100万回生きた猫 in カルデア (白い猫)
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プロローグ

Qなぜこれとクロスした……

Aすみません


 100万年も死なない猫がいました。

 100万回も死んで、100万回も生きたのです。

 立派な虎猫でした。

 100万人の人がその猫を可愛がり、100万人の人がその猫が死んだとき泣きました。

 猫は一回も泣きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、ワトソンさん。今日のご飯です」

 

 メガネを掛けた少女が俺に、平たい皿に盛られた食事を差し出してくる。いつも決まった時間、決まった場所に出されるそれを、俺は疑うこともせず全て平らげるのが日課だった。

 今世も今世で俺は飼い猫であるらしかった。いや、飼い猫というには少しばかり語弊があるかもしれない。なぜならきちんとした飼い主が俺には見当たらないからだ。かれこれ生まれて一年経ったが、いまだに誰が俺のことを飼っているのか分からない。

 しかしそれでも俺が飼い猫であることは分かるのだ。なぜなら俺は一つの建物でしか生活をしていないからである。猫とは元来、自由であるべき存在なのだが、なにせこの建物より外は猛吹雪という過酷な環境らしい。俺が野良になろうとしても、きっと死んでしまうのがオチだろう。俺に毎度食事を与えてくれるこの少女も、そんな猛吹雪の風景を何か憧憬を抱くような目でいつも眺めている。この少女はどうやら、この光景しか見たことが無いらしかった。

 

「にゃー」

 

 食べ終わったことを教えるため俺は鳴いておく。別に知らせる必要もないのだが、この飼い主もどきの少女は、俺が無言で立ち去るといつも悲しそうな顔をするのだ。うざいったらありゃしない。そんな捨て猫のような目で見られても俺は猫だ。何かできるわけもないんだぞ。

 俺の鳴き声を聞いた少女は満足げに微笑むと、空になった平皿を持って俺の頭を優しく撫でた。人間というのはいつも頭を撫でたがる。他の猫がどういう反応をしているのか知らないが、俺にとってはこの行為が嫌で仕方がない。自慢の毛並みが乱されるのは、俺としては気に食わないことなのだ。

 

「それではワトソンさん。私はこれから訓練がありますので」

 

 俺が聞いたわけでもないのに少女は律儀にそう言ってきた。

 訓練があるのならさっさと行ってしまえばいい。俺としてはそのまま会いにきてくれなくてもいいとさえ思っている。飯の調達など、その気になればできる。

 

「いい子にしていてくださいね」

 

 少女はそう言ってこの1年間でだいぶ柔らかくなった笑顔を俺に振りまき、そのまま歩いて行った。

 やはり人間というものは身勝手で獰悪な種族である。あの少女も最初こそは本当に人間なのかと疑いたくなるほど感情に乏しい女だったが、今では歴とした人間だ。勝手に話して、勝手に餌をやり、勝手にどこかへと行ってしまう。猫の事情なんて何一つとして理解していない。それなのに猫の気持ちをわかったようなことを口にするのだ。傲慢と言っても差し支えのない精神である。図太さだけで言えば、アスファルトの上から生えてくる雑草と言えるだろう。

 

 やはり俺は、今回の飼い主(もどき)も好きになれそうにない。

 



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100万回生きた猫とキリシュタリア

色々な声をいただきました。
ありがたい。
思いつき、見切り発車、ストックゼロという状況ではありますが
まあ、頑張って投稿していきたいと思います。

あと、二部五章の話がちろっとあるので注意。


 俺の行動はいつも不規則である。日常的にこれを必ず行わなければいけないというものが存在しない。飼い主によっては何かしらの役目を押し付けられることもあるのだが、ここカルデアにおいては俺の役割などほとんど無いようなものであった。

 かと言って一日中だらけるかと言われれば、そうでもない。日中、日も差さない場所でくつろげるほど俺の精神は荒んじゃいない。人間であれば天候などに関係なく疲れたら休息するのだろうが、猫にだって休息の矜持くらいある。俺が大好きなのは太陽が燦々と輝く中、日影でゆったりと微睡を楽しむことである。太陽が出ているのに日陰で休むっていうのがポイントだ。

