親方、空から女の子が!! (胡椒こしょこしょ)
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空のおとしもの(被害甚大)

人は普通に生きることが一番幸せだ。

それは紛れもない事実であり、揺るがしようもない真実。

世の中には知らなくても良い事と知らなければいけないことがあって、人々は無意識に取捨選択している。

それは俺も同じだ。

 

窓の外を見ると、運動部が練習をしている。

変わらない日常。

同じことの繰り返しが人生だとすれば、そこから逸脱した人間はまともな人生を送ることも出来ないんだろうか?

....だとしたら、俺は嫌だなと。

何となくそう思っていると、隣の席の髪を掻き上げた男が話しかけてくる。

 

「というわけで、俺はその子に言ったわけよ。もし俺が猫なら百万回死んででも会いに行くってな。」

 

「....長々話しているが、なんでフラれたの四文字で済む様な話を延々俺は聞いているんだ?」

 

俺がそう言うと、彼はかぁっー!と変な声を出しながら指を振る。

 

「チッチッ、甘いな。俺はフラれてない。今はまだその時じゃないって、彼女が照れ屋だったんだよ。いずれまた会えるさ。」

 

「相手の女の子は会いたくないだろうけどな。」

 

コイツはなぜこうも根拠のない自信を持っているのか。

いや、そもそも自信がないとナンパなんか出来やしないか。

隣でそう言うなよと馴れ馴れしく肩を組んでくるガタイの良い男。

俺の友人、佐藤博之。

中学からの腐れ縁だ。

 

それにしても、俺はここにコイツの下らない話を聞きに来たのではない。

 

「そもそも今日はオカ研の活動はないのか?ないなら俺はもう帰りたいね。」

 

そう言うと彼はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「おいおい、せっかちすぎるぜ。大丈夫だネタはある。なんでも骨粉で麺を作っているラーメン屋があるという.....。」

 

「普通にテメェがラーメン食いにいきてぇだけだろ。誘うなら普通に誘え。あとそれ、普通に風評被害だからやめとけ。」

 

少し小腹が空いてきていたし、それに結局家に帰ってもボロアパートに一人。

それならラーメン屋くらい言われれば付き合ってやらないこともない。

すると、彼はへへっと笑う。

 

「さすが水尾。俺たちは以心伝心だな。まぁでもネタってのは本当にあるんだぜ?....最近、街が慌ただしいだろ?」

 

「....まぁ否定はしない。」

 

自分としてもどこか町全体が浮足立っているような感じがする。

不穏なニュースも多いし、些細な事ではあるが引っかかることがある。

 

「最近増えてきた行方不明。夜に響く金属音。ネタは腐るほどある。どれか一つでも解き明かして部員を増やしてぇもんだぜ。まっ、その為にもまずは腹ごしらえだ。極論教室に居ても俺たち何の意味もないからな!」

 

「まぁ部活としての体裁を整える為だもんな。ほぼ同好会みたいなもんだけど。....じゃあ、ラーメン屋行くか。」

 

俺が立ち上がって部室から出ると、彼も笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「おう、ちょっと待ってろ。鍵を職員室に返しに行くから。」

 

「そうか、ありがとう。下駄箱で待ってるからな。」

 

俺がそう言うと彼は手を振る。

そんな彼から身体を背けると、廊下を歩いて階段を降りる。

学校に行って授業を受けて、オカ研で下らない話をしながらも友人と寄り道する。

それが俺の普段の日常、変り映えのしない繰り返し。

 

繰り返しから逸脱したくない。

そんな俺が非日常を探求するような部活に所属している。

友人の趣味に付き合っているのもあるが、もしかすれば俺は意識してないだけで未練があるのかもしれないな。

漠然とそう思った。

 

 

 

 

 

 

「ただいま~。」

 

築50年の古くて汚いアパート。

そこの錆で真っ黒になっている階段を一歩一歩慎重に昇り、自分の部屋である204室の扉を開けた。

部屋は暗く、畳の縁の緑がぼんやりと見える。

そこで蛍光灯の電気を点けた。

 

1K8畳の部屋。

机の上にパソコンがあり、壁にはそこそこの大きさの本棚。

そしてシングルベッドがあるだけ。

自分で見ても殺風景で色の無い部屋だ。

これが俺が日頃生活している俺の城だ。

 

窓の外では夜の帳が降りている。

それもそのはず、今や7時だ。

夕食はラーメンを食ったからいらないが、風呂を沸かす必要があるな。

正直、面倒くさいが。

 

風呂を洗うと、栓をしてお湯を貯める。

貯めている間に、コンビニで買った軟骨などを摘まんでいる。

今日、勉強はやる気にならない。

面倒臭い。

 

ガリガリと軟骨を口の中で噛み砕きながらも、今日あったことを考える。

ラーメンは結局可もなく不可もなくと言った感じであり、餃子が旨かった。

全部まずいわけじゃないなら良いじゃないかと俺は思ったが、博之はラーメン屋の看板降ろして餃子屋やれやと怒り心頭だったのを覚えている。

それが普通の反応なのだろうか?

分からない。

 

風呂が溜まったことを知らせるアラームが鳴る。

それを聞くと、さっさと風呂場へ向かって風呂に入る。

淀んでいないが、進んでも居ない。

停滞した水。

澄んではいるが、それは作られた物。

清流と比べれば格段に劣る。

それに使って身を清めていると思うと、不思議な気分だ。

 

昨今、周辺で話題になっている失踪事件。

年齢層がバラバラで、雑多であることから複数犯の仕業とか、時勢に従って消えるようにどこかへ行ってしまう人が徐々に増えているだけだという声もある。

それだけじゃない、博之も言っていた金属音。

突風と共に激しく鉄と鉄がぶつかり合うような音。

....それは、俺も聞いたことがある音だった。

うるさくてうるさくて寝られやしない。

騒音被害が出ているにも関わらず、その正体が掴めないと住人の頭を悩ませていた。

 

そのような背景から町の空気はどこか落ち着きに欠けている。

自分としては早く何もかも決着が付いて欲しいと思うのだが、まぁそれは容易ではないこともわかった。

 

身体を清めると部屋を出る。

身体を適当に拭いて、部屋に入る。

そしてパジャマを着る。

すると、少し妙なことに気づく。

 

「...なんか空気が湿っぽい。」

 

部屋の湿気が流れて来たのだろうか?

いや、それにしては湿気が凄い。

ぺったりと肌に水分が張り付くような感覚。

暑苦しさすら感じる空気を入れ替える為に窓に近づくとパシャパシャと雨の降る音がする。

さっきまでは晴れだったのに、

オイオイオイ、どこか雨漏りでもしてんのか。

いくらボロ住居とはいえ、勘弁してくれよ....。

 

そう思い、ベッドに座り込んだ瞬間。

背筋に寒気が走った。

虫の知らせ。

ここに居てはいけないと思わせられるような怖気。

しかし、その直後。

 

バキャバキと破砕音が鳴り響くと共に、頭上から天井が落ちて砂ぼこりが周囲を立ち込める。

咄嗟に頭を抱えると、土砂降りの雨が部屋の中に振り込んだ。

なんだ.....、一体何が起きた!?

 

顔を上げれば瓦礫によって滅茶苦茶になった部屋の中。

上を見上げれば、天井にぽっかりと大きな穴が開いており、そこから曇天が見える。

絶望的な光景だ、理解が追いつかない。

そしてなによりも......。

 

白い髪を長く下ろした神秘的な雰囲気を纏う女性。

その女性はこちらを柔らかな目で見つめている。

そして彼女は手を広げると俺に対して笑顔で言葉を紡いだ。

 

「契約を果たす刻が来た....、分かるかな?君のお嫁さんだよ?」

 

見覚えはない。

だから発言の意図もよく分からない。

ただ、分かることは彼女を見ていると瞳孔が開く。

そして目が引き寄せられるような感覚に襲われた。



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女が出るか蛇が出るか

身体が女の子なら女の子で良いんじゃないですか?


「契約を果たす刻が来た....、分かるかな?君のお嫁さんだよ?」

 

白い髪を長く下ろした神秘的な雰囲気を纏う女性がベッドの上で座り込んで毛布を被っていた俺にそう言ってくる。

部屋は天井が倒壊したことで立ち込めていた埃が雨に濡れて収まっている。

僕は声を絞り出す。

 

「....あの、天井。どうすんだ。」

 

「?」

 

首を傾げる女性。

そんなそいつに対して、俺は天井に空いた穴をゆっくりと指差した。

そして言葉を続ける。

 

「これ、絶対賠償だろ。どうしてくれるんだ?あ?俺は悪くない、被害者だ。お前が払ってくれよ、なぁ!?払えるもんなら払ってくれよ!」

 

俺はそいつに対して半ば半ギレで詰め寄る。

ベッドの上で立ち上がり、そいつに対して言葉を吐きかける。

それもそのはず、ここは賃貸だ。

いくらボロアパートとはいえこんな天井ぶち抜かれたら大家に大目玉喰らうに決まっている。

自分が悪くないということを証明できないと確実に弁償させられる。

 

ウン十万くらいはかかるんじゃないか?

そんな金など一介の学生に用意できるはずもなかった。

しかし、払えと言ってはいるが僕自身コイツにそんな金を正規の手段で用意できるはずもないと確信している。

初対面だし、意味の分からないことを言っていることは分かる。

でも、俺には....俺には分かる、見ればわかるのだ。

 

俺の言葉を聞いて、そいつは憐れむかのような視線を向ける。

 

「怯えているの?...安心して、ボクが君を守るよ。なんていったってボクは君のお嫁さ.....。」

 

「じゃあ目の前の不審者に弁償だけさせて、即刻消えてもらってもいいか?」

 

そう言うと、そいつは口を開く。

 

「消えろなんて酷い....、ボクは君のお家で既に決められていた許嫁なんだよ?君のお家に君が居なくて凄く心配したんだよ?まさか契約を破ろうとしているんじゃないかって....本当に心がぐちゃぐちゃになって.....。」

 

ボソボソと何かを言っているが、ある一つのワードが頭に引っかかる。

それは君のお家という単語だ。

ここは俺の家だ。

でも、奴はここに今来たと考えるのが普通だ。

であれば、考えられるのはどこか。

それは自分の実家。

そして実家と聞けば、俺にとっては厄ネタでしかない。

目の前に広がる光景を合わせて見ても、それは確実だった。

 

「ボクは君を守る、そしてその代わりに君はボクに全てを委ねる。既に決まったことなんだよ?さぁ、こんな犬小屋から逃げて一緒に駆け出そう。ねっ?」

 

考えていると、彼女の言葉が自分の琴線に触れた。

犬小屋....?

