転生者の幽雅な日常 ANOTHER (片倉政実)
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序章
プロローグ 半魂の転生者


政実「どうも、初めましての方は初めまして、他作品を読んで頂いている方は、いつもありがとうございます。作者の片倉政実です。今回から今作品を投稿させて頂きます。色々拙い点などあるかと思いますが、暖かい目で見て頂けると幸いです。よろしくお願いします」
柚瑠「どうも、主人公の乙野柚瑠です。この作品は同じ原作で書いてる二次創作作品である『転生者の幽雅な日常』の外伝的作品なんだっけ?」
政実「そうだね。だから、時々向こうのオリ主達とも交流する事もあるけど、向こうの主人公的には柚瑠は普通の少年的に感じてるから、あっちでは本当に必要なタイミングくらいしか出てこない予定かな」
柚瑠「そっか。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、プロローグをどうぞ」


「ん……」

 

 背中にふかふかとした柔らかさを感じながら僕は目を覚ました。そして、ゆっくりと目を開けてみると、まず目に入ってきたのは純白の天井だった。

 

「……ここ、は……?」

 

 不思議に思いながら体をゆっくりと起こし、辺りを見回してみると、僕がいるのはどうやらどこかの部屋らしく白を基調とした家具などが置かれている以外は特に何も無く、僕以外には誰もいなかった。

 そして、何か手がかりが無いかと思い、続けて自分を調べてみた。その結果、僕の体はとても小さく、年齢的にはおよそ4歳くらいだと推定出来たが、着ていた白い衣服からは何も情報は得られなかった。

 

「うーん……ここは一体どこなんだろう……? まったくここについての記憶が無い辺り、少なくともここは僕の家とかじゃ無いんだろうけど……」

 

 そんな事を考えながら首を傾げていたその時、目の前のドアからコンコンと誰かがノックする音が聞こえ、それに続いてドアが静かに開いていくと、そこには白い服を着たクリーム色寄りの金色の長い髪の男の人が立っていた。

 男の人は僕が自分をじっと見ているのに気付くと、少しホッとしたような表情を浮かべた後、優しい笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてきた。

 

「お目覚めになっていたようですね。お気分はどうですか?」

「あ、はい……特に悪いとかは無いです……」

「それならばよかったです。中々お目覚めにならなかったので、少し心配をしていたのですが、そのご様子なら心配はいらないようですね」

「中々起きなかったって……僕をここに連れてきたのはあなたなんですか?」

「はい。私の名前はシフル。天上にて生命の生き死にについての管理をしている神です。よろしくお願いしますね」

「シフルさん……えっと、僕は──」

 

 その時、僕はある事に気付いた。

 

「……僕って、“誰”なんだろう……?」

 

 そう、自分の名前などの自分に関する記憶がまったく無かったのだ。そして、それらについてどうにか思い出そうと必死になっていると、シフルさんは僕の肩にポンと手を置き、優しい声で話しかけてきた。

 

「わからないのも無理はありませんよ。今のあなたの中には、あなたやあなたが仲良くしてきた方についての記憶は全て無いのですから」

「記憶が無いって……どうしてですか?」

「……あなたは生まれながらに(かか)っていた病によって亡くなったのですが、その前にとある呪いにもかかっていたのです」

「呪い……」

「はい。その呪いというのは、呪いにかかった者の魂を徐々に(むしば)み、やがて魂を消滅させるという物でして、本来であればあなたをすぐに転生させるところだったのですが、呪いによって魂の半分は転生をさせられない程の(けが)れに覆われていました。

 そこで、私はまだ穢れが侵食していない方の魂を切り離し、先にそちらを転生させ、残った方、つまりあなたの穢れを(はら)い、新たな体に定着させた上でこうして新たな命として生まれ変わらせたのです。

 ですが、仕方なかったとはいえ、魂を二つに分けた事で、そのショックであなたともう半分の魂を持つ方は以前の記憶を失うという事になってしまいました……」

「だからだったんですね……」

「はい。あなたがたを救うためとはいえ、勝手な真似をした事、本当に申し訳ありませんでした……」

「シフルさん……」

 

 シフルさんが心から申し訳なさそうに謝る姿を見ながら、僕は自分の今の状況などについて考え始めた。そして一つの結論を出した後、僕はシフルさんに話しかけた。

 

「謝らないで下さい、シフルさん。僕は別にその事を怒りはしませんよ。結果的に以前の記憶は失いましたけど、その代わりにこうしてまた生きられるわけですから、感謝こそすれど怒るわけはありません」

「…………」

「それに、僕の魂の片割れや以前の僕も同じような事を言う気がするのに、僕だけが怒るのはやっぱり違いますしね。だから、もう謝らないで下さい。何度も言うように僕は怒っていませんから」

「……ふふ、わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ。それで……僕の魂の片割れは、無事に転生出来たんですよね?」

「はい。同じように以前の記憶を失ってはいますが、しっかりと転生は出来ましたよ」

「そうですか……」

 

 良かった。この先、僕が出会う事はたぶん無いだろうけど、もう半分の僕が幸せな人生を送れるように心から祈ろう。

 

 そんな事を考えた後、僕は微笑ましそうに僕の事を見つめるシフルさんに話しかけた。

 

「それで、この後はどうすれば良いんですか? もし、シフルさんのお手伝いをすれば良いのなら喜んでお手伝いしますけど……?」

「そうですね……そのお気持ちはありがたいですが、今のところは大丈夫です。さて、これからについてですが、あなたにはまず“ある方々”に会って頂きます」

「ある人達に会う……」

「ふふ、心配はいりませんよ。お二人ともとても良い方ですから。そして、その後は……まあ、それについてはその時になってからでも大丈夫ですね。という事で、とりあえずついてきて頂けますか?」

「あ、はい」

 

 返事をした後、僕はベッドからゆっくりと出て、傍に置かれていた靴を履いた。そして、シフルさんの後に続いて部屋を出て、長い廊下を歩いていくと、その途中で僕と同じ人間の他、背中から白い翼を生やした人や二足歩行の獣など様々なモノ達とすれ違った。

 

「……ここには色々な人がいるんですね」

「はい。この部署だけでも様々な方がいらっしゃいますが、天上には他にも多くの部署があり、そこにも様々な方がいらっしゃいますよ。元々、この天上で生まれた方や現世で生まれて亡くなった後に天上に来た方、天上の存在の紹介で現世からいらっしゃった方など本当に様々です」

「そうなんですね。ところで、僕達がこれから会う人達はどんな人達なんですか?」

「そうですね……一言で言うなら、とても聡明で優しい方々です。元は現世の方なのですが、先日事故で亡くなられてしまったのです。それで、厳正な審査を経てこの天上に来られた後、今はお二人とも天上にある私の別宅に住んでもらっています」

「もしかして……その人達は夫婦なんですか?」

「そうです。そして、旦那さんの方は私の実の弟なんです」

「シフルさんの弟……それじゃあその人も神様ですか?」

「いえ、普通の人間です。実はちょっとした事情があって、私はこの天上での職務の傍ら、現世で人間としても生きているんです」

「神様と人間の二重生活、か……大変なんですね……」

 

 すると、シフルさんはにこりと笑いながら首を横に振った。

 

「そんな事はありませんよ。その生活を選んだのも私ですし、天上と現世の両方で新しい方とも知り合えますから、私個人としてはとても楽しませてもらっています」

「そうなんですね。そういえば、天上にも現世のような街はあるんですか?」

「ええ、幾つもありますよ。天上もとても広いですから、観光スポットのような場所もありますし、現世のように働いている人や学校に通っている人もいます」

「なるほど……因みに、地獄っていうのも本当にあるんですか?」

「はい。その国ならではの厳正な審査を通った方はこの天上に来たり、次の命として転生が出来ますが、弾かれてしまった方は煉獄(れんごく)や地獄の方へ送られ、それ相応の責め苦を受けたり刑を執行されたりします。

 そして、永い年月を経て、もう充分に現世での行いを反省し、二度と悪事に手を染めないと判断された方は天上へと来る事が出来ます。なので、天上では犯罪は基本的に起こりませんし、罪を犯そうとする方もまったくいません」

「つまり、ここはとても平和な場所なんですね」

「ええ。病気になる事も無いですし、たとえ傷を負ってもすぐに完治します。そういう理由もあってか転生よりも天上でずっと暮らす事を選ぶ人が多いようです」

「なるほど……」

 

 そんなに良い場所ならたしかにずっといたくなるかもしれない。ん、という事は……。

 

「僕達のようなのって、やっぱり特例だったりしますか?」

「はい。現世で数多くの善行をした方や裁きを受けられない程のやむを得ない事情がある方、後は天上側や地獄側のミスで誤って亡くなってしまった方などは裁きは免除され、その魂は私達が保護します。

 その後、事情を説明した上で天上に住むか転生をするかについて聞き、希望をされた方を叶える事にしています。ただ、今回のようにその限りでも無い時はありますけどね」

「なるほど……そうなると、僕達の場合はその内の裁きを受けられない程のやむを得ない事情があったから、という事になりますか?」

「ええ。裁きが終わるまであのまま放置していたら、魂が完全に侵食され、そのまま消滅してしまいますし、他の方々にも呪いが移ってしまう可能性がありましたから。

 尚、たとえやむを得ない事情があって私達が保護した方でもその裁きで地獄行きを宣告される程現世で悪行を為していた場合は、責任を持って私達が地獄へとお連れします。そして、その場合でも地獄での刑の執行期間等が変化する事はありません」

「ただ、裁きを免除出来るだけで待っている結末は変わらないわけですね」

「そういう事です」

 

 そんな会話をしながら歩き続ける事数分、入り口らしき物が前方に見えてきたその時、そこに二人の人物が立っているのが目に入ってきた。

 

 あれ……誰だろう?

 

 そんな疑問を抱きながら歩いていき、徐々にその人物達の姿が明らかになっていくと、シフルさんは一瞬驚いたような顔をしてから優しい笑みを浮かべながらポツリと呟いた。

 

「……やはり、お二人は優しいですね」

「もしかして、あそこにいるのが……」

「ええ。私達が会いに行こうとしていた方々です」

「あの人達が……」

 

 少々浅黒い肌をした短い黒のストレートヘアの男性と対照的に絹のような純白の肌に黒いロングヘアーの女性の二人を見ながら歩いていき、二人の目の前で足を止めると、シフルさんは笑みを浮かべたまま二人に話しかけた。

 

「迎えに来て頂いてありがとうございます。ですが、お家で待っていて頂いても良かったんですよ?」

「ははっ、まあな。けど、家で七海(ななみ)と話をしていたら、兄さんがどんな奴を連れてくるのかだんだん気になってな」

「それで、ここまで迎えに来てみようという話になったんです」

「そうでしたか。お二人とも本当にありがとうございます」

 

 シフルさんがペコリと頭を下げると、男性は興味深そうな顔をしながら僕に視線を向けた。

 

「それで……この子が例の子か」

「はい。先程目覚めたばかりで、やはり以前の記憶を失っているようでした」

「なるほどなぁ……それにしても、柚希(ゆずき)と同じで中々利発そうな顔をしてるな。これは将来が楽しみだ」

「ふふ、そうだね」

「あ、あの……」

「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は遠野陸斗(とおのりくと)、ここにいる神様のシフルこと遠野天斗(とおのあまと)の弟だ。よろしくな」

「私は遠野七海。これからよろしくね」

「あ、はい……」

 

 陸斗さんと七海さん……なんだか性格も対照的な二人だけど、優しそうな印象を受けるし、安心しても良いのかも。あ、そうだ……。

 

「さっき、柚希って言ってましたけど、それって……?」

「ん……ああ、現世にいる俺達の息子だよ。まだ4歳なんだが、俺達が事故で亡くなった事で死に別れてしまったんだ。それで、今は兄さんが引き取って面倒を見てくれてるんだ」

「そうだったんですね……辛い事を話させてしまいすみません……」

「はは、良いって。この天上に来た時に兄さんにも謝られたけど、生き物なら誰しもいつか死ぬものだからな。俺達にとってそれが早かったっていうだけだ。

 まあ、兄さんが面倒を見てくれてるとはいえ、俺達が亡くなった事で柚希を悲しませてしまったのは、本当に申し訳ないと思っているよ。それに、もっとアイツと思い出を作りたかったとも思ってる」

「…………」

「けど、こうして天上に無事来れて、俺達はここで色々な人や物と出会った。その事はとても嬉しいと感じてる。自分が知ってた世界があまりにも小さかった事やこの先もっと色々な物と出会えるんだって思えたからな」

「陸斗さん……」

 

 陸斗さんの顔を見ながら僕が呟くと、陸斗さんは僕の頭に優しく手を置いてからにっと笑った。

 

「まあ、そんなわけだからまったく気にしなくて良いからな」

「……はい。ありがとうございます」

「どういたしまして。それで、兄さん。例の件はこの子に伝えたのか?」

「いえ、お二人との顔合わせが済んでからにしようと思っていたのでこれからです」

「なるほど……」

 

 七海さんが納得顔で頷く中、シフルさんはにこりと笑いながら僕に話しかけた。

 

「さて、それではあなたのこれからについてお話しします。ですが、話が終わった段階で何か他にやりたい事があったりした場合は、遠慮無く申し出てください。

 今からお話しするのはあくまでも提案で、それをあなたに強制するつもりはありませんから」

「わかりました」

「では、お話しします。現世に戻り、陸斗さん達の子供として生きていく気はありませんか?」

「……え?」

 

 シフルさんからの提案に僕は思わず疑問の声を上げてしまった。

 

 現世に戻って陸斗さん達の子供として生きていく……? でも、陸斗さん達にはもう柚希君っていう実子がいるんじゃ……。

 

「たしかにそうですが、今の柚希君を陸斗さん達に会わせてしまうと、陸斗さん達を今度こそ喪わせまいとしてそちらにばかり意識を向けてしまう可能性があります。実際、柚希君は自分にも陸斗さん達が亡くなった一因があると考えていますからね」

「なるほど……って、あれ? 僕、口に出してました?」

「ふふ……私は相手の考えている事がわかるので読ませて頂きました」

「な、なるほど……」

「私としても柚希君をまた陸斗さん達に会わせ、色々な話をしてもらったり、家族としてしっかりとした時間を過ごしてもらいたい気持ちはあります。ですが、柚希君の保護者として柚希君にはしっかりと成長してもらいたいと思っています。

 なので、非常に心苦しいですが今の柚希君に陸斗さん達を会わせるわけにはいかないのです」

「シフルさん……」

 

 シフルさんは申し訳なさと哀しさが入り交じったような表情を浮かべており、柚希君を大切に想っているからこそそういう判断をしたんだというのがハッキリとわかった。

 

 ふふ、そこまで想ってもらえる柚希君が羨ましいなぁ。

 

 そんな事を考えた後、僕は陸斗さん達に視線を向けた。

 

「陸斗さんと七海さんも同じ意見ですか?」

「ああ。まだ4年しか一緒に過ごしてないけど、柚希がどんな性格をしてるかはしっかりとわかってる。兄さんの言う通り、今の柚希が俺達と会ったら、俺達のためにだけ動こうとして、アイツのための人生じゃなくなってしまうだろうな」

「そこまで考えてくれるのはもちろん嬉しいけれど、柚希の人生はあくまでもあの子の物。もう少し心が成長して、私達や天斗さんが大丈夫だと判断出来たらしっかりと正体を明かして、その上で謝るつもり」

「なるほど……あれ? でも、さっきの話だと陸斗さん達も現世に戻るような事を言っていたような……」

「はい。ですが、陸斗さん達にはこちらで用意した別の体に入ってもらい、ある設定の人物を演じて頂きます。そして、生前柚希君と一緒に住んでいた家に住めるようにはしますが、そのためにはまず柚希君にも許可を頂かないといけませんね」

「そうだな。まあでも、兄さんの考えた設定通りなら、柚希も嫌とは言わないんじゃないか? 柚希からしたらまったく知らない奴が住むっていう形にはなるけど、困ってる奴を放っておく事は出来ないからな」

 

 陸斗さんが笑みを浮かべたまま言った後、僕はおそるおそる陸斗さんに話しかけた。

 

「えっと……因みに、その設定って……」

「“仕事の都合で家族揃って転勤してくる事になったが、転勤直前で住む予定だった貸家がダブルブッキングで駄目になり、住む場所に困っている兄さんの知り合い”だな。

 まあ、流石に柚希もその相手がどんなのか気になるだろうから、一度会う必要は出てくるけど、まあバレたりはしないだろ」

「そうだね。私達がボロを出さなければ大丈夫だと思う。柚希は勘が鋭いけど、人の事をむやみに疑う子じゃないから」

「だな。それで……どうする? もし、俺達の子供になるのが嫌じゃないなら、俺達としては嬉しいけど」

「あ……別に嫌というわけじゃないんですけど、もし僕が断った時ってどうなるんですか?」

「その時はあなたの希望を聞き、それを叶えさせてもらった後、陸斗さん達だけでこの件を進めていきます。元々、陸斗さん達が柚希君の事を少しでも近くで見守りたいと仰った事から、この計画は始まったので、陸斗さん達だけでも問題はありませんから。

 ただ、もしもあなたがまた現世で生きていきたいと考えているのなら、協力をして頂けるとありがたいです。ただの赤の他人を演じる陸斗さん達だけよりは、それよりも近い距離で接する可能性のあるお子さんの役をして頂ける方がいれば、私達が気付けていない柚希君の心の変化などにも対応出来ますから」

「なるほど……」

 

 シフルさん達の話を聞いた後、僕はここまでの話からどうするかについて考え始めた。シフルさんには恩はあるけど、この件を断って、自分の望む人生を叶えてもらう事も出来る。シフルさんが言っていたようにこの提案は別に強制される物では無いから。

 だけど、ここまで話を聞いて放っておくのは出来ないし、何より僕自身その柚希君という子にも興味が湧いていた上、何となく深く関わっていかないといけない気がしていた。

 

 ……となれば、答えは一つだよね。

 

「……わかりました。その件、引き受けさせてもらいます」

「……ありがとうございます。ですが……本当によろしいんですか? 言ってみれば、柚希君のためにあなたを利用しようとしているような物ですよ?」

「そうかもしれません。でも、シフルさんにはまた生きるためのチャンスを貰いましたし、それならただ生きていったり、この天上でのんびり過ごすよりもシフルさんや陸斗さん達の助けになりたいんです。

 それに、話を聞いていて柚希君がどんな子か興味が湧きましたし、何となく柚希君とは深く関わらないといけない気がしたんです。何でなのかはわからないですけどね」

「そうでしたか……わかりました、それではどうぞよろしくお願いします」

「はい、任せてください」

 

 胸を軽く叩きながら答えていると、不意に僕の頭にポンと何かが置かれ、僕が思わず「わっ」と声を上げてしまっていると、陸斗さんがにっと笑いながら僕の頭を優しく撫でてくれていた。

 

「ありがとうな。まだ出会って間もない俺達に付き合ってくれる決心をしてくれて」

「陸斗さん……いえ、良いんです。目的もなくただ第二の人生を歩むよりもこうして出会えた皆さんのために頑張る方が有意義だと思いましたから」

「そうか……だが、一緒に暮らす中で何か困った事や頼みたい事があったら、遠慮無く言ってくれ。血の繋がりこそ無いが、お前はもう俺達の息子なんだからな」

「……はい!」

「うん、良い返事だ。という事で、これからよろし──と、そうだ。そういえば、お前の名前をまだ決めてなかったよな」

「あ、そういえば……」

 

 僕の以前の記憶は無いから、名前自体はない。でも、また現世で暮らすとなると、名前は必要だよね……。

 

 そんな事を考えながら顎に手を当てていた時、シフルさんが何かを思い付いた様子でポンと手を叩いた。

 

「それならば、前世でのあなたの名前を読み方を変えて使うのはどうでしょうか?」

「前世での僕の名前……」

「はい。前世、あなたは柚瑠(ヨウリウ)という名前でした。なので、それの読み方を変えて柚瑠(ゆずる)とするのはどうですか?」

「柚瑠……」

「柚瑠か……良いんじゃないか?」

「そうだね、私も良いと思う。ただ、最終的に決めるのはあなた自身だよ」

「七海さん……」

「さあ、どうする?」

 

 七海さんの真っ直ぐな目で見つめられながら、僕は提案された名前について考え始めた。そして考える事数分、結論を出した僕はシフルさん達を見回しながら静かに口を開いた。

 

「……僕もその名前で良いと思います。他にも良い名前はあるかもしれませんが、前世の僕が使っていた名前なら今回も大事にしてあげたいですから」

「……わかりました。それでは、これから君の事は柚瑠君と呼ぶ事にしましょう」

「改めてこれからよろしくな、柚瑠」

「これからよろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 陸斗さん達に対して返事をしながら僕が少しずつ自分というものが出来ていく事に嬉しさを感じていてると、シフルさんはニコニコと笑いながら僕に話しかけてきた。

 

「さて、それでは柚瑠君の新たな旅立ちを祝って、私から贈り物をさせてもらいますね。柚瑠君、何か欲しい物はありますか?」

「欲しい物……ですか?」

「はい。形式的にはあなたも転生者という事になりますので、三つまでなら願いを叶えられますよ」

「三つまで……因みに、どんな事でも良いんですか?」

「ええ。邪な願いや世界の根幹を揺るがしかねないような物以外であれば何でも良いですよ」

「……わかりました」

 

 願い、か……正直、これといった物は無いんだよね。でも、この先の人生で様々な出来事があるかもしれないし、どうせ願うなら誰かのためになる物が良いかな。そうなると、僕が願うべきは……。

 

「……決まりました」

「わかりました。それでは、この宝玉を手にしながらそれを願って頂けますか?」

 

 そう言いながら渡されたのは、とても綺麗な金色の宝玉だった。

 

「これは……」

「これは『力の宝玉』。これを手にしながら願う事で、柚瑠君の願いは叶えられます。では、どうぞ」

「……はい」

 

 静かに返事をした後、僕は『力の宝玉』を掌に載せながらさっき思い付いた願いを頭の中に思い浮かべた。すると、『力の宝玉』は光を放ち出し、さらさらとした光の粉へと変わっていった。そして、それはやがて小さな水晶のような物へ形を変えると、僕の掌に静かに残った。

 

「……これで、僕の願いが……」

「はい、しっかりと叶いましたよ。ところで……何やら強い力の気配を感じますが、何を願ったのかお聞きしても良いですか?」

「あ、はい。えっと……まず最初に願ったのは、妖力や魔力などの『力』です。この先、どのような事があるかわかりませんし、自分や誰かを守るために持っておいて損は無いかなと。

 次に願ったのが『周囲の気や波動を感じ取れる能力』です。これを持っていれば、たとえ生活の中で暴漢や悪人が近くにいても事前に感じ取って対策を練ったり、遭遇を避けられるかなと思ったんです。

 そして、最後に願ったのは『治癒や浄化の力』です。誰かを癒したり呪いなんかを浄化出来るようになれば、誰かがそういった事で困っていてもすぐに対応してあげられるかなと思って。もっとも、この水晶の形になったのはちょっと予想外でしたけどね」

 

 水晶を手に載せながら苦笑いを浮かべつつ言っていた時、シフルさん達は少し驚いた様子でお互いに顔を見合わせた。けれど、すぐに納得したように頷きながら微笑みを浮かべた。

 

 あれ……どうかしたのかな?

 

「えっと……どうかしました?」

「……いえ、あなたと同じように願った方を知っているだけですよ」

「僕と同じ願いを……」

「はい。願った理由も似たような物だったので、少し驚いてしまいましたが、納得といえば納得ですね」

「は、はあ……」

 

 なんで納得なのかはわからないけど、僕と同じように願った人がいるのは少し嬉しいし、親近感が湧くなぁ……。

 

 そんな事を思いながら水晶を軽く握っていた時、シフルさんは笑みを浮かべたまま静かに口を開いた。

 

「さて……それでは、柚瑠君にもう一つ贈り物をしましょうか」

「え、良いんですか? 願いを叶えてもらっただけでもありがたいのに……」

「良いんですよ。せっかく、様々な力を得たからには、それを使うためのアイテムも必要ですから」

 

 そう言うと、シフルさんの手に一冊の真っ白な表紙の本が出現した。

 

「それは……本、ですよね……?」

「はい。こちらは『(とも)の書』という魔導書で、見ての通り、今は表紙も中身も白紙です」

「表紙も中身も白紙の魔導書……」

「そうです。そしてこれは、主がいて初めて意味を成す物です。という事で、こちらに触れて頂けますか?」

「は、はい」

 

 少し緊張しながら『友の書』に触れると、触れたところから徐々に光を放ちながら文字や絵が浮かび上がっていった。

 

 この文字……まったく見た事が無いのに、なんて書いてあるのかハッキリとわかる……!

 

 その事に驚きながら表紙に浮かび上がった文字や絵を食い入るように見ていると、シフルさんの優しい声が聞こえてきた。

 

「これでこの魔導書の主は柚瑠君になりました。という事で、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……でも、魔導書の主なんて僕に務まるかな……」

「ふふ、大丈夫ですよ。それと……先程は贈ると言いましたが、正確にはお返しすると言うのが正しいです」

「え……それじゃあ、これは前世の僕が持っていた物なんですか?」

「もっと正確に言うならば、前世のあなたが持っていた書物を使って作り出した魔導書、ですね。なので、お返しするという言い方をしたわけです」

「前世の僕が持っていた書物……」

「まあ、書物といっても紙束を糸でまとめた簡素な物ではありましたが、その時のあなたの想いの力によって、こういった力を持った魔導書となったわけです。

 そして、この『友の書』には実は兄弟に当たる魔導書が存在しますが……まあ、いつかそちらを持った方ともお会いする事があるかもしれませんね。

 

 シフルさんは優しい笑みを浮かべたまま静かに言った後、『友の書』の静かに触れながら言葉を続けた。

 

「それでは続いて『友の書』について説明を始めますね。まず、この『友の書』には幾つか能力があるのですが、その一つが柚瑠君が絆を結んだ相手をこの本の中から出し入れ出来るという物です」

「本の中から出し入れが出来る……ですか?」

「はい。妖怪や神獣など何かしらの力を持ったモノと絆を結び、柚瑠君とその相手の力を白紙のページに注ぎ込む事で『友の書』に登録され、白紙のページにその相手の絵と種族の詳細が浮かび上がると同時に、相手はこれを扉にした先にある居住空間に送られます。そして、登録された仲間のページか表紙に柚瑠君が手を置きながら魔力を注ぎ込む事で外に出せ、その仲間が自分のページに手を触れながら自分の力を注ぎ込む事で居住空間に戻るという仕組みです」

「そっか……だから、中身が白紙だったんですね」

「その通りです。そして、兄弟に当たる魔導書も同じ能力を持っていまして、言ってみれば、その魔導書とこの『友の書』は所有者とあらゆるモノ達との出会いの記録であり、友達帳のような物ですね」

「出会いの記録……でも、その相手と絆を結ばないと登録出来ないんですよね?」

「たしかにそうですが、双方がお互いに好感を持っていれば登録は可能なので、あまり難しく考えなくても良いですよ」

「あ、そうなんですね」

 

 絆を結ぶって言ってたから、結構親密にならないといけないのかと思ってたけど、たしかにそれくらいならあまり難しく考えなくても良いのかも。

 

 そんな事を考えていると、シフルさんはニコニコと笑いながら説明を続けた。

 

「それでは、次の説明です。この『友の書』にどなたかを登録した後、柚瑠君は絆を結んだ方と“同調”する事が出来、それをする事で同調した相手を代表する力を柚瑠君に宿らせる事が出来ます」

「力を宿らせる……」

「例を挙げると、炎を操る事に長けている方と同調したなら、柚瑠君も魔力を消費して炎を操る事が出来、力自慢の方と同調したなら、柚瑠君の腕力が強化されるといった感じです。尚、特に代表される力が無い方の場合は、その方の特徴などが代わりに同調時の能力として柚瑠君に宿ります」

「なるほど……あ、でもそれだけでは無いんですよね?」

「はい。同調を続けている間は、お互いに力を消費し続けます。なので、どちらかの力が尽きてしまったら、その時点で同調は解除されます。因みに、柚瑠君の魔力が尽きて解除された場合は、しばらく『友の書』の力を使えなくなり、相手の力が尽きて解除された場合は、その方をしばらく『友の書』から出せなくなります。なので、同調のし過ぎには注意してください」

「わ、わかりました」

 

 仲間との同調……普段はそんなに頼らないかもしれないけど、いざという時には使いそうだし、誰かが仲間になってくれたら早めにその能力の把握をしないといけないな……。

 

 そんな事を思いながら『友の書』をじっと見ていた時、僕達の背後からこっちに向かって近付いてくる足音が聞こえ、僕達はゆっくりとそちらを向いた。すると、角が付いた羊のお面を被った黒い中国服姿の子供が見え、その姿にシフルさんは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「おや、あの方は……」

「お知り合いですか?」

「はい。あの方は中国に伝わる瑞獣の内の一体である『獬豸(かいち)』の明志(あかし)さんと言いまして、私はもちろん、陸斗さん達にとっても顔馴染みです。そして、瑞獣というだけあって、とても物知りな方なので、お話をしていると勉強になる事も多いと思いますよ」

 

 明志さんを見ながらシフルさんの説明を聞いていたその時、明志さんは僕達に気付いた様子を見せると、そのままゆっくりと近付き、シフルさんの目の前で足を止めた。

 

「皆さん、どうもこんにちは」

「よう、明志さん」

「明志さん、こんにちは」

「こんにちは、明志さん。今日は天上まで何のご用事だったのですか?」

「特に用事があるわけではないのですが、ここに来れば何か面白い事がある予感がしたのです。ところで……」

 

 明志さんはそう言いながら僕に視線を向けると、興味深そうにしばらく眺めた後、「……なるほど」と言いながらクスッと笑った。

 

「この子は例の子ですね?」

「ええ。先程、目を覚ましまして、陸斗さん達との顔合わせやあの事について話をしていたところです」

「そうでしたか。初めまして、私は獬豸の明志といいます。これからよろしくお願いしますね」

「あ……初めまして、柚瑠といいます。こちらこそよろしくお願いします、明志さん」

「はい、よろしくお願いします。それで、どこまで話は進んでいましたか?」

「大体は終わり、今は『友の書』についての話をしていたところですね」

「なるほど……」

「ただ、仲間になってくれる相手はまだいないんですけどね……」

 

 僕が苦笑いを浮かべながら言うと、明志さんは『友の書』をチラリと見てから僕に話しかけてきた。

 

「では……私がその第一号になりましょうか?」

「……え? それはとてもありがたいですけど……本当に良いんですか?」

「ええ。出会ってまだ間もないですが、あなたと一緒ならば楽しい毎日を過ごせると確信しましたから。それに、未来ある若者の手助けが出来るのはとても嬉しいですしね」

「明志さん……でも、瑞獣としての仕事とかあるんじゃ……」

「昔ならばそうですが、今の時代はまったくそういうのがありませんから。それに、子を成して次の世代を育てている方々と違って、独り身の私はこうやってぶらつくしかやる事がありませんので、それなら私も誰かの手助けがしたいんです」

「…………」

「柚瑠君。私を仲間にして頂けますか?」

 

 優しくもとても真剣な声で明志さんが問いかけて来た後、僕は一度大きく深呼吸をしてからにこりと笑った。

 

「もちろんです。これからよろしくお願いします、明志さん」

「……はい、こちらこそよろしくお願いしますね、柚瑠君」

 

 そして、僕と明志さんは固く握手を交わした。明志さんの表情は羊のお面でわからなかったけれど、何となく安心したような笑顔を浮かべているような気がした。

 

 最初の仲間が瑞獣か……とても嬉しいけど、これからは僕も明志さんに恥じないような人にならないといけないな……。

 

 握手を交わしながらそう決意していると、シフルさんが優しい笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「では、そろそろ登録に入りましょうか。柚瑠君、最初のページを開いてください」

「あ、はい──開きました」

「そうしたら、先程説明したようにお互いの力をこの白紙のページに注ぎ込んでください」

「わかりました」

「はい」

 

 返事をした後、僕と明志さんは白紙のページに手を置き、集中力を高めるために軽く目を閉じながら『友の書』に自分の力を注ぎ込むイメージを頭の中に浮かべた。すると、僕の中を巡る『力』が腕を通して一気に手まで移動し、掌に空いた穴から『友の書』の中へと注ぎ込まれるイメージが突然頭に過った。

 

 くっ……なんだ、これ……!

 

 そんな事を思いながら体の力が徐々に抜けていくのを感じ、軽く地面を踏みしめた。そして、全てが注ぎ込まれたのを感じた後、僕は安心感を覚えながら静かに目を開けた。

 すると、白紙だったページには筆で描かれた木々が生い茂った山中で静かに佇む明志さんの姿と獬豸について詳細に記された文章が浮かび上がっていた。

 

「これが……登録」

「その通りです。柚瑠君、お疲れ様でした」

「あ……はい、ありがとうございます。でも、誰かを登録する度にこんなに疲れるなら、僕も少しずつ力をつけていかないといけませんね」

「そうだな……でも、兄さんや明志さんもいるし、ゆっくり自分のペースでやってけばいい」

「うん。あまり焦っても仕方ないから」

「そう……ですね」

 

 明志さんのページを見ながらポツリと呟いていたその時だった。

 

『……ほう、ここが居住空間ですか。ふふ、中々居心地の良い場所のようですね』

「……え?」

 

 今、明志さんの声が『友の書』から聞こえてきたような……?

