破神の愛馬のお話 (elf5242)
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その1

物心ついてから、不意に昔を思い出した。そして違和感を覚えて頭や腰のあたりを触ってみたら耳と尻尾が生えていた。何故か知らないがそれが自然と受け入れられた。どうしてだかは分からない。昔のこと…いわゆる前世のことを覚えてはいるのだがそれも、まるで昔の書物のように虫食いのような状態であり、所々しか覚えていない。覚えている記憶の中を探ってみるがこんなのは無かった。暫くしてからまぁ、生まれてきてしまったものは仕方ない。今この生きてるこの現実を思い切り謳歌しよう、そう決めたのだった。そうして、数年後。

 

「おはよ〜…お姉ちゃん…」

 

「おはよう、姉貴」

 

「おはよーさん、ねーちゃん。」

 

「はい、おはよう。ご飯は出来てるよ。それぞれやる事やったら小学生組起こしてきて一緒に食べてね。」

 

「「「はーい(はいよー)」」」

 

起きてきた私より一つ下の中1三人組…ミオ、ゲン、リュウに声をかけた後は全員分の朝食をテーブルに並べる。ご飯と味噌汁、おかずの乗った大皿を置いた後は自分の分を取っておいた小皿を近くに寄せて自分もさっさと食べてしまう。。

 

「「「「おねーちゃん、おはよー!!!」」」」

 

どうやら中1組が言われた通り起こしてきてくれたらしく小学校の制服に身を包んだ子供達が元気良く小走りしながら向かってくる。ざっとみても八人以上の子供達。先程の中1三人組も含めてみんな私の可愛い妹、弟たちだ。といっても血が繋がってるわけじゃない。ここは児童養護施設"レイヴンズ・ネスト"。名前の由来は子供達を渡鴉に例えて立派になってもいつでも気軽に帰ってこれるように、出そうだ。みんな私よりも後に入って来た子達だ。私もここに捨てられた孤児で、先輩達にたくさん可愛がってもらった。先輩たちみんなが巣立って行った時にここを任されたのだ。両親の顔も名前も今どうなってるのかも知らない…と言うかどうでも良い。ここでしっかり弟、妹達を守っていくのが、お姉ちゃんである私の役割なのだから。

 

「はい、おはよう。みんなご飯食べたらちゃんと三人について行きながら学校行ってね?」

 

「「「「「「はーい!」」」」」」

 

「良いお返事。」

 

みんな事情があってそんな弟、妹達をみてれば微笑ましい。みんながニコニコしながら、時におかずなんかも取り合いになりながら朝ごはんを済ませていく。

 

「それじゃあ、みんな頑張ってね。行って来ます。」

 

「「「「いってらっしゃーい!お姉ちゃん!!」」」」

 

後のことを中1三人組に任せて、私は一足先に弟、妹達に向かって手を振ってから学校に向かう。帰って来れば弟妹達の勉強を見ながらここに引き取ってくれた施設長であるシスターに今日あったことを話して、眠りにつく。私が巣立つまでこれがずっと続くと思っていた。あの日までは。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

「なぁ?本当に進学はしないつもりか?」

 

「ええ…こうやって学校に通わせてもらっているだけでもありがたいので…それに、やはり金銭面での負担が大きくて…」

 

「そこは奨学金やら何やらあるだろう?もちろんそういう制度はある。せっかく推薦の最有力候補なんだ、もう少しじっくり考えたらどうだ?」

 

少し学校が早く終わった放課後…担任の先生との進路相談の最中だ。私の通っている中学は至って普通の普通校だ。もちろん普通の子に混じって私のように耳や尻尾がある子がちらほらといる。ただし耳や尻尾のある子は元の身体能力が高い為か、体育や身体測定なんかは別でカウントされる事が多い。その結果に応じてよく分からないが、中央のすごい学校からスカウトが来るらしい。

 

「…ごめんなさい…やっぱり施設に負担をかけるわけには…」

 

「はぁ〜…お前なぁ…もうちょっと自分に対して欲張っても良いんじゃないのか?」

 

「いまはあの子達といるだけで幸せですから…」

 

思い切りため息をつく先生とそれに対して申し訳なさからくる苦笑いで対応する。実際この学校にも中央の学校にも悪いが今は弟妹達と過ごせるだけで幸せなのだ。むしろこの日々が続いてほしいとも思っている。

 

「まぁ、また一回その施設の人と話してみろ。絶対に推薦を受けて中央に行った方がお前の将来の為になる。」

 

「…はい、わかりました…失礼します。」

 

そう言って職員室を出て、帰路へと着き少しだけ深いため息を吐く。先月からだがなんだか先生は私を中央の学校へ入れる事へ熱心になっているような気がする。特にここ最近は本当にしつこいくらい。例えるなら道に落ちて程よく乾いて粘着力の上がったガムのようにしつこい…自分で言っておいてなんだが、酷い例え方をした…ちょっとだけ先生に心の中で謝っておこう。

 

「あほくさ…走ろ。」

 

そう言ってしっかりとカバンを握りしめれば、施設に着くくらいに程よく疲れるくらいの速度で走る。まぁ、それでも原付くらいは軽く追い越せるくらいの速度は出てしまうのだが。それでも走ってる時だけは何故か、嫌な事を忘れられるような気がした。悪い考え、ネガティブな感情、マイナスな気持ち…全部が振り払われて風の中に溶けていく気がした。

 

「ただいま」

 

「おかえりー!おねーちゃんかえってきたーー!!」

 

「「「「「おかえりー!!!!」」」」」

 

施設のドアを開けると、すぐさま1人の小学生組の男の子が飛び込んでくれば"それにつづけー!"と言わんばかりに他の子達も突撃してくる。多分私の身体能力が無かったら大変なことになっていただろう。だってこの子達遠慮なく突撃して来るんだもん。某大学のラグビー部じゃ無いのかと突っ込みたくなる。

 

「おねーちゃん、しっぽふさふさー♪」

 

「こーら、やめなさい。」

 

そして困ったことにこの子達、肩車をしてあげれば耳を。そしてこうして突撃してくると尻尾を遠慮なく触ってくる。こちらもあまりこの子達には強く言えないのでやんわりと注意しているのだがやはり自分達には無いものが付いているのは珍しいのか、注意してもやめてくれないことがしばしば。しかしやめて来れないなら来れないでこちらも策は用意してある。

 

「やめないなら、今日のご飯はにんじんとピーマン尽くしにするよ。」

 

というとみんな「ごめんなさーい!」といって蜘蛛の子を散らしたように部屋に逃げていく。そして数分した後に何人かの子がちらちらとこちらを見てくる。

 

「おねぇちゃん…怒ってない…?」

 

「ごめんね…おねーちゃん…」

 

「全く…怒ってないからおいで?」

 

靴を脱いで部屋に向かい、座って膝の上をぽんぽんとやればまたみんなが集まってくる。その後はみんなから今日学校であった事を教えてくれる。こんな事が出来た、こんな子と遊んだ、先生に褒められたなどなど。それに一言一言丁寧に返していく。この気質もシスター譲りだ。小さい頃はシスターにこうしてもらったから。だから、私も保育士などの資格を取り、ゆくゆくはここでシスターの手伝いをするつもりだ。少しでも寂しい思いのする子供達が減るように。

 

「皆さん、ただいま。」

 

そんな声が玄関から響いて来れば、施設長であるシスターが帰って来た。弟妹達の反応速度は早く声が聞こえるや否やバタバタと慌ただしく玄関へと向かっていく。子供達に遅れて私も玄関へと顔を出す。

 

「お帰りなさい、シスター。」

 

「ただいま帰りました、皆さんは良い子にしてましたか?詩音。」

 

そうシスターに聞かれれば弟妹達は不安そうな目で私を見てくる。そんな視線を浴びた私は一通りみんなを見た後ににっこりと微笑んでシスターに。

 

「ええ、とっても。」

 

と、返す。そうすればシスターも「そうですか、ではご褒美をあげなければいけませんね。」と、笑顔で返す。ご褒美と言われ周りの子も嬉しそうにはしゃぎ出す。

 

「帰ったぞー、姉貴ー」

 

「ただいまねーちゃん、ってシスターも帰ってたんだ。おかえり。」

 

そうこうしているうちに買い出しに行っていたゲン、リュウの男の子コンビが帰ってくる。手にはお米と沢山の卵とケチャップ。

 

「ふふっ、では今日は決まりですね。」

 

「手伝うよ、シスター…リュウ。」

 

「僕もいくよ、ねーちゃん。」

 

「ほれ、ガキどもはおれについてこーい。眠い目ぇ擦って宿題やりたくねーだろ。」

 

「「「「えー!!!」」」」

 

「ゲンにーちゃん、教え方怖いからやだ!」

 

「あんだとこの野郎!!!?」

 

夕方も騒がしく過ぎて行く。用事があるといって数日前から施設を開けていたシスターも帰って来て、みんなで食卓を囲んだ。シスターと、リュウと作ったオムライスをみんなに振る舞って。シスターが買って来たケーキをみんなで分けて。その後は私と三人組中心に弟妹達に勉強を教えて、そして三人組も夜になって床についたころ。

 

「詩音、進路相談はどうでした?」

 

「うん、やっぱり先生はどうしても中央に入れたいみたい…最近は一段としつこさが増して来てるような気がする。」

 

「そうですか…でも、いつでも行って良いんですよ?あなたがやりたい事をやれば良いんです。」

 

「うん…でも、私はここにいるだけで幸せだから…。みんなとシスターがいれば何も要らないよ。」

 

「ふふっ…あなたはいつもお姉ちゃんとして頑張ってくれてますね。私も感謝していますよ。」

 

「先輩達と約束したからね、みんなをよろしくって。」

 

そんな他愛も無い話をシスターと1時間ほど話した後に私もシスターも眠りについた。こんな日々がいつまでも続けば…そしていつかはシスターとここで…そしてシスターの跡を継いでここを守るんだ…眠気に微睡みながらそう考えていた。けどその夢も幸せも全て壊れた…意外な人物の手によって。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

その日もいつも通りだった。変わったところといえばシスターがいたのでみんながいつもよりも早く起きて、シスターと話しながらシスターのご飯を食べていつものように元気よく三人組に連れ添われて学校に行ったくらいだ。そしてみんなに遅れて私も学校へと向かおうとする。

 

「それじゃあ、シスター。行ってきます。」

 

「はい、いってらっしゃい。今日はずっとここにいます。久々にみんなをお迎えしたいですからね。」

 

いつもと変わらない優しそうな笑みを浮かべて軽くガッツポーズを決めて私を見送ってくれるシスター。そのままシスターに微笑み返してから学校へと向かっていく。そのままいつも通りの学校を過ごし、帰路につく。今日は担任が体調不良らしく休みだったらしい。まぁ、お大事にと言ったところだ。そして帰路のついでに買い出しで悩んでいる直後…携帯が鳴る。スマホなんて高いものは買えないのでガラケーだ。特に遊ぶこともないので通話やメールが出来れば十分だ。

 

『無事か!姉貴っ!!?』

 

「ゲン…?落ち着きなさい…どうしたの?何かあったの?」

 

ゲンの切羽詰まったような声にゲンを宥めるように言いながら。しかしゲンの様子は落ち着かない。

 

『落ち着いてられるか…!うちが…』

 

「うち…?家がどうかしたの?」

 

『うちが燃えてるんだよ!!』

 

その言葉を聞いた瞬間に私は今までにない全力で駆け抜けた。スーパーの商品かごは店員さんに渡し、学校の鞄すらも忘れて全力で駆け抜ける。今までこんなスピード出したこともないが、関係無い。たしかに近づけば近づくほど焦げ臭い匂いがしてくる。信じたくない気持ちとは裏腹に現実は臭いという形で嘘じゃないぞ、とあざわらあように突きつけてくる。

 

「ミオっ!!リュウ!!ゲンっ!!みんな!!」

 

「「「「「おねーちゃん!!!」」」」」

 

三人組とその三人を中心に寄り添うようにして怯えている弟妹達、その姿を見かければ息切れしながらもみんなを抱きしめる。そして振り返れば、私たちの過ごした思い出の家が赤く輝く炎に包まれていた。私と三人組で弟妹達をなんとか宥めようとするものの、みんなすっかり目の前の光景に怯えきってしまっている。

 

未だに目の前の現実を信じられずに、そのまま燃えて朽ちていく家を見つめつつ、みんなを宥めて周囲を見渡す。そしてある事に気付いた、気付いてしまった。

 

「ミオ…リュウ…ゲン…シスターは…?」

 

「「「っ!?」」」

 

「まさか…!?」

 

まさか、家の中に…!と思うのが早いか私は燃えている家の中に駆け込んでいこうとした、しかし防火服を来た男達に止められてしまう。

 

「離して!!!!シスターが!!!!」

 

「もう無理だ!!火が周りすぎている!!行ったらお嬢さんも助からないぞ!!」

 

「嫌だっ!!離して…!シスター…!シスターぁぁぁっ!!?」

 

身体能力に優れる私でも大人複数人に勝てる訳はなく、シスターの名前を呼びながら、燃えていく私たちの家へと手を伸ばし続けた。赤く輝く炎は消防の健闘も虚しく夜明け近くまで燃え続け、私たちの家を簡単に黒く焼き尽くした。そして、焼け跡の中から焼死体が見つかったと後日警察に聞かされた。

 

「ぐすっ…おねーちゃん…おうち…」

 

「おねぇちゃん…シスターどこ…?」

 

「お姉ちゃん…どうしよ、私…なにも…!」

 

私や三人組に縋り付いて泣いてる弟妹達を抱きしめながら私も堪える。ミオも泣いてしまっているが今のわたしには小さい子一緒に抱きしめてあげるのが精一杯だ。私も精神的にキツい、リュウも同じ筈だ。ゲンはやりきれないのか席を外している、きっとゲンなりに苦しんでいるのだろう。

 

「大丈夫、ミオ…ゲンたちとよくみんなを守って来れたね…ありがとう…」

 

「冷静だったのはゲンだよ…わたし、パニックになって…慌てるばかりで…!!!」

 

「大丈夫…大丈夫…だから…!」

 

「お姉ちゃん…ごめん、なさい…お姉ちゃん…!」

 

ミオを慰めつつ今私達は近くの宿泊施設に身を寄せた。ゲンも合流してきてみんなを宥めて来れた。弟妹達が泣き止み寝てしまったのを確認した後に、三人組と私とで聞かされた話をする。

 

「お姉ちゃん…私達、どうなるの…?」

 

「分からない…たぶん、みんなバラバラになっちゃうかもしれない…。」

 

「そんなっ…!?嫌だよ!私…!」

 

「んなこたぁ、言ってもしょうがねぇだろ…俺らがどうこうできる問題じゃねぇよ、今回ばっかしは。」

 

「ゲン…あんた!!」

 

「じゃあてめぇに解決策があるってのかよ!!シスターも死んで!家も燃えちまって!!俺ら中学生に何ができるってんだよ!!」

 

ゲンがミオの胸ぐらを掴む。ゲンもミオもお互いを睨み殺しそうな顔で睨んでいる。2人の気持ちもわかるが一旦ここは仲裁する。

 

「ゲン、ミオ…こんな時にやめなさい!」

 

「けっ…」

 

「ごめん…」

 

そこから三人組と、これからのことや出火の原因を話した。警察の話によると引火性燃料を使った放火、遺体はシスターで間違い無いとのこと。ただしシスターは出火前に死んでいた可能性があるらしい。そして私達は予想通りこれからバラバラになってしまう。

 

「なんで…なんで私達がこんな目に…!」

 

「ミオ…」

 

「嫌だよ!みんなと、まだ、一緒に…!」

 

「しょうがねぇだろ…俺らがもっと大人になればまた会えるだろ…」

 

「その間に、あの子達が私たちを忘れたらどうするの!?わたし、そんなの耐えられないよ!」

 

「ミオ、落ち着いて…もう、僕らがどうこうできる範囲を超えてるんだ…」

 

「そんなのわかってる!わかってるよ!!」

 

狂ったようにミオが叫びだす。ゲンもリュウもミオを宥めようと必死だ。家とシスター…大事なものをいっぺんに亡くした私たちにもう出来ることは無かった。

そして、レイヴンズ・ネストの子供達はみんなバラバラの児童養護施設に引き取られていった。遠いところでは九州、北海道…近くても電車で行かないとどうにもならないくらいに。そして戻ってきたところで誰一人として暖かく迎えてくれる人はいないのだ。それでも人生は回る。世界は回る。

 

「詩音…?」

 

「え…?タカにいちゃん…?」

 

「よっ…って、軽い挨拶で済ませられる精神状態じゃあ無いわな…」

 

軽い感じのラフなスーツの青年、タカにいちゃんが戻ってきていた。一番可愛がってもらったお兄ちゃんでもある。最初こそタカにいちゃんらしい軽い挨拶だったがすぐさま苦笑いに変わって。

 

「こことシスターのこと、残念だったな…」

 

「…ううん、私こそごめん…タカにいちゃん達から託されたのに…私、守れなかった…!みんな、バラバラに…!」

 

思い出が次々と溢れてきて、涙が溢れそうになる。騒がしく迎えて来れた弟妹達、頼りになった三人組…そして一番信頼していたシスター…みんな手元から離れていってしまった。

 

「私…私はお姉ちゃんなのに…!みんなのお姉ちゃんなのに…!」

 

「詩音…」

 

悲痛な面持ちで私を見つめるタカにいちゃんが私に近づき、そして一冊のパンフレットを来れた。

 

「…なら、お前が強いお姉ちゃんを皆に見せてやればいい。」

 

「これ…」

 

タカにいちゃんが見せて来れたのは私みたいに耳と尻尾を持つ女の子達専門の学校。トレセン学園のパンフレットだ。

 

「シスターから聞かされてたんだ、お前がスカウトを受けるとしたらここだろう、ってな。」

 

「シスター…」

 

「お前の頑張り次第だが、一番影響力のあるのはお前だ。テレビでお前の姿を見ればあいつらも元気になるかもな。」

 

タカにいちゃんがタバコを一本蒸すとそのまま携帯灰皿で揉み消して。そしてそのまま大きな手で私の頭を撫でてくれる。

 

「今のガキどもは俺を知らん奴ばっかりだ。だから俺にはお前の金銭的援助しかできねぇ。まぁ、お前がやる気なら…の話だがな。」

 

「タカ、にいちゃん…」

 

「金なら気にするな、こう見えても俺社長だぞ?」

 

にぃっ、と笑ってタカにいちゃんは私を慰めてくれている。そうだ、みんな寂しがっているかも知れない。特に小学生組なんかは塞ぎ込んでしまっているかも知れない。あんなことがあって、それで友達とも家族とも離れ離れになってしまったのだから。

 

「分かった…タカにいちゃん…私、やるよ…!」

 

「おう…詩音、穴を掘るなら天を突け。墓穴掘っても掘り抜けて突き抜けたなら…お前の勝ちだ。」

 

「あっはは…意味分かんないよ、タカにいちゃん…」

 

「いまはわからくて良いんだよ、後々わかってくれりゃな。」

 

そう言ってタカにいちゃんは笑ってくれた、笑わせてくれた。その後は忙しい毎日だった、転入届に転居届、転校の手続きや友達、お世話になった先生との別れ。何故だか担任の先生は気味の悪い笑顔で満足気だったが。そして私は今…東京都府中市にいた。ここ、トレセン学園に通うために。

 

「待っててね、みんな。すぐにみんなに強いお姉ちゃんを見せてあげるから。必ず家族みんなでまた暮らせる場所をお姉ちゃんが作ってあげるから…!」

 

「詩音…are you ready?」

 

「…出来てるよ…!!」

 

さぁ、いこう。やりたい事とやるべき事を成すために。



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その2

トレセン学園…正式名称"日本ウマ娘トレーニングセンター学園"。予備知識が無かった為知らなかったが、私みたいに耳や尻尾のついてる女の子達をウマ娘と呼ぶらしい。そしてここはそんなウマ娘達が切磋琢磨しながら夢を叶える場所、という事でOKらしい。情報ソースはタカにいちゃん。そして今タカにいちゃんはウマ娘用のトレーニンググッズの作成や販売を行う会社の社長らしく、本人曰く怖いくらい経営が順調、社員過労死しねぇよな…ブラック認定されるのだけはごめんだぞ?とつぶやいていた。あと、ちなみに転入に関しての試験は合格しました。ただし、正式に通うのは次の4月かららしい。

 

「まぁ、詩音なら余裕のよっちゃんイカだろ…まぁ、よっちゃんイカ、もう無いんだけどな。」

 

「なにそれ?」

 

「俺がガキの頃にあったお菓子だ。ちょっとすっぱい味のするイカだ。」

 

「美味しくなさそう」

 

「食わず嫌いは良く無いぞ、詩音。」

 

そんな他愛もない会話をタカにいちゃんの愛車…ハチロク?っていうらしい。のなかでしながら。

 

「ほれ、ついたぞ。」

 

タカにいちゃんのお店の本店に着く。タカにいちゃん自体がいろんなお店に飛び回ってるらしくお店に入ると従業員達がピシッと姿勢良く挨拶をしている。そんな姿を見て本当に社長なんだと思ってしまう。

 

「社長…そちらのお嬢さんは…?」

 

「あー、俺の妹。児童養護施設育ちだっていったろ、おれ。」

 

なんて、店長さんらしき人とタカにいちゃんが何やら話している。そして話が終わりタカにいちゃんが手招きしてくると素直にタカにいちゃんについていってみる。

 

「てなわけで、今から採寸だ。トレセン学園の制服はうちでも扱ってるからな。」

 

「そっか…学校なんだから制服だよね。」

 

「そういうこった、こっちにきな。」

 

タカにいちゃんに連れられて、奥の部屋についていけば女性の店員さん複数人が待ち構えていて。

 

「なるほど…たしかにこれは…」

 

「だろ、こいつにぴったりのを見繕ってくれ。」

 

「おまかせを、社長。では詩音さん…こちらへ。」

 

「終わったら呼んでくれ〜、おれは少〜しばかり用事を済ませてくる。」

 

そう言ってタカにいちゃんは奥へと消えていく、代わりに女性の店員さんに連れられればすぐさま店員さん達に丁寧に上着を脱がされてインナーだけになる。そしてあちこちをメジャーで測られる。スリーサイズから二の腕やふくらはぎ、太ももに至るまでありとあらゆるところを図られるとくすぐったいし、なんだか恥ずかしい。

 

「ありがとうございます、詩音さん。それでは楽しみにしていてくださいませ。」

 

「あ、いえ…ありがとう、ございます…?」

 

と、採寸をしてくれた店員さんにこちらも挨拶を返して。楽しみにって…なんだろう、学校の制服なんだし特に…なんて考えながら着替えていると奥から「申し訳ありませんでしたぁ〜…!!」と、情けない声が聞こえてきて。

 

「まったく、変な声を俺の妹に聴かせるんじゃねぇよ。妹の鼓膜が腐る。」

 

と、凄みを効かせた声がタカにいちゃんから聞こえる。おそらく店長さん、何か悪いことでもしたのだろう。昔からタカにいちゃんはチャラチャラとはしているが怒った時は物凄く怖いのだ。

 

「さて、お?終わったか。」

 

「うん、用事は終わりなの?タカにいちゃん。」

 

「おう、制服とかいろいろ、楽しみにしておけよ。」

 

「……?うん、分かった。」

 

タカにいちゃんの言葉の意味がいまいちわからずに首を傾げてしまう。タカにいちゃんのこの言葉の意味を知るのはずいぶん後になってからだったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

数日後、タカにいちゃんと一緒に日用品や私服などを買いに行く。トレセン学園は全寮制らしく、色々持っていかなきゃ行けないらしい。車の中でトレセン学園のパンフレットや渡された書類、校則などを読み込んでいく。転校させてもらう学校の事くらいはちゃんと把握しておきたい。

 

「っと、こんなもんかぁ…どうだ?緊張してるか?」

 

「ちょっとだけ…」

 

「まぁ、いきなり環境も何もかも変わっちまうからなぁ…まぁ、しっかりバックアップはしてやる、まかせろ。」

 

と、タカにいちゃんはサムズアップしてくる。その姿は私にとってヒーローのようで。

 

「うん、ありがとう…タカにいちゃん。ちょっとだけ元気出た。」

 

「そいつぁ、良かった…っと、はぁいもしもし?お、そうかそうか…今から行く。」

 

「タカにいちゃん?」

 

「トレセン学園の制服、出来たみたいだぞ。取りに行くか?」

 

「うんっ!」

 

「よぉし…んじゃ、詩音。一走り付き合えよ!」

 

「え?きゃぁぁっ!?」

 

そういうとタカにいちゃんはいきなりすごいドライビングテクニックを見せつけてくる。具体的には某頭文字の人達くらいに凄かった。ただ調子に乗った結果、後日タイヤ交換をする羽目になったらしい。そしてタカにいちゃんのお店にまた来ればいきなり奥に通される。

 

「はい、詩音さん。此方です。」

 

と、ちょっとしたテレビの箱よりも大きい段ボールが手渡される。まぁ、確かにそうだ。中学の時の制服もこんな感じだった。ブラウスや冬服なんかもまとめて入っているのだろう。そしてそれを受け取った後は…何故か問答無用で試着室に案内された…着替えて見せてからと言う事だろうか、カーテンの向こうでタカにいちゃんがワクワクしているのが簡単に想像できる。

 

「これかな…冬服、で良いよね?」

 

おそらく入学の時には冬服を着ることになるので着慣れた方が良いだろう。ということで早速着用してみる。私も内心はちょっと楽しみで。思ったより良いデザインに合わず頷いてしまう。濃淡の紫色ベースの角襟セーラー服と紫色のプリーツスカート…尻尾がある分スカートが履きにくいのはご愛嬌、ちょっとばかり苦戦しながら最後は尻尾用の穴に尻尾を通して。

 

「………ぁぁぁぁあああああ"あ"あ"あ"っ!!!?」

 

試着室のカーテンを開けて、外に出てみると一瞬間が空いた後におおよそ人間のものとは思えない声が聞こえてきた。そしてタカにいちゃんは何故か膝から崩れ落ちて土下座のような体制を取っている。

 

「やべぇ、天使がいる…なぁ、俺の妹をどう思う!?天使だよなぁ!女神だよなぁ!結婚したいとか言ったらぶっ殺す!」

 

「天使…」

 

「女神…」

 

「結婚しよう(迫真)」

 

「よーし、お前らそこにならんで歯ぁ食いしばれ…!」

 

タカにいちゃんが何やら覗いていた男の従業員さん達とコントを繰り広げているが気にしないでおこう。男の従業員さんたちはタカにいちゃんに一発ずつ殴られて「ザクっ!?」「ドムっ!?」「グフっ!?」と変な声をあげてましたが。

 

「よし、抹殺完了…んで、着心地はどうよ?」

 

「うん、サイズもぴったりでいい感じ…ありがとうございます。」

 

「いえいえ、こちらもいい仕事をさせていただています、社長の妹さんがウマ娘で、そのお手伝いができると言うのであれば、私たちにとっても光栄です。」

 

と、女性の店員さんはきっちりと挨拶をする。まるで職人さんのようだった。そうして制服を受け取りタカにいちゃんと帰路に着く。そして徐にタカにいちゃんが車の窓を開ける。

 

「さて、明日から荷物を寮に運んで…入学の一週間前には寮暮らしだ。そうなるともう俺も簡単にゃ出入りできねぇ…一人になっちまうが…やれるか?」

 

「うん、大丈夫だよ…タカにいちゃん。だって、私はお姉ちゃんだもん…!」

 

「はっはっはっ…泣き虫ちびっこが良くここまで大きくなったもんだ…おっと…どうやら雨が降ってきちまったらしい…」

 

「雨…?たしかに少し曇り気味だけど雨なんか…」

 

「うるせぇ…俺が降ってるって言えば降ってるんだよ…」

 

なんて、ちょっとタカにいちゃんの声が上ずっているような気がした。

 

「しつこいくらい言うが…頑張れ。友達もたくさん作れ…連れてきたら、たまには飯くらい連れてってやるよ…」

 

「うん…ありがとう…タカにいちゃん…あはは、本当だね…雨、降ってる…」

 

「だろ…雨なんだよ、今日は…」

 

「タカにいちゃん…わたし、頑張るから…!みんなに強いお姉ちゃんを…しっかり見せるから…!!」

 

「おう…!」

 

タカにいちゃんと握り拳をぶつけ合った。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

1週間後、トレセン学園の寮の入り口にトラックが着き、荷物を搬入している。私のような転校生や新入生などの荷物も運び込まれているようで。そしてトレセン学園の職員さんから渡された寮の鍵を受け取り荷物を整理する。基本寮は相部屋になるらしい。

 

「うん、これで全部だね。」

 

私の荷物は非常にシンプル。着替えと私服、学園の制服に日用品など。そしてすこし焦げてしまった写真立て。これは警察の人から渡されたものだ。シスターの遺体は蹲るようにして発見されたらしく、この写真立てを抱えていたらしい。そしてそこには三人組の中学進学祝いに撮った、桜並木での集合写真。途中シスターがこけたり何人かの子がトイレに行ったりと何度も取り直しをして、ようやくよく撮れた一枚だ。みんないい表情をしていて。弟妹達はみんな笑顔で、ゲンは私に撫でられてちょっと照れていてやめろと反抗気味で、ミオはそれを羨ましそうにジト目で見ていて、リュウはそれを苦笑いで、シスターはそれを優しく見守っていて。そんな幸せな写真で。

 

「待っててね…みんなに必ず強いお姉ちゃんを見せてあげるから…!」

 

ひとりぼっちの寮の部屋でそう決心を固める。今日からは寮暮らし。タカにいちゃんからスマホを契約してもらいたまにタカにいちゃんとLINEや電話で話している。シスターがくれたガラケーは今でも残している。捨てるには…思い出がありすぎる。

 

「ちょっと疲れちゃったな、寝よう…」

 

写真立てを机に置き、ベッドに横になる。隣を見ればメイキングだけされていて、他はまだ何も置かれていないベッドが目に入って。どんな人が相部屋なんだろう。なんて考えながらゆっくりと瞼を閉じる。ここ約三ヶ月ほどで色々ありすぎた…混乱しながらも日本各地に散らばってしまった家族の為にここで頑張ると決めたのだ。眠りに落ちる前にあの日のタカにいちゃんの声が聞こえた。

 

are you ready?(覚悟はいいか?)

 

「出来てるよ…」

 

そう呟いて、眠りに落ちた。その日の夢は…ふしぎなゆめだった。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

入学式、及び始業式前日。新入生達もあらかた揃っておりみんなあちこち制服で歩き回っている。かく言う私もその一人で学園の地図くらいは頭に入れておきたい、と言うのが目的だ。多分みんな大半はそうだろう。しかし、広い。多分初見だったら地図が無いと絶対迷う。

 

「三女神像…」

 

そして、トレセン学園の中でも一番神聖な場所、三女神像の前に来た。文字通り女神と崇められている三人のウマ娘たちの像が噴水となっている。神聖な場所ではあるが同時に憩いの場でもあるようで、少しだけ近くのベンチに失礼する。暖かくなってきた風に混じった水飛沫の残滓が心地いい。なんだったらここで本でも読めばいい環境なんじゃぁ、無いだろうか…休日には本でも買ってこようか…なんて考えながら、空を見上げる。

 

「シスター…見ててね。大丈夫、私はお姉ちゃんだもん。」

 

『無理をしないように。身体を大事にしてくださいね。』

 

天国からシスターが応援してくれてるような気がした。そして、噴水広場で時間を過ごして夕方ごろ。周りに人がいなくなったので、自身も寮に戻ろうとする。そして。

 

「えっ…?」

 

誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返る。誰もいない。あるのはいつも通り三女神の噴水で。気の所為かと帰路に着こうとすると。後ろから何かに追い越される感覚がして。

 

「何…あれ…」

 

『ブルルルッ…』

 

目の前にいたのは、四足歩行の生き物。久々に前世の記憶を引っ張り出す。前世では馬と呼ばれた生き物。ただし馬とは明らかに違う威厳を放っている。私と同じ白銀色の立髪、真紅の瞳…何より違うのは額から生えた形容し難い形をしている大きな黄金色の角。前世でいうユニコーンなのだろうか。それに身体の周りにはバチバチと電気が走っており、まるで認めたもの以外を拒絶しているようで。

 

『………』

 

その生き物はこちらに視線を向けた後に走り出す。そうした後に、何故か自分も走り出さないといけないような気がして、その生き物の背中を追って走り出す。

 

「………っ!?…なに…?今の…でも、なんだろう…悪くない気分…!それに、ずっと分からなかった何が分かった気がする…!!」

 

そして、目の前に光が満ちたところで目が覚める。あたりはすっかり暗くなっており、時間を見れば18時前で。居眠りでもしていたのだろうか、とりあえず締め出されないために早速寮の部屋に帰る為に帰路に着く。胸の中がなんだか暖かくて。悪く無い気分だった。スポーツで言う、ゾーンに入ったような感覚だった。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

『さぁ、トレセン学園選抜レースがいよいよ始まります!』

 

『どんなレース展開…どんなドラマが待ち受けているのか、注目しましょう!』

 

入学式も厳かに終えて間もなく、選抜レースというものに出場することになった。と言うのも転入生はどうやら運が悪く私一人だったようで、学園が直々に招いた転入生ということもあってか、出さざるを得ない状況らしい。説明してくれた名前が覚えにくい生徒会長さんが説明してる時も本当に苦渋の決断だったらしい。

 

『1番、ーーーー』

 

女性のアナウンスの声で出走する子たちの名前が呼ばれる。もちろん私は一番最後だ。体操着に9番のゼッケンで呼ばれる時を待つ。

 

『9番、ーーーーー』

 

名前を呼ばれれば、同時に大型モニターに私の顔が映し出される。生徒会長さん曰く「腕試しのようなものだ、気楽に挑みたまえ。」との事らしいのでそれなりに緊張感を持ちつつ身体を解す。そして出走者全員がゲートと呼ばれる機械の中に入る。

 

『各ウマ娘、ゲートに出揃いました!』

 

『全員気合十分ですね、いいドラマが見れそうです!』

 

「えー、それではシンプルにスパッとだらっとやりましょ〜…」

 

と、スタート係らしきやる気のなさそうな男が矛盾する発言をしていることに心の中で突っ込みながら目の前に集中する。予備知識はある程度付けてきた、だが、百聞は一見にしかず。目で見て体験しないことには分からない。

 

「さーん」

 

スタートの構えを取る。

 

「にー」

 

足に力を入れる

 

「いーち」

 

あとはその時を待つ

 

「カマ〜…」

 

間延びした間抜けな声、カを言い終わった直後にゲートが開き、9人が一斉にスタートする。距離は1600m。数秒もしないうちに集団は団子状態から徐々に、徐々に引き伸ばされていく。

 

『さぁ、各ウマ娘綺麗なスタートを切りました!』

 

『400m通過、現在の順位は先頭7番、後ろに3番、1馬身離れて5番、ハナ差で9番…』

 

アナウンスによる実況が嫌でも耳に入ってくる。引き伸ばされたレースは今の所私が4番。観客席も盛り上がっているようで歓声が上がる。もちろんトレセン学園で行われているのでトレーナーやこれから先輩、同級生、後輩になる子たちもたくさん見ている。出走前にカメラも来ていたことから、テレビにも映るかもしれない…あの子達が見るかもしれないと考えると…負けられない。

 

『1200m通過!残り400!ここからが勝負!4番、逃げ切れるか!?』

 

「(ここだっ!)」

 

約束したんだ、タカにいちゃんとシスターと。見ているかもしれない弟妹達のために、強いお姉ちゃんを見せるって!!その瞬間に時間が引き延ばされる感覚がする、広い平野のど真ん中に自分が立っている、そしてその自分に雷が直撃するイメージ、そのイメージをそのまま思い切り強く地面を芝を踏みしめる、次の瞬間には加速していく。踏みしめた音に驚いたのだろう、後ろから軽く悲鳴が聞こえた気がする。苦しそうな表情の5番と3番の子が驚いたような表情で私を見るが関係無い。

 

『ここで9番!!飛び込んできた!!はやい、はやい!あっという間に先頭の背中を捉える!!』

 

『残り200!7番も喰らいつく!!しかし9番、振り払う!!速い!9番速い!圧倒的加速で、今ゴールイン!!選抜レースを制したのは9番!!』

 

「はぁっ…はぁっ…!!」

 

ゴールインしたあとになんとかスピードを落とそうとするが何故かなかなか落ちない。仕方ないとばかりにちょっとだけ芝を削ることになるが仕方ない。このまま止まらずに大怪我をするのは私だ。走りながら足に力を入れジャンプ、同時に横にひねりを入れて着地、直後にまた踏み出してジャンプ、そして次のジャンプでゴールの方へと向く、つまり軽く腰を落として後ろ向きに進みながら軽く芝を削りながらなんとか止まる。

 

『9番!イクシオン!!圧倒的加速で勝利をもぎ取った!』

 

私が一番…良かった。このレース…あの子達も見ているだろうか。もし、見てなかったとしてもあの子達の目に強いお姉ちゃんを届ける…そしてまたもう一度、家族と一緒の未来を作って見せる。自身の真紅色の瞳に覚悟をのせて…私はレース場を後にした。

 

 



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その3

もっともらしい理由をつけてとあるチームに放り込みました()
トレーナーいないとレース始まらないらしいから仕方ないね!あ…作者の好みでトレーナー変えました、こういう人が育てたチームってクソ強いと思うんだけど私だけ?


入学式、そして選抜レースを駆け抜けた翌日…私は。

 

「まぁーーーてぇーーーー!!!!」

 

トレーナーやチーム所属のウマ娘から何故か追い回されていた。トレーナーに関してはレースが終了した直後に、ウマ娘に関しては最初は何人かの戦闘狂とも言える子たちだけだったのだが、波紋が波紋を呼んでいる。今追いかけてきている前髪に一房の白いメッシュの入ったウマ娘。本当にしつこい。あの担任の先生くらいしつこい。というわけで現在ありとあらゆるテクニックを駆使して彼女を含む数人から逃げ回っております。

 

「はぁっ…はぁっ…なんで、こんなことになってるの?」

 

「まてぇー!!」

 

と、軽く汗を拭いながらなるべく障害物の多い道を選ぶ。何故障害物かって?前世の記憶を前回引っ張り出した時に、内容を斜め読みした。私、どうやら前世ではパルクールをやってたらしい。てなわけで現在、ウマ娘の身体能力でパルクールやってます、出来ればこんなことに私も技術使いたく無いんですが、仕方ないんです。いつまでも追いかけられると学業にも支障が出ますし。

 

「ええーっ!?ちょっと!そんなのズルだよぉ!!」

 

ごめんなさい、でもあなたも死ぬほどしつこいのが悪いんです。心の中であの子に謝りながら改めて教室に向かう。遅れた理由が追いかけ回されてました、なんて問題にしかならない。多分私が先生ならガチでキレる。某のび太くんみたいなことさせるかも知れない。とりあえずはまぁ、あの追いかけてきた子含めた数人は今の所撒けたのだ、よしと思うことにしよう。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

一方その頃、時間は少しだけ巻き戻り選抜レース終了直後。この選抜レース、簡単に言えばトレーナーやチームへのスカウトを目的としてる部分もあり、またマスコミからも未来の有能なウマ娘、として特集を組むこともしばしば。そんな選抜レース終了直後の生徒会室。

 

「やはり、こいつが一番だな。マスコミが早速騒ぎ立てている。霹靂一閃、天孫降臨、疾風迅雷…。」

 

「やはり、あの落雷にも似た踏み込み…それが理由だろう。天孫降臨とはよく言ったものだ。」

 

なんて、生徒会役員の三人。シンボリルドルフ、ナリタブライアン、エアグルーヴの三人が選抜レースに出走したウマ娘達の履歴を見ているようで。早速マスコミにより色々と異名が付けられている。先程の三つの他にも雷神の使い、破神の愛馬、雷獣…などなど。実際、周囲の人間は雷でも落ちたのか、と思ったらしい。

 

「エアグルーヴ、どう思う?」

 

「…そうですね、自身の身体の動かし方は知っているのに、自分の身体の事はまるで知らない…矛盾している、そんな印象は受けますね。」

 

「だろうな…おそらくだが並みのトレーナーじゃあ彼女を持て余すだろう。」

 

「ではどうする?」

 

「下手なチームに取られて故障されるよりはうちで引き取ろうと思う。トレーナーには、私から話そう。」

 

「私もそれは賛成だが、多少の不満は出てくるぞ。そこはどうする?」

 

「そこに関しては策はある…いや、策とも言えないごり押し…所謂、職権濫用というやつさ。」

 

「お前いいのか、それで。」

 

「たまには構わんだろう…たまには美味しいところを持っていかないと割に合わん。」

 

「お前も随分と悪い奴になったな。」

 

「たまにはダークな事くらいしたくなるさ。」

 

さて…と、一声かけた後にトレセン学園生徒会長、"皇帝"シンボリルドルフが軽く手を叩いて。

 

「一週間以内には実行する、エアグルーヴ…例のものを持ってきてくれ。」

 

「はい、会長。」

 

トレセン学園生徒会…改めてトレセン学園最強のチーム…リギルによる裏工作…もとい、問題児生徒への鬱憤晴らしが開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

数日後。

 

 

「まてーーーーっ!!!」

 

こんにちは皆さん、イクシオンです。今日も今日とて追いかけ回されています。この子達飽きもせずに良く追いかけてくる。とりあえず植えられている木を足場にして窓から校舎にお邪魔します。

 

「よし、予想通り…!」

 

と、今度はボブカットのウマ娘が走ってくる。仕方が無いとばかりにその子に向かって走っていく。

 

「なっ…!?でもチャンス!捕まえ…!あれ?…ええ!?」

 

ボブカットのウマ娘と接触する数メートル手前で壁に向かっていき、少し足を酷使しながら4mほど壁走り。道が塞がれてる時はこれに限る。そのままボブカットの子を撒こうとするものの、このボブカットの子もなかなかにしつこい。例えると卵かけご飯の後味くらいしつこい。嫌いじゃないんだけどね、卵かけご飯。夏は危ないからあんまり食べられないけど。

 

「どうしよう…全く勉強とか出来てないんだけど…」

 

そろそろ観念してトレーナーやらの師事を受けた方がいいのだろうか。ウマ娘一人でもトレーニング施設の使用許可証は取れるが、幾分面倒臭い…しかし一人だといつまでこの状況が続くか分からない。逃げながらどうしようかと迷っていると、電話が掛かってくる。しかし、知らない番号だ…しかし、間違い電話かもしれないので伝えてあげるためにそっと通話ボタンを押して。

 

「もしもし…?」

 

『手こずっているようだな、イクシオン。』

 

「だれ、ですか?」

 

『今は言えない、だが、この学園で一番安全な場所を教えてやる。この状況を終わらせたければ、こちらの指示に従え。』

 

聞こえてきたのはボイスチェンジャーで声を変えているのか、少しだけ雑音の混ざった声。声を変えているので男性か女性かもわからない。ただいまは、従うしかないようだ。

 

「分かった…でも、信用したわけじゃない…」

 

『今はそれでいい…では、そのまままっすぐ、3番目の角を右だ。』

 

こうして謎の声に導かれて、ガイド通りに進んでいく。指示は的確でありいかにこの学園の内部を把握しているかがわかる。指示に従い続けておおよそ15分後。

 

『最後にその通路の一番奥の部屋に入れ、それで彼女らも大人しく引き下がるだろう。』

 

なんていえば、声が途切れる。通話が切れればスマホを仕舞い込んで扉に手を掛けてゆっくりと開く。

 

「お疲れ様、ゆっくりしていくといい。」

 

「ありがとうございます…」

 

そういうと、明らかなプレッシャーをひしひしと感じながらも、対面のソファーにゆっくりと腰掛ける。体重をかければ皮の感触と共に僅かな音を立てながら。

 

「…先程はありがとうございます…生徒会長さん。」

 

「はて、なんの事かな?」

 

「白々しいですよ…こんな状況で頭が回らないほど、バカじゃありませんから…」

 

スカート越しにタンタン、とスマホの画面を叩き折り返し電話をすれば相手の方からバイヴ音が流れて。ワンコールした後に通話を切る。

 

「はははっ、一本取られた。」

 

「ちょっと頭の回る人なら誰でも思い付きますよ…」

 

なんて言いながらもチラリと入り口の方を見れば追いかけてきた子達が本当に追いかけてくる様子は無い…もしかしなくても自ら罠に飛び込んだのは…漁夫の利のようにして捉えられたのは私の方か?なんて考え始めて。

 

「まぁ、緊張せずに気楽にしてほしい。君にとっても利のある話だ。」

 

「………」

 

緊張するな、というのが無理がある。相手はこの学園の生徒会長…まだ名前は覚えきれていないが周りの人からは"皇帝"と言われているだけある。その視線はまるで品定めでもされているようで。

 

「回りくどい話は嫌いだ。単刀直入に合わせてもらう。君を私のチームに迎え入れようと思う、これは私のチームの総意だしトレーナーとも話がついている。」

 

「そうですか…しかし何故私なんでしょう?他にも有力な子はたくさんいたはず…」

 

「一つ目はあの選抜レースだ。君はあの選抜レースの後なんと呼ばれているか知っているかな?」

 

