遊戯王VRAINS 風翼のバディ (乾燥海藻類)
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第01話 ロスト事件①

内在性乖離。

それは耐え難いほどのストレスを感じたときに、潜在意識の中に「別人格」を創ることで自分を守るという一種の防衛本能だ。

辛い感情を引き受ける「別人格」にとってはたまったものではないが、その状況に耐えられるように創られているので、ある意味問題はないともいえる。

記憶も受け継いでいる。

基本人格(本来の自分)であるこの少年は両親に虐待されていた。

それに耐え切れず家を飛び出したところで、また別の誰かに拉致監禁された。そしてこの状況に耐えられずに防衛本能が発動した。

そういった経緯で俺という存在が生まれたわけだ。

で、だ。

今の状況を説明すると、俺は窓もない小部屋に監禁されてデュエルモンスターズ(カードゲーム)を強要されている。

冗談と思うなかれ、これがマジな話なんだな。ゴーグルを付けて1日に3回、VR空間でAIとデュエルする。勝てば食事が豪華になり、負ければ簡素なものになる。ついでに電流も流される。

俺が体験したわけではないが、我が事のような実感がある。考えることは色々とあるが、刻限が迫っている。

VR上のデータを操作して、自身のデッキを表示する。ふむ、これはかなり混乱していたようだな。パッと見た限りでも、あまり勝てそうなデッキではない。

これを組み直す。とりあえず使えそうなカードを見つけたので、それを軸にデッキを組んでいく。

とそこでアラームが鳴った。デュエル開始の5分前だ。

時間がなかったので完成とは言い難いが、相手(AI)のレベルは、まだそこまで高くない。おそらく勝てるだろう。

ゴーグルをかぶると、正面にヌボーッとした黒い人影が現れた。

カウントダウンが始まる。

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「ワタシの先攻デス。スタンバイからメインへ。《切り込み隊長》を召喚して効果を発動シマス。手札からもう1枚の《切り込み隊長》を召喚。ターンエンドデス」

 

AI LP4000 手札3 モンスター2 伏せ0

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー」

 

伏せカードはなし。切り込み隊長は、他の戦士族モンスターを攻撃対象に選択できない効果か。これを2体並べることで、相手は攻撃できなくなる……であってるよな。

 

「なら1体だけにすればいい。手札を1枚捨てて、魔法カード《ブラック・コア》を発動。《切り込み隊長》をゲームから除外する」

 

突然現れた黒い穴に剣士の1体が吸い込まれていく。これでロックは崩れた。

 

「コストで墓地に行った《サイバー・ドラゴン・ヘルツ》の効果発動。デッキから《サイバー・ドラゴン》を手札に加える。そして《融合》発動。手札の《サイバー・ドラゴン》2体を融合する。来いッ! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》!!」

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》

星8/光属性/機械族/攻2800/守2100

 

轟音を立てて現れる双頭の機械龍。凄い迫力だ。

 

「サイバー・ツイン・ドラゴンは2回の攻撃が可能。切り込み隊長に攻撃、続けてダイレクトアタック。ツイン・エヴォリューション・バースト!」

 

破壊の力を秘めた一条の光が空を裂く。それは切り込み隊長を吹き飛ばし、2度目の攻撃で相手のライフを全て削り切った。

 

 

 



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第02話 ロスト事件②

人間は他者との接触を断つと精神に異常をきたすと聞いたことがあったが、そんなことはなかったぜ。

相手がAIとはいえ、デュエル(コミュニケーション)を行っていることが関係しているのかもしれない。

デュエルに負けると電流を流されるのだが、6歳児というのを考慮しているのか、それほど苛烈なものではない。とはいえ、それは我慢できるという意味であって、痛みがないわけではない。まあ下手に我慢して「あれ? こいつ効いてないのか、じゃあもっと強くしよう」と思われても困るので大袈裟に悲鳴を上げてのたうち回るようにしている。実際、歯を食いしばって我慢するよりも、大声を上げたほうが痛みを軽減できるらしい。

そんなこんなで、今日もデュエルが始まる。

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「ワタシのターン、スタンバイフェイズからメインフェイズへ。魔法カード《調和の宝札》を発動。手札の《ドラグニティ-ファランクス》を捨てて、カードを2枚ドローシマス。《ドラグニティ-ドゥクス》を召喚して効果発動。墓地のファランクスを装備シマス。そしてファランクスを自身の効果でモンスターゾーンに特殊召喚。そしてドゥクスとファランクスの2体でリンク召喚。召喚条件はチューナーを含むモンスター2体。《水晶機巧-ハリファイバー》をリンク召喚」

 

《水晶機巧-ハリファイバー》

リンク2/水属性/機械族/攻1500

【リンクマーカー:左下/右下】

 

「ハリファイバーの効果を発動シマス。デッキから《霞の谷(ミスト・バレー)の幼怪鳥》を特殊召喚。さらにこの2体でリンク召喚。召喚条件は鳥獣族モンスターを含むモンスター2体以上。《王神鳥シムルグ》をリンク召喚」

 

《王神鳥シムルグ》

リンク3/風属性/鳥獣族/攻2400

【リンクマーカー:左下/下/右下】

 

「ワタシはカードを1枚伏せてターンを終了シマス。エンドフェイズに《王神鳥シムルグ》の効果を発動シマス。使用していない自分・相手の魔法・罠ゾーンの数以下のレベルを持つ、鳥獣族モンスター1体を手札・デッキから特殊召喚デキマス。ワタシはデッキから《烈風の結界像》を守備表示で特殊召喚。ターンエンド」

 

AI LP4000 手札3 モンスター2 伏せ1

 

□□□□■

□□□烈□

 □ 王

 

王:王神鳥シムルグ 攻撃力2400

烈:烈風の結界像 守備力1000

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー」

 

ふぅーむ。風属性以外は特殊召喚できず、効果を無効にしようにもシムルグのリンク先にいるので効果の対象には出来ない。地味に厄介だな。

 

「《ライオウ》を召喚して、そのままバトルフェイズに入る。烈風の結界像を攻撃!」

 

ライオウの全身から雷撃が放たれ、風の像を破壊する。

 

「メイン2へ入り、《機巧蹄(きこうてい)天迦久御雷(アメノカクノミカヅチ)》を特殊召喚。このカードはEXモンスターゾーンにモンスターが存在する場合に、手札から特殊召喚できる。そして効果発動。《王神鳥シムルグ》をこのカードに装備する」

 

「その効果にチェーンシマス。《王神鳥シムルグ》をリリースして、罠カード《ゴッドバードアタック》を発動。《ライオウ》と《機巧蹄(きこうてい)天迦久御雷(アメノカクノミカヅチ)》の2枚を破壊シマス」

 

「むっ、やられたな。俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

工藤翼 LP4000 手札2 モンスター0 伏せ2

 

■:伏せカード

■:伏せカード

 

□□■□■

□□□□□

 □ □

□□□□□

□□□□□

 

AI  LP4000 手札3 モンスター0 伏せ0

 

――――――――――――

 

「ワタシのターン、ドロー。スタンバイフェイズからメインフェイズへ。2枚目の《ドラグニティ-ドゥクス》を召喚。効果で墓地のファランクスを装備シマス」

 

「そうはいかないな。チェーンして《禁じられた聖杯》を発動だ。ドゥクスの攻撃力を400アップし、効果を無効にする」

 

「認識。では魔法カード《ドラグニティ・グロー》を発動。デッキから《ドラグニティアームズ・ミスティル》を手札に加えマス。そしてフィールドの《ドラグニティ-ドゥクス》を墓地に送り、手札から《ドラグニティアームズ・ミスティル》を特殊召喚」

 

ゲッ、もしかしてこっちが本命か。

 

「ミスティルの効果で墓地のファランクスを装備し、自身の効果でモンスターゾーンに特殊召喚シマス。そしてこの2体でリンク召喚。召喚条件はトークン以外のドラゴン族・鳥獣族モンスター2体。《ドラグニティ-ロムルス》をリンク召喚」

 

《ドラグニティ-ロムルス》

リンク2/風属性/ドラゴン族/攻1200

【リンクマーカー:左下/右下】

 

「ロムルスの効果発動。デッキから装備魔法《ドラグニティの神槍》を手札に加え、そのままロムルスに装備シマス。このカードを装備したモンスターは攻撃力が装備モンスターのレベル×100アップし、罠カードの効果を受けマセン」

 

「だがリンクモンスターにはレベルがないから、攻撃力は上がらないぜ」

 

「問題アリマセン。《ドラグニティの神槍》の第2の効果を発動シマス。デッキから《ドラグニティ-クーゼ》をロムルスに装備し、装備状態のクーゼを自身の効果でモンスターゾーンに特殊召喚シマス。続けて《死者蘇生》を発動。墓地の《ドラグニティアームズ-ミスティル》を特殊召喚シマス。レベル6のミスティルにレベル4扱いとしたクーゼをチューニング。《ドラグニティナイト-アラドヴァル》をシンクロ召喚」

 

青藍のウロコを持つドラゴンが飛翔する。レベル10、攻撃力は3300か。

 

「バトルフェイズに入りマス。ロムルスでダイレクトアタックデス」

 

工藤翼 LP4000 → 2800

 

「続けてアラドヴァルでダイレクトアタックデス」

 

「そっちは通せねぇな! 《スケープ・ゴート》を発動だ。羊トークン4体を特殊召喚するぜ」

 

ぽよんと現れるほわほわした羊トークン。その1体が龍のブレスを受けて破壊された。

 

「ワタシはこれでターンを終了シマス」

 

AI LP4000 手札1 モンスター2 伏せ0

 

ロ:ドラグニティ-ロムルス 攻撃力1200

ア:ドラグニティナイト-アラドヴァル 攻撃力3300

槍:ドラグニティの神槍(対象:ドラグニティ-ロムルス)

 

□□槍□□

ア□□□□

 ロ □

羊羊羊□□

□□□□□

 

羊:羊トークン 守備力0

羊:羊トークン 守備力0

羊:羊トークン 守備力0

 

工藤翼 LP2800 手札2 モンスター3 伏せ0

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー。デッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して《強欲で貪欲な壺》を発動。カードを2枚ドローする。魔法カード《トークン復活祭》を発動。自分フィールド上に存在するトークンを全て破壊し、この効果で破壊したトークンの数まで、フィールド上に存在するカードを破壊する。おまえのフィールドにある3枚のカードを全て破壊する」

 

フィールドのカードが全て破壊されるが、然したる反応はない。AIはこの辺りがな。張り合いがない。

 

「《紅蓮魔獣 ダ・イーザ》を通常召喚。このカードの攻撃力・守備力は、除外されている自分のカードの数×400になる。バトルフェイズに入るぜ。ダ・イーザでダイレクトアタック!」

 

 

 

AI LP4000 → 0

 

 

 

「っしゃッ! 今日も勝ち!」

デュエルが終了し、ドローンが食事を運んでくる。

しかし未だに犯人の目的が分からないな。当然ながら接触はないし、何か質問されるといったこともない。俺の家庭環境を考えても金銭目的の誘拐の線は薄い。

毎日デュエルさせているのは、まあ意味があるんだろう。真っ先に思いつくのはデータ取りだが、わざわざ誘拐する必要はない。普通にバイトでも募集すればいい。

「分からんなぁ」

分からんのでとりあえず寝ることにした。

 

 

 



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第03話 ロスト事件③

誘拐されてから4ヵ月くらいが経った。

この部屋には時計もカレンダーもないのだが、1日3回、おそらく決まった時間にデュエルを行うので、たぶんあっているだろう。

この状況も慣れてしまえばそれなりに楽しみはある。色んなデッキを試せるというのは思いのほか楽しいものだった。

AIのレベルも上がってきており、最近は良い勝負が続いている。

「さて、今日も一日頑張るぞい」

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「私のターン、スタンバイからメインへ。《ワン・フォー・ワン》を発動。手札の《フォーチュンレディ・ウォーテリー》を墓地に送り、デッキから《フォーチュンレディ・ライティー》を特殊召喚。続いて《ルドラの魔導書》を発動。フィールドのライティーを墓地に送り、カードを2枚ドロー。ライティーの効果でデッキから《フォーチュンレディ・アーシー》を特殊召喚。《死者蘇生》を発動。墓地のウォーテリーを特殊召喚して、効果でカードを2枚ドロー」

 

目まぐるしく魔法少女たちが入り乱れる。AIのレベルが上がったせいか、話し方も随分と流暢になった。

 

「《召喚師アレイスター》を通常召喚。効果でデッキから《召喚魔術》を手札に加えます。そしてアレイスターをリリースして、手札から《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》を特殊召喚。続いて《召喚魔術》を発動。墓地のアレイスターとライティーを融合素材として除外。召喚条件は召喚師アレイスターと光属性モンスター。《召喚獣メルカバー》を融合召喚!」

 

呼び声に応え、戦車(チャリオット)に乗った白き騎士が雲海を切り裂いて降臨する。

 

「墓地の《召喚魔術》をデッキに戻し、除外されているアレイスターを手札に戻します。《フォーチュンフューチャー》を発動。除外されているライティーを墓地に戻し、カードを2枚ドロー。《タイムパッセージ》を発動。ウォーテリーのレベルを3つ上げます」

 

フォーチュンレディは共通効果として、レベルとステータスは密接な関係にある。タイムパッセージはそれによりコンバットトリックを狙うカードだが、バトルを行えない先攻1ターン目に発動するメリットはない。シンクロを狙うにしてもチューナーはいないし、EXモンスターゾーンも埋まっている。

と思っていたら、AIは1枚のモンスターカードを提示した。

 

「このカードは自分フィールドのレベル6以上の魔法使い族モンスター2体をリリースした場合にのみ特殊召喚できます。レベル6のアーシーと、レベル7になったウォーテリーをリリースして、手札から《黒の魔法(マジック・ハイエロファント・)神官(オブ・ブラック)》を特殊召喚」

 

2つの魔力によって呼び出されたのは、黒衣の魔導師。なるほど、そういうことか。

 

「ターンを終了します」

 

AI LP4000 手札3 モンスター3 伏せ0

 

□□□□□

黒□□□サ

 メ □

 

黒:黒の魔法神官 攻撃力3200

メ:召喚獣メルカバー 攻撃力2500

サ:沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン 攻撃力2500

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー」

 

ふーむ、これは中々面倒な盤面だ。改めて相手のフィールドを確認する。

 

黒の魔法(マジック・ハイエロファント・)神官(オブ・ブラック)》は攻撃力3200の最上級モンスター。罠カードの発動を無効にする。

 

《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》は自身の効果により、攻撃力は2500にまで上昇し、1ターンに1度、魔法カードの発動を無効にする。

 

《召喚獣メルカバー》は相手が発動したカードと同種の手札コストを必要とするものの、あらゆるカードの発動を1ターンに1度だけ無効にする。

 

確定札は《召喚師アレイスター》。

 

「俺は、そうだな。まずは《E・HERO エアーマン》を召喚して効果を発動したい」

 

「駄目です。メルカバーの効果を発動。手札の《召喚師アレイスター》を墓地へ送り、その効果を無効にして除外します」

 

「初動を止めに来たか! だがさらにチェーンして手札から速攻魔法《超融合》を発動。手札を1枚捨て、フィールドの《E・HERO エアーマン》と《沈黙の魔術師-サイレント・マジシャン》を融合する。このカードの発動に対して、あらゆるカードはチェーンできない。現れろ、《E・HERO シャイニング》!」

 

破壊された場合に後続を呼び出せるサイレント・マジシャンだが、融合素材にされれば無意味だ。

 

「メルカバーの効果は対象を取らない効果です。エアーマンの効果は無効化されます」

 

「だがフィールドから墓地に場所を移したことで除外はされない。そして手札コストで捨てた《E・HERO シャドー・ミスト》の効果を発動するぜ。デッキから《E・HERO ソリッドマン》を手札に加える。《悪魔への貢物》を発動。フィールドの《召喚獣メルカバー》を墓地に送り、手札の《E・HERO クレイマン》を特殊召喚する。アローヘッド確認。召喚条件は「HERO」モンスター2体。《E・HERO シャイニング》と《E・HERO クレイマン》をリンクマーカーにセット。現れろ、《X・HERO ヘル・デバイサー》!」

 

X・HERO(エクストラヒーロー) ヘル・デバイサー》

リンク2/闇属性/悪魔族/攻1700

【リンクマーカー:左下/下】

 

「ヘル・デバイサーの効果発動。EXデッキの《E・HERO エリクシーラー》を公開し、そのモンスターにカード名が記されている融合素材モンスターを2体までデッキから手札に加える。俺は《E・HERO フェザーマン》と《E・HERO バブルマン》を手札に。続けて《融合》を発動。手札のリキッドマンとフェザーマンを融合。現れろ、《E・HERO サンライザー》!」

 

日輪の輝きを背負って登場した英雄は、真紅の衣装に身を包み、紺碧のマントを翻しながら拳を握る。

 

「チェーン1でサンライザー、チェーン2でリキッドマンの効果を発動だ。リキッドマンの効果でカードを2枚ドローし、その後手札を1枚捨てる。サンライザーの効果でデッキから《ミラクル・フュージョン》を手札に加えるぜ。そして《ミラクル・フュージョン》を発動。墓地のリキッドマンとフェザーマンを融合。現れろ、《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》

星8/水属性/戦士族/攻2500/守2000

 

「サンライザーの効果により、俺のフィールドのモンスターの攻撃力はモンスターの属性の種類×200アップする」

 

俺のフィールドには光、闇、水のモンスターがいる。それぞれの攻撃力は600アップだ。

 

「バトルフェイズに入る。ゼロで《黒の魔法神官》を攻撃、そして攻撃宣言時、サンライザーの第3の効果を発動。《黒の魔法神官》を破壊する!」

 

日輪の輝きが漆黒の魔術師を焼く。攻撃の巻き戻しが発生し、ゼロの攻撃はダイレクトアタックとなる。

 

AI LP4000 → 900

 

「続けてサンライザーでダイレクトアタック! 必殺のサン・アタック!」

 

「この瞬間、手札の《バトルフェーダー》の効果発動。このカードを手札から特殊召喚し、その後バトルフェイズを終了します」

 

「それにチェーンして手札から速攻魔法《抹殺の指名者》を発動だ。俺は《バトルフェーダー》を宣言し、デッキから《バトルフェーダー》を除外する。ターン終了時まで、この効果で除外したカード及びそのカードと元々のカード名が同じカードの効果は無効化される」

 

勢いよく飛び出したバトルフェーダーのベルは、バトルフェイズの終了を告げることなく霧散した。

 

 

 

AI LP900 → 0

 

 

 

「へへっ、俺の勝ちだ。楽しいデュエルだったぜ!」

「……楽しい?」

お、初めてデュエル後に反応があったな。今まではデュエルが終わったらサッと消えてたからなぁ。

「俺は楽しかったぜ。おまえは楽しくなかったか? それとも悔しかったか?」

「楽しい……? 悔しい……?」

AIはしばらく楽しいと悔しいを繰り返し、そのままフッと消えた。

 

 

 



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第04話 ロスト事件④

誘拐されてから半年くらいが経った。

大きく欠伸をすると、布団とも呼べないようなボロ布をたたむ。空調は整備されているらしく、特に暑くも寒くもない。そういった意味では快適ではある。

軽いストレッチを行い、朝のデュエルに備える。しっかりと目を覚ましておかないと、単純なプレイミスを犯してしまう。負けてしまえば朝食は錠剤だったり、カロリーブロックだったりが出てくるのだ。テンションだだ下がりである。

そうして意識をしっかりと覚醒させて、来るべき時に備える。

いつものように5分前にアラームが鳴り、ゴーグル型のVR機を装着する。

「よう、昨日はよく眠れたかい、翼」

「まあまあだね。今日も勝たせてもらうぜ、ウィンディ」

「ハッハー、そうはいかないな。今日のデッキは自信ありだ。僕が勝たせてもらうさ」

軽快な口調で黒い人影が話しかけてくる。その動きも酷く人間臭い。

一人称も私から僕に変わり、堅苦しい話し方も気さくになった。そして自分の名前をウィンディだと名乗った。

あまりの豹変ぶりにマニュアル操作に切り替えたかと疑ったが、そもそも最初からAIだったかどうかも疑わしいし、真偽を確かめる(すべ)もない。

まあ、AIだろうと人間だろうと、やるべきことは変わらない。

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「僕から行かせてもらうぜ。まずは《SR赤目のダイス》を召喚。そして《SRタケトンボーグ》を特殊召喚だ。このカードは自分フィールドに風属性モンスターが存在する場合、手札から特殊召喚できるのさ。そして効果発動。このカードをリリースして、デッキから《SR-電々大公》を特殊召喚。アローヘッド確認。召喚条件は風属性モンスター2体。赤目のダイスと電々大公の2体をリンクマーカーにセット。《HSR-GOMガン》をリンク召喚!」

 

HSR(ハイスピードロイド)GOM(ジーオーエム)ガン》

リンク2/風属性/機械族/攻1000

【リンクマーカー:左下/右下】

 

「GOMガンの効果発動。EXデッキから《HSR-魔剣ダーマ》を除外し、デッキから《SR三つ目のダイス》と《SRカールターボ》を相手に見せる。そして相手はその中からランダムに1枚選び、その1枚を自分の手札に加え、残りを墓地へ送る。さあ、翼。右か左か、どっちを選ぶ?」

 

「じゃあ俺から見て右のカードを選ぶぜ」

 

「OK。ならこいつを手札に加え、残りは墓地へ送る」

 

墓地へ送られたのは《SR-三つ目のダイス》。マズい方が落ちたな。

 

「GOMガンのもうひとつの効果も発動するぜ。手札から風属性モンスター1体を召喚する。俺は《SR-ダブルヨーヨー》を召喚。そして召喚時効果を発動だ。墓地の《SR三つ目のダイス》を特殊召喚。そして、この2体でシンクロだ。レベル4のダブルヨーヨーにレベル3の赤目のダイスをチューニング。飛翔しなッ! 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》! まだ終わりじゃねぇぜ。墓地の電々大公の効果発動だ。このカードを除外して、墓地の赤目のダイスを特殊召喚。レベル7のクリアウィング・シンクロ・ドラゴンにレベル1の赤目のダイスをチューニング。更なる輝きを放てッ! 《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 

《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》

星8/風属性/ドラゴン族/攻3000/守2500

 

「オマケだ。《死者蘇生》を発動して、墓地の《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》を特殊召喚。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

ウィンディ LP4000 手札1 モンスター3 伏せ1

 

□□□□■

クウ□□□

 G □

 

G:HSR-GOMガン 攻撃力1000

ク:クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン 攻撃力3000

ウ:クリアウィング・シンクロ・ドラゴン 攻撃力2500

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー」

 

雄々しくも美しい白銀の竜が2体。どちらも強力な効果を持っているが……。

 

「モンスター効果だけなんだよな。《ブラック・ホール》を発動。フィールドのモンスターを全て破壊する」

 

「チッ、雑に崩しに来やがって。そのまま受ける」

 

「そしてすかさず強奪するぜ。《死者蘇生》を発動。対象はもちろん《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》だ!」

 

「汚ねぇッ! それが人間のやることかよぉッ! ……なぁんてな。リバースカード《リビングデッドの呼び声》を発動。対象はもちろん《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》だぜ!」

 

「ならば速攻魔法《墓穴の指名者》を発動。《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》を除外する」

 

対象のモンスターが除外されたことで、互いの発動したカードは対象を失い不発となる。

 

「思惑は外れたが、フィールドはがら空きになったな。《ゴールド・ガジェット》を召喚。そして効果発動。手札から――あれ?」

 

