プリンセス・アート・オンラインRe:Dive (日名森青戸)
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【番外編】こうあってほしかったプリコネ×SAO:前編



息抜きがてら、こんなのを作ってみました。
11月6日記念。SAOコラボを秘かに期待してたのにまさかのタイバニに裏切られたので自作しました。

※注意点

1.本編の設定とは全く関係ありません。
2.この話はSAOvsAWのサイドエピソード「最愛」の流れに沿ったものです。
3.つまりSAO側はゲーム版の設定となっています。プリコネ側は原作版(時間的に第2部13章辺り)です。
4.ムイミが激怒します。

それらが全てOKな方は本編をお楽しみください。




 

砂漠のど真ん中でムイミは一人佇んでいた。

 

「……」

 

彼女自身、どうしてここに居るか分からなかった。

来るべき決戦を前にセントールスで【自警団】の面々と策を練って、仮眠をしたところまでは覚えている。気が付けばこの場所に立っていた。

 

「……どう、なってんだ?」

 

混乱しそうになる状況だったが、冷静に自分の事を振り返る。

 

あたしはムイミ。歳は16。覇瞳皇帝との戦いでおかしくなった【レジェンドオブアストルム】にダイブした超能力者。

紆余曲折を経て真の黒幕がエリスであることを知り、一時撤退したあたし達はセントルースで【自警団】と一緒にエリスへの対抗手段を考えていた。

 

――大丈夫だ、問題ない。

 

「――いや大問題だろ!?」

 

思わず叫んでしまった。そりゃそうだ、寝入ったらこんな場所に飛ばされてたなんてありえない。【美食殿】の3人とユウキが出会った【ニュージェネレーションズ】や異世界の人間と一緒に戦ったりご飯を食べた事を聞かされたことはあったが、自分が迷い込む側になるなんて思わなかった。

 

(つーか、なんで天楼覇断剣を出してるんだ?)

 

更に不可解なことに、背には普段異空間ポケットに収納している天楼覇断剣(レプリカ)を装備している。

 

(とにかく、帰る方法を探さないと!このままこっちに取り残されるのは色々ヤバい!)

 

急いで脱出の手段を考えなければ、決戦に遅刻とか笑い話にもならない。いや、それ以前に帰れるかどうかも分からない。

 

「――うわあああああぁぁぁッ!!!」

 

その時、つんざくような悲鳴が響く。

聞きなれたその悲鳴に、直感的に悲鳴のする方へと駆け出した。

 

 

 

 

「けほっ、けほっ……イオさん、無事かい?」

 

「な、何とか……!」

 

吹き飛ばされたイオとカスミ。その正面には5体ものトカゲ人間が武器を手にじりじりと2人に迫ってくる。

 

(この魔物たち、私の知ってるリザードマンと全く違う!それに、私達の魔法も効き辛くなっている!)

 

出会い頭に魔物と出会い、退避しようとカスミが拘束系の魔法を発動。しかし、いともたやすくその魔法を破ってしまったのだ。

次第に距離を詰めるリザードマンの群れに、割って入るようにイオが剣を構える。

 

「イオさん!?」

 

「カスミちゃんはやらせないわ!」

 

「ダメだ、危険すぎる!」

 

正直、イオの剣術は同僚のマコトと比べれば児戯も同然。眼前の魔物に太刀打ちできるはずがない。

それでもイオの決意は固く、自分の説得程度で折れないのも理解していた。

 

「ギャオオォォッ!!!」

 

「たああああッ!!!!」

 

リザードマンが咆哮と共に槍を構えて襲い掛かる。イオも剣を下段にして構え、迎え撃つ――。その時だった。

 

「――えっ?」

 

一歩踏み込んだ途端、身体がまるで操られたかのように意志に反して身をよじる。刹那、リザードマンの剣がイオに当たる直前に横薙ぎに一閃。リザードマンの胴体を真一文字に両断し、他のリザードマンも吹き飛ばした。

 

「……うそん」

 

「え?ええっ!?なにっ!?今何が起きたの!?」

 

イオ自身何が起きたのか意味が分からなかった。困惑する中、討ち洩らしたリザードマンが駆け出した。

 

「やば――」

 

「うらぁ!!」

 

その時、横からムイミが天楼覇断剣で的確にリザードマンを両断する。直後にその姿がブレたと思ったら、ポリゴンとなって消滅した。

 

「――今のは?」

 

「ノウェムちゃん!君もここに来てたのね!」

 

「まあな。知った顔の奴がいて、正直助かった」

 

「ありがとうノウェムちゃん。また助けられちゃったわね」

 

「よっ、余計な礼はいらねぇよ!あたしはただ、聞いた事ある声がしたから、あたしの知り合いでもいるんじゃないかって思っただけだ!んな事より!」

 

「ああ、わかってるさ。どうやらこの状況、私とイオさん、ノウェムさんが何かしら異常事態に巻き込まれた、といった所だろうね」

 

照れ隠しするムイミを他所に、カスミは冷静に自分達の現状を整理する。

ムイミにも自分達の事情を説明すると、どうやら彼女らも寝入って目を覚ました時にここにいたらしい。

 

「……ノウェムちゃん、カスミちゃん。これからどうするの?」

 

「そうだね……できれば現地の人に会いたい。ここがどこなのか、最近何が起きたのか。それらを聞くだけでも十分元の世界に戻る為の糸口になりそうだ」

 

「……ところで、一つ良いかしら?」

 

その時、やんわりとイオが横やりを入れた。

 

「なんだかこの地面、沈んでない?」

 

「は?」

 

「え?――ああ、違うよ。これは地面が沈んでるんじゃなくて私達が……流砂に呑まれてるんだああああああああああああああ!!!!」

 

最後の方が絶叫になった時には既に3人とも流砂から逃げようと駆けていた。いや、単なる流砂ではない。自分達の周囲10メートルの地面がすり鉢状にへこみ始めている。

更にそのへこみの中心部から、何かが飛び出した。

 

「ギャオオォォォ!!」

 

「アリジゴクだああああああああ!!!」

 

「よりによってアリジゴクの真上で戦ってたの私達!?」

 

「いいから走れぇ!!走らないとアイツに食われて死ぬぞ!!」

 

全速力で駆ける3人だが、まるで嘲笑うかのようにどんどんアリジゴクに引きずりこまれていく。

 

「もう無理!引きずり込まれるぅ!死ぬ!死んじゃうぅぅぅぅ!!」

 

「死にたくなかったら死ぬ気で――いや、飛ぶ気で走れぇぇぇぇぇ!!!!」

 

ムイミの叫びに2人も雄叫びと共に限界を超えんばかりに走る。その甲斐あってか徐々にアリジゴクの中心から離れていく。

次の瞬間、3人はアリジゴクから飛び出した。

 

「――え?」

 

急に体が宙に浮いた感覚を感じて、カスミは我に返った。

頭上には後代に広がる砂漠。そして眼下には果てしない蒼穹と点在する雲。

 

「は?え?えええええぇぇぇ!?」

 

「私達、空を飛んでるの!?え?魔法も抜きで!?」

 

「どうなってるんだ、この世界はぁ!?」

 

次々起こる不可解な現象に頭を抱えるムイミ。頭を振って無理矢理落ち着かせると、カスミがいないことに気付いた。

 

「って、カスミは?」

 

「え?一緒にいたんじゃ……?まさか、あのアリジゴクに!?」

 

慌ててアリジゴクの場所を見ようとしても、既に肉眼では確認できないほどに遠く離れてしまっていた。何とか移動できないかもがいて見せるが、手足が空を掻くばかりでふよふよ宙を浮くだけだ。

 

「おーい!」

 

「この声は……カスミ!どこだ!?」

 

「こっちだよー!」

 

その時、別の方角からカスミの声がした。必死に手足を動かして探すと、崖の上で手を振っているカスミを発見する。

とりあえずアリジゴクに食われたという、最悪の結末ではなくて本当に良かった。そう胸を撫で下ろしたのも束の間、彼女の傍にあるものを見て絶句した。

 

「「……え?」」

 

それは、逆シャチホコの要領で身体を「く」の字に曲げて動かなくなっている猫耳の獣人族だった。

 

 

 

 

「お~い……」

 

「なんだ、随分と早かった――って、どうしたんだ?」

 

「いや、なんか迷子らしくてナ……」

 

その後、獣人――アルゴの案内によってアルンと呼ばれる街までやってきた3人。

満身創痍を現したような声を上げる彼女に、黒髪の少年が目を丸くしながら3人とアルゴを交互に見る。その隣にいた水色の髪の少女が3人に訊ねてきた。

 

「アルゴさん、この3人はひょっとしてアシスタントか何かですか?」

 

「さっきも言った通り迷子らしいんダヨ、アーチャン。大体、出会い頭に空中タックルをかました後、スクリューパイルドライバーを決める奴をアシスタントにできるカ」

 

「……おい」

 

少年冷めきった視線が方々からカスミの身体を貫く。

 

「し、仕方ないだろう!?本当に飛べるとは思わなかったし、空中の制御なんてやったこと無かったんだから!――いや、それでもスクリューパイルドライバーは無いか。アルゴさん、本当に申し訳なかった」

 

「いいヨいいヨ。しかし変わったビギナーダナ。飛び方も知らないなんテ。そういや3人とも、名前はまだだったナ。なんて言うんダ?」

 

「ああ。私は――」

 

その時、不意にカスミが言葉を止めた。不思議そうに首を傾げる2人が声を掛けるより早く、カスミが2人をアルゴ達から引き離した。

 

「お、おい。どうしたんだよ?」

 

「急にゴメン。でも、一つ思うところがあるんだ。ここは私達の知らない世界。自分の名前をおおっぴろげにするのはどうかと思ってね」

 

「確かに本名がバレでもしたら後々面倒だな。あたしはカスミの案に賛成だ」

 

イオからも特に反対意見は無く、改めて少年たちに振り返る。

 

「さっきは申し訳ない。改めて私はキーリ。探偵だ」

 

「あたしはムイミだ!んで、こっちの色々デカいのが……」

 

「初めまして。私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「センセーと呼んでください。さん、はいりません」

 

「「ズゴーッ!!!」」

 

真顔で名乗ったイオにカスミもムイミも思いっきりずっこけた。いや、確かに偽名を使えとは言ったが……。

 

「随分変わった名前だな……まあいいや。俺はキリト。彼女がアスナで、スクリューパイルドライバーを食らったのが情報屋のアルゴ」

 

「オイ」

 

若干引き気味の少年、キリトが改めて自己紹介をすると、部屋の中にいたメンバーを紹介する。

 

大柄な体格の商人のエギル。

バンダナに和鎧姿のクライン。

竜使いシリカと、その相棒のピナ。

鍛冶師リズベット。

キリトの妹のリーファ。

猫妖精の狙撃手シノン。

キリトとアスナの娘のユイと、立場上その妹ストレア。

【スリーピングナイツ】に所属し、絶剣と呼ばれる凄腕の剣士ユウキ。

 

因みにカスミとムイミはユイとユウキがいると聞いて【トゥインクルウィッシュ】のユイとプリンセスナイトのユウキと勘違いしたのを記載する。

 

「それにしても、なんでアルゴさんはあの場所にいたんですか?」

 

「ああ。こいつらの依頼でアルフの事を調べた帰りダヨ」

 

「帰り?もう終わったの?」

 

イオの問いにアルゴは「まぁナ」と頷いた。

光妖精アルフは、この世界の妖精の上の存在だったが、未だその姿は誰にも見せなかったという。そんな中、妖精王オベイロンが自らの妾を探しているという噂を耳にした。キリトはアルゴに調査を依頼したのだが、なんでも自己主張が激しくすぐに見つかったらしい。その帰りにカスミ達と遭遇した、と言うことだ。

その様子を聞いてユウキは思い出したように声を上げた。

 

「そういや姉ちゃんたちと一緒にボクも行ったけど……いきなり触ろうとしてきたから剣で斬りかかったら逆ギレされて追い出されちゃった。流石にみんなもう一度受けようって気にもならないって」

 

「恐ろしく自己主張の激しい人だね……それで他に何か言ってなかったんですか?」

 

「そういやこんなことも言ってたナ。――我が守護者はどこだ。人間と獣、悪魔の世界より召喚した守護者はどこだ、って」

 

「人と獣と悪魔……なるほど」

 

カスミはすぐに気が付き、すぐにキリトに話しかける。

 

「私達も同行して構わないだろうか?」

 

「本気?魔法も飛び方も、ましてソードスキルも知らないルーキーが行くには危険すぎるよ」

 

「心配するな!あたしが守ってやるよ!この天楼覇断剣でな!」

 

自信満々にムイミが剣を掲げる。小柄な体格のせいで頼りなさが拭えないが。

 

 

 

 

その後、紆余曲折を経てアルゴの案内の元、オベイロが目撃されたと言われるダンジョンへと乗り込む一行。

 

「リズベットさん、エギルさん、ありがとうございます。私達の装備を用意してくれて」

 

「気にしなくていいわよ。約1名、あんな格好をさせるわけにはいかないからね」

 

「「……あー、確かに」」

 

「どうかしたの?」

 

首を傾げたイオの衣装も変わっていた。

普段の煽情的な衣装から一転。リーファに似た意匠の服を着ている。リズ曰くあんなんじゃ街の中でも狙われる、だそうだ。そしてイオ自身は「そんなに狙われてる?」と本気で自覚が無いようなリアクションを返された。

 

「正直金属装備で固めれば良かったんだけど、剣の重さとか、身体のサイズとか色々あって没にしたんだけどね」

 

「だろうな」

 

「……」

 

「ん、アスナ?どうかしたのか?なんか表情が暗いぞ?」

 

「え、えと……確証は無いんだけど……なんか変な感じがするんだ……」

 

このダンジョンの入り口に来てから顔色が悪いアスナが、口ごもりながら切り出した。

どうにも彼女、このダンジョンに来てから「怖い夢を見る直前の気持ち悪さ」とか「嫌いな食べ物を前にした感覚」に似た嫌な感じが纏わりついているらしい。

キリトもアスナを気遣って「行くのを止めようか」と尋ねたが、そこは気丈に「大丈夫、きっと気のせい」と返した。

 

「よっし、じゃあ突入するぞ!」

 

 

 

 

ダンジョンの中はひらけた廃墟と化した神殿を思わせる場所だった。外周に浮遊する岩塊や石柱がカスミ達の世界には無い幻想的な風景を作り上げているが、そんなものに目をくれてやる暇は3人には無かった。

この世界での魔法や、飛翔を交えた立体的な戦術、更には連携してのソードスキルと、彼らの戦い方は【自警団】に身を置くカスミすら舌を巻くほどだった。同僚のマコトや、【王宮騎士団】団長のジュンが見てもきっと自分と同じようなリアクションをするだろうと言うのはカスミの想像だ。

しかしムイミも触発されたのか、全身鎧の羽の生えた兵士を相手に次々と倒していく。

 

「それにしても変わった人達ね。のうぇ――ムイミちゃんに斬られて血の一つも流れないなんて……」

 

介抱しようと触れた途端、斬られた妖精の兵士の身体がブレたと思うと、ポリゴンとなって消滅した。

 

「きゃっ!?き、消えた……!?」

 

「――やはりそうか」

 

驚くイオに対し、カスミは前々から確信していたように呟く。

 

「カスミちゃん?」

 

「センセー、そっちの名前は今は比較的使わないほうが良い。それと、一つ分かったことがある。ムイミさんにも聞いてほしいんだ」

 

カスミの真剣な表情にイオも僅かに圧倒される。それから戦闘を終えたムイミを連れ、一行から少し離れた場所に集まる。

 

「で、何だよ話って?」

 

「ムイミさん、あなたはあの時言っていたよね?私達はエリスの手によってゲームの世界に閉じ込められているって」

 

「げ、ゲームの?キーリちゃん、それってどういう……?」

 

「申し訳ないがそこを説明する暇は無いんだ。もしかしたら最悪、ずっとこっちに残ってしまう可能性があるかもしれない……」

 

カスミの深刻な一言に思わず耳を疑った。

 

「これは私の仮説だが……おそらく、ここはアストルムという世界とは別のゲームの世界だ」

 

「なんだって!?」

 

「実はさっき、魔物が消えたのを私はセンセーの時にも見たことがあるんだ。私達の世界じゃ魔物はあんな風には消えない。もし向こうでも同じルールがあるのだったら、今頃ランドソルは深刻な食糧不足で滅亡しているよ」

 

「王女様も魔物を食べるって言ってたけど、もしこっちみたいなことになったらひっくり返りそうね……」

 

【美食殿】ギルドマスター、ペコリーヌ。ランドソルの女王としての正体もあるが、美食を求めると言うギルド活動を始める時よりもずっと前に城を出て見聞を広めていた旅の際には、自ら狩った魔物を使った料理を食していたので魔物を食すことになんら抵抗は無い。仮に魔物も動物も、今の妖精兵士のように消えてしまうのであったら個人的に最もダメージが大きいのは彼女だろう。食べる為に倒した魔物が消えてしまっては何のために倒したのか分からないのだから。

3人の脳裏に涙目で消えてしまった佇む王女の姿が安易に

 

「ムイミさんに聞きたい。この状況、解決できたと思っているのかどうか」

 

「……はっきり言って、ノーだ。閉じ込められた世界が変わっただけに過ぎない。根本的な解決とは言えないな」

 

「ならなおさら彼らの言う妖精王に会うべきだ。彼が召喚したという守護者、恐らく私達のことだろうし」

 

「そうなのか?」

 

「さっきアルゴさんが言っていただろ?人間と獣と悪魔を召喚したって。魔族のセンセー、人間のムイミさん。そして獣の私。偶然にしては出来過ぎている。妖精王が一枚嚙んでいるとみて間違いないだろう」

 

鋭い指摘にムイミも納得する。ここまで偶然が重なれば、もう偶然とは呼べないだろう。

そのオベイロンとやらが自分達がこの世界に連れてこられた原因ならば、彼から帰る方法を聞きださなければならない。

その時、ダンジョンの奥から数人のエルフが逃げるように飛び出してきた。

 

「もう何なの、アイツ!何が妖精王よ!只の変態じゃない!」

 

「あの、何かあったんですか?」

 

「え?あなた達ひょっとして、この奥に行くつもりなの?」

 

「はい、そのつもりですけど」

 

「冗談じゃない、やめときなさい!あたし達、変な奴に追いかけられて急いで逃げてきたのよ!自分は妖精王だ、とかなんとか喚いてニタニタ笑いながら、こっちの身体触ってくるのよ!NPCなのにキモ過ぎるよぉ!」

 

どうやら先客らしいが、3人とも三者三様で顔を青くしている。こちらの想像を絶するような目に遭ったのか、僅かに身体も震えている。

そのまま逃げだした3人の後ろ姿が見えなくなるまで見送ったイオは、顔を引きつらせて彼女らが逃げ出した最奥を見る。

 

「……なんだろう。センセー、絶対に行くなって頭の中でガンガン鐘が鳴ってきたんだけど……」

 

「……諦めてください。どのみち奴に会わなければ帰れないかもしれないんだから……」

 

「……悪党なら大人しく腹を括れって奴だ」

 

げんなりした様子のカスミとムイミも腹を括ったのか、気丈に振る舞うアスナと共に向かうキリト達の後を追って最奥へと足を進めるのであった。

 

 

 

 

最深部の印象は広い、何かの儀式をするような魔法陣以外何もない部屋だった。ダンジョンの入り口辺りの雰囲気はすっかり失せ、地下の大部屋か何かのようにな印象も与えている。そしてキリト達から見て奥の壁には淡い光を放つ紋章が浮かんでいる。

 

「ふふっ……くくっ……」

 

その中心に誰かいた。

その人物は、はっきり言って悪趣味だった。長い金髪に金糸で編み込まれた刺繍が施された白い服に、それを覆う濃緑色のローブ。蝶を思わせる薄い翅。きりっとした顔立ちは普段なら美形ではあるだろうが、ニタニタした薄気味悪い笑みが全てを台無しにしている。

 

「……えと、あなたがオベイロン、さん?」

 

恐る恐るエギルが悪趣味男に声を掛ける。

一応編成としてはエギル、キリト、クラインが最前線。

その後ろにリズとムイミとユウキ、ストレア。中衛のシリカ、カスミ、リーファにアルゴ。

後衛がアスナとイオそしてシノンとなている。

ユイは流石に近付け過ぎないようにとキリトが前もって彼女をアスナの元に移らせたからだ。

エギルに気付いたのか、悪趣味男はくつくつと笑いながら誇示するように叫んだ。

 

「そう!この私が幾多の妖精種族の頂点に立ち、このアルヴヘイムの大地を統べる者!オ~~~ベイロン!!」

 

大きく背を逸らした後ぐわりとこちらに向けて叫ぶ悪趣味男。どうやらアルゴの話は本当だったらしい。いや、想像以上に自己顕示欲が凄まじい。

 

「うわぁ……うわぁ……」

 

「これは……想像以上だ……」

 

「……」

 

「さ、3人とも大丈夫ですか?」

 

今の自己顕示欲まみれの名乗りに正直女性陣は大ダメージだった。特にこの3人は想像の遥上を行くキモさで言葉を失っている。

 

「ん?――おぉ!そ、そなたは……!」

 

「えっ?わ、私……見られてる?」

 

そんな中、オベイロンがアスナを見て仰天する。

 

「そなたはティターニアではないか!ようやく見つけた!」

 

「アスナの事でなんか喚いてる?僕らが来た時には手を出そうとしただけなのに」

 

「なんだ、貴様ら!その娘は、我が妃の筆頭候補ティターニアだ!気安く近づくな!」

 

アスナを見てティターニアと喚きだすオベイロン。

 

「さぁさぁティターニア。再会を祝おうではないか。毎年毎年、身体を重ねた夜を忘れたとは言わせないぞ?」

 

「い、いやっ!近づかないで!」

 

「何を申すか。私とそなたの仲ではないか。今日は私とお前の中のちょうど50年目。素晴らしきこの日に、じっくりと私と言う存在を、これからそなたの身体に刻み――」

 

顔と指の動きがもう既に変質者のそれである。

だが、言い切る前にそのニタニタ顔が衝撃波に呑まれた。一瞬遅れて爆発音が無人の部屋に響きわたる。

その光景に何が起きたのか、誰もついてこれなかった。

ゆっくりとスローモーションな動きで男性陣が振り返る。

 

「……」

 

「む、ムイミ……?」

 

「……キリト、一つ良いか?」

 

表情が室内の蔭りで見えなかったが、カスミとイオからは普段の彼女からは感じられない何かを感じて戦慄する。

――静かすぎるのだ。

いつもハツラツなエネルギーを放つ彼女とは大違いだ。まるで水を打ったようにしんと静かに黙り込んでいる。

 

「アレ、中身は無いんだよな?」

 

「中身?アバターの事か?……多分、中身はAIが組み込まれたNPCだと思う。それに、この世界なら例え中身があっても実際の肉体への影響は限りなく0だ。殺っても問題ない」

 

「そっか……じゃあ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベツニコロシテモカマワナイヨネ?」

 

「「とんでもない殺気だー!?」」

 

思わずリズとカスミが叫ぶ。

オーラが視認できるのであれば、今のムイミからはオベイロンに対するどす黒い殺意が噴き出しているだろう。

 

「な、なにをする!?――ん?貴様、私が召喚した守護者ではないか!王に、支配者たる我に逆らうのか!?」

 

「じゃかましぃ!!!誰がテメェなんぞに召喚されるかァ!!!大体そんな聞き馴染んだ声でキモイことをべらべらべらべらと、耳障りなんだよ!!あと顔もキモイ!!」

 

まるで火山の噴火の如くブチギレたムイミの怒号に、味方であるはずのキリト達が圧倒される。

 

「うわぁ……」

 

「な、何あの子?いきなりNPC相手にブチギレて……」

 

「あー……。きっとムイミさん、オクトーさんと声が似てるアレを許せないみたいだね」

 

「んで、そのオクトーって奴とどういう関係な訳?あの子」

 

「彼女曰く、相棒らしい。さっきは余りのキモさに気付かなかったが、聞けば聞くほどオクトー先輩にそっくりだ。多分彼がそんなキモイ行動をしてると思って、我慢ならなかったんだろう」

 

「うおぉい!!守護者共ぉ!!早くこの暴走した小娘を止めろぉ!!」

 

カスミが困惑するリズベットやシノンに事情を説明し終えた途端、オベイロンが金切り声で助けを求めてくる。

 

「……悪いが私達も彼女も、あなたの守護者ではない。止めるつもりは毛頭ない」

 

「な、なにッ!?貴様も逆らうのか!?召喚の魔石で呼び出した者は召喚した者に絶対服従をするはずではないのか!?」

 

オベイロンが何か喚ていることをカスミは聞き逃さなかった。

 

「……それが私達をこの世界に呼んだ原因か。ムイミさん!奴から魔石を奪い取るんだ!それを使えば帰れるかもしれない!!」

 

「任せとけェ!!!塵も残さず消し飛ばした後で、ゆっくり奪ってやるよォ!!!」

 

「いや、できれば倒す前に奪ってくれ!」

 

「おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇ!!!どいつもこいつも僕をコケにしやがってええええええぇぇぇ!!!」

 

ヒステリックな金切り声に呼応するかのように、妖精兵士が次々と現れる。オベイロンにHPバーが現れる。

 

「!戦闘準備!アスナはなるべく離れてろ!」

 

察したキリトが声を上げ、各々が武器を構える。

 

 

「ははははは!このオベイロン様の下に跪け!低俗なる妖精たちよ!裏切り者の愚鈍な召喚者たちよ!」

 

 

今ここに、妖精の剣士たちと、妖精王の戦闘が始まる。

 

 






(・大・)<キリが良いのでここまで。

(・大・)<SAO10周年、おめでとう!


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【番外編】「こうあってほしかったプリコネ×SAO:中編」


(・大・)<本当なら前後編になるつもりだったけど、話の構造的に3部作になってしまった……。

(・大・)<SAO10周年、新作映画とかゲームってマジ?


 

あらすじ

突如異世界に飛ばされたムイミ、カスミ、イオの3人。

この世界のルールに戸惑う中、情報屋アルゴの案内でキリト達と出会い、そこで妖精王オベイロンのクエストを受けていることを知った3人は、彼らと行動を共にする。

そこでキモイ行動をする自称妖精王オベイロンにムイミが「オクトーと声が似ている」という理由で激怒。彼女につられるままに戦闘を開始するのだった。

 

 

 

 

「うらぁ!」

 

ムイミとストレアの両手剣が妖精兵士を両断する。

キリトとユウキの斬撃が兵士を切り裂く。

アルゴのスピードに兵士は翻弄され、生じた隙を逃さずエギルとクラインが倒す。

リーファの魔法が竜巻を起こし、吹き飛ばす。

妖精王オベイロンを自称するNPCの呼び出した妖精兵士は、次々と倒されていく。

 

「おいオベイロン!なんでアスナを狙うんだ!?」

 

「なんだと……?ティターニアは私と結ばれるべくして産まれた存在!当然だろう!」

 

「んだとぉ!?だったらなんで他の女の子にもベタベタしてやがったんだ!?しかもついさっき!」

 

当然だと言わんばかりのオベイロンにクラインがヤジ交じりに叫ぶ。

 

「王たるもの、複数の妾を持つのは当然であるべきだろう!?」

 

「お前最低だな!」

 

などと素のツッコミを交えての戦闘は、妖精兵士を次々と倒すキリト達にオベイロンの表情から余裕が消えていく。

 

「こうなったら……異界より現れよ!黒鉄の魔獣!」

 

悪あがきと言わんばかりに赤黒い宝玉を掲げる。そこから紅い光の輝きを放ち、正面に巨大な光の門が現れる。

扉が開くと、中から身を屈みながらぬぅっと巨大な怪物が現れる。

 

「なんだこのデカいのは!?」

 

エギルが思わず悪態を吐く。

オベイロンが召喚したのは全長3メートル級にも及ぶ黒曜石のような色合いの巨体を持った牛の怪物だった。幾何学模様の紋章が幾つも刻まれており、それらが淡く光っている。

そして頭上には固有名とHPバーが現れる。【THE SMASHING KINGBULL】。直訳すれば粉砕する雄牛の王だ。

 

「このミノタウロスはかつて人間界を滅ぼしたと言われる究極の巨人だ!その力に恐れ慄くがいい!おっと、ティターニアには手を出さないようにしてあるから安心してくれたまえ。残りは……徹底的な蹂躙だ!!」

 

ずしりとミノタウロスが歩を進める度に地面が揺れる。目の前のミノタウロスがボスクラスであることは間違いないだろう。

一行が狙いをミノタウロスに向けた時、最前線で妖精兵士を斬り伏せていたムイミが、すっと剣を腰を据えて構える。同時に天楼覇断剣の刀身に光が宿っていく。

刹那、弾丸の如き勢いで飛び出した。

 

「ムイミちゃん!?危険すぎるよ!」

 

アスナが叫ぶがもう遅い。

弾丸もかくやの勢いに乗ったムイミはミノタウロス目掛け一直線に向かう。

 

「馬鹿め、小娘一人でどうにもできる訳があるまい!叩き潰せ!!」

 

オベイロンの命令を受け、ぐわりと拳を振り下ろす。

隕石の落下を彷彿とさせる一撃が地面にめり込み、衝撃波が部屋いっぱいに駆け抜ける。

確実に潰された。誰もが確信したその時、立ち上った土埃を突き抜けたムイミがダン!と地面を踏み込む。

 

「うぉぉんどぉぅりぃぃいやあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

自らも大きく跳び上がるほどの斬り上げでミノタウロスの身体を切り裂く。そのまま続けて眉間目掛け、天楼覇断剣を深々と突き刺した。

 

「あれは……センセーの時と同じ……」

 

カスミの呟く中、ミノタウロスの目から光が消える。直後にポリゴン片となって消滅した。ムイミが地面に着地した直後、牛の角を模した鍔が施された剣が地面に深々と突き刺さる。

強力なソードスキルを食らった上に弱点にでも直撃したのだろうか、HPが一撃で尽きてしまった。

 

「ば、バカな……!?究極の獣王が、こうもあっさりと……!?」

 

「次はテメーの番だ!」

 

「うぐ……!くそおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

大きく叫ぶオベイロンが紋章のある壁へと逃げ出した。紋章をすり抜け、さらに奥へと進んでいく。すぐにその姿が闇に呑まれたかのように消えると、紋章が静かに消え、そこに奥へと続く通路が姿を現した。

 

「逃げたか……」

 

敵の気配も無くなり、武器を仕舞う一行。

 

「センセー、大丈夫っすか~?」

 

クラインが鼻の下を伸ばしながら女性陣――特にイオに対して声を掛ける。

 

「……」

 

「センセー?まさか、さっきのクラインさんが原因で……?」

 

「ちょっ、シリカ!?なんで俺が原因でセンセーが気分悪くならなきゃいけねぇんだよ!?」

 

「ち、違うの……クラインさん、シリカちゃん……」

 

口を抑え、顔が蒼白のイオは震える手でクラインとシリカに待ったをかける。

 

「……さ、さっきの……」

 

「さっき?オベイロンの事?」

 

シノンの返しにこくこくと必死に頷くイオ。もう吐く寸前なのかもしれない。

 

「あ、あんな気持ち悪いのを目の当たりにして……もう、限界……」

 

「うわわわわわ!タイム、一旦タイム!センセーこっち!」

 

 

※しばらくお待ちください。

 

 

 

「うぅ……」

 

「……センセー、もう使い物になりませんね……」

 

「むしろよく頑張ったほうだと思うよ。アスナもセンセーも」

 

「あはは……ちょっと休憩しようか」

 

壁にもたれかかるイオの顔はこれ以上ないほどにやつれていた。

オベイロンのキモさにやられて既に精神力を大幅に削り落とされたのだろう、正直今まで耐えてこれたのが奇跡に近い。

アスナも見た目では気丈に振る舞っているが、流石にオベイロンを目の当たりにして相当気力を削られたのだろう。態勢の整いがてら2人の気力の回復の為に休憩する。

 

「あの野郎、後でぶった切ってやる……!にしても、さっきはノリでやっちまったけど何だったんだ?」

 

「今のは両手剣スキルの一つヨ。本当に何も知らないのね」

 

「「……」」

 

「ユイ?ストレア?どうしたんだ、さっきからセンセー達をじっと見て?」

 

休憩中、ユイとストレアが3人を見続けているのをキリトが尋ねる。

その質問に答えるより、ストレアが小妖精姿のユイを肩に載せて近づく。

 

「3人とも、ちょっといいかな?」

 

「なんだ?」

 

「――あなた達はどこから来たんですか?」

 

「……えっ?」

 

ユイの隠すつもりの無い単刀直入な一言に、カスミは思わず茶を濁すタイミングを呆けた声を上げるだけで逃してしまった。

 

「ゆ、ユイ?どこからってどういうことだ?」

 

思わずキリトが質問する。彼らもユイの質問に頭が追い付かないようだ。

 

「理由としてはいくつか存在します。一つ目はムイミさんが言っていた《天楼覇断剣》というアイテムです。検索してみた所、そのようなアイテムはALOのみならず、現在展開されているVRMMOには存在しませんの中には存在しません」

 

「でも、それって私のように別のゲームからコンバートしてるって可能性も捨てきれないんじゃない?」

 

そこにシノンの指摘にストレアは一度頷く。

 

「それはそう言っちゃえばその通りなんだよね。けどあたし達の確信はもっと別の所にあるの。3人のアバターの構成がこのALOのキャラデータとは全然違ってるんだ」

 

「異なっている?それって、コンバートとかそういうのとは違うの?」

 

「はい。まるで全く異なる――それこそ私たちの知らないVRMMOの世界から正規のコンバートを行わず連れてこられた、みたいな……そんな感じです」

 

「確かにオレッチも一理あるナ。ソードスキルも飛行方法も、ましてや魔法すら知らないなんて、ド素人にしても妙ダ。現実で話を聞くくらいはできたはずだゾ?」

 

ユイに続き、アルゴも疑惑を持った目でカスミを睨む。

 

「……参ったな。そういう観点からの追究は、全く予想していなかった」

 

思わぬ推理にカスミも白旗を上げる。

カスミに目配せをして彼女が頷くと、ムイミがゆっくりと口を開く。

 

「推測通り、あたし達は別の世界――いや、別のゲームから来たんだ」

 

 

 

 

ムイミが説明を始めてから30分ほど経った後。キリト達は話を聞くうちに目を丸くしていったり、深く相槌を打ったり呆けたりと、リアクションは様々だった。

 

「ゲームの中に閉じ込められて……それで、実際にはその記憶は夢として扱われてる、か……」

 

「前者はともかく、後者は俺達の時代じゃ考えられないな」

 

「で、その原因はエリスっていう人が原因で、ムイミ達は彼女を倒す為に計画している、と……改めて聞くと凄いことになってるんだな」

 

「でもどうしてアンタたちがALOにコンバートしてきたの?というか、ゲームの中って自覚が無いのにコンバートとかできるの?」

 

リズの疑問にも納得がいく。しかしカスミはさらっと答えを返してきた。

 

「そこに関しては見当がついている。さっきオベイロンが喚いていただろう?召喚の魔石。あれは十中八九私達がここに迷い込む原因になった物だ。そして恐らく、私達が帰還するにも必須と呼べるものかもしれない」

 

「どのみち、その魔石を手に入れないと元の世界には帰れないって事よね?」

 

そこにようやく回復したイオが合流する。心なしか、一回りやつれたように見えるが、あえてそこは問うまい。

 

「人数の規模からすれば、ある意味SAOよりも深刻ダナ」

 

「そうそう、そのSAO事件って、いったい何だよ?」

 

ムイミの質問にキリト達は黙ってしまう。

事情を察したのか、カスミが謝罪する。

 

「すまない。話したくない事情があるのなら、無理に話さなくても……」

 

「いや。君達の話だけ聞いたんじゃ不公平だ。俺達側も話すよ。SAO事件の事を……」

 

重々しくキリトが口を開く。

 

 

――今から2年半前。ゲーム業界を揺るがす新星が誕生した。

世界初のVRMMO《ソードアート・オンライン》。通称SAO。

サービス開始初日、世間を圧巻したVRMMOは開発者、茅場明彦の手によって脱出不可能のデスゲームへと変貌した。

HPが0になった瞬間現実でも命を落とすというゲームは、クリアされるまでの2年半もの間、約5千人に迫る犠牲者を出した。

リーファとシノン、ユウキもその事件の中で別のゲームから巻き込まれ、その後キリト達とクリアを目指したという。

 

「……そちらもそちらで、大変だったんだね」

 

「ああ。辛い事。悲しい事。恐ろしかった事……色々あった。けど、あの世界で過ごした2年半は無駄なんかじゃない。俺は――俺達はそう思っている」

 

「うん。確かに良い思い出ばかりじゃなかったけど、それでもあの世界で生きていた時の全てが、私達にとってかけがえの無い物なんだよ」

 

キリトとアスナに続き、他の仲間たちも頷く。

そんな彼らを見て、カスミは感心したように目を細めた。

 

(彼らは、そのSAOに捕らわれていた時間の中で絆を育んでいったのか。存外、私達もこの事件が終わって、『現実』に帰る日が来て、それが遠い過去のものになったら……彼らのように笑い合えるのかな……?)

 

「パパ、ママ。先程の戦闘であのNPCについて分かったことがあります」

 

鈴を転がすようなユイの声で、カスミは現実に引き戻された。

 

「どうやらあのNPC、強い自我を持っているそうなんです」

 

「強い……」

 

「自我?」

 

ユイの話ではこうだ。

NPCとは基本的に簡易的なナビキャラか、もしくはAIを組み込まれた高度なタイプの2種類に分けられている。なんとユイとストレアも後者、即ちAIであることだ。

そしてそのAIが強い意志を持つ場合があると言う。プレイヤーとのやり取りで知識が溜まり、自我が強くなるパターンが見受けられていて、オベイロンが正しくそれだと言う。

 

「けど会ったばかりの妖精王が、どうしてあそこまでアスナに執着してたんだ?」

 

「これは推測ですが、カーディナルの自動クエスト生成の際、別アバターデータのAIを流用、アレンジして使ったという可能性が高いです」

 

「つまり素体となる別アバターの誰かが、アスナに強い思い入れがあったって事か?キーリ達の言うエリスのように」

 

「キリトさん、流石にエリスとアレを同一として見るのはどうかと……」

 

「元凶に肩入れする日が来るとはな……」

 

ムイミが呆れている傍でストレアが続ける。

記憶は消され、あくまで妖精王の設定の下で無意識のうちにアスナを想っていたという。

 

「シチュエーションとしてはロマンチックだけど……相手がアレだと……ねぇ……?」

 

さしもの恋愛ものの小説や映画を見ている天然教師も、相手がアレでは萎えないほうがどうかしている。

 

「どのみち、私達が元の世界に戻るには、彼から召喚の魔石を奪い取る事だけだ。アスナさん、センセー、悪いがもうしばらく付き合ってくれないだろうか?」

 

「うん、私は大丈夫……。でも、できるだけみんなの後ろに隠れてるね……」

 

「私も平気よ。ただ、私も流石にアレと正面切って戦うのは……」

 

多少げんなりとした様子でもあらかた回復したイオとアスナ。

2人を最後尾に近い位置に編成し、キリト達はオベイロンが逃げたとされるダンジョンの最奥へと進んでいった。

 

 

 

 

現れた通路は意外と短く、すぐに隠し通路の奥の部屋に辿り着いた。

 

「追い詰めたぞ、オベイロン!」

 

「おのれ……!ティターニアはどうした!?我が愛しの姫はどうしたのだ!?」

 

「アスナなら後衛に控えてるよ!キミがキモいからね!」

 

ヒステリックに叫ぶオベイロンに臆さずユウキが返す。

 

「き……貴様らぁぁッ!!もう許さん!この剣……アルヴヘイム最強のエクスキャリバーで葬ってくれる!」

 

完全に逆上したオベイオンが鞘から抜いたのは、柄から剣先までが黄金でできた荘厳な剣だった。その鍔にはめ込む様な窪みがあり、そこに赤黒い宝石――召喚の魔石をはめ込む。すると剣に対して禍々し過ぎるどす黒いオーラを纏う。

戦闘の為に全員が剣を構えた――その時だった。

 

 

――どぉぉぉぉん!!!

 

 

「ッ!?」

 

いきなり地面に何かが落下したような衝撃と轟音。

落ちたのはキリト達の中央に落下し、丁度前衛とアルゴとリーファ、シリカと後衛と分断される。

 

「みんな無事か!?」

 

「大丈、夫……」

 

立ち上る土煙の中から姿を現したそれに、アスナは言葉を失った。

先程のミノタウロスよりも巨大な全長。しかしそれを構成しているのは樹木を彷彿とさせる太い骨。下半身は蜘蛛のような4本の節足を持ち、刀のように研ぎ澄まされている両腕の代わりだ。その姿と顔はかつてSAOで戦った階層ボス【スカルリーパー】を彷彿とさせた。

その固有名は、『THE DAEMON REAPER』。

 

「これが、悪魔……」

 

「デモンリーパーよ!ティターニアをかどわかす愚劣な妖精共を皆殺しにしてしまえぇぇぇぇぇ!!!」

 

金切り声に呼応し、剣を携えた幾多の妖精兵士が現れる。

 

「ッ!シリカたちはそいつを頼む!」

 

一言だけ告げてキリト達は妖精の兵士たちとオベイロンへと駆けていった。

 

 



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【番外編】「こうあってほしかったプリコネ×SAO:後編」


(・大・)「ようやく投稿」

(・大・)「最近ビーストテイマーと新米錬金術師にハマりだしてヤバい」


 

 

アスナたち後衛サイドの前に立ちはだかった骸骨モンスター。

刀と化した両腕を巧みに操り、アスナたちを中々近寄らせない。

 

「当たれぇ!」

 

カスミの魔法とシノンの弓が放たれる。しかし、骸骨はまるで滑るように回避。そして再び滑るように2人に接近し攻撃する。

 

「このモンスター、とんでもなく速いですよ!」

 

「さっきのミノタウロスとは全然違うみたい……みんな!こうなったら攻撃を避けた隙を突くしかない!シノのん、矢を!」

 

「ええ!」

 

アスナが武器を杖から細剣に変え、イオ、シリカと共に駆け出した直後にシノンが矢を放つ。当然右へと回避したが、そこにはソードスキル発動準備をした状態で跳躍したシリカとイオの正面だった。

 

「貰ったッ!!」

 

確実に直撃する。そんなシリカの確信を裏切り、骸骨モンスターが後ろに回避した。呆ける暇も無くタックルで吹っ飛ばされる。

 

「大丈夫!?」

 

「平気よ。今の、確実に当たったと思ったのに……」

 

「そっちは大丈夫カ?」

 

アルゴがバックステップで合流する。

 

「アルゴさん、キリトさん達の方はどうなってるんですか?」

 

「……正直、旗色は悪いナ」

 

 

 

 

 

その頃、キリト達前衛中衛側。オベイロンの召喚した妖精兵士の群れにキリト達は苦戦を強いられていた。

 

「クソッ!まだ湧いて出てくるのか!?」

 

「幾ら斬ってもキリがねぇぞ!?」

 

妖精兵士はいくら倒してもすさまじいスピードで新たに現れ、総体としては全く減っていない。それどころか増えているようにも感じる。

 

「こいつ等、リポップのスピードが尋常じゃないわよ!?」

 

「それって倒した傍から復活してるって事!?何それずるい!」

 

「待ってろ、今「きええぇぇぇーー!!!」うわっ!?」

 

援護に駆け付けようとしたキリトにオベイロンが奇声を上げて斬りかかった。

 

「よくも、よくも50回目の逢瀬を邪魔してくれたなああああああ!!!貴様だけは許さん、この私の手で切り刻んでくれるぅぅぅ!!」

 

「お兄ちゃんが滅茶苦茶タゲられてる!?」

 

「あらら。あいつからしたらキリトは憎き恋敵って事かな?」

 

「ええっ!?冗談はよせよ!」

 

ストレアのからかいも、オベイロンと妖精兵士の剣戟を防ぐ。

 

 

 

 

「皆さん、お話があります!」

 

突如ユイが叫ぶ。

 

「あのモンスター達を調べたのですが、とんでもない事実が判明しました!」

 

「ユイちゃん、とんでもない事実って?」

 

「まずあのモンスターについてですが、俊敏性が異常な数値です。あれでは、攻撃を当てるのは至難の業です。パパたちが戦っている妖精兵士も、リポップーー復活までのスピードが異常です。あれではどちらも攻略不可能なレベルです!」

 

ユイの口から告げられた言葉にシリカは息を呑んだ。

元々ゲームのクエストと言うのはクリアされるのを前提としたうえで作っていくものだ。どれほど難しい内容だったとしても、技術や根気があれば必ずクリアできる。

しかしこのクエストは、ユイの言葉が事実なら本当にクリアできないかもしれない。そんな絶望が身体を浸食していく。

 

「ですが、ステータスの隙を突けばどうにかなるかもしれません!」

 

しかしその絶望は全身に回る前に止められた。

 

「ステータスの隙?」

 

「まずあのモンスターですが、ママに攻撃しないように設定されています。それと、拘束系の魔法耐性がほぼ0です!そして妖精兵士は、誘惑の状態異常への耐性が皆無です!それらの魔法を使えば選挙区を覆す事は可能です!」

 

「拘束魔法に誘惑魔法って……」

 

ALOの拘束魔法はポピュラーな分類に当たる、強敵の動きを封じるのによく使われる魔法だ。しかし小型モンスターにはこのスキルの耐性を持つものが多く、今のメンバーの中には使える者はいない。

誘惑の状態異常を与える魔法はマイナーの中のマイナーに当たる魔法だ。モンスター限定で同士討ちを狙えるのだが、ボスモンスターには当然効かないし、どの種族でも覚えるにはかなりの魔法熟練度を要するので、別の魔法を取った方が早い。

要するに詰んでしまっているのだ。――たった2人を除けば、の話だが。

 

「誘惑魔法なら私、使えるわよ?」

 

「拘束系なら私が」

 

「使ってんの!?マジで!?」

 

「ですが好都合です。センセーはパパ達の援護に行ってください!」

 

「よし……アスナさん!さっきの作戦をもう一度使うよ!今度は私も参加する!」

 

「分かったわ!」

 

すかさずイオが前衛グループの援護に向かい、代わりにアルゴが後衛グループに加わる。

そして再び先程と同じフォーメーションにカスミを加えた陣形を取る。

スカルデーモンがシノンの正面に立った時、シリカとアルゴ、アスナが駆け出し、数テンポ遅れてシノンが矢を放つ。

同じようにデモンリーパーがシリカとアルゴの正面に立つように避けた次の瞬間――。

 

「――ルートオブバインド!」

 

再び反撃をしようとした矢先に、カスミの魔法が炸裂する。

魔法の帯が幾つも形成され、デモンリーパーの右肩を固定するように絡みつく。

 

「「貰ったぁ!!」」

 

振りかざした腕に気を取られた隙にアルゴとシリカのソードスキルを叩き込む。俊敏性に偏ったのが仇になったのか、上位ソードスキルを受けて全体の3分の1近くもHPバーが削られる。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

続けて急旋回したアスナがレイピアを手に跳躍する。気付いてデモンリーパーが距離を取ろうとした途端、米神にシノンの矢が直撃する。追い討ちにアスナの得意技でもある細県債上位ソードスキル《スター・スプラッシュ》が炸裂する。8連続の刺突が全てデモンリーパーの肋骨を的確にとらえ、最後の一突きが眉間に突き刺さる。

ただでさえ大ダメージを受けていたデモンリーパーは残ったHPが全て消し去られ、たちまちポリゴン片となって爆散。その中心部に先程のデモンリーパーの腕を彷彿とさせる、鍔元の部分に召喚の魔石が埋め込まれた刀が突き刺さっていた。

 

「凄い、あっという間にやっつけられました……」

 

「とにかく、キー坊達の援護に向かうゾ!」

 

 

 

 

一方、前衛、中衛側に回ったイオは目を閉じ集中する。

 

(なんとなく分かる……。彼の力を受けた時と同じ感覚が……行ける!)

 

「ハートラブサイクロンッ!!!」

 

解き放ったのは自分の尾を模した魔法の槍。意志を持ったかのように次々と妖精兵士を貫いていく。しかしダメージとしては微々たるものなのか、消滅した者はいない。だが、魔法を受けた妖精兵士の1体が突如他の妖精兵士に斬りかかっていく。

 

「ありゃあ、誘惑魔法か?」

 

「すっげぇ!一気に敵が潰れていくぜ!」

 

エギルとクラインがそう言っている間にも次々と妖精兵士が

あっと言う間に最後の2体も同士討ちで倒れ、残るはオベイロンのみとなる。

 

「こっちも片付いたみたいだな。もう後がなくなったぞ、オベイロン!」

 

「ぐぎぎ……!おのれぇ……!折角の50回目の愛の断りを阻む汚らわしい妖精風情がぁ……!」

 

「遅ぇよ!」

 

すかさず距離を詰めて斬りかかる。その直後、凄まじい勢いで剣が弾かれた。

 

「――なっ!?」

 

驚愕するのも束の間、弾かれた反動を利用して後ろに飛び、オベイロンの斬撃を回避する。

大きく後退した後にオベイロンを見ると、彼の前に紫色のメッセージエフェクトが表示される。

 

「不死属性!?」

 

驚愕する間にキリトから見て正面と左右の壁が光を放つ。光が消えると一つの壁にそれぞれ4体のモンスターらしき壁画が現れ、それぞれ縦3マス、横10マスに並んだ数字が刻まれた剣を突き刺す台座が現れる。

 

「なんだありゃ!?」

 

「このオベイロンが、貴様ら如きに膝をつくものかあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ヒステリックな悲鳴を上げ、エクスキャリバーを振り回してオベイロンが迫る。

同時に妖精兵士も何体か再び召喚され、剣を構えて襲い掛かる。

 

「おい、どうなってんだ!?倒すべきボスが不死属性を持っちまったら、攻略できなくなっちまうだろ!?」

 

「そんな馬鹿な話があるカ!クソッ、なんで不死属性が……!?」

 

「不死……つまり攻撃が効かないって事?」

 

合流したエギルとクラインが叫ぶも、アルゴは頭を掻くくらいしかできない。

肝心のオベイロンが不死身の存在となった今、ボス攻略は完全に積みとなってしまう。

その時、こつんとシリカの後頭部をつついたピナが呼びかける様に鳴く。

 

「ピナ?一体どうし――なに、これ?」

 

釣られて振り返ったシリカが壁画の間に刻まれた文字を見つける。

 

「どうした?」

 

「ピナが見つけたんですけど……」

 

「……?どこかの文字カ?」

 

「これは、ランドソル語?」

 

「わかるの?」

 

「……問題は無い。現代語で記されている――『三界より来たりし者を帰還させるには、春を告げし日に獣の巨剣を、冬の始まりの日に命を刈り取りし妖刀を、春と冬の境目に黄金の聖剣を突き立てよ。さすれば次元を繋ぐ門を開かん――』だそうだ」

 

「どういうことだ?」

 

「かいつまんで説明するなら、この文の説明にある日にちに3本の剣を突き刺し、その門を開かなければならないんだ。恐らくオベイロンが不死の存在となった今、その門の内へ放って次元の彼方に追放するしか方法は無い」

 

「それは分かったけど、この中から一つを選んでそこに剣を突き刺せって言うの?ざっと見ただけでも300以上は下らないわ」

 

ずらりと3面に映し出された壁画と台座の数に、思わず言葉を失う。この中から一つ一つ突き刺すのではあまりにも時間が掛かりすぎる。その間、キリトは執念深いオベイロンを名乗る不死身のNPCと戦い続けなければならない理不尽を強いられる。

 

「……50」

 

ふと、カスミが呟いた。

 

「え?」

 

「そういえばオベイロンは、何故50年にこだわっていたんだい?」

 

「50?ああ、確かさっきも逢瀬がどうとか言ってたけど……」

 

「最初に会った時も、『ちょうど50年目』と言っていました。恐らく、関係があるかと思われます」

 

キーワードは『50年』と、『3本の剣』、そして『境目』。これらを解かなければ門を開くことも、オベイロンを門の向こう側に追放することもできない。

逆を言えば、この謎さえ解けば一気に攻略への光明が差す。

 

「50年……オベイロンとティターニア……春と冬の始まり……」

 

「ねぇ、ひょっとして立夏と立冬を表してるんじゃないかな?」

 

「アーチャンには悪いケド、仮にそれが正解だとしたら、どうして無意味なことをオベイロンはしつこく繰り返しているんダ?こういうのは大抵NPCの台詞には攻略のヒントがあるからナ」

 

アスナの提案も、アルゴは厳しく返す。

 

「50年と言うと……金婚式、とか?」

 

「「金婚式?」」

 

シノンのひねり出した一言に、リーファとアルゴが思わず声を上げる。

思わぬリアクションにギョッとするシノンを他所に、2人は頭を抱えて黙り込む。そしてびしっとシノンを指すと同時に叫んだ。

 

「「それだ!!」」

 

「……!そういう事か!」

 

2人に遅れてカスミも糸に気付き、すぐに指示を飛ばす。

 

「シリカさん、エギルさん!私の言う場所にそれぞれ剣を刺してほしい!場所は――だ!」

 

「おう!」「はい!」

 

「シノンさんはこっち側からアレの動きをけん制してください!あたしはキリト君たちに知らせてきます!」

 

「ええ!」

 

「オレッチはここに残る。他は全員、妖精兵士の数を減らすゾ!!」

 

アルゴの一言で全員が蜘蛛の子を散らした様に分かれる。

アスナはオベイロンから離れたイオとユウキに合流。細剣に装備を変えて次々と妖精兵士を倒していく。

 

「キリト君!合図をしたらそいつの攻撃を弾いて!できれば高く打ち上げて!リズベットさん、ムイミちゃん!あたしの合図で、何とか奥の方へパスを繋げて!」

 

「ええ!ムイミも暴走しないでよ?」

 

「チッ、まあいい。ぶった斬る機会が無くなったのは忌々しいけど手伝ってやる!」

 

ムイミも珍しく冷静にリーファの要望を受ける。

 

「クラインさん!ストレア!念のために私達はシリカちゃん側に妖精が来ないようにします!エギルさん側はお願いします!」

 

「おうよ!こうなったらとことん付き合ってやらぁ!」

 

「じゃあどんどん倒しちゃおっか!」

 

クラインとストレアも気合を入れ直し、改めて妖精兵士を倒していく。

 

「何を考えている?いや、最早そのようなことなどどうでも良い!下賤な妖精共を皆殺しにしてしまえばティターニアが私の元に戻ってくる!とっととくたばれぇぇぇぇぇ!!」

 

「くたばってたまるかよ!」

 

再び剣戟が繰り返される。しかし、オベイロンの剣技は今までよりも最も酷く、キリトからすれば素人同然だった。

 

「きぃえええぇぇぇぇぇぇぇいッ!!」

 

「――ッ!ここだッ!!!」

 

最上段からの振り下ろしを逆袈裟でぶつける。甲高い金属音が響き、黄金の聖剣がオベイロンの頭上高く宙を舞う。

 

「今よッ!!」

 

「ちゃんと暴走せずにしっかりやんなさいよ?」

 

「あったり前だ!」

 

そう言って駆け出すムイミ。その数メートル先に盾で頭を抱える様に構えるリズベットを盾越しに踏みつける。膝を曲げて衝撃を地面に逃がすと同時に脚に力を籠める。

そしてバスケットボールをゴールに放り込む要領でジャンプし、跳び上がった直後にリズベットの円形盾を足場にムイミが更に跳躍する。まっすぐにエクスキャリバーに突進し、その柄をがっちりと掴む。

 

「それをアルゴさんにッ!!」

 

「受け取れッ!!」

 

空中でやり投げの体勢を取り、ありったけパワーで黄金の聖剣をアルゴへと投げる。

投槍の如く刀身が突き刺さったそれを引き抜いたアルゴは、中央の4つの壁画が刻まれた台座の壁へと向かう。

 

「なッ!?それは貴様らが気安く触れて良い物ではない!返せッ!!」

 

「させないわッ!」

 

オベイロンが取り乱してアルゴに魔法を放とうとするが、それをシノンとリーファの攻撃によって阻まれる。

その間にアルゴは蛇の髪を生やした巨大な女性の首のモンスターの壁画の台座の前に立つ。

 

「次元の彼方に消えろ、オベイロンッ!!!」

 

エクスキャリバーを台座に突き立てる。次の瞬間、全ての壁画と黄金の聖剣、そして既にシリカが突き立てたデモンリーパーからドロップした妖刀と、エギルが突き立てた巨大ミノタウロスからドロップした巨剣からも同じように光を放つ。

そしてそれらから液体が溝を伝っていくように、光が線をなぞる。それらが丁度オベイロンの足元で魔法陣が描かれる。魔法陣が完成した瞬間一層強い光を放ち、オベイロンを包む。

 

「こ、これは……!?ふざけるな!この私を……この妖精王を次元の彼方に追放するとでもいうのか!?ティターニア!我が愛しの妃はどこだ!?私を助けてくれ、ティターニアぁぁ!」

 

「……ティターニアティターニアっていい加減しつけぇんだよ!!」

 

喚くオベイロンにキリトがついに啖呵を切ったように叫ぶ。

 

「今ここに居るのはアスナであって、お前の求めているティターニアじゃない!!それに、アスナがティターニアだったとしても、お前に渡す気なんて――いや、お前に指一本触れさせる気なんてあるわけないだろ!!」

 

「こッ……この……ッ!!ガキがあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

キリトの言葉に逆上したオベイロンが、端正な顔立ちを醜く歪ませた。

 

「貴様だけは、貴様だけはアアアアアアァァァァァァ!!!」

 

憎悪をたっぷりと含めた悲鳴を上げて、絞殺さんと迫る。

しかしその憎悪がキリトに届くことは無かった。オベイロンの両手が結界の外に出る寸前、一つの太い円柱となった光に飲み込まれる。一瞬より一層光が強まって、消えた時にはオベイロの姿は影も形も無くなっていた。その代わりに、煙のように揺らぐ空間の裂け目だけが残っていた。

王の喪失により、妖精兵士たちは一人残らず糸の切れたマリオネットのように膝をつき、そのままポリゴン片となって爆散した。

 

「……終わったのか」

 

「ああ。今度こそ、ナ」

 

しつこく迫られていたキリトが腰が抜けたようにその場に座り込む。

 

「ところで、何がどうなって倒せたの?」

 

最後まで幾多の妖精兵士を相手に大立ち回りをしていたユウキが、大の字に床に寝そべりながら頭だけリーファの方を向いて尋ねる。

 

「ワルプルギスの夜だよ」

 

「ワルプルギスの夜って、ヨーロッパのお祭りの事?なんでそれが出てくるのよ?」

 

「奴がしつこく50年って言ってただロ?それがヒントだったんだヨ」

 

アルゴが意味ありげな説明をする。カスミ以外の一行がどういう意味か考えてる中、アスナが呟く。

 

「……ひょっとして、ファウストのこと?」

 

「アーチャン、正解ダ!」

 

「ファウストって、ゲーテの作品の?」

 

シノンの指摘にアルゴは「その通り!」と指さして言う。そしてリーファが解説する。

 

「あの話の中にはオベイロンとティターニアの金婚式の様子も描かれてるの。そして、ワルプルギスの夜のお祭りは5月1日と11月1日の2回行って。5月が春の始まりで、11月が冬の始まりを祝うんです」

 

「あっ、それが春を告げる日と冬の始まりのだったんだ。でも、その間って?」

 

「そこは文字通り、祭りが行われる2日の日付の間、185日間の中間点である93日後。つまり8月1日に突き刺す事が答えだったんだヨ。まぁ、ワルプルギスの夜は地域によって4月30日になってる所もあるケド、それだと間の日数が偶数になって答えにならないからナ。まあ子の壁画を馬鹿正直にヒントとして見たらフェイントに引っかかりそうだったケド」

 

肩越しに壁画を指すアルゴに、一行は壁画に注目する。

斧を持ったミノタウロス。振り子を持ったヤギの頭を持つ悪魔。巨大なハサミを持つ蠍――。

壁画を見るうちに、何かに気付いたアスナが呟いた。

 

「……これって、ひょっとして星座?」

 

「またまた大正解ダ、アーチャン!まずはミノタウロスの壁画12――5月1日。そして蠍の壁画09――11月1日。最後にライオンの壁画10――つまり8月1日って事だったんダヨ」

 

「なるほど。それらに対応する剣を突き立てたことでオベイロンを倒せたって事だったんだな」

 

「お前、絶対わかってないだろ?」

 

うんうんと頷くクラインにエギルがツッコミを入れた所でどっと笑いが出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ミ――ん!

 

 

お――ム――ろ!

 

 

「……!!」

 

「今のって……!?」

 

その時、カスミのムイミの耳から聞き覚えのある声が聴覚を刺激して思わず振り返る。

 

 

――お~!

 

――イ――ゃ――!

 

 

「――!?2人とも!」

 

「どうしたの?」

 

急に様子の変わった3人にストレアが訊ねる。

 

「……すまない。どうやらお別れのようだ」

 

名残惜しそうに言うカスミに、キリトは「……そうか」と返す。

 

「そう落ち込むなよ。またどこかで会えるって。向こうでやるべきことをやって、全部終わらせた後でな」

 

「そっか……頑張って、カスミちゃん」

 

「……もちろんだ。必ず勝って、向こうで会おう」

 

アスナがカスミの手を握って応援する。

 

「それじゃあ、次に会うときは――」

 

「ああ。向こうで会おう!」

 

キリトのその言葉を受け、カスミ達は迷わず裂け目へと入っていった。3人の後ろ姿が裂け目から完全に溶け込むと、一瞬強く輝き、光が収まると裂け目は完全に消失した。

 

「また、会えるかな……?」

 

「さあな。けど、なんでだろ……?また会えそうな気がするんだ」

 

裂け目が消え去り、完全な静寂が包むダンジョンの中で、アスナとキリトは名残惜しそうにそう呟いた。

 

 

 

 

――ガッシャーン!!

 

 

「なんの音!?」

 

「姫さんの部屋からだ!」

 

いきなりの衝突音に3人の獣人が姫さんと呼ばれた部屋に駆け付ける。

部屋を開け、ファンシーなぬいぐるみの飾られた部屋の中央で、埃が煙となって巻き上がる中、3人の獣人はそれぞれ武器を構える。

煙が晴れると、3人とも目を丸くする。

 

「あたたたた……」

 

「何とか帰ってこれたみたいだな……」

 

「ムイミはん、カスミはん!」

 

「お前ら、いったいどうしたんだ!?」

 

「ああ、マホにマコト。ちょっとな……話すと長くなるけど……」

 

 

 

 

「イオちゃん、どこ行ってたの!?」

 

教室の扉を開けた赤と紫の2色の髪をツインテールにした、同じく赤と紫のオッドアイの少女がずかずかとイオに迫る。

 

「あ、あれ?ミサキちゃん……ここは……?」

 

「ここはって、学校に決まってるじゃない!イオちゃん、頭でも打った?」

 

「……かえって、来た……ってこと?」

 

「……本当に頭打ったみたいね。おーい!イオちゃん見つかったよ~!」

 

ミサキが廊下に出て声を張り上げる。どうやら生徒一同でイオの行方を捜していたらしい。

 

「んで、その服どうしたの?」

 

「服?」

 

ミサキに指摘されて改めて見ると、服装がリズベットに貰った物をそのまま来ていたことに気付く。

 

「えーっと……と、友達からのもらい物、かな?」

 

思わず目を逸らしながらそう返すしかない。

しかし同時に、あの出来事が夢でない事の証拠でもあることに少し顔がほころぶ。

 

(……ひょっとしたら、また会えるかな?)

 

一時、異世界で冒険した剣士たちの姿を思い浮かべながら、イオは窓越しに空を眺める。

空は、曇天から差し込んだ陽光が青空を照らしていた。

 





(・大・)「番外編のストーリーはここで終了」

(・大・)「番外編はもうちょっとだけ続くんじゃ」


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SAO×プリコネ番外編:そーどあーとおふらいん



(・大・)<SAOの醍醐味の一つ。

(・大・)<いっぺんやってみたかった。

(・大・)<因みに台本形式で動かします。





 

 

アスナ「ニュースヘッドラインです。光の妖精アルフに関係するクエストにて不具合が発生したと運営から発表がありました。運営は、『本来用意されていたシナリオとは全く異なっている』と発表しており、『本来は妖精王と3体の召喚された守護者を倒すはずだった』と供述しています。また、クエスト報酬であるエクスキャリバーと、クエスト中に現れた2つの武器自体には異常は見られなかった為、クエストを達成したプレイヤーへのお詫びとしてそのまま使用しても問題ないとのことです。以上、ニュースヘッドラインでした」

 

 

 

 

 

 

アスナ「皆さんこんにちは!そーどあーと・おふらいん特別編の時間です。司会のアスナです」

 

キリト「解説のキリトです」

 

アスナ「今回は特別編と言うことで、私達の他にクラインさん、エギルさん、シリカちゃん、リズベットさん、アルゴさん、リーファちゃん、シノンさん、ユウキさんもゲストに招いてお送りします」

 

リズベット「まさかあたしらがいきなりゲスト参加なんてね。原作じゃ1度くらいしか出る機会が無かったんだもん」

 

アスナ「まあまあ。実を言うと、今回のゲストは他にも来る予定なんだけど、まだ情報が無いんだよね。シノのん、何か知ってる?」

 

シノン(?)「え?ああ、あたしも知らされて無いんだよねー」

 

シリカ(?)「そうだよー。お兄ちゃんたちのかつやくしてる所、楽しみ~♪」

 

ユウキ(?)「はい。私もどんな内容なのか、気になっています」

 

3人以外全員「!?!?」

 

クライン「えーっと……3人とも、なんか変なものでも喰った?」

 

シノン(?)「いいや、なんでもないよ。それよりアスナちゃん、始めてくれるかい?」

 

アスナ「えっ?ああ、はい。それではそーどあーと・おふらいん、スタートです!」

 

 

 

 

 

ユイとストレアのSAO&プリコネトリビア

 

 

ユイ「プリンセスコネクト!、プリンセスコネクト!Re:Diveの舞台でもあるアストルム。本来はVRMMO『レジェンドオブアストルム』というゲームで、女性プレイヤーを中心に人気の高いゲームです」

 

ストレア「世界初のVRゲームで、SAOのようなデスゲームも無い。色んなスキルを得て強くなっていこう!」

 

ユイ「しかも、ソルオーブと呼ばれるアイテムを集めて塔の最上階まで上った一人は、可能な限りなんでも願いをかなえられるそうです。でも、願いをかなえるってどういう事なんでしょうか……?」

 

ストレア「そこはパパとママに頼んでゲームをクリアしようって相談したら?」

 

ユイ「そうですね!それはありかもしれません!」

 

ユイ&ストレア「以上、ユイとストレアのSAO&プリコネトリビアでした~!」

 

 

 

 

プレイバックコーナー

 

 

アスナ「このコーナーでは、作者がピックアップしたシーンを皆さんで見ていくコーナーです。今回のゲストを紹介します!プリンセスコネクト!Re:Diveからムイミさん、カスミさん、イオさんの3人です!」

 

ムイミ「やっほー!」

 

イオ「こんにちはー」

 

カスミ「あの……なんで私達の名前を知ってるんだい!?」

 

キリト「まあ気にするなよ」

 

アスナ「そして!今回はこの人達も特別ゲストに呼びました!シリカちゃん、ユウキ、シノのん、お願い!」

 

シリカ(?)「はーい!」

 

ユウキ(?)「はい!ドジをしないよう精一杯ご奉仕しますね!」

 

シノン(?)「オッケー!それじゃあ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シノン「――って、いつまでこんなことやらせんのよッ!!!」

 

キリト「うえッ!?」

 

リーファ「シノンさん!?」

 

シノン「あーもう、アスナに頼まれてこんなことやってたけど、全然キャラジャないのよこんなの!!」

 

シリカ「本当です!あたしも、こんなに幼い喋り方はもうしませんよ!」

 

ユウキ「僕もガラじゃない喋り方で、変な気分だよ~」

 

エギル「おい、まさかアスナに頼まれたのか?」

 

アスナ「あっはははははは!!ごめんごめんみんな!実は向こう側の人と打ち合わせしてて、それでその人とある共通点の人を向こうで集めてくれたんだ。それでは今回の特別ゲスト、ラビリスタさんとムイミさん、ミミちゃん、スズメさんです!」

 

ラビリスタ「どーもどーも!いやー、ナイス演技だったよシノのん♪」

 

シノン「その呼び方、アスナ以外は許可してないから」

 

ムイミ「なんだ、アキラも来てたのか」

 

ミミ「おねーさん、初めまして~」

 

シリカ「おねーさん……なんか、悪い気はしないですね」

 

スズメ「初めまして。今日はよろしくお願いします」

 

ユウキ「わぁ~、メイドさんだ!ボク初めて見たよ!」

 

アスナ「それじゃあラビリスタさん、後の方々もお願いします」

 

ラビリスタ「ほいほーい。それっ!」

 

 

どんがらがっしゃーん!!

 

 

 

ゲストs「ぎゃあああああああああ!?!?」

 

キリト「天井に穴が空いてそこから人が降って来たああああああ!?」

 

スズメ「あわわわわわ、大丈夫ですかぁ~!?」

 

リーファ「ちょっと大丈夫なんですかこれ!?」

 

ムイミ「これくらいやった方が面白くねぇだろ!」

 

リーファ「色々ぶっ飛んだ人だね……」

 

ムイミ「何言ってんだよ。アキラはこれでも七冠の中じゃ結構良心的だぞ?」

 

クライン「ぶっ飛んでるって……こんな演出でも十分ぶっ飛んでるだろ……」

 

 

~しばらくお待ちください。~

 

 

アスナ「と言うことで、ゲストは先程説明した6人に加え、【美食殿】からペコリーヌさん、シェフィさん。【トゥインクルウィッシュ】からヒヨリさん、レイさん。【ラビリンス】からシズルさん。【カルミナ】からノゾミさん。【フォレスティエ】からアオイさん。【悪魔偽王国軍】からイリヤさん。【自警団】からカオリさん。【聖テレサ女学院なかよし部】からクロエさん、チエルさん。【リッチモンド商会】からクレジッタさん。【レイジ・レギオン】からミソラさん、カリザ君、そしてオクトーさんを交えてお送りします」

 

キリト「ゲスト多ッ!?さっきの6人を合わせても21人はいるじゃないか!」

 

アスナ「早速このシーンからです。どうぞ!」

 

キリト「無視すんな!?」

 

 

 

《イオ、初めてのソードスキル》

 

 

 

イオ「この時は本当にびっくりしたわ」

 

クライン「そうっすよね。俺も初めてソードスキルを使って中ボスを倒した時、いよっしゃー!って思いましたよ!」

 

キリト「クライン、話を盛り過ぎだ。そういうリアクションをしたのは、超序盤のモンスターだろ?」

 

アルゴ「大方イオに鼻の下を伸ばして良い所をアピールしようとしてたんだロ?」

 

クライン「う、うるせぇ!ちょっとくらい話を盛っても良いだろうが!」

 

カスミ「あれがソードスキルと言うものなんだね」

 

キリト「ああ。前の世界、ソードアートオンラインの舞台、浮遊城アインクラッドでは魔法の代わりにこの剣技を用いているんだ」

 

ムイミ「へぇ、お前らはそのソードスキルって言うのを使いこなしてるのか?」

 

リズベット「そりゃあ、伊達に2年も生き抜いた訳じゃないからね。にしても偶然とはいえ両手剣のソードスキルで薙ぎ払うなんて、流石じゃない」

 

ペコリーヌ「ですが、問題が一つあります……」

 

キリト「ペコリーヌさん……だったか?どうしたんだ、重要な問題って?」

 

ペコリーヌ「はい。とても重要な事です……折角の魔物が消えたらその魔物、食べられないじゃないですか!!」

 

キリト「そこぉ!?」

 

アスナ「これ以上はキリが無いので、次に行きましょう!」

 

 

 

《アルゴ、カスミからスクリューパイルドライバーを喰らう》

 

 

 

全員「……」

 

アルゴ「うん、知ってタ」

 

カオリ「カスミ……いくら私でも、初対面の相手にこんなことしないよ?」

 

カスミ「し、仕方なかったんだ!あの時はいきなり飛び上がって制御の仕方が分からなかったし、あんなふうになるとは思ってなかったんだ!!」

 

オクトー「うーわ、追い詰められた犯人みたいな言い訳だ」

 

カスミ「がーん!!」

 

アルゴ「あれは最早良い思い出ダヨ……たんこぶはもう引っ込んじまったけどナ」

 

アオイ「あのー……一つよろしいでしょうか?」

 

リーファ「どうしたの、アオイちゃん?」

 

アオイ「妖精って飛べるんですか?私の知ってる限り、エルフ族は空を飛べないはず……」

 

クロエ「確かに。ハツネはふよってんの時々見かけるけど、あんな風に飛べたっけ?」

 

リーファ「え?ああ、アオイちゃん達はALOの事説明してなかったっけ。エルフ族っていうんだっけ?あなた達とあたし達の……うーん、種族とは違うの。簡単に言えば遠い親戚みたいな感じかな?その種族には翅があって、空を飛ぶことができるの」

 

アオイ「あ、ありがとうございます!こんなぼっちの私にそんな詳しい説明をしてくれるなんて、ありがとうございます!」

 

リーファ「いいのいいの。それに、ぼっちだったらキリト君も同じだから」

 

キリト「うぉい!!」

 

アスナ「それでは次のシーンです。どうぞ!」

 

 

 

《イオ、思い切った偽名を使う》

 

 

 

ペコリーヌ「イオちゃん、凄い大胆な名前を使いましたね」

 

イオ「うーん、先生的には十分いけてると思ってたんだけど……」

 

クロエ「いやメルクリんとこのお嬢もそうだけど、この先生、アホなん?」

 

ミソラ「流石にアホは無いでしょう」

 

シリカ「ところで、カスミさんの偽名はどういったモチーフ何ですか?」

 

カスミ「それは前にある少女につけた名前なんだ。ある事件で出会って、その時にね」

 

アスナ(向こうの事情があるとはいえ、みんな本名をそのまま使うことに抵抗無かったのかな?)←小声。

 

キリト(うーん。きっとアスナみたいにVRが初めてだったんじゃないのかな?)←小声。

 

アスナ「それでは次の……うっ」

 

チエル「どうかしました?」

 

アスナ「え?ううん、なんでもないよ?ただちょっと気が滅入っちゃって……」

 

エギル「ああ、そう言う事か……お前ら、一旦腹括っておけ」

 

ヒヨリ「エギルさん?」

 

エギル「次はお前ら全員気分を悪くするかもしれねぇ。それを承知で見るって言うんだったら止めはしないが、相応の覚悟を持っておけって事だ」

 

シリカ「……はっ!ミミちゃん、確かプチグリフォンさんとお友達なんですよね?あたしもちっちゃなドラゴンさんとお友達なんですよ」

 

ミミ「本当!?ドラゴンさん見てみたい!」

 

シェフィ「あ、私も見に行って良いかしら?」

 

シリカ「じゃああっちでお話ししましょう!ほら早く!」

 

ミミ「ええっ!?ま、待ってよー!」

 

アスナ「シリカちゃんナイス!それでは次のシーンです。どうぞ……」

 

 

 

 

《オベイロン登場シーン&キリトのツッコミ(お前最低だな!?)の辺り》

 

 

 

 

全員「……」

 

キリト「寄りにもよってこのシーン……」

 

アスナ「ね。言ったでしょ?気分を悪くするかもしれないって……」

 

エギル「というか、さっきからあいつら黙りっぱなしだぞ。大丈夫か?」

 

ミソラ「あははー。大丈夫ですよー(棒)」

 

ラビリスタ「そーそー。全然へっちゃらだよー(棒)」

 

クライン「滅茶苦茶棒読みしてんじゃねーか!?」

 

カリザ「こいつがこんなリアクションするなんて相当だぞ、あのオベイロンって奴のキモさ!?真っ青を通り越して白いし!目もいつも以上に死んでるし!!」

 

ミソラ「あははー。あっちよりはマシじゃ無いんですかー?」

 

リズベット「あっち?」

 

ミソラ&ラビリスタ以外のプリコネキャラ「う゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛……っ」

 

ユウキ「全員グロッキーだ!?」

 

スズメ「な……なんですかあの人……見てるだけでも吐き気が……」

 

レイ「吐き気を催す邪悪とか言う言葉は耳にしたことはあったが、これほどとは……」

 

クロエ「なんなん……なんなんあいつ……?」

 

チエル「ぜんばい……ヂエ゛ル゛も゛う゛無理がも゛じれまぜん゛……」

 

アオイ&クレジッタ「あばばばばばばばば……」

 

イリヤ「に、人間なのか……?あのような醜悪な奴が人間なのか……?」

 

オクトー『ほんと無いよこれは……うん、無い。無し中の無し』

 

ペコリーヌ&カオリ&ヒヨリ「…………~~~~!!!」←必死に吐き気を抑えている。

 

ノゾミ&シズル&イオ「」←ぶっ倒れた。

 

ムイミ「うわあ……なんつーか、うわぁ……」

 

カスミ「想像以上の惨劇だ……」

 

 

 

~しばらくお待ちください。~

 

 

 

アスナ「プリコネサイドの皆さん。本っっっ当にお見苦しいシーンを見せて申し訳ありませんでした!!」

 

シズル「だ、大丈夫だよ。こっちも変なリアクション取ってゴメンね」

 

カスミ「シズルさん、大丈夫の定義間違ってないかい?髪の色以上に真っ青だよ?」

 

アルゴ「とりあえず気分が良くなるまでまともに話ができないナ……」

 

クライン「にしてもふてぇ野郎だな!偉そうに複数の妾があって当然とかうらやま――いや、ふざけたことぬかしやがって!」

 

ユウキ「うん。姉ちゃんや直前に会った人達もひどい目に遭ったからね」

 

カスミ「まったく、とんでもない奴がいたものだね……アスナさんだけじゃ飽き足らず、複数の女性に手を出すなんて……」

 

レイ「同感だ。ああいう輩はすぐに成敗したほうが……」

 

クレジッタ「どうかしましたの?」

 

 

クレジッタとオクトー、ムイミ以外のプリコネメンバーの想像図:ユウキ(プリコネ)との思い出。

 

 

 

カスミ「……すまない。どうやらこのことに関して私達は異議を唱える資格は無いらしい」

 

スズメ「そうですね……すぐ思い当たる人がいるのでそのことに関しては……」

 

リーファ「は?」

 

アスナ「それじゃあ最後にこのシーンに行ってみましょう。どうぞ!」

 

 

 

《キリト、オベイロンに言い放つ》

 

 

 

キリト「よりにもよって最後がこれかよ……」

 

アスナ「でもこの時のキリト君、すっごくカッコ良かったよ」

 

キリト「余計なお世話だって」

 

イオ「でも、こういうのって一度言われたいものよね。あんなカッコいい台詞」

 

キリト「そ、そう言うもんなのか?」

 

アスナ「そうだよ。私もあの時、すっごく嬉しかったんだからね」

 

リズベット「そりゃあ、あんなのに奪われるくらいならあんな啖呵切るのも無理ないわよね~?」

 

キリト「むぐっ、否定はしないけど……」

 

スズメ(というか、今の今まで気付かなかったのですが、あのオベイロンの事、ムイミさんもイオさんもキリトさん達も、ソレとかアレとかコレとか全然人間扱いしてないような?)

 

クロエ(いやそれ気にしたら負けなんじゃね?しらんけど)

 

 

アスナ「以上、プレイバックのコーナーでした~!」

 

 

 

 

ユイとストレアのSAO&プリコネトリビア

 

 

 

ユイ「説明が遅れましたが、今回のお話のパパたちは、プリンセスアート・オンラインRe:Diveとは関係ない時間軸、所謂パラレルワールドの世界線の人なんです」

 

ストレア「この話のキリト達はゲーム版SAOのストーリーから始まって、SAOVSアクセル・ワールドの世界観の中のお話なの。だから本編をまだ見てない人も、ネタバレする必要も無いから心おきなく読んでいってね」

 

ユイ&ストレア「以上、ユイとストレアのSAO&プリコネトリビアでした~!」

 

 

 

 

トーキングコーナー。

 

 

アスナ「さて、たった今シリカちゃん、ミミちゃん、シェフィさん、ユイちゃん、ストレアさんが帰ってきた模様です。このコーナーではプリコネサイドの皆さんと雑談を楽しむコーナーです」

 

アオイ「さ、最後の最後でぼっちに厳しい厳し子さんですか……!?」

 

シリカ「アオイさん、固くなりすぎですよ。もう少しリラックスしてください」

 

アオイ「ひゃっ、ひゃい!!」

 

ムイミ「じゃあ最初の質問だ。なんでこの話はSAO本編とは違うんだ?」

 

オクトー『おーおー、ストレートに来たね』

 

ユイ(SAO)「その話については実を言うとSAOで言う3層辺りの話をしようと思ったのですが、キリのいい部分が見つからなかったので、サブイベント内で長く、かつ戦闘もあるSAOvsAWの「最愛」から採用させました」

 

ムイミ「なるほど。それほど長くするわけにはいかなかったから、丁度良いサブストーリーがあったって事なんだな」

 

アスナ「他のイベントは大抵会話だけだからね。おかげで色々酷い目に遭ったけど……」

 

カスミ「まったくだ……正直、二度と会いたくない」

 

エギル(ボロクソに言われてやがる……同情はしないがな)

 

アスナ「それでは次の方はいらっしゃいますか?」

 

 

 

カスミ「なら私も質問をするとしよう。さっきからゲーム版とか原作版とか言っているが、何か違うのかい?」

 

キリト「その事か。ならちょっとおさらい代わりに説明しておくか」

 

シェフィ「よろしくお願いします」

 

キリト「まず、転換点となったのは最終決戦の辺りだ。本来ならそこで1章は終わる筈だったが、何かのバグ――いや、予想外の介入である人物が最初の日に宣言した100層までの攻略を再開することになったんだ。これがゲーム版のあらすじ」

 

ユウキ「リーファとシノン、ストレアはそこで会ったんだよね?」

 

リーファ「うん。お兄ちゃ――キリト君の事が心配になってきちゃったんだ」

 

シノン「私は巻き込まれる形であの世界に来たのよ。その時は記憶を失ってたんだけどね」

 

アスナ「うん。いきなり空から降ってきてびっくりしたよ」

 

ペコリーヌ「記憶喪失……」

 

レイ「空から降って来た……」

 

ヒヨリ「なんだか騎士くんとシェフィちゃんみたいだね。2人も空から降ってきて記憶喪失になったんだ」

 

シノン「ふーん」

 

ヒヨリ「2人とも、最初は赤ちゃんみたいで可愛かったよ。甘えてきたりとかさ」

 

シェフィ「も、もう完治しましたからね私達は!?」

 

ヒヨリ「あ、ひょっとしてシノンさんもその時は――」

 

シノン「どうやら火矢をぶち込まれたいようね?」

 

ヒヨリ「うぇえ!?あたし、何かやらかした!?」

 

ペコリーヌ「す、ストーップ!ヒヨリちゃんはそんなからかってるとか言う他意は無いんです!その時は2人とも自分の事すら忘れちゃって、それで赤ちゃんみたいになっていたんですよ!」

 

シノン「……まぁ、そう言う事にしてあげるわ」

 

ペコリーヌ「ほっ……。でも、赤ん坊だった2人御世話はコッコロちゃんが積極的にやっていました」

 

アルゴ「へぇ。随分世話好きのベビーシッターさんがいたもんだナ」

 

シェフィ「まあ、世話好きと言うか、外見と中身が不釣り合いと言うか……コッコロさん、10歳くらいですよ?」

 

アルゴ「……サバ読むにしても10年は無理あるんじゃないカ?」

 

スズメ「いえ、確かに存在するんです。この目でちゃんと見てたし、私達のギルドを一時期拠点にしていましたので」

 

クロエ「は?何それ?マジでいんの?単なる妄想じゃなくて?」

 

シェフィ「く、空想上の存在扱いされてるコッコロさんって……」

 

 

 

アスナ「じゃあ次のトークで最後にしましょう。そのトーク内容は……『何故皆さんが集められたのか』です」

 

ノゾミ「やっときてくれた!どうして私達が集められたのか気になってたんだよ!」

 

ラビリスタ「それは悪ったね。ユイちゃん、説明宜しく」

 

ユイ(SAO)「はい。今回集められた21名のプリコネサイドの皆さん。実は皆さんには、ある共通点があるのです」

 

ノゾミ「共通点?私にあって、チカとツムギに無いもの……」

 

ユイ(SAO)「それはずばり……中の人ネタ、です!」

 

プリコネサイド「……はい?」

 

リズベット「中の人ネタっていうと、シリカが赤い重装備を纏って銃火器やミサイルで辺りの雑魚を蹴散らしたり、キリトが半裸で猪の皮を被って二刀流でぶった斬ったりするあれの事?」

 

ミソラ「それなら私は竹でできた猿轡を咥えさせられて、小さなタンスみたいな箱の中に押し込められていた記憶が……」

 

イオ「……ミソラちゃん、いじめを受けているなら先生に気軽に相談してね?」

 

ミソラ「いや、そういうのとは違いますよ?」

 

エギル「どれもこれも傍から見たらシュール過ぎるな……ん?じゃあ最初のコントもその中の人ネタが原因か?」

 

ユイ(SAO)「はい。先程のオベイロンもオクトーさんと声が一致していました」

 

オクトー『うーわ、当人からしたら最悪ったらありゃしないよ』

 

ユイ(SAO)「まあそこは置いておいて。ここからはゲストがSAOシリーズのどのキャラを演じたのかを見ていきましょう」

 

 

 

 

 

ストレア「とりあえずALO編は飛ばして、SAO編、マザーズロザリオ編、GGO編、アリシゼーション編に分けてお送りするよ」

 

ユウキ「よろしくねー!」

 

ユイ(SAO)「まずはSAO編です。ここに該当するのは4人。レイさん、ミミさん、イオさん、カスミさん。それぞれサチさん、シリカさん、ギスメルさん、ミトさんを演じていました」

 

ムイミ「いきなり4人もかよ!?――ん?ところでこのミトって奴は見なかったけどどうしたんだ?」

 

アスナ「今回はゲーム版をベースにしたということで、彼女は出すに出せなかったの。因みにミトは、劇場版プログレッシブシリーズで重要な役割を務めているキャラなの」

 

レイ「そうなのか。ギスメルと言う方も来ていないのか?」

 

アスナ「ギスメルの登場はゲーム版だけど、今回は世界観が違うから彼女の出番も無いの。でも、ゲーム版の声優としてはイオさんが演じていたのよ」

 

ヒヨリ「ふーん。じゃあサチさんは?」

 

キリト「うぐっ!?――き、今日は用事があって出られないんだ……」

 

イオ「そう……でも、私もそのサチさんとお話をしてみたいわ」

 

キリト「げふっ!」

 

レイ「そうだな。彼女の友人とも交えて、ゆったりと話をしたいものだ」

 

キリト「ふげっ!」

 

カオリ「だったら私はサチさんと一緒に踊るさ~!キリト、連絡たのむよ~」

 

キリト「ぐっはぁ!!?」

 

アスナ「やめて!キリト君のライフはとっくにゼロだよ!!?」

 

ヒヨリ「な、何かあったの!?」

 

クライン「あー、知りたかったら原作2巻の方を読んでくれねぇか?今キリトの奴ダメージがデカすぎて説明しきれねぇんだわ」

 

ヒヨリ「そっか。じゃあ後で読んでみるよ」

 

クライン「……腹括って読めよ?」

 

レイ&イオ&ヒヨリ「???」

 

アスナ「クラインさん……」

 

クライン「頭ごなしに否定するのも怪しまれるし、後は自己責任でどうにかするしかねぇんだよなぁ……」

 

アスナ「……3人とも、強く生きて」

 

 

 

ユイ(SAO)「さあ、パパが復活した所で続けていきますよ。ALOマザーズ・ロザリオ編から1人、スズメさんです!スズメさんはSAOではユウキさんを演じていました」

 

イリヤ「最初のコントはこれの伏線だったとはな」

 

ユウキ「もー、ほんと大変だったよ。アスナってば最初は服も変えようかって言ってたんだよ?」

 

シリカ「歳の近いスズメさんとユウキさんはともかく、あたしのミミちゃんやシノンさんとラビリスタさんじゃ身体が全然違うじゃないですか!」

 

アスナ「ごめんごめん。でもユウキなら合いそうかなって思ったのは本当だよ」

 

ユウキ「そう言ってくれるのは嬉しいよ。ボクもメイド服なんて着たこと無かったし。けど……スズメみたいにはなれないかな?」

 

スズメ「え?とても似合うと思いますよ?」

 

ユウキ「ううん。とてもスズメみたいにはなれないよ……」

 

アスナ「それって、どういう……?」

 

ペコリーヌ「ドジが足りないとか?」

 

シェフィ「ドジが足りないと言う事?」

 

ユウキ「いやそこじゃないよ。ボクが言いたいのはね……スズメみたいにおっぱい大きくないんだよ!!」

 

ミミ、ユウキ、ユイ(SAO)、ストレア以外の全員「そっちかよ!!?」

 

ユウキ「だってそうじゃん!ボクと同い年くらいなのにスタイルがアスナと同じくらいだよ?あんまりそういうのは気にしてなかったけど、改めるとなんか、さ……」

 

アスナ「す、スタイル云々は関係ないと思うよ?ユウキはユウキの魅力があるんだし!」

 

ミミ「そうだよ!ユウキおねえちゃんとってもカッコいいってミミは思ってるよ!」

 

ユウキ「……うん。ありがと」

 

スズメ「だ、大丈夫ですよ!年齢に見合わないスタイルの人は色々いますから!アカリちゃんとか、ツムギちゃんとか、他にも色んな方が!」

 

リズベット「傷ごと抉った痕に塩を刷り込むなッ!!」

 

エギル「むしろ刷り込むのは辛子味噌だろ。かちかち山みたいな感じで」

 

チエル「タヌキはいないのでキレないでくださいよ?クロエ先輩」

 

クロエ「誰にゆうとんねん」

 

 

 

 

ユイ(SAO)「どんどん行きますよ!次はフェイタル・バレットも含めたGGO編です!こちらは何と、ラビリスタさん、ノゾミさん、ペコリーヌさん、クロエさん、チエルさん、カオリさん、ミソラさんの7人です!」

 

カリザ「多ッ!?今までで一番多いじゃねぇか!」

 

ラビリスタ「因みにGGOってのは、キリト君たちのいるALOとはまた異なった世界で、銃が大量に出る世界だよ」

 

イリヤ「ふむ……クレジッタが使う十字弓と似たようなものか。それにしては色々と種類が豊富じゃな」

 

シノン「外伝作品のオルタナティブを書いてる人は無類の銃器マニアだからね」

 

ストレア「えーっと……ラビリスタはシノンを、ノゾミはピトフーイを、ペコリーヌはSHINC所属のアンナというプレイヤー、クロエは同じくSHINC所属のローザ、チエルはフェイタル・バレットのクレハ、カオリは同じくフェイタル・バレットのアファシス、そしてミソラは同じくアファシスのリエーブルを演じていたよ」

 

カオリ「アファシスって何さー?」

 

ストレア「うーん……一緒に冒険して戦闘をサポートしてくれる、あたし達みたいなもの、かな?」

 

カオリ「あはー、だったら仲良くなれそうさー♪」

 

ミソラ「私は……カオリさんと同じアファシスに分類されているようですね」

 

カリザ「こっちでもラスボス側にいたのに、そっちじゃラスボス的立場なのか。お前にゃお似合いだな」

 

ミソラ「カリザ君……皮肉ってるはずなのに、皮肉に聞こえないのが不思議ですね?」

 

ペコリーヌ「思いっきり大きな銃を使ってましたからね」

 

クレジッタ「って、お待ちなさい!いったい何の間違いですの!?」

 

シノン「は?」

 

クレジッタ「ユースティアナ皇帝陛下が、あのような無粋な女傭兵集団の一人なんてのを演じていることに異議を申したてているのです!!」

 

チエル「その点についてはチエルも賛成です!クロエ先輩なんてゴリラですよゴリラ!ノゾミンもあんな凶悪女じゃありませんから!!喧嘩売ってんのだったら買いますよ!?言い値で買いますよ!?」

 

シノン「別に喧嘩は売ってないわよ。というか、SHINC奴らは見た目の割に素直で熱心よ?」

 

クレジッタ「どうだか。どうせ野蛮な連中ですわよ」

 

ペコリーヌ「まあまあ……あれ?クレジッタさん、何ですかその赤い線みたいなものは?」

 

クレジッタ「え?――ぐひゃっ!?」

 

ペコリーヌ「クレジッタさん!?」

 

アスナ「ここでメッセージです。ペンネームは……【アマゾネスのリーダー】さんからですね。『うちのメンバーへの悪口はそれくらいにしときな』だそうです」

 

ペコリーヌ「一撃で吹っ飛ばされましたよ!?なんだったんですか今の!?」

 

シノン「対戦車ライフルで撃たれたのね。ご愁傷様」

 

ラビリスタ「対戦車ライフルって……さっすがGGO。そんな物騒なものまで人に向けられるんだね……」

 

ムイミ(アキラが引いてる……!?)

 

チエル「口は禍の元とはよく言ったものですね。でもあの程度なら、チエルなら簡単に避けられ――あでしッ!?」

 

アスナ「再びメッセージが届きました。今度はペンネーム【毒鳥の下僕】さんからです『避けられると言ったな?なら避けて見せろ』だそうです」

 

カオリ「避けろって、さっきの赤い光は!?音しか聞こえなかったさ~!」

 

ノゾミ「何かの目印みたいだけど……あれ?これってすこすこ侍ちゃん詰んだ?」

 

チエル「ひっ!?な、何言ってるんですか!チエルは単にノゾミンとあの毒女が一緒な訳無いって――ぐひゃあ!?」

 

アスナ「またまた【毒鳥の下僕】さんからメッセージが届きました。『すぐ楽にしてやるから、大人しくそこで立っていろ』だそうです」

 

チエル「ま、待って!?見えない攻撃をどうやって避け――ぎゃふっ!!あぎゃっ!!ぐぇあっ!!ヴェアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!!」

 

ノゾミ「うわぁ……見えない攻撃ってこんなに怖いんだ……」

 

クロエ「戦闘面のコメント乙」

 

シノン(一応遠藤も同じ中の人だけど、その点は野暮だから言わないでおこう)

 

 

 

 

 

ユイ(SAO)「さて、次はアーケード版から1人、ヒヨリさんです。こちらはRE:COさんを演じていました」

 

ヒヨリ「え?リコさんじゃないの?」

 

ユイ(SAO)「いえ。RE:COさんです。残念ながら、彼女の情報は既にアーケード版が終了してしまっている為、これ以上は……」

 

ヒヨリ「そこまで気にしなくていいよ。あたしがこのSAOと関りがあるってだけで嬉しいから!」

 

シノン(凄く素直な良い子じゃない。けど、確か彼女って……)

 

ストレア(この作品だとGGO編まで出番ゼロなんだよね……)

 

ヒヨリ「シノンさん、ストレアさん。どうかしたの?」

 

シノン&&ストレア「何も」

 

 

 

 

 

ユイ(SAO)「さあ、いよいよ最後!アリシゼーション編です!こちらではシェフィさん、イリヤさん、シズルさん、クレジッタさん、カリザさん、アオイさんです!」

 

シェフィ「こっちもこっちで多いわね。それで、どんな人を演じたの?」

 

ユイ(SAO)「えーっと……シェフィさんはロニエさん、イリヤさんはカーディナルさん、シズルさんはファナティオさん、クレジッタさんはシェータさん、カリザさんはメディナさん、アオイさんはイーディスさんを演じていました」

 

アスナ「ここでアリシゼーション編に詳しい方をゲストにお呼びしました。アリスさんです」

 

アリス「どうも。アリス・シンセシス・サーティです。今回は解説に参りました」

 

イオ「よろしくね。こっちも現地の人がいて助かるわ」

 

ラビリスタ「で、早速だけどこの人達の説明をお願いするよ」

 

アリス「わかりました。まず、ロニエ。彼女はノーランガルス帝立剣修学校の初等練士です。貴族の出ですが利己心も薄く、常識的な感性と倫理観を備えています」

 

レイ「いわゆるノブレス・オブリージュという理念を持っているのか。彼女みたいなタイプは私の知ってる限りそうはいないからな……」

 

アリス「因みにアリシゼーション編ではキリトの後輩になります」

 

レイ「またか」

 

アスナ「またなの?」

 

ラビリスタ「またみたいだね」

 

キリト「お前ら……」

 

アリス「次はカーディナルですね。彼女は公理教会内の代図書室の司書を務めています。一応この成りでも、200年は務めているそうですよ?」

 

イリヤ「たかだか200とは笑わせる。我の半分も生きていないではないか」

 

キリト「え?それって結構な年寄――」

 

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

 

イリヤ「貴様、レディに向かって年寄りとは何事か!!」

 

アスナ「もう、女の人に向かって年寄りとかいうものじゃないよ?」

 

キリト「ず、ずびばぜん……」

 

クライン「懲りねぇよなぁ、お前も……」

 

ミミ「黒いお兄ちゃん、だいじょうぶ?」

 

リーファ「気にしないで。いつもの事だから」

 

アリス「次へ参りましょう」

 

エギル「お前らほんと容赦ないな……」

 

アリス「続いてはシェータですね。彼女も整合棋士の一人ですが……ちょっと性格に難あり、ですね」

 

クレジッタ「難あり?まさかゴウシンのように陛下の御身を狙っていたとかですの?」

 

アリス「いえ、そういう意味ではありません。なんというか……ありとあらゆるものを斬りたいという欲求に、少しばかり正直なところがあるようで……」

 

ペコリーヌ「斬りたい?」

 

アリス「そう。物でも人でも、なんでも斬りたいって思っているのです。ルールで寸止めが厳守される剣術大会でも、対戦者を惨殺したと聞きました……」

 

アオイ「それ、かなりヤバい人じゃないですか!?そんな人を置いて大丈夫なんですかその整合騎士って組織!?」

 

ヒヨリ「そもそも斬殺って、なんで真剣を使う必要があるの!?木剣とかで十分でしょそういうのって!?」

 

アリス「まあ、彼女自身その衝動に関しては忌避感を感じてはいるようです。正直、彼女の逸話は私でも信じられないものばかりでした」

 

ミソラ「とりあえず私よりはまだマシなレベルって事が分かったことがせめてもの救いってものですね……」

 

ペコリーヌ「では次はこの、イーディスと言う方についてお話をしてくれますか?」

 

アリス「彼女は『アリシゼーション・ブレイディング』に登場した整合騎士です。結構ざっくばらんな性格でしてね。規律にうるさい方とはよく衝突しています。私も……しょっちゅう抱き着かれたりしてましたね」

 

アオイ「だきっ……!?な、なんという友達オーラ……格が違いすぎる……!」

 

アリス「は?」

 

チエル「気にしないでください。アオイちゃんちょっとボッチを拗らせてるだけなので」

 

ユイ(SAO)「次は……メディナさんの紹介ですね」

 

アリス「彼女はゲーム版『アリシゼーションリコリス』に登場するキャラクターだ。オルティナノス家の9代目当主の娘だ。キリト達とは央都――そちらで言う、ランドソルに向かう途中でキリトとユージオに会って少しの間旅路を共にしたらしい」

 

カリザ「へぇ。つまりキリトと同期って奴?」

 

アリス「ええ。実力も相当なもので、上級修練士になったらしいです」

 

ミソラ「それにしてもカリザ君が女の子役になるとは……。あ!案外ネアさんの影響があるのかもしれませんね★」

 

カリザ「あ゛あ゛ッ!?」

 

シリカ「小学生がして良い表情じゃない……」

 

アリス「最後はファナティオさんですね。整合騎士団の序列第2位。普段は鎧兜に身を包んでいます。女性であるという理由で男達が手加減をしていたことにコンプレックスを抱いているみたいです」

 

ペコリーヌ「鎧兜……ジュンさんみたいにですか?あの人も同じように女性の騎士ですが、王宮騎士団の団長と言う役目を全うしています」

 

イリヤ「そうだのう。100年も生きておるのであれば、そういう友に巡り合う機会の1度や2度、あっても可笑しくなかったのではないか?」

 

アリス「確かに。キリト達との戦いが無ければ、ずっとあのままだったのかもしれませんね」

 

シズル「ところでアリスちゃん。重要な事を聞いて良いかな?」

 

アリス「え?」

 

シズル「このファナティオさんって、弟や妹っているの?」

 

アリス「え?確かいなかったと思いますよ?」

 

シズル「……弟や妹はいるよね?」

 

アリス「だからいないって言いましたよ?」

 

シズル「……アアアアアァァァァァアアアアアアアアアアァアァアァアァアァアッッッッッ!!!!!」

 

キリト「どわあぁっ!?ど、どうしたんだ急に!?」

 

ラビリスタ「不味い、シズルちゃんの姉力(おねえちゃんパワー)が暴走し始めた!」

 

シリカ「姉力!?なんですかそれ!?」

 

ラビリスタ「シズルちゃんは自分が姉であることが自分の生きる原動力としている。けどファナティオさんが妹も弟もいないという事実を突きつけられ、妹も弟もいない自分を想像してしまい、現実と空想が混合してパニックを引き起こしたんだ!」

 

リズベット「何それパニック障害か何か!?」

 

アルゴ「作画崩壊を起こすほどのレベル……これが姉力の暴走カ……!」

 

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

 

アスナ「それで、大丈夫なんですか?シズルさんは」

 

カスミ「ああ。裏で待機させていたリノさんと助手くんが介護してるよ。ラビリスタさんが念のために連れてきたって言っていたのが正解だったね」

 

ラビリスタ「一応収録を見せようと思ってたけど、こんなことになるとは思ってなかったよ。でも、流石に締めくくりに合流できるのはちょっと無理かな?」

 

キリト「あんなシスコン初めて見た……」

 

シリカ(キリトさんがあたしの事リーファさんにそっくりだって言ってたけど、キリトさんはあそこまで酷くないですよね?)

 

リーファ(そりゃもう。というか、キリト君の場合だと兄力になっちゃうからね)

 

ユウキ(姉ちゃんもあそこまで酷くないよ。というか、シズルが一番おかしいんだって)

 

アスナ「さて。そろそろお別れの時間がやってきた模様です。皆さん、初めてのそーどあーとおふらいんはどうでしたか?代表のカスミちゃん、イオさん、ムイミさん、お願いします」

 

カスミ「今回はトークの場を作ってありがとうございました」

 

イオ「こんなにみんなとわいわいお話ができたのは楽しかったわ」

 

ムイミ「あたしもこういうのは大歓迎だ!また頼むぞ?」

 

キリト「プリコネは2章の最終決戦の後第3部が待っているし、SAOも新作映画とラストリコレクションという新しい物語が始まろうとしている。案外、今回のゲストのようにまたプリコネとSAOの両方をつなぐキャラが現れるのかもしれないな」

 

アスナ「そうなったらまた開こうよ!きっと面白いからさ!」

 

ラビリスタ「そうだね。さてアスナちゃん。締めくくりは頼むよ」

 

アスナ「はい!それではみなさん、プリンセス・アート・オンライン、そしてこれからのソードアート・オンラインとプリンセスコネクト!Re:Diveをお楽しみに!」

 

全員「ばいばーい!」

 

 





(・大・)「終わってみたらここだけでも1万4千って……自分史上最大クラスじゃねーか」

(・大・)「それにちょっと色々詰め込み過ぎたかも……」


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ライブ・イン・アインクラッド
「発覚は突然死から」



( ・大・)<THE再編!

( ・大・)<改めて宜しくお願いします。


 

2022年、11月6日

 

 

 

とあるゲーム店。

 

「ぷー……。いや、ほんとお客いねーわ。あと数人出て行ったら閑古鳥のコーラスでも聞こえてきそうでウケるわ」

 

「まあ仕方ないわね。みんなのお目当てはアレだもの」

 

ダウナーな雰囲気の中学生くらいの少女がカウンターで頬杖を付きながら零す愚痴に、カウンター越しの眼鏡の高校生くらいの少女が仕方ないと返す。

この日、日本はあるゲームに注目していた。

ナーヴギアによるフルダイブ型VRMMO、『SWORD ART ONLINE』、略称『SAO』の正式サービス当日だ。

ナーヴギア開発の第一人者、茅場明彦考案の元、『七冠』というあらゆる分野に精通した7人の技術者の手によって生み出されたそれは、ベータテストの1千人からも高い評価を受けて期待が高まり、いざ店頭販売となるとまるで人の津波と言っても過言ではないレベルで押し寄せる客にバイトの高校生、大神美冬(おおがみみふゆ)他店員は忙殺された。聞けばネット販売も一瞬で終わったらしい。かくいうこの2人も家族や自分用に余ったら買おうと思っていたのだが、10万台を叩き出した価格に断念せざるを得なかった。

その1週間後はご覧のあり様。この中学生少女、黒江花子(くろえはなこ)のように買いそびれた敗者達は別のゲームでこの敗北感を紛らわそうと並べられた携帯機器用のゲームを吟味している者以外は誰もいないのである。いや、流石にそれは失礼か。

 

「大神ちゃん。そろそろシフトだよ」

 

「はい。あ、店長。そういえば彼は起きましたか?」

 

「駄目だ駄目だ。あのバカ職場にナーヴギア持ってきて、休憩中に入ってやがってた」

 

そんな折、中年の男が声をかけてきた。

彼女の他にもバイトがいるのだが、彼はどうやらナーヴギアを持ってきて、勝手にログインしているらしい。

 

「はー、うらやま。バイト先での豪遊とかそいつマジ頭おかしいわ。何見せつけてんの」

 

と黒江の感想。

 

「職場で何遊んでんのよ!」

 

と美冬の反応。

 

「頭にきて無理矢理引っぺがしたってのにうんともすんとも言わねぇ。お前らちょっと帰りがてら叩き起こしてくれねぇか?」

 

「いえ、今すぐ叩き起こします」

 

美冬が憤慨した様子のままずかずかと休憩室へと向かう。丁度この時間帯は2人のバイトの時間が終了し、彼と交代するのだ。そんな時間で遊んでいるなんて美冬からすればたまったものじゃない。

休憩室へと向かった彼女は、未だ寝そべる男に怒声を放つ。

 

「ちょっとあなた!職場でゲームなんて何を考えているの!?それでも社会人なの!?」

 

「美冬姐さん年上相手に喧嘩売るとか流石っすわ。あれ?そういやあたしらまだ学生だよね?」

 

「黒江さんは黙ってて!」

 

完全にぶちギレモードである。え?なんで黒江が来てるって?話の流れだ。

いきなりこんな怒声が上がれば誰しも飛び起きるものだろう。

しかし、彼は起きるどころか指一本動かさない。

 

「……?何スか?死んだみたいに動かないけど?」

 

「馬鹿ね。ナーヴギアを引っぺがされた程度で死ぬ訳無いでしょ?前に弟が安直なパズルとかやってる時に引っぺがしたけど、平気な顔してぴんぴんしてたわよ」

 

「そっすか。でもバイトさぼらせるわけにはいかないっしょ」

 

黒江の事も最もだ。確かにSAOは注目のゲームだが、それを理由に現実の生活を疎かにして良い理由ではない。

美冬が揺さぶって起こそうと触れた瞬間、今度は美冬が時間停止でも起きたように止まった。

 

「……ちょ、どしたんすか?」

 

「……る」

 

「あ?」

 

「……死んでる」

 

顔を青くした美冬の言葉を、黒江は一瞬理解できなかった。

死んだ?ナーヴギア引っぺがされただけで?さっきの美冬さんの言葉は?

 

「あの、え?マジ?いや、さっき言ったっすよね?引っぺがした程度じゃ死なないって?ジョーク?ジョーク言ってんすか?これがほんとのバイトジョーク。つって、やかましいわ」

 

「ほ……本当に死んでるのよ……!」

 

「……いやいや。いやいやいや。さっき言ってましたよね?弟さん引っぺがされてもぴんぴんしてたって。たかがその程度で死ぬとか人生最低の最期で閻魔の鬼共に笑われるって」

 

必死にパニックを抑えてる美冬に、未だ信じられない黒江は恐る恐る彼に触れてみる。

――冷たかった。

 

「……え?ちょ……え?」

 

「……黒江さん、あなたの友達でこれを買った人はいる?」

 

「……は、はい。確かクラスメイトの何人かが……」

 

「じゃあ今すぐ連絡して!SAOを絶対にプレイしてはダメって!私店長と警察に連絡してくる!!」

 

その怒声に弾かれるように黒江が行動する。美冬も店長に事情を知らせると休憩室から飛び出した。

 

 

 

 

「一応一斉送信しといたは良いけど……」

 

あれから10分。

美冬の通報から警察が駆け付け、ゲーム店は騒然となった。

店長は警察に聴取を受けており、2人は店の外で待機している。

 

「……なんてこった。まさか、たかがゲームを中断した程度で死んじまうなんて……」

 

「でも、どうして?どうしてこんなことが……!?」

 

「んなもんこっちが聞きてぇよ!!」

 

混乱する中、黒江の携帯が鳴る。

慌てて画面を見るとチャットアプリからであり、それに参加してみる。

 

 

 

【クロエ】――そっちはだいじょぶ?

【チェル】――こっちは問題なしです。メール見た時はギョッとしましたけど

【チェル】――まぁ、間に合わずにインしちゃった子が一人……いるにはいるんですが

【ユニ】――買いそびれたのが功を奏したね。私も一斉メールで送ったから、今学校でインしてる人はいないよ

【クロエ】――つーかさ、これあれじゃね?功を奏したどころか一歩も前進してないんだけど

【チェル】――まーまー。こっちには天才博士ユニちゃん先輩がいるんですよ?ちゃちゃーっと解決しちゃいますよ!

【ユニ】――やめて。変なプレッシャー与えないで。というか私工学系は言っちゃ何だけど割と苦手だからね?