「いえ…勉強も練習もついていくのがやっとですから…」

 

「ふふっ、だろうな…君の勤勉さは私の耳にも入ってきている。あの選抜戦以降…マスコミは君をこう評している。霹靂一閃、天孫降臨、疾風迅雷…他にも雷獣、破神の愛馬、雷神の使い…その他もろもろ…つまり転入生にも関わらず君は今注目の的と言うわけだ。」

 

「ええ…」

 

なんで頭にそんな呼び名が…原因は私が使ったあのあの加速の時の踏み込みなんだろうけどそこまでのものだったのだろうか…。

 

「そして二つ、この状況。今や各トレーナーやチームは君を手に入れようと躍起だ。追いかけられる事で君も学業などに大なり小なり支障が出てきている…違うかな?」

 

「……っ。」

 

ちょっとだけ苦々しい表情をする。ぶっちゃけるとあたりだ…。

 

「沈黙は肯定と受け取ろう。そして3つ…君は自身の身体の事についてほぼ知らないに等しい。そんな状態で下手なチームやトレーナーに預けて故障されるくらいなら、私達で受け入れた方がいい。」

 

「………」

 

やばい、ぐうの音も出ない…まるで詰将棋かと思うくらいにはムーブが完璧だ…。

 

「私達は新たな戦力を確保できる。君は指導を受けられて尚且つ勉学に励める時間も確保でき、そしてレースにも出場出来る条件が整う。学園としても有能な生徒の故障を防げて騒ぎも収められる…それぞれが対等に恩恵を受けられる。と言うわけだ…どうかな?」

 

あ、ダメだ。私の頭の回転じゃこの生徒会長をうまく言いくるめられる自信が無い。それに実際一人でできることなんてたかが知れている…ここは、素直に受け入れよう。私の年貢の納め時と言うやつだ。

 

「…わかりました、よろしくお願いします。生徒会長さん。」

 

「あぁ、我々は君を歓迎しよう。ようこそ、リギルへ。」

 

と、座ったまま頭を下げる。本当にムーブが完璧過ぎる。最初から計画していたんじゃ無いかと疑えるくらいには完璧だった。そして差し出された生徒会長さんの手を取る。わたしには不相応だとは思うが目をかけてもらえたのだ。期待に応えられるようにはしたい。

 

「では、早速だがついて来てくれ。」

 

「はい…構いませんけど一体何処に?」

 

「私のチーム、そしてトレーナーに会わせる。いずれも私が言うのもなんだがトップレベルのウマ娘達だ。」

 

生徒会長について行けば生徒会室とは別の意味でプレッシャーが立ち登る部屋の前につけば生徒会長さんはそんなプレッシャーに動じることなく、ドアノブに手を掛けて扉を開く。

 

「やぁ、おかえり。上手くいったみたいだね。」

 

「殆ど賭けみたいなものだったがな。あいつらがとことんこちら有利な状況を作ってくれて助かったと言ったところだ。」

 

「おー、腹黒い。」

 

「トレーナーほどじゃ無いさ。」

 

なんて、目の前の目隠しをした男性と生徒会長さんが一言二言会話を交わした後に生徒会長さんが男のそばに着く。トレーナーと呼ばれていたのでこの人が会長さんのチームのトレーナーなのだろう。

 

「さて、いきなりだけどちょっとごめんよ?」

 

「………!?」

 

と、目隠しをした男性トレーナーが私に近づいて来る。そして私を見ながら私の周りをくるっと一周すれば。

 

「本当だ、君本当にすごい身体してるね、ウケる。」

 

なんて言って、男性トレーナーはソファーに戻っていく。

 

「いきなりごめんねぇ。自己紹介が遅れたね。僕、五十嵐 悟。このチームのトレーナーをやらせて貰ってる。」

 

「はぁ…よろしくお願いします…」

 

「あはは、そう緊張しないでよ。別に撮って食おうってわけじゃ無いんだからさぁ。」

 

快活に笑いながら目の前のトレーナーに促されるままに、周囲の子達に失礼しますとお辞儀をしてから着席する。

 

「さて…で、早速本題なんだけどぶっちゃけると君、自覚ないかもだけど君っていま超貴重かつ超扱いの難しい原石な訳。」

 

「は、はぁ…」

 

「まぁ、ついこの間まで普通に暮らしてたウマ娘が選抜レースでいきなり一位とっちゃったらそうもなるよね。僕も君のレース生で見てたけど、君…下手に自己流でやったり、下手なチーム入ると絶対故障する。並みのトレーナーだと君を必ず持て余す、並みのトレーナーじゃあ価値のある原石じゃなくて爆弾に見えるかもね。」

 

トレーナーさん…五十嵐さんの声がだんだんと真面目さを帯びてくる。

 

「と言うわけで、君を迎え入れるのは僕たち全員の総意、と言うことを忘れないでね。もちろん学長には了承は取ってるさ…事後報告だけどw」

 

ニヤリと笑う五十嵐さん…この人表面上はふざけてるけどなんだろう。対面した瞬間に目隠し越しでも全てを見透かされていそうなこの感覚は。

 

「というわけで堅苦しいお話終わり!軽くメンバー紹介しようか。」

 

と、五十嵐さんはソファーに背中を預ける形で楽な姿勢をとりながらメンバーの自己紹介をし始める。

 

「まずリーダーで生徒会長のシンボリルドルフ、君の理想系になるかも知れないから覚えといてね。」

 

「これからよろしく頼む。」

 

と、生徒会長さんが軽くお辞儀をしたのでこちらも返す。シンボリルドルフ、シンボリルドルフ、シンボリルドルフ…よし覚えた。

 

「副会長のエアグルーヴ、役員のナリタブライアン。何か困ったことが有れば大体はこの二人が解決してくれるよ。」

 

「期待している。」

 

「トレーナーと会長の期待、裏切ってくれるなよ?」

 

エアグルーヴにナリタブライアン…二人とも目つきも雰囲気も鋭い。生徒会としての威厳は十分だ。二人にしっかりとお辞儀をして。

 

「寮長のヒシアマゾンとフジキセキ。」

 

続けて紹介された二人にそれぞれ軽く会釈をして。フジキセキ先輩は寮でもお世話になっているため、軽く手を振りかえしてくれる。

 

「あと、右から順にタイキシャトル、エルコンドルパサー、グラスワンダー、テイエムオペラオー…後一人はついこの間抜けちゃった。まぁ、合う合わないはあるから仕方ないよね。以上がチームリギルだ…何か質問はあるかな?」

 

「いえ…ただただ…今は圧倒されてます…」

 

「だろうね、多分みんな不得意距離で君と走っても勝つと思うよ。」

 

少しムッと来たが、実際その通りだ。実際緊張しているのではない…少しだけ怖気づいたのだ…本当に情け無い。

 

「けど、断言するよ。君は第二のシンボリルドルフになれる。というか僕がしてみせる…だから、君も食らい付いて来て欲しい。出来るかな?イクシオン?」

 

「はい…よろしくお願いします。」

 

周りは現在全員格上ばかり…それでも関係無い。もう情け無い姿は見せない。その為なら悪魔とだって契約してやる。

 

「いい顔だ、状況を利用して君を半ば無理矢理にでも引き入れた甲斐があったよ。というわけで早速…

 

 

 

君、着替えて来て?」

 

まだまだ一波乱ありそうだ。



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その4

ちょっとだけ文章クオリティが下がってるかも…あと、ウイニングライブ、見たい?
アンケート追加したので、投票よろしくお願いします…


「はぁっ…はぁっ…!」

 

「イェーイ!エルの勝ちデース!!」

 

数日後、五十嵐トレーナーの指示の元、私はチームリギルの面々に揉み扱かれていた。

 

「はい、お疲れ様二人とも。エルは一旦休む為に学力トレーニングに入ろうか。ブライアン、エルについて二人で過去のビデオ研究だ。よろしく。」

 

「了解した、いくぞ。」

 

「え?ちょっ…ウェイウェイ…!?ま、待ってくだサーイ!」

 

と、プロレスで使うようなマスクを被ったウマ娘エルコンドルパサーさんと印象を一言で言うなら狼といった印象を持つウマ娘、ナリタブライアンさんがその場を離れていく。

 

「タイキー、おいでー。」

 

「oh!呼びましたカ?トレーナー?」

 

「この子のインターバルが終わったら次はタイキと短距離で模擬レース5本ね。」

 

次はタイキシャトルさんが模擬レースのお相手らしい。少し息を乱しながらも立ち上がって。

 

「よろしくお願いします…!」

 

「OK!トレーナーが目を掛けたなら貴女は間違いありまセン!私で良ければお相手しマース!」

 

気持ちのいい笑顔にこちらも笑みを返しながら、アラームが鳴る。インターバルは終わり。練習のスタートラインにタイキシャトルさんと並ぶ。スタート役兼撮影はエアグルーヴさん。

 

「それではゆくぞ…はじめ!」

 

その声と共にタイキシャトルさんと同時に走り出す。距離は1200…短距離に分類される距離、タイキシャトルさんの得意距離だ。走り出してもう800m地点だというのに1バ身以上距離が離れている。そのまま差を保たれてゴール。最終的な距離は1バ身以上の差が離れていて。

 

「はっ、はっ…強い…」

 

「当然デース!」

 

「まぁ、レベルが違うからねぇ。インターバルは5分。タイキとの短距離が終わったら次はグラスワンダーと長距離に行こうか。」

 

「はいっ…!」

 

チームリギルのスパルタトレーニングは本当にスパルタだった。

 

「早速なんだけど、君……着替えて来て?」

 

と、言われて着替えれば軽い柔軟の後にすぐさまトレーニングだ。トレーナーさんからは「大丈夫大丈夫、君がどれくらい動けるかの確認だからw」と言っていたがこれは確認じゃ無い…固めのトレーニングだ。インターバルが終わればまたタイキシャトルさんとまた短距離。

 

「はっ…!はっ…!」

 

「ふぅ、いい感じデース!これならすぐに即戦力ですネ!」

 

「ありがとうございます…!」

 

タイキシャトルさんの言葉にお礼を返しつつも割と全然余裕はない。それに比べてタイキシャトルさんは5本走ったにも関わらず表情はちょっぴり疲れたかな?程度。化け物すぎる。

 

「グラスワンダーを呼んできまース!もう少し休んでてくださいネ!」

 

「は、はい…」

 

そうしてタイキシャトルさんが走って行けば、不意に風が吹く。冷たさが心地よく酷使した脚を冷やしてくれる。さらにかいた汗がさらに風を心地よくしてくれる。なんだか今日はぐっすり眠れそうだ。

 

「ではグラスワンダー、後をお願いしマース!」

 

「ええ、ではイクシオンさん。よろしくお願いします。」

 

「はい…!お願いします!」

 

「距離3000、一番グラスワンダー!二番イクシオン!…はじめ!」

 

それを合図にグラスワンダーさんとの長距離が始まった。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

「そうそう、頑張れ、頑張れ。」

 

と、グラスワンダーと長距離を始めたイクシオンを見つめる五十嵐。今は目隠しでは無くサングラスを着用していて。そんな彼の隣にはシンボリルドルフ、生徒会のデスクワークを終わらせて来たらしい。

 

「調子はどうだ、トレーナー。」

 

「うん、やっぱり凄いね。彼女、一種の天才ってやつだよ、自分では気付いて無いと思うけど。」

 

「先程から見ていた、彼女、おそらくだが…」

 

「うん、世界中探してもいないよねぇ。多分彼女に走れない距離も脚質も無いよ、多分。バ場の影響は多少なり受けるとだろうけどね。あと、異常なのはその脚の回復速度だ。」

 

「まさに掘り当てたのはトレーナーおあつらえ向きの原石だったわけだ。」

 

「うん、鍛えて行けば確実に化けるね。まぁ、でも今はあんなもんかな?まだ慣れてないし。本格的な彼女専用トレーニングもまだだしね。まぁ、君のトレーニングを丸々流用すれば大丈夫でしょ。」

 

「加減する気は?」

 

「そりゃ無理だ、彼女にも君にも申し訳ないけど。」

 

なんていいながら五十嵐がサングラスを軽く下に向けてずらし、日本人には珍しい碧眼でシンボリルドルフを見る。

 

「みんな、慎重に扱いすぎなんだよ。だから仕上げ方も中途半端になる。」

 

「こんな乱雑にするのはトレーナーくらいさ。」

 

「まぁねぇ…それに彼女、たぶん自分のために走ってるんじゃ無いよ。」

 

「ほう?」

 

「あの目を見てごらん…あれはたぶん、誰かのためだ。僕にその誰かは分からないけど、目は口ほどに物を言うからね。まぁ…興味があったら聞いてみたらどうだい?」

 

「そうしてみるとしよう。さて、私も着替えて参加してくるとするか。」

 

「あっそ、じゃあグラスワンダーが終わったら次、君とイクシオンね。オペラオー、柔軟に付き合ってあげてー。」

 

そういうと、そろそろゴールしそうな長距離の模擬レースを見ながら、ゴール地点に向けて、スタスタと五十嵐は歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「あー…」

 

その日の夜、練習を終えて入浴を済ませて戻ってきた寮の部屋のベッドですぐさま横になる。リギルのトレーニングがあそこまでスパルタだとは思わなかった。最終的には生徒会長、シンボリルドルフと長めのインターバルを取りながら模擬レース20本…まさに皇帝の名に相応しい走りで一番近くても1バ身は離れてしまう。いや、違う。あのプレッシャーに私が押し負けてそれ以上近づけない。

 

「…メンタル面か…」

 

こればっかりは場数を踏むしか無いのだろう。精神は身体と違って時間をかけるしか無いのだから。

 

『君に必要なのはまず自分の身体を知る事。何が得意で何が不得意なのか…君にはまずそれが足りて無い。それが無い時点で君はまずスタートラインにすら立ててない。今日はその為に模擬レースを中心とした擬似的実戦訓練だ。』

 

着替えた直後に言われたその言葉が今も胸に残る。たしかに今まではちょっと身体能力が高いだけ、と知ろうとしなかった。でもこれからはそうはいかない。もっと自分と向き合わなければ。しかし…今日は色々あって疲れすぎた。なんだかぐっすりと眠れそうだ。

 

「おやすみ…みんな…」

 

そのままうつ伏せの状態で、チラリと写真を見た後にゆっくりと眠りに落ちていく。勝手に瞼が閉じて行く。明日からまた厳しいトレーニングだ。しっかりと体力を養わなければ。翌朝、ぐっすりと寝過ぎて遅刻し掛けたのはご愛嬌だ。こんな調子でやっていけるのだろうか、私。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

イクシオンがチームリギルで練習を始めて2週間ほど経ったある日。チームリギルの部室では、シンボリルドルフと五十嵐トレーナーがひっきりなしに何かを話している。

 

 

「それではトレーナー、いよいよ…」

 

「そ、彼女のメイクデビューだ。いずれ彼女にも海外を経験してもらわないとね。」

 

「学校ではすでにチームリギルの秘蔵っ子なんて言われているが、まさにそれだけの資質を兼ね備えつつあるな。」

 

「大丈夫でしょ、だってメイクデビューに出てる子達、言い方悪いけど弱いもん。彼女なら…」

 

「鎧袖一触、か。」

 

「exactly.《そういう事》このことは僕から彼女に話すよ。チームスピカの秘蔵っ子…テイオーとどちらが強いかな?」

 

そう言った五十嵐トレーナーの顔はまるで獰猛なチャレンジャーのような目だった。

 

「作戦はどうする?まぁ、彼女なら関係無く走れるとは思うが。」

 

「逃げ一択、彼女の伸び代凄いからね。今はもうタイキやエルにも喰らい付けてるし。長距離はまだ慣れてないのか、ちょっと離され気味だけどそのうち追いつけるんじゃ無いかな?」

 

「なら…」

 

「近いうちに君も本気で勝負が出来ると思うよ。」

 

「そうか…!…トレーナーの言うことだ、期待するとしよう。」

 

満足気に話して笑みの交換をするシンボリルドルフと五十嵐トレーナー、イクシオンのメイクデビューはすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「はいはーい、今日のトレーニング終わり。全員集合〜。」

 

練習場にトレーナーさんの手を叩く音が聞こえればみんなそれぞれトレーニングを終わらせてトレーナーさんの元に集合する。

 

「てなわけで、多分そろそろみんな目標にしてるレースが近づいてると思う、だから明日から調整の期間に入る。大丈夫、本番までにはキチッと仕上がるよ。僕が保証する。特に、イクシオン。」

 

「はいっ…!」

 

「君は明日から僕が着く。僕が完璧に仕上げて見せる。」

 

「と言うことはトレーナー…!」

 

「そう、イクシオン。一週間後…君のメイクデビューだ。」

 

いよいよ来た…ウマ娘達にとってのデビュー戦…これを過ぎれば同じチームと言えど、強力なライバルになる。メイクデビューの目的は勿論…1着…良くも悪くも注目される一戦…いやでも身体は硬くなる。

 

「緊張しなくてもヘーキヘーキ、君なら余裕さ。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

「hey!おめでとうございマース!頑張ってくだサーイ!」

 

「わっとと…あ、ありがとうございます…!」

 

なんて、タイキさんをはじめ様々な人から激励の言葉を受ける。その言葉を受けながら何事も一番最初が大事、ここだけは失敗出来ない。

 

「さて、では明日のトレーニングからそれぞれの調整メニューを渡す。オーバーワーク禁止、いいね!」

 

「「「「「はい!!!」」」」」

 

「それじゃあ解散。今日はゆっくり休むんだよ。」

 

そういえばそれぞれのメンバーが寮へと帰っていく。着替えた後に少しだけ居心地の良い三女神像の広場に座れば空を眺める。夜空と夕焼け空の境目の紫色になってる部分を見上げながら、そよ風を全身で受けて。

 

「…すぅ…ふぅ…」

 

と、一つ深呼吸すると少しだけ冷えた空気が肺の中に入って、まだ熱り気味の身体を心地よく覚ましてくれる。そして夕焼け空が地平線の向こうに沈もうとしているのを見れば、自分も戻ろうとして立とうとしたところに。

 

「はい、お疲れ様。」

 

「わぁっ!?ととっ…!?」

 

「おー、そんなにびっくりした?」

 

と、視界の外からいきなり目の前に缶のカフェオレが。しかも鼻先に当たった上に冷たい。まだ夜はすこし冷えるというのにこれは酷くはないか?犯人はトレーナーさん。

 

「びっくりしますよ!もうっ!」

 

「あっははっ!ごめんごめん、メイクデビューって言ってから硬くなってるような気がしてるさ。」

 

「まぁ、緊張はしてます…」

 

「怖いかい?」

 

「少しだけ…」

 

「それで良い。恐怖を感じない生き物なんていない。恐怖を克服する事こそ生きる事だと僕は思う。」

 

「恐怖を克服…」

 

「あぁ、恐怖を感じなくなれって意味じゃあ無い。恐怖を乗り越えて、その先にある何かを掴めるようになれって話さ。」

 

恐怖を乗り越えた先にある何か、おそらくチームのみんなもその先にある何かをすでに掴んでいるのだろう…私は一体何が待っているのだろう。少し考えさせられながらもトレーナーさんなりの言葉で激励しているのが分かって。

 

「…ありがとうございます、必ずそうなれるように頑張ります。」

 

「お礼は言わなくて良いよ、君は君のやりたいことやるべき事のために走れば良い。僕たちはただそのお手伝いをするだけさ。」

 

そう言ってトレーナーはトレーナーの寮へと戻っていく。そして振り向きざまに。

 

「それじゃあ、また明日からね。メイクデビューが済んだら、一段と厳しく行くよ。」

 

「はいっ…よろしくお願いします!」

 

「それじゃ、風邪引くなよ〜」

 

そんな間延びした声でトレーナーは振り向かずに去っていく。空を見届けた後は私も寮に戻ろうと軽く走っていく。そしてトレーナーとの厳しい調整トレーニングの一週間を過ごして。メイクデビューの日を迎えた。



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その5

私の描写力ではこれが限界だった…許してくれ…。衣装は歌姫のドレスで脳内再生してください()


「いやぁ…憎たらしいくらいの晴天だね。8月15日かっての。病気になっちゃうよ。」

 

「トレーナー、そのセリフはちょっとdangerousデース…」

 

各々が調整期間を過ごした一週間、チームリギルの姿はとあるレース場の観客席にあった。勿論目的はイクシオンのメイクデビューだ。このメイクデビューを見届ければ晴れて、イクシオンは自分達のライバル…そのスタートラインだ。

 

「トレーナー、イクシオンの様子はどうだ?」

 

「んー、大丈夫でしょ。むしろ、あれだけ熱心に調整したんだ。今更僕が声掛けることも無いでしょ。後はここで見守ってれば自然と結果は出るよ。」

 

なんて、五十嵐が言いながらリギルの面々が一番よく見える場所に座る。やはりメイクデビューということもあってか、沢山の人が観客席に次々と座っていく。もちろん、撮影用のテレビカメラも、だ。

 

「さて…どこまで出来るかな?イクシオン。」

 

すでにイクシオンには作戦は伝えてある。逃げ一択。今回のメイクデビューは…一週間で完璧に調整した彼女ならこのくらいは全速力で余裕で走りきれるだろう、ならやることは出し惜しみなしの逃げ一択。

 

「そろそろ始まるね、さぁて、みんなで新たなライバル誕生の瞬間を見るとしようか。」

 

各所から設置されたスピーカーからノイズが一瞬聞こえた後に、メイクデビューの開始を宣言するアナウンスが流れた。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

アナウンスが聞こえると控え室からレース場に出て行く。すでに1番目のウマ娘の名前や仕上がり方、人気などが発表されており終わった子たちはすぐにレース場で軽い準備運動などで身体を温めている。

 

『1番人気、11番 イクシオン』

 

アナウンスが流れて名前を呼ばれれば、レース場に出て行く。カメラもおそらくズームが掛かっているだろうが気にしている場合では無い。

 

『これ以上無い、良い仕上がりですね。高順位が期待出来そうです。』

 

紹介のアナウンスが自然と耳に入ってくる。解説の的外れな解説を聞き流しつつ、自身の11番ゲートへと早めに入る。仕上がりは上々。後は出走を待つだけ…準備も覚悟もある…後は振り切るだけ。

 

『晴れ渡る新潟レース場、12人のウマ娘達が凌ぎを削ります。』

 

『虎視眈々と上位を狙います、3番。』

 

『この評価は少し不満か、7番。』

 

『今日の主役はこの子において他にいません、11番。』

 

『みんな良い顔してますね、好レースに期待です。』

 

『各ウマ娘、ゲートに出揃いました。』

 

いま、お姉ちゃんが行くよ、みんな…見ててね。構える前に一息深呼吸を入れてからスタンディングスタートを構える。そして、不意に予兆も無くゲートが開かれる。

 

「シッ…!」

 

『各ウマ娘、綺麗なスタートを切れています!』

 

少し出遅れた気もするが、焦らない。キチンと踏み込んで足で芝を捕らえ前に進む。もっと脚を回せ。空を掻き分け、風を蹴散らせ。

 

『おっと!ここで11番抜け出した!!』

 

『典型的な逃げのスタイル、中盤で掛かり気味にならないかが心配ですね。』

 

このくらいなら問題無い…2200m走り抜けて見せる…!必ず取る…!もっと、もっと…!!さらに脚に力を込めて加速する。

 

「やばい…!」

 

私の加速を見て後続の子も焦ったのだろう、全員が私を追い縋ろうと脚を回し始める。だけどもう遅い。

 

『800m通過!!11番イクシオン!速い!これはどうでしょう?』

 

『様子を見る限り全く掛かっている様子は無いですね、むしろ後続の子のペースが乱されているように感じます。』

 

『さぁ、11番と後続の差が開いて行く!現在の差は4バ身!』

 

『後続の子も後半に脚を温存する子が出てきましたね、11番このまま逃げきれるか。』

 

『1200m通過!!11番!全く脚色が衰えない!!』

 

『後続の子も折り返し地点、まだ距離はあります。ここからが勝負です!』

 

1200m地点…脚はまだまだ回せる。さらに回すか?それとも残りの600メートルで思い切り出し切るか…。

いや…何を考えている私…トレーナーさんと約束したじゃ無いか…メイクデビューなんだ、出し惜しみはするなって。なら、もっと脚を回す他ないだろう。もっと、もっと早く!

 

『11番!まだ衰えない!!それでところかもっと脚を入れてきた!!離れる、離れる、離れる!!その姿まさに疾風迅雷!!』

 

「はっ…はっ…!」

 

『6バ身…7バ身…8バ身…!後続も焦って脚を入れますが、差は縮まらない!!』

 

『残り400!!11番!完全独走!カーブも彼女の障害になり得ない!!』

 

このまま突っ切る、掛かるからなんだ、脚が無くなるからなんだ。具体的なアウトラインは後回し。まずは突き抜ける。墓穴掘っても地雷踏んでも突き抜けきったなら、私の勝ちだ。ここで全力を出さないでどこで出す。出し惜しみなんかしたら、カッコ悪い…いつも全力で、勝つ!

 

『直線残り200m!11番脚色は全く衰えません!伸びる、伸びる、伸びる!』

 

『驚きましたね、11番圧倒的…脱帽ものです。』

 

『1着は変わらない!そして…11番脚色を衰えさせずにゴール!!11番、メイクデビューを圧倒的大差で突き放してゴールイン!!疾風迅雷とは!電光石火とはこのウマ娘のためにある!!』

 

『久々に驚きのレースに出逢えましたね。これからのレースにも注目していきましょう!』

 

そのまま後ろの子達を突き放してゴールイン、観客席も沸いており拍手喝采が響く。それでも今の私の心には届かない。今の私の姿は…あの子達に届いているのか…そして、トレーナーの指示、出し惜しみはするな、それをきっちりと私は守れていたのか…その二つの不安だけが私の心を埋め尽くしていたから。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「イェーイ!イクシオンがwinnerデース!」

 

「このくらいは当然だ、むしろメイクデビューで浮かれてもらっては困る。周りが弱すぎたんだからな。」

 

「でも、メイクデビューで完勝に近い結果を残せたんです、それを祝いましょう。」

 

「これはこれは…久々に…血が騒いでしまう…」

 

イクシオンのメイクデビューを無事に見守ったリギルの面々、全員が全員少なからず触発されたようで全員のやる気は最高潮である。

 

「トレーナー…?どうしましタ?」

 

「んー?いや、何でもないよ。さて、みんなやる気出してるところ悪いんだけどちゃんとウイニングライブまで見ないとダメだよ、ウイニングライブまでがレースなんだから。それに今日は遠征じゃあ無くて、新たな君たちのライバルの誕生を見にきたんだから、きっちり最後まで見ておいで。それじゃあ、僕はちょっと、先に彼女の様子を見て来るから。」

 

「了解した、では後は私が。」

 

「頼むよ、ドルフ。」

 

そう言えば、五十嵐がそのままゲートへと向かう。そのまま浮かない顔をして戻って来るイクシオンを出迎える。

 

「はぁい、お疲れー。余裕だったね。」

 

「はい、ありがとうございます…」

 

「なんか辛いねぇ、せっかく文句無しのデビュー戦だったのに。…レース中に迷ったの、引き摺ってる?」

 

「………っ!?」

 

「やっぱりね。」

 

図星を突かれて身体を震えさせるイクシオン。そんなイクシオンに五十嵐は間髪入れずに続ける。

 

「言っちゃうと、最初から君がある程度脚を残して走るのは予測してた。だってそう言う風になるようにしたんだもん。」

 

「じゃあ…全部トレーナーさんの…?」

 

「そう、君がどうするか見たかったんだ。多分あの時に君の頭に浮かんだ選択肢は二つ…けど、君がどっちの方法を選んだとしても、僕の出し惜しみはするなって指令は守られたわけだ。どっちを実行したとしても、脚を全部使い切るハメになるんだからね。」

 

「そ、そんなぁ…」

 

「あはははっ!まぁ、そう言う事だからあんまり深く悩まなくても良いよ。」

 

あれだけ悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えたのか、その場にへたり込むイクシオン。でも悩みの種が一つ消えたのか、その顔は先ほどとは違い少しばかり晴れやかで。

 

「さて、それじゃあお楽しみといこうか。」

 

「え…?お楽しみ、ですか…?」

 

首を傾げながら五十嵐に問いかけるイクシオン、ニヤリとした顔で五十嵐イクシオンの問いに答える。

 

「ウイニングライブ、君忘れてない?」

 

「…あ…。」

 

「さらにここでお知らせがありまーす♪」

 

「ま、まだ何か…」

 

「今回、君のソロライブね♪」

 

「…………はい…!?」

 

一瞬だけ頭の中が真っ白になって、惚けた声を出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

数時間後、なぜか私はステージの控え室にいた。いや、うん確かに出し惜しみなく全力で走って、後ろをガンガン突き放して走ったのは私だよ?でも、ソロって酷くないですか?

 

『いやぁ、君の走りを見て観客が沸いちゃったみたいでさ。早すぎて君がよく見えなかった、なんて言う人もいるから、ソロライブになっちゃった♪』

 

絶対面白がってますよ、あのトレーナーさん…しかも、『チームのみんなも見てるから思いっきり楽しんでおいで〜w』って…絶対楽しんでるよあの人…。

 

「…一体何やれば良いんですか、これ…」

 

みんなは平然とやってるが、私は何をやれば良いのかもさっぱりである…どうしたものか…。

 

「イクシオンさーん。」

 

「は、はい…!」

 

ついに地獄への手招きが始まった。ここでごねていても仕方ない。いつまでも現実逃避に身を委ねていても仕方ないのだ。とスタッフの人が入って来れば。

 

「はい、これ。」

 

「え…っと、あの…事前知識ではこのままって…」

 

「何言ってるんですか?複数人ならともかく、ソロライブなんだからキチッとしていかないとですよ、ほら早く!」

 

「えっ、ちょっ…とぉ…!」

 

と、何やら渡された着替えと共に控え室にある試着室に一緒に押し込められて。おかしいな、事前知識ではこのままの格好でライブに臨むと書いてあったのに…何か見落としでもあったのか、いや今更そんな事を考えても仕方ないのだが。

 

「ちょっと、見えすぎじゃない…?これ…」

 

渡されたのはどこか歌姫にもアイドルのようにも見える衣装…おかしいな、トレーナーの話ではレース後の格好でちょっと歌うだけとか言われてたのに…可笑しいな…さっき現実逃避しても仕方ないって言ってたのに可笑しいなぁ…。とにかく頭の中はぐっちゃぐちゃである。こんな調子で大丈夫なのだろうか、いや、だいじょばない…。

 

「………」

 

改めて自分の格好を見てみる。いくらソロライブとはいえ自分一人だけ着替えて良いものなのだろうか…というかウイニングライブのルールねじ曲げすぎじゃ無い?こんなことして大丈夫なの?というかこれ、私よりもう少し可愛い子が着たほうがいいような…そんなことを考えていると。

 

「うん、準備完了ですね!見繕った甲斐がありました!」

 

「うわぁっ!?」

 

痺れを切らしたのか女性のスタッフさんが試着室のカーテンを勢いよく開けて。そんなことをされれば流石に驚いて変な声も出てしまう。

 

「メイクは…しなくてもバッチリね!はい、行きますよ!」

 

「ち、ちょっと待ってください!こ、心の準備がぁ!?」

 

そのまま引っ張られていき、あれよあれよと言う間にステージの裏側まで連れてこられてしまった。あの人本当に人間ですか?なんて思いながらも心臓バクバク身体はガチガチで。

 

「よろしく、イクシオンちゃん。」

 

「曲は俺らにバッチリ任せて。君は好きなように歌ってよ。」

 

「俺達がバッチリ合わせるからさ。」

 

「は、はいぃ…」

 

なんて、いつもなのだろうがライブの演奏担当の人達が声をかけてくれる。

 

「で、でも私今回の曲の歌詞なんて知りませんよ…。」

 

「大丈夫、始まれば身体が勝手に動くさ。」

 

「う、うぅ…はい、やるだけやってみます。」

 

「その調子、その調子。それじゃあ行こうか。眩しく激しく激烈に!」

 

演奏担当の人達の決め台詞なのだろう。決まったと言う顔がなんだか少しだけ緊張を解してくれた。もうここまで来たらレースと同じだ、やり切るしか無い。

 

「それでは…本番、行きますよ!」

 

「お願いします…!」

 

ウイニングライブの幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

ウイニングライブ会場、今回はソロライブということで出場していたウマ娘達も観客席に座りライブの開始を今か今かと待っている。勿論チームリギルの面々も特等席を確保したようで、全員がステージに注目している。

 

「いい席が取れましたね。」

 

「あぁ、心置きなく全員がゆっくりと見られる。」

 

「早く始まりませんカー?もう待ち切れないデース!」

 

「デース!早くみんなで盛り上がりましょー!」

 

「少しは静かに待てんのかお前ら…」

 

なんて全員が思い思いにライブを待ち遠しくしている。周りの観客達も同様で始まるまでは今日のレースやこれからのレースの事などを話し合っている。

 

「ふぅ、よっこらしょういちっと…。」

 

「昭和くさいですよ、トレーナー。」

 

「いいじゃない、若い子がレトロなネタ使ったって。」

 

なんて、五十嵐が帰ってくればリギルの取っていた真ん中の席に座り、一息つく。座る時のネタが昭和くさいのはご愛嬌だ。

 

「イクシオン、様子はどうだった?」

 

「まぁ、悩みの一つは吹っ切れたんじゃない?僕の期待にも応えてくれたしね。君達と一緒でこれからが楽しみだ。」

 

「全くだ。そうだ、トレーナー。戻ってからの模擬レースの相手にイクシオンを指名したい。いいか?」

 

「私も頼む。」

 

「むしろそのつもりだったしね。ナリタとドルフなら不足はないだろうし、なんならエアグルーヴ、君も入るかい?」

 

「断る」

 

「だと思った。戻ったら君は僕と調整ね。スズカにリベンジしたいんでしょ?」

 

「ふんっ…」

 

五十嵐に図星を突かれてそっぽを向いてしまうエアグルーヴ、それを揶揄うように笑う五十嵐、そうして思い思いに過ごしていればいきなりギターが一回掻き鳴らされたと思えば、中央から順にライブ会場の照明が消えていく。

 

『さぁ、待たせたな!今日の主役の登場だ!』

 

『眩しく激しく激烈に!初デビューだ!盛大に迎えてやってくれ!』

 

『それじゃあカウントダウンだ!3からいくぞぉ!!!』

 

演奏担当のメンバーがマイクパフォーマンスで、会場を盛り上げてあっためていく。そして会場の全員が声を合わせる。

 

「「「「「「3!」」」」」」

 

「「「「「「2!」」」」」」

 

「「「「「「1!」」」」」」

 

「「「「「「0!」」」」」」

 

『 What can I do for you? 』

 

そう、聞こえた瞬間にソロライブ用の衣装に身を包んだ今日の主役の姿が、複数のスポットライトで照らされる。会場の全員がその姿を目に焼き付けながら、会場が湧き上がる。

 

『 What can I do for you?

  I can hear you

  What can I do for you? 』

 

演奏担当のメンバーもテンションが上がってきたのか、演奏にも最初から熱が入る。メンバーがチラリと主役の方を見ればステージ裏で硬くなってた面影は全くなく、凛とした表情で堂々としていて。

 

『 あの日ココロの彼方に描いてた場所にいる

 

途方に暮れてたりする けれどもう戻れない 』

 

一度始まれば、誰も私語を挟まない。今日の主役の姿に見惚れ、今日の主役の歌に聞き惚れる。

 

『 夢に見たカタチとは なにもかもが違う

 

現実には・・・眩暈さえする 』

 

そして、ボルテージが一気に上がり、最高潮までいけばそのまま歓声という爆弾となって爆発する。

 

『 リアルな世界に揺れてる感情 "負けたくない!"

 

もう ただ走るしかないこの胸に 聴こえてくる

 

"キミは一人じゃない" 』

 

そんな歓声にも負けない、今日の主役の歌姫の歌声がライブ会場を思い切り沸かせていた。そんな彼女の歌声にチームのメンバーも今日はノリノリだった。

 

『 リアルな世界に揺れてる感情 感じても

 

  あなたが目を閉じたならそこにいる 絆がある

 

  だから、一人じゃない 』

 

『 リアルな世界に揺れてる感情 "負けたくない"!

 

  もうただ走るしかないこの胸に 聴こえてくる

 

  "キミは一人じゃない" 』

 

『 What can I do for you?

 

  I can hear you.

 

What can I do for you?

 

I can hear you.

  I can hear you. 』

 

歌い終わり、役目を終えた歌姫は放電のような眩しい光と共に暗闇に姿を消す。そうして、初のウイニングライブは落雷のような割れんばかりの拍手と喝采で幕を閉じた。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

「すぅ…すぅ…」

 

帰りのバスの中、ウイニングライブを終えたイクシオン。そんなイクシオンにメンバーはそっと毛布を掛けてあげる。慣れないことばかりして体力をかなり持っていかれたのだろう…いまは安らかな顔で眠っている。

 

「おめでとうございマース…イクシオン…」

 

「明日からまたバシバシいくデース。」

 

タイキシャトルとエルコンドルパサーが寝起きドッキリのようなこしょこしょ声で喋りながら眠っているイクシオンに声を掛ける。普段騒がしいこの二人も今回は空気を読んでおとなしくしているようだ。

 

「あまりちょっかいを掛けるな、寝不足になって故障されてもその…なんだ、困る。」

 

と、二人が何か企んでいるのではないか、と勘繰るエアグルーヴが注意すれば二人が元の席へと引っ込む。

 

「ライブもレースもいい盛り上がりでしたね。」

 

「ああ、これなら私達のライバルとして不足なし。いずれ誰かとレースで当たる時もあるだろう。」

 

「ええ、その時は全力で戦いましょう。」

 

と、ナリタブライアンとグラスワンダーがイクシオンを見ながら、そう言った。そして改めて全員が他メンバーとそして新たなライバルとなったイクシオンに闘志を燃やすのだった。

 



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その6

また、ウイニングライブのアンケートでもしようかな…。


「はぁっ、はぁっ…!!」

 

「どうした?そんなものか?」

 

「まだ、まだぁ…!」

 

「うむ、その意気だ。ではもう一本行くぞ!」

 

「お願いします!」

 

今日も今日とてスパルタトレーニング受けてるイクシオンです。私のメイクデビューから数日、トレーニングもより苛烈になりチーム内はトレーニング中はよりギラついているように感じる。かくゆう私も闘志というかやる気剥き出しで先輩二人との模擬レースに喰らい付いていく。

 

『と、言うわけでっ。イクシオン、君には重めのトレーニングをこなしてもらいながら、重めなレースにいくつか出てもらう。そして今年中にはG1レースに出てもらうから。とりあえずの目標は桜花賞と皐月賞ね。』

 

と、話始めに歌舞伎の見栄のような変なポーズをしているトレーナーさんからヒマラヤ山脈よりも高い目標をいただきました。ただトゥインクルシリーズのなかで一番格式高いG1レースなら注目度も高い…みんなが目にする機会も増えるだろう。

 

『最終的な目標?このお菓子の美味しさの秘密と一緒。』

 

『………?』

 

『何が言いたいかって?つまり…教えてあげないよ♪ジャン♪』

 

トレーナーさんにも最終的な目標を聞いては見たが、教えてくれず…某サクサク三角なお菓子を使ったネタはちょっとだけイラッときたが。とりあえずは当面の目標は出来たのでそれに向けて、スパルタトレーニング中、と言うわけだ。今はシンボリルドルフさんとナリタブライアンさんの二人と模擬レース中、5分ずつのインターバルを取りながら二人と交互に走っていく。

 

「用意…はじめっ!!」

 

「っ!」

 

「シッ!」

 

5分のインターバルが終わり、またシンボリルドルフさんと模擬レース。以前はプレッシャーに押される部分が大きかったが、今は多少なりともそのプレッシャーに対して突っ込めるようになった。もう今は何も怖くない…いや、言いすぎましたごめんなさい。怪我とか火とかちょっと怖いです…。

 

「ッ…!」

 

私のトラウマの話はひとまず置いておいて…模擬レースの距離は2400m、ひとまずの目標としている皐月賞と同じ。そして皐月賞に行くためには参加できるレースのグレードを上げていくしかない。そのためにはまずGⅢ、GⅡのレースを制覇していかないといけない。道のりはまだ遠い。

 

「…だぁぁぁ!」

 

「(そうだ、もっと私に迫ってこい…そして願わくば、打ち倒してくれ!)」

 

そんなハードながらも充実した日を送っていたところに、まさかこんなトラブル…トラブルと言って良いのか、サプライズと言って良いのか…ともかくこんな出来事が舞い込んでくるとは、思いもしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

そのままトレーニングを続けてお昼頃、一度トレーニングを中断して昼食である。メニューは完全にお任せ、食べすぎると後のトレーニングに響くので腹七分目で抑える。

 

「いただきます。」

 

しっかりと両手を合わせてから箸をつける。お任せした結果の西京焼き定食である。しっとりとした鶏胸肉と脂の乗った鯖…どちらもしっかりと美味しい。しっかりと噛み締めながら白米の一粒すら残さずにしっかりと食する。

 

「ご馳走様でした。」

 

食後の麦茶までしっかり味わってから食事を終えて一息。メモ帳を見ながら次の予定を考える。トレーニングもそうだが出場するレースもだ。なるべく多くレースに出ないといけない。そうなると1日たりとも無駄には出来ないのだ。

 

「……よし、トレーニングいこう。」

 

なんて、食堂を後にして空いた時間で筋力トレーニングに励むことにする。もちろん脚力を上げる為のウェイトトレーニングだ。軽く手続きをしたあとはひたすら脚を中心に鍛えていく。

 

「はぁっ…!はぁっ…!ふんっ…ぐぅっ…!」

 

インターバルで時間を少しずつ開けながら少しずつ重りを追加していく。トレーナーさんの予定ではあと1週間後には2連続でレースだ。

 

「………っ、はぁっ…!はぁっ…!」

 

「随分と詰めるな、お前もお前で気合十分という事か。」

 

「会長さん…」

 

そんなところに飲み物を持って現れた会長さん、どうやら会長さんも色々終わったらしくトレーニングに来たようだった。手に持っているスポーツドリンクの一本を渡してくれる。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「そんなに硬くならなくていい。ここでは私もウマ娘の一人さ。」

 

なんて、インターバルを挟む私の隣に座る会長さん。改めて会長さんにいただきます、と言いながらスポーツドリンクを飲む。水分とその他不足してるものが身体に染み込んでいく。流石、人の身体に近い水、を売りにしてるだけあって染み渡る。

 

「遅くなったが、改めてメイクデビューおめでとう。良いレースだったよ。」

 

「ただがむしゃらに走っただけですよ…途中で散々迷いましたし…。」

 

「迷わないものなどいないさ。トレーナーも今どうするべきか悩んでいるのだろう。」

 

「そうだと、良いんですけど…」

 

「自己評価が低いのは君の欠点だな。」

 

なんて、インターバル中に他愛もない話を交わす。最終的な目標は自分でも分からない。でもあの子達の為に走るのは私がやりたい事だ。やりたい事をやる、タカにいちゃんと約束した事だ。

 

「そう言えば、トレーナーが話していた。君の日本での最終目標は6冠だそうだ。」

 

「6冠…?」

 

「まぁ、クラシック3冠は必須になるだろう…願わくば同じ3冠の君と本気の勝負をしたい…だから、駆け上がってきてくれ、ここまで。」

 

「…頑張ります。やるからには負けません…!」

 

「あぁ、楽しみにしている。」

 

トレーニングルームでガッチリと会長さんと握手を交わす。そしてインターバルというには長すぎる休憩をとってしまったので、会長さんと一緒にもう一度軽いアップから始めようとした時。

 

「会長、トレーナーからです。練習場に全員集合、との事です。」

 

「エアグルーヴ…何かあったのか?」

 

と、トレーニングルームにエアグルーヴさんが入ってくる。まとっている雰囲気的にも何やらただ事ではないらしい。その雰囲気を察したのか会長さんも真面目モードだ。

 

「団体戦を行うとの事です。」

 

「それはまた…分かった。すぐに向かおう。」

 

団体戦?レースに団体戦なんてあったのか、なんて首を傾げながらも会長さんとエアグルーヴさんと一緒に練習へと向かう。練習場に到着するや否や何やらトレーナー同士で…いや、違う、片方のトレーナーがこちらのトレーナーにほぼいちゃもんをつけているような形だ。

 

「この団体戦、私達が勝利したなら彼女を貰おうか。」

 

「それは彼女本人に言って貰わないとなぁ、彼女にも決定権はあるし。」

 

どうやら誰かを争っているらしい、というかウマ娘を景品扱いして良いのだろうか。

 

「というか、僕達トレーナーだよ?大事な子達を景品扱いするのやめない?」

 

トレーナーさんの言葉に全員が心の中でお前が言うな、とツッコミを入れたのは秘密だ。

 

「まぁ、団体戦自体は受け入れるよ。あの子達の練習試合には持ってこいでしょ。」

 

と、軽い感じで受け入れるトレーナーさん。それで良いのか…いや、トレーナーさんも自信があるから言うのだろう。トレーナーさんからの信頼のためにも負けられない。

 

「ひとまずの状況はわかった…とりあえずトレーナー、誰と誰を出すんだ?」

 

「おかえり、ドルフ。とりあえず中距離は君とエル、短距離はタイキ、長距離はグラスとオペラ、マイルはヒシとフジでいいでしょ…あ、イクシオン?君、全部出てね。」

 

「……はい?」

 

私の間抜けな声の後に全員が驚愕の表情と共に久々と話し始める。

「マジ?」「いや…あのトレーナーの目見なよ、本気だ…。」「こなせるの…?」「確かにメイクデビューは凄かったけど…」なんて声が聞こえてくる。正直私もこなせる気がしない…。

 

「五十嵐…貴様巫山戯ているのか…!」

 

「本気も本気、至って本気だよ。本気と書いてマジと読むくらい本気だよ。」

 

「一人のウマ娘が、全距離、全バ場を走れるわけない!そんな事はあり得ない!」

 

「あり得ちゃえるんだなぁ、これがぁ…♪あんまり物事を自分の物差しで図りすぎると…痛い目見ちゃうよ、おじさん♪」

 

「ぐぅっ…!貴様…!」

 

「この団体戦で、君が貰い受けようとするものがどう言うものか、見てみると良い…いやぁ、しかし…本当に羨ましいよ。」

 

「何がだ…!」

 

と、トレーナーさんが目隠しをあげて直接相手チームのウマ娘達をジロリと見る。そして先ほどまで巫山戯ていた雰囲気が反転する。背中に何かぞくりとしたものが走った。

 

「そんな程度の仕上がりの子達で、僕の最高傑作達に勝てると思ってるその頭が、羨ましいって言ってんだよ。」

 

誰が見ても分かった…これは完璧に…キレてる。

 

「てなわけで…最初は長距離だってさ。全員、スケジュールは調整するから…全力でやれ。」

 

「行きましょう、イクシオンさん。」

 

「はい…!」

 

ギリっ、と拳を握りしめた。怒りではない…トレーナーさんから立ち登る言い表しようのない、プレッシャーに耐えるようにだ。そうして私はグラスワンダーさんとスタートラインに向かっていった。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

そうして始まった団体戦、まずは長距離。そばで走り実力を知るだけでも勉強になる、と走りたいウマ娘も参加して合計12人が走ることになった。

 

「手加減しないよ、イクシオン。」

 

「全力で行かせてもらいます。」

 

「はい、お二人とも遠慮なさらず。私もお二人に勝つつもりで行きますから。」

 

と、ゲートに並ぶ前に二人と少し言葉を交わした後にゲートに入る。正式な団体戦では無いため体育服のままだ。だが、約束したからには負けられない。私は一番大外…12番だ。

 

「始めっ!」

 

と、スタート係を任されたウマ娘の一人がスターターピストルを鳴らす。なった瞬間に全員が出遅れること無く駆け出して行く。オペラオーさんもグラスワンダーさんも全力で挑んでいる。長距離3200m、現在600m地点…現在はグラスワンダーさん、テイエムオペラオーさん、私で上位を独占している形。耳をすませば他の子達も食らいつこうとして入るが、本当に少しずつ離されている印象…いや、もう後ろの子を気にするのはやめよう。気を向けるのは後ろでは無く、前だ。更に踏み出す。加速する…本気でやれと言われたんだ。あの時と同じ、具体的なアウトラインは後回し。視界に入る数字はかなり進んで1400m…のこり1800m…行くならここしか無い。

 

「…すぅぅぅっ…」

 

「「!!」」

 

二人の耳が僅かに反応する。風を切る音の中でもどうやら聞こえたらしい。いや、違うずっと私をマークしてたんだ、二人とも。なんだか気分が少しだけ昂揚した。ライバルと認められた気がした。なら、見せるしか無い、魅せるしかない。

 

「シッ!!!」

 

「「(来たっ!)」」

 

私の加速に合わせて二人共加速する。やはり徹底的にマークされていたか。そのまま三人で加速して行きのこり1000m。後続を置き去りにしてリギル内でのデッドヒートとなっている。それぞれもう誰が抜け出てもおかしく無い。

 

「はっ…!はっ…!」

 

「っ、はぁっ…!はぁっ…!」

 

そのままカーブを曲がりのこり400m、最後の直線。もっと、もっと足を回せ…!