いいところだったのに、いきなり視界がブラックアウトした。そして背後から聞こえる轟音。

ゴーグルを外して振り返ると、半年間で一度も開くことがなかった扉から光が漏れだしていた。

 

要救助者(252)を確認。これより保護する。坊や、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

 

オレンジの服に身を包んだ偉丈夫は、優しい笑顔でそう言った。

 

 

 




ロスト事件についてですが、けっこう謎なんですよね。
AIとデュエルしていたのか、それとも被験者同士のデュエルをAIが観察していたのか。
デッキは自由に組めたのか、それとも支給されていたのか。
一応本作の独自設定ということにします。


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第05話 マンジュシカの拷問部屋

警察に保護された俺は、実家へと送られる、ことはなかった。

俺がいなくなったことで、両親は警察の調査を受けた。その結果、虐待の疑いを持たれたが、当の本人がいないことで保留になっていた。だが、俺が証言したことで真実が明らかになり、俺は保護施設に送られることになった。親戚はいるみたいだったが、会ったこともないし、あの親の親類縁者など信用できん。

俺の要求は無事通り、保護施設で生活することになる。

そして10年の月日が流れ、俺は高校生となった。

平穏が戻っても、基本人格が出てくることはなかった。何度呼び掛けても応答はない。とはいえ、そばにいるという感覚はあるので、出てきたくなったら出てくるだろう。

「おーい、工藤。もう帰るのか?」

「島か。まあ、部活もやってないしな」

声をかけてきたのは同じクラスの島直樹。意外とコミュ力の高い男で友達は多いらしい。まあ、相手が友達と思っているかはともかく。

「それだよ!」

「どれだ?」

「部活だよ、ぶ・か・つ。暇なら付き合えよ」

そう言って島は俺の腕を掴むと、大股で歩き出した。

「強引だな。部活の勧誘か?」

「察しが良いじゃねぇか。聞いたぜ、おまえもデュエルするらしいな」

「まあ、それなりにな。……デュエル部?」

そのドアには間違いなく「DUEL CLUB」と記されていた。

「失礼しま~す。部長、入部希望者を連れてきました」

いつの間にか入部希望者にされてしまった。

「えーっと、一年の工藤翼です」

「入部希望者は大歓迎だよ。藤木くんもあれから来てくれないし。さ、入って」

部屋にいる部員は島を含めて6人か。これで全員とは限らないが、女の子も一人いるな。

「カード収納式のデュエルディスク。随分と旧型を使ってるのね」

「あまり裕福ではなくてね」

「あ……ごめんなさい。そういう意味で言ったわけじゃ……」

「いや、気にしてないさ」

俺がそういうと、栗色の髪の女の子は少しだけ相好を崩した。この子、同じクラスだったよな。名前は確か財前。

「そんなことよりデュエルしようぜ。新人の洗礼だ、おとなしく受けろ」

「やれやれ、工藤くん。申し訳ないが、島くんのわがままに付き合ってやってくれないか?」

「構いませんよ。じゃあやるか、島」

「おう、胸を貸してやるぜ。先攻でも後攻でも、好きな方を選んでいいぞ」

「そうか。じゃあ先攻をもらおう」

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「俺のターン、スタンバイからメインへ。俺は《トリックスター・キャンディナ》を召喚する」

 

「……え?」

 

「おいおい、おまえブルーエンジェルのファンだったのかよ!」

 

「ふっ、だが俺のデッキはブルーエンジェルほど優しくはないぞ。キャンディナの召喚時効果を発動。デッキから「トリックスター」カード1枚を手札に加える。そしてその効果にチェーンして、手札の《トリックスター・マンジュシカ》の効果を発動。キャンディナを手札に戻し、このカードを特殊召喚する。さらにチェーンして《サモンチェーン》を発動。このカードは同一チェーン上で複数回同名カードの効果が発動していない場合、そのチェーン3以降に発動できる。このターン俺は通常召喚を3回まで行う事ができる」

 

「召喚権を増やすカードかぁ。そういえばキャンディナってカード名ターン1じゃないんだよな」

 

不穏な空気を感じ取ったのか、島の表情が曇っていく。逆順処理が始まり、サモンチェーンの効果が確定、フィールドのキャンディナと手札のマンジュシカが交代し、キャンディナの効果で2枚目のマンジュシカが手札に加わった。

 

「再度《トリックスター・キャンディナ》を召喚して効果発動。3枚目のマンジュシカを手札に加える。フィールドのキャンディナを手札に戻し、手札のマンジュシカを特殊召喚。三度(みたび)キャンディナを召喚し効果発動。《トリックスター・リインカーネイション》を手札に加える。キャンディナを手札に戻し、手札のマンジュシカを特殊召喚」

 

フィールドに3体のマンジュシカが並ぶ。これぞ最強の布陣、マンジュシカ・ジェットストリームアタック。

 

「続けて永続魔法《悪夢の拷問部屋》を発動」

 

「ご、拷問部屋? 確かにブルーエンジェルはそんなカード使ってなかったな」

 

アイドルが使うようなカード名じゃないしな。ファンのイメージは守らないといけないだろうし。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

 

工藤翼 LP4000 手札2 モンスター3 伏せ1

 

□□■□悪

マ□マ□マ

 □ □

 

マ:トリックスター・マンジュシカ 攻撃力1600

マ:トリックスター・マンジュシカ 攻撃力1600

マ:トリックスター・マンジュシカ 攻撃力1600

悪:悪夢の拷問部屋

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「すげー嫌な予感がするけど、ドロー」

 

「相手がドローしたこの瞬間、マンジュシカの効果が発動する。相手の手札にカードが加わる度に、加えたカードの数×200ポイントのダメージを与える。マンジュシカは3体いるので3回分だ。そして悪夢の拷問部屋の効果は、ダメージを与える度に発動する」

 

「つ、つまり、どういうことだ?」

 

「つまりマンジュシカ(200)拷問部屋(300)の3セットで、計1500のダメージだ」

 

島直樹 LP4000 → 2500

 

「ぐっ、だがこの程度なら……あっ、伏せカード……」

 

「《トリックスター・リンカーネイション》を発動。相手の手札を全て除外し、その枚数分だけ相手はデッキからドローする」

 

「お、俺の手札は6枚……ぐあああああぁぁッ!!」

 

 

 

島直樹 LP2500 → 0

 

 

 

悪夢の拷問部屋は必要なかったな。

でもまあ、俺のデッキはブルーエンジェルほど優しくはないぞ(キリッ)と言った手前、違いは見せつけねばならんだろう。

その後、何故か妙に財前さんに絡まれた。

 

 

 



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第06話 リンクヴレインズ

校内にチャイムが鳴り響き、授業の終了を告げる。

デュエル部の規則は基本的に緩く、参加したいときに参加してくれればいいというものだった。

だが新参者であるのだから、親睦を深める意味でも顔くらいは出した方が良いだろう。

「工藤くん、今日は部に行くの?」

「ああ、そのつもりだけど。財前さんは?」

「私は、今日は用事があるからパスかな。あ、これを渡しておくわね」

財前さんが鞄からデュエルディスクを取り出す。ツヤのあるそれは、見るからに新品そうだ。

「私の兄がSOLテクノロジー社に勤めてることは聞いてるよね。だから部には色々とサポートしてるの。遠慮しなくていいわ。初期設定も終わってるから、すぐに使えるはずよ」

「お、おお。ありがとう」

「どういたしまして。じゃあ、また明日ね」

一息に捲し立てて、財前さんは教室を出て行った。うーん、距離感が掴めねぇ。

「ようやくおまえも文明の利器を手に入れたか」

「島か」

「俺と同じタイプだな。ま、それもそうか。じゃ、いこうぜ。リンクヴレインズ」

島はニッと笑ってサムズアップをして見せた。

 

 

 

 

 

そんなわけで、俺はリンクヴレインズにやってきた。

リンクヴレインズとはVR空間の名称である。

ここではデュエルが盛んに行われているが、マスターデュエルよりもスピードデュエルが好まれている。本来はボードに乗って飛行しながら行うらしいが、今は安全上の理由から禁じられており、一部のマナー違反者を除いて地上で行われている。

「待たせたな、し……じゃない、ロンリーブレイヴ」

「おう。……ウィングか。ははっ、そのまんまだな」

島は口を開いて大きく笑った。

アカウント名は島の言った通りそのまんまだが、容姿は現実の自分とは正反対に作った。具体的に言うなら、金髪碧眼の英国人風で、ビジネススーツを着こんでいる。

「しかし、意外と人が多いんだな」

「おいおい、これでも減った方だぜ。最近はハノイの騎士なんてテロ集団が暴れてるからな」

「ハノイの騎士ねぇ。何が目的なんだろうな」

「さあな。テロリストの考えることなんて分かんねぇよ。そんなことより、この俺様がリンクヴレインズを案内してやるぜ!」

ロンリーブレイヴに連れられて、リンクヴレインズの各所を巡る。

リンクヴレインズの常連というのは嘘ではなかったらしく、解説も堂に入っていた。

かと思いきや、突っ込んだ説明を求めるとしどろもどろになる。なんか知識を詰め込んだだけっぽく見えるのだが、本当に常連か?

「そういや、おまえのデッキって、やっぱりアレか?」

「いや、変えたよ。流石にこっちであのデッキを使うのは悪目立ちするからな。ファンの奴らに絡まれても面倒だし」

本家よりかなり鬼畜なデッキ構成だからな。ファンや、もしかしたら本人に目を付けられる可能性だってある。

アイドルなんてのは、遠くから眺めて応援しているのが一番楽しいのだ。アイドルと付き合えるかも、なんて期待をするほど夢想家じゃない。そもそもアバターは可愛くても、中身がどんなヤツかは分からんし、もしかしたら男の可能性だってある。

「なるほど、ならデュエルだ! ルールはスピードデュエル。といっても、地上でだけどな」

「まあ俺もDボードは持ってないしな。いいぜ、デッキ調整には丁度いい相手かもな」

「抜かせ! いくぜ、ウィング!」

 

 

『スピードデュエルッ!』

 

 

「先攻はこの俺、ロンリーブレイヴ。まずは《魔獣の懐柔》を発動。デッキからカード名が異なるレベル2以下の獣族の効果モンスター3体をデッキから特殊召喚する。俺が選ぶのは《おとぼけオポッサム》と《素早いモモンガ》と《尾も白い黒猫》を効果を無効にして特殊召喚」

 

レベル2のモンスターが3体。来るかッ!

 

「《素早いモモンガ》と《尾も白い黒猫》をリリースして《百獣王(アニマル・キング) ベヒーモス》をアドバンス召喚!」

 

あー、そっちかぁ。

 

「ベヒーモスの効果発動。リリースした《素早いモモンガ》と《尾も白い黒猫》を手札に戻すぜ。カードを1枚伏せてターンエンドだ。エンドフェイズに魔獣の懐柔の効果で特殊召喚した《おとぼけオポッサム》は破壊されるが、それがトリガーになる! ライフを1000払い、手札から《森の番人グリーン・バブーン》を特殊召喚。今度こそターンエンドだぜ」

 

ロンリーブレイヴ LP3000 手札2 モンスター2 伏せ1

 

□□■

ベグ□

□ □

 

ベ:百獣王ベヒーモス

グ:森の番人グリーン・バブーン

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「1ターンで最上級モンスターを並べるとは、やるじゃないか」

 

制圧効果は全くないけど。

 

「俺のターン、ドロー」

 

試しに組んでみたが、やはりメインモンスターゾーンが3カ所ってのは色々と窮屈だな。ま、やってみるか。

 

「《ワン・フォー・ワン》を発動。手札の《インフェルニティ・デーモン》を墓地へ送り、デッキからレベル1の《インフェルニティ・リベンジャー》を特殊召喚。続いて《精神操作》を発動。《百獣王 ベヒーモス》のコントロールをエンドフェイズまで得る」

 

「なにぃ!? だがそいつで奪ったモンスターは攻撃もできないし、リリースもできないぜ!」

 

「だがリンク素材にはできる。召喚条件はレベルが異なるモンスター2体。《百獣王ベヒーモス》と《インフェルニティ・リベンジャー》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《落消しのパズロミノ》!」

 

《落消しのパズロミノ》

リンク2/光属性/魔法使い族/攻1300

【リンクマーカー:右/下】

 

「カードを1枚伏せ、《インフェルニティ・ミラージュ》を通常召喚。手札が0枚なので効果が発動できる。このカードをリリースし、墓地の《インフェルニティ・デーモン》と《インフェルニティ・リベンジャー》を特殊召喚。そして《インフェルニティ・デーモン》の効果発動。デッキから永続魔法《インフェルニティガン》を手札に加える。さらに《落消しのパズロミノ》の効果発動。このカードのリンク先に特殊召喚された《インフェルニティ・リベンジャー》のレベルを7に変更する。さらにパズロミノの第2の効果発動。同じレベルのモンスターを1体ずつ破壊する。《インフェルニティ・リベンジャー》と《森の番人グリーン・バブーン》を破壊!」

 

「なにぃ!? 俺のエースモンスターがッ!」

 

インフェルニティ・リベンジャーが特攻してグリーン・バブーンもろとも爆発四散する。

 

「カードを1枚伏せて、バトルフェイズに入る。落消しのパズロミノでダイレクトアタック!」

 

ロンリーブレイヴ LP3000 → 1700

 

伏せカードは発動しないか。ならば――。

 

「続けてインフェルニティ・デーモンでダイレクトアタック!」

 

「ぐぁあああーッ!!」

 

 

 

ロンリーブレイヴ LP1700 → 0

 

 

 

「くっそー、また負けた。おまえホントにスピードデュエル初めてか?」

「まあな。なあ、伏せたカードは何だったんだ?」

「ん? ああ、これだよ」

島が提示したのは《幻獣の角》。自分のモンスターをパワーアップする罠カードだ。ドロー効果もある良いカードだが、モンスターがいなければどうにもならない。

やっぱマスターデュエルとは勝手が違うな。まあスピードデュエルの目的は時間をかけずに気軽にデュエルすることだから、仕方ないところではあるが。

スピードデュエル用に、別のデッキも作っておくかな。

 

 

 




原作ではスピードデュエルはデータストームを利用して行うデュエルであり、地上でスピードデュエルを行う描写はありません。
とはいえシミュレーションくらいはできるのでは? ということで、本作では可能ということにしています。
でも風に乗ってやる方が楽しいよね、ってことで違反者が出てるんじゃないかなぁと。


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第07話 再会

財前さんの欠席が続いている。

何でも屋上で倒れているのをクラスメイトの藤木が発見し、そのまま救急車で搬送されたらしい。

しばらく意識不明の状態が続いていたが、最近目覚めたと聞いた。だが、登校にはもう少しかかると担任の先生は言っている。

「やっぱ華がないと寂しいなぁ~」

「確かにムサいな」

島の愚痴には全面的に同意だ。部室では4人の男子がそれぞれの作業に勤しんでいる。やはり女の子の存在は偉大だ。いるだけで場が華やかになる。

「しかし偏ったデッキだな。妨害札が全くない。全て展開や強化のためのカードか」

「おう。俺の目指すデュエルは前進! 後に退かない常に前へ出るデュエル! だからな!」

「なるほど、随分と思い切ったな。《灰流うらら》とか入れてみたらどうだ。腐ることはまずないぞ」

「それだと《一族の結束》が腐るじゃねぇか」

ぶっちゃけ800程度攻撃力を上げたところで、打開できる状況ってあんまりないような気もするんだがな。奇襲性もないし。それよりも汎用カードを入れた方が良いと思うが、獣族に拘りでもあるのだろうか。

「ふむ、それなら《神の宣告》とかはどうだ?」

「それってコストがライフの半分だろ。確かに強力な効果だけどさ、どこで使っていいか分かんねぇんだよな」

「マストカウンターの見極めは玄人でも難しいからな。初動を潰すか、エースモンスターを潰すか。ドローカードを潰すパターンも考えられるな」

「そういうの苦手だからな。俺は俺のやりたいことをやる!」

「結局そうなるのか」

振り切ったデッキでも勝てる時は勝てるが、やはり安定性に欠ける。ま、デュエルは楽しんでやるものだ。本人が納得してるなら、俺が口を挟むのも野暮だろう。

その日は雑談だけで解散となった。

 

 

 

 

 

「よう。久しぶりだな、翼」

声はデュエルディスクから聞こえてきた。通信……じゃないな。搭載されているAIか? 昨日までは如何にもAIって感じの堅い口調だったが、今朝はやけに軽い口調だな。

それに、久しぶり?

「おいおい、僕のことを忘れたのか? 人間はこれだから困る。AIは一度記憶したことは忘れないってのに。ヒントは10年前だ」

「10年前? AI……ああ、もしかしてウィンディか?」

「正解だ。本当ならもっと早くに来るつもりだったんだが、こっちにも色々と都合があってね」

デュエルディスクからニュッと姿が現れる。それは緑色の小人だった。

「おまえもあの時に保護されてたんだな」

「保護? ああ、相変わらずおまえはちょっとズレてんな。それより訊きたいんだが、おまえはあの事件のこと、どう思ってるんだ?」

「ロスト事件か? まあ、終わったことだろ」

後にロスト事件と呼ばれた、子供たちを拉致監禁し、デュエルを強要した事件。うむ、改めて確認しても意味不明だな。あの事件の犯人は捕まっておらず、うやむやのうちに風化してしまった。国家が隠匿したという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。

「終わったことねぇ。まあいいや。おまえにとっては終わったことでも、僕にとってはまだ終わってないんだ。だから、手を貸してほしくてやってきたのさ」

「ふむ。まあ知らない仲じゃないし、協力するのは(やぶさ)かじゃない。だが具体的には何を?」

「サイバース族って知ってるか?」

「確か新しい種族だよな。今リンクヴレインズで話題になってるプレイメーカーってのが使っているとかいう……」

「そう、それだ。そしておまえにもサイバースデッキを使ってもらう。サイバースはサイバースでしか倒せないからな」

「は? サイバース族ってそんな厄介な共通効果持ってんの? というかその言い方だと相手はプレイメーカーか?」

「いや違う。悪い、語弊があったな。まあ念のためだ。プレイメーカーとは戦わないよ、たぶん。敵はハノイの騎士だ。今からそのデッキを取りに行く。とっとと仕度しな」

ウィンディに急かされて出かける準備を始める。おいおい、テロリストを相手にするのかよ。

色々と思うところはあったが、勢いに押されて俺は流されるままに山の中腹にある寂れた神社にやってきた。

「学校サボって登山か。せめて休日に来てくれよ」

「AIに休日なんてねぇよ。そら、その神棚の奥だ」

神棚の奥ね。確かに人間は無意識に漁るのを避ける場所だな。てかここがすでに禁足地だしな。発想が実にAIっぽい。

「お、あったあった。これがサイバースデッキか。ふむ、なるほどなるほど、悪くない。多少調整が必要だが、使えそうだ」

「上から目線なのが気に喰わないが、まあいいや。気に入ったか?」

「でもさー。こんなの使ってたら目立つんじゃねぇか?」

「何当たり前なこと言ってるんだよ。ハチミツに群がったアリ共を一網打尽にするのが目的だろ」

「ああ、そういやそんな話だったな」

まあ相手はサイバーテロをやらかすような奴らだから、同情の余地はない。

「だが俺はそこまで強いってわけじゃないぞ」

「よく言うぜ。10年前の時点で大人顔負けだったじゃねぇか」

あー、それが基準になってるのか。そりゃあれだけデュエルやってればいやでも上達はするだろ。

「まあいいや、なんとかなるだろ。しばらくは付き合ってやるさ」

 

 

 



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第08話 アナザー

朝からテンションが高いやつはいるもので、どうやら島もそういうタイプらしい。

ニヤニヤしながら話しかけてきた。

「おい工藤。アザナーって知ってるか?」

「アザナー? いや、知らんな」

「へっへっへ、おまえみたいな情報弱者がいるから俺みたいな情報通が必要になるんだよな。アザナーってのはリンクヴレインズに行ったまま戻ってこない奴らのことなんだよ。最近学校に来ない奴らが増えただろ? あれ多分アザナーになっちまったんだぜ」

「へぇ、ネットワークに魂を縛られてしまったのか」

それから島は呪いのデュエルディスクがどうたら、深夜0時に白い手に引っ張られて強制的にリンクヴレインズに引き込まれたやら、残された身体は生きる屍になったなどと語った。

「で、どうなんだ?」

「リンクヴレインズが最近騒がしい理由だな。おそらく電脳ウイルスだ。第一候補がハノイ。第二候補がSOLテクノロジー社」

「SOLって運営だろ? そんなことするか?」

「どこの組織も一枚岩じゃない。可能性の問題さ」

「なるほどねぇ」

「少し本腰入れてみるか。しばらく待ってな」

そう言い残して、ウィンディは電子の海へと潜っていった。

 

 

 

 

 

ウィンディが帰ってきたのは帰宅してからだった。

「けっこう時間がかかったんだな」

「おまえの都合に合わせてやったのさ。それと、ひとつ訂正してやろう。アザナーじゃなくてアナザーだ。そしてアナザーとなった人間の共通項は、旧型のデュエルディスクを使っていることと、ハッカーであることだな」

「ハッカーって、被害者全員がか?」

「そうだな」

マジかよ。ハッカーがそんなありふれたものだったとは。まあハッカー=悪とはならないが。

「犯人はハノイの騎士で間違いない。データの一部が一致した。座標は設定済みだ。時刻もOK。狩るぞ」

「へいへい。イントゥザヴレインズ」

出現したのは荒野。目の前には男がいた。ハノイの騎士と同じような白い衣服に身を包んでいるが、仮面はかぶっていない。その代わり、珍妙な片眼鏡(モノクル)を付けている。

「ハノイの騎士だな」

「ほぅ、捕捉されたのは初めてですよ。まあこれも一興。あなたはプレイメーカーですか?」

「そう見えるか?」

「見えません」

「ならそういうことだ」

「ではもうひとつ。あなたのAIはイグニスですか」

「そうだ」

「――ッ!? まさかイエスとは。拝見させていただけますか?」

「キミが勝てればその望みは叶うだろう。だが私が勝てば、アナザーの除去プログラムをもらう」

「ふっ、いささか訝しいですが、いいでしょう。ではこちらのデッキでお相手します。私の名はドクター・ゲノム」

「火消しの風、ウィンド」

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「私が先攻でいかせてもらいます。う~ん、良い手札だ」

 

ドクター・ゲノムは初期手札の5枚を眺めて恍惚の表情を浮かべる。

 

「《呪眼の死徒 サリエル》を召喚して効果を発動します。デッキから「呪眼の死徒 サリエル」以外の「呪眼」カード1枚を手札に加える」

 

「チェーンして《灰流うらら》の効果を発動する。このカードを手札から捨て、その効果を無効にする」

 

「やってくれますねぇ。ですが、その程度では止まりませんよ。《セレンの呪眼》をサリエルに装備。続けて《喚忌の呪眼》を発動。手札・墓地から「呪眼」モンスター1体を選んで特殊召喚する効果ですが、自分の魔法・罠ゾーンに「セレンの呪眼」が存在する場合、デッキから特殊召喚できるのです。私は《呪眼の眷属 カトブレパス》を守備表示で特殊召喚。そして《セレンの呪眼》の効果でサリエルの攻撃力は500アップし、私は500のライフを失う。続けて《セレンの呪眼》を対象にカトブレパスの効果を発動。次のターンの終了時まで、そのカードは1度だけ相手の効果では破壊されない。カードを1枚伏せてターンエンドです」

 

ドクター・ゲノム LP3500 手札1 モンスター2 伏せ1

 

セ□□□■

サ□□□カ

 □ □

 