 

 その事に僕が驚いていると、シフルさんはクスクスと笑いながら説明をしてくれた。

 

「居住空間にいる方はこうして本を通して柚瑠君に話しかける事が出来るんです」

「な、なるほど……」

「つまり、居住空間にいる仲間はこうして話しかける事で、柚瑠に外に出してもらうってわけだな」

「そういう事です。さて……明志さん、そろそろこっちに戻ってきますか?」

『そうしても良いですが……もう少しこの空間を見て回りたいと思います』

「あ、わかりました」

 

 明志さんに返事をしていると、シフルさんは僕達を見回してからにこりと笑った。

 

「さて、柚希君には私がお話をしておきますので、現世に戻るのは明日にして、とりあえず今日のところは天上にある私の家に戻りましょう」

「はい」

「ん、了解」

「わかりました」

 

 揃って返事をした後、僕達は色々な話をしながらシフルさんの家に向かって歩き始めた。ひょんな事から始まった僕の新しい人生。これからどんな事が待っているかはまったくわからないけど、陸斗さん達や明志さん達がいれば、どんな事でも乗り越えられると感じた。

 

 でも、頼ってばかりじゃ駄目だ。僕自身も強くなって、色々な人を助けられるようになっていかないと。

 

「……そのためにも明志さんに手伝ってもらって、色々な修行をしよう。そして、この『力』を色々な事に活かすんだ」

 

 この先の目標が定まり、やる気が奥底から湧いてくるのを感じながら、僕はどんな修行をするべきか考えつつゆっくりと歩いていった。




政実「プロローグ、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「今回の話だと明らかになってない事とかありそうだけど、それは次回かな?」
政実「そうだね」
柚瑠「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」


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第1話 新たな人生の始まりと静かなる大妖

政実「どうも、人ならざるモノ達と一緒に住んでみたい片倉政実です」
柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。お互いの常識に慣れるまでは大変そうだけど、楽しそうではあるよね」
政実「だね。人間同士で住むのとはまた違った発見もありそうだし、出来るならやってみたいかな」
柚瑠「ふふ、そっか。さて、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第1話をどうぞ」


「んむ……」

 

 目蓋の裏で光を感じ、僕は目を覚ました。そして、ゆっくりと目を明けて、静かに体を起こした後、周囲を軽く見回してから僕はボーッとしながら呟いた。

 

「……ここは──って、そうだった。僕は昨日から陸斗さん達の息子として新しい人生を歩み始めたんだった」

 

 神様であるシフルさんの手による目覚め、その弟さんである陸斗さんと奥さんの七海さん、そして僕が手にいれた魔導書の『友の書』の仲間になってくれた獬豸の明志さんとの出会い。そんな普通なら起こり得ないような出来事を経て、僕は新たな人生の一歩を踏み出したのだった。

 

「自分の身に起きた事じゃなかったら、完全に物語の中の出来事だと思ってしまいそうだけど、昨日あった事は事実なわけだし、これからは陸斗さん達の息子としてしっかりと生きていかないといけないな」

 

 拳を軽く握りながら決意を新たにしていると、部屋のドアがコンコンとノックされ、それに続いて陸斗さんの声が聞こえた。

 

「おーい、柚瑠。起きてるかー?」

「陸斗さん……はーい、起きてまーす」

「おっ、起きてるな。そろそろ朝飯の時間だから、起こしに来たんだ」

「そうだったんですね。わざわざすみません……」

「ははっ、良いんだよ。こういうのも親子のふれ合いの一つだからな」

「親子のふれあい……」

 

 その言葉を聞き、胸の奥がポカポカしていくのを感じていると、ドアの向こうから再び陸斗さんの声が聞こえてきた。

 

「さて、俺もそろそろ朝飯の準備の手伝いをしに行くかな」

「あ、じゃあ僕も行きます。一人だけ何も手伝わずに食べるわけにはいきませんから」

「ん、わかった」

 

 その返事を聞いた後、僕はベッドから体を出し、ゆっくりと立ち上がってから、机の上に置かれた『友の書』を手に取った。そして、ドアへ向かって歩き出し、ドアをゆっくりと開けると、陸斗さんは僕を見ながらニッと笑った。

 

「よっ、柚瑠。昨日はよく眠れたか?」

「はい。色々な事があったので、眠れないかなとも思ったんですが、ベッドに入って目を閉じたらすぐに寝ちゃってました」

「ははっ、そうか。さて、それじゃあ七海のところに行くか」

「はい」

 

 返事をした後、僕達はゆっくりと階段を降りていき、リビングに入っていった。すると、そこには朝ごはんの準備をしている七海さんの姿があり、七海さんは僕達がいるのに気づくと、にこりと笑いながら声をかけてきた。

 

「おはよう、柚瑠君。体の調子が悪いとかはない?」

「おはようございます、七海さん。昨夜ぐっすり眠ったからか体調は万全みたいです」

「そっか。それなら良いんだけど、もしも何かあったらすぐに私か陸斗君に言ってね?」

「そうだぞ、柚瑠。もう俺達は家族なんだから、遠慮無く色々言ってきて良いからな」

「……はい」

 

 二人の優しい言葉を聞き、また胸の奥がポカポカとしてきたその時、僕はある事を考え、少し不安になりながらそれについて二人に訊いた。

 

「あの……もしもなんですけど、柚希君に全部伝えた後ってどうするんですか? やっぱり、柚希君はお二人の実子ですし、柚希君ともう一度暮らしたいですよね?」

「んー……まあ、真実を伝えた後だし、暮らせるなら一緒に暮らしたい気持ちはあるな」

「そうだね。伝えるのがいつになるかはわからないけど、一緒にいてあげられなかった分の面倒はみてあげたいかな」

「そう……ですよね」

「でも、だからといってお前がいなくなったりする必要なんて無いからな」

「……え?」

 

 陸斗さんの言葉に驚いていると、陸斗さんはニッと笑いながら僕の頭にそっと手を置き、優しく撫でながら言葉を続けた。

 

「さっきも言った通り、お前はもう俺達の家族だ。たしかに血の繋がりは無いけど、それを理由にしてお前と柚希を差別するつもりはない。お前と柚希は等しく俺達の子供なんだからな」

「陸斗さん……」

「そうだよ、柚瑠君。たとえ、また私達と柚希が一緒に暮らす事になったとしても、君だって私達と一緒にいて良いんだよ。柚希だって君を追い出したり除け者にしたりする気はないだろうしね」

「はは、そうだな。最初は色々戸惑うだろうけど、慣れてきたらむしろ自分から世話を焼きにいきそうだよな。アイツ、困ってる相手を放っておけないし、結構世話好きだからな」

「そうだね。私達がまだ生きてた頃、自分が他の事をしてる時でも私達が何か困ってたら、すぐに手伝おうとしてくれたし、絶対にそうなりそうだね」

「ああ。それで、こっちがお礼を言ったら、自分がやりたくてやった事だから、お礼なんて良いって言ってな」

「そうそう」

 

 笑顔を浮かべながら懐かしそうに話す陸斗さん達の様子に少しだけ羨ましさを感じながら僕は話しかけた。

 

「柚希君って本当に良い子なんですね」

「ああ。でも、だからこそ心配なところもあるから、本当ならアイツの事をしっかりと支えてやりたい」

「けど、今の私達じゃそれはなかなかしてあげられない。事情を話すまでは、柚希にとって私達はまったくの赤の他人だから」

「そうですよね……」

「まあ、だからってわけじゃないんだけどさ、もし事情を話すまでの間で柚瑠が柚希と何らかの理由で関わる事があって、何かで悩んでるようだったら、話くらい聞いてやって欲しいんだ」

「歳が離れてる私達よりも歳が同じくらいの柚瑠君なら柚希も悩みを打ち明けやすいと思うから。もちろん、柚瑠君さえよければだけど……」

 

 七海さんが申し訳なさそうに言う中、僕は笑顔を浮かべながら静かに頷いた。

 

「大丈夫ですよ。話を聞いて自分なりの考えを伝えるくらいなら僕にも出来ますから」

「……うん、ありがとう」

「ありがとな、柚瑠」

「どういたしまして」

 

 安心したように微笑む陸斗さん達に対して笑顔を浮かべたまま答えていたその時、僕は明志さんをまだ出していない事を思いだし、『友の書』の明志さんのページを開いた。

 そして、明志さんのページに魔力を込め、明志さんが『友の書』を通って出てきた後、隣に立つ明志さんに僕は話しかけた。

 

「おはようございます、明志さん。すみません、出すのが遅くなっちゃって……」

「ふふ、良いんですよ。その間、私も穏やかな時間を過ごさせて頂きましたから」

「……それならよかったです」

「ふふ、ええ。陸斗さんと七海さんもおはようございます」

「おはようございます、明志さん」

「明志さん、おはよう。そういえば、明志さんはもう朝飯って食べてたか?」

 

 その陸斗さんからの問いかけに明志さんは微笑みながら首を横に振った。

 

「いえ、まだです。昨晩と一緒で皆さんと一緒に食べたいと思っていたので」

「なら、ちょうどよかった。今から俺達も朝飯を食べるところだったんだ」

「たしかにちょうどよかったようですね。では、私も準備を手伝わせて頂きますね」

「ああ、ありがとう。そうだ……それなら、これから明志さんを外に出せない理由が無い時以外は、一緒に飯を食わないか? みんなで食べた方が飯も美味く感じるしさ」

「うん、私も賛成。陸斗君の言う通り、みんなで一緒に食べた方が美味しいからね」

「僕ももちろん賛成です」

「ふふ、私も賛成です。居住空間内にいらっしゃるお手伝いさん達のお料理も絶品ですが、楽しさという調味料に勝る物はありませんから」

「ははっ、たしかにな。よっし……それじゃあ手分けして朝飯の準備をするか!」

 

 その陸斗さんの言葉に揃って頷いた後、僕達はそれぞれの役割を分担し、手分けをして朝ごはんの準備を始めた。

 

 

 

 

 約一時間後、食べ終わった朝ごはんの後片付けを陸斗さん達としていた時、玄関の方からシフルさんともう一つの知らない波動を感じた。

 

「ん……」

「柚瑠君、どうかした?」

「玄関の方からシフルさんの波動を感じるんです」

「兄さんの……ああ、例の計画について何か話したいんだろうし、ちょっと出てきてくれるか?」

「わかりました」

 

 返事をしながら手に付いている泡を流し、手拭き用の布巾でしっかりと手を拭いた後、僕は玄関に向かって歩き出した。

 そして、玄関のドアを開けると、そこにはニコニコと笑うシフルさんと後頭部が異様に突き出た和装のお爺さんが立っており、そのお爺さんの姿に僕が驚いていると、シフルさんはクスリと笑ってから話しかけてきた。

 

「おはようございます、柚瑠君。昨夜はよく眠れましたか?」

「あ……はい、ぐっすり眠れました……」

「ふふ、それならよかったです。昨日は色々あった分、頭が混乱して眠れていないかもしれないと思っていましたから。ところで、明志さんや陸斗さん達はいらっしゃいますか?」

「はい、今は朝ごはんの後片付けをしてますけど……あの、そちらのお爺さんは?」

 

 お爺さんを見ながら訊くと、お爺さんは少し驚いた様子を見せた。

 

「……小僧、まさかとは思うが、儂を普通の人間のじじいと思っとるのか?」

「そうですけど……え、それじゃあお爺さんってまさか人間じゃないんですか?」

「……つかぬ事を訊くが、こんなに後頭部が出っ張った人間がいると思うのか?」

「え……世界のどこかにはいると思うんですけど、いないんですか……?」

 

 僕が首を傾げながら訊くと、お爺さんは本当に驚いた表情を浮かべた後、とても愉快そうに笑い始めた。

 

「はっはっは! 面白い童じゃな! しかし……その様子だと、本当に儂の正体が何かは知らんようじゃな」

「仕方ありませんよ。柚瑠君は昨日目覚めたばかりですし、私の甥のように人ならざるモノ達には明るいわけではありませんから」

「まあ、それならば仕方がないか」

「えっと……シフルさん、結局このお爺さんは一体?」

「柚瑠君、この方は私の友人で『ぬらりひょん』の景光(かげみつ)さんです」

 

 そして、シフルさんは続けて『ぬらりひょん』についての説明を始めた。

 

 

『ぬらりひょん』

 

 秋田県や岡山県にて伝承が伝えられる後頭部が異様に突き出たハゲ頭の和装の老人の姿をした妖。一般的には妖怪の総大将というイメージがあるが、それは後代における誤伝・俗説とされ、今でも謎の多い妖である。

 

 

 シフルさんの説明が終わり、景光さんの事を驚きながら見ていると、景光さんはニヤリと笑いながら僕に話しかけてきた。

 

「まあ、今は様々な家に上がり、その家の者が出してくれた茶や茶菓子を飲み食いしながら世間話に興じて毎日を過ごすだけのじじいだがな」

「え……でも、景光さんなら普通に家に入って気づかれずに色々な物を飲み食い出来るんですよね?」

「ああ、まあな。じゃが、その話より先にシフルの話の方を優先してやれ。来る道すがらに軽く話は聞いたが、お主らにとって大切な計画についての話のようじゃからな」

「あ……わかりました」

 

 返事をした後、シフルさん達と一緒に家の中に入っていくと、キッチンから陸斗さんがひょこっと顔を出した。

 

「いらっしゃい、兄さ──ん、そこの爺ちゃんは……もしかしてぬらりひょんか?」

「ほう、お主はぬらりひょんを知っておったか」

「ああ。俺達の子供が妖怪や神様みたいな人ならざるモノ達の事が大好きでな、その内に俺達もそういうモノ達の知識には強くなったんだ」

「なるほどな。そして、その子供というのがシフルが世話をしている童の事か」

「そうだ。それで、ぬらりひょんの爺ちゃんは一体何の用だ?」

「なに、何か面白い物でも無いかと思いながら天上を歩いておったら、シフルと偶然会い、話を聞いて興味を持ったからついてきただけじゃ。まあ、こうしてついてきたからには、お主らの計画とやらについても協力させてもらうぞ」

「ははっ、ありがとな。さて、それじゃあ洗い物も済んだし、早速話し合いを始めるか」

 

 その言葉に頷いた後、僕達は揃ってリビングに入った。そして、そこにいた七海さんと明志さんに景光さんを紹介した後、僕達は思い思いの席に座った。

 

「さて……それでは話を始めましょうか」

「ああ。それで兄さん、柚希に話はしたのか?」

「はい。陸斗さんの予想通り、家を貸す事には賛成をしてくれましたが、やはり一度会ってみたいとの事だったので、近い内に会う機会を設けるという約束はしました」

「まあ、そうだよな。けど、俺達が下手な事をしなければいいわけだし、そこはまだ良いか。で、いつ会う事にする?」

「そうですね……今度の週末はどうでしょうか?」

 

 シフルさんの提案に陸斗さんはニッと笑いながら頷いた。

 

「問題ない。新しい職場で働き始める前にその事を解決出来るならそれに越した事は無いからな」

「新しい職場……ですか?」

「ああ。柚瑠達にはまだ話してなかったが、俺は今度から兄さんと同じ会社で働く事になってるんだ。流石に働かないわけにもいかないし、兄さん経由で社長さんには話を通してもらってたからな」

「話を通してるって事は、社長さんはシフルさんが神様で陸斗さんが一度亡くなってる方なのをご存じなんですか?」

「はい。実はその会社は私の友人が(おこ)した会社でして、計画の事を話してみたら彼自ら協力を申し出てくれましたよ。彼曰く私には様々な借りがある上、陸斗さんとも面識があるのでそんな私達のために出来る事があるなら是非とも協力をしたいとの事でした」

「面識があるって言っても兄さんの紹介で知り合ってから何回か飲みに行った程度なんだけどな。それでも向こうさんには結構気に入られてたみたいだ。まあ、死んだ後に計画の話し合いをするために一度会いに行ったら椅子から転げ落ちる程驚いてたけどな」

 

 その時の事を思い出しながら陸斗さんがクスクスと笑い、それに対して苦笑いを浮かべた後、僕はある疑問をシフルさん達にぶつけた。

 

「ところで……柚希君にはいつ真実を話すんですか?」

「少なくとも義務教育が終わるまでは話さないつもりです。最低でもその頃なら柚希君も色々と気持ちの整理が出来ているはずですから」

「そうだな。問題はどんな形で打ち明けるかだけど……景光の爺ちゃんはどう思う?」

「ん……儂か?」

「ああ。この問題を一番客観的に見られるのは爺ちゃんだからな。当事者である俺達よりも冷静に考えられる爺ちゃんの意見が欲しいんだ」

「……なるほどな」

「それで、景光の爺ちゃんはどんな形で打ち明けたら良いと思う?」

「そうじゃな……やはり、しっかりとした話の場を設け、当事者であるお主らのみで話すべきだと思う。そして、話すならば早い方が良いだろうな」

「え、どうしてですか?」

 

 僕の疑問に対して景光さんは真剣な表情を浮かべながら答えた。

 

「話そうとする前にその柚希という小僧が命を落とさんという確証は無いからな」

「あ……」

「何かの事故や他者の悪意によって命を落とした後、この天上にて話をするという手ももちろんある。じゃが、柚希にも生きている内に両親と共にしたかった事や話したかった事はあるはずじゃし、命の落とし方次第では真実を伝える前に転生をさせんといかん場合もある。そうじゃろ、シフル?」

「はい。そういった場合はもちろんあります」

「よって、義務教育が終わってからというお主らの意思は尊重するが、出来るなら成人するまでには伝えた方が良いじゃろうな」

「なるほどな……アドバイス感謝するぜ、景光の爺ちゃん」

「礼には及ばん。しかし……真実を伝える事で柚希は少なからずショックを受けるはず。それについてはどうするつもりだ?」

 

 景光さんが真剣な表情を浮かべながら訊くと、陸斗さんと七海さんは確信に満ちた目をしながら答えた。

 

「その時はしっかりと謝るし、柚希が嫌がっても傍にいるさ」

「そうだね。今まで愛情を注いであげられなかった分、一緒に話したり何かしたりしてあげないといけけないから」

「え……でも、それって解決になってるんですか?」

「んー……まあ、なってないのかもしれないな」

「だったら──」

「でも、柚希が受けたショックをどうにかしてやれる正しい解決法なんてのは初めから無い。

 今のアイツの中には俺達を亡くした事による喪失感や自分にはいない両親とのふれあう他の子供達を見た事による羨望なんかがあり、真実を伝えた後も自分が本来いたはずの場所にいる柚瑠に対して色々な思いを抱くと同時に仕方なかったとしてもそれまで真実を黙っていた俺達にも色々な思いを抱くはず。そんなアイツの心の傷や隙間をどうにかしてやるなんて誰にも出来やしないんだよ」

「だから、私達は私達に出来る事を精いっぱいするだけだよ。過ぎ去った過去はどうにも出来なくても未来は自分達の手で作っていけるからね」

「未来を自分達の手で……」

 

 七海さんの言葉を繰り返していた時、陸斗さんは僕の頭の上にそっと手を置いた。

 

「ああ。そして、その未来にはお前も絶対にいる。柚希からしたらすごく複雑だろうけど、真実を話した後にアイツがお前を拒絶するとは思ってないからな」

「どうしてそこまで確信出来るんですか?」

「それがアイツだってわかってるから、そして信じてるからだよ。アイツとはたった4年しか一緒にいられなかったけど、それでもアイツの事はわかってるつもりだ。

 もちろん、わかってない事やわかってやれてないところはあるだろうけど、そこはこれからゆっくりとわかってやればいい。それが俺達が唯一してやれる事だからな」

「……それが家族っていう物なんですね」

「まあ、家族の形はそれぞれ違うだろうけど、俺達の場合はそうだと思ってる。お互いに言いたい事を言い合えなかったりしたい事をし合えなかったりするのは寂しいし、実の家族である俺達が他の誰よりもアイツの事を信じてやってわかってやりたいからな。

 その上で正しい行いは応援し、間違った行いは正す。状況によって正誤は変わるだろうけど、その判断を下す前に話はしっかりと聞くつもりだしな」

「…………」

「だから、柚瑠も言いたい事があったら遠慮無く言ってくれて良いし、何かしたい事があったらやってみてくれ」

「間違ってると思ったら私達なりの意見は言うけど、基本的にはどんな事でも応援するつもりだから」

「……わかりました」

 

 陸斗さん達の温かい言葉に頷きながら答えていた時、その温かさで僕の気持ちが落ち着いていくのを感じた。

 たしかに家族の形はそれぞれで、陸斗さん達の思う形を否定する人もいるかもしれない。でも、少なくとも僕は陸斗さん達の思う家族という物が好きだ。お互いに意見を自由に言い合えて、正しい事は応援し合い、間違っていると思う事はしっかりと話し合う。

 それが出来るのは、やっぱりお互いがわかり合おうとしているから、そして信じ合おうとしているからなんだと思う。

 

 この人達と家族になれて本当に良かった。でも、陸斗さん達に甘えるだけじゃなく、僕自身も陸斗さん達から頼られ、信頼されるような存在にならなくちゃ。

 

 拳を軽く握りながらそう思っていると、その姿を見ていた景光さんがくつくつと笑い始めた。

 

「……現代においてお主らのような人間がまだいようとはな。人間もまだまだ捨てた物では無いという事か」

「その言い方……爺ちゃん、あんた人間との間に何かあったのか?」

「いや、儂自身に何かあったわけではない。しかし、様々な場所を訪れていく中で人間によって住みかを追われたり辛い目に遭ったりした妖や獣と出会う事もあっただけじゃ」

「……たしかに現代は妖怪や野生の動物達にとって生きづらいかもしれませんね」

「ああ。そして、そんな奴らの話を聞く内に、儂も次第に人間達に対して失望をし始めていた。もちろん、人間の中には自然や動植物にも目を向ける者や古より伝えられる話を後世まで伝えようとする者もいる。しかし、自分達以外のモノ達を(ないがし)ろにするだけでなく、同じ人間すらも己の欲を満たすための道具として見ており、それを悪いとすら感じていない者もおるし、他者と関わるという事を自ら拒む者や他者の好意をわざと悪意として受けとる者もおる。

 昔に比べ、文明や科学などは進化したかもしれんが、他者を慈しむ心や関わり合おうとする気持ちは退化しているように感じていたのじゃよ」

「…………」

「じゃが、どうやらお主らは違うようじゃ。話を聞く限り、共に生きるという事の意味や大切さをしっかりと理解しているようじゃからな」

「景光さん……」

 

 景光さんの言葉を聞きながら景光さんをじっと見ていたその時、景光さんは僕に視線を移した。

 

「小僧──いや、柚瑠。儂をお主の仲間に加えてはくれぬか?」

「え……それは嬉しいですけど、本当に良いんですか?」

「ああ。旅をする前に部下や家族達には別れを告げておるし、お主らのこれからに興味が湧いたからな。どうせ特に目的も決めずにしておった旅じゃ。そろそろそれを打ちきり、今までに得た知識や経験をお主らのために使うのも悪くなかろう」

「景光さん……」

「さて……柚瑠、お主の気持ちを聞かせてもらえるか?」

 

 景光さんの言葉に少し緊張を覚え、どうしようと思いながらふと陸斗さんと七海さんに視線を向けると、二人はまっすぐな目をしながらこくんと頷いた。

 

 ……二人とも僕の気持ちを尊重しようとしてくれてる。僕なら正しい選択が出来ると考えてくれてる。だったら、僕はその想いに応えるだけ。

 

「……こちらこそよろしくお願いします、景光さん」

「……ああ、よろしく頼むぞ、柚瑠」

 

 僕達が微笑みながら握手を交わしていると、明志さんはにこにこと笑いながら僕に話しかけてきた。

 

「ふふ、また食卓が賑やかになりそうですね」

「はい。でも、いつかはもっと賑やかになれば良いなって思ってます。この先僕達の仲間になってくれるモノ達だけじゃなく、シフルさんや柚希君も加えたみんなで何かを話しながら一緒にご飯を食べられる。そんな未来に出来るようにしていきたいです」

「ええ、そうですね」

「そんな未来に出来るように私達も精いっぱい頑張らないといけないね」

「ああ。でも、そのためにもまずはこの計画をしっかりと成功させないといけないな」

「うむ、そうじゃな。さて……では、そろそろ登録とやらに移るか、柚瑠よ」

「あ、はい……って、どうして登録の事を?」

 

 僕が首を傾げながら訊くと、景光さんはくつくつと笑いながら答えてくれた。

 

「なに、ここに来る途中にシフルからその魔導書や登録についての話を聞いただけじゃ。じゃが……今思えば、シフルが儂を柚瑠の仲間にするために話をしたようにも思えるが?」

「ふふ、それはどうでしょうね」

「……まったく、いつも通り掴み所の無い奴だ。じゃが、この出会いをもたらしてくれた事には感謝せんといかんな。さて、話は一度ここまでにして、そろそろ登録に移るぞ、柚瑠」

「はい!」

 

 大きな声で返事をした後、僕は白紙のページを開き、そこに景光さんと一緒に手を置いてから目を閉じた。そして、自分の『力』を注ぎ込むイメージを浮かべると、僕の中の『力』が掌の穴を通って『友の書』に流れ込んでいくイメージが頭の中に浮かび、それと同時に体の力が抜けていくのを感じた。

 けれど、それをどうにか耐えるためにしっかりと足で踏ん張っていると、その内に全てが注ぎ込まれたという感覚があり、僕はゆっくりと目を開けた。

 するとそこには、和室の中心に敷かれた座布団に座りながら穏やかな表情でお茶を飲む景光さんの姿とぬらりひょんについての詳細な情報が浮かび上がっていた。

 

「ふぅ……何とか今回も登録出来た……」

「お疲れ、柚瑠。けど、この先も仲間を増やすなら、少しでも体力をつけた方が良さそうだな」

「そうだね。後、妖怪や神話に出てくるモノ達についての知識も増やした方が良いかな。明志さんと景光さんは友好的な方だけど、必ずしも人間に友好的なモノばかりでもないからね」

「そう……ですね……」

 

 そうだ。人間にも色々な人がいるように人ならざるモノ達にも色々いる。中には人間に危害を加えてくるモノだっているんだ。でも、出来るならそういうモノ達とも仲良くしたい。甘い考えなのかもしれないけど、話す事でわかり合える相手だっているはずだから。

 

 そう思いながら決意を新たにした後、僕は景光さんのページに魔力を注ぎ込んだ。そして、『友の書』から景光さんが出てきた後、僕は景光さんに話しかけた。

 

「景光さん、居住空間はどうでした?」

「うむ、あらゆる力が程よく混じり合いながら流れていて中々住みやすいと感じたぞ」

「それなら良かったです。景光さん、改めてこれからよろしくお願いします」

「うむ、こちらこそよろしく頼むぞ」

 

 そして、僕達が再び握手を交わしていると、シフルさんはにこにこと笑いながら僕達に話しかけてきた。

 

「さて、景光さんも新たに仲間に加わった事ですし、親睦を深めるためのお茶会でもしませんか?」

「お、それは良いな」

「うん、私も賛成」

「私ももちろん賛成です」

「僕も良いと思います」

「無論、儂もな」

「わかりました。では、全員で手分けをして準備をしましょうか」

 

 その言葉に揃って頷いた後、僕達はそれぞれの役割を話し合ってから準備を始めた。そして、準備をする傍ら、僕がみんなの方をチラッと見てみると、人間である陸斗さん達と神様や瑞獣であるシフルさんと明志さん、妖怪の景光さんが種の壁なんて感じずに力を合わせている光景が目に入り、それに対して安心感を覚えながらクスリと笑った後、僕は割り振られた役割を果たすために作業を開始した。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「この感じだと、遂に次回柚希君と出会う感じかな?」
政実「その予定かな」
柚瑠「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」


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FIRST AFTER STORY 大妖と絆紡ぐ箏の音

政実「どうも、人ならざるモノとの出会いを果たしたい片倉政実です」
景光「ぬらりひょんの景光じゃ。これは……向こうでもやっておる奴じゃな?」
政実「はい。改めて説明をすると、このAFTER STORYは主人公の仲間になってくれたモノ視点で進む各話の後日談的な物で、こっちでは景光さんスタートです」
景光「なるほどな。さて、ではそろそろ始めていくとするか」
政実「はい」
政実・景光「それでは、FIRST AFTER STORYをどうぞ」


「……ふぅ、今日も茶が美味いな」

 

 柚瑠達と出会った翌日の昼過ぎ、リビングの椅子に座りながら淹れてもらった茶を啜っていると、その姿を見た陸人がソファーに座りながらクスクスと笑い始めた。

 

「柚瑠の仲間になったのが昨日の事なのに、もうすっかり馴染んでるな。流石はぬらりひょんってところか?」

「さてな。しかし、こうしてしっかりと存在を認識された上でのんびりとするのは久しぶりじゃ。昨日までは色々な家をただ渡り歩いておったからな」

「ぬらりひょんってそういう妖怪だもんな。それじゃあ今みたいな形で誰かと茶飲み話をするのは久しぶりなわけか」

「うむ。たまにこの天上に来た時は、儂の事を視る事が出来る奴がおるから、今のように話をしながらのんびりと飲み食いをしていたが、下界はそうもいかん。

今の下界は儂らのようなモノ達が住みづらい世界になっている上、そもそも儂らを視認出来なかったり存在自体を信じない者もおる。そのため、下界で誰かと茶飲み話を出来る機会など中々無かったな」

「そうか……」

「じゃから、儂も最近はあまり下界での旅はせずに、天上をぶらつく事が多かったんじゃ。そして、久しぶりにシフルの奴に会いに行こうと思っとったら、偶然会った奴から例の話を聞き、興味を持ってついてきたというわけじゃな」

「なるほどな……」

 

 儂の話を聞いた陸人が納得顔で頷いていた時、リビングに七海が入ってくると、陸人は微笑みながら七海に話しかけた。

 

「七海、柚瑠はどうだ?」

「眠ってる。やっぱり、まだ目覚めたばかりだから慣れない事ばかりで疲れが溜まってるのかも。今は明志さんが傍にいてくれてるよ」

「そっか。まあ、最近まで柚瑠はずっと魂のままだったからな。こればかりは仕方ないさ。とりあえず今はゆっくり寝かしてやろう」

「うん。それじゃあ私は柚瑠君が起きそうなタイミングですぐにおやつを出せるように準備でもしようかな。陸人君、何かリクエストはある?」

「そうだな……七海の作る物なら何でもって言いたいところだが、そういう回答は作る側にとって一番困るわけだしな。ここは久しぶりに紅茶のクッキーにしようか。この前、兄さんが知り合いの神様から良い茶葉を貰ってたみたいだから、それを使わせてもらおう」

「わかった。景光さんもそれで良いですか?」

「うむ。しかし……お主らは本当に夫婦仲が良いんじゃな。たまに相手への不満を感じたりはせんのか?」

 

 その儂の問いかけに対して陸人は笑みを浮かべながら迷う事無く答える。

 

「しないな。七海とは本当に小さい頃からの付き合いだからどういう性格でどんな考え方をしてるかわかるっていうのもあるけど、俺達は相手の事を考えながら過ごすようにしてるから、七海に対して不満なんて感じた事は無いよ。そもそも俺が仕事に行ってる間に家の事をやってくれてる相手に不満なんて感じる方が失礼だしな」

「私も陸人君に不満を感じた事は無いです。陸人君にはいつもお仕事を頑張ってもらってましたし、家事を手伝ってもらう時がありますから、不満を感じる方がおかしいかなと」

「なるほどな……そういった考え方が自然に出来ておるから、お主らは常に仲睦まじくしていられるわけか」

「まあ、そうだな。それに、俺は勝手な考えや行動で七海を悲しませるつもりもないし、七海が悲しそうにしてるところなんて見たくない。大切な存在だからこそいつも笑っていてほしいんだ。七海には笑顔が一番似合うしな」

「陸人君……ふふ、でもそれは私も同じだよ。陸人君には結構お願いを叶えてもらってるし、これ以上に望む事なんて無い。

これ以上の事を望むなんてあまりにも強欲(ごうよく)だと思うし、それがきっかけで陸人君が苦しんだり傷ついたりするのは耐えられない。陸人君にはいつも明るく元気でいてほしいし、陸人君だって笑顔が一番似合うからね」

「七海……ああ、ありがとうな」

「ふふ、こちらこそありがとう、陸人君」

 

 笑い合う二人の笑みはとても幸せそうな物で、その姿から二人が本当にお互いの事を思いやり、お互いの幸せを心から願っているのがハッキリとわかった。

 

「……お主らの間には本当にたしかな繋がりがあるんじゃな。相手を自分に繋ぎ止めようとする呪いのような物ではなく、相手をしっかりと思いやりながら支え合おうとする温かな絆がな」

「そんな大層な物じゃないさ。そういえば、景光の爺ちゃんにはそういう相手はいないのか?」

「そうじゃな……旅をする前に別れを告げてきた家族や部下も大切な存在じゃが、それ以外で言うならばたった一人だけそう言える相手はおったな」

「おっ、そうなのか。それで、どんな相手なんだ?」

「お主らと同じ人間じゃよ。それもとても変わった奴じゃった」

 

 湯飲みの茶を一口飲んだ後、儂はその時の事を思い出し始めた。

 

「あれは儂が旅を始めて少し経った頃だ。元々、儂は旅を始める前は部下達や息子達と共に瓦版屋をしておってな。その時の癖か何か珍しい情報を聞きつけたら、すぐにそこに向かうようになっていた。

その時もそうで、人間達が山中にある集落にたった一人で住んでいる変わった人間の話をしていた時、その人間に興味が湧き、儂はすぐにその場へと向かった。

そして、その集落に来てみると、そこは空き家ばかりが並ぶ物悲しい場所で、すぐにでも消滅集落となり得るような場所だった。儂は様々な家の中を覗きながら歩き、件の人間の事を捜した。すると、どこからか箏の音色が聞こえ、儂がその音色を頼りに家を探し当て中を覗くと、そこには作務衣姿で箏を弾く銀髪を麻紐で結った年老いた男がいた」

「つまり、その爺ちゃんが噂の変わり者ってわけか」

「うむ。其奴は儂が見ているのにも気づいていない様子で箏を弾き、儂も演奏中に話しかける気は無かったため、演奏が終わるのを縁側に座りながら待つ事にした。

そして演奏が終わり、其奴は満足そうな顔をしながら頷き、ふとこちらに顔を向けると、ようやく儂がいる事に気づいたらしく、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに興味深そうな表情を浮かべながら話しかけてきたのだ」

「そのお爺さんは景光さんがぬらりひょんだという事は気づいていたんですか?」

「いや、気づいてはおらんかった。それで、痺れを切らした儂が正体を明かすと、其奴はまた一瞬驚いた程度ですぐに何事も無かったかのように話を始めた。

それには儂の方が驚いてしまってな、妖が目の前にいる事について恐怖などは感じないのかと訊いても、本当に恐怖を感じてはいなかったようで、儂はこやつは本当に変わり者だと思ったよ。お主らのように人ならざるモノとの関わりがあったわけでもなく、霊力などを有していたわけでも無かったしな」