 

「初戦…貰い受ける…!」

 

「簡単には…譲らない…!」

 

しっかりと地面を踏みしめて蹴り抜ける。具体的なアウトラインは後回しにしたのだ。本気で勝負出来る時なんてあとはもう本番のレースくらいしか無いだろう。なら、もっと…まだ、まだ出せる。歯を食いしばりながら二人に負けじと足を回していく。ゴールが近づいて行く、300…250…200…150…100…。

 

「ゴール!!」

 

「っ、!!はぁっ…はぁっ…!!」

 

と、大きな声が響きゴール担当のウマ娘が大きなフラッグを8の字型に振る。脚でブレーキを掛けながら減速して、緩やかに止まる。身体は既にオーバーヒートのような状態、熱を持った身体を覚ますようにして熱い息を吐きながら、周りをちらりと見る。他の二人もだいぶ苦しいようで。

 

「お、お疲れ様です…!」

 

と、ウマ娘の一人がこちらに氷嚢やらを持ってくる。トレーナーさんの指示だろうか。とりあえずはありがたく頂戴するとしよう。タオルに包まれた氷嚢がオーバーヒートした脚をちょうどいい温度で冷やしてくれる。氷も水の温度もいい感じだ。

 

「はぁっ…はぁっ…ありがとう…ございます…。」

 

本気でやれと言われたから本気でやったが、あと残り4レース…ダート、マイル、短距離、中距離…。こんな状態で戦えるか、少し不安になってくる。だがやるしか無い。少しキツイが足がある程度冷えれば冷え切らないように力を入れては抜き、入れては抜きを繰り返していつでも走れるようにしておく。すぐさま次のレースに呼ばれるだろう。ほうら、来た。

 

「イクシオン、お疲れ様デース!」

 

「ありがとう、ございます…タイキさん。」

 

「先程の順位確定しました、惜しかったですネー!ハナ差で3着で デース!」

 

「あー…」

 

やっぱりまだまだ爪が甘いなぁ…と感じながらそのまま氷嚢を朝から外して。軽く跳躍…うん、次のレースも走れそうだ。

 

「次は短距離ですよね、行きましょう。」

 

「OK!イクシオン!are you ready?」

 

「出来てるよ…!」

 

さぁ、ジャンジャン行こうか。



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その7

長距離が終わり、続いて短距離。ただ一人を覗いてみんなの心配事はただ一つ。イクシオンの脚だ。あれだけ全力で走ったのにも関わらず残り4つのレースを走り切るなど、誰もが無理だとヒソヒソと話していた。そんな中イクシオンを見ているのは、ウマ娘ライスシャワーとミホノブルボン。ライスシャワーはあらゆるステイヤーの登竜門として立ちはだかる、青薔薇の姫騎士、ミホノブルボンはその観察眼と分析能力で確実に勝利を掴む、サイボーグとして有名な2名のウマ娘である。

 

「い、イクシオンさん…脚、大丈夫なのかな…」

 

「現状は不明…ですが、既にある程度回復しているようです。それも走れるくらいには。」

 

「で、でもイクシオンさん、短距離にも出るんでしょ…?さっき長距離に出たばかりで…そ、それに距離も…。」

 

「あり得ませんが、おそらく彼女の脚質で走れない距離は無いものと断定…証拠にチームリギルの五十嵐トレーナーは先ほどから全く彼女に声を掛けていません。おそらく彼女が全てのレースを走り切る、そう確信しているのでしょう。」

 

「そんな…あんなのしてたら、脚が…」

 

「シミュレーション実行…完了…レース4戦目時点での負傷確率47%…」

 

「イクシオンさん…」

 

二人が見守る中、短距離のレースが始まる。軽く跳ねてスタートラインに立つイクシオン。番号は比較的内側の4番。タイキシャトルとはもう軽く話したようで。程なくして全てのウマ娘がスタートラインに立つ。

 

「…それでは、始めっ!」

 

と、二回目のスターターピストルが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

二回目のスターターピストルが鳴り響き、一斉にスタート。タイキシャトルさんの番号は6番。レースの展開も長距離と変わらず、最初こそ団子状態なものの、徐々に引き伸ばされる。そして一番は変わらずタイキシャトルさん…やはり短距離最強というだけあって速い。

 

「すぅ…!」

 

追ってもいい、だけどここは息を入れて、ある程度の脚を確保する。距離は1200m…残りは800m…残り300mで確実に差す…そのために目を離さない、確実にチャンスはくる。

 

「……」

 

まだ、まだだ。残り700…650…600…まだ、まだ残す…。中途半端な場所で差しても逃げられるだけ…差すなら確実に。のこり450…400…350…ここだっ!溜めた脚を踏み込みと同時に一気に解放、加速する。

 

「シィィィ…!」

 

タイキシャトルさんの隣に並べばタイキシャトルさんもペースを上げる、それに合わせて更に加速する。さっきと同じ、アウトラインは後回し…全力で勝ちに行く。残り150…100…50…。

 

「ゴール!」

 

と、ゴール係の声が響く。先ほどと同じ身の丈と同じくらいのフラッグを横8の字に振りゴールしたことを示す。

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

「お見事デース…まさかあそこで差されるとは思いませんでシタ…」

 

「はぁっ…はぁっ…やるなら残り300しか無いと思ったので…」

 

なんて、タイキシャトルさんも少し息を乱しているようで。あとはビデオ判定待ちである。同時に先程もらった氷嚢を使い再び脚を冷却する。長距離ほど消耗はしていないが疲労は残る…短い時間だがしっかりと休ませて、残りのレースも備えなければ…。

 

「ビデオ判定出たみたいですネ、完全に同着デース!」

 

「はははっ…やっぱり強いなぁ…みんな。」

 

まだまだ、だね…私。なんて心の中で呟きつつ、両方の足を交互に冷やす。次はダートだ。なんだか私の足を露骨に削りに来てる気がする…手に入らないならいっそ…とかいうヤンデレ嗜好はお断りしたい…。

 

「おーい、大丈夫かぁ?」

 

「あ、はい…!すぐ行きます!」

 

また軽く跳ねて足を確認した後に小走りで次のダートのレースに向かう。さぁ、ジャンジャン行こうか。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

「わ、私は…一体私は何を見ているんだ…」

 

「だから言ったでしょ?僕にとっては最高の原石だけど…君達じゃあ爆弾にしかならないよ。」

 

なんて、背もたれに思い切り身体を預けながら頭の後ろで手を組んで悠々とレースを観戦する五十嵐と愕然とする相手トレーナー、ここまでの長距離、短距離と大差をつけられて惨敗、周りから見ればこれは酷いと言わんばかりの有様である。そこは良い…だが…。

 

「あのウマ娘の…あの脚はなんだ!?なぜ、全く真逆の脚質を走れる!?!?」

 

「それが彼女の才能だからねぇ…まだ自分で自覚してないと思うけど、一種の天才って奴だよ。」

 

「馬鹿な…そんな事は、ありえない…!」

 

「『有り得ないなんて事はない』…言ったでしょ?あんまり自分の物差し信用しすぎると、痛い目見るよ…お、じ、さ、ん…。」

 

なんて、口元をニヤつかせながら煽る。目の前ではダートのレースが開催されているが芝もダートもなんのその、と言った感じでイクシオンがヒシアマゾンとフジキセキに対して差すように走り抜けて行く。もちろん簡単に突破を許す二人ではなく、合わせて加速していく。まだまだ勝利は譲らない、と言ったところだろう。

 

「…もう少し基礎能力を上げれば追いつけるか…明日は十分に休んで貰って…」

 

と、レースそっちのけでイクシオンを含めた全員のトレーニングスケジュールを頭の中で組み直す。ぶっちゃけるとこのレース、各面々に本気でやれと言ったのはメイクデビューを経験し、更にハードになったトレーニングをこなしたイクシオンがどこまで出来るか気になったからだ。当たりをつけたり、シミュレーションする事はできるが、やはり百聞は一見にしかず、である。実際に目で見てデータを集めた方が、遥かに早い。

 

「さて、残すはマイルと中距離…マイルにはエル…そして中距離にはドルフとエア…どこまで喰らいつけるかな?」

 

と、そう呟いた後に口角を上げ、歯を剥き出しにして五十嵐は笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

残りレースは二つ…脚を冷やしながら残り二つについて考える。あとはマイルと中距離、先にエルコンドルパサーさんとのマイルが来て…最後の会長、副会長さんと中距離だ。どちらも一筋縄ではいかない相手…より一層気を引き締めないと、やられる。周りの子達には悪いけど…今は眼中に無いんだ。

 

「辛そうですネ…大丈夫ですカ?」

 

と、次に一緒に走るエルコンドルパサーさんが心配そうにこちらを見てくる。氷嚢で冷やしている脚を心配しているのだろう。だが、一切の問題は無い…。いける、いかなきゃだめだ。

 

「ありがとうございます…この通り大丈夫ですよ。」

 

軽く脚を屈伸させたりして、足の調子を見せる。大丈夫、まだ走れる…今日は持って欲しい。

 

「分かりましタ!それなら、エルも手加減はしませン!」

 

「全身全霊でお願いします…!」

 

そういうとエルコンドルパサーさんとともにマイルのレースのスタートラインに向かう。大丈夫、いける。気力はある、体力もある…あと二回、走り切って勝つだけ。まずは1600mだ。エルコンドルパサーさんが7番、私が8番。お互いにサムズアップした後にスタートの構えを取る。

 

「それではマイル部門…はじめぇ!」

 

今日四回目のスターターピストル。展開もそれほど変わらず…というわけでも無い。先程とは違いほんの少し足が重い…だが、そんなのは言い訳にならない。なら、もっと足に力を込めれば良いだけ…さぁ、走り続けろ。

 

「今度は勝つ…!」

 

「負けま…せーン…!」

 

今回は先頭集団が5人ほどの団子状態で400m地点を通過…出来れば持ってくれよ、私の足…またちょっとだけ乱暴するから…!

 

「すぅっ…!」

 

「(息入れましたネ…!来るっ…!)」

 

息を入れたのを感づいたのか、エルコンドルパサーさんが加速する。それを見て私も入れた息を吐き出し、加速する。逃がさない…絶対にっ…!

 

「はっ…はっ…!」

 

後続の子達も私達を見て加速するが関係無い、すぐに私達二人が先頭集団から抜き出てくる。現在は私とエルコンドルパサーさんで並走中…現在、1000m地点…残り600…。

 

「……っ、!…っはぁぁっ…!」

 

「(無理矢理息を入れタ…!?どんな心肺能力ですカ…!)」

 

全力で走ってる最中に一回だけ息を入れる。心臓もめちゃくちゃ痛いし、肺への負担も馬鹿にならない…けど負けたくない。団体戦の前に決めたんだ、具体的なアウトラインは後回し…全部のレースで全力を出す…!!息を入れたあとはそのまま踏み込む。

 

「疾…風…迅…雷…!!」

 

踏み込んだならあとは力と体重を掛けて、それを前に前に倒して加速する。エルコンドルパサーさんも並走する。歯を砕けんばかりに食いしばる。あの子たちの為に私はまだまだ強くならなきゃいけない。この団体戦はその登竜門の一つだ。

 

「シィィっ…!」

 

「(負けませン…!)」

 

並走する私たちについて来ている人は居ない…一番高くても6バ身は離れている、ならこのままエルコンドルパサーさんに勝つだけ…!空を切れ、風を蹴散らせ。あの子達の為なら、出来る。のこり400…350…300…250…200…。

 

「っ…!(キッツイ…でも、いかなきゃだめだ…脚は絶対止めない…!)」

 

「(流石デース…でも、でもっ…負けませンっ!!私だって…!!)」

 

私たちの目にはすでに風景は無数の線に早変わり、残りの距離はほんの200m…もう数秒で決着はつく。そして。

 

「ゴール!!」

 

本日四回目となるゴールの声と共に8の字に振られるフラッグ、足でブレーキを掛けずにそのままゆっくりと速度を落として止まる…そのままコースの内側に移動すればそのまま座り、新しい氷嚢と水のペットボトルを貰う…氷嚢を押し当てれば少しばかり呻きながら脚を冷却する…ペットボトルの水とうまく調整しながら、ゆっくりと冷やしていく。まだ後一回、走れる…後一回だけ、乱暴するから持ち堪えてね…そう思いながら身体の方もしっかりと休める…途中の水分補給もしっかりとして…多分今日は食事は喉を通らないな…。

 

「後一つ…後一つ…!」

 

なんて、自己暗示のように言い聞かせる…。ラストは会長、副会長さんとの中距離。距離は2200…。勝てないまでも食らい付いてはいきたい…会長さん、副会長さんと本気で勝負出来る滅多に無い機会…出来れば、勝ちたい。

 

「…大丈夫か?」

 

と、副会長さんがこちらに声を掛けてくる。それに対してちょっとだけ力の抜けた笑みで答える。

 

「大丈夫です…ありがとうございます。団体戦もこれで最後です…手加減無しで、お願いします…!」

 

「気を付けろ…お前はまだこれからだ。それに…」

 

と、副会長さんが手を出してくる。その手をゆっくりと取れば握り締められて、そのまま立つ手助けをしてくれる。

 

「今まで私はお前を下に見ていた…すまなかった。これまでのレース、見事だった。だから、私はお前をもう下だとは思わない。皆と同じく対等に戦わせてもらう。」

 

「…ありがとうございます」

 

「早くG1に上がってこい、私も楽しみにしている。」

 

「すぐにでも、追いついてみせますよ。」

 

と、会長さんに引き続き副会長さんともしっかりと握手を交わして。

 

「ふむ、私はお邪魔だったかな?」

 

と、そんな中に会長さんもやって来る。私たちの様子にどこか満足気な笑みを浮かべていて、うんうんと頷いている。

 

「さて、イクシオン。早速全力で戦える舞台が来た…全身全霊、決死の覚悟で来るといい。」

 

「そうさせて貰います…!」

 

「よし、気合は十分だな…脚はどうだ?」

 

と、会長さんも脚を気にしてくれているようだ。脚は…うん、十分とは言い難いがある程度は回復出来た…問題無い、うん。いける。

 

「大丈夫です、問題ありません…お二人ともよろしくお願いします…!」

 

「うむ」

 

「ああ」

 

そのまま言葉を交わし終わればあとは不要…あとはレースの中で語るだけだ。そのまま脚の具合を確かめるかのようにしてスタートラインに並ぶ。私は…今回は3番。最後のレースということもあり全員が息を呑んで見守っている。距離は2000m…。よし、行こう。

 

「それでは団体最終戦…中距離部門…」

 

心臓が高鳴る。心が湧き立つ…こういう時はなんでいうんだったっけ。そうだ…。

 

「心火を燃やして…ぶっ潰す…」

 

感情を燃料に心が燃える、心が燃えればそれはエンジンとなり身体が動く…あぁ…早く走りたい…この人達に…勝ちたい。

 

「はじめぇ!!」

 

最後のスターターピストルが鳴り響けば、全員が一斉に走り出す。そして、先頭集団から早々に抜け出す。メイクデビューと同じ…初めから全力で。周りから響めきが聞こえるが、気にしない。まだまだいける…いけるっ…!

 

「見事だ…だがっ…!」

 

「そう簡単に取らせはしない…!」

 

後ろから副会長さんと会長さんも追い上げる。他の子達は置いていかれたのだろう、やはり三人のデッドヒート…。距離はまだ1600mある…まだまだ、いけるっ…!!

それでもやはり会長さん達も早い、あっという間に追いついて並走してくる。カーブを曲がり立ち上がりも流石だ。

 

「はっ…はっ…!っ、すぅぅっ…!」

 

「(来るか、ならば受けて立つ。)」

 

「(お前の全力を肌で感じたい…だから、来い!)」

 

先ほどと同じように走りながら息を入れる。やはり心臓の鼓動が頭の中に響くくらいに大きくなるし、なんなら全身の血管という血管が脈打ってるような気さえする…段々と足に力が入ってるのか入ってないのかもわからなくなってきた、だけどもう止まれない。行けるとこまで行ってやる…!

 

「(行こう…!)」

 

常にイメージするのは雷…大丈夫、いける。貯めろ、回れ…そして…弾けろ!

 

「(エアロ…スパーク…!)」

 

さらに一段と加速する…心臓も限界まで稼働する。足も限界まで回す。あとは気力勝負…会長さん達も加速して並走する…いや、会長さんと副会長さんが僅かにリードしている、だが、たった数センチ…!いける…いけっ、いけっ…いけっ…!残り400m…まだ届かない…踏み出せ、一歩を大きくだ…!

 

「っ、…!?…っ、はぁっ…!!」

 

残り300…200…まだ届かない…いつのまにか会長さんとは一バ身…その間に副会長さん…あぁ、まだまだ遠いな…そう思いながら。

 

「ゴール!!」

 

その掛け声を聞いた。今出せる全力を全てのレースでぶつけられたんだ…まぁ、良いや…。ゴールしてスピードを落として、順位を聞いた瞬間に、目の前が暗転した。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

不思議な夢を見た…私は前に三女神像の前で見たような気がした黄金色の角を持つ四足歩行の生き物で…誰かを背中に乗せていろんなところを走っていた。平原、荒野、森、獣道…時には空や水の中まで…。

いろんなところを巡って…そして、不意に背中が軽くなって…でも背中には誰かがいた痕跡がしっかりとあって…そして凄く寂しくなって、大きく鳴いたところで、目が覚めた。

 

「……あれ…?私…」

 

なんだろう、凄く穏やかで楽しかったけど…寂しくなった夢を見た気がする…どれもこれも私は見たことがない場所ばかりで…。というか今ここはどこだろう、ベッドがあると言うことは保健室…?確か団体戦の最後の中距離を走りきって…順位は3着で…それで…と記憶を掘り返してみる。

 

「あっ…」

 

「……あ、タイキさ…」

 

「hey!皆さン!起きましたヨー!」

 

そんな折に部屋に入って来たタイキシャトルさんを見れば、なんだかタイキシャトルさんは驚いた顔をした後にちょっと泣きそうな声で外に呼びかけている、いや、というかここ保健室なんだから静かにしたほうが…なんて思ってると続々と知ってる人から知らない人まで続々と入ってくる。もちろん会長さんや副会長さんといったチームのメンバーも来てくれて。

 

「更なる高みであれ以上のいい勝負をしよう。」

 

「折れるなよ、私もお前もまだまだ強くなれる。」

 

と、会長さん、副会長さんからのお言葉も貰った。その通りだ、これはあくまで非公式…非公式試合で勝ったところで、だ。勝つならしっかりとした試合で勝ちたい。その後も何やら色んな人が来てくれて。夕方には寮の自室に戻れることになった、が…明日1日は脚を休めるためにお休みを貰ってしまった、酷使した状態で詰めても怪我をするだけ、という満場一致の判断である。ちょっと歩きにくさを感じながら寮に戻ろうとすると。

 

「バクシーン!!」

 

「…お疲れ様です、バクシンオーさん…」

 

「はいっ!お疲れ様です!」

 

と、自称クラス委員長を名乗るウマ娘、サクラバクシンオーさんが追いかけて来る。そして丁寧な手つきで鞄から封筒を2つ出せばこちらに丁寧に両手で差し出して来る。

 

「イクシオンさん!こちらイクシオンさん宛のお手紙になります!」

 

「あ、これはどうもご丁寧に…」

 

「いえいえ!これもクラス委員長のお仕事ですから!それではっ!」

 

と、やることを済ませたらまたどこかに消えてしまった、なかなかにパワフルな人だが…あのぐいぐい押して来る感じはちょっと苦手だ…。貰った手紙は自室で読もう…一体送り主は誰だろうか…以前の同級生か…それとも…なんて思いながら寮の部屋のドアを開けて…まずは入浴を済ませて。

 

「…よし…」

 

入浴を済ませた後にベッドに座り手紙を手に取る。送り主を見た瞬間にもう、少しだけ泣きそうになった。

 

「……ミオ…リュウ…ゲン…!」

 

手紙をくれたのはあの中1三人組…いや、もう時期的には中学二年生か…早いなぁ…なんて思いながらまずは早瀬 澪と書かれた手紙を開封する。

 

『お姉ちゃんへ

 

テレビ見たよ、お姉ちゃんも頑張ってるね。

 

そんなお姉ちゃんを見て、私も頑張ろうって思えた。ありがとう。

 

あと、あの時は…ごめんなさい。お姉ちゃんだって頑張ってくれたのに…。

 

今私警察官になろうって頑張ってるんだ。お姉ちゃんと一緒にみんなを守れるように。

 

だからお姉ちゃん、身体だけ気をつけて頑張ってね。必ず、私も見に行くから。

 

ミオより。』

 

「ミオ…」

 

ネストがなくなった時に一番動揺して、不安定だったあの子がこうして立ち直って頑張ってくれてる…良かった…と心底安心した。一枚目の手紙を丁寧に封筒にしまい、二つ目の封筒に手を掛ける。送り主は"栗花落 弦十郎"と"碓氷 龍之介"。

 

『姉貴へ

 

よう、姉貴。元気か?

 

姉貴のレースはテレビで見た…テレビだから多分ガキどもにも届いてるはずだ、ガキどもは姉貴の姿を見れただけで多分立ち直れるだろうよ。

 

俺とリュウは運良く二人一緒のところに行くことになった。そこで二人で話し合った結果、俺は大工に、リュウは建築士になる事にした。

 

俺は中学行きながら、今大工仕事を学んでる。姉貴のやろうとしてることは大体分かってる…。

 

いつかはネストを立て直す気なんだろ?だから俺達にも力になりてぇと思ったんだ。その点はリュウも同じだ。だからリュウもがむしゃらに頑張ってる。

 

誰にも相手にされなかった俺達を最後まで目をかけてくれたのはシスターと姉貴だけだったからな。

 

ガキどもも必ず全員見つけて、姉貴に会いに行く…だから、身体だけは気を付けてくれよ。五体満足でまた会おうぜ。

                         ゲン、リュウより。』

 

「ゲン…リュウ…!バーカ…余計なお世話だよ…!」

 

心の底から安心した…本当に良かった…!私のこの走りは無駄じゃ無かったんだ…そう思えた。だからこそだろうか。

 

「会いたい…よぉ…!」

 

一人だからか本音が漏れる。手紙を読んだ後だからか…余計に寂しさを感じる。人見知りな方だが…今だけは温もりが欲しかった。

 

「…ぅうわぁぁぁぁ…!」

 

私が破神の愛馬だというなら…神様…どうか、今日だけは、今日だけは泣かせて下さい…。今だけ…詩音として泣かせてください。また明日から、イクシオンとして、頑張りますから…!



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その8

波乱の団体戦の翌日…1日のお休みをいただき、足や身体の回復のためにしっかり休んでその翌日…。

 

「はっ…!はっ…!」

 

「いいね、いいね。タイムも少しずつ縮まってきてる…これなら次のレースもいい結果が残せるんじゃないかな?」

 

「ありがとうございます…!」

 

トレーナーさんと一緒にレースに向けて調整をしている。もうG1レースへの挑戦は始まっている、だが、道のりは遠い。まずは千里の勝利も一歩から、だ。

 

「それじゃあ…2日ずつ空けてレース三連戦、全部君とドルフが走ることになるであろう中距離だ。もちろん、余裕が出てきたら長距離でグラスと短距離でタイキと当たってもらうよ。」

 

「はい…覚悟は出来てます…!」

 

「良い返事だ。それじゃあ後もう二、三回走って今日は終わり。明日は1日フリーだ。しっかりとレースに備えてね。」

 

「あ…はい、ありがとうございます…。」

 

あ、ギリギリまで詰めないんだ…どうしよう、自主トレとしてランニングマシンでも借りようかな、なんて考えていれば。

 

「オーバーワーク禁止、ちゃんとみんな見てるからね?」

 

まるでエスパーのように私の考えを見破ってくるトレーナーさん。本当にこの人超能力者か何かじゃなかろうか。

 

「それじゃあ、お話おしまい。ほら、次行くよ。」

 

「よろしくお願いします…!」

 

そう言ってまた調整に戻る…次に始まるレースは少し緊張もするが楽しみでもあった。

 

「(前代未聞の六冠…絶対取ってみせる…!)」

 

そうすればあの子達も胸を張って言えるだろう。僕の、私のお姉ちゃんはあの六冠ウマ娘…イクシオンなんだと。

その為には戦わないといけない相手が、倒さないといけない相手が多過ぎる。正直言って、今の私じゃ勝てない。今はゆっくりと力をつけよう。誰かが言ってた気がする。追えば逃げていくのだ、勝利は。

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

「よし、今日はおしまい。明後日には本番だからしっかり休んでね。」

 

「はい、ありがとうございました…!」

 

「よろしい、それじゃあ何かあったら携帯に留守電残しといてねー。」

 

と、軽い挨拶を済ませるとトレーナーさんはスタスタと他の人のところへと向かう。

 

「…一度戻ろう…」

 

と、汗でベタつく身体を気にしながら寮に戻る。入浴したら一度横になろう…なんて考えながら。ゆっくりと学園内を歩いていく。そして行き着く先は三女神像の噴水広場。

 

「ここが一番落ち着くなあ…」

 

と、ゆっくりとベンチに腰掛けて空を見上げる。今日も憎たらしいくらいの晴天であり、雲は本当に薄く尚且つ疎らにしかない。何かをするにはより一層好ましい天気だろう。けど、私は苦手だ。どっちかというと雨のほうがいい…。だが、この天気では今から雨が降る、なんてのは望み薄だろう。それに感傷に浸ってる場合でもない。明後日から本格的にレースに参加して、高みを目指さないといけない。なりふり構わず、自分が間違ってないと信じるがままに。

 

「…というか、なんで誰もいないの?」

 

なんて周りを見渡せば人っ子1人居ない。トレーナー、教師、ウマ娘…誰一人として見当たらない…どういうことだろう…なんて立ち上がった瞬間に、再び感じる何かに追い越される感覚。後ろ姿はあの日見た背中の同じ。それをしっかりと見据えて追い掛ける。少しだけ思い始めてきた、あれは…私自身…さらに一歩上のステージにいる私自身なんじゃないかと。あの日の時のように光に向かって走り続けて、目の前が真っ白のなったところでゆっくりと目が覚める。

 

「…力が溢れる…!」

 

なんてゆっくり目を開けると同時に身体に衝撃が走り、轟音が当たりに響く。

 

「心が満ちる…!」

 

これは本当だ。今はやる気、闘争心…そう言ったもので心が満たされている。今ならなんでも出来る気がする。

 

「魂が叫ぶ…!」

 

これも本当だ、今すぐにでもレースがしたい。模擬レースでもなんでも良い。今すぐ走りたいと身体が叫んでいる。脚も疼く…走りたい、勝ちたい…!

 

「私の雷が迸る!!」

 

手を振り上げた後に振り下ろせば、雷が落ちる…こんな晴れた昼下がりに、だ。まさに晴天の霹靂と言うやつだ。

 

「…もう誰にも…止められない…!!」

 

全身に力が溢れる。受け止めきれない分がバチバチと電気のようなものになってスパークする。走りたい、駆け抜けたい、勝負したい、勝ちたいと言う欲求が高まってくる。まさに絶好調だ。明後日のレースも勝ち抜けるだろう。そうして不思議な出来事に遭遇してやる気も高まっているなか、落ちた雷により制服がちょっとボロボロになってしまった挙句、それを見たほかのウマ娘達によって保健室に連れ込まれた、解せぬ、とも思ったが後で冷静に考えたら普通に私が悪かったです()

 

 

 

 

 

 

コンディション【戦闘狂】を獲得。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

そして、レース当日。あの日の感覚は全く忘れていないどころか、時間が経つごとに強くなる。むしろ早く走りたい、走らせろ。もう限界だ。待ちきれない、と言わんばかりに脚が疼く。心が騒つく。

 

「何があったかは知らないけど、やる気も気合いもバッチリみたいだね。頼もしい限りだ。」

 

「はい、気持ちも身体も充実してますよ!」

 

と、着替えた後に早くレース場に出れないかとワクワクしている。幸い身体は大丈夫、身体にちょっとリヒテンベルグ図形が出来たくらいだ。

 

「それじゃあ…安心して走って、勝ってきなさい。」

 

「はい…!今の私は、負ける気がしない…!」

 

いよいよ走れる、一昨日から悶々と溜まってきたこの衝動をようやく解放出来る…そう思うと身体が疼いてしょうがない。勝ちたい、勝ちたい…勝ち取りたい!急かす体をどうどうとなんとか宥めながらレース場へ向かう。闘争心が、競争心が、闘志が高まるほど身体に力が溢れる…今ならどんな距離も走れそうだ。

 

『晴れ渡る空の下、12人のウマ娘が鎬を削ります。』

 

『各ウマ娘、紹介致しましょう。6番、ーーーーー』

 

早々にゲートに入る。アナウンスも右から左に聞き流し目を閉じて集中する。すればするほど身体に電撃を纏っているような感覚がする。心火を燃やせば燃やすほど纏う電撃が強くなる。

 

「充電完了…!」

 

あとは溜まりきったこの衝動と共に一気に駆け抜ける、心が導くあの場所は駆け抜けるだけ…!

 

『12番、イクシオン。1番人気です。』

 

『気合い、コンディション、仕上がり…全てにおいて完璧ですね。好レースが期待できそうです。』

 

段々とアナウンスが煩わしく感じてくる、早くスタートの合図が欲しい。走りたい、駆け抜けたい…脚が疼いているんだ…早く、早く…!

 

『各ウマ娘、ゲートに出揃いました。』

 

『このレース、瞬き一つ許されませんよ。』

 

『改めて紹介致しましょう。3番人気、4番ライジングホッパー

 

 この評価は少し不満か、2番人気、8番クリスタルチルドレン

 

 さぁ、1番人気を紹介しましょう、12番イクシオン! 』

 

『良い顔してますね、気合い十分です!』

 

『各ウマ娘、出走準備が整いました!』

 

ようやくだ…!ようやく走れる…脚も心も身体も…全部が好調。走る構えを取り、しっかりとシューズで地面を踏みしめる。早くゲートよ開け…開け…開け…!心と身体が急かす…待ち遠しい。この数秒すら。そしてゲートがなんの予兆も無しに開く。ゲートが開くと同時に迸る情念が解放される。

 

『さぁ、各ウマ娘一斉にスタートしました!』

 

『団子状態の中、大外から抜け出したのはイクシオン!やはりこのウマ娘だ!』

 

スタートと同時にそのまま衝動のままに飛び出し駆け抜ける。今は差しだの追い込みだのと考えるのはやめた。今はこの胸の中にある溜まりに溜まったものを全開にして駆け出す。

 

『早い早い!!後続も追い縋る!4番ライジングホッパー!二バ身差で食らい付いていく!』

 

「(絶対逃がさない…!お前を止められるのはただ一人…!私だ!)」

 

「(上等!心火を燃やしてぶっ潰す…!)」

 

この人も私と同じだったのだろう。コンディション絶好調で早く走りたいという衝動を溜め込んだ、私と同類。上等…!トレーナーさんにも言った…今の私は負ける気がしない!誰にも…!!誰にも!!!

 

『先頭二人の激しいデッドヒートが繰り広げられています!!このデッドヒートを制するのはどっちか!!』

 

『お互いにいい武器を持っています、お互いの持ち味をどこで発揮出来るかでしょう。』

 

『残り1200m!折り返し地点だ!』

 

アナウンスもなんのその、距離を縮められては放し、縮められては放しを繰り返す。楽しい…!こんなのは初めてだ。

 

「(凄い…!脚をさらに回してもキッチリついてくる…!)」

 

「(言っただろ…!お前を止められるのはただ一人…!私だって…!)」

 

そのまま先頭2人で走り抜ける。アナウンスはもう耳から聞き流す。だが、こんな楽しい時間も残り数十秒…だからこそ、勝ちたい。

 

『さぁ、残り400m。僅かに上り坂だ!』

 

『ライジングホッパー差し切るのか、イクシオンが逃げ切るのか!!』

 

『このレースの主役はまさにこの2人!!瞬きしたら見逃しますよ!』

 

残り400m…彼女も脚を残してるだろう。あとはどっちが差し切るか…そして彼女もそれを虎視眈々と狙っているのだろう。いつでも来い…いざ尋常に…勝負!!覚悟を決めて踏み込む。大きく踏み込んだ音が二つ分聞こえる。

 

『さぁ!イクシオン、ライジングホッパー、共に脚を解放した!!』

 

『お互いに意地と意地のぶつかり合いです!ライジングホッパー追い縋る!!高性能に纏まったイクシオンか、末脚の伸びがいいライジングホッパーか!』

 

『僅かにイクシオン前に出る!半バ身差!ライジングホッパー差せるか!イクシオン逃げ切るか!!のこり200!』

 

絶対にやらせない、だって今の私は負ける気がしないんだから。それにあの子達の為に、そして何より勝ちたいと叫んでる自分の心の為に…!

 

「だぁぁぁあっ!!」

 

前傾姿勢になりさらに前へ前へと進む。もっと脚を回せ、団体戦の時も出来たんだから。もっといけるだろう、私の足…!あとたった50m、勝ちは渡さない!

 

『12番イクシオン、いまゴール!!ライジングホッパーの末脚から見事逃げ切りました!』

 

『素晴らしいレースを見せてくれたこの二人!これからも注目しましょう!』

 

ゴールのアナウンスが聞こえればそのまま脚でブレーキをかけて止まる。ちょっと芝を削ることになるかもだけど許して欲しい。そして勝った、勝てた…!全力が出せた…でも、まだまだ…走り足りない…!

 

「はぁっ…はぁっ…あー、負けた!あんた強いなぁ!」

 

「はぁ…はぁ…ありがとうございます…!」

 

「同世代だろ、敬語は良いよ。私はライジングホッパー…覚悟しな。次はあんたを止めてみせる。あんたを止められるのはただ1人…」

 

ライジングホッパーと名乗ったウマ娘が私を人差し指で指さした後にその手を返すようにして親指で自分を指さす。

 

「私だ!」

 

「…上等…!」

 

そう言って、握り拳をぶつけ合った後にそれぞれレース場を後にした。そして控室で待ってたのはトレーナーさん。

 

「はい、おつかれー。あとはいつものようにウイニングライブだよ。頑張ってね。」

 

「…すっかり忘れてました。」

 

「だと思った、さて、今日のレースの感想…どうだったかな?」

 

「ライジングホッパー…あの子が一番強かったです…」

 

「だろうね、あの子の末脚はかなり伸びたね。さて…これからどうしたい?」

 

「もっと…速く、強くなりたい…!」

 

「君ならそういうだろうと思った。明日から追い込みや差しの練習をしながらスピードを重点にトレーニングしようか。」

 

「お願いします!」

 

「よろしい、それじゃあその前にウイニングライブ行ってきなさい。」

 

「はい…」

 

と、待機していた係員さんに私は捕獲されて連れて行かれた。私、脱走とかしたことないんですけど…?

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

というわけで連れて行かれたウイニングライブの控え室…今回は2位の子…ライジングホッパーさんとデュオライブだ。しかも三人までなら着替えてもいいらしい…あれ?ウイニングライブってそんな自由度高かったっけ?

 

「おう、ライブでもよろしく…というかウイニングライブってこんな自由度高かったのか?」

 

「まぁ、私…メイクデビューでソロライブさせられましたし…」

 

「うわぁ…おつかれ…」

 

なんて、デュオライブすることになったライジングホッパーさんと隣同士の試着室で着替えながら話す。今回の衣装はロック風の衣装らしい。同期だから敬語は良いと言われたが、昔からの癖を治すことはできないので無理だ。ということでとりあえず納得してもらった。

 

「ところで、今日歌う曲って知ってるか?」

 

「分かりません…ただ、担当者さん曰く「始まったら自然に歌詞が浮かんでくる」との事です…」

 

「なんじゃそりゃ…」

 

そう思いたくもなりますよね、分かります。でも私も始まった瞬間にはもう身体が勝手に動いてたんです…。何を言っているかわからないと思いますが、体験すれば分かります。聞いたこともない曲なのに歌詞が頭の中に入ってくるし、どういうパフォーマンスやアドリブを入れれば観客が喜ぶか分かってしまうんです()

 

「とりあえず、頑張りましょう…」

 

「おう、なんとかなるだろ…」

 

そう言って二人そろって係員さんに案内される。もちろん目的地はライブステージ裏の舞台袖だ…ちらっと覗けば観客達が今か今かと待ち侘びていて。やっぱり慣れないことは本当に緊張する…。

 

「それじゃあお二人とも、よろしくお願いします!」

 

と、係員さんに言われればライブの始まる時間である。そのまま係員さんに背中を押されてステージへと二人揃って押し込まれる、もう後戻りは出来ない…やるだけやりますか。

 

「やるだけやってやらぁ…みんな!今日はレースの応援ありがとうな!!」

 

「レースの後は、このライブでも痺れていってくださいね。それでは…刺激的なひと時を気の向くままごゆるりと。」

 

開幕の挨拶を言い合えればギターが大きく一度鳴らされた後に曲が始まる。かなりアップテンポな曲だ。ついていけるか?いや行くんだ。

 

『Hey yo!!』

 

早速今回の相方はアドリブを決めており、会場を沸かせる。そしてこちらをチラリと見る。歌の方は任せた、と言わんばかりに。この人丸投げしてくれやがりました。やってやろうじゃないですか。

 

『 深い夜の闇に飲まれないよう 必死になって

 

  輝いた六等星 まるで僕らのようだ 』

 

振られた分はキッチリと期待に応える為に全力で歌う。さらに会場を沸かせる為に。あの子達にも届くように。

 

『 繰り返す日常に 折れないように 』

 

『いくぞぉ!!!』

 

沸いた会場のボルテージという導火線に相方が火を付ける。それはあっという間に燃え尽きて、爆発する。歓声という爆弾となって。

 

『 「勝ち取りたいものもない 無欲なバカにはなれない」

 

   それで君はいいんだよ ヒリヒリと生き様を

 

   その為に死ねるなにかを この時代に叩きつけてやれ!! 』

 

歓声という爆弾に応えるようにサビを歌い切る。間奏が始まればそのまま軽くみんなに手を振りながらステージの周りを軽く歩いた後に相方に向かって歩いて行きハイタッチ。先程のお返しです。相方は驚いたような顔をしてますが気にしません。さぁ2番は貴方の番です。

 

『 どうだっていい 悩んだって 生まれ変わるわけじゃないし

 

  群れるのは好きじゃない 自分が消えてしまいそうで 』

 

私とは違った音質で会場は湧きます。さぁ、私も貴方のように導火線に火をつけましょうか。

 

『 あふれかえった理不尽に 負けないように 』

 

『いくぞぉ!!』

 

先ほどと同じように観客のボルテージが歓声という爆風になって会場に響きます。

 

『 「失くせないものもない 無力なままでは終われない」

 

   だから君は行くんだよ どうせならクズじゃなく

 

   星屑のように誰かの 願い事も背負い生きてやれ! 』

 

二回目のサビも終わりボルテージも最高潮。さぁ、後はこのまま走り切りましょう。レースのように。間奏の間はステージを軽く回ったりしてパフォーマンス…しかしこんな感じで良いのでしょうか…観客は沸いているのでこれで良いでしょう。

 

『『 「勝ち取りたいものもない 無欲なバカにはなれない」

 

    それで君はいいんだよ ヒリヒリと生き様を

 

    その為に死ねるなにかを この時代に叩きつけてやれぇ! 』』

 

最後のサビのボルテージも順調…会場の盛り上がりも最高潮です。このまま一気にいきましょう。

 

『『 「無力なままでは終われない」だから君は行くんだよ

 

どうせならクズじゃなく 星屑のように誰かの

 

    願い事も背負い生きてやれ!! 』』

 

今回のレースもライブも大成功…これが三人組やあの子達に届いていると良いな、とそう思いながら曲が終われば大喝采に包まれる。そしてノールックで軽く拳をぶつけ合った後にお辞儀をしてステージを後にする。まず、目標は会長さんと同じ3冠ウマ娘…会長さんとも約束したんだ。まずは絶対に取る…!そう心に決めて明日からの調整とトレーニングに備えよう、そう決めたのであった。




オリジナル架空ウマ娘です、人気が有ればまた出ます()

架空ウマ娘:ライジングホッパー
身長152cm
体重 バッタ数百匹分
好きなもの イナゴの佃煮 親父ギャグ レース
嫌いなもの 嘘つき ブロッコリー

【適性】
距離 【短距離】A 【マイル】B 【中距離】C 【長距離】 E

作戦
【逃げ】D 【先行】A
【差し】B 【追い込み】E

脚質
【ダート】 B 【芝】 B

【スピード】106 【スタミナ】64
【パワー】81 【根性】60 【賢さ】80


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その9

時間は流れに流れて4月の前半も終わりに近づく頃。レース出場を中心に実戦経験を積みながらトレーニングを重ねていった。出場したレースは6試合ほど…それうちの二つははじめてのGⅡレースのスプリングステークス、フィリーズレビュー…どちらもステークスでは3着、レビューでは2着に終わり悔しい結果に終わった。やはり追えば逃げて行くのだ、目標や勝利というものは。それからトレーナーさんにヘビートレーニングをお願いしてから数日。実の所最初からヘビーなウェイトトレーニングをしてたらしく、私のトレーニングシューズには40kgの合金蹄鉄が付けられていたらしい…なんて人だこの人…と思いつつそれのおかげで私みたいなのでも十分戦えてるのかなぁ、と考えるとちょっと複雑な気持ちです。

 

「よしよしっと、イクシオーン?ちょっとおいでー」

 

と、メニューを終わらせてインターバルを取る私に間延びする喋り方でトレーナーさんが手招きする。なんだか機嫌が良さそうだ。

 

「はい…なんでしょうか?トレーナーさん。」

 

「まぁ、これちょっと見てみなよ。」

 

なんて二枚の封筒を見せられる。差出人はURA…。私何か規約違反でもしただろうか…なんてちょっと思い悩む。

 

「あはははっ、心配しなくても大丈夫。悪い知らせじゃないから。」

 

「あ、そうなんですね…」

 

と、トレーナーさんが声を掛けてくれる。流石に顔に出てただろうか、と自分の手で顔をむにむにと揉み解していく。

 

「さて、まず君に言っておく事がある。」

 

「…なんでしょうか…」

 

と、急に真剣な面持ちになったトレーナーさん、つられてこっちも姿勢を直してトレーナーさんの言葉を待つ。しばらく間が空いた後にニッ、とトレーナーさんが笑えば。

 

「おめでとう。」

 

と、トレーナーさんがいきなりゆったりとした拍手と同時にお祝いの言葉を言ってくる。急な事態についていけずにキョトンとしてしまって…。

 

「第一目標達成おめでとうって言ったんだよ、イクシオン。」

 

「へ…?」

 

「君に皐月賞、桜花賞への優先出場権だ。GⅠレース出場おめでとう。」

 

…皐月賞、桜花賞…GⅠレース…ポカーンとしながらカチカチと頭の中で帳尻を合わせていって。

 

「え、ええっ…!?あ、ありがとう、ございます…!?」

 

と、理解した瞬間に思い切り動揺してしまった。もちろん他のウマ娘達もこのGⅠレースに参加するだろう。

 

「もちろん周りは…右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、強敵達ばかり…ドルフ、エア、ヒシにフジ、エル…他にもテイオーやウィーク、桜花賞ならスカーレットやウォッカ…全員が並々ならぬ相手だ…君に打ち倒せるかな?」

 

「倒す…倒します…!」

 

「君ならそういうと思った。ま、だから毎日壊れるギリギリまで追い詰めたんだけどね。」

 

なんてサラッと爆弾発言を聞いたような気がするが今はスルーしておこう…それよりも今はGⅠレースだ、目標の皐月賞…そして桜花賞…まずはそれらで優勝しないと…始まらない。その次は日本ダービーとオークス…そして菊花賞と秋花賞…まだまだ長い…だが、絶対負けない…負けたくない。そんな私の思いを見透かしたように中指を立てながら。

 

「安心しなよ…今の君なら皐月賞も桜花賞も必ず勝てる。」

 

「はい…頑張ります…!」

 

「よろしい…皐月賞から2日空けて桜花賞だ。まずはこの二つを越えよう。」

 

「はい…トレーナーさん、もっと詰めた「はい、だめー。きょうはおしまーい」あ、はい…」

 

その後もトレーナーさんからオーバーワークを禁止され、その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

メイクデビューや他のレースと違いトレーナーさんにギリギリまで…本当にギリギリまでシゴキを受けた後についにこの日が来た…皐月賞だ…とりあえずはいつもの体育服に着替えて精神集中をしている。今日は生憎の雨だ…みんなは雨を嫌うけど、私は好きだ…何もかもを流して、隠してくれる…。なんて、そんな感傷に浸ってる場合じゃない…!

