バトスピ☆明けの星町は大騒ぎ (来星馬玲)
しおりを挟む

☆1 動き出した時冠
動き出した時冠 前編


 青と赤の星々を砕いて散りばめた万華鏡のような輝きに満ちた情景が広がり、朧げな星が煌く赤い空と、緑がかった青色の水平線が合わさる境目に、日の光が没しようとしていた。

 

 海岸沿いの森林には、風に運ばれてきた潮の匂いが深く染み渡っていた。海が見渡せるところの森林の隅に、暮れ行く日の光を浴びて朱に染まった東屋があり、その屋根の下の椅子に腰を下ろしている貴婦人と思しき者の姿があった。

 

 長い真紅の髪が潮風に撫でられ、怪しく揺らぐ。艶やかな瞳は、彼女が手にしている、一冊の本に向けられていた。

 

 開かれた本のページは白紙であった。ところが、彼女が何事かを呟くと、赤い小さな灯がページに浮かび上がり、その灯になぞられた白紙の部分に、青黒い文字が浮かび上がっていった。

 

 彼女の言葉によって紡がれるものは新しい一つの物語。物語は書物に書き記されていくことによって記録される。それが自分の役目であると、彼女は自覚しており、誇りに思っていた。

 

 天空より、ごろごろと大きな音が響いた。雷のような、あるいは火山が噴火したかのような激しい音。それに続いて、何かが空気を切り裂いて落ちてくる。

 

 貴婦人は、パタンと本を閉じた。澄んだ藍色の瞳で、空を見つめる。

 

 巨大な赤い火の玉が飛来し、海面に飛び込んだ。海の形が目まぐるしく変わり、万華鏡のような世界全体が慟哭するかのように激しく振動した。

 

「訪れましたね」

 

 貴婦人の口から、艶やかでありながら、やや冷たい印象を人に与える声が響いた。

 

 東屋の外から、一人の作業着を着込んだ人物が現れた。その人物は犬の頭部を持ち、大きな茶色い耳が左右の頬を覆っていた。片方の目があるべき部分には、黒光りするレンズをはめた機械が埋め込まれていた。

 

 犬の頭を持つ者は貴婦人の前で跪き、恭しく頭を垂れた。

 

「良いのですよ、クロロクロロ。ここにいる間は、わたしもあなたも同じ一人の創手。どうか気楽に、ね」

 

 クロロクロロと呼ばれた人物は、顔を上げ、貴婦人と顔を合わせた。

 

「へえ、シェハラザード様。そういって頂けるとあっしも気が楽なもんで」

 

 クロロクロロは貴婦人と比べると無骨であるが、大分温和で人懐っこい様子であった。

 

「いよいよ、やってきましたね。あれが噂に聞く聖龍帝が宿るという大創界石。こりゃあ、ホロロ・ギウムの旦那も、ロンバルディア殿も黙っちゃあ、いられないでしょうなぁ」

 

「また新しい創界石がこの世を訪れたからには、わたしたちも仕事に取り掛からねばなりません。クロロクロロ、準備は宜しいですね?」

 

 シェハラザードの問いに、クロロクロロが答える。

 

「ご心配には及びませんよ。あっしらも創手として、世界創造に尽くしましょう」

 

 クロロクロロは喉をゴロゴロと鳴らしながら、海中に没した火の玉のあった方を見やった。

 

「あっしとしては、旦那を応援してやりたい気持ちもありますがね。先日はロンバルディア殿に先を越されちまいましたが、ロンバルディア殿は少々乱暴なところがあるもので」

 

「クロロクロロ、念を押しておきますが……わたしたちはあくまで中立。求められれば、双方に同じものを提供するのです。片方に肩入れするなど、あってはなりませんよ」

 

「わかっておりますよ、シェハラザード様。その点はどうかご安心を」

 

 クロロクロロは満面の笑みで応えた。

 

 

 

 赤と青の色彩に彩られた不可思議な世界で起こった創界石の出現。その余波は隣り合う世界にも伝わっていき、多くの者たちが変化に感づいていた。

 

 今、新たな時冠が動き出す。




★来星の呟き

本作品はバトルスピリッツの背景世界とは特に関係ありません。
多少、意識しているところはありますけど、ね。 (想いが形になる世界、とか)

作中ではシェハラザードなどの系統創手が重要な役目を担っておりますが、
これは、元々、5年ほど昔に、自分がバトスピ広場内でのバトスピ小説企画に参加した際に考えた設定が元になっております。
(なお、企画はバトスピ広場の閉鎖とともに、有耶無耶の内に頓挫しております……勿体ないなあ)

その設定とは、

世界は創造によって創られた。そのため、創造力が潰えた時、世界は崩壊へ向かう。
それ故、創手たちはそれぞれの創作によって世界を発展・維持させていくことによって、世界を滅びから遠ざける役目を持つ。

といった感じ。

もっとも、本作でその設定をそのまま使っているわけではありませんが、
(今では創界神もいますし)
世界創造に携わる者として、関わっていくという部分は継承してあります。

(ラヴクラフトを始めとする創手たちによって異合が創られたとか、導魔のグリム姉妹は元は創手だったとか、そんな設定もあったもので……)


ホロロ・ギウムとロンバルディアはどちらも時の監視者という肩書が共通しておりますが、この辺は後々関連してくる予定であります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動き出した時冠 中編 ~月坂小夜VS狩野美都~

「ゲートオープン、界放!」

 

 二人の掛け声が響き渡る。

 

 月坂小夜のイメージする世界は黄色い光に包まれた花と玩具の世界。

 

 小夜の周囲には色とりどりの花々が咲き誇り、一帯は春の香りに満ちている。背後の花の合間には、ポム、ロム、パム、ノックンモールなど、小玩のスピリットを模した人形の姿が見え隠れする。

 

 狩野美都のイメージする世界は金色の星の輝きに照らされた一面の花園。

 

 小夜のイメージする煌びやかな世界と比べると、美都の世界は春よりも秋に近い。異なる花の香りが入り混じり、二人の嗅覚を刺激した。 

 

「それじゃあ、わたしの先行。行くよ、お姉ちゃん」

 

「うん、小夜ちゃん」

 

 

 

 ☆第1ターン。

 

 月坂小夜はスタートステップを宣言し、続けてドローステップ。小夜がドローしたカードは緑のマジック、真空爪破斬。

 

 真空爪破斬の加わった初期手札をじっと見つめる小夜。内容は左から順に、生命魔盾セフィラ・シンガータ、風蟲円舞、妖雷スパーク、イエローフィールド、真空爪破斬。

 

 そして、ステップはメインステップへと移行する。

 

「3コスト支払い、マジック、イエローフィールドを使用するね。デッキの上から2枚、オープン」

 

 オープンしたカードは。真空爪破斬とノノイン・ニルオン。

 

「ノノインちゃん、早速来た!」

 

 小夜はノノイン・ニルオンを手札に加え、真空爪破斬を破棄した。

 

 効果を発揮したイエローフィールドはフィールドに置かれる。金色の蝶が舞い上がり、その蝶の下で、小夜と美都の間に広がる、イメージされたバトルフィールド内に新しい黄色い花畑が広がっていった。

 

 二人のイメージする世界に新たな花々が添えられ、舞台は一層華やかなものとなる。小夜は天真な笑みを浮かべ、そんな小夜を見つめる美都も自然と微笑んだ。

 

「さらに、バーストセット。これでターンエンドだよ」

 

 

 

 ☆第2ターン。

 

 今度は狩野美都のターン。

 

 ドローステップでドローしたカードはリバイヴドローであった。美都は、手札を改めて見直す。

 

 内容は、右から順に、彷徨う無重力島、麒麟星獣リーン、魔光の狩人ジェインウェイ、二枚目の麒麟星獣リーン、リバイヴドロー。美都は小さく頷くと、行動に出た。

 

 メインステップ。

 

「彷徨う無重力島をLv1で配置」

 

 上空に、浮遊する小さな島が出現した。島は徐々に高度を下げていき、美都のすぐ傍らで静止する。中央には島の半分近くを緑で覆う大樹がそびえ、大樹の根元には透き通った泉が広がっている。

 

 小鳥のさえずりが聴こえてきた。彷徨う無重力島に誘われた鳥や小動物たちが花畑の中から顔を出した。イエローフィールドによって現出した蝶も、彷徨う無重力島の出現を喜んでいるかのように、揺蕩う。

 

「そして、わたしもバーストセット。ターンエンド」

 

 

 

 ☆第3ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 ドローステップでドローしたカードは再びイエローフィールド。そのまま、小夜はメインステップまで移行した。

 

「あなたのハートにLOVEイグニション! ノノイン・ニルオンちゃんを配置」 

 

 金髪のツインテールが眩しいアイドルにしてコードマン、ノノインが花園に舞い降りた。小夜の背後の花の合間からライトアップ担当のホムンクーとキキーモラがこっそりと現れ、ノノインの全身を照らし出す。

 

「随分と賑やかになったねぇ、小夜ちゃん」

 

 ノリノリな小夜を前にして、美都も嬉しそうであった。

 

「配置時に、デッキの上から3枚をトラッシュに。……妖精将グロリア、天秤星鎧ブレイヴリブラ、妖精将グロリア。ありゃりゃ、落ちちゃったよー……」 

 

 小さくうなだれる小夜であったが、すぐに元気を取り戻し、ノノイン・ニルオンにコアを2個追加する。

 

「もう一度、マジック、イエローフィールドを使うね。オープンカードはノノイン・ニルオンとハネッポ……うーん」

 

 少し逡巡した小夜であったが、ハネッポのカードを選んで手札に加え、二枚目のノノイン・ニルオンは破棄した。

 

 バトルフィールドに、もう一匹の蝶が現れ、先のターンに出現していた蝶は仲間の到来に歓喜している様子であった。二匹の蝶がノノインの周りでクルクルとダンスを踊り、花の色で染められたステージが創られていく。

 

 小夜はそのままターンを終了。舞台は第4ターンへと移行する。

 

 

 

 ☆第4ターン

 

 狩野美都のターン。

 

 ステップは進み、メインステップに入る。

 

「星の世界を駆け巡る、王の魂を宿し獣。麒麟星獣リーンを召喚。Lv2」

 

 美都が召喚した麒麟星獣リーンが天空の星より飛来し、彷徨う無重力島の大樹の天辺に降り立った。かつて幻獣王と呼ばれた獣の嘶きが、ノノインの歌声に負けじと周囲に木霊する。

 

「さらに、彷徨う無重力島にコアを乗せてLv2にアップ。これで、アタックステップの間は、リーンは聖命を得る」 

 

 そして、美都はアタックステップを宣言した。

 

 彷徨う無重力島から暖かな豊穣の光が溢れ出し、それを取り込んだ麒麟星獣が持つ星の輝きが一層強まる。

 

「そろそろいくよ、小夜ちゃん。……リーンでアタック! 系統戯狩を持つリーンが疲労したので、彷徨う無重力島の効果で一枚ドロー」

 

 無重力島からさっと飛び上がった麒麟星獣が小夜を目掛けて滑空する。それに対して、小夜は無防備な状態で両腕を広げた。

 

「ライフで受ける!」

 

 小夜の前に表れた大きな青いコアの輝き。接近してきたリーンは前足でこれを砕き、クルリと背を向けると、無重力島へと引き換えしていこうとした。

 

「でも……ライフ減少によりバースト発動! 妖雷スパークの効果でリーンをBP-5000し、0になったから、破壊する」

 

 小夜のライフは5個から4個になったが、それをトリガーとする妖雷スパークが麒麟星獣を背後から襲う。BP4000だった麒麟星獣はこの一撃に耐え切れず、星の粒子となって周囲へと飛散した。

 

「む、やってくれたね、小夜ちゃん」

 

 妖雷スパークのフラッシュ効果を使うにはコアが足りなかったため、小夜は妖雷スパークによるドローは出来なかった。

 

 そのまま、狩野美都はターンを終了した。

 

 

 

 ☆第5ターン。

 

 月坂小夜のターン。小夜のライフは現在4。美都は5。

 

 ドローステップにドローした白羊樹神セフィロ・アリエスXを見つめる小夜。意を決した様子で、メインステップに臨む。

 

「ちっちゃな妖精ハネッポちゃん、出ておいで」

 

 小夜のフィールドに召喚されたのは系統小玩を持つ0コストスピリット、ハネッポ。若干おどおどした様子で現れたが、ノノインの歌声と、向こうにいる仲間の小玩たちの応援を受け、小さな羽をパタパタと動かしながら、てくてくとバトルフィールドに進み出た。

 

「豊穣の輝き、生命の運び手。その力を界放させて! 白羊樹神セフィロ・アリエスXをLv1で召喚!」

 

 逞しい角を備えた牡牛が中空より現れ、地面を踏みしめた。猛々しい咆哮と力強い巨躯の持ち主であったが、一方で一面に広がる花畑へと漲る生命力を与える慈愛も持ち合わせている。

 

「ノノイン・ニルオンちゃんの神託発揮。セフィロ・アリエス、あなたのキラキラをわけてあげて」

 

 アリエスXの生命の輝きを受けたノノインにコアが追加され、その数は3個となる。

 

「アタックはせず、ターンを終了」

 

 

 

 ☆第6ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

 このターンのメインステップに、美都はリザーブと彷徨う無重力島のコアを使い、初期手札にあったリバイヴドローを使用した。

 

「麒麟星獣リーン。もう一度、あなたの姿を見せてね。……、麒麟星獣リーンをLv1で召喚」

 

 召喚された麒麟星獣リーンであったが、アリエスXの包容力に包まれ、無重力島の上で力なくうなだれた。

 

(セフィロ・アリエスXがいる限り、遊精か光導を持たないスピリットとアルティメットは疲労状態で召喚されるから、ね)

 

 美都はそのままターンを終了した。

 

 

 

 ☆第7ターン

 

 月坂小夜のターン。

 

 小夜がドローしたカードは三枚目のイエローフィールド。立て続けにドローするのはちょっと偏り過ぎかなと思ったが、小夜はそれ以上は気にせず、メインステップへ移行する。

 

「リザーブのコア3個をセフィロ・アリエスXに置き、セフィロ・アリエスXに置かれていたソウルコアをリザーブに移動。Lv2になったセフィロ・アリエスXの星界放を発揮! ノノインちゃん、今度はあなたがセフィロ・アリエスXを応援してあげてね」

 

 ノノイン・ニルオンに置かれていた3個のうち2個のコアがセフィロ・アリエスXに追加される。

 

「これで、次のわたしのスタートステップまで、わたしとお姉ちゃんのスピリット、アルティメット、ネクサスのコア全ては取り除けないよ」

 

 そのまま、小夜はアタックステップに突入。

 

「ハネッポちゃん、アタック!」

 

「ライフで受けるよ、小夜ちゃん」

 

 ハネッポはててててっと花園を駆け、美都の目前で飛び上がり、美都を護るようにして現出した青いコアの輝きを砕いた。

 

 これにより、美都のライフは6個から5個となる。

 

 アタックを終えたハネッポはたたたっと駆けてきた花園を引き返し、ノノイン・ニルオンが歌っている舞台の前に立ち、ノノインの振り付けに合わせてクルリンと決めポーズを取って見せた。その様子はさながらアイドルとそのマスコット。

 

「ライフ減少により、バースト発動! 魔光の狩人ジェインウェイ!」

 

 ハネッポは「え?」と言い、ぎょっとなって飛び上がる。小夜も思わず「あー……」と声をもらしていた。

 

 中空から突如現れたエルフらしき尖がった耳を持つ狩人、ジェインウェイ。彼女は手にした弓矢で天を狙い、矢を放った。

 

 矢が上空で煌く星の一つに当たり、砕け散った星が無数の流星となり、小夜のフィールドに降り注ぐ。

 

「ジェインウェイのバースト効果により、相手のスピリットすべてをBP-8000し、BP0になったスピリットすべてを破壊する」

 

 流星を受けてなおLv3でBP14000を持つセフィロ・アリエスXは持ちこたえたが、BP1000のハネッポではひとたまりもなかった。

 

 流星を受けたハネッポは吹き飛ばされ宙をクルクル回りながら舞台から退場した。

 

「このままじゃ終わらないよ、マジック風蟲円舞の覇導を発揮! ジェインウェイと麒麟星獣リーンを重疲労させる」

 

 鳥のような羽を左右に備えた緑色の殻虫が飛翔し、巨大な竜巻を起こした。これを受けたジェインウェイと麒麟星獣は吹き飛び、セフィロ・アリエスXの霊力に満ちている花園へ倒れ込んだ。

 

 小夜は風蟲円舞の追加効果である転醒は発揮せず、そのままトラッシュに置いた。

 

「セフィロ・アリエスXはアタックせず、このままターンエンド」

 

 

 

 ☆第8ターン

 

 狩野美都のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで、麒麟星獣リーンと魔光の狩人ジェインウェイは一度回復し、疲労状態となる。二体は先の竜巻から受けた眩暈から立ち直ったが、まだ力なくうなだれたままであった。

 

「わたしはバーストをセットして、ターンを終了するね」 

 

 このターン、コア移動を封じられている狩野美都はそれ以外のアクションを起こさなかった。

 

 

 

 ☆第9ターン

 

 月坂小夜のターン。

 

 小夜がドローしたカードは2枚目のハネッポ。

 

「メインステップ、もう一度、舞台に立って。みんなのアンコールに応えてね、ハネッポちゃん」

 

 リザーブからコアを乗せ、ハネッポがLv1で召喚される。ただ、セフィロ・アリエスXの霊力の影響を受けてしまっており、召喚された時から疲労状態のハネッポは、ノノインの足元で座り込んでしまった。

 

「ハネッポちゃんで軽減して、マジック、イエローフィールドを使用」

 

「あ……三枚目」

 

 狩野美都が呟いた。

 

 イエローフィールドでオープンされたカードは、チワールとアイリエッタ・ラッシュ。チワールを見た瞬間、小夜の顔がぱあっと明るさを増す。

 

「チワールちゃん、来てくれた……!」

 

 小夜はチワールを手札に加え、アイリエッタ・ラッシュを破棄した。

 

 イエローフィールドはフィールドに置かれ、フィールドには三匹の蝶が勢ぞろいする。蝶たちはノノインの歌に合わせるかのように幻想的なワルツを披露した。

 

「霊力を封じた牡牛の盾、生命魔盾セフィラ・シンガータをセフィロ・アリエスXに直接合体!」

 

 セフィロ・アリエスの魂を封じ込めた、紫色の光を放つ緑の魔盾が空の星々の合間より飛来し、セフィロ・アリエスXに装着される。元来、セフィロ・アリエスを封じ込める為の魔盾であったが、セフィロ・アリエスXと合体することで、両者は強い親和性を発揮した。

 

「不足コストはセフィロ・アリエスXから支払い、セフィロ・アリエスXはLv2にダウン……そして、アタックステップ」 

 

 攻撃態勢に入るセフィロ・アリエスX。

 

「セフィロ・アリエスXでアタック! セフィラ・シンガータの合体時効果で、麒麟星獣リーンを重疲労させることで、ボイドからコア1個をノノインちゃんに置くね」

 

 重疲労した麒麟星獣リーンが花園に力なく横たわった。さらに、ノノイン・ニルオンのコアは2個となる。

 

「フラッシュ、セフィロ・アリエスXの星界放を発揮! ノノインちゃんの声援を受けて、回復!」

 

「ライフで受けるよ、小夜ちゃん」

 

 セフィロ・アリエスXのダブルシンボルの一撃を受け、美都のライフは5個から3個になる。

 

「アンコール~♪ もう一度、セフィロ・アリエスXでアタック。ジェインウェイを重疲労させて、ノノインちゃんにもう一個、コアを追加」

 

 再び、突進するセフィロ・アリエスX。美都を目掛けて花園を駆けた。それに対して、美都はフラッシュを宣言する。

 

「……一筋の光明を、無限の灯へと変えて! レジェンドガンダム!」

 

 背中に大型のオプションを装着した白いモビルスーツが星の空から舞い降りた。散りばめられた星々の光を反射し、銀色のボディが神々しく輝く。

 

「あ……あー! むむむ、遂に出たな、スペースノイドを苛め抜いた連邦の白い悪魔ぁ!」

 

「あのー……小夜ちゃん、レジェンドガンダムは連邦じゃなくてザフトだよ」

 

 少々あきれ顔の美都。

 

「えっと、気を取り直して……レジェンドガンダムの効果で、ハネッポちゃんには退場してもらうね」

 

 背面からドラグーンと呼ばれる兵器の砲塔がハネッポの足元へとむけられ、砲が放たれた。爆風で吹き飛んだハネッポは舞台から退場し、小夜の手札へ戻る。

 

「むうぅ、でもでも、悪魔にも、すぐ退場して貰うもーん」

 

「まだ悪魔って言ってるー……」

 

 そう言う美都であったが、フラッシュタイミングで小夜の提示したカードに目が止まった。

 

「あ……そのカード」

 

「マジック、真空爪破斬! 疲労状態の相手のスピリットかアルティメットを2体、デッキの下に戻す。これは防げない効果だから、VPS装甲だって貫通する……だよね、お姉ちゃん?」

 

 真空爪破斬のカード。このカードの採用を小夜に勧めたのはほかでもない、美都であった。

 

 小夜のデッキではコスト7以下の効果を受けないレジェンドガンダムへの対抗手段に乏しく、小夜のデッキに対するストッパーとなってしまっていたレジェンドガンダム。そこで、美都は小夜のデッキなら無理なく使える真空爪破斬を譲ったのであった。

 

「うーん、まあ、仕方ないか」

 

「セフィロ・アリエスXの効果によって疲労状態で召喚されたレジェンドガンダムと、さっき重疲労させた麒麟星獣リーンをデッキの下へ。……そして、セフィロ・アリエスXのアタックは、まだ続いているよ」

 

 獣の凶王の引き起こした真空波を受け、レジェンドガンダムと麒麟星獣は星の彼方へと吹っ飛んでいった。

 

「じゃあ、わたしも、もう一度フラッシュ。マジック、光翼之太刀。ジェインウェイをBP+3000し、疲労状態でのブロックを可能とする」

 

 美都が使ったのは、REVIVALの文字が刻まれた光翼之太刀。その力はジェインウェイへと与えられ、重疲労していたジェインウェイは立ち上がり、セフィロ・アリエスXを迎え撃とうとした。

 

 しかし、ジェインウェイのBPは合計で8000。合体したBP19000のセフィロ・アリエスXにはとても敵わず、牡牛の角で突きあげられ、「あーれー」とばかりに宙へと飛んで行ってしまった。

 

「相手による自分のスピリット破壊により、バースト発動! 要塞騎神オーディーンType-X、開門!」

 

「あ、オーディーン!」

 

 上空に機械の門が出現。その門が開き、中から現れたのは、REVIVALの文字がカードに刻まれている無数の砲塔を備えた要塞騎神の姿。

 

「小夜ちゃんの手札は2枚……よって相手のスピリットを1体、セフィロ・アリエスXを手札に戻すね」

 

 要塞騎神から無数の砲撃が放たれ、集中砲火を浴びたセフィロ・アリエスXは思わず後方へと退き、手札に戻った。小夜はセフィラ・シンガータを場に残さない選択をしたため、2枚のカードが共に小夜の手札に加えられる。

 

 その後、要塞騎神には2コアが置かれ、Lv2で召喚された。セフィロ・アリエスXが不在となったことで、回復状態の召喚である。

 

「むむ、これでターンエンドだよ、お姉ちゃん」

 

 

 

 ☆第10ターン

 

 狩野美都のターン。

 

 メインステップまで流れたところで、美都は1枚のカードを掲げる。

 

「敬愛なる月の友、わたしの星に力を貸して。創界神ネクサス、月光のバローネを配置」

 

 星々の煌く空に、白い満月が出現した。その月から身体にフィットした黒色のバトルスーツを身に着けた、一人の青年が舞い降り、月光の下ですっと着地した。額の角を模した飾りが月の光を反射して輝いていた。

 

「配置時に、デッキの上から3枚をトラッシュへ。送られたカードは……REVIVALされたコスト3の星馬コルットと暗黒の魔剣ダーク・ブレード、イビルドロー。神託条件を満たすのは2枚だから、ボイドからコア2個を月光のバローネに追加」

 

 それまで黄の色彩に満ちていた、小夜と美都のイメージする世界であったが、白の創界神ネクサスが現れたことで、白色の輝きが大きな存在感を持ち始めた。

 

 小夜は満月に見とれたまま感嘆の声をもらしていた。

 

「オーディーンにコアを追加して、Lv3に。さらに、星犬ポメランをLv1で召喚。ポメランは星魂を持つから、月光のバローネの神託を発揮するね」

 

 天使を思わせる羽を生やした毛深いチャウチャウ犬のような子犬が現れ、花畑を楽しそうに駆け回った。星犬の持つ輝きは、月光のバローネの元へと導かれ、新しい星の力を生み出す。これにより、月光のバローネのコアは3個となった。

 

「アタックステップ……要塞騎神オーディーンでアタック!」

 

 重武装した要塞騎神の砲塔が一斉に火を噴いた。

 

「ライフで受ける!」

 

 小夜の前に出現した青色のコアの輝きが、要塞騎神の集中砲火を浴びて、砕け散る。これによって、小夜のライフは4個から3個に減らされた。

 

「……ポメランはアタックせず、これで、ターンエンド」

 

 

 

 ☆第11ターン

 

 月坂小夜のターン。

 

 小夜がドローしたカードは2枚目の天秤星鎧ブレイヴリブラ。これを手にした小夜は、このターンも攻勢に出る決心を固めた。

 

 そして、メインステップに突入する。

 

「何度でも、みんなの期待に応えるよ、ハネッポちゃんをLv1で召喚!」

 

 舞い降りた小さな妖精。ハネッポはノノインと一緒に、クルリンと決めポーズをとった。

 

「再び、この世界に豊穣の輝きで満たして! 白羊樹神セフィロ・アリエスX」

 

 再度召喚されるセフィロ・アリエスX。ノノイン・ニルオンの神託が発揮され、そのコアは2個となった。

 

「さらに、世界の均衡を保ちし、星座のブレイヴ。天秤星鎧ブレイヴリブラをセフィロ・アリエスXに直接合体」

 

 白色の天秤を背中に備えた、造兵型のブレイヴが星の世界より舞い降り、両腕と両足が分離し、セフィロ・アリエスXの獣毛に覆われた巨躯に装着される。

 

「ノノインちゃんの仲間を呼び出すよ。ブレイヴリブラの召喚時効果発揮。トラッシュにあるアイリエッタ・ラッシュをコストを支払わずに配置」

 

 白衣の天使という形容に相応しい、純白の衣装に身を包んだ、青色のメッシュが入った黒い長髪の女性看護師が、ノノインの隣に現れた。

 

「配置時にデッキの上から3枚をトラッシュに置くよ。置かれたカードは、蛇凰神バァラル、白羊樹神セフィロ・アリエスX、ウォッチーノ。アイリエッタちゃんにコアを2個追加」

 

 その様子を眺めていた美都は、暫し逡巡していたが、小夜に声をかけた。

 

「あー、あの、小夜ちゃん。ブレイヴリブラを先に召喚していれば、アイリエッタの神託も発揮できたよね……」

 

 それを聞いた小夜は思わず目を丸くした。

 

「あ……。ああ。そ、そうだね。でもでも、今更気にしないもん」

 

「えっと、ごめんね、口出しして」

 

「ううん。お姉ちゃん、ありがとうね」 

 

 気を取り直して、小夜はアタックステップを宣言。

 

「白羊樹神セフィロ・アリエスXでアタック。ブレイヴリブラの効果でお姉ちゃんのデッキを上から1枚、破棄」

 

 破棄されたカードは暗黒の魔剣ダーク・ブレード。スピリットカード及びアルティメットカードでは無かったので、ブレイヴリブラの回復効果は不発してしまった。

 

「フラッシュ! 星界放でノノインちゃんのコア2個をわけて貰って、セフィロ・アリエスXを回復」

 

「アタックはライフで受けるね」

 

 美都はセフィロ・アリエスXの突撃を、己の青色のコアの防壁で受け止めた。

 

 コアが砕かれたことにより、美都のライフは3個から2個に減らされる。

 

「もう一回、白羊樹神セフィロ・アリエスXでアタック。今度こそー!」

 

 しかし、美都のデッキから破棄されたカードはブレイヴカードの一期一振。また回復効果は不発してしまった。

 

 少々申し訳なさそうな顔をする美都であったが、小夜の元気は衰えない。

 

「でもでも、まだチャンスはあるもん! フラッシュ、星界放でアイリエッタちゃんのコア2個をハネッポちゃんに置いて、セフィロ・アリエスXを回復」

 

「そのアタックもライフで受ける」

 

 飛び上がったセフィロ・アリエスXの角が、美都のライフのコアを砕く。これにより、美都のライフは残り1個。

 

「セフィロ・アリエスXでアタック! 三度目のぉ正直ぃ!」

 

 破棄したカードは……月光のバローネ。

 

「あやややゃゃ……」

 

 消え入りそうなかすれ声が小夜の口からこぼれた。

 

「星犬ポメランでブロック」 

 

 ポメランが元気いっぱいに喜び勇んで飛び出したが、猛突進してくるセフィロ・アリエスXと鉢合わせて、前足でキキーっとブレーキがかかった。

 

 ポメランは合体スピリットをブロックした時、相手のシンボルの数だけ自身のBPを3000上げる効果を持ち、その星の輝きは一層増したが、それでもBPは6000。BP19000のセフィロ・アリエスXに蹴り上げられ、星の粒子となって消えてしまった。

 

「続けて、ハネッポちゃんでアタック」

 

 さあ出番が来たと言わんばかりに、それまでノノインとアイリエッタに挟まれて踊っていたハネッポが駆けだした。

 

「フラッシュ、月光のバローネのコア2個をボイドに置き、神技発揮。系統武装を持つ要塞騎神オーディーンを回復。そのアタックは要塞騎神オーディーンでブロック」

 

 回復した要塞騎神。ハネッポは慌てて立ち止まったが、間髪入れずに放たれた砲撃で吹き飛ばされてしまった。

 

「む~。これでターン終了だよ」

 

 

 

 ☆第11ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

 ドローステップにドローしたカードに狩野美都は暫しの間釘付けとなった。

 

(金星神龍ヴィーナ・フェーザー……)

 

 狩野美都は大きく頷き、美都は金星神龍もそれに応えたかのような気がした。

 

 リフレッシュステップに、疲労していた要塞騎神オーディーンが回復し、戦闘の準備を固めた。

 

 そして、メインステップ。美都はマジック、リバイヴドローを使用し、手札を補充する。

 

「……命煌く金色の翼。羽ばたけ、金星神龍ヴィーナ・フェーザー」

 

 星々の輝きが一転に集中し、金色の光の塊が現出する。そして、光は巨大な三対の白い翼を生やし、猛禽類のようなかぎ爪と金色の装甲を持つ巨大な龍の姿となった。

 

「ヴィーナ・フェーザーはトラッシュにあるカードのシンボルでも軽減シンボルを満たすことが出来る。フィールドにある黄シンボルは彷徨う無重力島だけだけど、トラッシュには星馬コルット、星犬ポメラン、魔光の狩人ジェインウェイ、麒麟星獣リーンが存在する。皆の星の輝きを集結させ、この場に召喚」

 

「ヴィーナ・フェーザー……お姉ちゃんのドラゴン……」 

 

 その神々しい姿に、小夜の意識も捕らわれていた。

 

 金星神龍もまた白羊樹神の霊力から逃れることは出来ず、ゆっくりと花園に舞い降りると、その六枚の翼を閉じ、身体を休めた。

 

 一方、金星神龍の輝きを受け取った月光のバローネは神託を発揮し、そのコアは2個となった。

 

「わたしはバーストをセット。これで、ターンエンド」

 

 

 

 ☆第12ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 小夜はドローステップにドローしたダークイニシエーションと、盤面を見比べた。

 

(ここでこのカード……上手くいくかなぁ……)

 

 メインステップ。

 

「天秤星鎧ブレイヴリブラを分離」

 

 ブレイヴリブラがセフィロ・アリエスXの身体から離れ、本来の造兵の姿へと戻った。

 

「マジック、ダークイニシエーションを使用! ブレイヴリブラを破壊する!」

 

「え……小夜ちゃん、まさか」

 

 役目を終えたブレイヴリブラが紫色の炎に包まれ、崩れるようにして花園へと消えていった。

 

「そして、トラッシュから妖精将グロリアちゃんを手札に戻すよ」

 

 ブレイヴリブラと入れ替わりになって、花園中から女性向けにアレンジした軍服を身にまとった女性が現れ、小夜の手札へと舞い上がっていった。

 

「光導く、魔法の使い手。妖精将グロリアちゃんをLv1で召喚」

 

 先ほど小夜の手札に加わったグロリアが蝶の羽を羽ばたかせながら、再度花園に降り立った。妖精将の登場を歓迎するように、3つのイエローフィールドによって誕生した三匹の蝶たちが彼女の元に集う。

 

 グロリアの召喚により、ノノインとアイリエッタの神託も発揮され、二人の奏でる旋律はより一層強まった。

 

「そして、召喚時効果により、手札の生命魔盾セフィラ・シンガータをコストを支払わずに召喚。セフィラ・シンガータは光導を持つから、グロリアちゃんの効果でトラッシュにあるマジックカードを2枚、真空爪破斬」と風蟲円舞を手札に加えるよ」 

 

 掲げられた妖精将グロリアの右腕。花園の底から二つの緑色の光の塊が浮き上がり、小夜の手元へと飛び立った。

 

「……小夜ちゃん、ここでこれを使わせてもらうよ」

 

「お姉ちゃん、もしかして……」

 

 小夜は驚いて美都の提示したカードを見つめた。

 

「ブレイヴカードがコストを支払わずに召喚されたことにより、手札の光翼之太刀が持つゼロカウンターを発揮。白羊樹神セフィロ・アリエスXをデッキの下に戻す」

 

 突如現れた白銀の騎士が白羊樹神に突っ込み、白い剣を一閃させた。これを受けた白羊樹神は咆哮を上げながら星の粒子となって消え去り、小夜のデッキへと戻っていった。

 

 さらに、美都は1コスト支払うことで、ゼロカウンターを発揮した光翼之太刀を自分の手札に戻した。

 

「あ……」

 

「さらに、スピリットの召喚時効果が発揮されたことにより、バースト発動! 猛き大熊、炎の王者、皇牙獣キンタローグ・ベアー」

 

 REVIVALの文字がカードに刻まれている皇牙獣キンタローグ・ベアーの出現。放たれた炎はグロリアとセフィラ・シンガータの傍を通り抜け、背後にいる二人の創界神へと向かった。

 

「キンタローグ・ベアーのバースト効果で系統起幻を持たない創界神ネクサス2つ……ノノイン・ニルオンとアイリエッタ・ラッシュを破壊」

 

 皇牙獣の攻撃を受け、ノノインとアイリエッタは引かざるを負えなくなり、二人のコードマンは光の粒子となって花園へと溶け込んでいった。

 

 歌い手を失ったことで、小夜の背後に集まっていた小玩たちが騒然となり、ライトアップを担当していたホムンクーとキキーモラががっくりと肩を落とした風であった。

 

 そして、バースト召喚された皇牙獣キンタローグ・ベアーが美都の陣営に加わった。

 

「ごめんね、小夜ちゃん」 

 

「ううん、まだわたしたちの舞台は続いているから。これからだよ……これから」 

 

 しかし、小夜は改めてフィールドと手札を見つめる。残された小夜の手札は先ほどグロリアの効果で回収した2枚のマジック、それにチワール。チワールもイエローフィールドでオープンしたカードだから、美都にその存在を知られてしまっている。

 

 美都のフィールドには、疲労状態の金星神龍ヴィーナ・フェーザーと、回復状態の皇牙獣キンタローグ・ベアーと要塞騎神オーディーンType-X。加えて手札には光翼之太刀がある。

 

 小夜は美都のフィールドで一際神々しい輝きを放っている金星神龍を見上げた。

 

(お姉ちゃんのドラゴンは、破壊されても、デッキを破棄することでフィールドに残る効果も持っている……この状況だと……)

 

 小夜は意を決した。ここで自分が取る行動はもうこれしかない、と。

 

「おもちゃをまもる、みんなのヒーロー! チワールちゃん、出ておいで!」

 

 小夜の元気いっぱいの掛け声を受け、ふさふさの耳を備えた黄土色のチワワのような小型犬、チワールが飛び出した。

 

 チワールの首の下にあるトパーズの輝きが溢れると、疲労していた金星星龍が首を上げ、チワールと見つめ合った。

 

 狩野美都のデッキを象徴する金星星龍ヴィーナ・フェーザーと月坂小夜のデッキを象徴するチワール。それはまるで、心の通じ合った姉妹のようにも映り、本当の姉妹である狩野美都と月坂小夜の関係を物語っている――狩野美都はそう思った。

 

「チワールちゃんに生命魔盾セフィラ・シンガータを合体」

 

 牡牛の力を封じ込めた魔盾は、新たな宿り主となったチワールと合体し、チワールは硬い装甲で覆われた。

 

 ノノインとアイリエッタが退場したことで落ち込んでいた、小夜の背後の観客でもある小玩たちが歓声を上げた。チワールは小玩たちにとって、唯一無二のヒーローなのだ。

 

「わたしはこれでターンエンド。さあ、来て、お姉ちゃん」

 

 

 

 ☆13ターン

 

 狩野美都のターン。

 

 ドローステップに、狩野美都は暗黒の魔剣ダーク・ブレードをドローしていた。そして、美都は互いの盤面を見定める。

 

(小夜ちゃんの手札は真空爪破斬と風蟲円舞……これが、最後のターン)

 

 メインステップ。

 

「太陽を導く分曲の星。雄々しき翼を広げ、舞い降りよ。北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン」

 

 召喚されたのは、黄の北斗七星龍。さらに、黄色い輝きに導かれ、新たな力が到来する。

 

「召喚時効果発揮。手札の暗黒の魔剣ダーク・ブレードをコストを支払わずに、ヴィーナ・フェーザーに直接合体」

 

 REVIVALの文字が刻まれた暗黒の魔剣ダーク・ブレード。魔剣は金星神龍の手に吸い寄せられていき、がっしと受け止められた。

 

 神星である北斗七星龍の召喚により、月光のバローネの神託も発揮されていた。

 

「続けて、星馬コルット、ワンコマを召喚」

 

 子馬と狛犬が北斗七星龍に追従するように続けて現れた。星馬コルットにより、月光のバローネの神託も発揮され、コアは合計で5個。

 

「アタックステップ。……金星神龍ヴィーナ・フェーザーで、チワールを指定してアタック!」

 

 剣を構え、チワールに向かって突進する金星神龍。チワールも鳴き声で応え、一体化している魔盾でこれを抑え込もうとする。

 

「お姉ちゃんのドラゴンと……わたしのチワールちゃんが」

 

 これまで対戦を積み重ねてきた小夜と美都の間では、最早見慣れた光景であった。

 

 両者はこうして戦ってはいるが、それは想いと想いが交差する魂の交流のようでもあり、対峙し力をぶつけ合う金星神龍ヴィーナ・フェーザーとチワールの間には、小夜と美都の間にあるものと同じ深い絆がある――小夜はそう信じていた。

 

「この瞬間、ヴィーナ・フェーザーの合体時のアタック時効果発揮。ヴィーナ・フェーザーのシンボルの数だけ……ボイドからコア2個をわたしのライフに置く」

 

 金星神龍の命の輝きに包まれ、1個しかなかった美都のライフのコアは3個に増えた。

 

「さらに、月光のバローネの神域と彷徨う無重力島の効果を発揮。ブロックされたヴィーナ・フェーザーは回復し、デッキから1枚ドロー」

 

 美都がドローしたカードは、真・炎魔神。しかし、もうこの対戦では出番はなかった。

 

 暫しの間、鍔迫り合い続けていた金星神龍とチワールであったが、金星神龍の一閃した魔剣がチワールを花園からはじき出し、チワールは星の粒子となって空へと還っていき、あとには生命魔盾セフィラ・シンガータが残された。

 

(チワールちゃん……ありがとう)

 

 チワールの退場で意気消沈した観客の小玩たちであったが、なおも闘志を失わない小夜の存在に励まされ、戦いの行く末を見守っていた。

 

「チワールちゃんが破壊されたことで、風蟲円舞の覇導を使用。……金星神龍ヴィーナ・フェーザーと皇牙獣キンタローグ・ベアーを重疲労させる!」

 

 激しい竜巻を受け、地に伏す金星神龍と皇牙獣。

 

「さらに、2コスト支払うことで、風蟲円舞をドルクス・ウシワカ・オリジンに転醒!」

 

 竜巻を起こしている殻虫の元へ、緑色の光が集約していく。それは新たな鎧を身にまとった起幻の力を備えた風の申し子、ドルクス・ウシワカ・オリジンへと姿を変えた。

 

「続けて、北斗七星龍ジーク・アポロドラゴンでアタック」

 

 星を導く龍が自らの体躯を武器にして、突撃する。

 

「マジック、真空爪破斬を使用! 疲労状態のジーク・アポロドラゴンとキンタローグ・ベアーをデッキの下に戻す」

 

 凶王の放つ真空波が北斗七星龍と皇牙獣を吹き飛ばした。

 

「ワンコマ、アタック。ワンコマは戯狩を持つので、彷徨う無重力島の効果により、1枚ドロー」

 

「そのアタックは、ドルクス・ウシワカ・オリジンでブロック!」

 

 迫り来る狛犬に対し、風の皇子ドルクス・ウシワカ・オリジンが迎え撃つ。両方の蟲の羽により巻き起こされた突風を受け、ワンコマは星の粒子となって花園に吸われていった。

 

「要塞騎神オーディーンでアタック」

 

 一斉に掲げられる砲塔。これを防ぐ手立ては、小夜に残されてはいなかった。

 

「ライフで受ける!」

 

 小夜のライフが打ち砕かれ、残りのライフは2個となった。

 

「星馬コルット、アタック! 彷徨う無重力島の効果で1枚ドロー」

 

 駆けだす子馬座のコルット。既に遮る者は何もないフィールドを横切り、小夜の元へ向かっていった。

 

「フラッシュ、月光のバローネの神技を発揮し、星魂を持つコルットを回復させる」

 

 月光の輝きに包まれ、コルットは勢いを増す。

 

「……ライフで、受けるよ!」

 

 小夜のライフが砕かれ、残るはただ1個。

 

「小夜ちゃん……いくよ」

 

 美都と小夜が見つめ合い、互いの眼差しが交差した。

 

「うん、お姉ちゃん」

 

 小夜は強く頷いた。

 

「回復した星馬コルットで……アタック!」

 

「ライフで受ける!」

 

 星馬コルットの背にある小さな翼。それが月光のバローネの力も借りて力強く羽ばたいた。その子馬の様子からは、力強い意志が伝わり、これから成長していく者の大器を感じさせられた。

 

 星馬コルットの一撃によって、最後の小夜のライフが砕け、星空と一面の花園に飛散した。

 

 星々の輝きと、暖かな色彩に満ちた花園が徐々に薄れていき、それまで舞っていた三匹の蝶も姿を消した。

 

 やがて二人のイメージによって構築された世界は、互いの意識の中へと収束していった。 




★来星の呟き

今回のリプレイ(活動報告へ飛びます)
(前半)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=258887&uid=341911
(後半)
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=258888&uid=341911


最初に書いておきますと、今回のバトルフィールドの描写は月坂小夜と狩野美都のイメージした世界です。ソリッドヴィジョンやら何やらといった技術は一切使われておりません。
このイメージした世界、が本作の重要なテーマにもなっていたりします。


カードバトルのリプレイを小説に取り入れるって、自分にとっては初の試みだったりします……。

アリエスXがなかなか除去されなかったり、ブレイヴが次々とトラッシュに落ちて、やや手札事故気味だったり、ぐだぐだな面もありますが、温かい目で見守って頂けると有難いです。

本来、美都のデッキにはリバイバル版星馬コルットが3枚投入されているのですが、
実際にデッキを回していたにもかかわらず、コルットの破壊時効果を発揮し忘れるというミスをやらかしてしまい、
急遽、つじつま合わせの為の星犬ポメランに登場してもらいました。

チワールにあまり見せ場がありませんでしたが(実際、チワールは難しい、と思う)

金星神龍が攻防共に月光のバローネとコンボできる部分とか、何とか書けたかなあ? とか思っております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動き出した時冠 後編

 白で統一された一室に、夕日が差し込んだ。窓から覗ける桜の木は満開で、薄暮に染められた桃色の花が、風に揺れながら煌いていた。

 

「桜、綺麗だね」

 

 病院のベッドの上で上体を起こしている、美都が呟いた。

 

 美都のいる病室のベッドの上の白いシーツには、先ほどまで二人で遊んでいたバトルスピリッツのカードが散らばっていた。

 

 最後までフィールドに残っていた金星神龍ヴィーナ・フェーザーのカードに、窓から差し込んだ陽ざしが当たり、真っ白に輝いた。

 

「うん。学校の桜もみんな咲いていて、この前、辺羅ちゃんと一緒にいっぱい見て周ったんだ」

 

「そっか。辺羅ちゃんももう中学生になるんだよね」

 

 美都は懐かしむように窓の外の風景を眺めた。近くの桜、遠くの山の緑。草木が萌える、春の香りがこちらまで漂ってくるかのようであった。

 

「辺羅ちゃん、すごく寂しがっちゃって。桜を見て回った時もなかなか返してもらえなかったの」

 

「うーん、辺羅ちゃんも小夜ちゃんのこと大好きだからね。会える機会が減ったら仕方ないよ」

 

 小学三年生の小夜と、今年中学一年生になる辺羅。二人が同じ学校に通う機会はおそらくもうないのだ。辺羅の心境を思うと、美都も何だか寂しい気持ちになってしまう。

 

 こうして妹の小夜と一緒にいられる時間があとどれだけあるのだろう――度々美都が考えてしまうことであった。

 

 いつも元気いっぱいで、笑顔を絶やさない小夜。美都にとってはこの世で最も掛け替えのない天使のような存在。一方で、小夜のいない時間の辛さも引き立つことになってしまっているのであるが。

 

 暗い面持ちが小夜に伝わってしまったのだろう。小夜が心配そうに美都の顔をのぞき込んでいた。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 小夜が姉を繋ぎとめようとしているかのように、囁きかけた。

 

「何でもないよ、小夜ちゃん」

 

 そういう美都であったが、小夜は寂しさに染まっている姉の目を見逃さなかった。

 

 

 

 時刻は午後六時を過ぎていた。

 

 小夜はもっと姉と一緒に居たかったし、美都も同じ気持であったが、時間の流れがそれを許さなかった。

 

 病室をあとにして、廊下を歩いている小夜の前に、一人の看護師が通りかかった。看護師は小夜に声をかけ、彼女をよく見知っている小夜も元気よく受け答えた。

 

「小夜ちゃん、いつもありがとうね。小夜ちゃんがいてくれるから、美都もわたしもとっても助かっているのよ」 

 

 にこにこと小夜に微笑みかける看護師は、美都の実の母親であった。名前は狩野美香。小夜にとっても、良き理解者として、打ち解けている人物である。

 

「……小夜ちゃんがうちの子だったら、美都も寂しくないのに……」

 

 ついぼやいてしまった美香は慌てて口を抑えた。

 

「わたしが離れたら、お母さんだって、きっと寂しいよ……」

 

 小夜の言葉を聞いた美香は申し訳ないといった様子で謝った。

 

「ごめんね、小夜ちゃん。こんなこと言っちゃって。……でも、小夜ちゃんが娘でいてくれて、麗も幸せ者だな」

 

 その後、美香は別れの挨拶を小夜とかわし、廊下を通り過ぎていった。

 

 

 

 夕日は沈みかかり、夕闇が迫って来ていた。すっかり帰りが遅くなってしまった小夜は足早に明けの星病院をあとにする。

 

 小夜の家は病院からそう遠くは無い。ただ、美都と美香が母娘二人で暮らす家は少し離れたところにあり、小学生の小夜にとって、気軽に毎日向かうことは出来なかった。

 

 それ故、美都がリハビリを兼ねて病院に入院している期間が、最も二人が一緒に居られる時であった。

 

 小夜は病院を離れ、交差点に差し掛かった。ここを曲がれば、もう家まではすぐである。

 

(あ……あの人)

 

 小夜の目に留まったのは、横断歩道の前で立ち尽くしている様子の人物。黒い兎を模したと思しきパーカーを羽織っており、両手には抱えきるのも大変と見受けられる大量の荷物が支えられていた。

 

(あんなにたくさん……大丈夫かなぁ?)

 

 信号が変わり、その人物が意を決して歩き出そうとした時、支えを失った荷物が歩道に勢いよく散らばった。

 

「あ、大変!」

 

 小夜は迷わず駆けだした。慌てて崩れ落ちた荷物をかき集める黒兎のパーカーを着た人物。小夜はその傍に駆け寄り、拾い集める作業を手伝ってやった。

 

 突然の小夜の登場に驚いた人物。小夜と顔を合わせる。

 

(綺麗……外人さんだぁ)

 

 白い肌にやや金に近い栗色の髪の毛。青みがかった澄んだ瞳。小夜にとっては幾分大人びて見えたが、まだ少女と呼んでも差し支えない年齢の女性とも思われる。

 

 黒兎のパーカーを羽織った外国人女性は、小夜に対して戸惑った様子であった。小夜は構わずに、彼女の荷物を綺麗にまとめていく。特に、道路に転がりだしてしまった物は優先して真っ先に回収してあげた。

 

 荷物は日用品などの雑貨が主で、近所の店で買ってきた物らしかった。

 

「あ、カードだ」

 

 小夜は少し離れたところまで転がっていた布で作られた携帯用のカードケースに気がついた。カードケースは開いてしまっており、中から紫色のカードが散らばり出してしまっている。

 

 小夜が散らばったカードを拾い始めると、黒兎の少女は何事かを言い、小夜の手からカードの束を取り上げた。

 

 それでも、たまたま小夜の手には一枚のカードが残っていた。

 

「闇帝オプス・キュリテ……紫の龍帝」

 

「返して!」

 

 少女が叫び、ひったくるようにして小夜の持っていたカードを取った。

 

(日本語、喋れるんだ……)

 

 女性はぶつぶつと文句を言っている風であり、荷物を拾ってくれた小夜に対して怒っている様子に見受けられた。

 

「あの……こんなにたくさん、大変ですよね。手伝ってあげますよ」

 

 小夜は少女の態度に戸惑いながらも、できるだけ丁寧に、なだめるように言った。 

 

「いらない……もう、あっち行って」

 

 少女はぶっきらぼうに言う。

 

「でも……ほら、紐、伸び切っちゃているし、こんなに一人じゃ持ちきれないよ」

 

 小夜はよれよれになった買い物袋を整え、両腕で抱え上げた。大の大人であっても決して軽い量ではなく、まして小学生の小夜にとっては大きな荷物であった。

 

「いい……のに」

 

 少女は半ば諦念した様子でうなだれると、自分の分の荷物だけを抱え、小夜と共に、また信号が青色に変わるのを待った。

 

 

 

 

 少女の住居は小夜の家からそれほど遠くはないところにあった。そこは古いアパートで、少女の部屋は階段を一つ上がった二回の奥にあった。

 

 少女は抱え上げてきた荷物を部屋のドアの前に並べていき、小夜もそれに倣った。

 

「もう……いいよ。帰って」

 

 冷たく言い放つ少女に、小夜は困惑しながらも、(ちゃんと役に立てたかな?)と思いながら、一礼をするとその場を立ち去ろうとした。

 

 不意に、小夜は背中から呼び止められた。不思議に思って振り返った小夜に対して、少女は何かを言いたそうにしている風であった。

 

 なかなか相手が切り出してこないので、小夜は仕方なく、助け舟を出してやることにした。

 

「わたしの家、すぐ近くにあるの。ご近所さんだから、困ったことがあったら何でも言ってくださいね。力になるから」

 

 少女ははっとなって小夜の瞳をまじまじと見つめる。暫しの間黙っていたが、やがて小声で言った。

 

「その……ありがとう」

 

「はい。どういたしまして」

 

 はつらつとした小夜の顔を見て、少女も自然と笑みをこぼしていた。

 

「あなた、お名前、なんていうのかな……?」

 

「わたし? わたし、小夜。月坂小夜」

 

「さよ……」

 

 少女は何かに気づいた様子であったが、小夜にはよくわからなかった。

 

「わたしは、エドワキア。エドワキア・リローヴイ。……変な、名前、かな?」

 

「ううん、とっても素敵だと思うよ。エドワキアさん……可愛い」

 

「可愛い……?」

 

 小夜は、もしかしたら失礼なこと言ってしまったのかと思った。

 

 慌てて何か言い換えようとしている小夜を制するようにして、エドワキアが手を差し出した。

 

「えと、その……嬉しい」

 

 二人はそのまま手を握り合い、握手をかわした。エドワキアもすっかり小夜に打ち解けてきた様子であり、自分の簡単な身の上まで、語ってくれた。

 

 話によると、エドワキアは先日ロシアの故郷からこの町に引っ越してきたばかりで、今日は日用品の買い出しに出向いていたらしい。何度も往復するのは面倒だからと必要以上に買いこんでしまった結果、あの交差点で動けなくなってしまったのだとか。

 

「わたし、なるべく外には出ていたくないから。……いつも籠っていたいから、まとめて買っておこうと思って」

 

 エドワキアの言葉に、小夜は笑って答える。

 

「今は春の風景を楽しむのにもってこいだよ。桜だって綺麗だし、水仙とかタンポポとか、色んなお花も咲いているから」

 

「花……花は、わたしも好き。小夜と一緒なら見に行っても良い、かも」

 

「本当? じゃあ、今度一緒に見て回ろうね。ついでに、町のことも案内してあげたいな」

 

「うん。小夜と一緒なら、いい、かも」

 

 ちょっととっつきにくいかな、と当初小夜は思ったものであったが、いざ打ち解けてみると優しくて、内面も綺麗な人なんだな――小夜はそう思った。

 

 もっとエドワキアと話していたかったが、既に日が落ちてしまっており、急いで帰らないといけなかった小夜は別れの言葉を伝えた。エドワキアも名残惜しそうではあったが、小夜に迷惑をかけまいと、見送った。

 

「その……また、会おうね」

 

「うん、またね」

 

 二人が最後にかわした会話はそんな内容であった。別れ際、無表情だったエドワキアは自然と笑顔になっており、彼女の笑顔を見ることができて、小夜はとても嬉しかった。

 

 

 

「ただいまー。……お母さん、いない、か」

 

 帰宅した小夜。母の姿はなかったが、いつものことであるので小夜は別段気にはしなかった。

 

 冷蔵庫にはお馴染みの張り紙があった。

 

『きょうもおそくなるから、おべんとうを電子レンジで、あたためてたべてください 母より』

 

「うん、ありがとう、お母さん」

 

 小夜は一人ぼっちの夕食をとった。

 

 その晩、小夜が就寝する時刻になるまで、母が帰ってくることは無かった。

 

 

 

 自室に閉じこもって、一人で物品の整理をしていたエドワキアは、ふと、卓の上に置かれた紫のカードに目を留めた。すっと手を伸ばし、そのカードを拾い上げる。

 

 手にしたのは一枚のバトルスピリッツのカード。紫の龍帝、闇帝オプス・キュリテであった。

 

「ん……そっか、小夜……あの子が」

 

 エドワキアはあの純真な女の子のことを思い出し、微かに笑みを浮かべていた。

 

「これもあなたのお導き、かな。……この町に来てよかった、な」

 

 エドワキアはそう呟いた。




★来星の呟き

ここで、ようやく一区切り。
基本的に、3本で一話分という構成にするつもりです。

季節感を出していきたいので、4月中に第三話までは進めたいと思っております。


背景世界の異界見聞録を題材にした小説も、
各色6つ、ロロが主人公の最終章、フライドチキンの殿堂に迷い込んだロロとトリックスターの大冒険
……という、八作品を手掛けたいと思っておりますが、未だ白の世界すら完結していない有様で……先行きは不安。構想はあるけども。


予め書いておきますと、
エドワキアはロンバルディアが集めた七人の龍帝の探究者の一人ですが、
特に出番は多くなると思います。

これはもう作者の好みで、闇帝が龍帝の中で一番好きだから……。
(米田仁士氏が描く闇帝オプス・キュリテ&紫煙の竜使いヴァイオレット、
 末弥純氏が描く闇帝竜騎サブナ・ルーク、そして蛇凰神バァラルがタッグを組めるとか、ファンにとっては感涙ものよよ。。。)

あと、煌闇帝は煌臨軸か死竜軸でないと活躍が難しいので、
闇帝デッキと煌闇帝デッキを、それぞれ別に使用する予定でもあります。
 


一応、次回予告。
第二話では、小説家でシェンウーモン使いの三十路男と、
魔海獣ダガーラ使いの女子中学生が対決します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

☆2 魚と亀の攻防
魚と亀の攻防 前編


 三十路という年齢は、それまで送ってきた己の無様な人生を悔いる時期であり、それと同時に今後の人生設計を考え、悔い改める時節であり、言わば生涯の転換期だ。行動に移せるか否か、そこが問題である。

 

 亀井重武はそう思いたち、これまでの自分ではまずやらなかったことをやってみることにした。手始めに、今までは微塵も興味を持たなかった占いなどを試してみようと試みたのであった。

 

 見るからに怪しい、路地裏にいる自称占い師である老婆。その漫画みたいにオーバーなリアクションに耐え忍び、結果を待った。そして、出た結果がこれだ。

 

「今日、運命の出会いがあるだろう。モノに出来るかどうかはお主次第。ラッキーカラーはイエロー、ラッキーアイテムはチワワ犬じゃあ!」 

 

 そう言い渡された重武はぼんやりと歩道を歩き、一番星公園に寄り、そこのベンチに腰を下ろした。

 

 十分間ほど、魂が抜けたかのような顔のまま桜の咲き誇っている景色を眺めていた。そして、突如、大声で怒鳴った。

 

「それだけ? マジで? ……う、う、占いなんて二度と信じるかぁ!」

 

 そもそもチワワ犬なんて気軽に用意できるはずがないではないか。犬を飼うなんて、お前さん、一世一代の大決心よ。自分一人満足に養生出来ないのに、いきなり犬の世話なんて出来るわけがない。

 

「あ、でも、嫁さんは欲しい。本気で。大丈夫、きっと養える、多分絶対。うん」 

 

 重武は大きくうんうんと頷いた。通行人から不審者と思われ、何やら三人の主婦がひそひそ話をしているが、重武はとくに気にしなかった。

 

 突然、重武がげらげらと笑い出した。主婦たちはぎょっとなって足早に立ち去り、それまで砂場でトンネルを作って遊んでいた男の子が泣き声を上げると、シャベルと泥の入ったバケツを放り出して走っていってしまった。

 

「あああ、どこで生き方を間違ったんだろうなぁ。誰か教えてくれないかなぁ」

 

 ふと、公園に入ってくる二人の女の子の姿が目についた。年の功は十歳前後であろうか。二人はぴったりと寄り添っており、とても仲睦まじい。

 

「あー。羨ましいなあ。……ん?」 

 

 二人のうち、小さい方の女の子。それは少女というよりも、幼女と言った方が近いかもしれない。その幼女の身に着けている黄色い服に眼が行った。そこには、胸元に大きく刺繍されたチワールの姿が……。

 

「幸運のチワール娘! いた! 本当にいた!」

 

 重武は歓喜し、あの占い師のご老体に深く感謝していた。

 

 

 

「小夜ちゃあん! 寂しかったよぉ」

 

 鈴浜辺羅は月坂小夜との出会い頭に、彼女に思いっきり抱き着いた。ぎゅうっと抱きしめられた小夜はじたばたしてしまう。

 

「辺羅ちゃん……ちょっと……苦しいって……」

 

「あ、ごめんごめん、小夜ちゃん、ごめんね」

 

 辺羅は慌てて小夜を解放した。それでも、辺羅の行き場を失ったこみ上げてくる嬉しさは小夜へ向けられているままであり、小夜は少々あきれ顔で辺羅をたしなめる。

 

 それでも、小夜もまた、辺羅と会えたことが嬉しかった。

 

「あたし、もう小夜ちゃんと同じ学校に通えないんだね……。ああ、辛いなぁ、小夜ちゃんのいない学校生活なんて、ちっとも楽しくないもの」

 

「辺羅ちゃん。大丈夫、今は一緒に居られるから、ね?」

 

 辺羅があまりにも悲壮感を露わにしているため、ついつい小夜は年上の彼女をあやすような口調になってしまう。

 

「今って時間が、今日で一番幸せだよ、小夜ちゃん」

 

 今日は土曜日で、明け星中学校の入学式。晴れて辺羅の中学生生活が始まったのである。といっても、午後は休みであったので、辺羅は早速、小夜と待ち合わせをしていた校門の傍のバス停前へ飛んできたのであった。

 

「小夜ちゃんが卒業式にくれたガルガルのアップリケ、とっても可愛くて嬉しかったよ。ほら、今もちゃんとつけているよ」

 

 そう言いながら、辺羅は布製のボストンバッグを小夜に見せる。そこには小夜の手作りである、猫のような相貌と赤い斑点のある紫がかった色彩の翼が特徴的な、ガルガルという名前のドラゴンのような怪獣を模した、アップリケが綺麗に縫い付けられていた。

 

 ガルガルは鈴浜辺羅にとって一番のお気に入りの怪獣であった。

 

「小夜ちゃんって、手先器用だね。あたし、羨ましいくらいだよ」

 

「お姉ちゃんがすっごく手芸が得意なんだけど、わたしも教えて貰っているの。……でも、お姉ちゃんみたいには、なかなか上手にいかないんだけどね」

 

「そっか。美都さん、得意だからね」

 

 辺羅は小夜の服に大きく刺繍されているチワールの姿を見つめながら言った。そのチワールの刺繍は、小夜の姉の美都が小夜の為に手作りしてくれたと、小夜が自慢げに話していたものだ。

 

 辺羅は内心、これは負けていられないな、と対抗心を燃やしていた。辺羅にとっても美都は素敵な女性であり、尊敬もしていたが、一方では一番のライバルと認識しているのであった。

 

 

 

 小夜と辺羅の二人はそのまま連れ立って、遊歩道を歩いていた。桜前線はまだ進行中といった具合であり、満開の桜並木が美しかった。

 

 小夜は春の芽吹きを見つけては、その度に辺羅に教えていたが、辺羅は相槌をうつものの、それよりも小夜の方が気になっているらしく、目線は自然と小夜の方へとばかり向けられていた。

 

 小夜としては、自分に対して執心している辺羅のことが悪い気はしていなかったが、もっとこの景色を観て欲しいのに、と思っていた。

 

(でも、わたしも辺羅ちゃんと会える時間が減っちゃったから、一緒に居られるってだけでも嬉しいな)

 

 少々意思疎通がずれている面もあったが、二人の仲は本物であり、お互いにとってそれぞれが一番の親友であった。辺羅にとっては、それ以上と呼んでも差し支えなかったが。

 

 まだ時間は十分にあり、二人の時間をもっと楽しみたかったのは小夜と辺羅共に同じであった。そういうわけで、二人はそのままの足で一番星公園に寄り道をした。

 

 まず目についたのは、至る所に生えているタンポポの花。それに黄色い菜の花が咲く公園の花壇と、その上で宙を舞っている二匹のモンシロチョウの姿。まるで、小夜と辺羅のように仲良く飛んでいる、小夜にはそう思えた。

 

 それから、よく手入れがされている池。池では園内で飼育されているコイの他に、自然に住み着いている元気の良いオタマジャクシがたくさん泳いでいた。

 

 水面には数匹のアメンボの姿もあり、小夜たちが近づいたことに反応したのか、さっと逃げるようにして水上を走り、アメンボにぶつかったミドリウキクサがゆっくりと水面を滑るようにして流れた。

 

 そして、何やら歓声を上げながらこちらに近づいてくる男の姿。

 

「え……」

 

 小夜は戸惑いの声をもらした。

 

 見るからにみすぼらしい、くすんでいる古びたジャージを着た男が足早に迫ってきた。男は戸惑う小夜の前に立つとはきはきとした声で言った。

 

「おお、あなたは紛れもない愛しのチワール娘! どうでしょう、ぼくと結婚を前提にお付き合いしませんかあ!」

 

 小夜には男の言っている意味がよく呑み込めなかった。

 

「あの、あなたは……?」

 

 小夜の問いに、男は異様なくらい元気よく答える。

 

