トルメキアのヤンデレ姫殿下 (トマホーク)
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プロローグ1
詰め込み過ぎな気もしますが、見切り発車します。
本隊に先駆けて敵領域に進出したガンシップ2機を主軸とし強襲用メーヴェやパラシュートを用いた空挺降下を行い潜入した特殊部隊による人質捕縛と軍上層部の排除。そして、それらの下準備を拵えてから圧倒的な戦力を有する本隊の電撃的侵攻によって瞬く間に占領を成し遂げたペジテ市を眼下に眺めながら物思いにふける。
思えば俺も歳をとったなぁ……。
観てなくて友達からざっと聞いただけだからよく知らないけど、この風の谷のナウシカと思われる世界に生まれ落ちて早36年。
故郷の風の谷に誕生して、前世の記憶と転生の特典であろう武器兵器の設計と製造技能や高い身体機能を生かして15歳までは谷の要塞化──鉄の谷計画に従事。
15歳から17歳の2年間は腐海辺境一と賞される剣豪のユパ・ミラルダ──先生と修行の旅に出て。
17から今までは誰かさんのせいでトルメキアの士官学校に入学して更に軍大学院にも進んでから従軍──一兵卒と肩を並べて敵陣に突撃したり、大砲ぶっぱなしたり、騎兵で強行偵察したり、戦車で死線をくぐり抜けたり、戦場に橋を掛けたり、負傷兵の手当てしたり、補給品をかき集めたり、物資運んだり、ガンシップ乗り回したり、新兵を鍛えたり、部隊を指揮したり、発掘された兵器の改造したり、蟲共を鏖殺したり、 敵地で破壊工作したり、大軍を相手に殿やって死にかけたり、誰かさん庇って死にかけたりと……色々、本当に色々あったからそりゃ年も食うよな。
「参謀!!ここにおられましたか」
物思いにふける間もねぇな、全く。
げんなりしながら振り向き、セラミック装甲で出来たフルプレートアーマーに身を包んだ司令部員に声を掛ける。
「どうした?また問題か?」
「いえ、殿下がお呼びです」
「えぇ……またか」
文句を言いながら時間を確認してみれば確かに日課の時間であった。
「いい加減ペジテ市の女官連中を使ってくれんかね」
「占領してからまだ2週間しか経っていませんから、致し方ないのでは?」
「女官が使えないなら従兵でいいじゃないか、何のために女の奴隷を買ってから精鋭の親衛隊に負けず劣らずの兵士に仕立て上げたと……」
練兵も大変だったんだぞ、と口を尖らせて愚痴を溢す。
「はぁ……」
「お前に言ってもしょうがなかったな、忘れてくれ」
呼びに来た司令部員の兵士が気の抜けた相づちを打ちながら困ったように立ち尽くしている姿に気が付き、渋々ペジテ市の王宮のテラスから離れ湯殿へと向かう。
そして道中に出会う警備担当の親衛隊や弟子達に軽い挨拶をしながら男子禁制の区域へと踏み入れると脱衣場で軍服を脱ぐ。
汚いからあんまり見せたくないって言っても聞かないからなぁ。
体のありとあらゆる場所にある無数の傷──被弾し誘爆まで秒読みであった戦車から部下を引き摺り出す際に負った重度の火傷、土鬼との白兵戦で斬られた切創、空賊に撃たれた銃創、搭乗していたガンシップが墜落した時の擦過傷や挫滅創、敵味方同時の騎兵突撃時の刺創、蟲に噛み付かれ引きちぎられたせいでボコボコに変形した咬傷など。
よく生きてたな俺。
改めて傷だらけの体を眺めた後、湯着を纏ってから湯殿の入り口の前に立つ。
「クロトワ入ります!!」