コイツ、俺の家の事を犬小屋呼ばわりしたのか?

確かに上等な家とは言えない。

でも、それをコイツに言われるのだけは御免だった。

俺は彼女を睨みつける。

 

「お前こそ酷い言いざまじゃないか、人間でもない畜生の癖に。騙せているとでも思ったのか?俺には分かる。お前は.....。」

 

口に出す前に、それにしっかりと目を向ける。

今まで見て見ぬふりしてきた物。

しかし、向こう側から接触を取りに来たのであれば、向き合わなければなるまい。

降りかかる火の粉は払わねばならぬのだから。

彼女を中心に立ち込める青い光。

それは水を連想するような色をしていて、常に流動して渦を巻いていた。

濃密な霊力。

そうだコイツは....。

 

「____人間じゃねぇだろ。」

 

そう言うと、彼女はにっこりと笑みを深めた。

 

「そっか、その目しっかりと馴染んでいるんだね。安心した。」

 

そう言うと、一歩此方に歩み寄る。

俺は反対に後ずさった。

 

俺の家はなにやら変な家だ。

7歳になるまでは魔除けとか言って女装させて生活させるし、袴を着た人が良く来ていた。

変な抜け殻のような物が祀られていたりと今考えれば気持ち悪いと思う体験もしたことがある。

 

そして生まれつき、俺は変な物が見えた。

普通の人にはないモヤモヤしたと光。

その色や出方は十人十色。

しかし、共通して言えることが一つ。

普通の人間にはそんなものが見えないということ。

触れてはいけない領域。

俺は常に深淵を覗き込まされていた。

深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを覗き込んでいる。

いつしか俺は見なかった振りをしていた。

 

だから....奴の言葉がこれまた引っ掛かったのだ。

 

「....俺の目を知っているのか?」

 

そう言うと、彼女は頷く。

 

「うん、その目はボクの目でもあるからね。君の家はお金持ちでしょう?それはボクが君の家に恩恵を与えていたから。そして君の曽祖父との契約を果たしに来たのさ。」

 

...どうやらやっぱり俺の実家絡みだったようだ。

なんか変な祭壇みたいなのあるとおもったらそんなことやってたのか。

僕の実家は大きな地主だ。

つまりはそこまで成り上がる為にそういうスピリチュアルな手段を使ってきたのだろう。

そして奴の言葉が本当なら、その契約を交わしたひいおじいちゃんは既に死んでる。

そのツケを子孫である俺が払わねばならないということだ。

クソかな?

こんなの連帯保証人と変わらないやんけ。

天井ぶち破られるだけでもかなり絶望的な状況なのに、人間ではないであろう存在に何を要求されるか分からない状況。

今までそこそこ真面目に生きてきたのに、神様はなんでこんな仕打ちをするのか。

 

「そうかよ、でも契約を交わしたのは俺のひいお爺ちゃんで俺は知らない。それを吹っ掛けるなんて少しアンフェアじゃないか?」

 

「あんふぇ....?難しい言葉を使って煙に巻こうとしても無駄だ、人の子よ。我は貴様の家に尽くしてきた。等価交換の法則に従い、その契約を果たす義務が貴様ら血族にはある。それを放棄するのであれば、どうなるのか分からぬわけでもあるまい。」

 

コイツ外国語わからないんじゃね?と思った矢先これだ。

さっきまでのフレンドリーな態度とは正反対の尊大な態度に剣呑な空気。

思わず背筋が縮こまる。

あちら側、しかも長い事生きている存在にありがちな態度。

すぐけおってくるやん.....勘弁してよぉ.....。

 

これは....覚悟を決めるしかない。

こういう時にどのように行動すべきかは皮肉なことに両親たちから学んでいた。

まずはその支払う物について定める

なくなっても惜しくない物を先にやると提示するのだ。

 

「そんなつもりはない。大方、元々お前の目だったものを返してもらいに来たんだろう?それならやるよこんなもの。変な物や見たくない物ばかり見えて、生まれてこの方こんなものがあっても役立ったことはないんだ。もし目が見えなくなるとしても後悔はしないね。もってけ。」

 

少なくとも断るのは望ましくない。

祟られる可能性がある。

それなら元々の持ち物を返すということで、なんとか納得してもらえませんかね....。

 

しかし、俺の望みは無常にも撃ち破られる。

 

「そんな物いらぬ。...寧ろ君に持ってて欲しいなって。婚約指輪?なるものの代わりでしかないからねぇ。」

 

尊大な態度からフレンドリーな態度に戻す。

しかし、彼女の主張は変わらない。

ていうかコイツ気持ち悪いな。

見た目じゃ誤魔化せないねっとりさだよ。

 

「じゃあもうお前、なんの為にここに来たんだよ。」

 

俺が投げやりに問うと、奴は俺の目を真っ直ぐに見て答えた。

 

「分からないの?男が生まれた場合、その男を我の物として差し出すという契約だよ。」

 

確か父さんとお爺ちゃんは入り婿だったか。

....あれ、俺やん。

まごうことなく俺のことじゃん。

 

「へぇっ、じゃあ俺は食われるのか?」

 

嫌だなぁ....死にたくねぇなぁ。

考えろ考えろ。

なんとか俺も無事で実家も無事な選択肢はないか?

なんなら横紙破りした後に暴力に打って出るか?

しかし長い間家を守ってきた怪異に殴り合いで勝てるわけない。

てか俺の曽祖父は存外屑なのかもしれない。

まさか子孫にこんな置き土産を残すだなんて。

もしくは男の子供が生まれないジンクスでもあったのか?

 

そう言うと、彼女は俺の肩を掴む。

 

「まぁある意味、喰われるんじゃないかな?でも死にはしないよ。多分....。」

 

.....釈然としない言い方である。

なんか嫌な予感してきた。

 

「....まさか、お前。さっきまで言っていた言葉って本気なのか.....?」

 

そう言うと彼女の目が据わった。

 

「異類婚姻は家神の永遠の夢だよ。これでボクも行き遅れじゃなくなるんだね....。」

 

コイツ....本気だ。

目が、獲物を狙う目をしている。

確かに見た目は見目麗しい女性だ。

でも、その中身は違う、偽物だ。

中身が女であるかも分からない。

家神と言っていたからそこまで酷くはないと思うが少なくとも人間ではないのだ。

何の為に今まで見て見ぬふりして生きてきたと思っている!?

変な事には巻き込まれたくない、ましてや人外の嫁なんかごめんだ!

大体、その異類婚姻物だって出会ってからのプロセスがあるだろ!?

こんな押しかけられても意味分からんわ!

それに天井ぶち抜いてくれたしな!!?

...そもそも家神にも行き遅れってあるんだ。

 

「悪いが、俺は人外の嫁はいらん!」

 

そう言って扉に向かって駆け出そうとする。

その瞬間、視界の隅で彼女の目の瞳孔が開いた。

すると、身体がまるで梁でも通したかのように動かない。

金縛り....?

 

「私の使う簡易的な呪いの一つでね。ふふっ、君は獲物なんだよ?だったら蛇に睨まれたら動けなくなるに決まってるよね?.....まさか、逃げられるとでも?」

 

目と目が逢う。

口元は笑っているが、目の中には光がない。

文字通り深淵を見ているようだ。

立ち上がったまま身動きの取れない俺の身体を弄りながらも耳元に口を寄せる。

 

「意固地にならないで....人外の嫁でも良いじゃん。この姿が気に喰わないなら、好きなように変えられるよ?君はロリコンかな?....それとも熟女好き?」

 

「な...んで、アンフェ...ア知らなくて、んなこと知って....んだ。」

 

下世話な部分で俗に染まりすぎでしょ。

家神とは思えんな。

雨に濡れて冷え切った身体。

それに彼女の身体が絡み始める。

しかし、その身体は冷たく熱を更に奪われる感覚だ。

 

やっぱコイツ人間じゃねぇ。

 

どんどんとその手は服の中にまで入ってくる。

助けて....助けてクレメンス.....。

 

「ん?」

 

そう思っていると、彼女が何かを踏む。

首を傾げる様を見て、俺は彼女の足元を見る。

そこには家を出る前に貰っていたお守り。

どうやらさっきの天井崩れからのどったんばったん大騒ぎで瓦礫に紛れていたのだろう。

すると、彼女が息を飲む。

 

「ね、ねぇ....これってまさか....君の家の....」

 

「あ....あぁっ、俺の家の家内あん...」

 

「待って!な、なんでもない!なんでもないからっ!見ればお守りって分かるから!ほらっ、私の目を見て....見てよ、見なさい!見ろ!!」

 

何故かさっきまでとは違って慌てた様子を見せる彼女。

....まさか、コイツ.....。

俺は、一筋の光を見出しながらも言葉を続けた。

 

「俺の家の....」

 

「やめてっ!」

 

慌てた様子で口を塞ごうとする彼女。

でも、もう遅い。

 

「“家内安全”のお守りだ....。」

 

「ッ!!!???」

 

そう口にした瞬間、目の前の女性が霧に包まれてそこには白蛇が居た。

腕に巻き付いている。

身体は動く。

こちらの顔色を覗き込むように俺の顔を見つめる白蛇。

....殺すか痛めつけるか?

