ノジャロリドラゴンアンデッドオニギツネ(学名:Nojalolia inalius) (放出系能力者)
しおりを挟む

INARI爆誕

 

「クククク……ついに我らの研究の集大成が完成する! 合成魔獣、ノジャロリドラゴンアンデッドオニギツネが!」

 

 ここは悪の秘密結社『ダークネスエンパイア』が保有する地下研究所。怪しげな研究者たちがモンスターから採取されたDNAを掛け合わせ、未知の魔獣を生み出す禁忌の実験を繰り返していた。

 

 現代では絶滅した種族『ノジャロリ族』は、いくつもの派生種族を生み出し地上の覇権を握るほどの力を誇っていたと考えられている。

 

 空の支配者ノジャロリドラゴン、闇の支配者ノジャロリヴァンパイア、地の支配者ノジャロリオニ、米の支配者ノジャロリギツネ。一つの種族をとっても、その強さは天変地異に匹敵する。

 

 それだけの力を持つ彼女たちが滅んだ理由は解明されていない。しかし、永久凍土から発掘されたこれらノジャロリ族の遺体が悪の組織の手に渡り、合成魔獣として現代に蘇ろうとしていた。

 

 緑色に照らし出された培養槽の中に一人の少女らしき存在が浮かんでいた。こがね色の稲穂を思わせる長髪、その頭の上には狐の耳が生えている。さらに小さな鬼の角らしき突起も生え、背中にはコウモリのような羽も生え、トカゲにも似た鱗のある尻尾も生え、股の間にはおいなりさんも生えていた。

 

 彼女、いや彼こそがノジャロリ族の全てのDNAを取り込み作られたノジャロリドラゴンアンデッドオニギツネ、個体名『INARI』である。

 

 マッドサイエンティストたちが操作するロボットアームが培養槽の中で動き、INARIの下腹部にレーザーで焼き跡をつけていく。これは合成魔獣に対して組織への絶対服従を誓わせる『命令紋』である。

 

 その焼付作業の最中のことだった。沈黙していたINARIの目蓋がゆっくりと見開かれる。

 

 

 ドクン!

 

 

「な、なに!? バカな、まだ目覚める段階では……」

 

 ピシリと水槽に亀裂が走った。培養液がこぼれ出す。けたたましくアラートが鳴り響き、バイオハザードの発生を施設全域に知らせる。

 

「ノー……ジャー……」

 

 少女が外へ出てくる。その体はみるみるうちに変貌していく。全身の筋肉が風船のように膨張した。鬼の角がビキビキと音を立てて勇ましく屹立する。それにともない骨格までもが変化。150センチ代だった身長が2メートルを超える。INARIに備わる変化形態の一つ『ノジャオニマッスルモード』である。

 

「戻して!」

 

 研究員が悲痛な叫びをあげようと解放されてしまった実験体はもはや元に戻らない。研究者たちは我さきにと逃げ出し、入れ替わるようにして全身を完全武装した処理兵たちがなだれ込む。魔法銃を突き付けられた実験体は、自身の肉体美を見せつけるようにポーズを決めた。

 

 ダブルバイセップス。美しき上半身の逆三角形が光る。神々しささえ漂わせるバルクと極限まで絞り抜かれたプロポーションの黄金比率。そこに可愛らしい八重歯を覗かせた天使の笑顔が合わさった。

 

 

 プンッ

 

 

 処理兵の一人が突然吹き飛び、壁に叩きつけられて失神した。その現象を引き起こした原因とは、少女の大胸筋である。左胸の筋肉をピクピクさせた。その衝撃が空気を振動させ、人ひとりの意識を奪い取るほどの攻撃と化したのだ。

 

 処理兵たちの脳裏に絶望の二文字が浮かぶ。この怪物を止める手段はないと悟った。

 

 

 * * *

 

 

「いっけなーい! 遅刻しちゃうー!」

 

 セントラー冒険学校初等部の生徒、桜原マカロンは急ぎ足で登校していた。口には食パンを咥えている。

 

 遅刻しそうな焦りもあったが、それ以上に今の彼女は気分が高揚していた。このシチュエーションならば、曲がり角でぶつかった男子と素敵な出会いがあるかもしれないという期待があった。

 

 マカロンはサキュバス族である。悪魔族特有の羽と尻尾が生えている。容姿に関しては人並み以上の自信があった。母親譲りのストロベリーブロンドの髪の手入れは毎朝欠かさない。そのせいで遅刻しかけているわけだが。

 

 まあしかし、そんな漫画みたいな出会いなんて起きるはずないかと思ったそのとき、偶然にも曲がり角を飛び出した先で人とぶつかってしまった。

 

「きゃっ! ごめんなさい!」

 

 とっさに謝ったマカロンの先には筋肉の壁があった。全裸の筋肉巨体だった。しかし、首から上は笑顔の美少女。まるで合成写真のような気味の悪さだ。股間のふぐりも不釣り合いなくらい小さい。

 

「ピピッ……敵対行動ヲ確認……最優先デ排除シマスノジャ」

 

 INARIは自力で研究所から脱走はしたものの、完全に自我を確立しているわけではなかった。命令紋を書き込みが途中で終わってしまったため、暴走状態に陥っていた。ぶつかってきたマカロンの反応から敵と認定し、殺気を向ける。

 

「あへへえええええ!(畏怖)」

 

 その瞬間にマカロンは彼我の実力差を思い知らされた。顔面蒼白で白目を剥いてアヘり散らす。即座に戦意喪失を強いられるほどの濃密な殺気だった。

 

 そんな状態のマカロンに対しても殺戮マシーンと化したノジャロリモンスターが躊躇うことはなかった。片手を伸ばし、マカロンの頭を掴み取ろうとする。その握力があれば指が触れた瞬間、頭蓋の内部から頭部が爆発四散することだろう。

 

 マカロンは子供ながらに絶体絶命の窮地を本能で理解していた。彼女がただの幼子であったなら恐怖に身がすくんだまま身動き一つ取れなかった。

 

 しかし、これでも彼女は冒険者学校に通う〇学生だ。対モンスター戦の基礎を教育されている。極限状況下において彼女は思考を停止していなかった。

 

 走馬灯のごとく駆け巡る思考の中から打つ手を模索する。対抗できる手段は皆無。それでも死にたくない。生きたい。その一心がマカロンに行動を取らせた。

 

「フンハッ!」

 

 自身のブラウスに手をかけたかと思うと、それを左右に引きちぎった。ボタンが弾け飛び、下着もまだつける必要のないほど平たいマカロンの胸部が露出する。

 

 それはサキュバスとしての本能から導き出された最後の手段、色仕掛けだった。サキュバスにとって異性を魅了する能力こそが最大の武器だ。しかし、いかんせん彼女は幼かった。

 

 その表情に男を誘う妖艶さはない。抜き差しならぬ命の危機に直面し、歯を食いしばった決死の形相。生にしがみつこうとする執念に歪む。流れ落ちる汗、涙、鼻水が滴り落ちては乾いた地面に吸い込まれていく。まるで自分の寿命を暗示しているかのようだった。

 

 それを見た、筋肉の巨人の動きが止まった。にわかに小さく震え始める。何が起きたのかマカロンにもわからない。唐突に、巨人は鼻から大量の血を流しながら倒れた。

 

 

 * * *

 

 

 太古の昔、世界の全てを支配していたと言われるノジャロリ族。なぜ彼女たちは滅亡してしまったのか。その理由の一つが、繁殖能力の低さだった。

 

 エルフなどの長命種にはよくあることだが、個体数を増やすことよりも現存数を維持するために個の能力を高める進化を遂げている。ノジャロリ族の場合、ほぼ全ての個体が雌であるため繁殖力が極めて低かった。

 

 ごく稀に発生する『男の娘個体』は、子孫を残す限られた機会を無駄にしないため、性的刺激に対して非常にセンシティブである。そのエロ耐性は禁欲7日目の中学生男子を遥かに下回る。

 

 マカロンの胸を修正無しで直視してしまったINARIは興奮のあまり爆発的に心拍数が高まり、その強靭な心臓から叩き出される血圧値は3000を超えた。これにより全身の細胞が破壊され、おびただしい出血を引き起こしたのである。

 

 マカロンの活躍によりセントラー都の平和は人知れず守られた。オニモードが解除されたINARIは元の美少女の姿に戻ったが、瀕死の状態だった。全臓器と脳の損壊率は80%強に達していた。

 

「なんだこの患者は!? なぜこんな状態でまだ生きていられる!?」

 

「わからんが、とにかく輸血だ!」

 

 INARIはセントラー冒険大学病院の集中治療室に運び込まれた。マカロンが救急車を呼んだのである。手術を終えたINARIは一命を取り留めた。化け物じみた回復力により術後30分で全快した。

 

 酸素吸入器を取り付けられたINARIは病院のベッドの上で意識を取り戻した。その傍らにはマカロンが付き添っていた。

 

「あっ、よかった~! 目が覚めたんだね!」

 

「こ、ここは……?」

 

 マカロンはこの人外娘が危険人物であることを知りながら助けた。それは母の教えがあったからだ。

 

『マカちゃん、男と女は持ちつ持たれつ。出しつ出されつなのよ』

 

 一方だけが気持ちよくなって終わる関係ではならない。双方が納得するwin-winの関係であることが望ましい。

 

 人外娘の反応から見てマカロンの色仕掛けに悩殺されたことは明らかだった。全身の穴という穴から血反吐をぶちまけるほどの絶頂である。男の本懐と言えるだろう。

 

 だが、その与えた快楽の代償をまだマカロンはもらっていない。どんな手を使ってでも支払わせねばならない。平坦な胸を拝ませた対価を取り立てなければならない。それが悪魔の契約。

 

「ねぇ、キミはどこから来たの?」

 

「わからないのじゃ……」

 

 暴走状態から落ち着いたINARIの記憶は大半が失われていた。自分が何者であるかもわからない状態だった。マカロンは金銭による請求は困難と判断する。ならば体で支払わせるしかない。

 

「そうなんだ。あっ! いいこと思いついちゃった! それなら私の家に来ない?」

 

 今のところ精神状態は落ち着いているようだが、また暴走することがないとは言い切れない。その時は即座に乳首を見せ、もう一度生死の境をさまよってもらうことになるだろう。

 

 こうしてノジャロリとサキュロリの奇妙なコンビが生まれたのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒロインピンチ! 駆けつけろINARI!