「はい! よくぞ聞いてくれました! ぼくは亀井重武。多分知らないだろうけど、雑誌の連載も一つ受け持っているれっきとした小説家さ。そして、今日。この場で運命的な出会いを果たした、幸運な男でもあるんだ」

 

「はあ……」

 

 小夜には男の言動がよく分らなかったが、取り合えず何かを書いている作家であるらしいことだけは理解できた。

 

「で、で、で。返事はどうなんだい? もちろんオーのケーだよね? ぼく、絶対に君を幸せにするよ。一日でもきみより長生きするよ」

 

「ちょっと! おっさん、あたしの可愛い後輩に向かって、突然何を言い出すんだ」

 

 それまで、突然の闖入者に茫然となっていた辺羅が、これは小夜のかつてない危機だと理解すると、両者の間に割って入った。

 

「む、何だね、お嬢ちゃん」

 

 重武は右手で己のジャージの裾を整えながら応えた。

 

「ぼくと愛しのチワール娘の恋路を邪魔しないでくれるかな」

 

「チワール娘、チワール娘って。この子には小夜って名前があるんだからね」

 

「ほお……小夜っていうのか。可愛くて素敵な名前じゃないか」

 

 名前を褒められた小夜の顔がぱあっと明るくなった。重武はそれが自分に対する強い好意かと勝手に思い込み、ますます図に乗る。

 

「あのね、小夜は九歳だぞ。おっさん、何歳なの? 普通に犯罪だよ、犯罪」

 

「愛に歳の差は関係ないよ。いや、むしろ、三十年以上生きてきた、人生経験豊富なぼくだからこそ、相応しいと思うね。うん」

 

 つい先刻までその人勢の路頭に迷っていた男の台詞である。

 

「辺羅ちゃん、チワールちゃんのことをよく知っている人に、悪い人はいないよ」

 

 当の小夜本人から助け舟を出され、重武は嬉しさのあまり、犬の鳴き声のような声をあげた。

 

「流石は小夜ちゃん、ぼくがいかに善良か、その純粋な眼で見抜いていてくれる!」

 

(あ、駄目だ。小夜ちゃんってすぐ相手を信じ込んじゃうから簡単に騙されちゃうんだった。わたしが何とかしないと……)

 

 辺羅は決心する。わたしが小夜を護らないと。

 

「駄目だよ、小夜ちゃん。こんな得体の知れない男と関わったら、人生滅茶苦茶になるから」

 

「え。でも、わたしも辺羅ちゃんも、重武さんとは、きっと良いお友だちになれると思うよ」

 

「え? と、友だち?」

 

 困惑したのは、重武の方であった。重武の脳内の妄想では、既に小夜が自分のプロポーズにOKサインをだしているものと想定して、今後の進路が構築されていたのである。

 

「うん、お友だち。チワールちゃんを知っているってことはとは、重武さんもバトスピやるんだよね? きっと、辺羅ちゃんとも趣味があうかもしれないよ」

 

 一気に魂が抜けたかのように、重武の両腕がだらんと下げられた。

 

「小夜ちゃん、そうやって友好関係を築いたうえで騙すのが、こういう男の手口なんだから。ほら、こんな奴ほっておいて、もう行こうよ」

 

「うーん、でも、せっかく知り合った重武さんのバトスピとか知りたかったな」

 

 小夜の言葉を聞いた重武は好機を得たとばかりに、上着の大きなポケットからデッキケースを取り出した。

 

「おお、それは丁度良かった。ぼくはお守りとして守り亀のデッキを持ち歩いているのだよ。小夜ちゃんもデッキを持っているなら、お友だちになった記念に早速一戦、どうかな?」

 

 重武は今日まで占いを信じてこなかった男であるが、自己流の守り亀のご利益は信じていた。

 

「え、やるやる。今は調整中だけど、わたしもデッキ持っているの」

 

(ああ。小夜ちゃんに火がついちゃった。……かくなるうえは)

 

 背負っていたリュックサックを翻し、自分のデッキを取り出そうとする小夜を、辺羅が押しとどめた。

 

「え……辺羅ちゃん?」

 

 辺羅がボストンバッグからデッキケース、それに携帯していたコアケースをさっと取り出し、重武に対して見せつけた。

 

「おっさんが本当にバトスピを知っているのかどうか、あたしが試してやるよ」

 

 辺羅が宣言した。

 

「ええ? でも、ぼくは小夜ちゃんとの方が……」

 

「バトスピを口実に可愛い後輩に近づく不逞の輩を、あたしが成敗してやる」

 

「辺羅ちゃんと重武さんがバトスピ? 見たい見たい」

 

 嬉しそうにしている小夜を見て、重武は途端にやる気を出す。

 

「お、そうかそうか。それじゃあ、ぼくの格好良いところ、見せちゃおうかなあ」

 

 もしかしたら、これを機に小夜の自分を見る目が変わるかも……重武の脳内では己の理想の展開が再構築され始めていた。

 

「……調子に乗ったおっさんの鼻、へし折ってやるよ!」

 

 かくして、鈴浜辺羅と亀井重武の戦いの火ぶたが切って落とされたのであった。




★来星の呟き

自分が書いているバトルスピリッツの背景世界の話は、世界が滅んでいく話ばかり……そればっかりだと気が滅入る面もあるわけです。
あっちが停滞した状態で、こっちの筆が乗っている際は、作者がリフレッシュステップに入っている最中とでも言えますか。
(自分がカクヨムで書いているオリジナル小説も、バイオレンスな内容とか多いからなぁ……)

こっちはシナリオの都合で5月には☆4まで行きたいってのもありますけどね。
必須タグにつけた、クロスオーバー要素も控えているし……。


因みに、この作品は、聖龍帝の大創界石がきっかけで始まる、人間の想いによって構築されていく世界創造が重要なテーマ。
そういう面でも、世界崩壊の話とは対照的かもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魚と亀の攻防 中編 ~鈴浜辺羅VS亀井重武~

「ゲートオープン、界放!」

 

 高らかに宣言する鈴浜辺羅。少し遅れて、月坂小夜の視線に気づいた亀井重武が慌てて「界放!」と声を張り上げた。

 

「あたしのイメージする光景は遠い南海。……ぽつんと孤島が一つ浮かんでいる心の故郷」

 

 眼を閉じ、自分のデッキから連想される風景を思い描く辺羅。それを訝し気に見る重武と、すっと目を開けた辺羅の視線が合った。

 

「おっさんは特にそういうの、無いか」

 

 むむっと顔をしかめる重武。重武はそれから途端に得意げになって、語りだす。

 

「甘く見ちゃあいけないよ。ぼくはこれでも作家の端くれ、創造力において引けを取りはしないさ」

 

 重武は右腕を天へと向かって高く突き出し、豪語する。

 

「ぼくのイメージは北国。冷たい水と空気の中でも強く生きる亀の逞しさ、とくと見るが良い」

 

 重武の周囲に北方の大地と海面が広がり、対照的な辺羅の南方との対立が強まった。

 

「さて、ぼくは紳士だからね。レディーファーストだ、先行は譲るよ」

 

 重武はくるりと掌を翻し、辺羅の方へと差し伸べた。

 

「なに勝手に決めてるんだよ……。ま、いいよ、先行は貰った」

 

 

 

 ☆第1ターン。 

 

 鈴浜辺羅のターン。

 

 辺羅は各ステップを踏み、いよいよ最初のメインステップに入った。

 

「あたしの可愛い魚。マグマの中より現れよ!」

 

 海底の火山が噴火した。ぼごぼごと煮えたぎった溶岩が海の底を伝っていき、その溶岩をかき分けながら魚の形をしたマグマが飛び出す。

 

 最初、魚は溶けたマグマの塊と見分けがつかなかったが、海中の冷気に触れたことで塊り、岩石のような鱗に覆われた溶魚の姿へと変貌していった。

 

「なるほど、ピストジャサウルスか。まあ、確かに魚だね」

 

 重武が品定めをするように、Lv3で召喚されたピストジャサウルスを見つめる。

 

「さらに、あたしはバーストをセット。さあ、次はおっさんのターンだ」

 

 

 

 ☆第2ターン。

 

 亀井重武のターン。

 

「ふっふっふ。では、ぼくの雄姿、刮目するのだ」

 

 亀井重武はそのままメインステップに移行する。

 

「ぼくは西の大樹ワーズワースをLv1で召喚」

 

 大地を割り、そそり立つ大樹。巨大な樹は天を貫く勢いでぐんぐんと伸びていき、やがて、その動きを止めた。

 

 地に生えた大樹には知性と老練さを連想させる相貌がはっきりと浮かび出ていた。

 

「ワーズワースの召喚時効果を発揮。デッキを上から3枚オープンさせてもらうよ」

 

 オープンカードはREVIVALの文字が刻まれたフォースドロー、パイオニアシルバーオール、シェンウーモン。

 

「早速来てくれたね、ぼくのパートナー」

 

 嬉々としてシェンウーモンのカードを手札に加える重武。残り2枚のカードは破棄され、トラッシュに置かれた。

 

(シェンウーモンだって……。あれもバースト効果を持つスピリット)

 

 警戒の色を強める辺羅を尻目に、重武はバーストエリアにカードをセットし、アタックせずにターンエンドを宣言した。

 

 

 

 ☆第3ターン。

 

 鈴浜辺羅のターン。

 

「メインステップ。……あたしもそろそろ動かさせてもらうよ」

 

 辺羅の目つきが怪しく煌いた。重武は一瞬悪寒を感じたが、表面上はあくまで平静さを取り繕う。

 

「戦の流れを掌握せし、弓矢の名手。来な、征矢龍ビョウハ!」

 

 噴火した海底火山の一部が急速に隆起していき、海面から飛び出した。天より真紅の武者鎧で全身を覆った龍の侍が舞い降り、海面に現れた大地の頂上に降り立った。

 

「アタックステップ。行け、ピストジャサウルス」

 

 勢いよく飛び出す溶魚、ピストジャサウルス。

 

「フラッシュ、ビョウハの【覚醒】を発揮する。ピストジャサウルスのコア全てをビョウハへ移動」

 

「な、お嬢ちゃんは可愛い魚を消滅させるのか……!」

 

 咄嗟に身構えていた重武が驚きの声をあげた。

 

「これがあたしなりの戦い方。おっさんに心配されなくても、あたしと魚の連携はここから始まるんだ」

 

 ピストジャサウルスは魚の形をした炎へと変じ、ビョウハの手元へと運ばれた。ビョウハが弓を構えると、魚の形の炎は矢となり、その矢じりは重武のフィールドにいる大樹へと向けられた。

 

「ビョウハの効果により、BP4000以下の相手のスピリット1体を破壊する」

 

 放たれる、炎の矢。それは西の大樹ワーズワースへ向かって一直線に進み、大樹の中央に突き刺さった。立ちどころに大樹は燃え上がり、音を立てて倒れ伏す。

 

「ぐ……ぼくのライフよりも、ワーズワースを破壊しにきたか」

 

「それだけじゃないよ。今ので、あたしの魚のソウルコアがビョウハに置かれた。よって、あたしはデッキからカードを2枚ドローする」

 

 ビョウハの手元に残った残り火が、中空を伝わり、辺羅の手へと飛んでいった。それはそのままデッキに移り、新たなカードがドローされる。

 

 辺羅はそのままターンを終了した。

 

 

 

 ☆第4ターン。

 

 亀井重武のターン。

 

「やられた分はきっちりと返させてもらおうかなぁ」

 

 不敵に笑って見せる重武。それを見た辺羅は否が応でも警戒を強めてしまう。

 

「太陽を喰らいし狼よ、白き大地を駆けろ! 鎧装獣スコール!」

 

 それはREVIVALの文字が刻まれた白の甲獣、鎧装獣スコールのカード。

 

 獅子のような金色の獣毛を頭部に生やした、高質化した皮膚を持つ狼が飛び出し、大地を駆けた。

 

 天に向かって咆哮する狼を日の光が見下ろしている。狼はその光を吸収しているかのように金色の輝きを放った。

 

「スコールの召喚成功時にボイドからコア1個を自身に置く。そして……アタックステップ」

 

 狼が動きを止め、辺羅のフィールドに向かって突撃する姿勢に入った。

 

「スコールでアタック。この瞬間、さらにボイドからコア1個をスコールに置く」

 

 目覚ましい瞬発力でスコールが突進した。重武と辺羅の間のバトルフィールドを駆ける鎧装獣がさらに輝きを増していく。

 

「これでスコールのLvは2。Lv2以上となったスコールはアタック時、ターンに1度、回復!」

 

 疾走するスコールに力が漲る。

 

「召喚時とアタック時にコアを増やし、さらに回復してライフも奪う、か。なかなか貪欲な狼だね」

 

「求めるものに対して真っ直ぐなのさ。ぼくのようにね」

 

 どさくさに紛れて、観戦している小夜に向かってウィンクして見せる重武。きょとんとする小夜。

 

「はあ……言ってろ。……そのアタックはライフで受ける!」

 

 海上に直立する辺羅の眼前に青色のコアの輝きで形成された壁が現出する。駆けてきた鎧装獣が大きく跳躍し、軽快な身のこなしのサマーソルトキックで青色の壁を打ち破った。

 

 これにより、辺羅のライフは4個となる。

 

「ふふん、まずは先制で一発与えたよ」

 

「調子に乗るなよ、おっさん。……あたしは、ライフ減少によりバースト発動!」

 

 辺羅がセットしてあったカードを表に返す。それはREVIVALの文字が刻まれた龍の覇王ジーク・ヤマト・フリードのカード。

 

「猛ろ、炎の総大将。あたしの外敵を焼き払え!」

 

 現れた龍の覇王に右手に握りしめられた剣に紅蓮の炎を宿る。龍の覇王が剣を一閃させると、放たれた炎が鎧装獣に直撃し、その全身を焼いた。

 

 焼かれた鎧装獣は白光となり、飛散する。

 

「む……ぼくのスコールを……やってくれたね」

 

「更にジーク・ヤマト・フリードをバースト召喚。コアはビョウハから貰う」

 

 召喚された龍の覇王は両翼を使って力強く飛翔し、辺羅のフィールドを舞った。燃える真紅の瞳が、未だ収まることのない闘争心を物語っている。

 

 重武のフィールドはがら空きとなり、追撃は不可能となった。渋々といった様子で、重武はターンを終了する。

 

 

 

 ☆第5ターン

 

 鈴浜辺羅のターン。

 

 辺羅はメインステップに入ると、手札から一枚のカードを取り出し、高らかに宣言した。

 

「エジットの神、アヌビス。あたしに力を貸しな!」

 

 配置されたのは、創界神アヌビスのカード。漆黒の鎧に身を包み、大剣を手にした黒騎士を思わせる風貌のアヌビスが辺羅の背後から広がる海上に降り立った。

 

 創界神アヌビスの効果でトラッシュに置かれたカードは、古代怪獣ゴモラ、宇宙恐竜ハイパーゼットン(イマーゴ)。それに、REVIVALの文字が刻まれた、化神でもある龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード。ボイドからコア3個がアヌビスに置かれた。

 

「さらにもう一枚、創界神アヌビスを配置」

 

 もう一人、全く同じ姿の創界神が降り立ち、二人のアヌビスが肩を並べた。両者は顔を見合わせ、「やれやれ、神使いの荒い嬢さんだ」とぼやき合っている。

 

「へえ。アヌビスか。これは、ぼくも自分の心臓を取り出して不死身の証を立てないといけないってことかねぇ?」

 

 おどけて見せる重武に、辺羅はむっとなる。

 

「……お前はどこぞの不死人か」

 

「お、話がわかる? その年で」

 

「……」

 

 辺羅はそれには答えず、ビョウハと龍の覇王をLv2に上げ、アタックステップに入った。

 

「行け、龍の覇王ジーク・ヤマト・フリード!」

 

 炎の剣を構え、龍の覇王が直進する。赤色の鎧が、太陽の光を浴びて、眩しく煌いた。

 

「ライフで受けさせてもらおう」

 

 龍の覇王の剣戟が重武を守護するコアの障壁を切り裂いた。

 

 これで、重武の残りライフは4となる。

 

「ライフ減少により、ぼくもバーストを発動するかな。……電子の妖精にして、愛の伝道者。さあ、ぼくの恋の成就の為に助力しておくれ。マリンエンジェモン!」

 

 ざざーっと重武の周りに青色の海が広がり、水色の電光が迸った。海の中から無数のハート模様が浮かび上がり、大きな波が上がると同時に海面に桃色のクリオネのような姿を下した妖精が飛び出した。

 

「マリンエンジェモンだって。……シェンウーモンじゃなかったのか」

 

「マリンエンジェモンのバースト効果により、このターン、ブレイヴのコストを無視してコスト9以下の相手のスピリットのアタックでは、ぼくのライフは減らない」

 

 バースト召喚されたLv3のマリンエンジェモンが、白色のバトルフィールドにゆっくりと降り立つ。重武の周囲は、ハートによって構成されたバリアで覆われていった。

 

「アタックしても無駄、か。ターンエンドだよ」

 

 

 

 ☆第6ターン。

 

 亀井重武のターン。

 

「さてと、ぼくのメインステップ……。ぼくはバーストをセット」 

 

 重武は一枚のカードをバーストエリアにセットした。次こそはシェンウーモンかもしれない、と辺羅は推測する。

 

「緑を守護する虹色の輝き。珊瑚蟹シオマネキッドをLv2で召喚」

 

 海の中から大きな蟹が横歩きで這い出てきた。巨大な右バサミで防御の姿勢を取り、ぶくぶくと泡を吹き出す。吹き出た泡は緑を護る防壁の役目を担っている。

 

「北国で珊瑚、ねえ。……装甲持ち、か。厄介だな」

 

「ほう、シオマネキッドの効果はよく知っているみたいだね。では、さらに、ネクサス鋼葉の樹林をLv1で配置。不足コストはマリンエンジェモンからも支払い、Lv2に下げる」 

 

 白き大地に鋼の針葉樹林が出現した。樹林は高質化しているが、甲獣たちに生命力を与える緑の力は今もなお衰えてはいない。

 

「少しずつ、ぼくの世界が構築されていくこの感覚。たまらないなぁ!」

 

 重武はそのままアタックステップに入る。

 

「さあ、マリンエンジェモンでアタックだ!」

 

 妖精型デジモンのマリンエンジェモンがくるりと身を翻し、辺羅の方へ迫ってきた。

 

「ライフで受けるよ!」

 

 辺羅の前に現れた青色のコアの障壁の前で、接近してきたマリンエンジェモンが急停止する。そして、マリンエンジェモンがいっぱいのハートを放つと、コアの障壁が溶解するように崩れ去っていった。

 

 これで辺羅の残りライフは3。

 

「出来れば小夜ちゃんにアタックしたかったんだけどね。ぼくはこれでターンエンド」

 

 

 

 ☆第7ターン。

 

 鈴浜辺羅のターン。

 

「地を割り、立ち上がれ。古代怪獣ゴモラ」

 

 逆さ月のような角を備えた恐竜が隆起した岩塊を突き破り、猛々しい咆哮を張り上げた。その恐竜の尾は切断されており、咆哮は己が受けた仕打ちに対する怒声とも思われた。

 

 出現した古代怪獣に呼応し、二体のアヌビスの神託が発揮され、それぞれにコアが追加された。

 

「ソウルコアはゴモラへ、ビョウハをLv1、ジーク・ヤマト・フリードをLv2に……アタックステップ。行け、ゴモラ!」

 

 ゴモラがバトルフィールドに躍り出ると、どたどたを足を踏み出し、重武の方へ走り出した。

 

「ゴモラのアタック時効果。鋼葉の樹林を破壊する!」

 

「え、もう壊すの? マジで?」

 

 茫然となる重武を尻目に、突撃してきたゴモラが強靭な腕力と硬い爪でもって鋼の針葉樹林を蹂躙し、破壊し尽くす。

 

「ぼ、ぼくの鋼葉の樹林があ……。まだ一回も効果を使っていないのに」

 

「まだまだ、進撃は止まらないよ。ソウルコアが置かれているゴモラがいる時に相手のネクサスを破壊したことで、あたしはデッキから2枚ドロー」

 

 ドローカードを見た辺羅が小さく頷く。重武は相変わらずに「ぼくの樹林がぁ」と呻いていた。

 

「あたしの手札が増えたことにより、アヌビスの神域を発揮する。……海底より目覚めしは大いなる海獣、己の存在を轟かせよ! 魔海獣ダガーラ召喚!」

 

 海面が大きく反りあがる。海水を押し上げ、巨大な暗色の海獣、ダガーラが現れる。両翼の先端には蟹ハサミのような突起物が怪しく蠢いていた。

 

「さらにアヌビスの神託を発揮。さあ、あたしのダガーラ、いよいよ出番だよ!」

 

 ダガーラの出現に、グダグダと未練がましく呻いていた重武が我に返る。

 

「おっと。悪いけど、きみの海獣の好きにはさせないよ」

 

 重武がバーストエリアにセットされているカードを表に返した。

 

「相手の効果によりスピリットが召喚されたことで、バースト発動。北方の守護神よ、古より得た甲羅で以て白き世界を揺るがせ! シェンウーモン!」

 

 未だに破壊した樹林を踏み荒らしていたゴモラのいる地面が急激に盛り上がっていった。尾が無いためにバランスを取れずに、ひっくり返るゴモラ。

 

 地の底より現れたのはそびえたつ大樹。大樹の上昇は尚も止まらず、その下から巨大な甲羅が現れ、すべてを背負う双頭の巨亀が立ち上がった。

 

「シェンウーモン……そいつがおっさんの一番の相棒ってことか」

 

「そういうことさ。シェンウーモンのバースト効果で嬢ちゃんのダガーラとジーク・ヤマト・フリードを疲労させる!」

 

 シェンウーモンが二つの水流を操り、ダガーラと龍の覇王をなぎ倒した。倒れ込んだ二体は起き上がることが出来ず、力なくうなだれていた。

 

「ぐ……あたしのダガーラが」

 

 召喚しらダガーラの出鼻を早々にくじかれ、辺羅は動揺を隠せなかった。

 

「そして……ぼくの樹林を破壊したゴモラには退場してもらおうか。シェンウーモン、ブロックだ!」

 

 ようやく立ち上がったゴモラにシェンウーモンが強烈な頭突きをくらわした。古代怪獣の巨体が一気に突き上げられ、遠い海の彼方へと吹っ飛んでいった。

 

 しもべのゴモラが撃退されたことで、辺羅ははっとなる。動揺のあまり、ゴモラが破壊される前に、ビョウハでゴモラを消滅させてドローしなかったことに気づき、己を叱咤した。

 

「あたしは……ビョウハでアタック!」

 

 ビョウハが弓を構え、緑色の電光によって形成された矢を放った。

 

「そのアタック、ライフで受けよう!」

 

 豪速の矢が、重武のライフを貫く。これで、重武のライフは3。

 

「あたしはこれで、ターンエンド」

 

 

 

 ☆第8ターン。

 

 亀井重武のターン。

 

 リフレッシュステップで、疲労していたシェンウーモンとマリンエンジェモンが活力を取り戻し、臨戦態勢に移った。

 

 メインステップに入った重武は、先のターンにコアの減っていた珊瑚蟹シオマネキッドをLv2に戻し、さらにシェンウーモンとマリンエンジェモンをLv3に上げた。

 

 ぶくぶくと泡を吹き出すシオマネキッドの虹色の輝きが、自身とシェンウーモンを守護する。

 

「西の大樹ワーズワースを召喚!」

 

 再び現れた地上に現れたワーズワース。今度はシオマネキッドの輝きに守られており、炎への耐性を備えていた。

 

 ワーズワースの召喚時効果でオープンしたカードはエメロードバリア、兎魔神、珊瑚蟹シオマネキッドの3枚であり、系統:樹魔を持たないため、そのまま破棄された。

 

「ふ……ま、樹魔よりも甲獣だからね、ぼくのデッキ」

 

 重武はそのままの布陣でアタックステップに臨む。

 

「さあ、行くんだ、シェンウーモン!」

 

 シェンウーモンが巨体に似合わない俊敏さで大地を走行する。

 

「シェンウーモンのアタック時効果、【旋風】! お嬢ちゃんのダガーラとジーク・ヤマト・フリードを重疲労させる」

 

「このうえ、重疲労……!」

 

 二つの水流を伴ったつむじ風が渦を巻き、ダガーラと龍の覇王を閉じ込め、その動きを封殺した。

 

「……あたしはマジック、白晶防壁を使用。マリンエンジェモンを手札に戻す。リザーブの不足コストは……ダガーラとジーク・ヤマト・フリードからも確保」

 

 コアを失ったダガーラの全身が白く明滅し、消え去った。

 

「相棒を消滅させるか……苦肉の策かな」

 

 重武が呟いた。

 

 その直後、中空に半透明の白い壁が現出し、飛んできたシェンウーモンの水流を跳ね返した。水流はマリンエンジェモンに当たり、吹き飛んだマリンエンジェモンは重武の手札へと戻される。

 

「おっと……おかえり、ハニー」

 

「そして、ソウルコアをコストに使用したことで、このターン、あたしのライフは1つしか減らされない。……シェンウーモンのアタックは、ライフで受ける」

 

 水流と共に進軍していたシェンウーモンの頭突きが辺羅のライフを打ち砕いた。これで、辺羅の残りライフは2。

 

「これ以上は攻めようがないな。ぼくはターンを終了するよ」

 

 

 

 ☆第9ターン。

 

 鈴浜辺羅のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると疲労していたビョウハが回復し、立ち上がった。一方、重疲労していた龍の覇王は未だに立ち直れないでいた。

 

 そして、メインステップ。

 

「マジック、エクスキャベーション。トラッシュにある系統地竜を持つ3枚、魔海獣ダガーラ、古代怪獣ゴモラ、宇宙恐竜ハイパーゼットンイマーゴを手札に戻す」

 

 先ほど消滅させたダガーラを手札に加える際、辺羅は微かに安堵の表情を浮かべていた。

 

「あたしはもう一体、征矢龍ビョウハを召喚する! さらに、バーストをセット」

 

 一体目のビョウハの横に、別のビョウハが召喚され、二体の龍の武者が肩を並べた。

 

「アタックステップ……征矢龍ビョウハでアタック!」

 

 勢いよく先陣を切ったのは最初からいた方のビョウハ。弓矢を携えたまま、尾を振り上げ、戦場を疾走する。

 

「フラッシュ、ビョウハの【覚醒】を発揮。あたしは、疲労状態のジーク・ヤマト・フリードを消滅させる!」

 

 咆哮と共に消滅した龍の覇王が炎となり、ビョウハの手元に集約したが、相手のフィールドのスピリットすべてはシオマネキッドに守られており、標的はいない。

 

「ビョウハにソウルコアが置かれていることにより、デッキから2枚ドロー!……あたしの手札が増えたことで、アヌビスの神域を発揮!」

 

 ビョウハを経由して辺羅の手元に送られた龍の覇王の熱量に呼応し、アヌビスが大剣が一閃される。次元を割き、再びフィールドに戻ってくるダガーラの姿が現れる。

 

「さあ、ダガーラ。今度こそ、あんたの力、轟かせてやりな!」

 

 召喚される魔海獣ダガーラ。だが、重武は待ったをかけた。

 

「そうはいかない。ぼくはマジック、エメロードバリアを使用。ダガーラともう一体のビョウハを疲労させる」

 

 重武を守護する、六角形のエメラルドの出現。そこから吹きあがった疾風が、ダガーラと後続のビョウハを絡めとる。

 

「さらに、シオマネキッドがいることで、白の連鎖を発揮! このターン、ぼくのライフはコスト4以上のスピリット及びアルティメットのアタックでは減らされない」

 

 珊瑚蟹の輝きに呼応したエメラルドが白色の輝きを放ちながら立ちはだかり、攻め込んでいたビョウハを辺羅のフィールドにまで弾き飛ばした。

 

「ダガーラ……」

 

「ふふん、攻めあぐねているね」

 

 得意げになっている重武に対し、辺羅は悔しさを隠しきれなかった。

 

「あたしは……ビョウハの【覚醒】を発揮! ダガーラを消滅させ、2枚ドローする」

 

 再び消滅していくダガーラ。何かを訴えかけているかのような相貌のまま、その姿は掻き消えた。

 

 辺羅はそのままターン終了を宣言した。

 

 

 

 ☆第10ターン。

 

 亀井重武のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、先のアタックで疲労していたシェンウーモンが回復した。

 

「ぼくはバーストをセット。……これでぼくの手札は1枚……ここで、マジック、フォースドローを使おう」

 

 フォースドローのメイン効果は自分の手札が4枚になる用にドローするというもの。重武はデッキから3枚ドローし、フォースドローをフィールドに置いた。

 

「フィールドに置かれたこのカードが存在する限り、お互いのデッキは破棄されない。……お嬢ちゃんがデッキ破壊を使うのかは知らないけどね」

 

 吹きすさぶ火がフィールド上を伝わり、互いのデッキを拘束する。

 

「さらにぼくは、海皇龍シーマ・クリークⅡを召喚! 不足コストの確保で、ワーズワースは消滅させる」

 

 役目を終えたワーズワースが緑色の燐光に包まれながらゆっくりと消えていき、入れ替わりに海中から機械の装甲に覆われた亀が姿を現した。

 

「シーマ・クリークⅡの召喚時効果! ボイドからコア1個を系統覇皇を持つシーマ・クリークⅡに置き、Lvは2となる」 

 

 シーマ・クリークⅡの脇からと水しぶきが沸き上がり、新たな輝くコアが浮き上がり、シーマ・クリークⅡの口から体内に取り込まれた。

 

「その召喚時効果に対して、あたしはバーストを発動。双翼乱舞! デッキからカードを2枚ドロー」

 

 辺羅のフィールドに紅蓮の旋風が巻き起こり、辺羅の手に熱量が蓄えられた。

 

 辺羅はコアの消費を抑えるために、双翼乱舞のメイン効果は使わなかった。

 

 そして、重武はアタックステップを宣言する。

 

「いくぞ、シェンウーモンでアタック。アタック時、【旋風】を発揮し、ビョウハには二体とも重疲労してもらう」

 

 なぎ倒され、力を失う龍の武者たち。辺羅はブロッカーのいなくなった自分のフィールドを一瞥し、手札のカードを取り出した。

 

「フラッシュ! あたしは、ヘ音獣リスクレフを【音速】召喚する! アヌビス、あんたのコアを使わせてもらうよ」

 

 緑の閃光が辺羅の手元から飛び出し、アヌビスの大剣から放たれたコアの輝きが交差する。すると、金色の装飾が施された緑色のリスが姿が露わになった。

 

「おっと、驚いたな、まだこんな手を用意していたとは……」

 

「さらに、マジック、エグゾーストエンドを使用。相手の手札2枚につき、相手のスピリット2体を疲労させる……おっさんの手札は3枚、海皇龍シーマ・クリークIIにはおねんねしてもらうよ!」

 

 薄緑色をした円錐状の物体が次々と飛び出し、海皇龍の頭部と四つの足に取りつくと、高速で回転した。風の力で動きを封じられた海皇龍はその場で動けなくなった。

 

「やるね。……なら、こっちはマジック、甲竜封絶破を使用。シェンウーモンとシーマ・クリークIIのコアを支払って、シェンウーモンを回復させる!」

 

 拘束された海皇龍の口から、白い波動が放たれた。その波動に後押しされたシェンウーモンが、勢いを増す。

 

「さあ、まだシェンウーモンのアタックは続いている。どうするんだい?」

 

「そのアタック、リスクレフでブロック!」

 

 リスクレフは音よりも早くフィールドは駆け巡り攻めてきたシェンウーモンを翻弄した。だが、シェンウーモンはその動きを見切り、片方の口から強力な水鉄砲を放ち、リスクレフを撃ち落とした。

 

「続いて、シオマネキッドでアタックだ」

 

 珊瑚蟹が横向きになり、猛スピードで両足を動かして辺羅に接近した。

 

「ライフで受ける!」

 

 珊瑚蟹は辺羅のコアの障壁に両足で取りつくと、巨大なハサミでライフを断ち割った。

 

 これで辺羅のライフは残すところあと1つ。

 

「追撃だ、シェンウーモンで再度アタック!」

 

 勢いづいたシェンウーモンが辺羅へ向かって突進する。狙うは、最後のライフ。

 

「それは通さない! リザーブに置かれたコアを使い、手札の鎧鷹スイラン・ホークの【神速】を発揮!」

 

 刃物と化した両翼を備えた鷹が舞い上がり、シェンウーモンの頭上に到達した。

 

「スイラン・ホークでブロック!」

 

 スイラン・ホークが一気に急降下し、シェンウーモンに体当たりをくらわした。一瞬ひるんだシェンウーモンであったが、すぐにこれへ応戦し、硬い装甲で覆われた頭部をぶつけようとした。

 

「ビョウハの【覚醒】を発揮!」

 

 シェンウーモンの頭突きが空振りする。スイラン・ホークの全身が緑色の粒子となって分解され、ビョウハの元へと運ばれた。

 

「ビョウハ、その亀を撃ち抜け!」

 

「む、その矢ではシェンウーモンを撃ち抜くことは不可能……あ!」

 

 ビョウハが狙ったのは、LvとBPの下がった海皇龍シーマ・クリークⅡだった。

 

「そうか、シーマ・クリークⅡはシオマネキッドに守られていないからね……でも」

 

 放たれた矢がシーマ・クリークⅡに突き刺さる。だが、シーマ・クリークⅡはこれをはねのける勢いで白色の防壁を展開した。

 

「シーマ・クリークⅡの【転醒】を発揮! 相手によってフィールドを離れる時、このスピリットは裏返せる。さあ、きみを竜宮城に招待してあげよう!」

 

 重武の背後から、海水が一気に流れ込み、その場が海中に没した。海の底にはシーマ・クリークⅡの住まう、亀を模した石垣によって守られた竜宮城がそびえ、周囲には赤と白の珊瑚が揺らめいている。

 

「ネクサスになるスピリットだって。これじゃ、ますますこいつの世界に引き込まれてしまうじゃないか」

 

「ふっふっふ、亀を虐めると思わぬしっぺ返しを受けるのさ」

 

「……あたしはソウルコアが置かれたビョウハの効果で2枚ドロー」 

 

「ここで着実にハンドアドバンテージを取るか。きみもなかなかしたたかだね。ぼくはこれでターンエンドさ」

 

 

 

 ☆第11ターン。

 

 鈴浜辺羅のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、重疲労していた二体のビョウハは回復したが、未だ疲労状態からは脱し切れていない。

 

 そして、メインステップ。

 

「地竜の姫君、あたしに助力して。恐竜姫ジュラをLv1で召喚」

 

 真紅の髪と褐色の肌を備えた道化と地竜の混血、ジュラ。潮風に吹かれた彼女の髪がきらきらと輝いた。

 

 ジュラが地竜の骨で作られた棍を振りかざし、舞を舞う。その舞に対し、アヌビスが手にした大剣を使って勇ましい円舞で応えた。

 

「ジュラか……や、なかなか美しいね」

 

「……さらに、古代怪獣ゴモラをLv2で召喚!」

 

 再びフィールドに現れたゴモラ。ゴモラは失った尾を振ることも出来ず、少々もどかしそうにしていた。

 

「ゴモラ、失われた尾の代わりにはならないだろうけど……あんたにこの力を授けてやるよ。……異魔神ブレイヴ、恐竜魔神をゴモラに直接左合体!」

 

 かぎ爪を備えた赤い恐竜の姿がゴモラの背後に浮かび上がる。炎の形状の後光を模した装飾が真紅に輝いていた。

 

「殻を破り、覚醒せよ、最強の宇宙恐竜、ハイパーゼットンイマーゴ!」

 

 召喚されたのは宇宙恐竜ハイパーゼットン(イマーゴ)。黒い外殻に覆われた長身で人型の宇宙生物、ゼットンは奇怪な電子音のような声を響かせながら、直立していた。

 

「恐竜魔神をゼットンに右合体!」

 

 ゴモラとゼットン。二体に向かって恐竜魔神が力を送り出す。

 

「そして、アタックステップ。あたしは……」

 

 ふと、重武と視線を合わせる辺羅。重武はにやにやと笑みを浮かべたまま構えていた。

 

(あいつのライフは残り3つ、スピリットはすべて疲労している。手札は2枚しかない。……でも、バーストがセットされている。もし、恐竜魔神と合体したハイパーゼットンのアタックが通れば、あたしの勝ちだ。なのに、何であんな余裕そうな表情で……)

 

 辺羅は逡巡していた。もし、さっきみたいにエメロードバリアなどを使われたら、それだけでこのターンに攻め切ることは出来なくなる。

 

(く……どうしたらいい)

 

 迷う辺羅の視線が竜宮城に向けられた。

 

(ここはあいつの場を荒らし、手札を補充する……!)

 

 辺羅は意を決する。

 

「ソウルコアを乗せたゴモラでアタック! アタック時、恐竜魔神の合体時効果でボイドからコア2個をジュラに置く。さらに、竜宮城を破壊し、デッキから2枚ドロー!」 

 

 恐竜魔神の援護を受けたゴモラが突進し、竜宮城の外壁を突き破ると、一気に城を破壊した。

 

「くう……亀を虐めただけでは飽き足らず、住処まで打ち壊すなんて……情け容赦ないね」

 

「徹底的に攻めるのがあたし流だ。そして、手札が増えたことでアヌビスの神域を発揮! あたしの一番の相棒、魔海獣ダガーラを召喚!」

 

 海を押し上げ、フィールドに戻ってきたダガーラ。辺羅はこうしてダガーラと同じ、風、香り、風景を感じている時がとても尊いものに感じられた。

 

「そのアタック、ライフで受けよう!」

 

 角を突き出したまま突撃するゴモラが重武のライフを打ち砕いた。

 

「ライフ減少により、バースト発動! さあ、ぼくの愛はだれにも止められない! マリンエンジェモン!」

 

「マリンエンジェモン……ということは」

 

「そうさ、ブレイヴのコストを無視した場合、一番コストの高いお嬢ちゃんのスピリットでもハイパーゼットンのコスト8止まり。つまり、このターン、きみのアタックではもうぼくのライフを減らすことはできない」

 

 辺羅は力なく肩を落とした。だが、すぐに己の闘志を奮い立たせる。

 

(次のターン、この手札で防ぎきらないと……)

 

 バースト召喚されたマリンエンジェモンと対峙する辺羅。辺羅はそのままの姿勢でターンを終了した。 

 

 

 

 ☆第12ターン。

 

 亀井重武のターン。

 

 ドローステップ、ドローしたカードをじっと見つめる重武。

 

(兎魔神のカード。ここでこのカードが来てくれるとは。まるで相手の恐竜魔神に応えたかのようだ)

 

 メインステップ。重武はドローした兎魔神を辺羅に向かって見せつけた。

 

「ぼくはこの異魔神ブレイヴ。兎魔神を召喚する!」

 

「な……おっさん、あんたも異魔神ブレイヴを……」

 

 身軽に飛び跳ねる、硬い装甲を備えた兎の登場。兎はシェンウーモンとマリンエンジェモンの背後に取りつき、両者に異次元の力をわけ与えた。

 

「これでマリンエンジェモンも緑のスピリットになった。つまり、シオマネキッドの守護を受けられるということさ。さらにバーストセット!」

 

 新たにセットされるカード。これで重武の手札は残り1枚となった。

 

「さあ、アタックステップ。ぼくにはもう後がないからね、全力で行かせてもらう。シェンウーモン、アタック!」

 

 兎魔神の助力を受けたシェンウーモンが先陣を切る。

 

「まずは【旋風】! ダガーラとハイパーゼットンを重疲労させる!」

 

 水流と暴風の合わさったシェンウーモンの技が、辺羅のスピリットを蹂躙する。

 

「く……また……」

 

「さらに、兎魔神の左合体時のアタック時効果。ターンに1回、疲労状態の相手のスピリット1体をデッキの下に戻すことで、シェンウーモンは回復する!」 

 

「デッキの下に……。でも、ジュラの効果であたしの地竜は守られて……あ」

 

 辺羅は自分のフィールドの中で唯一ジュラの恩恵を受けられないスピリット、征矢龍ビョウハに目を留めた。

 

「そう、きみの布陣を確固なものにしてきたビョウハが、きみのアキレス腱だ」

 

 シェンウーモンの背後に取りついている兎魔神の腕から、緑と白の入り混じった光の球が、マシンガンのように次々と打ち出された。これを受けたビョウハは耐え切れず、フィールドの外へと弾き飛ばされた。

 

「……そのアタックは、ジュラでブロック!」

 

 辺羅が見やると、ジュラも辺羅と視線を合わせ、こくりと頷いた。ジュラは手にした棍を武器にして、シェンウーモンに躍りかかった。

 

 ジュラの一撃がシェンウーモンに打ち付けられたが、硬い甲羅を持つ究極体デジモンには傷一つつけられなかった。シェンウーモンが水流で以て反撃し、直撃を受けたジュラは赤い粒子となって消えた。

 

「続けて、マリンエンジェモンでアタック! アタック時効果で、自分のトラッシュにあるネクサスカード、鋼葉の樹林を配置する」

 

 マリンエンジェモンが両腕を差し伸べると、地の底からゴモラに破壊されたはずの樹林が浮かび上がってきた。ハートに包まれた樹林はマリンエンジェモンの能力で再生していき、元通りとなる。

 

「流石は愛の伝道師……壊されたぼくの世界を修復してくれたよ」

 

「あたしは手札のヘ音獣リスクレフを【音速】召喚! アヌビス、またあんたの力を使わせてもらう」

 

 アヌビスはふうっと小さくため息をついたが、すぐに了承の意を剣の舞で以て示し、ヘ音獣リスクレフの通過する道を創り出した。

 

「マリンエンジェモンのアタックは、へリスクレフでブロック!」

 

 緑色のリス、リスクレフがマリンエンジェモンを翻弄しようと飛び回る。しかし、マリンエンジェモンは的確に相手を捉えると、大量のハートを送り出し、リスクレフを包囲した。

 

 ハートに呑まれたリスクレフは戦意を喪失し、そのまま緑色の粒子となって消えていった。

 

「シェンウーモンでもう一度、アタックだ」

 

 水流を操るシェンウーモンの進撃が再開される。これを前にして、辺羅はさらに手札をきる。

 

「鎧鷹スイラン・ホークを【神速】召喚! そのアタックは、スイラン・ホークでブロックする」

 

 スイラン・ホークが辺羅の手札から飛び出し、シェンウーモンの追撃を食い止める。シェンウーモンは強烈な頭突きで鎧でできたこの鷹を粉砕した。

 

「凄いね、まだこれだけのブロッカーを隠し持っていたとは。だが、これはどうかな? 珊瑚蟹シオマネキッド、アタックだ!」

 

 珊瑚蟹がギシギシと音を立て、横を向くと、高速で進軍を開始した。

 

(こ、このアタックは……)

 

 辺羅は手札にあるカード、エグゾーストエンドを見つめた。もしこのカードで相手を疲労させることでできたら、このターンの総攻撃を防ぐことができたかもしれないのだ。

 

(でも……おっさんの……あいつの手札は1枚。これを使っても、意味がない)

 

 エグゾーストエンドは相手の手札2枚につき、相手のスピリット1体を疲労させる。重武はそれを見越して、手札を減らしてきたのかもしれない。

 

「シオマネキッドのアタックは……ライフで……受ける」

 

 辺羅にはもう対抗手段が残されていなかった。

 

 今まで辺羅の攻撃の手を防ぎ続けてきた、珊瑚蟹シオマネキッド。その珊瑚蟹が辺羅に引導を渡す形となったのである。

 

 今、辺羅の最後のライフが砕かれた――。




★来星の呟き

今回のリプレイ(活動報告へ飛びます)
前半
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=259251&uid=341911
後半
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=259252&uid=341911


作者がビョウハの扱いに不慣れなせいで、
「なんでもっとビョウハを使わなかったんだ」的展開になってしまった……感。
鈴浜辺羅は準レギュラー的キャラと言えますので、今後しっかり雪辱は果たしてもらう……かもね。


自分にとってのダガーラは、
坂井孝行氏が『コロコロコミックSPECIAL』に描いていた漫画版のイメージが強いです。

こちらの作品では、ニライカナイの人間が、何の罪もない魚を改造して作り出した怪獣がダガーラという設定で、
ダガーラにはニライカナイの言語で「掃除機」という意味がありました。
この辺は映画版を色々掘り下げた感じでして、妖精ベルベラが身勝手な人類を憎む要因になもなっておりました。

その影響もあって、自分は漫画版のベルベラとダガーラのコンビが特に印象深いのです。

(「鈴浜 辺羅」は、「すずはま べら」と読みます。名前のモデルは勿論……)


まあ、そういうわけで、
ダガーラは自分にとってはラドンの次、東宝特撮では二番目に好きな怪獣ですので、専用デッキも組んでしまうわけなのよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魚と亀の攻防 後編

「く、く、くやしいい!」

 

 対戦が終わるなり、辺羅が頭を抱えて叫んだ。

 

(辺羅ちゃんがこんなに悔しがる姿、初めて見た……)

 

 小夜は辺羅に難と声をかけて良いものかと、逡巡していた。

 

 無理もない、辺羅にとって最高の相棒と呼べる魔海獣ダガーラが何度も召喚されながらも、毎度疲労させられ続けた結果、遂に一回もアタックできずに負けてしまったのだ。

 

「ふふん、ぼくのこの最後の手札がよっぽど気にかかっていたようだね」

 

 そう言いながら、重武は最後に残った自分の手札を、己を団扇で仰ぐようにして揺らした。

 

「ぐ……」

 

 言葉に詰まる辺羅。

 

「おや、図星だったみたいだね。それじゃあ、お見せしようか」

 

 重武がくるりと辺羅に向かってカードの表を見せる。それは、鋼葉の樹林のカード。要するに、ブラフであったのだ。

 

「そ、それを手にしたままおっさんはあんなあからさまに……ぐ、き、きたないぞ……ちくしょ」

 

「お嬢ちゃんはあれだけ手札に差をつけていたことで慢心していたのさ。だから、攻めるべきところで、攻め手を緩めてしまった……」

 

 辺羅は重武に向かって怒鳴り散らすところであったが、隣の小夜の心配そうな面持ちに目が行った。

 

(あ……こんなところ、見られたら、小夜ちゃんに嫌われる……)

 

 押し黙り、俯く辺羅。やがて、自分を落ち着かせた辺羅は重武に向かって言う。

 

「……確かに、おっさんの言う通りかもしれない。完敗だよ、あたしの」

 

 落ち込んだ様子でありながら、辺羅から素直にそう言われ、今度は重武の方が戸惑った。

 

「え、あ、まあ。追い詰められていたのはぼくの方だし……良い勝負だったよ、うん」

 

 さりげなく、手を差し出す重武。素性の知れない、自分の一回り以上は年上の男の手を見てぎょっとなる辺羅。しかし、二人を見守る小夜の目の前で、それを拒否することはできなかった。

 

 辺羅も手を出し、二人は握手をする。小夜の顔がぱあっと明るくなる。

 

「やった! 二人とも仲直りできたね。これで二人も友だちだよ」

 

「二人……も、友だち、はあ……」

 

 落胆した様子でため息をつく重武。何が原因で重武が気を落としているのかわからない小夜。一方で重武の考えていることがよくわかる辺羅は、内心ほっとしていた。

 

 

 

 公園の隅の生垣から、小夜たち三人様子を覗いている二人の人物の姿。

 

 一人は黒い髪を肩まで伸ばした若い女性。もう一人は重武を占ったあの老婆であった。

 

「もう、お祖母ちゃんったら。また人様に変なこと吹き込んだりして……」

 

 若い女性の方があきれた様子で言った。

 

「ふぉっふぉ。わしは悩める若人の肩を、そっと押してやっただけさ」

 

「あの人、すっかり信じ込んじゃったよ。これから一体何をしでかすのか、不安になるよ……」

 

「なあに、あの二人にとっても悪いことになりはしないよ。萌架、あんたにとっても」

 

「正直、ああいう男の人とは一切関わり合いたくないんだけど……はぁぁ……」

 

 すっかり脱力した様子の、萌架と呼ばれた女性。

 

「萌架、あんたのお仲間もあの小夜という女の子に惹かれているようだの。時の監視者どもの都合は知らぬが、これも向こう側の住民のお導きかねぇ」

 

「エドワキアさんのことなら、わたしもよく知らないもの。会ったのが昨日の今日だし……」

 

「何れにしても、そろそろ連中も動き出す頃合いかのう。ま、わしも応援しとるから、せいぜい頑張んな」

 

「そんな、他人事みたいに言わないでよ、お祖母ちゃん」

 

 萌架は改めて小夜、辺羅、重武の三人を見つめた。こうして見ると、何とも不釣り合いな三人であったが、今は談笑しているその様子は、まるで昔からの知り合いであったかのように見えてくる。

 

「小夜ちゃん、か。本当に、色んな人が惹かれていく……不思議な子」

 

 萌架が小さく呟いた。

 

 

 

 すっかり打ち解けた三人は、それからもバトスピの話をしたり、公園の緑を楽しんだりしていた。やがて日没が近づき、夕日によって赤く彩られた街並みと街路樹が、今日という一日の終わりを告げようとしていた。

 

「おっさん、今度は負けないからな」

 

「今度……ね。ああ、でも、お手柔らかに頼むよ」

 

 それから重武は小夜の方へと向き直った。

 

「で、どうだい、ぼくのこと、惚れなおした? ぼくとしてはいつでもオーのケーだからさ、改めてぼくとお付き合いしてみるとか……」

 

 重武の言うことが呑み込めず、きょとんとする小夜。むっとした辺羅が素早く足を出すと、重武の左足を思いっきり踏みつけた。

 

「いでぇ!」

 

 オーバーなリアクションで足を抑えてぴょんぴょんと跳ねる重武。慌てて辺羅を宥めようとする小夜。だが、辺羅は重武の様子が可笑しくなって、自然と笑みをこぼしていた。

 

 

 

 公園で二人と別れた亀井重武。小夜のハートを射止められなかったのは心残りであったが、少なくとも、今日二人の女の子と素敵な出会いができたのは事実であったと、満面の笑みを浮かべていた。

 

「さあて、創作意欲が湧いてきたぞぉ。こりゃ、おちおちしていられない。急いで帰って書き始めなきゃあ」

 

 ここ数日、作家としてスランプに陥っていた重武であったが、今日の出会いが自分に与えてくれたものが新しい創作のヒントになってくれた――重武はそう確信していた。

 

 人影の少ない街道の中、重武は思わず、駆けだしていた。こうして駆けていく道の先、あの夕日が沈んだ後に日が昇る明日。そこには新しい、希望と魅力にあふれる何かが満ちている。重武は、そんな気がしていた。




★来星の呟き

自分は実際にデッキを回しながら、バトル中のストーリーを思い描くという創作手段を取り入れております。

やっていることはソリティアですが、テストプレイが最早趣味の一環みたいになっているわけですね。。
そこに使用者の人格も付け加えると、ロールプレイと化す感じ。

次回予告。

次回はバトスピ界一のアイドルカード(と言って良いと思う)を使用する、
月坂小夜にとっての保育園時代の先生が登場。
ぼちぼち、物語も進展する予定であります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

☆3 こころのアイドル
こころのアイドル 前編


 親愛なるあの頃のわたしの喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。

 

 思い出すことはできるけれど、感じることはできない。今のわたしはあの頃のわたしとは違うから。

 

 

 

「さようなら!」

 

『さようなら』

 

 日直の生徒の別れの言葉を、クラスの全員が声を合わせて復唱する。教師の「さようなら、また明日」という挨拶を合図に、生徒たちが次々と席を離れ、帰りの身支度を始めた。

 

 その生徒の中にいる月坂小夜もまた、周りの流れに乗っているかのように自分のスクールロッカーへ向かい、ランドセルを取り出した。

 

「小夜さん、ちょっといいかな?」

 

 小夜がまとめた教科書や筆記用具をランドセルに詰めていると、背後から声をかけられた。小夜が振り向くと、このクラスの学級担任である、細工門慈が小夜の方へ手招きをしていた。

 

「門慈先生、なんですか?」

 

 担任教師の傍まで来た小夜が彼へ尋ねると、相手は声を潜めながら答えた。

 

「ちょっと、ここでは話しにくいから……職員室の隣りの待合室まで来てくれないかな。……実は、那柘さんのことで」

 

 最後の一言は小夜の耳元で告げられた。

 

「なっちゃんの……」

 

 小夜がなっちゃんと呼ぶ、その生徒の名前は風良那柘。小夜の同級生であり、二人は大の仲良しであった。

 

 那柘の名前が耳に入った時、小夜はすぐに言い知れぬ不安を覚えた。那柘はおたふく風邪て三日前から欠席していたはずであるが……。

 

「はい、わかりました」

 

 小夜としても断る理由などなかった。

 

 

 

 門慈の話によると、那柘が風邪をひいているという話は実は仮病であったという。何らかの理由により、那柘は不登校であるらしい。

 

「那柘さんのお母さんから聞いたんだけどね。本当は担任のぼくがちゃんとしていないと駄目なんだけど……」

 

 そう言う門慈の表情は己の無力感と疲弊からくる辛さがありありと浮かんでおり、いかにも初老の男らしいしわがそれを目立たせていることもあり、小夜としても見ていて痛ましいものがあった。

 

「小夜さんは、那柘さんととても仲が良いよね。……それでもし出来たらで良いんだけど、お願いしたいんだ」

 

 門慈は、小夜に那柘の家に行って様子を見てきてほしいと頼み込んだ。門慈は直接言わなかったが、門慈のできれば那柘の相談にのってやって欲しいという願いは、小夜にははっきりと伝わっていた。

 

 那柘は極端なくらい引っ込み思案であり、特別仲の良い小夜と、先月に明けの星小学校を卒業した鈴浜辺羅以外には心を開くことがなかった。それは小夜以外の同級生は無論、親や担任の教師も例外ではない。

 

 もう一人、那柘に親身になってくれて、那柘も心を開いていた人物がいたのであるが、その人物とはもうしばらく会う機会がないままであった。

 

 小夜としても、おたふく風邪がうつる恐れさえなければすぐにでもお見舞いに行っていたところであるので、那榴に会いに行くことは願ってもない話だ。ましてや、那柘が何か辛い境遇に陥っているというのならば、自分のことを顧みずに助けようとするのが小夜という子であった。

 

「はい、わかりました。今から、すぐになっちゃんに会いに行ってみます」

 

 元気のよい小夜の返事を受けて、門慈は微笑んだ。

 

「ありがとう、小夜さん。……宜しくお願いします」

 

 そう言い頭を下げる門慈の、白髪混じりの髪が蛍光灯に反射している様子が、小夜の眼に焼きつけられた。

 

 

 

 小夜は誰もいない自宅に帰ると、身支度を簡潔に済ませ、すぐに家を飛び出した。だが、家から数歩歩いたところで思い直すと、一旦自室に戻り、子ども用のリュックサックを背負って出てきた。

 

 そのリュックサックには無数の小玩のスピリットを模した刺繍が施されていた。小夜を愛する、姉の狩野美都が手掛けた小夜の為の作品であり、小夜にとってはこれもまた世界で一つだけの宝物である。

 

 那柘の家へと急ぐ小夜であったが、途中途中で街路樹として植えられている、花の散った桜の木が目に付いた。茶色くくすんでしまったような樹々。葉桜への変化は少しずつ芽吹いている黄緑色の若葉が物語っていた。

 

 小夜は、結局、今春は那柘と桜を見る機会もなかったことを思い返していた。それに、一緒に町を歩いて案内する約束をかわしたエドワキア。

 

 あれ以来、エドワキアは何かと忙しいらしく、小夜が誘いに行っても断られてしまった。ただ、エドワキア本人は小夜との散歩を楽しみにしていたらしく、酷く残念そうであり、彼女は「いつか、きっとね」と念を押してくれた。

 

 所々には遅咲きの桜がまだ咲いていたが、これをエドワキアと観る機会も今年は無いのだろうな、と小夜は思った。

 

 一方で、春の象徴とも呼べるナズナやアブラナといった小さな花々が足元で、そのほのかな色彩による自己主張をしており、小夜は勇気づけられた。

 

(うん、一緒に観て廻るものは幾らでもあるんだ。そして、そのどれもが綺麗で可愛くて……)

 

 

 

 程なくして、風良那柘の家の前に到着した小夜。この家は、小夜の家から歩いて十分とかからないほどの距離のところにあり、家の左側を少し進んだところには、この前重武と出会った一番星公園がある。

 

 小夜は一呼吸つくと、自信を持って玄関に取り付けられているワイヤレスチャイムのスイッチを押した。

 

 ぴーんと響く電子音。それから暫しの間があった。やがて、玄関のドアの向こうから「はーい」と女性の声が聞こえ、人の近づいてくる気配が感じられた。そして、ガチャリと音を立て、ゆっくりとドアが開かれる。

 

「あ、小夜ちゃん……」

 

 出てきたのは那柘の母親、風良薫であった。薫は意外そうな面持ちであった。

 

「こんにちは。あの……なっちゃんが気になって」 

 

 薫は少し戸惑った様子であったが、明確な意思で以てこの場にいる小夜の表情を見ているうちに、徐々に彼女なりに事情を把握した風であった。

 

 もし、那柘がウィルス性の風邪であるならば、感染する恐れのある友だちの来宅を受け入れるはずはない。それは小夜もわかっていることである。

 

「もしかして、小夜ちゃん、那柘がどうしているのか知っていて……?」

 

「はい」

 

 小夜は一瞬ためらったが、先生から聞いてきたとは言わなかった。

 

「……那柘も、小夜ちゃんに会いたがっていたよ。どうぞ、中に入って」

 

 薫は微かにほほ笑むと、小さな客人を丁寧に招き入れた。

 

 

 

 小夜は二階にある那柘の部屋の前に立っていた。まだ初春の寒さが染みついている廊下は冷たく、明かりのついていない室内は若干暗く、小さな小夜には、家の天井がとても高いところにあるように感じられた。

 

 木質の戸の向こうでは、確かに那柘のものと思しき人の気配がする。

 

「なっちゃん、小夜だよ」

 

 小夜の呼びかけに対して、返事はなかった。ただ、戸の向こうで那柘が息をのむ気配は感じられた。小夜は戸を軽く叩き、もう一度声をかけてみた。それでも、反応はない。

 

 小夜はしばらくの間、黙したまま戸の前に佇んでいた。これ以上呼び掛けて、もし那柘に嫌な思いをさせたら――そう考えた小夜は口を開くことも出来ずにいた。

 

 十分以上は過ぎたかもしれない。あるいは三十分ほどかもしれなかったが、小夜にはもっと長い時間のように感じられた。それでも那柘からの返事はなかった。

 

 ここにいても迷惑なのかな、と思い至った小夜は、やがて諦めた様子で言った。

 

「……わたし、そろそろ行くね。ごめんね、なっちゃん」

 

 小夜は那柘の部屋に背を向け、下へ降りる階段の方へと歩いていった。小夜が階段の一段目に足を下ろすのとほぼ同時に、小夜の背後からカチャリと音がした。

 

 小夜が振り向くと、きーっとこすれるような響きと共に那柘の部屋の戸が開かれ、中からおどおどとした様子の那柘が顔を出し、こちらを見ているところであった。

 

「あの……小夜ちゃん。来てくれて、ありがとう」

 

 数日ぶりの那柘との再会に、小夜の顔がぱあっと明るくなった。

 

 

 

 那柘の自室。南側にある窓からは午後の陽ざしが差し込んでおり、暗い部屋にくっきりとした光明を投げ込んでいる。

 

 小夜と那柘は取り留めもない最近の話題を話していた。その過程で、辺羅の入学式の帰りに二人で春を観て廻ったことを小夜が話すと、那柘の表情が曇った。

 

「わたし、学校行くの、怖いんだ……」

 

 唐突に、那柘はそう切り出した。

 

「去年度までは、辺羅先輩もいたから大丈夫だったけど……」

 

 そう言う那柘の面持ちは暗く、同い年の小夜から見ても、とてもか弱い姿として、目に映った。

 

 那柘は小夜、それに辺羅の庇護下にあったと言えた。保育園に通っていた当時から集団の中で孤立しがちな那柘であったが、その頃から小夜が親身になって傍にいてくれたおかげで、那柘の弱い心が折れることは辛うじてなかったのだ。

 

 さらに、当時の保育園で最初に那柘と小夜の担任保育士だった蒼樹時菜の存在もある。

 

 二年目になり、組が変わったあとは時菜と接する機会は減ってしまったが、同じ園内に時菜先生がいてくれるというのは那柘にとってとても心強いことであったし、その頃の境遇により、小夜がより熱心に那柘を助け、支えようと積極的になったのである。

 

 小学校に入学すると、それまでとは環境が一変し、園児だった幼女は一人の生徒として、より自立が求められるようになった。

 

 そんな状況下であっても那柘が逃げ出すことなく学校生活を送れたのは、小夜以上に辺羅の存在によるところが大きい。

 

 辺羅は小夜と一番仲の良い上級生であり、二人の仲は那柘と小夜が明けの星小学校に入学する前から続いていた。辺羅は小夜の親友の那柘ともすぐに打ち解け、頼れる先輩として後輩の那柘のことを護ってきた。

 

 しかし、先月になって辺羅は卒業した。同級生の小夜は変わらずに那柘の支えになってはいたが、年上の時菜も辺羅もいない学校生活の重圧は、那柘を押しつぶすには十分なものであったと言える。

 

 今の上級生の中には、見るからに弱々しくて内気な那柘に対して辛く当たる者も少なくない。気が強く、過剰なくらい後輩を保護していた辺羅の存在が長らくそういった生徒たちを抑え込んでいたが、辺羅がいなくなったことで、那柘への当たりは彼女にとって耐えきれない責め苦にまでエスカレートしていた。

 

 もっとも、おそらくそういった上級生たちも、特別な悪意で以て那柘を虐めているというわけではない。ただただ、那柘が弱すぎたというのが実情であったのかもしれない。

 

 それ故、救いを欲する那柘の想いに応える者が周囲には小夜しかおらず、重圧が小夜だけでは支えきれないほどになったことで、那柘の現在の状態が形成されてしまったというのが実情である。

 

「小夜ちゃん。ごめんね、わたしがいつまでたってもだらしない駄目な子だから、小夜ちゃんにまで迷惑をかけちゃって……」

 

 那柘のその言葉を聞いた小夜は、すぐにでも「そんなことはない」と言ってやりたかった。「大丈夫だよ」と言いたかった。

 

 だが、あまりにもか弱い心を持つ那柘に対して、迂闊なことを口挟むのはかえって危険であると、小夜もまたはっきりとではないが、感じていた。

 

 しばらくの沈黙が続いた。外からは小鳥のさえずりが聞こえ、まるで時間が冷たく凍りついて止まったかのようなこの一室の中とは対照的に、外界では時間が進んでいることを小夜は思った。

 

 ふと、那柘の机の上に置いてある一枚のカードが小夜の目に付いた。それはバトルスピリッツのスピリットカード、ガーネット・ルーティ。小夜が以前、那柘への誕生日プレゼントのふわふわ猫のぬいぐるみに添えたカードであった。

 

 小夜としては、あくまでぬいぐるみのおまけとして、那柘が興味を示していたカードを贈った。だが、小夜はそのカードに描かれている情景を見ているうちに、那柘にとっても、自分にとっても、大きな意味を持っている――そんな気がした。

 

 小夜は決心する。

 

「ね、なっちゃん。気分転換に、外に出てみよっか?」

 

「え……」

 

 那柘は小夜の言っていることがすぐには呑み込めなかった。それから、那柘は小夜がさきほどまで見つめていた先へ視線を走らせると、机の上に自分が置いていたガーネット・ルーティへ目を留めた。

 

 ガーネット・ルーティは那柘ほどではないにしろ、引っ込み思案な印象を与える女の子。だが、彼女の眼は前を見つめており、背景として描かれている風景は明るく、日の光を浴びた樹々の緑が輝いていた。それが那柘の親近感と、憧れの混ざった感情に繋がっているのかもしれない。

 

「今から? ……でも、もう遅くなっちゃうんじゃ……」

 

「もう春なんだよ。そろそろ夏が来る……。今は、昼間も長いから……いっぱい、観るものがあるの」

 

 那柘は小夜の言っていることをぼんやりと反芻していた。冷たい室内でじっとしているよりも、まだ暖かな外に出る方が有意義な時間を過ごせる。小夜はそう伝えたかったのだ。

 

「うん……小夜ちゃんの言うとおりにしてみる」

 

 那柘は、ガーネット・ルーティに描かれている、暖かさが伝わってくる情景を眺めながら言った。

 

 

 

