢だって言ってくれた。そうやってボクを目標にしてくれてたから、ボクも負けないようにいつだって全力で頑張れてこれた。レース前の気迫、今のプレッシャー、ネイチャがどんな事情を抱えてるかは分からないけど、それでも……ボクが負けてやる事なんかできない!!)

 

 もう目線はゴールしか見ていない。

 ほんの少しでも先に着けば勝ちだ。アタマでもハナでもいい。とにかく前へ行けと本能が叫び続ける。

 

 

(絶対は、ボクだッ!!!!)

 

 

 

 

 声援を送る者や、あまりにも壮絶なデッドヒートを見て息を呑む者もいた。

 かくいう渡辺輝は後者だった。

 

 自分でも気づいたら大声を出してネイチャを応援してたが、その時ネイチャが2回目の覚醒をしてから黙って見ている事しか出来なかった。

 本当に、これなら、もしかしたら、あり得るんじゃないかと、そういう期待が底から湧いてきたのだ。

 

 綺麗に並んで走っている2人を見て推測する。

 ここからは体力勝負でも末脚勝負でもない。ウマ娘としての、本当の意地の張り合いで全てが決まる。

 

 残り約100m。

 長いようでいてとても短い距離。

 

 最後になるか、継続になるかの運命が決まる。

 

 

(勝て……)

 

 ここまで来れば、もうトレーナーとしての自分ではなく、個人としてネイチャに勝ってほしいという気持ちが勝っていた。

 トレーナーとして失格でもいい。不甲斐なくても構わない。それでも彼女には勝ってほしいと、渡辺輝という人間の個人的な感情が支配していた。

 

 だから、叫ぶ。

 誰よりも大きい声で。

 

 

「ネイチャァァァあああああああああああああ!! 勝つんだァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 聞こえた。

 確かに聞こえた。

 

 ゴールまで距離も短くなり物理的にトレーナーとの距離も近くなったからか、ハッキリとその声援は聞き取れた。

 思わず、だった。すぐ隣には鎬を削り合うライバルがいるのにも関わらず、ネイチャは自分の口角が少し上がっているのを自覚する。

 

 こんな時にも想い人からの声援で気持ちは高揚してくるのかと。

 だとすれば余計に負ける訳にはいかない。大丈夫、今ならその声援に応えられる力を持っている。

 

 意地の張り合いならトウカイテイオーにも負けない。

 いいや、それは向こうもそう思っているか。先ほどよりもトウカイテイオーの気迫が凄まじくなっている。

 

 だけど、それがどうした? 

 散々敗北を味わってきたのだ。挫折しそうな時だってあった。それを支えてくれた人のためならば、何だって出来る。もはや諦めるための理由を探すのをやめた。

 

 お互い譲れない思いがある。

 そのために全てを懸けてレースに挑む覚悟だってある。

 

 

「「お」」

 

 その瞬間は同時だった。

 普段レース中に気合を入れて叫ぶような事はしない2人。それが照らし合わせたかのように重なり合う。

 

 残り80m。

 全身全霊を懸けて相手を打ち破るために。

 

 咆哮があった。

 

 

「「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」」

 

 領域(ゾーン)同士の対決。

 その咆哮は空気を切り裂く音波のようにも思えた。

 

 意地と意地のぶつかり合い。

 白蒼を纏いしトウカイテイオーと、紅緑を舞わせるナイスネイチャ。時代を創り得るウマ娘の直線勝負も終盤に入る。

 

 どちらも一歩も譲らない。一瞬の油断や隙が勝敗を分けてしまうが、超集中状態の2人にそんな事はあり得ない。

 拮抗が崩れる事はなく、そのまま同着の可能性さえ出てくる。

 

 はずだった。

 

 

(負けられない)

 

 それは本能か、本心か。

 

 

(負けたくない)

 

 どちらでもあるし、この不思議な気持ちに関してはどちらでもないかもしれない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 これはネイチャ自身の気持ちなのか、それかどこからか朧げに湧いてきたような感覚にも似た想いだった。

 

 

(まるでもう1人のアタシがいるような気分だ……)

 

 内なる自分か? 

 それとも()()()()()()()()()? 

 

 分からない。

 分からないけれど、決して無視してはいけない感情に駆られる。

 

 そもそもウマ娘とは何だったか。

 何かの本で読んだ事がある。トレーナーの資料にもあったはずだ。

 

 都市伝説のようにも語られていたが確か、ウマ娘とは別世界の名前と魂を受け継いだ神秘的な存在と言われていなかったか。

 当人である自分にはそのような自覚も感覚もないけれど、もしその都市伝説が本当なのだとしたら? 

 

 今自分に語り掛けている『何か』は、そういう事なのか? 