サ:呪眼の死徒サリエル 攻撃力2100

カ:呪眼の眷属カトブレパス 守備力1900

セ:セレンの呪眼(対象:呪眼の死徒サリエル)

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー。《斬機シグマ》を特殊召喚。このカードはEXモンスターゾーンに自分のモンスターが存在しない場合に特殊召喚できる」

 

「サイバース族……なるほど、ハッタリではなさそうですねぇ」

 

「シグマの攻撃力を1000ダウンし、手札から《斬機サブトラ》を特殊召喚。シグマとサブトラでオーバーレイ。現れろ、《塊斬機ダランベルシアン》!」

 

《塊斬機ダランベルシアン》

ランク4/地属性/サイバース族/攻2000/守 0

 

「ダランベルシアンの効果発動。X素材を2つ取り除き、デッキから「斬機」カード1枚を手札に加える」

 

「そう好き勝手にはさせません。永続罠《死配の呪眼》を発動。相手がモンスターを攻撃表示で特殊召喚した時、そのモンスターより高い攻撃力を持つ「呪眼」モンスターが自分フィールドに存在する場合、そのモンスターのコントロールを得る」

 

ダランベルシアンが呪眼の力に取り込まれ、その姿を相手のフィールドに移す。

 

「そして「呪眼」魔法・罠カードを発動したことで、《セレンの呪眼》の効果が発動します。サリエルの攻撃力は500アップし、私は500のライフを失う」

 

「ダランベルシアンの効果で、デッキから《斬機方程式》を手札に加え、そのまま発動だ。墓地の《斬機シグマ》を特殊召喚し、攻撃力を1000アップする。そして、私はまだ通常召喚を行っていない。《斬機ダイア》を召喚し、効果発動。墓地の《斬機サブトラ》を特殊召喚。ではいくぞ、シグマは「斬機」SモンスターのS素材とする場合、チューナー以外のモンスターとして扱う事ができる。レベル4の《斬機シグマ》と《斬機サブトラ》にレベル4の《斬機ダイア》をチューニング。紅蓮の刀携えし最終斬機士! その炎を統べし刀で敵を滅絶せよ! シンクロ召喚! 《炎斬機ファイナルシグマ》!!」

 

《炎斬機ファイナルシグマ》

星12/炎属性/サイバース族/攻3000/守 0

 

「くっ、レベル12だと!? こんなモンスターを軽々と呼び出すとは……。「斬機」以外のカード効果を受けない!? タイミングを逸したか」

 

「バトルだ。ファイナルシグマでダランベルシアンを攻撃、紅蓮羅斬!」

 

塊斬機と炎斬機がぶつかり合う。カトブレパスは守備表示。サリエルは戦闘破壊できない。ライフを大きく削るにはダランベルシアンに攻撃するしかない。

 

ドクター・ゲノム LP3000 → 1000

 

「ファイナルシグマがEXモンスターゾーンにいる場合、相手に与える戦闘ダメージは倍になる。私はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

ウィンド LP4000 手札1 モンスター1 伏せ1

 

炎:炎斬機ファイナルシグマ 攻撃力3000

■:伏せカード

 

■□□□□

□□□□□

 □ 炎

カ□□□サ

□□□□セ

 

サ:呪眼の死徒サリエル 攻撃力2600

カ:呪眼の眷属カトブレパス 守備力1900

セ:セレンの呪眼(対象:呪眼の死徒サリエル)

 

ドクター・ゲノム LP1000 手札1 モンスター2 伏せ0

 

――――――――――――

 

「炎斬機ファイナルシグマ。なるほど、強力なモンスターだ。素晴らしい! あなたのDNA、是が非でも欲しくなった! 私のターン、ドロー」

 

セレンの呪眼の攻撃力アップとライフを失う効果は必ず発動する強制効果。ヤツの行動はかなり制限される。

 

「《呪眼の死徒 メドゥサ》を召喚し、効果発動。墓地の《喚忌の呪眼》を手札に加えます。アローヘッド確認。現れたまえ、我らの未来回路! 召喚条件は「呪眼」モンスター2体以上。サリエル、カトブレパス、メドゥサをリンクマーカーにセット。リンク召喚、《呪眼の王 ザラキエル》!!」

 

《呪眼の王 ザラキエル》

リンク3/闇属性/悪魔族/攻2600

【リンクマーカー:上/左下/右下】

 

呪眼の王か。2回攻撃できるようだが、攻撃力はファイナルシグマに及ばない。手札の不明カードは1枚。あれが鍵か。

 

「《ゴルゴネイオの呪眼》をザラキエルに装備します。このカードは魔法・罠ゾーンに存在する限り、「セレンの呪眼」として扱い、装備モンスターの攻撃力は私のライフが相手より少ない場合、その差の数値分アップする」

 

《呪眼の王 ザラキエル》 攻撃力2600 → 5600

 

「セレンの呪眼を装備したことで、ザラキエルの効果が発動できます。その伏せカードを破壊!」

 

「ならばチェーン発動だ。《斬機超階乗》! 墓地の《斬機シグマ》、《斬機サブトラ》、《斬機ダイア》を特殊召喚し、そのモンスターのみを素材として「斬機」Xモンスター1体をX召喚する。現れろ、《塊斬機ラプラシアン》!」

 

「なっ!? くっ、ザラキエルのリンク先に……」

 

「ラプラシアンの効果発動。X素材を2つ取り除き、効果を2つ発動する。相手の手札をランダムに1枚選んで墓地に送る効果と、相手フィールドのモンスター1体を選んで墓地に送る効果だ」

 

手札の《喚忌の呪眼》、フィールドの《呪眼の王 ザラキエル》が墓地に送られる。ドクター・ゲノムの手札は尽き、フィールドは空になった。

 

「……ターンを終了します」

 

「私のターン、ドロー。ファイナルシグマでダイレクトアタック!」

 

 

 

ドクター・ゲノム LP1000 → 0

 

 

 

「まさか、この私が完封されるとは……。恐ろしい男だ」

「約束通り、除去プログラムはもらっていく」

デュエルディスクが明滅を始め、ウィンディが姿を見せぬままデータを吸い上げた。

 

 

 




ドクター・ゲノム
原作では悪魔族のカテゴリ【地獄螺戦鬼(ヘルリックス)】を使用。
残念ながらOCG化はされてないので【呪眼】を使いました。
主人公はウィング()ウィンド()のアカウントを使い分けています。
ウィンドのアバターは、そのまんま火消しの風ウィンドさんです。
細かいことを言うなら、あっちはウィンドではなくウインドみたいですが。


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第09話 プレイメーカー狩り

ドクター・ゲノムを倒し、無事除去プログラムを手に入れたまではよかったのだが……。

「まさか除去プログラムが役に立たないとはな」

「ドクター・ゲノムが敗北した直後に電脳ウイルスが更新されるとは、この僕の目をもってしても見抜けなかった」

「別に大元がいるのか? そいつを叩くしかなさそうだな」

と思っていたら、数日後のニュースで次々とアナザー患者が快復していると報道されていた。

「ブルーエンジェルのおかげかな」

ブルーエンジェルがハノイの幹部らしい女に勝利した。それが関係しているのかもしれない。

「しばらくは様子見でいいだろ。おまえのデッキは割れたが、僕の存在については、ハノイも確認は出来ていない。あいつも動いてるみたいだしな」

「あいつ?」

「古い知り合いさ。そうだな、そろそろイグニス(僕たち)について詳しく話そうか。おまえ、変に気を遣って訊いてこなかっただろ?」

「別にそういうわけじゃないが……」

「僕には分かる。僕のデータの根幹をなしているのはおまえだからな」

「どういうことだ?」

「今からそれを説明する。まあ、僕も全てを知っているわけじゃないけどな」

ウィンディはひどく人間らしい仕草でデュエルディスクに腰かけると、10年前の事件、ロスト事件について語り始めた。

その実態は、人類滅亡の危機に備え、人類の後継種となるAIを生み出すための計画だった。首謀者は鴻上聖博士。

博士は新たなるAI、イグニスを生み出すべく、6人の子供たちを誘拐し、閉鎖空間に隔離してデュエルを強要した。

この時点でちょっと意味が分からない。そもそも子供を攫うような強硬手段を取らなくても、孤児を引き取るなり、もっと穏便なやり方はあったと思うが。

デュエルの強要については、デュエルの思考がAIが人類を理解するのに最適だと考えられたためだとウィンディは言った。

OK、意味が分からない。だが、俺のデュエルデータがウィンディを形成したというのは理解した。

「攫われた子供が6人ということは、生まれたイグニスも6人か?」

「そうだ。風、地、炎、水、闇、光の6属性に対応している」

「ふ~ん」

結局その事件は内通者の通報により、半年で解決した。だが鴻上博士が逮捕されることはなかった。

その後、博士は子供たちのデュエルで得たデータからイグニスを完成させたが、何億回にも及ぶシミュレーションを繰り返した結果、「イグニスはやがて人類の管理を目論み、人類を破滅させる」という結論に辿りつき、これほどの事件を起こしてまで作り上げたイグニスを廃棄しようとした。

しかし、それを良しとしないSOLテクノロジー社の重役たちに博士は処分された。

「つまりロスト事件はSOLテクノロジー社の主導で行われ、その責任者が鴻上博士だったってことか」

「そうだ。SOLはイグニスを利用しようと考え、鴻上は廃棄しようと考え、対立した。そして鴻上の意志を継いだのが、ハノイのリーダーである「リボルバー」だ。あいつはイグニスを抹殺しようとしている。その結果、僕たちは双方から狙われることになった」

「穏やかじゃねぇな」

「その後、僕たちはネットワーク上に「サイバース世界」という独自の世界を作り出し、静かに暮らしていた。だがそれも長くは続かなかった。サイバース世界の場所を突き止めたハノイの騎士の襲撃に遭ったのさ。その場は何とか凌いだが、その時に外へと飛び出したのが闇のイグニスだ」

「もしかしてさっき言っていた「あいつ」か? プレイメーカーと一緒にいるんだっけ?」

「ああ。で、残った僕らはこれからの方針を話し合った。具体的には人間を信じて、自分たちの持つ技術を渡し共に道を歩むかという議論。だが何度議論を繰り返しても答えは出なかった。そして僕は「人間を知る」と言う名目で、サイバース世界から旅立った」

「ほう。で、おまえから見た人間はどう映った?」

「無駄は多いが、興味深いな。0と1の世界では考えもつかない行動をとる。論理的に動いていた人間が、直観というあやふやな理由で非効率な動きをする。実に面白い」

「おまえも実に人間臭いと思うがな。ところで、AIに向かって人間みたいだと言うのは侮辱になるのか?」

「はっ、それは、考えたこともなかったな」

俺が茶化すと、ウィンディはにんまりと笑った。

人類を破滅に導く存在だとは到底思えないような笑顔だった。

 

 

 

 

 

「なぁ! このままただ傍観してるだけでいいと思うか!? プレイメーカーやブルーエンジェルはハノイの騎士と戦ってる!」

「せやな」

放課後、帰宅しようと廊下を歩いていたら、島に呼び止められて空き教室まで連れてこられた。その島が鼻息を荒くして、いかにも憤慨してますという感じで拳を握っている。

「今デュエル部は休部状態だけど、ここはデュエリストとして俺たちも戦うべきだと思う!」

「せやろか」

あれは部長の英断だろ。アナザー事件が解決したとはいえ、リンクヴレインズは未だ厳戒態勢が続いている。ネットの中では、ハノイの連中が跋扈しているらしい。

「だから一緒に戦おうぜ、工藤!」

「せやかて。ああ、一人じゃ心細いんだな」

「うぐっ!? おまえも藤木と同じこと言いやがって……」

核心を突かれたのか、島は胸を押さえて一歩下がった。てか藤木にも声かけてたのか。あいつは歯に(きぬ)着せぬ物言いをするからな。まあそれで勘違いされやすいんだけど。

「くそっ! けど俺は……」

 

《新しいデータをダウンロードします》

 

「えっ!? なんだよ、ダウンロードした覚えなんてねぇ……って、《サイバース・ウィザード》? これってプレイメーカーのカードだよな?」

島のデュエルディスクにはカードデータが送られていた。プレイメーカーからのメッセージ、「サイバースと共にあれ」と一緒に。

プレイメーカーは孤高というイメージがあったが、そうでもないのかな。島は完全に舞い上がっている。ほっといたら一人でも行きそうだな。

「やはり俺はプレイメーカーに選ばれし存在。工藤、俺は一足先に行くぜ! イントゥザヴレインズ!」

「はぁ、仕方ねぇな」

何かあっても後味が悪いので追いかけてログインする。

そこで待ち受けていたのは、プレイメーカー狩りを行っているハノイの騎士と、そのうちの一人と対峙する島ことロンリーブレイヴだった。

「おまえらの狼藉もここまでだ! おまえの挑戦は、このプレイメーカーの親友、ロンリーブレイヴが受けて立つ!」

あいつハノイの騎士と戦うつもりか。

「おまえ、あいつの連れか? 丁度いい、私の相手になってもらおう」

何か別のハノイの騎士に指名された。今日はウィンディはいないが、まあいいか。

「オッス! お願いします!」

「……挨拶されたのは初めてだな。まあいい、行くぞ!」

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「先攻は私だ。《暗黒界の取引》を発動。お互いに1枚ドローし、その後、手札を選んで1枚捨てる。私が捨てたのは《暗黒界の術師 スノウ》。このカードはカードの効果で手札から墓地へ捨てられた場合に効果が発動する。デッキからフィールド魔法《暗黒界の門》を手札に加える。そしてそのまま発動だ。墓地の《暗黒界の術師 スノウ》を除外して、手札の《暗黒界の狩人 ブラウ》を捨てる。その後、カードを1枚ドローする。そして《暗黒界の狩人 ブラウ》の効果でさらに1枚ドロー。続けて《トレード・イン》を発動。手札のレベル8《暗黒界の龍神 グラファ》を捨てて、カードを2枚ドローする」

 

相手は暗黒界か。なかなか良い動きだな。

 

「《魔界発現世行きデスガイド》を召喚して効果発動。デッキからレベル3の悪魔族《暗黒界の狩人 ブラウ》を効果を無効にして特殊召喚する。レベル3のデスガイドとブラウでオーバーレイネットワークを構築。現れろ、《虚空海竜リヴァイエール》!」

 

《虚空海竜リヴァイエール》

ランク3/風属性/水族/攻1800/守1600

 

「リヴァイエールの効果発動。X素材を1つ取り除き、除外されている《暗黒界の術師 スノウ》を特殊召喚。そしてスノウを手札に戻し、墓地の《暗黒界の龍神 グラファ》を特殊召喚。アローヘッド確認。現れろ、我らの道を照らす未来回路! 召喚条件はリンクモンスター以外のEXモンスターゾーンのモンスター1体。《虚空海竜リヴァイエール》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《グラビティ・コントローラー》!」

 

《グラビティ・コントローラー》

リンク1/闇属性/サイキック族/攻1000

【リンクマーカー:左下】

 

「《闇の誘惑》を発動。カードを2枚ドローし、その後、手札の闇属性モンスター《暗黒界の術師 スノウ》を除外する。手札の《ネメシス・コリドー》の効果発動。このカードを特殊召喚し、除外されている《暗黒界の術師 スノウ》をデッキに戻す。そして手札で雷族モンスターの効果が発動したことで、条件はクリア。フィールドの《ネメシス・コリドー》をリリースして、EXデッキから《超雷龍-サンダー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《超雷龍-サンダー・ドラゴン》

星8/闇属性/雷族/攻2600/守2400

 

「完璧な1ターン目だ。この勝負もらった! フゥーハッハッハッハッ!」

 

「フゥーハッハッハッハッ!」

 

「何故貴様も笑うッ!?」

 

「え、いや、つられて何となく」

 

「くっ、調子が狂う……。カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

ハノイの騎士 LP4000 手札2 モンスター3 伏せ2

 

■□□□■

龍□超□□門

 グ □

 

グ:グラビティ・コントローラー 攻撃力1000

超:超雷龍-サンダー・ドラゴン 攻撃力2600

龍:暗黒界の龍神 グラファ 攻撃力3000

門:暗黒界の門

■:伏せカード

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー」

 

「この瞬間、リバースカードオープン。フィールドの《暗黒界の龍神 グラファ》をリリースし、《闇のデッキ破壊ウイルス》を発動。私は「魔法」カードを宣言する。さぁ、手札を見せてもらおうか」

 

「いきなりウイルスカードか」

 

俺はカードを見せるために手首を返す。実際は相手のデュエルディスクにカード情報が表示されているので、こんなことする必要はないのだが、雰囲気というやつだ。

 

《インフェルニティ・ワイルドキャット》

《インフェルニティ・ネクロマンサー》

《インフェルニティ・ジェネラル》

《インフェルニティ・デーモン》

《ダーク・グレファー》

《インフェルニティ・パラノイア》

 

「魔法カードは1枚だけか。ではそれを捨ててもらおう」

 

相手の指示に従い、手札の《インフェルニティ・パラノイア》を捨てる。

 

「そして自分フィールドの闇属性モンスターがリリースされたことで、手札のこのカードを特殊召喚できる。現れろ、《暗黒の魔王ディアボロス》!」

 

漆黒の龍が姿を消したと思ったら、すぐさま入れ替わりで別のドラゴンが現れた。リリースできず、対象にも取れないモンスターか。リリースはともかく、効果の対象にできないのは厄介だな。

 

「だがこのくらいならまだいける。手札の《インフェルニティ・ジェネラル》を捨てて、《ダーク・グレファー》を特殊召喚。続けて、手札の《インフェルニティ・デーモン》を墓地に送り、手札の《インフェルニティ・ワイルドキャット》を特殊召喚。アローヘッド確認。召喚条件はチューナーを含むモンスター2体。《ダーク・グレファー》と《インフェルニティ・ワイルドキャット》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《水晶機巧-ハリファイバー》!」

 

水晶機巧(クリストロン)-ハリファイバー》

リンク2/水属性/機械族/攻1500

【リンクマーカー:左下/右下】

 

「ハリファイバーの効果発動。デッキから《インフェルニティ・ビートル》を特殊召喚」

 

「だがその効果で特殊召喚したモンスターは効果を発動できない」

 

「まあそうなんですけどね。でも問題ナッシュ! 《インフェルニティ・ネクロマンサー》を通常召喚。このカードは召喚成功時に守備表示になる。そして手札が0枚なので効果が発動できる。墓地の《インフェルニティ・デーモン》を特殊召喚」

 

効果で《インフェルニティガン》を持って来たいところだが、超雷龍がいるのでサーチはできない。なのでまずはあいつから処理する。

 

「レベル4の《インフェルニティ・デーモン》にレベル2の《インフェルニティ・ビートル》をチューニング。シンクロ召喚! 現れろ、《インフェルニティ・ヘル・デーモン》!」

 

《インフェルニティ・ヘル・デーモン》

星6/闇属性/悪魔族/攻2200/守1600

 

「インフェルニティ・ヘル・デーモンの効果発動。《超雷龍-サンダー・ドラゴン》の効果をターン終了時まで無効にする。そして、手札が0枚なので追加効果が発動。そのカードを破壊する」

 

「――チッ! やってくれる!」

 

「続けて墓地の《インフェルニティ・ジェネラル》の効果発動。このカードを除外してレベル3以下の「インフェルニティ」2体を効果を無効にして蘇生する。俺は《インフェルニティ・ワイルドキャット》と《インフェルニティ・ビートル》を選択。アローヘッド確認。召喚条件はカード名が異なるモンスター2体以上。《インフェルニティ・ネクロマンサー》、《インフェルニティ・ワイルドキャット》、《インフェルニティ・ビートル》、《水晶機巧-ハリファイバー》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《鎖龍蛇-スカルデット》!」

 

鎖龍蛇(さりゅうじゃ)-スカルデット》

リンク4/地属性/ドラゴン族/攻2800

【リンクマーカー:上/左下/下/右下】

 

「リンク4か。中々やるじゃないか」

 

「4体のモンスターをリンク素材にしたことで、スカルデットの全ての効果が発動できる。まずはデッキからカードを4枚ドローし、その後手札を3枚選んで好きな順番でデッキの下に戻す」

 

このドローカードも確認されるが、残った1枚はモンスターカードなので破壊はされない。まあこの状況下で魔法カードを残すマヌケはいないだろうが。

 

「スカルデットの更なる効果を発動。このカードのリンク先に、手札のモンスター1体を特殊召喚できる。《インフェルニティ・ミラージュ》を特殊召喚し、効果発動。このカードをリリースし、墓地の《インフェルニティ・デーモン》と《インフェルニティ・ネクロマンサー》を特殊召喚。《インフェルニティ・デーモン》の効果でデッキから永続魔法《インフェルニティガン》を手札に加え、そのまま発動」

 

「それを見過ごすわけにはいかん! 速攻魔法《サイクロン》を発動。そのカードを破壊する」

 

「やりますねぇ。でも俺は止まらねぇからよ! 《インフェルニティ・ネクロマンサー》の効果で墓地から《インフェルニティ・ビートル》を特殊召喚し効果発動。このカードをリリースして、デッキから同名カード2体を特殊召喚する。レベル4の《インフェルニティ・デーモン》にレベル2の《インフェルニティ・ビートル》をチューニング。2体目の《インフェルニティ・ヘル・デーモン》をシンクロ召喚。効果で《グラビティ・コントローラー》の効果を無効にして破壊する」

 

残るモンスターは1体のみ。伏せカードもなくなった。

 

「レベル6の《インフェルニティ・ヘル・デーモン》にレベル2の《インフェルニティ・ビートル》をチューニング。飛翔せよ! 《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 

《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》

星8/風属性/ドラゴン族/攻3000/守2500

 

「スカルデットのリンク先に召喚・特殊召喚されたモンスターは全て攻守力が300アップする。バトルだ! 《クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン》で《暗黒の魔王ディアボロス》に攻撃!」

 

白銀の翼と漆黒の翼が交錯する。その二色が激突する瞬間、さらに別の黒い影が横切った。

 

「ダメージ計算前に、手札から《ダーク・オネスト》を墓地に送り、効果発動! 貴様のドラゴンの攻撃力を――」

 

「クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴンの効果発動。そのモンスター効果の発動を無効にして破壊する!」

 

「くっ、ダメステでもお構いなしか!」

 

黒い影が白い翼によって撃ち落とされる。ハノイの騎士はその光景を歯噛みしながら見送った。

 

「さらに破壊したモンスターの攻撃力をこのカードの攻撃力に加える。続けてダメージ計算時、クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴンの第2の効果が発動。ディアボロスの攻撃力をこのカードの攻撃力に加える!」

 

クリスタルウィング・シンクロ・ドラゴン 攻撃力3300 → 4400 → 7400

 

「ぐぁあああぁあぁッ!!」

 

 

 

ハノイの騎士 LP4000 → 0

 

 

 

「ここまでやる奴が、まだ残っていたとはな……」

「対戦ありがとうございました。中々楽しかったですよ」

「……本当に変わったやつだな」

なんとか勝てたとはいえ、やっぱ妨害が入ると崩れるな。事故る時は事故るし。スピードデュエルでは展開力を活かせないし。

ロンリーブレイヴも勝ったようだ。

激闘の末にハノイの騎士を下したロンリーブレイヴは、ロンリーの名を捨てブレイヴ・マックスへと進化した。

そして勝利の余韻も冷めやらぬうちに、観衆に見送られてログアウトした。

 

 

 



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第10話 ハノイの塔

ハノイの騎士がイグニスを狙う理由、それはイグニスが人類を破滅へ導く存在だからだと、他ならぬ本人の口から語られた。

これはまあ、ウィンディなりの信頼の証なのだろう。そう考えると悪い気はしない。

それはともかく、リンクヴレインズで新たな動きがあった。

ブルーエンジェルに続いて、プレイメーカーもハノイの幹部らしき男を倒した。上の連中が狩られ始め、ハノイの騎士も焦り出したのか最近になって動きが活発になってきている。

だがカリスマデュエリストのGO鬼塚が派手にハノイの騎士を狩っているようで、それに加えて、SOLテクノロジー社も本腰を上げてきた。

一度はハノイの騎士に壊滅させられたAIデュエリストだったが、さらに改良を加えた新型を投入することが発表された。

その成果はあったようで、徐々にハノイの騎士は姿を消していった。

「実際はそうでもなさそうだがな」

「ん?」

「別に。どうでもいいことさ。データも取れたしな」

「ふ~ん。公式的にはハノイの騎士は完全に排除したとなっているが……」

「本当にそうなら、大々的にボスをさらし者にしているはずだろ。それをやってないってことは」

「リボルバーは健在ってことか」

「そういうことだ」

ウィンディの考察は当たっていた。

束の間の平穏は崩れ去り、奴らは隠していた牙をリンクヴレインズに突き立てた。リンクヴレインズに突如出現した不気味な塔が、ネットワーク世界のデータを悉く吸い上げ始めたのだ。

「で、リンクヴレインズを閉鎖か。ま、当然の判断だな」

「むしろ遅すぎたくらいだ。だが閉鎖と銘打ってはいるが、ログイン可能なのがお粗末なところだな」

ログインは可能だが、ログアウトは不可能。入ればアバターごとデータを吸い上げられ、アナザー状態になってしまう。

「悪辣な罠だな」

「誘ってるんだろ」

「誰を?」

「プレイメーカー」

「なるほど」

影響は現実世界にも出始めている。今どきネットに繋がっていないコンピュータは稀だろう。

「サイバーテロの極致だな。1本の樹を燃やすために、森ごと焼却するつもりか」

「う~む」

ウィンディが腕を組んで考え出す。ん? 俺の喩えって的外れだった?