「なるほどな……」

「儂はそんな奴に興味が湧き、しばらくその集落の内の一軒を借りて、奴の生活の様子を見てみる事にした。あそこには水質のよい井戸や果実の生る木も生えておったし、儂が見つけた家にはまだ寝具も残されておったから、生活を送るのは難しい事では無かったからな。

そして、奴の生活の様子を見てみると、奴は朝昼晩の三食を食べたり近くの川で体を洗ったり夜になって眠る以外の時間はずっと箏を弾くか箏曲を作るかしており、儂は奴にこんな生活は飽きないのかと訊いたが、奴は飽きるどころかその生活がとても満ち足りた物だと感じていた。まあ、世間から離れてしたい事をし続けられる生活はとても満ち足りているだろうな」

 

 その時の奴の顔を思い出して懐かしさを感じていると、陸人は顎に手を当てながら不思議そうに呟く。

 

「けど、不思議だよな。どうしてその爺ちゃんは一人でそこに住んでたんだ?」

「奴が言うには、あそこには移り住んだらしい。若い頃は別の地方にいたようだが、そこでの暮らしが奴には窮屈だったらしく、若い内に身辺整理をしっかりと行った上であの箏だけを持って安住の地を探した結果、あの集落に辿り着いたとの事だ」

「箏だけを持って……その人にとって箏はとても大事な物だったんですね」

「幼い頃に親から贈られ、それ以来ずっと弾いてると言っていた。奴にとっては無二の親友のような物だったのだろうな。奴があそこに移り住んだ頃はまだ他にも住民はいたらしく、時には自身の演奏を他の者にも聴かせていたと言っていたな」

「そっか……それからずっと住んでたって事は、ようやく安住の地を見つけられたわけだな」

「そうだな。それから集落に以前から住んでいた女子(おなご)夫婦(めおと)になり、子宝にも恵まれ、とても幸せな毎日を送っていたという。じゃが、その内に若い者は徐々に村を離れ、年寄り達は病や寿命で亡くなっていき、とうとう其奴の奥方も亡くなった。そして、最終的に奴一人のみが残ったわけじゃ」

「でも、子供はその爺ちゃんに声はかけなかったのか? 自分達と一緒に住まないかってさ」

「かけては来たようじゃが、奴自身がそれを断ったのじゃ。安住の地であるあそこを離れたくないという一心でな」

「そうだったんですね……」

「その選択に後悔をしていないかと訊いた事もあったが、奴はまったく後悔をしていなかった。やはり、奴にとってはあの集落こそが一番安らげる場所だったのだろう。まったく……白金(しろかね)の奴は本当に変わり者じゃったな」

「白金……それがその爺ちゃんの名前なのか?」

「いや、それは奴の楽士としての名じゃ。本名は他にあったようじゃが、あの地に住む際にその名は捨てたと言っていた。名前自体を忌み嫌っていたわけではないようだが、その時の自分はもう捨て、今は一人の楽士として生きていると言っていたから、過去との決別の意味があったのだろう」

 

 その話をする白金のスッキリとした顔を思い出し、小さくため息をついていると、七海はどこか羨ましそうな表情を浮かべた。

 

「でも……そうやって何からも縛られずに生きられるのは良い事ですよね。もちろん、ルールは必要になりますけど、必要以上のルールは設けずに生活出来るのはなんだか羨ましいかもしれませんね」

「うむ。引き締めるところはしっかりと引き締めるが、必要以上の事には縛られない。誰もがそういった生活を送れるなら良いのだが、そうもいかんからな」

「だな。それで、景光の爺ちゃんはそこにいつまでいたんだ?」

「そうじゃな……だいたい二年くらいはおったな。儂も旅の最中じゃったから、そろそろまた旅立とうと思い、その前日に白金にその事を話しに行った。奴はそれを聞いても特に驚いた様子も見せず、いつかそうなると思っていたと言っておった。

そしてその日の夜は、奴の家で酒盛りをしたのじゃが、その時に儂は本当にあの地を離れるつもりは無いのかと問うた。奴はそれに対して首を横に振った後、こんな事を言い始めたのじゃ。

『私がこの地にここまで拘るのは、私がこの地を安住の地として留まる事を決めたからだけではなく、何か運命のような物がそうさせているのかもしれない。まあ、本当にそうなのかはわからないが、私がここに留まる事で後に誰かが助かるのなら、私はここにいた意味があったのだろうね』

とな」

「運命のような物が、か……」

「まあ、奴も言っておったように本当にそうなのかはわからん。じゃが、少なくとも奴があそこにいた事で儂がとても有意義な二年間を過ごせたのは間違いない。これまで様々な人間を見てきたが、出会いに感謝した人間は白金とお主らくらいじゃからな」

「はは、そっか。そう言ってもらえるのは嬉しいもんだな」

「そうだね。そういえば、それから白金さんには会いに行ったりはしたんですか?」

「いや、行っておらんな。行ってみても良かったんじゃが、各地を巡っておる事で中々あそこまで行く機会も無くてな、あれ以来白金には会っておらんよ」

「そっか……けど、また会いたいとは思わないのか? 会いたいなら兄さん達の力を借りれば簡単に会いに行けると思うぜ?」

 

 陸人の問いかけに対して儂は首を横に振る。

 

「そうだろうな。じゃが、こう言ってはなんだが、奴もそろそろこちら側に来そうな程の歳じゃからな。待っておればいずれ天上で会う事もあるじゃろうし、その時を気長に待つわい」

「そうですか……」

「まあ、誰にでも等しく死は訪れるからな。それに、その白金っていう爺ちゃんは結構善人そうだし、この天上に来そうな気はするよな」

「うむ、そうじゃな。そして、白金に別れを告げ、旅を続ける中で儂は偶然シフルと出会い、今のような仲になったのじゃが、まさかあそこまで腰の低い神がいるとは思わんかったわい」

「兄さんはそういう奴だからな。基本的に誰に対して穏やかで優しいけど、怒る時には声を荒げはしないけどしっかりと怒る。それでいて正直者だし、時には子供っぽい悪戯も好き。そんな兄さんだからこっちでも下界でも色々な奴から好かれたんだろうな」

「そうかもしれんな。そして、旅の中で儂は自分自身も様々な人間の姿を見かけ、旅の中で出会った妖達から昨今の人間についての話を聞いたが、時が経つに連れて人間達は徐々に変わっていった。

我らを恐れず信じなくなったのもあるが、自分以外の動植物をまるで奴隷のように扱う者や同じ人間すらも自身の欲求を満たすために利用する者も確実に昔よりも多くなっていた。

その姿を見た儂は人間に対して失望し始めていたが、それでも完全に失望しなかったのは、やはり白金がおったからだと思っておる。どこかにきっと奴のような人間もいるだろうという希望を抱き続けられたのは、間違いなく奴のおかげじゃな」

「そっか。それで、天上に来る機会が増えて、久しぶりに兄さんに会いに行こうと思ったら俺達と出会って今に至るわけだな」

「うむ。白金と同じように善良な人間であるお主らと出会い、こうして仲間になれたのは本当に幸運だったと思っておるさ」

「ははっ、そう言ってもらえて嬉しいよ。けど……」

 

 その瞬間、陸人の顔が曇る。

 

「息子達に対して隠し事をしてる俺達は本当に善良と言えるのかな」

「その話はシフルの奴から軽く聞いたが、内容が内容だけに仕方ないだろう。お主らの実子の件もそうだが、()()()()も今は話すべきでは無いだろうからな」

「はい……話すとすれば、義務教育が終わる頃だろうとは思っているんですが、話した時に柚瑠君がどう思うかが心配で……」

「まあ、他の者であればそうかと思う事かもしれんが、柚瑠はどうかわからんからな。じゃが、いつかは話さんといかんからな。その時が来るまでに気持ちの準備をしておくしかあるまい」

「……だな。それが柚瑠と共に歩む事を決めた俺達の為すべき事だからな」

「うん。その時に柚瑠君がどう思うかはわからないけど、柚瑠君の事をしっかりと支えられるようにはしておこう」

「ああ。景光の爺ちゃん、話を聞いてくれてありがとうな。爺ちゃんがいてくれて本当に助かったよ」

「礼などいらんさ。そうする事を選んだのは儂じゃからな。陸人、七海、柚瑠だけでなくお主らの事もしっかりと支えていくつもりじゃから、これからもよろしく頼むぞ」

「ああ、よろしくな」

「よろしくお願いします、景光さん」

 

 そうして陸人達と笑いあった後、七海は柚瑠が起きてきた時用のおやつの準備を始め、儂と陸人は再び話を始めた。

旅の最中に出会った白金と旅の果てに出会った柚瑠達。この二つの出会いが無ければ、儂は人間に対して失望をしたままつまらん余生を過ごしていたかもしれない。そう考えるならばやはりこの奇跡のような出会いには感謝をせねばならないだろうな。

 

 もっとも、この先も様々な出会いがあるじゃろうがな。くく……さて、果たしてどのような出会いがあるのか今から楽しみにさせてもらおうか。

 

 陸人と話しながらこの先の未来で出会うであろうモノ達の事を考え、ワクワクしてくるのを感じた。




政実「FIRST AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
景光「今回は儂の過去についての話じゃったが、あちらでもこちらでも最初に仲間になったモノから始めていないのは何か理由があるのか?」
政実「そんなところです」
景光「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価なども待っておる故、書いてくれるなら嬉しいぞ。よろしく頼む」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていきましょうか」
景光「うむ」
政実・景光「それでは、また次回」


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第2話 柚瑠と柚希

政実「どうも、高め合うライバルのような存在が欲しい片倉政実です」
柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。ライバルかぁ……たしかにそういう関係の人がいたら、色々頑張ろうっていう気になるよね」
政実「そうだね。まあ、自分自身は本当にまだまだだけど、いつかそうやって切磋琢磨し合える仲になれるような相手と出会えたら良いなとは思ってるよ」
柚瑠「ふふ、そっか。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第二話をどうぞ」


 陸斗さん達の息子さんである柚希君と会う予定の日、陸斗さん達が用意してくれた服に着替え、身嗜みにおかしなところがないかを確認していると、その様子を見ていた明志(あかし)さんはクスクスと笑い出した。

 

「柚瑠君、そんなに確認しなくても大丈夫ですよ。身嗜みはしっかりとしていますから」

「そ、そうですか……?」

「うむ。それよりもその緊張を早く解しておけ。変に緊張をしている方が怪しく見られるぞ?」

「あはは……それはわかってるんですけど、陸斗さん達が頑張ってる中、僕が変な事を言ったり動揺したりするわけにはいかないと思って……」

「まあ、気持ちはわかるがな。じゃが、お主は今は一人の幼子じゃ。今回は儂らは手助け出来んが、何かありそうな時にはシフル達も助けてくれるのだから、あまり心配せずに行くと良い」

「景光さん……わかりました」

 

 景光さんの言葉に頷きながら答えていた時、部屋のドアがコンコンとノックされ、僕がドアをゆっくりと開けると、そこには外出の準備を終えたらしい陸斗さん達の姿があった。

 

「柚瑠、準備は出来たか?」

「はい。天斗さん達はもうあちらに着いているんですか?」

「うん。さっき、連絡があったよ」

「それならそろそろ行かないといけませんね」

「そうだな。それじゃあ……明志さん、景光の爺ちゃん、行ってくるな」

「はい、行ってらっしゃい」

「留守は儂らがしっかり守っておるから、安心して行ってくると良い」

「わかりました」

「それじゃあ、行ってきます」

 

 それに対して明志さん達が頷いた後、僕は部屋を出て陸斗さん達と一緒に歩きだし、そのまま玄関に向かう。そして、玄関のドアをゆっくりと開けると、そこにはにこにこと笑うシフルさんの姿があった。

 

「皆さん、おはようございます」

「あ、おはようございます。シフルさん」

「天斗さん、おはようございます」

「おはよう、兄さん。柚希の調子はどうだ?」

「健康面精神面共に良好です。ただ、少し緊張しているみたいです」

「まあ、そうだよな。アイツからしたら、俺達は初めて会う相手だし、一応アイツの方が立場は強いとしても性格的に緊張するか」

「そうですね。とりあえず今は家の中で待ってもらっているので、そろそろ参りましょうか」

 

 その言葉に揃って頷くと、シフルさんはゆっくりと背後を向く。すると、シフルさんの目の前に突然銀色に輝くドアが現れ、僕は心から驚いた。

 

「え……ド、ドア……?」

「ふふ、こんな物が突然出てきたら驚きますよね」

「兄さんはこうやって色々な場所に瞬時に移動出来るんだよ。だから、このドアをくぐったらすぐに下界の俺達が住んでいた家の前に着くはずだ」

「そ、そうなんですね」

「さて、それでは参りましょうか」

 

 その言葉に頷いた後、僕達は靴を履いて外に出てから銀色のドアをくぐった。すると、目の前には緑色の屋根に茶色のドア、少し広めの庭などがある大きな家があり、僕がその家をボーッと眺める中、陸斗さんと七海さんは懐かしそうな様子で話し始めた。

 

「……俺達が死んでからまだそんなに経ってないけど、この家がなんだか懐かしく感じるな」

「そうだね。つい二ヶ月前くらいまでは柚希と一緒にここで暮らしてたわけだから」

「陸斗さん……七海さん……」

「さて、それじゃあ早速我が息子との再会と行くか。柚瑠、今から俺は乙野陸久(おとのりく)で七海は乙野南海(おとのなみ)だから、うっかり陸斗さんとか七海さんって呼ばないように注意しろよ? まあ、いざという時には俺達もフォローはいれるけどな」

「わかりました」

「よし……それじゃあ行こうぜ、みんな」

 

 緊張しながらも僕は七海さんと一緒に陸斗さんの言葉に頷く。そして、シフルさんがスッと玄関の前に立ち、ゆっくりとドアを開け始める中、僕の心臓がドクンドクンと大きな音を立てていると、僕の手が突然優しく握りこまれた。

 

「え……?」

 

 それに驚きながら視線を向けると、七海さんがにこりと笑いながら僕に視線を向けていた。

 

「七海さん……」

「大丈夫。たしかに緊張はするかもしれないけど、柚希は悪い子じゃないし、気遣いなんかも出来る子だから、何かに気づいても騒ぎ立てるような事はしないはず。だから、今から同い年の子に会うくらいの気持ちでいても大丈夫だよ」

「……はい、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 七海さんと笑い合った後、完全に開けられたドアをくぐってシフルさんと陸斗さんが家の中に入っていくのに続いて僕達も家の中に入っていった。

 

「柚希君、ただいま戻りました」

「はーい」

 

 家の中に向けて言ったシフルさんの言葉に対して返ってきたのは、僕と同じくらいの幼い子供の声だった。恐らくこの声が柚希君の声なのだろう。

 

 でも、なんだか不思議だなぁ……柚希君の声は初めて聞いたはずなのに、どこか懐かしくて落ち着くような感じがする……。

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていくと、シフルさんは穏やかな表情のままでリビングのドアを開けた。そして、そのまま中に入っていくと、リビングの中央にある五人分のお茶が載せられたテーブルの横にはとても同い年とは思えない程落ち着いた一人の男の子の姿があった。

 短い黒髪に雪のように白い肌、幼い子らしい華奢(きゃしゃ)な体をしていたけれど、その顔つきと雰囲気はどこか陸斗さんと七海さんを思わせる物があり、二人の実子だというのが見ていてハッキリわかる程だった。

 

 この子が柚希君……でも、やっぱり不思議だ。初めましてのはずなのに、初めましてじゃないような感じがする……?

 

 僕がそんな事を考え、柚希君も僕を見ながら少し不思議そうな表情を浮かべる中、シフルさんはにこりと笑いながらその子に話しかけた。

 

「お待たせしました、柚希君。一人で待っているのは退屈では無かったですか?」

「あ……いえ、大丈夫ですよ。そんなに待っていたわけじゃないですし、一人の時間というのもたまには良い物ですから」

「ふふ、そうですか。さて、それでは紹介しますね。こちらが私の友人で乙野陸久さんと乙野南海さん、そしてお二人のお子さんである乙野柚瑠君です」

「初めまして、柚希君」

「柚希君、初めまして」

「は、初めまして……」

「……初めまして。遠野柚希といいます。どうぞよろしくお願いします」

 

 僕達の挨拶に対して柚希君は優しい笑みを浮かべながら答えていたけれど、その笑みはどこか哀しそうな物であり、波動にもそれがしっかりと現れていた。

 でも、それは仕方ないと思う。柚希君からすれば僕達は赤の他人で、柚希君にとって思い入れのあるこの家に住もうとしている人間達だから。そして、柚希君が望んでももう手に入らない家族の形を目の当たりにしているのだから。

 

 ……正直な事を言えば、もう全部柚希君に話してしまい、柚希君には陸斗さん達との幸せな日々を取り戻してもらいたい。

 でも、それは陸斗さん達への裏切りになる。陸斗さん達だってそうしたい気持ちでいっぱいな中でも柚希君の事を想ってこの決断をしたんだ。だから、僕もここはグッとこらえよう。

 

 そう思いながら話したい気持ちを抑え込んでいると、シフルさんはにこりと笑いながら僕達に話しかけてきた。

 

「さて、それでは早速お話に入りましょうか。皆さん、椅子にお座りください」

 

 その言葉に対して僕達は頷き、僕達三人と柚希君達で向かい合うような形で椅子に座る。そして、シフルさんはお茶を一口飲み、にこにこと笑いながら僕達を見回した後、静かに口を開いた。

 

「まず、柚希君にお訊きしたいのですが、実際にお会いしてみての乙野さん達の印象はどうですか?」

「……はい、とても良い方々だなと思いましたし、乙野さん達ならこの家を大事に使ってくれそうだと感じました」

「ふふ、それならよかったです。実際、乙野さん達はとても良い方ばかりですし、私としても問題はないと思います。そもそも乙野さん達が悪い人だと感じていたのなら、この話も最初から考えていませんしね」

「はは、そうだろうな。天斗は結構分け隔てなく接する方だけど、相手に悪意があると感じた時は初めからあまり関わらないようにするからな」

「ええ、そうですね。それでは、柚希君も正式にこのお家を乙野さん達に一時的に使って頂くという事で良いですか?」

「はい、大丈夫です。皆さん、この家の事をよろしくお願いします」

 

 柚希君が僕達に向かってゆっくりと頭を下げる。その姿から柚希君が本当にこの家の事を大切に想っている事が伝わってきた。

 

 ……ここまでの想いがある家を僕達に使わせてくれようとしているんだから、僕達もこの家をしっかりと管理しないといけないな。

 

 頭を下げている柚希君を見ながらそう思っていると、陸斗さんは七海さんと一緒にとても誇らしげな表情を浮かべた後、にっと笑いながら柚希君に話しかけた。

 

「もちろん。ちゃんと大切にさせてもらうよ。まだ会って間もない俺達の事を信用してくれた君の信頼を損ねるわけにはいかないからさ」

「そうだね。天斗さんからもこのお家を柚希君達がどんな風に大切にしてきたのかは聞いていたし、使わせてもらう私達もそれに負けないくらい大切にしていこう。ね、柚瑠」

「……うん!」

「よし、良い返事だ、柚瑠。さて……それじゃあこれから俺達がここを使わせてもらう間の事についての話を天斗としようと思うんだけど、柚希君と柚瑠はその間どうする? 正直、話を聞いていても二人にとっては退屈になりそうな気はするんだけど……」

「いえ、そんな事は……」

「そうですね……では、その間二人には二階のお部屋でお話でもしていてもらいましょうか」

「え、天斗伯父さん……?」

 

 シフルさんの言葉に柚希君が驚く中、シフルさんは柚希君を見ながらクスリと笑う。

 

「こうして同い年の子と接する機会が出来たのですから、柚希君もこの機会を大切にして、色々話をしてみて下さい。一応、幼稚園でも色々な子とお話はしているようですが、その子達とはまた違ったお話を出来るかもしれませんから」

「……わかりました」

「ありがとうございます。では、お話が終わり次第報せに行きますので、柚希君は柚瑠君と一緒に二階のお部屋に行っててください」

「はい。えっと……それじゃあ行こうか、柚瑠君」

「う、うん」

 

 返事をしてから目の前のお茶を飲み干して席を立つと、柚希君は同じようにお茶を飲み干してから席を立ち、スッと僕の横まで移動した。そして、柚希君と頷き合った後、僕は陸斗さん達に向かって静かに頭を下げた。

 

「それじゃあ行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい」

「柚希君と仲良くね、柚瑠」

「うん」

 

 微笑む陸斗さん達に対して頷きながら返事をした後、僕は柚希君の後に続いてリビングを出て、近くにあった階段を気をつけながら上り始めた。そして二階に着くと、柚希君は壁際にあった踏み台を近くの部屋のドアの前に置き、それを使ってゆっくりとドアを開ける。

 

「よし、開いた。さあ、入ってくれ」

「うん」

 

 部屋に入ると、そこには勉強机やシーツが綺麗に敷かれたベッド、多くの本が入れられた本棚などがあり、その様子からこの部屋の持ち主がきっちりとした性格なのがはっきりとわかった。

 

「ここは……」

「俺が使ってた部屋だ。まあ、これからは柚瑠君の部屋になるんだろうけど、本棚の本はそのままでも良いかな?」

「うん、それは大丈夫だけど、柚希君こそ大丈夫? 結構綺麗に並べられてるし、大切にしてた本なんじゃ……」

「まあ、大切にはしてるけど、ここにあるのは向こうに持っていけなかった分だし、本も誰かに読まれるためにあるわけだから、俺としては問題ないよ」

「そっか。それじゃあありがたく読ませてもらうね」

「ああ」

 

 僕の言葉に柚希君がにこりと笑った後、僕が本棚の中の本に視線を向けてみると、本の多くに()()()()といった言葉が入っていた。

 

「柚希君って、もしかして妖怪とか神様の話が好きなの?」

「ん、まあな。そういうのが出てこない話ももちろん好きだけど、俺はやっぱり妖や異国の怪物、神獣や神様といった人ならざるモノ達が出てくる話の方が好きかな。柚瑠君はどうだ?」

「柚瑠、で良いよ。そうだね……僕もそういうモノ達は好きかな。中には僕達人間に対して敵意があったりよく思っていないモノ達もいるかもしれないけど、もしそういうモノ達と出会えたら仲良くしたいなとは思ってるよ」

「そっか。なんだか俺達、結構気が合いそうだな」

「ふふ、そうだね」

 

 柚希君の言葉に僕は小さく笑いながら返事をする。すると、柚希君は少し不思議そうな表情を浮かべながら静かに口を開いた。

 

「……なあ、変な事を訊くようだけど、俺達って本当に初めましてだよな?」

「うん、そうだけど……もしかして柚希君もなんだか初めましてじゃない感じがした?」

「ああ。さっき初めて会った時、柚瑠から少し懐かしさみたいなのを感じたんだ。まるで昔の知り合いに久しぶりにあったような感じの懐かしさを」

「そうだね……それに、柚希君の話を聞いた時、何故だか深く関わっていかないといけないような気がしたんだ」

「そうか……もしかしたら、俺達はお互いに覚えていないところで()があるのかもしれないな」

「覚えていないところ……」

「ああ。まあ、正確なところはわからないけどな」

 

 笑いながら言う柚希君を見ながら僕は柚希君の言葉について考え始めた。少なくとも、僕は今日会うまで柚希君とは会った事がないし、そもそも僕はこの間まで転生の影響で眠っていた。つまり、僕が柚希君の事を懐かしく感じるのは結構不思議な事なんだ。

 

 ……という事は、もしかしたら前世の僕が関係してるのかな? 僕には前世の記憶は無いけど、もしかしたら前世で柚希君らしい人と出会っていて、その事を魂が覚えていたみたいな事もあり得るのかも。

 

 そう考えた僕は柚希君に話しかけた。

 

「柚希君」

「ん、何だ?」

「柚希君は前世ってあると思う?」

「え……まあ、あると思うけど、いきなりどうしたんだ?」

「すごく不思議な事を言うようだけど、もしかしたら前世で僕達は会っていて、その事を魂が覚えていたみたいな事ってあり得ないかな?」

「……なるほど。それなら、納得出来る部分はありそうだな。少なくとも今日会うまでお互いに会った事が無いのは間違いないし、話を聞いたのもつい最近だ。

 もし、本当に前世で俺達が会っていて、こうしてお互いの存在を知った事で前世でのその出会いの記憶が呼び起こされたとすれば、納得出来るかもしれない」

「まあ、僕には前世の記憶は無いから、断言は出来ないけど、あり得るとしたらそれくらいかなって」

「たしかにな。でも、そうだとしたら本当にすごいし、俺的にはなんだか嬉しいかもしれない。本来ならもう会えなかったかもしれない二人がこうしてまた出会えたのは奇跡みたいな物だからさ」

「そうだね。だから、僕はこの出会いを大切にしたい。柚希君とは小学校での学区は違うらしいから、学校で会うのは難しいかもしれないけど、柚希君が時々でも良いからここに来て僕達と話をしてくれるだけでも嬉しいから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、柚希君の波動に哀しみの色が浮かび、それを見た僕はやってしまったと思った。今日来るだけでも柚希君は結構な覚悟と気持ちの整理を必要としたはずで、そんな柚希君がここに来るのは本当に難しい事だ。

 

 それなのに、僕は柚希君になんて事を……。

 

 自分の言葉に強く後悔し、僕はゆっくりと俯いた。すると、僕の頭に何かが置かれ、ハッとしながら顔を上げると、柚希君は優しく笑っていた。

 

「柚希君……」

「別に自分を責めなくて良いぞ、柚瑠」

「で、でも……」

「……お前も何となく感じてると思うけど、たしかに俺は今日ここに来るまで結構色々考えたし覚悟も決めてきた。ここは父さん達との色々な思い出がある場所で、ここに来る事でそれを思い出すと同時にもう父さん達には会えない事を実感して辛くなるからな」

「うん……」

「でも、そんな弱い自分のままじゃダメなのもわかってる。いつまでも引きずっていても俺のためにならないし、父さん達だって浮かばれないからな。たとえ、辛くてもそれを我慢して頑張らないといけないんだ」

「…………」

「まあ、ここに来れるのは年に一回、それかもっと少ないかもしれない。でも、いつかはそんな事を気にせずにここに来れるように強くなる。それが俺に出来る唯一の事だからな」

 

 そう僕に言う柚希君の顔はどこか大人びてはいたけれど、波動からも感じるように哀しみの色は隠しきれていなかった。

 

 ……ここまでの覚悟と想いを持ってる柚希君に対して僕が出来る事は、殆んど無いのかもしれない。でも──。

 

「……柚希君」

「ん、どうした?」

「たしかに強くなるのは良い事だし、そんな風に考えられる柚希君はカッコいいと思う。でも、もしも何か困った事や辛い事があったら、僕にも頼ってほしい」

「柚瑠……」

「出会ってまだ間もない僕にこんな事を言われても困るかもしれないけど、これ以上君のその哀しそうな笑顔は見てられない。そんな自分を抑え込んでまで誰かに笑顔を見せたって、その人の事を完全に笑顔には出来ないと思う。気持ちっていうのは、色々なところに表れて、それは伝播(でんぱ)していく物だから」

「…………」

「だから、次会う時までには僕も強くなるよ。柚希君が何も気負わずに頼ってくれる程に」

「……そっか。それじゃあお互いに頑張らないとだな、柚瑠」

「うん」

 

 そして、僕達は笑い合った。柚希君の笑顔や波動には未だに哀しみの色が見えたけれど、さっきよりは少しだけ本当の笑顔や嬉しさのような物が見えた気がして、僕は心から安心していた。

 

 こう言ったからには、明志さんや景光さんにも手伝ってもらいながら色々な面で強くなろう。柚希君だけじゃなく、色々な人から頼ってもらえるような強い人間になるために。

 

 胸の奥で静かに燃えるやる気の炎を感じながら決意を固めていたその時、部屋のドアがコンコンとノックされ、ガチャリという音を立てて開いたかと思うと、そこには優しい笑みを浮かべるシフルさんがいた。

 

「天斗伯父さん……話は終わったんですか?」

「はい、バッチリと。なので、そろそろ解散しようと思いまして。このままもう少しお話をしても良いのですが、お互いにこの後も予定があるかもしれませんから」

「……そうですね。それじゃあそろそろ一階に行きましょうか」

「はい。ところで、お二人は仲良くなれましたか?」

 

 そう訊くシフルさんに対して柚希君はしっかりと頷きながら答える。

 

「はい。趣味も合うみたいですし、なんだか初めて会ったとは思えない程気も合うので、また会う時があったら、その時はもっと色々な話をしたいと思いました」

「僕も柚希君と話すのは楽しかったですし、もっと仲良くなりたいと思いました」

「ふふ、それはよかったです。では、そろそろ参りましょうか」

「「はい」」

 

 揃って返事をして部屋を出た後、僕達はそのまま玄関に向かった。すると、そこには笑みを浮かべる陸斗さん達の姿があり、僕が近づいていくと、陸斗さんは笑みを浮かべたままで僕に話しかけてきた。

 

「柚瑠、柚希君とは仲良く出来たか?」

「うん。僕なんかよりもすごく大人びた子で、雰囲気もすごく落ち着いていたから、僕もあんな風になりたいなって思えたよ」

「そっか。それじゃあ柚瑠も色々な事を勉強しながら精神面も強くなっていかないといけないね」

「うん」

 

 僕が頷きながら返事をし、陸斗さんがそれに対して嬉しそうに笑う中で、シフルさんは柚希君の方を向く。

 

「それでは、私は陸久さん達をそこまで送ってきますので、柚希君は少し待っていて下さい」

「わかりました。それじゃあ後片付けをしながら待ってますね」

「はい、お願いします」

 

 頷きながら返事をした後、柚希君は僕の方へ向いてにこりと笑った。

 

「それじゃあまたな、柚瑠」

「うん。柚希君、次会う時までにはお互いに強くなろう」

「そうだな。柚瑠、強くなった俺を見て腰を抜かすなよ?」

「ふふ、それはこっちの台詞だよ」

 

 そう言いながら笑い合っていると、その様子を見ていたシフルさんはとても嬉しそうににこりと笑う。

 

「……どうやら今回の出会いはお互いに良い刺激になったようですね。さて、それでは参りましょうか」

 

 その言葉に僕達は頷き、靴を履いてドアを開けた後、そのまま家の外に出た。そして、シフルさんがあの銀色の扉を出現させている間、僕は柚希君との会話を思い返していた。

 

 ……今回の出会いはとても不思議だけど、とても貴重な物だった。結局、お互いに感じていた物について詳細な事はわからなかったけど、いつか僕達がまた出会った時にはきっと何かわかるはずだ。だから──。

 

「……約束した通り、強くなろう。たとえどんな真実が明らかになってもそれを受け止められるくらい強くなって、それを乗り越えた上で更に強くなる。そして、僕達側が隠している真実を柚希君が知った時に少しでも支えられるようになるんだ」

 

 そう決意を固めながら拳を軽く握り締めた後、僕達の目の前に現れた銀色の扉を僕は陸斗さん達と一緒にゆっくりとくぐり始めた。




政実「第二話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「今回の話で僕と柚希君が出会ったわけだけど、お互いに感じているあの感覚の正体はいずれ明らかになるんだよね?」
政実「そうだね。まあ、かなり後にはなるけどね」
柚瑠「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」


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第一章 過去編
第3話 春風と二つの出会い


政実「どうも、春と言えば桜の片倉政実です」
柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。たしかに桜の花が咲いてるのを見かけると、春になったなぁっていう感じがするよね」
政実「うん。まあ、春と言えばこれっていうのは他にもあるだろうけど、自分的にはやっぱり桜が春を一番感じるかな」
柚瑠「そっか。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第3話をどうぞ」


 色々な出会いと別れが訪れる季節、春。そんな春のある日の事、僕が椅子に座りながら机に頬杖をついていた時、開け放されていた窓から春風と共に桜の花弁(はなびら)がふわりと舞い込み、机の上に着地したそれをそっと掴んだ。

 

 桜の花弁……せっかくだから、この小さな来訪者を本の栞にしたいところだけど、机の上に置いておいてのんびり眺めるのもありだなぁ……。

 

 指で掴んだ花弁を見ながらボーッとそんな事を考えていた時、近くからクスクスと笑う声がした。

 

「桜の花弁と柚瑠君、中々画になる光景ですね」

「明志さん、それに景光さんも」

「その花弁、どうするおつもりですか?」

「そうですね……まだちょっと悩んでます。本の栞に加工しても良いんですけど、机の上に置いてのんびり眺めるのも良いかなと思って」

「なるほどのぅ……まあ、どちらにしても花弁一枚よりは花自体を手にいれた方がより良さそうに思えるが、どうするかは柚瑠が好きな方にすればよい。それより、そろそろ朝食の時間だと陸斗達が言っておったぞ」

「あ、わかりました」

 

 返事をして窓を閉めると同時に花弁をとりあえず机の上に置いた後、僕は明志さん達と一緒に部屋を出て、そのままリビングがある一階へと降り始めた。そして降りた後、リビングに入ってみると、そこには朝食の準備をする陸斗さん達の姿があった。

 

「父さん、母さん、おはよう」

「ん……おお、柚瑠か。おはよう」

「おはよう、柚瑠。ご飯の準備手伝ってもらって良い?」

「うん、良いよ」

 

 頷きながら答えた後、僕は明志さん達と一緒に朝食の準備を手伝い始めた。この下界で暮らし始める事数年、僕は乙野柚瑠としての生活にすっかり慣れてきていた。

最初は少し気恥ずかしかった父さん母さん呼びや敬語を使わない話し方も普通に出来るようになり、明志さん達との『力』を高めるための修行や人ならざるモノ達についての授業の傍ら、父さんとの朝のジョギングや筋トレでの体作り、母さんとの料理特訓などもするようになったからか二人との仲も前よりも深まっているような気がしていた。