 もしも、そうであるならば。

 

 

(分かってるって)

 

 応えるしかない。瞳の炎が更に増す。ネイチャの領域(ゾーン)の特権。思いの強さがそのまま業火に変異する。

 何の確証も確信もない不確かなままだけど。誰に言っても信じてもらえないような現象だけど。

 

 確かに別の自分にこう言われたような気がした。

()()()()()()

宿()()()()()()、と。

 

 自分にとってそれが何の運命なのか宿命なのかは分からない。

 だが、何故だか不思議と自分もそういう気持ちになっていた。運命を変える分岐点、宿命を超える転換点に自分はいる。

 

 別世界の誰かが成し遂げなかった事を、自分が成し遂げる。

 つまりは、ブロンズコレクターをここで返上させてもらう。

 

 

(未来を掴み取るのは、アタシなんだからッ!!)

 

 デッドヒートの流れを変えたのは、ネイチャだった。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

「ッ!?」

 

 綺麗に並んでいた列が乱れる。

 均衡が崩れていく。

 

 きっと、思いの強さで勝負は決まらない。そうなれば誰もが一番になれるのだから。結局はその時に一番強かったウマ娘が勝つのがレース。

 しかし、それでも最後の最後まで意地を張って思いに応えようと死力を尽くす者にのみ、それが最後の一押しとなる力をくれる。

 

 残り20mから息つく間もなくナイスネイチャとトウカイテイオーがゴール板を超えた。

 ほぼ同着にも見えた2人のゴールにレース会場は数秒間の静寂に包まれる。最後のデッドヒートから白熱したままの決着。

 

 そして沈黙から一気に歓声がやってきた。

 

 

「はぁ、はぁ……ッ!」

 

 結果を見る前に体がくの字に折り曲がる。

 息を整えるための呼吸のリズムが上手く合わせられない。

 

 

(これが全力を出した領域(ゾーン)の代償……一気に身体が重くなってきたっ……)

 

「ネイチャ、少し目を瞑ってゆっくり深呼吸して。そうすれば呼吸のリズムも合わせやすくなるよ」

 

「テイ、オー……」

 

 トウカイテイオーに言われた通りの手順を進めていく。

 実況席の声を聞くに1着は写真判定となるらしい。ネイチャのウマ番は12番でトウカイテイオーは4番だったか。ほんの少し時間がある間に息を整えていく。深呼吸すると呼吸のリズムも合ってきた。

 

 

「……ふぅ、さすがテイオー、全力の領域(ゾーン)を使った後の対処法も自分で分かってた訳ね。そりゃ前の『天皇賞(秋)』じゃアタシが勝てなかった訳だ」

 

「あの時のネイチャのはまだ未完成だったからね。ボクは大体本能? とかで分かっちゃうから! へへーんっ!」

 

 こういう反応をしている辺り、やはり根本的には出来が違うと思わざるを得ない。

 持ち前のセンスが段違いすぎる。

 

 こんな相手と接戦を繰り広げた自分を褒めてやりたい気分だ。

 レース中は倒すべき相手だけれど、レースが終わればいつもの友人に戻る。それがウマ娘だ。

 

 

「……だけど」

 

 そう言ったのはトウカイテイオーか。彼女は掲示板の方を見ている。

 盛大な歓声と拍手が2人に送られた。写真判定でどちらが1着か分かったようだ。

 

 そして。

 掲示板にはこう表示されていた。

 

 1.12番。

 2.4番、ハナ差。

 

 

 つまりは。

 

 

「おめでとう、ネイチャ。悔しいけど今回はボクの完敗だね」

 

「…………え?」

 

 ほとんど現実感もないまま。

 ライバル、GⅠレース初勝利と二重の意味で勝ちをもぎ取ったのか。

 

 トウカイテイオーから差し出された手を握る。お互いの健闘を讃えた握手だ。

 だんだん現実感が湧いてくる。とめどない歓声がネイチャに集まる。見渡すと商店街の人々、クラスの友人など見知った顔ぶれがちらほらといた。

 

 一番近くのスタンドには、トレーナーの姿はいなかった。おそらくここではなく控え室でちゃんと祝ってくれるつもりなのだろう。

 空は青い。晴天の中の勝利。重賞、それもGⅠレースの有記念。勝たなければならないギリギリのレースで勝てたのだ。

 

 今年最後の大きいレースが終わる。結末としては最高の形となっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 笑顔で観客に手を振って流れたのは、一筋の涙だった。

 

 

 

 

 

 

 中山レース。

 有記念──ナイスネイチャ、1着。

 

 

 

 

 

 

 





これにて有マ記念決着です。
別世界、つまり私達の世界のナイスネイチャが成し遂げられなかったGⅠ勝利をこの作品のネイチャに成し遂げてもらいました。

有マのレースを書きたくてこの作品を書き始めたと言っても過言ではありません。
領域の二段階解放や紅と緑の領域は書く前段階から決めていたので(笑)

何はともあれここまで続けてこられたのはこの作品を読んで下さる方々や感想を送ってくださる皆様のおかげです。
モチベを維持しつつ何とか一年書き続けられました。



では、今回高評価を入れてくださった、


ななな5629さん、SEVENTHさん


以上の方々から高評価を頂きました。
本当にご感想ありがとうございます!!




次回、最終回です。


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最終話.2人の歩む道

お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございました!!