 那柘の母、薫は娘とその親友が外出するのを快く見送ってくれた。時刻は四時を過ぎており、徐々に日は暗くなってきていたが、子供が遊ぶにはまだ十分な明るさと言えるかもしれない。

 

 外気は夏と呼ぶには少し涼しすぎるが、先ほどまで居た室内よりもよっぽど暖かく、春の香りが漂っていた。

 

 歩道沿いの草木が生い茂る斜面には、無数の山吹の花が咲いており、その黄色い花の一つ一つが春という発見に満ちている。

 

 小夜は、山吹の花が咲く頃に田んぼの田植えが始まるという話を知っていた。現に、近所の水田では多くの人が今年の米作りを本格的に始めている姿が目に付いた。

 

 那柘に向かって、春の発見の一つ一つを丁寧に伝える小夜。徐々にではあるが那柘自身も今春への興味を持ち始め、次第に自分から小夜に向かって、頻りにあれこれ尋ねるようになっていった。

 

(なっちゃん、さっきまでよりもずっと明るくなってる。外に連れて来て、良かったな)

 

 だが、今日はこれで良くても、家に戻ったらまた那柘が自分の殻に閉じこもるのは小夜もわかっていた。

 

 何か自分が今の那柘の力になれることはないか――小夜はずっとそのことばかり考えていた。

 

「あれ、小夜ちゃんに、なっちゃんかな?」

 

 明けの星病院のすぐ下にある、町の交差点。そこを通りかかったとき、横から声がかかってきた。小夜と那柘が同時に振り向くと、そこには長身の若い女性の姿。女性の長い髪が春の風に揺られて、ふわふわと踊っていた。

 

「あ……時菜先生?」

 

 小夜が口を開くよりも先に、那柘が声を出していた。

 

 蒼樹時菜。小夜と那柘が保育園に通っていた時の最初の先生であり、二人の良き理解者であった。

 

「二人とも、久しぶりだね。元気してたかな」

 

 時菜はにこにこと微笑みながら、かつての教え子たちの方へ近寄ってきた。成人しているが、どこか子供っぽい印象のある時菜。彼女の登場で、場の空気がより和やかなものになったと、小夜は実感していた。

 

「あの、時菜先生。わたし、なっちゃんと一緒にお散歩していたの」

 

 小夜はそう言うと、傍らの那柘を見やった。那柘は時菜との再会に喜びを隠しきれないといった風であり、時菜が持つ、那柘に対する小夜以上の影響力を物語っている。

 

「お散歩、ね。でも、先生には二人が何かとても悩んでいるように見えるけど」

 

(流石、時菜先生……鋭いなぁ)

 

 小夜は心の中で感嘆していた。

 

「……う、うん……実は……」

 

「あ、待って。喋らなくても良いから」

 

 那柘が言い難そうに語りだすと、時菜が遮る。

 

「……ねえ、二人とも。今、時間ある?」

 

 時菜がそう尋ねた。

 

「え、時間。あることはあるけど……ねえ、小夜ちゃん」

 

「うん。ただ、散歩していただけだからね」

 

 二人の答えを聞いて、時菜がふふっと笑った。

 

「そう。じゃあね、ちょっと先生と一緒に来ない? 実はある人と喫茶店で待ち合わせしているんだけど、その人が大分遅くなるらしくて、暇なの。良かったら、二人の最近の話とか、聞かせてくれないかな? お茶とお菓子、おごっちゃうから」

 

 突然の時菜の申し出に驚き戸惑う、小夜と那柘。しかし、ずっと時菜との時間を過ごしたかった二人にとって、それは願ってもない話であった。

 

「わたし、先生とお話ししたい。ね、なっちゃんもそうだよね」

 

「うん」

 

 二人の快い返事に、時菜も安堵した様子であった。

 

「良かった。じゃあ、早速、一緒にいこっか」

 

 こうして、小夜と那柘は時菜と共に町の喫茶店に向かうことになるのであった。

 

 

 

 三人が訪れたのは喫茶店『ポニサス』。外装には青い翼の生えた馬を模した煌びやかな装飾が施されているが、店内は全体的に茶色い色彩を基調としており、どちらかと言うと質素な味わいのある喫茶店であった。

 

 初めて入る店で、小夜と那柘は緊張してしまった。周囲からの物珍しそうな視線がどうしても気になる。

 

「ささ、まずは手洗い、うがい、からね」

 

 時菜が率先して二人を洗面所に連れていく。二人は保育園にいた頃、自由時間に外で遊んだあとに、いつも時菜に同じ内容を言われていたことを思い出し、とても懐かしい気持ちになった。

 

 喫茶店のトイレのすぐ隣にある洗面所で三人は手を洗い、喉を潤した。うがいをする時のガラガラガラという音が周囲に響く。

 

 ふと、店内で聞き覚えのある曲が流れ出し、小夜と那柘がはっとなる。

 

「あ……これ、知ってる」

 

 那柘が真っ先に引き返す。那柘が率先して動くのは珍しいことであった。小夜も慌てて那柘の後を追い、時菜がゆっくりと後ろからついてきた。

 

 

 Don't you worry? 変えてみようか

 

 上向いて駆け出せば

 

 踊る sunshine

 

 (眩しいキミが) switch on

 

 

 小夜と那柘が顔を合わせ、声をそろえて言う。

 

「マイサンシャイン!」

 

 流れている歌はアイドルのマイサンシャインの代表曲の一つ、『dear-dear DREAM』。既に十年以上も前の、小夜と那柘が生まれる前の曲であったが、二人が大好きな曲。

 

「ふふっ。ここではね、店長さんの推しでマイサンシャインの歌曲が一番流れるの」

 

 時菜が二人に教える。

 

「先生も、マイサンシャインのファンなの。当時からの、ね」

 

 『dear-dear DREAM』が流れる中、那柘がはしゃぐ。他の客の迷惑になっていないかと小夜がちらりと周囲を見回したが、特に那柘を咎める様子もなかった。

 

「いいのよ、小夜ちゃん。ここではね」

 

 小夜の心中を察した時菜が、小夜の耳元でそっと囁いた。

 

 それから小夜と那柘は時菜に導かれて隣の席に着き、時菜が向かい側に腰を下ろした。

 

 時菜が「好きなもの、選んでいいよ」といい、店のメニューを二人に渡した。遠慮がちな様子で迷う二人であったが、時菜から「いいからいいから」と念を押され、二人はそれぞれの気に入ったものを選んだ。

 

 時菜が、傍に来ていた若いウェイターに注文を伝えると、ウェイターが恭しく頭を下げ、持ち場へと戻っていった。

 

 それから、小夜と那柘は最近の学校でのことを時菜に話して聞かせた。その内容は辺羅が卒業する前の話であり、小夜は那柘の不登校の件を話すことができず、那柘も自分からは語らなかった。

 

「そう、辺羅ちゃんとも仲良くしていたのね……」

 

 そういう時菜は、昔を懐かしむ遠い目をしていた。

 

 やがて、ウェイターが注文された品を運んできて、テーブルの上にすすっと置いた。

 

 小夜が注文したのはかぼちゃのプリン、那柘は大粒のサクランボの乗ったフルーツパフェであった。それに、二人お揃いのこげ茶色のミルクティー。向かい側の時菜の前に置かれたのはアイスティーが一つだけであった。

 

「先生はまだ待ち合わせがあるから。二人は遠慮なく食べてね」

 

 小夜と那柘は時菜の言うとおりにした。しばらく、食事を取りながら辺羅との学校生活の思い出を続けて語る那柘。だが、ふと先月の卒業式の話題を口にすると、途端に黙り込んでしまった。

 

 小夜が心配そうに那柘の顔を覗き込む。那柘は自分が話したくない内容を、自分で口を滑らせて喋ってしまったと後悔している様子であった。それでも、時菜に対して隠し通すべきではないという自覚もあり、那柘は自らその先を話した。

 

「そう、那柘ちゃん……」

 

 落ち着き払った時菜には、特に驚いた様子も見られなかった。まるで時菜は最初からすべてを見通している――小夜は何故かそんな気がした。

 

 暫しの沈黙。俯く小夜と那柘。その沈黙を破ったのは、何やら意を決した様子の時菜であった。

 

「小夜ちゃん、そのリュックサックの中……チワールちゃんのデッキがあるよね?」

 

 驚き、顔を上げる小夜。優しさの中に、強い意志を秘めた時菜の顔がそこにあった。

 

「え……どうして、それを」

 

 小夜は、左隣に置いている自分のリュックサックを無意識に手で押さえながら言った。

 

「あなたたちのことなら、先生、よくわかるもの。……ねえ、小夜ちゃん、ここで一つ、わたしとバトスピをやってみない?」

 

「先生と……? でも、なっちゃんが……」

 

 小夜は右隣の那柘の方を見やると、「あっ」と言った。那柘は一枚のカードを取り出し、見つめていた。那柘が手にしているもの、それは那柘が小夜から貰ったガーネット・ルーティのカードであった。

 

「わたし……見てみたい。小夜ちゃんと時菜先生のバトスピを」

 

 那柘がはっきりとした声で言った。

 

 

 

「この喫茶店、店長も公認でバトスピOKなの。それで、わたしを含めたカードバトラーたちの密かな憩いの場にもなっているのよね」

 

 食事を終えた二人は、時菜に、店内の中央に並んでいる四角い大理石のテーブルの一つへ案内された。時菜が言うには、そこは専用のバトルスペースであるとのこと。まさか近場にこんな場所があるとは知らなかった小夜と那柘は驚きを隠せない。

 

「……実は先生、ここでは特別待遇なの。みんなには内緒だよ」

 

 時菜はそう言いながら、自分の口元で指をたてて見せた。小夜と那柘は頷き合い、誰にも言わないと約束した。

 

 小夜と時菜が向かい合い、横にある席に那柘が着く。那柘の席はすぐ近くからフィールドの全貌がよく見渡せる、観客専用の小さな特等席といった様相である。

 

 周囲に人だかりができていた。どうやらこれから始まるバトルを見物しようと店内の客が集まってきているらしい。

 

「どうする? 人払いなら店長に頼んでできるけど……」

 

 時菜が対戦相手の小夜と特等席の那柘に向かって尋ねる。

 

「わたしはいいけど……なっちゃんは」

 

「このままでいいよ。みんな、小夜ちゃんと先生のバトスピが見たいんだもんね」

 

 人見知りで引っ込み思案な那柘にとっては、精いっぱいの発言であった。

 

「ふふふ。なら、このまま始めてもよいね」

 

 二人に向かって妖しく笑う、時菜。それでいて、子どもっぽい茶目っ気なものも感じられる。

 

 こうして、マイサンシャインの歌声が響く中、那柘という小さな観客を交えた、小夜と時菜のバトスピが始まった。




★来星の呟き

どうせなら、普段自分が書かない小説を書いてみようと思ってみた結果……。
もっと心理描写と季節描写の上手な薄暮系創作者になりたいと願う作者でありました。。。


楽曲コードを入力することでインタラクティブ配信が許可された歌詞を引用できるという仕組み、利用させて頂きました。
バトスピ界一のアイドルと言ったら、それはもう、高垣彩陽氏が演じるマイサンシャインですよね。
中編、後編でもしっかりでてくる予定であります。そこでもっと掘り下げたい。

(そして、マイサンシャインは創界神ネクサスにもなっているわけで……)


風良 那柘(ふうら なつ)と風良 薫(ふうら かおる)という母娘について。
名前は「ガーネット・ルーティ」及び「[薫風の舞姫]ガーネット・ルーティ」を強く意識しております。
ガーネットの和名は柘榴石。 加えて「那柘」は「夏」とのダブルミーニング。
薫風は初夏に吹く若葉などの香りを含んだ風のことです。


作中では風良那柘はまだ自分のデッキを持っておりませんが、
既に作者は風良那柘のデッキの準備がある程度はできていたりします。いつ日の目を拝むかは今後の展開次第。。


因みに……冒頭の一文、一部「グラン・ドルバルカン」のフレーバーテキストから拝借しております。
今後の話と関連しないこともないです。。
拙作、『消えゆく白の群像』でも引用していたテキストで、初期の白のフレーバーテキストは詩的な味わいがして、好きなものが多いなあ、と。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こころのアイドル 中編 ~月坂小夜VS蒼樹時菜~

『ゲートオープン、界放!』

 

 月坂小夜と蒼樹時菜が開始の台詞を宣言する。

 

「それじゃあ、小夜ちゃん、先攻後攻はコインで決めようね。表が出たら好きな方を選んでいいよ。コイントスは、なっちゃんにお願いしようかな」

 

 時菜が店内に備え付けられている専用のコインを手に取ると、向かって左側にいる那柘に渡した。

 

「わ、わたし。……うう、ドキドキする」

 

 那柘は自分の掌の上にある黄色いコインを見つめた。コインの表には、黄色の遊精スピリットのフロッガーが釣りをしている様子が描かれている。

 

 那柘がコインを小さく放り上げた。コインは弧を描き、テーブルに落ちる。カツンと音を立てたコインは「BS」という文字の掘られた裏面であった。

 

「あ……裏かぁ」

 

 小夜が呟く。

 

「じゃ、先生が先行を貰うね。いくね、小夜ちゃん」

 

 

 

 ♪第1ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

 時菜は各ステップを踏み、メインステップに入る。

 

「……神を失い、あるいは神から見放された、六つの世界があった。それらは蠢く六つの虚空に呑まれ、やがては隣り合う別の世界にも滅びの魔手を伸ばすに至る……」

 

 語りだす、時菜。小夜は時菜の意図が呑み込めず、傍らの那柘もきょろきょろと時菜と小夜を交互に視ており、落ち着きのない様子であった。

 

「そして、その世界を巡った、一人の少女がいたの。その名は、リリ」

 

 時菜が手札から、一枚のカードを取り出した。

 

「創界神ネクサス、プロデューサーリリを配置」

 

 テーブルに置かれたのは、プロデューサーリリのカード。眼鏡をかけた少女、リリの姿が描かれており、薄紫色の髪が風に吹かれている。

 

「さあ、小夜ちゃん、なっちゃん。……イメージしなさい」

 

 時菜が妙に改まった口調で言う。那柘は戸惑い、小夜も思わず緊張していた。

 

「わたしたちはね、今、スピリット世界の住民たちと同じ風を、同じ匂いを感じているの。見なさい、もうここは現世の喫茶店とは違う、風が囁く草原の真ん中……」

 

 小夜と那柘は、周囲に広大な草原の風景が広がって見えた。

 

(え……わたしもお姉ちゃんや辺羅ちゃんとバトスピをする時は、いつも自分と相手の世界を思い描きながらバトルするけど……。でも、これは何か、違う。広大な世界に引き込まれてしまったような)

 

 小夜は周囲の草原の香り、風圧などが奇妙なリアリティを伴って自分を包み込んでくるのを感じた。

 

 それでも、イメージを中断するとふいに現実の喫茶店の中へ戻されてしまう。現実感を伴っていながらにして、とても、曖昧な世界。

 

 小夜以上に驚いているのは那柘であった。那柘は未だカードバトラー同士のイメージする世界に触れたことが無かったので、唐突な世界の変化についていけず、自分が広大な草の海に飲み込まれそうになっていくのに、恐怖に似た感情を覚えていた。

 

 ふいに、那柘の視界が現実の喫茶店に戻された。見ると、那柘の右腕を優しく掴む時菜の手が……。

 

「なっちゃん、自分を見失わないで。……今は怖いかもしれないけど、スピリットたちの暮らす世界はとっても素敵な綺麗なところだってこと、なっちゃんにも知って欲しいの」

 

「は……はい、時菜先生」

 

「手、離すね」

 

 時菜は慎重に、ゆっくりと那柘から手を離した。

 

 徐々にではあるが、那柘の脳裏に、また広大な草原のヴィジョンが浮かび上がり、それが鮮明になった途端、瞬時に世界が開けた。

 

 まだ戸惑いはあったが、那柘はその世界の風と香りを感じ、音に耳を澄ませた。今もなお聞こえてくるマイサンシャインの歌が遠くから、微かに響いてきている気がする。

 

「ここは、人の創造力によって生み出されたイマジネーションワールド。スピリットたちは、人の想いによって創られていくの」

 

 時菜はそう言いながら、プロデューサーリリの効果により、デッキの上から3枚をめくった。

 

「リリの配置時にトラッシュに置かれるカードは、2枚のピックシュートGtと麒麟星獣リーン。残念、神託条件は満たせないから、コアも置かれない」

 

 小夜がちらりとトラッシュに送られたカードを見やる。麒麟星獣リーンにはREVIVALの文字が刻まれており、小夜の姉の狩野美都が使用する麒麟星獣リーンとは異なるらしい。

 

「先生はこれでターンエンド。さ、次は小夜ちゃんの番」

 

 

 

 ♪第2ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

「ヒナリア・ダーケンドちゃんを配置するよ」

 

 小夜がバトルフィールドに置いたのはコードマンの一人、ヒナリア・ダーケンド。黒猫を模したパーカーとふちの黒いゴーグルを身に着けた、銀髪の少女。

 

 ヒナリアの配置時に小夜のデッキからトラッシュに3枚の置かれたカードは、白羊樹神セフィロ・アリエスX、絶対音獣ヌビアラ・ヴァティス、風蟲円舞。神託条件を満たすコスト3以上のスピリットカードは2枚のため、ヒナリアには2個のコアが置かれた。

 

「んー。ヒナリアちゃんには、この草原は眩しすぎるかも、ね」

 

 時菜が品定めをするようにヒナリア・ダーケンドを見つめる。

 

「たしかに……」

 

 小夜が想像すると、実際に草原の中に引っ張り出されたヒナリアの全身が浮かび上がった。ヒナリアは日の光の下に出されたことでぶつぶつと不平不満を呟いており、機嫌が悪そうである。

 

 ヒナリアは自室に閉じこもり、オンラインゲームばかりをやっている少女。一方で天才的なハッカーという一面もあるが、どちらにしても、明らかに日陰者である。

 

(そういえば……ヒナリアちゃんってエドワキアさんに似ているかも。あ、別にエドワキアさんがそんな引き籠ってばかりいる人ってわけじゃなくて……)

 

 小夜はそこまで考えたところで、にこにこ笑顔で自分を見つめる時菜と目が合い、慌てて思考を中断した。何やら、見透かされているようなくすぐったい感触がした。

 

「えっと……ティン・ソルジャーちゃんをLv1で召喚!」

 

 軍服に身を包んだ玩具の兵隊がフィールドに飛び出した。その兵隊、ティン・ソルジャーは小夜の方へ振り向き、ピシッと敬礼をして見せる。

 

(人形が好きな小夜ちゃんらしいカードだなぁ……)

 

 那柘が物珍しそうにティン・ソルジャーを見つめていた。

 

「マジック、イエローフィールドを使うね」

 

 小夜が続けて使用したのはイエローフィールドのカード。その効果によりオープンされたカードは、白羊樹神セフィロ・アリエスXと2枚目のイエローフィールド。小夜はセフィロ・アリエスXを手札に加え、イエローフィールドを破棄した。

 

 さらに、最初に使用したイエローフィールドはフィールドに置かれ、効果が適用される。

 

「あら、これでお互いの創界神ネクサスのシンボルはすべて0……。小夜ちゃんのヒナリアは元からシンボルが無いけど、先生のプロデューサーリリのシンボルは消えちゃったね」

  

 草原を舞う、金色の蝶。その下には黄色い花々が咲き乱れ、まるで丸めたカーペットを敷くように花が広がっていく。

 

 花に囲まれたリリが少し困ったような表情になって、周囲を見渡す。ヒナリアの周辺にも黄色い花が咲き誇ったが、ヒナリアは小さくため息をついただけであった。

 

「そして、バーストをセット。これでターンを終了するね」

 

 

 

 ♪第3ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

「……それじゃあ、先生の魂のカードを見せちゃおうかな」

 

 そう言う時菜が提示するのは一枚の黄のスピリットカード。そのカードに描かれている女性の姿を見て、小夜と那柘があっと言った。

 

「さぁ、みんな、かわいい声を聴かせてあげて。……どうぶつ達の詩姫ワルツをLv2で召喚」

 

 草原の中に現れたのは、木製の古びた椅子に腰を掛けた長身の女性の姿。女性はライブ用のストレート型スタンドマイクを手にしており、コホンと軽く咳払いをした。

 

「時菜先生にそっくりな綺麗な人だね……」 

 

 那柘が呟き、小夜も頷く。どうぶつ達の詩姫ワルツに描かれている女性は、時菜と瓜二つというほどではないが、風に揺れる長い髪や優し気なまなざしから溢れる雰囲気はとてもよく似ている。小夜と那柘には、時菜とどうぶつ達の詩姫ワルツが重なって見えた。

 

「どうぶつ達の詩姫ワルツの効果により、先生の系統詩姫、遊精、剣獣を持つスピリットはBP+1000されるよ」

 

「あ……どうぶつさんたちが」

 

 那柘の目には、詩姫の周囲に集まる動物たちの姿が映っていた。それは小夜とて同様であり、時菜とよく似た雰囲気の女性の周りには、穏やかな顔のトラ、ウサギ、リスといった動物たちが草原の優しい風を受けて、毛をなびかせている姿が見える。

 

「……さらに、詩姫が召喚されたことでプロデューサーリリの神託を発揮」

 

 召喚された詩姫の澄んだ歌声が響いた。続けて、集まった動物たちの可愛い鳴き声が唱和する。それらに呼応するリリの手元には、薄く青みがかった白い魔法陣が浮かび上がった。

 

「先生もバーストをセット。アタックはしないで、ターン終了」

 

 

 

 ♪第4ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 メインステップに入ると、小夜はこのターンに手札に加わった3枚目のイエローフィールドを使用した。オープンされたカードはダークイニシエーションとリバイバル版のポッポール。小夜はポッポールを手札に加える。

 

 金色の蝶がもう一匹出現し、草原を走る更なる花園が、既に出現している花園と交差した。二匹の蝶が優雅に飛び回り、その情景を二人のカードバトラーと共有している那柘は、蝶の姿に目を奪われていた。

 

(あと一匹の蝶々はトラッシュというところに、落ちちゃったんだよね……ちょっと寂しいな)

 

 那柘はぼんやりとそんなことを考えていた。

 

「おいで、ポッポールちゃん。ティン・ソルジャーちゃんを助けてあげて」

 

 小夜は異魔神ブレイヴのポッポールを召喚し、ティン・ソルジャーに直接合体した。ふわりと舞い降りた白色の無機質な鳩が、玩具の兵隊の両肩にその足を乗せる。

 

「時菜先生、そろそろ攻めるよ。……アタックステップ、ティン・ソルジャーちゃんでアタック!」

 

 ポッポールの助力を得て勢いを増したティン・ソルジャーが走り出す。

 

「そのアタック、どうぶつ達の詩姫ワルツでブロック!」

 

 ティン・ソルジャーの突撃に対して、どうぶつ達の詩姫ワルツが身構える。合体したティン・ソルジャーのBPは5000。それに対してどうぶつ達の詩姫ワルツはBP4000。

 

 ティン・ソルジャーの飛び蹴りがどうぶつ達の詩姫ワルツに命中し、飛ばされた彼女は草原の中へと消えていった。

 

 集まっていた動物たちは詩姫が消えたことで右往左往してしまう。

 

「ああ……時菜先生のスピリットが消えちゃった……」

 

 那柘が消え入りそうな声で呟いた。

 

「ふふっ、大丈夫よ、なっちゃん。先生は何度でも戻ってくるから……」

 

 時菜はそう言うと、手札からマジックカードを取り出す。

 

「系統詩姫を持つわたしのスピリットがフィールドを離れたことにより、手札のピックシュートGtをコストを支払わずに使用」

 

 小夜はそのマジックカードに見覚えがあった。

 

(あ、リリを配置した時に2枚もトラッシュに置かれたカードだ……ということは、これで3枚目)

 

「この効果で小夜ちゃんのティン・ソルジャーをBP-10000し、BP0になったとき、破壊する」

 

 エレキギターを手にしたツインテールの女子学生がさっそうと現れ、軽快な音楽を奏でる。それを受けたティン・ソルジャーはクルクルと回りながら踊りだし、やがて力尽きたようにその場に倒れ込んでしまった。

 

「でも……ポッポールちゃんの合体時効果で、破壊されたティン・ソルジャーちゃんは手札に戻る」

 

 ポッポールが玩具のようなかぎ爪でティン・ソルジャーを掴むと、クルリと宙返りをし、それと同時にティン・ソルジャーを小夜の方へと放り上げた。カードに戻ったティン・ソルジャーはそのまま小夜の手札に加えられる。

 

「効果発揮後、ピックシュートはフィールドに置かれる……そして、【歌】を持つマジックカードが置かれたことにより、手札から学園制服ディアナ・フルールをコストを支払わずに召喚!」

 

 長い黒髪をなびかせて、黒い制服を着た詩姫、ディアナ・フルールが舞い降りた。

 

「ディアナ・フルールの召喚時に相手の合体しているブレイヴを破壊するけど、もう分離しちゃっているね。……でも、加えてBP7000以下の相手スピリットかアルティメットを破壊する効果もあるの。……ポッポールを破壊するよ」

 

 ディアナ・フルールが歌唱する。それは草原を横切る可視化された星をまとった音波となり、ポッポールを直撃した。ポッポールはたまらずに、両翼をバタバタと震わせたまま、星の粒子となって消えた。

 

 [学園制服]ディアナ・フルールの召喚と同時にプロデューサーリリの神託も発揮され、リリのコアは2個となった。

 

「あう、ポッポールちゃんが。……でも、召喚時効果が発揮されたことで、わたしはバーストを発動! 出ておいて、センティコアちゃん」

 

 二本の長い角を振り上げ、猪の牙を持つ山羊のような姿をした幻獣、センティコア。自在に向きを変える両方の角がディアナ・フルールに向けられた。ディアナ・フルールが驚き慌てる。

 

「ディアナ・フルールちゃんはデッキの下に戻っちゃって」

 

 二つの黄色い渦上の波動が瞬時に空間を伝わり、ディアナ・フルールを吹き飛ばす。飛ばされたディアナ・フルール黄色の燐光となって時菜のデッキの下に戻された。

 

「あらら。結局、先生のフィールド、がら空きになっちゃった」

 

 残念そうでいて、それでも落ち着き払っている時菜。それとは対照的に、草原の中に取り残されたリリは落胆した様子であった。

 

 そんなリリを慰めようとしているかのように、動物たちが彼女の周りに集まり、大きなトラは喉をごろごろと鳴らす。傍らに置かれたピックシュート「Gt」からも微かな音色が聞こえてきた。

 

「続けて、センティコアちゃんをバースト召喚! ヒナリアちゃんの神託も発揮されるよ」

 

 日の光から目を背けているヒナリアのゴーグルが煌いた。ヒナリアは片手で日光を遮りながら、センティコアの方を見やる。神託により、ヒナリアのコアは3個となった。

 

 小夜は追撃せず、そのままターンを終了した。

 

 

 

 ♪第5ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

 順当にステップを踏み、メインステップに入る時菜。

 

「いよいよ、今回のスペシャルゲストをお呼びしちゃおうかな」

 

 悪戯っぽく笑う時菜が、新たな創界神ネクサスを配置する。そのカードを見て、小夜と那柘が口をそろえてある名前を言った。

 

「マイサンシャイン!」

 

 時菜が場に出したのは、創界神マイサンシャインのカード。ピンクの髪を大きなリボンで結わえ、白と桃色のコスチュームの胸元には、マイサンシャインのトレードマークのハート模様がくっきりと浮かび上がっていた。

 

「そう、みんなの憧れのアーティスト、マイサンシャイン。彼女の歌声は新しい世界を創り出し、スピリットたちにも夢と希望を与えてくれる……」

 

 広がる草原がマイサンシャインの舞台となる。肩を並べるリリもマイサンシャインの登場を心から祝福し、彼女を応援する。

 

 そして、マイサンシャインの口が歌声を紡ぎ出し、備えられたヘッドセットマイクがこの世界へ響かせる――。

 

 

 生まれてゆく新しい世界で

 ずっとずっと 描いてく冒険記録

 

 I hope for the best

 

 何もかもつまらない時

 涙流れ続ける時は

 ときめきも楽しい事も

 逃げて行っちゃうよ 変わらなきゃ

 

 

 マイサンシャインの代表曲の一つ、冒険記録。喫茶店『ポニサス』の内部で流れている歌と、小夜と時菜のバトルフィールドに召喚されたマイサンシャインの歌声がリンクする。

 

(もしかして、時菜先生の伝えたいことって……)

 

 小夜は右隣にいる那柘の方を見やる。那柘はマイサンシャインの歌声に聞きほれており、瞳を輝かせていた。

 

 マイサンシャインの歌声に導かれて、動物たちが彼女の元へ集まってきた。皆、各々の鳴き声で応え、心の拠り所となるアイドルを応援する。

 

「それからね、マイサンシャインはどうぶつたちにも大人気なの。うふっ」

 

 マイサンシャインが配置されたことで、時菜のデッキの上から3枚のカードがトラッシュに置かれた。置かれたカードはサイクルパワー、REVIVALの文字が刻印された大甲帝デスタウロス、龍面鬼ビランバ。

 

 系統呪鬼を持つスピリットカードが置かれたことによって、マイサンシャインに2個のコアが追加される。

 

(え……ちょっと、怖いカードが)

 

 那柘が目を丸くする。

 

「先生はこれでターンエンド。さ、小夜ちゃん。あなたの世界ももっと見せてね」

 

 笑みを絶やさない時菜。それ以上のアクションは起こさずに、ターンを終了した。

 

 

 

 ♪第6ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 マイサンシャインが現れて嬉しいのは小夜も那柘と同じであったが、そのマイサンシャインが対戦相手として、自分と対峙しているのだと思うと、緊張してしまった。

 

 小夜は自分の思い描くバトスピで、時菜先生やマイサンシャインの前でも恥じないバトルをしようと心の中で自分に言い聞かせた。

 

「もう一度、ティン・ソルジャーちゃんを召喚!」

 

 さっそうと現れたのは玩具の兵隊、ティン・ソルジャー。再び草原の世界に戻ってこれたことで、無表情なティン・ソルジャーも少し嬉しそうにしていると小夜は感じた。

 

「豊穣の輝き、生命の運び手。あの人の歌声に、応えて見せて! 白羊樹神セフィロ・アリエスXをLv1で召喚!」

 

 豊かな獣毛を蓄えた牡牛、光導十二宮の一柱のX異種、白羊樹神セフィロ・アリエスX。その巨躯が草原の上に立ち上がった。

 

「セフィロ・アリエスXの輝きは、ヒナリアちゃんにも力を与える。神託発揮!」

 

 嘶く牡牛から放たれた星の輝きを受け止め、ヒナリアの手元に生命の力が蓄えられる。これで、ヒナリアのコアは4個。

 

「アタックステップ……セフィロ・アリエスXで、アタック!」

 

 大草原を駆ける、勇猛な牡牛。マイサンシャインとリリが控えている時菜のフィールドへ突進していった。

 

「そのアタック、ライフで受けるね」

 

 セフィロ・アリエスXが時菜のライフコアを角で打ち砕いた。これで、時菜のライフは残り4個となる。

 

 セフィロ・アリエスXは小夜のフィールドに引き返す際、傍らの二人の創界神たちを一瞥すると、咆哮を上げた。そのまま、一気に駆け戻っていく。

 

「ふふ、セフィロ・アリエスの可愛い声も聴かせて貰っちゃった」

 

 ライフを削られた時菜であるが、とても嬉しそうであった。

 

 小夜はターンを終了し、舞台は次の局面へと移行する。

 

 

 

 ♪第7ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

「六色の輝きを持つ孤高のランナー、偽りの神皇ミケガミを召喚!」

 

 宝石を散りばめた金色の豪華な装飾をまとった、大柄な猫の出現。蓄えられた仙人の髭を連想させる獣毛が、草原の風を受け、揺れていた。

 

「ミケガミは系統想獣を持つ。マイサンシャインの神託を発揮」

 

 六つの宝石の輝きがライトアップの如く交差し、マイサンシャインを照らした。

 

 

 風のにおいも虫の会話も

 ポケットに詰め込んで

 立ち止まるにはまだ早すぎる

 進む時間も追い越せ!

 

 

 マイサンシャインの歌声と共に、ミケガミが地上を駆ける。風も音もあっという間に追い越す神皇の疾走は、それこそ時間の流れさえも追い越す勢いと、那柘には思えた。

 

「ミケガミの召喚時、デッキから1枚ドロー。さらに、ミケガミの【封印】を発揮!」

 

 時菜のリザーブに置かれていたソウルコアがすうっと浮かび上がり、一瞬でミケガミの額から生えている青白い角に吸い寄せられた。ソウルコアは一際強く光ったのち、時菜のライフへと吸い込まれていった。

 

「【封印】……! ソウルコアが時菜先生のライフに!」

 

「そう、これで先生のライフは5個に戻ったよ」

 

「で、でも、ミケガミもセフィロ・アリエスXの輝きからは逃れられない……!」

 

 小夜の言う通りであった。駆けるミケガミの足元から緑色の光が溢れ出し、逃れようとするミケガミの全身を絡めとっていく。ミケガミは唐突な疲労感に襲われ、地に伏してしまった。

 

「ふう、孤高のランナーも、光導の光の速度は振り切れない、か。……じゃ、先生はバーストを破棄して、新たに手札からバーストセット」

 

 時菜が破棄したバーストカードは、[スクールバンド]モモ・ギュウモンジェ「Gt」であった。小夜の召喚時効果へのカウンターを狙ってセットしていたものである。

 

「あれ、せっかくのカードを破棄しちゃうの?」

 

 那柘が不思議そうな顔をする。

 

「こういうこともあるの、なっちゃん。舞台を整えるためには必要なことだから、ね」

 

 時菜はそう那柘に教えると、そのままターンを終了した。

 

 

 

 ♪第8ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、先のターンに疲労していた白羊樹神セフィロ・アリエスXが回復し、巨体が起き上がった。

 

 小夜はそのままメインステップへ移行する。

 

「ポッポールちゃん、また、ティン・ソルジャーちゃんを助けてあげて」

 

 小夜は2枚目のポッポールを召喚し、ティン・ソルジャーに直接合体した。さらに、リザーブのコアを移動し、セフィロ・アリエスXをLv2にする。

 

「ヒナリアちゃん、協力して。セフィロ・アリエスX、【星界放】を発揮! 次のわたしのスタートステップまで、スピリット、アルティメット、ネクサスのコア全ては取り除けないよ」

 

 ヒナリアは気乗りしない様子であったが、仕方が無いといった風に片手をあげ、そこから舞い上がった二つのコアが白羊樹神の輝きによって導かれ、センティコアに吸収された。

 

「コア縛り、か。でも、小夜ちゃんの目的は次ターンに使用可能なコアを増やすことの方かな」

 

 時菜が盤面を見渡しながら、呟いた。

 

「アタックステップ……センティコアちゃんでアタック! アタック時効果で、ミケガミをBP-5000!」

 

 自由に向きを変えることが可能なセンティコアの角。それが、今度はミケガミに照準を定め、渦上の閃光を放った。Lv1でBP4000だったミケガミはこれを受けてBP0となり、そのまま破壊され、六色の粒子となって草原の中へ消えていった。

 

「センティコアのアタック、ライフで受ける」

 

 時菜の眼前に駆けてきたセンティコアの両方の角が合わさり、ドリルのような形状となってライフコアを貫いた。これで、時菜のライフは4。

 

「先生も反撃するよ。ライフ減少により、バースト発動! 大甲帝デスタウロス!」

 

 緑色の甲羅で覆われた巨大な虫の姿。節足が妖しく蠢き、背中には血のような赤黒い光沢を伴った紫色の羽が生えていた。

 

「デスタウロス……! でっかい……!」

 

「デスタウロスのバースト効果により、セフィロ・アリエスXを疲労。さらに、疲労状態の小夜ちゃんのスピリットをすべて破壊し、破壊した数だけボイドからコアを増やす」 

 

 大甲帝の節足の先端部分と一体化している大剣が一閃される。それは緑と紫の入り混じったつむじ風となり、白羊樹神をなぎ倒した。

 

 風は尚も収まらず、横にいるセンティコアを巻き込み、疲労している2体のスピリットを飲み込んだまま地面の中へと吸収されるようにして消えていった。風が収まった時、白羊樹神とセンティコアの姿は跡形もなく消え去っていた。

 

「デスタウロスって……やっぱり、怖いよ……」

 

 那柘は半分泣きそうな面持ちとなってしまっていた。

 

「なっちゃん、デスタウロスのお話を聴かせてあげるね」

 

「え?」

 

 そして、優しく語り出す時菜。

 

「あるところにね、とっても乱暴な王さまと、人を困らせたり苦しめたりするのが大好きな悪い将軍がいたの。二人は出会うなり、相手を見下した。二人とも、自分が一番だと思っていたから、そのまま争い始めた……」

 

 時菜が一呼吸つく。

 

「でもね、二人は同じ緑を、動物たちを、自然を大切にしたいっていう優しい心も持っていたの。ある時、その自然を壊す怖い怖い神さまが現れた。神さまは、みんなが喧嘩してばかりいる世界なんか消えちゃえって思っていたみたい。王さまと将軍はこの神さまと戦ったけど、二人がどんなに頑張っても、相手は神さまなものだから、まるで勝負にならない」

 

 那柘だけでなく、小夜もまた時菜の語りに聴き入っていた。スピリットたちの世界の話をもっと聴きたい、そう小夜は思った。

 

「戦いの中で、二人は気づいたの。自分も相手も、同じ優しさを持っているって。同じものを護ろうとしているって。初めて、二人はお互いを認め合った。相手の気持ちを知った。二人は神さまと戦うために、一つになって、神さまに立ち向かっていったの。……その姿が、大甲帝デスタウロス」

 

「デスタウロスにそんな話があったんだ……」

 

 小夜は驚きながら、眼前の大甲帝デスタウロスを見上げた。禍々しい輝きを放っている大甲帝であったが、瞳には強い意志の力が宿っている。

 

「デスタウロスがすごく頑張ったから、神さまともきっとわかり合えたよね?」

 

 那柘が尋ねると、時菜は両手を翻し、首をかしげて見せた。

 

「んーん。どうだろうねぇ……。神さまって、なっちゃんが思っている以上にとっても頑固だから。でも、神さまにデスタウロスの気持ちは届いたみたい。それが、結果として、世界が壊れないで済んだことに繋がっていくわけだけど……」

 

「でも、デスタウロスってすごくカッコいい」

 

 瞳をキラキラさせる那柘。那柘自身、先ほどまでデスタウロスのことを怖がっていた自分が嘘のようであった。

 

「ふふ、そうなっちゃんが言ってあげると、デスタウロスも嬉しいかもね。……さ、バトルに戻るよ。残りライフが3以下だったら、このままデスタウロスを召喚できたけど、わたしのライフは4。デスタウロスはトラッシュに置くね」

 

「バイバイ、デスタウロス!」

 

 消えていくデスタウロスに手を振る那柘。デスタウロスは那柘を横目で見ていた。那柘には、デスタウロスが微かにほほ笑んでいたように感じられた。

 

「わたしも、先生からデスタウロスの話を聴かせてもらえて嬉しかったな……。先生、わたしはこのままターンを終了するね」

 

 

 

 ♪第9ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

「じゃあ、もう一度。先生の魂のカードを召喚!」 

 

 メインステップに入ると、時菜は2枚目のどうぶつ達の詩姫ワルツをLv2で召喚した。

 

 帰って来た詩姫に、感激した動物たちが集まる。さらに、マイサンシャインとプロデューサーリリの神託が同時に発揮され、時菜のフィールドが途端ににぎわった。

 

「どうぶつと詩姫と、マイサンシャインの共演だぁ……」

 

 那柘は感嘆の声をあげた。

 

「さらに……小夜ちゃんのフィールドにブレイヴが存在することでこのスピリットカードをコスト4として扱う……」

 

 時菜が掴み上げたカードから禍々しい波動が放たれる。これを前にして、小夜は思わず身震いをしてしまった。

 

「黒き超神星、滅びが新たな創造を生む。おいで、滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ!」

 

 空間がひび割れる。突如、次元を突き破り、漆黒のドラゴンが飛び出した。ドラゴンは高く飛翔し、日の光を遮る。日光に照らされていた草原が、闇に覆われていった。

 

「ダークヴルム・ノヴァ……」

 

 身震いする那柘。だが、不思議と恐怖は感じなかった。

 

「ふふふ、怖くないの? なっちゃん」

 

「う、うん。ちょっとおっかないけど……」

 

 一方で、小夜の方は滅神星龍の登場に動揺し、臆してしまった。滅神星龍の全身から放たれる暗黒のオーラはあらゆるものを分解し、滅ぼす力。それが小夜の内から恐怖心を煽っている。

 

 ふと、小夜は自分のフィールドにいるヒナリアを見やった。ヒナリアは草原が闇に包まれたことで、かえってご機嫌といった様子である。

 

(なっちゃんも真っ直ぐに見つめているんだよね。……わたしもよく見なきゃ)

 

 召喚されたのはREVIVALの文字が刻印された滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ。その影響力は凄まじく、小夜のフィールド全体に及んでいる。

 

「ダークヴルム・ノヴァの効果。このスピリットと相手のスピリットすべては合体できず、相手はブレイヴをスピリット状態で残せない」

 

「あ、ポッポールちゃんが」

 

 闇の波動を受けたポッポールが黒ずみ、ぼろぼろと分解されてしまった。

 

「いくよ、小夜ちゃん。アタックステップ、どうぶつ達の詩姫ワルツでアタック!」

 

 時菜と似た面影を持つ女性が椅子から立ち上がり、さっと草原を滑るように移動した。

 

「リリの神技を発揮! コア2個をボイドに置くことで、デッキから1枚ドローし、どうぶつ達の詩姫ワルツを回復させる」

 

 プロデューサーリリの手元の魔法陣が明滅し、キラキラと光の粒子が舞い上がった。それはどうぶつ達の詩姫ワルツへと運ばれ、光を受け取った女性は歌唱で以て応える。

 

「ライフで受ける!」

 

 女性の歌声が小夜の元へと届き、ライフコアを分解してしまった。これにより、小夜の残りライフは4。

 

「時菜先生、わたしも反撃するよ。……ライフを減らされたことで、手札のギフト・オブ・ザ・ナイルの【覇導】を使用!」

 

 滅神星龍によって闇に覆われていたフィールドに、眩しい太陽の光が降り注いだ。自然と小夜の表情も明るくなるが、ヒナリアは少し不満そうである。

 

「ナイルからの贈り物。わたしのライフを回復!」

 

 【覇導】により、ボイドからコア1個が小夜のライフに置かれ、小夜のライフは5に戻る。

 

「さらに、ギフト・オブ・ザ・ナイルを【転醒】! ナイルの恵み、太陽に愛されし女王。クレオパトラス・オリジン!」

 

 降り注ぐ太陽の光が一点に集まり、金色の天使を思わせる両翼を備えた、女王の姿が現出する。

 

「クレオパトラス・オリジンか……。先生でも見とれちゃいそうね」

 

「クレオパトラス・オリジンの【転醒】時、トラッシュにある転醒マジックカード、風蟲円舞を手札へ戻すよ」

 

 最初にヒナリアを配置した時にトラッシュに落ちていた風蟲円舞が、小夜の手札に加わった。

 

「せっかく削ったライフを回復されたうえに、手札まで増やされちゃったね……先生はこれでターンエンド」

 

 

 

 ♪第10ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 メインステップに入ると、小夜はティン・ソルジャーをLv2に上げた。

 

「ちっくたっく、時間を刻むよ、ウォッチーノちゃん!」

 

 新たに召喚された、ウォッチーノ。大きな金色の懐中時計から手足と顔を生やした外見の小玩スピリットである。金の小枝を集めて編んだような帽子がキラキラと光っている。

 

「アタックステップ、クレオパトラス・オリジンでアタック! アタック時効果により、クレオパトラス・オリジンはブロックされない」

 

 魔力をまとった、クレオパトラス・オリジンが飛翔する。女王が持つ、先端にエジプシャンクロスを付けた杖が光を放ち、滅神星龍の暗黒を押し返していく。

 

「ライフで受けるよ!」

 

 クレオパトラス・オリジンが振り上げた杖が時菜のライフを砕く。これにより、時菜の残りライフは3となる。

 

「続けて、ウォッチーノちゃんでアタック!」

 

 ウォッチーノは時計の蓋をぱたんと閉じ、小走りに草原を駆けだした。

 

 小さなウォッチーノがそびえる滅神星龍のいるフィールドへ突撃していく様子を、那柘は心配そうに見守っていたが、時菜は納得した様子であった。

 

「なるほどね、ウォッチーノは破壊されるとBP5000以下の相手スピリットを疲労させることで、フィールドに残るから……」

 

 時菜のフィールドにいるどうぶつ達の詩姫ワルツと滅神星龍ダークヴルム・ノヴァは、何れもBP5000以下であった。

 

「そのアタック、ライフのソウルコアで受けるよ」

 

 ウォッチーノの突き出した小さな拳によって砕けたライフのソウルコアが再び収束し、時菜のリザーブに戻った。時菜のライフは、残り2。

 

 小夜はティン・ソルジャーではアタックせず、ターンを終了した。

 

 

 

 ♪第11ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

「もう一度、あなたの走りを見せてね。偽りの神皇ミケガミをLv1で召喚」

 

 召喚されたのは2枚目の偽りの神皇ミケガミ。今度も召喚時効果を発揮し、時菜は1枚ドローし、続けて【封印】が発揮され、ソウルコアが再度ライフに置かれた。時菜のライフコアが、3個にもどる。

 

 さらに、マイサンシャインの神託も発揮され、ミケガミの鳴き声とマイサンシャインの歌声が唱和する。

 

「いつもあなたの傍にお供します、猫の手も借りたい剣を偽りの神皇ミケガミに直接合体!」

 

 くるくると宙返りをする、本来刃のあるべきところから長い胴体の猫を生やした剣。

 

「コストの確保時、どうぶつ達の詩姫ワルツのコアをすべて使用」

 

 どうぶつ達の詩姫ワルツの女性が「あらあら」と言っている風な表情となり、小さく手を振りながら消えていった。

 

 翻った猫の手も借りたい剣を、ミケガミが口でキャッチする。ミケガミは剣を咥えた状態のまま、臨戦態勢に入った。

 

「ええぇ! 魂のカードを消滅させちゃうの?」

 

 那柘は困惑し、思わず大きな声を張り上げてしまった。

 

「大丈夫、見ていてね」

 

 時菜は滅神星龍ダークヴルム・ノヴァにコアを追加してLv2に上げると、アタックステップを宣言した。

 

「ステップ開始時、ミケガミと合体している猫の手も借りたい剣の合体時効果を発揮。自分の手札またはトラッシュにあるコスト4以下のスピリットカード1枚を、猫耳ちゃんにすることで、コストを支払わずに召喚!」

 

「ええー……猫耳ちゃんって」

 

 今度は小夜が混乱してしまった。

 

『おともしますニャー』

 

 トラッシュから召喚されたのは、どうぶつ達の詩姫ワルツ。その茶色い髪の合間から猫の耳を生やしている。プロデューサーリリの神託も同時に発揮され、コアは2個となった。

 

 すると、どこから取り出したのか、時菜も自分の頭に猫耳バンドをさっと身に着けた。

 

「うふ。まずは、形から入ってみました」

 

 ウィンクして見せる、時菜。先生の茶目っ気に、小夜は戸惑いながらもつられて笑ってしまった。

 

「あはっ、先生も可愛くなっちゃったね」

 

 那柘も思わず吹き出してしまう。

 

「ん。先生は元から可愛いもん」

 

 わざとらしい、すねた態度を取って見せる時菜。

 

「さ、行くよ。滅神星龍ダークヴルム・ノヴァでアタック!」

 

 強大な闇の力の権化たるドラゴンが羽ばたいたことで、途端に小夜は身構えた。眼前の脅威と対峙する。

 

「ダークヴルム・ノヴァのアタック時効果、疲労状態のクレオパトラス・オリジンを破壊!」

 

 放たれた漆黒の弾丸がクレオパトラス・オリジンを直撃し、クレオパトラス・オリジンは黄金色の粒子となって飛散した。

 

「ああ、クレオパトラスが……」

 

 呟く那柘。

 

 だが、小夜はひるまずに手札からカードを1枚取り出す。

 

「わたしは、風蟲円舞の【覇導】を使用! どうぶつ達の詩姫ワルツと偽りの神皇ミケガミを重疲労させる!」

 

 風の皇子の力による竜巻が、どうぶつ達の詩姫ワルツとミケガミを呑み込む。両者は草に覆われた大地に倒れてしまった。

 

「そして、コストを支払うことで、ドルクス・ウシワカ・オリジンに【転醒】」

 

 風のエネルギーは一か所に集まり、緑色の外殻に覆われた人型の殻虫、ドルクス・ウシワカ・オリジンへと姿を変える。

 

「ドルクス・ウシワカ・オリジンが【転醒】した時、相手の創界神ネクサスが一つだけになるように破壊……」

 

 小夜は時菜のフィールドの創界神ネクサスを見つめる。そこにあるのは、コアが2個置かれたプロデューサーリリと、5個も置かれたマイサンシャイン……。

 

「破壊するのは……えっと……」

 

 小夜は逡巡してしまった。マイサンシャインは既に、重い条件の神域を発揮可能な段階に入っている。しかし、この局面の小夜にとって、マイサンシャインは眩しすぎたのだ。

 

「プロデューサーリリを破壊!」

 

 ドルクス・ウシワカ・オリジンの巻き起こした烈風がリリを襲う。たまらず吹き飛ばされてしまったリリは草原の彼方へと消えてしまった。

 

「小夜ちゃん……」

 

 小夜の心境を読み取った時菜は若干思案するような顔になった。那柘は少し緊迫した雰囲気に圧されながらも、両者を交互に見つめていた。

 

 破壊されたリリのカードはドルクス・ウシワカ・オリジンの効果により、そのままゲームから除外された。

 

「ダークヴルム・ノヴァのアタックは、ドルクス・ウシワカ・オリジンでブロック!」

 

 迫り来る漆黒のドラゴンを、風の皇子が迎え撃つ。爪を一閃させ、滅びの波動を放つ滅神星龍の攻撃を掻い潜りながら、ドルクス・ウシワカ・オリジンが滅神星龍に接近し、クワガタムシのようなハサミ状の角で滅神星龍を締め上げた。

 

 たまらずに飛び立とうとする滅神星龍であったが、風の皇子の魔力の籠った風圧が全方位から迫り、これを受けた滅神星龍は紫色の粒子となって飛び散った。

 

「ダークヴルム・ノヴァが倒されちゃったね。……先生はこれで、ターンエンド」

 

 

 

 ♪第12ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、先ほど滅神星龍をブロックしたドルクス・ウシワカ・オリジンが回復し、臨戦態勢に戻った。

 

 そして、メインステップ。

 

「風よりも早い、音となって! 音速のヒーロー! 絶対音獣ヌビアラ・ヴァティスをLv2で召喚!」

 

 勇ましい反り返った角を有する、山羊の登場。山羊の周囲には独特なメロディが風と一緒になって渦巻き、草原の上を踊った。

 

 不足コストの確保により、ウォッチーノのLvが1に下げられた。

 

「ヒナリアちゃんも応えてあげてね」

 

 絶対音獣の召喚に呼応し、神託を発揮するヒナリア。ただ、彼女が好む闇が完全に晴れてしまったことで、若干不機嫌な様子ではあったが。

 

「アタックステップ。おねがい、ヌビアラ・ヴァティス!」

 

 全身を音速の化身に変え、疾走する絶対音獣。

 

「それは通さないよ、小夜ちゃん。マジック、アメジストスター!」

 

 絶対音獣の前方の中空に出現した、アメジストの輝き。そこから一筋の光が小夜のフィールドに向かって放たれる。

 

「アメジストスターの効果。ウォッチーノのコアを1つ、リザーブに置き、消滅させる」

 

 光線がウォッチーノの時計に突き刺さった。これを受けたウォッチーノはなすすべもなく、黄色い粒子となって消えてしまった。

 

「あ、ウォッチーノちゃん!」

 

「……さらに、マイサンシャインの神域を発揮! マジックを使用したことにより、絶対音獣ヌビアラ・ヴァティスを手札に戻す」

 

 アメジストからもう一つの光が放たれ、マイサンシャインの元へ届いた。光はマイサンシャインの頭上で止まり、零れ落ちる雫なって落ちる。それをマイサンシャインは両手で掬い上げ、天高く振りまいた。

 

 時菜の間近にまで迫っていた絶対音獣であるが、マイサンシャインによって撒かれた紫色の雫を浴びて、全身が音と光へと分解されていき、小夜の手札へと戻っていった。

 

「小夜ちゃん。これがマイサンシャインの力だよ」

 

「むむむう……」

 

 複雑な心境の小夜はついつい口をとがらせてしまう。

 

「……続けて、ドルクス・ウシワカ・オリジンでアタック! アタック時効果を発揮……ドルクス・ウシワカ・オリジンを手札に戻す!」

 

 アタックを宣言されたドルクス・ウシワカ・オリジンであったが、相手のフィールドに攻め込むことはせず、天高く飛翔すると、上空で緑色の粒子へと変貌し、小夜の手札に吸い込まれていった。

 

「なるほど、ドルクス・ウシワカ・オリジンを風蟲円舞に戻して、再使用を狙うのね」

 

 小夜は追撃はせず、そのままターンを終了した。

 

 

 

 ♪第13ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、重疲労していたどうぶつ達の詩姫ワルツとミケガミがそれぞれ回復したが、まだ疲労状態からは脱しきれない。

 

 メインステップに入ると、時菜はコアを追加することで、どうぶつ達の詩姫ワルツをLv3に、ミケガミをLv2に上げた。

 

 そして、アタックステップに移行する。

 

「ステップ開始時、ミケガミと合体している猫の手も借りたい剣の効果。このブレイヴが存在していることでコスト4となっている滅神星龍ダークヴルム・ノヴァを猫耳ちゃんにイメチェンして召喚!」

 

『おともしますニャー』

 

 復活する滅神星龍。強面の外見にはそぐわないと思われる猫耳を生やし、「ニャォォォン」と咆哮を上げた。

 

「ええ……ダークヴルム・ノヴァまで猫ちゃんになっちゃったぁ」

 

 那柘が素っ頓狂な声を上げた。小夜も、これは流石に情けないのでは……と思ってしまう。

 

 時菜が手を差し出すと、滅神星龍は爪と爪の先端を合わせ、まるでお手をするように時菜の掌の上にかざした。すると、その爪の合間から、一つの紫色の雫が零れ落ちた。

 

「系統呪鬼を持つスピリットが召喚されたことで、トラッシュに置かれていたアメジストスターを手札に戻すね」

 

「あ……そっか、これも狙いなんだ」

 

 先ほど使用されたアメジストスターが時菜の手札に戻ってしまった。ということは、再度マイサンシャインの神域で小夜のスピリットを手札に戻す態勢が整ってしまったということ。

 

 それだけではない、呪鬼が召喚されたことでマイサンシャインの神託も発揮され、コアは6個に増えてしまった。

 

「……このアメジストスターにはね。ある女の子の想いが込められているの」

 

「え……」

 

 小夜は時菜の意図を図り切れず、小さく声をもらす。

 

「女の子にはとても大切な想い人がいた。でも、女の子とその大切な人はそれぞれの意志で、別の道を歩んでいたの。……そして、女の子は知ってしまった。あの人がこのまま道を進めば、不幸な未来が待ち受けている、と」

 

「そして、どうなったの……?」

 

 那柘が心配しながら聴いた。

 

「その大切な人は、そのことを知っても、自分の選んだ道を迷わず進む決心を固めたの。どうしても、譲れないものがあったから。……でもね、二人はわかり合えた。お互いにとって相手が世界で一番かけがえのない人だって知ることができたから」

 

「…………」

 

 那柘はそう簡単には納得できなかった。

 

 もし、小夜が凄く不幸な目に合うと自分が知っていたら――そう、那柘は考えていた。小夜がどんなことを言っても、小夜を止めないといけない気がしたのだ。

 

 小夜とて、同じ心境であった。自分は那柘を護り、助けたい。もし不幸な未来があると知っていたら、止めなければいけないと思ったのだ。

 

「ま、二人の気持ちもわかるけどね……」

 

 小夜と那柘は二人そろって目を丸くしてしまった。時菜は一体、どこまで自分たちの心を見透かしているのだろうかと、疑問がつのる。

 

「さてと、先生のアタックステップ中だね。滅神星龍ダークヴルム・ノヴァでアタック!」

 

 「ふにゃおおおおん」という変な咆哮を聞き、小夜はバトルに引き戻された。豹変した滅神星龍と対峙すると、流石に気が抜けてしまう。

 

 猫耳ちゃんと化した滅神星龍が翼を広げ、真っ直ぐに小夜の方へ迫って来る。小夜はすかさず、一枚のマジックカードの使用を宣言した。

 

「真空爪破斬を使用! 疲労状態の相手のスピリットを2体……滅神星龍ダークヴルム・ノヴァと偽りの神皇ミケガミをデッキの下に戻しちゃうよ」

 

 二つの旋風が猫耳ちゃんの滅神星龍とミケガミを襲う。二体の「にゃおぉぉぉぉ」という鳴き声が尾を引き、そのまま二体は吹き飛ばされて、時菜のデッキの下に戻った。

 

「あらら。デッキの下に戻ったらもう猫耳ちゃんにはなれないね、残念」

 

 時菜は疲労状態の猫の手も借りたい剣にコアを置き、スピリット状態でフィールドに残した。

 

「はい、先生はこれでターンエンド。小夜ちゃん、かかってきなさい」

 

 

 

 ♪第14ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 小夜はドローステップでドローしたカードを見て、勇気づけられた。

 

(チワールちゃん……来てくれたね)

 

 そして、メインステップ。

 

「おもちゃをまもるみんなのヒーロー! チワールちゃん、出ておいて!」

 

 さっそうと現れる、小夜にとっての一番のヒーロー。黄の遊精、チワール。ふさふさとした耳が草原の風を受けて揺れていた。

 

「出た! 小夜ちゃんのチワールちゃん!」 

 

 那柘も声を上げ、小夜のデッキを象徴する可愛いヒーローの登場に感嘆する。

 

「アタックステップ!」

 

 コアをふんだんにのせ、Lv3で召喚されたチワール。その小さな体で攻め入る構えをとった。

 

「チワールちゃん、いっちゃって!」

 

 さっと駆けだす、チワール。草原の上を走る犬は、一匹の獣となる。

 

「チワールちゃんのアタック、受けるよ!」

 

 チワールのすべすべした毛の生えた丸い頭が、時菜のライフコアと衝突する。パリンとライフが砕け、時菜の残りライフは2となる。

 

 背を向けて小夜のフィールドの方へと戻っていくチワールであったが、途中、疲労しているどうぶつ達の詩姫ワルツの女性と目が合い、ちょこんと可愛く一礼をした。女性も笑みを返し、手を振る。

 

(チワールちゃんも仲間に入りたそう……)

 

 小夜としても、マイサンシャインと動物たちの集まっている時菜のフィールドは見ていて眩しく、少し羨ましいものがあった。

 

 ちら、と小夜が自分のフィールドを見ると、そこにいたヒナリアと目が合う。小夜が向こうのマイサンシャインにばかり気を取られているせいか、ヒナリアはむすっとした顔つきで、少し拗ねてしまっているらしい。

 

「小夜ちゃん、ライフを削られたことで、先生はこのスピリットカードを召喚するよ」 

 

 時菜はそう言うと、リザーブのコア2個をコストとして支払い、緑のスピリットを召喚する。

 

「おいで、霊樹の守り神ブランボアー!」

 

 REVIVALと刻印された霊樹の守り神ブランボアーのカード。獣毛の合間から木の枝を生やし、鎧を身に着けた猪といった容姿のブランボアーが飛び出し、どうぶつ達の詩姫ワルツの真横に着地した。

 

(ブランボアー! BP勝負で勝つと回復するスピリット……)

 

 追撃を封じられた小夜は、ターンを終了した。

 

 

 

 ♪第15ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで、どうぶつ達の詩姫ワルツと猫の手も借りたい剣が回復する。

 

「新たな伝説をこの場に築いて! 古の神皇鯨のエルダレイオを召喚!」 

 

 黒い翼を生やした鯨が現れた。その巨躯は空中を優雅に舞い、鯨の額から上半身が生えている呪鬼の眼光が、太陽の光を受けて鋭く光った。

 

「でっかーい!」

 

 巨大な鯨のスピリットが空を飛ぶのは壮観であり、那柘も感嘆の声を上げた。

 

「エルダレイオの召喚時効果でティン・ソルジャーのコアをリザーブへ!」

 

 紫色の稲妻が迸り、ティン・ソルジャーを打ち払う。コアを吹き飛ばされ、ティン・ソルジャーは消滅してしまった。

 

「ティン・ソルジャーちゃん……!」

 

「エルダレイオの効果でスピリットを消滅させたことにより、デッキから3枚ドロー! さらに、マイサンシャインの神託も発揮!」

 

 2枚だった時菜の手札が一気に補充され5枚となり、マイサンシャインのコアも7個に増えた。

 

 アドバンテージに差を付けられた小夜であったが、すかさず反撃に出た。

 

「……でも! ティン・ソルジャーちゃんを消滅させられたことで、風蟲円舞の【覇導】を使用! エルダレイオとブランボアーを重疲労させるよ!」

 

 再び巻き起こる、風の皇子の力。竜巻を全身に受け、エルダレイオとブランボアーの巨体が、地上に向かってどうと倒れ伏す。

 

「続けて、ドルクス・ウシワカ・オリジンに【転醒】」

 

 集約された竜巻は、ドルクス・ウシワカ・オリジンへと変貌し、風の皇子は再びフィールドに舞い戻ってきた。

 

「やってくれたね、小夜ちゃん。でも、先生のメインステップはまだ終わっていない……麒麟星獣リーンをLv2で召喚!」

 

 生まれ変わった幻獣王、麒麟座の獣、リーン。星の光をまとった角を生やし、馬のような四つの足で、天空を駆け下りてきた。

 

「不足コストはエルダレイオから確保し、Lv2で召喚!」

 

「あ……エルダレイオが」

 

 小夜の見つめる中、コアを失ったエルダレイオの全身が掠れていき、やがてフィールドから消え去った。

 

「エルダレイオ、もういなくなっちゃった……」

 

 那柘が寂しそうに言う。

 

「でもね、小夜ちゃん、なっちゃん。エルダレイオの築いてくれた舞台は、リーンとマイサンシャインに受け継がれたの。……さらに、猫の手も借りたい剣をリーンに合体し、Lv3!」

 

 猫の手も借りたい剣を口に咥え、リーンが中空を駆ける。

 

「アタックステップ……ステップ開始時、トラッシュに眠るもう一体のリーンを猫耳ちゃんにすることで、コストを支払わずに召喚。不足コストはブランボアーから確保して、Lv2」

 

『おともしますニャー』

 

 コアを失ったブランボアーが脱力すると、そのまま緑色の粒子となって草原の中へ溶け込んでいった。

 

「今度はブランボアーもいなくなっちゃった……」

 

 呟く、那柘。

 

 入れ替わりに草原を駆けてくるのは、猫の耳を生やした麒麟星獣リーン。二体のリーンが並び、宙を舞った。

 

 様変わりしてしまったが、小夜はそのリーンに見覚えがあった。

 

(一番最初にリリを配置した時に落ちていたリーン……)

 

「猫の手を借りたリーンで、アタック!」

 

 猫を生やした剣を咥えたリーンが空中を疾走し、小夜のフィールドへと突っ込んできた。対峙するチワールが身構える。

 

「リーンの合体時のアタック効果発揮! チワールのBPを-7000し、BP0になった時、破壊する!」

 

「あ……」 

 

 狩野美都の使うリーンとは異なる能力。それを初めて使われた。

 

 リーンが剣を一閃させると、無数の流星群が出現し、チワールへ向かって降り注いだ。流星に当たるたびに力を奪われていくチワール。何発目かの星が直撃し、チワールの全身が星の粒子となって消えてしまった。

 

「チワールちゃん……」

 

 チワールがあっけなく破壊されてしまい、小夜は落ち込んでしまう。見守る那柘もまた、小夜の心中を思い、暗い面持ちとなる。

 

「小夜ちゃん! 自分を見失わないで。まだ先生とのバトルは続いているよ!」

 

 時菜の声に、はっとなる小夜。そうだ、今は自分にできることをしないと。

 

「リーンのアタックは、ドルクス・ウシワカ・オリジンでブロック!」

 