 

「……」

 

1番の大舞台…皐月賞だ。まずはこれを取らないことにはどうにもならない。会長さん…シンボリルドルフさんと同じように無敗、とは行かなかったが…それでもトレーナーさんの言う通り、6冠が取れれば経歴としては遜色ないだろう。

 

「……すぅ…」

 

そんなわけでレース前に緊張を収めるための精神統一である。といっても座禅を組んで行うわけじゃない。目を閉じ、少しだけみっともないがあぐらを組んで、両膝に拳を立てるように置く…。そのまま少し時間が経てばやがて周りの音も、自分の心臓の音ですら聞こえなくなる。

 

…代わりに聞こえてくるのは風を切る音と踊るように不規則になる足音。それが止むと…蹴りが見えた気がした。背中から襲い掛かる左からの鋭い蹴り…それを左腕で受けた後にそれに反撃するように振り向きざまにサマーソルト。

 

私も蹴りを仕掛けた相手も跳躍し、着地はほぼ同時。3mほどの距離が出来る…攻撃を仕掛けて来た相手は…見慣れない服を着た私だ。

 

左手の平に右拳を付けた拳法家のような挨拶をお互いにした後に構える。先程のお返しに仕掛けるのは私…右左のワンツー。

 

それをそれぞれ、相手の私が受けた後に回し蹴りと背足回し蹴りの二連撃、これも紙一重で避けられた後に相手の私からの反撃で左脚での背足回し蹴り。

 

これを軽く腰を落として避け右拳を上半身に放つ。これはバク転のような動きで回避された後に右足での鋭い蹴り、これは回避は間に合わない、左手で受けて弾く。

 

お互いがお互いの死角に回り込むように動きながら跳躍しつつ手刀での切り上げ、返しでくる振り下ろし、これをきっちり回避する。そして着地の瞬間を取り掌底をねじ込む。

 

が上手く防御され軽く飛ばし距離を空けるだけになる。ニヤリと笑った私が防御を解き軽やかに3、4回その場で飛んだかと思うとバネで弾かれたようにこちらとの距離を詰めて拳を撃ち込む。

 

反射的に掌で受ける。すっごく痛い、が、受けた拳をしっかりと握りこむ。そしてお返しと言わんばかりにこちらも拳を撃ち込むが相手にしっかり受けられる。

 

「流石、私。」

 

「当然、貴女は私で、私は貴女。」

 

その後ももう一人の私と好きなだけ撃ち合う。蹴りと蹴りがぶつかり、拳と手のひらがぶつかり、拳と蹴りがぶつかり、腕と腕がぶつかる。そうして心いくまで打ち合った後に急に意識が軽くなる感覚に襲われて…段々と周りの音が聞こえ始めて…。

 

「どうした!?さっきからなんの音…!?」

 

と、扉の音に反応してしまい思わず蹴りが出てしまう。当たる感触こそ無かったもののその蹴圧は相当なものだろう。そこまでやってようやく完全に意識が浮上しきる…そして目の前には会長さんを含めたチームのメンバー…はい、お察しの通りやらかしました。

 

「そうかそうか…で?精神集中の為に瞑想をしていたらもう一人の自分と組み手をするという空想を見ていて?それで身体が勝手に動いていたと?…お前は何を言ってるんだ?」

 

「はい、申し開きもございません…」

 

絶賛エアグルーヴさんの前に正座して怒られています。ええ、はい…その通りです…何言ってるか分かりませんよね?私も何言ってるか分からないです…でもそうとしか言いようがないんです。

 

「まぁ、その辺にしておけエアグルーヴ。それだけ彼女も集中していたと言うことだろう。こちらも特に実害は受けてないんだ…まぁ、あの空気が破裂するような音には驚いたが…」

 

「…会長が言うなら…」

 

と、エアグルーヴさんも引き下がってくれた…本当に申し開きのしようもない…とりあえずもう一度謝った後に正座を解く。

 

「ところで…イクシオン、GⅠにそれで出るつもりか?」

 

と、服装の体操服を指さされながらそう言われればどこかおかしかっただろうか?と自分の服装を見渡す。

 

「…はぁ…勝負服は渡されていないと?」

 

「…?なんのことですか?」

 

「「「「「「はぁ…」」」」」」

 

なぜかみんなから呆れられた。というわけで懇切丁寧にみんなから教えてもらった。どうやらG1レースでは勝負服というものを着て走るのが決まりらしい。

 

「それで、渡されていないと…」

 

「たくっ、何やってんだあのバカ目隠し…」

 

「呼ばれた気がしてジャジャジャジャーン♪」

 

と、何やら荷物を持って上機嫌にどこからともなく現れたトレーナーさん。両手には二つの段ボール。

 

「遅えぞ、トレ公。こいつ困ってたんだからな?」

 

「いやぁ、ごめんごめん。業者がギリギリまで掛かるって言ってたの忘れちゃっててさぁ、ウケるw」

 

「いや、ウケるじゃねえよ…」

 

と、ヒシアマゾンさんの言葉をのらりくらりと交わしてから私の前にトレーナーさんが持っていた段ボール二つを置く。

 

「てなわけで…はい、これ。君の勝負服ね。」

 

「え、えっと…ありがとうございます…?」

 

「お礼なら君の保護責任者にいってあげな?君の保護責任者、ぶっちゃけすごい人だからね、彼。この勝負服作ったの彼だし。」

 

タカにいちゃんが作ったのか…なんて思いながらトレーナーさんの話を聞く。なんでもURAの指定業者しかウマ娘の勝負服は作れないらしい。しかも結構前からURAの業者指定を受けていたらしいのだから驚きだ…。

 

「さて、それじゃあみんな行くよ。勝負服のお披露目はターフでね。」

 

と、トレーナーさんが両手を叩いてみんなを引き連れるように観客席に移動する。

 

「イクシオン、good luck!」

 

と、タイキシャトルさんを皮切りにいろいろな人が声をかけてから控え室から出ていく。まるで嵐でも来たようだった…そして残されたのは私と私の前に置かれた二つの段ボール…手をつけないことには始まらないか…折角タカにいちゃんのお手製なんだし、大事に着よう。と、タカにいちゃんに感謝しつつ段ボールに手をつける。

 

「…すごい…」

 

段ボールを開けた瞬間に運命的なものを感じた。小さく細長い段ボールを開けたのだが、入っていたのは靴…というよりもブーツに近い。もちろん靴裏にはちゃんと蹄鉄まで完備されてる…凄い徹底ぶり…。水色をさらに薄くしたような色合いに黒い雷のようなラインが良い。各所にある白い毛皮もいい。大きい方の段ボールにも手をつけてみる。

 

「うわぁ…!」

 

ぱっと見はコスプレ衣装にしか見えないのにすごく良いものに見える。大きい方の段ボールを開ければ上着などの一式が入っていた。そのままスルスルと着替えていく。色やデザインコンセプトなんかはブーツと全く同じ。時折入っている赤が良いアクセントだ。下着の上から黒のインナーを着た後に上着を身につけていく。ホルターネックにプラスして背中での編み込み方式になってるらしい。地味に面倒くさいが仕方ない。そのまま手袋やニーソ、スパッツ、毛皮と布地で形成されたスカートなんかも着々と身につけていく。最後に黒に赤の装飾の入ったカチューシャをつけた後に軽く髪を整える。

 

「…すごい、ぴったりだ…!」

 

なんて、着替え終わったあとに自分の格好を見てみればまるで予定調和の如くサイズはぴったりだ。体操服よりも走りやすいかもしれない。先ほどと同じように拳や蹴りを何発か放ってみる。うん、いい感じだ。むしろ動きのキレはさっきよりいいかもしれない。コンディションはいい感じ。

 

「よし、行こう…!」

 

あとはこのまま走り抜けるだけ…まずはここで勝たないと意味が無い…それにGIレースともなれば全国に放送されるだろう。あの子達の目にもきっと入るはずだ。深呼吸をして気合を入れ直す。なんだかバチィッ!と音が鳴ったような気がするが、気にしないでおこう。そうして控室から出てターフに向かっていく。覚悟はある、力もある。あとは戦うだけ。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

『まもなく始まります、皐月賞。本日の天候は生憎の雨です。』

 

『状態は不良バ場…苦手な子も多いのでは無いでしょうか…今まで以上に熾烈な争いになりそうですね。』

 

とうとうレース場内に開始のアナウンスが開始される。観客も傘や雨具などを完備しながらレースの開始をまだかまだかと待ち侘びる。雨風はまだそれほど強く無いのでまだ耐えられる。

 

『各ウマ娘、ターフに出揃い始めました。』

 

『今回のレース…最も速いウマ娘では無く、最も覇気のあるウマ娘が勝つでしょう。』

 

『では本日の人気ウマ娘を紹介しましょう。一番人気は勿論このウマ娘、6番 トウカイテイオー。』

 

『2番人気はこのウマ娘、2番 ニシノフラワー。』

 

『3番人気…は、まだターフに来ていない様子ですね。』

 

と、アナウンスの直後に空模様に雷が混じり始める。まるで何者かの接近に呼応するように雷は激しくなる。そして。

 

『っと、出てきました。3番人気は安定のこのウマ娘…13番 イクシオン。』

 

勝負服を身に纏ったイクシオンがターフに出れば、大きな雷が近くにあったビルの避雷針に直撃する。その避雷針が一発で焼け焦げ、役割を果たさなくなる。

 

『訂正しましょう、本日の天候は雨ではありません…』

 

『雨では無い…?では本日の天候は…?』

 

『言うなれば…そう。』

 

アナウンスの声が途切れた後にぽつりと呟くように言った。

 

『…迅雷、です。今年の皐月賞は荒れますよ。』

 

その顔には、たらり、と冷や汗を浮かべていた。



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その10

出場者は本当に適当です、突っ込みは受け付けません()
あと、ウイニングライブはどうしようか悩み中です。
そしてレース終了のファンファーレはお馴染みのファンファーレを脳内再生してください()


「では、此方の方に聞いてみましょう。」

 

と、"迅雷"と名付けられた天候の中、テレビカメラとマイクを持ち合羽を来たキャスターが次々と会場の観客に質問していく。観客はそれぞれ思い通りのウマ娘を答えていく。中でも一番多いのは。

 

『いやぁ、やっぱりテイオーだよ!』

 

『三冠はテイオーに決まりでしょ!』

 

『とうかいていおー!』

 

中年の男や青年、舌足らずな子供までもがテイオーの名前を口にする。ここまで無敗で来ているトウカイテイオー、誰もがテイオーの勝利を望んでいる。その様子にカメラマンやキャスターも満足そうに同意している。そして次の観客にカメラとマイクが向けられる。

 

「では、次は此方の方に聞いてみましょう。こんにちわ」

 

「あ、なんだよ?」

 

「あ、あの今日のレース…誰が一位になると思いますか?」

 

「そんなの決まってんじゃん」

 

と、インタビューを受けた中学生くらいの少年がぶっきらぼうに答える。カメラマンもキャスターも前の観客と同じように答えるのだろう、と期待して答えを待つ。

 

「俺の姉貴」

 

「…え、えーっと…」

 

「三番人気のイクシオンだよ。」

 

「そ、そうなんですか…な、なんでそう思うのかな…?みんなトウカイテイオー、って言ってるんだけど…」

 

なんて、遠回しにテイオーを応援しろ、なんて言ってみれば少年の目つきはさらに悪くなる。

 

「あ?なんで?あんなちんちくりんに俺の…"俺たち"の姉貴が負ける筈ねぇじゃん。」

 

「ち、ちんちくりん…」

 

「姉貴は俺たちの為に走ってる…姉貴は俺たちの為になんだってやってきた、だから姉貴が絶対に勝つ。」

 

「そ、そうなんですね…ありがとうございました…」

 

と、苦笑いしながらキャスターたちが去っていく。望んだ絵が撮れなかったのだから当然なのだろう。そんな背中からすぐに目を離して。

 

「…俺はきっちり見とくからな…姉貴。」

 

なんて、じっとターフを…そしてゲートに入っていく自身の姉を見つめていた。柄にも無くぎゅっと両手を合わせながら。

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

天候は雷雨…いやどちらかと言えば雨よりも雷の方が激しい気がする。たしかにこれは迅雷だ…この雷が鳴るペースもなんだか懐かしく思える。そんな記憶はない筈なのに。少しだけ雨に打たれた後にゲートに入る。コンディションは大丈夫、緊張はしてない…といえば嘘になる…。だけど、そんなのは今はどうでもいい。今はあの子達の為に、勝つ。その為に一つ深呼吸を入れる。

 

「…よし。」

 

スイッチは切り替わった、もう誰にも負ける気がしない。あとはゲートで大人しくスタートを待つ。左右は共に学校ですれ違いざまに顔を見ただけのウマ娘ばかり…。

 

「……よし、いこう。」

 

覚悟は決まった、あとは勝つだけ。みんなには悪いけど私にも戦う理由が、負けられない理由がある。そしてアナウンスが開始され全てのウマ娘がゲートの中に揃う。

 

【are you ready?】

 

「出来てるよ」

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートに出揃いました。』

 

胸の中に響いてきた言葉にそう答えると同時に思い切り身体に電気が走る。気合は充分、充電は完璧、身体は万全…さぁ行こう。スタートの瞬間をトレーナーが、チームメイトが、観客が…固唾を飲んで見守る。そして…。

 

『各ウマ娘、一斉にスタートしました!』

 

ついにクラシック三冠の初戦の火蓋が切って落とされた。そして私は"わざと"一瞬出遅れる。スタート直後は13位…最初は…これで良い。

 

『先頭は6番 トウカイテイオー。1バ身開いてニシノフラワー、マチカネタンホイザと続きます。』

 

現在200m地点…そう、1000mまでは…これで、いい。今回は追い込みで走る。時折一段と大きく踏み込むが大幅な加速はしない。この踏み込みはあくまでも前への牽制…あれこれ考えるのは1000m地点までだ…1000mを過ぎたら、考えるのは…やめる。

 

『トウカイテイオー、やはり強い!クラシック三冠はこのウマ娘のものでやはり決まりか!』

 

会場のアナウンスに観客席が沸く。そしてテイオーコールが始まればテイオーにも力が篭る。それで良い、現在700m地点…残り300…イメージはもう固めてある。あとはゆっくり脚をためるだけ。着々とその時は近づいていく。

 

『さぁ、残り1000m!折り返し地点だ!未だ先頭はトウカイテイオー!』

 

『そこに2バ身差でニシノフラワー、ハナ差でスーパークリークと続きます!』

 

『1バ身開いて8番、7番、11番。更にハナ差で5番、4番、10番、12番、9番、1番、13番と続きます。』

 

『三番人気イクシオン、13位と言う順位で大人しいです、それに心なしか戦闘集団以外はかかり気味な気がしますね。』

 

のこり1000m…たった1キロメートルぽっちだ…全力で駆け抜ける。もう、イメージは出来てる。

 

目の前に映るのは荒野…雨と雷の降り注ぐ荒野。私と一緒にいるのはそう、あの黄金色の角を持つあの生物…いや、ちがう…これは…これは私だ。そう認識した途端に生物は黄金色の角を持った私に姿を変える。誰にも負ける気は無い…だから、行こう!私が駆け出せば隣を黄金色の角を持った私も一緒に駆け出す。

 

「『疾風とは迷いなき心なり、迅雷とは迸る情念なり!』」

 

【疾風迅雷・雷鎚加速】

 

二人の私の声が重なれば、一気に脚を解放して加速する。勿論今までとは段違いの強さで踏み込んで、芝を抉るくらいの強さで加速していき、13位から一気に前を大外から抜かしていく。

 

『おっと!?ここでイクシオン加速した!速い!速い!ごぼう抜きだ!』

 

『まるで折り返し地点を待ってましたと言わんばかりに脚を解放しましたね!』

 

次々と視界に入る子達を抜かしていく…6…5…4…3…2…。見るのは常に真っ直ぐ、ゴールだけ。そして視界に捕らえたのは白い勝負服の子…トウカイテイオーただ一人…!

 

「(きた!正々堂々、勝負だ!)」

 

「(見えた、追いついた…あとは、突き放す…!)」

 

残り500m…まだまだ行ける、乾く喉を無理矢理開いて息を入れる。肺と心臓が痛い。でもあの子達のためなら怖くないし、痛くない。この体がいくら傷ついてもいい、それが、あの子達の為になるのなら。あの子達の支えになるのなら。

 

「……ばれ!………ちゃんっ…!」

 

残り400m…私とテイオーさんでほぼ並走状態…観客席はほぼテイオーコールで埋め尽くされており、簡単に言えばアウェー状態だ。けど関係無い…まだ走れる…勝てる…勝つ…!観客のテイオーコールの中で一つの声援を聞き取る…。本当にテイオーコールに混ざるように確かに存在する声援…。

 

「が…ばれ…!おね…んっ…!!」

 

「……っ!…けっ!」

 

世界がゆっくりに感じる。聞き慣れたその声を…その声達を聞き間違う筈がない。なにせ…毎日聞いてた声なんだから。

 

「頑張れーっ!!お姉ちゃんっ!!!」

 

「姉貴!!いけっ!!」

 

「ねぇちゃん!!!」

 

思わず口元が緩んでしまう…同時に力が湧いてくる。約束通りちゃんと来てくれた…あの三人が約束を守ってくれた…!こんなに嬉しいことはない…そしてこれ以上の声援は…ない!!脚を動かして真っ直ぐ前を見る。隣は見ない…見てる暇なんてない。テイオーさんの姿は、視界からまだ消えない…なら、もっと…もっと早く!何度もしつこいようだけど具体的なアウトラインは気にしてられない…そんなのを気にしたら、絶対に負ける。

 

「シィィィ…!」

 

歯を食い縛り、そのまま駆け抜けて行く。もう一人の私も力を貸してくれてるのだ…ここで負けたら、申し訳が立たない。

 

「(絶対…絶対負けない!会長とおんなじ、無敗の三冠ウマ娘になるんだ!!)」

 

「(あの子達の為に…負けられない…!!絶対に取る!!!)」

 

お互いの意地のぶつかり合い…もう何も気にしてられない。今頭の中にあるのはこの人よりも先にゴールを潜ることだけだ。

 

『トウカイテイオー!イクシオン!共に並んでいる!!クラシック三冠への道を掴むのはどちらだ!!!?』

 

私達のデッドヒートに呼応するように雷が激しくなる。観客の完成が雷鳴に負けないくらいに声援が大きくなる。当然、あの子達の声も聞き取れる。言い方は悪いが…有象無象の幾千幾万の声援よりもあの子達の声の方が何倍も力が出る。

 

「(強い…楽しい…!こんなの初めて…!)」

 

「(強い…けど、負けられない…!負けない!!気持ちで負けるな…私も強い…!!!!)」

 

『残り直線400メートル!トップ争いは加速している!イクシオンか、トウカイテイオーか!?破神の愛馬が帝王を下すか、帝王が破神の愛馬を退けるのか!?』

 

『譲らない!お互い譲らない!テイオーが抜かせばイクシオンが抜き返す!イクシオンが抜かせばテイオーが抜き返す!どちらが意地を通せるでしょうか!!!?』

 

残り200mを切り観客達も声援を送りながらどちらが勝つのか声援を送りながら見守る。

 

「(レースを…純粋に勝負を楽しめるウマ娘にこそ…!)」

 

「(自分を捨てて…誰かの為に戦えるウマ娘にこそ…!)」

 

「「勝利の女神は微笑む!!」」

 

お互いが同じタイミングで踏み込み更に加速する…そして加速して1秒弱…ゴールの音が響く。

 

『トウカイテイオー、イクシオン!!並んでゴール!!これよりビデオ審議に入ります!!』

 

ゴールしたあとはゆっくりと速度を落としてから脚でブレーキを掛ける。そしてそのまま膝に手をついて深呼吸。だいぶ肺や心臓に負担を掛けた…短く浅くなりがちな呼吸をゆっくりゆっくり深呼吸で沈めていく。全身に酸素が行き渡る。血流がゆっくりと落ち着いてきて、当たった体がゆっくりと覚めていく。

 

「はぁっ…はぁっ…(そうだ…あの子達は…)」

 

と、息を沈めながらあの子達を探していく、確かに聞こえたんだ…あの時に。どこに、どこにいる…?と観客席をゆっくりと見回しながらあの三人を探す…私に会いにいくと言う約束を守ってくれた…あの三人を。

 

『お待たせいたしました!!ではこれよりアルティメットスローカメラのフレーム映像を交えながらの順位発表を行います!』

 

アナウンスが会場に響き渡ると同時に次々と順位が表示されていく。そして三位まで表示されたところで止まり、そして巨大スクリーンに映像が映し出される。そしてコマ送りのように少しずつ映像が進んでいく。観客も、ほかのウマ娘も…私もテイオーさんもスクリーンに釘付けだ。一枚ずつフレーム映像が進んでいく。進んでいくと同時に天候が変わっていく。雨と雷の降り注ぐ迅雷から、真っさらな晴天に段々と変わっていく。

 

『ゴール判定はイクシオン!!ハナ差にも満たない僅差で初戦の皐月賞を制しました!破神の愛馬、ここにあり!!!初めてのG1レースを、そしてクラシック三冠の初戦を見事に勝ち取った!!!!』

 

そして運命の時は来た…先にゴールラインを越えたのは…ほんの数ミリの差で…私だ。そして一位の欄に13番が表示される。

 

「……〜〜〜〜〜っ!!」

 

『 Eorzea terra nata fantasia 』

 

やったんだ…!!まずは一勝を成し遂げた…あの子達の目の前で…!あの三人の目の前で…!!そして、一位の表示に少し遅れて会場にはいつもと違うファンファーレが流れた。ファンファーレに合わせて、掌で出来た雷球を握りつぶした後に、腕を振り上げ、そしてすぐさま振り下ろせば…晴れた空に一閃の…晴天の霹靂が走り私の背後に落ちた。

 

「おめでとう!!」

 

と、トウカイテイオーさんが駆け寄ってきて私の手を握ってくる。

 

「すっごく強かったね!!でも、僕ももっと強くなる!次は負けないからね!」

 

「はい、望むところです。」

 

勢いに飲まれそうになるものの笑顔でこちらを激励してくれるテイオーさん、それにこちらも笑みを浮かべて答える。

 

「それでは」

 

「うん、次は…」

 

「「日本ダービーで!!」」

 

と、固く握手を交わした後にそれぞれターフを後にする。そして疲労の残る足に鞭打って着替えるのも忘れてあの子達を探す…どこにいるんだろう…。と、人々の中をかき分けて探す。途中記者などもいたが振り切る。ごめんなさい、あなた達に構ってる暇は無いんです…。会場の入り口周辺を隈なく探すもいない…もう帰ってしまったのだろうか…と、少し肩を落とし掛ける。

 

「…また、手紙でもだそうかな…」

 

と、少しだけ足取りを重くしながら控室に向かおうとすると…。

 

「お姉ちゃん!!」

 

と、後ろから呼びかける声がする…そして背中に衝撃と温もりを感じる。

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃん…!!」

 

「おいおい、姉貴も疲れてるんだぜ…勘弁してやれよ。」

 

「そうだよ、ミオ。」

 

と、少し泣きそうになりながらも後ろを振り返ればやれやれ、と言った顔で近づいてくる男二人組と私の背中に引っ付き虫のようにくっついている私の可愛い妹の一人。

 

「ありがとう…ゲン、リュウ、ミオ…」

 

貴方達のおかげで勝てた、と最後まで言いたい。けど言えない…言ったら泣いてしまいそうだから。泣くのはあの時で最後って…決めたんだから。

 

「…お礼を言うのはこっち…お姉ちゃん…ありがとう…」

 

背中に埋めている顔は既に涙でぐしょぐしょなのだろう、少し上擦った声が途切れ途切れで聞こえながら。

 

「お姉ちゃんの…おかげで、立ち直れた…だから、もっと私も頑張るから…!!だから、無茶だけしないでね…!!みんなで、またネストに帰るんだから…!!」

 

「そうだぜ姉貴…さんざ、姉貴に支えてもらったんだ。これからは俺たちも姉貴を支える。」

 

「もう、姉ちゃんの取りこぼししか出来ない僕たちじゃ無いんだよ。姉ちゃん。」

 

…あはは、ほんの数ヶ月見ない間に大きくなって…嬉しい限りだ。あとは、ちびっ子達が元気にしてくれたなら、それでいい。重荷が一つ、取れたような気がした。そしてミオを一度引き剥がしてから三人のおでこをそれぞれ指で軽く小突いてやる。

 

「頼りにしてるぞ、三人組。それじゃあ、またね。」

 

そう言って声を掛けた後に、私は今度こそ控え室へと向かう。控え室の中は一人、割と防音もしっかりしてるので…バレないだろう。扉を閉めてその扉に背を預ける形で…ゆっくりと座り込む。

 

「…良かった…本当に…!」

 

と、緊張の糸が切れてしまったのか溜め込んでいたものが溢れて頬を伝う。あの三人が立ち直って、歩き出してくれた。もうあの三人は大丈夫だろう。本当はぎゅっと抱きしめてあげたかった。でも、それをしたら自分の我慢ができそうに無かったから。

 

「ありがとう…ありがとう…!!」

 

ありがとう、ゲン、リュウ、ミオ…。会いに来てくれて、力をくれてありがとう…。そして我慢が出来ず控え室で思いきり泣いた。ごめんなさい、神様。約束破って…ごめんなさい。

 




「入っていくのは…無粋と言うものだな。」

「そうですね、会長。」

「トレーナーと職員にはもう少し掛かると言っておいてくれ。」

「はい、会長。」

と、ウイニングライブが終わった後に二人の気遣いを聞いて、めちゃくちゃお礼を言った。


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その11

今回も少しだけ短め…あと、最後、ほんの少しだけ胸糞となっております。あとまたアンケート追加するので是非とも答えてってください、お願いします何でもしますから()m(_ _)m


あの後無事にウイニングライブも終わり、今日一日トレーナーさんからおやすみをいただきました。ちなみに最終的な順位ですが、私、テイオーさん…そして意外なことにライスシャワーさんです。あの後私たちのデッドヒートに触発されて3位…2バ身差まで詰め寄ってきてたそうで…終わってから改めてトレーナーさんにスカウトされたらしいです…どうなるんでしょう…私としてはライバルが増えて嬉しい限りなのですが…。とそんな感じであの後のご報告でした。そして今現在なんですが…。

 

『〜〜♪』

 

「どうして私はスピカの皆さんとカラオケに来ているのでしょう…?」

 

公園でのんびりとしていたら、何故か捕まりました。捕まった経緯ですか?お約束です…なんか、いきなり声をかけられたと思ったらサングラスとマスクをした複数人に袋を被せられて拉致られました()

若干現実逃避に身を窶している私ですが、嫌だ嫌だと言ったところで現状が解決するわけでも無いので仕方なく状況を受け入れます…。

 

「まぁまぁ、良いじゃあねぇか。ほらよ。」

 

そんな私に話しかけたのは私を拉致してくれやがりました張本人の一人、ゴールドシップさん。そんなゴールドシップさんが私の目の前にグラスを置きます…中身は何やら白く濁った液体…明らかにカル○スではありません…。

 

「何ですかこれ?」

 

「米の研ぎ汁。」

 

「…大根煮るのにでも使ってください。」

 

と、グラスをゴールドシップさんの目の前に戻します。誰が好き好んで米の研ぎ汁なんか飲むんですか…。

 

「なにぃ!?私の研ぎ汁が飲めないってのか!?」

 

「ご自分で試飲して、どうぞ。あと、ドリンクでのハラスメントは嫌われますよ。」

 

たまには一度、痛い目にあった方が良いのでは無いのでしょうか…と、すでに痛い目に遭っているようですね…。目を押さえて悶絶してます。近くにはメジロマックイーンさん…なんとか沈めてくれたようで軽くお辞儀…マックイーンさんも返してくれました、なんだか仲良くなれそうです。っと、どうやら曲が終わったようです。歌っていたのはテイオーさん…何気にユーザーだったんですね…というか96点、凄いですね…。

 

「ふーっ!歌った歌って!」

 

と、楽しそうにテイオーさんもソファーに戻り、はちみーと呼んでいるドリンクを美味しそうに少しずつ飲んでいる…いや、舐めている?…なんだか不思議な飲み物だ。

 

「私達の問題児が申し訳ありません…」

 

「いえいえ…ただ次は普通に誘っていただけると…」

 

と、マックイーンさんも申し訳なさそうに謝っている。いえいえ…こちらこそ…なんてお互い謝り合戦だ…。先ほども言ったが嫌だ嫌だと現実逃避に身を窶しても仕方ないので、受け入れることにした。うん。

 

「そういえばイクシオンて、ティアラの方も狙ってるんだよね?」

 

「…トレーナーさんからは最低でも六…最高で十二とは言われてますね…」

 

「12…?まさか全部皐月賞から有馬まで…全て…?」

 

「まぁ、そういうことになりますね…」

 

「はーっ、リギルのトレーナーは考えることが違えなぁ…」

 

苦笑いしながら、質問に答えていけば。そうか、このままいくとスピカの皆さんとオールで当たることになるのか…のかな?

 

「まずは目の前のクラシック三冠とトリプルティアラ…この二つを取ることが現在の目標ですね。」

 

と、スペシャルウィークさんが歌ってるのを聴きながら、マックイーンさんやテイオーさん、ゴールドシップさんと話す。

 

「それに皐月賞が終わった後に言われたんです。会長さんに。」

 

「かいちょーに?なんてなんて?」

 

と、テイオーさんが興味津々で聞いてくる。マックイーンさんも少なからず興味があるようで。

 

「『有馬記念で本気の勝負をしよう。』…また一つ負けられない理由ができてしまいましたから…ですから、あなた達にも負けるつもりはありませんよ?」

 

「とーぜん!日本ダービーでは僕が勝つからね!」

 

「私も、天皇賞は譲れませんわ。」

 

「それじゃあ、その時は全力で。」

 

そう言ってそれぞれと固い握手を交わした後は、カラオケを楽しみました。そして明後日で第二目標の桜花賞…スピカからはダイワスカーレットさんとウォッカさんが出るようです。そして、あの子…ライジングホッパーさんも…けど、誰が来ても負ける気はしません…だって、今頃あの子達も見てるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴールドシップさん…私たち、なんか除け者にされてませんか?」

 

「気のせいだろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

「うん、いい感じだね。これなら桜花賞も楽勝でしょ。並走したドルフのから見てどう?」

 

「ああ、トレーナーと寸分違わずだ。だが、あらゆるものは色即是空…油断するとすぐに他のものに追い抜かれてしまうぞ。」

 

「はぁ、はぁ…精進します…!」

 

たっぷり一日おやすみを貰った翌日、1日かけてトレーナーさんと会長さんとで調整をしてくれました。というのもやることは会長さんとの模擬レース。距離は桜花賞と同じ1600m。

 

あ、余談ですがライスシャワーさんはうちへの勧誘を受け入れたそうです。ライバルと戦力が増えていい感じです。長距離を万全に走れるのはグラスさんと会長さん、私でしたから…ちなみに強さの順ですか?会長さん>グラスさん>私、ですよ?

 

「坂道も悪路も問題無し、っと。…さて、イクシオン?次は日本ダービーとオークスだ。オークスでエアと当たってもらうし、日本ダービーでエルとオペラオーと当たってもらう。」

 

「はい…!」

 

「そして、秋華賞と菊花賞…秋華賞は特に意識することはないかな?オークスが突破出来たなら余裕だよ。そして菊花賞はグラスと…新しく僕が勧誘したライス…この二人と当たってもらう。現状はこの二人にスピカのメジロマックイーンを加えてステイヤーはこの三強…菊花賞にはマックイーンも出るだろうから、ステイヤー三強を相手にすることになる。多分一番キツイんじゃないかな?これらを乗り切っての六冠…取れるかな?」

 

「…それでも倒します…そして、取ります…!生せば生る、生さねば成らぬ、成る業を。」

 

「成らぬと捨つる、人の儚さ…武田信玄とは渋いねぇ。それじゃあ、明日の桜花賞、ちゃんと僕もみんなも見るから頑張ってね。」

 

「私も早く君との勝負が待ち遠しい、早く有馬記念で君と会いたいものだ。」

 

「は、はい!ありがとうございました!そして、すぐに行きます、待っていてください…!!」

 

と、一通り話終わった後にトレーナーさんと会長さんにお辞儀をした後に寮の部屋に戻る。いつも通りのまだ同居人のいない寮の部屋…少し寂しい気もするが、たまに泣いちゃったりするのでその辺見られる心配もないので結果的にまだ同居人がいなくてよかったかな、とも思っていたりして。

 

「明日も…絶対勝つ…だから、みんな見ててね。」

 

と、テーブルの上に置いてある写真を見ながら、寝る準備を済ませてから入浴に入る。幸か不幸か…この時スマホを見ていなくてよかったと思うべきか、それとも見ておくべきだったのかは分からない…それはオークスが終わった直後に私に降りかかって来た。私の…いや、私達のトラウマ…私達がバラバラになってしまった、あの出来事の、残滓が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『児童養護施設放火殺人事件、犯人逮捕。容疑者は中学校教師。パソコンやスマホ、タブレットに犯行現場の撮影写真が多数発見。』

 

『本日未明、とある中学校教師の男性を数ヶ月前に発生した児童養護施設放火殺人事件の容疑者として逮捕。供述にて「俺は悪くない、全部あいつが悪いんだ。おれはこんな田舎で終わる教師じゃないんだ。」』




達成目標
メイクデビューに出走 達成
スプリングステークス、フィリーズレビューで3着以内 達成
皐月賞、桜花賞で1着
日本ダービー、オークスで1着
秋華賞、菊花賞で1着
天皇賞春で2着以内
宝塚記念に出走
天皇賞秋で1着
有馬記念で2着以内



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その12

こんにちわ…ただ今勝負服姿で瞑想中のイクシオンです。調整は完璧、気力体力も万全…天気は最高…充電満タン…戦闘準備はバッチリです。誰よりも早くターフに来てしまったので、目立たないところであぐらで瞑想中です。スパッツ完備なので見えてません、大丈夫です。

 

「………」

 

『〜〜〜』

 

アナウンスやターフに集まり始めたウマ娘達の声も全てスルーしてただひたすらに闘争心を高めつつ、過度に暴発しないように宥めていく…目指すのは獰猛…イタリアあたりの元警官のギャングが言ってそうなセリフですが、「獰猛、それは爆発するかのように襲い、そして帰るときは嵐のように立ち去る」今回の勝負はこれが理想です。

ゆっくりとゆっくりと、熱く真っ赤に焼けた鉄のような闘争心を切れ味鋭い刃物になるようにゆっくりと研いでいく。それがこの瞑想の役割でもあります。

 

「…すぅ…はぁ…」

 

だんだんと深めていけばいつしか音が聞こえてくる。焼けた鉄、私の闘争心を鍛えてくれるその音が。時には細かく、時には力強く間を置いて。そして焼けた鉄を水に浸す音が聴こえる。叩く音、水の音、また叩く音、また水の音…と、繰り返し聞こえてくる。それが10回以上もループする。そして次に聞こえて来たのは研ぐ音…鍛えた鉄に刃をつけていく音。切れ味を確認しながら、何度も何度も。僅かな歪みも許されない、一片の刃毀れも許されない…闘争心を鍛え、鋭く研いでいく。そして、研ぐ音だけで何時間たっただろう。そして、鍛えてくれていた人物が、出来た刃物を鞘らしきものに収め、一気に抜き放つ。そして斬撃が地面から壁に付けられた瞬間に目を覚ます。

 

「よし…」

 

以前のレースや皐月賞とはまた違った力の漲り方。触れれば斬られる刃物そのもの…よし、行こう。覚悟はある、戦える。軽くトントンと小さくジャンプした後に、ゲートに入る。

 

『強めの春風が吹き荒ぶ阪神競バ場、18人のウマ娘の乱れ立つ夢の刃が鍔迫り合います。』

 

『さぁ、どんなドラマが生まれるのか楽しみですね。瞬きする暇はありませんよ?』

 

『5番人気からご紹介しましょう、7番 ライジングホッパー。』

 

『瞬発力と脚の伸びが武器のウマ娘です。』

 

『4番人気 11番 サクラバクシンオー』

 

『スピードとパワー、根性が揃った突進力の強いウマ娘です。囲まれた時は強いですよ。』

 

『3番人気 3番 ウォッカ』

 

『こちらもパワーとスピードが揃ったウマ娘です、残り200mの差し合いに注目ですね。』

 

『2番人気 1番 ダイワスカーレット』

 

『全てのバランスが取れている、全体的に苦手の少ないウマ娘です。周りをどれだけよく読んで冷静に最善手を撃てるかの勝負ですね。』

 

『1番人気 13番 イクシオン』

 

『スピード、パワー、スタミナ…どれを取っても見劣りしない、私の最推しのウマ娘です。周りがどれだけ喰らいつけるか、それらをいかに振り切れるかが重要ですね。ダイワスカーレットと同じでどれだけ冷静になれるか、注目ですね。』

 

アナウンスを聞き流しながら、出走予定のウマ娘が全員ゲートに出揃う。あとは、走り抜けるだけ。

 

『改めて参りましょう、3番人気 ウォッカ。』

 

『この評価は不満か、2番人気 ダイワスカーレット』

 

『さぁ、一番人気はこのウマ娘 イクシオン。』

 

『全員気合の入った良い顔ですね、好レースに期待です。』

 

『各ウマ娘、ゲートに出揃いました。』

 

スタンディングスタートの構えを取る。腰を落とし重心は軽く前のめりに低く。そうすれば前の方の足に自然と力が掛かる。そうすれば意識するのは後ろ足だけで良い。あとはしっかり前を向いて、集中する。

 

『各ウマ娘、一斉にスタート!』

 

私の二つ目の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

ゲートが開けば、イクシオンは普通のスタートを決める。最初は団子状態だが100mも行けば引き伸ばされて大体順位が分かれる。イクシオンの目の前には…4人。1200付近までは、様子見だ。

 

『先頭は1番ダイワスカーレット、半バ身差で3番ウォッカ、さらに半バ身差で7番ライジングホッパー。一バ身離れて11番サクラバクシンオー、すぐ後ろに13番イクシオンと続きます。』

 

『13番が非常に大人しく、良い位置にいますね。これは後続も前方もやりずらいでしょう。』

 

アナウンスの実況通り、イクシオンのこの位置は前方も後続もやりにくい位置だ。現にバクシンオーやライジングホッパーはイクシオンを見る頻度が高い。それに後続も後続でイクシオンから感じるプレッシャーに押されて仕掛けるタイミングを見失っている。残りは1200m。

 

そのタイミングでイクシオンの目つき変わり、大きく息を入れる。この時にイクシオンはスイッチを入れ替える。先行or差しの考えから、脚を解放しての大逃げへと。そして、大き過ぎるほど聞こえるその呼吸音は周りを一瞬硬直させるには、十分なインパクトを持っていた。

 

『おっとここでイクシオン加速!!!』

 

『展開が早いですね、決着が着くのはそう長くありませんよ。』

 

「(ちょっと嘘でしょ!?)」

 

「(マジかよ…!キメに来るの早すぎだろ…!!)」

 

アナウンスは嫌でも耳に入ってくる、同時に迫ってくる足音も。明らかに前方の四人は動揺が見てとれた。

そのまま一気に脚を解放し、まずはサクラバクシンオーを抜かしていく。さらに大外から直接ウォッカへと差し込む。

ライジングホッパーと競り合う必要は無い、そしてそのままダイワスカーレットの背中をハナ差で捉える。背中から感じるプレッシャーに歯噛みしながら、ダイワスカーレットも感覚で理解する。

 

「(見なくても分かる…追い、付かれてる…!!)」

 

『残り800m!イクシオン!先頭のダイワスカーレットをついに捕らえた!このレース展開はどうでしょう?』

 

『前方4人、掛かり気味かも知れませんね。息を入れて落ち着きを取り戻せるかが肝になりますね。』

 

「(落ち着けって…どうすりゃ良いんだよ…!)」

 

嫌でも耳に入ってくるアナウンスにウォッカが悪態をつく。しかしすぐに考えを切り替えようとして自分に言い聞かせる。違う、これは自業自得だ。どこかで甘く見ていたのだ、イクシオンというウマ娘を。そして後悔した。多少のトレーニングを渋ってでも皐月賞での走りを見るべきだった、と。

 

「(おいおいおい…マジかよ…!)」

 

一方でライジングホッパーも焦っていた。なにせ、前に戦った時よりも走りのキレやスピードが増している。ライジングホッパーとて、遊んでいたわけでは無い。あのあとすぐにチームカノープスに入り、トレーナーと一緒にスタミナとスピードを重点的に鍛えた。

 

「(こんな、遠い訳…ないっ…!俺だって…そんなっ…!)」

 

自身の築き上げたものにヒビが入り、広がっていく感覚がする。無理矢理心を奮い立たせようとするものの、浮かばない…ライジングホッパーの頭に、今のイクシオンを抜かせるビジョンが浮かばない…。差しを狙うにしても、ウォッカが邪魔だしバクシンオーも隣にいる…打てる手は一か八かのみ。

 

「(嘘っ…なんなの…なんなのっ…!)」

 

一番プレッシャーを背中で感じているダイワスカーレット。一番かかり気味なのは彼女だった。

おかしい、フィリーズステークスではこんなプレッシャーは感じなかったのに。内心はぐちゃぐちゃだ。フィリーズステークスでは余裕を持って勝てた…もちろんこの桜花賞も負ける気は無かった、ウォッカと競い合いながらトレーナーと話し合いながらトレーニングも積み重ねた。体調も整えた。むしろ絶好調なくらいだ。でも、今まさに感じているこのプレッシャーはそんな調子を捻じ伏せてくる。まるで、獣に追われている気分だ。

 

『残り600m、第三コーナー曲がります。曲がって立ち上がってきたのはダイワスカーレット、並んでイクシオンだ!』

 

「(もうここしかありません…!バクシン…っ!!)」

 

「(ちっきしょう、負けられっかよ…!)」

 

『おっとここでサクラバクシンオーとウォッカ、前方二人に対して差しに行った!』

 

サクラバクシンオーとウォッカがコーナーを曲がり切ったところで加速する。加速の始まりはほぼ同時。前方二人に追い縋る形になる。それを見たライジングホッパーも少し遅れて加速。だがサクラバクシンオーにとって、お世辞にも得意とは言えない差し…これで大きくペースを乱したサクラバクシンオーは少しずつスピードが落ち、後ろに下がっていく。差しはウォッカとライジングホッパー。二人はまだ前方二人に追い縋る。

 

「(落ち着け、俺…!ゼッター油断するはずだ…そこを差し切ってやる…!)」

 

「(…ダメだダメだ!弱気になるな!あいつらを止められるのはただ一人…俺だ!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

「なーんて、考えてるんだろうねぇ。」

 

「トレーナーさん…?」

 

と、チームの何人かを引き連れてリギルのトレーナーである悟がぽたりとレース展開を見ながら呟く。つぶやきを聞き逃さなかったのはグラスワンダー。

 

「これどーなるよ、トレ公。多分このままだと皐月賞みたいにビデオ判定だぞ?」

 

と、今回はヒシアマゾンも同行してるようだ。他のメンバーは日本ダービーやオークスに向けてのトレーニングや調整に入っている。

 

「ん?多分ビデオ判定にはならないよ。あとー…そうだね、あと3カウントでダイワスカーレットが落ち始める。」

 

「「え?」」

 

「3」

 

「2」

 

「1」

 

と、そのまま悟がカウントダウンをすればダイワスカーレットのスピードが落ち始め、ウォッカ、ライジングホッパーと競り合う形になる。そして現在のトップがイクシオン。

 

「スタミナ切れだね、あの子頭悪いなぁ。」

 

「トレ公…どういう事だよ。」

 

「簡単だよ、序盤でペース乱しすぎ。先行のつもりが慣れない逃げっぽい走りになった…いや、逃げにさせられた、かな?だからあと一歩足りなかった、って感じだね。」

 

最序盤にあの位置につけたイクシオンもイクシオンだけどね、と口元を手で隠しながら体を震わせて笑う悟、周りのトレーナーはその様子にドン引きしている。

 

「ゴールまでにウォッカと3バ身は付くね。」

 

そう言ってターフに碧眼を向ける悟、目の前ではイクシオンとウォッカで2バ身半の差がついていた。波乱の桜花賞ももうすぐ幕を下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(クッソ!!もうあと200mしかねえのに…!)」

 

「(やっべぇ…!ペース乱しすぎた…!)」

 

一方、差しに行った二人は差しきれずに歯噛みしていた。距離はもうのこり200mの直線…すでに先頭のイクシオンとは2バ身半離れている。お互いに差せる体力は…出来て一回。

ダイワスカーレットはサクラバクシンオーとライジングホッパーの間、現在4着、ウォッカと半バ身差でライジングホッパー。その二人と2バ身半差をつけているイクシオン。残り200mを切った今、もうここしか無い、だが、差せない…近づけない。

 

「(ちきしょう…!こんなんじゃぜってー、終われねぇ!)」

 

意地でもウォッカが差そうとするも、あの真紅の眼光に映されれば足がとたんに動かなくなる。「死ぬ。あれ以上踏み込んだら…殺される。」まるで足がそう言ってるように頑なに回ろうとしない。隣のライジングホッパーも同じようで苦しんでいるようだ。そうこうしてるうちに残り100m。

 

「「(このまま何もせずに負けるくらいなら…!)」」

 

死んだ方がマシ、その考え一点で脚を回す…残り100m。二人ともあとのことは考えないようにした。そして前に踏み出た瞬間に二人ともがそれ以上近づけ無かった。代わりに二人とも対して走っていないのに汗びっしょりだ。そして。

 

『ゴール!!イクシオン、見事に3バ身差で逃げ切りました!』

 

『鬼気迫るとはこの事ですね、お見事でした。』

 

『2着はウォッカ、ハナ差でライジングホッパー!一バ身差でダイワスカーレット!』

 

いろいろとイレギュラーの起きすぎた桜花賞はこうして幕を閉じた。

 



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その13

桜花賞も終わってやっとひと段落…と言いたいところなのだがまだ早い。次は日本ダービーとオークスだ。日本ダービーではトウカイテイオーさんのリベンジが。オークスではエアグルーヴさんとの勝負が待っている。

 

「っ…!!!ぁぁああああああああああっ!!!」

 

そんな中、私はトレーナーさん所有の隠し練習場にて、トレーナーさんの指示のもと四トントラックと綱引きをしている。綱引きとといっても私の腰とトラックの後ろ部分をロープで繋ぐだけ、四トントラックは荷物満載でアクセル全開である。運転手はトレーナーさんの実家の使用人みたいだ。本当にこの人何者なんだろう…?いや、そんな事を考えてる余裕がない…4トントラック相手に踏ん張りつつも引き摺り、引き摺られを繰り返し地面は抉れっぱなしである。そんな中、思い切り踏み込んだ後に靴裏からバキンッ!!!と嫌な音がした。

 

「はい、いったんしゅーりょー。」

 

と、トレーナーさんが手を振ってトラックとの綱引きは一度終了。トレーニングシューズの裏を見れば見事に蹄鉄スパイクが真っ二つに。

 

「いやぁ、見事に踏み砕いたねぇ。これで何個目だっけ?」

 

「18個目です…。」

 

「履き潰したトレーニングシューズは?」

 

「9足目です…。」

 

「相変わらず凄まじいねぇ、ウケるw」

 

そう言いながら地面に座り、新しいトレーニングシューズの靴裏に新しい蹄鉄を打ち付ける作業を始める…あらかじめ打ち付けたのを何足か作るべきかな?なんて考えてると。

 

「あ、ちょーっと待ってて…よい…しょっ、と…」

 

と、トレーナーさんにストップを掛けられる。そして真新しい蹄鉄を渡される。だが…。

 

「っ…!?お、もい…!」

 

油断していたのか、一瞬バランスが崩れそうになった。ウマ娘ですら重みを感じる重さの蹄鉄。これを片手で渡してきたトレーナーさんって…。いや、考えるのはやめよう。

 

「気をつけてね、それ片方80キロくらいあるから。」

 

「はい…?」

 

…この人本当に人間ですか?と怪しんできた今日この頃です。ですが、まぁ、受け入れましょう。…大丈夫、考えるのをやめたわけじゃありません…多分。そしてトレーナーさんに渡された蹄鉄を新しいシューズに打ち付けていきます。少し遠くに目を向ければ会長さんは6トントラックと引き合ってました。会長さんもこの蹄鉄付けてるんでしょうか?