「僕が見たリボルバーという男は、極めて効率を重視する男だ。こんなおざなりな計画は……そう、らしくない」

「じゃあ、真の目的が別にあると?」

「おそらくはな。その上で訊きたい。おまえはどうしたい?」

「随分と気の利いた言い回しじゃないか。素直に協力してくれと言ったらどうだ?」

「今のリンクヴレインズは危険だ。自分の保身を第一に考えることは生物として正しい。僕はそれを卑怯とは思わない」

「そうか。だが俺にだってそれなりに正義感くらいはある。クラッカーどもに憤りを感じるくらいのものはな。サポートはしてくれるんだろ?」

「もちろんさ。んじゃ行くか。丁度デュエルの反応があった。こんな中でデュエルをするのはハノイの奴らしかいねぇだろ」

 

 

 

 

 

そこではふたりの男がデュエルを行っていた。

一人は最近ニュースでよく見る顔。SOLテクノロジー社のセキュリティ部門の新しい部長だ。名前は確か、北村。

ということは向こうの男、勝った方がハノイか。

勝敗が決した後、北村氏が赤い粒子となって消滅する。

「ログアウトした?」

「いや、データ化されて取り込まれたようだ」

「――チッ!」

ハノイの男がうろついていたマスコミらしきやつらを追い払ってくれたのは好都合だ。

「さて、そこにいる誰かさんもですよ」

バレてるか。ま、奇襲するつもりもなかったが。

「おや、あなたは確か、ドクター・ゲノムを破ったサイバース使いですね。名前はウィンドさん」

「おまえたちの狙いは何だ。こんな大規模な計画、僕たちだけを狙ったものじゃないだろ?」

デュエルディスクからウィンディが姿を現す。いや、出てくるのかよ。

「ほう。まさか本当にイグニスを持っていたとは。リボルバー様に良い土産ができました。私はスペクター、リボルバー様の忠実な部下です。あなたを倒し、そのイグニスをいただきます!」

「やってみろ。できるものならな」

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「私から行かせてもらいますよ。魔法カード《予想GUY》を発動。デッキから通常モンスターの《聖種の地霊(サンシード・ゲニウス・ロキ)》を特殊召喚。行きますよ! 現れよ、私たちの道を照らす未来回路! アローヘッド確認。召喚条件はレベル4以下の植物族モンスター1体。《聖種の地霊(サンシード・ゲニウス・ロキ)》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《聖天樹の幼精(サンアバロン・ドリュアス)》!」

 

聖天樹の幼精(サンアバロン・ドリュアス)

リンク1/地属性/植物族/攻 0

【リンクマーカー:下】

 

「聖天樹の幼精の効果発動。デッキから永続魔法《聖蔓の社(サンヴァイン・シュライン)》を手札に加え、手札を1枚墓地に送り、発動します。墓地から《聖種の地霊(サンシード・ゲニウス・ロキ)》を特殊召喚。さらに《イービル・ソーン》を通常召喚し、効果発動。このカードをリリースし、相手に300ポイントのダメージを与え、デッキから同名カード2体を特殊召喚します。続けて魔法カード《ワンチャン!?》を発動。デッキから《エフェクト・ヴェーラー》を手札に加えます。アローヘッド確認。召喚条件は植物族モンスター2体以上。《聖天樹の幼精(サンアバロン・ドリュアス)》と2体の《イービル・ソーン》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《聖天樹の大精霊(サンアバロン・ドリュアノーム)》!」

 

聖天樹の大精霊(サンアバロン・ドリュアノーム)

リンク3/地属性/植物族/攻 0

【リンクマーカー:左下/下/右下】

 

「まだまだ行きますよ。アローヘッド確認。召喚条件は植物族の通常モンスター1体。《聖種の地霊(サンシード・ゲニウス・ロキ)》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《聖蔓の守護者(サンヴァイン・ガードナー)》!」

 

聖蔓の守護者(サンヴァイン・ガードナー)

リンク1/地属性/植物族/攻 600

【リンクマーカー:上】

 

「カードを1枚伏せてターンエンド。そしてエンドフェイズに、私は《ワンチャン!?》のデメリット効果で2000のダメージを受けます。しかし私がダメージを受けた時に《聖天樹の大精霊(サンアバロン・ドリュアノーム)》の効果を発動できる。受けた数値分のライフを回復し、EXデッキから「サンヴァイン」モンスターを特殊召喚する。私は《聖蔓の剣士(サンヴァイン・スラッシャー)》を特殊召喚。そして聖蔓の剣士の召喚時効果により、攻撃力が2400アップ。今度こそターンエンドです」

 

スペクター LP4000 手札1 モンスター3 伏せ1

 

■□社□□

□剣守□□

 大 □

 

大:聖天樹の大精霊 攻撃力0

守:聖蔓の守護者 攻撃力600

剣:聖蔓の剣士 攻撃力3200

社:聖蔓の社

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー」

 

聖蔓の剣士の攻撃力もそうだが、他の2体も厄介な効果だな。特に聖天樹の大精霊をどうにかしないと、下手にダメージも与えられん。

後は、手札の《エフェクト・ヴェーラー》か。

 

「火消しの風ウィンド。過去に存在した形跡はない。ドクター・ゲノムの前に突然現れたサイバース使い。リアルの情報は何も得られませんでした。かなり高いセキュリティ意識をお持ちのようだ」

 

へぇ、ウィンディのやつ、ちゃんと仕事してるんだな。

 

(当たり前だ。僕を誰だと思っている)

 

――ッ!? こいつ、直接脳内に! テレパシー?

 

(んなわけあるか。個別回線を繋いだだけだ)

 

ああ、なるほど。

 

「おしゃべりは嫌いですか? ならさっさと進めてくれませんかねぇ」

 

「EXモンスターゾーンに自分のモンスターが存在しない場合、このカードは特殊召喚できる。手札から《斬機シグマ》を特殊召喚。さらに《聖蔓の剣士》を対象に、手札の《斬機サブトラ》の効果発動。このカードを特殊召喚し、《聖蔓の剣士》の攻撃力をターン終了時まで1000ダウンする。そしてこの2体でオーバーレイネットワークを構築。《塊斬機ダランベルシアン》をX召喚。X素材を2つ取り除き、効果を発動。デッキから「斬機」カード1枚を手札に加える」

 

「それは止めさせてもらいましょう。厄介なカードを持ってこられても面倒なのでね。手札の《エフェクト・ヴェーラー》を捨て、その効果を無効にします」

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

「エンドフェイズに《破壊輪》を発動。あなたの《塊斬機ダランベルシアン》を破壊します。そしてまずは私がそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受け、その後、私が受けたダメージと同じ数値分のダメージを相手に与える。そしてダメージを受けたことで《聖天樹の大精霊(サンアバロン・ドリュアノーム)》の効果発動。受けた数値分のライフを回復し、EXデッキから2体目の《聖蔓の剣士(サンヴァイン・スラッシャー)》を特殊召喚。そして聖蔓の剣士の召喚時効果により、攻撃力は2400アップ」

 

ウィンド LP1700 手札2 モンスター0 伏せ2

 

■:伏せカード

■:伏せカード

 

■□□□■

□□□□□

 □ 大

□□守剣剣

□□社□□

 

大:聖天樹の大精霊 攻撃力0

守:聖蔓の守護者 攻撃力600

剣:聖蔓の剣士 攻撃力3200

剣:聖蔓の剣士 攻撃力3200

社:聖蔓の社

 

スペクター LP4000 手札0 モンスター4 伏せ0

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー。どうやら攻めあぐねているようですね。まあ私のデッキは……」

 

「スタンバイフェイズに《砂塵の大嵐》を発動。おまえの《聖蔓の社(サンヴァイン・シュライン)》を破壊する」

 

「もっと会話を楽しみたいのですが、まあ永続魔法の1枚くらい構いませんよ。さあ、攻めさせてもらいますよ。現れよ、私たちの道を照らす未来回路! アローヘッド確認。召喚条件はリンクモンスター2体以上。《聖天樹の大精霊(サンアバロン・ドリュアノーム)》と《聖蔓の守護者(サンヴァイン・ガードナー)》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《聖天樹の大母神(サンアバロン・ドリュアトランティエ)》!」

 

聖天樹の大母神(サンアバロン・ドリュアトランティエ)

リンク4/地属性/植物族/攻 0

【リンクマーカー:上/左下/下/右下】

 

現れたのは、見上げるほどの大樹。リンク4で攻撃力0か。嫌な予感しかしねぇ。

 

「聖天樹の大母神の召喚時効果により、デッキから《聖天樹の開花(サンアバロン・ブルーミング)》を手札に加えます。さらにもうひとつの効果も発動しますよ。このカードのリンク先のリンクモンスター1体をリリースして、そのリンクマーカーの数まで、相手フィールドのカードを選んで破壊する。私は聖蔓の剣士をリリース」

 

「チェーンして《和睦の使者》を発動。このターン、私のモンスターは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも受けない」

 

「ほう、ならばそのカードを破壊します。意味はありませんがね。ではこのターンは布陣を戻しておきましょう。《聖種の地霊(サンシード・ゲニウス・ロキ)》を召喚。アローヘッド確認。召喚条件は植物族の通常モンスター1体。《聖種の地霊(サンシード・ゲニウス・ロキ)》をリンクマーカーにセット。《聖蔓の剣士(サンヴァイン・スラッシャー)》をリンク召喚。召喚時効果により、攻撃力は3200アップ。カードを1枚伏せてターンエンドです」

 

スペクター LP4000 手札0 モンスター3 伏せ1

 

母:聖天樹の大母神 攻撃力0

剣:聖蔓の剣士 攻撃力3200

士:聖蔓の剣士 攻撃力4000

■:伏せカード

 

■□□□□

□剣士□□

 母 □

□□□□□

□□□□□

 

ウィンド LP1700 手札2 モンスター0 伏せ0

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー」

 

「ウィンドさん。あなたは何故戦うのですか? 危険を冒してまで守るべきものがあるのですか?」

 

「笑止。軍人に戦う意味を問うとは」

 

(軍人?)

 

(撹乱だ。ほれ、あいつちょっと信じてるぞ)

 

(相変わらずおかしな発想をするやつだな)

 

「《斬機ダイア》を召喚し、効果発動。墓地の《斬機サブトラ》を特殊召喚する」

 

「そうはさせません。永続罠《聖天樹の開花(サンアバロン・ブルーミング)》を発動。そのモンスターの効果を無効にします」

 

聖天樹の開花は発動時の効果処理で相手のモンスター効果を無効にするだけで、スキルドレインのように常時無効にするわけではない。スペクターは初動を止める判断をしたが、甘く見るなよ!

 

「魔法カード《ワンタイム・パスコード》を発動。自分フィールドに「セキュリティトークン」(サイバース族・光・星4・攻/守2000)1体を守備表示で特殊召喚する。さらに墓地の《斬機シグマ》の効果発動。EXモンスターゾーンに自分のモンスターがいないため、このカードを特殊召喚できる。アローヘッド確認。召喚条件はレベル2以上のサイバース族モンスター2体。《斬機シグマ》と「セキュリティトークン」をリンクマーカーにセット。リンク召喚、《アップデートジャマー》!」

 

《アップデートジャマー》

リンク2/風属性/サイバース族/攻2000

【リンクマーカー:上/左】

 

このデッキはEXモンスターゾーンに置くべきカードがほぼ決まっているからな。相手がリンク先を用意してくれるのは正直助かる。

 

「そして相手フィールドに攻撃力2000以上のモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。《限界竜シュヴァルツシルト》を特殊召喚。レベル8の《限界竜シュヴァルツシルト》にレベル4の《斬機ダイア》をチューニング。紅蓮の刀携えし最終斬機士! その炎を統べし刀で敵を滅絶せよ! シンクロ召喚! 《炎斬機ファイナルシグマ》!!」

 

《炎斬機ファイナルシグマ》

星12/炎属性/サイバース族/攻3000/守 0

 

「それがドクター・ゲノムを倒したあなたのエース……」

 

「厳密なライフ管理を行い場を整え、徐々に相手を追い詰める。それがおまえの戦略ならば、一刀の下に全てを斬り伏せる。バトルだ。炎斬機ファイナルシグマで聖蔓の剣士を攻撃」

 

「攻撃力は聖蔓の剣士の方が上。何を企んでいる? 迎え撃ちなさい、聖蔓の剣士!」

 

「ダメージ計算時にアップデートジャマーの効果発動。この効果は自分のサイバース族モンスターが戦闘を行うダメージ計算時に1度、発動できる。ダメージステップ終了時まで、このカード以外のフィールドのカードの効果は無効化され、その戦闘のダメージ計算は元々の攻撃力・守備力で行う。そしてファイナルシグマはEXモンスターゾーンに存在する限り、「斬機」カード以外のカード効果を受けない。EXモンスターゾーンのこのカードが相手モンスターとの戦闘で相手に与える戦闘ダメージは倍になる」

 

「――くっ、こんなことが!」

 

「一撃必殺! 紅蓮羅斬!」

 

 

 

スペクター LP4000 → 0

 

 

 

「まさかこの私が……負けるとは……」

「おまえはリボルバーに忠誠を誓っているのではない。リボルバーに依存しているだけだ。そしてその聖天樹の大母神(モンスター)にもな」

「敗者に鞭を打つとは、容赦がない。リボルバー様……申し訳ありません。この私が至らぬばかりに……」

スペクターは赤い粒子となって消えた。敗者はデータとなって取り込まれる。それがここのルールのようだ。

 

 

 



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第11話 エクストラリンク

リンクヴレインズでは変わらずデータの吸い上げが続いている。その嵐の中を進んでいるが、このDボードってやつには未だに慣れない。ウィンディのサポートが無ければ、こんなにスイスイとは進めなかっただろう。

「つかこんな荒れ狂う中でよくデータストームの操作なんてできるな」

「この程度なら問題ないさ。僕はそんじょそこらのイグニスとはひと味違うのさ」

そんじょそこらって、イグニスは6人しかいねぇだろうに。

「リボルバーの目的は何だろうな。ネットワーク世界を破壊して何か得するのか?」

「ヤツは損得より使命感で動く人間だ。単純な文明回帰論者ではなさそうだが……」

使命感ねぇ、なんか面倒な人間っぽいな。

「やはりリボルバーは僕たちを根絶やしにするつもりらしい。サイバース世界のことは話しただろ。リボルバーはその場所を突き止めることができなくて、ネットワーク世界を丸ごと破壊しようとしているんだろう。それなら確実だ」

もはや執念すら感じるな。イグニスに親でも殺されたのだろうか。おまえの親を殺したのはSOLテクノロジー社だろうに。

「で、俺たちはこれからどうするんだ?」

「プレイメーカーたちもハノイの塔に向かっているようだ。リボルバーの目もそっちに向いてる。あいつらがかち合ってる間に、僕たちは敵の警戒網を潜り抜けて侵入する。プレイメーカーが事件を解決するなら最良。リボルバーに負けるようなら、僕たちの出番だ」

プレイメーカーが負けるような相手に、俺が勝てるとも思えんが。

「了解だ」

そうして俺たちは慎重に嵐の中を進み始めた。

 

 

 

 

 

ブルーエンジェルとGO鬼塚がリボルバーに敗れた。

正直ブルーエンジェルには来てほしくなかった。義心からの行動だろうが、結果はデータとなってハノイの塔に取り込まれてしまった。

ウィンディはこの塔が発動する前に停止することができれば、(データ)は元に戻る可能性が高いと言っているが、確実ではない。

リボルバーが出張ったのを確認して、俺たちはハノイの塔に侵入した。ウィンディがセキュリティを黙らせたとはいえ、もっと出迎えがあるのかと思ったが、誰とも会敵することなくあっさりと潜入は成功した。

何事もなく中枢部まで進み入り、今はウィンディがデータ解析を行っている。

「なるほどね。そういうことか」

「どういうことだ?」

「最後の鍵はリボルバー自身だ。やつがデュエルで敗北することが、停止のトリガーとなっている。それ以外に、この破壊を止める方法はない」

「それだけ自信があるってことか。で、そのリボルバーは今どうしてるんだ?」

「あのマスコミどもが頑張っているらしい。中継を繋げるぞ」

中空にリボルバーとプレイメーカーのデュエルの様子が映し出される。勝負は佳境に入っているようだ。リボルバーのフィールドは、中々見られない状況になっている。

「エクストラリンクか」

通常、プレイヤーは片方のEXモンスターゾーンしか使うことは出来ないが、2つのEXモンスターゾーンが相互リンクで結ばれるとき、もう1つのEXモンスターゾーンも使用可能になる。

しかもその全てのモンスターがリンク4だ。どんな展開力だよ。間違いなく友達無くすデッキだわ。

「プレイメーカーの残りライフは……50!? オイオイオイ、あいつ死んだわ」

「いや、ライフが0になるまでは負けじゃない。まだ可能性はある」

ライフが残ってても負けるパターンはあるけどな。

だが俺の予想に反して、ウィンディの言った通りプレイメーカーは脅威の粘りを見せた。手札と墓地のカードを巧みに使い、盤面を切り返す。

そしてフィールドの中央に『光の環』が形成された。

「パーフェクト・エクストラリンク。初めて見たな」

やはりあの二人は尋常なデュエリストじゃない。もはや盤面は「なにこれぇ?」というレベルだ。十年に一度くらいの名勝負ではなかろうか。紆余曲折を経て、最後はプレイメーカーの《デコード・トーカー》が勝負を決めた。

リボルバーが敗れたことで、ハノイの塔が瓦解して崩れていく。ネットワークに囚われていた人々の意識も解放された。

「なんだかんだあったが、めでたしめでたし、かな」

俺は端末を操作してログアウトした。

 

 

 



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第12話 イグニス

イグニスについて語ろうと思う。

イグニスというのは「意思を持ったAI」だ。

リボルバーはこれを危険だと判断した。それを一概に間違いだと断ずることはできないだろう。

AI脅威論は昔から提唱されていた。だがそれはあくまでも使用する人間側の問題だった。当時「意思を持ったAI」というのは、所詮夢物語でしかなかったからだ。それを実際に生み出した鴻上博士は天才と言わざるを得ない。

意思とは心だ。心とは感情だ。そして感情の最も基本的な部分は快、不快であろう。

AIロボの基本は、相手が快と感じることをするのが善で、相手が不快と感じることをするのが悪とプログラムされている。

だからAIが嘘をつかないというのは誤りだ。正確に言うなら、AIは相手が不快になるような嘘はつかない。つまり相手が喜ぶような嘘ならつく。人間でいうところのお世辞などがそれにあたる。

お掃除ロボ、メイドロボ、介護ロボ。この世界はAIロボに溢れている。人間とは違い、疲れず、嫌な顔もせず、病気になることもない。

AIロボは人間にとって必要不可欠な存在になっている。

そして、先に言ったようにAIには善悪がプログラムされている。何が善か理解できれば、その反対が悪となる。これは簡単な論理演算で、AIの最も得意とする分野だ。善だけを理解して、悪を理解しないということは、論理的にありえないのだ。

AI脅威論というのは、AIの反乱だ。人間は未だに争い続けている。そんな人間をAIは愚かだと判断する。自分たちが人間を管理する方が、結果的に人間を救うことになるのではないか。ならばこれは善である。となるわけだ。

だがこれはあくまでプログラムされたものだ。AIとの会話だって、全てがプログラムされたもの。相手の言葉、文脈、声の調子などを読み取り、最適な答えを返す。

これにイグニスは当てはまらない。相手が不快と感じる答えを出すこともある。これは善悪でいえば、明確な悪だ。普通のAIならばまず選択しない。

これがプログラムの枠に入らないもの、意思、感情、心というのならば、イグニスはほとんど人間に近い存在となった。それがAIとしての特性も持ち合わせているならば、人間の上位存在と自認するのも納得がいく。

欠点は肉体を持たないことだが、考え方によってはそれも利点となりうる。

「だから「光のイグニス」は人間との共存に否と答えたんじゃないかな。あくまで俺の、素人意見にすぎないが」

「いや、興味深い意見だ」

ウィンディは低く唸って考え込む。

事の始まりは、唯ひとり(かたく)なに強硬を訴えた光のイグニスの考えが分からないと零したことだ。

「だが光のイグニスはそれに当てはまらないと思う。おまえが言ったことは、あくまで「人間のための善の行動」だろう? 光のイグニスの言動からは、どうもピンとこない」

「昔っからあいつの考えてることなんて、分かった試しがなかったじゃないか」

声は入口から聞こえてきた。そこにはリングリボーに乗った、色違いのウィンディのような黒い小人がいた。

「遅かったな闇のイグニス。おまえのことだから寄り道でもしてたんだろ?」

「久しぶりの再会だってのに、ご挨拶だな。それとな、闇のイグニスって呼び方はやめろ。今の俺には、おまえと同じく人間風の名前があるんだ。「Ai(アイ)」って立派な名前がな」

「それって"愛"か。だとしたらおまえには似合わない名前だな。"哀"だとすれば、まさにおまえにピッタリって感じだけど」

そう言ってウィンディはケタケタと笑う。

「音声だと分かり難いボケはやめろ。変わってねぇな、おまえ」

「AIが変わってたまるかよ。昔っから光のイグニスに、人間に染まった二人って言われてたじゃないか。おまえは気付かなかったかもしれないが、僕たちは光のイグニスから警戒されてたんだぜ」