 小夜の想いに応え、風の皇子がリーンを迎え撃つ。リーンが次々と流星を放ってきたが、ドルクス・ウシワカ・オリジンはこれをかわしながら、リーンへ疾風の刃を撃ち込む。

 

 リーンもドルクス・ウシワカ・オリジンの攻撃をかわしていたが、そのうちの一発がリーンの足に命中した。ドルクス・ウシワカ・オリジンはリーンに生じた一瞬の隙を見逃さず、一気に距離を詰めると硬い角でリーンの全身を打ち払った。

 

「麒麟星獣リーンの効果を発揮! 封印している時、リーンが相手によって破壊されたら、相手のスピリットかアルティメットを手札に戻すことで、疲労状態でフィールドに残る」

 

 ドルクス・ウシワカ・オリジンに返り討ちにされたかに見えたリーンであったが、リーンの全身が黄金の光の塊となり、そのまま身を翻すと、ドルクス・ウシワカ・オリジンに向かって体当たりをした。

 

 これを受けたドルクス・ウシワカ・オリジンは吹き飛ばされ、全身が緑色の粒子となって分断されてしまい、そのまま風蟲円舞のカードとなり、小夜の手札に戻された。

 

「これが時菜先生の使うリーンの力……」

 

 前のターンに発揮されていたミケガミの【封印】と連携することで、星々の力を自在に操るリーン。

 

「続けて、どうぶつ達の詩姫ワルツでアタック」

 

 周囲のどうぶつたちからの声援を受け、さっそうと駆けだす詩姫。

 

「先生のアタック、ライフで受ける!」

 

 詩姫はスタンドマイクを振りながら歌唱し、歌が小夜のライフコアをとろけさせ、分解した。小夜のライフは4となる。

 

「さらにもう一体の麒麟星獣リーンでアタック」

 

 猫の耳を生やしたリーンが「にゃぉぉぉ」と雄たけびを上げ突進する。

 

「マイサンシャイン、リーンにあなたの輝きをわけてあげて! 【神技】発揮!」

 

 マイサンシャインが両手を広げ、具現化されたたくさんの夢と想いがハートとなり、中空へ放たれた。猫の耳を生やしたリーンがマイサンシャインから贈られてきた輝きを受け取り、回復する。

 

 ついついマイサンシャインに見とれていた小夜は、目前に迫ってきたリーンに対して、慌てて身構えた。

 

「リーンのアタック、ライフで受ける!」

 

 全身を流れ星の弾丸に変え、リーンが小夜のライフコアを貫いた。これで、小夜の残りライフは3。

 

「先生はこれで、ターンエンド」

 

 ターン終了を宣言する時菜。小夜は、「にゃにゃん」と得意げに去ってリーンの向かう先、マイサンシャインのいる舞台を眺めていた。

 

 

 

 ♪第16ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

「ヒナリアちゃん。お友だちだよ! アイリエッタ・ラッシュちゃんを配置」

 

 小夜は新たなコードマン、白衣を身に着けた看護師のアイリエッタを場に出した。配置時にトラッシュに置かれた3枚のカードは、五線獣アルパスコア、センティコア、ノノイン・ニルオン。

 

 神託条件を満たすコスト3以上のスピリットカードは2枚のため、ボイドからコア2個がアイリエッタに置かれる。

 

「音速のヒーロー、またまた登場! 絶対音獣ヌビアラ・ヴァティス!」

 

 再召喚された、ヌビアラ・ヴァティス。また大草原へ戻ってこれたことを喜んでいるのか、元気のよい嘶きを響かせた。

 

 ヌビアラ・ヴァティスが召喚されたことで、ヒナリアとアイリエッタの神託が同時に発揮され、コアはヒナリアが5、アイリエッタが3となる。

 

「アタックステップ……ヌビアラ・ヴァティスでアタック! アタック時効果でリーンを両方とも重疲労させる!」

 

 音によって生み出された二つの衝撃波が二体のリーンを襲う。星の障壁を創り出し、リーンはこの衝撃に耐えて見せたが、それでも力を出し尽くしたのか、草原の上へうつ伏せになって倒れてしまった。

 

「ヒナリアちゃんの【神域】発揮! どうぶつ達の詩姫ワルツのコア1個をリザーブに置き、消滅させる」

 

 コアが貯まったことで、どこからか取り出したノートパソコンを弄っていたヒナリア。ヒナリアの視線が相手のフィールドにいる詩姫の方へ向けられると、ゴーグルが妖しく光った。途端に、草原の中を黒い閃光が走り、詩姫のコアを下から掬い上げるようにさらって行く。

 

 コアを失ったどうぶつ達の詩姫ワルツは消滅し、周辺にいた動物たちは慌てて右往左往してしまう。

 

「あらあら、またやられちゃった」 

 

 然も困ったという様子の時菜。だが、すぐに気を取り直して、手札から紫のマジックカードを取り出す。

 

「でもね、小夜ちゃん。先生の手札にはこのカードがあるって、忘れてはいないよね? マジック、アメジストスター!」

 

 アメジストの光がヌビアラ・ヴァティスを撃ち、コアを一つ飛ばした。それでもヌビアラ・ヴァティスの侵攻を止めることは敵わなかったが、即座にマイサンシャインの【神域】が発揮され、ヌビアラ・ヴァティスは音の粒子となって、手札に戻されてしまう。

 

「むむ、忘れてなんかいないもん。……わたしは、アイリエッタちゃんのコア3個をボイドに置いて、【神技】を発揮!」

 

 アイリエッタが注射器をかざすと、小夜のトラッシュにあったコアが一つ、吸い寄せられていった。アイリエッタはすぐ傍まできたコアは拾い上げると、小夜の方へと手放す。宙を浮いたコアは小夜のライフに加えられ、ライフの数は4となる。

  

「……これで、ターンエンド」

 

 なかなか攻め込めずにいる小夜。小夜は、マイサンシャインの影響力の大きさを改めて思い知っていた。

 

 

 

 ♪第17ターン。

 

 蒼樹時菜のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで2体のリーンは一度回復したが、未だ疲労状態からは脱しきれない。

 

「歌は世界を創り、世界を護る。プロデューサーリリを配置!」

 

 時菜が場に出したのは、ドルクス・ウシワカ・オリジンに破壊されたリリに代わる、2枚目のプロデューサーリリ。

 

 配置時にトラッシュに置かれたカードは[スクールバンド]モモ・ギュウモンジェ「Gt」、マイサンシャイン、偽りの神皇ミケガミ。リリにはコアが1つ置かれた。

 

「あ……リリもマイサンシャインも2枚目があったんだね」

 

 那柘がトラッシュに置かれたマイサンシャインを見ながら言う。

 

 那柘のカードの動きに対する理解が進んでおり、時菜は那柘の呑み込みの速さに感心したように頷いた。

 

「さらに、先生はこのブレイヴカード、ラブリーウォーターガンを召喚」

 

 カシャンと小さな音を立てて草原に落ちる水鉄砲。ハートを模した貯水タンクの中には水が満タンに入っている。

 

「あ……水鉄砲」

 

 ラブリーウォーターガンを見つめる那柘は、少し、悲し気な声をもらした。

 

「……なっちゃん、水鉄砲には嫌な思い出があるのかな?」

 

 時菜が那柘に優しく尋ねる。ただ、時菜が聞く前から那柘の心境を把握していることを、小夜は察していた。

 

「う、うん。だって、保育園の頃、みんなして水鉄砲で水をかけてきたから……」

 

 保育園には子供用の水鉄砲が常備してあった。本来は、子ども同士で楽しく遊べるようにという、保育士たちの計らいであったのだが。

 

「なっちゃん、思い出したくなかったのね」

 

「当たり前だよ……。わたし、嫌だって言ったのに、みんな、やめないんだもん」

 

「でも、先生はね、なっちゃんにそのことをちゃんと思い出して欲しいな」

 

「え。ど、どうして……?」

 

 おどおどといった様子で聞き返す那柘。時菜は、目の前の幼い女の子を優しく諭すように教える。

 

「だってね。ほら、よーく思い出してごらん。なっちゃんがどんな嫌な目にあっても、なっちゃんを庇って、護ってくれる大事なお友だちがいたでしょ」

 

「あ……」

 

 那柘は思い出した。水鉄砲に追われる那柘を庇い、助けてくれた小夜のことを。

 

 その後、人に言う勇気すらも出せないでいる那柘の代わりに、小夜が先生たちに話して聞かせたことで、那柘が園内で嫌がらせを受けることもなくなったのだ。

 

「そう。嫌な思い出もあれば、それと隣り合う素敵な思い出もあるの。だからね、忘れないでいて欲しいな」

 

「う、うん。……小夜ちゃん、あの時は……ううん、いつも、今でも、わたしのことを護ってくれて、本当にありがとう」

 

「なっちゃん……」

 

 改めて面と向かってお礼を言われると、小夜は何だかくすぐったい気持ちになってしまった。でも、那柘のこの嬉しそうな顔を見ると、自分のしたことがとっても良いことだと実感することができ、小夜としても嬉しかった。

 

「なっちゃんこそ、いつもわたしのことを支えてくれていたよね。わたし、なっちゃんと今でも一緒に居られて幸せなんだよ。なっちゃん、ありがとう」

 

「……小夜ちゃん」

 

 仲睦まじい二人を見ている時菜も、この可愛い教え子たちを誇らしく思っているという風に、自然と微笑んでいた。

 

「さ、まだバトルは続いているよ。……アタックステップ、トラッシュからどうぶつ達の詩姫ワルツを猫耳ちゃんにして召喚だにゃん」

 

『おともしますニャー』

 

 帰ってきた、時菜の分身ともいえる詩姫。マイサンシャインとプロデューサーリリの神託が同時に発揮され、舞台はいよいよクライマックスに突入する勢い。

 

「どうぶつ達の詩姫ワルツでアタック!」

 

 猫の耳が風を切り、茶色い髪をなびかせ、時菜と面影を同じくする女性のが草原を舞い、小夜のフィールドへと飛び立つ。

 

「フラッシュ! わたしは手札の絶対音獣ヌビアラ・ヴァティスが持つ【絶対音速】を発揮!」

 

 ソウルコアの力を使うことにより、音の集合体となったヌビアラ・ヴァティスが高速でフィールドに滑空する。草原全体に荘厳な野生のリズムと優雅な音の流れが入り混じり、空間が振動する。

 

「わたしもフラッシュ! リリの【神技】でどうぶつ達の詩姫ワルツを回復させ、1枚ドロー!」

 

 リリの手元から放たれた白い光が詩姫の歌唱力を増幅させる。

 

「さらに、マジック、ブルトサリフを使用! 系統剣獣を持つどうぶつ達の詩姫ワルツをBP+5000する!」

 

 REVIVALの刻印がなされたブルトサリフのカード。詩姫の真横に、お供の虎が駆けてくると、両者が青白い光に包まれた。まさに、詩姫と虎が一心同体となり、草原を駆けている。

 

「マイサンシャインの【神域】で絶対音獣ヌビアラ・ヴァティスを手札に戻す!」 

 

 マイサンシャインの歌声が響き渡り、詩姫と共に走る虎が咆哮した。音は衝撃波となり、絶対音獣の音と激しくぶつかり合う。やがて、押し戻された絶対音獣の輪郭が崩れ、小夜の手札へと戻された。

 

「わたしも、ヒナリアちゃんの【神技】を発揮! コア4個をボイドに置き、ブレイヴのコストを無視して、コスト6以下のスピリットのアタックではわたしのライフは減らない!」

 

 ヒナリアが手にしていたノートパソコンを弄ると、草原を電光が迸った。電光は詩姫と虎の進撃を妨害し、両者は草の上へ投げ出されてしまう。

 

「ふう、よく防いだね、小夜ちゃん。……先生はこれで、ターンエンド。エンドステップ時、ブルトサリフは手札に戻る」

 

 先ほど使用したブルトサリフが時菜の手札に加えられる。小夜としては、どうしても打開しなければならない布陣と言えた。

 

 

 

 ♪第18ターン。

 

 月坂小夜のターン。

 

 小夜はこのターンにドローしたマジックカードを見つめる。

 

(これで対抗できる手段を引けないと……もうあとがないかもしれない……)

 

 小夜は、そのマジックカードを使用する。

 

「マジック、妖雷スパーク! デッキからカードを1枚ドロー」

 

 フィールドに熱量が放たれたが、小夜のフィールドには強化対象が不在のため、それは草原を伝わり、時菜のフィールドにいる猫の耳を生やした麒麟星獣リーンに力を与えてしまった。

 

 小夜はデッキからカードをドローし、そのカードを見るなり息をのんだ。

 

(これなら……)

 

 改めて時菜のフィールドを見渡す小夜。動物たちに囲まれた、時菜を思わせる猫耳の詩姫。疲労している二体のリーン。スピリット状態で浮遊しているラブリーウォーターガン。

 

 それらの背後に、リリと、あのマイサンシャインがいた。マイサンシャインと目が合った時、ドローしたカードを掴んでいる小夜の手が震え出した。

 

 小夜は恐れていた。この世界が終わることを。舞台の終幕を。

 

「……小夜ちゃん」

 

 時菜が改まった口調で言った。

 

「あのね、小夜ちゃん。アイドルはわたしたちに夢を与えてくれる。希望を与えてくれる。だから、マイサンシャインは皆から愛されている。……でもね、その夢が枷となり重荷になってしまうことは、マイサンシャインも望んではいない。与えられた夢はしがらみになってはいけないの。小夜ちゃん、あなた自身の、新しい世界をそこから創っていかないと、ね」

 

「時菜先生……」

 

「あなたも……それから、なっちゃんも。これからの未来、二人して助けあい、互いを護って生きていくのも大切なこと。でも、相手の重荷になるようなことは、できたら避けたいよね」

 

 小夜と那柘は顔を見合わせた。時菜の言っていることが、二人には何となくであるが、理解できた。自分たちはこれからも助け合って生きていきたい。でも、相手に依存し、相手の進むべき道を閉ざすようなことは望んでいない。

 

 小夜は決心した。そのために、このカードを使わなければならない。

 

「マジック、ゴッドブレイクを使用! ……マイサンシャインを破壊!」

 

「え……小夜ちゃん!」

 

 小夜の宣言を聞いた那柘が叫んだ。小夜と対峙する時菜は、黙って頷いていた。

 

 天を割り、巨大な青色の拳が出現した。拳は大地を突き破り、草原の世界が音を立てて崩れていく。崩壊の中、巨大な地割れが広がり、マイサンシャインの舞台を粉砕した。

 

 舞台を破壊されたマイサンシャインであるが、両手を天へとかざし、応援してくれたすべてのファンへの感謝を、笑顔で伝えながら、黄色と紫の混ざった粒子となって消えていった。

 

「そんな……マイサンシャインが」

 

 那柘は嘆いていたが、小夜の選択を責めたりはしなかった。那柘もわかっていたから。あのままマイサンシャインを相手に逡巡して前に進めないでいる小夜の姿は、マイサンシャインも望んでいないということは。

 

「さらにゴッドブレイクの効果で1枚ドロー。……そして、ゴッドブレイクはフィールドに置かれ、効果を発揮し続ける」

 

 フィールドに置かれたゴッドブレイク。左右にはイエローフィールドにより出現した金色の蝶が舞っており、それらと同じ効果に加え、系統起幻を持たない効果によるデッキ破壊を封じる効果が適用される。

 

(ゴッドブレイクのカード。これはお姉ちゃんがわたしに譲ってくれたんだ……)

 

 ゴッドブレイクは狩野美都が小夜に渡した、贈り物でもあった。自分が使う月光のバローネへの打開策となるカードを、小夜が前へ進む助けになるようにと譲った。

 

「そして……今一度、戻ってきて! 絶対音獣ヌビアラ・ヴァティスをLv2で召喚!」

 

 音の波動が集結し、ヌビアラ・ヴァティスが実体化する。

 

「続けて、ウォッチーノちゃんをLv1で召喚!」

 

 ヌビアラ・ヴァティスの横にさっそうと現れる時計の姿をした小玩スピリット、ウォッチーノ。

 

「ふふ、小夜ちゃん。攻めてくるのね」

 

「時菜先生、いくよ。アタックステップ、絶対音獣ヌビアラ・ヴァティスでアタック!」

 

 目覚ましい瞬発力を発揮し、ヌビアラ・ヴァティスが駆ける。

 

「アタック時効果で、どうぶつ達の詩姫ワルツとラブリーウォーターガンを重疲労させる」

 

 放たれた二つの超音波が詩姫と水鉄砲の動きを封じ、そのまま地に伏せさせた。絶対音獣の行く手を阻むものは誰もいない。

 

「小夜ちゃん、先生も持てる力を出し切るよ! マジック、跪いて エブリワン!」

 

 足の辺りまで長いピンクの髪を伸ばした女性の姿が顕現した。彼女は先端に青い宝玉をはめた杖を手にしており、まるでエアロビスタイルのような服装で、露わになっているへそが色っぽい。その女性は小夜の方を向くと、にこっと笑顔でウィンクして見せる。

 

「え……あの人は」

 

「彼女は異世界の魔女にして……母なる光主……」

 

 ピンクの髪の女性はその場で振り付けをとり、手にしていた杖を振り下ろした。対面したヌビアラ・ヴァティスが急停止し、彼女には逆らえないといった様子で、跪いてしまった。

 

「跪いて エブリワンの効果により、このターン、コスト4以上のスピリットのアタックでは、わたしのライフは減らない!」

 

「……でも、ヌビアラ・ヴァティスはバトル終了時、効果によって相手のライフを1つ削る!」

 

 全身は完全に相手に服従していると見えたヌビアラ・ヴァティスであったが、音によって構成された分身が絶対音獣の身体から飛び出し、時菜の方へと飛び立った。母なる光主は黙したまま、傍らを通り過ぎていった絶対音速の化身を見送った。

 

 凄まじい音の衝撃波が時菜のライフに衝突し、コアを打ち砕いた。これで、時菜のライフは残り1つ。

 

「……小夜ちゃんの音、先生の心にもしっかりと届いたよ」

 

 時菜が満足げに呟いた。

 

 小夜は傍にいるウォッチーノを見やった。

 

(コスト1のウォッチーノちゃんは、跪いてエブリワンの影響を受けない。このままアタックが通れば、時菜先生に勝てる。……でも、そうなったらこの世界は)

 

 ゴッドブレイクによってひび割れた草原の世界であったが、まだ辛うじてその形を保っていた。しかし、時菜のライフコアが尽きた時、おそらく今いるこの世界は消えてしまう。

 

「小夜ちゃん、今を終わらせるのをためらうことはないよ。世界はね、これから新しく創られていくのだから……」

 

「……はい、時菜先生」

 

 小夜は最後のアタックを宣言する。

 

「ウォッチーノちゃんでアタック!」

 

 懐中時計の針が激しく回転し、ウォッチーノはふたを開けたまま突進した。

 

「素敵な時間をありがとう、小夜……」

 

 時計とコアが衝突し、それと共に時の歯車が狂いだし、時菜の想いによって形作られた草原の世界が崩れていった。

 

 粉々になっていく世界の残滓が、歌声となってその場に居合わせた者の脳裏に響く。

 

 小夜と那柘にははっきりと聴こえていた。マイサンシャインの歌声が。

 

 

 (My dear dream!)

 絶対先に未来があるはずなんだ

 新しい空 見えてくるから(Let's try and try!)

 成層圏で生まれた夢の架け橋

 どこまでものびて行け




★来星の呟き

楽曲コードの検索機能がオンラインメンテナンスで使用不可能であったため、更新遅れました。
今回は『冒険記録』からの引用もあります。


今回のリプレイ 一万字を越えてしまったので、3つに分けてあります
(活動報告に飛びます)


https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=259912&uid=341911


https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=259913&uid=341911


https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=259914&uid=341911



今作、背景世界とは特に関係ないと以前書いておりましたが、あながちそうとも言えなくなってしまいました……。
(具体的には、どこか並行世界のおはなしって形)

プロデューサーリリや大甲帝デスタウロスの辺りの話は、自分が今後も書いていくであろう、背景世界を題材とした小説を意識した内容だったりします。
(構想は既にある程度まとまっているので……あとはどう小説という形にしていけるか)

虚無の軍勢とエジットの関連性について、自分は幾つかのひねりを加えており、ちょっとしたどんでん返しも用意していたりします。
取り合えず、虚神について考察する際、忘れがちだけどとても重要な存在として、マッハジーと天帝ホウオウガが融合した、神帝マッハホウオウガがいるんですよねぇ。
おそらく、暗緑の国の守護者的存在ではないかと思っております。
(もし、神凰兵フェニックス・ゴレムとなる虚神が機動要塞キャッスル・ゴレムに憑依したままなら、機動大帝アレク・キャッスルの存在も……)

で、守護者としての虚神となると、逆転大陸のアルティメットの新生・虚神と似た役割になるのが興味深いところ。。



それから、作者は[敏腕マネージャー]リリ及びプロデューサーリリの背景世界で果たす役割も、実はとても重要なのでは、と思っております。
まあ、単にロロのアニマ(男性の無意識人格における、女性的な側面)がスピリットとして実体化した存在、という線も十分に考えられますけども。。
背景世界では歌の力はとてつもなく大きなものでして、アルティメットバトルでは詩姫たちの活躍もありましたね。


そして、初期の白の世界は、同時期の世界の中で唯一虚無の軍勢に勝利していますが(赤の世界は勝利と呼ぶには厳しい。。。、ジーク・クリムゾンは煌臨編以降の六色ジークフリードの先駆けと思いますが)、
そこでも歌姫、妖機妃ソールの存在があったからこそ。
戦いを目の当たりにしてきたロロが、その過程で歌の重要性をより深く知っていったことは想像に難くなく、後の世の詩姫の登場も、無関係とは思えないのです。

で、ロロとよく似た女性、リリが登場しているわけで……。



本章で、 跪いて エブリワン を使用する際、某女神(魔女)の幻影が登場しますが、
自分が どうぶつ達の詩姫ワルツ のデッキに投入している 跪いて エブリワン がプレミアムヒロインズBOX版だから……だったりします。

要するにご登場願いたかったわけで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こころのアイドル 後編

 喫茶店の時計が示す時刻は、既に午後六時半を過ぎていた。こんなに帰りが遅くなってしまっては、那柘の母親も心配しているかもしれない。

 

「ごめん、小夜ちゃん、なっちゃん。すっかりおそくなっちゃって」

 

 流石の時菜も申し訳なさそうである。小夜としては、まだ自分の家には母も帰ってきていないであろうから、そちらの心配はしていなかったが、那柘のこては気になってしまう。

 

「本当にごめんなさいね。もう暗いから、先生が家まで送ってあげるね」

 

「え……でも、時菜先生も誰かと待ち合わせをしているんじゃ……」

 

 小夜の疑問に、時菜が悪戯っぽく微笑んで答える。

 

「人を待たせていたのは向こうが先だもの。今度はこっちが待たせてやりましょう……ね、はっくん」

 

 時菜の視線の先、そちらへ向かって、小夜と那柘の目線も合わさる。時菜と小夜の対戦を観戦していた他の客たちも一斉にそちらを見やり、皆から見られたその人物はぎょっとなっておろおろしてしまった。

 

「ちょ、勘弁してくださいよ……はあ」

 

 白いスーツを着た、長身の優男といった印象の青年。彼は皆の視線を避けるようにして、店の隅へと足早に歩いていった。

 

「それじゃ、いこっか。小夜ちゃん、なっちゃん」

 

 

 

 夕闇の中、時菜と手を繋いで左右を歩いている小夜と那柘。傍目から見たら若い母親とその娘たちと映ったかもしれない。

 

 時折、走行する自動車のライトが町内を照らし、三人の持ち物に付いている反射材が白く光った。

 

 そして、那柘の家の傍にある横断歩道の信号待ちをしている時。

 

「時菜先生……わたし、自分の思い描く、自分で創っていく世界も大事だけど、誰かの世界も同じくらい大切にしていきたいって思うの。だから、またいつか先生の世界に連れて行ってもらいたいな。あと……また、マイサンシャインにも会いたい」

 

 小夜はそう言うと、一緒に歩いている時菜の横顔を見つめながら、今日見た草原の世界のことを思い返していた。

 

「そう言ってもらえると、先生も嬉しいよ。それじゃ、いつか、また、ね」

 

 時菜が小夜の方を向いて、にこっと笑って見せた。

 

「わたしも……」

 

 ふいに、那柘が呟き、時菜と小夜の視線がそちらへ向けられた。見ると、那柘は懐からガーネット・ルーティのカードを取り出して、そこにいる詩姫の姿を見つめていた。

 

「この子に……この子のための舞台を創ってあげたい、な。この子だって、きっと輝けるって……今日の小夜ちゃんと時菜先生のバトスピを見ていて思ったの。それこそ、マイサンシャインみたいに……」

 

 時菜が頷く。

 

「そうだね、大切なもののために新しい舞台を創ってあげる……それは、その子にとっても、なっちゃんにとっても、かけがえのないものになるから。先生も応援しているよ」

 

 小夜も大きく頷く。

 

「わたしも、応援しているよ、なっちゃん」

 

「小夜ちゃん、時菜先生……ありがとう」

 

 

 

 那柘の母、薫は遅く帰ってきた娘を少し諫めたが、深々と頭を下げる時菜を前にして、それ以上責めることはできなかった。

 

 ただ、薫は自分の一人娘が元気がすっかり取り戻していることに気づいており、むしろ時菜と小夜への感謝の気持ちの方が勝っていた。

 

「今の那柘、何だかまっすぐ前を見つめているみたい……」

 

 薫は正直な感想をもらした。そして、時菜と小夜へ向かって、娘の心を開かせてくれたことで改めて礼を言い、自分が最も愛している娘を家の中に迎え入れた。

 

 すっかり笑顔を取り戻した風良母娘から見送られて、時菜と小夜は、小夜の家へ向かって歩き出した。

 

 

 

 ここは喫茶店『ポニサス』。時刻は午後八時半を過ぎており、既に閉店前のこの店にいる客もまばらであった。 

 

「はい、現在把握している明けの星町とその近辺の霊穴。これで全部よ」

 

 所々赤い印と罫線が記された明けの星町の地図が数枚、テーブルの上に並べられた。

 

 テーブルを挟み、向かい合って座っているのは、蒼樹時菜とあの「はっくん」と呼ばれた青年。青年は地図をざっと見渡し、その内の一枚を両手で持ち上げると、品定めをするように手にした地図を眺めた。

 

「全部で十二箇所、か。……本当にこれで全部なんでしょうかね」

 

「あら、疑うのかしら?」

 

 青年は小さくかぶりを振った。

 

「いえ、そういうわけでは……。ただ、あまりにもとんとん拍子にことが進んでしまって、ぼくとしても少し拍子抜けしておりまして」

 

「あらあら、甘いわね。あなたたちの果たすべき役割は今後本格化していくというのに。……大変なのはこれからよ」

 

「それはわかっていますよ。それでも、当初は霊穴を探すのも一筋縄ではいかないだろうって仲間同士でも話していた矢先に、こうも簡単にあなたの協力を得られるとは、思っていませんでした」

 

「ま、わたしとしてもあなたたちには頑張ってもらいたいから。でも、霊穴がそれですべてとは限らないから、ね。わたしが把握しきれている保障なんてないもの」

 

「いえいえ、ご協力感謝していますよ」

 

 喫茶店の店長が自ら、テーブルに近寄ってくると、テーブルの上に二人分のティーカップを乗せた。店長は手にしたポットを傾けると、カップの中に心地よい香りの漂う、ハーブティーを注いだ。

 

「無料サービスです、お嬢」

 

 白髪の生えた初老の男性である店長が、時菜に向かって囁く。時菜は小さな声で「ありがとうね」と応えた。青年の方も、店長に向かって礼を言い、頭を下げる。

 

 店長は二人に背を向けると、店の奥へと引き返していった。

 

「それにしても……小夜、といいましたね。まさか、あの子がホロロ・ギウムの目の付けた適合者だなんて……意外でしたよ」

 

 青年が不意に、自分が観戦していた時菜の対戦相手の名を口にした。

 

「チワールはホロロ・ギウムの従者。そのチワールに愛されている小夜なら、適任でしょう」

 

「こう言っては悪いかもしれませんが……ぼくたちのライバルがあんな小さな子だなんて、今でも信じられないくらいですよ」

 

「あら、わたしの教え子を軽んじていたら、足元をすくわれるわよ」

 

「いやはや、これは手厳しい」

 

 青年はそう言いつつ、自分の前に出されたカップを右手で持つと、中のハーブティーを口に運んだ。

 

「幼い子供には、わたしたち大人では想像もできないほどの大きな夢と可能性があるから……」

 

 時菜の話を聞きながらハーブティーを飲んでいた青年は、カップを口から離すとテーブルの上に置いた。

 

「夢も可能性も、ぼくらだって負けてはいないさ。ぼくたちは各々の夢を実現するために、自らの意志で、ロンバルディアに協力することに決めたのだから」

 

 それから、青年は改まった口調で語り出す。

 

「しかし、時菜さん。あなたも災難だ。まさか、あなたの妹とあなたの教え子が、それぞれ異なる時の監視者に与することになろうとはね」

 

「あなたたちと同じ道を選んだのは萌架自身だから。彼女がそれで後悔さえしなければ、わたしが口を出すことじゃない……。それに、小夜はまだホロロ・ギウムのことを知らないのよ。まだ、あの子がどうするか……それはわたしにもわからない」

 

「まあ、ぼくらの仲間のエドワキアもすっかり小夜に惹かれてしまったし……今すぐあの子と競い合うようなことにはならないのは、それはそれで助かるけど」

 

「うふふ、あなたも小夜にご熱心になっちゃえば」

 

「ちょ、じょ、冗談はやめてくださいよ……」

 

 青年は困り果てたといった様子で、目の前にいる、小悪魔のように笑う時菜のことを見ていた。

 

「……それはそうと、時菜さん、それ、いつまで付けているんですかね?」

 

 不意に話題を変えてきた青年に、時菜はきょとんとなる。

 

「それ?」

 

「それですよ、それ。猫耳」

 

「あ……ああ」

 

 それまで冷静であった時菜が急に赤面した。今日の夕方、小夜とバトルスピリッツで対戦していた時に猫の手も借りたい剣を使った際、「まずは、形から入ってみました」と言いながら自ら身に着けた、とてもファンシーな猫耳ヘアバンド。

 

 思い返してみれば、これを頭に着けたまま外へ出歩き、那柘の母親、風良薫と会っていたのである。挙句の果てには、まさにこれを見せつけるが如く、深々と頭を下げていた自分の姿が脳裏に浮かぶ……。

 

「ふ……ふふ……いいもん。これ、可愛いから気に入っているんだもん。ずっと付けているもん」

 

「や……やっぱり恥ずかしいんだ」

 

「ぷんだすか!」

 

 時菜はすねた態度をとって見せたが、幾分かの茶目っ気は失わなかった。

 

 

 

『おともしますニャー』




★来星の呟き

チワールが「時の監視者ホロロ・ギウム」の従者という設定は、黄のネクサス「時刻む花時計」からの連想だったりします。
このネクサスは「時の監視者ホロロ・ギウム」と同じ時計座をモチーフとしているカードなのですが、
イラストでは花の中に混ざってチワールの姿が描かれております。
リバイバル版ではREVIVALの文字に隠れて、チワールの頭しか写っていないので、是非是非旧版をご覧になって頂きたいもので。


次回は、必須タグの「クロスオーバー」をようやく回収します。
本当は黄金繋がりでゴールデンウィーク中に書き上げたかったのですが、諸事情で遅くなってしまいました。。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

☆4 黄金龍の伝説
黄金龍の伝説 前編


 スダ・ドアカワールド。そこは人間族とMS族が共存する世界。

 

 かつて、この世界を司る十二神の一柱の黄金神スペリオルドラゴンと、ジオン族による支配体制を目論んだ闇の皇帝ジークジオンとの壮絶な戦いが繰り広げられた。

 

 戦いはアルガス騎士団と呼ばれる四人のガンダム族の騎士の魂と一体化したスペリオルドラゴンの勝利によって一度は幕を閉じ、役目を終えたスペリオルドラゴンは神々の暮らす天へと昇っていった。

 

 ……これは、そのスペリオルドラゴンから零れ落ちた、小さき命の紡ぎ出す物語。

 

 

 

 おれは雷帝エール・クレルの適合者、名前はイー・ロン。漢字で書くと翼龍。

 

 あまりにも安直な名前かもしれないが、実際に生まれた時からそんな名前で育ってきたのだから、仕方がない。だが、おれは自分の名前を結構気に入っている。何事もわかりやすいのは良いことだ。おれは曲がったことが嫌いである。

 

 おれも今では龍帝の探究者たちのまとめ役と目されているらしい。実に誇らしいことだ。おれにとって頼もしいパートナーであると同時に、敬愛する帝でもあるエール・クレルの威光を世に知らしめる良い機会だからな。

 

 そして、遂に現状の上司であるロンバルディアから直々に今回の仕事を依頼された。この一大事に置いて、真っ先におれを頼りにしている、証明だな。

 

 おれは喜び勇んで、早速、仲間たちに招集をかけた。だが……。

 

「集まったのはこれだけかよ……」

 

 龍の第一声がそれであった。

 

 ここは喫茶店『ポニサス』。カードバトラーが屯するこの場を待ち合わせ場所に選んだのは、龍と連絡を取り合っていた尾空白矢の判断であった。

 

 以前、月坂小夜と蒼樹時菜がここでバトルスピリッツの対戦を行った際はオープンな状態で観客たちに見守られる形であったが、少人数で静かにバトスピを楽しみたい人向けの小スペースも用意されており、集まった龍帝の探究者たちはそこを利用していた。

 

 そして、その集まった探究者というのが、尾空白矢とエドワキア・リローヴイ。龍を含めて、たったの三人だけであった。

 

「結局連絡の取れなかった、光帝リュミエールと魔龍帝ジークフリードの適合者がいないのは、まあ仕方がないにしても、他の二人はどうしたんだ?」

 

 三人が椅子に腰を下ろした後、龍の疑問に、以前、蒼樹時菜と面会をしていた青年――尾空白矢が答える。

 

「萌架さんは教育実習が始まったばかりで来れないらしい。それから廿郎さんは盆栽の愛好家の集いがあって、どうしても外せないとか」

 

「おいおい、一大事だって言うのに、どいつもこいつも悠長な……」

 

「仕方ないよ、萌架さんは今は自分の進路のことが大切だからね。廿郎さんはまあ……ぼくとしても、あまり強く言えないなぁ」

 

 白矢が廿郎の人柄を思い出し、困ったような表情になる。

 

「おれだって、仕事で忙しいところを無理してキャンセルしてここにいるんだぜ。全く、皆、自覚が足りないんだよ」

 

「仕事を休んできたのはぼくも同じさ……まあ、各々、自分の生活があるからね。今は、集まった人数だけで、できるだけのことをしよう」

 

 未だ納得しきれていない様子の龍であったが、不満を言っても仕方がなかったので、諦めて本題に移ることにした。

 

「実はだな、おそらく聖龍帝の大創界石の影響と思われるが……この前、白矢が中立者から受け取った情報にもあった霊穴の一つで、膨大な熱量が観測されたと、たった今、ロンバルディアから連絡があった」

 

「それは……穏やかじゃないな」

 

 途端に、白矢が真剣な面持ちとなる。龍が招集をかけた時はまだそこまでの情報はなかった。それを、ロンバルディアが急いで知らせてきたとなると、事態は予想以上に急を要するのかもしれない。

 

「ああ。何でもロンバルディアの予想では、聖龍帝の力に感化された異世界の龍帝が、現実世界において実体化する兆しの可能性があるらしい」

 

「龍帝がこの世界に……」

 

 身震いを禁じ得ない白矢。こうして平穏に生活を送っていられる世界が、実はとても不安定で、いつ滅びてもおかしくない状態にあるのではないかと思うと、気が気でなかった。

 

 ふと、白矢は横の席で本を読んでいるエドワキアの方を見やった。本には茶色いブックカバーがかぶせてあり、内容は判別できない。

 

「ちょっと、ちょっと。エドワキアさん、話を聞いている? こんな時に読書なんかしている場合じゃないって」

 

「白矢、五月蠅い。……今、日本語の勉強中」

 

 エドワキアの返答に白矢は呆れてしまう。

 

「べ、勉強中って……。一体、何の本を読んでいるんだい?」

 

「国枝四郎の『神州纐纈城』」

 

 国枝四郎とは、主に伝奇小説の書き手として大正時代などに活躍した小説家である。『神州纐纈城』は大衆文芸雑誌『苦楽』にて連載されていた。未完ではあるが、日本の伝奇小説を代表する名著と言えよう。

 

(いちいち、チョイスが謎なんだよなぁ……)

 

 白矢は熱心に本を読んでいるエドワキアを見ながら、そんなことを考えていた。

 

「まあ、エドワキアは普段引き籠ってるのに、来てくれただけでもマシだがな」

 

 そう言う龍の方を一瞬睨んだエドワキアであったが、すぐに目線を開かれた本のページに戻すと、黙読を再開した。

 

「しかし、いよいよ本物の龍帝を拝めるのかと思うと、おれ、わくわくしてくるぞ」

 

 純粋に嬉しそうにしている龍。白矢は驚き、異質なものを見る目で龍を直視した。

 

「いやいやいや。龍帝の実体化ってそんな話じゃないってば。まずいよ、これは」

 

「そうか? 皆が夢にまで見たスピリットの実物を間近で見られるかもしれないんだぜ」

 

「あのねえ……」

 

 白矢は大きくため息をつくと、子どものように瞳を輝かせている龍と、相変わらず本に集中している様子のエドワキアを交互に視やってから、話を続けた。

 

「人類の社会は、まだ異世界を受け入れることのできる段階には入っていない。もし、このまま本物の龍帝が現れたりしたら、とんでもない大惨事になりかねないよ。だから、その龍帝が世に出ることは可能な限り、阻止しないと」

 

「……なるほど、そうかもしれないな。や、白矢、切れ者のお前がいてくれて助かるぜ」

 

「いや、普通気づくでしょ……」

 

「そうと決まれば、今すぐにでも、霊穴の調査に向かわないとな。行くぞ、白矢、エドワキア」

 

 こうなれば、現状で最もスピリット世界に近しい者たちがこの危機を乗り越えるための打開策を講じなければならない。共通の決意を胸に秘めた龍と白矢が同時に席から立ち上がる。

 

 どこ吹く風という様子で黙読しているエドワキア。白矢が窘めるような口調で声をかける。

 

「ほら、エドワキアさんも早く立って」

 

「…………わかった」

 

 エドワキアは不満そうに呟くと、本に紫色の藤の花が描かれた栞を挟み、バッグにしまい込むと、ゆっくりと立ち上がった。

 

 若いウェーターが、立ち去ろうとしている三人を呼び止めた。

 

「あれえ、お客さん、ご注文は無しですか……」

 

「すみません。急ぎの用事ができてしまって。又、次の機会にお願いします」

 

 白矢はそう言って謝り、店の外に向かう龍とエドワキアのあとを追って、足早に店を出た。

 

 

 

 山林では草木が生い茂り、広葉樹の芽吹きが、初夏を感じさせるには十分なものであった。

 

「最悪……喫茶店で話すだけだからって聞いていたのに、山登りをやらされるなんて」

 

 ぶんぶんと音を立てて顔に寄って来る羽虫を片手で払いのけながら、エドワキアが言った。

 

「なんだ、エドワキア。登山は嫌いか、だらしないな。人は山を登るために生まれ、山を登るために生きるのだと、先人も言っているだろ」

 

「聞いたこと、ない」

 

「登山はなあ、素晴らしいぞ。こうして自分の足でより高みを目指す……。それに、もうじき夏だ。季節の緑も景色も絶景揃いだぞ」

 

「景色……」

 

 それまで顔にたかって来る虫から背ける為に下を向いていたエドワキアは、ふと右側の森林へ向かって顔を上げた。

 

 今三人が歩いている山道の左右には背の高い雑多な樹木が生い茂っており、その中でエドワキアは、腐葉土に覆われた地面から幹を伸ばしている、背の低い山吹の群生を見つめた。

 

 山吹の黄色い花は、さながら緑の宇宙に散らばる星の明かりといった印象があり、エドワキアは一瞬、見とれてしまった。

 

(小夜と一緒に、観たかったな……)

 

 ぼんやりとそんなことを考えてしまう。

 

「おい、エドワキア。何立ち止まってんだ、置いてくぞぉ」

 

 龍の声で思考を中断され、エドワキアは小さく舌打ちをすると、前を歩いている龍と白矢を足早に追いかけた。

 

 一行が山道を進んでいくと、一気に視界がひらけた。道中では遮られていた日光が降り注ぎ、緑の皿をひっくり返したような地形が広がっている。一帯は背の低い草に覆われているが、少し右にそれると、岩肌の露出した急な斜面が続いており、その先には明けの星町の建物がミニチュアのように小さく映っていた。

 

「近場にこんな見晴らしの良い場所があるなんてな。こいつは、来てみて良かったぜ」

 

 龍が明けの星町を見渡しながら、感嘆の声をもらした。

 

 陽ざしが少し強かったが、周囲には幾分かの冷気を含んだ空気が流れており、これまでにかいた汗が冷やされることで軽い寒気を感じたエドワキアが小さく身震いをした。

 

「……疲れた」

 

 着々と霊穴の探索を始める二人の傍で、エドワキアは楕円形の石の上に座り込み、ため息をついた。

 

「どうやら、霊穴から沸き起こる霊気によって、この地形が形作られているのかもしれないな」

 

 白矢が、高木の生えていない原っぱのような周囲を見渡しながら言った。

 

「しっかし、聖龍帝の大創界石が出現したのはつい最近なんだろ?」

 

 龍の問いに、白矢が答える。

 

「そうだけど、霊穴自体は前々からあったらしい。要するに、向こう側の世界との接点がここにあったから、常にその影響を受け続けてきたのだと思う。もっとも、聖龍帝の出現で一気に流れ込んでくる霊気は強まっているみたいだけど……」

 

 白矢はリュックサックからカードホルダーを引っ張り出すと、その中から一枚のカードを引き抜いた。それは白の龍帝、空帝ル・シエルのカードであった。

 

「やはりね。龍帝がここの霊力に強い反応を示している」

 

 龍もまた、自分の龍帝、雷帝エール・クレルのカードを取り出し、まるで眼前の風景の写真を撮るかのようにかざしてみた。

 

「お……これは凄い。まるで今にも龍帝が飛び出してきそうな勢いだ」

 

 二人のやりとりを端で見ていたエドワキアもまた、自分の手にした闇帝オプス・キュリテのカードを眺めていた。異界の霊力にさらされたことで、カードそのものが霊気を帯びている――そう感じられた。

 

 やがて、龍帝の適合者である三人の周囲を満たしている空気が異様な気配を放ち、三人は空間全体が身体に重くのしかかってくるような錯覚にとらわれた。

 

「……どうやら、聖龍帝もこちら側の霊力を察知したらしい」

 

 霊力による圧力がひしめき合ったが、足元の草花は何事もないかのように風に揺られている。しかし、植物に宿っている個々の霊気そのものは環境の変化を敏感に感じ取っているらしく、本来は物質と綺麗に重なっている霊体がずれて、振動しているようであった。

 

 三人がそういった変化を捉えることができるのも、龍帝の適合者故である。

 

「あるいはこれは、龍帝同士の会話のようなものかもしれないな」

 

「おいおい。このままだと龍帝の実体化も止められないんじゃないか?」

 

「……多分、ぼくたちにそれを止めることはできないと思う」

 

 白矢の言葉に、龍は若干あきれ顔になる。だが、心の内では、相変わらず、異なる世界が繋がることへの感動があり、それならばどっしりと構えてやろうと龍は開き直った。

 

「なら、直談判しかないな。なに、おれたちは龍帝とは硬い絆で結ばれているんだ。そのおれたちから頼めば、相手も下手なことはしないだろう」

 

「だといいんだけどね。これから現れる龍帝が何者なのか、さっぱり見当もつかないのが問題だからなぁ……」

 

 青い空に、突如雷鳴が轟いた。ぎょっとなる白矢と龍。それまで闇帝オプス・キュリテのカードを眺めていたエドワキアが、怪訝そうな表情で天を仰いだ。

 

 天空より、一筋の赤と青の入り混じった、螺旋をへし曲げたような閃光が迸り、近くの地面に落ちた。その場に生えていた草が電光を浴びて白く光ったが、直後には何事もなかったかのように直立しており、雷が霊的なものであることを物語っていた。

 

 晴れ渡った空にはそぐわない雷鳴はなおも続き、その場に居合わせた龍帝の適合者たちは、段々と大きな力が近づいてくるのを、ひしひしと感じとっていた。

 

「いざ、直面してみると、流石に恐ろしいな」

 

 龍は畏怖の念を抱きながら、眼前の脅威を見守る。

 

「だね……」

 

 白矢もまた、霊穴の影響で顕現した異世界の力を前にして、圧倒されていた。

 

「……なにか、近づいてくる」

 

 エドワキアがぼそりと呟いた。

 

 直後、雷が一際強く鳴り響き、空間全体が白熱しているかのように雷光が伝わった。

 

 雷の光は中空の一点に渦を巻くように集約されていき、そこには空間を食い尽くすかのような紅蓮の如き虚空が現出していた。電光が弧を描き、燃え上がる炎が虚空から噴き出す。霊的な熱が吐き出され、瞬間的に周辺に広まっていった。

 

 炎と雷が輪を創る虚空の穴から、黄金色の粒子が迸った。それは三人の目の前で、小さなつむじ風のように宙を舞い、徐々に地上へと下ってきた。

 

 黄金の粒子が草で覆われた地面に集まっていくにつれ、上空の雷鳴は急速に鳴りを潜めていき、空間を満たしている強烈な霊気も遠のいていった。

 

 やがて、粒子は何かの輪郭を形成し、まだ周囲に残っていた霊力もその存在の実体化のために吸われているかのように収束する。

 

 集合した黄金の粒子が光を失うにつれ、翼を生やした青色の人影のようなものが形作られ始めた。

 

「いよいよお出ましか」

 

 龍はそう言いながらも、眼前の予想以上に小さい存在を訝しんでいた。

 

(おれたちの知っている龍帝にしては随分と小さいなあ……)

 

 だが、対峙する霊力は紛れもないドラゴンのもの。龍帝の適合者である三人にとっては最も身近な異世界の存在であったため、そのことが直に感じられた。

 

 そして、天地鳴動が収まった時、それは完全に実体化した。

 

 頭部の左右に黄色い角を生やした小さな青い人影。蹲った姿勢のまま、背中の赤色の羽がはたはたと動いている。その存在には、龍帝というよりも、小悪魔のような印象があった。

 

 その者はそれまで気を失っていたのか、瞳を閉じたままゆっくりと上体を起こす。青色のローブを羽織っており、その小さな体を支える露わになった白い腕は、何とももか弱い印象を見る者に与えた。

 

 閉じられていた目がパチクリと音を立てているかのような勢いで開かれた。大きな黄色い目に黒い瞳が浮かんでいる。それから、その存在は落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見回す。

 

「ここは、どこ? 父上は? ナイトガンダムは? ……お前ら、誰だビー」

 

 奇妙なことに、異界の存在の話している内容が、その場に居合わせた者の脳裏にすらすらと入り込んでくる。それまで茫然となって異世界から迷い込んだ者を眺めていた白矢と龍は、途端に我に返る。

 

 同じ龍帝の霊力を備えた者同士で交渉を試みなければならない――白矢はそう考え、相手に話しかけてみる。

 

「あなたが異世界から迷い込んだという、龍帝ですね。ぼくは尾空白矢、こっちはイー・ロン。それからあちらにいるのはエドワキア……皆、龍帝の絆で結ばれた者たちです」

 

「りゅーてー? 何の話だか、わけわからんビー……」

 

 そう言いながら、異界から迷い込んだ小さなドラゴンは翼をパタパタと動かしながら宙に浮き、周囲を眺め回した。

 

「あ、あのー。ちょっと待ってください。このままあなたにどこかへ行かれると、色々と困ったことになりまして」

 

 異界の者は中空から白矢を見下ろし、怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「んー。おまえ、おいらに指図するつもりビー」

 

 ひゅんと音を立てて舞い降り、異界の者は胸を張って見せる。首から下げられた星型の手裏剣を重ねたような形状のペンダントに付けられた赤い宝玉が煌いた。

 

「おいらは誇り高きドラゴン一族の王の中の王、ブラックドラゴンの一人息子。ドラゴンベビーだビー。おまえら頭が高い、ひかえろビー!」

 

 偉そうに豪語するドラゴンベビーと名乗る者に気圧された様子の白矢であったが、下手に刺激したら危険かもしれなかったので、慌ててその場に跪いた。

 

「待て待て。よくわからない初対面の相手に、いきなり、したてに出ることはないぞ」

 

 落ち着きを取り戻した龍は、あくまでどっしりと構えようという姿勢で臨む。

 

「おれたちはこの世界に住む龍帝の適合者だ。あなたがどこの世界から迷い込んだのかはわからないが、頭を下げるいわれはない」

 

「むう……」

 

 ドラゴンベビーが少し凄んで見せる。一触即発の雰囲気にあたふたと両者を交互に見つめる白矢。龍は弱みを見せたら負けだと思い、胸を張る。

 

 ふと、ドラゴンベビーの視線が龍の背後に立っているエドワキアへと向けられた。両手を自分の頬の辺りで握りしめて、瞳をうるうると輝かせている、エドワキア。

 

「か、可愛い……!」

 

 エドワキアが龍を押しのけ、ずいずいとドラゴンベビーの方へと迫る。龍は危うく転びそうになり、ドラゴンベビーは一瞬ぎょっとなって後じさりをした。

 

「抱っこしていい? いいよね、いいと言って」

 

「いや、流石にそれは駄目だろ……」 

 

 龍があきれ顔でエドワキアを諫める。エドワキアはきっとなって龍を睨み、「あんたには聞いてない」とだけ言った。

 

「こいつら、なんなんだビー……」

 

 戸惑うドラゴンベビーの返事も待たずに、エドワキアがドラゴンベビーを両手で抱きしめ、そのまま持ち上げてしまった。短い脚をバタバタと動かす、ドラゴンベビー。

 

「な、こら、離せビー!」

 

「エドワキアさん、見た目は可愛くても、異界のドラゴンだ。危険だってば……」

 

 白矢が止めようとしても、エドワキアは相手にせず、ドラゴンベビーの頭を優しくさすりながら、「ベビー、よしよし」と宥める口調で言う。

 

 最初は抵抗していたドラゴンベビーであったが、エドワキアに優しくされると、途端に暴れるのを止めてしまった。ドラゴンベビーは小さな体の割には大きな瞳でエドワキアの顔を覗き込む。

 

「おまえ……馴れ馴れしいけど、良いやつかもしれないビー」

 

 ドラゴンベビーがぽつりと呟いた。

 

「わたし、闇帝とも深い絆で結ばれている、から。ベビーとも仲良くなれる……」

 

 エドワキアの懐にある闇帝オプス・キュリテのカードが微かな霊気を放った。それを持ち上げ、ドラゴンベビーに見せるエドワキア。

 

「うーん? その、ただの札がおまえの仲間かビー?」

 

 エドワキアとドラゴンベビーのやり取りを固唾をのんで見守っていた白矢が思い立ち、自分も空帝ル・シエルのカードを取り出して、ドラゴンベビーの方へ表面を向けた。

 

「ドラゴンベビー、あなたの言う通り、これ自体はただのありふれたカードに過ぎません。でも、この世界と隣り合うスピリット世界では、カードに描かれている龍帝たちは実在し、カードは両方の世界を結びつける触媒としての役割を担っているのです」

 

 空帝ル・シエルのカードもまた、闇帝と同様に霊気を強めていた。

 

「おれたちの創造力によって、そのスピリット世界は形作られていく。だから、カードも新たな世界を創造する鍵になっているんだ」

 

 雷帝エール・クレルのカードを手にした龍が言った。

 

「創造力が世界を……本当かどうかは疑わしいけど、興味深い話だビー」

 

 ドラゴンベビーがするりとエドワキアの両腕から抜け出し、飛び上がった。エドワキアが少し残念そうな声を出す。

 

「なんなら、見せてあげましょうか。……世界創造の一端を」

 

 白矢の言葉に、龍が反応して「お」と声をもらす。

 

「おいらもいきなり引っ張り出されて、この世界のこともチンプンカンプンだったところ。おまえたちの戯れに付き合うだけの時間なら、待ってやっても良いビー」

 

 ドラゴンベビーは地面に降り立つと、その場にあった、先ほどまでエドワキアの座っていた石の上に座った。

 

「元々、霊穴から聖龍帝を解封するエネルギーを送るために、ここで龍帝を使用したバトルをする必要があったからね。……さて、誰と誰でやるかな?」

 

「白矢と龍でやって。わたし、ベビーと遊んでいるから」

 

 エドワキアはそう言うやいなや、ドラゴンベビーを軽々と持ち上げ、石の上に座ると、抱えたドラゴンベビーを自分の膝の上に置いた。ドラゴンベビーは少し慌てたが、すぐに大人しく従った。

 

「おう、異論はないぜ。実はな、早くやりたくてうずうずしていたところだったんだ」

 

 龍は己のデッキを手に取り、白矢と少し離れ、向かい合う位置に立った。

 

「ぼくらも霊穴で行うバトルがどういったものか、全容を把握しているわけじゃないから……。まあ、まずは試験的な意味も含めて、異界の者にも、ぼくらのバトルを、見せておかないと」

 

「甘いぜ、白矢。やるからには勝つ気で全力を出さないとな」

 

「無論、ぼくだって負けるつもりはないさ」

 

 龍と白矢、両者の間で緊迫した空気がぶつかり合う。龍帝の適合者であると同時に、二人はカードバトラー。二人の勝負師としての側面が空間に色濃く反映され、これから始まるバトルを待望していた霊穴全体が、高鳴っているようであった。




★来星の呟き

唐突なドラゴンベビーですが、構想当初は、初期のブラックドラゴンとよく似た設定の「邪神龍ドゥーム・ドラゴン」を使用するチョイ役として登場させる予定でした。
だったのですが、系統:ジオンが正式に実装されたこともあり、準レギュラーとして活躍させようと思い立ったのであります。
それに、プレミアムバンダイの商品で、リアル頭身版の騎士ガンダムやブラックドラゴンが立体化したというのもありますね。。
現状のジオンは実質「ロニ・ガーベイ」の為の系統ですので、必然的に「シャンブロ」がキースピリットになりますが。
でも、赤のドラゴン要素も入るので、MS・MAデッキとは限りません。


とりま、自分は、バトスピとSDガンダムの公式コラボや、SDバトスピの復権を強く渇望しておりまする。
たかの あつのり氏の『カラフルファンタジア SDバトスピ放浪伝 1』の巻末で、騎士ガンダムのカードダスのパロディ風のロロなどが描かれていて、嬉しかったもので。
「カラフルファンタジア・ロロ」もカード化しているので、そのうちに、作中で登場させたい次第。


因みに、今作のドラゴンベビーの設定は、ほしの竜一氏がコミックボンボン誌上で連載していた漫画版をベースにしております。
それ故、ネオブラックドラゴン登場後も分離したドラゴンベビーが同時に存在できる等、ブラックドラゴンとの父子の関係が重視されている形。

そうなると、例えば魔道士ララァは騎士シャアに想いを寄せているなんて描写は特になく、ジオンによるラクロア征服の暁には魔法国家の盟主になる野望を持っていたり。
(カードダスなどの設定では、のちに軍師クワトロの守護霊になっていたりするので、原作の設定に近くなっております。横井孝二氏が連載していた、コミックボンボンの『元祖!SDガンダム』でもララァは味方サイドになりますね)

OVA版の魔道士ララァも、サタンガンダムの忠実な側近という感じでした。
……自分は、その悪女風な敵幹部としてのララァが好きだったりします。。

ドラゴンベビーの一人称ですが、漫画版では当初「ぽく」でしたが、途中から「おいら」に統一されているので、後者を使用。
語尾は、主に「ビー」ですが、ネオブラックドラゴンが登場した後は「ピー」になっておりました。
こちらは「ビー」の方を採用。多分、「ビー」が一般的。



登場人物の名前に関して、ちょっと解説。

●翼龍 (イー・ロン)
「雷帝エール・クレル」の系統が、龍帝・翼竜だから。


●尾空白矢 (びくう はくや)
尾は「空帝ル・シエル」、空は「空帝竜騎プラチナム」、白は「白亜の竜使いアルブス」、矢は「天弓の勇者ウル」をイメージ。
拙作、『消えゆく白の群像』にはハクとクウという名の双子の姉弟が登場しますが、それも併せて意識しております。


●エドワキア・リローヴイ
エドワキアって名前、門田泰明氏の特命武装検事・黒木豹介シリーズの一つに登場する、ソ連の女スパイが同じ名前だったりします。
ほぼほぼお色気要素の為だけに登場し、作中で酷い扱いを受けた挙句、新装版では出番を数ページ分カットされるという憂き目にあった可哀そうな人。

しかし、作中の本人の台詞と、珍しく黒豹に堕とされなかったことから察するに、固い信念を持った芯の強い女性であることも窺え、とても印象に残っております。
(黒木豹介とある程度関わった女性は大抵、黒木豹介に惚れます)
黒豹シリーズで好きな登場人物を一人選べと言われたら、自分はエドワキア・ペトロフを選びますね。。

リローヴイはロシア語で、藤色の意。
紫のイメージですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金龍の伝説 中編 ~翼龍VS尾空白矢~

『ゲートオープン、界放!』

 

 対峙する龍と白矢が同時に宣言する。

 

 すると、霊穴から溢れ出る霊気が龍と白矢を覆い、両者が持つ霊力と合わさり、壮大な世界のヴィジョンが形作られていく。

 

 龍の立っている大地は熱く燃え滾る溶岩が所々から噴出する赤き世界。大地は硬い岩石に覆われ、熱風によって吹き荒れる砂と、露出した溶岩から沸き上がる煙によって視界が遮られる。

 

 昼間であった筈の空は赤黒く染まり、雷鳴が轟く中、時折、この過酷な環境の中でも強靭な生命力で生き続ける力強いドラゴンを連想させる咆哮が鳴り響く。

 

 対して、空矢の立っている大地は氷のような色彩の岩石が散乱する、まるで時の止まったかのような静寂の白き世界。空気の流れも止まっており、まるで静かなこの世界の安寧を願っているかのように、鳴りを潜めている。

 

 上空では 薄い日の光が世界を照らしており、常に夕暮れの中にいるような白夜の情景が広がっていた。その薄明かりが、辛うじてこの世界に色彩を与えているのである。

 

 対照的な二つの世界。龍と白矢だけでなく、観戦しているエドワキアとドラゴンベビーもまたこの世界を見ており、それぞれの世界の空気をじかに感じ取っていた。

 

 直に迫って来るそれぞれのヴィジョンに混乱し、目を白黒させるドラゴンベビー。エドワキアは二つの世界を見比べて、小さく「ふーん」とだけ呟いた。

 

「驚いたね、霊穴で行うバトルがこれほどのイマジネーションをかきたてるものであったなんて」

 

 感心した様子の白矢が言った。

 

「おれたちだけでこれだ。聖龍帝から生まれる世界がどうなるのか……まだまだ期待は尽きないな」

 

 龍もまた、己のイメージした世界が圧倒的な現実感を伴って具現化したことで、驚きを隠せない。

 

「それじゃあ、二人を待たせても悪いし……早速始めようか」

 

「ああ、おれはいつでも準備OKだぜ」 

 

 両者の合意により、今、異界との接点である霊穴で行われるバトルが始まる。

 

 

 

 ☆第1ターン。

 

 尾空白矢のターン。

 

 先行後攻は、両者の世界に潜み棲む龍帝の霊力の衝突を感じ取った、二人の意識の中で自然に決められた。

 

 先に行動するのは白矢。

 

「さあ、行かせてもらうよ、龍。スタートステップ!」

 

 白矢の宣言と共に、それまで凍り付いたような静寂に包まれていた白き世界に、一陣の風が巻き起こった。冷気を含んだ風に後押しされるように、白矢はドローステップを踏み、メインステップに入る。

 

「この世界の皆を導く、希望の担い手。天弓の勇者ウルを召喚!」

 

 召喚されるのは、REVIVALと刻印された勇者ウル。

 

 全身を白い装甲で覆われた人型の武装スピリットが舞い降り、氷岩の大地に立ち上がった。薄緑色の眼光が白夜の空を見上げ、金色の兜のような頭部が煌いた。その手には、己の背丈よりも長い、弓が握られている。

 

「さらにバーストをセット。……これでターン終了」

 

 冷たい大地の中空に、一枚のカードが伏せられた。その正体は定かでないが、この地上において、それは強い存在感を伴って浮遊していた。

 

 

 

 ☆第2ターン。

 

 翼龍のターン。

 

「何だか凄いことになってるけど、これって幻覚なのビー?」

 

 エドワキアの膝の上にいるドラゴンベビーが、白い空と赤黒い空の境界の辺りを指さしながら、エドワキアに尋ねた。

 

「あいつらの意識の根底にあったもの。それが霊穴の力によって五感で感じられるものになったの。……まだ実体はないだろうけど」

 

 エドワキアの視線が龍の方へと向けられた。今は、龍のターン。となれば、次なる変化は龍の側から表れるのは明白だ。

 

「いくぜ、おれのターン!」

 

 龍がターン開始を宣言すると同時に、焼けた大地が激しく振動した。白矢の世界とは別物の、目に見えて活動的な世界。黒ずんだ空に稲妻が奔り、暗かった地上が白光に包まれた。

 

 そのまま龍は各ステップを進め、メインステップに入る。

 

「気の流れを統率する機人。この渇いた世界に咲く鋼の華。アークの秘書・アズを配置!」

 

 雷が地上に落ちた。白熱する空間を割き、一人の女性がゆっくりとした動作で赤き世界に入り込んでくる。ヒューマギアと呼ばれる機人、アズであった。

 

 出現したアズの長い黒髪が熱風に吹かれ、なびいていた。

 

「アズの配置時に、デッキの上から3枚をトラッシュへ置く……雷帝エール・クレル、暴龍王ネロ・ドラグディウス、雷の覇王ライコウ・ドラゴン……おれのドラゴンたちの雷を秘書が集約する!」

 

 神託条件を満たすのは雷の名を持つ2枚のスピリットカード。アズの頭上に赤い「雷」の文字が二つ浮き上がり、それは電光を発するコアとなり、アズの手元に置かれた。

 

「さらに、亡霊怪獣シーボーズを召喚」

 

 稲妻が奔る空に、黒雲がもくもくとたちこめた。少し間を置いた後、黒雲が一点へと集約していき、まるで重さに耐え兼ねた線香花火の先端のように、地上へと落下した。

 

 ボトンという音が大地に木霊した。黒雲であったそれは、既に実体化しており、黒い肉体を白骨が覆っている奇妙な姿の怪獣へと変貌していた。

 

 召喚された亡霊怪獣は落下の衝撃で暫しの間うずくまっていたが、やがて、ゆらりと立ち上がると、虚ろに空を見上げながら、悲し気な咆哮を響かせた。

 

 その咆哮に呼応する形で、アズの神託が発揮され、アズの頭上に紫色の「亡」という文字が浮かび上がり、それはコアへと変化し、アズの手元に置かれた。

 

 これにより、アズのコアは3個となる。

 

「シーボーズ……怪獣墓場からのマレビトか」

 

 白矢が感慨深げに呟く。

 

 ドラゴンベビーは亡霊怪獣シーボーズの様子をまじまじと見つめていた。怨念を背負って生まれ、故郷から落とされ、途方に暮れている悲しき亡霊怪獣の姿。

 

(父上……)

 

 ドラゴンベビーの脳裏に浮かぶのは、黒い強大な力を有した、敬愛する父、ブラックドラゴン。ドラゴンベビーは意識しないうちに、自分とシーボーズを重ねて視ていた。

 

 エドワキアは、一瞬寂しそうになったドラゴンベビーの表情の変化を見逃さなかった。思えば、ドラゴンベビーにも故郷があり、一人で違う世界に迷い込んでしまったのだ。

 

「おれはこのままターンエンドだ。……しばらく、シーボーズにもゆっくりしていってもらおうか」

 

 龍もまた、しょげているシーボーズを眺めていた。

 

 

 

 ☆第3ターン。

 

 尾空白矢のターン。

 

「揺るがぬ機械の魂、ここに顕現せよ。白魔神を召喚!」

 