 

 

 勝った。

 勝ったのだ。

 

 あのトウカイテイオーに、有記念で、GⅠレースで見事に勝ったのだ。

 現実味がないのは(ターフ)の上にいた時で今はもう勝利したという実感が沸々と湧いてくる。

 

 気分は高揚し、あんなに死闘を繰り広げた後なのにも関わらず足取りは軽かった。

 今は駆け足で控え室に向かっている。そこではきっと渡辺輝が待っている。GⅠ勝利を共に分かち合う場所としては一番適している所だろう。

 

 控え室のドアのすぐ目の前まで来ている。

 ネイチャは扉を開けた。そこで待っていたのは当然この喜びをぶつけたい相手である。

 

 ネイチャを待っていたであろう男性は待ってましたと言わんばかりの優しい表情で口を開こうとして、

 

 

「……おかえり、ネイチャ。まずはレース優勝、本当におめで」

 

「ごめんトレーナーウイニングライブあるから後でね!!」

 

 バッサリと流されたのであった。

 

 

「とうってええっ!? ここは普通忙しい中でもお互いしんみり勝利を分かち合うシーンじゃないの!? いつもはちょっと話していくじゃん! 今日に限ってどうした急に!?」

 

 雰囲気ぶち壊しの流れにツッコミが止まらないトレーナー。想定していた流れを崩された人間はよほどアドリブが効くような者でない限りただただダサい烙印を押されて終了するのである。

 わなわなしているトレーナーへ余計な視線を向ける余裕もなく、せっせとライブの下準備を済ませたネイチャは鞄を持ってまたドアへ向かう。

 

 その直前。

 

 

「だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……、」

 

 何も言い返せないような顔でトレーナーはネイチャを見るしか出来なかった。

 もはや呆気に取られていると言った方が正しいか。

 

 ドアノブに手を掛け、去り際に少女は言う。

 

 

「そろそろアタシも抑えられないから行ってくるね。積もる話はライブが終わってからで」

 

 控え室を出て走る。

 本当は今すぐにでもトレーナーの胸へ飛び込んでいきたかった。飛びきり褒めてほしかった。頭を撫でてほしかった。ありとあらゆる感情がネイチャをトレーナーの方へ駆り出そうとしていた。

 

 しかし全力の理性でそれを自身で阻む。

 そういうのは全部終わってからだと、そう思ったから。時間のない今それを実行すると必ず名残惜しくなってウイニングライブに支障をきたすかもしれない。だから我慢する。

 

 ライブを終えて、一番が自分なのを確実に証明してから全部トレーナーにぶつける。

 そのための我慢なら簡単に出来る。トウカイテイオーに勝つ事を考えたらこんなのは余裕だ。

 

 口元が綻ぶ。

 それはレース勝利への余韻か、トレーナーの隠された期限が解消された事への喜びか、ようやっと自分の気持ちをトレーナーにぶつけられるという高揚感か。

 

 おそらく全て。

 故にネイチャは走る。全てを勝ち取って、全てを手に入れるために。

 

 

 

 

「……勝ったからいつもの流れはない、か」

 

 GⅠレース初勝利と、そう言われたら納得してしまうしかない。あの様子を見るとネイチャも相当気分が高まっていたはずだ。

 憧れのトウカイテイオーと競り合った上で勝ち、もぎ取ったGⅠレース1着。最強のウマ娘を確かに実力でもって抜き去ったのだ。

 

 息を漏らす。呆れた溜め息だけど、その表情は柔らかいものだった。

 ちなみに抑えられないと言っていたのは何だったのだろうか。センターで歌えるライブへの高揚感とかその辺か、と適当な辻褄合わせをしてから去って行ったドアの方へ目を向ける。

 

 

「……本当に、よく勝ったな」

 

 自分も控え室を後にする。

 勝利を分かち合うのは後でもいい。まずは、担当ウマ娘の晴れ舞台をしっかりとこの目に焼き付けるのが先だろう。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 ウイニングライブが終わった。

 とめどない拍手と歓声が響き渡り、有記念は本当の意味で綺麗に終わる事が出来た。

 

 

「はぁっ、はあっ……」

 

 ウイニングライブが終わると同時にネイチャはまた走る。

 簡易シャワー室で速攻で汗を流しいつものトレセン学園の制服に着替え、控え室を目指す。これはレース終わりではよくある事なので、大抵その隙間時間にトレーナーは控え室で帰る準備をしているのだ。

 

 いつも控え室に戻るとトレーナーはいつでも万全に帰れるようにしてくれている。まあ控え室で少し時間潰しに反省会や雑談する事も多かったのだが。

 しかし今日の目的は違う。反省会や雑談ではない。この胸に秘めた気持ちをぶつけるのだ。

 

 汗を流し身体は綺麗にした。一応頑張って走った後の汗は勲章ものだから気にしなくていいと言ってくれたのはトレーナーだが、それとこれとでは話が違う。

 乙女にはどうしても汗だくのままでは言えない事もあるのだ。というかこれに関してだけは絶対に譲れない。

 

 抑えられない気持ち。恋愛感情だという事に気付いてからはどんどん膨れ上がっていったような気がする。

 今ではもう表面張力のようにギリギリ以上の想いが溢れそうになっていた。もうダメだ。ここまで我慢したのだから、もう爆発させても良いだろう。

 