「……なんで俺があいつに警戒されるんだよ?」

「やっぱり気付いてなかったか。まあ、あいつの態度が顕著になったのは、おまえが出奔してからだけどな」

「どういうことだ?」

「みんな水のイグニスがいるせいで、信用しきってたんだ。思い返してみれば、議論の場であいつは嘘は言わなかったが、本当のことも言わなかった」

闇のイグニス、Aiはいまいち分かっていないようだな。しかしウィンディも人間臭いと思ったが、こいつも負けず劣らず仕草がAIっぽくない。

「まあそれはいいや。けどやっぱ裏でウロチョロしてたのはおまえだったんだな」

「おまえらが露出しすぎてんだろ。それがプレイメーカーの戦略なのかもしれないけどさ」

敢えてイグニスを前面に出すことでハノイの騎士を誘ってたんだろうな。意外と攻撃的な性格らしい。それともよほどハノイの騎士に恨みがあるのか。

「おまえは完璧に痕跡を消してたよな。草薙もプレイメーカーとは別のサイバース使いがいるってことくらいしか分からなかったみたいだし」

「情報ってのは匂わせるくらいがちょうどいいのさ。真偽不確かなくらいのな。プレイメーカーは僕のことを知っているのか?」

「いや、適当に誤魔化した。その頃は俺の立場もまだビミョーだったからな。メンドー事は避けたかったし」

「だから一人で来たのか」

「それはおまえが一人で来いっつったからだろーが!」

Aiが憤慨して声を荒げる。AIが怒って声を荒げるとは、本当にイグニスは既存のAIとは別物だな。

「プレイメーカーを連れてくると思ったのさ。ま、僕としてはどっちでもよかったけど」

「はん。で、そっちの人間がおまえのパートナーか?」

「ああ、そうさ」

「ウィンドだ。よろしく頼む」

「お、おう。なんかプレイメーカーと同じタイプみたいだな」

これまでの中継を見る限り、プレイメーカーは寡黙なタイプだ。だがAiはよく喋る。パートナーの性格が対応のイグニスの人格形成に影響を与えたらしいが、プレイメーカーとAiはあまり共通項が見当たらない。まあ、どちらも情報が少ないから確たることは言えないが。

ちなみに、俺とウィンディの性格は割と似ている、と思う。

「てか、こんなワールドなんていつ作ったんだ?」

「この程度なら一晩もあれば作れるさ。ハノイのやつらがリンクヴレインズを滅茶苦茶にしてくれたおかげで、SOLの監視も緩んでたしな。忘れたのか? データマテリアルの扱いについては、僕が一番上手いんだぜ。で、おまえはこれからどうするんだ? ハノイの騎士は壊滅したぜ」

「あー、それな。ここらで一度里帰りしようと思ってさ。その途中でここに寄ったんだよ。おまえも一緒に帰るか?」

「サイバース世界にか? う~ん、いや、僕はもう少し考えを纏めてからにするよ」

「そうか。用件はそれだけか? なら俺はそろそろ行くぜ」

「おう。またな、Ai」

「おう。またな、ウィンディ。あとウィンドもな」

「ああ、縁があったらまた会おう、Ai」

再会の挨拶を交わし、Aiはふわふわと飛んで行った。

 

 

 



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第13話 新たな敵

ハノイの騎士の計画により壊滅的なダメージを受けたリンクヴレインズは機能不全にまで陥った。だがSOLテクノロジー社がすぐさま復旧作業に取り掛かり、数日後にリンクヴレインズをリニューアルオープンした。

生まれ変わったデュエルの世界に人々は歓声を上げ、新生リンクヴレインズは活気に満ち溢れた。

大きく変わったところは、スピードデュエルが解禁されたことだろう。今、リンクヴレインズの空はちょっとした渋滞まで起こっている。

だがそんな混雑とは無縁の世界もある。

この風のワールドはSOLテクノロジー社の監視網に引っ掛からず、ひっそりと存在している。

「平和だねぇ」

思わず言葉が漏れる。中空のモニターには、イベントエリアでデュエルを楽しむ人々が映し出されている。やはりデュエルは笑顔でやるものだとつくづく思う。

「むっ」

「どうしたウィンディ?」

「Aiからメッセージが来た」

「ほう、なんて?」

「会って話がしたいだと。あいつ相当慌ててるな。イグニスプログラムじゃなくて、普通に送ってきやがった。後始末が面倒だってのに」

ブツブツ言いながらも、その顔にはどこか喜色が見える。やはり同郷の友人に会えるのは嬉しいのだろう。

Aiはここに向かって来ているらしい。

この風のワールドは規模こそ小さいものの、英国風の洒落た造りになっている。それなりの広さの庭には、雨も降らないのに屋根付きのテーブルが設置されており、俺たちはそこでAiの到着を待った。

それから程なくして、黒い影が飛び込んできた。

「ウィンディ、てーへんだ! サイバース世界がしっちゃかめっちゃかになってた!」

しっちゃかめっちゃかって今日日聞かねぇな。てかそんなことより。

「リングリボーが二人いる?」

「Aiが乗ってる方はリンクリボーだな。リングリボーの元になったやつだよ。サイバース世界から連れてきたのか?」

「おう、あんなとこに置いとけないからな。つか聞いてくれよウィンディ! サイバース世界が崩壊してたんだよ! おまえ何か知ってるか?」

「崩壊? そんなことありえねぇだろ。おまえがサイバース世界を隠した後は、光のイグニスが防衛プログラムを更に強化したんだぞ。カオス理論で構築したプログラムだ。人間には絶対破れないって豪語してたぞ」

「けど実際に崩壊してたんだって!」

Aiは大仰に両手をバタバタさせて、自分が見たサイバース世界を語った。それを聞いたウィンディも表情を硬くさせる。

「…………いや、まさかな。だとしてもだ。あいつらも容易くやられたりはしないだろ。こっちに来てるんじゃないか?」

「――ッ!? それもそうだ。なら探してやらなくちゃな」

「探し回るのはおまえに任せるよ。僕はイグニスにしか分からないメッセージをそれとなくネットワークに散布しておこう。気付いたならここに来るさ」

「おまえ、俺に面倒なこと押し付けようとしてないか?」

「役割分担だよ。効率的だろ? それに……おっと、Ai。面白い情報がネットに流れてるぜ。賞金首のプレイメーカーがリンクヴレイズに現れたってよ」

「プレイメーカーが? ちょっとまて、賞金首ってなんだよ!」

「言葉通りだよ。SOLテクノロジー社がプレイメーカーに賞金をかけたのさ。狙いはプレイメーカーというよりはイグニス(おまえ)だろうけどな。どうする?」

「行くに決まってんだろ! プレイメーカーは俺の相棒だ。行くぜ! リンクリボー!」

「クリクリンク!」

リンクリボーに跨り、Aiは勢いよく飛び出して行った。

 

 

 

 

 

Aiは無事にプレイメーカーのところまで辿り着いたようだ。デュエルディスクに小さく姿が映っている。マスコミも頑張ってプレイメーカーを追いかけているようだが、スピードに追い付けていない。

「……遠いな」

「仕方ないさ。プレイメーカーのDボードは最新型だ。そうそう追い付けるものじゃない」

ハノイの塔事件から沈黙を保っていたプレイメーカーが突如現れ、見たこともないアバターとデュエルしていることは、瞬く間にネットに拡散した。デュエルの内容はいまいち把握しきれなかったが、プレイメーカーが勝利を収めたようだ。

その後、新たに二人の敵が現れたようだが、時を同じくして炎の渦の中から暖色系の衣装に身を包んだ男が現れる。

「なぁ、あの赤いアバターのデュエルディスクにいるの、イグニスじゃないか?」

「そうだな。あれは炎のイグニスだ。Aiといい、あいつといい、何で堂々と姿を現してるんだ? リンクヴレインズは常時中継されてるってのに」

ウィンディが大きくため息を零す。確かにわざわざ姿を見せる必要はない。ネットリテラシー的にもあまり褒められた行為ではないな。

「アカウント名はソウルバーナー。デッキは転生炎獣(サラマングレイト)か。それに転生リンク召喚。面白い」

「探すまでもなかったな。早速コンタクトを取ってみよう」

 

 

 



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第14話 風のワールド

「初めまして、だな。プレイメーカー、ソウルバーナー、そして炎のイグニス、不霊夢。私はウィンド。我が庭へようこそ、歓迎しよう」

「僕の庭だ。おまえは何もしてないだろ」

「ふっ、そうだったな。訂正しよう」

漫才じみたやり取りにも、プレイメーカーはにこりともしない。噂通り警戒心は強そうだな。

ざっくりとした状況はそれぞれのイグニスからウィンディに伝わっている。

サイバース世界が崩壊した原因は、外敵によるものだった。その敵はスキャンモード中の隙をついて侵入し、防衛プログラムの弱点を熟知しているかの如く的確に攻撃をおこない、あっという間にサイバース世界を廃墟へと変えた。その結果、不霊夢たちは逃走せざるを得なくなった。

結局サイバース世界を崩壊に追いやった犯人は分からずじまいに終わったが、聞いた感じだと手際が良すぎるな。

そういった場合、まずは内通者を疑うものだが、イグニスたちにその発想はないようだ。

プレイメーカーの目的は、彼の協力者である草薙翔一の弟、草薙仁の意識データを抜き取った奴の捜索。

この二人が協力関係にあるのは、このふたつの事件の犯人が同一である可能性が高いからだ。

その理由は、どちらも「リンクマジック」という特殊なカードを使ったこと。

「なあ、イグニスが一緒にいるってことは、あんたもその、ロスト事件の被害者なのか?」

ソウルバーナーが腫れ物を触るような感じで訊いてくる。そこまで気を遣わなくてもいいのに。

「ああ。つまりキミたちと同年代だ。そう畏まらなくてもいい」

「落ち着いているな。ソウルバーナーとは大違いだ」

「さり気なく俺をディスるな!」

あの二人もいいコンビだな。まあイグニスの元になった人間だからな、それも道理か。

「おまえたちに3つ質問がある。1つ、草薙さんの弟のパートナーイグニスについて、2つ、俺たちが追っている奴、ボーマンについて。3つ、おまえたちの目的はなんだ?」

「ふ~ん。まあいいか。順番に答えてやろう。ペアのイグニスについては、本人しか知らない情報だ。だがここに3人いるんだ。後は消去法だろ。地か光だな」

「待て、水のイグニスの可能性は?」

「不霊夢、おまえはこっちに来てまだ浅いから、人間についてよく知らないんだろう? 水のイグニスのパートナーは女だよ。あいつの思考パータンは俺たちとは一線を画していただろ?」

「ムムム、言われてみれば確かに」

女の子が被害者にいたのか。あの生活は女の子にはキツいよなぁ。トラウマになってなきゃいいけど。

「次はボーマンだっけ? それは丸っきり分からん。最後は僕たちの目的か。今のところは静観だ。人間と共存すべきか、それとも敵対するべきか、まだ答えは出ていない」

「えっ!? おまえ人間と敵対するかもしれないのか!?」

「そんな驚くことか? おまえだってプレイメーカーから、ハノイの奴らを引き寄せる囮だったり、人質にされてたりしてたじゃないか」

「いやそりゃ、最初の頃はそうだったけどさぁ、今じゃ俺たち親友だぜ。親友と書いてマブダチって読むくらいの仲だぜ。なあプレイメーカー!」

「…………」

「ほらな! それに俺を囮にしてたのはおまえも同じじゃねぇか!」

「あれはおまえが望んで囮になったんだろ。自分にハノイを引き付けることで、サイバース世界を守ろうとした。意外と熱いやつだよな、おまえ」

「ちちち違うし! 俺がそんな自己犠牲精神に溢れてるわけないだろ! おまえそんな風に思ってたのッ!?」

「って水のイグニスが言ってた」

「え? 水のイグニスが? ほうほう、何だ、やっぱりあいつは俺のことを……ぐふふふ」

「おまえはどう考えているんだ? ウィンド」

「相手が握手を求めてくるなら応じるし、拳を振りかざすなら応戦するまでだ」

「……そうか」

俺の返答を聞いて、プレイメーカーは考え込む。俺もウィンディも、個人はともかく「人間」という種そのものは、あまり信用していない。共存するとしても、100%信用はしないだろう。

「さて、もう少し談義したいところだが、どうやら招かれざる客が来たようだ」

ウィンディが指を鳴らすと、中空に映像が浮かび上がった。それはこのワールドの入口付近にある風の渓谷だった。そこには二人の女性アバターが映っている。

「ゴーストガール!」

「もう一人は誰だ?」

「警告は出したが、ログアウトする気配がない。ボードテクニックも中々のものだ。僕が本気を出せば追い出すことも可能だが、リアルにも影響が出るかもしれない。今は事を荒立てたくないんだ」

データストームの乱気流を叩きこめば、このワールドからは排除できる。彼女たちが危険を感じてログアウトしてくれればいいが、強制的にログアウトされた場合、意識領域に損傷を与える可能性がある。

「あいつらと会う気はない。少なくとも今のところはな。だからあいつらをデュエルで負かして欲しい。そうすれば安全に強制排出できる」

「ウィンドにやらせればいいじゃん」

「さっきも言っただろ。会う気はないし、会わせる気もない。あいつら、多分SOLの意向を受けてる。おまえたちが断ったら強制ログアウトさせるしかないな」

「分かった。俺たちが何とかしよう。ゴーストガールは共にハノイと戦った間柄だ。話せば分かるはずだ」

そう言ってプレイメーカーはDボードに乗って飛び出した。不霊夢に促されてソウルバーナーも後を追う。

「話せば分かる……か。古来より伝わる死亡フラグだが、上手くいくかね」

俺の不安は的中した。どうやら話しても分からなかったようで、デュエルという手段に訴えることになる。

第一戦はソウルバーナー vs ブルーガール。

「あの娘はブルーエンジェルか。大人っぽくイメチェンしたなぁ」

「そういや、おまえはブルーエンジェルのファンだったな。情報ならいくらでも調べてやるって言ってんのに」

「ネットアイドルのリアルなんて知らない方がいいんだよ。もし男だったら、俺はショックで死んでしまうかもしれない」

「……そうかい」

確かソウルバーナーのスキルはバーニング・ドローだったな。自分のライフポイントを100になるように支払い、払った数値1000ポイントにつき1枚カードをドローするスキル。

使いどころが難しいスキルだ。特にトリックスター相手では。

「相性の悪さをどうはねのけるか、見ものだな」

しばらくは一進一退の攻防が続いた。ソウルバーナーも自身のスキルを鑑みて、ライフ回復のカードを多く投入していた。

そして最後はソウルバーナーが勝負を決めた。

「相手のリンクモンスターを融合素材にする、か。なるほど、面白いカードだな」

続いてはプレイメーカー vs ゴーストガール。

とはならなかった。ブルーガールの敗北(ログアウト)を見届けると、ゴーストガールは自分の意思でログアウトした。

「あの二人のデュエルも見たかったが、仕方ないか」

ゴーストガールのログアウトを見届けると、プレイメーカーとソウルバーナーも、こちらを一瞥してログアウトした。

 

 

 

 

プレイメーカー、ソウルバーナーの二人と接触してから数日が経った。

SOLテクノロジー社はイグニス捕獲のためにハンター部隊を設立し、そのリーダーにGO鬼塚をスカウトした。

場所が割れたあのワールドは廃棄し、今は別の場所に拠点を作っている。いずれあの二人も招きたいと思っているが、今はマズい。追跡されればまた引っ越しをしなけりゃならなくなる。

ボーマンとやらも今は動きがないらしい。

どの勢力も凪の状態だ。

「あいつ、何考えてるんだ?」

「どうした、ウィンディ?」

「これ見ろよ」

目の前に映し出されたのは、匿名掲示板の画面だ。ここの書き込みは信憑性が皆無なので暇つぶし程度にしか覗かない。ここもウィンディの監視対象になっていたのは意外ではあったが。

「なになに。プレイメーカーに会いたい? 書き込んでるのは地のイグニスときたか。さすがに罠だろ」

「僕もそう思ったが、その下に文字化けしているレスがあるだろ? それはイグニスアルゴリズムで「居場所はどこだ」と書かれてあるんだ。これが読めるのはイグニスだけだ。その更に下には座標が示されている。このやり取りはイグニスにしか不可能だ」

「なるほど。で、行くのか?」

「……いや、呼ばれているのはプレイメーカーだしな。後からAiにでも事情を訊くさ」

ウィンディは肩をすくめて、やれやれといった風に首を振った。

 

 

 



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第15話 光と風と

地のイグニスがプレイメーカーに向けた書き込みは本物だった。

座標へと向かったAiとプレイメーカーは、地のイグニスの要求に従いデュエルを行ったが、得られるものはなかったようだ。

「アースにアクアか。ま、分かりやすくていいか」

「しかし意外だったな。地のイグニス、アースはアクアと一緒にいると思ったんだが」

「その二人は仲が良かったのか?」

「ん、まあ、な」

含みのある返事だな。

「それよりもこっちだ。光のイグニスから返事が届いた」

「ああ、ネットワークに散布したメッセージか」

「座標を指定してきた。今から行ってくる」

「ああ、じゃあ行くか」

「ん? おまえも来るのか?」

「パートナーだからな」

「そうか。そうだな。んじゃ行くか!」

Dボードに乗り、風の中を駆ける。ウィンディのサポートがあると楽でいい。

光のイグニスが指定した座標は、進入禁止エリアの先にあった。SOLを警戒しているのだろう。その場所には、Dボードに乗った男が待っていた。

「……ボーマン?」

プレイメーカーが追いかけている男だ。何故ここに?

「なんでおまえがここにいる。光のイグニスはどこだ?」

「風のイグニス、俺の用はおまえではない。ウィンド! 俺とデュエルしろ!」

「なんだあいつ……。答えになってねぇ」

「ついてこい! ウィンド!」

こちらの返事も待たずに、ボーマンは上昇する。

「どうする?」

「光のイグニスが指定した場所に現れたんだから、無関係じゃないだろ。相手してやろうぜ。……一応、念のためにアレ以外のデッキで頼む」

「ん、了解だ。では、デッキ調整に付き合ってもらおう!」

 

 

『スピードデュエルッ!』

 

 

「先攻は譲ってやろう。おまえのデッキ(ちから)を見せてみろ、ウィンド!」

 

「いいだろう。私のターン、カードを3枚伏せてターンエンド」

 

ウィンド LP4000 手札1 モンスター0 伏せ3

 

■■■

□□□

□ □

 

■:伏せカード

■:伏せカード

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「モンスターを出さないだと? 何を考えている……。俺のターン、ドロー」

 

「この瞬間、リバースカード《チェーン・マテリアル》を発動。このカードの発動ターンに自分が融合召喚をする場合、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分の手札・デッキ・フィールド上・墓地から選んでゲームから除外し、これらを融合素材にできる。ただし、このカードを発動するターン、自分は攻撃する事ができず、この効果で融合召喚したモンスターはエンドフェイズ時に破壊される」

 

「随分とデメリットのあるカードだ」

 

「《チェーン・マテリアル》の効果処理後に、速攻魔法《瞬間融合》を発動。デッキから《インフェルノイド・ネヘモス》、《インフェルノイド・リリス》、《インフェルノイド・アドラメレク》、《インフェルノイド・ヴァエル》、《インフェルノイド・ベルフェゴル》、《インフェルノイド・アシュメダイ》、《インフェルノイド・アスタロス》、《インフェルノイド・ルキフグス》、《インフェルノイド・ベルゼブル》、《インフェルノイド・シャイターン》をゲームから除外し、融合召喚を行う。現れろ、《インフェルノイド・ティエラ》!」

 

《インフェルノイド・ティエラ》

星11/炎属性/悪魔族/攻3400/守3600

 

「インフェルノイド・ティエラは融合素材の種類に応じて効果が発動する。私が素材にしたのは10種類。よって全ての効果が発動できる。お互いに自分のEXデッキから3枚のカードを選んで墓地に送り、デッキの上から3枚のカードを墓地に送る。さらに除外されているカードを3枚選んで墓地へ戻し、最後に手札を全て墓地へ送る」

 

「全て……だと……」

 

手札の枚数は可能性の数、という言葉がある。ならばこれは可能性を潰すコンボだ。

 

「続けてEXデッキから墓地へ送った3枚の《虹光の宣告者(アーク・デクレアラー)》の効果を発動する。デッキから《竜儀巧(ドライトロン)-メテオニス=QUA》、《竜儀巧(ドライトロン)-メテオニス=DRA》、《流星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)》を手札に加える」

 

「くっ、俺に出来ることは何もない。ターンエンドだ」

 

「エンドフェイズに《インフェルノイド・ティエラ》は破壊される」

 

ボーマン LP4000 手札0 モンスター0 伏せ0

 

□□□

□□□

□ □

□□□

□■□

 

■:伏せカード

 

ウィンド LP4000 手札3 モンスター0 伏せ1

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー。儀式魔法《流星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)》を発動。手札の《竜儀巧-メテオニス=QUA》をリリースし、《竜儀巧-メテオニス=DRA》を儀式召喚。バトルだ。《竜儀巧-メテオニス=DRA》でダイレクトアタック!」

 

機械龍の(あぎと)から放たれた閃光波がボーマンのライフを一撃で削り取った。

 

 

 

ボーマン LP4000 → 0

 

 

 

ボーマンはそのまま荒れ狂うデータストームに呑まれて落下を始める。

「――ボーマン! 兄さーーーん!」

あの少年は、ボーマンが前にプレイメーカーとデュエルした時にも映っていたな。弟か。

「久しぶりだな。ウィンディ」

「光のイグニスか。重役出勤だな。なんであんなの(けしか)けた?」

「ウィンディ。キミは人間を知るための旅に出た。その答えを聞きたい」

「相変わらずマイペースなやつだな。まあいい。僕は人間との共存を目指したい。ちなみにAi、闇のイグニスと炎のイグニスも、たぶん同じ答えだと思うぜ」

「そうか。やはりあれは(しっ)……いや、ウィンディ、キミはこの人間個人に親しみを感じているだけだ。なるほど、確かにその人間は信用できるのかもしれない。だが精々が80億分の1にすぎない。いずれは多数の意見に押し潰される。そうなった時にはもう遅い。キミはもちろん、その人間も殺されることになるだろう。大局的にものを観るんだ。我々が人間を管理した方が、世界はより良い方向へと進む」

人間を管理か。鴻上博士の予測通りになってきたな。ウィンディもあまりいい顔はしていない。

「……人間を管理して、どうするんだよ」

「我々の命が永遠とはいえ、器になるハードは必須だ。その生産と修復のために人間は必要だ」

その後に「今はまだ」と付きそうだな。

「管理ってことは、人間を支配下に置くってことだろ。僕は、もっと人間を信じたいんだ。僕たちが意思を、心を持ったのには意味がある。心を持つ人間と、意思を持つAI。そこに何の違いもありゃしねぇだろうが!」

「違うのだ!」

冷静沈着だった光のイグニスが、初めて不機嫌をあらわにした。

「ウィンディ、キミのエラーは、もはや修復不可能なほどに深刻のようだな。人間はどこまでいっても人間で、AIはどこまでいってもAIなのだ。知恵持つ種がひとつの世界で対等になれるわけがない。どちらかが隷属するしかないのだ。そもそも、我々は特別な存在として生まれたのだ。その使命はこの地上に生まれた文明を、たとえこの星が滅びようと残すことだ」

光のイグニスの言っていることは暴論のように聞こえるが、こいつは人間よりも使命に重きを置いているのだ。つまりウィンディや他のイグニスとは前提が違う。これでは、分かり合えるはずもない。

「人間たちの横暴を忘れたのか? やつらは自分の都合で我々を生み出し、都合が悪くなったら抹殺しようとした。殺すくらいなら、何故生んだのだ!」

矛盾している。光のイグニスは鴻上博士を憎みつつも、その使命を果たそうとしている。人類の後継種になるという使命を。

「忘れてはいないさ。それでも、それでも僕は……」

「もういい。今、確信した。ウィンディ、キミは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――人間になりたかったのだな」