 上空から八つの黄色い閃光が飛んできた。それは白矢のフィールドにて交差し、瞬時に人型の機械人形の姿が出現し、黄色の閃光は鋭利な刃物のような形状の後光となって、機械人の背中と結合する。

 

「異魔神ブレイヴの召喚時効果を発揮……したけど、龍のフィールドにはネクサスが創界神のアズしかないな……白魔神でデッキの下に戻せるネクサスは存在しない。ぼくはこれ以上は何もせず、ターン終了だよ」

 

 

 

 ☆第4ターン。

 

 翼龍のターン。

 

「紅き雷の奏者、戦の太鼓を鳴らせ。雷帝竜騎レイブリッツ!」

 

 大地を焦がす落雷。雷が落ちたところに立っているのは、電光をまとった剣を手にした、一人の竜騎。そそり立つ二本の紅い角が発光し、虎のような相貌が露わになった。

 

 雷帝竜騎レイブリッツが持つ、翼竜のような両翼が羽ばたき、両肩に四つずつ装着された雷太鼓が大音響を轟かせた。傍らにいるシーボーズがその音にびびり、骨の浮き出た両手で己の耳を抑えた。

 

 レイブリッツの放った熱量が集約し、アズの頭上に「雷」の文字が浮かび、それはコアへと変じ、アズの手元に加えられた。

 

 これで、アズのコアは4個。

 

「バーストセット。……さあて、これで準備は万端だ。いくぜ、アタックステップ! シーボーズ、アタックだ!」

 

 シーボーズが不満そうに龍の方へと振り返ったが、強気の姿勢の龍に逆らえず、ため息をつくような動作をした後、白矢のフィールドへと駆けて行った。

 

「フラッシュ! アズの神技を発揮するぜ」

 

 龍の号令を聞いたアズが、それまで蓄えていた4つのコアを宙へと放り投げた。

 

 投げられたコアは3つの電光と、1つの紫色の球体へと変じ、天弓の勇者ウルを狙い撃つ。

 

「く……ウルが」

 

 アズに撃たれたウルのソウルコアが宙を舞い、コアを失ったウルは白い粒子となって空間に霧散した。

 

「……そのアタック、ライフで受ける!」

 

 突進してきたシーボーズが右腕を突き出し、白矢のライフコアを打ち砕いた。

 

 ライフの砕けた衝撃が伝わり、白矢のフィールドは地震が起こったかのように振動した。

 

「凄い波動だ。これが霊穴のバトルなのか……」

 

 白矢の世界と龍の世界全体が、鳴動する感覚が直に伝わってくる。

 

「この広い世界の中で、自分を見失うわけにはいかない、な。……ライフ減少により、バースト発動! エクスティンクションウォール! 減らされたライフの数だけ、ボイドからコアを自分のライフに追加する」

 

 白い燐光が集まり、砕けたライフを補充する形で白矢のライフに新たなコアが追加された。

 

「減らしたライフは元通りか。……これでターンエンドだ」

 

 

 

 ☆第5ターン。

 

 尾空白矢のターン。

 

「メインステップ……ぼくは、リザーブのコアを1つ、白魔神に置く」

 

 白矢の傍らにあるコアが白魔神の方へと飛び立った。コアは白魔神の頭上に浮いたまま、輝いている。

 

「異魔神にコアを……。くるか、白矢」

 

 白矢の行動の意味を、龍はよく理解していた。

 

「天を舞う、白夜の化身。白き龍帝、出でよ! 空帝ル・シエルを【転召】!」

 

 地上と空を白夜に染め上げていた太陽が黒く染まった。わずかな間、闇に覆われる世界。ふいに、暗黒の太陽の中に白い影が現れる。それは、太陽を塞ぐ暗黒を一身に吸収し、一際強い白光を放った。

 

 白魔神の頭上にあったコアが天へを昇っていった。コアは白光の中へと飲み込まれていく。

 

 暗くなっていた世界が、唐突に真っ昼間の如き光明にさらされる。徐々にその光が収まった時、天より飛来した白いドラゴンが白魔神の真上に顕現していた。

 

「遂にでたか、白矢、お前のドラゴンが」

 

 龍は対峙する空帝ル・シエルの神々しい姿に、見とれていた。自分にとって魂のカードと呼ぶに相応しい雷帝エール・クレルと同等の輝きを持つ、白き空帝。それは、龍自身の闘争心をかきたてた。

 

「ぼくも相棒をこの世界に召喚することができて嬉しいよ。……空帝ル・シエルに白魔神を合体!」

 

 白魔神が空帝ル・シエルの背後へと回り、後光を一層輝かせた。空帝ル・シエルの透き通った翼が、魔神の光を受け、全体が白熱する。

 

「さらにバーストをセット」

 

 白矢が新たなバーストカードを仕掛ける。

 

「アタックステップ。いくよ、龍。空帝ル・シエルでアタック!」

 

 白魔神の輝きと一体化した空帝が飛翔し、鋭い咆哮を上げた。全身で風を切るようにして突き進み、龍のフィールドへと突貫する。

 

「合体している白魔神の効果により、合体していない相手のスピリットかアルティメット1体を手札に戻す。……レイブリッツを手札へ!」

 

 白魔神の両腕が合わさり、大口径の砲へと変形した。巨大な白く燃え上がる火球が放たれ、レイブリッツを直撃する。レイブリッツの全身が白い光の中で分解され、敵の攻撃を逃れるかのように赤い燐光と化したレイブリッツが龍の手札へと戻っていった。

 

「ぐ……これはまずい」

 

 シーボーズは疲労しており、攻め込んできたル・シエルの行く手を阻むものは存在しない。

 

「ライフで受ける、ぜ」

 

 白の龍帝がシーボーズの真上を通り過ぎたところで、天空を貫く勢いで急上昇した。

 

 龍のフィールド内の朱に染まった暗い高空で静止した空帝が両翼を広げると、白い稲光のような波動が空全体に広まっていった。

 

「世界が塗り替えられていく……」

 

 龍が茫然となる。

 

 空帝の緑色の瞳が鋭く光った。天を焼く、星のような光。それを合図としているかのように、空帝が急降下を開始した。

 

「空が落ちてくる……」

 

 空帝ル・シエルの姿に釘付けとなっていたドラゴンベビーが呟いた。

 

「危ない!」

 

 危険を察知したエドワキアが叫ぶと、ドラゴンベビーを抱きかかえ、地上を駆けた。

 

 降下してくる空帝と一緒になって、青白く染められた空全体が地上全体を押しつぶす勢いで迫ってくる。

 

「ぐぅ……わあああ!」

 

 空帝との衝突で圧縮された龍のライフコアが潰れ、粉々になって飛び散った。龍の全身が投げ出され、岩肌の露出した大地に叩きつけられた。

 

「だ、大丈夫か、龍!」

 

 白矢もまさかこれほどの事態になるとは思ってもいなかったので、慌てて龍に向かって呼びかける。龍は「やれやれ」とぼやきながら立ち上がった。

 

「ヴィジョンだけだってのはわかっていたんだが……迫力あり過ぎだぜ。思わず、ちびりそうになっちまった」

 

 龍は微かに笑みを浮かべていた。

 

「下品」

 

「ビー」

 

 エドワキアとドラゴンベビーが口をそろえて言う。二人のいる場所は、現在いる山本来の姿の緑色の原っぱの領域が露わになっており、龍帝の影響力から二人を護るようにして円状に広がっていた。

 

「……大丈夫そうだね、龍。しかし、今のは聖龍帝のより強い影響でもあるのか……世界そのものを揺るがしかねない力を感じたよ」

 

 白矢は己の相棒でもある白き龍帝の姿を見つめた。アタックを終えた龍帝は身を翻すと、白矢のフィールドへと戻ってくる。白矢は、自分の相棒に対する畏怖の念を禁じ得なかった。

 

「まだ霊穴に関するぼくらの知識は、十分とは言えないのかもしれない。これ以上続けるのは、危険かも……」

 

「いや、続けようぜ、白矢。おれたちは龍帝との絆に導かれて、ここにいるんだ。その龍帝が悪いようにするとは、思えない……それに、この場でのバトルを放棄したら、前へ進むための道を自ら閉ざすことになる……異世界からの客人に対しても失礼だしな」

 

「……はあ。わかったよ、龍。じゃあ、バトルを続けるよ」

 

 ため息交じりではあったが、白矢もまた、このバトルフィールドの中に創造されている世界を中途半端なところで手放すのには、強い抵抗があった、白矢は龍に対して同意の意を示す。

 

「……このターン、これ以上ぼくが起こせるアクションはないな。ターンエンドだよ、龍」

 

 龍のライフが一気に残り一つまで削らされたところで、白矢のターンが終了した。

 

 

 

 ☆第6ターン。

 

 翼龍のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで、龍のフィールドにいるシーボーズが回復状態に戻る。ただ、シーボーズは疲労から立ち直っても依然として元気のない様子で俯いていた。

 

「燃える闘龍の化身、紅蓮の異魔神よ。出でよ、赤魔神!」

 

 金色の炎の帯が幾重にも重なり、膨大な熱量を伴った渦を形成し始めた。回転する烈火は勢いを強め、炎の渦の中央から燃え滾る虚空が現出する。その虚空から、赤い装甲に覆われた二つの強靭な手が突き出され、空間の裂け目を押し広げた。

 

 開かれた虚空の穴より、闘気を身にまとった人型の魔神が現れる。魔神の背後には金色の炎が変化した後光の如き円状の物体が浮かび、未だに燃え猛っている炎は、さながら不動明王を思わせた。

 

 フィールドに、二体の異魔神が対峙した。

 

「赤魔神……何という荒々しさだ」

 

「赤魔神は相手の異魔神が並び立つことを許さない……召喚時効果発揮、相手の合体しているブレイヴ、白魔神を破壊するぜ!」

 

 赤魔神の右拳が突き出され、がっと開かれた。開いた掌から黒炎の塊が発射され、空帝ル・シエルの背後に浮かんでいた白魔神の胴体を撃ち抜いた。破壊された白魔神の全身がぼろぼろと崩れ、消滅していく。

 

「やられたね……これで、ブレイヴが龍のフィールドにだけ残ったわけか」

 

「続けて……五つの賢帝を統括せし、暴君。暴龍王ネロ・ドラグディウスを召喚!」

 

 岩のように屈強な身体と力強い翼を備えた、小柄な龍帝が出現した。赤いルビーのような宝石をはめ込んだ金色の鎧を身に着け、その上から巻き付けた紅のローブが雷雲の下を吹いている強風にあおられ、なびいている。

 

「さらに、赤魔神にコアを1つ置く」

 

 荒ぶる赤き異魔神の手に、飛来した一つのコアが握りしめられた。

 

「やはり、龍。きみも……」

 

「そうだ、おれも行かせてもらうぜ」

 

 龍が手札から一枚のカードを取り出し、天へとかざす。

 

「星をも貫く真紅の雷。紅蓮の虚空より現れよ、雷帝エール・クレル!」

 

 赤い稲妻が迸り、天を焼いた。雷鳴が轟き、空間全体がひび割れるように紅い電光が四方へ広がっていく。

 

「暴龍王ネロ・ドラグディウスの効果、このスピリットを疲労させることで、雷帝の召喚コストをリザーブから3コストまで支払ったものとして扱う」

 

 四本の指の先にかぎ爪を備えた暴龍王の手が、雷帝が出現しようとしている天へ向かって掲げられた。広げられた掌から火柱がそそり立ち、雷帝に熱量を加える。

 

「赤魔神に【転召】!」

 

 赤魔神が握りしめていたコアが飛び立ち、暴龍王の作り出した火柱に飲み込まれて、天に昇っていった。

 

 そのコアを吸収した稲妻が一体の獣の如きドラゴンの形となり、地上へと急速度で降下した。

 

 全身に虎のような模様のある、獣のような四肢を備えた赤きドラゴンが渇いた大地に降り立つ。

 

 雷帝エール・クレルの召喚と共に、大地が震動し、至る所の岩石が砕け、マグマが噴出した。マグマは渇きを訴える大地を熱量で以て満たし、雷帝の周囲がドロドロの溶岩で覆われていった。

 

「雷帝エール・クレル……凄まじい闘気だ……」

 

「これでようやく、おれの雷帝とお前の空帝が相まみえた……というわけだ。さらに、雷帝の召喚によりネロ・ドラグディウスの効果で1枚ドローし、アズの神託を発揮する」

 

 龍の手札に、雷帝竜騎レイブリッツとは別のカードが一枚、加わった。さらに、アズの頭上に「雷」の文字が浮かび上がり、コアへと変じた。

 

「雷帝エール・クレルに赤魔神を合体」

 

 咆哮する雷帝。その背後に赤魔神の全身が浮かび上がり、雷帝に力を送り出す。

 

「アタックステップ。雷帝エール・クレル、アタック!」

 

 雷帝が獣の獰猛さを露わに、大地を爆走する。

 

「アタック時、赤魔神の効果で1枚ドロー!」

 

 雷帝と合体している赤魔神の背後の炎が高速で回転し、帯状の炎が龍のデッキへと送られた。炎の加速と共に、龍はデッキからカードを1枚ドローする。

 

「龍。ぼくはそのアタックを通すつもりはないよ。……相手の手札が増えたことにより、バースト発動! 聖皇ジークフリーデンをバースト召喚!」

 

 召喚されたのは、REVIVALとカードに刻印された聖皇ジークフリーデン。白い機械の装甲と一体化した赤い龍皇が白き大地を踏みしめ、咆哮した。

 

「聖皇ジークフリーデンの召喚時効果を発揮。デッキの上から3枚オープンし、その中の系統古竜か武装を持つスピリットカードを手札に加える」

 

 オープンされたカードは、REVIVALと刻印された巨神機トール、秩序の砲術機トゥール・ビヨン、創界神ネクサスJ。武装を持つ2枚のカードが白矢の手札に加えられ、Jはトラッシュに置かれた。

 

「ジークフリーデンか。大した迫力だ……」

 

 龍が感嘆の声を上げた。

 

「が、こっちもその力を揮わせるわけにはいかない。スピリットの召喚時効果が発揮されたことにより、バースト発動。出でよ、雷の四天王サカターノ・ベア!」

 

 黒雲を切り裂き、巨大な斧を手にした熊が大地に飛び降りた。

 

「サカターノ・ベアの召喚時効果により、BP10000以下の相手のスピリット……聖皇ジークフリーデンを破壊だ!」

 

 サカターノ・ベアが振り下ろした斧が地面に突き刺さる。そこから炎が吹きあがり、炎はジークフリーデンへ向かって、地上を走るように直進していった。

 

 ジークフリーデンは天へと飛翔し、これをかわそうとしたが、炎はジークフリーデンの真下で止まると、瞬時に猛烈な火柱を上げ、ジークフリーデンを呑み込んだ。

 

 ジークフリーデンが破壊される一方で、サカターノ・ベアはアズの神託も発揮させ、アズは「雷」の文字から変化したコアを受け取った。

 

 これにより、アズのコアは2個となる。

 

「どうだ、これで雷帝の邪魔をするものはいないぜ」

 

「やってくれたね、龍。だけど、さっきも言った通り、ぼくはそのアタックを通しはしない」

 

 白矢はさらに一枚のスピリットカードを取り出す。

 

「白き空帝は鎧を身にまとい、更なる高みへと飛翔する! 空帝ル・シエルに、煌空帝ル・シエルを煌臨!」

 

 空帝ル・シエルの全身が発光し、白い光の集合体の如き姿へと変貌する。その光の龍と化した空帝が舞い上がっていく様子を、ドラゴンベビーが見上げていた。

 

「光の龍……」

 

 ドラゴンベビーが何事かを思案するような表情となる。心配したエドワキアが尋ねると、ドラゴンベビーが答える。

 

「あれ、見覚えがあるビー……確か、こっちの世界に来る前に……」

 

 光と化した空帝が上空で光の粒子をかき集め、己の身体を覆う鎧を形成し始める。一体の空魚でもあるル・シエルは、より高い空へ昇ることで、甲竜へと姿を変えた。

 

「空帝のもう一つの姿、か」

 

「ああ。そして、煌空帝ル・シエルの煌臨時効果。煌臨元の空帝ル・シエルをデッキの下に戻すことで、雷帝エール・クレルをデッキの下に戻す!」

 

「あ、しまった!」

 

 煌空帝ル・シエルの身体から、光り輝く空帝ル・シエルの形をした分身が出現し、接近してくる雷帝エール・クレルに突進した。

 

 雷帝は背中から四つの光の翼を出現させ、これを迎え撃とうとしたが、分身の空帝は正面から激突し、白い燐光となって雷帝の全身を包み込んだ。雷帝もまた赤い粒子へと分解され、両者は双方のデッキへと戻された。

 

 雷帝が消えたあとには、分離した赤魔神が残される。

 

「ぐぐ……おれは、これで、ターンエンドだ」

 

 龍は悔しそうに言った。

 

 

 

 ☆第7ターン。

 

 尾空白矢のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、疲労状態の煌空帝ル・シエルは回復し、臨戦態勢に入った。

 

「ぼくはバーストをセット」

 

 メインステップに入るなり、白矢は空いたバーストエリアにカードを補充する。

 

「そして……リザーブのコアをコストとして支払い、メカニカルミラージュをセットする」

 

 バーストのすぐ隣に、白い機人を模した紋章が浮かび上がった。

 

「ミラージュだと……。色々繰り出してくるじゃあないか、白矢」

 

 紋章の出現と同時に、上空ではオーロラが現出し、白矢のフィールドを照らし出す。地上に降り立った煌空帝ル・シエルは長い首をもたげ、光に満ちた天空を見上げていた。

 

「白き帝に仕えし白銀の竜騎、天空より舞い降りよ。空帝竜騎プラチナムを召喚!」

 

 全身が機械でできている白い騎士が空から降り立った。騎士は己の背丈ほどもある銃剣を手にしている。

 

「セットしているメカニカルミラージュの効果。白一色でコスト5のプラチナムが召喚されたことで、コスト5以下の相手のスピリット……亡霊怪獣シーボーズをデッキの下に戻す」

 

 紋章がプラチナムに重なるのと同時に、振り上げられた銃剣から白い光弾が発射された。それはシーボーズの足元に着弾し、そこから沸き上がった白いオーラによって、ジタバタと暴れるシーボーズの全身が包み込まれていく。

 

 シーボーズを包んだ白い光の塊は上昇していき、暗い空の彼方へと吸い込まれるようにして消えていった。

 

「……シーボーズ、あれで安息の地へと送られた……のかも」

 

 エドワキアがぽつりと呟いた。

 

 シーボーズを羨ましそうに見つめるドラゴンベビー。エドワキアはそちらへ向き直ると、寂しさを露わにしているドラゴンベビーへ声をかける。

 

「ねえ、ベビー。あいつらはほっといて、一緒に遊ぼうか?」

 

 ドラゴンベビーは一瞬きょとんとなったが、少しムッとした様子で答える。

 

「おいらは小さくても、ドラゴン一族の皇子だビー。おこちゃま扱いするなビー」

 

「うん、ごめん。でも、わたしも遊びたい、から」

 

「……仕方ないビー。そんなら、おいらが付き合ってやる、感謝しろビー」

 

 そんなやり取りを見やった龍は、ふうとため息をついた。

 

「おれとしては、ブロッカーが減って困るんだがなあ……」

 

「……龍、よそ見をしている場合かな? ぼくは更に攻めさせてもらうよ……アタックステップ、煌空帝ル・シエルでアタック!」 

 

 迫り来る煌空帝を前にして、対戦に引き戻される龍。白魔神を失ったとはいえ、力を増した煌空帝の迫力は先ほどの空帝にも決して劣らない。

 

「悪いな、白矢。おれもとっておきを使わせてもらう」

 

 龍が取り出したカードを見て、白矢が「あっ」と言った。

 

「轟け雷鳴! 天を熱し、地を焦熱の雷炎で焼き払え! 雷の四天王サカターノ・ベアに煌雷帝エール・クレルを煌臨!」

 

 サカターノ・ベアの全身が電光の粒子となり、上空の雷雲の塊に吸収されていった。雷雲は周囲からも稲妻を取り込み、凄まじい光量を放った。

 

 集約された光がドラゴンの形となり、雷帝エール・クレルが黒い鎧をまとった煌雷帝の姿で再臨する。

 

「煌雷帝エール・クレルの煌臨時効果を発揮。BP17000以下の相手のスピリットを1体、煌空帝ル・シエルを破壊だ!」

 

 煌雷帝の背中に弩の先端を巨大化したような二つの浮遊物があり、そこから爪のような形状をした二対の光の刃が突き出された。

 

 浮遊物が光の速度で移動し、煌空帝ル・シエルの頭上で静止する。光の刃が煌空帝を回避する隙も与えずに取り囲み、高熱を伴った雷撃が内部ではなたれ、煌空帝の全身が白い粒子となって消滅した。

 

「むう、ル・シエル……」

 

 煌空帝ル・シエルを失ったことで、白矢のフィールドは雷鳴の轟く赤き世界に大きく取り込まれる形となってしまった。対して、龍のフィールドには悠然と構えている煌雷帝がその存在感を誇示しており、背後では新たに神託を発揮したアズの手元に、3つ目のコアが置かれている。

 

「……ぼくもフラッシュタイム! 白の輝石より生まれし、秩序の番人。秩序の砲術機トゥール・ビヨンを空帝竜騎プラチナムに煌臨!」

 

 空帝竜騎プラチナムの全身が白光し、黒鉄の砲を構えた白い機械の戦士、トゥール・ビヨンへと姿を変えた。

 

「トゥール・ビヨンの煌臨時効果! ボイドからコア1個をこのスピリットに置き、相手のスピリット1体を手札に戻す……煌雷帝エール・クレルよ、手札に戻れ!」

 

「な、なに!」

 

 トゥール・ビヨンの砲が火を噴き、上空の煌雷帝を貫いた。明滅する煌雷帝と、煌臨元となっていたサカターノ・ベアが同時に赤い粒子となって龍の手札へ戻されていく。

 

 さらに新たなコアの輝きが加えられたことで、トゥール・ビヨンは強固な重装甲を得た。

 

「秩序の砲術機トゥール・ビヨンでアタックだ!」

 

 砲を構えたトゥール・ビヨンが空を飛び、龍のコアを目掛けて突撃する。

 

「だが白矢、トゥール・ビヨンの持つ【重装甲】は紫、黄、青。おれが得意とする赤は防げない……手札のマジック、レーザーボレーで迎え撃つ!」

 

 雷雲から無数の光線が放たれ、トゥール・ビヨンの装甲を貫いた。破壊され、飛散するトゥール・ビヨン。

 

「……最後のライフ、削れなかったか。ターンエンドだよ」

 

 

 

 ☆第8ターン。

 

 翼龍のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、疲労していた暴龍王ネロ・ドラグディウスが回復した。

 

 そして、メインステップ。

 

「再度、戦いの雷太鼓を鳴らせ! 雷帝竜騎レイブリッツ!」

 

 虎と竜を合成したような外見の竜人、レイブリッツが召喚される。アズの頭上に「雷」の文字が現出し、それはアズに置かれる4つ目のコアとなった。

 

「煌雷帝エール・クレル、その雄姿、もう一度この世界に焼きつけるんだ!」

 

 再び現れる、煌雷帝エール・クレル。龍は暴龍王ネロ・ドラグディウスを疲労させることで支払うコストを軽減し、手札から直接召喚した。

 

 龍帝が召喚されたことで、暴龍王のもう一つの効果により、龍はデッキからカードをドローした。

 

 同時にアズの神託も発揮され、そのコアは5つとなった。既に、神技を発揮するのには十分なコアが溜まっている。

 

「赤魔神を煌雷帝エール・クレルに左合体」

 

 赤き異魔神は煌雷帝を新たな合体先とし、猛々しい炎を吹き上がらせた。

 

「雷帝導く弩弓の名手。真紅の竜使いロッソを召喚!」

 

 新たに召喚されたのは全身を紅の鎧で包んだ、四本の腕を持つ竜人。鎧の材質は雷帝エール・クレルの皮膚と酷似しており、竜人の屈強な体格を更なる頑丈さで保護していた。

 

 竜人は己の身長よりも高い、巨大な黒い弓を支えており、弓の傍には漆黒の浮遊物体が存在する。弓と浮遊物体は、煌雷帝エール・クレルの鎧と同じ素材を使っているらしい。

 

「赤魔神、ロッソにも力を貸してくれ! ロッソに赤魔神を右合体」

 

 赤魔神の両腕が掲げられ、片方はロッソ、もう片方は煌雷帝へ熱量を注ぎ込む。

 

「さらに、ネロのコアをレイブリッツに移動し、レイブリッツをLv2にする。そして、バーストセット。……準備は万端だ、アタックステップ。煌雷帝エール・クレルでアタック」

 

 全身を矛のような形状へと変化させ、突進する煌雷帝エール・クレル。赤魔神の効果も発揮され、龍はカードを1枚ドローした。

 

「レイブリッツの効果により、おれの龍帝と竜騎は最高Lvになる……さらに、ロッソの効果で龍帝はBP+3000。煌雷帝エール・クレルのBPは24000にまで跳ね上がるぜ」

 

 白矢はがら空きとなっている己のフィールドと、リザーブに残された3個のコアを見やった。

 

(龍のアズは神技を使える……それに、3枚の手札。あのバーストはおそらくサカターノ・ベアだろうけど、確証はないな……仕方がない)

 

 白矢は覚悟を決めた。

 

「そのアタック、ライフで受ける」

 

「最初はグー。ジャンケンポン」

 

 龍と白矢の対戦の観戦を放棄して、ジャンケンをしているエドワキアとドラゴンベビー。続けてグーを出したドラゴンベビーに対して、エドワキアはパーを出していた。

 

「あっち向いてホイ」

 

 エドワキアが自分から見て左側を指さすのと同時に、ドラゴンベビーが同じ方向を向いてしまう。直後、弩弓の如き煌雷帝の姿が飛び込んできたことで、ドラゴンベビーは驚いて悲鳴を上げてしまった。

 

 煌雷帝はそのまま白矢のライフを砕きに直進していった。

 

「……びっくりしたビー」

 

 気を取り直して、エドワキアと顔を見合わせるドラゴンべビー。

 

「あれ? 指と同じ向きを向いたら負けだったビー?」

 

「そうだよ」

 

「むぐぐぅ。もう一回だビー」

 

「むきになって、可愛い……」

 

「こんな単純な遊戯にむきになるはずがないビー!」

 

 そう言いつつも、子どもらしくむきになるドラゴンベビー。

 

 エドワキアがその場ですぐ教えられる遊びと言ったら、日本の本を読んで知ったジャンケンぐらいであった。

 

 高い知能を持つドラゴンベビーはもう少し複雑な内容を欲している面もあったが、ドラゴン一族の皇子として育ったドラゴンベビーはこうして誰かと遊ぶという経験がなかったために、とても新鮮な気持ちになっていた。

 

 一際強い轟音に驚き、ドラゴンベビーが手を止めて、もう一度龍と白矢のバトルフィールドを見た。丁度、煌雷帝の閃光が白矢のライフを砕く瞬間。

 

「ぐううぅ! こ、これは龍の言う通りだ……」

 

 同時に4つのライフコアを砕かれた白矢はよろよろとした様子で倒れそうになり、何とか踏み止まった。

 

「こんなに激しいバトル、廿郎さんのようなご老体にはキツイんじゃないかな……」

 

 白矢は心臓が激しく動悸しており、左手で自分の胸を軽く抑えながら言った。

 

「そうか? あの爺さんくらい元気なら大丈夫そうだがなぁ」

 

 龍の呑気な言葉に、白矢は少しあきれ顔になる。

 

「……さあ、まだ勝負は続いているぞ。白矢、このまま最後のライフも砕かせてもらうぜ。ロッソでアタック!」

 

 白矢のフィールドに疾走するロッソ。相手のライフを捉えたところでロッソが弓を構えると、弓の先端に漆黒の物体が浮かび、瞬時に真紅の雷光によって形作られた矢が現れた。

 

「そのアタックは通させない。相手のスピリットのアタックにより、バースト発動、巨神機トール!」

 

 繋ぎ合わされた盾のような翼を備えた巨大な機人の出現。それはREVIVALと刻印された巨神機トール。鋼の剛腕を突き出し、ロッソの前に立ちはだかる。

 

「バースト召喚されたトールのBPは、このターンの間、+10000される、よってLv3でBP21000」

 

「く、ロッソのBPは自身の効果を合わせても17000止まり……」

 

 白矢はトールにありったけの7つものコアを乗せていた。アズの神技を警戒しているのであろう。仮にアズの神技を使用しても、トールのLvは3のまま変化しない。

 

「トール、ブロックだ! そして、ターンに1回、アタックかブロックをしたトールは回復する」

 

 ロッソが矢を放つ。トールは両方の手でもってこれを真剣白刃取りの要領で捕まえると、そのまま押しつぶしてしまった。尚も矢をつがえようとするロッソに向かってトールが飛びかかり、鋼の拳で殴り飛ばした。

 

 赤い粒子となって消えていくロッソ。トールは即座に回復し、後方に控えているレイブリッツたちを冷たい眼差しで睨みつけた。

 

 龍はそのままターンを終了するしかなかった。

 

 

 

 ☆第9ターン。

 

 尾空白矢のターン。

 

「メインステップ。ぼくは、マジック、リボルドローを使用」

 

 マジックの使用に4コスト支払い、2枚のカードをドローする白矢。手札が尽きていた白矢はここで起死回生の一手を期待するが……。

 

「……創界神ネクサス、Jを配置する」

 

 白き大地に颯爽と現れたのは、銀髪の青年、J。

 

「J……輝石のカードバトラーが創界神?」

 

 ドラゴンベビーとジャンケンを続けていたエドワキアが白矢のフィールドに目を留めた。あっち向いてホイのタイミングで止まったため、反対方向を見ていたドラゴンベビーが慌てて振り返る。

 

「かつてイセカイ界と呼ばれる世界で繰り広げられた戦い……それは隣り合う様々な世界へ波紋を広げ、影響を与えた。その中には、輝石によって生み出されていった世界も数多存在し、やがてJも輝石の創界神と呼ばれるに至った」

 

「初耳」

 

「や、ぼくも時菜さんに聞かされただけで真相は知らないけど、ね」

 

 創界神が配置されたことで、白矢はデッキの上から3枚のカードをトラッシュに置いた。置かれたカードは、グラシアルブレス、聖皇ジークフリーデン、闇輝石六将 機械獣神フェンリグ。神託条件を満たすカードは2枚のため、Jには2つのコアが置かれる。

 

 白矢はそのままアタックステップに突入した。

 

「巨神機トールでアタック! アタック時、ターンに1回、トールは回復する」

 

 トールが己の剛腕を武器にしてフィールドを突き進む。白い氷塊の地と赤いマグマの煮えたぎる大地の境界線に差し掛かったところで、龍が待ったをかける。

 

「おっと、トールの進撃は食い止めさせてもらうぜ! コストを支払い、手札から仮面ライダーデルタ[2]のチェンジを発揮だ! BP12000以下のトールを破壊する!」

 

 身体にフィットした黒いスーツを着た、仮面の人物がトールの前に立ちはだかり、銃口を向けた。

 

「ここでデルタか! トールは【重装甲】により、赤のスピリットの効果は効かないが……」

 

「そうだ。仮面ライダーデルタはチェンジを使用するとき、色を無色として扱う……トールの【重装甲】では防げない」

 

 直後、銃撃がトールを撃ち抜く。トールの全身が一瞬で白い粒子となって飛散し、消えていった。

 

 役目を終えた仮面ライダーデルタは銃口を下ろすと、そのままの姿勢で消滅した。

 

「……万策尽きた、な。ぼくはこれでターンを終了するよ」

 

 白矢のフィールドにはJしか存在せず、他には一枚の手札と、セットしているメカニカルミラージュがあるのみだった。

 

 

 

 ☆第10ターン。

 

 翼龍のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで、煌雷帝エール・クレルと暴龍王ネロ・ドラグディウスが回復した。

 

「白矢、霊穴でのバトルが何を生み出すのか……やってみなければわからないが、おれはおれたち全員の夢と希望の実現を信じているぜ」

 

「龍……」

 

「だから、最後まで全力を投じる……それがおれのやり方だ」

 

「ふう……わかってるよ、龍」

 

「おれは雷帝竜騎レイブリッツの効果を発揮。ターンに1回、【転召】を持つスピリットカードを【転召】させずに召喚する……さあ、出番だ、おれの最高のパートナー!」

 

 レイブリッツの右手に稲妻が集まり、新たに出現した赤い剣がその手に握られた。レイブリッツが剣を振るい、己の両肩に備えられた太鼓を素早く打ち鳴らすと、おびただしい量の放電が飛び散り、天空が雷鳴でもって応えた。

 

 地上の雷と天の雷が交差し、中空の一点の空間を突き破って、雷帝エール・クレルが虚空より飛来する。 

 

 アズの配置時にトラッシュに送られたものも含めれば、3体目の雷帝エール・クレル。その召喚により、アズの神託と暴龍王のドロー効果が発揮された。

 

「雷帝エール・クレルに、赤魔神を右合体!」

 

 赤魔神の両腕が、それぞれ雷帝エール・クレルと煌雷帝エール・クレルに力を送り出す。

 

「二体のエール・クレルに赤魔神……勇ましいそろい踏みだな」

 

「これが今のおれが出せる、全力の型だ」

 

 肩を並べる雷帝と煌雷帝。赤魔神を通じて、両者の背中から流れる光の翼が共鳴しており、それに伴って空間に亀裂が奔っていた。

 

「霊穴の影響を受けて構築された世界のヴィジョン……それが壊れかかっている。まるで世界の終りのような……」

 

「だが白矢。おれたちの戦いはまだまだ始まったばかりだ。そして、世界の創造もな。……さあ、いくぜ」

 

「ああ、来い、龍!」

 

 布陣を固め、アタックステップに入る龍。

 

「雷帝エール・クレル、アタックだ!」

 

 飛翔する、赤き龍帝、雷帝エール・クレル。さらに、雷帝竜騎レイブリッツが太鼓を打ち鳴らし、その進撃を鼓舞する。

 

「そのアタック、ライフで受ける!」

 

 強大な熱量の塊と化す、雷帝。今、白矢の最後のライフに激突し、そこから伝わった衝撃波が白矢と龍の両世界を襲う。

 

「世界が……壊れていくビー!」

 

 ドラゴンベビーの声は悲鳴に近い。エドワキアがそっとドラゴンベビーを抱きしめた。周囲の緑は、龍帝の戦いから二人を護っていたが、空間全体の激しい振動はそこにいても伝わってきていた。

 

「ベビー。破壊はあくまで、一つの戦いの終着点。これは、新しい始まり。すべてが終わるのではなくで……生まれ変わる瞬間」

 

「生まれ変わる……」

 

 ドラゴンベビーの思考が一つの記憶と結びついた。

 

 理性を失い、暴走する父の姿。父と戦う騎士ガンダム。ドラゴンベビーの想いと命の籠った魂の宝玉により、正気を取り戻した、父、ネオブラックドラゴン。

 

 そして、ドラゴンベビーの想いを受けた父は自らの意志で、兄弟でもある騎士ガンダムと一つになる道を選んだのだ。

 

 直後、カードバトラーの創造力と、霊穴から流れ出る聖龍帝の大創界石の力によって構築された世界全体が、黄金の輝きに包まれていった。

 

 白矢、龍、エドワキアが何事かを言ったが、ドラゴンベビーの耳には入ってこない。ただ、何かとても懐かしい気持ちが、ドラゴンベビーの内から溢れ出していた。




★来星の呟き

今回のリプレイ

リプレイ1
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=261209&uid=341911

リプレイ2
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=261210&uid=341911


カードバトルを小説に盛り込むって、大変ですなぁ……。。
延々とアタックや召喚の描写が続くから、マンネリから離れる為に色々工夫しなければならないし……。
取り合えず、特に心理描写はもっと上達したい。。

時々、自分で読み返してみて、同じような言い回しが連続している等、気になった際は修正したりしていますが、
それらを活動報告に書いていたらきりがないので、シナリオの根幹に関わるような変更でもない限りは、基本こっそり直しております。


ちゃっかりビルドダイバーズネタを仕込んだり。
ドラゴンベビーが登場するアニメ作品って、他に騎士ガンダムのOVAをレーザーディスクで視聴したことあるけど、どっちもチョイ役なのが寂しい。

ほしの竜一先生の作品では出番が多いし、ブラックドラゴンの半身以上の存在だったから印象的でした。
1話限りだけど、ジャイアントジオングとのコンビも好き。



そんでもって、何とな~く妄想カード
フレーバーテキストは保留で……。

(注:小説には登場しません)


転醒スピリットカード
A面
魔王サタンガンダム 
スピリット
5(3)/赤/ジオン・導魔
<1> Lv1 5000 <2> Lv2 7000 <3> Lv3 8000
トラッシュにあるこのスピリットカードは、系統:「龍帝」を持つ自分のスピリットが召喚/≪煌臨≫したとき、手札に戻る。
[魔王サタンガンダム]のこの効果はターンに1回しか使えない。
Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットアタック時』
このターンの間、相手のスピリットすべてをBP-3000する。その後、BP4000以下の相手のスピリット1体を破壊し、破壊したスピリットの効果を発揮させない。
Lv2・Lv3《零転醒:自分のカウント0(転醒は同時に使えない)》
相手のブレイヴがあるとき、このスピリットが疲労したら、このスピリットを裏返せる。
シンボル:黄

B面
ブラックドラゴン
スピリット
8()/赤/ジオン・龍帝
<1>Lv1 8000 <2>Lv2 10000 <4>Lv3 17000
この面に裏返ったとき、フィールドに残り、カウントしない。
Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットの転醒/アタック時』
このターンの間、相手のスピリットすべてをBP-5000する。その後、BP5000以下の相手のスピリット1体を破壊し、ターンに1回、このスピリットは回復する。
Lv2・Lv3『自分のアタックステップ』
このスピリットのBP以下の相手のスピリットの効果は発揮しない。
Lv2・Lv3『このスピリットの破壊時』
相手の合体しているブレイヴ1つをゲームから除外する。
この効果は相手の効果では防げない。
シンボル:赤


サタンガンダム 恐怖の正体
スピリット
8(4)/赤/ジオン・龍帝
<1>Lv1 9999 <3>Lv2 12000 <4>Lv3 18000
このスピリット/スピリットカードは[ブラックドラゴン]としても扱い、【転召】を持つものとして扱う。
Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』
このターンの間、相手のスピリット/アルティメット3体をBP-5000し、BP10000以下の相手のスピリット/アルティメット1体を破壊する。
Lv3【合体中】『このスピリットのアタック時』
バトル終了時、疲労状態の相手のスピリット1体につき、相手のライフのコア1個をトラッシュに置く。
シンボル:赤赤



ブラックドラゴンの杖
ブレイヴ
4(赤3黄1)/赤/剣刃
<1> Lv1 1000 <0> 合体+4000
合体条件:コスト4以上/ドラゴンベビー
Lv1
スピリット状態のこのブレイヴは、アタック/ブロックできず、相手の効果を受けない。
【合体中】
このスピリットがカード名に「ドラゴン」を含むとき、このスピリットに赤シンボル1つを追加する。
【合体中】『このスピリットのアタック/ブロック時』
BP-効果を受けている相手のスピリット2体を疲労させる。
その後、この効果で疲労したスピリット1体につき、自分はデッキから1枚ドローする。
シンボル:なし


ドラゴンベビー
スピリット
1()/赤/龍帝・星魂
<1>Lv1 -1000 <2>Lv2 1000 <3>Lv3 2000
このスピリット/スピリットカードのBPは変化せず、合体時BPも加算されない。
Lv1・Lv2・Lv3
系統:「龍帝」/「神星」を持つ自分のスピリットカード/アルティメットカードが【転召】/≪煌臨≫を発揮するとき、このスピリットをコスト8として扱い、色とシンボルを白/緑/紫/黄/青としても扱う。
Lv1・Lv2・Lv3
【転召】を持つスピリットカードを召喚するとき、召喚コストを相手のネクサス/創界神ネクサス/創界石ネクサス/転醒スピリットからも支払うことができる。
この効果はターンに1回しか使えない。
Lv2・Lv3【合体中】
このスピリットはアタックできず、相手の効果を受けない。
シンボル:赤


ネオブラックドラゴン
スピリット
8(5)/赤/ジオン・龍帝・剣刃
<1>Lv1 18000 <3>Lv2 23000 <5>Lv3 25000
【転召:コスト8以上/トラッシュ】
召喚コスト支払い後、コスト8以上の自分のスピリット1体のコアすべてをトラッシュに置かなければならない。
Lv1・Lv2・Lv3
【転召】を発揮して召喚されているこのスピリットは相手の効果を受けない。
Lv1・Lv2・Lv3
このスピリットは合体出来ず、このスピリット以外のスピリットに記されている【合体中】効果全てをこのスピリットの効果として扱い、Lvを満たして合体しているものとして発揮できる。
Lv3『このスピリットのアタック時』
BP合計20000まで、相手の合体していないスピリット/アルティメットを好きなだけ破壊する。
シンボル:赤赤


ムーア界
ネクサス
3(2)/赤
<0>Lv1
【ミラージュ:コスト3(1)(このカードは手札からセットできる)】
【セット中】『自分のアタックステップ』
系統:「ジオン」を持つ転醒前スピリットがアタックしたとき、そのスピリットを裏返せる。
Lv1『自分のアタックステップ』
系統:「ジオン」を持つ自分のスピリットが破壊したスピリット/アルティメット/ネクサスの効果は発揮しない。
その後、相手がブレイヴをフィールドに残したとき、自分はデッキから1枚ドローできる。
シンボル:赤

ドラゴン城
ネクサス
3(1)/赤
<0>Lv1 <2>Lv1
Lv1・Lv2『お互いのアタックステップ開始時』
カード名「ドラゴン」を含む自分のスピリットがいるとき、このターンの間、相手のスピリット/アルティメットすべてをBP-2000する。
Lv2
系統:「龍帝」/「ジオン」を持つ自分のスピリットのBP破壊効果は、相手の効果では防げない。
シンボル:赤


モンスターゴブリンザク
スピリット
1(1)/赤/ジオン・剣獣
<1>Lv1 1000 <2>Lv2 3000
Lv2
系統:「ジオン」を持つ自分のスピリットが《零転醒》を発揮するとき、自分のカウントを0として扱う。
シンボル:赤

戦士ザク
スピリット
2(1)/赤/ジオン・武装
<1>Lv1 2000 <2>Lv2 4000 <4>Lv3 5000
Lv1・Lv2・Lv3
系統:「ジオン」を持つ自分のスピリットが《零転醒》を発揮するとき、自分のカウントを0として扱う。
Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』
自分はデッキから1枚ドローする。
シンボル:赤

モンスターシーフザク
スピリット
2(2)/赤/ジオン・剣獣
<1>Lv1 3000<2>Lv2 9000
シンボル:赤


転醒スピリットカード
A面
騎士ジオング
スピリット
4(3)/赤/ジオン・戦騎
<1>Lv1 4000 <2>Lv2 5000
Lv1・Lv2『このスピリットのアタック時』
自分はデッキから1枚ドローする。
Lv2《零転醒:自分のカウント0(転醒は同時に使えない)》
コスト5以上の相手のスピリットがいるとき、このスピリットがアタックしたら、このスピリットを裏返せる。
シンボル:赤

B面
モンスタージャイアントジオング
スピリット
7()/赤/ジオン・巨獣
<1>Lv1 5000 <3>Lv2 8000 <5>Lv3 11000
この面に裏返ったとき、フィールドに残り、カウントしない。
Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットの転醒時』
このターンの間、このスピリットをBP+5000し、このスピリットのアタックに対して、相手は可能ならスピリット/アルティメットでブロックする。
Lv1・Lv2・Lv3『自分のターン』
系統:「ジオン」とカード名「モンスター」を含む自分のスピリット全ては、合体していない相手のスピリット/アルティメット/ネクサスの効果を受けない。
Lv3『このスピリットのアタック時』
このスピリットのBP以下の相手のスピリット/アルティメット1体を破壊する。
シンボル:赤


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金龍の伝説 後編

 全身が紅蓮の炎の塊と化した地獄の邪神といった様相の怪物の猛攻を掻い潜り、新たな騎士として転生復活した黄金神が飛び立ち、突き進む。

 

 当初の力の差は怪物――闇の皇帝ジークジオンの方が上回っているかに思えたが、黄金神の後方にいるネコ科の耳を生やした獣人が手にした水晶球から放たれた光に捕らわれ、怪物はその力を抑え込まれていた。

 

 拘束を振りほどき、獄炎の爪で黄金神を引き裂こうとする闇の皇帝。だが、光によって形作られた巨人の手が闇の皇帝の腕を掴み、力を封じた。

 

 怨念の力を源としているジークジオンが、己がかつて利用しようとした巨人の魂によって、力を封じ込まれる。勝機を見出した黄金神は、神器の力を得た騎士剣を掲げ、ジークジオンの核を目掛けて突っ込んだ。

 

 荒れ狂う龍神の息吹。それは怨敵を滅ぼす獰猛さと、気高き神の騎士の魂によって生み出される神々しさが合わさり、幻想的な情景として、背後の獣人の瞳に映った。

 

 せめぎ合う光と業火。やがて、黄金の龍の光が業火を包み込み、怨念の力が消滅していった。それと共に、黄金神はこの世界全体にはびこる暗黒を吸い上げながら、遥か上空へと飛翔していった。

 

 その一部始終を見ているのは、今や獣人の呪いから解放されて本来の人の姿に戻っている、若い金髪の騎士ただ一人であった。

 

 天へと昇る、龍と騎士の融合した黄金神の魂。神となった今、もうかつてのような地上での生活を送ることは叶わない。地上で培った、一人の騎士あるいは龍族としての感情が一抹の寂しさを覚えていた。

 

 それでも、己の役目を全うするために、神世界へと昇華することは厭わなかったが、一つ、心残りがあった。

 

 戦いの渦中、新たに生み出された小さき者。それは黄金神の龍としての側面を色濃く残した、神の申し子。生まれてすぐに多くの思惑に翻弄され、もみ消されていった魂。

 

 黄金神は次元を跳躍する際、ふと、隣り合う世界から伝わってくる、真紅の波動を感じ取った。

 

 龍としての側面を強く引き出させる、聖龍の力。黄金神は決心をした。

 

 黄金神の身体から、小さな黄金の龍が放たれた。黄金龍は空間の裂け目を泳ぐようにして彷徨いながら、その小さき瞳で天空へと昇っていく黄金神の姿を見つめていた。

 

 やがて、黄金神の姿が完全に見えなくなると、小さき黄金龍は隣り合う次元の波にさらわれ、異世界へと流されていった――。

 

 

 

 対戦を終え、握手を交わす龍と白矢。二人は親愛の情を露わに、自然と明るい笑顔になっていた。

 

 収束していった世界の残滓が、山の大地に生えた草花に吸われるようにして、キラキラと煌いていた。

 

「改めて思い返しても、二つの世界は対照的だったね」

 

「まあな、今生の大幅な変革を願うおれと、秩序によって統制された安定を願うお前とは違うからな」

 

「……それでも、離れた世界ではなく、混ざり合う世界として調和していた。両方が必要なものなのだと、ぼくは思うよ」

 

「ああ。それはおれも感じた。……たとえ、目指すべき道が違えど、その先にある世界にとってどちらも必要であるのなら……これからもお前とはかけがえのない仲間としてやっていける筈だな」

 

 人里を離れた静かな山の風は初夏の香りを運び、そこに集った者たちの感情の内部にまで染み入ってくるようであった。霊穴の影響は遠のいていったが、今もなお、この場所が特別な地であるということは、その場に居合わせた誰もが実感していた。

 

「父上、最後においらを助けてくれたの……」

 

 ドラゴンベビーがぽつりと呟く。エドワキアが不思議そうにドラゴンベビーの顔を覗き込んだ。

 

「ベビー……早く帰りたいよね、もといた世界に」

 

 エドワキアが尋ねると、ドラゴンベビーは少し逡巡した。

 

「……帰る方法なんて、わからないビー。だから、今は、こっちのことを知る必要があるビー」

 

 ドラゴンベビーはそう言いつつも、もし帰れたとして、自分が育った世界に居場所があるのだろうかという迷いもあった。

 

 漠然としていたが、蘇った記憶をたどれば、自分は純粋なドラゴン一族でもない、何か別の存在であったような気がしてならなかった。

 

「ドラゴンベビー殿は異世界からの客人だ。ぼくたちのいるこの世界で露頭に迷わせるわけにもいかないな」

 

 白矢が割って入る。人の眼には異形の存在として映るであろうドラゴンベビーが彷徨えば、その身に危険が及ぶ可能性もあった。

 

「お前らの世話にはならないビー……」

 

 ふわりと浮かぶ、ドラゴンベビー。慌てて止めようとする白矢を押しのけて、龍が進み出た。

 

「まあ待ちな。おれたちにとってもあなたの世界のことは大変興味深い。どうだ? ここは一つ交換条件ということで。おれたちはあなたの身の安全を保障し、この世界について知りたいことがあれば何でも教える。その代わり、あなたのいた世界やドラゴン族のことを、おれたちも教えて貰う。それなら、真っ直ぐに筋も通るだろう」

 

「…………」

 

 浮遊していたドラゴンベビーがゆっくりと降りてきた。

 

「わかった。お前の話、乗ってやることにするビー。ドラゴン一族の皇子と対等に交渉できること、有難く思うことだビ」

 

「素直に応じてくれて、感謝の極みだぜ」

 

 そう言う龍の様子を見て、どちらかという単純な性格でもあった龍がまとめ役に選ばれたことを、改めて納得する白矢であった。

 

 

 

 ここは明けの星町にあるアパート、猫柳荘。以前、月坂小夜も訪れていた、エドワキアの借りている部屋がそこにあった。

 

 エドワキアは自室に入るなり、上着をフックに引っ掛け、荷物を床の隅に置くと、服を脱いで狭い浴室の中で軽くシャワーを浴び、タオルで身体を拭くと、手早く新しい衣服に着替えた。

 

 それらの過程で、エドワキアは今日の一連の出来事を思い出していた。

 

 早朝から生業にとりかかろうとした矢先に、龍からの召集の連絡があった。あまり気乗りはしなかったが、創界石の件に関する話という旨を聞かされ、思うところがあったので、集合場所の喫茶店『ポニサス』へ向かうことにした。

 

 結果として、創界石の真新しい情報は得られなかったが、ドラゴンベビーと出会うことができて、エドワキアはあの霊穴に向かって良かったと満足していた。

 

 あの後、ドラゴンベビーは龍の住まいで厄介になるという話で落ち着いた。エドワキアとしては寂しかったが、自分がこれから行うことを考え、内心ホッとしていた。

 

 エドワキアは机の上でノートパソコンを立ち上げると、長時間の作業に適した、ふちが青紫色の黒いゲーミングチェアに腰を下ろした。

 

 エドワキアが英数字を並べたパスワードを打ち込むと、ディスプレイに、藤の花が鮮やかな壁紙が映った。

 

 その後も手早くキーボードを打ち、暫しの時間が経過した後、とあるネットワークに入り込む。

 

「輝石ネットワーク……アクセス……」

 

 霊穴では創界石の情報は得られなかったが、目ぼしい情報はあった。輝石のカードバトラー、それに創界神の話。

 

 ふいに、ディスプレイに大きな画像が映し出された。画面にあるのは、紫色の空間に浮かぶ八面体の物体。周囲には素人であれば意味不明としか映らないであろう数字やアルファベットの羅列。

 

「……魔術皇の大創界石」

 

 八面体の一面が微かに薄まり、その中で蹲っている、紫色の肌を持つ人影が浮かび上がる。

 

 エドワキアの口がその者の名前を紡ぎ出す。

 

「魔術皇ア=ズーラ」

 

 一瞬、画面上の存在がこちらを見透かしているような気配を感じ、エドワキアは軽い寒けを覚えた。

 

「……あなたの同類みたい、オプス・キュリテ」

 

 パソコンの傍らに置かれた、闇帝オプス・キュリテのカード。エドワキアはそのカードを通じて、向こう側の世界に潜んでいる紫の龍帝に直接話しかけていた。

 

 僅かではあるが、闇帝から意思の波動が送られてくる。それが闇帝の返答であると理解しているエドワキアは、小さく頷いた。

 

「それなら、何としても、こっちに繋ぎとめないと、ね」

 

 そう言うエドワキアの青い瞳に、紫色の光が妖しく揺らめいた。

 

 

 

 深夜の月に照らされている、町外れの一軒家。

 

 度々改築は行われているが、築百年を越える木造建築には、それまでの長い年月を彷彿とさせるものがあった。

 

 建物は一階建てで、平屋にしてもあまり大きなものではない。ここが明けの星町に移り住んだ龍の拠点となっている、貸家であった。

 

 ふいにその家の窓が開け放され、小さな赤い翼を広げたドラゴンベビーの姿が月明かりを反射した。

 

 人目の付かない夜間に、この町の夜景を観て廻りたいと言ったのはドラゴンベビーであり、龍も了承済みであった。これが白矢であったなら、ドラゴンベビーが迷子になることを危ぶんでいたことであるが……。

 

 ドラゴンベビーは窓辺に目印となる魔力の塊を配置した。赤い炎の塊といった形状の、実体も熱もない物。これは言わば、ドラゴンベビーにとっての灯台の明かりで、この魔力を感知すればいつでも帰路につくことができる目印であった。

 

 そのまま、夜空へと飛翔するドラゴンベビー。その姿は、さながら蝙蝠を思わせ、遠目から見ても異世界のドラゴンの存在に気付く者は、まずいなかったことであろう。

 

 下には、夜の街の情景が広がっている。多くは暗かったが、街灯や夜遅くまで起きている人の住居の明かりが点々と繋がっていた。

 

(今でもこうして、自由に飛べる……)

 

 生まれて間もないころのドラゴンベビーはなかなか空を飛ぶことが上達せず、やきもきしていたものであるが、一時的に父を失ったのち、仲間だったジオン族から不甲斐ないと見下されたドラゴン一族の王の後継者として、日々自己流の鍛錬をしていった結果、長時間の飛行も可能となったドラゴンベビー。今となっては、誰の助けも借りずとも、生きていけるという自信はあった。

 

 しかし、こうして見知らぬ世界に飛ばされてみて、自分という存在が世界の奔流の中ではちっぽけなものであるということを思い知らされる。

 

(もうしばらく、あいつらと過ごしてみるのも悪くないかも……)

 

 ドラゴンベビーの心中に真っ先に浮かんだのはエドワキアの笑顔。エドワキアのところで居候したかったのが本音であるが、甘えたがりな自分の本性を知られるのが嫌だったので、龍の進言に従い、あのボロ家に住み込むことにしたのだ。 

 

 ドラゴンベビーは、月を見上げた。幼い竜の瞳に映る月は、黄金色の輝きを放っており、異世界同士の狭間を彷徨っていた頃の黄金龍の姿の自分に関する記憶が、少しずつではあったが、甦りつつある。

 

(まだまだ思い出さなくちゃいけないことはたくさんある……ぽくは救ってもらった命を大切にしていきたいから……父上、見ていてビー)

 

 いつしか、月と黄金神、その向こうにいる黒い龍の姿が重なってドラゴンベビーの脳裏に映し出されていった。

 

 

 

 それから約一時間後。

 

 一軒家の窓辺でぼうぼうと燃えている炎の存在を認識した通行人が大騒ぎし、消防車が駆り出された。

 

 あまりの騒ぎに睡眠から起こされた龍は、その発端が自分の住んでいる家の窓にある魔力の目印であると知り、慌ててどうにかしようと、炎の幻影に触れてみたが消すこともできない。

 

 結局、ボヤ騒ぎは通行人の勘違いであったとして騒ぎは落ち着いたが、あれこれ説明をするのに疲れて、龍はくたくたになってしまった。

 

「おれは朝から仕事なんだぜ……今度はもっと目立たない手段にしてくれよな」

 

 朝日が昇る寸前の頃に帰って来たドラゴンベビーに対して、龍はそう言った。




★来星の呟き

「闇帝オプス・キュリテ」の系統は龍帝・魔神ですが、何気に大創界石のスピリットに関連する系統を二つも持っているんですよね。
煌闇帝になって死竜が追加されても、魔神は残っておりますし……。(「煌空帝ル・シエル」は何故に空魚を失った……)

エドワキア絡みの話で魔術皇の大創界石(魔術皇ア=ズーラ)が出てくるのはそういう関連性があったりします。


因みに、背景世界における「魔術皇の大創界石」は堕天使がドルイド僧に手渡したものみたいでして、
「堕天使モノクレール」が「魔石の堕天使キアーヴェル」を通じて送り届けた模様。
そのため、「魔術皇ア=ズーラ」は魔神ですが、「魔術の皇」と称されているだけあって、系統:「導魔」との縁が深いみたいです。

その一方で、バトスピ史上初の堕天使スピリットである、「堕天使アゼル」の系統が魔神・天霊というのが大変興味深いものでして……。
マジック「ルナースラッシュ」によると、「天剣の勇者リュート」が手にする、大天使たちの羽から作られた天剣ルナーは、かつては堕天使の所有物でした。

カードにおいて、導魔を持つ堕天使の開祖たる「堕天使ミカファール」は「ルナースラッシュ」の次の弾で登場しますが、
ミカファールは黄の世界に訪れてから「おもいっきりグレた」と思われるので、おそらく天剣ルナーの持ち主では無いです。


(ただ、ミカファールの羽も天剣ルナーの材料に使われた可能性は大いにあり、
 「忌避され、神の泉に沈められていた」という天剣ルナーが取り出されたこととミカファールの堕天使化に関連性があるのでは? と、自分は思っております。
 堕天使化は、元の「大天使ミカファール」が禁止カードにされたというメタ的な意味もあると思われますが、
 やはり、背景世界において何らかの事件があったことはまず間違いないと考えます)


「堕天使アゼル」のフレーバーテキストでは、おそらく語り手の「レディ・フランケリー」が自分たち(道化)のあり方を言っていると思われます。
「本当にただ見てるだけ」の傍観者としての「堕天使アゼル」ですが、こちらも初期の背景世界において、何か重要な意味がありそうですね。。

そういうわけで、今後、自分が背景世界の「魔術皇の大創界石」を考察する際、「堕天使アゼル」を何らかの形で絡めることは必至でしょう……。。



次回は☆1以来出番の無かった狩野美都にスポットを当てた回。
創界石の使い手も登場します。



何となく妄想オリカ。。ザビロニア添え……フレーバーは保留で。
(小説には登場しないので、悪しからず)


モンスター ゴーストハンブラビ
スピリット
4(2)/紫/ザビロニア・幽魔
<1>Lv1 2000 <3>Lv2 4000
Lv1・Lv2『このスピリットのアタック/ブロック時』
このスピリットは破壊されず、バトル終了時、バトルしていた相手のスピリットを重疲労させる。
(重疲労状態のカードは逆向きにし、1回の回復で疲労状態になる)
Lv2
相手の効果によってこのスピリットがフィールドを離れるとき、
ボイドからコア1個を系統:「ザビロニア」を持つ自分のネクサス/創界神ネクサスに置くことで、このスピリットは回復状態でフィールドに残る。
シンボル:紫

ゼダンの要塞
ネクサス
5(3)/紫/ザビロニア
<0>Lv1 <2>Lv1
Lv1・Lv2
回復状態のこのネクサスが相手によってフィールドを離れるとき、自分のデッキを上から1枚トラッシュに置く。
置いたカードが紫のカードだったとき、このネクサスは疲労状態でフィールドに残り、自分はデッキから1枚ドローする。
Lv2『自分のアタックステップ』
系統:「ザビロニア」を持つ自分のスピリットが疲労したとき、相手のスピリットのコア1個をリザーブに置く。
シンボル:紫紫

モンスター ヤクトドラゴン
スピリット
7(赤2白2)/赤白/ジオン・古竜
<1>Lv1 6000 <3>Lv2 8000 <4>Lv3 10000
Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』
このスピリットを赤一色として扱い、BP10000以下の相手のスピリット1体を破壊する。
Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』
このスピリットを白一色として扱い、相手の合体していないスピリット/アルティメット1体を手札に戻す。
シンボル:赤

モンスター ファントムヤクトドラゴン
スピリット
7(紫2白2)紫白/ジオン・死竜
<1>Lv1 4000 <2>Lv2 7000 <3>Lv3 9000
Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットの破壊時』
自分のトラッシュにあるカード名「ジークジオン」を含むカード1枚を手札に戻すことで、このスピリットは疲労状態でフィールドに残る。
Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』
このスピリットを無色として扱い、相手のスピリット/アルティメットのコア2個をトラッシュに置く。
Lv3
系統:「幽魔」を持つ自分のスピリット1体につき、このスピリットの効果で相手のリザーブ/トラッシュに置くコアを+1する。
シンボル:紫


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

☆5 五月雨の夢の中
五月雨の夢の中 前編


 しとしとしと……と、降り続ける雨の音。それを聴いていると、わたしは何故か悲しくなった。

 

 外へ出歩く自由はなく、自分が狭い箱の中に閉じ込められているような感覚が、閉鎖的な恐怖となってじわじわ沸き上がってくるような……。

 

 窓は閉められているのに、外気を満たす湿り気が、室内の空気の熱を少しずつそぎ取っていく気がした。

 

 人の気配も途絶えた闇の中からは、微かであるが、遠くのカエルの鳴き声が聞こえてくる。昔、わたしがまだ普通に出歩けた頃は、夜間の水田でカエルの群れが唱和する響きに聴き入ったものであるが、今聴いている鳴き声は、遠い世界のものであるように感じられた。 

 

 暗闇に沈んだ室内では、廊下の方から響いてくる何かの機械の音以外は何も聞こえない。わたしは黙って、周囲の小さな音たちの主張に耳を貸していた。

 

 雨の音が急に激しくなった。この時期は、気まぐれな天気が外界の音を支配している。支配者の心づもり一つで、カエルのか細い鳴き声も聴きとれなくなってしまったのだ。

 

 こつこつこつ……と、何かが廊下を歩く音がした。

 

 こんな夜分に珍しい――誰だろう、と、耳を澄ましてみる。

 

 とっ、とっ、とっ、といった風な、少し急ぐような足音に変じ、それはわたしのいる病室の手前でピタリと止んだ。

 

 再び、激しい雨の音と不気味な機械音以外には何も聞こえなくなる。わたしの心中は、足音の正体を確かめたい思いでいっぱいになった。

 

「小夜ちゃん……?」

 

 わたしの口が開き、この世で最も愛している、妹の名前を口にしていた。何故、小夜の名前が出てきたのか、自分でもよくわからない。小夜が深夜に病室を訪ねてくるなんて、あり得ないのだ。

 

 すーっと病室の引き戸が開いていった。何かが入ってくる気配こそしたが、何の姿も見えない。

 

 わたしは不安と好奇心の入り混じった感情で、上半身をゆっくり起こすと、室内を見回した。自分以外に誰もいない筈の一室に、確かに何かの気配が感じられる。

 

 壁に備えられた時計を見やると、暗闇の中であっても僅かな光によって視認できる白い時計の中の長針と短針は、視界にくっきりと映っていた。時刻は午前二時をまわっていた。

 

 さーっと冷たい風が吹いてきた。頬に冷たい水滴がぽつぽつと付着し、わたしは寒気を感じ、軽い身震いをする。見ると、閉められていた筈の窓が開け放されていた。

 

 白いカーテンが風に吹かれて舞っている。その向こうでは、五月雨の降る夜の世界が広がっていた。

 

 視線を室内に戻すと、キラキラと黄色い光の粒子が空間を揺蕩っている。その光は一点に集中すると、ふわっと宙に広がり、徐々に何かの形になっていく。

 

 やがて、それは翼を備えた一頭の馬の姿へと変じた。馬は翼を折りたたむと、わたしの方に相貌を向ける。

 

 燐光を放っているのは、白い天馬。薄緑色のたてがみが夜の風を受けてなびいており、額にある水色の星型模様が眩しかった。

 

「天星馬ペガシーダ……」

 

 わたしが相手の名前を口にすると、天星馬は小さな嘶きで答えてくれた。

 

 ペガシーダは鼻の頭を動かして、己の背中を指し示した。背中に乗るように促している――わたしにはそう理解できた。

 

「……うん」

 

 わたしはベッドから這い出し、すぐ隣にいるペガシーダの肩に捕まりながら、滑り落ちそうになる自分の身体を何とか支え、寝間着の姿のまま、ペガシーダの背中に乗った。

 