 

「いなちゃん、ごはんよ~」

 

 ここはセントラー都のあるマンションの一室。桜原マカロンの自宅である。彼女の母親、桜原マフィンは娘がどこからかテイクアウトしてきた謎の美少女を見て、すぐに事情を把握した。こうして合成魔獣INARIは桜原家に温かく迎え入れられたのだった。

 

「今日のごはんは、いなちゃんが好きなおにぎりよ」

 

「やったのじゃー!」

 

 桜原マフィンはサキュバス族、年齢は●29歳。一児の母であるがこの家に父親らしき男は住んでいない。父親が誰だかわからない子供ができることはサキュバス族にとって珍しいことではない。

 

 ムチムチッ♥

 どたぷん♥

 ムアァ……ッ♥

 

 彼女の周囲にはこのような擬音が群がる羽虫のように飛び交っている。これはサキュバス族が使う淫乱魔法の一種だ。しかし、こけおどしではなくマフィンはその擬音に見合うだけのダイナマイトバディーを有している。

 

 マフィンの朝食を知らせる呼び声を聞きつけたINARIは急ぎ足でダイニングまで駆けてきた。着ている女児服はマカロンのおさがりである。好物の米が食えるとあって上機嫌になったINARIだったが、はっと何かに気づいたかのように態度を変えた。

 

「……愚かな下等種族が。その程度の供物で我が舌を満足されられるとでも思ったのかじゃ?」

 

 ――INARI生態レポート【1】――

 ノジャロリ族至高主義。他の雑多な種族は全て下等生物扱いする。最強生物は常に孤高。

 

「もう、好き嫌いしちゃだめよ」

 

 注意しながらもマフィンの口調は少しも怒っていない。腕を組み、そっぽを向いているINARIの頭を優しく撫でた。

 

「のじゃ~♥」

 

 ――INARI生態レポート【2】――

 頭をなでなでされるのが大好き。

 

 INARIが何者であるかマフィンは知らない。マカロンも詳しいことは話さなかった。しかし、何も心配はしていない。むしろ娘の成長を喜んでいた。

 

「そう……あの子も(ペット)を飼いたがる年頃になったのね」

 

 マフィンも子供の頃は母親に(イヌ)を飼いたいとせがんだものだった。醜く肥え太った金持ちのイヌを三匹ほど仕入れて欲しいとわがままを言って母を困らせたものだ。しみじみと思いながら、INARIのためにこしらえた塩昆布にぎりを専用皿に入れた。

 

「はい、めしあがれ」

 

 もちろんペット用の食器である。床に置かれた餌入れの前でINARIは四つん這いになると、顔を突っ込んで食べ始めた。嬉しそうに尻尾も降っている。

 

「マカちゃんもそろそろ起きなさい~! 日曜日だからっていつまでも寝てないの!」

 

「……ふぁあ~い。もうおひてるよぉ~」

 

 眠気まなこをこすりながらパジャマ姿で自室から出て来たマカロンはテーブルについて朝食を食べ始める。そこにINARIがどたどたと駆け寄ってくる。

 

 彼はマカロンに特に懐いていた。暴走状態から解き放たれるとき、視覚野に焼き付いたマカロンの姿が刷り込みのようにインプットされたのだ。もともと組織に従うように組み込まれていた服従プログラムが未実行の状態で保留されていたため、そこにマカロンが主人として登録された形となった。

 

「だめ、いなり! ステイ!」

 

「のじゃ……っ」

 

 INARIは速やかに命令に従い、その場に待機した。

 

「よし! いい子いい子」

 

「のじゃじゃ~♥」

 

 頭を撫でて褒める。その関係は親密ながらも飼い主とペットの距離感を保っている。マカロンはINARIとの過度なスキンシップを避けていた。

 

 INARIのことを避けているわけではない。初めのうちは甘えたがるINARIを思いっきり抱きしめてほっぺにチューなどもしていたのだが、すぐさま彼は血嬉ション3リットルを放出して死にかけた。

 

 生き物を飼うということは、その生き物を知るところから始まる。適切な飼い方ができなければ、どんなに愛情を注いでも苦痛となってしまう。それは飼い主の責任だ。甘やかすことだけが愛ではない。

 

 マカロンは朝食を終え、リビングでテレビを観る。ちびっこに大人気の特撮番組『仮面戦隊マジキュア』である。

 

『怪人ホワイトリバース、これを受けてみろ! キュアキュア改心洗脳ビーム!』『ぐああああ!! こ、心が浄化されていく……!』

 

「すごーい! 私もいつかキュアレッドみたいに悪の組織をやっつけられる冒険者になりたいなぁ」

 

「くだらんのじゃ。我が爪の一撃をもってすればこの程度の敵、塵すら残さず葬り去るのじゃ」

 

「もー、それじゃ怪人さんがかわいそうだよ! どんな悪人の心も入れ替えさせちゃうのがマジキュアのすごいところなんだよ」

 

『これからは心を入れ替えて、どんなブラックな職場でも文句を言わず働きます!』『これにて一件落着ぅ!』

 

 この大都市セントラー都は一見して平和だが、その裏では密やかに数々の陰謀が渦巻いている。増加の一途をたどる犯罪者と秘密結社の存在、放棄され野生化した凶暴な合成魔獣の群れ、政府上層部の腐敗、頻発する大災害、隣接する帝国との武力衝突などの脅威にさらされている。

 

 数々の問題を何とかするため有志たちが『冒険者組合』を結成した。今やその存在は警察機関を差し置いてこの国の治安を守り、国民からの絶大な支持を集めている。マカロンが通う学校も冒険者を養成する教育機関だ。彼女の夢は立派な冒険者になることだった。

 

「あ、終わっちゃった。じゃあ、散歩にいこっか、いなり」

 

「行くのじゃ!」

 

 マジキュアを見終えたマカロンはINARIの首輪にリードをつないでマンションを出た。散歩中は四つ足歩行を強要されるINARI。ご近所さんと挨拶を交わしながらいつもの散歩コースを歩いた。

 

 公園のドッグランでINARIを解き放ち遊ばせた。先に遊んでいた犬たちは混入してきた異物に困惑する。

 

「下等生物どもが近づくでない……今からここは我の縄張りじゃ!」

 

 膝小僧に血をにじませながらぎこちなく走り回るINARIを満足げに眺めていたマカロンは、ふと尿意を覚えた。

 

「いなり、ちょっとトイレに行ってくるから遊んでてね」

 

「わかったのじゃ!」

 

 公衆トイレは少し離れた場所にある。そこまで移動している時のことだった。狭い路地からスピードを出した車が走ってきて、マカロンの横で急停止する。

 

「え、なに」

 

 白いバンの後部座席から黒ずくめの男が素早く降車し、マカロンの背後から襲い掛かる。ハンカチを口元に当てられ悲鳴を封じられた。

 

「んー!?」

 

 そしてハンカチに含まれていた秒で眠りに落ちるヤバイ薬によってマカロンは意識を失う。鮮やかな手際でハイエースに乗せられたマカロンは連れ去られてしまった。

 

「……ご主人、遅いのじゃ」

 

 一方、マーキング行為に勤しんでいたINARIは帰りの遅いマカロンのことを心配し始めた。勝手にドッグランから出るのはまずいとは思いつつも、妙な胸騒ぎを覚えて主人を探しにいく。そしてトイレに向かう道の途中で脱ぎ捨てられたマカロンの靴の片方を発見した。

 

「くんくん、これは間違いない。ご主人のものじゃ! ぐぶるああっ!?」

 

 靴のにおいを嗅いだだけで発作を起こし、喀血に苦しむINARI。しかし、こんなところで昇天するわけにはいかない。こんな道の真ん中でマカロンが靴を脱いで行く状況なんて普通ではない。何かの事件に巻き込まれたものと判断する。

 

「フゥ……フゥ……ガフッ……! 我が身体よ、もう少しだけ堪えるのじゃ! ノジャギツネふわけもモードッ!」

 

 ――INARI生態レポート【3】――

 ノジャロリギツネのDNA情報から引き出された変化形態の一つ『ノジャギツネふわけもモード』。全モード中、最も高い五感の感知能力を得る。固有魔法『稲荷妖術』を使用可能。ケモナー属性に対する特攻効果を獲得。

 

 INARIの全身がふわふわの体毛に包まれ、鼻先にマズルが形成され、ケモ度が上がっていく。このモードの嗅覚があれば遠く離れた場所にいるマカロンのにおいを追跡することも可能である。主人の靴を咥えたINARIは四つ足で疾走した。

 

 

 * * *

 

 

 マカロンが運び込まれた先は打ち捨てられた廃工場の跡地だった。目を覚ました彼女を取り囲むように目出し帽をかぶった怪しげな男たちが並んでいる。マカロンは猿轡をされ手足も縛られていた。あまりの状況に気が動転してアヘりかける。