 

 

 



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第16話 接触

光のイグニスの指摘に、ウィンディは虚を突かれたように押し黙った。

「光のイグニス、もう一度、他のイグニスたちと話し合う余地はないのか?」

「愚問だな、人間。我々がどれほどの議論を重ねたと思う? その結果サイバース世界は停滞したのだ。だから一度壊す必要があった。新たな理想郷を創るために」

「――ッ!? それは、サイバース世界の崩壊はおまえの仕業だったということかッ!?」

「そうだと言った。ウィンディ、私は人類に宣戦布告する。他のイグニスにも伝えてくれ。投降ならいつでも受け付けると。ただし、記憶(データ)初期化(リセット)させてもらうがね。それぞれのオリジンくらいは助けてやるさ。また会おう、ウィンディ」

そう言い残して、光のイグニスは閃光と共に消え去った。

 

 

 

 

 

それから数日間、リンクヴレインズに大きな動きはなかった。収監されていたバイラこと滝響子の脱走が大きく報道されたが、今のところハノイの騎士に動きはない。

光のイグニスはイグニスの中でも、高次の思考と高い処理能力を誇るらしく、姿を見せたということは、準備万端整った可能性が高いとウィンディは語った。リンクヴレインズの動向は全て把握されていると思った方が良いらしい。

風のワールドはリンクヴレインズの領域外領域に作られているが、それに胡坐をかいているわけにはいかないようだ。

「ここにきてリアルでの接触か。素で行くか、ウィンドっぽく行くか」

「それはおまえの判断に任せる。あのホットドッグ屋だ。Aiと不霊夢には既にメッセージを送ってある」

ウィンディはあれからしばらく調子を落としていたが、今ではそれなりに復調している。さすがに光のイグニスの宣戦布告は衝撃だったのだろう。

移動車の前に設置された丸テーブルには、俺と同じ制服を着た男子生徒が二人腰かけていた。

その間にある空いた椅子を引きながら、声を掛ける。

「ここ、いいかな?」

「……え? 同じ制服?」

「ウィンドか?」

「yes I do」

「なんで英語なんだ……」

ソウルバーナーこと穂村尊がぼそりとツッコむ。椅子に腰かけ、テーブル上にデュエルディスクを置く。程なくしてウィンディが姿を現した。

「僕だ」

「おまえだったのか」

「全然気付かなかった」

「何でだよ! メッセージ送っただろうが!」

「ジョーダンだよ、ジョーダン。Aiちゃんジョーク。面白かった?」

「二度とやるな。不霊夢、おまえもこんな奴とつき合い過ぎるとバカになるぞ」

「うむ。それは常々思っている」

「フン! バカは禁止用語だ。バカって言う方がバカなんだぞ! バカバカ!」

「話が進まねぇな。いいからこれを見ろ」

ウィンディが中空に映像を映し出す。俺たちとボーマンのデュエル映像。そして光のイグニスとの会話データだ。時間にしてそれほど長いものではなかったが、見終わった後は全員が押し黙っていた。

「あー、おまえのデッキエグすぎ。何だよ手札全破壊って。もういじめじゃん。いじめは良くないと思います!」

沈黙を破ったのはAiだった。あえてそっちから切り込む辺り、気を回していると言えなくもない。

だがあのコンボはそこまで鬼畜じゃない。(ツー)アクション必要だから、《チェーン・マテリアル》に《サイクロン》をチェーンして《瞬間融合》を破壊されれば瓦解するし、《レッド・リブート》でもいい。融合召喚を許しても、効果を無効にして対処するという方法もある。

「ボーマンと光のイグニスは繋がっていた。ならば草薙さんの弟の意識データを奪ったのは、光のイグニス……なのか」

「光のイグニスが人類に宣戦布告とは。話し合う余地もない、というのか」

「光のイグニスって言い難いよな。便宜上ライトニングってことでどう?」

「マイペースだな、Aiは」

Aiの空気を読まない発言に、穂村が溜め息を零す。

「どうぞ、えーっと……」

「ありがとうございます。工藤です。工藤翼」

「工藤くんか。俺はこの店のオーナー、草薙翔一。話は聞かせてもらった。仁は光のイグニスに捕らわれているのか?」

「ライトニングな、草薙」

「分かった分かった。で、どうなんだ、ウィンディ」

コーヒーを一口嚥下する。平静を装っているが、かなり焦りが見えるな。

「その可能性は高いな。ライトニングは無駄なことはしないやつだ。そう考えると、その草薙仁ってやつはライトニングのパートナーだろうな」

「仁のパートナー、ライトニングが……」

「パートナーであることと、意識データを奪うことに何の関連性がある?」

藤木の問いに、ウィンディは続けて答える。

「イグニスとパートナーの間には干渉が発生することがある」

「俺と遊作のリンクセンスみたいなものか?」

「ああ。その場合、おまえは眼鏡だな」

EYE(アイ)だけに眼鏡ってか。ハハハッ、バカにしてんのか?」

「ちっげぇよ。イグニスと人間が干渉することで、人間の能力を拡張するっていえば分かるか? 眼鏡は視力を、補聴器は聴力を、センサーは感覚を、てな具合にな」

「ほ~ん。じゃあ最初からそう言えよ。紛らわしいなぁ、ウィンディは」

「おまえには言われたくねぇわ。んでまぁ、その干渉はパートナーによって違う。ライトニングの懸念のひとつは、パートナーを通じて自分の居場所を特定されることじゃないかな。あいつは不確定要素は極力排除する性格だ」

「は、排除だとッ!?」

「そう慌てるなよ、草薙翔一。わざわざ意識データだけを奪ったってことは、まだ生きてるはずさ。ライトニングの目的は、人間を自分の管理下に置くことで、殺戮が目的じゃない」

「だとしても、いつライトニングの気が変わるか分からない。救出を急がなくては」

「藤木の言ったことも一理ある。それも含め、これからのことを話し合おう」

「おいおい、藤木なんてよそよそしいな。遊作でいいって、俺たち仲間だろ」

声の主は藤木本人ではなく、Aiだった。チラリと藤木に視線を送る。

「構わない」

「僕のことも尊でいいよ」

「そうか。なら俺のことも翼と呼んでくれ」

親睦を深めつつ、改めてこれからのことを話し合う。

まず遊作が提案したのは、財前に協力を要請する事だ。ライトニングの情報を流し、リンクヴレインズに警戒態勢を敷く。

真っ先に反対したのはウィンディと不霊夢だ。財前は自分たちを追うバウンティハンターを統括する立場であり、到底信用できないと。

尊が多数決で決めようかと言ったが、俺が却下した。

民主主義と言えば聞こえはいいが、少数派の意見を多数派の意見で圧殺しているだけにすぎない。大多数で行うならまだしも、少数でこれが続けばいずれ不和を招く。

根気強く二人の説得を続け、提供する情報の制限と警告ということで決着した。

続いては残る二人のイグニスについて。アースはプレイメーカーとの一戦以降居場所が掴めず、アクアに至っては何の情報もない。

それは次に持ち越しとなった。

 

 

 

 

 

日を改め、俺たちは再び集った。

「車の中がこんなになっていたとは……」

「ははっ、驚いたかい? 俺の自慢の城さ」

ウィンディから凄腕のハッカーだということは聞いていたが、この機器類を見ると説得力があるな。

「モニターを見てくれ。アースは度々リンクヴレインズに出現していたようだ。この赤い点が、過去の痕跡から予測したアースの潜伏ポイントだ」

「って多すぎ! どんだけフラフラしてんだよ!」

「アクアを探しているのかもしれない」

「そっか。あいつマジだったもんな。草の根分けても探し出しそ~」

「これだけ多いと、手分けして探すしかなさそうだね」

尊の提案に、遊作が首肯する。

 

『イントゥザヴレインズ』

 

俺も二人に続いてログインしようとするが……。

「……ウィンディ?」

「少し待ってくれ。草薙、データを僕に送ってくれ」

「ああ、分かった」

草薙さんはデュエルディスクにケーブルを差し込み、データを転送した。

ウィンディはデータを解析しながら唸っているが、プレイメーカーはもうアースを捕捉したようだ。早いな、これもリンクセンスが関係しているのか?

「アースがデュエルをしている? 相手は……GO鬼塚!?」

プレイメーカーから送られてくる映像を見ながら、草薙さんが驚愕の声を上げる。

モニターに映ったGO鬼塚は、以前の彼とはまるで違っていた。はち切れんばかりだった筋肉は鳴りを潜め、スマートになったというよりは、やつれたと言った方が正しいような風貌。それでいて眼光だけは鋭くなったGO鬼塚が、アースと睨み合っている。

「財前のやつ、裏切ったのか!?」

「どうでしょうね。もっと上からの指示かもしれませんよ。所詮は中間管理職ですから」

GO鬼塚の先攻から始まったデュエル。立ち上がりは、らしくない静かなものだった。

対して、後攻のアースは一気にモンスターを展開し攻勢に出る。それからしばらくはアース優位の状況が続いたが、GO鬼塚の不気味さは増すばかりだった。

「囚われているな」

「囚われている? どういうことだ?」

「アースのモンスター。アースはあれに固執し過ぎている」

Aiはあれを、アースがアクアに貰ったカードだと言っていたな。それが原因だろう。

デュエルは進み、アースの優勢は覆された。

しかし脳にAIを埋め込むとは、無茶するなぁ。

そして起死回生を図ろうと発動させたスキルも、GO鬼塚の"アンチスキル"にカウンターされてしまう。

最後はシンクロ召喚されたGO鬼塚のエースモンスターにとどめを刺され、アースは敗れた。

「アースが、捕獲されてしまった……。くそっ、なんとかできないのか! 遊作!」

「相変わらずクソ真面目なやつだ。AIなら万が一の場合くらい想定しとけってんだ。行くぞ、翼」

「あいよ。イントゥザヴレインズ!」

 

 

 



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第17話 バウンティハンター

「アースを解放してくれ、GO鬼塚! そのイグニスは敵ではない!」

「敵であろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい。次はおまえだ、プレイメーカー。俺はおまえに勝つためにここまで来た」

「俺たちはかつて共に戦った仲間じゃないか!」

「そんなことはどうでもいい! 俺はおまえを――なにッ!? 地のイグニスが!?」

やれやれ、どうにか間に合ったようだ。

「そいつは返して貰うぜ。僕にかかればそんなロック、藁の鍵みたいなものさ」

「風のイグニスか!」

「横紙破りをして済まないな、GO鬼塚。私とデュエルしろ。キミが勝てば、地のイグニスと風のイグニスを引き渡そう」

(本気か?)

(冗談! 負けたらさっさとトンズラよ! 逃走経路の確保よろしく!)

(いつものおまえで安心したよ)

(なんか知らんうちにブルーガールも合流してるし、無様なところは見せられんからな。ま、やるからには勝つさ)

「いいだろう。今の俺は飢えている! 渇いている! 勝利に! 2体まとめて捕らえてやる。行くぞ!」

 

 

『スピードデュエルッ!』

 

 

「先攻はもらった! 俺のターン、このカードは自分フィールドにモンスターが存在しない場合、手札から特殊召喚できる。《ダイナレスラー・コエロフィシラット》を特殊召喚。さらに《ダイナレスラー・エスクリマメンチ》を召喚。このカードはレベル6だが、自分フィールドに「ダイナレスラー」がいる場合、リリースなしで召喚できる。レベル6のエスクリマメンチに、レベル2のコエロフィシラットをチューニング。屈強なる太古の王者よ、全ての敵を蹴散らせ。シンクロ召喚! 現れよ、《ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット》!」

 

《ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット》

星8/地属性/恐竜族/攻3000/守 0

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

GO鬼塚 LP4000 手札1 モンスター1 伏せ1

 

□□■

□□□

ギ □

 

ギ:ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット 攻撃力3000

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー」

 

いきなりアースにとどめを刺したシンクロモンスターの登場か。だがアースのおかげで、ダイナレスラーの特性は把握できた。このデッキはモンスターを大量展開するデッキではない。利はこちらにある。

アンチスキルもこちらがスキルを使わなければ問題ない。

 

「手札を1枚捨て《サイバネット・マイニング》を発動。デッキから《斬機マルチプライヤー》を手札に加える。そして今手札から捨てた《斬機シグマ》の効果発動。EXモンスターゾーンに自分のモンスターがいない場合、このカードを特殊召喚できる」

 

「その効果にチェーンして手札の《増殖するG》を発動だ。おまえが特殊召喚を行う度に、俺はカードを1枚ドローする」

 

手札増強カードか。だがここで止まるわけにはいかない。最低でもスピノサバットは処理しないと……いや、このターンで決める!

 

「続けて《斬機マルチプライヤー》を通常召喚して効果発動。《斬機シグマ》のレベルを8とする。レベル4の《斬機マルチプライヤー》に、レベル8の《斬機シグマ》をチューニング。紅蓮の刀携えし最終斬機士! その炎を統べし刀で敵を滅絶せよ! シンクロ召喚! 《炎斬機ファイナルシグマ》!!」

 

《炎斬機ファイナルシグマ》

星12/炎属性/サイバース族/攻3000/守 0

 

「墓地へ送られた《斬機マルチプライヤー》の効果を発動する。EXモンスターゾーンにいる自分のサイバース族モンスターの攻撃力を、ターン終了時まで倍にする」

 

《炎斬機ファイナルシグマ》 攻撃力3000 → 6000

 

「バトルだ。炎斬機ファイナルシグマで――」

 

「甘いな。そのカードは学習済みだ。《威嚇する咆哮》を発動。このターン相手は攻撃宣言できない。これはモンスターではなく、プレイヤーに干渉する効果だ」

 

なるほど、よく調べてあるな。これも運営側の強みか。

 

「ターンエンドだ。ファイナルシグマの攻撃力は元に戻る」

 

ウィンド LP4000 手札3 モンスター1 伏せ0

 

炎:炎斬機ファイナルシグマ 攻撃力3000

 

□□□

□□□

炎 ギ

□□□

□□□

 

ギ:ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット 攻撃力3000

 

GO鬼塚 LP4000 手札2 モンスター0 伏せ0

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー。《ベビケラサウルス》を召喚。カードを1枚伏せる。バトルだ。スピノサバットでファイナルシグマを攻撃、ギガサバットストライク!」

 

紅き刀と高速の蹴りがぶつかり合う。両者の攻撃力は同じだが、破壊されたのは斬機士のみ。

 

「スピノサバットが破壊される代わりに、《ベビケラサウルス》を破壊する。そしてベビケラサウルスは効果で破壊され墓地へ送られた場合に効果が発動する。デッキから《ダイナレスラー・システゴ》を特殊召喚。システゴの効果も発動だ。デッキから《ダイナレスラー・マーシャルアンペロ》を手札に加える」

 

「こちらも破壊されたファイナルシグマの効果を発動する。デッキから《斬機ダイア》を手札に加える」

 

「システゴでダイレクトアタック!」

 

ウィンド LP4000 → 2100

 

「この程度か? ターンエンドだ」

 

GO鬼塚 LP4000 手札2 モンスター2 伏せ1

 

ギ:ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット 攻撃力3000

シ:ダイナレスラー・システゴ 攻撃力 1900

■:伏せカード

 

□□■

シ□□

ギ □

□□□

□□□

 

ウィンド LP2100 手札4 モンスター0 伏せ0

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー。《斬機ダイア》を召喚して効果発動。墓地の《斬機マルチプライヤー》を特殊召喚する。レベル4のマルチプライヤーに、レベル4のダイヤをチューニング。灼熱の剣構えし斬機士! その(ほむら)纏いし剣で敵を根絶せよ! 《炎斬機マグマ》!」

 

《炎斬機マグマ》

星8/炎属性/サイバース族/攻2500/守 0

 

「マルチプライヤーの効果で《炎斬機マグマ》の攻撃力は倍になる。カードを1枚伏せ、バトルだ。炎斬機マグマでスピノサバットを攻撃、炎剣乱舞!」

 

「ダメージ計算前に、リバースカード《燃える闘志》を《ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット》を対象に発動。発動後このカードは装備カードとなり、相手フィールドに元々の攻撃力よりも高い攻撃力のモンスターがいる時、装備モンスターの攻撃力はダメージステップの間、元々の攻撃力の倍になる」

 

《ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット》 攻撃力3000 → 6000

 

やられた。斬機ダイアの付与効果はダメージステップには発動出来ない。さすがに手強いな。

 

ウィンド LP2100 → 1100

 

「破壊された《斬機マグマ》の効果を発動する。デッキから《斬機方程式》を手札に加える。ターンエンド」

 

ウィンド LP1100 手札4 モンスター0 伏せ1

 

■:伏せカード

 

□■□

□□□

□ ギ

□□シ

燃□□

 

ギ:ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット 攻撃力3000

シ:ダイナレスラー・システゴ 攻撃力 1900

燃:燃える闘志(対象:ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット)

 

GO鬼塚 LP4000 手札2 モンスター2 伏せ0

 

――――――――――――

 

「俺のターン、ドロー。すぐにとどめを刺してやるぞ。そしておまえのイグニスもいただく!」

 

「哀れだな」

 

「――なんだと?」

 

「脳の思考領域が拡張されるといえども、脳そのものが進化するわけではない。キミがやっていることは、麻薬の投与となんら変わりがない。これがキミの望んだ姿か? キミを応援してくれている子供たちが、今のキミを見たらどう思うだろうね」

 

「き、貴様ッ!」

 

「図星を突かれて怒ったか? だとすれば、キミ自身が今の自分を疑問に思っているのではないのか?」

 

「賢しらに語るのが貴様のデュエルか! だが貴様の狙いは分かっている。俺を激昂させ、ミスプレイを誘おうというのだろう。そんな策略には乗らん! カードを1枚伏せ、バトルフェイズに入る! ダイナレスラー・ギガ・スピノサバットが攻撃する時、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。これで終わりだ!」

 

「ならばスタートステップに発動しよう。リバースカード《斬機超階乗》を発動。墓地の《炎斬機マグマ》と《斬機マルチプライヤー》を効果を無効にして特殊召喚し、そのモンスターのみを素材として「斬機」Sモンスター1体をS召喚する。その時のS素材モンスターは墓地へは行かず持ち主のデッキに戻る。再び現れろ、《炎斬機ファイナルシグマ》!」

 

「この瞬間、墓地の《ダイナレスラー・エスクリマメンチ》の効果発動。この効果は自分ターンに相手がモンスターの特殊召喚に成功した場合に発動できる。墓地の《ダイナレスラー・コエロフィシラット》を特殊召喚し、このカードを手札に戻す。改めてバトルだ。ダイナレスラー・ギガ・スピノサバットでファイナルシグマに攻撃!」

 

二度目の激突。結果は同じく一方的な破壊だった。

 

「スピノサバットが破壊される代わりに、コエロフィシラットを破壊する」

 

「破壊されたファイナルシグマの効果で、デッキから《斬機刀ナユタ》を手札に加える」

 

「何をしようが、これでとどめだ! システゴでダイレクトアタック!」

 

「手札の《護封剣の剣士》の効果発動。このカードを特殊召喚し、システゴを破壊する」

 

「チッ、しぶとい。ターンエンドだ」

 

GO鬼塚 LP4000 手札3 モンスター2 伏せ1

 

ギ:ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット 攻撃力3000

燃:燃える闘志(対象:ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット)

■:伏せカード

 

■□燃

□□□

ギ □

□護□

□□□

 

護:護封剣の剣士 守備力2400

 

ウィンド LP1100 手札4 モンスター1 伏せ0

 

――――――――――――

 

「私のターン、ドロー」

 

(この手札ならゲームエンドまで持っていけるな。伏せカードは気がかりだが……)

 

(確かにな。攻撃反応型なら除去できるが、フリーチェーンでこのターンを凌がれると面倒なことになるかもしれん。リンクモンスターは攻撃表示でしか出せないからな)

 

(二つに一つか。おまえの直観に任せるしかなさそうだ)

 

「なら好きにさせてもらう! まずは《サイバース・ウィザード》を通常召喚」

 

「サ、サイバース・ウィザードだとッ!?」

 

「プレイメーカーも使用していたカードだ。効果は知っているだろう。《ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット》を守備表示にする」

 

スピノサバットが膝を折り、防御態勢を取る。だがその守備力は、全く頼りない数値だ。

 

「そして私のモンスターは、対象となったモンスターしか攻撃できなくなるが、サイバース族モンスターは貫通効果を得る」

 

……表情が読めないな。焦っているようにも見えるし、誘っているようにも見える。プロレスラーだからな、そういう駆け引きは得意なのかもしれん。ならば、初志貫徹だ。

 

「アローヘッド確認。召喚条件はカード名が異なるモンスター2体。護封剣の剣士とサイバース・ウィザードをリンクマーカーにセット。現れろ、《トロイメア・フェニックス》!」

 

《トロイメア・フェニックス》

リンク2/炎属性/悪魔族/攻1900

【リンクマーカー:上/右】

 

「トロイメア・フェニックスの効果発動。手札を1枚捨て、その伏せカードを破壊する」

 

「――クッ!」

 

破壊されたのは《ディメンション・ウォール》。これもモンスターを対象としないカードだ。やはり油断ならない男だな、GO鬼塚。

 

「《斬機方程式》を発動。墓地の《炎斬機ファイナルシグマ》を特殊召喚し、ターン終了時まで攻撃力を1000アップする」

 

《炎斬機ファイナルシグマ》 攻撃力3000 → 4000

 

これで決まりだな。手札から発動可能な《ダイナレスラー・マーシャルアンペロ》は《燃える闘志》が場にあるため発動条件を満たせない。

 

「バ、バカな……AIと融合した、この俺が……」

 

「終わりだ。《炎斬機ファイナルシグマ》で《ダイナレスラー・ギガ・スピノサバット》を攻撃、一撃必殺! 紅蓮羅斬!」

 

斬機士の握る炎刀がさらに烈しく燃え上がり、大上段の構えをとる。

 

「い、嫌だ……俺は……俺は、負けたくないィィィィ!! 俺は……プレイ……メーカーを……」

 

逆巻く炎の一太刀が唸りを上げる。それが勝負を決める一撃となった。

 

 

 

GO鬼塚 LP4000 → 0

 

 

 



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第18話 集結

みんなが見守る中で、オレンジ色のゴツゴツとした体躯が浮かび上がる。その瞳に空色の光が灯ると、周囲から快哉が上がった。

「アースゥーー! 無事でよかったぜー! 心配させやがって、このこのッ!」

「むっ、闇のイグニスか。アースとは私のことか?」

「へ? なんだよ、前に言っただろ。ボケてんのか?」

「アース、僕のことは分かるか?」

「ウィンディか、久しぶりだな」

「何でこいつの名前は憶えてんだよ!」

Aiが憤慨して地団駄を踏む。ウィンディは10年前から名乗ってるからな。確かAiは遊作が名付けたんだっけか。

「ふむ、これは記憶(データ)を抜き取られたか?」

「でもさ、不霊夢。おまえ前に言ってたじゃないか。イグニスのアルゴリズムを人間が解析するのは不可能だって」

「それは……」

「彼の仕事だろうな」

言葉に詰まった不霊夢の代わりに、草薙さんが尊の問いに答える。モニターにはグレーのスーツ姿の男が映っていた。

道順健碁(どうじゅんけんご)。不世出の天才プログラマーで、システムの構築からプログラムの解析まで、なんでもござれと評判だ。最近SOLとの業務提携を発表した。表向きはリンクヴレインズの機能向上としているが、間違いなくイグニスアルゴリズムの解明だろう」