新兵が上官に初めて挨拶しに来た時のように声を張り上げてから上司であり長年付き従ってきたクシャナ殿下が待つ湯殿へと足を踏み入れた。
「……ずいぶんと遅かったではないか?」
少しだけ間を置いて湯気に隠れた向こうから不機嫌な声が返ってくる。
「ハッ、なにぶん戦後処理が立て込んでおりまして」
職務をサボって感傷に浸っていた事実を隠し、堂々と嘘をつきながら歩を進める。
「ほぅ……この私を待たせるとはお前も偉くなったものだな」
「勘弁してくださいよ、殿下」
「ふん、早く準備をしろ」
一瞬で嘘を見抜きそれを不問としつつも、ますます不機嫌度が増した声に首をすくめながら湯浴みの準備を手早く整えていく。
「準備が出来ましたんで、こちらに」
湯着を着て豪華な椅子にふんぞり返っていた殿下を洗い場の椅子に誘導し、一般市民ではとても買えないような高級な石鹸を惜しげもなく使いながら上官の体を洗っていく。
「殿下、そろそろこの役目も他の者に任せてもらえませんかね」
残りの過程が湯で濯ぐだけになった時点で何度も言い続けている事を懲りずに提案してみる。
「この無様な傷を他の者に見せろと言うのか?それにここのような湯殿以上に密談に適した場所はなかろう」
言うほど酷くないんだけどな。というか、体の傷の事で言えば俺の方がヤバい。
そんな事を考えながら殿下の背中にある流れ矢が当たった小さな矢傷を眺めつつ、本題を聞こうと念には念を入れ声を潜めて聞き返す。
「今度はどんな命令が?」
「確保した巨人兵の繭と捕らえたペジテの姫を本国に送れときた。まぁそれはいいとしても、国王直々にお前を輸送責任者に指名してきよったわ」
輸送ついでに本国への帰還命令か。厄介な。
「しつこいですな。しかしまぁエンジンの開発製造など他のヤツには無理ですから分からんでもないですが」
トルメキアにおける技術開発と兵器製造の全任を任されていた都合で出兵を禁じられ技術開発局に軟禁されていたが脱走し、殿下とそれに従う第3軍に合流してペジテ攻略に参加していたツケが回って来たようだ。
今までの戦功と市民達からも英雄として祭り上げられているお陰で脱走した件は不問にされたらしいが、流石に首都トラスを開けすぎて技術開発や兵器製造に支障が出てきたと見える。
「それから雌豚共がこの機にお前を引き抜こうとしているらしい」
「第1、第2、第3皇女達がですか?人気者は辛いですな」
「……」
「失礼しました」
つい軽口を叩けば、鬼の形相で睨まれたため慌てて頭を下げて許しを乞う。
「ふん」
「どうしますか?一度トラスに戻っておき──」
「お前は私の側にいればいい。分かったな?」
俺の提案を最後まで聞かずに湯着の首元を引っ張り、額が触れ合いそうになる程の至近距離で顔を突き合わせ絶対の意思を込めて発せられた殿下の言葉に気圧されながら頷く。
「……ハッ、了解しました」
「下がってよし」
何であんなに気迫が込もってたんだろうな……。
密談が終了し謎を抱えながらも後を親衛隊にいる弟子達に任せて湯殿を後にした。
────
「アイツは私のモノだ。私だけのモノだ。誰にも渡さん……ッ!!渡してなるものか!!」
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プロローグ2
ラステルもヤンデレにして生存させようかと思いましたが、寄り道になるので未登場。最初は登場する姫は全員ヤンデレヒロインにしようとか思ってた。
さすが工業都市ペジテだな、各種資源は元より鹵獲品の種類が凄まじい。