 

「ドルフには30キロのやつしか渡してないよ。というか、君が色々と規格外なんだからね?」

 

「は、はぁ…」

 

「まぁ、いいや。最終的にはアレとやって貰うから。」

 

と、トレーナーさんが指差せばそちらの方を向く。そこには人が小さく見えるほどの大きな車…車と言っていいのだろうか…?タイヤだけでも人間の倍以上はある。

 

「トレーナーさん。」

 

「ん〜?何〜?」

 

「なんですか、あれ?」

 

「リープヘル」

 

「名前じゃありませんよ…」

 

「ダンプカー」

 

「失礼を承知で言います、バカなんじゃないですか?」

 

「大丈夫大丈夫、順調にいけば勝てる勝てる。」

 

流石に死にますよ?トラックとは馬力も重量も違いすぎるじゃないですか。

 

「え?君らもタイヤ引きであれのタイヤ使ってるし大丈夫でしょ。」

 

聞きたくなかったそんな事実、いや、たしかにそうだけど。まさかあんな大きいダンプカーのものだとは思いもしませんよ。

 

「ふむ、イクシオンと二人なら勝てるだろうか?」

 

「やめてください会長さん、無理です。」

 

「というか、ドルフも見事に踏み砕いたねぇ。はい、新しいやつ。」

 

「毎回すまないな、トレーナー。」

 

「いいのいいの、このくらいなら文字通り痛くも痒くも無いし。」

 

会長さんもどうやら蹄鉄を踏み砕いてしまったらしく、交換の為休憩中。そしてリープヘルを見て一言。いや、私もちょっとだけ希望を抱きましたけど、流石に二人でも無理っぽいです…後一人私たちと同じような実力の人がいればまだ確率は上がりますけど…って、何を考えてるんですか?私は…。

 

「まぁ、今の二人ならギリギリじゃない?将来的には一人で勝ってほしいけど。」

 

「そうか、ならものは試し…」

 

「せめて日本ダービーとオークスが終わってからにさせて下さい…」

 

と、会長さんにお願いする。トレーナーさんの態度を見てると明らかに「やれるもんならやってみな?」という、挑戦状臭がする…。やるならせめて怪我をしてもある程度余裕のある日本ダービーにしてくれると嬉しいです()

そんなこんなで今日1日は、ひたすらトラックと綱引きしてました…あんな大きいダンプカーに勝てるんですかと不安になるところですが。そして、翌日に学園に戻ったときに事件というか、トラブルは起きました…とあるマッドサイエンティストウマ娘の研究の成果のおかげで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでトラックと綱引きをして、数日後。一週間に一度アレが行われており、最近は相手が8トントラックになりました。これは喜んで良いのでしょうか。トレーナーさん曰く、下手なマシントレーニングよりよっぽど身になる、との事。ただ、足の筋肉痛がすごいです。

 

「いたたた…これ、レースまで待つかな…」

 

と、筋肉痛に耐えながらカフェテリアへ移動する。今はお昼時なので昼食を取りに来た子たちで溢れかえっている。私も軽くサンドイッチを3〜4個ほど取り、ミルクティーと一緒に頂きます。一つ食べた後にミルクティーで一息…そのあとは女神像広場で本でも読もうか、なんて予定を立てる。特に何事もなく昼食を済ませ、女神像広場へ…が、何やら様子がおかしい。

 

「どうかしたんですか?」

 

「あ、イクシオンさん…!…うしろっ!!」

 

と、周囲にいた子達の一人に声を掛ける。声をかけた子が声を上げた瞬間に、後ろから飛んできた蹴りを話しかけた子を庇いながら蹴りで相殺し、そのまま蹴り抜いて蹴りをかましてきた犯人を吹き飛ばす。

 

「…穏やかじゃあ、無いですね…周囲にいる子達は逃げて!ねぇ、あなたにお願いしていい?誰でもいい、生徒会の人たちを呼んできて。」

 

「わ、分かりました…!」

 

「ありがとう…行って!この場はなんとかする。」

 

と、庇った子にそう言いながら目の前の子と相対する。目を見開き歯を剥き出しにしながらこちらを睨んでいる…明らかに正気を失っているようだ。少しおとなしくさせたいがあまり乱暴なことは出来ない、この子にもレースがあるかも知れない。と、構えを取る。

 

「自分も怪我をしない…相手もあまり傷つけない…両方やらなきゃいけないのが辛いところですね…」

 

覚悟は良いか?私は出来てる。叫び声を上げながら向かってくる子を丁寧に捌く。がむしゃらなワンツーは腕で弾きつつ隙を作り、こちらからは反撃しない…反撃しても腕などのなるべく問題無い箇所に掌底などを集中させていく。当然蹴りなども飛んでくるがこれは受ける。

 

「っ…!!(おっ、もっ…!)」

 

ウマ娘なだけあって脚力は並以上だが…異常に重い。まるでドーピングでもされているような感じだ。

 

「(とりあえずおとなしくさせない、と…!)」

 

蹴りを受けて返したあとは大振りの右がくる、そのタイミングで相手の右手首を左手で掴み、懐へ踏み込んで顎に向けて45度の角度で掌底を打ち込んで脳を揺らす…一瞬意識が飛んだのを見逃さずに体制を崩しに掛かる。右手首を掴んでそのまま外から回り込んで背中に移動した後に相手の膝を崩し、うつ伏せに押し倒してそのまま体重を掛けて相手を拘束する。さらに自身のもう片方の脚を相手の足に絡めて脚も拘束、これでよっぽどの事がない限りは抜けられないはずだ。

 

「うぅ…!ああああっ…!」

 

「一体何がどうなってるの…?」

 

まるで闘争本能を剥き出しにしている獣のようだ。理性が全く働いていない…。力も強くなっている…どういう事だろう。そのまま拘束していれば会長さんと一緒に医務室の方々が来てくれた。そして拘束してる子に鎮静剤を打ちこむ…。おとなしくなったところで拘束を解いてあげる。

 

「レースも近いのに済まなかったな、イクシオン。」

 

「いえ、大丈夫です…しかし一体何が…?」

 

「分からん、他のところでも同じように異変が生じたウマ娘が多数いてな。」

 

と、駆けつけてくれた会長さんたちが説明してくれる。異変が生じたウマ娘たちの共通点はなし。クラスも無ければ接点も無い。顔見知り、というのは学園に通っていれば嫌でも顔を合わせるので問題無い。

 

「完璧な無差別…?」

 

「ああ、だが原因はハッキリしている。アグネスタキオン、知っているだろう?」

 

「あぁ…私も血液取られましたけど…」

 

アグネスタキオン、今はレースから離れて医師免許を獲得…トレセン学園で擁護教諭として保健室を根城にしている人だ。本人曰く「合法的に研究も出来て、新しい薬も試せる。最高の環境じゃないか。」との事。

 

「そのアグネスタキオンが管理しているとある薬が盗まれたそうだ。」

 

「たしか、かなり厳重に保管してましたよね…?」

 

一度保健室にお世話になったことがあるが薬棚は強化ガラス製で鍵が何個もつけられている…かなり厳重に保管されていたはずなのだが…。

 

「実は…数ヶ月前とある薬が盗まれてな。あの厳重になったのはつい最近、そして警察と協力して今もなお捜査は進めているんだが尻尾のしの字も掴めていない。」

 

「そうなんですか…というか、良く盗めましたね…。」

 

「全くだ…そして、その薬なんだが、本人曰く…「本性を暴く薬」だそうだ。」

 

「本性を暴く…?」

 

「怪我などでトラウマを負ったウマ娘の治療に使う、闘争心を引き出す薬の副産物だそうだ。本人曰く「いくら希釈しても使えたものではない失敗作。」との事だ。」

 

「盗み出されただけでも一大事なのに…」

 

「あぁ、そしてこの症状はその薬の症状と99%一致しているとの事だ。つまり…」

 

「薬を盛った犯人が…まだ何処か…に…」

 

と、会長さんと話してる時に不意に大きく心臓が跳ねる。そして私はそのまま胸を押さえて崩れ落ちる。

 

「…!どうした…?まさか…!頼む!こっちだ!」

 

会長さんの声が聞こえる…その他周囲にエアグルーヴさんやナリタブライアンさんの声も聴こえる。あとは医療チームの人達も。

 

「(なに…こ、れ…心臓が…それに、頭も…痛い…!息が、うまく…でき…ない…!?)」

 

「不味いぞ!鎮静剤が効かない…!」

 

「(…これはダメ…!意識が…持たない…!)」

 

うまく動かない喉を酷使して潰れたような声で、私は周囲に伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は"な"……れ"て"……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声にみんなが離れた瞬間に、私は意識を手放し…そして、この日一番大きな雷が私に直撃した。



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その14

はい、スランプな上に駄文です()
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トレセン学園に落ちた巨大な落雷。落下地点には意識を失ったイクシオン…。そのままその場と周囲が爆音と衝撃波、閃光に包まれる。そのまま土煙が晴れると共にゆっくりと目を開ける。

 

「…イクシオン、じゃないな…。…誰だ?」

 

そこに立っていたのは意識を失っていたはずのイクシオン…だが、目つきも纏っている雰囲気も何もかもが違う。そして絶対唯一の違いは銀髪をかき分けて伸びる黄金色の角。

 

「…やれやれ、随分と無理矢理に引っ張り出してくれたもんだ。それで?私を引っ張り出していったい何のつもりだ?」

 

どうやら二重人格だったらしいイクシオン。威圧感たっぷりのその言葉を受けながらも残っている他の生徒達を下がらせる…もちろん医療スタッフもだ。

 

「答える気は無しか…出て来るつもりは無かったんだ。それを無理矢理起こされて、私は今機嫌が悪い。」

 

「…だからなんだってのさ」

 

「…ほう?」

 

一歩前に出てそう言ったのはトウカイテイオー。そんなテイオーの脳裏に浮かぶのは皐月賞の後の、しっかりとかわした握手…そして日本ダービーでもう一度戦おう、という約束。

 

「そ、そんなふうに脅かしたって僕は全然怖くないぞ…!!それに日本ダービーでイクシオンにリベンジするんだ…!!早く身体を元のイクシオンに返してよ!!僕の大事な…友達で、ライバルなんだからさ!」

 

「ほーう?言うじゃないか、ゴミが。好敵手《ライバル》?こいつと貴様が?」

 

と、軽く右手を持ち上げ手のひらを上に向ける。そして負けた手の平からバチバチと雷が漏れ始める。

 

「面白い冗談だな?貴様とこいつがそうだと言うならば、我が主神から授かりしこの雷…受けてみよ。見事耐え抜いたならお前のその望み、叶えてやろう!」

 

そのまま右腕を大きく振り上げる、同時に周囲にバチバチと放電現象が起こる。漂う異様な空気を感じ取り、明らかにやばい…全員がそう悟り、その場から離れようとする。

 

「テイオー!お前も離れろ!」

 

「嫌だ…!こい…お前の雷なんて、こ、怖くないもん!」

 

「気に入った、ならば手向けとして受け取れ。『サンダラ!』」

 

そのまま振り下ろされ、雷が降り注ぐと思った瞬間にフィンガースナップの音が聞こえる。その瞬間にはテイオーの足元の地面は焦げてはいるがテイオー自身には何も無く、また振り下ろされる直前だった高く挙げられた右手はすでに振り下ろされている。そしてルドルフとテイオーの前にいるのは、チームリギルのトレーナー…五十嵐 悟。

 

「やっほー、ドルフ。ただいまー。なんだか僕の出張中に面白いことになってるみたいだね〜?」

 

「トレーナー…!今はおもしろいと笑える事態ではないぞ。」

 

「うんうん、大丈夫。事情は大体わかってる〜。」

 

ちょっと涙目のテイオーを抱えながら深刻そうなシンボリルドルフに対してカラカラと楽しそうに笑う悟。その態度に目の前の黄金色の角を生やしたイクシオンも顔を顰める。そして先ほどよりも不機嫌そうな声で。

 

「貴様、何者だ。」

 

「んー?てんっ、さいっ!トレーナーの五十嵐 悟でーす!よろし…「サンダラ!!」おっと。」

 

五十嵐に降り注ぐ雷、それは妙なタイミングで途切れたと思えば五十嵐の足元は焦げている。そして彼には何一つ怪我は無い。

 

「貴様…我が雷に何をした?」

 

「んー?んー、君の雷に、というより世界にかな?まぁ、種を教えてあげるからちょっと大人しくしてな?そこにいるトウカイテイオーの瞬き2回で終わらせてあげるから。」

 

そういうと、そこからは本当に瞬き三回で終わってしまった。

 

一回目、目を閉じて再び開いた瞬間にはもう五十嵐が懐に入っており、拳を握って構えている。

 

二回目、そしてもう一度目を開けばイクシオンは大きく後方に吹き飛んでおり、何が起こったか分からず惚けた顔をしている。その間、何も聞こえず同時に五十嵐は正拳突きをした後のような構えをとっており、その姿勢から戻った後に少しだけサングラスを下に下げて。

 

「少しは頭が冷えたかな?」

 

そう問いかける、そして大きく吹き飛ばされて半ば木にめり込むような形になっているイクシオンは軽くため息を吐き。

 

「ああ。」

 

と、短く答えた後に五十嵐は良かった良かったと頷く。

 

「約束だ、種を教えてもらおうか。」

 

と、目の前のイクシオンが身体を木から抜き出しながら話す。それにサングラスを掛け直した五十嵐はまるで簡単なマジックの種を明かすように答える。

 

「んー?まぁ、簡単に言うと…当たってない。」

 

「…はぁ?」

 

「というよりは当たったと言うプロセスを無かったことにした、かな?」

 

そういうと五十嵐は両手でピースを作る。そしてそれをまるでカニかザリガニのように開いたり閉じたりする。

 

「今使った魔法はね、簡単にいうならこの現実という動画をリアルタイムで編集する魔法。これ、僕が創造魔法で作ったやつね。

 

簡単に言えばこうだ。本来のプロセスなら

 

まず君のサンダラがテイオーに接近する→トウカイテイオーに直撃→テイオーの身体を伝い有り余る電力が地面に流れる→地面が焦げ、崩壊する。

 

とまぁ、色々省いたけどそういうプロセスを踏むんだけど、さっきのは

 

君のサンダラがテイオーに接近する→トウカイテイオーに直撃→なんやかんやでテイオーが傷付き力尽きる→テイオーの身体を伝い有り余る電力が地面に流れる→地面が焦げ、崩壊する。

 

このプロセスの"トウカイテイオーにサンダラが直撃"、ここから、"テイオーの身体を伝い有り余る電力が地面に流れる。"ここまでを切り取って無かったことにした。だからさっきの攻撃も君は僕の接近に気付かなかったし、君は僕の攻撃を防げなかった。てわけ。」

 

「…規格外だな。本当に人間か?」

 

「人間だよ。てんっさいっ!で、ちょっと凄いだけさ。」

 

まさに傲岸不遜といった感じでカラカラと笑いながら五十嵐はそう言う。そしてイクシオンは疲れた様子で座り込む。

 

「はぁ…些か疲れた。私はそろそろ引っ込む。」

 

「あらー、そう?僕としてはもう一人のイクシオンともお話ししたかったんだけど。」

 

「たわけ。私はそもそも出てくるつもりはなかった。裏でほんの少しこいつに手を貸してたに過ぎん。それを妙な薬で無理やり引っ張り出されたんだ。」

 

「なるほどねぇ、犯人も犯人で逃げるの上手いなぁ。」

 

「…まぁ、私とてあいつの事を心配していないわけじゃない。この体はあくまであいつのものだ。だが、今回私が目覚めたことで何かしらの弊害はあるかも知れない。その時はよろしく頼む。」

 

「まっかせなさい。僕、てんっ、さいっ!だから。」

 

「…なら…頼…む、ぞ…」

 

と、イクシオンは再び眠りにつく。その場にゆっくりと倒れれば穏やかな寝息を立てて。

 

「いやぁ、暴れん坊将軍の相手は大変だねぇ…それじゃあドルフも今日はゆっくり休みなさい?あとはぼくがなんやかんややっとくからさ。」

 

「……あぁ、そうさせてもらおう…」

 

目の前で起こった大量の不可思議現象を前にして、シンボリルドルフは、考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んんっ…っ、はぁ…」

 

身体の硬さを感じながら目を覚ます。なんだか全身の筋肉が固まっているような気がする…筋肉痛なのかな…?なんて寝ぼけた頭で考えながら体を起こす。そして順当に記憶を思い返していって、そうだ…私…!とベッドから起き上がる…まだ身体がふらつく…そんなに熟睡していただろうか…。寝ている場合じゃ無いのに…と油断していると足をもたらさせてしまい、転ぶ。そして地面に激突したわけでも無いのに頭に信じ難いほどの激痛が走る。

 

 

 

「い"い"っだぁぁ〜〜〜〜〜いっ!?!?!?」

 

 

 

思いっきりみっともない声をあげてしまった…。そのまま激痛がした部分…額のあたりを手で抑える…なんか手に当たって邪魔だなとすりすりとその部分を触る…。んん?と違和感を覚えた後に洗面所へ。鏡を見た瞬間に叫んだ私は悪く無いと思うんです…。

 

 

 

「なんですかこれ〜〜〜〜〜っ!?!?!?」

 

 

その後キッチリと会長さんからお叱りを受けました…でも、しょうがないじゃ無いですか…。

 

鏡を見たら、自分に黄金色の角が生えてたら誰だって盛大に叫ぶと思うんです…。

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

あの後、会長さんから色々と私が倒れた後のことを聞きました。結果から言うと…はい、私にも盛られてました…というか、むしろターゲットは私だったそうです。持った犯人は食堂のアルバイトくんらしいのですが現在、取調べでも何も得られていない状態だそうで、薬か何かによる精神操作を受けた可能性があるそうです。そして目下の1番の問題は。

 

「…なんですか、これ。」

 

「角だ。」

 

「角だな。」

 

「角、だよなぁ。」

 

「角」

 

「美しい角だねぇ…」

 

「デェス…」

 

「oh…it's great horn…」

 

と、皆さんマジマジと私の額から生えている黄金色の角を見ています。というか…めちゃくちゃ邪魔なんですけど!?

簡単に言えばフロントの長い車に乗っている感覚です…。いや、あれより酷いかもです…まず何より角の長さが分からないから不意にぶつけたらめちゃくちゃ痛いです、はい。ぶつけた時の衝撃がダイレクトに頭蓋骨に伝わってめちゃくちゃ痛いです…。しかもこの角、凶悪なことに重さがほぼありません…。

 

「それで、この角…どうしたら良いですかね…?」

 

「さぁ?」

 

と、こんな状況でもポ○ンキーを食べるトレーナーさん。…そりゃそうか、改めて考えてみればいきなり担当のウマ娘からトラブルがあって目を覚ましたら角が生えてました、なんて俄かに信じられるだろうか?

 

「まぁ、そのまま気にせず生活したらいいんじゃない?きっとその方が面白いよw」

 

「完璧面白がってるよな?トレ公…。」

 

「うん、だって自分の最高傑作のウマ娘から角生えてるんだよ?そりゃ面白いよw」

 

あっはは!!と爆笑するトレーナーさん…。まぁ、トレーナーさんの言う通り気にせずに生活していけばいいのだけれど…。

 

「とまぁ、いろいろアクシデントはあったけど…あと一週間で日本ダービー、優先すべきはそっちだ…みんな、今からちょっと詰めていくよ?」

 

その通りだ、私は日本ダービーとオークス。他のみんなも色々まっているレースがある。その声を聞いてみんなの顔が引き締まる。かく言う私もそうだ。

 

「と言うわけで、イクシオンの角の話はおしまい。ほら、みんなさっさと着替える!!」

 

と、トレーナーさんのその言葉と柏手を皮切りにみんなが一斉に切り替わる…そうだ、角一本なんかで立ち止まっていられない…。

 

だけど私は、この時気づかなかったんだ。この時を皮切りに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の身体がどんどん"化け物"に変わっていっていることになんて。

 



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その15

今日も今日とて、トレーニングの日々。どうもイクシオンです。あの大規模な事件から丸一週間。爪痕は若干残りつつあるものの理事長さんと会長さんが警察の人と連携して色々やっているそうです。これでひとまず収束すると良いんですけど…。と気にしてる場合ではありません。

 

『ブッブー、判断が遅い!!…どう?似てたぁ?あははは!』

 

「はぁっ…はぁっ…!クッソ…!腹立つ…!」

 

現在、私とエアグルーヴさん、ナリタブライアンさん、ヒシアマゾンさんでトレーニングルームで瞬発力トレーニング中です。トレーニング内容は簡単です。自分を中心に半径5mで配置された八つの柱とそれに設置されたLEDの内蔵されたボタンがあり、点灯したボタンを押していくだけです。

レベルは優しい順から、easy、normal、High normal、hard、Berry hard、super hard、extra hard、lunatic、ultimate、の順です。そして現在の挑戦者はヒシアマゾンさんです。

 

「というか、判断が遅いってなんだよ!?!?途中で点灯するボタン変わるとか聞いてねぇぞ!」

 

「それを含めて判断が遅いのだろう、たわけ。」

 

「同感だ。」

 

「あはは…」

 

そう、このトレーニング…berry hardから鬼畜になっていくのである。まずはこのトレーニングに使われる柱なんですが一つの柱につきボタンが5個あります。優しい難易度だと一個の決まった場所しか点灯しませんが、難易度が上がるごとに点灯する可能性のあるボタンが増えていき、さらに難易度が上がると急に点灯するボタンが変わったりするのです。そして一定時間内にボタンを押せなかったり、間違えたボタンを押すと、先程のヒシアマゾンさんのようにトレーナーさんの声で煽られ…怒られます。現在ヒシアマゾンさんはextra hard…というかみんなextra hardです…。

 

「ヒシアマゾン、変われ。次は私だ。」

 

「おーう…私はちょっと色んな意味でクールダウンしてくるわ…」

 

と、ヒシアマゾンさんとナリタブライアンさんが交代します。そしてナリタブライアンさんが端末を操作します。トレーニングを始めるにはまずこの端末を操作しないといけません。

 

『メインシステムッ、チャレンジャーデータの認証を開始っ。』

 

この時点でちょっとイラッと来ますが、落ち着いてください…この訓練怒れば怒るだけ、成果が下がります。

 

『メインシステムっ、トレーニングモードきどー!!君になら!出来るはずだ!…愛してるんだ、君たちをあはははははっ!!!』

 

トレーナーさんはっちゃけてるなぁ…この声全部トレーナーさんらしいです()

なお、生のウマ娘だと hardも突破できない模様…会長さんはlunaticを最近クリアしたみたいです。一回のトレーニング時間はクリアしておおよそ5分…瞬発力の他に観察力や判断力、反応速度も鍛えられて一石四鳥とか言ってますが割とキツイんですよ?これ。

 

『難易度を選択して下さ〜い』

 

「…extra hardだ。」

 

『りょーかい〜、extra hardのデータを読み込み中…ちょっと待ってて下さいよっ!』

 

あ、ナリタブライアンさんが凄い拳握ってる…耐えて下さい…後機材壊さないで下さいね…?

 

『そろそろ出番だけど、準備出来てるぅ?』

 

「……」

 

『もう準備出来てるのかなぁ?』

 

「……」

 

『それじゃあ、やろうかぁ。あはははははは!!!』

 

全部の柱のボタンがランダムに点灯した後に全部消灯する。そして。

 

『さてと、じゃっ!いっちょ行きますか!』

 

と、トレーニングが開始される。最初は確定で真後ろ…見事にナリタブライアンさんが反応し、真後ろの柱の真ん中のボタンを押します。そのあとは完全にランダムです。ちなみにズルしようとして最初の柱の近くにいようとすると『聞こえてるー?そっちじゃないですよー、あれれー?もしかしてビビっちゃってる?自信無いー?あははははっ!!!』と、永遠と煽られてトレーニング開始できません。なのでズルはできないようになってます。

 

「シッ!」

 

その後もその隣の柱、そこから真後ろの柱と次々にボタンを押していきます。

 

『クリア率ぅ、30%ぉ。ここまでだったら誰でも出来るんだよー?』

 

と、音声が流れればパターンが変わります。端末を中心に見て右斜め前の柱、その真ん中のボタンにナリタブライアンさんの右手が届く50センチ手前付近で急に点灯するボタンが真ん中から一番左端に変わります。

 

「…っ、ふんっ!」

 

それを見たナリタブライアンさん、咄嗟に右手を止めて引き立つ左手でボタンを押します。が、部屋の中にアナウンスが流れます。

 

『反応速度遅くなってるよー。ねぇ、これやばいんじゃなーい?』

 

「…チッ!」

 

すぐさま他の柱のボタンを押しに行くナリタブライアンさん。一つのボタンが光っている秒数はおよそ2秒…正確には2.5秒。迅速な判断力、機敏な反射神経、正確な観察力…全て持ち合わせないとextra hardクリアなんて夢のまた夢です…。本当にどっかのテレビ番組のセットか遊園地のアトラクションのようですがマジでトレーニング施設です。その後もフェイントをなんとか反応しながらトレーニングは続いていきます。

 

『クリア率ぅ、60%ぉっ!折り返し地点ですよー!』

 

トレーナーさんの声が段々とテンションが上がっていく…本当に煽るの好きなんだな…この人…。ちなみに60%を超えると対角線上の柱のボタンが光る確率がかなり高くなる…しかし対角線ばかり気にしてると他が疎かになる…なかなかに難しい。

 

『反応速度落ちてるよー!あれれー?もしかしてへばっちゃったぁ?あはははははっ!!!』

 

「……っ!!」

 

あ、歯軋りの音が聞こえた…そしてしばらく粘ったナリタブライアンさんもフェイントに引っかかり、別のボタンを押してしまう。

 

「しまったっ…!」

 

『はいっ!おしまい!!ぎゃはははははっ!!まぁ、ちょうど良いんじゃない?ゴミ虫にしてはさぁ。』

 

「ーっ!!」

 

あ、ナリタブライアンさんが柱殴った。ちゃんとウマ娘が八つ当たりしても良いように作られているのか、ちゃんと柱にクッション素材まで用意している周到さ…だけどこの煽りボイスはないんじゃなかろうか。

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

「出てくれ、交代だ。ブライアン。」

 

「あぁ、すまない。」

 

「気にするな。」

 

エアグルーヴさんとナリタブライアンさんが言葉を交わした後に入れ替わり、今度はエアグルーヴさんがトレーニングルームへ。そして部屋の中央の端末を操作します。

 

『メインシステムっ、チャレンジャーデータの認証を開始ぃ。』

 

『メインシステムぅ、トレーニングモードきどーぅ!君にな』

 

「喧しい、extra hardだ。」

 

『りょーかい、extra hardのデータを読み込み中…しっかり準備しなきゃダメだよ!!』

 

はっちゃけたトレーナーさんボイス…多分これで心折れてこのトレーニングルームへ寄り付かなくなった子もいるんだろうなぁ、なんて考えながらエアグルーヴさんのトレーニングを見る…少なくとも後1週間後にはエアグルーヴさんとオークスで直接対決する事になる。

 

『それじゃあっ、頑張ってねぇ!!』

 

そして、カウントの音声が鳴り始め、そしてブザーが鳴ると同時にトレーニングが開始される。最初は確定で真後ろ。その後連続で左回りにボタンが付いていく。そして右斜め前の柱のボタンを押せばその対角線上の柱のボタンが光る。

 

『クリア率30%ぉ!ほら、頑張れ頑張れぇ。』

 

煽りボイスも無視してエアグルーヴさんが淡々とボタンを押していきます。それもかなりのハイペース。タイミング的には本当に光った瞬間には押されている感じです。

 

『クリア率60%ぉ!良いじゃぁん、盛り上がってきたねぇ!!』

 

はっちゃけてきたなぁ…ナリタブライアンさんの時とはボイスが違ってます。どうやら裏でボタンを押した時間に応じてなにやら得点が加算されているようだ。

 

「はっ…はっ…すぅっ。」

 

『もしもーし?反応落ちてきてるよー?集中して下さいよー?』

 

トレーナーさんの煽りボイスにも一切耳を貸さず、着々とボタンを押していきます。反応速度が落ちてるのも息を入れた直後なので、誤差はほとんどありません。

 

『クリア率90%ぉ!!』

 

と、一番高いテンションでトレーナーさんの音声が響き渡ります。そして着々とクリア率のゲージが溜まっていきます。92…93…94…。

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

96…97…98…99…そして最後の一個、最初と同じ初期位置から真後ろの柱…5つのボタンがランダムに点灯していき、一番右端に点灯した瞬間、それを見逃さなかったエアグルーヴさんの手によってボタンが押されます。

 

『extra hardクリア〜。なかなかやるじゃない、それなりにはさぁ。』

 

と、トレーナーさんの音声が鳴ると同時にエアグルーヴさんがトレーニングルームから出る。

 

「お疲れ様です、エアグルーヴさん。」

 

「あぁ、だがすでに会長はこの上にいる…精進しなければ。」

 

エアグルーヴさんの上昇志向は本当に見習わなければ…。そして私もトレーニングルームへと入る…大丈夫、私なら出来る…もう一人の私の力を借りなくてもこのくらい…。

 

『メインシステムぅ、チャレンジャーデータの認証を開始ぃ。』

 

端末を操作すればアナウンスが聞こえて来る。指紋認証をすればすぐにモードが切り替わる。

 

『メインシステムぅ、トレーニングモードきどーぅ!君になら、出来るはずだ!…愛してるんだ、君たちをあはははははっ!!!』

 

…本当にはっちゃけてますね、ストレスとか抱えてなさそうですけどね…トレーナーさん。そして早速難易度を選択して構えます。

 

『それじゃあ、頑張ってねぇ!!…この難易度、気にいると良いけど。』

 

ブザーがなり…トレーニングが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異変はその日の夕食の時だった。相席になったのはよく食べるオグリキャップさんにスペシャルウィークさん、それについて来る形でタマモクロスさんとスーパークリークさん、そこに私を加えた五人だ。

 

「オグリとスペ…あんたらホントよくそんな量食えるなぁ…。」

 

「そうだろうか…?皆のことを考えて少し抑え目にしたんだが…」

 

「そうですよ!あとこれくらいなら3倍はいけます!」

 

そういう私たちの目の前には揚げ物やその他のおかずで出来た東京タワー…いえ、会場的にはサ○シャイン60でしょうか?それが二つ並んでいます…見てるだけでお腹が少し膨れて来ます…。タマモクロスさんはお好み焼き…スーパークリークさんはパスタのセット…私はカレーライスです。

 

「まぁ、残さんのやったら良いけどな…あんたらはそこら辺はちゃんとしとるさかい…」

 

「あぁ、食べ物を粗末にするのは良くない。」

 

オグリキャップさんとスペシャルウィークさんが食べ始めたのを見ればみんなも各々の食事に箸やフォークをつけ始めます。そして私もカレーライスに手をつけ始めます。

 

「……っ!?」

 

口の中に広がったのは…見知ったカレーの風味ではなく嫌悪感にも近い不快感。その不快感に全身の毛が思わず逆立ちます。

 

「…?大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」

 

「……っ!?!?げほっ!げほっ!!」

 

まるで無味無臭の細かい砂の塊を食べているような不快感…その不快感に思わず口を押さえながらスプーンを取り落としてしまいます…。不快感に耐えきれず思わず咳き込んで吐き出してしまいます。

 

「なぁ、ほんまに大丈夫なんか…!?そこのあんた、医務スタッフ呼んできいや!」

 

「大丈夫ですか…!?イクシオンさん!!?」

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

「大丈夫…!?ゆっくり、無理しないで飲んで…。」

 

真っ青な顔で口元を押さえる。スーパークリークさんが持って来てくれた水をゆっくりと少しずつ口に含む…多少は不快感が流されたような気がするがそれでもまだ口の中は不快感でいっぱいだ。

 

「こっちや!」

 

「私も手伝おう。」

 

身体に力が入らない…思うように動かない…そこまでの不快感で。そのまま駆けつけてくれた医務スタッフの人とオグリキャップさん、タマモクロスさん達で担架に乗せられて医務室へと運ばれて、その日は医務室で夜を明かした。

 

その日から、私は暫くの間…まともな食事は取れなくなった。



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その16

「……っ!?!?げほっ、ごほっ!!?」

 

「ふむ、やはりダメか。」

 

あの夜から2日が過ぎた医務室。現在は医務室責任者のアグネスタキオンさんが原因を調べてくれている。出されたのはお粥…そのまま口に含んでは見るものの、やはり口の中には嫌悪感しか広がらない。すぐさま身体が拒否反応を示して吐き出してしまう。

 

「この二日間、様々なものを試して来たが…唯一受け入れたのは水だけか。」

 

「はぁっ…はぁっ…ごめん、なさい…。」

 

「なぁに、謝る必要は無い。君は患者で私は医師兼研究者さ。言い方は悪いが君はレアなケースだからね。」

 

たっぷりデータは取らせてもらうさ。なんてアグネスタキオンさんはくるりと椅子を回転させて、バインダーに挟んだカルテを持って来る。

 

「まだ仮定の話だが、君の味覚は完全に機能を停止している状態が高い。」

 

「味覚が?」

 

「ああ、どういうわけか分からないが、君の味覚は今全ての機能を停止している。まるで食事は不要…いや、食事という行為自体不要だと言わんばかりだ。」

 

「そんなこと…!」

 

「あり得ないというつもりかい?残念だが、私の座右の銘は『ありえないなんてことはない。』だ。まぁ、君の症状に関しては原因はさっぱりだがね。拒食症とも完全に症状が違う。やれやれ、手探りで少しずつ試していくしか無いね。」

 

「はい…」

 

「頑張れ、なんて言葉は必要無いな。現に君はこの上無く頑張っている。そんな君に追い討ちをかけるような真似はしないさ。」

 

「優しいんですね。」

 

「無駄が嫌いなだけさ。」

 

"さぁ、検証を始めよう。"アグネスタキオンさんの声が医務室にそう響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

治療もそうですが、トレーニングも欠かせません。あと5日でオークス、その後に1日置いて日本ダービーです…どちらも強敵が沢山います。特にオークスに出場予定のエアグルーヴさん…そして日本ダービーでわたしにリベンジする為にもう特訓中のトウカイテイオーさん…もちろん二人に負けないために私ももう特訓中です。

 

「ぶ…ぐっ、ぎぃぃぃぃぃ…!!」

 

タイヤ引きの代わりに荷物満載の5トントラックのコンテナにロープを巻きつけ、あまりを自分の腰に巻きつけてひたすら引いていきます。練習場所はもちろんトレーナーさんが個人で用意してくれたあの岩場の練習場…一歩踏み込むたびに蹄鉄が地面にめり込んでくっきりと残ります…たぶんこれで踏まれたら背中抉れるどころの話では無いですね。

 

「はっ…!はっ…!」

 

一度トレーニングを中断して、クールダウンです。身体が冷え切らないように注意しないといけません…。そして水しか飲めないのなら水だけはしっかり飲みます。ついでにアグネスタキオンさんが処方してくれたサプリメント類も一緒に…。食事から栄養が摂取できない以上、こういう薬品類に頼るしか無い、との事…点滴は動きが制限されるためトレーニングに支障が出るのでサプリメントにしてもらった次第です。

 

「はぁ…不便だなぁ…」

 

味覚の件といい、角の件といい…今更ながらに自分の身体に不便を感じて来た…たまに角をドアや壁にぶつけたり、不意に何かをぶつけられたりすると死ぬほど痛いです…。味覚の件はほとんどアグネスタキオンさんに一任しているので進捗状況は彼女にしかわかりません…ただ、私のことだけじゃ無くて他のこともキチンとして欲しいところではありますが…。そして、携帯に何やらメッセージが送られて来る…相手はフジキセキさん…内容は動画…5分と少しの動画。内容はエアグルーヴさんのボタン押しトレーニングのlunaticチャレンジ動画だ。エアグルーヴさんは瞬発力重視のトレーニングをしているらしい。

 

「…よしっ…!」

 

動画を見終われば、また引き続きコンテナ引きを再開する…。とにかく今は足の全体的な強化だ。パワーとスピードの両立を目指しつつ粘れる足…せめて菊花賞に向けてこれだけは完成させないといけない。同時に私の味覚障害も治さないと…そうして暫くトレーニングを続けていると2台の車が入ってくる…一つはトレーナーさんの車…もう一つは屋根にランプのついた…覆面パトカーのようだ。

 

「トレーナーさん、どうしたんですか?」

 

「んー、ちょっと真面目なお話。一度学園に戻ろうかぁ。」

 

「わ、わかりました。」

 

と、トレーナーさんに連れられて学園へと戻る。もちろん覆面パトカーも一緒だ。そして学園の裏手から入りそのまま理事長室へ…そこが一番防音もしっかりしているし、重要な話をするにはもってこいです。もちろん理事長室なので理事長である秋川やよいさん、そして理事長の秘書さんである駿川たづなさんも同席しています。

 

「重ね重ね感謝する、警察の方々。」

 

「いえ、これも我々の仕事です。」

 

理事長さんに挨拶した後はわたしに警察手帳が向けられます。目の前には恰幅のいい茶色いスーツと帽子を被った男性警官とダークグレーのスーツを着た男性警官だ。

 

「捜査一課の目暮です。」

 

「同じく高木です。」

 

「どうも…」

 

と、二人の警官にお辞儀をする。なんでも私に話があるようなので同席させてもらう…しかし、理事長さんとたづなさんはあまりいい顔では無い…。

 

「五十嵐トレーナー…?」

 

「わーってるよ。僕も止めたんだけどあちらがどーしてもって聞かなくてさ。だから、本人が出す条件を全て飲めるっていうなら話をしてもいい、そういう条件を出した。ふぅっ。」

 

と、トレーナーさんが耳垢を指で穿りながらたづなさんと話します。警察の方々…要件は以前の薬物騒動の事でしょうか?

 

「大事な時期なのに本当に申し訳ない…しかし、君にも大きく関わりのあることなんだ。」

 

「はい…それで、一体なんでしょうか…?」

 

「数ヶ月前に起きた児童養護施設放火殺人事件のことだ…貴女は当事者だから、伝える義務があると思いここに参りました。」

 

「ッ!…分かりました…。」

 

正直にいうとあまり気分は良く無い…みんながバラバラになって、私がトレセン学園に来る元凶になった事件でもあります。

 

「その事件の犯人なんだが、先月逮捕されている。」

 

「……!!…そう、なんですね…」

 

犯人は逮捕されたんですね…新しい被害者出ずに無事に逮捕されてホッとしている。あんな思いをするのは私達だけで十分だ…いや、この言い方は良く無いのかもしれないが…。

 

「だが、問題が出てな…。」

 

「問題…?」

 

「その犯人なんだが…君を同席させないと何も話さないと黙秘を続けている。そして、君にお願いがある…今度その容疑者の取り調べがある…そこに君の同席をお願いしたい。」

 

黙秘…?証拠も揃っていて逮捕なのに…?今更黙秘する意味がわからない…そして、なんで私を…?

