『アイドルに誰でもなれる時代。』
そう世間に言わしめる程、今やアイドルの敷居は低いものとなった。
しかし、アイドルになれたとしても『成れる』訳ではない。
かくゆう私、柊蕾《ひいらぎ つぼみ》もアイドルになりたくて283プロダクションの門を叩いた。
私自身、歌やダンスは平凡か、それ以下だが、少々顔には自信がある。
オーディションの日の為に少ないバイト代を叩いてレッスンも付けてもらった、大丈夫だ。
そう言い聞かせながらオーディションに臨んだ。
が、結果は不合格。
それもそうだ、ここ数年のアイドルブームを巻き起こしたユニット『アンティーカ』や『イルミネーションスターズ』を抱え、今ノリに乗っている事務所。
そんな所が私なんか受け入れるはずもなかった。
しかし、そう簡単に受け入れれるわけもなく、その日は涙で枕を夜な夜な濡らすハメになった。
その夜、私はアイドルの夢を諦めることにした。
アイドル志望を諦めてから1週間程経ったある日、283プロダクションから新しいアイドルユニットが発表された。
私はそのユニットの宣材写真を見てド肝を抜かれた。
そのユニットの名前は『SHHis』。
緋田美琴と七草にちかというアイドルで構成された、二人組ユニット。
緋田美琴の究極とも言える美貌、オーラ、存在感にとても新人アイドルとは思えなかった。
しかし、全てが完璧な彼女とは対照的にもう一人のメンバー、七草にちかはとてもじゃないが彼女の隣に立つようなアイドルではなかった。
平凡。
その一言がここまで似合いのアイドルは居るのだろうか、オーラはおろか、存在感など微塵も感じられなかった。
「私……こんなのに負けたっていうの……??」
気がつけば頬を涙が伝い、奥歯を噛み締めていた。
静かに私の中で湧き上がる劣等感、そして、怒り。
なんで、どうして、あの日私をオーディションしてくれたプロデューサーらしき人は私の100%のパフォーマンスで少しも笑わなかったのに。
なんでこんなのをアイドルとして迎え入れたの……?
私はツイスタを確認してSHHisへの反応を調べる。
そして、その反応につい笑ってしまった。
『これ、緋田美琴のワンマンユニットになりそう』
『片方は華やかなのにもう一人は、なんていうか地味』
『これ七草なんとかって奴のせいで売れなさそーww』
『283プロダクション、もう事務所の名前だけで売れるとか思い始めてるな、これ』
『とりあえずW.I.N.G.まで応援して、それでバイバイかな』
ドス黒い感情が私の心を犯し、ゆっくりと侵食していく。
クスッと嫌な笑いが出る。
みんな同じことを考えてるんだ、良かった。
私のこの悔しさは“偽物”じゃなかったんだ。
私はその日から七草にちかのアンチに『成った』。
W.I.N.G.のテレビオーディション番組が今年もスタートした。
そこで私は裏アカを使って七草にちかのあら探しをしては、ツイスタに投稿した。
その投稿には沢山のいいねが付き、更には私の言葉に同意するコメントも付いた。
『緋田美琴の横に居るモブ、ホントに無駄ですよね』
『めちゃくちゃ同意見』
『え?緋田美琴しか写ってなかったでしょ?アレw』
『あの子のおかげで俺の推しが更に輝いて見えるわw感謝してるw』
あ〜〜〜〜ぁ♡気持ちいい♡
自分が支持を集めている、という優越感で興奮が止まらない。
聞いてるかな?見てるかな?効いてるかな〜七草にちかちゃん♡
お前のエゴサに引っかかるように、わざわざ投稿してるんだよ?♡
優しいでしょ、私は貴方に現実を見せてあげているのよ?