品数も下手な中小国よりありやがる。
まぁ、掘り出し物からガラクタまでごっちゃになってるから分けるのが大変だが。
「参謀殿、こっちの航空用エンジンはいかがいたしますか?」
「ウチのバカガラスとコルベット用の予備エンジンは確保してあるから残りは全部本国へ送っちまえ」
占領したペジテ市の中心にあるセンタードームで、本国用・第3軍用・袖の下用・自分用と鹵獲品の仕訳をしつつ部下の質問に答える。
トルメキアの正規生産品もいいが、やっぱり鹵獲はロマンがあっていいねぇ。何より自分達の懐が痛まないし。
まぁ、奪われた側からしたら堪ったもんじゃないだろうが。
捕虜となったペジテ市の兵士や強制徴用された市民が荷役として汗を流しながら働く姿を横目にそんな事を考える。
「よろしいので?」
「エンジンだけ何個もあってもしょうがないだろ。時間がありゃ機体その物を作りたい所だがそんな時間もないだろうし」
「はぁ……」
重要な戦略戦術物資であり、その数が軍事力に直結するにも関わらずあっさりとエンジンを本国送りにする俺に納得がいかないのか、歯切れの悪い兵士。
「それにな、金とエンジンをしっかり送っておけば本国のお偉いさん方は満足してくれるんだよ。他のモノをウチがせしめていても……な」
「ッ!!なるほど、さすが参謀殿」
悪人面でニヤリと笑みを浮かべてみれば、こちらの言わんとする事を理解した兵士は納得した様子で目を輝かせていた。
そして2人して川のようにずらりと並べられた銃火器や山のように積み上げられた弾薬、燃料、更に今は無言で佇む兵器群を眺める。
これがあれば次の戦は楽が出来そうだ。
規格はあまり揃っていないが歩兵がもつ小銃や突撃銃は言うに及ばず、重機関銃に火炎放射器、迫撃砲、榴弾砲、数輌の突撃砲と戦車、そして大型貨物艇のブリッグが2艇、飛行ガメが4機とそれらが全力で3回は戦える程の弾薬燃料があり第3軍の大幅強化が可能であった。
またこれ以外にも戦闘によって損壊した兵器や故障したまま放置されていたりスクラップヤードに転がっている兵器がかなりあり、それらを修理したり改造すれば更なる拡充も夢ではなかった。
加えてここには置かれていない消耗品や食糧の類いも第3軍全軍が長期的な作戦行動を可能とする程の量が徴発によって確保出来ていた。
「──精が出るな、クロトワ」
笑いが止まらねぇ!とニヤニヤしている事が出来るのもそこまでであった。
地を這うような不機嫌なその声にぎょってして振り返れば、明らかに近寄りたくないオーラを発している我らがクシャナ殿下の姿があった。
付き従う親衛隊もクシャナ殿下の瘴気に当てられたのか、いつものようなキリッとした様子が失われ疲れ果てた時のように肩を落とし歩くのがやっとのような体たらくであった。
「話がある、私の部屋に来い」
「ハッ!」
脊髄反応的に直立不動で敬礼を行った俺はクシャナ殿下を刺激せぬよう細心の注意を払いながら部屋へと連行される事となった。
「これを読め」
「ハッ」
人払いがされ2人だけとなった部屋の中で、投げ渡された豪華な封筒を開け2つ折りにされていた中の紙を取り出す。
「遂にお母様までお前を返せと言ってきよったッ!!私の部下だぞ!?どうしてどいつもこいつも私からお前を取り上げようとするのだ!!」
俺が手紙を読む前から我慢が出来なくなったのか、クシャナ殿下がバンッと机を叩き怒りの声を張り上げる。
荒れてるなぁー。えーと何々?
