龍の恩返し (ジャーマンポテトin納豆)
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1話

性懲りも無く新しい作品を書き始めました。
投稿頻度?察して。






 

 

 

この世界に生まれ落ちたのが、二十五年前。

空は広く青く澄んでいて空気は綺麗。見た事の無い大自然が広がっている。

しかし見慣れない生物が飛び回り、街や村では牛や馬ではなく、馬鹿みたいに大きい恐竜みたいなのが荷馬車を引く。

 

何処か見た事がある光景。

そう、簡単に言えばモンスターハンターの世界だ。

はっきり言って、しっかりと自分の意識を持ってそれを認識した時はそれはもう、興奮したものだ。

何せゲームの画面越しの世界の出来事で、システム上でしかそれらの世界を感じる事が出来なかったのに今は本当にこの世界に生まれ生きて、そして生活している。

 

ヘビープレイヤーでは無かったが、携帯ゲーム機のものや、家庭用ゲームはそれなりに作品をやって来た。

流石にPCなんかの作品はやっていなかったが。

 

ある種の憧れを持つ、持ってしまう世界だ。

強いハンターになって、モンスターを討伐して、ちやほやされたい。

誰だって一度は思った事があるだろう。

ゲームや小説の中で語られる物語に憧れ、想いを馳せ、その世界に強く惹かれていた事だろう。

 

しかし、幻想が現実になった時。

それは地獄を意味する。

 

この世界はゲームほど、甘くは無かった。

よくよくしっかり考えればわかる事なのだが浮かれていた俺は思い知らされる事になる。

幻想は幻想のままが一番だと心の底から思う様になる。

 

考えても見れば、体長が二十mを超えるようなモンスターが至極当たり前の様に闊歩しているのだ。

ティラノサウルスよりもデカくて空を飛ぶ生物、と考えれば考えやすいだろう。

どれだけ小さくとも体長数mなんて当たり前だ。

 

となれば、硬い鱗や甲殻に覆われているでも無く、鋭い爪を持っている訳でも無い我々人間はどう考えたって被捕食者側な訳だ。

さらに付け加えて言うならば極端なまでの弱肉強食の世界なものだから、強ければ生き残れるが弱ければ簡単に淘汰される。

 

要は簡単に死ぬと言うこと。

 

余り言いたくは無いが、モンスターと言う強大な存在がいるこの世界では、命を失うなんて当たり前だ。

村の中にいても襲撃されることもあるし、旅に出たり行商中であろうと襲われる。

しかも国同士の戦争もあるし、命の重さは、はっきり言って軽い。

 

そんな世界に転生した俺が生まれたのは、ハンターも居ない小さな小さな農村だった。

人口は数十人程度、農業が主で狩りなんて出来ない。村の一歩外に出れば戦う術を持たない農民なんてモンスターの格好の獲物だからだ。

しかも子供が少ない。同年代の子供は俺を入れて僅か三人だけ。

そりゃぁ、大層可愛がられたものだ。

 

話を戻そう。

小型とは言え、モンスターはモンスター。

原作の、ジャギィやジャギノスと言った雑魚モンスターと呼ばれる存在だって十分以上に脅威だ。

武器を満足に扱うどころか振るうことすら出来ない農民には、どうやったって勝つことはできない。

 

村の周りを堀と壁で囲い、モンスターの侵入を防ぐ。

その堀と壁だけが、頼りの村。

 

現実を突きつけられた時は、それはそれは絶望した。

こんな厳しい世界で、俺の様な軟弱者が生き残れるのか、と。

不安で怖くて仕方が無くて。

 

だからこそ、生き残るための力を欲した。

何十年も前にハンターを引退した、村の老人に頼んで身体を鍛え稽古を付けてもらって。

 

この世界での俺は、身体能力は物凄く恵まれていたらしい。

鍛えれば鍛えるほど、身体は強くなった。

 

村の唯一の鍛冶屋のおじさんに頼み込み、太刀擬きを作ってもらって。

村の外に栽培していない薬草やキノコが必要となったら出むく。

 

小さな村だから、あまりたくさんの種類の作物を育てられない。

精々育てられるのは薬草とアオキノコ、あとは食用の野菜などだけ。

 

だから、他に何か必要となったら村の外に自生しているものを採りに行かないとならない。太刀擬きが出来てからはまともに外に出て採集出来るのは、俺だけだったからより一層、俺の役目になった。

 

ただし、無茶はするなと村の皆に口酸っぱく何度も何度も言われ厳命されていてその約束はしっかりと守った。でなければ死ぬ事になるから。

村にアイルーはいない。オトモアイルーなんて尚更だ。

 

オトモアイルーは特別な訓練を積んだアイルーだけがなることを許される。

そんなアイルーが、これほど小さな村に来るわけもなく。来てくれるわけもなく。

意外とオトモアイルーは高給取りだ。

 

ハンターズギルドの規約には、オトモアイルーを雇うならば必ず守らねばならない規約がある。

 

衣食住を保証すること。

賃金を払う事。(オトモによっては金銭では無くマタタビを要求して来る)

不当な暴力等を振るわない事。

不当解雇をしない事。

解雇する場合、当面の生活資金を十分に払う事。(ただし、金銭的余裕のない場合はギルドに申請すれば何割か負担してもらえる)

 

などなどかなりの数がある。

 

これらを守らずに違反した場合、良くて数ヶ月から数年に渡る活動停止処分、最悪一発でハンターズギルドを除名処分、ハンター資格を剥奪される。

 

一応、剥奪されたとしても数年後にもう一度ハンターになる事は出来なくもないが、最初からやり直し、要は養成所に通い直さなければならない。そもそもそんな奴を養成所が合格させるかどうかは分からないが。

 

何故ここまで厳しいのかと言うと、ハンターズギルドとしてはオトモアイルー斡旋所、正確にはアイルー全体とは仲良くしておきたいからだ。

でなければ、アイルーが雇えなくなる。

ハンターが倒れた時に回収に来てくれるアイルーもハンターズギルドが雇っているのだがそれも雇えなくなるし、集会所などギルドの酒場などで働くアイルーも雇えない。

そうなればハンターの死傷率は跳ね上がるし仕事は回らなくなる。

 

だから厳しく決められている。

 

とまぁ、オトモアイルーに限らず人間に雇われるアイルーは高給取りなのだ。

 

 

 

 

 

毎日、必要なものを必要なだけ採取しに行く。

ただし、決して奥深く入っては行かない。

浅いところで、済ませる。

ここなら小型モンスターばかりで大型モンスターは滅多に見ない。

 

精々ドスジャギィやアオアシラなど。

と言っても馬鹿には出来ない。こいつらもまともな武器防具がない俺からすれば物凄く強いからだ。

 

 

 

 

そんな日常を過ごしてて、何となくなれればいいな、程度に考えていたハンターに二十歳の時になった。

養成所には俺を鍛えてくれた老人が紹介状を書いてくれて、試験を受けて合格、十七歳から三年間、みっちり鍛えられた。

読み書きに関しては問題無い。

 

選んだ武器は、太刀。

他の武器も使えるが、村に戻ろうと考えていたから、ソロになる。

ボウガンや弓と言ったガンナー職は剣士達前衛の援護が居なければ戦えない。

片手剣や双剣でも良かったが、昔から使っていて慣れていた太刀を選んだ。

 

村に戻ってからは、ハンターとして活動し始めた。

受付嬢なんているわけもなく、クエスト扱いで自分で依頼されたら依頼の紙を自分で作成し、受注する。

 

これも、養成所で教わった。

結構、自分の村に戻ってハンターをする、と言う人間は多いらしい。

一攫千金を狙う者ばかりでは無く、自分の故郷に戻りハンターをする、と言う人間の為に書類作成方法を学ぶのだ。

ギルドに依頼を出しても良いが、それだと依頼を受理してから依頼掲示板に貼られるまでに短くとも一カ月は掛かる。

その間に緊急性が高い、脅威度が高いと村一つ、最悪街一つが消えかねない。

ならば故郷に帰ったハンターに自分で書類を作成させ、受注させた方が早いしギルドの負担も減る。

ゲームの様にあちこちの地域に出向いて討伐するなんて、大きな街、ドンドルマとかハンターズギルドが決めた管轄区域に何箇所か置かれているかなり大きな街のハンターぐらいだ。

俺みたいなハンターは自分の村の周辺地域でしか活動しない。

そうじゃないとハンターが一人しかいない場合が多く、別地域に出掛けている間に万が一何があった場合対処出来なくなるからだ。

 

依頼が終わったら、ギルドに纏めて書類を提出すれば手当やらアイテムが幾らか貰えたりもするし。

討伐したモンスターは、普通はハンターとギルドで分けられるのだが遠隔地などであれば輸送コストなどの面から全てハンターのものになる。

ただし、その分手当やアイテムの数を減らされるが。

俺はそうだ。まぁ、おかげで装備は整えられた。

 

そんな事情があるから教えられるのだ。

 

 

何度か大型モンスターも討伐した。

と言ってもリオレウスなどではなく、ドスジャギィや冬になると出てくるドスバギィ、アオアシラ、ドスファンゴ、ドスマッカォぐらいだ。

一番の難敵はクルペッコだったろうか。

 

浅いところに出てくるモンスターはこれぐらいだ。

これよりも奥に行くとリオレウスやリオレイアなどの飛竜種が出る。

ただ、遠目に見るだけ。

行っても浅いところより少し入ったあたりまで。

 

ドスジャギィとドスバギィは、群れを率いてこの辺り一帯を闊歩する様になった。

獲物を求めて彷徨し近寄った、近付いてしまった何人かが襲われて、その内の二人が死んだ。

一人は完全に食われてしまい、遺体も遺品も何もない。

もう一人は、腕と脚を食い千切られ、辛うじて俺が助けに入ったものの、どうやっても助からなかった。

アオアシラは二ヶ月に一度訪ねてくる行商人を襲い、一番近い村の俺に討伐依頼が来た。

 

その時は、運良く行商人の荷物が幾らか失われただけで済んだ。

手強かったが、ドスジャギィとドスバギィを討伐して得た素材や地道に集めた鉱石やらで作った武器防具、罠なんかのアイテムのお陰で討伐出来た。

 

クルペッコは浅いところ、それもかなり浅いところにまで現れて来て、暫くは何もなく川で魚を獲り、俺を視界に収めても碌に興味も示さずで、採取クエストにも影響は無いし実害もないから様子見程度だったのだが突然暴れ始めた。

警戒心を大きく露わにして、普段なら襲うどころか無視していた俺に襲い掛かってきた。

その時は、まさかそんな事になるとは思わずに採取クエストに出たものだから武器防具はいつも通りしっかりとしていたが、それ以外の物資が問題だった。

 

アイテムポーチには砥石が幾つかと回復薬と回復薬グレートを三本ずつと万が一の時の為に解毒薬を二本、それと携帯食料が一日分、火打ち石に閃光玉が二つ。

あとは投げナイフを二十本持っていたが、それは採取クエストのついでに麻痺投げナイフと毒投げナイフを作るために持って来ていただけで毒テングダケやマヒダケを塗布しているわけでもない、ただの投げナイフだからまともな武器にはならない。

 

アイテムポーチにはたったそれだけ。

とてもじゃないが、これではクルペッコには勝てないと咄嗟に攻撃を回避した俺は、すぐさま閃光玉をクルペッコの顔面に投げ付けて、全速力で村まで走った。

キャンプが無いから、村がキャンプなのだ。

 

一応、採取クエスト自体はクリアだったので、報酬は貰えたがクルペッコが問題だった。

まさか森に入ったら今まで大人しいと言うか、そんな感じだったクルペッコが暴れているなんて、と。

 

ハンターと言うのは、養成所で一番最初に教えられるのだが、簡単に言えば「自然との調停者」だ。

無闇矢鱈にモンスターを討伐してはならず、必要に迫られれば討伐する。

我々に直接害を加えないのであれば様子見で、もし影響が出そうならば捕獲で個体毎に移動距離や必要となるであろう縄張りの広さを考えて人里や交易路から離れた場所に放つ。

 

捕獲が難しいとか捕獲してもまた被害が出るだろうと予想される場合は討伐なのだ。

例えば、人間の食べ物や人間そのものの味を占めてしまった場合だ。

捕獲して放そうにも、また人間や、最悪村を襲撃する可能性が高い。だから討伐するのだ。

 

討伐依頼が届けられても、必要が無ければ捕獲だったり観察になる。

ギルドなどで張り出される依頼は討伐依頼が多い。と言うのも緊急性の高いものから順々に出していく訳だから、必然的に討伐依頼が多くなる。

あとは、捕獲だとしてもモンスターが強力だったりするとやはり捕獲依頼として早く張り出される。

一部モンスターを除いて、刺激さえしなければ襲っては来ない。

 

 

ゲームと同じハンターランクで決められたものしか受注出来ないから、実力に見合わない者が見合わない依頼を受ける事は無い。

ハンターランクを上げるのも大変だ。

討伐依頼、捕獲依頼をそれぞれランク毎に何十個以上だとか色々決められている。

だからハンターランクには上限は無いが、並のハンターならば一生掛けてランク5か6に行けば良い方だろう。

 

凄腕、古龍種の対応を許されているハンターであれば6〜7。

ギルドナイトクラスにまでなると最低でも10。

しかもギルドナイトは更にそこから様々な選考基準があるのだからなる事は難しい。いや、ほぼほぼ不可能だろう。

ギルドナイトは世界中を飛び回り古龍種の調査などに駆り出され、必要とあらば他のハンターと組んで古龍種と戦わなければならない。

 

確か、今現在一番高いランクのハンターは27だったか。

 

 

 

 

ドスジャギィもドスバギィも、最初は村の皆に警告し用があるならば俺に依頼を出してくれ、暫くすれば移動するかもしれない、と言ったのだがそれを聞かずに村の外に出て行ってしまった者が襲われた、と言う訳だ。

だから味を占めてしまった。積極的に人間を襲う様になる前に討伐する必要が出て来たから討伐したのだ。

 

クルペッコだって、別にこちらに興味を示さないし襲って来るでも無いし、餌を求めて移動したりもする可能性もあるしで依頼で出るならば近づき過ぎずに通り過ぎれば良いし、何かあった場合に備えて注意やら警戒をしておけば良かった程度だったのだ。

 

 

事が起きてからすぐに村長の名前で討伐依頼が出されて、受注した俺は準備を整え、討伐。

無事討伐出来たし、素材も手に入った。だがやはりどうも様子がおかしかった。

なんとなく、モンスターだけじゃ無い、辺り一帯がおかしい。

 

説明出来ないが、勘がおかしい、変だと告げていた。

 

 

それが、一ヶ月前の出来事。

 

最近、森や山の雰囲気がガラッと変わった。

普段ならばその辺を走り回っているケルビやアプトノス、モスを全く見掛けていない。

 

一頭もだ。

それに、いつもならやかましいぐらいいるはずのジャギィなんかも見ない。

 

今日も、異変が続いているから装備やアイテムは万全にして採取クエストと、ついでに自分用にマヒダケや毒テングダケなども採取して投げナイフなどを作ってしまおうと思っていた。

 

「生物が、何も居ない……」

 

そう声を漏らすほど、生物の気配が感じられず、辺りは静まり返っている。

不気味だ。

クエスト用の採取は終わった。早めに、自分用の必要なものを採取して帰ろう。

 

そう思って、確かあの辺りにマヒダケが生えていたな、と考えて辺りを警戒しながら歩く。

 

「ご主人、ご主人」

 

「どうした?」

 

「なんか、凄く嫌な予感がするニャ……。今日はもう引き返すニャ……」

 

そう声を掛けて来るのは、オトモアイルーのイチジク。

ハンター養成所を卒業し、晴れてハンターデビューをしたすぐ後の事。

 

お前なら絶対成功するから街に残れ、と言って惜しんでくれた教官に、

 

「村に戻ってハンターをすると決めたは良いが、流石に完全なソロは危険だ、悪い事は言わないからオトモを雇え」

 

とあのクッソ厳しい鬼教官に忠告されてオトモを雇う事にしたのだ。

 

まぁ、教官も教官でかなりの実力者だったらしいから言っている事は正しいのだろう。

実際、イチジクに助けて貰った場面は多いし今までの大型モンスター討伐も俺一人では成し遂げられなかったに違いない。

上手いこと陽動に動いてくれたりしてくれるし、がっさごっそと共に採取クエストをやってくれる。

まぁ、マタタビを見つけたらそればかり持って来てしまうのだが、それはもうアイルーの宿命なのだろうか。

 

イチジクが言う通り、確かに本当に辺りの雰囲気がおかしい。

ここまで小型モンスターどころか、他の虫などもまるで見掛けないなんてあり得ない。異常事態も良いところだろう。

 

「イチジク、このまま少しだけ、調査しよう。あまりにもおかしい」

 

「そんニャぁ……」

 

イチジクは、普段ならばここまで怯えることはない。

寧ろ、結構勇敢な方だろう。

 

実際クルペッコもアオアシラにも武器を片手に突撃して行って、一撃を喰らわせるほどだ。

そして周りをウロチョロ走り、攻撃するのだから。

 

だが今日はどうだ?辺りをキョロキョロと見回して、最大限に警戒心を剥き出しにしている。

それどころか怯えてすらいる。

 

アイルーは、森の中などモンスターが闊歩する様な場所で暮らしている事もあるから俺達人間なんかよりもずっと、モンスターの脅威などのそう言った危険などに敏感だ。

でなければ生き残れないからだ。

 

そんなイチジクも例に漏れず、危険には敏感だ。

そのイチジクがここまで怯えて、警戒しているのだから本当に何かあるんだろう。

だがそれを放置しておくわけにはいかない。このまま放置して後々になって取り返しが付かない事になったらそれこそ大事だ。

 

もし、俺の手に余る様なモンスターが出て来たら、街の方に討伐依頼を出しに行かないとならない。

ある程度の飛竜種ぐらいならまだ何とかなるだろうが、それこそティガレックスなどが出て来たら手も足も出ないだろう。

 

罠も大タル爆弾も用意して、徹底的に周到に準備して勝てるかどうか。

最悪、イチジクに村まで走ってもらって街に応援を呼びに行って貰うしかない。

それまで持ち堪えられるかどうか、だが……。

 

 

「すまんな、イチジク。だがハンターとして放っておく訳には行かない」

 

「……分かったニャ。しょうがないからついて行ってあげるニャ。帰ったらマタタビを多めに貰うニャ」

 

「あぁ、分かった」

 

森の中に入り、辺りを調査する。

すると、浅いところから幾らかもう少し奥に踏み込んだ辺りに見た事がない馬鹿でかい足跡が幾つもあった。

 

リオレウスでも、リオレイアでもない。

何故なら四足歩行で歩いているからだ。

 

「ご主人……」

 

「あぁ、多分、ティガレックスかナルガクルガだろう。普通ならもっとずっとずっと奥に行かないと出てこない筈なのに、何でこんな浅い場所にまで……」

 

「でも、この足跡古いニャ。かなり前ってほどでもニャいけど、それなりに時間が経ってるニャ」

 

「あぁ、多分、何かしらの異変があって逃げたか何かの後だろう。他のモンスターと戦った痕跡も無いし、多分逃げたんだろう」

 

「でも、何から逃げたんだニャ?この辺りでティガレックスが逃げるほどのモンスターニャンて居ないニャ」

 

「……ティガレックスはイビルジョー相手でも、襲い掛かるからな。相当のモンスターなのかもしれない」

 

ティガレックスが、逃げ出すほどの存在はそう多くない。

寧ろかなり少ないだろう。ティガレックスは物凄く獰猛で好戦的、とにかく視界に入ったモンスターとすぐに争い始める。そんなティガレックスが、戦いもせずに奥地から逃げ出してくるなんてあり得ない。

 

今のところ、ティガレックスは辺りに居ない様だし他のモンスターも同様だと考えるべきだろう。

 

「……このまま、大型モンスターが居ないことに賭けてもっと奥にまで進もう。流石にティガレックスどころか、それ以外のモンスターも全て逃げ出すなんて異常事態も良いところだ」

 

「了解ニャ。もうここまで来たらヤケクソニャ」

 

「ありがとう」

 

ぽん、と胸を張って叩くイチジクの頭を撫でる。

 

 

一度村に戻り装備を整え再び出向く。

昨日よりずっと一層奥に脚を進める。

二日ほど、奥へ奥へ進んだ。

 

村の皆には予め、調査に行くから数日は帰らないかもしれない、と言ってある。

やはりこの辺り一帯にも、まるで生き物の気配はない。

 

寧ろ浅いところよりも遥かに静まり返っている。酷いなんてもんじゃない。

 

途中、鉱脈が幾つかあったから採掘してみるとグラシスメタルなど何種類かの希少な鉱石を幾らか手に入れる事ができた。

もし帰れたら、これらを使って武器や防具を強化しよう。この異常事態が続くって言うのなら、幾ら強力な武器防具があっても足りない。

既に山を超えているから、普段ならリオレウスなんかが飛んでいたりしてもおかしくはない辺りなのだが……。

 

何の生物にも出会わない。

食料などを現地調達出来ないから、携帯食料を多めに持って来て居てよかった。

 

そのまま更に奥へ進んだが、本当に何の生物もいない。

モンスターの足跡などの痕跡はあるにはあるが、どれもこれもかなり前のものだ。

 

「モンスターが一匹もいないニャ……。おかしいニャ……」

 

さて、どうしたものか。

このまま放っておく訳にも行かないし、大型モンスターが尻尾を巻いて逃げ出すほどの何かがいると言うことだ。

実際、辺りの空気というか雰囲気がガラッと変わっている。

 

「原因が分かれば、対処出来るんだがな。くそッ、こんな事ならギルドに調査依頼を出せば良かった」

 

「後悔しても仕方ないにゃ」

 

まさかここまでとは想定して居なかった。

余りにも俺の手に余る。

だがこのまま引き下がっては本当にどうしようも無い事態になりかねない。

最悪、イチジクに情報を持って帰って貰えばギルドがなんとかしてくれる可能性がある。ならば出来る限り情報を集めておかないと。

 

 

 

そして更に三日掛けて山を三つ超えた辺りに差し掛かると、より一層辺りには感じた事の無い重々しい空気が流れて居た。

 

「ご主人、流石にもう引き返そうにゃ……。ここは本当にやばいにゃ……」

 

イチジクは昨日から怯えっぱなしで、頻りに帰ろう、帰ろうと催促して来る。

確かに俺だって怖いし帰りたい。

だが帰って何になる?

 

もうここまで来てしまっては、原因をどうにか突き止めないとならない。

 

「イチジク、すまないがもう少しだけ調査しよう。これは、余りにも異常だ」

 

「うぅ、分かったニャ……」

 

なんとかイチジクを説得し、脚を進める。

すると、木々が大きく折れて薙ぎ倒されている場所に出る。

 

「これは……」

 

「サイズ的に、物凄くデカいモンスターニャ。こんなデカいモンスター、知らないニャ」

 

「……まさか、古龍種か?」

 

「ニャッ!?それは不味いニャ!早く帰ってギルドに報告しにゃいと!」

 

「いや、だが普通ならもっと大きな影響が出ている筈だ。天候を操る古龍種が多いからな……」

 

古龍種は、天候を操るタイプであれば間違い無く辺り一帯が嵐になったりと大きな影響が出る。

だが全くそんな影響は無いし、寧ろ天気はここ数日晴れていて良い方だ。

 

この跡を辿れば、答えに辿り着く筈だ。

 

「イチジク、急いで村に戻って、ギルドに向かって欲しい」

 

「ご主人はどうするニャ?」

 

「このまま、跡を辿って何が起きたのか確かめる」

 

俺に、そう言われたイチジクは危ないニャ、止めた方がいいニャ、一緒に帰るニャ、と騒ぐ。

それをどうにか説得し、村に走らせる。

 

もし俺に何があったとしても、イチジクが情報を伝えてくれればギルドは対応策を練る事が出来るし村の皆も避難出来る。

 

 

 

あぁ、遺書でも認めてくれば良かった。

 

 

 

そう後悔しつつ、跡を辿る。

古龍種にしても、随分と大きいな……。

余り古龍種についてはゲームでも不明な点が多かったし詳しくないから、もし本当に古龍種だとしたら手立てなんて無い。精々殺されるのがオチだろう。

 

あぁ、クソ。怖くて仕方が無い。

この大きな跡を作った存在から発せられる威圧感がとんでもない。

歯がカチカチと音を立ててるし、全身から嫌な汗が噴き出ている。おまけに身体が震えて足下が覚束無いし視界も良く無い。

それでも、必死に耐えて前に進む。

 

元気ドリンコや強走薬を飲んだりして取り敢えず思い付く限りの方法で身体をドーピングさせ、保たせる。

薙ぎ倒された木々を乗り越えて、無理矢理耕された土の上を歩く。

 

どれほど歩いただろうか。

僅か数分程度の様な気もするし、数十分以上歩いた様な気もする。恐怖やらドーピングやらで身体の感覚が麻痺している。

 

そして、更に歩き続けると、所々に血の様なものがあちこちに飛び散っている。

思えば、今までも血痕があったりしていた。

 

その血痕は段々と増えて、そして新しいものになっていく。

固まり方や周囲の環境の変化などを考えると、この木々が薙ぎ倒されたのは丁度異変が起き始めた頃のものと考えて間違い無い。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

ずっと休憩もせずに持ち込んだ強走薬を使ってスタミナを無理矢理引き上げて歩き続けているから、息苦しい。

すると、遠目に何か大きな物体があるのを視認した。

一度立ち止まり、双眼鏡を覗くとそこには赤黒い山のような何かだった。いや、あの赤黒いのはおそらく血だろう。それが固まり変色しそう見えるだけだ。

 

それがなんなのか、はっきりとは分からないが恐らく今回の騒動の元凶であると考えていいだろう。

 

 

再び、歩を進める。

少し歩くと、そのナニカの全容が見えてきた。

 

血で元の面影はまるで無いが、恐らく体表は体毛と甲殻で覆われているらしい。色は白だろう。

しかし全身傷だらけで血塗れで、やはり元の面影はまるで無い。一応、出血は止まっているらしいが息絶えているのか、ピクリとも動かない。

 

グルリ、と警戒しつつ全体を見て回って見ると頭部に四本の角が生えている。

 

まさか、ミラルーツか……!?

 

いやまさか、ゲームのようにこの世界は古龍自体の存在が珍しくそうお目に掛かれない。もし現れたとなったらどの古龍であろうと各地のギルドに話が行って大騒ぎになる。

俺の村にも行商人がその情報をハンターである俺の元に態々話しに来るほどだ。

古龍は、その脅威度が他のモンスターの比じゃない。下手をすると一国が滅びかねないほどの存在だ。

 

しかしながら、そう言った記述は無い。

と言うのも、古龍と言う存在は知能が驚くほど高く、恐らくこの世界においても少なくとも文献に記されている限りでは、シュレイド王国がミラボレアスに滅ぼされた程度しか無いのではないだろうか。

まぁこれは前世の知識だから知っているだけであって国のトップやハンターズギルドのギルドマスタークラスやギルドナイト達の極々限られた人間しか知らない事なので普通は知らない。

 

もし知っていると知られれば、俺は情報流出によって混乱を招き兼ねない代物だから最悪この世から消されるだろう。

運が良ければ、信じる人間は少ない、と見逃して貰えるかもしれない。まぁその場合も街に移住させられて監視付きの生活を送る事になるだろうが。

 

話を戻そう。

もし、仮にここに横たわっている龍がかのミラルーツであるのだとすれば、ただ事ではない。

ミラルーツ、正確にはミラボレアスの亜種らしいが、ともかくそれほどの、禁忌とすらされているレベルの古龍がここまでの傷を負って地面に身体を沈めているのだ。

 

確かにここにミラルーツが死んでいようといまいと此処に居る事も大問題だが、それよりもこのミラルーツに傷を付けた存在の方が問題だ。

単純に考えただけでも、同じ禁忌とされる古龍種のミラボレアス、ミラバルカン、アルバトリオン、グラン・ミラオスぐらいなものだろう。

 

となるとこの中のどれかの存在が、このミラルーツと何かしらの理由で戦い負かして追いやったのだ。

最悪、トドメを刺す為にこの辺りにその存在が来るかもしれない。

 

ミラルーツが死んでいるのならば問題無い。

だが生きているミラボレアスが来たらどうなるか。少なくとも対抗手段は無いに等しい。

ハンターズギルドの精鋭中の精鋭を世界中から掻き集めても勝つ事は難しい。

 

ゲームでは倒せるが、現実ではそうもいかない。

 

しかし、どうしたものか。

このままここに居ても巻き添え喰らってあの世行き、ミラルーツがまだ生きているとしたらそれもそれであの世行き。

このままここを離れてギルドに駆け込んでも、最悪あの世行き。

 

どうやっても、死ぬ、もしくは殺される確率が九割九分九厘と言ったところだろう。

 

ともかくミラルーツの生死を確認しよう。

頭の辺りに歩いて行き、生きているか否かを確認するべく近付く。

しかし、古龍の生死なんてどうやって確認すれば良いのだろうか。

 

人間の様に脈を測ってみる?血管がどこか分からないから却下。

 

息をしているか確かめる?

いや、もし生きていたとしたらパクリと行かれて終わりだ。まぁこれだけ近寄っているのだから今更だが。

 

ミラルーツであろう龍を、ペタペタと触り確認するが全く分からない。

……なんだろう、もうどうせ死ぬ未来しか無いのだからと腹を括った、と言うより自暴自棄になっているな。

 

さて、どうしたものか。

適当に腰掛けて考えるが何も思い浮かばない。

 

「取り敢えず、腹減ったな……」

 

声を漏らして、空腹を確認するとゴソゴソと荷物を漁り携帯食料と水筒を取り出す。

他には干し肉とジャンボパン、ココットライスを持って来た。

携帯食料は、正直食べ続けると飽きるしあまり美味しく無いしでそれだけを食べ続けるのは辛い。

だから大抵の場合は他に何か、別の食材、保存が効いたり焼いたりすれば簡単に食べられるものを持ち込むのだ。

俺の場合は大体ジャンボパンとココットライスを持ち込んで、他の食材は現地調達が主だ。

探せば幾らでも食べる事が出来るものはあるからな。

 

携帯食料は、なんと言えばいいのか。前世で言うところのレーションの様なものだ。

一食分が纏められており何だかよく分からない物体の食い物がパラフィン紙に似た紙で包まれている。

 

今回の調査は長くなりそうだったから、自分で干し肉とジャンボパン、ココットライスを五食分ほどずつ他の必要となる簡易テントなどと共に荷物袋に突っ込んで来た。

干し肉は塊肉だからそれなりに大きい。

狩りと言う激しい運動をする為に、塩分補給目的でかなり塩は多めにしてあるしハーブなんかも一緒に漬け込んでいるから味付けは必要無い。

 

 

 

だからそれを使って適当に何か作ろう。

調味料はイチジクが運んでいたから、無いがまぁ構わないか。干し肉を焼いたり炒めたりすれば油が出るしそれで済ませよう。

ココットライスに虫が付くのを防ぐ為に唐辛子を放り込んであるからそれも使おう。どうせここで食い切ってしまうつもりだしな。

 

最後の晩餐になるかもしれないのだから少しばかり贅沢しても構わんだろう。

あとは周辺を探して、特産キノコとか食べられるものを見つければいい。

運良く胡椒などが見つかれば尚良いんだがそう上手くはいかないか。

 

この世界の食べ物は前世と比べると、訳が分からなくなるぐらい生命力に溢れていて遥かに栄養価が高い。正直、前世の食糧危機なんて一発で解決すんじゃないか、と言うぐらい。

正直、豆系の食材は放っておくと辺り一面を覆い尽くさんばかりに成長するし。

村でもそれらの食材、作物は育てているがまぁ、管理が大変だ。毎日毎日その手入れをしている両親や村の人達には頭が下がる。

 

更には組み合わせによってその栄養価が阿呆なんじゃないかと思うぐらいに跳ね上がる。

しかも何故か筋力が上がったり色々な効果があるのだ。無茶苦茶も良いところなのだがそれがこの世界だ。

 

前世で考えると、数日食べただけで体重激増しそうなものだ。

ともかく、携帯食料はそんな食材を栄養価の高いものをより効率良く取れる様にと生み出されたものだ。ハンターは消費カロリーが凄まじい。食料の現地調達が可能な場合はそれを食えばいいが、生肉を焼いている暇なんて無い。だから大体の場合は携帯食料で済ませるのが普通だ。

 

キャンプのある場所などであれば、キャンプで肉を焼いたりとかあるが狩場を走り回ってモンスターを探さなければならないから焼く時間も出来れば目標モンスターの捜索に時間を使いたいのだ。

 

しかし今回は時間があるから、食材を火でも起こして大したものは作れないが調理して何か拵えよう。

どうせこのミラルーツに威圧されて周りにはなんの生物もモンスターいないから武器も降ろしてしまおう。

剥ぎ取りナイフさえ腰に着けておけば問題無い。

 

辺りを回ってまず最初に薪になりそうな折れた枝や種火を作る為の枯草を集めてくる。

積み上げておいて次に川に出向く。

水筒の中の水を補充する為に、川の水を煮沸消毒して補充するのだ。でなければ渇きで死ぬ。幾ら死ぬ可能性が高いとは言えそれで死ぬのは嫌だ。

 

荷物の中に小さな鍋が入っているから、それを取り出して汲んできた水を鍋に入れておく。

 

そして、地面を少し掘り下げてその辺で拾ってきた手頃な大きさの石で火を起こす場所を囲う。

細い木や太い木はナイフで切り込みなどを入れてささくれ状に皮を剥いたりして火が移りやすい様にしてから置く。

 

そしたらようやく火打ち石を使って、枯草に種火を付けて息を吹く。

 

「アチチッ……」

 

多めの枯草で付けたから勢い良くついて火が大きくなってしまった。

燃えている枯草を放り込み、余った枯草を幾らか入れてその上から細い枝を置いて燃やす。少しして火が大きくなったらさっきささくれ状に表面を剥いた太い枝を何本か入れておいてしばらく燃えるようにする。

薪の数だが辺り一帯に薙ぎ倒された木が沢山あるから薪には困らない。

 

少し火が大きくなったら、適当に拾ってきた枝分かれしている枝を二本、対角に地面に突き刺して股の部分に棒を一本渡す。

そこに鍋を吊るして火に掛ければ煮沸消毒の準備は終わり。

 

さて、あとは干し肉達だ。

他になにか食材が無いか探しに出る。

 

フラフラと探し歩いていると、家主達の居なくなった蜂の巣や特産キノコと呼ばれるキノコがあった。

ハチミツを少しばかり頂戴して、特産キノコを採ってくる。それと山椒があったから干し肉の塩分と共にそれを幾らか頂戴して味付けに使おう。

干し肉は保存を効かせるために塩を擦り込んでいる。それも結構な量を。

だから炒めてキノコの水分が出れば味は付くだろうし、そこに山椒を少し入れば問題無い。

 

ココットライスは、水を煮沸消毒しているから今は炊けないから明日だ。ジャンボパンを焼いて干し肉を炙るなり焼くなりして炒めた特産キノコと一緒に挟んで食べよう。

 

ジャンボパンを綺麗に拭いた剥ぎ取りナイフで切り分け、手頃な長さに切った細い木に刺して反対側を地面に突き刺し、焼く。

 

残りの干し肉と特産キノコだが……。うん、鍋の蓋を使って炒めよう。

 

食材を探している間に煮沸消毒は終わっているし水を冷ますのを待っている間、少しだけなら蓋が無くとも問題無い。

 

火に掛けていた鍋を取って、蓋を火に掛ける。

油なんかは持って来ていないから、干し肉の油を使うべく干し肉をまず適当に剥ぎ取りナイフで手頃な大きさに切り最初に放り込む。ある程度火が通ったら特産キノコを放り込んで更に炒める。

ついでにさっき採った山椒を剥ぎ取りナイフで潰して入れ、唐辛子は刻んで放り込む。

 

混ぜながら少しばかり炒めて火が通ったらジャンボパンに挟んで完成だ。

 

名付けて干し肉とキノコバーガー。

 

少し多めにスライスしたジャンボパンをまた枝に刺して焼く。

こっちにはハチミツを塗ろう。

 

焼き上がったジャンボパンに贅沢にハチミツを塗りたくり。

うん、最後の晩餐にしては寂しいもんだがまぁ携帯食料だけと比べると随分と豪華なものだ。

 

「頂きます」

 

前世からの習慣故か、自然と手を合わせ、声を出す。

まず最初に干し肉とキノコバーガー頬張って。

山椒と唐辛子が良い感じでアクセントになっている。やはり干し肉の塩分がかなり多かったのかしょっぱいがこれもまた、狩場で食べる醍醐味と言うものだろう。

うん、旨い。

 

もしゃもしゃと咀嚼し食べ進めていると。

 

「……?」

 

何やら視線を感じる。

モンスターか!?と思って太刀を引き寄せるが、どうも敵意があるような感じではない。

 

どこから見られているのだろう?

 

恐らくモンスターでは無い。だが一応念の為に太刀を背負い、辺りを見回すが全く見当が付かない。

片手にはバーガーを持っているから随分と奇怪な感じだが、まぁいい。

 

しかしこの場に俺に視線を向ける存在なんているのか?……まさか。

 

と思いミラルーツに顔を向けると、今の今まで閉じていた筈の、綺麗な紅い目がこちらを向いている。

 

「!?」

 

驚いて最後の晩餐を落とすところだった。

いや生きていたのか。てっきり死んでいるものだとばかり思っていたからかなり驚いた。

だが、ミラルーツは襲い掛かるような感じでも無く、ただ此方を見ているだけ。

少しばかりの興味が含まれている様な目だ。

 

いや、どうすればいいんだ……。

 

古龍と見つめ合うなんて多分、俺が初めてじゃないか……?

もしそんな状況の前例があったとしても、当人からすればどうすれば良いのかまるで分からないぞ。

 

と言うか生きていたのか……。

しかしもし仮にトドメを刺そうにも俺の装備ではまず無理だ。傷を付けることすら難しいかもしれない。

どうしたらいいのか。

 

しかし、このミラルーツ、相当深傷を負っているのか視線に覇気は無く、少し胸が上下しているがそれも弱々しい。

どうしたものか、と考える。

 

……ハンターは、自然との調停者、か。

 

別に此方に敵意が無いのなら態々害する理由も無い。

どうせ生きて帰っても希望は少ないからな、死ぬまで好きにやらせて貰おう。

 

手早くバーガーとハチミツパンを食べ終え、ご馳走様でしたと言いながら手を合わせて、手を拭き立ち上がる。

ポーチから回復薬グレートを全部取り出して、ミラルーツの眼前に出す。

 

その中から適当に選んで飲み干し毒では無いと示す。

まぁ古龍に毒が効くかは別問題だが、疑われないように、と言う事だ。

 

それを、残りの瓶の回復薬グレートをミラルーツの口に突っ込んで流し込む。

効くかは分からないが無いよりはマシだろう。

 

それを全部流し込み、回復薬にハチミツを混ぜて回復薬グレートを作ると次は傷口に向かう。

手拭いをさっき煮沸消毒した水で、濡らし傷口を拭く。

痛いのか身じろぎするが動くのも億劫らしく、力無く横たわったまま。

 

デカい傷口が沢山あるから何度も往復して水を沸かし、拭うを繰り返す。

陽は既に傾いて、空は茜色に染まっている。

焚火の火を分けてミラルーツを囲む様に焚火を新たに複数作っておく。

あちらこちらから薪を大量に集めて焼べながらの作業だ。

 

数時間掛けて大小全ての傷口を拭い終わったら、回復薬グレートを傷口に流し込む。

 

古龍の手当どころか竜の手当すらした事が無いからやり方なんて分からない。とにかくやれるだけやってみようの精神だ。

無茶苦茶だろうがやらないよりはマシだ。

 

足りないからあちこちから薬草やアオキノコ、ハチミツを採ってきて、回復薬を作りハチミツを混ぜてグレートを作る。

それを塗りたくって、また採りに行き、を繰り返す。

 

竜達は、傷を負った時どうやら薬草などを食べたり塗ったりして傷の回復を促しているらしい。肉食であろうと無かろうと薬草などの効力は知っているらしい。

調査報告で記されており、養成所でも習う事だ。

それを手掛かりに目的のモンスターを探す事もあるからだ。

 

だから、確証は無いが古龍にも効くんじゃないかと賭けに出てこうして手当しているのだ。

まぁ、古龍の生命力なら手当せずとも回復するかもしれないがどうせ死ぬならば、やはり好きにやらせて貰おう。

別にこのミラルーツも、此方に敵意を向けるでも無く、ただされるがままだ。

 

やはり出血自体は止まっているものの、かなり大量の血を失ったらしい。確か、増血剤も幾つか持ち込んでいたから与えてみるか。

 

この巨体では、雀の涙ぐらいにしかならないだろうが無いよりはいい。効果があればの話だが……。

 

一晩、そうして陽が登り夜が明ける。

処置は終わった。

 

気が付くと腹が減ったと鳴っている。

 

そうだな、朝はココットライスを炊こう。特産キノコと干し肉を混ぜ込んで炊き込みご飯にしても良いし分けて食べるのもありだ。

そしたら、特産キノコを調達して来なければな。

 

 

 

 

ココットライスを炊いて、同じように干し肉と特産キノコ、山椒と唐辛子の炒め物で朝食を摂る。

箸はそこらの枝をナイフで削って作れば良い。使い終わったら薪として焚べてしまえばいいからな。

 

ミラルーツの傷の具合を見てみると、俺の手当が効いたのか、それとも古龍本来の治癒能力からなのか、治り始めている。

この分なら数日で完治するぐらいだ。

 

イチジクが村経由で街に向かったならば、往復で十二日は掛かる。どれだけ急いだとしても十日は掛かるだろうしそこからギルドナイトや腕利きのハンターを集めるのにも時間が掛かるだろうから最低でも二週間の余裕はある。このミラルーツが完治し、この場から飛び去る事は十分に可能だ。

到着した頃にはミラルーツは遥か遠くだろうから、調査も何も無くなるからな。

 

また、朝から傷口に昨日よりは回復薬グレートの量を減らして塗る。

ミラルーツは、起きた時から俺を見ているだけの、なされるがままで抵抗すらしない。ミラルーツのその表情を横目に、大きい傷口を優先して回復薬グレートをかけて塗る。

回復薬は、完全な液体なのだがグレートになるとハチミツを混ぜていると言うこともあって粘度がある。それを利用して、流れ落ちないようにハチミツの量を多めに調合して粘度高めにするのだ。

ハチミツを増やした分は薬草とアオキノコを調合比がちゃんと比例するようにすれば問題無い。水の分量を減らしただけだから効果自体には何ら問題はない。

ただ、本来は水を多めに入れて飲みやすいように少しでも粘度を下げるのだ。

狩りの最中にそんな粘度の高いものを飲んだら、走り回ったりしているのだから確実に咽せる。

 

 

三日目に入ると小さい傷は殆ど治ってしまい、残りは大きな傷だけとなった。

その大きな傷も、治り掛けていてこのままであればあと二日程度で傷は治るだろう。問題は失った分の血液量をどうやって取り戻すか、だ。

増血剤は行商人から購入したもので、俺自身が調合したわけじゃない。

調合素材さえあれば作れなくもないが、この辺りを探しても見つからなかった。

 

仕方が無いから自然と血液が作られるのを待つしかない。

アプトノスなどが居れば狩ってその肉やレバーなどを食わせる事も出来たんだがこのミラルーツ本人?本龍のお陰でこの辺り一帯に居る生物は俺とコイツだけだからな。

俺は俺で、携帯食料を主に食べながら持ち込んだジャンボパンとココットライスを昼食なり夕食に挟んで食べている。

この分なら携帯食料だけで十日は余裕で持つだろう。

辺りには特産キノコなどがまだまだ生えているからそれで腹を満たす事も十分に可能だし。

 

 

 

 

それから更に五日が経ち八日目。

恐らく、調査隊の編成が完了していれば既にこちらに向かって来ていてもおかしくはない頃だ。

ミラルーツは相変わらず、こちらを見るばかりで身じろぎ一つせずになされるがままだ。

 

 

 

 

十日目。

傷口は完全に塞がっている。

だと言うのにコイツはその場から動かない。角が折れているからもしかしたらそれが原因かもしれない。だが流石に角の治し方なんて知るわけも無いから見ているだけだ。

昨日から辺りを探索して植生や、痕跡などを調べて生息しているモンスターなどを記録しておく。こうしておくことでミラルーツが去った後に環境が元に戻った後に戻ってきたモンスター達を照らし合わせるのだ。

 

調査し書き込んだ手帳に該当しない大型モンスターが居たりすれば、新しい縄張り争いになる可能性も高いから注意しておくのだ。まぁ、そうなっては俺はこんな所にまでは来れないから浅いところに追いやられたモンスターを見て察する事しか出来ないのだが。

 

この辺りにはリオレウスやリオレイアの他にティガレックスなどの飛竜種など結構な種類のモンスターが棲息していたらしかった。

それを逐一ハンターノートとは別の自分の手帳に書き込んで記しておく。

 

 

 

 

十一日目。

朝から辺りを見て周り、植生なども調べる。

昼になって戻り、昼食の支度をしているとミラルーツが動き出した。

 

あぁ、ここで死ぬのか、と思ったが襲いかかって来る様子は微塵も感じられずただ身体を起こして座っているだけだ。

見上げる程にデカいし、たった少しだけの動作でも後ろの方の薙ぎ倒されている木々がバキバキバキバキッッ!!と大きな音を立てる。

 

しかし俺はどうすれば良いんだ。

このままでいる訳にもいかないし、かと言ってどうする事も出来ない。

 

『おい』

 

「!?」

 

いきなり話しかけられた。

しかも目の前のミラルーツに。いや龍って喋れるのか。

これは驚いた。もし王立書士隊に報告すれば大騒ぎになるだろう。いや、まず真っ先に馬鹿にされるか。その後に幻覚を見始めたと騒ぎになると言う流れだろう。

 

『ふむ、聞こえているはずだが……、言葉が変わったのか?』

 

何やら返答を返さずに驚いているとそんなことを言い始めた。

 

「あ、え、いや、分かるが……。喋れるのか……?」

 

『我ら龍は永い永い時を生きれば他の生物の言葉を解する事も、発する事も出来る様になる。そこらの雑魚共は無理だがな』

 

「そうなのか……」

 

『して、貴様は何故傷の手当を施し、私を助けた?』

 

ミラルーツは頭を俺の高さにまで下げ、綺麗な瞳で此方を覗き込んで聞いてくる。

 

『私は知っているぞ。我らが貴様ら人間にとって災厄だと言うことを。怖れられていると言うことを。そして貴様の様な生業の人間からすれば私から得られる血肉は万金に値する事を。だのにトドメを刺すわけでもなく、何故助けた?』

 

ミラルーツは、そう聞いてくる。

声に抑揚は無いが、だからと言って機嫌が悪いとかでは無いらしい。威厳は凄いが。

 

「分からない」

 

『分からないとな?』

 

「あぁ。確かにお前達は我々からすれば怖れる存在だ。禁忌だと言われ、存在自体を公にされていない存在だ。俺は、多分もし生きて帰れたとしても殺されるか、一生誰かに見張られながら過ごす事になるだろう。それならば、死ぬ前ぐらいは自分の好きな様に満足が行く様に生きたかった。それに、俺ではお前を殺すどころか傷一つ付ける事も叶わないだろうさ」

 

『……』

 

緊張で何を言っているのか分からないが、兎に角思っていたことを正直に打ち明ける。どうせ嘘を吐いてもバレそうだから。

 

『人間は欲深い。何度同じ過ちを繰り返しても決して学ぼうとしない。だからあの時の様に群一つを滅ぼされるのだ』

 

……まさかとは思うが、シュレイド王国の事だろうか。

それってもう千年以上も前の話だと思うんだが、そうするとこのミラルーツはそれよりもずっと歳を重ねていると言う事だろうか。

 

『馬鹿な人間は、愚かにも自分達の力を過信し、我らの仲間に挑み、そして怒りを買い、滅ぼされた。だが、貴様は違うようだ。どうにも、自然を敬っている節がある。火を起こす時も私が薙ぎ倒した、枯れる運命しか無い木々からしか枝葉を取ってこなかった。食事を作る際も、必要以上は採らなかった。それと、食前と食後に感謝を伝えている。他の人間でやっているのを見た事はない。何時も無駄に殺し、食い散らかし、その癖粗末に扱い、他の生物を虐げ続けている。人間にも良いところはある。だがあまりにも欠点が多過ぎる』

 

『だが貴様は、そうしなかった』

 

『私の周りを動き回り、傷を手当し、血を増やす薬を与えた。目の前で旨そうなものを一人で食っていたのは頂けないがまぁ許そう』

 

食べたかったのか……。

ミラルーツは、そう語りながら俺に鼻先を近付けて言った。

 

『命を救われたのならば、相応の恩を返さねばならない。だが命に値するものなど思い付かぬ。何か望みはあるか?』

 

そう問われるが、と言われても死を覚悟していただけに何も思い浮かばない。

村に帰れたとしても、派遣されたハンター達に連行されるのがオチだろうし、今ここで何かを手に入れたとしても何もならないのが正直なところだろう。

 

……だが、最後に一つだけ願いがある。

もし死ぬのだとしたら両親に、何時も気にかけてくれた村の皆や村長、師匠に一言挨拶しておきたい。

 

「死ぬ前に自分の住んでいる所に帰り、両親達にありがとう、と一言言っておきたい」

 

『……それは恩返しの礼ではない。他に何もないのか』

 

「無い。思い付かない」

 

『ふぅむ……。しかしそれが礼だとしては余りにも不相応。それぐらいならば無償で叶えてやろう。今お前を害する存在が無いのは私が居るからだ。だが私がここを離れたら弱いお前はすぐに餌食になるだろう』

 

「そんな事分かっている」

 

『貴様の住処の近くにまで送り届けてやろう。何、これは礼の内には入らん』

 

「ありがとう」

 

ミラルーツは、どうやら俺を送ってくれるらしい。

 

『早く持ち物を纏めろ。今すぐに行くぞ』

 

「あぁ、分かった」

 

火事にならぬように焚火の後始末をする。

水を掛けるのも良いが、川から汲んでくるのが面倒だから、土をかける。こうすれば煙も出ずに火を消せる。酸素が無ければ火は燃えることができない。

土を使えば必要な酸素を遮ることが出来る。

土をかけて火を消す事で、煙が出るのを防ぐ事も出来る。

 

もし森が火災で燃え尽きたとなれば、それだけモンスターの棲息地が減る事になる。

それを防ぐべく火の扱いには注意を払わねばならない。

 

 

焚き火の跡全てに土を被せ、火の後始末をしっかりと確認し荷物をパッパと纏めて担ぐ。

太刀も背負って準備は終わった。

 

『行けるな?』

 

「あぁ」

 

『ならば、掴むぞ』

 

そう言われて、鋭い爪の生えた前脚で掴まれる。

どうやら少しばかり期待していた背中に乗せるとかそう言うのでは無いらしい。

 

しっかりと潰されない程度に握られ、ミラルーツは飛び上がる。

山よりも高く、雲にほど近い高さで飛び、ほんの数分で村が見えてくる。

 

「あぁ、あそこの森に降ろしてくれ」

 

『分かった』

 

村の近くの、よく採取や依頼されたモンスターの討伐をする森に降ろしてもらう。

 

「ありがとう。助かった」

 

『何、先程も言ったがこれは礼には入らん。後日、また礼をしに出向く』

 

ミラルーツはそう言うが、間違い無く大騒ぎになるだろうからやめてくれ、と言いたいが有無を言わさぬ雰囲気だから仕方が無い。その時は適当に済ませてしまおう。

 

『貴様は、あの住処に常に居るのか?』

 

「常にいる訳ではないし、これからは分からない」

 

『ふむ。ならば……』

 

そう言ってミラルーツは自分の爪で少し皮膚を刺し血を出す。

俺からすれば物凄い量の血なのだが、ミラルーツからすれば微々たるものなのだろう。

 

『これを飲め』

 

「何?」

 

『私の血だ。我らは血を子に飲ませ居場所を探る。お前がこれを飲めば、すぐに居場所が分かる』

 

「だが、飲んでも大丈夫なのか?」

 

『我らの血は我らの意思だ。故に許しなく飲めば死ぬが私が許しているのだから問題無い』

 

さらっと恐ろしいことを言ったが、まぁそう言うことなら……。

 

「血の匂いだな……」

 

『当たり前だ。早く飲め』

 

促されるまま、血を飲む。

 

『これで、お前の居場所が分かる様になった。ではな。また礼をしに来るからそのつもりでいろ』

 

「あぁ」

 

そう言うと、ミラルーツは飛び去っていく。

それを呆然と見つめて、遥か遠くに姿が見えなくなるまで見送ってから。

 

「……帰るか」

 

取り敢えず、家に帰るために歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの事だ。

村に到着すると、両親や村の人達が大騒ぎで出迎えてくれた。

どうやらイチジクの話で死んだものだと思っていたらしい。だが救助隊が派遣され生死が確認されるまでは、と祈っていてくれたそうだ。

 

その翌日。

イチジクが古龍観測所の職員や王立古生物書士隊の調査隊及び俺の救助を目的としたギルドナイト四名、腕利きのハンターランクが10を超えているハンターを三名連れて来てくれた。

 

村に俺が戻っている事にイチジクは驚きつつも、

 

「あれッ!?ご主人なんでここに居るニャ!?」

 

生きていることを喜んで飛びついて来てくれた。

久々に見るイチジクは痩せていたから取り敢えず飯を食え、と食事をする事に。

 

ギルドナイト達には、嘘と本当の事を混ぜて話した。

嘘をついてもバレると思ったからだ。

 

出現した古龍の名前などは分からないとした上で周辺調査の結果等も含め古龍の外見的特徴を伝える。

周辺の状況もだ。

 

すると、古龍観測所の職員と書士隊の人間、ギルドナイトの一人が該当する古龍に思い当たる節があったのか血相を変えていた。

他のハンター三人は全く分からないようであったがギルドナイトにこの事は絶対に誰にも話してはならない、ときつく口止めされるとことの重大さは伝わったらしく頷いていた。

 

そして俺だが。

案の定この地方のハンターズギルド本部に連れて行かれることとなった。

何せ禁忌の存在とされるミラボレアスよりも存在確認が取れていないミラルーツに接触し、あまつさえ生きて帰ってきたのだ。

色々と聞きたい事が沢山あるのだろう。

 

ギルドマスターやギルドナイトの長までもが現れ、王立学術院や王立古生物書士隊の隊長、古龍観測所、龍歴院だったりと様々な人間や竜人がひっきりなしに俺の元に現れては同じ様なことを聞いてくる。

その度に一々最初から説明しなければならないのだ。はっきり言って面倒極まりない。

 

それらの質問を終えたあと、俺はギルドマスターや書士隊の隊長達から俺が遭遇した存在がどんなものなのかを説明された。

説明された理由は、俺にこの情報を伝え下手に他人に話す事が出来ぬようにする為らしい。もし話したりすれば、お縄に付かなければならない、とか色々言われたが。

まぁミラボレアスやミラルーツに関する情報は知っていたので驚く振りをしただけだったが。

 

結局、五日間も質問の嵐を受けた挙句軟禁される事に。

しかも監視付き。まぁ用意された部屋が驚くほどに豪華で、頼めばなんでも揃えてくれるらしいが、それでも暇だ。

今現在、俺の処遇を決めている最中で、殺したりはしないとの事。

恐らく、ハンター稼業を続ける事も出来るだろう、と言われたが村に帰る事が出来るかは分からない、だそうだ。

下手をするとあの地域一帯が立入禁止区域に指定される可能性が高く、もし村があの場所に存続し俺が帰れるとしても、古龍観測所など各研究機関が出張所を置き、なんらかの形でハンターズギルドも集会所を置く事になるだろう、と言っていた。

 

 

 

 

 

一応装備などは持って来ているからクエストを受けようと思えば受けられるのだが、それは許されず。

村の方はあの三人のハンターが駐留しているので心配無いとのことだから問題無いだろう。

 

そして軟禁生活から二週間が経った時。

外が大騒ぎなんてもんじゃないぐらいに騒がしくなり始めた。

窓の外を見ると住人達が取るものも取らず大急ぎで避難させられ、ハンターの中でも腕利き中の腕利きが集められ、ギルドナイト達までもが臨戦態勢。

何事か?と首を傾げる。

 

ここまで仰々しくなると言う事は、間違い無く古龍種が関係している。でなければこんな、ギルドナイトまで完全武装の臨戦態勢になんてならないからだ。

 

そして暫く窓を覗いてみると遠くの方に大きな空飛ぶ影が見える。

太陽の光に反射して、光るそれはどこか見覚えがある姿形をしている。

 

……まさか。

 

そのまさかだった。

あの時、俺が助けたミラルーツが、俺を探してここにやって来たのだ。

 

「お前、あの古龍に何をした!?」

 

部屋に駆け込んできたギルドナイトやギルドマスターに怒鳴られながら問い詰められたが、まさか大怪我をしていたので手当しました、礼をするから後々出向くと言っていた、なんて言えるわけもなく知らないの一点張りで無理矢理押し通す。

 

広場に大きな音と共に降り立ったミラルーツは、キョロキョロと首を振り俺を見つけるとそのままのしのしと二足歩行で歩いてくる。

 

『恩を返しに来たぞ』

 

そう言って出てこい、と催促する。

周りの皆は、まさか龍が喋るだなんて思っても居なかったらしく固まっている。

外に出て良いか、と聞いてもギルドマスター達は生返事を返すばかりで致し方無くまともな返答が返って来る前に外に出る。

 

『願いが何も無いと言ったな』

 

「あ、あぁ」

 

『命を助けられ、その助けられた命と釣り合うほどの礼は、どうも思い付かなんだ。そこでだ』

 

ミラルーツは、一拍置くと何故か縮み始める。

驚いていると、何やら人の形になり始める。

 

「ふむ、久方ぶりだから心配だったが問題無さそうだ」

 

「人に、なれるのか」

 

「まぁ、お前達人間が古龍と呼ぶ龍の中でも特に永き時を生き、知恵と力を蓄えた龍のみしか出来ぬがな」

 

と話すミラルーツは、人の姿になった。

目の前に立つミラルーツは、長身白髪、紅い瞳の美女となり俺の目の前に立っている。

 

「お前に対する礼だが、やはりどうしても命と同等のものは考え付かなかった。そこでだ。お前が生きている間、私はお前に尽くそうではないか」

 

「はっ?」

 

「人間の言葉に簡単に言い換えるならば、嫁入りと言うーーーーー」

 

「いやいや待ってくれ待ってくれ。何がどうしてそうなる?」

 

「いやなに、我らの家族達とも話したのだがな。命を救われたのならば、命を以って礼を尽くせと言われては確かにその通りだと頷くしかない。我ら龍からすれば人間の一生など瞬き程度の極々短い時間だ。ならば構わんだろう?」

 

「いや、構うも何も、別に俺はまだ嫁も居ないし恋人も居ないから構わないが……、良いのか?」

 

「先程も言ったが我ら龍の一生からすればほんの瞬きほどの短い時間のこと。命を救われたのだから幾ら僅かな時間と言えどもそれぐらいせねばならん」

 

と、二人?で話を進めていると。

 

「待て待て待て!!」

 

「ほう?我らの会話に割り込んでくるとは、良い度胸をしているな」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

俺を事情聴取した、ギルドマスター達が割って入る。

そりゃそうだ、目の前に禁忌の存在であるミラボレアスの、それも亜種が現れたと言うだけで国家存亡の危機なのに、その古龍はまさか自分達の目の前で事情聴取した男と親しげ、かどうかかは分からないが話して嫁入りするだとか言っているのだ。

 

思考が戻って来たならば割って入りたくなるのも当然だろう。

 

そのギルドマスター達を、ギロリと、あぁこれは確かに古龍だと誰もが頷く覇気と、威圧感を出す。

それも、古龍と戦った事もあるであろう、文字通り歴戦と言って差し支えないギルドマスターやギルドナイト達が、威圧され身を引き武器に手を掛ける程度には。

しかし俺はなんともない。

恐らく、威圧する相手を選んでいるのだろう。

 

ここで全く動けなくなるのではないところが凄いが、それ以上は動けないらしい。

ミラルーツがその眼力と覇気でもって、武器を抜けば殺す、と語っているのだ。

 

「すまない、どうか抑えてくれないか。頼む」

 

「仕方が無い、夫の顔を立てて勘弁してやる。だがな」

 

矛を収めた彼女は、一拍置いて。

 

『もし命の恩人に微塵でも手を出してみろ。この世から魂に至るまで我ら龍が塵一つ残さず消し去ってくれる。努努忘れるな』

 

「あ、あぁ、分かった……」

 

そう、低い声で脅す。

人の身になろうと、元の威厳などはそのままだ。

しかも、彼女だけでは無く一族全員で、とも取れるような言葉を発したのだ。

一頭だけでも、国が余裕で滅亡する存在なのに、それが一族総出ともなったら本当に世界終焉だ。

 

そのことを瞬間的に理解した周りの皆は息を呑み、辛うじて返答を返す。

しかし彼女は顰めっ面をしたままで何やら睨んでいる。

 

「気に食わんな」

 

「は?」

 

「その態度だ。自分達が絶対的強者であると、己らが自然を支配していると勘違いをしているその態度が気に食わん。やはりいっそここにいる人間共を間引きしてやろうか」

 

「ひっ!?」

 

彼女の覇気に当てられたハンター達が恐怖で表情を引き攣らせる。

ギルドナイト達も、動かなくなる。

どうやら彼女は、ギルドマスター達の態度が気に食わなかったらしいのか、睨んでいる。

そりゃぁ、彼女からすればどの生物も下の下の下も良いところだろう。だがしかし。

 

「頼む、抑えてくれないか」

 

「……良いだろう。今回は夫に従ってやるが次は無いと思え」

 

一言、頼むと今度こそは本当に矛を収める。

 

そして、辺りに妙な沈黙が流れる。

誰もどうすれば良いのか分からないからだ。俺だって分からない。

 

いや俺だって訳が分からないと言うか、困っているんだぞ。

古龍に嫁入り宣言された挙句、その本人が自分の上司たるギルドマスター達を脅したのだ。

本当にどうすれば良いんだ……。

 

 

 

それからは、まぁ取り敢えず、と言うことで俺とミラルーツ、そしてギルドマスターやギルドナイトの長、龍歴院や書士隊の隊長達で話し合いをすることに。

他のハンター達には徹底した緘口令が敷かれることになり、誰一人としてこの事を口外しないようになった。

ミラルーツ自身は別に我らは自らを隠している訳ではない、と言っていたがその辺にはあまり興味は無いようだ。

 

結局、話し合いで決まったのは。

 

 

俺達に一切干渉しないこと。

ただし俺の意思でハンターを続けさせる事。その限りに至っては干渉を許す。

 

 

などなどまぁ俺よりもミラルーツ本龍が色々と話し合って決めていた。

永い時を生きているだけあって知識も豊富で、何か決まりの穴を突かれるような事にならないように事細かく決め、さらにその後にそんなこと考えたらどうなるか分かるよな?と言わんばかりに(実際言っていたが)、脅していた。

 

途中、

 

「貴様らの浅知恵程度で、騙せるとでも?」

 

なんて脅された当人達は終始姿勢が物理的にも低かった。

なんか、凄く申し訳無い。

 

兎に角、俺の家族や友人知人、関係者を含む人間に下手に関わらなければ手出しはしない、と彼女は言った。

 

それらの話し合いと言うより、一方的なものではあったが終わると早々に解放された。

そしてハンターを続けるか否かを問われ、続けると答えた。

 

ただし、今まで通り自身の村で活動する、とはっきり言っておいた。

何故ならば、ハンターになった目的が村を守る為だからだ。街に出て来てしまっては本末転倒だろう。

 

それに、これだけの騒ぎを起こしたのだからここに居たくないし。

 

 

 

早めに荷物を纏め、村で必要になるであろう様々な作物の種や苗、調味料、ミラルーツ用の服を何着かを買い込んで俺の村に向かう為にギルドが手配してくれた荷馬車に積み込む。

ミラルーツに頼んで飛んで行くことも出来たが皆からどうかそれだけは止めてくれと懇願され、ミラルーツをどうにか説得した。

大層不満そうではあったが渋々納得してくれたのだから良しとしよう。

 

人間の姿となったミラルーツと二人、荷馬車を引くアプトノスの手綱を握りのんびりと村へ帰る。

 

この荷馬車は村にいるハンター三人に帰ってくる為の足として使うように、と言われている。

 

二人並んで腰掛けて無言のまま、幾らか時が過ぎる。

 

「あー、その、まぁ、なんだ……」

 

嫁入りを了承したはいいものの、名前も知らず兎に角自己紹介でもしようかと思うも、なんと切り出せば良いか分からず、あー、だのえー、だの出るばかり。

 

「……自己紹介でも、しないか」

 

「そうだな、思えば互いの名前すら知らぬから他に誰も居ない今は良い機会だろう」

 

「私は、ディアードホス。意味は、継ぐ者」

 

「俺は、フェイ」

 

「そうか、フェイ、宜しくな」

 

「あぁ、こちらこそ宜しく、ディアードホス」

 

「ディアードホスだと呼び辛いだろう?ディアでも、好きに呼んでくれ」

 

「それじゃぁ、ディア」

 

互いに名を名乗り、簡単な自己紹介を済ませる。

それからは、なんだろう、少しばかり気恥ずかしいものだが他愛も無い会話を村まで続けていた。

 

ディアによると、どうやら俺達がミラボレアスやミラルーツ、ミラバルカンと呼んでいる古龍はこの星全体で見れば結構な数が居るらしい。

ディアの一族だけでも数十、世界全体で数えれば数百を数えるそうでディアの一族は最も大きな一族だそうだ。

しかもその一族の長である龍の長女なのだとか。

基本的に長子である龍が一族の長を継ぐらしいのだがディアはまさにそうらしい。

 

そんなディアが俺の所に来ても大丈夫なのか、と聞いてみると

 

「当然快く思わないヤツの方が多い。だが龍にとって何よりも受けた恩を返さない方が最もあってはならない事なのだ。ましてや命を救われた、ともなったらそれこそだ。故に、父も母も一族全てが例え一族の長を継ぐのだとしてもその身を以て礼を尽くせ、と言うのだ」

 

との事らしい。 

なんとも律儀と言うかなんと言うか……。

どうやら龍とは、世間に知られているほど恐ろしい存在では無いらしい。

 

「龍が人間を害するのは、殆どの場合が人間が最初にこちらに危害を加えるからだ。でなければ争いなどしない。人間達がシュレイド城、と呼んでいる場所が滅ぼされたのもそれが原因だ。以前話した通りだがな。龍は、受けた恩は必ず返すがその逆もまた然り」

 

とも言っていた。

本当のことなのだろう。何せ彼女が嘘を吐くとは思えないからだ。

 

 

 

 

色々な事を話して、彼女の性格などが少しは掴めたかな、と思う。

見た目は勿論、絶世の美女と言ってもまるで足りないほどだが、意外とこれは私のもの、となると独占欲を発揮するらしい。

 

「私達龍は、これは自分のものだと思うと、絶対的な独占欲と異常なまでの執着心を出す。そうだな……、シュレイド城に居座っているヤツがいるだろう?あれがいい例だな。だから龍は番になったら生涯を死ぬまで添い遂げる。だからもしフェイ、お前が他の雌と何かしようものなら、どうなるか分からないぞ?」

 

と軽く脅された。

その時、彼女の瞳が龍のものになっていた。どうやら本気らしい。

俺は既に彼女の中では、自分のものという認識だ。いやまぁ、こんな美女に独占欲を発揮されて嫌なわけが無いが。

となると、彼女は俺が死んだ後も一人で生きていくという事なのだろうか? 