 

 でも、体力や筋力もまだまだ十分じゃないし、料理の腕や知識や『力』の使い方もまだ未熟だ。だから、これからもみんなと一緒に精一杯頑張っていかないと。

 

 そんな事を考えながら手伝っている内にテーブルの上には朝食が並び、僕達はそれぞれの席へと座る。そして、いつものようにいただきますの挨拶をした後、僕達がそれぞれのペースで食べ始めると、父さんがニッと笑いながら話しかけてきた。

 

「柚瑠、今日から小学生になるけど、緊張してたりしないか?」

「特にはしてないよ。僕にとって初体験ではあるけど、緊張よりはわくわくの方が強いかもしれない」

「そうか。まあ、学校では良い事も悪い事も等しくあると思う。けど、いつかはそれらを引っくるめて大切な思い出になる。だから、やりたいと思った事はどんどんやってけ。それはお前にとって本当に大切な財産になるからさ」

「うん、わかった。勉強も運動も精一杯頑張って、たくさん友達を作れるように頑張るよ。こうしてまた命を貰えたからには、悔いの残らない人生にしたいからさ」

「うん。でも、何かあった時は一人で抱え込まずに私達にも相談してね。必ず問題を解決出来るわけでは無いかもしれないけど、私達なりの意見くらいは言えるから」

「うん!」

 

 母さんの言葉に頷きながら答えていた時、僕の頭の中にふと柚希君の顔が浮かんだ。

 

 ……本来、この位置にいるべきなのは柚希君で、彼はここに陸人さんと七海さんがいる事を知らずに辛さと哀しみを堪えながら生きている。

でも、シフルさん達の計画のためにもまだ言うわけにはいかないし、彼との約束を果たすためにも僕はもっと成長しないといけない。そして、もっと成長していつか柚希君の事を支えられるようになる。それが僕にとっての最大の目標だから。

 

 自分の目標を再確認した後、僕は胸の奥で燃えるやる気の炎を感じながら朝食を再び食べ始めた。

 

 

 

 

「……えーと、後は用意してもらったスーツに着替えて、と……」

 

 朝食を食べて全員で後片付けをした後、僕は自分の部屋に戻って小学校の入学式に出るための準備をしていた。柚瑠(ぜんせのぼく)はどうだったかわからないけど、少なくとも今の僕は学校に通うという経験が初めてだったため、やはり少し緊張していた。

 

 一応、この家に住み始めてから幼稚園には通わせてもらったから同じくらいの子とのふれあいは少しずつ慣れてきたけど、環境が違えば接し方もまた変わってくるはず。

だから、その辺をしっかりと考えながら学校生活を送ろう。僕自身が楽しく平穏な毎日を送りたいのはもちろんだけど、父さん達にいらない心配をかけるわけにもいかないから。

 

 スーツに着替えながらそんな事を考えていたその時、部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえ、それに続いて父さんの声が聞こえてきた。

 

「柚瑠、準備は出来たか?」

「うん、後はスーツを着終わるだけ──よし、着替え終わったよ」

「わかった。それじゃあ俺達は玄関にいるから、早く降りてくるんだぞ」

「はーい」

 

 僕の返事を聞いて父さんが階段を降りていく音が聞こえた後、僕は荷物を入れたランドセルを背負い、机の上に置いてある『リカバリー・クリスタル』を手に取って通してある麻紐をゆっくりと首に掛けた。

治癒や浄化の力を願った際に手に入れたこの水晶。本当は特に加工をするつもりはなかったけれど、何かアクセサリーのような形にした方が持っておきやすいんじゃないかという父さんの言葉を聞いて、僕はシフルさんにお願いしてこのペンダントの形にしてもらった。

ブレスレットや指環など他にも選択肢はあったけれど、何故かペンダントにして持っておきたいと強く思ったため、こうしてペンダントとして持っておく事にしていた。

 

 でも、結果的には大正解だったかな。この形なら使いたい時にすぐに手に取れるし、指環やブレスレットと違ってどっちの手でも触りやすいから。

 

 そんな事を考えながら『リカバリー・クリスタル』を指で弾き、それによって出た綺麗な音に心が癒されるのを感じた後、部屋の戸締まりをしてからドアを開けて部屋を出た。そして、玄関に向かうために階段に向かって歩き始めようとしたその時だった。

 

「ゆーずる♪」

「……えっ?」

 

 楽しそうな父さんの声が聞こえ、それに対して驚きながら振り向くと、そこには降りていったはずのスーツ姿の父さんが楽しそうな笑みを浮かべながら立っていた。

 

「と、父さん……?」

「ははっ、ドッキリ大成功だな」

「で、でも……さっき降りていった音が……」

「ああ、音の大きさを変えながら階段を足で叩いてただけだよ。柚瑠は結構素直だから、引っ掛かるかなと思ってたけど、まさかここまでしっかりと引っ掛かってくれるとは思ってなかったから驚いたぜ」

「もう……まだ階段を降りる前だったから良かったけど、もしかしたら階段を踏み外してたかもしれないんだよ?」

「ははっ、悪い悪い。けど、お前には気や波動を感じ取る力があるんだから、何か必要なタイミングがあったら、積極的に使ってみた方が良いぞ? あるのに使わないのはもったいないし、使い慣れておかないといざという時に使えなくて後悔する事にもなりかねないからな」

「父さん……」

 

 笑いながら言う父さんだったけれど、その目はどこか真剣で、僕の事を考えて言ってくれているのがしっかりとわかる程だった。

 

 父さんの言う通りだ。貰った物の内、『力』以外の物は使う機会が中々無かったからそんなに使ってこなかったけど、世の中どんな事が起こるかはわからない。急に命を落とすかもしれないし、誰かと急にお別れをしないといけない事だってある。実際、柚希君と父さん達はそんな突然の出来事で離れないといけなくなったのだから。

 

「……わかった。そんなにしょっちゅうは使えないかもしれないけど、積極的に使って慣れておくようにするよ」

「おう。さて、それじゃあそろそろ行こうぜ。入学式にも遅れるが、七海の事を待たせるのも悪いからな」

「うん」

 

 頷きながら返事をした後、僕は父さんと一緒に歩きだし、ゆっくりと階段を降り始めた。そして玄関に向かうと、そこではスーツ姿の母さんが明志さん達と楽しそうに話をしており、僕達が近づいていくと、母さんはゆっくりと僕達の方に顔を向けた。

 

「二人とも遅かったね。何か話してたの?」

「んー……まあ、親子らしいふれあいをちょっとな」

「後はありがたいお言葉を頂いたよ」

「そっか。それなら、私も参加したかったな。私も柚瑠の驚く顔が見たかった」

「驚く顔って……母さん、父さんが何をしたか知ってたの?」

「ううん、まったく。でも、陸人君は昔から誰かを驚かせたり場を盛り上げようとするのが好きだから、おおよそ降りていったように見せかけてドアの影に隠れて柚瑠を驚かせたんでしょ?」

「う、うん……」

 

 さっきの出来事をしっかりと当てられてぼくが驚きながら頷くと、母さんは僕を見ながらクスクスと笑う。

 

「やっぱりね。私もよくやられてたからそうかなと思ったんだ」

「けど、兄さんにはまったく通じない辺り、流石は神様ってところだよな。それどころか逆にドッキリを仕掛けられた事もあるし」

「天斗さんは大人っぽい印象があるけど、結構そういう事も好きだからね。私も何回かドッキリを仕掛けられたけど、天斗さんが仕掛けてきた時はいつも落ち込んでた時や哀しかった時だから、それにはいつも元気付けられてたよ」

「俺もそうだったよ。普段は大人っぽい上に優しくて、学校の成績も全体的に良い上に頭もキレて生徒会長なんかもしてたから、周りからの人気も男女問わず高かったし、俺からすれば本当に自慢の兄貴だな」

「でも、母さんはそんなシフルさんじゃなくて父さんを好きになったんだね」

 

 僕のその言葉に母さんは微笑みながら頷く。

 

「まあね。たしかに天斗さんは顔も良いし雰囲気も柔らかい人だし、色々な知識を知っていて話も面白い人だから、一緒にいるのは楽しい人だとは思う。

 でも、私にとっては陸人君と一緒の方がもっと楽しくて落ち着けたし、初めて会った頃から陸人君の太陽のように明るいところとか自然と周りを元気にしていけるところに惹かれていたからね」

「ははっ、ありがとうな。けど、俺だってそうだ。自慢じゃないが、俺も小さい頃から他の女子から結構告白されたり手紙なんかを渡されたりした。

けど、七海と一緒にいる方が楽しくて穏やかな気持ちになれたし、本を読んでる時の画になる綺麗さや悩んでる相手にしっかりと向き合いながら話を聞いてやれる優しさには初めて会った頃から惚れてたよ」

「ふふ、ありがとう。まあ、柚瑠もそういう子が出来るかはわからないけど、色々な子と出会って話をして、そうしていく中で自分にとって本当に大切だって言えるような相手を見つけてくれたら嬉しいな」

「だな。一人でもそういう相手がいれば、毎日が楽しくなるし、頑張る活力にもなるからな」

「うん、わかった」

 

 僕が頷きながら答えると、父さんは満足そうに頷き、明志さん達へ視線を向ける。

 

「よし、それじゃあそろそろ行くか。明志さん、景光の爺ちゃん、昼には帰ってくるから、それまで留守番よろしくな」

「はい。皆さん、気をつけて行ってきて下さいね」

「留守は儂らが守る故、お主らは心配や緊張などせずに行ってこい」

「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」

 

 その言葉に明志さん達が頷いた後、僕達は靴を履き、入学式が行われる小学校に向かうべく玄関のドアをゆっくりと開けた。

 

 

 

 

「……ふぅ、入学式長かったなぁ……」

 

 数時間後、入学式が終わると同時に僕達はクラスごとに分かれてそれぞれの教室に行き、生徒の保護者達が別の場所で話を聞いてる間、僕達は担任の先生の話を静かに聞いていた。

 

 もっとも、静かなのは僕みたいに疲れてる子が多いからなのかもしれないけどね。でも、ザワザワして話が中々進まないよりはずっと良いし、先生的にもこれは助かるのかもしれないなぁ。

 

 そんな事を考えながらボーッとしていた時、先生が自己紹介をしようと言い始めたのが聞こえ、他の生徒達はワクワクした様子でざわつき始める。そして、先生はそれを軽く制した後、左端の席の生徒に自己紹介をするように促し、その子は少し緊張した様子で頷いてから立ち上がって自己紹介を始めた。

その内に僕の前の席の子の自己紹介が終わり、僕は自己紹介をするためにスッと立ち上がった。

 

「乙野柚瑠です。どうぞよろしくお願いします」

 

 そう言ってペコリと頭を下げてから席に座ると同時に周囲から拍手が上がり、拍手が止むと同時に次の生徒が自己紹介を始めた。

 

 ふぅ……緊張した。さて、帰ったら何をしようかな。父さん達と話すのも良いけど、明志さん達と『力』の特訓をしたり人ならざるモノ達についての授業を受けるのも良いなぁ。

 

 午後からの事について考えている内にクラスメート達の自己紹介が終わり、担任の先生が笑顔で話を始めた。

 

「さて、今日はこれで終わりです。明日から授業が始まりますので、これから頑張っていきましょう」

『はい』

「よろしい。では皆さん、帰りの挨拶をするので立ってください」

 

 その言葉を聞いて僕達が立ち、先生の挨拶に続いて挨拶をした後、先生は笑みを浮かべながら頷いてから教室を出ていった後、クラスメート達は周りの子達と話を始めたり帰り支度を始めたり、と思い思いの行動をし始めた。

 

 さてと、父さん達の方はまだみたいだし、昇降口で待ってようかな。でも、待ってる間は何しよう……明志さん達についてきてもらっていたら、待ってる間に色々な話を聞けたんだけどなぁ。

 

 ランドセルの中から取り出した『友の書』を眺めながら少し残念に思っていたその時だった。

 

「お前、変わった本を持ってるな」

「え?」

 

 隣から声をかけられ、驚きながらそっちに視線を向けると、そこには子供用のスーツを着た少し鋭い目付きの短い黒髪の男の子が立っていた。そして、その子の視線が僕が持っている『友の書』に注がれている事に気づき、僕は微笑みながらコクンと頷いた。

 

「うん。父さんの知り合いからもらった物で、妖怪や神獣みたいな人ならざるモノ達について描かれた画集みたいな物かな」

「そうなのか」

「君もそういうのに興味があるの?」

「まあ、多少な。現実にいるかはわからないけど、もしいるなら会ってみたいとは思ってるよ」

「……そっか」

 

 その子の言葉に嬉しさを感じていると、その子は優しい笑みを浮かべながら僕に手を差し出す。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は結城一騎(ゆうきかずき)だ。これからよろしくな」

「僕は乙野柚瑠。これからよろしくね、一騎君」

「ああ」

 

 一騎君と握手を交わし、初日から仲良く出来そうな子を見つけられた事に嬉しさを感じていたその時、こっちに向かってくる足音が聞こえ、僕達はそちらに顔を向ける。

すると、そこには可愛らしい笑みを浮かべながら僕達を見る女の子用のスーツ姿の短い茶髪の子と少し迷惑そうな顔をしながらその子を見る女の子用のスーツ姿の長い黒髪の女の子が立っており、長い黒髪の子の綺麗な顔立ちと背筋のしっかりとした立ち姿を見た瞬間、僕の頬が徐々に熱くなっていくのを感じた。

 

 え、え……何、この気持ち……?

 

 その感じた事の無い気持ちに戸惑っていると、一騎君は短い茶髪の子に視線を向ける。

 

「お前達は?」

「アタシは千尋晶夏(ちひろあきな)。それでこの子は──」

「名前くらい自分で言うわ、晶夏。私は金ヶ崎泉(かねがさきいずみ)。“残念ながら”晶夏とは幼稚園以前からの付き合いよ」

「残念ながらってなにさ、泉。本当は嬉しいくせに~」

「私の気持ちを捏造(ねつぞう)しないで。私は両親が来るまでの間、昇降口で適当に待っているつもりだったのに、晶夏が急に引っ張り始めたんじゃない」

「そりゃあこんなに面白そうな奴らを見つけたら声をかけたくもなるでしょ。二人ともなんとなく只者じゃない雰囲気がするし」

 

 その言葉を聞いて僕が体をビクリと震わせる中、一騎君はニヤリと笑いながら晶夏ちゃんに話しかけた。

 

「へえ……只者じゃない雰囲気なんて初めて言われたぜ。まあ、そういうお前もなんだか普通じゃない感じがするけどな」

「その言葉、誉め言葉として受け取っておくよ。ところで……そっちのアンタ」

「え、僕……?」

「そう。アンタ、さっき泉を見ながらボーッとしていたけど、もしかして泉に一目惚れでもしたかい?」

「ひ、一目惚れ……!?」

「ああ。まあ、泉はさっきも見たように結構ツンケンとしてるし、はっきりとしない相手が嫌いな質だけど、根は良い子だからアンタの人を見る目は大したもんだよ」

「はあ……晶夏、それがハッキリとしていないのにそんな事を言われても相手が困るでしょう? そうよね、君?」

 

 泉ちゃんから視線を向けられ、僕の心臓が少しずつ鼓動を早める中、僕は言葉が途切れ途切れにならないように気を付けながら話し始めた。

 

「えっと……これが一目惚れっていう物なのかはわからないけど、泉ちゃんを見て綺麗な子だなと思った瞬間に頬が少しずつ熱くなっていく感じがして……」

「そ、そう……」

「それで、今こうして話せるのがすごく嬉しく感じてて、もし泉ちゃんが恋人だったらすごく嬉しいし幸せかもしれないっていう気持ちになってて──」

 

 あ、あれ……? ぼ、僕は今何を言ってるんだろう……?

 

 話している内に頭が泉ちゃんの事でいっぱいになり、自分でも何を言いたいのかわからなくなってきた頃、泉ちゃんは赤い顔を俯かせながら僕を制するように目の前に両手を広げた。

 

「も、もう良いわ! それ以上言わなくて大丈夫だから!」

「う、うん。ご、ごめんね……初対面の相手からいきなりそんな事を言われても迷惑だったよね……?」

「め、迷惑とかそういう事は無いわ。た、ただ……そういう事を言われたのは初めてだったから、その……どうしたら良いかわからなくなっただけで……べ、別にそれが嫌だったとかそういうのじゃ……」

 

 泉ちゃんが顔を更に赤くしながら答えていると、晶夏ちゃんはクスクスと笑いながら泉ちゃんの頭を撫で始めた。

 

「アンタ、本当に大したもんだよ。泉をここまで照れさせるなんて」

「そ、そうなの?」

「ああ。泉は自分から誰かと仲良くなろうなんてしない方だし、言い方もキツいからこうして話すのはアタシくらいだった。だから、アンタのように真っ正面から気持ちを言ってくる相手っていうのは泉からすれば初めてなんだ」

「つまり、辿々しかったとはいえ、自分が感じた好意をこいつから真っ正面から向けられた結果、その経験が無かった故にこうして照れてしまった、と」

「そういう事。やっぱり、アンタ達に話しかけに来て良かったよ。おかげで珍しい物を見られたからね」

「晶夏……!」

 

 泉ちゃんが赤い顔のままで晶夏ちゃんをキッと睨むと、晶夏ちゃんは余裕綽々といった様子でニッと笑った。

 

「はいはい、怒らない怒らない。でも、アンタだってああいう風に言われて別に悪い気はしないはずだし、こうして入学式の日から話せるクラスメートが増えたのは良い事でしょ?」

「…………」

「まあ、この先二人の関係がどうなっていくのかわからないけど、アタシはそれをそばで楽しませてもらうよ。アンタもそのつもりだろ? えーと……」

「結城一騎だ。そして、こっちは乙野柚瑠だ」

「一騎と柚瑠だね。それじゃあ二人とも、改めてこれからよろしく頼むよ」

「ああ、よろしくな」

「……よろしく」

「う、うん。こちらこそ……」

 

 笑顔を浮かべる一騎君と晶夏ちゃん、そしてお互いに顔を赤らめる僕と泉ちゃんという変わった構図になった僕達の出会いはこうして始まった。自分的には思っていた形とは違ったけれど、不思議と悪い気はしなかった。

 

 これからどんな出来事が待っているのかわからないけど、なんとなくみんなとなら頑張れて乗り越えられる気がする。だから、これからみんなと一緒に色んな事に挑戦してみよう。自分を高めるため、そして目標を達成するためにも。

 

 みんなの姿を見ながら僕は胸に手を当て誓った。胸の奥がポカポカと温かくなるのを感じながら。

 

 

 

 

 十数分後、学校を出た僕達が家に向かって歩いていると、父さんが歩きながら気持ち良さそうに体を上に伸ばした。

 

「ん……必要な事とはいえ、ずっと座りながら話を聞くのはやっぱり疲れるな」

「そうかもね。でも、父さんだって学生だった頃は座って授業を受けてたんでしょ?」

「そりゃな。けど、早く体を動かしたくてウズウズしてたぜ?」

「陸人君、昔から体を動かす事が好きだからね。お昼を食べたら他の子達とすぐにグラウンドに行ってサッカーとかおいかけっこをしに行くくらいだったけど、それでも授業自体は真面目に受けてたし、体育以外の学校の成績も良かったんだよ」

「そうなんだ」

「はは、まあな。まあ、クラスや学年でトップになれなんて言わないけど、少なくとも周囲から呆れられない程度には学業に励めよ? あの可愛い子に嫌われたくなかったらな♪」

 

 父さんのからかうような笑みを見た後、僕は小さくため息をついてからさっきまでの出来事を想起した。

数分前の事、僕が教室で一騎君達と話していた時、話を聞き終えた父さん達が教室まで迎えに来ると、僕達が一緒にいるのを見て父さん達と一騎君達のご両親が挨拶を始めた。

そこまでなら別に問題はなかったけれど、その後に晶夏ちゃんが真剣な表情を浮かべ、泉ちゃんのご両親に何かを耳打ちし始めた。

そして、それが終わると同時に泉ちゃんのご両親は父さん達と一騎君のご両親に近づき、何か小さな声で話を始め、話を終えた父さん達が真剣な表情で頷くと、泉ちゃんのご両親は次に僕と一騎君に近づき、どうかこれからも娘と仲良くしてくれと頼んできた。

それを別に断る必要はなかったし、こうして仲良くなった相手の事を嫌う理由も無かったから、僕達はそれに対して頷いた。そしてその後、僕達の家が結構近くにある事から、何かそれぞれに理由が無い時は一緒に登下校をする約束をし、その後はそれぞれ帰っていった。

 

 ……あの時の泉ちゃんのお父さんの言葉に別に変なところは無い。けれど、波動を感じ取ろうとしなくても何となくわかった事がある。あの時の泉ちゃんのお父さんの言葉。その真意は別にあるって。

 

「……父さん、母さん」

「ん、なんだ?」

「柚瑠、どうかした?」

「泉ちゃんのお父さんから何を言われたの?」

 

 それを聞いて父さん達は揃って真剣な表情を浮かべる。

 

「……やっぱり、気になるか?」

「まあね」

「んー……まあ、普通の子供と違って別に話しても問題はないんだが、こういうのは本当は本人達から聞くのが一番なんだよな」

「そうだね。でも、泉ちゃんのお父さん達からすれば、柚瑠や一騎君、晶夏ちゃんのように近くにいる相手がいてくれれば助かるって考えてるのは間違いないかな」

「やっぱり、そうなんだね」

「ああ。特に柚瑠みたいな奴が、だな」

「僕みたいな子が?」

「うん。でも、これに関しては陸人君の言う通り、いつか本人達から聞いた方が良いね。あの感じだと本当に話さないといけない時にはしっかりと話してくれると思うから」

「わかった」

 

 母さんの言葉にコクンと頷いていたその時、ふとこっちに向かって何かが近付いてくるのを感じ、僕が立ち止まって辺りを見回していると、父さんが少し警戒した様子で話しかけてきた。

 

「……何か近づいてくるのか?」

「うん……まだ弱いけど神力を持ったモノが来てるみたい」

「神力……という事は、近付いてきてるのは神様や神獣みたいなモノって事だね」

「だな。柚瑠、それはどこから来てる?」

「えっと……あっち、かな」

 

 そう言いながら上空を指差していたその時、太陽を背にしながら小さな何かが降りてきてるのが見え、僕は警戒をしながらそれを待った。

 そしてそれから程なくして、それが大きく翼を広げた小さな鳥のようなモノだとわかり、その正体についても何となく予想がついた時、それは僕達の目の前で動きを止め、その場に滞空しながら僕に話しかけてきた。

 

「……この様々な物が入り交じった力の主はお前で間違いないんだな?」

「うん、そうだよ。君は……『ホルス』で良いんだよね?」

「そうだ。俺はヌール、お前の言う通り、ホルスだ」

 

 ヌール君は僕の事を真っ直ぐに見つめながら頷いた。

 

 

『ホルス』

 

 オシリスとイシスの間に生まれた隼の姿をしたエジプトの男神。

様々な異名を持つ上に各地で信仰されており、漫画やゲームなどでもモチーフとしたキャラクターが登場するなど世界でもよく名前が知れ渡っている。

 

 

 瑞獣、妖怪と来て今度は神様か……まあ、転生者の僕が言えた事では無いかもしれないけど、どうしてここにホルスがいるんだろう?

 

 そんな疑問を抱きながら僕はヌール君の姿を観察した。深紅の羽が生え揃った翼に先がクルリと曲がった金色の冠羽、純白のお腹に鋭い爪を備えた足と精悍な顔立ち、とその小さな体以外はとても威厳があり、神様だと言われても疑う余地が無い程だった。

 

 そうなると、ますます謎だよね。ホルスはエジプトの神様のはずなのに、どうしてこの日本にいるんだろう?

 

 ヌール君がここにいる事について疑問を抱く中、父さんが首を傾げながらヌール君に話しかける。

 

「ヌール、って言ったか。お前、大きさから察するにまだ子供なのにどうしてここにいるんだ?」

「……あそこは俺がいるべき場所じゃないからだ」

「いるべきじゃない……?」

「ああ。さっき、俺はホルスだと答えたが、正確にはホルスとは言えない。本当のホルスは俺の親父だからな」

「お父さん……たしかオシリスとイシスの間に生まれて、自分のお兄さんであるオシリスを殺したセトを倒して、エジプトの王様になったんだよね」

「そうだ。そして、親父は俺以外にも何人もの子供がいるが、神と神の間に生まれた腹違いの兄弟達と違って、俺は親父が惚れ込んだ普通の隼との間に生まれた歪な存在なんだ」

「普通の隼との間に生まれた……」

 

 ヌール君の言葉を繰り返していると、母さんがふと何かを思い出した様子を見せた。

 

「そういえば……前に天斗さんから神様の中には自分と同種の動物に力を注ぎ込んでほぼ同じ存在になってもらった上で夫婦になっている方もいるって聞いた事があるかも」

「ああ、そういえばそんな事を言ってたな。つまり、お前はそのパターンで生まれてきたわけか」

「そういう事だ。生まれはどうであれ、俺も神力を持って生まれ、親父達や腹違いの兄弟達がそんな俺の事を差別するような事はなかった。だが、いつしか俺は思うようになったんだ。純粋な神々の中に半神の俺がいるのは間違っているんじゃないかと」

「そんな事……」

「ああ。決してそんな事は無いだろうし、親父達に聞いてもそう返されるだろう。だが、半神である俺の存在のせいで親父達が将来何か不利益を被ったり辛い目に遭ったりする可能性もある。

だから、俺は誰にも言わずに親父達のところから出てきたんだ。ホルスの血筋の分、他の隼達とは姿は違うが、生命力は優れているから簡単には死ぬ事は無いからな」

「でも、ヌール君は本当にそれで良いの? 何も言わずに出てきたって事は、お父さん達もすごく心配してるんじゃ……」

 

 その言葉にヌール君は肩を震わせながら俯く。

 

「……わかってる。結果として親父達には心配をかけてるし、本来こんな事をするべきでは無かった。だが、他にどうしようも無かったんだ! 俺が親父の後を継ぐ事は無いかもしれないが、半神である分、腹違いの兄弟達よりも力が弱い俺が将来親父達の近くにいても、結局迷惑をかけるだけなんだ!」

「ヌール君……」

 

 涙混じりに言うヌール君に対してどう言ってあげたらわからなくなっていたその時、父さんは僕の肩をポンと叩いた。

 

「父さん……?」

「柚瑠。お前はヌールの考えをどう思う?」

「僕は……ヌール君の考えは間違ってると思う。生まれつき力が弱いのかもしれないけど、お父さん達の近くにいても迷惑をかけるだけなんて間違ってる。

お父さん達から酷い扱いをされているなら、そこから逃げ出したいのはわかるけど、それとは逆に家族としてしっかりと認められているのなら、本当にこんな事をするべきじゃなかった。

自分の思いをしっかりと話して、その上でこれからの事を一緒に話し合う道だってあったんじゃないかな」

「そうだな。それじゃあ、お前がヌールに対してしてやれる事ももうわかるよな?」

「父さん……」

「俺や七海が自分の考えを話しても良いんだが、たぶんヌールの気持ちにしっかりと寄り添い、心を動かす言葉を言ってやれるのはお前だけだ」

「柚瑠、頑張ってね」

「父さん、母さん……うん、ありがとう」

 

 二人にお礼を言った後、僕は俯くヌール君に話しかける。

 

「ヌール君」

「……なんだ」

「立場は少し違うけど、僕も君の気持ちは少しわかるんだ。僕も人間の中で暮らしてるけど、普通の人間と違って魂が半分しかない転生者だから」

「魂が半分……そして転生者、か……」

「うん。ちょっと事情があって、元々あった魂が半分になってるんだ。それで、こうして父さんと母さんと一緒に暮らしてるけど、父さん達とは血の繋がりは無いし、転生する前の記憶もない。言ってみれば、僕も君と同じで結構歪な存在なんだよ」

「…………」

「でも、父さんと母さんはそんな僕を本当の息子のように愛してくれてるし、今は事情があって傍にはいない実子と差別をするつもりもないって言ってくれた。本来、ただの協力関係にすぎないのに、そこまでの愛情を注いでくれてるんだ」

「お前……」

「だから、僕は全力でそれに応えたい。僕はまだまだ子供で、持っている力こそ強いかもしれないけど、使い方なんかも未熟なちっぽけな存在だ。でも、いつか父さん達の役に立てるように僕は日々成長し続ける。それが僕の果たすべき事で、僕に出来る唯一の事だから」

「自分に出来る唯一の事……」

「そう。だから、ヌール君も一歩踏み出そう。半神である自分の事を悪く思うんじゃなく、半神だからこそ強みを探してみたり腹違いの兄弟達にも負けないくらい力を強くしたりして、お父さん達に誇れる自分になってみようよ」

 

 微笑みながら言うと、ヌール君は僕の顔をジッと見つめ始めた。そして程なくしてクスリと笑ったかと思うと、少し安心したような笑みを浮かべる。

 

「……そうだな。このまま自分の無力さなどを嘆いていても仕方ない。それなら、お前の言う通りに出来る事を探した方が良いだろうな」

「うん。きっと、その方がお父さん達も喜んでくれるよ」

「ああ。すまなかったな、初対面でここまで話を聞いてもらって」

「ううん、別に良いよ。あ……そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は乙野柚瑠、父さん達と一緒に人ならざるモノ達と暮らす転生者だよ」

「んで、俺は柚瑠の父親の遠野陸人だ。もっとも、今は乙野陸久として生活してるけどな」

「そして私は柚瑠の母親の遠野七海。陸人君と一緒で事情があって今は乙野南海として暮らしてるよ」

「そうか……皆、本当にありがとう。これで俺も頑張れ──」

 

 その時、父さんのスーツのポケットから携帯電話が震える音が聞こえ、父さんは不思議そうにしながら携帯電話を取り出した。そして画面を見ると、納得顔で頷いてから画面を操作し、ニヤリと笑ってから電話に出た。

 

「もしもし」

『あ、陸人さん。お疲れ様です』

「お疲れ、兄さん。電話の用件は……家を飛び出した子供の行方についてか?」

『……その様子だと、ヌールさんはやはりそちらにいらっしゃるようですね』

「ああ。さっきまで悩んでたようだけど、俺達が話を聞いて少しは解決出来たからそこは安心してくれ」

『わかりました』

「それで提案なんだけどさ……ヌールをウチで預かるのって大丈夫か?」

 

 その言葉を聞いて僕とヌール君が驚く中、父さんが楽しそうに笑いながら僕達に対して静かにしているように人差し指を自分の口の前に出していると、スピーカーになっている携帯電話からシフルさんの落ち着いた声が聞こえてきた。

 

『……やはり、そう考えますか』

「ああ。恐らく、そこにヌールの父親もいるんだろ? いなくなった自分の息子の居所を知ろうとしたは良いが、自分にとって目の届くところにはいなかった事から、兄さんの事を頼りに来たんだろうしな」

『はい、その通りです。職場の方にホルスさんがいらっしゃったと部下から連絡がありまして、それですぐに職場に向かった後にホルスさんからヌールさんについてのお話を聞いたんです。

それで、ヌールさんの居所について探ろうとした際、陸人さん達の元にいるという予感がしたので、こうして連絡をしたんです』

「ははっ、大正解だったな」

『はい。そして、ヌールさんを預かろうと言い出したのは、柚瑠君であればヌールさんに寄り添いながら共に高め合えると感じたから、ですよね?』

「そうだ。柚瑠もヌールもお互いにまだまだ未熟で、本当なら名のある術者に預けたり大人しく家に帰して父親達の元でしっかりと特訓をさせた方が良いかもしれない。

だが、ホルスの子供を預かろうとしてくれる術者を今から探すのは難しいだろうし、家に帰したとしても考えを話し合って思いを伝え合うには時間がかかるだろう」

『それならば、一度環境を変えた上で妖怪や瑞獣といったまた違った方からの話も聞け、ヌールさんに寄り添いながら高め合っていってくれる柚瑠君と一緒の方が良いと感じた。そうですよね?』

「その通りだ。それで、どうだ? 一度ヌールの父親に聞いてみてもらえないか?」

『わかりました。少々お待ちくださいね』

 

 その言葉の後、電話の向こうでシフルさんが誰かと話している声が聞こえ始め、僕達は会話が終わるのをそのまま待った。そして、誰かに電話が渡されたような音が聞こえたかと思うと、電話からとても厳かな声が聞こえてきた。

 

『……もしもし』

「……親父だ」

「やっぱりか。もしもし、初めまして。神のシフルの弟の遠野陸人だ」

『ほう、あなたが噂の弟君か。此度は愚息が迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない』

「いや、別に良いさ。今回の件でウチの柚瑠も良い経験が出来たろうし、親としては今回の出会いには感謝したいくらいだよ」

『……そうか。さて、ヌールを預かりたいという事だったが……』

「ああ。もちろん、断ってくれて全然良い。神の弟とはいえ、知らない人間に自分の子供を預けるのは不安だろうしな」

『いや、不安はない。私もヌールは違った環境の元で成長をしていく方が向いてるかもしれないと考えていたからな。ただ……息子の、ヌールの気持ちに気づいてやれなかった事だけが悔しいのだ。

 私は他の子供達とは違う生まれ方をしたヌールを差別するつもりはなく、妻達や他の子供達も同じようにヌールの事を大切な家族の一員として考えて接してくれていた。しかし、私はその状況に満足し、ヌール自身の気持ちに気づいてやれなかった。父親として恥ずかしい限りだ』

「親父……」

 

 電話の向こうから聞こえてくるヌール君のお父さんの哀しそうな声、そして俯くヌール君の辛そうな声に僕が何かをしてあげなきゃと思っていたその時、父さんはふぅと息をついてから微笑んだ。

 

「良いんだよ、それでも」

『え……?』

「俺もまだ親として未熟だし、柚瑠の考えてる事やして欲しい事について全部をわかってはやれてない。たぶん、俺達に話してないだけで今も自分の中で悩んでたり考えたりする事はある」