 

「いいかい、お嬢ちゃん。今から猿轡を外すが、大きな声を出してはいけないよ。そんなことをしたらどうなるか……わかるよね?」

 

 マカロンは目に涙を浮かべながら頷く。猿轡が唾液の糸を引いて外される。しかし、手足の拘束はそのままだ。身動きは取れない。

 

「お嬢ちゃんの名前と年齢を教えてもらえるかな?」

 

「桜原マカロン、●才です……」

 

「種族は?」

 

「さ、サキュバスです……」

 

 男たちの表情がにちゃりと歪んだ気がした。マカロンは恐怖に震えた。それと同時に抗いがたい生理反応が沸き起こる。尿意である。トイレに行く途中で拉致られてしまったため我慢の限界に達していた。

 

 しょわ~

 

「ふええぇ……! おしっこしちゃったよぉ~!」

 

「そ、それは大変だねぇ。おじさんが下着を替えてあげよう……!」

 

 その反応を見た男たちが息を荒げた。こちらも催したかのようにカチャカチャとズボンのベルトを外そうとしている。

 

「ひいっ!? な、なにするの? やめて、来ないでっ! 来ないでえええええええ!!」

 

 

 淫乱魔法(ドスケベマジック)『内気功・赤子素製造器玉々爆裂波』

 

 

 マカロンに近づいていた男の股間が異様な大きさのテントを張ったかと思うと、破裂した。ズボンのすそから大量の出血と共に、脂肪のような半固形状のどろりとした塊が流れ落ちる。

 

「は、え、お、おれの、あ、あ、ああ……」

 

 何が起きたと言うのか。それは一瞬のことだった。もどかしそうにズボンを下ろしながら接近してきた男に対し、マカロンは起き上がり、軽くその体に手を触れた。ただ、それだけで男の睾丸は爆発した。

 

 その場に膝をついた男は痛みに泣き叫ぶわけでもなく、静かにうつむいたまま動かなくなった。死んだのだ。この世のものとは思えない快楽の絶頂と、もう二度と生殖が叶わなくなった生物としての絶望。その落差に引き裂かれた彼の精神は崩壊し、死に至らせた。

 

「な、なにをした貴様!? どうやって拘束を抜けた!?」

 

 手足の拘束は悪魔尻尾の先端を鋭利化させて切断した。マカロンは息を整え、構えを取る。サキュバス族に伝わる近接戦闘術『砂丘蓮拳』は、砂漠に咲くはずのない蓮華を見たかのように相対する者を惑わす幻影拳法である。

 

「この程度の緊縛プレイでサキュバス族を捕えようとは……片腹痛し」

 

 風がそよいだ。男たちはそのようにしか感じ取れなかった。大の男が相手とはいえ何の武術の心得もない素人の虚をつくことなど容易かった。マカロンは触れた箇所から淫気を注入する。

 

 男たちは奇声をあげてうずくまった。その全員が、最初に犠牲になった誘拐犯と同じ末路を辿る。

 

「なんだこのガキは!? ま、まさか冒険者か!?」

 

「嘘だろ、こんな子供が!?」

 

 彼女は冒険者学校初等部に通う冒険者の卵。悪しき闇に落ちた人間に引導を渡すことも冒険者の任務の一つである。その成果を上げたはずのマカロンはしかし、自嘲気味に笑う。

 

 彼女が敬愛するマジキュアのキュアレッドならば、こんな手段を用いずとも悪党を改心させることができただろう。まだ今のマカロンはその域に到達はしていない。暴力をもって命を摘み取る作業をこなすことしかできない。

 

 今は、その現実を甘んじて受け入れる。残党を片付けるため、ゆらりと踏み出した。恐れおののき逃げ出そうとする誘拐犯たち。しかし、逃走することはできなかった。逃げ道を塞ぐように廃工場の入口を破壊する巨大な影が現れたからだ。

 

「あへっ!(畏怖)」

 

 余裕を保っていたマカロンがここに来てアヘりをあらわにする。それほどまでに濃密な殺気が空間の全域に広がった。身の毛ものよだつ強者の気配を中てられ、誘拐チームは意識を保ったまま立っているだけで精一杯の状態にまで追い込まれていた。脳に直接思念が送られてくる。

 

 

  オ ロ カ ナ ル ニ ン ゲ ン ド モ ヨ 

  シ ン バ ツ ヲ ウ ケ ル ガ ヨ イ

  ア ッ

  ウ ケ ル ガ ヨ イ ノ ジ ャ 

 

 

 白面金毛九尾の狐がそこにいた。九つに分かれた尻尾の先まで含めれば、その体長は目算でも10メートルを超える。それは暴走したINARIだった。マカロンを追いかけて走るうちにケモ度が上がり過ぎて山月記してしまったのだ。

 

 

 稲荷妖術『古代米・赤米』

 

 

 INARIは空中に米俵を生み出した。妖術によって作り出されたそれは地面に着弾するや四方八方に米の雨を降らせる。

 

「うぎいいいいい!? こ、コメがっ、コメがあっ、か、からだにいいいい!!」

 

 正面から米の弾幕を受けた誘拐チームの体に変化が起きる。男たちの肉体を苗床として、発芽した米が血肉を吸い上げ稲に成長していく。その一撃をもって誘拐犯は壊滅した。

 

 マカロンはたまたまを潰した死体の一つを盾にして赤米の無差別攻撃を防いでいた。苗床になった肉盾を放り捨てる。

 

 とっさに防いでいなければ今頃マカロンも苗床化していただろう。今のINARIは、マカロンが初めて遭遇した時と同じ完全な暴走状態だ。すぐに鎮めなければこの都が壊滅的な被害を受けてしまう。いや、世界が危ない。マカロンは躊躇なく平たい胸を露出した。

 

「――ッ!? きかない!?」

 

 だが、マカロンの胸を見てもINARIが動じることはなかった。視界に入っていることは間違いないはずだった。

 

 INARIは目こそ開けているものの視覚をシャットアウトした状態になっていた。本能的にマカロンを脅威と感じ、入って来る情報を遮断したのである。

 

「前よりも賢い……! 戦いの中で成長している!」

 

 そのことに気づいたマカロンだったが不思議と狼狽えることはなかった。以前よりも成長している。それはマカロンも同じだ。

 

「面白い……それでこそ闘い甲斐があるというものッ! ハアアアアアアッ!」

 

 マカロンの全身から淫気がほとばしった。

 

 ろりろりっ♥

 ろりぷにっ♥

 

 あふれ出るオノマトペ。受け継がれし血統が目覚める。その覇気をあざ笑うかのようにINARIは大規模妖術を行使した。

  

 

 稲荷妖術『特異点・千本鳥居』

 

 

 術中にはまる瞬間を捉えることすらできなかった。気がつけばマカロンはどこまでも長く立ち並ぶ鳥居の中にいた。幻術であると思われるがあまりに高度であるためマカロンに解除することはできない。

 

 通りの両脇に立てれられた灯篭に火が灯っていく。マカロンを追い立てるように、鳥居の奥に爛々と光る二つの目が見えた。まっすぐに伸びた一本道だ。立ち向かい前へ進むか、後ろへ逃げるか、二つに一つ。

 

 だが、どちらを選ぼうと結果は変わらない。幻術を破る力を持たない者に逃げ場はないのだ。鳥居の道は無限に続く。そして、迫り来る妖狐を振り切って走ることなどできるはずもない。

 

 目が見えていようといまいと関係ない。妖狐の巨体が駆け抜けるだけでマカロンは踏みつぶされて死ぬだろう。いくら意気込んだところで実力差は天と地ほどもかけ離れている。

 

 しかし、マカロンは逃げも隠れもしなかった。敵の到達を待ち構える。石畳を砕きながら迫る死の重圧を前にしても退くことはなかった。

 

 確かにINARIの目は見えていない。だが、果たして全ての情報を遮断していると言えるだろうか。

 

 見えずとも聞けばよい。嗅げばよい。視覚の一つが封じられたからと言ってINARIにとってそれは何の苦にもならない。研ぎ澄まされた五感をもってすれば視覚だけに頼らずとも手に取るように周囲の状況を把握できるのだ。

 

 それが突破口だった。ついに目の前にまで近づいたINARIに対し、マカロンは握りしめたブツを投げつける。おもらしでびちょびちょになったショーツが宙を舞い、妖狐の鼻先に触れた。

 

 

 INARI(HP      0/999999999)

 

 

『ノ゛オオオォォォォォォジャアアァァァァァァァァ……』

 

 最後の一撃は、切ない。INARIは力尽きた。感度3000倍にまで強化された嗅覚が仇となった。一応、嗅覚も遮断はしていたのだが、鼻先に濡れた感触を受けて思わず嗅いでしまった。むしろ遮断していなかった方が事前に察知して回避できたかもしれなかった。

 

 もふけもモードが解除されてINARIは元の姿に戻ったが、それと引き換えに瀕死の重体となった。マカロンは救急車を呼び、INARIはセントラー冒険大学病院に搬送された。

 

「またこいつか! まあ、輸血しとけば治るだろ」

 

 一時は危篤状態に陥ったINARIだったが医師たちの懸命な救助活動のおかげで一命を取り留める。

 

「こ、ここは……?」

 

「あっ、よかった~! 目が覚めたんだね!」

 

 意識を取り戻したINARIは知らない病院の天井を見て困惑していた。マカロンは事情を説明していく。

 