 

気になったがどうにも聞けなかった。 

 

村に着くと、皆が勢揃いで出迎えてくれた。

相当心配してくれていたらしく、両親に至っては大号泣し抱き締められた。 

イチジクも置いて行ってしまっていたから、ニャーニャー大泣きしている。

 

皆にすまない、と謝り、そしてディアを紹介する。 

 

「皆、あー、その、俺の嫁さんだ」 

 

「紹介に預かった、フェイの妻のディアードホスだ。呼び辛いだろうからディアで構わない」

 

とまぁ、その後の展開は大体どこでも同じだろう。

まさかギルドナイト達に連行されて行った村唯一のハンターがまさか帰ってきたら嫁さん連れて帰って来たのだからそれはもう大騒ぎになった。 

 

まぁ、最初は監視なんじゃないかと疑っていたが俺がそうではない、と言うとあっさり掌を返して大歓迎、と宴が始まる始末。 

大体どこの村でもそうだが、村人が結婚するとなると宴を開いて村総出で祝い倒す。この村も例外ではない。

 

村長達は、もし街に出るなんて言い始めたらどう引き止めよう、と心配していたらしくこの村に嫁を連れて来たということは、この村に居続けるという事だな?と頻りに喜んでいた。

確かにハンターである俺が居なくなれば村としては死活問題だから仕方が無い。

 

どこから持ち出して来たのか、ディアの為の花嫁衣装まで用意して大急ぎながらも結婚式が執り行われたりもした。

村に残ってくれていたハンター三人も出席してのものだから、ギルドに話は瞬く間に伝わるだろう。

 

下手をすると、龍の花婿、だとか言う伝承がギルドに残るかもしれない。

流石に恥ずかしいのでやめて欲しいが無理難題だろう。そうなったら、当事者として大人しく受け入れよう。 

 

 

 

と言うわけで、龍が俺の元に恩返しと言う事で嫁入りしたのだった。 

 

 

 

 

 

 





他の作品も現在書き進めているので暫くお待ち下さいますよう……。

ノクターン版です。
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ツイッター始めました。

ジャーマンポテトin納豆
@potatoes_natto


追記
感想の返信ですが時間の都合上、チマチマと返す事しか出来ておりません。
しかしながら、感想一つ一つをしっかりと読ませて頂いております。それだけで励みになります。ですので返信が遅くとも、返信が無くとも構わない、と言って頂けるのであれば。

どうか、面白かったなどの短く簡単なものでも作者は飛んで跳ねて喜んで頂戴しますので、感想をお書きください。

注※
ネタ系の感想にはこちらもネタ系の返信をします。
そうでない、真面目な質問等であれば相応の態度を以て返信させて頂きます。
御理解下さいますよう、お願いします。





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2話

筆が乗ったら誰だって執筆は速いんだよね。
つってもストックと言うか書き溜めたと言うか、そんなんなだけなんだけど。

評価とか付くの早過ぎじゃね?
いやだって投稿してまだ一週間経ってないのよ?なのにこんな評価付くって……。
ハッ、頭良い作者は気付いちゃったぞ。
あれだな?ライズが新しく発売されたからだな?まぁ作者、ライズ買ってないから波に乗り遅れてんだけど。

まぁとにかく。
これだけの評価や感想を頂けるのは大変嬉しいものです。

読者達は皆エスパーなの?ニュータイプなの?
割と掠ったりする程度だったりするけど書いている事とか設定を言い当ててくる読者がちょいちょい居るの笑えない。

あと感想の数がなんか多くて返す余裕無さげです。やばいです。

どうしてくれるんですかッ!?
これは深刻な問題ですよ!?

……やべぇ、適当に何話か投稿して別作品に逃げるつもりだったのに逃げれなくなっちった。(意訳※こんなに感想書かれて、評価貰って続きを書かねぇ訳にはいかないよなァ!)




て事で本編、ドゾ。









 

 

 

 

 

村人総出の結婚式が終わってから二人で家に帰る。

 

「ほう、ここが住処か」

 

「あぁ」

 

「群れの中の他の住処と比べると大きいようだが?」

 

「まぁ、村唯一どころかこの辺り一帯だと唯一のハンターだからな。待遇も自然と良くなるんだ」

 

「ふむ」

 

「取り敢えず外で話すのもあれだから中に入ろう。これからは、君の家でもあるからな」

 

「人間の住処に入るのは龍の中では私が初めてだ。どんなものなのだろうな?」

 

「散らかっているし余り期待はしてくれるな」

 

そう言ってからディアを招き入れる。

 

俺の家はデカい。

と言っても村長や村の集会所の方が建物的には大きいんだが、それでも村の中では三番目ぐらいだ。

と言うのも武器やモンスターの素材などの危険なものも多いのでハンターになった時、家を新しく建てたのだ。しかも三階建て。

この世界において建物と言うのは、街などに行けば石造りや煉瓦造りの建物もあって前世の高層ビルほどでは無いが、4階建や5階建の建物もある。

ただ、そう言った建物の殆どはギルドなどの何かしらの大きな組織が建てて使用しているのが殆どで個人が所有し住んでいるというのはまず無い。

 

居住する事を目的とした建築物は、殆どが一階建か二階建で出来ており、俺が住むような村であれば村長宅や村人の集会所が三階建で作られるぐらいだろう。

俺の村は村長宅が二階建であるぐらいだから俺の家は破格と言っていい。

 

まぁ、危険なものや嵩張るものも多いから二階建だとどうしてもスペースが足りなくなる。

ゲームみたいに幾らでも放り込めるアイテムボックスなんて無いからな。

武器や防具は命を預ける物だから重ねるわけにもいかない。

他の調合素材なども混ぜるな危険、と言ったものもあるし扱いを一歩間違えれば死に繋がる物だとか、結構多い。

それらの物や村を守る為にも広い家は必要不可欠だ。

だから一階部分に殆どの物を置いてあり、風呂と台所、食料庫が一階に併設されているぐらいだろう。

 

一階が最も広く、二階三階と段々と面積は小さくなる。

一階には様々な物が置いてあり少々手狭に感じる。

武器防具に始まり、壁で仕切られた先に風呂場があって、さらに仕切られた奥に台所がある。

食事も一階で食べる。

 

流しや調理台、竈門、包丁などの調理器具をぶら下げるためのラック。

様々な作物も食料庫の部屋に入れてあり、そこには野菜だけでなく穀物類や狩りをして獲って来たブルファンゴやアプトノスと言ったモンスターの肉が長期保存用に干し肉にされたりしてぶら下がっている。

他にも川で釣った魚や各種野菜類、調味料。

 

冬の間は肉などは狩りに出かければ得られるのだが、基本的には巣篭もり状態で村の中を出歩くぐらいが精々、行商人も来ないため、野菜などは手に入らないので自宅の畑で採れた分を大切に使わないとならない。

特に俺は米が好きなものだからココットライスなどを大量に備蓄してある。

 

 

実際に居住しているのは二階と三階部分になる。

二階には十字状に四部屋、三階は二部屋。

一人暮らしと言うのもあって実質二階は全く使っていない。イチジクが住んでいたのは二階だけだ。

 

薪などは外に掘立て小屋の様なものを自分で建ててそこに纏めて置いてある。

小屋と言っても屋根と風を通すための穴が開けられた壁で三方向を仕切ってあるだけで、乾燥を良くするために一方向は柵だ。屋根は雪が積もっても潰れないように傾斜をキツく付けてある。

 

何か作業をするとなると大体一階か家の裏手の庭でやるのが殆どだ。

 

自分の村に戻ってハンターをする人間も一定数以上の数が居るとは言え、やはり大きな街などに出てハンター稼業をする者の方が多いのだ。そちらの方が色々と便利だし、ソロで活動しなくとも良いからだ。

 

ソロで、となるとやはり何かあった場合、一人だけで物事の対応を迫られる事になりはっきり言って命の保証は無い。

だから俺の様に村に戻ってハンター稼業をする場合はオトモを雇うのだ。

 

そう言う場合、村にハンターになって戻って来たりすると村から離れてほしく無いから待遇を良くするのだ。

ハンターが居る居ないで村の存亡が大きく関わって来るから。

俺は、この生まれ育った村を入れて辺り一帯で唯一のハンターだ。

だからこの村だけじゃなくて他の村の存亡にも絡んでいるし依頼が来る事も多い。

だから家を新しく俺の為に用意するとなった時、他の村からも資材や金が出されているのだ。

 

 

あと、説明する事は……。

そうだな、この辺りは冬になると雪が降り積もる。しかも一階部分を丸々埋めてしまうぐらいには。

だから一階建だと家から出れなくなってしまうのだ。だから地域にもよるが豪雪地帯は大体二階建の建物が多い。

 

庭とその奥にある畑では、薬草などの育てやすい狩りに行く時に消耗するものを育てている。

少しばかり手入れが面倒だがアオキノコも。

あとは菜種だ。菜種が殆どと言っていいほどには畑を占めている。

理由は追々説明しよう。

 

俺が世話をしている畑はそれらのアイテムなどで作物などは両親と共に世話している面積の広い畑で育てている。

本業はハンターであり、それ故に頻繁に依頼を受けこなすために出て行ってしまうから畑の世話が難しいのだ。面積が小さいものであれば問題無いのだが作物を育てるほどの大きさの畑になると世話が出来ず枯らしてしまう。

薬草やげどく草は、自然界に生えている通り、適度に水をやっておけば勝手に育つ。

雑草を抜く必要は無いんだが諸々の理由で雑草抜きして居るから、それはもう物凄く良く育つ。

アオキノコはキノコだから日の当たりにくい場所で水分を多めに与えておけば問題無い。

 

薬草とアオキノコはよく使うからそうでも無いんだが、げどく草はあまり使わないのに畝を一本丸々使って育ててしまったからかなり余り気味なのだ。

まぁ、片っ端から解毒薬に調合して瓶詰めしてしまえば長期保存は可能だから問題無いんだが家の薬品棚の4分の1を解毒薬が占めているほどには在庫がある。

作り過ぎた。これでも村の皆に分けたんだがなぁ。

 

今度はハチの巣をどうにかして手に入れて、ハチミツも自分で手に入れられればいいと思っている所だ。

何せ回復薬グレートを作るのに必要なハチミツは、村では育ててないもんだから森に取りに行かなければならない。だから余裕があるわけじゃ無いのだ。

行商人から買うのだと高くつくし、出来る事ならば自分で育てた方が金も掛からずに済む。

 

その為に果物などの苗木を買って来たのだ。

今度、行商人に頼んでハチの巣と養蜂箱を取り寄せてもらうか。

 

「フェイ、何を考えている?」

 

「ん、あぁいや、これから何をするのかを計画していた。取り敢えずは、養蜂をやってみようかと思ってな」

 

「何故だ?」

 

「ディアの傷口にかけていた物があるだろう?あれを作るのにハチミツが不可欠なんだ。それに、薬品にせずとも食用としても重宝出来る」

 

などと話しながら家の中に招き入れ、取り敢えず、そのまま着続けていた防具と太刀を下ろす。

ラックに掛けておく。手入れはディアが寝た後にでもやろう。

ディアを三階の居住階に連れて行く。

人間の家に入るのは初めてだからか家の中をキョロキョロと見回し、ふんふん、と匂いを嗅ぐ。

やはり、龍だから鼻が良いのだろうか。

 

……臭っていないよな?

 

「雄の匂いがするな」

 

「……」

 

「なんだ?」

 

「いや、その、すまない……」

 

「?何故謝る?雄の匂いがすると言うことは、しっかりと子孫を残せると言うことだぞ。それの何処に謝る理由があるのだ?」

 

なんとも居た堪れなくなり、顔を右手で覆う。

それを見て、疑問に感じたディアに謝ってしまうがさも当たり前のようにディアはそう返す。

なるほど、龍と人間の常識などのすれ違いと言うことか。

 

俺達人間の男にとって女性に、雄の匂い、正確に言うならばSEXをしてもいないのに精液などの匂いを嗅がれる、と言うことは通常であれば恥ずかしいことだ。

だがしかし、龍はその匂いでもって雄が雌を孕ませる事が出来るかどうか、と言う最低条件を満たしているかどうかを判断するのだろう。

 

自然の中で生きる生物にとって子孫を残す、と言うことは龍に限らずとても重要な事だ。

何しろそれが出来なければ、一族、ひいては種そのものが絶えてしまう。

だから何よりも、龍は子を成せるか否かと言う事は雄や雌と言う観点から見た場合、何よりも重要な事となる。

 

それによって、人間にも同じことが言えるが、より強くより賢くより良い雄や雌と子孫を残すべく争うのだろう。

 

「あー、いや、常識の違いが出たなと思ってな」

 

「ふむ、なるほど。確かにこれから先私がこの小さな群れとは言え人間社会の中で暮らしていくのに人間の常識を持ち合わせていないと言うのは宜しくないな……。なるほど分かった、フェイ」

 

「なんだ?」

 

「私に人間社会の常識を教えてくれ」

 

「構わないが、良いのか?」

 

「良い、とは?」

 

「何も別に無理をして合わせる必要も無いんだ。ディアはディアらしくあれば俺はそれでいい」

 

無理をしていないか、と聞くと凛とした表情を崩してキョトン、とする。

……可愛いな。

 

いやそうではない。

 

「無理はしておらんぞ?それに、聞いたことがある。人間は自分達と違う存在を群れから省いたりするのだと。もし私がそうであれば、フェイまでもがそう見られてしまうではないか」

 

「……そうか。ありがとう」

 

「ん」

 

「しかし、龍は人間のように違うものを省いたりしないのか?」

 

「しない。我ら龍は決してしない。一族の中に例え目が見えない子や耳が聞こえぬ子、声を上げることが出来ぬ子が産まれて来たとしても決して殺したりはしない。そのような子が産まれて来たならば親龍を中心に一族全体で子が、雌であろうと雄であろうと子を成せるようになるまで共に育てる。特に一族の長は知識や知恵が豊富だから親龍にどうすれば良いのかを伝えながら筆頭になって支える。怪我をした龍も同じように皆で面倒を見る。まぁ、余程のことが無い限りは怪我などしないが」

 

「なるほど……」

 

「群れの中にも目が見えないやつはいるぞ。もう立派に成長してとっくに番を作っている」

 

推測の域を出ないが、恐らくミラボレアスと言う古龍種自体の数が少ない事や、長寿であることなどが影響している理由で産まれてくる子供の数が少ないのだろう。

だから、人間のように身体に障害があるからと言って子を捨てたりはしないのだ。

 

理由は憶測の域でしかないが、例えそうであったとしてもなんとも愛情深いではないか。

少なくとも、御伽噺で語られるような、暴虐の化身ではないと言うことだ。なんなら人間の方が殆どの生物からすれば暴虐の化身だろう。

 

龍達は数は少ないながらも人間と同等、いや人間が形成する社会よりも遥かに高度な社会を形成している。前世の世界でも子に対する手当は十分とは言い難い状況であったのに、ディア達龍は完璧とは言えないのだろうがそれでも努力によってそれに近しい結果を出している。

 

しかも、何よりも怖しいと言うか、率直に感心する事はなんなのかと言うとディアだけに言える事なのか、それとも古龍種全体に言える事なのかは分からないが、永く生き自分達が生物として殆ど天敵もおらず最強と言っても間違い無いのに、知識を得る事に対してなんら抵抗を覚えずにそれを自分達のものにするところだ。

普通、そこまで高度な社会性を有する生物、特に人間に言える事だが他から知識や力を得る、借りると言う事を好んで行わない。それは自分達が正しいからだ、と思っているからだ。

 

しかし龍は例えそれが他の生物の知識や知恵であっても決して自分達の価値観や常識を押し付けようとはせず、寧ろ学んでどういった生物達なのかを知ろうとする。

そして自分達はどうするべきなのかを考えている。

更にはそれらの知識を同族間で共有しているのだ。

俺達人間の事を、知識として知っているのもそれが理由だろう。

 

知識とは力だ。

知識が有る無しで生物の生存率やその種全体が生き残る可能性が高くなる。

前世で考えるのが最も簡単だろう。

 

学校に通い、知識を身に付け社会に出る。

 

極端に言えば学歴社会のが分かり易いかもしれない。

何故なら学業で身に付けた知識があれば、最低限生きていけるからだ。

問題なのは、それを活用しながら生きる事が出来るかどうか。

言い方を変えるなら人間社会を上手く渡り歩く事が出来るかどうか。

 

例え本人がいくら努力して知識を覚えたとしても、その本人が知識の活用方法を知らなければ意味が無い。そしてその人間を雇う側にも同様のことが言える。

単純にその職で働かせる為に教育する、と言うのではなくその本人の知識に出来るだけ沿った職を与えるのが理想だ。あとはそれぞれの職場でのやり方などを教えればいい。その方が時間も金も掛からずに済む。

 

例えば、農業を学ぶ為の学校を卒業した人間にコンピュータなどを修理する職を選んだり与えたりするか、と言うことだ。

農業について学んだのならば、その方面で働けば良い。

だがどうにも殆どの場合、そうではなく与えられる給金や地位によって職を選んでいる節があるから、給金が良くとも離職してしまう人間が多いのだと考える。

他の要因も十分に大きいだろうが、まず大前提として自分の知識が使える職を探し出してそして就く事が出来るか、と言うのが重要だろう。

それが出来てから、漸く別の要因で辞めるか否かとなってくる。

 

人間関係が理由、として辞めたりするのもあるだろう。

それが一方的に他者から虐げられたりしたと言うのであればそんな職場には居ないほうがいい。

自ら命を絶つ事を考えるぐらいならば自分の命を守り生き長らえる事が最も大切であり、尊重される行為だからだ。自分の命を守るべく行動して何が悪い、と言うことだ。

軍人や、俺のようにハンターだって平時であればそう行動しても文句は言われまい。ただ緊急事態になったらそうは言っていられないと言うだけだ。

 

だがそうではなく、単純に誰それが気に食わないから、周りが従わないからと言うことを聞いてくれないから、などの理由で辞めるのならばそもそもの話が間違っている。

社会性を有する生物、と言うのは例外無く自身を抑え、最低限周りに足並みを揃えて生きているからだ。

 

よく、前世では国毎にその辺りが仕事にも関係してくる、と言う。

ある国では例え間違っていた、間違っているのでは?と考えても周りに合わせる事が重要だと。

ある国では間違っていたのなら、間違っていると感じたのならば声を出してそれを指摘する事が重要だと。

 

何処の国でも同調圧力と言うものは存在する。

この世界だってそうだ。

 

最低限周りに足並みを揃えようともせず、自分の意見が通らないからと、従わないからと言って辞めるのは大間違いも良いところだろう。

それは、ただ単に自分の欲しいものを買ってもらえず駄々を捏ねている幼子と変わり無い。

社会性を有している生物は、どうしても他の同種と足並みを揃えなければ生きていけないのだ。

人間などの霊長類や猿、ライオン、狼、蟻などの群れを形成する生物は程度に差はあれど独自の社会性を築いている。

 

故に、ライオンや狼で例えるならば一頭が役割をこなさないだけで獲物は獲れなくなるし、縄張りを守る事もできなくなる。

 

 

特に複雑な社会性を構築している蟻で例えよう。

他の蟻は足並みを揃え、決められた事や守りやるべき事を少なからずやっている。

その時その時や冬に備えての食料の調達、敵と戦うこと、子を育てることなど。

 

だがしかし。

それぞれの役割をこなす蟻のその中に、一匹でも全くと言っていいほどそれをしない蟻が現れたなら、その巣は全滅する。

何故ならば、得ることの出来る食料の量が減り、その分他の蟻への負担が大きくなる。

そして巣の蟻や子に与える食事も減り、子の世話をする蟻の数が減り、子は清潔さを保てなくなったり十分な食事を得られず死ぬ。

外敵と戦ったならば兵隊蟻はただ一匹の蟻が戦うことをしなかったせいで巣を守ることが出来なくなる。勝ったとしても、子が十分な数が育たず兵隊蟻の数はあっという間に数を大きく減らすだろう。

 

蟻の法則、と言うものがある。

 

「二割はよく働き、六割は普通に働き、二割は怠ける」

 

これはまさしく社会性を有する生物を的確に指していると思う。

ただ、俺が例として説明したことと決定的に蟻の法則と違う点は、怠け者がいると言ってもその怠け者も少なからず働いている、という点だ。

 

俺の例は、全くなんの役割もこなさずにただ生きている、と言う事を言っているのだ。

それの有る無しで、本当に種全体の存続に関わるのだ。

 

人間で説明しなかったのには理由がある。

人間というものはどうしてか、全く働かない者がいたとしても種が存続する事が出来る。

不思議で仕方がない。

 

単純な話なのかもしれないが、他生物と比較した時に生産効率などが圧倒的であるからカバーし易いのでは?と思う。

 

別にそれらに対してとやかく言う気はサラサラ無い。何か働けない理由があるのだろうからそれを責めるのは間違いだからだ。決定的に他者とのコミュニケーションが取れないだとか、何かしらのトラウマを抱えているだとか様々な理由がある。

それを馬鹿にして責めるのは筋違いであり、責められるべきは多数派である方、それらの何かしらの問題を抱えている人間に歩み寄ろうとしない側だ。

精神論根性論は、語るは易しだが実際にやれるかどうかは別物、実施する側としては最悪と言って良い。そんな上司であったら間違い無くどれだけ仕事が出来ようとなんだろうと信用してはならない。

 

もし信用しその人物の下で働く、と言うなら自分の心身を文字通り削り命を消費しながら働く事を覚悟するべきだろう。

自分が出来るから、やれたから、やっているからと押し付けてくるぐらいなら別の誰かに教えを乞うた方が遥かにマシだ。人間とは物事を論理立てて行動し、行動した結果どうなるのかを、高度に予測することができるのに、どう言う訳かそれを行わずに行動する人が多い。

だから訳の分からない、説明を付けることが出来ない理由で失敗する人がいるのだ。

 

まぁ、どちらともが互いに歩み寄るのが理想ではあるのだが、トラウマを抱えた人間にそれを求めるのは酷なものだろう。

 

対人恐怖症の人間に接客業をさせるか?男性恐怖症や女性恐怖症の人間にそれぞれを相手させる仕事をさせるか?

 

と言うことだ。

 

 

 

 

 

随分と考えがズレてしまった。

話を戻そう。

 

龍が何故少ない数であるのにも関わらず、子が少ないのにも関わらず存続し続けられるのか、と言うと恐らくその辺りに要因がある。

 

龍はその辺りがどうも、無いとまでは言わないがかなり薄いのだろう。

この世界は力こそ全て、の弱肉強食の世界であるのに、数の少ない古龍種が生き残れるのは例えどんな理由があろうと子が弱肉強食の世界の中で生き残れるまで支え、そしてその後も放逐しないからだ。

 

何かあれば一族全体で支える。例えそれが怪我であろうと病であろうと出来得る限り。

でなければ一族、ひいては種そのものの存続に関わる。

 

彼らはその事をしっかりと分かっている。

生物として、祖先から長きに渡って継承されてきたものは知恵だ。それは本能と言う形で現れる。

それらのことを龍は本能としてしっかりと理解し、受け入れて更には活用している。

危険な場所や食べ物、天敵となり得る生物の判別の仕方はまさにその通りだろう。

だがこれは、知恵だ。

 

対して知識とは自分達が努力しなければ得られないものの事だと考えている。

そう、龍は知識を得るために努力する事を決して億劫だと考えないのだ。知識を手に入れる方法が人間の様に書物を読み漁るだとか、研究するだとかどうやっているのかは分からないが、ともかく努力をすることを億劫である、面倒であると考えない。

 

しかも、龍達は驚いたことに知識を得て頭でっかちになるのではなくそれを実際に本当なのかどうかと言う事を確かめ、それが事実であるならば事実であると受け止め、違っていると言うのならば訂正した知識を学び活かす事を躊躇わず、その結果が例え良かろうと悪かろうと、そうでもない、特筆すべきものでは無い、どの様なものであったとしても子に語り継いでいる。

それが、一族全ての糧となると信じているし、実際にそうだからだ。

 

しっかりと自分達の立ち位置を理解し把握して他生物を本当に尊重しているからこそ出来る事だ。

 

「我らが生きていられるのは、他の生物があってこそ。私達の獲物となる生物がいて、その生物が獲物としている生物がいる。それが延々と続き繋がり巡っている。だから、決して敬意を欠いてはならないのだ。その敬意を欠いた時、我ら龍だけで無く他の生物も滅ぶ」

 

他生物と完全に関わりを持たないでもなく、だからと言って深く関わるでもなく。程よい感じに距離を保ち続ける。

必要になるまで力を振るう事はしない。

 

自分達が如何に他の生物を簡単に脅かし滅ぼす事が出来る力を有しているのかを、はっきりと分かっている。

そしてもしそれを不用意に振るえばどうなるのかを予測している。

この辺は人間、特に前世の人類に言える事だろう。

 

核兵器の真の恐ろしさを知っているかどうか、と言えば分かり易いかもしれない。

その力だけに囚われリスクを考えずに使えば、どうなるか。

 

と言うことだ。

まぁそれでも一部の人間は使いたくてしょうがなかったりする訳だが。

 

人間ぐらいなものだ、意味も無く力を振るい他を虐げるのは。

 

それらの説明した事柄を、しっかりと理解していて理性を働かせて抑え、どうすれば良いのかを考えている。

 

これが何よりも驚くべき、尊敬し見習うべき点だ。

 

ただ唯一、殆どの人間のことは余り好きでは無いようではあるらしいがまぁうん、致し方無い。

殆ど、と言うのは俺みたいに気に入られ、夫婦になっているのが居るだろうからだ。天文学的数字になりそうな確率であるような気がしてならないし他にいるのかも分からないが。

 

恐ろしいような、光栄なような、なんとも言えない気持ちだ。

 

 

ディア達龍は物事を忘れない。

受けた恩や、返された恩、受けた仇や返された仇。

 

それら全てを記憶し覚え一族全体に共有する。

人間には、「忘れる力」と言うものがある。嫌な事や不都合な事、失敗を忘れる為の能力だ。

 

しかし龍は、それが出来るのにも関わらず自分達に起きた物事を決して忘れない。

だから彼らには、沢山の苦労があるのだろう。

だがそれすらも受け入れているからこんなにも知恵深く、知識深く、優しい存在なのだ。

 

まぁ、優しいと言う点は自分達と同じ種族や一族に向けられるものだから敵対さえしなければ、攻撃なんてしてはこない。

俺からすれば人間は滅ぼされていないだけその優しさや寛容さを受けていると思うが。

 

シュレイド王国の話も、寧ろシュレイド王国が滅ぶだけで済んで良かった、と言うぐらいだ。

もし彼女ら龍が、苛烈であったなら間違い無く人間はとうの昔に滅ぼされているに違いない。

 

 

 

 

ディアの話を聞いていると、それはもう知らないことばかりで興味が湧いてきて仕方が無い。

この世界には前世の知識が通用する部分も多々あるが、その逆、通用しない事も多い。

 

だからもう、未知の知識への探求と言うか、知りたいと言う欲求が溢れてしまう。

特に俺は前世はたった片手でほんの数秒あれば何事も調べられてしまう世界にいたものだから、この世界に来てからは前世のようにそう簡単に知識を得られなくなると、目の前に知識を与えてくれるものがあるとどうにも知識欲が爆発して仕方が無いらしい。

 

別にそれらの事を知って覚えて古龍観測所だとか書士隊にその情報を渡すわけでは無い。ディア達からすれば別に隠している事では無いのだから話してしまっても問題は無いのだろうが、どこか裏切りに近いのではないかと勝手に思ってしまう。

 

だがそれでも、色々聞いてみたくなってくる。

 

「ディアは、産まれつき白だったのか?」

 

「そうだ。基本的には我ら龍は黒だが稀に白や紅の鱗や殻、毛を持った龍が産まれることがある。大体産まれてくるのは一族の中でも決まった家族だけだ。私の祖父も白だ。だが親が白である、紅であると言っても子が必ず白であると言うことはない。本当に稀に、だな」

 

ディアの話を聞くに、体色などは恐らく遺伝や突然変異なのではないだろうか。

祖父も白であると言っているから、遺伝説の方が強めのどちらもある、みたいなものだろう。

遺伝で産まれる確率の方が高く、突然変異でも低いながら産まれてくる、そんな感じだ。

 

隔世遺伝とか色々あるんだろうが、その辺は詳しくはないから分からないが大体決まった家族で産まれてくると言っているから間違いでは無いと思う。

 

とすると、他のモンスター達の亜種や希少種も同じ事なのだろうか。

実際、リオレイア、リオレウスの両希少種から始まって亜種希少種というのは確認されている個体数は極端に少ない。

 

「今現在私が知っている限りだが、私と同じ白は祖父を入れて他に四、紅は五と言った感じだな」

 

「随分と少ないな」

 

「産まれてくる事が殆ど無いからな。私が産まれた時はそれはもう大騒ぎだったそうだぞ。それでも我ら龍の全体の数を考えれば多い方なんじゃないか?あと他に違いと言えば、そうだな……、紅は雄で産まれてくる事と血の気が多い奴が多い。故に昔は人間と時偶ぶつかったりする事もあったらしい。人間は今よりもずっと強く賢く手強かったらしいがな」

 

ぶつかるって、多分その時の人間からしたら命懸けだったと思うんだが。

 

「逆に白は雌で産まれてくる事と比較的穏やかである奴が多いな。祖父は特に穏やかだ。黒は、普通、と言った感じか。それでも性格は千差万別だから必ずとは言えないな。紅でものんびりした大人しい奴もいるし白で気性が荒いのも居る」

 

「それに黒白紅は使うことの出来る力も違う。似通ってはいるが厳密に言えば違う。黒は炎を使えるが、私は雷だ。紅は、なんなのだろう……?一応炎なのだろうが、吠えると空から星が降ってくるしな」

 

「そうなのか。俺はディアしか知らないから比較すら出来ないな」

 

俺の中で、古龍種といえばディアのことだ。

彼女しか知らないから。機会があるのならば、彼女の両親や一族に挨拶に向かうのも良いかもしれない。

 

だが、親に挨拶をするって人間独自のもののような気がしてならない。

他の生物は、番を作ったりする時に自分の親を探し出してこの雌と、この雄と番になる!だなんて一々報告しないからな……。そのへんはどうなんだろう。

 

「人間の雄は、穏やかな雌を好むと聞くがフェイはどうなのだ」

 

「俺か?うーん、特には気にしないな。ディアはディアだ」

 

好みを聞かれるが、別に特段これと言って何かあるわけではない。

そもそも、女性と接する機会が少ない世界だ。同業の女性もそう数は多くはない。

接する機会、といえば家族や村の皆、あとはハンター養成所に通っていた時に友人達と時折出向いた娼館ぐらいか。

 

自分の妻が、よほど酷い性格、他者を虐げることに躊躇いが無かったりだとかでなければいい。

 

「……嬉しい事を言ってくれるではないか。何、嫌だとでも言おうものならどうしてやろうかと思ったぞ」

 

「冗談は止してくれ」

 

「冗談な訳があるか。言っただろう?龍は独占欲が強い、と。同じ龍の番でもし自分の雄、夫が他の雌に目を向けたら大喧嘩だ。辺り一帯が更地になり地面が抉れ返るほどのな。周りの龍は止めに入らずに静観するから援護は期待出来んぞ。だがフェイとは喧嘩は出来ん。やろうものならぷちりと簡単に潰してしまう。だから、分かるな?」

 

ディアに頬を撫でられながらそう言われ、首をコクコクと縦に振る。

どうしてだろう、ディアの手は少しひんやりとしつつも温かいのに、それ以上に冷たく感じるのは。

 

「何、そう怯えずとも私はそんな事しない。まぁ、フェイが間違いを犯さなければ、の話だが」

 

大喧嘩と言ったが、絶対に一方的な喧嘩だろうそれは。

俺相手に喧嘩は出来ないから、分かるな?と言った時、目が光っていた。

絶対に碌なことにならない。

 

釘をぐっさりと深々突き刺された気分だ……。

目も龍になっていたし髪の毛が少しブワッ、となったような気もする。

 

何処の世界も、どの生物も奥さんには頭が上がらないのが常らしい。

 

俺は、心の中でけっしてディア以外の女性に見向きするものか、と堅く、堅く誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

家に戻ったのが、既に太陽が沈んでから暫くが経った頃だったから今はもう時刻的には良い時間だろう。

風呂に入って、武器防具の手入れをしてさっさと寝てしまおう。

灯りを灯している油も勿体無いからな。

 

それに夜だとしても、灯りがなくとも星空が照らしてくれて居るから存外明るかったりする。

月明かりなんかはそれはもう、綺麗なものだ。今日は月は出ていないから星だけだがそれでも十分すぎるほどに明るい。

 

 

さて、と腰を上げて棚から二人分のタオルを取り出し、自身の着替えとディアに街で購入した下着や着替えを用意させる。

風呂に入るのだ。

 

この村は、温泉が出る。

と言ってもゲームのユクモ村の様にじゃばじゃば湧いてくるほどの量は無い。

 

源泉が1箇所あるだけでそれを家々に引いて分けているのだ。

源泉掛け流しと言えば聞こえはいいが、温度はそのままだと物凄く熱い。そのまま入れば全身火傷は必至なほどの温度だ。

 

だから、村のすぐ裏にある山で湧く、湧き水を入れて水量と温度を調整するのだ。

そうするとお湯となって浴槽に丁度良い水嵩で張ることができる。

本当に有難い。薪を使って沸かさなくて済むし、狩りの後の汚れ塗れのままで居なくて済む。身体を拭くと言う方法もあるにはあるんだが、それだとどうも……。

 

「ディア、風呂の入り方は……」

 

「分からん。水浴びしかした事がない」

 

だろうな。

寧ろ聞く方が馬鹿だ。龍が普通温かい風呂を沸かして入る訳が無い。

炎を吐けるから、沸かせそうな気もするが沸かす、と言うより沸騰蒸発させる、の方が表現は正しいかもしれない。

 

「それじゃあ、教えるからこっちに来てくれ」

 

ディアを連れて、身体を拭く為のタオルと前世と比べれば粗悪ではあるが石鹸を持って一階に降りる。

 

石鹸は買ったんじゃない。自分で作ったのだ。

石鹸を作ること自体は簡単だ。

油と強アルカリが用意出来ればいい。

 

油は、植物油と動物油に分けられる。

比較的安定して手に入れられるのは、栽培をしているならば植物油。だがそれは油を絞る事が出来る植物を栽培している時に限る。

 

動物油の方が、モンスターを狩ったり飼育しているアプトノスから取れるから手には入り易いんだが獣臭いのだ。

 

菜種は畑で育てているから問題ない。

食用としても使えるし、火を灯して灯りとして使う事も出来る。

一リットルの菜種油を得るのに大体二〜四kgの菜種が必要になる。

あとは強アルカリだが、これは畑やそこらに生える雑草やらで作る事ができる。

 

と言うのも、この雑草を焼いて出来た灰から強アルカリを作れると言うか分離させる事ができる。

 

灰を水に入れて撹拌すると大体十〜十五分ほどで沈澱した灰と上澄みに分かれる。その上澄みの部分が強アルカリという訳だ。それを、菜種油に混ぜて、掻き混ぜ掻き混ぜ掻き混ぜ続けると段々と固形化してくる。

 

そうしたら木枠に流し込んで天候にもよるが大体一〜三日ほど乾かせば石鹸の完成、という訳だ。

これを毎年作っているという訳だ。

現状、俺と両親、イチジクの家族で使う分しか作る事が出来ない。

俺の家の裏にある畑ではなく、両親が作物を育てている畑もあるんだが冬に備えて様々な作物を育てなければならないから菜種を作る余裕もスペースも無い。俺だって菜種を育て終えたら別の作物をまた育てるし。

それは何処の家も同じだ。

 

土地が枯れる心配もない。

この世界には訳が分からないぐらい強力なくせに自然で有機的な肥料が沢山あるからだ。

本当に、なんでこの世界の生き物やらなんやらはこんなに生命力に溢れていてパワフルでタフなんだろうか?

前世なら異常だと騒がれる事間違いなしだぞ、ほんと。

 

 

 

石鹸を作って使っているのなんて我が一家ぐらいなもんだ。

贅沢な限りだが本当に狩りの過酷さを知ったら絶対に欲しくなる。重労働なんてもんじゃないぞ。数日水浴びしないなんて依頼で出てしまうと当たり前だからな。酷いと道中入れた一ヶ月ぐらいは全く水浴び出来ない。

 

川などが無い砂漠地帯のハンターはより苦労している。何せ川は他の生物にとっても生命線だから下手に近寄ろうものなら目的のモンスターではないモンスターとの戦いになる。

街はオアシスに出来ているから帰れば風呂に入ることは出来るんだが、道中なんかは男女関係無く臭いがキツくてしょうがないと聞いた事がある。

その分、報酬はずっと良いんだが行きたいとは、思わないな……。

 

 

動物油は、モンスターから取れるんだがまぁ、なんというか、臭い。

それはもう獣臭い。モンスターにもよるが取り敢えず獣臭い。

一応、獣臭さを消す為に色々と試してはみたんだがどうやっても獣臭さを消す事が出来なくて断念したのだ。

 

 

とまぁ、そんな訳で手に入れた石鹸は、香りなんて無いただ汚れを落とす為だけのものだ。

一応、菜種油だからほんの少しばかり匂いはあるが、なんとなく揚げ物になった気分になる匂いだ。

 

……龍田揚げか。

いやいや、自分の妻に対して何を考えているんだ俺は。

 

 

そんな石鹸であるが売りに出せばそれなりの値段で売れると言うのだから驚きなもんだ。

香り付きのなんて金持ちぐらいしか使わないしな。

 

 

因みにイチジクはこの家には居ない。

何故ならば、

 

「ご主人の邪魔しちゃ悪いニャ。と言うかこのままここに住んでたらヤバそうニャ。あ、子供の遊び相手はお任せだニャ」

 

とかなんとか言って荷物を纏めて両親宅にさっさと引っ越して行った。

出来たオトモである。

 

であるが今ばかりはここにそのまま住んでいて欲しかった。

 

 

 

 

「この大きな容器に熱湯を注いで、こっちの冷たい水で温度調節してくれ。それが終わったらこの石鹸、と言うもので全身を洗って溜めた温水に浸かる。それだけだ」

 

「人間は面白いことを考える。龍も水浴びはするが温かい水を使うとは考えないからな」

 

ディアは人間の生活などが珍しくて仕方が無いらしい。

この村に来てからと言うもの、好奇心旺盛、興味津々と言う言葉がぴったりの様子で頷いている。

街では周りを威圧してばかりで気にならなかったのか、そんな素振りは全くしなかったからこの村ではリラックスしていると言うことだろう。

 

「それじゃぁ、ゆっくり入ってくれ」

 

「何処へ行く?」

 

「は?」

 

「フェイ、お前も一緒に入るのだ」

 

風呂場から去ろうとすると、がっしりと腕を掴まれる。

こんな細腕の何処にそんな力が……。あぁいや、ディアは龍だった。人の姿になろうと力はそのままと言う事だろう。

力そのままに人間の姿をしている訳だ。そりゃぁ、力が強いのも五感が鋭いのも納得だ。

 

「何を言ってーー」

 

「龍は、独占欲が強い。そう言ったな?」

 

「あぁ。だがそれとなんの関係が?」

 

「龍は、番になったならば可能な限り常に共に生きる。寝食は勿論、水浴びや番によっては排泄に至るまで。自分の番、私の場合はフェイが他に行かぬように、フェイは私が他に行かぬようにする。本来は、真っ先に交尾を通して繋がるのだが、どうやら臭いを気にしたりする辺りフェイに限らず人間は水浴びをしてからのようだ。そこは私が折れてやろう。だがこれは、フェイに折れてもらうぞ?」

 

「いや、俺は何処へも行きはしないが」

 

「駄目だ。私が人間の常識を身に付けるのだから、その逆、フェイが我ら龍の常識を身に付けるのも然り」

 

なるほど、人間の常識を教えろと、学びたいと言ったのはこの為だったのか。既に退路を断たれていたと。

流石は知恵深き龍。

いや、感心している場合では無いな。

 

このままでは、不味い。非常に不味い。

確かに夫婦になったのだから床を共にするのも自然だろう。だが風呂に一緒に入るのは流石に行き過ぎではないか。

 

そう考えて反論しようにも、道筋も何もかもを閉ざされて八方塞がり状態だ。

多分、何を言っても聞き入れてくれないし断固として譲らないだろう。

しかもディアの目が龍のものになっているから、本気も本気、もし断固拒否すれば、と言う状態な訳だ。

 

……選択肢なんて最初から一つだけじゃないか。

 

 

 

 

「おぉ」

 

脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。

ディアは何の躊躇いもなく当たり前であるかの様にその肢体を隠す事も無く晒すから視線を何処に向ければ良いのか。

 

しかもディアは人間の時でも身長が高い。

俺の身長が百八十五cmほどであるのに対してディアは百八十cmほどだろうか。

だから目線を上に向けないと彼女の端正過ぎる顔などが視界に入る。

男としては決して嫌では無いし見たいとは思うが、こうもディアの方が隠さないとこちらが隠してしまうし恥ずかしくなってくる。

 

「む、何故隠す。それと私を見ろ」

 

「いや待て、待ってくれ」

 

「駄目だ」

 

「いたたたた」

 

龍自慢の馬鹿力で逸らしていた顔を無理矢理向けさせられ、股間を隠していた手をあっさり退けられてしまう。

隠すのも目線を逸らすのも諦めて、ディアを見る。

 

やはり、凄い美人だ。

どうやったって人間では辿り着けることのない、いっそ神と言われても納得出来るほどだ。

 

しかも出る所は出て引き締められている所はしっかりと引き締められている爆弾ボディ。

こんなの反則も良いところだろう。

 

「ほら」

 

「?」

 

「洗え」

 

「俺が洗うのか!?」

 

「そうだ。互いに洗い、仲を深める。おかしな事か?」

 

「いや、おかしいと言うか……」

 

「ならば問題あるまい。ほら」

 

石鹸を手渡され、洗えと言われる。

葛藤したが逃げる事は出来ないに違いない。

 

えぇい、もうどうにでもなれ。

 

小さなタオルをお湯に浸し、石鹸を泡立てる。

そして、さぁ洗おうとしてタオルを背中に当てた時。

 

「……何故タオルで洗う?」

 

「駄目なのか」

 

「龍はそんなもの使わず互いの身体で直接洗う。その方が汚れが落ちるしより仲を深められるからな」

 

肩越しに振り向いたディアに、じぃっ、と見つめられて言われる。

もうここまで来たらヤケクソもヤケクソ。タオルを水でざっと流して石鹸を落として、手に石鹸を乗せ泡立てる。

 

「洗うぞ」

 

「ん」

 

ディアの背中に触れた瞬間、柔らかく温かな感触が俺の武器を振るったりし続けたおかげでゴツゴツと硬くなった掌全体に伝わる。

それからはもう、無心になって洗い続けた。

なんだか身体の前面や局部までも洗ったが記憶は無い。あれは、記憶に残しておいてはならないものだ。間違いない。

 

それで済めば良かったんだがそうはならないのがお約束という所だろう。

自分で身体を洗おうとすると、手をがしりと掴まれ、椅子に座らされ、有無を言わさずディアの身体で全身全てを洗われた。

頭から足の爪先に至るまで。

 

それから少しばかり手狭になった湯船に二人で浸かり。

密着してくるディアの、尻の感触やらに悩まされたのは語るまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

風呂から上がり、何故か疲労困憊の俺はもう武器や防具の手入れをするだけの気力を残していなかった。

台所に降りて水を汲み、飲む。

 

「ふぅ……」

 

木製の自分でニス塗りまでして作ったコップを片手に溜息一つ。

あんな美女と風呂に入り身体を洗い洗われなんてしたら、誰だって溜息を吐きたくもなるさ。

 

コップを洗って、乾かすために置いておく。

部屋に戻ると、もはや驚きもしない、ディアが俺が普段使っているベッドに潜り込んで待ち構えている。

 

少しばかり、風呂上がりの熱気を覚ますためにベッドの端に腰掛けると背中側からしなだれ、寄り掛かってくる。

 

「ふぅっ、ふぅっ……!」

 

「何故そんなに息が荒い?体調でも悪いのか」

 

息が荒く、どうしたのかと聞いてみると驚きの答えが返ってきた。

 

「まぐわうぞ」

 

「なにっ?」

 

訳が分からず、反射的に聞くが声による返答では無く、行動による返答でもって返された。

 

まぁ、要はその晩から数日、文字通りディアとまぐわいにまぐわい続け搾られる、と言う事になった訳だ。

反撃しようにも、体力筋力差でまるで歯が立たずひっくり返され仰向けにされた俺に跨り抱き着く、どころか全てを密着させようと身体を押し付けながらなのだ。

 

死ぬかと思った。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……何故怒っている?」

 

「別に怒ってはいない。ただ、少しだけ不満だっただけだ」

 

事が終わり、風呂に入り後始末も終えて食事の支度を済ませて食べている時。

何故かディアの機嫌が悪い。

いや、これでは語弊がある。

 

少しだけ、本当に少しだけ残念そうにしている。

 

「何がだ?」

 

「お前が、私の他に雌を知っていたからだ」

 

なるほど……。

ディア曰く、龍は独占欲が強いと言う。

だから番となった、夫婦となった場合全てを捧げるのだ。純潔なども含め全てを。

 

実際ディアは初めてだった。

だが俺は、そうではない。養成所時代に友人達と共に何度か娼館に行って娼婦を抱いた事がある。

ディアは、それが気に食わないのだ。

だから最初はそれはもう、激しいなんてもんではなかった。ディアの背後にミラルーツの姿が見えた様な幻覚が襲って来たものである。

 

龍にはキスと言う文化は無いらしく致している時にキスをしたらそれはもう、驚きつつ嬉しそうにして、より過激に激しくなったのは言うまでもない。

 

どうやら、龍にとって夫婦となって初めての情事の最中に、どちらか一方的にするのでは無くそれぞれで何かしらの形で奉仕ではないが、こう、愛情を表現するのだそうだ。

そうする事で、本当に互いが互いを想い愛していると示すのだ。

それが、俺の場合キスになった、と言う事である。

 

それを、励んでいるときに説明されてなるほど、自分はより一層ディアに離してもらえない様になったのか、と思ったものである。

全く嫌ではなかったが。

 

お陰で、不満そうだったディアの機嫌は爆上がりして俺は搾られる事にはなるんだが、とにかく事無きを得たのだ。

 

「その、すまん……」

 

「かまわん。人間はそう言う物だと知っている。これから先、私だけを見ると言うのであればな」

 

「勿論だ」

 

「それに、上書きはしたからな」

 

「まさか、数日間拘束されて、その間ずっとしていたのは……」

 

「あぁ、フェイに私を、私にフェイを染み込ませる為だ。龍は五感全てで相手を感じる。だから、自分の番から他の雄雌の臭いがするのを嫌う。親兄弟姉妹であればまぁ、むっ、とは思うが許す。だがそれ以外は何があろうと許さん。必ず消えるまで上書きする」

 

「だから、数日間掛けて、沢山、沢山私を刷り込んで染み込ませた」

 

ふふん、と笑いながら言う。

うーむ、中々に恐ろしい事を言っているような気がするが既に毒されて来たんだろう、嬉しく思う。

 

今だって、机に対面して座っているのに足を伸ばして太腿に足先を触れ、すりすりと乗せて動かしている。

本当は、隣に座ると言っていたんだがそれだと密着される事は目に見えていたしそうなっては食事どころではなくなる。

だから、ディアの顔を前に見ながらが良いと言って対面にしたのだ。

 

 

 

食事を済ませ、洗濯掃除なども二人で、主に俺がディアに説明しつつ分担して終わらせた後。

 

 

昼食の準備の為に食料庫に出向いて凍り付いているアプトノスの肉を二人分切り取って解凍しておく。

 

食料庫には氷結晶が幾つか置いてあり冷やしている。食料庫と言っても冷蔵庫な訳だ。

 

だから肉や魚は生のままでもある程度の日数なら日持ちさせられる。しかも氷結晶、常温ではまず溶けない。だから冷蔵庫の様な密閉空間に置いておくと、前世の冷凍庫以上に冷えるのだ。

だから日持ちする、と言ってもかなり長く保存できる。

 

 

 

数日出来なかった武器防具の手入れを行うべく、使用していた太刀と防具を持って裏手の庭に出る。

それを茣蓙を引いて上に乗せておく。

 

それから一度家の中に入ってから手入れ道具を持ってくる。

 

泥などの汚れを落とす為の刷子や、防具は水洗いをザッと行う為に水分を拭き取る為の手拭いを何枚か、あとは砥石や水を張る為の桶、錆を防ぐための油など数が多い。

 

 

まずは太刀。

大凡の構造は、何か別の形をしているものでなければ日本刀と同じだ。鞘から引き抜いて、その後に柄や柄頭、鍔と言ったものを順番に外す。

 

汚れが無いかを確認する。今回は依頼でも何でもなかったから汚れは少ない。

その少ない汚れをしっかりと落として、刀身部分から研ぐ。

研ぎ終わったならば錆を防ぐ為の油を塗って終了。

それが終わったならば次は鞘などを手入れしていく。

割れたり欠けたりしている場所は無いかをしっかりと確かめて。

 

次に防具に移る。

こっちもある程度分解出来るようになっているから、頭、胴、腕、腰、脚と分けて分解してから汚れを落とす。

そうしたら丁寧に、濡らした手拭いでしっかりと汚れなどを拭き取る。

 

防具も錆止め用の油を塗布して終了だ。

 

 

本格的な手入れをしたいなら鍛冶屋に修理などで出すしか方法はない。

あくまでも、俺が出来るのは簡易的な手入れだけだから太刀の刃が欠けたりしてしまうと鍛冶屋に持っていくしかない。

 

 

 

 

武器防具の手入れを終えると早いもので昼に差し掛かっている。

昼食の支度でもして、それが終わったら畑を見に行こう。

 

暫く放置してしまっていたが、大丈夫だろうか。

まぁ、自然界であれだけ生命力の高い植物に囲まれて生き残っているんだから雑草程度相手では問題無かろうが、されど、があり得るからな。

必要なら雑草抜きして、量によっては備蓄してある菜種油で石鹸を幾らか作ってしまっても良いかもしれない。

 

武器防具と手入れ道具を仕舞って。

さて、どうしようか。

 

ディアには家の中の掃除を教えてやってくれる様に頼んである。

俺のところに来ないと言う事は、まだ終わっていないのだろう。

ならばやはり昼食の支度をしてしまおう。

 

台所に入って、食材を漁る。

さて、何を使おうか。

 

肉は、アプトノスとブルファンゴ、あとは少ないながらもケルビの肉がある。他にはモス肉があるがモスの肉は基本干し肉として加工して保存食や依頼に向かう時ぐらいでしか食べない。

他の肉も干し肉にするのだが、やはりアプトノスやブルファンゴの肉の方が一頭当たりから採れる肉の量が多いから自然と食べる機会は多い。

 

冬ならポポやガウシカの肉が主になる。

 

何故季節によって食べる肉が違うのか、と言うと春夏と、秋冬でモンスターは移動をするからだ。

草食モンスターも肉食モンスターもガラッと入れ替わるから食べるものが違って来る。

まぁその話は追々するとしよう。

 

肉は村の皆に分配しつつ、冬に備えて長期保存をする為に加工したりする。

冬は、確かにポポやガウシカがいるとは言え、必ず狩りが成功する訳では無いからだ。

春夏ならば雪も無く走り回る事に苦労しないが秋冬は雪が積もって走り回る事に支障を来たす。

だから狩りの成功率ははっきり言って低い。

だから備えておかなければならないのだ。

 

魚もあるが、あまり量が無い。

サシミウオが十匹、大食いマグロが一匹分あるだけ。

 

 

 

解凍しておいたアプトノスの肉を引っ張ってくる。

あとは肉の味付けにモガモガーリック、塩胡椒。

付け合わせを作るのにシモフリトマトやオニオニオン、ベルナスで汁物を。

あとは特産キノコを肉を炒めた後に炒めてしまおう。

 

あとは主食にココットライスを炊けばいい。

俺はパンより米派なのだ。

 

夕食の仕込みをしてしまおうか。

ドデカボチャは夜食べる為に煮物にしよう。

今から煮て味を染み込ませておけば、夜には良い味になる。

 

あとはベルナス、ベルナッパ、踏ん張りポテトを使おう。これらは別に夜に調理すれば間に合うから食料庫の手前の方に置いておけば良いか。

 

 

 

 

大体、肉はそれぞれ三百gずつぐらい。ディアは龍とは言え人間の姿だと相応の食事量に落ちるらしい。

それでも他の女性に比べればずっと多い方だが。

 

 

ココットライスを笊で洗い、釜に入れて水を張り火にかけて炊く。

火山地帯であれば紅蓮石を竈門に置いてそれを火の代わりにしているらしい。

薪要らずで楽だな、と思う。

ただ紅蓮石、常に高温を放っている為に輸送する手間もとんでもない。だから、手に入れる事は難しいだろう。

 

「フェイ、終わったぞ」

 

二階と三階の掃除を終えたディアが階段を降りてくる。

服装は、春夏用の購入して来たロングスカートと薄手の半袖。

ただし、何故か下着は付けていない。買ったのに。

お陰で色々透けて見えているがもう彼女はそう言うものなんだと納得した。一々気にしない。

僅か数日とは言えディアと共に生活する上で学んだ事だ。

 

「食事か」

 

「あぁ、まだ暫く掛かるから座っていていいぞ」

 

と、俺は言ったのに。

 

「……ディア」

 

「ん?」

 

「料理中は危ないから、離れてくれないか」

 

「断る。掃除を任された。だからちゃんと教えられた通りやった。その報酬だ」

 

と言って横に立ち離れない。

抱き付いたりはして来ない辺り流石にその辺りの分別は付いているらしい。

しかも、俺の動きに合わせてぶつかったりしない様に動くから邪魔だと文句も言い辛い。

 

仕方が無い。

 

「分かった分かった、だから余り睨むな」

 

「ならいい」

 

横に立つディアを尻目に包丁とまな板を取り出す。

 

まず、汁物を作ろう。

鍋を取り出して、油を引きモガモガーリックを刻んで入れ、ベルナス、オニオニオンの順番でしんなりとするまで火を通す。

そしたら村の友人から購入した香草を共に炒める。

水を入れて、火の強さを弱くするべく積み上げた薪を平たくする。

 

暫く煮込んでシモフリトマトを幾つか細かく刻み放り込み塩胡椒で味を付けたならば味が染みるまで蓋をして煮込む。

また薪を高く積み上げて火力を強めにしておく。

 

煮込む間、肉を炒める。

肉を焼く為にフライパンに油を少し引いて温めておき、モガモガーリックを刻んでから炒める。

モガモガーリックにある程度火が通るまでに肉に塩胡椒で塗して味付けしておく。

 

そしたらフライパンに肉を置く。

良い音で、焼けていく。

 

良い焼き色が付いたら引っ繰り返して両面を焼く。

 

 

肉に火が通ったのを確認して、汁物を覗くと旨そうだ。

オニオニオンとベルナスを一つずつ口に入れ、味が染みているのを確認して終わりだ。

後は木皿を取り出してよそれば良い。

 

ココットライスも早めに炊き始めたからちゃんと炊けている。

 

「ディア、あの棚から皿を二枚と小さい器と大きい器を二つずつ持って来てくれ」

 

「分かった」

 

ディアに持って来させた皿に肉を乗せて特産キノコを刻んで炒める。

モガモガーリックと塩胡椒を少しばかり追加して炒めるのだ。

味付けは肉の脂もあって殆ど必要無い。

 

炒め終わったならば肉と共によそる。

 

器に汁物、いやトマトスープだなこれは。と炊いたココットライスをよそってテーブルに持って行けば終わりだ。

 

「「いただきます」」

 

ディアと共に手を合わせて食べる。

 

「うむ、旨い」

 

「なら良かった」

 

今までは共に食事をするのがイチジクと両親だけだったからなんだか新鮮な気分だ。

 

二人で話しながら、食べる。

互いに質問をして話を聞きながらの食事だ。

 

幾つか質問を重ねていて、ふと思った事がある。

 

「そう言えば、疑問なんだが龍と人との間に子供は作れるか?」

 

「出来るぞ。ただし、龍の生殖能力は高くないから難しい。龍の数が少ないのもそれが原因だからな。それに、条件がある」

 

「条件?」

 

「そもそも人間と龍は本来ならば決して相容れぬ存在だ。全く違う生物なのだからな。子を作る事も出来ない」

 

「なら何故?」

 

「条件がある、と言っただろう?一つは、人間もしくは龍のどちらかがどちらかの血を取り込む必要がある。以前に言ったと思うが龍の血は龍の意思である、と。あれは、真の意味で意思なのだ。簡単に言えば力の源でもある。炎を噴いたり、雷を落としたり、水を凍らせたり出来るのは血があるからだ。故に永き時を生きた龍は血をより深く使う事が可能になる。だから私の父や母もだが、祖父や祖母はそれこそ地を沈め新しく地を創り出すほどの力を持つ。それが出来るのは、自分の中に流れる血をより使えるからに他ならない」

 

「龍にも種族はいる。例えば私の種族の他に海に住む龍や、砂に住む龍、果ては龍や竜の骸に住む龍。それらは全てまるで異なる血を有し自らの血を用いてその能力を発揮する。私が雷を落とす、と考えたならばその事象を引き起こすのも、血だ」

 

「しかしながら龍は親と子で血が繋がっていようと、産まれたばかりの龍は力を有さない。いや、正確には力はあれど使い方や感じ方を知らない。だから龍は、産まれたばかりの子に自らの血を与えるのだ。他にも居場所を知る為に、と言うものもあるが親が子に血を与えるのは力を感じさせ使い方を朧げながらに分からせる為だ」

 

「そして龍の血には別の力、と言うか特徴がある。それが、龍の血を龍の意思によって許され取り込んだ生物を変容させることだ。その逆、龍が血を取り込んだならば龍がその生物に変容する」

 

「変容?」

 

「そうだ。しかし変容させるとは言っても姿形が変わるのでは無い。であるならばフェイは人の姿形をしていない筈だからな。要は中身が変わるのだ。もっと分かりやすく簡単に言うならば、フェイで例えるなら人間が見た目は人間のままに、生命活動などが龍になる」

 

と説明されたが分からない。

どう言う訳で、どう言う事だろうか。

 

「やはり、分からないと言った表情だな。まぁ、仕方あるまい。そうだな……」

 

ディアは少し間を置いてから言った。

 

「フェイが、龍と人の間に子は出来るのか、と言う質問に対して出来ると言った理由がこれだな。中身が龍になったのならば生殖に関しても同じ事が言える。他には、身体が龍並みに丈夫になったり、寿命が龍と同等に延びたりする」

 

「と言う事は俺も、そうなってしまっている、と?」

 

「いや、フェイは確かに龍と子を作れる様にはなったが身体の丈夫さも寿命も大して変わっていない筈だ。取り込んだ量が少ないからな。あの程度の量ならば、まぁ飛竜達の一撃を辛うじて素手で受け止められるとか寿命も伸びて百年かそこいらだろうな」

 

と説明されるが、百年も寿命が延びるのか!?