 

 

 

「……はぁ~。こっちは無事っぽいね」

 

「こっちでも、高校の仲間に連絡が取れたわ。――全員、とまではいかなかったけど……」

 

「そっすか……。あ、今度は電話か」

 

肩を落とす美冬に伝染するように黒江も肩を落とすが、再び鳴った着信音に我に返って通話に出る。

画面からの連絡相手は彼女の先輩でもある士条怜(しじょうれい)だ。

 

「もしもし?」

 

『黒江!?連絡に手間取ってすみまない!』

 

「士条先輩!他の連中は!?」

 

『大丈夫。生徒300人の殆どが貴女からのメールとニュースでログインするのを止めたらしい。こっちはこっちで大混乱だけどね』

 

「やっぱかぁ……」

 

『……ただ』

 

怜の声色が電話越しでも解るように沈んでいく。

 

「……ん?どしたのパイセン?」

 

『……中等部のつむぎを含めた7人から連絡が取れない。仕事や私用故に外出中、と思えば聞こえは良いのだが……』

 

「先輩、そんな天之川光輝とかいうありふれたご都合主義思考ボケナス野郎ほど馬鹿じゃないでしょ。要はあれでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メールに気付かなかったか、メールを無視してSAOにダイブしちゃってた――みたいな?」

 

 

 

 

それからしばらくの後、黒江と美冬はそれぞれ家族に自分の無事と事件の事を簡潔に説明。

それから2人は怜からの連絡で、公園へと集まった。

 

「それじゃあこれまでの経緯を纏めると、これまでの事件から死者は27人。それ以外の約9000強のプレイヤーは未だSAOの中に囚われている、ということね」

 

「そういうことよ。まさか、ゲームでこんなことになるなんて……」

 

「あのー。一つ気になってはいたんですけど、そもそもの死因って何なんですか?」

 

「私達のほうは、店長が無理矢理引っぺがしたのが原因だったわ」

 

「つまり、無理矢理引っぺがさない限りは安全って事ですよね?こっちが大人しくしてればひとまず死人が増えることはないじゃないですか」

 

派手目な金髪少女、風間(かざま)ちえるが楽観的な意見で勝手に安堵する。

しかし、他の4人は口を重く閉ざしたまま意見をすることも、同意することも無い。

 

「……あれ?どうしたんですか皆さん?」

 

「……ちえるちゃん、残念だけどそうはいかないわ」

 

「え?」

 

「その中には触れてもいないのに突然ナーヴギアからスパークが走って、収まった時には死んでいたって」

 

「じ、じゃあバッテリーが切れたらってのはどうですか?きっと電源も落ちて勝手に目を覚ましますよ!」

 

「いいえ。引っぺがされた時点で死ぬのだったら、バッテリー切れで助かるって保障はどこにもないわ。バッテリーが切れた途端そのスパークが発生して死ぬって可能性もあるし。大体、アナタどうしてこんな状況でへらへらしていられる訳?」

 

「あー、すいません。ちえるちゃん空気が重くなり過ぎないように、わざとふざけてるだけかもしれません」

 

不満げな美冬に5人の中で最も低身長の少女、真行寺由仁(しんぎょうじゆに)が謝罪する。

 

「ゲームの中に閉じ込められるなんて事件、前代未聞ですから。外部から手が出せない状況です」

 

「じゃあ私達は、この事件が解決するまで手こまねいて待つしかないって事!?」

 

「……端的に換言すると、そうなります」

 

由仁のしぼみ込むような声に美冬は思い切り机に拳を叩きつける。

一時のバイトとはいえ、自分の手でデスゲームへと導いてしまった事への責任感を感じているだろう。

 

「あら?」

 

突然、レイの携帯から着信音が鳴りだした。4人から離れて通話に出る。

 

「で、どうするの?」

 

「うん……正直、できることは無いと思う。茅場明彦って人は私も知ってるし、多分外側からの救助の対策は万全にしていると思う」

 

「と、なると……私達は事後処理担当って事ですか?」

 

「……そういうことになる、ね」

 

声のトーンを落としたちえるの推測に由仁も項垂れながら肯定した。

 

「――なんですって!?」

 

その時、玲の悲鳴染みた声が響いた。

何事かと4人が彼女のほうへ向くと、形態を耳に当てたまま凍り付いたように立ち尽くす玲の姿が。

 

「あの……どしたんスか?」

 

「……前にやっていた、ゲーム仲間からの連絡で……もう一人のゲーム仲間が、ベータに当たったからって……」

 

たどたどしく伝える玲の顔は、これ以上ないほどに真っ青だった。

そこから先の言葉は黒江達には嫌でも予想が着く。

 

「……まさか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう……SAOにログインしていた……」

 

 






次回「デスゲーム開幕」


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「デスゲーム開幕」


( ・大・)<……お待たせしました。

( 剣斧・大・)<ライズでスラアクの楽しさに目覚め、今の今まで更新が遅れてしまいました。

( 狩人・大・)<27日から


 

17時20分:ホルンカの村

 

 

ここは、第1層の次なる目的地ホルンカの村。

SAO第1階層の始まりの街から小一時間ほど離れた小さな、第1層の2つ目の園内村である。

そこに男女混合のパーティが訪れる。

 

「着いたー!」

 

「始まりの街に比べりゃ随分小せぇトコだな」

 

10代半ばの少女『NOZOMI(ノゾミ)』が小さいジャンプをしながら門をくぐり抜け、続けて30代くらいの、歴戦の猛者と言う雰囲気の男『MAKOTO(マコト)』がホルンカの村を見渡して率直な感想を述べる。

 

「まぁ!これが村と言うものなのですね!」

 

「ウィスタリアさん、初めて見るんですか?」

 

「ええ。幼い頃から都会暮らしでしたので」

 

「まったく、都会だのどうだの、私には関係ありませんよ」

 

2人に続き真っ赤な衣装に身を包んだ20代前半の女性『WISTERIA(ウィスタリア)』に続き、紳士風の男性『CHICA(チカ)』が返す。

その傍で幼い少女『TSUMUGI(ツムギ)』が拗ねた口ぶりで愚痴をこぼす。

 

「んじゃあ、とっとと武器を新調してクエストを進めちまおうぜ」

 

「ああ、待って下さい。ここで売ってるブロンズシリーズは耐久値が低いから、3番目の街まで我慢してくれますか?」

 

武器屋へと足を進めようとしたマコトを、白衣を着た少女、『YUI(ユイ)』が注意を入れる。

この6人はサービス初日に、発案者であるユイが声を掛け、集まった6人がパーティを組み、ウィスタリアが早速次の街へ行こうと切り出したのがきかっけである。

最も、ホルンカに着く前に興奮気味のウィスタリアが縦横無尽に探索しまくった所為で、本来30分もあれば到着できるようなホルンカに、4時間も掛かってしまったが。

 

「ああ、悪いな。にしても流石ベータテスター。なんでも知ってるんだな」

 

「よして下さい。ベータテスターって言っても、私は3層で攻略から脱落したんですよ。最前線も8層くらいまでがやっとだったし」

 

「8層、ですか。確かアインクラッドって……」

 

「100層だから、10分の1にも満たないね」

 

ユイの言葉にチカは思わず天を仰いだ。

たった10分の1までしか攻略できなかったことに、これは相当大掛かりな攻略が繰り広げられそうだと思った。

 

「……ん?悪い。今日はもう落ちる」

 

「あら、そうですの?」

 

「ああ。仕事柄夕方から夜は無理なんでな。時間はひねり出すつもりだ」

 

「そっか。じゃあ私達もそろそろ上がる?」

 

「えー?私は次の街に用があるんですよ?明日まで待ってる必要ありません!」

 

「生意気言ってんじゃねぇよ」

 

文句を垂れ流すツムギにマコトが彼女の頭頂部に軽いゲンコツと共にツッコミを入れた。

 

「それでは今回はここまでにしましょう。明日からは本格的に攻略を目指しましょう」

 

ウィスタリアの一言に一同も賛成し、その場でログアウトしようとして――その手が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

「マコトさん?どうしたの?」

 

「……なぁ、ログアウトってどうするんだ?」

 

「どうって、簡単じゃないですか。右手でこうしてメインメニューの一番上を――」

 

素っ頓狂な質問をするマコトに、ユイが呆れ半分で右手でメインメニューを開く。

だが、次の瞬間自分の目を疑った。

 

「……あれ?」

 

「ユイさん?」

 

「ログアウトボタンが……無い」

 

ユイに続き、他の4人もメインメニューを表示する。

その4人のメインメニューにも、同じように【ログアウト】の項目だけが失せていたのだ。

 

「ど、どうなってるんですの!?何かのバグ!?」

 

「解りませんよ!」

 

突然消失したログアウトボタン。

6人がパニックになっているにも拘わらず、音が聞こえてくる。

 

 

 

ゴォーーーン……――

ゴォーーーン……――――

ゴォーーーン……――――――

 

 

 

「なんだ、この音?」

 

「これって、始まりの街の鐘だよね?」

 

「は?なんでこんなに遠い場所に?」

 

 

聞こえるはずの無い地にて、始まりの街の鐘が鳴り響いた。

 

 

 

 

始まりの街。

 

 

「……あれ?」

 

6人は、いつの間にかへホルンカとは異なる場所に転送されていた。中世ヨーロッパを思わせる場所は、始まりの街の転移広場だった。

6人だけではない。困惑したプレイヤーが右に左に……そう、SAOのプレイヤー全員が招集されているようだった。

 

「な……なんだよこれは!?」

 

「私達、さっきまでホルンカに居たんだよね?」

 

「落ち着いてください。でも、プレイヤーを集めて一体何を……?」

 

パニックになりかねないノゾミやマコトを落ち着かせるチカだったが、彼も内心パニックの限界値が錯乱寸前にまで高まっている。

周囲を見回していると、突如空から液体が垂れ流れた。

粘度の高い液体のようにドロリ、と落ちたそれは空中でグラスに受け止められたかのように一点に集まり、やがてローブを纏った巨人へと変えていく。

 

『――プレイヤー諸君、私の世界へようこそ。私は茅場明彦。この世界、ソードアート・オンラインを創造した者だ』

 

「茅場……明彦!?ナーヴギアの開発者ではありませんの!?」

 

『諸君らは既に、メインメニューからログアウトボタンが消失していることに気付いていると思われるが、これは不具合ではない。これがソードアート・オンライン本来の仕様なのだ』

 

ローブの巨人はプレイヤーと同じように操作してログアウトボタンの無いメインメニューを見せる。

そして困惑するプレイヤーたちを他所に続ける。

その内容は、自発的なログアウトや外部からの強制切断が不可能ということ。そして、それらが試みられた場合、高出力マイクロウェーブによって生命活動を停止させるということ。

 

『十分に留意してもらいたい。今後、ゲームのあらゆる蘇生手段は機能しない。アバターのHPが0になり消滅した瞬間、同時に脳はナーヴギアによって破壊される――』

 

――それは即ち、現実の死。

その意味を知ってしまった者たちが、残らず息を呑む。

 

「じょ……冗談だよな?ナーヴギアって、たかがゲーム機だろ?」

 

『わかりやすく言うなら、電子レンジと同じ要領だ。君らのHPが0になった瞬間、ナーヴギアの内部システムが電子レンジと同様のマイクロウェーブが発生し……後はもうわかるだろう?』

 

まるで見透かしていたように、ローブの巨人が告げた。そして、現時点で180人が犠牲となっていること。ニュース映像を見せていることから、ハッタリの類ではない事が嫌というほど思い知らされる。

全員が残らず顔面から血の気が引いている中、ローブのアバターは続きを語る。

 

『諸君らが助かる方法はただ一つ。第100層に存在する最終フロアボスを討つことだ』

 

「100層って……!?ベータでも10分の1も登れなかったのよ?それに、とんでもなく強くてまともに攻略できた試しが無かったんですよ!」

 

ユイを含めたベータテスターの言葉を無視し、ローブの巨人は右手を操作しながら続ける。

 

『では最後に、諸君らのストレージに私からのささやかなプレゼントを用意した。確認してくれたまえ』

 

その言葉に一行は訝しさを露わにしつつ操作すると、アイテムの中にはこれまで集めたアイテムに交じって一つだけ、『手鏡』が入っていた。

ストレージ内での説明文を見ても何の効果もないただの道具。取っ手の無い長方形のそれを実体化させたユイがそれを良く調べようとした瞬間、周囲から悲鳴が上がる。

 

「うおわぁぁッ!?」

 

「マコトさん!?」

 

鏡を出現させたプレイヤーが青白い光に包まれ、次第に連鎖爆発の如くプレイヤーを、ユイを包む。

やがて光は広場全体を覆いつくし、一瞬で霧散していった。

 

「な、なんだったんだ今の……?」

 

「ねえ、みんな無事?」

 

「あ、ああ。なんとか――」

 

不意に呼ばれた声に振り返ったマコトが、振り返った先にいるユイの姿に絶句する。

ユイの姿はアバターとしてのロングウェーブの少女――ではなかった。

ショートヘアの、あどけなさを残す少女。それは、マコト自身が良く知る人物と重なって……いや、違う。

 

「――優衣……?」

 

「ま、真琴ちゃん?」

 

草野優衣(くさのゆい)――もといユイに自分の姿を言われた時、マコトは思わず手にした鏡を見る。

鏡に映っていたのは歴戦の戦士とも呼べるような厳つい男――ではない。

狼のような毛並みを思わせるウェーブのある肩までのロングヘアの少女。

マコトの現実の姿である――安芸真琴(あきまこと)の顔だった。

 

「な……なななななななな……!?」

 

思わず叫びそうになったが、寸での所で悲鳴を飲み込んで周囲を見渡す。

集められた全員が自分達と同じ状況だった。

アバターが解除されたことにより、女性が男物の装備品を着ていたり、男性が女性ものの装備品をしていたりとパニックが生じている。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待て!いったん集まれ!」

 

慌ててパーティメンバーを集める。

マコトの号令により集まった5人は全員女性だった。

 

「と、とりあえず確認だ!チカ!」

 

「は、はい!」

 

紳士風の男性――もとい腰まで伸ばしたロングヘアを揺らす少女が答える。

 

「ツムギ!」

 

「いますよ!」

 

小柄な少女――ではなく幼さを残すツインテールの少女が答える。

 

「ウィスタリア!」

 

「いますわ!」

 

真っ赤な20代の令嬢――否、色合いの特徴をそのままに10代半ばの少女が答える。

 

「ノゾミ!」

 

「ここだよ!」

 

ショートヘアの剣士――じゃない。腰まで伸ばした濃い目の茶髪の少女が答える。

 

「……でも、どういうこと?」

 

「確か、ナーヴギアってヘルメットみたいに頭をすっぽり覆っているから、ひょっとして起動した時にスキャンされて、顔を把握できたのかも」

 

「で、でも身体は?潜水服じゃあるまいし、どうやって?」

 

「確か、キャリ……なんたらで自分の身体をあちこち触ったんですよね?その時のデータを基にしたのでは?」

 

それでも6人の理解に及ぶものではなかった。

広場の困惑は未だに収まることは無く、渦中のローブの巨人をただ見上げるだけだった。

何故、自分達はこのデスゲームの虜囚にされたのだ?

何故、開発者たる茅場明彦はこんな真似をしたのだ?

様々な疑問が渦巻く中、ローブの巨人は彼らの胸中を見透かしたように答える。

 

『私の目的は既に達せられた。この世界を作り出し、干渉する為にこの《ソードアート・オンライン》を創造したのだ。そして今、全ては達成せしめられた』

 

「……」

 

巨人の言葉に困惑が渦巻く中、彼らはローブの巨人をただ見上げる。

 

『以上でソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君、健闘を祈る――』

 

直後、けたたましいノイズと共にローブの巨人から煙が上がる。

次第に巨人の姿が崩れていき、煙が中空に吸い上げられた。

後に訪れるのは、現実を直視できないことに困惑しているプレイヤーたちの沈黙。

全員が石化でもしてしまったかのように、水を打ったかのような沈黙が、広場を支配していた。

 

「嫌……嫌ぁ!」

 

手鏡を落とした少女の悲鳴が、純白のシーツにワインが浸み込んでいくように混乱を拡散させた。

次々と起こる、そこにしないGMへの罵倒。現状を受け入れられない者の悲鳴。出してくれと懇願。ありとあらゆる負の感情が広場に渦となって混沌を産み出していく。

 

「ヤバい……パニックが半端じゃない……!」

 

「ねぇ、真琴ちゃん……私達、死んじゃうの……?」

 

へたりと座り込んでいるユイが、乾いた声でつぶやく。

その声は周囲の喧騒にかき消されそうな、弱弱しい声だった。

 

「ばッ……馬鹿野郎!死ぬ訳ねぇだろ!!クリアして、絶対に生き残る……優衣だけでも絶対にあたしが……!」

 

マコトの叱咤でユイを立ち直らせようとするも、彼女も内心不安や困惑でいっぱいだった。

もし茅場明彦の言葉がすべて真実なら、強靭なボスどもを打ち倒し、100層のラスボスを倒す以外方法は無い。

そしてHPが0になった瞬間、訪れるのは――死。

 

「ユーチャン!こっちダ!」

 

「え?」

 

喧噪の中、ただひとつだけ自分達を呼ぶ声が届いた。

声を発したのは誰なのか。何の目的で自分に声を掛けたのか。そんなことは解らない。

ただ、この混沌とした喧噪の中に放心するユイを除いた2人には本能的に突き動かされた。

この声の主に会えば、何か解るかもしれない、と。

 

 

 

2022年11月6日――SAO事件、開始。

 

 




次回「鼠のアルゴ」


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「鼠のアルゴ」


( ・大・)<……旧作のプリコネ×SAOの執筆がなかなか進まん。


デスゲームが開幕が、茅場明彦(ゲームマスター)によって宣言させられて10分後。

始まりの街の広場から脱出したユイ、マコト、ノゾミの3人は、謎の声に導かれるままに裏路地にやって来た。

 

「お前らも来てたのか」

 

路地裏に着くと、ツムギにチカ、ウィスタリアが3人より早く到着していた。

 

「よかった、みんな無事だったんだね」

 

「良かった……?何の冗談で言ってるんですか!?」

 

蹲っていたツムギが、ユイに反論するように、彼女の胸ぐらを掴んでつっかかってくる。

 

「私は……私はただ、SAOの中に裁縫関係のスキルがあるって聞いたからだけですよ!それなのにッ!!どうしてこんなことに巻き込まれてしまったんですか!?」

 

「ツムギちゃん、落ち着いてってば!下手にパニくっても解決しないって!」

 

人一倍激しい動揺を見せるツムギに、ユイが彼女の肩を掴んで落ち着かせる。

彼女だけではない。他の5人――勿論ユイであっても――もデスゲーム宣告のショックは小さくはない。

 

「おーい、そろそろ良いかー?」

 

何とも場違いな声の主が、6人を我に返す様に手を叩きながら訊ねてきた。

そのプレイヤーは金褐色のショートウェーブの少女だ。だが彼女には他のプレイヤーとは異なる特徴がある。それは両頬に描かれたペイント。一見するとまるで――鼠。

 

「お久しぶりです……アルゴさん」

 

「おう、久しぶりだナ。ユーチャン」

 

「知ってるのか?」

 

「うん。ベータ時代からの知り合いで、よく私の作ったポーションを買ってくれたんだ」

 

「要はお得意様だヨ。それよりも、現状を整理するのが先ダロ?」

 

アルゴの言葉にユイとウィスタリアは思わず身を強張らせる。

 

「現状、デスゲーム化したこのSAOから出られる方法は、茅場明彦の言った通り最終ボスの討伐だけだろうナ」

 

「100層……」

 

マコトが頭上を見上げながら呟く。

上空には暁に染まった空のほかに、第1層の天井――第2層の地面が広がっている。

ここから100層までの間、自分達は出られず、HPが尽きた瞬間に現実の死が待っている。

自分にも降り注ぐかもしれないその瞬間に、仮想空間だというのに思わず悪寒が走る。

 

「あ、あの!ひょっとして外部から救出できるんじゃないんですか?こんな事態になった以上、政府も黙ってはいないはずです。だから――」

 

「チカちゃん……だったか?悪いけど外からの救出は諦めたほうが良い。こんなことしでかす奴がそんな状況を見越せないマヌケって訳じゃ無いダロ?」

 

「そんな……!」

 

チカが思いついた提案は、無情にもアルゴの手によって潰される。

崩れる彼女を他所に、アルゴは再び続けた。

 

「んで。これからの事なんだケド、オレっちは情報屋を開こうと思っている」

 

「情報屋?アルゴさんって、昔は私と同じでフロントライナーでも無かったんでしょ?」

 

ユイの疑問にアルゴも「ああ」と肯定し、

 

「けどナ、ベータとそうでない奴との情報量の差は、そのまま生死のリスクに繋がる」

 

アルゴが理由を告げた。

 

8層までとはいえ、ベータテスターは確かにそこまでの情報を有している。

ひいては7層までの情報は確かなものを覚えている。

対して今日正規品を購入した一般プレイヤーは、事前情報しか持ち合わせていない。いや、事前情報すら持ち合わせていないプレイヤーも存在する。

危険なルート、モンスターの行動パターン、フィールドやダンジョンのトラップ――。

情報の有無だけで、死亡するリスクが段違いだ。

 

「当然、情報の差を理由にベータテスターに食ってかかるプレイヤーも現れるはずダ。もしそれが深く、広がっていったら――」

 

「――まさか、一般プレイヤーのベータテスター狩りが始まるかもしれないってことですか?」

 

「……そういうことダ。それが実現したらもう攻略どころじゃない、全員詰む」

 

「だからこそ、自分が持つ情報を本にして出したいということですのね」

 

「ああ。だからユーチャンにはオレっちに無い情報を提供して、欠落の補填を――」

 

そこまでアルゴが話した時、一行の横を一人のプレイヤーが横切った。

足取りは重く、覚束無い。

そしてその先は始まりの街の端――城の外周。

 

「……あいつを止めろ!!飛び降りる気だ!!!」

 

アルゴの悲鳴に反応してノゾミとマコトがすぐにそのプレイヤーへと駆ける。2人とプレイヤーの距離は3メートル弱、相手は既に手すりに手をかけ、身を乗り出そうとしている。

なけなしのAGIで飛び降りる前に手すりに到達し、手を伸ばして――、

 

その手がプレイヤーを掴む寸前で、プレイヤーが飛び降りた。

 

勢いで手すりから身を乗り出し、そのプレイヤーを目撃する。

プレイヤーの姿はそのまま小さくなっていき、やがて何かが割れる音と共に、そのプレイヤーはポリゴンとなって消えた。

 

「――――ッ!!!」

 

「嘘……だろ……!?」

 

プレイヤーの最期を目の当たりにしてしまったノゾミは崩れ落ち、マコトは絶句する。

今のは単にアバターが消滅したというのではない。消滅と同時にナーヴギアが作動し、あのプレイヤーを操作していた人物が死んだということ。目の前のアバターの消滅は、本物の死を知らしめていた。

目の当たりにした2人だけでなく、この場に居合わせた5人にもそれがひしひしと伝わっていく。

 

「外周の外に身投げしても終わり、か……こりゃ急いだほうが良いナ」

 

正直、アルゴとて平静を保っている訳ではない。

もたもたしていたら今のプレイヤーのように身投げする者が増えるだろう。

そうなる前に、持ちうる情報を公開して死亡するプレイヤーを一人でも減らさなくては。

 

「……アルゴさん、少しよろしくて?」

 

「ウィーチャン?」

 

そんな折、ウィスタリアが声を掛けた。

 

「今後攻略するとして……ここに残る人々はどうなりますの?」

 

「どうって、そりゃあ……攻略されるまで大人しくしてる、とか?」

 

「それでこれから先、普通に暮らしていけますの?」

 

ウィスタリアの疑問は、いわば「攻略を行う間、この街はどうなるのか」というものだった。

考えてみればユイもアルゴも盲点だったし、考えたことも無かった。ベータ版でも上への階層が解放される度に始まりの街に赴く頻度が減っていき、3層が解放された時からは全くと言っていいほど赴くことは無かった。

この第1層はいわばSAOの最初の安全階層であり、攻略に参加しないプレイヤーの安全地帯でもある。だが、安全だからとてプレイヤーの精神状態が快復するとは思えない。

現状、さっきのような自殺者が出ない可能性は限りなく低い。

 

「……長い目で見ても、攻略はすぐにどうにかなるレベルではありません。だったら、攻略に参加しない人のメンタルを保つための活動が必要になるのではなくて?」

 

「おぉう……案外考えてるんだ、ウィーチャン。ぶっちゃけオレっちも考えてなかった……」

 

「でしたら私達は、攻略以外の視点での活動をしていきましょう」

 

「……攻略以外?」

 

「ええ。下層や中層での死者を減らすこと。これも活動としては悪くないのではありませんの?」

 

ウィスタリアの言葉にアルゴは、いや、彼女を含めた6人は彼女がこれから先に起こることを予期しているかのように感じていた。

勘なのか、それともあてずっぽうなのか。

 

(…確かに犠牲者を減らすってのも重要ダナ。今のアインクラッドで蘇生は不可能。攻略に赴く――いや、外でモンスターと戦闘をすることも恐れているなら、この始まりの街に留まるほうがずっと安全ダ。けど、ただ待つだけでメンタルが快復する訳じゃナイ。さっきの自殺者みたいに身投げする奴がこれから先も出てくる可能性が高イ。そうならないようメンタルを快復させる奴も必要になるということになるから……)

 

それでもアルゴは冷静に考えてみる。

これから先、アインクラッド攻略の陰で忘れ去られる運命にある始まりの街でひっそりと暮らすプレイヤーも居るはず。そんな彼らを野放しにしておけば……いずれさっきのプレイヤーのように身投げする可能性が膨らんでくる。

 

「面白そうだなその話。ケドその話には箔や強いリーダーシップが必要になるケド?」

 

「ご心配なく。それを承知したうえでの発言ですわ」

 

自信に満ちたウィスタリアの顔を見て、アルゴは沈黙する。

一息吐いた後、アルゴは静かに伝える。

 

「ナラ、ギルドを結成できる3層が解放されてからが本格的なスタートダ。それまでに少しでもレベルを上げておけヨ」

 

「ありがとうございます」

 

アルゴに頭を下げて礼を言うと、5人に振り返って告げる。

 

「これからの事をお伝えしますわ!私はギルド結成の協力者を募ります。ツムギさんも手を貸してください。ユイさんはアルゴさんと共に情報を提供を。他の3人は3層の適正レベルになるまでのレベ上げですわ!」

 

「……待って」

 

活動の為に今できる範囲での行動を伝えた時、ノゾミが待ったをかけた。

 

「どうしたんだよ急に?」

 

「死なせないために活動するってのは良く分かったわ。それでも時間は掛かるでしょ?」

 

確かにそのことは否めない。

今もこの始まりの街のどこかの外周で、絶望に呑まれて身投げしているプレイヤーがいるはず。

ギルド活動が本格的に波に乗るまでに、一人でも多く自殺者を減らさなければならないことも重要だ。

 

「けど、今自殺を躊躇わせるってどうやって……?今すぐできるのか?」

 

「……私なら、なんとか行けるかも」

 

「何するんですか?」

 

「あの混乱を少しでも鎮めに行くのよ」

 

あっけらかんと答えたノゾミに、全員が息を呑む。

 

「おい待て正気カ!?園内じゃ突き落されない限り死ぬことは無いが下手すりゃ奴ら総出でボコられるゾ!」

 

アルゴが思わずノゾミの手首を掴んで制止しようとする。

確かに普通なら、彼女の選択は正気の沙汰とは思えないだろう。

それでもノゾミはアルゴの手を振り払うことなく、彼女のほうへ振り替える。

 

「大丈夫よ。こういうのには憧れてたから」

 

「あ、憧れ?」

 

「ちゃんと見ていてね」

 

「あ、おい!」

 

制止を振り切ってノゾミが広場へと行く。

そんな彼女の顔は、無謀と呼ぶには明るく、楽観的と呼ぶには決意に満ちていた――。

 

 

 

 

「おい……本当に自殺したのか……?」

 

始まりの街の縁、宙へと身を投げたプレイヤーが消滅する様を目の当たりにして、誰かが呟いた。

 

「ふざけんなよ……あの野郎の言った事が本当だっていうのかよ?」

 

「あぁ!?冗談じゃねぇよ、ただログアウトしたんだろ!?」

 

「ログアウトできないのにどうしてそんなことが言えるんだよ!!」

 

「嫌よ、私死にたくない!!」

 

一人が呟いた途端、まるで飛び火していくかのように怒声、罵声が集団に感染していく。

言葉での罵声の飛び交いから、誰かが手を出し、ついには殴り合い蹴り合いの乱闘へと発展していく。

 

「――何、この声?」

 

路地裏に隠れ、乱闘から避難していた少女が突然声を上げた。

声――というよりは歌に近い。

少女は声を頼りに路地裏を通って広場へと戻る。

 

「~♪~♪~♪」

 

夕焼けから夕闇へと変わる広場の中心で、歌っていた。

広場に残っていたプレイヤー、少女のように歌に釣られてふらふらと足を運んだプレイヤーは、思わずその歌に聞き入っていた。

声を伝えるマイクも、バックに歌を彩る音楽やそれを奏でる楽器も、ステージを飾る演出も無い。

それでも、少女たちはノゾミの歌に聞き入らずにはいられなかった。

 

「~♪~♪」

 

「何だ?あれ……」

 

「綺麗……」

 

後ろからの声にふと我に返った少女は振り返ると、乱闘をしていたプレイヤー達も、喧噪を忘れて歌につられて広場にやってきた。

やがて歌が終わると、静かな拍手が少女に送られる。

 

「みんな!私の歌を最後まで聞いてくれてありがとう!」

 

拍手を受けてノゾミが深々と礼をする。

 

「確かに、今この状況は最悪かもしれません。だけど、私のギルドマスターはゲームクリアの他に犠牲を減らす方法を今考えています。私には歌うことしかできないけど、これからここに残る人たちに、攻略に進もうとする人たちに、この街にいるみんなに、これだけは心に留めてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きるのを、諦めないで――」

 

それだけを言い残し、ノゾミは広場から去って行った。

 

 

 

 

 

 

――彼女は知らない。このアインクラッドに、自分を含めた3人の歌姫が閉じ込められていることを。

 

 

――彼女は知らない。このアインクラッドで、とんでもない事が始まりの街で起きることを。

 

 

――今はまだ、何もかもが始まったばかり。

 

 




次回「ギルド結成」


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「ギルド結成」

(・大・)<お待たせしました、プリコネ×SAOの続きです。

( ・大・)<あれだけ時間かけといてまだギルド結成までって……。


 

 

12月20日。第3層主街区【ズムフト】。

 

 

「すっご……」

 

始まりの街の転移門から転移してきたノゾミ、チカ、ツムギ、マコト、ユイ、ウィスタリアの6人。

ユイの話ではこの層でギルドを結成できる、所謂『ギルド結成クエスト』が受注できるという。

 

「森ん中を開拓して作った村……っていうか、駐屯地って奴所だな」

 

マコトが周囲を見渡す通り、3層は古代樹の森の中だ。

右も左も、文字通り見渡す限りの木々の数々。曰く『迷いの霧の森』と呼ばれている。

 

「ユイさん、肝心のギルド結成クエストは一体どこで?」

 

「それよりも、これだけは頭に留めておいてくれるかな?」

 

「肝心な事?」

 

妙に神妙な顔をするユイに、5人が首を傾げる。

 

「SAO……ソードアートオンラインは、この3層からが本番だよ」

 

「本番、と言いますと?」

 

「ソードスキルの精度が段違いなの。1層の迷宮区でもコボルトが使っていたけど、それとは全然違うし、剣術としても相当の腕だよ」

 

「じゃあつまり、総じて敵が強くなるって事?」

 

ノゾミの質問にユイは「そういうこと」とうなずいた。

ユイ自身、ソードスキルを外して《調合》のスキルを取り、ポーション売りに転身したのもこの3層からのモンスターとの戦闘についてこれないと察したからだ。

 

「茅場明彦も言ってたよ……『ソードアート・オンラインの剣技は、ソードスキルの光と音、生と死が織りなす協奏曲だ』って。今思えば、その時からもうこの計画を始めていたのかも」

 

「はいはい考察はそこまで。今はギルドの結成が優先ですよ。こGMの計画を考察したって意味無いじゃないですか」

 

「……確かに」

 

ツムギがポンポンと手袋越しに手を叩いて話を終了させる。

それより、6人には考察よりももっと重大なものがある。

 

「それで、犠牲者は?」

 

「……1900人強、ですわ」

 

「気が滅入るには十分すぎる数ですね……」

 

ウィスタリアから告げられた4ケタの数字――これまでの犠牲者の数――にチカがげんなりした表情で返す。

単に1900人強もの犠牲者が出たのではない。その半数近くはこのデスゲームの絶望に耐え切れず、アインクラッドの外周から飛び降り――死んだのだ。

 

「で、その協力者ってのは何人なんだ?」

 

マコトからの質問に、ツムギはあえて沈黙を通しつつ、代わりに指の数で答える。

――その数、4本。つまり4人。

 

「たったの4人かよ!?」

 

「仕方ありませんよ。あんな状況の中、ウィスタリアさんの計画は頭のネジが外れてるとしか思えませんからね」

 

ツムギが言うのも無理はない。

デスゲームが宣告された中で、ウィスタリアの言う『攻略に参加できない人の保護』という目標は、当日にデスゲームを宣告されたプレイヤー達にとっては、彼女の言葉は夢物語にすらならない戯言でしかない。

ウィスタリアが必死に呼びかけても、そのほとんどが一蹴し、去って行った。そのまま帰らぬ人となったプレイヤーも少なくはない。

 

「力を着けて、ギルドを作って、具体的な方針が決まれば少しは話を聞いてくれるかもしれないわね」

 

「そのためにも、ギルドクエストをこなしていこう。あと、これはウィスタリアさんが受注してくださいね」

 

ぐっと決意を改めていると、とうとうギルドクエストを受けられるNPCの元に到着した。

 

 

 

 

「園外に出るクエストなんて聞いてねぇよ……」

 

「うん。私も知らないで受けたから慌てて一度脱退してから入り直して、ギルドリーダーを交代したくらいだし……」

 

「ベータテスターにある失敗談ですか?」

 

マコトのボヤキに続き、ユイが訂正を入れつつ過去を思い返す。

今彼女たちはギルド結成クエストで、モンスターに奪われたギルド結成の指輪を取り戻す為、ダンジョンでもあるある洞窟を目指していた。

 

「そうだ。みんなレベルはどうしたの?」

 

「んぐっ……!」

 

乗り込む寸前で振り返りながらのノゾミの質問に、ツムギを筆頭に3人ほど言葉を詰まらせた。

 

「因みに私は10」

 

「私もそれくらいですね」

 

「あたしは11くらいかな」

 

すんなりと答えたマコト、チカ、ノゾミに対し、

 

「3人でレベリングに行ったけど、まだ8……」

 

「……言っておいて難ですが、3位ですわ」

 

「……6」

 

ユイはまだしも残る2人、ウィスタリアとツムギは特に酷かった。

3人とも1ケタ、ウィスタリアに至ってはこの3層の適正レベルギリギリである。

 

「……一応パーティ組める上限6人いるとはいえ……」

 

状況が状況だけに、この3人はろくにレベリングを行えるような状況ではなかった。

とはいえSAOのパーティシステムの都合上、この3人は比較的攻撃を続け、経験値を稼がなければならない。

一つだけ幸いなことと言えば、今から挑む洞窟の中には平均レベルが4程度しかないので、ウィスタリアでも比較的楽に倒せるとった点くらいか。

 

「とにかく、虫系モンスターは状態異常をメインに使ってくるから、掛かったら下がって回復して。私の《調合》でも、数に限界があるから……」

 

「わかりましたわ。それでは早速向かいましょう!」

 

「あんたに言われてもレベルのせいで威厳が感じられないんだよな~」

 

マコトの言うことも最もである。

 

 

 

 

道中、幾つものモンスターに遭遇したものの、マコト、ノゾミ、チカが隙を作ってウィスタリアとツムギ、ユイが止めを刺して経験値を稼ぐことを5回ほど繰り返してダンジョンに乗り込んだ。

 

「……」

 

「どした、ユイ?」

 

「このダンジョンの宝箱、全部開けられている……」

 

「解放されたのは5日も前だろ?フロントライナーがとっくに全部開けちまったんじゃないのか?」

 

「そうなんだけどさ、ここ」

 

ユイが指したのは壁の亀裂の奥にある未開放の宝箱だ。

宝箱は1度解放されたら後はそのままになる。それはVRよりも以前のRPGにはお約束のシステム。つまり、これは攻略組の誰もが見落としていた特殊な宝箱だということだ。

閑話休題。

この場所は影の影響などもあって、一見しただけでは見つけにくい。更に亀裂の中にある為に尚更見つけ辛い場所にある。

 

「ここの宝箱はベータ版でも最初は見つけられなかったんだ。ベータの最前線の人でも。多分知ってるのは私くらいだよ」

 

「その最前線の奴は、今や攻略組か。ユイとは豪い差だな」

 

「そ、そんな差はどうでもいいよ!とにかく、このダンジョンは他のクエストの舞台にもなるから、たまにそのクエストで戦うモンスターが現れることが――」

 

ユイの注意点も束の間、その声は一つの轟音にかき消された。

視界一面が巻き上げられた土煙に覆われる。

 

「お、おい!いったい何が――!?」

 

「これもクエストの一つですの!?」

 

「違う!ギルド結成クエストは討伐系じゃなかったはず……ッ!?」

 

ユイの叫びと共に土煙が晴れていく。

同時に露わになった原因を前に、一行は言葉を失った。

高さ3メートル級の、毒々しい黒に染まった多脚と胴体、そして熟れた鬼灯の如く赤々と光を灯す目。

現実世界にはいない、巨大蜘蛛。

 

「なッ……なん、で……!?」

 

敵は完全に眼下の6人――特に案内として一番前に出ていたユイ――を獲物と見定めたのか、前脚の一本を振り上げる。

数秒後には振り下ろされて、レベル差の大きいユイは一撃でHPを全損し、ナーヴギアに脳を焼かれてしまうだろう。

 

「ユイちゃん、逃げて!!」

 

ノゾミの悲鳴と同時、巨大蜘蛛の前脚が振り落とされた。

再び轟音と共に彼女のいた場所に土煙が上がる。

 

「ユイちゃん!!」

 

ノゾミが再び悲痛な叫びをあげる。

誰もが逃げるのを忘れて固唾をのんで土煙に中を見ていた。

やがて土煙が薄らぎ――、その中に2人の人影が見えてくる。

 

「ま、こと…ちゃん……」

 

「ユイだけは……絶対に殺させねぇ!!」

 

その攻撃は、咄嗟に前に出たマコトによって防がれていた。

巨大蜘蛛との力の差に、素早く両手剣を傾けて攻撃を逸らす。

 

「ユイ、コイツ斃せるか!?」

 

「えっ……?――多分、倒せるかも。別のクエストの討伐対象になってるけど、普通にリポップするから」

 

「じゃあそいつがこの化け物をここにおびき寄せて、あたしらのような奴を狙ったMPKだっていうのかよ!?」

 

「誰がMPKをしたたって!?」

 

マコトの叫びに応じるかの如く、黒と白がどこからか飛び出した。

ワンテンポ遅れて巨大蜘蛛がその2つに反応したものの、その間に複数の斬撃が巨大蜘蛛のHPバーを削り斬り、軽快な音と共にポリゴンとなって砕け散った。

 

「うっそ……」

 

まさしくあっという間の出来事。反撃する間も無く消滅していく様に一行は呆然とその場に座り込んでいる。

 

「悪かった悪かった。宝箱の取り忘れを思い出して戻ったけど、アンタらと遭遇しちまったみたいだな」

 

黒――黒服の少年が手にした剣を背中の鞘に戻しながら謝罪する。

 

「あなた達もギルド結成クエストを受けてたの?」

 

白――ケープを纏った少女も細剣を鞘に納め、駆けてくる。

 

「え、ええ……そんなところで……」

 

すっかり腰の抜けているユイが少女の差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。残る5人もやっとのことで立ち上がる。

 

「先ほどはありがとうございました」

 

「あんたらも攻略に参加するのか?」

 

少年、キリトの質問にウィスタリアが首を振りながら答える。

 

「いいえ。そのことについても、少々ダンジョンを抜けてからにしましょうか」

 

「それもそうだな」

 

そこからはキリトと少女、アスナを先頭に洞窟の出口へと向かう。

途中に現れた小型モンスターはノゾミ達のレベリングの為に彼女らが戦闘を行うことにする。

アスナは最初あんな目に遭って問題なく戦闘ができるのか、キリトはあんなバランスの悪い編成で大丈夫かと内心思ったが、6人の戦闘は滞りなく進み、見事にモンスターを全滅させた。あのボス級モンスターに比べれば、さほど脅威でもなかったのだろう。

 

「そういえば、キリト君の言ってた宝箱の中身って何だったの?いきなり思い出したみたいに駆け出して」

 

「それなんだよ。色々ごたごたが終わった直後に思い出したんだけど、あの洞窟にはちょっとした特殊アイテムがあったのを思い出したんだ。ベータじゃ攻略した後の別件で偶然通りかかってあの場所を見つけたんだけど……」

 

「あ、多分それ私だ」

 

「……マジで?」

 

何気ない会話だったのに、キリトが食い気味にぐるりと後ろを向く。

 

「中身は何だった!?」

 

食いつくキリトへ返答代わりにユイがその獲得品をオブジェクト化する。

表れたのは小さな鉢型の皿に乳棒、そしていくつかの小道具がユイの手元に現れる。

 

「これって……?」

 

「ポーションキット。素材からポーションを作ったり」

 

「ま、マジか……」

 

折角の隠し宝箱の中身がまさかのポーション製作に使われるキットだったとは。

衝撃の事実にがっくりと膝をつくキリトだった。

 

 

 

 

キリトとアスナを加えた8人は、野営地へと足を運んでいった。

その野営地で数日前に結成された攻略組ギルド【アインクラッド解放隊】のリーダー、キバオウと【ドラゴンナイツ・ブリゲード】のリーダー、リンドと顔を合わせていた。

余談だが、2人に会う前にギスメルというNPCと出会ってユイが仰天していたのを記載する。

 

「始まりの街の治安維持?」

 

ウィスタリアの立てたギルド目標に対して、声を上げたのはリンドだった。

 

「ええ。攻略を進めていく内に、攻略組や中層域のプレイヤーは下の街を放置していくのは明白。下層域に残る人達を守る方も、必要になるのではなくて?」

 

「おいおい……。階層一つをジブンらで管理するんか?旧式の街の経営ゲームちゃうぞ」

 

「何も、第1層全てを手掛けることなんて言ってませんわよ。けど、このまま下層で暮らす方々を放置しておくわけにはいきませんわ」

 

沈黙が走る。

2人ともウィスタリアの話に対して自分なりにまとめているようだ。

 

「……バカバカしい」

 

沈黙を破ったのはアスナだった。

 

「あなた達の言い分は、このデスゲームの攻略を私達に丸投げして、自分達は最下層で静かに暮らすっていうのよ!あなた達、頭おかしいんじゃないの!?」

 

爆発するように不満をぶちまける。

一日も早い攻略を目指す彼女にとっては、ウィスタリアの行動は完全に他人任せのものでしかない、この時点で攻略そのものを諦めている、とも解釈することができる。

アスナからすればそう解釈しても無理はない。自分達は解放の為に必死に抗っているのに、のうのうと下に残ることに怒りを感じずにはいられなかった。

 

「確かに解釈次第では、そうなりますわ。ですが、誰かがやらなければあの街は遅かれ早かれ廃れていきます。誰が何と言おうと、私達の掲げたギルド目標は曲げる気はありません」

 

「……そう。さっきは怒鳴ってごめんなさい」

 

アスナも先程の怒声から冷静になったのか、頭を下げて詫びる。

 

「まあいい。今後連絡はしないかもしれないが、ギルド間での連絡として一応フレンド登録はしておこう」

 

「ワイらは明日はボス攻略や。これ以上話すことが無いんやったらこっちは勝手に上がらせてもらうで」

 

「ええ。こちらもお手数をおかけしました」

 

フレンド登録を終えたキバオウとリンドの後ろでウィスタリアが頭を下げて、彼女も少し離れた場所で待機していた4人の元へと向かっていった。

 

「あれ?ユイは?」

 

「ごめんごめん。ちょっと遅れちゃった」

 

待機していた一行から少しは垂れた場所からユイが駆け寄ってくる。

 

「どうしたのよ?」

 

「あーうん。ちょっとね」

 

「そろそろ帰りましょう。ギルド活動を掲げておいていつまでも用の無い場所に長居する必要はありませんもの」

 

幸いこの野営地は主街区からほど遠くない。そのまま転移門へと向かい、転移されていった。

 

 

 

 

「君達、少しいいか?」

 

転移ゲートに来た6人が転移しようとした時、後ろから声を掛けられた。

振り返ると数人の男女のプレイヤーだ。そのうちの一人、大柄な体躯の男が集団のリーダーらしい。

 

「あなた達は?」

 

「我々は攻略ギルド【剣文録】。私はリーダーのフレッグだ」

 

「――ウィスタリアと申しますわ」

 

「おっさん、何の用だよ?」

 

「スカウトだよ。それ以外に何がある?」

 

目の前の男、フレッグはあっさりと自分の目的を示した。

訝し気な表情を露わにする6人に気付いていないのか、更に続けた。

 

「お気持ちはありがたく受け取りますわ。ですが、今私達はギルドを起ち上げたばかりですのよ。そのギルドを放っておいて攻略に携わろうとは思いませんわ」

 

「なら我々のギルドと合併すればいいだろう?」

 

「「「「「「……はぁ?」」」」」」

 

思わず6人が6人、素っ頓狂な声を上げてしまった。

同時にマコトは、「馬鹿かコイツは」とあきれ果ててしまう。

要するにこの男は、言い換えれば「お前たちのギルドを解体するか合併で自分達のギルドに入れ」と言っているのだ。無茶苦茶にも程がある。

 

「……申し訳ありません。私達には私達のやるべきことがあります。その使命を捨ててまであなた達と共に攻略に参加することはできませんわ」

 

「なんだと?」

 

「要するに、あたしらのやる事ほっといて攻略に参加する気はねぇって事だ」

 

「貴様……!」

 

ずいっ、と前に出て返したマコトに対して、フレッグの声色に怒りが僅かに含まれた声を上げる。

 

「まあいいじゃないですか。無理強いして入れた人だと、後々ギルド内の不和にも通じてしまいますよ」

 

まさに一触即発の空気に、別の声が横やりを入れて制した。

その声の主は20代後半の男。長身の黒髪の姿は先程会ったキリトと見た目はそっくりだ。ただ、顔つきは日本人のようなものではない。外人の―西欧風の雰囲気が感じられる。

彼の声に冷静さを取り戻したのか、先程見えた怒りの感情はすっと引っ込んでいった。

 

「……確かにそうだな。さっきは悪かった」

 

「いいえ。力づくという選択をする前に冷静になってくれて助かりましたわ」

 

ウィスタリアも事が穏便に済んで一応の警戒は解く。

フレッグたちはそのまま踵を返して去って行き、彼らの姿が宵闇に消えるまで見送った彼女らは、転移門の前に立った。

 

「「「「「「転移、始まりの街」」」」」」

 

 

 

 

「それで、例の話を聞いてくれた奴ってのがこの人達か?」

 

「はい。今から紹介しますわ」

 

始まりの街に帰還して一夜を過ごした宿屋のある一室。

一向はウィスタリアの話に応じたプレイヤーと会う為にこの宿に待機してもらっていた。

彼女らの据わるテーブルの向かい側には、4人の年齢の異なるプレイヤーが据わっている。

 

「では私達から」

 

ウィスタリアの号令に続き、40代後半の男性が名乗りを上げる。

続き、彼と同い年のような女性も立ち上がる。

 

「私はユース。彼女はティアナ。ここの治政を任されました。現実でも夫婦です」

 

「へぇ。政治家でもやってたのか?」

 

「え?え、えぇ……そんなところです」

 

最後のほうは口ごもっていた点に全員疑問を感じたが、そこに深いツッコミを入れようとする無粋な考えは起こさなかった。

 

ユースとティアナが座ると、次に眼鏡の女性が立ち上がる。教師のような雰囲気を持った女性だ。

 

「私はサーシャといいます。子供たちと一緒に教会で暮らしています」

 

「彼女には子供たちの保護とその世話を。私も先程足を運んだのですが、かなりの人数でしたわ」

 

ウィスタリアの補足に、サーシャに対して感心しながらも、子供たちに対してレーティング無視じゃないかと疑問を上げる。

 

「最後は私ね」

 

最後の協力者が立ち上がる。

年はウィスタリア達とさほど変わりなく、少女と言っても差し支えない。

 

「私はレイン。ウィスタリアさんのギルドで働くことになりました」

 

彼女の自己紹介を最後に、今度はユイ、マコト、ノゾミ、チカの4人が改めて自己紹介をする。

 

「さて、初めはこんな所ですわね。それでは――」

 

「待って。ギルド名は?」

 

早速【約定のスクロール】を使おうとした時、ユイが待ったをかけた。

確かにギルド名はまだ決まっていない。

肝心のギルド名は何なのかと、全員期待の籠った目線をウィスタリアに向ける。

 

「ギルド名?ああ、そうでしたわ。名前は……まだ決めてませんでしたわね」

 

全員ずっこけた。

名前を決めるタイミングはそれぞれだが、このタイミングでまだ決めてないのはどうなのだろうか。

 

「そうですわね……メルクリウスは加えるのは絶対ですわ」

 

「メルクリウス……商業の神ですね。このまま使うのもありですが?」

 

「それだとありきたりですわ。もっとこう……このギルドだからこその名前っていうのが……」

 

変なところで躓いてしまった。

今適当な名前で【約定のスクロール】でギルド名を決めると、解散以外で名前を変更はできない。変な名前を決めてしまうと、ギルドの活動意欲に支障が出てしまう。

何か良い名前は無いかと考えている中、夜9時を告げる鐘の音が耳に入ってきた。

 

「……ゴスペル」

 

「ん?」

 

「ゴスペル・メルクリウスなんてのはどうかな?」

 

「“メルクリウスの福音”という意味ですか。悪くないんじゃないですか?」

 

「確かにそうだね。希望となる福音を鳴らす商業の神。悪くないんじゃない?」

 

「では、ここに【約定のスクロール】の元、約定を」

 

商業を通じて解放の日を待つまでの希望となる。

その理念を通じた者達が一人ずつスクロールに名を刻む。

全員がギルドに名を刻んだ後、ウィスタリアが宣言した。

 

「それでは、今ここに【ゴスペル・メルクリウス】の設立を宣言します!」

 

 





次回

「食糧生産を確立せよ」


( ・大・)<次回は多分オリキャラ回。


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「食糧生産を確立せよ」

(・大・)<今回は旧作の中にあったギルド農業ギルド【エリザベスパーク】のお話。

(・大・)<今回の話は旧作アインクラッド編をベースに肉付けをしたものとなっています。


 

デスゲームが始まって、新年度3が日を終えた1月4日。

 

「ただいまー」

 

帰ってきたノゾミが扉を開ける。

 

「お帰りなさい」

 

「あれ?ツムギじゃない」

 

いないはずの相手の言葉に疑問符を浮かべる。部屋を見回してみるが、ツムギ以外には誰もいない。

たが、すぐにその原因に気付く。

 

「――あ、そっか。他のみんな2層に居るんだっけ」

 

「ええ。ちなみに私は休暇です」

 

【ゴスペル・メルクリウス】のギルド活動は、早々に問題に突き当たった。

その最たるは「食糧事情」だ。

デスゲーム開始から1ヶ月、周辺の狩場は混沌としていた。

ギルド活動を始める前から獲物を奪い合うプレイヤー達によるイモを洗うような状態と、飢餓による苦痛から逃れんと投身を図ったプレイヤーで、死者が100人を超えたこともあった。そんな中でウィスタリアの言葉に乗れるほどの余裕は無かっただろう。余程の精神異常者だったに見えたかもしれない。

それでも自分達より少し前にシンカーと言うプレイヤーが掲げた『資源の均等分配』という理念により食料の配布が行われ、ウィスタリア達もその活動に協力していった。

第1層が攻略されてから、攻略組もその活動も軌道に乗りはじめていたが、安堵すると同時に【ゴスペル・メルクリウス】――もといマコトやユイはもう一つの懸念が生じた。

それは「食料供給の限界」。

 

この始まりの街にはまだまだ数千人以上のプレイヤーが残っている。シンカーが言う全員に均等分配するとしても、何年も続けるならば1コルで購入可能な黒パンくらいしかない。

周囲にはフレンジーボアがいて、ドロップ品にはボア肉と言うものがあるが、それでも不測の事態に陥ればHPを全損する恐れがあるし、複数人の内誰か1人のみにドロップしたのならそこからプレイヤー同士の争奪が始まる。

そのことを告げたユイとマコトの話を聞いて、ウィスタリアは早速チカと2人を連れて主街区を中心に食料調達の当てを探しに行った。そして2022年の12月28日。ついに当てを2層で発見した。そこで彼女らはツムギとノゾミ以外の4人で28日から泊まり込みを続けている。

治政に関しては【ゴスペル・メルクリウス】の外部協力者、ユースとティアナを中心に取り仕切っており、ここ1層攻略の件もあって自殺者が格段に減っている実績があるので任せても問題はない。

 

一方のノゾミも不定期に開かれるミニライブで下層プレイヤーの励ましになっていた。

元々幼馴染とアイドルになろうと語り合っていただけあって、歌唱力は高い。オマケにチカのアドバイスで前より歌唱力が上がったと自負しているとか。

彼女らの頑張りやギルド活動もあって、現在死亡する下層プレイヤーはほとんどいない。

ツムギも《裁縫》スキルを手に入れてから中層、下層で暮らすプレイヤーとの服飾を手掛けている時に、アシュレイというプレイヤーと出会ったのだ。自分以上の《裁縫》スキルに見惚れ、思わず弟子入りを志願したらしい。

閑話休題。

 

それでも眼前の問題は早急に解決する必要がある。

そんな折、一行の視界の右上の隅にメールを知らせるウィンドウが現れた。

 

「これは……あ、ウィスタリアさんからのメール」

 

メールの内容を見たノゾミは、早速ウィスタリアが捜索していた場所――2層の主街区へと早々に足を運んでいった。

 

 

 

 

第2層主街区【ウルバス】

 

 

早速主街区へ訪れたノゾミは、ウィスタリアの示した場所へと向かった。

歩いてものの数分、目的の場所に到着した。

 

「……これがSAOの畑なんだ」

 

第一声はノゾミの間の抜けた声だった。

100メートル四方の土地に等間隔で均一に耕された畑が一面に広がっている。その片隅の畑には植物の生った葉が風に揺らいでいる。

ここに居るNPCに話しかけてクエストをクリアすると晴れて《農耕》関連のスキルが手に入る。

この畑は傍に居るNPCの管理下にあり、土地の管理を行ってくれるので、レンタル料金さえ払えば初心者でも農耕を行える。

その広さに呆けていたノゾミだったが、我に返って自分のギルドマスター達を探す。

 

「そうだ、ウィスタリアさん達どこ行ったんだろ?――って、うわぁッ!?」

 

「どうしたんですかノゾミさ――んなぁッ!?」

 

結論から言うと、探していた4人は見つかった。

地面に手を着け、がっくりと撃沈された状態で。

 

「ど、どうしたのよみんな揃って!?」

 

「……あ、ノゾミちゃん、ツムギちゃん。いらっしゃい」

 

「いらっしゃいじゃないですよ!?何がどうなってこの状況になったんですか!?」

 

「く、クエストを終えた直後で栽培に失敗して……」

 

《農耕》などの基礎スキルを得るNPCのクエストは、チュートリアルのウィンドウが表示されるので、指示に沿って行動すればだれでもクリアできるようになる。

確かにウィスタリア達もチュートリアルをクリアしたのだが、直後の農耕で見事に栽培に失敗してしまったのだ。その結果を知ったのは今日の昼頃。つまりノゾミがメールを受け取った数分前の事だ。

 

「なにをどうやったら失敗するのよ?」

 

「色々あって……」

 

目線を逸らしながらチカが言葉を濁す。その色々の殆どがウィスタリアの好奇心によるものだが、全員産業なんて現実でもVRでもやった試しが無い。

しかし、全くの無知でも植物が全滅するというのはこれは如何に。

 

「一応、野菜の種や苗はありますわ。……1回分だけですが」

 

「1週間の間に何があったの!?」

 

本当に何をどうやったらそうなったのだ。

このクエストの報酬は最低でも初級食材になる種子の袋と、野菜の苗がそれぞれ5個ずつ得られるもの。

農耕のスキルが低ければ失敗する可能性も当然あるのだが、初心者用の畑でここまで失敗するのは滅多に無い。逆に奇跡と言えよう。

 

「……あれ?じゃああそこの畑は誰のですか?」

 

「ああそれ?どうも他の誰かがクエストを受けていたみたいで、そこは関係ねぇ場所だよ。NPCから聞いた」

 

隣の芝生は青く見える、と言う言葉があるが、ここまでの差が出るとは思わなかった。

しかし、ひょっとしたらそのプレイヤーは……。

 

「……とりあえず、今日は上がりましょう。下の階層での食事の配布も行わないと」

 

ウィスタリアが起き上がって早々に退去していく。

残る5人も後に続いて、畑を去って行った。

 

 

 

 

 

そして、NPCの畑の管理人だけが残ると、物陰から一人のプレイヤーが現れる。

 

「ったく、なんだったんだあいつら……?」

 

黒髪の青年のプレイヤーは、彼女らの去った方角を見ながら訝し気な言葉をこぼす。

この男が畑に来たのは、アルゴと言うプレイヤーの攻略本の片隅に《農耕》に関するスキルを見つけたからだ。

当初はこの男も著者がベータテスターだったために信憑性を疑っていたのだが、試しにこの層に行ってみたら、その攻略本通りにスキルを会得できるクエストを見つけたのだ。

そこから他の利用者の目を避けるようにスキルを会得し、今やっと収穫を迎えたのだ。

 

「さて……」

 

「確保ーー!!」

 

「なっ!?」

 

さて収穫に取り掛かろうとした途端、女性の声と共に自分の身体に衝撃が2度走る。

倒れた彼が振り返ると、先程の5人の内2人――ノゾミとか言う少女と狼のような風貌の少女が自分に抱き着いていた。

 

「なっ、なんなんだオメェら!?」

 

「悪い悪い。ちょっと荒事でごめんよ。ちょっと話を聞いてくれ」

 

「は、話!?」

 

起き上がったプレイヤーは、改めて5人と話を聞いてみる。

 

「初めまして。私はウィスタリアと申します。この畑は、貴方がお育てに?」

 

「ああ。ちょっと弄ってみたが、簡単にできたぞ。むしろこの畑で失敗するお前らがおかしいよ」

 

男の言葉にノゾミ以外の4人にグサリと突き刺さる。

 

「なるほど。では単刀直入に言いましょう」

 

「なんだ?」

 

「要点は2つ。私達に農耕のアドバイスを教えて貰いたいですわ」

 

「なるほど」

 

「もう一つは農業産業を築いていこうと思います」

 

「……なんだって?」

 

予想だにしなかった言葉に彼は思わず聞き返した。

 

「これから先、攻略と並行して捕らわれた人々の食料の確保も重要になりますわ。コルを稼ぐ手段が限られている下層域の人たちにも食料を配分するには、生産業のプレイヤー達の協力が必要なのです」

 

「……その先駆者になれってのか?」

 

問いかけにウィスタリアは静かにうなずいた。

沈黙。

数分間の長いようで短い沈黙の後、彼は口を開いた。

 

「……悪い。少し考えさえてくれ」

 

「ええ。こちらも今すぐに答えを要求するほど、切羽詰まってはいませんわ。ですが、答えは出させて貰いますわよ?」

 

そこまで言ってウィスタリアは他の4人を連れて帰ろうとして――、

 

「あ、そうだ」

 

ぴたりと足を止めて振り返った。

 

「あなた、お名前は?」

 

「――テンカイだ」

 

 




次回「生産ギルド」

(・大・)<長くなりそうになったと思ったのに、

(・大・)<蓋を開けたらこっち側は3千5百程度しかなくてちょっと驚いた。


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「生産ギルド」


(・大・)<1回だけだと思った?

(・大・)<残念だが2話連続投稿だ。


 

「本当に良かったの?」

 

帰る途中でノゾミがウィスタリアに訊ねる。

理由は恐らく、テンカイとのやり取りだろう。

 

「ええ。強引に事を進めるとかえって今後の交渉で不利になってしまいます。今は考えを纏めることもあって、今は離れておいたほうが賢明だと思いましたのよ」

 

「割と考えてるんだね」

 

「割とって……まあ、こんな状況では否応なしに冷静になってしまいますわよ」

 

ぼやくウィスタリアだったが、それも事実。

SAOに捕らわれたプレイヤーの内、大半が下層域で暮らしているとはいえ、疑心暗鬼は付き纏うもの。無条件で信用しろなんて無理な話だ。

この交渉は言わば賭けのようなもの。賭けに負ければまた種や苗からやり直しである。

 

「それで、これからどうする?街に戻る?」

 

「ちょっと早いんじゃないでしょうか?まぁ、何日も泊まり込んでいたから早々に戻らなければなりませんけど……」

 

「あたしはちょっと残ろうかな。外で牛を狩れば牛肉が出るかもしれないし」

 

転移門の前でマコトの提案した牛狩りに4人が返答しようとした時だった。

 

 

 

――――ひぎゃあああああああああッ!!!!

 

 

 

「ッ!?何今の!?」

 

「なんか、悲鳴みたいなのが……」

 

突然上がった悲鳴に一同が周囲を見渡す。

悲鳴の上がった場所は東の先。つまり園外。

もしあれがモンスターに襲われたプレイヤーのものだったら……?

そんな不安を感じ取った5人はいてもたってもいられずに駆けだした。

その場所へは数分と掛からずに到着して目に入ってきたのは、一頭の牛型モンスターとへっぴり腰ながらも両手槍を向けている少女と、彼女の後ろで怯える年少プレイヤー数人。

どちらも自分から攻撃することはない膠着状態だ。

だが放置しておくわけにもいかない。目の前のモンスターが暴れだしたらあのプレイヤー達では太刀打ちできないのは明白だ。

 

「危ない!」

 

ノゾミが1人と1頭の間に、少女のほうに助太刀する形で割り込む。

 

「お、オメェらは!?」

 

「いいからあなたは下がって!ここは私達が止めるから!」

 

曲刀の切っ先を向ける。

相手は2層のモンスターだ。油断をしなければこの数で負けるはずがない。

いや、勝つ必要はない。彼女らを園内に入れるまでの時間稼ぎして、退き気味に自分らも先頭から離脱をするだけでも構わない。

 

「……あれ?」

 

異変に気付いたのはチカだった。それが次第にノゾミやユイ、マコトにウィスタリアにも通じてくる。

――肝心のモンスターから()()()()()()()()()のだ。今も「何勝手に騒いでんだこいつ等?」と言わんばかりに顔をしかめている。

 

「……あの、何があったの?」

 

「そ、それが……この子たちが外に出たいって言ってオラもこの子も連れて行ったんだべ」

 

実際、槍を構えていた少女の後ろで怯えているのは若干10歳にも満たない子供数人。

こんな危ない場所に連れ出さないでよとノゾミは内心彼女に毒づいた。

 

「それで、クエスト報酬で干し草を貰った帰りに、モンスターの群れとかち合って……何とか隠れてやり過ごしたのは良いけど、その1匹が現れて、干し草でやり過ごそうとしたんだべ。そしたら……」

 

つまり、彼女はその干し草でモンスターの気を逸らして逃げようと思ったのだが、逆にこっちに注目してしまってこの状況になってしまったということか。

それでもモンスターは攻撃どころか威嚇すらしてこない。ノンアクティブモンスターでも、こんなこと普通ならあり得ない。

その時だ。

 

「……まさか!ねぇ、君たちの中に変なウィンドウが出てる人っている?」

 

何か思い立ったユイが周囲に呼び掛ける。

子供たちもウィスタリア達は首を横に振る。

 

「……なんだべ、これ?『トレイリング・オックスのテイムに成功しました。名前を決めてください』?」

 

その中でただ一人、少女だけが答えた。

答えを聞いた途端やっぱり!と興奮気味に思わずユイが叫んだ。

 

「それ、テイムイベントよ!そのモンスターをテイムしたのよ!」

 

「て、ていむ?つまり……もう襲ってこないって事べか?」

 

「端折って説明すると、そうなるね。でも信じられない……あるにはあるって聞いたけど、ベータじゃ誰もできなかったのに……」

 

「はぁ……」

 

敵ではないことを知った少女は改めて牛型モンスターに恐る恐る手を伸ばす。

 

「オ……オラ、マヒルってんだ。よろしく」

 

若干震えながら触れた手に、牛型モンスターも答えるように嘶きながら頬を寄せた。

ノゾミ達ももう戦う必要はないと剣を納める。

 

「そうだ。マヒルちゃん」

 

「ん?」

 

「お願いがあるんだけど」

 

 

 

 

野菜の様子を見ながら、テンカイは考えていた。

現実の彼は農業に勤しんでいたのだが、彼自身農業に熱を持っているかと言えば違った。農業なんてくだらないとさえ思っていたくらいだ。

田舎を出て、都会での暮らしに子供の頃から憧れていたのに、皮肉にも彼には叩き込まれた農家の知識が身体に染み付いてしまっていた。

SAOに入れば自分も冒険者になれる。そう思っていた矢先にこのデスゲームに巻き込まれてしまった。

 

(何やってんだかなぁ……)

 

元々、この畑で野菜を育てようと思ったのは自分の食い扶持をつなぐ為だ。

始まりの街にいた頃、他のプレイヤー達との争奪戦が酷かった。

 

街中に生えている街路樹に、日に数個生る程度の木の実。

始まりの街周辺の園外にいるフレンジーボアから確率でドロップする猪肉。

最安値1コルで売られている黒パン。

 

その争奪戦に敗れたテンカイは、長い時で3日は3食黒パンの生活を余儀なくされた。

その後、攻略組が第4層を攻略した時にこの畑の話を聞きつけ、《農耕》のスキルを手に入れたのだ。

だが同時にこれほどの皮肉は無いと、今テンカイは思っているだろう。今まで嫌っていた農業を、自給自足の為とはいえ手に入れるのだから。

 

「おー、おめぇがテンカイって人だべか?」

 

突然後ろから声を掛けられて反射的に振り返ってギョッとした。

そりゃそうだ。そこには園内に入れるはずの無い牛型モンスターと、それ連れたプレイヤーがいたのだから。

 

「ああ、待った待った。この子は敵じゃないべ。オラがテイムしたエリザベスってんだ」

 

「おぉう、そうか。で、何の用だ?」

 

「さっき助けてくれた人たちに、おめぇの様子を見てくれって頼まれたんだべ」

 

余計なことしやがって。

テンカイは内心毒づいた。

 

「で、おめぇここで何やってるべさ?」

 

「何って、そりゃ自分の食う為の野菜を育ててるに決まってるだろ」

 

即答した途端、マヒルが「えぇーっ!?」と驚嘆する。

 

「そんなのもったいねぇど!どうせなら他のみんなにも分けられるように――」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!こんな状況じゃ、一人分作るだけで精一杯なんだぞ!」

 

「……けどもおめぇ、ちっとも楽しそうに見えねぇだよ?」

 

まるで見透かされたかのようなマヒルの一言に思わずテンカイもぴたりと口を閉じた。

 

「……なぁ、あんちゃん。これからどうするんだっぺ?」

 

「どうするって?」

 

「このままここで暮らしていくべか?」

 

マヒルの言葉は、まるで現実に戻った時の自分に対しての言葉にも聞こえた。

 

「……逆に聞くけどよ、おめぇはやりたい事あるのかよ?」

 

「え?そりゃあるっぺ!オラ、地元は道産子だべども、お笑い芸人になろうって高校で一人暮らし始めたんだど!」

 

「……そうか」

 

テンカイの問いは、図らずも現実の話になっていた。マヒルも現実の話と勘違いをしていたが、それがテンカイに響く。

よくよく考えれば、自分は都会に暮らしたいと言っていた。

それだけだ。何をしたいかなんて今まで想像したことも無かった。

 

「それに、こんだけいい野菜を作れるんだったら、みんなの為に使うほうが良いかもしんねぇだよ」

 

あるのは結局、故郷で叩き込まれた農耕のスキルだけだった。

 

「……」

 

「あれ?どうしたっぺ?」

 

沈黙したテンカイに思わず疑問符を浮かべるマヒル。

呼びかけた瞬間テンカイは走り出した。

 

「あんちゃん!?どこ行くだ!?」

 

「アイツらん所へだよ!」

 

「あ、でも何か伝えるんだったらオラその人達とフレンドしただよ」

 

「本当か?」

 

畑を後にしようとしたが、マヒルからの引き留めの言葉にすぐにUターン。

彼女が出したウィンドウなのでテンカイ自身は操作できないものの、マヒルが代役としてたった一言、メールを打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

――『話に乗る』と。

 

 

 

 

それから1ヶ月経った2月の某日。

攻略組の攻略ペースは1/4にまで届かんばかりの破竹の勢いで進んでいた。

しかし、それとこれとは始まりの街でクリアを待つ者とは関係の無いことだ。

 

「……不味いですね。これは」

 

帳簿を見て、顔をしかめるのは《ギルド(MMO to Day)MTD》のギルドリーダーの右腕を務めるユリエールと言う女性プレイヤー。

リーダーのシンカーが信条とする「下層プレイヤーの均等分配」の為に、今ギルドが保有している料金で買える黒パンに換算しても、下層域で暮らすプレイヤーに分配するとしても持って数日といった所の量だった。

 

(やはり、目減りしている……)

 

食料の数はあからさまに減っている理由は配給する市民の数だけではない。

数か月も前から食料だけでなく、偶然手に入れたドロップアイテムも見つかっていない。

まるで誰かが持っていったように……。

 

(ギルド内の誰かが持っていった?まさか。食料だけならまだしも、使い道のないドロップアイテムまでもっていく必要がどこにある?)

 

ユリエールは内部に犯人がいるのかもしれないと考えるが、今は配分の問題が先だ。犯人捜しは後回しにしようと頭を振る。

 

「それより、分配をしないと……」

 

自分の仕事を取りかかろうとした時、壁の向こう側で賑わった声が聞こえてくる。

 

「何事です?」

 

「それが、広場からあんなのが……」

 

ギルドメンバーの一人に連れられてユリエールも外に出ると、転移門広場に人だかりが集まっていた。

何かに群がっているようだが、今いる場所では距離や人ごみの密度で奥が見えない。

仕方なしに人ごみをかき分けてやっとの思いで人ごみの内側に出て……とんでもない物を目撃した。

行列の並ぶ先には荷車を改造したかのような屋台が3つも横並びで鎮座して、それぞれ寸胴鍋が3つも並び、その前で大人のプレイヤーが忙しなくスープ皿に寸胴鍋に盛り付け、子供プレイヤーは行列の整理を、中学生くらいのプレイヤーと共に行っている。

スープ皿に盛られているのはジャガイモをふんだんに使ったポタージュだ。それが器に盛られた途端に香ばしい匂いが立ち上る。

 

「こ、これは……?」

 

「おぅ、ユリエールじゃねぇか。横入りは関心しねぇな?」

 

「いや、そういう訳じゃ……というか、何これ!?」

 

「それは――」

 

「カイカーイ!スープ皿が足りなくなってきたっぺ!」

 

テンカイの話に割り込んだマヒルの悲鳴に、話を中断して急いでスープ皿の補給に回る。

 

「あら、ユリエールさんも彼らの料理を堪能しにきましたの?」

 

「ウィスタリアさん。いったい何が起きたのですか?」

 

「あれは彼らの協力を得ましたのよ。その前にギルドクエストの達成に助力しましたの」

 

「あれは、ひょっとして……」

 

「ええ、そのまさか。あの屋台を共同で作って、その寸胴鍋に大量のポタージュを作っておきましたのよ。幸い、こちらにも無効にも《料理》スキルを拵えている方はいらっしゃったから」

 

《料理》。生産系スキルの一つで料理に関するスキルの総合を指す、いわゆる趣味系スキルだ。

攻略組の間では不要スキルの筆頭格ではあるが、下層域で暮らす彼らにはまさに純金と同等の価値に見えるだろう。

 

「待って下さい。それってつまり、彼らに対して販売をしているということですか?初心者の所持金なんてたかが知れてる。そんな彼らからむしり取ろうなんて――」

 

「あら、言ってませんでしたっけ?あの店で売られるポタージュは試作品。彼らから評価を得られれば上の階層で本格的な販売を進められる為に、あの料理はタダですわ」

 

最も、1人1杯という制約付きですけどね、とウィスタリアは人ごみを眺めながら続ける。

久々の食事に誰もが1杯のポタージュにありついていて、中には涙を流しながら食べているプレイヤーもちらほらいる。

 

「ですがッ、下層域には何千人もいる。たった数十人で養えるとはとても思えない!」

 

「ええ。ですからこれを用意しましたわ」

 

そう言って差し出す様に一枚の紙を見せる。

それはチラシ――メモ機能を使った文字だけの紙でしかないが。

 

 【エリザベスパーク】ギルド加入者募集!

 みんなでおいしい野菜を作ろう!

 《農耕》の手に入れ方、やり方を教えます!

 詳しくは第2層《ウルバス》の北区へ。

 』

 

「ギルド募集のチラシ……こんなものまで」

 

「私達の戦う力は、攻略組と比べると大きく劣ります。それなら私達は、攻略以外の方法でこのゲームを生き抜いていくことも重要だと思いますわ」

 

その言葉は、解放を目指して攻略を進めていく攻略組とは異なっているとはいえ、下層域で暮らすプレイヤーにとってのこれからの暮らしを示しているかのようだった。

全員が全員死の恐怖に克てる筈がない。必ず誰かは攻略に参加したくないと言い切るだろう。職人になる人だっている。

しかしウィスタリア達が選んだのは、この2つに属していない。直接的に攻略には貢献はしていない。しかし、彼女らはこの世界での自分達の生き方を見つけたのだ。

ただ屍の如く日々を暮らすのではない。

解放を目指してモンスターとの戦いに身を投じるではない。

攻略組に貢献するような逸品を作り上げるでもない。

日々擦り減っていく心を、精神的に死なせない為の生き方を。

 

「さあ、私達も商売に励みますわよ!」

 

その後、生産ギルド【エリザベスパーク】は新たに解放された22層の、アクティブモンスターが出現しない情報を聞き出して本部を移し、更に広い畑を使ってSAOの中で最初の食材生産ギルドとして名が知られていく――。

 

 





次回「崩壊」


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「崩壊」

(・大・)<今回ちょっと胸糞な点があるかも。



※22:08 名前を修正しました。

(・大・)<名前間違えるとか何やってんだよ俺……。


3月31日。

25層主街区【ギルドシュタイン】。広大な都市の一角にある広場へとレインは足を運んでいた。カーペットの上に幾つものアイテムが並べられており、中東のバザールにも似たそこは、城塞都市と呼ばれるこの街には不釣り合いに見える。

 

「エギルさん」

 

「よぉ、嬢ちゃんか。いらっしゃい」

 

「ええ。私達も商売を始めたんだし、熟練のプレイヤーから商売のツテってのを教えて貰おうってね」

 

【ゴスペル・メルクリウス】もポーションを中心とした商業で中層域のプレイヤーから着々と収入を増やしている。

それでも商業に関してはてんで素人なので、そこは先人のアドバイスや自分らのアイデアを出し合ったりしているのに苦労している。

エギルも攻略の傍ら商業を始めたのは今年の初め辺り。客入りもそこそこといった所である。

提案を出し合ったり、提案の調整で話し合ったりしているうちにふと時刻を見たら、1時間ほど経っていた。

 

「おっと、もうすぐ時間か。じゃあな」

 

「いえ。こちらもありがとうございました」

 

ベンダーズ・カーペットを仕舞ってその場を後にする。

数分もしないうちに集合場所である広場へと到着したのだが、そこに待っていたのはキリトと、エギルと共に戦った曰くアニキ軍団の数人しかいない。

 

「エギル!」

 

「……おいおい、遅刻はしてねぇぞ?」

 

「悪い、何が何だかわからないみたいだけどすぐ迷宮区に行ってくれ!」

 

矢継ぎ早に説明するキリトは言い終えるや否や、すぐに駆け出した。

次いでアニキ軍団、エギルと続いて彼の後を追う。

 

「一体何があったんだ?」

 

「それが【アインクラッド解放隊(ALS)】の奴らが、俺らを出し抜いてボス攻略に出やがったんだ」

 

エギルが訊ねたアニキ軍団の1人の話はこうだ。

【ALS】と【ドラゴンナイツ・ブリゲード(DKB)】は元々リーダー同士が競い合いが元で産まれたギルドだ。

双方のリーダー、キバオウとリンドはどちらも最小限の被害で攻略を進めていくことを信条としていたが、お互いの仲は非常に悪く、自分のギルドにも少なからず影響を受けていた。

そこに火に油を注ぐ要因になったのがモルテとジョーというプレイヤーの存在である。2人はまるで計ったかのようにお互いのギルドの溝を深めていったのだ。今では穏健派のプレイヤーは双方合わせて5人足らずにまで減っている。

そして25層のボス攻略。なんとキバオウは本来の時間から30分早くボス攻略へと向かったという情報がアルゴの口から告げられた。なんでも、モルテから25層のボスの情報が提出されたらしい。

【DKB】はキリト達数名を残して救助へと向かっていったのだ。

 

「おいおい……ボスに挑戦ったって相手はクォーターポイントのボスなんだろ?そんな簡単に行くのか?」

 

「……いや、5層でも相当強力だったんだ。その5倍の階層って事は、ざっと見積もっても1つ前のフロアボスの5倍以上は強いって事になる……!」

 

エギルの質問にキリトは焦りながらも経験から推測を立てる。

 

「それに、情報源がモルテってのが気になる……!」

 

キリトはこの時告げていなかったが、あるプレイヤーの姿が浮かんでいた。

3層で【アインクラッド解放隊】と【ドラゴンナイツ・ブリゲード】が対立するきっかけになったプレイヤー、モルテ。彼が両方のギルドに入って偽情報を送ったが為に一時期混乱を巻き起こした。

ポンチョのプレイヤーキラーとも接点があった為に、下手に口外することができなかった。そのツケがこんな形で出てくるとはと、キリトは胸中後悔した。

 

 

 

 

走る速度そのままの勢いで迷宮区へと突入。脇目も振らずに突き進んでいく。

モンスターとの戦闘は極力避けての最短ルートで最後の安全地帯へと到達して、一行は目を見開いた。

【解放隊】らしき30人近いプレイヤーと担がれたり、横倒しになっているプレイヤーが8人ほど。

キリトが一瞥して見渡してみたが、全員――とまで彼らと交友は深くないのだが、ざっと見積もって【ALS】の犠牲者はいないようだ。

 

「お前ら、何やってたんだよッ!!幾らなんでもレイド5つ分でもクォーター・ボスに挑むなんて無茶にもほどがあるだろ!!?」

 

キリト達の合流と同時に強い口調でリンドが叫ぶ。

 

『す、すまない……』

 

「まあ良いじゃないですか、リンドさん。【ALS】の面々も犠牲が無かったみたいだし」

 

食って掛かるリンドに対して、全身重装備の鎧で身を固めたリーテンがしぼむような声で謝罪。

そこに【DKB】のシヴァタがリンドを宥める。

 

「……ん?おい、そこの奴らは……ひょっとして【ブレイブ・フォース】か?」

 

リンドが改めて気が付いたのは、【ALS】の後ろで満身創痍の体でへばっていたプレイヤー達だ。

彼らは【ブレイブ・フォース】。10層から攻略組に参加した中規模ギルドだ。目覚ましい活躍はしていないが、攻撃力の高さで一目を置かれていた。

普段は血気盛んな彼らだが、普段の雰囲気とはうって変わって水面を打ったように静まりかえって――いや、黙り込んでいる。

 

「なんでお前らがここに?」

 

情報をもって抜け駆けした【ALS】はまだわかる。だがなぜ【ブレイブ・フォース】までここにいる?そう思うのも無理はない。

【解放隊】と【ブレイブ・フォース】はお互い接点が無い。何がどうしてこうなったのか、誰も思い当たる節が無いのだ。

 

「そこからは説明を入れておく必要がありますね」

 

集団に割り行ってきたのは褐色肌の男性だった。

歳は大体リンドやシヴァタと同じくらいだが、銀髪の細身の身体、そして装備品はグローブ以外何も装備していない。

その男性はすたすたと集団をかき分け、彼と似たような褐色肌の少女の元に近づく。

 

「り、リーダーさん……あたし――」

 

 

――パシッ!

 

 

言い終わる前に、少女の頬を男性が叩いた。

いきなりの行動に全員思わずギョッとする。

 

「カオリさん、何を考えていたんですか?私は言いましたよね、その情報は信憑性に欠けると。あんなデマを真に受けた結果がこれです。サブリーダーは犬死。情報提供者はこぞって全滅。まともに生き残っているのは【解放隊】の皆さんだけですよ?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

細身の男の口から放たれる厳しい口調による重圧と正論で、カオリと呼ばれた褐色少女はどんどん反論する機会を奪っていっている。矛先であるギルドメンバーには声は荒げていないものの、発せられる威圧は尋常じゃない。彼女はおろか、キリト達ですら男性の威圧に圧されてしまっていたかのように割り込むことはできなかった。

 

「そ、それで何があったんだ?」

 

「おっと、失礼しました。それは――」

 

ようやく我に返り、切り出したリンドの質問に銀髪の男性、ラジラジは威圧を消して話を進める。

昨日、情報屋を名乗るプレイヤーが彼らの前に現れ、25層のボスデータを格安の、ほぼ無償と言っても過言ではない値段で交渉してきた。

ギルドメンバーはその情報に嬉々として穴が開くほどに目を通していたが、ラジラジだけは妙にその情報を疑っていた。ギルドメンバーにも釘を刺していた。

が、今朝になってみればギルドメンバーの殆どとの連絡が取れなくなっていたのだ。残ったメンバーは、【剣文録】も同じ情報を得てボス攻略に行くと誘われたらしい。

その結果がこれである。

 

「……その情報ってのは確かだったのか?」

 

「……いいや。まったくのデタラメやった」

 

ジト目で尋ねたエギルに、【ALS】のギルドリーダー、キバオウは重く首を振った。

【ALS】が到着したのは【剣文録】と【ブレイブ・フォース】の面々よりも5分後だったという。

準備を終えた彼らは、既にボス討伐――いや、ボスによる蹂躙が始まっている光景に目を丸くした。意気揚々とボス戦に挑むつもりだった彼らも困惑していたが、何より自分たち以外に情報が漏洩していたこと、更にその情報とは全く違うパターンの行動をするボスに困惑はさらに深まっていった。

キバオウは討伐よりも救出を優先して撤退戦を開始。モルテからの情報とは全く異なる行動パターン、そして尋常じゃないステータスのボスを相手の撤退戦は、壁役(タンク)プレイヤーを中心にHPが危険域にまで陥ったプレイヤーもいたが、幸いにもHPを全損させることは無く、全員生還することができた。一番近い安全域にまで連れて行って、話を聞こうとした矢先に【DKB】らと出くわしたのである。

 

『それで、【剣文録】は6パーティ全滅で全員死亡。【ブレイブ・フォース】も指揮を執っていたサブリーダーを含めた14人がやられて生き残りは7人。我々も人的被害は無いものの、装備品の大半をやられてしまったよ』

 

見れば、壁役は全員盾を装備しておらず、鎧も亀裂や破損が酷いものが多い。恐らく盾は救出の際に全損してしまったのだろう。リーテンの防具もかろうじて原形をとどめているものの、亀裂やへこみの跡が25層ボスの尋常じゃない力を物語っていた。

そして同時に25層のボスが、これまでの死闘が児戯に等しいレベルにも思えるほどの壮絶な戦いが待っているということを、攻略組は嫌でも理解した。

 

「最低でも50人以上って……おい、誰か【剣文録】の奴らの事で何か知ってるか?」

 

「そ、それは……」

 

「なんだ?」

 

「【剣文録】の誰かが、ギルドリーダーが情報を得たってのを聞いて……」

 

「【剣文録】が?」

 

【剣文録】。

4層から参戦したギルドであり、一応攻略組である。

一応、というのはまるで宗教の狂信者のようにギルドのリーダーに心酔している者が多い。キリトも遠巻きに【剣文録】のスピーチを聞いていたのだが、「汝らは選ばれた解放者である。汝らの力は必ずこの天空の牢獄から人々を解放するだろう」という宗教染みたスピーチが耳に残っている。

攻略会議に顔を出しても「指揮は我々のギルドが行う」と第一声を上げてきたくらいだが、新しくギルド入りしたプレイヤーに戦闘のコツを教えるなどの面を備えている。

しかしその反面、自分の命をものともしない特攻染みた作戦や、プレイヤーへの執拗なギルド勧誘を絶えず行っており、攻略組も止めるよう注意喚起はしていた。

 

「……今日の攻略は中止だ!!」

 

リンドが荒げた口調で告げる。

 

「リンド、どうするんだ?」

 

「決まってる!【剣文録】のリーダーに話を着けてくる!」

 

ずかずかと怒りを露わにして迷宮区を後にする。

【解放隊】がこの有様では数日のうちに戦線復帰するのも難しいだろう。

ボスを目の当たりにしたリーテン達からの情報整理もあって、当初予定していた25層ボス攻略は中止するのだった。

後に25層でのこの惨劇は、『25層の惨劇』として語り継がれることになる。

 

 

 

 

「何てことをしてくれたんだ!!」

 

ギルドシュタインの一角の建物に単身乗り込んだリンドは、【剣文録】の制止も聞かずにフレッグのいる部屋に雪崩れ込むように訪れた。

リンドの怒りの矛先は、執務室で使うような大きなテーブルに豪華な作りの椅子にふんぞり返るように座っていた。

 

「何てこと、とは一体何かね?」

 

「25層のボス攻略の事だ!!アンタ、デタラメな情報をメンバーに送っただろ!?」

 

勢い任せに怒鳴り散らすリンドに対し、フレッグは狼狽える様子も無く高価な椅子にふんぞり返ってリンドの怒声を聞いて、いや、聞き流すような様子だった。

 

「デタラメとは心外だな。私のギルドもあのデマ情報で被害を被ったんだ。いうなれば被害者ではないのか?」

 

「それでも他のギルドでも犠牲者が出たんだぞ!」

 

「しかし、君の発言はまるで私にだけ非があるように思えるな」

 

「それはあんたが得た情報をロクに調べもしなかったのが原因だろ!?」

 

「なら【ALS】や【ブレイブ・フォース】はどうした?彼らもその情報の真偽を確かめもせずに突入したではないか」

 

「それでもアンタはアイツらの命をいたずらに奪っていったのは事実だ!!」

 

「いたずらに命を奪った?フッフフフフフフ……」

 

怒りをまき散らすリンドのその言葉に、なぜかフレッグは笑い出した。

 

「何がおかしい!?」

 

「彼らは攻略の前に、私への忠誠は絶対だと告げてくれたのだよ。私の命に彼らは服従し、時に命をも奉げることも厭わないのだよ」

 

「自分の死も厭わないだって?お前、本気で言ってるのか……?」

 

リンド達が攻略組が攻略の際に掲げていること――それは【犠牲者を極力減らす】事。

元々アインクラッドから解放されるために戦っているのに、犠牲者を増やした無茶な戦いをしたら本末転倒である。

しかし目の前のこの男は、犠牲を伴った――それ以前に犠牲を前提とした采配をしても構わないと言っているのだ。冗談などではなく、本気で。

悪意しか感じられない、人をただ己の所有物としか見ていない目の前の男に、リンドは思わず憤慨した。

 

「彼らの死は我々の解放の糧となる。それを叶えるための犠牲とあれば彼らも喜んで命を差し出すのだよ」

 

「ふざけるな!ギルドのメンバーはお前の消耗品じゃない!」

 

「全く……。口やかましく怒鳴る事しか能が無いのか?」

 

この男と話しても(らち)が明かない。リンドは壁際に立っているプレイヤーに食って掛かるように問いかけた。

 

「おい!なんでこんな奴の為に命を落とす必要がある!?こんな奴のギルドに居たら今度はお前らが死ぬかもしれないんだぞ!お前らだって死にたくは無いんだろ!?今からでも遅くない、コイツのギルドを抜けるんだ!!お前らの身の安全は俺達【DKB】が、それが嫌なら他のギルドにも掛け合ってでも、お前らの安全は保障する!お前らは騙されているんだ!目を覚ませ!」

 

必死に捲し立てるリンド。

無理もない。このまま【剣文録】にいたら、また今回のように無謀な犠牲者が増えてしまう。

これ以上無駄な犠牲を出さないためにもまともなプレイヤーならこの話に乗らないはずはない。

そう――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を、仰ってるのですか?」

 

()()()()()()()()()なら。

 

「……は?」

 

思わぬ返答にリンドは言葉を失った。

 

「フレッグ様は我らを解放へと導く存在。そして我々は特別な存在としての力を解放させたのです。そして、この世界でHPが尽きたとしても、それは外の世界への解放へと通じるのです」

 

「そのフレッグ様をどうして裏切らなければならないのですか?」

 

「それではまるで、我々の特別な力をあなた方が欲しているようにしか聞こえませんよ?」

 

何を言っているんだと言わんばかりの返答に、リンドは思わず戦慄した。

彼らは騙されても、脅されている訳でもない。神を崇拝する信者のように、(フレッグ)の命令に従うことを絶対の存在意義だと肯定しているのだ。

 

 

戦慄するリンドを他所に、フレッグは机の上に置いてあったベルを鳴らす。

甲高い音が鳴った直後、入り口の扉から2人のプレイヤーが現れ、リンドの羽交い絞めにして拘束する。

 

「おい、何をする!?」

 

「お客様のお帰りだ。丁重にな」

 

「畏まりました」

 

まるで人形のような受け答えで頷き、そのままずるずるとリンドを入り口へと連れていく。

 

「私もこう見えて忙しい身でね。新しく人員を補給しなければならないのだよ」

 

「クソッ、離せッ!いいかフレッグ!俺はお前のやり方は認めない!いや、攻略組の誰も認めない!このツケはいずれお前に返ってくる!覚悟しておけ!!」

 

引きずられながらも怒声を張り上げるリンドの声は次第に遠ざかっていき、完全に聞こえなくなった頃にフレッグは扉を閉めた。

 

「フレッグ様、我々は――」

 

「君らも出て行ってよろしい。我々のギルドの人員の補給は任せる」

 

「畏まりました」

 

部屋にいた2人も、恭しく礼をするとそのまま部屋を後にした。

 

「まったく口やかましい輩だ」

 

「彼は実に頭が固い。あなたの崇高な攻略に文句を垂れるとは」

 

フレッグに続いて吐き捨てたのは、第3層でフレッグを(たしな)めた男だ。リンドが怒鳴り込んだ時には影も形も見られず、まるでフレッグの陰から現れたように……。

 

「人々の解放と言う崇高な目的は誰も同じだ。目的の道中の過程など、選んでいる暇などないのだろうに」

 

「その通りです。我々のギルドは崇高なる魂に導かれた人間達です。その誓いは死の恐怖を乗り越え、一騎当千の武勇を沸き立たせる。彼らの犠牲は残った者たちの魂の力となるのです」

 

「だが、質を高めても数で劣ってしまっては意味が無い。リーヴよ。再び頼むよ?」

 

「御随意に」

 

フレッグに対し、男――リーヴは芝居がかった礼をして、部屋から立ち去った。

 

 

 

 

「それで、アンタらはどうするんだ?」

 

同じ頃、転移門前のキリトと【ブレイブ・フォース】の面々。

 

「そうですね。一旦【始まりの街】にまで戻って、今後の身の振りを考えるつもりです」

 

【ブレイブ・フォース】が再起するには莫大な時間を要する為、すぐに行動を起こすことは不可能だろう。

リーダー以外の大半が勝手に行動した、半ば自業自得とはいえキリトは強く糾弾する気は無かった。

 

「そうか。また攻略組として再起するなら、その時はしっかり頼らせてもらうぜ?」

 

「ええ。それがいつになるかわかりませんが、なるべく早く立ち直って見せますよ」

 

キリトから約束を交わすかのように拳を突き合わせた後、【ブレイブ・フォース】は転移先を宣言して消えていった。

 

 




次回「歌が紡ぐ再会」




(・大・)<【解放隊】、まさかの最前線続投ルート。



【ラジラジというプレイヤーについて】

(・大・)<参加者だが、フロアボス攻略以外は別行動。何かを調べている様子らしい。

(・大・)<本来はALO辺りに登場予定だったけど、出したいキャラもいたから急遽彼をギルマスにしたオリジナルのギルドを出した。

(・大・)<得意武器は……彼を知ってる人なら多分言わなくてもわかるでしょ?聖夜イベ辺りに公開予定ですが。


【ブレイブ・フォース】

(・大・)<最大で30人規模の攻略ギルド。攻撃力が高めで主な火力要員だった。リーダーはラジラジ。因みに命名はサブリーダー。

(・大・)<リーダーの不在と(デマ)情報提供によってサブリーダーが独断で編成して出発。

(・大・)<結果、サブリーダーを含めた半数以上が死亡する大惨事となり、攻略組から脱落せざるを得ない事態になってしまった。


【剣文録】

(・大・)<今回最も被害を受けたギルド。一応攻略組。リーダーは3層でスカウトを吹っかけたフレッグ。サブリーダーはリーヴ。

(・大・)<デマ情報に流され挑んだ6レイド全員が死亡するという事態に陥ってしまった。

(・大・)<何らかの方法で参加プレイヤーを狂信者化させ、自分の命も顧みない特攻もさせるほどにさせている。


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「歌が紡ぐ再会」

(・大・)<……やっと、彼女の登場です。

(・大・)<ええ、ここまででやっと体感旧作の1/3くらいですよ。

(・大・)<まだまだ旧作に届いていない……。悔しい。


(・大・)<因みに9千字強ですよ。


 

 

「主街区以外への足掛かり?」

 

【ゴスペル・メルクリウス】が本部としている屋敷の執務室。

その日の提案に、ユースは頭に疑問符を浮かべた。

 

「ええ。最近になって主街区以外にも拠点を置くギルドが増えてきました。彼らとの商売も視野に入れておこうと思っているのですのよ」

 

提案者、ウィスタリアが出した提案は主街区以外での商売を計画していた。

アインクラッド攻略も5ヶ月が過ぎ、生産職を生業とするプレイヤーや、攻略以外の目的を持ったギルドが数多く作られている。

彼らとの商売をするという計画をウィスタリアは起ち上げていたのだが、それには大きな壁が立ちふさがっている。

 

「ですが、主街区以外の拠点への道中はモンスターも多いのでは?」

 

「ええ……一番の問題はそこですわ」

 

ティアナの指摘に立ち上がっていたウィスタリアもがっくりと力が抜けたように椅子に座る。

エギルのような攻略組と二足の草鞋を履く商人プレイヤーたちは自衛の手段も持ち合わせている。

が、【ゴスペル・メルクリウス】にそんなプレイヤーはいない。無理にこの事案を通せばいたずらに死者を増やすだけに終わる。

ノゾミやチカと言った戦闘プレイヤーに護衛を任せるというのも手だが、戦闘経験のあるプレイヤーはこの始まりの街には数人程度しかいないので、圧倒的に人数が足りない。

 

「もっと戦闘慣れしたプレイヤーが、彼らに戦闘の手ほどきを教えてくれれば少しはマシになるのですが……」

 

始まりの街周辺のフィールドでのフレンジーボアとの戦闘でも、住民の戦闘はHPを危険域にまで減らすほど(つたな)いものだ。

死者が出なかっただけマシだが、彼らを護衛に着けたら……。結果は言うまでもない。

3人が頭を抱えていると、扉からノック音が聞こえてきた。

 

「ウィスタリアさん、少しいいですか?」

 

「どうかしましたの?」

 

「なんか……とんでもない人たちが転移門から出てきたんですけど……」

 

来客、ユイの顔は信じられないものを見たように引きつっていた。

 

 

 

 

転移門から現れた予想外のプレイヤー達に、住民たちは困惑していた。

 

「おい、あれって攻略組だろ?」

 

「なんでこんな所に来たの?」

 

「わかんねぇよ。俺に聞くなよ……」

 

始まりの街に来るはずの無い攻略組ギルド【ブレイブ・フォース】の面目に、動揺を隠せない住民たち。

遠巻きにひそひそと喋り、誰一人彼らに近づこうとしない。

 

「いちゅたーゆさんがやー?」

 

「ひゃいッ!?」

 

「あれ?――あぁ、ちょっといいさ~?【ゴスペル・メルクリウス】って場所、どこにあるかな~?」

 

「えええ、えぇっと……、そ、そこの大きな屋敷でぴゅっ!?」

 

「あはははは!君ら、喋り方が面白いさ~♪」

 

褐色の少女は気付いていないようだが、道を聞かれた相手は攻略組だった自分に対して下手に対応したらシバかれるのではないかと不安だったのだ。お陰で震えが顕著に表れ、思い切り噛んでしまった。

 

「何事ですの?」

 

そこに、ユイから事を聞きつけたウィスタリアがラジラジの前にやって来た。

 

「あなたは?」

 

「私はウィスタリア。【ゴスペル・メルクリウス】のリーダーを務めていますわ」

 

「あなたが……では丁度良いですね」

 

すたすたとギルドリーダーの男、ラジラジが彼女らに歩み寄ってくる。

 

「ッ……!」

 

ただ歩いている。それだけなのに彼女らが感じる、全身が万力で締められているような圧迫感が距離が縮まっていくごとに強くなっていく。

そして、わずか数メートルの間にまで近づいてきた。

 

「あの、何か……?」

 

「上で少々トラブルに巻き込まれましてね。少々こちらに厄介になります」

 

「あ……待って下さい!」

 

それでは、と話す事を話して今回の宿を取ろうとした矢先、ユイが彼らに声を掛けた。

衝動的だった。咄嗟の事で何も思いついてなかった。けど、このまま何もありませんでしたとユイの口から言えるはずも無く……。

 

「……もしよかったらお話でも……どうでしょうか?」

 

 

 

 

「そう。攻略で仲間を……」

 

あれから【ゴスペル・メルクリウス】のギルドホームに案内したユイとウィスタリア。

紅茶を淹れながら、ラジラジは【ブレイブ・フォース】の事実上の崩壊を説明した。その隣ではサブリーダー代理の褐色少女カオリが身を縮こませて紅茶と共に出されたクッキーを齧っている。

 

「クォーターポイントのような異常な強さは、今後はそうはいないでしょう。とはいえ、ギルドメンバーの収集にレベリングとなると今すぐの復帰は不可能でしょうけどね」

 

「そうですか……」

 

「何で自分の事みたいに心配しているのです?元を正せばロクに裏取り調べなかったサブリーダーや、流された彼らも悪いのですよ。最も、止められなかった私にも責任がありますけどね」

 

紅茶を飲みながら語るラジラジは、犠牲を出してしまった事に責任を感じていたようにも見える。

最も、彼らは再び攻略組として最前線に戻るだろう。この始まりの街にいるのもそう長くはないかもしれない。

 

「――そうですわ!!」

 

が、それをよしとしないのがウィスタリアだ。

執務机で仕事に励んでいた所、突然バンと机を叩きつけて声を上げた。

 

「ど、どうしたんですかッ!?」

 

「あの計画が現実味を帯びてきましたのよ!」

 

「まさか、あの計画を?」

 

「え?」

 

「計画?」

 

目を丸くするユイに続き、話についていけないでいるラジラジとカオリが揃って声を上げる。

 

「なんですか、その計画って?」

 

「主街区以外での商業についてですわ。そこを拠点とする人たちとも商売相手にしようと思っていますの」

 

「ただ、そこへ行くまでの道中の護衛のできるプレイヤーが少なすぎて、一旦は頓挫してたんです」

 

「せめて、住民の大半が周囲のモンスターだけでも安全に狩れる程度の実力をつけておきたいんですけどね」

 

そこまでの説明でラジラジも理解できた。

要するに自分達の戦力を護衛に使いたい、とのことだ。

【ゴスペル・メルクリウス】からすれば商業範囲を広げられ、ニーズも増える滅多に無いチャンス。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

が、そこに待ったをかけたプレイヤーがいた。先程まで大人しくクッキーを食べていたカオリだった。

 

「私らは攻略に勤しんでるのに、どうして呑気に護衛をしなきゃいけないの!?すぐにでも攻略に戻って、攻略ボスを斃していくべきなんじゃないの!?」

 

「あなたは黙っていなさい」

 

反論するカオリをぴしゃりと黙らせ、そして続ける。

 

「確かに彼女の言う通り、護衛の仕事を受けると攻略組としてのレベリングの頻度も減ってしまいます。そうなると攻略組との二足の草鞋を履くのも困難でしょう」

 

「あ……確かに考えてなかったかも」

 

「最も、我々のギルドも攻撃一辺倒な傾向が目立っていました。この際丁度良いでしょう」

 

「え?」

 

否定的ではあったが、今度は自分のギルドに関しての弱点を述べた。

彼女らは知らないが、【ブレイブ・フォース】の戦略は攻撃重視。Potローテ中のプレイヤーを守る為の壁役も相手モンスターの注意を惹き、攻撃を回避スキルを中心にしており、防御役はほとんどいない。

それに、全員がボスへの攻撃を重視していて、他者との連携はせいぜいスイッチという、ソードスキル直後の前衛と後衛の交代程度。

端的にいえば、構成員のほとんどが脳筋集団といった所だ。

 

「それに護衛を含んだ戦い方なら、攻撃一辺倒の戦い方も少しは変わるでしょう。守りながらの立ち回りは、攻撃するだけの時より頭を使いますからね」

 

「うへぇ……私には向きそうにない仕事だね~……」

 

「でも、メンバーにはどう説明するんですか?独断で決めたらそれなりの反発もあるんじゃ……」

 

「心配には及びません。事情はできる限り説明しますし、聞かない相手は叩きのめして黙らせますから」

 

「あ、そう……」

 

温厚な口調から零れた呟きに流石のウィスタリアもドン引き。同時に彼女とユイ、カオリが同時に思った。

――この人、案外物騒な性格してるんじゃ?