 こうしてまたしてもマカロンの活躍により、人知れずセントラー都の平和は守られた。ノジャロリとサキュロリの二人は平穏な日常を取り戻したのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドラゴンカーセックスで、抜け(ギアス)

 

「じゃーん! みてみて、ママ、いなり! テストで100点とったよ~!」

 

 学校から帰ってきたマカロンがランドセルからテスト用紙を取り出して見せる。算数のテストには大きな花丸がつけられていた。

 

「まぁ、すごいわ。よく頑張ったわね、マカちゃん。これはごほうびをあげなくちゃね」

 

「やったぁ♪」

 

 マカロンは、テストで良い成績を取ったら好きなものを買ってもらう約束をしていた。INARIも連れて三人は、都心の冒険デパートにやってきた。

 

「いなちゃんのお洋服もそろそろ買ってあげようと思っていたのよね」

 

「ほう、我にふさわしい戦装束を見繕うがよいのじゃ」

 

 これまではマカロンのおさがりだったので、INARIが使う普段着をついでに買うことになる。マカロンはINARIのためにかわいい服を選んであげた。

 

「これなんかいいんじゃない?」

 

 黒のレオタードに網タイツ、パンプス、そしてウサギの耳型カチューシャ、いわゆるバニー服である。おしりにはウサギの尻尾を模したボンボンもついていたが、INARIにはドラゴン尻尾が既に生えているので、獣人向けの穴が空いたタイプをチョイス。もちろん、カフスを忘れてはならない。

 

「うーん、ちょっと露出が多すぎるかしら」

 

 マフィンはそこにジャケットをプラスした。首元は蝶ネクタイで飾り、エロさの中にもフォーマル感を演出。それでいて下半身のタイトな構成が股間のいなりを強調する刺激的なコーディネートとなった。

 

「無難にまとまった感じだけど、初めてだしこのくらいがちょうどいいかもね」

 

「あっ、こっちに逆バニーバージョンがあるよ!」

 

「着回しコーデ用に合わせて買っておきましょう」

 

 試着室で着替えさせられたINARIはそのままの格好でショッピングを継続することになった。キツネ耳や鬼の角やらで既に属性の飽和状態に達している頭部に、さらにウサギの耳が追加される。

 

 マカロンも服が欲しくなったが、今回はコスメを買ってもらう予定だったので化粧品売り場へ向かった。メイクはサキュバスにとっても大事な技術の一つ。●学生だからと言って不相応ということはない。キッズコスメセットを買ってもらったマカロンはご満悦だ。

 

「あっ、ママ。マンゴーフェアだって、おいしそう!」

 

「ちょっと休憩していきましょうか」

 

 三人はフードエリアに立ち寄った。マカロンはマンゴースフレチーズケーキ、マフィンはマンゴー&チェリーババロア、INARIはマンゴー特濃ミルクシェイクを注文した。

 

「うぇほっ、けほっ!」

 

「もう、そんなに慌てて食べないの、いなり」

 

「いやこれおいしいけど、完熟マンゴーのねっとり感と濃厚なミルクの味わいが喉に絡みついて飲みにくいのじゃ……」

 

 マカロンがハンカチでINARIの口元を拭いてあげていた時のことだった。なにやら外から騒がしい音が聞こえてくる。

 

 

 ボッ↓、ボッ↓、ボッ↓ボッ→ボッ↑ボッボバアアアアアア↑↑↑!!

 ボッバアアアアアアアアア↑↑!!

 

 

 デパートに激震走る。鼓膜を破壊するようなエンジン音と共に正面口のガラスが粉砕され、数台の車が突っ込んできた。客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

「んなんだぁ!? 事故か!?」

 

「いや違う! こいつらは……違法改造暴走族『世紀末廃車団』だ!」

 

 日常の崩壊は唐突に訪れる。装甲で補強された改造車は障害物をものともせずデパート内を疾走した。客や店員がいなくなったところで車からパンクファッションのモヒカンたちが降りてくる。

 

「ヒャッハアアア! 略奪の時間だアアア!!」

 

 モヒカンたちは商品を手あたり次第に奪い、車に積み込み始めた。その光景を目の当たりにしたマカロンは、冒険者の卵として見過ごしてはおけないと思いつつも、恐怖に身がすくんで動けずにいた。

 

「待てい! 社会を脅かす悪党どもが!」

 

 しかし、その凶行に待ったをかける声があがった。エスカレーターの上階から一人の男が華麗に飛び立ち、暴走族たちの前に着地する。その手には巨大な剣が握られている。にもかかわらず、圧倒的な速さでモヒカンの一人を切り捨てた。

 

「命乞いをする暇すらあると思わないことだ……」

 

 都立冒険学校『初等部四年生(エレメンタリークラス4)』、カミール・ケルベロス(ヒューマン族38歳)の眼光にモヒカンたちは怯む。マカロンが通う学校の上級生だった。経験を積んだベテラン冒険者の登場に安堵する。隠れていた客たちに希望が生まれた。

 

「冒険者がいやがったのか! どこにでも湧きやがる雑魚どもがよぉ! おれっちの愛車で轢き殺してやらあああ!」

 

 生身での特攻は無謀と判断したモヒカンたちは車に乗り込んだ。マフラーを取り外された改造車がエンジンを吹き鳴らしながら爆走する。磨き上げられた床の上を急発進したタイヤのスキール音が甲高い悲鳴のように響き渡った。

 

「愚かな……我が剣の秘密を教えてやろう」

 

 しかし、暴走車両の標的にされながらカミールに一切の動揺はなかった。身の丈を超える大剣が正眼の構えのまま、ぴたりと空中に静止する。彼の精神状態を表すかのように微動だにしない。迫り来る改造車を迎え討つ。ついに両者は激突した。衝撃を受けたカミールが吹っ飛ぶ。

 

「やったか!?」

 

 カミールは商品棚をぶち抜いて壁に激突した。彼の精神状態を表すかのように微動だにしない。カミールは息絶えていた。

 

「そんな……あんな強そうな冒険者でも歯が立たないなんて……!」

 

「もうこのデパートはおしまいだ!」

 

 人間は暴走する車には勝てない。絶対的な真理を突きつけられる。いくら砂丘蓮拳の伝承者であるマカロンでも車には敵わない。もはや破壊と略奪を見ていることしかできなかった。

 

『お前ら、いつまで遊んでやがる』

 

「ひっ、(ヘッド)! すみません、すぐに終わらせます!」

 

 そこにさらなる絶望が叩きつけられた。重機のような大きさの何かがデパートの壁をぶち破って突っ込んでくる。

 

 

 ――世紀末廃車団ボス機体・大改造キャンピングカー『天動丸』――

 

 

 それは破壊の権化だった。悪路をものともせず、全ての障害物を挽き潰す無限軌道。幻想金属合金装甲と自動展開される魔法障壁は対戦車ロケット弾すら防ぎきる。さらに戦車砲までも完備。もはや初めから戦車を用意してきた方が早かったのではないかと思うほどの常軌を逸した改造が施されていた。

 

 その内部には広々としたくつろぎの空間があった。モンスターマシンの所有者、暴走族団長は革張りのソファに腰かけ、優雅にワイングラスを傾けながらモニターから外の光景を鑑賞していた。

 

『冒険デパート内の全ての人間に告げる。お前たちにできることは頭を抱え、物陰で震えながら嵐が通り過ぎることを待つのみ。抵抗する者には我ら世紀末廃車団との楽しいドライブを味合わせてやろう』

 

 モヒカンたちが勝鬨を上げ、大音量のホーンを鳴らしまくる。このまま悪に屈する他ないのか。無力な自分に涙するマカロンの肩に、INARIがそっと手を置いた。

 

「ふむ、どうやらここは我の出番のようじゃな」

 

「いなり……!」

 

 コキリコキリと手首を鳴らしながらバニー服の美少女が進み出る。正気を疑うような光景だが、マカロンはINARIの強さを知っている。INARIならばこの絶体絶命の状況を覆してくれる。そう信じた。

 

『命知らずがいたものだな。子供だからと言って手加減してもらえるとでも思ったか?』

 

「抜かせ、手加減するのは我の方じゃ。全力を出せばデパートごと破壊しかねんからな。征くぞ、『ノジャドラファンタジーモード』!」

 

 INARIの尻尾が大きく跳ねた。空中に高く跳躍しながら高速で肉体を変化させていく。瞬く間に数十メートルもの大きさに巨大化したドラゴンがデパートの天井を粉々に破壊していく。濃密な殺気と竜の咆哮が大気を震わせた。

 

 

 ボ ッ バ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ↑ ↑ ↑ ! ! !