それに、飛竜の一撃を辛うじて、とは言え素手で受け止められるって十分過ぎるだろう……。

 

しかし、武器防具の手入れの時にやけに重量が軽く感じたのはそれが原因か。

なんとなく何時も通りやってしまったら大変な事になるのでは、と思って力加減をして正解だった。

 

「もし、フェイが人として生を終えたいのならば、このまま私は何もせずフェイが死ぬまで添い遂げよう。しかしフェイが心から私と共に生き、共に在り続けたいと願うのならば血を与えて私達龍と変わらぬ寿命を与えられる。龍の姿にはなれないがな」

 

「……それは、後々でも良い。俺はディアを既に妻として見ているがまだ心からそう思えているかどうかは分からない。だから、ディアがそうだと思ってくれたその時に、またもう一度聞いて欲しい。その時は、必ず答えを出そう」

 

「ん、分かった。心から待ち望んでいるぞ?」

 

「しかし、龍の血は、凄いな……」

 

「当たり前だが、良い事ばかりで無いぞ?与えた時に言ったと思うが、許しがなければ口に入れた瞬間に死ぬ。それに許しを得て飲んだとしても、その力を使って正しい行いをせず道を外れ悪さをしたりすれば、龍は許しを消す。そうなれば待つのは地獄を味わった上での死だ」

 

「龍は、血を与えた存在に対して如何なる結果となろうと責任を負う。必要ならば、人間を滅ぼしたとしても責任を取る」

 

「それほど、龍にとって血を与えると言う行為は重い事だ」

 

ディアは、そう話す。

ならば、俺はそうならない様に心に刻み込んでおこう。

 

 

 

食事を終え、後片付けを済ませて三階に上がり少しだけ腹を休めていると、

 

「因みにだが、人間が竜人族、と呼んでいる種族がいるだろう?」

 

「あぁ」

 

「あれは、遥か遥か昔、竜と人がより近しい存在であった時に竜と人が、人と竜が交わり、その結果産まれた子の子孫だ」

 

と教えてくれた。

 

「そうなのか?」

 

「あぁ。人間の数は少なく、竜の数が遥かに多かった時代だ。私の祖父が、まだ産まれたばかりの頃だから、数千万年前になるな」

 

「桁が違い過ぎて分からん……」

 

「私が産まれてからまだ一万と三千余年程だ」

 

「……俺は、なんて言えばいいんだ?」

 

「はっははは、まぁ確かに人間からすればそうだな。これでも私はまだまだ若く力も余りない」

 

「話を戻そう。今は血は薄まりに薄まり、人間の血の方が濃く表れている。精々寿命が人間と比べれば長い程度だ。身体的な特徴は耳が長く、足の形状が違う。あとは指が四本だろう?あれは、竜の血を取り込み流れる竜の血が濃かった時代の名残りだそうだ。それに私達と同じで生殖能力も低いから数が少ない。ただ、脈々と外界との交わりを少なく血を守り続けている竜人族もいる」

 

「龍ではなく、竜の、なのか」

 

「そうだ。我ら龍と竜はそもそもが違う生物で、同じ音を以て発するが意味は違う。所謂同音異義語、というものだ。大元の祖先も別の生き物だからな」

 

どうやら、彼女達龍と、竜は全く別の生き物らしい。

 

「龍が血を与えた人間と龍の間に産まれた子は、完全に人の姿か龍の姿かどちらかになる。だが竜と人の子はそれぞれが合わさった様な姿を持って産まれてくる。竜人はある意味ではそれぞれの重い罪とも龍は捉えている。何故ならば人からしてみればそれは余りにも無責任であるからだ。その無責任故に力の意味を知らず、力を振るったからだ」

 

素朴な疑問をぶつけてみると、しっかりと返答が返ってくる。

ディアの口から語られる話は、驚きを以って俺の脳に刻まれる。

簡単に言うならば、偉人から直接遥か過去の時代の話を聞かされているようなものだ。

 

数千万年って、正直想像が付かない。

前世で言うところの恐竜の時代から、と言う事だろう?

 

……いや、益々分からなくなってしまった。

 

「まぁ、そのせいもあって人間や竜人は栄華を極めたが結局は我ら龍の怒りを買って、一度滅ぼされかけているのだがな」

 

「どう言う事だ?」

 

「これもまた、遥か昔の事だ。人間や竜人達が築いた大きな大きな文明があった。確か、今では古代文明だとか呼ばれているらしい。星の至る所に人間達は大きな大きな街を作り、暮らしていた。しかしその古代文明の人間達は、愚かな事に新たな命を生み出す為に多くの命を糧にする方法を生み出した。ただ命を作り出すだけならば我ら龍は怒りを覚えこそすれど見逃しただろう。だが、命を生み出す為に他の命を糧にするなど、決してあってはならない」

 

「祖父が言うには、人間達は竜機兵、と呼んでいたそうだ。巨大で鉄と竜達の身体から得た素材を使って作られたと。しかし問題はそこではない。問題は、たった1つの新しい命を造るためにその何十、何百倍もの命の犠牲を必要として、挙句の果てにその生み出した命を使って更なる殺戮を繰り返し続けた事だ」

 

恐らく、竜大戦の事だろうか。

ゲームでも全く語られたことがない、殆ど情報が出回っていない出来事で今も調査が続けられているが文字や言葉の解読は進んでおらず、資料となるものは殆ど残されていないから当時の事を知る術は無い。

 

事実、確かに御伽噺としてその話が語られているが証拠も何も無いのだから、事実では無い、創作のものだと殆どの人間が言っている。竜大戦によって人間が一度滅びかけた事がある、それが事実だと知っているのは極々限られた者達だけだ。

 

ディアは目を瞑り静かに、しかし何かを込めて語り始めた。

 

 

 

 

「遥か昔。人間達は栄華を極めた。全ての術が大凡それ以上進歩する余地が無いのでは、と思う程に人間達は栄えた。故に自然を疎かにし迫害した。そして人間はついに禁忌を犯した」

 

「ある時、鉄の竜が生み出され、命の均衡が崩された。命を以て命を生み出すその恐ろしき術は人間達をより一層、外道へと落とした」

 

「世界は破滅へと向かう。鉄の竜によって竜達は怯え、鳴き叫び、逃げ惑い、捕まり、殺され、そしてまた鉄の竜が生み出される。地獄が繰り返された」

 

 

「その余りにも愚かな行為を、龍達は最初、彼ら人間達が自らの過ちに気付き、正しき道へ戻る事を信じ願った。龍自らが出向き警告もした。だが、人間は聞き入れずあまつさえ出向いた龍を殺し鉄の竜とするべく武器を振るった。命辛辛に逃げた龍は、力尽きる寸前を未だ良心ある人間に救われた。龍を匿い傷を癒やした」

 

 

「龍は言った。

 

『恩は必ず返す。だからどうか、人間達のこの愚かな行いを正す為に力を貸して欲しい』

人間は言った。

『喜んで力になりましょう』

 

龍は群れに急いで帰り一族に知らせた。

人間にもまだ、命の重さを知り尊び、守ろうとする者が居る、希望はあると」

 

 

「その言葉を信じ長達も共にその人間に会いに行った。まだ希望はあるのだと。争いをせずに命を守ることが出来るのだと。だが、龍達は人間の本当の残酷さを、恐ろしさを知る事になる」

 

 

「長達がその人間の住処を訪れると、住処は荒らされていた。辺りを探し、声を上げて呼んでも応えは無い。微に残る匂いを辿り、暫く探すと人間達の街に、覚えのある匂いがした。街に密かに入り込み、探し、漸く見つけた」

 

 

「だがその人間は、変わり果てていた。よほど酷く甚振られ嬲られたのか龍を助けた時の優しい面影は無く、首に縄を括られて吊り下げられた人間は、最早元の姿形を留めてはいなかった。手足は千切られ潰され、両目は抉り出され声を出せぬ様に喉は切り裂かれている。腹からは臓物が引き摺り出されていた。血溜まりが出来、辺りに血と肉が腐った匂いがしていた。吊るされた人間は死んでからも、暫くの間嬲られた様だった。龍があの時の人間だと分かったのは、匂いが同じだったからだ」

 

 

「龍達は恐る恐る人間に聞いた。

『何故、あの人間はあの様な事をされたのだ』

人間は何を当たり前の事を聞いてくるのだ、と言わんばかりに答えた。

『奴は竜を殺すなと傷付けるなと言った。命を弄ぶなと言った。それは間違いだと言った。我々のする事に間違いなど無いのに、そんな事を言ってあまつさえ竜機兵を壊そうとしたからだ』

大凡同族にする仕打ちとは思えなかった。人間は自分達の目的や欲の為ならば、同族を惨たらしく殺し見世物にする事も躊躇わないのだと龍達は知った」

 

 

「人間を縄から外し下ろし、血に染まりながら龍は泣き吼え、言った。

 

『すまない、私が力を貸して欲しいと頼んだばかりに、こんなにも惨たらしく殺されてしまった』

龍達は、亡骸を龍達の住処に連れ帰り丁寧に、丁寧に埋葬すると怒りを露わに、

『これ以上、人間達の蛮行を許してはならない。止めなくてはならない!!こんなにも世界が均衡を失ったのは、人間達の蛮行をただただ見続けた我らの責である!その責任は、取らねばならない!』

 

龍達は、人間を滅ぼす事を決めた」

 

 

「一族の龍達は、あらゆる種の龍と共に人間の文明を滅ぼすべく人間と戦った。戦いは凄惨だった。大地は裂け、海は干上がり、空が割れた。消えた大地もあった」

 

「多くの龍が死に、多くの人間が死に、そして龍達はその文明が作り上げたものを破壊し尽くし、全てを燃やし尽くした。人間の文明は滅んだ」

 

 

「生き残った人間達は言った。

『私達が間違っていた、愚かだった。どうか許して欲しい』

龍達は考えた。今ここで殺してしまうのは簡単である。しかし、それでは人間と変わり無いのでは、と。だから、一度だけ。ただ一度だけ。人間達に許しを与えよう。ただし、もう二度と同じ過ちを繰り返さぬ事を誓え」

 

「人間達は龍と約束を交わした。二度と同じ様に命を弄ばぬと。二度と命を尊ぶ事を忘れぬと。そして人間達を見下ろしながら龍達は言った。

 

『もし、約束が破られた時、我ら龍が破られたと判断した時。その時は、一切の許しを与えず、ただただ滅ぼすのみ』

 

それに人間達は深く、深く頷いた」

 

 

 

ディアは、語り終えると目を開いて。

 

「この話は私に祖父が遥か昔にあった出来事だと、祖父が経験した事だと聞かせてくれたのだ。……何故泣いている?」

 

「あぁ、いや、すまない……。どうしてだろうな、何故か泣いてしまった」

 

ディアに言われて初めて気が付いた。

目を擦ると涙が手の甲に付く。それを隠すために、額を手で覆う。

 

「フェイ、お前は優しい人間だな」

 

「優しい?」

 

「あぁ。殆どの人間はそれを御伽噺だと、作られたものだと言って信じない。だがフェイはそれが事実だとしても、御伽噺だとしても、自分のことの様に悲しんでいる。それも、龍と人間、どちらかに立場を寄せるのでは無くそのどちらともの為に悲しんでいる。それを優しいと言って、何が違う?」

 

ディアは、対面して座る俺に優しく微笑むと俺の顔に手を伸ばし、頬を優しく撫でる。

そのまま、隣に移動して抱き寄せられると頭を撫でられる。

 

少しばかり撫でられていると落ち着いた。

 

「すまないな」

 

「気にするな。そうやって他の同族や他の生物の為に泣くことが出来る、と言うのは美徳であり誇るべきことだ。だがな、行き過ぎてしまうとそれは時に自らを苦しめる事になる」

 

俺の両頬を挟んでディアは目を見てはっきりと、しっかりと言う。

 

「決して履き違えてはならないぞ。この話を聞いたからと言って竜と戦ってはならない、殺してはならないと言うわけでは無い。人間が竜を殺す事もあれば、そのまた逆、竜が人間を殺す事もある。だからこそフェイの様に竜と戦う人間が居るのだろう?人間も竜も生きているのだから衝突する。その時にもし、フェイが力を振るえぬとなればそれは、罪無き他の命を危険に晒し奪うと言う事だ」

 

「いいか?昔にあった出来事を語り継ぎ同じ過ちを繰り返さぬようにするのも大事だ。だがその意味を、伝え間違えてはならない」

 

「……あぁ、分かった。肝に銘じておこう」

 

「ん、ならばいい」

 

永く生きているだけあって、ディアの言葉には納得するだけの事実と、そして重みが含まれていた。

ディアの腰に腕を回して力を込める。

 

「どうした?」

 

「いいや、なんでもない」

 

少しだけ、ディアを抱き締めた後。

 

「さて、畑を見てこないと。暫く手入れが出来なかったから必要なら明日も一日使って手入れしてやらないと」

 

ディアを離して立ち上がる。

少しばかり、ゆっくりし過ぎたかもしれないな。やらなければならない事は沢山ある。

 

「そうだな、そしたら私も手伝おうか」

 

「ゆっくりしていても良いんだぞ?」

 

「ん?いやなに、龍は番と常に行動を共にすると言っただろう?それに、今の今で離れるわけが無い」

 

ピタリと俺の横に立って、身体を密着させてくる。

それがどうにも、嬉しいようなもどかしいような感じがする。

 

「そうか……。なら、汚れてもいい服に着替えないとならないな。俺のもので良ければ作業用の服がまだ何着かあるからそれを使うといい」

 

「そうしよう」

 

ディアの為に、作業着を二着引っ張り出し今着るために簡単にディアの身長や体格に合わせて手直ししておく。ディアは華奢だから随分と肩幅や腕、脚、胴周りを随分と詰めなければならなかった。

縦は袖や裾を少しばかり短く折り、縫ってしまえば問題は無い。

 

こんなにも細いのに、あれほどの力を発揮し体力を有しているとは。

 

身を以て体験させられた俺は、そう思わずにはいられない。

作業着を着せたはいいが、少しばかり問題が。

髪の長いディアは、そのままだと腰を下ろした時に地面に髪が着いてしまう。

 

「少しだけ、待っていてくれ。確かここに紐を……。あった」

 

そう思った俺は、紐を小棚から取り出しディアの長く美しい髪が地面に付いて土で汚れぬように簡単にではあるが結っておく。これで汚れてしまう事は無いだろう。

 

 

作業着に着替えたディアと共に畑に向かい、土弄りを始めた。

やはり雑草が生えて繁っていてこれは明日もやらねばならないな、と言うほどではあったが薬草などの育てている作物はまるでその影響を感じさせないほどに元気に青々と育っている。

両親が俺の居ない間も水やりだけはしてくれていたのだろう、渇きで枯れる様子は無く、ここ数日水をやっていなかったから少しばかり水分が不足しているか、と言う程度だ。

 

「今度、ディアの作業着を縫おうか」

 

「私はこれでも良いがな。フェイの匂いがするから」

 

二人並んで腰を下ろして雑草を抜きながら、話す。

 

ディアに必要なものは多い。

服も買ってきたとは言え、四着程度だから一週間それぞれ別の服を着ることが出来る様にあと三着は用意したい。

それに、ちゃんとしたディアの為の作業着も作らないと。

 

不足しているもの、用意しなければならないものは沢山だ。

 

二人で、手を動かしつつ今度はあれを作ろうか、とあれを用意しないと、と話す。

 

「どんな形が良いとか、どんなものが良いとかはあるか?」

 

「フェイが作ってくれるのならばどんなものでも良い」

 

どうにも、そのなんでも無い日常が酷く心地良い。

特に意味の無い会話でも、話すことが無くなってただ手を動かすだけになっても心地良い。

 

幸せだ、と思いつつその日は空が赤く染まるまで畑でディアと共に土弄りをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





英雄の証とか、トラベルナとか聴きながら執筆しています。
カティ達可愛過ぎじゃない……?



ノクターン版です。
https://syosetu.org/?mode=write_novel_submit_view&nid=269547












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3話








 

 

 

 

ディアが、妻となって半年が過ぎた。

早いものだ。

 

季節は春から秋へと移り変わり、実りが増えている。

木々は葉の色を緑から茶色へとどんどん変えて行っているし、彼方此方でもうそろそろ冬が到来するであろう、予兆を見ることが出来る。

 

俺達夫婦に何か、変化があったかと聞かれるとこれと言って無い。

相変わらずディアの独占欲は強く発揮され、家での仕事を分担して家の掃除などをやっている時以外は四六時中共に過ごしている。

狩りにも付いて来るものだから、それこそ本当にいつでも共に過ごしている。

今ではディアが隣に居ることが当たり前になってしまっているから、居ないと寧ろ寂しさを覚える。

 

 

 

 

「ふぅ……、こんなものか」

 

今日は来るべき冬の到来に備え、先日収穫した作物の代わりに冬野菜、雪が降り積もろうと生育する作物達の種蒔きを終えた所だ。

パンを作る為の小麦を蒔いたのだ。正直、粒麦でも良いのだが、殆ど違いが無いから、毎年気分でどちらの麦を蒔くか決めている。

蒔いてから四〜六ヶ月ほどで収穫できるから、今のうちに蒔いておいて来年収穫して冬の間にパンにして食べるのだ。

 

勿論今年も冬の間、麦を挽いてパンにする。

 

冬は雪深く、外へ出ての食料調達が難しい。

畑でもやはり、作物を育てることは難しい。幾つかの種類は冬でも育ったり寧ろ冬が適切な時期である作物もあるにはあるんだがそれだけでは到底冬の間を持ち堪えることは難しい。

だから、今の内に必要となるであろう量の食料を確保しておかねばならないのだ。

麦は冬の間でも育てる事が出来る数少ない作物だ。

 

 

 

 

明日は森に出て狩りをする。

村人が冬を越す為の肉類の調達も、ハンターとして立派な仕事だからだ。実際、依頼として何件か出され、それを受注している。

上手くいけば明日一日で依頼を終えることが出来るだろう。

 

ただ、この時期はモンスター達も移動を始める頃だからもしかすると移動してしまっている可能性もある。

下手をすると成果は無しかもしれない。

そうなっては冬になってから雪を掻き分けつつポポやガウシカを狩らねばなるまい。

出来る事ならば、そうならぬ様に願うが過去に実際あったのだ。

例年より移動が早く、冬になって雪の中を駆け回り狩りをしたことが。あれは辛かった。

 

一週間駆け回ってもポポの一頭すら仕留められず、十日目になって漸くポポを一頭、狩る事に成功したのだ。

そこまで長引くなんて予想もしておらず、念の為に用意しておいたホットドリンクは四日目にして無くなってしまった。

お陰で馬鹿みたいに寒く凍えそうな中、イチジクと共に寒い寒い!と言いながら狩りをしたものである。しかも挙げ句の果てには雪まで降り始めた中で狩りをせねばならなくなったのだ。

 

もう二度と勘弁して欲しいものだが、そう上手く事が運ばないのが世の中と言うものだ。

だから念の為、ホットドリンクをかなり多めに用意した。

もし明日の狩りが成功すれば、冬に狩りをしなくて済む。

 

ハンターとして、春夏秋冬関係無く村の周りや行商航路、森などへ異常が無いか確認するべく見回りせねばならない。

ホットドリンクを使い切ったら、あの寒空の下凍えながら数日間も仕事をしなければならなくなる。

 

それだけは、どうしてもやりたくない。

見回りだけなら良いが、狩りとなると本当に辛いのだ。足は取られるわ寒さで体力は奪われるわ、それはもう散々な目に遭いながら、となる。

 

トウガラシがあるから調合できなくもないのだが、どうかそうならない様に願うしかない。

 

思い出すだけで気が滅入るな。

 

 

 

 

「ディア」

 

「ん?」

 

「そろそろ昼食を摂ろう」

 

「分かった。少し待っていてくれ」

 

ディアに声を掛け、昼食へと誘う。

俺とお揃いの作業着を着込み、髪を結ったディアは農作業にも慣れてきており、特に指示を出さずともある程度出来る様になっていた。

ディアと共に使っていた道具を一度片付けてから家の中に戻る。

 

「今日はなんだ?」

 

「昨日釣れたサシミウオがまだあるから、それを使おうと思ってな」

 

「ほう、魚料理は初めてだ」

 

「まぁ、魚を手に入れる機会が少なくて肉を手に入れる機会が多くてはどうしても肉の方が主になってしまうからな」

 

何時も通りディアが隣に立つ。

包丁を握って昨日の釣果である三十センチほどのサシミウオを捌く。

サシミウオは名前の通り生食が可能だ。

 

海と川、どちらにも生息しており取り敢えず釣り針に餌を付けて糸を垂らせば釣れる。

キレアジもよく釣れるが、キレアジは食べると言うのであれば干して保存食にするのが一般的だ。

 

どう言うわけかサシミウオはその体内や体表面に寄生虫などを一切寄せ付けない。

大食いマグロなどの他の魚は少なからず寄生虫を宿しており、内臓を処理してから火にかけないと食べられないのにだ。

理由は知らないが、サシミウオの刺身がこれがまた、旨いのなんの。

俺も好きだから森の見回りついでに釣りに出掛けては釣ってきて食べるほどだ。

 

時期にもよるが脂が乗っているサシミウオは、それはもう絶品だ。

 

サシミウオは村で物々交換に出そうものならなんでも手に入るほどに人気だ。

本来は金銭で取引を行うのだが、サシミウオに関しては金ではなく物々交換での取引となる。

因みに昨日の釣果は十一匹でその内の七匹を我が夫婦と両親、イチジクで分け、残りの四匹を物々交換とした。

 

丁度畑の肥料が欲しかったから、肥料を交換材料に出してきた者と交換し、その肥料はしっかりと畑に撒かれる事になった。

肥料は、余りにも効果が大き過ぎるから少しで十分なのだが、今回の分を入れても俺の畑数回は畑全部に撒けるほどの量になってしまった。

と言っても、前世の堆肥袋一袋程度なのだが、これを全て使ってしまうと栄養が過剰になり育たなくなる、と言えばどれほどの効果があるか分かるだろうか。

 

余りは両親のところに持っていき、そちらの畑に撒いたのでもう無い。

別に欲張ってもしょうがないし、必要になったらまたサシミウオとの物々交換か、金を払って購入すればいい。

 

サシミウオを捌き、火にかける。

生でも良いが、昨日食べたから今日は焼き魚にするのだ。

 

「良い匂いだ」

 

「だろう?」

 

サシミウオが焼けるまで、朝炊いたココットライスを少しばかり火にかけ温めておく。

あとは特産キノコやベルナッパなどの余り物を全て放り込んだ味噌汁を作る。

 

 

 

この村の人間がサシミウオなどの魚を食べる為には村の外にある川、クルペッコを討伐した辺りの川にまで出なければならず結構危ない。だから村の外に出て釣りが出来るのは俺が一緒に居る時ぐらいなのだ。

それも、俺が忙しかったりすると出来ない訳で、そうなると必然的に俺ぐらいしか釣りをしに行く事が出来なくなる。

それにこの時期は、冬の移動などに備えてあらゆる生物が動き回っているから下手をすると犠牲者が出かねない。

 

だから装備を整えた俺が偶に釣りに出向く、と言うわけだ。

ディアは村に残して行こうと思ったのだが付いて行くと言って聞かず、怪我をしたらどうするのか、と心配すると、

 

「私が怪我をするとでも?私に傷を負わせたいと言うのならそれこそ同じ龍、それも私より遥かに永く生きた龍を連れて来い、と言う話だ。そこらを彷徨いている程度の連中に例え人間の姿であろうと私に傷を付ける事は叶わないからな」

 

確かにそうだ。

寧ろ俺の方が弱い。ディアと生活し、夜になって直接肌を重ねれば分かる事だがそれはもう強い。色々な意味で強い。

なんなら俺が守られているのでは?と思うぐらいなのだ。

 

「しかし、心配してくれるのは嬉しいぞ?」

 

とそれはもう嬉しそうに言って、俺の影響で覚えたキスをしてくる。

どうやら相当お気に召したらしく、事あるごとに強請ってくるのだ。

強請る、と言うよりいきなりなんの前触れもなく、してくるのだ。

いや、本当に嬉しくはある。

流石に皆の前では自重してくれているがその自重も何時しなくなるか、と思うと冷や冷やしてならない。

 

「互いに愛していると、伝える事を自重せずにいる事の何が悪いのだ?好きだから好きだと、愛しているから愛していると声高に伝えて何が悪いのだ?恥ずかしがる必要など何処にもあるまい」

 

そう言って、身体をくっつけて離れようともせず再び唇を寄せてくるのだ。

どうやら俺はこの三ヶ月でディアにどっぷりと浸かって影響されてしまったらしく、なんら抵抗を覚える事は無くなっているのだ。

なんなら自分も少しずつではあるがディアに対して同じ様に愛情表現を躊躇わなくなって来ている節がある。

昨日は、少しばかりの勇気を出して俺からキスをした。

夜に関しては、互いに求め合うからキスも何もかも積極的だが昼間の何も無い時はそうではない。

 

だから、昼間に俺がそうしてくれた事がよほど嬉しかったのか、その場でそれはもう深い深いキスのお返しを貰ったものだ。

それだけに止まらず、一日中、身体をすりすりと寄せて、休憩中なんかはより一層。

夜にはディアに充てられた俺も箍が外れて互いに普段よりも激しく、強く求め求められになったのは言うまでも無い、

ディア曰く、

 

「いやなに、フェイが嬉しい事をしてくれたから思わず自制する事を少しばかり忘れてしまった」

 

と言う事らしい。

 

うーむ、幸せ過ぎるなぁ。

 

そんなことを感じつつ、今日も今日とて冬支度に勤しむのだ。

 

 

 

 

午後は明日に備えて色々と準備をする予定だ。

大型モンスターを相手する時は太刀を使うが、そうで無い、狩りの場合は弓を使う。

草食モンスター達は、ブルファンゴなどの血の気が多いヤツを除いて大体人間が近づくと逃げてしまう。

ゲームでは逃げないアプトノスやポポは、こちらを認識しただけでさっさと逃げてしまうから、遠くからでないと仕留められないのだ。

 

暫く使っていなかったから、念入りに手入れしないと。

 

 

 

 

 

 

 

夜になり、夕食を終えて風呂にも入った後。

恒例となっている、互いに気になったことなどを質問し合う時間である。大体、これが終わると九割の確率で大運動会が始まるのだがその話は止しておこう。

 

と、幾つか質問をしているとふと気になった事がある。

 

「一ついいか」

 

「ん?」

 

「シュレイド城に住む龍が関係しているかは分からないが、あの辺り一帯は他の生物が近寄らないと聞く。であるならばディアが住むこの村の周辺も同じ様なことになっていてもおかしく無いんじゃ無いのか?」

 

「そうだな」

 

「なのに、生き物は以前と変わりなく過ごしている。どうしてだ?」

 

「フェイが言っている事は、正しくもあり間違いでもある」

 

「と言うと?」

 

「まず第一に、我ら龍も食事を摂って、水を飲まなければ生きて行く事は出来ない。当然、シュレイド城に住み着いている奴もそうだ。あれは、単純に人間がしょっちゅう調査と言ってちょっかいを掛けに来るからわざとその人間の気配を探る為に威圧し、近寄らせない様にしているのだ。もしそれがなければ、威圧もしないし生物も数多く寄ってくるだろう」

 

「奴が自分の物だと主張しているのは人間達が作った城とその周りの街だけだ。別にそれ以外の森や川までも自分の物だとは言っていない。何度も言っているが自然は全ての生物の物であって特定の生物の物では無いからな。それは龍として産まれ生きている奴も尊重し守るべき事だと理解しているしそれらを守る事が当たり前で当然であると思っている」

 

「ただ、奴はなんと言うべきか、臆病で用心深く、しかして売られた喧嘩は全て買ってしまうと言う面倒な性格の持ち主でなぁ……。奴もそれを自覚しているから、だから人間に不用意にちょっかいをかけられてうっかり辺り一帯を焼け野原や更地にしないように、防ぐ為に他の生物を威圧し遠ざけ人間にあそこは危険だと思わせているのだ」

 

「それに、食事をする時は遠くに態々出掛けなければならない、と文句を言っていた」

 

「したくて威圧し、周辺を生物無き環境にしているのではない。奴は一族は違えど顔見知りだからな。話した事もある。そもそも、龍が自身の気配をダダ漏れにしていたら我ら一族や龍達の住まう場所などとっくの昔に人間達に知られているはずだろう?」

 

「確かに、その通りだ」

 

ディアが言う通り、もしそうならば立入禁止区域としてハンターや民間人に通達されていてもおかしくは無い。

 

「龍は必要な時以外は力を振るわない。だから、他の生物を追いやるのはそれだけ生物の住む場所を奪い、別の場所に住む生物を脅かす事になる。だから、不自然にならない様に、自然と気配を溶け込ませて生きている。それは一族から離れ此処に住んでいる私もそうだ。もし私が気配を隠しもせずにいたら、森に食料を頼ることも出来なくなってこの村は食べるものが無くなり飢えに苦しむ。それにだ」

 

「それにもし私がそうしてしまったら、フェイ、お前の仕事が無くなってしまうではないか。そうなったら、困るだろう?」

 

微笑んでそう答えるディアに、なるほどと納得する。

生きている、と言う以上食事や水を摂らなければ生きてはいけない。

それは龍も同じ。いくら御伽噺に語られるような存在であったとしてもその運命からは逃れられないのだろう。

 

「俺はどうなんだ?ディアの血を取り込み、毎晩ディアに匂いやらなんやらを染み込ませられているだろう」

 

「フェイは気配を溶け込ませる術を知らない。だから、もし私が居なかったら余程強い生物でなければ寄っては来ない。たとえば、そうだな。顎が突起物に覆われているやつや、何でもかんでも喧嘩を売って殴り合いになる奴ら達は寧ろ喜んで飛び込んでくる」

 

「だが、どうしてそうならない?」

 

「それは私がいるからだ。私が自分の気配に紛らわせてフェイの気配も溶け込ませているのだ」

 

「もしかしてだが、俺が森に狩りや釣りに出掛ける時に何時も付いてくるのは……」

 

「それもある。だがそれ以上に単純に私がフェイから離れたく無いからだ。割合としては、共に居たいが九、気配が一ぐらいだな」

 

ディアは何を当たり前のことを聞いているんだ、と笑う。

 

あぁ、確かに龍とはそう言う生き物であった。自分のものだと認識したらまずもって離れようとはしない。もし持っていける物なら何がなんでも持っていくし、そうでなければそこに住まう。

そして俺のように夫婦となったのならば余計だ。

 

しかも俺は、簡単に言うならばディアからすれば容易に持っていけるものに分類されるし、ディア自身もそうだと認識している。

なんなら人間の姿を取っている今は、龍の姿であるよりも簡単に付いて行く事が出来る。

 

俺が離れようにも磁石が互いに引き寄せられる事が当たり前である様に、ディアだけでなく俺も互いに引き寄せ合うのだ。

離れようにも離れられず、かと言って俺もディアも離れる意思があるか、と言われると更々無い訳だ。寧ろ共に居る事を望む。

 

今の俺とディアの関係は、ある意味では共依存状態と言っても良い。

俺はディアが居なければ生きていけない身体に物理的にされてしまったしディアは独占欲故に離さない。

 

今更ではあるが改めて、ディアは俺を一生離す気は無いと言うことだろう。

 

 

そしてまた、毎晩の恒例となっている大運動が始まった。

大体ディアに押し倒されて始まるそれが終わったのは日付を跨いでから暫くしてからだった。

 

明日、大丈夫だろうか。

まぁ、体力的には問題無いだろうからなんとかなるとは思うが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

普段起きるよりも幾らか早くに起きて、準備をする。

その前に朝食を拵えてしまおう。

朝は簡単に味噌汁とココットライス、それと昨日焼かなかったサシミウオの焼いたものをだす。

 

「「いただきます」」

 

恒例となった、二人揃っての挨拶。

箸を使って食べ進めつついつも通りの雑談。

 

「そう言えば、今日はどんな予定で行くのだ?」

 

「アプトノスを狩ることが主目的だが、余裕があったならついでに釣りもしてサシミウオを幾らか釣果にしたい、と思っているな」

 

「ふむ」

 

「分担してもいいのだがディアがうんと言わないと出来ないからなぁ」

 

本来ならば、俺が狩りをしている間にディアとイチジクに釣りをして貰いたいんだがディアが頷いてくれないとならない。

一応聞いてみるが、間違い無く断られるに決まっている。

 

「言っておくが、必要な時以外は離れないぞ」

 

「釣りをしていて欲しい、と言ってもか?」

 

「駄目だ。さっさと狩りを終えて一緒にやれば良い」

 

「そう言うと思っていた。イチジクにはもう話をしてある」

 

「ん、分かった」

 

もぐもぐと咀嚼し、飲み込んでコクコクと頷く。

朝食を終えて持ち物をそれぞれ持つ。

 

俺は防具と弓を点検した後に背負い、矢筒に入っている矢などに問題無いかを最終確認、それが済んだなら腰にぶら下げる。

念の為に回復薬や回復薬グレート、解毒薬と言った薬品類や閃光玉などをアイテムポーチに放り込む。

 

実を言うと、回復薬などが詰められているビンは小さい。

五cmほどの大きさで太さも二cmほどしかない。逆に言えばたったこれだけの量で凄まじい効果を発揮すると言うことだ。

そのビンをモンスターの皮で作られたアイテムポーチに入れるのだ。アイテムポーチは幾つかに分かれており耐衝撃性に優れている。でなければモンスターの攻撃を食らったり回避した時に中の物が駄目になってしまうからだ。

ポーチには仕切りが入れられておりそれぞれの仕切りに各種アイテムを入れる。

火打ち石などもそうだ。

 

身体の前後に二つずつのアイテムポーチがあり、それ以外に剥ぎ取り用ナイフなどをぶら下げるのだ。

 

 

 

 

ディアは、俺の防具を作るときに余ったモンスターの素材で拵えた防具を身に纏っている。

釣り道具は狩りに成功したら一度戻ってくるからその時に取りに来ればいい。

 

一応、念の為、心配する必要は無いんだろうが、ディアに防具を身に着けて貰っている。

幾ら龍とは言え、自分の奥さんが狩りに軽装で行くなど心配で仕方が無い訳である、と言う俺の意見により作られたのだ。

 

因みにであるが、ディアが狩りに同行する事に関してはギルドから既に許可を貰っている。

行商人に頼んで、次の街などギルドがある所に持って行って貰える様に頼み、手紙を持っていってもらったのだ。

 

手紙には、事の顛末を書き、当事者達のギルドマスター達に急いで送って貰えないか、と書き記した。

するとかなりの早さで返事が戻ってきて色々と書かれてはいたが、まぁ要するに許可を貰えた、と言う事である。

 

一応干渉するな、と言う取り決めはあるがハンターズギルドに所属するハンターとして、その辺はしっかりとしなければならない。

ハンターとして活動する、と言う点に関してだけは、干渉を認めているし。

 

だから許可を取る必要があったのだ。

まさか、狩りに一緒に行くだなんて言われるとは思っていなかったからあの時にギルドマスター達もそんな事想定しているわけもなく。取り敢えず特に何の問題も無く事が収まってよかった。

 

まぁ、この事を報告されたギルドマスター達の心中は察するが。

 

 

 

 

二人と一匹、目的地に向かって歩く。

 

「アプトノス、居るかニャー?」

 

「既に移動していて居なかったら、何時ぞやの様に雪の中で駆け回るしかないぞ」

 

「ニャ〜……、あれはもう嫌だニャ」

 

イチジクは冬の狩りを思い出し、髭を震わせながら顰めっ面になる。

ディアは俺の隣にピッタリとくっ付いて存在を主張しているが、両親を含めイチジクはどうやら俺の両親であると言うのも影響してか家族である、と認識されているらしいのか、これと言って普通に接しても文句は言ってこない。

ただ、こうして行動で私のものだぞ、と主張している訳だ。

イチジクは最初は戸惑っていたが、どうやらもう慣れたようで全く見向きもしない。

 

まぁ、村の皆にはそうでもないんだが。

特に女性が関わるとなると、俺の面子もあるからその場では何事も無いかの様に振る舞うが用事を全て済ませてから家に帰った後、それはもう凄い。

なにが、とは言わないが凄い。

 

「それにしても、随分と景色が様変わりしたものだ」

 

「そうだな。この時期は木々が赤や黄に色付くから景色がとても良いんだ」

 

森を歩いていると、一部の常緑樹を除いて木々が紅葉しそれはもう素晴らしい光景が広がっている。

ただし、ここで綺麗だとか言うと家に帰ってから下手をするとディアにまた限界まで搾り取られる事になるから、言葉を曖昧にして表現しておくのだ。

 

正直毎晩の様にしているのだが流石に限界まで、となると翌日に相当響いてしまうのだ。

特に翌日、用事が無ければ問題無いがそんな事は滅多に無い。畑の世話もしなければならないし。

 

ともあれ、今の所ディアの機嫌を損ねる様な事にはなっていないらしい。

 

暫く歩き回り、アプトノスを探すがどうも見当たらない。

 

「見つからないな……」

 

「まさか、もう移動しちゃったのかニャ?」

 

「うーむ、もう少し探して居なかったら、別の獲物を探そう」

 

それから幾らか探すと、十頭ほどの群れを見つける事が出来た。

 

イチジクに目で合図をすると、地面を掘って先回りする。

失敗した時、逃げられてしまわないように先回りしているのだ。

 

矢を番え、弦を引き絞る。

若く大きいアプトノス。決して子供やその母親は狙ってはならない。何故なら子を殺す事は次代に繋がらなくなってしまうからだ。

 

狙いは頭。

下手な場所に、首などに命中させてしまうと無駄に苦しませてしまう事になる。

そうならない様に頭を狙って一撃で仕留めるのだ。

 

引き絞った弦を離す。

とんでもない速さと勢いでもって飛翔する。

距離はたったの五十m程しか離れていないから数秒と掛からずに、狙った通り正確にアプトノスの頭を射抜いた。

 

矢が深々と刺さったアプトノスは、もんどりうってドスン!と大きな音を立てて倒れる。

 

すぐに他のアプトノス達は、逃げていく。

それを追う事はなく、仕留めたアプトノスに近寄る。

 

一応警戒して。

 

どうやら、完全に息絶えたらしい。

 

「イチジク、村に走って荷車を持って来てくれ」

 

「了解ニャ」

 

イチジクに言って、荷車を持って来てもらう。

その間に、俺は仕留めたアプトノスを解体する。

 

腹を割き、内臓を全て取り出して胃や腸の中身を全て取り出す。これは流石に食えないから捨ててしまう。

 

そして綺麗にした内臓をディアに持って来てもらっていたシートに乗せる。

もう一枚のシートを取り出し、アプトノスのそれぞれの部位ごとに切り分け、シートに乗せておく。

 

骨なども全部使うから捨てる場所など何処も無い。

骨は家を建てる時に使うし、内臓も食用になる。ただ、寄生虫がいる可能性を考えて分けておくのだ。

相当大きかったから、今までの備蓄を合わせても、今年の冬は狩りをしなくても問題無さそうだ。

 

場合によってはガウシカを狩る事になるだろうが、ポポを狩る必要は無いだろう。

 

手早く解体を済ませて、少し待つとイチジクが荷車二台と村の力自慢を数人連れて戻ってくる。

彼らの手伝いも借りて荷車に内臓と皮、骨と肉に分けて載せていく。

 

それが済んだならすぐに村へ。

 

 

 

 

 

 

 

村へ戻ると、歓声が上がる。

何故ならこれだけの量の肉があれば冬の間、食糧不足に心配する必要が無くなるからだ。

 

肉と内臓を、家の人数毎に分けていく。

取り分は狩りをした俺とディアの家族、そして両親とイチジクの一家が少しだけ多めに。

序でに皮と骨を幾らか貰っておく。

 

肉は皆で分け、皮や骨などは雑貨屋や大工に。

そう言う感じで分けていくのだ。

 

分け終わると、家の食料庫に運び込み腐らないようにしておく。

 

俺とディア、イチジクは釣り道具を持ってまた森へ。

魚も、必要ならば足りていない家に分けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川に着くと、折り畳み椅子を組み立てて腰掛ける。

一応、モンスターが現れた時のために太刀は背負ったままだ。

釣り針に餌をかけて川に放る。

 

三人並んで、魚が掛かるのを待つ。

 

一番目の釣果は、イチジクであった。

 

「カクサンデメキンだにゃ。コイツは食べれないし必要無いから逃すニャ」

 

釣り針からさっさと外すと川に放る。

 

カクサンデメキンは、ボウガンなどの弾を作る時は必要になるんだがそもそもボウガンは滅多に使わないから少しばかりの備蓄があるだけなので、今は必要無いので逃す。

目的はサシミウオだから、それ以外の魚は逃してしまう。

 

 

 

その次は俺だったがこれまたバクレツアロワナと、目的のもので無いので逃してしまう。

ディアも釣れはしたが、何故かキレアジばかり釣り上げていた。

 

特に会話は無いが、ボーッと腰掛けて釣りをするのは、心地良いものだ。

まぁ、途中ディアが俺に近付き過ぎて釣り糸が絡まったりしたがそれもまたアリだろう。

 

 

 

 

 

夕方になり、そろそろ帰ろうと荷物を撤収。

釣果はサシミウオが十三匹、大食いマグロが一匹と結構なものである。

 

大食いマグロを俺が担ぎ、サシミウオはディアとイチジクが分けて持つ。

猫だから魚好きなイチジクは、ホクホク顔でご機嫌だ。

 

大食いマグロは村の皆で分けてもらい、サシミウオは我が家で分ける。

両親達に七匹、俺とディアで六匹。サイズもどのサシミウオも三十cm超えと大きくて冬に備えているから脂も乗っていて中々だ。

 

因みに大食いマグロもサシミウオ同様人気がある。いや、サシミウオ以上の人気があると言っても間違いは無い。

何故ならそう簡単に釣り上げる事はできないし、よしんば釣り針に掛かったとしてもそのサイズ故に釣り上げるのが物凄く大変なのだ。それに釣れたとしても大抵釣った人本人のものになってしまう。

 

だが今回は、既に我が家には大食いマグロは一匹食料庫に吊るされているし必要無いだろう、と言う事で村の皆で分けて貰ったのだ。今頃は、皆揃って広場で大騒ぎだろう。

 

 

足早に家に帰宅し、日が地平線に沈もうか、と言う頃。

サシミウオの内臓などを取り出して処理し食料庫に放り込んだ後。

 

台所に向かって夕食の支度をする。

まず最初にココットライスを炊く。

今日は、アプトノスの肉を使って炒め物でも作ろう。

 

アプトノスの肉を二人分切り取って、特産キノコを何種類か取り出す。

あとは汁物も作りたいから、どちらにも入れる具材の野菜を四種類ほど。

 

それらの食材を全て手早く切り、油を引いたフライパンで炒める。

胡椒、モガモガーリック、醤油で味付けをして。

 

味噌汁も同様に、ぱぱっと作ってしまう。

それらをよそり、テーブルに運べば終わり。

 

相変わらずディアは料理中、ずっと隣に立って邪魔にならない様にこっちが驚く様な身の熟しをする。

俺がどう動くのか、とか色々と先読みしているらしい。

 

「自分の番の考えが分からなくてどうする?」

 

だそうだ。

なんともできた奥さんである。

 

 

手早く二人で食事を済ませ、風呂を沸かす。と言っても源泉のお湯を水で割るだけなので大した手間では無いが。

 

風呂も何時も通り共に入り、身体を互いに洗い一緒に湯船に浸かる。

正直、今でもディアの裸は見慣れないと言うか。

 

毎晩見ているとは言え、風呂ではまた違った魅力があるものだからいつまで経っても慣れないのだ。

 

 

 

 

風呂に浸かりながら、ぼーっとしているとふと思い出したことがあった。

 

「ディア」

 

「どうした?」

 

「今更だが、あの時、俺達が初めて出会った時何故あそこであんな傷だらけになって倒れていた?」

 

そう、今の今までディアの嫁入りやら聞かされた話のインパクトやら、冬支度などで忙しくてすっかり抜け落ちていたのだ。今思えば、そもそもディアがあそこに傷だらけで倒れていなかったらこんな関係になっては居ないだろう。

 

その理由が、ふと思い出して気になったのだ。

 

何せ、古龍の中でも強さで言えば間違い無く最強、他に並ぶ種など殆ど存在しないのが、我が家の奥さんである。

そんな彼女が、どう言う訳であんな事になっていたのか気になったのだ。

 

だから聞いてみたのだが。

 

「……」

 

「どうした、目を逸らして」

 

「いや、うん、その、なんでもない」

 

何時もは俺が質問すると嬉しそうに、それはもう喜んで答えてくれるのに今回ばかりは随分と歯切れが悪い。どうしてだろうか?

 

「言いづらいのならば、答えなくてもいいが……」

 

「いや、言い辛い訳ではないのだ。その、な……」

 

何やら微妙な空気と沈黙が場を支配する。

少しすると、ディアが口を開いた。

 

「空を飛んでいた時、他の種の龍と喧嘩になったのだ」

 

「喧嘩?」

 

「うん。龍は気配を自然に溶け込ませる、と教えたな?」

 

「あぁ」

 

「それには説明した理由も勿論あるのだが、龍と言う生き物は種にもよるが存外好奇心が旺盛でな。だから気配を溶け込ませて気になったりすると彼方此方を飛んで回って知識を得るのだ。特に私は一族の中でも一番好奇心が強い。それで、しょっちゅう彼方此方と飛び回っていたのだ。それで、あの時も飛び回っていたんだが、偶々、ある龍の住処の空を飛んでしまってな」

 

「その住処の上を飛ばれた龍が縄張りを荒らされたと思って腹を立てて喧嘩になった、と言う訳か」

 

「そうだ……」

 

「何故そんなに恥ずかしそうにする?」

 

「だって、何時もフェイに年上風吹かせたり博識を前に出している私が、まさか好奇心故に得た知識で興奮して他の龍の縄張りに踏み込んで喧嘩になったなどと聞かれたら恥ずかしいに決まっているだろう!」

 

白い肌を、湯に浸かったものとはまた別の赤で染めるディアの姿は普段の美しいだとか、そう言うのとはまた違った魅力がある。

 

「そんな事は無いと思うがなぁ。俺はまぁ、うん、可愛いと思うぞ」

 

「普段はそう言われると嬉しいが今回ばかりは恥ずかしい……」

 

なにやらぶつぶつ言っているが、多分俺が勝った初めてのことだろう。

何に勝ったのかは分からないが何となくそんな気分だ。

 

「しかし、その龍はまた襲って来たりしないのか?」

 

「それに関しては大丈夫だ。向こうも私がわざと縄張りに入った訳ではないと知っているだろうし、そもそもその気なら今頃この辺り一帯を巻き込んで私は死んでいる」

 

「なら良かった。しかし、何故あそこまで手酷くやられたのだ?死に掛けだったろう」

 

「いやなに、その、まさか他種の龍の縄張りだなんて思っても居なくて、いきなり攻撃されたと勘違いして思いっ切り全力で反撃してしまってな……。それでぼろぼろにされて這々の体でにげたのだ。幸い、追い払うだけで済まされたから良かったがな」

 

「フェイに手当をされた後に一族の住処に帰ってから祖父に聞かされて知ったのだ。どうやらその龍は、シュレイド城に居座っている奴と同じタイプの、変なところを居心地良く感じて居座る性格らしくてな……。人間にも居るだろう?変人と呼ばれる連中が。その龍はまさしくそれと同類の老龍でなぁ……。その龍の事は聞き及んでいたし、その龍と同じ種族の群れが住んでいる場所は知っていたが、まさかあんな場所に住み着いているなんて知らなかったんだ」

 

「あんな辺鄙で周りには何も無く溶岩ばかりで動植物が何も育たない、陽の光も暗い雲に覆われている場所だぞ?逆にあんな場所に居ると思う方が難しい」

 

「龍は、他の種同士だとあまり関わらない。何故ならそもそも住む場所が違うからだ。それぞれ明確にした訳ではないが住む場所が分かれている。だから関わった時は大抵、何か理由がある。最後に全ての龍が同時に関わったのは祖父が語ってくれた、私がフェイに以前話した人間との戦争の時ぐらいだな。私の場合はうっかり断りも無く縄張りに踏み込んでしまった挙句反撃してボコボコにされた、と言う事だ」

 

「まぁ、かの龍は普段は温厚らしいから、刺激しなければ良いだけなのだが、私は見事に怒りを買ってしまったと言う訳だ」

 

ディアは恥ずかしそうに語る。

顔を手で覆って下を向いている。

 

ディアには悪いが、こっちとしてはそんな表情を見る事が出来て役得である。

 

だがしかし、喧嘩になったと言うその龍は、よほど強いのだろう。

何せ一万と三千年以上も生きるディアがボコボコにされた、と言うぐらいなのだから。

 

恐らく、彼女の両親と同等かそれ以上の年月を生きているに違いない。

龍の強さは、生きて来た年数に依る、と以前言っていたからな。

 

「謝ったのか」

 

「あぁ、あの後フェイの元に行く前に出向いて謝罪して来た。最初は睨まれたが理由を説明してちゃんと謝罪したら笑いながら許して貰うことが出来た」

 

反省したようにディアは語るが、なんともまぁ、彼女らしからぬエピソードだ。

僅か数ヶ月とは言え、普段のディアを見ていると余計だ。

 

俺からすれば、永い時を生きて知恵や知識が豊富、それと独占欲が強く身内には厳しくもそれ以上にとことん甘いと言うか優しい、と言うのが彼女に対するイメージだからだ。

 

まさかそんな彼女がうっかりミスみたいな事をやらかし、勘違いの上に牙を剥き出しにして全力で反撃するなど到底想像も付かない。

 

「まぁ、お陰でフェイに出会えたからな。私としては結果的に良かった訳だ。今後はそうならない様にするがな」

 

結果オーライ、とでも言う感じだ。

しかし、ミラルーツと言うそれこそ古龍の中でも最強格と言っていい存在と真っ向から喧嘩して勝つ事が出来る他の龍と言うと、それこそアルバトリオンぐらいしか思い付かないぞ。

 

グラン・ミラオスはまだ眠りについている筈だし、ミラボレアスやミラバルカンは同種で同じ一族でもあるし喧嘩をする事も滅多に無いと言っていた。

もしゲームでのグラン・ミラオスが関係する出来事があったなら少なからず噂になるだろうからだ。流石にあそこまでの規模となると人の口に戸は建てられまい。

 

うーん。

そう考えると随分と無茶をしたものだ。下手したら殺されていたのに。

 

「確か、あの龍は祖父以上に永い時を生きていると言っていた。それは強い訳だ。全く手も足も出ないし、一方的にやられたものだ」

 

そう笑っているが、こっちからすればそれどころじゃないぞ。

龍からすれば単なる喧嘩だろうが、人間からすれば下手したら国家存亡の危機だぞ。

 

それに何より、その時は違うとは言え今は夫婦となったのだ。

自分の奥さんがそんな目にあった、と言うのは理由は何であれ余り聞きたくないものだ。

 

「これからは、気を付けてくれ。理由はどうであれ自分の妻のそんな話は聞きたく無いからな」

 

「!あぁ、勿論だ」

 

そう伝えると、にまぁ、と嬉しそうに笑って擦り寄ってくる。

抱き締められて、その身体を押し付けてくる。

 

なるほど、これは別の意味で地雷を踏み抜いてしまったか。

 

そう俺が思ったのは正しかった。

喜んで嬉しくなったディアによって俺は捕まり、その晩から久々となる丸々五日間に渡る大運動会を開催することになった。

 

 

 

 

 

 

 

漸く大運動会が終わりを告げ、満足気にしているディアと共に疲れた身体を引き摺りながら風呂を沸かす。

寝ているディアを起こして風呂に入り、そしてそれはもう大変なことになっているベッドや寝室の後片付けを二人で行い、シーツなどを干した後。

 

手早く食事、と言っても米を炊いて肉を味付けして焼いただけの簡素なものだが、食事を済ませる。

寝室に戻り綺麗なものに取り替えたベッドに不眠不休の情事や後片付けで疲労しきった身体を、思いっ切り放り出して寝転ぶ。

 

「いや、すまんな。嬉しい事を言ってくれるものだからついつい歯止めが利かなくなった」

 

「構わんさ。ほら、今日一日は休みにしよう。流石にもう動く気力は無い……」

 

「ん、そうだな」

 

掛け布団を掛け、寝る準備を整えると、隣に寝転んだディアの胸元に抱き寄せられてギュゥッ、と力を込められる。

ディアの胸はそれはもう大きくて柔らかくて温かくて、何故か同じ石鹸を使っている筈なのに良い匂いがする。

そして何よりも母性と包容力に溢れている。

 

ディアからすれば俺なんて年下も年下、それこそ産まれたばかりの小龍とそう変わらないのだろう。人間の中では大人と言うだけで龍からすればまだまだ子供だ。

姉さん女房と言う事だろう。

 

細くしなやかな指で、俺の硬い髪の毛を梳き、そして頭を撫でる。

それを感じながらもうどれほどか分からない程に嗅いだディアの匂いを肺一杯に吸い込んで吐き出す。

そうすると途端に身体中の力が抜けていって、さっきまで開いていた筈の瞼がどんどん閉じてくる。

 

今は、それに抗わずそのまま目を閉じる。

ぐりぐりと、離れないように顔を奥へ奥へ進めて意識を手放す前、少しばかり力を強くディアを抱き締めて、

 

「おやすみ、ディア……」

 

「あぁ、おやすみ。フェイ」

 

そう言って額に唇を押し付けられる感覚を最後に完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

数日間出来なかった畑の世話やら掃除やらをディアと分担し済ませた後。

特に用事も無く、家で二人のんびりと過ごす。

 

何時も通り互いに質問をして、答えてを繰り返す。

 

 

「龍達に、種族毎に違いはあるのか?」

 

「勿論ある。身体の大きさは勿論だが種族毎の大まかな性格などもまるで違う。人間達が老山龍と呼ぶ龍達は、とにかくデカい。祖父達は、私の二回り以上も大きいがその龍の成体は祖父達よりもずっと大きくなる。だがその巨躯に似合わず性格は温厚で臆病だ。争いは好まない性格が多いし、のんびりとしていて大抵群れずに各々好きな場所、地中だったり森の中だったりに篭っている」

 

「だがその性格故に時折ある龍の脅威に晒される事があってな。その龍は、他の龍や竜を操る、とは違うが狂わせてしまうのだ。他の龍は影響は受けないのだが龍の中では老山龍だけが影響を受けてしまう。だからその影響を受けて周りを害さない為に時折移動するのだ。何せ、老山龍が影響を受けたとなれば大事だ。我ら一族の龍ですら手間取るのだ、人間達ではどうにかする事など到底無理だからな。まぁ、龍を狂わせる龍も好きでやっている訳じゃ無いし誰が悪いと言うのでも無い。だから誰かを責める事は出来ないのだがな」

 

シャガルマガラとラオシャンロンにそんな事実があったとは。

ゲームだと、悪役として描かれているシャガルマガラだが実は周りを害したくて害し、狂わせている訳では無いのだろう。

 

「龍の世界にも色々とあるのだなぁ……」

 

「どんな生物にも特有の事情があるものだ。我ら一族にも事情と言うか、問題もある」

 

「そうなのか」

 

「我ら龍は長命故に繁殖能力が低く、子が産まれてくる事が少なくてな。他の龍にも同じ事が言えるがやはり問題でな。だから番を見付けようにも見つからない事が多い。それに、一族だけで番を繰り返すと血が濃くなり過ぎる問題もあったり、他の一族に行ったり来たりもするが、結局数が少ないから堂々巡りになってしまうんだ。私の母も他の一族から来たのだ」

 

「大変なんだな」

 

「あぁ。だから、私とフェイが夫婦になる事は実は一族にとっては良い事なんだ。人間とは言え新しい血を外から得られるのだからな。少しとは言え、血が薄くなる」

 

「確か以前、産まれた子は人か龍のどちらかに完全に寄る、と言っていたが、それでもなのか」

 

「あぁ。血が薄くなり過ぎるのも問題だが、ある程度は薄くしないとならない。血が濃くなり過ぎると、寿命が縮んだり身体の何処かに産まれ付き何か問題を抱えて産まれてくる子が多くなる。それらを防ぐために外から少しは血を取り入れて薄めないとならないのだ」

 

「しかし、結局俺はディアの血を取り込んだのだからかわらないのではないか?」

 

「いや、取り込んだ、と言ってもその人間を龍に変容させると言うだけだから同じ様な血になる訳では無い。だから、フェイの血はフェイの血のままだ」

 

「ふぅむ……。産まれて来た子に何か違いはあるのか?」

 

「ある。まず産まれて来た子は龍の血が流れているから人の姿であろうと龍の姿であろうと寿命は同じだ。だが龍が人の姿に、人が龍の姿にはなれない。ただし、子を作る事は元から出来る。それに身体能力は龍の姿で産まれてくれば変わらないが、人間の姿で産まれた場合、産まれ付き私と同じ様な状態だから、人間の姿で龍の力を宿す事になるぐらいだな」

 

「今更だが、それだけの事が分かっていると言う事は前例があると?」

 

「ある。私の祖父の祖父である高祖父の時代の事だから、何億も昔の話だ」

 

これまた随分と、気が遠くなるほど昔の話だ。

 

「祖父は、確かに年老いてはいるがまだまだ永く生きるぞ。我ら龍の寿命は、軽く億年ほどにもなるからな。高祖父は流石に無いが曽祖父は小さい頃に遊んでもらった事がある。もう寿命を終えて自然に還ったがな」

 

ふっ、ディアは懐かしむ様に笑う。

彼女達龍は、死ぬ、と言う言葉を余り使わない。

代わりに自然に還る、と言う。

 

彼女達からすれば自分達も自然の一部であり、寿命を終えたとしても再び自然に還り戻ってくるからだ。

 

だから、彼女達の価値観からすれば、例えば寿命を終えたとしても程度の差はあるがまだその辺に居て、此方を静かに見守られている様な感覚らしい。

 

隣り合って腰掛けて、外を眺めているだけ。

ただそれだけで十分に幸せなのだ。確かに、毎晩毎晩二人して愛を確かめ合ってはいるがこんな何でも無い時をも愛おしく感じるし大切なものだ。

 

隣を見ると、綺麗なディアの顔が夕日に照らされ、髪の毛がキラキラと光っている。

それはもう、幻想的なものだ。

 

「どうした、私の顔を見つめて」

 

「あぁ、うん、やはりディアは綺麗だと思ってな」

 

「……そう言ってくれるのは嬉しいが、また何日も離さなくなってしまうぞ?」

 

「それは困るが、龍は番に愛を隠さず伝えるのだろう?」

 

「まぁ、そうだが」

 

「ならば言わないと。何時も俺が言われてばかりだからな」

 

「そうか……」

 

心底嬉しそうに擦り寄って抱き付いてくる。

それを受け入れて、此方からも身体を寄せて腕を回して抱き締める。

 

「……なぁ、フェイ」

 

「なんだ?」

 

「以前、フェイは私を既に妻として見ているがまだ心からそう思えているかどうかは分からない、と言ったな」

 

「あぁ」

 

「だから、フェイがそうだと思ってくれたその時に、またもう一度聞いて欲しい。その時は、必ず答えを出そう。とも言っていた」

 

「それがどうかしたのか」

 

「私はもう、そうだと思うのだ。短い時間しか共に過ごしていないが、フェイは私を大切にしてくれている、心から想ってくれていると私はここ一ヶ月ほどずっと思っていた。だから、もしフェイが望むならば……」

 

ディアのその言葉と顔に、どきりと心臓が弾む。

 

 

 

 

「私と共に、永き時を生きてはくれないだろうか……?」

 

 

 

 

こちらをじっと見つめて、普段の凛々しい表情ではなく、不安そうな表情だ。

緊張故か、断られた時の恐怖故か、少しばかり震えてもいる。

 

 

 

 

この半年の間、ずっとディアと共に過ごしていて、どの様に言葉で表せば良いのか分からないが、随分とディアに惚れ込んだらしい。

それも、ディアに龍と変わらないぞ、と言われるほどには独占欲を発揮している。

何よりも、ずっと側に居たいと願っているのも確かだ。

 

緊張していて、上手く表す事が出来ないが俺の想いは、答えは当然決まっている。

 

 

 

「あぁ、喜んで。これから永い時を共に生きよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逆プロポーズをされた日の夜。

 

「フェイッ、フェイッ……!」

 

再び、昂ったディアに風呂から上がり寝室のベッドに腰掛けたタイミングで間髪入れずに押し倒された俺は、今回は十日にも渡って家に篭りディアと励むことになり、疲労困憊になったのは言うまでもない。

 

今までよりもずっと、ずっと嬉しそうに、そして幸せだと言わんばかりの雰囲気と態度で、俺の名前を呼びながら身体を重ね続けて来るディアと、それに答えるべく無気なしの体力と男として、夫としての意地を振り絞りディアばかりにならないようにする俺は、それはもう疲れて疲れて仕方が無かった。

 

流石にディアも流石に一日置きの連続の数日以上に及ぶ情事では疲れたのか、ぐったりとしていた。しかしとんでもなく嬉しそうに幸せそうに俺の腕を抱いている。

既に恒例となりつつある、疲れた身体を引き摺って後片付けと食事を済ませてベッドに潜り込む。

 

再びディアと抱き合いながら、疲れたな、と言い合いながら目を瞑る。

 

だがそれでも心底遥かに幸せだと、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイテムポーチのイメージ、旧日本軍などが使っていた弾薬盒を想像してくれれば分かりやすいかも。
まぁ実際は違うんですが、一番近いものと言われるとそれかなぁ。

色々探してみて一番しっくりと言うか、似ていたのがそれだったので。



今回は随分と砂糖多めになったかなぁ……。
こう言う展開にすると、文章短めでなんか読み応え感じない気がするな……。
余り頭捻らんで良いからか?うぅん……、文字数は書き手の何時までも付いてくる最大の悩みだ……。


まぁ良いや。
感想でとやかく言われてますが、そう言うもんだと思っています。気にしてもしょうがない。別にとやかく言われようと書く内容に変わりはありませんし、変える気もありませんので、あしからず。

嫌だって人は、今更ながら何もせずにブラウザバックをして頂いた方が双方共に、禍根を残さずに済むでしょう。






それと、これからの展開について少々。
内容には触れませんが、年数が飛び飛びになります。
と言うのも、龍と人、それも他よりもずっと長い年月を共に過ごす訳ですから、余り細かく月日を刻めないんですね。
じゃないと、文才の無い作者は失踪する事になる……。