「父さん……」

「けどさ、それってやっぱり当たり前なんだよ。俺と柚瑠、あんたとヌールはそれぞれ別の存在だ。それなら、(さとり)や相手の気持ちを感じ取れる力を持ったモノじゃなきゃ相手の気持ちなんて完全にはわかってやれないだろ?」

『それは……そうだが……』

「だから、今回の件は今回の件で受け止めて、今は自分の息子の成長を待っていてやってくれ。ウチで預かる事で接する時間は減るだろうけど、兄さんを介して日頃の様子は伝えてもらうし、何か要望があれば出来る限り応えるからさ」

『陸人殿……』

「まあ、ウチには色々な知識人もいるし、今よりももっと成長した姿を見て、今とはまた違った悔しさを味わう事になるかもしれないけどな♪」

 

 その父さんの言葉を聞いて、僕とヌール君が驚きと焦りでいっぱいになり、母さんがやれやれといった様子で息をつく中、一瞬間が空いてからヌール君のお父さんの低い声が聞こえてきた。

 

『……ほう、人の子がよく言うではないか』

「お、親父……?」

『……まあ、実際にそうなるかもしれぬな。すまないな、陸人殿。少し対抗してやろうとしてしまった』

「いや、こっちも(あお)ったわけだし、お相子だよ。それで、ヌールを預かる件は良いって事で良いのか?」

『ああ、よろしく頼む。それと……陸人殿のご子息とヌールと話させてもらえるか?』

「ああ、もちろんだ。というわけで……ほい、柚瑠、ヌール」

 

 軽い調子で父さんから携帯電話を渡された後、僕は少し緊張しながら電話の向こうにいるヌール君のお父さんに話しかける。

 

「も、もしもし……」

『もしもし。初めましてだな、柚瑠殿。この度はヌールが迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない』

「い、いえ。父も言っていましたが、ヌール君との出会いは中々無い体験だったので、自分にとってとても良い経験になりました」

『そうか……柚瑠殿、これからヌールが度々世話をかけるかもしれないが、私の息子をどうかよろしく頼む』

「……はい、もちろんです」

『そして、ヌール』

「……なんだよ、親父」

『お前の気持ちに気づいてやれなかった事、本当に申し訳なかった。お前ともう少ししっかり話していればこんな辛い思いはさせずに済んだはずだ。不甲斐ない父ですまないな』

「……そんな事無い。俺が勝手に思い込んで暴走した結果だから親父は悪くない。むしろ謝るのはこっちだ。心配かけて本当にすまなかった」

『ヌール……』

「自分でも感じてる通り、俺はまだまだ未熟だ。だから、今回の件を良い機会に柚瑠達の元で俺はしっかりと成長する。自分だからこそ出来る事を見つけ、親父達が驚く程の成長をしてみせるよ」

『……そうか。では、その時を待たせてもらおうか。もっとも、時々は様子を見に来るかもしれないが、その時には成長したお前の姿を見られるように楽しみにしているぞ』

「ああ」

 

 お父さんの言葉に返事をするヌール君の声は静かだったけれどどこか嬉しそうで、さっきまでの辛さや哀しさといった感情はどこにもなかった。

 

 ……良かった。ヌール君とお父さんが少しでも気持ちを通じあえたみたいで。

 

 そんな事を思っていた時、電話の向こうからガサガサっという音が聞こえたかと思うと、電話からシフルさんの声が聞こえてきた。

 

『もしもし、柚瑠君』

「あ、シフルさん。お疲れ様です」

『はい、お疲れ様です。今日はそちらも入学式だったかと思いますが、初めての学校はどうでしたか?』

「はい。少し緊張しましたが、新しい友達も出来たので、これからの学校生活がとても楽しみです。柚希君はどうでしたか?」

『そうですね。柚希君も何事もなく入学式を終え、とても良いお友達と出会えたようですよ』

「それなら良かったです。あ、父さんと替わりますか?」

『いえ、大丈夫です。柚瑠君、これからも陸人さん達やお友達と一緒に協力しながら頑張っていってくださいね』

「わかりました」

『はい。それでは、失礼します』

 

 その言葉を最後に電話が切れ、携帯電話を父さんに渡した後、僕はヌール君に対して微笑んだ。

 

「さてと……それじゃあこれからよろしくね、ヌール君」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。それにしても……まさか出会ったのが親父と同じ神の親類だったとはな」

「ははっ、お前からすればビックリだよな」

「ビックリと言えば、父さんがヌール君のお父さんに対して煽るような事を言った時は本当にビックリしたし焦ったよ。まったく……母さんもまたやってるみたいな感じの顔をするだけで止めないし、聞いてるこっちはヒヤヒヤしたんだからね?」

「悪い悪い。けど、俺だってそういうのは相手を考えてやるぞ? それに、ああやったのはあの空気をどうにかしたかったからだし、おかげでヌールの父親も威厳のあるところを見せられたからな」

「それはそうかもしれないけど……」

「まあ、それについては後にしようぜ。とりあえず今はヌールの登録が優先だからな」

「あ、それもそうだね」

 

 頷きながら答えた後、僕はランドセルから『友の書』を取り出してからヌール君に改めて(てんせいしゃ)の事や『友の書』などについて話をした。話が終わると、ヌール君は興味深そうに『友の書』を眺め始めた。

 

「この本が別の世界への扉、か……この世というのは本当に広いな」

「そうだね。さて、それじゃあそろそろ始めようか」

「ああ」

 

 ヌール君が返事をした後、僕は『友の書』の空白のページを開き、ヌール君と一緒にそこに触れてから目を閉じて自分の『力』を注ぎ込むイメージを浮かべた。

すると、僕の中の『力』が右手を通して『友の書』に流れ込んでいくイメージが浮かび、それと同時に徐々に体の力が抜け始めた。けれど、足にしっかりと力を入れてそれに耐え、完全に注ぎ込まれたという感覚があった後、僕はゆっくりと目を空けると、そこには大きく翼を広げて大空を翔ぶヌール君の姿とホルスについての詳細な文章が浮かび上がっていた。

 

「ふぅ……登録完了」

「お疲れ、柚瑠。それにしても……瑞獣に妖と来て、今回は神様とはな。この調子だともっとすごいのが登録されていきそうだな」

「あはは……もしそうなったらすごいけど、その分のプレッシャーも大きいかな」

「ふふ、そうだね。さて、それじゃあそろそろヌール君を出してあげようか」

「うん」

 

 返事をした後、僕はヌール君のページに手を置き、ゆっくりと魔力を注ぎ込んだ。そして、出てきたヌール君が肩に留まった後、僕はヌール君に話しかけた。

 

「居住空間はどうだった?」

「……ああ、様々な力が程よく混じりあっているからか体も動かしやすく、とても過ごしやすい印象だったな」

「それなら良かったよ。さてと、そろそろ家に帰ろっか。明志さんと景光さんにもヌール君の事を紹介したいしね」

「そうだな。よし……それじゃあ行こうぜ、みんな」

 

 父さんの言葉に頷いた後、僕は新しい仲間と友達が出来た喜びを感じながら晴れ渡った空の下を父さん達と一緒に歩き始めた。




政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「向こうも仲間になってるのはだいぶすごいモノ達だと思うけど、こっちも結構すごいメンバーになってきてるよね」
政実「だね。まあ、これからも色々なモノ達が仲間になる予定だから、こうご期待ってところかな」
柚瑠「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」


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SECOND AFTER STORY 絆の翼を備えし隼

政実「どうも、いつか猛禽類を飼ってみたい片倉政実です」
ヌール「どうも、ホルスのヌールだ」
政実「という事で、今回はヌールのAFTER STORYです」
ヌール「俺の話か……果たしてどのような話なのだろうな」
政実「まあ、それは読んでもらってからのお楽しみという事で」
ヌール「わかった。さて、それではそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・ヌール「それでは、SECOND AFTER STORYをどうぞ」


「……よし、朝の散歩はこんなもんで良いか」

 

 空が晴れ渡った気持ちの良いある日の事、眼下にある街並みを眺めながら独り言ちた後、俺は穏やかな日差しを背に浴びながら家に向かって飛び始めた。そして、家の開け放たれた二階の窓からスーっと入っていくと、机に向かいながら本を読んでいた柚瑠が顔を上げてにこりと微笑む。

 

「おかえり、ヌール君。今日の飛び心地はどうだった?」

「ああ、今日も良い感じだった。ところで、柚瑠は何を読んでいるんだ?」

「エジプトの神話についての本だよ。こっちはエジプトの歴史についての本で、そっちが色々な妖怪について書かれた本や中国の神話の本だね」

「そうか……それにしてもいくら今日が休みの日だからといってそんなに読めるのか?」

「うん。集中して何かをするのは得意だし、明志さんや景光さん、そしてヌール君とはもっと仲良くなりたいから、みんなに関する事は色々知っておきたいんだ」

 

 笑みを浮かべながら柚瑠は言うが、机の上に置かれた本はどれもそこそこ厚く、俺から見ればこれらを今日だけで読むというのは苦労しそうだった。

 

「柚瑠……お前は本当にすごいな」

「ううん、すごくなんてないよ。それに、誰かと仲良くなりたいなら、まずはその人の事を知るのは当然だからね」

「……そうだな。何も知らないのに仲良く話をしたり一緒に何かをしようとするのは難しいからな」

「うん。せっかくこうして一緒にいるからには、いつでも楽しく過ごしたいからね。そのために僕は色々な事を知りたい。知らなかった事で相手を悲しませたり怒らせたりするのはやっぱり良くないから」

「柚瑠……」

 

 微笑みながら話す柚瑠の姿がどこか大人びた物に見えていた時、柚瑠は小さく拳を握りながら真剣な表情を浮かべる。

 

「それに、僕には絶対に達成したい目標もあるからね。でも、それを達成するには知識や体力だけじゃなくて僕自身の成長も必要だ。だから、僕は色々な事に挑戦して自分自身をもっと高めたい。そうじゃなきゃ彼を、柚希君を支えられはしないから」

「柚希……この家に本来住んでいた奴で、今はシフルさんの家にいるんだったな」

「そう。彼は僕なんかよりもずっと大人で強い子だけど、その裏では強い哀しみに耐えている。だから、僕はそんな彼の支えになりたいんだ。それに、彼の事はなんだか他人には思えないしね」

「他人には思えない、か……もしかしたらお前と柚希は何か前世で縁があったのかもしれないな」

「ヌール君もそう思う? 僕もそうかなと思ってそれを柚希君に話してみたら、柚希君も僕にどこか懐かしさみたいな物を感じてたみたいで、僕達が出会った事で眠っていた前世の記憶みたいなのが呼び覚まされたんじゃないかって言ってたよ」

「ふむ……まあ、その可能性はありそうだな」

「そんな縁がある柚希君と少しでも繋がりを持てた以上、僕は柚希君の助けになりたいんだ。言ってみれば、今の僕は柚希君が本来いた位置にいさせてもらってるような物だから、この先の未来で柚希君がこの位置に戻ってきた時には柚希君がすぐに父さん達とまた幸せになれるようにするのは僕の務めだからね」

「なるほどな……」

「だから、僕は今の内から色々な物を取り入れて、本当に強い僕を目指したい。もちろん、ヌール君達と一緒にね」

 

 優しい笑みを浮かべる柚瑠の姿に少しだけ安心感を覚えた後、俺はここに来る事になった経緯を想起した。

ホルスの父親と神力を取り入れた普通の隼の母親の間に生まれた俺は腹違いの兄弟達を含めた家族から愛情を与えられながら育った。しかし、他の兄弟達が神と神の間に生まれた子である中で自分だけが違う生まれである事で親父達が何か理不尽な目に遭う事を恐れ、親父達には何も告げずに家を出た。

そして宛もなく飛んでいた時、様々な力が混ざりあった物の気配を感じ、少し警戒をしながらその気配の主の元へ飛んでいった結果、柚瑠達と出会ったのだった。

柚瑠達は俺の話を聞いてくれた上で俺のこれからについて考えてくれたり親父としっかり気持ちを通じ合うための機会をくれたり、と初めて会う俺に対して様々な事をしてくれた。そして、俺達の総意によって柚瑠達の元で成長をする事に決め、こうして乙野家に世話になっているのだった。

 

 本当に偶然ではあったが、こうして乙野家に世話になる事になったのは本当に幸運だった。柚瑠達にはとても良くしてもらっているし、明志さんや景光さんからは力の特訓や他のモノについて教えてもらえているからな。

親父達には迷惑と心配をかけてしまったが、こうして出てきたのは結果として良かったのかもしれないな。

 

 そんな事を考えていた時、ふと頭の中にある考えが浮かんだ。

 

「そういえば……あの時、柚瑠は自分は魂が半分しかない歪な存在だと言っていたが、そのもう半分の魂の持ち主はどうしているんだろうな」

「うーん、どうだろうね。シフルさんが言うには、無事に転生を果たしたみたいだけど、それは僕が目覚めるよりもかなり前の話みたいで、そもそもこの世界にいるとは言ってないから、僕には知る術が無いかな」

「そうか……だが、もしも会えるなら会ってみたいか?」

「そうだね。今どんな生活をしていて、どんな人生を送ってきたか興味があるから。もっとも、向こうも前世の記憶は無いだろうから、たとえ出会えてもわからないだろうけどね」

「そうだろうな」

「ただ、もしも出会えてその人が何かで困っていたら、僕はその人の力になりたいかな。魂の片割れだからっていうわけじゃなく、困っている人を放っておく事が出来ないからね」

 

 笑いながら言う柚瑠の姿を見た後、俺はふと浮かんだ疑問を柚瑠にぶつけた。

 

「……柚瑠は常に誰かの助けになりたいと思っているのか?」

「まあ、そうだね。もちろん、本当に助けを必要としていない人や助けない方が良い人も世の中にはいるだろうけど、それ以外の人だったら助けたいって思うよ。

 助ける事で感謝をされたいわけじゃないけど、それで誰かが幸せになれるなら僕はそれで良いと思うんだ」

「……その結果、自分が不幸になってもか?」

「うん。誰かが悲しんだり苦しんだりする方が僕にとっては辛いから」

「柚瑠……」

 

 柚瑠の思いは別に悪くはない。誰かの幸せを願いながらしっかりとした行動を取れる奴は決して多くはないし、まだそこまでは出来ないまでもそれを目指そうという姿勢はとても良い物で、俺自身も見習わないといけないとは思う。だが……。

 

「……そのままだと誰も幸せには出来ないぞ」

「え……?」

 

 俺の言葉に柚瑠は驚く。自分が思っていなかった事を俺から言われたのだからそれは当然だろう。俺はそんな柚瑠の驚く顔を見ながら言葉を続けた。

 

「柚瑠、お前のその他人の幸せを考えながら行動をしようという考え方は悪くない。そのおかげで救われる奴も少なからずいるだろうからな」

「う、うん」

「だが、相手の幸せを感じる理由の中にお前が含まれていないという根拠はあるのか?」

「あ……」

「陸人さん達や明志さん達、それに入学式に仲良くなった一騎達はお前の事を好いているし、お前が何か怪我をしたり病気に罹ったりしたら心配になるだろう。

 そんな人達がいてくれる中で、お前が自分が不幸になってでも誰かを救おうとするのは良くない。その行動によって少なくともその人達だけは辛い思いをするからな」

「それは……」

「だから、自分を犠牲にするような真似だけは止めた方が良い。本当に他人の幸せを願おうというのなら、相手が本当に求めている物をしっかりと感じ取り、そのために動く必要があるからな」

 

 本当は勝手な真似をして親父達を心配させた俺が言えた事では無いのかもしれない。俺自身も親父達のこれからを考えて出てきた結果、親父達を心配させた上にシフルさんや柚瑠達にも関わらせてしまったから。

けれど、そんな俺に対して手を差し伸べ、共に歩もうと言ってくれた柚瑠だからこそ俺は伝えたかった。柚瑠には同じような真似をして欲しくないし、俺を含めて柚瑠の事を常に案じている相手がいる事を忘れて欲しくないから。

 

「……だから、自分の身に危険が及ぶかもしれない事が出てきても、まずは自分の安全を優先してくれ。相手の心配をしたくなる気持ちはわかるが、お前が誰かに手を差し伸べるためには、まずお前自身が万全でないといけないからな。

その後でなら、俺達もお前のためにしっかりと動こう。お前の身の安全を確保出来ていない状態で行動をして、お前の命を失うような事になっては、俺達も辛いし、再びお前に生きるチャンスをくれたシフルさんや家族として大切にしてくれている陸人さん達に申し訳ないからな」

「ヌール君……」

「それと、自分が何かやりたい事があったら、それを隠さずに誰かに言ってみろ。先程から聞いていると、お前は他人を優先し過ぎる所があるようだからな。

そのままだと、何かやりたい事があっても他人の事を考えてそれを言わずに終わらせてしまう可能性がある。だから、もしもこの先の人生で何かやりたい事があったら、俺達や陸人さん達、一騎達にまずは言ってみろ。

よっぽどの事じゃなければ、みんなそれを否定はしないだろうし、もしかしたらお互いに納得出来る折衷案を出してもらえるかもしれないからな」

「……うん、そうだね。ありがたい事に僕の周りには僕を大切にしてくれている人達や友達だと思ってくれている人達がいる。その人達に幸せになってもらうには、まずは僕自身も楽しさや嬉しさを感じてないといけないよね」

「そういう事だ。まあ、明志さん達や陸人さん達だったら、もっと別の言い方も出来たかもしれないが、俺ではこのくらいが限界だ。すまないな」

「ううん、良いよ。そもそもそういう事を言ってもらえる事自体が幸せな事だからね。ありがとう、ヌール君」

「どういたしまして。だが、俺だって今だからこういう事を言えるんだ。今もそうだが、柚瑠達と出会う前の俺はとても未熟だった。相手の気持ちを勝手に決めつけて、それを良しとしていたからな。

 しかし、柚瑠達と出会って相手としっかりと話して気持ちを伝え合う事の大切さや想われる事のありがたさを知ったからこそ今の俺がいる。だから、本来お礼を言うのは俺の方なんだよ」

 

 ニッと笑いながら言うと、柚瑠は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「そっか。それじゃあ僕は、自分がやった事のお返しをしてもらったわけだね」

「そういう事だ。まだ出会って間もない俺が言うのもあれだが、柚瑠の良いところはその穏やかな雰囲気で相手の気持ちを安らかにさせたり相手の気持ちに寄り添いながら話が出来るところだ。実際俺も柚瑠のそういうところに救われたような物だからな。

だから、俺は自分自身の成長をしながら柚瑠がいつでもそういうやり方をしていけるようにサポートしていく。俺と同じように柚瑠のそういうところに救われる奴がこの先もいるかもしれないからな」

「ヌール君……うん、ありがとう。えへへ……」

「ん、どうした?」

「いや、色々言ってくれるヌール君が頼もしくて、僕にお兄さんがいたらこんな感じなのかなって思ったんだ」

「なるほどな。だが、それなら柚瑠の方が兄貴だろう。親身になって話を聞く事で相手の心の拠り所になって、安心感を与えてくれてるわけだからな」

「ヌール君……」

「まあ、まだ少し頼りなさそうな所もあるけどな」

 

 ニッと笑いながら言うと、柚瑠はムッとした。

 

「もう、ヌール君!」

「ははっ、そう怒るな。ただ、お前の事はそれくらい頼りになる存在だと思っている。少なくとも何か困った事があったら、一番に相談をしたいと思うくらいにはな」

「……そっか」

「ああ。柚瑠、俺をその光で闇の中から救い出してくれてありがとう。今度は俺が皆の太陽になれるように頑張っていくから見ていてくれ」

「うん、わかった。でも、ただ見ているだけじゃなく、そのために僕も全力でサポートさせてもらうね」

「ああ、よろしく頼む」

 

 優しい笑みを浮かべる柚瑠に対して微笑み返した時、胸の奥が徐々にポカポカしてくるのを感じた。そして、その春の陽気のような温かさは俺に安心感をもたらすと同時にこれからに向けてのやる気も出させてくれた。

 

 先にも言ったように俺はまだ未熟な若造で、柚瑠を支えようとするのは明志さん達の方が適任だろう。だが、歳の近い俺だからこそ話しやすい時もあるだろうし、気づきやすい事もあるはずだ。

そして何より、この心の闇を優しく照らしてくれる太陽のような存在を沈ませたくないという気持ちが俺の中にある。だからこそ、俺は柚瑠と共に歩む。歩幅を合わせ、すぐ近くで柚瑠の支えになるために。

 

 柚瑠との絆の温かさ、そして胸の奥で燃える決意の炎という二つの熱をしっかりと感じ、俺はそれらを決して冷ますまいと思いながら拳を握る代わりに翼にしっかりと力を込めた。




政実「SECOND AFTER STORY、いかがでしたでしょうか」
ヌール「今回は俺が決意を新たにする回だったな。ところで、俺達が向こう側のメインキャラ達と出会うAFTER STORYもあるのか?」
政実「それはまだ考え中かな。ただ、そのパターンも面白くはなりそうだから、出来そうならこっち側のメインキャラと一緒に出会う形にはなるかな」
ヌール「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価なども待っているから、書いてくれると嬉しい。よろしく頼む」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
ヌール「ああ」
政実・ヌール「それでは、また次回」


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第4話 静かな決意と正体不明のモノ

政実「どうも、正体がわからない物は少し怖い片倉政実です」
柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。たしかにわからないままの物事って不安になるし怖いよね」
政実「うん。だから、どんな物でもわからないままにするよりは少しでもわかるようにしたいところかな」
柚瑠「だね。さて、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第4話をどうぞ」


 青空の下で色とりどりの鯉のぼりが泳ぐ5月、いつものようにみんなで朝ご飯を食べていた時、廊下から突然大きな音が鳴り響いた。

 

 ん……この音は電話か。でも、こんな時間に一体誰だろう?

 

「電話、僕が出て来るよ」

「うん、ありがとうね」

「それじゃあ、その間に柚瑠の分も食っとくか」

「陸斗さん……」

「はっはっは、冗談冗談。とりあえず、安心して行ってこいよ、柚瑠」

「……はいはい」

 

 父さんのいつもの冗談にまたやってると思いながら答えた後、僕は廊下へ出て、未だに鳴り続けている電話の受話器を取って耳に当てた。

 

「はい、乙野です」

『もしもし、晶夏(あきな)だけど……』

「あ、おはよう。朝から電話なんてどうしたの?」

『アンタって今日は暇? せっかくの休みだから、暇だったらガッコの近くの公園で一緒に遊ぼうかと思ってね』

「うん、特に予定は無いから大丈夫だよ」

『よかった。それなら、後は泉と一騎も誘おうかな。アンタ的には、泉がいたら嬉しいだろうしね』

「あ、晶夏ちゃん……!」

 

 泉ちゃんの顔を思い浮かべ、嬉しさを感じると同時に顔がほんのり熱くなっていくと、電話の向こうから晶夏ちゃんのクスクス笑う声が聞こえてくる。

 

『……やっぱり、アンタは面白いね。そこまで素直で単純だとちょっと心配になるけど、まあアンタはしっかりしてるし大丈夫か』

「……しっかりしてるけど、からかうのが好きな友達がいるから、心配はいらないよ」

『あっははっ、違いないね。それじゃあ泉と一騎も誘ってみるよ。まあ、泉も最初は渋ると思うけど、アンタが来るって聞いたらなんだかんだで来ると思うし、楽しみにしてなよ』

「……わかった。でも、晶夏ちゃんに好きな人が出来たら、その時は覚悟しておいてよ」

『ああ、好きなように弄ってみなよ。それじゃあまた後でね』

「うん、また後で」

 

 晶夏ちゃんとの通話が終わり、受話器を置いた後、僕は熱を帯びた顔をそっと触る。熱いというよりは温かいというレベルだったけど、いつもの体温よりは明らかに高く、その熱の理由が晶夏ちゃんの言葉なのはたしかだった。

晶夏ちゃんの言う通り、泉ちゃんが来てくれるのは嬉しいし、初めて会った時から僕は泉ちゃんが好きなんだと思う。

けれど、僕は色んな面でまだ未熟だ。肉体面も精神面もまだ幼く、知識や教養も少ない子供に過ぎない。そんな僕じゃ泉ちゃんには釣り合わない。だからこそ、僕はもっと成長しないといけないんだ。

泉ちゃんが僕を好きになってくれるかはわからないし、その想いは届かずに終わるかもしれないけど、それでもその頑張りは無駄にはならないし、柚希君を支えたいという目標を達成するためにも色んな事をしないといけないから。

 

「……そのためにも何か始めたいけど、一体何を始めたら良いかな。父さんやヌール君と一緒に筋トレはしてるし、母さんや明志さんには色んな知識を教えてもらっている。

それは良いんだけど……何かもっと夢中になれて、自分のためだけじゃなく、他の人のためにも使えるような何かが欲しいような……」

 

 電話の前で腕を組み、何か良い案が無いかと考えていたその時、突然肩をトントンと叩かれ、僕は体をビクリと震わせる。

 そして、ゆっくり振り返ると、そこには心配そうに僕を見るヌール君を肩に乗せながらニヤニヤと笑う父さんが立っていた。

 

「父さん……ヌール君……」

「……柚瑠、大丈夫か? なんだか難しい顔をしていたが……」

「うん、ちょっと考え事をしてただけだから大丈夫だけど……父さん、なんでニヤニヤしてるの?」

「いやぁ、青春してるなぁと思ってな。掛けてきたの、泉ちゃんだろ?」

「ううん、晶夏ちゃん。何も予定が無かったら、遊ばないかって。まあ、泉ちゃんと一騎君も誘うらしいけどね」

「そうかそうか。それで、悩んでたのは泉ちゃんについてだろ? 顔もうっすら赤いし」

「……それもあるよ。でも、何かを始めたいとも思ってるんだ。自分のためだけじゃなく、他の人のためにも使えるような何かを」

「何かを始めたいか……」

 

 僕の話を聞いてヌール君が翼を顎に当てる中、父さんは優しく微笑むと、僕の頭にポンと手を置く。

 

「わっ……と、父さん……?」

「……柚瑠らしくて良いと思う。柚瑠が何を始めるかはわからないけど、俺はそれを応援するぞ」

「父さん……」

「ただ、始めるからにはしっかりとやれよ? 柚瑠なら心配は無さそうだけど、途中で止めてしまったら、お前も後悔する事になるだろうからな」

「……うん、もちろんだよ。止めないといけない理由が出来たら仕方ないかもしれないけど、そうじゃないなら僕は最後まで頑張りたい。こうして自分からやりたいと思えた事だからこそ、しっかりと頑張りたいんだ」

「そうだろうな。だが、そのやりたい事の目星はついているのか?」

「それはまだ。でも、見つけられたらそれを極められるまでやりたい。どんなに辛くても諦めずにやり遂げたいんだ」

「……良い覚悟だ。さて、そろそろ飯を食いに戻ろうぜ、柚瑠。約束してるなら、早めに公園に行ってた方が良いだろうしな」

 

 父さんの言葉に頷いた後、僕は父さん達と一緒にリビングに戻った。リビングでは母さんが明志さん達と話しており、さっき父さん達と話した内容を話すと、母さん達も喜びながら賛同をしてくれ、僕は残っていた朝食を食べながらやる気を高めた。

ヌール君にも言ったようにまだやりたい事の目星はついていないし、見つかるという確証も無い。だけど、見つかると信じているし、見つかるまで探し続けたいと思っている。

柚瑠(ヨウリウ)』という人間だった僕がこうして『乙野柚瑠』という転生者として生まれ変わったからには、後悔のない人生を送りたいし、僕が守りたい人達の助けになるために色んな事が出来るようになりたいから。

 

 ……よし、今日から色々な出会う中で何をやりたいか考えてみよう。きっと、これからも色々な事と出会うだろうし、その中には僕が興味を持つ物もあるはずだから。

 

 口の中の食べ物を咀嚼(そしゃく)しながら思った後、僕はそれをゴクンと飲み込み、そのまま目の前の朝食を食べ進めていった。

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

「行ってきます」

 

 朝食後に準備を済ませた僕はヌール君を肩に乗せながら玄関のドアを開け、二人でリビングにいる父さん達に声を掛けてから外へと出た。

ヌール君がついてきているのは、同じように何か新しい物と出会ってそれを自分の糧にしたいとヌール君が言っていたからで、流石にヌール君をみんなに紹介するのはまだ出来ないため、自分の力を使って姿を隠してもらっている。

外に出てみると、まだまだ暖かい空気が僕達を包み、快晴の青空の下でこいのぼりがふわふわと泳いでいたり小鳥達が(さえず)ったりしていた。

 

 ……今日も良い天気だなぁ。こんなに良い天気なら、外で読書してみたりお日様の下で眠ったりしても良いかもしれない。

 

「ねえ、ヌール君。こんなに良い天気だと、なんだかのんびりしたくならない?」

「まあ、その気持ちはわかるな。だが、良い天気だからこそ空を飛んだり外で遊んだりするのも気持ちが良いと思う。柚瑠は雨の日も好きなようだがな」

「うん、雨の日はジメジメしていて洗濯物も中々乾かないし、外に出たら濡れちゃうけど、雨の音を聞いているとなんだか落ち着くんだ。読書や勉強も捗るし、傘に雨粒が当たると少し楽しい気分になるしね」

「そうか……俺はこれまで雨を楽しい物だと考えてこなかったが、そういった楽しみ方や考え方もあるのだな。そういう事ならば、雨の日は柚瑠の傍にいるようにしよう。その方が雨の日の楽しさをよりわかる事が出来るだろうからな」

「ふふっ、その時は僕が思う雨の日の楽しさと魅力をいっぱい教えてあげるね」

「ああ、頼む」

 

 微笑みながら言うヌール君の言葉に僕が頷いていたその時、反対側から誰かが歩いてくるのが見え、近付きながら目を凝らした。

すると、それは一騎君だったため、僕はヌール君にアイコンタクトを送り、それにヌール君が応えた後に一騎君へと近づいて声を掛けた。

 

「やあ、一騎君」

「柚瑠か。家まで迎えに行こうとしていたんだが、その必要はなかったみたいだな」

「ふふ、そうだね。でも、わざわざ来てくれてありがとう」

「どういたしまして。それにしても……柚瑠、お前って何か格闘技か武道ってやってたか?」

「いや、父さんと一緒に筋トレとランニング、後はスポーツや武道について色々な話を聞いたくらいだけど……どうして?」

「お前からそういうのをやっているような雰囲気を感じてな。俺は兄貴の影響で幼稚園の頃から空手をやってるから、もし何かやってるならお互いに高め合えると思ったんだ」

「空手……」

 

 それを聞いた瞬間、僕の頭の中にある考えが浮かんだ。

 

「一騎君、空手って護身にも使える?」

「護身か……まあ、使える事は使えるが、何かあった時の防衛策として使うのは少し微妙だな。あくまでも練習の過程で得た動体視力や反射神経を利用して攻撃を躱したり相手を無力化するなら良いとしても、空手は拳が武器だから正当防衛が認められづらいとは聞いた事があるからな」

「そっか……」

「柚瑠は護身術を習いたいのか? それとも、誰かそれを使って守りたい奴でも……?」

「……うん、いるよ。たぶん、その人も他の方法で強くなってると思うけど、また会えた時には僕も強くなった姿を見せる事にしてるし、いざという時には守れるようにしたいんだ」

『柚瑠……』

「なるほどな……そういう事なら、俺が通ってる道場を紹介するか?」

「え、良いの?」

 

 僕が聞くと、一騎君は微笑みながら頷く。

 

「ああ、身近に競い合う相手がいれば俺もやる気が出るし、お前の気持ちはしっかりと伝わったからな」

「一騎君……うん、ありがとう」

「どういたしまして。それにしても……まさか泉以外にも守りたい相手がいたなんて驚きだな。それを聞いたら、泉も嫉妬するんじゃないか?」

「もう、一騎君まで……電話で誘われた時に晶夏ちゃんにも弄られたんだからね?」

「アイツなら弄るだろうな。さて、それじゃあそろそろ公園に──」

 

 そう言いながら一騎君が背後を向こうとしたその時、一騎君は僕の後ろを見ながら不思議そうな顔をし、それに疑問を持ちながら後ろを向いてみると、そこには長い黒髪を麻紐で一本に纏めた鮮やかな藍色の着物姿の女の子がいた。

 

「え……だ、誰?」

「誰、か……ふふ、私は誰なんだろうね?」

「お前、この辺りだと見かけない顔だな。休みを利用してこの辺りに住む親戚の所にでも遊びに来たのか?」

「うーん……まあ、そういう事にしておこうかな。ところで、君達は今からどこかに行くところ?」

「う、うん……」

「公園で友達と待ち合わせてるからそこに行くんだ」

「そっかぁ……ねえ、君達さえよければ私も連れていってくれない? なんだか楽しそうだからついていきたいんだ」

 

 女の子からの突然のお願いに僕達は顔を見合わせる。

 

「……僕は良いけど、一騎君は?」

「俺も構わない。晶夏も面白がりそうだが、泉は少し警戒しそうだな」

「たしかに……」

『警戒しそうというのもそうだが、コイツから妙な気配を感じるぞ』

『妙な気配……言われてみれば、この子から普通とは違う物を感じる気がする。これは妖気……かな』

『俺はあまり関わらない方が良いと思うが、柚瑠が連れていっても良いと思うなら俺もそれに賛成しよう。何かあったら俺も手助けは出来るからな』

『ヌール君……うん、わかった。もしその時が来たらよろしくね』

『ああ、任された』

 

 ヌール君が頷いた後、僕は女の子を見ながら微笑んだ。

 

「それじゃあ一緒に行こうか。もっとも、君にとって楽しくなるかはわからないけど……」

「ふふ、大丈夫だよ。少なくとも今の私はどんな事でも楽しめそうな程に退屈だったからね」

「そうか。そういえば、お前の名前はなんていうんだ?」

「名前かぁ……まあ、えぬとでも呼んでよ」

「えぬちゃん、だね。僕は乙野柚瑠」

「結城一騎だ、よろしく」

「うん、よろしくね」

 

 えぬちゃんが嬉しそうに答えた後、僕達は晶夏ちゃんと泉ちゃんの事をえぬちゃんに話しながら公園へと向かった。僕達の話を聞いている間、えぬちゃんは楽しそうに頷いたり相槌を打ったりしていて、妖気を感じる以外は特に変わったところのない女の子のように見えた。