 

「…分かりました、ただ…いくのは日本ダービーが終わった後です。そして…犯人って誰なんですか?」

 

「………」

 

どうしても疑問に思ってしまったため、警察の方二人に聞いてみる…そして渋い顔をして顔を見合わせた二人の警官…。そんなに、いいにくい人なんだろうか…?だとしてもある程度の人なら受け止める覚悟はある…。

 

「…聞きたいかい?」

 

「……はい。」

 

「分かった…」

 

「警部…!」

 

「高木君、ここで誤魔化しても遅かれ早かれ彼女は気付く。…から、ここで覚悟をさせておいた方がいいだろう。いいかい…?この顔に見覚えはあるかな…?」

 

恰幅のいい男性警官が写真を取り出し、テーブルに置く。その写真を見た瞬間に私の思考は停止した。

 

「は……?」

 

血の気が引く、訳が分からない…どういう事?思い切り動揺する。うまく声が出ない…血の気が引いて寒いのに汗が出てくる。

 

「…待ってください…」

 

「なんで、先生がシスターを殺すんですか…?」

 

写真は、トレセン学園にくる前に私の通ってた学校の担任だった。

なんで…?なんで?…なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…?

 

「はいストップ、ここまでだ。お引き取り願ってもいいかな?彼女も言ってたように、条件は日本ダービーが終わった後だ。」

 

「わかりました…失礼します。」

 

と、トレーナーさんの鶴の一声で警官二人は出ていく。だけど、もう訳が分からない…。

 

「ごめんなさい…失礼します…!!」

 

そのまま理事長室を出ていく、ごめんなさい…今は、誰とも会いたく無いんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

理事長室から逃げ出して自室へ…。結局トレーニングも行かずじまいになってしまった…。けどいまだに先生が犯人なんて信じられない…だが、調べれば調べるだけニュースの動画やまとめサイトなどがたくさん見つかり、真実味が増してくる。

 

「はぁ…」

 

何度も携帯を消してはサイトを再度読み込み、突き付けられる真実に落胆する…。何か先生に恨まれていたのだろうか…。私が何か悪いことでもしたのだろうか…。

 

「お腹すいた…」

 

そう呟いてみるものの、固形物は拒絶反応で食べられない…となると、現在部屋に大量にあるミネラルウォーターくらいしか口にするものがない…。とりあえずミネラルウォーターを一本取り、サプリメントと一緒に半分ほど一気に飲む。

 

「寝よう…っ、とと…」

 

全て済ませた後は、寝る準備を始める…時間も時間だしトレーナーさんには明日の朝一番で謝っておこう…。そして寝る準備を始めようとしたときに手が当たってしまい目覚まし時計を落としてしまう。床に落ちた目覚まし時計は電池のカバーが外れ、電池も外に飛び出してしまう。

 

「あーあ…ついてないや…」

 

と、落ちた目覚まし時計を拾う。本体とカバーを拾い上げた後に電池も拾い上げようと電池に触れた瞬間にピリッと静電気のようなものが走り、一瞬の間を置いて、何が流れ込んでくる。

 

「……ッ…!〜〜〜っ…はぁ…」

 

大体10秒と少しだろうか…久々に満足感を感じた。美味しいものをお腹いっぱい食べたような、あの時の満足感を。

だけど、同時に恐怖感も感じた、これはダメな満足感だ…だって、だって…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでこんなにも美味しいんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンディション【依存症】を獲得。

 




やる気
不調→好調
コンディション
"プラス" 戦闘狂
"マイナス"依存症

達成目標
メイクデビューに出走 【達成】
スプリングステークス、フィリーズレビューで3着以内 【達成】
皐月賞、桜花賞で1着 【達成】
日本ダービー、オークスで1着
秋華賞、菊花賞で1着
天皇賞春で2着以内
宝塚記念に出走
天皇賞秋で1着
有馬記念で2着以内


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その17

ファンファーレが鳴り響く東京レース場…本日はオークスの日。トリプルティアラの二つ目…これを目標にしているウマ娘も多いだろう。実際、大抵のトレーナーはオークスを山場として見ている者もおおい。

 

「……っ、んんっ…!っ、はぁっ…はぁぁぁ…」

 

控え室で手にしているのは電池、大きさは単三…コストパフォーマンスは悪いし、何より…依存しかけて…いや、依存している…しかし、現状エネルギー補給の唯一の方法がこれしか無い。そして、今日はエアグルーヴとの真剣勝負だ。イクシオンにとっては公式戦ではじめてのチームメイトとの争いになる。前日の新聞の一面も、『女帝と雷馬、相見える』なんて書かれている。

 

「…よし…大丈夫。この前のことはこの前のこと…今日の事は今日の事だ。」

 

電池に頼る罪悪感を覚えつつ、一昨日に起きた出来事も尾を引いているがそんなことには今は構ってられない。真剣勝負で尚且つ自身の目標の一つなのだ。個人的な問題による不調は全部自己責任だ。

 

「よし、行こう…!」

 

そうしてエネルギー補給を終えて控え室からターフへと向かっていく。角は五十嵐トレーナーがなんやかんやであーしてこーしてさよならベイベーでなんとか見えなくして貰った。

 

『力、貸してやろうか?』

 

「いい、今日はあくまで"私"とエアグルーヴさんの真剣勝負…貴女は関係無い…寝るんでしょ?早く寝たら?」

 

『お前は私で私はお前、お前の勝負は私の勝負でもある。見ていたが、正直負けるのは気に食わん。』

 

「…じゃあ、手は出さずに大人しくしてて。」

 

『はっきり言うが、奴はお前より一回り上だぞ?お前が勝てるとは思えんなぁ。』

 

「それでもやる…勝たなきゃ、夢に辿り着けない…!」

 

『はっ、なら高みの見物と洒落込もうか。』

 

と、もう一人のイクシオンは引っ込んだようで少しだけ疲れた顔をして。そして両方の頬を叩く、そして再び歩み始める。

 

「よしっ…!」

 

ところ変わって、ゲートの近く。すでにエアグルーヴはゲートインしており腕組みをしてその時を待っている。そして、周りの空気感が変わる。

 

「…来たか。」

 

今回の1番の強敵の姿を視認すれば、そう呟く。模擬レースは散々やって来たが、こうして公式戦でイクシオンと戦うのはエアグルーヴが最初だ。そしてイクシオンが隣のゲートに来る。

 

「私は、貴様が何者だろうと一向に構わん。」

 

ゲートの中で真正面を向きながらそう言う。実際問題エアグルーヴにそんな事は関係無い。例え何者だろうが、目の前にいるのは同じウマ娘で、チームメイトで、ライバルだ。

 

「だからこそ、私たち全員を下し…会長の元へとたどり着いて見せろ。」

 

イクシオンがその言葉を受け取り、何も言わずに大きく頷く…エアグルーヴも顔を見ようとはしない。今は優しさはいらない…必要なのは、お互いの全身全霊。

 

「時間だ、始まるぞ。」

 

「はい…!」

 

そのやりとりののちに、東京レース場にファンファーレが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『澄み渡る青空の下の東京レース場、18人のウマ娘が鎬を削ります。』

 

『どのウマ娘も並以上の強敵が勢揃い、一番白熱するオークスとなるでしょう。』

 

『では、人気順を昇順で紹介していきましょう。』

 

エアグルーヴさんに、彼女なりの激励を掛けられ、ファンファーレが終わった後は人気順に紹介されるアナウンスが始まる。

 

『5番人気 4番ダイワスカーレット。』

 

『桜花賞では悔しい結果に終わりましたが、しっかりと仕上げて来たようです。良い顔つきですね、好レースが期待できそうです。』

 

『4番人気 1番ウォッカ』

 

『こちらも桜花賞では惜しい結果に終わっています、前回よりも差しのキレが上がっているという事なので、期待したいですね。』

 

『3番人気 13番イクシオン』

 

『今回の三強のうちの一人です。ティアラ三冠の一番の正念場です。日本ダービーも控えているという事なのでここで勝利できれば大きな足掛かりとなるでしょう。今日はどんな走りを見せるのか期待したいですね。』

 

『2番人気 7番サイレンススズカ』

 

『今回の3強のうちの一人ですね。チーム移籍を果たしてから逃げのキレが増しています。復帰してからはじめての大きな山場のレース、また全てを置き去りにする走りが見れるのか、注目です。』

 

『1番人気 12番エアグルーヴ』

 

『今回の主役と言っても過言じゃありません。シンボリルドルフに次ぐ威厳と実力、女帝が雷馬と逃走者を下すのか…このウマ娘に対して瞬きは禁物です。』

 

紹介が終わればほぼ全てのウマ娘達がゲートに入る。後は今か今かと始まるのを待つばかり…。

 

『では改めて紹介していきましょう。

 

虎視眈々とティアラへのリーチを狙います、3番人気イクシオン。

 

復帰戦での大きな山場となります、逃げ切れるか?2番人気サイレンススズカ

 

今回のレースの主役、眼中にあるは優勝のみ1番人気エアグルーヴ 』

 

『みんないい顔してますね、皐月賞のような激戦に期待です。』

 

『各ウマ娘、出走準備整いました。』

 

全員が構えると、あたりの風が凪ぐ…。そして背中で感じる微風…大きな追い風の予兆…一瞬の間を空いた後に背中に追い風を感じた瞬間、ゲートが開く。

 

『各ウマ娘、一斉にスタート!』

 

『いい追い風も吹いています。これは良いレースになりそうです。』

 

『先頭は7番サイレンススズカ、頭差で12番エアグルーヴ、さらに頭差で13番イクシオン。すぐ後ろに1番ウォッカ、4番ダイワスカーレット。そのすぐ後ろに15番ライジングホッパー、3番スーパークリークと続きます。』

 

全員が追い風の影響を受けたのか、いつもより足が軽い…だがあまり飛ばしすぎてもダメ…いまはゆっくりと足を残す。しかし、先頭を見失わないように、いつでも追いつけるように。

 

『400m地点を通過、差は縮まりつつあるものの順位は大きく変動していません。』

 

『まだ序盤です、戦闘集団のほとんどが様子見を選択していますね。』

 

『先頭は以前、サイレンススズカ!』

 

『追い風も相まって逃げの脚にキレがありますね。掛かりだけに注意したいところです。』

 

「今回のレースは、サイレンススズカの勝ちだろ。」

 

「雷馬にも女帝にも残念だけど、今回のオークスはスズカが楽なレースだよ。」

 

なんて、そんな声が観客席から聞こえて来るがおそらく実際は違う…サイレンススズカさんは多分、逃げさせられてる。内心サイレンススズカさんもこの状況は良く無いと思ってるだろう。楽なレースだと思ってるのは傍観者の発想だ。得意なレースなはずなのに、強いられている…とは精神的に少し来るものがある。そしてもうすぐ800m地点。

 

『800m地点、先頭集団と後続の差がはっきりとして来ましたね。』

 

『先頭集団は、サイレンススズカ、エアグルーヴ、並んでイクシオン、ダイワスカーレット、ウォッカ、そのすぐ後ろにライジングホッパー、スーパークリークと続きます。』

 

『先頭集団は現在七人…果たして誰が先に抜け出すのか…!?』

 

それぞれがそれぞれを牽制し合いながら、1200m地点を通過する。内側のインコースにいる私は前のエアグルーヴさん、そしてすぐ後ろにいるダイワスカーレットさんの牽制を受けており、なかなか大外に出れない…何処かで抜け出したいところなのだが、いかんせんかな囲まれてる状況で抜け出すのは難しい…。けど、残り1200…いわば折り返し地点だ…足を解放するには十分だろう。

 

「…すぅぅぅっ…!」

 

抜け出すために、私は思い切り息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、二人ともどう出るかなぁ?」

 

少し時間を巻き戻して800m地点の観客席、全貌を確認するために一番上の席にいる五十嵐。そしてその隣には生徒会長、シンボリルドルフと同じく生徒会のナリタブライアン…そしてその前の席にグラスワンダー、テイエムオペラオー、エルコンドルパサー、タイキシャトル、フジキセキ、ヒシアマゾン…そして新たに五十嵐がスカウトしたライスシャワー…と、リギルの面々が揃っている。

 

「ドルフ、誰がどこで仕掛けると思う?」

 

「ほぼ同時にエアグルーヴとイクシオンが仕掛けるだろう。サイレンススズカもここで恐らく仕掛ける、いや、勝つためには仕掛けざるを得ない。」

 

「だろうねぇ…ねぇ、ナリタ〜。君はどう思う?」

 

「800m地点で先頭集団から抜け出して三つ巴。その後は知らん。」

 

「ま、展開的にはほぼほぼおんなじだよねぇ…ダイワスカーレットもウォッカもポテンシャル的には十分だと思うんだけど。」

 

と、リギルの面々と話しつつレースの行く末を観戦する。みんなそれぞれ真面目そうな表情だったりしながらエアグルーヴとイクシオンを観察していく。

 

「…イクシオンが周りを見始めたね、そろそろ来るかな?」

 

ニヤリと笑いながら五十嵐がそういえば、イクシオンが息を入れる。そして3名が動き出す。

 

「さぁ、始まるよ。」

 

腕組みをして先頭集団を見渡した五十嵐がニヤついた顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間を戻して、ターフの上。残りの距離は1200mの折り返しを過ぎた直後。イクシオンの息を入れる呼吸音に耳と身体を反応させたウマ娘が二人。エアグルーヴとサイレンススズカ、この二人だ。聞こえた瞬間にはもう、脚のギアを上げていた。そして、一瞬遅れてイクシオンも脚のギアを上げる。そうして先頭集団から三人が抜け出す。

 

『先頭集団から抜け出した!サイレンススズカ、エアグルーヴ、イクシオン!!その三人に後続も喰らい付いていきます!』

 

「(やはりこの三すくみ…ここからは勝負するのみだ。)」

 

エアグルーヴもサイレンススズカも目だけ動かして周りを確認したならそれからは一切他を見ない。見るのは前だけ、取るのは1着のみ。 

 

「(胸も痛い…けど、まだいける…まだ上げれる…!)」

 

息を肺の限界まで入れたイクシオン、胸にはズキリとした痛みが走り、頭の中にはすでに心臓の鼓動音の他にも血管が脈打つ音がうるさいくらいに響いて来る。それでも脚は止めない。今イクシオンの頭にあるのは、この目の前の二人に…勝ちたい。自分の力で。それは夢の為でもあり、それが今、自分がやりたい事だ。

 

『のこり600メートル、最後の曲線を抜けて来るのは誰だ!?』

 

そのまま三人でカーブを曲がっていく。視界の端には二人が僅かに映る。つまり、私が三人の中で一番最後尾だ。あまり、良い気分では無い…もっと、もっと脚を回せ、私。まだ、まだいける。コーナー出口で前傾姿勢気味になりながらさらに加速する。同時に思い切り息を吐き出し、肺の中を空っぽにする。

 

『さぁ、最終コーナー曲がって上がってきた!三人ほぼ同着!並走している!』

 

『この三人の中で誰が如何に意地を通せるかですね。瞬き厳禁ですよ。』

 

なりふり構ってられない…この二人に勝つには私の全部を振り絞るしか無い…アウトラインも何もかも後回し。加速の際に空っぽにした肺の中に無理矢理息を詰める。いまは全部を掛けて、サイレンススズカさんに…エアグルーヴさんに…勝つ…勝ちたい…!!

 

『残り200m!最後の直線だ!!エアグルーヴか!サイレンススズカか!イクシオンか!』

 

直線ならもう前を見る必要すらない…前のめり気味に体重を掛けながら、耳を伏せ、目を伏せる。後はまっすぐゴールまで走るだけ。空を切り、風を蹴散らす。さらに一段と強い追い風が吹く。背中を押してくれる。

 

「…っ、ぁぁぁああああああっ!!!」

 

肺の中の空気を1cc残らず吐き出す、いや、肺の中だけじゃ足りない。余分な空気は全て吐き出せ。スタミナもとっくに全て吐き出した…なら、あとは気力だ。何もかもを全て吐き出せ。

 

『ゴール!!!先頭集団三人が今同列でゴールいたしました!これよりアルティメットスローカメラによる映像審議を行います!』

 

そのままゴールまで辿り着く…伏せていた耳を起こして、アナウンスを聞く…また映像審議…。ゆっくりとスピードを落としながらスクリーンを見る…が、文字通り今ある全てを絞り出した…段々と上から暗闇が降りて来る。

 

「(まだ…まだ…あと、少し…)」

 

落ちて来る暗闇になんとか耐えようとするものの、もはや精も根も尽き果てた…。これ以上はダメだ…。

 

「(…あっ…これ、ダメだ…)」

 

そのまま、ゆっくりと私の身体は倒れた。芝に倒れたのかは分からない、倒れる前に私の意識は深く沈んでしまったから。



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その18

「…ん…」

 

目を覚ませばゆっくりとベッドから身体を起こす。熟睡した後のような少しの間の微睡を感じながらも、少し薬の匂いが鼻に付く。どうやら病院のようだ…。

 

「…何が、あったんだっけ…」

 

ゆっくりと自分の記憶を思い返す…レースがあったのまでは覚えている…それから無我夢中で走って…それからどうしたんだっけ…?と、レース開始直後からゆっくりと思い出していく。

 

「そうだ…ゴールした後に倒れて…」

 

と、そこまで思い出したようでベッドから立ち上がればすぐさま身体を動かす。

 

「いっ、つつつ…やっぱりちょっと固まってるかも…。」

 

屈伸、伸脚…脚を中心にゆっくりと足首から順にほぐしていく。もう十分休んだ、寝てる暇はもう無い。壁を使い、脚をあげ踵を壁につけるようにして股関節を解していく。

 

「よし…大丈夫「何をやってる貴様」いたいっ!?」

 

後ろから頭を誰かに何かで叩かれます…重量感もあるし割と痛い…振り返ればエアグルーヴさんが大きいハリセンを持ってます、おそらくそれで叩いたのでしょう…。

 

「全く…病み上がりの身の上で無理をするな。また倒れられても困る。」

 

「は、はい…」

 

と、頭をさすりながら答えます…割と結構な勢いで叩かれたのでまだ頭がジンジンします…一体何で出来てるんですか、そのハリセン…。っと、そういえば聞きたいことがあったんでした…。

 

「あ、起きましたか…?」

 

と、サイレンススズカさんも病室に入ってくる。エアグルーヴさんに叩かれたこともあるのでベッドに大人しく戻る。もちろんオークスで争った二人も近くに椅子を持ってきて座る。

 

「あの…それで、オークスの…レースの結果はどうなったんですか?」

 

と、一番聞きたかったことを聞いてみる。私は結果を見る前にばたんきゅーしてしまったので映像審議の結果を知らないのだ。それを聞くと、二人は顔を見合わせた後に二人揃って笑い出す。

 

「えっ…?ちょっと…」

 

「いやぁ、ライブは大変だったなぁ。スズカ」

 

「そうね、私達二人でも盛り上がったけど、"主役"がいたらもっと盛り上がったでしょうね。」

 

クスクスと笑いながら話す二人…いきなりのことに私の理解は追いつきません…。

 

「え…?えっ…?」

 

「ふふふふっ…」

 

と、困惑してる私に対してエアグルーヴさんが手を差し出して来ます。そしてにこやかに笑ってるエアグルーヴさんが口を開きます。

 

「おめでとう、お前の勝ちだ。」

 

「え、は…はい?ありがとうございます…?」

 

エアグルーヴさんから言われた優勝したことに対しての言葉に対してはてなマークを大量に頭に浮かべながら受け取る。未だにぶっ倒れた私が一位だってことが信じられないんですが…だれか、わたしの両方の頬を引っ張ってほしい…。

 

「映像審議なんだけど、本当に鼻差も無い爪先の差だったのよ。だから、誰が勝ってもおかしくなかったの。」

 

と、リンゴを剥きながらサイレンススズカさんもそう言います…本当に…?私が…?

 

「それに私達…納得したのよ。倒れちゃった貴女の姿に。」

 

「…納得…ですか…?」

 

「そう。倒れるくらいの全力を出した貴女に、それすら出し惜しみしてた私達が勝てる道理が無いもの。」

 

と、語るサイレンススズカさん…内心は悔しいんでしょう…果物ナイフを握る手に若干力が入ってます…そんなに力んだら手切っちゃいますよ…?

 

「だから…次こそはね、貴女とお互いに…それこそ倒れちゃうくらいに本気で走りたいと思ったの。それでようやく、貴女と対等に戦えると思うから…だから次は、絶対負けない。覚悟してね。」

 

確固たる強い意志を感じた瞳からの視線をぶつけられれば…なんだか認められた気がして…なんだか嬉しい…。

 

「はい…受けて立ちます…!」

 

と、硬い誓いを交わしたところで、お見舞いに来てくれたエアグルーヴさん、サイレンススズカさんと一緒に即日退院。お医者さんの話曰く、疲労と軽度の低酸素症が重なった結果らしい。なので昨日から1日たったいま、退院してもオッケーだそうだ。そして退院したらみんなに帰還と改めての歓迎の挨拶を貰った…神様、破神様…こんな化け物の私ですが…ここにいても良いんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ…はっ…!」

 

というわけで調整も兼ねて自主トレーニングです、もちろん挑戦するのはトレーナーさんの煽りが心に来るあのボタントレーニングマシンです。

 

「はっ!…シッ!」

 

『クリア率60%ぉ!いいじゃぁん、盛り上がってきたねぇ!』

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

このトレーニングにも慣れて来たようで、トレーナーさんの煽り文句もほとんど聞き流せるようになった。ボタンを押すと同時に素早く切り返し、次のボタンへ。

 

「はっ、はっ、はっ…すぅ…!」

 

途中で何度も息を入れながら、ひたすらボタンを押していく。

 

『クリア率ぅ、90%ぉ!そうだ!それで良い!!』

 

次々とフェイントを落ち着いて見切りながら、ボタンを押していく。3つ押して1%…96…97…98…99…!

そして、最後のボタン…確定で真後ろだが1秒光ると光るボタンが変わる。それを確認した後に最後のボタンを殴るように押す。

 

『クリア率100%ぉ!最高だ貴様ぁぁぁ!!あはははははは!!!』

 

と、トレーナーさんの狂ったような高笑いが聞こえる。そしてトレーニングルームの中央で汗を拭う。他の人達も血の滲むような努力を重ねている頃だろう…遅れをとるわけにはいかないのだ。明日は…いよいよ、日本ダービーだ。



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その19

『燦々たる日差しが降り注ぎ、晴々とした気持ちを与えてくれる今日、この東京レース場にて18人のウマ娘達が互いの意地と意地をぶつけ合います。』

 

『パドックに続々と集まってくるウマ娘たち、人気昇順に紹介していきましょう。』

 

『18番 ウゾダドンドコドン 18番人気です。』

 

「ウゾダドンドコドーン!」

 

アナウンスからの紹介で始まった日本ダービー。鍛えに鍛えた百戦錬磨のウマ娘達が意地と意地をぶつけ合う場所でもある。なお、7番人気から下のウマ娘達は、18番を見て…「アレに負けたら恥だ。」という共通の見解と認識を持ったらしいのはナイショの話。

 

『さぁ、ここからの人気順にほぼ差はありません。』

 

『7番人気、エルコンドルパサー』

 

『力強い踏み込みが光るパワー自慢のウマ娘です。先行の脚質が似合う、力強い走りが見れるか注目ですね。』

 

『6番人気、スペシャルウィーク』

 

『中長距離で光る粘り強い末脚が武器のウマ娘です。先頭に対してどれだけ差しにいけるか乞うご期待です。』

 

『5番人気、ナリタタイシン』

 

『差し、追い込みが得意なウマ娘の中でも一際キレの鋭い追い込みと差しを見せてくれるウマ娘です。先頭になったウマ娘は常にこの子に気を配らないといけませんよ。』

 

『4番人気、テイエムオペラオー』

 

『スピードとスタミナに優れた前での争いに強いウマ娘です。仕上がりも完璧なので競り合いでこのウマ娘に勝つのは困難を極めるでしょう。』

 

『3番人気、ビワハヤヒデ』

 

『スピード、スタミナ、パワー、賢さと全てが高水準で纏まっているウマ娘です。賢さに裏打ちされたレースには並のウマ娘では太刀打ちできないでしょう。』

 

『2番人気、イクシオン』

 

『幅広い脚質と気質を有した、万能なウマ娘です。皐月賞、オークスで見せてくれた激戦に期待ですね。特に今回は有名どころ多数…瞬き厳禁ですよ。』

 

『1番人気、トウカイテイオー』

 

『言わずと知れた人気のウマ娘です。皐月賞でのデッドヒートには誰もが息を呑みました。一番人気を背負ってこの日本ダービー、勝ち抜けるのか。』

 

ウマ娘達の紹介が終わればそれぞれがアップを終わらせた順にゲートに入っていく。私、イクシオンはいつもの通り13番。なにかとつけて私は13番らしい…。そして、心の中には先のことに対しての迷いはまだ少しある…。

 

「……ダメダメ…今は考えたらダメだ…うん、ここはターフ…余計な事は今は考えない…!」

 

と、半ば無理矢理に近い形で自分の心をレースに向けさせて奮い立たせる。ゲートに入れば最後、何も言い訳は通用しないのだ。レースにやり直しは効かないのだ。それに、自分は負けられない理由が…ある。と気持ちを引き締める。

 

「よし…行こう…後のことは勝ってからだ。」

 

両方の頬を手のひらで叩いて気合を入れ直す。良く無いことは後ででも構わない。今はまずはレースが優先だ。一度悪い事やマイナスな要素は心の底に押し込める。この場に居なくてもテレビ越しでも良い…動画サイトの切り抜きでも、なんでも良い…遠くにいる弟妹達にこの姿が、自分が勝つ瞬間を見せられる…そのためならどんな代償だって払う。手放したくないものはどれ?もちろん大事な弟妹達に決まってる…その為に私はここまで来たんだ。そのままゲートに入ればアナウンスが鳴るまで瞑想する。

 

『苛烈になるであろう日本ダービー、18人のウマ娘が火花を散らします!』

 

『今回の評価は少し不満か?3番人気 ビワハヤヒデ』

 

『三冠にリーチをかけられるか?2番人気、イクシオン』

 

『今日の主役を紹介しましょう、1番人気、トウカイテイオー』

 

『さぁ、みんな良い顔してますね、好レースに期待しましょう。』

 

『さぁ、各ウマ娘出走準備整いました。』

 

さぁ、始まる…此処が正念場だ。いこう、風を切って。

 

『各ウマ娘一斉にスタート!』

 

そのまま、一斉にスタートする…もちろん出てくるのは7人。最初の400メートルではっきりと分かってくる。

 

『400メートル地点を通過、現在一位は6番ビワハヤヒデ、一バ身離れて4番トウカイテイオー、そのさらに半バ身で7番テイエムオペラオー、頭差で13番イクシオン、10番エルコンドルパサー、1番スペシャルウィーク、直ぐ後方に9番ナリタタイシンと続きます。』

 

距離にはまだ余裕がある、少し周りを見てみる。今回のレースは右回り…つまりは時計回りだ。右にはフェンス、左はスペシャルウィークさんとエルコンドルパサーさんで固められている…後方ではナリタタイシンさんが少し距離をあけながらも鋭い視線を送ってくる…仕方ない、これは一度抜けようと足を回そうとした瞬間に予定していた進路をテイエムオペラオーさんに塞がれる…まずい…これは…。

 

「(囲まれた…!?)」

 

しまった…いつも前に抜けるレースばかりだったせいで囲まれることに慣れていない、大抵は囲まれる前に抜けるが…模擬レースを繰り返したおかげか、私の抜ける常套手段が全て潰されてしまった…。

 

『おっと、13番イクシオン…囲まれてしまった!!』

 

『ちょっと掛かり気味になっているかもしれませんね、うまく抜けれると良いのですが。』

 

なんとか抜けるルートがないかと周りを見るも完全に左側は固められてしまっている。無理に抜けようとしても接触事故になるのがオチだ…まずい、囲まれて固められたままのレースがここまで精神的に来てキツいものだとは思わなかった。アナウンス通り、ペースも少し乱れて掛かり気味になってしまっている。だが泣き言を言っても現状は変わらない…。

 

「(前や横に抜けれないなら…)」

 

足を貯めるために一度大きく足を落とす…また倒れることになるかもしれないけど…それでも良い、此処を含めて後三つ…負けるわけにはいかない…。うまい具合に足を落とし続けて、ナリタタイシンさんの肩甲骨あたりが見えるまで下がる。よし、此処だ。

 

「はぁっ…すぅぅぅぅぅっ…!」

 

一度肺の中の空気を全て吐き出した後に、もう一度大きく吸い込む。日本ダービー前からトレーナーさんに言われた私の武器…他の子よりも丈夫な肺…そして肺活量による瞬間的な爆発力…。酸素を取り込めば取り込むだけ、運動能力は増す。けどこれは諸刃の剣…。新鮮な空気が肺の中いっぱいに入り込んでくる。視界も思考もクリアになる、心臓がさらに動く、鼓動が高鳴る、血液が加速する…いける。この瞬間だけ私は、迅雷になれる。

 

「シッ…!」

 

短く息を吐き出しながら加速する。目的はもちろん、大外から回り込む事。そんな私に並走するように右側に並んできたのは、エルコンドルパサーさん。どうやらチームメイトには手の内はバレていたらしい。

 

「(オペラオーの前に私と戦ってもらいマース!!)」

 

そのまま並走して、800メートル地点…そろそろエルコンドルパサーさんを振り切らないと不味い、それにナリタタイシンさんも上がってきた。前ではテイエムオペラオーさんが、ビワハヤヒデさんが、トウカイテイオーさんがいる。

 

「(…まだ遠い…距離はあるけど悠長にはしてられない…全部出し切ってやる…後のことなんて、考えてられない。此処で勝たなきゃ、意味が無い…!)」

 

足を回したときに空いた肺にさらに空気を詰め込む。肺が軋む、血管が揺れる、心臓が痛む。それでも構わない…あの日常をもう一度過ごせるならいくらでも酷使し続けてやる。だから。

 

「邪魔…するなっ…!」

 

絞り出すようにそう言えば限界まで脚に力を込める。一度大きく力強く踏み込む、芝に足跡をつけるくらいに。そして、一気にさらに加速してエルコンドルパサーさんを振り切ろうとする。何も考えてない、ただただ今を勝つためだけに全てを振り絞る。

 

「(先の事は知らない…!今はこの目の前を必ず取る…!絶対取る!!)」

 

骨と筋肉が悲鳴をあげているのが聞こえる。本当にごめん、でもまだ待って。折れないで。あと…あとたった1400メートルなんだ。

 

『"それ以上絞り出せば、お前死ぬぞ。"』

 

頭の中で声がする。もう一人の私が話しかけてくる。

 

「(そうかもね。でもあの子達が一人でも悲しんでるままなのはもっと嫌だ。)」

 

『なら死んだほうがマシだと?』

 

「(そう、だね…あの子達が悲しんだまま過ごすなら死んだほうがマシ。)」

 

『"お前が死ねば、さらに奴らは悲しむだろう…まったく、自らの愚かさに命まで賭けれるっていうのか。"』

 

『"それがお前たち(ウマ娘)か。"』

 

『"面白い、ならば私も其れ相応のものを賭けよう。ただし、必ず勝てよ?私達は…いや、お前は破神の愛馬だ。負ける事は許さん。"』

 

そういえば、私にビリッと電撃が流れる…固まっていた筋肉が解れる…これでまたさらに走れる。

 

『"私はお前でお前は私…勝つぞ。"』

 

うん、勝とう。さらに加速する。会場から驚きの声が上がり観客席がざわめき始める。

 

『13番イクシオン、速い!加速する!加速する!加速する!』

 

「(あははっ、流石デース…。今回は完敗したデース…)」

 

あいも変わらず心臓は痛いし、肺もキツい。でも口元が思わず緩む。そのくらい身体が軽い。オペラオーさんのさらに前、ビワハヤヒデさんとトウカイテイオーさんの二人の背中を視界に捉える。でもまずは目の前のオペラオーさんだ。

 

「(エルコンドルパサーは撒かれたか…良く此処まで上がってきた。さぁ、僕と華麗な舞台の上で踊ってくれますか?)」

 

『"電流と電圧を上げる、一気に抜き去れ。お前になら出来る。"』

 

「(うん、一緒に勝とう!)」

 

『"当然だ。ほら、行くぞ。"』

 

『速い速い速い!イクシオンも加速する!テイエムオペラオーも加速する!触発されて前の二人も、後ろの3人も加速する!』

 

全身に電気的な刺激と痛みを感じた後にさらに加速する。そのあとはオペラオーさんとの差し合い、抜き合いになる。お互いに螺旋状に軌跡を描きながら抜いては抜き返してを繰り返す。残りの距離は1200m…。ここで、決める。

 

『"行くぞ、絞り出せ!"』

 

「(もちろん!!)」

 

さらにもう一度の電撃が身体を走る。歯を食いしばりながらそれに耐える…けど口元は笑ったまま…そう、楽しいのだ…どうしようも無くこの状況が。

 

「(オペラオーさん…勝たせて、貰います!!)」

 

前に踏み込むと同時に身体を屈めながら前に倒し、体重を全て前に前に押し出すようにする…足が追いつかなければ即転倒…大怪我にも繋がるが加速力は得られる。そして、加速する前に肺の中の空気を入れ替える…心臓も肺も痛いけど、大丈夫…。まだ走れる。あと3人を1200メートル以内に抜かす…。大丈夫、出来る!思考は再びクリアになる。視界も良好…行こう!

 

『"我、不迷"』

 

そう聞こえた瞬間にはもう駆け出していた。もう前だけしか見ない。耳は伏せて閉じる。聞く必要はないから。そのまま走り続ける。前には二つの影…オペラオーさんは、抜かした…なら、あと二つ…!ビワハヤヒデさんとトウカイテイオーさん…どちらがどちらの影かなんてのは…どうでも良い、二つの影を私の視界から消せば良いだけだ。

 

『〜〜〜〜!ーーーーーっ!!!』

 

耳を伏せているからアナウンスが何を言ってるのか聞こえない…いや、行く気もない。距離を気にする必要はない。カーブを曲がったならあとは直線…直線なら、もうあとは全部を吐き出す。最終コーナーを抜けて、最速で立ち上がる…。二つの影が並んでくる…。もう少し、もう少し!!

 

「あと、ひとりぃぃっ…!!」

 

絞り出すようにそう言ったためか、周囲には聞こえていないだろう。もう、アナウンスも観客の声も区別がつかない…でも良いんだ。影は残り一つ。それももうすぐそばだ。段々とミリ単位で近づいてきて…そして後ろに流れていく。けど一度止まって、そしてまた前に影が競り上がってくる…それをまた後ろに流そうとする。そして無我夢中で走り続ければ。

 

『ーーーーっ!!』

 

耳を閉じたままなので何も詳しくは聞こえない、歓声なのか悲鳴なのか…そのまま段々と力が抜けていく。視界が歪む…そしてそのまま全身に激痛を感じたと同時に目の前が真っ暗になった。

 



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イクシオンの秘密その1

息抜きに書いた番外編です、近いうちに次の話も投稿しますので許してください、なんでも島風()


プロフィール

 

【名前】一九島 詩音(いくしま しおん)

【バ名】イクシオン

【二つ名】ゲイル・アンド・ライトニング

【年齢】15歳

【身長】175cm(イクシオンはFF14の1人乗り用マウントの中でもかなりの大型、なおかつ他の馬型マウントよりも大きい為。)

【体重】禁則事項

【耳について】他のウマ娘より良く聞こえる。

【尻尾について】根本から先端にかけて銀から黒のグラデーションになってるのが特徴。よく子供達におもちゃにされる。

【髪】銀髪のセミロング

【目】真紅

【耳飾り】無し(そもそもの話、元に雌雄の区別が無いため。)

【勝負服】キリン装備(スパッツ着用)

 

【作戦】追い込み B 差し A 先行 A 逃げ C

 

【脚質】短距離 B マイル B 中距離 B 長距離 B

 

【趣味・特技】簡単な料理やお菓子作り、麻雀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

【イクシオンの秘密その1】実は麻雀がものすごく強い。

 

 

「てなわけで、あたしらと麻雀やろうぜ。」

 

「何がと言うわけなんですか…?」

 

というわけで、学校の2階から飛び降りざまにずた袋を被せられるというやり方で再び連れてこられました、イクシオンです。何故かいきなり麻雀をやれというゴールドシップさんの提案に混乱してます…いえ、多分理解したら踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまいそうなのでダメですね…知らなくていいことは知らなくていいのです、何一つ。

 

「ゴールドシップさんが面白いものを買って来てくれたんですよ!」

 

と、卓の上に広げられている麻雀牌を見ます、見たところ普通の麻雀牌です…そう、孤児院で小さい頃に参加して兄ちゃん姉ちゃん達にボコボコにされた記憶が思い返されます…まぁ、今は私が一番強いんですけど…。

 

「というわけで、第一回人参賭博麻雀を開始する!!」

 

と、ゴールドシップさんが高らかに宣言します…たしか校則で人参賭博は禁止されていたはずでは…?

 

「てなわけで座れ、やんぞ!」

 

「はぁ、どうなっても知りませんよ?」

 

勢いに押されてため息を吐きつつ、ついつい座ってしまいます。まぁ、半荘一回で徹底的に叩きのめせばどうにかなるでしょう…。対面にはマックイーンさん、左にはゴールドシップさん、右にはトウカイテイオーさん…スピカのトレーナーさんとスペシャルウィークさん、ダイワスカーレットさん、ウォッカさんは観戦です。最初は言い出しっぺということでゴールドシップさんが親になりました。さて、やりますか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「川がやっぱ読めねぇなぁ…でも、こいつなら通るだろ。」

 

「ロン、立直、断么、ドラドラ、親っぱねなので点数1.5倍です。」

 

「なにぃっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、コレって点数がゼロになったら即おしまいなんだよね…?」

 

「ええ、飛んだらおしまいですよ?必然的に飛んだ人が負けです。」

 

「嫌だ…!えー…何で待ってるんだろ…。」

 

「それで待ってます。トイトイ、三暗刻、白…白がドラなのでドラ3。裏も乗ってドラ4ですね。」

 

「うぇぇぇぇっ!?なんじぇぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掛かりましたわね、テイオー!ロンです!」

 

「ごめんなさい。マックイーンさん、頭ハネです。チートイ、混一色、ドラ3、一つ赤ドラです。」

 

「そ、そんな…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい、ツモです。緑一色、四暗刻…これで三人とも飛びましたね。」

 

「ま、まさかこのゴルシちゃんが…」

 

「あ、圧倒的すぎますわ…。」

 

「つ、強すぎるよぉ…」

 

「それでは、私は失礼しますね。」

 

と、とりあえずちょっと本気出しちゃいました…大人気なかったですかね?と、項垂れてる、もしくは惚けている皆さんを置いてけぼりにしてスピカさんの部室を出ます。そして電話を掛けます…相手はもちろん、会長さん。

 

「あ、会長さん?人参賭博の現場を目撃したんですけど…」

 

いつも酷い目に遭わされてるのでこのくらいは良いですよね?



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その20

ほんの少しだけ胸糞悪くなるかもしれません、ご注意を。不快に思った人は遠慮無く低評価を付けてください…自分も書いてて少しだけ気分が悪くなりました()


嗅ぎ慣れた消毒液の匂いと動き辛さで目を覚ます…服装はいつの間にか病院で患者が切るような服に着替えさせられている。とにかく身体中が重くて仕方がない…。とりあえず頭を動かして周りを見る。

 

「お、起きたね。おつかれサマータイム〜」

 

と、左を見た瞬間にサングラスを掛けたトレーナーさんが部屋に入ってきます。あいも変わらず能天気な声と挨拶ですが、逆にそれが今は安心します。そのままゆっくりと痛む体を我慢しながら身体を起こします。

 

「ごめん、なさい…また、やっちゃいました…」

 

「んー?あー、いいのいいの。怪我もそんなひどく無いし。今はゆっくり休みなさい、トレーナー命令ね。」

 

そんな社長命令みたいに言われても…と、思いつつトレーナーさんの話を聞けば、ゴールした後に力尽きて思いっきりすっこけたらしい。その際の打ち身数カ所と肩の脱臼、あとは全身の負荷による極度の疲労…全体数日らしいです…。

 

「さて、それじゃあちょっと失礼。」

 

と、トレーナーさんがサングラスを外して私の身体を見ます…トレーナーさんの眼ってこんな色してたんだ、なんて物珍しそうに見てみます。

 

「んー?何?惚れちゃった?けど残念。トレーナーとの恋愛関係は禁止だよ。」

 

「…綺麗だなと思ってみてただけです…」

 

「ま、だよねー。っと、うん。ぐっちゃぐちゃだった体内エーテルもすごく綺麗になってる。レース中に何かした?」

 

「いえ…」

 

「まぁ、元々一つだったんだし、分離してたのが元に戻っただけっぽいね。多分色々元に戻ってるんじゃ無い?とりあえずおでこ触ってみそ?」

 

「はい…?」

 

と、トレーナーさんに言われておでこをペタペタと触ってみます…あれ?なんだか違和感が…前まであれだけ目立っていてトレーナーさんに見えないようにしてもらっていた角が消えてます。

 

「あ、あれ?消えてる!?」

 

「だろうねー、というわけで、はいこれ。」

 

トレーナーさんから渡されたのはハチミツドリンク…トウカイテイオーさんが"はちみー"と称して良く好んで口にしている奴です。

 

「あの…」

 

「言いたいことはわかるけど、とにかく飲んでみなよ。」

 

と、トレーナーさんに促されるままに恐る恐るといった感じで手に取ってみる。思い出すのは口の中に広がるあの最悪の感覚…。それを恐れつつも刺さっているストローに口を付けて吸い込んでみる。

 

「……美味しい…」

 

と、口の中に確かに味覚を、甘みを感じる。ハチミツの甘ったるい纏わりつくような甘みを感じる。はっきりと、味覚が戻ってきたと感じる…!!

 

「盛られた薬が変に作用して分離しちゃっただけだからね、体内エーテルが元に戻ったから失った機能が戻ったのも当然でしょ。てな訳でもう電池からエーテル変換するのはダメね。」

 

「あ、はい…」

 

バレないようにやってたつもりでしたが、トレーナーさんにはバレていたようです。流石に早いうちにエボルタの存在に気づくべきでした…。

 

「さて、それじゃあ僕はお暇しようかな?」

 

「あ、はい…ありがとう、ございました!」

 

と、そのままトレーナーさんが手を振りながら病室を出て行きます…。そしてそのまま私もベッドに身体を横にします…やはり打ち身が少し痛むし左腕もあまり動かせない…利き腕なのでしばらくは不便しそうですね…。まずは早めに体を治して、次のレースに備えましょう…ん?

 

「あ…」

 

トレーナーさんに聞くのを忘れてました…日本ダービーの結果…。…翌日トウカイテイオーさん達が来て盛大に教えてくれました…。『おめでとう、イクシオンの勝ちだよ!』と。ちょっと騒ぎすぎてエアグルーヴさんと会長さんに怒られたのは秘密です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本ダービーも大接戦の大盛況で終わり、数日明けた今日。無事に打ち身と脱臼を完治させて退院した私はトレーナーさんと一緒に留置所に来ています…。もちろん私が悪い事をしたわけじゃ無いですよ?…とある出来事に決着をつけに来ただけです。留置所の入り口でいろいろ手続きを済ませて、少しの間待合室で待ちます。

 

「……」

 

正直色んな感情がグルグルと入り混じってしまっており、あまり今が本当に現実なのかと考えられない。

 

「嫌なら、帰るかい?」

 

「…いえ、いつかは向き合わないといけないんです…なら、いま、ここで…全て終わらせます...終わらせないといけないんです。」

 

「君がそう言うなら、僕にはもう見届けるしか出来ないね。行っておいで。」

 

「…はいっ…!」

 

そのままトレーナーさんは待合室で待機…わたしは以前学校に訪れた刑事さんたちと一緒に先生…いや、元先生の待つ部屋へと向かって行きます。そして、奥の区画の部屋…刑事さんが扉を開けてくれます…そして分厚い、しかし透明でしっかりと相手が見えるアクリル板の向こうに、項垂れるような姿勢ながらも扉を開けた瞬間に私をギラついた目つきで睨みつけてくる、元先生がいました…。

 

「……」

 

そんな先生を見ながら対面の椅子に座ります、そして刑事さん達も近くに座ってくれます。そして座った後にしばらく間が空いた後に私から口を開きます。

 

「お久しぶりですね、東海林先生。」

 

「しぃおぉんんんっ…!」

 

と、恨めしそうな声が聞こえて来る…そして先生はアクリル板に張り付くような勢いで迫って来る。当然分厚いアクリル板で仕切られているためそこで止まる。

 

「活躍してるみたいだなぁ?しぃおん…!!」

 

「……」

 

「おぉれぇのぉ…!!おれのおかげだろぉがよおぉぉ!?おれがぁ!中央トレセン学園のすいせんをぉ!とりつけてやったからなぁ!!」

 

「…っ」

 

「だぁかぁらぁ!おれは決して悪くねぇ!いいからさっさとここから出しやがれ、クソサツどもぉ!」

 

鼻息も荒く顔は真っ赤にしてアクリル板に張り付くようにして私をギラついた目で睨みつけながらそう言います…。

 

「…二つほど…良いですか…?先生…」

 

「あぁん…?」

 

「なんでシスターを殺す必要があったんですか…?なんで私達のあの家を燃やす必要があったんですか…?」

 

先生にとって、それは私に踏んで欲しい地雷だったのだろう。私がその質問をした瞬間に嬉しそうに先生は顔を歪めます。

 

「なんで…かってぇ?そりゃあ、お前が何度も何度も俺の推薦を蹴るからだろうがぁよぉ…!