と言うことで、飛び飛びの年数にはなりますし、そこまで長い話数にはならないと思われますが、どうかこれからも本作を宜しくお願い致します。








龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/





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4話

やべぇ、俺が本文で変なこと書いたばかりにディアさんがショタコン扱いされちゃってる……。
違うんや、ディアさんはショタコンじゃないんや……。



今回は砂糖回じゃないよ。











 

早いもので、ディアと共に永き時を生きると覚悟を決めて、この身が完全に龍に変容してから十年の月日が流れた。

と言ってもこれから億年を超える年月を生きる事になるのだからほんの瞬き程度の時間なのかもしれないが、それでも沢山の思い出がある。

 

我が夫婦は、相変わらず互いに独占欲を強く発揮しており、自分で言うのもアレではあるが村一番の夫婦だと皆に言われているものだ。

 

何か変わった事と言えばイチジクが嫁を貰ったことだろう。

街にとある所用で出掛けた時の事だ。

奥さんであるハナビと言うアイルーに一目惚れして、まぁ紆余曲折の末に、と言う訳である。

 

 

今では村に居を構えて夫婦と産まれてきた子供達で大騒ぎではあるが楽しく幸せに暮らしている。子アイルー達が村中を手伝いと遊びで駆け回っている光景は、なんともまぁ、愛らしいものだ。

村の皆も、それは大層可愛がっている。

 

アイルーの寿命は人間の半分程度、大凡四十〜五十年ほどだ。

しかも、妊娠確率が脅威のほぼ百%、更には一度に五〜八匹を産むと多産だ。事実、イチジクには既に十六匹の子供がいる。

我が家に遊びに来ることもあるし、畑の世話を手伝ってくれることもある。

 

イチジクの子達の中の何匹かは、オトモアイルーになるべく訓練所に通っているからこの村には居ない。

オトモになったら村に帰って来て、父さんと一緒に俺のところで働いてくれるとか。

嬉しい限りである。

 

 

そんなイチジク夫婦とは対称的に我が夫婦には未だ子供は出来ていない。

 

「フェイが人間とは言え私が龍だから、やはり妊娠する確率は低いのだろう。それでも龍同士の番と比べると遥かに高い筈なのだがな」

 

と言っていた。

それに十年間毎日毎晩情事に励み、中には数日間篭りっきりで、と言うのもあるのに未だに、と言うのだから余程確率が低いのだろう。

ディアには、俺が種無しでは無いとお墨付きを貰っているし、俺やディアの問題、と言う訳でもない。

 

と言う事はやはり、確率の問題であろう。

 

なんにせよ、やはりそう言うものは時の運とか天からの授かりもの、とか言うから気長に、である。

ディア自身も分かっているから出来るまでは焦らない、焦っても仕方がない、と言った感じだ。

 

今日も今日とて、依頼されたものを採取しに森に出向く。

ディアから血を与えられて完全に龍となったらしく力などが人から完全に駆け離れたから、下手に力を込めるとあらゆるものを壊してしまうことが、予想出来ていたとは言え、現実になってしまっている。

 

実際、鍬やら鋤と言った畑仕事に使う道具をかなりの数を御釈迦にしてしまったした。

他にも武器防具も幾つか握り潰してしまったし、振るうにも今までの様に振るってしまうと駄目になってしまう。

壊したりする度に修理や新調するべく鉱石を取りに向かわねばならず、とまぁ力加減を覚えるのにそれはもう苦労したものだ。

 

愛用していた太刀は真っ先に使い物にならなくなってしまったし。

 

 

とまぁ、龍になった為に起きたあれやこれやの問題などを試行錯誤の上で解決して行く。

確かに遥か昔に俺と同じような人生を送ったことがあるらしいが、その人間は生きる時代も何もかもが俺とはまるで違うし、出て来る問題も違ってくる。

参考にすること自体は出来るが結局は自分達で考え解決しなければならない。

 

しかし、だからと言ってそれを億劫だったりに感じることは一切無い。

ディアと共にそれらの解決策などを考えるのもまた、大切で幸せな時間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は、何をする?」

 

「依頼で特産キノコ採取を受けてあるから、それを済ませてあとは何時も通りだな」

 

「ふむ、今日も稽古を付けてやるのか」

 

「そうだな。訓練所の試験ももう直ぐだからもう追い上げないとならないからな」

 

稽古、と言うのは簡単に言えば我が弟子の事である。

あれから十年もすれば当然村の子供が青年になる。

 

あの時、七歳だったレノ、と言う少女もまた俺と同じ様にハンターを志して俺に弟子入りを志願したのだ。

俺の師匠は既に老衰で大往生しているのでハンターとして色々と教えられるのが俺しか居ないのだ。

 

金は受け取らず、代わりに色々と手伝いをしてもらっている。

まぁ、幾ら少女とは言え女は女、と言う事でディアがかなり、相当、いや、物凄く警戒している。

今まで見たことが無いぐらいだ。

 

稽古中は勿論、一緒に居ると俺の隣でじぃー、っと監視しているのだ。まぁ、仕方が無いとは言えレノは相当居心地が悪いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

用件を終え、村に戻る。

依頼の品を納品してから庭に立つ。

 

「師匠!」

 

鍛冶屋の倅に作って貰った太刀を背負い駆け寄ってくる。

今年の試験を受けて合格すれば来年には俺と同じように二十歳で卒業し、ハンターに成れるだろう。

 

稽古と言っても武器の扱いやモンスターの生態が主で実際にモンスターを狩りに行く訳では無い。

偶に行商航路に出没するランポスやジャギィと言った小型モンスターを軽く追っ払う時に連れて行くぐらいだ。

クエスト扱いでは無く、単純に巡回だから連れて行っているがクエストには例え採取クエストだろうと連れて行った事はない。

 

何故ならハンターでは無いからだ。

ハンターでは無い人間を連れて行く事はギルドによって固く禁じられている。

ディアが特別中の特別なだけであって普通はそうなのだ。

 

まぁ、ギルドからすればディアの機嫌を損なう事だけはしたくないだろうし、頷く以外に他無かったのだろうな。

ギルドマスター達の胃が無事である事を願わんばかりだ。

 

狩る必要が無ければただ威嚇するだけだが、必要ならば狩る。

一度だけ、群れがかなりの規模になってしまいドスジャギィが居ない群れに遭遇した事がある。

普通なら、一定以上の数に群れが増えるとドスジャギィにジャギィが成長するか、群れが分かれて新天地へどちらかが向かうのだがどうにもその様子が見られず、仕方が無く実力行使をさせて貰った。

 

まぁ、何頭か討伐したら逃げて行ったし再び群れが一緒になって現れもしなかったので問題無し、と判断。

 

 

 

レノに初めてモンスターを殺させたのは、その次の日だった。

巡回していた時、群れと逸れたジャギィノスが一頭、襲い掛かって来たのだ。

ジャギィやジャギィノスは群れで狩りをする。

だから逸れた時点で既にそのジャギィノスに未来は無かっただろう。

しかし、相手も生物だから生きる事に必死だ。

故に、俺達に襲いかかって来たのだ。かなり痩せていたし暫く何も食べていない事は明らかだった。

 

初めての体験だったから、相当ショッキングだったらしく吐いて泣いてとか堪えたらしい。

肉や骨を断つ感触はあまりにも生々しく、普通に生きて狩られただけの肉を見るばかりだけだった少女には、辛い事に違いない。

しかし、ハンターになるならばそれを受け入れなければならない。

 

俺の場合は師匠が年齢で一緒に来る事が出来ず自分一人でなんとかしなければならなかったから、周りの助けを期待出来ない、そんな命懸けの状況で吐いて泣いてなんてしている余裕はその時は欠片も無かった。

まぁ、村に帰ってからそうなったが。

 

今日は変わらず稽古を付けて、終わりだ。

体力はまだまだ足りていないし、体力を付けないと依頼に出た時にただの餌になるだけだ。

 

走って止まって、また走って止まってを延々に繰り返してその運動の最中にはモンスターからの攻撃を回避したり、自分からも攻撃を行わなければならない。

単純な持久力だけでなく瞬発力などありとあらゆる力を必要とする。幾ら鍛えても鍛え足りないのがハンターだ。

走り回りながら回復薬を飲む事にも慣れないと咽せたりしてこれまた致命傷を受ける可能性が高い。

 

ハンター養成所には、走り回りながら回復薬を呑む訓練や試験、実際にブルファンゴを相手に逃げ回る訓練がある。

ブルファンゴ、実はモンスターの中でもかなりスタミナが有るモンスターでただただ真っ直ぐに逃げようものなら延々と追いかけて来るし、何よりも怖い物知らず、と言うか頭おかしいんじゃないか、と思うぐらい何にでも突撃する。

 

相手が大型モンスターである飛竜種や獣竜種だろうがなんだろうが、目が悪いから敵味方が分からないと取り敢えず突っ込んで確かめると言う、図太いとかそんな次元じゃない。

勇敢なのか、それともただの馬鹿なのか分からないが、兎も角厄介極まりないのだ。

この村近辺にも現れる。

 

ディア曰く、

 

「あいつら、私達にまで突っ込んでくる事があるぞ。流石にやられはしないが人間の姿で後ろからぶつかられると普通に吹っ飛ぶ。まぁ、数が何よりも多いから私達はよく食うが」

 

との事らしい。

いや本当に、気配を溶け込ませているとは言え古龍に突っ込んで行くなんて頭おかしいんじゃないのか。

因みにドスファンゴの方がもっと命知らずだ。

 

流石にドスファンゴを相手にするのは無理があるからブルファンゴ、と言う訳だ。

一般人なら、吹っ飛ばされると死ぬ可能性もあるが、鍛えたハンターなら余程急所に入ったとかでなければ普通に痛いがまず一撃で死ぬ事は無い。防具も身に付けているし、ぶつかり方が派手なら痣が出来る程度だろう。

 

だから、訓練生には防具を身に付けさせて実施するのだがこれがまた辛いのなんの。

放たれたブルファンゴ達は延々と追い掛け回してくるし、なんなら撥ねられる。

悲鳴や絶叫を上げならがら撥ね飛ばされるのが、訓練所の名物風景だ。

 

訓練生が宙を舞い、受け身を取る事を事前に嫌と言うほど叩き込まれているから勝手に身体が条件反射で受け身を取るがさっさと立ち上がって走り出さないと起き攻めに遭いかねないから、死ぬ気で走る。

だが速さで勝てる訳も無く追い付かれて撥ねられ、更にはまた別のブルファンゴに撥ねられる。

 

最初はそれを繰り返し続けるのだ。

途中から慣れてくるとブルファンゴの突進を避ける奴やサボる奴が出始めるのだが、そうなるとブルファンゴの数を増やされる。

 

最後の方はブルファンゴパラダイスみたいな有様で四方八方から襲ってくるから、避けようと別のブルファンゴに撥ねられる。

数十頭を超す数のブルファンゴなんて悪夢だぞ。

 

走る撥ねられる起きる、の繰り返しだ。

男ならまだ良いが女はそれはもう、女性がそんな有様になっていいものなのか、と思うほど酷い様相になる。

因みに教官達は大体それを見て、怪我をしない様に配慮してはくれているが笑っている。どこの世界でもそうだがそんなものだ。

 

しかし、ハンターになったら絶対にやっておいて良かったと思う様になる。

その訓練のお陰でモンスターから逃げられて生きられるのだから。

 

 

 

 

レノにはそれを教えずにひたすら緩急を付けて走らせたり障害物走なんかをやらせる。

教えたら養成所での訓練が意味の無いものになってしまいかねないからだ。

正直、今ここで幾ら走って鍛えたとしても養成所では、かなり辛く感じるだろう。

ただ走るだけなら誰だってその気があれば走り続けられる。だが問題は、後ろから追い掛けられている、と言うことだ。

 

心理的圧迫感などによって普段と同じ速度や走り方で走ったとしても体力の減りは遥かに早い。

一時間走れたとしても、ブルファンゴに追いかけられた状態では保って十分かそこらだろう。それほどに、最初の内は恐怖を感じる。

 

ついでに武器の扱い、と言った感じだ。

走る事はハンターにとって武器を振るう事と同じぐらい大事だ、と身を以て教えるのだ。走らないハンターなんて誰一人として居ないからな。よしんば居たとしても、誰からも信用されない。走る、と言うことはハンターにとって命を救う行動であり、仲間を救う事になる基本中の基本だからだ。

優秀なハンターは皆よく走るのだ。

 

 

レノとの稽古は、相変わらずディアの監視付きだ。

 

「……………」

 

こちらをじー、っと見て決して目を離そうとしない。

武器の持ち方などを指導するときに身体がくっ付いてしまうと、目が龍のものになったり髪の毛がブワッ、と逆立つ幻影を見ることがある。

そして夜になると大体ぶつくさ文句を言われながら搾り取られる。

 

 

「師匠、今日も走りますか?」

 

「あぁ、取り敢えず走れ。ハンターになったら走らないなんて事は先ず無い。寧ろクエスト中は常に走りっ放しだと思え。でないとモンスターにあっさりやられるぞ」

 

何度も何度も口を酸っぱくして言っている事だが、毎日の様に言い聞かせる。

流石に自分の弟子が死んでしまった、なんて話は聞きたくない。

 

 

 

 

 

数時間ほど走らせた後。

 

「武器を振るうぞ」

 

「はいっ……」

 

やはりまだまだ体力が足りていない。

息切れを起こしているが、その状態でも武器を振るわなければならないのがハンターだ。ベースキャンプ以外では休みなど存在しない。

そのベースキャンプもモンスターが入り込めない、入り込み難い場所に作られていると言うだけで確実に安全だと言い切るには無理がある。

故に狩場に出たら常に周囲を警戒して居なければならない。

 

はっきり言って、クエスト中のハンターに休む暇など冗談抜きで本当に無いのだ。

 

 

稽古が終わる頃になると、レノはフラフラになりながらお辞儀をして、後片付けを済ませて帰っていく。

 

「……フェイ」

 

「ん」

 

後ろから、ディアが俺を呼ぶ。

そのまま引っ付いて来るから何も言わずに受け入れる。

すりすりと、身を寄せてくるディアを軽く抱き寄せて家に入る。

そのまま手早く夕食を摂って汗を流すべく風呂に入り、部屋に行くと始まる運動会。

 

今更何事か、と思ったりはしない。何故なら毎日の事だからだ。

 

 

 

朝になって、二人揃って目を覚まし、身支度を済ませて台所に降りる。

さて、今日の朝食はどうしようか。

隣にディアがいることも最早当たり前だ。

 

何時も通りココットライスと、キレアジの干物があるからそれを焼こう。付け合わせに味噌汁で良いか。

 

十年間続けて来た二人分の食事を用意し、テーブルに並べる。

そして二人揃って、手を合わせて食べる。

 

それが済んだなら後片付けをして、畑作業。

 

「今日はハチミツを幾らか採ろう」

 

「分かった」

 

畑の手入れをしてからハチミツを頂く。

それが済んだなら、回復薬グレートの調合をしてしまおう。

 

午後には行商人が来る予定だから、それまでにはやる事を全て済ませておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

午後になって、すでに到着しているはずの行商人が未だに村に来ない。

予定が遅れると言う知らせは来ていない。

もし何かあったなら、共に行商をしているアイルー達に手紙や言伝を渡して送り出して来るはずだ。

 

 

三日後。

未だに行商人達が村に到着しない。

一日ほどの遅れなら雨などで有り得るだろうが、流石に三日ともなると……。

 

「フェイ、行商人殿の様子を見て来てくれんか」

 

「分かりました」

 

「依頼で出しておくから、頼むぞ」

 

前の村長が我が師と同じく往生してから、新しく村長になったアルフィル、と言う名の老人に依頼される。

 

すぐさま依頼書を作成し、受注する。

内容は行商人達の様子を見て来る事。

場合によっては脅威の排除等も含まれる。

 

さて、武器防具やアイテム類は万全にして行くべきだろう。

罠や麻酔玉も持って行くべきだな。

 

もし、討伐の必要が無いならば捕獲をして別の場所に移さなければならないからだ。

 

「師匠、私も行きます!」

 

「駄目だ」

 

「なんでですか!?前までは連れて行ってくれたじゃないですか!」

 

「お前はまだハンターじゃない。それにあれらは依頼ではなく巡回だ。今まで一度も、クエストに連れて行った事は無い」

 

「そんな事言ったら師匠の奥さんだってハンターじゃないじゃないですか!」

 

「ディアはギルドから正式な許可がある」

 

「んなっ……」

 

「分かっただろう、それにお前には村の守りを任せる」

 

「……分かりました」

 

随分と不満そうに答えるが、村を守るのも重要な役割だ。

なんなら、万が一の場合俺よりも過酷になる。

 

「良いか?村を守る事を軽んじている様だが、万が一村がモンスターの襲撃を受けたなら、お前はたったの一歩も退く事は許されないぞ」

 

そう、俺が諭すと静かに頷いた。

それを見て、俺は支度を急ぐ。

 

「イチジク、シビレ罠は幾つある?」

 

「全部で四つだニャ」

 

「それぞれ一つずつで二つ持って行こう。落とし穴は流石に設置している暇は無いだろうからな」

 

「了解ニャ」

 

流石にタル爆弾は持って行かない。

あれを持って行くには荷車が必要になるし、もし本当に緊急事態であるならば、タル爆弾を運ぶ時間は無いだろう。

 

準備を済ませ、出発する。

俺とディア、イチジクの何時もの三人で街へ続く道を歩く。

 

二日ほど進むと、何やら荷馬車の残骸と襲われ食われたであろう荷馬車を曳いていたアプノトスの死骸が三頭、転がっている。

荷馬車の数は五台だが、二頭分足りない。

行商人が連れて行ったか、襲撃者に喰われたか。

焼けた痕や、大きな爪痕もある。

荷馬車の幌は鋭利なもので引き裂かれたようになっている。

 

いずれにせよ、ただ事では無い。

 

「酷いな……」

 

「ご主人、荷物とかは散乱しているけど行商人さんの死体とかは無いニャ。多分ここで襲われた時は逃げれてるニャ」

 

辺りを調べに行ったイチジクが、そう報告してくれる。

攻撃された痕を見るに、間違い無くリオレウスかリオレイアだろう。

 

「足跡は?」

 

「向こうに続いてるニャ。多分、そこまで遠くに行ってないニャ」

 

「分かった。取り敢えず、足跡を辿って行商人達と合流しよう。話はそれからだ」

 

イチジクの案内で、足跡を辿る。

どうやら、空からの攻撃を警戒してか木々が生い茂る森の中に逃げ込んだらしい。

 

この辺りは比較的背が高く枝が太い木々が生い茂っているから、身を隠すなら向いているだろう。

 

暫く足跡を辿ると、大きな木に辿り着いた。

 

「おーい!誰か居ないか!?」

 

声を上げて、探す。

すると、木の中幹の根元より二mほどばかり登ったところにある空から、見知った顔が幾つか出てくる。

 

それは、行商人とその下で働いている一人息子と三匹のアイルーだった。

行商人は父親が引退してから、その跡を継いだ息子で俺と同い年だ。

息子が一人おり、既に十五歳とこの世界では立派な大人だ。

その息子と共にこの辺りの村々を行商人として渡り歩いている。

街に構えている自宅には妻と娘が一人、二人の幼い息子が居るそうだ。

 

家族を残して、と考えると余程助けが来たのが嬉しかったのだろう。

満面に嬉しそうに笑みを浮かべて二人と三匹で抱き合って喜んでいる。

 

「おぉ!助けが来たぞ!」

 

「やったにゃ!これで死ななくて済むにゃ!」

 

口々に喜ぶが、俺は喜んで居られない。

 

「何があった?荷馬車の惨状を見るに、リオレウスかリオレイアに襲われた様だが……」

 

「あぁ、そうなんだ。しかも番らしくてな、二頭に襲われたんだ。何時も通り荷馬車の手綱を握ってお前の村に向かっていたら急に襲われて……。今までこんな事は一度も無かったのに」

 

「……番か。もしかすると巣を作ったのかもしれないな」

 

「巣だと!?」

 

「あぁ」

 

竜、と言うのは種類によって繁殖期が異なる。

春夏秋冬、いろんな竜が入れ違いに繁殖期に入っており気を抜けない。

なんなら番毎に繁殖期が違っていたりするのだ。

 

そして件の番は今が繁殖期であり、そして俺の村の近くにある、よく狩りに行く森の少し奥、具体的に言うとディアと初めて出会った辺りよりも幾らか浅い場所にある大木の上に巣を作っている。

そして毎年利用し、子育てをしているのだ。

 

 

実際にそれは今までも知られていた事だし、だからと言って何か大きな実害が出たことは無い。

と言うのもこの辺りを縄張りにしている番が居ることと、その番は基本的に村の近辺にある俺がよく狩りに行く森の奥に巣を構えているから行動半径を考えても、獲物が不足する事なんて有り得ないし村を襲うなんて事は滅多に無いからだ。

 

だがどう言う訳か、今春はこの辺りに巣を新しく作ったらしい。

どうしてだろうか。

 

考えられる原因は幾つかある。

 

一つは今まで使っていた巣がなんらかの理由で使えなくなってしまった。

雨が強く降ったり、風が強いと偶に巣が壊れたり飛ばされたりしていて、次の年に来ると無くなっていた、と言う事がある。

 

ただその場合は、基本的に同じ場所で同じ巣を使う飛竜種は新しく拵えるはず。

 

となるともう一つの原因、何者かによって巣を奪われた、と考えるのが妥当だろう。

春になってここに戻ってくる時にはリオレイアが腹の中に卵を抱えているから、戦えない。

卵を産み、温め育て、孵化した後も付きっきりだ。

 

外敵とは夫婦で戦うが、身篭っている場合、リオレウスしか戦えない。

恐らく、丁度その時で何者かに巣を奪われてしまったのだろう。

 

リオレウスとリオレイアの番は、大抵番で戦えば負けることは無い。

しかし何方かが戦えないとなると戦力は実質的に半減する訳だ。

だから、他のモンスターと戦って負ける、と言うことも有り得る。

 

どの生物もそうだが、妊娠していたり子供が居たりすると気が立っていたりして危険だ。

まぁ、村人が立ち入らない辺りだから心配は無いんだが、今回はそれに加えて巣を奪われた、と言うことが合わさって余程気が立っているのかもしれない。

あとは獲物にあり付けないとか。

 

でなければ人間を襲うなんてしない筈なのだ。

頭が良いから人間を襲うとどうなるか、彼ら竜は知っているし幾ら獲物が無いと言っても人間や家畜を襲う事は極々稀なのだ。

 

子育て中と巣が奪われたと言う二つの要因が重なり相当気が荒くなっているらしい。

しかも次いでに主な獲物となるアプトノスまで連れていたから襲われてしまったのかもしれない。

 

実際、荷馬車は破壊されては居たが荷物である商品は手付かずだったし漁られたと言っても別の生物が食い漁った形跡だった。

 

となると飛竜の夫婦を殺す必要は欠片も無い訳だ。

流石にこのままここに居座らせてしまうと、人間側に何かしらの大きな被害が出てしまうかもしれない。

元いた巣に戻ってもらう事が一番だが、巣を占拠したモンスターによっては難しいかもしれない。

 

飛竜種ぐらいなら、なんとか追っ払えるだろうが……。

 

「取り敢えず、件の飛竜夫婦を探そう」

 

「殺すのか?」

 

「いや、どうにかしてこの辺りから別の場所に移ってもらう」

 

「ふむ、それなら私が話を付けてやろうか?」

 

「……出来るのか?」

 

「出来なくはない。向こうが話に応じれば、だがな」

 

「ならば、頼む。傷付けなくて良いのならそれに越した事はない」

 

「分かった。任せろ」

 

なんと、ディアが飛竜達と言葉を交わす事が出来るらしい。

十年連れ添った仲ではあるが、いやはや驚かされる事ばかりだ。まさか自分の奥さんが、飛竜達と会話出来るなどと誰が想像出来ようか?

いや、そもそもディアは龍な訳だから有り得なくも無い話ではあったのだろうがそれを本人から聞かされるまで想像出来る方が難しいと言うものだろう。

 

こうして毎日、小さな事、大きな事、ディアやディアに関する知らない事を驚きと共に沢山教えてくれるからこれがまた楽しく嬉しくて、幸せでしょうがない。

彼女の事を一つ知れば、また一つ仲が深まるし、繋がりが強くなる。

毎晩の情事と言う物理的な繋がりだけが、夫婦としてのものでは無いのだ。

 

 

 

 

「ふむ、あの木が住処だな。なんだ、巣にどちらとも居るじゃないか。探す手間が省けたな」

 

ディアの後ろを付いて行く。

イチジクには行商人達を村に送り届けるように言って任せて来たからここにはいない。

もし、戦闘になった場合、万が一が有り得るからだ。

 

正直、ディアの事を知ったら卒倒しかねないし、知らない方がいい事、と言うものもある事なのだ。

 

ディアによって、俺達の気配は完全に溶け込まされているのか、まるで気が付かれていない。

どうやらこの大木の樹上に巣を新しく作り今もいるらしい。

 

すると、ディアは俺に少し離れてくれ、と言う。

 

何事か分からないが、兎に角離れろというのならそうなのだろう。

 

すると、ディアは十年前、街に俺を探しに来た時とは逆に、人の姿から龍の姿になった。

 

その巨体は変わらず、神々しく白く輝いている。

 

『ーーー』

 

二足歩行状態に身体を起こし、飛竜の夫婦に声を掛ける。

竜の言葉だから、何を話しているのか、全く分からないがどうやら呼び出した、とかその様な感じらしい。

 

すると、ギャアギャア!!、と騒ぎながら飛竜の夫婦が出てくる。

どうやら逃げる気は更々無く、未だ顔見ぬ我が子を守るべく戦う腹積りらしい。

 

『ーーーーーーー』

 

『ーー!ーーーーー!!』

 

『ーー、ーーーーー。ーーー』

 

『ー、ーーー。ーーー?ーーーー』

 

ディアの足元で聞いているが、うーん、さっぱり分からん。

なんとなく、本当になんとなくニュアンスは感じられるが、それ以外はさっぱりだ。

 

こんな光景、ディアと夫婦にならなければ決して見る事など無かった光景であろうなぁ。

 

などと考えつつ暫く龍と竜の会話をぼーっ、と見上げながら聞いていると話し終わったディアに説明される。

 

飛竜夫婦はどうやら、元居た巣をティガレックスに奪われたらしい。

そのティガレックスは他の同種と比べると身体が大きくより凶暴で強力らしい。

 

リオレウスが戦い、追い払おうとしたが余りにも力の差があり這々の体でリオレイア共々逃げて来たのだとか。

実際、リオレウスの翼の爪は大きく欠けており、顔や身体中にも大きな爪で抉られたであろう傷跡がある。

 

翼膜も穴が空いていたり破れていたりしていて、随分とまぁボロボロだ。

ただリオレイアの方は無傷らしい。

 

そして、この大木を見つけなんとかして急拵えの巣を作り、卵を産み落としたのだとか。

今は温めている最中との事らしく移動しようにも出来ないのだとか。

 

雄火竜と雌火竜は、卵を産むと卵を温める為にリオレイアが専念する。

その間の獲物の狩りなどは全てリオレウスが行い、そして縄張りを守るのも然り。

 

何故なのか、と思うがリオレウスの体温だと熱すぎて卵が死んでしまう、との事らしい。

だからリオレイアが温めなければならないのだが、飛竜の卵と言うのは存外とても繊細なもので少しでも冷えてしまうと卵が死んでしまう。

故に適温であるリオレイアが必要不可欠な訳だ。

 

だがしかし、この夫婦はティガレックスによってリオレウスが傷付けられてしまい狩りがままならなくなってしまったのだとか。確かに翼があれでは、狩りは難しいだろう。

 

そして、小さな獲物一匹を捕まえる事すら出来ず飢えて死ぬか、と言うところに行商人が運悪く、夫婦にとっては運良く通り掛かった。

荷馬車に繋がれたアプトノスなど、幾ら怪我を負っているリオレウスと言えども仕留められるし、狩れる。

人間に手を出せばどうなるかは分かっていたが、生きる為に、と言う苦肉の策だったらしい。

 

それを聞いて、さてどうしたものか。

今直ぐここから立ち去れ、と言うことは簡単だが、そうなっては双方ともに牙を向いて戦わなければならなくなるだろう。

 

しかしこのままの野放しにする訳にも行かない。

それにここは村からそれなりに距離があり、常に俺が見ていられる訳では無い。

 

どうしたものか……。

 

腕を組んで、うーんうんと悩むが解決策は出てこない。

見た限りだと、リオレウスの傷が完全に癒えるのにはまだ暫く時間が掛かるであろうしその間狩りが出来ぬとなれば死活問題。さりとて俺が獲物を獲ってくると言うわけにも行かない。

 

それは余りにも自然に干渉し過ぎる行為であり、一度楽を覚えてしまうとどの生物も同じで、より楽に、より楽な方へ走ってしまうのだ。

それが意味する事はこの夫婦が厳しいこの世界で生き残る力がその分減ってしまうからだ。

それだけでなく、これから先、人間への直接的な脅威となり討伐されてしまうかもしれない。そう言ったことを防ぐ為にもすべきでは無いのだ。

 

『フェイ、確かよく行く森にこれと同じぐらいの大木があっただろう』

 

「あぁ、それがどうかしたのか」

 

『あそこに移り住んでもらうのは駄目か?』

 

「俺は、この夫婦が人間に害を与えない、と言うのであれば構わないが村の皆がなんと言うか……。それに、卵は孵化するまで動かせないのだろう?」

 

『孵化するまで、此処に居て、孵化したら移動すればよい。行商人のアプトノスがまだ何頭分かあるだろう?あれで食い繋ぐようにすれば問題なかろう』

 

ディアにそう、提案されるがさて……。

森の中にある大木に移ってもらう事自体は簡単だし、別に此方に害を及ぼさないと言うのであれば特に俺は反対しない。実際、それよりも凄い存在であるディアが奥さんな訳だし。

 

だが、そうは言っても村の皆がどう思うか、と言うことだ。

十中八九反対するだろうし、なんなら討伐依頼を出してくるかもしれない。

 

まぁ、害が無いのであれば要監視、と言うことで済ませられるがその間、皆に村の外へ全く出るな、と言う訳にも行かない。

 

しかしこのままでは、問題は解決しないし行商人が来る事は無くなるだろう。

ただでさえ荷馬車とアプトノス、そして積荷を殆ど、全てと言っていいほどに失っているのだ、これ以上それが続きそうであればどう考えたって採算を考えてしまえば来なくなる。

 

そうなったら行商人から手に入れるしかない物が手に入らなくなる。

作物などは自分達で育てればいいが、病気などに用いる薬などは手に入らなくなる。

 

……仕方が無い。

 

「分かった。卵が孵ったら森の大木に移動してもらう様に言ってくれ。村の皆の説得は俺がどうにかする」

 

『ありがとう、フェイ』

 

腹を括ろう。

かなり無茶かもしれないが、そこは村唯一のハンターとしての立場を存分に利用させてもらおう。

 

ディアが再び、飛竜夫婦に向き直り今会話した事を説明する。

すると、その夫婦は分かった、と言わんばかりに頷いた。

 

そして俺を見て、何やら低く唸った。

 

『ありがとう、と言っているぞ』

 

「気にするな、と伝えてくれ。それと人間に危害を加えなければ、此方も手出しはしない。そこだけは徹底してくれ、と言っておいてくれ」

 

『勿論だとも』

 

ディアによりその説明の通り、飛竜夫婦は卵が孵化した後に森の大木に巣を移した。

村への説明には少しばかり手間取ったが、此方が手出ししなければ襲ってくることは無い、と説得しなんとか頷かせる事が出来た。

それに、実はメリットが無い訳では無い。

 

飛竜夫婦は新しくこの辺りを縄張りにしたから、他のモンスターが縄張りに侵入することを完全にでは無いがある程度防いでくれる。

だから、森の安全も幾らか高くなるのだ。

流石に村人だけで森へ採取に向かわせることはやはり危ないから出来ないが、村の近くぐらいまでなら恐らく問題無いだろう。

 

行商人は、問題が落着してからギルドに連絡し、街へ帰っていった。

どうやら荷馬車や積荷、アプノトスに保険を掛けておいたから、全てとは行かないが半分ぐらいは戻ってくるらしい。

 

それを聞いて安心した。

彼らは、今後もこの村以外にも今までと同じ様に行商する為に渡り歩くそうだ。

 

俺のせい、と言う訳でもないがハンターとして安全を確保出来なかったから、少しでも再建に役立ててくれれば、と幾らかの金を渡した。

行商人は、そんな事はないと言ってくれたが、責任は重い。

今回は人命も竜達も少ない被害で済んだから良かったが、最悪の場合、双方共に命を失っていただろう。

 

ともあれこうして、一連の騒動は幕を閉じた訳である。

 

 

 

因みに、その騒動が解決した晩のことだ。

ディアは、俺が平和的解決に尽力してくれた事、そしてそれが成功したことが余程嬉しかったらしく。

何時もの激しく甘い情事とは違い、やたらと甘くひたすらに甘く優しく励むことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから毎年春になると、あの飛竜夫婦は森の大木に戻ってきて、子育てをし冬になる前に南へ飛んでいく。

飛竜夫婦はここに滞在していると、時折村の遥か上空を飛んで吠える。

龍になって五感が鋭くなった俺と、元々鋭いディアだけが聞こえるのだ。

 

ディアによると、あの時の感謝を小さいながら伝えているのだとか。

 

春から夏の間に森に行って出くわすと、互いに顔を合わせつつ触れないように静かにその場を去る。

 

 

 

そして件のティガレックスだが、何年か後になってディアが飛竜夫婦に聞いた話だと何処か別の場所に移動したらしい。

それならば元いた場所に戻るのか、と聞いたがどうやら相当に荒らされてしまって到底戻れそうにないらしい。それに別の竜が縄張りにしていて、戻るために命懸けで争うぐらいならば、そのままこの森に居着きたいのだとか。

引き続き人間には害を与えないから、宜しく頼む、と。

 

それによって、まぁ別に構わないか、と俺は思ったし村の皆も害が無いなら、と言うことで納得していた。

 

 

今では春になると、村の皆も此方に牙を向けないのなら別に良いか、と村の上空を飛ぶ飛竜を見るのが村での春の訪れを告げる風物詩になっている。

 

「今年も来たなぁ」

 

「おぉ、おぉ空飛んで気持ち良さそうだ」

 

「まだ肌寒いけどな」

 

なんて会話が毎年されている。

 

 

 

これが、竜と人が共存する、理想の光景なのかもしれないな……。

 

 

などと嬉しく思いつつ。

 

今年もまた、春が訪れるのを飛竜夫婦を見て感じるのだった。

 

 

 

 

 

 







因みに投稿日の翌日は作者、休みです。
有給って言うものを使いましてですね。さぁて、他の作品も執筆しないと!(深夜テンション)








龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/




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5話

 

 

 

 

 

夫婦となって早300年。

随分と時間が過ぎたものだ。

 

龍になったからか、俺の見た目は未だあの時と全く変わらない。

世の中の奥様方から大層羨ましがられそうな事ではあるが永い寿命と言うのは良い事ばかりでは無い。

 

当たり前ではあるが、ただの人間は精々100年生きられれば良い方だ。故に寿命の違いで多くの別れを経験した。

俺の両親も、我が弟子も、あの当時を知る人達は皆もう居ない。

 

イチジクも、父と一緒にオトモとして俺を手伝ってくれたイチジクの子達も。

アイルーは人間の寿命が半分ぐらいだから一番早かった。

 

助けた飛竜の夫婦も。

子達の行方は分からない。

なぜなら飛竜は自分で空を飛び、獲物を狩れる様になったら巣立ってしまうからだ。巣立ってしまえばそこからはもう両親共に預かり知らぬ事。

だから何処に行ったのかも分からない。

 

決して別ればかりでは無かったとは言え、やはり別れが多く、そして今も尚、そうだ。

 

 

 

しかして、世界は、村は当たり前の様に次代を紡ぎ、脈々と続いている。

 

「爺様、おはよう!」

 

「おはようですニャー!」

 

「あぁ、おはよう。今日も元気だな」

 

我が弟子の昆孫だったか、まだ一桁の年齢の男の子がイチジクの、もう数える事すらしなくなった代の孫と朝から元気に村を走り回っている。

どこか我が弟子の面影を薄らと残した少年は、少年に限らず村の子達は皆良く俺やディアに懐いてくれる。

 

我が弟子はその後、養成所に合格し通い始め、無事卒業。ハンターになる事が出来た。

 

街で何年かハンターとして過ごし、同業者である婿を捕まえて戻って来た。

どうやら俺の教えを守り必要以上の依頼を受けず、しかして十分な実力を備えていたそうだ。

高嶺の花、とまではいかないが俺が厳しく鍛え上げたせいもあって腕っ節は強く男が寄り付かなかったそう。

捕まった婿はどうやら相当我が弟子に猛アタックされて陥落したそうだ。

 

なんとなく既視感と言うか、身に覚えがあるな……、と思ったが気のせいだろう。

 

そして村に帰って来た我が弟子は婿との間に五人の子宝に恵まれ、ハンターとして、母としてそれはもう逞しくなったものだ。

よくディアと我が家で会話の花を咲かせていたものだ。

 

5人の子達は、すくすくと元気に育って、両親に憧れてハンターになる者も居れば、一村人として穏やかに人生を送った者もいる。

一番驚いたのは古龍観測所や龍歴院に入った子が二人も居た事だろう。

まぁ当たり前だが世界中を駆け回り、碌に帰ってくることは無かったがよく手紙は寄越していた。俺にも態々送って来ては新種のモンスターが、とか新しい遺跡が、とか色々と書いて寄越していたものだ。

 

やはり相応の努力と実力を持っていたからこそ、入れたのだ。

確かに稽古をつけてやったりはしたが特段、龍歴院などに口利きをしたわけでは無い。そもそも知り合いなど一人も龍歴院などには居ないしな。

その時はまだ我が夫婦が龍であると村の誰も知らなかったから実力で入ったのだ。

 

今は村人全員俺達が龍である、と明言した訳では無いが周知の事実。我が夫婦は別に隠しても隠れてもいないから知られようとこちらに害さえ無ければ、及ぼさなければ構わない。

 

イチジクの子達もオトモになったり村で畑を耕したり新天地を求めて旅に出たり、と各々の猫生を歩んで謳歌し、旅立った。

 

彼ら皆、悔いは無かった、そう思いたい。

 

 

 

 

 

俺は三百歳を超えた年齢だがまだまだ龍としては若い、子供と変わらない年齢だ。

しかし人間や長命な竜人族から見れば俺とディアは遥か天井を突き破るほどの年齢だ。

竜人族からしても、三百二十五歳は長老級なのだから、どれほどか分かって貰えるだろう。

俺自身、この様な身になった事自体はまるで後悔していない。

多くの出会いがあり、別れがあり、新しい発見をする事もあるし、何よりもより深くディアを知る事が出来るのだから。

 

あぁ、でも一つだけ心残りなのは両親やイチジクに俺達の子を見せてやれなかった事だ。

やはり繁殖能力はディアの方が龍であるから低い。

俺自身は元人間だから人間と同じはず能力がある、とディアにお墨付きを貰っているがこればっかりはどうしようも無い。

 

村も変わらず、小さなままだがそれでも衰える気配は感じられない。

と言うのもある種の観光業、と言うか、俺とディアの話を聞き付けた主に竜人族がよく来るのだ。

 

何が目的かは知らないが、どうやらハンター界隈や竜人族のコミュニティと言った場所で俺達夫婦は超が付くほど有名らしい。

 

二百年ほど前からちらほら現れ始め、百年ほど前から本格的に訪れ始める様になったのだ。

何やら御利益があるとかないとかで。

 

んな事言われても、御利益なんて無いんだが。

ただ毎日変わらず畑を耕しハンター業をしているだけだ。それを見て何が楽しいのか、御利益があるのか、と思うがまぁ、そんなものか。

 

一応何故そうなったのか、竜人族に聞いてみると随分とまぁ、畏まって、

 

「白い龍と、その龍が迎えに来たハンターの夫婦の御伽噺、龍と龍の戦いに割って入って止めたハンターの御伽噺と言いますか。まぁ実在するので御伽噺では無いのでしょうが、有名な話なのです。最初はまた随分と突飛な創り話だと皆が笑いましたが、出処が実在する街で、更には暮らしていると言う村が実在するものですから」

 

「誰だかは分かりませんが、多くの者が見て、確かめたようです。本当にかの夫婦は存在するのだと。この世界は不思議に溢れておりますからそう言う事も有り得るのでしょう。事実私の前には御らっしゃるのですから」

 

との事らしい。

 

まぁ、要約すると人の口に戸は立てられぬ、と言う事だ。

どうやって確認したのか、と言うと恐らくアレだな。というかそれ以外に心当たりが無い。

 

二百年とちょっと前に、諸事情あって街の方で揉めたのだ。

と言っても揉めたのはディアで相手は嵐龍、所謂アマツマガツチだったんだが、その時丁度、ハンターになって暫くした、村を任せられる新たな弟子も居たものだし、前々からディアが人間の生活や文化に興味がある、見てみたい、と言っていたからそれならば丁度良い機会だ、新婚旅行にでも行こうか、と誘って新婚旅行と洒落込んでいたのだ。

 

それはもう、誘ったこっちが恥ずかしくなるほどにディアは喜び楽しんで夫婦水入らずで満喫していたのだ。

 

そんな時に運悪く街を通ってしまったアマツマガツチが居たのだ。

なんともまぁ、運が無いこと無いこと。理由は追々説明するがそれでも可哀想、いっそ哀れだ。

 

古龍が出たら大騒ぎになるこの世界は、例に漏れず避難だなんだと大騒ぎ。

しかも嵐を纏ってくるもんだから余計だ。

街が壊滅、なんて事も余裕で有り得る。

 

お陰で新婚旅行を断念せざるを得なくなった。

俺はむっ、とはしたがまた遠くに、俺も行った事が無いところへ行けば良い、と思っていた。

しかしディアは全く違った。

 

ディアからすれば、(俺からしてもだが)夫が初めて誘って連れて来てくれた新婚旅行を訳の分からない調子に乗った龍に邪魔をされ、夫と仲良く楽しんでいた(意味深)所を盛大に、向こうに意図は無かったとは言え邪魔をされたのだ。

 

独占欲が強いディアは、それはもうこっちが引くぐらい、言葉を選ばずに言うなら盛大にブチギレた。あんな恐ろしいのは後にも先にもあれだけであろう。

 

いやぁ、あの時を境に本当に、ほんっとうにディアを怒らせないようにしよう、と心底誓うぐらいの怒り様で。

 

人の姿から龍の姿へとすぐさま変わると、こっちが止めるのを聞かずに殴り掛かった。

哀れ殴り飛ばされたアマツマガツチは、吹き飛んで地面を何度もバウンドし転がっていく。

やはり古龍とは言えどもディア、ミラルーツには敵わないらしく、何が起こったのか、起きているのか分からない表情で殆ど一方的にボコボコにされるアマツマガツチ。

 

双方、とんでもない、主にディアの怒りの篭った雄叫びと主にアマツマガツチの悲鳴を含んだ絶叫が辺り一帯に響き渡る。

 

因みに俺はあのディアが、まさかそんなになるとは思って居らず呆然としつつ、なるほどこれは確かに独占欲が強いな、と何度目か分からないが納得していた。

 

街の人達も天災だ、この世の終わりだと絶望して祈り出したりする始末。

確かに地形が少しばかり変わった。あれぐらいで済んでよかったと思う。

ハンターズギルドもまさかそんな事が起こるだなんて考えても居なかったものだし、そもそも古龍が殴り合っているのを対応するなんて無理難題もいいところ。

 

どれだけのハンターや軍を投入し、犠牲にすれば止められるのか、そう考えて絶望したに違いない。

 

 

 

当事者の夫としては、冷静だし周りの反応を普通に見ていたが違う違う、止めないと、と思って周りが傍から見れば古龍の殴り合いに割って入ろうとする俺に向かって騒いでいたがともかく妻を鎮めて哀れなアマツマガツチを助けてやらねばなるまい、と走り出した。

 

何せ街に被害が行かぬようにディアはやっていたものだから、当事者以外からすればよりタチが悪い。

 

殴られた事もあってアマツマガツチが纏う嵐は霧散して止まっており、周りにはディアが落とす雷が乱立してはいたが街に及ぶことは万に一ぐらいの確率だったし、突っ込んで行った俺自身に雷が多少ならば当たっても龍になったし大丈夫だろう、それにディアが止まってくれるかも、と考え取り敢えず突っ込んで行った。

 

ガチギレ状態の、ゲームの比では無いほどに身体の一部が赤く染まった、イビルジョーの様に口から龍属性の何かをビリビリさせているディアを色々とあったが兎に角なんとか説得し、未だ怒り収まらぬディアをどうにか抑えて宥めて。

 

アマツマガツチに向き直るとどうやら若い龍らしく、相当に怯えていたので取り敢えずディアは相当ご機嫌斜めではあったが謝罪やらなんやらとその場はそれで済ませ逃した。

ディアからは死ぬほどぶつくさ文句を聞かされたがそれだけ愛されている証拠だろう。

黙って受け入れた。

 

そしてまた、龍から人の姿に変わったディアは、変わらず機嫌が悪く、抱き上げて運ばねばならなくなるぐらい引っ付いて離れず。

しかも情事の最中だったから裸も裸、何一つ身に付けていない。

なんとなく予想していたから羽織れるものを一枚持って行っていて正解だった。

 

そのまま取り敢えず街に戻ると騒ぎは収まるどころか加速していた。

そりゃぁ、いきなり古龍が現れたと思ったら人が龍になり、龍同士が喧嘩を始めたと思ったら、ハンターが一人割って入って武力ではなく言葉で止めて、片方が逃げていったら残った方が再び龍が人の姿になったのだ。

しかも止めに入ったハンターと龍は片方は不機嫌ではあるがとても仲良さそうに抱き合って此方に歩いてくる。

 

並べるだけで酷い文言だろうが、事実その通りなのだから勘弁してほしい。

そりゃぁ、誰だって受け入れ難い事実だろう。

 

すぐさまハンターズギルドから緘口令が敷かれて他言無用、決して誰にも話してはならない、となった。

まぁ広まっているから意味無いだろうが。

 

俺達夫婦は当たり前だがギルドに招待される事に。

そこに勤めている竜人族があの時俺達と話し合った場に居たからまたやらかしてくれたな、みたいなやつれた顔していた。

 

他の面々も話には聞いていたらしく、まさか実話だったとは……!みたいな感じではあったが。

 

事の顛末を説明し終えると俺とディアは謝罪をして早々に村に帰った、と言う訳だ。

当然、新婚旅行は中止となった。

 

 

後々になってから謝罪に来た嵐龍の一族から話を聞いてみると、どうやら件のアマツマガツチは若くとも結構強い部類だったらしく、かなり天狗になっていたそうだ。

それで人間やらをちょっと驚かしてやろう、と飛んで回っていたんだとか。

迷惑極まりない。

 

そしたら親達が追い掛け止めようと探していたら、偶々通った街に俺達夫婦が偶々居て、ディアに手も足も出ずボコボコにされ鼻っ面を圧し折られた、と。

一族の者が後々になって謝りに来て聞かされた。

灸を据えてくれたから寧ろ感謝すらされたものだ。

 

 

ディアは、一応口では龍として普通はあんな事はしない、と言う理由で怒ったと言っていたが絶対に私怨百%だと思う。まぁ口には絶対に出さないけど。

 

あれだな、ディアがやられて村の近くに倒れていた時と大して変わらないな。

龍とは、知恵深いが意外にもそんなものらしい。

 

謝罪に来た嵐龍の一族は、こっちが逆に申し訳なくなるぐらい必死に謝っていた。

どうやらディアが弱い、と言う話は所謂ミラ系統の古龍の中では、と言う意味らしい。それ以外の古龍からすればディアは十分以上に強いんだとか。

なるほど、確かにアマツマガツチのあの巨体をただの力を込めた一撃だけで殴り飛ばしていたから納得だ。

 

で、古龍の間ではディアは結構有名らしい。

普通に一族の長の娘と言うのもあるが単純に普通以上の好奇心故に世界中を飛び回っているから顔見知りが多いし腕っ節が強いから有名龍なんだとか。

腕っ節に関しては、ミラ系統の中では弱い部類らしいがそれでも他の古龍からすればまるで関係無い。当たり前に強いらしいからな。

 

あとは単純に人間と番になった、って事が一番らしい。

 

前例があるとは言え、やはり相当珍しい事なんだろう。

 

ついでに俺もあのディアと番に、それも人間でなるとは!あんなやんちゃ……、いやいや龍を娶る人間とはどんな奴なのか?と言う事で有名人らしい。

 

 

とにかく必死に頭を下げる人の姿になった嵐龍達をなんとか説得し、頭を上げさせる。

此方としても別に騒ぎ立てようとは思わなかったし謝罪に来てくれただけで十分、と双方手打ちとなった。

ディアの時も謝罪したら許してくれた、と言っていたしそれでこっちが許さなかったらそれはそれでおかしな話だからな。

件の嵐龍、どうやらあちこち飛んで回っていたらしくこれもしかしてゲームでのユクモ村のストーリーなんじゃなかろうな……?

 

と考えたが年数的に多分違う。

それにゲームのストーリーとはこの世界、全く違うからな。

 

どうやら俺が生まれた時代はまだ新大陸調査どころか、新大陸すら発見されていない時代だったし、何よりもドンドルマと言う街が出来てからそう時間が経って居なかったからだ。

今はもう三百年も経って、ドンドルマも歴史を刻み、新大陸発見の報せは未だ届いていないがそう遠くは無い内に世界中に「新大陸発見!」の報せが駆け巡り、人々を沸き立たせるだろう。

 

確証が無いから分からないが、そんな理由で違うはず。

 

違かったら違かったで余計な被害が増えなくて済んだ、ぐらいに考えておこう、と思う事にした。

 

 

それが理由で何やら話が世界中に広まっているんだそう。

こっちとしては隠していないので構わないが焦ったのは国やらギルドだろう。

そこらの古龍ならばまだ良かった。

実在するし、目撃例が少なからずあるのだから。

だがこの話で話題になったのは禁忌の存在と呼ばれるミラルーツなのだ。

広まってしまった話を収束させる事も出来ないし。

 

どうやら苦肉の策で、ディアを新種の古龍、としたらしいが伝承に詳しい竜人族や、一部の人間達はディアの正体に勘付いている節がある。

畏れ敬う、まさしくそんな態度で俺達夫婦を扱うから、そんな扱いをされる事に慣れていない俺は、背中どころか全身かゆい。

何故だか分からないし知らないが崇拝されているらしいが、なんて事は無い。

変な事になりさえしなければ良い。

 

最悪変な方向に進みそうであれば舵を正してやらなければならない事も重々承知している。

 

色々あったが兎に角、そう言う訳で我が夫婦は有名になって、竜人族が訪ねてくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「フェイ」

 

「ん」

 

「今日はどんな昼飯にしようか」

 

「そうだなぁ……」

 

今日もまた、何時も通りに畑の世話をして、ハンターとしての仕事も今日はないから二人でのんびりと過ごす。

昼食は何にしよう、畑の様子や森の様子、色んなことを二人でのんびりと話す。

 

春先でまだ幾らか肌寒い季節だが、軽く毛布を被って二人でくっ付いて日向に座る分には温かい。

 

そうして過ごしていると。

 

「御免くださーい!」

 

家先で何やら声がする。

訪ね人だろうか。

 

何時も通り竜人族か?と思ったが彼らは家にまで押しかけてくる事はしない。

 

となると誰であろう?

 

玄関に向かい、戸を開けると何やら完全装備のハンターが数名。それとギルド職員が一人。

 

ディアを見ると長身である事や、その美貌に誰もがぎょっ、とするが彼らも同じらしい。

手を出そうものなら容赦はしないが、俺より先にディアが暴れ出すだろうからな……。

 

今更になって国やギルドが、と一瞬警戒したがギルド職員が竜人族である事と矢鱈と丁寧で腰が低いから、どうやら思い違いらしい。

 

「ハンターズギルドからの勅命により参りました。フェイ様御夫妻で間違い無いでしょうか?」

 

「その通りだが、何用か?」

 

「奥様、警戒するな、とは言いません。ですがどうか話だけでも良いのでお聞き下さら無いでしょうか」

 

警戒心剥き出しのディアに揃って頭を下げて話を聞いて欲しいと頼み込んでくる。

村の広場に、着陸場所が他に無かった飛行船が止まっている。

飛行船は最近実用化されたもので、昔は無かった。

 

こう言うのを見ていると、より強く時代の流れを感じる。

 

「……良いだろう」

 

流石に誠意を見せられ頭を下げられては無碍には出来ないらしく、短く頷いて一行を迎え入れ、話を聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか、老山龍を説得して頂けないでしょうか」

 

「老山龍の説得?」

 

「はい。私達はドンドルマからやって参りました。用件は今お伝えした通り、老山龍を可能ならば説得してドンドルマを通らずに移動させて欲しいのです」

 

「なるほど……」

 

「老山龍の目的は分かりませんが、こうして一定周期でドンドルマを通って何処かへ行ってしまう。しかし毎回毎回それを相手にしていたらキリが無く、かと言って何か有効な手立てはありません。此方も向こうも痛みを被るばかりで益はありません。ならば、話に伝え聞く貴方方に協力を依頼してみては、となったのです」

 

どうやら、ゲームでもあったドンドルマの老山龍撃退戦に参加し、可能ならば話し合いでどうにかして欲しい、との事らしい。

 

まぁ老山龍が移動する理由を知っている俺達としては変な話ではあるが、狩れ、では無く言葉をもってしてどうにかして欲しい、と言うのならば手を貸さない理由は無い。

 

それに一応、ハンターの身としてはギルドからの要請には出来うる限り答えるつもりだ。

その様に昔、決めた訳だし断る理由が無い。

 

「分かった。ただし、それ以上は決して干渉しない。それで構わないのならば協力しよう」

 

「ありがとうございます。それで構いません。それでは早速向かいたいのですが、準備もあると思いますので、翌日明朝出発で構いませんか?」

 

「あぁ、それで構わない」

 

敬語で話される事も、むず痒くて仕方がないんだが止めろと言っても聞きやしないから諦めた。

 

 

出発は明朝か。

まぁ特に持って行くもの、と言っても長年愛用している武器防具に、アイテム類を一式などなど、まぁ何時も通りのものを持って行けば良い。

 

それらを手早く揃えて詰めておく。

 

「老山龍は、どんな存在なんだろうな。見た事が無いから気になる」

 

「でかいし、でかいし、兎に角でかい。あとのんびりおっとり優しい龍達だ。普通に話せば聞いてくれるだろう」

 

「そんなにか」

 

「山が一つ動いているようなものだからなぁ……。私達の一族と比べてもでかいぞ。にも関わらず前にも言ったが老山龍達は種族柄、穏やかな性格をしているからな。優しいぞ。怒るなんてまず無い。一生の内で一度有るか無いかぐらいだ。人間が攻撃しても反撃せずにただ通り過ぎるのが証拠だ。そもそも岩石鉱石を何十何百と層に圧縮して纏っていて硬いからな、老山龍らは。武器を当てるぐらい爆薬で吹っ飛ばされるぐらいなんて事は無い」

 

「なるほど」

 

「人間の攻撃なんて殆どの龍からすれば人間で言うところの蚊と変わらない。中には効くものもいるが大抵は腕の一振りで跳ね除けられる」

 

「だからあまり目立たない様に暮らしているんだ。じゃないと頻繁にちょっかいを出されるからな。あの嵐龍みたいに自分を見せびらかすなんて普通はやらない。まぁ、あの時だけは私も何も言えないが、だからと言って反省はしていないぞ」

 

との事らしい。

ディアからすれば、やはり新婚旅行を邪魔されたのはなんとしても許し難く、許したとしても到底忘れられない事らしい。

実際相当根に持っている。

 

種族同士の仲が悪くなった、では無く単純に一個龍間での問題だからなぁ、これは。

口出し出来ない。

 

 

今日もまた、互いにすりすりと身体を擦り寄せて引っ付いている。

夜になったらまた、毎晩恒例の運動会が始まる事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

俺達夫婦を加えた一行は、飛行船に乗り急足でドンドルマへ。

 

説明を聞いているとどうやらかなり近くまで来ているらしく、焦っているんだとか。

 

確かに双眼鏡を覗くまでもなく、ドンドルマの100kmぐらい離れた場所に赤茶、茶褐色の山みたいなのが動いているのが分かる。

 

「時間が無いのでこのまま老山龍の手前で降ろします!」

 

と、ギルド職員の竜人族が風に負けぬ様声を大きく出すが聴覚が優れている俺達からしたら普通に話してくれれば問題無いのだがな。

 

お陰でちょっと耳がキーン、とする。

 

 

 

 

飛行船から降りて、老山龍の方へ向かう。

 

「さて、と。老山龍と相対するのは初めてだが上手くいくかな……」

 

「なんとかなるだろう。老山龍達は話が分かるからな。飛竜達や嵐龍を救ったのだから大丈夫だろう。いざとなったら私がなんとかしてやる」

 

「あぁ、その時は任せた」

 

ディアと共に、老山龍の足元へ。

 

「おーい!!」

 

龍になって得た無駄に有り余る肺活量を目一杯使って、声を掛けてみる。

今まで出す機会が無くて分からなかったが、明らかに古龍のバインドボイス以上だったな……。

 

これからは下手に大声を出さない様に気を付けないと。

 

 

 

『?』

 

老山龍は、足を止めて何やらキョロキョロと首を振り探している。

どうやら声は聞こえたらしい。

 

「こっちだこっち!!!」

 

先ほどと同じ様に大声で、足元でこちらに気付く様にすると、俺達に気付いたのか顔を寄せて来る。

 

『ふぅむ、声を久方ぶりに掛けられた、と思ったら人間では無いか』

 

「少し話があるのだが、聞いては貰えないだろうか?」

 

『構わんが、ちと急いでおるでな、早めに頼むぞ、人間よ』

 

声は、皺枯れた、とまでは行かないが老齢である事を伺わせるような声でどこか優しさを含んでいる。

なるほど、ディアが言った通り争いを好まず優しい性格の龍が多いと言っていたがこの老山龍もそうらしい。態々顔をこちらに寄せてくれることからもそれは伺える。

 

『んん……?そこの人間、何処か見覚えがあるような気がするのぅ。はて、人間に見知った顔は居ない筈だが……』

 

何やら、隣に居るディアを見るとうぅむ……、と唸りながら考え込む。

 

「久しいな、(おきな)

 

『おぉ、おぉ、その声……!忘れもせん、黒龍一族の!懐かしいのぉ!』

 

どうやら、ディアと老山龍は面識があるらしい。

 

「知り合いなのか?」

 

「三千年ぐらい前だったか、あちこちを飛び回って色々と見て回る今で言う旅行をしていた事があってな。その時に知り合って色々と話を聞いた事がある」

 

「そうだったのか」

 

「彼は、龍の中でも特に永生きでな。どれぐらいだったか?」

 

『今は一億と三百十七になったの』

 

ディアが言った年数も随分とぶっ飛んでいる年数だが、実年齢の方ももっとぶっ飛んでいた。

一億って、凄過ぎるだろう。想像も付かない。

 

 

 

『我らは、龍の中でも特に永生きが多くての、大体他の龍の二倍は普通に生きる。とは言え数は他の龍と比べるとあまり多くは無いがの』

 

「まさか翁だったとは思わなんだ。元気そうで何よりだ。やはり、あれか?」

 

『うむ、例の龍がやって来るから、こうして寝床を移そうと思うてな。しかし、何故お主と人間が共に居るのだ?』

 

「なんだ、聞いていないのか?」

 

『……なるほど、お主達が噂に聞く龍と人の番、と言う事か!』

 

少し考えて、驚いたように言う。

これだけ生きていても、やはり龍と人の番と言うのは珍しいらしい。

 

『いやはや本当だったとは。生きている内に、二度も龍と人の番をこの目で見る事が出来るだなんて思ってもおらなんだ……。何はともあれ、そうかそうか……。お主も番を見つけたか……。喜ばしい事だ』

 

嬉しそうに声を弾ませて、祝福してくれる。

本当に温厚な性格なのだなぁ……。

 

『祖父は壮健か?』

 

「あぁ、元気が有り余って仕方が無いらしい。番になった時は快く思っていなかったのに今では早く曽孫の顔を見せろと煩くてしょうがない」

 

『なるほど、それは確かに元気だ。漸く五千万になった頃だろう?』

 

「いや、まだだな。あと一年で丁度五千万だ」

 

話している内容が、凄過ぎて付いていけない。

なんだ、五千万歳って。俺も同じぐらい生きれる様になったのは知っているが全く現実味が無い。

 

何やら、久々の再会を喜んで会話している。

ディアの新しい一面が見れた。

 

まぁ、俺にピッタリとくっ付いて全く離れないのだが。

 

『しかし、何用だ?態々前に出てくるなど、危なっかしいではないか』

 

「そうだ、そうだった。ほら、フェイ」

 

「いや、ここで俺に渡すのか」

 

「依頼されたのはフェイだろう?」

 

「確かにそうだが……。あー……」

 

『翁で構わんよ』

 

「それでは、翁。今回は少しばかりお願いがあって馳せ参じた」

 

『お願いとな?』

 

「あぁ。この先に人間が大勢暮らす街がある。翁が通る道だ』

 

『なんと!前に通った時は何も無かったのだが……。なるほど、それでこのまま進むと街を破壊してしまうから少し逸れて欲しい、そう言う事か?』

 

「その通りだ。どうか、お願い出来ないだろうか?このままでは双方共に要らぬ痛みを被るだけだ。だから、どうか聞き入れてはくれないだろうか」

 

『なぁに、それぐらいの事ならば構わんよ。害しようと歩いているわけでは無いでな』

 

「ありがとう!」

 

頭を下げて、礼を言う。

良かった。

 

この老山龍が話を聞き入れてくれた事もそうだが、ギルドが俺の所へこの依頼をしに来た事もとても良かった。

どちらとも、被害を被らなくて済むのならそれに越した事は無い。

 

『であれば、道案内して貰えるか?』

 

「任せてくれ、と言いたいが少し待っていて貰えないだろうか?何処を通って良いのか分からない」

 

『うむ、それぐらいならば幾らでも待とう』

 

そう言うと、大きな地響きをあたり一帯に響かせながら伏せた。

どうやら少し休憩、と言った感じらしい。

 

 

それから、合図を出して飛行船に迎えに来てもらいギルドの方へ。

何処を通っていいのか指示を貰い、再び老山龍の下へ戻る。

 

背に乗らせて貰い、道案内を務めた。

 

 

 

「おぉぉぉぉ……!」

 

翁が歩く度に揺れる身体は、四足歩行状態とは言え高い。

思わず声が出てしまう程には。

 

ディアを抱き抱え、膝の上に乗せている。

なんとなく、幾ら翁とは言えディアに触れられるのがなんとなくむっ、としたからだ。

 