 まあ、それらゆえに俺の今日の行動は未定だったりする。明日も明後日も明明後日も未定だったりするのだが、猫というものは基本的には予定に縛られない生き物である。己が種族の生み出した金銭という価値に縛られ、それを多く手に入れるために限られた時間を割く愚かな人間と一緒にしないでいただきたい。時間をただ浪費するだけの人生に、幸福などあるはずもないのだ。

 ほら、噂をすればなんとやら。俺の目の前に、今も時間に追われたふりをしている愚かな種族が歩いてきた。

 

「おや、ハドリアヌス帝ではないか」

 

 かつての俺の飼い主だった名前を、不遜にも笑顔で呼びかけるのは金色の長髪をした男だった。

 

「こんなところで散歩かな? 実は私もリフレッシュがてら散歩をしていてね、一緒にどうだろう」

 

 そんなもの嫌に決まっている。

 正直に言うと、俺はこいつが嫌いだ。もっと正確に言うならこいつのこのサラサラとした金色の長髪が嫌いだ。こいつが首を一度動かせばバッサバッサと、まるで大波のように動いて仕方がない。猫の本能的にその髪を一本残らず掻きむしってやりたくなる。

 

「にゃー」

「そうか、同行してくれるのか。いやはや私も嬉しい。なにせあまり動物とは関わったことがないんだ。魔術師が動物と関わる時なんて、きっとそれは研究道具としてだからね」

 

 でた、この人間特有の天然ブラックジョーク。それを猫が笑えると思っているのだろうか。これがもし猫相手だったのなら、俺は今すぐにでも自分の尻尾を相手の顔面に炸裂させていたところである。

 

「さてどこに向かおうか」

 

 金髪の長髪男は、わざわざ付けていた手袋を外し俺の体をスッと持ち上げて歩き出す。散歩なのだから場所なんぞ特に決めなくていいだろう。なぜそうやってなんでも目的地を決めたがるのか分からない。どこに向かっているのか、なぜそこに向かうのか、それら指針がなければ億劫になってしまうなど、やはり人間とは劣悪な種族だと思ってしまう。何気ないことを楽しみ。何気ないことを尊く思え。それはきっと幸福なのだ。

 

「にゃー」

 

 離せという気持ちを込めて一応だが鳴いてみる。人間は非常に傲慢な生き物だ。この程度の嘆きは通じたりしないだろう。彼ら彼女らは常に己のいいように物事を解釈してしまう。全く醜いったらありゃしない。

 

「腹でも空かせたかい?」

 

 ほらみろ。見当違いなことを言ってきた。

 あのメガネの少女に飯を食わせてもらってからそんなに時間は経っていない。そこまで暴食な猫に俺が見えるのか? 全くもって失礼な人間である。

 

「今は何も持っていないが、そうだな……ひとまず食堂でも行って、何か探そう」

 

 完璧にどうやら勘違いしたらしく、金色の長髪男は俺を抱きかかえたまま食堂へと向かい始めた。あそこは嫌いだ。なにせ人が沢山いる。俺は人間というものがそこまで好きじゃないのだ。勘弁してほしい。

 

「そういえば君は何か好きな食べ物はあるかい? 私はパンが好きなのだが」

 

 誰も聞いてないから自分語りはやめてもらいたい。誰がお前のことを知りたいと思っているんだ。パンが好きなら、ずっとその口にフランスパンでも咥えていればいいのではないだろうか。ほら、赤ちゃんのおしゃぶり的なものとして。

 

「まあ、それも死にかけていた時に食べたせいかもしれないな。私はどうもあの味が忘れられないんだ」

 

 男の言う、死にかけた時にパンを食べたってどういう状況なのか皆目見当もつかない。野良猫みたいな生活を送ればそういうこともあり得るのだろうが、あいにく俺はまだ野良猫になったことがないため、それも不明だ。一度、めちゃくちゃ貧乏な飼い主の猫になったときはあったが、その時でさえ俺はネズミやら虫やらを食べていた。そのため飢えというものを俺はあまり理解できないのだ。もしかしたら、生まれ変わった初期ごろはそういう経験をしたこともあるかもしれないが、なにせ100万年近くも昔の話である。そんな記憶など、とうに消え失せてしまった。