 

 それにしても……えぬって珍しい名前だなぁ。この前、景光さんから(ぬえ)っていう近い名前の妖の事を教えてもらったけど、その鵺の姿はえぬちゃんとは似ても似つかないし、気を悪くしてもいけないから口には出さないでおこう。

 

 頭に浮かんだ鵺の事を片隅に追いやっていると、いつの間にか公園が見え始め、入り口に立ちながら話をしている晶夏ちゃんと泉ちゃんの姿が見えた後、僕達は二人へと近づいた。

 

「晶夏ちゃん、泉ちゃん、お待たせ」

「待たせたな、二人とも」

「ああ、ようやく来た……って、なんか知らない奴を連れてるね」

「……柚瑠、その子は誰?」

「この子はさっき会った子で、えぬちゃんっていうみたい。ついてきたいって言うから連れてきたんだ」

「あははっ、なるほどね。そういう事ならアタシは反対しないよ。泉、アンタは?」

 

 晶夏ちゃんからの問いかけに泉ちゃんはえぬちゃんをチラリと見てから答える。

 

「……もう連れてきたなら今さら拒まないわ。ただ、相手は晶夏に任せるから」

「ああ、構わないよ。えぬ、アタシは千尋晶夏。それでこっちの普段はツンツンしてるのに柚瑠に対してはデレが入るのが金ヶ崎泉だ」

「金ヶ崎泉よ。というか、晶夏。紹介が一部不適切じゃないかしら?」

「間違ってないだろ? アタシや一騎、クラスの奴らの前だとだいぶ冷たいのに、柚瑠に対してだけは落ち着きがなかったり優しかったりするんだからさ」

「そんな事ないわ。そうよね、柚瑠?」

「え……あ、うん。泉ちゃんはいつも優しくて綺麗で頭も良いからいつも通りだと思うよ?」

 

 いつもの泉ちゃんの姿を思い浮かべながら答えると、泉ちゃんの顔は驚いた物になってからゆっくりと赤くなっていった。

 

「ゆ、柚瑠……あ、貴方って人は……」

「あ、あれ……?」

「あー……もしかしてこれもいつも通り?」

「くくっ……そうだよ。この二人は出会った時からお互いに好意を持ってて、柚瑠が何の考えもなく泉の事を褒めるからそれを聞いた泉がこんな風に面食らいながら赤面するんだ」

「俺達と同じクラスの奴らはもう慣れてるが、泉をただ冷たくて素っ気ない奴だと思ってる他のクラスの奴らはこの光景を見ていつも自分の目を疑ってるぞ」

「あはは、なるほどね。まあ、別に柚瑠君を取ろうなんて思ってないから安心してよ、泉ちゃん」

「……そんな心配なんてしてないわ。とりあえずさっさと公園に入りましょう。このままここで話していても時間の無駄だもの」

 

 まだ顔が赤い泉ちゃんは少し早口で言った後、スタスタと公園内に入り、それを見てクスクスと笑ってから同じく公園内へ入っていく晶夏ちゃんと一騎君の後に続いて僕もえぬちゃんと一緒に公園へと入った。

ゴールデンウィークだからか公園内には親子連れや僕達のように友達と一緒に来ている子も多く、その光景をえぬちゃんは珍しそうに見ていた。

 

「人がいっぱい……こんなに人がいっぱいなのは初めて見たよ」

「えぬちゃんが住んでるところはそんなに人がいないの?」

「いないねぇ……山の方だし、だいぶ人口も減ってたようだから、近い内に消滅集落にでもなるんじゃないかな?」

「なるんじゃないかなって……他人事みたいに言っていて良いのかしら?」

「まあ、実際他人事だしね。ところで、公園で何をするの?」

「そうだね……本当はおいかけっこでもしようかと思ってたけど、この人の数だとぶつかるかもしれないし、範囲を決めてかくれんぼでもしようか」

 

 すると、それを聞いたえぬちゃんはクスリと笑ってから晶夏ちゃんに話しかけた。

 

「それなら、私が隠れるから四人で探してみてよ。私、かくれんぼなら大の得意だから」

「普通のかくれんぼの逆って事か……」

「得意といっても範囲を決めた上に探す側が初めから多いのはだいぶ不利じゃないか?」

「まあね。でも、それで勝てたらすごいと思わない?」

「勝てたら、ね。こっちには四人もいるんだから、負ける気はしないわ」

「うん、そうだね。それじゃあ、えぬちゃんの提案通り、えぬちゃんが隠れて僕達が探す事にしようか。範囲は……うん、流石に狭すぎてもよくないし、やっぱり公園全体にしよう。みんなもそれで良い?」

 

 一騎君達が頷くと、えぬちゃんは楽しそうに笑い、軽くストレッチを始めた。

 

「よーし、久しぶりのかくれんぼだけど、頑張っちゃおうかな。それじゃあ今から隠れに行くから、30秒経ったら探しに来て良いよ。それまでには隠れられるから」

「わかった。でも、危ないところには行かないでね?」

「大丈夫だよ。それじゃあ行ってきまーす」

 

 そう言ってえぬちゃんが走っていった後、僕達は頷きあってから30秒を数え始めた。そして数え終えた後、手分けをして探す事にし、三人がバラバラの方へ向かう中、僕は肩に乗っているヌール君に視線を向ける。

 

「ヌール君、えぬちゃんがどこにいるかってわかる?」

「一応な。だが……少し妙だな」

「妙って何が?」

「俺の眼の力でえぬの居場所はわかっているんだが、何故かえぬの姿自体はどこかぼやけた感じに視えているんだ」

「ぼやけた感じ……」

 

 それを聞いた時、頭の中にある可能性が浮かんだ。

 

「……もしかして、やっぱりそうだったのかな」

「柚瑠、何かわかったのか?」

「うん、たぶんだけどね。ヌール君、案内を頼んでも良い?」

「ああ、任せろ」

 

 ヌール君が返事をした後、僕は案内に従って歩き始めた。すると、着いたのは公園の中央にある大きな噴水で、そこには物陰に隠れるえぬちゃんの姿があったが、ヌール君が言うようにどこかぼやけた感じに見えていた。

 

「……ほんとだ。そこに“いる”ってわかるのに“いない”って脳が判断してるみたいでなんだかモヤモヤするね」

「ああ、そうだな。とりあえず声をかけるぞ、柚瑠」

「うん」

 

 ヌール君の言葉に返事をした後、僕達が近づいていくと、それに気づいたえぬちゃんはゆっくりと僕達の方を向き、妖しい笑みを浮かべる。

 

「力を使ってたから見つからない自信があったのにもう見つかっちゃったね」

「ここにいるヌール君のおかげだけどね。それで、えぬちゃんについてちょっと思った事があるから、その答え合わせをさせてほしいんだ」

「答え合わせ……うん、良いよ。恐らく私が何なのかって事だろうしね」

「その通り。えぬちゃん、君は『鵺』なんだよね?」

「……そうだよ。私は鵺、ただ正確なところは少し違うんだけどね」

 

 えぬちゃん、『鵺』は楽しそうな笑みを浮かべながら答えた。

 

 

『鵺』

 

 一般的にサルの顔にタヌキの胴体、トラの手足にヘビの尻尾という姿で伝えられる妖怪。ヒョーヒョーという不気味な鳴き声を上げるとされ、平安時代では不吉の象徴として人々から恐れられており、不思議な声で鳴く得体の知れないものというイメージから、現代ではつかみどころのない正体のはっきりしない人物や物事という意味の言葉としても使われる。

 

 

 正確なところは違う……? 鵺ではあるけど、何か他にもあるって事かな……。

 

 そんな疑問を持っていると、ヌール君は少し警戒した様子でえぬちゃんをジッと見つめる。

 

「……鵺、人の姿に化けて何をしようとしている? まさか油断させて人を襲おうと……」

「ううん、違うよ。というか、この姿が私の本当の姿なんだ」

「その姿が本当の姿……?」

「そう。私は鵺と人間の両方の血を引いた変わった存在で、もちろん一般的な鵺の姿にもなれるけど、生まれた時からこの姿だったから、私にとってはこの姿が私の本当の姿なの」

「なるほど……つまり、お前は半人半妖のような物なのだな」

「人間側の血はだいぶ薄まってるみたいだけど、だいたいそんなところかな。昔、私のご先祖様にあたる鵺が一人の人間を気に入って住みかまで連れ去った。その人間が私の中に流れる人間側のご先祖って事になるんだけど、その人は当然拐われた事や鵺の姿に恐怖を感じていて、自分は獲物として連れてこられたんだってしばらく恐怖で何も話せなかったみたい。

でも、ご先祖様からしたら別に食べる気なんてなくて、むしろその人の辛い境遇に同情していた上に器量の良さと美しさに惹かれて傍にいてほしくて連れてきただけだったから、食べ物を持ってきたり綺麗な着物を与えたりして本当に甲斐甲斐しくお世話をしていた。

その内にその人もご先祖様が本当に自分を食べるために連れてきたんじゃないってわかって、その奇妙な見た目も段々気にならなくなってきたみたい。

もちろん、ご先祖様は他の人間の事は襲っていたし、他の人間達からは人に仇をなす恐ろしい妖だって恐れられていたけど、その人はその事をわかっていながらも自分をお世話してくれるご先祖様の事が好きになっていき、別のモノ同士で交わった結果、二人の子供が生まれたの。鵺と人間の血を引く半人半妖の子供がね」

「そうだったんだ……」

「だが、何故お前はここにいるんだ?」

「……住んでいた山に住めなくなったからだよ。ご先祖様が平安時代に一人の人間の手に掛かって命を落とした後、二人はご先祖様とは違う鵺を頼って私がこの前まで住んでいた山へと辿り着いた。

それで、そこに住んでいた鵺達の元で暮らす事になって、何代も何代も血を残しながらずっと人間達に気づかれずにいたんだけど、この前、その山を開発のために買った人間がいたの。

当然、私達はどうにかならないかって考えたんだけど、元から山の持ち主に黙って暮らしてた分、話し合って協力する事も出来ないし、人間達を襲ってもその後の報復で私達が傷ついたり命を落としたりしても仕方ないって事になって、鵺の血を絶やさないために私達は分かれて旅立つ事にしたんだ」

 

 そう言うえぬちゃんの顔は寂しげで一緒に暮らしてきた仲間達と離れたくなかったと思ってるのは波動を探らなくてもわかる程だった。

 

 ……えぬちゃんと同じ立場だったら僕も同じ気持ちになるだろうな。今は父さん達や明志さん達と一緒に暮らせていて、泉ちゃん達と一緒に遊んだり学校に行けたりしてるけど、その日常が突然崩れたら耐えられないって断言出来る。

 

「それで、仲間達と分かれた後にえぬちゃんはこの街に来て、さっき僕達と出会ったんだね」

「そう。これまで人間なんて全然見た事がなかったから、ちょっと緊張してたけど、柚瑠君の雰囲気のおかげで少し安心出来て、今はこの子達と一緒にいてみようって思ったの。

 ただ、次の事についてはやっぱり考えないとね。お母さんや他のみんなと分かれた以上、中々頼る事も出来ないし……」

 

 寂しさと辛さが入り交じったような表情を浮かべるえぬちゃんを見て、どうにかしてあげたいと思っていた時、ヌール君は僕の顔をチラッと見てからため息をついた。

 

「……柚瑠、お前が望むならえぬを仲間にしても良いと思うが?」

「え……?」

「私が……柚瑠君達の仲間に……?」

「ああ、そうだ。見ての通り、柚瑠にはホルスである俺がついていて、有している『力』も並ではない。その上、家には他にも人ならざるモノ達がいて、柚瑠の両親もそういったモノ達に関心がある。それならば、鵺が加わっても今さら誰も拒みはしないと思う」

「たしかに……」

「だが、最終決定は柚瑠とえぬに任せる。俺達の主は柚瑠であり、えぬ自身が仲間になりたいと思わないのに無理やり加えるわけにはいかないからな」

 

 ヌール君の言葉を聞いた後、僕とえぬちゃんは顔を見合わせる。そしてどちらともなく笑ってから僕達は握手を交わした。

 

「僕はえぬちゃんが仲間になってくれたら嬉しいな。まだ出会ってからそんなに経ってないけど、えぬちゃんが良い子なのはわかったし、これからの生活が楽しくなる気がするんだ」

「私も同感かな。柚瑠君達が良い人なのもそうだけど、やっぱり鵺と人間の血をひく私の事を拒まないでくれる相手っていうのはとても貴重だからね。柚瑠君、私を仲間に加えてくれるかな?」

「うん、もちろんだよ」

 

 よし……それじゃあそろそろ説明タイムに入ろうかな。

 

 そう思った後、僕は肩から掛けていたショルダーバッグに入れている『友の書』を取り出して僕自身の事や『友の書』について話した。

 すると、えぬちゃんは驚いた様子で『友の書』に視線を向けた。

 

「柚瑠君の事も驚いたけど、まさかその本が扉になって別の世界に行けるなんてね……そんな魔導書を持ってる人はそうそういないと思うよ」

「あはは、そうかもね。さてと……それじゃあそろそろ登録に移ろうか。えぬちゃん、お願いしても良い?」

「うん」

 

 微笑みながらえぬちゃんが答えた後、『友の書』の空白のページを開いて、僕達は揃ってそのページに手を置きながら目を瞑ってそれぞれ自分の『力』を注ぎ込むイメージをした。

すると、ページに触れている右手を通して『力』が『友の書』に流れていくイメージが頭に浮かび、いつものように力が抜けていく感じがしたけれど、足にしっかりと力を入れて踏ん張った事で倒れる事はなかった。

そして、完全に注ぎ込まれたという感覚があった後、ゆっくりと目を開けてみると、そこには綺麗な川の上に掛けられた橋の上に立ちながら妖しい笑みを浮かべるえぬちゃんの姿と鵺についての詳細な文章が浮かび上がっていた。

 

「……よし、登録完了」

「お疲れ様だな、柚瑠。しかし……人間の血もひいているとはいえ、鵺が仲間になるとはな。次はどんな奴が仲間になるのだろうか……」

「そこはわからないけど、どんな仲間が出来ても仲良くしていきたいね。でも、そのためにはまず僕が心身共に強くならなきゃ」

「そうだな。さて、それではそろそろえぬを出してやろう。向こうの感想も聞きたいからな」

「うん、そうだね」

 

 返事をした後、僕はえぬちゃんのページに手を置き、魔力を注ぎ込んだ。そして『友の書』からえぬちゃんが出てくると、えぬちゃんはとても興奮した様子で僕達に話しかけてきた。

 

「あの居住空間っていうところ、本当にすごいんだね! とても空気や景色も綺麗で妖力や他の力が程よく混ざってるからかとっても過ごしやすいし、あそこがすぐに大好きになったよ」

「喜んでもらえてよかったよ。そういえば、君の事はこれからもえぬちゃんって呼んでも良いの? もしも本当の名前があるなら、そっちで呼ぶ事にするけど……」

「ううん、大丈夫。実は私達って名前で呼び合う習慣がなかったから、自分で仮につけたこの名前でも結構気に入ってるんだ」

「そっか。それなら、これからもえぬちゃんって呼ばせてもらうよ」

「そうだな。改めてこれからよろしくな、えぬ」

「これからよろしくね、えぬちゃん」

「こちらこそよろしくね、二人とも」

 

 そう言いながら笑うえぬちゃんの表情はとても自然で、その顔を見て安心感を覚えていると、ヌール君が息をついてから僕達に話しかけてきた。

 

「さて、えぬが仲間に加わったところでアイツらにも報せにいくか。公園内をバラバラに探していても俺の眼があればその位置を探すのは造作もないからな」

「そうだね。それじゃあ行こうか、二人とも」

「ああ」

「うん!」

 

 二人が返事をした後、僕達は揃って歩き始めた。思いもよらなかった出会いだったけど、えぬちゃんとのこの出会いは決して悪い物ではないという確信がある。

 

 ヌール君にも言ったようにどんな仲間が出来ても仲良くしていきたい。もちろん、中には人間に敵意を持ってたり不信感を持ってたりするモノだっている。でも、僕はそういったモノ達とも仲良くなりたい。それは僕にとって大切な──。

 

「……あれ? 大切な……何なんだろう……?」

「柚瑠?」

「どうかした?」

「あ……ううん、何でもない」

 

 二人に対して笑みを浮かべながら答え、二人が安心したように僕から視線を外した後、僕はさっき浮かんだ事について考え始めた。

 

 もしかしたら、これは僕の前世だという“柚瑠(ヨウリウ)”に関わる事なのかな。そして、柚瑠にとってこういったモノ達は大切な存在で常に仲良くなりたいって考えていたのかもしれない。

だったら、その思いは僕も大切にしよう。僕だって父さん達だけじゃなく、明志さん達はとても大切な存在だし、これからも一緒に楽しい毎日を過ごしたいからね。

 

 心の中で決心した後、僕はヌール君達の姿をチラッと見てからクスリと笑い、大切な人間の友達である泉ちゃん達を探すために歩いていった。




政実「第4話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「今回の話で柚瑠に関する何かが出てきたけど、これからもこんな風に何かがきっかけで柚瑠に関する記憶や想いみたいなのが出てくるの?」
政実「そうだね。記憶としては失われてるけど、魂には残り続けてるからそれが顔を出してるって感じかな」
柚瑠「なるほどね。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」


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第5話 不可視の神と冥界の神

政実「どうも、夏の暑さは少々苦手な片倉政実です」
柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。暑さは得意な人と苦手な人でだいぶ分かれるだろうからね」
政実「だね。夏の暑さもそうだけど、冬の寒さもそんなに得意じゃないから色々対策は必要になってくるよ」
柚瑠「たしかに。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第5話をどうぞ」


 汗が滝のように流れ、蝉の鳴き声が聞こえる中で常に水分が欲しくなる夏。そんな夏のある日、僕達は教室で先生の話を聞いていた。

 

 

「さて皆さん、明日から夏休みが始まります。 皆さんにとっては、これが初めての夏休みになり、やりたい事がいっぱいあって楽しみだと思います。

けれど宿題もありますし、冷房にばかり頼っているとすぐに体調を崩してしまいます。 なので、規則正しい生活をしながら、楽しい夏休みになるようにして下さい。 良いですか?」

『はーい』

 

 

 僕達が声を揃えて返事をすると、先生は満足そうに頷く。そして、日直の子に相拶を促すと、日直の子は相拶の言葉を口にし、それを続けて口にした後、先生も答えてから出席簿を手にして教室を出ていった。

 

その後、教室のあちこちからクラスメート達の楽しそうな声が聞こえ始めると、後ろの席の一騎君が話しかけてきた。

 

 

「みんな、もう頭の中は夏休みの事でいっぱい みたいだな」

「そうみたいだね。でも、楽しみなのは僕も同じだよ。初めての夏休みだからこそワクワクもするし、みんなと出掛けたり勉強したりする時間も増えるからね

「そうだな。それに、これでよりお前との空手の特訓がもっと出来て、お前も愛する泉との時間を更に取れるからな」

「もう……いつもそれを言うじゃん」

 

 

 ニヤリと笑う一騎君に対して僕が軽く頬を膨らませていると、一騎君の隣の席に座る晶夏ちゃんが一騎君の頭にチョップをした。

 

 

「おい。一騎、アタシは除け者か?」

「するわけないだろ。というか、俺がするような奴に見えるか?」

「いいや、まったく。何となく言ってみたくなっただけさ」

「そうだろうな。それで、お前達は夏休みの予定って決まっているのか?」

「アタシは帰省する以上はまだ何も」

「僕もまだそこまでは」

「私も同様よ」

「そうか。ウチもまだだから、色々相談しながら 決めていきたいな」

 

 

 その言葉に僕と泉ちゃんが頷いていると、晶夏ちゃんは何かを思いついた様子で笑みを浮かべた。

 

 

「みんな、ちょっと良いかい?」

「良いけど……」

「晶夏、一体何を企んでいるの?」

「企むなんて人聞きが悪いじゃないか」

「いつもの自分の素行を考えなさい。それで、何を考えたのよ?」

「四月に出会ってからアタシ達がやってなかった事があったんだ。だから、この機会にやっておこうと思ってね」

「僕達がやってなかった事?」 

 

 

 その問いかけに晶夏ちゃんはニッと笑う。

 

 

「ああ、お泊まり会って奴をやってなかったんだ」

「お、お泊まり!?」

「ああ、言われてみればなそうだな」

「お、お泊まりって……」

「別に良いじゃないか、寝間着姿を柚瑠に見られるくらい。そして、アタシ達の初めてのお泊まり先は……柚瑠の家にしようと思う」

「ぼ、僕の家!?」

「そうさ。一騎の家も気になるけど、一番気になるのはアンタの家だし、泉のとこの両親も喜ぶだろうしね」

 

 

 晶夏ちゃんと一騎君がそろってクスリと笑い、 泉ちゃんが少し恥ずかしそうに顔を赤くしながら僕を見る中、僕も突然の事に驚いていたけれど、 みんなとのお泊まり会というイベントに対してはワクワクしていた。

 

 

 

 

「みんなとのお泊まり会かぁ....どんな感じになるのかなぁ」

 

 

 帰り道、三人と分かれた後に家に向かって歩いて いると、『友の書』の中からヌール君の声が聞こえてきた。

 

 

『そうだな……楽しそうではあるし、陸斗さん達も喜ぶと思うが、問題は俺達だな」

『そうだねー……折角の機会だし、私だって参加したいけど、理由も考えないといけないかなぁ』

「それに、みんなを人ならざるモノだって言うわけにもいかないし、三人が来てる間はみんなには 『友の書』の中の居住空間にいてもらう事になるけど、それはすごく申し訳ないな……」

 

 

 本当の事を言えば、『友の書』のみんなとも会わせたいし、話している姿も見てみたい。だけど会わせるとなると、何故いるのかについて説明しないといけないし、僕が転生者である事だって話す必要もある。

 

だけど、話すだけの覚悟もまだ無い上にもしも話したとしてもそれが原因で三人から避けられるような事になったら、僕はきっと耐えられないだろう。

 

 

 それを想像したらやっぱり怖い。仲良くなれたみんなから怖がられる事が僕にとっては何より怖いんだ。

 

 

「でも、いつかは話さないといけないし、その覚悟だけはちゃんと……って、あれ?」

「ん、どうかしたの?」

「あそこに……家の前に何だか白い物があるんだ。後、これは……神力かな?」

 

 

 玄関先に見える神力を発している何かに近づいていくと、それは僕の気配に気づいたのかゆっくりと こちらに顔を向けた。

 

 それは小さな小供のような大きさのモノであり、白い布を頭から被って鋭い目や人間の足だけのぞかせているような見た目をしていた。

 

 

「えっと……き、君は?」

「不思義な気配を発する人間の子よ。私の姿が 視えるのか?」

「うん、見えるけど……もしかしなくても人ならざるモノだよね?」

「その通りだ。我の名は……」

 

 

白い何かが静かな声で名乗ろうとしたその時だった。

 

 

「ア、アビヨッド様!」

 

 

 そんな疲れきったような声が聞こえ、僕は顔を上げた。すると、黒い犬のような頭をした何かが走ってきているのが見え、それはアビヨッドと呼んだモノの近くで足を止めた。

首の辺りを金色などの装飾品で飾り、おへそからひざまでを腰布のような物で巻いた上半身裸の黒い子供のようなモノはとても疲れた様子で息を切らしていた。

 

「はあ、はあ……アビヨッド様、いきなりいなくなるのは止めて下さいよ……」

「む、イスウィドか。遅かったではないか」

「遅かった、ではないですよ。アビヨッド様がメジェド神としての力を使って姿を消してしまわれるから、今の今まで探していたのですよ!?」

「ふむ、そうだったか。ご苦労だったな」

「ご苦労だったって……アビヨッド様……」

 

 

 イスウィドがため息をつき、アビヨッドが悪びれる様子を見せずにいたその時、僕はランドセルから『友の書』を取り出して、あるページを開いた。

 

 そして、そのページの主に声をかけてから『力』を注ぎこむと、「友の書』からはヌール君が現われ、ヌール君は少し呆れたようにため息をついた。

 

 

「アビヨッド、イスウィド、まさかお前達とこのような場所で会うとはな……」

「それじゃあ、やっぱりこの二人は知り合いなんだね」

「ああ、アビミッドはメジェド神、イスウィドはアヌビス。 共にエジプトでは有名な神々だが、二人はその子供だ」

 

 

 二人を見ながらヌール君は静かに言う。

 

 

メジェド神

 

古代エジプトにおいて『打ち倒す者』という意味を持った名前のエジプト神。

目などを覗かせた白い布を被った下から人間の足を出した姿が有名であるが、エジプト神の中でも謎に包まれた存在であり、死者の選別をしたりオシリスの家にいるとされたりしている不可視の存在。

 

 

アヌビス

 

エジプト神話に登場する冥界の神であり、オシリスとネフティスの間に生まれたとされている。

ミイラを布で包むものなどの異名を持っており、医療の神としても知られている。

 

 

 メジェド神にアヌビス……同じエジプト神話の神様であるホルスが仲間にいて、同じようにまだ子供だとしても、やっぱり神様をめのまえにすると、緊張するな……。

 

 

 アビヨッド君とイスウィド君の二人を見ながらそんな事を考えていると、ヌール君の姿を見たアピヨッド君が嬉しそうな声を上げた。

 

 

「おお、ヌール! 会いに来て早々に会えるとは思っていなかったぞ!」

「会えて嬉しいのは同じだが、イスウィドの事ももう少し考えてやれ」

「……ありがとう、ヌール。ところで、その少年は?」

「こいつは……いや、自分で自己紹介をするか?」 「うん、そうだね。初めまして、僕は乙野柚瑠。 ヌール君のように人ならざるモノと一緒に暮らして いる転生者だよ」

「乙野……ふむ、ヌールのお父上が言っていたのが お前だったか」

「え、ヌール君のお父さんが……?」

 

 

 その疑問にイスウィド君が答えてくれる。

 

 

「そうだ。ヌールのお父上と私達は先日お会いしたのだが、その時に大層評価をしてらっしゃった のだ。人の身でありながら様々な力を宿し、神獣や妖達を見事にまとめあげる程の大した手腕を持っていると」

「そ、それ程でも……」

 

 

 突然の言葉に僕は思わず照れてしまった。ありがたい事に褒めてもらえる機会には恵まれる事が多いけど、 褒められるという事にはまだあまり慣れる事が出来ず、 何回褒められても気恥ずかしくて、照れてしまうのだ。

 

 

 中々慣れる事が出来なくていつも照れちゃうけど、 褒められるのはやっぱり嬉しいな。

 

 

 そんな事を考えながら嬉しさを感じていると、僕の姿を見ていたアビヨッド君が不思議そうな声を上げる。

 

 

「……こう言ったらなんだが、本当にヌールのお父上が評価をする程の存在なのか? 強大な力の気配こそ感じるが、見た目はまだ年端もいかぬ幼子にしか見えぬぞ。同じまだ幼き神である我が言えた事ではないとは思うがな」

「申し訳ないが、私も同意見だ。見た目だけで判断するべきではないとわかっているが……」

「あはは……まあ、まだ頼りないところもあるし、そう言われても しかたないよね」

 

 

 二人の言葉を聞いて僕が苦笑いを浮かべていると、ヌール君が静かに話し始めた。

 

 

「一般的に見ればそうだろう。だが、迷っていた俺を救ってくれた事や父さんを始めとした神々がその力を認めている事は間違いない。

だから、俺は柚瑠の力は認めているし、更にその 力を増やせるように協力すると同時に、俺自身も負けないように強くなりたいと思っている」

「ヌール君……うん、ありがとう。これからも一緒に 頑張ろうね」

「……ああ、もちろんだ。それで、どうしてここへ来たのだ? 会いに来たとは言っていたが………」

「うむ、そうだ。柚瑠に興味をもったのもあるが、ヌールが故郷を離れて修業に励んでいると聞いたのでな。どのような生活をしているのか気になったのだ」

「それで、私の父やアビヨッド様のお父上であるメジェド様の許可を得た上でこうして会いに来たのだが……この近くまで来た時にアビヨッド様が姿を消されたので探していたのだ」

「アビヨッドは自由が過ぎるところがあるからな さて、会いに来てくれた事だし、お前達の事はしっかりもてなそう。柚瑠、良いか?」

「うん、もちろん。それじゃあ早速家に入ろうか」

「家に……え、それじゃあまさか……?」

 

 

 イスウィド君が驚きながら家を見上げる姿に僕はクスリと笑ってから家を手で指し示した。

 

 

「そうだよ。さあどうぞ、上がって」

「うむ、上がらせてもらおう」

「失礼するぞ、柚瑠殿」

「うん」

 

 

 そして僕達が玄関を開けると、そこにはにこにこ笑う明志さんの姿があった。

 

 

「柚瑠さん、ヌールさん、おかえりなさい。おや、そちらは?」

「ただいま戻りました。明志さん。こちらの二人はヌール君の友達で、僕やヌール君の話を聞いて会いに来てくれたんです」

「ふふ、そうでしたか。初めまして、私は明志。ヌールさん達と同様にこのお家や柚瑠さんにお世話になっている者です」

「……そなた、我らと同じ神か?」

「正確に言うならば瑞獣です。神力を有していますけどね」

「なるほど……」

 

 

 イスウィド君が納得顔で頷いていると、リビングから母さんが顔を出し、ニコリと笑ってくれた。

 

 

「おかえりなさい、柚瑠、ヌール君。二人ともお昼ご飯の準備を 手伝ってくれる?」

「うん。 明志さん、アビヨッド君とイスウィド君をお願いします」

「わかりました。ではお二人とも、どうぞこちらへ」

 

 

 明志さんの言葉に二人が頷いて歩いていった後、僕達もランドセルを置くために僕の部屋へと向かった。

 

 

 

 

「いただきます」

 

 

 声を揃えて言った後、僕達は昼食を食べ始めた。午前中だけなのに加えて、終業式くらいしか無かった日ではあったけれど、母さんが作ってくれたご飯の味はしっかりと体に染みていった。

 

 

「母さん、今日も美味しいよ。ありがとう」

「どういたしまして。それにしても陸斗君、ヌール君のお友達が来ているって聞いてすごく会いたそうにしてたね。

小さい頃は妖怪や神様についての興味はそれ程でもなかったけど、天斗さんから話を聞いたり柚瑠達と話すために調べたりしてる内に人ならざるモノ達に対して興味が湧くようになったって言ってたし」

「そういえば明志さん達から話を聞いてる時もあるね。そのせいか僕よりも詳しい時もあって、ちょっと得意そうにもされて悔しいけど……」

「陸斗君なりの柚瑠とのコミュニケーションのような物だから。そういえば、アビヨッド君達は柚瑠達に会いに来てくれたようだけど、この後はどうするの?」

 

 

 母さんが聞くと、アビヨッド君は静かに目を閉じた。

 

 

「さて、どうするか。会って話すという事だけを考えていたからな」

「中々、行き当たりばったりじゃな……」

「君達さえよかったら仲間になるのはどうかな?ヌールもいるし、色々楽しいと思うよ?」

「うん、僕も賛成。でも、もし二人が仲間になってくれる事になっても、まずは二人のお父さん達にも話さないといけないよね」

「それは父さんの知り合いである天斗さんに相談 すれば良いが、それ以外にも話す事があるだろう?」

「うん、そうだね。あの母さん、実は……」

 

 

 僕は提案されたお泊り会について話した。

 

 

「……って事なんだけど」

「うん。別に大丈夫だし、陸斗君も乗り気だと思う。いつごろやる事にしてるの?」

「それはまだ決まってない。とりあえず大丈夫そうなら、晶夏ちゃんに言う事になってるからそれからだよ」

「そっか。でも、そうなると明志さん達の件を考えないといけないね。 柚瑠はまだ泉ちゃん達には言えないって思ってるわけだし」

「うん。本音を言えば、僕は泉ちゃん達にも明志さん達を紹介したいし、一緒に話している姿も見たい。 泉ちゃん達も明志さん達も等しく僕にとって大切な存在だから」

 

 

 だけど、やっぱり中々踏み出せない。それがとてももどかしいのだ。

 

 

 そう考えながらため息をついていたその時だった。

 

 

「ならば、反応を見れば良いのではないか?」

 

 

 アビヨッド君からそんな言葉が飛び出し、僕達の視線がアビヨッド君に集中する。

 

 

「反応を見る?」

「そうだ。見たところ、ここには人間と似たような姿をしているモノもいるようだ。ならば、そのモノ達との出会いの反応から人ならざるモノ達に対してどのような思いを抱くか見るという手もあるのではないか?」

「.…...たしかにヌール君は難しくてもえぬちゃんや景光さんは普通の人間寄りだからあまり驚かれないだろうし、明志さんも仮面が少し驚かれるだけかもしれない」

「それでワシらについては解決するだろうが、柚瑠自身の説明についても考えなくてはならんぞ?」

「はい、もちろんです。少し怖いところはありますけど、それでも逃げるわけには行きませんし、こうして『友の書』のみんなが人型が多い今がこそがその時だと思いますから」

「大切な存在だからこそ嫌われたくないという気持ちはわかりますから、機会を伺ってみるのも悪くはありません。ですが、その時が今だと判断したのならばその気持ちを尊重しますよ。

こう言ってはなんですが、皆さんに抽瑠さん自身の事が伝わった場合、様々な事を相談出来るようになりますし、人ならざるモノ関連で袖瑠さんが困る事があっても わけを話しやすくなりますね」

「ハイリスクハイリターン、というわけだな。イスウィド、お前の意見はどうだ?」

「部外者であるため、あまり踏み入った事は言えないが、私もその意見には賛成だ。後は柚瑠殿が御友人がたの事を信じるしかないのだろうな」

「うん……」

 

 

 イスウィド君の言う通りだ。僕達が色々工夫をする事は出来るけど、僕自身がみんなに『友の書』の仲間の事をわかってもらわないといけないし、意志が弱かったり揺らいだりしたままで進めたって絶対に失敗するから、ここでちゃんと覚悟を決めないといけないのだ。

 

 

「……よし、頑張ってみよう」

 

 

 決意を固めながら独り言ちた後、僕はそのための 力をつけるべく、母さん特製のお肉多めのソース焼きそばをしっかりとほおばった。

 

 

 

 

 数日後、僕は家の前に立っていた。その理由はウチにお泊まりを しに来る三人を出迎えるためで、これが僕達の初のお泊まりなのもそうだけど、やっぱり僕や『友の書』のみんなの事を話そうと考えている事でとても緊張していた。

 

 あの日、仕事から帰って来た父さんにも三人に僕や『友の書』に ついて話したいと言ってみると、驚かれたけれどそれでも僕が決めた事なら応援しすると言ってくれて、 母さんと一緒に色々サポートもすると言ってくれた。

 

 その言葉はとても心強かったし、それを聞いて胸の奥がとてもポカポカとしていた。不安は当然のようにある。でも、やると決めたからにはやっぱり立ち止まってはいられない。怖いけど頑張るって決めたから。

 

 拳を固く握りながら決意を改たにしていたその時、三人の波動が近づいてくるのを感じた。それにハッとしてから様子を見に行くと、こちらへ向かって歩いてくるそれぞれの荷物を持った三人の姿が見えた。

 

 一騎君と晶夏ちゃんが楽しそうに笑う後ろを呆れ顔の泉ちゃんが歩いていたけれど、泉ちゃんからも嬉しさを表す波動が感じられ、その事に僕も嬉しさを感じていると、三人は僕の目の前で 足を止めた。

 

 

「柚瑠、おはよ」

「おはよう、柚瑠」

「抽瑠、おはよう。今日はお世話になるわね」

「うん、いらっしゃい。父さんも母さんもみんなが来るのを楽しみにしてたよ」

「いきなりの提案だったのに快く受け入れてもらったのは本当にありがたかったよ。あ、それと……これはお世話になるから持っていけってウチの両親が」

「ウチもだ」

「当然ウチも。ただ、ウチの両親の喜び具合が少々面倒臭かったのよね……まったく、ただ泊まりに行くだけだっていうのに」

 

 

 泉ちゃんがため息をつく中、晶夏ちゃんはこりと笑いながら肩に手を置いた。

 

 

「誰かの家に泊まりに行くどころかアタシ以外に話そうとする相手を作らなかったんだから当然だと思うよ」

「話そうとするというか晶夏の方からいつも話しかけに来るでしょう? 今は柚瑠と一騎もいるけれど」

「ははっ、まあね。さて、そろそろ柚瑠の家族にもご相拶させて もうおうか」

「うん。あ、それと…………ちょっと驚く事があると思うから、それを予め言っておくね」

 

 

 その言葉に三人が不思議そうな顔をする中、僕は 家のドアを開けた。すると、丁度よく景光さんとえぬちゃんの二人が廊下が話しており、泉ちゃん達は二人の姿を見て驚いた。

 

 

「え、えぬじゃないか!