ディアは嬉しそうに、翁はさもそれが当たり前、と言った感じだ。

どうやら俺は順調に独占欲を強めて発揮しているらしい。

 

『しかし、人間には何時も驚かされる』

 

「そうだろうか?」

 

『そうだとも。我らよりも遥かに短い命で、瞬く間に群れを大きくし、そして街を作り、国を作る。我ら龍からすれば凄まじい事よ』

 

「だが、かの大戦には参加しているのだろう?」

 

『確かにあれはやり過ぎだ。だから我ら龍の怒りを買ったのだ。とは言え反省し、今ではそうならぬ様に決まりもあると聞く。ならば、それでいい。同じ過ちを犯さなければ、我らは何もせんよ。まぁ、千年程前の人間の国の件は庇えぬがな』

 

それからも色々と話をした。

当たり前ではあるが龍にも人間と同じでぞれぞれの価値観があり、そして思いがある。

特にこの翁は、誰よりも永く生きているからその分見て聞いてきた事の数が桁違いだから、それに基づいた人生観と言うのか、それが凄い。

 

到底、俺には分かり得ない事だったが、

 

『分からなくて当たり前よ。何せ龍になったとは言え、お主の生まれは人間で、生きている時も違う。同じ種族でも価値観は違うし、理解し合う事が難しいのに、それが種族が違えばより一層に困難極まりないのは当然の事。これからお主は長い年月を生きるのだからその中で、自分の考えをしっかりと持ち、生きれば良い。それこそが大切なのだ。私の話なぞ、戯言程度に思ってくれても全く構わんよ』

 

『価値観を共有したがるのは、どの生物も持ち合わせているが人間は特に強い。だからこそ大きな大きな群れを作り、国を作り、価値観を共有するのだ。種族柄弱いからそうでなければ生き残れないのだ。だからであろうな』

 

とのことだ。

やはり、生きている年数が違うだけあって、言葉の一つ一つの重みが違う。

 

 

 

『何度も人間の国や文明が滅ぶ様を見て来た。あの大戦も含めてな。その度に人間は環境に適応し、前へ前へと進み続ける。決して龍には無いものだ。それに、人間は見ていても聞いていても飽きない。同じ道を辿らないのだ。常に新しい道を進み、壁にぶつかり、乗り越えてゆく。だから飽きない』

 

割と、好意的らしい。

 

「しかし、どうして人の言葉を話せるのだ?」

 

疑問だった。

何故、人の言葉を理解し、そして話せるのか。

 

老山龍は人の姿になる事が出来ない。

だからディアのように人間の姿になり人間の生活に紛れる事が出来ない。故に学ぶ機会が無い筈なのだ。

 

『昔、のんびりと寝ていた事があってな。その時に私を山と勘違いした人間がすぐ隣に村を作ったのだ。その時に人間に興味があったから丁度良い、と学んだのだ。暫くしたら廃れて、誰もいなくなったがの 』

 

「なるほど」

 

昔と言ってはいるが相当昔の話だぞ。

数百年ぐらいじゃきかないレベルだと思う。

 

それに、村が廃れた、なんて言うが村一つが興り廃れるなんて並大抵の時間じゃない、相当長い年月じゃないだろうか。

 

なんだろう、ディアもそうだがこうして龍と会話しているとなんだか時間感覚が訳分からなくなる。

 

最低でも百年単位の話だからな……。

下手すると千年万年単位の話をしている訳だから、未だに精々数十年感覚の俺からしたら桁違いもいいところだ。

 

三百年生きているとは言え、慣れるにはまだ時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く進んで、道案内を終える。

 

『久方ぶりの会話、楽しかったぞ』

 

「こちらこそ、色々な話を聞く事が出来てとても良かった」

 

「翁、元気でな」

 

俺達を降ろすと、立ち上がり言った。

 

『我らは大体同じ場所にいるから訪ねて来るといい。あぁそれと、他にも同族達が移動するであろうからな、その時は良ければ道案内を頼まれてくれんか』

 

「問題無い、引き受けた」

 

『ありがとう。ではな、また会おう』

 

大きな足音を響かせながら、ゆっくりと、ゆっくりと足を進めて行ってしまった。

しかし、またいずれ会えるだろう。世界は確かに未知に溢れてはいるが思いの外狭かったりするものだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドンドルマに戻ると、大騒ぎだった。

何せ老山龍が現れた、と言うだけでも凄まじい出来事なのにその老山龍の背に乗って道案内をした人間がいるのだから。

 

正確には、龍になった元人間と龍だが彼らからすれば些細なこと。

なんならディアが龍だと知らないし。

 

大騒ぎの中、ギルドの職員に大老殿へ連れられる。

何やら、報酬の話をしたいんだとか。

 

ドンドルマの大長老は確か、かなりデカいはずだが会ったことが無いから分からない。

 

なんせハンターとして大長老に会う事が出来るのはかなり限られた一部の相当な実力者のみだから、単純に会う機会が無い。

と言うか大長老に会う必要がない。

俺は三百年ハンターをやっているが基本村にしか居ないから全くハンターランクが上がらない。

と言うか村を守るぐらいならばそこまで必死になってランクを上げる必要が無いのだ。

 

今はハンターランク3だから、まぁまぁ、村に籠っている割には上がっている方だろう。

そりゃぁ、三百年もハンターやっているからこなしたクエストの数は他のハンターよりも遥かに上だ。

単純に討伐依頼を受ける回数が極端に少なく、大抵の場合は事が起きる前に対処してしまう。

討伐するほどの事態にならないのだ。

 

故に、ハンターズギルドにこなした依頼書やらを三百年間送り続けた結果、ハンターランク3にまで上がったのだ。

 

ハンターランク昇格時に送られてくる書類には手紙が同封されており、

 

「ギルドとしては、問題が起きる前に対処し人間、モンスター双方が深く傷付く事が無いようにしている事を、心より感謝と敬意を払う。ハンターランク5以上が妥当と判断しているが、しかしながら貴君に十分以上の実力がある事は重々承知の上で、周囲を十分に納得させうるだけの功績が無いので、致し方無く、ハンターランク3とする事を了承して頂きたい」

 

との事らしい。

先ほども言ったが、別段必死にハンターランクを上げる必要も無く、村に篭っているから大逸れた依頼が舞い込んでくる訳でも無い。

流石にイビルジョーやラージャン相手はどうだろうか、分からない。

未だそれほどの強敵と出会った事がないからな。獣竜種や飛竜種相手ならば今のままで十分だし、何か問題が起きる訳でも無い。

 

基本、上記のモンスターを含めティガレックスやイャンガルルガは話が通じない連中だが、それ以外のモンスターならば基本なんとかなる。

 

依頼をこなし、モンスターをできる限り対立せずに穏便に済ませる為にここ百年ぐらい、ディアから龍や竜の言葉を学んでいるから話す事自体は出来ないが聞く、と言うだけならば出来る。

ディアが付いて来ているから俺が聞いたり話したり出来なくともなんら問題は無いのだが、単純に興味が湧いたから学び始めた。

 

何故話せないのか、というとまず発声器官の構造が違う。

竜と人の発声器官は根本から違っており、竜が人の、人が竜の言葉を話す事はまず無理なのだ。

だから俺は聞いて理解する事は出来ても話す事が出来ないのだ。

 

ディアに関しては、実は龍の姿でも流暢に人の言葉を話せるのか実は良く分からないのだ。

念力と言う訳でも無い。

声帯に何か理由があるのか、はてさて、と言った感じらしい。

 

古龍の解剖なんて誰もやった事無いからな、当たり前と言えば当たり前か。

それにそこまでして知ろうとは思わないし。

 

いやはや、やはり世界は狭いとは言うが不思議が満ち溢れているな。

竜の言葉を理解出来るようになると、人間社会からの竜に対する目線は勿論分かるが、それに加えて竜社会の人間に対する目線や考えなんかも色々と知る事が出来る。

 

実は竜達は、ただの鳴き声やら全く同じように聞こえる声でも慣れて良く聞いてみると、本当にごく僅かではあるが違いがある。

 

ディアに教えて貰っているが、竜達は相当高度な会話を可能とし、細かな意思疎通をとる事が可能なのだ。

 

これには本当に驚いた。

ただ、慣れ親しんだ人間の話す言語では無いから、兎に角最初から全く言語体系の違う言語を覚え習得し、使い熟せるようになるのに時間が掛かる。

 

言わば完全に異なった言語形態の異星文明言語と同じ様なものだ。

 

文法やらなんやらだって今俺が話すものとは違うし、そもそも生物として全く違う。

人間からすれば聞き分けが出来ないなら唸り声にしか聞こえないからな。

 

人間が猫と会話する、とかそんな次元の話だ。

 

自画自賛になってしまうが、良く聞く事だけとはいえ出来るようになったものだ。

 

まぁなんにせよ、そんな理由もあり三百年間でこなした依頼は数知れず、と言う訳だ。

 

 

 

 

 

大老殿、正確にはドンドルマハンターズギルドの奥の更に奥にある繋がった建物なのだが、そこが大老殿、と呼ばれている。

ギルドの中には各地から集まった腕利きのハンター達が屯していた。

皆、一様に俺とディアを見ているが、その目はどちらかと言うと好奇心なども多分に含まれている。

 

が、許せない事が一つ。

 

男達がディアに向ける視線だ。

夫としては嬉しく無いものばかりだ。

 

ディアを抱き寄せ睨み付けてやると皆顔を青くして一斉に逸らす。

 

「……フェイ、私は嬉しいぞ?そうして私がフェイのものだと周りに知らしめてくれて」

 

……どうやら、今回も我が妻の掌の上だったらしい。

 

「やはり敵わないな」

 

「今回は、完全にフェイ自身の力によるものだ。私は少しだけフェイの気配を溶け込ませるのを止めただけだ」

 

との事だそう。

うーむ、やはりディアにお墨付きを貰えるぐらいには独占欲などが強く、深くなっているらしい。

 

 

 

高い高い天井を持った廊下を歩き、大きな扉を携えた部屋の前に着く。

 

重々しい扉が開く音と共に扉が開けられ、その部屋にはゲームで見た通りの大長老が座していた。

 

「良く来られた、龍と人の夫婦よ」

 

好々爺のような人好きする笑みを浮かべ、俺達を出迎えた。

 

 

 

 

 

 

「依頼を受けて頂いた事、心より感謝致す」

 

頭を下げて感謝を述べる大長老。

 

仮にもハンターズギルドの重鎮たる存在が、確かに立ち位置は特殊とは言えそう易々と一介のハンターに頭を下げて良いものなのか、と思うがどうやら竜人族と言うのは、例外無く我が夫婦の事を知っているらしく。

 

「此度は無茶な依頼を受けて頂き感謝する」

 

「あまり謙らずとも構わん。フェイの上司なのだろう。その点は変わらん」

 

「ふぅむ……、しかし何時も通りに、と言われて貴女方相手に出来るのならば苦労はしませんぞ」

 

大長老までも俺達を上位存在に見ているらしく腰が低いし言葉遣いは丁寧だしで、ゲームを知っているから違和感しかない。

 

そんな違和感を抱えつつ、報酬の話に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

話が終わりギルドへの用件も特に無く、さてどうするか、と二人でギルドに併設されている酒場で考える。

報酬に関しては、正直もうこの先依頼など受けなくても二人ならば暮らして行けるほどの金額を与えられた。

 

本来ならば、この報酬含め老山龍との戦いで損傷した戦闘街などの修理や復旧に充てたり、参加資格を持っており参加したハンター達に分配されたりするのだが、今回そのハンターの数が各地に出払っていたりして想定よりもかなり少なかった事から今回俺達に役目が回って来たとの事らしい。

 

どうやら各地でモンスターが凶暴化したり活動が活性化し始めており、その対処に追われているのだとか。

それを聞いて、なるほどゴア・マガラが禁足地へ向かうべく活発化、その影響であろう、と知っている身としては容易に仮説を立てる事が出来た。

 

事実、老山龍がこうして移動を行うのは、その時だけだとディアに聞いたことがある。

古龍の中では老山龍だけがゴア・マガラやシャガルマガラの影響を受けてしまうそうだから、そうならない為に影響を受けそうな老山龍は移動しておくのだ。実際に見た事は無いが、そうなった場合街一つどころか国一つが滅びる運命になる。

 

なんせあの、黒龍や紅龍、祖龍達ですら凶竜化したならば手古摺る、と言うのだから相当だろう。

並の古龍では太刀打ち出来まいし、ハンター達ならばどれだけ束になって戦ったとしても勝ち目は相当薄いに違いない。

 

一応大長老には、今後も同じように老山龍が移動するから、もし手を貸して欲しいと言うのならば幾らでも貸そう、と言ったらその時は手を貸して欲しい、と言われた。

 

村には帰っていいとのことで、そうなった場合は今回のように飛行船で迎えに来てくれるそうだ。

 

と話が纏まり、とんでもない金額の報酬を受け取ったはいいが使い道に困る。

 

差し当たり、村までは飛行船で送り届けてくれるそうだから、足には困らない。

 

ふーむ……、そうだ。

 

「ディア、少し付き合って貰えるか?」

 

「ん、構わないがどこに行くのだ?」

 

「少し、な」

 

最初に受付嬢にディアに睨まれながら目的を達成出来るであろう店の中で評判や品質が最も良い店の名前を聞いてくる。

 

それが済んだならば酒場からディアと共に出る。

ドンドルマは鍛治技術なども栄えているから、高い煙突が幾つも聳え立っている。

 

そんな街中の風景を眺めながら歩き、目的の店へ辿り着く。

 

そこには軒先の上に大きな看板に、フォルジュロン工房、と書かれている。

 

「ここに用事があるのか?」

 

「あぁ」

 

ディアの手を握って、中に入る。

 

「いらっしゃいませ!!」

 

中から大きな活気ある声と、金属を叩く音などが聞こえる。

なるほどこれは繁盛しているらしい。

 

「ここで何を買うんだ?」

 

「ディアに指輪かネックレスでも、と思ってな」

 

「ほう……!ほうほうほう!」

 

そう答えると、それはもう嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。そして繋いでいた手をより強く握り、腕を抱き締め擦り寄ってくる。

 

まぁ、簡単に言ってしまえば結婚指輪とかそう言ったのをまだ渡していなかったから、良い機会だし、と言う事で購入しに来たのだ。

この世界にも、結婚するときなどに婚約指輪や結婚指輪などを送る風習がある。

 

しかしながら、俺達が結婚した時はバタバタしていたし、今までもなんだかんだと村の外に出る機会も無く、かと言って行商人に頼むと高くついてしまうから、と購入出来ていなかった。

しかもディアと二人でのんびりと村で過ごしているだけで十分に幸せだったし、機会があったらと思いつつ三百年間すっかり機会を逃し続けていたのだ。

 

その為に今回こうしてドンドルマにやって来た事だし、そこまで派手だったり華美だったりするものは買えないだろうが、それでも渡せていなかった事と、夫婦になってから三百年という節目でもあるからその記念に、と思った訳だ。

 

「申し訳ない、妻に指輪かネックレスを送りたいのだが、何か良いものはないだろうか」

 

「はい、ご案内致しますね」

 

店員の案内の下、ショーウィンドウの前に中に並べられた数多くの指輪やネックレスといった宝飾品を見る。

 

「こちらなどが、お勧めですが、どうされますか?」

 

「そうだな、私は夫に決めて貰いたいから、少しばかり時間が欲しい」

 

「畏まりました、それではお決まりになられた際はどうぞお声掛け下さい」

 

一礼すると、店員はまたカウンターに戻って行き、別の客の相手を始めた。

 

「さて、フェイ」

 

「ん、喜んで選ばせてもらおう」

 

「責任重大だぞ?」

 

「それは困ったな、下手な物を選べなくなってしまった」

 

そう言うと、くすくすと嬉しそうに笑い、さぁどれがいい?と聞いてくる。

 

「そうだなぁ……、ディアの瞳は綺麗な紅色だから、それに合わせてルビーと言うのはどうだろうか」

 

「この赤い宝石か?」

 

「あぁ」

 

「ふむ、まぁ私としてはフェイが選んでくれたものなら何でも嬉しいから、どれでも構わないぞ」

 

こうして二人揃って互いに、こうだから意外と贈り物を、となると決めるのが大変なのだ。

なんせ何を贈られても嬉しいから下手するとその辺りに落ちている小石を加工したものですら喜びかねないし、俺だったら喜ぶ。

 

そんな訳で、聞いてはいるものの、実際は俺一人で決めた方が確実だ。

 

結局、俺が選んだのは情熱ルビー、と呼ばれるルビーがあしらわれた指輪を贈り、そして二人でペアルック、と言う形で多謝想石と呼ばれる石を使ったネックレスを購入する事にした。

 

情熱ルビーは産出量が少ないから、凄くお高い。

だから粒の小さなものになってしまったが、それでもディアは誰もが二度見するぐらいの、釘付けになる美貌を満面の笑みで歪めて上機嫌である。

 

多謝想石のネックレスに関しては、紅色を二人でお揃いに。

 

 

 

「ふふっ、私は嬉しいぞ」

 

「喜んでくれたのなら、何よりだ」

 

ディアはいつまでも嬉しそうに笑みを浮かべ、俺の腕を抱き締めている。

あぁ、これはあれだな、間違い無く運動会が長期戦になるな。

 

そう予感しつつ、それ以外の種や苗木、村や行商人からは購入出来ないもの、と言った諸々の必要な物を買い込み飛行船の発着場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

空の旅、と言うのは飛ぶ術を持たない俺からすれば、大層心躍るものだ。

飛行機とは違い、高度は低いがそれでも金属で覆われておらず、木製の柵で周囲を囲ってあるだけだから幾らでも下界を覗き込めるし、どこでも見ることが出来る。

 

ディアは龍として飛翔する事が出来るから余り興味無さそうに、俺から贈られた指輪とお揃いのネックレスを大切そうに、大事そうに撫でて微笑んでいる。

当然、俺達は引っ付いたままだから船員達からは注目されるが今更気にならないし、なんならディアは俺のものだ、手を出すなよ、と示すべくよりくっ付いたりする。

 

村に到着すると、皆が出迎えてくれた。

買い込んだものを降ろしてから飛行船の船員達に礼を言って別れる。

 

村の皆に買ってきた土産を配って、お開き。

 

家に入ると、1日半ほどしか離れていないのに凄く懐かしい感じがする。

しかし、三百年も住んでいるから結構ボロボロだ。

 

修理しないといけないな、と思いつつ。

 

「フェイ、フェイ……!」

 

昂ったディアをどうにか抑え、風呂に入り、そしていつもより長い、長い情事に耽る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間を過ぎて漸く終わった情事は、互いに疲れ果てるものだがもう慣れたもので、先に身体をざっと拭いてから後片付けをし、食事を手早く済ませ、風呂に入る。

 

それら全てが済んだなら、ベッドに二人で潜り込み。

 

「んっ……、おやすみ、フェイ」

 

「あぁ、おやすみ、ディア」

 

ディアを抱き寄せ抱き締めて、体温や匂い、柔らかさといった温もりを感じながら八日ぶりの眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、お久しぶりです。
本当はもっと早く投稿する予定だったのですが、先代iPhone7様が唐突に寿命を迎えてしまい、うんともすんとも言わなくなってしまったり、執筆をしたりする自分用のノーパソが同時にお釈迦になってしまったりと結構ドタバタしていました。

しかもスマホん関してはバックアップ取っていたノーパソも使えなくなり、しかもうんともすんとも言わないから引き継ぎが困難で……。
購入時にオプションで引き継ぎをやって貰いましたところ、どうにかなりました。その時の店員さんがまぁ親切で親切で。本当にあの人が居なかったら今頃ゲームデータは全て消えていた事でしょうし、ゲームデータが吹き飛んだと言うことでグロッキーになりこうして執筆する事も、もしかしたら無かったかも。
本当にありがとうございます。

まぁLINEはインストール時にパスワード設定しなくてもよかった時期だったのでしておらず、再設定に手間取りましたがどうにかこうにかなんとかなりました。
いやぁ、四年半も使ってたらそりゃ壊れるわな。だってスマホの寿命って2〜3年なんだもの。

まぁとにかくそんな事情もあり、書き上げるのに手間取っていました。

他の作品も同様です。
今現在、執筆中ですのでどうか今暫くお待ち頂けると幸いです。

それでは次回投稿、もしくは別作品にてお会いしましょう。










龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/




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6話




イチャイチャ成分少なめ。




 

 

 

 

 

 

老山龍の一件から早五十年。

功績を認められ、ハンターランクが8にまで上がったがそれ以外にこれと言って変わった事は無い。

 

天廻龍の一件があった程度ではあるが、その一件もどうにかこうにか収まった。

収めたのは俺では無いから詳しい話は分からないが、どうやらハンターの中でも選り抜きの腕を持った者達が事に当たったらしい。

 

と言うことは、天廻龍と戦い勝った、と言うことだ。

それに関して俺もディアも何かある、というわけでは無い。

 

この世界は常に生存競争であり、天廻龍と人間の戦いもまたその一部に過ぎないからだ。

ある種の縄張り争いだ。

 

確かに老山龍は話をすれば提案を受け入れてくれたが、天廻龍が老山龍同様に話が分かるか、と言われると無理があるからだ。

 

それに老山龍の件に関しては手を貸すと言ったがそれ以上は干渉しない、と言ってある。

 

非情かもしれないが、なるべくしてそうなった、と思っておこう。 

天廻龍と言う古龍は、単為生殖、所謂番を必要としない方法で種を増やすのだが、その増やし方がなんとまぁ、モンスターハンターの世界らしからぬ方法なのだ。

 

と言うのも天廻龍の凶竜ウイルスに侵された竜が死ぬと、詳しい過程は分からないがその死体を苗床にして黒蝕竜が生まれてくるらしいのだ。

しかも大型、中型モンスターに限ってらしい。

推測ではあるが、苗床が小さかったり弱かったりすると単純に産まれてくる黒蝕竜が弱く、他の生物との生存競争に負けてしまうから進化の過程でそうなったのでは?と思う。

 

しかも黒蝕竜として産まれたとしても実は天廻龍になる事が出来る黒蝕竜は極々一握り。

しかも子育てと言う事をしないから、その天廻龍に至るまでの過程がディア達を以てしても分からないんだとか。

 

そんな話をディアに聞かされたりしたが、とにかくこの一件は落ち着いた、と言う事だ。

 

 

 

 

 

 

そして、年月が経つに連れて皆が天廻龍の騒動を忘れていく頃。

天廻龍以上の大事件、いや、大ニュースがつい先日世界中を駆け巡った。

 

そう、新大陸の発見である。

 

あぁ、前世のアメリカ大陸を見つけたコロンブス達や、それを知らされた人達の気持ちと言うのはこんなものだったのだろうか。

 

知っているとは言え、余りにも冒険心や好奇心が掻き立てられるではないか。

やはり娯楽の少ないこの世界では、特に知的好奇心と言うのが永く生きていると欲求不満になるのだ。

新しい事を学び覚える事に対して、これ程までに心躍り、自分から飛び込んで行くなどとは、前世の俺からすれば生活環境など様々な理由があるが、やはり到底想像も付かないであろう。

 

 

 

「ディア、新大陸の事は知っているのか?」

 

「いや、知らん。話を聞くに、龍を追いかけて行ったら発見したのだろう?多分、その龍達は皆共通して老齢である筈だ。恐らく人間達が言う新大陸は幾つかの種の龍達が死期を悟ると行く場所の事だろう。そこであるならば行った事は無い。人間が遥か昔に作った大きな大きな塔がある大陸ならば行った事があるが」

 

「死期を悟ると行くのか?」

 

「あぁ」

 

「何故行くのだ?」

 

「あそこには、私も行った事が無いから分からないが、何やら本能が行かねば、と訴えるらしい。私の種族は行かないがな」

 

だそうで、本人達もどうして引き寄せられているのかイマイチよく分かっていないんだとか。

ゲームだとどうだっただろうか?

記憶が正しければ寿命を悟った老齢の古龍が死地を目指して移動する、だったか。

 

そんな理由があったはずなのだが、流石に四百年ぐらい前の事となる前世の記憶だからあまり信用ならない。

 

「大陸毎にその生態系は大きく違う。地域ごとですら大きな差異があるのだから大陸が違うともなれば余計にな。住まう龍もその大陸にしかいない龍も居るし、恐らくその大陸にも居るだろう。問題は、何故この大陸の龍達が人間が新大陸と呼ぶ場所へ行くのか?、だ」

 

「確かに、普通ならその土地の龍達の縄張りだし、死に場所を求めるにしても態々入っていく理由が分からないな……」

 

「だろう?本来龍と言うのは、その莫大な生命エネルギー、とでも言うべきものを内包している。それは永く生きた龍ほどに強くなる。強さに直結するものだ。私だって例外ではないし、フェイも龍になったから同じだ」

 

「この世界には龍脈、と呼ばれるものがあってな。単純に言えばエネルギーの流れとでも言えば良いのか、そんなものだ。この星全体を巡っている。そして龍は生まれ付きその莫大な生命エネルギーを内包しているが、死ぬとそれを世界に還元するのだ。そうすることで、世界を廻らせるのだが、本来は自分の生まれ育った故郷、単純に言えばこの大陸で死んでこの大陸に還元するのだ。新大陸にはそこに住まう龍が居るからその龍達に任せれば良い。しかし、どう言うわけかこの大陸の龍達が本能に訴え掛けてくるほどに、その大陸に向かうのだ」

 

「おかしな話だな」

 

「だろう?私の種族はそんな事は無いから、余り実感が湧かないがどうやら他の龍達はその様でな、かなり昔からもしかしたらこの大陸のエネルギーが回らなくなるかもしれない、と心配しているのだ。ましかし、龍脈は全て繋がっているから枯れる、と言う事は無いと思うがもし回らなくなったら生物が生きていくことができる環境に戻るのに、私達の一生ほどの年月が掛かるだろうな」

 

「我が種族がこの大陸で産まれ、生き、そして死んでいくのならばその心配は低いが、それでもだ」

 

ディアがそう語ると、なるほど確かに新大陸はおかしなものらしい。

 

早い話が、ディア達でも分からないと言うことらしい。

 

「はっきり言って、その新大陸にまで好奇心が及んでいないのだ。確かに行きたいとは思うが、こっちの大陸などにもまだまだ知らぬ事があってな。手が出ていない。私だって見てみたいものだ。どのような生物達が生きているのだろう、とか疑問は尽きないな。うん、見に行ってみたいな」

 

身体を寄せて、そう語るディアはやはり好奇心の塊らしい。

目をきらきらとさせている。

 

うん、やはり俺の奥さんは美人だな。

 

 

 

 

新大陸発見の報せが世界を駆け巡ってから幾ばくかの年月が経った。

最初は今俺達が住む大陸を現大陸だとか旧大陸だとか呼び方一つで大騒ぎしていたのに今では全く話題に上がらない。

 

まぁ、自分達の生活に直接間接問わず影響も何も、今のところは無いから仕方がないとは言え仕方がない。

 

世間に大きな変化があったのかと言うと無く、全く関わりの無い人間からすれば、日々を送る事の方が重要で忘れられた、と言う事は無いが奥様方の井戸端会議には出ないし、精々酒場や親父連中の酒飲みの席で話が出れば良い方、とそんな感じで記憶の片隅に追いやられたりしていた。

 

我が夫婦も、日々の生活を送り、そして互いに独占欲や依存度を増しながら仲良く暮らす事に必死だ。

 

とは言えその新大陸の話が我が夫婦の親密度をより深く、強いものにしている事に一役買っている。

なんせ新大陸は好奇心などが刺激されて仕方がないのだ。当然、好奇心や知識欲の塊たる我が妻は、そして俺自身も忘れるどころかどんな場所なんだろうか、と夫婦間で盛り上がる話だ。

 

 

 

 

そんな当たり前の様で大切な日常を過ごしている。

 

春から夏、夏から秋、そして冬が訪れる。

毎年毎年、当たり前の様な繰り返しだが季節毎にやる事が違っていたり、ディアと共に森の中などを散歩したりと、意外とやる事が尽きない。

 

それに自然は常に変わるものだから、やはり三百七十年もこうして見てくると随分と森の中も変わったものだな、と常々思う。

 

例えば、三百年前に緑が生い茂り元気に立っていた木が枯れていたり、小さな苗木だった木が、大木と呼ぶに相応しいほどに大きく、太く育っていたり、木々が所狭しと生えていたところが、自然と強い木に押されて広場みたいになっていたり。

 

本当に、彼方此方が様変わりして行くから、時折周辺の地図を新しく作らねばならない。

当然、村の外に出て生き残る事が簡単な俺に役割が回ってくる訳だ。

数ヶ月掛かりで地図を作り直すのは大変ではあるが、楽しいものだ。

 

今日は、つい先日ティガレックス亜種が主に生息している火山地帯からこっちの方に縄張り争いに負けてやって来て、しかも森の中で派手に大暴れしてくれたものだから、立ち入るには危ない場所や地形が変わった場所がかなりあった。

 

お陰でこの有様じゃぁ、一ヶ月は掛かるな、と言うぐらいの変わり様だ。

 

どうやらティガレックス亜種、つい最近新種としてギルドが認定したブラキディオスに縄張り争いで負けたらしい。

ギルドに報告したところ、追跡していたら見失ってしまったが進行方向から考えるにその個体ではないか、と返答が返って来たから多分間違いない。

 

事実、粘菌による爆発で身体の所々が焼け焦げていたり煤けていたりしたしな。

 

まぁ滅茶苦茶に元気であったし、偶々遭遇した俺達を見るなりデカイ口を開けて咆哮しながら飛び掛かって来たからな、単純に力比べで負けたんじゃないだろうか。

因みにであるが、ゲームとは違い当然攻撃パターンなんてものはこの世界には無い。

訳の分からない攻撃方法を繰り出して来たりするからな。

 

 

 

取り敢えず、いつも通りにディアは離れて俺はまさか遭遇するとは思わなかったから、武器を抜く前に正面から取っ組み合いになった。

 

いやはや、龍になっていて良かった。

人間のままであったら、吹っ飛ばされて挽肉になっていたところだったぞ。

 

突然の事だったから押されはしたが、負ける訳も無く取り敢えずひっくり返してから武器を抜いたが、さぁどうしたものかと。

走り回る内に辺りを滅茶苦茶にしながら俺を追いかけてくるものだから困った困った。

罠も無いし、捕獲用麻酔玉も持って来ていないから捕獲出来ないしどうするかと考えて。

 

 

振り向いて真正面に立った後に、飛び掛かって来た所を顎を砕かないように力加減して殴って気絶させた。

 

 

初めてであったが取り敢えず上手くいった。

こんな無理矢理なパワープレイ、普通は出来ないぞ。

武器を使って漸く、やっとモンスターに対抗出来るのが人間だからな。しかも勝てる、とはならない。

改めて龍になった事を実感した。

 

気絶したティガレックス亜種をそのままにする訳にはいかないから、取り敢えずその場に置いて、村に急いで捕獲用麻酔玉と縄を取りに戻って、完全に眠らせた後にまた暴れられたら面倒だからと、縄でぐるぐるに縛って、ギルドに連絡して引き取りに来てもらった。

 

ティガレックス亜種の捕獲は腕の立つハンターでも至難の技であるのに、傷一つ負わせる事無くどうやったのかと引き取りにやって来た竜人族に聞かれて、正直に答えるしかなかった。

 

あの時の、驚いた表情となんとも言えない表情が混ざった顔は申し訳無いが笑ってしまったな。

兎に角、件のティガレックス亜種は生体調査を幾らか行ったあとに別の火山地帯に放されたそうだ。

 

因みに後日聞いた話だがティガレックス亜種を追いやったブラキディオス、どうやらなんでもないアグナコトルに真下から奇襲を喰らってあのリーゼントみたいな頭殻を圧し折られて別地域に追いやられたそうな。

うぅむ、弱肉強食。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、この辺りも滅茶苦茶だな……」

 

木々が根っこから無理矢理引き抜かれたり、半ばから圧し折られていたり、地面が派手に捲れ上がっていたりするし、川の水が流れ込んで新しく小川が出来ていたりと、ぐちゃぐちゃだ。

 

それらを地図に新しく記しておく。

迂回しなければならなくなったりしているから、それらも書き込んでおかないと、後々困るからな。

流石に町へ続く道には被害は無かったから、まぁ良しとしよう。

 

隣には、ディアが座り手元を覗き込んでいる。

何やら動く俺の手元が気になるらしいのか、目が手の動きに合わせて動いている。

 

そんな表情のディアも、魅力的だ。

邪魔にならない様に、しかしピッタリとくっ付いてくるディアを横目に、さっさと終わらせて家に帰って、二人で誰にも憚られずに抱き締めたりしたいものだ。

 

 

 

 

「まぁ、こんなものか……」

 

「終わったか?」

 

「あぁ、多少粗いが地図としては使える。精密な地図は俺には描けないから仕方ない」

 

前世で学んだ知識が無ければ、こんな地図描かなかっただろうな。

意外と俺の描く地図は他の一般的な地図と比べると精巧だ。測量機材が無いから歩幅計算だったり、高さが曖昧であったりはするがそれでも精巧なものになる。

 

なんせこの世界の地図と言えば、前世の世界で言う中世以前のような地図だったりするからなぁ。

ハンターが持つ地図は他よりはマシだが、ゲームの画面に表示されているほどのレベルではない。

 

あんな地図を出したら間違い無く、商人やハンター達の間で飛ぶ様に売れるだろうな、と言う程だ。

 

 

 

「そしたら、帰るか」

 

「あぁ、帰ろう」

 

立ち上がり、シートを畳んで鞄に道具一式と共に入れたらディアが背負う。

俺は愛用の太刀を背負って、ディアの手を握ってから歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから更に五十年。

もう産まれてから早いもので四百七十年を過ぎた。

 

まぁ、その間に色々あった。

なんせ龍達が、人間視点から見れば活動的になって来たりしてその対応に追われていた。

各種古龍達が世界各地でやたらと高頻度で確認されている。

天彗龍や骸龍、巨戟龍と言った人間達からすれば実在しているのかすら確認出来ていない龍達すらも現れ始めた、と言えばどれほどの事か分かって貰えるだろうか。

 

とは言え、危害を加える、と言う訳ではなく単純に数千年周期で龍達が活発化するタイミングが被っただけの事だから余り騒ぐ必要は無い、と思ったが人間からすれば大事も大事、存亡が掛かっているからな。

ハンターズギルドからの依頼で、それらの対応に追われていた。

 

対話で解決出来るならば対話で、無理ならば実力行使。

そんな感じだ。

 

大体ディアが仲介して話で解決するから、実力行使の出番は無いんだが無理となった場合、俺の出番と言う訳だ。

ハンターズギルドから龍達と可能な限り話し合いによる解決、困難、もしくは無理ならば実力行使を、と依頼されているからだ。

 

話し合いで解決出来なかったのは、天彗龍と骸龍だけであった。

天彗龍は単純に、俺とディアの夫婦の存在が気に食わなかったらしい。

龍が人間と番になるなど黒龍一族も落ちぶれたものだ、とかなんとか。

 

人間と同じで龍にも色んな考えを持っているから不思議じゃ無い。

まぁ、向こうから手を出して来たから仕方がない。少しばかり、痛い目を見てもらう他無い。

それにディアの事を馬鹿にされて黙って居られる訳が無いからな。ディアには端っこで待っていてもらった。

 

 

骸龍は、何やらディアと俺を喰らおうと話し合いをする前に攻撃して来たから話し合いの席にすら着かないのならばどうしようもない。

最初から討伐せざるを得なくなった。

 

 

それ以外は、特に何も無く、語るべきこともない。

 

あとは平穏に、ディアと仲睦まじく村で暮らしている。

やはり、年々訪ねてくる竜人族の数は増えている。しかも竜人族だけで無く人間達も訪ねてきては、御利益があるとか何とか言いながら手を合わせて行くものだから、むず痒くて仕方がない。

 

今更止めろと言っても止めないだろうし、どうしたものやら。

 

 

 

 

最近は龍達も人の姿で時折俺達の元へ訪ねてくるのだから手に負えない。よほど人と龍の夫婦と言うのが珍しいらしく、ディアも龍は好奇心が強いから仕方がない、とさも当たり前の様に受け入れている。

 

俺もまだ慣れるとは程遠いが、もう諦めて受け入れてしまう方が楽なんだろうか。

 

因みに最近の趣味が地図作りになった。

精密な測量機材が無いから縄と木杭、あとは水平を測るための水準器、と言う奴を鍛冶屋に頼んで作って貰ったりと、色々道具があったり無かったりではあるがやっている。

 

流石に前世ほどの精巧さは無いが、それでもこの世界では十分過ぎる地図が村の周辺や森などに限ってだが、出来上がりつつある。

 

あとは行商人が歩いてくる道の周辺を重点的にやっているな。

意外と楽しいものだぞ、地図作り。

そうだな、趣味はなんですかと聞かれたら、地図作りです、と答えられるぐらいには嵌っているな。

 

ディア?

いやいや、ディアと仲良くしてイチャつくのは当たり前の日常であって趣味では無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜人族達の俺達への態度で悩む事三十年。

気が付けば、五百年と言う節目の年を迎えた。

 

やはり彼らを止める事は叶わず、ため息と慣れないむず痒さと共に受け入れる事にした。

 

つい先日も何やらクシャルダオラが訪ねて来て、人の姿になり一週間ほど村に滞在していた。

 

なるほど、人、竜、龍全てにおいて俺達夫婦は、その俺達が住むこの村は有名らしい。

 

 

 

最近はアマツマガツチの一件で中断せざるを得なくなった新婚旅行、と言うには年月が大分過ぎているが、何かしら旅行にでも行こうか、と考えている。

もしディアを誘ったら、自惚れとかでもなんでも無く、それはもう喜んで俺を引っ張って、引き摺って行くことだろう。

 

毎日旅行でどこに行こうか、と考えているが中々決まらないものだ。

 

 

 

 

 

 

「じいさま!」

 

「どうした?」

 

「なんかじいさまに用があるってハンターの人達が来てるよ」

 

「む、そうか。案内してくれるか?」

 

「うん!」

 

何時も通りディアと並んで畑仕事をし、旅行先を考えていると、何やら村の子の一人がギルドの人間が俺を訪ねて来たと駆けて呼びに来てくれた。

 

「ディア」

 

「ん、行こうか」

 

もう当たり前だが、常に二人で行動し、生きて来たから声を掛けて二人並んで歩く。

隣にディアが居ないとやはり駄目だな。不安だし落ち着かないし。

 

 

しかし、用件はなんだろうか?

ギルドが持って来る用件なんて殆どが古龍案件か、普通のハンターでは対処出来ないモンスター、特級危険生物であるイビルジョーやイャンガルルガと言ったヤバい奴らの案件を持ってくる。

 

古龍ならば話し合いで何とかなるが、イビルジョーは喰うことにしか興味がないから話し合いなんて以ての外。

イャンガルルガは戦う行為そのものを求めると言う、生物として物凄く異質な性質を持っているから、同種や別種の生物関係無く兎に角視界に入れば捕食や縄張り争いなどといった理由も無く、力量差も一切顧みずに兎に角関係無し、ただ向かい合ったというだけでその相手を対戦相手と捉え、猛然と挑み掛かって来るのだ。

 

しかも人間相手にも突っ込んでくるからな、話し合いをしよう、なんてしようものなら先に突進を喰らって吹っ飛ばされる。

数十m撥ねられて地面を転がる羽目になるのは幾らちょっとやそっとの事で死なない、怪我しない、とは言え気分的に嫌なものだからな。

ディアに格好悪いところは余り見られたくないしな。

 

 

イビルジョーもイャンガルルガも慢心さえしなければ負ける事は無い。

一応、龍になったとは言え身体自体は人間だから万が一が有り得るのだ。

もしそうなったらイビルジョーと言う生物全てが殺され、絶滅させられるぐらいならまだ良い方で、最悪怒り狂ったディアによってこの大陸が海に沈む。

……いや、物理的に消えかねないな。

 

しかし何よりもそうなった時に辛いのはディアを悲しませる事だ。

共に暮らし、生き、未だとは言え未来に子を成して育てる、と言う日常を一緒に居られなくなる。

それが一番辛く、心苦しいのだ。

俺とて、ディアの事は心から愛しているし、常に側に居てくれないと今では不安と言うか何と言うか。

だから、そんな事になる訳にはいかないのだ。

 

 

 

俺やディアは一撃を喰らった程度ではどうやっても死にはしないが、他のハンターからすれば命懸けだ。

 

だからこそ、一定以上の確実な実力が無ければ挑む事どころか対峙する事すら許されていない。

当然、そんな実力があるハンターなんて一握り。

多くの場合それほどの実力があるハンターは世界各地を巡っており、しかも依頼に出ていたりしている事が殆ど、すぐさまの対処は偶然その場に居なければ困難だ。

 

しかもまず対処をしてもらう以前に、本人を見つけなければならない。

余り想像が付き辛いかもしれないが、兎に角この世界は広い。それはもう前世の比では無いぐらいに広い。

 

狩場一つをとっても、依頼対象モンスターの縄張りや行動半径などにもよるのだが、数百キロ単位なんて当たり前。

極論ではあるが簡単な話、前世でのサハラ砂漠やゴビ砂漠と言ったレベルの面積の砂漠、森などが点在しており、川だって阿保みたいにでかい。そしてその広い広い広い狩場の中から対象モンスターを見つけ追い掛け、戦うのだ。

ゲームであればあれだけ小さな範囲だが、実際はとんでも無く広い。体感、前世地球よりも大きいんじゃないか?と思うぐらいには。

科学技術が未発達だから正確に確かめられていない、と言う観点からもそう感じるのかもしれないが、多分地球よりは大きい。

 

重力とかその辺りは分からない。

なんせ専門外なものだから確かめようがない。流石に重力の方程式とかは知らないからな。

そもそも地球の物理法則がそっくりそのまま当て嵌まるかどうかすら怪しい世界だからな。

 

狩場に着いたらまず最初に、目的のモンスターの目的の個体を見つけるところから始まる。

同種のモンスターなんてそこら中に何十、何百頭いるか分からないぐらいいるから該当する個体を見つけ出さなければならないのだ。

大抵の場合は、ギルドなどの観測職員が何らかの目印を付けていてくれたりするのだが、それでも見つけるのは大変だ。

 

広大な砂漠や森の中に住む、点々と距離が離れた人間を探し出せ、と言われれば分かるだろうか?

こちらならまだ人間だから区別が付き易いが、モンスターの同種の区別なんて普通分からない。

何も無ければ判断材料は体格や体色ぐらいなものだ。

 

空を飛び回るモンスターになると縄張り以上に行動半径が広いから数百キロ単位の行動半径を有していたりする事は当たり前、大森林と言った他の場所なども前世の国単位での面積が当たり前。

モンスターを一頭相手するのに一ヶ月掛けたり、なんて事も当たり前だ。

 

 

 

では何故実力あるハンター達は古龍や古龍級生物と対峙し、戦う事を許されるほどに実力が高く、依頼数をこなしているのか?

 

それは、単純な話だが彼らは兎に角規格外と言える程に追跡能力や観察能力が異常なほど高いからだ。

他のハンター達も勿論ではあるが、所謂ペイントボールなどを駆使して戦うのだがこのペイントボール、この世界だとゲームみたいに位置を正確に知らせる、なんで性能は当たり前だが無い。

あくまでも強烈な匂いを発するからそれを辿って見つけ易くする、と言うだけ。

しかしそのペイントボールの匂いも当然と言えば当然、距離が離れれば離れるほど匂いは薄くなる。

 

しかし彼らはその追跡能力、簡単に言えば五感+第六感が優れているからそれを正確に追いかける事が出来る。

更には観察能力にも優れているからモンスターの体調などを見極めたりもして、追い掛ける。

 

 

喉が乾いていれば近くの水場、疲れていたりすれば巣に戻って寝る。

と予測が立てられる。

そう言った能力が優れていて尚且つ、高い実力を持ち合わせているからだ。

 

 

そんな彼らを以ってしても広大な狩場では駆け回らなければならない。

となれば、何かあった場合頼ろうとすると、前提条件として頼ろうとしているハンターを見つけなければならない。

どこにいるのかを探すのにまず手間が掛かるし、見つけてから移動しなければならないし、その間にイビルジョーであれば最悪、生態系が破壊された後だ。

 

しかし、俺はその何処にいるか分からない、と言う条件に当て嵌まらない。

何故なら同じ場所、同じ村、若しくはその周辺に基本居るからだ。

森、といっても高々数十キロ程度。

これならば探す手間も少ないし、なんなら村で待っていれば確実に会う事が出来る。

 

どちらを取るか、なんて明らかだ。

ハンターランクこそ未だ9止まりではあるが、実は対話によって大抵の場合解決してしまうから、その場合は捕獲扱いになる。

以前話したが、この世界のハンターズギルドはただ討伐するだけではランクは上がらない。

討伐実績は勿論だが、捕獲依頼も規定数以上熟さなければ上げることは出来ないのだ。

 

俺は基本、何か已むを得ない事情以外は対話で解決しているから、捕獲実績ばかりで討伐実績が極端なまでに少ないからこそ、ハンターランクは9で止まっている。

とは言え五百年近くもハンターをやっているものだから捕獲実績だけで数千。

 

しかもギルドが持って来るのは古龍や古龍クラス、特級危険生物の依頼ばかり。

普通の依頼なんて村で受ける採取依頼や小型モンスターの討伐や追い払う依頼ぐらいだ。

 

故に捕獲実績のみではあるが、ハンターランクの昇格及び特例中の特例として俺に限り古龍の相手と、特級危険生物の対処に当たることを許されている。

 

しかもその隣には常に全生物の頂点足り得る力を持つ祖龍の妻が居るのだから、万が一俺が負けたとしても、命の心配は同格の生物、ミラの名を冠する生物ぐらいでなければ難しい。

なんなら本人の俺すらも、龍になったから轟竜ぐらいの攻撃ではなんとも無く、なんなら古龍相手ですら問題無いと来た。

 

それこそ、そこらの古龍よりも同じ古龍をただ殴るだけで吹っ飛ばし圧倒するディアの方がギルドからすればよっぽど恐ろしいに違いない。

怒らせなければいいだけの話なんだが、どこに逆鱗があるか分からないからそうは言っても、と言うところだろう。

 

だからこそ、同じ場所にいるいざと言う時に頼り易い、しかし下手に頼れない。最後に可能性として、といった感じの存在を最終的に頼るのは当たり前だ。

 

恐らく今回も同じようなものだろう。

今回はどんな案件を持って来たのやら。

願わくば、話し合いで解決出来る相手ならば良いのだが、問題は話し合いで解決出来ないのが一定数いると言う事なのだ。

まぁ、話し合いが出来ないとか、襲い掛かってきた、実害が既に出ているなどの場合は普通に武力行使させて貰うが。

 

 

 

 

 

 

村の広場には、恒例となった飛行船が止まっている。

ふむ、飛行船の大きさからして人数は護衛のハンターとギルド職員達全員合わせて六人か七人と言ったところか。

 

村の集会所に連れて行かれると、中にはギルド職員と古龍観測所、龍暦院の職員がそれぞれ一人ずつ。

それに護衛のハンターが四人の計七人。

 

ふむ、普段と比べると多いな。

普通なら多くても四人か五人だからな。

しかもギルド職員だけで無く古龍観測所と龍暦院の職員までもが来ている、と言うのも随分と珍しい。過去に二度、天彗龍と骸龍の件であったぐらいだ。

 

 

となると、古龍案件だな。

しかしただの古龍では無さそうだ。

何故なら古龍観測所と龍暦院が出張って来ているからだ。

今までに確認されて来ている龍ならば単純にギルド職員しか来ないが、そうではない、未確認などとなると古龍観測所などが出てくる。

 

と言う事は、それに当て嵌まる龍を何とかして欲しい、と言うのが今回の依頼だろう。

 

 

 

 

 

 

 

畑仕事で付いた土を叩いて落とし、村長宅に入る。

 

「お待たせして申し訳無い」

 

「こちらこそ突然訪ねてしまい申し訳ありません」

 

「あぁ、すまないが握手は出来ない。未だに力加減が出来ていなくてな。握り潰されたい、と言うのならば構わないが」

 

「そうでしたか、申し訳ありません」

 

握手を求められたが、残念ながら未だ力加減が出来ていないので断らせてもらった。

なんせ力が強過ぎてどうなるか分からないからな。

うっかり握り潰してしまった、と言うのは嫌過ぎる。

 

龍の膂力は文字通り、腕を振るっただけで地形が変わりかねない程だからな。

ディアとアマツマガツチの戦いを見れば分かるがディアのパンチはただのパンチと言うだけであの巨体を一撃で吹っ飛ばす膂力だからな。

 

 

それを、ただ単純に握る、と言う行為だけに集約して行った場合、全力とは行かずとも簡単に人の手を、圧力だけで消し去る事も可能なのだ。

はっきり言って、未だに龍になって得た力の制御が上手くいかない。なんせ龍が特に考えずに使い熟しているし、何より大き過ぎるから人間レベルにまで抑えよう、なんて普通考えない。

 

過去に一組だけ居た人と龍の夫婦は人との接触を絶って暮らしていたらしいから、力をある程度まで抑えれば良い。

しかし俺は完全に人と関わりながらだから、どうしても人間レベルにまで抑えなければならないのだが、単純な話、大きなものを小さくするのは並大抵ではない。

 

なんならどうやっても一定以上は小さく出来ないから、もしかすると俺にも当て嵌まるかもしれない。

それ以上は小さく出来ないぞ、みたいな感じだ。

努力はしているが、難しい。

 

村長も同席しているがなんだろう。

俺は一度も村長になった事が無いからな、理由は分からない。

 

俺が村長にならない理由は、一度楽を知ってしまうと生物と言うのはとことん楽な方へ、楽な方へと走ってしまうからだ。

俺の場合、村長になってしまうとどれほどの年月を務める事になるか分からないからだ。

 

ユクモ村の村長や各村の村長には竜人族が勤める場合があるが、その場合、俺達が言う勤められる年数が違う。

竜人族の寿命は精々三百〜四百年ぐらい、長くても五百年ほどだ。

村長を勤める、としても百年がいいところだろう。

それに比べて俺やディアは数千万年を生きる。

 

しかも色々な意味での力、と言うのが次元レベルで違う。

頼り切り、と言うほどでは無いが依存してしまうのは当然と言える。

 

あまり実感が無いから分かりにくいものだが、飼っている動物で例えると分かり易い。

 

野生に暮らす犬や狼は自分で獲物を狩る力があるが、飼い慣らされた犬と言うのは全くその能力が無い。

何故なら狩りなぞしなくても食って生きていけるからだ。

 

もし飼い犬を山野に放ったら、生存競争で負けて死んでしまうだろう。

街中の野良犬は単純に街、と言う完全な自然界と比べると人間が捨てた食物を得る事が出来るから生きていける。

 

それは人間にも当て嵌まるもので、何か一つに強く頼り依存してしまうとそれが無くなるとあっさり滅んでしまう。

実際問題、ギルドの古龍関連の問題も俺とディアの仲裁が原因でそうなり掛けた事がある。

 

その時は不味い、とディアと共に釘を刺しておいたからそう成らずに済んだが村長になってしまうと違ってくる。

村長と言うのは、大体の場合村の問題解決を一手に担う存在である事が多い。

村のルールから始まり村人のいざこざ、他村との交流、狩りで得た肉や各種物資の分配その他諸々を取り仕切っている。

 

それが十数年ぐらいで変わるならばまだ良いが、数百年単位で同じ人間が勤めてしまうと依存してしまうのだ。

仮にもし、俺が村長になって俺が居なくなったとしたら村が滅びる、とまでは流石に行く事は無いだろうが、立ち行かなくなる、なんて事は普通に有り得るのだ。

 

それに村長になってしまったらディアと共に過ごす時間が減ってしまうしな。

確かに村は大事だが、それよりも遥かにディアの方が大事だし何よりも優先されるのだ。

 

だからこそ、村長になってくれと頼まれても断り続けている。

 

 

 

 

 

 

「それで、本日は何用だろうか」

 

「これより一年後、ハンターズギルドは古龍渡り及び新大陸の本格的な調査を開始する予定です。それに伴い調査団を編成し新大陸に調査拠点を置く事が決定しました。ですのでハンターズギルドからの要請で、調査団に参加して頂きたいのです」

 

なるほど、一応古龍案件ではあったがまさか新大陸の調査団に参加して欲しいとは、予想していなかった。

 

「ふむ、なるほど用件は分かった。しかし、何故俺なのか?」

 

「新大陸では、何が起きるか予想出来ません。なので出来得る限り腕利きのハンターを集めたいのですが、その様な事態に対処出来るほどの実力者ともなると、こちらでも引く手数多、到底ほいそれと引き抜けるほどの余裕はありません。そこで、貴方方が参加して頂けるのであれば、と白羽の矢を立てたのです」

 

なるほど、確かにその通りだ。

新大陸に力を注ぎたいが、それだと旧大陸で起こる事象に対処出来なくなる。

 

しかも大体そういう事象に限って厄介な事ばかり。

腕利きの、それこそ特級危険生物たるイビルジョーや、古龍相手などが出来るほどのハンターは、それこそ世界中を探して集めたとしても二〜三百人ほどだろう。

それほどまでに、人と竜、龍の力の差と言うのは大きい。

 

イビルジョーは常に移動しているとはいえその個体数自体は多い。

単純に観測し切れていないだけだから、その対処が少しでも遅れれば辺り一帯全ての生物がイビルジョーの胃袋へ直行間違い無し。

 

古龍に関しても、俺の手が届かない場所では人と龍が常に生存の為に戦い続けている。

そんな力の格差が、遥か上の相手に喰らい付ける、対抗出来得る数少ないハンターを、確かに未知の危険に溢れているであろう新大陸とは言え、おいそれと何人も引き抜くことが出来ないと言うのが実際のところなのだ。

 

「その調査団とやらに参加したとして、此方には好きに戻って来ても良いのか?」

 

「え?えぇ、構いませんが、一年後の調査団を第一陣、一期団としてその後段階的に古龍渡りと共に送り込む計画ですので少なくともその復路か、再び発生した古龍渡りの往復路でしか帰る事は出来ませんが……」

 

「それに関しては心配無い。私は空を飛べるからな」

 

さも当たり前のように、空を飛べると言ったディアだがそうだった。

ディアは龍の姿になれば飛べるんだった。

ずーっと人間の姿で居るから龍の姿の時の事を偶に気付かない時がある。

 

ハンターや職員達は皆、顔が引き攣っている。

 

「そ、そうでしたか。ギルドに問い合わせなければ詳細は分かりかねますが、恐らく緊急の事態に即座に対応するべく殆どの間を新大陸で過ごして頂くことになると思われます。それでも御二方が一度帰りたい、と言うのならば一週間程度は許されるのでは無いでしょうか」

 

「それなら私は構わんぞ」

 

どうやらディアは行く気満々らしい。

と言うかさっきから、この話をし始めた時から目が輝いている。

 

龍としての、好奇心や知識欲がそれはもう刺激されてしょうがないらしい。

まぁ、俺も別に行っても構わないし、色々と知らない事等が沢山ありそうだから正直に言って行きたい。

 

フロンティア精神、とでも言うのだろうか。

 

 

「村を任せられる弟子も居る事だし、そうだな。同行させてもらおう。村長、問題無いか?」

 

「うむ、儂は構わんですよ。お弟子達も元気に駆け回っとりますし、爺様達は心配せんで行って来てください。まぁ、偶に顔を見せに帰って来て下さると私達としては嬉しいですがな」

 

「ありがとう」

 

歳を重ねて老人となった村長がうむうむ、と和かに微笑み頷いてくれる。

まぁ、この村が一部例外を除いてモンスターに襲われる事と言うのは早々あり得ないと思うがなぁ……。

 

なんせディアがここに住み着いて、早五百年になるが、当たり前と言えば当たり前で、この村とその周囲少しばかりを縄張りだと宣言している。

しかも喧伝した事があるから、下手な事をすれば殺されると竜達は早々事を起こさない。龍と言うのは攻撃されなければ縄張りに他の生物が住み着いたりしていても、同種の龍が居ようとも攻撃を仕掛ける事は無い。

じぃー、っと観察していたりする事自体はあるが、ただそれだけだ。

 

それに竜達も何かやって機嫌を損ねたりするよりは、他の竜と共生、とまでは行かないが必要以上に争う事はしない。獲物となる生物も他を探せば豊富にいる事だし、態々同じ獲物を奪い合っても逆に命を落としかねないからな。

だから古龍の縄張りの中やその近くと言うのは思いの外平和なのだ。

 

確かに龍は気配を自然の中に溶け込ませて分からなかったりするが、縄張り自体は持つ。

ディアの一族だって同じ場所に住み続けているし、あれも立派な縄張りだ。

 

持っていても何所に居るか分からないし、いる事が分かったとしても何が出来る訳では無い。

龍は基本、害を与えられたり害である、と判断しない限りは側を竜達が歩いていたとしてもまるで気にせず普通に寝ていたり寝そべってぼーっ、としていたりする。

シュレイド城の黒龍が良い例だろう。

縄張りの外だと臆病な性格が災いして余り積極的では無いのだとか。

 

しかも龍の縄張りと言うのは主が暫く居なくとも問題は無い。

龍の縄張りである、縄張りであったと言う事は竜にとって重要な事だからだ。

龍は長生きだからもし縄張りから離れていたとしても、単純に出掛けていたりするだけの事が殆どで、縄張りから完全に居なくなるのは死ぬ時だけ。

だからもし居ない間に荒らしたら、と言う訳だ。

 

竜達とて、自分達の力量ぐらいは分かっているし、積極的に争おうなんてしない。

それで龍の怒りを買ったら辺り一帯が最悪更地になるのだからな。

 

偶に自信過剰のやつがいたりするが、そう言うやつは大体鼻っ面を叩き折られる。

 

兎に角それは置いておいて。

 

 

 

だからこそ、龍の縄張りで過ごす事で他の縄張りからやって来たやつらと争いにならない為に縄張りに住み着いたりするのだ。

 

簡単に言えば龍の縄張りの中や周りに住む事で自身を守っているのだ。

 

これに関してもギルドにデータがある。

古龍の縄張りであろう、と推測される辺りのモンスター達は強さは関係無く、他の場所に住むモンスターと比べて性格が穏やかであり、争いを好まない傾向にある、とされている。

そりゃ人が目の前を横切ってもなんのリアクションも無く、動くものを目で追ってしまうと言う習性で見て来るだけと言うならば確かにそうだ。

こちらから攻撃しなければ目の前で欠伸は当たり前、水浴び、睡眠、排泄、果ては生殖活動までとなんでもアリだ。

 

目の前で欠伸をしながらぼりぼりと身体を掻き始め、そのまま川に飛び込み寝始めた、目の前で番のモンスター二頭が生殖活動を始めて居た堪れなくなったからサッサと帰ってきた、みたいな話はよく耳にする。

 

それほどまでに、龍の縄張りと言う存在は竜達の中で大きいものだ。

それ以外の場所も、積極的に争いはしないがやはり龍の縄張りの中や周りと比べるとずっと交戦的だし、縄張り内とは逆にかなりどうでもいい事で争っていたりする。

 

 

この村の近辺にもやはり多くの竜が住んでいる。

実際、この竜達が積極的に争っている姿と言うのを、ディアが縄張りだと宣言した後から見た事がない。

無警戒、では無いが少しばかり戦いになった時に備えて警戒しているだけで擦れ違おうともなんのリアクションも起こさない。

 

 

 

そんな理由があってこの村の近辺で竜同士が理由無く争うと言う事は早々無い。

流石に無防備な村人だけで森に行かせるのは不味いが。

 

まぁ、そんな龍の縄張りだとかを全く気にしないで暴れる連中も居るのでそう言う奴らに関しては少し拳骨を食らわせるなりなんなりで黙らせる他無い。

 

「にしても、何故今このタイミングで調査団を送り込む事にしたのだ?」

 

「まず第一に、新大陸に渡り得る技術が出来たことが挙げられます。なにせ昔は大洋を渡る術、と言うのは持ち得ておりませんでしたし、仮に行けたとしても失敗するは明白ですから」

 

「次に、古龍渡りの頻度です。元々古くから古龍渡り自体は認知されていましたし一定の周期で行われる、と言うのも分かっておりました。本来ならば百年に一度程度と言う周期でしたがここ二百年、頻度が段々と高く、期間が短くなって来ていました。今では十年周期ほどに縮まり異常なほどに頻度が高くなって来ております。既に古龍渡りをするであろう古龍が確認されており、それと共にその原因を確かめるべく、と言う訳です」

 

「ふむ、確かに祖父から聞いた話だと、どうもそのお前達が新大陸と呼ぶ地に向かう龍が多くなっているらしい。龍とは本来産まれ、育ち過ごした地で還る。中には物好きな奴がいるから必ずしもそうでは無い。しかし十年周期は早過ぎるな」

 

「更にもう一つ。古龍渡りをする古龍は、共通して老齢でしたが最近はどうやら生きた年数関係無く、新大陸に向かっている、と確認されたのです」

 

「……なるほど、だからか」

 

「だからか、とは?」

 

「いやなに、実を言うと龍の間でお前達が言う新大陸と言う場所に向かう龍が増えている、と噂を耳にしていてな。そもそもおかしいんだ、そこまでの頻度で、となると明らかに我々が知っている条件に当て嵌まる龍の数自体が少ないから、そこまでの高い頻度になる訳が無いのだ」

 

「だから、若い龍までもが向かっているとしたら、確かに頻度に関しては合点が行く」

 

どうやらディアからしてもおかしい事らしい。

確かに百年周期が十分の一にまで低くなるのはあまりにもおかしい。

 

龍と言うのは、物凄く簡単に、簡潔に言うならばエネルギーの塊だ。

そのエネルギーは、ゲームでも言われていた通り、もし自然に還った場合、周辺の生態系が異常なほどに成長するぐらいだ。

具体的には、木々の成長が異常になったりする。

木には年輪、と呼ばれる輪が断面に現れるのだが龍のエネルギーが放出されると、年輪一つ一つの間隔がとても広く現れる。

 

これが示すのは、その期間に集中して成長した、と言う事だ。

だから龍のエネルギーが放出された地点に近ければ近いほどにそれらの現象は顕著に現れる。

 

故に彼らは、そのエネルギーを変換して世界を回しているとでも言おうか、そんな存在なのだ。

と言う事は、それが為されなくなった時に起きるのは、至極単純な話だがエネルギーの枯渇。

 

此方で自然に還る龍がディアの一族を含めて確実に数種族はいるから流石にそうはならないだろうが、有り得ない話では無い。

 

それを考えると、明らかに何かがある、と考えて然るべき事態だ。

 

 

それらの理由とは別に、元々ギルドでは新大陸発見当初から調査団を組織する事自体は計画していたのだと思う。

ただ、職員が言うように技術不足であった点が大きい。

単純に新大陸に渡るほどの船舶に関する技術、測量や航海技術などが中世レベルのこの世界では、前世のアメリカ大陸を発見したコロンブス以上の困難である。

この世界では天測航法、別名天体航法とも言うが、この航法を用いて空を飛び、海を進む。

この天測航法、実はそう簡単に出来るものではない。

天測航法と言うのは、単純に説明するならば、「空に見える天体と視地平との間の角度を測定することで、現在位置を求める技法」である。

二種類のやり方があるが、この世界では六分儀、と呼ばれる器具に似たものを使って求めるやり方が主流だ。

昔はこの器具が無かったし、今でも殆どのハンターや商人は器具を使わない方法でやっている。陸地でも通用するから当然商人やハンターは必須技能だ。

 

既存の町などに向かうのであれば、道があるしそれを辿って途中の別れ道には看板が建ててあったりするからそれに従えば良いのだが、狩場などにはそんな親切なものは存在しない。

当然、自分で位置を定めなくてはならない。

でなければベースキャンプの場所などが分からなくなる。

 

やり方は正直、説明する事が難しいのだが、

ある与えられた時点において、空を見上げた時にそれが、どの天体であっても特定の一つの天体が真上に見える場所は惑星上に1カ所しかなく、その位置は緯度と経度で表される。

その地理的位置を天体の「地理的地位」 と呼び、その正確な位置は前世であればそれ専門の書籍などに記されているのだが、この世界では当然と言うか、分かっていない。

だから凡そで計算しなければならないし、前世のものなんてその方面の職に就いていたわけでは無いから知るわけが無い。寧ろ船舶関係の仕事に就いている人間以外で知っている方が珍しいのではないだろうか?