怒り心頭のクシャナ殿下を他所に開いた手紙に目を通し内容を読み解く。
なるほど。
女王陛下からクシャナ殿下へと送られた手紙に書かれている美辞麗句の言葉の羅列を要約すれば、巨神兵の確保を切っ掛けに開始される事となった対土鬼諸侯国連合との戦争に触発され、トルメキアが征服してきた国々の地域で反乱の兆しがあるため、それの押さえとして俺の派遣を要請する文であった。
「まぁ元々自分をトルメキアに引き抜いたのは女王陛下でありますから」
他人事のようにそう言って手紙を封筒に戻しながら当時の事を思い出す。
先生との修行の旅の終盤にトルメキアで開かれていた武術大会に気まぐれで参加して優勝。
その強さを見込まれて当時宮廷内のゴタゴタで味方を欲していた女王陛下の護衛を少しの間だけ担う事になったまでは良かったものの、転生特典の能力がバレた途端に取り込み攻勢が激化。
普通では考えられないような好条件で護衛役の期間延長を呑ませられたかと思えば、あれよあれよという間に士官学校へ入学させられ軍大学院にも進級。
卒業後には正式にトルメキアへの帰属を求められ風の谷への便宜を図る事やいくつかの条件を飲んで貰えた事、軍隊の空気が体に合っていた事もありトルメキア軍に従軍し、女王陛下の懐刀として各地の戦線を転々としていた。
「あぁ、そうだ。お前を私に紹介したのもお母様だが、今は私の部下だ。私の騎士だ」
初めて会った時はあれだけ嫌われていたのになぁ……。
オモチャを取り上げられそうになっている子供のようなクシャナ殿下の姿に初対面時との扱いの温度差にギャップを感じずにはいられなかった。
凛々しく気高く孤高の姫でありながらも、当時はまだ10代前半であったため母親のお気に入りであった俺の事が気にくわず女王陛下にクシャナ殿下の護衛を行うように命じられ時は随分とキツく当たられたものである。
仲良くなった切っ掛けは幾つもの戦場を共に駆け常に結果を残した事や殿下の窮地を幾度も打開した事。
そして、決定打はクシャナ殿下の暗殺を未然に防いだ事であろう。
……最も暗殺を防いだと言っても、それはただの偶然であったのだが。
あるパーティーでベロンベロンに酔わされ、酔っ払った状態でクシャナ殿下が持っていたグラスを奪って酒を口にしたらそれに毒が入っていたというだけの話である。
自分では酔っ払っていたから何も覚えていないが、周りからはクシャナ殿下を守るために酔っ払ったフリをして毒の酒を飲み殿下を守った忠臣者として評され、女王陛下と殿下からは家臣の枠組みを越えて遇される事となった。
ちなみに毒を飲んだためにぶっ倒れ一時は生死の境をさ迷っていたらしいが、2日後には普通に回復。
毒の後遺症による手足の痺れなども全く無かったが、これ以降どれだけ酒を飲んでも酔えなくなってしまったのは残念である。
「……何がおかしい?」
あ、不味い。
「ハッ、少しばかり昔の事を思い出しておりました」
ついつい昔の思い出に浸り過ぎて口元が緩んでいたのをクシャナ殿下に見咎められてしまった。
取り繕っても嘘を見抜かれ更に怒られるだけなので正直に答えたものの、みるみるうちに殿下の眉がつり上がっていく。
「貴様は私が悩んで──ッ!!もうよい!!下がれ!!」
「し、失礼致しますッ!!」
ぶちギレたクシャナ殿下の怒気に肝を冷やしながら部屋を転がり出る。
いやー失敗失敗。こりゃまた閑職行きかな?しかしまぁいい機会かもしれんな。
原作の事をほぼほぼ知らないからなんとも言えないけど、そろそろ物語が始まる頃だろうし。
クシャナ殿下には親離れしてもらわないとな。
そんな事を考えながら俺は怒られた事を一ミリも気に止めず、呑気に廊下を歩くのであった。
────
「このままではアイツを奪われてしまう……なんとかしなければ。だが、どうする?どうやって対抗する?……そうか……国を作れば良いのか。ハハハッ、どうしてこんな簡単な事を思い付かなかったのだ。そうすればアイツとも……フフッ、フフフッ、兵は皆私に付いてきてくれる。武器も揃った。拠点も得た。トルメキアはこれから土鬼との一大決戦で私達に構ってはいられない。フフッ、アイツと私の王道楽土を作ろう。フフッ、フハハハハッ!!」
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プロローグ3
次の話を投稿するときに改訂するかもです。
クソッたれッ!!
巨神兵の繭を本国に発送して安心していたらこれかよ!!