 

大人しくうけてればよぉ、何もかも無くすことも無かったのになぁ!!

 

あのクソ女も、お前の意思を第一にする、あの子が行かないという選択肢を取ったならそうするべき、とか綺麗事抜かしやがってよぉ!!

 

ふへへへへ…そういうクソ女の頭骨が砕ける感触は良かったぜぇ…へへへ、快感だったぁぁぁぁはははははっ!!

 

俺があのクソ女とボロ屋を始末してやったんだよぉ!お前が受けざるを得ない状況にする為になぁ!!そしてぇ!お前は優秀なウマ娘としてこうして活躍してるぅ!!こうして捕まってなけりゃあぁなぁ!俺はまた中央の有名学校にぃ!戻れるはずだったんだよお!

 

つまりなぁ!お前は、俺の道具として!!俺の掌の上で転がされてたんだよぉ!!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

「お前…!」

 

「面会は中止だ!!言質は取れた!連れていけ!」

 

…心の中で何かドス黒いものが湧き出て来る…これが、いつかシスターの言ってた抱いちゃいけない感情というものなんでしょう…。思わず膝に乗せた手を爪が手のひらに食い込んで血が出るくらいに強く握りしめ、歯は自然とギリッと音が出るくらいに食いしばる。悔しい、こんな人の為に私達が狂う羽目になったのか…けど、もう今ので自白したのも同然だ…刑事さん達的には私はしっかり役目を果たせたと言えるだろう。向こう側にいる警察の人が先生を取り押さえます。

 

「先生…」

 

「あ"ぁっ…!?」

 

シスターを殺して、私達の家を焼いて、みんなをバラバラにしたこの人は許せない…でも、たった一つだけ、これだけはお礼を言わないと…。

 

「私に強くなれる理由をくれて、ありがとうございました。」

 

しっかりと腰を折って取り押さえられている先生に向かってお辞儀をします。

 

「……あ"ぁっんっ!?」

 

「あなたのした事は許せません。ですが、あなたがいなければ弟妹達の大切さを再認識できなかったですし、私はここまで強くなれませんでした。だから、その点だけはお礼を言います…ありがとうございました。」

 

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」

 

その言葉を聞いた先生は顔をこれでもかと真っ赤にしながら目を見開き、歯を剥き出しにしてガチガチと鳴らします…理解できなかったんでしょうね…。

 

「あとは、しっかりと残りの人生で罪を償って下さい。」

 

「しぃおぉぉぉぉぉんんんんんんんっ!!!?!?」

 

と、先生は盛大に暴れますがさすがは本職の警察官の人達、しっかりと先生の関節を決めて押さえ込み、手際良く拘束していきます。

 

「殺してやる……!!詩音!!お前も、!お前もころしてやるゾォ!!!」

 

そう叫びながら先生は警察官の人達に取り押さえられ、連行されて行きました…段々と叫び声が遠くなって行きます。それを見届けた後にそのまま力を抜くように椅子に座ります…。

 

「大丈夫かい?」

 

「はい…」

 

と、グレーのスーツを着た刑事さんが駆け寄って来ます。これで先生の件は終わりです…。これで良い、これで良いはずなんです。そして刑事さんに連れられて、トレーナーさんの待つところに戻ります。

 

「おかえり。終わらせられた?」

 

「多分…」

 

「なら良かった。心の整理もつかないだろうし少し休みね。トレーナー命令。」

 

「わかり、ました…」

 

と、そのままトレーナーさんと一緒に学園に戻ります…。帰る際に車の中で動画サイトを開けばライブ放送でニュースが流れており、先生の顔が全国に晒されています。どうやら私達以外にも余罪がたくさんあったらしいのです…これで、良かったんです。そう思うことにしましょう。学園に着けば、チームの皆さんに挨拶をした後にそのまま自分の寮の部屋へと戻ります。生活感がようやくついて来たのかな?と思う寮の部屋…ですが相部屋する人がいないと言うのはなんとも寂しいもの…気晴らしになるようなものも無く、あるものといえば入院してる間に溜まっていたのであろう、弟、妹達からの手紙…。

 

「あの子達に…なんて言えば、いいんだろ…」

 

たまには風にあたりながら見るのも良いだろうと手紙の入った箱を持ちながら外に出る…場所はいつもの噴水広場のところでいいだろう…そうして噴水広場のベンチにすわって手紙をとってみれば、小学生組が書いたのだろう。綺麗に書かれている平仮名と練習中なのだろう漢字を使って書いたものがたくさん送られている。特に小学校高学年組は私の絵なんかを書いてくれている…手紙の報告ではそれで小さいながらも賞を取った子もいるらしい。手紙を手に取り読むたびにそんな報告を微笑ましく思いつつも、読むたびにどうすればいいんだろう…と、思いが募る。

 

「へぇ、小学生にしてはなかなか上手いじゃないか。」

 

「ひゃわぁっ!?!?!?」

 

その賞を取った子の絵と共に映った写真を見ているといきなり後ろから声を掛けられる。声の主はフジキセキさん。トレセン学園に二つある寮のうちの一つの寮長さんです。いきなり声を掛けられて思い切り肩をびくつかせて変な声をあげてしまいます。

 

「あはははっ、いい声で驚いてくれたね。」

 

「ふ、フジキセキさん…!」

 

ニコニコと笑うフジキセキさんに対して軽くムッとするもののフジキセキさんの性格上、私が暗い顔をしてるのが分かってしたのでしょう。こういうところも寮長たる所以なのでしょうね…。

 

「いろいろあったみたいだね。」

 

「…ええ、まぁ…折り合いとかは、まだついて無いですけど…」

 

今までは先生があんな人だと信じられなかったし、実際に見せつけられるとあんな人だったのかとショックも受けた…けど、それ以上にこの真実をあの子達にどう話して良いかわからないのです…もしかしたら…と、考えると私は死にたくなるくらい怖いのです…。

 

「困った時は僕も頼ってくれていいんだよ。まぁ、シンボリルドルフよりは頼りないかもしれないけど、それでも君の寮長なんだからさ。」

 

こう言ってくれるフジキセキさんも十分に頼れる先輩です…。

 

「ありがとうございます…なら、頼っても…良いですか?」

 

「もちろん。」

 

そのまま、フジキセキさんに思いの丈を全て吐き出しました…元いた児童施設の事、犯人が元担任の先生だった事、全国に散らばってしまった弟妹達の事、この事を弟妹たちになんで言えば良いのかわからない事…嫌な顔一つせずに全て受け止めてくれたフジキセキさんには感謝しかありません…。また、心の中で強くなれる理由が出来ました…。だから、私はもう折れません。

 



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その21

ここからみんな大好き、あのウマ娘の魔改造がこの人の手によって始まります…少し未来の強くなったあの子を活躍をお楽しみに…。
やりたかっただけネタが浮かんだのでぶっ込みました()


日本ダービー、オークスと大きな二つのレースが終わり、私個人の因縁にも決着は付けました。フジキセキさんとしっかり話した結果、やはり話したほうが良いという事で、何処かタイミングを見てみんなに話すことにしました。フジキセキさんありがとうございます。そんなわけで、少し期間が開く6月から10月に掛けてのこの季節。10月には菊花賞と秋花賞がありそこに向けてトレーニングを積むウマ娘も少なくありません。ですが、トレセン学園は"学園"。つまりは学校です。学校らしいイベントはいくつもあります…そんなわけで今私たちは…。

 

「ライスさん!」

 

グラスワンダーさんが上手くレシーブで受ける。

 

「は、はいぃっ!?お、お願いしましゅっ!?」

 

グラスワンダーがレシーブで打ち上げたのをライスシャワーさんがトスで軌道修正、良い角度と高さでボールが上がります。

 

「任された…シッ!!」

 

あとは、私でスパイクを撃ち込む。体育館の床がドンっ、と言う音を立てます…こんな感じで今私たちはバレーボールに興じています。

トレセン学園・春の球技大会…の練習です。もちろんトレーナーさん達も見に来ます…そして選ばれた種目はバレーボールです。なお、阿弥陀籤で決められたみたいです…そんなので良いんですか…?

 

「次だ、いくぞ。」

 

と、ナリタブライアンさんからサーブが上がる。今度はそれを私がレシーブで受けてフジキセキさんがトスをあげる。

一度誰かを挟んだなら私ももう一回触れる。そのままステップを刻みリズム良く踏み込んでスパイクの体制に入る。私と一緒に誰かが飛ぶ影が見える。

 

「……!」

 

私と一緒に上がってきたのはライスシャワーさん。私と目が合うとライスシャワーさんはフェイントにまわり私が本命を打つ。

 

「ナイスです、ライスシャワーさん。」

 

「あ、ありがとうございましゅ…!」

 

お互いにお礼を言い合います…なんだか本当に妹味が深いです…。思わずよしよししたくなっちゃいます。

 

「練習はバッチリですね。」

 

「うん、これなら押せ押せでいけるね。」

 

そこにグラスワンダーさんも来て、私、ライスシャワーさんの順番にハイタッチ。フジキセキさんも後に続いて三人とハイタッチします。ナリタブライアンさんは軽く片手を上げるだけです。

 

「はい、あとは本番ですね。」

 

「ら、ライスも頑張る…!」

 

ちなみに今回のバレーボールは5人1チーム、チームメイトは私、グラスワンダーさん、ライスシャワーさん、ナリタブライアンさん、フジキセキさんです。攻めにも守りにも回れる万能パーティです。勝ったな、なんていうと旗が立ちそうになるので言いませんが…。

 

「あとはお互いの声掛けだね。ぶつかっちゃうと危ないし。」

 

「そうですね、期間が開くとはいえ怪我をしては危ないですから。」

 

と、フジキセキさんとグラスワンダーさんが改めて確認していきます。言ってることには同意なのかナリタブライアンさんもおとなしめです。

 

「では、もう少し練習してから明々後日の本番に臨みましょう。」

 

「そうですね、このチームの強みは万能性と速攻ですから。チームワークさえ磨けば…」

 

「球技大会とはいえ、会長の首に牙が届く…」

 

「ナリタブライアンさん、物騒なのでやめてください…」

 

ちなみに一番の強敵はトウカイテイオーさん、会長さん、エアグルーヴさん、エルコンドルパサーさん、スペシャルウィークさんのチームです…。正直めちゃつよです。

そんなこんなで、トレセン学園春の球技大会は日に日に近づいていくのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、後日談ですが球技大会は準優勝で終わりました…会長さん、強すぎです…。スパイク受けたんですけど腕が痺れました()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、終了ぉ。タイムもいい感じに詰めて来れてるね。」

 

「は、はい…ありがとう、お兄さ…ん、トレーナーさん。」

 

「無理して訂正しなくても良いよー。キツイだろうしね。それに珍しいね、僕がいく前に個人トレーニングつけてくれ、なんて。シオンやほかのみんなに触発されちゃった?」

 

ほら、と五十嵐がドリンクをライスシャワーに差し出す。トレセン学園 春の球技大会も無事終了し、それぞれのチームが秋の大会に狙いを定め、それに向けて準備を進めている。リギルも例外では無く最近勧誘し、引き抜いたばかりのライスシャワーに重点的にいろいろトレーニングをつけていた。そして最後の計測が終わる。

 

「さて、ライスはさぁ…実力もポテンシャルもナリタやエアに引けを取らないと思ってるんだよね。あとは意識の問題だと思うよ。

 

……ライスさぁ、本気の出し方、知らないでしょ?」

 

「……!…ライスが本気でやってないっていうんですか…?」

 

「んー、やってないんじゃなくて、出来てないんだよ。例えばこの前の球技大会、一発もスパイクを撃たずにフェイントに回ったのはどうしてかな?」

 

「そ、それは…」

 

「決める自信が無かった?だから確実に決められるひとのサポートに回った?それはご立派。あぁ、勘違いしないで欲しいのはフェイントが悪いって言ってるんじゃ無いよ?バレーは団体競技、それぞれがそれぞれの役割を果たして初めて成立する物だからねぇ。でも、あくまでレースは個人競技だ。」

 

「ほかのウマ娘とのチームワークも大事だとは…」

 

「まぁねぇ、でも周りにチームメイトや友達が何人いようと。」

 

と、近づいてライスシャワーと目線を合わせた五十嵐の翡翠色の瞳がライスシャワーを射抜くように鋭い目つきで見る。

 

「勝つ時も負ける時も1人だよ。そして、しくじって死ぬ時もね。」

 

「……」

 

「君は自他を過小評価した材料でしか組み立てることが出来ない…だから、少し未来の強い自分を想像出来ない。過去のトラウマのせいかな?きっと君は、舞台の真ん中に躍り出る程の役どころじゃ無いと自分が1番わかってる、と思ってる。最悪自分が何もかも諦めれば良いと思ってる。」

 

「……!」

 

「ドルフと理事長の言葉を借りるけど、中央に来た以上は誰にでも、舞台の真ん中に立つ権利はあるし、誰にも諦めるなんて選択肢は存在しない。」

 

ライスシャワーの目の前に左手をやれば人差し指でデコピンする様にライスシャワーの眉間を軽く弾く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライスシャワー、本気でやれ。もっと欲張れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君にはそうしても良い権利と義務がある。」

 

 

 

 

 




やりたかっただけネタ

球技大会一部始終…vsチームゴールドシップ

チームメンバー:ゴールドシップ、ミホノブルボン、テイエムオペラオー、セイウンスカイ、エアシャカール

「「「「「1.2!3.4!1.2!3.4!」」」」」

「………何やってるんですか?」

「「「「「ブラジル体操!」」」」」


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その22

はい、加入メンバーもチームも適当です。異議しか認めない…


「合同合宿…ですか?」

 

「うん、そう。トレセン学園5大チームで合同合宿だって。総括はもちろん僕…こういうの面倒臭いんだよねぇ。」

 

春の球技大会も滞りなく終了した6月上旬…そんなことをトレーナーさんは鼻をほじりながら言います…。もちろんちゃんとティッシュで拭いてるあたり私たちへの配慮と常識はあるのでしょう。現在私達は会長さん、エアグルーヴさん、ナリタブライアンさん、ヒシアマゾンさん、フジキセキさん、私、トレーナーさんで生徒会室に集まっています。

 

「しかし、5チーム同時合宿か…。」

 

「参加チームは私達リギル、スピカ、カノープス…」

 

「そして、桐生院 葵トレーナーの率いるチームベテルギウス、岡凪 黒奈トレーナー率いるチームベガだな。」

 

「参加ウマ娘は合計で39名…大所帯だな。」

 

と、生徒会室の机に並べられたウマ娘全員の顔写真付きのパーソナルデータ…私たちだけの分ではなく他のチームの分も並べられています。

チームベテルギウスにはオグリキャップさん、タマモクロスさん、スーパークリークさん、ハッピーミークさん、ミホノブルボンさん、ハルウララさん、セイウンスカイさんの7名。

 

チームベガには、マンハッタンカフェさん、アイネスフウジンさん、メジロライアンさん、メジロドーベルさん、キングヘイローさん、マチカネフクキタルさん、エアシャカールさんの7名です。

 

…他にもいろいろ変化があったのでまとめて置きましょう…まず、私達チームリギル。

会長のシンボリルドルフさん、エアグルーヴさん、ナリタブライアンさん、ヒシアマゾンさん、フジキセキさん、テイエムオペラオーさん、グラスワンダーさん、タイキシャトルさん、エルコンドルパサーさん、私ことイクシオン、そして最近トレーナーさんに引き抜かれたライスシャワーさんの11名。

 

次に実力派エリート問題児、チームスピカさん。

スペシャルウィークさん、トウカイテイオーさん、メジロマックイーンさん、サイレンススズカさん、ダイワスカーレットさん、ウォッカさん、ゴールドシップさん、そして最近加入したマヤノトップガンさんの計8名。

 

次にチームカノープスさん。

ダブルエンジンさん…じゃなかった…こほん、ツインターボさん。ナイスネイチャさん、マチカネタンホイザさん、アグネスデジタルさん、イクノディクタスさん、そしてライジングホッパーさんの計6名。こうしてみるとかなり多いですね…。

 

「それでトレ公、こんな人数流石のトレ公でも無理だろ?どうすんだよ。」

 

「んー?流石に無理〜。だからふるいに掛けようと思う。」

 

「…少しいただけない発言だな、トレーナー。」

 

ヒシアマゾンさんの疑問にトレーナーさんが答えれば会長さんが少し怪訝な顔をします。それにどうどうと抑えながらトレーナーさんが補足します。

 

「あー、ごめんごめん、言い方が悪かった…大まかに三つに分けようと思ってるんだよ。」

 

「3つ?」

 

「それは当日のお楽しみ…ふるいはお馴染みのあの方法でやろうと思うんだよね。」

 

「あの方法?」

 

と、私は首を傾げます。が、周りの皆さんはあぁ、アレかぁ。みたいな顔をしてます。

 

「随分とエグい方法取るなぁ、トレ公よぉ。」

 

「全員を同時に見るにはこれに限るからねぇ。」

 

と、頭にクエスチョンマークをたくさん浮かべている私をよそに着々と合宿に向けての会議は進んで行きました…それにしてもあの方法ってなんでしょう…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでトレセン学園5大チーム合同合宿を開催いたしまーすいえーい」

 

トレーナーさんのやる気のなさそうな棒読みの開始宣言で始まったトレセン学園5大チームでの合同合宿、費用は全て私たちのトレーナーのポケットマネーだそうですし、宿泊施設もトレーナーさんが関わってるそうです…本当に何者なんですか、トレーナーさん…。ちなみに移動はバスでした。

 

「てな訳で、鮨詰めの長距離移動お疲れサマンサー。今日一日はゆっくり休んでねー。明日から泣いたり笑ったり出来なくしてやる〜。それじゃあ…解散!(迫真)」

 

それだけ言うとトレーナーさんは手を振りながらそのまま建物へと去っていきました…泣いたり笑ったり出来なくしてやるって…トレーナーさんが言うと一番信憑性があるんですけど…。

 

「各員、体調不良や故障などはすぐに申し出るように。それではこれより自由行動とする。」

 

会長さんの締めの挨拶でみんながそれぞれ動き出す。荷物を運ぶもの、そっちのけで着替えに向かうものなど様々だ。

 

「海だぁぁぁぁー!!!」

 

「あ!!このテイオー!!負けられるか!海だぁぁー!!!」

 

「マヤノも負けないよー!!海だー!!!」

 

と、真っ先に海水浴組は駆け出していきます。こんなんで良いのでしょうか?と、海水浴組の皆さんが置いて行った荷物をさっさと片付けます…万が一があっては困りますからね。荷物を片付ければそのまま私も体操着姿で浜辺を散歩します。

 

「すぅ…はぁ…」

 

潮風を胸いっぱいに吸い込めば脳裏に浮かぶのは、白い街並みが特徴の海都の光景。昼も夜もお祭り騒ぎが聞こえて来る海都…名前は確か…リ…リ…なんでしたっけ?と結局自由時間はそれをずっと考えてました。途中でビーチバレーに巻き込まれたりゴールドシップさんに海に叩き込まれたりしたので放電でお仕置きしましたけども()

そんなこんなで初日を楽しんで、合宿2日目…いや、今日から初日が始まるのかも知れません。

 

「はい、じゃあ早速トレーニングと行きたいところなんだけど。」

 

と、朝起きた私たちは朝食を済ませた後に外に出ます。レース場の何倍もの広さがある芝の運動場…。本当に何者なんですか、トレーナーさん…。

 

「とりあえず、僕もデータは見たけど他の4チームが実際どれくらい出来るのかは分からない。百聞は一見にしかずって言うしね〜。というわけで今日は君らがどこまで出来るかを見たいと思いまーす。それで君らに今必要なものを振り分けるからね。んじゃ、山田くーん。アレ持ってきてー。」

 

と、トレーナーさんが言えば使用人らしき人が台車でものすごく大きいスピーカーとそれに繋がれたラジカセを持って来ます…。何ですか?あれ。

 

「山田くん、そっちよろしく…そうそう、せーの。えっほ、あらよのほいさっさ、っと…うん、ありがと。ふぅ…と言うわけで、君らにやってもらうのはこれ。」

 

と、トレーナーさんがラジカセをポチッと操作すれば流れて来るのは、スタートのカウントダウンと共に、ひたすらドレミファソラシドが流れる単調な音声…これって…。

 

「てな訳でっ、君らに初日にやってもらうのは70mシャトルラン。やってる事は人間の陸上と変わんないからね〜。ちょっとハードにすれば簡単に応用が効くってわけ。70mだからそうだね…まぁ、全員100は言って欲しいかなぁ…まぁ、有馬記念2週分だから余裕余裕!」

 

出ました、70mシャトルラン…私も走らされました()

確か普通のシャトルランは20m…単純に3.5倍…これ100以上行ける人いますかね?逃げのウマ娘が多い、カノープスさんにはちょっと厳しいんじゃないかなと思います…。

 

「んじゃあ、リギル以外の全員並んでねー。ドルフ、エア、ナリタ、シオン、グラス。誰でも何処でもいいから一番両端と各チームの間に入ってー。」

 

と、名指しの指名がトレーナーさんからくれば指名された5名が、指示通りに両端と各チームの間に入ります。軽く誰が何処に入るかを話し合い、自然に左端から会長さん、エアグルーヴさん、ナリタブライアンさん、グラスワンダーさん、私となりました。各ウマ娘の間も1バ身以上はあるのでぶつかる心配も無いでしょう。

 

「よし、頑張ろう。」

 

『それじゃあ行くよー、今週の目玉〜、ポチッとな。』

 

トレーナーさんが拡声器でそう言いながら、ラジカセを操作します。そうすればカウントダウンの音声が流れ、スタートのバザーがなった瞬間に私を含めたみんながスタートします。さて、トレーナーさんをガッカリさせない程度に頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「五十嵐トレーナーがあそこまで真剣になってるの初めて見ました…」

 

「ああ、俺もだよ。普段はヘラヘラしててなに考えてるかわかんねぇが…あれでもトレーナーとしては超一流だ。」

 

「流石のあの人も、この人数は真剣にならざるを得ないんでしょうね…」

 

無音型ドローンカメラを飛ばし、画面越しとはいえ、全員を見る五十嵐を遠目に見つめるトレーナー達。画面を見つめる五十嵐はいつもの目隠しもサングラスも取っ払いその翡翠色の目をぎらつかせながら全員を隈なく見る。時折手元のコントローラーを操作し、ウマ娘一人一人をピックアップする。

 

「あ…早くも1人…」

 

「あぁ…」

 

と、とうとう最初の脱落者が出てしまう。最初の脱落者はツインターボ。記録は37…逃げが得意な彼女からしたら健闘した方だろう。その後も次々と脱落者が出て行く。

残るはスピカからトウカイテイオー、ゴールドシップ、メジロマックイーン。

カノープスからはマチカネタンホイザ、ライジングホッパー、イクノディクタス。

ベテルギウスからはオグリキャップ、ミホノブルボン。

ベガからはエアシャカール、メジロライアン、メジロドーベル

そして一番端とそれぞれのチームの間に入ったリギルの面々は未だに健在である。そしてレベル100の音声が鳴り、残った全員が渡り切ったところで五十嵐は大きく鳴るように手を叩く。

 

「はぁい、終了。15分のクールダウンねー。その後にまた集まってちょー。」

 

と、軽い感じで五十嵐は言った後に建物の中へと入っていった。

 

「はぁっ、はぁっ…」

 

「た、たかがシャトルランと…たかを括っていましたわ…」

 

「……」

 

他のみんなと同じように息を荒げながらもゴールドシップは密かな疑問を抱いていた。そしてスピカの全員に耳打ちして集まる。

 

「おい、お前ら…聞け…多分これ私ら、ふるいにかかられたぞ」

 

「ふるい…?」

 

「明日には結果出るだろ…望まねー結果になっても文句なしだからな…」

 

と、微妙な表情でゴールドシップは五十嵐を見た。波乱に満ちた合同合宿は今より始まった。



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その23

翌日。

 

「はぁい、昨日はお疲れサマンサ〜。てな訳でノート出してちょ。」

 

なんて、トレーナーさんが言えば各チームのリーダーが全員のノートを集めてトレーナーさんに渡します。ノートには各ウマ娘の名前と、コース別の目標タイムが書かれています。実は昨日の終了時。

 

『はぁい、お疲れサマンサ〜。んじゃあ明日から日課にしてもらうことを言うよー。てな訳で名前順で呼ぶから取りに来てー。アイネスフウジ〜ン。』

 

と、配られたものです。この合宿場の周りには三つのコースがありそれぞれが特徴のあるコースとなってます。どのコースもぐるっと宿泊施設を一周するもので、平坦だが長いコース、砂地が多いコース、起伏の激しいコースとあります。

 

『てなわけで、毎朝どこかのコースをその目標タイムに合わせるようにして走ってね〜、許容範囲は〜…まぁ、始めたばっかだし、±10秒でいっか。あ、リギルの子達は±3秒以内ね。何があってもちゃんとそのタイム内に収めてゴールしてねー。そのノートにはその日のタイムと練習の様子、次の日以降は前日のタイムと比べて遅かったり早かったりしたら自分で原因考えて書いてみてちょー。』

 

との事です…。しかしこれがまた意外とキツい…なにせタイムがそれぞれの足に対して少し遅めに設定されているため、少しペースを間違うとすぐに許容範囲のタイムを簡単に超えてしまいます…。

 

「さてぇ、ノートも回収したし、次は組み分けをして行くかなぁ。」

 

と、名簿と書かれたファイルを取り出したトレーナーさん…組み分け?なんのことでしょう?

 

「昨日やって貰ったシャトルラン、あれで君らがどれだけできるのか、君らに足りないのはなんなのか、おおよそ見させてもらったよー。というわけでその足りないものを補うためのトレーニングをするための組み分けを行いまーす。チームごとに発表していくからねー。」

 

と、ペラペラとファイルの中の用紙を見て行くトレーナーさん。周りを見ればそれぞれがいろんな表情をしています…。

 

「んじゃあ、まずは…僕達とひたすらレースで実戦経験を積んでいく組。この組の子達に足りてないのは実戦経験だと思ったからね。勘違いしないでね、ここで名前呼ばれなかったからって君達が出来てない訳じゃない。スピカからいくよー。」

 

「トウカイテイオー」「うんっ」

 

「ゴールドシップ」「うっす」

 

「メジロマックイーン」「はい。」

 

「以上。」

 

と、スピカさんの発表が終了します。他の人達はちょっと残念そうな顔をしてますが、トレーナーさんが言っていた通り、これそういうアレではないので…。

 

「次、チームカノープス…マチカネタンホイザ。以上。」

 

「はへ?…は、はいぃっ!?!?!?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「い、いえっ!?何でもないです!?頑張ります!?」

 

「あっそ、君の観察力は結構僕も評価してるところだから頑張ってね。次、チームベテルギウス。」

 

「オグリキャップ」「あぁ。」

 

「ミホノブルボン。」「はい。」

 

「ハルウララ」「はーい!」

 

「以上。」

 

カノープスさん、ベテルギウスさんの発表もおわり残るはチームベガさんのみ…。

 

「最後、チームベガ」

 

「メジロライアン」「はいっ」

 

「メジロドーベル」「ええ。」

 

「以上、9人は明日からリギルの子達とひたすら模擬レースと感想戦ね。あ、もちろんノートは続けてね。」

 

と、トレーナーさんは新しくファイルを取り出せばいま言った9人のウマ娘のパーソナルデータを仕舞い込む。そして模擬レース組、とファイルの表紙にパパッと記入したあとに、元のファイルを開けば。

 

「さて、じゃあ次。今から呼ばれた子達は技能開発。基礎ステータスがしっかり育ってるから、技能で差を埋めていくことを目的とした子たちね、例のごとくスピカから行くよ。」

 

「サイレンススズカ」「はい。」

 

「スペシャルウィーク」「はいっ。」

 

「以上。」

 

「次、チームカノープス」

 

「ライジングホッパー」「おう。」

 

「ナイスネイチャ」「あ、はい。」

 

「以上。」

 

「次、チームベテルギウス。」

 

「タマモクロス」「よっしゃ!」

 

「セイウンスカイ」「は〜い。」

 

「以上。」

 

「次、チームベガ。」

 

「エアシャカール」「あぁ。」

 

「マチカネフクキタル」「はいっ!」

 

「以上。今呼ばれた8人はこの合宿で最低でも2つ以上技能を習得してもらうよ。それは君たちにとって大きな武器になるはずだからね。んじゃあ、最後。技能も実践経験を乗り切るメンタルも持ってるからひたすら基礎ステータスを上げていく子達。例によってチームスピカから。」

 

「ダイワスカーレット」「はいっ!」

 

「ウォッカ」「おうっ。」

 

「マヤノトップガン」「アイコピー!」

 

「以上。次チームカノープス。」

 

「ツインターボ」「いぇい!」

 

「イクノディクタス」「はい。」

 

「アグネスデジタル」「はいっ!」

 

「以上。次、チームベテルギウス。」

 

「スーパークリーク」「はいっ。」

 

「ハッピーミーク」「…あ…はい。」

 

「以上、次チームベガ。」

 

「キングヘイロー」「えぇ。」

 

「マンハッタンカフェ」「はい。」

 

「アイネスフウジン」「はいっ」

 

「てわなけで、明日からこの組分けでトレーニングしてもらうからね。各組のトレーニングはすでに完成してるから明日それぞれのトレーナーに渡すよ、それじゃあ今日は各チームのトレーナーに従って練習してちょ。解散!」

 

と、組み分けが終わり、トレーナーさんが解散の宣言をすれば各チームに分かれてのこの合宿最後のチームでのトレーニングに移ります…なんだか、波乱の予感がしますが、私も負けられません…がんばりましょう…!



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その24

とある夜。

 

 

「トレーナー、入るぞ。」

 

「はい、いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ってたよ。」

 

「あぁ、それでトレーナー。折り合ってお願いがある。」

 

「うん、それも分かってる…もう我慢できなくなっちゃった?なら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

組み分けが終わった次の日、早速今日から組み分けされたメンバーでの合宿トレーニングが始まりました、どうもおはようございます。今日も皆さんに負けじとトレーニングを続けるイクシオンです。

 

「それでは…よーいっ…!」

 

と、声がした後に間髪入れずにパァン!とスターターピストルが鳴らされれば一斉に走り出します。今走ってるのは主に中距離を得意とする皆さんです。まぁ…。

 

「っ…!」

 

私も会長さんも走ってるんですけどね!

他にもエアグルーヴさんやナリタブライアンさん、ライスシャワーさんにトウカイテイオーさんやメジロマックイーンさん、オグリキャップさんにミホノブルボンさん…と名だたる人たちが模擬レースで鎬を削ってます。現在の順位は会長さん、一バ身離れてエアグルーヴさん、頭差でオグリキャップさん、そのさらに頭差で私とナリタブライアンさん…さらにそのすぐ後ろにライスシャワーさん、ミホノブルボンさん、テイエムオペラオーさん。そのさらに後ろにマチカネタンホイザさん、エルコンドルパサーさんと続いています。

 

「…」

 

ナリタブライアンさんと睨み合いになりつつ後ろにもチラリと視線を向ける。やはり後ろの2〜3人は私を見ているようで…これだけ見られていると仕掛けにくい…しかも一番私を見ているのが、マチカネタンホイザさん。最初は分からなかったが、回数を重ねるとトレーナーさんの言うことがよくわかった。この人の観察力が尋常じゃないくらい高い…!2〜3回仕掛けようとして止められたのもマチカネタンホイザさんだ。本当にやりにくい…。その観察眼自体が牽制として成立しているくらいにはすごい武器です。

 

「…スゥゥ…シッ…!」

 

もうここは強引にでも行こう…行かなきゃ負ける…。軽く肺に息を入れてギアを上げる。隣のナリタブライアンさんもほぼ同時にギアを上げる…そして私とナリタブライアンさんがオグリキャップさんに並ぶと同時に私の左後方に着く影を感じる…もう見なくてもわかる…マチカネタンホイザさんだ…!ここまで上がってきたんだ…私達がギアを上げるのに合わせて…!

その後は、ナリタブライアンさん、オグリキャップさん、マチカネタンホイザさんの3人との牽制の試合になりながらそのままゴール。5位と言うあまりよろしくない結果になってしまった…。

 

「うーん…」

 

15分のクールダウンタイム中にトレーナーさんに出すノートとはまた別の小さめのノートに色々と書き留める。よろしくない結果ではあったが得たものも大きい。自分の弱点やこれから解消すべき課題が見つかった…それをこの合宿の中で解消しなければ。

この実戦チームの難しいところですが…個人的にはこの実戦の中で自分の弱点や解消すべき点を自分で見つけられるか…そしてその見つけたものが正しいのか、と言うところだ…。トレーナーさんもなかなかに意地悪です。

 

そして私の弱点ですが…やはり仕掛けるタイミングがバレやすいこと、そして囲まれることに弱いところですね…囲まれれば殆ど何も出来ません…そして私を積極的にブロックしてくる子も出てくるでしょう…囲まれる前の対処をどうするかですね…。よし、この合宿で色々試してみましょう。

 

「さて、と。ここらでエキシビジョンといこうかぁ。ドルフ、シオン。いってらっしゃぁい♪」

 

と、私と会長さんの名前だけ呼ばれます…え?エキシビジョン?どう言うことでしょう…?なんて私が困惑してると、後ろからポンと会長さんが肩を叩いてきます…表情を振り返って確認します…顔はにこやかに笑っていますがその目の奥には「もう我慢出来ない」と言った表情が見て取れます…なんと言うか怖いです…。

 

「え、エアグルーヴさ…」

 

「……」

 

エアグルーヴさんに助けを求めましたが首を横に振られました。ナリタブライアンさんは無反応、他の皆さんも露骨に顔や目を逸らし始めます…ライスシャワーさんは…マチカネタンホイザさんと一緒に「えいっ、えいっ、むんっ!」じゃないんですよ…。唯一トウカイテイオーさんだけが羨ましそうな目で見ていますが、会長さんの覇気というか、気迫に当てられたのか、皆さんと一緒に目を逸らします。

なんというか狩られて食べられるシマウマってこう言う気分なんですね…なんていう現実逃避に身をやつそうとしたところに会長さんに首根っこを掴まれて引き摺られていきます…私達二人を見つめる皆さんの頑張れという視線が痛いです…。気分はまるで処刑台に連れていかれる囚人の気分です…何か悪いことしましたかね…?私…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷっつーん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってやろうじゃねぇかよ!!!てめぇ!このやろう!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中でそうヤケクソ気味に叫びました…そう叫んだ私は悪く無いはずです…。

エキシビジョンの結果ですか?…ええ…1.5バ身差で負けました…やはり会長さんの壁は大きかったです○



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その25

合同合宿も残り1ヶ月…折り返しが過ぎました。皆さんも皆さんで色々と力をつけて来ているようで私もうかうかはしていられません。というわけで、朝のランニングのタイムを1秒以下に抑える、というかなり鬼畜なチャレンジしています、イクシオンDeath…おっと失礼、イクシオンです。え?文字数稼ぎだろって?なんのことでしょう…?(目逸らし)

 

そんな事は頭の外にでも置いておいて…なかなか1秒以下に抑える、というのも難しいんです。会長さんもやってるみたいですが、1秒22、とか1秒19とかが続いているようで会長さんも難しい顔をしています。なお、テイオーさんもやろうとしているようですがまだ4秒の壁が高いみたいです。他の皆さんも未だにこのタイムに四苦八苦している様子…私たちだけではなくリギルの皆さんも同様です。ですが今のところ良いペースで抑えつつ少しずつタイムを詰めて来ているのがライスシャワーさん。ライスシャワーさんはトレーナーさんいわく今度の菊花賞は見送り、代わりに天皇賞春、秋に向けて完璧な調整を施す、との事でこの合宿をかなり有利に使えそうです。え…?じゃあ一番絶不調は誰か、ですか…?私だよ!悪いか畜生!!

ええ、いう通り本当に絶不調です。というのも1秒以下に抑えるとは言ったものの、未だ1秒80すら切れてないのが現状…最初の時は2秒切るまで早かったのですが、そこからは伸び悩んでます。うーん、どうしたものでしょう…。

 

「よし、それじゃあ実戦組は今日も始めるよー。今日も手を抜かずに全力でがんばろー。」

 

ペラペラとここ一ヶ月のノートを見返してる途中で招集が掛かります、トレーニング開始です…仕方がありません、ここは頭を切り替えて夜に考えるとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

その日の夜、夜は基本自由行動なのでチームで反省会をするもよし、資料室で資料を見たりビデオ研究をするもよしと、トレセン学園ばりに施設が揃っています…そんな中私は…。

 

「はっ、はっ…!っ、んぅっ…!」

 

トレーニングルームの中にあるボルダリング用のウォールでひたすらトレーニングです。トレーナーさんいわく常に何処かに力が入る為、筋肉の持久力を鍛えるのに打って付けだそうです。念のために下には低反発の分厚いマットが引かれており、更に命綱まで装着しているので比較的安全ではあります。何故ボルダリング…いえ、命綱までつけてるのでクライミングですね…それで、なぜかと言うと、最初はトレーナーさんに体力を伸ばしたいと言ったところ、自主練として案内されました。意外な楽しいし、難しいです。

 

「ふっ…!んんっ…!」

 

と、探りながら上っていくと、どうしても手が届かない場所が出てきます…そう言う時は思い切って脚を振り上げるのです、意外と脚なら届くと言う場面が多いですし、足の裏が乗らないのなら足の甲を引っ掛ければ良いんです…まぁ、多分ウマ娘にしか出来ないと思いますけど…。そのまま足の甲を窪みに引っ掛けます、そしてそこを視点にして少し下に下がりつつも足場や手を引っ掛ける場所が豊富な場所に移動して、また登り始めます。天井まで石が続いているのと、割と天井が高いので良いトレーニングです。

 

「はぁ…はぁ…すぅっ…!」

 

そしてそのまま、またゆっくりとしっかりと掴める石を探しながら上っていきます。あとほんの少し、と言う場合は思いきってジャンプするのも得策です、ウマ娘の脚力と体感なら大体は届きます…ただ…。

 

「っ!?!?あー…しまった…」

 

と、ジャンプして掴んだは良いのですが脚を引っ掛かる場所が悪く、そのまま滑り落ち、掴んだ手も離してしまって下に引いてあったマットにぼふっ、と落ちます…。油断したり、場所が悪かったりと本当に少しのイレギュラーでこんな風になってしまうのです。

 

「ふぅっ…片付けて戻りますか…。」

 

根を詰めてもしょうがないのです、どうにかなる。そう信じて今はやるしかありません。そのまま器具とシューズを外して指定の場所に片付けます。

 

「えいっ。」

 

「ひゃぅっ!?」

 

と、器具を片付けていると突然、首筋に冷たいものが当てられてビックリします…思わず素っ頓狂な声もあげてしまって、思わず睨みながら後ろを振り向きます。そこにはイタズラ成功とばかりに笑っているトレーナーさんが。

 

「頑張ってるねぇ、感心感心…♪」

 

「トレーナーさんが勧めてきたんでしょう?勝てるようになれるなら、頑張りますよ。」

 

「うむうむ、ほかのウマ娘に負けず劣らずの、負けん気…素晴らしいねぇ、というわけではいこれ」

 

とトレーナーさんが渡してきたのが、ハートやらがあしらわれた可愛らしいピンク色の缶ジュースです…とりあえずありがたく貰って起きます。

 

「まぁ、この調子なら秋華賞も菊花賞も大丈夫でしょ。」

 

「はいっ、勝って見せます。」

 

「エアもリベンジ狙ってるみたいだから頑張ってね〜。オークスより苛烈なレースが観れるのを楽しみにしてる。」

 

「…はいっ!」

 

こうしてトレーナーさんからも期待されているのだ。同じチームだからといって、負けるわけにはいかない。改めて固く自分の中で勝利を誓うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「すみません、もどりまし…会長さん!?エアグルーヴさん!?ナリタブライアンさん!?」

 

ボルダリングルームのシャワーを浴びて戻って来れば相部屋の会長さんとエアグルーヴさん、ナリタブライアンさんがまさに死屍累々といった様子で倒れていました…すぐさま3人に駆け寄ります。呻き声は聞こえるので、ほっと胸を撫で下ろします。

 

「だ、大丈夫ですか…!?」

 

「あ、あぁっ…げほっ、げほっ…!」

 

会長さん達の近くにはトレーナーさんからもらった、あのピンク色の缶ジュースが落ちています。そしてその中身からは何やら甘ったるいような酸っぱいような、よくわからないにおいが…。そういえば…と、貰ったジュースを取り出します。

 

「…き、気をつけろ…それは、危険だ…!がくっ…」

 

「エアグルーヴさぁんっ!?」

 

と、エアグルーヴさんも息絶え絶えで忠告してきます。そんなに危険なものなんですか、これ…!?

 

「おのれ…ゴールド、シップ…覚えて、いろよっ…!がくっ…」

 

「ナリタブライアンさーん!?」

 

とりあえず会長さん達に胃薬を医務室から持ってきて、その日は安静にして貰いました。とりあえず、ゴールドシップさんとトレーナーさんには雷を落としておきました。会長さん達が被害にあった、このピンク色の缶ジュース…"初恋ジュース"はのちにトレセン学園の比較的目立たないところの自販機に密かに納入され、我慢比べ、度胸試し、"一気飲みで完飲すれば初恋が実る"などのジンクスなどに使われるようになるのはまた別のお話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味いんだけどなぁ、これ。」



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その26

どうも、いつものごとく、私です。イクシオンです。いろいろ波瀾万丈な5チーム合同合宿もおわり、それぞれの各チームの面々が後のレースに向けて様々な調整をしていく中…。

 

「はっ…はっ…!」

 

「はぁい、お疲れ。残念だけどレコードにはまだ一歩届かないね。」

 

「はっ…!はっ…!そう、ですかっ…!」

 

わたしも現在調整中です。合宿も終わり、あと2週間もすれば秋華賞、その4日後には菊花賞が始まります。秋華賞にはオークスで凌ぎを削ったエアグルーヴさんやサイレンススズカさん。菊花賞ではトウカイテイオーさんがリベンジに燃えている他、ビワハヤヒデさんなども以前とは比べ物にならないくらい強くなっています。

 

「しかし、ちょっと驚いたよ。秋華賞、菊花賞でレコードに挑戦したいなんてね。」

 

「このくらいしないと…!勝てません、からっ…!」

 

「君の目を見れば誰だって本気だって事くらいは分かるよ。てな訳でもう一回いってみようか。」

 

「はいっ…!」

 

みんながみんな、レースに向けて自分を追い込んでいる…なら私もこのくらいしないと、みんなに勝てない…!