 

よしんば知っていたとしても、この俺たちが住む星の大きさが同じとも限らないし、そもそも同じであったとしても天体の存在や位置が同じでは無いから使い物にならない。それを元に天体のなんやらかんやらを求めること自体は出来るのかもしれないが。

 

そしてそこから更に、それらの情報を元に「天測計算」と呼ばれる計算を行うことで、航海図や位置決定用図に「位置の線」と呼ばれる線をひく。測定を行った観測者はこの線上のどこかに位置している。LOPは実際には、観測した天体のGPを取り囲んでいる地球上の大きな円のごく一部である。ある時点にこの円の上で問題の天体の高度角を測定すると、どの位置であっても同じ高度角が得られる。

 

ともかく、この方法は計算などによって求められるのだが兎に角、正確な地理的地位が無いものだからまぁ、誤差が大なり小なりポンポン現れる。計算していてなんとなくではあるが、明らかに自分のいる位置が何kmもズレているのだ。

凡その地図で目印になる岩や川などで位置を確かめると、どう考えてもそこに俺は居ないだろう、と思うような計算結果が出たりするのだ。

 

 

この技法、実は物凄く難しい。

いや、前世地球ならば比較的容易く出来るのであろうがこの世界はそうも行かない。

なんせ六分儀に似た器具はあるのだが、それがあったとしても正確な秒単位の時刻を知っていないとその後の計算が不確実になってしまうのだ。

一応時計があるにはあるが、前世と比べると正確であるか、と聞かれると首を傾げざるを得ないものだし、それを元に計算したら当然、ズレる。

一応、出港、出発した場所の時刻などは分かるのでそこからの時刻ならば分かるのだが、必要とされる時刻はそれではないから普通に誤差が生じる。

 

しかもこれらの技術的問題だけでなく、それに加えて天災級の災害を齎す古龍や海を住処とする龍や竜などが闊歩しているし、空からの脅威も無いとは言えない。

そんな状況下で航海をしければならないのだ。

陸の上を飛んだり、陸の近くを航行するのとは全く違う。

海には目印になるものなんて有りはしないから、当然頼れるのは計算による位置と、方位、情報に基づく新大陸の位置だけだ。

 

これでは確かに無理がある。

実際ハンターや商人のキャラバンの中には自分の現在位置を誤って求めてしまって遭難、そのまま行方不明で死亡扱い、となる者も多い。

 

 

 

ところがここ数十年で様々な技術がかなり進歩して、どうやら必要技術が未だ完璧とは言い難いが段々と形になりつつあるのだ。

なんせ秒単位の時刻に関しては行商人が持って来てくれるのだが、年々新しいものに更新されていく。

ギルドの方でハンターにはそれらの情報が記されたものが無償とは行かないが普通に購入するよりも安値で売られているからな。

俺やこの村に住む弟子のハンター、他の町などギルドがある町から離れた村に住むハンターは購入出来ないから、行商人に言って少しばかりの手数料で買ってきて貰っているのだ。

中には高い手数料を要求してくる行商人もいるらしいのだが、そんなもの買うわけがない。なんなら信用を無くして村全体で他の物すら買って貰えなくなる。行商人の売るものが無くとも村はなんとかやっていけるからな。

だから実際は行商人も信用第一、と言うのはどの世界でも共通らしく、そこまで酷く無い。そもそも普通に商売が出来る程度の頭を持つ商人ならそんな事はしない。

なんせ失う物の方が多いし大きいからな。

 

 

 

技術進歩があるからこそ、調査団を組織し、新大陸へ向かう事が出来るようになったのだ。

 

「新大陸の件、あい分かった」

 

「ありがとうございます!」

 

改めて頷き、了承すると皆はそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせ、安堵したように息を吐いた。

当然だ、俺が了承するか否かで調査団の編成や計画が大きく変わってくるし、下手をしたら準備に余計な年数を掛けて出発時期を遅らせなければならない可能性だって大きい。

普通は俺に断られた場合を見越して参加する場合としない場合の二つの計画と準備を進めておくのだが、今回はその準備は良い方に無駄になったと言うべきか。

 

いや、もしかすると俺が参加しない場合の準備も実は参加しても良いように織り込み済みで進めていたのかもしれない。

そうすれば物資などが無駄に成らずに済む。

 

 

 

 

「具体的な説明をさせて頂きます。第一目標は古龍渡りの解明、第二目標は新大陸そのものの調査です。住まう生物は勿論ですが植生や土壌、ありとあらゆる分野においての調査が目的となっております」

 

「現在、各地で調査団に参加しえるハンターを集めております。幾つかに分けて調査団を送り込む予定であり、今回は一期団、と言うことになります。調査団長にはハロルド・キーマンと言うハンターを据える予定です。総人員は三十〜四十名を予定しており、お二人には敵わないでしょうが全員が各分野の選りすぐりで、そしてありとあらゆる状況に対応出来る者を集めております」

 

「今回、古龍渡りをするであろう、と予想されるのは老齢の鋼龍、風翔龍とも呼ばれる古龍です。この古龍は度々、新大陸方面に向かって飛んでは帰ってくる、と言う行動を取っていますので、おそらく可能性は高いかと」

 

「先ほど一年後に調査団を送る、と申しましたがあくまでも予定です。鋼龍が早く行くようならばそれに合わせて予定を繰り上げますし、遅くなるようであるならばより入念に準備を進めます」

 

と、様々な説明を受け、全ての説明が終わったのは日が落ちて暫く経ってからの事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「肩でも凝ったか?」

 

「あぁ、いや、そうではない」

 

「ならどうした?」

 

「なに、新大陸とやらに行くのが楽しみで仕方がなくてな。少し落ち着くために息を吐いたのだ」

 

どうやら我が妻は、相当に好奇心を刺激されているようで、どこか遠くへ出掛ける子供の様にしている。

はしゃいだり、と言う訳ではないが雰囲気や言葉の一つ一つ、語り方に熱が篭っているのがすぐに分かるぐらいだ。

 

普段は年上としての余裕や威厳を感じるが、こう言う時に子供の様な感性を出してくるのだからずるい。

それでは益々、惹かれてしまうではないか。

 

ふぅむ、しかし、あれだな。

新大陸の事ばかり話されると、こう、モヤッとする。

 

「おぉう?どうした?」

 

ギュッと抱き寄せて、そのまま抱き抱える。

流石に急にそうされては、驚きの声を上げるディアだが知ったことか。

 

「うん、いやな、こうも新大陸のことばかり話されていては、そちらにしか興味がなくて、俺のことを見ていないのではないかと思ってしまう」

 

「そんな訳あるか」

 

「あぁ、だが、納得出来ない」

 

「?」

 

きょとんとして、首を傾げるディアはやっぱり美しく、それでいて可愛い。

 

その後、俺はディアを連れてすぐに風呂に入って、いつもは押し倒される側だが今日は珍しく俺からディアをベッドに押し倒した。

長い、長い、長い夜の幕開けである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅっ、ふぅっ……!」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だ……」

 

初めてディアを組み敷いて、勝ってしまった。

村に訪れたギルドの皆をほっぽり出して、十日間も延々と、普段は意外とゆっくりと致すが今回は常に激しく、だったからディアが音を上げてしまった。

 

悪いと思うし反省はしているがうん、後悔はしていないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







天測航法に必要な地理的位置、GP(geographic position)の正確な位置は航海年鑑や航空年鑑に表の形で秒単位で示されています。
必要とされる秒単位の時刻はグリニッジ平均時、と言うものです。




大団長の名前は調べても出て来なかったので作者が命名しました。
その他のメンバーの名前も、作者が決めましたのであしからず。

大団長 ハロルド・キーマン









他作品についてもチマチマと書き進めております。
出来れば気長にお待ちいただけると幸いです。




龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/




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7話









 

 

 

 

 

 

新大陸調査団に参加して欲しい、との願いから一年。

調査団に同行するための準備を少しづつではあるが進めていた。

村の皆への説明も含んでいる。

 

とは言ってもディアが龍の姿になって空を飛べばすぐに戻って来れるし、何か忘れたら取りに戻って来れば良い。

村の皆もそれを分かっているから、旅行に行くんでしょう?いってらっしゃい、ぐらいの感覚だ。

 

正直、ディアに掛かれば新大陸からこの村の距離は正確に分からないが一日も掛からないんじゃないか?

ひとっ飛びだからなぁ、夫婦揃って旅行感覚だし、俺に至っては前世で言うところの飛行機を使って行く旅行ぐらいの感覚でしか無いのだ。

 

他の龍達がどうかは知らないが、ディア曰く本気を出せば余裕、とのことだし往復でも余裕を持って考えても二日ほど掛かるだろうか。

 

 

そんな訳だから精々、向こうで外泊するのに必要なもの、生活必需品を持っていけば良いだけの話だ。

あとは測量に必要な道具と他に幾つか。

 

ギルドの方でも測量器具などは持っていくだろうが、それでも自分の趣味に他人の物を借りるのは気が引ける。

向こうは仕事でやっているのだからな。

 

それに必要な時以外は助力しないとしてあるから、自由気ままに夫婦水入らずの新婚旅行のやり直しでも、と目論んでいるのに、此方が一方的に物を貸して貰っては、逆にその分此方も力を貸さねばならなくなる。

嫌では無いが、二人で邪魔が入らぬようにのんびりとしていたいのが本心であるから、あまり好ましくはない。

 

俺もディアも知らぬ事ばかりの新大陸だが、調査団と常に一緒に行動するわけではない。

好奇心や知識欲を満たすのも大きな目的の一つだが、何よりもディアとの旅行なのだ。常に調査調査調査、では確かに未知の知識などを多く得られるだろうがそれでは面白くない。

ハンターとして依頼されたからには仕事をきっちりとこなすが、そうでないならば自由に過ごしても構わないだろう。

俺達二人が居なくとも、彼らは自ずと道を切り拓いて進んでいくであろうから。

 

 

鞄に着替えや寝巻き、下着、歯ブラシ、石鹸などの生活必需品をディアのものと一緒に詰め込んである。

愛用している武器防具も持っていくが、こちらも鞄一つに全て入れられる。一応、念の為に武器は太刀を二振りを持っていく。

俺の力に耐えうる鍛治が出来るとは限らないからな。

家には家財道具一式全て丸々置いて行くし、正直大きな鞄二つで事足りるのだ。

 

他の調査団の皆は人生を掛けていたり、それこそ新大陸に骨を埋める覚悟でもって行くのだろう。

 

しかし何度も言うが我が夫婦からすれば旅行ぐらいの感覚しかない。

二人揃って以前中止せざるを得なくなってしまった新婚旅行の続き、やり直し、と言う感じなのだ。

あとは迎えを待つだけ。

さて、何時になる事やら。

 

 

 

 

五百年も生きていれば、一年と言う期間は驚く程に短く、早く感じられるものだ。

時間感覚と言うのは歳を取れば取るほど早く感じるのだがこの歳になると早いどころの話じゃ無いぐらいだ。

 

「時間が過ぎるのは早いものだな……」

 

「確かに最初の内はそう感じるだろうな。暫く、私と同じぐらい生きれば逆にとてもゆっくりに感じることもある」

 

「あと、一万三千年生きないと分からないものだろう、それは」

 

「そうだな。まぁ、私達の寿命はまだまだ先がある。そのたったの四千分の一ぐらいしか生きていないのだからな。それに、私は嬉しいぞ?」

 

「何がだ?」

 

「早いうちにフェイと出逢えて、こうして番になれた。だから、残りの生をフェイと共に一緒に居られる。そう考えると嬉しくて嬉しくて堪らない」

 

二人で並んで座って、時間感覚の話をしていると、ディアは嬉しそうにそう言って抱き着いてくる。

なんとなく、頬が熱くなるのが分かる。

未だにこうして面と向かって言われると照れてしまう。とびっきりに美人である奥さんに言われるとなれば尚更だ。

それを隠すために抱き寄せて顔を見られないように、少し逸らす。

 

「……そうか」

 

「ふふっ、今更照れなくともいいではないか。そこも愛いところだがな」

 

しかし、そんなものお見通しだと言わんばかりに俺の頬に手を伸ばしてすりすりと撫でる。

微笑む表情は、何度見ても美しい、と思う。

 

女神の微笑、と言われても納得出来る。

他の皆、特にギルドなどからすればその笑顔は何よりも恐ろしいもので、触らぬ神に祟り無し、と言ったところかもしれないが。

 

それが俺一人に向けられていると言うのだから、夫としてとても嬉しく幸せだ。

なんだろうな、男冥利に尽きる、と言えば良いのだろうか。

 

「まぁ、その、俺も嬉しいよ。ディアと共に居る事が出来るのは」

 

キスをするでは無いが顔を寄せて額をくっ付ける。

 

「んふふ」

 

頬を緩ませて、額を擦り合わせる。

他の者がいると殆ど、と言うか常に表向きの対応や表情をしていて、滅多に笑わないのに二人きりの時だけ、こうして他の者の前では決してしない表情や笑い方、声、仕草を出してくれるのだ。

その一つ一つがまた、愛おしい。

 

耳に掛かっていた髪の毛が垂れて、ふわりとディアの匂いが鼻孔をくすぐる。

俺の頬や首に擦れてくすぐったいがそれも、心地良い。

 

何もかもが愛おしく、心地良い。

 

 

側から見ればただのバカップルだとか、そんな印象を抱かれるかもしれないがそれでいい。

事実なのだし、今後も変わる事が無い、変える気が無い事柄だからな。

 

人前ではディアの、俺だけしか知らない事を見せたく無いからただくっ付くだけだが、他人の目が無ければ我が夫婦はいつも通り過ごすだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数週間ほど。

 

「フェイさんはいらっしゃいますでしょうか!」

 

玄関の戸を叩く音の後に、以前聞いたことがある声が聞こえてくる。

ベッドから起き上がって出ようとしたが気が付いた。

 

二人ともまだ裸だ。

昨晩まで、数日間連続で大運動会をしていて激しかったから風呂に入らずそのまま寝落ちしてしまったんだった。

不味いな、流石にこの有様を見られるわけには行かない。

 

仕方が無い。

声の大きさを抑えて。

 

「すまない!今取り込み中なのだ!暫く待って貰えないか!」

 

そう伝えると、

 

「分かりました!お待ちさせて頂きます!」

 

返答が返ってくる。

それを確かめてから、俺の大声で起きたディアを連れて風呂に直行した。

 

出来る限り早く、十五分程で済ませて出迎える。

一階の、台所の隣にある何時も食事を摂る机に案内し、座るよう促す。

 

「失礼します」

 

「さて、と。お主が来たと言うことはいよいよ遂に、と言う事だな?」

 

「はい。鋼龍が新大陸に向けて飛び立ちました。まだ内陸部を飛んでいますので、先に出発する形になるでしょう。しかしすぐに追い抜かれるかと」

 

「どこの港から出発するのだ?」

 

「タンジア港です。鋼龍の進路予測だとタンジア港が一番近いので。それに我々としても孤島を目指して経由していけば、比較的安全に新大陸に向かう事が出来るであろう、と考えております。万が一があったとしても孤島にあるモガの村に向かえますから」

 

モガの村は、海の民と呼ばれる種族が古くから住む村だ。

孤島は、崖に囲まれた地形の島で凡そ人が住める場所は殆ど無く、モガの村も低い岩壁に柱を打ち込んでその上に家を建てて暮らしている。

 

周りに幾つかの島が存在しておりその中の一つにあるのがモガ農場である。

幾つかの場所に分かれており、潮風を受けようと平然と育つ稲があるから農場では稲作が行われており、年二回収穫が出来る。

 

前世の橋を知っている俺でも無茶苦茶に長いと感じる桟橋、と言うより浮き橋で繋がっており確かに見応えある、そして風情ある光景が広がっている。

 

孤島周辺は年中暖かく、作物を育てるのに適した気候だ。

モガ農場は、断崖の一部開けた場所に点在しており面積的には一番広くとも凡そ二百m×五十mと言う狭い範囲しかないが、キングトリュフなどの栽培が困難な食材を栽培していたり、マグロが有名であったりとする為に実は村自体はかなり裕福、では無いがそれなりに余裕ある村だ。

実際、モガの村近海で取れるマグロは驚くほど美味しい。

ディアも目を見開いて驚くぐらいには美味しい。

周辺海域が豊かな海だからだろう。

 

海の民、と言うのは古くから孤島に住む種族だ。

竜人族よりも人間に近いが、外見的特徴が少し違う。

爪が鋭く指の間に水掻きがあり、身体には日焼け前後のように、皮膚の色素に濃い部分と薄い部分があり、中には色素の境目が縞模様のようになっている者もいる。

人間ではない、人間に近い種族で実は竜人族よりもその歴史は古い。

ディア達が遥か昔、と言うぐらい昔に存在した海竜との混血が、海の民である。

 

竜人族は陸の竜、所謂飛竜種などの祖先の血が、海の民は今の海竜種の祖先の血が混じっているのが違いだ。

いずれにせよ竜の血が混じっている事には違いない。

竜の血が混じっていると言う事が竜人族の定義ならば広義的には海の民も竜人族と言える。

 

ただそれだと混同しかねない為に竜人族、海の民と呼び方を分けている。

それに海の民達も、自分達の事を竜人族と呼ぶことは無い。

竜人族は、過去の竜大戦時の過ち故に自分達の血に対して肯定的でない。

だからほとんどの竜人族は人間との関わりを持たずに過ごしている場合が多い。人間との関わりを持っている竜人族は全体の一割にも満たないほどだ。

殆どの竜人族は天空山が存在するシキ国に住んでいる。

 

このシキ国が竜人族発祥の地、とされているが正確には一番最初に竜人族と人間が文明を築いた場所、と言うのが正しい。

竜人族自体はもっと遥かに古い時代から存在していたのだ。

いわばこの世界における最初の文明発祥の地が、シキ国なのだ。

と言ってもその文明はとっくの昔に滅んだのだが。

 

それに対して海の民達は自分の血に誇りを持ち、そして人間との関わりも深い。

漁業や農業での関わりでしか持っていないが、それでもタンジア港に停泊する漁船を操る殆どの者達は海の民なのだ。

海の民無くしてタンジアの漁業無し、と謳われるほどその技術は卓越しているのだ。

 

 

 

竜人族は竜との交わりが強く深かった為に竜の血が濃く、身体的特徴は竜と人間を併せ持っている。

手足の指が四本であったり耳が長かったり、足が竜のものに似ていたりと言うのが最たる特徴だ。

 

しかし海の民は交わりが薄く、精々水中で息を長く止められるとか、指の数は五本だが泳ぐのに便利な水掻きが指の間にある、ぐらいの海で暮らしやすい程度だ。

ぱっと見、竜人族の様に人間との違いは分からないので人間であると思われがちだ。 

 

それが海の民だ。

 

文化としては比較的、東南アジアや東アジアに近い。

主食は米と魚であり、調味料として魚醤が存在する。あれは美味い。ディアに頼み込んで定期的に現地に赴いて購入しているぐらいだ。

肉はほぼほぼ摂らない。

 

理由は孤島に生息するモンスター達の存在だ。

孤島は豊かな土地でありそれ故に、様々な竜、それもかなり強い部類の竜が多く生息しており、肉を獲りに行くより海で魚を獲った方が安全らしい。

そもそも、チャナガブルやラギアクルスを銛一本で仕留めるような猟師達がいる時点で陸も海も大して変わらないと思うが、どうやら海の上では勝手知ったるなんとやら、と言う訳らしい。

 

昔、それこそディアの祖父よりも前の時代は村では無く、孤島と呼ばれる島を含めた地域には海の民の文明が栄えていたのだとか。

陸地は勿論だが、海の下にも町や都市を作り上げて繁栄していた。

勿論、龍や竜達と確かに生存競争をしてはいたが共存関係にあった。

 

 

海の民の文明が衰退し滅んだ理由は、第一に竜大戦の余波が挙げられる。

海の民は、竜機兵を作った文明とは全く違い、確かに栄えはしたが自然を蔑ろにした訳ではなかった。

争う事もあったが、それなりに平和に共存していたのだ。

事実、竜大戦時代に龍が孤島の地で力を振るったりと言った戦争の痕跡は無い。

故に竜大戦において何らかの形で武力を振るったわけでは無い。

 

しかし竜大戦は、空が割れ海は干上がり新しい大地が出来、そして沈む大地もあった、と語られるほどに龍も力を振るいに振るい、激しく凄惨に戦ったものだから、当然余波がある。

その余波は世界中に及んでいる事が確認されている。

津波であったり、大地の沈没、はたまた新しい大地が出来たり。

大気が裂かれたり、天候など全てにおいて。

 

因みにこの時に新しく出来た地は今現在、アヤ国と呼ばれる国がある場所だそうだ。

 

 

 

孤島周辺は新大陸に渡るまでの海域の中では唯一常に穏やかで凪いでおり、荒れる事は滅多にない。

しかも好漁場が孤島全域に広がっている。これも龍の力に起因する。

しかし、また龍の力によってそれら全てが荒れに荒れた。

 

海の民の国は、龍の力によって引き起こされた数百mにもなる津波にまず苦しんだ。

次に嵐によって漁に出る事が出来ず、出たとしても全く漁獲が無く飢えと、それによって蔓延した病に苦しんだ。

他にも極端な海面低下、海面上昇など挙げればキリがない。

 

それが続き、衰退していき遂には滅んだ、と言う訳である。

その頃、龍達は死に物狂いで抵抗してくる人間との戦いで、龍達も死に物狂いで戦っていたから余波だとかを気にしている余裕は無かった。

龍にすら、気にしていたら殺されてしまうほどに余力は無かったのだ。

 

 

その後、竜大戦が終わりを迎え幾ばくかの年月、百年ほどの年月が過ぎ、世界を龍が見て回ったとき、海の民達は殆ど死に絶えていたらしく、しかも未だ続く影響で苦しんでいたらしい。

確かに人間が原因で竜大戦は起きたが、さりとて関係の無い彼らを巻き込むのは問題外の事であるとして、害を及ぼした事を相当に申し訳無く思ったそうで謝罪したそうだ。

そして、せめて環境だけでも、と元に戻した結果あるのが今の孤島の姿らしい。

それによって海の民は、確かに極小ほどの人口とは言え今も続いている。

 

 

海の民に伝わる伝説があり、前章では龍を破壊を司る悪とし、後章では龍を再生、所謂生命を司る善とする伝説だ。

 

この伝説には、大海龍と皇海龍と思われる龍と、やはりミラの名を冠する龍と思われる龍が登場する。

恐らく、煉黒龍と呼ばれる龍であろう事が推察出来る。

何故なら海に沈んだ地を浮かべ再生した、としているからだ。そんな事が出来るのは煉黒龍ぐらいしかいない。

他にも多数の龍が出てくるのだが、この話はまたの機会にしよう。

 

 

 

元来、海の民達は大海龍、皇海龍の存在を古くから知っていたし事実この龍の住処は孤島周辺海域だ。その恩恵を受けて暮らしていたのだ。

この二龍は、荒波をものともしないが実は荒れた海を嫌う。だから住処とする場所は凪いでいる海でなければならない。

嫌っている理由は定かでは無いが、どうやら騒がしいのだとか。

 

だから自身が住む海域を凪いで居させる様に操り、他の龍にもその様に協力してもらっているらしい。

鋼龍などが最たる例だろう。

 

大海龍達は、ギルドの調査によって世界中の海で確認されているが、それはどちらかと言うと突発的に、ふらっと現れるもので実際に住処があるのは孤島周辺海域に集中している。

まぁ、変人と呼ばれるタイプもいるから何故そんな所に……、と言う場所に住んでいる大海龍もいるが。

人間が全く立ち入らなくなったフォンロンのある川の河口に塒を巻いて住み着いている大海龍がいるからな。

何故あそこを選んだんだろうか、不思議で仕方が無い。

 

その凪いだ海の恩恵を受けて暮らしていた海の民の国は、その凪いでいる豊かな海が失われた事で滅亡したのだ。

 

この知識もやはりディア譲りなのだがな。

 

 

 

 

 

「あい分かった。今すぐに荷物を持って飛行船に乗ろう。出港が遅れたら不味いだろう?」

 

「はい、そうして頂けると有り難い限りです。手伝いは必要でしょうか?」

 

「いや、少ないから問題無い」

 

「分かりました、では出発準備を進めていますので、積み込みが終わりましたら申してください。すぐに出発しますので」

 

頭を下げて出て行く。

家から出て行くのを見届けてから、荷物を取りに向かう。

 

俺は武器防具、重量のある方を担ぐ。

あれから考えたが、確か新大陸での食料調達や薬草類の入手には自らの手で生育しなければならなかったんじゃなかったか?と思い出して慌てて何種類かの鍬や鎌と言った農具一式を鍛冶屋に頼んで新しく作って貰ったのだ。

多分、調査団の物資には我が夫婦の分も含まれているのだろうが世話になり続ける訳にもいかないからな。

だから重量物が増えて当初よりも大分重くなっている。

 

まぁ、忘れたら取りに戻って来ればよいだけの話なのだが。

 

 

ディアは衣類などが入っている鞄を。

此方には衣類が一週間分と生活必需品一式がそれぞれ二人分。

他に必要であるものを二人分詰め込んであるから、見た目は此方の方が膨れていて大きいが、重さは大した事は無い。

 

 

 

力加減を間違えて、武器防具を潰したりして駄目にしてしまわないように、邪魔にならない場所に飛行船に降ろす。

ディアも背負った鞄を同じ場所に降ろす。

 

「村長達に挨拶して来よう。暫く会えなくなるからな」

 

「あぁ」

 

村長宅に向かうと、何時もと同じように人好きのする笑顔で出迎えてくれる。

 

「出立ですか」

 

「あぁ」

 

「爺様達には、要らぬ心配かもしれませぬがどうか、お身体にはくれぐれもお気を付け下さい」

 

「ありがとう。村長も、歳なのだから十分に気を付けてな。行ってくる」

 

「はい。それでは、いってらっしゃいませ。お二人が御帰りになるのを心待ちにしております」

 

さよならは言わない。

何故ならこの村が俺達の故郷であり、住処であり、戻るべき場所であるからだ。

であるならば戻って来るは必然、別れを告げる理由は無い。

 

 

 

 

「準備出来たぞ。何時でも行ける」

 

「はい、それでは出発しましょう」

 

職員に声を掛けて、出発する。

ふわりと飛行船が浮き上がり、少しづつ高度を上げて行く。

 

「じーさまおみやげかってきてねー!」

 

「お身体には気を付けて下さいよー!」

 

皆が口々に大きな声で、見送って手を振ってくれている。

嬉しいものだ、何時でも帰って来る事が出来るとは言え、こうして見送ってもらえると言うのは。

 

俺とディアも手を振って、答える。

 

飛行船は村から離れつつどんどん高度を上げていき、暫くすると俺とディアでも皆が豆粒ぐらいにしか見えなくなった。

それでも皆は、集まって此方を見ているらしい。

 

「皆、まだ見送ってくれているな」

 

「とっくに飛行船が見えていない筈なのに」

 

「皆へのお土産、何にしようか」

 

「そうだな、ディアは何が良いと思う?」

 

「皆ならなんでも喜びそうな気もするがな」

 

「違いない」

 

地平線の向こうへ村が沈み見えなくなるまで、見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を飛んで数日。

タンジア港に到着した。

 

快晴で雲一つ無く、蒼空が広がっている。

 

タンジア港にはそのシンボルとも言うべき大きな灯台があり、その足元から海沿いに沿って港が発展している。

空からでも分かったぐらいに港全体が、活気に溢れている。

しかも、調査団派遣、と言う一大事を前にして人々はより一層熱気と活気に溢れ包まれているようであった。

 

飛行船用の船着場に降り立ち、ギルド職員と共に、そこからアプトノスが引く台車に乗って調査団が乗り込む船が待つ船着場へ向かう。

 

すると、確かに大きな木造の船が六隻、並んでいた。

帆には紋章が幾つか描かれている。

描かれているのは、五匹の竜の話、と呼ばれる御伽噺を準えた、五匹の竜が盾の形を作っている紋章が帆に大きく描かれ、マストの天辺に掲げられているのは赤地に黄色い縦のラインが入った旗と、紋章は下が長い十字の星の紋章が描かれた旗だ。

 

帆に描かれている紋章が調査団のものだ、と言うのは覚えているが

マストの方は、どうにも分からない。恐らくは一期団の旗、と言うことだろうか。

 

帆を一枚一枚張って、破れていないかなどの最終確認をしているらしい。

船員が忙しなくマストの上や甲板上で動いている。

 

船に近づき、船尾側から見上げると船尾にこの世界の言語で「未知への探求」と描かれている。

 

恐らくこの船の名前だろう。

それを見てから、視線を桟橋の奥へ目を向けると、長身の者が多い竜人族よりも大きい印象を受ける、筋骨隆々という言葉がそっくりそのまま当て嵌まる金髪の若い男を筆頭に、何人かの男女が立っていた。

 

案内されるままに、彼らの前に立つと、一斉にお辞儀をし始めた。

 

何事か?彼らとは全く面識が無い筈だが……。

いや、一人だけ見覚えのある竜人族がいる。

 

「お初にお目に掛かります、調査団一期団長を務めます、ハロルド・キーマンと申します。この度は調査団への参加、心から感謝申し上げます」

 

なるほど、彼が大団長、と呼ばれるようになる人物か……。

うぅむ、俺も決して小さい訳ではなく、寧ろ百八十五cmと身長は高い方だと思うのだがそれよりも頭二つ三つ分ぐらいはでかいんじゃなかろうか?

年齢も20代ぐらいと若い。

 

「名前は、以前聞いていた。宜しく頼む。それと敬語も使わなくていい」

 

「しかし……」

 

「団長が敬語を使っていたら面目が立たないだろう。構わないさ」

 

「……分かりま、いえ、分かった」

 

随分と、物凄く渋々と敬語を止めてくれた。

おぉ、初めてだ。嬉しい。

 

 

「こちらが、オトモのベップ。それから彼らが調査団の主要メンバー達で」

 

イマイチ敬語が抜けているようないない様な感じで紹介する。

やはり敬語を使うな、と言うのは難しいものなのだろうか。

 

「初めまして、ライリー・エドガーと申します。全体の指揮を務めさせて頂きます」

 

彼が、総司令と呼ばれることになる者だな。

どことなく面影がある。

今は若く、髪の毛も黒髪で白くは無い。

彼も20代ぐらいだろう。

 

真面目な印象を受ける。

 

「ルーカス・ファラン、と申します」

 

「おい、ルーカス。ヘルメットを外せ」

 

「あぁ、無理に顔を出せとは言わない。何か事情があるのだろう」

 

ふむ、どうやらルーカス、と名乗った彼がソードマスターだろうか。

装備が似通っているし、太刀も飛竜刀だろう。

 

 

「オリヴィア・サフランです。お見知り置きを」

 

グレーの髪の女性だ。

フィールドマスターになる人か?

声が似ているぐらいで全く分からない。

 

「クォク・フィーラルです。お会い出来て光栄です」

 

彼は分かる。

調査団唯一の竜人族のハンターだ。

やはり竜人族は長命と言うこともあって大人になると見た目があまり変わらない。

精々、子供から青年へ、青年から大人へ、大人から老人へ、の三回ぐらいなもので人間と同じように一年毎に見た目が変わると言うことは無い。

 

しかもその変わるまでの期間が百五十年ぐらいだったりととても長いから人間は分からないのだ。

 

 

 

「フィロル・ネフ、三百年ほど前にお会いさせて頂きました。話を聞いて再びお会い出来る日を心待ちにしておりました」

 

彼も分かる。

技術班リーダーの、老齢の竜人族だ。

と言うか、彼、実は一度村に訪れたことがある。

三百年ぐらい前の話だから今よりもずっと若かったのを覚えている。

村を訪ねてきた者達の名前や顔は完璧とは言い難いが、覚えている。

ただ、竜人族に関してはかなり正確に覚えている。なんせよく訪ねてくると言っても竜人族自体数が少ないからな。それに人間より覚えやすい。

 

それにしても随分と縮んでしまったものだ。

昔は俺と同じぐらいはあったのに。

 

 

それから、三爺と呼ばれる研究者三人とセリエナの料理長と呼ばれる事になるアイルーがそれぞれ自己紹介を行なった。

 

快活な学者 キィイ・ヲウ

明朗な学者 クシィ・ソブユ

陽気な学者 メブア・ダフイ

セリエナの料理長 コムギ

 

船長

ウィリー・ドム

 

誰も彼も、ゲームでの中の面影があったり無かったりと千差万別だ。

とにかく竜人族を除いて皆若いから、分からないのだ。

名前なんて語られていなかったから名前で一致させるのも出来ない。

恐らく主要メンバーであろう事から推察するぐらいしか出来ない。

 

 

竜人族を除いてだが、全員が全員、とにかく若い。

殆どの者が二十代で、三十〜四十代と言うベテランと呼ばれる人間が殆ど居ないのだ。

 

各部署にそれぞれ一人ずつ居るぐらいで、残りは全員若手だ。

それでも各分野の新進気鋭、天才と言われてもおかしくはない面々の集まりなのだが。

 

それに加えて、アイルー達が六十ぐらい。

随分な大所帯である。

 

アイルーの方が多いからニャーニャー、と元気で可愛らしい声があちこちに響いているが、村でも同じようなものだったから大して変わらないのか。

 

 

 

 

挨拶を済ませ、船に乗り込む。

船の充てがわれた部屋に荷物を置いて一度集合し、説明を受ける。

 

今回の調査団は先程の主要メンバーと俺達夫婦を加えて三十六名。

内訳はハンターが俺を入れて十四名、技術者や研究者が十四名、ギルド職員が八名となる。

そこにディアが加わり計三十六名。

 

更に調査団のアイルーが三十一匹加わる。

 

それぞれの役職が船を二隻づつ使用し、さらにもう四隻が物資を運ぶ。

合計十二隻の艦隊だ。

この世界の船は、前世で言うところのガレオン船に近いものでイメージ的には映画などの海賊がよく乗っているような感じだ。

 

そして、この世界は前世と違って船の構造が特徴的だったりする。

実は前世の船よりも遥かに頑丈に出来ており、貼られる木板や金属板の厚さが桁違いに分厚いのだ。

 

と言うのもこの世界、モンスターと呼ばれる大砲なんかよりも遥かに強力な攻撃を繰り出してくる生き物が人間よりも遥かに栄え、世界中を跋扈している。そんな相手からすればただの木造船なんて一撃で沈めることが出来るし、しかも龍に遭遇した時には龍自身と戦う事は無くとも天災級の嵐や津波に襲われるのだ。

どう考えたって海の藻屑待った無しである。

 

竜の素材を使っているには使っているが、全部が全部、使える訳ではない。

船体全てを竜の素材にしようものなら、何頭の竜の素材が必要になるか分かったものではない。どう考えてもギルドナイト案件である。

 

となるとどうすれば船が沈められないか、と考えると必然的に竜の素材以外で頑丈にする、と言う方法に辿り着く。

と言うか結論、これしか無い。

 

一応防御用の武器としてバリスタや大砲があるがそれらもあまり有用では無い。

確かに大砲は当てる事さえ出来れば、龍相手であろうと怯ませたり多少の傷を負わせること自体は出来るだろう。

 

しかしこの世界の大砲はそこまで命中精度は良くない。ただし威力は龍に傷を付けることが出来るほどに高く、前世の下手な爆弾よりも威力は高い。

 

と言うのも、単純に鉄だけを使っていたのならばあれほどの威力の榴弾は作れないがこの世界特有の理由によって可能となっている。

この世界には前世とは比べものにならないぐらいの強度を誇る金属が何十、何百種類と溢れている。

それを弾殻、火薬を包む金属部分に使用すれば比較的薄くても撃つ時に破損したりする心配は無い。

と言うことは薄くなった弾殻の分だけ火薬を積めることが出来ると言うことだ。

 

細かいことを言ってしまえばキリが無いので、あくまでも極論の話だが。

 

しかしいくら威力が高くとも当たらなければ意味はない。

この世界の大砲は、撃ったとしても射程距離は短いし遠いところを狙おうものなら最悪明後日の方に飛んでいくし、しかも重いから狙いを付けるのが大変だ。

 

前世のように電動式でグルグル回る訳ではない。

全て人力だから、角度を一度変えようとしたら一般人が束になって押して引いてとしなければならない。

鍛え上げられたハンターだって簡単に動かせるものではない。

全身でゴリゴリ無理矢理押すのだ。

 

だから遠くのものを狙おうとしたら動きが遅く途轍も無くデカい的にしか使えないのだ。

ジエン・モーランやシェンガオレン、ダレン・モーランなどと言ったでかいくて動きの鈍い相手にしか使えない。

 

近ければ、と言ってもすぐ目の前ぐらいならタイミング良く撃てば動きの速い飛竜種などにも使えないことは無い。

 

バリスタは軽量で旋回性能が高く、素早い動きの目標に対しても狙いを付けやすく、弾速が速い為に当てられるが逆に威力が低く、精々ヘビィボウガンの榴弾二つぐらいの威力しかしかない。

竜相手には効くであろうが龍相手には厳しい。

上手い事、鱗の境目を狙ったりしないといけないからな。あとは数で押すしか無い。

 

 

 

そして船の話に戻るが、確かに船体自体は大きいのだが積載量が多いと言う訳では無い。

と言うのも、船体の下層部はバランスを取るための石や砂利が詰められており、分厚く頑丈にした分重量が嵩んで下手に積載してしまうと転覆する。

しかも船の運用をするための人間や、俺達の様に乗り込む者が寝泊まりしたりするスペース、食料水を積み込むスペースなどを諸々で考えると以外と積載量が少なかったりする。

甲板に潮風に野晒しで置いておくわけにも行かないから、結果的に一隻辺りの積載量が減ってしまうのだ。

 

船の大きさを大きくすれば、とも言うがそこまで大きくすると動力を風や潮の流れに頼っている帆船は速度が落ちるし、その分目的地に到着する日数が増え、その分の食料や水が増える。大きくした分、動かすのに人数が必要だし、そのスペースも必要。

結果、倍の大きさにでもしない限り積載量は大きく変わらなかったりする。

船を倍の大きさにしても倍の積載量だからとはいかない。

 

それに前提問題として造船技術がそれほどの大きさのものを作っても問題無いのか、と言う前提がある。

 

でかい船を作っても海に浮かべたら沈みました、では意味が無い。

ただの金と資材の無駄である。

 

 

ならば、大きさは今のままで隻数を増やす、ぐらいしか方法が無いのだ。

 

だから人数の割に隻数が多い。

何時次の補給ができるか分からないから、一度に出来る限り運んでしまわねばならない。

向こうで食料調達が出来る保証もない。

肉類はなんとか得られるであろうが、野菜が手に入らないのは困り物だからな。

 

ハンターは武器防具、それらの手入れ道具などを持っていく必要がある。

技術者や研究者はそれぞれの研究機材を持っていく必要がある。

ギルド職員は書類などの作成に必要な紙やインクを大量に持っていく必要がある。

 

これでも足りないぐらい、と皆が口を揃えて言うのだ。

なんせこれから進む航路は、一定期間荒れる。

その期間は当然補給出来ない訳だ。

 

今の時期は凪いでいるが鋼龍と言う、龍を追いかけるのだから凪いでいようがいまいが荒れることもあり得る。

そうすると、嵐で沈んでしまう船も居るのだ。

 

今回だって沈む船がある、と考えておく必要がある。

寧ろ全ての船が無事に新大陸に辿り着けたら奇跡に近い。

 

後々航路が開拓されるとは言ってもそれは五期団が来てからと言うまだまだ先の話だからな。

今はどうやったって、この方法でなんとかするしかない。

 

 

 

そしていよいよ、出港の時。

 

その前に何やら式典をやったが長かったのでディアと共に抜け出してしまった。

一度降りた船にまた皆で乗り込み、桟橋に繋いであった縄を解く。

帆を張り、帆が風を受け始めると少しづつ、少しづつ前に進み始めた。

 

桟橋には、多くの人々、ギルドの者やハンター、龍暦院、古龍観測所の職員達、調査団に参加する者の家族や、船員の家族。

皆が手を振って、見送る。

 

それに答えるべく、船に乗り込んでいる者達が舷側に駆け寄って、身を乗り出して手を振っている。

それをディアと共に見ながら、また村の皆の話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁっ!?」

 

「「あ」」

 

一人身を乗り出し過ぎて海に落ちた。

思わず見ていたディアと共に声が漏れてしまった。

 

……幸先が心配になったのは、我が夫婦だけでは無いと思う。

 

いや、海に落ちて死なずに済んだ事を喜ぶべきか?マストの上から甲板に叩き付けられたら俺とディアはともかく他の皆は死ぬしか無いからな……。

うぅん、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

タンジア港が、どんどん遠ざかって行く。

飛行船よりもずっと速度は遅いのに、離れる速さを早く感じる。

 

船縁で海原をディアと共に眺めていると声を掛けられる。

 

「あー、えーっと……」

 

「どうした?」

 

「あぁ、いえ、いや、どうしたものかと」

 

どうやらハロルドは今後の事を俺に聞きたいのだろう。

どうするべきか、どうしたほうが良いか、などなど。

 

ふむ。

彼はどうやら、悩んでいるらしい。

何か憑き物がある様な表情をしている。

 

不安であろう感情なども読み取れる。

 

「ハロルド、俺達に聞きたいのだな?」

 

「え、えぇまぁ……。この中で最も知恵があり、経験豊富なのは貴方ですから、だからな」

 

「……取り敢えず、無理に敬語をやめろとは言わない。話しやすい様に、話して構わない」

 

敬語を使わずに話そうとしているがなんともまぁ、堅いしぎこちないしで申し訳なくなってくる。

仕方が無い、こんな状態では意味が無い。話しやすい様に好きにさせよう。

 

「それで、俺達に聞きたいのだったな……」

 

「はい。これからの事の相談や、可能であればご指示を頂ければ、と」

 

「ふぅむ……、まず妻はともかく俺はハンターズギルドに所属するハンターだ。これは分かっているな?」

 

「勿論存じ上げてます」

 

「そして、必要な時以外に力を貸すことは無い、ともしている」

 

「はい。それでも多大な功績がある、とギルドでは語られているので」

 

「では、今は俺と妻の力が必要な時だろうか?確かに、先の進むべき道筋が全く分からない、未知なる大冒険へ踏み出している事から来る不安は十分に分かる。しかし、酷な事を言うが、それを自分の力で乗り越える事こそが、必要な事では無いのか?」

 

「……その通りです」

 

「それに、何時も何時も俺を頼っていてはお前の団長としての威厳が無くなるし、そうなっては指揮統制に支障が出る。可能な限り、お前達だけで事に当たり、解決し、進んでみせろ。本当に俺達の力が必要になった時は、その時は力を貸そう」

 

「分かりました」

 

少し話すと、憑き物が取れた様な、さっぱりとした表情になった。

 

どうやら俺とディアに気を遣い過ぎていたらしい。

そんなに、気を遣われる程では無いと思うのだが、どうやら皆は俺達をよほど畏れているらしい。

 

それからと言うもの、ハロルドは自信を持って指揮を執り始めた。

あの様子なら、問題無く指揮を執って新大陸に到着出来るだろう。

 

 

 

 

「ディア、一旦部屋に戻ろう。荷物の確認をして、あとはのんびりすればいい」

 

「ん、そうだな」

 

暫く船縁で海を眺めてから、充てがわれた船室に向かった。

一度荷物の整理と確認をして部屋で二人きり、仲良く過ごした。

 

壁を叩いてみた感じ、厚めだから少し普段より声を抑えれば問題は無さそうだ。

……何の声かは言及しないが。

 

 

 

 

「んー……」

 

「どうした?」

 

「いや、今更だが家の、私達のベッドが恋しくなって来た」

 

「ほう?」

 

「このベッドは、私達の匂いがしない。特にフェイの匂いがしない」

 

「まぁ、それは我慢するしか無いだろう」

 

この船に乗せられている寝具などは、新しいと言うのもあるがしっかりと手入れされておりカビ臭かったり、なんて事は無い。

もし、干すとなっても部屋の日当たりも良いし、窓を開けておけば生乾きとか最悪な事にはならないだろう。

 

潮臭くなってしまうのは、海の上だから致し方ない。

ただどうも、新し過ぎて、こう、前世のホテルのパリッとしたベッドみたいなのだ。

 

人にもよるだろうが、やはり自分のベッドと言うものは何物にも変え難い、寝転べば至福を与えてくれるものだ。

それが無いのだ。

うーん……、新しいベッドが嫌ではない、嫌では無いのだ。

 

ただ、ベッドからディアの匂いがしないとどうも、なぁ……。

ディアが言いたいのは、こう言う事だ。

俺の匂いがしないから落ち着かないのだろう。

 

隣に居るのとは別問題だから、早急にどうにかしなければならない。

しかし匂いというのはほんの一日二日程度で付くものではない。

 

それなりに時間が必要だ。

だから、今すぐに解決しよう、とは行かない。

それは二人とも分かっているのだ。だが、駄目なのだ。

 

「……今から、するか?」

 

「いや、まだ昼前だろう。幾ら私達と言えども、流石に皆の手前無理だろう」

 

「そうだよな……」

 

うーん、長い時は二週間ぐらいぶっ続けでセックスしているのに、昼間から、と言うのはどうも駄目なのだ。

何故だ?

 

「こんな事なら、ベッドを家でもう一つ使っておけば良かった。そうすれば持って来れたのに」

 

ディアがそう、愚痴を言う。

確かにそれは思うが、本当に今更だ。今は我慢するべきだろう。

 

「ディア」

 

「ん」

 

呼びながら、抱き寄せて互いに互いの匂いを、体温を感じる。

するとさっきまでベッドに俺の匂いが無いとかなんとか文句を言っていたのに途端に静かになった。

 

そのまますりすりと、額を擦り付けたり俺の首筋の辺りに顔を突っ込んできたりと何時も通りのディアに戻った。

俺も俺でしっかりと抱き締めて、ディアの髪の毛の匂いや体臭を嗅いでいる。

 

暫くそうしていると部屋のドアが叩かれる。

この船のドアなどに貼られている窓ガラスはかなりの曇りガラスだから、外からも中からも互いの様子を伺う事は難しい。

 

「どうした?」

 

「夕食は、如何されますか?此方にお運びするか、食堂へ来て頂くかのどちらかになります」

 

「俺達が食堂へ出向こう」

 

「承知しました」

 

どうやら今部屋を訪ねて来たのはこの船の料理長らしい。

因みに調査団の料理長は別の船に乗っているので此処には居ない。

ゲームでの、恰幅の良いお婆ちゃんアイルーが料理長だが、今現在は一見しただけでは普通のアイルーと思う見た目の為に、エプロンを着けていなければ分からない。

 

 

ディアと手を繋いで部屋から甲板に出ると、今はどうやら手隙の船員やハンター達が各々夕食調達の任務を与えられて船縁に揃って釣りをしている最中らしい。

装備を着けていないハンターや、釣果が得られない船員達が暇そうな顔でぼーっ、と竿を握っている。

 

まぁ、タンジア港の近くは好漁場だしこの辺りも漁船の漁場だから暫くすれば自ずと釣果は得られる筈だ。

 

「どうされましたかな?」

 

俺達を見つけたエドガーが、こちらに声を掛けてくる。

どうやら船団全体の進路決定などを行なっていた最中らしく、船員達と共に六分儀などで計測しているところだ。

 

「いやなに、外が気になってな。妻と部屋に篭りっきりでも良いのだがやはり外の様子と言うのは気になるものだ。妻も好奇心旺盛で、興味津々といった様子らしいからな」

 

「それならば、皆に混じって釣りでもされては?川で釣れない魚も多いですし、奥様の好奇心もそれなりに満たせる筈です」

 

「どうする?」

 

「やってみよう。見た事が無い魚を釣って、食えるのならば食おう」

 

「ん。そしたら釣具を二人分、貸して貰えるか?」

 

「勿論です。甲板長!」

 

エドガーは甲板長を呼ぶと、釣具一式を二人分持って来させ、貸してくれた。

 

餌となるのはハンター達の間でよく使われているダンゴ、と呼ばれる練り餌だ。

 

二人で並んで船縁に立ち、何時もやっている様に釣り針にダンゴを付けて海に垂らす。

 

「おっ、釣れた釣れた」

 

すると早速ディアが本日一匹目の釣果を釣り上げた。

驚いたことに最初から大食いマグロだ。

何時も思うが、何故ディアは釣りをすると必ず大食いマグロを釣り上げるのだろうか?

デフォルトで激運チケットでも使っているのだろうか?

 

 

 

 

他にもバッタやカエル、フィーバエというハエが餌だったりする。

 

ただし、バッタやフィーバエなら良いがカエルとなると、基本的に目的となるのが大型モンスターであるガノトトスなどになってしまう為に普通は船上ではカエルは使わない。

しかもガノトトス、ゲームみたいに一人で釣り上げられる訳も無く、当然釣り上げるには太いロープやワイヤーなどが必要なのだ。

 

 

 

「やべぇ!ラギアクルス寄って来たッ!」

 

どうやら、餌に釣られて集まった魚目当てに海竜が寄って来てしまったらしい。

しかも随分と腹を空かせているようで、釣りを止めても中々立ち去らず、それどころか船に餌があると思って近寄ってくる。

 

エドガーが大声で怒鳴る。

 

「えぇい、全員装備を整えろ!船が沈められないように、いや傷付けられないようにしろ!!追っ払うだけでいい!」

 

「了解っス!」

 

いきなりドタバタと騒がしくなる船上だが、あいも変わらず俺とディアは釣りを続行。

そもそも海竜ぐらいの相手ならば別に俺達が出るまでも無いだろうからな。

 

海竜に梃子摺る様なハンターは誰一人居ないし、船員や技術者達も皆、それぐらいでは怯みはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、今度はカジキマグロだ」

 

何でこうもディアは大物ばかり釣り上げるんだろうか。

もうディア一人で何人分の晩飯を釣り上げたのだ?

 

騒ぎが収まった後、再び釣りを再開したのだが、全く釣れない。

ラギアクルスに怯えてどこかに行ってしまったようだ。

 

 

「……坊主か」

 

「まぁ、気にするな。そう言う時もある」

 

「だがディアは坊主になった事など一度も無いだろう?」

 

「まぁ、そうだな」

 

夜、晩飯時に食堂に向かうと、海竜を相手していたせいもあって全く釣果の無かった皆の前に、ディアが釣り上げた大物が並んでいた。

大食いマグロに始まり、カジキマグロ、ハリマグロ、スネークサーモン、キレアジなどなど。

 

必要な量以外は吊るして干して保存食に。

食料庫の中身も常にある訳ではないから、保存食を作るのは大事な作業だ。

内臓や鰓を取り除き、骨に沿って開きにする。

そうしたら海水で洗って、昨日までに周りの海水から得た塩を、また汲んだ海水に加えて濃度を高くした塩水にする。

これに、本来なら安価で大量に取れるオニキスペッパーなどの香辛料や、岩塩を刷り込んでから干すのだが、今回は俺が持ち込んだ香辛料数種類をほんの少し塗して、あとは海水から得た塩を大量に、である。

塩を使って水分を吸わせ、干した時に水分を飛ばし易くするのだ。

 

これを適当にロープなどに吊るして気候にもよるが数日ぐらい干しておけば干し魚の完成である。

村でもよく、冬に備えてディアと作っていたものだ。

これも、ディアと二人で五百年間毎年やっていたから手慣れたものだ。

皆も手伝ってくれたが、俺達が早過ぎて効率が悪い。

だからエドガーによってこの手の仕事は俺達のもの、とされた。

 

余り想像出来ないかもしれないが、船には干し魚が並んで居たり、洗濯物がぶら下がっていたりと想像するほど、格好良くはない。

寧ろ生活感溢れ過ぎているのだ。

まぁ、余り気にするものでもないが。

 

物資の乏しい調査団では、無駄など一切認められない。

食料庫から引っ張り出した野菜とともに、釣果が並べられている。

 

ハンター達は全く釣りが出来なかった。

音響玉や銅鑼を使ってワーワー大騒ぎしながらの撃退であった為に時間が掛かってしまったらしい。

 

しかもラギアクルス、相当諦めの悪い性格で延々と船を追っ掛けて来て食い物はどこだと周りをぐるぐる泳ぎ回り、飛び跳ねて、時に船の上に乗ろうとまでしたのだ。

 

確かにしつこいが、狩る理由が無いから殺す必要も無い。

少しばかり痛い目に遭って貰っただけである。

 

どうするのか見ていたら流石と言うべきか、高い実力のあるハンター達ばかりだから、飛び掛かってくる瞬間を狙って音響玉を放り投げて海に叩き落としたりしていたが。

俺達は問題無かろう、と端っこに避けて釣りをしていた。

 

まぁ、お陰でラギアクルスに怯えた魚達が皆逃げてしまい追い払った後、ディア以外は全くの釣果が無く、俺を含めて丸坊主だった。

 

因みにこの世界の魚は、例に漏れずパワフルだ。

もう、表現の仕方が悪いと言われるかもしれないが、薬物や栄養ドリンクをちゃんぽんでもしているのか、と思うぐらいに。

 

釣り上げられても抵抗の仕方、跳ね方が尋常じゃない。

普通、魚は陸に揚げられると水に戻ろうとしてそちらへ向かって飛び跳ねる。

しかしこの世界の魚は、なんと己を釣り上げた奴に向かって飛び跳ねて攻撃しようとするのだ。

びっちん!ばっちん!とかなりの音を響かせながら来るのだ。

大体どの生物にも言えるのだが、何故かこの世界の生物は生き残る為の選択肢に先ず戦うと言う選択肢が出てくる。普通は逃げる、が先だと思うのだが。

 

ブルファンゴとか、やはり頭おかしいだろう。

何故敵味方がわからなかったら取り敢えず突進なんだ。

あまり言いたくは無いが絶対に、この世界の生物は加減を間違えている。

 

 

 

因みに全体の釣果はディアが釣り上げた魚のみであった。

 

 

 

 

 

 

出港から一週間、件の鋼龍に中々出会えない、と言うか見つけられていない。

もうとっくに見つけて、先を越していてもおかしくは無いのだが。

 

鋼龍も常に風を纏っている訳ではないからな。

風を纏っていれば、と言うより力を使っていれば大体どんな龍もすぐに見つけられる。

 

だがそうでないと気配を溶け込ませているのもあるが、本当に分からない。

となると、龍がいるであろう事象が無いのであれば龍そのものを目視で見つけるしかなくなる。

今も見張り台に立って双眼鏡を覗いて周囲を見渡している。

 

衛星やレーダーなんて物が無い世界だからな。

基本自分の目のみが頼りだ。

 

その点、俺とディアは視力が遥かに良いから双眼鏡要らずだから楽ではある。

龍と言うのは、人間同様に焦点を合わせたりしてものを見ているのだが、その眼の性能が桁違いに良い。

 

 

詳しい構造なんかは分からないが、極端に例えるならば眼鏡と天体望遠鏡、と言った感じだ。それぐらい差がある。

流石にそこまでの開きは無いにせよ人間が見る事が出来ない距離にあるものを悠々と見る事が出来る。

しかも、ピントや見る距離を調節する機能みたいな能力もあるから近い場所にあるものを見る事に苦労はしない。

 

双眼鏡で言う、等倍率から始まり数十倍率の調節機能、と言ったところか。

因みに他の生物同様、夜になると目が光る。

最初の頃は村でも驚かれたりしたが、村の中で目が光るなど、俺とディア以外に有り得ないし、必ず二人で行動しているから光る目は四つ。

それ以下、もしくはそれ以上だとモンスターしかいない。

 

まぁ、村の中にモンスターが入ってくるなんて弟子であるハンター達が夜、交代で見回りをしているから殆どあり得ないことなのだが。

しかも、夜は我が夫婦は大抵家の、ベッドの上で運動会だから夜に出歩く事も少ない。

 

水の心配は要らない。

なんせ周りに大量に海水があるからな。

それを蒸発させて塩と水に分けてしまえば立派な水である。

 

だから、船上には許す限り空樽に海水を入れて蒸留させている。

飲み水には、余り適さないかもしれないが身体を拭いたりするぐらいには全く問題無い。

飲み水は別にゲリョスのゴム質素材を使っていたり防水加工や防腐加工を施した樽に入れて持って来ている。

飲料水と言うのは貴重も貴重、何よりも大切に扱い尚且つ節約が優先されるものだ。

 

持ってきた分が無くなったならば、雨頼りである。

海水を蒸留して作った水でも俺とディアは構わないのだがいかんせん、この世界の事だから何があるか分からないと言うのが怖い。

まぁ、流石に死にはしないだろうが下痢をしたりして脱水症になる方が恐ろしいからな。

 

それは兎も角、さてどうしたものか。

見つけられなくとも、取り敢えず新大陸に向かう事は決定事項だが見つけられないとそもそもの目的である、古龍渡りの解明の第一歩すら下手をすれば踏み出せない事になる。

 

手隙の者は皆、双眼鏡を覗いたりして探しているが上手い事行かないものだ。

この大洋のど真ん中で空を飛ぶ龍を探し出すのは難しいものだ。

まぁ、太陽光が反射するから他の龍と比べると遥かに見つけ易くはあるのだが。

俺とディアも手伝い、探すが見つからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「雲中に居るならば、まず見つける事は困難だろうな」

 

「であれば、どうしたら良いのでしょう?」

 

「見つかるまで探す以外に方法は無い。幾ら私達とて自分の血族以外の居場所がすぐに分かる様な術は無い。他龍ともなれば余計にな。地道に探す以外に他は無いな」

 

「そうですか……。分かりました、ありがとうございます」

 

ハロルドやエドガー達がどうにかならないか、と聞きに来たが此方にも成す術は無い。

 

確かに力を貸してやりたいが……。

 

これに関しては調査団として、第一目的が達成し得ないと言う事だから力を貸す事には問題無いが、その貸せる力が無いのではどうしようも無い。

 

地道に、地道にあるのみだ。

 

 

 

 

 

 

出港から三週間。

太陽が昇ると水平線の向こうに夜には見えていなかった孤島を薄らと視界に捉えた。

 

それから二日ほど掛けて孤島を通り過ぎると。

 

「見つけましたッ!鋼龍です!船団後方五時!」

 

見張り台に立って辺りを見回していた船員の一人が遂に鋼龍を見つけたのだ。

指を指して方角を知らせてくれる。

 

皆が船の後方に集まり双眼鏡を覗いたり、無い者は必死に目を凝らして見ている。

 

その皆が見る方には、特徴的な鋼色が太陽の光を反射する光が見えた。

きらきらと光っており、前世の烏避けにCDを吊るしているみたいだ。

うん、これは例えが悪かったな。

 

鋼龍を見つけてからは早かった。

かの龍はゆっくりと、しかし船団よりも幾らか速いぐらいで飛んでおり、追い掛けること自体は難しくはない。

 

鋼龍を追い掛けながら、進む事4週間。

予定では新大陸に一週間ほどで到着するのだが此処に来て、海が荒れ始めた。 

 

「荷物をしっかり固定しろ!船のバランスが崩れたらあっさり転覆だぞ!」

 

「馬鹿野郎!雨水なんて貯めてる場合か!その樽もロープでしっかり固定しとけ!」

 

雨水を溜めようと樽を引っ張り出して来たハンターがエドガーに怒鳴られて慌てて樽を船倉に引っ込めていく。

確かに雨水は大事だが、この様子では海水は混じるし邪魔になって怪我人が出かねないしで、まるで役に立たないだろう。

 

ふぅむ、しかしなんだってこんな急に嵐になったのだろうか。

あまりにも海が荒れて嵐になるのが急過ぎるのだ。

 

「……龍か?」

 

ぽつりと漏らすと、ディアがこちらを見る。

 

「確かに水を操る龍は居る。状況から考えて、恐らくその龍の力の可能性が高い。恐らくこの辺りは縄張りなんだろう。危害を加えると言うより、ここは自分の縄張りだと示す示威行動だろうな」

 

「やはりか……、まぁ此方に危害を加えると言うので無ければ構わないのだが、こうも嵐にされて船を揺すられてはなぁ」

 

「これも楽しいから良いではないか」

 

どうやらディアは揺れる船がお気に召したらしい。

先程から、子供のように楽しそうにしている。

 

俺はいつ船が沈むか分からなくて気が気ではないが……。

流石に皆を見捨てる訳にも行くまいし、何より俺に危害があった場合のことだ。

 

最悪、件の龍諸共辺り一帯が消し飛びかねない。

海の上であるならば海が蒸発するかもしれないし、新大陸に着いたら新大陸の地形が変わりかねない。

確かにそれだけ愛されている事を考えたら嬉しいが、とは言えそう考えると、何事も無きよう祈るばかりである。

 

楽しそうにするディアを隣に、そんな心配をするのだった。

 

 

 

 

 

 

三日ほど後。

嵐に揉まれに揉まれ、しっちゃかめっちゃかに船上や船内がなった頃。

漸く嵐と言う名の示威行動が収まりを告げた。

 

船員や、さしものハンター達も嵐によって疲弊しぐったりである。

中には収まってから暫く経つと言うのに酷い船酔いに苦しんでいる者も。しかし散らかった甲板や船内をそのままにして置くわけにも行かず、のっさり、もっさりした足取り手付きで片付け中だ。

 

 

 

 

 

自分達の船室でのんびりとディアと共に過ごしていると、ハロルド達が訪ねてくる。

 

「先日の嵐ですが、見張り台に登っていた船員が双眼鏡を覗いている時に、遠くの方に七色に光る何かを見た、と言っていました。もし何か心当たりがお有りでしたらお教え頂きたいのですが……」

 

「あぁ、つい嵐の時に夫と共にそれで話していたな」

 

けろっ、とさも当たり前であるかのように言うディアに皆は最初は驚いていたが今では苦笑いである。

 

 

「恐らくは水を操る龍だろう」

 

「その龍は光る、と言うより発光する。それも色々な色を常にな。此方に敵意は無い。有るならばとっくの昔にこの船団は海の藻屑だからな。見知らぬ者達へこの辺りが自身の縄張りである事を示す示威行動だろう」

 

ディアが簡単に説明すると、皆難しい顔をしている。

 

「そんな龍、聞いた事がありませんな……」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ、少なくともギルドの表に出回っている古龍の情報に該当する龍はおりません。奥様の様にギルドが禁忌として公にしていない龍も幾つか存在しますが、恐らくその中にも該当しないかと」

 

「ふむ」

 

「恐らくは、人類が確認する上では新種となる古龍でしょう」

 

そうだ、思い出した。

確かゲームをやっていた時に俺がパレード大行進とか色々と不名誉な渾名でもって呼んでいた龍が居たな。

 

なんだったか、ネロミェール、とかそんな感じの名前だったはず。

記憶が正しければ、水と同時に雷をも操る龍ではなかっただろうか。

ディアに各種龍の話で聞いていたが、ただ特徴を聞かされていただけで、今の今まで全く忘れていた。

 

皆は新種の龍だと騒いでいる。

まぁ、下手な事を言ってガッカリさせたりするのもあれだし、ここは放って置こう。

 

その様子を見ながら、行先を見る。

未だ水平線しか見えないが風が味方をすれば一週間、そうで無くとももう二〜三週間ほどで新大陸に着くだろう。

 

 

「それと、もう一つご報告がありまして」

 

「どうかしたのか」

 

「件の鋼龍の行方が分からなくなりました」

 

「行方が分からなくなった?」

 

「はい。嵐以降、姿が見えません。単純に我々の捜索範囲外に居るか、はたまた嵐を避けるために逸れたか。あとは、可能性としては低いですが、嵐によって死んでしまったか。何にせよ、現状行方を掴めていない、という事をお知らせしておきます」

 

「あい分かった。まぁ、兎も角皆も気を付けるようにな」

 

「ご心配、ありがとうございます。それでは失礼します」

 

そう言って皆出て行く。

 

しかし、鋼龍の行方が分からなくなった、か。

これと言って気にするほどの事でもなさそうだ。

 

あれだけの嵐に遭遇したならば、普通は見失う。

飛行機と空港の様に互いに位置が分かる訳でもないし、しかも今回は此方が一方的に位置を知りたがっているだけだからな。

鋼龍の方は此方に気を向ける事すらしていない筈だ。

 

寧ろ見失う方が可能性としては高い。九九.九九%以上と言える。

なんなら同じ船団ですら嵐に遭遇すれば、流されたりして十分に逸れ(はぐ)得るのだから、空を飛ぶ龍相手ならば逸れて当然と言えよう。

 

しかしまぁ、この様子だと鋼龍をまた見つけるのは相当難しそうだ。

新大陸に向かってしまった方が早いし、このまま洋上を探して漂うよりは安全だろう。

 

と言うか、そうせざるを得ないだろうな。

飲料水や食料の問題が何より大きい。

あの嵐で幾らかの食料や飲料水が海水を被ったりして駄目になってしまった。

食料は早めに食べてしまえば食えないことも無いが、水はどうにもならない。

塩分を抜かなければ到底飲むことは出来ない。

問題の無い飲料水の残量を見るに、この様子では残りの航海期間の三分の二程度しか保ちそうにない。

 

更には研究者達と食料を乗せた船が嵐で損傷しているらしい。

幸いにも沈む事はなく、航行にも支障無いらしいが、何時何が起こるか分からない。

早い内に陸地に着いた方が良いだろう。

 

取り敢えずは、残りの航海が平穏無事に終わる事を祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 







大団長のオトモ(料理長)
ベップ


総司令
ライリー・エドガー


ソードマスター
ルーカス・ファラン


フィールドマスター
オリヴィア・サフラン


竜人族のハンター
クォク・フィーラル


技術班リーダー
フィロル・ネフ


三爺

快活な学者 キィイ・ヲウ
明朗な学者 クシィ・ソブユ
陽気な学者 メブア・ダフイ


セリエナの料理長
コムギ


船長
ウィリー・ドム






地図に関しては、調べましたが記述がやはり違うのでそれらしいものを選び、参考にしました。
ですのでここはちがうだろう、などと言う意見は分かりますが感想にお書きになるのは御控えください。
正直モンハン世界の地図ってどれが正しいやら分からないものでして……。


アンケートの投票、実は作者的にはどれに投票しても書いて欲しい、と解釈出来たりしなくもないって事に今更気が付いた所存。




追記
今現在もアンケートを募集しておりますが、暫定的にノクターン版を取り敢えずどのような結果になっても構わないよう、書き進めておきます。
投票数に関しては目安としてこの感じであれば2500ほどとしておりますので、宜しくお願いします。

(実は今年が2021年なので2021票で止めようと思ってたけど普通に知らない間に通り越していたなんて言えない……)








龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/





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8話

ノクターン版ですが、取り敢えず執筆完了次第投稿、と言う事にします。
投稿に関しては本作後書き、若しくは活動報告にてお知らせ致します。

時間掛かりますが、気長にお待ち頂けると幸いです。










 

 

 

航海二ヶ月目。

漸く、新大陸が見えてきた。

 

未だゲームの中での丘珊瑚の台地、瘴気の谷を囲む険しく高い山々が遠目に見える程度ではあるが、着実に近付いている。

 

このままの速度ならば三日で到着するであろう。

それに伴い、各船上では上陸の準備が進められていた。

 

とは言えそう直ぐに上陸出来るものでは無い。

何故なら上陸出来そうな場所を探すところから始めなければならないからだ。

 

モガの村の様に崖に、とはいかない。

船着場が整備されている訳では無いし、そもそも暮らすための拠点があるのと、何も無い場所への上陸は全くの別物だからだ。

 

欲を言えば入江であり、広範囲に砂浜が広がっている場所が望ましい。

前世での泊地などに相当するような場所が良いのだ。

入江と言うのは、大抵の場合波や潮の流れが穏やかで、船の出入り、停泊に向いている。

 

その入江に砂浜があれば、桟橋を一本通してしまうだけでもう拠点の完成である。荷物の積み下ろしなどありとあらゆる行動が簡単に行えるし、入江の外と比べると、遥かに安全だからだ。

それにもしなんらかの護岸工事で大なり小なり港を整備すると言うのなら砂浜の方がやりやすい。

 

もし嵐が心配ならば少しばかり内陸部の高台を見つけてそちらに本格的な拠点を作るでもいい。

高波に襲われる心配も無いし、遠くまで見渡せる。

大抵の場合、入江に拠点を置くならばある程度整備、護岸工事や灯台建設などと言った凡そ港としての最低限の整備がされていなければならないのだが、今は間違いなく無理であるから確実な安全を考えるなら内陸部の高台が望ましいだろう。

高台ならば安易に遠くを見渡せるし、安全の確保もしやすい。

 

ただ、問題はそう言った入江やその近辺には間違い無く竜達も住み着いている事だ。

なんなら縄張りにしているだろう。

 

もしそうならば、別の場所を見つけるか、竜との生存競争である。

 

 

 

そもそも、何故上陸を急いでいるのか?