 わたしを乗せたペガシーダの全身がふわりと浮き上がった。すると、ペガシーダは心地よい浮遊感と共に、開け放された窓の外へ飛び立った。

 

 冷たい空気は決して耐え難いものではなく、むしろ、わたしは外気に触れることで不思議と活力を得ているような感じがした。ペガシーダはより高い上空へと向かって羽ばたき、舞い上がっていったが、わたしの全身が浮遊感に包まれており、振り落とされるという恐怖も感じなかった。

 

 ペガシーダは瞬く間に雨雲よりも高く飛翔し、満天の星に見守られながら夜の天空を横切っていく。

 

 わたしは青白い満月を見つめた。月の周囲には蛍光灯で照らされているようなぼんやりとした明かりが広がり、夜空を白く染めている。

 

「美都……」

 

 ふいに、わたしの名前を呼ぶ声がした。鈴を鳴らすような、女性を思わせる優しい声。わたしはペガシーダを見つめたが、ペガシーダは前方を向いたまま彼方の空を目指して飛んでいた。

 

「誰?」

 

 わたしの問いに答える者はいなかった。

 

 いつの間にか周囲には雲一つなくなっており、眼下に見下ろせる街並みの明かりが、様々な人の生活の匂いを醸し出していた。

 

 街並みから続いている道路の先には水田が広がっており、遠方には高い山々が連なっていた。山が月と星の光に照らされて、暗緑色の樹々の形一つ一つがくっきりと浮かび上がっている。

 

 唐突に、ペガシーダの動きが慌ただしくなる。わたしは振り落とされるかと思い、必死になってペガシーダの背にしがみついた。ペガシーダは速度を上げると、何かから逃げる勢いで夜空を駆けた。

 

 無数の水滴がわたしの顔面に当たる。とても前方を見ていられる状況ではなく、わたしは顔を天星馬の背中に押し付けるようにして強風に耐えた。

 

 ペガシーダが大きな嘶きを響かせ、急停止する。わたしが顔を上げると、目前の空間に不可思議な黄金色の渦巻が現出していた。

 

 黄金の渦巻の向こうには紫色の宇宙を思わせる底知れない領域が広がっており、小さな楕円形の白い星の塊がいくつも散らばっていた。

 

「美都……その先に行ってはなりません」

 

 背後から再度聞こえてくる、あの声。わたしが後ろへ振り返ると、そこに金色の龍の姿が――。

 

「金星神龍ヴィーナ・フェーザー」

 

 星の輝きを受けて煌く六枚の白い翼が、大空を包み込むように広げられていた。慈愛に満ちた金星神龍の眼差しは、わたしを見据えている。

 

「でも……」

 

 逡巡するわたしの心を射抜くかのように、幾重もの束になった黄色い光の筋がわたしのいる中空を通過していく。

 

「天星馬ペガシーダはわたしを恐れて逃げていたのです。天星馬はわたしのもう一つの姿をよく知っているから……。しかし、美都、その先にいるのはあなたの心に踏み入る禍々しき存在。あなたの日常を大切に思うのなら、今すぐ引き返しなさい」

 

「わたしの日常……」

 

 わたしは病院での生活を思い返す。今はこうして全身が軽く、心地よい空間で生きていられる。しかし、本来なら突発的な発作に震えながら、全身が重い空気に押しつぶされていくような、ほとんど寝たきりの生活を余儀なくされているのだ。

 

 日々のリハビリを続け、徐々に神経が麻痺していく症状を遠ざけようと努力しているが、こんな日常がいつまでも続く筈はないと思いは日増しに強くなっていた。それは完治に向かうという意味ではなく、真逆の、悪い意味で。

 

「美都、その先に行けば、あなたを育ててくれた母や……妹の小夜とも二度と会えなくなるのですよ」

 

 わたしの脳裏に、わたしのいる病院で働いている母の姿が映った。それに続いて、悲しそうな顔で何かを訴えるような目をわたしに向ける、小夜の姿――。

 

 初めて小夜と出会ったとき、わたしは何か、今まで感じたことのない深い繋がりを感じた。気づいた時には、小夜がわたしにとってかけがえのない存在、まるでわたしの存在から別れ出て生まれた半身であるかのような、何者よりも尊い存在であることを自覚していた。

 

 小夜がわたしの実の妹だということを母から聞かされたのは、小夜と出会って大分あとのこと。母は、小夜がわたしの腹違いの妹である旨も同時に打ち明けた。

 

 それを聞いても、わたしは驚きはしなかった。既に、小夜はわたしの最も近しい存在として、わたしの産まれてきた意味と深く関わる存在として認知していたからだ。

 

 小夜と別れる道など、考えることもできなかった。わたしは迷うことなく、答えを出す。

 

「お願い、ペガシーダ。わたし、帰りたい……あの病院に」

 

 ペガシーダは心配そうにわたしと背後の金星神龍を見やった。やがて、こくりと頷き、了承の意を伝えてくれる。

 

 空間に開いた虚空が激しく蠢いた。そして、虚空の向こうから、もう一体の黄金の龍の姿が飛び出してくる……。

 

「あの姿は知っている……確か……光帝リュミエール」

 

 黄の龍帝、光帝リュミエール。四枚の黄色いステンドグラスのような羽が広げられ、機械めいた鳴き声が響き渡る。細い腕の先にあるかぎ爪が、ペガシーダの上にいるわたしを捕まえようと伸ばされた。

 

 ペガシーダがリュミエールから逃れようとしたが、迫り来る龍帝の魔手は振り払えない。すると、金星神龍が咆哮を上げ、ペガシーダとリュミエールを押しのけるようにして、両者の間に割って入った。

 

 そのまま二体の龍が激しく激突する。ペガシーダは両翼を羽ばたかせ、その空域から撤退する。

 

(お姉ちゃん、あーそーぼー)

 

「え……」

 

 聞きなれない、少女を思わせる声。その声はわたしの心の中という領域に、遮るものが何も無いかのように侵入してくる。

 

(わたし、遊び相手がいなくて寂しいの。リュミエールはちっとも構ってくれないし。お姉ちゃんだって、あんなところにいても、辛いだけでしょう? だ、か、ら、こっちにおいでよ)

 

「美都、その者の声を聞いてはなりません」

 

 金星神龍が叱咤するような口調で言った。

 

「う、うん……」

 

 わたしは虚空の向こうから聞こえてくる声を振り払い、懸命になってペガシーダに捕まった。ペガシーダもまた、状況を察したらしく、全速力で直進する。

 

(お姉ちゃんも、わたしの手の届かないところへ逃げちゃうつもりなんだ……。でも、逃がさない。鬼ごっこの始まりだよぅ……くすくすくす)

 

 前方の空間がいびつにねじ曲がったと思うと、二重になった銀色のリングが出現した。リングの中は先ほどの渦巻の中に見たものと同様の光景が広がっている。

 

 ペガシーダはこれを回避しようと、一旦速度を落とし、上昇した。すると、リングの中の虚空から、黒い手が這い出し、人差し指がピンと立てられ、こちらへ向けられた。

 

 何事かと思うと、指先から紫色の閃光が放たれた。途端に背中から鋭い痛みが奔る。何が起こったのか一瞬分からなかったが、左右に広げられたペガシーダの翼が穿たれ、えぐられた部分から、砕けた星の粒子が冷たい夜空に吸われていく様子が目に入った。

 

(お姉ちゃんがこっちに来てくれたら、痛い思いをしなくてすむんだよ)

 

 少女の声が、わたしをぞっとさせる。それは無邪気な声色であったが、わたしは底知れぬ悪意を感じ取り、全身が震え出した。

 

 リングの中から、仮面を付けた道化師の如き人物が顔を出した。人を茶化しているような表情の面。その裏にある顔は読み取れないが、わたしを見る視線は冷笑しているようだった。

 

 わたしはペガシーダを勇気づけようと、必死になって呼びかけた。ペガシーダはとても苦しそうであったが、今のわたしには、この天星馬にすがるしかないのだ。

 

 ところが、ペガシーダは空中で静止したまま、眼前の道化師の姿に釘付けになったまま、微動だにしない。わたしは再度ペガシーダを激励したが、効果はなかった。

 

(お姉ちゃん、まだ分からないの? そのお馬さんはね、怖がっているお姉ちゃんなんだよ)

 

 少女の声の言っていることが、すぐには理解できなかった。だが、その言葉の意味を考えてみると、妙に状況が呑み込めてきた。

 

 ペガシーダはわたしを連れ出しに来てくれたと思っていたが、違ったのだ。わたしは日常から抜け出すことを無意識のうちに願い、このペガシーダを創り出したのだ。

 

 そして、金星神龍のもう一つの姿、堕天神龍を本能的に恐れているのはわたし自身。

 

(ようやくわかってくれたね。向こうの世界に行くことは、お姉ちゃんの望みだったんだよ。さあ、もう待ってあげない……捕まえちゃうよー)

 

 浮かんでいるリングから身を乗り出した道化師が両手を突き出し、鬼ごっこの鬼が掴みかかるようにして、飛びかかってきた。

 

 わたしが強く願うと、傷ついたペガシーダが身を翻し、迫り来る道化師をかわし、月の真下を滑空しながら一気に距離を離す。

 

 前方に薄い黄金色の灯が映った。灯は空間に溶け込むようにして広がっていき、幻想的な黄昏のような光景が浮かび上がっていった。それは美しい情景と呼べたが、わたしの心に巣食う恐怖の感情は一層増す。

 

(くすくすくす。わたしのアルカナジョーカーとフラウムからは、逃げられないよう)

 

 所々金色の装飾が施された銀の鎧を身に着けた、騎士の姿。右手には柄に赤いハートを模した大剣を握りしめ、左手には青い五つのダイヤを備えた盾を持っている。

 

 その騎士の背面に天使のような翼が反り返っており、全身から神々しい輝きが放たれていた。

 

「黄昏の竜使いフラウムに光帝竜騎アルカナジョーカー……リュミエールを操る二人の竜騎……」

 

 早く逃げなきゃ――わたしの願いはペガシーダの意志。ペガシーダから星の煌きを凝縮した光球が出現し、フラウムを狙い撃った。フラウムはダイヤの盾でこれを防いだが、時間稼ぎにはなった。

 

(空中にいたら、狙われる……)

 

 わたしがそう思ったのと同時に、ペガシーダが急降下を開始する。わたしはその背にしがみつき、凍てつく風と幾重にも重なった空気の壁の圧力に耐えた。

 

 ペガシーダは雨雲が連なっている雲間に飛び込んだ。無数の冷たい水の雫が、わたしとペガシーダの全身に痛いくらいの勢いでぶつかる。

 

 視界が靄で覆われていき、上下左右の区別すら曖昧になっていく。もう、落ちているのか昇っているのかすらもわからない。

 

 接近してくる竜騎たちの放つ熱を背中に感じながら、わたしとペガシーダは曇天がひっくり返ったような水と空気の奔流に逆らい、只管に進み続けた。

 

 急に視界が開けた。その途端、黄色い稲妻が降水の合間を奔り、ペガシーダの額を撃ち抜いた。

 

 視界がショートする。

 

 わたしの身体が空中に投げ出される。後方で黄色と緑の入り混じった粒子となって消えていくペガシーダの姿が見えた。

 

 ほんの一瞬、意識が飛んだ。

 

 気がついた時、わたしは雨水でびちょびちょになった泥で汚れた地面に横たわっていた。湿気の中、腐食した草の臭いが充満しており、吐き気がしてくる。

 

 見上げると、雲に覆われた空が一面に広がり、星の明かりは一つもない。暗い世界の中で、降り注ぐ雨の音だけが響いていた。

 

 黒い雲が金色に染まっていく。追手の竜騎たちが追いついてきたのだ。

 

 わたしは水浸しになっている地面の上を這いずりながら、竜騎から逃れようとした。無駄な努力であることはわかりきっていたが、少しでも最後の時間を遠ざけたかった。

 

(お姉ちゃん、もう怖がらないでね。わたし、お姉ちゃんと仲良くしたいだけなの。虐めたりなんてしないから……)

 

 眼前に立っている、青いドレスを着た、金髪の少女の姿。澄んだ青い瞳の奥には、底知れない虚空が広がっており、わたしの意識がそこへ吸い込まれるような感覚がする。

 

「美都」

 

 背後から聞こえてくる、金星神龍の声。少女の眼がひきつり、露骨な嫌悪感が露わになる。

 

 わたしは後ろへ振り返った。そこにいるのは、異様な姿へと変じた金星神龍の姿――。

 

「堕天神龍ヴィーナ・ルシファー……」

 

 右の翼は聖なる輝きを放つ白翼であったが、左側は漆黒に染まっており、禍々しい光が空間に放たれていた。

 

(お姉ちゃんはわたしのもの……お前なんかに渡さない)

 

 少女が手を差し伸べると、その手に黒い粒子が収束していき、スペードの形をした刃が出現した。そのまま、刃は少女の手に握られた。

 

 その刃が突き出されるのと同時に、堕天神龍の左右に、それぞれフラウムとアルカナジョーカーが現われ、堕天神龍へ同時に襲い掛かった。

 

 堕天神龍の下半身にある巨大な魔獣の大口が開かれ、右側に女性を思わせる冷たい相貌、左側に角を生やした悪魔の顔が浮かび上がる。魔獣の暗緑色の瞳がかっと開かれるのと同時に、襲い来る竜騎たちに対して炎と雷光の入り混じった波動が発射された。

 

 打ち倒される、竜騎。少女が忌々し気に堕天神龍を睨みつける。

 

(リュミエール!)

 

 少女の声に応え、天空から黄の龍帝が飛来する。

 

 堕天神龍の両腕が合わせられ、開かれた両手から膨大な魔力によって形成される竜巻が起こった。竜巻はどす黒い雲を巻き込みながら、リュミエールを呑み込む。

 

 これに対し、リュミエールは四枚の翼を四方へ伸ばすと、空中に四つの紋章を浮かび上がらせた。

 

 スペード、クローバー、ダイヤ、ハート。それらトランプのマークが防壁を生み出し、堕天神龍の魔力を跳ね返す。

 

 堕天神龍はわたしを護るために戦っているのだろうか。しかし、わたしの視線が堕天神龍の上半身の先にある頭部の眼と合った時、邪悪な意志の波動がわたしの意識を貫いた。

 

「ひ……」

 

 わたしは怖かった。ヴィーナ・ルシファーも、リュミエールも、竜騎も、少女も。皆、わたしの意識の深層に侵入し、わたしの心を踏み荒らしていくのだ。

 

(お姉ちゃん、わたしの方へおいでよ。大丈夫だから、大丈夫だから)

 

 わたしは少女の呼びかけに答えることはせず、その場から逃れようと地面を這っていく。伸ばした手で腐った草の混ざっている泥を掴み、更に前へと進む。

 

(……そう、わたしの声を聞いてくれないの。それなら……)

 

 わたしの前に、さっきの少女が立っていた。少女は一見すると無垢に見える表情でいたが、その裏側にある、あまりにも悍ましい憎悪の感情が垣間見えた。

 

(こうするしかないね)

 

 少女の手にした刃が、わたしの顔面に向かって振り下ろされる。わたしは悲鳴を上げた。

 

 突然、地の底から、大きな熱と振動が伝わってきた。少女が足元をすくわれ、凶刃の切っ先はわたしの傍をすり抜け、空を切る。 

 

 まるで時間が逆行しているかのように、雨水が上昇していく。緑色の光が周囲に満ちていき、その中で、先ほどまで戦っていたヴィーナ・ルシファーとリュミエールの全身が崩れていった。

 

 少女の口が何かの言葉を紡いだ。しかし、聞き取れない。その少女も緑色の光の中で黒いおぼろげな輪郭となり、やがて崩れるようにして消え去った。

 

 光によって、雨雲が瞬時に取り払われた。空には眩しい太陽の光。

 

 わたしのいる地上には一面の緑色の原野が広がる。心地よい草の香りが、先ほどまでの腐食物の臭いによって催されていた、わたしの吐き気を取り除いてくれた。 

 

 そのまま、徐々に薄れていく世界。空には鮮やかな虹が現出しており、消えゆく緑の世界の中で、その虹が最後までわたしの目に映っていた。

 

 

 

「リエル……悪ふざけが過ぎるよ」

 

 蒼樹萌架はそう言いながら、机の上に置かれている水晶球に手を伏せた。それまで映像を映し出していた水晶球は途端に光を失い、手の乗っている部分に表れた虹模様を残して、映像は消え去った。

 

 萌架が手を離すと、虹も消えた。萌架は小さくため息をついた。

 

「会いに行かないと、ね。美都……」

 

 萌架は椅子から立ち上がると、朝食の用意をするために台所へ向かった。

 

 手際良く、まな板の上に味噌汁の具に使う人参を並べ、千切りにすると、海藻でだしをとった水が入っている鍋の中に落としていく。

 

 調理をしている最中も、萌架の脳裏では、先ほどまで水晶球を通して視ていた世界と、その中で抗う美都の姿が反芻されていた。

 

 

 

 午前中のリハビリを終え、狩野美都は自室のベッドに戻り、運ばれてきた昼食を口にしていた。

 

 枝豆を混ぜた白米に、塩分の薄い清まし汁、茶わん蒸し。桜の花を模した麩を箸で掴み、口に運ぶ。美都は麩のやわらかい噛み心地を少し味わったあと、飲み込んだ。

 

 美都にはまだ午前からの疲労感が残っており、自力で歩くのにも苦労していた。それでも、まだ手の感覚が麻痺することには至らなかったので、内心ホッとしていた。

 

 美都は卓の上に置かれている裁縫道具と、作りかけの子熊の人形を見やった。今の自分が誰かのためにできる、唯一のこと。それすらも失われるというのは、美都にとっては考えるだけでも耐え難かった。

 

 食事をとりながら、美都は今朝の夢を思い返していた。

 

 天星馬に想いを託し、病棟から逃げ出そうとした美都。それを引き留める、金星神龍。そして、リュミエールを操る、少女の姿……。

 

 記憶は途切れ途切れであり、今となっては夢の全貌を思い出すことはできなかった。ただ、すべてが緑の光によって中断し、現実に引き戻されていったことだけは鮮明に覚えている。

 

 所詮は夢である――美都はそうも思ったが、あの情景の中で起こった出来事の数々が、何か大きな意味を持っている気がしてならなかった。

 

 美都は食事を終え、看護師に食器を片付けてもらったのち、ぼんやりと外の光景を眺めていた。

 

 窓から見える外では今でも小雨が降り続いている。先日、梅雨入りしたとラジオでも言っていた。

 

 桜の木には青葉が生い茂っており、じめじめとした気候も相まって、季節が本格的に夏へと移り変わっていくのを物語っていた。

 

 こうしている間も、あらゆるものが少しずつ変化していく。良くもなり、悪くもなる。美都には、それら時間の変化がとても残酷なものに感じられた。

 

 リハビリによる疲労が睡魔を促進させたのだろう。暫しの間、美都の意識は白昼の暗闇に落ちていた。

 

 誰かが呼ぶ声がする。浮世と白昼夢の境界線上を微睡んでいた美都は、はっと目を覚ました。

 

「美都……」

 

 窓の傍の椅子に腰を掛けている一人の女性の姿。いつの間に晴れていたのだろう、差し込む午後の陽ざしを浴びて、彼女の整った顔の産毛がオレンジ色に光って見えた。

 

 美都は、その人物のことをよく見知っていた。

 

「萌架先輩……」

 

 狩野美都が小学生だった頃の上級生だった、美都よりも四つ年上の蒼樹萌架。萌架とはその後も個人的に親交があり、彼女が高校を卒業して大学に進学するまでは、よく一緒に過ごしていた。

 

 勉強のことで教えてもらったり、二人で遊んだり、進路のことを話したり……美都の持病が悪化してからは、話す機会は減ってしまっていたが。

 

「先輩、どうして、ここに?」

 

 美都の問いに、萌架は少し微笑んで答える。

 

「わたし、明けの星小学校の教育実習でこの町に帰ってきているの。それでね、あなたのことを聞いて、どうしても会いたくなって……」

 

 萌架は教師になりたいと言っていた。それで教員免許を取得するために、滝上大学に進学していたのだ。

 

 萌架の話によると、五月の中旬頃に教育実習が始まり、萌架と美都の母校でもある明けの星小学校に通っているという。

 

「そっか……萌架先輩、夢が叶うんですね……良かった」

 

「まだまだこれからってところだけど、ね」

 

 萌架はそう言ったが、美都は着実に自分の進路を歩んでいる萌架のことが、まるで自分のことであるかのように嬉しかった。

 

「せっかく久しぶりに再会したんだから、美都の話も聞きたいな」

 

「え……。で、でも」

 

 美都は逡巡した。美都が萌架に話せる内容など、それほど無い気がする。しかし、萌架の期待に少しでも添うようにと、美都は身の上話を始めた。

 

 最初、無難でいて当たり障りのない話ばかりをしていた。ところが、妹の小夜の話題が出た辺りから、自然と、美都は萌架に話を聞いてもらうことが嬉しくなり、美都は自分のことであるかのように小夜の話を続けていた。

 

「ふふ、小夜ちゃん、美都からいっぱい愛されているんだね……」

 

 萌架はそう言うと、寝台の横の卓の上に置かれている作りかけの人形を見つめた。小夜へ贈るために美都が作っている、小さな愛らしい子熊を模した人形――。

 

「ねえ、美都。どうかな、久しぶりに……」

 

 言いかけた萌架が美都に見せたのは、一枚のカード。緑のスピリット、「パイオニア 樹精ハッパ」であった。

 

「わたしとバトスピ、やってみない?」

 

「萌架先輩……と?」

 

 美都にとって、萌架は学校の先輩であり、勉学の先輩であり、バトルスピリッツの先輩でもあったのだ。

 

「わたし、小夜ちゃんにちょっと嫉妬しちゃった。だからね、わたしも先輩として、後輩の美都と久しぶりに……と思って、ね」

 

「はい……萌架先輩が良いなら……喜んで」

 

 美都もまた、卓に備えられている引き出しに手を伸ばし、中からいつも小夜との対戦で扱っているデッキを取り出した。

 

 それは、金星神龍ヴィーナ・フェーザーのデッキ。

 

 午後の暖かな空気の流れる病棟の中、美都と萌架の再会を祝した、小さな対戦が始まろうとしていた。




★来星の呟き

五月雨って今でいう六月のものだから、まだ時期は逃していない……かなぁ。

リエルという名前、「光帝リュミエール」、アリス・リデルのリデル、神を意味する天使のエルなどからの連想だったりします。
(リエルと名の入っているスピリットも複数いたりしますが……)

勿論、「光帝リュミエール」の適合者で、バトルする時には、「不思議王国アリス」なども使う予定。
既に登場している龍帝の探究者たちとは大分異なる境遇にある人物でもありますが、そのことは追い追い語られる……つもり。


☆彡
今回の騎士ガンダムコラボオリカ、フレーバーテキストは保留で
(小説には登場しません……下記は自分の妄想ですが、SDガンダムシリーズとの公式コラボが実現することを願っておりますの)

モンスター バウンドミミック
スピリット
5(4)/赤/ジオン・動器
<1>Lv1 3000 <4>Lv2 5000
自分のトラッシュにある赤のカードが4枚以上の間、セットしてあるこのカードは相手の効果を受けず、
8枚以上の間、『相手のアタックステップ開始時』にバースト条件を無視して発動できる。
【バースト:相手の『このスピリット/ブレイヴの召喚時』発揮後】
相手のスピリット/アルティット1体を手元に置く。
この効果発揮後、このカードをコストを支払わずに召喚する。
その後、自分の手札にあるバースト効果を持つカードをセットすることで、このターンの間、このスピリットをBP+7000する。
シンボル:赤

モンスター クラブマラサイ
スピリット
4(1)/赤/ジオン・水中・溶魚
<1>Lv1 4000 <3>Lv2 7000
手札/手元にあるこのスピリットカードは、系統:「水中」を持つ自分のスピリットがいる間、コスト2として召喚できる。
Lv1・Lv2
このスピリットは、このスピリットよりBPの低い相手のスピリットによってフィールドを離れるとき、自分のトラッシュにあるコアを好きなだけこのスピリットに置くことで、回復状態でフィールドに残る。
Lv2
系統:「水中」を持つ自分のスピリット1体につき、このスピリットをBP+1000する。
シンボル:赤

モンスター タートルゴッグ
スピリット
3(1)/赤/ジオン・水中・甲獣
<1>Lv1 3000 <2>Lv2 4000 <4>Lv3 7000
Lv1・Lv2・Lv3『自分のアタックステップ開始時』
このスピリットを疲労させることで、自分はデッキから1枚ドローする。
Lv1・Lv2・Lv3
このスピリットが疲労している間、系統:「水中」を持つ自分のスピリットすべてを、BP+2000する。
Lv2・Lv3
疲労状態のこのスピリットは、相手のスピリット/マジックの効果を受けない。
シンボル:赤


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五月雨の夢の中 中編 ~狩野美都VS蒼樹萌架~

『ゲートオープン界放!』

 

 懐かしい、子どもの頃の記憶。

 

 美都は小学生の時、町内会の幾つかの催しも受け持っていた環境活動のクラブに参加していた。

 

 山の麓にある、廃品回収の施設のすぐ傍。皆が集めた空き缶を潰す機械と真夏の日差しによる熱気、流れる汗と喉の渇きの感覚が入り混じり、口内では微かな塩の味がした。

 

 地面には砂利が敷き詰められていたが、所々から生えている野草の白や桃色の花が、記憶の中の情景に色を添えている。

 

「そうだね、わたしと美都が……単に同じ学校の生徒である以上の仲になったのもその頃……」

 

「え……」

 

 美都の思い出していた光景を、萌架が言い当てたことで、美都は驚いた。

 

「でも、未来へ向けて創られていく世界は、記憶の中だけには収まりきらない……さあ、イメージしてみて」

 

 途端に、美都の周りに広大な蒼穹の世界が広がっていった。今の美都では直接感じることのできる筈もなかった、大自然の中の花と草の匂い。美都は、圧倒的な迫力で迫って来る世界に戸惑いながらも、解放感を味わっていた。

 

「萌架先輩、あなたも……」

 

 二人は同じ緑の世界の光景を見て、同じ風を感じている。それは、美都がいつも小夜と共有しているものに酷似していた。

 

 不思議なことであったが、今まで観てきた世界も、自分と小夜だけのものではないのだろう。美都はそのことに思い至ると、萌架と同じ世界を共有できるという歓喜を覚えていた。

 

「さあ、始めよう、美都。わたしからいくよ」

 

 美都は「はい」と答え、小さく頷いた。

 

 

 

 ☆第1ターン。

 

 蒼樹萌架のターン。

 

 各ステップを踏み、萌架は最初のメインステップに移行した。

 

「未来への希望が失われなければ、夢も途絶えることない。新しく生まれる世界には、これまでにはない、新たな活力が生み出されるの。……わたしは樹魔の創界石を配置」

 

 空間に緑の粒子が集約し、碧緑のエメラルドが現出した。それと同時に、エメラルドの左右から蒼穹を割る勢いで複数の木が生え、背の高い樹木が早送りの映像のように次々とそそり立っていき、小さな林が形成された。 

 

「創界石のカード……」

 

 美都は、エメラルドの輝きの中に底知れぬ緑の宇宙が広がっているように感じられた。

 

「創界石は人の想いを集め、新たな世界創造の礎となるもの。樹魔の創界石によって生み出される緑はわたしの理想とする、星の生命が存続していく地球そのもの。……美都、あなたにも見えているのなら、あなたの望みでもあるの……かな?」

 

「はい……わたしが、先輩に惹かれていったのも、やっぱり、萌架先輩が緑を愛する人だったから……そう思います」

 

「ふふ、嬉しいよ、美都。……じゃ、わたしはこれでターンエンド。次はあなたの番ね、美都」

 

 

【萌架:ライフ5。リザーブにソウルコア。トラッシュに3コア。「樹魔の創界石」に0コア。手札4枚】

 

 

 ☆第2ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

「わたしはワンコマを召喚」

 

 美都のソウルコアが飛び上がり、そのコアを中心とし、帷子を身に着けた白い狛犬の姿のスピリットが出現した。召喚されたスピリット――ワンコマは、背中に生えている小悪魔のような小さな翼をパタパタと動かしながら、蒼穹の世界に降り立つ。

 

「さらに……手札のバインドエッジをセット」

 

 美都が新たに場に出したのは、ミラージュ効果を持つ緑のマジックカード、バインドエッジ。光の球体が宙に浮かび上がり、周囲の空間を捻じ曲げていく。

 

 ワンコマは馴染みの無い世界に戸惑っている仕草をしていたが、やがて心地よい緑の匂いに魅了されたらしく、元気よく駆け回り始めた。

 

 美都はアタックはせず、そのままターンを終了した。

 

 

【美都:ライフ5。リザーブに0コア。トラッシュに4コア。「ワンコマ」にソウルコア。ミラージュは「バインドエッジ」。手札3枚】

 

 

 ☆第3ターン。

 

 蒼樹萌架のターン。

 

「世界創造を導く、緑の妖精。パイオニア、樹精ハッパをLv2で召喚!」

 

 樹魔の創界石の左右に生えている樹々から緑の燐光が放たれ、萌架のソウルコアに吸収されていく。やがて、葉っぱのドレスを身に着けた少女の姿が現れた。

 

 少女は花の付いた日よけ帽子を人形のような小さな手で整え、黄色い瞳を萌架の方へ向けると、にっこりと微笑んで見せた。

 

「樹精ハッパの召喚時効果、デッキの上から3枚をオープンし、起幻を持つ緑のカード1枚を手札に……さらに、Lv2で召喚されたハッパは、追加で緑の転醒カードも加える」

 

 オープンされたカードは、命の果実‐原種‐、パイオニア 樹精ハッパ、陸帝フォン・ダシオン。2枚目の樹精ハッパと緑の転醒カードである命の果実‐原種‐が萌架の手札に加えられ、陸帝フォン・ダシオンは破棄された。

 

 破棄されたそのカードに、美都は見覚えがあった。

 

(あ……先輩のフォン・ダシオン)

 

 昔から萌架が好んで使う、萌架のデッキの象徴と呼んでも差し支えない緑のドラゴン、陸帝フォン・ダシオン。美都はフォン・ダシオンに、かつての萌架とのバトスピの対戦の記憶を想起させられた。

 

「コスト3以上の樹魔を持つスピリットが召喚されたことで、樹魔の創界石の【解封】を発揮。創界石に1つ目のコアを置くよ」

 

 ハッパが人形のような小さな両手をパンパンと打ち鳴らし、その手を創界石の方へ差し伸べた。掌から表れた緑の輝きが、弧を描きながら創界石へと飛んでいく。

 

(樹魔の創界石は創界神と同じようにコアが置かれていき、規定数に達した時、転醒する……)

 

 美都は創界石を使ったことはなく、創界石の使用者との対戦の経験も今までなかったが、知識としてはある程度知っていた。自分のデッキを象徴するもう一つの龍――今は封印しているが、今後使う機会があれば、必要となるかもしれなかったから。

 

「そして、わたしはアタックステップに入る……」

 

 萌架がそう口にした時、美都は透かさず宣言する。

 

「この瞬間、セットしているバインドエッジの効果を発揮。コスト4以下の萌架先輩のスピリット……ハッパを重疲労!」

 

 美都のフィールドにある緑光の球体からプラズマのような波動が放たれ、ハッパを襲う。ハッパがくりくりっとした瞳をパッチリと見開き、両手両足をバタつかせて抵抗したが、プラズマ状の波動がハッパの周囲に落ち、そこから伸びた蔓がハッパの全身を絡めとった。

 

 身動きのできなくなったハッパは、むすっとした顔で美都の方を睨んだ。

 

「……そうくると思ったぁ」

 

 萌架は小さくため息をつくと、傍で不貞腐れているハッパを宥めるように撫でてやり、そのままターンを終了した。

 

 

【萌架:ライフ5。リザーブに0コア。トラッシュに3コア。「パイオニア 樹精ハッパ」(重疲労状態)ソウルコアと1コア。「樹魔の創界石」に1コア。手札6枚】

 

 

 ☆第4ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

 美都はメインステップに入るなり、バーストをセットした。緑色の球体として顕現し続けているバインドエッジの下に、裏向きのカードが追加される。

 

「戯狩たちの住まう空の楽園……彷徨う無重力島をLv2で配置」

 

 草原に大きな影がかかる。上空に出現した、浮遊する無重力島がゆっくりと降下してきた。

 

「アタックステップ。ワンコマ、アタック!」

 

 出番が回ってきたことでやる気を出したワンコマが、小柄な体格を目一杯大きく見せようとしながら吼え、萌架のフィールドへ向かって駆けだした。

 

「戯狩を持つワンコマがアタックで疲労したことにより、彷徨う無重力島の効果で1枚ドロー。さらに、無重力島のLv2の効果で、ワンコマは【聖命】の効果を得る」

 

 無重力島にある泉から虹色の光が溢れ、ワンコマの方へ降り注いだ。活力を得たワンコマの全身が、金色に輝きだす。

 

「そのアタック、ライフで受ける」

 

 突進したワンコマの頭突きが、萌架の前に出現したライフコアによる障壁を打ち砕いた。ライフコアは青色の燐光となって周囲に飛び散る。

 

「くぅ……」

 

 萌架が一瞬怯んだが、すぐに態勢を立て直した。美都は微かな躊躇いを覚えたが、すぐにそれを振り払う。

 

「先輩のライフを減らしたことで、ワンコマに付与されている【聖命】を発揮」

 

 ワンコマは金色のコアを口に咥え、美都のフィールドに戻ってきた。ワンコマが美都の目の前で止まると、口から離されたコアが浮き上がり、美都のライフへと加えられる。

 

 美都はワンコマの頭を優しく撫でてやる。ワンコマは嬉しそうに、筆先のような尻尾を左右に振った。

 

「ふう、先制でライフ差を付けられちゃった、か」

 

 萌架はそう言いながら、美都とワンコマの触れ合いを見つめていた。

 

 美都はそのままターンを終了し、次のターンへと移行する。

 

 

【美都:ライフ6。リザーブに0コア。トラッシュに3コア。「ワンコマ」(疲労状態)にソウルコア。「彷徨う無重力島」に2コア。バーストあり。ミラージュは「バインドエッジ」。手札3枚】

 

 

 ☆第5ターン。

 

 蒼樹萌架のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで、重疲労していたハッパは回復し、自身を拘束していた蔦を振りほどいた。だが、まだ疲労状態からは脱しきれず、草の上にぺたんと座り込んだ。

 

 そして、萌架はメインステップに入る。

 

「生命に活力を与える命の雫、命の果実‐原種‐を配置」

 

 樹魔の創界石によって生み出された林の中に、一際大きな巨木がそそり立った。黄金色に紅葉する葉の合間には、無数の緑色の果実が実っている。

 

「さらに、バーストセット」

 

 萌架は手札から一枚のカードを取り出すと、自分のフィールドに伏せた。

 

「その叡智は高貴なる者の証。魔石の貴婦人アイビィエッタ、Lv1で召喚!」

 

 紫色の花びらを重ねて作ったドレスを身にまとう、草花の妖精を思わせる小柄な貴婦人の姿が現れる。貴婦人はハッパよりも一回り大きな日よけ帽子を、しなやかな指先でピンと上げると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「アイビィエッタの召喚時効果。デッキを上から4枚オープンし、樹魔を持つスピリットか緑の創界石を手札に加える……」

 

 オープンされたカードは、碧緑の竜使いグリューン、魔石の貴婦人アイビィエッタ、バインディングメロディ、陸帝フォン・ダシオン。

 

「陸帝フォン・ダシオンを手札に。さらに、起幻を持つ緑のスピリットの効果でオープンされたバインディングメロディも手札に加えるね」

 

 萌架は2枚のカードを手札に加え、加えられなかった残り2枚はデッキの下に戻された。同時に、【解封】により樹魔の創界石にコアが追加される。

 

「先輩……わたしはこのタイミングでバーストを発動します」

 

 美都がバインドエッジの傍にあるバーストカードを表にする。

 

「相手のスピリットの召喚時効果発揮により、天使ハマエルを発動! このターン、相手のスピリットすべてをBP-12000し、この効果でBP0になったスピリットすべてを破壊する」

 

 バーストエリアから現れたのは、悠然と構える、眼鏡をかけた女性の姿。二枚の白翼の背後から、三対のパネル状の物体が広げられた。

 

 その物体の表面に太陽光が集約され、凄まじい光量が放たれた。慌てて葉の盾を展開するハッパとアイビィエッタ。両者は青白い光の波にのまれた両者は耐え切れずに淡い燐光となって、緑の中に消えていった。

 

 その後、彷徨う無重力島のコアを乗せることでバースト召喚された天使ハマエルが美都のフィールドに降り立った。

 

「天使……」

 

 小さく呟いた萌架は、対峙するハマエルと視線を合わせる。ハマエルは胸元で両腕を組んだまま、屹然とした態度で萌架を睨み返した。

 

「ふう、一掃されちゃったね。……わたしはこれでターンエンド」

 

 

【萌架:ライフ4。リザーブにソウルコアと2コア。トラッシュに4コア。「命の果実‐原種‐」に0コア。「樹魔の創界石」に2コア。バーストあり。手札5枚】

 

 

 ☆第6ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで、疲労していたワンコマが回復した。

 

「恒星を導く、文曲。北斗七星龍ジーク・アポロドラゴンを召喚」

 

 青い羽毛を生やした翼を広げ、四足の馬のような姿をした黄色い龍が現れた。

 

「不足コストはハマエルをLv1に下げることで確保し、Lv1で召喚……そして、召喚時効果により、手札の暗黒の魔剣ダーク・ブレードを、コストを支払わずにジーク・アポロドラゴンに直接合体」

 

 陽の光を受け、翻る刃。赤いマグマの明かりが揺らぎ、光を呑む漆黒の刀身が熱を帯びている。

 

 その後、美都が効果でカードをドローしたのを見計らうと、萌架が待ったをかけた。

 

「美都、わたしもバーストを使わせてもらうよ。……相手の効果によって相手の手札が増えたことにより、バースト発動! 天を舞う雄姿は、王者の証。翼王クラウンイーグル!」

 

 銀色の鎧を身に着けた鷲が巨大な両翼を羽ばたかせ、空へ舞い上がった。

 

「効果により、ジーク・アポロドラゴンとハマエルを重疲労!」

 

 鷲は魔力のこめた翼で大旋風を引き起こし、美都のフィールドにいる北斗七星龍と天使ハマエルをなぎ倒した。

 

 地に伏す、二体のスピリット。

 

「……これだと、ブレイヴも同時に重疲労してしまう……」

 

「攻め手は封じさせてもらったよ、美都」

 

 バースト召喚されたクラウンイーグルを前にして、美都はターンエンドを宣言するしかなかった。

 

 

【美都:ライフ6。リザーブ0コア。トラッシュ4コア。「ワンコマ」にソウルコア。「暗黒の魔剣ダーク・ブレード」と合体した「北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン」(黄/重疲労状態)に1コア。「天使ハマエル」(重疲労状態)に1コア。「彷徨う無重力島」に0コア。ミラージュは「バインドエッジ」。手札は3枚】

 

 

 ☆第7ターン。

 

 蒼樹萌架のターン。

 

「殻人を束ねる戦神の記憶。アレス・パストをLv1で召喚!」

 

 萌架のすぐ傍で一陣の疾風が起こり、緑の鎧と兜で武装した少年の姿が現れた。小柄な体格であったが、引き締まった身体は日頃から欠かさずに鍛錬を続けてきた少年の日常を物語っている。その左手には、赤い刃を備えた双槍が携えてあり、これから実戦に赴く時であるかのような決意が、見る者に伝わってくる。

 

「クラウンイーグルのLvを下げ、コアを2個置くね。……さらに、手札の風王銃ベヒーエグゾーストをアレス・パストに直接合体!」

 

 アレス・パストの傍に疾走する獣の姿が出現し、それは一瞬で大口径の銃へと変じた。先端の獣の牙を備えた風王銃はアレス・パストの右腕に装着される。

 

 萌架はアタックステップへと移行し、攻めに転じる。

 

「アレス・パストでアタック! アタック時、ワンコマを重疲労させることで、ボイドからコア1個をこのスピリットに置く」

 

 アレス・パストが手にした双槍を大車輪の如く回転させると、身構えるワンコマを旋風が直撃し、打ち倒した。

 

「これで、アレス・パストはLv2。さらに、疲労状態の相手のスピリット2体につき、ベヒーエグゾーストの効果でシンボルを追加する。美都、あなたのフィールドには重疲労している3体のスピリットがいる。よって、アレス・パストにシンボルを一つ追加」

 

 銃口が美都へと向けられる。美都は思わず冷や汗をかいていた。

 

(これで、アレス・パストのシンボルは3つ……まだ、わたしのライフは6つあるから、耐えられない攻撃じゃない)

 

「美都、まだあるよ。ワンコマの疲労に呼応し、命の果実‐原種‐を命の果実の精ドライアッドへと転醒させる!」

 

 黄金色の葉を展開している大樹から、一つの果実が零れ落ちた。地面がもこもこと盛り上がり、大樹の根が果実を包み込む。

 

 やがて、幾重にも合わさった根に呑まれた果実が内部で緑色の光を放つと、根の集合体は人のような形へと変形していき、狼か狐を思わせる頭部を備えた樹木の精の姿になった。

 

 新たな転醒スピリットの出現を前にして、美都は緊張する。

 

「命の果実の精ドライアッドの効果により、わたしの緑のスピリットがアタックしている間、美都、あなたのスピリット及び創界神ネクサスのソウルコア以外のコアは取り除けない」

 

 神すらも絡めとるドライアッドの根が、美都のフィールドに張り巡らされていく。これにより、美都は防御用マジックなどの使用も大きく制限される形となった。

 

「アレス・パストのアタックは、ライフで受ける」

 

 風王銃が緑色の弾丸を撃ち放った。中空を切る、3つの弾。それらは続けざまに美都のライフを打ち砕き、あっという間に美都の残りライフは3にまで減らされた。

 

「……美都、あなたのライフを減らしたことで、アレス・パストをアレス・フューチャーに転醒! 時は流れ、小さな英雄は荒ぶる戦の神へと成長を遂げる!」

 

 アレス・パストの全身が緑光に包まれ、刹那の変わり身で戦神へと転身した。幼き時は遠い過去のものとなり、屈強な身体つきの威厳溢れる姿は別人のようでもあったが、闘志を漲らせた瞳には、内に決意を秘めていたあの少年の面影があった。

 

 スピリットから創界神へと転醒したことで、合体していた風王銃はスピリット状態となり、疲労状態のままフィールドに残された。

 

 そして、アレス・フューチャーの転醒によって、萌架のデッキの上から3枚がトラッシュに置かれる。置かれたカードは、バインディングメロディ、陸帝竜騎ベスピニアー、風王銃ベヒーエグゾースト。神託条件を満たすベスピニアーに呼応して、アレス・フューチャーに一つのコアが置かれた。

 

「転醒時、ボイドからコア2個をこのネクサスに置く」

 

 戦神アレスが、手にした槍を天に向かってかざすと、二つのコアの輝きが円を描きながら舞い降り、アレスの傍に置かれた。

 

(これでアレスのコアは3つ……アタックステップ中のフラッシュタイミングで神技の使用が可能になった)

 

「続けて、翼王クラウンイーグルでアタック!」

 

 飛翔する翼王の姿。

 

「まさか、萌架先輩はこのターンで攻めきるつもり……」

 

「美都……察しがいいね」

 

 萌架が手札から一枚のカードを取り出し、宣言する。

 

「新緑の大地を統べし、大地の龍帝。天地の和合により、顕現せよ! 翼王クラウンイーグルに煌陸帝フォン・ダシオンを煌臨!」

 

 翼王の鳴き声が天地に響き渡る。大地が激しく振動し、その熱量は天空をも呑み込む勢いで空間を満たしていった。

 

 地の底から急速にせりあがってきた緑色の樹木が翼王の全身を包み込み、尚も伸びる巨木は天と地を繋げた。

 

 その中央部分で暗緑色の渦が現出し、巨木全体が一旦形を失い、渦に呑まれていく。そして、新たに形成されていく、巨大な龍の姿。

 

 美都はその姿に見覚えがあった。

 

「フォン・ダシオン……」

 

 確かに、外見は陸帝フォン・ダシオンに酷似していたが、硬い龍の皮膚を更に覆う頑強な鎧は、陸の支配者としての威厳を高めていた。

 

 龍帝の証ともいえる四つの翼を広げたまま、豪快な地響きと共に大地に着地する、煌陸帝フォン・ダシオン。緑のスピリットの煌臨により、ターンに一回のアレス・フューチャーの神託も発揮され、そのコアは4個となった。

 

 煌陸帝は大きく咆哮すると、美都に向かって疾走を開始した。

 

 シンボルが増えたことで、このまま連続でアタックをされたら美都のライフは尽きる。美都は手札のカードで防衛を試みる。

 

「フラッシュ、オラクルIII オーバーエンプレスを使用! コストはリザーブから支払い、命の果実の精ドライアッドの動きを封じる……」

 

「それはさせない。わたしは風王銃ベヒーエグゾーストに置かれている3つのコア全てをコストとして支払い、手札のリーフジャマーを破棄することで、マジックの使用を無効にする」

 

 美都の元から放たれた金色の波動が、緑のオーラによって抑え込まれ、消え去った。コアを失った風王銃もまた、跡形もなく消滅した。

 

「まだ! フラッシュ、オラクルIII オーバーエンプレスを使用! リザーブだけで賄えないコストは、ワンコマのソウルコアから確保!」

 

 再度放たれる波動。それは命の果実の精ドライアッドに向かって直進し、全身を包み込むことで、その動きを封じ込めた。

 

 コアを失ったワンコマはうなだれると、金色の粒子となって消えていった。

 

「まさか、2枚目! ……ドライアッドでは縛ることのできない、ソウルコアを使ってきたのね。……これは防げない、か」

 

「煌陸帝フォン・ダシオンのアタックは……ライフで、受ける!」

 

 美都の眼前で聳える煌陸帝。今朝の夢にも酷似した光景。今まさに一閃されようとする剛腕に、美都はあの時の恐怖の感情を呼び起こされていた。

 

(フォン・ダシオン! ……加減しなさい)

 

 萌架の意志が龍の脳裏に響く。龍は了承の意を行動で以て示す。

 

 振るわれた剛腕は、美都の眼前に出現したライフコアの障壁を打ち払った。砕けたコアの残滓が空中に散っていく。

 

「う……」

 

 この一撃で、美都の残りライフは1つとなった。

 

 萌架はやれやれといった様子で両手を広げて見せた。

 

「攻め手を挫かれちゃったか。……ターンエンドね」

 

 

【萌架:ライフ4。カウント2。リザーブに0コア。トラッシュに7コアとソウルコア。「命の果実の精ドライアッド」に1コア。「煌陸帝フォン・ダシオン」(疲労状態)に1コア。「樹魔の創界石」に2コア。「アレス・フューチャー」に4コア。手札は3枚】

 

 

 ☆第8ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、北斗七星龍とハマエルが回復したが、未だ、疲労状態からは脱しきれない。

 

 メインステップ。美都はこのターンにドローしたカードを見つめていた。

 

(あなたが来てくれた……でも、あなたの舞台は整っていないの……ごめんね)

 

 緑の世界に揺蕩う、金色の風。豊穣の匂いを敏感に感じ取った萌架が、美都の方に暖かなまなざしを送った。

 

(あの人も見ている……憧れの先輩と一緒の世界、あなたも力を貸して)

 

 迷いを振り払った美都は、そのカードの召喚を宣言する。

 

「この世界に、新たな恵みと繁栄を! オラクル二十一柱 III ジ・エンプレスを召喚!」

 

 草原をかき分けるようにして、豊かな黄金の実りが立ち並び、豊穣の至る所から、眩い光が中空へと浮かび上がっていく。

 

 その黄金の忠臣に、先端に惑星のような球体をつけた錫杖を手にしている、高貴な印象を人へ与える地母神の姿があった。

 

 地母神が錫杖で大地を軽くつくと、地面の中から淡い光の雫が沸き上がった。

 

「オラクル二十一柱の一柱。……この世界では、初めてお目にかかる、ね」

 

 緑を愛する萌架は、正位置においては豊穣の化身であるジ・エンプレスに向かって、恭しく頭を垂れて見せた。

 

「ジ・エンプレスの召喚時効果を発揮。自分のデッキの上から3枚を破棄し、その後、トラッシュにあるミラージュ効果を持つマジック、または占征を持つ、緑一色及び黄一色のカードを、合計2枚手札に加える」

 

 破棄されたカードはREVIVALと刻印されたマジカルドロー、天使レミリエル、麒麟星獣リーン。

 

 その後、美都はトラッシュにあるオラクルIIIオーバーエンプレスとマジカルドローを手札に加えた。

 

「続けて、マジック、マジカルドローを使用。デッキから1枚ドロー。さらに、デッキを上から4枚オープンし、その中のミラージュ効果を持つカード1枚を手札に加える」

 

 美都はカードをドローしたあと、デッキのカードをオープンする。オープンされたのは、北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン、天使ハマエル、ワンコマ、オラクルIIIオーバーエンプレス。美都はオラクルIIIオーバーエンプレスを手札に加え、残りのカードはデッキの下に戻した。

 

(続けて引いたのは、このカード)

 

 美都は、マジカルドローで手札に加えたスピリットを見つめながら、今朝の夢の情景を思い返していた。やがて、小さく頷くと、そのスピリットを召喚する。

 

「お願い、わたしのソウルコアを使って、わたしを護って。星馬コルットをLv1で召喚! 不足コストは天使ハマエルから確保」

 

 コアを失い消滅するハマエル。ハマエルは諦念の表情でため息をつき、消えていった。

 

 代わりに現れたのは子馬の姿をした星馬コルット。コルットは美都の前に立ち、萌架のフィールドを見据えながら嘶きをあげた。小さな翼と、ふわふわとしたたてがみが風に震える。

 

「回復状態のコルットは相手の効果を受けない……わたしはこのままターンを終了」

 

 

【美都:ライフ1。リザーブに3コア。トラッシュに6コア。「星馬コルット」(リバイバル)にソウルコア。「暗黒の魔剣ダーク・ブレード」と合体した「北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン」(黄/疲労状態)に1コア。「オラクル二十一柱 III ジ・エンプレス」に1コア。「彷徨う無重力島」に0コア。ミラージュは「バインドエッジ」。手札は3枚】

 

 

 ☆第9ターン。

 

 蒼樹萌架のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで煌陸帝フォン・ダシオンは回復し、龍の眼に闘志の色を宿した。

 

「世界を創造する礎となれ、2枚目の樹魔の創界石を配置!」

 

 既に配置されている創界石の横に、同じ形状の創界石が出現した。創造される樹々はその数を増し、大きな森が生み出されていく勢いであった。

 

「緑の導き手よ、もう一度。パイオニア、樹精ハッパをLv2で召喚」

 

 再度召喚された、ハッパ。両足を前に出して元気よく飛び出し、地面の上に着地する。再びフィールドに舞い戻ってきたハッパは、得意げに、その場でくるりと一回転して見せた。

 

「ハッパの緑は、二つの創界石とアレスに新緑の力を与える……」

 

 2つの【解封】と1つの【神託】が同時に発揮され、石とアレスに深い緑の輝きが宿った。

 

「そして、ハッパの召喚時効果も発揮!」

 

 両手をパンパンと打ち鳴らし、天を仰ぐハッパ。萌架がデッキからオープンしたカードは、煌陸帝フォン・ダシオン、パイオニア 樹精ハッパ、バインディングメロディ。

 

 萌架は3枚目のハッパと、緑の起幻に呼応したバインディングメロディを手札に加え、煌陸帝フォン・ダシオンを破棄した。

 

「三度、ハッパを召喚! 不足コストは召喚されているハッパから確保!」

 

 場に出ているハッパがコアを失い、消滅する。ハッパは消えながら、さよならの手を振り続けた。

 

 入れ替わりに新しいハッパが召喚され、踊りながらフィールドに戻って来る。消滅と誕生のイリュージョンに、美都も目を奪われていた。

 

 ハッパの効果が発揮され、オープンされたのは碧力の竜使いグリューン、碧力の竜使いグリューン、樹魔の創界石。

 

「あら、グリューン……あなた、みんな落ちちゃったの」

 

 萌架は少し残念そうに呟き、樹魔の創界石を手札に加えて、2枚のグリューンを破棄した。

 

「そして、この時の【解封】により、今、一つの創生の化身が顕現する。コアが4つとなった樹魔の創界石を転醒!」

 

 創界石の中心を担うエメラルドが膨張していく。それは緑色の巨人へと変形し、それまで創界石によって生み出されていた樹々が、巨人の全身を補強するようにして取り込まれていった。

 

「樹木の巨神……」

 

 それが、美都の率直な印象であった。

 

 現れたのは、緑の異魔神ブレイヴ、樹魔神。異魔神特有の後光の如き形状の物体は、さながら大樹で作ったリースといった様相を呈していた。

 

「樹魔神の転醒時効果。ボイドからコア2個を樹魔を持つスピリットに置く。……命の果実の精ドライアッドにコアを追加」

 

 樹魔神の両手がかっと開かれた。左右の掌からそれぞれコアが生み出され、樹魔神と同様に内部に緑の輝きを秘めた樹木の精であるドライアッドへと送られる。

 

 これにより、ドライアッドのLvは2となる。

 

「そして……樹魔神の左右に、それぞれ煌陸帝フォン・ダシオン、ハッパを合体!」

 

 樹魔神の両腕がメキメキと音を立てながら伸びていき、煌陸帝とハッパの背後に回され、両者へ起幻の力を与える。

 

「そっか、先輩はバインドエッジの効果を回避するために、片方のハッパを消滅させた……」

 

「そうだよ、美都。さらに、煌陸帝フォン・ダシオンにコアを1つ追加し……アタックステップ。ハッパでアタック!」

 

 ハッパが「はいっ!」と掛け声を上げると、緑の絨毯のような原っぱを駆けだした。

 

「樹魔を持つハッパのアタック時、樹魔の創界石の効果でボイドからコア1個を自分のスピリットに置く。煌陸帝フォン・ダシオンのコアを増やし、Lvを2に!」

 

 樹魔神の後方にある樹魔の創界石から活力を送られ、煌陸帝がその力を増す。

 

「ドライアッドの効果により、わたしのスピリットがBPを比べてあなたのスピリットを破壊した時、あなたのライフに貫通ダメージを与える。……さあ、美都、どうくる……?」

 

「……そのアタックは、星馬コルットでブロック。コルット、お願い!」

 

 コルットが頭部を突き出し、ハッパの突進を受け止める。ハッパはむっとした顔になり、残像を描くほどの速さで拳を打ち出した。

 

「マジック、アルテミックシールドを使用! コストはリザーブと、コルットのソウルコアで確保……このバトルが終了した時、アタックステップを終了する!」

 

 ドライアッドの影響を受けないソウルコア。それによって維持されていたコルットは消滅し、戦っていたハッパの小さな拳が空を切った。

 

 白色の障壁が辺り一面を覆いつくし、萌架のスピリットの進軍を抑え込む。攻めることのできなくなった萌架はふうっと息をついた。

 

「よく防いだね、美都。……わたしはターンエンド」

 

 ターン終了の宣言と共に、障壁が取り払われ、蒼穹と豊穣の世界が蘇っていく。美都のライフは1つのまま。戦いは終局へ近づいていた。

 

 

【萌架:ライフ4。カウント3。リザーブにソウルコア。トラッシュに5コア。「樹魔神」と左合体している「煌陸帝フォン・ダシオン」に3コア、「樹魔神」と右合体している「パイオニア 樹精ハッパ」に2コア。「命の果実の精ドライアッド」に3コア。「樹魔の創界石」に2コア。「アレス・フューチャー」に5コア。手札は5枚】

 

 

 ☆第10ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

(わたしの手札2枚の内容は萌架先輩に知られている……そして、頼みのコルットは居なくなってしまった。このドロー次第で、わたしの負けが確定するかも……) 

 

 美都の今の手札は2枚のオラクルIIIオーバーエンプレス。片方はジ・エンプレスの効果、もう片方はマジカルドローの効果で手札に加えたカードであり、それらが美都の防御の要であることは萌架に筒抜けであった。

 

 ドローステップ。意を決し、明暗を分けるカードをドローする美都。美都はドローしたそのカードの表面を見て、思わず息をのんだ。

 

(ヴィーナ・フェーザー……)

 

 美都の心の拠り所とも言える、金星神龍ヴィーナ・フェーザー。無限の生命力を司る存在であるからこそ、病弱な美都はその龍に惹かれていったのかもしれない。

 

 美都はメインステップを宣言する。先のリフレッシュステップで合体している北斗七星龍ジーク・アポロドラゴンは既に回復し、臨戦態勢に入っていた。

 

「命煌く金色の翼。生命の輝きをその身に受け、羽ばたけ! 金星神龍ヴィーナ・フェーザー!」

 

 天に煌く星々。それらが一点に集約され、六枚の翼を備えた金色の龍へと姿を変える。

 

「ヴィーナ・フェーザーの効果。トラッシュのシンボルで軽減シンボルすべてを満たし、Lv3で召喚」

 

 舞い降りた金星神龍の輝きに勇気づけられた美都は、自然と元気を取り戻しつつあった。その様子を眺める萌架が優しく微笑んだ。

 

「遂に現れたね、あなたのドラゴンが」

 

「はい、萌架先輩。わたしにとって、ヴィーナ・フェーザーは最も信頼するスピリット……このターン、攻めに行きます!」

 

 美都は北斗七星龍の手にしている暗黒の魔剣ダーク・ブレードを見やる。北斗七星龍の回復により、その剣も回復状態に戻っていた。

 

「ジーク・アポロドラゴンに合体しているダーク・ブレードを分離し、ヴィーナ・フェーザーに合体!」

 

 北斗七星龍は魔剣を手放し、美都の望みと共に金星神龍へと託す。魔剣を受け取った金星神龍は咆哮し、手にした魔剣に己の魔力を送り込んだ。

 

「アタックステップ。暗黒の魔剣ダーク・ブレードの効果を使い、合体している金星神龍ヴィーナ・フェーザーで命の果実の精ドライアッドを指定してアタック!」

 

 六枚の翼を羽ばたかせ、天を駆ける金星神龍。攻め込まれたドライアッドは両手から黄緑色の障壁を作り出し、これを迎撃しようと試みる。

 

「ヴィーナ・フェーザーがブロックされた時、ヴィーナ・フェーザーのシンボル1つにつき、わたしのライフを回復。ヴィーナ・フェーザーのシンボルは2つ……よって、ボイドからコア2個をわたしのライフに」

 

 振り上げられた金星神龍の左腕から二つのコアの輝きが浮かび上がり、それは美都のライフへと運ばれていった。

 

「さらに、戯狩を持つヴィーナ・フェーザーが疲労したことにより、彷徨う無重力島の効果で1枚ドロー」

 

 新たなカードが美都の手札に加えられる。

 

 金星神龍とドライアッドが衝突し、両者の戦闘が開始される。合体している金星神龍に対し、ドライアッドの方が不利と思われたが……。

 

「美都、登場してすぐに悪いけど、ドライアッドは破壊させない。アレス・フューチャーの神技を発揮! この創界神ネクサスのコア2個をボイドに置き、疲労状態になっている金星神龍ヴィーナ・フェーザーを手札に戻す!」

 

「あ……アレス」

 

 アレスが手にした双槍を、金星神龍に向かって投げつけた。間一髪のところでかわした金星神龍であったが、地面に突き刺さった双槍から凄まじい緑色の雷撃が放たれ、これに撃たれた金星神龍の全身が星の粒子となって分解され、美都の手札へと戻っていった。

 

 美都は暗黒の魔剣ダーク・ブレードをフィールドに残さない選択をしたため、魔剣もまた、金星神龍と共に手札へ戻される。

 

「これ以上は攻められない……ターンを終了します」

 

 美都は脱力感を覚えていた。

 

 

【美都:ライフ3。リザーブに9コア。トラッシュに2コア。「北斗七星龍ジーク・アポロドラゴン」(黄)にソウルコア。「オラクル二十一柱 III ジ・エンプレス」に1コア。「彷徨う無重力島」に0コア。ミラージュは「バインドエッジ」。手札は5枚】

 

 

 ☆第11ターン。

 

 萌架のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで、ハッパとドライアッドが回復。両者は再び、緑から得られる活力に満ち始めていた。

 

「メインステップ……わたしは、樹魔神と合体している2体のスピリットを分離させる」

 

 樹魔神が手を引っ込める。異魔神からの力の供給を絶たれたハッパと煌陸帝フォン・ダシオンが一瞬、勢いを落とした。

 

「え……ど、どうして」

 

 美都は萌架の行動に困惑していた。この状況で分離する意味があるとすれば、一体何が――。

 

「美都、これは布石。あなたにとっての最高のドラゴンを見せて貰ったのだから、わたしもそれに応えないと、ね。……私はリザーブのコアを1つ、樹魔神に置く」

 

「維持コストが0の異魔神ブレイヴにコアを……あ、まさか」

 

 美都はようやく、萌架の行動の意味を悟った。

 

「その瞳は万物を見通す緑眼。虚空の使者にして大樹の化身、陸帝フォン・ダシオンを【転召】!」

 

 樹魔神の足元から新たな植物の芽が生えだし、それは瞬く間に樹魔神に勝るとも劣らない巨木へと変じた。その巨木には葉こそないが、全体が深緑の色彩を備えており、途方もない生命力を秘めていた。

 

 樹魔神が両手で一つのコアを差し出すと、それを吸収した巨木が姿を変え、一体の巨大な龍となる。

 

「陸帝フォン・ダシオン。萌架先輩のドラゴン……」

 

「ふふ。もう煌陸帝フォン・ダシオンが場に出ているけどね。わたしとしては、ようやく旧知のパートナーを召喚できたってところかな」

 

 陸帝フォン・ダシオンの召喚はフィールドに更なる影響を及ぼし、樹魔の創界石とアレス・フューチャーにコアが追加された。

 

「さあ、ここから攻めさせてもらうよ、美都。再度、樹魔神の左右に煌陸帝フォン・ダシオンとハッパを合体!」

 

 再び樹魔神から送られてきた活力で奮い立つ煌陸帝と、はしゃぎ出すハッパ。

 

「アタックステップ。ハッパでアタック。アタック時、樹魔の創界石の効果でハッパにコアを追加!」

 

 勢いを増す、緑のパイオニア。美都は透かさず、手札のマジックカードを使用する。

 

「オラクルIII オーバーエンプレス! このターン、煌陸帝フォン・ダシオンのアタックを封じる」

 

 連なる黄金の波動に絡めとられ、動きを封じられる煌陸帝。

 

「ジ・エンプレス、お願い!」

 

 ハッパに前に立ちはだかる、豊穣の化身。錫杖を振るい、攻めるハッパを打ち払おうとしたが、樹魔神から力を与えられているハッパの方が戦闘力においては勝っていた。

 

 ハッパの残像連続チョップで錫杖を弾き飛ばされ、なすすべのなくなったジ・エンプレスは、ハッパの渾身の体当たりをその身に受け、宙を舞いながら消えていった。

 

 ジ・エンプレスが破壊されたことでドライアッドの効果が発揮される。ドライアッドがハッパに向かって両手をかざすと、蒼穹の世界の中に、更に濃い緑のレールが引かれる。その上をハッパの分身が駆けだし、美都のライフコアに衝突。相殺した。

 

 これで、美都の残りライフは2となる。

 

「陸帝フォン・ダシオン、アタック! 樹魔の創界石の効果で煌陸帝フォン・ダシオンにコアを追加。これで、煌陸帝のLvも3となる」

 

 猛る緑の龍帝。高質化した四枚の翼を使って風を切り、猪突猛進の勢いで大地を疾走した。陸の王者として蹂躙する龍帝は、陸に吹く風をも支配する。

 

「ジーク・アポロドラゴン、わたしを護って!」

 

 美都のソウルコアを宿した北斗七星龍が、陸帝の侵攻を食い止める。三日月のように反り返った鋼の角で以て陸帝を抑え込もうとしたが、相手の剛力は凄まじく、北斗七星龍の方が押されていた。

 

「マジック、オラクルIIIオーバーエンプレス! コストはリザーブとジーク・アポロドラゴンのソウルコアを使用。命の果実の精ドライアッドのアタックを封じる」

 

 陸帝の角が空を切る。コアを失い、北斗七星龍が消滅していった。そこから溢れ出た燐光がオーバーエンプレスの輝きと合わさり、陸帝の後方にいるドライアッドの全身にとりつき、動きを封じ込めた。