 

 

 

 

『1/4階層の惨劇』と呼ばれた潰滅する事態が起きた1週間後。EXスキル《神聖剣》を持つヒースクリフ率いる【血盟騎士団】と刀使いクライン率いる【風林火山】の参入により、攻略組は再び破竹の勢いで階層を突破していった。

 

対して【ゴスペル・メルクリウス】も【ブレイブ・フォース】を迎え入れてより活動に忙殺されていた。

【ゴスペル・メルクリウス】は念願だった主街区以外の園内エリアにまで足を伸ばして商業を行っていき、ノゾミ自身のライブもストリートライブ風のものが主流だが、ファンも着実に増やしていっている。

 

【ブレイブ・フォース】は攻略組としての経験から、武器の構えや取り回しの説明や手ほどきで大人も子供も関係なく最低限の戦い方を教えていった。護衛の任務も今まで公表していた安全ルートを使っていた功もあって大した被害を出していない。また、攻略ギルドとしての目的も忘れておらず、何人かは最前線のモンスターの情報をアルゴから買ってレベリングを続けていた。

 

【エリザベスパーク】も今はメンバーが30人くらいに増え、農産に力を注いでいる真っ最中。最近では味に不満を抱いた者が現実での調味料を再現できないかと試行錯誤を繰り返しているとか。

 

【ギルドMTD】は相変わらず支援を続けてはいるが、新聞業を中心に旨を置き、下層プレイヤーの支援のほか娯楽代わりの新聞製作に尽力していった。

 

各々のギルドが活動を続けて約50日。

中層ギルドの支援の為のポーションの生産と、その素材確保の為の採集とその護衛。始まりの街に残ったプレイヤーの心のケアの為のライブ。6人前後しかいない小規模ギルドにはかなり無理のある活動内容だった。だがそれでも、治政はギルドメンバーではないとはいえユースやティアナとの相談を重ね、サーシャもはぐれた子供がいないかと街の見回りを行うプレイヤーとの助力を経て、一層始まりの街はより活発さを取り戻していった。

そして、ノゾミとレイン、チカ、ウィスタリア、そしてマコトを含めた十数人は18層に足を運んでいた。

 

「うわぁ……でっか」

 

「まあ、ここは椅子や机も5メートル台が普通だからな」

 

彼女らの目的は素材収集と、園内村にいるプレイヤーとの商売。場所はここから西にまっすぐ向かった先の園内村だ。

 

「今日はよろしくお願いしますわ」

 

「では、ここらは我々の案内に従ってください」

 

【ブレイブ・フォース】のプレイヤー掛け声と共に、他のプレイヤーも「おー!」と拳を突き上げて出発した。

 

 

 

 

18層:園内村。

 

【ブレイブ・フォース】の4人の護衛とノゾミとチカ、マコト、ウィスタリアは地道なレベリングをこなして既にこの階層の安全マージンを達成している。おかげで村までの道中は何ら危険に陥ることは無く、すんなりと目的地に到着した。

そこからはウィスタリアを筆頭にした商人プレイヤーの出番だ。商品を詰め込んだストレージを確認し、ウィンドウを閉じる。

 

「それじゃ、ギルドやプレイヤー達と商談してくるから、みんなは適当に時間を潰しててね」

 

それだけ言って商人プレイヤー達は、この村を拠点とするギルドへと向かっていった。

そして残されたのは職人プレイヤーのレインを含めた7人。

そこから2人の護衛も観光がてらの自由行動となり、5人になる。

 

「……あら?」

 

「どうしました?」

 

「……声が」

 

「声?」

 

これからどうしようかと思った時、ノゾミとチカに続いて、マコトとレインが耳に意識を集中させる。

風と木々の葉擦れの音の中に交じって、僅かだが場違いな声が聞こえてくる。

 

「……こっちよ」

 

ノゾミが突如――おそらく声のするほうへと――駆けていく。

後に続いてチカとマコト、カオリ、そしてレインも続く。

この村はさほど大きくはない。数分もしないうちに声の主のいる場所を突き止められた。

切り株をステージに見立て、草原を観客席に見立てた自然の広場。切り株に立っているのは一人の少女。吟遊詩人のような純白の衣装に身を包み、同じく白い弦楽器を手に歌を披露している少女は、大体ノゾミと同年代だろう。周囲には彼女の歌に聞き入るギャラリーのプレイヤーもちらほら見かける。

 

「「……」」

 

ノゾミもチカも、マコトの感想は右から左に流れていったかのように立ち尽くしている。

やがて歌が終わると、彼女に拍手が送られた。そしてプレイヤー達が少女に感想や感謝を述べるよう彼女の近くに集まってくる。

 

「いい歌歌だったな。ノゾミはどう――あれ?ノゾミー?チカー?」

 

「2人とも、どこに行った?」

 

隣のノゾミの意見を聞こうと振り返ると、ノゾミだけでなく、チカもいつの間にかツムギの隣から消えていた。慌てて周囲を見渡すといつの間にか感想を述べている観客の集団に交じっていた。

 

「いつの間に!?」

 

そんなマコトの叫びもさておき、観客たちは少女に「ありがとう」や「歌が聞けてラッキーだった」などの感想を口々に述べている。

そしてあらかたの観客が去って行った後、ノゾミが少女と対面する。

 

「綺麗な歌だったよ」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「本当、前より上手くなったんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。悠那」

 

「……え?」

 

ノゾミの一言で悠那と呼ばれた少女は顔をひきつらせた。

硬直した少女は自分の記憶を探るように目線を泳がせ、たっぷり1分間の沈黙の後、思い出したように叫ぶ。

 

「ノゾミ!?」

 

「やっぱり悠那だったんだ!」

 

「え、嘘!?本当にノゾミなの!?」

 

「ホントにホントだって!」

 

はしゃぐノゾミに未だ信じられない様子の悠那と呼ばれた少女。

下手をすればパニックになりかねない状況で、今度はノゾミの隣にいたチカが口を開いた。

 

「私の事も知ってますよね、重村先輩」

 

「え?あ、三角さん!?あなたまでSAOに来てたの!?」

 

どうやらチカも悠那の事を知っているようだ。相手は思いがけない再会に羽目を外しているかの如く取り乱している。

慌てふためいている悠那、再会に喜んでいるノゾミ、そして再会に喜びつつも何故こんな所に居るのかと疑問を残すチカ。今観客を前にはしゃぐ3人はその場に呆然と立つ観客を完全に置いてきぼりにしていることに気付いていない。

 

「……」

 

「……」

 

「……どういうことなのこれ?」

 

「……さぁ?」

 

無論、それは外野から歌を聞いていたマコトとレインも例外ではなかった。

 

 

 

 

「みなさん、戻りましたわ――って、あら?そちらの方は?」

 

「あ、ウィスタリアさん」

 

あれから5分後、商談も終わり集合場所へと戻ったウィスタリアは、一行と広場で談笑をしている見慣れないプレイヤーに首を傾げた。

 

「じゃあ改めて紹介するわ。彼女は重村悠那――」

 

「ウェイト、ウェイト。プレネよく見てプレネ」

 

「え?あーごめんごめん。えーっと……《YUNA》、か。これがSAOこっちでの名前なのね?」

 

ウィスタリアも合流して、ノゾミ達が改めて吟遊詩人の少女、ユナ自己紹介を行った。

 

「私とユナは幼馴染でね。いやー、小さい頃はよく歌って家族に披露してたっけねー」

 

小さい頃の事。ユナの家に招かれたり、自分の家に招待したりした時には決まってライブもどきのカラオケ合戦をよく繰り広げていた。

過去の思い出に懐かしさを感じながらも、ふと気づいたノゾミがチカに訊ねる。

 

「……で、なんでチカはユナの事知ってるの?」

 

「ああ、その事はちょっと現実の事に触れることになるんですけど、私と重村先輩――いや、ユナさんは元々花乃丘中学に通っていたんです」

 

「花乃丘中っていうと、音楽の教科に力を入れてる学校ですよね?となると高校は蝶ノ森にですか?」

 

「ええ、そうだったんですけど……」

 

だんだんとチカの声から力が抜けていく。

流石に申し訳ないと思ったのか、マコトが話題を現実の話から逸らせる為に切り出した。

 

「あ、あのさ!ユナさんはどうしてSAOを?」

 

「あー、それもそうね。さっきは興奮して気付いてなかったけど、ユナって音ゲー中心だった筈でしょ?」

 

このSAOは、今はデスゲームと化してはいるが、ゲームとしてのジャンルはVR、それもMMORPGだ。明らかに音ゲーとは異なるジャンルである。普通ならユナはプレイヤーとしてこのSAOには存在してはいないはずというのが普通だ。

 

「確かにそうだけど、実はエーくんからこのスキルの存在を知らされてね。それがこっちに来る動機だったのよ」

 

「スキル?」

 

「《楽器演奏》と《歌唱》」

 

「「「……え?」」」

 

ユナの口から告げられたスキルの存在に、ノゾミがとチカ、レインまでもが固まった。

 

「ん?どうしたの?ラグった?」

 

「ゆ……ユナ……そのスキルがあったって…、本当?」

 

「そうだけど?今のも熟練度上げに利用してるのよ」

 

「嘘でしょ……!?」

 

「さっきからどうしたんですの?」

 

首を傾げて近づいたユナが、チカとノゾミとレインから両肩をがっちり掴まれた。

いきなりの事に頭がついていけていないユナに、3人が顔をずいと近付けた。

 

「「「なんでそれ教えてくれなかったの!?」」」

 

「はぁ!?」

 

「なんでそんな面白そうなスキル使っていたの!?私そんな話聞いてないよ!?」

 

「私もそんなスキルがあったのなら真っ先に所得してたよ!」

 

「そうですよ!!」

 

ノゾミやチカはおろか、レインまで怒号を叫ぶ。

普段の明るい雰囲気をしいているレインがこのように叫ぶのは初めてだ。

 

「え、あ、いや。私もこのスキル取ったばかりだから……あ、じゃあそのお詫びとして2人にも所得する場所教えるから!ね?」

 

「「「是非に!!」」」

 

目を爛々と輝かせる3人。この2人は現実でも音楽関係をしていたから、そのスキルに興味を持っているのは無理もないだろう。

半ば呆れたウィスタリアとマコトのジト目も、3人からすればさほど気にするような点でもない。

 

「よし行こう!今すぐに!」

 

「興奮するのは良いのですが、護衛の仕事はどうなさるおつもりですの?」

 

ウィスタリアの冷静なツッコミに《歌唱》スキルを要求した3人は同時に「あ…」と間の抜けた声を上げ、ユナから笑い声が零れるのであった。

 

 

 

 

8層主街区《フリーベン》

 

幾多の巨木が大地の役割を担う第8層。

商談を終えた商人プレイヤーとユナを連れて主街区に戻って本日の仕事を終えた6人は、すぐさま8層のフリーベンへと向かった。無論、ユナの言う《歌唱》と《楽器演奏》のスキルを得る為である。

この街には大規模な創りの物が多く、北端の広場もちょっとしたステージに見える。

 

「ふっふ~ん。とうとう《歌唱》と《音楽》を手に入れたわ!」

 

その広場からほど近い場所の建物の中から、ご満悦な笑みを満面に浮かべたノゾミが出てくる。

そこから続けてレイン、チカも同様の様子で建物を後にする。

 

「私も手に入れました」

 

「以下同文!」

 

「にしても意外だよな。レインも歌に興味があったなんて」

 

「え?あはは、ちょっと昔から興味があってね……」

 

「それじゃ、早速熟練度を上げてく?ほら、あそこなんて丁度良くない?」

 

「……はい?」

 

ノゾミが指すのは右手にある広場。野外劇場のような創りをしている広場は、ライブを行うには丁度良いだろう。

早く使いたくてたまらないノゾミとレインとは対照的に、チカは顔を青ざめている。

 

「ま、まさかあそこで……?」

 

「そうだけど?」

 

しれっと答えるレインにチカの顔がますます蒼白になる。

 

「むっ、無理です!無理無理無理!!人前で歌を披露なんて私やったこと無いですよ!?楽器演奏ならまだしも、あの人だかりで歌えなんてハードルが高すぎます!!」

 

「そう?じゃあユナ、久しぶりに一緒に歌う?」

 

「――いいですとも!」

 

「私も混ぜて!」

 

人だかりに怖気づいたチカに代わり、どや顔でノゾミの提案に応じるユナと、乗じるレイン。

早速石造りのステージの上に立つ。突然始まったゲリラライブに道を行くプレイヤーは足を止める。ユナとノゾミ、2人の歌に惹かれて次第に観客も集まってくる。

 

「良いのか?お前はこっちで」

 

「うぅ……彼女らの大胆さが少し羨ましい……」

 

「まぁ、そこはゆっくり治していくしかありませんわね」

 

突然のライブを観客に交じって2人の歌を聞くチカ。

自分も混ざりたいように唸り声をあげるチカを尻目に周囲に目を向けた。

周囲のプレイヤーは突然のことで呆然と立っていたが、聞いているうちに彼女らの歌に惹かれていき、ステージの客席へと集まってくる。

 

「まあ、彼女も人気があるのですね」

 

「そんなリアクションは無いですよ!ユナさんの歌は、学校でも人気だったんですから!」

 

「へぇ。そんなにすげぇのか」

 

「当然ですよ!」

 

いやにユナの歌を推すチカに若干引いてはいるが、マコトも納得した。

ノゾミだけでなく、ユナの歌も人を引き寄せる力があるかのように、道行くプレイヤーが次々に足を止めて聞き入っている。

それに意外だったのはレインだ。歌に興味があるというのも初耳だったし、飛び入りの初ライブだというのに物怖じ一つしていない。それでもノゾミやユナに負けず劣らずというレベルの歌唱力には舌を巻いた。

 

「……ライブ、ですか。――ええ、これは行けますわ。けれどここでは少し殺風景ですわね……」

 

「あの……ウィスタリアさん?何考えてるんですか?」

 

「またとんでもねぇこと考えてるんじゃないだろうな?」

 

一人何かをたくらむウィスタリアを怪し気に見るマコトとチカだった。

それから暫くして。歌い終えた3人が見るからに満足した様子で帰ってきた。

 

「お疲れ様。で、思いっきり歌ってどうだった?」

 

「「最ッ……高ッ……!」」

 

3人の内、レインとノゾミは完全に感極まった表情である。

久々に歌えたのがそんなに気持ちよかったのだろう。

 

「まさかまたノゾミと歌える日が来るなんてね。あー、楽しかった!」

 

「私もだよ。あ!だったらユナも私達のギルドに入る?」

 

「え?」

 

ノゾミからの予想外の言葉に思わず聞き返すユナ。

 

「あのさ……なんかその人もうギルドに入ってるっぽいぞ?」

 

「マジで!?」

 

「マジだよ」

 

彼女――正確にはノゾミ達にも――のHPバーにはギルド団員の証であるマーカーが付けられている。

実を言うと既にユナは攻略ギルド【血盟騎士団】に入団しているのだ。肝心のノゾミは全く気付いていないだけである。

マコトに言われてがっくりと膝をつくノゾミとチカ。

 

「酷い……!」

 

「こんなことって……!」

 

「えぇ……ガン泣き……?」

 

「あはは……。誘ってくれてありがと。でも、私にもやることがあるのは事実だよ。それは捨てられないし、エーくんも置いていくこともしたくないし……」

 

「エーくん?そっか、エイジもここにきてるんだ」

 

「うん。同じ【血盟騎士団】にね。あんなことがあって不安だったけど、ノゾミは相変わらずみたいでよかった。それじゃあ私、これからギルドのみんなの所に戻るから、フレンド登録しとこうか」

 

戻る前に、ユナは一行とフレンド登録をする。全員のフレンド登録を終えるとすぐに通路の先へと走って行く。

ふと足を止めると振り返り、ユナは一行に――ノゾミに向けて声を張り上げた。

 

「ノゾミ!レイン!いつか3人で最高のステージにしましょう!」

 

ユナの声に、ノゾミとレインもお返しと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「うん!その時を楽しみに待ってるよ!」

 

「私も!3人で最高のステージにしましょう!」

 

返された返事にユナも手を振りながら去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインクラッドでのライブ計画……ふふ。これはさぞ盛り上がりますわよ……!」

 

ただ一人、企むウィスタリアに誰も気づかないまま――。

 






次回「月夜の黒猫とEXスキル」


(・大・)<1回目のワクチン接種を終えてきましたー……。

(・大・)<今年の夏はSAO×プリコネの小説をメインにしていきたいので――。


(・大・)<防振り×デンドロは今しばらくお待ちください。


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「月夜の黒猫とEXスキル」



(・大・)<ここであのギルドの登場。そしてあっさり手に入れたあのスキルの公開です。



 

6月8日。

20層。3層ほどではないものの、深い森に包まれたこの層の北に離れたフィールドで、4人の少女が1匹のモンスターと対峙していた。

 

「ギシャアアアアアァァァァァァァ!!!」

 

「タックルが来るよ!左右に避けて!」

 

ユイの指示の直後に巨大な芋虫型モンスターが、その巨体をうねらせながら突進してくる。

それより早くノゾミとツムギ、カオリが左右に避け、それぞれの鞭と曲刀、片手戦爪のソードスキルを叩き込む。

 

「ギギャァァァァッ!!」

 

ダメージを受けてぶんぶんと胴体を振り回す。

牛や馬と同等とも思えるサイズにまで巨大化している芋虫は見るだけでも不快感が沸き立つが、それでも彼女らは怯まない。

 

「――ッ!糸を吐いてくるよ!」

 

「よっし、任せて!」

 

芋虫型モンスターの口がもぞもぞと動き、次の行動を予測したユイの指示に、ノゾミが指笛を吹く。

ピュウッ!と軽快な音に反応した芋虫型モンスターがノゾミへと注意を向け、直後に無数の糸が、散弾のようにばら撒かれる。それらに捕らわれれば巨体に潰されてしまうだろう。

最も、今のノゾミには数メートル先から放たれた糸はさほど脅威ではない。素早いサイドステップで回避し、弾かれるように肉薄していく。

 

「ギギィッ!」

 

チャンスと見たのか、芋虫型モンスターは巨体を武器にノゾミに圧し掛かろうとする。

その巨体に潰されれば、彼女のHPは半分以上削られるだろう――。

 

「せりゃあッ!」

 

――それより早く、ノゾミのソードスキルが芋虫型モンスターの胴体目掛けて《ディバルチャー》を放つ。吸い込まれるようにソードスキルが胴体に直撃し、鍔元まで深々と突き刺さる。突然の攻撃で芋虫型モンスターに一瞬のラグが生じる。

そしてカオリの体術スキル『水月』を芋虫型モンスターの腹の部分に当たる場所に蹴りを叩き込み、追撃にツムギが鞭のソードスキル『スラップ』の直後にユイの投剣スキル『シングルシュート』が横っ腹に命中。3人のコンビネーションでぐらりと体勢を崩す。

 

「たあぁぁーーーッ!!」

 

すかさず、ノゾミの追撃が炸裂する。

ステップインから回転斬り上げの『デウォート』。上段から下段へ、三日月を描くような斬撃『ダブルムーン』。左右の斬り上げと斬り払いを繰り返し、斬撃のエフェクトが円を描く『ダルード・ルーネイト』。

3連続のソードスキルを受けては流石にひとたまりもない。断末魔のような悲鳴を上げると、ポリゴン片となって消滅した。

 

「ツムギちゃん、どう?」

 

「えっと……あ、ありました!11個目の絹糸です!」

 

リザルトウィンドウに目を通すと、目当ての素材である『上質な絹糸』を手に入れたことを確認する。

今までと合わせて3つのアイテムを確保。

 

「さて、これで後は『グレイウルフの皮』を今日は5つです」

 

「うぅ……結構ハードね。服の素材集めってこんなに苦労するものなの?」

 

「だらしないですよノゾミさん。服飾関係に限らず、生産系の準備にも結構体力がいるんです。素材持ち込みってのもありますが、ストックくらいは持っておかないと」

 

「ツムギの言う通りさ~。私も25層まで攻略ばっかりだったし、こういった採取系は気を張り詰める必要も無いからちょっと気に入ってるよ~」

 

「あなたのは単にストレス発散したいだけでしょう?」

 

まだまだ素材が必要となる現実にノゾミは思わずその場にへたり込む。ツムギの素材収集にはかれこれ3日前から付き合っており、これまでに『クラウディウールの綿』が16個、先程の『ラージキャタピラー』から取れた『上質な絹糸』が11個。

残りは昨日狩りに行った『グレイウルフの皮』が5枚。それをドロップする『グレイウルフ』の群れは、23層か28層に生息している。しかし、ノゾミ達の現在の平均レベルは26。28層はおろか、この20層でも主街区付近での活動がやっとのレベル帯である。

 

「あ、待って。もうポーションのストックが尽きそうだし、一旦お昼も兼ねて休憩する?」

 

「賛成~。もうへとへとだよ~……」

 

「こんなんでアイドルなんてやってられるんですかね?」

 

弱音を吐くノゾミだったが、彼女へのツムギの皮肉に、思わず言葉を詰まらせるのであった。

 

 

 

 

20層でのアイテム収集に一区切りをつけ、主街区へと戻ってきた一行。

道具屋で不要なアイテムを売り払ってポーションを買い込み、レストランへと向かおうとしたユイがある一行を目撃する。

 

「あれは……キリト君?」

 

彼女らが向かうレストランとは別の通りへと向かったプレイヤー達の中に、黒コートの少年を見かけた。

が、そこに待ったをかけたのは元攻略組のカオリだ。

 

「ちょっと待ってよ。最前線はもっと上(ゆくうぃー)なはずだよ~。なんでこんな所にいるんさー?」

 

「た、確かにようだよね。見間違いだったかな……?」

 

「なら見に行ってみますか?」

 

「おぉ、それは賛成さ~」

 

さらっと告げたツムギにカオリも納得したようにポン、と手を叩く。

 

「え?でも大丈夫なの?」

 

「似た装いの別人だったらまだしも、もし本人だったら文句の一つでも言ってやりますよ」

 

「私も面白そうだし、行ってみるね~」

 

そう言ってツムギはカオリを連れてキリトらしき人物が向かったであろう街道の通りへと向かっていった。

一足先にレストランに入店した2人は、窓辺の席へと案内された。そこの椅子に座るとすぐには料理は注文せず、提供された飲み水を飲みながらツムギとカオリを待つ。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「なんか知らないスキルが出てきたんだけど……」

 

「スキル?」

 

通知と共にノゾミの目の前に突然現れたウィンドウをユイも覗き込む。

ウィンドウにはたった1行。『《連刃剣舞》の解放条件が全て満たされました。【十戒の寺院】のクエストが解放されました』とだけ書いてあった。

ノゾミは勿論、ユイもベータ時代でもそんなスキルを使ったプレイヤーがいた記憶はない。

 

「どうやって手に入れたの?」

 

「知らないわよ。水飲んでただけだったし、何が起きたのかわからなかったもの」

 

「条件は?少しはそのスキルが解るかも」

 

促されてウィンドウを操作すると、条件の記されたページを発見する。

その条件を目にした途端、2人は思わず言葉を失った。

 

「え?これが条件……?」

 

「まさか、その条件をノゾミちゃんが無意識に……?」

 

「いや……でもこんなの知らなかったわよ?」

 

「こういう類のスキルは、知らないうちに所得できるものが多いの。多分ノゾミちゃんも、このスキルの条件にあった行動をしていたから……ソロ限定なんて書いて無いし」

 

「う~ん……だったら、この情報を攻略組に売るってのは?」

 

「どうなんだろう?もし先着限定なら自分で、複数人で所得ができるなら情報を公開するってのはどうかな?もし条件だけなら所得した途端に出るだろうし」

 

「じゃあなんで私はここに着いた時に通知がきたの?」

 

余りにも特異なスキルに2人とも周囲に聞こえないようボリュームを絞って会話する。

そもそもEXスキルの解放される条件は様々で、曲刀の熟練度をある程度達することで解放される【(カタナ)】。2層に存在する特定のクエストをクリアすることで解放される【体術】など、今だ未開の地が多い。そもそもこのスキルの発動の条件が偶然そろっていたとはいえ、なぜクリアした瞬間に表示されなかったのか。公開しようにもその点をはっきりしなければ。

 

 

――コンコンコン。

 

 

「……ん?ツムギ達かしら。2人ともどうだっ――」

 

ふと窓からのノック音に思考を止め、窓のほうへと振り返る。

確かにノックしたのはツムギだった。

最も、2人が確かめに行った相手――昏い微笑を浮かべているキリトに襟首を掴まれながら涙目ながらに助けを乞うツムギとカオリという異様な光景だったが。

 

「「――――ッッ!?」」

 

半秒後、2人の悲鳴がレストラン中に響きわたり、店内にいたプレイヤー達はおろか、付近を通っていたプレイヤーすら思わず足を止めてしまうという事態が起きたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「ったく、人様の昼食風景を覗き見なんてマナーが成ってないんじゃないのか?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「私からも謝らせて。もっとしっかり2人を止めてくれればよかったんだけど……」

 

「ああ、大丈夫ですよ。なんかキリトが一人で暴走しちゃっみたいで」

 

何とか落ち着いた2人は、キリトと共に彼が入団しているギルド【月夜の黒猫団】を誘ってレストランに招き入れた。

幸い彼らも食事前だったらしく、彼らも快く承諾してくれた。

 

「いきなりキリトがナイフ取ったと思ったら投剣スキルを使っていきなりそちの2人を捕まえたみたいで……」

 

「捕まえてって、あの投剣スキルを使った時の目は本気で殺す気の目でしたよ!?」

 

「あの時の目、本当に怖かったさ~……」

 

当時を語るカオリもツムギも、生きた心地もしない様子で追いかけたことを語りだす。

茂みに隠れて見張っていた2人だったが、突如キリトがナイフを持つや否や、茂みにナイフに投剣スキルを発動。彼女らの頬を掠めたと思いきや最初から知っていたかのように腰を抜かした2人を捕まえたという。そこからカオリが思わずレストランにいる2人の事を話してしまったらしい。

 

「ストーカーは褒められるものじゃないけど、キリトもそんなに殺気立つことも無いでしょ?」

 

キリトに怯える2人を宥めながら、彼に事情を促す。興味本位とはいえ反撃で本気で殺つもりで攻撃したのはやりすぎかもしれない。

するとキリトは苦い顔をしながら、嫌々と言った様子で語りだした。

 

「……4年位前、かな。その時の下校時間になって家に帰る途中に、決まって誰かの視線を感じていたんだ……獲物を狙うような、それでいて襲うことをせず、舐め回すような視線を」

 

(……今から4年前って、大体11歳くらいの時?)

 

――そんな年齢でストーカー?まさか?

ノゾミは内心信じられない様子だったが、黙ってキリトの話を聞くことに。

 

「親や教師に話をしても全く信じられず、大半のクラスメイトからは嘘吐き呼ばわりされて、孤立無援の状態になってな……その後でも舐め回してじっくり味を堪能しようって目線が2年間続いたんだ……。幸い、小学校を卒業したらその視線はぱったりと止んでな。あれほど安心したって気持ちは他にないかもしれない……」

 

キリトに掛ける声が見つからず、一気にレストランの――特にノゾミ達のいるテーブル付近――の空気が重くなる。当事者からすれば、ある種の地獄だっただろう。

話題を変えようと踏み込んだのは咳払いしたツムギだった。

 

「それで?そんなストーカー被害者さんがなんでこんな人達と一緒にいるんですか?」

 

「こんなって……俺らは【月夜の黒猫団】っていうギルドです。俺はギルドリーダーのケイタ。こっちがメンバーのダッカー、テツオ、ダッカー、ササマル、サチ。それから新しく加入したキリトです」

 

ケイタの紹介からユイたちも軽い自己紹介を済ませると、カオリが質問してきた。

 

「ところでさ、キリトって確かこうりゃ――」

 

カオリが口を出した途端、ライフル弾でも飛んできたかのような風圧を巻き起こして何かが突き刺さった。

持ち手が小刻みに震えるフォークがテーブルに突き刺さっていた。

 

「……プレイヤーがどんなギルドに入るかは本人の自由、ですよね?」

 

投げた張本人であるキリトは満面の笑みを浮かべていた。ただし、溢れるオーラは「事実を喋ったらぶった斬る」と語っているように見える。

これ以上下手に話したら殺される。そう感じた4人は話題を変えようと思考を巡らして……思いついた。

 

「ねぇキリト君、【十戒の寺院】について何か知ってることはない?」

 

「【十戒の寺院】?」

 

「確か10層の南にある寺でしたよね?そこに何かあるんですか?」

 

「え?あ、その……」

 

「ちょっとした観光だよ!商談に言ってた人達が話してたからそれで気になってね」

 

ケイタの一言にしどろもどろになるが、ユイのフォローで何とか切り抜ける。

 

「だったら昼食を食べ終えて行ってみる?」

 

ササマルの一言に【月夜の黒猫団】の面々も例のフィールドに興味深々だ。

その時、NPCウェイトレスが注文した料理を次々と運んでくる。

ひとまず、寺院の探索は昼食を済ませてからにしよう。

 

 

 

 

10層 南。

 

 

昼食を終えた一行は、すぐに10層の南へと向かった。

南へ南へ。歩くこと10分。先頭を歩いていたキリトが目的の場所を発見した。

 

「おっ、あれじゃないのか?」

 

石造りのインド調の寺院は、所々自生している苔や雑草はあるものの、人が住める程度に整備されている様子がある。それがまるで3階建ての建物のように、一番下の階に3つ、中段の階に3つ、最上段の階に2つ。計8つの扉がある。入り口を示唆しているようだが、それらはまるで侵入者を拒むかのように固く閉ざされている。

何と言うか……ノゾミとツムギ、ユイの初見の感想は『場違い』だった。この階層は三国志時代の中華と江戸時代前期を思わせる建物やモンスターが多い。この階層で石造りの寺院は案外場違いと思うのも無理はない。

 

「【十戒の寺院】……間違い無い、ここだ」

 

「ここに何かがあるんだね」

 

「何かって言っても、なにも無いですよ?だってここ、攻略当時はうんともすんとも言わない場所だって言われてるし」

 

ダッカーが寺院の正面から見て右下の扉を押してみるが、動く気配はない。

この寺院は攻略当初から全ての扉が固く閉ざされており、【ALS(アインクラッド解放隊)】や【DKB(ドラゴンナイツ・ブリゲート)】を中心に色々試してみたものの、結局開かれることは無かった。攻略組はこの寺院に関しては運営のバグか何かと判断し、それ以降この寺院を訪れる者はいなくなった。

 

「ひょっとして、アルゴさんが言ってたことと関係あるのかも……」

 

「アルゴが?」

 

「うん。なんでも試練の失敗っていう死因が刻まれたプレイヤーがいるって……」

 

このことに気付いたのは、【MTD】の一人だった。ふと【生命の碑】を見てみると、最近死亡したプレイヤーの中で、死因が『試練クエストの失敗』と記されていたプレイヤーがいたのだ。それも一人だけでなく、調べてみたら3人はいたらしい。

他のプレイヤーにははっきりと死亡原因が記されているはずなのに、このプレイヤー達は妙にあやふやな死因に誰もが頭を捻った。アルゴもこの原因については見たことが無いと口にしており、結局は答えも見つからず放置していた。

その後も【月夜の黒猫団】と共に寺院を調べまわっているが、どの扉も固く閉ざされ、うんともすんとも言わない。

 

「何にもないわね……えっ?」

 

中段の階を調べていたノゾミが扉に手を掛けた瞬間、からりと軽い音を立てて開いた。引き戸式だった。

他の誰の手でも開くことの無かった扉が、ノゾミが触れた途端に開いてしまったのだ。

 

「どういうことだ……?」

 

「俺らが調べてもなんともなかったのに……」

 

「他は……駄目ね。こっちは私には開けない」

 

試しに他の扉を調べてみるも、ノゾミが触れた扉以外の扉はどれも同じように固く閉ざされ、全く反応は無かった。

 

「一体何があるんだ?」

 

剣を引き抜いたキリトがゆっくりと扉に近づいていく。

残り1メートルにまで近づいた途端、唯一開け放たれていた扉がガシャンと激しい音を立てて閉じた。

急に閉じられた扉に驚きつつも扉をこじ開けようとするが、再び固く閉ざされてうんともすんとも言わない。

 

「この扉、ノゾミ以外を通さないのか?」

 

「えっと……あ、開いた」

 

キリトが離れて再びノゾミが扉に手を掛けると、再び軽い音と共にすっと開け放たれた。

キリトはノゾミに視線を向けると、彼女は頷き、曲刀を抜いてゆっくりと扉の奥へと向かっていく。

 

同時にその姿を見たユイの脳裏に、嫌な予感を感じた。

条件を達成した直後にノゾミにメッセージウィンドウが届かなかったのは、誰かがこの寺院での試練を受けていたとしたら……?

その試練に失敗した先が、確実な『死』だったら……?

 

「ノゾミちゃん、止まって!」

 

「え?」

 

振り返った途端、まるでハエトリグサが獲物を食らうかの如く扉を閉ざした。

 

「え!?ちょ、ノゾミさん!?」

 

「おいどうした!?ノゾミ、返事しろ!おい!!」

 

突如閉ざされた扉を叩いて声を張り上げる一行。

次の瞬間だった。

 

 

「いやああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

――!?

 

 

「い、今の悲鳴ってノゾミさんの……?」

 

突然の悲鳴に全員が凍り付く。

まるで内部に彼女の手に負えないようなモンスターが現れたような――。

 

「ノゾミ!どうした、返事をしろ!!おい、聞こえてるのか!?」

 

どんどんと激しく扉を叩くが、当然の如くビクともしない。

 

「下がって!」

 

その時、カオリの右手――片手戦爪が光を宿す。次の瞬間、左薙ぎ2連から斬り下ろし、そこから勢いを乗せて飛び、勢いを乗せた回転斬り落とし『アズーレス』。

普通の壁なら今の攻撃で破壊できずとも、亀裂は入ったはず……。

 

「……!?」

 

が、煙が晴れた先には傷一つ付いていない扉だった。

 

「こンの……ッ!」

 

「よせ!《破壊不能オブジェクト》は破壊できない!」

 

「破壊できないって……助けられないって事!?」

 

《破壊不能オブジェクト》――。

基本的に建物やダンジョンの壁や床などにはどんな攻撃を受けても傷一つつけることができないようシステムで保護されている。

この扉が開かない以上、外からの救出は……。

その間にも扉の奥からノゾミの悲鳴が断続的に続く。

 

「ノゾミ!聞こえるか!?ノゾミ!!」

 

「何よ!?こっちは急にモンスターが出てくるし閉じ込められるし、転移結晶も使えないしでもうわけわかんないわよ!!」

 

「転移結晶が使えないだと!?」

 

転移結晶はいわばプレイヤーの命綱だ。ポーチに一つ以上ストックしておけばダンジョンやフィールドから園内村へと一瞬で移動できる。非売品でモンスタードロップに頼るしかできないのが玉に瑕である点を除けば、常備しておきたい優秀なアイテムだ。

それが使えないということは、既にノゾミは自発的な脱出が不可能な状況に追い込まれているという事に相違無い。

 

「良いから落ち着け!いいか、この門を開けるにはその中で起きてるクエストをクリアするしかない!そこで敵の情報をできる限り伝えてくれ!」

 

「伝えてくれって、こんな訳分らない状況で伝えるも何もないよ!!」

 

扉の向こうのノゾミは完全にパニックに陥っている。声からしてモンスターか何かに襲われているのは解るが、全く見えない状況でアドバイスを送るには、彼女からの伝言に頼るほかないが、当の彼女を落ち着かせなければそれもままならない。

 

「ノゾミちゃん!落ち着いて!」

 

「なんなのよユイまで!?こんな状況で落ち着ける訳無いでしょ!?今にも殺されそうなのに!!」

 

「じゃあユナさん達との約束はどうするのよ!?」

 

 

 

 

ノゾミはパニックの渦中にいた。

バスケットボールコートほどの広さになっている寺院の中に入った途端扉が閉まって閉じ込められ、2メートル台の仏像のような人形《The Trial Statue:Saber(試練の仏像:曲刀)》が曲刀を手に襲い掛かってきた。

ソードスキルを放つ仏像人形に何度も攻撃を当ててみるも、全て障壁に弾かれてしまいダメージを与えられない。攻撃を受けないモンスターについにはパニックを起こしてしまう。

今ノゾミのHPは3割削られているが、仏像人形は全くと言っていいほどの無傷である。

殺される。確実に殺される――。

そんな最悪の結末がよぎった瞬間だった――。

 

「じゃあユナさん達との約束はどうするのよ!?」

 

ユイの言葉にノゾミは水を被ったように我に返った。

そうだ。次に会った時にライブを一緒にやろうと約束したのだ。

――死にたくない。

約束を果たしたい。

叶えたい夢がある。

 

「死んでたまるか……!こんな所で……!」

 

嗚咽のように漏れ出た声と共に、パニックに陥った頭が自然と冷えてきた。

扉越しとはいえ仲間がいる。声が届くなら情報を提供できるかもしれない。

 

「……相手の武器は曲刀。ソードスキルも使ってくる。バーの所に数字が出てて、今は1って表示されてる。攻撃は障壁に弾かれるわ」

 

「……数字?その数字の増減の条件はなんだ?」

 

「まだわからない。とにかく逐一伝えるから、早く攻略方法を教えて!」

 

ノゾミが話している間にも、仏像人形は止まらない。ソードスキルを織り交ぜながら攻撃を続けていく。

その攻撃の最中、曲刀ソードスキル《セレノ・グラフィー》を放とうとした仏像人形に、咄嗟にノゾミも曲刀ソードスキル《ダンス・マカブレ》を放つ。

斬り下ろしと斬り上げ、2つの剣がぶつかり合い、互いにソードスキルが失敗する。

先に硬直の解けたノゾミの斬撃がヒットした時、仏像人形に変化が現れた。

 

「!!キリト、HPが削れた!数字も無くなってる!」

 

「本当か!?」

 

「それに、硬直も長い!」

 

数字が無くなった直後に攻撃を受けて、初めてHPが大きく減少した。硬直も通常より長く、明らかに大きな隙となっている。

 

「……ノゾミ!ひょっとしたら攻略の糸口がつかめたかもしれない!」

 

「本当!?」

 

「とはいえ、とんでもない無茶ぶりを要求するけどな……」

 

キリトの言葉に思わず眉を顰めるノゾミ。聞き返す間も無くキリトはとんでもない事をノゾミに告げた。

 

「ノゾミ、奴の攻撃を死ぬ気で避け続けろ」

 

「……はぁ!?それってどういうこと!?」

 

「そのモンスターはお前が攻撃を受けた回数だけダメージを無効化してるんだ!弾くか避けるかしてカウントを増やさないようにしなきゃ倒せない!」

 

「そうさせないために攻撃を避け続けろっていうの!?」

 

キリトの憶測は当たっていた。

《The Trial Statue:Saber》のシステムには『相手の攻撃被弾数に応じた被ダメージの無効化』、更に『《投剣》、《チャクラム》に分類するスキルのダメージを無効化』というスキルを持っている。

試練を受けるプレイヤーが攻撃を受ければ受けるほど討伐の可能性は低くなり、次第に追い詰められたプレイヤーは混乱に陥って消滅の道を辿る。代償に防御力は低く設定されており、弾きなどによる体勢の立て直しまでの時間も若干長く設定されている。

このとんでもない初見殺しの攻略方法はただ一つ。回避と弾きを繰り返して倒す他無い。

 

「やってやろうじゃない……」

 

本来ならノゾミはこんな初見殺しクエストは御免被りたい所だった。しかしその退路は既に閉ざされていて逃げられず、正面の敵を倒すしかない。

この試練を突破しない限り、生きて約束を果たせない――。

命を懸けた死の舞踏の幕が上がる。

 

 





次回「《連刃剣舞》」


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「《連刃剣舞》」


(・大・)<2話連続投稿だ。


前回までのあらすじ。
20層で【月夜の黒猫団】と活動を共にするキリトを発見する。
同時にノゾミにスキルの解放を知らせるメッセージが入る。
【月夜の黒猫団】と共に《十戒の寺院》に向かった所、ノゾミがその1つの部屋の中に閉じ込められてしまった。
脱出には目の前の仏像を倒し、試練を突破しなければならない。
今、ノゾミの死闘が始まる――。


(・大・)<なんか物足りないと思って付け加えました。

(・大・)<かなり難易度高めの設定になってしまったが……。




 

(種が分かれば、倒せないことはないはず……)

 

先程のパニックから一転、冷静になったノゾミは目の前の仏像と対峙する。

相手は細身の仏像――《The Trial Statue:Saber》。得物は剣先から3分の1ほど逸れた曲刀に分類される刀剣のシミター。

HPバーは3本あるが、1本は今の攻撃で9割ほど削れている。防御力はノゾミの体感的に1層の《フレンジーボア》並みに低い事から、HPバーは外の30層レベル程度の雑魚モンスターに近いと考える。

 

「――シッ!」

 

先に動いたのはノゾミだ。

先手必勝と言わんばかりに間合いを詰め、攻撃を仕掛ける。

仏像への攻撃は8割がた防がれるものの、残った2割の攻撃で1本目のHPバーが全損して消滅。2本目も1割削り落ちた。

 

(……このままだったら行けるけど……)

 

距離を置き、腰を据えながら思案する。

そんな僅かな期待を簡単に壊す様に、今度は仏像が動き出した。

くるりとシミターを回転させて肩に担ぐように構えた瞬間、間を置かずに《ディパルチャー》で一気に迫って来た。

咄嗟に防御して事なきを得たが、次の瞬間には片足立ちのままシミターを持つ手の腕を口元へと近付ける。

 

(この技は、確か……)

 

ノゾミもその回転斬り――《カットダウン・シックル》を知っていた。【ブレイブ・フォース】からも2、3度模擬戦を頼まれてこの技を繰り出してきたプレイヤーもいる。

ソードスキルで弾く時間も無い。防御の構えをした途端、彼女が今まで受けた中で余裕で1位に入るほどの衝撃が襲った。思わず1メートルほどまで離される。

 

(よし、後はこのまま――)

 

仏像の硬直よりもソードスキルの硬直時間のほうが早く解除される。先に動けるようになったノゾミがソードスキル《ディパルチャー》を叩き込もうとした。

が、次の瞬間、仏像がぐるりと硬直した体勢から立て直し、振り上げたシミターで《サーブ》を叩きつけるかのように繰り出した。

 

「ふぎゃッ!?」

 

叩きつけられ、ボールのように跳ねる。

再びくるりとシミターを回転させると、湾曲した切っ先をピックのように突き立てる。

その攻撃は間一髪転がって回避し、斬撃を放って無効化カウントを再び0にする。

 

(嘘でしょ、あの状況で反撃!?それに、なんでソードスキルの後の硬直が起きないの!?)

 

「おい、何があった?」

 

一瞬パニックになりかけたがキリトの声で我に返る。

 

「――ソードスキルを使った相手が、いきなり動き出した。これってあり得る事なの?」

 

「……ありえない。刀身に光を出した攻撃は基本スキルごとに存在する硬直時間がある。下位ならまだしも、中位以上でそんなことはできないはずだ」

 

目撃していないキリトも声から困惑の色が見える。

その間にも再び仏像の攻撃が始まり、先程よりも激しい剣戟に防ぐだけで精一杯になる。

そんな中、仏像が斬り上げと斬り払いの2連撃を繰り出す。

 

(ん?今のって……)

 

先程の攻撃の違和感に気付いたノゾミが一旦距離を取り、扉越しのキリトに情報を伝える。

 

「ねぇ、ソードスキルって刀身が光るんだよね?」

 

「え?ああ。それはSAOのシステムにおいて絶対だ」

 

「だったらソードスキルの()()()()()()()ってのは?」

 

「……はぁ?」

 

思わず素っ頓狂な声を上げる。

少し考えて思考を巡らすと、答えを告げる。

 

「……理論上は可能、かもしれない」

 

「つまり……あれはフェイントってこと?」

 

SAOのボスにはHPがある程度減少すると行動パターンが変わることは多々ある。

この仏像もそれと同様に、数回に1回の確率で『ソードスキルの動きを完全再現した通常攻撃』の行動を行うのだ。

再現ソードスキルには当然硬直も無い。刀身の光は外部でも判断できるものだが、一瞬の間にソードスキルか否かの判断は難しいだろう。

 

(だったら、私が確実に弾けるタイミングで……!)

 

仏像がノゾミを斬り裂かんと駆けだす。一気に間合いを詰めての剣戟の応酬。そしてソードスキル発動を合図するかのように刀身が光る。

 

(ここだッ!!)

 

同時と言っても良いタイミングで、ノゾミもシミター目掛けて《ディパルチャー》を発動。シミターを弾き(パリング)、体勢が崩れた所に硬直時間が解けたノゾミが《サーブ》、《カーム》を交えた剣戟の応酬で瞬く間に2本目を全損し、3本目も半分まで削り落す。

 

(ようやくラスト……!)

 

いよいよ終わりが見えてきた。

電子の世界なのに口に溜まり始めた唾液を飲み込み、改めてファルシオンを構える。

仏像は弾き飛ばされたシミターには目もくれず、代わりのサーベルを鞘から引き抜き、剣舞の如くサーベルを躍らせる。

2合、3合と剣を交え、仏像が《サーブ》を繰り出そうと振り上げる。

チャンスと言わんばかりにノゾミもその振り下ろしに合わせ、斬り上げで迎え撃つ――はずだった。

 

「……えっ?」

 

思わず声が出た。

迎え撃つはずの袈裟斬りが消え、いつの間にかシミターによる斬り上げが無防備な脇腹に迫っていた。

――今のは幻覚?いつの間に?

ノゾミの混乱を他所にサーベルは迫り――1撃目、2撃目が剣にぶつかってなお攻撃を受ける。

 

「きゃああああッ!!」

 

再び斬撃をまともに食らい、吹っ飛ばされるノゾミ。HPバーが一気に削り落とされ、危険域を示す黄色を通過し、赤に差し掛かる。

心臓が早鐘を打ち、目の前に迫る死に呼吸も荒くなる。

HPがだんだんと減っていき、減って、減って――止まった。

 

「……ふぅ」

 

一先ず危機が去って安堵するノゾミ。

今の攻撃は無意識にファルシオンで受けて攻撃を逸らし、直撃とまではいかなかった。そのおかげで1割弱残して生き残ることができたのだ。

が、そこで止まるはずの仏像ではない。倒れているノゾミに止めと言わんばかりに跳躍からの振り下ろしが迫る。

攻撃を避けてポーションを飲もうとした瞬間、飲み口が鋭い一閃と共に両断され、地面に落ちて消滅する。

仰天するのも束の間、今度の剣戟の応酬は今までよりも桁違いの激しさだ。ノゾミも反撃する暇も無く逃げに徹する。

 

「あんなのどうやって崩せっていうのよ!?」

 

彼女が見たことも無い最上級ソードスキルの応酬は、まるで暴風雨が形になったような激しさだ。

時間にして数十秒の応酬のあと、仏像が再び《ディパルチャー》のような構えを取る。

 

(今度は本気?それともフェイント?というか、さっきの攻撃で最低でも3回は攻撃を当てなきゃいけないの!?)

 

問題は仏像の行動パターンだけではない。今の攻撃で更に2回受けたので2回分のダメージ無効化の強化が付与されたのだ。早い話、最低で3回は攻撃を当てなければ攻略不可能な状況に置かれているのだ。

トドメに仏像の行動パターンに、『《ダンス・マカブレ》の使用率が3割上昇』、『相手が武器以外のアイテムを手にした時、そのアイテムが破壊可能ならそのアイテムのみを破壊する』というシステムを発動し、フェイントに加え、結晶系どころかポーションの類のアイテムすら実質使用不可になった。難易度は格段に上昇したと言える。

 

(《アドマイアー》を使う?いや、下手したら硬直時間の間にやられる。別の剣や投剣は……無理。そもそも投剣は持ってないし。大体3回もソードスキルを当てる方法なんて……)

 

頭を掻きながら思考を巡らすノゾミ。

その時、一つのアイデアが閃いた。

 

(……ん?ちょっと待って。攻撃を当てるだけなら、わざわざソードスキルでなくても十分なんじゃない?)

 

ソードスキルを携えた突進が迫る。

それを見計らい、ノゾミはファルシオンを右手に持ち替え、逆手で左肘に充て木のように添えて身体を左に僅かに傾ける。

次の瞬間シミターとファルシオンがぶつかり、火花を散らしながら突進を逸らす。

仏像とノゾミがすれ違い、背中合わせのようになった瞬間、ノゾミはくるりと回転して2連撃もかくやと錯覚しそうな速さの連撃を叩き込み、無効化カウントを0にした。

 

(あとはHPを削り落とすだけ!)

 

ほぼ同時に振り返り、ほぼ同時に刀身が光る。

上段の横薙ぎと上段への突き。2つの刃がぶつかり合う――ことは無かった。同じように《ダンス・マカブレ》のフェイントだ。

 

「――それは、読んでいたわよッ!!」

 

くるりと回転し、下段の斬撃で実態のあるシミターを弾いた。

《ダブルムーン》による2段構えの弾きを直撃し、仏像が三度体制を大きく崩す。

 

――今だ!

 

正真正銘のラストチャンスと言わんばかりに、ノゾミは必殺のソードスキルを発動する。

ファルシオンの刀身が朱く閃き、舞い踊るように仏像を斬り裂き、万華鏡の光景の如く舞い踊る。

ノゾミが持つソードスキルの中で最強の終曲剣舞《カレイド・スコピック》。

最後の一閃を直撃し、仏像の動きが止まる。数拍の後に最後の一閃を当てた胸から生じた亀裂が次第に全身を駆け巡る。

次の瞬間、仏像は赤いポリゴンの欠片となって爆散した。

 

(……終わっ……た……?)

 

仏像が居た場所で大きく、『CONGRATULATION!!』という文字が浮かび、そこでノゾミは戦いが終わったことを知る。

いつの間にかHPの赤いバーは、距離からすれば1センチも満たない。

ノゾミは戦いの終わりに安堵と共に全身から力が抜け落ちるのを感じながら、倒れ伏した。

手から落ちたファルシオンが、ノゾミ以外誰も居なくなった室内でからりと金属音を響かせた。

 

 

 

 

キリト達は【十戒の寺院】周辺を捜索を続けていた。

何か隠し通路みたいなものがあるのかもしれないと思い、総出であちこちを穴が開くほど探し続けた。ダッカーとケイタは引き続いて扉の破壊を試みるが、何度攻撃しても傷一つ憑かない扉に次第に焦燥が募っていく。

 

「くっそ……!全然壊せない!」

 

「ダッカーさん、ケイタさん。そっちはどうでした?」

 

「駄目だ。そっちは?」

 

駆けあがったツムギはダッカーからの問いに首を横に振る。

 

「それより、ノゾミさんは無事なんですか?」

 

「とりあえず、HPはまだ残ってます。でも、うかうかしてたら……」

 

視界の左上にパーティとして表示されているノゾミのHPから、まだ死んではいない。

しかし未だにHPバーは赤である為、いつ消えてしまうかと気が気でない。

 

「ああもう!どうやったら助けられるんだよ!!」

 

痺れを切らしたケイタが思わず扉に拳を叩きつける。その時だった。

突然扉が一瞬だけブレを起こした。モンスターやプレイヤーが消える直前と同様に。

 

「え?」

 

3人が呆けている内に扉のブレは激しくなり、ついにはポリゴン片となって消滅した。

 

「こ、これって……!?」

 

状況に頭が追い付いていないものの、武器を抜いて内部を探るケイタとダッカー。

外見から見た光景と内部の広さが比例していないことに驚きつつも内部を見渡す。

壁に掛けてあった松明以外には何もない。

――まさか、死んでしまったのか?

ケイタの脳裏に不安がよぎったその時、突き立てられているファルシオンとその傍で倒れているプレイヤーが視界に入った。

 

「ノゾミさん!」

 

慌てて駆け寄ると、ノゾミは完全に意識を失った状態だった。同時に2人は察する。彼女は試練を突破したのだと。

絶え間なく続くと思われる死の舞踏を制し、死の恐怖から解放されたノゾミは安堵と疲弊で一気に意識を刈り取られたのだろうと。

 

「おーい!無事だ!早く外のみんなにも知らせてくれ!」

 

担ぎ上げたケイタが声を張ってツムギに知らせた。そのことを聞いたツムギは、急いで寺院の階段を駆け下りるのだった。

 

 

 

 

「……死ぬかと思った………」

 

あれから更に10分後。目を覚ましたノゾミがポーションを飲み干した直後の感想はそれだった。

次第にHPが回復するのを見守る中、サチが辺りを見回す。

 

「外のモンスターがうろついてるのに、モンスターが全然襲ってこないね」

 

「そういえば、調べてる時にも襲うどころか近づこうとすらしてませんでしたね」

 

忘れてしまったようだが、ここは園外。モンスターに襲われる可能性もあったが、モンスター達はここから30メートルほど離れた場所に屯していて襲う気配はない。

この場所はダンジョンで言う安全地帯と言った所だろうか。

 

「あのクエスト、どうやら先着限定って訳じゃなさそうだ」

 

見回りに出ていたキリトが一行と合流する。

ノゾミが入った扉は一度消滅したと思ったらノゾミを外に連れ出した瞬間に再び生成された。試しに開けようとした所、クリア前と同様固く閉じられていた。

 

「で、何か報酬は無いのか?」

 

キリトに促され、何十倍にも重たく感じる腕を動かして操作する。スキル欄を見て、口に出して説明をした。

 

「《連刃剣舞》……見た感じは、曲刀のスキルを自由に繋ぎ合わせたり、曲刀のダメージ上昇と剣舞系ソードスキルのクールタイムの短縮ね」

 

「凄い……良い事尽くめじゃないか」

 

「《連刃》は剣舞系限定かつ、繋げられるのも2つか3つが限界だ。下手に長々とソードスキルを使うような真似をしなければ相当強いぞこれは」

 

理不尽なクエストに見合ったスキルだ。しかもクエスト自体再び受けられるという利点が証明された。理論だけなら攻略組全員が《連刃剣舞》を含めた8つのEXスキルを手に入れる日も来るかもしれない。

ただし、それは完全な初見殺しを持つ8つのクエストと、理不尽なまでの達成条件をクリアしなければならないという問題点も抱えているが、キリトもケイタも興味津々だ。

 

「あ、待って。これ盾関係のスキルが全部0になってる。他の武器どころか投剣系も、もう装備できなくなったみたい」

 

「えー……」

 

前言撤回。SAO(この世界)でもそんなに甘くは無かった。

盾と言うのは重要な防御手段であり、同じく防御手段の《武器防御》に比べれば攻撃手段の武器の耐久値を考えることなく

スタイル重視で盾を装備しないプレイヤーも居るが、言い換えればこのスキルを得たプレイヤーは盾で防ぐこともできなくなり、防御手段が弾く(パリィ)か避けるか武器防御かの3択になる。おまけに牽制の類である投剣も使えなくなってしまった。

強力な分、相応のデメリット。クリアした後もまだ使いこなせるか否かの試練がプレイヤーには立ちはだかっているようだ。

 

「パーティでもクリア可能なくせにクエストはソロ限定か。ちゃんと言っとかないと下手に犠牲者が出かねないな。アイテムも使えないとか鬼畜だろ」

 

寺院を忌々しく見るキリトに実体験したノゾミも同意するようにうなずく。

他にもあのレベルの難易度があるのであれば、下手にクエストを受けないほうが身の為だ。幸い先着限定という訳ではないが、これ以降のクエスト報酬を入手するのは、相当骨が折れるだろう。

 

「これはアルゴさんに情報を渡して、公開しておきましょう。条件は……あった。これで良いかな?」

 

「ああ。確かにそれが条件だけど……おい、パーティでも難しくないかこれ?」

 

「ええ。私はパーティでクリアしたけどね……」

 

ノゾミの返答にキリトも「そうか……」とうなずいてそれ以上の詮索はしなかった。

 

「それじゃあ俺らもそろそろ帰ります。今日はありがとうございました」

 

【月夜の黒猫団】は彼女らとフレンド登録を交わし、その場を後にしていった。

 

(あれ?そういえば……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(十戒って、仏教でいう10ヶ条の戒律だったよね?なんであの寺院には()()しか扉が無いのかしら?)

 

ふと振り返ったユイは建物の構造に疑問を持ったが、この場にそんなことを気に留める人物はいなかった。

 

 





次回「棺は嗤う」


(・大・)<例の話から4ヶ月も間があるのでちょっと付け加えたかった話を入れました。

(・大・)<ええ、あいつらです……。



おまけ
《The Trial Statue:Saber》について。

(・大・)<HPと防御力無振りというレベルの低さに対して、『相手に攻撃を当てた回数分ダメージを無効』、『3回に1回はソードスキル完全模倣の通常攻撃』、『《ダンス・マカブレ》の使用頻度上昇』『アイテムの破壊』という4つのスキルを持つ。

(・大・)<プレイヤーからすれば、攻撃を受ければ受けるほどどんどん不利になり、HPを削っても大技の硬直のふりや幻影効果のフェイントを多用し、回復しようとしても阻止される状況で戦わなければならない。

(・大・)<しかも結晶無効化エリアなので、どちらかが消えるまで脱出不可の鬼畜クエストである。

(・大・)<拙作では原作に出た2つと、残った8つのユニークスキルにはとんでもない難易度の条件があるEXスキルとなっています。


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「棺は嗤う」

(・大・)<プリコネ3・5周年生放送見てきました。

(・大・)<レギオン・ウォー、アイテム交換、新イベ……。

(・大・)<いろいろあった。(脳死)

(・大・)<――って訳で更新です。


※8/24:加筆修正しました。


 

昨日の一件の後、ノゾミは《始まりの街》周辺のフィールドにやってきた。モンスターが少ない開けた場所で、手に入れた《連刃剣舞》の練習だ。

 

(《連刃》は、2つから3つの剣舞系曲刀ソードスキルを繋げることができるとはいえ、クールタイムの合計を受ける。まずは1回だけ試してみましょうか)

 

刀身に紅い光を纏わせ、4方向に描いた弧が円を作る4連撃剣舞《ダルード・ルーネイト》を放ち、続けて三日月のような剣閃を2回描く《ダブルムーン》。を放つ。ここまでは普通の曲刀スキルだ。

合計クールタイムを使い切り――――再び動けるようになると今度は《連刃剣舞》を設定して再度ソードスキルを組み込む。

 

(これの違いは覚えている曲刀ソードスキルならどれでも連結が可能。ただし突進系は最初のみ、または突進系の次に1回だけ連結可能。……見た感じ実感は無いんだよね)

 

それでも物は試しと、再び刀身に光を纏わせた。基本技の一つである《サーブ》から始まり、流れるように《セレノ・グラフィー》。更にもう一度《ダブルムーン》。

踊るような斬撃の後、クールタイムが発生―終了。

 

(硬直が短くなっている。繋げられるスキルに制限は無いから、使いどころは多いわね)

 

初期ソードスキルを絡めたとはいえすぐに終了したクールタイムに初めて実感が湧いてくる。

同時に、欠点――というか、別の感想も浮かんだ。

 

「相当なじゃじゃ馬ね。このスキル」

 

思わず口に出てしまった。

この《連刃剣舞》は、TCGで言えば手札を多く維持しつつ戦線を維持、相手の陣形が崩れた所を一斉攻撃するというものだ。

手札が多ければ戦略の幅が広がり、同時に戦略の組み立てが必要となる。

要するに、相当な場数を踏まなければ真にマスターできないというスキルであるということだ。

 

「……あ、そろそろアルゴさんが来る時間ね」

 

視界の片隅に映る時刻は既に8時を回っていた。あと30分もすれば昨日の事を調べてほしいと呼んだアルゴが来る時間になる。

実験もそこそこに、ノゾミは踵を返して《始まりの街》へと戻っていった。

 

 

 

 

「なるほど。随分面白いスキルを手に入れたもんだナ、ノゾちゃん」

 

《始まりの街》に戻った時には、既にアルゴがギルドホームで紅茶(らしきもの)を啜っていた。

彼女がここに来た理由は、昨日ノゾミが手に入れた《連刃剣舞》の情報掲示と、【十戒の寺院】に関するクエストの存在についてだった。

あらかたノゾミからの説明を受け、アルゴは納得したように頷いた。

 

「確かにこれはソロだと鬼畜だナ。パーティでも対応可能って点からも、製作者の性格の悪さが見て取れるヨ」

 

「あはは……でもこれでこのクエストに関する死人は減らせるんですよね?」

 

「ま、ゼロになるってのは大げさだけど、初見殺しへの対応にはなったヨ。初見殺しってのは、事前情報が無い時ほどデカい驚異になるからナ。自信が無いなら最初から参加しないのも手だヨ」

 

「それで、あの寺院はどうなんですか?」

 

「そっちに関してはまだまだ謎だらけって感じダ。いきなり現れたクエストに関係しているのは確かだし、それらの所得条件らしきものが書いてある文字も扉の隣に見つかっタ。けど、どれもこれもまっとうな条件じゃ無いんだよナ」

 

「条件?」

 

「1回の戦闘で短槍か長槍を5回以上換装しろとか、鞭と両手槌の熟練度カンストしたうえで、とんでもない重量の扉を開くとか、視界に入った同格以上の敵を10秒以内に葬るとかナ」

 

さらっととんでもない内容に思わず顔を蒼くする。

特に最初と最後はソロだろうとパーティだろうと到底クリア不可能な無理難題レベルに思わず絶句する。

 

「いずれは話す時が来るかもしれないケド、今はそのスキルの熟練度を高める事ダ。いずれ実戦で使うことになるかもしれないからナ」

 

残った紅茶を一気に飲み干し、自分の仕事へと戻るアルゴ。

去り際のその言葉はいかにもな雰囲気を残し、ノゾミに一抹の不安を覚えさせた。

 

 

 

 

アルゴに情報を渡して、早いものでもう2ヶ月が過ぎた。

アルゴのアドバイスでノゾミは《連刃剣舞》を中心に熟練度とレベルを上げ、【ゴスペル・メルクリウス】のメンバーも治政の合間に着実にレベルを上げて行った。

住民達の大半はせいぜい第1層の安全マージンまでレベルアップしたものの、安全第一を目安に主街区からほど近い場所での狩りを続けている。

そんなある日の事。レインとマコトは19層に来ていた。

 

「確か、この層で手に入れられる花に用があるんだったな?」

 

「うん。ポーションの調合素材にすると回復速度が上昇するのよ。これから先、多用するからストックが欲しくてね」

 

この19層は霧が濃く不気味な雰囲気を持つが、ここにしか生えない薬草系の素材は最下級の薬草と調合すれば10層クラスにしては50層から60層半ばでも活用できるポーションやバフ薬を作ることができる。それより上に行ったとなるとお役御免だが、長い時期使用されるアイテムがあるなら最前線の商品としては十分だ。

難点としては、霧のかかった小高い丘にしか生えないという事。日付が変われば再び採取できるが、この地域ではマップ抜きでは迷いやすく、モンスターの群れに自分から足を突っ込むことになりかねない。レインもマコトもマップを持っている為その心配は無いが、万に一つの可能性もある。

早速小高い丘を目指し得て歩き出したが、10分後には深い霧に包まれ、前も後ろも分からなくなる。

 

「うへぇ、凄い霧だな。レイン、離れるなよ?」

 

マコトが声を上げるが、レインからの返答はない。

 

「……ん?レイン、どうした?レイン?」

 

周囲を見渡してみると、レインの姿が見えない。他に見えるのは1メートル弱周囲の地面と、僅かに影として認識できる岩や木の影。

それを知った途端、マコトは青ざめた。

ひょっとして、これは……?

 

「……はぐれた?」

 

 

 

 

「うん。大体こんなもんかな」

 

大方の素材収集を終えたレインはそそくさと戻ろうとしていた。日付が変わればまた採取できるのだが、レインは――ひいては彼女の知るポーション生産を主力にしている職人プレイヤーは丸ごと搾取しようとは思っていない。

SAOにおいて「プレイヤーのHPを故意にゼロにしてはならない」という不文律が攻略組にもあるように、職人プレイヤー達にも「再び採取可能な素材でも必要以上に搾取してはならない」という不文律を持っている。職人プレイヤーは自分だけではない。自分以外のその人が困らないためにも、自分以外に知らないスポットだったとしてもいくつかは残しておくのがいつの間にか不文律になっていった。

 

「ほぅ、この時期に呑気に採取をするプレイヤーが居るとはな」

 

帰ろうとした矢先、白い制服を着たプレイヤーの集団に鉢合わせた。その数は彼女を含めて13人と、この層にしてはかなり大げさな人数である。

声を掛けたのは20代前半の金髪の女性。顔つきもレイン視点で美人に該当すると同時に滲み出る威圧感に若干押され気味だ。

白と赤をベースにした服に、マントのような白い肩掛けという組み合わせで、獲物は両刃の両手剣。

 

「貴女……確か【血盟騎士団】の副団長さんの、クリスティーナさん?副団長自らこんな所で何をしてるんですか?」

 

「ははっ、自分の状況を見ずに私の状況を尋ねるか。たった1人でこんな辺鄙な場所をうろついているとは大した度胸だよ」

 

「……え?」

 

クリスティーナから聞き捨てならない台詞を聞き、ようやくレインは血の気が引く思いをした。

急いで周囲を見渡すと、肝心のマコトの姿が無い。

そこで彼女もようやく気が付いたのだ。

 

「……はぐれちゃったみたいです」

 

「護衛が遭難するとは大した奴だな。各員、2人1組で19層全体を捜索。ダンジョンにも潜んでいる可能性がある。フレンド機能の光点による現在地の把握と報告を忘れるな」

 

クリスティーナの指示の直後、連れていたプレイヤー達は2人1組になって散開。

一人残ったクリスティーナは、今だ顔を蒼くしているレインに事情を説明しだした。

 

「最近、この層を中心にプレイヤーの死亡が確認されてな。確認してみた所、大半がどうもモンスターや罠によるものではないらしい」

 

「な、なんでわかるんですか?確かに【生命の碑】には死亡原因や武器が書かれますけど、誰が原因なんて……」

 

「この層で武器を使うのはフロアボスのみだ。状態異常を持つモンスターも19層(ここ)にはいない。存在しないはずの武器を持つモンスターと、状態異常。ここまで揃えば嫌でも解るだろう」

 

存在しない武器を持つモンスターや状態異常を操るモンスター、武器や状態異常によって死亡したプレイヤー、攻略済みの層に大勢で来た攻略組……。

これだけの情報はレインにある一つの答えを導き出すには十分すぎた。

同時に最高に危機感を感じるにも十分すぎる答えに。

 

「意図的に……プレイヤーを殺しているプレイヤーが現れたって事ですか……!?」

 

 

 

 

「参ったな。こんな霧が深いなんて思ってなかった……」

 

フレンド機能の光点と地図を照らし合わせて、レインのいる場所へと合流を目指し彷徨うマコト。本来なら街道沿いに移動すればすぐに主街区や園内村に到着するはずだ。だが、この霧の中では方向感覚を狂わせてしまう。

5分、いや3分も地図から目を離しているといつの間にか目当ての方向から大きく逸れてしまっているのだ。逐一方角と現在地を照らし合わせなければまともに歩けない。数分前には足を滑らせて崖から転落しそうになったくらいだ。

 

「……おっ。人だかり。ラッキー」

 

暫く歩いた中、15メートル先で4人分の人影を発見した。

狩りの途中でも帰りでも構わない。彼らについていけば少なかれ主街区近くまで連れてって貰えるだろう。

 

「おーい!連れてってくれないか?道に迷って――」

 

一安心とマコトが駆け寄り――、

 

「駄目!逃げてッ!!!」

 

少女らしきプレイヤーが鬼気迫る形相で叫び、直後にフードを目深に被ったプレイヤーの両手剣が彼女の背中を斬り裂いた。

無防備な背後に攻撃され、HPが一気に尽きたかのように少女の身体に一瞬のブレが生じ、ポリゴン片となって砕け散った。

 

「……え?」

 

ビデオの一時停止のようにマコトの身体と思考は硬直した。

今起きた光景は、初日に浮遊上から飛び降りたプレイヤーと同じく、アバターの消滅――現実の死を意味するものだった。

その光景が、飛び降り自殺でもモンスターによるものでもなく、同じプレイヤーの手によって再現された。

 

「…………うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?!?」

 

長いようで短い硬直の直後、踵を返して逃走した。

 

(なんだあれなんだあれなんだあれ!?あいつら、プレイヤーを殺した!?嘘だろ!?ここで死んだらどうなるのか分かってやったのか!?)

 

振り返ると両手剣のプレイヤーと同じくフードを目深に被った両手斧と片手剣のプレイヤーが彼女の後を追ってきている。

両手斧のプレイヤーならまだしも、片手剣のプレイヤーからは、この鬼ごっこを続けていてはいずれは追いつかれるかもしれない。

マコトの俊敏性(AGI)はそこまで高くないし、両手剣プレイヤーのステータスは、耐久力(VIT)筋力(STR)に偏りがちだ。追いつかれるのは時間の問題だろう。

 

(あんなのに捕まったら絶対に殺される!とっ、とにかく隠れっ、隠れる場所を……!!)

 

このままでは遅かれ早かれ彼女の後を追うのは明白。

やり過ごす場所を探さなければ。必死に視線を右へ左へと移しながらやり過ごせる場所を探していた時だった。

 

「――うぉわっ!?」

 

足を滑らせた。いつの間にか急斜面のほうへ逃げていたのか、思い切り足を踏み外してそのまま転がり落ちた。

受け身が取れない状態での転倒で、HPが微量ながらどんどん減っていく。3割ほど減った所で漸く止まって、小さな横穴を発見する。

後はもう無我夢中でその横穴の中に入り、息を殺して滑り降りたフードのプレイヤー達が去るのを待った。

 

「……そうだ、レインに連絡を――」

 

安全な場所に隠れて頭が冷えたのか、心配しているであろうレインに連絡を入れようと右手を動かした。

次の瞬間、両手剣のプレイヤーが気が付いたように洞窟のほうへと顔を向けた。フードと距離の所為で細部までは見えなかったが、痩せすぎとも言えるような細い顔と、フードの奥から獲物を狙うかのような眼光が見えた。

マコトは心臓が止まる思いで動きを止めた。メニューを開けば必ず起動音が鳴る。プレイヤーにその音を消す方法はない。

今下手に連絡を入れたら、その時の音で気付かれる。その先は――。

 

(どうしろって言うんだよ。こんな状況で……!)

 

 

 

 

(……あれから、何時間経った……?)

 

待って。待って。待待ち続けて――。

10分、30分、1時間……。ひょっとしたらそれ以上にマコトは待ち続けた。

姿が見えなくなっても、彼女は疑った。ひょっとしたら、まだあの木の影にいるんじゃないか、霧の中に潜んでいるのかもしれない。

疑念が身体を強張らせて動けない。

 

「――ぃ、――誰――るぞ――」

 

「ッ!?」

 

隠れ潜む状況がついに動き出した。それも最悪な形で。

あのフードのプレイヤー達に見つかったのだ。このまま横穴の中に居ても確実に死ぬ。この時点で転移結晶を使おうと考えればすぐに解決できただろうが、今のマコトにそこまで頭が回る状態ではない。

 

(このまま……このまま殺されるくらいなら……!)

 

――奴らを、道連れにしてやる。

腹を括ったマコトは装備を両手剣から片手剣をへと装備を変える。

この狭い中では両手剣を振り回すどころか抜刀すらできない。しかし両手剣を装備するにはある程度片手剣の熟練度を必要としているので、初期の片手剣ソードスキルなら彼女も使える。

キィィィン……と小さく、甲高い音を立てて刀身が青白い色を帯びる。

 

チャンスは1度。穴から顔を除いた瞬間を狙って突進系ソードスキルを叩き込む――!

 

静かに待って、やがて入り口からぬっと顔を出した瞬間――、

 

「でやああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「ん?なんだ?光――おわぁッ!?」

 

雄叫びと共に《レイジスパイク》を放った。すぐに振り返って剣を構える。

 

「……あれ?テンカイさん?なんでこんな所にいるんだよ?」

 

「なんでじゃねぇよ!殺す気か!?」

 

と、そこで漸く相手があのフードのプレイヤー達ではなく、良く知るテンカイと白と赤の軽装に身を包んだアスナだということを知った。

最も、穴を覗き込んだテンカイは危うく頭を串刺しにされかねなかったようだが。

 

「レインから、おめぇとはぐれたって連絡してくれてな。探そうとした時にこの嬢ちゃんらを見つけたんだ。んで、そこから手分けして探してたら――」

 

「そこの横穴を見つけて、彼が覗いたらいきなりソードスキルを放ってきたあなたを見つけたって訳」

 

「な……なんだぁ~……」

 

やっと命の危機が去ったことで腰が抜けてしまった。

無理もない。攻略組でもないマコトが命の危機に陥る経験なんてそうはない。場数の少なさから恐怖と混乱に陥るのは当然のことだっただろう。

 

「それで?攻略組のアスナさんがどうしてこんな所に来たんだ?もう攻略は済んだんだろ?」

 

「そうね。あなたにも知って貰うべきかもしれないわね。テンカイさん。【MTD】と【ゴスペル・メルクリウス】に連絡をしてくれますか?」

 

「あ、ああ」

 

困惑しながらもテンカイは他のギルドマスターにも連絡を入れた。

そして25層ギルドシュタインを拠点にしている【血盟騎士団】の現本拠地へと足を運ぶことになる。

 

 

 

 

25層《ギルドシュタイン》。【血盟騎士団】現本部。

 

 

そこに集まっていたのは、ウィスタリアやテンカイ、シンカーにラジラジだけではない。攻略ギルドを筆頭に様々なギルドのギルドマスターやサブリーダーが集結していた。

唯一ギルドマスターでもサブリーダーでもないマコトは、何とも言えない場違いな感覚を感じながら召集の張本人たるヒースクリフの言葉を待った。

 

「……さて、十分に集まっただろうからそろそろ話を始めよう」

 

ついに口を開いたヒースクリフに、ギルドマスター達の表情も引き締まる。

 

「攻略組の者達には伝わっているかもしれないが、今回はそうでない者も交じっている。攻略組の諸君には二度手間になるが、再確認の為もう一度説明しよう」

 

そう言ってアイテムストレージを操作し、小さ正八方面体の結晶を取り出した。

あのアイテムは結晶系アイテムの一つであり、名前は【録音結晶】。最大1時間もの音声や音を記録する容量を持つ、現実世界で言うレコーダーだ。

ヒースクリフがその結晶に触れると、結晶の中で光が泡立つように輝いた。

 

『――HAPPY BIRTHDAY!Dear……Laughiiiiiiiiiiing……Coffiiiiiiiiiin!!!』

 

再生した途端、陽気とも取れる男の声が静寂に包まれた部屋中に轟いた。

 

『よぅアインクラッドの諸君。俺はPrince of Hell……いや、流石にこの名前は長すぎるし我ながらクサいな。頭文字を取ってPoH(プー)と名乗ろうか。

さて、諸君らはこの閉じられた世界に退屈していないか?娯楽は碌にねぇ、代り映えの無い天候、攻略を待つだけの日々もしくはモンスターを狩り尽くす毎日……こんなのを毎日続けていたら俺は頭がどうにかなりそうだ。

そこでだ……お前ら、新しい刺激が欲しくないか?退屈過ぎる日常が、このバーチャル世界の身体が沸騰しかねないほどの刺激がよぉ?

なぁ、こうは考えたことは無いか?殺人や盗みを働いたらどうなるかって。犯罪者になる?それはこのシステムの中で、だろう?

この世界に俺達は確かに捕らわれているが、逆を言えば現実のあらゆる法則が通用しない。盗みをしようが裁かれないんだよ。――殺人も然り。

だからこそ俺達はここにギルド結成を宣言する。何、攻略組?とんでもない。犯罪者(オレンジ)ギルド?まだまだ温いね。

俺達はSAOのシステムに存在しない色、すなわち(レッド)――殺人(プレイヤー・キル)

 

声の主、PoHの最後の台詞にヒースクリフや一部の攻略組リーダーを除いた全員の背が凍り付くような感覚を覚えた。

 

『俺達の活動はそう、殺人(プレイヤー・キル)!俺達は殺人者(レッド)ギルド【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の結成を宣言する!妙なフード連中のご挨拶はどうだった?あれは俺からの名乗りついでの挨拶みたいなもんだ。まだまだ俺らのギルドは人数は少ないから本格的な活動はまだまだ先だ。だが俺らが本格的に活動を始めた時は……この世界の住人の皆様に刺激的なShow Timeをお送りしよう!――最も、命の保証はできないがな』

 

3分間にも及ぶPoHの宣言は、不気味な一言を最後に録音も終了したことを告げるように光が消え、ことりとテーブルの上に落ちた。

部屋の中は静寂に包まれ、PoHというプレイヤーの宣言に呑まれ、誰もが閉口した。

恐怖。怒り。絶望。憎悪――。様々な負の感情が部屋の空気が一気に重苦しいものになる。

集められたギルドマスターが率いるギルドの中には、彼らの犠牲者になってしまった者もいただろう。ウィスタリアが横目に見渡してみると、何人かのギルドマスターの手が拳を作っていたり、肩が僅かに震えている者がいる。

 

(……ふざけてる)

 

その中で、一人マコトは胸の内で呟いた。

 

(あいつらの単なる()()で、あの子は殺されたっていうのかよ……!?)

 

思い返すのは、逃げる直前にフードのプレイヤー達に殺された少女の姿だった。

自分も危なかったはずなのに、自分に来るなと告げて消えていった。

ひょっとしたら、彼らに立ち向かっていれば彼女だけでも救えたのか?

ふつふつと湧き上がる怒りと共に、後悔と自分の行動への疑念が膨れ上がっていく。

 

「これは我々グリーンプレイヤー達にとって由々しき事態だ」

 

息苦しさすら感じられる空気の中、ヒースクリフが深刻な顔つきで告げ、その言葉にほとんどのプレイヤーが我に返った。

 

「攻略組だけでなく、彼らの中層下層ギルドにも十分に留意して頂きたい。以降この【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】と遭遇もしくは目撃した場合、速やかに連絡をしてほしい」

 

その一言に、全員思わず固唾を呑んだ。

【笑う棺桶】――後に、最凶最悪の名を確立したギルドが、今ギルドマスターの口から宣言された瞬間だった。

 




次回「プリズン・ブレイク:前編」


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「プリズン・ブレイク:前編」


(・大・)<ええ、ようやくここまで来ました……。

(・大・)<オモイカエセバナガカッタ……



 

「プリズン・ブレイク:前編」

 

 

10月16日。《始まりの街》。

 

 

「みんなーっ!ありがとー!」

 

すり鉢状の観客席が広がる野外劇場のステージから、ノゾミが満面の笑顔で声を張り上げる。

が、返ってきたのは、まばらな力無き拍手だった。ステージを見に来たプレイヤーの全体から見れば圧倒的に少なかった。

 

「……」

 

静寂にノゾミの笑顔もだんだんと薄れ、沈黙のままステージから降りる。

気まずいほどの沈黙の理由はノゾミもよく知っている。

2ヶ月前に結成を宣言した殺人ギルド【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】。彼らの人数はまだまだ少ないが、プレイヤーキル――実際の殺人を宣言し、宣言前の《挨拶》で十数人ものプレイヤーを手に掛けた。

まだ本格的な活動はしていないとはいえ、彼らに出会うことを極端に恐れ、または『園内に居れば安全』と考えたプレイヤー達が声を上げたので一時期は園外への外出がほぼゼロになったという。

次は自分の番かもしれない。そんな恐怖の中では、ライブを楽しむ余裕なんてあるはずがなかった。

 

(……私じゃ、ダメなの……?)

 

ライブを行っても、観客たちのリアクションはノゾミを胸の内に空虚な感情に包まれた。

ライブをしてくれた自分に失礼のないよう取り繕った笑顔と拍手。けど、表情からは明らかに無理に取り繕っている。

この2ヶ月で行われたライブは、ノゾミが今までに応じたライブの中で最も虚しい結果になってしまっている。

そんな時だ。メッセージ受信のアラートが鳴り、ウィンドウからメッセージを開く。

 

「……ユナ?」

 

ユナから少し話がしたいとメッセージが届いたのだ。それには待ち合わせ場所も指定しており、この後の予定の無いノゾミは一言ギルドに連絡を入れるとその場所――48層主街区《リンダース》の喫茶店へと向かう。

 

「ノーチラスが2軍落ちですって?」

 

「うん……こっそり聞いちゃってたんだ」

 

呼び出した人物、ユナは表情から見て取れるように元気が無かった。

 

「それで、エーくんがNFCを患っていたってのも知ったのよ」

 

「は?えぬ……ぴー、しー……?」

 

聞いた事の無い言葉に目を点にして首を傾げる。

その返答に呆れたユナは首を横に振って訂正する。

 

「違う違う。フルダイブ不適合症状発症者(ノンフルダイブ・カンファレンス)の略よ。視界がぼやけ気味になったり、声を出せなくなったりとかって奴よ」

 

「な、なるほど……流石重村教授の娘さんね」

 

ユナの話によると、ノーチラスのNFCはまだはっきりしていないが、彼と共に訓練をした団員達の証言を基に彼女が独自に推測したところ、『恐怖に関する感情感知の突出によるアバターの硬直』らしい。

彼は訓練でも度々その症状が発症し、同行していたプレイヤーに迷惑を掛けていたそうだ。その話を聞いた副団長補佐のアスナが団長であるヒースクリフに相談。その結果が2軍落ちということだ。

攻略組から見れば、彼は「ただの腰抜け」と罵るプレイヤーもいるだろう。しかし、ノゾミからはそんな言葉は出てこなかった。

 

「……案外、彼の感性は私達寄りなのかもしれないわね」

 

「え?」

 

「だってそうじゃない?いきなりこんな目に遭って、攻略していこうなんて早々思いつく人なんていないわ。自分のことで頭がいっぱいになるし、そのまま一生帰れないって勝手に決めつけて……自殺した人だっている」

 

ノゾミの脳裏に浮かぶのは、あの日に鋼鉄の城から身を投げ出した名も知らないプレイヤーの後ろ姿だった。

助けられたかもしれないのに、救うことができたかもしれないのに……救えなかった。小さくなっていき、そして消滅した姿は今でもはっきり覚えている。あの時点で、現実のどこかにいる名前も知らない誰かの命が絶たれてしまったと実感してしまったという自分の心理状態も。

存外、【ゴスペル・メルクリウス】の活動理念もその時の失敗を二度と繰り返すまいという、信念の炎が今も燃え盛っているのかもしれない。

 

「……ひょっとしたら、私達のギルドにいたほうがよっぽどマシな結果になっていたのかも」

 

「そうかもね。けどエーくん、『君を絶対に死なせない』って言ってたから、責任を感じて自分の手で私を現実に戻したかったのかも」

 

「あんの頑固者め。昔っから変に頭の固い所があったわね」

 

「あはは。確かにそうかも。あーなんか久々にノゾミと話ができてすっきりしたわ。ありがとう」

 

それから2人は昔話に会話を弾ませて、気が付いたら午後の2時になっていた。

 

「うわっ!もうこんな時間!じゃあ私、そろそろギルドに戻るね!」

 

「――ユナ」

 

料金を払って足早に喫茶店を後にしようとした時、ノゾミが不意に声を掛けてきた。

 

「何かあったら遠慮しないで相談してよね」

 

「……ありがと」

 

その一言だけを聞いたノゾミは頷き、走り去るユナの背中を見届けるのだった。

 

 

 

 

 

翌日の夕刻。40層《ジェイレウム》。

 

 

今回の商談は、主街区から出ないとはいえ危険な場所だ。

何せ現在の攻略階層は40層。°つまり、攻略組が攻略の真っ最中の層である。今回は場所が場所であって絶対に園外に出ないようウィスタリアも出発前には釘を刺していた。

 

「最前線用のポーションを幾つか購入したいって言うのは初めてですね」

 

攻略組からの交渉は初めてだったが、相手もそれほど高圧的ではない。下層域の【ゴスペル・メルクリウス】に属する商人プレイヤーでも気兼ねなく話ができそうと商売に出るプレイヤー達に余計なプレッシャーを与えないよう、向こうも配慮したらしい。【風林火山】も人当たりが良い事は事前に聞いている。

今日は販売交渉の後、この層の宿屋で一泊。午前10時まで物資調達を兼ねた市街地探索。そして10時に帰還という流れだ。

 

「相手は【DKB(ドラゴンナイツ・ブリケード)】から名を改めた【聖竜連合(DDA)】と、【風林火山】の方々ですわ。いつも通りの取引をしていれば失敗はありませんから、無駄に緊張なさらないように」

 

見渡せば、緊張で身体が強張っている商人たちの緊張をほぐそうとウィスタリアが声を掛ける。

その言葉でいくばくか緊張がほぐれたのか、商人たちの表情も柔らかなものとなる。

 

「さあ。まずは【聖竜連合】の現本拠地へと向かいますわよ!」

 

「その前にウィスタリアさん、指した方向が反対ですよ?」

 

明後日の方向を指したウィスタリアをぐるりと反転させ、チカが訂正した。

 

 

 

 

夢を見ていた。どこまでも暗く、どこまでも広い中、立っていた。

何かが正面に見えていた。小鬼と3メートル台の鬼が群がっていた。

音がした。何かを硬いもので殴っているような、そんな鈍くて、生々しい音。音は、鬼たちが群れている所からした。

嫌な予感がした。一刻も早くその場所へ向かいたかった。

できなかった。目の前に突然、鉄の棒が何本も降りて私の道を阻んだ。

見てしまった。鬼の群れの中に誰かがいた。白い団員服に、吟遊詩人のような風貌の女の子――。

もう動かない、虚ろな目をした女の子――。

 

 

 

 

「――ユナッ!!」

 

ガバリと起き上がったノゾミが見たのは、最早見慣れた自室だった。

呼吸を落ち着かせて周囲を見渡すと、40層の宿屋の一室だった。隣にはウィスタリアが未だ熟睡しているように緩やかな寝息を立てている。

 

「ゆ……夢……?」

 

もし今のが現実の出来事だったのなら、今頃体中汗でぐっしょり濡れていたことだろう。

それにしても嫌な夢を見た。まるでユナが死ぬような……。

 

「……」

 

夢にしては生々しい。すぐに忘れたい気分だ。

しかし残念なことに、その夢はそう易々と消えてたまるかと言わんばかりにくっきり鮮明に覚えている。

こんなにも憂鬱な気分は初めてだ。さっさと朝食を食べてこの気分を払拭してしまおう。そう思い至ったノゾミはそそくさと着替えを済ませて宿の部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

「なりませんわ」

 

起きて早々ウィスタリアに直談判した結果がそれだった。

 

「ばっさり言ってくれるわね……まぁ、こっちも大概予想してたとはいえ」

 

「当然ですわ。私達の目的は生活や攻略の支援。最前線にギルドメンバーを送り込む訳にはいきませんわ」

 

ウィスタリアの言うことも最もだ。

現状、攻略の最前線は【血盟騎士団】を筆頭にした時は死傷者ゼロで進んでいったが、それでも危険はつきものだ。それも、ノゾミが経験したことの無いレベルの。

 

「大体、アナタたちのレベルでは厳しいのではなくて?」

 

2回目の指摘に再び言葉を詰まらせる。

現状、彼女の正確なレベルは38。最前線で戦うには心許ないのは言うまでもない。

オマケにノゾミは居残り組の住む始まりの街ではちょっとした有名人。そんな彼女が最前線で死んだとあれば、居残り組のプレイヤーが受ける精神的ダメージは計り知れない。それこそ、デスゲーム開始直後のような飛び降り自殺を実行するような凄惨な事態になりかねないし、ウィスタリアも、再びそんな状況をノゾミ抜きでは自分でも不可能と語る。そうなってしまえばウィスタリアからすれば詰み同然。

100歩譲って生き残れたとしても、見たことの無いスキルを使った際には様々な情報屋やプレイヤーに詰め寄られる可能性も否定はできない。

それらを考えると、彼女を最前線に出しても、デメリットのほうが高すぎるのだ。

 

「そのノーチラスさんやユナさんと言う方の為に、わざわざ攻略に出る必要性は無いのですよ。相談に乗るだけならまだしも」

 

「……」

 

ド正論ばかり並べられて、ノゾミは返す言葉すらない。

 

「兎に角、こちらも仕事があるのでその話はこれでおしまいにしましょう。そのスキルは、きっともっと別の場所で使う時が来ますわ」

 

「……はーい」

 

渋々、ノゾミも問答を終わらせる。その表情は、決して晴れやかなものではなかった。

 

 

 

 

街の散策を兼ねた物資の補給は、ノゾミからすれば商人プレイヤー達による自由行動であり、ノゾミにとっては手持ち無沙汰な時間である。

観光にしても、牢獄のような街並みは気分を萎えさせるには十分だった。先に転移門に行って待っていようかと思っていた矢先、転移門から次々とプレイヤー達が転移してくる。

 

「な……なんなのいったい?」

 

思わず近くの樽の影に隠れたノゾミ。陰から様子を伺っていると、全員切羽詰まった様子だ。一瞬ノゾミは攻略組と鉢合わせたのかと思ったのだが、人数とメンバーを見てそれは違うと判断できた。

 

(ユナとエイジ……じゃなかった。ノー……チラス、だっけ?あの2人がいるって事は攻略じゃない……でも、なんで?)

 

「……だ……牢獄……」

 

「……早く…助け……殺され……」

 

何やら彼らは会話――と言うより簡易的な説明を行っている様子らしい。

聴覚を集中させてその会話を聞こうかと試みるも、断片的なワードしか出てこない。

 

(……えーっと。これってつまり、誰かが牢屋に捕まって外に出られないのを知って、外にいるプレイヤー達とその人を助けに行くって事でいいんだよね?でも、キリトやアスナさんの姿はない……場所は迷宮区じゃないって事?)

 

断片的なワードを組み立てて推測はしてみる。

つい数日前にユナの口からノーチラスが2軍落ちしてしまったのを聞いて、攻略とは無関係だということは理解できた。それに今朝は大体的な人数が園外へ向かっていく所も目撃したのでその線は無い。

あれだけの大人数で『牢獄』と『殺され』、そして『助け』の3ワード。考えを巡らせているうちに、一行が園外へと足早に駆け出すのが見えた。

 

「あっ……」

 

普通なら我関せずと流していただろう。だがノゾミにはまだ一抹の不安が残されていた。

 

――もしあの夢が、現実になってしまったら?向かった先で、彼女が死んでしまったら?

 

ぐるぐると渦巻いていた不安はノゾミの手を無意識のうちに動かし、メッセージを記していた。

やがて一文を書き記した紙に飛ばされないように重石を乗せ、集団の向かう先へと駆けだしていった。

 

 

 

 

駆け足で目的地へと目指す集団を追いかけるノゾミ。道中モンスターが現れても彼らは無視して突き進み、ノゾミも必死になって回避を続けて前を進む集団に食らいつくように後を追いかけて、やがて正面に巨大な監獄のような建物が見えてきた。

一行はそのダンジョンに乗り込み、道中はモンスターの邪魔も入らず速度を落とすことなく進んでいく。最奥部前が見えてきて、集団鉄格子が上がり、次々と部屋に入っていく。

鉄格子が閉じる直前、ノゾミがヘッドスライディング滑り込む。ガチャンと鉄格子が後ろで再び出入り口を塞いだ。身体を上げると、10人以上のプレイヤーが呆然とこちらを見下ろしていた。

 

「……セーフ」

 

「のッ、ノゾミ!?なんでここに!?」

 

「あ、あはは……なんかあると思ってついてきちゃった」

 

「お、思ってって……」

 

乗り込んできたノゾミに、ノーチラスもユナもあんぐりと開いた口が塞がらない様子である。

だがすぐに頭を振って気を取り直すと、目の前の顔面を布で覆い隠した鬼人型モンスターの群れが残らずこちらに顔を向けている。直後に敵と認識したのか、武器を構えて唸り声をあげる。

 

「……話は後だ!今は救出を優先するぞ!」

 

ノーチラスの一言でノゾミを含めた全員が戦闘態勢に入る。

 

「戦闘……開始ッ!」

 

 






次回「プリズン・ブレイク:後編」


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「プリズン・ブレイク:後編」

前回までのあらすじ

ある時、ノゾミはユナからノーチラスが2軍落ちしたことを知らせる。
その翌日、ノゾミはユナが死ぬ夢を見てしまう。現実味を帯びていて気がかりになっているノゾミは直談判するも、ウィスタリアに一蹴されてしまう。
渋々自由時間を過ごしていると、ノーチラスとユナを含んだ集団を見かけ、その集団と共に40層のフィールドダンジョンに突入した。



(・大・)<連続投稿です。


※あとがきを修正しました。


40層:主街区《ジェイレウム》

 

 

「そっちは見つかりました?」

 

「いいえ、まだ見つかってません」

 

「こっちもだ」

 

転移門広場では、ウィスタリア達が姿を現さないノゾミを探していた。

既に時間は帰還する10時をとっくに過ぎており、それでもノゾミの姿は見えない。

今現在辺りを探しているものの、全く見当たらないのだ。

 

「……あら?」

 

ふと、チカがゲートの隅に置かれている石に敷かれたメッセージの紙を見つける。

それを拾い上げ、内容を見たチカはさっと顔を青ざめた。

 

「うっ、ウィスタリアさん!ここ、これ……!」

 

「どうなさいました?」

 

ガタガタと震えながらウィスタリアにもそのメッセージを渡す。

そのメッセージには『ごめんなさい。私行きます』という簡素な一文が添えられていた。

 

「ま……まさか……!」

 

その意味を知ったウィスタリアも、普段の赤尽くしの衣装とは正反対に顔を蒼くする。

周囲がその様子にどよめいていると、すぐにウィスタリアが彼らに指示を飛ばした。

 

「皆さん!すぐに攻略組や上位ギルドに連絡を!大急ぎで!」

 

その言葉に、プレイヤー達は弾かれたように散開していく。

 

「でも、大丈夫なんですか?3時間っていうと、まだ攻略の真っ最中のはずなんじゃ……」

 

「確かにその可能性はありますわ。けど、このまま手をこまねいていては、助けられるものも助けられませんわ……!」

 

視線を落とすと、ウィスタリアの手がいつの間にか力強く拳を握っていた。現実であれば、爪が掌に食い込んで血を流しているだろう。

 

(ノゾミさん……どうか、無事でいてください……!)

 

この場にいないノゾミの無事を願う。

今のチカには、それ以外できない自分を嘆きながら願った。

 

 

 

 

40層:フィールドダンジョン内。

 

 

事の発端は、フィールドダンジョンに閉じ込められたパーティの1人が救助を要請したことから始まった。

最悪なことに、その日は攻略組のフロア攻略と重なってしまったのだが、大型ギルドから2軍メンバーなどをやりくりして人員を何とか10人そろえることができた。

ノゾミが合流したのはその集団であり、取り残されたパーティも加えて、現在は計16人となった。

そして西門を出て8分、ダンジョン最深部の戦闘開始から8分もの時間が経過。

ダンジョンボス『フィーラル・ワーダ―チーフ』のHPは救助隊の勢いの前に、ついにレッドゾーンにまで差し掛かった。

 

「行ける……!」

 

ノゾミも雑魚敵の処理と言う役割を任せられ、着々と取り巻きモンスターを倒していく。

遠目から苛烈な勢いでHPを削るノーチラス達を見て、討伐に至れるのではないのかと確信した。

 

 

 

――ガゴン!

 

 

 

その確信は、数秒で砕かれた。

HPが赤に差し掛かった途端、抑えていた者とは異なるモンスターが現れた。その数――15体。

20体ものモンスターの群れは1パーティではとても対応しきれない。すぐに数に圧され、雑魚敵を処理したパーティの陣形が崩れだした。

 

「ダルルァ!!」

 

取り巻きモンスターに気を取られていた間にボスの大振りの両手斧の攻撃が繰り出される。

直撃は免れたものの、雷のようなマークが出たプレイヤーの様子がおかしい。距離を取らなければならない状況なのに、動こうとしない。

 

「ちょっと、どうしたの?」

 

「ありゃ【麻痺】だ!600秒は動けないぞ!」

 

600秒――10分という長すぎる時間にノゾミは呼吸が止まる思いだった。

10分も行動不能になれば、モンスターからサンドバッグにされてしまうのは下層組でもすぐにわかる。

向こうも硬直しているが、すぐに動けるようになるだろう。

 

「ぐあっ!」

 

「沈黙をッ、喰らっ……!」

 

「今度は何!?」

 

湧き出た増援が放ったブレス攻撃を受けたプレイヤーの悲痛な叫びが不自然に途切れる。

今受けたのは状態異常【沈黙】。読んで字のごとく声を発せられない状態異常だ。

このSAOの中では【麻痺】に次ぐかなり厄介な状態異常の一つであり、結晶系アイテムが軒並み使えなくなるということに直結する。

【麻痺】に加えて大半のプレイヤーが【沈黙】。気が付けば討伐はおろか、逃走すら絶望的な状況に瞬く間に追い詰められていった。

 

「や……ヤバいんじゃないの、これ……?」

 

脱出したくても開閉レバーの周りには陣形が崩れた傍から抜け出たモンスターが陣取り、転移結晶も【沈黙】で使えない。【麻痺】しているプレイヤーはそもそも動くこともままならない。

攻略組ほどの場数も経験も無いノゾミからすれば、突然現れた絶望に思考停止に陥りかける。

 

(……私、死ぬの?ここで?)

 

思わずファルシオンが手から滑り落ちそうになる。

目の前には覆しようのないモンスターの数。猛威を振るうボスモンスター。ロクに動けないメンバー達。

この状況を絶体絶命以外のなんと呼称できるのか。

 

その時だった。一人の剣士ばかりのパーティの中で、唯一吟遊詩人風のプレイヤーが飛び出したのを目撃したのは。

 

(ユナ……?)

 

集団から離れつつ、歌うユナ。こんな状況とは不釣り合いな済んだ歌声が響き渡る。

歌が続くにつれ、取り巻きモンスター達が次第に歌につられるようにゆったりとした歩調で歩き出す。

 

「え?何?何なの?」

 

「た、助かった……?」

 

次々とモンスターがユナへと集まっていく。

まるでユナがボス以外の全てのモンスターのヘイトを集中させたかのように――。

 

「…………ま、まさかッ!?」

 

《歌唱》の中には、自分や味方への強化支援を持つ効果のほか、相手に与える弱体化効果なども持っている。上位派性の《吟唱》ともなれば、範囲も効果もさらに上を行くだろう。

そして今、ユナが使っているのは敵モンスターのヘイトを集中させるスキルだ。その対象は、スキルを発するプレイヤーやアイテム。この場合――ユナ自身が対象となる。

同時に戦慄する。今ユナがしようとする行動に。

 

「自分を……犠牲に……!?」

 

その方法ならノゾミを含めたメンバーは助かる。だが同時に、確実にユナは死ぬ。

止めろと叫ぼうにも、友を喪うかもしれない恐怖と絶望に染まった彼女の口から声が出てこない。次第にユナの周囲に集まって来たモンスターが、彼女に攻撃を仕掛けてくる。

 

――駄目。やめて。あなたが死んじゃうよ。

――誰か助けて。ユナを止めて。

――お願い死なないで。約束はどうなるの?

――どうしたらいいの?どうすれば助けられるの?

 

パニックに陥る頭でぐるぐる思考が巡る。視線が下を向き、ふとファルシオンが視界に入った。

 

――これが……これがあれば、ユナを助けられる?

 

「――おい!どこに行く!?」

 

プレイヤーの声で気が付いた時には、既にユナの元へと駆けだしていた。

何故ノゾミがこの行為に走ったのかは、彼女自身わからなかった。無意識だった。ユナを失いたくないという思いだけが彼女を突き動かしていた。

群れまで4メートル。その時点で《ディパルチャー》を放つ。ユナを囲んで攻撃していたモンスターの1体の背中に命中し、同時に攻撃を受けたモンスターと一部のモンスターのノゾミに気が付いて振り返る。

 

「ノゾミ!?どうして――!?」

 

「どうもこうもないよ!!なんで自分から死のうとするの!?」

 

困惑するユナにノゾミは一喝で黙らせる。

その間にも群がる取り巻きモンスターに範囲攻撃の《カットダウン・シックル》を絡めたソードスキルで次々とダメージを与えていく。

 

「おい、どうする?」

 

呆けていたノーチラスに、オブトラが駆け寄る。

全滅の危機は去ったものの、まだボスは健在。ソードスキルの硬直も解け、再びプレイヤーを葬らんと咆哮を上げる。ボスを斃さない限り取り巻きモンスターは出続ける。

 

「――動けない奴らを後衛に下げて回復を急げ!終わったら前衛の半数――いや、3分の2はボスに集中攻撃!もう赤に入ってるからすぐに倒せるはずだ!残りは彼女らの助けに入るんだ!」

 

すぐさま我に返って指示を出しつつ、動けないプレイヤーを後方へと下げる。

そして自分も手を開いたり握ったりして、手の感覚を確かめると、「――よし」と頷き、ノゾミとユナのいるモンスターの群れに突撃する。

 

「ノーくん、もう大丈夫なの!?」

 

「大丈夫なわけないだろう!君は何をやって――」

 

必死に叫ぶノーチラスを他所に襲い掛かる取り巻きモンスターの1体が剣を振るい、話を中断させる。

 

「伏せて!」

 

ノゾミの声でノーチラスやユナを含む、取り巻きの掃討を担当するプレイヤーが一斉に伏せる。

普通なら自殺行為に等しい行動に、取り巻きモンスターの1体が最上段から振りかぶって剣を振り下ろそうとして、がら空きの胴体を切り裂かれた。

 

「ハアアアアアァァァァァッ!!!」

 

《カットダウン・シックル》の3連撃。周囲のモンスターを纏めて切り裂いた。

攻撃に怯み、伏せていたプレイヤーが追い討ちに攻撃を仕掛け、倒していく。が、このダンジョンのボスの取り巻きモンスターはボスが顕在である限り一定の数以下になれば自動で増援が追加される。

現に、倒した傍から次々と鉄格子が上がった牢屋から湧き出てくる。

 

「グラアアアァァァ―――……!!」

 

その時、ノゾミ達の背後でボスの断末魔と弾ける音が聞こえてきた。同時に鉄格子が下がる。

 

「ボスを倒したぞ!!」

 

「後は取り巻きだけだ!」

 

「一気に潰してやれ!」

 

ボスを討伐したプレイヤー達が残る取り巻きモンスターへと向かう。

ここまでくればもう数の差なんて関係ない。士気が高揚したプレイヤー達を止める方法など、データの塊であるモンスターは持ち合わせていない。

程なく取り巻きモンスターが全滅し、ボス戦の終了を告げるかの如く鉄格子が上がるのだった。

 

 

 

 

無事死者0で終わらせた救出戦。しばし戦闘の疲弊を落ち着かせようと休憩している最中、どたどたと入り口のほうから足音が聞こえてきた。

襲撃を予感して武器を構えるが、正体を見てすぐに全員安堵に包まれる。

 

「おーい!みんな無事かー!?」

 

集団の先頭を走っていたのは攻略組ギルドのリーダーであり、昨日の交渉相手でもあった【風林火山】リーダーのクラインだ。彼に続き、ぞろぞろと12人近いプレイヤーが雪崩れ込んできた。

 

「あっ……」

 

同時にノゾミが声を漏らす。思わずユナの後ろに身を潜めるように隠れてしまう。

 

「――あっ、ノゾミさん!貴女、こんな所で何をやっていたんですのッ!?」

 

怒気を孕んだ声でノゾミに詰め寄ったのはウィスタリアだ。

 

「ごっ、ごめん!一応メッセは送ったんだけど……」

 

「それを見たからこうしてここに来ているんですのよ!」

 

「落ち着けよ。とりあえずお互いの事情を説明したほうが良いんじゃねぇか?」

 

「あ、じゃあ俺が説明を……」

 

詰め寄るウィスタリアを宥め、お互いの状況を説明することを提案したクラインに、救出されたパーティのリーダーが代表して説明に入った。

無論、ユナの行動やその後のノゾミの行動、そこから怒涛の追い上げなども一字一句洩らさずに。

 

「ノゾミさん……あなたって人は!!」

 

「ごっ、ごめんなさい!でも、あの時はユナを死なせたくない一心で夢中だったから……」

 

「だからって、貴女が死んだら元も子もありませんわよ!!」

 

事情を全て知ったウィスタリアが噴火した火山の如く怒号を上げる。

 

「おい落ち着けって。俺らはアンタらの連絡でフロアボス討伐から大急ぎでここに来たのに、先に行った連中は全員無事だったんだから良いじゃねぇか」

 

「……それはただの結果論です」

 

宥めるクラインに対して、ぴしゃりと言い放った言葉に思わず言葉が詰まる。

その声を発したのは、今まで黙っていたチカだった。

 

「チカ……?」

 

「幾ら幼馴染が死になせまいと死に物狂いだったとはいえ、上位プレイヤーや攻略組でもないプレイヤーが1人で戦うなんて。あまりにも、危険すぎたのではありませんか?もし万が一あなたが死ぬようなことになったとしたら、沢山の人々が悲しみます」

 

「それは……」

 

「それに、一番に頭を冷やすべきはユナさん。あなたです」

 

「えっ?」

 

「混乱の状況を解決する為に、自らの犠牲を前提としたヘイト集中のスキル。あなたのしたことは、傍から見ても無謀以外の言葉が見つかりません。なぜそんな馬鹿な真似以外の方法を思いつかなかったのですか?」

 

「でも、あの時はあれ以外方法が……」

 

「言い訳は結構です。もし本当に死んでしまったら私やノゾミさん、あなたのファンの方々だけじゃない。現実で生還を願う家族。慕っていた先輩や後輩。そして……彼の心に、それだけの多くの人々の心に、永遠に消えない暗い影を刻みこむ――。そういうことをしたのです」

 

チカからの言葉に次第にユナもノゾミも言葉を失っていく。周囲も彼女を止めようとする声すら上がらず、ボスエリアは沈黙で包まれる。

 

(この子、マジだ。マジで怒ってやがる……。人間感情を爆発させる奴より、こうして静かに起こるタイプのほうが、相当来るからな……)

 

それはつまり、チカが2人に対してどれだけ心配していたかに直結していた。肩を見れば、僅かに震えていて今にも爆発しそうな感情を言葉に変えて必死に押し殺しているのが分かる。

事実、クラインを含めた大人達もこの空気に言葉を発せられない。

だが、そろそろ説教を終わらせないといつまでも園外に居ては危険すぎる。

 

「ところで嬢ちゃん、さっきのは何だったんだ?」

 

クラインが口を開こうとした途端、救助メンバーの一人が横やりを入れてきた。

その相手、ノゾミはやはりかと言いたげに表情を曇らせる。

 

「なんだよ突然?」

 

「いや、この子の使ってた《連刃》が妙なことになっててな。普通は2回か3回くらいしか使えないのに、この子、見た感じ5回は連続で使ってたぞ」

 

興奮気味に語るオブトラに対し、クライン自身は今一ピンとこないのは無理もない。

彼が曲刀を使っていたのは10層までで、そこから手に入れた【刀】にロマンを感じて得物を曲刀から刀に変更。それ以前に剣舞系のソードスキルはあまり使った経験は無いし、《連刃》も使った経験は片手で数えるほどしかない。

だが、他のプレイヤーは剣舞系を使っていたらしいのか、オブトラ同様にノゾミからの答えを首を長くして待っている。いきなりそんなことを言われてもクライン自身に凄さは感じられなかったが、他のプレイヤーを見るからに相当強いスキルなのだろう。

 

「……曲刀専用スキル《連刃剣舞》。10層の寺院のクエストで手に入れたのよ。私達は(ハイパー)EXスキルって呼んでるわ。情報屋にもそのスキルは伝えたから、多分あるかもしれないよ」

 

その言葉に、ほとんどのプレイヤーが感嘆の声を漏らした。

試しにクラインも《連刃剣舞》という名前をスキルリストから探してみると、確かにその名前はあった。

 

「解放条件もあるな。何々……『1:自身のレベル差10以内のモンスターに対し、《連刃》で繋げた剣舞系ソードスキルの命中した回数が300回以上かつ、その戦闘で総与ダメージトップを獲得』、『2:1.の条件取得まで盾を装備せず、盾系及び投剣スキルを使用しない』、3『1.及び2.の条件達成までに、継続ダメージを除く総合ダメージが200未満(規定ダメージ数を超えた場合、条件1の回数はリセットされる)』『4:1.2.3.の条件を達成したプレイヤーが《TheTrialStatue:Saber》を討伐する』か。割と簡単そうだな?パーティでも行けるんじゃねぇのか?」

 

「確かにその通りですわ。現にノゾミさんも、3つの条件をパーティで解決しましたわ。けど、問題は最後にありましたの」

 

「問題?」

 

「うん。そのモンスターってのがとんでもなく強かったのよ。ソードスキルを模倣や幻影効果による錯覚のフェイント、こっちがダメージを受ける度にその回数分ダメージを無効化するスキル……。挙句の果てにはアイテムの使用不可と来てるわ。結晶系どころかポーションもね」

 

今度はどよめきが走った。結晶アイテムはそこそこ貴重なので余程の緊急でなければポーションを使うのは周知の事実。

だが、ノゾミの言う事が本当ならそのボスを倒すにはアイテム縛りと言うSAO(デスゲーム)では無茶ぶりと言っても差し支えない。

転移結晶で逃げることも、ポーションで回復することもできないエリアに閉じ込められ、どちらかが消えるまで試練から逃れられない。

意気揚々と乗り込めば、想像以上の強力なモンスターとアイテム使用不可、脱出不可のコンボでパニックに陥り、最終的には惨殺という結末が待っている。

 

「……それを考えるとこのクエ相当えげつないな。パーティでも解決できる条件を餌にして、最後はソロ限。初見殺しもいいとこだぜ」

 

「そうならないためにも、情報屋には私の知りうる情報を全部はいておいたわ。けど、私が戦ったパターンで固定されているのか、プレイヤーごとに変えているのか良く分からないけどね」

 

「なるほど。初見殺しでパニくって殺されるよりかまだましだな。自信がねぇなら最初っから挑まないのが正解だし」

 

実体験したノゾミが言うのであれば納得だ。死ぬかもしれない状況で必ずしも平静でいられるとは限らない。攻略組とてそこは同じだ。

十分な情報を得ていたとして、あの仏像がノゾミと同じパターンで動くとも限らない。ノゾミもあの時キリトのアドバイスとツムギの一括が無かったら死んでいただろう。

ともあれあの【十戒の寺院】は未だEXスキルと同様未開の地だ。これからも余計な死者を出さないように、あの場所でスキルを得たプレイヤーからは事細かに詳細を聞き、攻略ガイドに記していくだろう。

 

「ともあれ、【風林火山】の皆さん。救出隊の皆さん。今回は無理に応じてくれて本当にありがとうございました」

 

「とりあえず彼女はこちらがゆっくりと話をしておくので」

 

最後にウィスタリアが会釈するとチカと共にノゾミの両脇をがっしりと掴み、ずるずると退散していった。

 

「じゃ、私達も……」

 

「……」

 

「エーくん?」

 

「……ああ、そうだな……」

 

彼女らの帰還を機に、次々とダンジョンを後にする。

彼らの殆どは生還できたことと、死者を出さなかった勝利に喜んでいた。

ただ一人を除いて――。

 

 

 

 

34層:【血盟騎士団】現ギルドホーム。

 

その日の夜、【血盟騎士団】副団長クリスティーナはある人物に呼び出され、執務室へと入った。

 

「意外だな。君に呼ばれるなんて」

 

「お手数を掛けます」

 

呼び出した相手、ノーチラスは執務用の机の傍に立っていた。

数歩ほど歩いたクリスティーナはあることに気付く。

 

「……それの意味を知ってて、そうしたのか?」

 

「はい」

 

「……それだけ覚悟があるなら止める必要もあるまい。それで、それからはどうする?」

 

「下の方にギルドがあるのを聞きました。そこで一から鍛え直そうかと」

 

「そうか」

 

ノーチラスの言葉には決意が感じられた。クリスティーナは静かに彼の言葉を聞き、ふふっ、と静かに笑みを浮かべた。

 

「君が自分の弱さを認めたのは良い成長だ。いずれ最前線に上った時、再びボス討伐で相見えるよう楽しみにしているよ」

 

その言葉を最後にノーチラスは執務室を後にする。

扉を開けた所でふと立ち止まり、尋ねる。

 

「そうだ。最後にひとつ良いですか?」

 

「なんだ?」

 

「ユナの件について、一つアイデアが……」

 

 

 

 

救出作戦から1週間後。

アスナとユナ、そしてもう一人が執務室に集められた。

 

「さて、集まってもらってくれたな」

 

「副団長、いったい何の用ですか?」

 

30代の男性で、伸びきった髪を後ろでまとめ、前衛特有の白い鎧に身を包んだプレイヤー、クラディールが何も問題は起こしていないといった声色で尋ねてきた。

その言葉に一瞬アスナが睨むような視線を彼に向けるが、クリスティーナは気にせず告げた。

 

「……本日をもって、クラディールを副団長補佐アスナの護衛の任を解き、攻略隊への移籍を命ずる」

 

「……なぁッ!?」

 

「そして、その後任にユナを指名する。以上だ」

 

予想だにしなかったのか、言葉を失ったクラディールに坦々と告げる。

 

「ま、待って下さい副団長!なぜいきなり私がアスナ様の護衛の任を解かなければならないのですか!?」

 

「1週間貴様の護衛としての活動を見てきたが、どうにも貴様は活動に積極的すぎる。自宅にまで入ろうとしていたな?」

 

「それが何なのです?護衛として忠実に任務をこなしていて――」

 

「彼女のプライベートに片足を突っ込むほどにか?それは最早護衛ではない。ただのストーカーだ」

 

「すと……ッ!?」

 

「半面、ユナならば同性で歳も近い。話しやすいし気を貼る必要も無いからな」

 

「馬鹿な!彼女のレベルは中域程度、とても護衛は務まりません!」

 

「ハイレベルのストーカーに付き纏われては、護衛対象も疲弊するだろ?」

 

次々とクリスティーナの並べる正論に、クラディールの反論もどんどん減っていき、ついに押し黙ってしまう。

 

「いったい、どこの誰ですか……?」

 

「何がだ?」

 

「一体誰がッ!この私を護衛から引きずり下ろしたと言っているのですよ!!」

 

ダン!と床を踏み、声を荒げて怒鳴る。

その様子にクリスティーナはまるで子供のようだと内心思いながらその名前を告げる。

 

「ノーチラスだ。彼の提言で調べてみた結果、こうなった」

 

「ノーチラス……あいつか……!」

 

名前を呟くや否や、クラディールは踵を返し、扉のノブに手を掛けた。

 

「奴を痛めつけようとするのなら遅かったな」

 

扉を開けようとした直前のクリスティーナの言葉に、クラディールはおろか、アスナとユナも彼女の方へ顔を向けた。

 

「……どういうことですか?」

 

「奴は先週、自主脱退をした。先週の無茶な作戦の責任を負うという形でな」

 

「えっ……?」

 

今度はユナが言葉を失った。

クリスティーナの話によれば、件の救出作戦の際、ダンジョンボスの行動パターンを見誤り、幾多のプレイヤーの命を危険に曝したことに責任として、自ら【血盟騎士団】を去ったという。それが1週間前の夜の事だ。

 

「け、けどあの時は転移結晶が人数分揃えられなかっただけで……」

 

「あのダンジョンの構造は内側から扉を開けられる仕様になっている。壁役がボスの攻撃を惹きつけ、他が開閉装置前に陣取り取り巻きを掃討しつつ、残りは鉄格子の開閉に集中。開いた所で壁役とAGIの遅い者は転移結晶で脱出し、他は鉄格子から脱出。どうだ?これも犠牲者をゼロにした救出と言えるだろう?」

 

「それは……」

 

「これで納得しただろう。改めて話は以上だ」

 

「待って下さい!話はまだ――」

 

それだけ告げるとクリスティーナは部屋を後にする。それでもクラディールはしつこく迫ったが、話す事はもう無いと彼を逆に突き飛ばして部屋を後にしていった。

 

 

 

 

その日の夜、ユナは自室のベッドに沈んでいた。

昼間の話を誰かが聞き耳を立てていたのか、ノーチラス脱退の話はすぐにギルド内を駆け巡った。

飛び交う話の中、団員たちの会話からはノーチラスの批評を嗤う者たちばかりだった。もしユナがボス攻略に選ばれる実力を持っていたのなら、すぐさまその者たちを斬っていただろう。そもそも園内でダメージは与えらえないが。

 

「ユナさん」

 

ノックの後、アスナが扉越しに声を掛けてきた。

むくりと起き上がり扉の前に立ったものの、ユナは開ける気は無かった。

目の前の相手は事の発端でもある副団長補佐。彼女の顔を見て、平静を保てるのか不安でもあった。

 

「――ごめんなさい」

 

だが、予想外にもアスナの方から謝罪の言葉を口にした。

 

「ギルドの総意とはいえ、2軍に落としてしったから、多分彼は私達に自分の実力を知らしめようと躍起になっていたのかもしれない。ボス討伐を優先したのも、きっと――」

 

「いえ。多分私のせいです」

 

扉の先のアスナの顔は見えない。だが、彼女が今の言葉に首を傾げたようなリアクションをしたのはユナには何となくわかってしまった。

 

「私、あの状況を切り抜けるには誰かがモンスターを惹きつけるしかないって、自分が犠牲になるしかないって思っていたんです。けどチカさんの言葉でやっと気が付いたんです。私のやったことは、エーくんや現実で待っているお父さんを悲しませる結果でしか無かったんじゃないかって……」

 

次第に涙が足元に零れ落ちた。無く積もりなんて無かったのに、SAO感情表現システムは彼女の悲しみの感情を読み込み、電子で作られた涙を流すのを止めることはない。

 

「私ッ……!待っている人達の気持ちを全然考えてなかった……!小さい頃からずっと一緒だった2人の気持ちを、全然汲み取ろうともしてなかった……!約束をしたのに、自分から約束を破ろうとして……!アイドル失格だ、私……!」

 

「……なら、もう一度やり直せば良い」

 

「……え?」

 

アスナからの言葉に、思わず顔を上げる。

 

「私はその約束は知らないけど、今からやり直して約束を果たせばいい。どういうやり方を選択するかは貴女次第よ、ユナさん」

 

静かに、そして強い言葉にユナの涙もいつの間にか止まっていた。ほんの少しの沈黙の後、思わずユナの方から笑いが零れた。

 

「……簡単に言ってくれますね」

 

「なんとなくあなたならできる気がすると思っただけ。その約束を果たす時が来たら、私にも教えてね」

 

「はい。その時は特等席を用意しますよ」

 

いつの間にか扉越しのアスナも笑い声をこぼしていた。

 

「それじゃあおやすみなさい」

 

「……ありがとう。おやすみ」

 

扉越しに遠ざかる足音を聞いた後、ユナは再びベッドに身体を沈めた。

あの2人に再び会える日を願い、そしてこの世界で再会した時に交わした約束を果たそうという想いを胸に秘めて――。

 

 





次回「黒夜の聖夜:攻略組からの依頼」


(・大・)<見返したら1万字行っちゃったよ。


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黒夜の聖夜(ブラック・クリスマス):攻略組からの依頼」

(・大・)<再び3話構成の話で、クリスマスの話。

(・大・)<今回は回想からスタート。


第13層【大口の断崖】。

 

 

27層のダンジョンから脱出したキリトは、直後にケイタからメールで呼び出された。

ギルドホームを購入する為に一人だけ別行動をとり、トラップを免れていた。

しかし、ケイタ以外のギルドメンバーは全員27層のトラップで死亡してしまった。そのことをそう易々と口にすることはできない。けど、このまま黙っていてもいずれ気付かれる。

どうやって切り出したら良いのか、キリトの足取りは次第に重くなっていった。

結果、約束の時間から2時間より遅い時間になってしまった。

 

「ケイタ……」

 

「……」

 

「どうしてこんなところに呼び出したんだ?」

 

「……」

 

「……ケイタ?」

 

約束の場所に来てもケイタは一向に話さない。

崖際まで進んだ時、ケイタが動いた。

 

「――らぁッ!!」

 

「ッ!?」

 

振り返り様に片手斧をキリトの首目掛けて振るってきた。

咄嗟の不意打ちはキリトの持ち前の反射神経で空振りに終わった。

ケイタの手には使い慣れた両手棍ではない。

弓のように弧を描いた、刀身が赤黒いペンキをぶちまけたようなペイントを施した片手斧。まるでペイントが、返り血のように夕日に照らされた刀身が赤黒い光となって反射する。

 

「何のつもりだ!?」

 

「うるさい、この卑劣な人殺し!」

 

「なッ!?」

 

「俺達からレアアイテムを奪い取る為に、あいつらを殺したんだろ!?」

 

怒りの形相で捲し立てるケイタにキリトは面食らった。

突拍子もない動機もそうだが、それ以前に自分しか知らないことを何故知っているのか。

問い質そうにもケイタは興奮状態で、とても話を聞けそうにない。

落ち着かせるにしても、ケイタから武器を叩き落すしか方法はない。

 

キリトは背中に差した剣を引き抜こうとして――抜けなかった。

 

(……!?)

 

頭では理解していた。なのに身体が――剣に伸ばした手が動かない。それに一番驚いたのはキリトだった。

ケイタを一刻も早く止めなければならないのに、剣を抜く腕が硬直したように動かない。

 

(……まさか)

 

異変の直後、キリトはその異変の原因に見当がついた。

 

(……恐れているのか?俺がケイタに剣を向けることが?)

 

実際、【月夜の黒猫団】との交流はたった1ヶ月程度ではあったものの、キリトにとって大切な仲間として認識していた。

その仲間に剣を向ける。無意識のうちに、その行動を拒絶しているということだ。

無理も無いだろう。ビーターなどと呼ばれてもキリトはまだ15の少年だから。

その間にも回避を続け、じりじりと崖際まで追い込まれた。

 

「どうしたんだよ人殺し!サチたちは殺しといて俺には手を出せないってのか!?」

 

「ま、待ってくれケイタ!話を聞いてくれ!」

 

「話?話だって!?お前と話す事なんかねぇよ!」

 

「良いから聞いてくれ!確かにサチたちは死んだ!けど、そこは俺がちゃんとみんなを引き留めることができなかったんだ!!俺が……俺が引き留めなかったから、みんなあの罠に掛かってしまったんだ!」

 

「……!」

 

キリトの必死の叫びを聞き入れたのか、ケイタは振り上げた斧をゆっくりと降ろした。

落ち着いてくれたのか、キリトも胸を撫で下ろし――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、お前が殺したんだなッ!!」

 

「――なッ!?」

 

ケイタの攻撃を避け、足を踏み外した。

 

はっきり言って、キリトの今の手段は悪手でしかなかったのだ。

今の言葉でケイタは、キリトが迷宮区の罠を利用してサチたちを始末したということを確信してしまったのだ。

キリトが「確かにサチたちは死んだ」というワードは、彼からすれば「自分で彼女らを殺した」という自白とも取ってしまう。「あの罠」というワードも、「みんなが死んだあの迷宮区の罠の存在を知ったうえで、自分達に情報を提示しなかった」と解釈してしまったのだ。

総じてあの場面でのキリトの言葉は、ケイタにとって「追い詰められて何もかもべらべらと喋る殺人犯」でしかなかったのだ。

 

足を踏み外したキリトは、片手だけなんとか崖を掴んで転落を免れていた。

この13層は比較的峡谷や崖が多く、当時は転落による落下ダメージで消滅したプレイヤーもいたほどだ。

 

「漸く追い詰めたぞ……!」

 

そこに、見下ろす形でケイタが身を乗り出す。

ここで「助けてくれ」なんて叫ぶのであれば、本当に救いようのないバカだろう。流石にキリトもそこまで馬鹿じゃない。

今のケイタはキリトを助けてくれる友人でも、【月夜の黒猫団】リーダーでもない。

目の前のキリトを地獄に叩き落す、執行人だ。

 

「ただ自分の私利私欲の為にサチたちを殺しやがって……!」

 

獣のような荒い息遣いで、猛禽類のような眼光をぎらつかせて、キリトを見下ろす。

後は振りかぶった斧でキリトの手を切断してしまえば、そこで復讐のカタは着く。

 

「あの世であいつらに謝り続けろ、この裏切り者!!」

 

――やられるッ!