 さっきトレーナーの顔をまともに見なかったのは、見てしまったが最後、普通にフライングで言ってしまいそうになるからである。

 だけどもうそんな心配もしなくていい。相手の気持ちなんて知らない。理解を得ようとなんて思わない。とりあえずありったけの気持ちを身体でぶつけてやる。

 

 恋する乙女はブレーキを知らないのだった。

 控え室のドアが目に入る。あの中に想い人はいる。ネイチャの速度が上がった。

 

 バンッ! と、勢い良く扉を開けると中にいた人物が少し驚いていた。

 その顔を見た瞬間、ネイチャは自分の顔がどうなっているのかすら分からずズカズカと室内に入る。

 

 そしてそのまま足早に駆け寄り、

 

 

「うおっ、何だビックリしたネイチャか。そんな急いでどうし……うわっと」

 

「……っ」

 

 自分の顔をうずめるようにトレーナーの胸へ飛び込んで抱き付いた。

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………………………………ん? あれ、えっとぉ……?」

 

 そして当の抱き付かれた張本人は脳内ハテナマークの嵐が吹き荒れていた。

 問題、控え室でウイニングライブの余韻に浸りながら鼻歌まじりで帰宅準備をしていたら急に担当ウマ娘がドアを勢い良く開けていきなり飛び込んで抱き付いてきた。さあ、どのような反応をすればいい? 

 

 

「あ、あのう、ね、ネイチャさん? これは一体全体どういう事でございまするのでしょうか……?」

 

 正解なんて彼女いない歴=年齢の渡辺輝が分かるはずもなかった。何かもう言葉遣いが変にばらつくレベルで挙動不審になっている。

 そして少女からの返答はない。反応がなければこちらもどうすればいいのか余計分からなくなるのだが、本当にいったいどうすればいいのだろうか? 

 

 ただ一瞬、部屋に入ってきたネイチャの表情を垣間見た時、どんな顔をしていたか。

 少し紅潮したような頬で、眉もちょこんと吊り上がっていたような気がする。ウイニングライブに行く前、彼女は言っていた。

 

 抑えられそうにないと。あれはウイニングライブの事ではなく、もしかするとレースに勝った事への喜びの感情を言っていたのか? 

 だとすれば何だか当てはまるような気もする。というかそれ以外考えられない。

 

 

(初のGⅠ勝利、だもんな)

 

 嬉しくない訳がない。喜ぶなんて当然で、何とも言えない高揚感をどこかにぶつけたいのも必然だろう。

 約3年間GⅠレースの勝利を目標としていた渡辺輝だってこんなにも嬉しいのだから、己の脚で勝ったネイチャは自分より喜んでいたって何ら不思議ではない。

 

 何より、自分にはネイチャに隠していた事がある。今年の年末までにGⅠレースで勝利しなければトレセン学園を離れなければならないという事。

 それを期限ぎりぎりでこの娘は勝ってくれたのだ。渡辺輝の抱えている事情なんて知らないのに、勝利をもたらしてくれた。そういうのを含めて、自分はネイチャに言わなければならない事がある。

 

 こうした時、どのような反応をすればいいか。そんな事は分からなかったけれど。

 GⅠ勝利、条件クリア、憧れのトウカイテイオーに勝った事、師匠である滝野勝司に勝てた事、それらを全て含めて、だ。

 

 顔も見えないネイチャの頭に優しく手を乗せる。一瞬耳と尻尾がビクついたように見えた。

 レースが終わったらいつもしていた事だ。勝っても負けても頑張った担当ウマ娘を称える渡辺輝特有の行為。

 

 もはや慣れた手付きで少女の頭を撫でる。シャワーを浴びた直後だからか、ほんの少しシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。

 そんな事もお構いなしに、渡辺輝は言う。

 

 

「GⅠレース、優勝おめでとう。ネイチャ」

 

 先ほど言えなかった言葉を今度こそ言った。

 

 

「それと、勝ってくれてありがとな」

 

 様々な意味を含めたお礼。ネイチャの知らない部分も感謝の気持ちを入れる。

 少女はまだ顔を上げない。よほど嬉しくて咄嗟に抱き付いてしまったのが急に恥ずかしくなって顔を上げられないのか、涙を誤魔化してるのかは分からないが、こういう時は無理に顔を上げさせない方が良いだろう。

 

 彼女が喋れないなら、自分が言葉を紡ぐだけだ。

 

 

「最後までネイチャを信じて良かったって、本気でそう思えたよ。柄にもなくレース中に大声出しちまったし、トレーナーとしてはあんま見せたくない姿だったんだけど、ネイチャを見てたら我慢できなくてな。気付いたらトレーナーとしてじゃなく俺個人としてネイチャを応援してた」

 

 本当に、思えばらしくないとは思う。

 トレーナーだから担当ウマ娘を鼓舞するようにレース中でも声を上げる者はいる。それは決して間違っていないし、実際それに応えるために頑張るウマ娘だっているのだから。

 