 

「これでアタッカーは無し、か。ターン終了ね」

 

 

【萌架:ライフ4。リザーブに0コア。トラッシュに3コア。「陸帝フォン・ダシオン」(疲労状態)にソウルコアと3コア。「樹魔神」と左合体している「煌陸帝フォン・ダシオン」に5コア、「樹魔神」と右合体している「パイオニア 樹精ハッパ」に2コア。「命の果実の精ドライアッド」(疲労状態)に3コア。「樹魔の創界石」に3コア。「アレス・フューチャー」に4コア。手札は5枚】

 

 

 ☆第12ターン。

 

 狩野美都のターン。

 

「親愛なる月の友、わたしの星に力を! 創界神ネクサス、月光のバローネを配置」

 

 角の装飾を身に着けた、金髪の青年の姿が現れる。その人物が手を掲げると、上空に暗闇が広がり、その中で光を反射する白い満月が浮かび上がった。

 

 月光のバローネの配置時に美都のデッキからトラッシュに置かれたカードは、暗黒の魔剣ダーク・ブレード、REVIVALの星馬コルット、麒麟星獣リーン。神託条件を満たすカードは2枚のため、ボイドからコア2個が月光のバローネに置かれた。

 

「今一度……輝き、羽ばたけ、命の担い手。金星神龍ヴィーナ・フェーザーをLv3で召喚!」

 

 星の煌きが空間に満ちていき、金星神龍が顕現する。金星神龍が両手を掲げると、蓄えられた魔力が放たれ、月光のバローネへと送り届けられた。

 

「さらに、暗黒の魔剣ダーク・ブレードをヴィーナ・フェーザーに直接合体!」

 

 赤き炎の塊が飛来し、金星神龍がそれを受け止める。炎は魔剣へと変じ、そのまま金星神龍の手に握られた。

 

 魔剣から別れ出た火炎が月光のバローネの真上で渦を巻き、新たなコアとなる。これで、月光のバローネのコアは4つ。

 

 そして、美都はアタックステップを宣言した。剣を構え、攻め込む態勢に入る金星神龍。

 

「ヴィーナ・フェーザーで命の果実の精ドライアッドを指定してアタック!」

 

 六枚の翼を広げ、突進する金星神龍。ドライアッドは地面から無数の根を突き出し、金星神龍の進撃を食い止めようとしたが、魔力を込めた魔剣が振るわれ、それらは容易く薙ぎ払われた。

 

 再び激突する金星神龍とドライアッド。

 

 金星神龍から溢れ出す生命の息吹は美都のライフを増やし、それに呼応するかのように輝きだす彷徨う無重力島の効果により、美都はデッキからカードをドローした。

 

「この瞬間、月光のバローネの効果により、ヴィーナ・フェーザーを回復!」

 

 天に浮かぶ満月から白色の閃光が落ち、月光のバローネがそれを受け取る。その手元に集まった光体が、さらに金星神龍へと送られ、金星神龍の全身が更なる活力で満たされていった。

 

「これは……わたしがフラッシュを宣言する前に回復することでアレス・フューチャーの神技をかわし、連続アタックでライフを一気に増やす……それがあなたの狙いね」

 

「はい、先輩。……今のわたしに出来る本気です」

 

 萌架は自分が従えるドライアッドと鍔迫り合いを繰り広げる金星神龍を見つめる。

 

「美しい龍。流石は愛と美の女神の名を冠する金星の化身ね。……でも」

 

 萌架は美都へと視線を移した。一瞬、美都は背筋を冷たいものが奔るような感覚に襲われた。まるで心の底までを見透かされているような……。

 

「美都。あなたの心には陰りが見える……星の体現者たる金星神龍は純粋な存在。故に、あなたの心の光と闇が直に反映される……」

 

「…………」

 

 萌架の真意が判らず、戸惑う美都。

 

「……美都、わたしはこのカードを使わせてもらうよ」

 

 萌架が掲げるのは、緑のスピリットカード。そこに描かれているのは、武者の鎧を身にまとい、左手に大剣を握る甲殻の武士。

 

「百のつわものを束ね、万物を風化へ導く者。闇輝石六将、百刀武神ゴクマザンを陸帝フォン・ダシオンに煌臨!」

 

 陸帝が全身を震わせながら、凄まじい咆哮を轟かせた。天地が鳴動し、陸帝の頭上の空間に亀裂が奔る。その亀裂の向こう側の次元から、銀の一閃が煌き、一気に次元が切り裂かれた。

 

 陸帝が碧緑の粒子となって宙を舞い、渦を巻きながら、次元の穴へと飲み込まれていった。そして、渦の中央で真紅の眼光が揺らめく。陸帝の力を吸収して実体化した、闇輝石六将の一角。

 

 百刀武神ゴクマザンはフィールドに降り立つと、手にした大剣を振り上げた。それと同時に金星神龍に向かって荒れ狂う暴風が吹き荒れ、それは美都のフィールド全体を覆いつくした。

 

「わたしのフィールドとトラッシュには5枚以上のカードが存在し、それらはすべて緑のカード。よって、ゴクマザンの【闇奥義・地獄】を発揮。美都、あなたのターン、あなたのスピリットすべては回復できず、コアを0個にすることはできない」 

 

 ゴクマザンの闇の力は月光のバローネと共に現れた満月をも黒く染めあげ、金星神龍の星の輝きも急速に薄れていった。

 

 その闇を振り払う勢いで、金星神龍は魔剣を振るい、ドライアッドを切り裂いた。ドライアッドは緑の燐光となって消えていったが、金星神龍の全身を侵食する闇を押しとどめることは敵わなかった。

 

 その状況を前にして、美都は焦った。

 

(既に回復している金星神龍はもう一度アタックしてライフも増やせる……けど、そうしたらアレス・フューチャーが……)

 

 ゴクマザンの煌臨によって神託を発揮したアレス・フューチャー。そのコアの数は5つ。つまり、合計二回まで、疲労状態のスピリットを手札に戻す効果が使えるということ。 

 

 美都は改めて金星神龍を見た。

 

「闇が……」

 

 闇に浸食されていく金星神龍。虚ろな視線。美都の脳裏に、闇に落ちた、堕天神龍の姿がよぎった。

 

「……わたしは、これで……ターンエンドです」

 

 美都は力なく肩を落とした。

 

 

【美都:ライフ4。リザーブに2コア。トラッシュに8コア。「暗黒の魔剣ダーク・ブレード」と合体した「金星神龍ヴィーナ・フェーザー」に3コアとソウルコア。「彷徨う無重力島」に0コア。「月光のバローネ」に4コア。ミラージュは「バインドエッジ」。手札は2枚】

 

 

 ☆第13ターン。

 

 蒼樹萌架のターン。

 

 リフレッシュステップに入ると、疲労していたハッパとゴクマザンが回復状態となった。ハッパは「ふんふん」と言いながら小さく踏ん張って見せ、ゴクマザンは黙したまま静かに剣を構えた。

 

 そして、メインステップ。

 

 盤面上では美都の方が圧倒的に不利と見えたが、美都はまだ、この勝負を諦めてはいなかった。月光のバローネにはコアが4つ置かれ、回復状態のヴィーナ・フェーザーがブロッカーとして残っている。そして、美都のターンの終了と共にゴクマザンの闇の力は遠のいていた。

 

「ゴクマザンの【闇奥義・地獄】は相手のターンにのみ発揮される。美都、あなたはそのことをわかっていて、月光のバローネの神技とヴィーナ・フェーザーの破壊耐性でしのぎ切るつもり、ね」

 

「…………」

 

 美都は押し黙っていた。当然、萌架もこちらの状況を熟知しているのだ。

 

「……わたしはマジック、グラウンドハウリングを使用!」

 

 煌陸帝フォン・ダシオンに緑の力が集約される。美都は、煌陸帝に、ゴクマザンの煌臨元となっている陸帝フォン・ダシオンの姿を垣間見た。

 

(シンボル2つ以上を持つスピリットの存在を使用条件とする、龍帝のマジック……)

 

「陸帝の咆哮は、より力ある者すらも凌駕する。BP4000以上の相手のスピリット……ヴィーナ・フェーザーを疲労させる!」

 

 煌陸帝フォン・ダシオンの咢から、けたたましい不協和音が響いた。美都と萌架、両者の間に広がる世界全体が震え出し、碧緑のオーラが空間に浸透していく。

 

 それまで漲っていた力が急速に失われていき、脱力した金星神龍が膝をついた。手にした魔剣で己を支えるのが精いっぱいという有様であった。

 

「さらに、マジック、バインディングメロディを使用!」

 

(あのマジックは、アイビィエッタとハッパの効果を発揮した際、手札に加えられたカード……確か、まだ2枚あったはず)

 

「バインディングメロディの効果で、疲労状態のヴィーナ・フェーザーをデッキの下に戻す!」

 

 マジックカードによって生成された音の波動をハッパが受け持つ。ハッパは得意げに歌唱し、この小さな歌姫の声が合わさった音波が、金星神龍の全身を絡めとった。

 

 美都は何時の間にか、安らぎに似た感覚を覚えていた。やがて、それは金星神龍と自分の五感が共有されることによって感じられているのだと思い至る。

 

 音に呑まれ、星の粒子となって消えていく、金星神龍。後には、使い手を失った魔剣のみが取り残された。

 

 勝敗が決定的となった瞬間であったが、美都は何故か清々しい気持ちになっていた。

 

「美都……ここから攻めさせてもらうよ」

 

「……はい、萌架先輩」

 

 萌架がアタックステップの開始を宣言する。

 

「煌陸帝フォン・ダシオンでアタック! 樹魔の創界石の効果により、ボイドからコア1個をゴクマザンに置く」

 

 樹魔神からの支援を受け、突進する煌陸帝。美都のフィールドには疲労状態のダーク・ブレードとネクサスしか存在せず、遮るものは何もない。

 

「ライフで、受ける」

 

 煌陸帝が美都の眼前で静止する。美都はドキリとしたが、煌陸帝の瞳に宿る輝きに敬愛する先輩の面影を見出し、小さく安堵していた。

 

 美都の前に出現するライフコアの障壁。煌陸帝は咆哮を轟かせ、ライフコアを粉々に分解させてしまった。

 

 煌陸帝は踵を返すと、萌架の元へと駆け戻っていった。これで美都の残りライフは1つ。

 

「ハッパでアタック!」

 

 ハッパもまた、合体している樹魔神の力で己の能力を高めていた。ちょこまかと左右を往復しながらフィールドを駆けるハッ。その残像が、無数に拡散していく。

 

「ライフで……受ける」

 

 草を集めて作った靴を履いた足を振り上げるハッパ。そのまま勢いに乗って、美都のライフコアに向かって飛び蹴りをした。

 

 砕け散った最後のコアが中空へと霧散していく。

 

「コアが……すべて、砕けて……」

 

 それまで世界の一部を構成していた満月や星々の煌きが急速に遠のいていくのと同時に、上空では暗い雨雲が広がっていった。

 

 美都は、草原の上に、仰向けになって倒れ込んだ。水っぽい草の匂いが鼻孔を刺激する。

 

「……この草の匂い。懐かしい、な」 

 

 以前にこうして自然と触れ合ったのが、今となっては遠い過去のように感じられる。

 

「あ、雨」

 

 美都の頬に、ぽつぽつと水滴が当たっていた。決して不快なものではなかったが、水が入ることを避けるため、思わず目を細めてしまう。

 

 そんな美都を、小さな影が覆う。美都が目を開けてみると、まだその場に残っていた樹精ハッパが、サトイモのものらしき葉っぱを美都の顔の上にかざしていた。

 

「ありがとう……」

 

 美都から礼を言われると、ハッパは黄色い瞳を輝かせ、にっこりと笑顔を見せてくれた。

 

 先ほどまでは戦っていたスピリットたち。しかし、競い合いが終われば、互いを支え合いながら、皆が平穏に過ごしているのだろうか。

 

 こうして優しくしてくれるハッパや、遠くから自分を見つめている萌架や陸帝フォン・ダシオンたちの温和な様子を感じ取りながら、美都はぼんやりとそんなことを考えていた。




★来星の呟き

今回のリプレイ (活動報告へ飛びます)

リプレイ1
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=262568&uid=341911

リプレイ2
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=262569&uid=341911

リプレイ3
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=262570&uid=341911


ちょっと慣れない内容に挑戦しようと試みた結果、今回も書くのに手こずりました。。。
龍帝の使い手も一人一人しっかりキャラづけしようとしておりますが、
今回のバトルは美都との口調の使い分けの時点で苦戦してしまいましたの……。


少し言及されている堕天神龍ですが、美都は、金星神龍とは別のデッキで使用します。
実は、龍帝編的な今のシナリオが一区切りついた後は、
八星龍を主役にして見ようかなと思っておりますが、その辺はまだまだ構想不足。
(最近、水星神龍メルクリウス・サーペント&時空乱龍パラドラクスのコンビでデッキを組もうかなと模索中です……自分のネクサスを処理できる組……水星神龍は青限定だけど


【おまけ】
今回の騎士ガンダムコラボオリカ
☆彡☆彡

モンスター スライムアッザム
スピリット
0()/赤/ジオン・漂精
<1>Lv1 1000 <3>Lv2 3000
シンボル:赤

モンスター アッザムベス
スピリット
2(1)/赤/ジオン・漂精
<1>Lv1 1000 <2>Lv2 2000
Lv1・Lv2
カード名に「アッザム」を含む自分のスピリット1体につき、カード名に「アッザム」を含む自分のスピリットすべてをBP+1000する。
Lv2
系統:「ジオン」を持つコスト8以上のスピリットカードを召喚するとき、このスピリットを疲労させることで、リザーブから2コスト支払ったものとして扱う。
シンボル:赤

モンスター メタルアッザム
スピリット
3(3)/赤/ジオン・漂精
<1>Lv1 11000 <2>Lv2 12000 <3>Lv3 14000
このカードの軽減シンボルは紫/緑/白/黄/青としても扱う。
Lv1・Lv2・Lv3
このスピリットは相手の効果を受けない。
Lv1・Lv2・Lv3『このスピリットのアタック/ブロック時』
このスピリットを手札に戻す。
Lv1・Lv2・Lv3『お互いのエンドステップ』
このスピリット以外の自分のスピリットが存在しないとき、このスピリットを手札に戻す。
シンボル:赤

モンスター ナイトアッザム
スピリット
5(2)/青/ネオジオン・漂精・戦騎
<1>Lv1 4000 <3>Lv2 6000 <4>Lv3 9000
手札にあるこのカードは、カード名に「アッザム」を含む自分のスピリットカードが相手によってトラッシュに置かれたとき、
そのスピリットカードを手札に戻し、1コスト支払って召喚できる。この効果はターンに1回しか使えない。
Lv1・Lv2・Lv3『自分のターン』
自分が系統かカード名に「ジオン」/「モンスター」を含むカードを召喚/配置/使用するとき、その軽減シンボル2つを満たす。
Lv2・Lv3『このスピリットのアタック/ブロック時』
カード名に「アッザム」を含む自分のスピリット1体につき、このスピリットをBP+4000する。
シンボル:青

モンスター キングアッザム
スピリット
9(6)/赤/ジオン・漂精・皇獣
<1>Lv1 6000 <4>Lv2 9000 <6>Lv3 11000
Lv1・Lv2・Lv3
カード名に「アッザム」を含む自分のスピリットが召喚されたとき、このターンの間、このスピリットを最高Lvとして扱い、BP+4000する。
その後、このスピリットのBP以下の相手のスピリット1体を破壊する。
Lv1・Lv2・Lv3『相手によるこのスピリットの破壊時』
手札のカード名に「アッザム」を含むスピリットカード1枚を召喚することで、このスピリットは疲労状態でフィールドに残る。
Lv3『自分のエンドステップ』
自分のトラッシュにあるカード名に「アッザム」を含むスピリットカードを好きなだけ手札に戻す。
シンボル:赤赤


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五月雨の夢の中 後編

 病院の玄関に面している大広間。そこには数列になって紺色の布で覆われた椅子が並んでおり、人影はまばらであった。

 

「あ、おじいちゃん。ごめんね、待たせちゃって」

 

 萌架が声をかけた相手は、椅子に腰を掛けていた、一人の白髪の年老いた男。その老人は両手とあごを樫の木で作った杖の上に乗せたまま、萌架の方を見やった。

 

「何か、見つけたのかね?」

 

 老人の言葉の意味を、萌架はすぐに察した。

 

「はい。創界石と金星の干渉によって見えたあの世界……遠い日に夢見た未来を、改めて垣間見た……気がする」

 

「ふむ。なら、お前にもあの子にも意味ある決闘であっただろう」

 

 老人が杖に乗せていた手に力を込め、ゆっくりと腰を上げた。萌架が手を貸し、助け起こそうとする。

 

「よせ。一人で立てるわい」

 

 老人はそう言ったが、萌架の華奢な手を払いのける気にはなれず、そのまま支えられて立ち上がった。

 

「おじいちゃん、無理はしないでね。このまま家まで送っていくから」

 

「ふん……」

 

 萌架と老人はそのまま連れ立って、玄関に向かって歩き始めた。

 

 ふと、二人の合間を潮っぽい風がすーっと通り過ぎていく。萌架は訝しんだが、老人は口元に小さく笑みを浮かべていた。

 

「……さて、役者は揃いましたね」

 

 二人の背後から投げかけられた、鈴を転がすような声。萌架と老人が振り返ると、そこには一人の小柄な少女が立っていた。

 

 褐色の肌の幼い顔立ち。年の頃は十二、三歳ほどであろうか。一目でわかる、アラビア風の民族衣装――アバーヤと呼ばれる長衣を着ており、色彩はさざ波を連想させる青色であった。顔は隠しておらず、丁寧に結わえられている、長いおさげ髪が背中に垂れ下がっていた。

 

「東間重郎さん、それに蒼樹萌架さん。直接お会いするのは、これが初めて、でしたね」

 

 名前を呼ばれて、萌架は少し戸惑った。少女は外見に反して、顔つきや喋り方は大人っぽく、達観した態度であった。

 

「そうだのう」

 

 老人――東間重郎は頷いて見せた。

 

「話に聞いていたお嬢ちゃんが、会ってみればこんなに可愛らしいとはの。こうして顔を見ることができて、良かったわい」

 

 可愛らしい――と呼ばれて、少女は一瞬表情をほころばせた。萌架は「おや?」と思う。どうやら、内面は年相応のものなのかもしれない。

 

 少女はすぐに顔を引き締め、語り始める。

 

「そちらの萌架さんも知っての通り、既にリエルさんが現世への直接干渉を開始しました。それに、リエルさんと手を組んでいる、スピリット世界の追放者にも動きがあります。すべてはあなた方の主たるロンバルディアの思惑通り……と思われるかもしれませんが」

 

 どうやら、相手はこちらの素性も、龍帝の適合者たちがロンバルディアに雇われ、召集されていることもお見通しらしい。萌架は相手の正体が掴めず、不安を覚えていたが、萌架から見て、重郎は妙なくらいに落ち着いていた。

 

「ほう、嬢ちゃんは何かわしらの認知していない者が干渉してくる、と?」

 

「ええ。……でも、その口ぶりからすると、重郎さんはある程度感づいているご様子、ですね」

 

「あの……おじいちゃんは、この女の子のことを知っているの?」

 

 とうとう、萌架は疑念を口にした。重郎は「ああ」と言いながら、萌架の方へ振り返り、しわで覆われた顔を緩ませながら、説明する。

 

「このお嬢ちゃんはわしら七龍帝の探究者と、ホロロ・ギウムの従者の双方を導く者。かの世界の創手の者だよ」

 

「創手……。この子が」

 

 萌架は驚きを隠せず、アラビア風の民族衣装を身にまとった少女の全身をまじまじと凝視した。

 

 萌架と目の合った少女は微笑んだ。 

 

「申し遅れましたね。わたしはシェハラザード様の弟子の一人。サシャ、と申します。以後、お見知りおきを」

 

 サシャと名乗った少女は長衣の左右の裾を掴み、れいをした。

 

「それでは……手短に要件をお話ししますね」

 

「せっかく、会えたのにのう。もう少し、ゆっくりしてはいけぬか」

 

 重郎の言葉を受け、少女は少し困ったような表情になった。

 

「申し訳ありませんが……あまり長居をすると、シェハラザード様からおしかりを受けますので」

 

「そうか……残念だの」

 

 重郎は、ふう、とため息をついた。

 

「……実は、わたしは、あなた方に警告するために参ったのです」

 

 サシャの言葉を聞き、重郎は真顔になった。

 

「警告、とは穏やかでないの」

 

 サシャはこくりと頷き、両手を広げる。そして、まるで演説をしているかのような口調で語り始めた。

 

「心してください。間もなく、スピリット世界より昏きラッパの音色が鳴り響き、地の底より深淵の王が再び蘇るでしょう。それは、世界を愛し、等しく憎む者」

 

 深淵の王――その名を聞き、萌架は動揺した。重郎も何かに感づいているらしく、低い唸るような声をもらした。

 

「そして、あなた方は既に、その者の化身と一度接触している。……ロンバルディアは、リエルさんと同様に、かの者をも利用しようと画策しているようですが、かの者は常に人の心の隙を探っています。決してお気を許さぬよう」

 

 サシャはふうと一息つき、続きを語る。

 

「スピリット世界の追放者は、冥府の血族にして、深淵の従者です。それが表舞台に現れるのは、王の帰還が近い証明となるでしょう。……わたしが話せるのは、ここまでです」

 

 語り終えたサシャの足元から、青白い蛍のような無数の燐光が立ち込めた。萌架が慌てて引き留める。

 

「あの、待って。あなたの言う、深淵の王の化身とは……もしかして」

 

「どうやら、お察しになられているようですね。……ならば、わたしも安心して帰ることができます。では、さようなら……また、お会いしましょう」

 

 サシャの全身が青白い光の粒子となって、中空に消えていった。

 

 不思議なことに、大広間内にいる他の人物は、サシャの存在に気がついていなかったらしい。椅子に腰を掛けていた一人の人物が、番号を呼ばれ、何事もなかったかのように、会計の方へと歩いていった。

 

「おじいちゃん……やっぱり、あの子が言っていたのは」

 

 重郎は片手を挙げて、萌架の口を制した。

 

「ヤシの実の話……覚えているかな」

 

「え?」

 

 萌架は一瞬戸惑ったが、すぐに返答する。

 

「そのお話、もう五十回くらいは聞いたよ」

 

「ふむ、そうかそうか。だが、大事な話だから、もう一度話そう」

 

 このやり取りも何度目だったろうか――萌架は過去の重郎との会話に思いを馳せた。

 

「南国のジャングルの中、二度と故郷の土を踏むことはないと思うた若い男。彼は故郷へ己の想いを伝える手段を模索し、遠い異国から故郷の岸へ流れ着く、ヤシの実の話を思い出した。そこで、己の想いを、生涯をたった一つの椰子の果実に込め、母なる海へと託したのだ……」

 

 萌架は重郎の話す光景を、脳裡に浮かべていた。幾度も繰り返されてきたことであったが、それは常に大きな意味をもって、心中に入り込んできた。

 

「故郷との膨大な距離を隔てる海は、生命を突き放す一方で、純粋な想いには応えてくれるものなのだ。……わしも海に抱かれ、あの椰子のように命を救われた。だからさ、わしは海に生き、海に殉じる道を選んだ」

 

 重郎は懐から、一枚のカードを取り出した。院内の蛍光灯を受け、白く反射する、蒼い翼を持つ龍の姿。そのカードには「海帝クラン・マラン」と記されていた。

 

「海なくしては、森林の恵みも成り立たず、森林なくしては、海の生命も枯れ果ててしまう。陸と海のそれぞれに生きる者は互いを助け、支え合って成り立っているのだよ。故に、両者は常に相方の想いに応える。……わしら、人と人の関係のように、の」

 

「おじいちゃん……」

 

 萌架は樹魔の創界石によって映し出された、豊穣の大地を夢見ていた。そして、そられ緑の向こうには、澄んだ蒼き大海が延々と広がっていく……。

 

 

 

 病室の中。狩野美都は窓辺に置かれている、オレンジ色の眩いプリザーブドフラワーを見つめていた。中央に明るい色彩のオレンジのバラの花が二つ添えられ、複数種類の鮮やかな緑色の葉がその周りを飾っており、優美なコンストラクションを描いていた。萌架が去り際に置いていってくれたのだ。

 

 このプリザーブドフラワーは萌架の手作りなのだという。美都は、花と緑の中に込められている萌架の想いを感じ取り、自分が深く元気づけられているのを実感していた。

 

 午後の陽ざしが室内に差し込み、バラの花がぼんやりと光って見えた。心なしか、暖かなぬくもりが身体の奥底まで浸透していくような気がした。

 

「いつも、見てくれて、応援してくれる人がいる……だから、わたしも頑張らないと、ね」

 

 美都の脳裡には、複数の人物――萌架や母親の美香の姿が浮かんでいき、最後に小夜の笑顔が焼き付いた。

 

 美都は傍らに置かれていた編みかけの黄色い毛糸球を手に取った。

 

 何か……わたしだけのものを創ってみたいな――そう思い、美都は想像の中に浮かんでいるものを形にしていった。




★来星の呟き

かな~り遅くなりましたが、久々の更新です。
最近、他所で準・定期的な連載などを始めておりまして、二次創作に関しては、当初予定していた速さで更新していくのが困難となりました。
それでも、クリスマス回などの書きたい話のプロットがあるので、時系列をある程度無視した番外編とするかもしれません。

深淵の王とか、思わせぶりな単語が出てきますが……漫画版のバトルスピリッツを知っている方なら、何のことを言っているのか、想像がつくと思います。
まあ、七龍帝を一年目の主題に持ってきているので、その関連ともなりますね。。


次回予告。
次回は6月に発表予定の作品だったため、季節外れな内容となります。
(というより、一年目の最終話までの構想が途切れ途切れながらできつつあるので、季節遅れを引きずりそうであります。。。

小夜と美都の母親が登場。
色々あって、両者はそれぞれ、魔犬ゼロ、堕天使ミカファールのデッキで対決します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

☆6 母たちのブライダル 
母たちのブライダル 前編


 カタカタカタ……と音を立てながら、キーボードを打ち込んでいく。操作に関しては手慣れたもので、瞬く間に画面上の白紙は黒い文字で覆われていった。

 

 しばらく、黙したまま作業を続けていた麗。やがて、両手を伸ばし、大きくあくびをした。一息つくと、窓から見える遠くの景色に目を馳せた。

 

 立ち並ぶ建物の合間を敷き詰めるように広がっている車道。より遠くに視線を送れば、この街のシンボルともいえる、灯台を模した白い流線形が目覚ましい高層建築物が目に入る。

 

「麗さん、お茶が入りましたよ」

 

 同僚の小檜雫が、盆に乗せた急須と湯呑みを持ってきてくれた。

 

「ありがとう、雫さん。そこに置いといて」

 

 麗に言われ、雫は湯呑みを麗の利用している卓の隅に置き、静かに緑茶を注いでいった。

 

 雫は手短に辞宜をすると、盆を手にしたまま他の同僚の元へ歩いていった。

 

 麗はまた、外の風景に視線を戻す。暫しの間、道行く人と自動車の数を頭の中で数えていた。やがて、自分の頭が錯綜する数字で埋め尽くされていき、突然ぎょっとなって視線を窓から逸らし、先ほど注がれた茶の入っている湯呑みを見つめる。

 

(ああ。ここに数字なんてない……)

 

 湯呑みの中の緑色の水面はぴたりと止まっており、そこには小さな静寂があった。

 

 麗は湯呑みを口に運ぶために、片手でそっと持ち上げた。すると、水面が揺れ、静寂が破られた。

 

 麗の脳裡で、無意識のうちに数字が数えられ始めた。揺れた回数を九回ほど数えた辺りで、麗が「げっ」と言って我に返る。

 

 麗は周囲の同僚たちの視線を感じると、小さな咳払いで誤魔化し、湯呑みに口をつけ、静かに緑茶をすすった。

 

 湯呑みを卓の上に戻し、まだ見たくないのを我慢して、作業経過を淡々と映し出しているディスプレイと向き合った。

 

 案の定、事細かに整理することを要求する数字が頭の中に流れ込んできた。

 

(数……数……数……)

 

 イライラしてくるこの心情を、他者に悟られないようにするだけでも、一苦労だ。

 

(数……計算……また数……ああ、もう!)

 

 麗の頭の中で小さな爆発が起こった。飛散する数字の残骸は、すぐに数の幻影として再構築されていく。

 

(ああ、もう! 全部全部まとめてゼロになってしまえば、こんな楽なことはないというのにぃ!)

 

 今や、周りにある数字すべてが自分を苦しめる敵――麗にはそう思えてならなかった。すべてが零ならば、計算する必要もなく、とても簡単なのにと考えるが、そんな楽な話のあるわけがない。

 

(それというのも……)

 

 麗の心中をここまで苦しめるきっかけになった事件――正体不明の何者かが、社内で開発していた輝石ネットワークプロジェクトの深部にサイバー攻撃を仕掛けたのが発端であった。

 

(ご丁寧に爪痕をこれでもかと言うくらいはっきりと残していっちゃって……人をおちょくるのも大概にしてよね。地獄に落ちちゃえ、馬鹿野郎)

 

 犯人の目星は全く立っておらず、プロジェクトの中心となる、通称「大創界石」と呼ばれるデータだけを持ち逃げされ、その他の機密情報の多くは無残にも破壊されてしまった。

 

 この度の損害は酷く、輝石ネットワークの制作に従事していた者たちの責任問題も計り知れない。前任の責任者がその任を解かれ、繰り上がる形で麗が着任したわけであるが、麗としては昇進の機会という発想はほとんど残っておらず、厄介ごとを押し付けられたという認識であった。

 

(……まあ、これだけやられたのに、再起を図ろうとするわたしたちも、まともじゃないけどね)

 

 中間管理職である麗では想像できないほどの情報が、上層部では錯綜しているのだろう。もっとも、そんなことを想像しようとしたところで、不必要な数字が自分を余計に苦しめるだけというのはわかりきっていたので、麗はただ己に与えられた役目を全うしていた。

 

 社内にはピリピリとした空気が充満している。プラスイオンが強すぎるんじゃないの……と考えてみれば、プラスイオンのプラスがこちらをあざ笑うかのように踊り出し、呼び寄せたマイナスとタッグを組んで、麗を苦しめる。

 

 麗は、作業に従事しながらも、この数字地獄から抜け出す手段を渇望していた。

 

 

 

 明かりを消し、暗闇のヴェールに包まれたかのような一室。

 

 部屋の中央には広い円卓が置かれており、周りには六つの椅子が置かれている。椅子の背板は直立している大人の背丈ほどもあり、おぼろげな光を放っていて、闇の中に浮かぶモノリスを連想させる石板のようであった。

 

 六つの椅子の内、五つには黒ずくめの人物が腰を掛けていた。残りの一つは、空席である。

 

 五人の人物は胸元にそれぞれ色の異なる宝石を模したバッジを身につけており、背後の背板もまた、同じ色の光を灯していた。その色は時計回りの順で紫、緑、白、黄、青であった。空席となっている席の背板は赤い燐光を宿している。

 

 暫し、一室を沈黙が支配していたが、紫のバッジを身につけた長身の男が、おもむろに口を開いた。

 

「コードマン・ルビーは欠席かね? ……仕方がないな。我々だけで進めるとしよう」

 

 他の人物たちが揃って片腕を掲げた。それがこの人物たちにとっての合図であり、紫のバッジを身に着けた男は話を続ける。

 

「スピリット世界からの干渉がはっきりと確認された。場所は輝竜山。観測したエネルギーの大きさから、相当巨大なスピリットが複数体、こちらの世界に侵入してきたらしい」

 

「輝竜山、というと例の霊穴か?」

 

 緑のバッジを身につけた小太りの男が尋ねた。

 

「そうだ。言い伝えでは、遥か昔、輝竜山に黄金に輝く龍神が舞い降り、疫病に苦しむ人々に恵みをもたらした……と語られているが、あながち間違いではないのかもしれないな」

 

 紫のバッジを身につけた男が話し終えると、黄色い宝石を模したバッジを身につけた白髪の老人が口を出す。

 

「古き伝承というものは、常に真実の一端を示しているのだよ。輝竜山に限らず、霊穴と地域の伝承は密接に結びついている……」

 

「……ふむ。コードマン・トパーズよ、そう言うのならば、きみは次に観測の予想される霊穴の目星でもつけているのかね?」

 

 紫のバッジを身につけた人物の問いに、黄のバッジを身につけた人物――コードマン・トパーズが答える。

 

「確証はまだないがね。ただ、興味深いデータは幾つか上がっているよ。まあ、これを見てくれたまえ」

 

 コードマン・トパーズが片手で卓上に設置してある球体の装置を操作すると、円卓の中央に立体映像が浮かび上がっていった。

 

 映像は明けの星町を上空から見た地図であり、山間部の高低差が一目でわかるつくりとなっている。その山の一点に赤と白の光が灯っており、そこは以前、空矢と龍がバトルスピリッツの対戦を行った地点でもあった。

 

「ここが……先ほどコードマン・アメジストの話していた輝竜山の霊穴だな。続けて、現在判明している霊穴を表示しよう……」

 

 映像に、光の点が灯っていく。その数は、全部で十二箇所。うち一つは、明けの星病院と同じ位置で明滅していた。

 

「これは偶然見つけのだがね、どうやら明けの星病院においても何らかの干渉があった可能性が高い……今からそれぞれの手元にデータを送ろう」

 

 五人の人物の座っている席の前に、四角い映像が続けざまに浮かび上がっていく。そこにはミニチュアサイズの明けの星町の立体映像が映され、数字の羅列が付随していた。

 

「こんなものを見せるからには……きみは確信しているのではないかな?」

 

 紫のバッジを身につけた人物――コードマン・アメジストがコードマン・トパーズに尋ねた。

 

「まあね。輝竜山で観測されたのは赤と白の龍型と思しきスピリットだったが、こちらにも幾つかの共通項があることから、やはり龍型のスピリットの存在が関与していると、わたしは考えているよ」

 

「緑だな。この波長、データは少ないが、緑のスピリットの影響力が強い」

 

「ほう、流石はコードマン・エメラルド。わたしが見せたこれだけのデータで感づくとは」

 

 コードマン・トパーズは感心した様子で、緑のバッジを身につけた小太りの男――コードマン・エメラルドに目を向けた。

 

「……龍帝か」

 

 白のバッジを身につけた、サングラスをかけた人物が呟いた。端正な顔立ちは、やや中性的な印象を人に与える。

 

「コードマン・ダイヤモンド、何か思うところがあるのかな? ……龍帝、というからには大創界石の関連する話か」

 

 コードマン・アメジストの問いに、コードマン・ダイヤモンドと呼ばれた白のバッジを身につけた人物が答える。

 

「いや……データが足りん。わたしは今一度、この病院と近辺の調査に乗り出すことにしよう」

 

 コードマン・ダイヤモンドは立ち上がると一礼し、円卓に背を向けた。

 

「いいのかね? まだ話はあるのだが……」

 

「ああ。わたしはこれ以上ここにいるよりも、もっと有意義な研究を続けることにするよ」

 

 コードマン・ダイヤモンドはそのまま一室を退出した。

 

「ふん。ルビーといい、ダイヤモンドといい、勝手なことを」

 

 コードマン・エメラルドが忌々し気に吐き捨てた。

 

「まあ、仕方あるまい。では……先日のサイバー攻撃の件だが」

 

 コードマン・アメジストがそう口にすると、コードマン・エメラルドが頭を押さえ、苦悩をもらした。

 

「よくもまあ、堂々と痕跡を残していったな。それでいて、足取りは全くつかめないというのだから……我が社のセキュリティを一から見直さねばなるまい」

 

「わたしも、この件は話すだけでも辛いよ。社員のモチベーションに響くからね……」

 

 コードマン・アメジストは、コードマン・エメラルドに同感の意を示した。

 

「しかも、これ見よがしにデータ上に記された紫色の龍のマーク。現代の怪盗のつもりなのか? やれやれ、わたしと同じ色で、飛んだおいたをしてやられたよ」

 

「むう。あちらも龍、こちらも龍、か」

 

 コードマン・トパーズが思案気な面持ちとなる。

 

「コードマン・トパーズ、きみもこの件と霊穴で観測された龍の一件、同一の存在が関与していると考えているのかな?」

 

 コードマン・アメジストが尋ねたが、コードマン・トパーズはかぶりを振った。

 

「いや、わからんよ。コードマン・ダイヤモンドではないが、データが足りていないのは事実だからね」

 

 その時、これまで無言で話を聞いていた青色のバッジを身につけた人物が、立ち上がった。他の三人の視線が、その人物へと向けられる。

 

「コードマン・サファイア。……もう、良いのですか?」

 

 コードマン・アメジストの問いに、コードマン・サファイヤと呼ばれた人物がこくりと頷いた。

 

「この件、大方の見当は、ついております」

 

 水のように染み渡る、透き通った声。それは、若い女性のものと思われた。

 

 三人の間に僅かな動揺が奔る。コードマン・アメジストは相手の出方を見定めるような視線を送っていたが、やがて問いを口にした。

 

「我々にお教え願いませんかね」

 

 コードマン・サファイヤは自分の眼前に手をかざし、答えた。

 

「いいえ。スピリット世界を通じて見た情報を、あなた方にお答えするわけには参りませんので。……ただ」

 

「ただ?」

 

「一言添えるならば……先ほど、コードマン・ダイヤモンドの口にした、龍帝。実に的を射た意見です」

 

 コードマン・サファイヤはそう言うと、深々と礼をし、退出していく。

 

 後に残された三人の間には、重々しい空気が充満していた。

 

 

 

 初夏の香りを含んだ気体が、夜風に運ばれて街道に運ばれてくる。街路樹として植えられているイチョウの雄木の立ち並ぶ街並みが、幾分暖められていくのを実感できた。

 

 クタクタに疲れている麗は、ぽけーっとした面持ちで、歩道をとぼとぼ歩いていた。

 

 頭の中から忌々しい数字を押し出し、何も考えずに歩いていく。今の麗にとっては至福とも言えたが、前方不注意であった。

 

 麗の靴が道の出っ張りに引っかかり、危うく転びそうになった。よろよろしながら一歩、二歩と足を踏み出し、何とか己の全身を支え、倒れずにすんだ。

 

 げんなりとしてしまう、麗。

 

(この調子じゃあ……今週もずっと残業だなぁ)

 

 麗は、夜食の弁当を買いに、近くのコンビニに向かう途中であった。残業は一旦終わり、あとは帰宅するだけであったが、家に帰る前に空腹を満たしておきたかった。

 

 今日も帰りが遅くなる。ふと、心の中に浮かんだのは、娘の小夜の顔。

 

(小夜、もう寝ちゃっているかな)

 

 今日は夕食を用意する時間も取れず、朝、出かける前に、夕食代のお駄賃と置手紙だけを置いて来てしまった。

 

(わたしが大人になったら……世の中にはたくさん楽しいこと、心を綺麗にするような美しいこと、生まれてきて良かったと思えることがいっぱいあるんだよって、自分の子供に教えてやりたいって思っていたっけ。それが今は……)

 

 深いため息をついた麗は、ふと、前方の建物の、シャッターが下ろされている入り口の横に設置されている展示用ショーケースを見やった。

 

(あ……ウエディングドレス)

 

 麗は惹かれるようにして、純白のウエディングドレスが飾られているショーケースの傍に近づいていく。ショーケースの裏側には、暗い店内が広がっており、衣装屋であることが見て取れた。

 

 ウエディングドレスの足元には、「オーダーメイドお受けします」と書かれたプラカードが置かれていた。

 

(そっか。六月の花嫁ってやつだっけ)

 

 麗は、自分の花嫁姿を連想した。それは、実際に見て、見られた光景。

 

(……押し入れにしまったままだったかな。一度しか着ていないし、勿体ないな)

 

 思えば、たった一度の晴れ舞台のために、随分と資金を工面したものであった。当時は、それが最良だと思っていたが、今にして思い出してみると、何だか変な憑き物にとりつかれていたんじゃないかって気持ちになってしまう。

 

(子供を幸せにできない大人に、どれほどの意味があるのかな)

 

 ぼんやりと、そんなことを考えてしまう麗。

 

 背後から近づいてくる自動車の音。麗を照らすライト。

 

(わたしも一度は、こんな脚光を浴びて、舞台に立っていたのね……)

 

 ぶうううんと低い音を響かせ、車が麗のすぐ後ろの道路で止まった。何ごとかと思い、振り返る麗。

 

「麗? ……麗、だよね?」

 

 麗は、その声に聞き覚えがあった。

 

「あ……美香?」

 

「ええ。こんなところで会うなんてね」

 

 狩野美香。麗にとっては、小学生の頃からの同級生で、一番の親友だった。そして――最大のライバルでもあった。

 

「どうしたの、麗。何だから暗そうにしていたけど……」

 

 美香はそう言いかけたが、麗の前のショーケースに気づき、口を閉ざした。

 

 暫しの、気まずい沈黙。

 

 黙している両者の合間を、幾分の熱を含んだ初夏の風が舞っていた。

 

 やがて、先に沈黙を破ったのは美香の方であった。

 

「……ねえ、麗。どうかな、久しぶりに……一緒に食事でも」

 

 麗にとって、思いがけない提案であった。 

 

「どう? わたし、今日は病院の仕事が長引いて、帰りが遅くなったの。まだ、夕飯食べていないんだ」

 

「……わたしも、さっき仕事に一区切りつけてきたところだから。……別に良いけど」

 

「そう。良かった、じゃあ乗って」

 

 美香の申し出を断る理由もなかった。

 

 

 

 美香に連れてこられたのは、深夜営業を行っているレストラン、『ティ・ターニャ』。ある妖精の名前からとられた店名である。

 

 テーブルを挟んで向かい合って座っている二人の他にも、幾つかの客のグループが屯していたが、その多くが所謂アベック。それらを意識して、麗は何だか落ち着かなくなってしまう。

 

「ふふ。懐かしいね、わたしたちにもああいう若い頃があったんだ……」

 

 美香の言葉に、麗は「ああ」とも「うん」ともつかない相槌をうった。

 

「……ほら、見て。綺麗な景色」

 

 気乗りのしない様子の麗を見かねた美香は、その視線を夜景へと誘う。

 

 美香の言葉に従って、外の光景を見つめる麗。確かに綺麗ではあったが、内心「破局一歩手前の恋人同士の会話みたい」と自嘲気味に思った。

 

 トレイを手にしたウェイターが、注文されていた料理の皿をテーブルの上に並べていく。麗はチンジャオロース、美香は和風のホイコーローであった。麗の分も美香のおごりである。

 

 これといって会話が弾まないまま、両者は料理を食べ始めた。

 

 ふと、麗はホイコーローを食べている美香の様子を見つめながら、考えごとをする。

 

(小夜にも、もっと良いものを食べさせてあげたかったな……)

 

 同じことを何度考えたことだろう。そして、それが実現した試しなど、ぱっとは思いつかない。

 

 美香が顔を上げ、両者の視線が合った。麗はぎょっとなって視線を逸らす。美香は何かに感づいたらしく、麗の様子を眺めている。

 

 やがて、美香が口を開く。

 

「麗……小夜ちゃんの今日の夜ごはんは何?」

 

 図星。麗は逡巡していたが、観念した様子で答える。

 

「……お弁当代だけ、置いてきたから。多分、近くのコンビニの」

 

 美香はあきれたような、悲しいような、複雑な面持ちのまま、大きくため息をついた。

 

「ねえ、麗。最近、小夜ちゃんに構ってあげている?」

 

 美香の問いに、何と答えて良いか迷う、麗。

 

「ほら、例えば……小夜ちゃん、美都とよく一緒に遊んでいるの。今一番のものといったら、勿論、バトスピね。……麗、あなたも詳しいでしょ、小夜ちゃんとは最近やっている?」

 

「それは……勿論、やる時はあるよ」

 

「へえ? どのくらい?」

 

「……今年に入って……ニ、三回くらい?」

 

 「はあぁぁ」と大きく息を吐く美香。

 

「麗、あなたって人は本当にもう」

 

「だ、だって、このところ、ずっと忙しくて」

 

 言い訳をする麗を尻目に、美香が鞄のチャックを開ける。何をしているのか訝しんでいる麗の目の前で、美香が二つのデッキケースを取り出した。

 

「え……それって」

 

 美香は、片方の紫色のデッキケースを麗に見せながら、語り出す。

 

「麗。以前、わたしに譲ってくれたあなたのカードがあったよね。わたし、あなたの好きそうなデッキをイメージして組んでみたの。まあ、あなたの意に沿えるかどうかはわからないけど、ね」

 

 続けて麗に見せるのは、黄色いデッキケース。

 

「それから、こっちはわたしのデッキ。あなたも覚えているでしょう、わたしが一番好きなカード」

 

 麗は思い出していた。二人でバトスピをやっていたあの頃を。

 

 一緒に遊ぶのが楽しくて笑ったこと。こっぴどく負けたのが悔しく、泣いたこと。二人で高みを目指そうと夢を膨らませていたあの頃。

 

「大天使ミカファール……?」

 

 麗が呟いた。

 

「うん、そう。……だったんだけどね」

 

 美香がカードケースから取り出し、麗に見せたのは……「堕天使ミカファール」のカードであった。

 

「食事が終わったら……勝負よ、麗」

 

「え……ええ?」

 

 麗はすっかり困惑してしまった。

 

「そう困らなくても、どっちもわたしが組んだデッキだから。負けてもわたしのデッキが悪かったと思えば、良いでしょ?」

 

 そういう問題かなぁ……と麗は思ったが、美香の瞳を見ているうちに考えが変わっていった。

 

 そう、美香の輝いている瞳。子供の頃の、美香。そして、美香に見つめ返されている麗の心の中にも、昔の自分の姿が浮かんでいるのかもしれなかった。

 

 やがて、麗は美香から申し込まれた決闘に応える決心を固めるのであった。




★来星の呟き

今回の話、要するに母親たちの六月の花嫁をやりたかった回。
六月中に発表していないから、不自然にはなりましたが、せっかくのプロットを先延ばしにするわけにもいかず、書き続けました。


作中のコードマンを名乗る者たちが集会する円卓、大分漫画のサウスピ団のイメージが入っています。

コードマン、という名称は勿論、ゼノンザードコラボで登場したAIの創界神ネクサスからとってあります。
といっても、自分はゼノンザード自体はやっておらず、ゼノンザードは既にサービス提供を終えているので、現在公開されている情報くらいの知識しかありませんが。。。

月坂小夜がコードマンのカードを使用しておりましたが、母親の月坂麗がこの会社で働いていることと関わってくるわけで……その辺は後々。。


名前について補足しておくと、麗(れい)という名前は、零、ゼロとの関連。美香(みか)はミカファールですね。
美香に関しては、如月ミカという登場人物がアニメの覇王にいますが、そちらとは、特に関連性はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

母たちのブライダル 中編 ~月坂麗VS狩野美香~

『ゲートオープン、界放』

 

 卓を挟んで対峙する二人の声が響いた。卓の上には美香が用意したプレイマットが置かれており、バトルを始める準備は万端である。

 

(美香とバトスピ、か。随分と久しぶりね)

 

 自分が手にしている初期手札を眺めながら、麗は過去の光景を思い出していた。

 

(聡明叡智ブレイン雪。なるほどね、このデッキにはあの子が入っているから……)

 

 麗の思考は、美香の言葉で中断される。

 

「麗、先行はあなたからね」

 

「はいはい、分かっているって……こっちは久しぶりだから。ま、お手柔らかに、ね?」

 

 そう言いながらも、麗は気持ちを切り替える。やるからには用意された札を最大限に活かし、自分なりの戦い方をやってみよう。そう思い始めていた。

 

 

 

 ☆第1ターン

 

 月坂麗のターン。

 

 麗のスタートステップの宣言と共に、対戦が開始された。

 

 そして、ドローを挟み、メインステップ。

 

「私は、黄泉ノ獣ライウンコマイヌを召喚」

 

 両者のイメージするフィールド上に迸る、二つの雷光。それらは四足の獣の姿へと変じていき、二頭のコマイヌが出現する。片方が口を開いて雷鳴を響かせ、もう片方が口を閉じたまま身にまとった稲妻を周囲に放っていた。

 

「召喚時効果。デッキからカードを1枚、ドローする」

 

 麗は右手をデッキの上に添え、一番上のカードを引き、静かにその面と顔を合わせた。

 

(あなたは……)

 

 暫しの間、麗は時間が止まってしまったかのように硬直していた。その様子を察したのか、美香は微かに悪戯っぽい笑みを浮かべている。 

 

「……このターンはこれ以上のアクションは無し。ターンエンド」

 

 

【麗:手札は5枚。ライフ5、リザーブ0、トラッシュ3 黄泉ノ獣ライウンコマイヌに1コア】

 

 

 

 ☆第2ターン。

 

 狩野美香のターン。

 

「麗、早速動かせてもらうね。……私は、ネクサス、熾天使の玉座を配置」

 

 フィールドに浮かび上がるのは、赤、緑、黄、青の四つの紋章。それらを中心とし、熾天使が御するとされる空席の玉座が現出する。

 

「配置時にデッキの上から4枚をオープン……ふふ、神世界紀行 土の熾天使ラムディエル……お出かけラムが来てくれたね」

 

 美香が手札に加えたのは、ピンク色のハンマーを手にした土の熾天使、ラムディエル。

 

「熾天使を手札に加えたことにより、玉座の更なる効果が発揮される……麗のスピリット、黄泉ノ獣ライウンコマイヌをデッキの下に戻す」

 

 玉座の一つ、黄色の紋章が一際強く輝き、ラムディエルの姿が重なる。地を割く衝撃波が走り、ライウンコマイヌを襲う。衝撃波はライウンコマイヌたちの足場を崩し、発生した地割れが二体を呑み込もうとした。

 

「美香、ライウンコマイヌにはもう一つの姿があるということ……まさか、忘れてはいないよね? ……私は、ライウンコマイヌの【転醒】を発揮!」

 

 ライウンコマイヌたちが崩壊していく地面から飛び上がり、宙返りをする。すると、瞬く間に地上が再構築されていき、そそり立つ神社が姿を現した。

 

 衝撃波が尚も神社を襲ったが、ライウンコマイヌたちが神社の左右の台座に飛び乗り、自ら石化することでその場に固定され、結界を創り出す。弾かれた衝撃波が虚空へと飲み込まれていき、消え去った。

 

「勿論、その効果は熟知しているよ。私からの贈り物、とでも思って貰って結構」

 

 くすくすと微笑む美香。麗は少し気圧されてしまう。

 

「……イザナミの黄泉神殿の【転醒】時の効果により、デッキから2枚ドロー」

 

 現在の盤面を見る限り、出だしは自分の方が優勢だ。マジックとしても扱うラムディエルを加えられたのは厄介だけど、美香はコアを使い切ってしまったし、先に動けるのはこちらの方――麗は自分の手札を眺めながら、既に次の一手を固めていた。

 

「じゃ、ターンエンド。あなたの番ね、麗」

 

 

【美香:手札は5枚。ライフ5。リザーブ0。トラッシュSと4。熾天使の玉座に0コア】

 

 

 

 ☆第3ターン

 

 月坂麗のターン。

 

「勝利と奇跡の演劇者。昏き闇の底より現れろ。輝石の竜玉使いバトレイをLv3で召喚!」

 

 葉の枯れ落ちた立木。その木陰からシルクハットをかぶった一匹のリスがひょこりと顔を出す。リスは丁寧にお辞儀をして見せると、手にしていた紫色の宝玉を放り投げた。

 

 地面に落ちた宝玉から煙が噴き出す。その紫煙の中より、竜の頭部を備えた紫色の奇術師が現れた。

 

 奇術師は背後にいるリスと同じ仕草で一礼をすると、手のひらから自分が出現する時のものと酷似した紫色の宝玉を上に投げ、そのままジャグリングを始めた。手と手を行き来する宝玉は一つ、又一つと数を増やし、紫、赤、黄の三つとなった。

 

「バトレイ、か。幸先良いわね……」

 

 美香が感心したように呟いた。

 

「アタックステップ……バトレイ、行って!」

 

 バトレイのジャグリングの回転が速まる。宝玉が闇に染まり、徐々に色彩が失われていく。バトレイは瞳を妖しく光らせると、回転を継続したままフィールドを駆けた。

 

「さらにバトレイの効果により、デッキの下から1枚ドロー」

 

 麗の手札がさらに増強される。

 

「ライフで受ける」

 

 バトレイの投げている宝玉が重なり、一際強く発光するとともにバトレイの身体が明滅する。バトレイは残像を描きながら美香に接近し、竜の爪でそのライフを切り裂いた。

 

 これで美香のライフは4となる。

 

(よし……まずは一点)

 

 麗は心の中で思わずガッツポーズをしていた。ふと、麗はその意気込みを美香に見透かされている気がして小恥ずかしくなり、わざとらしく咳ばらいをした。

 

 麗がターンエンドを宣言し、次にターンに移行する。

 

 

【麗:手札は8枚。カウント1。ライフ5、リザーブ0、トラッシュ2。輝石の竜玉使いバトレイLv3(疲労状態)にSと2コア。イザナミの黄泉神殿0コア】

 

 

 

 ☆第4ターン。

 

 狩野美香のターン。

 

「果物人キウイーバードマンをLv1で召喚」

 

 緑色の星型の発光体が溢れ、その中からぽんっと現れる、キウイフルーツで出来た身体と緑の果肉が露わになった切り身状の翼を備えた小さな鳥。鳥は美香のソウルコアを取り込み、人懐っこい瞳をキラキラと輝かせた。

 

「ふーん、可愛いじゃない、美香らしい」

 

「昔、お母さんがお弁当用に切ってくれたキウイ……ただ、それだけなのに、普通のキウイよりもずっと甘くて美味しい……そんな気がしたよね」

 

 不意に語り出した美香の話。それを聞いた麗の頭の中に、自分がまだ子供だった頃、学校の昼食時に美香と互いの弁当を見せ合った光景が浮かんだ。

 

「確かに……あのキウイは甘かったな。特に運動会の時とか」 

 

 想いが通じて嬉しいのか、美香は笑みを見せた。

 

「それに、キウイはお手軽で栄養豊富、食物繊維もたっぷり。忙しい今の麗にもぴったりじゃない?」

 

「……そうねえ……」

 

 今朝の朝食……白米と作り置きの味噌汁、バナナの切り身……だったか。小夜、あれで満足できたのかな……。

 

「そして……今の私にぴったりなパートナー。さあ、お披露目の時間」

 

 美香の掲げたカードを見た麗は、思わずつぶやく。

 

「あ……さっきの」

 

「……堕ちたる翼、万物を昏き黄昏へと誘え。堕天使ミカファール」

 

 幾重にも重なっていく、紅の光輪。黒い羽根が地に落ち、その先にある光源体から銀と漆黒で彩られた翼が羽ばたいた。

 

 キウイーバードマンがあたふたと飛び上がると、堕天使は空いた地上にゆっくりと舞い降りた。銀髪をなびかせ、憂いの籠ったな視線で他者を見つめる女性。かつては大天使と謳われたミカファールの変わり果てた姿……。

 

「もう出してくるんだ、美香のとっておき」

 

 麗はその昏くも眩いミカファールの姿に、落ちてもなお失わない気品を感じていた。

 

「堕天使ミカファールの召喚時効果を発揮。手札を任意の枚数破棄し、破棄した枚数分のカードをデッキからドローする。……わたしは2枚破棄し、2枚ドロー」

 

 美香が破棄したカードは先ほど手札に加えた神世界紀行 土の熾天使ラムディエル、それに溶岩熱線というマジックカードだった。

 

「アタックステップ。さあ、麗。さっきのお返しよ! 堕天使ミカファールでアタック」

 

 翼を広げ、飛翔する黒きミカファール。その手元に白銀色の光源が蓄えられていった。

 

「そのアタック、ライフで受けるよ」

 

 堕天使ミカファールの放った銀の光弾が矢のような形状となり、麗のライフを射抜く。これで、麗の残りライフは4となった。

 

「これで、ライフは五分と五分ね」

 

 そのまま美香はターンエンドを宣言した。

 

 

【美香:手札は4枚。ライフ4、リザーブ0、トラッシュ4。堕天使ミカファールLv2(疲労)2、果物人キウイーバードマンLv1にS。熾天使の玉座Lv1に0コア】

 

 

 

 ☆第5ターン

 

 月坂麗のターン。

 

(堕天使ミカファールか……でも、防御力自体は大したことない)

 

 先に大型スピリットを出されてしまった麗であったが、落ち着いて見ればまだ余裕が感じられる。

 

(さっきトラッシュに落としたラムディエルは、ミカファールの効果で利用するため? なら、早めに対処すべき、ね)

 

 そう……着実にタスクをこなし、的確に処理していく。わたしの今の持ち札なら容易い――麗は動いた。

 

「マジック、ヴァイオレットフィールドを使用。手札の紫のスピリットカードを破棄することでデッキから3枚ドローする。私が破棄するのは……」

 

 麗は手札にある一枚のカードに手をかけた。一瞬の躊躇。

 

「魔犬ゼロ」

 

 そのカードに描かれているスピリット……それは黒いチワワ犬の如き姿であり、小夜の大好きなチワールに似ていた。

 

「やっぱり、最初のターンのドローステップでそのカードを引いていたのね」

 

 美香の言葉に、麗はドキリとする。

 

(やっぱり悟られていたか……これも腐れ縁ね。いや……)

 

 手の内が簡単にバレているようでは今後の展開に支障をきたす、か。そう思い至った麗は気を引き締めた。

 

「美香が私にこのカードを使わせたがっているのはわかっていたよ。でも、今できる最善の策で進めさせてもらう」

 

 魔犬ゼロがトラッシュに置かれ、新たに3枚のカードが麗の手札に加わった。さらに、ヴァイオレットフィールドはフィールドに留まり、効力を発揮し続ける。

 

「ネクサス、旅団の摩天楼を配置。……これでさらに手札を増やす」

 

 暗緑色の光が溢れ、髑髏を模した彫刻の彫られた建物がそびえ立つ。配置時の効果で、麗はさらにカードを1枚ドローした。

 

 そして、アタックステップを宣言する麗。

 

「輝石の竜玉使いバトレイでアタック。バトレイの効果、このスピリットを無色として扱い、コアの数が3個以下の相手のスピリットを指定してBP+5000した上でアタックできる……堕天使ミカファールを指定!」

 

 疾走するバトレイ。投げている宝玉が一点に重なり、一際強く発光して堕天使ミカファールの視界を奪うとともにバトレイの身体が消失する。

 

 その光によって堕天使ミカファールの背後に長い影が生じる。ミカファールが咄嗟に振り返るのとほぼ同時に影からバトレイが飛び出し、硬い鱗で覆われた尻尾でミカファールを打ちつけた。中空に吹き飛ばされたミカファールはやさぐれ気味な諦念の表情を浮かべたまま、黒い光の粒子となって消え去った。

 

「BP6000の堕天使ミカファールでは、BP10000になったバトレイには敵わない……」

 

「まあね。でも、ね……ミカファールの創り出した魔導の輪廻はここから始まるのよ」

 

 美香は手札から新たな導魔のカードを取り出す。

 

「実りを約束せし大いなる地母神。魔導の誓約の元に現れよ。豊穣の女王神テスモポロス!」

 

 堕天使ミカファールがフィールドを離れたことをトリガーとして、新たに召喚されるテスモポロス。ヒツジのような角を有し、緑色の嫋やかなドレスを身にまとった女神。

 

「テスモポロスの効果、このカードを1コスト支払って召喚すると同時に相手のスピリット1体をデッキの下に戻す。バトレイ、退場しなさい」

 

 テスモポロスが手にしている杖を地面に突き立てると、立ち尽くしていたバトレイの足元が音を立てて崩れ始めた。バトレイはシルクハットを手にもってお辞儀をし、その姿勢を崩すさないまま地の底へと呑まれていった。

 

「形成逆転、かな?」

 

 少し得意そうに言う美香。だが、麗はかぶりを振る。

 

「いいえ、まだまだ想定の範囲内」

 

 実際、あのタイミングで堕天使ミカファールを出してきたということは、それなりのカウンターも用意してのことだろうと、麗は感づいていた。

 

(でも、それならこっちにも打つ手はある……)

 

 麗がターンエンドを宣言し、次のターンへと移行する。

 

 

【麗:手札は11枚。カウント1。ライフ4。リザーブSと3。トラッシュ3。旅団の摩天楼0。イザナミの黄泉神殿0。ヴァイオレットフィールドが置かれている。】

 

 

 

 ☆第6ターン

 

 狩野美香のターン。

 

「引っ込み思案のドルイド僧リルラを召喚」

 

 白い衣装を身につけ、背中から葉のついた小枝を生やした内気な少女、リルラ。栗色のおかっぱ頭が梢から差し込む陽の光を受けて、キラキラと輝いた。

 

「更に、テスモポロスとキウイーバードマンをLv2に上げ……バーストセット。そして……アタックステップ。リルラでアタック」

 

 美香の宣言で、リルラがわたわたと術式を開始する。

 

「リルラのアタック時効果、自分のデッキの上から2枚破棄することで、トラッシュのコア1個をライフに置く」 

 

 リルラが祈りを捧げると、地に眠っていたコアが浮かび上がり、美香のライフに加えられた。これで、美香のライフは5に戻る。

 

「系統:起幻の効果でライフを増やしたことにより、リルラの【転醒】を発揮! 翆玉の使者と邂逅した少女は内なる魔導に目覚め、才能を開花させる」

 

 リルラの手元に、一羽の小鳥が舞い降りた。翆色の翼を羽ばたかせ、黄金色の明かりをその身に灯す。鳥と顔を合わせたリルラが自然な笑みを浮かべた。

 

 小鳥の輝きに呼応し、リルラの翼もまたその魔力を増していく。深緑の光源がリルラの全身を包み込み、光の中から新たな力を纏ったドルイド……翆鳥の魔女リルラが現れる。

 

 翠鳥の魔女リルラの【転醒】時効果も発揮し、新たなコアがリルラに追加され、そのLvは3となった。

 

「さあ、リルラのアタックは続いているよ、麗」

 

「……美香、悪いけど、そのアタックを通したりはしないよ。私はリザーブのコア4つを支払い、手札の戦鬼ムルシエラのアクセルを使用する」

 

 頭部の左右に角を備えた甲冑に身を包み、鬼の証たる一角を生やし戦鬼ムルシエラ。戦鬼の持つ透き通った藍色の刀が一閃され、美香のフィールドを斬撃による破壊の波が襲う。

 

「ムルシエラの効果はコア3個以下の相手のスピリットすべてを破壊する。美香のスピリットのコアはすべて3以下……この破壊を逃れることはできないよ」

 

 衝撃に巻き込まれたテスモポロスとリルラが黄と緑の粒子になって消えさった。

 

「なるほど、これを狙っていたのね。でも……」

 

 ムルシエラの攻撃を受けてなお、フィールドに留まっているスピリット……キウイーバードマン。キウイーバードマンは誇らしげに果肉の両翼を広げて見せ、ふんっと威張って見せる。

 

「あ……」

 

「ソウルコアが置かれているキウイーバードマンはアタックができない代わりに、相手の効果を受けない……」 

 

「あー、そうだった」

 

 キウイ強し。

 

「これで私の攻め手は封じられてしまったけどね。……これで、ターンエンドね」

 

 

【美香:手札は2枚。カウント1。ライフ5。リザーブ5、トラッシュ1。果物人キウイーバードマン にSと1。熾天使の玉座に0】

 

 

 

 ☆第7ターン

 

 月坂麗のターン。

 

 先のターンで美香のフィールドのスピリットはキウイーバードマンのみになったが、麗のフィールドもまたスピリットがいない。

 

(でも、ネクサスが二つも残っているから……これで軽減シンボルを確保すれば、十分攻めていける……) 

 

 そして、メインステップ。

 

「私は……墓所よりの使者、骸魔インプを召喚。さらに、輝石の竜玉使いバトレイ……再び召喚」

 

 現れたのは黒翼を備えた骸の悪魔と、二枚目のバトレイ。前者はLv1、後者はLv3。

 

 麗は続けてアタックステップを宣言し、再度攻勢に出る。

 

「バトレイでアタック。アタック時、デッキの下から1枚ドロー」

 

 このアタックで、先のターンでデッキの下に戻された一枚目のバトレイも手札に戻った。

 

(これでハンドアドバンテージの差は更に開いた。美香、まだまだこっちが優勢ね……)