いや、でもこれは実家の家神らしいし、下手なことしてしっぺ返しが家族に行くのは怖い。

悩みぬいた上、俺は......。

 

「____ッ!!」

 

「二度と来るなよ。」

 

そう言って窓の外から放り捨てた。

まさかこんなものが弱点足り得るなんて。

まぁたとえ来たとしてもこれを身に付けておけば大丈夫という事が分かったので、対処は簡単だろう。

 

それにしても蛇だったのか。

蛇と言えば水と関わりが深いらしいな。

まぁ、前にオカ研の活動として博之に付き合って遊びに行った神社で聞いた話だが。

取り敢えず今すべきことは....。

 

周りを見回すと大惨事だ。

そりゃ天井抜けて雨曝しなんだから当然なんだが。

....こりゃ実家には極力関わりたくないとか言えないな。

それに、さっき蛇を撃退出来たのもお守りの効力というよりは彼女の家神としてひいおじいちゃんと結んでいた契約が関係あるんじゃないだろうか?

その他もろもろ報告して質問するためにも連絡を入れないとな。

そう思うと、携帯を耳に宛がうのだった。

 

 

 

 

 

 

あの後、弁償などは全て家が受け持ってくれて、俺は別の小さなマンションに宛がわれた。

弁償もして尚且つこんな部屋まで用意出来るなんて自分の実家の力はとんでもないものだと再確認させられた。

まぁ、その分電話した際に面倒なひと悶着があったのだが。

 

今回のマンションは購入。

どうやら今回のような出来事が起きても面倒臭くないようにしたのだろう。

ボロアパートから普通のマンションの一室にランクアップしたのだ。

白い蛇は幸運のシンボルと呼ばれているのもあながち間違いではないと思った。

まぁあんな身の危険を味わった以上は二度と会いたくないが。

 

白い蛇で思い出したが、あの時に彼女を撃退出来たのはやはり彼女の結んだ契約が関わっているらしい。

古い蔵をひっくり返すように探した結果、見つかったらしい。

どうやらアイツが男の子供を要求した際に付け加えで、もし家神がその直系の血族に呪術を使った場合、血族が家内安全と告げた場合には即座に無力化されると言った箇所が書き加えられた痕跡があるらしい。

どうやら俺のひいおじいちゃんは抜け目のない人であったようだ。

よくよく考えてみれば、家を守り、奉仕する為の家神が家の血族に害を為すことは契約を破らない限りない。

そして家内安全ということでその役割を強制させるような意味合いがあるのだろうと思われる。

今じゃ、あのお守りは手放せない。

 

「せっかく綺麗になった台所だ。使わないと損だよな。」

 

今日は博之の誘いを断ってスーパーに寄り、食材を買い出しする。

料理はあんまりしないが、殊今の台所であれば話が別だ。

今日は肉野菜炒めでも作りますかね。

そう思って家の鍵穴に鍵を突っ込んで中に入る。

その先には.....。

 

「ふん~♪ふふふ~ん♪」

 

鼻歌を歌いながら料理をしている女性。

一度見たことがある姿。

そう俺がここに引っ越した原因。

あの蛇が何故か俺の家で料理をしているのだ。

唖然として手から袋を落として仕舞う。

 

「お、おい.....。」

 

声を喉から振り絞って口に出す。

すると彼女は俺を見て、満面の笑みを浮かべて言葉を口にする。

 

「あっ、とも君おかえり~。」

 

彼女は俺の下の名前を慣れ慣れしく呼びながらも料理を続けている。

...え?なんで?

なんでなんでなんで!?

鍵を渡しているわけもないし、戸締りもちゃんとしていたはずだ。

なんで俺の家に居るんだ...!

 

「おかえりじゃねぇよ。」

 

「今日は早いんだねぇ。」

 

「今日は!?今日はって言ったか今!?お前...いつからこの部屋に居るんだ!!?」

 

毎日ちゃんと襖の中まで隅々見回りしていたはずだ。

コイツが居られるところなんかなかったはず.....。

戸惑う俺を他所に奴は溜息を吐く。

 

「もう、うるさいなぁ...。何か今日は嫌なことでもあった!?いいよ、おいで。話聞いてあげるから私の腕の中でいっぱいいっぱいたのしも....?うひっ...ひひ....。」

 

やれやれと言った様子で手を広げる。

そして俺の目を見ると、どんなことを考えたのか知らないがうへへと気持ち悪い笑みを漏らしてしまっていた。

嫌な事は目の前で起きているんだよなぁ....。

 

「どう入ってきたお前、まさかまた呪術とか使ったのか?家内安全家内安全家内安全!!!!」

 

まるで口裂け女のポマードのノリで家内安全と連呼する。

しかしそんな俺を見て、微笑まし気に笑う。

 

「ふふっ、必死に連呼してる。無駄なのに....。今回は呪術じゃなくて、ちゃんと合鍵作ってきたよ。ほらっ、人間らしいでしょ?」

 

そう言って履いているジーンズのポケットから鍵を取り出して笑う。

怖っ....イカれてるよ。

どうやって作ったんだ?

いや、それ以上に....俺に対して呪術を使っていない以上は追い出す術がない。

 

そしてそんな俺の様子を見ながら、彼女は俺の方へ身体を向けて口を開く。

 

「とも君、今日からボクは...ここに住もうと思う!」

 

「いやいやいや住むじゃねぇよ。帰れよ。」

 

そう言うと彼女は首を傾げる。

 

「帰れ?....帰れって言ってもここがボクの家だって!帰る家はここなんだよ?君はおかしなことを言うね?ふふっ....。」

 

そう言って口元に手を当ててクスクスと笑う。

ダメだ苛立ちよりも恐れが増すなんてことがあるんだな。

コイツの頭の中ではもうここは自分の家らしい。

随分と都合のいい頭をしていらっしゃるようだ、俺の実家の家神様は。

 

「てかそれなんだよ。オイ....何人の家の台所で勝手に飯作ってるんだ!?あぁん?」

 

蛇に碌な物なんか作れないだろ。

そう思って鍋の中を見る。

ぐつぐつと噴いている鍋。

鶏肉や豆腐が躍っており、傍には皿に野菜が綺麗に洗われて置いてある。

....悔しいけどうまそう。

 

「君の為に作ったんだよ?...一緒に食べようね?これでいつまでも一緒だよ。こうやって一緒にこれから思い出を作っていくんだよ?分かるよねぇ??」

 

そう言いながら腕を掴み、距離を縮めんとする蛇。

握る手の力はその細腕からは考えられない程強い。

....でも、旨そうだな。

いや、中に何が入ってるか分からない.....。

でも作るの面倒臭い。

 

「...じゃあ百歩譲ってそれは一緒に喰う。でも食ったら出て行って。」

 

ここで飯作ってくれたから居ても良いよというのは流石に無防備が過ぎる。

人外の嫁はいらん!帰ってくれ!!

アンタがいくら人っぽく振る舞っても俺には青い渦が見えているんだ!

 

「....出てかないよ。何言ってんだ。」

 

すると彼女の目が据わる。

剣呑な雰囲気。

彼女は俺に絡みつくように背中に腕を回す。

ヤバいな....ちょっと刺激しすぎたか?

案の定、彼女の周りの渦は不安定にブレ始めている。

さながら勢いを増す、渦潮のように。

 

....しょうがない、妥協するか。

俺はゆっくりと彼女の身体を押しのける。

そして、口を開いた。

 

「....出てく出て行かないはもうこの際後でもいいや......その鍋リビング運べ。契約は忘れていないな。俺は知ってるんだぞ。お前は俺の同意がなければ俺をなんかアッチの方向で食うことは出来ないはずだ。」

 

そう言うと、彼女はにっこりと笑顔を見せる。

 

「最初からそう言えば良いんだよ?じゃ、鞄とか置いて来てね。....それに、無理やりじゃなくても、いずれ君から私を求めるさ。」

 

今までとは毛色の違う、捕食者特有の蠱惑的な笑み。

そう言って鍋を素手で持ってリビングに運び込んだ。

どうして....こうなった。

俺は....。

 

「普通に生きたいのに....こんな面倒なことは見て見ぬふりしてきたのに....。」

 

肩を竦めてそう吐き捨てる。

そしてリビングに入ると、勉強机の横に鞄を置くとテーブルの前に座り込む。

向かいには奴がジッと俺を観察するように見つめていた。

それはさながら獲物を前にした蛇のよう。

 

 

雌雄も分からぬ人外と暮らすことになった。

しかしこれはまだ序章でしかない。

この日から、俺は今まで目を逸らしてきた領域と向き合わなければいけなくなったのだ。



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ああ!窓に!窓に!....窓がぁ!!!

生活圏に侵入されている。

その感覚はなんとも言い難いものだ。

家に帰れば一人だったのが、そこにもう一人居るのだ。

それも、相手は自分をアッチの方向で狙っている人外。

控え目に言って地獄である。

そしてこの地獄には終わりがない。

 

「お風呂が沸けたみたい!それじゃ一緒に入ろうか!お嫁さんといっしょ!」

 

「入るわけないだろ、一人で入ってろよ。」

 

窓の外から名前も知らぬ虫の音色が聞こえる夜。

ソイツは給湯器の音声を聞くと、こちらに笑顔で話しを切り出す。

逆に聞きたいが一緒に入ると思う?

怪異と裸の付き合いだなんて怖くて出来るわけないだろいい加減にしろっ!

 

すると彼女は急に頬を染めてモジモジとし始める。

 

「わ、私が先に入るの?....そ、その恥ずかしいから...私が入った後の残り湯、飲まないでね....?」

 

「飲まねぇよ!お前俺の事なんだと思ってんだ!!!」

 

恥ずかしがるポイントが予想の斜め上を行っていた。

そんなこと考え付きもせんわ!

キモスギでしょ。

そんなことした時点でそいつはもう人間の心を失っていると俺は思うね!

 

「え?好きな人の入ったお湯って飲むでしょ?」

 

「あのなぁ....飲むわけないし、なにより俺はお前のことは好きじゃない!」

 

怪異だし、なんか怖いしそもそも住居破壊したしな!

そんな奴の事好きになるわけないだろ!