 

瞬間に起きる自分の最後にキリトは目を瞑った。

 

「……?」

 

が、その一撃はいくら待っても訪れることは無かった。

不思議に思ったキリトが見上げると、振りかぶったまま硬直したケイタが、ぐらりとこちらに――崖から身を乗り出す形で倒れてきた。

 

「――ケイタッ!……んぎッ!」

 

咄嗟に落下するケイタの手を掴んだ。その時に一瞬だけ見えたが、彼の右肩には投擲用ナイフが深々と突き刺さっていた。

 

(投擲ナイフに毒を仕込んだのか!?一体誰が!?いや、そんなことよりケイタと一緒に引き上げないと……!)

 

一人分でも崖が崩れかねないのに、ケイタの分も合わさって腕に尋常じゃない負担が掛かる。このまま崖が崩れ、2人纏めて転落なんてことになるのも時間の問題だ。今もパラパラと砂礫が崩れ落ちている。

 

(俺一人なら、落下しても《軽業(アクロバット)》スキルでどうにかなる。ケイタだけでも崖の上に上げないと……!)

 

自分が落ちてもキリトには生き残れる算段があった。軽業のスキルは文字通りアバターを身軽にするだけでなく、落下ダメージを軽減するスキルもある。

ケイタを上げて、自分は落下し、崖の出っ張りに捕まれば事なきを得る。そうすれば2人とも生き残れる――はずだった。

 

「……!?」

 

不意に、身体が軽くなった。

いや、軽くなったというより……ケイタを掴んでいた手の感覚が消えたと言っていい。

――まさか。

予感した事実に恐る恐る掴んでいた手の先へと視線を移した――。

 

手首から先が、無くなっていた。

 

「――ッ!ケイタッ!ケイタァァッ!!!」

 

崖から飛び降り、3メートル下の台地へと着地、そこから数メートル下の台地を次々と飛び移ったり、システム外スキルの《壁走り》を多用して崖を下りていく。

時間にして約1分。ついに崖の底へと到達。そこで見たものは……。

 

「……!!」

 

そこにケイタはいなかった。落下したと思われる場所には、ついさっきまで自分の命を奪おうとした斧が墓標の如く突き刺さっていた。

キリトは理解してしまった。あの斧が、ケイタの死を知らしめていることを――。

 

「…ぁ……ぁぁ……」

 

理解した瞬間、キリトは崩れ落ちた。

認めたくはない。認めたら自分は――。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

目の前の『事実』に目を逸らさんと、剣士はただ絶叫を上げるしかなかった――。

 

 

 

 

「――ッ!!?」

 

不意にがばりと起き上がった。

荒い呼吸をしながら、キリトは周囲を見渡す。現在、2023年の12月24日の朝8時。場所は49層のダンジョンの安全域(セーフティ・エリア)

記憶を辿るように思い返すと、今朝の4時までこのダンジョンで狩りを続け、周囲のモンスターを殲滅した後この安全域で倒れるように眠ってしまった。もし現実の肉体だったら、彼は脂汗に塗れていただろう。

 

「……最悪だ」

 

忘れたくても脳裏にこびり付いた記憶が悪夢となって蘇り、ここ数日キリトは碌に眠れていない。疲弊感や倦怠感はここの所慢性的に続いているが、今の彼には関係の無い話だ。

キャラステータスとは別に、疲弊は休息をとらなければ解決しない。精神的なステータスはガタガタといっても差し支えない。

誰か一人でもその異変に気付いていたら、押さえつけてでも止めていただろう。最も、その人物が攻略組のようなハイレベルプレイヤーに限った話だが。

 

「……いよいよ今日か」

 

ストレージから干し肉とパン、サラダを取り出して早々に朝食を平らげたキリトは一人呟く。

今の彼には時間が無い。今のチャンスを逃せば、自分は正気を保てなくなるだろう。

 

「サチ……みんな……」

 

仲間だった一人の名を呟き、少年はダンジョンの出口へと向かっていく。

 

 

 

 

 

1層《始まりの街》

 

 

「なぁ。一つ良いか?」

 

「なーに?」

 

「俺らのギルドって今までレベル上げ頑張ってきたよな?」

 

「そーだねー」

 

「商人たちの護衛とか素材収集がメインだったけどさ、実践も結構慣れてきたよな?」

 

「そーだねー」

 

「で、昨日お前らのギルマスに呼ばれたよな?」

 

「そーだねー」

 

「で、その内容が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんっっっっっでクリスマスの飾りつけなんだよっ!?!?」

 

雪化粧に様々なイルミネーションを飾ってクリスマスの準備万端と言わんばかりの姿に変えた始まりの街で、ノーチラスが叫ぶ。怒号は空を裂き、浮遊城の果てまで続く曇天まで届きそうな勢いだった。

その雪化粧の中でひと際目立つ、真っ赤な装いをして髪も艶を見せる赤に染めたプレイヤーが腰に手を当て尋ねる。

 

「なんですの?年に一度の特大イベントなのに不服でも?」

 

「不服と言うか、余裕かっ!って叫びたいわ!」

 

「だって昨年はクリスマスを楽しむ余裕なんてありませんでしたのよ!聞く所によると、攻略組も昨年は年越しパーティを開いたと聞いていますわよ」

 

「え?じゃあ正月もやるつもり?」

 

「とにかく、今日のクリスマスパーティは今年最後の【ゴスペル・メルクリウス】のイベントでもあるのです。ケーキもプレゼントも準備完了。あとは時が来るのを待つばかりですわ!」

 

「エグいなこの人の行動力!?」

 

どうやらウィスタリアは去年クリスマスを行えなかったことが不服だったらしい。

というより、12月の始まりの街の情勢はまだ混沌としており、クリスマスを計画する時間もプレゼントやケーキを用意する時間も素材も無かったのだ。

唸り声をあげるノーチラスの肩に、レインが宥めるようにポンと手を置く。

 

「まあ落ち着きなさいよ。ノゾミだって1週間ライブ以外自宅謹慎してたんだし」

 

「俺が見た時にはてるてる坊主よろしく梁から宙吊りにされてたんだが?」

 

「あー、その時はツムギにもばれて怒鳴りながらぐるぐる巻きにしてたっけ」

 

件の救出戦の後、ギルド内会議の結果ノゾミはライブ以外で1週間の謹慎が言い渡された。事情を知ったツムギも第1層に雪崩れ込んできた。

その時のチカの説明の後ツムギは感情を爆発させるかの如く絶叫を上げ、勢い任せにノゾミをす巻き宜しく縛り上げ、宙吊りにして去ってしまった。相当雁字搦めに縛ったのか、それとも逃げられないことに便乗したのか、3日はミノムシ宜しく放置されていたという。

因みにその間に新聞の一面には『40層の監獄ダンジョンに起きた卑劣な罠!』『救助隊の窮地を救った歌姫!』『超EXスキルによる30連撃の剣の舞!』などと誇張された見出しで騒がせたとか。あの時のソードスキルは合計しても半分にも満たないというのに。

 

「それよりウィスタリアさん。マコトちゃんとユイちゃんがケーキができたって」

 

「あら。それなら早速見に行きますわ!」

 

「俺は遠慮しとく」

 

乗り気なウィスタリアに対し、ノーチラスは興味なしと言わんばかりに転移門の方へ踵を返して去ってしまった。

 

 

 

 

「はぁ。どうしてこうなったんだか……」

 

2人から離れた後、ノーチラスは一人溜息を吐く。

【血盟騎士団】から脱退した後【ブレイブ・フォース】に加入。彼らは素材集めや護衛を主に置きつつも攻略組復帰のレベリングも欠かさなかったために加入初日からハードなスケジュールに値を上げそうになったが、今では慣れてしまったもの。慣れとは恐ろしいものだ。

今では毎日頻繁に起きた身体の硬直も、数日で1ケタというペースにまで落ち着いている。

しかし、今回の【ゴスペル・メルクリウス】のクリスマス計画にほとんどが乗り気だったのは完全に予想外だった。

 

「どうしたんですか?」

 

「おや、どうしました?」

 

「……意外な組み合わせが来たな」

 

彼の前に現れたのは、ラジラジとツムギと言う意外な2人という面子だった。

 

「私はウィスタリアさんからの招待で来たんですよ」

 

「私はメールから話があると来たのです。丁度手持ち無沙汰でしたし」

 

「話?」

 

「それは――」

 

事情を説明しようとした時、転移門に青白い光が現れる。

光が消えるとそこには赤備えの鎧に身を包んだプレイヤーが立っていた。

 

「どうやら丁度来たようですね。お話は落ち着ける場所でしましょうか。クラインさん」

 

「ああ。そうさせてもらうよ。しっかし、どこもかしこもクリスマス一色だなぁオイ」

 

来訪者、クラインは街並みの様子を見てぼやいたのだった。

 




次回「黒夜の聖夜:白い戦線」


(・大・)<この話は今日中に全部上げたい。


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黒夜の聖夜(ブラック・クリスマス):白い戦線」

「おぉぉ~!」

 

「凄いですね。まるでお店に並んでも違和感ないレベルですよ」

 

ユイなどを含めた7人のポーション製作者が【調合】や【錬金術】を使う為のプレイヤーホームで、感嘆の声を上げるウィスタリアとティアナ。

テーブルには軽く30は超えるケーキが陳列し、イチゴのホールケーキ、フルーツケーキが並べられ、どれも現実のケーキ店のショーケースに並べられても違和感を感じないほどの出来栄えだ。

 

「ふふーん!エリザベス2世から採れた生乳で作った生クリームと、【養鶏】を持ったテンカイが採れた卵を使ったケーキだべや!他にも小麦を売ってた所もあったから、【加工】のスキルで小麦粉にしてここまでケーキが作れただよ~!」

 

「果物はこの街で取れる物や、上で果物の採れる木を見つけたりして、今まで備蓄してたのが幸いしたよ。子供たちにも味見はしてもらったから本番でも行けるよ」

 

「味見したのではサプライズの意味は無いのでは?」

 

クリスマスのサプライズの一つとして、プレゼントの代わりにケーキを配るサプライズがあるのだ。サプライズの相手に味見なんてティアナの呆れた声も納得な気もするが。

 

「邪魔するぞー。また例の奴から素材が届いてた」

 

「またか?これで3回目だぞ」

 

丁度その時にテンカイが来店。カウンター席まで歩くとマスタークラスの細工師しか作れないという永久保存トリンケットをストレージから取り出した。それも3つも。中身を確かめるとやはり食糧品が積載限界ギリギリまの食料の詰め合わせだった。

この永久保存トリンケットは備蓄用に【ゴスペル・メルクリウス】や教会などの主要な建物に幾つか倉庫代わりに用意してある。無論【エリザベスパーク】も備蓄用に幾つか大きめの物を使っている。

が、このトリンケットは元からテンカイが所持している訳ではない。差出人不明のトリンケットの贈り物は、今回を含めて3回も行われているのだ。1ヶ月に一度の10日の朝、転移門広場の前にトリンケットが毎回1つから3つ放置状態で置かれていて、中身は決まって食料が詰め込まれている。

件の【笑う棺桶】の活動開始の宣言が録音結晶を通じて大体的に告知され、アインクラッド全域が震撼した。

子供たちやウィスタリアはその贈り物を素直に喜んでいたが、大人達は対照的にその贈り物を薄気味悪がった。もしかしたら何かの罠かもしれないと疑心暗鬼したが、《解析》スキルで調べてみた所、異常は無いと判断されたが、早々にこの件は解決すべきという声もあり、クリスマスのイベント終了後に【ブレイブ・フォース】の面々が大体的に調べる予定である。

 

「今回も異常はありません。問題ないです」

 

「……食料の配布はこちらとしてはありがたいがな、送る側の意図が掴めない限りは不安でしょうがねぇよ」

 

「それでも食料を持ってくるのはありがたいことですわ。今も収入の足しに他なりません」

 

「それでも、今日のイベントが終わり次第調べるべきだろう」

 

呑気に食料を別のトリンケットに移すウィスタリアに対し、テンカイは警戒を強めるように注意する。

 

「ふふ。これで準備万端。あとは時が来るのを待つばかりですわ」

 

 

 

 

同時刻。【ブレイブ・フォース】本部、応接室。

 

 

ラジラジの案内の元、【ブレイブ・フォース】本部のリビングを訪れたクライン。

そこに居合わせたノーチラスやそこで資料を纏めていたユースも交えて簡易的な会議を開いたのだった。

 

「それで、話と言うのは?」

 

「まあ、そこは単刀直入に言おうか。――35層のボス攻略にお前ら【ブレイブ・フォース】の力を借りたい」

 

「……本当にバッサリ言い切りましたね。それにしても35層ですか」

 

【風林火山】は攻略組の中では人数が6人と小規模ギルドだが、その堅実な戦いぶりはトップクラスのギルドと引けを取らないと言われている。

元からそんな風では無かったのだが、ツムギの話によれば、第1層が解放されるまでの2か月間は周辺で狩りを行、地道にレベリングなどをこなしていたらしい。

ともあれ35層は既に攻略済み。彼らのレベルは全員55以上で、アルゴの攻略ガイドからも粗方クエストの出現条件などは公開されているので、上を目指す攻略組としては妙に低い階層だ。

 

「言伝に聞いた話だが、なんでも今日深夜0時に現れる限定ボスを討伐すれば、蘇生アイテムを手に入れられるそうだ」

 

蘇生アイテム。その一言で部屋の空気が二分化された。

ひとつは期待。もしそれが本当なら、今までに死んだプレイヤーを蘇らせることができるかもしれない。

ひとつは疑念。茅場明彦の言葉が本当なら蘇生システムは機能しないはず。なのになぜ蘇生アイテムがドロップされる?

 

「俺らも正直蘇生アイテムの件はガセに近いと考えている。ま、【解放隊】や【DDR】はそうは思ってないらしくて、今も血眼で探してるだろうな」

 

「クライン殿。なぜその情報を我々に?百歩譲ってその話が本当なら、下手をすれば大ごとに巻き込まれないのでは?」

 

ユースの言う事も納得できる点はある。

旧友、家族、恋人……。この浮遊城で出会ったギルドメンバーなど、蘇らせたいプレイヤーは相当な人数なのは明白。

蘇生アイテムの権利をめぐってギルド同士の対立が激化するかもしれない。更に言えば、所持しているプレイヤーが殺されたり、アイテムを盗まれる可能性も考え得る状況なのだ。それが各地で勃発すれば、最早攻略どころではない。最悪詰みかねないということも考えられる。

 

「確かにな。トップギルドは1ヶ月前から血眼になってたっし、確かに問題はありそうだが、俺らはあくまで中立を貫く。どこのギルドにも譲る気はねぇ」

 

「なるほど。それで、アイテムや報酬はどうするつもりですか?」

 

「報酬を取るつもりですか?」

 

「当たり前です。我々とて慈善事業ではないのですよ?」

 

報酬を示唆したラジラジにユースが思わず口を出してしまった。ユース自身知らないだろうが、【ブレイブ・フォース】の護衛は単に善意によるものではなくれっきとした仕事として扱ってもらうと、《始まりの街》に降りた初日にラジラジがウィスタリアに提示したのだ。

 

対してクラインは予想していたように作戦と報酬を提示する。

 

「俺ら6人は例のイベントボスの討伐に全力を注ぐ。お前らはその間に他の連中の横やりを阻止してほしい。報酬は均等分配した金と蘇生アイテム以外のドロップアイテムの6割の譲渡。どうだ?」

 

「8割」

 

さらっと告げた要求にクラインはおろか、ノーチラスでさえ息を詰まらせた。

 

「いきなり吹っ掛けてきやがる。7割でどうだ?」

 

「……良いでしょう。吹っ掛けすぎると決裂しかねませんからね」

 

「いきなり8割要求してくる奴がいるかよ。とにかくこっちも頭数が欲しいけどよ」

 

根負けしたのか、赤髪をガシガシと掻きながら交渉に応じたクライン。

了承と受け取ったラジラジは後ろにいたノーチラスに指示を出す。

 

「ノーチラスさん。カオリさん達に連絡を。他の皆さんにも一斉メールで招集させてください」

 

「もうやってます」

 

「俺らの方も準備を進めねぇとな。35層のボスとはいえ、できる限りしておかねぇと」

 

クラインも椅子から立ちあがり、メールでメンバーに報告する。

それを終えると、すっとラジラジに手を差し伸べた。

 

「今回は頼むぜ」

 

「ええ。あ、でも握手をするほどの事ではないでしょう」

 

「えぇ……」

 

さらっとキツイ返しをしたラジラジに、クラインも思わず気の抜けた声を上げることしかできなかった。

 

 

 

 

準備が整い、35層に到着したのは午後9時の事だ。15人強ものプレイヤーが一斉に転移広場から現れる。

 

「準備は良いな?行くぞ」

 

クラインが振り返って確認を取ると、そのまま目的地へと足早に歩きだした。

準備が揃うまでにここまで時間がかかったが、まだ十分時間はある。しかしこの層のフィールドエリア《迷いの森》は、他のフィールドダンジョンのように広い1つのエリアを使っているのではなく、小さなエリアが複数連接している状態で構成されている。5分ごとにエリアがランダムに変化し、もたもたしてたら自分がどの場所に居るのか見当もつかないほどに迷ってしまう。おかげで遭難するプレイヤーもしばしばいるのだとか。

その対策としてこの層ではそれなりに値の張る専用マップが必需品となる。最も、わかるのは地図の全域であってどこに飛ばされるかはわからない。これでも無いよりはマシだ。

【風林火山】は勿論【ブレイブ・フォース】もこのマップの事は知っている。そのことも計算に入れて、あらかじめ早すぎると思うほどの時間に行動を開始した。

移動し、道中のモンスターを倒し、5分おきに地図を確認。現在地を確認して移動。これを繰り返して目的地――巨大なモミの木の一つ前の場所、イベント個所以外で唯一の固定エリアへとした到着。時間を見た所なんと午前0時10分前――2時間50分はかかってしまっていた。

 

「よし。じゃあ改めて作戦内容だ。俺達【風林火山】はラジラジと一緒にこの奥のボス《背教者ニコラス》の討伐に専念する。戦闘開始から2時間――つまり25日の0時から2時までの間だ。その時間を過ぎたら失敗と見なして脱出。お前らも午前2時になったら転移結晶なりなんなりで35層の主街区に帰ってくれ。【ブレイブ・フォース】は俺らの討伐の間、他の連中の介入を防いでもらいたい」

 

「あれ?時間が決まってるの?」

 

HPを回復し、耐久値を確認して【風林火山】の面々が最終調整に入る中、カオリが呑気な声で質問してきた。

 

「知り合いの情報屋から聞いてみたところによるとだな。規定タイムを過ぎると一気に報酬のランクが下がるらしい。例の蘇生アイテムを狙うなら、その規定タイム以内にクリアしなきゃならねぇそうだ」

 

「随分鬼畜だな。攻略組が出てくるとなるとそのボスも35層程度っていう訳でもなさそうだ」

 

剣を素振りしているノーチラスが6人の身を案じるかのようにクラインに言う。

 

「無茶でも何でもやるしかねぇんだよ……」

 

まるで、自ら退路を断ったかのように言葉を絞り出したようなかすれた声。

【風林火山】の面々のストレージには大量の回復結晶が羅列している。ポーチにも幾つか回復結晶を入れ、準備は万端だ。

全ての確認を終えた時には0時まであと3分を切っていた。

 

「その前に一つよろしいですか?――あなたの目的は蘇生アイテム以外にありますね?」

 

最終調整を終えた所で出てきたラジラジの質問。

その言葉に、ひゅっと息を呑むクライン。

 

「目的って、ただ大型ギルドの衝突とか、攻略ペースの停滞を避けるためじゃないの?」

 

事情を呑み込めないカオリが疑問符を浮かべる。

そこにノーチラスが彼にも分かりやすく説明を入れる。

 

「今俺達の被っているナーヴギアは、マイクロウェーブのリミッターが解除されていることは知っているよな?仮に茅場明彦の話が本当だとすれば、その蘇生アイテムは焼かれた脳をその前の状態――ダメージを受ける前の状態に戻せるかという疑問に直結する。もっとわかりやすく言うならレンジに生卵を入れて、中で爆散した卵を基の生卵に戻せるかって話だ」

 

「……無理、だね。けど嘘だったってことは?デスゲーム自体が茅場明彦の嘘で、本当は二度とSAOにログインできないってだけでしたって……」

 

「ないですね」

 

バッサリとラジラジが否定。

まるで見てきたような一言に思わずカオリも目を丸くする。

 

「私もあの宣言の後、ナーヴギアのスパークが発生して息絶えたプレイヤーを見てきました。蘇生といってもスパークが発生する時間までの僅かなラグ程度の短い時間が蘇生猶予と思うのが普通でしょう」

 

「……待った、スパーク?アンタ、なんでそんなこと知ってるんだ?」

 

カルーが思わずラジラジに訝し気な声で尋ねる。

【風林火山】の面々も、ラジラジに疑念を含めた視線を向けている。

 

「……失礼、この話は後回しにしましょう。ノーチラス、この場の指揮は一任します」

 

「了解。総員、準備を急ぐぞ」

 

「んじゃ、頼むぜ」

 

【風林火山】の6人とラジラジがモミの木のエリアへと進む。

彼らが消えた所で自分達も防衛の準備を進める中、カオリが訊ねてきた。

 

「蘇生アイテム以外の目的って、何なの?」

 

「さあな。あの様子だとそのボス限定のドロップって可能性も薄い。考えられるとしたら……」

 

「したら?」

 

「そのアイテムを餌に、誰かを誘っている――」

 

そんなことを呟いた時、集団の後ろで青白い光が現れる。

 

「あれは……」

 

その来訪者は、一言で言えば黒だった。灯りの無いこの森の中で見失いそうな黒一色に統一された服に黒髪。背中に差した片手直剣――。

 

「キリト!」

 

(キリト……確か“ビーター”とか“黒の剣士”とかの二つ名を持ってたソロの攻略組だったな。ひょっとしてクラインの目的はこいつか?)

 

「おーい!」

 

久しぶりの再会と駆け出したカオリが顔を上げたと同時に見えたキリトの目を見て絶句した。

彼の目から光が消えていた。暗黒と見間違うほどの黒。

 

全ての希望を絶たれ、絶望と孤独の渦中に生きていたかのような黒。

 

全てを飲み込む、一筋の光すら塗りつぶす黒。

 

何をどうしたらこんな目になる?キリトと知り合ったカオリはその目に背筋を凍らせた。

 

「キリト、何が――」

 

「そこまでだ!」

 

言いかけたその時、次々と青白い光が現れる。

そこから青と銀のフルプレートに身を包んだプレイヤー達がこぞって現れ、瞬く間にキリトを包囲する。

この統一感のある全身鎧集団はカオリも知っている。前にウィスタリア達が商談に出かけた【聖竜連合】だ。攻略組最大のギルドと名高い彼らは、最近は【笑う棺桶】らしきプレイヤーの目撃情報が相次いだのを知り、警備がてらに犯罪者狩りも活動に含めている。

それに伴い強引な点も目立ってきていて『末端プレイヤーは軽度ならば犯罪に手を染めても構わないと思っている』という黒い噂も絶えない。彼らがここに来たということは、つまりキリトは彼らに目を着けられることをしたということになるが……。

 

「“ビーター”キリト!貴様を拘束する!」

 

「大罪人だと?グリーンなのに?」

 

「……どういうことだ?」

 

興奮するカオリに対し、ノーチラスはあくまで冷静にリーダーらしき男に訊ねる。

 

「奴は一つのギルドを壊滅に追いやった。これはまごう事無き殺人だ!」

 

「どれくらい前に起きた?」

 

「……半年前だ」

 

リーダー格から引き出した情報から整理すると、皮肉にも大罪人という名も納得せざるを得ない。

カラー・カーソルはプレイヤーの状態を示す簡易情報アイコンであり、通常は緑色で表示される。しかし犯罪行為に手を染めたプレイヤーのカーソルはオレンジ色に変わり、犯罪者プレイヤーと呼ばれるようになる。犯罪者になると園内に入ると凄まじい手練れのNPC、通称《憲兵》に追いかけまわされるなどの様々なデメリットを被ることになる。

そんな救済措置として、各階層の園外村には教会が存在し、そこで受けられるカルマ回復クエストをクリアすればカーソルの色をまた緑に戻せる。半年もあればカーソルを戻すだけでもお釣りがくる。

 

「奴を拘束しろ!抵抗するなら殺せ!」

 

その一声で、解放隊メンバーが雄叫びと共に、剣を手に襲い掛かる。

 

「ど、どうする!?」

 

「アイツの目的がこの先だっていうなら止めるべきだ。ここを陣取って迎え撃て。あくまで止めるだけだ、殺すなよ」

 

ノーチラスの指示で【ブレイブ・フォース】も武器を構えて迎撃の準備を整える。

その間のキリトの行動は、こちらの予想を超えていた。

急に踵を返して針葉樹の一つに駆け出し、木の幹を踏んで宙返りしつつ一番前のプレイヤーの肩の上に着地する。そのプレイヤーが驚く間もなくくるりと反転するとその頭を足蹴にし、また別のプレイヤーの頭を踏み抜く。まるで稲葉の白兎の話にある鮫を使った対岸への移動のようだ。

 

「槍だ!槍を使え!」

 

すかさず槍使いの2人が前に出て、キリトを串刺しにしてやろうと突き出した。

キリトは自分に迫る2つの穂先を掴み、逆立ちすると同時に交差した刺突を避けて簡易な足場となった穂先で跳び、着地地点にいたリーダー格の顔面を踏み抜いて更に跳ぶ。

 

「キリト」

 

後ろでリーダー格のプレイヤーが倒れる中、カオリが声を掛けてきた。

次の瞬間にはキリトの前に決闘受理のウィンドウが現れる。

 

「君を、止めるよ」

 

「……そうか」

 

影を含むように小さく呟くと決闘を受諾。そして……カウントが0になる。

先に動いたのはカオリだった。一気にキリトに迫り、半身の構えからの突進。片手爪ソードスキル《ラガマフィン》。初撃で決着を着けようとしたが、それを剣でいなすキリト。そのままくるりと回転し、背中目掛け剣を振るう。

 

「なんのッ!」

 

倒れ込む体制のまま、浴びせ蹴りで剣戟を防ぐ。素早く起き上がり、左の盾を前に、右の戦爪を引いて構える。

 

「ちぃ……ッ!」

 

「ステータスもあるかもだけど、技術ならこっちが上さ!」

 

「……空手か」

 

ステータスの差ならキリトのほうが断然有利。それでも張り合えたのは彼女の現実での経験がある。

彼女は現実(リアル)は琉球道場の娘で、東京の空手の高校部門での優勝経験もある実力者だ。現実で鍛えた技術が黒衣の剣士と同等までの実力に引き上げているのはそれもあるが、ここでの鍛錬も同様に彼女の力となっているだろう。

剣の攻撃を盾で、戦爪で防ぎ、体術の攻撃を同じく体術で防ぐ。まったく互角の戦いが繰り広げられる。

 

「このまま押し切って――」

 

体力的に考えてもすぐに乗り込んだキリトのほうが少ないと踏んだカオリは、攻めの姿勢を崩さず畳みかけようと距離を詰める。

しかし、この戦いはあくまでSAOの中の「決闘」。現実の空手ではない。初撃決着と言うルール以外はほとんどの手が許される。

 

得物を雪に突き刺し、カオリとの距離が1メートルを切った瞬間、自分の剣の持ち手を思いきり後ろに傾けた。

てこの原理で倒れた剣は雪をかき上げ、カオリの顔面に命中する。

 

「――ぶっ!?」

 

一瞬の隙を突かれ、そのまま脇腹に逆袈裟斬りを受けて決着。キリトの頭上に決闘の勝者を示すウィンドウが現れた。

 

「……俺の勝ちだ」

 

倒れ伏したカオリに興味は無いと言わんばかりに、冷めた口調でモミの木へと向かう。

 

「総員、迎撃準備」

 

「お、おい……殺すつもりか?」

 

ノーチラスの言葉に左隣にいたプレイヤーが困惑を含めた声で訊ねた。

彼とてSAOの暗黙のルールは知っている。無論殺害は度外視している。

いや違う。度外視しているのではない。()()()()()()()()()のだ。実戦経験。ステータス。レベル……。あらゆる面で自分達を上回っている。

だがそれでも通す訳には行かない。依頼主の本命が彼に関係しているのなら、彼がこの奥に行けば依頼主にとって最悪な展開になるのは目に見えていた。

緊張感が走る中、【ブレイブ・フォース】の面々が一歩にじり寄った瞬間、キリトがあり得ない速度で駆け出した。

 

(《疾走》!?)

 

キリト自身がまるで黒い弾丸のようなスピードに虚を突かれ、集団の間を縫って後ろのモミの木へと突入する。

 

「しま――ッ!?」

 

気付いた時にはもう遅い。自分達を通り抜けた黒衣が転移の光を見届けることしかできなかった――。

 

「い、いったい何があったの?キリトに……」

 

「さあな。それよりも問題は……」

 

駆け寄るカオリの背後で、【聖竜連合】の集団が武器を手にこちらを睨んでいた。

この場合、自分達は彼らにとって『大罪人を逃がした、彼の共犯に当たる者達』という認識だ。

そうでなくとも彼らはキリトを追うだろう。その奥にはまだ【風林火山】が相手にをしているボスとの戦場にかちあってしまう。そこに巻き込まれたら死者を出すのは安易に想像がつく。

 

「とりあえず、こいつらだけでも止めとくか」

 

防衛線の第2ラウンドを感じ取ったノーチラスを筆頭に、次々と武器を構える。

 

「貴様ら、何の真似だ!?」

 

「こっちも依頼で邪魔しないでって言われただけだよ。それに、ボス戦に巻き込まれて死んだら、元も子もないんじゃない?」

 

挑発的に戦爪をくいくいと向ける。

今ので完全に堪忍袋の緒が切れた集団が、一斉に襲い掛かってきた。

 

 




次回「黒夜の聖夜(ブラック・クリスマス):黒の剣士の休日」


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黒夜の聖夜(ブラック・クリスマス):黒の剣士の休日(1)」

(・大・)<長いと思ったので2分割しました。


※2/14:本文を一部編集しました。


「なんだよ……これ……」

 

降りしきる雪の中、絶望に染まったキリトが力無く膝をついた。

息も詰まるような空気に、誰も声を掛けられず、ただ聖夜の鈴の音だけが、静かにプレイヤー達の心情など関係ないと言わんばかりに沈黙に沈んだBGMを奏でていた。

キリトの手から零れ落ちた、事の発端たる蘇生アイテム【環魂の聖晶石】は確かに実在した。ただし、それには重大な欠点が存在していた。その欠点を知ったがために、このような状況になっている。

 

 

 

《背教者ニコラス》の4本のHPバーが最後の1本に差し掛かったところでキリトが乱入。仰天するクライン達を差し置いてソードスキルを使って瞬く間に撃破したのだ。

そして現在の状況に繋がる。

 

(最悪だ……)

 

クラインは内心キリトが起こす次のアクションに気が気でない。息をするのも忘れてしまいそうだ。

クラインの真の目的。それはキリトを止める事だった。数か月前にキリトを見かけた時、彼の深刻な顔に一抹の不安を感じ取った。尾行してみた所で彼の無茶なレベリングを知り、その目的が蘇生アイテムにあると知った時、彼らも必要以上にレベリングに時間を割き、キリトに及ばずながらも攻略組の中では頭一つ抜けたレベルに到達している。

先回りでボスを討伐し、蘇生アイテムを餌にキリトと決闘を行い、勝利してキリトを一時期【風林火山】に加入させる。その後、彼の見張りをしつつ少しずつ彼の精神を安定させていくつもりだった。

だが、肝心のアイテムの詳細を知らされてしまい、完全に状況はクラインの想像する中で最悪に近いものになってしまった。

キリトが掴んでいた剣を、ゆっくりと自分の首に添えようとする。

 

「やばい……!やめろキリトぉ!」

 

自分の首を斬る――キリトが自分の命を消そうとするのを見たクラインが必死に叫ぶ。

もう【風林火山】の面々では誰もキリトを止めることはできない距離にいる。あと数秒もすればキリトはポリゴン片となり、現実でも命を落とすだろう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼」

 

「えっ?」

 

彼がいなければ。

ただ一人動じずに近付いていたラジラジは、一瞬の隙を突いて剣を叩き落とした。不意を突かれたキリトが剣に隙を取られていた瞬間、

 

「――ッ!?」

 

キリトの無防備な頬に僅かな爪の痕が刻まれる。次の瞬間、キリトはそのままラジラジの肩に正面から寄り掛かるように静かに倒れた。HPバーを見ると、麻痺を示すマークが表示されている。

《体術》スキル抜きの素手による攻撃は対象が同格以下の時、いかなる場合でも1ダメージしか与えられない。無論、それでも他プレイヤーへの攻撃でカルマ値に判定され、ラジラジのカーソルがオレンジに変わる。

 

「ら、ラジラジ……おめぇ……!」

 

「申し訳ありません。この依頼は失敗です。ドロップ品は全てそちらにお譲りします」

 

「あ……待ってくれ!」

 

キリトを放置してラジラジが去ろうとする中、クラインが声を掛ける。

少しの沈黙の後、クラインは言葉を続けた。

 

「キリトを……どうするつもりだ……?」

 

「そうですね。ノーチラス達からの話を聞けば、彼は犯罪者も同然。黒鉄宮に送るのは当然でしょう」

 

麻痺で動けないキリトを担ぎ上げたラジラジが踵を返し、主街区へと戻ろうとする。

その時後ろでカチャカチャと金属音が鳴る。

 

「……何の真似ですか?」

 

尻目に背後を見ると、【風林火山】の面々が武器を構えていた。

放っておけば恐らく、【ブレイブ・フォース】と刃を交えるつもりだろう。

 

「アイツは……あいつは決して利己的な目的で人を殺したりするはずがねぇんだ!」

 

「それはあなたの勝手な感情論では?」

 

「んなこたぁ分かってる!分かってるけどよぉ……!」

 

嗚咽交じりに叫ぶクライン。怒りか、それともやるせなさの表れか、刀の切っ先が僅かに震え、束を握る手も力を籠められる。

短い沈黙の後、ラジラジはクラインと向き合うように向きを変えて言い放った。

 

「確かに彼は犯罪者です。が、同時に攻略組としても大きな戦果を挙げています。攻略組全体から見ても、彼の損失は今後の攻略に多大な支障を出しかねない……」

 

「つまり、どういうことだ……?」

 

「投獄は一応保留です。真相が明らかになるまで、彼には攻略組として働いて貰いますよ」

 

「それじゃあ……!」

 

「それから、彼の身柄は一時的に1層で保護します。自殺でもされたらそれこそ大問題ですからね」

 

「それに……」とラジラジは続ける。

 

「彼の拘束は依頼に入っていませんからね」

 

「……頼む。俺らじゃ、キリトをどうすることもできねぇ……!」

 

クラインの消え入りそうな声を聴き、モミの木エリアに入って来たギルドメンバーに簡単に報告をして、そのまま《始まりの街》へと去って行った。

最悪の結果にならないように祈っているのか、それともこんな残酷な現実を間接的に突きつけてしまった事への慚愧なのか、膝をついたクラインの、次第に遠ざかっていく嗚咽を耳に入れながら――。

 

 

 

 

 

「彼を一時的に保護する!?」

 

【ブレイブ・フォース】が帰還して数時間後。あの場所の報告の後、一人の男が声を荒げた。

彼は【ゴスペル・メルクリウス】とも【ギルドMTD】とも異なるギルドに所属しているプレイヤーであり、かなりの地位を得ていた。

今現在、カルマ回復クエストに出たラジラジの代わりとして出ているノーチラスのほかに【ゴスペル・メルクリウス】ウィスタリアとユース、【ギルドMTD】からシンカー彼の補佐たる男性プレイヤーが出席し、簡易的な会議を行っている。

 

「落ち着いてください。何もギルドに加える訳じゃない。少しメンタルが安定するまで療養させるだけですわ」

 

「だが、部外者をホイホイと受け入れる必要はない!」

 

「確かにそこは一理ある」

 

ウィスタリアにも全く引こうとしない男に対してノーチラスは頷く。

そして、

 

「リーダー曰く、あの場に放置した場合モンスターに襲われる可能性もあった。そうでなくとも自殺していただろうと」

 

そう返した。

 

「ならば放置しても構わない!彼が【月夜の黒猫団】というギルドを()()()()()()()のは、一説にはレアアイテム狙いだったという噂もある!そんな男はとっとと黒鉄宮に放り込むべきだ!」

 

「攻略組全体からすれば、彼の喪失は大きい痛手になる。ずっとここに居たいともとれるが?」

 

「なら貴様らは彼による犠牲者を出しても攻略を優先するという事か?ハッ、支援ギルドが聞いて呆れる!」

 

攻略――こと階層ボス戦ではラストアタックを掻っ攫うことから大抵の攻略組から邪険に扱われているが、その実力はトップクラスと言っても差し支えない。

だがこの男は、攻略組の要に対して容赦なく牢獄へ放り込めと言う。そんなことになればかなり攻略のペースが落ちるのは目に見えているのに。

次第に語調を強め、ノーチラスとの言い争いに発展していく。

 

「……つまり、彼が積極的に犯罪を犯すかどうかを知ったのであれば、文句は無いということと言っても差し支えないのだな?」

 

「うん?」

 

シンカーがおろおろする中、ユースが男に質問染みた返しをした。

 

「何か妙案でもありますの?」

 

ウィスタリアの質問にユースはしっかりと頷いた。

 

 

 

 

キリトが目を覚まして視界に入ったのは、久しぶりに見る天井だった。

視界の隅にあるデジタル時計の時刻を見てみると、既に時間は15時を過ぎていた。

 

「気が付いた?」

 

声がして頭を右に傾ける。

ひょっこりと顔を覗き込んだレインと目が合った。

 

「……どこだ?」

 

「【ゴスペル・メルクリウス】の本部よ。丸1日寝ていたのよ」

 

「そうか……」

 

短く返事をしたキリトは起き上がり、部屋を後にしようとする。

 

「ま、待ちなさいよッ!どこに行くの?」

 

「別に。介抱してくれたのはありがたいけど、もう用はないだろ?」

 

「いやいや、はいそうですかって許可すると思ってるの?」

 

「大体介抱してくれって一言も言ってないんだけど?」

 

「クリスマスに雪原のど真ん中に放置するバカがどこにいるのよ?」

 

咄嗟にキリトの手を掴んだレインも引き下がる様子は無い。

引き下がる事の無い拮抗状態になり、進展が着かないまま……。

 

「どうやら目が覚めたようですわね!」

 

バァン!とけたたましく扉を開けて、闖入者(ウィスタリア)が現れた。

彼女を見るなりキリトは、またうるさい奴が現れたなと思いつつ声を掛ける。

 

「あんた、なんのつもりだ?」

 

「どうもこうもありませんわ。事情はラジラジさんからお伺いしましたわ」

 

「そうかい。それでどうするんだ?俺を黒鉄宮にぶち込むのか?」

 

黒鉄宮――正確にはその地下――。ダンジョン扱いの公共のエリアであり、犯罪者プレイヤーを閉じ込める為に始まりの街に用意されている、この世界における監獄だ。

ダンジョンと同様メッセージの送受信、位置情報のサーチが不可能かつ共有ストレージ、共通アイテムウィンドウを使うこともできない。ゲームクリアまで文字通り缶詰めにされるのだ。それまでの精神が保てるかどうかは保証しかねるが。

そんな中に放り込まれかねないとキリトは自覚している。だが、相手は首を横に振る。

 

「いいえ」

 

「じゃあなんだよ?」

 

「気分転換がてら、街を見て回りますか?」

 

沈黙。

予想外の言葉に流石のキリトも言葉を失った。

 

「今日はクリスマス当日。攻略の事を忘れてこの始まりの街を物見遊山したらどうですの?」

 

「バカ言え。それで何の得が――」

 

「アイテムウィンドウを見てみなさい」

 

言葉を遮ったウィスタリアに首を傾げつつもウィンドウを見て、今度は言葉を失った。

予備の剣以外の自分のアイテムが軒並み全部なくなっていた。

わなわなと肩を震わせて、それでも怒りを抑えるように震える声でウィスタリアに訊ねる。

 

「……おい、どういうことだ?」

 

「眠っている間に全アイテムオブジェクト化を使って街のいたるところに隠しましたわ。よって、街のいたるところを巡らなければアイテム抜きのままで向かうことになりますわよ?」

 

思わず手で顔を覆ってしまった。

要するに「アイテム全部置いてここから去るか、大人しく休むか選べ」である。大方、眠っていた自分の腕で操作してアイテムを具現化して幾つかのトリンケットに集め、それぞれの場所に隠したのだろう。

最早脅しに近い要求にこの上ないほどの深いため息を吐く。

 

「わかったわかった。半日だけ付き合ってやるよ」

 

今回ばかりは彼女らの要求を受けなければならないと、両手を上げて降参するように応じるのだった。

 

「それなら、こちらをお受け取りくださいな。ここを去るまで開けてはなりませんよ?」

 

キリトが応じたことでウィスタリアが笑顔で1つの【永久保存トリンケット】を差し出した。最後の方を聞いてキリトは「誰が浦島太郎だ」と心の中でツッコミを入れるのだった。

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

【ゴスペル・メルクリウス】の本部の建物から出て広がる光景に、キリトは思わず声を上げた。

武器を手に近場の狩りで作戦会議を内輪で繰り広げる男達。ベンチに座って談笑を繰り返す者達。降り積もった雪で雪合戦をする子供たち――。

 

「これ、本当に第1層か?」

 

この広場でデスゲームの宣言を受け、パニックの渦中となった時は今でも覚えている。が、今ではその影響が嘘のように消え失せ、活気に満ちていた。

すぐさまクラインと共に広場の喧騒から脱出。その後一人でホルンカへと向かったキリトは知らない故に、呆然とするのは無理もない。

 

「良いから良いから。最初はこっちだよ」

 

レインの声に従いつつ、キリトも街の移動を始めた。

ウィスタリアによれば【永久保存トリンケット】は全部で3つ。先程手に入れたものと、教会と広場の2つ。

受け取ったトリンケットをストレージに移すと、まずは東にある教会へと向かっていった。

 

「それにしても、見渡すと子供もいるよね~」

 

「そうだな」

 

SAOの推奨年齢は13以上。しかし先程雪合戦をしていた子供たちはどう見ても10歳前後――SAO開始時点で9歳辺り――だった。

大方、親にねだって買ったのは良かったものの、直後にGMからデスゲームを言い渡されてパニックになっていたのだろう。

内心キリトは「半分自業自得だろ?」と思ったが、すぐに切り替えて教会へと向かっていく。

 

「さ。第1チェックポイントだよ」

 

「ノリノリだな……」

 

くるりと協会の扉に注目させるかのように手を広げるレイン。

彼女に呆れつつもさっさとアイテムを回収してしまおうと扉を開ける。

 

「あいたたたたたた!ちょっ、そこはダメだって、やめて」

 

「……おい、いきなりいい大人が子供らにしてやられてるんだけど」

 

「……げんきいっぱいなだけだよー」

 

いきなりユースが教会で暮らす子供たちに成す術なくおもちゃにされている光景に思わずレインも思考が止まった。

教会には7人以上の子供たちが教会の部屋を所狭しと騒いでいる。

椅子やテーブルの数を見るに、30人近い人数が暮らしていると予想が着く。残った子供たちは教会の外にいるのだろう。

 

「いらっしゃい2人とも」

 

「あ、こんにちはサーシャさん」

 

眼鏡の女性が現れて、ようやく我に返ったレインが返す。女性、サーシャの案内で教会の奥へと上がる。

その部屋で、数人の子供がキリトを興味を込めた視線を送っている。

 

「兄ちゃん、ゲーム進める人?」

 

「ああ。どうしたんだ?」

 

「って事は、剣士?」

 

意外にも食いついてきた子供に多少たじろぐ。

そこに待ったをかけたのは、食いついてきた子供とは異なる子供だ。

 

「そんな訳無いよ。この人剣の一本も持ってないじゃん」

 

「でも、街じゃこの人見なかったよ?」

 

「見かけなかっただけじゃないの?」

 

「そんな訳ないよ!僕、よくサーシャさんと一緒に見て回ってたもん!」

 

続けて現れた子供が最初にキリトに話しかけた子供とちょっかいを出してきた。

 

「こらっ、お客さんの前でしょう?」

 

「だってサーシャさん……」

 

「予備で良いなら、持ってるけど……」

 

「本当!?見せて見せて!」

 

子供にせがまれ、早速キリトが剣を実体化する。園内でなら間違ってもHPが消滅することはないと判断したのだ。手に取った剣を長机の上に置いた。

 

「わぁ!凄ーい!」

 

「うわっ、重い!本物だ!」

 

「カッコいい!」

 

予備の剣とは言え、本物の剣を目の当たりにして随分と興奮気味だ。

わらわらと四方八方から見たり、触ったりして収集がつかない。

 

「……すみません。お騒がせしちゃって」

 

「いえ。お気になさらずに」

 

騒がしい子供たちの傍ら、ティーカップの紅茶を一気に飲み干した。

 

「ここに住む子たちは、アンタが一人で?」

 

「いいえ。確かに起ち上げたのは私ですが、有志の方達の協力もあります。ここに閉じ込められた子供たちが放っておけなくて……」

 

サーシャが一旦話を終えると、教会の庭にいる子供たちを眺める。

愛おしそうに目を細める彼女をキリトは眩しく感じたのか、気付かれない程度に首を動かして目を背ける。

 

「私、現実(リアル)で教職課程を取ってたんです。学級崩壊とか長い事問題になっていたでしょう。それを私が何とかするんだーって燃えていたんですよ」

 

「優しそうな見た目してるのに、案外熱い人なんですね」

 

レインの冷やかしに思わずサーシャが顔を赤くする。咳ばらいをして改めると、説明の続きをした。

 

「と、ともかく。私が起ち上げたこの保護施設なんですけど、あの子たちと出会って一緒に暮らし始めたら、何もかもが見るも聞くも大違いで……頼られるどころか、私があの子達に頼って、支えられてる部分が大きいと思っています。けど、それで良いっていうか……それが自然な事なんだって思えるんです」

 

「……それは良い事だ」

 

「でも、最近子供たちの中にも上の層にお手伝いに行ってる子もいます」

 

「えっ?」

 

思わず声が出てしまった。上の層に手伝い?狩りでもやってるのか?

キリトの頭の中で疑問が渦巻く中、サーシャが続けた。

 

「あ、でも。狩りとかそういうのじゃ無いんです。同じようにここにいた大人の人が開いたお店のお手伝いなんです」

 

「手伝い?」

 

「ええ。例えばギンは、武器を作るのを初めて見た時凄いって騒いでいたから、あるプレイヤーが開いた鍛冶職人の鍛冶場を見る為に時々足を運んだりしてます。ミナは動物のお世話をしたいって言っていたから、22層の【エリザベスパーク】で動物のお世話をしてます。シエナも実家がパン屋だったものだから、時々パン作りのお手伝いとして22層に。他の子も、ここを拠点としている生産職ギルドのお手伝いをしている子もちらほらいるんです」

 

「……意外だな。始まりの街(ここ)が一番安全じゃないのか?」

 

SAOは例外なく園外に出ればモンスターとの会敵は避けられない。碌な戦力も無い子供がそこに出れば、数分もしないうちに消されてしまうだろう。そんなところに足を運ばせる真似はできないだろう。

最も、唯一の例外である22層は園外でモンスターと会敵することはないから心配はない。

 

「まあ、確かにそうですね。上に行く時は必ず大人も同伴しています。多分、あの子たちも待ってるだけじゃなくて、誰かの力になりたいと思ったのかもしれません」

 

『誰かの助け』。その言葉を聞いたキリトはほんのわずかに俯いた。

彼らと関わったのは、複数のモンスターに囲まれたのを助けたのがきっかけだった。

それだけだったのに――。

 

「将来的には、ここでの経験があの子達の為になってほしいっていうのが私の願いです。その為にも、私達がしっかり彼らを死なせない努力をしないといけません」

 

「……頑張ってください」

 

「ありがとうございます。それではこれを」

 

お礼を言った後、サーシャは自分のストレージから【永久保存トリンケット】の一つをトレードでキリトに渡す。

受け取ったキリトはそれをストレージに入れるとレインと共に教会を後にした。

 

「ひとつ良いかな?」

 

教会を出ようとした矢先、子供たちに遊ばれていたユースがキリトに声を掛けてきた。

 

「何か?」

 

「……いや、少し呼んだだけだ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「……現実に残した、娘の事を思い出しましてな」

 

ふと窓の外の空へと見やる。まるで現実に残した家族に向けているようにも見える、切なさと望郷の思いを乗せて。

 

「丁度君と同い年くらいだ。私と妻はあるイベントの代表としてナーヴギアを使ったのだよ。キャラネームで困ってる時に2人で娘の名前を分けて使おうと

妻が考えたのだが……まさか、こんなことになろうとは、な……」

 

「……少なくとも、誰も予想できなかったと思います。誰もがこの世界に憧れた。俺は、この世界であるプレイヤーに会いました。彼はVRの中では視界が悪く、仲間にも迷惑を掛けていたと言ってました。あの後色々あったのですが、噂で上位ギルドになっているとのことです」

 

世界初のVRMMOというジャンルは世間を圧巻した。キリトもベータテスト時代に初めてのログインで、他を軽々と凌駕する世界に感動すら覚えた。

剣を手に戦い、上を目指して――。その果てを見に行こうと心が躍動していたのだ。

 

「そうか……。引き留めて悪かった」

 

「いえ。こちらこそ」

 

沈黙。

だが2人にはどことなく……ユースの目にキリトを自分の娘と重ね、キリトもユースを自分の父親のような感覚を感じた。

だからこそ、この言葉は自然と出たのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 



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黒夜の聖夜(ブラック・クリスマス):黒の剣士の休日(2)」

「さっさと行こう」

 

教会を後にしたキリトはさっさと荷物を回収しようと広場へと足を運ぶ。

 

「そろそろお昼にする?まだ食べてないでしょ?」

 

広場に到着した途端、レインに言われて漸く、自分があのイブの夜から何も口にしていないことを思い出した。それ以前に、一昨日まで食事を可能な限り切り詰めていたのだ。現実であれば命を落とす危険はまだしも、身体に悪影響を及ぼしていただろう。

返答する前にレインがウィンドウを操作し、紙に包まれたものを差し出してきた。

包みを開くとバンズに挟まれたレタスとトマト、そしてパテの代わりの円形のかき揚げのような揚げ物と飴色の液体。見た感じはハンバーガー風カツサンドといった所だろう。

ロクに食事をしていなかった為に出るはずの無い涎を飲み込み、かぶりついて――驚愕した。

 

「んぐっ……!?」

 

思わず吐き出しそうになって、堪えて飲み込んだ。

 

「こ……これって……!?」

 

「おぉ、気付いたんだね?」

 

握り潰しそうなのを必死にこらえ、油の切れた機械のように首を動かす。

パテや野菜、バンズに問題は無い。問題はパテ替わりのカツに掛かっている液体だ。

 

「……ソースか!?」

 

「大・正・解!」

 

キリトが驚いている理由はそれだ。SAOの中には味覚再生エンジンというものがあり、それが口に含めた料理やポーションから、酸味、甘味、苦味、辛味、塩味――いわゆる五味で感じられるイメージを脳に与えさせるシステムで動いている。

ただこの味覚再生エンジン、食料アイテムに設定された味をパラーメータとして算出。五味どれかに近いものに感じさせるというだけであって、現実の味に相当するという訳ではない。それ故にSAOで手に入る調味料自体、醤油やマヨネーズと言った馴染みの味が存在しない。

ところが彼が今さっき食べ、今もかぶりついているカツサンドもどきには現実で食べたものと相違ない味が口の中で広がっていた。

 

「これアスナさんとユイちゃん、マコトちゃんらが中心に作ったものなんだ。2人もそうだったけど、アスナさんもアインクラッドの調味料に不満を持ってたみたいでね」

 

「アスナが?」

 

マコトとユイが関わってるのも意外だが、アスナも関わっているというのがもっと信じられなかった。

あの攻略の鬼とまで呼ばれる彼女がここに来て、居残り組とまで揶揄されるプレイヤーと一緒に味覚の研究をしている姿が到底思い浮かべない。

 

「ま、かなり苦労したのに出来上がったソースは偶然の産物で、今もできた調味料はそのソースだけ。今も開発の為に研究中よ」

 

レインの説明を横目にカツサンドモドキを平らげた。

久しぶりのまともな食事を終えて一息つくと、目の前の広場に人だかりができていた。

奥の方を見やると、ノゾミがマイク替わりの短剣型の木剣を手にして何かの準備をしていた。

 

「なんだ?」

 

「ライブの始まりね。月一で開催されるのよ。よかったら聞いてく?かなり評判よ」

 

若干置いてきぼりな気持ちのキリトを他所に、ライブが始まった。広場というだけのストリートライブに集まったファンたちの歓声がけたたましい。

歌のジャンルは5人のスクールアイドルの結成までの道のりを描くアニメのオープニング曲だ。キリト自身、アニメは見ないほうで詳しくは無かったものの、ノゾミの歌に合わせるように録音結晶に記録された演奏が相まって、遠くにいるキリトも聞き入ってしまっていた。

 

「……嘘、()いてたんでしょ」

 

レインからの一言で、キリトは呼吸をも忘れる思いをして思考を遠目のライブから引き戻された。

あの事は誰にも話していない。第一、あの時あの場にレインはいなかった。なのに何故あのギルドの事を――自分が吐き続けた嘘に気付いた?

 

「あの時の話をしてたユイちゃんたちの話でね。最前線組で有名なあなたが中層ギルドにいるって聞いたら、私なりに憶測を立てたら大体それに行きついたのよ」

 

「……そうか」

 

「あー言わなくていいわ。こっちが勝手にしゃべって、あなたが勝手に聞いてて」

 

ライブが続く中、レインの独白が始まる。

ノゾミのライブを邪魔しないように、ある程度声のボリュームを抑える。キリトだけに聞かせるように。

 

「あなたがどういう理由で嘘を吐いたかは私達は知らない。けど、嘘を吐いてできた場所に居続けると、その居場所を守りたいが為に嘘を重ねて、どんどん白状する勇気も機会も失っていくものなの。私も、そういう経験があったから……」

 

「嘘、か……」

 

「私も最初は攻略組になろうって考えていたのよ。ウィスタリアさんが提案した『この街に留まって治政を取りつつ、中層のプレイヤーのサポートをしていく』なんて馬鹿げているって思ってね」

 

空を見上げて思い返す。デスゲームの数日後、始まりの街周辺での狩りを終えたあの日。

初日から居残り組のプレイヤー達に片っ端から協力を仰いでいたウィスタリアを見かけた。

レインから見たウィスタリアの第一印象は――「頭がおかしくなった人」。

このデスゲームを協力して生き抜こうとか、この始まりの街の治政とか、レインにとってはどうでもいい事だった。死にたくなければここに残ればいいだけの事。周囲のプレイヤーも、自分と同じ考えなのは解っている。

どうせ、数か月もすれば無駄だとわかって本性が出てくるに違いない。冷めた目でウィスタリアを見ていたレインはそう思っていた。嘘を吐き続けて周囲から孤立していった自分と同じように――。

 

「けど、あれから何日かした雨の日にまた見かけたのよ。土下座で宿屋の人たちに頼んでいたのをね。傘も差さずに、地面に頭を付けて。プライドをかなぐり捨ててまで必死にせっとくしてたのよ。そこでやっとわかったの。始まりの街(ここ)に居る人たちや、自分達の手の届く場所にいる人だけでも命や……心を守ろうとしてるんだって」

 

思い返す様に語るレインのその言葉に、キリトは無気力に自分の右手へと目線を落とす。

 

「だからかな。攻略を止めて、あの人たちと一緒にここに残ろうって決めたのは」

 

「……そうか」

 

「これで私のお話は終わり」

 

ライブの方もほぼ同じタイミングで終わったらしく、歓声がこちらにまで聞こえてくる。丁寧にファンに対応するノゾミを見ていると、レインが【永久保存トリンケット】を差し出してきた。

 

「最後はここのライブの終わりに渡してって」

 

無言で受け取ると、三度中身を確認し、自分のストレージに移す。すべてのアイテムを取り戻したキリトは「じゃあな」と一言レインに告げると、転移門へと歩みを進めていく。

 

「楽しめましたか?」

 

その時、ウィスタリアが声を掛けてくる。

 

「……まぁ、それなりには」

 

消え入りそうな声で頷く。

 

「あんたは、なんで俺に構ったんだ?」

 

キリトの直球な質問に目を丸くするウィスタリア。

暫くして「ふふっ」と軽く笑うと、ライブ会場でもある広場に目を向けて答えた。

 

「今朝方に会議を開きましたのよ。色々反対意見も多かったのですが、あなたを失った場合、攻略組全体のペースを落としてしまうという結論に至りましたわ。あのまま放置しても自殺しかねないとラジラジさん――【ブレイブ・フォース】のマスターも言っていましたわ」

 

「そりゃ俺ら攻略組は、アンタらからすれば雲の上の存在みたいなもんだろうな」

 

「そんな大げさな……私もあなたも、ここでは対等な人間(プレイヤー)ではなくて?」

 

その言葉を聞いたキリトは目を伏せた。

あの日を境に、プレイヤー達が自分に向ける目は侮蔑と偏見。一方的な罵詈雑言だった。

 

「あんたらも、腹の底じゃ俺が殺したって思ってるんだろ?」

 

「あら。こう見えて私、人を見る目は自信がありますわよ。あなたが嬉々として殺人に手を染める方には思えなかったのですわ。もちろん、あなたが所属していたギルドも犯罪者(オレンジ)ギルドだったとも思えませんわ」

 

「……そうか。世話ンなったな」

 

もう話す事は無いと、キリトは喧騒から逃げるように転移門に向かい、青白い光に包まれて消えた。

 

 

 

 

再び最前線へと戻ったキリトは、ダンジョンの安全域で休憩を取っていた。

 

あの場所は、キリトにとって優し過ぎた。暖かすぎた。ヒリヒリと肌を焦がす、いや、火傷しそうなくらい――。

【月夜の黒猫団】と同じような温かさ。その感覚にキリトは惹かれるどころか、逆に恐怖心を感じた。

ビーターであることをひた隠し続け、罠の危険性を説得することができずに一人、また一人とメンバーが消滅するのを目の当たりにして、最後に心を開いていた少女さえ――。

あのまま居続けたら、また喪ってしまう。また死なせてしまう。今度こそ、二度と這い上がれないほどの暗闇へ――堕ちてしまう。

 

「……ん?」

 

早くトリンケットの中のアイテムを全てストレージに移してとっとと寝ようと捜査したところ、アイテム欄から2つ、ギルド共通ストレージから1つのアイテムを見つけた。

ギルド共通ストレージには音声を録音する【録音結晶】。【ケーキ】。そして【クリスマスカード】。

この3つはキリトに身に覚えがない。指で額を小突いて記憶を辿ってみると、あの時しかない。

 

「アイツらか?」

 

始まりの街で目を覚ました時、アイテムを【永久保存トリンケット】に移された。仕込めるのはそれくらいしかない。

あの中に彼女らが仕込んだ3つのアイテムを入れ、それを何事も無かったかのように渡す。あの時帰るまで開けるなと言ったのはこれに気付かれない為と納得できる。

だが、共通ストレージは同じギルドメンバーにしか中身を見ることも操作もできない。あえて手付かずにしたのか、それとも単に気付かなかっただけか……。

ともあれ3つのアイテムを取り出すと、正八面体の結晶とフルーツケーキ、二つ折りのクリスマスカードがオブジェクト化される。

2つ折りの表面はクレヨンで描いたサンタの絵。開くと「クラインから、あなたは生きてくれと伝言されました」とラジラジの名前入りメッセージが書かれていた。

クリスマスカードを懐に仕舞うと今度は結晶に――一瞬躊躇ったが触れる。

 

『メリークリスマス。キリト』

 

「っ!」

 

その声に一瞬呼吸すら忘れてしまった。

記録された声の主は、かつてのキリトの仲間の声。【月夜の黒猫団】の紅一点であり、彼が心を開こうとした相手――サチ。

今はもういない、彼女の声に一瞬驚いたキリトは、再び表情に影が差した。

自分の正体を隠したことへの恨みか。それとも彼女の前で守ると言った手前、見殺し同然に死なせてしまった事への憎しみか。

しかし、聞いていく内に録音の音声はキリトの予想を裏切った。

 

彼女は、既にキリトが自分達以上のレベルに達していたこと。その強さを知って、嬉しくて、同時に安心したこと。自分が死んでもキリトに生きて欲しいということ。この世界が生まれた意味、自分がここに来てしまった意味、キリトとサチが出会った意味を見つけてほしいということ。

締めくくりの赤鼻のトナカイを歌い終えると、結晶は光を失い地面に転がり落ちた。

 

最後に残ったのはケーキだけだ。ひょいと持ち上げて、かぶりついた。

もうやけ食いの類だった。獣のようにケーキを貪り、クリームやフルーツがべしゃり、べしゃりと地面に落ちて服や床を汚すのもお構いなしに食らいつく。

 

「なんだよ……ひっでぇ味だな……」

 

平らげた所で、零れるような感想を呟いた。

 

「砂糖と塩を……一緒にぶちまけやがったな……」

 

口に出た感想は嘘であって本当だ。

今まで食べた中で――現実で食べたものも含めて、今さっき平らげたケーキは最高に美味だった。それなのに、余計な塩味が混じっていた。

ボタボタと双眸から流れる涙と共に、闇の中に消え入りそうな嗚咽が無人のダンジョンに虚しく響いていった。

 




次回「【血盟騎士団】の問題児」

(・大・)<次はシリカ編。

(・大・)<実を言うと次の話は書きたかったシーンがある一つです。



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「【血盟騎士団】問題児」

(・大・)<お待たせしましたー。

(・大・)<一応この話は書き上げたけど、途中でミスって本文が台無しになって書き直したり、現実での仕事が一気に4時まで増えたりと……。

(・大・)<……正直、モチベとか色々削られてます。


 

「……ここ、どこ?」

 

少女が目を覚ますと、そこは無機質な白い部屋だった。白地のカーテンに、白いベッド。そして引き戸式の扉。部屋の何もかもが無機質な白地で覆われたシンプルな部屋の中。その中央で一人、少女は佇んでいた。

なぜこうなったのか、頭で整理しようにももやがかかったようにすっきりしない。

 

「……あぁ、そっか。夢だったんだ……」

 

その頭で何とか判断した少女は呟いた。

あのデスゲームと化したSAOも、閉じ込められた現状も、全てが夢と判断した。

ふぅ、と息を吐いた少女の視界の右端――扉の窓から人影が通り過ぎる。

 

「あれは……弟君!?」

 

まるで探し求めていた人を見つけたかのように目敏く見つけた少女は、一瞬で扉へと近づく。

そして、扉に手を掛けた所で異変に気付いた。

 

「……あれ?」

 

扉に手を掛けても、まるで鍵でも掛かったように動かせない。力を込めてもビクともしない。

その間にも、少女が弟君と呼んだ人影はどんどん遠ざかっていく。

 

「ま……待って弟君!私だよ!お姉ちゃんだよッ!!」

 

必死に扉を叩き、叫ぶも向こう側にまるで届かない。

 

『――そして、全ては達成せしめたのである』

 

その時、後ろからの声に少女に全身に悪寒が走る感覚が襲った。忘れるはずが無かった。その声の主は、デスゲームの開始を告げた諸悪の根源とも呼ぶべき存在の声だったのだから。

 

「いや……いやぁ……!弟君ッ!!リノちゃんッ!!私はここだよッ!!お姉ちゃんを一人にしないでッ!!!」

 

手の骨が砕けんばかりに叩き、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。それでも扉はビクともせず、そして声も届かない。

少女のパニックが激しくなるにつれ、白い部屋がガラガラと音を立てて崩壊していく。

 

『プレイヤー諸君、健闘を祈る――』

 

「お願い……帰して……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんを独りにしないでえええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

目を覚ますと、そこは深い森の中だった。悪夢からついさっき解放された少女は荒い息遣いで周囲を見渡す。

部屋も扉も、例の声の主も無い。右も左も木々が乱雑に立ち並ぶ森の中だ。

呼吸も落ち着き、すっと右手を振る。すると、軽やかな音と共にメニューウィンドウが現れる。

 

「あぁ……そっか……これが、現実……」

 

最早、現状に打ちひしがれたあまりに乾いた笑いすら出ない。

立ち上がり、片手剣を手に歩き出した。

 

(私は……もう、お姉ちゃんじゃいられないの……?)

 

 

 

 

「……」

 

深いの中、ふらふらと少女が歩く。覚束無い足取りと虚ろな目は、さながらゾンビだ。時折左右を見て、再び歩みだす。当ても無く、ふらふらと。

 

「……ぁ」

 

進んだ先に巨大なモンスターの群れが、一人の小さな少女を襲っているのが見えた。あと数秒もすれば少女のアバターはポリゴンとなって消滅るだろう:

 

「……助けなきゃ。妹を、助けなきゃ……」

 

刹那、少女は駆け出した。

引き抜いた剣の刀身にブラックグリーンの禍禍々しいオーラが、僅かに纏っていた。

 

 

 

 

35層:主街区《ミーシェ》

 

 

黄昏時。大通りの一角に立つ屋台。その後ろの壁では【トレブリング・オックス】がうつらうつらと首を僅かに上下させている。

 

「お待たせしました。目玉焼きサンドです」

 

「ありがと。これ、代金ね」

 

屋台の店員――ユイが客に商品であるサンドイッチを渡す。

屋台の看板に貼られている店売りの商品は、ベーコンとレタス、トマトのサンドイッチだけではない。イチゴとホイップクリームのスイーツ系、ハンバーグとオニオンのハンバーガー風――様々なものが売られている。これもひとえに【エリザベスパーク】――もとい、マコトやユイ、そしてアスナの功績によるものだ。

元々、SAOには現実世界の調味料と言うのは存在しない。甘味、酸味、苦味、塩味、旨味の五味と、辛味と渋味という大雑把に分けられた7つの味を、それぞれの食材アイテムの味覚再生エンジンが起動し、それを食べた時の味が出る、と言うことだ。

それでもユイやマコトたちは去年の8月辺りから現実世界の調味料を再現できないかと【調合】を利用しまくり、現在に至るまでにソースとマヨネーズは完成することができた。クリスマスの翌日にキリトが食べたのも商品の一つである。

 

「ふぅ……マヒルさん。店売りの奴は全部売れました」

 

「おぅ。んじゃあもう今日は店じまいだな」

 

商品が全て売り切れたことで早々に店じまいをする【エリザベスパーク】の商人たち。

今回はこのミーシェの北と南でそれぞれサンドイッチの販売に回っている。

 

「んじゃあ、俺らは先に行ってるからな」

 

「あんがとな」

 

他の2人は荷車を押して宿屋へと向かい、残ったマヒルとマコトは共に主街区の大通りを歩いていく。

 

「攻略のほうは進んでるだか?」

 

「お客さんから聞いた話よると今は……大体52層ってところです」

 

「おぉう……。始まったばかりは到底無理って思ってたけども、案外やればできるんだべな」

 

ユイの答えにマヒルは僅かに希望を見出していた。今年の初めに入って50層ボス討伐の知らせを受け、いよいよアインクラッド攻略は折り返しに突入した。

2年前までは現実に帰還できないと絶望し、自らアインクラッドの外周に飛び降りたプレイヤーも居たのだが、折り返し地点に突入したことで「帰還できるかもしれない」という希望を持ち、下層、中層のプレイヤーも活気づいてきた。

 

「……おっ」

 

大通りにを数分歩いていると、聞きなれた声の歌が聞こえてきた。音に導かれるまま歩いていくと、小さな広場で人だかりができていた。彼らは何かを聞いているように立ち尽くし、喧騒から少し離れたこの広場は、彼女の歌が良く聞こえる。声の主はレインだった。いま彼女が来ているのは普段の軽装も兼ね備えた赤いものではなく、フリルドレスにカチューシャ、そして首元に大きな薄ピンクのリボン。その衣装も合わさって、さながらメイドのゲリラライブのようだ。

歌っているのは『血○戦○』の2期のOP曲だが。

 

「レイレイでねぇか。お――」

 

「待って。演奏中に声を掛ける物じゃないですよ」

 

見かけたマヒルが声を挙げようとするところをユイが彼女の口を押さえて制す。

その後、曲は終了しレインに拍手が送られる。緊張が解けたのか、彼女は笑顔で観客に向けて手を振った後路地裏へ去って行った。

 

「お疲れ」

 

「あっ、ユイちゃん。マヒルさんまで」

 

「どうも。でも、思わず聞き入っちゃって。あんなに演奏をするなんてすごいです。それに、なんだか私が見た中だと一番生き生きしてるようにも見えました」

 

「えっへへ。私もユナやノゾミには負けてないわよ?」

 

ユイの感想にレインもどや顔で返す。とはいえレインの腕前はお世辞ではない本物。ファンがいるのがその証拠だ。ポーション生産との二足のわらじではなく、ライブに一極化していればすぐにでもノゾミやユナと並ぶレベルとなるだろう。

 

 

 

 

「――のです」

 

「……あれは……」

 

レインを加えて3人になって宿屋に向かう途中、転移門広場であるプレイヤーを見つけた。

修道服に身を包み、白髪に黒のメッシュを付けたショートヘアという、サーシャとはまた違ったタイプの女性プレイヤーだ。

 

「あの人って……確か始まりの街を拠点にしているギルドマスターですよね?」

 

「んだ。確か名前は……」

 

「【白鳥の抱擁】、でしょ?」

 

 

 

「今、世界は変わりつつあります。天へと昇る会談は着々と解放されつつ、我々の解放の時も近付いてまいりました。故に、我々もまた未来への福音を得る時が来たのです。願い、祈りを捧げ、日々に感謝を」

 

「祈りを捧げよ。解放の救済は、我らにある!」

 

【白鳥の抱擁】のギルドマスター、アイリーンの後にギルドメンバーの男性が声を張り上げる。

実際、【白鳥の抱擁】の活動は宗教のようなスピーチを繰り返すだけで、具体的な活動はほとんど行っていない。しかしその言葉とギルドマスターの美貌に虜にされ、彼女を聖女や女神と例えるプレイヤーも多く、今や【白鳥の抱擁】のギルドメンバーは100人を超すという。

そして件のクリスマスの際、キリトの保護に反論をしていたのもこのギルドに所属していたプレイヤーだったりする。

閑話休題。

 

「おろ?」

 

「どうしたの?」

 

「メールが来ただよ。テンカイから」

 

「どんな内容なの?」

 

「オラに話したい人がいるからって。場所はオラたちの泊まる宿屋だべ」

 

その人が指定した、もといマヒルたちの宿泊先は他の宿屋と比べて割高ではあるものの、中型から大型のテイムモンスターも同伴できるようになっている。

その場所はユイやレインも泊まる予定なので、2人も乗り掛かった舟と同行することにした。

 

 

 

 

「……あ、マヒルさん」

 

「リカリカでねぇか。どうしたんだべ?」

 

宿屋に戻ると、ツインテールの少女と白い団員服の少女と鉢合わせた。

彼女ら2人だけでなく、テンカイと先に帰った【エリザベスパーク】ギルドメンバー。そして素材収集にこの層に来ていたツムギとノゾミとも鉢合わせた。

 

(……あの団員服、【血盟騎士団】のものね)

 

「改めて紹介しとこうか。彼女はシリカ。そっちは一応【血盟騎士団】所属のシズルさん。シリカと俺らは同じテイマーのマヒルから知ったんだ」

 

「初めまして、レインよ。こっちは同じギルドメンバーのユイさん。それでなんでマヒルさんを?」

 

「それは……」

 

「あの女よ……」

 

訊ねようとした瞬間、不意にシリカの隣の少女が憎々し気に呟いた。

 

「あのロザリアとか言う女……リノちゃんに意地悪な事を言ってて……ただでさえピナちゃんが消えた直後だっていうのに……!」

 

思い返すだけでも腹立たしいのか、次第にカップがミシミシと音を立て始める。

 

「今度会ったら絶対にタダじゃ置かないッ!!」

 

風船が破裂するような怒声と同時にカップが握り潰された。ぎょっとする一行を他所に、ポリゴン片となって消滅していく。

改めてテンカイから話を聞いてみた所、シリカのパーティメンバーだったロザリアという赤い女が彼女に言い寄っていたのだが、シリカの隣にいたシズルが耐えかねて激昂。暴力沙汰となって周囲のプレイヤーが止めに入るほどにまで至ったという。

砕け散ったカップを引き気味に見た後、ノゾミが訊ねる。

 

「た、確かに友達が死んでる時にそんな嫌味言われて、良い気はしないわね」

 

「けど、テンカイさん達のお店を見て思い出したことがあったんです」

 

ちょっと見てください、とシリカはアイテムストレージを操作してあるアイテムをオブジェクト化する。

それは、1枚の羽根だった。淡く優しい光を放っている。

 

「これは?」

 

「……《ピナの心》、です……」

 

「……そうだべか」

 

俯き気味に説明するシリカにつられて、マヒルの表情も暗くなる。

唯一、事情を知らないノゾミは取り出したアイテムに目を丸くしていて、急なマヒルの表情の変化もついていけない様子で隣のツムギに訊ねる。

 

「どういうこと?ピナって子、プレイヤーじゃないの?」

 

「どうやら、テイムモンスターのようですね。マヒルさんのエリザベス2世のように」

 

そこでノゾミも、沈んだ理由を理解した。

その直後、

 

「けども、方法が無いわけじゃないだよ」

 

「本当ですかッ!?」

 

それでも顔を上げて告げたマヒルに、シリカは思わず身を乗り出した。

 

「んだ。チュートリアルで聞いたけども、47層の思い出の丘って場所に咲く《プネウマの花》ってのを使えばピナを蘇えらせることができるべ」

 

「47層……やっぱり相談に来て正解でした。今からでも頑張ってレベリングをして――」

 

「ちょ、ちょっと待った!その《ピナの心》は今日手に入れたのか?」

 

「え?そうですけど……」

 

「そのアイテムは丸三日経っちまうと、もう二度と蘇えらせることはできなくなるべさ。おめぇ、レベルは幾つだ?」

 

「うっ……40、です……でも、皆さんとパーティを組んで――」

 

「悪いが俺らも一番高い奴で18程度だ。足手まといが増えるだけだぞ」

 

「私も、40くらいね」

 

さらっと告げられた事実に再び空気が重くなる。特にシリカのダメージは計り知れないだろう。先程までピナの蘇生の手掛かりを掴んでいたというのに、こんな形で障害が見つかってしまうなんて。

一行の周りが沈黙に包まれていき――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――大丈夫!お姉ちゃんがついてるよ!」

 

――短い沈黙をぶち破ったのは、シズルの一言だった。

なんとも場違いな彼女の言葉に一行は彼女へと視線を向ける。

 

「要はその場所へ行ってピナちゃんを蘇えらせればいいんだよね?大丈夫!お姉ちゃんレベルは70は行ってるから!リノちゃんと一緒なら大丈夫だよ!」

 

「えぇっ!?」

 

「本当!?だったらいけるかも!」

 

「うん!私もリノちゃんと一緒にピクニックに行けるんじゃない!?」

 

「ねぇ、ちゃんと、聞いてたべか!?確かに強いプレイヤーと一緒ならリカリカも死ななくなるかもしんねぇけど……」

 

「お姉ちゃんがついてるよ!」

 

「いや、だから……」

 

「お姉ちゃんがついてるよ!」

 

「……」

 

意地でも譲らないと言わんばかりのお姉ちゃん宣言を続けるシズルにマヒルも次第に反論を失ってどんどん閉口していく。

 

「と、とりあえず私は明日用事があるから、ノゾミさん様子を見てもらえますか?」

 

「う、うん……」

 

「やった!じゃあ明日は姉妹とノゾミちゃんたちでピクニックだね!お姉ちゃんお弁当作ろっか?それとも買ってく?場所はどこがいい?帰ってから主街区でじっくり?それとも安全域?嫌いなものとかある?頑張って作っちゃうから!リノちゃんの好きなもの作ってあげるね!」

 

シズルもマシンガンさながらの口調でシリカに詰め寄ってくる。当のシリカはもう慣れてしまったのか、死んだ目で聞き流すしかなかった。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 

だが一人、マヒルだけが唸っていた。

 

「どうしたの?」

 

「今の台詞……『お姉ちゃん』と『ねぇ、ちゃんと』って掛けたつもりだったんだけどな~……」

 

【エリザベスパーク】のやりとりとはまったく異なるやりとりに、レインは思わず閉口してしまうのだった。

彼女は放っておくべきが吉と判断したのか、レインはシリカに気になったことを訊ねてみることにする。

 

「そういえば、なんであの人あなたの事リノって呼んでるの?名前違うじゃない」

 

「そうなんですよ。なぜかあたしの事、リノって呼ぶんです」

 

自己紹介したんですけどね、とシリカは疑問を抱きながらカップの中のジュースを飲み干した。

その後、シズルに連れられてシリカが部屋に行くのを境に、テンカイ達も今回はお開きとなってそれぞれ部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

――2つ離れたテーブルに座っていた、一人のプレイヤーの耳に先程の会話が全て聞かされていたことに気付かずに。

 




次回『思い出の丘』


(・大・)<一応3話分で終わる予定です。


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「思い出の丘」

(;・大・)<ようやく投稿……。

(;・大・)<一度手違いで消す羽目になって、一からやり直したのはやはり苦労する……。


※2/26 本文を一部編集しました。


ノゾミ達がシリカとシズルに出会ったその夜。とある主街区。

そこは、これといった特徴の無い街だ。強いて特徴を挙げるとすれば、外周を見渡せるほどのベランダ状の広場があるだけといった所だろう。

その広場の木製ベンチの一つに、街灯に照らされている少年が誰かを待つように静かに座っていた。

 

「――こんな夜更けに呼び出すなんて、大したことじゃなかったら許さないゾ?」

 

「安心しろ。十分大したことだ」

 

暗闇から独りのプレイヤーが少年に声をかけてきた。

その少女が被るフードから覗く顔の頬に、鼠のようなペイントが施されている。少女の名は『アルゴ』。アインクラッド内で《情報屋》を営むプレイヤー達の筆頭だ。元ベータテスターだった当時の記憶を基に、1層から8層までの攻略情報を『攻略本』として無償で配布していたこともある彼女は、呼びつけた少年、キリトともそれなりの交流がある。

 

「明日、【タイタンズハンド】と俺が47層に出るって情報を【ALS】に流してほしい」

 

「おい正気カ?あいつらが最近犯罪者の逮捕に尽力してるのは聞いた事あるダロ?自首なら自分で行けヨ」

 

「捕まる気も自首する気もねぇよ。奴らが来たらトンズラするさ」

 

「大体、小規模のオレンジギルドなんテ今更珍しくもないダロ?」

 

「連中のマスターがアイツらとつながってたら?」

 

キリトのその言葉に、アルゴも一瞬だけ目を見開いた。が、すぐにキッと眼光を鋭くする。

 

「冗談のつもりならマジで怒るゾ?」

 

「実際に見たから間違いない。これ、情報料な」

 

淡白な返事でトレードを使いコルを渡す。渋々といった感じでアルゴがそのトレードに応じると、キリトはもう用はないとベンチから腰を上げた。

 

「オレっちにはどうしても考えられねぇヨ。キー坊」

 

去り際に背後から声を掛けてきたアルゴに、キリトは足を止めた。

 

「あの事件、オレっちにはどうしても理解できねぇんだヨ。あいつら、傍から見てもかなり仲が良かったじゃないカ。ケイタって奴がキー坊が殺したって思いこんだのも妙ダ。ひょっとしたらあの事件は、オレっち達が気付いてない何か――」

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

振り返ってアルゴを睨むその目から、威圧にも似た殺気が感じられる。

その殺気に圧され、数歩身を引いたアルゴだったが、直後キリトから殺気が消え失せ、諦観の念を感じる虚しさを携えた眼差しになる。

 

「あれはもう終わったんだ。あいつらの為にもこれ以上引っ搔き回すのは止めてくれ」

 

「キー坊!」

 

悲鳴に近いアルゴの呼びかけにも応じることなく、キリトは裏路地へと消えていく。

その黒い衣装が、街灯の灯りから外れた裏路地の闇に溶け込むように。アルゴがすぐに駆けつけるも、既に闇の中に消えたかのように少年の姿は影も形も無くなっていた。

 

「……キー坊め、今に見てロヨ……!」

 

キュッと唇をかみしめるアルゴ。今の彼女は失意に呑まれていない。むしろ情報屋としてのプライドに火が点いた。

 

 

――是が非でも、この事件の真相を掴んでやる、と。

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

翌朝、47層主街区『フローリア』に足を踏み入れたシリカは感嘆の声を上げた。

彼女の視界一杯に広がるのは色とりどりの花、花、花――。花壇狭しといっぱいに広がっている。

 

「ここがフラワーガーデン……凄い花畑ね」

 

「こんな所でライブしたら、絶対に盛り上がるわよ!」

 

レインと興奮気味のノゾミが周囲を見渡してそんな感想を漏らす。

この47層は通称フラワーガーデンと呼ばれる、園内はおろか園外ですらその大半を花壇が占めている。しかもご丁寧に四季ごとに咲く花の種類が微妙に変わるので、来訪者を様々な花で歓迎してくれている。

菜の花、ジャノメエリカ、シクラメンに現実では図鑑にすら乗ってなさそうな花……。花に関する図鑑を手にしていても、この主街区の花壇を全て調べるには数日日を跨いでいるだろう。それほどまでに広大なのだ。この層に咲き誇る花々は。

そしてその光景はカップルのデートスポットとして人気を博しており、右も左もカップルが自分の世界を作り上げてイチャついている。ここの素材が少ないのも、カップルの甘い雰囲気に独身プレイヤーが現実に耐え切れずに逃げ帰ったのが多いとか。

 

「さあ。プネウマの花を手に入れましょう。時間は待ってちゃくれないぞ!」

 

シズルが率先して思い出の丘へと進んでいく。5人もそそくさと進んでいくシズルを慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

「「きゃあああああああああッ!!」」

 

思い出の丘への道中。不意討ちを食らったシリカとツムギが植物モンスターのツタに宙吊りにされてしまった。

涎まみれの口をぱっくり開けたモンスターに2人とも顔を蒼くする。

 

「ひっ!?」

 

「いやあああああッ!ノゾミさんッ!助けてええぇぇぇ!!」

 

数秒後には食われる未来を想像したのか、パニックになって逆さづりのまま得物を振り回す2人。

 

「待ってて。今助――」

 

 

――ゴォウッ!!!

 

――パキィィン!

 

 

「――おぉっと!?」「――きゃっ!」

 

 

「……け?」

 

ノゾミ達が助けに行こうとした瞬間、シズルが一撃でモンスターを屠り、落下したシリカを受け止める。そしてツムギは自力で着地する。

 

「リノちゃん大丈夫?もう、無茶しちゃダメでしょ?お姉ちゃんに任せてって言ったじゃない」

 

「あ……はい。――って!降ろしてください~!」

 

今のシリカの状態はシズルにお姫様抱っこ状態である。流石にシズル達4人以外いないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

「……私達、いなくても良かったんじゃない?」

 

「……確かに」

 

武器を構えたままのノゾミに、同じ状態のレインもうなずくのだった。

 

 

 

 

「あの、シズルさん」

 

「何かなリノちゃん?」

 

「どうしてあたしをリノって呼ぶんですか?」

 

道中。モンスターを――ほとんどシズルが一撃で――倒しながら進む中、シリカ今まで抱えていた疑問をぶつけてきた。

 

「え?リノちゃんはリノちゃんでしょ?当たり前なこと聞かないで――」

 

「誤魔化さないでください。あたし、本気ですよ?」

 

いつになく真剣な目にシズルも思わず黙ってしまう。1分間も沈黙した後、静かに語りだした。

 

「……あなたがリノちゃんじゃないのは、最初から分かっていたよ」

 

「じゃあ、妹さんと弟さんは?」

 

「……ここには、いない……」

 

「それって……」

 

「あ、ううん。いないっていうのはSAOの事件の外――巻き込まれてすらいないの。あのデスゲームが始まった日、何度も《生命の碑》を見て確認したから」

 

巻き込まれていない。つまり、現実世界に取り残されたということだろうか。それはそれでラッキーだったんじゃない?とノゾミが思わず言いそうになったが、シズルが話しだしたのでその言葉は引っ込んでしまった。

 

「私だけ取り残されて、2人に会えないなんて考えたら、死ぬ以上の怖さを感じたの。それでもなんとかやっていけたんだけど、自分が自分でなくなっていくにつれて疲れて行ってね……。あなたを見かけた時、リノちゃんの姿と重なったの。だから……」

 

「だから、代替行為でしかない、って言いたいの?」

 

シズルが言葉をしおらせながら呟いた言葉の続きを、レインが続けた。

暫く黙った後に、シズルは静かにうなずいた。

 

「そうだね。正直、狂いそうだった。誰かをリノちゃんの代わりとして……もっと言えば弟君の代わりも欲しかった。この世界でお姉ちゃんとしていられないのが……私には、死ぬより怖い」

 

ふと視線を移すと、シズルの腕が僅かに震えていた。その言葉に含まれる感情は、恐怖。表面上は大丈夫だと言っているのであれ、本心は恐怖でいっぱいだったのかもしれない。

 

「……このままクリアできずに二度と現実に戻れないような夢も一度や二度じゃない。ひょっとしたら、本当に永遠に帰れないんじゃないかって……」

 

「……大丈夫です。きっと帰れますよ」

 

不安を慰めるように、シリカが遮った。

 

「アインクラッドを半分も突破したんですよ?残りの半分なんて、今年中に全部クリアしちゃいますよ!」

 

シズルを元気づけるようにシリカが答える。

むん、と気合を入れるような仕草にシズルも最初目を丸くしていたが、次第に笑みがこぼれだした。

 

「あははっ、ありがと。おかげでちょっと元気が出たよ」

 

「えへへっ。じゃあ、先へ進みましょう」

 

シリカも笑顔で答えて、一行は先に進む。

暫く戦闘をこなして歩いた後、思い出の丘の頂上に到着。

 

「あれじゃない?」

 

ノゾミが指したのは、花畑が見渡せる小さな広場。シリカがそこへ駆け足気味に行くと、石の台座から一輪の花が咲く。まるでシリカが来るのを待っていたみたいだ。

ユリにも似たその花を摘むと、《プネウマの花》とアイテム名が表示される。

 

「シリカちゃん」

 

シズルに言われて、シリカはすぐに《ピナの心》を取り出す。それに花から零れた一滴を垂らすと、《ピナの心》が輝きを増した。眩い輝きに思わず目を覆うが、その光は数秒で収まる。

 

「――きゅる?」

 

「……ッ!」

 

光が収まるとそこには水色の体毛を携えた小さな竜がいた。その姿を見た途端、シリカは感極まってその竜を抱きしめた。

 

「……どうやら、蘇生に成功したようですね」

 

「ふふっ。頑張った甲斐があったわね。さ、戻ろっか」

 

「うぅ……正直あの体毛をモフりたいけど……」

 

その愛らしい姿にノゾミらもその毛皮を堪能しようと思ったのだが、折角の感動の再会に水を差す訳にもいかないと堪えるのだった。

 

 

 

 

ピナを蘇生させた帰り道。シリカの足取りは行きの時よりも数段軽く、一行の先頭を歩いていた。

モンスターと遭遇することも無く、石橋まで辿り着いた。

石橋を渡ろうとした時、木の陰から赤い女性が姿を現す。

 

「よくやったじゃない、シリカ」

 

「ロザリアさん……?」

 

「何しに来たの?」

 

 

途端にシズルの彼女に対する態度が一変。敵意をむき出しにして前に出る。ピナも同様に唸り声を上げて警戒している様子から、ノゾミ達は目の前の女性が昨日話していたロザリアだと知る。

 

「決まってるじゃない。シリカの持ってる《プネウマの花》を……って!?」

 

そこまで言ってロザリアが目を見開いた。

シリカが頭に載せているのは自分を警戒するように唸り声を上げる、例のフェザーリドラであることに。

そして同時に気付いたのだ。彼女が自分の目的である《プネウマの花》を既に使ってしまった事を。

 

「ア……アンタまさか《プネウマの花》を使ったのか!?」

 

「だからどうしたのよ?」

 

「こッ、この……ッ!アンタたちッ!!」

 

淡々と返すシズルに逆ギレに似た怒声を合図に次々と木の陰から男性プレイヤーが現れる。誰も彼も見る目は完全にこちらを下手に見ており、武器を手に厭らしい顔を浮かべている。

咄嗟にシリカを除いた一行も武器を構えるが、シズルがある点に気付く。

 

「……こいつ等、オレンジね」

 

「嘘でしょ……、なんでこんな所に!?」

 

男たちの頭上のマーカーは、ノゾミやシズルのグリーンカーソルとは異なる色――オレンジ、即ち犯罪プレイヤーだった。

予想だにしない相手の登場に、ノゾミも思わずギョッとする。

 

「そのガキ以外を全員殺しちまいな!そのトカゲももう一度殺して、あのガキに花を取らせに行くんだよ!!」

 

ロザリアが声を荒げるように叫んだ瞬間、オレンジプレイヤーが一斉に襲い掛かってきた。

 

「おらぁッ!!」

 

「死ねぇッ!!」

 

「ぅ……ッ!?く……ッ!」

 

ノゾミ達も応戦するが、思うように攻撃ができない。

その理由は単純だ。相手はモンスターではなくプレイヤー、即ち人間。これまで相手にしていたデータの塊ではなく、実際に生きたプレイヤーが殺意を露わに襲い掛かってくる。

オレンジを傷つけてもこちらが犯罪者になることはないが、人間への攻撃の抵抗が強く前に出て、攻撃の躊躇いで相手の攻撃をなんとか捌く程度しかできない。

 

「人間相手になっただけでこうもやり辛くなるなんて……!」

 

「……下がってて」

 

「シズルさん?」

 

ノゾミとレインが苦戦する中、シズルが前に出る。彼女らから5メートルほど離れた場所で音を立てずに鞘から片手剣を引き抜き、切っ先を地面に向けたまま微動だにしない。

 

「へぇ、あんたがそんなに死にたがりなんて思わなかったわ。昨日殴られた分もあるからね……。あの女をぶち殺しな!!」

 

ロザリアの一声でオレンジプレイヤー達が一斉にシズルを標的とする。数秒後には彼らのソードスキルでHPが削り落とされ、ポリゴン片となって消滅する。

――はずだった。

 

「……ふっ!」

 

正しく、一瞬の出来事だった。

襲い掛かってきたオレンジプレイヤーの武器がシズルの片手剣の一薙ぎですべて破壊され、プレイヤー達も吹っ飛ばされた。

 

「な……ッ!?」

 

「さぁ、お友達は全員倒したよ?次はあなた?」

 

軽く払った後、剣をロザリアに向ける。

先程のお姉ちゃん然とした振る舞いから一転。冷淡と呼ぶべきかのような眼差しに、味方であるノゾミ達ですら若干戦慄する。

 

「ちょっと待って下さい!ロザリアさんはグリーンですよ!なんでオレンジなんかと……!?」

 

未だ現状を飲み込めないシリカが思わず待ったをかける。本来オレンジのプレイヤーはグリーンから恐れられている。アインクラッドで最恐と言われるギルド【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】――最も、システム上はオレンジだがレッドと名乗っている為カウントして良いのか微妙だが――然り。普通にオレンジとグリーンが同行するはずがないのだ。

――普通なら。

 

「大体、どうしてシリカちゃんを狙うの?さっきあの人殺すなって言っていたけど……」

 

「その《プネウマの花》が希少なレアアイテムだからだよ」

 

レインの質問にロザリアが答えるより早く、彼女の後ろからの声が答えた。

その声の主の姿は黒いフードと灰色の裾の長いズボン。背中に差した片手直剣。ノゾミ達とさほど年も離れていなさそうな少年。

 

「……キリト?」

 

「キリトって……まさか《ビーター》の!?どうしてこんな所に!?」

 

「どうしてって、お前それしか言えないのかよ?」

 

シリカに一言指摘すると、目線をロザリアに戻したキリトは続ける。

 

「あのアイテムはパートナーを亡くしたテイマーにしか手に入れられない。そのテイマーから奪い取り、裏ルートに流せば高値で売れるって寸法だ」

 

「高値でって……じゃあ、まさかこの女ッ!」

 

「ああ。オレンジギルドの中じゃ常套手段だ。グリーンが獲物を見つけ、肥えた所をオレンジの元へと誘導する……そうだろ?【タイタンズハンド】のリーダーさんよ?」

 

「おっ、オレンジギルドのリーダー……!?」

 

「ついでに言うなら、お前らの犯罪の裏は取ってある。小規模ギルド2つを潰し、非所属プレイヤー14人を殺害。因みに総被害者数は28人……で、合ってるか?」

 

剣を抜き、その切っ先をロザリアへと向ける。剣を受けられたロザリアはきっと歯ぎしりする。

 

「ハッ!それがどうしたんだよ!どうせ消えてった奴らが本当に死んだかどうかわからないじゃない!ここで誰を殺そうが勝手だろうが!!大体、グリーンのアタシを傷つけたらアンタらがオレンジになるんだよ!それでも()ろうっての!?」

 

「言ってくれるな。俺は単独(ソロ)だぞ。一日二日犯罪者(オレンジ)になろうとも構わない」

 

最後の悪あがきと言わんばかりに半狂乱で叫ぶが、キリトは我関せずといった様子で返す。

 

「大体、俺はその子が使った《プネウマの花》も、その子についてきてる連中も、お前ら小物にも、全く興味は無いんだよ」

 

「え?」

 

キリトの口から放たれた予想外の返答にノゾミ達は思わず呆気にとられた。

 

「――そこの木の陰にいる奴ら、かくれんぼは終わりだぞ?」

 

キリトが声を飛ばしたのは彼から見て左側に立つ木だった。

その影から、2人のプレイヤーが姿を現した。片方は大柄で、もう片方はレインより頭一つ背の高い細身だった。

2人とも男性であり、ボロ布をフードにしたような衣服を身に着けているだけで防具らしい防具は一切身に着けておらず、大男は腕に籠手代わりのバンテージを巻いている。

小柄な男性は腰を落としているのか、より一層背が低く見える。そして、その2人にはもう一つ共通点があった。――頭上のカーソルがオレンジであることだ。

表れた2人にノゾミ達の表情は驚愕に染まり、ロザリアは逆に待ってましたと言わんばかりに表情が明るくなる。

 

「嘘、何時の間に……?」

 

「最初からだ。大方【タイタンズハンド】の様子を見てたんだろ?」

 

いつの間にかキリトは剣を2人の男に向けていた。その様子は、傍から見ても警戒しているということを明らかだ。

 

「ほぅ。随分鋭い所があるじゃないか少年。確かに私と彼はそこの女達の様子を見て……救済するつもりだったのだよ」

 

紳士的な態度で言う大男に

 

「な、なんだ……そういう事……。だったら手を貸しなッ!あのガキ以外の連中を全員消してやるッ!」

 

「なるほど。それなら……。スカーネイル、後は頼みましたよ」

 

大男にそう言われて小柄な男が動き出す。

それと同時に、【タイタンズハンド】のオレンジプレイヤーも水を得た魚のようにケタケタ笑いだした。

 

「ヒヒヒヒヒッ、残念だったなぁッ!オメェらはもう死んだんだよ!命乞いする暇すらなくなったんだ!」

 

「どういうこと?」

 

緊張感に潰されそうになるも、虚勢を張るかのように剣を構えるレイン。

 

「いいかッ!?あの2人は犯罪者じゃねぇ!今巷を騒がせている殺人(レッ)――」

 

 

――ドシュッ!!

 

 

「……()?」

 

鋭い効果音に、ノゾミ達の思考は置き去りにされた。

スカーネイルが一瞬でレインと話していた男に近付き、背後から双爪でそのプレイヤーの胸を貫いたのだ。

 

「なッ……何、を……ッ!?」

 

「ノンノンノンノンノン。そ、こ、はぁ……」

 

スカーネイルは腕を引き抜くとそのプレイヤーをくるりと反転させ、自分と対面させる。そして、先程まで胴体を貫いていた手とは反対の手を大きく掲げ――。

 

「悲鳴を上げなきゃダメでしょッ!!」

 

「ぎゃあああああああああッ!!!?」

 

振り下ろされると同時にオレンジプレイヤーのHPが削り落とされ全損する。そしてシステムに沿ってプレイヤーの身体が一瞬ブレを起こし、割れるような音と共にポリゴン片となって飛散した。

 

「……え?」

 

今度こそ、ラフコフの男2人以外の全員が呆気にとられた。

端的に説明すれば、スカーネイルが近づいたと思ったら、あっという間に一人のHPを削り落とした、と言うことだ。

その中でプレイヤーを始末したスカーネイルは手を耳に添えていた。

 

「んんん~~~。男の悲鳴は幾度となく聞いてきたが、断末魔の悲鳴は何時聞いても飽きることは無いねぇ」

 

「……え?おい、ちょっと待てッ、何やってんだお前!?」

 

いち早く我に返った他のオレンジプレイヤーが愕然とした様子で叫ぶ。

 

「え?何って、お前達が()()()って言ったんだろ?俺はそのまま助けてやっただけだけど?」

 

「助けろって……どこが!?あ、貴方自分のしたこと解ってるの!?」

 

思わずノゾミが半狂乱気味に叫ぶ。それだけはあってはならないと。

しかし、

 

「何が?」

 

けろっと返すその言葉にノゾミ達は大きなショックと共に思わず悪寒が走った。

この男には、殺人という行為に対しての罪悪感と言うものが致命的なまでに欠損している。人の命を奪うことに、まるで朝起きて朝食を食べるのは当たり前だというのと同じ感覚のようにも聞こえる。そして、彼の言う『助ける』や『救済』――それは言い換えれば、『デスゲームから手っ取り早く解放される方法』を行使しただけの事にしか思っていない。

人の命を奪うことは至極当たり前――そんな価値観は、傍から見れば狂っているとしか言いようがない。

 

「チィッ!」

 

すぐさまキリトが駆けようとするが、次の瞬間彼の足元付近の地面に鞭が叩きつけられた。

 

「邪魔をしないでもらおうか」

 

「野郎……ッ!」

 

睨み合う形として足止めされるキリトを他所に、スカーネイルが【タイタンズハンド】にゆっくりと歩み寄る。

 

「ふっ……ふざけんなぁッ!!アンタらッ、俺らを散々暴れさせといた挙句最後はゴミのように捨てるってのよぉ!?」

 

「捨てる?馬鹿を言っちゃいけないな。我々は今君たちの救済をしているのだよ」

 

大男が喚き散らす他のオレンジプレイヤーの悲鳴に静かに反論する間にも、そのプレイヤーの胸をスカーネイルは切り裂き、HPを削り落として全損させる。

2人目が消えると、大男はふむ、と顎に手を添えて黙考し、思いついたように呟いた。

 

「『このゲームで本当に人が死んだかどうか分かる訳がない』。君たちの言葉を借りることになるが、今この時の行為こそ救済ではないか」

 

「ふざけんなよぉ!そんな身勝手な事――」

 

激昂した他のオレンジプレイヤーの叫びはそこで途切れた。逃がさないとスカーネイルに足を切り落とされ、うつぶせに倒れた所を馬乗りされ、挙句嬲り殺すかのように何度も背中を双爪で突き刺されてHPが尽きる。

その後も、淡々と作業のように【タイタンズハンド】のオレンジプレイヤーのHPを全損させていく。

 

「んんんんん~~。解放を理解しない者達による悲鳴も、これまた良いスパイスだ。しかし……」

 

最後の一人を始末した後、露骨にがっかりしたように肩を下げながら溜息を吐く。

そして、ゆっくりと石橋の向こう側――丁度シリカたちのいる場所を向き、言い放つ。

 

「……そろそろメインディッシュに行きたいよねぇ?」

 

歪に曲げた目が4人を射抜く。

あからさまな悪意と歪んだ愉悦に染まった目に、シズルでさえも仮想世界の身体だというのに背中に悪寒を感じざるをえない。

 

「さぁ~~~~~て、と……」

 

ゆっくりとノゾミ、ツムギ、レイン、シリカの順で指さしていくスカーネイル。その様子はさながらテーブルに並べられたケーキを、どれから食べようか決めようとする子供のようでもある。

しかし、悪寒はまるで背中に張り付いているかのように未だ消えず、その恐怖で足がすくみ上がって動けない。

やがて指差しルーレットは4人を2巡した後――シリカを指して止まった。

 

「決~めた」

 

次の瞬間、石橋を蹴ったスカーネイルがまるで弾丸の如きスピードでシリカに迫ってきた。

 

「そいつを止めろッ!」

 

「止めろって、でも……!」

 

鞭を避けながらキリトが叫ぶも、ノゾミ達は先程の殺人の瞬間を目の当たりにしてすっかり足がすくみ上がっていて動けずにいた。無理もない。彼女らはこのゲームの『死』から遠い場所で、それとは無縁とも近い売買を中心とした活動をしていた。素材収集やレベリングの際には園外に出るが、それは十分な安全マージンを取っている状態であれば、だ。こんな自分達のレベルと同等の場所、ましてやプレイヤー同士の殺し合い(PvP)なんてことは全くの未経験の彼女らにPKを生業としているプレイヤーを止めろなんて、土台無理な話だ。

唯一前に出ていたシズルの横を抜き去り、瞬く間にシリカの正面に飛び掛かる。

 

「ヒャッハハハハハハハッ!!!!!」

 

「ひ……っ!?」

 

狂った笑いを上げながら、双爪が陽光を反射して光る。あと数秒もすれば、着地と同時に爪を振り下ろし、シリカのHPを全損させるだろう。

 

「くるああぁぁぁーーッ!!」

 

「ピナッ?!」

 

迫る瞬間、ピナがシリカの前に躍り出る。同時にシリカはその光景にデジャヴを覚え、身体が凍り付くような感覚に襲われた。

あの時、ピナを一度喪った際に《迷いの森》でモンスターの群れと遭遇した時、モンスターの攻撃をピナが自分を守る為に身を挺し、消えていった光景に――。

 

「駄目ぇッ!!」

 

ピナをかばうように抱きかかえ、スカーネイルに対して背を向けて蹲る。その行動は、シリカ自身理解できなかった。

必死だった。また唯一の友達であるピナを喪う。そんなことが再び起きたら、今度こそシリカは折れてしまう。

本来、テイムモンスターであれど身を挺して主を守るという行動はSAOのプログラムには入れられていない。このような事態は、おそらくは茅場明彦ですら想定していないだろう。しかしそんなこと、シリカにはどうでもいいことである。再び友を失う事こそが、シリカにとって耐えがたい事だった。

だがそれも数秒の事だ。その間にスカーネイルの双爪がシリカを切り裂き、彼女を死に追いやるだろう。

 

「――ッ!!」

 

攻撃が通るその直前、シズルに変化が起きた。

あり得ないような速度で振り返り、ブラックグリーンのオーラを纏わせた剣の刺突を放つ。

 

「――うごっ!?」

 

刺突が直撃する直前にスカーネイルが気付いてくるりと右手の戦爪を盾代わりに刺突を防いでものの、その衝撃で大きく吹っ飛ばされる。

全くの予想外の出来事に、1人を除いた全員が吹っ飛ばされた方角を見て呆然となる。

 

「……ィ」

 

呆然とスカーネイルが吹っ飛ばされた方向を見ていたシリカの耳に、獣の唸り声が混じったような声が聞こえてきた。

不思議と彼女の胸の内は恐怖でいっぱいになっていたが、振り返らずにはいられなかった。

 

「許……サナイィ……!!」

 

「……なんだあれ」

 

シズルの足元からブラックグリーンのオーラが激しい炎のように揺らめく。

腹の底から唸るような声は、仮想世界であるはずなのに、空気の震えでも起きているかのように錯覚させる。

この凄まじい気迫だけでもキリト達は圧倒されているのに、彼女の表情も威圧される一因だった。

目は見開いたうえで血走っており、獣のような唸り声を上げる口はギラリと光る牙が見える。その全体の雰囲気はさながら闘争本能をむき出しにした獣のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――るぐぅああ嗚亜アあああAAAAA阿あああああああ亜ああaaあ吾あアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――雄叫びが、花弁を吹き飛ばした。

 




次回『狂剣士(バーサーカー)



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狂剣士(バーサーカー)

(・大・)<有休をとったので上げます。

(・大・)<もう12月ですね……。自分は今年をふり開けるとすると……なんか今年もコロナに持っていかれた気がします……。

(・大・)<来年も、自分の小説の2つの作品を宜しくお願いします(気が早い)。


「――るぐぅああ嗚亜アあああAAAAA阿あああああああ亜ああaaあ吾あアアアッ!!!」

 

 

 

 

雄叫びと共に一瞬で起き上がった直後のスカーネイルに肉薄した。

 

「おっと!」

 

刺突を紙一重で回避する。そこからシズルは身体を捻り、1回転する要領で追撃の回転斬りを放つが、スカーネイルはさらに後方へ飛んで避ける。

 

「うっひょう!まさしくNow It’S a Show,Time!!だな」

 

まるで目当てのおもちゃでも見つけたかのような声を上げるスカーネイル。そこから高笑いをしながらシズルにその凶刃を向けて向かっていく。

そこから繰り広げられるシズルとスカーネイルの攻防は、凄まじいものだった。

シズルの剣の一振り一振りが轟音を鳴らし、衝撃波を巻き起こし、仮想の花々を散らして花弁が舞い上がる。

 

「通常攻撃でここまでの威力とはな。まるで嵐だな」

 

「ああ。流石に予想外だったけどッ!」

 

キリトも大男の振るう鞭を回避にしながら距離を詰めようとするも、予測しづらい鞭の攻撃に距離を詰められそうにない。

 

「……そろそろか」

 

「何?」

 

僅かにキリトがほくそ笑んだのを見た大男は一瞬眉をひそめたが、直後にハッと何かに気付いたように沈黙する。

そしてシズルの猛攻を回避し続けるスカーネイルに向けて叫んだ。

 

「何か集団がこちらに向かってきているぞ!」

 

「ぁン?」

 

大男の声にノゾミも《索敵》と《遠視》を発動する。

視界からは人影は見えない。だが、僅かに緑色のカーソルが複数目撃した。

 

「あれは……?」

 

「【解放隊】に情報をリークしといたんだよ。お前らを捕まえるついでに、連中も捕まえとこうと思ってな」

 

「貴様……!」

 

「さあどうする?このまま獲物に固執して捕まるか?連中がAGI軽視してる連中だらけだとしても、5分もすれば到着するぞ」

 

剣を向けて告げるキリト。

大男はしばらく沈黙していたが、やがて観念したように息を吐く。

 

「撤収しましょう」

 

「……チッ。流石に捕まるのは御免だ……なッ!」

 

シズルの攻撃を跳躍で回避し、《跳躍》を用いたバックステップで大男の元へと下がる。

 

「さて。ショーはつまらん連中に水を差されてしまったが、今回はここまでとしようか」

 

「まっ、待ちなさい!」

 

ノゾミが止める間も無く、スカーネイルは袖口からビー玉サイズの球体を取り出し、地面に叩きつける。次の瞬間、真っ白な煙が周囲一帯を覆い尽くす。NPCショップで格安で売られている煙幕だ。白い煙はすぐに風に流されて視界が晴れていく。が、当の【(笑う棺桶)

目的のプレイヤーが消えて、残されたプレイヤーも呆然となるが、キリトだけはシズルの方へ向き直る。

 

「シズルさんが居たのは予想外だったが、おかげで手間が省けたよ」

 

「……」

 

「……?シズルさん?」

 

声を掛けるも返事は返ってこない。

様子がおかしいことに首を傾げながらキリトが彼女の元へ歩み寄ろうとした時だった。

いきなりぐるりと顔をこちらに向けたかと思った次の瞬間、

 

「牙亜Aアッ!!」

 

「なッ!?」

 

牙をむき出しにしてキリトにも襲い掛かってきた。

咄嗟にガードしたが、思わず体勢を崩してしまいそうになる。

 

(なんだこの威力!?片手剣なのに重さがまるで両手剣……いや、むしろ両手斧レベルだろ!?)