それにはのっぴきならない幾つかの理由がある。

まず第一に天候の問題だ。

新大陸近海は、今のところは凪いでいて静かだが何時荒れるか分からない。

一応海が凪いでいる季節とは言え常にと言うわけではない。

岸の近くを海が荒れた状態で航行していると、波に攫われたり流されたりして座礁したり岸壁に叩き付けられたりして船が沈む恐れがある。

 

第二に食料と水の問題。

確かに釣りや海水蒸留法で幾らかの食料や水を得られているとは言え、足りない。

この世界の船は前世の中世ガレオン船に似た形状であり、船の大きさにもよるが多いと四百人前後が乗り込む巨大な船であり、調査団が使用する船も百人ほどが乗り込んでいる。

本来ならば規模的には四百人ぐらいは余裕で乗り込めるのだが、そこまでの人数は戦闘を目的とした戦闘艦だけだから、調査団を乗せて海を渡るだけならば、そこまで多く無くとも良い。

更にはこの世界特有の、竜がいる事も人数が少ない要因の一つだ。

 

なんせ大砲を何十門も搭載しても当てられないし、載せていても意味がない。

だから戦闘に関わる乗組員が極端に少ないのだ。

 

とは言え百人ともなれば必要となる食料水の量は多い。

一日辺り一隻で通常通りならば三百食必要となる。

水は一日二リットル計算で二百リットル。

 

既に食料を確保する事が難しく、現時点で一日一食、それもかなり少ない量だ。

必要カロリー量を到底満たしているとは言い難い。

あちらこちらから空腹であろう事が簡単に分かる、腹の音が四六時中鳴っているのだ。

皆も随分と痩せたものである。

 

俺とディアは、龍特有の食い溜めが出来るからさしたる問題では無い。

自然界に生きる龍や竜は、時として獲物を狩る事が出来ずに食事にあり付ける事が出来ない事が多々ある。それは竜に限らずこの世界の生態系の頂点たるディア達も同じだ。

理由は様々だが、縄張り争いに敗れた、とか狩りがまだ上手くない若い竜である、とか冬眠するだとか色々な理由がある。

だから、龍や竜はそう言った事に備えて普段から食い溜めをしているのだ。

 

どうやっているのか、と言うとだ。

龍や竜には、実は胃袋が二つある。

いや、言い方が分からないのだが、取り敢えず胃袋と、胃袋に似た器官がある。

この胃袋に似た器官は、胃と同じく途中で分岐した食道と繋がっており胃に向かう食物の幾らかをこちらに回して溜めておくのだ。

 

場所は龍や竜によって違うが、大体龍であれば胃袋の隣、竜であれば腹側にある。

場所がある理由は単純に竜の腹は背中に比べ鱗に覆われていないから急所である胃袋を守る為だろう。

 

龍は例え鱗が無くとも皮膚そのものが強靭であり、早々貫けるものではないから特に何処にあろうと問題は無い。

 

獲物が得られず、食事にあり付けなかったら、この器官に溜めておいたものを消化し栄養とする。

胃袋のように積極的に消化を行う器官ではない。

基本的には胃袋が消化を行なっているのだが、胃袋の中身がある一定以下の量にまで減った場合にこの器官が消化活動を行い始めるのだ。

 

早い話が補助エンジンみたいなものだろうか。

 

定期的にこの胃に似た器官はそう言った、食事が食えなく、胃袋の中身が一定以下に減らなかった場合勝手に中身を入れ替える。

だから月に一度ほど、やたらと栄養状況が良かったり体重が増えたり減ったりする。

 

だから今は、俺とディアはその胃袋に似た器官の中身で栄養を得ている状態だ。

 

 

 

水は空樽を全てフル活用して海水から得ているからなんとかなっている。

 

しかしやはり食事が無いと言うのは、如何ともし難いほどに皆を精神的に追い込んで、追い詰めている。

人間にとって食事とは単純に生きる為というだけでは無く、ある種の娯楽的な意味合いもあるからな。

 

確かにハンター業も食事を摂れない事も依頼に出ていればある。

しかしあくまでも一日二日の話だし、そこまで長期間に及ぶ事はない。

最悪、海の上とは違い食料調達には困らないからな。

 

今は二週間に渡り一食、それも物凄く少ない量しか食べられないと言う逆に食わない方が楽と言う状況だから、余計に辛かろう。

 

 

 

俺とディアも荷物を纏めて何時でも下船出来る準備をしていた。

船室で、これまた周りの雰囲気やらと比べると場違いとも言える様な感じではあるが、のんびりと二人で過ごしていると扉を叩く音が。

 

「どうした?」

 

「失礼します」

 

一声掛けて、部屋に招き入れると何やら神妙な、と言うより切羽詰まった様な表情で、そして食事量が減った事により随分と痩せ痩けた顔になってしまった、ハロルドとエドガーが。

 

凡その要件の検討は付く。

 

直ぐに話は始まった。

 

 

「……なるほど、俺とディアが先に新大陸に赴いて、上陸可能地点と拠点設営地を選定してほしい、と」

 

「はい、正直に申し上げて現状のままでは明らかに調査そのものに支障を来たします。いえ、既に支障を来たしていると言ってよいでしょう。そこから更に上陸までに日数を掛けてしまうと、どうなるか分かりません。そこでお二人のお力をお貸し頂ければ、と」

 

「それならば、行ってくるとしよう」

 

これに関しては手を貸しても問題ないだろう。

寧ろ貸さないと餓死者などが出かねないし、今のままでは新大陸調査どころでは無くなる。

 

確かに必要時以外に手は貸さないとしているが、それでも、俺は調査団に属するハンターである。

ディアも先ほどから知らない土地に行けるとあって、顔などには出ていないが長年一緒に過ごして来たから分かる、テンション高めだ。

ウキウキワクワク、と言った感じだ。

 

そもそも断る理由が無いからな。

自分で言うのもあれだが、快諾して良かろう。

 

「有難うございます!それでは準備の方を……」

 

「食料や水は向こうで調達するから要らん。なんなら向こうで幾らか獲って来て持ってきてやろう」

 

ディアはなんとも頼もしい感じで言う。

 

「まぁ、そう言う訳で自分達の荷物だけ持っていくから、場所の選定が終了次第迎えに来る」

 

「分かりました。出発は何時頃になされますか?」

 

「今すぐにでも出ようと思う。荷物も元々纏めてあったから十分もあれば出発できよう」

 

「分かりました。それでは失礼します」

 

二人は揃って頭を下げ、出て行く。

 

 

 

 

「さて、それじゃぁ行こうか、ディア」

 

「あぁ、楽しみだな、フェイ」

 

荷物を詰めた鞄を二つ、俺が持つ。

ディアは龍の姿になるから持っていられないのだ。

 

甲板に出る。

すると、エドガーが少しばかり大きめの袋を渡してくる。

 

「簡易テントと気持ちばかりの食料と水が入っております。お二人には要らぬ心配かもしれませんが、念の為持って行って下さい」

 

「ありがとう、有り難く貰い受けよう」

 

「それでは、お願いします」

 

「あぁ」

 

軽く挨拶を済ませ、いざ。

 

「ディア、頼む」

 

「任せろ」

 

一言頷いたディアは、甲板の一番広い場所に立つ。

瞬間、辺りを光が包む。

 

船がぐん、と沈み込み大きな軋み音を立てる。

 

船の上に、龍の姿になったディアが佇んでいる。

人の姿も確かに美しいが、龍の姿の時もやはり、間違い無く美しい。

 

しかし、船の上では狭かったのだろう、マストを一本圧し折ってしまった。

まぁ船の上で龍の姿になると言うのが土台無茶苦茶な話だったのだ。

慌てて怪我人などの有無を確かめたが、幸いにも居ない。

 

取り敢えずその事に安堵しつつ、この船は他の船に引っ張って貰いながら新大陸に向かい、上陸場所が決まったなら急いで上陸する他無い。

 

 

 

 

龍の姿となったディアを見て絶句と言うのだろうか、驚き過ぎて皆揃って口を開けたまま固まってしまっている。

 

伝説、いや御伽噺でしか聞いた事のない存在が目の前に居ると言うのだから誰だってそうだろう。

御伽噺の龍が実在し、御伽噺のように人と夫婦なのだ。

竜人族はよく訪ねてくるから割と信じている者が多いのだが人間はそうでもない。

ハンターの間で有名な我が夫婦は、確かに話だけは聞いたことがあると言う人間は数多いが実在する、だとはやはり現実離れしていて信じていない者も少なくない。

 

そりゃぁ、御伽噺の龍が実在して、しかも人間と夫婦になって暮らしているだなんて龍が実在する以上の御伽噺が本当の事だとは俄かには信じ難いのも確かだ。

 

しかし今自分達の、目の前に居る。

それも、同じ船に乗っていたのだ。

その驚きたるや、語るべくも無いだろう。

 

「マストが折れてしまった、すまない」

 

「い、いえ、確かに空を飛ぶのであれば龍のお姿になるのも当然、それを念頭に入れていなかった我々の責任です」

 

「出来るだけ早く見つけてくるから、それまで耐えてくれ。そう時間は掛からないと思うが」

 

「はい、吉報をお待ちしております」

 

ハロルドとエドガーの二人に軽く挨拶をしてディアの元へ。

 

「それじゃぁ、行こうか」

 

『うむ』

 

ひょい、と人外になった脚力でもってディアの背中に飛び乗る。

首から背中、尾の先端にかけてはふわふわと柔らかく手触りの良い長い毛が生えており、その下に鱗がある。

 

この毛、侮る事なかれ並みの攻撃では決して断ち切ることができないほどのものだ。

この首から尾にかけての何処かに所謂逆鱗、と呼ばれるものがあるのだが同種の龍や他の龍によってある場所が違う。

所謂個体差、と言うわけだ。

 

ディアの場合、背中に生えた右翼の根本辺りにある。

それを他人に触られると、なんとも言えない不快感が襲うのだとか。

猫が毛の流れと違う方向に撫でられると嫌がるのと似ているらしい。

 

まぁともかく、それに触らぬよう首の根本辺りに腰を下ろし、首に腕を回し抱きつく。

いや実は何度かこうして飛んだことがあるのだが、一度調子に乗って滑り落ちたことがあってだな……。

 

幸いにも無傷で済んだのだが装備が全部御釈迦になってしまった。

どうしたものかとぼりぼり頭を掻いていたらディアに死ぬほど怒られた。

 

これでも身体は龍になったのだから平気ではないか、と言ったが運の尽き号泣しながら怒られたのである。

確かに軽率であった。

必死に謝り倒し、死んだかと思ったと言われた時はそれはもう心臓を締め上げられるような罪悪感が襲ってきたものである。

 

結局丸一日怒られ、俺が悪いから反論の余地も無く、夜になったらその反動故かディアが凄かった。

 

 

「次に飛ぶ時はしっかりと掴まって、私が地面に足を付けるまで絶対に離すな」

 

そう龍の瞳になったディアに顔をがしっ、と掴まれ間近にまで近付けられて念を押されたものだ。

それがあるから首にしっかりと抱きついているのだ。

 

 

ディアが大きく白い翼を広げる。

一度羽ばたくとぶわり、と浮き上がる。首に掴まっている俺にも前世の飛行機や、この世界の飛行船とはまた違った独特の浮遊感が襲ってくる。

 

そのまま何度か羽ばたき、高度を上げていく。

 

『そら、行くぞ』

 

その声と共に、グンッ!と前に進んで飛び始めた。

身体を少しだけ起こしてちらりと後ろを見てみると船団はすぐに遥か後ろになっていく。

 

『こら、しっかり掴まっていろ』

 

「すまない」

 

叱られた。

 

羽ばたく音と風を切る音を心地良く聞きながら、ふわふわとした毛に包まれながら三十分ほど。

 

再び身体を起こして下を見てみると眼下には俺達が渡って来た西竜洋と、そして緑豊かな大地が広がっている。

船だと何日も掛かる距離をディアに掛かれば一っ飛びである。

 

『だからしっかりと掴まっていろと言っているだろう。景色を見たくなるのも分かるが落ちられたら堪らん』

 

「悪かった、悪かったから少しだけ見させてくれ」

 

『仕方無いな、少しだけだぞ。その代わり、しっかりと掴まっていること』

 

「あぁ、勿論だとも」

 

ディアの許しを得て身体を起こす。

 

眼下には旧大陸とはまた違った大自然が広がっている。

緑生い茂る地の真ん中辺りには大きな大きな、龍の姿であるディアですら遥か上を見上げなければならない程に巨大な木が聳え立っている。

枝葉が大きく広く茂っており青々と、ただ遠くから目に見ても分かるほど生命力に溢れている。

あれが古代樹と呼ばれるもので、その周りに広がるのが古代樹の森だろう。

想像し難いかもしれないが、前世の東京タワーよりも明らかに大きい。

下手をすればスカイツリーに迫るのではなかろうか。

 

それを中心に古代樹の森が龍結晶の地辺りまで伸びている。

 

 

古代樹の森と明確な境界線を示したかのように広大な砂の大地が広がっている。

やはり真ん中ほどに乾いた土色の巨大な構造物が見えるから、あれが大蟻塚の荒地であろう。

古代樹の半分ほどの大きさであろうが、それでも高く聳え立っている。

 

その二つが隣接し、新大陸中央を囲む様に険しい山々が連なっている。

その内側には様々な色が輝いている場所がある。

空には何やら大小の生物が飛んでいるのが見える。

なるほど、あれは陸珊瑚の台地だな。

 

山を隔てた更に向こうには巨大な水晶のようなものがあり、あのあたりは龍結晶の地であろう事は容易に推察出来る。

その奥にも広い大地が広がっているが、高度が足りないのか見えない。

兎に角、ゲームでの舞台たる新大陸を遥か高みから見下ろしている。

 

それぞれの全く違う環境の大地が隣り合い共存している。

 

この世界に生まれ落ちて早五百年と幾ばくか。

なんとも感慨深いものだ。

 

 

「とりあえずこの辺りをぐるっと回って良さそうな場所を見つけよう」

 

『分かった』

 

身体を傾け、旋回を始める。

暫く見ていると、良さそうな場所があった。

 

「ディア、あそこはどうだろう」

 

『砂浜か。少し狭そうだが、良さそうだな』

 

指差し、降りる。

そこは巨大樹の森にある、砂浜だった。

確かに入江では無いが、ここ以外に無さそうである。

 

ケストドン、とゲームでは呼ばれていた草食竜が砂浜を闊歩していたが、ディアが降り立つ時に怯えて逃げていってしまった。

 

なるほど、何処となく見覚えがある。

ゲームのフィールドで見たことがあるような気がする。

 

ともかく、ここならばディアが身体を下ろして余りある広さであるし、桟橋一つぐらいならば余裕であろう。

 

さて、上陸地点は決まった。

あとは拠点を置く場所だけである。だけであるのだが……。

 

 

 

 

 

「森の中に拠点を置くのは難しそうだなぁ……」

 

「まぁ、そんなものだろう。一応岸壁の方に良さそうな場所があるにはあったがあそこに拠点を一から作るのは大変だぞ」

 

人の姿になったディアと共に古代樹の森を歩き回ったが何処もかしこも拠点作りにはまるで向いていない。

古代樹近辺では、龍の姿であるディアの倍は余裕であろうかと言う太く逞しい根があちらこちらに走っており、離れた場所でも古代樹の子達が芽吹き成長しており、到底数十人が生活する拠点を作り上げるのには無理がある場所しかない。

 

しかも古代樹の森は生態系に富んでおり、下手に拠点を作ろうものなら住処にしている竜達から総スカンを食らう事間違いなしである。

そうなったら新大陸調査どころの話ではなくなる。

 

砂浜はどうやっても無理だろう。

ざっと見て回った感じだが、海竜種があの辺りを縄張りにしている可能性が高い。

それも、かなりデカいのが。

 

尾を引き摺っていることからガノトトスなどではないことは確かである。

考えられるのは、ラギアクルスなどだが引き摺っている尾の大きさや形からして違うだろう。

 

ディアに心当たりがあるのかどうかを聞いてみたところ、どうやら示威行動をしてきた例の古龍の可能性が高いのだ。

陸珊瑚の台地ではないのか?と思ったがそもそもあの龍は水辺があれば何処でも生きて行けるとの事らしいから縄張りであっても特に違和感は無い。

 

となれば、幾ら好んで争いをしない龍とは言え、あそこに拠点など作ろうものなら人間を見慣れていない筈の龍からしたら快くは思わないのは、確かなことだ。

まぁ、少しばかり足を踏み入れるぐらいならば問題無かろうが、自分の家の敷地に他人が無断で建物を建てたら、と想像すれば分かりやすいかもしれない。

 

「取り敢えず、上陸地点は砂浜にしよう。件の龍に関しては俺達で話を付ける他あるまい」

 

「まぁ、妥当なところだな。あそこ以外に上陸出来そうな場所は無いし、砂地も見てきたがあれは上陸したところで拠点どころの話では無かろう。他の場所もどうやったって上陸でき無さそうだ」

 

一応新大陸全体をぐるっと回って見てみたのだが、どうにも砂浜というのが余り多くない。

確かに河口などはあるのだが、大抵の場合河口は強力な竜が縄張りとしているし生存競争もその分熾烈だ。

 

古代樹の森には船が通れる幅のある川が二つある。

正確には一つの川であり、途中で別れて巨大な三角州を作っているのだ。

調べてみたが片方は深さはあるものの河口付近には小島の様な岩礁が多く、流れが速く複雑で通れない事はないが危険極まりない。

 

もう片方に関しては上陸出来そうではあったが、遠浅で座礁間違い無し、それに何種かの海竜種が住処にしていることが分かった。

船が通れる深さの場所は大抵竜も使っているから下手に入ろうものなら船ごと海の藻屑である。

 

 

大蟻塚の荒地は、新大陸そのものとそれの沖合にある大きな島で構成されている。

どちらとも砂の雪原が延々と続いており比較的広範囲に渡って砂浜が広がっていたのだが、確かに上陸は出来そうなのだがそこに拠点を作ることができない。

この世界の輸送事情を考えれば上陸地点と拠点構築地点が離れているのは好ましくない。

仮に大蟻塚の荒地に上陸したとして、そこに拠点が作れないから古代樹の森に作るとしよう。

一番近い場所でも軽く二、三百kmは離れているから物資の移動だけで数ヶ月は掛かる。

 

龍結晶の地は海に面する場所は高く険しい岸壁に囲まれておりあれでは無理である。

 

となれば、古代樹の森しか無いわけだ。

砂浜を少しの間使わせてもらえるよう、件の龍に頼み、その間に岸壁に見つけた良さそうな場所に早急に拠点を構築し船の停泊も出来るようにしなければならない。

 

 

三日ほど掛けて調べた結果がこれである。

となれば先ずは交渉だ。

 

「件の龍が何処にいるか、分かるか?」

 

「ふぅむ、そうだな……」

 

ディアは暫く目を閉じて、何やら探っている。

と言うのも、どうやら龍と言うのは自然の中に自身の気配を溶け込ませるのだが、やはり龍同士であると感じる違和感の様なものがあるのだとか。

竜では感知できない、なんだろうか、周波数の違う波長と言えば分かりやすいかもしれないが、五感の鋭い龍は、龍の発する生命エネルギーみたいなものを感じることができるらしい。

 

それを探って、他の同族を探したりするのだとか。

 

「うん、見つけた。海の底に居るな」

 

「海の底、か」

 

「まぁ浅いところにいるし問題無い。普通に潜って行ける」

 

「潜るのか」

 

「それしかないだろう」

 

「まさかとは思うが、水の中で息が出来たりなんてしないだろう?」

 

「当たり前だろう、私達は万能では無いのだぞ、水の中で息が出来るなら困らん。普通に息を止めて潜っていくのだ」

 

どうやら海の底にいるらしく、交渉するには潜っていくしか無さそうである。

流石の黒龍一族といえども水中は論外らしく、普通に潜って行く事になった。

 

「龍の姿か?」

 

「いや、あれだと水の中は動き辛い。人の姿の方が泳ぎ易いからこのまま行く」

 

「なるほど?」

 

「空は私達の独壇場なんだが、水中だと適応していないから背中の毛に水が染み込んだり、翼が重くて動かし辛かったりと色々と面倒でな。下手したら龍の姿だと溺れ死ぬ」

 

「そうなのか。それは嫌だな」

 

「だから、人の姿で潜る」

 

ディアに死なれたら、俺は気が狂ってしまうだろうな、間違い無く。

後追い自殺するんじゃなかろうか。と言うかするな、うん、間違いなくする。

 

「深さはどれぐらいだ?」

 

「まぁ、ざっと二百と言うところだな」

 

「……死なないか、それ」

 

「大丈夫だ、それぐらいの深さなら全く問題無い」

 

ディア曰く、二百m程の深さなら潜れるんだとか。

ふぅむ、流石龍、適応していない水中でも多少なら問題無いとは、身体の耐久性が桁違いだ。

 

……あ、俺もそうだった。

 

時々、特に初めての事となると人間感覚で話をしてしまうことがあるのだ。

それで失敗したことが何度もあると言うのに学ばない愚か者だ、俺は。

 

「んんっ、よっ、と」

 

「……何故服を脱ぐ?」

 

「フェイに貰ったものだ、汚したく無い。それに服を着ていたら泳ぎ辛いだろう」

 

何を当たり前のことを、と不思議そうに首を傾げて言う。

絶対に泳ぎ辛いは後付けだな。

 

「なんだ、フェイはそのまま泳ぐのか?」

 

「いやまぁ、万が一があるからな」

 

「まぁ、構わないが、ネックレスとかを無くしたら許さんぞ」

 

「あぁ」

 

ディアは来ていた服を畳んで砂浜の端っこに建てたテントの中にしまう。

……俺もネックレスと指輪は置いて行こう。無くしたら嫌だし、何よりディアが恐ろしい。

 

ディア、老山龍との一件でお揃いのネックレスを買った後からどうやら、ペアルックにガッツリと嵌ったらしく、貴金属などをとにかく同じものにしたがる様になったのだ。

 

それがどうにも、話には聞いていたらしいのだが、実際にやってみると龍の中での独占欲と言うか、そう言うのを刺激して堪らないらしい。

 

今や我が夫婦に限らず龍の間ではペアルックが常識になったのである。

図らずしも、龍の生活様式を変えてしまった。

 

まぁ、とは言え龍は普通はディアのように何か貴金属を身につけるとかしないらしく、では何をペアルックにしているのだろう?と首を捻らなくもないがまぁ置いておこう。

 

 

俺もネックレスと指輪をテントに置き、装備を点検した後に二人で海に入る。

俺は装備でゴリゴリ、ディアは全裸となんとも無茶苦茶である。

 

何はともあれ、二人で海に潜る。

これが普通の夫婦旅行ならばロマンチックだったりするのだろうが俺がこんなナリでは無理がある。

 

まぁ、後々落ち着いたら二人でゆっくりと満喫するとしよう。

 

 

 

 

装備を身に付けたまま、ディアの先導の下泳ぐ。

砂浜から暫く十〜二十mほどの水深が一kmほど続き、そこから水深が深くなり始める。

 

「ここから潜るぞ」

 

「分かった」

 

息を吸い込み、ザブンと一気に潜る。

時間との勝負だ。

 

この辺りの海は綺麗で澄んでおり、生物が豊富だ。

その中をディアは産まれたままの姿で泳ぐ。

 

しかし、随分と綺麗に泳ぐものだ。

どうにもそれが、やけに幻想的に見えてしまう。

水の中特有の光の反射に加え、ディアの髪の毛が更にキラキラと光り輝く。

人間には人間の美しさがあるが、ディアはやはり人ならざる美しさがある。

 

なんと言うべきか、言葉が出てこない。

 

 

 

暫く潜る。

段々と光が遮られてきて、海水が冷たくなってくる。

 

それを感じながら、さらに深く潜る。

 

 

既に深海、と呼ばれる深さにまで来た。

龍になっていなかったら全く辺りが見えないほどに真っ暗闇だ。

 

時折、見たことのない生物が通り過ぎる。

この世界の人間は誰も知らない未知の生物なのであろうか。

 

それを横目にディアと共に泳いでいくと、何やら岩壁に大きな横穴が出来ている。

 

ディアを見ると、ジェスチャーでこの穴の先にいる、と示している。

 

それを見て頷き、行こうと合図をするとなんの臆面も無く横穴に入っていく。

 

少し進むと横穴が縦穴になり、登っていく。

すると空気溜まりになっている空洞に出た。

 

二人で岸に上がると、奥の方に何やらゆらゆらと妖しい光が蠢いている。

 

『人間が何故此処にいるのだ?』

 

先に声を掛けたのは向こうだった。

割と若い声で、ディアとはまた違った、こう、凛とした声である。

 

どうやら既に俺達の接近に勘付いていたらしい。

歩いて近寄り、頭を下げる。

 

「手土産も無く突然の訪問、申し訳無い。しかし少しばかり話がしたくて此処に来たのだ」

 

『話とな?私は話すことなど少しも無いが』

 

「此方にはある」

 

少しばかり問答を繰り返すと、龍がディアをジッと見る。

首を傾げ、何やら既視感を感じているようだ。

 

『……んん?よく見ればお主、龍ではないか』

 

「お初にお目に掛かる、黒龍一族族長が娘、ディアードホス。此度は少々話がしたくて参った次第だ。どうか聞いては貰えないだろうか」

 

『黒龍一族?では何故隣に人間が……、あぁいや、なんとなく分かったぞ』

 

「人と番になった、と言えば分かるな?」

 

『ははぁ、なるほどお主達が噂の番だな?どおりで人間のようで人間ではない感じがした訳だ』

 

「それで、話を聞いてはくれないか」

 

『あぁ、いいとも。此方としても黒龍一族のやんちゃ姫の機嫌を損なうのは勘弁願いたいことだ』

 

なるほど、ディアはやんちゃ姫と他の龍達から呼ばれているのか。

まぁ、確かにその節はあると言えばあるな。

 

老山龍の翁もやんちゃだ、と言っていたしな。

 

「余計なことを夫の前で言うな」

 

『おぉ、怖い怖い。して、用件とは何か?』

 

「貴方が縄張りにしている砂浜を少しばかり使わせて頂きたい」

 

『砂浜?あぁ、別に構わぬぞ。あそこはよく日光浴に行くでな、それを邪魔さえしなければ何も言わんよ』

 

「人間達が多数でも構わないか?」

 

『構わん。元より縄張りではあるが、あくまでも皆のものだ。まぁ、下手に荒らしたりしなければよい』

 

「ありがとう。それでは失礼する。もし何かあったならば俺達に言って欲しい」

 

『ん、ではな』

 

龍と別れ、再び海に潜る。

早めに戻り、砂浜に上がると辺りは夕暮れ時、太陽は既に水平線の向こうに沈もうとしていた。

 

夕日を遮るものが無いから、ディアの裸体を照らしている。

うーん、これはこれで良い……。

 

「うん?どうした?」

 

「あぁ、いや、ディアは綺麗だなと」

 

「んふふふ」

 

答えると、嬉しそうに顔を綻ばせる。

指を絡ませながら手を繋いで、テントに戻る。

 

川から汲んできておいた水を火に掛けて念のために煮沸消毒、それから石鹸を泡立て頭を洗う。

身体は洗った後に水を含ませたタオルで身体を拭う。

 

調査団の皆に知らせるのは明日だ。

早朝にここを出発し、船団を見つける。

 

必要ならば俺達が乗ってきた「未知への探求」号を引っ張ってこないとならない。

俺が泳いで引っ張ってもいいし、ディアが頷いてくれたならばディアが引っ張るでもいい。

 

色々と考えながら、床に着く。

 

「フェイ」

 

「ん?」

 

毛布を掛け、ディアを抱き締めると呼ばれる。

すると、キスをされた。

 

なるほど、どうやら一昨日、昨日とお預けを食らったからご所望らしい。

 

いつもと比べて随分と短めに事を終わらせた我が夫婦はディアが不満げではあったが早々に終いにし寝るのであった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

陽が登って幾らかした頃に目を覚ました我が夫婦は、これまた川の水を煮沸消毒の上で頭を洗い、身体を拭い、そこらで採ってきた食える野草やキノコ、それと仕留めたアプトノスの肉で朝食を済ませる。

 

確かに調査団は食糧難であるし急ぐべきなのであろうが、下手に日々のルーティーンを崩すと何が起こるか分からない。

だからあくまで急ぎつつもそれ以外は何時も通り、と言う訳である。

 

テントを張ったまま、荷物も置きっぱなしにしておく。

ただし、アプトノスはディアに頼んで持って行ってもらう。

 

龍の姿になったディアの背に乗り、大空を共に駆ける。

三時間ほどだろうか、探していると船団を見つけた。

 

船はそれぞれ識別用の旗を掲げており、「未知への探求」号は五匹の龍の伝承を模した旗を掲げている。

肉眼でも、かなり遠くから確認出来るから迷いなく近づいて行く。

 

しかし、何か違和感が。

 

……あぁ、なるほど!

 

感じた違和感は俺達が折ってしまったはずのマストが修理され再び立っているからだ。

いやはや、この短期間で修理をしたのか。

 

流石と言うべきだろう。

 

「おぉーーい!!」

 

ティガレックスのバインドボイスも霞むような大きな声で呼ぶと、皆が手を振っている。

まぁ、ディアしか見えないであろうが一応手を振り返し、アプトノスを甲板に放る。

 

そして空中で人の姿になったディアを横抱きにして甲板に着地する。

 

本当は龍の姿のまま船に降りようと思ったのだが、マストをまた折るのも忍びないからな。

 

ハロルドとエドガーが駆け寄ってくる。

その顔はようやく希望を見つけた、とでも言うように輝いており此方を見ていた。

 

「ご帰還、心よりお待ちしておりました。早速で申し訳ないのですが、首尾の方は……」

 

「心配するな、ちゃんと上陸場所と拠点設営地を確保した。縄張りにしている龍へも話は通している」

 

「おぉっ!有難うございます!」

 

「上陸地点は此処からーーーー」

 

上陸地点の場所を指示する。

するとすぐに船団は進路をそちらに向けた。

 

次に拠点設営地の説明を行う。

 

「確かに拠点設営地を確保したのだが、申し訳ないが、あまり適しているとは言い難い」

 

「と言うと?」

 

「新大陸中を飛んでみて回ったのだが、何処もかしこもまるで向いていない。あそこを開拓しようとしたら数十年は掛かるほどにな」

 

「そこまでですか……、して、その見つけた設営地とはどこなのでしょうか」

 

「上陸地点の砂浜から少しばかり離れたところにある岸壁だ」

 

「岸壁、ですか」

 

「あぁ。とは言っても完全な壁というほどでも無い。岸壁の上に少しと岸壁の途中に幾らか開けた場所がある。他には良さそうな場所はどうしても見つけられなんだ」

 

「いえ、それだけでも見つけて頂けたのであれば感謝しかありません。元より新大陸調査は前途多難、困難極まりない事は誰もが覚悟の上です」

 

「そうか、そうしたならば俺達は向こうに戻ろうと思う」

 

「このまま共に行かれないのですか?」

 

「腹を空かせているのはこの船の者だけではあるまい。他の船の分も食料を確保して来ようと思っていたのだが」

 

「そうでしたか、申し訳ありません」

 

「いや、いい。そこは有難うと言ってほしい」

 

「有難うございます」

 

「ん。それでは残りの旅の無事、祈っているぞ」

 

「はい。御二人も要らぬ心配かとは存じますがどうかお気を付け下さい」

 

「あぁ」

 

二人と別れマストに登り、飛び上がりながらディアが龍の姿になる。

そのまま俺達は新大陸に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

到着するまでの間、彼らの為に食料を行ったり来たりで運んでいた。

 

四日後、船団が上陸地点に到着した。

まず最初に上陸したのは技術者達。

 

砂浜に簡易的な桟橋を作り、物資の揚陸を簡単にするためだ。

 

事前にここは龍の縄張りであるから下手なことはしないように、と言ってあるためにこの桟橋も拠点が完成しそちらの桟橋が完全に機能し始めたならば取り壊すことになっている。

 

二日ほどの工事で幅五mの桟橋が完成し、技術者達の工具などを最優先で揚陸、揚陸が完了すると皆でそれを拠点設営地に運び込んだ。

すぐに拠点設営工事が始まった。

 

まず最初に行われたのは岸壁の中ほどにある平地の整地作業。

これも誰彼問わず皆で行い、三日間掛けて岩を均し、そこに技術者達と工具類や物資、材料などを下ろした。

 

本来ならば古代樹の森から木材を切り出すところだったのだが、「未知への探求」号の他にあの嵐で損傷した船を分解して材料とすることになったために切り出す必要が無くなった。

此処までは保ち堪えていたが、旧大陸までは保ちそうに無いとのことだ。

 

四隻分にもなり、資材としては十分以上の量があるとのことだ。

 

すぐさま技術者達が分解した資材を使って海に張り出すように足場を作り、下へ下へと足場を移していった。

この辺りは岸壁が続いているものの、比較的水深が浅く、深いところでも三十mほどしかなく、防腐処置を施したマストを海の中にある岩に穴を開けて挿し込んで固定すれば柱は完成した。

 

それに梁を渡し、板を打ち込んで次々と足場を組んでいき、一ヶ月もすればゲームほどではないにせよ、一番最下層の拠点部分が完成した。

 

そして休む間も無くすぐに桟橋を作り、砂浜の桟橋は撤去された。

 

崖上の平地にも階段状の足場を作り往来を簡単に出来るようにし、そこに料理場が作られた。

今はまだ簡素であるが、ゲームでのキッチンである。

 

崖の中ほどにある平地にはまず最初に工房が作られた。

単純な話、道具類の手入れや作成が急務であるからだ。

長い間潮風に晒された武器防具は手入れしていたとは言え錆が浮き、とてもでは無いが命を預けて、命懸けの依頼に行ける状態では無いのは確かだ。

 

事実俺の武器防具もそんな状態だから早急に修理を行う必要があった。

まぁ武器防具が無くとも俺は問題無いのだが、他の皆が問題だった。

 

なんせ竜が世界で一番繁栄していると言っても過言では無いのだから、自然界に防具も武器も何も無しで出歩くのは、幾ら調査団に選抜された者たちとは言え、あの世への片道切符である。

 

更には俺達が住む住居などは宮大工の様に釘無しで建物を建てるわけでは無い。

正確には技術自体は存在するが、広く使われていない、である。

 

ユクモ村などは使っているが、一般的には釘などを使用して組み上げた木材同士を連結させる。

 

だから、工房は必要不可欠なのだ。

ハンター達の武器防具を修理し、鉱石採取、食料調達依頼を出して依頼に向かう。

 

でなければ鉱石などの資源を持ち込む余裕が無い我々は何も出来ない。

現地調達が基本である。

 

 

俺はと言うと、皆の武器防具が修理し終えるまでの間依頼をこなしていた。

ディアと共にツルハシを持って古代樹の森や大蟻塚の荒地を駆け回った。

まぁそれが楽しいこと楽しいこと。

 

鉱石集めは村でもよくやっていたから手慣れたものだが、採れる鉱石が既存のもの、未知のものと様々で、それはもう二人してきゃっきゃっとはしゃぎ回るのだ。

 

拠点はゲームほど人数も居なければ大きく無く、キッチンと工房、それと調査団の皆が住まう集合住宅の様なもの、それと海に迫り出した足場と桟橋があるだけだ。

 

それでも、ここにきた当初と比べれば遥かに進歩したものだ。

これにはディアも驚いていた。

 

 

 

三ヶ月もすると、工房を別の岸壁の平地に移し、本格的に稼働させ始めた。

元あった場所は研究者達が使用することとなり、動物学者と植物学者が半々で使っているのだが……。

 

 

 

「お前達散らかし過ぎだっ!片付けろ!」

 

なんと言うか、早速書物やら採取してきた植物やらを広げ足の踏み場も無い状態なのだ。

三爺達を始めとして研究者達は生き生きと自分の領域を広げているのだが、流石に見かねたエドガーが片付けろと怒っているところだ。

 

ハロルドやルーカス、オリヴィア、クォク達は既に古代樹の森に入って行ってしまったから拠点には居らず、なんなら暫く帰って来ていない。

フィロルを筆頭とした技術者達は拠点拡充の為に日々奔走していてとても忙しそうだ。

 

ウィリーはつい先日調査団の人間三十数人を残し船団を率いて旧大陸への帰路に。

 

やはり生まれ故郷で無く、不安はあるのだろうが、しかし、皆顔を輝かせて日々を過ごしている。

 

 

 

我が夫婦も、拠点での諸々をやり終えたから、明日から新大陸旅行と洒落込む予定だ。

あぁ、楽しみだ。

 

 

 

 

 

 











龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/








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9話








 

 

 

 

 

 

はてさて、新大陸初上陸から早くも五ヶ月。

その間、調査団は着々と拠点の整備を進め、今では断崖絶壁が広がっていたなどとは思わない様相になっている。

ゲームでの、植生研究所も稼働し始め、彼らは何やら毎日あちこちから根っこごと植物を持って来ては飽きる事無く観察し続けている。

つい二ヶ月ほど前、何やら古代樹の新しい株が枯れそうになっていたとかで与えられた敷地のど真ん中にデカデカと植えたのは調査団に属する者ならば誰もが知る奇行だろう。

他にも様々な植物を観察し研究しては記録し続けており、一週間前は色々と組み合わせて作った肥料を与えてみたら爆発的に成長したツタ植物に植生研究所の面々が研究者特有の、研究に熱中しすぎて疲れ果てその場で寝て起きたら、なんて事があったのだが、なんとまぁツタに絡め取られていて危うく死ぬところであったり、と言うのは記憶に新しい。

 

 

 

 

生態研究所の面々はつい先日ハンターに依頼すれば良いものを待って居られないからと勝手に荷車に荷物を纏めて古代樹の森を歩き回り、挙句の果てにこの古代樹の森の竜の中では生態系の頂点に近しいアンジャナフに追いかけ回されると言う事件までしでかした。

まぁ、彼らとて研究者だから何をしたら竜の怒りを買うかぐらいは分かっているし決してそんな事はしない。

出会したのがアンジャナフだったと言うのが、運が悪かった。

あの竜は今のところ新大陸で確認されている竜の中で一、二を争うレベルで交戦的で凶暴だからな。

 

正直、この新大陸でも竜達は争う事は余りない。

寧ろ旧大陸よりも遥かに少ないと言って良い。

何しろ、ディア曰く結構な数の龍がいるらしいからな。

その龍の縄張り内で騒ぎを起こして怒りを買うぐらいなら、である。

 

互いが互いに素通りが普通であるし、ゲームみたいに縄張り争いなんて滅多に起こらない。

態々縄張り争いをしなくとも獲物は豊富だし、子育てをするに適した環境や場所は幾らでもあるからだ。

 

しかしアンジャナフと言う生物は、先に言ったとおりこれがどう言う訳かやたらと攻撃的でイャンガルルガ宜しく視界に入れば攻撃、と言うタイプの竜だ。

だからどんな竜でもアンジャナフ相手には出くわせば確実に争いになる。

 

しかも厄介な事に、アンジャナフは竜と言う括りで見れば古代樹の森においてそのヒエラルキー、ニッチ、力関係で言えばほぼ頂点に近い。

対抗出来るのはリオレウス、リオレイアぐらい。

生態系に必要不可欠な存在であるとは言え面倒なやつだ。

 

 

アンジャナフは新大陸で初確認をされた新種の竜である。

他にもドスジャグラスやプケプケと言ったお馴染みの竜達も新種として確認され、現在生態研究所が毎日少しばかり気持ちの悪い笑みと笑い声を発しながらギルドへの報告書と生態記録を纏めているところである。

彼らはどうやら竜と接している時が一番生き生きとしているようで、つい先日も依頼を受けて彼らの生態調査に同行したが竜を見ると近付こうとするのだから堪ったものではない。

 

未だ毎日のように拠点は少しづつ大きくなり、そして新しい発見がある。

新大陸調査団は発展途上、日進月歩で進み続けているのだ。

 

 

 

 

 

さて、そんな中我が夫婦はどうしているのかと言うとだ。

 

「んー、ここは自然が豊かで気持ち良いな」

 

「あぁ」

 

古代樹の天辺あたり、アイルーとはまた違った獣人族であるテトルーの住処の近くにあるツタや枝が絡んで人が乗っても問題無い場所で二人で幹に腰掛けてのんびりと過ごしている。

最近はここにテントを建てたから拠点に帰らずに夫婦水入らずで過ごしているのだ。

 

拠点でも良いのだが、いかんせん人の目があって色々とディアが持て余してご機嫌斜めだったのだ。

だからここにテトルー、森の虫かご族と仲良くなってテントを建てる許可を貰って寝泊まりしていると言うわけだ。

ここなら声を気にしなくとも良いし、木を降りてすぐ近くに水場があるし、なんなら古代樹の中にも水が溜まっている場所があるから水浴びも簡単だ。

この辺りと言うよりも新大陸全体に言える事なのかどうかは分からないが、少なくとも古代樹の森に関して言えば温暖な気候でとても過ごし易い。

だから薄着でも十分だし、なんなら暑い。

村は夏でも比較的涼しかった事を考えれば天と地ほどの差がある。

だから水だけでも問題無いのだ。

 

火の扱いに関しては、大きめの平たい岩を拾ってきて、その上から土を被せて石で囲った焚き火から今では粘土をとってきて釜まで拵えた。

古代樹に燃え移らぬように底面はしっかりと遮熱してあるし、基本寝る時は火を完全に消してしまう。

それに古代樹自体が異常なほどの耐火性能を備えているから数時間火に炙ったぐらいじゃ燃えやしない。と言うのも生木の状態であると驚くほどの水分を有しているからだ。

まぁこれだけの巨木ならばその隅々にまで水分や養分を運ばねばならないと考えると妥当ではある。

早々火事になる、なんてことは無いだろうが、万が一があり得るからな。

 

本当はここで無い場所が良いのだが、一応の仮住まいと言うことだ。

もし他にいい場所があったらそちらに移る予定だ。

 

とまぁなんだかんだと、随分と快適に生活しているのだ。

 

 

 

テトルーは完全な自然環境下で生きているからか随分とワイルドだ。

顔付きや体付きもアイルーと比べると随分とシュッと細身でありながらかなり筋肉質だ。マッチョネコとでも言うべきだろう。

 

アイルーをイエネコに例えるならば、テトルーはヤマネコだろう。

少しばかり気難しく仲良くなるのに時間が掛かったりするが、仲良くなってしまえばそれも無い。

仲間とか友人として認識されてしまえば良好な関係を築いて行く事が出来る、と言うことだ。

 

森の彼方此方に人間からすればただの落書きのようなものを書いているのはテトルー達だ。

あれは落書きでは無く、れっきとしたテトルー達の言語であり、文字である。

一見無茶苦茶の様にも見えるがそうではないのだ。

人類の言語とは全く違うが、アイルーの言語とは似てはいる。

 

ただし、似ているだけで根本は違うが解読の手掛かりぐらいにはなる。

 

アイルーはどこから連れてきたのか、と言うと調査団のアイルーを一匹連れてきて解読を手伝ってもらったのだ。

ちゃんと報酬は出した。

 

アイルーは全身もふもふだがテトルーは首周りが特にそうでもふもふの毛が撫でると心地良い。

割とテトルーは短毛なのだが、首周りだけは毛が長い。

 

推測するに首と言う一番の急所を守る為に発達したのではないか、と思う。

それ以外の場所の体毛が短いのはこの生存競争の厳しい新大陸で生き残るには、力では勝てないから身軽さを取ったと言うことではないだろうか。

 

アイルーに似ているが、生物として実際どう言う関係になるのかが分からない。

異なる進化を遂げた近縁種や亜種かもしれないし、アイルーの原種もしくはそれに近い存在かもしれない。

ヤマネコからイエネコが生まれたことを考えると、アイルーの進化した姿、とは余り言いにくいが進化と言うのは戻ったりするのもあるからなぁ。

 

専門では無くただの知識量でしか言えないから分からないが、こういうのを調べるのもまた楽しいものなのだ。

 

撫でるに関してはディアが嫉妬するから余り撫でないが。

仲良くなった方法は、と言うと簡単な話で、テトルーが狩場としている辺りを荒らしているアンジャナフを追い払って欲しいと言うお願いを聞いたのだ。

そのアンジャナフ、実は拠点でも討伐依頼が出されている個体だったので丁度良い、と捕獲したのだ。

なんでも他のアンジャナフと少しばかり違う行動をしているのだとか。

 

生態研究所の方から依頼が出ていたからパッと捕獲したのである。

するとまさかまさか、以前俺が沈めたアンジャナフではないか。

 

どうやらそのアンジャナフ、俺とディアに出くわさぬ様に警戒しながら、避ける様に行動していたらしい。

お陰で他の凶暴性を持つアンジャナフと比べ随分と臆病で慎重なアンジャナフの個体だと思われてしまったらしい。

それで研究者達の興味は惹いてしまうし、また俺に出くわすしでアンジャナフからすれば散々だっただろう。

 

 

依頼を終えて森の虫かご族を訪ねると、ゲームみたいに何やらあしどめの虫かごをくれたのだ。

使う機会があるかどうかは分からないが、有り難く貰っておいた。

 

 

因みにであるが、この森の生態系の頂点たるリオレウスとリオレイアはテトルーが天敵である。

何故なら出会し戦おうものなら、あしどめの虫かごで閃光を食らわせられ地面に叩き落とされるからだ。

何度かそれが理由で怒ったリオレウスが地面を走ってテトルーを追い掛けているのを見た事がある。

と言うよりも空を飛んで攻撃を仕掛けてくる竜は大抵森の虫かご族が天敵である。

 

リオレウスとリオレイアは特に空を飛びながら攻撃をしてくるが、テトルー相手だとピカピカ辺りを光らされて空を飛んでいられないのだ。

実際、あしどめの虫かごの威力は閃光玉以上なので俺とディアでも普通に目が眩む。

 

互いに極力会わない様にしているのだが不意に会ったが最後、閃光祭りの開催である。

仲が悪い、では無いのだが何故か閃光を喰らわすのだ。

森の虫かご族は成人、いや、成猫する時の儀式としてリオレウスに一匹であしどめの虫かごを喰らわせてから逃げると言うものがある。

 

要は度胸試しだ。

それを一匹で成し遂げられたら晴れて大人の仲間入りである。

 

彼らを見ていて、戦闘民族みたいだなと。

この森で得られるツタ植物を使って色々と罠とかを設置しているからいざと言うときは彼らは全力で抵抗する。

大型の竜を総出とは言えあれほど小さな体躯のテトルー達がギャンギャン鳴きながらとっ捕まえているのは凄まじいものである。

 

そんな彼らもリオレウスやリオレイア相手には矢鱈目鱈と強気なのに他の竜相手だと平常運転である。

ただし、必要ならば牙を剥いて殴り掛かるが。

 

身内にばかり強気な思春期の子供みたいだ。

 

 

 

 

 

「ン“ニ“ャ“ァ“」

 

「ニニ“ャ“」

 

テントの方へととと、と駆け寄ってくるのは仲の良いテトルーだ。

何やら魚が多く取れたからお裾分け、との事らしい。

しかもご丁寧に捌き済み。有難い。

 

「ありがとう、美味しく頂くよ」

 

「ニ“ャ“」

 

くしゃくしゃっ、と撫でてお礼を言う。

お返しについ先ほど出歩いた時に偶々手に入れたマタタビを少しばかり持たせてやる。

 

やはりネコだからかマタタビに滅法弱いテトルーはマタタビを受け取ると小躍りしながら帰って行った。

 

それを見届けてから、魚に塩を塗して細い植物繊維を編んだ干物カゴのような籠の中に入れておく。

数日後には立派な干物の出来上がりである。

 

それを済ませたら、暑いから最低限の防具を着けて太刀を背負って古代樹の森の探索を今日もまた開始である。

 

 

 

 

「ディア、行こうか」

 

「ん」

 

ディアを呼んで、手を握って出発。

本当は足場が悪い場所で手を繋いで歩くと危険なのだが、そこは龍のフィジカルの出番である。

そもそもハンターとして狩りの最中に転ぶなんてあの世への直行便であるから転んだとしても受け身と同時にすぐさま立ち上がれるし、なんなら転ばぬように叩き込まれている。

そこへ龍としてのフィジカルが加わったから、五百年ほど躓いた事すらない。

いや、一度だけ躓いた事があるが、その時は躓いた石ごと地面が抉れたからなぁ。

もし家の中や村の中で躓こうものなら、躓いたものを破壊してしまうから躓きたくても躓けない。

 

二人三脚状態でもこの森、とは言わず新大陸中をどこへでも駆けて回れる自信がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

ざぁっ、と心地良い風が古代樹の森を駆け抜ける。

この新大陸は、と言うより古代樹の森は温暖ながら風の影響もあってかそこまで暑いと感じない。

 

古代樹の森自体に風の通り道が数多くあるから、湿気が篭ったりと言う場所は少ない。

竜達が通り道にしている場所は大抵、風が良く通る。

今歩いている場所もそうで、そこには芒のような植物が群生している。

 

この手の植物は、自分達の生息域を広げるのに蜂などの虫ではなく、風を利用する。

ススキなどの余り花が咲かず、咲いたとしても綺麗ではない、と言う様な植物は虫を呼び寄せて受粉の手助けを得るのではなく、風で花粉を運ぶのだ。

 

皆が思い描く植物、と言えば虫が花粉を運んで雄蕊と雌蕊があって受粉して、と言う様な感じだが、彼らはそうではなく風に花粉を乗せて受粉させ、種にふわふわとした綿毛を付けて風に乗せて種を遠くへ運ぶのだ。

 

だから、風が良く通る場所にはその手の植物がよく単体ではなく群生して生えている。

 

 

進化と言うのは面白いもので、この新大陸の植物達は、シダ葉の様に沢山に分かれている葉を持っている植物が数多くある。

 

通常、このシダ葉の様な葉が細かく分かれている葉を持つ植物は進化の過程でアサガオやヒマワリなどのような一枚の葉を沢山付けたような植物に進化する。

しかしこの新大陸のシダ葉の様な葉を持つ植物は、一度アサガオ葉などのように進化してからまたシダ葉に戻っているのだ。

退化したように思えるが、実はとても進化している。

 

他には旧大陸にも同じことが言えるが全体的な特徴として、イネ科植物の様な茎が短く葉が長い、と言う植物が多い。

これは単純な話で、植物を食べる草食竜が背が高いのではなく、背が低く、それと比例するように低い場所の植物を食べるからだ。

 

植物にとって茎、と言うのはとても重要だ。

成長点、と呼ばれる植物の根や茎の先端にある細胞分裂の活発な部分なのだが、 ここから植物の先端方向へ向かって細胞が次々に作り出され、植物は茎・葉を伸ばしていく。

 

と言うことは茎を食べられてしまうと育つことができなくなってしまうと言うことだ。

だから茎を伸ばさずに葉だけを茂らせているのだ。

所謂、草むらに生えているような植物だ。

 

植物に関しては、比較的旧大陸と似通っている場合が多く、それプラスで多様性がある。

実をつけて数を増やすタイプの植物は大体が赤色だ。

理由は鳥に見つけやすくさせるため。

鳥は赤色を最も認識しやすいとされている。だからだろう。

 

 

 

他に旧大陸では余り見られない特徴として、大きな木と地面に生える草にその殆どが二分されている、と言う点だろう。

 

木、と言うのは古いタイプの植物で草は比較的新しいタイプの植物なのだが、この旧大陸にはその木と草の中間辺りの植物が多くない。

それこそ極端に言ってしまえば、古代樹は木だし、さっき言ったようなものは草だ。

 

木と言うのは大きく、生存するにあたって有利ではある。

しかし大きくなるのに時間が掛かること、それと安定した気候がなければいけないこと、などと条件もある。

 

その点、この新大陸は時間が掛かるという問題こそあれど、気候自体は常に温暖で安定しているから育つには十分な環境が整っていると言えよう。

とはいえそれでも古代樹は大きくなり過ぎの様な気もするが。

 

あとは、そうだな。

この土地ならではなのかは分からないが、土が少ない。

 

詳しく言うならば、古代樹と言う極端に大きな植物が群生していることによって、その古代樹の根に地面が覆われてしまっていると言った方が正しいかもしれない。

実際、一番最初にキャンプを立てた周囲は土があるが、それ以外の場所は土は多くなく、寧ろ常に古代樹の根や枝、幹の上を歩いている。

二番目以降のキャンプは全て枝、幹、根が複雑に絡まった場所の上に設置されている。

 

 

古代樹の森の中に生えている草は大体が数少ない土の上であったり、所謂寄生植物であったり、ツタ植物の様に太い幹などではなく細くしなやかな茎を伸ばしていくような類ばかりだ。

特に菌糸類、キノコが森の中であれば多い。

中間層の植物が少ない、と言うのはその影響もあってなのかもしれない。

 

 

 

動物で言えば、アプトノスなどの植物食竜が生息する辺りは大体限られている。

と言うのも、彼ら植物食の竜達は大抵古代樹の森に入っていかない。開けた場所で土がある場所にしかいないのだ。

 

理由としては、森の中に入ったら捕食者に簡単に捕らえられてしまうからだ。

森の中は視界が悪く、それこそじっ、と動かずにいれば本当にバレない。流石に派手な色合いであれば気が付くかもしれないが、その時にはすでに手遅れである。

アンジャナフなども森の中に入ったら意外と見つけ辛いし、プケプケなんかは身体が森の中で迷彩色の様にカモフラージュするからよく目を凝らしても見つけられない。

俺とディアは匂いなどで分かるが、他のハンター達は意外と見つけるのに梃子摺るようだ。

 

他にも昆虫で言えば、デカい蜻蛉みたいなやつとかも多い。

こう言った昆虫が巨大化するには酸素濃度が高くなければならないのだが、彼らが巨大化していると言うことはこの新大陸は旧大陸に比べ酸素濃度が高い、と言うことになる。

そりゃぁ、これだけ植物が多ければ酸素濃度も高くなるだろう。

 

他に特徴的、と言えば回復ミツバチだろう。

彼らは個体数自体は少ないのだが、他の昆虫に比べ随分とタフである。

特定の植物、回復ツユクサの蜜しか集めない。

 

この回復ツユクサ、蜜が極端なほど栄養価が高く、滋養強壮にいい。

回復薬以上の効能を持っているといえばどれほどのものか分かるだろう。当然、その蜜しか集めない回復ミツバチの蜜はより効果が高くなる。

まぁ、こちらに関しては観察と研究を始めたばかりなので、詳しくは分からないが、面白い。

 

 

 

 

 

「お、変な鳥がいるぞ」

 

「変な鳥?」

 

ディアが何やら変な鳥を見つけたらしい。

色鮮やかな鳥で、古代樹の森をかなり探索しているが初めて出会った。

 

「ほら、あれだ」

 

「おぉ、確かに変な鳥だ」

 

古代樹の幹を登っていっている。

飛んで移動するのでは無く、木の幹を登って移動しているのだ。

少なくとも俺が想像する鳥とは随分とかけ離れた移動方法だ。

 

一般的な鳥は地面を歩き、空を飛び、木の幹を登るなんてしない。

枝に止まるぐらいで垂直の木の幹を登るなんてしないはずだ。

 

であるならば、あの鳥はどうやって飛ぶのだろう。

ある高さにまで登るとぴょんと飛び翼を広げた。

 

なるほど、飛ぶ、では無く滑空しているようだ。

他の鳥の様に翼を羽ばたかせて飛ぶのではなく高い位置から低い位置へ滑空し、また高い場所へ登って滑空、を繰り返して移動しているようだ。

どうやら木に登るための筋力はあるが、羽ばたく為の筋力が高くないらしい。

と言うより、身体の体重に対して翼があまり発達していないと言った方がいいかもしれない。

 

あれだろうか、ゲームで確かシンリンシソチョウとか言う生物が居たが、それではないか?