常識的に考えて。

 

そう言って指を突きつける。

目を丸くする奴。

そして奴はふにゃっとした笑みを浮かべる。

 

「またまたぁ~、そんなことよりそろそろお前じゃなくて名前で呼んで欲しいなっーて。」

 

フワッと流されて別の話題へと移ってしまう。

流石は水に関係のある蛇。

自分に都合の悪い言葉は全て受け流してスルー出来てしまう程のスルースキルを持っているらしい。

 

「そんなこと言われても、俺はお前の名前を知らないんだよ。だからこれからもお前のことはお前と呼ぶことにするよ。」

 

ここで名前を呼んでしまえば、距離感が縮まったと奴は言い張りそうだ。

それは不快なので、そこは譲歩する気はない。

すると彼女はこちらに笑みを向ける。

 

「ふふん!君はこの家の主、つまりはボクの主ってことになるんだよ!というわけで君がボクの名前を決めて欲しいなって!」

 

そう言ってほらほら早く早く~と奴は俺を急かす。

正直、お前は俺の実家の家神で、ここの家神じゃないでしょ。

そう考えると、お前の主は俺じゃない。

勝手に僕になるのやめてもらっていいすか?

それに名前を決めるなんて面倒くさいこと態々なんでしなくちゃいけないんだよ....。

 

そう思っていると、ふと思いつく。

日頃の鬱憤の当てつけをしてやるチャンスだ。

ちょうど奴のとある言葉が脳裏に浮かんでいたので、そこを引き出して揶揄ってやろう。

日頃苦渋を飲んでいるから、このくらい許されるだろう。

 

「じゃあ決めてやるよ。お前は今日から行き遅れ.....。」

 

「フフッ、ムキになってるの?可愛いね、でも名前としては不適かな?だってこれから行き遅れじゃなくなるんだから....。」

 

『これでボクも行き遅れじゃなくなるんだね....』という彼女の言葉。

そこから名前を取った瞬間、彼女はにっこりと笑顔を浮かべながらにじり寄ってくる。

俺の目に映る彼女の青い渦、それはグルグルと今までに見たことがない程に荒れ狂っている。

もうね、目に見えてキレているのが透けて見えるんだよね。

まさか行き遅れと言っただけでここまでキレるだなんて,,,,これが奴の地雷だったのか。

 

「わ、悪かったって、ちょっとふざけすぎた...だからじりじりとにじり寄って来るの止めろ!笑顔を作っていても、俺にはお前が怒っていることは分かるんだぞ!!」

 

恐怖から俺は悲痛な声を発する。

それを聞いて、彼女も口を開いた。

 

「ん~?別に怒ってないよ?ただ唐突の子供の顔が見たくなったというか....よもやこの我を行き遅れ呼ばわりするような生意気なオスガキを分からせようかと思うてな....。」

 

「おい、素が出てるぞ。長く生きたんだったらそのくらい流せる寛容さを持ってほしいな。あと人の事メスガキみたいに言うの止めろ。」

 

わからせおじさんに詰め寄られているメスガキってこんな気持ちなのかな。

なら俺はロリコンの敵にならなくてはいけないらしい。

長く生きているんだから取るに足らぬガキの言う事と流してくれればいいのに、その余裕すらもないとは....。

さっきまで俺の言葉の都合の悪い所をスルーしていた奴とは思えないムキになりようだった。

 

「え?なんで?ボクからしてみれば君は遥かに年下。幼子みたいな物だよ。凄く可愛いね....、お姉さんが男にしてあげるから、目を....閉じて?」

 

「おい、よせやめろ!変な雰囲気出して近づいてくるな!悪かった!俺が悪かったよ!!ちゃんとお前の名前考えるから!!だから勘弁してくれぇ!!!」

 

モジモジと身じろぎを取ったかと思えば、腕を広げて妙な空気を漂わせながら奴はこちらに歩み寄ってくる。

彼女は俺の同意がなければ、俺に対してアッチの意味でも襲うことは出来ない。

だが、へばりつくことは出来る。

常に奴の気配を一番近く感じろと言うのだ。

これが人間の女の子であれば、据え膳のような状態だが相手は怪異なのだ。

曲がりなりにも怪異に憑かれるようにへばりつかれるなんて恐ろしい以上のなにものでもない。

もしかして何か体調に影響するかもしれない。

 

それ以上に、俺の事を幼子と呼称してはいるが、つまりはお前はその幼子に迫っていることだからな?

これ性別逆にしてみれば事案だぞ...っていうか逆にしなくても事案だわ。

怖いよ....ゴリゴリのショタコンじゃん......。

まさか男子高校生にもなってショタにカテゴライズされるなんて....。

奇妙なこともあったものである。

 

俺が必死に拒むも、彼女は遂に俺の目の前まで来る。

このままではヤバい!

なんとか意識を逸らさないと!

考えろ考えろ....このままでは食われはしないけど引っ憑かれる!

必死に考えると、ふとあることが思い浮かぶ。

 

「そう言えば、逆に契約を結んだりしたことがあるのなら、お前には前の名前があったんじゃないか?それ、教えてくれよ。前の名前を聞かないとどういう傾向で名付けて良いか分からないだろ?」

 

俺がそう言うと、彼女は動きを止めて笑顔を見せてくる。

 

「え~、ボクは君の付けた名前なら何でも嬉しいのに~、でもそうだなぁ...君が言うならちょっと思い出してみるね?」

 

ダウト。

嘘を吐くな嘘を。

さっきまで俺が付けた行き遅れって呼称にキレ散らかしてただろ。

流石蛇だけあって、嘘つきだ。

本気で受け取るべきではなにのかもしれない。

 

「えっと....君の曽祖父と契約を結んだ家神としての名前は瑞樹。家神になる前の期間では口縄様とか水統乱とか戒殺と呼ばれたこともあったっけ。そうそう、我が尖っていた頃は湖悪羅刹とか姦尼蛇痴みたいな名前もあったものか....。」

 

続々と語られる名前。

その後半を聞いて、なんとなくだが推察する。

コイツ....もしかして家神になる前は結構ヤバい奴だったのでは?

なんだろう、最後らへんとか漢字的にもやばそうだし。

 

てかそれなら昔の名前で呼んだ方が楽で良いだろ。

そう思うと、おもむろに口を開いた。

 

「それなら俺も瑞樹?っていうのが良いと思うぞ。」

 

「今面倒臭いからそれで済まそうって思ったよね?お姉ちゃんの目は誤魔化せないよ。お姉ちゃんプロだからね。」

 

「なんのプロだよ.....。」

 

奴の発言に呆れながらも、溜息を吐く。

どうやらバレてしまっているらしい。

もうこれなら下手に抵抗せずに名前を付けてしまった方が良い気がする。

パパっとそれらしい名前を付けてそれで終わりで良いんだよ上等だろ。

 

しかしいざ付けようとなると途端に思い浮かばなくなる。

どうする...全然思いつかないぞ。

...もう適当に蛇の時の体の色で良いだろ。

 

「じゃあ白で良いよ。白で。」

 

そう言うと、彼女は一瞬面喰らった後に赤面してモジモジとし始める。

なんだ....この振る舞いは。

そしてこの漠然とした嫌な予感は....。

 

「へ、蛇の怪異に白という名前を付けるなんて....。」

 

「おい、なんだよその態度。なんだ!?不安になるだろうが!!」

 

そう言うと彼女は身体を抱きながら口を開く。

 

「では『白蛇伝』と調べてみなさい。多分ボクの認識が間違っていなければ分かるだろうから。」

 

そう言われて調べてみる。

はえ~、中国古代の民間伝説の一つか。

一人の男と白蛇の逸話か....ん?これ、後期に行くにつれて段々民間説話から異類婚姻譚に変わってるんだけど。

白蛇の名前は白娘子....。

コイツの言わんとしている事を察した、察してしまった。

 

「おい、これって....。」

 

「まさかその物語と同じ名前を付けるなんて....、名は体を為す。つまりはこんな感じの関係になりたいってことかぁ....フフッ、俺の嫁宣言なんて恥ずかしい......」

 

「違うから!そんなつもりないから!お前が蛇の時の体色が白だったからで.....」

 

「はいはい、照れなくても良いってボクは分かってるから....君のお嫁さんだもんね!」

 

悲痛に叫び、弁解しようとする俺

しかし奴ははいはいとしたり顔で取り合わず、もはやその気になっている。

まずい、このままだとそういうことって勘違いされたまま、このウザイ感じが常日頃来るようになるんだぞ。

考えろ、考えろ。

別の名前に変えるんだ!

慌てて辺りを見回すが、思いつかない。

いや、待てクールになれ。

蛇といえば思い浮かぶ漢字。

巴。

うん、これにしよう!

これならどうやっても婚姻方向に繋げられないはずだ!

 

「今のは間違い!間違いだ!やっぱりお前の名前は巴!巴だ!!」

 

たしか巴の成り立ちは身を丸めている蛇だったはず。

単純にお前蛇だ!って意味合いの名前にしか取られないはずだ!

そう言うと、彼女はまるで意を決したような顔をする。

な、なんだ....今度はなんだ!?

 

「フフッ、巴蛇って知ってるかな?...君はボクを薬とするんだね....いいよ、飲んで......。口移ししてあげる.....。」

 

「わぁぁあぁああ!!!やめろやめろ!!!目を瞑ってまたにじり寄るな!!!」

 

どうやら俺が知らないだけで巴蛇という物があるようだ。

なんにせよこのままじゃさっきの二の舞だ。

それにそもそも薬を口移しとかお前やっぱりおかしいよ....。

 

これでもダメ....コイツ無敵か?

蛇の逸話の範囲が広すぎる。

これではどうしたら良いか....。

 

...いや、待てよ。

二つの逸話が今出た。

ではその二つの名前をキメラしたら何の意味も逸話もない名前になるのではないか?

そうだ、それが良い。

流石に三度目の正直になるはずだ!