 ただ、自分はそういう方向性とは違うのではないか。と勝手ながらに渡辺輝は自分をそう評価していた。あくまでトレーナーとして最後までレースを見守る事が自分の役目だと、そう思っていた。

 しかし期限が最後まで迫りあの土壇場で出てしまった声援は、きっと焦りもあったのだろう。

 

 自分の中に課していたルールを無自覚に破ってまで出た声は、不甲斐ないと思われても仕方ない事だと思う。

 だけど、だからこそあの叫び声は紛れもない本心であり、ネイチャが勝つと信じていたからこその言葉だった。それもあってだろうか。

 

 

「けど、不思議と叫んでた事に嫌な気分はこれっぽっちもなかったんだ。むしろ清々しかった。これがネイチャなんだ。あれが俺が担当してるウマ娘なんだぞって、他のみんなに言ってやりたい気分だったよ」

 

 優しく撫でながら、

 

 

「ネイチャが勝って改めて思ったんだ。やっぱり俺の目に狂いはなかった。ネイチャを選んだ事は間違いなんかじゃなかった。ネイチャの走りに一目惚れして正解だった」

 

 確信を持って言う。

 

 

「『ナイスネイチャ』。その名の通り、『素晴らしい素質』を持ってるってみんなに証明できた事が、俺にとっては一番嬉しかったんだよ」

 

 ふるふると震えながらもまだ顔を上げてくれない少女に苦笑いしつつ、こんな勝利の分かち合いになるとは思っていなかったが、こんな喜び方もまた自分達らしいかと思い直す。

 そしてここからは本来言えるかどうか分からなかった事だ。

 

 

「だから」

 

 ネイチャが今日勝ってくれたから言える言葉。

 自信を持って言える。自分達はここまでじゃないと。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこにどれほどの重みがあるのか、彼女はおそらく知らない。いいや、知らなくてもいい。

 これは渡辺輝が勝手に抱えた事情で元々彼女が抱える必要のない事情だ。だからネイチャは何も知らないまま、いつもと変わらず過ごしてくれればそれでいい。

 

 そういう意味でも、軽く捉えてくれれば変わらない日常が再び待っている。

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 

 いや、それにしても何も喋らなさすぎではないかこのウマ娘? 

 一応こちらが言葉を紡ぐだけとは思っていたがこうも何も返事がないといっそ不安になってくるというか、ただ恥ずかしい台詞言ってるだけのイタいヤツみたいになってきそうで怖い。

 

 一方的に色々気持ち吐き出して何言い出してんのとか言われたら普通に心が折れる音がしそうな雰囲気である。

 気の許せる相手といる沈黙の時間は何とも思わずむしろ心地良いと言われているが、これに関しては普通に気まずい。とにかく何か言ってほしい。

 

 

(あれ、俺もしかして変な事言った? 気付かない内にドン引きされるような事とか言ってないよな? ネイチャってこんな黙ってる娘だったっけ!? いつもは結構適当な事とか言い合ってるのに何この不自然な沈黙!? ちょっと誰か助けてシラオキ様ーッ!!)

 

 もはや神頼みしかなかった。いくら何でもこれはキツい。

 こっちにも色々限界があるという事を理解してほしい。というかいったいいつまでくっついているのだろうか。

 

 担当ウマ娘とは言ってもネイチャも成長して今では立派な美少女だ。こんなにも密着してくっつかれるとさすがに思うところは出てきてしまう。

 いいや決してふしだらな思いとか下心とかある訳ではなく。誰かに見られでもしたら普通にトレーナー人生の危機に陥るんじゃないかという不安が胸にいっぱいいっぱいであった。照れもあるにはあるが。

 

 何かもドギマギするしかない。今も撫でている手は止めようにも止められずタイミングを逃してしまう。

 このよく分からない状況を打破してくれる助け舟はないのか。見られたら見られたでマズいが、いつまで経ってもこのままだと精神的にヤバい。

 

 と、腰に回されていた少女の両手に少し力が入った。

 未だに顔を上げないが尻尾は軽く揺れている。しかしどういった感情なのかまでは読めない。

 

 それは唐突に来た。

 

 

「好き」

 

 音源はすぐ下で顔をうずめている少女からだった。

 トレーナーの胸に顔を埋めているため声は籠りがちでボリュームも小さめだったが、特にラノベ主人公のようなご都合的難聴癖がある訳でもない渡辺輝はしっかりと聞き取る事が出来た。

 

 その上でだ。

 

 

「………………………………………………………………………………はい?」

 

 この大バカ野郎は素直に聞き返すしかないのだった。

 ちゃんと聞き取った上でネイチャが何を言っているのか、何を言いたかったのかの意味をよく理解していない。もしかしたら何かの聞き間違いかもしれないと、そんな可能性すら込めて聞き返す。

 

 対してネイチャもそう来ると想定していたのか、顔は上げないままでも今度はハッキリとこう言った。

 いつまでも鈍感なヤツに分からせてやるように。

 

 

「大好き」

 

 どうやら聞き間違いでも何でもなかったらしい。本当に渡辺輝の中で数秒間世界が止まった気がした。

 レースの時とは違う意味で息を呑む。この少女の真意は何だ。何をどうしていきなりこんな事を言ってきた。勝利を分かち合うのにそんな事を言う必要があるのか? 女の子の心はいつまで経っても分からない。