 なんにせよこの男は飢えに苦しむほどの極貧生活を送ってきたのだろう。可哀想に。自分で狩りもできないなんて、人間はなんて可哀想な生物に成り果ててしまったんだ。昔はマンモスなんかも集団で殺していたのに。時々、一人で殺してくる化け物なんかもいたっけな。

 金色の長髪男もそれくらい強くならなければ、今の時代、生きていくのも困難だろう。抱かれた感触からして少し肉が足りないような気がする。細いとまでは言わないが、もっとムキムキした方がいい。それにそんな派手なマントを羽織るのも、どうせ金持ち風に見られたいからなんだろ? 見栄を張るな。お前はお前らしくあればいいんだ。いつかそんなお前でも好きと言ってくれる雌くらいは見つかるさ。

 

「にゃー」

「ふ、そうか。君もパンを食べてみたくなったか。それなら私が焼きたてのパンを君に作ってあげよう」

 

 やっぱこいつ嫌いだ。肉食動物に変なものを食べさせようとするな、殺すぞ。

 

「……キリシュタリアさん? それにワトソンさんまで」

 

 生命の危機を感じていると、そいつは目の前に現れた。

 誰かって? 俺のことをワトソンなどと呼ぶのは一人しかいない。

 

「やあ、マシュ。一人で彷徨いているとは珍しい」

 

 そうやって金色の長髪男がメガネの少女へと笑いかける。俺はそんな少女の顔をじっと眺め、そちらの豊満な胸へとダイブした。

 

「わっ、急に飛び込んで来られると驚いてしまいます」

 

 知るものか。こちらとしてもあの男の腕の中より、こちらの腕の中の方が安全と思っただけだ。危うく意味のわからないパンを食わされるところであった。食事係は一人いれば十分である。傲慢な王でもない俺からすれば、人間をこき使ったところで、なんの快楽にも繋がりはしないのだ。

 そもそも俺の体を受け止めれなかったとしても、俺はその場に着陸できるくらいの身体能力を備えている。こう見えても、サーカス団の猫だった前世もあるのだ。その場で宙返りを三回するくらい余裕である。

 

「どうやら彼は君の腕の中の方が好みらしい」

「そうなのでしょうか? 飛びかかられたのはこれが初めてなので、私には分かりません」

「しかし今飛びかかったのは純然たる事実だ。私より君の方が好かれているのは間違いないさ」

 

 そうキザったらしく男は言っているが、その瞳には嫉妬の炎が見える。猫じゃなければ今頃失禁していたかもしれない。手袋を渋々と言った様子でつける様は、まるでおもちゃを奪われた五歳児そのものである。

 

「さて、マシュも一緒に食堂に行かないか? 彼はどうもお腹を空かしているようでね」

「お腹を、ですか?」

「ああ。私は彼の気持ちを理解できるから」

 

 う・そ・つ・け。

 分かった気になっているだけである。この金色の長髪男は誠に遺憾ながら、俺の気持ちなど微塵も理解しちゃいない。天然超えて唐変木だ

 

「ですが、私が1時間ほど前に食事を与えたのですが……」

「ふむ。ならば足りなかったのだろう。これからはもう少し餌の量を増やした方がいい」

 

 やっぱこいつ殺した方がいいのでは無いだろうか。

 これまでいろんな飼い主を見てきたが、こいつは酷い。どう見てもモンスター飼い主だ。俺を見世物として真っ二つにしやがった手品つかいの飼い主と同じ匂いがする。

 

「あら、ダメよ。肥満は万病の元。この子が太った時にダイエットさせるの大変なんだから、今のうちからしっかりと栄養管理しないとね」

「ペペロンチーノさん」

 

 そう言って美しい体躯をした人間が俺の顔面を覗き込みながら、会話に割って入ってきた。猫の俺からしたら男とも女とも取れない風貌である。この施設に生まれてはや一年。ここの猫七不思議の一つとして数えられる怪談話が、彼彼女の性別についてだったりする。この前、その怪談話に白黒つけようと彼彼女の股間に飛び込んだのが、如何せんガードが堅い。俺の体が股間に飛びつく前にするりと抱き上げられてしまった。なので、これからも多分一生、俺は彼彼女の性別を知ることはできないであろう。