 

「いや、これでもないな。よしっ、今度こそ....お前の名前は白巴でシロハだ!はっはーん、どうだ?何か逸話でも出してみろよ。えぇ?出したらまた名前を変えるだけだけどなぁ!!!」

 

すると彼女はあからさまに詰まらそうな顔をする。

 

「,,,別にそんな物ないけど。」

 

勝ったな....。

奴の顔を見て、そう確信する。

畜生が....人間を無礼るなよっ!!

 

すると不意に彼女が声を発する。

 

「それじゃあ私の名前はシロハってことで良いんですね?本当に?」

 

「?ああっ。今更どう言おうが無駄だ。お前はシロハ。こじつけが出来なくて悔しいでしょうねぇ!」

 

勝ち誇ってそう言う。

すると、その瞬間。

目の前の彼女から見える青い渦。

それが一瞬ぼんやりと光を増して、俺の周りを包み込んだ。

そしてすぐに彼女の元に収束する。

咄嗟に逃れようとするも、執拗にすさまじい速さで俺に迫る。

そして避けることが出来なかった。

な、なんだ....。

何をされた.....?

 

突然出来事に驚いていると、彼女は俺の目を見て蠱惑的に笑う。

 

「ううん、ボクは全然悔しくないよぉ?なんたって君に名前を付けてもらったからねぇ。」

 

「お前、何を...呪術か!?家内安全!家内安全!!」

 

前のこともあって、そう断じると家内安全と唱える。

...が、何も変わらない。

ただ俺のその様子を見て、微笑を湛えている。

 

「君は本当に可愛いなぁ.....、まさか簡単に口車に乗ってくれるなんて....。」

 

「お前....笑ってないで何をしたかって言ってんだ!なんで家内安全が効かないんだよ!!」

 

慌てふためいて彼女に詰め寄る。

すると彼女は口を開く。

 

「私の在り方が変わったんだよ。」

 

「あり方だぁ?」

 

そう聞き返すと彼女は頷く。

そして言葉を続けた。

 

「君は知らなかったみたいだけど、名前のない怪異に改めて名前を付ける。それは自身の配下にする時にするんだよ、名は体を為すから。」

 

名は体を為す。

それはさっきも聞いた言葉だ。

 

「君が言い切った名前をボクが受け入れる。そうすることで私の中で君は寄る辺となるんだ。これは呪術でもなければ君に害のある契約でもない。だから家内安全の契約が弾く範囲から漏れてるんだよ。そもそも君の曽祖父は後継者となる男が生まれた場合は今までのように契約させるつもりだったみたいだからね。」

 

「...それで、どうなるんだ。」

 

俺が聞くと彼女は微笑みながら答えた。

 

「ただの家神でしかなかったボクは君の守り神としての役割も得た。つまりは君の隣にはボクが居るってこと。これでいつまでも一緒だね。本当、君が言い切ってくれて良かったよ。...分かるかな?君がどんな名前を付けようと、名前を付けてくれるのなら、ボクはなんだって良かったんだよ。」

 

「嘘....だろ....。」

 

まさか執拗に名前の所で色んな出典を出していたのは、俺がコイツの望む名前を付けさせないようにしようと思わせて、名前を付けること自体を拒否することを頭から抜けさせる為....?

嵌められたのか...?

俺は最初から掌で踊らされていたというのか!?

 

「さっきのつまらなそうにしていた顔は...全て嘘だったのか!」

 

「うん、勝ち誇っていた君の顔は本当に可愛いかったよ。....覚えておくのだな人の子よ。南蛮の方では蛇は言葉巧みに人の始祖を墜としてみせた。言ったろう?我はプロであると....。」

 

コイツ、ペテンのプロだったのかよ....!

こんなの知らない!俺はそのつもりはなかった!

 

「インチキ!インチキだ!!こんなヤバいのがずっと近くに居るとか無理!無理ィ!!クーリングオフ!クーリングオフだ!こんな守護神要らねぇよ!!」

 

「だぁめ、もう離れられないよ。それにどこに突き返すつもりなのかなぁ?結局突き返しても君の実家に戻るだけだし、ボクもここに戻って来るよ?...どうやったって君はボクと一緒に居るしかないんだよ。じゃっ、一緒にお風呂入ろうねぇ~....?」

 

「ひっ!近づくなッ!!ッ誰かぁ!!誰か助けてェ!!助けてェ!!!」

 

身の危険を感じて叫ぶ俺。

確かに彼女は契約で俺には手を出すことが出来ない。

でもそれはそれとして怖いのだ。

コイツは、人を騙して自分の望むように事が運ぶよう画策するのに長けている。

それに気づくと、途端に怖さが増したのだ。

 

助けを呼ぶも、当然応じてくれる人は居らず、ただただシロハが笑みを浮かべているだけだった。

 

 

 

 

 

 

結局扉の前でなんとか妥協させて、夕食を食べ終わる。

時刻は既に23時。

夜遅く、もはや寝る時間だ。

 

「あとは寝るだけかぁ....。初めて褥を共にすると思うと、ボク少し興奮しちゃうなぁ....。」

 

「おい、何勝手にベッドの中に入ろうとしてんだ。シングルだしダメに決まってるだろ!」

 

シングルだからと理由付けしてベッドの中に入り込もうとする彼女を牽制する。

しかし、彼女はふにゃりとした笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「え~、でも私変温動物なんだよぉ?人肌の傍じゃないと寒くて死んじゃうよ....あぁっ、寒いよぉ...誰か...誰か一緒に寝てくれたらなぁ....恩返しに肉布団になるのになぁ....」

 

「そのまま凍え死んじまえ。」

 

ベッドの傍に腰を下ろして身体を抱き、チラチラとこちらを見てくるシロハにそう吐き捨てる。

散々俺を騙しておいて、今更優しくしてもらえると思うなよ。

俺の中でのお前への好感度は会った時から右肩下がりに降下していっていることを努々忘れるな!

 

「入れてくれるの?なんて優しい人.....これはもう結婚しかないね.....」

 

「やめろ!布団の端を引っ張るな!俺は何も言っていない!!」

 

病的な目でベッドの毛布を捲ろうとするシロハ。

その毛布を必死で抑える。

なんて力だ、このままじゃ.....

そう思っていると、不意に彼女が動きを止める。

 

「な、なんだよ....急に落ち着くな....」

 

俺が戸惑っていると、彼女は口を開く。

 

「前から思っていたけど、この遠くから響いてくる金属音って....」

 

「....あぁ。まぁそういうことなんだろうな。」

 

俺は彼女の言葉の意を察して同意する。

窓の向こう。

音の聞こえる方向を見る。

すると遠巻きだからか小さくではあるが、二つの光のような物が近づいたり離れたりしながらもぶつかり合っている。

目の前のヤバい蛇女から見える青い渦、それと同じだ。

別に珍しい事じゃない。

こういうのは街を歩いていても、よく見る。

大方、人ならざる領域に程度の差はあれど足を突っ込んだことがある人間なのだろう。

もしくは怪異が人混みに紛れ混んでいるのか。

別に関わるのも面倒だし、見えていると分かるとこれまた面倒な事になるので見なかったことにしてきていた。

だから夜中にそんな光が見えてもなんら驚きはしない。

 

光の片方は見ているだけで不安を煽られるような、常に形を変えて形容しがたい黒い澱のような物。

そしてもう片方は陽光のような柔らかい光が十字架のようになったもの。

何かと何かが戦っているのだろうか?

それならそれで勝手にしろという話だが、正直高頻度でこの音を夜中に聞かされる方の気持ちにもなって欲しいものである。

普通に騒音被害だし、視界の隅で小さな光がウロチョロ蠢ているのが見えるのだ。

気が散る。

 

するとシロハは口を開く。

 

「ぶつかり合いなんて元気が良いなぁ....。よしっ!ボク達も負けていられない!朝まで身体をぶつけあって....。」

 

「だからやめろって言っただろ!!!」

また毛布の引っ張り合いが再開した。

正直力は向こうの方が強い。

しかも多分これでも奴はまだ本気を出していないのだと見受けられる。

一方、俺は息が切れ気味。

無茶苦茶だ....俺で遊んでるつもりなのか....?

 

そう思った矢先、不意にシロハが目を見開く。

瞳孔が開き、その様はまるで夜行性の肉食動物。

そして、急に俺目掛けてダイブしてくる。

 

「ちょっおまっ!なんのつもりだ!遂に本性を現し...ふがっ!!」

 

声を上げようとする俺の頭を胸に抱きすくめる。

顔全体に感じる柔らかい感触と良い匂い...って、違う!

コイツは怪異だ。

これも全ては紛い物。

魔性としての側面に過ぎないのだ。

 

まさかコイツ、俺を襲うつもりか?

いやでも、契約でそう言う行為は出来ないはず.....。

そう考えこんだ直後、まるでそこだけ紛争地になったかのような轟音とガラスなどが割れる甲高い音。

彼女は俺の頭を抱きすくめたまま毛布を被っていた。

毛布にボフボフと何かが落ちる音。

彼女はその間、まったく身じろぎが取れない程に抱き締めている。

 

でも、確かに感じられた。

彼女の身体の感触や匂い以外にも部屋中に広がった淀んだ空気。

それを確かに肌で感じることが出来る。

その感覚はそう....外でドンパチやっていた奴らの中でも黒い方。

そいつの黒い靄のような物を見てた時の気分を数倍酷くしたような物。

 

「....もう、大丈夫。」

 

彼女は腕の力を弱める。

俺は彼女の胸元から顔を抜け出すと、奴に対して不満げに言葉を吐こうとする。

 

「お前、いきなりこんなこ....はっ?」

 

しかし、その言葉は途中で詰まってしまう

それもそのはず、さっきまでキレイに掃除されて整えられていた住居。

その壁にキレイな風穴が空いており、嵐の後のように部屋は荒れ果てていたのだから。

外を見ると、みるみる黒い靄が小さくなっていく。

遠ざかっているのだろう。

 

つまりは....これは.....。

 

「戦いの余波でこちらまで飛ばされたのかな?....良い度胸だよね。ボク達の愛の巣をこんなことにするなんて.....。」

 

「いや、愛の巣じゃないけど....えっ、これマジで言ってる?」

 

住んでいたアパートがこの蛇のせいで損壊して移り住んだこの家。

それが埃に塗れて家具は薙ぎ倒されて、地面に木屑やガラス片が散らばっている。

当然、窓も跡形もない。

そりゃ壁がないんだから当然だ。

えっ、これマジ.....?