 

 

 その血走った眼を見ればわかる。完全に暴走していた。開幕2秒で変身と狂化を終えたドラゴンは獲物を探して羽ばたいた。その翼のはためきだけで巻き上げられそうなほどの強風が吹き荒れる。

 

 だが、狂いながらもの戦闘種族としての本能が衰えているわけではなかった。蓄積された戦闘経験から、この場にいる者たちの中で最も自分を害する恐れのある強敵の存在を即座に察知する。

 

 マカロンだ。先手を封じ、速攻で勝負を決めにきた。INARIが大きく息を吸い込む。その口元に眩い光が収束していく。ドラゴンブレスの予兆だった。その死滅の息吹が世紀末廃車団をガン無視してマカロンに向けて吐き出されようとしていた。

 

「あへええええええ(畏怖)!!」

 

 死を覚悟したマカロンを誰かが突き飛ばした。母、マフィンが娘をかばうようにドラゴンブレスを受け止めたのだ。拡散するのではなくレーザーのように直線的なブレス攻撃がマフィンが立つ一点に降り注ぐ。

 

「ま、ママ!!」

 

 万物を焼き尽くす熱量が降り注ぐ。攻撃が終わると地面にはクレーターができていた。その中心に変わり果てた姿のマフィンがいた。

 

「そんな……ママ、ママの……ママの胸がッ!」

 

 マフィンは攻撃を受ける直前、淫乱魔法奥義『乳袋受け流し』によって自身のダメージをおっぱいにすり替えていた。そのおかげで何とか死は免れたが、サキュバスとして命の次に大事なおっぱいのサイズがダウンしてしまった。

 

「ま、マカ、ちゃん……」

 

「ママ!」

 

 マフィンのおっぱいは超乳から見るも無残な普乳と化していた。さらにそれだけではダメージを相殺しきれず、全魔力を消耗して息も絶え絶えの状態に追い込まれている。

 

「あきらめ、ないで……あなたなら、でき、る、わ……」

 

「ママッ! ママーッ!」

 

 嘆き悲しんでいる場合ではない。マカロンは涙を拭いて、母から託された思いを胸に立ち上がった。からの、乳見せ。流れるような露出でINARIを悩殺する。

 

「どうして!? どうして止まらないの!?」

 

 だが、INARIに何のダメージも与えられない。以前と同じように視覚を遮断しているというのか。

 

「無駄だ、そんなものでヤツを止めることはできない」

 

 そこに見知らぬ男が現れる。近くに隠れていた客の一人だろうか。スーツ姿のどこにでもいそうなサラリーマン風の男だった。

 

「ヤツは周囲の情報をピット器官で把握している。爬虫類モドキがやりそうなことだ」

 

 ピット器官とは、蛇の中に持つものがいる赤外線探知器官である。この熱源反応を察知して可視化するサーモグラフィがあれば視覚に頼らずとも行動可能というわけだ。

 

 これでは前回のように嗅覚に訴える攻撃法も通用しない。どうやって倒せばいいというのか。こうしている間にも被害は広がり、デパートが破壊されていく。猶予はなかった。

 

「どうすればいいの、ママ……」

 

 気を失ったマフィンから返事はない。マカロンは買ってもらった化粧ポーチを無意識に抱きしめた。それがきっかけだった。マカロンは妙案をひらめく。ドラゴンを倒す方法を思いつく。

 

 だが、その作戦のためには必要な材料があった。幸い、デパートなら売っている物だ。すぐにでも探しに行きたいところだが、目の前のドラゴンがそれを許しはしないだろう。そこでサラリーマンが口を開いた。

 

「何かアイデアをひらめいたようだな。よし、ここは俺に任せろ。時間を稼いでやる」

 

「えっ、でも……あなたは一体、何者なんですか?」

 

「俺は森田建一郎。世紀末廃車団の(ヘッド)だ」

 

「ええっ!?」

 

 その肩書にも驚いたが、なぜ悪党が進んでマカロンに協力しようとしているのかわけがわからなかった。

 

「確かに俺たちは非道の限りを尽くしてきた。暴走行為に略奪行為、ナマを抜かすヤツは問答無用で轢き殺してきた。だが、心まで悪に染まったわけではない」

 

 どのみちここでドラゴンを倒せなければ世紀末廃車団は終わる。マカロンの策がうまくいかなかったとしてもやることは変わらない。

 

「野郎ども、覚悟を見せろ! 俺たちの“走り”をあのクソデカトカゲに思い知らせてやるぞオラァ!」

 

「「ヒャッハアアアアア!!」」

 

 モヒカンたちはそれぞれの改造車に乗り込んだ。爆音を上げながらドラゴンに特攻する。しかし、その差は歴然だった。車は竜に勝てない。その圧倒的真理を突きつけられる。

 

 一つ、また一つとモヒカンたちの命が散っていく。だが、それでも彼らは走りを止めなかった。リーダーに命令されたからではない。それが彼らの生き様だからだ。

 

 ドラゴンは一時的に暴走して我を忘れているようだが、モヒカンたちは生まれた時から暴走している。キャリアが違うのだ。走りとは彼らの誇り。死の瞬間まで彼らは走り続ける。

 

 その犠牲に意味はあった。モヒカンたちが稼いでくれた時間のおかげでマカロンは目当ての品を発見する。それは使い捨てカイロの山だ。マカロンは次々にカイロは開封して、中身の粉を取り出していく。

 

 使い捨てカイロは空気に触れると熱を発する。ピット器官を持つドラゴンならそれを可視化できる。では、その性質をどのように利用するのか。

 

 

 淫乱魔法(ドスケベマジック)『メイクアップ画法』!

 

 

 美容に熱心なサキュバス族はメイクもうまい。化粧というものは、実は絵心が要求される部分がある。同じ化粧品を使っても素人とプロとでは仕上がりに大きな差が生じてくる。緻密な装飾作業にも等しい一種の芸術活動と言えるだろう。

 

 そのメイク技術を応用し、床一面に巨大な絵を描き出す。男性向けのエロいイラストだった。ぼんやりとした形しかわからないサーモグラフィでも二次元の春画に落とし込めば見て楽しむことができるようになる。

 

 マカロンは一枚絵では飽き足らず、コマ割りまでして漫画を描き始めた。コミケの締め切り一週間前にして3ページしか仕上がっていない作家のごとき集中力で一心不乱にエロ漫画を描き上げていく。

 

 

 ボッボアアアア!? ボッ↑ ボッ↑ ボッ↑ ボッ↑

 

 

 ドラゴンがそれを見つけた。明らかに動揺していることがわかる。エロ漫画に食いついたのか動きを止め、アイドリングを始めた。

 

「やるじゃねぇか、あの嬢ちゃん。ならここから先は俺の仕事だぜ」

 

 愛機『天動丸』に乗り込んだ森田がエンジンをふかした。ドラゴンは爆走して接近する大型車に目もくれない。今なら殺れる。森田は不敵に笑った。

 

「へへっ、俺としたことが昔を思い出しちまったよ……」

 

 かつて森田は大手企業に勤める営業マンだった。結婚して妻と子供がいた。幸せな家庭があた。だが、その日常は少しずつ壊れていく。

 

 何か決定的な理由があったわけではない。妻との些細なすれ違いが積み重なり、仕事に追われ家族のために取れる時間が減った。このままではいけないと思う気持ちで一念発起して買った車が、このキャンピングカーの原型だ。

 

 この車があればかつての幸せを取り戻せるような気がした。休日には家族水入らずでキャンプに行こう。そうすれば綻びかけた絆を修復できると思っていた。

 

 だが、現実は離婚という形で破局を迎える。家族はバラバラになった。やさぐれた森田は一人、ローンが残ったキャンピングカーを未練がましく改装するようになった。次第にその改造は過剰に、攻撃的になっていった。

 

 そして脱サラし、世紀末廃車団を立ち上げるに至る。過去は全て振り切って、走り去ったつもりになっていた。

 

 しかし彼はマカロンとマフィンの姿に、ありし日の妻と子を重ねていた。マカロンのために身を挺して守ろうとしたマフィン。その親子の絆が、頑なだった森田の心を解かした。

 

「行くぞ、天動丸! あのデカブツに一発デケェのを……なにっ!?」

 

 ドラゴンが突然、尻尾を振るった。後ろから近づいていた天動丸は直撃を受ける。意図された攻撃ではなく、何気なく尻尾を動かしただけだ。ただその身じろぎに巻き込まれただけでモンスターマシンはスクラップになりかけた。

 

「グワーーーーーーーッ!」

 

 魔法金属装甲も、障壁も何の役にも立たない。突き飛ばされた車の中で森田は揺さぶられ意識を失いかけた。装甲は折れ曲がり、電子機器から火花が散る。森田は頭から流れる血にも構わず、停まってしまったエンジンをかけなおす。

 

 

 カスッ カススススス……

 

 

「ちくしょう、動け……! 動けってんだよぉ!」

 

 何度キーを回してもかからない。標的はすぐ近くにいる。しかし、まだこの間合いでは駄目だ。攻撃は届いても決め手にはならない。あと少しの間だけでいいから動いてくれと念じながらキーを回し続ける。

 

「天動丸、思えばお前には辛い思いばかりさせてきた。キャンピングカーは家族の夢を乗せる車だ。一度もそんな使い方をさせてやった試しはねぇ……見限られても仕方ない。だがよ、あの嬢ちゃんが死んだらどうなる? あの母親はどうなる?」」

 

 

 カスススス……

 

 

「頼むぜ、相棒」

 

 

 カススススススス……ブルゥンブンブンブンブン!!

 

 

 天動丸が応えた。アクセル全開。主砲を構えて爆走する。命を燃やした最後の走りだ。

 

「待たせたなぁ! 最高のイッパツをキメてやらぁ!」

 

 目指すはドラゴンの尾の付け根。ノーブレーキで走り込んできた天動丸の戦車砲がドラゴンの肛門に突き刺さった。

 

 

 バアッ!?