5分間のクールダウンを挟んだ後にもう一度、スタートラインに立つ。両手を組んで手首を回し、爪先を地面について足首を回し、解す。そしてほぐし終われば軽く跳躍した後にスタンディングスタートの構えを取れば、耳を澄ませてトレーナーさんのスターターピストルを待つ。

 

「っ!!」

 

ピストルから破裂音がなれば、そこから一気に駆け出して行く…このまま一気にトップスピードに…と乗ろうとした直前でトレーナーさんが手を数回叩いて私を静止させる。

 

「今ほんの少し出遅れたよね?スタートからもう一回。」

 

「…っ、はいっ!」

 

「君が勝ちたいと言ったんだ。僕も容赦はしないからね?」

 

「はいっ!!」

 

その後も、比較的短い間隔でスターターピストルの音が響いていた。少しでも速度が前より落ちていたり、速度があっても出遅れていればやり直し…それをずっと繰り返しました。そして…。

 

「シッ…!!」

 

済ませた耳にスターターピストルの音が刺さる、それを感じた瞬間にありったけの力を力を込めて地面を蹴る。身体を前に持って行く。勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい…自分の為だけじゃないっ、みんなの為に、勝ちたいっ!!!スタート時のスピードを維持し続ける。直線でもコーナーでも一切速度は落とさずに…そのまま最終コーナーを抜ける。

 

「はっ!はっ!すぅっ…!!」

 

最後は最終直線…コーナーの立ち上がりから息を入れて僅かに回復した脚を全部回す…走れっ!もっと、もっとはやくっ!!そしてゴールラインをそのまま最高速度で突っ切れば。

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

「んー…」

 

と、トレーナーさんはストップウォッチを見て、暫く唸った後に目だけ動かして私の方を見ればニヤリと笑って。

 

「惜しい、もうちょっとだったね。」

 

と、トレーナーさんはストップウォッチを見せてくれます。レコードまであと0.6秒…やはりレコードの壁は厚く、高いようです…。

 

「うん、じゃあ5分クールダウンした後にもう一回行こうか。これでラストね。」

 

と、再びスタート地点近くに向かう…クールタイムが終わればそのまままた、スターターピストルの音と共にスタートします。そして…私にとってのターニングポイント…秋華賞まで、トレーナーさんとこのトレーニングを続けました…そして、2週間後…私の一つ目のファクターでありターニングポイント…秋華賞当日がやって来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

数日後、京都にて行われる秋華賞…もうすぐ出走のファンファーレが鳴り響きます。結局前日まで詰め込みに詰め込んだのですが、トレーニングではレコードを切れませんでした…正直悔しいですし、不安です…。一度でも越えられないまでも同じタイムかそれに近いものが出せれば自信に繋がったのですが…。そして私にとってのイレギュラーがこれです…。

 

『5番 フジキセキ 3番人気です。』

 

現在パドックにいるフジキセキさんです。トレーナーさん曰く「本人の希望で復帰戦の山場を被せた、頑張ってね♪」との事です…。もちろんリベンジに燃えるダイワスカーレットさんもウォッカさんもいますし、エアグルーヴさん、サイレンススズカさん、ライジングホッパーさん…強敵ばかりですし、皆さんの顔を見れば絶好調、好調なのは間違い無いです。

 

「…やるしか無いんだ…」

 

自分に言い聞かせるようにそう呟きます。そう、あの子たちの心の支えになる、そう決めたじゃ無いか。振り返るな、まだ道は遥か遠くに続いてるんだから。

 

『11番 エアグルーヴ 1番人気です。』

 

…そろそろ出番ですね、11番のエアグルーヴさんが呼ばれました。もうクヨクヨしていられません、自分の両方の頬を叩きます。

 

「よしっ」

 

こんなクヨクヨした顔は見せられません、まずは皆さんに勝とう。このレースに勝とう。いつまでも悩んでいてもどうしようもありません、後で全部悩もう。そう心に決めてマイナスになりそうなものは全て奥底に押し込みます。

 

「時間か…行こう…!」

 

そうしてパドックに小走りで向かって行きます。

 

『13番 イクシオン 4番人気です。』

 

そう呼ばれた瞬間に避雷針に思い切り雷を落とします。これが私の宣戦布告です、さぁ、レースを…私達を始めましょう。



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その27

予定変更、負けて貰いました。あと、レース描写についても色々ご指摘頂ければ幸いです。


『どんよりと重い雲が覆う空の下、18人のウマ娘が死力を尽くして競い合います。』

 

本日の天気は曇り、雲の多さから後もう一足あれば雨が降り出すといったところ。そんな天気の中このレースを目標に定めてきた18人のウマ娘達が鎬を削るために次々とターフに入ってくる。

 

『それでは各ウマ娘紹介しましょう。虎視眈々と狙います、本日の3番人気 5番 フジキセキ。』

 

『この評価は少しばかり不満か?2番人気、4番 サイレンススズカ。』

 

『スタンドに押しかけたファンの期待を一身に背負い、11番 エアグルーヴ 一番人気です!』

 

『さぁ、各ウマ娘スタート準備整いました…!』

 

全員がゲートの中に入り、出走の準備が整う。今から走るのが楽しみな顔、負けられないという強い覚悟が宿った顔、漸く誰かと走れるとそんな期待のこもった顔…みんながそれぞれの顔をしていて…。

 

そして空を覆うどんよりとした黒い雲から、光が発せられる。まるでカウントダウンをしているかのように二回、光った後に…。

 

『各ウマ娘、一斉にスタートしました!』

 

避雷針に落雷が一つ落ち轟音がなったと同時にスタート、そして100m過ぎたころには霧雨が降り始める。この霧雨と言うのがいやらしいところだ。これが気になるようなら、集中出来ていない、と言うことになる。

 

『200m通過、現在先頭は4番サイレンススズカ、そのすぐ後ろに5番フジキセキ、並んで11番エアグルーヴ、1バ身離れて9番ダイワスカーレット、並んで7番ウォッカ、クビ差で大外から13番イクシオンと続きます。さらに1バ身離れて、16番ライジングホッパー。』

 

現在は200mから300mの間、まだそれほど差も無くと言ったところだが、後100mもすればその差はくっきりと出て来るだろう。

 

『400mを通過!サイレンススズカ!先頭を進む、が、後ろも気にしている様子。これはどうでしょうか?』

 

『後ろの方で大人しくしている子も沢山いますからね。特にオークスでしてやられたイクシオン、ハナ差とは言え差されたエアグルーヴ、復帰戦山場のフジキセキに最も警戒を置いているかもしれませんね。』

 

と、一通り解説が終わればこの秋華賞の重要なファクターとなる出来事が起こる。それはほんの小さな、音。

 

「すぅ…!」

 

「「「「「(…っ!!)」」」」」

 

400メートルを過ぎようとしたところで、大きく息を吸う音を前方のウマ娘たちは聞き逃さなかった。聞き取れたのは前方集団のウマ娘、そしてその中の半分のウマ娘がギアを上げ始める。そしてもう半分は訝しむ。

 

「(らしくない小細工だな…)」

 

「(来ないね、やるじゃないか。)」

 

「(やっぱり…)」

 

特にすぐに気付いて今のこのペースを守り、拮抗状態を崩さなかったのはこの3人。サイレンススズカ、エアグルーヴ、フジキセキ。理由は簡単。ここで仕掛けるメリットがあまりにも無さすぎる。もし失敗すれば悪戯にスタミナと脚を削っただけになる。狂気の沙汰ほど面白い、というウマ娘であればまた話は別であろうが。

 

「(流石にあの3人に小細工は通用しないか…)」

 

ちょっとしたフェイントを仕掛けたイクシオンだが、前3人に聞かないことは予想していた。そして、騙された数人もすぐに自分のペースに戻していく…が、ある程度脚は削れたはず…。

 

「(実験的な意味で仕掛けたけど、失敗したな…もう使えない…もうちょっとベストなタイミングもあったはず…これは私の経験不足だ。)」

 

と、ちょっとだけイクシオンが顔を顰める。だがすぐに表情を戻す。まだ、まだ仕掛けない…ゆっくりと、ゆっくりと足を溜めていく。チラリと左側を見ればウオッカも同様のようで。

 

「(いつまでも悠長にしてられない…ならっ…!)」

 

そして600メートル地点でレースが動き始める。思うように埒を開けようとギアを上げたのは、ダイワスカーレット。それに触発されるように周りのウマ娘も一段階ギアを上げていく。もちろんそんな中このウマ娘が黙っているわけがない…。

 

「すっ…ふっ…!」

 

みんながギアを上げたなら自分も上げる…ただしみんなの倍は上げるが、と言わんばかりに、イクシオンは周りが一段階上げたのに対し三段階ぐらいまで一気に上げて、第1コーナーを超大外で回り、コーナーの立ち上がりで前方3人を差しにいく。いつものお得意のパターンだ。

 

『13番イクシオン!!仕掛けていったっ!』

 

『なかなかにチャレンジャーですね。決まれば前方3人へかなりプレッシャーを掛けれますよ。』

 

「(いける、このまま…!)」

 

と、その進路を塞ぐのはウオッカ、そしてライジングホッパー。

 

『おっとぉ!それを阻んだのはウオッカ!』

 

『彼女もオークスで13番にしてやられていますからね。徹底マークしていると言っても良いでしょう。13番ちょっと厳しいですよ。』

 

「(差そうと考えてんのはお前だけじゃあ、ないんだぜっ…!)」

 

そんな様子を見ていた先頭3人も、ギアを上げてスピードが上がる。それを見ればイクシオンが大人しく大外をそのまま走っていく。コーナーの立ち上がりで差すのはやめた…と言うわけではない。今も虎視眈々と狙っている。隙あらばすぐさまその疾風迅雷の差し足がすぐにでも前方3人のその喉元へと飛んでいくだろう。

そんな攻防を続けて、現在800メートル地点…順位の変動は現在ハナを進むサイレンススズカ、半バ身離れてエアグルーヴ、その後ろにつく形でフジキセキ、さらにその後ろにダイワスカーレット、ウオッカ、イクシオンが3人で並んでいる状態で。

 

「(さて、どうしようか…)」

 

と、大外で様子を見るイクシオン。現在順位は7位。目の前には6人…この6人を追い抜かない限り勝利は無い…後ろは、特に気にしなくても大丈夫だろう。とあたりをつける。まずは目の前の3人…ライジングホッパー、ダイワスカーレット、ウオッカのこの3人だ。

 

いける…やれる、やるんだ!心の中でイクシオンは自分にそう言い聞かせて思いっきり息を吸う。3人と言わず、6人まとめてぶち抜く…やってやる…!

 

「(全員、覚悟は良いか?私は出来てる。)」

 

奥歯をぎりっと噛みしめれば頭にツノが現れる。一応は見えなくしてるので周りからは見えていない…だが確実に身体に電気が流れる。身体は軽い、いける。

現在900m…折り返し地点となる1000mまで100m…覚悟は出来た。折り返し地点と同時に仕掛ける…だが、すぐには仕掛けない。ベストタイミングがあるはずだ。自分の足と目でしっかりと距離を測る…960…970…980…990…ここだっ!!!とギアを最大限まで上げる。後はそのまま走り抜けるだけ。

 

『おっと、ここでウオッカ、ライジングホッパー!同時に仕掛けた!!』

 

『前方の拮抗状態が崩れましたね…これを見逃すウマ娘はいませんよ。』

 

『おっとぉっ!!イクシオン!再び大外から上がってきた!!持てる全速力で大外から上がってきた!!』

 

そのまま大外からイクシオンが上がって来る。それもそのスピードは明らかにラストスパートのスピードで。

 

「(持ってよ…心臓…!ここを、ここを越えれば後一つなんだからさぁ…!)」

 

「(来たな…!)」

 

「(今度こそ負けない…!)」

 

「(残念だけど、私も負けられないんだよ…!)」

 

鬼気迫るそのギアの上げ方に前方3人が本格的に足を回す。そのまま前方が四人になる。その四人を追いかけるように後ろの三人もギアを上げる。ここで前方集団と後方集団がはっきりと分かれる。

 

『残り800m!!ここで前方集団、激しいデッドヒート!!』

 

『11番と5番はキツイ状況ですよ。前方に加えて後方、さらに大外も見なくてはいけません。』

 

イクシオンが現在4位…。前には残り三人。後ろにも三人…。

 

「(後ろは気にしなくて良い…左右も…特に気にしなくて良い。ひたすら前だけを…前だけをみろ…!)」

 

全く脚色を衰えさせずに少しずつ少しずつ、前方三人との距離を詰めていく。前の三人も先程チラリとイクシオンを見た後は全く他所を見ていない…他所を見るくらいなら前を見る…おそらくそうしないと勝ちきれない…。そしてそのままコーナーに入る。異変が起こったのは第三コーナーでの立ち上がり直前だ。

 

「(い"っづぅっ…!!)」

 

イクシオンのコーナー立ち上がりの際に不意に感じた一瞬の左足の激痛…それを歯を食いしばって耐える。痛みで動かなくなりそうなのを電気で無理矢理動かす…。かなり負担の掛かる行為だが後先を考える余裕はなかった…まずは目の前の勝負に勝ちたい…!それだけが今のイクシオンを突き動かす。

 

『サイレンススズカ、エアグルーヴ、フジキセキ、イクシオン!この四人の足色は一切衰えない!完璧な拮抗状態!』

 

『四人がそれぞれを牽制し合ってる状態ですね、最終コーナーで誰がこの拮抗を崩すのかが重要になってくると思います。』

 

『さぁ、最終コーナー中盤で残り400!』

 

『ここの立ち上がりまでに崩さなければ苦しいですよ。』

 

最終コーナー立ち上がり、まず仕掛けたのはエアグルーヴ。そのままラストスパートでサイレンススズカに追い縋る。もちろん二番目に仕掛けたのはサイレンススズカ、エアグルーヴのラストスパートに反応するようにラストスパートを掛ける拮抗状態が崩れた今、それを見逃すでは無いとばかりに、二人のウマ娘がほぼ仕掛ける。

 

「はっ、はっ、はっ…!すぅっ…!!」

 

やはり目を…否、耳を引くのは雷鳴にも聞こえるその踏み込み…。だが奇しくも踏み込んだのは左脚。

 

「ぶっ…!?ぐっ、ギィィィィッ…!!」

 

無理矢理動かしてるとはいえ、痛覚までは遮断出来ない。普段なら悲鳴を上げそうになる激痛に奥歯を砕きそうになるくらいに歯を食いしばって耐えて、そのままコーナーから直線へ移行する。視界の端に映るものは、無い…なら、今追い越しているか、並んでいる証拠だ。

 

『残り200!最後の直線を制するのは誰だ!』

 

「(抜け出せるっ…!いけるっ!)

 

足の激痛はもう気にしない…気にしてたら勝てない、勝つんだっ!と、必死に足を回す。他の3人も一緒だろう。ゴールがもう眼前に迫ってくる。150…175…150…125…。まだ並んでる…ならっ、と踏み込もうとすると左脚が先ほどよりも力が出ない、やはり限界か…と、ほんの少しだけスピードが落ちる。100…75…50…そして。

 

『ゴール!鮮烈なレースとなりました!』

 

そのまま四人が纏ってゴールする…。そのままゆっくりとスピードを落とす…ゆっくり、ゆっくりと落としつつ、外側からの電気信号で左足を無理矢理普通に見えるように動かす…ブーツの中は少しじっとりとしている…正直言ってブーツを脱ぐのが怖く感じるイクシオン…。そしてターフで結果を待つ…。そしてその時は来た…。

 

『…順位は…!エアグルーヴっ!秋華賞を制したのはエアグルーヴ!!見事オークスでのリベンジを果たしました!

2着はフジキセキ!3着はサイレンススズカ!』

 

順位が発表されればイクシオンはやっぱりか、という感じで笑ってからそのままターフに座る…そろそろ限界だ…。ゆっくりとブーツを動かす…やはり、嫌な予感は当たっていて…。そしてそれを予期していたかのように、トレーナーと救急隊が来る…そこからはよく覚えていない。

ただ…。

 

「無茶したねぇ…まぁ、仕方ないか。菊花賞は辞退だね…これは。」

 

トウカイテイオーとの菊花賞を走れなくなった…その小さな後悔がイクシオンの胸に残った。



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その28

「いやぁ、本当にやっちゃったねぇ。」

 

「はい、ごめんなさい…」

 

なんて、トレーナーさんと病室で話します。どうも秋華賞を終えたばかりの私です、イクシオンです。ちょっと秋華賞で無茶し過ぎちゃいました…。

 

「全治2ヶ月半…筋肉断裂と皮膚裂傷による出血。まぁ、それだけ出したってことだし、これは僕が読み違えた結果だなぁ…反省反省。」

 

そんなわけで私は今病院です。病院に運ばれてすぐに部分麻酔による手術になりました…レースを終えた後の私の左足ですが、思った通り大変なことになっていて…トレーナーさんの言う通り筋肉と皮膚が裂けて出血してました。

 

「伸び切った左脚をあんなに酷使したからねぇ。まぁ、そうなるか。」

 

「…ごめんなさい…」

 

トレーナーさんの言う通り、全治2ヶ月半、年末過ぎ辺りまで走れません…。同時に下半身トレーニングもあまり、と言うか一切できません。当然ですが、左右の脚で差が出来てしまうと走りにくくなるのです。

 

「僕の方は気にしなくて良いよ。君に無茶をさせたのも僕の責任だし、君の潜在能力を見誤ってたのも僕だ。そろそろメンタルキツいんじゃない…?」

 

「……。」

 

バレてますね、気不味そうにトレーナーさんから視線を逸らします。その通りです…。実際ちょっと…いや、かなりキツい…。色んな人との約束を守れなかったことがかなり心に刺さってます…。

 

「大丈夫、きみは僕の想定以上の全部を出し切っただけ…それを読みきれなかった僕の失態だよ。まぁ、しばらくはオフだと思ってゆっくり、怪我を治してね。」

 

と、トレーナーさんは病室から出て行きます…コツ、コツ、コツ…と足音が遠ざかれば…もう、限界です。

 

「…くぅぅっ…ぅぅっ……!」

 

と、頬を熱いものが零れ落ちます…それは病院のベッドのシーツに確実にシミを作って…。無事な方の右足を体育座りのように曲げて、その足に向けて額を押し付けて。

 

「あぁぁっ…!うあぁぁぁぁぁぁっ…!!!!」

 

悔しい…こんなに悔しいと思ったのは初めてだ…。レースに負けたと言うのもある。…角まで出して…もう一人の私の力を使って挑んだのに、負けた…。けど、レースに負けたのも確かに悔しい…だが、本当に悔しいのは…。

 

「みんなっ…!ごめっ…!ごめんなざいっ…!おねぇぢゃん、やくそく、まもれながった…!!」

 

そう、弟妹達との約束…必ずみんなに強いお姉ちゃんの姿を届けるから、と言う約束を…守れなかった…!それが、それがたまらなく悔しい…!!

 

「ぁぁぁっ…!!あぁぁぁっ…!!」

 

そのまま病室で一人ぼっちで…泣き疲れて寝てしまうまで泣いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

イクシオンが泣き疲れて眠ってしまうところから少しだけ時間を巻き戻して…。

 

「いまはやめておけ、スズカ。」

 

号泣する声が聞こえる病室の扉に手をかけようとしたのはサイレンススズカ。それを静止するのはエアグルーヴ。

 

「…でもっ…!」

 

「私達も奴も全てを出し切った、その上での結果だ。

 

 

 

 

真剣勝負に負けてその上、同情までされた者がどれだけ惨めな気持ちになるかを考えろ。

 

 

 

「…っ!」

 

「こればっかりは私も賛成だね。」

 

「フジ先輩…」

 

と、そこに現れたのはフジキセキ。その手には段ボールが抱えられていて。

 

「それは…?」

 

「これかい?まぁ、彼女に取っての宝物、かな…?」

 

と、段ボールを開ければ中に入っていたのは手紙で、辿々しいながらも一生懸命描かれた様子が、宛先からだけでも伝わってくる。内容は今日こんなことがあった、などの微笑ましい日常のお話で。

 

「これは…?」

 

「奴が孤児院出身だと言うのは聞いたな…?とある理由で孤児院は閉鎖になったのだが…」

 

「彼女は一番上として、下の子達を弟妹として大層可愛がっていたみたいだよ。これは全国に散らばったその子たちから送られてきた物だね。」

 

と、やがて鳴き声が聞こえなくなって…三人がそっと病室の扉を開ければ目元を赤く腫らして眠っているイクシオンが…。

 

「今日のところはこれを置いてお暇しようか。」

 

と、フジキセキがそのままベッドのテーブルに手紙の入った段ボールを置いて。

 

「また起きている時に来れば良い、奴が折れることなど絶対に無い。」

 

「…また、来ますね…」

 

そう言って三人が病室を去った後に、パチパチと電気が流れる音がした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、脚の方は大丈夫か?」

 

「はい、後一ヶ月もすれば退院出来そうです。」

 

入院して一ヶ月、トレーナーさんにお願いして、会長さんとライスシャワーさんを呼んでいただきました。ちなみに傷も塞がってきたので来週あたりには抜糸出来るそうです、と主治医さんに教えていただきました。ただリハビリも加えるともう後一ヶ月は掛かるそうです…早くトレーニングに戻りたいところですが、急がば回れ。回り道こそが最短の道だった、なんてことはよくあることなのです。

 

「良かったぁ…いっぱい血が出てて、ライス、凄く心配だったからっ…」

 

と、ライスシャワーさんも言葉を掛けてくれます。嬉しい限りです。リハビリが終わったらすぐにでもトレーニングです…その前に二人に伝えないといけないことがあります…。

 

「…それで、何かあるのだろう?如何したんだ?」

 

「…会長さんにはお見通しみたいですね。」

 

と、やはり会長さんは何か察してる様子…ですがご安心下さい。そんな大層な事じゃありません。目を閉じながら軽く深呼吸をして真っ直ぐにお二人を見ます。

 

「ライスシャワーさん…そして会長さん…いえ、いつまでも会長さんと呼ぶのは失礼ですね…シンボリルドルフさん。

 

次の天皇賞・春…そして有馬記念で…私と走ってくれますか?」

 

…これでもう後戻りは出来ない、勿論、戻るつもりも無い。お二人を見ればライスシャワーさんは目を閉じて色々と考えている様子…そして会長さん…いえ、この呼び方はもう辞めましょう…シンボリルドルフさんは口を開きます。

 

「おそらくだが…リハビリも合わせると血反吐を吐くことになるぞ?」

 

「承知の上です…!」

 

「そうか…決意は堅いというわけか…」

 

と、色々と考えて考えが固まったのだろう。次はライスシャワーさんが口を開きます。

 

「ライスは…走りたい。マックイーンさんとイクシオンさんに…勝ちたい!だから、ライスは待ってる…!天皇賞・春で…!」

 

「…ありがとうございますっ…!」

 

と、ライスシャワーさんは快く受け入れてくれました…これで次の目標が決まりました。もちろん負けるつもりで挑むわけではありません。勝つつもりで2人に挑みます。その様子を見た会長さんは…。

 

「…なら、私も負けるわけにはいかないな。」

 

「シンボリルドルフさん…」

 

「…待っているぞ。さて、面会時間の終了だな。」

 

と、満足そうな顔で去っていくシンボリルドルフさん…。去り際に…。

 

「…全身全霊、お互い全てを出し切ろう。」

 

その顔に思わず冷や汗が出てしまいました…完全にアレは獲物を見定めた肉食獣の目でしたから…。

 

「ら、ライスも!待ってるからね!」

 

と、ライスシャワーさんも小走りで病室を去ります…さて、これでもう私に選択肢はありません。

 

「やるんだ…!」

 

固く拳を握って誓います…もう弟妹達を悲しませない…。あの子達は今度こそ私が守ってみせる…だって私はお姉ちゃんなんだから…!




達成目標 ルートB
メイクデビューに出走 達成
スプリングステークス、フィリーズレビューで3着以内 達成
皐月賞、桜花賞で1着 達成
日本ダービー、オークスで1着 達成
秋華賞で4着以内
天皇賞春で3着以内
宝塚記念で1着
天皇賞秋で1着
有馬記念で2着以内



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その29

どうも、皆さんしばらくぶりです。いつものごとく私です。裏技を使いつつしっかりと足の怪我を治したイクシオンです。え?脚を治した裏技ですか?言わせないでくださいよ、恥ずかしい…事もないんですけどね。普通に電池という私にとってのチートアイテムを使いました。

完治してしばらくはリハビリ兼基礎トレーニングに従事してました。そして今ですが…。

 

「ふぅっ…!ぐっ、ぎぃぃぃぃぃっ…!!!」

 

と、トレーナーさん所有の練習場にて再びトラックと綱引きです。安心してください…まだ優しめです、2トントラックです。やはりブランクは酷かったようで踏み込んでいるとはいえ、少し引きずられちゃいます。蹄鉄の重さもちょっと軽くしてもらい片足40kgずつぐらいにして貰ってます。

 

「っ、はぁっ…!はぁっ…!」

 

会長さ…、こほん。失礼しました、シンボリルドルフさんとライスシャワーさんに軽い宣戦布告のようなものをした後にトレーナーさんに相談したら、「うん、とりあえず容赦しないからね?」との事です…まぁ、血反吐ぐらいだったら死なない程度なら何リットルでも吐きますよ。もう負けたくないんですもん。まぁ、いわゆる負ける意味を知った、という奴です。一部がパン見たいな髪型をした何処かのイタリアのギャングも「人ってやつは、"成功"や"勝利"よりも"失敗"から学ぶことの方が多い。」なんて言ってましたからね…いや、私たちウマ娘をヒトと言っていいのかわかりませんけど…なんか大いに話が脱線しましたね…。

 

「ぎっ、ギギギキギギッ…!」

 

と、2トントラックと引き合いながらジョジョに私が軽トラのタイヤをスリップさせるようになってきて。そしてそのまま少しずつズリズリと引きずっていきます。

 

「だぁぁぁっ…!」

 

と、大きく強く踏み込んだところでバキンッ!と金属が折れるような、割れるような音が聞こえて。そして拍手のような音が聞こえます。

 

「はぁい、終了。まぁ持たせたほうかな?はいこれ。」

 

と、シューズの裏を見れば見事に蹄鉄が割れてます…まぁ、デビュー前もデビュー後も散々踏み砕いて壊しましたから…。とトレーナーさんから新しいものを受け取り、交換します。もう蹄鉄の交換も慣れたものです。お陰でトレーニングシューズは3足くらい履き潰してますけど…。

 

「よし…お願いします!」

 

と、蹄鉄の交換を終えて軽く身体を解せばすぐにトレーニングの体制へ。水分補給はバッチリなのですぐにでもいけます。むしろ私には時間が無いので休んでる暇すら惜しいのです…。二つのレース、負ける気で挑むつもりは毛頭ありません。

 

「それじゃあ、ちょっと外周走って見ようか。全力で。タイムはそうだね、天皇賞・春のレコードにしようか。誤差は+1秒以内。いくよ?…角もちょっと出して見ようか。」

 

と、トレーナーさんがストップウォッチを手に持ちつつ支持します。この場所の外周が大体菊花賞と同じなのです。そのままスタートの構えを取ればグッと身体に力を込めます。額のあたりに確かな重量を感じればビリビリと身体に心地いいくらいの刺激が走ります…。よし、いける。

 

「シッ…!」

 

僅かにするストップウォッチのスタート音を聞き逃さずにスタートします。もちろん初めっから全速力。目標タイムは天皇賞・春のレコード。まずは直線、快調に飛ばします。一応ここは地質的にはダートに近いので割と足を普通に取られます…。そしてコーナーは鋭く攻めます。

 

「……っ!」

 

ちょっとだけ秋華賞のコーナーの出来事が頭をチラつきます…大丈夫、完治はしてる…でも…と、どこか信じきれない部分もある…ほんの少しだけ攻める角度を緩めて左足への負担を減らそうとします。やはりそこで速度が落ちたのか、その後も挽回しようとしましたがやはりコーナーでの左足への意識が取れず、タイムもレコードに+8秒してしまいました…。

 

「コーナーの時、左足庇ったよね?」

 

「はい…。」

 

「やっぱり怪我が尾を引いてるのかな?」

 

「多分、だと思います…。」

 

「そこ、次までには治しておいてね。練習で自分の脚を信じられないようじゃ勝てるレースも勝てないよ。特にドルフと走るんなら尚更だ。自分の脚を信じられないようなら引退した方がいい。」

 

「…はいっ…!治しますっ…!」

 

「おっけ、じゃあもう一回。」

 

「はいっ…!」

 

と、トレーナーさんから手厳しい言葉を頂きつつ、左脚の庇い癖を治すためにもう一度走ります。ここで折れるわけにはいかないんです。みんなが待ってるんですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、そこだ。いくぞ?せーのっ!」

 

「なー、そこのそれとってくれへん?」

 

「えーっと、これがあそこにいくから、これがそこで…」

 

「ねー!これ何処だっけぇっ!?」

 

学園内をみんながあちこち慌ただしく走っています。そう、私たちウマ娘がやることはレースもライブもそうですが、応援してくれるファンの皆さんがいてこそ成り立っています。そして今私たちが何をしてるかと言うと、もうすぐファン感謝祭というものが開催されます。それの準備をしてるのです。他の学校で言うところの文化祭です。もちろんセキュリティもカッチリしてます。カチカチです。各チームやクラスごとに出店をするのですが、私たちのところはと言うと。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。」

 

と、他のクラスのウマ娘をシンボリルドルフさん、フジキセキさん、テイエムオペラオーさん、エアグルーヴさんが接客の練習をしてます。それぞれのモチーフ色に合わせた薔薇のコサージュを胸につけた執事服で。私たちの出し物は執事喫茶です。接客は先ほどの4名です。私ですか?私は大したファンもいないので裏方に専念するといって回避しようとしましたが三人がかりで理詰めにされた結果、私も執事服です()

まぁ、衛生面を考えてエプロンと三角巾の着用は認めてもらえたので良しとしましょう。というわけで私は当日出すメニューの食材管理です。発注は食堂のおばさま達と相談しつつメニューは全員で決めました。試作もバッチリです、自信作です。調理係ですか?もちろん私一人ですよ?一度何人か手伝いに入ろうとしましたが私の領域に入ると怪我をしますよ?というのを作業で見せつけて撤退させました。

 

「よし、いい感じだな。」

 

「これなら本番も大丈夫そうだね。」

 

と、四人はバッチリのようです。練習に付き合わされたウマ娘四人は何やら鼻血を出して担架で保健室へと運ばれて行きました…。一体どうしたんでしょうか?

 

「厨房の方はどうだ?」

 

「ええ、食材も器具も全部注文通り…大抵の軽食ならここで作れますよ。」

 

と、エアグルーヴさんから改めて確認をされますが、バッチリです。席の確保もバッチリ、後はどのくらいここを訪れる人が来てくれるか、ですね。実の所私も腕の振るい甲斐があるので楽しみです。こうして誰かのために料理をするのは久しぶりですから…。

 

「と言うわけで、裏方は任せてください。」

 

 

と、右腕を力瘤を作るように曲げた後に左手でポンと叩きます。ちなみにグラスワンダーさんとエルコンドルパサーさんは大食い対決の審判として駆り出されています、タイキシャトルさんは…ごめんなさい、よくわかんないです。ライスシャワーさんはマラソンだそうです。本番もしっかりと裏方です。ええ、軽食でもドリンクでも完璧に仕上げてみせますとも…ただラテアートは流石に簡単なものしかできないので勘弁してください()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてなんやかんやで本番です。表から聞こえてくる黄色い悲鳴を耳にしつつのんびりとオーダーをこなします。ケーキはガトーショコラとチーズケーキ、焼き菓子はマドレーヌやらパウンドケーキやらです。なんでそのかと言うと、楽なんですよね作るの。大量生産しやすいし…まぁ、弟妹達にあげるとホールで作っても5分と持ちませんが…。あと、本当にですが簡単なご飯も作れますよ。凝ったものはオムライスくらいが限界ですが…。

 

『ねー!会長カッコいいでしょ!!』

 

と、どうやらトウカイテイオーさんも来ているようです、私は今オーダー消化で忙しいので後日余ったお菓子でも渡しに行きましょうかね…。シンボリルドルフさんも満更でもないようです。

 

「はい、これが5番テーブルの分、これが7番テーブルです。お願いします。」

 

そのままサクサクとドリンクからフードまでオーダーをこなしていきます。まぁ、デザート系はすでにまとめて作っておいて冷蔵庫にポイ、あとはちゃっちゃとフード系を仕上げちゃうだけなので問題無し、です。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。」

 

と、フジキセキさんがまた一人テーブルにご案内してます。私はオーダー中なので大きな声は出せませんが…。そして10分ほどすれば新規オーダーが通ります。やはり人気のチーズケーキ、ガトーショコラとオムライス、やはりオムライス人気ですねぇ。子供は好きですもんね。ご飯はあらかじめ分量分小分けしてるので電子レンジで。後はそのまま玉ねぎやら角刈りの鶏肉やらスイートコーンやらをしっかり炒めて火を通していきます。同時並行で半熟オムレツの準備もして…割と最近料理してなかったので心配でしたが、割となんとかなるものですね。後はまるまるとしたオムライスに向日葵を描いていきます。名付けるならダンデライオンオムライス、ですかね。

 

「お願いします。」

 

「あぁ、任せてくれ。」

 

出来たオムライスをサッとシンボリルドルフさんに渡します。チーズケーキとガトーショコラは食後と言うことでお皿に準備して冷蔵庫に置いておきます。もちろん皆さんの分もきちんと確保してあるので悪しからず…。その後は洗い物が溜まってきたので袖を捲って洗い物に徹します。と言っても洗い物はほとんどスプーンやフォークなどのシルバー類だけなんですけどね。豆知識としてスプーンとフォークなんかは全部銀で出来てたみたいですよ。銀は毒に反応するらしいので毒が入ってるかが分かったとか…昔の人って凄いですねぇ。と、ホールの方に耳を傾けてみると何やらちょっと騒がしいですね…?

 

「…お姉ちゃんのと一緒の味がする…」

 

聞こえてきたその言葉にビクッと身体を離させます、まさか…誰か来てるの…?なんて予感がします…たしかに弟妹達にはよくオムライスを作ってあげてました。料理も全部シスターから習いましたし…。いやでもそんな都合のいいこと…あるわけ無い…いやでも声には聞き覚えはあるし…。

 

「あいたい…!」

 

会いたい、その気持ちは痛いほど分かる。足を怪我した時に何回も思った…だが言わないで欲しい。私も耐えてる、だから…!と私の願いは虚しく…。

 

「…っ…うわぁぁぁぁぁぁっ……!!じおんおねえぢゃんにあいだいよぉぉっ…!!」

 

…聞いた、聞いてしまった。確定だ、私の大事な弟妹の一人だ…。本当なら今からでも飛び出して行きたい…抱き上げてあやして上げたい…けど、まだダメだ…。思わずシルバー類を握る手に力が入り、フォークが歪んでしまう…ちょっと一旦離れよう…エプロンを脱ごうとした瞬間に肩を叩かれる。

 

「ご指名だぞ。」

 

「…エアグルーヴさん…っ…!」

 

「いけ、お客様を待たせるな。」

 

と、わたしから強引気味にエプロンを剥ぎ取ればトン、と背中を押されて…。

此処までしてくれたんだ…行こう…。とそのまま泣いている妹のところまで行けば…。

 

「全く…しょうがないなぁ。」

 

そのまま後ろから脇の方に手を入れてひょい、っと持ち上げてこっちを任せて抱き上げる。

 

「…ぐずっ…おねぇちゃん…?」

 

「いつまでも泣かないの、おめかしもして美人さんが台無しだよ。」

 

と、泣き止むまで背中を叩いてあげる。ちょっとだけぐずりがおさまった頃合いを見計らって。

 

「…お歌、歌ってあげようか。何が聞きたい?」

 

「…ポポのやつ…」

 

「…シスターも好きだったもんね、いいよ。」

 

と、リクエストが来れば笑顔でそのままリクエストを受け入れる。みんな歌ってた歌だ…もちろんずっとシスターといた私も…。

 

『E Le Vu Sha Ki La Ku Pa Di Ma To Ka Lei

PoPo Loouise PoPo Loouise

栗の木の下で抱きしめた 真っ黒なPoPo Loouise』

 

『宝物の箱をママが捨てた するとパパはだまって窓を全部閉めた

愛を探して僕は居るよ こまくの海に口笛が泳ぐ』

 

…これを歌うたびに思う、もう私達に愛と優しさをくれたシスターはいなくなっちゃった…。これからはわたしがシスターみたいにならなくちゃ…。だって、この子達はまだこんなにも小さいんだから。

 

『サボテンの花が咲く季節に また逢えるまた逢おう

E Le Vu Sha Ki La Ku Pa Di Ma To Ka Lei

PoPo Loouise PoPo Loouise』

 

サボテンの花が咲くのは春先から夏の終わりぐらいらしい。そう言えばこの子が来たのも春先だった気がする。その時にポポっていう犬を飼ってたんだっけ。一番この子に構ってあげてたな…ポポ。そんなポポもこの子が来たつぎの春先に虹の橋を渡っちゃったんだけどね…。その時はなくこの子を一日中シスターと一緒にあやしてたな…。

 

『水玉模様の石を拾う 青いナイフでハートに丸く刻みこむ

僕は知ってるあなたのことを まぶたの波にこずえが揺れる』

 

…もうシスターには会えないけど、この子には…ううん、この子を含めた弟妹達にはまだわたしがいる。この子達のためなら、まだいくらでも強がれる。

 

『サボテンの花が咲く季節にまた会える また会おう

満天の星空を探して君の名を唄ってる』

 

『きっとコンドルは待ってるよ あの山の向こう側

E Le Vu Sha Ki La Ku Pa Di Ma To Ka Lei

PoPo Loouise PoPo Loouise』

 

…歌い終わり、腕の中を見てみればすっかり夢の中。泣き疲れたのもあるのだろう。起こさないようにそっと、引き取ってくれた親御さんに渡して。

 

「この子を、よろしくお願いします。」

 

と、頭を下げる。そして注文のデザートはきっちりとお持ち帰りの形で渡して。

 

「…おねぇちゃ…また、会える?」

 

色々やっていたらどうやら起きてしまったようだ…そのまま頭を撫でてあげて。

 

「サボテンの花が咲く季節にまた会えるよ。」

 

そう言って、手を振って見送った。ずっと見えなくなるまで。その後は普通に周りの人に頭を下げた後に裏方業務に戻りました。

 

…その後何故か、私が歌った姿が動画サイトに挙げられてちょっとだけバズったのは秘密です。

 




気まぐれで書いてみる…。

【ゲイル・アンド・ライトニング】イクシオン
レアリティ 星2
固有技能 エアロスパーク(星2)
最終コーナーに差し掛かるまでに5位以上になると、身体に走る電撃と共に周りの加速効果を打ち消しつつ自身を加速させる。

【破神の愛馬】イクシオン(レアリティ星3以上)
トールハンマー(レアリティ星3以上)
最終コーナーに差し掛かるまでに5位以上になると、轟く雷鳴と共に周りの加速効果を打ち消し、疲れやすくしつつ自身を加速させる。

ステータス
スピード 111(6%)
スタミナ 109(6%)
パワー 90(6%)
根性 89(6%)
賢さ 91(6%)

距離適正
短距離 B
マイル B
中距離 B
長距離 B

脚質
追い込み B
差し A
先行 A
逃げ C

スキル
直線加速
牽制
垂れウマ回避

覚醒レベル2
ポジションセンス

覚醒レベル3
直線回復

覚醒レベル4
根幹距離

覚醒レベル5
ハヤテ一文字


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小噺集

忙しくてなかなか書けなかった…リハビリとして投稿…


"油断大敵"

 

とある日。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ…!」

 

生憎の雨ということで石畳の屋根のあるところで走る以外のトレーニング、ということで一人用の飛び縄を渡されたイクシオン。早速トレーニングに取り掛かる。縄跳びなんて小学校以来だが、意外と続いている。飛び縄は長く飛び続けることが重要である、が、自分でもびっくりするくらい続いているのでちょっと飛び方を変えてみる。

 

「シッ…!」

 

と、頭の中でカウントダウンを取り、ゼロになった瞬間に普通の飛び方から一回飛ぶごとに二回縄を回す、二重飛びに変える。細い縄が空気を切る音が一定タイミングで二回聞こえるようになり、

 

『(よしっ…このままさっきのと同じくらいやればっ…!)』

 

と、集中力を高める。そのうちピリッ、ピリッ…と身体から電気が放電し始める。そのうちに飛ぶ回数、飛ぶ時間を重ねるごとに段々と身体から出る電気の量が多くなっていき、音もピリっ、ピリっからバチっ、バチっ、という音に変わっていく。

 

「はっ…!はっ…!はっ…!」『(…あとっ…1分…!)』

 

と、ちょうど同じ時間に差し掛かろうとしたところで放電がジジジジッ、というものに変わり…ズルっ!と額からツノが飛び出る。もちろんいきなり出てきたツノを止めることも、ましてや勢いがついてる縄を急に止めることも出来ない、どうなるかはお察しである。

 

「〜〜っ!?!?い"ぃ"っだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃっ!?!?」

 

当然ツノに結構な勢いの縄が直撃し、ツノを手で押さえながら悶える、そして若干涙目になりながら…。

 

「もうトレーニングで飛び縄やらない…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"モンク"

 

「むむー…難しいデース…」

 

「モンクを教えてください、と言ったのはエルコンドルパサーさんですよ。じゃあ、もう一度一の型から行きますよ。」

 

バシっ!バシっバシっバシっ!と、学園のなんかこう、ちょうど良い感じの広さの広場でジャージ姿でエルコンドルパサーと組手をするイクシオン。何やらトレーニングで煮詰まってるらしくちょうど良くいたグラスワンダーとトレーナーに相談したところ、同じ徒手空拳ということで選ばれたらしい。

 

「すぅ…"疾風の構え"」

 

と、目の前に吊るされているサンドバッグに向けて構えを取り…。

 

「一の型…"連撃"。」

 

左から始まるワンツー、左フック、右ストレート、これでワンセットの"連撃"。

 

「二の型…"正拳突き"」

 

右で放つ速く真っ直ぐな"正拳突き"。

 

「三の型…"崩拳"」

 

さらに正拳突きから間を置いて、速度は劣るが威力の勝る"崩拳"(ぽんけん)

 

「ふぅ…とりあえず基本はこれです。蹴り技はレースが近いので控えましょう。」

 

「わかりましタ!では次っ!私が行きマース!」

 

と、エンコンドルパサーもサンドバッグに打ち込んで行く。そんな二人を見ている影が二つ。

 

「二人とも良い調子のようだな。」

 

「ええ、エルコンドルパサーにも良い刺激になることでしょう。」

 

「あぁ、それにしても…あの体捌き、まさに文句の付け所が無いな。」

 

「…はぁ…」

 

エアグルーヴのやる気が下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"ホームシック?"

 

とある日の食堂にて。

 

「ジー…」

 

相席になったイクシオンとライスシャワー。

 

「ジー……」

 

「…あ、あの…どうかしましたか…?」

 

「…ねぇ?」

 

「は、はいっ!?」

 

「頭撫でてもいいですか?」

 

「ふぇっ!?あ、はいっ…どうぞ…」

 

と、いきなりの言葉に驚きながらも頭を差し出すライスシャワー、そこに多少の躊躇いを残しつつも手を置いて撫で始める。

 

「……」

 

「……ん…ほわぁ…」

 

「…はぁ…」

 

「…?」

 

「いえ…ただ、こうして撫でてると…なんだか…弟妹達を思い出しちゃったりして…」

 

イクシオンのやる気が下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"人参賭博再び"

 

「それで…またやるんですか?」

 

「おう。てな訳で付き合え。」

 

「はぁ、半荘一回だけですよ?」

 

と、またゴールドシップに誘拐されてしまったイクシオン、前回のリベンジと言わんばかりに申し込まれる勝負に半荘一回と条件の元で望む…内容勿論、麻雀です。

 

「それで、また人参賭博ですか…」

 

と、またしても人参賭博の現場に出会ってしまう…本当に懲りないんだなぁ、この人…なんて思いつつも席につく。今回はテイオーさんではなくウオッカさんが入るようで。そのまま配牌を見れば口角が軽く上がる。

 

「さて…それじゃあやりますか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜東一局 〜 ドラ 四筒 "19巡目"

 

東 ゴルシ 鳴き無し

西 マック 白をポン

南 ウオッカ 123索をチー

北 シオン 北 南を暗槓でカン

 

「うしっ、これだなっ!」

 

「あ、それください。カン。」

 

「うげっ!?」

 

「(ドラ四…おりますわ…。)」

 

「…ツモ。三槓子、三暗刻、嶺上開花、ドラ4。倍満です。」

 

「だっはぁっ!?」

 

「なんてことですの…」

 

 

 

 

 

 

 

 

〜東二局〜 ドラ 白 "14巡目"

 

北 ゴルシ ドラである白をカン

東 マック 赤ドラを含む5索をカン

西 ウォッカ 赤ドラを含む五ピンをカン

南 シオン 鳴き無し

 

「カンっ!」

 

「…(全員がドラ入りでカン…危ないですし、カンはこれで三つ目…仕切り直させてもらいますか。)」

 

「このままいけると宜しいのですけど…」

 

「残念ですね。カン。これで四槓散了です。」

 

「うぉぃぃぃぃっ!?」

 

「まぁ、当たり前ですよね。」

 

「こうなる予感はしてましたわ…」

 

「ちっきしょー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜東三局〜 ドラ 7萬 7巡目

 

ゴルシ 南 鳴き無し

マック 北 鳴き無し

ウオッカ 東 123筒をチー

シオン 西 鳴き無し

 

「(そろそろ終わらせないと不味いですね…ここで全員飛ばせると良いんですけど…)

 

(皆さん結構良いペースで捨ててるんですよね、早そう…ん?…よし。)」

 

「(…不味いですわね…捨てるペースが上がってきましたわ…)」

 

「(あー…もうなんだよ…なにでまってるかわかんねぇよ…!)」

 

「(こえぇなぁ、でもここで流す手が無いんだよなぁ…現物捨てるか…)」

 

流れて14巡目

 

「立直」

 

「(立直…来ましたわね…!立直した時はチャンスですわ…立直は天才を凡夫に変える…!)」

 

「オープン」

 

「(オープンっ…!?おいおいおい!無茶すんなよ!)」

 

「(字一色大三元…!?ダブル役満確定の中待ち…!?ツモる自信がある…ということですの…!?)」

 

「(無理だろ…引けるわけねぇだろ…引けるわけ…)」

 

「…ツモ、字一色大三元。これで全員飛びましたね?」

 

「ま、マジかよ…」

 

「ま、また見せつけられましたわ…」

 

「それじゃあ、お疲れ様でした。…もしもし会長さん?またもや人参賭博の現場を…」

 

この後、三人は石抱きならぬ人参入り箱抱きの刑になった。

 

 



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