こんなすぐに家って駄目になるもの?

これは流石に実家に連絡入れずらいぞ。

短いスパンで壊れすぎでしょ.....。

 

「まぁ、俺を守ってくれてありがと.....だけど、悪いけど一つだけ言わせてもらうぞ?お前ら怪異ってもしかしてみんな口裏合わせて俺の家破壊しに来てない?大丈夫?集団ストーカー?家に外気吹き込む感覚を二度も味わうとは思わなかったわ!!」

 

俺がそう言うと、彼女は俺の背中撫でてくる。。

 

「あぁ~よしよし、ボクは君の守り神なんだからそんなことしないよぉ?それに...もし我と汝の愛の巣を破壊しようなどと目論む不埒者が居るのであれば、我は末代まで呪い殺してやろうぞ。安心せよ、人の子よ。」

 

「いや、愛の巣じゃないし...物騒で微塵も安心できないんだけど.....。あと、お前も落ち着け。」

 

俺の背中を撫でながら、けおる彼女を諫める。

彼女は家神。

そしてなにより勝手に守護神になった奴だ。

このように俺に危害が加えられれば許せるものではないだろう。

...奴の個人的な感情は抜きにしてもだ。

すると不意に彼女が口を開いた。

 

「それで、どうするの?」

 

「えっ、何が?」

 

急に聞かれたので、俺は戸惑いながらも聞き返す。

すると、彼女はおかしそうに笑う。

 

「フフッ、決まってるじゃん。ボクは君の守り神なんだよ?君が命じればここに突っ込んだ奴を後悔させに行く。...でも、君がこれ以上、関わりたくないならボクはそれに従おう。どうするの?」

 

そう尋ねてくるシロハ。

その目は真っ直ぐに俺の目を真摯に見つめていた。

あの時に感じた不快感。

それを思い起こすと、俺は彼女に尋ねていた。

 

「後悔させに行くったって....あの不快感は間違いなく、ただの怪異じゃ.....」

 

「いや、ただの怪異だよ。それも術式でしかない。使役された取るに足らない哀れな小間使いだ。一噛みで死ぬようなね。」

 

怪異じゃなくて、神霊。

もしくは穢れの一種。

そう言おうとした俺の言葉を彼女は遮る。

 

小間使い....あれが?

それにその口振り。

 

「お前....勝てるのか?」

 

「うん、楽勝。そもそも君が感じたのだって、あれはただのこけおどし。」

 

なんということもなくそう断言する彼女。

そう....なのか?

あの時、俺はシロハに守られていたので目で見ることが出来なかった。

...でも、彼女は見ていたのかもしれない。

だが....自分から厄介ごとに首を突っ込むか?

人ならざる領域。

それは踏み込めば踏み込むほどに抜け出せず、どんどんとそちらに引っ張られていく。

鬼と遊べば鬼になる。

そうなれば、普通の人としての人生を送るのは叶わなくなる。

一度逸脱した人間にはまともな生活を送る選択肢を取ることが難しくなる。

そんなことは分かっている。

 

躊躇っていると、不意に彼女が耳元で囁く。

 

「家を壊されて、このままで良いの?報いを受けさせられるのに....君はそのまま狸寝入りしてしまうのかい?それは君の心に、後味の悪い物を残してしまうような気がするなぁボクは。」

 

蠱惑的な声。

それは誘うように俺に問いかける。

....確かに、コイツの言葉が正しいなら勝てるのだ。

それに一度だけ、一度だけだ。

相手は身内ですらないよく分からない何か。

そんな奴に家の壁をぶち抜かれて、親にまた頼み込まなければいけないのにその破壊した張本人はなんの報いもないのか?

それは正しくない。

そんなのはおかしい。

 

「....良いぜ。分かった。シロハ.....俺の家を壊したこと、後悔させてやれ!!」

 

俺が言うと、彼女はにっこりと笑みを浮かべる。

 

「分かった。君が言うのなら....ボクは神であっても殺してあげる。.....ここは足場が悪いからね。ほら。」

 

そう言って、彼女は俺をお姫様抱っこする。

彼女も素足で瓦礫やガラスを踏んでるのに、血が出る気配もない。

さすがは怪異と言った所か。

でも.....。

 

「なんかこの体勢ちょっと恥ずかしいんだけど!」

 

「結婚式の時は君がボクにしてね?...そんな顔しなくても安心して?体重はちり紙のごとく軽くしとくから。」

 

「いや、そういう話じゃなくてだな.....。」

 

さっきまでのシロハとの会話、そして目の前の家の損壊で、彼女の言葉に突っ込めない程疲労している。

でもこれからもっと疲れることを態々しに行くのだ。

気を強く持たないと。

 

 

こうして、少年は傍らに化生を従えて暗闇へと足を踏み入れた。

今まで目を逸らしてきた暗闇へ。




蛇から見た主人公「えぇ~名前決めろぉ?めんど~い❤めんどくさいけど、やさしいからきめてあげるね?お姉さんの名前今日から行き遅れぇ~❤ぷふふwその歳で行き遅れとかマジありえな~いwキモスギィ❤」

うわぁぁ...こんなオスガキ相手したらムラムラバキバキになってわからせ守護霊になってもしょうがないですねたまげたなぁ。


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邪神娘サニティダービー

クトゥルフ神話回です。


夜の街。

パジャマ姿の俺を冷たい外気が吹き荒び、少し身震いする。

すると、俺を抱きかかえている腕が一層強く締められる。

 

「寒いの....?大丈夫だよ..お姉ちゃんが温めてあげるからね....君の体温とお姉ちゃんの体温が混じり合う感覚をゆっくり堪能してね.....。」

 

「言い方が気持ち悪い...ってかアンタ変温動物じゃなかったのかよ。」

 

俺の耳元でねっとりと囁くシロハから身を捩って離れようとしつつも、夜の街を最高速で駆ける。

靴も履き替えて、家の外に出て家の中に突っ込んできた奴に責任取らせようとしたものの、シロハが俺の歩行速度では追いつけないと言い出したため、このように彼女に抱きかかえられるような形になったのだ。

確かに俺の走行速度とは桁違いの速さで街を駆けている。

しかし、時折後ろから彼女が囁いたりしてくる。

つか、そもそもパジャマのままだから走る速度が速い分、冷気が身体にバンバン当たって寒いのだ。

 

寝る前は変温動物が云々言って、ベッドに入ってこようとしたのに今ではこんな様子だ。

よく口が回る奴だ。

面の皮が厚いとはこういうことなのだろうか?

 

「愛があれば,,,すぅーーー,,関係ないよ。はぁ~~~、すーーーー。」

 

「おい!止めろ!何してる!!人の頭皮を嗅ぐな!!!」

 

俺の後頭部に顔をくっつけて息を大きく吸い始める。

怖気を感じて、なんとか腕の中から逃れようとするもものすごい力で抱き締められている為にびくともしない。

嗅ぐためにほんのりと奴の身体が熱くなっている意味を知りたくない。

察しはつくが、見なかった振りした。

 

走るたびに金属がぶつかり合う甲高い音が近くなっていく。

確実に奴に近づいている。

一目見た時にはおぞましい動きをしていた何か。

だけど、彼女の楽勝という言葉を信じてここまで来ている。

もし嘘だったらマジで許さんからな....。

 

そう思っていると、シロハが大きく飛び上がる。

そして衝撃に備えるように胸に顔を埋めさせる。

柔らかいし、あったかいがこれは仮初の姿なんで気にする必要はない!

考えるな!!

身体全体で抑え込まれているのでさっき以上に身動き一つ取れない。

 

着地の衝撃と共に、彼女は胸元の俺の頭を撫でながらクスクスと笑う。

 

「胸の中だと大人しいね,,,分かってるよ。お姉ちゃんはお嫁さんだもん。君は男の子だもんね....。」

 

「いや、自由に身動き取れなくしたんだから大人しいもクソもないでしょ。」

 

そう言うと、彼女は俺をゆっくりと降ろす。

そして口を開いた。

 

「着いたよ。私たちの愛の巣をぶち抜いた不届き者の所へ。」

 

「いや、だから愛の巣じゃないって....」

 

コイツ相変わらず都合の悪い言葉は聞かねぇなぁ。

そう思いながら振り返る。

すると、そこには黒い衣を纏った短髪の女。

何故か一人で立っていた。

 

「...乱入者。」

 

こちらを感情を窺わせないような目で見ながらも微かにそう喉を震わせる。

なんだ....戦闘していたのではないのか?

金属音がしているのに....。

不思議に思っていると、ふと上から金属音が響いていることに気づく。

 

「えっ....。」

 

それは二つの影によるぶつかり合い。

一人は修道服を身に纏い、モーニングスターを器用にも振り回す少女。

そしてそれに相対しているのは黒い人型の何か。

咆哮する貌のない円錐形の頭部を持つ肉の塊で、触腕、鉤爪、手が際限なく伸縮して修道女を攻撃しようとしている。

その姿を見た瞬間、胸の中で言いようのない恐怖が無条件に沸き立つ。

まるで見てはいけない物を見ているかのような感覚。

 

「多分あれが術者なんだろうね。,,,,手っ取り早くて助かるよ...。我らに対する狼藉、貴様にとっては路傍の石を蹴る程度の認識だとしても、報いを受けてもらうぞ...。」

 

にこやかにそう呟いたと思えば、化生としての本性を露わにして殺気を出す。

すると、黒衣の女は表情を強張らせた。

そしてとある言葉を唱えた。

 

「にゃる・しゅたん... にゃる・がしゃんな....にゃる・しゅたん...にゃる....がしゃんな!」

 

その詠唱文。

それは、自分にとっても聞き覚えがあった。

それはTRPGや小説などで聞いたような記憶がある。

関連するのは....。

 

「ニャル...ラト....ホテプ....?」

 

クトゥルフ神話における外なる神。

無貌にして、数多の姿を持つ這い寄る者。

何が楽勝だ。

そんな超宇宙的存在になんか、勝てるわけ...ないじゃないか!