 

二人で見ているとシソチョウは俺達を常に視界に収めている。

警戒心が強いのか、それとも好奇心旺盛なのか。

近寄っては来ないから、警戒心が強いのだろう。

 

いずれにせよ、こちらを暫く見ながら滑空したり、枝の上で休んだりと何度かやった後、何処かへ行ってしまった。

 

 

 

「変な鳥だったなぁ」

 

「まぁ、その内また会えるだろう」

 

手を繋いでまた歩き始める。

一番最初に我が夫婦が探索したのは古代樹の森の中心部である古代樹そのものだ。

 

古代樹の中に大きな空洞などがあるが、実はあそこは元々土があり、大きな岩があった場所だ。それを根が避けて生え、そして長い年月が過ぎて岩が無くなるとそこに空洞が出来た、と言うわけである。

あそこは水場があり、数多くの竜や生き物達が水飲み場として使っている。

 

だからあそこに行けばこの古代樹の森に住む竜や生物達の殆どに出会うことが出来ると言うわけだ。

 

 

 

 

「この地は面白い」

 

「どこがだ?」

 

楽しそうに、嬉しそうに微笑みながら俺の手に指を絡ませてディアは歩く。

その横顔はどんなものよりも美しく、輝いて見える。

 

「普通だったら住む場所が違うだけで色々と差異が出てくる。そこに住まう竜達も。確かにこの地は竜も多少なりとも行動なんかに違いがあるし、見た事がない竜だっている。だがそれ以上に面白いのは、竜ではなくそれ以外の生物だ」

 

「まぁ、確かにこの地の生物は色んな姿に進化しているな」

 

「だろう?普通、食物連鎖の頂点に立つ存在が多少でも違うのならばその地のその下に続く食物連鎖も変わってくるはず。だが上は大差無いのに下が驚くほど違う。そこが面白い」

 

簡単に言えば、ゲームでの環境生物、と言う括りであった生き物達のことだ。

実際、この新大陸の小動物達は旧大陸とはまるで違う進化を遂げている。

兎に角殆どの生物が共生関係にあるのだ。

 

だからどちらかが居なくなればもう片方も居なくなる。

 

一例を挙げるとすればフワフワクイナ、と命名された鳥だ。

この鳥は古代樹の森であればアプトノスの背に良く乗っているのを見ることができる。

具体的にどの様な共生関係にあるのかはまだ分からないが殆どの場合一緒にいる。

 

恐らくフワフワが危険を察知したならばアプトノスに知らせて逃げる、と言うような関係性なのでは無いだろうか。

実際フワフワは逃げるがアプトノスは人間相手であれば怯えず逃げないがそれ以外の竜が近づくと一目散に逃げる。

恐らく何らかの境界線があるのだろうがその辺は分からない。

 

だがこのフワフワ、逃げると言っても飛ぶのではなく、走るのだ。

それも尋常じゃなく速い速度で。

 

と言うのもこのフワフワ、実は飛べない。

飛べるのかもしれないが少なくとも観察していた限りでは飛ぶところを見たことがない。

どうやら前世でのダチョウなどと同じ様な進化をしているらしく飛べない代わりにその体躯には不釣り合いなぐらいの長く細い、しかし力強い足があり、そして驚くほど足が速い。

体感ではあるが普通に時速五十〜六十kmは出せる。

 

にも関わらず性格は臆病極まりない。

なぜオーストラリアやニュージーランドの飛べない鳥のように天敵が居ない、と言うわけでも無いのに何故飛ぶことを捨てたんだ?と謎な部分である。

 

 

 

 

そう言う点が、面白いのだ。

 

 

 

 

 

 

「ディア、そろそろ帰ろう。日が暮れてきた」

 

「そうだな」

 

一日古代樹の森を歩き回り、日が暮れる頃。

流石に夜まで歩き回ったりはしないのでテントに戻る。

 

その前に今晩使う食材を調達だ。

と言っても野菜やキノコ類を採るだけなので、場所を知っていれば時間は掛からない。

 

今日の主菜は以前テトルーが持って来てくれたアプトノスの肉である。

氷結晶を入れた木箱の中で保存してあるから腐る心配は無い。

 

 

食材調達を済ませ、次に綺麗な川に向かう。

 

そこで水浴びをするのだ。

石鹸なども持って来ているから困らない。

勿論、ディアと共に水浴びである。

 

相変わらず、水に濡れたディアは普段とは違った魅力を纏う。

 

「どうした、また見惚れていたか?」

 

「あぁ、ディアは綺麗だ」

 

「ふふん」

 

夕暮れ時の茜色に染まった空を背景にして水を浴びるディア、と言うのはいっそ絵画にしようものならどれほどの値が付けられるか分かったものでは無い、というほどに美しく幻想的だ。

もしカメラがあったのならば、延々とシャッターを切り続けていることだろう。

 

一応この世界にもカメラ、と言うのはあるにはあるんだが、兎に角最初期のカメラででかいし重いし滅茶苦茶なほど値段が高いしで到底手を出せそうなものではない。

しかも現像する技術を生憎と俺は持ち合わせておらず、専門職の人間が居ないといけないなど問題があるのだ。

 

ともかく、それほどに俺の妻は美しい。

 

 

 

「ほら、洗うぞ。こっちに来い」

 

「あぁ」

 

互いに互いの身体を洗うと言う行為は、夫婦になりたての頃はそれはもう物凄く緊張したものだ。

それが今では当たり前になったと言うのだから、恐ろしい。

 

 

 

水浴びを済ませ、テントに戻る。

すぐに夕食の支度だ。

 

肉を取り出し、油を引いたフライパンに放り込む。

凍っているわけではないから解凍する必要も無い。

 

それから必要に応じて油を足し、塩や胡椒などで味付けをしつつキノコ類から芋、根菜類を炒める。

茹でるでもいいのだが、いかんせん竃が二つしかないから鍋かフライパンのどちらかしか使えない。

米も炊いているし。

 

よく火が通ったなら皿に盛り付けて出来上がり。

 

「「いただきます」」

 

二人並んで手を合わせ、夕食である。

すっかり陽も落ちて、普通なら真っ暗だが小さな蝋燭に灯を灯してある。

 

お世辞にも明るいとは言えないが、これはこれで良いものだ。

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

皿を洗い、灯を消してテントの中へ。

組み立て式のベッドに二人で身体を横たえて、どちらからともなく唇を重ねる。

 

これからが一日の本番だ。

 

 






龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/



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10話

新大陸での生活が始まってから一年。

まだまだ二期団が来る様子は無く、当面の間、数年は一期団を主に増員で偶に送られてくる研究者達のみである。

ハンターは多分、送られてこないであろう。

新大陸に送られるのは誰も彼もが腕の立つ者ばかりだ。

そう言う人間は基本的に引く手数多で向こうの、その人間が属する各町や村々のハンターズギルドは離したがらないだろうからな。

 

自給自足体制も整い、旧大陸からの補給に頼らずとも生きていける様になった。

 

新大陸自体に何か変わりがあったかと聞かれると今のところは無い、と言った感じだろうか。

大自然はいつもと変わらず営みを繰り返し、我が夫婦や調査団もまたそれぞれの営みを繰り返している。

いつも通り皆が各々の役割に務め、日々忙しく、さりとて楽しく動き回っている。

 

あぁ、いや、一つ大きく変わったことがある。

調査団の拠点に「アステラ」と名前が付けられた。

 

意味は輝く星々と同じだけの、いずれはそれ以上の大発見をしよう、と込められている。

 

 

 

それと一つだけ、妙な、と言うかおかしな事はある。

あちこちをディアと歩き回り判明した事があるのだが、この新大陸の龍脈の流れが随分と特異なものになっているらしい。

龍脈はこの星全てを網羅する様に、人間の毛細血管の様に張り巡らされている。

しかしその龍脈は循環こそすれど、どこか一箇所に集まると言う事は無い。

しかしこの新大陸は、と言うかこの辺りの龍脈は詳しい場所は分からないが、どうやらある一点に向かって集まる様な流れをしているらしい。

龍脈を感知することが出来ない俺はディアの話を聞いているしかないから、そうなのか、と頷くしかない。

しかしディアは感知出来るが故、龍脈の流れを感じて、真っ先に放った言葉が気持ちが悪い、だった。

龍脈とはあらゆる生物にとって何よりも重要なものだ。

龍脈が無ければエネルギーが循環せず、土地は枯れ生命の息吹が無くなる。

龍にとってもそれは変わらず、龍がここまで長命であり生態系の頂点足り得るのは他の生物よりも強く結び付いているからだ。

だから龍は龍脈を守る、門番の様な役割も兼ねているのだとか。

 

龍脈のエネルギーは、酒なんかと同じで適量であれば問題無いが適量以上に得てしまうと龍とは言えどただでは済まない。

だからディアは気持ちが悪いと言ったのだ。

 

何故一点に集まっているのかは、記憶が曖昧でなんだか龍が関わっていたような、ぐらいしか思い出せず終いだが、その内色々と思い出すだろう。

調査団にもその事実を知らせ、我が夫婦は引き続きのんびりまったり自由気儘に新婚旅行である。

 

 

 

 

村へは何度か帰郷した。

理由としては任せ切りになってしまっている畑の世話の礼をしたり、弟子の様子や近況を見たりである。

生物である以上、誰も彼もが一番弟子の様に決まり事を守るわけではない。

 

過去にハンターとしての掟を破った弟子が居たのだ。

その時は師として責任を果たした。

 

なんて事は無い、欲に目が眩み己が為だけに命を奪ったのだ。

俺が行かずとも既にハンターズギルド、ギルドナイトに追われていたから遠くない内に身柄を拘束され、然るべき罰を受けていたのであろう。

しかし、だからと言って彼を鍛え育てた師として、ただそれを見て聞かされるだけではいけない。

とは言え、それもあくまでも自己満足に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 

今はと言うと、相変わらず二人で新大陸を歩き巡っている。

古代樹の上にあるテント、いや、あれはもう改造に改造を重ね過ぎて普通に生活することが出来る小屋だな、あれは。

 

あそこを夫婦の拠点に、偶に調査拠点に赴いて頼まれ事や張り出される依頼、調査活動の手伝いをしている。

旧大陸に戻る時は手紙なんかを持っていってやったり、郵便みたいな事もやっている。

船で運ぶより雨風海水潮風に晒されて駄目になってしまう事無く確実に届く訳だからな。

 

村には新しく出来た小さな小さなハンターズギルド支部があり、そこで依頼を受けているのは我が弟子達ぐらいなものだが、あの辺り一帯は俺を含めハンターが7人しか居ない。

しかし七人ともなると業務量は増える。

だからハンターズギルドに要請し、所謂受付嬢を派遣してもらったのだ。

受付嬢はハンターとは別の、事務に特化した専門的な訓練を受けており、男女関係無くなる事が出来る。

 

我が村には女性が一人派遣されており、毎日忙しそうに働いている。

 

何故大して大きくもない我が村へ受付嬢が派遣されギルド支部が開設されたのか、と言うと、以前にも言ったと思うがあの辺り一帯でハンターがいる村は我が村だけなのだ。

別に他の村の者が弟子入りすること自体は全く問題無いが不思議と今の今まで我が村の者以外に弟子入りをせがまれた事が無い。

 

故にハンターを町から派遣せずとも事態収集が可能であるから町にあるハンターズギルドの負担も減るし、辺り一帯の村々を守るにも重要なのだ。

恐らく、それに加えて俺とディアの存在がある、と言うのも多少は影響しているだろうが。

 

家に帰るとまずは新大陸へ赴いた者達宛の手紙をギルドに受け取りに行く。

そして同時に託された手紙をギルド支部に預けるのだ。

 

そうすればあとはギルドが家族の元へ手紙を送ってくれる。

 

 

 

 

 

 

今は、陸珊瑚の台地を囲む険しい山々を登っている最中だ。

山に登れば良い景色が見れる事は間違いない、と言う事で二人で登山である。

 

理由がもう一つ。

陸珊瑚の台地へ向かうルートを探して欲しい、と言う依頼を受けたからだ。

陸珊瑚の台地へ向かうルートが今のところ発見されていない。

実を言うと後にフィールドマスターと呼ばれるオリヴィアがただ一人、陸珊瑚の台地へ足を踏み入れている。

 

しかしそのルートはどうやってもキャンプを建てるための物資などを運び入れる事は無理であり、今回俺が受けた依頼がそれである。

ある程度の道幅がなければ人が担いで運ぶにせよアプトノスに運ばせるにせよ無理だ。

 

そのルートの探索も兼ねて山登りと言う訳である。

三期団どころか二期団すらも来ていないから空から、とはいけない。

地道に足で探索する他無いのだ。

 

とは言え山登り、否崖上り、割と楽しい。

山肌を時折駆ける強風や不安定な足場を除けば景色は新大陸を見渡せるほどに綺麗だし、環境音も強風が吹いていなければ最高だ。

 

まぁ多分、ハンター達では登り切るのは困難てあろうが。

 

ハンター達は基本、道無き道を分け入り大抵何処へでも行けるが、流石にここは厳し過ぎる。

掴む場所などは多いし、場所によっては寝泊まりが可能な場所さえある。

しかし中腹ほどに反っている場所、オーバーハングしている場所が全域に渡って続いており、高さで言えば二百m以上続いている為に尾根にまで登ろうとしたならば、絶対に避けて通れない。

 

見て回ったが登攀で行こうとするならば、避けるのは出来ない。

更には吹く場所や方向などが変わり続ける上昇気流や下降気流が常に吹いており、それを利用して、多くの翼竜種や飛竜種達が飛び回っている。

普段はそこまで強く無く、風が吹いているな、ぐらいなのだが時折思い出したかのようにとんでもない強風が吹き荒れる。

 

翼竜種や飛竜種達は巣すら作っている種もいるほどで、これほどの岩壁を登りながら突風やらオーバーハングやらと格闘しながら彼らを追い払うのは至難の業であろう。

 

時折、背の低い木や草が生えておりどうやら翼竜達はそこを棲処にしているようだ。

巣の跡があるのが分かる。

それらの気付いた事や発見をノートに記しながら進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディア」

 

「ん、ありがとう」

 

暫く登り続け、尾根に辿り着く。

先に登り切った俺は後から続くディアに手を貸し引っ張り上げる。

一番高い場所はここでは無いが、尾根伝いに岩肌が露出し続いている。

 

「凄い景色だな……」

 

「あぁ、良い景色だ……」

 

そこから新大陸を望む雄大たる景色のなんと素晴らしい事か。

古代樹の森、大蟻塚の荒地やそれに連なる広大な砂漠。

反対側を向けば、遥か眼下に海の中の生態系をそっくりそのまま陸に移す如く、色鮮やかな景色。

時期や条件によっては陸珊瑚が産卵する光景を見られるであろう。ここから眺めたら、どれほどのものだろうか。

 

遠くの方に見える火の光が灯り人間の営みを感じさせる調査団の拠点も良く見える。

今思えばこれほど大きな新大陸の中でありながら、そこに根を張り生きると言うのは中々凄いことだろう。

 

 

 

全てが壮麗極まりない景色であり、二度と同じものを見る事は出来ぬであろう。

ここからだとその三つの地域しか望む事が叶わないが、それでも余りある絶景と言えよう。

思わず、ディア共々言葉を失い景色を眺める。

 

ざぁっ、と心地良い風が吹き、髪や肌を撫でる。

ディアの綺麗な白髪が靡き、ぶわぁっ、と広がる。

きらきらと輝くように太陽の光を反射する髪と照らされた紅い瞳は見る者を惹きつけて止まない。

これがもし他に見ている者が居たのならば、ただでさえディアの美貌は人目を引くと言うのに、間違い無く周りの関心を全て独り占めにするのは間違いない。

 

ディアと、この大自然の景色の組み合わせはこの世のものとは、凡そ考え付かない、想像出来ない代物だ。

 

写真として残す事が出来ない歯痒さと、しかし写真では残し切れないものがあるであろう、そんな思いが鬩ぎ合う。

せめてこの目と脳裏、そして心に焼き付けておこう。

 

「また私に見惚れていたな?」

 

「あぁ」

 

「ふふん、もっと見惚れろ?そして私から目を離すんじゃないぞ?」

 

「勿論だとも」

 

嬉しそうに、にやりと笑い俺の腕を抱いて言うディア。

その表情もまた、美しいものだ。

 

「さてと、そしたらばこの崖を降らなくてはな」

 

「あぁ、登りより大変そうだ」

 

なんと漏らしつつ、次は陸珊瑚の台地側へ降りていくのだった。

 

実際、降り始めてみると登りよりも随分と大変だ。

なんせ上の方はそうでもなかったが幾らか降ったところに差し掛かると突然、風の勢いが向こう側の崖の比ではないほどに吹き荒れた。

 

かなり激しく風が吹いており、髪の毛や荷物の端が結構な勢いで暴れるぐらいだ。

 

「ディアッ、大丈夫かっ」

 

「毛が!顔にばしばしぶはっ!ぶつかる!」

 

「一度そこで止まって髪を纏めよう!そのままでいたら危ない!」

 

「分かった!」

 

ディアの綺麗な白髪は滅茶苦茶に暴れており、あちこちに鞭のようにぶつかって、しかも視界を塞いでしまっている。

 

切り落とすのは有り得ないが、ディアが落ちて怪我をするなど余計に問題外なので、少し開けた岩棚に降りてディアの髪の毛を纏めて三つ編みに結ってやる。

 

それをしっかりと纏め、背中の隙間の中に入れる。

 

「ありがとう、フェイ」

 

「なに、気にするな」

 

一言二言交わし、水筒の中の水を口に含んでまた降り始めた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

普通の人間ならば一日以上は掛かるであろう崖を数時間で降りきり、陸珊瑚の台地に足を下ろす。

そこはまさしく、海の中を丸々そっくりそのまま陸の上に移したかのような光景が広がっていた。

 

色鮮やかな陸珊瑚が重なり合って群生し、巨大な生態系を作り上げている。

 

海のサンゴと同じような生態ならば、ポリプを持ち、単体サンゴ、群体サンゴに分けられよう。

単体サンゴは、単純な話、サンゴが群生することなく単体で生活する。

群体サンゴは有性生殖によって生じた一つのポリプが、分裂や出芽を繰り返して生じたクローンが分離することなく集まって生活するものだ。

 

大体の者が想像するのが後者だ。

 

この陸珊瑚達がどちらの生態を有しているのかは詳しく研究してみなければ分からないが、見た感じ、単体サンゴと群体サンゴが混ざり合って生きているのではなかろうか。

理由としては、少し歩き回ったが、この陸珊瑚、何と言えばよいか、かなり迷うのだが……。

 

ある一つの種類の陸珊瑚が大抵を占めており、そこの上に単体サンゴが生えている、みたいな感じなのだ。

うーん、説明がし辛いな……。

 

陸珊瑚の集合体は、多数の種類によって出来ているのではなく、一種類の珊瑚によって作られており、そこに他の種類の陸珊瑚が間借りするような、そんな形で生えている、と言えば分かりやすいか。

 

90%以上が一種の陸珊瑚で、残りがそれ以外の陸珊瑚。

ぱっと見、それぐらいの割合差があるように思う。

 

 

 

 

 

「おぉ……」

 

「海の中にいるみたいだな……」

 

山の上から見下ろした陸珊瑚の台地も、それは絶景であったがこうして中に入って見る陸珊瑚の台地も絶景だ。

少なくとも、前世では本来あるであろう海の中に潜って見に行ったとしても決して味わえぬであろう光景であり、俺の乏しい語彙では表すのは難しい。

 

陸珊瑚の台地全体に言えることなのかは分からないが、古代樹の森に比べ吹く風が強い。

それでも過ごせないと言うほどではなく、寧ろこの風が無ければこの地の生態系は回らぬであろう。

 

「それじゃぁ、テントを立てられる場所を探そう」

 

「ん、分かった」

 

ディアと手を繋ぎ、テントを立てられそうな場所を探し回る。

出来うる限り、見晴らしが良く高台であり、風が弱そうな場所がいい。

 

竜の心配はせずともいい。

探しているような場所は竜が棲むには手狭で、入るのにも苦労するかもしれない、そんな場所だ。

 

元よりこの地において俺達は新参者。

可能な限り共存をして、必要ならば退くし襲われたのなら追い返せばいい。

 

陸珊瑚の台地は幾つかの大きな陸珊瑚の集合体が集まって出来ており、それが幾つもある。

その根本は集合体同士の間にある深い深い断崖絶壁の遥か下にあると思われる。

陸珊瑚の台地は水が豊富であり、全体的に良く潤っているが、かと言って湿気が多いと言うわけではない。

寧ろ適度なもので古代樹の森同様、過ごしやすい。

構造が複雑だから、流れる風も複雑に流れている。

隅から隅まで行き渡るような、人間で言うところの毛細血管、そんな感じだ。

 

古代樹の木もそうであったが風が常に吹いているから湿気が溜まりにくいのであろう。

 

 

 

瘴気の谷へは陸珊瑚の集合体同士の間にある断崖絶壁を降りて行けば、降りていくことができるであろう。

 

龍の視力を持ってしても瘴気に遮られては底は見えない。

瘴気、生物が死に、朽ちていき、そして自然に還る過程で発生するガスが雲のように蠢いているのを確認出来るだけだから、瘴気の谷の様を見るならば降りていくしかない。

 

今はまだ降りて行かないが、この陸珊瑚の台地でのやるべき事と物見遊山が終わったならばディアと共に降りてゆこう。

 

 

 

 

テントを張る場所を探し、周りよりも幾らかの高台にあり周りを陸珊瑚に囲まれている場所を見つけた。

見晴らしは登れば良く、竜達の寝床にするには狭いし、この地に生息するシャムオスと言った先客なども居ない、良い場所だ。

 

「ここにしよう」

 

「うん、そうするか」

 

手早くテントを張って、そして今日はもう探索も何もせず、ここでゆっくりと過ごすだけにする。

流石に崖登りと崖降りをやって、陸珊瑚の台地を歩き回ったのだ、休んでも文句は言われないはずだ。

 

しかし、ベッドを置くのはやめておいた方が良さそうだ。

幾ら風通しが良く湿気が溜まらないと言っても水が豊富な陸珊瑚の台地ではベッドは無理がある。

カビが生えたりしたら堪らない。

 

それにここでは古代樹の森のように枯れ草やそれに変わる何かをどこからか持ってくることも出来ない。

 

色んな物を詰め込んで大きく膨れている背嚢の中からロープを取り出し、周りの陸珊瑚にそれを二箇所結んでそこをベッドとしよう。

所謂ハンモック状のベッドと言うわけだ。

それを込みで考え、テントの張り方も変える。

 

テントは普通に張り、換気用の窓からロープを通してハンモックを作る。

 

「……よし、これで完成だ」

 

うん、ハンモックを張るのは初めてだし、テントの中に更に張ると言う割と難しい事をしたのだが、中々に良い出来ではないか。

うんうん、と頷いて満足する。

しかしどうやらディアは少し不満らしい。

 

「これではどこでフェイとまぐわえと言うのだ。まさかここに居る間お預けか?それは嫌だぞ」

 

「そこは、まぁ、柔軟にだな」

 

と言っていたが、ハンモックに二人で寝転がってみると重力の関係で下に垂れるから普通のベッドよりも互いにしっかりと密着出来るのが気に入ったらしく。それはもう嬉しそうであった。

我が妻ながら、中々に現金である。

 

ついでに心配されていた夜の生活に関しても、割と普段から、旧大陸の実家にいる時も寝室の中であればベッド以外の場所でもまぐわって居るためにこれと言って問題にならなかった。

 

組み立て式の椅子などの幾つかの家具を組み立て、竈門を作り料理道具を配置する。

竈門は古代樹の木の上と同様、やはり辺りから持って来た土と石で組み上げたものだ。

ここから去る時には崩しても良いし、そのままでもやがて朽ちる。

 

とは言え陸珊瑚の台地には、古代樹の森のように薪になるようなものがない。

まぁ向こうでも竈門の火には薪なんぞ使っていなかったが。

 

とは言え、それを差し引いて考えても陸珊瑚は、海の中にある珊瑚がそっくりそのまま陸棲になったようなものなので、勿論サンゴが燃えるわけがない。

そこで……。

 

紅蓮石の欠片を竈門に置くのだ。

丸々一つだと、火力が強過ぎるが小さめの紅蓮石の欠片ならば丁度良い。

 

アステラの食堂でも、薪を使わずに紅蓮石を竈門に放り込んで調理しているのだ。

これならば薪を作るために古代樹の森から木々を切り倒さずとも良い。

 

因みにこの新大陸で紅蓮石を手に入れるには、確か龍結晶の地に行かねばならなかったはずだが、龍結晶の地には未だ誰一人足を踏み入れるどころか存在すら知らないため、旧大陸から態々持ち込んでいるのだ。

 

難点があるとすれば、扱いに少しばかり慣れが必要な事、火が常に点っている為にもし周りに可燃物があったならばほぼ間違い無く火事になる事だろう。

とは言えそれさえ克服してしまえばこれ以上に扱い易い火力はない。

しかも紅蓮石から発せられる熱や火で調理すると、普通に薪などを使っての調理より断然美味い。

ここは周りの水分が多いから燃え移るものが俺達が持ち込んだものぐらいしかないから火災になる心配も低い。

ならば紅蓮石を選ばない手は無い。

 

氷結晶もあるから生肉や野菜などを保存しておく冷蔵庫も完備だ。

これだけ揃っていればもう、住めば都とかそんなの戯言に感じる。

 

昼食、更に時間が経って夕食を済ませ、二人でテントに籠る。

相変わらず、夜になれば一日の本番だと言わんばかりに激しく騒がしくなる我が夫婦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸珊瑚の台地で生活を始めてから一ヶ月半が過ぎた。

陸珊瑚の台地で過ごす今日は少々、いや、かなり騒がしいものとなった。

どうやらこの陸珊瑚の台地の、生態系の頂点に君臨するレイギエナが繁殖期、所謂発情期に入ったらしく空では雌雄入り乱れパートナーを探すレイギエナ達でそれはもう騒がしい。

まだ番を持っていないのだろう、生涯のパートナー探している。

前世で言うところの婚活パーティーみたいなものだ。

実際に行ったことは無いから実際は知らないが。

 

あぁ、そう言えばレイギエナはまだこの段階だと新種なんだった。

多分研究者達が見たならば、もう狂喜乱舞するであろう事は間違いない光景であったりする訳だが暫くは、俺達が陸珊瑚の台地へ向かう為のルートを見つけない限りは彼らがこの陸珊瑚の台地に広がる様々な光景を目にするのは無理だろうな。

 

レイギエナの話、と言うか竜達の繁殖について少しばかり。

竜と言うのは種族によって違いはあるが大抵の場合、その一生を唯一の番と共に過ごす。

飛竜種などは特にそうで少なくとも今確認されている飛竜種はどの種族もそのように過ごす。

 

しかし例外とは存在するもので、一部の、代表として鳥竜種であるイャンガルルガなどがそうだが、繁殖方法が変わっていると言うよりも中々ぶっ飛んでいると言わざるを得ないのも多い。

イャンガルルガは番を持たず、繁殖期に相手を見つけたら血みどろの戦いの末に交尾をしたらそれで終わりである。

戦闘と交尾で力を使い果たしそのまま死んでしまうイャンガルルガも珍しくはない。

 

 

 

 

普通はそこから卵を産み落として孵化、巣立ちを迎えるまでは子育てをしたりするものなのだが、イャンガルルガはそれすらもしない。

ただひたすらその一生を雄も雌も戦いに明け暮れる。

しかも卵が腹の中にあろうと戦いは全く止めず、寧ろ腹に卵を抱えているイャンガルルガは通常よりも遥かに気性が荒く強い。

ある記録では、腹に卵を抱えたイャンガルルガがイビルジョーをボコボコに、一方的に殺したなんて奴までいるぐらいだからどれほどのものが分かるだろう。

だからイャンガルルガは雄より雌のが強いのだ。

そりゃ身重の状態でも戦うような、それこそ戦闘民族も真っ青の様な竜だ、強く無いわけがない。

 

ではどうやって子孫を残すのか。

イャンガルルガは自ら卵を温めるのでは無く、托卵をするのだ。

托卵とは自然界では立派な生存戦略の一つであり、要は同じ様な種族の、別の種に自身の卵を育てさせるのだ。

托卵先は、イャンクック。

イャンガルルガは、余りにも戦闘に特化し過ぎた為か獲物を取るのが極端に、遠慮無く言ってしまえば下手糞なのだ。

と言うか獲物を探していても大型モンスターや中型モンスターを見つけるとそちらに殺意MAXで突っ込んで行くのだ。

そりゃ獲物を手に入れられない訳である。

 

イャンクックは普通、とても臆病で争いを好まないイャンガルルガとは真反対の性格をしているのだが何故かどうやって育ててもイャンガルルガになる。

なんなら付近のイャンクックを皆殺しにしたりと、最早戦闘民族とかそんなのではない。

 

他に托卵する竜と言えば、新大陸で新たに発見されたプケプケか。

あれも中々に狡猾と言うか、また別の生存競争を繰り広げている。

 

他に特徴的と言えば以前話した事があるシャガルマガラなどだ。

あれも中々にえぐいと言うか、聞いただけならゾッとするような繁殖方法だ。

 

イビルジョーなんかはそもそも同族同士で殺し合い、更には喰らい合うから交尾に至る条件がとんでもなくシビアだ。

だからそもそもの個体数が少ないからこそ、世界中の生態系が致命的に壊れる事無く回り続けている。

 

雌雄同体であるギギネブラやフルフルは単体で繁殖ができる。

とは言えかなり違いはある。

 

ギギネブラは地面や壁などに直接卵を内包した、カエルの卵の様なものを産み落とす。

しかも卵を産み落としてから孵化するまでが異常に速く、更には産まれてからすぐに獲物を探し回る為、もしギギネブラと戦うならば卵を警戒しなければならない。

 

 

大抵の場合、小型モンスターが殆どであるがフルフルが住処にしている付近には数体の、卵を産み付けられ身体を食い破られた生物の死骸がある。

それがあると言う事はフルフルが辺りにいる、もしくは繁殖していると言う事で、ハンター達は警戒を強める。

勿論、人間や竜人族も産み付ける対象であり、極々稀に産み付けられてしまったハンターが出てくるのだが、多少成長してからでないと摘出出来ないためにそれまでは身体の中でフルフルベビーを育てる事になる。

 

同じ様な繁殖方法をするのは昆虫系のモンスター達だろう。

 

二種は定期的な頻度でギギネブラとフルフルは大発生を繰り返す。

なんせ産まれてくる数が尋常じゃない。

卵塊一つから軽く二十以上の数が産まれてくるために、しかもそこかしこに産み付けるもんだからそれはもう大変だ。

ハンター達では立ち入りが難しい場所に産み落とす場合もあるからな。

もし大発生をした、その時はハンター総出で討伐クエストに挑む事になる。

 

しかしそうなると困るのが素材の活用だ。

なんせ武具にするにしてもギギネブラもフルフルも処理が面倒、高い技術がなければ加工が出来ない、肉や油はどうやっても食えないしで困るのだ。

 

確かに少しばかりの需要はあれどそれ以上は要らない。

結局どうなるのか、と言うとギルドで捕獲したイビルジョーの餌になるのだ。

イビルジョーは兎に角なんでも喰うからな。

目の前に出されたものが取り敢えず食える物ならなんでも喰う。

生きていようが死んでいようが腐っていようがお構いなしだ。

まさに悪食と言うに相応しいだろう。

 

このギギネブラとフルフルにはそれぞれ亜種が存在するのだが、どう言った訳か亜種には生殖能力が無い。

どう言う事なのか、全く定かでは無いから詳しくは言えないが卵塊を産みつける行動も、通常種とは違い幼体が出てくる事は無く、電撃を放ちながら破裂したりするだけだ。

それはそれで厄介なのだが。

 

 

 

とまぁ、繁殖の話をした訳だが我が夫婦の間に子が出来たとかそう言う訳ではない。

急ぐでもなく、自然と出来るのを待つだけだ。

 

子が出来たらそれはそれで楽しくもあるだろうが、やはり忙しく騒がしくなるのは間違いない。

今は夫婦二人の生活を思う存分に満喫し、仲を深める事にしている。

 

 

 

陸珊瑚の森を歩き、地図を描いていきながらキャンプを建てるに適した場所を探し記していく。

ゲームのように簡単な構造ではなく、複雑で入り組んでいる。

一番下が最も広く、上に行くにつれて段々と面積が小さくなるような構造で、それらがいくつかの階層状に分かれて一つの陸珊瑚の群生地を形作っている。

他の群生地も同じで、そこで生きる生物達は大抵同じだ。

幾つかの魚類などが違う種類がいたりする。

 

お馴染みのサシミウオと言ったありふれた魚から始まり、希少な黄金魚などまでいる。

やはりそこに棲まう生物の多様性、と言う面で見れば旧大陸以上かもしれない。

一つのエリアにこんな沢山の種類の生物が共に暮らしているのは旧大陸では中々見ることが出来ない光景だ。

 

 

 

 

 

 

 

陸珊瑚の台地を歩き回り、群生地の一番端、切り立った崖のところまで来た。

風が強く、それに乗ってレイギエナやオソラノエボシ、ムカシマンタゲラ達が飛んでいる。

 

吹き上げる風には、ほんの少し、恐らく龍の身体になっていなければ分からないであろう極小ではあるが、生物が腐り、自然に還る時の匂いがする。

やはりこの下には瘴気の谷が広がっているのだろう。

 

 

ぶわぁっ、と一層強い風が吹く。

すると縁に立って下を覗き込んでいたディアの真っ白な、とてもよく似合うスカートが、ばさばさばさっ!と勢いよく捲れ上がりその下の綺麗な輪郭と、世界で俺しか知らない素晴らしい感触の脚、履いている淡い蒼色の比較的面積の小さな、後ろから見ればTバックほどでは無いにせよ尻が出ているショーツが丸見えになってしまう。

 

しかし当のディアは身に付けているネックレスのが飛ばされないか、気になり押さえている。

慌ててディアのスカートの端を掴んで押さえ、丸見えにならないようにする。

 

「おぉっ、風が強い。危ない危ない」

 

「先ずはスカートを押さえてくれ」

 

「なんだ、興奮したか?」

 

「確かに魅力的ではあるが、他に誰か居たらどうする」

 

「確かにそうだが私としてはフェイがくれたネックレスを無くす方がよっぽど大変だぞ。もし下に落とそうものなら例え何処にあろうが見つかるまで延々と探し続ける」

 

真面目な顔で言うディアは、確かにと頷いてしまうような雰囲気がある。

とは言え、自身の妻の肌を他人に見られたく無いのも事実だ。

ディアは他人の前では決してそんな事にならないようにしているとは言え心配になってしまう。

 

とは言えそこまでネックレスをなぜ気にするのか。

それは簡単な理由で、つい先日テントの中で無くしたからに他ならない。

 

情事の最中、何処かにネックレスを引っ掛けて落としたのだ。

やはり盛り上がると周りが見えなくなるもので、終わってから気が付いたのだが気が付いた時のディアの慌てぶりは、それはもう凄かった。

 

ディアは半泣きになりながら、しかも情事後の全裸で汚れたまま何から何まで引っくり返して探し回り、漸く見つけたのだ。

安堵からか泣き出したディアを抱き締めて落ち着かせるのに数十分を要した。

 

だからだろう、あの時はテントの中だったから良かったが、瘴気の谷に落としたらまず以って見つからないだろうからなぁ……。

それを考えたら……、いやそれでもスカートは押さえて欲しい。

 

「そろそろテントに戻ろう。日が暮れてきた」

 

「ん、そうだな」

 

ディアの手を取り、テントに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 









ノクターン版です。
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11話





投稿遅れました。





 

 

陸珊瑚の台地に居を構えて五年が経った。

居と言っても、ベースキャンプを人が住めるように改造した程度のものであるが、新大陸と言う新たなる土地での住処と考えれば、最も良い住処であるだろう。

 

一番最初にテントを張ったところに今も住み続けていて、古代樹の森から運んで来た木材で平屋の小さな小屋を建てているのだ。

 

この小屋を建てるのに一番苦労したことは、と聞かれたら真っ先に答えるのは、まず間違い無く防腐処理だろう。

 

なんせ古代樹の森と違って陸珊瑚の台地は周りに水が多く、場所にもよるが地面もちょっと掘ればすぐに水が溢れてくるほどだ。

風のお陰で湿気が溜まりにくいとは言え、それでも木材をここにずっと置いておくと流石に黴や苔が生えてしまうし、腐ってしまう。

 

そこで防腐処理は木材を使うのならば何よりも重要な作業と言えよう。

 

陸珊瑚そのものを建材にすることも考えたが、海の中の珊瑚と同じで陸珊瑚もとても固いし、木材の様にまっすぐ育っていない。

常に全ての枝が湾曲し枝分かれして生育しているのだから、建材に求められる加工し易いと言う点が全くない。

流石に建材として利用するには無理がある。

 

そこでやはり木材の出番となった。

木材は、天然に存在する高分子化合物の中では最も汎用性に富んでおり、人間に限らず生物が生きていく上で最も重要な存在と言っても過言では無い。

 

そこで古代樹の森に赴いて、倒れている幹の中から使えるものを選んで新しく持って来たのだ。

ディアに頼んで、龍の姿で飛んで運んでもらった。

 

釘などは使っておらず、ユクモ村などで使われている組木で家を建てた。

本来大きな建物を建てる時は組木だけで行われるのではなく、和釘と呼ばれる大きさが30cm以上はある大きな釘を使う事もあるのだが、今回はその必要が無い為に釘は一本も使われていない。

風呂は外に設置されており、夜に入ればドーム状のこの場所は、天窓の様にぽっかりと天井部分に穴が開いている。

だから開いた穴から満点の星空を眺める事が出来る。

その夜空と来たら、なんの対価も無しに見られる事が不思議と言うか、見ていて良いものなのか、というぐらい。

 

他に住んでいる生物と言えばドレスサンゴドリやタキシードサンゴドリ、あとはユラユラ辺りがいるぐらいだ。

彼らは家の周りを飛んだり、地面から顔を覗かせていたりする良き隣人達だ。

 

偶にシビレガスガエルが迷い込んでくることもあるが、その時は刺激しない様に別の場所に逃がす。

 

流石に俺もディアもシビレガスガエルのガスを食らえばただでは済まないからなぁ……。

一度だけ誤ってシビレガスカエルを刺激してしまい、そのガスを思いっ切り食らった事があるのだが、その時は俺が丸々一日以上動けなかった。

どうやらゲームなどだと十数秒で解けるらしいシビレ効果は、実際はとんでもないほどの威力を誇っている。

 

身体は動かせないわ、呂律は回らないわ、なんなら呼吸も辛いわでそれはもう地獄の様な苦しみであった。

 

ディア曰く、

 

「フェイがああなったのだから、恐らく私も同じようになるだろうな」

 

とのことらしい。

確かに人の身であるとはいえこれでも龍になったのだ、その俺が一日以上も動けなかったのだからディアも同じようになるであろうことは明白だ。

 

俺達ならばそれで済んだが、普通の人間、ハンター達や研究者達が食らえば身体の全てが麻痺させられてしまうので呼吸も出来なくなって死んでしまう可能性もあるのではないか、とのことだ。

なんだってあんな威力になったのか、色々と調べてみたところガスガエル達は常に麻痺効果や睡眠効果のあるものを自身の体内で生成したり、食べて体内にその成分を蓄積していく習性があるのだが、どうやらカエル達はどれだけ成分が蓄積してもその成分が劣化することを防ぐ働きが体内で起こっているらしい。

そのおかげで定期的に成分を排出して入れ替えたりする必要は無く、使わなければ延々と溜まり続けることになるのだそうだ。

 

すると、長い間溜め続けたカエルの方が、毒性が強くなる。

俺が食らったのは、その長い間溜め続けていたカエルのものだったらしく、色々と調べた過程で出した結論としてはそこまでの効果を発揮する個体は本当に極々稀であると言う事だ。

それを引き当てた俺はなんと運の無いことか。

 

平均的な個体であれば精々が人間や小中型モンスターを十数秒程度シビレさせる程度だ。

大型モンスターであれば二十秒かそこらと言ったところだろう。

 

ついでに言っておくと体色は保護色となっているのでこの陸珊瑚の台地だと見え辛くて仕方が無い。

あんな見やすくは無いので結構気を付けていないとうっかり踏ん付けた、なんてなったら最悪である。

 

ゲームみたいにマップのど真ん中にいるなんてことは無く、端っこの方や植生などの中に隠れていたりすることも多いのだが、それで足を踏み入れてうっかり刺激しようものなら痺れて転がって、運が悪ければ近くにいた他の生物に美味しく頂かれること間違いなしである。

 

 

 

 

 

木材の防腐処理は、しっかりと乾かした木材に何時ぞやの巨戟龍を殴り倒した時に得た、超重質龍骨油を塗ることで解決している。

正直報酬として幾らか貰っておいたは良いものの、結局使い道が無かったから金属製の容器の中に放り込んであっただけなので、物置を圧迫して邪魔だったから使うことが出来て良かった。

最悪ギルドに寄贈して研究なりなんなりに使ってもらおうかと考えていたところだったので、上手いこと活用できたのは本当に幸いだ。

 

生活そのものは、特に不自由さを感じたことは無い。

慣れていない者であれば、と言うより厳しさ故にそもそもこの世界で生きていく事が難しくかなりの苦痛を感じるであろうが慣れて順応しまえば前世より遥かに住み心地が良い。

空気は美味いし飯も美味い、景色も良ければ人も良い、そして衣食住問わず全ての生活リズムが良いからか体調も抜群に良いし、この世界で最も美しく、最も深く大きく愛してくれる奥さんもいる。

これで住み心地が悪いとか思う方がおかしい、と言うかどんな精神をしているのだろう。

 

 

 

 

 

冷暖房に関しては紅蓮石と氷結晶のお陰で随分と快適な生活だ。

暑ければ氷結晶を、寒ければ紅蓮石を使うのだ。

 

紅蓮石があれば湯を沸かすことも料理をすることも出来るし、灯りとして使い、暖を取ることだって出来る。

氷結晶があれば食料を冷凍したり冷やしたりで腐らせることも無く、氷を作ることも涼むことだって出来る。

 

持ち込んでいる紅蓮石は四つほどに割って、湯沸かし用、料理用、照明用にしている。

上手いこと割れずに四つになってしまっているのだが、まぁ特に不便は無い。

 

風呂などの水はその辺に幾らでも綺麗なのが沸いているし、飲み水にも湧き水を使えば困らない。

料理用は言わずもがなであるし、夜になると人工の明かりの無い陸珊瑚の台地では紅蓮石の明かりだけが頼りだ。

紅々と燃え照る紅蓮石を夜闇の中で眺めるのは中々幻想的でもあり、落ち着くことだってできる。

 

 

陸珊瑚の台地は、夜になるとホットドリンクが必要とまでは行かないが、少しばかり肌寒い程度には気温が下がる。

とは言え照明用の紅蓮石が暖房の役割も果たしてくれているので特に寒さを覚えたことは無い。

そもそもディアとくっ付いて掛け布団を被って寝ているのだから寒さなど感じようも無いのだが。

 

相変わらずハンモックで寝ているが、棒と板で固定して重さで弛まないように補強してある。

でないと腰やらが痛くて痛くて仕方が無くなってしまうのだ。

 

吊るしてあるハンモックの両脇を棒で固定してその間に板を渡してしまえばいいだけの話なので楽である。

これでディアと一緒に寝ていても重さで撓んで訳の分からない身体への負荷が掛からずに済む。

腰とか背中とか毎日違うところが痛くなるなんて悩みからはおさらばと言うわけだ。

 

紅蓮石は寒い時に使うが、逆に暑い場所で生活するときは氷結晶を冷房替わりにしている。

 

氷結晶は、常温では決して溶けることの無い摩訶不思議な鉱石だ。

 

仮に高温下に晒されて溶けたとしても常温に戻れば再び固まり冷気を放ち始める。

密閉された部屋であればそれこそ物が凍るぐらいの冷気を放つのだ。

その特性を利用して、この世界では冷蔵庫替わりに使っているのだが、それを空調にも利用した、と言うわけである。

 

正直普通の夏の暑さぐらいだと寧ろ寒過ぎてしまうのだが、大蟻塚の荒れ地と言った砂漠地帯の暑さであれば快適な温度になる。

大蟻塚の荒れ地の夜は寒過ぎてしまうが、そこは紅蓮石の欠片などを併用して上手いこと調節するわけである。

因みにであるが、大蟻塚の荒れ地は我が夫婦は未だ詳しく踏み込んだことは少なく、陸珊瑚の台地の調査などがある程度終わったら次は大蟻塚の荒れ地に行ってみようと話している所である。

 

どちらの鉱石も長所と短所が存在している。

長所だけ、と言うのはこの世に存在する限り生物であろうとなかろうと有り得ないことなのだ。

それらを理解した上で、上手い事使えばとても良いものになる。

 

 

 

 

 

フィールドマスターであるオリヴィアが、古代樹の森の調査などを粗方終えて陸珊瑚の台地へ足を延ばし始めている。

陸珊瑚の台地の調査が済んだら、その下にある世界に足を踏み入れようと考えていると相談をされた事があるが、調査と言ってもそう簡単には行くまい。

俺とディアで出来うる限りの事を書き連ねた手帳を数冊、書き写させて持たせたがあくまでもあそこに住んでいた身の上での経験談だから、科学的根拠などは皆無だ。

 

まぁそれらを解明するのが調査団の仕事なのだが、少しでも役に立てば幸いだ。

 

 

陸珊瑚に入るルートの開拓は未だ全く進んでおらず、あの険しい山脈に漸く築いた細い人一人が通るのがやっとな道とすら言えぬ精々通路が良いところの足場を伝って行くしか方法が無い。

それ故に殆どのハンターは陸珊瑚の台地に足を踏み入れることは無い。

 

幾ら新大陸に送り込まれるほどの実力を備えるハンターとは言えども山肌を抉るが如く吹き荒れる上昇気流や下降気流の中でモンスターの脅威を警戒しながらあの足場を歩くのは、至難の業だ。

故に今のところ陸珊瑚の台地に訪れたことのあるハンターは俺を除けば、珍しい竜人族のハンターである、クォク・フィーラルただ一人だ。

 

三爺と呼ばれている竜人族学者達も行きたがって仕方が無いのだが、流石に断念しているようだ。

陸珊瑚の台地は景色も良く、水も豊富で生態系に富んでいる為とても過ごし易いのだが、次は大蟻塚の荒れ地に出向いて調査をして欲しいと依頼された。

 

四年も過ごせば愛着も湧くものだが、依頼となれば仕方が無い。

調査団は古代樹の森の調査と、ギルドから二期団の派遣を検討し早ければ五年ほどで送り込まれる可能性があるとの事で、拠点であるアステラの整備と拡充を進めている為に他の地にまで手を伸ばす余力が無い。

 

そこで端から見れば暇そうな俺達にお鉢が回って来たと言うわけである。

陸珊瑚の台地の調査成果は中々のもので、環境生物から各種モンスターの生態、特にレイギエナのお見合い大会は大騒ぎであった。

取り合えず、一定の調査成果は得られたので次は陸珊瑚の台地にその焦点を移しておきたいと言うのがエドガーの考えらしい。

 

まぁ、裏にはもっと新しく目映りの良い調査成果を上げられないのか、と言うギルドや旧大陸の研究者や学者達からの突き上げと言うか、相当強い要望があるからそれをどうにかしたいと言う思惑もあるようだが。

恐らくその辺は政治の領分なのだろうから俺とディアが首を突っ込むことは無い、と言うか関わりたくない。

そのままなし崩し的に色々と巻き込まれるのは御免だ。

 

俺達は、田舎でのんびり畑を耕しながら細々とハンターをやっているのが、どうにも性に合い過ぎているらしいからな。

都会と違ってなんでもは無いが、無いなら無いなりに色々と工夫を凝らしたり、自分で拵えるのも良い。

それをディアと共に考えながら拵えるのが、また田舎暮らしの良さを大きくしている。

何でもある、と言う事の方が俺やディア、住む村からすれば可笑しな事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

はてさて、陸珊瑚の台地へ来てから五年と言う、人間間隔で言えばそこそこの年数が経った訳である。

その間、全く自分達の好きなようにしていた訳では勿論違う。

 

アステラから持って来た紙に、陸珊瑚の台地の事を事細かに書き認めたりサンプルを採取したりと、言わば調査員と同じような事をやっていた。

なんせここに足を踏み入れられるのは俺とディアを除けば、今となればオリヴィアかクォクの二人も足を踏み入れられるようになっているが、つい最近までは俺とディアだけしか陸珊瑚の台地に来ることが出来なかったのだ。

 

しかも竜人族では珍しいハンターであるクォクは各地で異常を早期に発見すべく同じく放浪の旅をしているから、陸珊瑚の台地に集中していられない。

オリヴィアこそ集中して陸珊瑚の台地に専念することが出来るのだが、この広大な新大陸の、そのまた広大な陸珊瑚の台地を調査し終えるまで数十年は掛かる。

だからその手助けとなるように手帳に様々な情報を出来うる限りのイラストを挿し入れながら書き連ねたのだ。

 

絵心に関しては、数百年も生きて描き続けていれば上達はする。

才能ある者と比べれば大したことは無いだろうが、人に見せられる程度のモノではあると自負している。

 

 

俺とディアと同じであの二人も拠点には滅多に帰ってこないと聞いている。

 

この新大陸と言うのは、なんとも実に不思議な場所だ。

当然訳の分からない事で首を捻らねばならない事が結構起きたりする。

例えば、本来住まう筈の無い龍や竜が移動して来て少しの間滞在したりと、旧大陸であれば中々大騒ぎになるような事ばかりだ。

分かり易く例えるならば、フォンロンの方から龍や竜が飛来して来た時、ぐらいの騒ぎである。

まぁ結局あれも龍のちょっと外出、ぐらいでしかないのだが。

 

人間からすれば、天災が移動してくるようなものだから騒ぎたくなる気持ちも良く理解出来る。

なんせ俺も、つい最近まで騒ぐ側であった訳だからな。

 

 

 

 

陸珊瑚での生活も随分と慣れ、テトルー達とも良き隣人、良き友人として長い付き合いだ。

ついさっきもアンドンウオを獲ったからとお裾分けしてもらった。

 

アンドンウオは前世で言うところのアンコウのようなもので、他はどうか知らないが捌き方なども同じように吊るし切りにして捌く。

ディアも初めて食べた味らしく、驚きの顔と同時に美味しそうに食べていた。

食べ方、と言ってもこれ以外に知らないのだが、あんこう鍋ならぬ、アンドン鍋にして食べるわけだ。

テトルー達は雑魚煮だったり適当に焼いて食っているらしい。

 

ここは魚介系の食材が豊富でとても美味しいのだが、肉類を食べる機会は少ない。

陸珊瑚の台地で食用として得られる肉と言えば狩りをしないから他の竜から肉を得る事も無いので、精々ケルビ程度だ。

 

ケルビはポポやアプトノスに比べて得られる肉も少なく、しかも使える素材としては角と毛皮ぐらいしか無い。

骨は丈夫だが俺やディアの使う武具にするには小さいし強度も足らないからあまり適していない。

しかも動きが素早く慣れていない者だと狙いを付けるのも大変だから、得るものが多いとは言えない。

 

だったらそこらの水源などで幾らでも獲れる魚介類を選ぶ。

とは言えケルビの毛皮は衣類に用いるととても温かく寒さをしっかりと防いでくれるから、丁寧に加工すれば衣類の他に繋ぎ合わせれば寝具や絨毯などにも使えるから需要は大きい。

実際、この世界では合成繊維と言うものが無い為に布団となると実は動物性か植物性の物しかない。

鳥の羽や言ったようにケルビなどの毛皮、あとはポポの体毛、綿花などが加工されて布団などにされる訳である。

 

村にある我が家のベッドは綿花、掛け布団は今までの貯金などで贅沢をした鳥の羽を使ったものだ。

そしてこの新大陸で主に使っている寝具は毛皮である。

毛皮の鞣しなどは慣れたものだし、丁寧に鞣して加工すれば匂いなども消すことが出来る。

毛自体は使えば柔らかくなるし何より温かい。

 

パオウルムーと言うモンスターがいるからそれを狩っても良いのだがケルビの方が数もいるし肉も取れる。

食料調達を兼ねた毛皮調達と言うわけである。

 

毛皮を幾つか集めたら、まずは丁寧に加工しなければならない。

皮に付いた肉や油、血液を徹底的にそぎ落とし、そして洗い流さねばならない。

でないとカビが生えたり腐ったりしてしまうからだ。

 

タンニン鞣しやミョウバン鞣しなどいくつか種類があるが、俺とディアが良く使うのはタンニン鞣しだ。

特に理由は無いが、ミョウバンよりもタンニンの方が手に入りやすいと言うだけのことだ。

 

 

しっかりと加工して、毛皮になったらそれらを繋ぎ合わせる。

それを四枚作り、二枚ずつ裏面を合わせて縫い合わせるのだ。

場合によってな中に綿花などを入れても良い。

俺とディアが使うものはあちこちから採って来た綿毛を詰めている。

そうしたら端っこを丁寧に祭り縫いで縫っていく。

 

糸も針も毛皮を縫う為の太く大きいものだからと言って油断は出来ない。

下手に力を入れ過ぎると折ったり千切ってしまったりするからだ。

俺は針と糸を数十回駄目にしてから諦めてディアに任せることにした。

俺はディアを胡坐の上に乗せながら抱き締め、手元を覗くことが仕事である。

ディアは人の姿でも龍の力の制御をちゃんと出来るから物をお釈迦にしてしまうなんてことも殆ど無い。

 

縫い合わせたら掛け布団、敷布団の完成だ。

最初のうちは毛が硬いが、暫く使えば柔らかくなってより良い寝心地になる。

 

 

 

 

 

陸珊瑚の台地で何時も通り過ごしそろそろ太陽が沈んでいく頃合いに珍しい来客があった。

 

「お久しぶりです」

 

「クォクか。久しぶりだな」

 

「最後にお会いしたのは、四年前でしたか」

 

「あぁ、あの時よりも随分と痩せたか?」

 

「えぇ、新大陸を歩いてばかりなものですから」

 

彼を招き入れ、茶を沸かして出す。

と言ってもそこらの茶になりそうなツタやら雑草やらを無理矢理お茶のようなものにしただけの、雑草汁と言った方が良い代物だろう。

まぁ、意外と味は悪くないのだがな。

 

「それで、今日は何の用があって来た?新大陸を放浪するお前が態々訪ねてくるとは、随分と珍しいじゃないか」

 

「えぇ、本来ならお二方をお訊ねする予定は無く、アステラに立ち寄って幾つかの物資の補充をしたらまた放浪調査をしに行く予定だったのです」

 

確かにクォクの荷物は多い。

 

アステラでしか手に入らない物資と言うと、例えば調査結果を記すための紙やインクなどだ。

鉛筆があれば大抵の事は済むのだが、精細な絵を描こうとするとどうしても鉛筆だと難しい。

 

この世界での一般的な鉛筆と言うのは、前世の様なしっかりと加工がされていて扱いやすいものでは無く、木炭をそのまま鉛筆にしているようなものだ。

だから何か細かいものを描こうとか、書こうとするとどうしてもやりずらい。

 

そこで調査団にはギルドからの補給品として芯を細く加工し、周りを木材で覆った前世で見慣れた鉛筆がある。

この鉛筆、実は結構高い。

回復薬が僻地だったり町であったりで値段が変わるが、ギルドの方での決まりで大体60~80zで売られている。

だがしかし、この世界の鉛筆と言うのは大体500zとなる。

 

回復薬の実に四~五倍以上の値段で売られている訳である。

これには単純に製造技術、と言うよりも機械式に大量生産する方法が無い事が理由だ。

 

この世界は少なくとも俺が知る限り、前世で言うところの産業革命と呼ばれるものは起きていない。

産業革命と呼べるものが起きたのは古代文明の時代だから、遥か昔のこと。

だから鉛筆のような、一見製造が容易いように見える物でも人が時間をかけて手作業で作っていかなければならないので値段が高いわけだ。

 

しかも前世の様に輸送手段が発達しているわけではない。

輸送手段は勿論だが、輸送をするための道が開拓されていないのだ。

日本の様に自動車で凡そ行ける場所全てが舗装されているなんてのは、この世界では夢物語。

 

精々発展している町の周辺の道が幾らか石畳で舗装されているぐらいで、それ以外は土を盛って固めたのが普通、俺が住んでいる村の近辺なんてそれすら行われていない道なのだ。

当然そんな輸送路だから輸送量も高くなる。

 

船便こそあるが積載量は高が知れているし、航海術もまだまだ未熟と言っていい。

航空機による輸送は論外。

陸路も自動車が無いから荷車をアプトノスやポポに引っ張らせると言うもの。

陸路なんて自動車であれば一時間程度の距離をこの世界は数日掛けて、なんてのも当たり前だ。

 

職人の手で作っていると言うのと、輸送手段が発展していないと言うのがこの世界の物価が高い理由だ。

 

 

調査団にはその鉛筆が大量に支給と補給が為されているのだ。

流石に前世程の高品質は無いが、それでも木炭を削って使うよりは次元が違う。

書きやすく、描きやすく、扱いやすい。

 

俺も色々と書き記すのに使うし、挿絵を描く時もこの鉛筆を使っている。

 

クォクが持っているのはそんな鉛筆だ。

 

 

「アステラで、何か俺達に言伝を頼まれたか」

 

「その通りです」

 

「それで、言伝はなんだ?」

 

「手紙を預かっておりますので、そちらを読まれた方が早いかと」

 

そう言いながら鞄の中から取り出した手紙を開く。

書いたのはエドガーらしい。

あの男らしからぬ丁寧で、繊細な字で丁寧に書き連ねられている。

 

要約すると、俺達には陸珊瑚の台地での調査を一時切り上げて大蟻塚の荒れ地に向かってそこで調査を行ってほしいとのことだった。

 

どうやら陸珊瑚の台地での調査は俺とディアが数多く書き記した手記やメモ、記録で一旦として詳細な現地調査は進入ルートを後日確保してから再度行うらしい。

そして俺とディアには未だその殆どを知り得ない大蟻塚の荒れ地に出向いてほしいらしい。

 

確かに大蟻塚の荒れ地は陸珊瑚の台地と比べて普通に出向くことが出来るが、環境は厳しい。

昼間は灼熱、夜は極寒と真反対のものになり、しかも生息するモンスター達は古代樹の森と比べるとかなり強力だ。

 

幾らか未確認の環境生物やモンスターも存在するらしく、それらの詳細な調査を依頼された形だ。

勿論報酬金も出る。

 

「……あい分かった、依頼を受けよう」

 

「有難う御座います」

 

「他に用件は?」

 

「いえ、特には」

 

「そうか、それなら晩飯を食べていくと良い」

 

「宜しいのですか?」

 

クォクはディアの独占欲の強さを知っているから、俺が言うとディアを見る。

 

「夕食ぐらいならば別に構わんさ。それ以上居座るなら蹴り出すが」

 

「勿論です。それでは、御相伴に預からせて頂きます」

 

「あぁ」

 

久しぶりの俺達以外の食卓だ。

村では時折あったが、新大陸では基本俺達二人での生活だったから新鮮だ。

 

アステラに戻る用事と言えば、米や麦を買いに行くぐらい。

そのときには量を運べるようにするためにディアに龍の姿になって貰って行くぐらいで、購入したらすぐに帰ってしまうからな。

 

晩飯は勿論魚介類をふんだんに使ったものだ。

ここでは肉類は殆ど得られないから、タンパク質と言えば魚介類になる。

塩や香辛料などの調味料自体は陸珊瑚の台地でも採れるので、味付けに困ることも無い。

 

 

この世界にも寄生虫が存在するのだが、基本内臓を丁寧に処理して食わなければ生食でも問題無い。

サシミウオは名前の通り獲れたての時の刺身は絶品であるし、アンドンウオは鍋に出来る。

 

流石にバクレツアロワナなどは口に入れたらドカンと行く可能性があるから食えないが、それ以外の魚は大体食える。

他にも淡水でも生息するアワビやサザエ、シジミやハマグリの様な貝類なども沢山だ。

 

貝類はそのまま網焼きやつぼ焼きにして醤油を垂らして食っても美味いし、魚は刺身や煮付け、焼いても干物にしてもいい。

 

量を多く用意したわけではないが、一人一人が腹一杯に食べられるだけの量はある。

それを俺とディアが持ち込んでいる米を炊いて食うのだ。

 

やはり魚には米が一番合う。

パンも美味いが、前世の名残か米の方が口に合うのだ。

 

 

 

 

 

クォクと夕食を済ませた後、彼はやることがあると言って出発した。

どうやら俺達が言った、龍脈の流れを追っているらしいが可視化して見れる訳では無いので、地道に地道に調査を進めていくしかないので時間を無駄には出来ないと言っていた。

 

龍脈の流れなど、殆ど覚えていないからな……。

ゲームの中でそれらしい何かがあったような記憶があるが、まぁ思い出さなくてもその内誰かが真実に至るだろうから気にしなくても良いだろう。

 

クォクが再び調査の旅に出た後、俺とディアは湯を沸かしてから風呂に入る。

ドラム缶風呂みたいなものだがこれでもアステラの鍛冶師達に素材を持って行って作って貰ったものだ。

大きさとしては、大体1m四方で二人で入るには十分、とは少し言い難い大きさだな。

二人とも身長があるから少し狭く感じるがディアはくっ付いて入らないと入れないところがお気に入りらしい。

 

勿論湯沸かしには紅蓮石を使う。

流石に欠片だと沸かすのに随分と時間が掛かるから、拳二つ分ぐらいの大きさがある紅蓮石を使うのだ。

これでいい。

 

ちょくちょく温度を確かめながら、適温である40度ほどになったと感じたら紅蓮石をどかす。

じゃないと沸騰してしまうからな。

 

先に身体をざっと洗ったらざぶんと二人で入る。

 

「っはぁぁぁ……」

 

湯舟に浸かる時と言うのは、なんとも言えない幸福感がある。

上を向けば、天窓のように空いた穴から絶景とも言うべき星空だ。

 

陸珊瑚の台地にある人工的な光源は、今俺達が使っているものぐらいだから周りに星の光を遮るものが無い。

俺達が使っている灯りをも消すといよいよ星明りだけで随分と明るく感じるほどだ。

 

「ん、フェイは偶に私から目を逸らすなぁ?」

 

「いやそんな事は無い。見比べてやっぱりディアが一番だとしみじみ思っているとも」

 

ぼーっ、と空を眺めているとディアに言われる。

ぎゅぅっと抱き締めると機嫌が直ったのか笑い声を漏らして一層に靠れてくる。

 

風呂から上がったら、身体を拭いて綺麗に洗濯された衣服を纏う。

 

湯は冷めるまでおいておく。

翌朝にでもなれば流せる。

 

寝る準備を整えたら、二人でハンモックベッドに潜り込んだ。

あとは何時も通りの流れだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

翌朝から大蟻塚の荒れ地に向かう為の準備を進めた。

荷物を纏めつつ、どのような計画にしようかとディアと二人で考える。

 

陸珊瑚の台地に築いたこの家は、分解出来るようになっているから分解して持って行く。

家財道具も全てだ。

 

二日後、準備が整ったならば丁寧に道中で崩れたりしないようにしっかりと纏められた荷物を二人で担ぎ上げて新天地を目指して歩き出した。

 

 

 






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