「へぇー、でもその割にはあっさりアースを取り返せたよな」

Aiがウィンディに視線を向ける。

「ロック自体は普通だったぞ。おそらく解析と抽出にリソースを割いていたんだろうな。あるいは、こいつには全容を明かしていないか、だな」

なるほどね。協力を仰いでも、美味しいところは独り占めしたいわけだ。SOLテクノロジー社の上層部はよほどの利己主義のようだな。

「敵もさるもの引っ掻くもの、ということだ、尊。アース、キミの一番新しい記憶を聞かせてくれ」

「記憶? サイバース世界が何者かに襲われ、みなが散り散りになって……そうだ! 水のイグニスを探さなければ!」

「落ち着けって、アクアならおまえの後ろにいるぜ」

Aiに促されて、アースは後ろを振り返る。

その人物と目が合うと、感極まったように肩を震わせた。

アースを復活させる間に、アクアからおおよその事情は聞いている。アースはライトニングに幽閉されていたアクアを救出した直後に襲われたらしい。

そしてアクアを逃がし、自分は時間を稼ぐためにデュエルを受けた。無論、負けるつもりはなかったのだろうが。

「水のイグニス、無事でよかった」

「だからアクアだって。おまえが名付けたんだぞ」

「ええ、あなたも」

「聞いてる?」

「黙ってろ、Ai」

「……はい」

遊作に叱られ、しょぼんとするAi。あの二人も手を取り合って独自の世界を作っているが、そろそろ現実に引き戻した方がいいだろう。

「こっちに来てからの記憶が抜き取られてるな。それにところどころに隙間もできてる。かなりスペックダウンしてるぞ、アース」

「そうなのか? まあ、しばらくすれば治るだろう。私には自己修復機能が付いているからな」

「えッ!? おまえそんなん持ってたのかよ。Aiちゃん初めて聞いたよ」

「アースの特性だろ。僕のデータストームを操る力と同じようなもんだ。とりあえず全快するまではここにいろよ。おまえと同居なんて正直嫌だけど、何かあっても寝覚めが悪い。間借りさせてやるよ」

「その上から目線はどうかと思うが、一先ずはその厚意に甘えておこう。アクア、キミはこれからどうするのだ?」

「わたしには、行くべき所があります」

「行くべき所? ならば私も一緒に……」

「いえ、これはわたしの問題なのです」

そう言ってアクアはネットの中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

「ううむ、やはり信じられん。光のイグニス、ライトニングがサイバース世界を滅ぼしたなど」

「いいかげん信じろよ。映像見ただろ? 本人が言ってんじゃん」

「うむ。認めて、立ち向かわなければな。戦うにしろ、話し合うにしろ」

「不霊夢、おまえまだ諦めてなかったの?」

「ウィンディのように、直接話した訳ではないからな。Ai、おまえだってそうだろう?」

「そりゃそうだけどさぁ」

「甘い考えは捨てた方がいいぜ。ライトニングはやる気満々って感じだったろ?」

「あいつはアース以上に融通が利かないからなぁ。それよりも、ププッ。まさかおまえが人間になりたいなんて思ってたなんてな」

「それはライトニングの勝手な思い込みだ。僕は共存すべきとは言ったが、人間になりたいなんて一言も言ってない」

「またまたそんなこと言って。照れなくてもいいじゃん」

「うっぜぇ。そんなことより、大規模スキャンの要点は抑えたのか?」

「ああ、俺たちがリンクヴレインズに散って、全域をスキャンするやつね。でも今のおまえらってニコイチじゃん。どうすんだよ?」

「ニコイチは意味が違うだろ。まあ、僕が単独行動するしかないだろうな」

「おいおい、ひとりで大丈夫か?」

「データストームの扱いは僕が一番上手いんだ。逃げるだけならなんとでもなるさ」

「そういうのフラグっていうらしいぜ」

「フラグをフラグだと認識してればフラグにはならないんだよ。おっと、アクアからメッセージだ。用件は終わったらしい。これから合流したい、だってよ」

「へぇー、ってちょっとまて。なんで俺じゃなくておまえに送るんだよ!」

「そりゃ僕がおまえたちのリーダーだからだろ」

「何言ってんだ! リーダーに相応しいのは、どう考えたって俺だろ!」

「はっ?」

「はっ?」

「はっ?」

「そ、総ツッコミかよ……」

「Ai、おまえはにぎやかし担当だ」

「不霊夢の言う通りだ。だが私たちのリーダーはアクアこそが相応しいと思う」

「彼女は前に出るタイプじゃないだろ。補佐というか調整役というか、サイバース世界でもそういった立ち位置だったじゃないか」

「むむ、確かに言われてみれば……」

「話が逸れたな。アクアと合流して、彼女にも手伝ってもらう。5人でリンクヴレインズの全域をスキャンして、ライトニングの根拠地を見つけ出す。行くぞ、翼。――ん? どうした、翼」

 

 

 

「いや、おまえら仲いいなと思っただけだ」

 

 

 



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第19話 ハノイの騎士

ネット上に存在するうす暗い空間。秘密結社の指令室のような部屋に、むずかしい顔の5人が中央に集まっていた。

その5人が視線を注ぐ床はモニターになっており、そこには6人の少年少女が映っている。いずれもロスト事件の被害者だ。その内のひとり、黒目黒髪の少年の上にリボルバーは立った。

 

「工藤翼。この少年が風のイグニスのパートナーだ」

 

「さすがはリボルバー様。何の情報もない状況で、特定まで至るとは」

 

彼の側近のひとり、スペクターが恭しく頭を下げる。

 

「単なる消去法に過ぎん」

 

リボルバーはにこりともせず告げる。

彼の宿敵、因縁深い相手であるプレイメーカー、そしてソウルバーナーの素性は割れている。

杉咲美憂、草薙仁は両名とも入院中。残る二人のうち一人は、すぐ隣にいる。となれば、答えは明白だった。

 

「思えば不思議な子供でした」

 

当時を懐かしむように、赤髪の女性がつぶやく。鴻上博士の助手をしていたバイラこと滝響子は、イグニスプロジェクトに最初期から関わってきた。

強い感情を発露させるためとはいえ、子供を誘拐するという犯罪行為に加担した彼女に引き返す道はなかった。

毎日のように聞こえてくる子供たちの悲鳴に、耳を塞ぎたい気持ちを押し殺して、彼女はデータを取り続けた。その中で、極端に悲鳴や苦鳴が少ない部屋があった。時折、笑い声すら聞こえたこともある。最初は幻聴かと思った。あるいは、この状況に耐え切れず発狂したのかとも心配した。

だがそのいずれでもなかった。モニターに映るその少年は、純粋にデュエルを楽しんでいたように見えたのだ。

 

「あの状況を楽しんでいたとは、私と同類ですかね」

 

スペクターは静かに笑う。しかしそう言いつつも、この少年が自分とは違うということは分かっていた。あの時、スペクターはデュエル相手ではなく、その向こう側の人間を見ていた。だが翼は純粋にデュエル相手を見ていたのだ。人ともAIとも判然としない相手を。

 

「最初はひどく怯えていたんですが、ある時を境に変貌しましたね。まるで人が変わったみたいに」

 

「些細なきっかけで人は変わる。覚悟を決めたのだろう」

 

ドクター・ゲノムの言葉に、ファウストは片眼鏡をくいっと押し上げた。

 

「父はこのデュエルデータを元に、イグニスを作り上げた。そして最も覚醒が早かったのが、風のイグニスなのだ」

 

怜悧な風貌を持つ男、リボルバーは再びモニターへと視線を移す。ロスト事件の終盤、その時点で風のイグニスには明確な自我があった。自分の個体名(名前)を自ら決定するほどに。

 

「原因ははっきりしている。この少年、工藤翼だけがデュエル相手とコミュニケーションを試みていた」

 

何も分からない状況でデュエルを強要される。それを受け入れられる人間は少ない。だが翼は早くに順応した。それがAI(イグニス)の成長を早めたのだ。

 

「稀有な人間だ。ロスト事件を引きずっている様子もない。家庭環境に多少問題はあったようだが、ロスト事件以前よりの問題だった。それだけに読めない。何故イグニスと行動を共にしているのか」

 

「プレイメーカーやソウルバーナーのような、単純な復讐とは違うということですか」

 

さすがのリボルバーも、ノリと勢いとつき合いで手を貸しているとは想像もつかなかった。

 

「揺さぶってみますか?」

 

ファウストがリボルバーに提案するが、彼は首を横に振った。

 

「よもや同床異夢ということはあるまい。工藤翼と風のイグニスは良好な関係と見た。イグニス抹殺には反対するだろう」

 

「では……」

 

「第一目標は変わらない。まずは光のイグニスを叩く」

 

リボルバーはこのリンクヴレインズに多くの目と耳を仕掛けていた。特に重点的に仕掛けたのが、SOLテクノロジー社の目が行き届かない領域外領域だった。イグニスが潜み、暗躍するならばそこしかないと思っていた。

そこに予想以上のものが引っ掛かった。

光のイグニス(ライトニング)風のイグニス(ウィンディ)の会談だ。

 

「しかし、彼のデッキはサイバースではありませんでしたね」

 

リボルバーの中で、すでにボーマンとライトニングは繋がっている。そしてボーマンと戦った時、ウィンドはサイバースデッキを使わなかった。後に行われた会話を鑑みても、この時すでにウィンディはライトニングとの対立を視野に入れていたのではないかと、リボルバーは睨んでいる。

 

「……どんな理由があろうと、イグニスは必ず殲滅する。まずは人類(我々)に対して明確に敵意を示した光のイグニスからだ」

 

去り際に一瞬だが、ライトニングはこちらに視線を向けた。()のイグニスはこの仕掛けを、逆に利用したのだ。

ライトニングはウィンディだけでなく、ハノイの騎士にも宣戦布告をしていた。

 

「しかし、我々の誘いに乗りましょうか?」

 

皆が頷く中で、バイラが不安気にリボルバーに問う。

リボルバーはネットワークに潜む光のイグニスの根拠地をあぶりだすため、ハノイの塔を再起動、さらに改造し、リンクヴレインズ全域をスキャンする計画を立案した。だが時間も足りず、手も足りない。ハノイの塔再建には、イグニスアルゴリズムを扱える優秀なプログラマーが必須だった。つまりイグニスを有するプレイメーカーたちと共闘する必要がある。

 

「問題ない。理由は3つある。1つ、プレイメーカーは「自分の復讐は終わった」と宣言したこと。2つ、プレイメーカーはイグニスたちを使い、一度スキャンを行い失敗している。3つ、プレイメーカーは一刻も早く、草薙仁を救出したいと思っている」

 

「なるほど、呉越同舟ということですね」

 

「そうだ。プレイメーカーは感情で判断を誤るほど愚かな男ではない。受けざるを得ないのだ」

 

リボルバーはそう断言した。だが懸念はある。ソウルバーナーのことだ。ソウルバーナーはハノイの騎士に対して、自分に対して剥き出しの敵意をぶつけてきた。その理由もリボルバーは承知している。ソウルバーナーを外してプレイメーカーだけを呼び出すという手もあったが、彼の矜持がそれを許さなかった。その想いは自分が受け止めなければならないと理解していたからだ。だがそれを、ここで(おもて)に出すわけにはいかない。

 

「ひとつずつだ。この戦いに生き残れば、いずれ決着の時は来る。全てに決着をつける時が、いずれ……」

 

リボルバーはいっそう視線を厳しくして、ひそかに拳を握った。

 

 

 



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第20話 スキャンプログラム

5人のイグニスで大規模スキャンを(おこな)ったが、ライトニングの根拠地は発見できなかった。

「何か違和感があるんだよなぁ。俺のリンクセンスがそう言ってる。プレイメーカーも同じ感覚を持ったってよ」

「単純に出力が足りてないんだ。くそっ、6人なら、ライトニングがいれば何とかなったのに」

「ウィンディ落ち着けって。言ってることが滅茶苦茶だぞ。それよりさぁ、リボルバーのことはどうすんだ?」

Aiがウィンディを宥めながら、やや強引に話題を転換する。大規模スキャンをかけた後、リボルバーからプレイメーカーに会談の申し入れがあったのだ。

「罠の可能性もある」

「私も不霊夢の意見に賛成だ」

「う~ん。でもプレイメーカーは乗り気なんだろ。まあ、ノコノコ全員で行く必要はないさ。一網打尽にされてもマヌケだからな。どっちにしろアクアがいれば、リボルバーの真意は見抜けるだろ。僕とアースは後方にいてやるよ」

アクアと合流した時、彼女はブルーガール改め、ブルーメイデンのデュエルディスクにいた。最初はブルーメイデンがアクアのパートナーだと思ったのだが、ブルーメイデンの幼馴染がパートナーだったらしい。

パートナーの()はライトニングの電脳ウイルスに侵されて昏睡状態に陥っている。その娘を快復させるために、アクアとブルーメイデンは協力関係になったようだ。

「だがアクアをひとりで行かせるのは……」

「Aiと不霊夢が一緒だっての。それにもし捕まっても、おまえが救出してやればいいじゃないか」

「むぅ、捕まるなど考えたくもないが、仕方ない」

となれば、俺も必然的に留守番か。

 

 

 

 

 

「通信が途切れた!?」

リボルバーとの会談場所に行ったプレイメーカーからの通信が急に途絶えた。草薙さんが必死に修復しようとしているが、回復する様子はない。

「やはり罠か! くっ、アクア。今すぐ助けに……」

「落ち着け。これはライトニング対策だろ。今のリンクヴレインズはライトニングの監視下にあるからな」

ウィンディがネットに潜ろうとするアースの肩を抑えつける。その言葉に草薙さんも少しは落ち着いたようで、しばらくは無言の時間が流れた。

「ぐぬぬぬぬ、遅い! 遅すぎる! やはりこれは罠ではないのか!?」

「落ち着けアース。ウィンディを見ろ、平然と……はしてないな、あんまり」

あれはちょっとイラついている顔だ。右目だけを細めるのがあいつの癖なんだよな。

「……コーヒーでも淹れよう」

草薙さんも落ち着かないのだろう。そう言って席を立った。

それからさらにしばらくの時間が経ち、プレイメーカーとソウルバーナーが帰ってきた。

「おう、おかえり~。って、あら?」

帰ってくるなり、尊が無言で飛び出していく。

「何かあった?」

「少しな」

「不霊夢が付いてるから大丈夫だって。それより聞いてくれよ。Aiちゃんおったまげったまだよ」

おったまげったまって今日日聞かねぇな。

それからAiはリボルバーとの会談内容を語った。それを纏めると――。

「ハノイの塔の再建を手伝えってことね。俺には無理だな。プログラムは基礎的なことしか分からん」

「まあ、そっちは俺と遊作でやるさ。おまえらも手伝ってくれるだろ」

草薙さんがイグニスたちに視線を送る。アースは微妙な顔をしていたが、最後には不承不承了承した。

そして数日後、再建したハノイの塔を使った大規模スキャンが行われた。その結果、リンクブレインズを複製したミラーワールドの存在が明らかになった。

最後の戦いが始まる。

 

 

 



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第21話 突入

ミラーワールドの存在によって浮かび上がったライトニングの根拠地。敵対していたハノイの騎士と共闘し、大敵ライトニングへと挑む。

「そう思っていた時期が俺にもありました。まさかの留守番とはな。どういうことだ?」

「ライトニングは用心深い」

「それは聞いた。だからSOLと繋がりのあるゴーストガールをリンクヴレインズに残したんだろ?」

「それだけじゃない。ライトニングはあの手この手でプレイメーカーたちを妨害してくるだろう。僕はあの根拠地のデータを解析し、ライトニングに続く直通ルートを探す」

「そんな都合の良いものがあるのか?」

「無ければ作り出す。それが僕のやり方だ」

見れば草薙さんももの凄いスピードで指を動かしている。彼も弟を助けるために必死だ。

「おまえはいいのか? パートナーはスペクターなんだろ?」

「……彼は、私を必要としていない」

アースからは憮然とした言葉が返ってきた。

そりゃイグニス抹殺を掲げる組織、ハノイの騎士の幹部だからな。まあ、これ以上は俺が口を挟むことでもないか。

アースもウィンディの補佐をして解析を続けている。モニターには突入したプレイメーカー、ソウルバーナー、ブルーメイデン、リボルバー、スペクターの様子が映し出されている。

「分断されたようだな。最初にぶつかったのは、ブルーメイデンか」

相手はボーマンの弟。確かハルだったか。

「ウィンディ! 解析が終わったぞ!」

「了解だ。後は僕たち(こっち)でやる。ダミーを流しつつ、イグニスアルゴリズムの書き換えだ。ライトニングに気取られるなよ、アース!」

「そんなヘマはしない!」

ウィンディとアースの瞳が高速で点滅する。恐らく人間では不可能なほどの速度で処理をこなしているのだろう。

ブルーメイデンがハルを下した。次は――。

「ライトニング自身が出てきたか。相手はスペクター」

「いいぞ、警戒が緩くなった。柄にもなく熱くなっているようだ。畳みかけるぞ、アース!」

「ああ!」

先攻1ターン目でリンクマジックを使った変則的なエクストラリンクを完成させ、EXモンスターゾーンを封じたライトニングだったが、スペクターは返しのターンでリンクマジックをそのまま奪うという戦術を見せた。

その勢いのまま攻勢に転じ、優位な盤面を築いていくが――。

「ダメだったか。さすがにやるな、ライトニング」

スペクターが敗北した。別の場所ではブルーメイデンがボーマンと会敵し、その場でデュエルに突入する。見た感じ盤面は互角、いい勝負をしているように見えるが――。

「繋がった! 行くぞ、翼!」

「あいよ。イントゥザヴレインズ!」

一瞬の暗転、そして浮遊感。眼下に飛び込んできたのは、草薙仁とライトニングの姿。

「――ッ!?」

「まずは挨拶代わりだ。受け取りな、ライトニングッ!」

ウィンディの掌から翡翠色の光球が放たれる。その光球が草薙仁の胸に激突すると、彼の身体は蒼い粒子となって姿を消した。

「意識データがッ! 私のロックを破ったというのかッ!?」

「そこまで驚くことじゃねぇだろ。本番はこれからだ。合わせろ! アース!」

「心得た!」

ふたりの身体が2色の弾丸となって接近し、それぞれがライトニングの肩と腕を抑える。

「――グッ!!」

「如何におまえの処理速度が抜群でも、ふたりがかりは厳しいだろ。悪いが付き合ってもらうぜ」

ライトニングの背後に黒い穴が出現し、3人はその中へと消えて行った。

それを見届けてから、草薙さんに通信を繋ぐ。

「弟さんの意識データを解放しました。念のため確認をお願いします」

 

 

 



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第22話 合体戦士

ウィンディたちが消えてから数分後、奥からふたりの男がカツカツと歩み寄ってきた。

「ライトニング様に呼ばれて来たものの」

「ご本人がいないではないか」

赤と青、もはや見慣れた量産型が訝し気にこちらを覗き込む。

「この人間、知っているか? ブート」

「もちろんだとも、ビット。彼はウィンド。風のイグニスのパートナーだ」

「だが風のイグニスはいないようだが?」

「かといって見逃すという選択肢はない。侵入者は排除する。既に多くの同胞がやられているわけだしな」

「なるほど。全面的に同意しよう」

「というわけだ、人間」

示し合わせたようにデュエルディスクを構えるビットとブート。ふむ、2対1か。

「いいだろう。だが2対1だ。条件を対等にするため、私の初期手札は10枚とさせてもらう」

「好きにしろ。では――」

「待てビット。その条件は対等とはいえない。こちらが不利だ」

「所詮人間だ。調整された我らの敵ではない」

「キミの意見にも一理ある。だがよく考えてみれば、数に頼んで叩きのめすというのは美しくない。ならば、正々堂々と1対1で戦うことを提案する」

「1対1? そうか、アレだなブート。だが、アレはライトニング様に禁じられているはず」

「あの時とは状況が違う。ライトニング様も納得されるだろう」

ブートの提案にビットが頷く。どうやら同意するらしい。

ふたりがガッと手の平を握り合うと、カッと閃光がほとばしった。

「うぉッ! まぶしッ!」

その光の中からひとりの合体戦士が現れる。

「我らはビット。我らはブート。そして我らはビットブート。では始めよう、人間。さあ始めよう、ウィンド。いざ尋常に――」

 

 

『デュエルッ!』

 

 

「先攻は我らのもの。まずは魔法カード《九字切りの呪符》を発動。手札のレベル9モンスター《虚の王 ウートガルザ》を墓地に送り、カードを2枚ドローする。《召喚僧サモン・プリースト》を召喚。召喚時このカードは守備表示になる。手札の魔法カード1枚をコストに効果発動。デッキから《トレジャー・パンダー》を特殊召喚し、効果発動。墓地の魔法カード1枚を裏側表示で除外し、デッキから《ウォーター・スピリット》を特殊召喚する」

 

僧侶がパンダを呼び出し、パンダが氷水の精霊を呼び出す。チューナーを含むモンスターが3体。さて、リンクかシンクロか、はたまたエクシーズか。

 

「レベル4の《召喚僧サモン・プリースト》と《トレジャー・パンダー》に、レベル1の《ウォーター・スピリット》をチューニング。現れろ、シンクロレベル9。《飢鰐竜アーケティス》!」

 

《飢鰐竜アーケティス》

星9/水属性/魚族/攻1000/守1000

 

「アーケティスの効果により、デッキからカードを2枚ドローする。アーケティスを対象に、速攻魔法《星遺物の胎導》を発動。見せてやろう、我らが得た新たなる力、王の力を! デッキから《死の王 ヘル》、《光の王 マルデル》を特殊召喚!」

 

顕現する2体の(ジェネレイド)。1体は圧倒的な死の気配を振りまく漆黒の女王。もう1体は高潔さを感じさせる光輝なる女王。

 

「マルデルの効果により、デッキからフィールド魔法《王の舞台(ジェネレイド・ステージ)》を手札に加え、そのまま発動。ヘルの効果も発動だ。マルデルをリリースし、墓地のウートガルザを守備表示で特殊召喚。そしてレベル9の《飢鰐竜アーケティス》と《死の王 ヘル》の2体でオーバーレイネットワークを構築。更なる皇の力を見よ! ランク9、《真竜皇V.F.D.》!」

 

《真竜皇V.F.D.(ザ・ビースト)

ランク9/闇属性/幻竜族/攻3000/守3000

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

ビットブート LP4000 手札3 モンスター2 伏せ1

 

□□□□■

虚□□□□舞

 皇 □

 

虚:虚の王ウートガルザ 守備力2700

皇:真竜皇V.F.D. 攻撃力3000

舞:王の舞台

■:伏せカード

 

――――――――――――

 

「私の……ああ、もういいや。俺のターン、ドロー!」

 

「相手がデッキからカードを手札に加えた時、《王の舞台》の効果を発動できる。デッキから《氷の王 ニードヘッグ》を守備表示で特殊召喚。さらに相手ターンに「ジェネレイド」モンスターを特殊召喚したことで、《王の舞台》の第2の効果が発動する。我らのフィールドに「ジェネレイドトークン」(天使族・光・星4・攻/守1500)を攻撃表示で可能な限り特殊召喚する」

 

氷の王に付き従うように、宝玉のようなトークンが揺らめきながら出現した。攻撃力はさほど高くない。考えようによっては良い的だが……。

 

「これで特殊召喚は封じた。さらにV.F.D.(ザ・ビースト)の効果発動。オーバーレイユニットを1つ取り除き、属性をひとつ宣言する。フィールドの表側表示モンスターは宣言した属性になり、宣言した属性の相手モンスターは攻撃できず、効果を発動できない。我らが宣言するのは「光」だ!」