世話しなく動き回る兵士達がモーゼのように分かれて出来た一本道を駆け抜け司令部を目指す。
「状況報告ッ!!」
司令部に飛び込むなり怒鳴り声を上げる。
その声に呼応して紙を持った情報士官が俺の前に飛んでくる。
「ハッ!!報告します!!03:55時、巨神兵の繭を運搬中の大型船『タイタニック号』より救難信号を受信。翅蟲の群れと鉢合わせし襲撃を受けたとの事」
「04:05時、緊急発進可能なコルベット1機がスクランブル発進し救援に向かうも夜間で視界が効かず、また当該空域は雲量が多く『タイタニック号』との合流に失敗」
「04:40時、『タイタニック号』よりエンジン出力低下、操舵機能低下、風の谷への緊急着陸を試みるとの通信を最後に通信途絶。以後の消息は不明です」
最悪だ……よりにもよって風の谷かよッ!!なんであの地域最大の武装勢力(小国)に向かうかな!?場合によっては腐海の方がまだマシだぞ!!
俺が武器兵器揃えて、俺と先生が防衛体制整えたから自信つけて血の気が多いのに!!隠居した城オジですら嬉々として戦闘に参加してくる戦闘民族の国に不時着なんか試みるな!!
下手な所に不時着したら、不時着が成功したとしても怒り狂った谷の人間に胞子ごと焼き殺されるんだぞ!!
部下の手前眉をしかめるだけにとどめたが、1人の時に聞いていたら確実に頭を抱えていた報告に暗澹たる思いを抱く。
良くて救助活動してくれてるだろうけど、最悪の場合は焼き殺された人間の死体と略奪に勤しむ風の谷の住民の姿がそこにありましたとかないよな?
「……」
「参謀……?」
「あぁ、すまん。状況は理解した。殿下はどこにいる?」
「あちらの会議室です」
「分かった」
あり得る最悪の未来を幻視して呆然としていたが、情報士官の呼び掛けに我に帰る事に成功し、胃が痛くなる思いをしながら殿下の指示を仰ぐ事にした。
「殿下──ッ!?」
殿下に指示を仰ぐため会議室に足を踏み入れた瞬間、室内の異質な様子に思わず息を飲んだ。
クシャナ殿下を中心に第3軍の指揮官級の将校が勢揃いしているのは状況が状況だけに何もおかしくは無かったが、そこにいる者達の気合いというか熱気というか士気が異様な程高かった。
一体何があった?元々血気盛んなヤツは多かったが、いつも冷静沈着なヤツまで熱に浮かされた顔しやがって。これじゃまるで……まるで決起を決めた青年将校の集団じゃねぇか。
「どうした、クロトワ?何を突っ立っている?」
「ハッ、失礼します」
実戦経験が少ない新参の指揮官は元より経験豊富な古参の指揮官すらも瞳の中に決意の炎を滾らせ覚悟を決めた顔をしている事に不信感を募らせながらもクシャナ殿下に入室を促されたため、平静を装い歩を進める。
しかし、将校らの異常よりも普段通りの様子なのに部屋の中で一際狂気染みたモノを瞳に宿らせているクシャナ殿下の姿が俺は何よりも恐ろしかった。
「殿下、状況は切迫しております。直ちに風の谷へ救援部隊を──」
「クロトワ」
異様な雰囲気を感じながらも本分は果たさねばと口を開くが、クシャナ殿下はいつになく落ち着いた様子で俺の言葉を遮る。
先ほどから感じる嫌な予感が外れてくれと祈りながら俺はクシャナ殿下の次の言葉を待った。
「風の谷へ送るのは救援部隊ではない。侵攻部隊である」
なん……だと……。
冗談の欠片もなく、大真面目にそう言い切ったクシャナ殿下に対し俺は絶句した。
「恐れながら。風の谷は私とヴ王との契約により独立保障がされており、安全保障条約も締結しているため風の谷を攻撃した場合トルメキアに反旗を翻──」
……まさか。
風の谷に侵攻した場合、クシャナ殿下──引いては第3軍が反乱軍となってしまうと言いかけた所でようやくその可能性に至り、点と点が線で結ばれた。
「そうだ。私を国王として新国家を作る」