 

そう思った矢先に、彼女の詠唱に反応したのかニャルラトホテプは急降下して俺達とシロハの間に立つ。

うねうねと歪んでいて、しなやかに狂っている。

見える...奴の螺子暮れた深淵の如き闇。

見えない物が見えることがこれほどまでに忌々しいとは...これ以上見ていたら、気が...気がおかしく...

 

「ひっ...ひっ、ひぃ!!」

 

尻もちを突くと、無意識に頭を抱え込んでへたり込む。

目を逸らし、頭を抱える。

恐怖に対する本能的な防衛反応だった。

 

「なっ、他の人..!しまった....!!」

 

上で修道女がそう声を漏らす。

そしてその直後に、黒衣の女が言葉を続けた。

 

「そこの男は置いといて...アレは、厄介だわ。殺しなさい!!」

 

そう言った瞬間、ものすごい風圧を感じる。

きっと奴が触手を伸ばしたのだろう。

シロハは...どうなった?

まさか...死んで.....。

 

「...厄介?ハッ、戯言を抜かすな小娘。よもや力量を弁える眼すらも持ち合わせていないとはな....。」

 

シロハが鼻で笑う。

ゆっくりと顔を上げると、シロハが俺の前に立って奴が伸ばした触手を掴んでいた。

シロハはニャルラトホテプと相対しているにも関わらず、何も変わらない。

それどころか、威風堂々と奴を見て嗤っていた。

なんで.....。

 

「よっと.....、ともくん?早とちりが過ぎるよ。そういう可愛い反応してくれるのは嬉しいけど、もうちょっと落ち着かないとね。」

 

そう冗談めかして言ってくるシロハ。

コイツが平気なのはわかった。

だけどな....。

 

「落ち着けったって相手は外なる神、ニャルラトホテプだぞ!怪異であるお前はまだしも、ボクが落ち着いてられるわけ....。」

 

「神だと?笑わせないでよ。アレはそんな御大層な物じゃないよ。私の目を持っているんだから、慌てないでちゃんと見なさい。」

 

そう言うと、まるでもはや目の前に立つ外なる神など敵ではないと言わんばかりに相手に背を向けて、こちらに歩み寄ってくる。

すると、その隙を突くようにニャルラトホテプが触手を伸ばした。

 

「シロハ!!」

 

「良いから私の話を聞きなさい。」

 

そう言ってまるで蝿でも払うかのように適当に触手を払い飛ばす。

手に当たった瞬間、飛び散る触手。

 

「そんな.....。」

 

唖然とする黒衣の女。

そして、シロハは俺の前でしゃがみ込むと俺の脇の間に手を入れてそのまま持ち上げる。

なんかテレビで見た、飼育員に持ち上げられるレッサーパンダのような有様だ。

 

「ちょっ、お前...こんな時に何を....!」

 

「怖くて見れないなら、私がちゃんと付いていてあげるから.....我の霊力が見えているのだろう?なら、それと奴の、大きさと強さを目を凝らして比べてみよ。そして思い出せ、我が行った言葉を。」

 

そう言って俺を抱えると奴を見ざるを得ない姿勢に持っていく。

クソ...何考えているんだコイツ!

狂いそうになるって言ってるだろうが!!

そう思いながらも奴の中が見える。

 

黒く不定形でうねる闇。

見ていると酷く不安を煽られる。

だから....嫌だったんだ!

そう思うも、奴の言葉を思い出す。

 

「目を凝らせば...良いんだな。おかしくなっても、お前が責任取れよ!!」

 

奴は腕を締め上げて譲る気はない。

そうならばとそう吐き捨てて、目を凝らした。

相変わらず、気持ちの悪い動きの闇....と思いきやよく見れば、これ...なんかスカスカじゃないか?

それに、動きが激しいだけで、それそのものの力は強くない。

それどころか、前に見たシロハの渦。

落ち着いている時のアレにもまったく及んでいない。

 

これは....どういう....ことだ?

なんで、あんなものを見て...俺は怖がっていた?

そう思うと、シロハの言葉を何個も思い出す。

 

『見掛け倒し。』

 

『それも術式でしかない。』

 

『哀れな小間使い。』

 

そうだ、奴の力の総量を見れば、その程度の評価が相応しい。

それに、もう一度考えてみろ。

....クトゥルフ神話って比較的最近の物じゃないか?

神話と着いているが、発祥は小説であるし、紀元前から始まったギリシャ神話や日本神話などよりも断然新しい。

それに....もし、そんな御大層な物を使役できる呪文なら。

俺がTRPGや小説の知識として知っているわけがないのだ。

そう思うと、さっきまでの恐怖が嘘のように、目の前にいる不定形のうねうねが酷くちゃちくみえた。

 

「あれって.....。」

 

「...ふふ、分かった?やっぱりお姉ちゃんのフィアンセだけあるね。それならわかるであろう?偽りは指摘されればもはや存在を保つ事など叶わん。」

 

そうか。

シロハがあれは術式だと言っていた。

であれば、あれはさっきの自分の状況を思い返せばあの黒いうねうねをニャルラトホテプと認識すれば発動する術式。

であれば、アレがニャルラトホテプのような御大層な存在ではないと指摘すれば...。

存在が瓦解する。

 

「そうか....分かったぞ!お前の正体が!お前は.....」

 

再度触手をこちらに伸ばそうとして来るうねうね。

それに、対して指を突きつけた。

 

「お前は神なんかじゃない!ニャルラトホテプを知っている存在に対して恐怖を植え付ける術式を埋め込まれた使い魔....もしくはニャルラトホテプという名前を与えられただけの別の怪異だ!俺の目は、誤魔化せない!」

 

まぁ誤魔化せないとか言っておきながらシロハに言われるまで奴の詠唱を聞いて這い寄る者だと思ってしまっていた。

術中に嵌っていた。

だからこそ、あんま鬼の首を取ったかのように言うのは抵抗があるが.....こういうのは自信満々にやった方が効果的だ。

 

夜の街を響き渡る俺の声。

後ろで微笑を湛えて、俺の頭を褒めるかのように撫でるシロハ。

忌々し気に顔を歪めて舌打ちする黒衣の女。

すると、そんな俺の声に対抗するように修道女が叫んだ。

 

「えぇっ!?そんなバカな!!話が違いますぅ!!」

 

どうやら彼女は分からなかったらしい。

ていうかそもそも彼女が何者なのかも分からない。

よくよく考えれば乱入したとはいえこの状況。知らない奴ばっかだし分からないことばかりだぞ。

 

そう思っていると、黒いうねうねの身体が亀裂が入ってボロボロと崩れていく。

名は体を為す。

であればその名前が嘘で、それを誰かに指摘された場合。

在り方を保つことは出来なくなる。

それは存在が曖昧な怪異であれば致命的であろう。

 

バラバラと崩れ行き、中から多面体に絡みつく蛭のような虫が飛び出す。

どうやらアレが依り代のようだ。

それを見たシロハは、俺を解放すると跳躍。

着地するついでのように多面体ごと踏みつけた。

足を上げるとどうやら素材は木のようで、木屑と共に蛭がぺちゃんこになって道路に張り付いていた。

 

「最悪....。」

 

そう言い残すと、黒衣の女が踵を返して走り出す。

使い魔もやられて分が悪いと思ったのだろうか?

そんな彼女の背を見て、深く獰猛な笑みを浮かべるシロハ。

地面を強く踏みしめる。

しかし、その瞬間飛び込むかの如く修道女が彼女に飛び付いた。

そして瞬く間に腕を取り、地面に組み敷いた。

 

「と、とにかく逃がしません!人形遣い、確保です!!」

 

そう言うと、更に強く黒衣の女を地面に押さえつけた。

そして、首だけこちらに向けて俺たちに頭を下げた。

 

「えーと、誰だか分からないのですが...でも、協力感謝します。有難うございました。」

 

俺達に感謝を告げる修道女。

正直、状況は未だに理解できていない。

ただ、シロハが一歩踏み出す。

 

「我は貴様の事情など知らん。ただその小娘が使役していた蟲が我らの愛の巣を破壊したからこそ、その責任をそこの女に払ってもらおうと思っただけだ。...ねっ?ともくん!」

 

「だから愛の巣じゃないって....。えーと、その僕らはそこの人が使っていた神様擬きに家を壊されて....その、住居破損についての責任...もしくは報いを受けさせるためにここまで来たんです。そのっ、なので...そこの人と話をさせてもらえればうれしいのですが....」

 

一応下手に出る。

あの時、奴が戦っていたのがこの修道女ならば。

彼女も十字架に似た形の光を発していた。

ならばこそ、彼女も普通の人間とは思えない。

それに片手にモーニングスター握っている時点でおっかないし。

 

俺の言葉を聞くと、彼女は申し訳ないと言った面持ちで俺たちに対して頭を下げる。

 

「そ、そうだったんですか....すみません。その、出した損害は申告して頂ければ教会が保障致しますので....。」

 

「教会?あの....すみません、俺達いまいち貴方が何者か分からなくて....。」

 

彼女の恰好は修道女だ。

そして教会。

彼女が何者なのか気になる。

それに教会が保障してくれるというのは聞き捨てならない。

 

すると、彼女はえへへと笑いながら話を続ける。

 

「そ、そうでしたね、まだ私の事を教えていませんでした。自己紹介しても居ないような人間のことなんか信じられるはずがありません。私は.....」

 

彼女が口を開く。

そしてここに来るまでの経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 

「ということで、私は教会に危険人物である人形遣いの目撃が日本のこの街であったと聞いて来日したんです。そして、人形遣いの特徴と一致している彼女を確保したんですが....そのっ.....」

 

彼女は胸を張りながらもそう言い切る。

彼女が話し始めて一時間。

正直、寒いしで途中もう聞くのやめようか迷ったものだった。

 