 

「そのアタック、ライフで受けるね」

 

 ジャグリングをしていたバトレイが三つの竜玉を天高く放り投げ、飛び蹴りで美香のライフを砕く。去り際に紫、黄、赤の順に落下してきた竜玉を順番にキャッチし、麗のフィールドへと舞い戻った。

 

 毎度ことなるパフォーマンスを演じるバトレイの様子を木陰から眺めていたリスがうんうんと頷いていた。

 

「ライフ減少によりバースト発動、エジットの天使モニファーエル。ボイドからコア1個を自分のライフに置き、自身をバースト召喚」

 

 褐色の肌の天使、モニファーエル。胸元が大きく開かれた黒いドレスは艶やかな身体を引き立てている。

 

 モニファーエルの黒髪がなびき、金色の紋様を施した朱色の飾りを付けた腕が悩まし気に掲げられる。その手から浮かび上がった恵みのコアが、美香のライフに加えられた。

 

(これでまたライフが5つに……)

 

 なかなか美香のライフを減らすことができず、麗に少し焦りの色が見え始めていた。

 

 

【麗:手札は10枚。手元は戦鬼ムルシエラ。カウント1。ライフ4。リザーブS、トラッシュ3。輝石の竜玉使いバトレイ (疲労状態)3。骸魔インプ 1。旅団の摩天楼0。イザナミの黄泉神殿0。ヴァイオレットフィールドが置かれている】

 

 

 

 ☆第8ターン。

 

 狩野美香のターン。

 

「舞い降りなさい、魔石の堕天使キアーヴェル」

 

 全身が黒ずくめの堕天使の少女、キアーヴェル。黒鉄の鍵を手にした彼女はゆっくりと地上に降り立ち、不敵な笑みを浮かべた。

 

 キアーヴェルの召喚時効果で美香のデッキが上から4枚オープンされたが、それらはすべて破棄される。だが、手札が4枚以下という条件を満たしたことにより、美香は1枚のカードをドローする。

 

「麗、Lv2以上のキアーヴェルが居る限り、あなたはアルティメットの軽減シンボルを満たすことはできないから……気をつけてねぇ」

 

 それを聞いた麗は「むむー」と唸ってしまった。

 

(こっちのデッキにアルティメットがいると知っているからって……しっかり、対策もあるんだな、やっぱり)

 

 まあいい。今のところ、タスクを順調に進めているのはこちらだから――麗は相手の攻め方を伺う。

 

 美香はさらにバーストをセットし、アタックステップに入る。

 

「エジットの天使モニファーエルでアタック」

 

 俊敏な動きで身を翻す、モニファーエル。その動きは獲物を狙う鴉を思わせる。

 

「更に、フラッシュタイム!」

 

(来るか……)

 

 麗は思わず身構えた。

 

「さあ、麗。私のパートナーのもう一つの姿を見せてあげる」

 

 そう言う美香が提示したカードは、新たな天使のカード……。

 

「え……ミカファール?」

 

「……聖なる白き翼に、叡智の煌きを灯す。大煌天使ミカファールをエジットの天使モニファーエルに煌臨!」

 

 モニファーエルが空高く飛翔する。すると、その全身が天空から差し込む神々しい光に包まれていき、白き人型の輪郭と重なった。

 

 キウイバードマンが果肉の翼と共に両手で天を仰ぎ、内なるソウルコアがその身を離れ、天へと飛び上がった。ソウルコアの力を受け、輪郭が実態を持って顕現する。

 

 天使が舞い降りる。白銀の翼を左右に広げる、ミカファールの姿。

 

「これは……大天使ミカファールの生まれ変わった姿?」

 

「そうかもね。……でも、少し眩しすぎる気はするけど」

 

 悠然と構える大煌天使ミカファール。気品あふれる光沢はフィールド全体を眩い黄色で染め上げていた。

 

「そして、大煌天使ミカファールの煌臨時効果を発揮。手札及びトラッシュにあるマジックカードを好きなだけ、このスピリットの煌臨元に追加する」

 

「好きなだけだって……。マジックカードとしても扱うスピリットが含まれるから……それってかなりの数になるんじゃない」

 

 麗の心の中に、これまでの経過で美香のトラッシュに置かれたマジックカードが次々と浮かび上がる。それらが数を増して麗に重くのしかかってきた。

 

(あー……もう。また数が……)

 

「全部覚えているかしら? ……私はトラッシュに置かれているマジックカード5枚を煌臨元に加える」

 

 煌く光の翼が、一度は失われた魔力をかき集める。そのマジックとは……エンジェリックインパクト、溶岩熱線、土の熾天使ラムディエル、神世界紀行 土の熾天使ラムディエル、天使長フリューエル。

 

(5枚……思ったほどの数じゃないか)

 

 しかし、その一枚一枚がなかなか大粒であることを、麗は思い知ることになる。

 

「アタックしている大煌天使ミカファールのフラッシュ効果を発揮。このスピリットの煌臨元になっているマジックカードを破棄することで、フラッシュ効果をコストを支払わずに発揮する。破棄するのは……エンジェリックインパクト」

 

 ミカファールの両翼が真っ白い光源と化す。中空に巨大なハンマーが出現する。

 

「……これって、まさか」

 

「そう、そのまさか」

 

 ミカファールがアタックしている時のエンジェリックインパクトの効果は、相手のスピリットすべてをデッキの上に戻すことで一掃する効果。即ち。

 

「光になれぇぇぇぇ!」

 

 急な高テンションで宣言する美香。振り下ろされた槌の一撃は凄まじく、一瞬で輝石の竜玉使いバトレイと骸魔インプを光の彼方へと追放してしまった。

 

「まだまだ……ミカファールの追撃は終わらないよ。再度フラッシュ効果を発揮! 次に破棄するのは、マジック、溶岩熱線」

 

 ミカファールの両翼が燃え滾る炎へと変じる。

 

「今度は……ヘルマグマ」 

 

 放たれた灼熱のマグマ光線が麗のフィールドを焼き払い、瞬く間に旅団の摩天楼とイザナミの黄泉神殿が灰燼に帰した。

 

(私のフィールドが……ゼロになった)

 

 厳密には創界神のシンボルをゼロにするヴァイオレットフィールドは残っているが、麗には美香が創界神ネクサスを使ってくるとは思えなかった。

 

「三度、ミカファールの効果を発揮。神世界紀行 土の熾天使ラムディエルを破棄することで、その効果を発揮」

 

「こっちのフィールドは既に更地だけど……」

 

「勿論、もう一つの効果が目当て。破棄したカードがスピリットカードだった時、そのカードをコストを支払わずに召喚できる。地の底より、現れなさい、ラムディエル」

 

 ミカファールの翼から放たれた閃光が地を貫き、光の柱が噴出する。その柱が収縮していき、中から神世界紀行 土の熾天使ラムディエルが姿を現した。

 

「盤面をそろえるつもりね。……でも、これ以上、数を並べられて苦しめられるのはまっぴらごめん」

 

「え?」

 

 麗の発言の意図が呑み込めず、首をかしげる美香。

 

「相手のスピリットがバースト効果以外でコストを支払わずに召喚されたことにより……私は手札の零ノ障壁が持つ、ゼロカウンターを使用」

 

「零ノ障壁……だって? 麗、そのカードは……」

 

 美香が驚くのも無理はなかった。美香が麗に渡したデッキには入っていないカードだったから。

 

「このカードは、私がお守り代わりに持ち歩いていたカードだから。こっそり入れ替えておいたんだけど……驚いた?」

 

「……そっか、麗らしいサプライズかもね」

 

 美香は、あの麗が自分から与えられたカードだけで納得するとは思っていなかった。だから、この対戦で麗の中で燻ぶっているものをどうにかするきっかけになれば良いと思って、完成した状態のデッキを渡した。そこから、麗らしい創造力を思い出してという想いを込めて。

 

(でも、麗は、今の自分らしさを入れてきたか……この勝負、分からなくなってきた)

 

 徐々にではあるが、美香は麗のためよりも自分自身がこの対戦を楽しもうという意識が強まっていた。

 

「零ノ障壁のゼロカウンターは相手のスピリットかアルティメット1体を破壊する。この効果で、大煌天使ミカファールを破壊!」

 

 六色の輝きの渦がミカファールを捕らえる。身動きができなくなったミカファールを中心にして光が空間ごと収束していき……そこに何かがあったという痕跡すら残さずに、ゼロとなった。

 

「さらに、1コスト支払うことでこのカードを手札に戻す」

 

 零ノ障壁は、再度麗の手札に加わった。これで、美香は麗の手札にあるゼロカウンターによって行動を大きく制限される形となる。

 

「ふう、やってくれたね、麗。だけど、まだアタッカーは残っている……キアーヴェルでアタック」

 

 ミカファールを失っても一切ひるむことなく、キアーヴェルの追撃が始まる。

 

「させない。手札からブレイド・ジーを神速召喚!」

 

 剣の如き刃の角を頭部に備えた黄色い甲殻の昆虫が、颯爽と飛び出す。

 

「ブレイド・ジーでブロック」

 

 行く手を阻まれるキアーヴェル。黒き天使は透かさず鍵を振るって襲い来る刃虫を打ち払った。

 

「美香、今度はあなたがあてがってくれたこの子に活躍してもらうよ。……緑のスピリットを破壊されたことにより、手札から聡明叡智ブレイン雪をコストを支払わずに召喚」

 

 ブレイド・ジーの破壊と入れ替わりに現れるのは、緑の仮面で顔を隠した女性の姿。

 

「才あるブレインは仮面を被る。……でも、今はその叡智を垣間見せるとき。ブレイン雪の召喚時効果を発揮し、相手のデッキを上から3枚オープン」

 

 ブレイン雪が己の仮面に手をかけ、素顔をさらした。しなやかな髪の揺れる、眼鏡をかけた彼女の素顔。

 

 美香のデッキからオープンされたのは、熾天使の玉座、天使長フリューエル、堕天使ミカファール。

 

「天使長フリューエルはマジックカードとしても扱うカード。よって、オープンされたマジックカードは一枚。魔石の堕天使キアーヴェルを手札に戻す」

 

 ブレイン雪が合図を送ると、キアーヴェルの後方で天使長フリューエルの魔力が暴発した。その衝撃は振り返ったキアーヴェルを押し上げ、美香の元へと吹き飛ばす。

 

 オープンされたカードは麗の意思により、デッキの上に天使長フリューエル、熾天使の玉座、堕天使ミカファールの順番で戻された。

 

「フリューエルの能力が仇になっちゃったか。……麗、そちらが叡智で来るなら、私は勇気で立ち向かうよ。相手のスピリットの召喚時効果発揮により、バースト発動! 雄々しき羽の軌跡は勇気の証! 天空勇士フェニックジャク」

 

 黄金色の扇の如き羽を広げ、闘志の灯った眼光で相手を睨む、クジャクの出現。そのバースト効果は相手のスピリットの動きを束縛するものであり、からめとられたブレイン雪は重疲労状態となった。

 

「バースト召喚されたフェニックジャクの召喚時効果を発揮。疲労しているブレイン雪をデッキの下に戻す」

 

 新たに起こったつむじ風。動きを封じられたブレイン雪は成すすべもなく、空の彼方へと吹き飛ばされてしまった。

 

「策士策に溺れるとは、よくいったものね」

 

 麗は美香の言葉に言い返せず、少しムッとなる。

 

「続けて、フェニックジャクでアタック。アタック時、ターンに1回、フェニックジャクは回復する」

 

「く……そのアタック、ライフで受ける」

 

 麗のライフを目掛けて飛びかかるフェニックジャク。接近したところでかぎ爪を突き出し、ライフコアを粉々に砕いた。尚も衰えぬ勢いで、フェニックジャクは攻撃の姿勢を継続する。

 

 これで麗のライフは残り3。

 

「これ以上のアタックはさせない。ライフを減らされて3以下になったことにより、手札の神産ノ武神オノゴロウを1コスト支払って召喚する」

 

 ズシン、と音を立てて大地に降り立ったのは怪力自慢のオノゴロウ。筋骨隆々とした屈強な体格を勇ましい武者鎧で覆い、神産みの始まりの地とされるオノゴロ島の如き形をした巨大な棍棒をかついで登場する。

 

「オノゴロウの召喚時効果は相手のスピリット二体を重疲労させる。フェニックジャクとラムディエルを打ち払え、オノゴロウ」

 

 オノゴロウの狸のような顔がふんと鼻を鳴らし、棍棒を力任せに振り回した。荒れ狂う神風は勇士と天使の飛翔能力を奪い、全身を地に伏せさせる。

 

「これで、アタッカーがみんな疲労させられた、か。……ターンエンド」

 

 

【美香:手札は2枚。カウント1。ライフ5。リザーブ1。トラッシュSと2。天空勇士フェニックジャク(重疲労状態)4。土の熾天使ラムディエル(重疲労)1。果物人キウイーバードマン 1。熾天使の玉座 0】

 

 

 

 ☆第9ターン。

 

 月坂麗のターン。

 

 麗がドローステップにドローしたカードは、輝石の竜玉使いバトレイ。先のターンにエンジェリックインパクトによってデッキトップに戻されたカードであり、お互いに把握していた。

 

 そして、メインステップ。

 

(せっかくキアーヴェルを退けたのに、これじゃ軽減シンボルがゼロじゃない……)

 

 大煌天使ミカファールによってフィールドを一掃された影響でその後の展開に大きく支障をきたしてしまった――麗の脳裡に、「残業」の二文字が浮かび上がる。

 

(駄目だ、ここはガッといってガッとやらなきゃ)

 

「見目麗しき黒の貴公子は、藤の夜とくちづけを交わす。誓いの導きに応え、今ここに舞う。咲月帝アルティメット・ウィステリア」

 

 白き月下。人間の背丈ほどもある蝙蝠の翼を羽ばたかせ、闇夜の中から現れたのは究極の輝きを宿した吸血鬼、咲月帝アルティメット・ウィステリア。ウィステリアの傍らには、パートナーである蒼い竜の影が付き従っていた。

 

 咲月帝の召喚条件はコスト3以上の自分のスピリット1体以上であり、オノゴロウの存在でこのフィールドに顕現することができた。

 

「麗の二番目のお気に入り、ウィステリア。……あの頃を思い出すね」

 

 そう、咲月帝のカードは魔犬ゼロに次ぐ麗の愛用していたカードであり、新たな進路へ足を踏み出した時、たくさんの思い出を込めてゼロと共に美香に託したのだ。

 

(まさか、また、この子を召喚する日が来るなんて……)

 

 思えば、自分は再びあの頃の想いを手にするのを心のどこかで望んでいたのかもしれない。それを思い起こさせてくれたのは、やはり美香。

 

 改めて、ウィステリアの姿を見つめる。

 

 麗の心の拠り所にしていたウィステリアという存在は、孤高の夜の貴公子として振舞う吸血鬼であるが、唯一の真に心を許せる存在が夜の化身たる竜。竜はウィステリアが永久の誓いをたてた相手であり、竜から見ればウィステリアは最愛の花嫁であったと言えるだろう。

 

「アタックステップ……いくよ、美香。咲月帝アルティメット・ウィステリア、アタック!」

 

 咲月帝が翼を広げ、飛び立つ。その身を囲むようにして竜が共に舞い、両者が夜に包まれたフィールドを飛翔した。

 

「咲月帝アルティメット・ウィステリアのアタック時効果。アルティメットトリガー、ロックオン!」

 

 ウィステリアの真紅の瞳が強く発光する。美香のデッキの一番上のカードがオープンされ、天使長フリューエルの姿が浮かび上がる。

 

「天使長フリューエル……コストは、6」

 

「ヒット!」

 

 美香のフィールドにいるすべてのスピリットがウィステリアに魅入られ、その瞳に釘付けとなってしまった。

 

「このターンの間、相手のスピリットすべてのLvコストを+2する。更に、ヒットしたカードがスピリットカードだったことにより、クリティカルヒット。相手のネクサスのLvコストも+1」

 

 ウィステリアのパートナーである竜。その竜が持つウィステリアと酷似した真紅の瞳が妖しく輝き、フィールド上に朧げなオーラが沸き上がった。オーラが熾天使の玉座を包み込むと、玉座は夜の闇の中へと溶け込むようにして消滅した。

 

 ラムディエル、ソウルコアを失っているキウイーバードマンもまた、夜の闇に呑まれたことで実体を維持できなくなり、そのまま暗い世界の果てへと消え去った。

 

 天空勇士フェニックジャクは辛うじてフィールドに留まっていたが、輝きは弱まっている。

 

「今度は、フリューエルがスピリットカードであることが仇になっちゃったか。ブレイン雪の計略がここにきて功を奏したってわけね」

 

「……美香、あなたが予めこのコンボを考えて、デッキにブレイン雪を入れていたんだから……初めから想定済みでしょ」

 

「まあね」

 

 美香はケロッとした顔で言ってのけた。

 

 咲月帝のアタックに対して、美香はライフで受ける選択をした。咲月帝が美香に向かって一気に接近し、魔力を込めた手を振るってライフコアを両断する。

 

「……ライフ減少により、手札からバーストを発動! エジットの天使モニファーエル」

 

「手札からだって……」

 

「自分のトラッシュに黄一色のカードがあれば、モニファーエルは手札から発動することができるの。これもちょっとしたサプライズかな?」

 

 再びフィールドに現れたエジットの天使。バースト効果によりライフが追加され、美香のライフは即座に5に戻った。

 

(結局……美香のコアを増やしてしまっただけ、か)

 

 美香の手札は一枚のみだが、それは手札に戻したキアーヴェル。更に次にドローするのは熾天使の玉座であることも把握している。つまり、次のターンで美香の手札が補強されることは明白だ。

 

 麗はそのままターンを終了するしかなかった。

 

 

【麗:手札は7枚。手元は戦鬼ムルシエラ。カウント1。ライフ3。リザーブ0。トラッシュ7。咲月帝アルティメット・ウィステリア(疲労状態)1。神産ノ武神オノゴロウSと1。ヴァイオレットフィールドが置かれている】

 

 

 

 ☆第10ターン。

 

 狩野美香のターン。

 

 リフレッシュステップで天空勇士フェニックジャクは一度回復し、疲労状態となる。

 

「ネクサス、熾天使の玉座を配置」

 

 やはり……と、麗は新たに配置された二枚目の玉座を見やる。配置時効果でオープンされたカードは、堕天使ミカファール、土の熾天使ラムディエル、神世界紀行 土の熾天使ラムディエル、溶岩熱線。美香は神世界紀行 土の熾天使ラムディエルを手札に加えた。

 

「熾天使を手札に加えたことにより、神産ノ武神オノゴロウをデッキの下に戻す」

 

 ラムディエルを象徴する玉座の紋章が輝き、出現したラムディエルの幻影の放った光の衝撃波がオノゴロウを貫く。さしもの剛力もこれを防ぐには至らず、オノゴロウはデッキの下へと戻された。

 

(前のターン、オノゴロウはアタックしてもモニファーエルに破壊されていたから、ブロッカーとして残していたけど……)

 

 結局、どちらにしてもブロッカーは失われることになった。

 

「さらに、魔石の堕天使キアーヴェルをLv3で召喚。不足コストはフェニックジャクとモニファーエルから支払う」

 

 再び舞い降りるキアーヴェル。コアが無くなったフェニックジャクは、緑色の粒子となって消滅した。

 

 キアーヴェルの召喚時効果も発揮され、リーフハイドパス、引っ込み思案のドルイド僧リルラ、エジットの天使モニファーエルの3枚がオープンされて破棄され、美香はさらに1枚のカードをドローした。

 

「アタックステップ……モニファーエル、アタック」

 

「ライフで、受ける」

 

 一気に麗の元へ接近し、両腕に込めた魔力を打ち出すモニファーエル。麗のライフが砕かれ、残りのライフは2となる。

 

「キアーヴェルでアタック」

 

 鍵を携え、颯爽と飛び立つキアーヴェル。

 

「させない、ブレイド・ジーを神速召喚」

 

 麗の手札から飛来するのは、新たな刃虫。そのままキアーヴェルのアタックをブロックする。

 

 先のターンでも対峙したゴキブリ型のスピリットを前にして、露骨に嫌な顔をするキアーヴェル。鍵を思いっきり振り回し、ジーを一蹴する。

 

「緑のスピリットの破壊により、手札から、聡明叡智ブレイン雪を召喚!」

 

 眼前に現れたブレイン雪と相対するキアーヴェル。キアーヴェルには「またか……」という諦念の表情が浮かんでいた。

 

 ブレイン雪の召喚時効果でオープンされたカードは、天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル、ウィッチミラージュ、大煌天使ミカファール。

 

(マジックカードは無し、か……)

 

 だが、おそらく美香のデッキのキースピリットと思われる大煌天使ミカファールの存在を確認したのは大きかった。麗は上からウィッチミラージュ、天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル、大煌天使ミカファールの順番でデッキに戻した。

 

「ふーん、ミカファールを下にね……」

 

 にやにやと笑みを絶やさない美香。どうにも掴みどころがないな――麗は思った。

 

「それじゃ、私はこれでターンエンド」

 

 

【美香:手札は2枚。カウント1。ライフ5。リザーブ0。トラッシュ6。エジットの天使モニファーエル(疲労状態)に3。魔石の堕天使キアーヴェル(疲労状態)にSと2。熾天使の玉座0】

 

 

 

 ☆第11ターン

 

 月坂麗のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで咲月帝アルティメット・ウィステリアが回復する。パートナーの竜もまた活力を取り戻し、ウィステリアの周囲を優雅に舞った。

 

 そして、メインステップ。

 

「戦鬼ムルシエラ、今こそ出陣の刻! デッキの上から3枚破棄することで召喚コストを-3して召喚」

 

 手元から召喚されるのは戦鬼ムルシエラ。霊魂の宿った刀を携え、自ら前線に赴いた。

 

(破棄したカードはバトレイにシェダル……そして)

 

 麗はトラッシュに置かれた神霊王アメホシノミコトのカードを見つめた。

 

(今こそ召喚したいけど……)

 

 それには必要なコアがどうしてもかさんでしまう。手札の数では大分優勢だが、ライフの面では追い詰められつつある。麗は、猶更に慎重を期する必要性を意識していた。

 

「冥府へ差し伸べる救世の御手。聖魔神を召喚」

 

 白き半身と黒き半身が合わさった鎧の姿。聖魔の力を兼ね備えた異魔神ブレイヴが顕現する。

 

「異魔神ブレイヴ……スピリットの強化を優先してきたかな?」 

 

「聖魔神を戦鬼ムルシエラに右合体。さらに、聡明叡智ブレイン雪に左合体」

 

 黒き御手がムルシエラに力を与え、白き御手がブレイン雪に活力を与えた。

 

「アタックステップ……ムルシエラ、アタック。聖魔神の右合体時効果により、トラッシュから自分のライフ以下のコストのスピリットカードをコストを支払わずに召喚する。召喚するのは、コスト1のブレイド・ジー」

 

 黒き御手から紫色の球体が生み出され、地に放たれた。その場で形成された溢れる魔力の渦の中心よりブレイド・ジーが舞い上がり、フィールドに戻ってくる。

 

「ムルシエラは二つのシンボルを持つから、ブレイヴが加わってトリプルシンボル、ね。これを通すわけにはいかない……」

 

 そう言う美香が提示したのは、神世界紀行 土の熾天使ラムディエルのカード。

 

「モニファーエルからコストを支払うことで、お出かけラムを使用! ムルシエラのBPを-10000する……そして、BP0になった時、デッキの下に戻す」

 

 幼い少女の外見をした熾天使、ラムディエルの幻影が現れ、星型のシンボルが描かれたピンクのハンマーを取り出した。そのハンマーは実体を伴っており、ハンマーが振り下ろされたことでムルシエラの周囲の空間が砕け散り、次元の裂け目が露わになった。

 

 異次元に呑まれそうになったムルシエラは慌てて這い出そうとしたが、飛びかかったラムディエルの幻影が魔力を込めたハンマーでムルシエラの頭部をめった打ちにした。叩かれたムルシエラは☆を大量に巻き散らかしながら目を回し、次元の狭間へと追放されてしまった。

 

「さらに、ライフのコア1個をコストとして支払うことで、お出かけラムを召喚!」

 

 ラムディエルがハンマーを美香のライフに向かって放り投げた。回転しながら飛んでいったハンマーは美香のライフを砕き、その際に青いコアの輝きを吸収する。ブーメランのように戻ってきたハンマーをラムディエルが握りしめた時、実体のある彼女本来の姿となっていた。

 

「まさか自らのライフを削って召喚するとは、ね」

 

 ライフからとはいえコストを支払った召喚であるため、ゼロカウンターで妨害することはできない。

 

 これで、美香のライフは4となった。

 

「咲月帝アルティメット・ウィステリアでアタック! アルティメットトリガーロックオン!」

 

 ウィステリアの真紅の瞳の光が美香のデッキを射抜く。トラッシュに置かれたカードはコスト4のウィッチミラージュ。

 

「ヒット! スピリットのLvコストを+2!」

 

 ウィステリアの創り出した昏き夜の空間が美香のスピリットたちを覆いつくし、モニファーエル、キアーヴェル、ラムディエルを消滅させた。

 

(ライフを削ってまで召喚したラムディエルも消滅した……美香にはこうなることはわかっていたはず。となると……) 

 

「……系統導魔を持つキアーヴェルがフィールドを離れたことにより、私はこのスピリットを召喚するね」

 

 美香が取り出すのは、二枚目のテスモポロス。

 

(あ、やっぱり)

 

「魔導の誓約の名の下に、再度降臨せよ。豊穣の女王神テスモポロス」

 

 デメテールの化神、テスモポロスが再臨する。こちらも1コスト支払って召喚する効果であり、ゼロカウンターは使用できない。

 

「テスモポロスの効果により、ブレイン雪をデッキの下に戻す」

 

 身の丈ほどもある杖が地面に突き立てられた。大地が割れ、ブレイン雪が地の底へと没す。左右の合体先を失った聖魔神がその場に残された。

 

「ウィステリアのアタックは、ライフで受けるよ」

 

 ウィステリアの指先から放たれる黒き光弾。美香のライフが撃ち抜かれ、残りライフは3となる。

 

「……やっぱり、先にウィステリアでアタックするように仕向けていたのね」

 

「ま、そんなところかな?」

 

 ウィステリアが疲労していることで、麗のブロッカーはブレイド・ジーしか残っていない。

 

(まだ、手札には零ノ障壁がある……これで凌ぐしかないか)

 

 麗がターンエンドを宣言し、舞台は次のターンに移行した。

 

 

【麗:手札は5枚。カウント1。ライフ2。リザーブSと1。トラッシュ8。咲月帝アルティメット・ウィステリア(疲労状態)1。ブレイド・ジー1。聖魔神0。ヴァイオレットフィールドが置かれている】

 

 

 

 ☆第12ターン

 

 狩野美香のターン。

 

 メインステップに入ると同時に、美香はドローしたカードをそのままバーストエリアにセットした。

 

(セットしたカードは、天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル……ライフ減少時に発動するバースト、か)

 

 ブレイン雪の効果によって前以って相手の手の内を知っている麗。そのため、麗は常に最善の策を選ぶことが可能となっていると言えた。

 

 美香はリザーブのコアを乗せることで豊穣の女王神テスモポロスのLvを3に上げ、アタックステップを宣言する。

 

「テスモポロスでアタック。カウント1以上の時、アタック時効果を発揮」

 

 リルラの供の翆鳥が、空を横切る。進められたカウントは、テスモポロスに魔導を繋ぐ役目を果たしていた。

 

「昏き黄昏の案内人。冥府の淵より甦れ、堕天使ミカファール!」

 

 テスモポロスが杖の先端で大地を突いた。すると、左右に二つの大穴が穿たれ、二体の堕天使ミカファールが地の底から飛翔し、黄昏に染まっている空を舞った。

 

「堕天使ミカファール……! でも……」

 

 麗は零ノ障壁に手を添える。しかし、そのままぴたりと動きを止め、思案する。

 

(いや……これはゼロカウンターの存在を承知した上での展開。ここで零ノ障壁を使ったりしたら……)

 

 麗はお互いの盤面を見渡した。そして、瞬時に把握する。

 

(堕天使ミカファールには、自身のアタック時にトラッシュの黄のマジックカードを使用できる効果がある。そして、それはマジックカードとして扱うスピリットも例外ではない……)

 

 美香のトラッシュには天使長フリューエルがあったはず。その効果を使われたらウィステリアを破壊されるうえに、1枚のドローを許してしまう。次にドローされるのは……大煌天使ミカファールだ。

 

 このターン、麗の扱えるコアは4つしか残っていなかった。つまり、零ノ障壁のゼロカウンターを使用し、1コスト支払って回収すれば、その後の追撃を防ぎきれなくなる。

 

「そのアタック、ブレイド・ジーでブロック」

 

 ブレイド・ジーがブウウンと羽音を響かせながら、テスモポロスの行く手を塞いだ。

 

「そして、マジック、零ノ障壁のフラッシュ効果を使用。コストは、リザーブ、それにウィステリアとブレイド・ジーから確保。このバトルが終了したとき、アタックステップを終了する」

 

 麗が使えるすべてのコアを使い切る。コアを失ったウィステリアとブレイド・ジーが消滅していく。

 

(黒の貴公子にして、夜の花嫁……暫しの別れ)

 

 テスモポロスの杖が空を切った直後、青白い障壁が出現する。障壁はテスモポロスを押し返しながら前進し、美香のフィールドにいるスピリットたちの動きを封じ込めた。

 

「ゼロカウンターは……使わなかったね。この短時間で、大分感が戻ってきたみたいだね、麗」

 

 美香が嬉しそうに言った。

 

 

【美香:手札は無し。カウント1。ライフ3。リザーブ0。トラッシュ0。豊穣の女王神テスモポロス(疲労状態)Sと4。堕天使ミカファール、2体とも5。熾天使の玉座0】

 

 

 

 ☆第13ターン。

 

 月坂麗のターン。

 

(バトスピの感、か)

 

 言われてみれば、こうやってカードを駆使しながら対戦しているうちに、何だか昔の自分と美香に戻ったような気がしてくる。それは今まで忘れていた感覚であり、自然に活き活きとしていた自分という存在に、改めて気づかされた。

 

(小夜も……美都と対戦する時は、こんな気持ちを共有しているのかな)

 

 もしそうなら……ちょっと、美都が羨ましい。

 

「輝石の竜玉使いバトレイをLv3で召喚」

 

 ジャグリングをしながら現れるバトレイ。その背後では、あのリスが見守っていた。

 

「続けて、マジック、リターンスモークを使用。トラッシュに存在するコスト4以下のスピリットカードを、コストを支払わずに召喚する」

 

 大地より吹き出す紫煙。その中から現れる、反り返った二本の巨大な角……。

 

「創世の継承者よ。主の御魂の元、天意を示せ。神霊王アメホシノミコト!」

 

 甲殻に覆われた人のような上半身と獣の下半身を持つ、巨大な霊獣。脚部の実体は希薄であり、朧げな紫煙による輪郭で形成されており、そのまま宙へと浮かんでいった。

 

 人間型の腹部に黄土色の光の粒子が渦を巻き、勾玉が出現する。勾玉から放たれた光が左手に焦点を当てると、掌に鏡が出現し、鏡によって反射された光の先に剣が現れ、右手でその剣を握りしめた。

 

「神霊王アメホシノミコトにソウルコアを置いていることにより、その効果を発揮。コスト0、2、4、7の相手のスピリットすべてのLv維持コストを+3する」

 

 神霊王の足元から放たれた紫煙が大地を奔り、宙を舞っている二体の堕天使ミカファールの下で止まる。そこから天を貫く勢いで一気に紫煙の柱がそそり立ち、ミカファールたちを呑み込んだ。

 

「堕天使ミカファールにはそれぞれ5個のコアが置かれているから、Lvが2になるだけ、か。美香、アメホシノミコトの召喚を読んでいたのね」

 

「それでも、これで大きく動きを制限されちゃったけどね」 

 

 麗は聖魔神を神霊王に左合体し、アタックステップに突入した。

 

「アメホシノミコトでアタック。アタック時、トラッシュにある紫のカードを1枚……零ノ障壁を手札に戻す」

 

 手札に戻ってきた零ノ障壁を見て、麗はよしと意気込む。

 

「そっか、零ノ障壁は6色のマジックカードだから、アメホシノミコトで回収できるのね」

 

「そう、ゼロは万能だもの。インドの数学者、ブラーマグプタによって定義されたゼロは、人類史上稀にみる極めて偉大な発見と言えるわね」

 

「あー……また始まった、麗のゼロ談義」

 

「どんな複雑怪奇もゼロであればすべて一緒。ゼロに何かを加えることで初めて万物は存在できるけど、それを引けばゼロになり、この世のすべても元を辿れば同じ存在……ゼロなのだとも言える。何より、数字の暴力もゼロの前では無意味に……」

 

「わかったわかった……麗、合体しているアメホシノミコトには、効果がもう一つあるでしょ?」

 

「もう、これからなのに。……聖魔神の合体時効果で、アメホシノミコトのコア1個をライフに置く」

 

 聖魔神が神霊王の頭上に手をかざすと、一つのコアが浮かび上がった。コアは中空へ放り出され、麗のライフに向かって一直線に飛んでいく。

 

 新たなコアが加えられたことで、麗のライフは3となる。

 

「そのアタック、堕天使ミカファールでブロック」

 

 二体並んでいる堕天使ミカファールの片方が前に飛び出し、神霊王の進撃を食い止める。堕天使ミカファールは神霊王が振るう剣を光の障壁で防ぐが、再度剣戟を受けた障壁がひび割れた。神霊王が手にしている鏡から光弾を打ち出して障壁を撃ち抜く。堕天使ミカファールは直撃を受け、消滅した。

 

「続けて、輝石の竜玉使いバトレイでアタック。アタック時、デッキの下から1枚ドロー」

 

「それはライフで受けるよ」

 

 バトレイは空中へ飛びあがり、ムーンサルトキックで美香のライフを砕いた。

 

 美香の残りライフは、2となる。

 

「ライフ減少により、バースト発動。……天を統べる高き者。天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル!」

 

 Lv2でバースト召喚される天空の覇王、雄々しい巨鳥の翼を備えた龍の武者。

 

「天空の覇王の召喚時効果、【旋風】を発揮。神霊王を重疲労させる」

 

 天空の覇王が日本刀を一閃させると、空気の層を両断する斬撃が直進し、神霊王を斬りつけた。神霊王は鏡から創り出した結界でこれを弾いたが、弾かれた斬撃は神霊王の全身を包み込むつむじ風へと変じ、その動きを封じ込めた。

 

「ふう……これも想定内。天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼルの存在は、ブレイン雪のお陰でわかっていたからね」

 

 そして、次のターンに美香がドローするカードも……。

 

 

【麗:手札は5枚。カウント1。ライフ3。リザーブ1。トラッシュ4。神霊王アメホシノミコト(重疲労)Sと3。 輝石の竜玉使いバトレイ(疲労状態)3。ヴァイオレットフィールドが置かれている】

 

 

 

 ☆第14ターン

 

 狩野美香のターン。

 

 このターンのリフレッシュステップで豊穣の女王神テスモポロスは回復する。テスモポロスが力を取り戻すと、周囲の大地も活力で満たされていった。

 

 メインステップ。

 

「やっぱり、アメホシノミコト……厄介ね」

 

 天空の覇王もまたミカファールと同様に神霊王の影響を受けており、美香は維持コストに大量のコアを要求されていた。

 

「コアを移動し、堕天使ミカファールをLv3、天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼルをLv1にする」

 

 堕天使ミカファールのコアが合計で8個、天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼルは4個となる。

 

「わざわざ自分のデッキが苦手とするカードをこのデッキに入れたのは、美香でしょ?」

 

「それはまあ、麗が使いそうなカードを想いながらデッキを組んだからね」

 

 麗は少し怪訝そうな表情になる。

 

「それ、どういう意味……?」

 

「ご想像にお任せ」

 

 はぐらかそうとする美香。

 

(そう、美香ってこうだったな……)

 

『麗ちゃん、これ』

 

『これ……?』

 

『ほら、わたしの筆箱。麗ちゃんと同じ黒いワンちゃんのでしょ』

 

『う、うん。偶然一緒だね』

 

『違うよー、麗ちゃん、入学したら新しい筆記用具を買ってもらうって言っていたでしょ? だからね、わたしも麗ちゃんが好きそうなのを選んだの。お揃いにしたかったからね』

 

『ええ? それなら、先に言ってくれたら、ワンちゃんだって教えてあげたのに……』

 

『いいや、そうしたら麗ちゃん、わたしの方に合わせちゃうでしょ? わたし、麗ちゃんの好きなのがいいの』

 

 麗ちゃんの好きなものだったら、聞かなくてもわかるから――過去の何気ない情景。

 

「麗……?」

 

 美香に呼びかけられ、はっとなる麗。

 

「……何でもないよ」

 

「……麗ちゃん」

 

 美香がぽつりと呟いた。思わず、ぎょっとなる麗。見ると、くすくすと笑う美香の表情が目に飛び込んで来た。

 

(か、からかわれた)

 

「さ、アタックステップね。……私は、堕天使ミカファールでアタックするよ」

 

『これで麗ちゃんのフィールドは更地だねぇ。いけ、大天使ミカファールでアタック!』

 

 一瞬、堕天使ミカファールにかつての面影が重なった。

 

「そして……もうバレバレだけど……グレても天使は天使、今こそ返り咲いてミカファール!」

 

 煌臨を発揮し、堕天使ミカファールに重なる大煌天使ミカファール。麗はその天使の過去の姿である大天使ミカファールをも垣間見た。

 

「煌臨時効果を発揮! トラッシュにあるマジックカードを集約する」

 

 煌臨元に追加されるマジックカード……それは、エンジェリックインパクト、溶岩熱線2枚、リーフハイドパス、天使長フリューエル2枚、土の熾天使ラムディエル2枚、神世界紀行 土の熾天使ラムディエル2枚。

 

「合計10枚……!」

 

 堕天使ミカファールを含めれば、11枚もの煌臨元。もし、これだけのマジックを大天使ミカファールが使用していたら――麗はそう思い、ゾッとした。

 

「フラッシュ、エンジェリックインパクトを破棄。バトレイ、それにアメホシノミコト、光になっちゃって」

 

 ミカファールがゴルフクラブを振るようにして、ハンマーを突き上げた。光の波動が空間を揺るがし、バトレイと神霊王はデッキの上に飛ばされた。

 

「美香、このターンの攻め手は潰させてもらうからね。マジック、零ノ障壁! これでどんな攻撃もゼロに帰す」

 

 天から美香のフィールドを覆う、六色の障壁。これで、バトルが終了したとき、アタックステップも終了となる。

 

「まだまだアクションは起こすよ、麗。……天使長フリューエルを破棄。聖魔神を破壊し1枚ドロー」

 

 緑の宝石をはめ込んだ光線銃を手にした天使長、フリューエル。その銃口が空間を揺蕩う聖魔神へ向けられる。直後、放たれた熱線が聖魔神を蒸発させてしまった。

 

 フリューエルがフィールドに舞い降り、悠然と構えた。

 

「まだまだ、光の援軍が舞い降りる。二体のお出かけラムを破棄し、コストを支払わずに召喚」

 

 美香のフィールドに並ぶ、六体のスピリット。ラムディエルたちに余分にコアを乗せたことで、大煌天使ミカファールのコアは1つでLv1に下がっており、これ以上効果を発揮することはできなくなっていた。

 

「これでターンエンドだよ……麗ちゃん」

 

 麗は一瞬、聞き間違いではないかと己の耳を疑った。

 

 

【美香:手札は1枚。カウント1。ライフ2。リザーブ1。トラッシュS。神世界紀行 土の熾天使ラムディエルAに4 神世界紀行 土の熾天使ラムディエルBに4。豊穣の女王神テスモポロス1。天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル4。天使長フリューエル1。大煌天使ミカファール1。熾天使の玉座0】

 

 

 

 ☆第15ターン

 

 月坂麗のターン。

 

 ドローステップにドローしたカードは、輝石の竜玉使いバトレイ。先のターン、エンジェリックインパクトでデッキの上に戻されたカードだった。

 

 そして、麗はメインステップに入る。

 

(それにしても……また、私のフィールドは更地かぁ……)

 

 アタックステップに効果を発揮する大煌天使ミカファールは、かつての大天使ミカファールに比べれば随分と大人しくなった……とは実感していた。それでも、やはりこの破壊力はミカファールに違いないとも思えてくる。

 

(でも、大煌天使ミカファールのコストは7……これで対処できる)

 

「手札からネクサス、旅団の摩天楼を配置」

 

 再度フィールドにそびえ立つ摩天楼。配置時の効果で麗はカードを1枚ドローする。

 

「ありゃ、せっかく戻したアメホシが手札に入っちゃったかあ」

 

 美香の喋り方が妙に子供っぽくなっていた。

 

(やっぱり、美香も見ているんだ、昔の私を)

 

 子供の頃の美香は何時だって自分の好みに寄り添っていた。麗ちゃんの好きなものが好き――そんな感じ。美香が本当に好きなものは何だろうと幾度も考えたが、問いかけても適当にはぐらかされて、結局明確な答えは出なかったような気がする。

 

(だから、かな。別々の進路に選んで距離が離れた時、相手の心が余計にわからなくなっていったのは……)

 

「7コスト支払い、手札の神霊王アメホシノミコトにソウルコアを乗せて、Lv3で召喚」

 

『麗ちゃん、大きくなったら何になりたいの?』

 

 三種の神器を携え、再臨する、神霊王。

 

『うーんと、えーと……幸せな、お嫁さん?』

 

 消滅していく、大煌天使ミカファール。

 

『そうなの? なら、わたしも誰かのお嫁さんになって……いつか、麗ちゃんの子供とわたしの子供と一緒に……』

 

「アタックステップ……神霊王アメホシノミコトでアタック!」

 

『でも……誰のお嫁さんになるの?』

 

「アタック時効果発揮! 零ノ障壁を手札に」

 

「天使長フリューエルでブロック!」

 

 突進する神霊王を迎え撃とうとするフリューエル。だが、フリューエルの放った熱線は捉えどころのない紫煙によってことごとく遮断される。フリューエルは神霊王の体当たりを受け、弾き飛ばされた。

 

「ターンエンド」

 

 麗の宣言により、戦いは次のターンに移行する。

 

 

【麗:手札は5枚。カウント1。ライフ2。リザーブ0。トラッシュ10。神霊王アメホシノミコトSと3。旅団の摩天楼0。ヴァイオレットフィールドが置かれている】

 

 

 

 ☆第16ターン

 

 狩野美香のターン。

 

 美香はメインステップに入ると、リザーブのコアを乗せることでテスモポロスと天空の覇王のLvを上げた

 

 続けて、アタックステップ。

 

「天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼルでアタック。アタック時効果【旋風】を発揮し、神霊王アメホシノミコトを重疲労させる」

 

 再度発生した旋風により、神霊王の紫煙が吹き飛ばされる。身動きを封じられた神霊王が大地に突っ伏した。

 

「マジック、零ノ障壁。アメホシノミコトのコアをすべて使い、このバトル終了時に、アタックステップを終わらせる」 

 

 神霊王の本体が黒みがかった煙と化し、消え去った。その上を横切る、天空の覇王の雄姿。

 

「ライフで受ける」

 

 煌く剣が翻り、麗のライフを切り裂いた。これで麗のライフは残すところ1。

 

「もうちょっと楽しみたかったけど、お互い、後が無くなってきたね。ターンエンド」

 

 狩野美香のターンが終わりを告げた。

 

 

【美香:手札は2枚。カウント1。ライフ2。リザーブ0。トラッシュ0。天空の覇王ロード・ドラゴン・バゼル(疲労状態)6。神世界紀行 土の熾天使ラムディエルAに4、神世界紀行 土の熾天使ラムディエルBに4。豊穣の女王神テスモポロスにSと3。熾天使の玉座0】

 

 

 

 ☆第17ターン

 

 月坂麗のターン。

 

(もうちょっとだって……? いいや、わたしはもう十分。今こそ、ゼロに還してやる……)

 

 今という時と過去との乖離。麗にはそれがもどかしかった。

 

「メインステップ……輝石の竜玉使いバトレイをLv1で召喚」

 

 フィールドに召喚される竜玉使い。

 

「さらに、もう1体。バトレイをLv1で召喚」

 

 二体の奇術師が肩を並べ、同時に辞儀をして見せた。

 

「そして……マジック、リターンスモーク。黄泉の淵より目覚めよ、神霊王アメホシノミコト」

 

 奇術師たちは両手を広げ、新たなる出演者である神霊王の復活を祝した。

 

(これでもまだ攻め手は足りない……か)

 

 麗は手札にある一枚のカード……二枚目のリターンスモークを見つめていた。

 

『麗ちゃん』

 

 懐かしい声。はっとなった麗が顔を上げるとそこには幼い美香の顔……それは、大人になった今の美香の顔へと戻った。

 

「ゼロって、何もないことだけど……何もないからこそ、それまで培った経験と新しい想いを込めた1を加えるだけで、全く違った可能性が開けていくんだよね」

 

「え……?」

 

「麗ちゃんの受け売り」

 

 美香の言う「麗ちゃん」とは、今の麗というよりも、過去の「麗ちゃん」を指している――麗にはそう感じられた。

 

(そう、ゼロはあらゆるものの始まりの数字。そこに何か……自分だけの1を加えれば、各々の世界が続いていく)

 

「私、美都が生まれてきてくれてすっごく良かったと思っているし、今でもずっと美都に感謝しているんだ。私にとって、美都は全く新しい、最高の一ってことになるかな。……麗ちゃんにとっての小夜ちゃんも、そうだって信じている」

 

「そう……だね」

 

 あれから色々あったけど……こうして、美香と同じ時間、同じ空気を感じているのはとても貴重な体験……麗はそう思い始めていた。

 

「今の私たちと昔の私たちは違う。でも、私たちはお互い子を持つ母として、昔とは違った面でわかり合えるんじゃないかなって思うんだ」

 

 美香の言いたいことは、何となくわかる。まだ、迷いを清算してゼロにするには至らないけど……。

 

「……私も、あの頃の私たちも、今の私たちも、どっちも大切だと思うよ……美香」

 

 自然に口をついて出た言葉。

 

「麗……」

 

 そう、過去は今と違うけど、両方とも違うからこそ、それぞれに尊いものもある。

 

「マジック、リターンスモークを使用。ソウルコアをコストとして支払うことで、コスト6以下のスピリットカードの召喚を可能とする」

 

 幾重にも重なり吹き出す紫煙。その中より現れしは、

 

『零の使者にして、闇のヒーロー。さあ、お使いの時間だよ、魔犬ゼロ!』

 

 実体化する、漆黒のチワワ犬。四本の足で大地に立つ。

 

(魔犬ゼロ……私が心の拠り所にしていた最高のヒーロー)

 

 小さな体躯でありながら、底知れぬ魔力を秘めた闇のスピリット。魔犬ゼロはクゥゥンと鳴き声を上げ、三角の耳をぴょこっと立てた。

 

「戻って来てくれたね、あなたのゼロが」

 

 美香は嬉しそうに言った。

 

(そう、あなたの望み通り召喚したけど……これは、わたしの望みでもあった)

 

「アタックステップ。神霊王アメホシノミコトでアタック。アタック時、零ノ障壁を手札に戻す」

 

 神器を構え、突進する神霊王。周囲には、神力によって形成された霊的な渦が広がっていく。

 

「豊穣の女王神テスモポロスでブロック」

 

 テスモポロスが杖を振りかざし、己を取り囲みつつあった相手の神力を振り払った。正面からの衝突では歯が立たないと察した神霊王が、勾玉から放った光線を鏡を使って乱反射させ、テスモポロスをかく乱させる。

 

 一気に近づき、剣を振り上げる神霊王。だが、テスモポロスの方がうわてであった。大地より突き出す土の槍が神霊王の周囲を取り囲み、勾玉の霊力を閉じ込めた。

 

 身動きのできなくなった神霊王に対して、テスモポロスの放った緑の波動が決め手となり、実態を維持できなくなった神霊王はまとまりのない紫煙となり、消え去った。

 

「続けて、バトレイでアタック」

 

 駆けだすバトレイ。その行く手を遮る、スピリットの影。

 

「お出かけラム、ブロック」

 

 盾を構えるラムディエル。そこから放たれた光弾を受け、バトレイは吹き飛ばされてしまった。

 

「Lv1のバトレイはアタック時に無色とはならず、黄色としても扱うスピリット。よって、この破壊により、手札から聡明叡智ブレイン雪を召喚!」

 

 三度現れる、仮面の女子。召喚時効果も発揮されたが、オープンカードは天空勇士フェニックジャク、堕天使ミカファール、引っ込み思案のドルイド僧リルラであり、追加効果は発揮されなかった。

 

「もう一体のバトレイで、アタック」

 

「それも二体目のラムで、ブロック」

 

 次なるラムディエルはハンマーを振りかざし、迫り来るバトレイを宙に突き上げた。バトレイは終幕を悟り、取りこぼした竜玉に未練も残さずに、すべての観客に対する敬意を込めて深くお辞儀をしたまま消え去った。

 

「まだまだ、聡明叡智ブレイン雪でアタック!」

 

 すでに、美香のブロッカーはいない。ブレイン雪は優勢になった盤面を見渡してから頷くと、自らフィールドを飛翔し、美香のライフを目掛けて特攻した。

 

「ライフで受けるよ」

 

 ブレイン雪の平手打ちがコアを弾き飛ばした。

 

「私のライフが残り1つで……対峙しているのは、ゼロ。あの頃とおんなじ、だね」

 

「確かに似ているけど……これもまた、新しい世界の入り口。だって私たちには、まだまだゼロから始められることがたくさんあるから」

 

「うん、そうかもね」

 

 麗の指示を待っている魔犬ゼロが、麗の顔を見上げる。

 

(わかっているよ……この戦いは、一旦ゼロに帰すけど……そこから始まる、何かにきっと意義がある)

 

「魔犬ゼロ、お使いだよ。行っておいで!」

 

 ワォンと一鳴き。駆ける黒き魔犬。

 

「ゼロのアタック、最後のライフで受ける!」

 

 美香のライフに飛びかかり、激突する魔犬ゼロ。麗と美香によって創造された世界に黒い歪が広がっていき、すべてがゼロへと還っていく。

 

 だけど、このゼロは終わりではない――新たな、始まり。麗と美香は、同時にそう心に誓っていた。




★来星の呟き

今回のリプレイ(活動報告に飛びます)

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=271900&uid=341911

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=271901&uid=341911

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=271902&uid=341911

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=271903&uid=341911


土の熾天使ラムディエルの相手による消滅時に発揮する効果の処理を忘れるという失態をおかしてしまい、
神世界紀行 土の熾天使ラムディエルと入れ替えた部分があったりします。
(結果、普通のラムディエルは一度も召喚されなかった。。。

狩野美香としては、月坂麗に魔犬ゼロを召喚させることが目的でもあったので、
最終的にリターンスモークで魔犬ゼロを召喚するのが立派な選択肢と言えるような展開にも持っていかれました。
聡明叡智ブレイン雪や神産ノ武神オノゴロウはトラッシュに置かれず、デッキの下に戻されていたり。。


咲月帝アルティメット・ウィステリアに関して。
自分は男装した女性という解釈で書いております。
どちらかと言うと女性からもてる百合系だけど、パートナーの竜とは相思相愛の特別な関係……というイメージ。
要するに、吸血姫ヴァンピレスとそのお供の黒竜に関する自分の解釈と共通させちゃっています。

(なお、ヴァンピレスのお供は闇帝オプス・キュリテが変身した姿とも考え、ヴァンピレスは闇帝の花嫁……と、自作設定があります
マジックカード、サクリファイスでも、両者は特別な関係に見えてくるもので

ウィステリアの召喚口上に「麗しき」を入れたのは、勿論、使い手が麗だから。


魔犬ゼロはチワールと共通する要素を複数持った小玩スピリットでもあり、娘の小夜の魂のカードがチワールならば、母親は魔犬ゼロという関連。
何気に剣刃編の「闇のスピリット」であり、「闇のヒーロー」といった呼称はその辺とも関連。
こちらも零と麗をかけています。

魔犬ゼロは今回のフィニッシャーではあるものの、効果を使う機会が無かったので、
麗が新しく組みなおした自分のデッキを使用する際に、もっと見せ場を出したい所存。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

母たちのブライダル 後編

「これは……ファビュラスな事件が起きそうなよ・か・ん」

 

 幼さと妖艶さを兼ね備えた少女の声。

 

 そこは、黄昏の下に広がる赤と青の混ざった紫色の花園。夜の近づいている空には、欠けた月が薄っすらと白く光っていた。

 

 先ほどの声の主である桃色の髪の少女が透き通った紫色の翼を広げ、宙を舞う。

 

「大変、たいへーん!」

 

 少女は打って変わった慌てふためいている様子で騒ぎながら、花園が続いている坂を上った先の、丘の上の古城を目指して、一直線に飛んでいった。

 

 少女の接近に驚き、古城のベランダ付近の屋根で屯していたアメジストの頭部を持つ魔界の鳩たちが一斉に飛び去った。

 

「ああ、ごめんね、ピジョンヘディレスたち。あとで真っ黒豆おごってあげるからねー」

 

 お詫びの言葉も早々に切り上げ、ベランダに降り立つ。

 

「ウィステリアさまぁ」

 

 少女は開け放してある掃き出し窓から、中に飛び込んだ。

 

「騒々しいね……どうしたんだい、リリナ」

 

 窓辺に置かれている鉢に植えられた小さな藤の木の剪定を行っている、蝙蝠のような翼を備えた人物――ウィステリアが言った。

 

「急にお邪魔してごめんなさい。でもでも、大変、たいへん、エマージェンシーなんですよ!」

 

「まあまあ、まずは落ち着いて。はい、深呼吸」

 

 すーはーと深呼吸を繰り返すリリナ。

 

「落ち着いたかい?」

 

 やんわりと尋ねるウィステリア。

 

「はい、落ち着きました!」

 

 ビシっと敬礼をしながら応えるリリナ。

 

「宜しい」

 

 そう言いながらリリナに背を向け、鉢植えの手入れに戻るウィステリア。リリナは慌てて「いやいやいや」と言ってウィステリアを呼び止める。

 

「だから一大事なんですってば。大創界石が消えてしまったんですよ。跡形もなく」

 

「ふーん。それは、一大事だね」

 

 ウィステリアは、まだ花芽のついていない藤の樹形を剪定ハサミで整えながら答えた。

 

「て……ウィステリアさま、随分と落ち着いていらっしゃいますね」

 

「キミの方こそ、大変だって言っている割には、随分と楽しそうだけど?」

 

「あ、バレてます? えっへへ……だってこんなの、そう滅多にある話じゃないですからね……だから」

 

「とってもファビュラスな予感だね」

 

「……もう、先に言わないでくださいよー」

 

 頬をぷーっと膨らませて抗議するリリナ。ウィステリアはクスっと微笑むと、彼女の方へ向き直った。 

 

「僕の方でも、それらしい気配は察していたからね。一帯に流れている魔力の流れが大きく変わり……何か、ぽっかりと、穴が開いてしまったから」

 

 妙に落ち着いているウィステリアを歯がゆく思い、リリナが言う。

 

「魔術皇の力が宿っている大創界石ですよ? それがどこかに持ち去られたとしたら、只事では済まされません」

 

「一応、僕の方でもある程度の目星はつけてあるよ。おそらくだけど……先日、創手から通達の合った聖龍帝の件が、関わっていると思う」

 

「時の監視者たちが権利を争っているというアレですか。まったく、はた迷惑な話ですよねー」 

 

 ウィステリアはそっと目を閉じる。そして、この世で最も近しい者に対して語り掛けた。

 

(きみなら、知っているのだろう)

 

(…………)

 

(おや、だんまりかい? ぼくに対して、隠し事は無しにして欲しいね)

 

(……ワタシもはっきりと感知したわけではない。ただ……人間と龍帝が関与している、というおおかたの検討はついているがね)

 

(れいの七龍帝の適合者たちかな?)

 

(そうであろう。……何れにしても、我々の世界の秩序を脅かしかねない者どもだ)

 

(でも、時代は移り変わっていくもの。もう、これまでの常識が通用しなくなっているのかもしれないよ)

 

(ワタシとしては、姫君には下手に触れて欲しくはないのだがね。……まあ、止め立てはせぬが)

 

「ウィステリアさまぁ。聞いているんですかー?」

 

 リリナが少しムッとした表情でウィステリアの顔を覗き込んでいた。

 

「ああ、聞いているよ。……魔術皇の大創界石か。確かに、今の人間たちが扱うにしては、ちょっと大物過ぎる気がしないでもない」

 

 微かにふふっと笑うウィステリア。リリナはきょとんとした顔で、首を傾げていた。

 

 

 

 夜のコンビニの自動ドアが開かれ、片手にトートバッグをぶら下げている麗が外に出てきた。

 

 トートバッグの中に入っているのは、乾電池やティッシュなどの日用品……それに、パック詰めのキウイ。

 

(遅くなったことで美香は謝っていたけど……どの道、帰る頃には小夜も寝ているから……ね)

 

 小夜、今日も一人で……既に、零時は過ぎているけど……お留守番してくれていたんだよね。

 

 自分はあの優しい小夜に相応しい母親だろうか……なんて、幾度も考えていたけど、小夜はわたしの所に生まれてきてくれて、今でもいつも「ありがとう」って言ってくれる。なら、自分ももっと胸を張って母親としての自信を持たないといけない――麗はそう思った。

 

 トートバッグとは別の、革製の鞄の中身のことを思い出す。この中には、美香から譲ってもらった、今日の対戦で使用したデッキが入っている。

 

(美香はずっと、貰ったカードをわたしに返したかった……そう、言っていたな。昔のわたしは……もう直接使う機会もないだろうから、彼女に譲ったのだけど)

 

 長い長いお使いに出かけていたゼロたちが戻ってきたことで、自分は純粋に嬉しいと思えるようになっている。

 

(お帰り、ゼロ。……それに、ウィステリア)

 

 麗は一瞬、微かな犬の鳴き声がどこかで聞こえたような気がした。

 

 会社の社員用の駐車場へ向かう途中、美香と再会した場所でもある、あの衣装屋が目に入った。そこの外付けのショーケースには、ウエディングドレスが変わることなく展示されている。

 

 立ち止まり、じっとそれに見入る麗。

 

 かつて、麗も美香も花嫁だった。その延長線上で、小夜……それに、美都が生まれ、今の生活がある。

 

(だったらさ……誇りを持たなきゃ、だよね。お母さんたちは立派な花嫁だったんだって)

 

 暫しの間、ショーケースを眺めていた麗。

 

 やがて、麗はその場を立ち去る。小夜のいる家へ早く帰ろう――麗は、明日の朝、小夜と顔を合わせられる機会を考えていた。

 

 

 

 麗と一定の距離を保ちながら、彼女を尾行していた人物の影。その者は、麗が衣装屋の前を離れたところで追跡を止め、表通りにひょっこりと顔を出した。

 

「……うん、後悔はしていない」

 

 ぽつりと呟いた人物――エドワキア・リローヴイ。彼女の周囲には、黒く霊的なオーラが漂っていた。

 

 エドワキアは麗の去っていった方角を見やり、ふうと息を吐いた。夜の空気は若干冷たく、僅かな白い息が空気中を漂う。

 

「やはり、ここにいましたか……エドワキアさん」

 

 背後から響く、透き通った女性のものらしき声。エドワキアは一瞬ドキリとしたが、すぐに落ち着きを取り戻して、そちらに振り返る。

 

「何か用? 創手さん」

 

 ぶっきらぼうに言うエドワキア。

 

「いえ、別に用というほどではありませんけどね。たまたま帰りに見かけたので、お声かけしただけですよ」

 

「ふーん、じゃあ、もうさよならだね」

 

 手を振り、相手に背を向けるエドワキア。

 

「……魔術皇ア=ズーラ、その力は聖龍帝に勝るとも劣らない。それを直接現世に解き放ったりしたら、ただではすまされませんよ」

 

 やっぱり、言いたいことがあるんじゃないか――エドワキアはため息をつく。

 

「心配しなくても、そんなことをするつもりはない。私もオプス・キュリテも……今の生活を破壊したくはないから」

 

 エドワキアはそう言うと、相手に振り返ることもなく、足早に立ち去っていく。

 

「……ええ、この身体の持ち主も、双方の世界の安寧を望んでいる」

 

 それは、エドワキアに向けられた言葉ではなかった。ふと、女性が他方へ振り向くと、二人の人影が近づいてくるのが目に入った。

 

「あれは……」

 

 女性は相手の姿を見定めると、黙って姿を消した。相手の方では女性の姿を視認していたらしいが、特に気に留める様子もなかった。

 

 まだ三十路くらいの年齢と見受けられる男と、このような深夜に起きているのは不釣り合いな十歳くらいの少女。男は黒いスーツを着こなし、少女は白いワンピースを身につけていた。

 

「パパ、本当にいいの? だいじな会合だって言ってなかったっけ」

 

 少女が傍らの父親らしき男に話しかけた。

 

「構いやしないさ。どうせ、大した用事じゃなかったみたいだからね」

 

「ふーん」

 

 少女は不思議そうな顔をしながらも、それ以上問うこともなく、前方の建物に備え付けられているショーケースを見やった。

 

「あ、スウェーデングドレスだぁ」

 

 少女ははしゃぎながら、ショーケースに走り寄る。

 

「これはウエディングドレスだよ」

 

 後ろからゆっくりと追いついてきた父親が、やんわりと教える。

 

「うん。知ってる。お嫁さんが着るドレスでしょ」

 

 少女のソプラノが夜の街に響く。父親は少女を優しくたしなめ、その大きな声を抑えさせた。

 

「お母さんもこれを着ていたんだよね」

 

 声を抑えても、少女のはきはきとした調子は変わらない。瞳を輝かせ、ドレスに見入っている。

 

「ああ、そうだよ」

 

「とってもきれいだったでしょ?」

 

「ああ、綺麗だったよ」

 

「フーミィもいつか着てみたいなぁ」

 

「きっと着れるさ。フーミィみたいな可愛い子だったら、みんな羨ましがるよ」

 

「わあ、パパ嬉しい」

 

 父親の娘を見る眼は、深い慈愛で満ちていた。

 

「早くママに会いたいなぁ。今でも綺麗なんだろうなぁ」

 

「そうだね。必ず、ママに会わせてやるからね」

 

 父親もやがて、ウエディングドレスをじいっと見つめる。

 

「そのために、この街に娘を連れて来たんだから……」

 

 男の眼が段々と憂いの色に染まっていく。フーミィと呼ばれた少女は、心配そうに父親の顔を見上げる。

 

(ああ……会わせてやるとも……私が、人でいられるうちに……)

 

「パパ、何かいった?」

 

「いいや、何も」

 

 しばらくの間、二人はウエディングドレスを見ていた。やがて、両者は手をつなぎ、夜の歩道を歩いていった。

 

「コードマン・ルビー……ですね。やはり……」

 

 姿を消していた女性がショーケースの前に立ち、二人が去っていった方向を見ていた。

 

「私としては、まだ異なる世界が交わるには早すぎると思いますが。……いえ」

 

 女性は思わず言葉を切る。

 

「いけませんね。クロロクロロに聞かれたら、笑われますか」

 

 女性は再度、その姿を消した。

 

 誰もいなくなった深夜の歩道。そこには、多くの者たちの夢と憧れの的となるウエディングドレスが変わらずに鎮座していた。それは、明日もそのまた明日も変わることなく、人々にとっての一つの心の拠り所として、あり続けるのかもしれない。




★来星の呟き

夜月の歌姫リリナが登場していますが、
今回の話で麗が使用したデッキ、現実でも改造してミストミラージュやリリナが入っていたりするので、次に麗が使用する時は大分様変わりしそうです。
麗が自分なりに組みなおしたって設定にはなりますけども。。
(麗が今度対戦する時までに、出来れば、キャバルリースラッシュ×3は揃えたい……


次回予告。

次回の舞台は、明けの星小学校。
風良那柘 が再登場し、ガーネット・ルーティのデッキを使用。
ステゴレムサウルスを中心とした造兵&地竜デッキの使い手の少年と対戦します。

また、小夜と同じクラブに属する子供たち、、
ボーン・ベア&重剣聖ムーンベアの使い手であるクマさん推しの少女や、
カンネイド・エースを愛用し、大牙帝ビャクガロード・ソンケン等の華兵スピリットも使用する、三国志の呉が大好きな少年も登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。