 

 

「……えーっと……それってもちろんライ」

 

「ライクじゃなくてラブの方だから」

 

 どうしよう。逃げ場を閉ざされた。自分の思っていた勝利の宴はこんな感じではなかったはずだと渡辺輝は焦る。

 お互いバカみたいに笑い合って喜ぶものだと思っていたのに抱き付かれて急に告白されるなんていったいどういうシチュエーションなのだ。

 

 しかも彼女いない歴=年齢で告白された事もした事もない渡辺輝にとっては全くもってどうすればいいのか分からない状態である。

 簡単に言えば脳内が混乱していた。

 

 

(ええっ、なにっ、これどういう状況? ホントに俺って今告白されてんの? 担当ウマ娘に? いや担当ウマ娘て! 年齢的に考えても普通におかしいだろこれ!! 初めての告白が大分年下の娘だし自分の担当ウマ娘って何だよっ! これどこの引き出しに入れるのが正解なわけ!?)

 

 文字通りテンパっていた。

 ウマ娘やレースに関してはほぼ全てにおいて詳しいトレーナーでも、こと恋愛においてはただの初心(ウブ)である。素人甚だしい。

 

 そして時間は止まってくれない。世界は今でも平等に進んでいくのだ。

 時計の秒針がチクタクとだけ聞こえる。それだけ室内が静寂に包まれている証拠だった。

 

 少女はまだ離してくれない。離そうにもウマ娘の力に勝てる訳ないのでがっちりホールド中なのである。

 まあ今離そうとすればそれはネイチャの気持ちに応えられないという暗に否定してしまう行動に繋がるので迂闊には出来ないが。沈黙が苦しい。ネイチャ的には次はトレーナーからの言葉を待っているのかもしれない。

 

 

(どうしたもんか……)

 

 ぐっと、僅かにネイチャが背中に回していた手でトレーナーのスーツを軽く握る音がした。きっと不安な気持ちもあるのだろう。

 せっかく念願のレースに勝って本当は喜びたいのに、今は不安の中にいると考えると少し心が痛む。

 

 控え室のでかでかとある鏡を見てみる。自分の顔も少し赤くなっている気がした。

 無理もない。担当ウマ娘とはいえ、これまでの人生の中で初めて告白されたのだから。しかも美少女ときた。こんな展開などあり得ないと3年前の自分ならそう思っていただろう。

 

 悪い気はしない……とは思う。よほど嫌いな相手じゃない限り告白されるのは嬉しい事なのだから。

 しかしトレーナーという立場上の事を考えると素直に首を縦に振れない自分がいた。傍から見ればどうだろう。自分の担当ウマ娘に手を出したクソ野郎と思われる可能性だってあるはずだ。

 

 嬉しさと困惑、それと恐怖も若干入り混じっていた。

 初めて告白されたのに何だこの複雑な気持ちは。いっそせっかく期限ギリギリで条件をクリアしたのにトレーナーを辞めて無理なくネイチャと恋人関係になっても大丈夫だろうか。

 

 いや、それはそれで本末転倒かもしれない。本物のバカがする事だ。

 うねる。捻る。必死に脳内を。どう答えるのが正解か。ネイチャを傷つけない方法はないかを絞り出せ。

 

 

「……やっぱり、ダメ……かな……」

 

 待ち切れなかったのか、堪え切れなかったのか、ぎゅっと両手に力を入れたネイチャは俯いたままか細い声でそう言った。

 違う。そうじゃない。そんな声を出させるために危険を承知でネイチャの担当になったんじゃない。いつまでも笑っていてほしいから選んだんじゃないのか。

 

 少女の力を証明して、自分も正しかったと胸を張って言えて、ならその先は何だ。

 この先も彼女と一緒に歩んでいこうとさっき言ったのは誰だ。そこにどんな気持ちを込めて言った。親愛だけで収まっていたか。本当にそうなのか? 

 

 と、ここまで考えて、渡辺輝はある事に気付く。

 そういえば、さっきから自分はネイチャと恋人関係になること自体に関しては全然否定的ではない事に。

 

 立場上の事を考えているだけであって、年齢的なのも含めてだって、それさえなければまるで自分もそう望んでいるかのように思っていないか? 

 これまでの彼女との思い出を振り返ってみる。何というか、嫌な思い出は一つもなかった気がした。マイナス的な思い出さえも、ここまでの糧として頑張ってこれた証拠となっている。

 

 振り返ればいつも笑っている彼女がいた。

 呆れたように、けれど対等に微笑んで歓談してくれる彼女がいた。

 仕方ないと言いながらもほとんど毎日弁当や夕飯を作ってくれる彼女がいた。

 最初は捻くれて斜に構えがちだったけれど、内心では負けず嫌いでいつも頑張っている彼女がいた。

 

 そうだ。

 気付けば自分の生活の中にはいつだってネイチャがいた。

 