「えぬもそうだが……こちらのおじいさんは後頭部が少し特徴的だな……」

「柚瑠、どういう事なの?」

 

 

 えぬちゃんに会えた喜びを顕にする晶夏ちゃんと 景光さんを興味深そうに見る一騎君、そして二人に対して警戒心を強くしている泉ちゃんの姿に景光さんは静かに笑った。

 

 

「三者三様のようじゃな。 泉といったか、ワシは奇怪な姿をしていると思うが、ワシも柚瑠の仲間じゃ。警戒せずとも危機を加えるような真似はせんよ

「もちろん、私も。それはわかってもらってると思うけどね」

「まあ……えぬは前に一緒遊んだ事もあるからわかるけどね。けど、どうしてえぬがここにいるんだい?実は柚瑠の親戚だったとか?」

「ううん、違うよ。みんな……ちょっとこれを見てくれるかな?」

 

 

 下駄箱の上に置いていた『友の書』を見せると、 三人は『友の書』に視線を落とす。

 

 

「これは……柚瑠がいつも持っている本か」

「不思議な文字が書かれていて私達は読む事は出来ないけれどね」

「そう。そしてこのページと……後、このページを見てほしいんだ」

 

 

 そう言いながら僕は景光さんとえぬちゃんのページを開く。その瞬間、三人は目を開きながら驚いた。

 

 

「こ、これって……!?」

「筆で描かれているが……間違いなくこのお爺さんとえぬだな」

「それに、この絵のえぬは雰囲気がなんだか違うような……」

「うん……みんなにはこれを外国の画集だって説明してたけど、本当は違うものなんだ」

「違うもの……」

「そう。これの本当の名前は『友の書』、妖怪や神獣といった人ならざるモノ達と絆を結んで登録をする事で、その力を借りたりこことは違う空間に転送出来たりするものなんだ」

 

 

 遂に言ってしまったと思いながら僕は高鳴る心臓の鼓動を静かに感じていた。普通に考えたら僕の言葉はかなりおかしいし、人間と違うモノ達の話をされても何を言っているんだと思うのが当然だ。実際、三人も困惑したような顔をしていて、波動からも迷いの感情が感じ取れた。

 

 

 やっぱり怖い。このままみんなから変な目で見られたり避けられたりしたら僕は……!

 

 

『友の書』を持つ手にじんわりと汗が滲み、緊張で口の中がカラカラになっていたその時だった。

 

 

「柚瑠、落ちつきなさい」

 

 

 泉ちゃんの静かで優しい声が聞こえると同時に『友の書』の上に泉ちゃんの手が載せられる。

 

 

「い、泉ちゃん……」

「いきなりで困惑はしてるけれど、柚瑠がつまらない嘘をつくような人じゃないのはわかっているわ。だから、えぬとこちらのお爺さんが人間じゃない事は恐らく真実なんだと思う。 相手が貴方じゃなかったら一笑に付したり怒ったりしていたけれど」

「......そうだね。いきなりではあったけど、柚瑠の表情的に冗談ではなさそうだし、何だかワクワクしてきたよ」

「柚瑠の話によれば、えぬも人間とは違うモノのようだからな。 そう考えたら中々出来ない経験をさせてもらっているから逆に感謝したいくらいだ」

「みんな…….」

 

 

 みんなからの言葉に安心感を感じ、緊張が解れた事から目からは涙が一雫溢れた。

 

 

「……ごめん、やっぱり不安だったから安心したら涙が出て……」

「そうだろうね。それで、二人はなんて名前のモノなの?」

「うん、えぬちゃんは鵺っていう正体が不明な妖怪で、景光さんは妖怪の総大将って人間達の中では広まっているぬらりひょんだよ」

「二人は妖怪なのね……二人はまだ人間に近い姿をしているけれど、そうじゃなかった流石に驚いていたわ」

「そこは流石に配慮したからね。私だって鵺としての姿にはなれるし、妖怪ではないけど人間寄りじゃない仲間もいるから、みんなで相談をしてまずは人間の姿になれたり近い姿だったりする私達と慣れてもらおうと 思ったんだ」

「今の姿から察したと思うが、柚瑠はお主らに対して並々ならぬ程の好意を持っており、ワシらや自分自身の事について話した結果、良好だった関係が壊れるのではないかと危具しておったのだ。だからこそ、お主らの反応に心から安心すると同時に嬉しかったのだろう」

 

 

 景光さんの言葉に晶夏ちゃんは静かに頷く。

 

 

「 ああ、それはバッチリわかったよ。普段から柚瑠はとても素直で優しい奴だと思ってたけど、今回の件でより強くそう感じたね」

「そうだな。双方の事を考えながら頑張ってくれたのもちゃんとわかった。泉、お前はどうだ?」

「……聞く必要があるの? 妖怪との出会いには驚いたけれど、柚瑠が私達に対して気を遣ってくれたのはわかっているし、えぬ達の事も気遣っているのもわかった。だったら、拒む理由は無いわ」

「みんな…….… ありがとう」

「どういたしまして。けど、それならこのお泊まりでは洗いざらい話してもらうわ。他にも仲間はいるようだし柚瑠にも色々あるようだから」

「うん、もちろん。でも、その前に父さん達にもこの事を教えに行こう。父さん達もこの事は心配してくれていたから」

 

 

 みんなが頷いた後、僕達はリビングへと入った。 そして、三人がえぬちゃん達を受け入れてくれた事を父さん達も喜んでくれた後、僕達はヌール君にも出てきてもらい、様々な事を話した。

 

『友の書』の事や僕達家族の事、そしてここにはいない柚希君の事や天斗さんの事なども事前に天斗さんから許可を貰った上で話をした。

 

 普通であれば眉唾物な話であり、聞いてくれる事にはなったけれど、これまでの現実とは違うものばかりを教えられているにも関わらず、三人は相づちを打ったり気になった点を聞いたりしながらちゃんと理解してくれようとした。

 

 そして話が終わると、三人は揃って息をつき、泉ちゃんはカップの紅茶を一口飲んだ。

 

「ふう……思っていたよりもヘビーではあったわね」

「あはは……やっぱりそうだよね」

「けど、話してもらえた事は嬉しいわ」

「そうだね。それだけ柚瑠がアタシ達の事を信頼してくれているって事だし、その信頼にはしっかり応えないとね」

「ああ。それに、そういう事情があるなら学校生活でも気にしないといけない事があるだろうからな。柚瑠、何かあれば遠慮なく言ってくれ。特に俺は空手の道場の時でも助けてやれるからな」

「うん、そうさせてもらうよ。みんな、本当にありがとう。こんなにも突拍子もない話なのに聞いてくれて」

 

 

 みんなに対して申し訳なさを感じていると、泉ちゃんが大きくため息をついた。

 

 

「はあ……柚瑠、この程度の……と言ったらあまり良い気分はしないと思うけれど、今のお礼を言われる程の事はしていないわ」

「泉の言う通りだよ、柚瑠。こっちだって柚瑠に 助けてもらう事はあるだろうからお互い様さ」

「そういう事だな。だから、そのありがとうの気持ちは そういった時に返してくれ」

「うん、わかった」

 

 

 一騎君の言葉に僕は頷きながら答える。そんな僕達の様子を父さん母さんが見守る中、ヌール君は一騎君の肩へ移動した

 

 

「お前はヌール……だったか」

「そうだ。なんだかお前とは気が合うような気が したから、肩に失礼させてもらった」

「……奇遇だな、俺もだ。お前も弟のようだし、弟同士仲良くしていこう」

「ああ」

 

 

 一騎君とヌール君はお互いに笑い合い、人間と人ならざるモノが仲良く出来ているというその姿に僕は心から嬉しくなった。

 

 

 良かった……本当はもっとこういう光景が見られるようにしたいけど、人間側にも人ならざるモノ側にもそういった交流を求めていない人もいる。だから無理にそういう事は求められない。

 

 でも、一騎君のように人ならざるモノを受け入れ、仲良くしてくれる人が増えてくれたら良いなあ……。

 

 

 二人の姿を見ながらそんな事を考えていたその時だった。

 

 

「転生者、かぁ……」

 

 

 晶夏ちゃんからそんな言葉がもれる。そして泉ちゃんが心配そうに晶夏ちゃんを見る中、景光さんが視線を向ける。

 

 

「晶夏だったか。何か転生者について思う事があるのか?」

「いや、そういうわけじゃないさ。ただ、これを 機にアタシも打ち明けたい事があってね」

「晶夏……」

「もしかして、泉ちゃんは知ってるの?」

 

 

 その問いかけに対して泉ちゃんは頷く。

 

 

「前に一度だけ打ち明けられた事があるの。だけど、本当に良いの? 柚瑠達は聞いてくれると思うけど……」

「大丈夫。ちょっと辛くなるけど、これは乗り越えるべき事だからね」

「わかった。けれど、本当に辛い時は言いなさいよ?」

「ああ、ありがとね」

 

 

 微笑みながら言った後、晶夏ちゃんは話し始めた。

 

 

「さっき、柚瑠は前世の記憶がないって話してくれたけど……実はあるんだよね、アタシには前世の記憶って奴がさ」

「え……」

「あはは、まあいきなり言われても驚くだろうね。 前世……と言ってもほんの少し前なんだけどさ。アタシは前世でもチヒロって呼ばれてたんだよ。ただ、自分で言うのもなんだけど今とは違って色々やってきたいわゆる不良少女って奴で、家族との折り合いも悪くて、悪いお友達ってのもそこそこいた。今になって思えば馬鹿な事をしていたと思うよ」

「たしかに今の晶夏ちゃんからは想像出来ないかも……」

 

 

 普段の晶夏ちゃんを思い出しながら呟くと、泉ちゃんも肯定するように頷く。

 

 

「今の晶夏は生真面目とまではいかなくとも勉強はしっかりとするし、家の手伝いを頼まれても嫌な顔をせずに引き受けるから。 私も初めて聞いた時はまったく想像出来なかった。おじさんとおばさんもそうだったそうだし」

「あ、家族には打ち明けてるんだね」

「それに気付いた時にうっかり聞かれちまったかね。驚かれはしたけど、嘘だと頭ごなしに否定される事は無かったよ。そういう事もあるんだろうって思ってくれたようだったから」

「その考えに晶夏はさぞかし助けられただろうな」

「ああ、それはもちろん。それで、前世のアタシは更に良くない方に行きかけたんだけど、高校三年生の時にアタシを救ってくれた奴がいた。そいつの名前は千晶(ちあき)直巳(なおみ)、アタシよりも年上の男さ」

 

 

 そう言う晶夏ちゃんの顔はとても嬉しそうであり、 千晶さんが晶夏ちゃんにとってとても良い人だったんだろうというのがハッキリとわかった。

 

 

「千晶さんと出会えて前世の晶夏ちゃんは変われたんだね」

「……そうなるね。最初はアタシも面倒な奴とかウザい奴とか思ったけど、何度も何度も関わる内にアタシも少しずつ心を開いていったよ。

下心も無いのは何となくわかってたし、一度大きなトラブルに巻き込んでからはアタシも心を入れ換えた。そして千晶のダチにも手伝ってもらいながら色々勉強も教えてもらってたのもあってか段々学ぶのも好きになったし、教師になろうって思うようになって、遂に中学校の教師になれるところまでこぎ着けた。けど、そこで思わぬ出来事に出くわしちまった」

「何があったの?」

「交通事故に遭ったんだ」

 

 

 それを聞いた父さんと母さんの表情が曇る。 二人も交通事故で命を落とし、柚希君と死別してしまっているから他人事には思えないんだろう。

 

 

「アタシは気をつけてたけど、後ろから追突されて、歩道に乗り上げた際にいた子供達を避けようとして電柱に衝突してそのまま。その時の恐怖は今でも夢に出てくるくらい記憶に残ってるよ」

「私が心配していたのがそこなのよ。その夢を見た翌日はいつも顔も強張っているし、この話をしたり事故の話を聞いたりした日にはその夢を見やすいようだから」

「それだけの出来事だったんだろうな……」

「私達も事故のニュースを聞くと、あの時の事を思い出しちゃうからね……」

「事故の記憶が怖いのもそうですけど、やっぱり応援してくれた千晶に申し訳ないなという思いが一番強いです。応援してくれたり喜んでくれたりしたのに最終的に悲しませちゃったなって」

「晶夏ちゃん……」

「だけど、悲しんでばかりもいられないのもわかってる。だから、アタシは前を向いて進むよ。悲しむばかりじゃ何も始まらないし、もう一度もらえたこのチャンスを無駄には出来ないからね。

今のアタシじゃ千晶には気付かれないけど、それでもまた会えた時には恥ずかしくないアタシになっていたいからさ」

 

 

 晶夏ちゃんの表情にも波動にも迷いはなく、 その様子を見ていたアビヨッド君は満足げに頷いた。

 

 

「うむ、良い表情だ。抽瑠、お前の友垣達はとても気持ちの良い奴らなのだな」

「うん。アビヨッド君のおかげで僕もみんなに話せたし、晶夏ちゃんの事についてももっと知る事が出来たよ。本当にありがとう」

「礼には及ばん。だが、その代わりに願いを一つ聞いて もらいたい。良いだろうか?」

「うん、僕に出来る事なら大丈夫だよ」

「では……我とイスウィドをお前達の仲間に加えてはくれないか?」

 

 

 突然の言葉に僕は驚いた。

 

 

「それは良いけど….…どうして?」

「この数日、この乙野家に世話になり、もっとお前達の生きる姿を見たいと思ったのだ。友である ヌールとも競い合いながら高め合う事が出来るという点も魅力的だ」

「そっか……イスウィド君はどう?」

「私も同感だ。それに加えてヌールが以前よりも成長している姿を見て、私も負けてはいられないという気持ちも湧いた。ならば、共に高め合うのが一番だと感じたのだ」

「……うん、わかった。それじゃあ、改めてこれからよろしくね、二人共」

「うむ。よろしく頼むぞ、袖瑠」

「柚瑠殿、よろしく頼む」

 

 

 二人と握手を交わしながら僕は新しい仲間が増えた事に嬉しさを感じていた。

 

 

 また神様が仲間になった事自体は中々のプレッシャーだ。でも、僕だって成長していかないといけないんだ。だから、『友の書』のみんなや泉ちゃん達と一緒に高め合っていこう。お互いに交流する 事で見えてくる物もあるはずだから。

 

 

 そう考えた後、僕は登録や『友の書』の事について 改めて説明した。アビヨッド君達も興味深そうにしていたけれど、 泉ちゃん達も驚きながら「友の書』を見ていた。

 

 

「柚瑠からそういった物だと聞いていたが……」

「この本が魔導書で別の空間に通じる扉にもなっているなんて本当に不思義なもんだね」

「…………」

「泉、どうかした?」

「……なんだか不思議な気持ちになっていただけよ。 柚瑠、気にしないで登録をしてちょうだい」

「うん、わかった。それじゃあまずは……アビヨッド君、良いかな?」

「うむ」

 

 

 アビヨッド君が答えた後、僕達は空白のページに手を置いて、目を閉じながら空白のページに『力』を注ぎこむイメージを頭の中に浮かべた。その瞬間、体の奥底から魔力が腕を通って手の平に空いた穴から流れていくイメージが浮かび、それと同時に強い脱力感も感じた。

 

 

 くっ……ヌール君の時もそうだったけど、やっぱり 辛いな。でも、このくらいで弱音を吐いてはいられない……!

 

 

 足でしっかりと床を踏みしめながら踏ん張り続け、 そして終わったと感じた後に目を開けると、 そこにはピラミッドの前で力強く立つアビヨッド君の姿とメジェド神について詳細に書かれた文章が筆のような何かでかかれていた。

 

 

「それじゃあ次はイスウィド君だね」

「ああ、だが……なんだか疲れているようだが大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫」

「……わかった」

 

 

 少し心配そうにイスウィド君が答えた後、僕達は 空白のページに手を置き、それぞれの『力』を注きこみ始めた。 そして同じように強い脱力感を感じながらも魔力を注ぎこんでいたその時、僕の体がグラリと揺れた。

 

 

 うっ……流石に無茶しすぎたか……。

 

 

 グラリと体が揺れて倒れこみそうになる中、ヌール君達の声が聞こえたと思ったその時だった。

 

 

「柚瑠!」

 

 

 その声が聞こえると同時に背中が支えられ、両腕も力強く掴まれた。

 

 

「え……?」

 

 

 見ると、両腕を一騎君と晶夏ちゃんがニッと笑いながら掴んでおり、後ろからは泉ちゃんの声が聞こえてきた。

 

 

「柚瑠、しっかりしなさい!」

「泉ちゃん……?」

「まったく、無理するんじゃないっての!」

「とりあえず俺達が支えるから登録を終わらせてしまえ」

 

 

 三人に心配をかけてしまった事は申し訳なかったけど、 それと同時に嬉しさを感じていた。それが力になると、再び足で力強く踏んばる事が出来、そのまま『力』を注ぎこんだ。

 

 そして終わったと感じて目を開けてみると、そこには 天秤を持ちながら星空の下に立つイスウィド君の姿とアヌビスについて詳細に書かれた文章が 浮かび上がっていた。

 

 

「はあ、はあ……お、終わった……」

「お疲れ様だったな、柚瑠。けど、本当に無茶は するなよ?」

「そうだよ、柚瑠。今回は三人が支えてくれたけど そうじゃない時だってあるし、無茶をした事で柚瑠が倒れたらみんな心配するからね」

「うん、そうだね。三人もありがとう、そしてごめんね」

「謝るくらいなら初めから無茶はしないで。わかった?」

「うん、わかった。さてと……そろそろ二人を出し──」

「だから、無茶をしないでって!」

「あ、ごめん」

 

 

 珍しく泉ちゃんが大声を出し、僕がアビヨッド君達のページから手を離すと、一騎君と晶夏ちゃんは揃って苦笑いを浮かべる。

 

 

「早く出してやりたい気持ちはわかるが、まずはお前も休んだらどうだ?」

「そうだよ、柚瑠。だいぶ疲れてるようだし、流石のアンタも倒れちまうからね。それに、泉だってあそこまで本当に心配するんだからさ」

 

 

 晶夏ちゃんがニヤつきながら言うと、泉ちゃんは少し顔を赤くしながらそっぽを向いた。

 

 

「……心配くらいするでしょ。柚瑠は友達なんだから」

「泉ちゃん……」

「まあ、たしかにそうだね。さて……柚瑠の回復待ちがてらもう少し色々話を聞かせてもらおうかね」

「そうだな。そして回復してアビヨッド達も出て来られたらアイツらも混ぜよう。中々風変わりだが、 アイツももう俺達の大切な友達だからな」

 

 

 一騎君の言葉に泉ちゃん達が領く中、 父さん達や明志さん達も安心したようで笑みを浮かべた。

 

 アビヨッド君の発案がきっかけでみんなに打ち明けたけれど、結果としてそれは正解だったし、人間の友達と人ならざるモノの 友達の絆を繋ぐ事にも繋がった。

 

 もっとも、いつだってそうはならないだろうけど、 これからも出来るならそうしてきたい。それが 僕がやりたい事だから。

 

 みんなが交流する光景を見て幸せな気持ちになりながら、僕は静かに思った。




政実「第5話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「晶夏ちゃんに前世の記憶があったのもそうだけど、泉ちゃんの反応も少し気になる回だったね」
政実「そうだね。そしてまだ話せていない向こうと打ち明けたこちらを読み比べながらお互いにどうなっていくかを見てもらえたら嬉しいところかな」
柚瑠「だね。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それではまた次回」


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第六話 涼しげな秋と神殺しの魔狼

政実「どうも、秋生まれで寒さに弱い片倉政実です」
柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。そういえば、秋生まれなんだね」
政実「うん。だからか秋は好きな季節の一つで、夏が終わって秋になると色々楽しみになるんだよね」
柚瑠「なるほどね。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第六話をどうぞ」



 夏の暑さも少しずつ無くなり、涼しさから肌寒さへと 変わり始める秋。そんな秋のある日、四人 で一緒に登校していると、赤いマフラーをつけて いた泉ちゃんが寒そうに体を震わせる。

 

 

「さむ……最近、かなり寒くなってきたわね」

「そうだね……冬になったらもっと寒くなるし 今の内から体調には気をつけないとね」

「まあね。そういえば、エジプト組って寒さはどうなの? やっぱり暑いところだけど夜は冷えるから寒さは大丈夫だったりする?」

「三人とも大丈夫みたい。特にイスウィド君が心配だったけど、このくらいで寒いとは言っていられないって言ってたよ」

「それ、本音は寒いって言ってるじゃないか」

 

 

 晶夏ちゃんがクスリと笑う中、泉ちゃんが小さくため息をつく。

 

 

「はぁ……今度会った時、イスウィドに文句を言わ れるわよ?」

「ははっ、それは怖いね。けど……やっぱり不思議なもんだ。神様や妖怪なんてモノ達が実在していた事もそうだけど アタシ達がソイツらと友達だなんてさ」

「たしかにそうだが、晶夏と柚瑠もそれに負けず劣らず不思議な存在だろ? 二人は転生者なんだからな」

「それはたしかにね」

 

 

 打ち明ける前と直後は不安と恐怖で押し潰されそうになっていて、みんなから拒まれたらどうしようという恐怖でいっぱいだった。

 

 けれど、三人はその事を受け入れてくれ、 『友の書』のみんなとも仲良くなってくれた。その事は本当に嬉しかったし、安心感から涙を流してしまう程だった。

 

 その後、実は晶夏ちゃんも転生者であった事もわかり、晶夏ちゃん提案のお泊まり会は本当に僕達にとって様々な物が変わった一日になった。

 

 

「何と言うか……僕達くらいだよね。あんな風にお泊まり会であそこまでの秘密を打ち明けあったのって」

「そうだろうな。父さん達が学生の頃は恋愛話で盛り上がったそうだが、俺達は人ならざるモノ達との会話で盛り上がっていた。こんなお泊まり会はそうそうないはずだ」

 

 

 一騎君の言葉に僕はクスリと笑う。

 

 夏休みに四人でやったウチでのお泊り会。そこで僕は三人に全てを話した。新しく仲間になってくれたアビヨッド君が提案してくれた事で僕は打ち明けてる決意を固める事が出来たのだ。

 

 

「そうそうどころか基本的にないでしょ。でも、正直な事を言えばとても有意義な出会いだったわ。明志さんや景光さんのような知識人との会話は勉強になるもの」

「たしかにな。これからも色々なモノ達と出会えるのは楽しみだが、必ずしも俺達に対して友好的では無いんだろうな……」

「そうだね。でも、出来るならそういうモノ達とも仲良くなりたい。難しいのはわかっているけど、それでも色々なモノと仲良くなっていきたいんだ」

「だいぶ欲張りね。けど、柚瑠らしいと思うしそれを実現したいなら頑張りなさい。私も……まあ、応援くらいはしてあげるから」

「泉ちゃん……」

 

 

 軽く頬を赤くしながら泉ちゃんが顔を背けているとそれを見ていた晶夏ちゃんはクスクス笑う。

 

 

「泉は本当に素直じゃないね」

「うるさい。でも、二人だって気持ちは同じでしょう?」

「ああ、もちろん。アタシ達だって新しいダチとの出会いは楽しみだからね」

「ヌールのように特に仲良くなれる奴もいるかもしれないしな」

「あはは、可能性は──」

 

 

 笑いながら答えていたその時だった。

 

 

「おはようございます。柚瑠君」

「え? あ….…」

 

 

 そこにいたのは、スーツ姿の天斗さんであり、 いきなりだった僕も驚いたけれど、初めましてである泉ちゃん達はもっと驚いていた。

 

 

「天斗さん……おはようございます」

「ふふ、驚かせてしまいましたね。そちらは……学校のお友達ですね?」

「あ、はい。みんな、こちらは遠野天斗さん。父さん、陸斗さんのお兄さんで僕の事を転生させてくれた神様だよ」

「初めまして、皆さん。よろしくお願い致しますね」

 

 

 天斗さんが微笑みながら言うと、三人は天斗さんの雰囲気に圧倒されているのかとても静かに頷くだけであり、その様子を見てクスリと笑ってから僕は天斗さんに話しかけた。

 

 

「天斗さん、僕に何か用事でしたか?」

「はい。今すぐにというわけではないですが、 後で諸事情でお家にお邪魔させてもらうのでそれをお知らせに来ました。と言っても出勤途中に姿を見かけたからでもあるんですけどね」

「諸事情……それは柚希君に関連した事ですか?それとも……」

「柚希君に関する事ではないですね。少々柚瑠君達にお願いしたい事があるのです」

「お願い事……わかりました。お待ちしてますね」

「ありがとうございます。では」

 

 

 そう言って天斗さんが行こうとしたその時、僕はある事を思いついた。

 

 

「あ、天斗さん」

「はい。なんですか?」

「柚希君は……柚希君はあれから元気ですか?」

 

 

 僕は不安を感じながら問いかける。

 

 初対面となったあの日から僕も父さん達も柚希君とは会っていない。別に不仲というわけでもないし、僕達としてはまた会って話したいと思っている。けれど、柚希君はあまり乗り気ではないのだという。

 

 柚希君もまた会って話したいとは思っているらしいけれど、僕達が住んでいる家は生前の父さん達が抽希君と住んでいた家だ。

 

 だから、またウチまで来るとなったら柚希君はその時の事を思い出して辛くなってしまうし、僕達と会ったとしても今の柚希君にはもうない親子の姿は心を傷つける原因にもなる。

 

 その事を考えて僕達は無理に会いに行く事はせずに柚希君が会いに来るだけの気持ちが整ったその時に会う事にしていて、その事を柚希君にも伝えていた。

 

「まだ会わないとは決めていてもやっぱり気になっちゃって.……」

「柚希君はとても元気ですよ。お家のお手伝いも 率先して手伝ってくれますし、学校で出来たお友達と切差琢磨しながら勉強も運動も頑張っていて、夏頃から始めた合気道にも熱心に取り組んで います」

「そうですか...….父さんが天斗さんから様子を聞いてきてはくれていますけど、こうして天斗さんから直接聞く事が出来るとよりホッとします」

「ふふ、それだけ柚瑠君が柚希君の事を気にかけているという事ですよ。柚希君も柚瑠君達の事は本当に気にしていて、会いに行けない事を申し訳なく思っていました」

「でも、それは仕方ないですよ。柚希君の気持ちを考えたら来ようと考えるだけでも覚悟がいりますし。

 なので、本当に無理はせずに自分のタイミングで良いから、その時を楽しみにしながらお互いにこれからも強くなっていこうと言っていたと伝えてもらってもいいですか?」

「はい、しっかりと承りました。それでは今度こそ私も行きますね。柚瑠君もお友達の皆さんもお勉強頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。天斗さんもお仕事頑張ってくださいね」

「はい、ありがとうございます。では」

 

 そう言って頭を下げた後、天斗さんは歩き去っていった。その姿を見送っていると、黙っていた晶夏ちゃんがポツリと呟いた。

 

 

「見てくれは優しそうな兄さんだけど、雰囲気はスゴかったね」

「そうだな…….あれが力の強い神様の雰囲気なんだろう」

「そうね。それにしても、柚瑠へのお願い事って 何なのかしら?」

「わざわざ後で家まで来るくらいだし……って、 結果的に後で会うならその時に伝言をお願いしても良かったんじゃないのかい?」

「……あ」

 

 

 晶夏ちゃんの言葉を聞いて僕がその事に気づいていると、泉ちゃんは呆れたようにため息をついた。

 

 

「はあ……柚瑠って本当に天然よね」

「あはは、今更になってそういえばって思ったよ」

「何というか柚瑠らしいけどね。あ、そういや……あの天斗さんが柚瑠を転生させたんだったよね」

「うん、そうだよ」

「だったらさ、アタシを転生させたのもあの人なのかなって思ってね」

「あ、なるほど」

 

 

 晶夏ちゃんの予想は当たっているかもしれない。前に天斗さんは天上であらゆるもの 生死を担当する部署にいると 言っていたし、実際に僕を転生させている。

 

 だから、晶夏ちゃんを転生させたのが、 天斗さんだったとしても違和感はない。

 

 

「気になるなら今日の帰りにウチに寄っていく? 今日は空手の練習はお休みだし、一騎君と泉ちゃんも良かったら……」

「ああ、せっかくだからお邪魔しよう。泉はどうする?」

「聞く必要ある? 天斗さん……だったかしら? あの人が何を頼みたいのか気になるから」

「うん、わかった。それじゃあ放果後はそのままウチまで行こうか」

 

 

 その言葉に三人が頷いた後、僕達は他愛ない話をしながら学校へ向けて歩き始めた。

 

 放果後、僕は『友の書』を持ちながら泉ちゃん達と歩いていた。一騎君の肩にはヌール君が留まり、泉ちゃんと晶夏ちゃんの間にはえぬちゃんが挟まっていて、その光景に僕は安心した。

 

 

「みんなが仲良いのを見るとやっぱり安心するなぁ」

「先日の件でお互いに交流し、その後も袖瑠の図らいで会話をしたりお互いの事を伝えてもらったりしていたからな」

「歳が近い事もそうだが、性格や趣味などが同じ たったりすると気が合いやすいのかもな」

「だから私達も仲良しだもんね」

「そうだね」

「私の場合は少なくとも嫌いという程ではないだけだけど」

「もう、泉ちゃんったら照れ屋なんだからあ」

「照れてないから」

 

 

 泉ちゃんはピシャリと言うが、えぬちゃんは至って 気にしていない様子でありこれを見ていた僕達はクスリと笑った。

 

 そして歩く事数分、僕の家に着いて玄関のドアを開けると、そこには明志さんと話す母さんがいた。

 

 

「母さん、明志さん、ただいま」

「柚瑠、おかえりなさい」

「おかえりなさい、抽瑠君。皆さんもこんにちは。これからお家で遊ぶご予定でしたか?」

「いえ。晶夏ちゃんは天斗さんに質問があって、 泉ちゃんと一騎君は天斗さんからのお願い事について知りに来たんです」

「天斗さんの……ああ、そういえば陸斗君もお昼に教えてくれたよ。柏瑠にお願いしたい事があるようだって」

 

 

 母さんがニコリと笑いながら言っていると、泉ちゃんは少し驚いた様子を見せた。

 

 

「そういう事も報告してるんですか?」

「うん。私達って小さい頃から結構こういうのがあったとかこれがおもしろいみたいだとか話したんだ。だから、今もお昼と夕方には陸斗君から連絡が来るの」

「母さん達的にはお互いの安否確認みたいな物みたいだね」

「あ、そういえば亡くなったのって交通事故が原因でしたね……」

「そう、だから定期的に連絡をする事でお互いの 状況を知る事も出来るし、実際に声を聞く事も出来る。

 それに、朝のいってらっしゃいと帰ってきた時のおかえりなさいとお疲れ様以外にも頑張ってねと 気をつけて帰ってきてねも言ってあげられるからね。挨拶はやっぱり重要なコミュニケーションでもあるから大事にしたいの」

 

 

 微笑みながらそう言う母さんの姿に三人は心を打たれたようだった。二人が挨拶を大事にしているのは小さい頃からのようであり、 僕達もそれにならって挨拶はきっちりとするようにしているし、柚希君もそうしているようだ。

 

 僕もこのやり方は好きだし、これからもやっていきたいと思っている。それだけ気持ちの良い事だと思っているし、あいさつの大切さはわかっているからだ。

 

 その事を考えながらうんうんと頷いていると和室のから景光さんが顔を見せた。

 

「何やらにぎやかだと思ったが……お主らだったか」

「景光さん。ただいま戻りました」

「うむ、おかえり。お主らもよく来たな」

「はい、お邪魔します」

「「お邪魔します」」

 

 三人が答えた後、僕達は家の中へと入った。約一時間後、玄関のドアが開く音が聞こえて僕は廊下に出た。

 

 すると、そこにはスーツ姿の父さんと天斗さんの姿があり、 僕はおかえりなさいを言おうとした。

 しかし、父さんの腕の中にいるモノを見て僕は足を止めた。

 

 腕の中では銀色の毛並みの狼のような小さな動物がおり、それだけならまだ不思議ではないけれど、その狼の足や体は神力を宿した紐が巻きついていたのだ。

 

「え……父さん、その狼は?」

「ただいま、柚瑠。まあ、流石に驚くよな」

「それは……あ、おかえりなさい」

「よしよし、忘れなかったな。それでコイツなんだが……」

 

 

 父さんが説明をしてくれようとしたその時だった。

 

 

「え……な、なんでそれがここに……!?」

 

 その声を聞いて背後を振り返った。すると、声を聞きつけたらしい泉ちゃん達の姿があったが、 不思議そうにしている晶夏ちゃんと一騎君に対して泉ちゃんは信じられない物を見るような目で見ていた。

 

 

「泉ちゃん……?」

「それ……フェンリルじゃない!」

「フェンリル……あれ、何だか聞いた事あるような……」

「柚瑠……どうして貴方の方が不思議そうなのよ。その狼は恐らくフェンリル、北欧神話に伝わる神殺しの魔狼よ」

「おお、泉ちゃん。大正解だ」

 

 父さんは感心したように笑み、フェンリルの頭を 撫でた。

 

 

 フェンリル

 

 北欧神話に登場する狼の姿をした怪物であり、ロキとアングルボザの間に生まれた子供でもある。神々の黄昏の際に自身の戒めであるグレイプニルを解いてロキの兄弟であるオーディンを食い殺すとされる北欧神話において最強の魔獣の一角とも言われている。

 

 

 フェンリル……言われてみればそんな異名を持っていて、本来はもっと大きいはず……って、あれ?