マリアと名乗る彼女。

どうやら彼女は代行者なる教会が擁する刺客の一人で、人間社会の脅威となるような人ならざる力を振るう人間を粛清するように言われていた。

ただ見た目の情報と似た格好をした彼女を人形遣いなる人間と勘違いして戦闘していたらしい。

それにしても、マリアから十字架状の光が見えていたがまさか素性もそのまんまとは...。

 

「...私は初めから人形遣いって誰って言った。」

 

不服と言った様子で黒衣の少女が言う。

すると、申し訳なさそうにマリアは頭を下げる。

 

「いやっ、その...本当にごめんなさい。そのっ....人形遣い本人がとぼけているのかと思って...それに、貴方が連れていたの使い魔を見て、人形かと思っちゃって....。」

 

どうやら彼女はニャル擬きを見て、人形の一つだと勘違いしたようだ。

だからこそ、俺が擬きの正体を告げた瞬間、話しが違うと言ったのだろう。

それを鑑みると、彼女はニャルラトホテプという存在を知らなかったのだろう。

だから呪文を聞いてもピンと来ず、そのおかげで俺のように怯えていなかったのだろう。

 

「それじゃ、その...貴方は何しに来日したんですか?その...ロザムンドさん。」

 

ロザムンド・ダーレス。

それが彼女の名前らしい。

呼び方に困っていたところ、彼女が自己申告した名前だ。

すると、彼女は俺の問いに答える。

 

「...日本では、先祖の広めた術式の神格を美少女にしていると聞いた。興味深い....。」

 

あー、なるほど。

日本ではクトゥルフ神話は美少女キャラとしてデフォルメされることが多いですね....。

なんでも、彼女はオーガスト・ダーレスの子孫であるというらしい。

クトゥルフ神話の祖であるラブクラフトと肩を並べる存在としては一応知っていたが、まさか魔術師だったとは....。

 

「....どちらにせよ、誰が我が愛の巣の補償とやらをするのか?え?小娘、貴様か?」

 

「私、そんなお金はない....。」

 

シロハの視線から逃れるように身を捩るロザムンド。

どうやら、彼女はシロハがヤバいということは察しているようだ。

まぁシロハと相対した時に、上に居たニャル擬きを呼び戻していたのもそう言う事なんだろう。

シロハ結構殺気出してたしな。

 

「え、えーと!ぜ、全体的に私の落ち度ですし、教会が支払う形には変わりはないっていうか....。」

 

「ほう...それは重畳...。...良かったね!とも君!!」

 

「お前、家のことしか考えてないんだな。」

 

まぁ彼女自身、元々家神で俺の守り神だ。

寄る辺である俺が最優先というのは在り方として当然なのかもしれない。

 

「えーと、確か住居損壊ですよね?とりあえず電話番号と住所を教えて頂ければ補償いたしますので.....」

 

「あ、はい。」

 

そう言って彼女に住所を教える。

逆にマリアさんの在籍している教会の電話番号を教えてもらった。

そして、彼女は頭を下げる。

 

「じゃあ、今日は色々と教会の報告をしなくてはいけないですし、結局人形遣いは見つかっていないので...ここで失礼します....。」

 

「あ、わかりました。...で、ロザムンドさんは?」

 

俺が聞くと、彼女は俺の問いに答えた。

 

「私は....ホテル取ってる。」

 

ホテル取ってるのか。

まぁ、そりゃそうか。

彼女は半ばここに旅行しに来てるような物だからな。

色々勘違いや不運が重なってこうなったのだから。

 

「まぁでも...お家荒らしちゃったのは私だし....帰国する前にお詫びはする。」

 

「ほう....殊勝な心掛けよな小娘。それで、貴様に何が出来る?」

 

隣でシロハがまた威圧している。

コイツ、ロザムンドさんが喋るといつも威圧してんな。

まぁ彼女が家を破壊した張本人だからだろうが。

 

「....一応、私は魔術師。だから.....多分、なんか役に立てる...と思い..ます。」

 

シロハから視線を外しながらも、彼女はそう言う。

 

「まぁ、俺としては補償はしてもらえるっぽいから別にもういいけどな。」

 

正直、家が直るならロザムンドさんから何かしてもらう必要もないと思う。

これで実家に電話しなくても済むのだから。

すると、シロハが俺の顔をじっと見ていた。

なんだ、この胸のざわつきは....。

 

「....なんだ?」

 

「いや、なぁんにもないよぉ?お家が直ればそこの女はどうでもいいもんね~。」

 

そう言って彼女はなんか引っ付いてくる。

俺がニャル擬きにやられてた時も頭撫でていたりと、どさくさに身体を触ってくる。

油断も隙もあったもんじゃない。

 

「暑苦しい、やめろ。」

 

「ん~?外出た時はパジャマだけで寒いよ~って感じだったのに、すぐに熱くなっちゃったのぉ?嘘吐くのは駄目だよ、お姉ちゃんが温めてあげるからねぇ....。」

 

そう言って彼女は俺の身体に絡みつく。

クソ、力も入っていないはずなのに振り払えない...!

流石は蛇だと言った所か....。

 

「それじゃ。」

 

彼女はシロハに絡まれている俺を見ないようにして別れを告げる。

そして歩いて行った。

彼女達が見えなくなった後、今日の出来事を鑑みる。

 

今日は色々とあったなぁ。

正直、かなり疲れたし帰って眠りたい。

そう思った瞬間、あることに気づく。

 

「...そういえば、家の中瓦礫やガラスで滅茶苦茶だったよな?」

 

これ、眠るところなくないか?

そのことに気づくと、みるみる顔が蒼くなる。

やべぇ...どうしよう。

そう思っていると、シロハが俺の顔を見て微笑む。

 

「それなら私に任せて。君のお嫁さんとして、安心して寝れる場所を知ってるよ。」

 

そう言って、彼女は手を広げる。

そして言葉を続けた。

 

「私の腕の中。寒空の下、行く場所を失った恋人はお互いの暖かさを感じながら眠りに就いて愛を深め合う....、とてもロマンチックではないか....うひ、うひひひ....」

 

どこか自分の世界に入り込んで、気持ちの悪い笑みを浮かべるシロハ。

そんな様子を冷めた目で俺は見ていた。

 

「あほくさ。野宿がしたいなら一人でやってろ。俺はネカフェかカプセルホテルでも探しに行く。」

 

そう言って歩き始めると、シロハは跳ねるかのように軽やかに俺の横に並び、口を開く。

 

「それなら、大蛇となった我の口内はどうだ。とても暖かいぞ。我の中で安息の時を過ごすと良い....。」

 

「“生”暖かいだろうな。それに丸呑みなんか危ない橋渡れるか。」

 

そう言って彼女を振り切るように歩みを進める。

だが、ある事を思い浮かべる。

ニャル擬きと相対して、恐慌状態だった。

でも、それから自分を取り戻したのは...アレがただの仮初でしかないというのを教えてくれたのはコイツなんだよなぁ。

それなら、一言お礼くらいは言うべきかな....。

 

そう思って、振り返って彼女を見つめる。

すると、俺から見つめるのが稀だからか彼女は首を傾げる。

 

「そのっ....なんだ.....。」

 

中々するりと礼の言葉が出ない。

改めて礼を言うのが照れくさいとでも言うのだろうか?

....でもまぁ、言わない言葉は伝わらない。

だから....。

 

 

「あの時、...ロザムンドさんの使い魔を見て、恐慌していた俺に、自分を取り戻させてくれたのはお前だ。だからまぁ....あのっ、ありがとう....。」

 

すると、彼女は目を丸くする。

そして丸くしたと思えば、顔を伏せて身体を振るわせ始めた。

なんだ....?

 

「ともくぅぅふぅぅぅぅんんんん!!!」

 

まるでとち狂ったかのように奇声を上げながら飛び付いてくる。

触れる身体はどこか熱っぽい。

コイツ....まさか、あの一瞬で発情して.....?!

 

「最早御しがたき暴力的可愛さ。これが今世でいうデレという物か....、悪くない。お姉ちゃん一瞬でエンジン全開だよ!!もう今日は寝かさないからねッ!!スーハ―スーハ―、フェロモン!耳の裏側からとも君のフェロモン略してともフェロを感じる.....これはもう赤ちゃん準備万端だね!子供は大名行列が作れるくらい作りたいなぁ.....っていうわけで、ラブホに行くよ?選択肢はないからね?生存戦略始まるよ?交わる準備は出来たか小僧....今こそ契りの時.....。」

 

「うがぁあぁぁ!!マジでくっつくな!!!なんでラブホなんか言葉知ってんだよ!?もう、お前は一人で野宿しろ!これは命令だ!!野宿しろ!!!俺についてくるな!!怖い!!!」

 

貞操の恐怖を感じて、藻掻いて彼女を振り払う。

そして、遂には本音を口に出してしまいながら逃げ出す。

後ろをふと見ると、彼女が逃げる俺を見て薄ら笑いを浮かべていた。

 

「蛇は肉食なんだよ?...逃げられると捕まえたくなっちゃうよ.....。」

 

蛇でその言葉は無理があるだろ。

そう思いながらも、駆けだす彼女を目にして速度を上げる。

やばい、アイツはえぇ...!

こんなことになるなら、お礼なんか言うんじゃなかった....!

とにかく、捕まるわけにはいかない!

異類婚姻だけでも厄ネタなのに、化生との交わりなんか碌なことになるとは思えない!!!

 

そうして、一人の少年は自身の貞操を守る為。

一人の化生は自身の欲する雄を勝ち取る為に。

負けられない戦いの火蓋が、突然切って落とされた。




邪神擬きを使う少女。
この小説ではクトゥルフ神話という仮想神話を知っている相手に対して効力を発揮する魔術という見方をしています。
まぁ、これはダーレスの子孫である彼女が使うからこそ、ラブクラフトの書いたクトゥルフ神話をモチーフとした術式になっているだけであって、もしラブクラフトの子孫とかが出る余地があるのなら、それこそ超宇宙的存在が出てくるかもしれませんね。



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