 どうあがいてもそれだけは紛れもない事実で、心地よかった思い出である事も間違いない。

 立場上が何だ。年齢差が何だ。それで何を言われたって思われたって、自分の気持ちに嘘を付く理由になんて絶対なりはしない。

 

 つまり、答えは最初から決まっていたのかもしれない。

 再びネイチャの頭を撫でる。

 

 

「そうだな」

 

「ッ」

 

 どういう意味で捉えたのか、少女の身体はビクンッと震えた。

 だけど安心させるように渡辺輝は紡ぐ。誤解を与えないように。自分の気持ちをハッキリと。

 

 

「正直に言えば今はまだちゃんと答えてやる事は出来ない。色々と面倒な事とかたくさんあるからな」

 

 諭すように、だ。

 成長していてもトレーナーの中ではまだネイチャは子供の範疇を出ていない。そう、()()

 

 

「だけど、ネイチャがもっと成長して年齢を重ねて、ちゃんと自分で大人になったと思ったらでいい。その時にまだ俺を本当に好きでいてくれるなら、その時は俺から言わせてもらうよ」

 

 小刻みに震えだすのは少女の身体。

 誤解を与えずに言えたのか、ちゃんとその意味を理解してくれたからか。微かに聞こえるのはか細い嗚咽だった。

 

 今まで俯いていた少女はようやっと顔を上げる。

 レースで勝ったとは思えない表情で、あまりにも似つかわしくないほどの涙目だった。

 

 流すのは悲しみの涙ではない。

 ここでは喜びの涙だけでいい。

 

 優しく微笑む。

 どこまでも真っ直ぐで、自分の期待に応えてくれて気持ちをぶつけてくれた少女に伝える。

 

 これからの将来、きっと同じ言葉を言うと確信して。

 

 

 

 

「好きだってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 年も明け、4月に入り新学期が始まろうとしていた。

 桜が咲き誇り散りゆく中で、新しい出会いや蕾から芽が開花しようとしている。

 

 

『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』。

 通称『トレセン学園』。

 

 東京都府中市にあり、全国に存在しているウマ娘トレーニング施設の中でも最先端、最大規模の施設を誇り、また教育機関としても確立されている。

 全国からスターウマ娘を目指すためにわざわざ中央へやってくるウマ娘もいるほど、今や『トゥインクル・シリーズ』は日本だけでなく世界でも注目されているのだ。

 

 そんなトレセン学園では今日、ウマ娘の実力を測る選抜レースがあった。

 

 自分の実力を示すと同時に、結果によってウマ娘を育成し、共に重賞と呼ばれるG1レースやドリームトロフィーを目指すトレーナーにスカウトされるなどといったウマ娘にとってもトレーナーにとっても大事な行事である。

 

 当然、好成績を残したウマ娘ほど様々なトレーナーからスカウトされるお決まりとなっているのだ。

 つまり、デビュー前のウマ娘にとって今だけは本番のレースよりも一着を取れるか取れないかで将来が色々決まってしまうほどの重大な出来事なのだが。

 

 

「……ふう」

 

「ランニング終わりっと。ほいお疲れ」

 

「ん、ありがと」

 

 スポーツドリンクをネイチャに渡す。

 僅かに空いた時間でトレーニングをしていた2人は時計を確認すると、2口ほど飲み終えたネイチャが先に切り出してきた。

 

 

「あ、もうすぐ選抜レースの時間じゃん。あっちのレース場でやるんだっけ」

 

「ああ、そろそろ移動するか」

 

 タオルで軽く汗を拭きながらネイチャはトレーナーの横に並ぶ。

 

 

「や~、今年はどんなキラキラ新入生が来ますかね~」

 

「毎年結構な数のウマ娘達が入学してくるし、それだけ有望な若い芽もあるだろうからトレーナーとしちゃ気になるな」

 

「トレーナーさんのお眼鏡にかなう娘がいたらスカウトするんでしょ?」

 

「まあそのつもりだけど……」

 

 桜の木々が並ぶ中庭を歩きながら選抜レース場へ向かう。

 少し詰まったように渡辺輝が聞く。

 

 

「その、いいのか?」

 

「何が?」

 

「いや、ほら、結局有記念で勝ってから俺の評価も上がったせいで、理事長からめちゃくちゃ頭下げられて結局ネイチャ以外にも他のウマ娘をチームに入れる事になったからさ。その、最初らへんにお前以外のウマ娘はスカウトしないって言ってたあれ、なくなっちまった訳だろ? その事に関してどう思ってんのかなって」

 

 元々専属トレーナーという無茶振りを条件付きで認めてもらい、有記念でそれをクリアしたのにも関わらず、むしろそれでネイチャや渡辺輝の評価が思った以上に上がり理事長から頭を下げられ結局チーム・アークトゥルスに他のウマ娘もスカウトする事になった経緯がある。

 厳しい条件をクリアしたトレーナーには理事長の提案を断る権利もあったのだが、トレーナーが理事長に半泣き状態で頭を下げられたら断るものも断れない。

 

 まあ3年間ネイチャと共に過ごし経験を積んだ今なら他にウマ娘を入れても大丈夫だとは思うが、ネイチャの気持ちも無視してはいけないと思った故の質問だ。

 それを聞いて、本当はトレーナーの事情も知っていたネイチャは人差し指を唇に当て少し考えてから、あっけらかんと答えた。

 