黙り込んだ俺の思考を読んだようにクシャナ殿下はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……」
このタイミングで謀反かよ……。
いや、トルメキアの残りの主力である第1軍と第2軍は土鬼との全面戦争に備えて動けないし、いつも大隊規模でバラバラに運用されていた第3軍は全軍集結しているし、ペジテを落として拠点は確保しているしでタイミングとしては最高か。
ここで戦力的にも地理的にも有力な風の谷を支配して、更に風の谷に落ちた巨神兵を手に入れればトルメキアへの対抗も可能と。
「皆は少し外してくれ」
再び絶句しながらも高速で思考を巡らせる俺の表情を面白そうに眺めていたクシャナ殿下が周りの将校を下がらせる。
「……殿下には勝算がおありで?」
部屋から出ていく将校達から期待を込めた視線を大量に浴びせられた後、少し間を置いてクシャナ殿下に尋ねてみた。
「あぁ、不確定要素はあるが今の情勢と我々の現状を鑑みて十分にあると判断した。少なくとも全ての想定が最悪に転んだとしても新国家の樹立までは出来る」
確信を持った表情でそう言いきり席を立ったクシャナ殿下は後ろの棚から酒瓶を取り出し、2つのグラスに中身を注いだ後それをデスクに置き再び席に腰を下ろした。
「ただしこの話の大前提として貴様が私についていなければならない」
「……」
まぁ、そうだろなぁ。良くも悪くも俺は影響力あるし。
「世界に名を馳せる剣士、失われし技術を復活させた比類なき技術者。戦場で敵兵を薙ぎ倒す優秀な兵士、戦場を支配する名指揮官、全国営工廠を取り仕切る敏腕工場長、孤児院を運営するお人好し、女奴隷を買い漁る変態商人等々。多くの立場があり色々な2つ名を持ち吟遊詩人が歌うような伝説すらあるお前はどうする?私についてのしあがるか、トルメキアに忠を尽くすか」
立場の最後のはクシャナ殿下付きの女性親衛隊を育てるためにしたんだが……。
風評被害に内心で反論しつつもクシャナ殿下の見透かすような視線を真っ向から受け止める。
「……」
「私と来い!!クロトワ!!」
立場やしがらみ、恩に義理。
考慮や配慮しなければならない事は無数にあったが、クシャナ殿下の真っ直ぐな呼び掛けと脳裏に過ったこれまでの出来事が決定打となった。
「全く、殿下にはかないませんね。……ただ今を持ってクシャナ殿下の矛となり盾となり御身に忠誠を誓います!!」
「よく言ってくれた、クロトワ」
不敵な笑みを浮かべたままグラスを差し出してくるクシャナ殿下。
「これからは本当の意味で一蓮托生です。頼みますよ、閣下」
受け取ったグラスを煽り、どこか妖しげな雰囲気を漂わせるクシャナ閣下に俺は冗談めいてそう言うのであった。
────
「……フフッ、フフフフッ。選ばれたのだ。私が選ばれたのだ!!お母様でもなく、ヴ王でもなく、ジル王でもなく、数多の雌豚でもなくこの私が!!この私がクロトワの忠誠を勝ち取ったのだ!!ハハハッ、ハーハッハッハッ!!どうだ見たか!!私とクロトワの間を邪魔したゴミ共よ!!」
「あぁ、楽しみだ。私とアイツの国……待ちきれないな……」
「私とアイツで邪魔者は全て消し去ってやろう。私とアイツが居て倒せない者などいない」
「いや、待て。邪魔をする事だけは天下一品の奴等だ。徒党を組むかも知れぬ。……──させぬ、させぬぞ!!私とクロトワの間を引き裂こうなど!!邪魔するヤツは皆殺しだ!!邪魔者の亡骸の上に私とクロトワの理想郷を作ってやる!!」
「そうだ、そうだ!!邪魔をするならば誰であろうと関係ない全て……全て薙ぎ払ってやる!!」
クシャナ殿下が手に負えなくなってきました。
どうするんだ、これ?(遠い目)
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