 

ガキン!ガキン!と荒々しい攻撃にキリトの体勢も次第に片膝を地に着けるようになり、下から上への斬り上げの一撃に大きく後ろへと吹っ飛ばされる。

状況がより悪いほうへと傾きだしたことを予感したノゾミが叫ぶ。

 

「何やってんの!?」

 

シズルは獣のような唸り声を上げるのみで話をしようともしない。まるで本物の野獣に身を堕としたかのように、理性が完全に消え去ってしまっているようだ。

直後、シズルの目が標的を捉える。その相手はノゾミでも、レインでも、ツムギでも、キリトですらない。腰を抜かしてへたり込んでいる赤い女――。

 

「……まさかッ!?」

 

気付いた直後にシズルに変化が現れる。

オーラを纏った剣を右肩で担ぐように構え、ぐっと力を溜めるように腰を落とし――次の瞬間には風を切るような速さで駆け抜けロザリアへと迫る。

 

「ひっ!?」

 

咄嗟に腕で顔をかばったが、次の瞬間にはサクリ、という音と共に腕が地面に落ちた。同時に、シズルのマーカーも緑から犯罪者を示すオレンジへと変わる。

 

「ぎゃあああああああッ!!!腕があああああああッ!!!!」

 

耳障りな悲鳴を上がる。喚くロザリアに関せず、更に彼女の脚に一薙ぎ。膝から下が切り落とされ、足がポリゴンとなって消える。

 

「ぎゃひいいいいぃぃぃ!!!」

 

「おい待て!それ以上攻撃したら本当に死ぬぞ!!」

 

上体を起こしたキリトが焦燥を交えた声でキリトが叫ぶ。

しかし、シズルはそんな叫びが聞こえていない。血走った目が捉えているのは右腕と両足を切り落とされた、彼女が最も嫌うプレイヤー。

剣を高く構え、切っ先をパニックに陥ったロザリアの顔面の中心――人中へと向ける。それはさながら、首切り処刑と似たような光景だっただろう。

 

「ゥぅu……」

 

「待って!やめて!それ本当に殺せる奴!死ぬ!死んじゃう!死んじゃうから!!」

 

「ガAAAアア亜嗚呼アアあああaaaアア亜アッ!!!」

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

絶叫、雄叫び。文字通り花々しいこの階層には相応しくない、およそ人の出せるものではない絶叫が木霊する。

事態を重く見たキリトが咄嗟に駆け付けようとした瞬間――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんもうやめてッッッ!!」

 

つんざくようなシリカの悲鳴が辺りに響く。ロザリアに迫っていた剣がぴたりと止まった。

切っ先は彼女の顔数ミリの所で止まり、ほんのちょっとシリカの悲鳴が遅れて居たら、確実に彼女の顔を貫きHPを全損させていただろう。

当のロザリアは餌をねだるコイ宜しく目を見開いて口をパクパクと動かし、そのまま倒れた。

 

「ぁ……リノ……ちゃん……」

 

振り返ったシズルは獣のような形相から戻っていた。剣もオーラが煙のように消え失せ、からりと石畳に落ちて音を立てる。

小さくそう呟いた瞬間、力尽きたように膝をついた。

決着がついた石橋は全員アバターの身体が鉛のように重く、まともに動かせそうにない。

 

「貴様らそこを動くなッ!!」

 

その時、だみ声の混じった大声が静寂を突き破るようにつんざくった。

ガチャガチャとこすれた金属音が鳴り響く。気が付いて音のする方を向くと、漆黒に近い色合いのフルプレートの集団がこちらに近づいてきた。

 

「【ALS】?」

 

「隊長。報告の通り例のプレイヤー集団がいます。数が合わないようですが……」

 

「そうか。まあいい。【タイタンズハンド】を即刻連行しろ!」

 

リーダーらしき男の指示で部下のフルプレートたちが次々と抜け殻状態の【タイタンズハンド】――ロザリアのみだったとはいえ――を【回廊結晶】で開けたゲートに次々と放り込んでいく。

ノゾミもツムギも、レインもその様子をただ見守るだけだった。

 

 

 

 

「――ハッ!?」

 

ガバリと起き上がると、そこは室内だった。あの時見た夢とは異なる木製の壁が見えたことから、SAO内部であるということは理解できた。

窓の外を見てみると、一面に花畑が広がっているのでここがまだ47層だということが分かる。

 

「起きた?」

 

「シズルさん、気が付きました?」

 

声を掛けられてその方向を向くと、頬杖を付いているレインがベッドの傍で座っていた。

シズルが起きたのと同時に心配した様子のシリカが近づいてくる。

 

「ここは?」

 

「47層の園外村です。シズルさんオレンジになってしまったから」

 

「えっと……私……」

 

寝起きでぼんやりする頭で必死に記憶を振り返り、思い出したように訊ねた。

 

「そうだ、あいつらは!?」

 

「大丈夫ですよ。【ALS】が来て全員監獄行きです。生き残りはあの女しかいませんけどね。キリトさんはその前に逃げ出したようですけど」

 

「そう……」

 

一先ずは解決したようで、シズルは安堵した。しかし、ツムギはそれで納得したわけではなく、一言訊ねる。

 

「そういえば、あのスキルは何だったんですか?」

 

「……あのスキルの事?」

 

「ええ。あんなの見たことありませんよ」

 

ツムギの追究にシズルも言い辛そうに言葉を詰まらせる。

だが、数秒の黙考の後観念したのか、ため息交じりに白状した。

 

「あれはEXスキルよ。名前は《狂剣士(バーサーカー)》」

 

「《狂剣士(バーサーカー)》?聞いた事の無いスキルね」

 

「当然よ。だってこれは(ハイパー)EXスキル――今じゃ準ユニークとまで呼ばれるスキルよ」

 

その一言で、ノゾミは思わず「やっぱり」と半ば確信していたかのような声を漏らした。

準ユニークスキル、もとい超EXスキル――それはEXスキルの中でも会得難易度が異常すぎるスキルの総称であり、『会得方法は解っているのに条件の難易度が異常すぎて手に入れられない』ものを指す。ノゾミの《連刃剣舞》もその一つだ。

ノゾミが手に入れてからの1年間、新たに超EXスキルを手に入れたという情報は無かったのだが、おそらく彼女は手に入れて情報屋に後悔する前にスカウトされたのだろう。

 

「じゃあ、あなたもあの寺院に行ったの?」

 

「うん。あの時はひょっとしたら私の弟や妹に会えるかもって思ってて」

 

つらつらと件のオーラを纏った状態に関しての、自分が知る限りの情報を述べだす。

件の超EXスキル、《狂剣士》は発動すればSTRとVITが2.5倍になるというシンプルなものだ。あのブラックグリーンのオーラは単なる演出かと思ったが、あのオーラは発動している間、相手の系統を無視してダメージを与えられるようになっているらしい。

 

「【血盟騎士団】がスカウトしたがる訳ね。こんな便利なスキル、ボス攻略に便利じゃない」

 

率直な意見を述べるレインの言う事も最もだ。攻撃力と防御力上昇に敵対者の持つの耐性の無視。これだけの能力があるなら、【血盟騎士団】以外の攻略組も我先にと彼女をスカウトしていたはず。

ところが、シズルの返答は意外なものだった。

 

「ううん。これにもデメリットがあるのよ。発動するタイミングが『所持者の負の感情が一定に達した場合』、つまり私が怒ったりすると勝手に発動するみたいなの。熟練度が低いからかどうかわからないけど」

 

「だからあの時勝手に……」

 

「もう一つは、発動中は戦闘スキルが使えないこと。これは《投剣》とかのようなものも使えなくなるわ。最後に……発動してる間の標的は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。あの時は誰も彼も敵にしか見えなかったから良く暴れてたし……。おかげで、まだ2軍なんだよね」

 

「なるほど。それなら下手に前線に送り込んだら味方の被害もすさまじいものになる訳ですね」

 

あの時、シズルがスカーネイルを攻撃し続けていたのは最優先で排除すべき《敵》。ロザリアを攻撃したのも彼女を《敵》と認識したが故に起きたことだ。

今の彼女はシリカの存在で割と安定しているのだが、彼女と会わないままにボス攻略に挑まされていたのなら、攻略組の面々はボスの前に暴走した彼女に命の危機を曝す事になったかもしれない。

 

「因みに条件は『自分が《敵》と認識している相手を目視し、敵対者かつ経験値が会得可能な対象のHPを20秒以内に0にした回数を4回行う』よ。寺院のクエストは……よく覚えてないけど、モンスターが沢山いたよ。多分、モンスターを全滅させることが条件じゃないかな?」

 

「うわぁ……」

 

思い出したように語るシズルにノゾミ達はさぁっと血の気が引いたような感覚を感じた。

当然だ。ノゾミの持つ《連刃剣舞》は最後は単独限定ではあったものの、条件達成はパーティを組んでも構わなかった。

だが《狂剣士》はソロはおろか、パーティですらとんだ無理ゲーである。最低でも自身と同等の相手を用意しなければならず、アルゴリズムに沿った動きしかできないモンスターを誘導するのは骨が折れるなんてレベルじゃない。その後に待ち受けるモンスターの群れを相手にするというのも死ぬリスクが果てしなく高い。これでは誰にもとらせないと言っているのと同然だ。

 

「なんでこんなスキルを、茅場明彦はSAOに組み込んだのかしら……?」

 

ノゾミの呟きに部屋は静寂に包まれた。彼とて専門分野は違えどゲームデザイナーの端くれだ。このような事態にならなければ、元々が公平なMMORPGであるSAOで元から取らせる気のないような難易度に設定しないはず。かなり高い難易度でもクリアできる糸口を用意するか、開発段階で没にするかのどちらかだろう。

答えの出ない沈黙の後、シズルが声を上げた。

 

「ともかくさ。私はすぐにグリーンに戻しておくからみんなは先に帰ってて」

 

「そうしておきます。それじゃあ、フレンド登録もしておきましょうか」

 

ノゾミの提案にツムギも賛成し、5人はそれぞれのフレンドリストに名前を記していく。全員がそれぞれのフレンドリストに登録を完了すると、3人はそのまま《始まりの街》へと戻っていった。

そして、残されたシリカは……。

 

「シズルさんはこれからどうしますか?」

 

「んー……。ここらのモンスターじゃ経験値得られるのは無理だし、転移で上に戻って回復クエストを受けて、そこから攻略組に戻る、かな?」

 

「そうですか。でも、攻略組なんて凄いですね。あたしじゃ何年掛かるかわからないですよ」

 

大丈夫だと振舞うが、どうにも空元気にしか見えない。表情から寂しさを察したのか、ピナが彼女の肩に乗って彼女の頬を摺り寄せる。

 

「……あたし、もう一度頑張ります。攻略組……とまではいけないかもしれないけれど、もっと上の層でも通用するように……またピナを喪わないくらいには強くなります」

 

寄り添うピナの頭を優しく撫でながら、シリカはきっと前を見つめる。

風に靡いた花弁がレンガ造りの道に花吹雪となってシリカの視界を彩る。

 

「そしたら……」

 

シリカはシズルの手を取り、顔を向けてきた彼女に満面の笑顔を咲かせて訊ねるように言った。

 

「そしたらまた、シズルさんを『お姉ちゃん』と呼ばせてもらっても良いですか?」

 

その笑顔を見たシズルは、シリカの姿と幼い頃の自分の弟妹の姿が重なって見えた。

次の瞬間、シズルが気が付いた時にはシリカに抱き着いていた。弟と妹に会えないこの仮想世界で、ようやく自分の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれる人と出会えた。

 

「うんッ!約束するッ!!リノちゃんが……ううん、シリカちゃんが強くなっても、お姉ちゃんはもっともーっと強くなってるから!!強くなったら、また会おうね!!」

 

 

 

 

シリカとピナと別れ、一人協会に残ったシズル。

しかし、彼女の表情はこれまでの焦燥や絶望は一切感じられない、希望に満ちた柔らかな笑顔を浮かべていた。

 

「私も、弟君たちに会う為に頑張らないとね」

 

決意を新たにしたシズルは転移結晶を握る手にほんの少し力を込めて転移を宣言した。

青白い光が彼女の身体を包み込み、数秒も経たないうちに彼女は47層からその姿を消したのだった――。

 

 




次回『冒険家と迷子と新たな仲間』


(・大・)<ようやくシリカ編終了。




※《狂剣士(バーサーカー)》について。


(・大・)<デンドロで言う【狂王】のオミット版。こちらは相手の種族に関係なくダメージを与えられる代わりに被ダメージ減少が消え、発動中はスキル使用不可となっている。

(・大・)<入手方法もあちらの調整版として投入しており、方法も試練もあって実質シズル専用のユニークスキルと化している。

(・大・)<つかこんな条件、あの姉以外に取れる奴が居そうにないと思ってる。

(・大・)<因みにステータスにするとこんな感じ。


《狂剣士》

剣士の暗黒面の一つ、殺戮と狂気、恐怖に呑まれた者のみが我流で力を振るう封じられた技能。
所持者の負の感情が一定値に達すると自動発動。
発動中、攻撃力と防御力が2.5倍。戦闘系スキル使用不可。
敵対するモンスターの特性を無視。
発動中アバター操作不可。プレイヤーが敵対者と認識したモンスター及び他プレイヤーを最優先の攻撃対象にする。


(・大・)< これからはオリジナル>リズベット登場>ラフコフ討伐1ヶ月前>ラフコフ討伐>ライブ>原作沿いといった順で執筆していく予定です。




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「冒険家と迷子と新たな仲間」

( ・大・)<2021年もあとほぼ1日。皆様同お過ごしだったでしょうか。

( ・大・)<自分の今年最後の投稿は前後編です。


※(・大・)<アニメを見て豪い間違いを確認したので修正しました。


2024年も5月へと差し掛かったある夜。

転移門広場に青白い光のエフェクトが突然発生した。その光が消え、中にいたプレイヤーは周囲を見渡す。

一瞥程度に見回したそのプレイヤーはすたすたと静まり返った始まりの街の街路を一人歩く。

時間は既に0時を回り、気候が曇天であることも加えて周囲は深い闇に包まれている。しかしプレイヤーはまるで暗視ゴーグルでもつけているかのように平然と暗闇の中を歩き、教会へと到着した。そのプレイヤーは手慣れたようにウィンドウを操作すると、抱えられるほどの大きさの【永久保存トリンケット】をオブジェクト化した。

 

「確保ーーーーッ!!」

 

凛とした声の一喝と共に、大量の下層プレイヤーが押し寄せる。彼らはそれぞれ角材やら初心者用の大盾などを手にして雪崩の如く押し寄せてくる。

 

「ちょっ!?えっ、何!?きゃああああああああーーーッ!?」

 

プレイヤーの雪崩に玄関と大盾に挟まれて潰されてしまう。一応ハラスメント防止コード対策として直接触れないように盾と角材を用いて身動きできないように押し付ける。

 

「さて、あなたが送り主ですわね?」

 

盾、角材、人、そして扉のサンドイッチにされてしまったプレイヤーに、ウィスタリアが歩み寄ってくる。

手にしたランプでそのプレイヤーを照らすと、意外そうに眼を少しだけ見開いた。

そのプレイヤーはアインクラッドでも少ない女性であり、年齢は大抵自分よりも1、2歳ほど年上。紫を基調とした軽装にクレイモアと呼ばれる両手剣を背に差していた。

 

「落ち着ける場所で、話をお聞きましょう」

 

 

 

 

教会の一室に連行したウィスタリアは、子供たちを起こさないように離れた別室に入る。机には誰もいない代わりに壁際に立っているラジラジが既に待機しており、ウィスタリアが彼女に向かいあうように女性プレイヤーを座らせる。

 

「では単刀直入に言います。あなたは何者ですか?」

 

「……」

 

キッと鋭い眼光を光らせるラジラジに対し、対して相手の女性プレイヤーは引きつった顔を浮かべたまま何も喋らない。

 

「……何者、ですか?」

 

「……言わなきゃダメ?」

 

「当然です」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもです」

 

頑なに女性プレイヤーの意見を却下するラジラジ。

沈黙が部屋の中を包む中、

 

「……OK。白状するわ」

 

女性が折れてウィスタリアたちに事情を説明を始めた。

 

「まずアタシの名前は『ストレア(Strea)』。ソロでやってるわ」

 

「あのトリンケットはあなたが?」

 

「YES。因みに《細工》のスキルもフルコン済みで、私が作ったものなの」

 

「ではなぜ身を隠す必要があたのですか?」

 

「それは……」

 

ラジラジからの指摘にストレアは言葉を詰まらせる。

まるで次の言葉を模索するように目線を逸らしていたが、やがて見つかったのか答えを返す。

 

「やってみたかったのよ!正体不明の送り主を!」

 

「はぁ?」

 

「そう!正体を明かさずに弱い子供たちに希望を送る使者!そういうのに憧れていたのよ!現実でもあったでしょそういうの!」

 

「……昭和アニメの見過ぎだな」

 

「ならば叩けば直るのでは?」

 

「誰が昭和のテレビよッ!?」

 

テンカイとラジラジの冷ややかな目に思わずツッコミを入れるストレア。

 

「……事情は分かりました。それで、今後はどうなさいますの?」

 

「そうね。《細工》のスキルはトリンケットを作る為に手に入れてたものだし……」

 

ウィスタリアの質問にストレアは腕を組んで考える。

そして腕組を解くと、ラジラジに向けて――、

 

「あなたのギルドに入っても構わないかしら、ラジラジさん?」

 

そう切り出してきた。

 

「【ブレイブ・フォース】にですか?」

 

「意外ですね。【ゴスペル・メルクリウス】にてっきり入るものかと」

 

「あら、こう見えて解放を目指しているのよ?それに誰もが同じギルドに入らなければならない法律がある訳でもあるまいし」

 

それに、とストレアは続ける。

 

「私もソロで活動するには限界を感じてね。そろそろギルドに身を置こうと思っていたのよ。それで、上の階層に行きやすい攻略組が丁度良いかなって」

 

「でしたら【ALS】や【聖竜連合】、【血盟騎士団】に入れば良いのでは?」

 

「確かにそこに入るって選択肢もあったけど、どこも重苦しく感じてね。どうせ入るなら親しみやすい環境のほうが良いって思ったのよ」

 

志望動機を述べるストレアの意見にはラジラジも内心納得した。

確かに今挙げたギルドはどれも規律やらを重視している分堅苦しい雰囲気は否めない。

ギルドの規模が大きくなるにつれ、人員のコントロールを規律と言う形で縛らなければ、ギルド方針の舵取りに支障を起こしてそのまま瓦解に繋がる恐れもある。だからこそ【ゴスペル・メルクリウス】は今もギルドとしては10人前後の小規模と中規模の間のギルドとして活動しているのだ。

【ブレイブ・フォース】は中規模ギルドとして活動しているが、説明に挙げた3ギルドよりは規律は緩いほうだ。

 

「――良いでしょう。こちらも戦力が多くなるのは歓迎です」

 

「それはOKとして受け取っていいのかしら?」

 

「ええ。ただ、単なる攻略組ではないのを了承してくださいよ?」

 

ストレアは不敵な笑みを浮かべながらラジラジに返す。

 

「ま、ここを拠点にしてるギルドならここを調べるにしても都合が良いからね」

 

「何か言いました?」

 

「何も」

 

何か呟いたのが聞こえたが、すぐさま言葉を濁したストレアがすっと手を差し伸べた。

 

「ともあれ、今後は宜しく」

 

「そうですね」

 

差し伸べられた手をふぅ、と息を吐いてその手をがっちりと握るのだった。

 

 

 

 

ストレア加入から1か月の月日が流れた。

現在ストレア、ノゾミ、ウィスタリア、チカ、カオリは49層のダンジョンに潜っていた。

 

「まさか4連続で護衛の仕事に就くことになるとはね……」

 

「確かギルドマスターが言ったはずだよ~。私達の仕事は攻略のほかに、商人プレイヤーの護衛もあるって」

 

「道理で前線に出る機会が少ない訳だわ」

 

戦闘としては、ストレアとチカが防御で攻撃を防ぎ、ウィスタリアが切り込む形で攻撃を仕掛け、ノゾミと共にダメージを稼ぎ、カオリが止めを刺す。

トドメ役はカオリかウィスタリアを行い、ウィスタリアの経験値を稼いでいく。

 

「ウィスタリアさん、レベルは?」

 

「今の戦闘で50は行きましたわ。やはり攻略組と行えばレベリングも捗るものですわね」

 

「だからって安全マージンを無視したレベリングは無いんじゃない?47層は不意討ちメインでステータスは大したことなかったけど」

 

「《転移結晶》は人数分持ち込んでありますわ。いざとなればこれを使って脱出できてよ?」

 

ぼやくストレアを他所に、ウィスタリアは自信満々に《転移結晶》を見せる。

 

「さあ!今日中にあと2つほどレベルを上げますわよ!」

 

「ウィスタリアは相変わらず元気だね~」

 

すたすたとダンジョンの奥へと進むウィスタリアにいつもの調子のカオリが続く。ノゾミ達も後から続き、脇道に差し掛かった時だった。

 

 

――カッ!

 

 

「え?」

 

ウィスタリアが石のタイルの一つを踏んだ途端、青白い光が一行を包み込む。

 

「こ、これって転移――!?」

 

気付いた時にはもう遅い。脱出するより早く転移の光が一行を包み込んでいった。

そして光が晴れた時には、もう5人の姿はそこには無かった……。

 

 

 

 

とある迷宮区の小さな部屋の中で転移の光が突然発生する。

それをかき分けるように、5人のプレイヤーが突如姿を現した。

 

「こっ、ここは……?」

 

転移された一人、ウィスタリアは周囲を見渡す。

広さは大体六畳間くらいだろうか。先程までの植物が生い茂ったダンジョンとは異なり、まるで日本の城などで見かける石垣で造られている。明らかに今まで行動していた48層とはまるで違う。

 

「マップにもこの部屋以外の情報は無いみたいですね。より上の層に飛ばされてしまったのでしょうか?」

 

チカもマップを見て確認するが、この小部屋以外の情報は見当たらない。

下層、中層のマップは全て攻略組がマッピングし、情報屋の手によって階層ごとに販売されている。つまりここは彼女らが潜っていた49層より上ということだ。

そして新たに問題が浮かぶ。この場所が49層より何層上にあるのかだ。自分達の手の付けられない場所に転移してしまった可能性も捨てきれない。

ぐるぐると一向に不安が募っていく中、

 

「皆様、心配することはありませんわ!このような場合の為にもこのアイテムを持ってきているのでしょう?」

 

場違いに自信たっぷりなウィスタリアが取り出したのは《転移結晶》。それを見て一行も安心したように胸を撫で下ろした。

そうだ、これさえあれば脱出は簡単だ。

早速ウィスタリアが《転移結晶》を掲げ――、

 

「転……」

 

 

――ヒュパッ!

 

 

「い?」

 

叫ぼうとした瞬間、彼女の手元を何かが通過し、転移結晶が手から消えた。

何事かと周囲を見渡すとウィスタリアの背後で何かを見つけた。

栗色の体毛に覆われた赤ん坊程度の小柄な体躯。猿のような姿のモンスターだ。そのモンスターが抱えているのは、四角柱の水色の結晶を抱えていた。

 

「こっ、こらぁ!返しなさい!」

 

慌てて追いかけるが子猿は軽快に跳んでウィスタリアを翻弄する。

 

「――待ってて」

 

見かねたストレアが右腿からピックを取り出し、構える。

淡い光がピックに宿り、タイミングを見計らって投擲。ピックは子猿が進もうとした地面に鋭く突き刺さり、子猿はそれを避けようと足を止めた拍子に結晶を落としてしまった。

 

「流石ですわ。それでは改めて……」

 

漸く追いかけっこが終わり、ストレアに短い賞賛を送り結晶を拾い上げる。

改めて転移しようとしたウィスタリアの後ろで、ギラリと何かが光った。

 

「ウィスタリアさん、逃げてッ!!」

 

「え?」

 

ノゾミが叫んだ瞬間、ウィスタリアの身体が何かすさまじい勢いにぶつかったかのように横にぶっ飛ばされた。ぐるりと一回転し、壁に激突する。HPが一気に1割未満にまで減少した。

 

「ウィスタリアさんッ!!!」

 

チカの悲痛な叫びがダンジョンに木霊する。

そして闇の中から1体のモンスターが現れた。

軽く20メートルを超す体長を持ち、深緑の鱗がびっしりと並んでおり、僅かな光を乱反射する。金に輝く瞳はノゾミ達に否応なしに命に係わる警鐘をけたたましく鳴らす。チロチロと時折見せる細い舌は、まるでこちらを獲物と見据えて舌なめずりをしているみたいだ。

 

「へ……蛇!?」

 

ノゾミが叫んだ直後、尻尾を再び振り上げる。

 

「……!」

 

ウィスタリアに標的を向けていた大蛇に気付き、カオリが真っ先に駆け付ける。

振り下ろされる直前、ウィスタリアの前に躍り出たカオリが盾で攻撃を防ぐ。重い一撃に一瞬体勢を崩しかける。

そこから大蛇は標的をカオリに変え、尻尾の殴打を繰り返す。元々壁役としてのステータスではないカオリのHPも殴打の度に僅かに削られていく。

 

「不味い……!早く助けないと!チカ、ストレアさん、行くよ!」

 

「OK!」

 

急いでノゾミとチカも救援に駆け付けようとする。

 

「……」

 

「チカ?どうしたの?」

 

「な、何でもありません!」

 

一瞬だけ硬直したように見えたチカだったが、遅れてノゾミと共に駆け出す。

 

「このっ!」

 

「せいっ!」

 

すぐさま《連刃剣舞》を伴った曲刀ソードスキル《ディパルチャー》を、チカは《コメット》を放つ。

 

 

――バキンッ!

 

 

「「――なっ?!」」

 

大蛇の背中目掛けての2つのソードスキルは、呆気無く弾かれただけでなくファルシオンが根元から音を立てて砕け、槍も穂先が粉々に砕けてしまった。

同時に大蛇が2人に気付いたのか、尻尾を薙いでチカを払いのけるとぐるりとノゾミの周囲を這いずり、あっという間に長大なその身体で拘束してしまった。

 

「うぐぁッ!!」

 

「あぐっ!?」

 

「あのバカ!」

 

めきめきとノゾミの身体から嫌な音が鳴りだすほどに締め付けがきつくなっていく。

チカが悲痛な悲鳴を上げる横で、すかさずストレアが駆け出して大蛇に剣を突き刺す。

 

「このッ!このッ!いい加減離せ!」

 

そこにカオリとチカも加わって大蛇を攻撃するが、相手はまるで気にも留める様子も無くノゾミを締め上げる。

 

「ぁ……あ゛ぁ……!」

 

「ヤバいヤバいヤバい!どんどんHPが無くなっていくよ!」

 

締め付けによって、どんどんノゾミのHPが減っていく。

焦りからカオリの攻撃が単調なものへとなっていく。それでも大蛇は締め付けを止めることはない。

最早、ノゾミの死を全員が予感した――その時だった。

 

 

――ドスッ!

 

 

「キシャアアアアアアアアアアッ!?」

 

「な……何事ですか?」

 

どこからか飛んできたナイフが大蛇の喉に突き刺さり、苦悶の悲鳴と共にノゾミが解放される。

 

「今すぐ左の部屋に行きなさい!早く!」

 

続けて聞こえてきた声に、カオリはウィスタリアを、ストレアはノゾミを連れて左へ行く。通路を曲がった先には部屋の入口に直行。すぐさま部屋の中に避難する。

 

「このッ!」

 

悶絶する大蛇に追い討ちをかけるように、声の主が投げたらしい小さな布袋が大蛇の顔面に命中した。

布袋の中からは朱い粒子がばら撒かれる。

 

「!?!?!?」

 

顔面から粒子を浴びた大蛇の様子が明らかに変わった。

先程以上に、まるで陸に打ち上げられた魚宜しく激しく巨体をのたうつ。ダンジョンの壁に尻尾や頭、胴体をぶつけながらやがてどこかへと去って行ってしまった。

 

「……はぁ」

 

危険が去って行って腰の抜けたチカが、まるで肺の中の空気を全部吐き出しそうな勢いで安堵の息を漏らす。

 

「た……助かった……」

 

「あなた達、どうしてこんな所に来たのよ?」

 

肩で息をするカオリを覗き込むように疑問を投げかけたのは、鉄製の軽装と黒のショートパンツの上に丈が肘辺りまでの青いマントを纏った少女だった。

 

「ど……どこのどなたか存じませんが、助か――ふごぉ!?」

 

「んごっ!?」

 

「ハイハイ、2人はポーションで回復しましょうね?」

 

礼を言うタイミングでストレアがウィスタリアとノゾミにハイポーションをぶち込んだ。

ポーションの回復は昨今のゲームによくある、瞬時に回復するという訳ではない。自動回復システムのように時間を掛けてゆっくりと回復するのである。

 

「改めてさっきはありがとう。おかげで仲間を死なせずにすんだわ」

 

「それは良いけど、あなた達攻略組じゃないわね?」

 

「は、はい……私はチカ。【ゴスペル・メルクリウス】に所属しています」

 

「【ゴスペル・メルクリウス】……下層プレイヤーの保護ギルドね。私はフィリア。攻略組兼トレジャーハンターよ」

 

お互い自己紹介――ウィスタリアとノゾミの分はストレアが紹介した――を終えたのち、HPが全回復したのを確認するとフィリアを先頭にダンジョンの脱出を試みた。

 

「ここ62層よ。どうやら安全域が結晶無効化エリアになってるみたいね」

 

 

後編に続く――。

 




次回「黒は怒り、そして紫は暗がりで躍る」

(・大・)<次回は12月31日。できれば朝方に投稿したい。


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「黒は怒り、そして紫は暗がりで躍る」

前回のあらすじ。
前々からに食材や素材アイテムを入れた【トリンケット】を送っていた不審者、ストレア。
彼女の物言いは何やら思わせぶりな点がいくつか見られたが、彼女の提案を受けてラジラジは彼女を【ブレイブ・フォース】に迎え入れる。
その1か月後、ノゾミ、チカ、ウィスタリア、カオリ、ストレアの5人はウィスタリアのレベリングの為に48層のダンジョンに潜っていたのだが、トラップにより転移。転移先で絶体絶命の危機に陥ったのだが、そこで攻略組兼トレジャーハンターを自称する少女フィリアと出会う。
そんな彼女の口から、今いる場所が62層のダンジョンだということを知らされるのだった。


(・大・)<今年最後の投稿です。

(・大・)<プリコネもSAOも、色々ありましたね。

(・大・)<来年もストーリーを中心にどうなるか、ハラハラドキドキしながら待ってます。



※4/18:



「ここは62層よ」

 

自称攻略組兼トレジャーハンター、フィリアの言葉に【ゴスペル・メルクリウス】のメンバー5人は、思わず息を呑んでしまった。

 

「62……って、今の最前線じゃない!?」

 

「やはり、あの罠が原因だったのでしょうか……」

 

「罠?」

 

「48層で罠に引っかかったのよ。多分、強制的に上の階層にワープさせる類だと思う」

 

「道理で中層プレイヤーがこんな所にいる訳だわ」

 

ストレアからの説明でフィリアも納得したように頷いた。ここから48層まで14層。レベルにすれば20も差のある場所だ。安全域の外からちらほら見えるモンスターらしきマーカーはどれも血のような赤黒い色をしている。

 

「折角だし、出口まで案内するわ」

 

「本当?」

 

フィリアが提示した提案に食い気味に反応するノゾミ。ウィスタリアやチカも脱出の目処ができて顔を明るくする。

しかし、

 

「ちょっと待って」

 

そんな空気に水を差したのは、意外にもカオリだった。

 

「私、前に攻略に参加した時、会議に出た主街区でダンジョンPKってのを聞いたんだ」

 

「ダンジョンPK?」

 

「ダンジョンの奥に案内してそのプレイヤーを置き去りにするっていう、新手のPKだよ。もしかしたらこの人……」

 

いつもの陽気な彼女からは想像できない、不安げなカオリの説明に、思わず空気が一変する。

こんな所にプレイヤーが一人でいるのも聊か怪しいものだ。流石にあの罠がフィリアの仕掛けたものと言うには話が飛躍し過ぎているのではあるのだが、同じように罠を踏んで思いついた、とも考えられる。

疑心暗鬼で膠着状態となり、どっちも動けなくなってしまった中、一人のプレイヤーが助け舟を出してきた。

 

「大丈夫よ。彼女は嘘を言ってないわ」

 

そう確信めいたように告げたのはストレアだった。

その一言にストレア以外の全員が彼女を目を丸くすると同時に彼女に顔を向ける。

 

「疑うのは結構だけどさ、私達だけで脱出も無理なんじゃない?」

 

沈黙。

誰もがただストレアの言葉を聞いていた。

そして数秒後、ウィスタリアが小さく噴き出した。

 

「確かにその通りですわ」

 

「うぃ、ウィスタリアさん?」

 

「このまま助けが来るまで座して待つより、騙されたと思って彼女に着いて行くのが吉。もしフィリアさんが私達をだましているのであれば、この6人でとっちめてしまいましょう」

 

「とっちめてって……それ、本人の前で言う?」

 

「あら、こうしたほうが下手に騙そうとしないでしょう?」

 

「まったく……こっちよ。ついてきて」

 

やれやれと首を振るフィリアを先頭に、5人は彼女に着いて行くことに。

道中のモンスターはノゾミ達には到底かなわないので、避難所代わりの細い脇道に身を潜めてやり過ごしていく。

そんな行動を繰り返していく中、チカが感心したように呟いた。

 

「このダンジョンを一人で攻略していくなんて、凄いですね」

 

「確かにパーティを組んでってのが普通よね。でも、あたしの場合はソロのほうが都合が良いっていうか……試したかったのよ。トレジャーハンターのフィリアがソロでどこまで冒険できるのかをね」

 

「トレジャーハンターのフィリアとして?」

 

「ええ。数々の罠を潜り抜け、モンスターを潜り抜け、最奥に眠るお宝ちゃんを手に入れる――そういうのに前々から憧れていたのよ」

 

「憧れ、か……。なんとなくフィリアの気持ち、分からなくは無いかも」

 

フィリアの言葉に、ノゾミも同意するように頷いた。

 

「私も、10年位前かな?小さい頃に両親とはぐれちゃったの。泣きじゃくって迷ってるうちに、あるアイドルのパフォーマンスの練習を見かけたの。テレビとかで見るアイドルとは違って、傍から見てもパフォーマンスとか全然の素人だったけど、不思議と魅入られたんだ。へたっぴなパフォーマンスをしていたあの人たちが、不思議と輝いて見えて。人って、こんなに輝けるんだって思った」

 

懐かしむように語りながら見上げるノゾミ。

視界にはダンジョンの天井が映るばかりだが、彼女には恐らくその時の光景が浮かんでいるのだろう。

 

「それでその後、両親にライブの真似をしたりしていく内に、どんどん音楽やアイドルへの憧れが燃え上がっていくのを感じていくのを自覚したのは小6の頃なんだ。そこでユナと一緒に音楽を学んで行ったり、ダンスを録画したりしたのよ。まぁ、機械の事は全部ノーチラスに丸投げしていたけど」

 

あはは、と当時を恥ずかしそうに語る。

ノーチラス(英二)も当時は最早いい思い出とから笑いを上げていたが、その表情から相当苦労したのだろう。

 

「それが貴女がアイドルを目指す理由なのね。中々素敵じゃない」

 

「どうも。次はフィリアさん、あなたの番よ」

 

「私?そうね……」

 

バトンタッチと言わんばかりにノゾミに促されたフィリアが一瞬面食らったような表情になったが、少し考え込んで語りだした。

 

「私もきっかけは、近所に住んでる冒険家さんかな?」

 

「冒険家……そんな方がいらっしゃったのですか」

 

「うん。といっても、私も実際に会ったのは5、6回くらいよ。それでも帰って来て、いたずらっ子な娘さんと一緒に冒険の土産話を聞くのが好きだったわ。思えばそのころからかしら、トレジャーハンターっていうのに興味を持ち始めたのは」

 

「素敵な話ですわ」

 

「どうも。まぁ、あなた達からすれば面白くないかもしれないけどね……。実を言うと、こんな状況にした茅場明彦をに私はほんのちょっと感謝してるのよ」

 

「かっ、感謝ぁ!?」

 

照れくさそうに本音をぶちまけたフィリアに、ウィスタリアが5人の意思を代表するかのように素っ頓狂な声を上げた。他の4人も声を上げずとも、その表情から驚いているのが手に取るようにわかる。

意識をゲームに閉じ込められるという前代未聞の状況に陥ったと宣言された1万人のプレイヤーは帰れない絶望と死ぬかもしれない恐怖、そして茅場明彦への怒りが渦巻いていた。

中には絶望に折れて外周へと投身自殺をしたプレイヤーも今ではいないものの、当時は第1層のボスが討伐されるまでの1か月間、ノゾミ達の頑張りを嘲笑うかのように日に平均で80人近いプレイヤーが果ての無い空へと命を投げ捨てた――。

シズルですら弟妹に会えない絶望から心を擦り減らし、正気を失うか否かの瀬戸際にまで追い詰められたほどだ。シリカが居なければ、今頃廃人同然の状態になっていたかもしれない。

フィリアの当時の感情は、SAOに捕らわれた人からすればどうかしてるとか思えないだろう。

 

「確かに会えないかもしれない、死ぬかもしれないって絶望したのは事実よ。けど同時に、現実を気にせず思いっきり冒険ができるって思ったのよ」

 

「あ、頭大丈夫なの?」

 

信じられないと言った表情て返すストレアが面白く感じたのか、フィリアも思わずふふっ、と笑う。

 

「そうね。今から考えてもどうしてあんなこと思ったのかわからないわ。でも、現実に残したあの子にこの世界の冒険譚を聞かせる為にも、絶対に生きて帰る」

 

ぐっと拳を握り締めるフィリアの顔には、ある種の信念を感じられた。

そう言っているうちにダンジョンの出入り口が見えてきた。

 

「ここからすぐ近くに主街区があるから、そこから転移ゲートで帰ってね」

 

「ありがとー!あ、さっきは疑ったりしてごめんね?」

 

「気にしてないわ。これに懲りて二度と最前線に行こうとは思わないでよね」

 

カオリを先頭にストレア、ノゾミ、チカ、そしてフレンド登録を終えたウィスタリアがフィリアに礼を言いながら外に出る。

 

「――うわっ!?」

 

外に出ようとした時、同時にダンジョンに入ろうとした黒づくめのプレイヤー、キリトと鉢合わせた。

キリトもカオリならまだしも、ウィスタリアやノゾミ達がいることに驚いているようだ。

 

「あれ、キリト?久しぶりさー!」

 

「お前らなんでこんな所にいるんだよ?ってか、見ない奴もいるな?」

 

「どーも。【ブレイブ・フォース】所属になったストレアでーす」

 

抱き着こうとしたカオリを避けて、キリトが訊ねる。

その傍ら、フィリアは悟られないようにダガーの持ち手に手を握る。

 

(確か、あいつは第1層のボス攻略の時……)

 

フィリアも《ビーター》という名は聞いた事がある。

第1層のボス攻略の際、当時の攻略プレイヤーの一人が叫んだことが由来だ。そこから先は攻略組は彼を邪見に扱い誰も彼をパーティやギルドに入れようとしなかった。

その後はしばらく大きな噂を聞かなかったものの、6月にその噂を聞くことになる。それが『【月夜の黒猫団】潰滅事件』。

主に20層前半で活動していた【月夜の黒猫団】が、ある日突然壊滅した。その原因はモンスターによるものではない。

PK行為――。プレイヤーの手に掛かって殺されたのだ。その犯人こそが……今自分の目の前にいる少年、キリトである。

 

気付かれないように静かに警戒するフィリアを他所に、ノゾミが簡潔に説明する。

 

「ちょっとしたトラブルに巻き込まれたのよ。ここから19層下のダンジョンからね」

 

「……49層からか?」

 

「はい。罠に引っかかったらしくて」

 

その時、僅かにキリトの眉がピクリと動いたが、ウィスタリア達は気付かずに続ける。

 

「早速49層に向かってダンジョンの情報を更新しなければなりませんわ。ですが、次に向かう時はあのような手には――」

 

「……ふざけんなッッッッ!!!!!」

 

ウィスタリアを遮り突然キリトが叫んだ。

直後、彼女の胸ぐらを掴み、ぐいと引き寄せる。

 

「ちょっ、何を……ッ!?」

 

「お前、自分が何をしたのか分かってんのかッ!?お前の勝手な行動で危うく死に掛けたんだぞッ!!!いやお前だけじゃない、お前がレベリングの為に連れてったこいつらまでッ!本当に死ぬ所だったんだぞッ!!!」

 

「で、ですが今回は……」

 

「今回は無事に済んだから次も大丈夫ってか?随分調子に乗ってるんだな!次に引っ掛かった罠はなんだ?閉じ込めた後ある人数になるまで無限にモンスターが湧き続けて嬲り殺しにする奴か?それとも解除の装置を起動するまで天井が迫って皆殺しにする奴か?それで殺されたら、付いて来た奴らはとんだ犬死にだよ!」

 

「犬死にってそんな……」

 

「今回はたまたまそいつがいたから良かったものの……、後悔してからじゃ何もかも遅いんだよ!!」

 

怒声と共に突き飛ばし、キリトは踵を返して足早に帰っていった。

小さくなっていく黒い影を誰も呼び止めることはできなかった。ウィスタリアもこの時は言葉が出てることは無かった。

無理もない、キリトの言っていたことは的を得ている。実際に彼女らは安全地帯から抜け出た直後にモンスターに襲われ、危うく死に掛けたのだから。しかも49層でも彼女のレベルである53――安全マージンを無視したプレイングをしていて49層でも不意討ちを食らえば死ぬ可能性があったかもしれないからだ。

そして先程の戦闘。ウィスタリアは壁に激突した衝撃で虫の息かつ沈黙の状態異常、カオリは防戦一方、チカはまるで相手にされず、ノゾミは剣を折られて締め上げられ――まともだったのはストレアだけだった。

もしフィリアがあの場に居なかったら、全員あの場で死んでいたということは十分にあり得た結果になっていたかもしれない。

 

「……あぁ……まぁ、あれよ。あんまりくよくよしないでね?」

 

「え、ええ……」

 

沈黙で静まり返った一行にフィリアが申し訳程度に声を掛けるが、ストレアを除く4人は心ここにあらずといった様子だった。それから始まりの街まで帰る間、一行は沈黙したままだった。

ギルドハウスに到着後、ウィスタリアに呼ばれたノゾミ、チカ、カオリ、ストレアの4人。

 

「本当に申し訳ございません」

 

執務室に呼ばれて早々、ウィスタリアが4人に頭を下げた。

藪から棒に頭を下げた彼女に4人とも面食らったが、理由はすぐにわかった。

 

「昼の事?」

 

ストレアの指摘にウィスタリアは力なく頷いた。

 

「……皆さんを守ると(のたま)いながら、レベリングに夢中になって皆さまの事を蔑ろにしてしまい、挙句罠に嵌ってしまって……結果的に皆さんの命を危険に曝してしまいました。もしフィリアさんが来ていなければ……」

 

そこから先は言えなかったが、安易に予想できてしまう。

沈黙が部屋の中を包み込んだ。

 

「……キリトさんの言う通りですわね。高を括っていた。それで皆さんを……」

 

「本当に反省してるのね」

 

ウィスタリアの自責の言葉を遮り、ストレアが言う。

 

「で、どうするの?責任取ってギルドをたたむ?」

 

「なっ!何を仰っているんですの!?それとこれとは話は別ですわ!私達がいなくなったら、誰がこの街の方々を纏めるんですの!?」

 

反射的に反論するウィスタリアにストレアがクスリと微笑を浮かべる。

 

「当初の目的であるプレイヤーの保護と商業は続けていきますわ!確かに今回の事は反省すべきことですが、それとこれとは話は別ではなくて!?大体、自分で決めておいたくせに勝手に辞めてしまったら、今後は誰が始まりの街を見守るんですの!?」

 

反論を述べるウィスタリアは、喧嘩を焚きつけられたように述べる。

 

「とにかく!私が皆さんに伝えたかったのは、今回危険に巻き込んでしまったことの謝罪!そして、そのことを心に刻み再び邁進していくこと!よろしいですわね!?」

 

反論のせいで半ば自棄気味ではあるが、すっかり調子は戻っていたようだ。

だが、それでもノゾミ達からすればしょぼくれているより今の状態のほうがウィスタリアらしい。この1年間彼女を見てきたからこそ、そう思えるのだ。

 

「ありがとうございます。ウィスタリアさん」

 

ノゾミの口から自然とそんな言葉が出た。それを聞いたウィスタリアは少し顔を赤らめて、その日は解散となった。

 

 

 

 

誰もが寝静まった街中。あるプレイヤーがあまり人通りの無い西区でウィンドウを開いた。

 

(現状、最前線はあらかた探しつくした。あと探していないのはこの《始まりの街》だけ……。人通りの多い南区や道具屋などがある東区の可能性は低い。残ってるのは西区と北区の《生命の碑》のある部屋……)

 

「何か探しものですか?」

 

思考に耽っていた所を背後から声を掛けられて我に返る。

振り返るとそこに立っていたのは、【ブレイブ・フォース】のギルドリーダーラジラジだった。

 

「いつからそこにいたのよ?」

 

「いえ、こちらもここらに用があったので」

 

「まるであなたも何か探しているみたいね」

 

獣が呻いて威嚇するように、不敵な笑みを浮かべたまま挑発的に返す。

 

「……私のギルドに入った理由は、案外私の本来の目的と同じなのでは?」

 

「さぁ、どうかしら?」

 

静かな街路で、仲間であるはずの2人の間に張り詰めた空気で満たされていく。

しかし、その空気は一瞬で消え去った。

 

「――なら、敵対する必要も無いでしょう」

 

「あら以外」

 

「もともと私とあなたの目的は合致しています。敵対する理由がどこにあるのですか?」

 

「それもそうね」

 

くるりと踵を返したラジラジが思い出したように振り返りながらストレアに伝えた。

 

「そうそう、この区画は私がすでに調べてあります」

 

「……教えてくれてどうも」

 

そのまま西区を後にするラジラジの姿が消えるまで見届けると、ストレアは残る箇所……《黒鉄宮》のある方角へと振り返った。

 

 




次回「閑話:待つ者達」




(・大・)<今回は直葉一人称メイン。

(・大・)<ALO編で登場する予定のキャラとかが登場します。


(;・大・)<にしても、朝方とか言いながら投稿が昼って……。

(´・大・)<今回もほぼ6千字じゃん……。3千字にまで抑えておきたい……。

(・大・)<次回投稿は1月3日になります。


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「閑話:待つ者達」

( ・大・)ノ<あけましておめでとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~!!

(・大・)<正月三が日最終日、今年の初投稿でございます。

(・大・)<正月はプリコネでモニカを星6にしたり、プリコロやリトリリトリオ手に入れたりと、色々ありました。

(・大・)<本年度も、このプリンセス・アート・オンラインRe:Diveを宜しくお願いします。


12/31 シェフィのプロフが明らかになったのでそれに合わせて本文を調節しました。


――あの事件が始まってから2度目の6月の中頃。梅雨時にも関わらず、その日は珍しく降り出しそうな曇天だった。

真っ白い部屋のベッドの傍の小さな机の上に、新しく買ってきた花を生ける。

ベッドの上にはナーヴギアを被ったままのあたしのお兄ちゃん――桐ヶ谷和人が今も静かに、まるで死んでいるかのように眠り続けている。

 

 

(スグ)さん」

 

心電図の単調な電子音と、点滴の水音しかしないような静かな部屋に聞こえてきたあたしを呼ぶ声に振り返る。

ベッドを挟んでそこにいたのは、少年とも見間違いそうな風貌の女の子――御久間(みくま)(とも)ちゃんがいた。

 

彼女と出会ったのはお兄ちゃんが8歳の頃、厳格な祖父が昔からの付き合いと言って彼女の祖父が務める御久間流剣術道場に通わせたことがきっかけだった。その時はまだ3つの舌っ足らずの赤ん坊みたいだったのは良い思い出だ。

けどお兄ちゃんが10歳の頃に突然辞めると言い出し、祖父からは烈火の如く怒鳴られて殴られた。あたしが『自分がお兄ちゃんの分も頑張るから』って言わなければ、きっとお兄ちゃんは殺されていたかもしれない。

とはいえ今は、兄弟子ならぬ姉弟子――姉かどうかはともかく――としていいとこ見せたいと思ってる節もあるにはあるけど。

 

「今日はどうするの?三日連続でお見舞いに来てるでしょ?」

 

「心配してくれてありがと。もうほとんど日課になっちゃってるだけだから」

 

お兄ちゃんは今もゲームの中で戦い続けている。

そのタイトルの名は――ソードアート・オンライン。

お兄ちゃんが夢中に語っていたゲームは、夢のフルダイブVRMMOになるどころか、最悪のデスゲームになってしまった。

2年前の12月。その1ヶ月の間に2千人近いプレイヤーがナーヴギアからのスパークによって脳を破壊され、死んでしまったのは今でも悪夢として鮮明に覚えている。病室から鳴る死亡を知らせる甲高い心電図の音。遺族の嘆き――当然あたし達も他人事じゃなかった。

その時のあたしは、多分あたしじゃなかったと思う。近しい人達もお兄ちゃんが亡くなった人達と同じように死んでいくのかと毎日気が気じゃなかった。毎日学校の帰りにこの病院に足を運んでは、何もできない自分を呪いながら泣いていた。

だけどある時、お母さんとお見舞いに来た時に《SAO対策本部》という組織の人から、お兄ちゃんが懸命に攻略を行っていると知らされてから、あたしも泣くのを止めた。

智ちゃん達も、あたしと同じ気持ちのはずなのに、そんな気持ちを隠してあたしを励ましてくれたことに関しては、本当に感謝してもしきれない。

 

「私も暇だしさ、一緒に行っていいかな?」

 

智ちゃんの提案をあたしは快く承諾した。元々、後は家に帰ろうと思ってただけだし。

お兄ちゃんの病室を出た時、同時に隣の部屋から誰か出てきた。

 

「あぁ。直葉ちゃん」

 

「遠野さん。また例の事を?」

 

「まぁね」

 

この糸目のほんわかそうな女性は遠野 帆稀(とおの ほまれ)さん。当人曰く漫画家らしいのだが、最近ではちょくちょく病室に顔を出して、SAOからの解放の手掛かりを探しているとか。

 

「それで、進展はありそうですか?」

 

「進展?そうね……御狗刀(おくとう)くんたちも頑張ってはくれてるけど……」

 

帆稀さんは智ちゃんの質問に少しだけ考えるような素振りをして……。

 

「無理☆」

 

満面の笑顔で答えやがった。

思わず私も智ちゃんもずっこける。

 

「そんな満面の笑顔で答えても困るんだけど!?」

 

「まあ落ち着いて。構造的には私も理解できないわけじゃないの。ただ、問題はシステムのほう。2人とも、システムとかプログラムについての知識はどれくらい?」

 

「……剣道少女2人、片方は小学生ですよ?(カズ)さんみたいに機械に強いわけじゃあるまいし」

 

「それもそうね。じゃあ2人とも、鉄塔をイメージしてみて」

 

そう言われて目を丸くした。あたしたちがなんのこっちゃと顔を合わせてる間にも帆稀さんは「ほら早く」と促すのみ。

あたしたちは目を閉じてイメージする。

 

「その鉄塔の好きなところから鉄骨を1本抜いたら、鉄塔が崩れちゃった」

 

導かれるように帆稀さんの言葉に従い、その光景を脳裏に浮かばせる。

ただの鉄骨の山へと成り果てた鉄塔をイメージの中で見届けたあたしたちは目を開けた。

 

「とまあ、2人がイメージした通りよ。ナーヴギアには、幾つかのシステム的な穴が見つかったわ。けど、それらは全て一度解除しちゃうとピタゴラ装置のように次々と他のプログラムを起動していって……最終的には電磁波を引き起こして殺してしまう罠だったの。他の穴も同様にね」

 

「じゃあつまり、その穴から電磁波のシステムとかを弄ったりしたら、途端に死ぬって事?」

 

「智ちゃん正解~。こんな事件を起こした当人も、外部からの攻撃は前々から織り込み済みだったみたいね」

 

無理とか言っておいて関心しちゃってるよこの人……。

 

「って、ちょっと待った。それって警察は知ってるの?」

 

「それは無いわ。私もやっと昨日今日で判明(わか)ったことよ?それに、今話したとしても、少数派の言葉に耳を貸すとは思えないけどね。もっと発言力のある人が根拠をもって口を出さないと、彼らも首を縦に振らないんじゃない?」

 

それはつまり、あたしが今すぐ警察に呼び掛けてもあしらわれるって事。その事実に軽い絶望があたしを襲った。

それにしても、茅場明彦が何を求めてこんなことをしたのかあたしには理解できない。けど、2年前の夏頃のベータテスト期間中、一緒にご飯を食べてる間、お兄ちゃんは興奮気味に茅場明彦やSAOについて語っていた。その時のお兄ちゃんの目はあたし達に向ける時よりも目を輝かせていた。あれは、憧れの人に向けるものと一緒なのかもしれない。あの人のようになりたい、あの人と同じ世界を見たい――。そんな憧れを口にしていたお兄ちゃんはまるで剣道道場に通う前のようだった。

 

「それじゃ、私は用件があるから。またね~♪」

 

終始ほんわかした態度を崩さずに、帆稀さんは廊下の反対側へと去って行った。

 

「……私、やっぱあの人苦手だ……」

 

その背中を見ながらぼやいた智ちゃんのぼやきに、あたしは心の中で大いに頷いた。

 

 

 

 

智ちゃんを連れ、あたしは1階の中庭に移動した。

白色が中心の室内から芝生の緑と青空の青に彩られ、中心には細い木が植えられていて、レンガを積み上げ、まるで絵本の中の煉瓦造りの家の煙突のように造られた花壇や付近にあるベンチに腰掛けた人達が集まっていた。

 

「直葉さん……」

 

璃乃(りの)ちゃん。紫布菜(しふな)ちゃん」

 

集まっているうちの2人はあたしも良く知る星野璃乃(ほしのりの)ちゃんと阿賀斗紫布菜(あがとしふな)ちゃん。

 

紫布菜ちゃんはあたしの()と同じ学校のクラスメイトであり、フィギュアスケートの見習いでもある。

何でも、幼い時に家族と出かけた冬季オリンピックのフィギュアスケートに感銘を受けたらしく、そこから小学校の間はスケートの練習に勤しんでいた。今もジャンプからの1回転くらいは余裕でできるらしい。あたしでも滑る程度がやっとよ?

彼女や彼女の少し年の離れた兄、阿賀斗善(あがとぜん)さんとはあたし達も良く知っている。彼女らの実家とあたしの家とはさほど遠くない距離だからだ。確かお兄さんの方は高校を卒業したらしく、今は大学に通う傍ら、新進気鋭の棋士として将棋の腕を鍛えているとか。

 

「ちょっと彼女に誘われてね。今日はオフにしとこうと思ってたし」

 

「わざわざありがとう」

 

「璃乃さん。あなたほぼ毎日ここにお見舞いに来てますよね?まさか学校を休んでまで来てるんじゃないですか?」

 

「流石にそこまでしてませんって。ちゃんと学校には行ってますよ」

 

からかい交じりの智ちゃんの言葉に璃乃ちゃんは笑いながら返すが、あたしにはそれが空元気だというのが分かる。

璃乃ちゃんは最近、お兄ちゃんが当時通っていた中学校に入学したと聞いている。

 

「……みなさんに伝えたいことがあります」

 

そんな中、口を挟むように黒髪の女の人――士条怜さんが口を開いた。

この人はSAO事件が始まった時、結城 浩一郎(ゆうき こういちろう)さんという人から連絡を受けて、パニックに陥ったあたし達をなんとか取りまとめてくれた。けど、この人の前のゲーム仲間の一人、草野優衣さんもSAOに捕らわれているのはあたしも知っている。

 

「少し前に、警察が全国のナーヴギアのバッテリーを強制的に外す計画を立ち上げたそうです」

 

その言葉にあたしたちは揃って息を詰まらせた。

ナーヴギアが使用者を殺す条件は2つ。アバターのHPが0になるか、ナーヴギアが強制的に取り外されるか――。

それに、ナーヴギアの強制取り外しはあたしもニュースで見たことがある。なんでも、バッテリーを一瞬で破壊すれば電磁波は起こらないと結論付けていそうだとか……。

 

「そんなことをして……助かる見込みはあるんですか?」

 

紫布菜ちゃんの震え気味の声で絞り出した疑問に怜さんの代わりに、あたしが口を開く。その時どういう訳か、口が鉛のように重く感じた。

 

「……多分、失敗する……。あたし達、さっき帆稀さんに会ったの。その時にバッテリーにも仕掛けをしてあるって……」

 

「やっぱりね。僕ならバッテリーを不用意に弄るとすぐ電磁波を起動する仕掛けを用意すると思ってたし、バッテリーを外すことくらい想定してないほうがおかしいでしょ」

 

怜さんに同意するように男の人――御狗刀 詠斗(おくとう えいと)さんが頷く。

この人はお兄ちゃんのクラスメイトで、プログラムなどにも強い。単なるクラスメイト程度の認識しかないけど、あたしからすれば結構お兄ちゃんとは仲が良さそうだ。

 

閑話休題(それはさておき)

 

あたしも、その程度の事で解決できるとは到底思えない。

次第に話す事が無くなっていき、沈黙が中庭を包み込む。同時に気まずい雰囲気もあたし達の周りを包み、ずぶずぶと底なし沼にはまるように気が落ち込んでいく。

 

「……みそぎ、やだよ……」

 

そんな中、小さな女の子が呟いた。まるで不安に潰されそうな声色で。

 

「やだよ……ことねーちゃんが、みそぎからいなくなっちゃうのなんて……そんなのッ、そんなのやだよぉ……!」

 

ボタボタと大粒の涙をこぼし、女の子が嗚咽交じりに泣き出して、ついには大泣きしてしまう。

 

「あたしも……もし……もしお姉ちゃんが死んじゃったらって思ってる今でも気が気じゃないし、本当にお姉ちゃんが死んじゃったら……そんなのッ、耐えられないよおぉぉぉ……ッ!」

 

女の子の涙に、璃乃ちゃんも泣きだしてしまう。

あたしも泣くことを許されてるのなら、思い切り泣きはらしたかった。けどあたしは目じりに滲む涙をぐっとこらえて……。

 

「大丈夫。お兄ちゃんも静流さんも、ことねーちゃんも絶対に帰れるから」

 

あたしは強く泣きじゃくる2人に言い聞かせた。

 

「ほんと?ほんとに帰ってこれる?」

 

「うん。ひょっとしたら、あたしのお兄ちゃんがゲームをクリアしちゃうかもよ?」

 

「……そうだね。うん。その通り」

 

怜さんがあたしの言葉に同意するように頷いた。

すっとベンチから立つと、振り返って行動を伝える。

 

「私はこれから真行寺さんと一緒に重村教授の元を尋ねようと思います。ナーヴギアの構造を知って罠が組み込まれているのを知れば、計画も中止するかもしれません。相手が相手だから、警察もそう易々と無下には致さないでしょう」

 

「じゃあ僕はもう一度、別のアプローチができるかどうか。君らはその子を親御さんの所に送ってってね?」

 

「あっ、じゃああたしが送りますね!『幼女引きつれ情けねぇ』って奴です!」

 

同じく花壇から立ち上がった御狗刀さんも肩を回す。璃乃ちゃんもさっきの言葉が効いたのか、勢いよく挙手をしてきた。

けど璃乃ちゃん、それって「旅は道連れ世は情け」って言うんじゃない?そもそもここで使うべきシチュエーションじゃないし。

そう心の中で璃乃ちゃんに対してツッコミを入れたあたしは、窓越しに壁掛けの時計を見る。既にあれから1時間過ぎ、帰るには丁度良い時間かもしれない。

 

「じゃああたし達もそろそろ帰りますね」

 

「そうだね。2人とも、後の事はお願いしますよ」

 

「ええ。任せて」

 

「色々大変だけど、やるしかないよね~」

 

智ちゃんのエールに怜さんは笑顔で返し、御狗刀さんも若干だるそうに返すのだった――。

 

 

 

 

直葉たちが病院を後にした後。中庭に残った御狗刀と怜。中庭から5人が去ったのを見ると、ほっとしたように御狗刀が息を吐く。

 

「……さて。人払いも済んだね」

 

「どういうこと?」

 

「この手の話は、できれば言いふらす人がいないほうが都合がいいからね」

 

頭上にまで上った太陽を受けた植木が作る木漏れ日の下で、御狗刀が顔をこわばらせて呟く。

 

「それで、いったい何なの?」

 

「……単刀直入に言おうか」

 

御狗刀の口から彼の考えを言葉にする。

その言葉は吹き抜けるそよ風に乗って怜の元へと届き……彼女の表情を驚愕の色に染め上げた。

 

 

 

 

一人の少年が病院のロビーを足早に進む。腕時計を見てやや焦り気味なのか、進む足もだんだんと早くなっていく。

 

「不味いな。少し遅れちゃったかも……」

 

少年の名は坂井 直人(さかい なおと)。親しい間柄では先の怜のようにナオと呼ばれている。

椿ヶ丘中学校の生徒で、当時そこに通っていた草野優衣と安芸真琴のクラスメイトであり、キリト――桐ヶ谷和人とも何度か顔を合わせている。

 

「いたいた。おーい、怜!」

 

中庭にいた待たせていた人物の名を呼び、中庭に入る。

肩を上下させながら佇む彼女の背後に声を掛けるが、まるで反応が無い。

 

「怜……?」

 

反応しない相手に思わず眉を顰め、思わず彼女の肩に手を置こうとそっと手を伸ばす。

直人はここで怜は自分の手を払い、厳しめの口調で「何をするの?」と鋭く問い詰めるだろう。

しかし、彼の考えは予想だにしない形で裏切られることになる。

 

「うわっ!ちょっ、怜!?」

 

触れる直前、ぐらりと自分の元へと倒れ込んだ。慌てて彼女の身体を支えるが、そこで漸く彼女の異変に気付く。

ほんの僅かだけ、彼女の体が震えていた。

 

「――どうしよう」

 

「何かあったの?」

 

「御狗刀から、話を聞いて……」

 

「それって警察がナーヴギアの破壊を試みるって計画の事?それなら……」

 

「違う。そんなことよりも……もっと不味いことだよ……」

 

「どういうこと?」

 

要領を得られず困惑するナオに、唇を震わせながら怜は続ける。

 

「…例えナーヴギア破壊計画が中止したとしても、捕らわれた人達がいつまでも点滴だけで平気でいられるはずがないって……。3年目、4年目と攻略が長引けば……いずれ衰弱死してしまう人が現れるかもしれないって……!」

 

その言葉にナオは全身が凍り付くような感覚を覚えた。

御狗刀曰く、意識の無い患者が点滴と電気運動だけではそう長く持ちこたえられない。攻略が長引けば、いずれ次々と身体に異常を出し、最悪衰弱死してしまう被害者が現れる。

最初は幼少者や高齢者を筆頭に、いずれ優衣や真琴と言った若者までもが……。

 

「……怖い…、怖いよ……。優衣は捕らわれて……ひよりは連絡がつかなくて……アストルムで出会った絆が、こんな形でバラバラになるのなんて……そんなの、嫌だ……!」

 

僅かな嗚咽を交えて呟く。

今の怜に、凛々しさは感じられなかった。人前では見せない、寂しがりな少女の姿だった。その恐怖は、直人も痛いほど共感できる。今までクラスメイトだった2人が、SAOに捕らわれ、自分の前から消えてしまった。そのことを知った途端、直人は胸にぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われた。今でも塞がらないそれが、永遠に治らないものになるかもしれない可能性に身を震わせる。

そんな直人は震える怜の肩に手を添え、抱きしめようとした。

 

「……待って。これ以上は優衣に怒られる」

 

「そ、そうだね……」

 

それより早く、怜が自らパッと直人から離れた。

少しだけ深呼吸を繰り返して落ち着いたのか、改めて凛々しい顔で直人に言う。

 

「それで、あの男――茅場明彦の人間関係は分かったの?」

 

「ああ。咲恋とすずめちゃん達が頑張ってくれてね」

 

そう言いつつ直人は一枚の紙を渡す。

 

「貴方は咲恋さん達と一緒にこのままこの2人の足取りを追って」

 

その紙を見た怜の指示に直人は言葉を出さず親指を立てて応じる。

 

(そう……私達の役目はあくまで攻略を中断させないこと。外部から救助ができない以上、攻略は彼らに任せるしかない……)

 

足早に病院を後にした怜が天を仰ぐ。

空はあの時と同じように曇天に覆われていた。

 

(お願い。誰か……誰でもいい……。早くこのゲームを……クリアしてくれ……)

 

分厚い曇天に埋もれるとわかっても、怜は願うしかできない。

何もできない無力な自分を呪いながら――。

 




次回『リズベット武具店へ行こう』



※坂井直人と御狗刀詠斗。


(・大・)<坂井直人は言わずと知れたプリコネの騎士クン。大体第2部3章13話からの騎士クンと旧作の騎士クンを足して2で割った感じ。バブついてない(ここ重要)。

(・大・)<1学年下だけど和人(キリト)とは面識をもっています。

(・大・)<オクトー先輩は和人とクラスメイト的なポジ。ノウェムとはまだ会ってない。

(・大・)<ハッカーの腕は健在で、帆稀とは異なりある人物に腕を買われて救出作戦に手を貸している。


※春咲ひより。


(´・大・)<今回は名前のみ。GGO編まで出番はない。作者の推しの一人なのに。

(・大・)<何らかの事情によりレイ達とは喧嘩別れしてる模様。


※阿賀斗兄妹。


(・大・)<プリコネRじゃゼーンが大変なことになってるのに、こっちは普通に現実の姿で登場。兄の方は名前のみ。

(・大・)<ゼーンはALO編で重要な役割を担うようにしたい。

(・大・)<というかゼーンさん、あんた21やったんか……。クラインと同い年くらいと思ってた……遅すぎるけど、ほんとゴメン……。

(・大・)<一応拙作ではシェフィは作品時間で15に設定しています。



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「リズベット武具店へ行こう」



(・大・)<かなり襲いながらもあけましておめでとうございます。


(・大・)<本年度一発目はチカの星6記念として彼女メインのお話にしました。


※1/22 本文を編集しました。


2023年、6月18日。

49層の主街区を川伝いに3人の少女が歩いていた。

その目的は武器の調達である。前回最前線に飛ばされる罠でそこのモンスターと遭遇して武器を壊してしまった。チカに至っては盾すら破損してしまったのだ。

新たな武器をどうするか考えていた矢先、ツムギが職人の伝手で武器職人の店を伝えて今に至る。

 

「……確か、この辺りよね?」

 

「はい。ツムギさんの話では園内のこの辺りだと言っていました」

 

「……あっ!あれじゃない?」

 

カオリが指す方向。小さな石橋の先に確かに水車を取り付けたレンガ造りの家を発見する。

 

「……『リズベット武具店』。間違いないですね」

 

目的地に辿り着き、チカが扉を叩いて店に入る。

店の中は様々な売り物の武器が陳列されていた。ダガーや小振りな剣など、比較的小さいものはショーケースの中に、両手剣や両手斧など大きな得物は壁に掛けられている。どれも丁寧に陳列され、職人の気質がうかがえる。

 

「リズベット武具店へようこ……そ……」

 

周りの武器に目を奪われていた3人は店主の声で漸く我に返る。

パフスリーブの上着とフレアスカート、純白のエプロンと言うウェイトレス風の服装にベビーピンクのショートヘア、顔に僅かながらのそばかすを携えた童顔の少女だ。年齢はノゾミ達と同い年か1つくらい年下だろうか。

店員らしい接待をしていたが、ノゾミの顔を見た途端その表情が引きつった。

 

「あのー、もしもし?」

 

固まった店主の目の前で軽く手を振ったその時だった。がっちりと両手を掴まれる。

 

「あっ、ああああなたッ!ひょっとしてノゾミさん!?黄昏の歌姫さん!?」

 

「えっ!?え、あ、はい。そうだけど……」

 

「ひょっとして、ファンの方ですか?」

 

「そうなのよ!まさかあたしの店に来るなんて思ってなくて!……って、あ……」

 

そこで店主はようやく気付く。自分が商売をそっちのけに少女のファンとなって勝手にしゃべり散らしていることに。

店主だけ気まずい空気が包まれる。客の3人はまだ疑問符を浮かべたままで気付いていない。しばし沈黙が流れた後、店主が咳払いをして、

 

「り、リズベット武具店へようこそ!」

 

「流しましたね、今」

 

「ご、ごめん……つい興奮しちゃって……改めて、ご用件は?」

 

「私は盾の修復。チカとノゾミは武具の購入さー。金額はこれくらいだよー」

 

「……確かに。では店にある武器から気に入ったものをお選びください。まずは盾の修復をしますので……」

 

3人とも護衛やレベリングで所持金は十分にある。

リズベットの催促にカオリは早速ボロボロの盾を渡す。

 

「えっ?」

 

受け取った途端、リズベットはダークブルーの目を白黒させた。

 

「どうかしたの?」

 

「いや……これ買ったのっていつ?」

 

「大体2週間くらい前だった気がするさー。私、【ブレイブ・フォース】に所属してるから」

 

「なるほど……。でも後の2人は中層域プレイヤーでしょ?この盾、48層のNPCショップよりも良い性能をしてるじゃない。それなのにたった2週間の護衛とかでここまで消耗する?もう10分の1にまで減ってるじゃない。もう片方は今にも壊れそうよ?」

 

リズベットとしては盾の異様な消耗に対して率直な疑問をぶつけただけだろう。しかしその質問で3人の表情が僅かに曇ったのを見て、思わず「またやっちゃった!?」と息を詰まらせる。

 

「それは……」

 

言い辛そうだったが、説明したほうが良いと判断したのか、ノゾミは先月の事故をかいつまんで話した。

 

「……そう。ごめんなさい、嫌な事思い出させちゃって」

 

「いえ。あんな場所に罠があったなんて思いもしなかったこともあるのですから……あ。この短槍、手に取ってみても?」

 

「構わないわ。それと、【鑑定】用のアイテムがあるからそれも使ってみて」

 

早速武器の新調の為に【鑑定】で調べたり、時に手に取ったりして感触を確かめるノゾミとチカ。カオリも片手爪を新調できるかショーケースの中の片手爪を踊りながら見て回っている。そうしていく内に30分。ノゾミは思った武器が手に入ったらしい。オレンジ色の握り手を持つファルシオンを、チカは直径30センチの盾を手にカウンターに向かう。

 

「これをお願いできるかな」

 

「毎度。中々いい武器を選んだわね。カオリさん、盾の耐久値フル回復よ」

 

「ありがとー!これ、代金だよー。――って、チカ?どうしたさー?」

 

代金を渡し、盾を受け取るカオリ。だがチカはまだ渋い顔である。

 

「いえ……盾はともかく、槍がしっくりくるのが無くて……」

 

「……そっか。槍は店にあるので全部だけど、素材さえあるなら一から作ることはできるわよ」

 

「なるほど。それではお願いできますか?」

 

「OK。素材なら、この48層で受けられる【アルヴェラ侯爵のコレクション】を受けると良いわ。北側の洞窟で手に入るアイテムと鉱石を交換してくれるのそれがあれば行けるかも」

 

リズベットのアドバイスにぱぁっと顔を輝かせる。

 

「よしっ!じゃあ早速行こう!」

 

「ああ、待った待った!気持ちはありがたいんだけどさ……」

 

テンションが高くなったノゾミに対し、リズベットはどこか煮え切らない表情だ。

 

「どうかしました?」

 

「いやね。そのクエスト……」

 

チカの質問にも歯切れ悪く言葉を濁す。

 

「実はソロ限、つまりチカ1人でやらなきゃいけないのよ」

 

 

 

 

48層、北側の洞窟。

 

 

リズベットの案内で洞窟の入り口にやって来た3人。

あれから主街区で〈アルヴェラ侯爵のコレクション〉を受注して北側の洞窟にやってきた。

 

「私とカオリはここで試し切りをしながら待ってるからね。あまり難易度は高くないって言ってたけど、油断しないでね?」

 

「はい。2人もお気を付けて」

 

「いってらっしゃーい!」

 

カオリの言葉を受け、予備の片手槍を手にダンジョンへと潜る。前回の反省点を踏まえて周囲や床に警戒を怠らず、それでも足早に進んでいく。道中のモンスターも1人では苦戦はするものの、勝てない相手ではない。

 

(そういえば、ソロなんて初めてですね……)

 

戦闘を終えたチカがそんな感想を漏らす。普段からパーティで商人プレイヤーの護衛を務めていて、それが当たり前だった。単独で戦う経験なんて数える程度しかなかった。

 

(こんな寂しい戦闘を、キリトさんは2年間も……)

 

今も最前線で戦う剣士の後ろ姿を思うと同時に、胸の中を物寂しさが支配する。

パーティやギルドのメンバーがいる日常で過ごしたチカにとって、今回の戦闘は仲間に頼れない。

ふいに、昨日の戦闘を思い出して身体が震えた。あの時のようなことが無いわけでもない――。

が、頬をきつめに叩いて気合を入れ直すと奥へと進む。

 

(けど、今は入り口にノゾミもカオリさんもいる。こんな所で逃げてたら、2人やリズベットさんに申し訳ありませんからね)

 

モンスターの足止めを2度3度喰らった後――体感3時間程度で最奥まで辿り着いた。

 

「素敵……」

 

思わず声をこぼした。

広い空間となったその洞窟は中央に湖を作り、彼女たちから見た湖の右側が小さな岩の丘を作っている。周囲の石の隙間にまばらに生えているような水晶が、天井の隙間から差し込む光を反射し幻想的な風景を作る。

感動もそこそこに、肝心なものを探そうと湖の丘の上を見る。水晶と間違えそうなクリスタルブルーの細い木を見つけた。早速そこへ行くと、その木から3メートルほど離れた場所にステージのような平石が埋め込まれている。木の幹には何度も打ち付けられたのか、チカの腹の部分にあたる位置に幹が剥がれた跡があった。

 

「これがクリスタリアの木……」

 

クエストの受注者、アルヴェラ侯爵が欲している《クリスタリアの細枝》はこの木を打撃武器、もしくは【体術】で叩けば手に入れられるという。スキルを要する必要も無い簡単なクエストで当時の攻略組もこぞって手に入れたという話だ。ただ、このクエストは景観維持の為に余計な破壊をしないでほしいという訳でクエストを受ける際には1人で受けなければならないという。

これを叩けばクエストはクリアしたも同然。そう思っていた。

 

「……」

 

だがチカは木槌をストレージに戻し、ゆっくりと平石の上に立ち、歌い出した。

 

「~♪~♪~♪」

 

胸に浮かんだ歌詞に、自分の歌を添えてメロディにする。無人のコンサートホールでチカの歌声が響き渡る。

結晶や水面に反射した光が歌に合わせて乱反射を繰り返し、残響が無人のホールにBGMを奏でる。

 

「――ふぅ」

 

ひとしきり歌い終えたチカが改めて木槌をストレージから取り出し、細枝を手に入れようとした。

その時、クリスタリアの木が日差しにも似た光を放ちだした。困惑するチカを他所に、クリスタリアの木から何かが飛び出し、反射的に差し伸べたチカの手の中にふわりと納まった。木から光が消え、呆けていたチカが自分の掌を見ると、結晶の花冠(かかん)が一本、収まっていた。

 

「これは……?」

 

 

 

 

『こっ、これはッ?!』

 

あの後、困惑するチカと合流したノゾミとカオリ。事情を説明しようとアルヴェラ侯爵に花冠、【クリスタリアの花冠】を見せた所、侯爵の顔がこれでもかと驚愕の色に染まり、感極まって立ち上がった拍子に椅子が音を立てて倒れる。

 

「あの……ひょっとして失敗ですか?」

 

『とっ、とんでもない!この【クリスタリアの花冠】は、今では入手できないとまで言われているのですよ!』

 

「入手できない?でもちゃんとここにありますよ?」

 

『はい。このリンダ―スは、水車のシステムができる前は細々とした村と聞いています。今でいう6月の18日、すなわち今日です。今年1年間の息災を願い、去年無事年を越せた感謝を神に送るべく、ある舞踊の巫女が祭事の供物として、これが奉納されていたと言われています』

 

「6月って……無病息災ならお正月じゃないの?」

 

『まあそれは風習それぞれって奴です。ともかく、代々奉納をしていた一族は既に滅び、それを悟った長から祖父に伝えた方法も、祖父が亡くなって断絶……私もその存在に気付いたのは2年程前でした。この絵と“清らかな者の歌”というのが関係していると思ったのですが……』

 

「つまり私が、それを基に歌ってしまった、と……?」

 

アルヴェラ侯爵の背後の壁には五線譜と音符を綴った、楽譜にも見えるかなり古い絵画だ。恐らくそれがアルヴェラ侯爵の言うキーワードと関係があったのだろう。

チカ自身、それを思わず歌にした所でこの花冠を手に入れてしまったという事か。

 

『冒険者達に依頼を出したのもこれを手に入れる為ですが、こんな形で手に入るなんて……』

 

「じゃあ報酬は――」

 

『いえ。それは無理です』

 

「はい!?」

 

告げられたアルヴェラ侯爵の言葉に素っ頓狂な声を上げた。

 

「ちょっと待って!どうしてあげられないの!?」

 

『いえ!無理というのは報酬が割に合わないという意味です!本来ならこの【バナジウムインゴット】を差し出すつもりでしたが、それでは割に合いません。ですので……』

 

そう言い、アルヴェラ侯爵が手を叩く。すると従者が豪華な装飾が施された箱を持ってきた。ふたを開けると、エメラルドグリーンのインゴットが一つ、宝石の装飾品のように丁寧に入れられていた。

 

「これは?」

 

『これは【タイムインゴット】。これを使った武具を身に着けたものは無頼の勇気を宿すと言われている貴金属です。これならその花冠と報酬として釣り合うでしょう』

 

「あ……ありがとうございます!」

 

こうして、予想外のアイテムの入手でクエストは終了し、3人はリズベット武具店へと足を運んだ。

 

 

 

 

「で、それが件のインゴット?」

 

3人から事情を聞いたリズベットは、物珍しそうに【タイムインゴット】を見ていた。

 

「うん。あの時歌ったみたいで、多分私も持ってる《吟唱》や日付とかが関係してると思うんだけど……」

 

「そんな裏ルートがあったなんて正直信じられないわ。けど、こうして現物がある以上本当だったってのが現実よね」

 

頭で納得させつつ、インゴットを掴み上げた。

 

「!?」

 

「どうしました?」

 

「いや……と、とにかく作ってみるわ!」

 

若干キョドリつつも、リズベットは早速店の奥の工房にインゴットを運ぶ。

金床に置いたそれを前に、いつになく興奮している自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

 

(な、何なのよこれ……?持った瞬間、ただの金属じゃないって心の底から感じた……!今までこんな感じなんてしなかったのに……!)

 

何故こんなにも興奮したのはリズベット自身わからない。ただひとつだけ、直感したものがある。

――この金属を使ったら、とんでもない事になる。

この2年近い間、鍛冶師として武具を作り、強化し、腕を磨き続けていた彼女の直感がそう告げていた。

 

(……この金属に対して、手加減は許されない。3日……いや、3ヶ月はハンマーが振るえないくらいに……!)

 

この金属に対していつもの鍛冶はできない。全身全霊にこの金属を鍛えることが、鍛冶師としてこの金属に対しての最大の礼儀だと直感していた。

再び神経を集中する為に深呼吸を何度か繰り返し、そしてハンマーを振り上げて――。

 

「……!」

 

全身全霊の気を込めるように、ハンマーを振り下ろした。

 

 

 

 

「――できた!」

 

リズベットが工房に入って30分。店でひとしきり《作曲》ウィンドウを開いていたチカが感極まって立ち上がった。

 

「何か書いてたの?」

 

「はい。実はあのアルヴェラ侯爵さんの絵画を見た時から曲が思い浮かんでしまって……忘れる前に書き留めたいと思い、それがついさっき完成したんです」

 

「着いて早々ウィンドウを開いたのはそれかー」

 

「リズベットさんには迷惑を掛けてしまったかもしれませんね。ってあれ?リズベットさんは?」

 

「もう30分も工房に入りっぱなし。私はカオリとさっきまでデュエルで練習してたわ。新しい武器の感触に慣れておかないとね」

 

その時だった。突然工房の扉が乱雑に開かれ、満身創痍のリズベットがそこから這いずるように現れる。

 

「リズベットさん!?なんか、かなりやつれてるみたいだけど大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫よ……。ちょっと集中力が……切れて……」

 

ぐったりとした様子のリズベットが大事そうに抱えている一本の槍。

10センチにも満たない穂先。その刀身はタイムの花が彫られている。刃と棒を合わせるかのように継ぎ目にはツタが絡まったような装飾がされている。

 

「それの、名前は……《突風勇槍ラフィカ》。今まで作った短槍じゃ、トンデモない傑作よ」

 

肩を上下するリズベットからその槍、ラフィカを受け取った瞬間、チカは他の短槍にはない感覚を受けた。

 

「凄い……」

 

「ここまでの性能なら、攻略組も買い付けそうなレベルね。ここまで神経すり減らしたのは初めてよ」

 

「す、凄いですっ!初めて触れるのに、まるで手に吸い付くような感触で……!とっ、とりあえずこれ料金ですっ!本当に……本当にありがとうございましたっ!!」

 

感極まって半分パニックになっているチカは所持金の殆どを差し出し、足早に去って行った。ノゾミとカオリも慌てて武具店を後にして、バタバタと騒がしい3人の客はそのまま立ち去って行った。

 

「まったく……騒がしい奴らだったわね」

 

倒れたままのリズベットは、騒がしい客が去って一息ついた。

先程まで騒がしかった店内は、客が消えて想像以上に静まり返っている。水車の音は聞こえるものの、今のリズベットには無音同然だ。

 

「そういや、あんな風に話したのって何時以来だろ……?」

 

昔から、無意識に自分の感情を蓋をして、『明るくて面白い篠崎里香』を演じ続けてきた。

だが、あの時広場で歌っていたノゾミと間近にコンタクトしたせいで興奮し、つい演じることを止めて、ついに演じることは無かった。

素の自分を表にすることのできない自分が、いつの間にか素の自分を曝け出していた。アスナやリーテンといった数少ない知人以外で、こんなことになったのは今でも信じられない。

 

「……ありがと。アインクラッドの歌姫さん達」

 

 

 

 

それから1週間後、とある攻略組の依頼で片手剣のオーダーメイドを請け負うこととなり、曰く『最高傑作』を作り上げた。

それを機に腕前は驚くほどに上達していき、浮遊城にその名を轟かせた。しかし、その名を轟かせた今でも『最高傑作』と『ラフィカ』を超える武器は作れた経験は無いという。

しばらくして手の空いた時間に顔を出したティータイムの最中、質問をしたアスナに対し彼女はこう言った。

 

 

――あの時も、あの槍を作った時も。多分自分の中の何かが吹っ切れたのかも、と。

 




次回『浮遊城の恋、かつての大地』



※突風勇槍ラフィカ

(・大・)<おっかなびっくり風にしてみました。


《アイテム名》突風勇槍ラフィカ
《種別》片手槍
《射程》1
《タイプ》斬撃・刺突
《要求筋力値》43
《強化値》0
《残り試行回数》30
《攻撃力》320
《攻撃SPD》400
《命中力》500
《耐久値》1300/1300
《装備重量》70kg
《その他プロパティ》俊敏+22
《製作者》made by Lizbeth

※無頼の勇気を与えると言われている【タイムインゴット】から作られた短槍。この城が遥かに広がる大地に在りし時代、今は失われし祭事の儀式にて神具として使われていたと言われている。



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『浮遊城の恋、かつての大地』


(・大・)<ノゾミのアバター体の髪色については自分のイメージです。

(・大・)<優衣や真琴ならまだわかりやすいのに……。

( ;・大・)<誰か彼女の髪の色合い教えて。


※2023年 1/9:今後の設定の為本文内容を訂正しました。


「マコトー、一つ良いか?」

 

その日、【ゴスペル・メルクリウス】のギルドホームを訪れたテンカイは出し抜けに声を掛けた。

 

「ど、どうしたんだよ急に?」

 

呼ばれた当人たるマコトはややたじろぎながら対応する。

いつもは勝気で男勝りな彼女だが、1年前からはテンカイの前ではこうである。

 

「この前61層の商売の帰りに、良さげな店を見つけたんだよ」

 

「うん」

 

「だからさ、今度行ってみるか?一緒に」

 

「うん」

 

「そっか。じゃあ明後日、12時にな」

 

「うん」

 

用件を言うだけ言って、ポンと彼女の頭に手を置いた後、そそくさと去って行った。

そしてたっぷり30秒後。

 

「……あれ?これってデート?」

 

「遅いよ!?」

 

我に返ったマコトの呟きにユイがツッコミを入れたのだった。

 

 

 

 

その翌日。24層のとある喫茶店。

 

「――という訳です」

 

「へぇ~。デートのお誘いかぁ」

 

「マコトさんも中々隅に置けないね?」

 

にやついた笑顔を浮かべながらからかうアスナとユナ。

当のマコトは顔をこれでもかと真っ赤にさせて、更には頭から湯気を昇らせている。

 

「それで、デートの場所は?」

 

「61層だって言ってました」

 

「へぇ。中々センス良いじゃない」

 

61層は広大な湖の中にある城塞都市の小島だ。その風景は現実には滅多に無い絶景で、料金は()()()ながらも住みたい街として有名である。観光するにももってこいだ。

 

「とはいっても、色々大丈夫なのか不安になってな……服装とか」

 

「なるほど。確かに第一印象は大事よね」

 

納得しながら紅茶を一飲みするアスナ。今のマコトの服装は私服も兼ねた金属板を打ち込んだ軽装。

 

「実はさ、50層に新しいお店ができて中層域の人達を中心に人気なんだって。今度そこに行ってみない?」

 

「へぇ。そんなのができてたんだ。40層より上は行った事無いから、案外凄い腕の職人だったりして」

 

「高飛車対応だったら最悪だけどな」

 

未だにネガティブの抜けないマコトの一言に、3人は揃って噴き出した。

 

 

 

 

50層〈アルゲート〉。

 

 

その店に行くため、アルゲートの南側へと歩みを進める4人。少し主街区の通りから外れた通りへと到着すると、すぐに見つかった。

扉を開けるとカランと音が鳴り、接待用のNPC店員の機械質な受け答えに応じる。店に入ると先客がいたらしく、奇抜な姿のプレイヤーと2人の少女が店主らしきプレイヤーと会話していた。

 

「あ、いらっしゃいませ――って、あれ?皆さんどうしたんですか?」

 

「ツムギちゃん?――って、ノゾミちゃんにチカちゃんも!?」

 

「なんだよ、アスナの言ってた店ってお前ん所だったのか」

 

意外な事にカウンターから声を掛けたのはツムギだった。しかもノゾミとチカだったことがより驚きに一入(ひとしお)を加えている。

 

「あらアスナじゃない。あなたも服を仕立てに?」

 

「アシュレイさん。いえ、今日は彼女の服を買いに来たんです」

 

奇抜な姿で女性口調で喋る青年にマコトとユイは思わず一歩引いてしまうが、アスナは何事も無いように彼と会話をする。

 

「アスナさん、師匠(せんせい)と知り合いなんですか?」

 

「うん、ちょっとね。あ、マコトちゃんの事なんだけど、良いかな?」

 

「いや、ちょっと……!」

 

慌てて止めようとするマコトをユイとユナの2人がかりで羽交い絞めにしてる間にアスナが事情を説明する。

 

「なるほど。デート用の服ですか。それならお任せください!」

 

「ありがと「ただし!」え?」

 

「同じギルドメンバーだからって割引は聞きませんからね?」

 

「あ、ギルメン割りは無いのね……」

 

ズビシ!と指を向けてきたツムギに苦笑しながらユイは頷いた。

改めて衣服を探しに陳列棚へ。

 

 

 

「これ、どうかな?」

 

数分後、そう言ってユイが手に取ったのは薄紫のノースリーブにグレーのミニスカートだ。

 

「え?こんなん着るの?」

 

「はいはい大人しく着てく」

 

受け取ったマコトは困惑していたが、ユナとノゾミの手によってずるずると試着室へと引きずられていった。

 

「でも驚いた。ツムギちゃんがアシュレイさんの弟子だったなんて」

 

「あの子、筋は良いのよ。多分現実でも裁縫の経験があったんじゃないかしら?」

 

アシュレイは今の彼女を見て昔を思い返すように目を細めた。

現実で培った裁縫の技術をVRMMOでどこまで行けるか、そんな興味がアシュレイをSAOにダイブする理由だ。恐らく彼自身茅場の宣言に対して好都合と言うものだったのだろうと今でも彼自身そう思っている。

宣言から5か月後、別の階層で裁縫スキルを上げている中、衣服の販売を目的として知り合い自分の腕前を見た彼女の中で何か感銘を受けたのか、自分を弟子にしてくれと申し出てきたのだ。

アシュレイも粗削りなツムギの腕を見込んでしばらくはアシスタントスタッフとして彼女を迎え入れた。

彼女の面倒を弟子と言う名目で見ているうちに、彼女の裁縫の腕は自分に迫るものを感じ、同時にこれからの才能の伸びに期待も感じた。

 

3ヶ月ほど前に無事ツムギはアシュレイの弟子から裁縫師として認められ、店を持つと同時に独り立ちした。今では防具としての性能よりも、服としてのデザインから女性プレイヤーを中心に人気を集めている。

彼女が独り立ちした今も職人仲間として、たまに彼女の店に顔を出している。

 

「自覚してないかもだけど、あの子は誰かを輝かせる才能に恵まれ、その輝きに直向きになっている。この世界で体験したことはあの子にとって悪夢じゃなくて、素晴らしい思い出としていつまでも覚えておいてほしいって思ってるわ」

 

「アシュレイさん、まるで師匠と言うより親子みたいね」

 

「あら失礼ね。これでもあの子の憧れの人よ?まだまだ弟子に後れを取る気なんてないわよ?」

 

会話が終わると同時に試着室のカーテンが開かれた。

 

「わぁ、凄く似合うよマコトちゃん」

 

「随分印象が変わったわね」

 

「そ、そうか……?」

 

手渡された衣服の裾を結び、へそを少しだけ出したスタイルにしている。

野生の狼の毛並みのようなロングヘアはポニーテールのように上にまとめてある。現実でも見慣れたユイにも新鮮な印象を与えていた。

 

「うーん……」

 

「ツムギ?」

 

「センスは良いけど、まだまだみたいね」

 

「アシュレイさん?」

 

ただ2人、アシュレイとツムギはそのマコトの姿に眉を潜ませていた。

 

「いえ、採寸が少し短かったみたいです。チカさんをモデルにしてみたのですが……そもそもモデルが違いますからね」

 

「……そうですか」

 

「帯に短したすきに長し、か……。でも、これなら丈の調整可能です。ちょっと待っててくださいね」

 

ノースリーブから元の金属軽装に戻し、服を受け取ったツムギがカウンター奥の部屋に行くとマコトはどっと疲れが出たのか、スツールにどかりと座りだした。

 

「酷い目に遭った……」

 

「でも似合ってたよ?」

 

「あ、そうだ。これ使ってみる?」

 

ユナが思い出したようにストレージからある物をいくつか取り出した。

缶ジュースのような小さい円筒に、上側にボタンのような物とそこから伸びたノズル、所謂スプレー型のアイテムだ。

側面はオレンジやエメラルド色、浅緋色にピンク。それぞれの色に染められている。

 

「これは?」

 

「染髪用アイテムだって。ノズルをプレイヤーの髪に向けてボタンを押すと、その色に紙を染められるのよ。やってみて」

 

ユナから浅緋色のスプレーを受け取ったノゾミは早速、言われたとおりに頭に向けてボタンを押す。すると側面と同じ色の煙がノズルから吹き出し、髪に接触する本来の栗色の髪が、すぅっと変わっていき、ものの数秒で栗色の髪が浅緋色へと変わっていった。

 

「おおおおおおおおッ!!!凄い凄い!印象がガラリと変わったよ!」

 

「次のライブを楽しみにしてる人にとってはサプライズかもしれませんね。ユナさんは試されたんですか?」

 

「それが、あんまりこれだって色が見つからなくてね……クエとかで集めたは良いけど、NPCショップに売って処分しようかって思ってたんだ」

 

「そうなんだ。――って、ひゃああ!?」

 

「お返しだこのヤロ!ついでにコイツも!」

 

談笑していた所に油断してマコトがユイの後ろからピンクのスプレーを吹きかけた。途端にユイの髪がピンクに染まる。直後にカチューシャを頭に填められる。

 

「もう、やめてよ~」

 

マコトの悪戯に笑いながらふと鏡を見た瞬間、ユイが固まった。

 

「どうしたの?」

 

アスナが彼女の顔を覗き込んだ瞬間、ギョッと言葉を詰まらせた。

ユイが泣いていた。固まった表情そのままに、ぽたぽたと双眸から涙を流していた。

思わぬリアクションに一同が文字通り後ずさる。

 

「ちょっ、ちょっとユイちゃん大丈夫!?」

 

「マコトさんいったい何したの!?」

 

「いや知らねぇよ!?カチューシャ着けてピンクに髪染めただけで……あっ、まさか髪染めたことで現実でイジメを受けていたとか……!?」

 

「違うよ。服は違うけどこの髪色を見て、昔のゲーム仲間の事がどうしてるのかって……」

 

「昔の?」

 

「ゲーム仲間?」

 

慌てるマコトたちに対してユイの訂正と同時に出た言葉に、アスナとチカが素っ頓狂な声を上げた。

 

「ああ。確かSAOの前にもゲームをやってたっけな。えーっとなんだっけ?めじぇ、じゃない……。れ、れじぇ……?」

 

「『レジェンドオブアストルム』」

 

ユイが述べたその名前にマコトが「それだ!」と声を上げた。直後にアシュレイも思い出したように呟く。

 

「聞いた事があるわ。レビューでは『VR以前のゲーム史に残る最後の神ゲー』って呼ばれてたのよね。あなた、それをやってたの?」

 

「あ、それなら私も聞いた事あります。小学校のクラスメイトだった子もやってたって」

 

「その時に会った友達と、一緒に……」

 

少し表情に影を落としながらユイは頷き、思いをはせるように天井を見ながら呟いた。

 

「みんな、今頃どうしてるのかなって……」

 

「へぇ。人は見かけによらないんだね」

 

感慨深く頷いたノゾミが頷いた時だった。「そういえば」とユイが思い出したように呟いた。

 

「どうしたの?」

 

「アストルムは彼もプレイしてたのを思い出したの」

 

「彼?」

 

「キリト君だよ。攻略組の」

 

「キリト君が?」

 

意外そうに声を上げたのはアスナだった。そんな彼女にユイは頷き続ける。

 

「私のギルド仲間が、ちょくちょく彼と決闘してたの。最初は手合わせ程度だったけど、回数を重ねるうちにどんどんヒートアップしていって、私達でも止められなくて……」

 

「はいはい。私闘も決闘も思い出話も後ですよ」

 

そう言って仕立て直した服を手にマコトがカウンターの奥から出てきた。

 

「はい。今は明後日のデートが大事じゃないんですか?」

 

「お、おう。そうだな……ありがと」

 

「頑張ってくださいよ?」

 

代金を払い、ツムギからの茶化しを交えた声援を後にマコトたちは店を後にした。

 

「後はマコトちゃんの頑張り次第だよ?」

 

「あ、ああ……なあユイ」

 

その帰り道、未だ煮え切らない様子のマコトに声を掛けるユイ。

暫く歩いた後、くるりとマコトはユイの方を振り向き、

 

「うん?」

 

「あのさ……明後日のデート、代わりに出てくんね?」

 

真顔でそんなことを言われて、思わずずっこけそうになるユイ。

 

「そっ……それは……ッ、自分でやらなきゃダメでしょッッッッ!!!!!」

 

体勢を立て直すと同時に出てきたユイの叫び声は、アルゲートの空にどこまでも響くのだった。

 




次回『初めてのデート』



(・大・)<アストルムの詳細はALO編に入ってからにしようと思います。

(・大・)<一応プリコネの舞台ではVRとして綴られていますが、拙作では据え置き機ゲーム、つまりVR以前のゲームという扱いにしております。



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『初めてのデート』

(・大・)<今回は恋愛もの成分があります。

(・大・)<あと、タグを色々編集しました。




「……」

 

マコトは今、かつてないほどに緊張していた。

61層主街区――セルムブルクの転移門広場を待ち合わせにした時、早朝から今か今かと心臓をバクバクさせんばかりに待ち続けた。時間は12時3分前。

無論、デートなど彼女は今日が初体験である。この男勝りな性格はマコト自身自覚していて、女っ気が無いと思っていた。そんな彼女がいきなりデートなどを行うのであれば、緊張しないはずがない。

 

そして3分後、転移の光が現れる。その内の一つの光が晴れ、テンカイが現れた。

 

「悪い悪い、待たせたか?」

 

転移してきたテンカイは、ワイシャツにジーンズと非常にラフな格好だ。

対してマコトは一昨日ツムギの店から買った薄紫のノースリーブにグレーのミニスカート。丈も調節し終えてへそ出しスタイルではなくなっている点を除けば一昨日と同じ格好だ。

 

「い、いややややや!!だいじょぶです!ホント、今来たばかりなので!」

 

嘘である。

実を言うと前日は碌に眠れなかった上に待たせない為にも5時間も前に転移門で待っていたのだ。

 

「……」

 

「あ……あ、あはは。やっぱこの服似合わなかったよな?やっぱ今日のデートは……」

 

「そうじゃねぇよ。ただ、いつもと雰囲気が違うから……正直ちょっと見惚れてた」

 

その一言に思わずマコトも赤面しつつ口を噤む。

 

「じゃあ行こうか?」

 

「お、おぅ……おぉう?!」

 

早速デート開始と言わんばかりに、マコトの手を掴んで離れ小島行きのボートに乗り込むのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか5時間も前に来てたなんて……」

 

「気が早いってレベルじゃないでしょ……」

 

転移門から少し離れた路地の影から、3人が顔をのぞかせた。アスナとユナ、そしてユイ(髪色は戻した)だ。

アスナとユナは一昨日のデートが気になり、ユイはマコトを心配して先にセルムブルクに来たのである。

因みに3人が来た時にマコトが目の前に――とはいえ窓に映る自分の姿を見て身だしなみを整えていたから気付いていない――いたのに驚いたのは全くの余談だが。

 

 

 

 

あれからショップに入り高すぎる値段に絶句したり、商人仲間にデートの事をからかわれてマコトが赤面したり、初めてのセルムブルクの構造に道に迷ったりと色々あり、いつの間にか2時間も過ぎてしまっていた。

 

「遅くなっちまったけど、そろそろ昼にするか。えーっと……」

 

「あ、それならあたしが良いとこ知ってるよ。昨日下見に行ったから」

 

地図のウィンドウを見ながら路地を歩く2人。

そこから10メートル以上離れた場所で尾行する3人。

 

「良いとこって?」

 

「私が昨日教えたの。デートスポットに最適な場所もね」

 

「詳しいんだね。マコトちゃんと一緒に下見したの?」

 

アスナの的確なアドバイスに感心するユイ。しかし、当人から返ってきた言葉はユイの思いもしないものだった。

 

「ううん、下見も何も私ここに住んでるから」

 

「そうだったの?」

 

「確か、あの路地裏の通路を通った先にあったはず」

 

アスナの言われる通りのルートを通ると、2階建てのNPCレストランを見つけた。

テンカイとマコトが中に入った後で遅れて中に入ると、木造のアンティークな造りの内装に目を奪われながらも、テンカイとマコトがいる2階の、2人のテーブルから死角になる席に座る。

 

食事の注文でマコトはハンバーグセットを、テンカイはサラダと鮭のムニエルを注文する。

数分後に運ばれた料理を一口ほおばり、途端に驚いたように目を少し見開いた。

 

「結構旨いな」

 

「だな」

 

2人の口から出た評価は以外にも高評価だった。

元から味覚エンジンの研究で色々な調味料を開発してきたのだが、NPCレストランにはプレイヤーが作る料理とは異なる趣がある。

ランチの移動販売が軌道に乗った今では、利用者の間でNPCレストラン派か【エリザベスパーク】派に意見が分かれているとか。

 

「さて、まだ時間があるな……。どうする?もう一度街中うろついてみるか?」

 

「そうだな~。釣りとかできればいい時間つぶしができるんだけど……」

 

「暫くここで駄弁ってく、ってのもアリじゃないのか?」

 

テンカイが望んでいる時間にはまだ早いらしく、それまでの時間をどう潰そうかふと窓の外を覗いた時、外に62層へと続く迷宮区の塔が目に入った。

しばらくじっと見ていると、何を思ったのかいきなりテンカイが噴き出した。

 

「どうしたんだよ?」

 

「いやな。22層でキリトがやらかしたことを思い出してな」

 

笑いを交えたテンカイの説明を聞いてマコトは納得する。

 

22層は基本モンスターが出現しない。攻略組も何もないこの層を平均をはるかに下回る日数でクリアした。

その攻略開始から攻略組が22層でモンスターが現れなかったことを知ってから数時間後。つまりテンカイが試しにと22層に乗り込んだ時、偶然にもキリトが突如「外周をよじ登って上の層に行けるんじゃないのか?」などとトンチンカンな事を思いついた現場と鉢合わせした時だった。エギルやリンドなど一部のプレイヤーが止めたにもかかわらずキリトは敢行したのだが……途中で力尽き転落して空中に放り出されて、必死に転移結晶でワープ。

結果としては転移結晶1つを失うという散々なものだった。

 

「ははははははッ!なんだそりゃ!」

 

「だろ?あんときは本当に笑ったよ!」

 

そんな話を聞いたマコトは見事に爆笑。つられてテンカイも笑い出した。

 

一頻り笑った後、会計を終えた時だった。

 

「……ん?」

 

「どうした?」

 

店を出る直前、視界の隅に映った3人に気が付いたマコトが振り返る。

ついさっきまで自分達が座っていた席から丁度死角になるテーブルに3人。ケープで頭をすっぽり覆い隠した女性プレイヤー2人と、最近髪をピンクに染めた顔を見知った少女プレイヤーが、揃って笑いをこらえているのかプルプル震えている。

 

「……何やってんだお前ら?」

 

「いや、だってあの時のことを本当に面白そうに笑ってるんだもん。こっちもつられて笑っちゃ……あ」

 

マコトに訊ねられた瞬間を皮切りに笑いだしたアスナ。だがすぐに我に返ると、呼ばれたほうを向いて……固まった。

冷たい目線を向けている相手は、自分達が尾行していたカップルの片割れ。それがこんな形でバレてしまうとはアスナも思っていなかっただろう。

そして、この状況でマコトが取る行動と言えば……。

 

「……逃げるぞッ!」

 

テンカイの手を握り、そのまま弾かれるように逃げ出した。

 

「ああっ!2人とも笑ってる場合じゃないよ!会計済ませてすぐに追うよ!」

 

「ふぇっ?えっ?何?」

 

置いてけぼりの状態のユイとユナにそれだけ言うとアスナも2人を追わんと店から飛び出した。

 

 

 

 

「ったくアイツら、余計なことしやがって……」

 

アスナたちから逃げ出してきたマコトとテンカイ。

周囲を見渡すと、いつの間にか路地裏に迷い込んだらしく、右も左も高級そうな建物だらけの迷路に迷い込んでいたようだ。

 

「……どうしよ。マジで迷ったかも……」

 

「マップがあるだろ。すぐに戻ってこられるよ」

 

マコトが焦りだす前にテンカイがマップを表示し、現在地と表通りの場所を見出して歩き出す。

今度はテンカイがマコトの手を握りながら。

 

「あ……あのさ。前から気になってたんだけど、どうしてあたしをそう気に掛けてるんだ?」

 

表通りへと向かう途中、マコトが質問を口にした。

昔から自分のガサツさや女っ気の無さに自覚を持っていて、今着ている服も恥を忍んでいる。

【ゴスペル・メルクリウス】には――もっと言えば《始まりの街》には自分よりかわいく、美人な女性プレイヤーがいるはず。それでもなぜ自分を選んだのか、マコトには解らなかった。

 

「ん?あぁ~……。現実の話もするが、構わないか?」

 

一応のテンカイの呼びかけにマコトは頷いた。

それを見たテンカイはぴたりと足を止め、語りだした。

 

「俺の地元は結構な田舎で、契約農家の産まれだったんだ。俺はそれが嫌で都会に移り住んだ。地元に無いものに強い刺激があって、SAOもそのひとつだったんだよ」

 

自分の昔話を語るテンカイの声は、どこか懐かし気だった。

都会の様々なものは彼にとっては刺激的であり、新鮮だった。

SAOに惹かれたのも当然なのかもしれないとマコトは胸中で納得する。

 

「そんな時にあの宣言がなされて……。その後はお前らと出会ったんだ」

 

「それで?」

 

「お前らと協力していく内に、ガキの頃爺さんが言ってのを思い出してな。『誰かが自分の作ったものを喜んで食べてくれるのを思い浮かべるのが嬉しいんだ』って。その時は訳が分かんなかったが、ここで過ごして、お前が料理を作ってる姿を見て、ようやくわかったかもって思ったんだよ。」

 

そこまで言うとくるりと振り返り、

 

「だってさ、お前が楽しそうに料理作ってる所が、すっげぇ綺麗だって思ったんだ」

 

マコトに向けた笑顔に、マコトは虚を突かれたように頬を赤く染めた。

 

(こ、この人本当に狙ってやってんじゃねぇだろうな……!?この人の好意の向けかたって、どストレート過ぎるんだよぉ~……)

 

その間にも路地裏を移動していた2人の目の前には、既に表通りが目の前に映っていた。

 

「あ、出口……」

 

「なんだ、すぐに帰れたな。よしっ、続きと行こうか」

 

振り返った際の先へ行こうと促すその顔にマコトは数瞬気を取られていたが、改めて頷いた。

 

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけた!――って、なんかいい調子じゃない」

 

表通りを散々駆け巡った挙句、裏通りにいないかと思い立って探したところをやっと見つけることができたアスナ。

見つけた時には既に表通りに戻ろうとした所で、傍に会った樽の影に隠れて様子を伺っていた。

 

「……もうこれ以上は必要ないかな?」

 

「ほほー。【血盟騎士団】の副団長様ともあろうお方が、64層の攻略をお休みしてストーカーの真似事ですか」

 

「仕方ないじゃない。あんなホラーな層私は二度と行きたくありませんからね?――……えっ?」

 

これ以上の後ろからかけられた声に返答した直後に気が付いた。

油の切れた歯車が無理矢理回転するかのようにゆっくりと振り返って……ぞっと血の気が引いた。

 

「あ……き、キリト君……。居たんだ?」

 

「ああ。ついさっき、な……」

 

表情を伏せたままの黒衣の少年にアスナの顔もどんどん青くなる。

 

「で、キリト君はどうしてここに?」

 

「64層のマッピングを終わらせて情報屋にここに来るよう言われてたんだよ。それで追いかけてる3人を見つけて……だ」

 

キリトのすぐ後ろを見ると、す巻きにされたユイとユナが死んだ目をして捕まっていた。

2人の変わり果てた姿に絶句していると、キリトはす巻き状態の2人をアスナの両隣りに無理矢理座らせるように位置や姿勢を調整する。

やがて2人がす巻き状態のまま正座をさせられる形に収まると、アスナと向かい合って言い放つ。

 

「さてアスナ。そこに正座」

 

「え?いや、だってここ地面――」

 

「正座しなさい」

 

「いやさ、ここ地面だよ?膝も脛も滅茶苦茶痛いじゃない?せめてほら、そこの建物にでも――」

 

「正座」

 

顔を伏せていてもどんどんキリトの威圧感は静かに、まるで万力が締まるかのように徐々に重くなっていく。

――これ以上刺激したらヤバい。

そう直感したアスナは静かに隣の2人同様正座する。見届けたキリトも同様に正座し、そこでようやく表情が明らかになった。

目は星の光すら飲み込まれたかのようなハイライトの失せた漆黒。そしてそんな状態からでも嫌でも分かってしまう怒りに満ちたオーラ。

はっきり言おう。今のキリトはアスナからすればアストラル系のモンスター以上に恐ろしいのである。

 

「さて、お前らにはストーカー被害者の心情を教える必要がありそうだな……?」

 

(嗚呼。終わったわ、私)

 

その後。小一時間も続いたキリトの説教は3人の精神をガリガリと削り尽くし、改めて今日の尾行は終わりになった。

 

 

 

 

その後、慣れない61層の街並みに迷いかけたがなんとか湖一帯を見渡せる展望塔の付近に到着した2人。

夕焼けの日を浴びながら、テラスまで一直線に階段を駆け上がる。

 

「おぉ!ベストタイミング!」

 

丁度テンカイが待ち望んでいたタイミングらしく、事情を知らないマコトは引っ張られながら塔に足を踏み入れた途端、夕焼けの眩しさに目を細めた。

そして目が光に慣れたのか、改めて広場からの景色を見て……。

 

「――うわぁ」

 

遠くの山脈が太陽を遮る頃、夕日の輝きと湖に反射した光でセルムブルクが朱に染まっていた。

 

「いやぁ間に合った間に合った。前に見た景色が凄かったからな。マコトにも見せようと思ってたんだよ」

 

「あ、ああ……ホントすげぇな……」

 

想像以上の光景にそれ以上の言葉が見つからなかった。

あの宣言の日も、この世界に閉じ込められてから同じ夕焼けを、同じ朱を見てきたのに、彼と共に見た朱はこれまで見てきた朱よりも鮮明に、より美しいとマコトは感じた。

ふと横を見ると、子供のように無邪気な笑顔を浮かべるテンカイの横顔が、夕日に照らされていた。それがマコトには魅力的に見えて……。

 

(……そっか。あたし、この人に惚れてたんだな……)

 

妙に素直で子供っぽく、表裏がなさそうな人にマコトは次第に彼に惚れていった事を自覚する。

こんな女っ気の無い自分が恋愛だなんてバカバカしい。

中学に入ってそんな考えが浮かんでいたのに、彼のストレートな好意に振り回されつつも、胸の内に喜びを感じていた。

 

「テンカイさん」

 

ふと、マコトが隣で眺めていたテンカイに言葉を放つ。

 

「今日の事、あたし忘れないよ。ずっと」

 

言葉が出ない中で、精一杯紡いだ言葉。月並みなセリフではあっても、それが今のマコトがテンカイに対しての精一杯の気持ちの伝え方だった。

 

「そういう顔見せてくれただけでも十分だよ」

 

「ふふっ、ありがとな」

 

「んじゃ、そろそろ帰るか」

 

くるりと満足そうな表情で踵を返したテンカイの後を追うようにマコトも帰路につく。

――現実に帰っても、必ず彼のリアルを探し出してもう一度付き合おう。

言葉を紡いだマコトは、同時にそんな決意を秘めていた。

 

 




次回『棺桶の影』


(・大・)<プリフェスオンラインの間に、今後の展開の為に今まで書いた所をいくつか編集し直すかもしれません。


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『棺桶の影』

6/5:アスナの台詞を少し追加しました。


その日の夜、ユイは最前線の主街区の街の広場に来ていた。

ベンチに座り、誰かを待っているようだ。

30分もの間、夜空を見ながら待っていたユイの元に転移門を使って誰かが現れる。

 

「よう、待たせたナ」

 

そこに現れたのは、フードに鼠のヒゲのようなペイントを頬にした女性プレイヤー、アルゴだった。

 

「オレッチを呼んだって事は、キー坊の件か?」

 

「はい。キリト君のことで話したくて」

 

ユイの言葉にアルゴも神妙な顔持ちになる。

恐らく彼女の質問に察しがついたのだろう。『【月夜の黒猫団】MPK潰滅事件』から始まった、一部のプレイヤーを除いた全プレイヤーのキリトの集中的なバッシング。今では大分収まったものの、今だキリを敵視する者も少なくない。

アルゴはその事件に違和感を感じ、今もなお調査を続けている。ユイ自身も、キリトと会った時からアルゴに会えるタイミングを絞って訊ねていた。

だが、彼女らは刑事でもなんでもない。そもそも死体も痕跡も現れないこのアインクラッドでは、当人から話を聞くしか手がかりを掴むことはできないのだ。

 

「進展はどう?」

 

「……正直手掛かりゼロ。何度もあの場所を見に行ったけど、一切の手掛かりは全くナシ。キー坊はあの事件を忘れたいらしくて話す気もゼロ。正直八方塞がりもいい所ダヨ」

 

「そう、ですか……」

 

「「――だったら(だから)……。えっ?」」

 

アイデアを出したユイと、続きを言ったアルゴの言葉が重なった。

2人とも重なった声に面食らった顔をする。

 

「……えっと、どしたの?」

 

「あ、いや。だったら別の方向から調べたらどうかなって思って……」

 

「……こりゃ驚いた。オレッチも同意見ダヨ。まずはこの写真の経緯を辿ってみる。案外、真犯人が自分で撮ったのかもしれないし、新聞の情報源を辿れば真相に近付けるかもしれないしナ」

 

気合を入れ直す様に深呼吸をすると、踵を返して転移門へと向かう。

 

「――あのっ!」

 

ふと、転移しようとした時にユイが彼女を呼び止めた。

 

「ところで……キリト君の様子はどうでした?」

 

「どうもこうもねぇヨ。顔には出てないけど、あの事件の事をまだ引きずってるのが見え見えだったヨ」

 

やれやれと言わんばかりに首を横に振るアルゴの表情からは諦観の色が見えた。

それを見たユイも、キリトの説得は無理と胸中で悟った。

 

「ま、それでもキー坊はなんだかんだ言って情報提供してくれるのはありがたいんだけどナ」

 

じゃーな、と転移門の前に立ち、最前線へと転移するアルゴ。

転移の光に包まれ消えた後、ユイもまた転移して《始まりの街》へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

2024年も8月のはじめに差し掛かり、現在攻略済みの階層は70。解放まで残り30層に差し迫った。

デスゲームから2年目に突入して色々な変化も生じた。

まず、アスナたちの努力の結晶たる調味料の開発を、3人を交えた【ゴスペル・メルクリウス】立ち合いの話し合いの元レシピを公開。それに目を付けた小型ギルドのいくつかに《料理》や《養鶏》を主軸に置き、販売を手掛けるギルドが設立したのだ。彼らは【エリザベスパーク】と連携し、彼らから野菜や酪農品を、【エリザベスパーク】は肉類や果物を売買して、商品開発に取り組んでいる。

お陰で生存しているプレイヤー達の士気も上昇し、犠牲者も最初の年に比べれば著しく減少していた。

【ゴスペル・メルクリウス】もポーションだけでなく、ウィスタリアが突如「花火と言うものを作れませんの?」と言い出した際に《火薬調合》を応用したならなんとか行けるんじゃないかとレインが試してみた所、数週間の試行錯誤の末に線香花火を完成させた。時期外れとはいえ売り出したところ、意外な趣向品と言うことで受けたらしく、パーティでの余興として一定の客数の獲得に成功している。

それだけでなく、中層、下層域を中心に何者かが主街区の掲示板にその層のダンジョンの詳細なマップが記されていた。おまけにそのダンジョンの細かな注意も添えられている。最初は誰もが疑ったのだが、いざマップを写してそのダンジョンに突入すると、すんなり攻略できたことが証拠となった。

情報を提示したプレイヤーは誰も心当たりが無く、情報屋が気まぐれに出したのだろうとと言うことで完結したとのこと。今では中層域の死者の減少に大きく貢献している。

閑話休題。

 

 

「……」

 

幼年プレイヤーの保護を続けているサーシャは、とある楽譜に頭を悩ませていた。

 

「こんにちはー」

 

「ノゾミさん、いらっしゃい」

 

そこにひょっこりとノゾミが顔を出す。

頭を悩ませているサーシャとは別のシスター服の女性、アイリーンが迎え入れる。

 

「あっ!アイドルのねーちゃん!」

 

「おうたすごかったよー!」

 

「またうたってー!」

 

「おお、良い乗りだね~?よっし!シークレットライブを始めちゃうよ~!」

 

毎月2度にわたって行われるミニライブの後、たまに彼女も消化不良を起こす。そんな時は大抵外で歌ったり、この保護区で子供たちに追加のライブを披露するのだ。

 

「サーシャさん、ピアノお願いできますか?」

 

「――えっ?ああ、ノゾミさん来てたんですか?すみません気付かなくて」

 

「えーっ?サーシャ先生は無理だよ~!急にピアノへたっぴになったんだもん」

 

子供の一人が文句を垂れる。

ノゾミはその言葉に訳が分からないと首を傾げる。

 

「最近サーシャさん、その楽譜を使ってるんですけど、全く引けないんですよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。この間ここに来たチカさんが忘れていった楽譜なんですけど……実際に聴いたほうが早いでしょう」

 

百聞は一見に如かずとサーシャはピアノを弾き始める。

 

 

~♪~♪ ~♪~♪~♪ ~♪

 

 

「んがっ!?」

 

曲の初めの辺りで急に大きく音程を外して思いっきりずっこけた。

 

「ちょっと、何ですか今の?ちゃんとやってるんですか?」

 

「楽譜通りにちゃんと弾きましたよ。この楽譜、最初から音程がズレたまま記されているみたいです」

 

「そうなんですか?私、楽譜を読むなんてできませんし……」

 

「私は読めるよ」

 

サーシャの言い分に首を傾げながらも、ノゾミが試しに受け取った楽譜を見てみることに。

 

「えーっと……本当だ。ここに、ここ。あとここも……。何これ?音程外しのオンパレードじゃない」

 

改めて見ると楽譜としては滅茶苦茶だった。譜面としては成立しているものの、異様なまでの音の乱高下は実際に引けば不協和音のメロディとしかならない。はっきり言って、メロディとして全く使えない。

変な楽譜にサーシャとアイリーンが一緒に首を傾げていると、チカも教会にやって来た。

 

「こんにちは、サーシャさん。――って、ああっ!そんなところにあったんですね」

 

「チカさん?これを知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、その手紙は私がユナさん宛てに書いたんですから」

 

「「手紙?」」

 

チカの口から出た単語に思わず素っ頓狂な声を上げるノゾミとサーシャ。

とてもじゃないが2人――もとい、チカ以外にはこれは楽譜にしか見えない。

眉をひそめてチカと楽譜を交互に見るノゾミを見てようやくチカも、自分の言った意味を理解できないことを知る。

 

「ほら、ト音記号を鍵盤の右端から数えて27番目まで、ヘ音記号は左端から数えて27番目までをアルファベットに置き換えているんです」

 

「なるほど。道理で譜面通りに弾いても調子っぱずれの音が出る訳ですね」

 

「でもどこで覚えたのよ?ユナと筆談してたりとか?」

 

「あ、いえ……」

 

妙に口ごもって目を逸らすチカ。3人の頭上で疑問符を浮かべる中、おずおずと切り出してきた。

 

「……笑わないでくれますか?」

 

「うん?」

 

何か解らないが、とりあえずといった感じで頷いたノゾミの後、チカはおずおずと口を開いた。

 

「実はその手紙、ある探偵のアニメがきっかけだったんです。なんでも25年以上も前に放送された内容のリメイクで、その中に登場するのが……」

 

「その手の暗号だったと」

 

事情を察したアイリーンの指摘にチカは静かに頷いた。

 

「えっ、じゃあ先生がピアノ弾けなくなったんじゃないの?」

 

「はい。この間ここを訪れた時にここで手紙を書いてて、その後でストレージに入れ忘れたのかと……」

 

「いくら考えても弾けない訳ですね……」

 

「でもこれ、まだ書きかけなんだよね?なんて書くの?」

 

「そこまで教える必要はありませんよ!――ただ」

 

再び口ごもるチカ。ちらりと傍らの子供たちに視線を移した。

その視線に気付いたサーシャが子供たちに聞こえないようにボリュームを絞って囁く。

 

「奥の部屋を使ってください」

 

「ありがとうございます」

 

サーシャの言葉に礼を言いつつ、ノゾミとアイリーンと共に奥の部屋に入る。

扉を閉じ、一呼吸した後で2人に告げた。

 

「【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の活動が、活発になってきたのです」

 

 

 

 

【ゴスペル・メルクリウス】ギルドハウス。

 

 

「以上が、情報屋を通じた【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】と思われる被害報告です」

 

「ありがとう」

 

シンカーから受け取った報告書に目を通したユースは、溜息と共に額に手を当てた。

去年の大晦日から本格的に活動の開始を宣言した【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】。その一報はアインクラッド中を震撼させた。

この8か月間、彼らは多種多様にわたるPK(プレイヤー・キル)――殺人方法を思いついた。

例えば、半損決着の決闘で決着ギリギリまで温存させた状態から、強い一撃で合法的な殺人を行う決闘PK。

例えば、モンスターの群がるエリアに置き去りにするダンジョンPK。

例えば、先の合法PKを応用して睡眠中に決闘を申請し、相手の指を使って《完全決着》を申請して決着をつける睡眠PK――。

本隊は数十人程度のギルドだというのに、被害者の数はこれまでで構成員の10倍近くにまで上っている。つまり――300人以上が殺人によって命を落としたという事実に、全プレイヤーが震え上がった。無論攻略組も下層組も、例外なく。

 

「現状、攻略組がラフコフの殺人方法を解明して規制し、ラフコフがまた新しく殺人方法を思いつくというイタチごっこ……外に出たくないという方々もいらっしゃいますわ」

 

「確かに、ただでさえ外に出れば凶悪なモンスターに襲われかねないというのに、殺人プレイヤーに鉢合わせる危険性も含めるとなると……」

 

「おかげで他の軽食販売ギルドでも売買に支障が出てますわ」

 

「販売を開始して外に出れば、彼らに目を着けられる可能性が高い、ということか……」

 

妻のティアナ、ギルドマスターのウィスタリアから告げられて、ユースの眉間にしわが寄る。

そのギルドの重要なライフラインでもある商売が断たれる以上、ギルドの維持も厳しくなる。

攻略組の【血盟騎士団】や【ALS】が攻略の傍ら犯罪者の取り締まりを行い、かつラフコフの情報を集めている。しかし、それでも本拠地らしき場所の情報はつかめていない。

こればかりは、流石に彼らの報告を待つしかない。

 

「本当に、待つだけというのはもどかしいですわね……」

 

 

 

 

そのころ、【エリザベスパーク】の商人プレイヤーとマコト。そして【ブレイブ・フォース】のノーチラスと他数人。合計13人弱の人数だ。

彼女らは19層で今日も軽食の販売に勤しんでいたが、今日はちょっと都合が違う。

 

「……他の連中は来てないのか」

 

「ああ。そろいもそろってラフコフが怖いんだと。安全域でも外に出たがらない奴らが多いからな」

 

「……大丈夫なのかよ?」

 

柄にもなく心配そうな声を掛けるマコト。【エリザベスパーク】の商人プレイヤー達も心なしか、普段より士気が低いようにも見える。

 

「正直、俺らも怖い。いや、誰だって理不尽に殺されるのは嫌だ」

 

「だったらなんで危険を冒してまで……」

 

「んー……俺らが作った野菜がただ消えちまうのを見てくのは嫌だったんだよ。作った側の人間としてはな」

 

空を見ながら答えたテンカイにマコトも思わず沈黙。

 

「そんじゃ、行くか」

 

テンカイの一言で彼らは東の園内へと足を進めていった。

一歩主街区から出ると、そこは数メートル先が深い霧に包まれた枯れ木だらけの森。まるで死者が手招きするような鬱葱とした雰囲気に奥へ進むのも躊躇いそうになるが、それでも彼らは歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

19層の園内村。そこは今のテンカイ達の目的地であり、園内の東の端にはベランダやテラスのような広場があるのが特徴の村というには広い場所。そして19層の特徴ともいえる深い霧も、当然の如くこの園内村を包んでいる。

 

「……それにしても、やっぱり物々しいね」

 

到着と同時にちらりと横目で見たユイの視線の先には、物々しい様子の【血盟騎士団】の団員が往来していた。恐らくは【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の被害を抑えようと見回りをしているのだろう。

 

「貴方達、どこに行くの?」

 

そんな時、一行に女性プレイヤーが声を掛けてきた。その声に反応して振り返ると、ユイ達にとってお馴染みの白い団員服の女性プレイヤー、アスナだった。

 

「アスナさん。見回りですか?」

 

「んー。まあそんなところかな。今回ばかりはユナさんを同行させるわけにはいかないから、彼女には別行動させてもらってるけど。そっちは販売?」

 

「ああ。売りに行くって聞かないからな」

 

呆れ半分、諦め半分と言ったリアクションでマコトが親指でテンカイを指す。もはや言っても聞かないと判断したのか、言葉もため息交じりだ。

 

「そう。最近はグリーンのままで殺人を行う方法も見つけたって噂もあるから、油断しないようにね」

 

アスナの注意を聞いた一行は彼女と別れ、その村で商売を始めるのだった。

 

 

 

 

「ふぃ~」

 

商売を終えたテンカイは深く息を吐いた。

売り上げは上々で、売れ残りも無く完売。ただ、買いに来たプレイヤー達の表情は誰も不安げなものだった。

 

(全員顔を見ただけで不安になるほど、【笑う棺桶】の凄まじさが良く分かった。あんな連中がいたんじゃ、おちおち買い物もできねぇからな……とはいえ俺らは攻略組でも無いし)

 

「そういうのはアイツらに任せておくべきか」

 

一息吐いた後、黄昏るのを終えてみんなの場所に戻ろうとした時だった。

パキリ、と枝が折れる音が背後から聞こえて振り返った。

 

「誰だ!?」

 

警戒を厳にして両手鎌を装備する。しかし、その両手鎌は誰から見ても安物だとわかる代物だ。いや、そもそも高性能な鎌を手に入れたとしても、テンカイのレベルでは装備できないのが関の山だ。

 

(流石に……ラフコフじゃねぇよな……?)