貴方はアイドルになるべき存在じゃなかったの、夢は楽しいだけじゃないのよ。
さぁ、地獄に落ちろ。
私と同じように地べたに這いつくばって絶望という地面の不味さを知れ。
お前は一生灰被りだ。
魔法使いは魔法なんて掛けてくれないし、掛けられたとしてもガラスの靴は中に茨が仕込んである。
前に進むたびにお前の足を血だらけにして歩けなくなるまでお前を傷つけ続ける。
似合わない格好をするな。
不格好なパフォーマンスを見せるな。
無駄な努力をするな。
お前にアイドルは向いてない。
お前はアイドルになるべきじゃなかったんだ。
お前じゃなくて私が……なる、べき……だった……。
突然、虚無感に襲われ、ツイスタに書き込む手が止まった。
気づかぬうちに長い時間が過ぎている気がする。
そう感じた瞬間、テレビから嫌いな曲が流れ始める、それはSHHisの曲だ。
震える手、止まらない寒気、それをなんとか抑えながら、テレビに目を向ける。
W.I.N.G.の決勝ライブがそこには映し出されていた。
相も変わらず誰もを魅了する素晴らしいオーラを纏いながらパフォーマンスをする緋田美琴、その横に立ち笑顔を見せている七草にちか。
なんだその笑顔は。
貼り付けてあるだけじゃないか。
馬鹿は騙せても、私は騙せない。
その笑顔はただの真似事だ。
ほら、緋田美琴の横にいるせいで誰よりも際立っている。
自然に笑えすらしないお前はアイドルではない。
「……?」
頬をヒンヤリとした感覚が伝う。
……こいつはアイドルじゃないのに、なんで私はこのパフォーマンスに感動しているんだ……?
私は溢れ出て止まらない大粒の涙を止めようとして目を擦る。
そこで、私の眉間にキツくシワが寄っていることに気づく。
どれだけの間、私は笑わずに居たのだろうか。
私はこの時までどのような笑顔を浮かべていたのだろうか。
私は本当に七草にちかより上なんだろうか。
私は……作り物の笑顔を浮かべられるのだろうか……??
アイドル志望のときからずっと使っている手鏡で私の顔を映してみた。
あぁ。
なるほど。
そこには過去何度もその鏡で映した笑顔の私ではなく、汚れてくすんだ、笑えもしないしょうもない一人の女が居るだけだった。
何が、お前は一生灰被りだ、だ。
これじゃあ私は魔法も掛けてもらえず、王子様にも選ばれなかった灰被りの姉達のようではないか。
私はもう一度SNSを確認し自分の投稿を振り返ってみる。
そこに書いてある内容はとてもじゃないが普通だとは言えなかった。
そして、いいねとコメントが多かったのは最初だけ、W.I.N.G.が進むに連れて、私の投稿へのいいねとコメントはあからさまに減っていた。
世間は七草にちかのことを少しずつ認めていたのだった。
私はそれに気がついていなかった。
私は自分に酔っていただけだったことにそこで気づく。
もはや滑稽すぎて笑えてしまった。
心からの自分への嘲笑、初めてだった。
私はそのSNSのアカウントを削除した。
一方テレビではいつの間にか決勝に進んだアイドルのパフォーマンスは終わっており、結果発表が始まっていた。
発表前のドラムロールが鳴る、その時間はとても長く感じた。
ドラムロールが止み、結果が発表された。
結果は、SHHisの優勝だった。 彼女は、灰被りは、七草にちかはアイドルに『成って』魅せたのだった。
彼女はサイズの合わない、ソールには棘ばかりが生えていて誰も履けないでいる靴を履き続けてみせたのだ。
彼女のアイドルへの熱意は本物だった、ということだ。
私は彼女に謝らなければならない。
私は彼女を傷つけようとしていたのに、彼女は私を救ってくれた。
この感謝はしてもしきれない。
ふと、私の心に忘れかけていた感情が湧き出てきた。
「アイドルに、成りたいな」
そう私は一言呟いた。
今の私では、到底叶いもしない願い。
そして、私には許されないような夢。
それでも、私のこの感情は止まれやしなさそうだった。
「私もアイドルになってやる」
そしていつか、魔法が解けるまで、歌って踊り続けてやるんだ。
それがどれだけ歪で汚い笑顔だとしても、私がやりたいことを突き通してやるんだ。
成ればこそ。
まずは私に魔法をかけてくれる魔法使い探しだ。
オーディションに何回でも何回でも挑む。
私を魔法の馬車に乗せてくれるまで。
『アイドルに誰もがなれる時代』
良い時代だ。
私も『成る』まで足掻き続けてみよう。
七草にちかのように、いつか彼女に謝れる存在になれるように、合わない靴でも履いてみよう。
私は灰被り志望の柊蕾だ。
七草にちかのWINGをプレイして、第三者(ファンやアンチ)からの視点はどうなんだろう、という妄想から始まりました。
個人的には久々にしては良く書けたのではないかと思いますw
読んでいただき、誠にありがとうございました。
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