 

 

 悶々としていたドラゴンが突然のバックアタックに硬直する。爆発し、自壊していく天動丸の中で、森田は主砲の発射スイッチを押す。その表情は驚くほど穏やかだった。まるで愛する家族に囲まれていた、あの頃のように。

 

 

 ン バ ア ア ア ア ア ア ア ア ♥ ♥ ♥ ♥

 

 

 直腸に注入された徹甲弾が炸裂した。ちなみにこれは全く関係ない話だが、海藻を煮詰めて寒天質を固めたトコロテンという食べ物が存在する。天突きという底に網を取り付けた細い箱に入れて、後ろから押し出すことで麺のように切り出して食べる。

 

 それはさておき、暴走状態から元に戻ったINARIは案の定、死にかけていた。ドラゴン状態なら座薬程度の大きさで済んだ砲弾も、元の少女の大きさに戻ることで残留物が腹に溜まり臨月みたいなことになっていた。

 

 すぐにセントラー冒険大学病院に運び込まれた。ここで言う冒険大学とは、マカロンたちが通う冒険学校とは系列が異なり、事務方や研究職の人間が集まる最高学府である。医療分野においても最高水準の設備と人材がそろっている。

 

「いなり! いなり! しっかりして!」

 

 マカロンの呼びかけにもINARIは答えない。意識不明のままストレッチャーに乗せられ手術室に運ばれる。入口の『手術中』のランプが赤く点灯した。

 

「いなちゃんなら大丈夫よ。強い子だもの」

 

「ああ、そうだな。あの子の生命力を信じよう」

 

 マカロンだけでなくマフィンと森田も付き添っていた。三人は固唾を飲んで手術室の前で待ち続ける。手術開始から5分。沈黙を破り、無事に手術を終えたINARIが出て来た。

 

「先生、いなりは!?」

 

「手術は成功です。前例のない症状で戸惑いましたが……輸血により回復しました。今日中にも退院できるでしょう」

 

「よかった……!」

 

 こうして三度マカロンたちの活躍により、人知れずセントラー都の平和は守られた。ノジャロリとサキュロリの二人はまた一つ、家族の絆を深めたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お嬢様はワカラセラレーヌ・フォン・メスガッキ

 

「マカちゃん、そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうわよ~」

 

「は~い!」

 

 いつものようにマカロンは遅刻しそうになっていた。桜原家ののどかな朝の光景だ。ただ、少し違うのはマフィンの容姿である。彼女は先の一戦の後遺症を負っていた。

 

 マフィンはドラゴンブレスを受けてバストサイズが激減してしまったが、淫乱魔法奥義『サキュ式シェイプアップ』により事なきを得た。厳しいカロリー制限や運動によって極限まで肉体の無駄を落とし、ロリ化することに成功していた。

 

 今の見た目はマカロンとほぼ変わらない年齢となっている。その結果、残念な普乳を相対的にトランジスタグラマーへと変貌させ、バストダウンの影響をプラスに転換していた。

 

「いなり、おはよー! いい子にしてお留守番しててね!」

 

「おお、ご主人。行ってらっしゃいなのじゃ」

 

 マンションの駐車場にINARIがいた。工具を手に、大改造キャンピングカー『天動丸』の修理に当たっていた。

 

 あれ以来、世紀末廃車団は解散して残党は警察に出頭した。(ヘッド)の森田も逮捕されたのだが、その前に天動丸をマカロンたちに託したのだ。

 

 損壊が激しくまだ動かせる状態ではないが、INARIが率先して修理している。別に機械に詳しいわけではないのだが、彼は素人ながらに奮起していた。

 

 天動丸を性的な目で見始めているINARIのことは無視し、マカロンは学校へと向かう。普段通りの登校風景かと思われたが、マカロンはその途中で不審なものを発見した。

 

 公園のベンチに腰掛けた一人の男がうなだれている。褐色の肌に長い耳をした、ダークエルフ族の男だった。しかも、この場には似つかわしくない燕尾服を着こなしている。

 

「おはようございます、ネトラレンテさん!」

 

「おやこれは……おはようございます、マカロン様」

 

 ベンチから立ち上がったダークエルフは、マカロンに優雅なお辞儀をした。二人は知り合いだった。

 

 ネトラレンテはマカロンの学友であるワカラセラレーヌ・フォン・メスガッキの執事だった。ワカラセラレーヌはメスガッキ財閥の超がつくほどのお嬢様である。プライベートジェットで登校して校庭を占拠した逸話を持つ。

 

 いつもならワカラセラレーヌの教育係としてそばについていたはずのネトラレンテが、なぜこんな場所で一人途方に暮れているのかマカロンは不思議に思った。

 

「実は……お恥ずかしいことに、お嬢様の教育係を解任されてしまったのです」

 

「ええっ!? あんなにいつも一緒だったのに……」

 

 それはネトラレンテの失態による処分ではなかった。彼もなぜか理由がわからないうちに、いつの間にやらメスガッキ家当主であるワカラセラレーヌの父から解任を言い渡される。長年、身を粉にして仕えてきたネトラレンテは当然納得できなかった。

 

 しかし、おおよその見当はついている。メスガッキ家に最近、執事として雇用された男がいた。その男は短期間のうちに本家から信頼を勝ち取り、重用されるようになった。そしてネトラレンテの降格と入れ替わるようにワカラセラレーヌの教育係の地位に就いたのである。

 

「あの男、サイミラーが来てから全ての歯車が狂い始めた気がします。当主様方の様子もおかしくなった。元は引退した高名な冒険者と名乗っていますが、素性が知れません」

 

 そう言えば、マカロンはワカラセラレーヌの姿を最近学校で見ていなかった。お嬢様の身分ゆえに授業よりも優先される時間があるのだろうと思っていたが、どうやら想像以上に根深い事情があるようだった。

 

「サイミラーめ、いったいお嬢様に近づいて何をするつもりだ! くっ、何もできない自分が不甲斐ない!」

 

「ネトラレンテさん……」

 

「私は特にサイミラーを警戒していたためか、向こうからも警戒されています。もはやお嬢様と話をすることもままなりません。しかし、親しいご学友であるマカロン様ならばあるいは……」

 

 ネトラレンテは教育係からは外されたが、まだ執事として働いている。その立場からどうにかしてワカラセラレーヌとサイミラーを引き離すことを画策していた。

 

「今週末に開催される仮装イベント『ハロウィン風祭り』ならば、サイミラーの目を盗んでお嬢様を逃がすことができるかもしれません。こんなことをマカロン様に頼むのは心苦しいのですが……」

 

 ハロウィン風祭りでワカラセラレーヌと接触し、異常な点がないか確認してほしいとマカロンは頼まれた。都市全体に多大な影響力を持つ大財閥の当主が洗脳されている恐れがある。ネトラレンテもマカロンにすがるほど協力者の確保に難航しているようだった。

 

「セラちゃんは大事なお友達だもん! 私もお手伝いするよ!」

 

【クエスト受注・ワカラセラレーヌを保護せよ!】

 

 

 * * *

 

 

 そして来る週末、エントラー都市の恒例行事『ハロウィン風祭り』が開かれた。大人も子供も仮装して夜の街を練り歩く。一部ではマナーの悪い参加者の迷惑行為や犯罪の横行など問題になることもありマフィンからは心配されたが、マカロンも冒険者だ。暴漢に後れを取るようなことはない。

 

「いなりの衣装も用意したのに~」

 

「ふん、そんな馬鹿げた服を着る趣味はないのじゃ」

 

 マカロンは魔女っ娘コスプレだ。ホウキを持って、三角帽子にとんがりブーツ。意欲作のかぼちゃをモチーフにしたバルーンスカートは、ジャックオーランタン風に顔型の切りこみが入れられ見えそうで見えないデザインになっている。

 

 一方、INARIはいつものバニー服を着ていた。仮装する気はないようだ。

 

 ネトラレンテの頼み事という大きな目的はあるものの、祭りの参加者として仮装していた方が歩き回りやすい。マカロンはイベントを楽しみたい気持ちもあったが、それはワカラセラレーヌを保護してからだ。

 

「きゃー、かわいい! 写真撮らせてもらってもいい?」

 

「私は芸能事務所に勤めている者ですが、君たちアイドルに興味はありませんか?」

 

「ハァ、ハァ……おじさんがいっぱいお菓子あげるからさぁ……向こうの休める場所に……」

 

 しかし、予想に反してマカロンたちは目立っているようだった。何とか集まってくる人ごみをやり過ごして捜索を続けていると、人気のない場所をふらふらと出歩いているワカラセラレーヌの姿を発見した。

 

「セラちゃん!」

 

「あれ? まかちーじゃん」

 

 ワカラセラレーヌはマカロンと同級生のダークエルフである。褐色の肌に銀色の髪、エルフ種特有の尖った耳をした少女だ。

 

 その服装は水着に近い布面積だった。ホットパンツとキャミソールは丈が短すぎてふとももとへそが丸出し状態、ハロウィンカラーのニーソと小悪魔っぽい角カチューシャをつけていた。

 

 マカロンは絶句した。そのメスガキ一色に染まったファッションをまじまじと観察する。

 

「よかった~。いつものセラちゃんだ!」

 

「当たり前っしょ。なになに~、もしかしてあたしに会えなくてさみしかったとか~?」

 

 マカロンがよく知るワカラセラレーヌと何ら変わりない元気な様子が確認できた。ひとまず目に見えて異常なところはないようだった。

 

「それよりまかちー、そっちの子は誰よ? もしかして……まかちーのカレシとか?」

 

「えぇっ!? ち、違うよ! いなりはただの性奴隷(ペット)なんだから!」

 

 マカロンが顔を真っ赤にして反論する。ワカラセラレーヌはいたずらな笑みを浮かべるとINARIに近づいていく。

 

「な、なんじゃ! 気安く寄るでない! 我は高貴なるノジャロリ族の末裔じゃぞ!」

 

「えー、なにそれ知らなーい。超偉そうなんですけど。ねぇ、ノジャロリ族ってなに? あたしにも教えてよ~」

 

 ワカラセレーヌがINARIの腕を取って体を密着させる。

 

「ンッ、んほおっ!?」

 