 

ロクな戦闘経験も無い彼が相手では、【笑う棺桶】どころかこの層のモンスター相手にも勝てないだろう。

テンカイの緊張の糸がこれほどまでにないほどに張り詰めていく中、姿を現した。

 

「……ん?なんだお前か」

 

現れた人物を見た途端警戒を解いたのか、両手鎌もストレージに仕舞う。

安堵の溜息と共に【エリザベスパーク】の面々の元に戻ろうとした時だった。

 

 

――ドガッ!

 

 

「ぐあっ!?」

 

いきなりテンカイの身体が吹っ飛ばされる。モンスターの攻撃ではない。そもそも園内はモンスターが余程の特別な状況でもない限りは入り込むことはない。

それなら先程の攻撃は即ち――、

 

「ぬおっ!?」

 

更なる攻撃で吹っ飛ばされ、手すりに背中を打ちつける。手すり越しに見える景色は――辺り一面霧と雲海が広がる天空。

急いで起き上がろうとするも、衝撃を受けた身体では動かすのもままならない。

その隙を当然見過ごすはずの無い人物は、手にした得物でソードスキルを放ち、手すりの外へと吹き飛ばした。

 

 

 

「――うぅぅわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!」

 

 

テンカイはそのまま重力に従って鉛色の雲海へと落ちていった――。

 

 

 

 

「……は?」

 

アスナからの報告を受けたマコトは、まさに呆然自失だった。

 

「……残念だけど、事実よ。今、ラジラジさんが《生命の碑》を確認しに行ってきた所よ」

 

「そんな……!何かの冗談だろ!?なあ!!テンカイさんが……あの人が殺されるはずないって!!」

 

アスナの言葉を信じられず、彼女に掴みかかろうとするマコト。だが彼女の手を横から掴み、振り払う男が横やりを入れてきた。

 

「気安く触れるな!」

 

「あぐっ!?――何すんだテメェ!」

 

「クラディール、貴方……!」

 

「アスナ様、こんな下層域で燻ぶる屑共が触れて良い方ではありません!」

 

クラディールの見下した言葉に逆ギレしたマコトが喰いかかろうとするが、その前にラジラジが彼女の肩を掴んで止める。そして彼女を下げて代わりに話を聞く。

 

「それで、あなた方は彼が死んだと言っていますが、根拠はあるのですか?」

 

「ああ、あるとも。ここから東の広場で悲鳴を聞いて、駆け付けたら3人の影が見えたんだ。呼び止める前に霧の向こうに消えてしまったがな」

 

「こんな霧があるのに?」

 

「私はちゃんと見たのだ!奴が両手剣で吹っ飛ばされて落ちていったんだ!」

 

「落ちてった、だと……!?それってつまり、テメェは突き落とされるのをただ黙って見てたって事じゃねぇか!!?」

 

クラディールの証言にマコトが怒りを露わにして食いかかる。必死にユイが抑える。

そんな様子のマコトを気にすることも無く、ラジラジは続ける。

 

「しかし妙ですね。ラフコフの構成員の装備はそれなりに目立つ。あんな格好なら誰かに声を掛けられても可笑しくないのでは?」

 

「奴らの装備品は【隠蔽】と【忍び足】のスキルを持っている!それだけじゃない、《隠遁の包帯》というアクセサリで更に【隠蔽】系のスキルが強化されている!それだけ装備していれば通行人でも見逃すのは当然のことだ!」

 

声を荒げて反論するクラディールにラジラジも反論することなく沈黙する。

沈黙の間に霧も晴れていく中、マコトが呟いた。

 

「……キリトだ」

 

「なんですって?」

 

「アイツをここに連れてくるんだよ!」

 

「どうしてキリト君を呼ぶの?」

 

「あいつが持ってる蘇生アイテムを使ってテンカイさんを蘇らせるんだよ!そうしたらきっと――」

 

「――もうやめてよッ!!」

 

縋りつくように叫ぶマコトを、カオリの張り裂くような叫びがぴしゃりと止めた。

 

「かっ、カオリ……?」

 

「あの時……キリトのストレージから盗み見ちゃったの……そのアイテムの効果……」

 

「ああそうだろ!?だったらなんで――」

 

「……あの蘇生アイテムは、死んでから10秒以内のプレイヤーにしか使えない――」

 

告げられた残酷な言葉に、マコトが膝をつく。

これでもかと顔色を絶望の色に染まった彼女は、「嘘だ……そんなの……」と壊れたプレーヤーのようにそう繰り返し呟くだけだった。

 

「……とにかく、私は本部に戻って計画を練り直します。あなた達はすぐにギルドホームに帰って大人しくしていて」

 

「アスナ様、私も同行します」

 

「一人で十分よ。あなたは他の団員を招集して」

 

鋭いアスナの一言に思わず押し黙るクラディール。だが、すぐに食い下がるように反論する。

 

「お忘れですか?貴女は我が【血盟騎士団】の副団長補佐。あなたの身にもしもの事があったらギルドにとって大きな損失ですよ?」

 

「貴方こそ、もう私の護衛を外された身であることを忘れないように」

 

クラディールに鋭い視線を向けたアスナはそれだけ言うと転移門へと向かい、本部のあるグランザムの名を叫ぶと光に包まれ転移された。

 

 

 

 

【ゴスペル・メルクリウス】本部。

 

 

「……」

 

【ゴスペル・メルクリウス】に戻ってきた一行は、ウィスタリアに全てを報告した。

テンカイの死は【エリザベスパーク】だけでなく【ゴスペル・メルクリウス】にも大きな衝撃を与えてしまい、その話は《始まりの街》全域を駆け巡ってしまう結果になってしまった。

その夜、緊急会議を開いた【ゴスペル・メルクリウス】のギルドホームでは陰鬱な空気が場を支配し、誰一人言葉が出てこない。

 

「あの……ラジラジさん。彼は本当に死んでしまったのですか?」

 

いたたまれなくなったティアナはラジラジに訊ねる。

 

「はい。《生命の碑》で確かめた所、確かに彼の名前は消されていました」

 

僅かな希望に縋った問いも、ラジラジは容赦なく粉砕した。

 

「……マヒルさん」

 

そんな空気の中、ようやく口を開けたウィスタリアがマヒルに言う。

 

「今後の【エリザベスパーク】の方針ですが、テンカイさんの跡を継いでギルド活動を行ってください」

 

「う……分かっただ。あんちゃんが死んじまったなんて、オラまだ信じらんねぇけども……残ったギルドのみんなの為にも、オラ達が頑張んねぇと」

 

一瞬だけ言葉に詰まったが、頭を振って改めて決意する。彼の遺したギルドがこんな形で解体なんて、彼自身も望んでいないはず。そう思っての決断だった。

 

「ありがとうございます。今後の活動としては、他の飲食販売ギルドの為に食材の生産と売買を中心に行ってください。調理品の販売は主街区のみ。外周付近に接していない場所を限定してください。他のギルドにも連絡を入れてください」

 

「わかっただ」

 

早速連絡を入れに出ていったマヒルと入れ違いにノゾミが部屋に入る。その表情は当然の如く暗いものだった。

 

「ノゾミさん。マコトさんの様子はどうでしたの?」

 

「どうもこうも……部屋で泣きっぱなしよ。ストレアとユイちゃんがつきっきりで見てるけど……やっぱりショックが大きかったみたい」

 

「園内でこのような事件が起きて、住民にも不安が広がっています。ここも、場所的に言えば一番まずい場所ですからね」

 

窓越しに外をちらりと見るアイリーンの言い分も最もだ。

この《始まりの街》も外周に隣接していて、デスゲームを宣告された初日には1000人近いプレイヤーが解放されると思い果ての無い蒼穹に身を投げ――死んでいった。

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の面々は犯罪者プレイヤーで普通なら入ることはまず無い。だが、テンカイの事件を見るに一般プレイヤーが潜り込んで彼を突き落としたということもあり、必然的に《始まりの街》も絶対安全と呼ぶことができなくなったのだ。

 

「――アスナさんの話では、攻略組も事態を重く見ているそうです。攻略を一時中断し、【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】を捕縛すべく情報屋と共に全力でアジトを捜索しているとのことです」

 

再び重苦しい空気に潰されそうになる中、ラジラジだけは何事も無く報告した。

 

「そうですか。もし発見された場合は――」

 

「我々は捕縛戦に参加する気はありません。連中がやる気だったとしても、PvP(対人戦)PvE(エネミー戦)では体感すると聞くではその事実は大きく異なる。ノゾミさんも体感したでしょう?」

 

「……うん。あの時は本当に怖かった。向こうは私達を殺しに来てて、殺されるんじゃないかって思ってうまく動けなかったわ。でも、今なら分かるかもしれない。あの時まともに動けなかったのは、殺されるって感情だけじゃなくて――」

 

「人を殺してしまうかもしれない――」

 

僅かに震えるノゾミの言葉を遮り、ラジラジが続きを感情を感じさせないような口ぶりで続きを語った。

攻略組は解放の為に階層を攻略し、ボスに挑む。それはつまり全員がモンスター狩り専門と言っても良い。対人戦の機会があったとしてもそれは訓練か、初撃決着のデュエルでしかない。対して【笑う棺桶】を筆頭とした犯罪者プレイヤーは他人を攻撃することに何の躊躇も無く武器を振るえる。それが例え、殺めてしまう結果になったとしても――。

対人戦の経験量と殺人への忌避感の有無。それが両者を分かつ決定的な差だった。

犯罪者ギルド【タイタンズハンド】との戦闘を経験したノゾミは、人に剣を向けることの恐怖がこの場の誰よりも理解していると自覚している。

 

「我々【ブレイブ・フォース】は【ALS】と共に【笑う棺桶】傘下ギルドの捕縛に向かいます。キバオウさんのギルドで本陣強襲作戦に不参加を訴えるプレイヤーが続出して、止むを得ず捕縛に回ることになったそうです」

 

「私としてはあのギルドのメンバーがまともな感性を持ってて助かったと思ってるよ」

 

ラジラジからの報告にユースが肩を竦めながら答えた所で、緊急会議は幕を下ろした。

 

 

 

 

ギルドホームのとある一室。

小綺麗に整備されたその部屋は、暗闇と静寂が支配していた。その中で聞こえるものと言えば誰かの咽び泣く声くらいだ。

 

「マコトちゃん……」

 

ベッドに突っ伏して咽び泣くマコトに対して、ストレアもユイもかける言葉が無かった。ただ静かに見る事しかできない自分に嫌悪感を感じながら。

 

(こんなにも悲しむマコトちゃん、初めて見た……)

 

「マコトちゃんは、テンカイさんの事が本当に……本当に好きなんだね……」

 

敢えて「だった」を使わずにマコトに投げかける。幼馴染の悲しむ姿は、彼女が今まで見てきた男勝りで正義感の強い彼女ではない愛する人を喪い悲嘆に暮れる女性のそれを思わせた。

 

「……ユイ……ストレア。ありがと」

 

「少しは落ち着いた?」

 

「……ああ」

 

泣きはらした彼女の顔は、おそらく現実だったら目を真っ赤にしているだろう。

錯乱した彼女は落ち着いたものの、気が晴れた、という訳ではない。

 

「……正直、今でも信じたくないよ。ポーチに色々持たせておいたのに、それなのに……」

 

「マコトちゃん……」

 

再びマコトの目じりに涙が浮かんだ時、扉からノックが聞こえてきた。

何事かとユイが扉を開けると、そこには男性プレイヤーが立っていた。

 

「貴方は……【白鳥の抱擁】の方ですね?」

 

「マコト宛てにユナって人から手紙だ」

 

用件を伝えトレード画面を開くと、ユイ側に表示されたトレード画面を承諾ボタンを押してトレード品――楽譜と1枚のメモ――を受け取る。男性プレイヤーはトレードを終えるや否やそそくさと去って行った。

 

「……なんで楽譜?」

 

「さあ?」

 

「ひょっとしてそれ、暗号じゃないの?ほら、もう一つメモがあったし」

 

ユイの示す通り、もう一枚のメモには音階と共に88鍵盤のイラストとそれに見合った音階と合致するアルファベットが描かれている。

 

「ローマ字にして読むのかな?えーっと……『O、R、E、H、A、I、K、I、T、E、I、R、U』……。『俺は生きている』?誰が?」

 

楽譜に記されたアルファベットを順に目で追っていく。解読していくと、ある文が浮かび上がる。

 

 

『俺は生きている。25層の中心のパブダンジョンに来てくれ テンカイ』

 

 

「あの人が……生きている……?」

 

解読を終えた瞬間、マコトの目に生気が宿り始める。

 

「この文が本当なら、この25層の中心にあるダンジョンに行けばいいって事だよね?」

 

「……!」

 

ユイが推測を呟いた途端、マコトが弾かれるようにベッドから飛び出し、ストレアを押し退けて部屋を出ていった。

 

「マコトちゃん!?ちょっと待って!」

 

「行動が早すぎるわよ!」

 

ユイも慌ててマコトの後を追って外へと飛び出した。

一人残されたストレアは楽譜に眉をひそめていた。

 

(この楽譜……何か……何か、隠しきれない悪意的なものを感じる……ひょっとして……)

 

 

 

 

黒鉄宮の前、巨大な黒い鋼鉄の扉の両脇を【ブレイブ・フォース】のギルドメンバーの2人が門番の如く立っている。

 

「あの、通してくれます?」

 

その門の前でノゾミが門番に問い詰める。その表情から不服な気分であることが明らかだ。

 

「だから、リーダーの命令でここは通せないんだ!リーダーの許可が下りたという証書を持ってまた来てくれ」

 

「許可って……ラジラジさんはさっきこの街を出ていったのよ!行先も分からないのに、どうやって許可を受けようってのよ!?」

 

「とにかく証書を持ってないなら帰ってくれ!」

 

ノゾミの要件を突っぱねる態度を続けるギルド員にノゾミは不服を露わにしてそこから去って行く。

 

「ああもう、いったい何だってのよ!」

 

「かなりご不満ですね」

 

聞き入れないギルド員に不満を吐いていた所にばったりとチカと出会う。

 

「ああ、チカ。――見苦しい所、見られちゃったな」

 

「……ひょっとして、昼の事ですか?」

 

「……うん。実を言うと、まだ信じられなくて……」

 

「無理もありません。いきなり私達の知っている人が亡くなってしまったなんて、そう簡単に受け入れられるものではありませんから」

 

チカの表情も沈み気味だ。

SAOに捕らわれてすでに2年目とはいっても、まだ15歳になる所。親しい人間の死に、早々に折り合いがつくはずがない。

 

「歌姫2人が随分な落ち込みようね」

 

そんなとき、路地裏に通じる細道から女性の声が割り行ってきた。

 

「あ、ストレアさん」

 

「チカもいるなら丁度良かったわ。2人とも、これの事で一つ相談に乗っていいかな?」

 

そう言って件の楽譜を渡す。

見覚えのあるその楽譜を見て2人は「あっ」と声を上げる。

 

「ああ、それって今朝チカが見せたっていう楽譜の手紙?」

 

「はい。でもなんでこんなものを?」

 

「メモも同封していてマコト宛てに届いたのよ。ユナから届いたって」

 

「え?」

 

告げられた言葉にチカは虚を突かれたように言葉を失った。

その言葉にノゾミも気付いたようで、ストレアに訊ねる。

 

「ちょっと待って、それってテンカイさんやマコトちゃんが楽譜を読めることが前提じゃないの?」

 

「ええ……それに、よくよく考えたらユナさんとテンカイさんはお互い顔も合わせたこともありませんよ!?どうして顔も知らない人相手にメールを送れるのですか?大体、そのメールのやり取りの相手は私だけですよ!?」

 

一つの疑問から、次々と疑念が沸騰した湯の水面から上がる水泡の如く沸き立つ。

次々と浮かんだ疑念から顔を見合わせた3人の顔から、次第に血の気が引いていく

それはつまり――。

 

「じゃあこの楽譜って……!?」

 

「誰かがマコトさんをおびき寄せる為に使った……罠!?」

 

「――ッ!チカは急いでユナに【血盟騎士団】の奴らを引っ張って来させて!急がないとあの2人が殺される!」

 

真実に辿り着いた3人のうち、ストレアが素早く指示を出す。途端に弾かれたようにチカは大急ぎでユナにインスタンスメッセージを送り、ストレアは転移門へと走る。

 

「待って!私も――」

 

「駄目よッ!!」

 

呼び止め、同行させてくれと言いかけたノゾミをストレアは強い口調で遮る。

 

「2人を嵌めた相手は十中八九殺人者プレイヤー。冗談抜きで殺しに来るわ。こっちも殺す気で挑まないと……確実に死ぬわよ?」

 

「……ッ!」

 

脅しにも似た警告を言い放つストレアは、言葉からも表情からも酷く冷たいものを感じさせた。警告に思わずノゾミは恐怖で足を止める。

その一瞬を見てストレアは25層への転移を宣言。

 

(25層の中心……!よりにもよって、あんな場所に誘うなんて……!お願い、2人とも無事でいて!)

 

胸の内で早計な行動を起こしたマコトとユイに毒を吐くと同時に、どうか無事でいてくれと切に願いながら、ストレアは25層へと転移されていった。

 

 




次回「凶刃」。


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「凶刃」

(・大・)<今日もまた1万字近いデス。

(・大・)<6千字にまとめることはできないのか?




※次回タイトルを変更しました。


 

 

25層。100もの階層を重ねた浮遊城アインクラッドにおける最初のクォーターポイントである。

この階層は他と異なりフィールドのモンスターでさえ一桁代の階層のフロアボス級の強さを持つ。それだけでも厄介なのにフィールドは迷路のように迷いやすく、様々な罠も行く手を阻んでいる。

当時最前線だったこの階層は、罠やモンスターによる犠牲者も多く、攻略組にとっては真の試練と言っても過言ではなかった。

マコトとユイがこの階層で印象に残っているのは、やはり『4分の1地点(クォーターポイント)の惨劇』だろう。【ALS】、【ブレイブ・フォース】、そして【剣文録】の3ギルドが偽情報に引っかかり、多大な犠牲――【ALS】は一足遅れたことで難を逃れたが――を出してしまった事件。

マコトはまだしも、ユイではこの階層のモンスターに1対1では敵わないだろう。しかし、この階層には1ヵ所だけモンスターに遭遇せず、迷う事無く特殊なルートが存在する。それは、南側に沿って中央へと進む一本道のルートである。

 

「テンカイさん!どこだー!?」

 

「マコトちゃん、待って!」

 

駆け足で大部屋のフロアに入るマコトとユイ。大部屋は身を隠せるほどに隆起した岩が数個点在している以外は何も無く、大部屋には2人が入った場所のほかに3か所も通路が伸びている。

この場所は元々大型のフィールドボスが鎮座していた。

このボスは最前線だった当時、モンスターにまったく出会わないと思い込んだプレイヤーがこのボスと鉢合わせてしまった。そのまま引き返せば何とか生き残れたものの、そのボスは初手で突進を仕掛けてくる。そして主街区に戻るルートに鎮座してしまうのだ。そしてこの3か所はそれぞれ強力なモンスターの群れ、様々な罠、1対1を強いられる細い通路の3種類のルートに分断させられ、そのまま生還できなかったプレイヤーは20人に及ぶ。

今はこの大部屋の主は既に討伐され、余程の事が無い限りはこの場所を訪れない。

 

そう、余程の事が無ければ――。

 

「マコトちゃん……。もう帰ろう?あの人が生きてるなんて、私には……」

 

「ふざけんなよ!あの人が直接生きてるって手紙を書いて来たんだ!間違いねぇ!」

 

マコトを宥めようとするも、当の本人は全く聞く耳を持たない。

泊まろうとしない幼馴染に辟易してしまう。こうなってはもう気が済むまで探させた方が彼女の為になるだろうとユイは思った。

その時だ――。

 

 

 

――ドシュッ!

 

 

「……え?」

 

探していたマコトが突然倒れた。

一瞬何が起きたのか理解できなかったユイはたまらず彼女の元へ駆け寄る。

 

「マコトちゃん!?いったいどうしたの!?」

 

彼女のHPバーを見てみると、黄色の下地に黒の雷を現すマークが現れている。

 

「これは……麻痺!?」

 

「ユイ……!逃げ……ッ!」

 

次の瞬間、振り返ったユイが何者かに殴られ大きく飛ばされる。その直後に首筋に何か針のようなものが刺さった感覚を受けた瞬間、ユイの身体も動かなくなる。麻痺針による麻痺だ。

 

「ツー、ダウーン」

 

状況と場所に合わない無邪気な声がして顔を上げると、頭を頭陀袋で覆い隠した男性プレイヤーが立っていた。

そのプレイヤーを、ユイは良く知っていた。いや、実際に出会ったかと言えば今回初めて顔を合わせることになる。

知っていた、というのは【MMOトゥデイ】が発行する新聞でその情報を知っていたからだ。

 

「ジョニー……ブラック……!?」

 

「へぇ。俺を知ってるなんて光栄だねェ?」

 

ユイを見下ろすジョニーはまるで子供のようま無邪気な態度を崩さず、まるで蜘蛛の巣に絡まった蝶でも見ているかのように嗤い、見下ろしていた。

 

「テメェら……いったい何の用で……!?」

 

「おいおいおいおい。何の用だは野暮じゃねぇのか?そうだろ?」

 

得物であるナイフでユイの頬をぺちぺちと軽く叩く。

軽口をたたいているジョニーに対して、ユイの頭はもうパニックでいっぱいだ。

2人にとってジョニー・ブラックだけでも最悪と言っても過言ではないのに、更に彼は振り返りながら訊ねてきた。

 

「そうだよなぁ。折角のショウタイムだってのに、まさかお前ら、俺らが何もしないで帰るとでも?」

 

そこから次々とボロボロの布を使ったようなフードを被ったプレイヤーが現れる。その数は合計10人弱。彼らの共通点はギルドタグにしていそうなマーク。

カリュカチュアライズされた棺桶に描かれた不気味な笑み。白骨化した腕が手招きしている様は、まるで「お前も仲間だ」と共犯者になろうと誘うっているのか、はたまた「次はお前だ」と次の犠牲者を自らの棺桶に収めようとしているみたいに感じる。

 

「【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】……!?」

 

「よう嬢ちゃん達。覚えていくれたとは光栄だなぁ?」

 

この男の名は『PoH(プー)』。名前だけ聞けば愛らしいイメージも湧くが、当然彼にそんな和やかなイメージは無い。

なぜなら彼は、最悪のPK集団【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】のギルドマスター。即ち、アインクラッドで最も危険なプレイヤーだからだ。

彼らの存在は2年前の6月にPoH自身の口から告げられ、当時は人数集めをメインにすると言っていた。当初下層や中層域のプレイヤーの殆どは「そんなイカれたギルドに入る奴はいない」と断言し、頭の片隅に置く程度のこともしていなかった。

そして成りを潜めていた昨年の大晦日の日、園外でパーティを行っていた2つのパーティを壊滅。そして情報屋を通じて本格的な活動を宣言した。情報屋が手に入れたギルドの総数は、およそ30人以上。

それからは次々とシステムの穴を突いた手口を考えては実行。その数は現在3ケタにも及ぶと言われており、全プレイヤーの恐怖の象徴として恐れられている。

 

「てっ、テメェら……!テメェらァ……!」

 

麻痺されて動けないマコトが、PoH達を目にした途端怨嗟の声を漏らす。

 

「よくも……!よくもテンカイさんをぶっ殺しやがったなァ……!」

 

「あ?テンカイ?」

 

「とぼ、けんな……ッ!テメェらが突き落として殺したんだろうが……!」

 

「あぁ?何言ってんだ?」

 

PoHはまるで本当に知らないかのように声を上げる。

思い出す様に指を目の前でくるくると指を回しながら記憶を遡る。やがて思い出したのか、「ああ」と声を上げた。

 

「そういや奴が言ってたっけな?それで?」

 

「それで……だと……!?ふざけんじゃねぇ……!」

 

「そんなリアクションをするって事は、そいつはテメェにとって相当大事な人だったんだなぁ、うん」

 

マコトに同情するように頷く。しかし直後、含み笑いを浮かべたPoHは続ける。

 

「だがな。くたばった奴がああだったとかこうだったとか言っても、俺らには全く興味がねぇよ」

 

「……ッ!」

 

「そもそもの話、テメェは今まで食った家畜の話を聞かされてどうするんだ?同情するのか?ンなもん答えは決まってる――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『そんな話をされても知らねぇよ』って思うだろ?」

 

「……ッ!!」

 

下らないことを抜かすな、と言わんばかりの台詞にマコトの怒りが頂点に達した。

 

「――ふっざけんなテメェらぁッ!ゲーム感覚で人を……あの人をぶっ殺しやがってぇぇぇぇ!!」

 

「いいねぇ、その怨嗟の声!表情!事情はどうあれ大切な奴を殺されたプレイヤーの表情ほどそそるものはねぇよなぁ!?そいつの殺される直前の面を見れなかったのは残念だったよ!」

 

マコトの怒声さえもPoHには――いや、【笑う棺桶】にとっては殺人は一種の快楽。そして被害者の恐怖に染まった表情はスパイスとなるのだ。

ユイが動けない身体でどうにか首だけを動かすと、他の【笑う棺桶】のギルド員は、フードの中で表情は見えないが、その口角は上がっていた。その光景に一瞬でユイは理解した。

――楽しんでいるのだ。この殺人を。

 

「さぁて今回のメインイベントだ。おい」

 

PoHの合図で構成員の一人が暗がりからプレイヤーを連れてくる。そのプレイヤーもフードとコート、更には籠手にブーツ。フードから覗く顔も、ミイラ男宜しく包帯でぐるぐる巻きにされていて判断材料が限りなく少ない。手を鎖で繋がれてまるで奴隷のようだ。

背中を突き飛ばされたプレイヤーはマコトから数メートルのところまで歩かせると、PoHが鎖を掴んで動きを制する。

 

「さぁさぁ賭けの時間だ!これからコイツとそこで寝転がってる女の殺し合い!どっちが相手を殺すか、全員で賭けてみようじゃないか!!」

 

「――なッ!?」

 

PoHの口から放たれたとんでもない言葉に思わず目を見開くユイ。

その間にも構成員たちは次々と挙手をしてアイテムやコルを賭けていく。

常人なら考えようともしない殺人を使ったギャンブルに、ユイは戦慄する。

 

「因みにこの賭けは全員強制参加だ。お前も賭けて貰うぞ」

 

「……そ、そんなの……」

 

――そんな賭けに乗る気なんて無い。

そう言いかけたユイの目の前に巨大な中華包丁が突き刺さる。

この武器は《友切包丁》。PoHの愛用する魔剣級の短剣である。その特徴は友切の名が示す通りプレイヤーを斬るほどに性能が上がり、逆にプレイヤー以外を斬れば性能が下がるという性質を持っている。噂ではモンスターを斬り続ければダガーから刀に変貌すると言われているが、目の前の男がわざわざそんなことをするとは考えられない。

 

「ノーならお前が先に死ぬだけだ。そうだ、お前が賭けに勝ったら2人とも解放しようじゃねぇか」

 

「……!」

 

参加しなければ殺される。実にシンプルな話で……実に複雑だ。

この賭けに応じなければこの場でユイは殺される。しかしそれは、彼らの殺人に間接的に加担するという意味も含んでしまうということだ。

 

「…………わ、私、は……」

 

か細い声で、迷いながらも言葉を紡ぐユイ。その答えは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マコトちゃんは、死なないほうに……賭ける……」

 

「……決まりだな」

 

口角を上げたPoHは奴隷のようなプレイヤーの耳元に何かを囁く。そして手首に巻き付いていた鎖を外した。

 

「今から10秒後、麻痺が解ける」

 

「それじゃあ……」

 

「ああ。ゲーム……」

 

すっと左手を上げ、親指と中指の腹を合わせる。ぐっと力を籠め……、

 

「――スタートだ」

 

指を鳴らした瞬間、奴隷風のプレイヤーが真っ先に片手剣を手にマコトに襲い掛かる。

 

「マコトちゃん!?どうして!?10秒後にスタートんじゃ……!?」

 

「あぁ?誰が悠長に10秒後にスタート何て言った?」

 

悲痛な叫びをあげるユイに対して、何事も無いような反応を返す。

その間にも奴隷のようなプレイヤーは倒れているマコトに馬乗りになり、素早く右手首を掴んで動きを封じる。そして左手でナイフを引き抜き、マコトの胸に突き立てた。

 

「あぐっ!?」

 

短い悲鳴と共にHPが減少する。

それでも構わずプレイヤーは何度もナイフを突き立て、更にHPが減少していく。

 

「マコトちゃん!」

 

起き上がろと腕を立てた瞬間、異変に気が付いた。

――身体が動かせたのだ。麻痺で動けないはずなのに。

 

(……まさか、麻痺が解けるって言っていたのは……私のほう!?)

 

PoHはどちらかの麻痺が解ける、とは一言も言っていない。ただ『麻痺が解ける』と言っただけだ。

ユイは視界の左上にあるマコトの簡易ステータスを見ると、減り続けるHPのほかに麻痺を示すマークが未だ存在していた。

 

(急がなきゃ、急がなきゃ……!早くし何とかしないとマコトちゃんが……マコトちゃんが殺される!)

 

必死に頭を働かせようにも、身体は再び麻痺にでも陥ったかのように動かない。

 

(かっ、身体が……!?なんで……!?)

 

意思とは反してまるで固定されてしまったかのように動かない身体。簡易ステータスに視線を向けても麻痺の状態異常を示すアイコンは見当たらない。

その間にもマコトのHPはイエローゾーンの半分を切り、更に減り続けている。

 

「――クソッ!」

 

刺され続けたマコトがようやく麻痺が解けたのか、振り下ろしてきた手を掴んで抵抗する。

筋力パラメータの差で次第にマコトが押し返していく。

 

「……を……」

 

「……え?」

 

「邪魔をするなああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

奴隷プレイヤーの張り裂けんばかりの雄叫びと共にマコトの手を振り払い、切り落とす。

 

「生き延びる。生き延びる。生き延びる……!私はッ、私はぁ……!」

 

雄叫びと共にナイフを突き立てるプレイヤー。唯一空いている左手を切り落とされ、最早マコトに成す術は無い。

 

「…ダメ……ダメ……やめて……お願い………!」

 

荒くなる呼吸。見開く目。その一つ一つがユイの中で焦燥を掻き立てる。

無意識にユイの手が、採取用の鎌を手にしていた。

そして―――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目エエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェッッッッ!!!!!!」

 

 

 

刃に光を灯し、戦闘経験がロクに無いユイが信じられないスピードで地面を蹴って突進し、鎌を振り下ろす。片手鎌の最初期ソードスキル《ダイバー》である。

ユイが駆け出したその先、奴隷風のプレイヤーの背中に刃を突き立てた。

 

「あがっ!?がぎいぃあああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

背中に鎌を突き立てられたプレイヤーは金切り声を上げて腕を振り回す。

マコトを刺し貫いていた短剣を引き抜きやたらに空を裂き、それが数秒続いた後突然動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――パキィィィン……。

 

 

動きを止めたかと思った次の瞬間、その身体をポリゴン片となって消滅した。同時にユイの頭上のカーソルが、緑からオレンジに変わる。

 

「……え?」

 

ユイの呆けた声と、プレイヤーが消えたと同時に宙に放り出された片手鎌がからり、と地面に落ちた音が静寂に包まれた大部屋に木霊した。

 

「あーあ。死んじまったよ」

 

まるで興ざめと言わんばかりのリアクションのPoHは、すたすたとプレイヤーのいた場所へと歩き、落ちていた鎌を拾い上げる。

 

「……誰が殺した?」

 

「……!」

 

「あのプレイヤーは、誰が殺した?」

 

「……ぅ……あぁ……!」

 

大げさに両手を広げ、この大部屋にいる全員に聞こえるように大声で訊ねる。そして事実を知り、わなわなと震えだすユイを指し、高らかに叫んだ。

 

「そう、この女だ!この女が自らの手で、可哀想なあのプレイヤーの命を奪い取ったんだ!」

 

「――……いや。いや、いや……いやぁッ!!いやあああああっ!!!!!」

 

事実にPoHは喚起に狂い、ユイが絶望の悲鳴を上げる。

そこで漸くマコトが麻痺から立ち直り、泣き叫ぶユイの元に駆け寄る。

 

「ユイ、しっかりしろ、ユイ!」

 

「おーおー麗しい友情だねぇ。良いのか?そいつは今や俺らと同じ人殺しになったんだぜ?同じ人殺しなら俺らとも仲良くなりてぇな?」

 

「ふざけんな!誰がテメェらのような人殺しと仲良くなれるか!!それに、ユイはテメェらの罠に嵌められたんだぞッ!!」

 

「ご都合主義も良い所だな。そいつは良くて、俺らはダメってか?何の違いがある?」

 

「こんの……ッ!」

 

へらへらとした態度を崩さないPoHに逆上したマコトが大剣を振るう。

その剣をPoHはダガーを真一文字に振るい剣を叩き落とす。

 

「悪いな。今ここでぶっ殺すのも悪くないが、ウチは女日照りが酷くてな。連中のお楽しみの為にここで殺す訳には行かねぇんだよ」

 

「なっ……!?ユイが勝ったから解放するんじゃ……!」

 

「あー、あれな。俺は『どっちが相手を殺すか』を賭けたんだ。なのにその女は『死なない』方に賭けた。結果はどちらの負け。あの約束も無効って訳だ」

 

背後にいるギルド員が絶望のあまり泣き叫ぶユイに迫ってくる。

マコトは今すぐにでも彼女の元に駆け付けようとするが、PoHの友切包丁を突き立てられて身動きが取れない。

 

「まあ安心しな。お友達もつれてくし、連中が飽きたって言い出したらしっかり殺してやるよ。そこにいる――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――3人目も一緒になぁ!!」

 

ぐるりと振り返った次の瞬間、くるり友切包丁を回転させて背後から来た攻撃を受け止める。

その瞬間を逃さなかったマコトはチャンスと言わんばかりにユイの元に駆け付け、予備の大剣を装備して【笑う棺桶】の構成員に向けて構える。

 

「っ……!」

 

「――スト、……レア……さん……?」

 

「ほぅ、お姫様のピンチに駆けつける王子様――いや、女騎士、といった所か?」

 

「……2人を、返しなさい……!」

 

「随分と殺気立ってるなぁ?だがよ、女騎士様。この数を相手にするってのはちょいと無謀じゃねぇのか?」

 

余裕ですと言わんばかりのPoHに対して、ストレアは内心焦っていた。ユイの頭上のアイコンはオレンジに変色し、マコトのHPもほんの僅か。彼女が予期していたものとは違う最悪な事態が起きていたことを理解した。

【笑う棺桶】の構成員はPoHを含めても10人以上は下らない。しかもユイとマコトまでの距離は約10メートル強。このまま2人の元に駆け付けさせるほど彼らが甘い存在ではないと言うことはストレアも良く分かっている。かといって何もしなければ2人が袋叩きに、ストレアも下手に行動すれば自身が袋叩きにされかねない。

 

「――ぅぐっ!!」

 

「ストレア!?」

 

「はっ、頭痛か?そんなんで返せだなんて良く言ったもんだなぁ!」

 

「……私だって、バカじゃないわ……。もうすぐ、【血盟騎士団】がここに来る。30人近いプレイヤーなら……流石に不味いんじゃないの?」

 

米神を押さえながらも不敵な笑みを浮かべるストレアに、PoHの口角が下がった。

ほんのわずかな静寂の中、PoHが指を鳴らす。次の瞬間、【笑う棺桶】の構成員が一斉に武器を仕舞う。

 

「――命拾いしたな」

 

それだけ言い残すと、【笑う棺桶】の面々が闇の中へその姿を消していく。全員が消え、ストレアが《索敵》スキルを使い構成員が居なくなることを知ると、2人の元に駆け寄る。

 

「良かった、無事みたいね。ほらポーション」

 

「……ありがと。でも、どうしてここに?」

 

「ノゾミが速攻で暗号を解いたのよ。ここに来る前に【血盟騎士団】に連絡を入れたからもうすぐ……」

 

言い切る前に主街区に通じる通路からどたどたと複数の足音が聞こえてくる。それから数秒も経たずにアスナを先頭に【血盟騎士団】のプレイヤー十数人が現れた。

 

「――どうやら一足遅かったみたいね。各員は周囲の捜索を」

 

団員に指示を下したアスナはそこで未だ呆然自失のユイに視線を移す。

 

「……!ユイさん、いったい何が――」

 

恐らくアイコンを見たのだろう、思わず声を上げて尋ねそうになった所でマコトに肩を掴まれ遮られる。

 

「マコトさん?」

 

「……察してくれ。頼む」

 

短く、切に願う呟きにアスナも事の重大さを理解したらしく、それ以上の追究は控えることにした。

 

「……?」

 

「どうしたの?」

 

その時、何かに気付いたらしいマコトにアスナもつられて振り返る。だが、そこには団員だけで何も変な所は無い。

 

「……いや、なんでもない」

 

「……そう。それより早くカルマ回復クエストに行ってきて。それじゃ園内にも入れないし」

 

「……ありがとう。ユイ、行くぞ」

 

アスナから《転移結晶》を受け取り、18層の園外村へと転移する。

その後、団員達に二言三言会話を交わすと、ストレアもウィスタリア達に数日遅れるとメールを送り、アスナと共に18層の園外村へと向かった。

 

 

 

 

マコトとユイの転移先でもある18層の園外村。その宿屋で事情を聞いたアスナは、静かに息を吐いた。

 

「【笑う棺桶】がそんなことを……」

 

「ええ。おかげで《始まりの街》は不安でいっぱいよ。みんな、次は自分じゃないかと疑心暗鬼に陥ってるみたい」

 

「そう。今朝の事でウィスタリアさんに伝えようと思っていたけど、こっちもこっちで手一杯だったから」

 

「伝えたい事って?」

 

「園内事件って知ってる?」

 

「ああ。知ってる知ってるわ。どこかの誰かさんが、ボスにNPCを襲わせようって提案した日の夕方に起きたことでしょ?」

 

ストレアの皮肉にアスナは苦い顔をしつつ気を取り直して説明を始めた。

 

 

 

――園内事件。

57層主街区で起きた事件で、『園内では絶対にHPが減少しない』という常識をぶち壊した事件はストレアも覚えている。が、アスナはキリトと共にその事件を解決しているので、そこからはアスナの説明を清聴することに。一方のアスナも、細部まで説明すると今後この事件の根幹にいた3人の立場も考えてある程度細部を伏せて説明する。

事の発端は事件発生から半年前、【黄金林檎】というギルドが高スペックのアイテムを手に入れたことだ。ギルドの面々はその指輪を売るか使うかで口論になり、結局多数決で売却を決定。ギルドマスターが最前線へ向かったその夜中、睡眠PKに遭って帰らぬ人となってしまったのだ。リーダーの死を受けてギルドは解散。メンバーもバラバラになってしまった。

その後、一人はある攻略ギルドに入り、ギルドリーダーの夫だったプレイヤーは消息不明となったころ、リーダーの死に不信感を抱いた残りのメンバーが自分と同じ名前でスペルが違うプレイヤーの情報を見て、あるプレイヤーの脅迫を敢行。園内での殺人をでっち上げた。

それからもう一人も同じトリックを使い消滅し、攻略組プレイヤーを追い詰めて自白させることに成功。だが、そこに【笑う棺桶】が現れあわや皆殺しにされそうになった所を真実を知ったキリトが間一髪駆け付けたことで撤退。アスナも副リーダーを発見したところで睡眠PKの事実が発覚。アスナが彼を論破し元【黄金林檎】の3人が彼の処遇を決めると言った所で事件は完全に解決した。おかげで『園内殺人』もシステム的に不可能と言うことでプレイヤーの間から次第に忘れ去られていったという。

 

「……んで?そのギルドと今回聞きたい事と、何か関係があるの?」

 

「ええ。その時のプレイヤーが使ったのは――」

 

その時のプレイヤー、カインズとヨルコはオブジェクト消滅とプレイヤー消滅のエフェクトが良く似ていることに気付き、鎧だけを貫いて耐久値を減らし、消滅すると同時に転移結晶で離脱という、傍から見ればデュエル以外でのPKによる殺人トリックを説明した。

 

「現に、そのテンカイさんが目の前で消えたって誰も言っていないじゃない。多分だけど……」

 

「……ごめんなさい。その話はここではしないでくれるかしら?もし違っていたら、マコトを更に傷つけちゃうから」

 

アスナもストレアの言葉を理解してそれ以上は言う事は無かった。

もし、その可能性が外れていたらマコトは更に傷つき、それこそ再起不能になってしまうほどに打ちのめされるかもしれない。

目に見える事態を避けたい気持ちも、分からないでもない。

 

「それよりも、もっと重大なことがあるわ。あいつら、ハッタリかどうか知る前にすんなり立ち去ったのよ。あなた達が来る前に」

 

「え?でも、《索敵》のスキルで見つかった、って事は……」

 

「いいえ。まるであらかじめ知っていたみたいに姿を消したわ。それに2人がここに来たのも、楽譜の暗号の罠に嵌められた。つまり、あの暗号を手に入れてなおかつ解読できたってこと――」

 

「……!?それってつまり、内通者がいるって事?それも【ゴスペル・メルクリウス】と私達【血盟騎士団】の中に」

 

「流石にあの人たちのギルドの中にってのは信じたくないけど……むしろ、第1層を拠点としている全員、じゃないかな?」

 

そこまで聞いて、アスナはストレアの言葉の重大さに気が付いた。

2つのギルドに潜む内通者が【笑う棺桶】に情報を故意に流している。そう考えなければあんな罠を仕掛けることも、マコトの行動を予期して待ち伏せることも、ストレアのハッタリですんなり撤退するのも不可能なはずだ。

 

(なんてこと……!私達が必死に探しても幹部が捕らえられないのは、情報が流れていたから……!そうでなければここ1ヶ月で数人の構成員しか捕まらないのも、ちょっと強引だけど説明がつく。けど、いったい誰が……?)

 

「アスナ?」

 

「あっ……。と、とりあえず私はこれで。マコトちゃん達によろしく言っておいてね」

 

それだけ言い残してアスナは【血盟騎士団】の本部へと去って行った。

内通者の存在と言う、一抹の不安を残して。

 

 

 

 

それから数日後の早朝。カルマ回復クエストを終えたユイとマコト、ストレアを待っていたのはウィスタリアの第一声だった。

 

「お二人とも、いったいどこに行っていたんですの?」

 

「あ、ああ……ごめん。勝手に飛び出して」

 

「……」

 

「……?何かあったの?」

 

数日前と様子の違う2人にノゾミが思わず疑問を口にする。その瞬間2人は肩をビクリと震えた。

 

「……ごめんなさい。そこは聞かないでくれるかな?」

 

「そう。ならいいわ、変な事聞いてごめん」

 

「……ううん、こっちも何日も帰らなくてごめんなさい。ちょっと部屋に戻って休んでるよ」

 

気丈に振る舞っているとはいえ、その表情は暗いものが見えた。

 

「それじゃあ、私も少しばかり休んでくるね」

 

ストレアも手をひらひらさせてそういうと自室へと戻っていく。

その表情は、誰の目から見ても疲弊しているということは明らかだった。

 





次回「討伐戦の前準備」

(・大・)<討伐戦は次の次かと。

(・大・)<ただしキリト達のほうは原作と同じになりそうなのでその裏側、傘下ギルドの捕縛に回ります。


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「討伐戦:前日譚」


 8/14:本文の内容を少し改修しました。



 

 

「これより、【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】討伐作戦と、傘下ギルドの一斉検挙の作戦会議を開始する」

 

 56層にある【聖竜連合】の本部に早朝から集められた攻略組プレイヤー達が、リンドの声に応じて視線を一斉に彼の方へと向ける。これから始まるのは【笑う棺桶】と、その傘下ギルドの一斉検挙の会議。

 これまで【笑う棺桶】のアジトに関する情報が掴めず、末端プレイヤーを捕えても拠点は知らないという一点張り。そんなもどかしい状況の中、【笑う棺桶】に所属していたプレイヤーが情報を流してきたという。

 そのプレイヤーは自分のギルドの行為に耐え切れず、彼らを止めてほしいと懇願。彼から【笑う棺桶】の本拠地はデザイナーすら忘れて板であろう下層の末端にあるダンジョンの安全地帯であるという情報が送られた。

その地点に向かった時、確かに特徴と合致するプレイヤーが出入りするのを目撃し、早急に叩くべきと判断した結果今回に至ったのである。

 

 髑髏の仮面の男ザザ、黒服に頭陀袋が特徴のジョニー・ブラック、ポンチョの男の【笑う棺桶】のリーダーPoHの写真が貼られた後、更に2人のプレイヤーの写真が貼られる。

 

「更に、新たに判明した《スカーネイル》と《サムソン》の2人。彼らの情報だが、これはある下層域ギルドから情報を受け取り、【ALS】の尽力により最近判明した」

 

 説明と共に大柄の男と小柄な男の写真を貼る。

 

「《スカーネイル》は双爪使い。その相棒と目される《サムソン》は鞭の使い手だ。この2人に対しての情報は殆ど無く、未知の部分も多いので警戒を怠るな」

 

 この2人の情報はかつてノゾミ達がシリカとシズルと共に《思い出の丘》に行った際、【タイタンズハンド】を捕縛――最も、生き残ったのはロザリアのみだが――した【ALS】が彼女を尋問した時に出てきた名前だ。

 

 閑話休題。

 

 

 そして、作戦の内容は明朝寝静まっている時を狙って周囲を包囲し、無血投降を呼びかける。だが、最初からそれに応じないのはこの会議に参加したプレイヤーは知っている。故にメインは戦力を削ぎつつ捕縛になるだろうと釘を刺した。

 続けて【ALS】の作戦内容は情報屋が突き止めたギルドの居場所に場所に向かい、麻痺毒ガス入りの瓶を投げつけ強襲。動けなくなったところを一斉に確保すると言うものだ。

 両者の作戦会議の内容は以上だ。会議に参加したプレイヤーが皆表情が真剣なものになる。彼らの表情を一通り見渡したシュミットの口から「だが」といった途端、再び静寂に包まれた。

 

「もし、奴らのHPが危険域になっても続行する意思を見せてきた場合、そして、自分や仲間を道連れに殺そうとした時……その時は躊躇うな。このことは肝に銘じておくように。それでは――」

 

「一つ、よろしいでしょうか?」

 

 解散する直前、静聴していたラジラジが口を開いた。

 

「【笑う棺桶】の所在を通報したプレイヤーの件ですが、そのプレイヤーに会わせることはできますか?」

 

「え?いや、掲示板に書き込みがあったんだ。『この情報を送ろうにも攻略組は話を聞いてくれないかもしれない』とか『この情報を吐いたと知られたら殺される』とか書いてあっただけだが……」

 

「掲示板に書かれていた。それだけの曖昧な情報で突き止められたとは、妙だとは思いませんか?」

 

「なんだと?」

 

「本当に彼らの行動を悔いているのなら何故姿を見せないのか?何故明確に情報を公開できたのか?何故今の今まで無事でいられたのか?少し考えればこれらの疑問が出てきます」

 

「――何が言いたいんや、自分」

 

【ALS】ギルドリーダーのキバオウがギラリとラジラジを睨む。

 

「罠、という事です」

 

 ラジラジの返答に、部屋がざわめきだす。そんなどよめきに構わずラジラジは続ける。

 

「これだけ我々に有利な情報が届いている。それなのに情報提供をしたプレイヤーは誰も姿を見たことが無い。不明瞭な相手がである以上その情報と裏にある意図があるとすれば……【笑う棺桶】が討伐隊を返り討ちにするために考案した罠」

 

「馬鹿な!それにはこの会議の内容を奴らに伝える役割が必要不可欠!それは俺達攻略組の中に裏切り者がいると遠回しに言っているのと同じだろう!?」

 

 シュミットの反論にざわめきが一層波紋が広がるように攻略組プレイヤーに伝わる。

 

「可能性としては高いでしょう。ここまで末端の構成員のみとなると、幹部には事前に伝えられているという事でしょう」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 その時、クラインがプレイヤーをかき分けて割って入り、興奮気味に訊ねる。

 

「じゃああんたは知ってるのか?その……内通者の正体が!」

 

「……いいえ。大体、この場でその正体をバラす馬鹿がどこにいるのですか?」

 

 冷ややかな目で言われてクラインも頭が冷えたのか、ハッとした表情を晒す。

そして「良いですか?」と前置きをしたラジラジが全員に分かるように伝えた。

 

「少なくともこの場にいる全員、彼らに通じている内通者の可能性が等しく存在します」

 

「おい!これから討伐しに行くっていうのにみんなの足並みを乱すような真似は止めろ!」

 

「私はその情報提供者が信じられないと言っているのですよ。流石に殺す気満々で待ち構えている場所に自分からノコノコやってくるほど思考が死んでるとは思えませんけど」

 

「……まだ一つ残っているぞ。可能性が」

 

 リンドの鋭い指摘にラジラジを除く全員が彼を注目する。その中でリンドは、すっとラジラジを指した。

 

「【ブレイブ・フォース】が【笑う棺桶】の内通者だって可能性だ。こうして和を乱して討伐戦での連携を崩すつもりだろう?」

 

「……その可能性も、十二分にありえますね。我々も疑うのであればどうぞご勝手に」

 

「ともかく、内通者の事より今は【笑う棺桶】だ!開始は明後日!それまで準備を進めておくように!」

 

 半ば強引なリンドの怒声と共に、討伐戦作戦会議は終了した。

 

 

 

 

 午前10時。ラジラジが帰って来た時、【ブレイブ・フォース】のギルド本部前にノゾミは足を運んでいた。

 

 

「お話があります」

 

「カオリさん、あなたが連れてきたのですか?」

 

 ギルドマスター――ラジラジがほとんど表情を変えずに対応する。

 ノゾミの傍にいるカオリに目線を向け、なんとなく察した。

 

「うん。私もリーダーのこの方針にだけは、ちょっと話があると思ったよ。ノゾミがリーダーに話があるから、私も付いて来ただけさー」

 

「何故、《生命の碑》を封鎖するような真似をしてるんですか?」

 

 キッと眼を鋭くし、目の前のラジラジを睨むノゾミ。

 

「……何かと思えばそんな話ですか。言ったはずですよ、《生命の碑》に行きたければ私の許可が必要と」

 

「そもそもあの場所は封鎖する必要はないでしょ?【MTD(MMOトゥデイ)】がやってる犯罪者プレイヤーの食事供給の代役をやっているとはいえ、攻略組でも通さないなんてやり過ぎじゃないですか?」

 

「だとしても今はまだ解放する必要はありません」

 

「少しだけ確認するだけでも?」

 

「当然駄目です」

 

 互いに譲らぬ姿勢のまま、会話を進める2人。

 

「貴方の言いたい事は解ります。テンカイの死亡確認ですね?」

 

「……!」

 

 ラジラジの一言に、虚を突かれたように黙るノゾミとカオリ。そこから追い討ちと言わんばかりにラジラジが言葉を続ける。

 

「あれはあの時私自身が確認し、名前は消されていたということを証明しています。仮にマコトを落ち着かせるため、などと言いたいのであれば、なおさらあなたを通す訳には行きません」

 

「じゃあなんで確認させてくれないの?あなたが言ってるだけじゃ信憑性も何もないじゃない」

 

「確認してそれが事実だったとして、それを彼女になんて報告するのですか?閉じこもってる今でも相応に厄介だというのに、これ以上傷を抉り広げるような真似をすれば……」

 

 一瞬だけ目線をノゾミから外周へと向ける。

 その意味にノゾミは背筋を肉食獣か何かに舐められたような悪寒ると同時に脳裏に映像が浮かぶ。

 何もかもに絶望し、外周から身を投げるマコトの姿が――

 

「それでも見たいというのであれば、私を下すことです」

 

「下すって……決闘で勝てって事で良いのね?」

 

「ええ。カオリさんも言いたげでしたから、折角ですので2対1で相手になりますよ」

 

 かかって来いと手を動かすラジラジに、2人は応じるように武器を構える。

 それを見たラジラジは自ら建物の壁に背を向ける位置に移動すると、ストレージを操作して1枚の金貨を出現させる。

 

「ルールは初撃決着の変則ルールです。クリーンヒットを一撃受ければ終了。カウントダウンの代わりにこのコインが地面に落ちた瞬間が合図です」

 

言い終わった瞬間にコインを弾く。

くるくると回転しながら宙を舞うコインに目もくれず、ノゾミとカオリは初手のソードスキルを発動する為に構える。

 

「カオリちゃん。まず私が突っ込んで左に避けさせるわ。そしたら――」

 

「そこを私が狙うって事だねー。わかったさー」

 

 宙を舞ったコインが重力に従って落ちていく。

 緊張が張り詰める中、石畳にコインが落ちた瞬間――ノゾミが突進系中位ソードスキル『ディパルチャー』をラジラジ目掛け放ち突進してきた。

 

(さあ避けて見なさい……!そしたらカオリちゃんの攻撃で決着が着く……!)

 

 だが、ノゾミはその攻撃を当てようとは思っていない。元から避けさせるための攻撃。背後は壁、ノゾミから見てラジラジの右側には自分のファルシオン。残る左側にわざと逃げ道を残し、そこへ避けた所をカオリの追撃が待つ。

 即興で組んだとはいえ、ノゾミはこの連携には自信を持てた。幾ら相手が壊滅的被害を受けてもなお立ち上がり前線で攻略を続けている【ブレイブ・フォース】のリーダーだとしても、そう簡単に回避できるものではない。

 

 

 

 

 

 刹那、ノゾミの鳩尾に膝蹴りの一撃が叩き込まれる。

 

 

 

「――げふぇあッ!?」

 

 その一撃は身体に当たる直前障壁によって防がれるが、衝撃で後ろへ弾かれるように吹っ飛ばされる。

 

「――え?」

 

 カオリが呆けた声を上げた瞬間、ラジラジが地面を踏み抜き、一気にカオリへと肉薄。勢いそのままにカオリの腹に拳を叩き込んだ。当然障壁で防がれるが、衝撃で吹っ飛ばされ、後ろの壁に叩きつけられた。

 

「なっ……何が……?」

 

「馬鹿正直に真正面から突進してきたので、《疾走》と同時に突きを一発」

 

「ま、まさか……!?」

 

 起き上がるノゾミとカオリは理解が追い付いていない。だが、あっけらかんと答えるラジラジにカオリはやっと理解が追い付いた。

端的に説明すれば、高速で突進するノゾミの剣を避けつつ鳩尾目掛け、膝蹴りを叩き込んだのだ。更にそのまま膝蹴りを入れた脚で踏み込み《疾走》を発動。勢いそのままにカオリに拳を叩き込んだ、と言う事である。

 

「さて、これで終わりです。この件にはこれ以上関わり無いように」

 

「ま、待って……!」

 

「いくらやっても無駄ですよ。それとも、今度は『完全決着』で勝負しますか?」

 

「ぅ……」

 

「カオリさんも、私のこの方針には口を出さないように」

 

「……わかったさー」

 

 言葉を詰まらせたノゾミを背に、ラジラジはカオリに釘を刺して去って行く。

 残された2人――ノゾミは、ただその場で項垂れるしかなかった。

 

 

 

 

 44層の喫茶店にて。

 

 

「――なんですって?私が楽譜を?」

 

「やはり違っていたのですね」

 

 喫茶店で会話をしていたユナは、チカから知らされた出来事に息を呑んだ。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

「いえ。ただ……私達の使っていた手紙でこんなことになってしまったのが信じられなくて……」

 

 目を伏せて呟くチカにユナも感化されたように俯く。

 暫くの沈黙が続いて、ユナが目の前の飲みかけの紅茶を一飲みにすると、勢いよくティーカップをソーサーに叩きつけるように置く。

 

「確かに暗号を解読したのはチカだよ。だけど、チカ自身があの楽譜を作った訳じゃ無いんでしょ?」

 

「ですが、私が解読してしまったばかりに……」

 

「だー、かー、らー!何でもかんでも自分を責め過ぎなのよ!」

 

 未だに愚痴るチカにぐいっ、と身を乗り出すユナ。席に戻ると再び口を開く。

 

「起きてしまった事を後悔してる暇があるんだったら、今自分がどうすべきかを考えるべきじゃないの?」

 

「自分が、どうすべきか……?」

 

「あの2人がどんな目に遭ったかは知らないし、平気そうって思っていても、多分心の奥底に傷跡が残っていると思うの。例えばその傷を癒す方法を考えるってのはどう?」

 

「癒す?と言っても、私は歌ったり音楽を弾いたりするくらいしか……」

 

 卑下するように言った途端、チカが「あ」と間の抜けた声を上げる。

 その顔を見たユナは確信したように笑みを浮かべると席を立つ。

 

「ユナさん」

 

 その時、店を出ようとした彼女をチカが呼び止めた。

 振り返るとそこには暗い顔をしていてもなお何かを掴んだような顔をしていた。

 

「ありがとうございました」

 

 ただそれだけ、一言だけの言葉を聞いて、ユナは改めて店を後にしよとして足を止めた。

 

「そうだ。今度会ったら一緒にライブをしましょう」

 

 

 

 

 

 

 一人、暗い部屋の中であおむけに、ベッドの上に身を投げていた。

 

「……」

 

少女、ユイは眠るという訳でもなく、虚ろな目はただただ代わり映えしない天井を見るばかり。

 

「……私、が…」

 

 手を目の前に翳す。小刻みに震える手が止まらない。

 今でも脳裏に、あの時殺したプレイヤーが消える瞬間がリピート再生されるように脳裏に再生される。

 

「私が……!」

 

 纏わりつく恐怖を振り払うように蹲る。

 だがそれでも、ユイから恐怖が消えることはない――。

 

 

 

 

「皆様。今回は出席してありがとうございます」

 

「いや、ウィスタリアさんが呼び集めたんでしょ?」

 

 【ゴスペル・メルクリウス】のリビングに集められたノゾミ、チカ、ツムギ、カオリ、シンカー、ユリエール、マヒルの7人。

 呼び出した当人、ウィスタリアは真剣な顔持ちで7人の顔を見渡すと、話を切り出した。

 

「それで、話と言うのは何ですか?」

 

「実は、【ALS】の方から依頼を受けたのです。確保用アイテムの一つである麻痺毒瓶数ダース分の注文ですわ」

 

「麻痺毒瓶って、堅い地面や壁にぶつけると麻痺毒のガスを放出するアレ?」

 

「ええ。レインさんも他数名と協力するなら可能と仰っていたので、その商談は受けましたわ」

 

 どうやら話の内容としてはアイテムの発注を受けたことらしい。

 犯罪者ギルドを捕縛する為のアイテムを用意するとはいえ、1ギルド1個では事足りないだろう。

 

「ですが、問題が一つあります」

 

「問題、と言うと?」

 

「最近園外での活動を控えていた反動で、素材アイテムのストックが不足しているのです」

 

「元々犯罪者狩りと二足のわらじで活動していた【ALS】の依頼以外で作っていなかったのですが、ここ最近の【笑う棺桶】の活動に加え、傘下ギルドの動きも活発化。犠牲者を増やさないために園外への外出を最低限にしていたのが裏目に出てしまったようです」

 

 足りないというその素材は今現在51層でしか手に入ることはできず、他のポーションの調薬にも重宝するアイテムだ。

 戦闘経験の薄い調合師プレイヤーは、戦闘経験の豊富なプレイヤーという護衛と共に採取を行っていた。

 殺人を躊躇わないプレイヤーが増えつつある中、下手に調合師プレイヤーを送る訳には行かない。

 

「そこで、調合師プレイヤーは【ALS】本部で待機。戦闘経験が豊富なプレイヤーは、最低でも3人1組で行動し、採取の後転移結晶で帰還。すぐに合流してアイテムを渡す、という方針を行います」

 

 説明の後に暫くの沈黙。

 その沈黙を破り、レインが質問を切り出した。

 

「……もし、【笑う棺桶】に遭遇したら?」

 

「その時は転移結晶で逃げの一手です。1人1つポーチから取り出して、いつでも逃げられるようにしてください」

 

「ですが、こちらもストックとして考えると……4人が限界ですね」

 

 そう言ってユリエールが4つの転移結晶を取り出す。これが今現在【ゴスペル・メルクリウス】が所有している転移結晶の全てだ。転移結晶はNPCショップで売買されておらず、フィールドボス級のモンスターからのドロップ品でしか入手できない。幸いフィールドボスは再出現するし、ドロップ率も上の層に行くほどに比例してドロップ率も上昇する。最前線の69層から先は通常のモンスターにもドロップする可能性があるだろうと言われている。

 尤も、下層のプレイヤーにとってはかなり高価なものではあることには変わりないが。

 

「2組……そのアイテムって、《採取》のスキルがどれくらいあればいいんですか?」

 

「レインさん、ツムギさん、そして調合師プレイヤーの方々なら装備品のブースト抜きでも手に入れられるのですが……」

 

「じゃあ私は確定だね。他のみんなは行きたがらないわ」

 

そう言ってレインは転移結晶の一つを手にする。

 

「私自身も参加します。事の発端は私が依頼を受けたが故。私自身も自らこの作戦に出るべきですわ」

 

 間髪入れず、ウィスタリアも結晶を手にする。残る結晶は2つ。

 

「……」

 

 残った2つの転移結晶を前に沈黙するノゾミ、チカ、ツムギの3人。

 

「……わ、私も《採取》スキルはそれなりに高いです。だったら私も行くべきです」

 

「ツムギ……」

 

 若干声色が上ずったツムギも結晶に手を伸ばす。しかし、途中まで伸ばしたところで腕がそれ以上動かない。

 

「わ、私が……私が……」

 

 震える手で伸ばそうとしているのに動かない。

 その時、ツムギのすぐ隣から細い腕が伸びて結晶を2つ取った。

 

「えっ?」

 

「なるほど。確かに非戦闘プレイヤーには荷が重いわね」

 

 その相手、ストレアは納得したように結晶を見ながらそう言うのだった。

 

「ストレアさん!?寝たきりだって聞いたけど、もう大丈夫なの?」

 

「うん、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね?」

 

「あ、あの!」

 

 一言ノゾミに謝った時、不意にチカが勢い良く立ち上がって声を上げた。

 

「チカ?」

 

「私も……私も参加させてください!」

 

「えっ!?」

 

 いきなり言い出したチカの言葉に、ノゾミは素っ頓狂な声を上げる。声は出さずとも、ウィスタリア達も驚きを露わにしている。

 それに対し、唯一驚かなかったストレアは、何時になく真剣な眼差しをチカに向けて訊ねる。

 

「本気?そう高くは無いけど、PKと鉢合わせる可能性もあるんだよ?」

 

「分かっています。ですが、カオリさんでは《採取》レベルは低すぎるし、ツムギさんは恐れて万が一の事態に対処できないかもしれない。それに、ノゾミさんはこの街の人々にとってなくてはならない存在となっています。だから、私がレインさんの護衛に適していると思ったのです」

 

そこまで言って、更にチカは「それに……」と続ける。

 

「自分がこれからどうするべきか。その一つとして今回の作戦に志願しました」

 

 ただまっすぐに、ストレアを見据えながら言い放った。

 沈黙が走る。

 数秒後、ストレアは手にした【転移結晶】の1つをチカに渡した

 

「あっ……」

 

「これで全員に行き届きましたわ。皆さん、明日の捕縛作戦には細心の注意を払ってください」

 

 ウィスタリアのその一言で会議は締めくくられた。

 しかし、ノゾミもツムギも、本当にこれで良かったのかと言う疑問で顔を曇らせたままだった――。

 

 

 

 

 その夜。《始まりの街》。転移門広場。

 

 明日の為にと誰もが寝静まった中。ケープを纏ったプレイヤーが転移門を訪れていた。

 

「……」

 

 そのプレイヤー、マコトは転移する前に一度振り返る。

 

(……みんな。今まで世話ンなった。最初は二度と現実に帰れないんじゃないかって不安だったけど……お前らと出会って、色々な事を考えたり……レベリングに出たり……色んな主街区や園内村に行って作った飯を売ったり……今まで過ごした時間は、凄く楽しかったよ。それから――。ごめん、ユイ……あたし、もう二度と帰ってこれないかもしれない……)

 

【ゴスペル・メルクリウス】への感謝と、少しだけユイへの謝罪を心の中で呟くと、転移門に触れる。

 

「――転移……――」

 

 一言だけ呟いて、その姿が転移の光に包まれていき、転移されていった。

 





次回「討伐戦のその裏で:1」


(・大・)<いよいよラフコフ討伐戦です。

(・大・)<一応3編に纏めようと思っているのですが、長くなりそうなんで次回予告は前編とかじゃなくてこういう風にしました。


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「討伐戦のその裏で:1」


(・大・)<(原作で)ラフコフ討伐戦開始になります。


2/25第3部の開始に伴いプレシアの喋り口調が部分的にとはいえ判明したので書き直しました。


 

 

 

「よぉーっし、全員集まったみたいやな」

 

44層の【ALS】本部前。

【ALS】、【ブレイブ・フォース】、【血盟騎士団】に所属プレイヤーと依頼を受けたウィスタリアとチカ、カオリとシズルとユナ等を含めた有志の攻略組プレイヤー達が集まっていた。その数はざっと数えて50人弱といった所だろう。

 

「これより作戦の内容を再確認するで。これから6人パーティ3隊に分け、情報屋から得た【笑う棺桶】の傘下ギルドを強襲。本隊のように定期的な集会はあらへんから、ギルドにおるところで連中にこの麻痺毒瓶を浴びせて行動不能にした後、監獄に設定した【回廊結晶】で奴らを送り付ける。ええな?」

 

「因みに、志願者はここにいる調合師達ともパーティを組んでもらう。調合師達はここに待機し、合図のメールの後トレードにより実働隊に麻痺毒瓶を送る。実働隊は麻痺毒瓶を受け取り次第、直ちに行動に移るように!」

 

それぞれが班分けされ、ウィスタリアとチカにストレア、カオリとシズル、ノーチラスとユナの4人はそれぞれ同じグループに分けられたようだ。

 

「それと、念のために有志の連中は比較的危険度の低いギルドを担当してもらうで。あとのその他細かな指示は同行する攻略組のメンバーが行う。各班は我々の指示に従うように。ほな出動!」

 

グループ分けが済んだところで発破をかけた一声を合図に、各メンバーは参加ギルド捕縛の為に動き出す。

 

 

 

 

 その日、目を覚ましたノゾミはウィスタリアを始めとした【ゴスペル・メルクリウス】のギルドメンバーが数人いないことに気付く。

 

「とうとう……始まっちゃったんだね……」

 

その日は【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】討伐戦の当日である。

本隊への攻撃は明朝夜明け前。それに対し傘下ギルドへの襲撃はそれから2時間後。遅くとも午前3時から4時の辺り行われている。

今は午前9時。既に出発しているだろう。

 

「おはようございます」

 

「今日は随分と早起きだったんだね」

 

リビングに出ると、そこのキッチンではすでにユースとティアナが朝食の準備をしていた。

 

「おはようございます。3人とも早いね」

 

「なに、今の私達にはこれくらいしかできないからね」

 

沈んだ表情になるユース。それを察したのか、ノゾミもそれ以上言う事は無く朝食の準備を手伝った。

3人でてきぱきと進んでいき朝食を作り終えた頃、ノゾミが不意に呟いた。

 

「……本当に、大丈夫かな……?」

 

「大丈夫だ。彼女らならきっと――」

 

「いえ、そこじゃないんです。昨日の事で……」

 

「昨日の事?」

 

ティアナの疑問を交えた返答に、ノゾミは静かに頷いた。

 

「……ウィスタリアさん達だって、できれば園内で大人しく討伐戦の成功を祈っていれば良いと思っているはずです。なのにどうして……」

 

ノゾミが口にするのはあの時、転移結晶を手に取らなかったことに対しての後悔。

ぎゅっとスカートの裾を握り、絞り出すように呟く声に、途轍もない後悔を抱いていることがノゾミには嫌でも理解できた。

死への恐怖と使命。板挟みになった中で恐怖を抗えず手を伸ばすことができなかった事に対して、今更になってどっと押し寄せてくる後悔。

 

「……君の判断は、私には間違っていないと思うよ」

 

俯くノゾミに対し、ユースが優しく頭を撫でるように声を掛けた。

 

「確かに、彼らの非道は誰かが止めなければならない。それも一様は事実ではある。だが、ことが終わった時に彼らを迎え入れてあげることも、また大事な役割だ」

 

「迎え入れる……?」

 

「そう。それはこのゲームの中にいるすべてのプレイヤーに対して言えることだ。全員で向かい、全員が傷ついてしまった時に、誰が彼らを励ます?誰が慰める?」

 

「……」

 

「確かに君は、自分の中にある死への恐怖に負けたかもしれない。けど、同時に傷ついた誰かを癒す為の行動を託されたと、私は思うのだがね?」

 

その言葉にノゾミはハッとした表情になる。

月に2度のライブは、今ではおなじみとなったものの、ファンの間では人気のイベントだ。

だが、当初はそうでも無かった。すべてが始まったあの日、自殺をさせまいと行ったライブでも、子供たちを除けば純粋にライブを楽しめたことは――彼らの傷を癒す事はできなかった。その証拠に、ライブを終えた後の自殺者も出たことを聞いた時、胸の内にぽっかり風穴を開けられたような虚無感に襲われた。

 

 

――これじゃあ、まるで意味が無いじゃない。

 

――自分がしてきたことは何だったの?

 

 

それから虚無感に襲われる日々が続き、ついには歌えなくなるほどにまでになってしまったのだ。

そんな日が続いたある日、ノゾミはふとベランダ状になっている高台へと足を運んでいた。そこから見る夕焼けの景色を見て、ノゾミは幼い日を思い出した。

かつて椿ヶ丘で両親とはぐれてしまった。心細さに泣いていると、アイドル――もといアイドルの卵ではあるが――の3人組の練習風景を目撃した。テレビの中でしか見たことの無い当時のノゾミにとっては、3人のその練習風景は心に強く刻まれるほどの刺激だった。いつの間にか不安も涙も消し飛び、夢中で彼女らを応援していた。

そこからユナ(悠那)ノーチラス(英二)とも知り合いになり、今の自分に繋がっていった。

 

原点へと立ち返ったと同時に第1層の攻略が完了したという知らせを受け、残ったプレイヤー達は歓喜に包まれた。その中の一人だったノゾミに、ある可能性が浮かびあがった。

 

 

――助かるかもしれない。クリアできるかもしれない。

 

 

ノゾミはそれからレベリングの傍ら、園外で少しずつ歌やダンスの練習をしていき、録音結晶の存在を知って《演奏》スキルを持ったプレイヤーの協力の元、様々な音楽を録音した結晶を使い、ライブを盛況させるのに一役買うこととなった。

 

「……私、ユイちゃんを起こしに行ってきます」

 

ユースの言葉を聞いたノゾミは、早速ユイの部屋に足を運ぶ。その顔は、先程の落ち込んでいた空気が嘘のように晴れていた。

 

 

 

 

「ユイちゃん、良いかな?」

 

「……何?」

 

「少し良いかな。部屋に入っていい?」

 

ユイの部屋の前を訪れたノゾミ。しかし、当の本人は声を返すだけでこちらに応じる様子は無い。

が、次の瞬間ノゾミは強引に扉を開けて部屋に入る。

 

「ちょっ……!?」

 

「ごめんごめん。返事が無かったから」

 

いきなり入って来たノゾミに驚くユイだったが、ノゾミは気にせずユイのベッドに腰掛ける。

 

「……」

 

「どうしたの?なんか暗いけど?」

 

「……ううん。なんでもないよ」

 

「いや、明らかに無理を通してますって顔してるよ?」

 

ユイは朗らかな笑顔を浮かべたが、明らかに表情を無理矢理動かしたかのような不自然さにノゾミは声を上げた。

この間からずっとこんな調子だ。事情を聞いても「なんでもない」の一点張り。だが時折部屋の外に出るユイや真琴の表情からは辛さを感じ取れるような沈んだ顔になる。

 

「……~♪~♪~♪」

 

「……え?」

 

沈黙が続く中、沈黙を破ったのはノゾミの歌だった。

ギルド発足の為に奔走していたあの時のように、【録音結晶】も何もない、シンプルなボーカルだけの歌だ。

突然始まったミニゲリラライブにユイは呆然とノゾミを見ていた。

 

「――……どうだった?」

 

「えっ?あ、うん。びっくりしちゃった。普段仕事に集中したいからって聞き流していて良く聞いてなかったけど、凄く上達したよ」

 

歌い終わった後の感想でユイはそう言い、拍手を送る。

 

「……ユイちゃん。あの日、あなたとマコトちゃんに何が起きたのかは今はまだ聞かないでおくよ。心の準備とか、そういうのとかも必要だと思うから。だけど、その時は多分必ずやってくる。もしその時が来たら、ちゃんと私達の事を思い出してほしいの。【ゴスペル・メルクリウス】っていう、私達にとって最高のギルドのみんなを」

 

「……うん。ありがとう、ノゾミちゃん」

 

「私はその顔を見れただけでも十分だわ」

 

久々に少しだけ明るくなったユイの顔を見て満足げな顔をするノゾミ。

 

「よし、じゃあ次はマコトちゃんの番ね」

 

 そそくさとユイと共に隣の部屋に行ってノックする。だが、返事はない。

 

「……?ユイちゃんみたいに引きこもってるのかな?」

 

「マコトちゃん?聞こえる?私だよ、ユイだよ。ドアを開けてくれるかな?」

 

ユイもノックをするが、返事はない。

 

「マコトちゃん?まだ寝てるの?――!?」

 

扉を開けた途端、ユイは目を瞠った。

部屋の中にその主たるマコトの姿は――影も形も無くなっていた。

 

「嘘……っ!?どういうことなの!?」

 

「ユイちゃん、どうし――なにこれ!?」

 

「分からないよ!わたしもつい来たばかりで……!とにかく、《追跡》を使ってみる!」

 

すぐさまスキルを使いマコトの居場所を探る。が、次の瞬間『《追跡》に失敗しました』と表示されたウィンドウだった。

 

「え?なんで?」

 

「まさか、ダンジョンの中にいるって事?でも、朝っぱらから誰にも言わないなんて……」

 

《追跡》を行う場合、相手の現在地がダンジョン内にいる場合は追跡が失敗するシステムだ。

だが、当てもないのにいきなりダンジョンに、それも単身で飛び出すだろうか?そんなことを考えているノゾミに対し、思い当たる節があるかのようにユイが震える唇で呟いた。

 

「……まさか」

 

「どうしたの?心当たりに何かあるの?」

 

「あの時、マコトちゃん真剣な目で【血盟騎士団】の人達を見てたの。ひょっとしたらマコトちゃん、テンカイさんの仇を討つために……」

 

そこまで聞いていたノゾミの顔から、さぁっと血の気が引いた。

 

「……!?それって、【血盟騎士団】に【笑う棺桶】のメンバーが紛れてるって事じゃない!?」

 

それが本当なら、マコトはそのプレイヤーを殺しに行ったに違いない。だが相手は攻略組兼プレイヤーキラー。十中八九返り討ちに遭って殺される。

 

「私、ウィスタリアさんに知らせてくる!ユイちゃんは【血盟騎士団】の所に!」

 

「う、うん!」

 

マコトの部屋から弾かれるように飛び出した2人。彼女の死と言う、最悪の結末にならないよう胸中で必死に祈りながら。

 

 

 

 

マコト失踪から1時間。51層のとある森林エリア。

ウィスタリア、ストレア、チカ、レインの4人はこのエリアでしか取れない素材アイテムの調達に来ていた。

 

「レインが言ってた素材、これだけあれば十分かな?」

 

「案外取れてたのが不幸中の幸いでした。あとは主街区で待ってる調合師の皆さんにトレードで渡せば終わりですね」

 

幸い、【笑う棺桶】に遭遇することは無く目的のエリアに辿り着き、戦闘経験豊富なストレアとチカが居たので邪魔なモンスターを掃討。ゆっくり採取に専念できたおかげで当初の目的である素材アイテムの収集は思いの外楽に済んだ。あとはこのアイテムを調合師たちの元に送れば仕事は一旦終わりだ。

 

「トレードも終わったわ。みんな、転移結晶は持ってるわね?」

 

「はい」

 

「こっちも大丈夫よ」

 

「ウィスタリアさん、こっちは準備OKみたい。そろそろ――」

 

ウィスタリアに報告しようと振り返った時、当人の姿は影も形も無くなっていた。

 

「――あれ?」

 

「ちょっと待って!?あの人何処に消えたのよ!?」

 

まさかと思い、フレンドリストを見てみると、死亡及び登録解除の証であるグレーにはなっていない。つまりまだ生きている証拠だ。が、改めて《追跡》を行うと、目を疑う場所に光点を発見する。

 

「ここから真逆の位置じゃない!?」

 

「はぁ!?採取に夢中になったって言っても無理あるでしょ!?どうやったらそこまで迷うのさ!?」

 

「とにかく、一人だと危険です!早く助けに行かないと!」

 

まるで弾かれたように駆け出す3人。

その道中、最も【ゴスペル・メルクリウス】に長く所属していたレインは心の中で「そういやあの人、《始まりの街》でもよく迷子になってたなぁ……」とぼやく。同時に「先に言っておけば良かったかなぁ……」と後悔もした。

 

 

 

 

「……3人とも、どこに行ったんですの?」

 

一方、ウィスタリアは一人目的地のエリアとは真逆の方角――西側の森林エリアを一人彷徨っていた。

行きは他の3人の案内で目的地に着いたが、採取の時に見当違いのアイテムを採取してしまい、ここには無いのか、もう採り尽くされてしまったのか、と勘違いしてしまい、次第に3人から離れていき――いつの間にかこうなってしまったのだ。

 

「早く合流しなければ……。迷子になった所を襲われでもしたらシャレになりませんわよ?」

 

自身が迷子であるにも関わらず3人の安否に不安が募る。

兎に角行動しなければとエリアの中を彷徨い歩く。

 

「あの、ひとつ良いかな?」

 

転移結晶を使おうかと迷っていると、背後からの声に振り返る。

声を掛けた相手は自分より歳が1つ2つ低いと思われる少女だった。カーソルへ視線を移すと緑のカーソルが示されている。

 

「あら、どうかしまして?」

 

「えと……すまない。北の森に狩りに行く途中であなたが一人でいたのを見かけたんだ。ソロで挑むにしたら」

 

「まあ。私も麻痺毒瓶を作る素材を求めていたら、いつの間にか仲間がはぐれてしまいましたのよ」

 

男口調で喋る相手に目を丸くしながらも、ウィスタリアも自身の現状を話す。

その話を聞いた途端、少女は「えっ?」と意外そうな声を漏らしたが気付かない。

 

「それで、君は何故こんな所に?ここは碌なアイテムが出ない場所で有名なんだが?」

 

「まあ、そうでしたの!?アイテムを求めていたのに中々でないから妙だと思いましたわ。でしたら、貴女とお仲間も一緒にどうです?」

 

「……いや、遠慮しとくよ。仲間が探してるなら《追跡》を使ってると思うし、しばらく近くの安全な場所で待っていれば来るだろう。それじゃ」

 

そそくさとその場を立ち去る少女。

その後ろ姿を見ていたウィスタリアは首を傾げていたが、直後に彼女にメールが届く。

 

「ティアナさん?何事ですの――なんですって!?」

 

その内容――マコトの失踪の報告を受けてウィスタリアは目を疑った。

ここに残るか、それともマコトを探しに行くか――メールを見た彼女の答えは、一つしかなかった。

 

「――よし!」

 

すぐさまマコト捜索へと頭を切り替えて駆け出すウィスタリア。が、向かった先は先程の少女とほとんど同じ方角だった――。

 

 

 

 

「はっ…、はっ…、はっ……」

 

49層の樹海エリアで、ツムギは一人は知っていた。

理由は至極簡単。彼女の後ろからモンスターが追っているからだ。

 

(ヤバいヤバいヤバい!無理をして狙い目のモンスターを倒したら余計なモンスターにまで狙われた!)

 

相手はツムギが自身の依頼で何度も倒したモンスターだ。だが少なくとも、こういう相手はノゾミやストレアとパーティを組んでいたからこその相手。ソロでは手に負えない。

 

「――きゃっ!」

 

追いかけっこの途中、躓いて転んでしまう。次の瞬間にツムギを追っていたモンスターが強烈な突進をぶちかます。

 

「――うぐぁ!」

 

宙を舞い、地面に叩きつけられる。一気にHPが危険域にまで減っていく。

やっとの思いで起き上がるが、目の前にモンスターが迫る。ずさり、ずさりと足で地面を掻く。

 

「ひっ……!」

 

狙い澄ました様に自分を見据えるモンスター。それに対し、ツムギは直面する自分の死に身体が思うように動かせない。

 

「い、いやッ!来ないで!来ないでぇッ!!!」

 

パニックに陥り、傍にある石やアイテムを投げつける。しかし、そんなことをしても逆に相手を逆上させる事でしかない。

 

「――ゴアアアアァァァッ!!!」

 

「いやあああああああああああああああッ!!!!!!」

 

雄叫びと共に突っ込むモンスター。確実に迫る死にツムギの悲鳴が森の中で響く。

――その時だった。

 

「クアアアアッ!!」

 

どこからか飛来した水色の小さな竜が、モンスターの顔面に張り付いた。

いきなり視界を封じられたモンスターは小竜を振りほどこうと頭を振り、突進がブレてツムギの真横すれすれの位置を通り抜ける。そして、勢いそのままに樹木に顔面から激突した。

 

「――せぇい!」

 

ふらつくモンスターへの追い討ちに、メイスの打撃が叩き込まれる。十字を切るように1撃、2撃と繰り返し、3撃目で踏ん張りを生かした打ち上げ打撃でモンスターを吹っ飛ばす。片手戦棍の上位ソードスキル《コンソレーション》だ。

 

「――シリカ!」

 

「はいっ!」

 

2人の少女の掛け合いが聞こえると、メイスのプレイヤーの物とは異なるプレイヤーが駆け出した。手にした短剣は光を放ち、まるで矢のように跳んでモンスターの腹を貫いた。

モンスターがポリゴンとなって消失すると、ポーションを差し出す。

 

「ほら、大丈夫?」

 

「あ……ありがとう、ございました……リズさん、シリカさん」

 

未だに助かった事実と殺されかけた事実で腰が抜けたまま、ツムギはポーションを受け取って嚥下。次第に増えていくHPを見て安堵しつつ、助けてくれた相手――リズベットとシリカに礼を言うのだった。

 

 

 

 

命からがら生き延びたツムギが聞いた所によると、リズベットとシリカがここに来たのは、シリカのレベリングの為だったらしい。シリカとはあの事件の後、いつものようにピナと共にレベリングに勤しんでいる中で素材収集途中のリズベットとばったり会い、そのまま意気投合したらしい。

HPが回復しきった所で一息ついたツムギは昨日の出来事を打ち明けた。

 

「――……なるほどねぇ。その計画に参加したかったけど、怖気づいちゃったって事」

 

「それは……言われると、否定はできませんね。ウィスタリアさんも怖いはずなのに、どうして……?」

 

「だけど、ストレアさんはツムギさん達に無茶をさせない為だと思いますよ?」

 

「え?」

 

「多分なんですけど、攻略組としての矜持だとか、そういうのに関係なく危険な目に遭わせたくないって思ったんじゃないでしょうか?」

 

「確かにね。人を殺しかねない、逆に殺されかねない状況になりかねない所に行きたくない奴を放り込もうとは考えたくないわ。そういう点に関してはウィスタリアは良いギルドマスターよね」

 

リズベットとシリカの率直な感想をツムギは口をはさむことなく聞いていた。

 

「あたしも初心者時代にある友達がいてね。莫大な鉱石を手に入れたことに相談してきたのよ。その時に言ってやったわ。『このゲームは生き残ることが最優先。次にゲームをクリアすることなんだから使えるものは何でも利用しなさい』って。その事でアイツも吹っ切れたらしくてね、今じゃ攻略組のタンクを任されてるわ」

 

「そうだったんですか」

 

「ウィスタリア達も、自分達が生き延びることを優先して《始まりの街》に残った人達も生き残る方法を考えて行動してるんでしょ?考えてることは一緒じゃない。だからこそ、その選択が間違いがだったってあたしは思わないわ。だからツムギも、アイツや街に残ってる人の為にもアンタも頑張んなさいよ?」

 

見かねたリズベットは頭を掻きながら立ち上がり、ビシッとツムギを指して言い放つ。

そんな姿に口をぽかんと開けたまま固まっていたツムギだったが、やがてクスリと笑いだす。

 

「ありがとうございます。おかげでなんか、吹っ切れた気がしました」

 

「そりゃどうも」

 

皮肉めいた笑顔でわざとらしく肩を竦めた時だった。

ツムギの目の前に突如ウィンドウが現れる。

 

「どうしたの?」

 

「一斉メールみたいですね。相手は……ティアナさん?――ハァ!?」

 

内容を見た途端、思わず声を上げる。

いきなりの声に一瞬カタを震わせたシリカが訊ねる。

 

「ど、どうかしたんですか?」

 

「ウィスタリアさんが遭難したらしいんです。場所は……51層。ここよりも上です」

 

「遭難って……雪山や樹海ならまだしも、あそこって北側以外そう深くないんでしょ?どうやったらそんなところで遭難するのよ?」

 

「とにかく、ウィスタリアさんのところに行かないと!」

 

「待って!」

 

すかさずウィスタリアの元に行こうかとした瞬間、シリカが呼び止める。

 

「あたし達も行きますよ!」

 

「え?でもあそこ、私達のレベルより上のモンスターが出ますよ?」

 

「すぐに駆けつけるようなことみたいですし、探すんだったら《索敵》を持ってる人が一人くらいいればぐっと楽になりますよ。あたし、そのスキルを中心に上げてるんです。今じゃ大抵のモンスターの気配も察知できます!」

 

「あたしも行くわ。こうなった以上、乗り掛かった舟って奴よ」

 

「……ありがとうございます!」

 

一言礼を言ってツムギは51層へ向かう。次いでリズベットとシリカも彼女の後を追うのだった。

 

 

 

 

「場所からすると……ここみたいだね」

 

一方、ウィスタリアと別れた女性プレイヤー、ルクスはギルドメンバーと共に北の森を訪れた。

 

「それにしても、さっきの一般プレイヤーに会った時は生きた心地がしなかったよ。咄嗟とはいえ彼女の《索敵》の熟練度が低くて助かった」

 

「ひとりでこうどうするのはきけん。しんぱいした」

 

「すまないプレシア。流石に彼女たちと一緒にいる所を見られたらまずいと思ってね」

 

ルクスと呼ばれた少女に別の女性プレイヤー、プレシアがロングウェーブの金髪を揺らしながら注意する。

 

「おーい、どこだー?」

 

「どう、グウェン?」

 

「……ダメだ、さっぱり返事も無い。回復アイテムを本拠地に残してここに来いって言ったのアイツらなのに、何やってんだか……」

 

そこに金髪ツインテールの少女、グウェンが頭を振りながらぼやく。ルクスも彼女の言う『アイツら』からの指示に疑問符を浮かべながらも、大人しく『アイツら』の来る時を待っていた。

 

 

――シャッ!

 

 

「うっ!?」「きゃっ!?」「づぁッ!?」

 

その時、何か鋭いものが彼女らの頬や腕など、露出した個所を掠める。何事かと疑問に思った一行だが、ステータスを見てすぐに顔を蒼くした。

 

「――出血毒!?」

 

【出血】。刃物などに肌を斬られた際に起こる傷痍系状態異常の一つで、受けると傷口の損傷度合いに応じて時間経過でダメージを受ける。軽度なものなら数分で塞がり大したダメージも受けない。が、重症レベルでは傷口を塞がない限り【ダメージ毒】よりもダメージ蓄積量が多くなる上に、腕や脚に負った場合、器用さ、俊敏性、筋力に悪影響を及ぼしてしまう。ある種、【麻痺】に次ぐ厄介な状態異常だ。また、【出血毒】は【毒】の一種であり、出血判定を出した傷跡の出血を促しダメージを増加し、更に時間経過による自然回復を阻害する効果がある。僅かな傷でも毒が強力なら致命傷になりかねない。

しかし、【出血毒】の状態異常を与えるモンスターはこの層には存在しない。その証拠に、地面や木の幹に投擲用の短剣が突き刺さっている。

 

「な、なんでこんなのが……!?」

 

「いやぁ、来てくれてよかった」

 

訳が分からずパニックになる中、一人の男が安堵したように言いながらやってくる。

 

「……サムソン……!?」

 

ボロマントに身を包んだその2メートル級の体躯の男が現れる。

白髪交じりの40代近い男性だ。その表情はまるで孫を見守る祖父のように穏やかだが、その目から感じる狂気にグウェン達は身体を硬直させる。

腕には包帯が巻かれ、更に右腕には黒く鈍い光を放つ鎖が巻き付きついている。

 

「お前、どういうつもりだ……!?」

 

流血エフェクトを流し続けながら、驚愕に染まった表情でグウェンが訊ねる。

それに対し、サムソンはさも当たり前のように返す。

 

「どういうつもり?決まっている。君らの《救済》だよ」

 

「救済?救済だって!?――何を言ってるのッ!!」

 

その返答にグウェンが叫ぶ。

 

「何が救済だ!そんなの、アンタらが行う殺人に対しての免罪符として扇動してるだけじゃない!!」

 

「なら君らに質問だ。君らの行ってきた犯罪も、免罪符に甘んじた行為故ではなかったのか?――犯罪ギルド【邪な蝙蝠(バッティ・バット)】の諸君」

 

その一言にグウェン達一行――【邪な蝙蝠】のギルドメンバーは押し黙る。

 

「そこで、だ。実はジョニー君から提案があってね」

 

怒号を物ともせず、穏やかな態度を崩さないスカーネイルはポーチからアイテムを取り出した。

緑色の液体が入った手のひらサイズの瓶――【解毒ポーション】だ。

 

「ここに1つの【解毒ポーション】がある。君達には簡単なゲームをしてもらうんだ」

 

「ゲーム……?」

 

「なに、簡単だ。今から君達で――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後の一人になるまで殺し合ってもらう」

 

 






次回「討伐戦のその裏で:2」


(・大・)<次はノーチラス側になります。


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「討伐戦のその裏で:2」

 

 

同刻。43層の洞窟。

 

 

「本当にいるのかな?こんな所に……」

 

周囲を見渡すシズルが疑問を誰に問いかけるでもなく、そんな呟きを口にする。

現在シズル、ノーチラスを含めた2パーティは主街区から遠く離れたとあるダンジョンに来ていた。

【血盟騎士団】からの情報によれば、ここに奴らの傘下ギルドの一つが潜伏しているというらしい。

 

「一つ良いかか?」

 

「どうした?」

 

「これだけ広いダンジョンだ。集団で行動しては非効率だと思う。どうだろう?手分けして捜索したほうがより効率的だと思うのだが?」

 

早速探索に向かおうとした瞬間、クラディールが挙手をして提案してきた。

確かにこのダンジョンは枝分かれした細道が多く、モンスターに殺される心配は無いのだが、この場所が傘下ギルドの本拠地であるのが事実ならば、死角に潜んでいて隙を見せた瞬間――なんてことも考えられる。

このグループのリーダーを任されたコーバッツはその提案に顎に手を当て思案する。

 

「確かにそれもあるな。よし!これより2人1組で探索を開始する!」

 

「……なら、俺は彼と組んで行こう」

 

すかさずクラディールがノーチラスを指して言う。その後はユナとシズルは別々のグループに分かれることになった。

 

「ノーくん、本当に大丈夫?」

 

「……正直、不安しかないな」

 

「そこ、何を喋っている!早くしろ!」

 

げんなりする様子が見えるノーチラスの言葉をコーバッツの怒声が遮った。そして各々がペアを組んだ相手と共に、枝分かれした洞窟へと入っていくのだった――。

 

 

 

 

ノーチラスとクラディールのペアはそれから無言で探索を続けていた。

あれからと言うものの、犯罪者プレイヤーには遭遇していない。

無言の探索が続けていると、小さな部屋のようなエリアに出る。部屋の中には誰かの部屋だったらしく、、彼らから見て右側に通路がある。

 

「……一つ良いか?」

 

「なんだ?」

 

漸く言葉を発したノーチラス。振り返ってきたクラディールに目もくれず話を続ける。

 

「ギルドマスターから聞いたんだが、確かお前19層に行った時、アクセサリまで正確に言い当てたよな?」

 

「それがどうした?前に捉えた奴から押収したアイテムにそれがあったに過ぎない」

 

「押収、か。確かに可能だが【血盟騎士団】は捕らえた相手を即刻牢屋送りにするはずだ。だが一つだけ、装備を知る方法がある」

 

 まるで確信でも掴んだようにだんだんと声色を強くするノーチラスに、クラディールは黙って続きを聞く。

 

「――予めその装備品を着けてある事を知っていた。もしくは伝えられていた、だ」

 

「……何が言いたい?」

 

「つまり、装備品を的確に言い当てられる状況はただ一つ。それはお前が――」

 

「――お前が【笑う棺桶(そいつら)】との仲間なんだろ?」

 

「――……え?」

 

言い終わる前に、入って来た通路から声が響いた。

嫌な予感がして自分のいた場所を振り返る。

そこにいたのは一人のプレイヤーだった。狼の毛並みを思わせる、腰まで伸びた跳ねっ毛のロングヘアにプレートアーマーを纏うは、中学生にしては豊満とも呼べる肉付きの良い身体。手にした両手剣はサメの歯を思わせるかのような鋸歯を持っている。

ノーチラスは彼女をよく知っている。そして……願わくば、最も出てきてほしくなかった人物――。

 

「漸く見つけたぞ……!」

 

怒りの形相をその顔に満面無く浮かべているマコトだった――。

 

「なんだ。あの時の小娘か。まるで親の仇でも見つけたような言い草だな?」

 

「ふざけんな!テメェが人殺しだってのは見当がついてるんだよ!!あの時見かけたからなぁ!!」

 

怒声を上げるマコトに対して、クラディールは我関せずといった様子で小ばかにした様子で返す。

 

「良いか?俺は奴の悲鳴がしてから駆け付けたんだ。そしたら奴が落ちる所を見かけたんだ。距離からすれば10メートルくらいはあっただろうな。そんなことで人を殺人鬼呼ばわりなんて「そこじゃねぇよ」――何?」

 

「アタシが言いたいのはそこじゃねぇ!あの時女の子を3人がかりで追い詰めて、殺した奴だって言ってんだよ!!」

 

「……あの時?」

 

ノーチラスに疑問符が浮かぶ。

クラディールはそれに対して思い当たり節があるかのようにピクリを眉を潜ませた。

 

「あの時洞窟の中で、はっきりと思い出せたよ……フードの中のテメェの顔をなァ!!」

 

ぐわんと両手剣の切っ先をまっすぐクラディールに向ける。

 

「……そうか。あの時か」

 

「それはつまり、認めるって事か?マコトの言ってた事を……」

 

「ああ……そうだよッ!!」

 

観念したかのように言った次の瞬間、クラディールがマコト目掛け何かを投げる。肩に突き刺さったそれは投擲用ピックだった。

すかさず引き抜いたものの、次の瞬間マコトはぐらりと力が抜けるように倒れる。

 

「やっぱり麻痺毒仕込んでたか!」

 

「あの時の殺しまで見られてたのは予想外だった……やはり貴様も殺してしまうか」

 

「どうも信じられないな……。おい、ハッタリとかじゃないだろうな?」

 

マコトの前に出たノーチラスが疑問を口にする。

一瞬マコトもクラディールもその場違いな質問に呆けたが、クラディールが突如笑い出した。

 

「こいつは傑作だ!こんな状況でそんなこと言えるなんてなぁ!!そんなに証拠が見たいなら、見せてやるよ。この【笑う棺桶】のエンブレムを!」

 

すっと右腕の袖をまくる。二の腕の辺りに不気味な笑みを浮かべたカリカチュアライズされた棺桶と、招くような白骨の手のエンブレムが曝される。

 

「……どうやらハッタリとかじゃないみたいだな……」

 

それを見たノーチラスは剣を構える。そしてストレージを素早く操作し、空いた腕に盾を装備する。

 

「はッ!ノコノコこんな所に疑いもせずに来たお前も、相当マヌケだよ!仲良く奴と一緒の所へ逝かせてやるからなァ!」

 

ぐぉん、と両手剣を振るい、凶悪な表情を浮かべるクラディールに対し、ノーチラスはぐっと腰を据えて盾を構えるのだった――。

 

 

 

 

同刻。51層の北の森。

 

 

「何だよ……何なんだよ、これ……?」

 

目の前で繰り広げられる惨劇に、グウェンは絶句していた。

いきなり告げられた殺し合いに、一瞬頭が追い付かなかった。だが、恐怖に駆られた自分のギルドメンバーの一人が隣にいたプレイヤーを攻撃。反撃をしたそのプレイヤー諸共消滅してしまった。

そこから先は血みどろの殺し合いだ。剣で斬り合い、殺したと思ったら文字通り横槍で身体を貫かれる。

 

「……イカれてる。こんな……」

 

殺し合いが続き、15人以上いたギルドメンバーも既に半分くらいにまで減ってしまっている。

 

「どうした?君も参加したまえ」

 

「参加って……ふざけないでよ!こんな殺し合い、参加する訳無いでしょ!!」

 

「……随分と威勢のいい。最も、君の仲間がのうのうと待っていてくれると思ってはいないようだがね?」

 

「……え?」

 

やれやれと言った様子で首を振る。が、最後の一言にグウェンは呆けた声を上げる。

 

「あと……3人……」

 

「あいつらだ……あいつらを殺せば俺は……」

 

いつの間にかぞろぞろと殺し合いに参加していたプレイヤーに囲まれていた。

逃げようと踵を返したが、既に背後には【笑う棺桶】のプレイヤーが退路を阻むように立つ。

後ろからは我先に助からんとするギルドメンバー、前からは殺人者プレイヤー。完全に八方塞がりだ。

 

「……もう、終わりなんだ……」

 

じりじりと包囲網が狭まる中、ルクスが消え入りそうな声で呟いた。

 

「……私達は、ここで殺されるんだ……このままみんなに殺されて……頭を焼かれて、死ぬんだ……!」

 

力が抜けていくように座り込むルクスが、力無い声色で絶望を呟く。

その間にもじりじりと、それでいて確実に距離を詰めていく。

 

――殺される!