 

「泉ちゃんがどうしてそれを?」

「う……この前から様々な人ならざるモノ達について調べていただけよ。ほら、柚瑠の事情を知った以上、これからも人ならざるモノと関わるわけだから、色々知っておいて損はないでしょ?」

「泉ちゃん……ありがとう。 さっき泉ちゃんが言っていたように本当は僕がちゃんとするべきだけど、泉ちゃんが色々調べてくれたのは嬉しいし、とても心強いよ」

「そ、そう……それはよかったわ」

「僕も頑張らないと……でも、どうしてフェンリルがここに?」

「そうですよ。フェンリルはたしか討たれて、命を落としたはずじゃ……」

「その通りです。なので、この子はその転生体という事になりますね」

「転生体という事はこのフェンリルは子供という 事ですね。それにしても何だか可愛いなぁ」

 

 

 父さんの腕の中にいるフェンリルは見た目は可愛いらしい仔犬のようであり、子供ながらも狼らしい凛々しさもあった。

 

 そしてフェンリルは話し声で目を覚ましたのか 大きな欠伸をし、不思議そうに周囲を見回したそして、僕の顔を見ると、フェンリルは一瞬首を傾げたけれど、すぐに嬉しそうに一鳴きし、ハッハッと舌を出し始めた。

 

「可愛い……天斗さん、もしかして僕へのお願い 事ってこの子の事ですか?」

「その通りです。このフェンリルの幼体を柚瑠君 に育ててほしいと思っています」

「この子を……」

「けれど、大丈夫なんですか? フェンリルは

 さっき言ったような異名もある上に神々の黄昏(ラグナロク)にも関わっていたような存在ですよ?」

「神々の戦い……」

「なんかすごくスケールの大きな言葉が出て来たね……」

 

 

 泉ちゃんの言葉に一騎君達が驚く中、天斗さんは優しく微笑む。

 

 

「大丈夫ですよ。この子の力は遥かに弱体化していますし、狂暴性もありません。 今は多少活発的にはなっていますが、それは転生した際に一度幼少期に戻ろうという考え方をなさったからなので問題ありませんよ」

「それなら......いや、それでも、フェンリルが家に いる状態って中々なような……」

「神話の存在が目の前にいるだけじゃなく、家では一緒にいるわけだしね。 ただ、もうヌール達もいるし、柚瑠からすれば今更なんじゃない?」

「あはは、まあね。天斗さん、僕で務まるかは わかりませんが、フェンリルさんの件はお受けします」

「ありがとうございます、抽瑠君。それでは……どうぞ」

「はい」

 

 そう答えて僕は父さんからフェンリルさんを受け取る。少しずっしりとした重さとたしかな温かさ、そしてキョロキョロしながら忙しなく息遣いをするその姿に僕は“生”を感じていた。

 

 

「フェンリルさん、これからよろしくお願いしま──

「わふっ!」

「え?」

 

 フェンリルさんは何かを訴えかけるかのように鳴き、言葉がわからない事で困惑して いると、ヌール君が助け舟を出してくれた。

 

 

「どうせだからただフェンリルと呼ばれるよりも名付けをしてほしいようだぞ」

「名付け……でも、本当に僕で良いのかな?」

「わうっ」

「良いみたいだ。むしろ、それを望んでいるようだぞ」

「わかった。それじゃあちょっと考えてみるね」

 

 

 そう言ってから僕はフェンリルさんの名前を考え始めた。

 

 さて.……どうしようかな。名前をつけるなんて今までやった事がないからどんな風につけたら良いかわからないな。でも、せっかくだからフェンリルっていう部分は 使いたいな。

 

 そう考えながら名前について頭を悩ませる事数分、ようやくこれだという名前を思いつき、僕はフェンリルさんを抱き上げながらその名前を告げた。

 

 

「思いつきましたよ。貴方の名前はリンです」 「へえ、結構短めな名前だな。由来は何なんだ、柚瑠?」

「せっかくだからフェンリルっていう種類名は使いたいなと思ったんだ。それで、それをベースに して考えていた時、凛としているっていう言葉が あるのを思い出して、その時にリンなら男女関係 なくつけるしいいかなって思ったんだ」

「なるほどな。さて、本人ならぬ本狼はどうだろうな」

 

 一騎君がフェンリルさんに視線を向ける。 フェンリルさんは考えこむように首を傾げていたが突然一声鳴いた。

 

 それを聞いてもしかしてダメだったかなと不安で なっていると、スール君はふうと息をついた。

 

 

「安心しろ、柚瑠。名前は気にいっているようだ。 だが敬語はいらないそうだぞ?」

「え、そうなの?」

「わふっ」

「自分の主はあくまでも柚瑠だからだそうだ」 「そっか……」

 

 

 ヌール君の通訳を聞いてホッとした後、僕はフェンリルを真っすぐに見つめた。

 

 

「僕を主として認めてくれてありがとう、リン。 改めてこれからよろしくね」

「わふ!」

 

 リンは元気良く返事をしてくれ、僕はその事に嬉しさを感じた。そして、僕は『友の書』や僕自身の事について話すと、リンは納得顔で頷いた。

 

 その後、僕とリンは白紙のページ に手を置いてそれぞれの『力』を『友の書』に注ぎこみ始め、それと同時に白紙のページに『力』が流れこんでいくイメージをしながら目を閉じた。

 

 その瞬間、頭の中に自分の中にある『力』が腕を通して手の平の真ん中に空いた穴から流れていくイメージが浮かび、 体のカも少しずつ抜けていった。

 

 くっ……やっぱりリン自身の力が強いからか登録の時に必要な『力』も多いな。でも、僕だって少しずつ力をつけているんだ。こんな事でへこたれるもんか……!

 

 そう思う事で自分を鼓武し、僕は足でしっかりと踏みしめて歯を食い縛った。そして終わったという感覚を覚えて目を開けると、白紙だったページには月を見上げながら遠吠えを上げるリンの姿とフェンリルについて詳細に書かれた文章が浮かび上がっていた。

 

 

「ふう……完了っと」

「お疲れ様です。柚瑠」

「ありがとうございま……あ、そういえばどなたが リンのお世話を僕にお願いしてきたんですか? もしかしてリンのご家族とか……」

「はい、そうです。同じく北欧神話ではお名前を知られているロキさんからのご依頼です」

「ロキ……オーディンとトールを兄弟に持つ神の一柱で、多くの出来事を引き起こしてきた神様ですね……」

 

 泉ちゃんがため息まじりに言うその姿からそのロキさんがだいぶ困った神様なんだろうというのがハッキリとわかって僕は苦笑いを浮かべた。

 

 そしてリンのページに手を触れ魔力を注ぎこむと、ページからは光の玉が現れ、それはリンの姿となると、リンは僕の顔を見ながら舌を出してハッハッと息遣いをし始めた。

 

 

「わう!」

「どうやらリンも居住空間を気に入ったようだ」

「それはよかった。リン、改めてこれからよろしくね」

「わふっ!」

 

 

 リンが大きな声で答えているとリビングから母さんとアビヨッド君、そしてイスウィド君が 姿を見せた。

 

 

「陸斗君、おかえりなさい。天斗さんもいらっしゃい」

「ただいま、七海。見ての通り、新しい家族 が増えたぞ」

「うん、聞こえてたよ。フェンリルがウチに来た のは驚きだけど、ロキさんが柚瑠ならと思って天さん経由でお願いしてくれたわけだし、その期待には応えたいね」

 

「うん。僕自身はまだまだだけど、リンとも一緒に頑張っていくよ。そして、リンがロキさんに対して自慢出来るようになる。それくらいは出来ないといけないから」

「ああ、そうだな。そういえば……泉ちゃん 達はどうしてウチに? 柚瑠と一緒に勉強してたのか?」

「泉ちゃんと一騎君は天斗さんからのお願い事を知りたかったから、それで晶夏ちゃんは……」

 

 

 晶夏ちゃんは真剣な顔で天斗さんに近づいた。

 

 

「……天斗さん」

「はい、なんでしょうか?」

「アタシを転生させたのも天斗さんなんですか?」

「……ええ、そうですよ。貴女の死亡報告が部下から来た時、貴女の生前の記録を見ました。

 その結果、再び人間として生まれても問題なく、また人間として生きる姿を見たいと判断して地獄に報告をし、私の手で転生を果たして頂きました。こういった事例はあまりありませんけどね」

「そう、ですか……」

 

 

 晶夏ちゃんが肩の力が抜けたような顔を していると、天斗さんは優しく微笑んだ。

 

「千尋晶夏さん、前世では様々な苦しみを感じてきたと思います。ですがその分、今世では様々な方との出会いを楽しんでください。 柚瑠君達以外にも出会える方はいますし、 楽しい物事も待っていますから」

「はい、もちろんです。また会いたい相手もいますし、抽瑠達と一緒に成長しながら自分を高めていきます。天斗さん、 転生させて頂き本当にありがとうございました」

「どういたしまして。無理などはせずに第二の人生を楽しんでくださいね」

「はい」

 

 晴れやかな表情で晶夏ちゃんが答えた後、 母さんは何かを思いついたという様子でポンと手を打ち鳴らした。

 

 

「そうだ。三人とも、ウチで夜ご飯を食べていかない?」

「え、良いんですか? 流石にご迷惑なんじゃ……」

「ううん、大丈夫。三人がいると柚瑠達も喜ぶし、別に多く作る分には構わないから。でも、ちゃんてお家には連絡してね?」

『はい!』

 

 

 三人が揃って答え、ぞろぞろと電話へ向かっていく中、天斗さんは僕達を見ながらニコリと笑った。

 

 

「それでは私は失礼しますね。柚希君が待っていますから」

「わかりました。あの……柚希君によろしく伝え

 もらっても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ。それでは失礼します」

 

 

 そう言って天斗さんが帰っていった後、 その姿を見ながらアビヨッド君が呟いた。

 

 

「ふむ、転生か」

「アビヨッド君、どうしたの、」

「柚瑠と晶夏は天斗殿の手によって転生し、こうして 巡り会った。となれば他にも天斗殿が転生させた相手がいてもおかしくはないだろう?」 「え……?」

「言われてみれば、あまりないとは仰っていましたが、二人だけであるとは仰っていませんでしたね」

「そうだ。あくまでも我の予想に過ぎぬが、もしかすれば覚えていないか話していないだけでまだいるのかもしれんぞ。

 まあ、我らはエジプトに伝わる神々であるために魂か転生という言葉に敏感なのもあるがな」

 

 

 アビヨッド君が静かに言う中、電話を終えた三人がこっちに近づいてきた。

 

 

「柚瑠、三人とも大丈夫だ」

「うん、わかった」

「アビヨッド達と何を話してたの?」

「あ、うん……天斗さんが転生をさせた人が他にもいるんじゃないかって話してたんだ」

「たしかに晶夏と柚瑠だけとは言ってなかったな」

 

 

 一騎君が顎に手を当てながら言っていると、泉ちゃんは真剣な顔で僕に話しかけてきた。

 

 

「柚瑠、貴方は人ならざるモノ達とも仲良くしたいという考えを持っているし、それを間違いだとは思わないし言わないわ。けれど、もしも天斗さんによって転生を果たした人がまだいて、その人が私達にあまり友好的ではない可能性もある。それでも仲良くしたいと思う?」

「……うん、そうしたい。もちろん、無理にとは言わないけど、出来るなら仲良くしたいな」

「……ほんと、柚瑠らしい返答ね」

 

 

 泉ちゃんが軽くため息をつき、一騎君と晶夏ちゃんは顔を見合わせながら笑う。

 

 僕や晶夏ちゃん、そしてリンはそれぞれ別の過去があって現世に転生した。だけど、同じく天斗さんによって転生した仲間だからというだけじゃなく、これからも仲良くしていたい。 もちろん他のみんなとも。そのためにも僕もせいいっぱい頑張ろう。みんなとずっと一緒にいられるように。

 

 みんなの楽しそうな姿を見ながら決意をすると同時に僕は小さく頷いた。




政実「第六話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「今回はフェンリルだったわけだけど、これからも色々なモノ達と出会っていく事にはなりそうだね」
政実「そうだね。あと、最後の方で天斗さんが転生をさせた人のが他にもいるんじゃないかっていう展開にはしたけど、ここは柚希の事でもあるけど、他にも出せたら出そうかなとは思って、こんな感じにしてるよ」
柚瑠「うん、了解。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」


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第六話 凍てつく冬と雷龍

政実「どうも、冬は苦手な片倉政実です」
柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。冬かぁ……夏と同じで極端な温度だし、苦手っていう人は多いかもね」
政実「うん。雪は嫌いじゃないし冬にも美味しいものはあるけど、あの寒さがやっぱりね」
柚瑠「なるほどね。さて……それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第六話をどうぞ」


 空から白い贈り物が降り、マフラーとコートが無いと寒さがキツくなってくる冬。そんな冬のある日、僕は朝からリンの散歩をしていた。ただ僕一人でではなく、隣には一騎君の姿があった。

 

 

「はあ……今日も寒いね」

「そうだな。朝も寒いが、夜はもっと寒いそうだ。外に出る事はまずないだろうが、風邪を引かないようにしないといけないな」

「なんだかごめんね。せっかくランニングしてたところだったのに」

「いや、いいさ。休日にせっかく会えたんだ。これくらいさせてくれ」

「うん、ありがとう」

 

 

 そう言いながら足元に目を向ける。足元ではリンが楽しそうに歩いていて、その様子から手に持つているリードを離したらそのまま走っていってしまうんじゃないかと思う程だった。

 

 

「リン、本当に楽しそうだなぁ、ヌール君達が

 言うには元々の性質はそのままで、あくまでもこの幼い感じは自分が楽しむための物みたいだね」

「そういえばそう言ってたな。ヌール、だいぶ驚いたのか初めてその光景を目にした時の事が忘れられないとも言っていたな」

「珍しく動援してたね。でも、まだリンが人間の言葉で話す事は出来ないみたい」

「たしか力が戻りきっていないからだったか?」

「天斗さんが言うにはそうみたい。転生し直してからまだそこまで経ってない分、当時の力がまだ

 戻らないんだって。まあ本当の力や大きさを取り戻したらすごい事になるそうだけど······」

「泉が言っていたな。フェンリルは本来は俺達の

 予想を遥かに超える大きさな上に力自体もだいぶだと」

「うん。見てみたい気持ちはあるけど、そのためには僕がもっと強くならないとだね。

 

 

 リンもそうだけど、『友の書』のみんなは僕の事を認めてくれている。でも、僕自身はまだまだだ。

 

 父さんや母さんのおかげで運動面も勉強面もかなり良くて、一騎君と一緒に空手も頑張って、ちゃんと泉ちゃんからも色々な人ならざるモノ達について学んでいるけれど、それでもまだ至らないところが多い。

 

 あまり考えすぎても良くはないけど、やっぱり頑張りたい気持ちは強いのだ。

 

 

「一騎君、強さって何だろうね?」

「突然だな。だけど、柚瑠らしい疑問ではあるか」

「色々な強さを求めていきたいからね」

「同感だ。そうだな……やはりそれは、人によって違うと思う」

「つまり、僕には僕の一騎君には一騎君の強さがあるって事?」

 

 

 その問いかけに一騎君は頷く。

 

 

「そうだ。あくまでも俺の考えになるが、強さその物についての議論は終わらないと思っている。

 柚留が言ったように強さの定義は人それぞれだから、お互いの強さに求める物が違う限りは終わらないだろう」

「それはその人によって目標ややりたい事が違うから?」

「ああ。俺もお前も空手を頑張っていてもその目的は違うだろう? 周囲を守れるような強さを求めるお前と空手を先に始めた兄貴に勝てる強さを求める俺。俺達だけでもここまで違うんだ。他の奴まで混ぜたら更に違うだろう」

「たしかに……」

「だから、今は自分が求める力だけ見るようにして、それを手に入れて次の強さを求めたい時には

 また強さについて考えても良いと思う。二兎追う

 者は一兎も得ず、なんて言うしな」

「うん、そうだね。でも、やっぱり一騎君はすごいなぁ。そこまで色々な事を考えられるなんて」

「ありがとう。でも、これはある奴の受け売りみたいな物なんだ」

「え、そうなの?」

 

 

 僕が驚いていると、一騎君は頷いてから話してくれた。

 

 

「別の学区の奴なんだが、少し前に親同士が知り合ったんだ。それでこの前、俺と兄貴も向こうさんの家にお呼ばれしてきたんだが……ほら、予定があるからってお前達との遊びの誘いを断った時があっただろう? あの翌日だ」

「ああ、あの日だね。それで結局、それじゃあ次の機会ってなったんだったね」

「だいぶ申し訳なかったけどな。向こうさんにはウチの兄貴と同じくらいのお姉さんと俺と同じ歳の弟がいたんだが、さっきのはその弟の方の受け売りみたいなものだ。

ソイツも中々頭がキしるみたいで、お姉さんと兄貴が良く話す中で俺もソイツと話していたんだが……その時の会話がとても楽しかったのをよく覚えてる。

自分の家族を超えようとしているからか色々な事を知っているし、こういう考え方もあるんだとハッとさせられる場面もあった。本当に有意義な時間だったと思っている」

 

 

 そう語る一騎君の表情はとても満ちたりた物であり、会話をした相手が本当にすごい子だったんだろうという事がハッキリとわかった。

 

 

「その子、本当に頭が良い子なんだね」

「ああ、俺もそう思う。因みに、そいつとはまた会う事はしているから、その時にはまた学ばせてもらうつもりだ」

「うん、良いと思う。僕達の中だと……泉ちゃんも気が合いそうかな」

「それはわかるな。晶夏もおもしろがると思うが、泉とは勉強でも話が盛り上がりそうだ」

「泉ちゃん、成績はクラスでトップクラスだし、いつも勉強熱心だから二人揃って頭の良い会話をしてそうだね」

「そうだな。そしてソイツも俺と同じで家族を超えたいと思っている。だから、柚瑠だけじゃなくソイツとも高めあっていくつもりだ。それで得た物はお前達にも還元していくから楽しみにしててくれ」

「うん、ありがとう」

 

 

 そこまで話していた時、一騎君の家の前まで着き、一騎君は僕達を見ながら微笑んだ。

 

 

「すまないな、家までついてきてもらって」

「ううん、大丈夫。リンは歩くのが好きだし、僕も一騎君と話しながら歩けて楽しかったから」

「……そうか。それじゃあまた明日だな。今日は柚瑠以外の全員に予定があるからな」

「そうだね。それじゃあまた明日」

「ああ、また明日」

 

 

 そう言って軽く手を振り、一騎君が家の中へ入っていった後、僕達も家に向かって歩き始めた。踏まれた雪がサクサクと音を立てる中、僕はさっきの話を思い出した。

 

 

「……別の学区の友達、かぁ……」

「わうん?」

「僕からすれば、それは柚希君になるんだよなぁと思ってね。今は会う事が難しくてもいつかは笑って話したり一緒に遊んだり出来るようにしたいなぁ……」

 

 

 事情を考えたら今の柚希君に会いに行ったり遊びに誘ったりするのは難しいだろうし、うっかり父さん達の事を話してしまったら柚希君が表情を曇らせる事にもなってしまう。

 

 だけど、いつかは学校の事や友達の事で話したり父さん達と一緒に全てを話したあとに三人が笑いあっている姿を見たりしたい。それが僕の目標なんだ。

 

 

「柚希君も色々な友達を作ってそうだし、機会があったらお互いの友達の交流会もしてみたいかも。ふふ、その時が楽しみだなぁ」

「わうっ!」

「リンも楽しみだよね。ただ、その時には柚希君達にも打ち明けないとだけどね」

 

 

 そんな事を話しながら歩いていたその時、僕は近くから漂ってくる神力の気配を感じた。

 

 

「神力……リンも感じる?」

「わう……」

「そうだよね。すごく強い力ってわけじゃないけど、ちょっとずつこっちに近づいてくる……」

 

 

 僕とリンは足を止め、近づいてくるモノを待った。そして程なくしてそれが更に近づいてきたけれど、その姿に僕は驚いてしまった。

 

 

「……え!? りゅ、龍!?」

 

 

 近づいてきたのは、翼をはためかせながら飛ぶ小さな龍だった。これまでに色々なモノ達を見てきたけれど、まだ龍は見た事が無かったため、流石に驚いてしまった。

 

 その龍は少々小柄だったけれど、がっしりとした四本の足や背中から生えた翼は雪のように白く、体の周りには小さな火花が散っていた。そして僕は、その綺麗な姿にほうと思わず息を漏らしていた。

 

 

「あれ……なんだろうね。神力の気配がするから、神様の類いだと思うけど……」

「わう……」

「リンがわからないって事は別の国の……って、あの子なんだかフラフラしてるような……?」

 

 

 見ると、その子はフラフラしながら飛んでおり、見ていて心配になる程だった。それを見ながら流石に声をかけた方が良いかと考えていたその時、その子はガクッとした後にそのまま下へと落下した。

 

 

「えっ!? き、君! 大丈夫!?」

 

 急いで僕達は駆け寄った。落ちてすぐに駆け寄ったからか降っていた雪はそこまでかかっておらず、僕は安心しながらその子を持ち上げた。その瞬間、手はパチパチと音を立てる何かに襲われ、細かい痛みが走った。

 

 

「いたっ……!」

「わうっ!」

「だ、大丈夫だよ……君、大丈夫? どうかしたの?」

「う、うう……」

 

 

 その子は小さく呻き声を上げ、ゆっくり目を開けた。そしてその事に安心感を感じていると、その子は弱々しい声を上げた。

 

 

「あ、貴方は……?」

「僕は乙野柚瑠。それでこっちはフェンリルのリンだよ」

「わう」

「わ、私は……カンナカムイのイメルと申します」

「カンナカムイ……たしかアイヌの人達の神様だよね?」

「はい、その通りです」

 

 

 カンナカムイのイメルさんは静かに答える。

 

 

 カンナカムイ……前に泉ちゃんから聞いた事があるな。北海道には様々なモノ達が伝わっていて、その中の一つがカンナカムイだったはず。

 

 泉ちゃんとの会話を思い出していると、イメルさんは体をブルブル震わせた。

 

 

「さ、寒い……」

「あ、もしかしてさっきフラついてたのって……」

「は、はい……それもあるんですが、ちょっとお腹も空いていて……」

「なるほどね。それじゃあ一旦ウチに行こうか。ウチなら暖房もついてるし、母さん達と一緒に何か作ってあげられるから」

 

 

 その言葉にイメルさんはとても驚いたようだった。

 

 

「え……でも、本当に良いのですか?」

「うん。それに、帰ってから朝ごはんを作るところだったし、ちょうど良かったからね」

「申し訳ありません……」

「気にしないで。それじゃあ行こうか」

 

 

 その言葉に二人が頷いた後、僕達は改めて家に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

『いただきます』

 

 

 みんなで声を揃えて言い、僕達は朝ごはんを食べ始めた。十数分かけて家に帰った後、僕達はイメルさんをみんなに紹介した。

 

 読書家である母さん達はカンナカムイについて知っていても不思議じゃなかったけれど、父さんもその名前について知っていた上に得意気にされた事だけはムッとしてしまった。

 

 そして当のイメルさんはというと、初めこそ緊張していたけれど、話をしていく内にその表情を柔らかくしていった。

 

 さてと……そろそろイメルさんから話を聞かないと。

 

 

 咀嚼していたハムエッグをゴクリと飲み込んでから僕はイメルさんに話しかけた。

 

 

「イメルさん、どうしてあそこにいたんですか?」

「あ、はい……私、実は修行中の身なんです」

「修行中?」

「私は世間一般に知られているカンナカムイの曾孫でして、立派なカンナカムイになるために自らが修行に出たのです」

「神様の曾孫か……神様の子供はいるけど、神様の曾孫は初めてだな」

「そもそも神様の子供が家にいる事が中々レアなんだけどね。でも、なんだか偉いなぁ……こうして一人で修行に出るなんて僕には真似出来ないよ」

「そんな事……それに、修行に出たのもカンナカムイとしてより良い物になりたいからというわけじゃないんです」

 

 

 イメルさんが表情を暗くしていると、アビヨッド君は静かに息をついた。

 

 

「……自分のため、という事か」

「はい、そうです。お恥ずかしい話なのですが、私は神力もあまり強くない上に纏う事が出来る雷もそこまで多くありません。なので、私はひいお祖母様に直談判をして、こうして修行に出たのです。私自身が強くなるために」

「強くなるため……私は素晴らしいと思うが、そのために直談判までするとは……」

「それだけやはり悔しかったのです。ひいお祖母様達はゆっくり力を高めていけば良いと言って下さいますが、私はすぐにでも立派なカンナカムイになりたいのです。兄姉もひいお祖母様も強い力を持っているのに私だけ……!」

 

 

 イメルさんは悔しそうな顔で俯き、その姿を見て僕はさっきの自分を思い出した。

 

 僕も強さについて知ろうとしていたし、いつも強さを求めて頑張っている。ただし、それは僕が求める強さであって、一騎君との会話の中で答えが出たようにそれぞれの強さはあって、その話をしたとしても解決する物ではない。

 

 さて……どんな風に考えていけば良いかな……。

 

 イメルさんの強さについての悩みについて考えていたその時だった。

 

 

「ねえ、結局どんな風に強くなりたいの?」

 

 

 突然、えぬちゃんが首を傾げながら聞く。

 

 

「どんな風に……とは?」

「カンナカムイとしての実力をつけたいのはわかったよ。でも、具体的にはどんな風に強くなりたいのかわからないなって」

「えーと……つまり、何を重点的にしたいのかとか最後をどこに定めたいのかとかそういう事?」

「うん、そんな感じ。だから、そこが知りたいんだ。何を特に鍛えたいとか立派なカンナカムイになって何がしたいかとかさ」

「何を特に……そしてその後は何をしたいか……」

 

 

 えぬちゃんの言葉を聞いたイメルさんは落ち込んだように表情を曇らせる。

 

 

「……思いつきません。私は立派なカンナカムイになりたいと考えるだけで、他には何も考えずに来ていたんですね……」

「結論、そうなっちゃうんだろうね。でも、それだけ真剣だったとも言えるから」

「ですが、このままでは良くありません。このままでは立派なカンナカムイになるなんてとてもとても……」

「立派、かぁ……」

 

 

 えぬちゃんが納得のいっていないような顔をすると、母さんが話しかけた。

 

 

「えぬちゃん、まだ引っかかる?」

「あ、はい。さっきから立派なとは言ってるんですが、それじゃあ何を以て立派なと言えるのかなと思って」

「何を以て……まあたしかにな。イメル……だったか? イメルはどこまで行けたら自分を立派なカンナカムイだと認められるんだ?」

「そ、それは……」

 

 

 父さんからの問いを聞いてイメルさんは言葉に詰まった。その姿から、イメルさんはひいお祖母さんのようになりたいと思っても、ただそれだけになっていたんだとわかった。

 

 つまり、イメルさんに必要なのはどのように立派になるのかというイメージやなった後の道を考える事なのだ。

 

 

「……だったら、今の僕に出来る事は……」

 

 

 そう考えた後、僕はイメルさんに話しかけた。

 

 

「イメルさん、それなら僕達に力にならせてくれませんか?」

「え……?」

「ああ、たしかにアリだな。ウチには雷系はいないけど、神様は多いしな」

「俺達も雷を操る神には心当たりはあるし、天斗さんにも力を貸してもらえるかもしれませんしね」

「それはだいぶ心強い──」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 

 イメルさんが慌てて止めに入る。

 

 

「力を貸して下さるのは嬉しいです。ですが、まだ出会ったばかりの皆様にそこまでして頂くわけには……」

「申し訳ないという気持ちはわかりますよ。僕も同じ立場だったらそう思いますから」

「柚瑠さん……」

「でも、僕達は力になりたいんです。出会ったばかりだったとしてもイメルさんのその頑張りたいという気持ちは応援したいですから」

 

 

 その僕の言葉にみんなも肯定するように頷き出す。

 

 

「だね。その道程に迷うなら私達も話を聞くし、一緒に特訓にも励めるから色々頼ってよ」

「我に任せておけば問題はない。安心するが良い」

「アビヨッド様……ですが、たしかにそのくらいの気持ちでいないといけませんね」

「皆様……」

 

 

 イメルさんは僕達を見回した後に静かに頷いた。

 

 

「わかりました。皆様のご厚意に甘えようと思います。皆様、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、イメルさん」

「イメル、で良いですよ。もちろん敬語も不要です」

「……わかった。それじゃあ改めてよろしくね、イメル」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 イメルは嬉しそうに微笑んだ。その顔を見た後に僕が『友の書』や僕自身の事について話すと、イメルは目を輝かせた。

 

 

「そんな物があるんですね……私、これからの生活がとても楽しみです! 」

「ふふ、それならよかった。それじゃあ始めようか」

「はい!」

 

 

 イメルが返事をした後、僕は空白のページを開き、イメルと一緒に手を置いてから目を閉じて『力』を注ぎこみ始めた。

 

 その瞬間、体の奥底から湧き上がってくる『力』が体を通って腕を流れ、そのまま手の平にある穴から空白のページに流れこんでいくイメージが浮かび、体の力も少しずつ抜けていった。

 

 ……やっぱりまだ辛い。でも、確実に前よりは楽だし、このまま踏ん張って……!

 

 

 足に力を入れて踏ん張りながら『力』を流してこみ続けた。そして終わったという感覚があった後、僕は目を開けた。

 

 すると、そこには広大な草原の中に立ちながら微笑んで空を見上げるイメルの姿とカンナカムイについて詳細に書かれた文章が筆のような物でかかれていた。

 

 

「ふう、完了っと」

「お疲れ、柚瑠。これでまた一人仲間が増えたな」

「うん。でも、その分責任だって増えたからね。より一層気を引き締めていくよ」

「引き締めすぎても良くはないがな。だが、その考えは悪くない。ワシらもしっかり支えさせてもらうぞ」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 景光さんの言葉に返事をした後、僕はイメルのページに手を置いて魔力を注ぎこみ始めた。そして「友の書』の中からイメルが出てくると、イメルは目を輝かせながら話し始めた。

 

 

「柚瑠さん!あの居住空間は本当に良いところですね! 私、あそこが大好きになりました!」

「ふふっ、それはよかった」

 

 

 イメルの言葉を嬉しさを感じながら聞いていると、話を聞いていた父さんが静かに口を開いた。

 

 

「兄さんからも居住空間の住みごこちはすごく良いって聞いてるし、やっぱり羨ましいな。柚瑠、老後は七海と一緒に住まわせてくれないか?」

「無理、って言いたいけど、天斗さんにお願いしたら本当に叶えてくれそう…」

「たしかに良いですよって言ってすぐに叶えてくれそうだね。でも、その事は後にして……まずはご飯を食べようか。食べ終わらないと冷めちゃうし、イメルちゃんとも一緒に頑張るためにもしっかり食べて元気出さないと」

「あ、たしかに……それじゃあまずは朝ご飯を食べて、その後にどんな風にイメルの修行を進めていけばいいかみんなで考えてみよう」

 

 

 その言葉にみんなが頷いた後、僕達は再び朝ご飯を食べ始め、イメルはえぬちゃんやアビヨッド君達に話しかけられて楽しそうにしていた。

 

 

 ……うん、この調子ならイメルもみんなと馴染めそうだ。でも、僕にも出来る事はあるはずだから、みんなの様子を見ながら色々頑張ろう。それが今の僕に出来る事だから。

 

 

 雪が降り冷たい風が外で吹く中、楽しそうにする

 みんなの姿を見て僕は心の奥底からポカポカして

 くるのを感じていた。




政実「第六話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「今回はカンナカムイが仲間になっただけじゃなく、新しい出会いを予感させる回にもなったね」
政実「そうだね。原作の読者さんなら一騎のお兄さんが誰なのか名字から予想がつきそうな上にその別学区の友達もなんとなく見当がつくかもしれないね」
柚瑠「だね。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」


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