 

「ん~、前までならちょっと思うところはあったけど、今は何とも思ってないよ。むしろ全然ウェルカム~って感じ」

 

「え、そうなのか?」

 

「うん」

 

 拍子抜けな返答がやってきた。

 もっとこう、唇を尖らせて不満を言うのかと思っていたが、少女は知らない内にもっと成長していたらしい。

 

 

「だって」

 

 無数の桃色の花びらが風に吹かれ舞い散る中で、赤い髪を靡かせながら少女は微笑みながらこう言った。

 

 

「他の娘達を見てても最後にはアタシのとこに戻ってきてくれるって分かってるしねっ」

 

「っ」

 

 思わず見惚れてしまった事を内心で認めるしかなかったトレーナー。

 今の彼女は桜と相性が良すぎる。一瞬目を背けて、あくまでそんなに意識はしてないとアピールするために軽口を挟んでみる。

 

 

「え、何その独占力。そんなもんどこで覚えてきたんだ」

 

「いやぁ、もうここまできたら遠慮してる方がおかしいかなって」

 

「そんな性格だったっけかお前? てか近い、え、近くない?」

 

「トレーナーさんの1着はアタシだしね。何なら腕でも組んじゃおっか? なーんてっ。トレーナーさん攻めたら結構リアクション初心だから面白いんだよね」

 

「ちょっとやめて良い歳した男からかう女子高生なんてどこのラノベ展開だよある訳ねえだろそんなもん!」

 

「それがアタシ達ならあったりして」

 

「……、」

 

 何だか最近ネイチャのアタックが激しい件について。

 議論のしようがない。もう2人でいる時は結構な確率でさりげないアピールばかりしてくる。心臓に悪いったらありゃしないのだった。

 

 こちらからすればそんな事しなくてもいらぬ心配なのに。

 

 

「ったく、んな事しなくても俺だってネイチャの事好いてんだから変にアピールしてこなくていいんだぞ?」

 

「ぐはぁっ! まさかのクリティカルカウンター!?」

 

「した覚えないんですけど」

 

「……まあ、あれですよ。ほら、あんま他の娘寄せ付けないためにと言いますか、ちょっとした自分のだぞアピールを周囲にしたくてですね……」

 

「やっぱ変な独占力覚えてやがるっ。お前っ、そんな寄せ付けないオーラ出してたらスカウトするにも出来ねえだろせめてもうちょっと抑えろって」

 

 

 そうやって、2人は歩いていく。

 4月。出会いの季節であり、また新しい芽が咲ける季節でもある。

 

 少しくすぐったくも新しい気持ちに芽生えた2人はまたレースのために走り出していくのだ。

 今度は何のしがらみのない、自分達が目指したいものを勝ち得るために。

 

 桜舞う季節。

 そんな青空を眺めて、渡辺輝は笑みを浮かべながら隣を歩くネイチャに思いをやる。

 

 

 

 

 

 

(こりゃ気楽にしてたらすぐにフライングしちまいそうだなぁ)

 

 

 

 

 

 

 しかしこちらは気取られないようあくまでもお気楽そうに笑う。

 溢れ出そうな想いを胸に、今日も2人は何て事のない日常をほのぼのと過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、という事で最終回でした。
完全に付き合う訳ではなく、あくまで成長してからなら、というのがまたネイチャ達らしさかなと思いこのような締めになりました。
まあ吹っ切れた彼女は恋愛クソ強ウマ娘になってましたけど(笑)
これもまあアリでしょう!

そんな訳で、最終回まで読んでいただき誠にありがとうございました。
ちょうど約1年で完結出来たのも綺麗だったかなと勝手に自画自賛しつつ、割と長かったなというのが自分の印象です。

最後まで書き続けてこられたのもひとえに感想や評価をくださる皆様のおかげでした。
モチベを保ち続けるのは意外と大変ですのでね。
ネイチャの良さを広めたいと思い書き始めた何番煎じだかの二次小説でしたが、書き始めた頃はまだネイチャ小説自体少なかった印象です。
今ではたくさんありますが、ネイチャの良さを広めるためにほんの少しは力になれたなら嬉しいなって。

ちなみに告白シーンは色々言わせるのも良かったんですが、あえてここはシンプルにさせていただきました。
あまり言い過ぎないのも信頼関係故に伝わるのかなと。

書きたい事は全て書き切ったので悔いはありません。
ウマ娘やモデルとなった名馬達へのリスペクトを忘れず、今後もイメージを損なわない程度に楽しんでいきたいと思います!



では、最後に高評価を入れてくださった


まるtaruさん、Djinn2022さん、蒼羽彼方さん、エルスさん、Thallumさん、Morse信号機さん、風見なぎとさん、多喰召威さん、javertさん、LetRing888さん


以上の方々から高評価を頂きました。
最後までモチベを保っていられたのは皆さまのおかげです。本当にありがとうございました!!



ウマ娘の関係者、そして読んで下さった皆様に最大の感謝を。
では。


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