 

目の前の邪魔なプレイヤーを殺害してしまおうと、【歪な蝙蝠】のギルドメンバーがグウェン達に武器を振り上げた。

その時だった。

 

「探しましたわよ!」

 

「「見つけたァ!」」

 

「「「「!?」」」」

 

サムソンから見て左側の森からウィスタリアが、右側からストレアとチカが茂みから飛び出した。

 

「君、達は……!?」

 

「――って、チカさんにストレアさん!どこにいたんですの!?探しましたわ!」

 

「怒鳴りたいのは分かりますけど……ウィスタリアさん。あなたあの時一人になったら危ないって言ってたのに、自分が迷子になってどうするんですか?」

 

「あら?そちらが迷子になったのではなくて?」

 

「迷子になったのはそっちですよ!!」

 

「って、そんなこと言ってる場合じゃないみたいだよ?あれを見て!」

 

チカとウィスタリアのやりとりに横やりを入れたストレア。彼女の指した場所を見る。

目に映ったのは、囲まれた3人の少女。その内の一人はウィスタリアと出会ったルクスだ。彼女らと囲んでいた半分の人員にはそれぞれステータスバーには出血を思わせるような飛沫のマークが見て取れる。

視線を移し、ボロマントをローブのように纏うプレイヤー達を見る。リーダー格らしきプレイヤーは腰に鞭を下げ、腕に何かを隠す様に包帯を巻きつけ、他のボロマントの一行も軽装だということが伺えた

 

「……!?まさか……【笑う棺桶】!?」

 

「――……確かに、ストレアさんの言う通りのようですわ。ストレアさん。私と共にあの方々を任せられて?」

 

「ええ」

 

「チカさん、これを」

 

ウィスタリアがストレージを操作し、チカにトレードする。チカはそれを受け取って実体化すると、ウィスタリアとストレアが駆け出す。

【笑う棺桶】のプレイヤーを相手に武器を標的とした攻撃で牽制していく。だが自分からは攻撃せず、攻撃を防ぎつつ

 

「貴女!彼らの名をご存じですの!?」

 

「へっ?」

 

「彼らの名前ですわ!知っているのなら早く!彼女に渡して!」

 

ウィスタリアの切羽詰まる呼びかけに、グウェンは一瞬呆けていたが、すぐに言われたとおりにギルドメンバーの名前を書き写してスクロール化したそれを投げ渡す。

スクロールを広げ、手にしたアイテム――【止血結晶】を掲げて叫ぶ。

 

快復(キュア)、シャルマーニ!」

 

 名を叫ぶと、結晶が砕け散り、シャルマーニと呼ばれたプレイヤーが光に包まれる。すると、シャルマーニというプレイヤーのHPバーから出血の状態異常を示すアイコンが消える。

 

「えっ?なんで……?」

 

「次は……快復(キュア)!エドガー!……くッ!次!快復(キュア)、パーシー!」

 

次々と名前を叫んでは【出血】の状態異常を治していく。が、そこで手持ちの【止血結晶】は全て使い切った。

 

「あとの方は今すぐ止血を!状態異常回復のポーションを使って!早く!」

 

残る2人に対しては止血ポーションを取り出し、蓋を外して傷口に浴びせる。

ストレアが相手をしていた【笑う棺桶】のプレイヤーの攻撃を受け止め、大剣で押し出す。すかさずウィスタリアが「スイッチ!」と叫びながら彼らの足元に向けて瓶を投げつける。

地面に打ち付けられた瓶は砕け散り、そこから1メートル周囲に薄い黄色の煙が漂う。そこに風に流れた煙を吸い込むのを嫌ったのか、【笑う棺桶】のメンバーが煙から下がっていく。

 

「チカさん、毒は!?」

 

「全員回復しました!彼女で最後です」

 

 キュッ、とプレシアの出血口に包帯代わりの布を巻きつけた所でチカがウィスタリアに報告する。

 

「……あ、アンタたち、どうして俺らを助けたんだ?」

 

「……礼は不要ですわ。私達は、単に我がギルドの理念の元助けたまで。他意はありませんわ」

 

「ギルドの……理念……?」

 

男はさも当たり前の緒様に答えたウィスタリアに開いた口がふさがらなかった。

 

「おい、何ぼさっとしてるんだよ!奴を取り囲め!」

 

その時他の【邪な蝙蝠】のメンバーの叫びでやっと我に返り、彼も仲間と共にサムソンを取り囲む。

 

「テメェ、さっきはよくもやりやがったな!」

 

「もうテメェらの話なんかに応じる必要も無くなったからなぁ!」

 

「これだけの数だ!取り巻きも殺しちまえ!」

 

散々死の淵に立たされていた反動か、息巻いて武器を取り【笑う棺桶】の面々を取り囲む。

 

「……残念だよ。救済をここまで拒んでしまうとは」

 

「うるせぇ!その瓶も中は毒じゃないのか!?」

 

「……その通りだ。この中にはジョニー君が特別な素材で調合した猛毒が含まれている」

 

すっと取り出したポーションの事実を伝えたサムソンに、【歪な蝙蝠】の面々はぞっとした。

もしあのまま乱入も無く殺し合いが続いていたら、誰かが手に取っていただろう。これで助かると思い切り嚥下した瞬間――。

 

「しかし、これでは不可能になってしまった。ならば――」

 

やれやれと言った様子を崩さないサムソン。ウィスタリア達がその余裕ともとれる態度を崩さないことに疑問符を浮かべていたが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が直々に救済しよう」

 

そういった直後、腕に巻かれた鎖を解き、ぐわんと上半身を目一杯使って振り回す。引かれた鎖も宙を舞い――先端の鉄球も宙を舞う。

 

「なっ!?」

 

プレシアが叫んだ瞬間には取り囲んでいた【邪な蝙蝠】のギルドメンバーは総じて直撃。身体をごっそりとえぐり取られ、瞬く間にHPを削り落とし、ポリゴン片となって散ってしまった。

 

「な……、何なんですのッ!?」

 

「君達にはまだ言ってなかったね。【血盟騎士団】に所属しているシズル君。彼女が持つ《狂戦士(バーサーカー)》と同列のスキルを、私も持っているんだよ」

 

「《狂剣士》……(ハイパー)EXスキルの?」

 

「そう。その名は――《鉄球術》」

 

ぐい、と鎖を引きジャラジャラと金属音を響かせてボーリング球と同等のサイズの鉄球を掌で受け止める。威力の程は……先のメンバーの末路が物語ってくれている。

 

「さあ。第2ラウンドと行こうか」

 

 






次回「討伐戦のその裏で:3」


(・大・)<次回あたりから佳境に入れたい。


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「討伐戦のその裏で:3」



(・大・)<1万字いっちゃったよ。


 

 

剣戟が所々で響き、悲鳴と共にプレイヤーがポリゴンとなって消える。

ダンジョンの大部屋のあらゆる場所で、悲鳴や絶叫が響き渡る。

 

「ククク……ハァーッハハハハハハ!!!素晴らしい!素晴らしいじゃないか!!」

 

その中でただ一人。狂ったように笑いを上げる女性プレイヤーがいた。【血盟騎士団】の副団長クリスティーナ。狂気の争乱の中で、彼女はただ一人その表情を愉悦に歪ませていた。

 

「血みどろの――と、まではいかないが。鬼気迫るプレイヤー達!狂気に光る刃!散りゆくポリゴンの輝き!最高だよ!私の中でくすぶっていたものが、瞬く間に煉獄すら生温い業火へと燃え上がってるようだ!」

 

「何でそんなに余裕なんですか副団長!!」

 

剣戟を紙一重でかわし、反撃の刺突で武器を砕いた後、背中合わせに立ったアスナがツッコミ交じりに叫ぶ。

 

「なぁに。最近はモンスターとプレイヤーの殺し合いばかりだったからな。こういう刺激は大歓迎だよ!」

 

向かってくる【笑う棺桶】の攻撃を剣を払っていなす。

 

「刺激って……相手は殺人ギルドですよ!なんでそんなことを言えるんですか!?」

 

「人聞きの悪い。いたずらに、そして無抵抗の相手を嬲って殺すというのは私自身の趣向には合わん。どうせ殺すのなら、鬼気迫る勢いで激しく死合うべきじゃないのか?今のこの状況と同じように!」

 

手斧、片手戦槌を手に迫るプレイヤーを、武器破壊というシステム外スキルという技術で得物のみを破壊する。

 

「だが安心しろ。ギルド間で決定された仕事は十分にやるつもりだ。まぁ、事が済んだたらメインディッシュを頂くつもりだがな?」

 

「メイン?」

 

「ほらほら、ぼさっとしている時間も無いぞ?早くしないと、君を悩ましている黒い坊やが死んでしまうぞ?」

 

余裕を崩さないクリスティーナが指したのは、地獄と化したエリアのど真ん中にも拘らず、某立ちしたまま動かないキリトがいた。

この地獄のど真ん中で棒立ちなんて、相手からしたら「殺してくれ」と言っているようなものだ。

彼だけでも死なせまいと駆け寄った――次の瞬間だった。

 

「――あああああああぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

「キリト君!?」

 

突如裂帛の咆哮を上げ、正面の【笑う棺桶】のプレイヤーへと駆け出す。

 

「!?キリト君、待っ――」

 

予感したアスナが叫ぶも、キリトは手にした《エリシュデータ》で【笑う棺桶】のプレイヤーの一人の首を撥ね、もう一人の胴体に剣を突き刺し、ポリゴン片へと消滅させた。

 

「……!」

 

目の前で起きたことに、アスナは一瞬凍り付いた。

キリトがプレイヤーを――人を殺してしまった事に。

 

 

 

 

――ガキィン!

 

 

クラディールの両手剣とノーチラスの片手剣がぶつかり合う。

 

「おいおいおいおいどうしたんだぁ?別の攻略ギルドに入ってたくせに、前より弱くなったんじゃないのかぁ?」

 

「うぐっ……!」

 

現状、クラディールの猛攻に防戦一方のノーチラス。

レベルや技量の差、というだけではない。ノーチラスの後ろにはマコトが倒れており、下手に踏み込んで大ぶりの攻撃をすれば隙を突かれて彼女を手に掛ける可能性を考慮した故に、相手の攻撃を弾く防戦一方の戦い方を強いられている。

 

「お前、なんでラフコフに入ったんだ!?」

 

「なんでだと?テメェがやったことをもう忘れちまったのかぁ?」

 

「はぁ?何のことだ?」

 

「忘れたのか?お前が最後にヘマをした40層の件だよ!」

 

言われずとも、ノーチラスには見当が付いていた。

自分が【血盟騎士団】を抜けるきっかけとなった、40層の救出作戦。【血盟騎士団】を脱退する際に、アスナの護衛をユナにしてもらえないかと副団長のクリスティーナに相談した。彼女もそれを聞き入れ、前任だったクラディールのストーカー紛いの護衛状況が決め手となり、ノーチラスの要望は受諾された。

 

「アスナを長い時間かけて俺好みの女にしようって計画が、テメェのせいで全部パーだ!!あの時ほどテメェをぶち殺してやりたかったって思った事は無かった!」

 

「その時か?ラフコフに誘われたのは?」

 

「ああそうさ。ヘッドと会ったのはその時だったよ。情報を横流しにする見返りに、アスナ様をものにできるチャンスが来たら俺に必ず伝えるってな。人を殺す瞬間の充実感ときたら、やっぱ入るギルド間違えたかなって思った……よッ!」

 

「うおっ!?」

 

不意討ちの真一文字を咄嗟にバックステップで回避する。

その時、懐からことりと何かが転がり落ちた。

 

「うん?」

 

ノーチラスの懐から落ちた立方体の結晶を拾い上げる。その途端2つの小さい丸が立方体の前に現れる。

妙だと思い片方の円形をタップする。

 

『はッ!ノコノコこんな所に疑いもせずに来たお前も、相当マヌケだよ!仲良く奴と一緒の所へいかせてやるからなァ!』

 

「――!《録音結晶》!てめぇ、さっきのを録音してやがったのか!」

 

「しまっ――!」

 

怒りに身を震わせたクラディールは手にしたそれを地面に叩きつけ破壊する。

 

「生意気な真似しやがって……!このッ、ガキがぁ!!」

 

「ぐああああッ!?」

 

怒りに任せて手にした両手剣をノーチラスの身体を貫いた。

 

「まぁいい。どのみちテメェを殺して密告の濡れ衣をユナにかぶせてしまえば問題は無い……!」

 

「ユナ……だと……?」

 

「ああそうさ。テメェがチクった所為で俺はアスナ様の護衛を降ろされたんだぞ!」

 

「ふざけやがって……!ンなもんテメェの逆恨みだろうが!」

 

「黙れ!――奴が追放されるネタはもう用意してある。あとはテメェを始末してしまえばそれで終いだ。あとは……」

 

刺し貫いたノーチラスに止めを刺さず、標的を動けないマコトに向ける。

 

「テメェ……!よくもテンカイさんを……!」

 

「あのバカの事か?あの野郎、俺が【血盟騎士団】のメンバーだって知ったらあっさり警戒を解きやがったよ。それでソードスキルで吹っ飛ばして、2撃目でリングアウト。吹っ飛ばされた奴のマヌケ面、テメェにも見せたかったよ」

 

「このッ……!」

 

けらけらと思い出しながら笑うクラディールに対し、マコトはふつふつと怒りを滾らせていく。

 

「……しかし、随分良いカラダしてんなぁ?」

 

一頻り笑った後、ねっとりとマコトの身体を舐め回すように見る。

 

「な…、何する気だ……?」

 

「知ってるか?普通に異性のプレイヤーに過剰に触れた場合、アラートが鳴ってそのプレイヤーを牢獄送りにすることができる。だがなぁ、これには裏ワザがあるんだよ」

 

「裏ワザ……?」

 

「倫理コードだよ。それをオフにすれば幾らべたべたに引っ付いてもアラートは鳴りはしない。つまり……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コードを切れば、ヤれるって事なんだよ」

 

がしりと、マコトの手首を掴む。システムの都合上ウィンドウは出した本人しか操作することができない。睡眠PKも同じように、標的の手を操作して決闘に持ち込ませてからという手口である。

 

「てめっ、放し、やがれッ……!」

 

「放せだと?はっ、あの男の事をまだ引きずってんのか?アイツは死んだんだ。もういない奴なんか気にしたって、生き返るはずがないだろ?テメェはもう俺らのアソビ道具になるか殺されるかのどっちかしか残ってねぇんだよ!!」

 

麻痺した腕で力が入らないながらも、必死に抵抗を続ける。しかし、力の入らない腕ではいかんせん抵抗らしき抵抗は続けられない。

次第に腕を操作させられ、倫理コードのボタンに触れそうになる。

 

(畜生……こんな奴一人殺せないなんて……!テンカイさんの仇すら、取れないなんて……!)

 

じりじりと指にタブが迫る中、唇をかみしめて悔しさをにじませるマコト。指がタブに触れる数ミリにまで近づいた瞬間――クラディールの後頭部に何かがぶつかった。

 

「ぐへっ!?――なんだ?」

 

傍に転がっていたのはこぶし大の石だ。後頭部に直撃していたが、大したダメージは無いが、問題はそこじゃない。誰がこの石を投げたかだ。

マコトは今自分の目の前。ノーチラスは動けない。他の連中は全く関係の無い場所を捜索しているはず。

 

「誰だ!誰がこんなことをした!?」

 

苛立ち交じりの荒げた声がダンジョンの中に響く。

その数秒後。ダンジョンの通路の奥――クラディールのいる位置から丁度真後ろ――から、一人のプレイヤーが現れる。

 

「どうやら、餌に掛かってくれたようですね」

 

東洋人を思わせる褐色の肌。灰色に近い銀髪。自分と違い、装備品は極力自分の身体の動作を阻害しないような最低限の軽装。そこから露出するしっかりと筋肉が付いた細くともがっしりとした体格。

 

「ったく、遅すぎですよ……!」

 

そのプレイヤー、ラジラジの登場にノーチラスはやっと自分の胴体に突き刺さっていた剣を引き抜いて、安堵の声を漏らす。

 

「お前は【ブレイブ・フォース】の……ふん、負け犬のギルドのリーダーが何出しゃばってきやがる。とっとと失せろよ」

 

「お言葉を返すようですが、私はあなたに用があるんですよ」

 

「用だと?」

 

「ええ。【笑う棺桶】の『蜥蜴隊』。もう調べは上がっています」

 

「と、とかげ……?」

 

聞きなれない単語にマコトは疑問符を浮かべる。

 

「今の【笑う棺桶】は、殺人ギルドとしてプレイヤーを襲う、本隊とも呼べる集団の他に下位組織として2つのグループを従えているのです。ひとつは補給や情報収集を主とする『蝙蝠隊』。もう一つはグリーンギルドに潜入し、虚偽情報を流し錯乱を行う諜報部隊――それが『蜥蜴隊』です」

 

「ほぉ、良く調べたな」

 

「情報屋として名の知れている方が追っていた事件と関わりがあるかもしれないと、調べていく内に行き当たったんですよ」

 

「だがな、ノコノコ出ているお前も相当馬鹿じゃないのか?」

 

自分に有利な状況は変わりない。揺らがぬ確信を持ったクラディールは短剣をマコトの首筋に付きつける。

 

「動くな。この女とそこに転がってる奴はどのみち殺す予定だが、お前も消さなきゃならないようだな。少しでも動けばまずはこの女を――」

 

刹那。ラジラジの姿が一瞬で肉薄する。

瞬いた瞬間、眼前に指が迫っていた。

 

「……は?」

 

「言っておきますが、あなたでは私を殺す事はできません。本気の殺し合いなら、確実にあなたが死にますよ」

 

「……」

 

挑発紛いの言葉ではあったが、言い返せないのも事実。

実際、あれがもし《エンブレイサー》であったなら、確実に首を撥ねられていたか、顔を貫かれていたかもしれない。

あり得た事実にクラディールが戦慄する。

 

「――ですが、私もあなたに死なれては困る理由があります。どうでしょう?ここはひとつ、決闘風に勝負を着けてみては」

 

「決闘風だと?」

 

眉を顰めたクラディールに、ラジラジは「少々こちらにハンデを入れますけどね」と加えてノーチラスが胴から引き抜いた両手剣を彼に投げ渡す。

受け取った拍子に力を入れ損ね、両手剣の切っ先が地面に当たって甲高い金属音を上げる。

 

「ルールは簡単。私はあなたが降参と言わせる事。あなたは私を行動不能にするか殺す事が勝利条件です。そして私は攻撃と防御の際、片手か片足しか使いません。あなたは好きに戦って構いません。私が勝てば大人しく捕まり、あなたの知る限りの情報を洗いざらい吐いて頂きます。私が負けたら、そうですね……。あなたの自由となり、彼女の身柄もあなたに委ねます」

 

「ちょっ!?」

 

いきなり自分の身柄が決闘の成果で決まってしまうことにマコトが声を上げる。

だがそんなマコトの気持ちなどどこ吹く風と言わんばかりにラジラジは続ける。

 

「先に言っておきますが、逃走はお勧めしませんよ。その時は有無を言わさず殺します」

 

「……確かに、この条件なら受けざるを得ないみたいだな」

 

【転移結晶】でも使えばその前にはたき落されるか殴り飛ばされそのまま滅多打ちになるのが目に見えている。

ただ勝てばいい。それで自分は自由になり、残る2人も始末できる。この男を始末してしまえばすべて解決だ。

 

(馬鹿が。決闘で白黒つければ良かったものを。俺には《戦闘時回復(バトルヒーリング)》を持っている。10秒で400の回復は素手に武器代わりの腕甲程度じゃダメージは差し引き10にも満たないだろうよ。負けることは絶対に無い!)

 

自分に負けは無いと内心にやりと笑いつつ、両手剣を構えなおす。

 

「さて、では潔く決闘でも――」

 

言葉を遮るかのようにラジラジが肉薄し、振りかざした拳に光が宿る。

 

「うおっ!?」

 

咄嗟に身を引き、体術スキル《閃打》を剣で防ぐ。

続けて下段を狙った蹴りは右脚で防ぎつつバックステップで距離を取る。

 

「おまっ、攻略組が不意討ちしてんじゃねーよ!?」

 

殺人プレイヤー(あなた)にだけは言われたくありませんよ」

 

「くそがぁッ!」

 

悪態を吐きながらも両手剣を振るう。

ラジラジは両手剣の間合いでも既に見切っていると言わんばかりに、紙一重の距離で避けていく。首を狙った上段の真一文字を避け、回し蹴りを胴に見舞う。

 

「ぐはぁ!?」

 

蹴りを受けてよろめきながら数歩下がる。

どかりと壁に背を預け、荒い呼吸で肩が上下する。

 

(こ、コイツ……負け犬ギルドの癖に滅茶苦茶強いじゃないか!?なんだってこんな奴がノーマークだったんだ!?)

 

ラジラジはこのような状態の自分に追撃しようともせず、待ってやると言わんばかりの態度だ。

その態度にクラディールの苛立ちは募らせていく。が、すぐにハッと我に返ってあることに気付く。

 

(いや待て、これは決闘じゃ無い。何をしても許される殺し合いなんだ……)

 

何かを確信した途端、急に口角が上がる。

 

(なら殺せる!この手で確実に殺せる方法が!)

 

「どうかしましたか?万策尽きた、と言う割には呆気ないですね?」

 

未だに反撃してこないクラディールにそんな言葉を投げかける。

漸く動いた彼に拳を構えたが、次の瞬間クラディールは自らの両手剣を捨てる。

 

「……?」

 

「なんだ、剣を捨てた……?」

 

「……いやあ、驚いた。途中脱落のギルドだから、存外舐めていたよ」

 

そう言ってストレージを操作し、スクロールを自分の足元に放り投げる。

 

「アンタの知りたがっていた情報は、全てそのスクロールに書いてある。勝手に持って行ってくれ」

 

「……そうですか。ではありがたくいただきましょう」

 

警戒を解き、クラディールが投げたスクロールを取ろうと近付く。

 

「――喰らえッ!!」

 

その時、懐から取り出した瓶の中の液体を振り撒く。唐突な不意討ちに対処が遅れ、もろにその液体を浴びる。

 

「うぐっ……あが……っ!?」

 

「ラジラジ!?」

 

「ひひゃははははは!マヌケが引っ掛かりやがったなぁ!!」

 

身体が痙攣し、突如倒れ込む。

 

「テメェ、汚ねぇぞ!!麻痺毒を使うなんて……!」

 

「あぁ?こいつは決闘風って言ったんだぞ。正式な決闘じゃないんだし、こういうのもアリだって言ったのと同じだろうが」

 

「野郎……ッ!!」

 

溢れてくる怒りを何とか堪え、右手を握ったりして感触を確かめる。

 

(……まだ多少痺れは残ってるけど、今から不意討ちで奴の背中を貫くくらいはできる……!これで、テンカイさんの仇を――)

 

両手剣を構え、背を向けているクラディールに狙いを定めんと切っ先を向ける。

ぐっと脚に力を籠め、静かに剣に光を宿す。

 

(この一撃で……!)

 

限界まで溜められた圧力を解き放つように、地面を蹴りだす――前にノーチラスに肩を掴まれる。

 

「……!?ノーチラス、てめっ、何の真似だ……?」

 

「良いから大人しく見てろ」

 

何故止めるのかマコトは信じられなかった。何故止める必要がある?奴の言葉の意趣返しで癪に障るが、これは決闘ではない。不意討ちすれば確実にクラディールを殺せるはずなのに……。

 

「相手は人殺しなんだぞ!あんな奴殺しても――」

 

「それ以上は言うな。言い切った途端、お前も同類になるぞ……!」

 

「……!」

 

その頃、倒れて動かないラジラジを見下ろすクラディールは、捨てた剣を拾い上げる。

 

「言いざまだなぁ、負け犬さんよぉ。このまま甚振って、情けない命乞いや悲鳴を聞きたい所だが、すぐにお前のを始末しなきゃ俺の立場もヤバい。このまま首を撥ねて楽にしてやるよ!その後はあの女とノーチラス、そしてユナだ。ノーチラスを殺してユナの部屋に証拠があるとチクれば、奴も終わりだ。そこの女は俺達がしっかりと有効活用してやるから……安心してくたばりなぁ!!」

 

狙いをラジラジの首に定めて剣を振り下ろそうとし――直後に左側に衝撃を受けた。

 

「――ぁえ?」

 

視界を動かすと、自分の顔の左側に蹴りが入れられていた。視界を降ろすと、動けないはずのラジラジが鯱のように身体を逸らして蹴りを自分の顔にめり込ませているのが見えた。

刹那、その体勢から更に逆立ちになり、回し蹴りを食らって吹っ飛ばされる。

 

「――くだらない。この程度の不意討ちで勝った気でいたとは」

 

「てめっ、どうやって……!?」

 

「石を投げた後で【耐毒ポーション】を1つ。最前線の素材で作った最上級品です。性能はあなたが仕込んだ毒よりは上のようでしたね」

 

「あ、あれはフリだったのか……!?」

 

「ちゃんとアイコンは確認しておくべきですよ。この程度の不意討ちに気付かないとは、余程【笑う棺桶】の中でも下っ端なのでしょうね。彼を殺した気にもなって、高が知れてるって奴です」

 

「なんだとッ――!?……ん?ちょっと待て、殺した気になった?誰の事を言っている?」

 

先の一言にクラディールは耳ざとく訊ね返す。

同時にマコトにも聞こえていたようで、彼女も目を大きく開く。

 

「お、おい……まさか……それって……?」

 

「クラディール。あなたに一つ聞きますが、文字を消すにはどうすればいいですか?」

 

「は?なんだ急に?「良いから早く。なるべく思い当たる物を答えて」……二重線を引く。塗りつぶす。修正テープを貼る。あとは文字そのものを……――」

 

唐突で明後日の方向を向いた質問にクラディールは訝し気に応える。そしてあらかた言った途端、クラディールが何かに気付いたように眼を見開いた。

 

「そう。私は彼の『()()()()()()』と言っていた。それをあなたは『二重線が引かれた=死んだ』と勝手な解釈をしたのですよ。ちゃんと確認しなかったばかりに、とんだ誤解が生じてしまったようですね」

 

もっとも、『生命の碑』に行って確認しようにも『ブレイブ・フォース』が封鎖しているので見ることはできなかったのだが。

 

「馬鹿な……!?」

 

「それじゃあつまり……あの人が……生きてるって事か……?」

 

「ええ。今頃はあなたの所属している――失礼、所属していた【血盟騎士団】に報告しているでしょうね」

 

マコトもクラディールもラジラジの言葉に愕然となる。だが、驚愕と共に表れた感情は前者と後者で全く異なる物だった。

前者は喜びを交えて目じりに涙を浮かべている。そして――。

 

「――ふざけんなああああああぁぁぁ!!!俺は確かに奴を突き落としたんだぞ!!それが生きてる!?冗談を抜かすのも大概にしやがれ!!」

 

「この状況で嘘を言うメリットがどこにあるんですか?」

 

「お前、言ってたことを忘れたのか!?突き落としたって言ってるんだよ!!アインクラッドの外周は空中、空を貫く豆の木も雲の足場なんてのも無い!!ほんの十数秒の間もあれば確実に死ぬ状況でどうやって助かったって言うんだよ!?フーディーニですらこの状況を脱するなんて不可能だ!!」

 

後者は激情と共にヒステリックに叫んで否定する。自分の殺したはずの男が生きている。そんなのは自分の犯行を裏付ける絶好の証人だ。そんな奴を生かしていてはこの場の全員を始末できたとしても、いずれ自分が【笑う棺桶】のメンバーであることが知られてしまう。

 

「あるんだよ。たったひとつだけ」

 

「何……?」

 

そんな彼をばっさり切り捨てたのは、ラジラジではなくノーチラスだった。

 

「【転移結晶】だ。外周からの落下による転落死は、ある程度アインクラッドから離れてから消えるんだ。その落下して死亡が確定する十数秒の間に転移してしまえば脱出は可能だよ。前に、迷宮区の塔をよじ登って次の層に行けないか試したどこぞの馬鹿がやったのを覚えてたらしい」

 

その説明にマコトはテンカイとのデートで立ち寄ったレストランでの一幕を思い出した。

その時は彼も行商に出ていて、その光景を見ていた。それを思い出して笑っていたのはよく覚えている。

 

「な、何故お前がそんなことを……!?」

 

「なんでも何も、俺が非番の時に転移してきた当の本人から聞いたんだよ」

 

「私も【生命の碑】を確認しようと訪れた際に知ったのです。そこで彼を死んだことにして、情報収集に専念してもらおうと提案したのですよ。ある人物から情報収集の人手が足りないと言っていたのでね」

 

次から次へと暴露される事実に、クラディールは次第に身体をわなわなと身体を震わせる。

 

「――……ふざけやがってええええッ!!こうなったら全員、地獄に叩き落してやるぅッ!!」

 

完全に激情に任せて両手剣をラジラジに向け矢鱈に振るう。それは先程よりも粗く、剣術と言うよりかは子供が棒を振り回すとった方が良いだろう。そんなものを避けることなど、ラジラジには容易いことだ。首を狙った真一文字を身をかがめて回避し、洞窟の通路の壁に当たって刀身が折れる。

その瞬間、ラジラジの拳がクラディールの顔に叩き込み、ばたりと仰向けに転倒させた。その状態の彼にラジラジはつかつかと歩み寄り、更に拳を顔面に叩き込む。

 

「……ふッ!」

 

「ふべッ!?」

 

右手を引っ込め、顔面に左の拳を叩き込む。

 

「……ふッ!」

 

「ぶがッ!?」

 

左の拳を引っ込め、右の拳で殴る。

右の拳を引っ込め、右の拳で殴る。

右を引っ込め、左で殴る。

左を引っ込め、右で殴る。

 

右、左、右、左、右――。延々と続く殴打。

引っ込める時はパイルドライバーのようにゆっくりと、殴る時は戦車の砲撃のように素早く力強く。自分が架した『攻撃と防御の際は片手、もしくは片足しか使わない』という制約を忠実に守りながら延々と殴り続ける。

 

「……なあ、あれって途中で死にやしないか?」

 

「……俺が知ってる限り、入ってた頃にはもう《戦闘時自動回復》を持ってた気が……」

 

「……確か何も装備してない素手の攻撃って、《体術》スキル抜きだと鎧や兜に覆われて無い所を殴っても、1しか減らないんだよな?」

 

「……だな」

 

ゆっくりとしたテンポのリンチにドン引きしてるマコトと、同じくドン引きしたままのノーチラスの間でそんな会話が繰り広げられる。

早い話、途中でラジラジが《体術》スキルを使わない限りは死なない。――違う。たとえクラディールが殺してくれと懇願しても、ラジラジが自ら架したルールで死にたくても死ねない最悪のハメ技無限ループの餌食になってしまっているのだ。

殴っても1しか減らず、それも2回目の殴打ですぐに全快。殴って、削られ、振りかぶった所で回復される。

 

「まっ、まべっ!――ちょっ、ぶげッ!――こッ、降ばがッ!」

 

「どうしました?ちゃんと降参したいなら降参と仰ってください」

 

このループから抜け出すには、もうクラディール自身が降参するしかない。だが、ラジラジは言葉はルールの厳守を注意しているように装っているが、確実に言わせないように的確に顔面を殴り続けている。

まるで長年のフラストレーションを物に八つ当たりすることで解消するかのように、クラディールの顔面(サンドバッグ)に延々と拳をめり込ませる。

 

「……なあ、止めたほうが良いんじゃねぇか?あのままじゃ死ぬ……事は無いけど、精神がヤバいことになる気がしてきたんだけど?」

 

「……止めたほうが良い。こっちが殺される」

 

その後も延々と、時間にして10分くらいだろうか。徹底的にボコった所でシズル達が駆け付けてきた。

 

「一体どうしたの?さっきから凄い音がしてるんだけど?」

 

シズルを筆頭に、次々と部ノーチラス達の所に集まっていく。

そしてやってきた全員が残らず絶句した。そりゃそうだ。いきなりプレイヤーをボコってる現場に鉢合わせれば誰だって言葉を失う。

 

「た、助けてくれ!こいつらがラフコフの内通者だ!!」

 

「!?テメッ!!」

 

咄嗟に助けを求めるクラディールに、マコトが叫ぶ。

 

「内通者だと!?」

 

「ああそうだ!奴らは俺達の情報を盗み取ってラフコフに横流ししていたんだ!」

 

「なんだって!?――貴様らッ!!」

 

真に受けたコーバッツが抜刀し、ラジラジに迫る。他の【アインクラッド解放隊】の面々も武器を構えてラジラジとノーチラスを取り囲む。

 

「――待って」

 

が、彼らをシズルの一括で止められる。

 

「クラディールさん、一つ良い?」

 

「な、なんだ?とっととこいつらを捕まえろ!何を躊躇している!?」

 

必死に叫ぶクラディールに向けるシズルの表情は彼に対する疑いが強く表れていた。

すっとひざを折り、彼に目線を合わせると一言投げかけた。

 

「――なんで【血盟騎士団】を出ていったの?」

 

「……え?」

 

「もし本当に彼が内通者なら、わざわざギルドを抜ける必要は無いんだよね?《聞き耳》や《隠蔽》を高めて本部の情報を横流しする方が効率が良いんじゃないかな?私が内通者だったら、多分そうしてるはずだよ」

 

「そ、それは……その方が都合が良いからで……」

 

的確な推測に、クラディールはしどろもどろに言葉を出すが、まるで焼け石に水である。

その傍ら、ラジラジがため息交じりに「こいつ、相当馬鹿だな」と言わんばかりの冷めた目を向けて言う。

 

「……愚かな。保身の為の嘘で、自らの首を絞めるとは。ノーチラス」

 

「分かってますよ」

 

そう言って懐から立方体のアイテムを取り出す。

 

「これは……《録音結晶》?」

 

「なっ!?それは壊したはず――!?」

 

「あれは最初っからお前に壊させるための囮だ。証拠を潰して油断させるためのな」

 

シズルが再生ボタンを押すと、ノーチラスとクラディールの戦闘時の会話が流れる。

 

『アスナを長い時間かけて俺好みの女にしようって計画が、テメェのせいで全部パーだ!!あの時ほどテメェをぶち殺してやりたかったって思った事は無かった!』

 

『その時か?ラフコフに誘われたのは?』

 

『ああそうさ。ヘッドと会ったのはその時だったよ。情報を横流しにする見返りに、アスナ様をものにできるチャンスが来たら俺に必ず伝えるってな。人を殺す瞬間の充実感ときたら、やっぱ入るギルド間違えたかなって思った……よッ!』

 

『うおっ!?』

 

決定的な証拠を突きつけられ、クラディールの逃げ場は完全に崩れ去り、彼自身も崩れ落ちた。

 

「――どうやら決定的みたいね。コーバッツさん、彼の拘束を」

 

「お、おう……」

 

崩れ落ちたクラディールの両脇を【解放隊】のメンバーが抱え、連行していく。

連行される後姿を見送ると、ラジラジは踵を返して別方向の通路へと向かう。

 

「それでは私はこれで。他の階層で行動している方達に連絡を入れておきたいので。それからマコトさん。ギルドに連絡を入れておいてくださいね」

 

「あ、ああ。本当は戻るつもりは無かったんだけど……。みんな、心配してるだろうし」

 

「俺も行くよ。休んでる暇は、無いからな」

 

マコトと、貫かれたばかりの身体に鞭打って立ち上がったノーチラスも連絡を入れる為に、ダンジョンを後にする。

後に残ったシズルだけの空間は、彼女に閑散とした寂しさをいやに感じさせた。

 






次回「討伐戦のその裏で:4」


(・大・)<次で戦闘パートは終了。


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「討伐戦のその裏で:4」


(・大・)<ようやく……。漸くバトルシーンラフコフ討伐戦終盤です。

(・大・)<バトルシーンはここまでです。結構苦労した……。


 

 

その頃、別の階層にて。

 

「――!カオリ」

 

リーテンとオコタンのグループで活動しているカオリ以下4名のグループ。丁度犯罪者ギルドを捕らえた所で、【回廊結晶】を使って連行するところだ。

 

「どうしたさー?」

 

「GOサインが出た」

 

「――!2人とも、ちょっと来て!」

 

ただ一言、それを聞いたカオリは残る2人を呼び集める。集まったギルドメンバーに二言三言言葉を交わすと、踵を返して主街区へと走って行く。

 

「……?おい、お前達どこに行く?」

 

「ちょっとした野暮用で、5層に降りるさー!」

 

「5層に?あそこに傘下ギルドは無いはずですよ!」

 

「私達のリーダーから、黒幕の確保に向かえって命令があったさー!そっちはお願い!」

 

止めようとするオコタン達を振り切り、5層を目指すべくその場を後にするのだった。

 

 

 

 

第1層《始まりの街》【白鳥の抱擁】本部。

 

 

「……誰もいない、か……」

 

「ノーチラス君、いったいどうしたんだ?」

 

「危ないから下がってくれ」

 

困惑するユースを他所に【ブレイブ・フォース】の面々を伴って【白鳥の抱擁】のギルドハウスに突入したノーチラス。こちらも状況はカオリたちと同様もぬけの殻だった。

 

(……【白鳥の抱擁】のギルドメンバーは、推定60人弱。あれだけの数を今から避難させたっていうのか?いや、時間や状況からしてあり得ないはず。事前に情報が流されていたのか?)

 

「ノーチラス、どうする?」

 

「……ここにいても仕方ない。ラジラジさんに連絡を」

 

やむを得ず、ノーチラスは現状報告のメールを送る。

 

 

 

 

同刻、51層の森エリア。

 

 

「むぅん!」

 

サムソンの鎖が擦れる音を上げ、鉄球が空を裂いて迫る。

 

「くっ!」

 

標的となったチカは盾で防ぐ――否、正面から受け止めず、盾をずらして攻撃を受け流すことで防ぐ。

 

「たあああッ!!」

 

その隙にウィスタリアが迫る。

 

「甘いな」

 

伸ばした鎖を横に振るう。生きた蛇のように左右にうねり、ウィスタリアを阻む。そしてぐい、と引っ張られた鉄球がウィスタリアの背後から迫る。

 

「ウィスタリア、後ろッ!」

 

「――きゃっ!」

 

寸での所でストレアの呼び声で気付いた鉄球に体勢を崩しかけ、踏み止まった所に鉄球が襲い掛かる。それを首を傾けて回避し、背後の岩に直撃。紫色の破壊不能を告げるウィンドウが表示された。

 

「ウィスタリア!――っと!」

 

振り向きざまに叫んだストレアに【笑う棺桶】のメンバーが襲い掛かるも、大剣で軽々といなす。

 

「……忌々しいことこの上ありませんわね。下手に近づくことさえできないとは……!」

 

「《鉄球術》……単なるごり押しタイプかと思ってたけど、むしろ《鞭》や《連接棍》系スキルみたいなものに圧倒的な重量の鉄球を加えたことによる、遠心力を伴った破壊力が付与ようなものかしら?」

 

「良く分かってるじゃないか。このスキルは確かにスキルに《両手連接棍》と《鞭》の複合スキルだ。しかし、それだけでは手に入れられられないのだよ」

 

余裕な態度を崩さず、説明を続ける。

 

「あら。スキルを説明してくれるとは随分と余裕ですのね?」

 

「知らないまま殺されてしまっては不公平だろう?――さて続きだ。このスキルはその2つの武器スキルを最大まで上げ、膨大なSTRを必要とする扉を開ける事。これがこの超EXスキル《鉄球術》の解放条件だ」

 

「あら?意外と簡単ですのね?」

 

サムソンの説明にウィスタリアが意外そうに声を上げる。

それもそうだ。ノゾミの場合は可能な限りの被弾及び完全アイテム縛りでのボス討伐。シズルは無数にも思えるモンスターの大群から規定時間生き残る。それに比べれば彼の条件は聊か簡単すぎる。

 

「最も、達成しなければ一生閉じ込められてしまうのだがね」

 

やはりそううまい話では無かった。失敗はそのまま永遠に閉じ込められ、脱出にはクリアを待つか自ら命を絶つしかないというえげつないクエストである。

 

「……ついでに聞くけど、あなたのSTRってどれくらいあるの?」

 

「ん?そうさな……700を超えた辺りから覚えてないな」

 

思い出す様に返って来た返答にウィスタリア達は絶句した。

リズベットから聞いた話、自身の最高傑作である《ダークリパルサー》でも要求STRは300はあったらしい。それを軽く倍以上上回る数値と言うことは、もし直撃でもしたら致命傷は免れない。

 

(ガードをしてもHPが2割近く削られるとなると、スキル込みの攻撃なら、攻略組の壁役でもほぼ即死は免れませんわね……)

 

両手剣を構えなおし、サムソンを見据えるウィスタリア。

 

「来ないなら……こっちから行かせてもらおうか」

 

鉄球の付いている鎖を引き戻して鎖を腕に巻き付け、まるでハンドボールやドッジボールのように鉄球を掴み、直接殴りかからんとウィスタリアに迫る。

咄嗟に両手剣を構えて防御する。

ガキン、ガキィンと音を立てつつ、盾代わりの両手剣で的確に鉄球を受け止める。が、それでもじわじわとHPが削れていく。

 

「鉄球を近接武器みたいに!?」

 

チカが驚く中でサムソンが鉄球を離して鎖を振り回し、側頭部目掛け攻撃は伏せて避ける。

 

「ふっ!」

 

「!――チカ、お願いッ!!」

 

その遠心力を殺さず、真上からルクスたちを狙った攻撃は、咄嗟に声を上げたストレアが指示を出し、チカが割り入って鉄球を盾で防ぐ。

 

「――うぐぅ……っ!!――このっ!!」

 

真上からの攻撃を盾を着けた腕と槍を地面に刺して空いた片手で、バレーのトスのような構え直撃し、腕がひしゃげるような衝撃が襲う。

それでも何とか中層プレイヤーの最低限のVITと、防御技術で自分の正面の足元に受け流した。

 

「くっ……!一撃一撃が重すぎる……!」

 

小刻みに震えている手が先程の鉄球の威力を物語っていた。

 

(受ける度に骨が軋むみたい……!このまま受け続けたら、HPが尽きる前に腕が折れる……!)

 

「おや?奥の彼女は随分疲れているみたいだね」

 

「あら。殺す相手の心配とは、随分と親切ですわね?」

 

「殺す相手とて、礼儀をわきまえるのは私の主義でね。そして、余計な苦痛を与えないというのも、私の主義なのだよ!!」

 

そう言った瞬間、鉄球に光が灯る。ソードスキルの発動に警戒して引き締めるウィスタリア。

次の瞬間、鉄球が野球のナックルボールの要領で放たれる。咄嗟に剣を盾にしたウィスタリアの横を抜け、チカに迫る。

 

「……ぅ……うあああぁぁッ!!!」

 

腕が悲鳴を上げているという中での追い討ちにも果敢に鉄球を防御。だが、その一撃は今までで最も重く、チカを吹っ飛ばして木に激突する。

 

「――ッ!?」

 

倒れた所に【笑う棺桶】のメンバーが逃がさないようにチカの腹を踏みつける。

 

「チカ――ッ!?」

 

ストレアが駆け付けようとした途端、背後から別の【笑う棺桶】のメンバーに羽交い絞めされる。その正面には別のメンバーが剣を手にゆっくりと迫ってくる。

 

「チカさん!ストレアさん!」

 

「叫んでいる暇は……ない!!」

 

ウィスタリアが叫ぶ間にサムソンが再びソードスキルを発動。真上へと鉄球を放り投げる。大げさすぎるが、おそらく《ジェット・アンプリファイア》だろう。鉄球が繋がれた鎖に操られ、勢いと落下速度を増して標的へと迫る。

その標的は【邪な蝙蝠(バッティ・バット)】の生き残りの3人の一人、ルクスの頭上から鉄球が迫る。

 

「ククッ、さあどうするかねウィスタリア!」

 

振り上げた鉄球を目で追い、そして背後を見て戦慄する。

このまま鉄球が落ちれば真下のルクス達は確実に死ぬ。動けないチカとストレアも、このままでは殺される。

気付けばウィスタリアは選択を迫られていた。

ルクス達を見捨ててチカ達を助けるか。

チカ達を見捨ててルクス達を助けるか。

両方をを見捨ててサムソンの捕縛に当たるか――。

 

「ぐううぅぅぅ!!!」

 

唸りながら、弾かれるように踵を返してチカたちの元へと駆け出す。

しかしそんな彼女の精一杯の足掻きも最早間に合うはずがない。サムソンの確信と共に、鉄球が地面に激突して激しい衝撃音と土煙が上がる。

 

「……ぁ、…あぁ……!」

 

立ち上る土煙を見て、ウィスタリアは膝から崩れ落ち、サムソンは懐からアイテムを取り出す。それはシンプルな装飾が手掛けられた銀十字だった。特別な効果などは一切無い、ただの装飾アイテムでしかない。

 

「――主よ、我は汝の道具とならん。恐怖ある所に安らぎを。光ある所に蔭りを。生命ある所に終焉を。悲しみある所に安寧を。絶望ある所に希望を。主よ、慰められるよりも慰める事を求めさせてください。なぜならば、奪われることで人は求め、忘れられることで人は見出し、死によって人は永遠の命に復活を果たさん――」

 

それを自分の正面に掲げると、祈りを捧げるように呟く。

 

「――あの。誰に祈りを奉げてるのかは知らないけど、勝手に殺されたみたいに扱うのは止めてくれるかな?」

 

「――えっ?」

 

「何?」

 

その時、土煙の中からの声に思わずウィスタリアもサムソンもハッと我に返る。

土煙がやがて晴れていき、そこには4つの人影が確認する。

 

「けほっ、けほっ。あー、死ぬかと思った。ありがとう、リズさん」

 

「何言ってんのよ。あなたがソードスキルで威力を殺したからでしょ?」

 

一人はダメージを受けたのか、右腕を抑えている。もう片方は盾を装備した腕が外側に曲がっている。

 

「――ノゾミさん、リズベットさん!!」

 

「ゴメン、勝手に来ちゃった」

 

「……って、そんな場合じゃありませんわ!早くチカさんとストレアさんを!」

 

「その必要は無いわ」

 

咄嗟に我に返ったウィスタリアが叫ぶも、確信していたようにリズベットは返す。

その間にも気に留めなかった【笑う棺桶】のメンバーの一人が、斧でチカの首を断とうと斧を振り上げた。が、振り下ろされる直前に何かに阻まれて振り下ろされない。思わず自分の武器に視線を移すと、斧の刃の付け根に鎖が巻き付いていた。隙を突いてチカはラフィカの補強部分を握って喉を狙って突き出す。顎に当たった衝撃でよろめき、その隙に脱出に成功した。

再び狙おうとしたそのプレイヤーの身体に、今度は縄が生きた蛇のように巻き付き、瞬く間にす巻きにして動きを封じ込める。

 

「クルァァァァアアアアアーーーーッ!!!」

 

ストレアを突き刺そうとした別の【笑う棺桶】の顔面に水色の毛並みを持った小型のドラゴンが剣を持ったプレイヤーの顔面目掛け炎ブレスを放つ。

炎で怯んだ隙に、ストレアが自分を拘束していたもう一人の【笑う棺桶】のメンバーの右わき腹に肘鉄を叩き込み、よろけた所を脱出。その際に麻痺毒を塗った投擲ダガーで切りつけ、麻痺に陥らせる。同時にどこからか飛んできた縄が2人のメンバーを同じくす巻きにして拘束した。

 

「皆さん、大丈夫ですか!?」

 

「シリカさんに……ツムギさん!?」

 

「どうやら間に合ったみたいね。さて、そこは置いといて……そこのデカい奴!もう【解放隊(ALS)】には連絡を入れておいたわ!大人しく逃げたらどう!?」

 

「――ほぅ?」

 

啖呵を切るリズベットにサムソンの眼光がぎらりと光る。

 

あなた達まで!!これがどれほど危険なことか分かっているんですの!?」

 

「勝手に来てごめんなさい!けど、いてもたってもいられなくて……」

 

「…あなた達は……!」

 

勝手に参加した同時に感謝してもしきれないでいた。だが、今は駆け付けてくれたノゾミたちに感謝をしてる場合ではない。

零しそうになった涙を目じりに留め、最後の一人たるサムソンへと両手剣の切っ先を向ける。

 

「ここから先、もうだれ一人死なせたりしませんわ!さあ、お覚悟はよろしくて?【笑う棺桶】サムソン!!」

 

「……なるほど。どうしても我らの救いを拒むのか」

 

しかし、孤立無援も同然のサムソンはそんな状況でも逃げるようなそぶりは全く見えない。むしろ、「残念だ」と言わんばかりに悲しい表情を浮かべ、鉄球を自分の元へと引き戻す。

 

「……ならば生を過ごす時を、己の後悔をもって死の世界へと旅立つと良い。すまないが、懺悔は主の前で行ってくれ」

 

くるりと軽く振って、遠心力を利用して鉄球を振り回す。

 

「ストレアさん、ツムギさん、シリカさん。あなた達の実力を軽視する訳ではありませんが、ルクスさん達の護衛をお願いします」

 

「わかったわ。けど、簡単に死なないでよ?」

 

ウィスタリアの一言にストレアが応じる。シリカとツムギも納得したように頷いた。

 

「……で、あれは何なの?」

 

「ノゾミさんと同じ超EXスキルの持ち主らしいです。STR700以上で、彼の攻撃を直撃したら、私達なら一撃で死んでしまいます」

 

ポーションを呑み終えたチカからの返答にノゾミは構えつつもサムソンをまじまじと見つめる。

自分やシズル以外に超EXスキルを持つプレイヤーがいたことに驚きを隠せないでいた。同時に気を引き締めなければならないとぐっとファルシオンの柄を握る力をさらに強める。

 

「どうする?あれだけの攻撃力と範囲だと、近付くだけでも一苦労するよ?」

 

「そうだね。近付いて、はたき落して、拘束。これをやるにも、まずあの鉄球をどうにかしないと」

 

まともに食らえばここに居る面子では一撃死は免れない。むしろ、ここは【解放隊】が来るまで時間を稼ぎ、彼らが来たら後は任せるのが定石かもしれない。

 

「あの、一つ良いですか?一つ気になったんですが、あれって両手武器なんですか?」

 

シリカの素朴な疑問に全員「えっ?」と間の抜けた声を上げ、思わずサムソンから目を逸らしそうになる。

確かに彼自身《鞭》と《両手連接棍》が必要と言っていた。

 

「つまり、片手剣とかみたいに盾を使えない、って事ですよね?」

 

「……シリカ。なんとなく分かってきたわ、アンタの考えが」

 

「……なら、それで試してみる?」

 

身を寄せてシリカの提案から作戦を立てる。そしてストレア、ツムギ、シリカが下がり、ノゾミとチカが前に出る。

 

「……行くよ!」

 

ノゾミの合図で、チカとノゾミがサムソンに向かって駆けだした。

 

(突進してきただと?何の真似だ?)

 

自らの攻撃力ならノゾミ達を一撃で屠るのは容易い。

それを承知で突っ込んでくるとは、気でも狂ったのかと一瞬思った。

 

「……その信心深さは認めよう。ならば一撃で消えるがいい!!」

 

鉄球をナックルボールの要領で前方へと飛ばす。回転しながら唸りを上げて空を裂く。

 

「――今です!」

 

チカが叫ぶ。

瞬間、ノゾミとチカ、そして後方にいた8人も鉄球の通過ルートから左右に避ける。

 

「やはり左右に避けたか!」

 

鉄球は誰も粉砕することなく木に直撃。ウィンドウが出る間も無く鎖を横に振って近くに居たノゾミから倒さんと右手でぐいと引っ張る。

 

「ツムギ!!」

 

ストレアの合図にツムギが鞭のソードスキル《ホールド》を放つ。鉄球の付け根に巻き付いた瞬間、ツムギ以外の7人がそれぞれ綱引きの要領で鞭を掴む。

 

「せぇー……のッ!!!」

 

「うおっ!?」

 

綱引きの要領で引っ張られ、思わず体勢を崩しそうになる。

ピンと張られ、宙に浮く鎖は均衡を保っている。幾ら筋力値700以上のサムソン相手に単独は無理でも、8人の合計筋力ならそれに迫るかもしれない。

 

「はああぁッ!!」

 

「ぐぅっ!?」

 

だがそれを相手が呑気に待っていられると思ってはいない。その隙にノゾミとチカがサムソンの背後に回り込み、体勢を崩すのが目的だ。

迫るチカとノゾミに、初めてサムソンが唸り声を上げた。

鎖鉄球は分銅などのように武器の分類としては《両手連接棍》として扱われている。つまり、盾と併用することはできず、《体術》スキルの「片手、もしくは両手が非武装状態」という条件を達成できない。つまりこの状況になった今、完全に丸腰も同然である。

後はサムソンの体勢を崩し、一気に縛り上げるだけだ。得意の曲刀でノゾミはサムソンの脚を狙う。

 

「チィッ!」

 

「おっと!」

 

ぐるりと状態を捻った上段回し蹴りを放つも、それをしゃがんで回避。残る支えである左足を斬り付ける。

続けてチカがラフィカに光を灯しながら突っ込んでくる。狙うは右腕。腕を切り落とし、無力化した所を麻痺毒で完全に押さえつける算段だ。

 

「――……ッ!!」

 

槍のソードスキルを使おうとした瞬間、チカが一瞬だけ恐怖に支配される。同時にラフィカに灯っていた光が消え失せる。

SAOに閉じ込められてから今まで、相手にしてきたのはモンスターばかりで対人戦での経験は全く無かった。カオリやラジラジから対人戦の相手を承諾した時の事だった。決闘で対戦相手の胸を貫き、そのショックで戦意を失ってしまい決闘が中止されてしまった。

それ以来、チカの中に対人戦に対する恐怖心が生まれてしまった。対峙し、盾でしのぐことはできる。しかし武器で攻撃することはできなくなった。

その恐怖が、最悪のタイミングでぶり返してきたのだ。

 

「――ッ!!」

 

すぐにチカは槍の攻撃を中断。盾を前に翳す。そして走る速度を更に早めていく。《疾走》のスキルによるものだ。

 

「いやあぁぁーーーッ!!!」

 

裂帛の叫びと共に、弾丸の如きスピードで突進。サムソンの顔面に叩きつける。

 

「ぶへっ!?」

 

顔面からの衝撃にサムソンの体勢が更に崩れ、ついに唯一の支えだった左足がずるりと滑り、巨体がほんの僅か宙を舞い、ずしりと巨体が地面に沈んだ。

 

「今だよッ!」

 

ストレアの合図にグヴェンが鞭から手を放してサムソン目掛けある物を投げつけた。ひゅん、と空を切ったそれ――クナイ型の投擲ナイフ――はサムソンの肩に深々と突き刺さる。

 

「これは……!」

 

自分の肩に刺さったそれを引き抜くより早く、全身が鉛のように重くなるのを感じた。

 

「……倒、した……?」

 

「……そう、みたい……」

 

戦闘の終わりに全員気が抜けたように脱力する。

 

「あとは縛ってしまえば終わりですね」

 

命がけの死闘の終わりで全員身体が重く感じている中、ツムギだけはロープを取り出してサムソンに近づく。

 

「ぐぅ……」

 

「……え?」

 

縛ろうとし時に麻痺しているにもかかわらず、サムソンの手が僅かに動く。快復したという割にはいくらなんでも早すぎる。

――まさか、麻痺が効いていない?

一つの予感が頭をよぎった時、全員の顔が蒼くなっていく。

 

「は、早くありったけの麻痺毒を彼にぶつけなさい!!あの筋力で暴れられたらひとたまりもありませんわよ!!」

 

「「「「う…うわあああああぁぁぁぁぁ!!!」」」」

 

すぐさま縄だけでなく自分達が持っていた残り少ない【麻痺毒瓶】や【麻痺ナイフ】を使いサムソンに更に麻痺を重複させた。

そんなことがあって数分後、

 

「こっちです!早く!」

 

「またんかい!こっちはそんなに足速ないで!」

 

レインの先導で【アインクラッド解放隊】が駆け付けてきた。

元々、ノゾミが先にレイン達にマコトが居なくなったことを連絡。レインもウィスタリアが時間になっても来ないことが気になってキバオウに連絡しようとした所だった。

《追跡》を行えないマコトより、場所の知れてるウィスタリア達を追ったほうが早いと判断したらしく、まずウィスタリアの捜索に出てほしいとノゾミに言った。そしてキバオウに改めて連絡し、今やっと51層にやってくることができたのだ。

 

「で、あのドアホはどこに……」

 

出しゃばったウィスタリアに一言文句を言ってやろうと息巻いていたキバオウだったが、それ以上言葉は出なかった。

何故なら彼の視界には縄と鎖です巻きにされたサムソンと、彼を囲ったノゾミ達が見下ろしていた。だが、彼女たちは揃って肩を上下に荒い呼吸をしており、目も見開き、手にはナイフ。まるで犯罪を犯した直後の犯人のようだ。

 

「――なんでや!幾ら仲間殺されたからってなんでここから突き落とす必要があるんや!」

 

「そんな訳ないでしょう!あまりにも高い筋力値で暴れない為にもああしたまでですのよ!?叫ぶ暇があったら彼を今すぐに連行しなさい!!」

 

ツッコミと同時に否定してきたウィスタリア。すぐにサムソンを連行するよう促す。

キバオウはそんな態度に「なんで指揮っとんねん」と文句を垂れるが、すぐに【回廊結晶】を使ってサムソンを連行する。

 

「あの……」

 

「ん?なんやジブンら」

 

「私は【邪な蝙蝠】のリーダーよ。最も、私達3人以外全員そいつに殺されちゃったけどね」

 

「なんやと?そいつらがワイに何の用や?」

 

「……要するに自首だよ自首。あれ?これって自首になるんだっけ?出頭になるんだっけ?」

 

「わたしたちもれんこうして。ラフコフのメンバーだから」

 

プレシアの一言に【解放隊】の全員が唖然となる。内通者がいるかもしれないという話は前日ラジラジから聞いていた。だが、自分達も【ブレイブ・フォース】が自分以外に目を逸らしたかったのではと勘繰っていて深くは信じていなかったからだ。

 

「ところで、あのゲートの先って同じ牢屋?できれば私達3人と別々の奴をお願いしたいんだけど」

 

「ちっ、偉そうに……おい、別の【回廊結晶】や」

 

舌打ちしながらもリクエストに応え、先に開けた牢屋とは異なる転移先に設定した【回廊結晶】を使う。あとはこの先に進めば罪を償うまでの牢獄生活が待っている。

しかし、【解放隊】に連行されていく2人の顔は俯くことは無く、堂々と歩みを進めた。

 

「そうだ。――チカさん!」

 

直前で、何か思い出したようにルクスが振り返ってチカを呼ぶ。

 

「2つ頼まれても良いかな。一つは後で私達の牢屋に来てほしい。重要な情報を提供したいんだ」

 

「分かりました。もう一つは何ですか?」

 

「ロッサ――いや、ブロッサムと言うプレイヤーを探してほしいんだ。もしもう一度出会えたら、『あの時の行動は間違ってなかった』って伝えてほしい」

 

それだけを伝え、3人はゲートを潜り抜けた。

彼女らを見送ったノゾミは、ハッと用件を思い出した。

 

「……そうだ、マコトちゃんがいなくなったのよ!多分、仇討ちに行ったんじゃないかって……」

 

「……ううん。心配はないみたいだよ」

 

「え?心配ないって……?」

 

最初その話を聞いたストレアを除く全員が驚いたが、ただ一人冷静だったストレアが自分に届いていたメールの文面を見せる。

発信者はラジラジだ。内容は短く、「56層に来てもらいます。テンカイからの弁明もありますよ」とだけ書かれていた。

 

「テンカイって……えっ、生きてたの!?どういうこと!?」

 

「あたしに聞かれても分からないよ!とにかく56層に来いって言ったんだから、すぐに言ってみたら?」

 

リズベットの催促にノゾミは頷き、急いで56層へと向かう為に踵を返す。

 

「私は一旦《始まりの街》に戻ります。ルクスさんが伝えたい事があると言っていたので」

 

そんな中、チカが一人《始まりの街》に戻ると言い出す。

特に止める理由も無いので、ウィスタリアはそのことを承諾。直に56層へと向かうのだった。

――因みに余談だが、56層に行く際、ウィスタリアが二度と道に迷わないようにストレアが自分と彼女の身体に縄を結び付けていた為にプレイヤーの注目をかなり集めたらしい。

 

 





次回「討伐戦の裏側で:RESULT」


(・大・)<かなり無理矢理な感じがしましたが、とりあえず討伐戦は次でラスト。


※《鉄球術》

(・大・)<成人男性の頭大の大きさの鉄球を扱うことができるようになる。

(・大・)<SAO2のアニメシーンで分銅持ってた奴がいたので思いついたスキルです。

(・大・)<能力は専用装備【鎖鉄球】が装備可能になる他、鎖鉄球装備時のみSTRが3倍。DEXも10%上昇し、AGIが25%減少。

(・大・)<条件は『1:《鞭》と《両手連接棍》の熟練度MAX』。これだけで十戒の寺院に入れます。

(・大・)<そして『2:十戒の寺院のある一室の中にある石扉を開き、奥へ進む』です。この2つをクリアしたら手に入れられます。

(・大・)<ただし失敗したら自殺するかゲームクリアするまでずっと閉じ込められたまま。マジで密閉空間の中なので牢屋のほうがまだマシなレベルです。普通なら発狂しても可笑しくない。

(・大・)<因みにクリアのラインはキリトの《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》の合計。単純なSTRだけなら最低でもサムソンはキリトと同等と言うことになる。

(・大・)<ソードスキルとしては鞭のスキルの一部と両手戦棍の全てが使用可能。ただし通常の2種より発動までのラグが長引くので基本牽制には使えない。

(・大・)<弱点としては筋力極振りを要求する為、他のステータスが他のラフコフメンバーよりも一回り低い事。単発ソードスキル一撃食らっただけで致命傷になりかねません。また、通常攻撃&ソードスキルも結構大振りなので小回りが利かない。


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「討伐戦のその裏で:RESULT」


(・大・)<手術とか色々あったけど書き溜まったので久しぶりの投稿。

(・大・)<とりあえず3話分、1日置きに投稿します。


 

 

56層に付いた一行が見たのは、満身創痍の攻略プレイヤー達だった。壁に寄り掛かる者、座り込む者。窓から遠くを眺める者。

その彼らの表情は、見るからに生気が抜け落ちた抜け殻の様な表情をしていた。生還したプレイヤーを見るに、討伐戦には成功したらしいが、「勝った」というよりは「終わった」という雰囲気が近い。

だが、今は彼らに構っている暇はない。メールの内容にあったテンカイが生きているという確証を得るべく、生気の抜けた人混みをかき分けて【血盟騎士団】の本部の奥へと向かう。

その時――、

 

「本当にすまなかったッ!!!」

 

テンカイの張り裂けんばかりの謝罪の言葉に気付き、振り返る一行。

そこには頭を下げて謝罪するテンカイと、彼を前に呆然と佇むマコトと【エリザベスパーク】の面々だった。

 

「……本当に、生きてたんだ……」

 

メールだけでは半信半疑だったノゾミも生きていたテンカイを見て呆然と立ち尽くしていた。

 

「――……馬鹿野郎ッ!!」

 

そんな中、マコトがテンカイの元に近付き、襟首をつかむ。突然の行動に【エリザベスパーク】の面々はどよめく。

仲裁しようとウィスタリアが駆け寄ろうとしたが、ユイが彼女の肩を掴んで止める。

 

「……なんて……なんで言ってくれなかったんだよ……!アンタが死んだと思って、あたしは……!あたしはぁ……!」

 

ぐっと握る拳がわなわなと震える。それと同時にポタリとマコトの足元に雫が零れ落ちる。

テンカイがマコトの顔を見ると、彼女の双眸から涙が零れ落ちているのが見えた。

次の瞬間、マコトはテンカイの襟首から手を離し、抱き着いた。

 

「ま、マコト……?」

 

困惑するテンカイを他所に、マコトは更に強く抱き着く。

ハラスメント警報のアラートが鳴ってもお構いなしに、もう二度と離さないようにきつく抱きしめる。

 

「良かった……!良かったよぉ……!生きてて、本当に……!」

 

「――……ああ。ありがとな。心配かけてごめん」

 

一応は丸く収まったようで、マヒルを始めとした【エリザベスパーク】の面々。

遠目に見ていたノゾミ達も安堵したらしく、唯一信じていたユイも「大丈夫だったでしょ?」と声を掛ける。

 

「――すまないが、そろそろ話をさせてくれないか?」

 

早くしろと狐顔の青年が空いていたドアをノックして促す。

ともかくあの場はユイとマコトたちに任せ、ノゾミ達はその場を後にするのだった。

 

 

 

 

「――40人!?」

 

ヒースクリフの口から告げられた討伐戦の結果に、ノゾミ達は言葉を失った。

テーブルの向かいに座るヒースクリフは、いつになく深刻な顔でクリスティーナからの報告を簡略的に告げる。

 

「その通りだ。我々討伐隊が【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】のアジトに突入したのだが、どうやらどこからか情報が洩れていたらしい。奇襲を仕掛けるはずが、奇襲を受ける形となってしまった。その結果、【笑う棺桶】側は40人。こちらも11人のプレイヤーを喪ってしまった。生き残った者達も、冷静さを欠いた者は最低でも2人は手に掛けている。勝ったというのは単なる建前。私はこの戦闘を辛勝、もしくは掌で踊らされた結果と言っても差し支えない」

 

そう報告した後、「彼らも一撃で危険域までHPが減少するとは思っていなかっただろう」と付け加えた。

 

「お待ちなさい!確か【笑う棺桶】のギルドメンバーは総勢30人前後と聞きましたわ!何故(なにゆえ)40人もの犠牲者が出たことになっていますの!?」

 

そこにウィスタリアが待ったをかけた。

30人と言うのは去年の大晦日にパーティをしていたプレイヤー達を全滅させた際、ギルドリーダーのPoHから告げられた人数であり、プレイヤー達はそれが彼らの人数であると思っていた。それで10人もの差が生じるのはおかしい。

その疑問にはヒースクリフではなく、入室した狐顔の青年が答えた。

 

「下部組織だ」

 

「下部組織って……?」

 

「奴らは本隊の他に、情報操作や物資調達を主立った活動としている下部組織が存在していたことが調査の結果判明した。件の作戦に対して対策ができたのも、攻略組の中にその組織のプレイヤーがいたことが今回の原因だ」

 

「皮肉にも、ラジラジ君の忠告が現実となってしまった形という訳だ。【聖竜連合】のリンド君も、相当ショックを受けているようだったよ。彼の忠告を無視した結果、3人も有力なメンバーを亡くしてしまったのだから」

 

「だけど、40人なんてどこからそんな人員を……そのギルドから引き抜いたとか?」

 

ノゾミの推測に青年は首を横に振る。

 

「いや。その下部組織にはもう2つ役割が存在する。――下層のプレイヤーをターゲットにした人員確保の組織と、その育成」

 

「……え?」

 

その言葉に、ノゾミ達は言葉を失った。

下層のプレイヤーを【笑う棺桶】のメンバーに仕立てた?自分達の思いもよらない事を思いつく、常軌の逸した輩が存在するのか?

俄かには信じられないが、狐顔の青年の報告はえてして的を射るようなものだった。

 

「彼らは現実に帰れない不安、そして帰った後に待ち受ける現実、仲間を喪った傷心に漬け込み、人心掌握術をもって完全にコントロールし、命令を救いと信じ込ませる兵士を量産する組織が存在した。大方、本隊の何人かをあの場に残し、残りはその急ごしらえの兵士で代用。その後、育成組織が引き取り彼らを殺人プレイヤーに育て上げる。その結果が……」

 

――あとは言わなくてもわかるだろう?

目線から念押しされたノゾミは、思わず身体がふらついた。

VR空間の中だと言うのに、後頭部をガツンと殴られて眩暈を起こしたような気分だった。

自分達の知らないところでこんな非道な方法を思いつく輩に下層域プレイヤーが毒されていたなんて思いもよらなかった事実に、思わず目がくらむ。

 

「――待ってくれ!」

 

そこにユースが信じられないと言った様子で叫んだ。いきなり叫んだことで部屋にいた全員から一斉に注目される。

 

「私は先程、【ブレイブ・フォース】が【白鳥の抱擁】の本部に強行突入した場面に立ち会いました。それはつまり……」

 

「その通りだ。【白鳥の抱擁】こそが、その人員補給の為に作らされたギルド。加入者の大半はその方針を鵜呑みにしたただの手駒――いや、捨て駒と言っても良いだろう。だがギルドマスターのアイリーンを含めた上層部は全員が黒と言っても過言ではない」

 

再び信じられない事実が判明した。プレイヤー救済を謳うギルドが、最悪の殺人ギルドの手先となって、プレイヤーの洗脳染みた真似をし続けていたのだから。

ノゾミも彼女らとはそう交流している訳ではないが、そんな人物だったとは信じられない。

 

「……彼女らの確保には失敗してしまったが、全階層の掲示板に定期的に彼らの顔写真を公開している。少しは彼らの活動に支障が出るくらいの成果が出せれば上々だと思うがな」

 

「迅速な対応に感謝します。これで彼らも容易に人員を確保することはできなくなったと思います」

 

ヒースクリフに変わりアスナが、狐顔の青年の対策案を聞いて軽く頭を下げる。

 

「……あの。キリト君はどうしていますか?」

 

ノゾミからの質問にヒースクリフとアスナは一瞬目を丸くした。

 

「えっ?あなた達の所に来てないの?」

 

「今後の攻略の為の編成中に彼女が少し目を離した隙にどこかに消えたらしいのよ」

 

「え?」

 

「どうやら君達の所にも来ていなかったようだね。次の攻略会議には顔を出してくれればいいのだが……」

 

次の攻略を心配している様子のヒースクリフに対し、ノゾミは彼の奥の窓から曇天に覆われた空を眺める。

 

「キリト君……」

 

 

 

 

「よう、キー坊」

 

主街区の路地裏で壁に背を預け独り佇むキリトを、アルゴが呼び止めた。

声に反応してアルゴに見せたキリトの表情は、一言で言えば抜け殻、と呼んでも相違無いほどに生気を感じられないものだった。

 

「……何の用だ?」

 

「件の事件についてだ。あれは「もういい」――は?」

 

アルゴが言いかけた時、キリトが横槍を入れる。

 

「もういいよ。お前は事件の真相を知ることができた。それで十分だろ?」

 

「十分って……キー坊!」

 

「それを聞いて、俺に何のメリットがある?俺がその原因となった奴を殺して敵討ちをしろっていうのか?それでアイツらが帰ってくるのか?そんなことはない。アルゴ、お前は俺の濡れ衣を晴らすって名目で自分の好奇心を満たしたかったんじゃなかったのか?」

 

立ち去ろうとしたキリトを呼び止めるが、容赦ない事実と言う名の言葉を並べ立てられ、次第に反論も失っていく。

 

「……俺は、あの時のクリスマスで思い知らされた。後悔した所で、もう俺が望んでいたものは手に入らない。俺の思い上がりが、サチたちを死なせてしまったんだ……」

 

「キー坊!」

 

今すぐにでも彼の肩を掴んで止渇してやりたい。だが足が動かせない。

裏路地を出ようとするキリトとの距離はほんの数メートル。たったそれだけなのに、まるでアルゴの目の前に見えない壁に阻まれているようで。

引き留めるための1歩が、鉛や鋼鉄などという揶揄では足りないほどに重く。引き留めるべき相手の姿が果てしなく遠い道の先にいるようで。

 

「じゃあな」

 

「あっ!」

 

街の方へと路地裏を抜けたキリトを抜けた瞬間、アルゴも駆け出す。表通りへと出た時には、既にごった返す人混みの中で、キリトの姿は見えなかった。

 

「キー坊……」

 

 

 

 

とある層の主街区の路地。

時刻は夕刻でもあると言うのに、その日は天候設定により空は分厚い鉛色の空に覆われていた。

降り注ぐ小雨に打たれながら、キリトは路地裏の前で一人佇んでいた。

 

「……!」

 

否定するように耳を塞ぐ。

キリトの耳に、頭に響きわたるのは雨音ではない。

あの討伐戦の騒乱の中で彼のみに囁かれた、悪魔の言葉。

 

 

 

 

 

――【月夜の黒猫団(彼ら)】は実に良い働きをしてくれました。

 

 

 

――あなたが居たことであの計画を思いついたのです。

 

 

 

――おかげで最高の見世物を独り占めすることができましたよ。

 

 

 

――そのお礼として、最後の一人に情報を手渡しました。「仲間があなたに殺された」と。

 

 

 

――そしたら彼は貴方への殺意がみるみるうちに湧き上がらせました。いやぁ、あの時は実に滑稽だった。

 

 

 

――折角のチャンスも失敗したそうで、その時に彼にメールを送ったのですよ。

 

 

 

――「私の退屈を紛らわせてくれてありがとう。あなた達の死は彼に消えぬ悔悟として遺るでしょう」とね。

 

 

 

――本当に、彼が騙されたと知った時の顔は最高でしたよ。

 

 

 

――あなたは、どんな顔をするのでしょうか?キリト君?

 

 

 

騒乱の最中で真実を告げられた途端、キリトは囁いた悪魔への殺意が一瞬で最高潮に達した。

怒りと殺意に駆られ、前に出た【笑う棺桶】のプレイヤーを構わず10人以上も斬り捨てた。

 

「……うぅ……うぐっ……ぅあぁ……!」

 

嗚咽が雨音に消える。

今思えば、あの囁きの主は自分が誰かを斬り殺すさまを見たくて、そして自分が誰かの命を奪ったという否定し難い事実を刻み込む為だったのだろうか。

既に答えはあの声の主以外分からない。ただ残ったのは、激情の赴くまま人を殺してしまった事実のみ。

 

雨は、キリトの涙の如く未だに降り止むことはな無い。

 

 

 





次回「交渉」


(・大・)<次回から作者が書きたかったものアインクラッド編。


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「交渉」

 

 

笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】討伐戦から5日後。8月最終週に差し掛かった所で攻略組は階層攻略を再開した。

しかし……。

 

「参加者が少ない?」

 

「ええ。これを見て」

 

沈んだ表情を見せるレインが新聞を見せる。

 

「『現在69層攻略のプレイヤーは、現在23名で挑戦する模様。通算5回目のボス偵察戦』……確か最初の攻略って……」

 

「聞いた話じゃ40人くらいだったよ」

 

「ほぼ半分って事!?なんで――」

 

攻略に参加していないノゾミでも、余りの少なさに声を上げようとして言葉を失った。

その理由は簡単だ。先の【笑う棺桶】討伐戦。クラディールなどの『蜥蜴隊』という諜報員の手により情報が漏洩され、血みどろの殺し合いとなったあの最悪の事件。たった5日で人を殺したという事実から立ち直るには、余りにも時間が無さすぎる。

 

「参加しなかった攻略組も、メンタル低下が著しいみたい。討伐戦の結果が伝わった影響だね……」

 

溜息を吐くレインにつられて、自分も落ち込んでしまいそうになる。

だが首を振って沈みゆく気分を振り払うと、改めて尋ねる。

 

「でもさ、そろそろ突破できるんじゃないかな?ほら、クラインさんにエギルさんもいるし!それに、ラジラジさん達が『蜥蜴隊』を捕まえたんでしょ?」

 

ラジラジ率いる【ブレイブ・フォース】も最近は階層攻略に参加していない。

というのも『蜥蜴隊』プレイヤーの捕縛に尽力しているのだ。現状捕縛は順調に進んでおり、【聖竜連合】のメンバーの協力の元、既に3分の4を捕えている。

その陰の功労者はルクス、グヴェン、プレシアから――主にグヴェンによる――提供された『蜥蜴隊』に所属するプレイヤーのリストをまとめたものを提出した。その中にはラジラジが捕らえたクラディールは勿論、アインクラッド攻略初期に【解放隊】や【聖竜連合】に所属し、キリトとアスナも遭遇したモルテと言うプレイヤーも記されていた。2つのギルドはそのリストを元に、次々と『蜥蜴隊』のプレイヤーを捕らえていった。残った『蜥蜴隊』も、もう数える程度しか残っていないだろう。

とはいえ、中には有力な攻略組プレイヤーもいたのでそのことも攻略のペースダウンに拍車をかけているのだが。

 

「【笑う棺桶】の奇襲は、参加したプレイヤー以外にも多くのプレイヤーの心に傷をつけてしまった……このまま放っておけば、いずれ攻略そのものへの意欲も失ってしまいますわ」

 

顔を伏せたウィスタリアの呟きにユリエールとノゾミは思わず彼女の方に顔を向けた。

普段強気な彼女がここまで弱気な発言をするのは初めて見る。

 

「だからこそ……」

 

次の瞬間、バン!と机を叩いて顔を勢い良く上げて宣言する。

 

「だからこそ私の計画が輝く時ですわッ!!!」

 

「けっ、計画ぅ?」

 

突拍子もない宣言に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「ええ!その為にノゾミさん、ユナさん、レインさんの力が必要不可欠!!」

 

「わっ、私達の?」

 

「そう!名前を付けるのであれば――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライブ・イン・アインクラッドですわ!!」

 

 

 

 

56層【血盟騎士団】本部。

 

 

「――と言う事ですわ」

 

早速【血盟騎士団】本部へと乗り込んだウィスタリアは、ユイとノゾミとレインを連れて【血盟騎士団】上層部を務めるプレイヤー達に対して直談判した。

無論、呼び出されたユナも同行している。

 

「君の話は分かった。なかなか面白いプランじゃないか」

 

「でしょう!?だったら「だが」え?」

 

「我々は一刻も早いデスゲームの解放を目指して攻略を続けている。先の討伐戦で深い傷を負い、攻略組から脱落する者もあらわれる中、ライブなどという途方もない計画に付き合う時間も人員も無い」

 

指摘するヒースクリフだけでない。クリスティーナを除く【血盟騎士団】の上層部のプレイヤー全員の表情が難色を表していた。

SAO攻略組はPvE、モンスターNPCをメインに相手取っているのでプレイヤー同士の戦いというものに圧倒的な経験が足りていない。中には訓練と分かっていても決闘に参加するのを渋る者がいるくらいだ。

相手を手に掛けた負い目、モンスターとは異なる、狂気を孕んだプレイヤーへの恐怖。それらを拭うことは決して容易ではない。

 

「ですが、ポテンシャルの面では今は最悪の状態。いつ戦線が崩壊してもおかしくはなくて?」

 

「そのために攻略組は攻略を一時中止しろと?下手をすれば他の攻略組や下層、中層のプレイヤーが暴動を起こすかもしれない」

 

「それは攻略組の方々に死んでも良いから攻略を続けろと仰っているのではなくて?」

 

時間と人員の問題を指摘するヒースクリフと、攻略組のメンタル問題を指摘するウィスタリア。白熱していく議論に両者は一歩も引かない。

 

「待って下さい。私も彼女の提案に賛成です。攻略組全体のメンタルは今著しく減っています。それに、攻略組は今まで残ったプレイヤー達の為にも全力を注いできました。こういう時だからこそ、攻略組には一度英気を養うべきではないでしょうか?」

 

そこにユナも一歩前に出て反論する。

 

「私も同じ気持ちです。私達居残り組はこれまで攻略には何もしてこなかった……。だからこそ、攻略を頑張っている皆さんの為にこのライブを成功させたいんです!」

 

ノゾミも一歩前に出て堂々と言う。

 

「私だって同じ気持ちです。攻略組に参加できなかったけど、歌でみんなを元気にできるんだったら、私もウィスタリアさんの計画に乗る価値はあると思っています」

 

続けてレインも前に出る。

両者とも一歩も引こうとしない状況で膠着する中、意外な方向から助け船が入った。

 

「団長殿。ひとつよろしいですかな?」

 

「どうしたんだ?ダイゼン」

 

「私としても、彼女らの計画を頭ごなしに否定するのはどうかと思います。【血盟騎士団】内でも有名なユナ。《始まりの街》で圧倒的な支持を得るノゾミさん。中層プレイヤーの中で着実に人気を得ているレインさん。彼女らが一堂に集まり、このSAO始まって以来のライブ大会、これを物にしない手はありません」

 

タマネギの様な太い胴体を揺らし、熱弁するダイゼン。

思わぬ助け舟にノゾミ達は目を丸くしながらも彼の熱弁を見守る。

 

「なるほど。チケット代で儲けてうちの財政状況を立て直そうという腹か」

 

そこに微笑を携えたクリスティーナの一言で、ダイゼンの脂ぎった顔から脂汗が大量に流れ出る。

 

「――!その手がありましたのね!」

 

真剣な表情で重要な事に今気付いた様に思わず言うウィスタリアを横目に呆れるノゾミを他所に、クリスティーナは彼女らの元へ歩み寄る。

 

「だが私もその案には一理ある。無理矢理行軍したところで大した成果が得られるとは思えない。一度立ち止まって呼吸を整えたほうがより長い距離を歩けるとも言うだろう?」

 

「しかし、我々が総出でライブの準備をするとは、周りから見れば滑稽ではないのかね?」

 

「そこは大丈夫です。ライブの準備は私達だけで行いますから、皆さんは攻略を続けても問題ありません」

 

レインが補足を付け加える。

 

「なるほど。ライブは自分達の――いや。《始まりの街》全員の手で成功したいと言う事か。どうやら下層を拠点としているギルドマスターは相当生意気なようだな、ユナ?」

 

おちょくるような口調でユナを見る。

 

「でも、ライブの開催自体は文句は無いって事ですよね?」

 

「ああ」

 

「よっし!じゃあライブに向けて――」

 

「――お待ちなさい」

 

気合の入ったノゾミに水を差す様に口を開いたのは、以外にもウィスタリアだった。

 

「ライブを開催した所で、目玉となるイベントが無ければ観客も興ざめではありませんこと?」

 

「そりゃあ……そうですけど……?」

 

「ふっ。どうやら同じことを考えていたようだな」

 

ウィスタリアの言葉の真意にクリスティーナも気付いたのか、納得したように頷く。

 

「ところでユナ。お前確か次の曲に対してオリジナル曲を作りたいと言っていたな?」

 

「え?ええ。それが……」

 

ユナもクリスティーナからの問いに気付き、遅れてノゾミ、レインもその言葉の意味に気付く。

 

「それって……ひょっとして?」

 

「ああ。貴様らの言うライブ・イン・アインクラッド。条件を一つ付け加えよう。それは――」

 

一呼吸おいて、ズビシ!とでも効果音が付きそうな勢いで3人を指したクリスティーナが、宣言した。

 

「――次のライブは、これまでにないお前達だけの歌をそれぞれ作って見せろ★」

 

 

 

 

「――で、連中の話に乗る形でライブを開催することが決定した、と……」

 

あれから3日後。上層から帰って来たストレアはティアナから事情を聞いて納得したように頷いた。

その後、ユナはギルド本部に休暇届を出して【ゴスペル・メルクリウス】のギルド本部の部屋を借り、ノゾミとレインと共に作詞に当たっていた。最も、彼女は前々から新しい歌詞を書いていたのでタイミング的には丁度良かったのかもしれない。

 

「ライブの演出とか、ステージの場所とか。色々大変そうです。私達も協力しようにも、ライブの開催に関しては素人同然ですから」

 

「そんなの、ここに居るみんな同じだと思うよ?」

 

頷いたティアナが続ける。

現状、ウィスタリアとユースはステージに関して木工職人達と交渉が終わり、現在は場所決めの最中。ツムギはアシュレイと共に3人のステージ衣装の製作。ノーチラスと前々から書いていて、先に仕上がったユナは共に集めた楽器のチューニング。サーシャは子供たちと一緒にステージ飾り作り。それぞれライブへ向けてできることを行動に移している。

 

「作詞に作曲って……3日でできるものなの?」

 

「ユナさんは大体は仕上げてるので問題は無いと言っていますが、後の2人は……」

 

その時、ティアナの言葉を遮って扉が開かれた。

ぎょっとしてその方向を見ると、ぐったりとした様子のノゾミ。そしてその奥で心配するチカとレインの3人の姿があった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「な、なんとか……」

 

げんなりとした様子のノゾミの手から紙が滑り落ちる。

ストレアが返そうと拾い上げて……目を丸くした。

 

「……白紙じゃん!」

 

「ごめん……オリジナルの作詞は経験はあるけど、ここまで難しかったっけ?」

 

「作った経験はあるんですか?」

 

「1回か2回くらいは……けど、今回は全然思いつかなくて……ひょっとしてスランプ?」

 

脇を抱えられて立ち上がったが、未だに作詞用の紙は真っ新なまま。

 

「うーん……3日も部屋に閉じこもっていたんでしょ?なら、気分転換で外に出て見たら?他の街に観光しに行くとか」

 

「そんな!皆がライブの為に準備をしてるのに私だけなんて……」

 

「だからこそだよ」

 

ノゾミがチカとレインを振り払ってストレアに抗議しようとしたが、ストレアにられ遮る。

 

「そんな調子じゃライブでも成功しない。根を詰めすぎると本来のポテンシャルも引き出せないよ?」

 

「ぅ……」

 

「それに、頭もすっきりすれば作詞のアイデアも出てくると思うよ」

 

ユナの正論にノゾミも反論する余地が失せ、ついに折れる。

 

「……ごめん。ライブの事で頭一杯だったかも。あ、でもバレないようにしないと……」

 

すぐに装備品のウィンドウを操作するノゾミ。

厚手のコート、サングラス、マスク、そして兜……。傍から見ても不審者以外の何物でもないような姿に早変わりする。

 

「じゃ。行ってくるね」

 

不審者感全開ファッションに絶句する3人にサムズアップし、ノゾミは気分転換へと向かうのだった。

 

「……私が警備兵だったら、間違いなく牢屋にぶち込んでたわ」

 

呆れるレインのその言葉に、ストレアもチカも激しく同意するのだった。

 

 





次回「曇り空の君に、晴れ渡る笑顔を」


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「曇り空の君に、晴れ渡る笑顔を」

 

 

同刻。【血盟騎士団】執務室。

 

 

「……はぁ」

 

ギルドメンバーのリストを見て編成を考えあぐねていたアスナが溜息を吐く。

 

「最近根詰めすぎじゃない?」

 

そんな彼女にシズルが声を掛ける。

 

「シズルさん。あなたも攻略組のタンク隊に選ばれた自覚を持ってくれたらどうなんですか?」

 

「それ以前に私はリノちゃんのお姉ちゃんだぞ♪」

 

場違いな返答にアスナは頭を抱える。

 

「……でもさ、無理をしてるのは当たってるよね?」

 

「……どういうこと?」

 

「だって最近、オフの日はキリト君の事を話してたでしょ?」

 

「えぇっ!?」

 

流石のアスナも緩む時はあったらしい。ピンポイントに指摘された台詞にアスナは目に見えて動揺する。顔を赤くして。

そんな彼女にシズルは、やれやれ、といった表情を浮かべるとアスナに歩み寄る。

 

「アスナちゃん。その仕事私がやっとくから、キリト君の所にでも行って来たら?」

 

「えっ?でも……」

 

「今は大変な時期なんだし、上からは私が言っておくよ。他人の厚意は素直に受けるのも大事な事だぞ♪」

 

「……ありがとうございます」

 

一言礼を言ってアスナは執務室を後にする。

 

「……はぁ。良いなぁ……。会いたい人に会えるなんて」

 

 

 

 

ノゾミが気分転換の外出をして早1時間。歌詞の内容は未だに思い浮かばない。

もやもやした気分で街を散策していると、視界の端に黒い影が横切る。

 

「……今のって」

 

もしやと思いその影が向かったであろう方向へとノゾミも歩いてく。

主街区の喧騒が遠ざかり、園外のフィールドに出る。雑木林の入り口に差し掛かった時、ノゾミの横の木の幹に黒剣が深々と突き刺さった。

 

「――――!?!?!?」

 

驚きのあまり悲鳴も出なかった。

腰が抜けたノゾミに黒い影がうんざりした様子で声を掛ける。

 

「――お前、アイドルからストーカーにでも転職したのか?」

 

「き……きりひょくん!?」

 

すっかり血の気が失せた蒼白した顔で叫ぶ。

本当なら「なにするの!?」なんて一言怒鳴ってやりたい所だが、呂律が回らない。そりゃそうだ。あと左に少しだけズレていたらノゾミの顔にエリュシデータの刀身が深々と突き刺さり、このゲームとこの世から退場する羽目になったのだから。

 

「こんな所でレベリングか?」

 

「違うよ。歌詞作りに行き詰って気分展開して来いってみんなに言われて」

 

「園内だったら間違いなく【ALS】か【聖竜連合】に突き出してたよ」

 

据わった目で言うキリトにノゾミは背筋が凍るような思いがした。

――絶対に冗談じゃない、本気だ。

1度、深く深呼吸をした後でようやく落ち着いて来たのか、眼鏡とマスクを外してすっと立ち上がる。

 

「……聞いたよ。攻略が滞ってるって」

 

「……そっか」

 

「そっかって……まさか、参加してないの?」

 

頷いたキリトにノゾミは目を丸くする。

攻略組の話は【MTD】の新聞でしか見たことがなかった。しかし階層ボス突破記事には必ずといって良いほどキリトがラストアタックを決めたと記載されていた。今のリアクションから察すれば、69層と70層の攻略には手を着けてないということになる。

よく見れば、キリトも様子がおかしい。かつて60層に飛ばされた時は、勝手な行動でパーティメンバーを死なせかけたウィスタリアに烈火の如く怒りをぶつけていた。

しかし今はどうだ?まるで死人というには大げさすぎるが、それほどまでに消沈し、あの時に――そして、最初に出会った時とも――出会ったキリトとは大きくかけ離れている。

 

「お前には関係無い話だ。とっとと消えてくれ」

 

「消えてって……ちょっと、それっは無いんじゃないの?」

 

「勝手に付いて来たのはそっちだろ?」

 

「でも……まさかこのまま脱落、何て言うんじゃ無いよね?」

 

去ろうとした時、ノゾミは反射的にキリトの手を掴んだ。

 

「聞こえなかったのか?お前らには関係ない話だって」

 

「……確かに、確かに関係無いよ。だけど、そんな君を放っておけるほど薄情じゃないよ!」

 

「哀れみとかそんなのいらねぇんだよ!ンなもん俺からすりゃ鬱陶しいだけなんだよ!お前らはこのSAOに捕まってる奴らを全員救えると思って調子に乗ってんじゃねぇのか!?命がけの攻略だけ俺らに押し付けて自分達は美味しい思いをしてるってのか!?」

 

手を振り払い怒りをぶちまける。

ウィスタリアを叱った時以上の怒りに晒され、ノゾミの言おうとした言葉は喉に出る前に完全に消え失せる。

 

「死ぬのが怖いんだったら1層で大人しくしてればいいのに!商売とか支援とか他の連中に任せておけばいいだろ!出しゃばった真似をして殺されかけて!いったい何がしたいんだよ!!」

 

「……」

 

「1層のアイドルだか何だか知らないけど、他のプレイヤーにちやほやされたいからって理由でユナやレインと一緒にくだらないアイドルごっこをして、調子に乗るのも大概にしろよ!!」

 

「……!」

 

「もういいだろ。とっとと――」

 

言いたい事は言ってやった。あとはとっととこの面倒な女の前から失せるだけだ。

そう思った次の瞬間、乾いた音が響いた。

 

「……て」

 

一瞬、キリトは理解が追い付かなかった。

気が付いた時には頬を叩かれたようなじんわりと感じる電気信号を感じるだけだった。

 

「――取り消してッ!!」

 

ビンタを放った本人、ノゾミがキッと怒りを宿した瞳をキリトに向けて叫んだ。

 

「私は、私がちやほやされたいなんて下らないことだけでアイドルをやってる訳じゃない!私の思うアイドルって言うのはそんなことの為にあんなに輝けるはずがないんだよ!!それに、私どころかユナやレインまで馬鹿にするのは止めて!!!」

 

琴線に触れたノゾミの反論が、今度はキリトを黙らせる。

沈黙の中、キリトが気付いた。ノゾミの頬に一滴の雫が流れ落ちたことに。

涙と思ったそれが再びノゾミの頬に落ちる。見上げると雨が降り出しそうな曇天になっていた。

 

「雨……」

 

参ったことに、雨宿りする場所なんて木の影くらいしかない。

急いで周囲を探すと、小さな洞窟を見つける。

 

「あそこに行くぞ」

 

 

 

 

ぽつり、ポツリと降って来た雨はいつの間にか本降りになった。

雨粒が雑木林の葉や水たまりに落ち、自然のBGMを奏でている。

洞窟の中で雨宿りすることになったキリトとノゾミだったが、先の事を引きずってか、いかんせん会話が出てこない。

 

「……さっき、みんなを救えると思ってるって」

 

漸く切り出したのはノゾミだった。

 

「……そうだな」

 

「そりゃあ、私もできれば助けられる人は助けたい。けど……どうにもできない事って誰にもある事なんだよ」

 

それからノゾミは、最初の日、デスゲーム宣言後の方針の話をした。当然、あの時浮遊城の外に身を投げたプレイヤーの事も。

 

「それからしばらくは、同じようにこの城から飛び降りたプレイヤーが日に何十人もいたよ。まるで、私の歌が自分の人生の最期を飾るに相応しかったってみたいな顔で……」

 

ノゾミの脳裏には今でもはっきりと覚えている。

外周に身を乗り出し、自分に向けた悲しい笑顔。次の瞬間には浮遊城から落下していく姿――。1層が攻略されるまでの2か月もの間、嫌と言うほど目にしてきた。

 

「何度も見せられて……嫌になったこともあったよ。折れそうなこともあった。歌えなくなったこともあった」

 

遠方を見ながらのノゾミの独白に、キリトは「そうか……」と相槌を打つだけだった。

いや、それしかできなかったと言ったほうが正しいだろう。キリト自身、《始まりの街》へは去年のクリスマス以降足を踏み入れてない。それ以前に、それほどの苦労を彼女らが経験してきたこと自体知らなかったのだ。

料理の屋台を見かけるようになった10層解放後。見かけたキリトは「こんな所で何やってるんだ?」という程度しか思っていなかった。改めて当事者の話を聞いたキリトはそんなことが起きていたとは思っていなかった。

 

「ウィスタリアさんが起ち上げたギルドの方針も、最初はうまくいかなかったんだよ。最初の時なんて話を聞いてくれる人もいなかったし、野菜の苗は枯らしちゃうし……ポーション作りには失敗しちゃうし。ほんと、大変だったなぁ……」

 

「そうか……大変だったんだな」

 

当事者ではないキリトは他人事のような返答しか返せない。だが彼女を見る目は、決してこれまでの彼女たちの軌跡を軽んじる事は無い。

 

「……一つ、質問して良いか?」

 

「なに?」

 

「もし、組んでたパーティが何かのトラップや、逃げられない状況になって……自分も生き残るのが精いっぱいの状況だ。そんな中で、自分だけが生き残って……それからどうればいい?」

 

「……難しい、質問だね」

 

「そうか?」

 

「うん。多分答えられるのは自論だし、実際そうなった時にその通りに行動するとは限らないよ。泣き崩れてそのまま引きずっていったり、やるせない気持ちでいっぱいになっちゃうって私も思うから」

 

「それでも構わない。教えてくれ」

 

思わず前のめりに身を乗り出してノゾミに訊ねる。

ひとまず押し退けて落ち着かせるとゆっくりと答えを語りだした。

 

「私は、その人達の想いを受け継いで前を向いて、進んでいかなきゃって思うの。この世界じゃ誰のせいにもできない死が突然襲ってくるよね?それが原因でも誰に怒りをぶつけて良いか分からないと思うよ。薄情かもしれないけど、怒りをぶつける為に立ち止まっても、何も解決しないと思う」

 

「……もし、そいつが最前線の攻略プレイヤーで、そのトラップに気付いて言い出せなくてもか?もし、言い出せる勇気が、覚悟があったのならあんなことには……」

 

ぎゅっと、腕を掴む握力が強くなっていく。キリトの脳裏に、あの忌まわしい光景が浮かびあがっていく。

 

「うーん……多分、あんまり変わらないんじゃないかな?」

 

ノゾミの何気ない一言にキリトは思わず我に返る。

 

「変わらないだと……?」

 

「ああ、待って待って。別に助けられなかったって所を言ってるわけじゃないの。私はそのプレイヤーがパーティに惹かれたのは事実だし、そこで一緒にいた思い出は変わらないんでしょ?」

 

「……!」

 

「運よく助かって、その後で正体がバレたとしても、多分その人達はそのプレイヤーを責めないと思う。むしろ、その人の人柄を知れてラッキーだって、私は思うよ」

 

「……悪かった。調子に乗ってるとか、アイドルもどきとか言って」

 

「こっちこそ、いきなりビンタしてゴメンね。――あ。雨が……」

 

いつの間にか雨は止み、澄み切った晴天が広がっていた。

洞窟から足取り軽く出たノゾミはくるりと洞窟にいるキリトに話しかける。

 

「ありがとう。なんだかすごい歌詞が作れそうな気がしてきた!」

 

先程の事でどう切り出せばいいのだろう。元々口下手でコミュ障な所もあるキリトだったが、ノゾミは彼の言葉が出る前に洞窟を出て言う。

 

「アイドルはね、みんなの悲しい気持ちを吹き飛ばしてあげることが仕事なの。君ばかりが辛い思いをして悲しい気持ちになっても、私は君を笑顔にしたい。それに、ゲーム攻略(私達にできないこと)を、攻略組(キリト君達)は必死に頑張ってきた。だからね――」

 

振り返って、陽光を背に受けたノゾミは、固い決意を秘めた笑顔でキリトに言う。

 

「だからこそ、必ず成功させたいの。だからキリト君、ライブにはちゃんと来てよね!」

 

「……ああ。ふざけたライブだったらぶった斬ってやるよ」

 

死人の様な雰囲気は消え失せ、生気と活力が戻った顔に戻ったキリトが言い放ったジョークを背に、ノゾミは駆け足で去って行った。

後に残ったキリトは、蒼穹を見上げていた。

 

「……前を向いて、か……」

 

かつて、自分が気まぐれで助けたギルド【月夜の黒猫団】。自分が打ち明けなかった所為でその命を散らし、残ったケイタに殺意を滾らせ、殺される一歩手前まで追い詰められた。その正体は【笑う棺桶】のメンバーの一人が流したフェイクに踊らされた結果だった。

初めてグラスを交わした日の事、レベリングに付き合った事、恐怖に潰れそうなサチの独白を橋の下で聞いた事――そして、彼女の最期のメッセージの事。

それらがキリトの中で自覚の無い呪縛として残り続け、あの討伐戦で真相を聞かされ、激情に駆られるままに10人も殺してしまい、その呪縛はさらに強まった。正直に言えば討伐戦の傷はまだ癒えていない。

 

「キリト君!」

 

その時、不意に聞きなれた声が耳に響いた。

その方へ振り向くと、白の騎士鎧に赤のミニスカート、そして腰にレイピアを差した栗色の剣士がこちらに駆けていくのが見えた。

 

「アスナ……」

 

「や、やっと見つけたぁ~……」

 

肩を上下するのを見ると、相当走ってきたことが伺えた。

キリトが何か言う前に、呼吸を整えたアスナが喋り出す。

 

「もう、どこに行ってたの!?心配したんだよ!」

 

「わ、悪いって……って、ギルドの仕事は良いのか?」

 

「そこはシズルさんが代わってくれたのよ。キリト君を探しに行けって。……それより、大丈夫なの?」

 

アスナの問いにキリトは答えられなかった。

彼女の言う大丈夫とは、討伐戦の事だろう。

 

「……ああ、大丈夫だ。さっきノゾミと会って、少し話をしたんだよ」

 

「ノゾミちゃんと?……むぅ」

 

以外にもふてくされるように小さい呻き声を上げた。

「どうしてそんなリアクションするんだ?」と聞こうとした時、アスナの手がキリトを掴んだ。

いきなりのアスナの行動と、彼女の手の軟らかさにどぎまぎしているキリトを他所にアスナが不安を露わにした表情で、消え入りそうな声で言う。

 

「私、どうしちゃったのかな……?最近じゃ、君がこのまま消えちゃったらって思うと、凄く不安になっちゃって……やっと見つけた何かが消えちゃいそうだと思って……」

 

「……」

 

「……キリト君。君は誰かを巻き込ませまいと行動してる。そこをとやかく言うつもりは無いよ。けど……君はもう少し、もう少しだけ誰かに頼っても良いんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の事を心配している人は、君が思っているよりも近くで沢山いるんだから」

 

キリトの瞳をまっすぐ見つめての言葉の後、風が吹き抜けた。

時が止まったような感覚を感じた。彼女は、自分の仕事を放ってまで自分を探しに来てくれた。その事を思うだけで胸が熱くなる。

するとアスナも自分のやったことに気付いたのか、顔を赤くしてパッと手を放す。

 

「あ……いやいやいや!何やってんだろ私!き、キリト君も次の階層ボスには参加してよね!絶対だよ!」

 

「ああ。迷惑をかけた分はちゃんと働くよ」

 

その言葉に少しだけ笑みを浮かべたアスナを見て、朗らかに街へと戻るのだった。

 




次回「ライブ・イン・アインクラッド(前編)」

(・大・)<次回はちょっと本編を停止して、番外編を執筆。

(・大・)<本編は次回辺りにライブを書きたい……。


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「ライブ・イン・アインクラッド(前編)」


(・大・)<ギリギリ書き上がったああああぁぁぁぁぁっ!!!!!

(・大・)<2022年最後の投稿です!!

( ・大・)<因みに今回初めて楽曲コードを使用したんですけど……これで大丈夫なんですかね?一応知ってる作者さんの真似をできる限りしてみたんですが……。


 

キリトとの邂逅から数日後。ノゾミは今までの不調が嘘のように歌詞を完成させた。

そして、準備も進みいよいよライブが明後日に迫った日。

 

「ウィスタリアさん、ステージのほうは……うわぁッ!?」

 

最終調整の為にウィスタリアの元を訪れたノゾミが息を呑む。

木工職人数人がかりで手掛けたステージはデュエルでの斬り合いでもできるような広さに加え、飾りも相まって大掛かりなものとなっている。

 

「あらノゾミさん。どうか致しまして?」

 

「え?あ、うん。ステージで通しをしたいから進み具合はどうかなって……これならもう大丈夫そうだね」

 

「当然ですわ!何せ木工職人の方々に依頼して、彼らの情熱と技術を総動員して創り上げた、彼らの傑作でしてよ!!――で、通しというのは?」

 

「要するに本番みたいに進めていく練習の事。実際に進めてどんな所を改善したほうが良いか意見を出したりするの」

 

「なるほど!――って、そういえば音楽は?歌だけでこのステージは殺風景ではありませんこと?」

 

「そこは大丈夫」

 

そう言ってレインは3つの立方体の水晶を取り出す。【録音結晶】だ。

 

「これに音楽を入れてステージで再生すれば、私達の動きを阻害することなく音楽を流せるってチカさんが言ってたんだ」

 

「なるほど。最大限にノゾミさん達の魅力を生かすには良いアイデアですわ。けど、他にも楽器を使える人がいたんですの?」

 

「主に私とチカが。他にも何人かは空いた時間を縫って練習に参加してくれたんだ」

 

「そうでしたのね。テンカイさんを含めた【エリザベスパーク】の皆さんも屋台の準備を進めていますわ。ならば早速――」

 

「おーい!みなさーん!」

 

早速通し稽古を開始しようとした時、ツムギが声を上げながらこちらに駆け寄ってくる。

 

「3人とも、ひょっとしてライブの練習ですか?」

 

「うん。通しでどんなふうになるか見ておこうと思って」

 

「でしたらこれを使ってください」

 

早速ウィンドウを操作し、3つの衣装を取り出す。

その出来栄えに3人はおろか、ウィスタリアも「うわぁ……」と感嘆の声を漏らす。

 

「どうですか?私の渾身の出来ですよ!」

 

「すっごい……初めて見たかも」

 

「何せ苦労しましたよ。皆さんも手伝って手に入れた素材もそうですが、3人をより生かす為にのデザインの塩梅とかが本当に……」

 

「けど、たった1週間でこれだけ作れるなんてすごいよ」

 

「苦労はありましたけど、その分やり応えもあって、今までで一番の仕事だと実感していますよ!」

 

「じゃあ早速これを着て通しをしてみよう!」

 

早速衣装を着てステージへ上がろうとした時だった。

突然近くの家の扉がばたんと空け放たれ、ストレアとチカが飛び出してきた。

 

「待って下さい~!」

 

「ちょっとチカ、どうしたの!?」

 

「皆さん、ストレアさんを止めてください!」

 

チカに言われて慌てて逃げるストレアを捕まえる。

その時、彼女の手に何か握られているのを見つけた。

 

「これは……?」

 

「ああああああっ!返してくださいッ!!!」

 

すぐさま顔を真っ赤にしたチカに取り上げられて良く見れなかったが、五線譜と音符の譜面。恐らくこれは……。

 

「……楽譜?ん?なんかどこかで見たような……?」

 

「それ、自作の歌の歌詞らしいんだよ。部屋の中で見つけたんだ」

 

「言わないでください!!」

 

「へぇ。そういや前にもユナとの合同ライブを嫌がってたよね?思い切って歌ってみたら?」

 

「無数の観客……大舞台……ライブの本番………………きゅう」

 

「うわわわっ!チカ、大丈夫!?」

 

ポン、と肩を軽く叩くレイン。

単なる誘いだったがそれを聞いた途端、本番の風景を想像したのかチカの顔がさぁっと青ざめる。

限界に達して倒れそうになるところをノゾミが寸での所で支える。

 

「だ、大丈夫です。ちょっと想像したらくらっと……」

 

「でもさ、ノゾミやユナのライブを見てる時のチカって羨ましそうにしてたよ?それに、朝早い時間から景色の見える広場で歌っていたのも見たことあるし」

 

「うぐっ?!ま、まあ確かに、そう言う風に見ていたことも、そういうことをしていたことも認めます。けどいきなり人の楽譜を持っていくのは良くないと思いますよ?」

 

ストレアの指摘に息を呑みながらも、肯定するチカ。

 

「思い切って参加してみては?案外うまくいくかもしれませんわよ?」

 

「それができたら苦労しませんよ……」

 

アドバイスするウィスタリアにため息交じりにそんなことを言ったチカは、俯きながら「でも……」と続ける。

 

「いつまでもこのままじゃ……行けないと思うのは分かっています……」

 

「……」

 

「……あ、すみません。私の事は良いですから早くライブに向けて準備してください。あとで音楽の編集をノーチラスさんと一緒にしておきます」

 

そそくさと客席に座るチカに、言葉を失った3人だったが、すぐにライブの通しを行う。

そこからチカとノーチラスがノゾミ達の意見をもとに細かい編集を行い、ライブの準備は着々と進んでいった。

そうして準備を進めていき、ついにライブ当日を迎える。

 

 

 

 

 

「うわっ、大盛況じゃないか……」

 

久しぶりに訪れた《始まりの街》は、キリトの想像以上の賑わいを見せていた。

【血盟騎士団】のが主立ってチケット販売をしていたのを見て、ノゾミとのやりとりの事もあって購入したキリトは、精々100人前後だろうと思っていたが、集まっていた面々は千人を超えている。存外、犯罪者プレイヤーを除いたほとんどのプレイヤーが集結していると言っても過言じゃないかもしれない。

 

「よぉキリト!おめぇも来てたんだな」

 

「クライン。お前も来てたのか」

 

「おうよ!ノゾミちゃんとはあの時に知ってな。前にノゾミちゃんのライブを見に行ってファンになった奴もいるんだよ。しかも今回はユナちゃんとレインちゃんとの合同ライブ!絶対スゲェ事になるだろ!!」

 

「わかったわかった。そう興奮すんなって。鼻息が荒い」

 

やけにテンションの高いクラインを抑えてキリトは周囲を見渡す。

 

 

 

「串焼き出来立てだよ!今なら150コル!」

 

「ライブ前にドリンクはいかが!?今なら冷えてるよ!」

 

「能力度外視のアクセサリーだよ!デートのオシャレに一つ!」

 

「中層プレイヤーの皆さんの冒険の必需品のポーションはいかが?味にも拘ってみたよ!」

 

 

 

ライブは18時。現在は15時。ライブ開始までまだ3時間近くあるというのに街はまるでお祭り騒ぎだ。転移門の前では訪れたプレイヤーが一瞬余りの賑わいにぎょっとした顔をしたものの、すぐに祭りの雰囲気に溶け込んでいく。

キリトも一度、クリスマスの翌日に来た――正確には【ブレイブ・フォース】に連れてこられたが正しい――ことはあった。その時はプレイヤーの活気があって、賑わいだけなら50層と負けず劣らずといった所だろう。それだけ【ゴスペル・メルクリウス】が今回のライブに熱を入れているということだろう。便乗して通路の端で商人プレイヤーが露店を出している。よく見たらエギルまで商人プレイヤーに交じって商売に精を出している。

 

「エギルもすっかり便乗しているな……」

 

「このライブのお祭り騒ぎに乗じて荒稼ぎか?」

 

「商人としてこのチャンスを逃す気は無いんだろうな。じゃ、俺はちょっと街をぶらついてるから」

 

そうクラインに告げてキリトは去って行く。

背中から聞こえたクラインからの「遅れんじゃねーぞ!」と釘を刺した言葉に手を振って応えた。

 

 

 

 

一方、キリトより一足先に《始まりの街》に来ていたアスナは露店の並んだ街路を歩いていた。

2年ぶりに訪れた最下層の街の賑わいは、アスナを呆然とさせるには十分すぎた。

チケットを受付に渡して進むうち、人だかりに交じって見知ったプレイヤーを見つける。

 

「リズじゃない。あなたもライブを見に来たの?」

 

「まぁね。実を言うと、あの時にノゾミの歌を聞いたから今のあたしがいるって感じかな?」

 

リズベットが当時を思い返す様に言って、アスナは街並みを往来するプレイヤー達を見る。

最初に彼女らと会った時、始まりの街の治政は不可能と思っていた。しかし、【血盟騎士団】に入って余裕ができた時にユイとマコトと出会った。彼女らの話から、治政はうまくいっていると聞かされた時は信じられなかった。

ざっと数えても1ヶ月で2千人死んだという事実に、3千人に近い人数が一つの街でひしめき合い、彼らを励ますライブだけで活気が取り戻せるとは到底思っていなかったからだ。3層で出会った時にも、ウィスタリアの考えは荒唐無稽な夢物語でしかないと思っていた。

マコト達との再会した時の話を聞いてもどこか半信半疑で、今日まで始まりの街を訪れたことは無かった。

しかし、今日訪れたこの街の人達の活気を見て、それが事実だと漸く受け取ることができた。それに、リズがノゾミのファンだということも良いオマケつきである。

 

「いらっしゃい!」

 

「マコトちゃん、ユイさん。久しぶり」

 

「あ。アスナさん……」

 

リズとの談笑もそこそこに、【エリザベスパーク】が出店している屋台の一つでユイとマコトがやっている屋台で早めの夕食を購入。

サンイッチを食べつつアスナはユイに訊ねた。

 

「ところで、ユイさんは大丈夫なの?」

 

「あ……うん。大丈夫だよ」

 

ユイの方は少し上の空だったが、すぐに笑顔を作って問題ないと告げる。

しかしアスナは人の感情を察せないほど馬鹿ではない。明らかな作り笑いと言うことは察しがついた。

 

「会場の方はもう席決めを始めてるぞ。見たいんだったらそろそろ会場に行ったほうが良いぞ」

 

「マジ!?アスナ、とっとと一番良い席取るわよ!!」

 

マコトのアドバイスでリズベットはすぐに手にしたサンドイッチを平らげ、アスナを引っ張って会場の方へと人混みをかき分けながら走り去っていった。

2人が走り去るのを見た後、マコトは心配そうにユイに話しかける。

 

「ユイ」

 

「私なら大丈夫だよ?」

 

「けど……」

 

「心配してくれてありがとう。だけど本当に大丈夫だから」

 

頑なに大丈夫と言い張るユイにマコトは表情を曇らせる。

 

(……どのみち、今のあたしじゃユイをどうすることもできない……立ち直らせるにはあいつらのライブが必要だ。頼むぞ……)

 

 

 

 

ライブ会場は、かつて茅場明彦からデスゲームの開始を告げられた広場だ。

 

「うわぁ……凄い人ですよ。これ全部ライブを見に来てくれた人ですか?」

 

ライブまで残り30分を切った頃。

ステージ裏から覗いた人だかりにシリカは息を呑んだ。

既にライブ会場には2千を超えるプレイヤーがひしめき合い、ライブを今か今かと待ちわびている。

 

「残り30分。いよいよですね」

 

「う、うん……」

 

楽屋代わりの部屋ではノゾミ、ユナ、レインの3人が緊張した顔持ちで座っていて、今か今かと待っていた。

 

「……緊張、してますよね?」

 

「あ、あははは……確かにこれだけのお客さんを相手にライブをするなんてことはなかったから……」

 

空元気を振り撒くノゾミだが、その手は震えている。

 

「私もだよ」

 

そっとユナがノゾミの手に触れる。

 

「でもね。私、同じくらいにワクワクしてるんだ。私の歌をこんな多くの人に聞いて貰えるんだもの」

 

「私も。こんな風にライブを開いてくれたみんなに感謝しないと」

 

「ユナ……レイン……うん。そうだよね」

 

レインもユナも、きっと自分と同じように緊張しているに違いない。

2人の言葉にノゾミも緊張がほぐれてきたのか、手の震えがいつの間にか消えていた。

 

「よっし!来てくれたみんなの為にも、このライブ絶対成功させるよ!!」

 

「「おーっ!!」」

 

「大変ですッ!!!」

 

その時、シンカーが切羽詰まった様子で楽屋に突っ込んできた。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「それが、マヒルさんが会場でいきなり漫才をやらかしてしまったんです!!」

 

「「「「「……はい?」」」」」

 

 

 

 

事の発端は10分前に遡る。

屋台をたたんでライブを見に行こうとした【エリザベスパーク】の面々だったが、ステージを見たマヒルが何を思ったのか、勝手に裏側から侵入してステージに上がり、漫才を始めてしまったらしい。

それに感化されたのが意外にも【聖竜連合】のリーダーのリンドもノリノリで参加。最初観客はドン引きしていたが、次第に笑いの渦が巻き起こっていったという。

その後、他のプレイヤーも飛び入りで参加。シンカーやユリエールが止める暇も無く事態は大きくなっていったという……。

 

「いやー。あのステージ、オラが子供の頃見た漫才番組のステージに似てたもんだから、ついやってみたくなっただよ。あれ?これって隠し芸大会とかじゃなかったべか?」

 

「なんでライブをやろうって時に漫才をやろうって思ったんですか!?馬鹿ですか!?馬鹿なんですかッ!?」

 

「まーまー、そうピリピリしてたら折角の可愛い顔が台無しさ~。こういう時は楽しい気持ちが一番だよ~。楽しい気持ちになるには踊るのが一番さー♪」

 

「マヒルさんの次に参加して隠し芸大会にしちゃった張本人の片割れが何言ってるんですか!!」

 

混乱の張本人、マヒルとカオリがシリカとツムギの前に正座して彼女の説教を受けている。普段上げない怒号を上げるシリカに、付近を飛んでいるピナも困惑している。

しかし当の2人は、完全に「やってやった。後悔はしていない」といった感じでどこ吹く風である。

 

「申し訳ありません。このバカ2名は後で私から言っておきます」

 

「あら、盛り上がってるなら良い事ではありませんの?」

 

「全ッ然良くないですよ!!このままじゃノゾミさん達の歌が、隠し芸か何かと一緒にされちゃうじゃないですか!!!」

 

「いやでも、お客さんも喜んでるんだしこのままでも――」

 

「ライブはライブ、隠し芸は隠し芸で楽しんでください!大体、お客さんはライブを観に来たのに隠し芸って……」

 

「お祭りのようなテンションが仇になってしまったみたいですね……」

 

ステージを見れば今度は攻略組のメンバーが傘回しを披露している。番傘なんてどこで用意したんだと言いたい所だが、今はそれどころではない。

どうにかこの隠し芸の空気を一変させなければならない。

 

「……不味いわね」

 

「ストレアさん?」

 

「なんか、不満な顔をしてる人がいる。多分ライブじゃないイベントになってイラついてるんだと思うよ。下手したら、爆発するかも」

 

「想像以上にヤバそうな状況だった!?」

 

ストレアが深刻な事を呟く。もしそれが本当ならライブ云々の問題どころじゃない。

シリカが青ざめる中、仕方ないと溜息を吐いたラジラジが腰を上げる。

 

「仕方ありません。私が事態を納めますので、その間にお願いします。少しばかり脅して清聴させれば問題ないでしょう」

 

「脅しって、お待ちなさい!」

 

物騒な提案をしたラジラジにウィスタリアが待ったをかけた。

 

「どうかしましたか?」

 

「どうかも何も、脅してしまうなんてとんでもありませんわ!折角高まったボルテージを不意にするつもりですの!?」

 

「だったらこのまま続けさせて暴動を起こせと?」

 

「そこまで言ってませんわ!脅されて大人しくなった状態では、本当に観客を喜ばせることはできないと仰っていますのよ!!」

 

こんな状況だと言うのに力づくで大人しくさせるラジラジと、本当に楽しませたいというウィスタリアが真っ向から対立してしまう。

 

「――あの!」

 

そんな時、チカが手を挙げた。

 

「私はラジラジさんの提案で進めたほうが良いと思っています」

 

「チカさん!?」

 

意外なチカの発言に驚きの声が上がり、一斉に彼女に注目する。

 

「あ、落ち着いてください!何もそのまま通すのではなくて――」

 

 

 

 

「おいおい……肝心のライブの時間過ぎてるぞ……」

 

キリトは困惑していた。

観客がひしめき合うライブ会場に来たのはいいが、マヒルとリンドの漫才を皮切りに、次々と観客の一部が隠し芸を披露し、すっかり隠し芸大会へと変貌していった。

肝心のライブの時刻はとっくに過ぎているものの、未だにライブになるという空気にはならない。

 

「こらーっ!ライブの時間になったぞー!とっととライブ始めろー!」

 

ざわつきの中で一際大きなブーイングが飛ぶ。リズベットの声だ。

それを皮切りに観客のあちこちでブーイングが飛ぶ。

そんな時、笠間和紙を披露しているプレイヤーの後ろから銀髪の男が姿を現す。

すっと右手を動かし、彼の腰まで届きそうなドラを取り出す。そして――。

 

 

 

ぐわあああぁぁぁぁぁん!!!