「くすくす、なぁに今の声? 高貴なるノジャロリ族のオスがこんな情けない声で鳴くんだね。ざぁこ♥ ざぁこ♥」

 

 吐息がかかるほどの距離から耳元で囁かれる甘い声。罵声であるはずが、ぬるま湯に体を沈めたかのような抱擁感にあふれている。

 

 独りよがりとは違う、需要を理解したプロのメスガキテクに、最強生物は屈しかける。そこに慌ててマカロンが参入した。ワカラセラレーヌとは反対側の腕を取ってこちらも密着してくる。

 

「ちょっとセラちゃん! うちのペットを誘惑しないで! いなりは誰にでも発情して体液まき散らす雌イキ狐なんだから!」

 

「それは飼い主の責任なんじゃない? ちゃんとペットは躾てあげないと。ほら、いなりくんの稲荷寿司がふっくらおあげさんになっちゃった。かわいそ~」

 

「こら、いなり! 油揚げに甘辛いお出汁ジュワ~しないの! つるつるシコシコのおうどんと絡めてきつねうどんにするつもり!? 具にこだわるより先に手打ち麺の仕込みからやりなおしなさい!」

 

 このままでは稲荷寿司ときつねうどんのセットメニューが注文されてしまう。INARIは最後の理性を振り絞って抵抗した。

 

「いい加減にするのじゃ小娘ども! 『ノジャパイアブラッティモード』!」

 

 どこからともなく現れた大量の蝙蝠がINARIに殺到する。それらは彼の体表に取りついて服の形へと変化した。一瞬にしてゴシック&ロリータ調のドレスに着替える。強キャラの証、傘まで完備していた。

 

 ゴテゴテとしていた頭の突起はなくなり、肌は病的な白さになり、瞳は見る角度によって色が変わる宝石のようだった。ノジャロリヴァンパイアの特性を顕在化させた形態である。

 

「あへぇぇ……(無気力)」

 

 マカロンとワカラセラレーヌはその場で茫然自失としていた。これはノジャパイアのスキル『合わせ鏡の牢眼(ディアコドス)』の効果だ。彼の目を見た者は魅了され、自発的な思考能力を奪われる。

 

 しかし、それも少しの間のことだった。INARIがパチリと指を鳴らすと、魅了状態から解除されたマカロンたちが意識を取り戻す。

 

「まったく世話の焼ける子たちね。最高位の魔眼に対抗できるはずもないでしょうけど」

 

「えっ、い、いなりなの? 覚醒してるのに暴走してない!?」

 

「闇の支配者ノジャパイアにとって夜の闇は自身の肉体と同等の環境。十全に能力を行使できるわ。もっとも、昼間なら太陽光に抵抗するため攻撃性を増し、暴走していたでしょう。命拾いしたわね」

 

 いつもと雰囲気も口調も違うINARIを見てマカロンは動揺しつつも、今回は暴走していないのでほっと胸をなでおろす。逆に大きな戦力を得られたことが心強かった。

 

「そこのダークエルフ」

 

「は、はいっ!?」

 

「さっき片手間に調べてあげたけど、深層心理に何者かが精神干渉した形跡があったわ。取り除いてあげたから今は正常に戻っているはずよ」

 

 マカロンはネトラレンテから頼まれた事の経緯を説明した。それを聞いたワカラセラレーヌの顔色はどんどん青くなっていく。いや褐色だからわからんけど。

 

「確かに、サイミラーが執事としてうちに来てから色々とおかしなことが続いた気がする……でもなぜか、よく思い出せない……」

 

 ある日突然、サイミラーという男が屋敷にやって来た。当主に大層気に入られて雇われた彼はワカラセラレーヌの教育係に抜擢される。この時点でおかしいはずだが、それを皆が異常と思えずにいた。

 

「あいつはよくスマートフォンの画面をこちらに見せてきた。そうするとなぜか、あいつの言うことに逆らえなくなるの! いったい何をされていたのか記憶も残ってない……うぅ……」

 

「セラちゃん……」

 

 恐怖に震えるワカラセラレーヌの肩をマカロンはそっと抱いて慰めた。どうすればいいかわからず、INARIの方へと視線を向ける。

 

 INARIは静かにたたずんでいた。空にかかる月を見上げる。夜風が彼の美しい髪を揺らした。

 

「始まったようね」

 

 何が始まったというのか。その言葉に誘われるように、暗闇から何者かの気配が近づいてくる。

 

「クヒヒヒ……いけませんなぁ、ワカラセラレーヌお嬢様。このような人気のない場所を出歩かれては。ろくでもない企てをする者がいるかもしれませんからなぁ」

 

「ひっ!? サイミラー!」

 

 ヒューマン族の中年のように見えるその男は、走って来たのか少し息が上がっているようだった。不健康そうな肥満体で、薄い毛髪は脂汗にまみれて張り付いている。執事服を着ているが、でっぷりと突き出した腹のせいではちきれそうになっていた。

 

 怯えるワカラセラレーヌたちをかばうようにINARIが前に出た。マカロンとINARIの姿を見たサイミラーはニチャリと気持ちの悪い笑顔になる。

 

「何をするつもりかなぁ、君たち。ンンン~? 私はただお嬢様を迎えに来ただけなのだがね? 邪魔をするというのなら……少々痛い目をみてもらうよ。いや、気持ちいいだけかもしれんがね。クヒヒヒ」

 

「下等種族の中でもとびきりの下衆のようね。本当の絶望を教えてあげましょう」

 

 サイミラーは懐からスマホを取り出した。怪しく光るその画面をINARIたちに向けて見せつける。

 

「オラッ! 催眠!」

 

 その手を使うことは知っていた。マカロンたちはスマホを見ないように目を閉じていた。しかし、あろうことかINARIは無防備にも敵の催眠術を直視していた。

 

「オラァッ! 初手感度MAX受精アクメッ! イケッ! イキ死ねッ!」

 

 喚き散らすサイミラーだったが、呆れたようにため息をつくINARIを見て次第に焦り始めた。どうみても催眠が効いているようには見えない。

 

「なにぃ!? どうなってんだ!?」

 

「古代魔法『催眠アプリ』を封じ込めたマジックアイテムのようだけど、お生憎様。その手の精神攻撃を無効化することくらい造作もないわ」

 

 精神攻撃はノジャパイアの得意分野だ。発動した魔眼『合わせ鏡の牢眼(ディアコドス)』によって逆にサイミラーは魅了状態に陥った。

 

「オッ、オッ、ヤッベ……!」

 

 泡を吹いて悶絶するサイミラー。自らの服を破り捨て、汚らしい胸毛をさらけ出すほどもがき苦しんでいる。しかし、それを見たINARIは疑問を感じた。

 

 完全な魅了状態であればこんな反応は示さない。精神支配に抵抗しているようだった。INARIの魔眼をどうやって防いだというのか。

 

 それはスマホの力だ。サイミラーはスマホによって自分自身に催眠をかけた。魔眼が発動する直前にそれを予期してとっさにスマホの画面を自分に向けた判断力は評価に値するだろう。

 

「でも、無駄。その程度の小細工で妾の魔眼を破ることは不可能よ。いっそ素直に身を委ねていれば苦しまずに済んだものを」

 

 これ以上の抵抗はサイミラーにもできない。とはいえ、当初の予定では魅了状態にしてから隠していることを洗いざらい吐かせるつもりだった。わずらわしそうにINARIは近づいていく。

 

 このまま殺すことは簡単だが、事実関係は明らかにしていた方がいい。喋らせることができないのであれば、別の手段を用いるまでだ。INARIはサイミラーの胸に手刀を突き刺した。刃物ようにずぷりと体内に侵入し、心臓をわしづかみにする。サイミラーは駄々をこねるように首を振った。

 

「イグッ! イグな……!」

 

「悦びなさい。その最低品質な肉塊を妾の役に立ててあげる」

 

 

 吸血魔法『死者よ立ち、馳せ参じよ(Exurgent mortuiet ad me veniunt.)

 

 

 INARIは心臓を握りつぶした。そして作り替える。めりめりと音を立ててサイミラーの肉体が変化していく。あり得ない方向に四肢の関節が曲がり、だらしない腹はボコボコと内側から突き破られるように破裂した。

 

 それは殺した生物を眷属として作り替える魔法だった。眷属となったアンデッドは絶対的な忠誠を誓う奴隷となる。主人に隠し事などできるはずもない。言葉が話せずとも脳から記憶情報を直接読み取ることすら可能だった。

 

 作成はものの数秒で完了した。サイミラーは死に、アンデッド族として生まれ変わった。ノジャロリゾンビとして。

 

「アッハーンッ♥♥♥」

 

 そしてINARIは鼻血を噴き出しながら倒れた。ノジャロリゾンビは死体だが美少女、しかも元着ていた服はほとんど破れていたため全裸に近い状態だった。それを直視してしまったINARIは一たまりもなかった。

 

 サイミラーは倒したがINARIも倒れてしまった。マカロンはINARIのもとへと駆けつけようとした。そこでゾンビ化したサイミラーがのっそりと起き上がる。

 

「ノジャ……ノジャ……」

 

「うっ……ち、近づいても大丈夫なのかな? でも、いなりを放っておくわけにもいかないし……」

 

 サイミラーは立ち上がると、意外に俊敏な動きでマカロンたちの方へと駆け寄ってきた。

 

「なんかあいつこっちに走ってきてるんですけど!?」

 

「あへええ!? ちょっと待って待って!」

 

 しかし、襲い掛かってきている様子ではなかった。サイミラーは腕を広げてマカロンのそばに立つ。まるで何かからマカロンを守るかのような動作だった。その意味を直後に知ることになる。