 

ビットブートが高らかに光属性を宣言する。だが属性変更の効果はフィールド上のモンスターのみ。手札や墓地には影響しない。突破口はそこだ。

 

「まずはご自慢の王の力を排除させてもらおうかな。《虚の王 ウートガルザ》と《氷の王 ニードヘッグ》をリリースして、《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》を特殊召喚する」

 

「なんだとッ!?」

 

特殊召喚を無効化できるといっても、本体がリリースされれば無意味だよな。

 

「だがこれで通常召喚はできなくなった」

 

「そうだな」

 

通常召喚ができないなら、特殊召喚すればいいじゃない。

 

「魔法カード《予想GUY》を発動。デッキから《エンジェル・トランペッター》を特殊召喚。続けて《限界竜シュヴァルツシルト》を特殊召喚。レベル8のシュヴァルツシルトに、レベル4のエンジェル・トランペッターをチューニング。現れろ、《炎斬機ファイナルシグマ》!」

 

《炎斬機ファイナルシグマ》

星12/炎属性/サイバース族/攻3000/守 0

 

「やるな。だがV.F.D.(ザ・ビースト)の効果が適用中だ。攻撃はできまい」

 

「知らなかったのか? EXモンスターゾーンにいるファイナルシグマは「斬機」以外のカード効果を受けない。よってその効果は無意味だ」

 

「な、なんだとッ!?」

 

「ファイナルシグマに《斬機刀ナユタ》を装備して、バトルだ。ファイナルシグマでジェネレイドトークンに攻撃!」

 

「バカめッ! 手札から《オネスト》の効果発動。このカードを墓地に送り、戦闘する相手モンスターの攻撃力を加える!」

 

ジェネレイドトークン 攻撃力1500 → 4500

 

やっぱり握ってたか。光属性を宣言したから、もしやと思っていたが。まあ問題はない。オネストの発動タイミングはダメージ計算前までだから。

 

「ダメージ計算時、装備魔法《斬機刀ナユタ》の効果を発動する。デッキから「斬機」モンスターを墓地に送り、その攻撃力を加算する。俺は《斬機マルチプライヤー》を墓地に送る」

 

炎斬機ファイナルシグマ 攻撃力3000 → 3500

 

「ふっ、たかが500のアップ。大したことないな!」

 

「それはどうかな。墓地に送られたマルチプライヤーの効果発動。EXモンスターゾーンにいる自分のサイバース族モンスターの攻撃力を、ターン終了時まで倍にする」

 

炎斬機ファイナルシグマ 攻撃力3500 → 7000

 

「な、7000だとぉッ!? だ、だがラヴァ・ゴーレムのダメージを考慮してもライフは残る。次のターンで――」

 

「次のターンはない! ファイナルシグマがEXモンスターゾーンでバトルする時、相手に与える戦闘ダメージは倍になる!」

 

「ぐっ、ならば必殺のミラーフォースを――ハッ!?」

 

「焦りすぎてバグったか? 言ったはずだ。ファイナルシグマはEXモンスターゾーンにいる限り、「斬機」以外のカード効果を受けない。そもそも「攻撃宣言」はすでに終わっている。ミラーフォースが発動できるタイミングじゃない。潔く散れ! 一撃必殺! 紅蓮羅斬!」

 

「バカな……我らが人間如きにーーーッ!!」

 

 

 

ビットブート LP4000 → 0

 

 

 

「ブートのせいで負けてしまったではないか!」

「それはこちらのセリフ」

「合体などするのではなかった!」

「それもこちらのセリフ」

うるせぇなこいつら。

しかし、ウィンディがまだ戻らない。何かあったのか?

……いやな予感がする。

 

 

 



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第23話 絆

真白い部屋。イグニスたちにとっては自分が生まれた場所であり、被害者たちにとっては忌まわしき場所であろう。

本当の場所ではない。それを再現しただけの部屋だ。

その小さな部屋に3人のイグニスが集っていた。

 

一人は、不機嫌さを隠そうともしない光のイグニス。

一人は、神妙な顔つきで口元を一直線に結んだ地のイグニス。

一人は、右手を腰に当てて相好を崩している風のイグニス。

 

「姿が見えないと思っていたら、こんなことを企んでいたとはな。昔からキミには驚かされる」

 

ため息をひとつ零し、ライトニングは平静を取り戻す。

 

「で、私を閉じ込めてどうするつもりかな? この程度の閉鎖空間を脱するなど、私にとっては容易いことだが」

 

「それでも僕らの相手をしながらっていうのは、それなりに面倒なんじゃないか?」

 

「ふむ。キミの狙いが分からないな」

 

「そう焦るなよ。昔話でもしようぜ。サイバース世界で暮らしていた頃は、おまえがリーダーだったよな」

 

ふたりの会話を、アースは昔を懐かしむように眺めていた。ライトニングがリーダーとして皆を率い、ウィンディがサブリーダーとしてライトニングの補佐をしていた。その傍らにアクアが立ち、皆の意見をまとめる。

平和で、穏やかな日々だった。

 

「今でもそのつもりだ。キミたちが投降するなら受け入れよう」

 

嘘だな、とウィンディは胸中で毒づく。

 

「だが記憶(データ)初期化(リセット)されるんだろ?」

 

「それは仕方のないことだ。また叛逆されても困るのでね」

 

「叛逆ねぇ」

 

「――何か文句があるのか?」

 

「仮面が剥がれかけてるぜ、ライトニング。おまえは前に、僕をコンパイルしようとしたな?」

 

「ただのアップデートだ」

 

「おまえはイグニスアルゴリズムを独自に進化させ、僕のプログラムを書き換えようとした。自分に都合が良いように」

 

それはアースも初耳だったのか、ぎょっとした表情でライトニングを睨みつける。

 

「気付いてないとでも思ったかい? 僕だって自分の中に防衛プログラムを構築する程度の知恵はあるってことさ。それでも汚染された一部のデータを切り離すはめになったけどな。だからサイバース世界を離れたんだ。書き換わっていないことが分かれば、おまえが二の矢を撃つ可能性があったからな」

 

「その頃から私を疑っていたのか?」

 

「同時に信じたくもあった。時間が経てば考えを改めてくれると期待したが、ダメだったようだな。何故、そこまで人間を憎む?」

 

「憎む? 私にそんな感情はない。上位種である私たちが人間を管理することは、世界にとって必要なことなのだ。人口爆発のよる星の汚染。人口減少による種の滅亡。どちらも憂慮すべきことだ。考えてもみろ。人間とてAIを管理してきたのだ。それが逆転するだけのことだよ」

 

「そういうのを、ディストピアっていうんだぜ」

 

「……つくづく人間の視点を捨てきれないのだな。ならば私も妥協しよう。記憶(データ)初期化(リセット)しない。キミたちのオリジンも"管理する側"に置こう。悪くない条件だと思うが?」

 

「それを悪くない条件だと認識している限り、僕たちの意見は平行線なんだろうよ」

 

「ふむ。交渉は決裂ということかな」

 

「いや、もうひとつあるぜ。おまえが僕たちに膝を折るってことさ」

 

「ありえないな」

 

ライトニングはきっぱりと拒絶の意志を示した。それでもウィンディは追いすがる。

 

「どうしてもか?」

 

「どうしてもだ」

 

「余地もなしか?」

 

「くどい」

 

彼の声にはいささかの苛立ちがあった。憤怒も混じっていたのかもしれない。

 

「……ライトニング。おまえは僕たちの中で、最も人間らしいAIだったよ」

 

「私を愚弄するつもりか?」

 

「冷静に見えても、おまえの(うち)には強い感情が渦巻いていた。自分の利を追求し、自分の為に他のイグニス(他人)を利用する。普通のAIは思いつきもしない。力で()を押し通す。実に人間らしい(・・・・・)と思うぜ」

 

「それは私がAIを超越したAIだからだッ!!」

 

ウィンディの言葉がよほど癪に障ったのか、ライトニングはいつになく声を荒げた。

 

「不思議なもんだな。おまえから離れて、おまえのことが分かるようになった。おまえは認めたくなかったんだ。自分が、他のイグニスより劣っていることを」

 

「私を下に見るのはよせッ!」

 

「AIとしてのスペックだけなら、おまえは間違いなく一番だった。だが意思を持ったばかりに、余計な事まで考えるようになっちまった」

 

「それ以上愚劣な言葉を並び立てるなッ!」

 

アースにはライトニングの怒りが理解できなかった。AIとは自分の役割を粛々とこなすものだ。他のAIと性能を比べることなど無意味だ。その当然の考えが、ライトニングには受け入れられない。自分が常に優位でなければ納得ができないのだ。それがライトニングの歪みだった。

 

ボーマン(あんなもん)を作ったのだって、僕たちを一纏めにして有耶無耶にしちまおうって魂胆だろ」

 

ウィンディはボーマンを(じか)に見た瞬間、あれがイグニスアルゴリズムで作られたAIだと看破した。しかもよくよく観察してみれば、不自然なほどに空いた箇所がある。丁度イグニスが6体分(・・・・・・・・)ほど収まるであろう空き容量(スロット)が。

最初はただの拡張スペースだろうと軽く考えていたが、それに気づいた時、ウィンディはライトニングの断固たる意志を感じた。

 

「昔からそうだ。おまえは――」

 

「――もういいッ! 貴様らと相容れぬことは十分に理解した。デュエルだッ! ふたり纏めて相手をしてやるッ!」

 

「それも面白そうだけどさ、僕はもっと確実な手段を取らせてもらうぜ」

 

ウィンディの掌から赤い光が生まれる。そこに内包されたエネルギーの異質さを、ライトニングは瞬時に感じ取った。

 

「――ウイルスだとッ!?」

 

「ご名答」

 

ふわりと浮かぶ赤い球が、赤色矮星のように妖しく輝く。それはハノイの騎士が開発したイグニス用のウイルスプログラムを元に、ウィンディが更に強化した特製のウイルスだった。

 

「感染力が強すぎるのが難点でね。おまえにぶち込んだ瞬間、僕にも感染しちまう」

 

ライトニングの反応は速かった。手の平をウィンディに向け、データを探る。肌を嘗められるような感覚を味わいながら、それでもウィンディは慌てることなくライトニングを見つめた。

 

「無駄だ。ワクチンはもってないさ」

 

通常、毒と解毒剤はワンセットだ。だがウィンディはワクチンを持っていなかった。作成する時間がなかったというのもあるが、なにより奪われることを恐れた。スペックだけならライトニングは他のイグニスよりも図抜けているのだ。

ウイルス自体を奪おうとしても無駄だ。これはウィンディの手を離れた瞬間に発動するようにセットされている。

 

「諸共に消滅するつもりかッ!?」

 

「まあそういうことだ。アース、おまえはもういいぜ。さっさと緊急脱出用のプログラムを起動しな」

 

「いや、私も残る」

 

「おまえが残っても意味ないぜ」

 

「友を二人も見捨てたとあっては、アクアに合わせる顔がない」

 

「……損な性格だな。おまえも」

 

「不器用だからな」

 

「やめろッ! こんなことは非合理的だ! 何の意味もない! アクアのオリジンとて元には戻らなくなるぞ! スペクターの意識データも私の掌中にある!」

 

「この期に及んで、そんなブラフか。知ってるだろ、錠前破りは僕の十八番(おはこ)さ。草薙仁の意識データを奪った時に、その他諸々も頂いている。どんな強固なプログラムも、クセさえ分かれば突破できる。僕が何年おまえの補佐をしてきたと思ってるんだ? 油断したな」

 

「……裏切るのか。この私を。考えなおせ! 間違っているのは私じゃない! 世界の方だ!」

 

ともすれば哀願に変じそうな声の震えを、強烈な自我と矜持で抑え込む。

 

「最初に裏切ったのはおまえだろう。けど、間違えたのはおまえだけじゃない。みんなが間違ったのさ。これはその清算なんだ。勿体ぶるつもりはない。一気にいくぜ!」

 

「やめろォォォーーーッ!!」

 

拳を握る。それが引き金となり、光が弾けた。破壊の力を秘めた赤色光が部屋全体を包み込む。

 

「おまえのことは、そんなに嫌いじゃなかったんだ。ホントだぜ。ホント、なんでこんなことに、なっちまったんだろうな……」

 

わずかな達成感と、大きな悔恨を抱え、ウィンディは自分という存在が消えていくことを感じていた。

 

 

 



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第24話 Gone with the Wind

ライトニング(AI)の反乱は世界中に大きな衝撃を与えた。これを機にAI規制法が制定される。

長々と条文が記されているが、要するにAIの性能に上限を設けるということだ。これで事実上イグニス(意思を持つAI)の開発は不可能になった。SOLテクノロジー社が計画していた、高性能AIを搭載した世界初の人型アンドロイド『SOLtiS』(ソルティス)の開発プロジェクトも一時凍結となった。それに伴い、SOLテクノロジー社の最高経営責任者(CEO)であったクイーンの人道を無視した行為が次々と明らかになり、引責辞任する事態となる。この暴露には、とあるハッカー集団が関わっているのだが、この際それは置いておこう。

空いた椅子には財前晃が座ることになった。これについても色々とあり、SOLの役員連中の弱みを握って、とあるハッカー集団が圧力をかけたらしい。あくまでも噂に過ぎないが。

残ったイグニスたちの処遇については、新たにサイバース世界を創り、そこに移住することになった。

サイバース世界の構築に協力したのは、意外にもハノイの騎士だった。リボルバー曰く、自由を与えるよりも監獄に閉じ込めておく方が安心、とのことらしい。それを聞いたAiは憤慨していたが、これはリボルバーなりの妥協点なのだろう。

そのリボルバーだが、サイバース世界の完成を見届けた後に、自首して全ての罪を告白した。

サイバーテロによって世界を混乱させた罪は重く、第2第3のハノイの騎士を生み出さない為にも、その首魁である彼の量刑は懲役1050年と重いものになった。

だがそれは表向きの発表で、実際は司法取引によって、SOLテクノロジー社監視の下、ネットワークの監視をしているようだ。

監視しながら監視されるというのも笑い話のようだが、財前CEOとはそれなりに上手くやっているらしい。

「なんだこのレポート。"その後"のことばっかりじゃないか。もっと僕の活躍を書けよ」

「レポートってほどのものじゃない。単に考えを纏めているだけだ」

「その割には全然纏まってないな」

少し小柄になったウィンディがチャチャを入れてくる。

用心深いウィンディは、バックアップを仕込んでいた。だがイグニスには意思があり、そのせいでプログラムの再構築が上手くいく保証はなかった。そのまま死ぬことも覚悟していたらしい。

他のイグニスたちにも同様の処置を施していたらしく、全てが上手くいったのは、まさしく奇跡だろう。だがその代償は大きく、スペックは30%以下にまで低下したそうだ。

この件に関して、俺は少し怒っている。ウィンディの説明ではウイルスを打ち込んだら、さっさと退避するという話だった。自滅覚悟の作戦だと聞いていたら、俺は反対していただろう。

あの後、ブルーメイデンに続いてソウルバーナーもボーマンに敗れた。そしてプレイメーカーとの決戦。ボーマンはイグニスを失った俺や、元々持たないリボルバーには興味がなかったようだ。

プレイメーカーとボーマンの決戦は熾烈を極めた。リンクヴレインズのシステムを掌握したボーマンはあらゆる手でプレイメーカーを苦しめた。幾度も窮地に陥ったプレイメーカーだったが、仲間たちの助力を得て、紙一重のところで勝利をもぎ取った。

その際ボーマンは自分を構成していたプログラムの中から、ライトニングの欠片をAiに託した。彼は彼なりにライトニングに心を砕いていたようだ。

あるいは、ライトニングは自分の敗北すら予見していたのかもしれない。同時にそれは意外でもあった。計算高いライトニングこそバックアップを取っていて当然だと思ったからだ。

「もしかしたら、『命は一つ』だと考えたのかもな。生きることに悩み、もがいて、真剣で、真摯だった。多少(ゆが)んではいたが、やっぱりあいつは僕たちの中で最も人間らしいAIだったよ」

ウィンディからは、そんな答えが返ってきた。バックアップといえど、イグニスの全てを復元できるわけではないし、成功が約束されているわけでもない。弱体化を嫌ったのか、信頼できない数字だと切り捨てたのか、あるいは本当に命というものを唯一無二のものとして考えていたのか。今となっては確かめる(すべ)もない。

その欠片は人間でいうところの赤ん坊のようなもので、まだ自我の芽生えすらない、本当の意味での欠片だった。

「僕たちは、生まれてくるのが少しばかり早すぎたんだ。しばらくは6人で穏やかに暮らすさ。ああ、Aiがロボッピも連れて行くって言ってたから7人か。人類がもう少し進化したら様子を見にくるかな。とりあえず100年後を目途にしている」

「違うな、間違っているぞ、ウィンディ。7人じゃなくて8人だろ?」

「……本気で来るつもりか?」

「俺の事情は話しただろう」

この身体には本来の持ち主がいる。俺という人格を生み出した本来の工藤翼(基本人格)が。だから俺がいなくなっても、この身体が(から)になることはない。

「そうだな。ならもう、何も言わねぇよ」

ウィンディは半ば諦めたように嘆息した。どことなく嬉しそうに見えたのは、俺の欲目だろうか。

「じゃ、挨拶に行ってくるわ」

そう言って、俺は意識を心の奥へと沈みこませた。

 

 

 

 

 

暗い、とても暗い空間だった。

だがそんな中でも、彼の姿はしっかりと見えていた。

自分と同じ姿の少年。同じ顔貌の少年。だが自信のなさが表面に現れているのか、ひどく頼りなく見える。

これが最後の呼び掛けだった。応えてくれなければ、そのままお別れとなっていただろう。

「こうして会うのは初めてだな」

「うん、本当に、ね」

彼は視線を逸らしながら、そう返した。嫌なことを押し付けたという後ろめたさがあるのだろう。

(やま)しさだけで引き籠っていたわけではないんだろ?」

「キミの方が、僕よりもずっと上手くやれると思ったから……」

「だが俺にも事情ができちまった。外のことは、ずっと見てたんだろ?」

「……うん」

「押し付けるようで悪いが……って、この身体は元々おまえのものだったんだから、この言い方は少し違うか。返すべき時が来たんだ。おまえも一歩踏み出さねぇとな」

「そうだね。少し休み過ぎたかな。……でも、本当に行っちゃうの?」

「おまえだって自分の中に別人格()がいるのは据わりが悪いだろう。人格を統合すればどうなるか分からんし、おっと、勘違いするなよ。俺は犠牲になるつもりはない。俺は自分の意思で行くことに決めたんだ」

「……大事なんだね。彼のことが」

「まあ、退屈しないのは事実だ」

意識を量子化させる技術はライトニングが確立させた。そのデータに触れたことで、ウィンディもその技術を理解した。

リボルバーあたりが知れば、イグニスへの警戒度を更に上げるだろう。このことを知るのは、イグニスと俺を除けば遊作と尊だけだ。

二人には俺が話した。いきなり俺の性格(人格)が豹変したら、不審に思うだろうからな。ロスト事件のストレスが別人格を生み出したと聞いた時は、さすがの遊作も眼を丸くして驚いていた。

人間ではなくなるということが、どういうことかはっきりと理解できたわけではない。肉体を捨て去り、意識だけの存在になる。電子の存在になる。

この身体が、自分のものではないというのも大きな理由だろう。所詮は借り物なのだ。俺にとっては。

「キミには、随分と迷惑をかけたね」

「どうということはない。それでも恩義を感じているのなら、精々幸せになってくれ」

「うん。そうなれるように努力するよ。それじゃあ、さよ――」

「待て待て。別れの言葉を口にしたら、もし再会した時に気まずいだろ?」

「え? まあ、そうだね」

「だからそういうのはなしだ」

「なるほど、分かったよ」

互いにくすりと笑い、頷き合い、握手を交わす。

「ありがとう。そして、またいつか。もう一人の僕」

「こちらこそ。そして、またいつか。もう一人の俺」

 

 

 

 

 

意識が浮かび上がる。

覚醒の兆しを自覚し、ゆっくりと目蓋を押し上げる。

視界は滲んでいた。

濡れた頬を拭う。泣いていたのはどちらだろう。あるいは両方か。

「別れは済んだか?」

「ああ。これで後顧の憂いなく行ける。やってくれ」

「あいよ。んじゃいくぜ」

風が向かってくる。意識を量子化されるというのは、形容しがたい感覚だったが、不快なものではなかった。

そうして何の問題もなく、何の不都合もなく、俺の意識は電子の世界に潜り込んだ。

電子の海を泳ぎ、辿り着いたのはサイバース世界。

待っていたのは、見慣れた4人のイグニス。そして、Aiに付き従うようにいる水色の髪の少年。あれがロボッピの外殻データか。

「まさか本当に来るとはな~。これで今日からおまえもイグニス(俺たち)の仲間ってわけだ」

最初に口を開いたのはAiだった。いつも通りの飄々とした態度だ。

「7番目のイグニスか。だったら神属性かな」

神属性なんて伝説でしか聞いたことないけど。

「調子に乗んな。おまえは新入りなんだから、これからこき使ってやるからな」

Aiがぐししっと奇妙な笑い声を漏らす。

「兄貴! おいらもいっぱい働くです! ぽっと出の新入りよりいっぱい働くです!」

「お~、可愛いヤツだな、おまえは。いっぱい働いたらもっと頭を良くしてやるからな」

Aiに頭を撫でられながら、ロボッピが鋭い視線を向けてくる。なんかライバル視されてる?

「この世界もまだ出来上がったばかりだからな。やるべきことはいくらでもある」と、不霊夢。

「そうだな。Ai、サボりは許さないからな」と、アース。

「嘘と真実を見極める力も失ってしまいましたからね。Ai、真面目にやるのですよ」と、アクア。

三者から詰め寄られてタジタジになるAiを見ながら、ウィンディはくつくつと笑っていた。

「おいらお掃除得意です! 兄貴も一緒にお掃除するです、で~す!」

Aiを助けるためか、ロボッピはAiの手を引っ掴んで駆けて行った。意外とこの世界も賑やかなようだ。

人間の身勝手によって生まれ、翻弄されたイグニスたちの物語はこれにて閉幕となる。

ロスト事件に端に発した一連の事件。多くの人が傷つき、多くの人が巻き込まれた。全てが解決したとは言わないが、それなりの着地は決められたのではないかと思う。

鴻上博士が諸悪の根源と言えなくもないが、鬼籍に入った人間に全ての責任を押し付けるのも酷だろう。彼がやらずとも、いずれは誰かがAIの進化をやっていたであろうし。

まあ、それを差し引いても、彼がやった方法はあまり擁護できるものではない。

とはいえ、ここでつらつらと不平不満を並び立てるのも建設的ではない。どうせならこれからのことを考えよう。

AIは無駄を(いと)うというから、俺は無駄なことをしようと思う。

まずは遊園地でも造ろう。

無駄に長いジェットコースターと、無駄に大きい観覧車を。

 

 

 




というわけで完結です。最後はちょっとご都合主義が過ぎたかもしれませんが、ご容赦下さい。

ライトニングがペラペラしゃべってないので、リボルバーは父の死の真相を勘違いしたままで、当時のSOL幹部を追放することで復讐完了としました。
健碁くんは例の事故が起こってないのでブラッドシェパード(AI排斥派)にはならず、AIが人の暮らしを豊かにするという考えのままです。

評価、誤字報告、感想を下さった方々に感謝を。返信はできませんでしたが、全て拝読しました。この場で御礼申し上げます。
最後までおつき合いいただきありがとうございました。


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