 

「だが、ペペロンチーノさん。ハドリアヌス帝は餌が欲しいと言っていたんだ」

 ———あの、キリシュタリアさん。この子の名前はワトソンさんです。間違えないでください。

「それは傲慢な判断ね、キリシュタリア。私の他人通から読み取るに妙蓮寺は、十分に今の餌で満足しているように見えるわ」

 ———ぺぺさんも。この子の名前はワトソンさんです。間違えないでください。

「それは確たる証拠があるのかい? 確かその他人通は色しか見えないはずだ」

 ———あの二人とも聞いていますか?

「ええ、それで十分なのよ。だってこの子と私、相思相愛なんですもの!」

 

 この連中たちの会話を聞いていると、すごく寒気がする。心の臓を鷲掴みにされているかのような感覚だ。

 飼い主たちには悪いが、この場はさっさと退散することにしよう。男女からの寵愛も、金色の長髪男の天然さも、メガネ少女の独占欲も懲り懲りである。この施設にはもう少しマシな人間がいないのだろうか。全員が一癖も二癖もありすぎる。せめて程よい加減で放任してくれるくらいの飼い主にしてくれ。いや、飼い主事態が嫌いなのだけど。

 俺は「にゃー」とは鳴かず、メガネの少女の腕から軽く飛び出す。ピタッと華麗に着地をすればあとは我が物顔で廊下を歩いていくだけだ。あの不毛とも思える論争は止めなくてもいいだろう。人間とは実に愚かしい生き物だ。くだらないことばかりに時間を割くのは理解に苦しむ。

 スタスタと廊下を歩き続け、気の向くままに角を曲がってみる。この施設は思ったよりも広いらしくあまり人とすれ違うことがない。まあ、すれ違ったらすれ違ったで、抱き抱えられたり、頭を撫でられたりするのだが。今はこの一人の時間を大いに楽しもう。

 

「見つけたわよ、トリシャ」

 

 げ、嫌な女が来てしまった。

 俺が後ろを振り返るとそこには案の定、銀髪の女が立っていた。彼女はこの施設の所長である。

 俺がなぜこの人間を嫌な女と言っているのか、それは一重に彼女の面倒臭さからきている。彼女は俺を見つけるたびに、おんぶしたり、しっかり抱いて寝たり、泣いた時は俺の背中で涙を拭いたりするのだ。それはもう厚かましいくらいに俺を利用してくる。まださっきの三人がマシなんじゃないかと思えるくらいだ。

 こうなればさっさと逃げるしか残された手段は無い。あの女に捕まって仕舞えば、今日という1日が潰されてしまう。まだあの女の膝の上で寝たりするのなら許せるが、あの女のノイローゼ気味な話を聞かされるのはゴメンだ。眠気も食欲も全てが吹っ飛んでしまう。

 俺はサッと後ろを向き、そのまま全身のバネを酷使して走り出す。

 

「ちょ、なんで逃げるの!?」

 

 お前が嫌いだからだ。

 

「あ、ようやく見つけました、ワトソンさん」

「ようやく見つけたぞ、ハドリアヌス帝」

「ようやく見つけたわよ、妙蓮寺」

 

 なんだ、お前らは。さっきまで言い争いをしていたんじゃ無いのか。なんで三人一緒に俺の行く道を阻んでいる。なんで全員が両手を広げて歓迎のポーズをしている。

 

「ではみなさん、飛びかかられた方の名前が最終決定ということでよろしいですね?」

「構わないとも」

「えぇ、白黒はっきりさせましょう」

 

 どうやら彼ら彼女らは俺の名前を俺に決めさせるらしい。なんて馬鹿馬鹿しいことを俺におしつけているんだ。元来、猫に名前など不要である。そんなものは一々、固有名詞を付けなければ伝わらないように言語を開発したお前ら人間が悪い。名前を付けたければ、勝手にそちらで決めればいいのだ。

 なので俺は適当なところで角を曲がり、三人の悪魔と一人のうつ病患者から逃れるのであった。

 

 

 本当に飼い主というのは忌々しい存在である。

 



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