 

 飛来したエネルギー弾がサイミラーの体を削り取った。もし彼がいなければマカロンに直撃していただろう。サイミラーはマカロンをかばおうとしていたのだ。

 

「おっと、意外に動きますね。さすがは腐っても上位の冒険者ということですか」

 

 奇襲を仕掛けてきた敵が姿を現した。その人物を見てマカロンたちは動揺する。

 

「ネトラレンテさん……!?」

 

「あんた、何してんのよ! まかちーに当たるところだったじゃない!」

 

「そのつもりでしたが?」

 

 あっけらかんとネトラレンテは言い放った。マカロンたちがよく知る彼ではない。まるで別人だ。しかし、この姿こそが彼の本性だった。

 

「改めて自己紹介でも致しましょうか。私は秘密結社ダークネスエンパイアが誇るハイエンドエージェントの一人『双璧のネトラレンテ』と申します。以後お見知りおきを。もっともここで起きたことは全て闇に葬らせていただきますが。フフフ……」

 

「ひ、秘密結社!? まさかメスガッキ財閥に潜入していたというの!? う、嘘よ! だってネトラレンテはあたしが生まれる前からずっと仕えていたのよ!?」

 

「そうですよ。誰にも怪しまれないように苦労して慎重に今の地位を築き上げました。万事抜かりない計画でした。その生ゴミが現れるまではね」

 

 ネトラレンテはサイミラーを指さす。彼の半身はエネルギー弾によってぐしゃぐしゃに潰されていた。ゾンビゆえに死ぬことはないが、低位の眷属なのですぐに再生させるような能力も持っていない。

 

「メスガッキ家を懐柔するため精神操作の魔法薬を食事に混ぜて少しずつ下地を作り上げていたところでした。どうやって嗅ぎつけたのか、薄汚い冒険者上がりが邪魔をしてきましてね。本当に困っていたんですよ」

 

 サイミラーはスマホの力を使って精神操作されかけていたワカラセラレーヌを正気に戻そうとしていたのだ。そして、今も彼女たちを守るため立ち上がろうとしている。崩れた体をものともせず、ネトラレンテに立ち向かおうとしている。

 

「コ、ココハ、マカセロ、ノジャ」

 

「サイミラー! でもっ」

 

「オラッ! イケッ! ハヤグッ!」

 

 ネトラレンテは強い。その実力は対峙しただけでわかるほどだった。今のサイミラーに勝ち目はない。それを察したマカロンはすぐに閃いた。スマホの催眠アプリがあればネトラレンテを倒せるかもしれない。そう思って地面を探す。

 

「お探しの物はこれですか?」

 

 だが、その考えすらも見透かされていた。ネトラレンテは既にスマホを回収していたのだ。それを見てからまずいと気づく。そう、スマホの画面を向けるネトラレンテを見てしまった。マカロンたちは催眠アプリの術中にはまる。

 

「フフフフ……まさかここまでうまくいくとは思いませんでしたよ。濡れ手に粟とはこのことですね」

 

 全てはネトラレンテの思い描いた筋書き通りだった。マカロンに依頼を出したのも偶然ではない。彼女がINARIの所有者であることを知った上で、話を持ち掛けたのだ。

 

 INARIはダークネスエンパイアが開発した実験体である。逃げ出したINARIを回収するために最高戦力であるエージェントたちが動いていた。

 

 ネトラレンテもその一人だ。厄介な冒険者であるサイミラーとINARIを戦わせる状況を作り、敵の消耗を狙ったのである。その策略が想定以上の成果を上げた。危険度Sクラスの実験体を被害ゼロで無力化することに成功する。

 

「...シテ...コロシテ...」

 

 全モード中、最大の再生力を有するノジャパイア状態のINARIは、出血多量に陥りながらも意識を保っていた。ダメージはすぐさま回復されるが、意識があるのでエロシーンのフラッシュバックが続き、全身の細胞が破壊され続けるという生き地獄である。

 

 そして、他の連中は催眠状態だ。便利なマジックアイテムまで手に入った。後はINARIを組織の者に引渡し、邪魔なマカロンとサイミラーを始末し、これまで通りメスガッキ財閥に潜入すればいい。

 

「まだ、まだ、私たちは負けてないっ……!」

 

 ほくそ笑んでいたネトラレンテは少しだけ驚いた。マカロンが催眠の呪縛から逃れている。時間は少しかかったが、自力で催眠を解除したようだった。

 

「ほう、そう言えば貴女はサキュバス族でしたね。催眠耐性も持ち合わせていましたか」

 

 

 ろりろりっ♥ ろりぷにっ♥

 

 

 マカロンは淫気を高める。子供にしては目を見張る力強さがあったが、ネトラレンテは余裕の態度を崩さない。敵に応じるようにネトラレンテは両手に魔力を集め、気弾を形成した。

 

 

 ネトラネトラネトラ……

 

 

 一発でもサイミラーを戦闘不能にする威力を持った気弾である。さらに邪悪な魔力が怨念のように気弾の周囲に渦巻いている。その威圧感だけでマカロンはよろけそうだった。

 

 ハイエンドエージェントの実力は伊達ではない。戦わずともわかる圧倒的な能力差だった。だが、心までは屈しない。守るべき仲間がいる。マカロンは静かに精神を研ぎ澄ませた。

 

「――参る」

 

 駆ける。その走りはネトラレンテを惑わすように残像を生じさせた。幻影体術は砂丘蓮拳の十八番。だが、その妙技をもってしてもネトラレンテを動じさせることはできなかった。

 

 敵は動かず、待ち構えている。マカロンの動きに反応できず立ち尽くしているかのようだが、そんなことはあり得ないだろう。ハイエンドエージェントだ。●学生に翻弄されるはずがない。

 

 真っ先に罠を疑った。一見して隙だらけだが、果たしてこのまま打ち込んでいいのか。マカロンの脳裏に数百通りの攻防展開が駆け抜ける。その上で決断する。

 

 自分にできる最高の一撃を叩き込む。それこそが最善手であると判断した。淫乱魔法は男を殺す一撃必殺。当てさえすれば勝負は決まる。逡巡は刹那のほどもなかった。

 

 

 淫乱魔法(ドスケベマジック)『内気功・赤子素製造器玉々爆裂波 ~謝謝~』

 

 

 確かに決まった。手ごたえはあった。しかし、それと同時に壮絶な怖気が走る。反射的にその場から退避していた。

 

「フフフ……フフフフ! これは驚きました。まさかここまでの使い手だったとは」

 

 ネトラレンテは平然としていた。マカロンはその違和感の正体に気づき、戦慄する。彼女が打ち込んだ淫気はネトラレンテの体内で魔力によって相殺されてしまったのだ。

 

 一撃では睾丸の片方しか潰すことができなかった。普通ならそれでも勝負がついていたはずだが、ハイエンドエージェントは違う。爆発した金玉の片方を垂れ流しながら「それがどうかしたか?」と言わんばかりの余裕を保っていた。

 

 マカロンはかつてない絶望感に打ちひしがれていた。これが秘密結社が誇るハイエンドエージェントの実力。想像を遥かに超える壁の高さに絶望する。

 

 本気を出せば息をつかせる間もなくマカロンを葬ることができるだろう。しかし、彼がマカロンに追撃を加えることはなかった。それどころか両手に構えていた気弾を霧散させ、戦闘状態を解除してしまう。

 

「実に面白い。ここで処分してしまうには惜しいくらいだ……いずれ、貴女はより強い戦士に成長することでしょう。その時まで、この勝負の行方は保留にしておきます」

 

 マカロンには理解できなかった。ここでマカロンを見逃しても組織にとって良いことはないはずだ。ネトラレンテに関する情報を知ってしまったマカロンを生かしておく理由はない。いったい、何の目的があるというのか。

 

「ネトラレンテ、貴様臆したか」

 

「安い挑発ですね。一撃当てた程度で良い気になるような雑魚に興味はありません。それが今の貴女の限界です。首を洗って出直してきなさい」

 

 ネトラレンテの体が掻き消えるように霞んでいく。空間転移魔法を作動させたようだ。このままでは逃げられてしまう。しかし、先ほどと同じ攻撃が通用する相手ではないだろう。踏み込めば今度こそ返り討ちに遭う。

 

「では、ごきげんよう。せいぜい次に会う時までに腕を磨いておきなさい。その時は本気で相手をしてあげましょう……そう、本気でね……フフフ…………ウオオオオオオ! お前だけは絶対に許さんッッッ! この手で嬲り殺してくれるわあああアアアアアアア!!」

 

 転移を終える直前、それまで物静かな態度を一貫していたネトラレンテが鬼の形相になった。抑え込んでいた本性が噴出したのだ。もし戦闘中に彼の理性が飛んでいればマカロンの命はなかったかもしれない。それほどの殺意と気迫だった。

 

 長い夜の決戦はこうして幕を閉じた。マカロンは辛うじてセントラー都の平和を守ることができた。ワカラセラレーヌは無事に家に送り届けられた。

 

 マカロンは全身の血が抜けてしなびたINARIを冒険大学病院に運び込んだ。セルフ輸血スタンドで治療する。INARIは全快した。それらの結果だけを見ればできる限りの最善を尽くせたかもしれない。だが、マカロンの表情が晴れることはなかった。

 

 この都市にはあまりにも強大な悪が蔓延っている。その一端を垣間見た気分だった。ノジャロリとサキュロリの二人は、激動する運命を感じ取り始めていた。

 

 

 

 




次回、『ドキドキワクワク学園生活スタート!』お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。