 

 

 

下段回し蹴りでドラを叩き、ドラゴンの咆哮の様な低い音が観客の一切合切を黙らせた。

 

「なっ、何すんだよ!?」

 

「失礼。そろそろ本番に行こうかと思いまして」

 

「ふざけんな!これからって時に邪魔すんじゃねぇよ!!」

 

「そうだそうだ!」

 

傘回しをしていたプレイヤーがラジラジを包囲する。彼らに乗じて観客席からもラジラジへのブーイングが飛ぶ。

 

「……そうですか」

 

静かに観客を一瞥した瞬間、若干トーンの落した声で訊ねた。

 

「……つまり、『俺達をここの外周へ放り投げてくれ』と言う事ですね?」

 

「「「すいませんでしたぁッ!!!」」」

 

「わかればよろしい」

 

土下座した。秒で土下座した。文句を言ったか否か関係なく全員が土下座した。

 

「では、後は願いします」

 

再び一瞥するとステージの奥へと消える。そして入れ替わりにチカがステージに立つ。

 

 

 

 

(……自分で言いだしたとはいえ、凄いプレッシャーですね。こうしてステージに立つのは)

 

チカが提案した考え。それはラジラジの計画の後、チカ自身のサプライズライブを行うと言うもの。

提案した当人にすらかなり無茶苦茶と思える作戦だが、彼女の目的は少しでも場の空気をライブ側に傾ける事。

 

(……!)

 

向けられる目線は、期待なんてものは微塵も感じられない。

どうせこいつも同じ隠し芸を披露するんだろう――。

失望しているプレイヤー達の目線とプレッシャーで、息が詰まりそうな感覚に襲われる。

 

(……無謀だった?やっぱり、私にはこんなこと……)

 

 

 

 

「――チカッ!!」

 

 

 

 

諦めそうになったその時、背後からの声で反射的に振り返る。

同時に跳んできたそれを受け取めた。マイクだった。

なんでこんなものが?不思議に思ったチカがステージの奥、袖の裏に視線を移すとそこからノゾミとレイン、ユナが顔を覗かせていた。今のマイクは3人の誰かが投げたのだろう。

ユナは親指を立て、レインは口の動きだけでがんばれと伝えている。

 

「……!」

 

3人を見たチカの胸から、すっと閊えが下りたように息苦しさが消えた。

 

(……そうだ。後に繋げると言っても、私が独りで歌う訳じゃない。ノゾミがいて……レインさんがいて……ユナさんがいる……そして、ユイさんやマコトさん、ツムギさんに【ゴスペル・メルクリウス】や協力してくれた皆さんがいる……なら後は、私自身を最大限に引き出すだけ……!)

 

ふと思い返すのは、幼少の頃。

初めてのピアノコンクールで自分の番になった時、緊張とププレッシャーで金縛りに遭ったように動けなかった。しかし観客席から見守る家族を見つけた時、自然と緊張がほぐれていった。

結局、そのコンサートは入賞は逃したものの、彼女にとって大きな一歩を感じることができた。

 

「皆さん。先程は私達の仲間が失礼致しました。ここからは、真のライブ・イン・アインクラッドの始まりです。まずは先の毒抜きとして最初の曲をお楽しみください」

 

ステージの後ろにある台座に《録音結晶》を取り出し、再生する。

 

 

 

 

曲の始まりと共に淡い緑色の光がスポットライトのようにチカを照らす。

 

 

「――風の精よ

この歌に今宿り給え

蒼穹の加護 纏う(たましい)

我らと共に

 

嵐産み 草木を揺らす

待機に流る力

星の営みの護り手となれ

 

生命の巡る音が思いをつなぐこの空

祈りの調べ 永久に 奏で続けたい

世界の景色(すがた)さえも 移ろう時の彼方に

希望を紡ぐための誓い 今ここに」

 

 

観客は先程のざわめきが嘘のように水を打ったかのように静まり返る。

誰もが、祈りを捧げるかのようなソプラノボイスで紡がれる歌に聞きほれていた。

 

 

「大切な気持ちを 今すぐに伝えたい

ずっといまつまでも 傍にいて

 

生命の巡る音が思いをつなぐこの空

祈りの調べ 永久に 奏で続けたい

世界の景色(すがた)さえも 移ろう時の彼方に

希望を紡ぐための誓い 今ここに――」

 

 

 

 

曲が終わるとともにふわりと風がチカの髪を薙ぐ。

数分間の沈黙の後、拍手が観客の中からして、やがて喝采が巻き起こる。

 

「すっごい!あの子誰!?」

 

「ユナちゃんやノゾミちゃんレインちゃんとも違う、なんて神秘的なんだ!天使か!?天使でもいたのか!?」

 

「前座でとんでもないダークホースが出たぞぉ!情報屋はなんでこの子を秘匿してたんだ!?」

 

観客の中のざわめく中、我に返ったチカが顔を真っ赤にしてステージから去って行く。

 

「やったじゃない!本当に会場の空気がライブ一色になっちゃった!」

 

「さっすがチカちゃんだよ!あんな歌どこで思いついたの!?」

 

「こんな近くに思わぬ伏兵がいたなんて思わなかったわ……」

 

楽屋でもチカの歌は絶賛の嵐だった。

 

「ふしゅうぅぅ……」

 

「……あらら、刺激が強すぎたみたい」

 

肝心のチカは倒れ込むように椅子に座るや否や、口や頭から煙を噴いている。

 

「じゃ、次は私の番ね。チカが空気を作って、私がボルテージを高めて、最高潮になった所でユナとノゾミが決める!どう?」

 

放心するチカからマイクを取り、レインがステージに上がる。

 

「レイン」

 

「……正直に言えば不安だけど、チカがここまでやってくれたんだ。私も全力を出し切ってやらなきゃ!」

 

振り返ったレインは、ぱちりとウィンクをするとステージへと駆け上がった。

 

 






次回「ライブ・イン・アインクラッド(後編)」


【使用楽曲】

「プリンセスコネクト!Re:Dive」より「風の誓い」

使用楽曲コード:722-0191-6


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「ライブ・イン・アインクラッド(後編)」


(・大・)<2022年が終わる前に仕上げるッッッ!!

(・大・)<――ってな訳で2連続投稿です。



前回までのあらすじ。
ウィスタリアの提案したアインクラッド一大ライブ計画「ライブ・イン・アインクラッド」。3人の歌姫の新曲も揃い、いよいよライブを待つのみだった。
だが当日、マヒルが勝手に漫才を披露してしまうハプニングにより一転隠し芸大会となってしまう。
ラジラジが中断させ、チカの歌によって再びライブの空気に戻した後、レインがステージへと上がる……!




 

 

「みんな、勢いはどうかしら!?」

 

 

 

「「「「「レインちゃーん!!!」」」」」

 

ステージに登場したレインが姿を現すと同時に、観客の歓声が巻き起こる。

 

「さっきのチカのステージはどうだった?彼女の歌の興奮が冷めないうちに、次は私のステージで更に盛り上げていくよ!」

 

「「「「「うおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

 

 

 

(なんだろう……。私、今すっごい興奮してる)

 

深呼吸を繰り返しても、心臓のドキドキは治まらない。

けど、これは良い意味での興奮だ。

 

(最初はなんとなくでこのギルドに入ったのに、ノゾミ達といるうちに歌うことに自信が付いてきて……ううん、歌う事を楽しく感じることができた――このギルドに入っていなかったら、多分今の私はいなかったかも……)

 

思えば、《歌唱》のスキルを得たのも現実で生き別れた妹が天才学者として活躍する事へのコンプレックスからかもしれない。

人気を得たい。自分も特別でありたい。

けれど、ノゾミ達との交流をしていくうちにその気持ちは薄れていったとレインは自覚していた。

むしろ歌に対して、アイドルと言う存在に対して真髄に向き合っているチカやノゾミに感化されていったのかもしれない。

 

(お礼を言うのは後だ。今は……この歌で会場を沸き立たせる!!)

 

 

 

 

「――ずっと鳴り止まないのは 光、輝きの音

遠くの空

 

静けさ声が宙を舞った 空には青い彗星落ちた 導かれた月の裏側憂愁が広がる

導か境界線超える様に 現実遠のいて行く 今日を忘れ明日を忘れて身を寄せた泣き顔

 

混在した運命が交わったなら店となり

突き動かされるまま ゆっくり幻想を映し出す

 

ずっと鳴り止まないのは 光、輝きの音

どんなに強い風が僕を攫っても

シンシア時を越えて 笑顔に戻れるから

心歌え 宙を伝え 僕を待つ空に響け

ring for Cynthia」

 

 

既に高まっていた観客のボルテージも、歌が後半に突入していきどんどん上昇していく。

 

 

 

「今日も聞こえてくるのは

願い、きらめきの音

遠くの空

 

ずっと鳴り止まないのは 光、輝きの音

どんなに強い風が僕を攫っても

シンシア時を越えて 笑顔に戻れるから

心歌え 宙を伝え 僕を待つ空に響け

ring for Cynthia

シンシア――」

 

 

 

 

「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」

 

 

 

曲の終わりと同時に歓声が上がる。

先程の隠し芸の空気は既にライブ一色となり、次のアイドルの出現を今か今かと待ち望む。

 

「聴いてくれてありがとう!残るはあと2人!いよいよ真打ちの新曲だよ!!楽しみにしてね!!」

 

そう告げてステージを下りていき、続けてユナにハイタッチして交代する。

 

「やったじゃない。最高のライブだったよ」

 

「どうも。さ、ボルテージは高めたわ。ユナ、ノゾミ、あなた達の歌で突き抜けさせちゃって!」

 

「任せて!とびっきりの一曲でトリに繋げるから!」

 

 

 

 

「みんな、準備は良い!?」

 

 

「「「「「ユナちゃ~~~~~ん!!!!!」」」」」

 

ユナがステージに駆けあがると、先の2人と負けず劣らずの声援が木霊する。

その途端、ユナがほろりと涙を零す。

 

「……あ。ごめん。なんかこのステージに上がったらちょっと感動しちゃって……今日はステージを見てくれた人、そして、この素晴らしいライブを企画してくれた人たちに恩返しをする意味を込めて、新しい曲を披露します!!」

 

涙をぬぐい、深呼吸を数度繰り返した後、静まり返ったステージで歌いだす――。

 

 

 

「――警報が響いて 包囲網でガンジガラメ

Cheakmate寸前 Countdownが嫌らしいな

勝手な欲望で踏みつけられたって

僕のセオリーじゃ答えは“No!Are you kidding me?”

 

僕の刻んだ記憶(メモリー)

君と創り上げてきた現実を

イレギュラーなんかに奪わせるな

 

BreakBeatBark! まだ見えない

未来って単純じゃないダンジョンみたいCant’see…

だけどHead up! すぐそこさ

“Never give up”パスワードはそれで十分なんだ

君と僕の純粋(ピュア)すぎる理想 捨てられないね?Heatbeat

呼び出せ 願いの限り」

 

路上ライブでいつも歌っている物とは違う激しい曲調の歌に、観客は息を呑む。

 

「BreakBeatBark! 見えてきた

未来って単純じゃないダンジョンみたいlets’s see!

そうさHead up! すぐそこさ

“Never give up”パスワードはもう必要ないんだ

君と僕の純粋(ピュア)すぎる理想 叶えなきゃないね?Heatbeat

呼び出せ 願いの限り――」

 

 

 

 

歌い切ったユナは目を閉じ、沸き立つ歓声を静かに聞いていた。

 

「まさか、こんな形で願いが叶うなんて思わなかった……」

 

大勢の客の前で歌を披露する。

歌を通してユナの中にそんな夢ができていた。

そして、それがこんな形で敵うことになるとは、ユナ自身予想だにしていなかった。

 

(……そうだ。もし私があの時死んでいたら、こんなステージは開かれることは無かったわね……)

 

思い返すのはかつて40層での救出作戦の時だ。

罠によるモンスターの増援と状態異常による戦線の崩壊から、最低限の犠牲で済ませる為に自身をモンスターの標的を一手に担うことでノーチラス太刀を救おうとした。

しかし、そこに割り込んできたノゾミが準ユニークスキル《連刃剣舞》でモンスターを一掃していき、犠牲になるつもりだった自分すらも助けてしまった。

 

(……チカちゃんのあの言葉、今になって分かった気がする。このステージにどちらかが居なくなったとしても、多分これだけの歓声にはならなかったかもしれない……)

 

あの時の行動は、客観的に見れば最低限の犠牲で済む作戦であると同時に、チカ達からすれば自分達を悲しませてしまう最低な選択だった。

もしあの時自分が、あるいはノゾミが死んでいたらきっとこのステージは実現できなかったのかもしれない。

 

「さぁ、名残惜しいけど次が最後の一人!彼女の歌でこのライブを締めくくろう!!」

 

歓声をバックに楽屋に戻ったユナは待っていたノゾミとレインにハイタッチを交わす。

 

「さっすがユナ!こっちも聞きほれちゃったよ!」

 

「まぁね。さぁ、最後はあなたの番よ、ノゾミ!」

 

「任されたわ!ここまで来たなら、3人に負けないくらいの歌で盛り上げてみせるよ!」†

 

 

「凄い……」

 

ライブに傾いた空気に思わずキリトが感嘆の声を漏らす。

チカの歌で不満げな空気は一掃され、

レインの歌でボルテージを高めていき、

ユナの歌でライブの興奮を最高潮にしてくれた。

残るはあと一人、ノゾミの歌を残すのみ。

観客がノゾミを待ち望むコールを上げる中、数人のプレイヤーが慌ただしく人混みを避けて裏路地に消えていくのが見えた。

 

「なんだ?」

 

普段なら気にも留めないが、その時は妙に気になったキリトは彼らの後をつけて、楽屋のすぐ傍まで来て聞き耳を欹てる。

 

「耐…値………い……プを…っちゃ……って、どういうことですか!?」

 

「……ませ…、……ッフが気付か…に……明に使……みたいで……」

 

《聞き耳》スキルを持っていないキリトは断続的にしか聞こえない。

 

(耐久値の低いロープがどうとか言ってたよな……?明……照明?)

 

それでも何とか聞き出せた情報を整理すると、耐久値の低いロープを証明に使ったということが辛うじて分かった。

改めてステージの上部をよく見ると、手作りの照明の一つが僅かに音を立てて揺れる。

 

「――あれか!」

 

見つけたとはいえ、今から駆けても人混みで間に合わない。

 

(クソッ、観客が邪魔でとても通り抜けられない!大声で伝える?いや、そんな真似したら折角のライブが全部台無しだ。気付かれずに照明のロープを替えるなんて……いや、最低でも落下して直撃を避ければ良いか?だったらソードスキルを照明に当てて……いや、それでも《疾走》込みの《ソニック・リープ》でも届かない!)

 

ぐるぐると思考を巡らせている間にもロープの耐久値はどんどん減っていく。

 

(……!)

 

その時、妙案が思いついた。しかし、それは一人では不可能な作戦でもあった。

それでもキリトに迷いは無かった。

 

「キリトさん!?どうしたんですか!?」

 

「悪い、手を貸してくれ!」

 

楽屋に乗り込み、ギョッとしているツムギ達に、キリトは手短に作戦を告げるのだった。

 

 

 

 

「お待たせーッ!!!」

 

「「「「「ノゾミ~~~ンッ!!!!!」」」」」

 

同じ頃、ステージを駆けあがったノゾミの登場に、観客の歓声が木霊する。

 

「今日はこのステージに来てくれたみんな、本当にありがとう!このライブの最後を任されたけど、前の3人にも負けないくらいのライブを魅せてあげる!!」

 

ライブ外でのハプニングも露知らず、ノゾミは歓声を上げる観客に応えるように会話をしていた。

しかし、件の照明はノゾミの真上でゆらゆら揺れ、今にも耐久値は減っていく。

 

「実を言うと、今回披露する新曲は――」

 

その時、ついにロープの耐久値が切れ、僅かなポリゴン片を残て消滅し、吊るされていた照明が重力に従って落下する。

 

「危ないッ!!」

 

「――え?」

 

観客からの声に気付いて上を向いた時、ノゾミの目の前には自分に目掛け落下する照明。

完全に虚を突かれ、凍り付いた身体が動かせない。

落下物から防ぐように腕を伸ばした。

 

 

――ガシャンッ!

 

 

しかし、それはノゾミに当たる前に黒い何かが彼女の頭上を横切り、はるか上空へと弾き飛ばされた。

空中で耐久値が切れた照明はポリゴン片となって砕け散り、黒い影に気を留める者は誰も居なかった。

 

「――……今のって……?」

 

 

 

 

「……キリト君、大丈夫?」

 

「一応……」

 

黒い何か――キリトは勢い余ってアスナとリズベット、マコトとテンカイとユイがいる場所の壁に激突していた。

あの時の事をかいつまんで説明すると、ユリエールとシンカー、ウィスタリア、ツムギを直列させ、彼女らを足場に、助走をつけた《疾走》込みの《レイジスパイク》で突進。そのまま照明を破壊したということだ。

 

「折角だから見てくか?」

 

「ああ。そうするよ」

 

べしゃりと地面に落ちたキリトを見て、テンカイがそう訊ねた。

キリトも応じてそこでライブを観ることに。

 

 

 

 

(やっぱり、今のってキリト君だったんだ)

 

黒い何か、キリトが過ぎ去った方角を見て確信を得ていた。

再び視線を正面の観客に戻すと、マイクに向かって言う。

 

「えと、どこまで言ったんだっけ?――ああそうだ。今回披露する新曲は、あるプレイヤーに送る為だったの。その人は、このゲームが始まってから、ずっと誰かの為に戦っていた。悲しみを広げまいと独りで戦ってきた……心を砕いてまで剣を振るってきたその人の為に――その人の笑顔を見たいから、この曲を歌います!!」

 

 

 

 

「――Happening!突然降って来た雨が

君との距離 ぎゅっと 近づけてくれる!

 

My heat! 隣で笑う横顔に ときめいている

あぁ…振り向いて欲しい

 

どんな話をしたって

心の声にウソを吐くことは出来ない!

焦れったい!この気持ち

 

精一杯の想い打ち明けたいけど

恥ずかしくて 言えないから

今はこのまま 見つめてたい!

 

雨が上がったら景色変わるように

ねぇ まだ知らない君に出逢えるかな?

きっと……きっと……」

 

先のハプニングを物ともしないノゾミの歌に、観客は歓声を抑えながら聞いている。

チカ、レイン、ユナの歌で観客の誰もが思っていた。このライブに歓声で水を差すのはもったいないと――。

 

「君はどう思っているんだろう?

悩み事は尽きなくてイヤになるけど

 

こんなにも 好きだから!

 

精一杯の想い ちゃんと伝えたい!

こんな気持ちはじめてなの

心の中が あったかくなる!

 

まばたきすること 忘れるくらいに

笑った顔 仕草全部 瞳の奥に焼き付けてた

 

特別な卿が終わってしまっても

もう 抑えられないのよ!好きな気持ち

いつだって見ているから 笑ってる君を――」

 

 

 

 

歌の終わりと共に上がった歓声は、さながら火山の噴火だった。

抑えていた興奮にプレイヤー同士で肩を組んだり、抱き合ったりする者がちらほらいる。

ギルド間、プレイヤー間のぎすぎすした感情は無かった。

ここに来た全員が、【ゴスペル・メルクリウス】が主催するライブを楽しみに来た。ただそれだけでこれほどまでの興奮と歓声が生まれた。

中には、討伐戦で心に傷を負ったであろうプレイヤーも、ライブが始まった時から引き込まれ、いつの間にか他のプレイヤーと共に笑顔になっていた。

 

「はは……こりゃすげぇな……」

 

キリトはまるで敵わないと言った様子で顔に手を当て、笑いを上げる。

一度、クリスマスの翌日に訪れた時には聞き流していたものの、しっかりと聞いた時、ファン達が夢中になるのも納得した。

そんな傍ら、ユイも他のプレイヤー同様に花の様な笑顔で歓声を上げている。

 

「やったな、アイツら」

 

「そうだな。あたしができなかった事を、軽くやってのけやがった」

 

「できなかった事?」

 

首を傾げたキリトにマコトは思わずハッとなるが、数瞬目を逸らした後、観念したように囁いた。

 

「実を言うと、勝手に飛び出したあたしを助けるために、ラフコフの女を……それからユイの奴、時々凄く暗い顔をしてたんだ」

 

「そうか……」

 

「あたしが幾ら励ましても全然で……ノゾミ達にしかできないって勝手に期待しちまったんだ。まぁ、成果は御覧の通りだけど」

 

敢えてその詳細は問わない。

キリトはその事を既に察していたし、何よりこのライブの中でそんな話は野暮であることは彼でも分かることだ。

 

 

 

 

観客のアンコールが響く中、歌い切ったノゾミは天を仰ぎ、火照る身体を冷ます様に肩で息をしていた。

 

「みんなー!今日のライブはどうだったー?」

 

そんな時、ライブに上がったレインが声を上げる。

 

「私は本当に最高だった!こんなステージを用意してくれて、【ゴスペル・メルクリウス】には感謝してもしきれないくらいに!」

 

ユナも駆け上がり、マイクスタンドからマイクを取って実直な感想を述べる。

 

「私も!こんなステージで歌うなんて最初は不安だったけど、みんなのおかげでこんなにも最高のライブにできたよ!」

 

マイクを受け取ったレインが続け様に同じように感想を言う。

そして再びノゾミがマイクを受け取る。

 

「――私は……このライブを観に来てくれた攻略組の皆さんに言いたい事があります」

 

ノゾミのその一言で会場がどよめく。

一呼吸置いた後、ノゾミは胸の内を晒すように言う。

 

「攻略組の皆さんは、きっと先の討伐戦で傷ついた人もいるかもしれません。ううん。それより前に大切な人を亡くして、それからずっと心に傷を負った人もいるかもしれない……。だけど、そんな状況でも皆さんはこのゲームクリアを目指して戦い続けていた。中層プレイヤーの人達もあなた達に追いつこうと戦い続けている。あなた達からすれば、ここで暮らす下層域の人達は街から出ずに呑気に過ごしているのかもしれない。だからこそ、この言葉を言わせてください――」

 

再び一呼吸置いて、「だけど」と続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にありがとう」

 

頭を下げたその一言は、感謝の言葉だった。

 

「あなた達の活躍や悲劇は、私達からすれば人伝手から伝わったことで、それ以上深く知ることは簡単じゃない。今から私達が今から攻略に挑もうにも、私達のレベルじゃ何年先になるか分からない。だけど、あなた達の心を、こうして癒す手伝いをすることはできた。これが私たちなりの戦い方です。今日を、そして明日生きるために戦っている。アイテムを作ったり、商売をしたり……絶望や悲しい気持ちに潰れないように、今を戦っています。だから皆さんも、悲しい気持ちや、絶望に負けないでください……!」

 

先程の興奮が完全に冷め切ったように、水面を打ったように静まり返る。

 

(……流石に、調子に乗りすぎた、かな……?)

 

ノゾミの表情が沈みかけた時、観客の一人が拳を突き上げる。

拍手の代わりだろうか。次々と観客が拳を突き上げる。

ノゾミの言葉が伝わった。そういう事だ。

その光景にノゾミの表情が明るくなる中、ユナがマイクを掠め取る。

 

「ところでみんな、まさか4曲でライブが終わりなんて思ってないよね?」

 

「えっ?」

 

「私達はまだまだ歌える!こんな所でライブを終わりにして良い訳が無いよね!!?」

 

焚きつける様なユナの言葉に、観客も「その通りだ!」と言わんばかりに歓声で答える。

思わぬサプライズにレインとノゾミがユナを見ると、彼女はウィンクする。

その合図に2人も察したのか、ユナからマイクを渡されると、レインが続く。

 

「ここからは私達の我儘に付き合ってもらうわ!アンコールにも答えないとね?」

 

「あはは……でも、今日は悲しい事や時間は一旦忘れてライブを楽しむよ!!」

 

「「「「「うおおおおぉぉぉぉーーーッ!!!」」」」」

 

 

9月某日。

その日、【笑う棺桶】の討伐戦によって負の感情に支配されたアインクラッドの住人は、3人の歌姫のライブで活気を取り戻す。

この日――『ライブ・イン・アインクラッド』はSAO内部での伝説の一つとして語られることとなるのは、まだ先の話――。

 






次回「二刀流」


(・大・)<やっとタイトル回収したーーーーー!!!

(・大・)<何度も空想を続け、描いていたノゾミのライブ。それをユナやレインと共に書き上げて、ある種アインクラッドの一つの山場を乗り切った感を感じます。

(・大・)<思えば書き直しを行い、ここまで長かったなぁ……

(・大・)<という訳で、来年2023年もよろしくお願いします。

(・大・)<今書いたらフライングか?



【使用楽曲】

「ソードアート・オンライン ロストソング」から「シンシアの光」

「劇場版ソードアート・オンライン オーディナル・スケール」から「BreakBeatBark」

「プリンセスコネクト!Re:Dive」から「君の笑顔が見たいから」

使用楽曲コード712-1362-7 225-9995-9 723-1736-1


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「二刀流」


新年1発目の投稿。
改めてよく見たらコッコロの中の人もフレーニカ役で出ていたのに気付いた……ってか、全然気付いてなかった。

( OxO)<きゅ……

キャル「あれ?それだと【美食殿】じゃあたしとアイツ(騎士くん)以外全員出てるって事?」

ほんっとゴメン、フレーニカ……。



 

『ライブ・イン・アインクラッド』から3週間後。

攻略組は破竹の勢いで攻略を進めていった。

異様な速さに中層域や下層域のプレイヤーは驚いたが、それでも死者ゼロという戦績で更に驚かせた。

曰く、先の一件で傷心した攻略プレイヤーにも火が点き、ほとんどが立ち直ったらしいとのこと。

元から攻略に参加していたプレイヤーも活力を取り戻し、積極的な攻略に打ち込んでいった。

 

そして10月18日。74層の迷宮区の安全地帯。

 

「よし、ここで休憩だ」

 

クリスティーナの言葉に攻略組の面々は緊張の糸が取れたように一息吐く。

談笑を交わしたり、昼食に丁度良い時間帯でもあるのでストレージからサンドイッチを取り出して食べたりする者。階層ボスに備えて装備やアイテムを整理する者と、それぞれだ。

 

「なんだか攻略組のみんな、明るくなったね」

 

「ああ。あのライブが相当効いてるみたいだな。現に、【ALS】と【DKB】のぎすぎすした空気が目に見えるほどに薄まっている」

 

周りを見て洩らしたアスナの感想にキリトが頷きながら同意する。

 

「これもノゾミちゃん達のライブの成果だね」

 

「そうだな。そうだ。一応立ち回りとかについてもう一度話しておくか?」

 

「賛成。キリト君が下手に突出しないように、ちゃんと陣形を組む必要もあるからね」

 

「ソロ相手に陣形も減ったくれも無いだろ?」

 

キリトとアスナもそんな他愛もないことを話している中、《索敵》スキルに安全地帯の外からのプレイヤー反応が示される。その反応は……18。3パーティ分の人数に相当する。

それに気付いたプレイヤーの何人かがそちらの方を向いた。

 

「な、なんだありゃ……?」

 

思わずクラインが我が目を疑うのも無理はない。

入ってきたのは、白いローブに白い仮面という装備品で統一された、まるでカルト教団の集団のようだ。

先頭を歩いていたプレイヤーの「休め」という一言で後続のプレイヤーの緊張の糸が途切れたように疲弊した様子で座り込む。

 

「レベリングに来たのか?」

 

「ええまあ、そんなところです。ご心配なく。別にここでどうこうしようとは思っていません」

 

「そうか。こちらはもう少ししたらボスに挑むつもりだ。お前達はどうする?」

 

「もう少し休んだ後、このダンジョンを探索します」

 

怪しげな相手ではあったが、口調は温和でこちらを敵視する様子は無い。

クリスティーナを筆頭とした攻略組も彼らに警戒していたが、武器を構える様子の無い彼らを無視してボス部屋へ向かっていった。

 

 

 

 

74層ボス《青眼の悪魔(ザ・グリームアイズ)》。

数メートルを誇る筋肉質な巨躯に加え、ヤギのような頭部と蛇のような尻尾。巨大な斬馬刀を得物とするモンスターだ。

青白い炎のブレスに尻尾の薙ぎ払い、斬馬刀による両手剣ソードスキル。

一撃一撃が強烈で、ダメージディーラーならば一撃死もありうる状況下で、攻略組は的確に4本あったHPバーを残り1本半まで削り落としていた。

 

「……そろそろ行動パターンが変わるぞ!」

 

「A隊、C隊は後衛に下がって回復に専念。B隊D隊、前線に出て防御準備をお願いします!」

 

クラインの叫びに、ギルドに所属していないプレイヤー達が気を引き締める。アスナの的確な指示で団員達が動き、壁役が横一列に並んで身の覆うほどの大盾を城壁のように並べ防御姿勢を取る。

 

「いける。これなら……!」

 

ノーチラスがボスが討伐される可能性を思い浮かべた。その時だった。

 

「ぎゃああッ!?」

 

突然の悲鳴と、複数の砕ける音。

 

「え……?」

 

アスナが振り返った途端視界に飛び込んだものに、絶句した。

 

「なっ、何なんだよテメェらぁ!?」

 

「馬鹿、倒すんだったらあっち……うおぉっ!?」

 

「あなた達何やってるの!?」

 

そこには後続に下がり、HPの減らした攻略組が、先のローブ姿のプレイヤーの集団に襲われている光景だった。

 

「――行け。同胞たちよ」

 

その合図で、白ローブのプレイヤーが武器を振り上げて次々と襲い掛かって来た。

 

「楽園を破壊する者達を滅ぼせええええぇぇぇぇ!!」

 

「この野郎ッ!」

 

思わず攻略組の一人がローブのプレイヤーを攻撃する。掠っただけに終わったが、それだけでHPが満タンの状態から3分の1も削られた。

 

「ッ!――できるだけ武器破壊して拘束して!その人達、多分レベルが私達よりずっと低い!」

 

「……隊列を立て直し次第奴らを捕縛しろ!」

 

アスナとリンドの指示の直後、グリームアイズの口角が上がる。

 

(……笑った?)

 

キリトが気付いた時、グリームアイズがぐっと身体を縮こめた。次の瞬間、角が天井にぶつかるスレスレの高さまで飛び上がった。

いきなり飛び上がった階層ボスに前線で戦っていたプレイヤーは目で追うしかできない。

そして着地したのは――この部屋の入り口。

攻略組の誰もがヤバいと思った次の瞬間、グリームアイズが扉を閉ざす。

 

「とっ、閉じ込められた!?」

 

「そんなのありかよ!?」

 

退路を塞ぐ行動に次々と悲痛な叫びをあげる。逃げる暇も無く斬馬刀がプレイヤーの集団に叩き込まれ、ポリゴン片が土煙と共に舞う。

 

「チクショウ!ボロボロの奴らが前線に晒されちまってるじゃねぇか!!」

 

「何しとんねん!はよ急げ!結晶を使っても構わへん!」

 

クラインとキバオウがギルドメンバーを急かす。

キリトなどの個人プレイヤーも踵を返してグリームアイズへと向かう。

その中で、突出した人影が2つ。

 

「おい、褐色のお嬢ちゃん。奴らは明らかに普通じゃない。間違っても殺すなよ?」

 

「言われなくても、分かってるさー!」

 

「あの2人……!――プレイヤーは俺達でどうにかします!アンタらはボスを!総員、プレイヤーの拘束に専念しろ!」

 

カオリとクリスティーナが白ローブの武器を次々と破壊していき、すかさず【ブレイブ・フォース】のメンバーが拘束する。

しかしグリームアイズも黙ってはいない。格好の的として青白い炎のブレスを放ち、咄嗟に回避したメンバーは難を逃れたが、白ローブは残らずHPを全損しポリゴン片となって消滅する。

 

「あなた達、なんでこんな真似を……!?」

 

アスナの声が不意に途切れる。反射的に足元を見ると、倒れた白ローブのプレイヤーがアスナの足首を掴んでいた。

 

「ッ!?」

 

その瞬間を逃さなかったグリームアイズが、標的をアスナに定めて斬馬刀を振り下ろした。

 

「――アスナァッ!!!」

 

土煙と共にキリトが悲痛な悲鳴を上げて駆け付ける。

駆け付けると、幸いアスナに深い傷は無い。

 

「わ、私は平気。けど……」

 

周囲を見渡すと、状況は最悪と言っても過言ではない有様だった。

【ブレイブ・フォース】は乱入した白ローブのプレイヤーの対処に追われ、【DKB】はHPの少ないプレイヤーが多く、ボスどころではない。

【風林火山】、【ALS】、【血盟騎士団】は最前線にいた所為で本隊ははるか後方。特に【ALS】は俊敏性が特に低く、最後尾で集団になっている状況だ。

他の攻略組プレイヤーもグリームアイズからほど遠い位置か、白ローブ相手に苦戦してボスどころではない。

 

(まずい、戦線が崩壊している……!このままじゃ全滅……!)

 

最悪な状況で、冷や汗を垂らす。

すっと悩むように目を閉じ、決心したように見開いた。

 

「アスナ、20……いや、10秒で良い。あのボスの気を引いてくれないか?」

 

「キリト君?……ええ、分かったわ」

 

一瞬戸惑ったものの、すぐに承諾したアスナは一人グリームアイズに突進する。その勢いのままに放った《リニアー》で攻撃し、グリームアイズがアスナを標的にする。

その間にキリトはメニューウィンドウを呼び出し、素早く操作する。

 

「――スイッチ!!」

 

準備を終えたキリトが叫び、アスナと入れ違いにグリームアイズの前に躍り出る。

斬馬刀から放たれた突きをエリュシデータで逸らし、蒼炎の如きエフェクトの中から産まれたかのように出現した白い剣――リズベットが創り上げた最高傑作ダークリパルサーを手に、グリームアイズを大きく吹っ飛ばす。

全員が状況を忘れて目を瞠った。システム上あり得ない、2つの武器をそれぞれ装備するというあり得ないを成し得た、黒衣の剣士に。

 

「――……《スターバースト・ストリーム》ッ!!!」

 

2本の剣から放たれる、斬撃の嵐。

刺突、逆袈裟から始まり、身体を捩じっての二刀の真一文字にX字の袈裟斬りと逆袈裟――。

2振りの剣から放たれる光が尾を引き、まるで閃光の乱舞の如く、怒涛の連撃がグリームアイズに叩き込まれる。

 

「なんだ、あのスキルは!?」

 

「ほぅ……」

 

(速く……もっと速く……!!)

 

殴られてもなお、1秒、コンマ0,1秒でも――いや、それよりもっと速く斬撃を叩き込んで目の前の怪物を倒す。

 

「あああああああぁぁぁぁぁッ!!」

 

15撃目の刺突を掴まれても16撃目の一撃がグリームアイズの胴体を切り裂いた。

その一撃で、グリームアイズのHPが尽きると確信して――絶望した。

 

「――なッ!?」

 

ほんの数ドット。それだけを残して青眼の悪魔は生き残った。

ソードスキルを終えた今のキリトは奴からすれば祭壇の上の生贄同然。止めを刺さんと斬馬刀を振り上げた。

 

「でやああああああぁぁぁぁぁッ!!!」

 

その時、方向と共にカオリが駆け出す。

片手戦爪の突進技の一つ、《アビシニアン》を、がら空きとなったグリームアイズの右脇腹にねじ込んだ。

その一撃が今度こそ決定打となり、青眼の悪魔がポリゴンとなって爆散した。

 

「終わった………………のか……?」

 

か細い声で呟いた疑問に答える様に、「Congratulations!!」と文字が表示される。

それを見て緊張の糸が解けたのか、糸の切れたマリオネットのように膝をつくキリト。そこにアスナが駆け付ける。

 

「もう、キリト君もカオリちゃんも無茶し過ぎだよ!!」

 

「いや~、あの時は私も無我夢中だったさ~」

 

駆け付けたアスナとの会話もそこそこに、ノーチラスがキリトに歩み寄る。

 

「……こっちは8人、犠牲になった」

 

「そうか……犠牲者が出たのは67層以来だな……。あいつら……なんでこんな真似を……?」

 

「それより良いのか?後ろ」

 

ジト目のノーチラスの言葉に疑問符を浮かべながら振り返る。

そこには生き残った攻略組の殆どが詰め寄っており、思わず「うわっ!?」と叫ぶ。

 

「おい、何だったんだよ今のは!?」

 

「あんなの片手剣のスキルに無いぞ!」

 

「どこで手に入れた!?というかなんで隠してた!?」

 

「お前今回のボスの事知ってたのか!?それで隠しても倒せるって踏んでたのか!?」

 

怒涛の質問攻めに答えられず口ごもるキリト。

 

「落ち着け、バカ共。いきなりの質問攻めに彼も困惑しているじゃないか」

 

そこに助け舟を出したのは、意外にもクリスティーナだった。

詰め寄る彼らを制すると、改めてキリトに向き直る。

 

「改めてだ。少年、疲労困憊してる所悪いが君のそのスキルについて洗いざらい吐いて貰うぞ?」

 

「……わかったよ。もう隠しきれないからな。今使ったのはEXスキルだ。名前は《二刀流》」

 

観念したキリトがその名前を口にした時、攻略組の面々から「おぉ」と声が上がる。

クラインが前に出て更に訊ねる。

 

「出現条件は?」

 

「わかってたらとっくに情報屋に伝えてる。準ユニークスキルを持ってたノゾミは、そのスキルが手に入る試練を受けられる通知が入ったって言ってたよな?」

 

「ああ。確かにそんなこと言ってたな……ん?ひょっとしておめぇンとこにも?」

 

「残念だがこのスキルを手に入れた時、そんな通達は無かった。試練クエストも、だ。もしこんなのが知れたら……」

 

「最悪夜間の園外でリンチだな」

 

クリスティーナがさらっと告げた言葉にキリトは顔を引きつらせる。

 

「まあそういう事だ。キリトのこのスキルが無かったら俺たち全員死んでたんだ。スキルの件で食って掛かるのは止めろよな?」

 

「まあもっとも、以上に問い詰めなければならない人物がここには居るからな。不満なら奴らにぶつけてくれよ?」

 

その言葉に全員が縄で縛られている白ローブのプレイヤーへと視線を向けた。

3パーティ分もの人数は、先の戦闘で2人にまで減らしていた。

 

「あなた達、なんでこんなことをしたの?」

 

「我らは楽園に選ばれた。貴様たち楽園の終焉を望む者を滅ぼせと神託が届けられたのだ」

 

「楽園?」

 

「この城――アインクラッドの事だ」

 

「つまり、攻略して現実から解放されるのが嫌だって理由で襲ったのか?」

 

「それ以外に何がある?」

 

とんでもない動機に攻略組が言葉を失う。

デスゲームと化したこの城から出たくない?その動機は攻略組からすればふざけているとしか思えない。

埒が明かないとアスナはリーダーの男から、怯え切った白ローブのプレイヤーに話しかける。

 

「あなた、この事は知ってて参加したの?」

 

「ま、待ってくれ!俺は知らなかったんだ!こんなことをするなんて!」

 

「どういうこと?」

 

「俺は元々ギルドに保護してもらえるって聞いたから入っただけなんだ!それなのに今日はいきなりこんな所に連れてこられて……!」

 

「連れてこられた?私達の攻撃で半分近くも削られたって事は、あなた達のレベルは相当低いって事よね?」

 

「行く時は40人いたんだよ!けど、ここに来る途中で半分近い奴らが囮スキルを使って……」

 

「――まさか、囮にした人を見捨てて進んでいったの!?」

 

余りにも信じられないやり方に思わず息を呑む。

攻略は普通“犠牲を出さないため”に慎重に行動している。しかし、彼らは“犠牲を出すのは前提”の行動をしてここまで来たということになる。

周りの様子から、白ローブのプレイヤーはアスナと話している1人を除けば全員がそのイカれた命令を聞いた事になる。

 

「――け、けど。どうして【転移結晶】で逃げなかったの?それさえあれば死なずに済んだはず……」

 

「そ、それが……使えなかったんだ。その隙にやられた奴もいた……」

 

「えっ?」

 

カオリの尤もな疑問を出した時、予想外の返答で再び場が凍り付く。

 

「そんなの、今までのボス戦には無かったはず……!」

 

「次からはぶっつけ本番がセオリーになるという事か。ふっ、面白いじゃないか」

 

それは残り25層のボス攻略の難易度と死亡するリスクが著しく上昇する事を指していた。

暗黙の答えを知った攻略組の面々の顔から、血の気がこれでもかと引いていく中、クリスティーナだけは漸く本番かと言わんばかりに表情をほころばせる。

 

「とにかく、お前達は監獄に送る。とっとと来い」

 

頭を振ってショックを忘れたリンドが、白ローブのプレイヤーを連行しようとした。

 

「愚かな。そう易々と捕まると思ったのか?」

 

「なんだと?」

 

その時、飛来した槍が白ローブのプレイヤー2人を貫いた。

 

「なんだッ!?何が起きた!?」

 

「誰かが槍を投げたんだ!」

 

幸いリンドには直撃しなかったものの、白ローブのリーダーはそのまま身体をポリゴン片に変えて爆散した。

入り口の扉を見ると、僅かに開け放たれ、その隙間から投げられたものらしい。キリト達が入り口を見た時、青白い光が洩れ出た。恐らく【転移結晶】で逃げたのだろう。

 

「い、いやだ……俺……俺ぇぇぇ……!!し、死に……たく……な――」

 

「待ってろ、すぐにポーションを――」

 

急いでポーションを取り出し、ローブのプレイヤーにポーションを差し出そうとした。

が、それより早くHPが底を尽き、伸ばした手は誰にも触れることなく消滅していった。

 

「そんな……!」

 

「攻略の妨害なんて……」

 

消滅を目の当たりにして、崩れ落ちるカオリ。

その光景に誰も口を開くことは無く、ただ沈黙がその場を支配するだけだった。

 

 

 

 

その日の夕方。

61層主街区セルムブルク。

 

「じゃあ、アスナも明日から攻略頼むよ」

 

一緒にいてほしいとアスナに頼まれたキリトは、不安げな彼女の様子から拒否できずにそのまま主街区までの道のりを共にした。

主街区をアクティベートし、転移門からセルムブルクに移動。キリトも転移門でねぐらに戻ろうとした時、不意に彼女に手を掴まれる。

 

「ど、どうしたんだ?」

 

思わず振り返って気が付いた。

アスナが、僅かに震えている。

 

「ごめん、キリト君……私、不安なんだ……先の事が……」

 

「……確かに、ボス攻略の際に結晶が使えないんじゃより慎重にならなきゃならないな。ひょっとしたら今日のボスと同じように、また退路を塞ごうとするボスもいない訳じゃないし……下手したら、俺達の知ってる誰かが……」

 

そこから先は言えなかった。キリトにとって最悪すぎる光景が浮かんだのは言うまでもない。

 

「……あのね。あのボスの時に私、足を掴まれて動けなかったの。やられるって時に、誰かに突き飛ばされて……一瞬しか見えなかったけど、多分【ALS】の人だったかもしれない……けど、その人とキリト君の姿が一瞬だけダブって見えたんだ」

 

アスナからしたら、その瞬間はキリトが自分をかばって死んだように見えていたのかもしれない。キリトはそんなバカなと言うつもりだったが、震える彼女を見ているうちにぶしつけな言葉は引っ込んでしまった。

 

「お、おかしいよね?どうしてキリト君と錯覚しちゃったんだろ?わ、私疲れてるのかな?アハハ、こんなんじゃ明日に支障が出ちゃうかも。でも頑張らないと――」

 

「アスナ、無理はするな」

 

「え?ど、どうしたの?キリト君がそんなこと言うなんて……明日は雨かな?」

 

「明らかに無理してるとしか思えない。」

 

キリトの指摘にアスナの笑顔が引きつる。

口では平常をふるまっていると思っていたのだろうが、傍から見ても空元気を振り撒いている様子にしか見えない。それに、キリトの手を掴む力が、明らかに強くなっている。

 

「……そう、だね。キリト君、お願いがあるんだけど……」

 

「どうした?」

 

「えっと……暫くキリト君と、パーティを組んでも良いかな?」

 

「ギルドはどうするんだよ?」

 

「うん……暫くお休みしようかなって……」

 

アスナのその言葉にキリトは目を丸くした。

アスナからの誘いは正直嬉しいのだが、彼女は【血盟騎士団】の中ではトップ3に名を連ねる重要な立場の人間だ。休暇届を出しておいてヒースクリフを筆頭に上層部の人間が黙っていられるはずがない。

そのことを口にしようかどうか逡巡したキリトだったが、怯え切った彼女を見て決心がついた。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

「ありがとう。引き留めてごめんね。また明日」

 

「ああ。また明日」

 

それだけ言ってキリトはねぐらのある層へと転移していった。

アスナはそれからしばらく、キリトの手を握っていた手を大切にもう片方の手で包みながら、転移門を眺めていた。

 





次回「闘技場三本勝負!」


(・大・)<因みに本日、プリコネ第2部最終章完結です。

(・大・)<その時間に合わせて投降しました。


追記

( ・大・)<ホントのクライマックス明日かああぁぁぁぁぁぁいッッッ!!!


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「闘技場三本勝負!」

今日、プリコネの幕間見てきたけど、もうね、滅茶苦茶ヤバい。

1.いきなり新キャラ妖精&塔が逆さま。ヤバいですね☆
2.現実に帰って来てごった返す病院。ヤバいですね☆
3.ストーカーとニンジャと姉とヤンデレが集う。ヤバいですね☆
4.アストライア国が陥落&ペコ侵入。ヤバいですね☆
5.新ギルド新キャラのリリがまさかの兄様呼び。ヤバいですね☆

もうヤバいですね☆しか出てこんわwww3部1章が楽しみすぎて夜も眠れんwww


 

 

 

74層のボスが討伐されて翌日。

ユイがエギルの雑貨店に入る。

 

「キリト君、差し入れのビーフサンドだよ」

 

「悪いな」

 

ユイが持って来た袋をキリトに渡す。

受け取ったキリトはビーフサンドを取り出すや否やかぶりついた。

 

「大変な騒動になっちゃったわね」

 

「そりゃそうだ。こんなモン書かれちまったらな」

 

エギルは新聞を放り投げ、それをユイがキャッチする。

 

「――『予想外の妨害と、青眼の悪魔により壊滅させられかけた攻略組。それを救った黒の剣士《二刀流》の50連撃』――うわぁ、ノゾミちゃんの時より酷いかも……」

 

「50連撃って、使えないにもほどがあんだろ……そのせいで剣士やら情報屋やらに詰め寄られて、ねぐらから逃げ出す羽目になったんだからな」

 

「仕方ないんじゃない?あたし達だけの秘密だって言っておいて勝手に披露しちゃったんだからね」

 

素材の購入に来たリズベットがにやけながら茶化す。

 

「どうだ?いっその事講演会でも開くか?チケットの手筈なら俺が――」

 

「誰がするか!!」

 

冗談交じりのエギルにキレたキリトがティーカップを投げつける。壁に叩きつけられたカップは粉々に砕けてポリゴンとなって消えた。

 

「おい、危ねぇだろ!」

 

「別に園内だから死にはしないだろ」

 

「それじゃ、私は下に戻るね。アスナさん達にもよろしくね」

 

踵を返してエギルの店を後にしようと扉に近づいた時だった。

扉が開き、ユナが入ってくる。

 

「ゆ、ユナさん?」

 

「キリトさん。ヒースクリフ団長がお呼びです。ご動向願います」

 

「え?いきなりどうして……」

 

「ユイさんにも一応うちのギルドに足を運んでもらいます。ノゾミとウィスタリアにも連絡を入れたので」

 

「ノゾミちゃんにも?」

 

唐突な話でついていけないユイ。

エギルとリズベットも、何事かと顔を見合わせるだけだった。

 

 

 

 

55層グランザム:【血盟騎士団】本部。

 

 

「いきなりの呼び出しにも関わらずよく来てくれた」

 

ユナに連れてこられたキリトとユイは、55層にある【血盟騎士団】本部にやって来た。その客間でウィスタリアと【ブレイブ・フォース】のラジラジともばったり会う。

その最奥、広々とした部屋に大きめの椅子とデスク越しにヒースクリフが迎え入れる。

 

「お久しぶりです。ヒースクリフ団長」

 

「健勝のようだな、ノーチラス君。【ブレイブ・フォース】ではうまくやっているようだね」

 

「その話はまた後にしてくれますか?」

 

前に出たラジラジが遮るように前に出る。

 

「ラフコフ戦後以来ですね。こうして会話するのは」

 

「そうだな。あの時は改めて礼を言わなければならない。クラディールがラフコフの人間だと知らなかったら、彼らは今も活動を続け、より多くの犠牲者を出していたかもしれないからな」

 

「で、用件はなんだ?」

 

割り込んだキリトが単刀直入に訊ねる。

 

「なに、大したことではない。世間ではトップギルドと持て囃されているくせに、戦力は常にギリギリの状態だ。そんな状態で貴重な主力プレイヤーを引き抜かれてはいそうですか、と黙って見過ごすと思っているのかね?」

 

「なるほど。つまり剣で奪い取って見せろ、って事か?」

 

ヒースクリフの趣旨を察したキリトがその本心を代弁する。

その言葉を聞いたヒースクリフは口角を上げ、「よろしい」と承諾した。

 

「……あら?お待ちなさい!でしたら何故私達が呼ばれたんですの!?話を聞く限りでは、あなた方の問題ではなくて?」

 

「確かに彼女の言う通りだ。ヒースクリフ団長、我々を呼んだ理由は何ですか?」

 

そこにウィスタリアとラジラジが食いついてきた。

 

「その件か。実を言うとキリト君と決闘する話になった際、3本分の試合にしないかとダイゼンから提案があってね」

 

「またあの人ですか……」

 

呆れ半分でユイが声を上げる。

彼の提案で『ライブ・イン・アインクラッド』の計画を実行できたようなものだが、なんとなく近寄りがたいと思ってしまうと言うのがユイの実直な感想である。

 

「私がキリト君と決闘する際、『私も彼とぜひ戦いたい』と言い出してきた副団長と揉めたのだよ。最終的には団長権限で無事に収めたのだが……」

 

目線を逸らした先には今もふてくされて机に突っ伏すクリスティーナの姿が。普段は傍若無人な振る舞いで周囲を振り回し、的確な指示で団員を動かす聡明さといかなるモンスターを相手にしても怯まない豪胆さを持ち合わせていた彼女も、今ではまるで拗ねた子供のようである。

 

「そこで止むを得ず彼女の眼鏡に敵う相手は誰かと彼女と相談して……ラジラジ君、君ならば彼女も承諾してくれたよ。まあ、かなり渋々だったが」

 

「……とんだ茶番に付き合わされたものだ」

 

「それと【ゴスペル・メルクリウス】の諸君。君らには我々【血盟騎士団】の大きな借りがある。こちらもユナ君を連れ出す事を許可したがゆえに、あのライブは成功した。違うかね?」

 

表情は変えずとも、にらみを利かせるヒースクリフ。確かに先のライブでは団員の一人であるユナを借りたこともある。

言い換えれば「こっちが先に協力してやったから、そっちもこっちの案に協力しろ」と言うことだ。

 

「……なるほど。要はノゾミさんとラジラジさんは闘技場の盛り上げ役をしろ、ということですのね?」

 

「君らの場合、参加してくれるだけで良いからリスクはほとんど無い。正直な話、ユニークスキルに次ぐ超EXスキル持ちとはいえノゾミ君では我々からすれば力不足感を否めないし、何より訓練やレベリングをサボってでも君に会いたがる人が増えてしまうだろうからな」

 

「あはははは……」

 

その実直すぎる感想にノゾミは苦笑いを浮かべるしかなかった。

しかしすぐに気を取り直して彼に向き直る。

 

「……わかりました。私も参加します」

 

「そう言ってくれたことに感謝するよ。君の対戦相手はアスナ君が――」

 

「あれ?シズルさんじゃ無いんですか?」

 

ヒースクリフがノゾミの対戦相手を告げようとした時、ノゾミが素朴な疑問を投げかけた。

その途端、部屋の空気が一気に凍り付く。

 

「……?どうかしましたの?」

 

「ノゾミ、なんか変な事言ったか?」

 

「えっ?私はただ、同じ超EXスキルを持ってるプレイヤー同士のほうが理に適ってるんじゃないかなって……」

 

「ちょっと、本気なの!?今のシズルさんはとても戦える状態じゃないのよ!?あなたまで受ける必要なんてない!今すぐに取り消して!!」

 

困惑するノゾミとキリトに、アスナが必死に彼女を説得する。

 

「……アスナ君。君の言いたい事は分かる。だがこれは、君がキリト君のパーティに引き抜かれるか彼が我々の一員になるかの話だ。当事者の君に口出しする権利は無いと思えるが?」

 

「ですがッ!」

 

「ノゾミ君。シズル君は一応戦える状態ではある。が、今は普通ではないのでね。それでも彼女と戦うかね?」

 

「えと……大丈夫です。私も問題はありません」

 

そう答えた途端、後ろでアスナは「も~っ!!!」と頭を掻く。

どういうことか尋ねようとした時、ヒースクリフが口を開いた。

 

「では明日正午。75層主街区コリニアの闘技場にて」

 

 

 

 

翌日。

 

アクティベートしたばかりの75層主街区コリニア。

白亜の巨石造りの街並みは、まるで古代ローマの首都を思わせた。

何よりこの主街区で一際目立つのが、転移門前に聳え立つ巨大な闘技場だ。

今日、この闘技場ではレベルや立場に関係なく様々なプレイヤーが訪れていた。

 

「さあさあ、良い席のチケットは残り僅か!買った買ったぁ!」

 

コロシアムの近くではダイゼンがプレイヤー相手にチケットの販売に勤しんでいた。その隣ではダフ屋らしき屋台もある。恐らく隣もダイゼンの兼任だろう。

入り口付近には露店が並び、【エリザベスパーク】や【ゴスペル・メルクリウス】所属の商人プレイヤーが商売に精を出していて、今の始まりの街と大差ない活気に包まれている。

 

「うわぁ、凄いことになってますね」

 

「ツムギちゃん!」

 

コロシアムにひしめく観客をざっくり見渡したツムギがそんな感想を呟く。

そんな時、フィリアから声を掛けられた。振り返って見ると綿あめらしきものを持っている。

 

「貴女も闘技場に?」

 

「まあね。ねぇ、どっちが勝つと思う?」

 

「いきなりですね。私としては……キリトさんに勝ってほしいですね。あの服を作った身としてですが」

 

「え?あれってツムギが作った奴なの?てっきりどこかのボスのトドメの奴かと……」

 

「今となっては懐かしいですよ。まだ師匠(せんせい)の下で修業していた頃、師匠に内緒で繕ったんですから隠密性能にブーストを掛けた代物ですよ。そういえばキリトさん、常に黒がデフォルトでしたね。この決闘が終わったら、別の色の服を試してみましょうか」

 

ぬふふ、と含みのある笑いを浮かべるツムギにフィリアは若干顔を引きつらせる。

因みにその後、アシュレイにバレてしっかり絞られたらしい。

閑話休題。

 

ラッパのファンファーレが鳴り響く。コロシアムの試合開始5分前を告げる合図だ。

ただでさえ大量の観客が、その合図を皮切りに更に集まってくる。

ウィスタリア達【ゴスペル・メルクリウス】と、テンカイ達【エリザベスパーク】の面々も集まってきた中、時間が正午を表示した。

 

 

 

 

『闘技場を訪れた皆さま、大変お待たせしました!第1回闘技場血戦、ここに開幕~~~!!今回は全プレイヤー中最強と謳われる我らが【血盟騎士団】を率いる騎士団長、《神聖剣》ヒースクリフと先日ユニークスキル《二刀流》を披露した孤高の黒の剣士キリトが、1対1の決闘で雌雄を決すると言う一大イベント!!――と、言いたい所ですが、今回はなんとそれだけではなく、傍若無人なクリスティーナ副団長とかつて半壊するほどの被害を受けながらも攻略組に復帰した不死身の軍団【ブレイブ・フォース】のリーダーラジラジ氏の対戦、更には準ユニークスキル持ちの2人の対戦と、太っ腹にも決闘三本勝負が繰り広げられます!!えー、実況は私【血盟騎士団】財務管理を任されておりますダイゼンでお送りします』

 

ダイゼンの合図に雷鳴の如き大量の歓声が沸き立つ。

 

『えー、まずは前哨戦としてこの2人!赤コーナー、【ゴスペル・メルクリウス】に所属する浮遊城のアイドル!『ライブ・イン・アインクラッド』でプレイヤー達を沸騰させた最強アイドル!ノゾミィィィィィィィ!!!!』

 

ノゾミが闘技場に現れると同時に、さっき以上の歓声に思わず耳を塞ぐツムギとフィリア。

 

『えー。青コーナー、我ら【血盟騎士団】タンク長。多分今のアインクラッドで最凶であろうこの人、シズルさんです』

 

「説明軽ッ!!仮にも同じギルドの仲間なんだし、もっと紹介を――」

 

坦々と告げたシズルの紹介に思わずマコトが叫んだ。

だがその直後、続きを彼女の口から発せられることは無かった。

 

「何ですの、あれ……?」

 

ウィスタリアとが唖然としながら思わず零れた感想は、この闘技場の観客全員の総意でもあった。

ノゾミの出てきたゲートの真向かいから現れたのは、分厚い布に覆われた誰かだった。

手には分厚い木製の枷で自由を奪い、何重にも身体に巻き付かれた鎖という有様にどれほどこの人物の危険性が大きいのか嫌でも理解させられる。

 

「なんか、某サバイバルホラーのなんたらト○ヴ○ーさんと似てなくない?」

 

「「ほんとそれな」」

 

別の観客席で、フィリアが顔を引きつらせて呟く。

リズベットはドン引きしたままで何のことかさっぱりだったが、クラインとエギルは知っていたのか顔をひきつらせたまま同意した。

 

「連れてきました」

 

「よし。ノゾミちゃん、そっちから決闘申請を頼むよ。あと、予備の曲刀は持ってきてるね?」

 

「は、はあ……」

 

ともあれ、鎖を引くのは団員らしきプレイヤーの片方がそう言うと、ダイゼンはストレージを操作して武器を実体化する。

始まりの街でよく見かけるNPC武具屋で最安値で売られている【ショートソード】だ。それを布を被った誰かに持たせる。

ノゾミや観衆が目を白黒させる中、ノゾミは言われた通り決闘申請を送る。ルールは【時間制限3分】と【初撃決着】とオードソックスなものだ。

布を被った誰かの前にウィンドウが現れ、団員が手を取って操作し、受諾。カウントダウンが始まると同時に団員が布を取っ払うと同時に逃げ出した。

 

「……………!!」

 

布の中から現れたのは、変わり果てたシズルだった。目は血走り、口元からはぽたぽたと涎が垂れ落ち、口に猿轡を嵌められ手もなお呻き声を上げる姿は最早ケダモノである。

 

「なっ、えっ、ちょっ、どういうこと!?なんかこの間見た時より酷いことになってない!?大丈夫この人!?大丈夫なの!?」

 

「だから言ったじゃない……」

 

アスナが困惑するノゾミに後は知らないと言わんばかりに呆れた表情を浮かべる。

 

『えー、ここに団長からの伝言があります。「シズル君は最近弟くん成分という奇妙なエネルギーが枯渇しているらしく、妹分(シリカ君)も最近音信不通になっていたことでフラストレーションが限界地にまで――いや、軽く限界突破してこのような状態になってしまった。念のため本来の装備を没収し未強化の初期装備を彼女に提供してはいるが、放置してると暴走して周囲に危害を加えかねない。私を含めた我がギルドのタンクプレイヤーが必死に抑えているが、今の彼女は1日タンクプレイヤーを10人以上はなぎ倒せるほどのパワーを暴走させているのと同じだ」とのことです』

 

「最近壁役(タンク)が【ALS】中心だったの、それが原因かよ!?」

 

『「今の彼女はいわば《狂剣士(バーサーカー)》を常時発動させてる状態だ。一応最大限君が死なないように配慮はした。ノゾミ君、これは君が選んだことだ。もう取り消す事は出来ない。だが私から君に一つアドバイスを送ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばれ」だそうです』

 

「いやがんばれって、もっと他にアドバイスは――」

 

思わず叫ぶノゾミだったが、その直後にカウントが0になり、シズルが弾丸の如く迫るり、その途中で突き刺さった【ショートソード】を掴み、ノゾミに斬りかかった。

瞬間、巨大な土煙がコロシアムのフィールドから立ち上った。

 





次回「剣vs拳」


(・大・)<布を被ったシズルの姿はバイオ1リメイクのリサ・トレヴァーをモデルにしました。


(・大・)<こっからいよいよクライマックスまで駆け抜けます。



追伸:SAO×プリコネでまさかのスズナも出ていた。

スズナ「やばば!うちも参加してたんだ!」

クロエ「マジか。このままSAO×プリコネ公式に行っちゃうんか」

追伸の内容は単に作者の願望です。




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「剣vs拳」


前回までのあらすじ

74層ボスグリームアイズ戦の最中、白ローブのプレイヤーの集団の集団PKによる妨害に遭い、絶体絶命の窮地に立たされる。
その時キリトがユニークスキル《二刀流》を解放し、ボスを撃破。
翌日ヒースクリフに召集されたキリトは、ノゾミ、ラジラジと共にアスナの【血盟騎士団】からの引き抜きか、自身が入団するかの決闘に応じるのだった。
その1回戦、ノゾミの相手はケダモノと化したシズルだった。


(・大・)<仕上がったので投稿します。


 

「ノゾミさんッ!?」

 

思わずティアナが叫ぶ。

まるで大量のダイナマイトを爆破させたような衝撃と轟音でその威力を物語っていた。

あの一撃で死んだかもしれない。観衆の誰もがそう思い青ざめていると、

 

「――ぃやあああああああああああ~~~~~~!!!!」

 

「生きてた!」

 

土煙を突っ切ってノゾミが姿を現すと、ほっと胸を撫で下ろした。

しかしまだ終わりじゃない。

 

「…………!!!」

 

標的をノゾミに移したシズルが、猿轡越しにくぐもったケダモノの様な呻き声を上げ、突進する。

《シャープネイル》にも似た動きでノゾミに迫る。

 

「わっひゃあッ!?」

 

間一髪横にダイブする形で回避。標的を失い、そのまま観客席へと突っ込んでいった。

 

「うわああああッ!!」

 

「ぎゃああああッ!!」

 

「どわああああッ!?」

 

「うそでしょ!?」

 

それでもシズルは観客をなぎ倒しながらUターンする。中には重装備のタンクプレイヤーも交じっていた。

 

「………………!!!!!!!」

 

猪――いや、もはやダンプカーもかくやの勢いのまま、シズルはノゾミに向かって突進する。

 

「うぐっ……!?」

 

今度は避け切れなかったのか、止むを得ずファルシオンで突進を逸らそうと構える。一瞬だけガキン!と甲高い金属音が鳴ったかと思えば、剣同士が火花を散らし、ノゾミの直撃から力が逸れていき、遥か後方の壁に激突した。

 

「ふぅ……うわっ!?剣が!?」

 

剣を杖代わりに起き上がった所で自分の剣を見てみると、今の一撃で刀身にひびが入ったようだ。恐らく耐久値がほとんどなくなったのだろう。

安全性を考慮してヒースクリフが初期装備を渡したのに、防御したうえでの武器のダメージがこれである。恐らく攻略用に使う武器で直撃したら、確実に半分――最悪、本当に一撃死もありえたかもしれない。

 

「…………!!!!!」

 

「いやあああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

 

猿轡が噛み砕かれるほどのくぐもった雄叫びを上げて、シズルが迫る。

その殺気と希薄に気圧されて――ノゾミは逃げ出した。

そこからは時間いっぱいまでの鬼ごっこが始まった。ノゾミが逃げ、シズルが追うように攻撃を仕掛け、避けた先にいる観客が巻き添えを喰らう。

そんな長いようで短い3分間を繰り返し、必死に逃げた。リザインする暇なんて無い。というか、今の彼女がリザインを受け入れるかどうかも怪しい所だ。

そして――、

 

『タイムアップ~!勝者はシズル選手だああああ!!団員の皆さん、早く拘束して!』

 

ダイゼンが叫ぶが、闘技場はそれどころではなかった。

ぶっ飛ばされたプレイヤーは死に体に鞭といった様子で起き上がり、【血盟騎士団】の面々は今も暴れるシズルの拘束に手一杯である。挙句被害を受けなかったプレイヤーも、シズルの狂気に全員血の気が引いて心なしか全身が青白く見えていた。

一方、死に物狂いで生還したノゾミは覚束無い足取りでキリト達の所に戻り、ばたりと倒れた。

 

「おい……大丈夫か?」

 

「…………コロサレソウニ、ナタヨ」

 

「相当酷い目に遭ったようですね。無理もない」

 

間近で暴走するシズルの相手をしていたノゾミは既に目が死んでいる。

流石のラジラジもノゾミの有様に引いていたようだ。

 

『さあ最初の興奮も冷めやらぬうちに、次に行きましょう、次に!』

 

「興奮冷めやらぬって、全員ドン引きだっただろ……」

 

「あの人、近いうちに逆恨みで殺されるかも……」

 

無理矢理次の試合に持っていくダイゼンに、キリトとアスナは揃って彼の未来を心配するのだった。

 

 

 

「な、何とか生き残ったようだが……大丈夫か、彼女……?」

 

1回戦の逃走劇を見て、ユースが心配そうに感想を漏らした。

 

「あー。シズルさんの事もあるけどね……」

 

見ると、暴れながらも鎖で雁字搦めに縛られ、布を被されるシズル。《狂剣士》のSTR強化による凄まじいパワーで団員を振り回す様はさながらボスモンスターだ。

 

「ツムギ?どうしたの?」

 

シズルから視線を移すと、今度はどこかに行こうとしたツムギに声を掛ける。

 

「あの……今すぐノゾミさんのところに土下座しに行ってきても良いですか?」

 

「はぁ?」

 

「シズルさんがああなった原因……多分私とシリカさんの所為です……」

 

顔を蒼くしながら呟くツムギの言葉にフィリアはただ首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 

 

『さぁ次の対戦カードはこの2人!赤コーナー、我らが【血盟騎士団】副団長!その傍若無人な振る舞いなのにいつも戦果を果たすのはどういうチートだ!?クリスティーナ!』

 

「随分私情が入りまくった企画者だな?」

 

『青コーナー、かつて脱落した【ブレイブ・フォース】を立て直し、今や我らと肩を並べるまでに復活!不死鳥の如き復活を遂げたギルドマスター、ラジラジィィィィィィィ!!!』

 

「ふざけた紹介だ」

 

お互いの商会は双方気に入らなかったらしい。

だが今度は手早くクリスティーナが、先程と同じように決闘を申請する。

 

 

 

 

 

Christina 

 

VS

 

Rajiraji

 

 

【完全決着モード】

 

 

 

 

 

「!?クリスティーナ君、設定が違うぞ!!彼を殺す気か!?」

 

決闘ルールを見たヒースクリフが叫ぶ。完全決着とは文字通り、相手のHPが全損させた方が勝つ――SAOの中で唯一の合法的な殺し合い。SAOでは最もやってはいけない暗黙の了解の一つだ。

さらっと禁忌のラインを跳び越えたクリスティーナは……笑っていた。

 

「何を言っている?私は坊やと戦いたいのを我慢して3番目を選んだんだ。これくらいのワガママくらい通しても問題はあるまい?」

 

「そういう意味じゃありません!ただの前哨戦だっていうのに本気の殺し合いなんて……!」

 

「安心しろ。制限時間は着けてやった。これくらいの条件でなければ私もイマイチ燃えないからな。最も、この程度で怖気づく程度ならば私の『最も戦いたいプレイヤー個人ランキング』TOP3に名を連ねることはできないからな」

 

「それ、団長やキリト君にも同じ条件で挑もうとしたって事ですよね!?」

 

「その通りだ。勘が鋭くなったな、アスナ?」

 

「まさか、こんな所で彼女に振り回されようとは……!」

 

余りの理不尽な理由にアスナも思わず叫んで抗議する。が、クリスティーナは依然として態度を崩さない。その態度に流石のヒースクリフも苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

「ダイゼンさん、今すぐ決闘を取りやめさせて!」

 

『ええっ!?いや、システム上受けちゃったからもう……「誰が断ると言ったのですか?」は?』

 

しかし、困惑するダイゼンに待ったをかけたのはラジラジ本人だった。

パキパキと指を鳴らし、すっと拳を構える。

 

「私も、正直フラストレーションが溜まりっぱなしなんですよ。脳死同然のモンスター、お遊びの決闘ごっこ、人殺し(ラフコフ)のなり損ない……正直、私もこれくらいでなければ発散できないと思ってた所ですよ」

 

「うっそぉ!?」

 

「まじかよ……?」

 

まさかの承諾にカオリとラジラジを筆頭に、【ブレイブ・フォース】の面々が驚愕する。そりゃそうだ、自ら殺し合いに参加するなんて全プレイヤーからすれば正気の沙汰とは思えない。

観客席の一部から「バカヤロー!」や「早く誰か止めろー!」と叫ぶが、虚しくカウントは0になる。

瞬間、轟音と衝撃が観客席を襲った。

 

「――んなぁ!?」

 

誰かが叫ぶ。

彼らの目の当たりにしているのは拳のラッシュに、両手剣の応酬。ラジラジに至っては両肩から先が見えないスピードで拳を繰り出し、クリスティーナは重量武器に類する両手剣をまるで小枝でも振り回すかのようにラジラジの拳を的確に捌いていく。

次の瞬間、クリスティーナが地面を蹴ってラジラジの顎目掛けて蹴り上げる。それをコンマ数ミリ当たらない距離という僅かな回避をする。直後に回し蹴りでクリスティーナの腹を狙う。が、それは逆手持ちに握り直した両手剣で阻まれ、そこでお互い距離を取った。

 

「はっ、挨拶は十分できるようだな」

 

「その言い草……はらわたを引きずり出して握り潰したほうが良かったですか?」

 

「ははは!お前は意外と冗談が好きなようだな!」

 

「とっとと終わらせたいだけですよ。私は彼の招待でこのゲームに乗り込んだあなたとは違うんです」

 

「フン、連れない奴め。だが今は本部からの下らん任務を忘れて楽しもうじゃないか!あの時くたばったのがお前でなくて助かったよ!おかげでこの決闘、退屈せずに済みそうだからなぁ!!」

 

「私はうまい話にホイホイ飛びつく能無しの連中とは違うんです……よッ!!」

 

会話を交わした後、動いたのはラジラジだった。マントを右腕に包み、距離を詰めていく。

単調な動きとクリスティーナは右に避け、空振りした拍子にラジラジが大きく体勢を崩す。が、次の瞬間ライトエフェクトを纏った左脚が視界に入り、バックステップで避ける。直後に前転の要領で着地したラジラジが地を蹴ると同時に《疾風》を発動。弾丸の如きスピードで放たれたラリアットがクリスティーナの首を捉えた。

 

「……ッ!」

 

「甘いな!」

 

が、それは咄嗟に前に翳した両手剣に防がれた。束を両手で掴むと両手剣がライトエフェクトを纏いだす。次の瞬間、周囲を薙ぐソードスキル《サイクロン》が放たれた。

文字通り旋風でも巻き起こしそうな勢いのそれの直後、周囲を見渡すとラジラジの姿は無い。

 

「隠れたつもりか?お見通しだ!」

 

逆手で両手剣を握り直したクリスティーナが再び自分の背後へと剣を振るう。次の瞬間、足への衝撃と共に視界がぐらりと揺らいで倒れた。

 

「何!?」

 

倒れて状況を確認する前に、ラジラジがクリスティーナの頭を潰さんと踏みつけてきた。転がって回避した直後、ラジラジが手刀スキル《スライサー》でクリスティーナの首を切り落とさんと振り下ろす。

 

「――舐めるなよ?」

 

呟いたクリスティーナが剣を手放した。次の瞬間ライトエフェクトを纏った右手を強く握りしめる。そしてラジラジの手刀とぶつかり合う。

まるで剣同士のぶつかり合いの如く弾かれて両者が後退する。

 

「……ここまでやるとは、流石ですね」

 

「はっ、お前もな」

 

立ち上がったクリスティーナがガン!と剣の剣先を踏む。てこの原理で飛び上がった柄を握ると、切っ先をラジラジに向ける。

 

「そろそろ温まってきた頃だ。精々私を楽しませてくれよ?」

 

「良いでしょう。こっちも半分程度で調整が難しかったんです。本気で、とことん付き合ってやりますとも」

 

再び構えるとともに、2人の周囲の空気が一変する。

僅かな沈黙の後、互いの空気が触れてスパークを起こした様に、駆け出した。

 

『そこまでぇぇぇ!!!両者HP満タン、引き分けですッ!!』

 

が、同時にダイゼンのその叫びでお互いの手が止まる。

ラジラジの手は《エンブレイザー》がクリスティーナの眼前に迫り、クリスティーナの剣はラジラジの胸の寸前で止まっていた。

 

「……ぶはぁ!あ、あれがリーダーさんの本気?初めて見た……!」

 

「うちのメンバーでも同じ条件で5対1だったとしても、半分も持たずに全滅してるぞ……というか、あれで本気の半分程度!?」

 

【ブレイブ・フォース】の面々もラジラジの本気を目の当たりにして呼吸する事すら忘れてしまったらしい。

他の攻略組プレイヤーも、2人のバトルに圧倒されて言葉も出ないようだ。

 

「あ、あの2人はいくら何でも強すぎだろ……ほんとに攻略組……つーか、人間か?」

 

「あの人だけでも100層まで行けるんレベルじゃねーか……!?何者なんだ、あいつら?」

 

テンカイとマコトも顔を引きつらせてそう言う。思わずそう言ってしまうほどに、2人の戦闘の激しさを物語っていた。

 

『さ、さあ!皆さん!唖然とするのもそこまで!次はいよいよメインイベント!!2つのユニークスキル持ちのプレイヤーの激突だあああああああ!!!』

 

「……さ、後はあなた達ですよ」

 

「あ、ああ……」

 

「つまらん戦いをしたら、今度は私のダンスに付き合ってもらうぞ、団長?」

 

「……善処はしよう」

 

対戦した両社からバトンタッチされ、ついにユニークスキル持ちの2人が対峙する……。

 

 

 





次回「二刀流と神聖剣」


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「二刀流と神聖剣」


前回のあらすじ

アスナの【血盟騎士団】進退、そしてキリトの入団を賭けて、ヒースクリフの提案により、キリトと共に闘技場の三本勝負に出る事になったノゾミとラジラジ。
1回戦、暴走状態のシズルにトラウマを刻まれながら逃走するノゾミが一撃を喰らいHP差でシズルの勝利。
2回戦、ラジラジとクリスティーナの戦いはクリスティーナが勝手に【完全決着モード】に設定してしまい図らずも殺し合いに発展したが、お互い人間離れした戦いに両者ノーダメージで引き分けに終わる。
そして3回戦、メインイベントとも呼べるキリト対ヒースクリフの戦いが始まろうとしていた……!


(・大・)<ひっさびさの投稿。

(・大・)<プリコネフェス見てきたけど、驚きの情報満載過ぎた。

(・大・)<詳しくはあとがきで。

※次回予告のタイトルを編集しました。




 

やっとメインイベントにありつけたのか、観客も先の戦闘を忘れて歓声を上げていた。

 

「今更だがすまなかった、キリト君。よもやこんなことになろうとは思ってなかったよ」

 

「ギャラは貰いますよ」

 

「いや、試合後君は我がギルドの団員だ。任務扱いにさせてもらうよ」

 

何気ない表情で告げられた勝利宣言。ハッタリなどではない、心の底からの自信が、彼の口を通して出てきたのだろうか。

ヒースクリフからの初撃決着ルールの決闘を受諾する。

カウントダウンが始まると同時に、キリトは背中の剣を、ヒースクリフは十字剣を盾から引き抜いて構える。

カウントが0になり、両者同時に駆け出した。

 

最初に仕掛けたのはキリトだ。低い姿勢からヒースクリフ目掛け一線を放つ。

それを盾で防ぐヒースクリフ。

それを皮切りに、キリトの《二刀流》で猛烈なラッシュを繰り出すが、それらも盾で防がれる。

次の瞬間、ずいっと盾が眼前に迫ったかと思いきや、鋭い刺突が放たれた。間一髪、剣を交差させて防いだキリトは後退する。

そのわずかの隙を逃さなかったヒースクリフが地を蹴って間合いを詰める。そして最初の一撃を喰らわせたのは、ヒースクリフの盾だった。

予想外の攻撃に圧し飛ばされ、最初とは一転してヒースクリフの攻撃が放たれる。それらをなんとか捌いて後退したキリトは、エリュシデータにライトエフェクトを纏わせていた。

刹那、鋭い突進がヒースクリフの盾に直撃した。だが盾をこじ開けることなく後ろに受け流されてしまう。

 

「素晴らしい反応速度だ」

 

「そっちこそ、硬過ぎるぜ」

 

不敵な笑みを浮かべてそう言いあう。そして駆け出し、ぶつかり合う。

キリトは剣でいなしながら、ヒースクリフは盾で防ぎながら互いに一歩も引かず剣戟の応酬に、ぶつかり合う度に火花が散る。

 

「すっげぇ!さっきの2つより何倍も見ごたえがあるじゃねぇか!」

 

「これが、キリト君の本気……!」

 

観客の歓声が沸き立つ中、興奮するマコトの隣でユイが思わず目を瞠る。

それだけ激しい戦いが繰り広げられているのだ。

 

2人のHPがじりじり減っていく中、キリトの斬撃の速度は更に上がっていく。

 

(まだだ……まだ上がる……!!)

 

応酬の最中、ついにキリトの斬撃の内の一つがヒースクリフの頬を掠めた。

僅かにHPが減少し、彼の表情から笑みが消える。

それを好機ととったキリトはそのまま剣に蒼いライトエフェクトを纏わせる。

二刀流ソードスキル《スターバースト・ストリーム》――降り注ぐ流星の如き16発もの連続斬撃。

その連撃がヒースクリフに襲い掛かった。

それを盾で防いでいるものの、怒涛の連撃は15発目でついに盾を弾き、大きく体勢を崩させる。

 

(抜ける……!)

 

無防備なヒースクリフに最後の一撃が振り下ろされる。

誰もがキリトの勝利を確信したその時だった――。

 

 

――ガキィン!

 

 

「――は?」

 

何が起きたのか、誰もが理解できなかった。

耐性を崩され、大きく後ろに弾かれた盾が、あの一瞬でキリトの最後の一撃を完全に防いだのだ。

大技の大証で硬直するキリトは動けない。

その隙を逃すはずもなく、放たれた刺突を受けるしかなかった。

 

『け、決着ゥゥゥゥゥゥゥ!!激戦を制したのは我らがヒースクリィィィィィィィィィフ!!!!!』

 

その言葉で歓声が沸き上がった。

その中で2人、場違いなリアクションをする者がいる。キリトは呆然とした表情でヒースクリフを見上げ、ヒースクリフは険しい表情で背を向けてその場を後にする。

ユニークスキル持ちのプレイヤーの決闘は、キリトの敗北と言う形で幕を閉じた。

 

(あれは……明らかに避けられなかったはず……どういう事なんだ?)

 

彼の元に走ってくるアスナを視界に入れながら、キリトは悔しさよりも目の前の減少に思考を巡らせるしかなかった。

 

 

 

 

宴もたけなわという言葉のように、闘技場三本勝負という一大イベントが終わり、それぞれの拠点へと帰るプレイヤー達。

ウィスタリアもダイゼンから土地と店の借用料金である売り上げの1割を献上し終えて、ギルドメンバーと共に始まりの街へと帰ろうとしていた。

 

「……ねぇみんな。やっぱりおかしくなかった?」

 

そんな中、ユイが一向に訊ねる。

 

「ユイん気付いちゃん?」

 

カオリがその疑問にそう答え、

 

「何の話だ?」

 

放心したノゾミを背負ったマコトが首を傾げながら振り向いた。

 

「さっきのヒースクリフさんの防御。気のせいかもしれないけど、私には明らかに速過ぎたように見えたの」

 

「え?でも実際に防いだじゃないですか」

 

「いえ。私にもあれは直撃は避けられないと思ってました。偶然盾に当たった、という理由であそこまでキリトさんの攻撃を防げるはずがありません」

 

ユイの疑問にツムギは疑問符を浮かべたが、同じ盾持ちのチカは同意し、先の決闘を思い返して妙な違和感を感じた。

 

「もし……もし、なんだけど。システムでの防御じゃないのかな?」

 

「システム?」

 

「ほら、VRMMO系のゲームって何もSAOだけじゃないでしょ?フルダイブじゃないMMOもあったし」

 

「そういうのもありましたの?てっきりSAOだけかと思いましたわ」

 

「そこは良いから。で、そのVRゲームなんだけど……友達から聞いた話なんだけど、盾の防御って初心者には《自動防御》システムがあったって……」

 

ユイがかいつまんで説明するそのゲームは、一人称視点でのゲームであり、同梱のコントローラーで剣と盾を操るファンタジーものだ。

とはいえあまりにもチープ臭の強い作品だったが意外にも一定数のユーザーを集めていた。しかし人気の波には抗えず、SAOのベータテストの期間の際には誰も見向きもしなかったそうだ。

一応そのゲームの初心者用の盾は剣と共に超序盤から入手でき、耐久値は低いもののその盾だけに自動で相手の攻撃を防御できる代物だ。それが災いしたのか幸運に転じたのか、動画サイトの中ではそれらを使ったRTAが多く投稿されているらしい。

 

「そんなバカな、《神聖剣》のスキルじゃないのか?」

 

「……うーん。そう言われると、そうなっちゃうのかな?私も証拠がある訳じゃないし」

 

ユイの推測も訝し気なマコトの一言で一蹴される。ユイ自身、推測だけで証拠は無い。

証拠も無い以上、これ以上詮索しても意味は無い。気を取り直して帰路を歩いている時、ふとカオリが声を上げた。

 

「あれ?リーダーさんは?」

 

「そういや副団長の……クリスティーナさん?に呼ばれていたな」

 

周囲を探すカオリに、マコトが思い出したようにそう言った。

 

 

 

 

闘技場、キリト側の控室。

そこに呼ばれたラジラジは、扉を背に呼び出した相手に訝し気に訊ねた。

 

「何の用ですか?副団長クリスティーナ。先の決闘のリベンジマッチですか?」

 

「そうではない。大体負けて無いだろ。貴様を呼び出したのは2年前についてだ」

 

「なるほど。気になっていたとは意外ですね」

 

「そう言うなよ。で、肝心の茅場は見つかったのか?」

 

クリスティーナの問いにラジラジは首を横に振る。

 

「それで、奴の計画に参加した『変貌皇女(メタモル・エンプレス)』は?」

 

「責任を負わされる形で――」

 

そこまで言って、自らの首の前で親指を横に断つようにジェスチャーする。

 

「なるほど。奴はカネと名誉しか目に入ってなかったからな。初のフルダイブ型VRMMOと言うことで莫大な利益を得られると高を括ったが……実際は茅場に良いように技術を利用された(てい)たらくか。奴らしい最期だ」

 

「おかげで後任を2人も選ばなければならなくなりましたよ。まだ空白の『迷宮(ラビリンス)』を含めてね」

 

「確か……あぁ、もう5年も昔か。ガードレールを突き破って転落事故。事故現場には奴の遺体と荷物の医療道具と免許証。だったけかな?」

 

「――そして現場にはブレーキ痕は無く、彼の最後の訪問検診に訪れた駐車場には水滴の痕が残されていた。大方どこぞの馬鹿がブレーキオイルを抜いて事故を起こさせたのでしょう。現にあれからすぐに捕まったようですし。問題は……」

 

「一人娘の証言から浮かんだIDカードの存在を、連中は知らなかった。恐らく目撃した第三者がそのIDの価値を知って盗み取ったのだろう。あれは一見するとただのIDパスにしか見えんからな」

 

「余計な事を……盗んでさえいなければ、IDカード――即ち『七冠』の後任は彼女に決まっていたというのに」

 

「なるほど。おかげで色々分かったよ。さて、私も戻るとするか」

 

粗方聞き終えたクリスティーナは満足したように踵を返し、闘技場を後にする。

 

「攻略を続けるのですね」

 

「当然だろう?招待された以上、徹底的に楽しみつくす。1層から100層まで、ボス戦や階層攻略だけでなく、クエストも含めて、しゃぶりつくしてやるさ。それが私の楽しみ方だ」

 

「まあ良いでしょう。私も仕事に戻ります。もし彼を見つけたのであれば煮るなり焼くなり切り刻むなり好きにしてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。『誓約女君(レジーナゲッシュ)』」

 

ラジラジからのその言葉に、クリスティーナはふっ、と軽く笑うと控室を後にするのだった――。

 





次回「獣王武刃」


※ユイが提示したゲームについて。

要はドラクエソードのナーヴギア版。同梱の2つのコントローラーで剣と盾を操作する。
本文で登場した初心者の盾は自動防御機能が付いていて、その場所に自動的に盾を移動させてくれる。
このゲームがある意味で有名になったのは、ジャストガード機能があったから。この機能と初心者の盾で耐久値を気にせずにサクサク攻略するプレイヤーが続出した。




(・大・)<とりあえず、プリコネフェスDAY2だけになるんですけど……驚き情報満載でした。具体的には……。


1:メインストーリー3部1章を読むとジュエル確保の限定クエスト開催。

2:クリスティーナの星6化。

3:かなり久しぶりなコラボイベント開催。SAOじゃ無いんかい。

4:個人的には時期尚早すぎるミソラ参戦。


(・大・)<これくらいですかね。

(・大・)<とにかく第3部も大荒れの予感です。


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「獣王武刃」


(・大・)<ひっさびさに書き上がったぜぇい!!

(・大・)<


 

 

決闘興行から3日後の10月23日。いつもの日常に戻った【ゴスペル・メルクリウス】。

そんな彼女らの元に、一通のメールが届く。

 

 

【From:シリカ

『一緒に狩りに行きませんか?』

今情報屋から貰ったマップで素材アイテムを集めてるんですが、どうもソロだと間に合いそうにありません。【ゴスペル・メルクリウス】の誰でもいいので、手伝ってくれますか?】

 

 

 

 

夕刻。49層:古城エリア。

 

 

「――ふっ!」

 

古城の中でノゾミの流れるような斬撃で、狼型モンスターが消滅する。

リザルトウィンドウがシリカの前に現れ、コルと経験値、所得アイテムが表示される。

 

「……うん。これだけあれば十分ですね。ありがとうございました。ノゾミさん、レインさん」

 

「こっちこそ凄く戦闘が楽だったよ!」

 

「なんか、前よりも動きのキレが良くなったんじゃない?前はパーティの問題もあったけど後ろで見てるだけだったし」

 

「えへへ。あの時からあたしもあたしなりに頑張ったんですからね?今ならソロでもこの層なら十分いけます!」

 

どや顔で胸を張るシリカに合わせる様にピナも勇ましく「きゅるる!」と鳴いてシリカの頭の上でふんぞり返る。

 

「……で、今回集めてるのって布系ばっかだよね?パロメッツの綿とか、さっきのティーン・ウルフの毛皮とか……ツムギに頼まれたの?」

 

「違いますよ。それはあたしが使うんです」

 

「使う?革装備の素材……にしては、綿を取る必要は無いよね?」

 

「実はあたし、《裁縫》のスキルを上げてる真っ最中なんです。ちょっとシズルさんにプレゼントを――」

 

「……やめて。お願いだからあの人の名前を呼ばないで。もうあの時の事は思い出したくないから。お願いだからあの人の名前は止めてぇぇ……!」

 

「ノゾミ、落ち着いて。あの人はここにはいないから。今も軟禁中だから。ここに来ることはないから、ね?」

 

蘇る地獄絵図を思い出し、ガタガタと割と尋常じゃない様子でうわ言のように呟くノゾミに目を白黒させ、隣で宥めるレインが口にした言葉に思わず食いついた。

 

「待って下さい、軟禁?あの人いったい何をやったんですか?」

 

「え?まさか、知らなかったの?ユニークスキル同士の対決とかで大盛り上がりだったのに!?」

 

意外にも口ぶりからシリカは闘技場には来ていなかったようだ。

その事に驚きつつもレインは昨日の闘技場での決闘大会をかいつまんで説明する。隣のノゾミがトラウマを再発しないことを心掛けながら。

 

「――で、ユナから聞いた話じゃ今は自室で軟禁同然だって」

 

「そうだったんですか……本当にごめんなさい、ノゾミさん」

 

「……けど、《裁縫》スキルを何に使うつもりなの?」

 

「うーん……今はまだ、言えないんです。ごめんなさい」

 

シリカが頭を下げると同時に、ピナも主と共にノゾミに謝罪するように頭を下げる。

 

「あとちょっとで完成しそうなんです。そうしたら――」

 

 

――ピシリ。

 

 

その時、シリカの言葉を遮るように何か小さな音が鳴る。

 

「……ん?」

 

音に気付いて足を止めた瞬間、突如浮遊感がシリカとノゾミを襲った。

 

「「――……きゃああああああああああ!?!?」」

 

「ノゾミ、シリカちゃん!?」

 

足元を見る間も無く、次の瞬間奈落の暗闇へと落下していった。

 

「ど……どうしよう……!?」

 

残されたレインは突然の事で立ち尽くす。

その時、ピナが彼女の頭上に降りゲシゲシ前脚で足蹴にする。まるで「しっかりしろ、お前が逃げたら誰がシリカたちを助けるんだ」と檄を飛ばしているように。

それで我に返ったレインはパーティの簡易ステータスを見ると、2人とも多少ダメージを受けたが死んではいないようだ。

 

「このお城、ひょっとして地下に続いているの?」

 

誰にでも無くつぶやきながら覗き込む。情報屋から得たマップを広げ、現在地と地下のマップを照らし合わせる。

粗方の目星をつけた後、地下へと続く階段を目指し駆けていく。

 

 

 

 

その頃、落下したシリカとノゾミは、積み上げられた土の山の上でポーションを嚥下していた

 

「……よく無事でいられたよね、私達」

 

「ですね。既存のトラップか何かでしょうか?この土もダメージが少なくなるような仕掛けでしょうか?」

 

「狩場にしてたのに知らなかったの?」

 

「うぐ……地上をメインにしていたから、地下の方は……」

 

ふかふかの土がクッション代わりになって助かったらしい。硬い石畳の上に叩きつけられていたらこの程度では済まかっただろう。

 

「レインとは、はぐれちゃったみたい……ピナもレインの所にいるのかな?」

 

ふとシリカの顔を見る。ピナと離れ離れになって心細くなっているのかもしれない。

 

「きっと、一人にさせない為に残ったんだと思います」

 

が、意外にも気丈に――というか確信を秘めた顔をしている。

 

「えっ?なんでわかるの?」

 

「はい。なんとなく」

 

しれっと答えたシリカに感心しながらも、マップで自分達とレインの現在地を確かめると、彼女もこちらに向かってきているようだ。

こちらも上へと続く階段を目指せば早々に合流できるだろう。

 

「じゃあレインやピナが心配しない為にも、こっちも行こっか」

 

そう言って手を差し伸べた時だった。

何かが圧し掛かった重みと謎の感覚に襲われた。

 

「……え?」

 

呆けた声を上げるノゾミの正面には、信じられないものを見たように驚愕と恐怖に染まっている。

べきり、と骨に何か食い込むような感触に、ゆっくりとそこへ視線を向けた。

まるで肉の塊にかぶりつくかのように、スカーネイルがノゾミの右肩に歯を食い込ませていた。

 

「いっ……………いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

悲鳴を上げて矢鱈に剣を虚空に振るう。その間にも圧し掛かった影の牙は更に食い込んでいく。

 

「――このっ!ノゾミさんから……離れろッ!!」

 

シリカが《ラピッドバイト》で影に攻撃するも、影は直前に飛び退いて回避する。

着地した所で襲った影が咥えているもの吐き捨てた。

吐き捨てられたそれはすぐにポリゴン片となって爆散する。

 

「ノゾミさん、肩が……!?」

 

ノゾミの右肩は獣に食いちぎられたように抉れていた。

 

「クッ、ククク……!」

 

「あなたは……!?」

 

「スカーネイル!?」

 

影の正体は、壊滅したと思われた【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の一人、スカーネイルだった。

 

「どうしてこんな所に……!?壊滅したんじゃ無いの!?」

 

「どうして、だって?おいおい野暮なことを聞くな?狙いなら分かってんだろ?」

 

「……!」

 

粘っこい視線を向けられたシリカは思わず後ずさる。

 

「嬉しいねぇ。覚えててくれたんだ」

 

「できれば二度と会いたくなかったけどね」

 

肩を押さえながら憎まれ口をたたく。しかし、

 

(……おかしい。肩の傷ならもうとっくに治っても良いはずなのに……)

 

身体の欠損は数分経てば元に戻るが、それでもノゾミを襲った衝撃や恐怖は簡単に消えることは無い。

 

「どうした?ひょっとして肩が治らないのを気にしてるのか?」

 

まるで見透かされたような言葉にノゾミとシリカは虚を突かれたような表情をする。

 

「教えてやるよ。これは《獣王武刃》による成果だ」

 

「じゅうおう……」

 

「……むじん……?……まさか!?」

 

「そう、その通り!お前と同じ準ユニークスキル!超EXスキルだよ!!」

 

更なる衝撃と恐怖が襲い掛かる。

よりにもよって【笑う棺桶】に2人もの超EXスキル持ちがいたという事に、生きた心地もしない。

 

「さぁ、再会を祝って聞かせてくれよぉ、テメェらの……最ッ高の悲鳴をなぁ!?」

 

石畳を鉤爪で擦って鳴らし、肉食獣のような動きで襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

ノゾミとシリカの無事を祈りつつマップを頼りに古城フィールドの地下を掛けていくレイン。

幸い地下道にはモンスターは存在しないのか、遭遇することなく進んでさらに奥へ降りていく。

 

「もうそろそろのはず……」

 

全体像を見てもこのフィールドの地下道は地下2階まで。

反応があったのはその地下2階。既に到着しているから見つけることはそう難しくないはず。

そう思った矢先、何か金属がぶつかり合う音がレインの聴覚を刺激する。

 

(金属音!?ノゾミちゃんが戦ってるの!?)

 

思わず壁の陰に隠れて様子を伺うと、ノゾミがプレイヤーと戦闘を繰り広げていた。

 

 

 

 

一合、また一合と曲刀と戦爪がぶつかり合う。

戦爪がノゾミの頬を掠め、曲刀の一閃をスカーネイルが紙一重で避ける。

 

「はっはァ!どうしたどうした!?防戦一方じゃ何も変わらないぞォ!?」

 

「くっ……!」

 

2対1と言うのに、状況はノゾミとシリカが不利だった。

獣のような低姿勢から繰り出される戦爪の連撃に加え、立体的な方向からの攻撃に次第に追い詰められていく。

 

「!ノゾミさん、HPがもう赤になってます!下がって回復してください!」

 

装備タブを操作し終えたシリカの言葉にノゾミとシリカが前後を入れ替わる。

 

「狙われてるのを知ってて前に出るのかいシリカちゃぁん!!」

 

「っ!!」

 

青白い光がシリカの左手に纏わり、それが円形に形を固めていく。それが小型盾となり、シリカに向けられた凶刃を防いだ。

 

「盾、だと?」

 

「自衛方法の一つくらいしてますよ。レクチャーの賜物って奴です」

 

その隙を狙って逆手持ちの短剣をくるりと順手に持ち直し、手首を狙っての刺突を繰り出す。だが、高い跳躍で回避された。

スカーネイルは着地すると頭を掻きながら声を上げた。

 

「面倒な真似をしてくれたなぁ。これじゃ悲鳴を聞けやしない」

 

「なら引いてくれるとあたしとしてはありがたいんですけどね」

 

「まさか。少しばかり本気を出さなきゃなって思った……――」

 

すっと身を屈めるスカーネイル。まるで獲物を狙う肉食獣のように。

同時に双爪に紅い光が宿る。

 

「――だけだよッ!!!」

 

脚に力を籠めて飛び出すと同時に体をよじり、まるでドリルのように回転しながら突っ込んでいく。

反射的にシリカが盾で受け止めるが、すぐに弾かれる。そしてスカーネイルの牙に光が宿り、その状態でシリカの左肩を食い千切られた。

 

「~~~~~~~~ッ!!!!!」

 

「ん~。まずまずだな。無理矢理声を出さないように抑えてあまり聞こえが良くないなぁ」

 

食い千切ったシリカの左腕を吐き捨てスカーネイルがニタリと笑う。

 

「さて……そろそろ聞かせてもらおうか。最ッ高の悲鳴をなぁ!!」

 

ゆっくりと歩み寄り、爪をシリカに向け振り上げた。

 

「ダメーーーーーーーーー!!!!!」

 

その時、2人の間に割りいるように何かが放り投げられた。

地面に落ちたそれは音を立てて割れると灰色の煙が一気に充満する。

 

(煙幕!?)

 

立ち込める煙の中、ある場所から霧の中の灯台の灯りのように光が灯る。

 

「何のつもりか知らないが、煙の中にそんなのあったらバレバレだろうが!!!」

 

煙をかき分け双爪ソードスキル《アトローシャス・チャリティー》を放つ。

命を刈る一撃は宙空を裂き、ランタンを叩き落とす。

 

「……ランタンだけ?」

 

しかし裂いたのは虚空とひもで壁掛けの松明に吊るしたランタンだけだった。

 

(煙幕の中にランタンの明かりでおびき寄せて、本命は別方向からトンズラか。随分考えたな)

 

恐らくは逃げた場所であろう通路の先へと顔を向ける。

そしてニッと覇をむき出しにして、捕食者の如き獰猛な目で見据えた。

 

「良いぜェ?鬼ごっこは大好きだ。しっかり逃げ回ってくれよ?」

 

 

 

 

一方、スカーネイルから間一髪難を逃れたノゾミとシリカは、ダンジョンの通路で命からがら逃げきり、荒れた呼吸を整えていた。

 

「……ありがとうレイン。おかげで助かったよ」

 

「2人とも無事でよかったよ。けどシリカちゃん、その腕……」

 

「うっ……」

 

持参したポーションで何とか回復。ノゾミの肩はしたものの、シリカの左腕は欠損したまま、赤々としたダメージエフェクトが痛々しい。

 

「普段ならもうとっくに治ってるはずなのに……これも《獣王武刃》の影響なのかしら?」

 

「……ねぇ、まさかそれって……」

 

「うん。スカーネイルも超EXスキルを持っていたの」

 

ノゾミの言葉にユイは正直、生きた心地がしなかった。

ただでさえサムソンの《鉄球操術》でもウィスタリア達は苦戦を強いられたと聞いている。

そんなスキルの所持者が再び敵に回るなんてこと、レインからしたら想像したくも無かったことだろう。

だがそんなことを言っている場合ではない。事態は彼を避けて生還する方法が残されていないのだから。

 

「アイツのソードスキルで分かったのは双爪系の他にも、噛みつくものやドリルみたいに突っ込んでいく突進系――ってところかな?」

 

「それから傷の治りが遅いのも特徴かもしれませんね。まだ憶測ですけど、一撃の重さよりも、連続でダメージを与え続けるタイプかもしれません」

 

「壁や天井を使っての回転攻撃なんてどうやって……そうだ、もっと広い所に誘い出したら?」

 

「向こうもそれを知っててここを選んだんだと思いますよ?今更そんなところに来ますか?」

 

冷静にノゾミと自分の傷の度合いを見て分析する。

そんな2人を呆けた様子で見ていたレインに気付き、ノゾミが声を掛ける。

 

「……?私の顔に何かついてるの?」

 

「え?あぁごめん、なんか2人とも意外に冷静過ぎててさ……普通ならパニックになっててもおかしくないし、あの時だってシリカちゃんは……」

 

不思議そうに訊ねるレインだったが、ふと言葉が止まる。シリカの右手が視界に入る。

その手はわずかに震えていた。

 

(シリカちゃん、やっぱり怖いんだ……)

 

「確かに……、確かに怖いです。死ぬのも。ラフコフと戦うのも」

 

シリカの言葉に不安げにきゅるる、鳴くピナ。そんなピナの頭を優しく撫でる。

 

「覚えてますか?シズルさんや皆さんと一緒にピナを生き返らせるために思い出の丘に行ったこと。いきなりオレンジプレイヤーに襲われたり、ラフコフやキリトって人が乱入したり、シズルさんが暴走したり……」

 

思い出す様に語るシリカの表情は、まるでいい思い出になった当時のことを語らうかのようだ。

レインは思わず、こんな状況なのにと口を挟もうとしたがその表情に思わず言葉を飲み込んでしまう。

 

「あの時から決めたんです。あたしも戦おうって。単に生き残るってのもありますけど、いつになるかわからないけど、シズルさんと一緒に戦えるようになるくらいに」

 

それは、憧れからの決意。

それは決して楽な道ではない。けどシリカはその道を選ぶ覚悟をあの戦いの後から宿らせていたのだ。

 

「……ふーん。強いね、シリカちゃん」

 

「えへへ……って、そんなこと言ってる場合じゃありませんよ!まずはあのスカーネイルです!」

 

思い出話から我に返ったシリカが改めて対策を考える。

 

「う~ん……じゃあ、クモの巣みたいな罠を設置して、そこにスカーネイルをおびき出して、その突進攻撃を罠で絡めとる、とか?」

 

「鎖とかならまだしも、縄だと正面突破の可能性がありますね……」

 

「ちょっとルール違反だけど、おびき寄せたモンスターに戦わせるって手は?」

 

「ここに来るまでモンスターなんて影も形も無かったよ?」

 

あれやこれや考えを提示するが、どれも逆転に繋がる手にはならない。

どうするかと迷っていると、シリカがハッと顔を上げた。

 

「待って下さい。今何時ですか?」

 

シリカの言葉に首を傾げたノゾミだったが、改めて時刻を確認する。

現在、18時52分。

 

「それなら行けるかもしれません!」

 

「わっ!?」

 

シリカが興奮したように叫ぶ。思わず傍にいたピナがビクッと驚いて飛んでしまうほどに。

 

「ど、どうしたの急に?」

 

「確かこのダンジョンは……とりあえず近くの広いフロアに誘い込んでください!あたしは罠を用意しておきます!レインさん手伝ってください!準備ができたらピナで呼びますのでそれまでの時間稼ぎはノゾミさんにお願いします!」

 

「ええっ!?」

 

レインにも手伝ってもらおうと彼女の手を引っ張って行ってしまった。

ノゾミにはシリカの行動は突拍子もないものかと最初は思っていたが、彼女の自信のある顔を見て言葉を出すことができなかった。

 

「……とにかく、やるしかないか」

 

息を吐いた瞬間、《索敵》スキルが反応する。

立ち上がった瞬間、通路の向こう側の暗闇から一瞬紅い光が灯った瞬間、鋭い刺突が閃いた。

咄嗟に壁に激突する勢いで向かいの壁側に飛び込み回避。直後にノゾミの身体があった場所の虚空を貫いて、スカーネイルが現れた。

 

「おやおやぁ?今ので仕留めたと思ったんだがな?」

 

「身体能力と瞬発力は良いほうなのよ」

 

「ハッ、仲間に見捨てられた分際でいい気になってるようだな?」

 

「見捨てられた?私くらいしかあなたを足止めできないって思ったの間違いでしょ?」

 

丁度HPも全快し、欠損も治った。相手は超EXスキルを持つ【笑う棺桶】の殺人者プレイヤー。

だが、先程とは違い不意討ちで肩をやられていないし、シリカの策がある。自分のやるべきことはたった一つ。たった8分間の時間稼ぎ。

 

「じゃあ前菜として……とっととくたばれよアイドル様ァ!!」

 

「ファンを悲しませるために残るバカはここにはいないよ!」

 

殺意と決意。両者胸に一つの感情を携えて、駆け出した。

 

 





次回「最期のネイロ」


(・大・)<次の話は明日に投稿できるかもしれません。


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「最期のネイロ」


前回までのあらすじ

シリカの素材集めに誘われたユイとノゾミは、その途中フィールドダンジョンのトラップで分断されてしまい、落下地点でラフコフのスカーネイルと遭遇する。
なんとスカーネイルも準ユニークスキルの持ち主だった。
何とか逃れた2人はユイと合流して回復。シリカの案で
シリカがスカーネイル捕縛の策を思いつく。その時間稼ぎとして残ったノゾミは、一人スカーネイルと対峙するのだった。




(・大・)<巡り巡って全話から1週間。その日の翌日に挙げられるとか言った奴はどこのどいつだ。

(・大・)<……俺だよ。


 

狩るように双爪が閃く。

踊るようにファルシオンが舞う。

 

 

「驚いたねぇ!ここまで俺に食らいついてくる奴なんて初めてだよッ!!」

 

「そりゃアイドルで鍛えてるからねッ!!」

 

攻撃をいなしながら、叫ぶように言葉を交わす。

しかし完全に捌き斬る事は出来ず、双爪の攻撃が掠り、次第にHPが削れていく。

 

(最初に掠ったものと比べてダメージが大きい!これも《獣王武刃》のスキルなの!?)

 

「悲鳴を聞きたいからってだけで理由だけでPKギルドに入ったの!?」

 

「ハハッ、ギルドに入る理由なんてそんなもんだろうがッ!!」

 

茶化す様にスカーネイルが笑った途端、またぐっと身を縮めてノゾミ目掛けて飛び掛かる。

腰から下を狙う下段攻めに、《体術》を絡めた足払い。それらをノゾミは集中して捌いてく。

双爪の攻撃を防いだ瞬間、ファルシオンに重いものでも乗ったようにぐん、と体勢が前のめりに崩れる。そして迫るスカーネイルの、緋色の光を纏った牙。間一髪身体を無理矢理捩じって回避し、壁に手を着いて体勢を立て直した。

 

「……噛みつきも《体術》に含まれてるの?」

 

「ンな訳あるか。これも《獣王武刃》のスキルの一つだ。条件に生物系モンスターに噛みついて殺せなんて条件、聞いた事ねぇよ」

 

まるで当時を思い返す様にケラケラ笑いながら語るスカーネイル。

対してノゾミは思わず渋い顔をした。目の前のスカーネイル……というより、条件を考案した茅場明彦に。

 

(どうしてこんな無理ゲーみたいな条件を作ったんだか……)

 

「それにしてもお前、随分噂になってたよなァ。アレだろ?『ライブ・イン・アインクラッド』だったか?」

 

距離を取り小休憩と言わんばかりに訊ねてきた。

 

「それがどうしたの?」

 

「良いもんだよな。大勢のファンに囲まれて。歌を披露して。そしてライブは大成功。おかげで最前線トッププレイヤーにも並ぶ有名人だ」

 

「……何が言いたいの?」

 

「そして解放されたら現実でもアイドルになろうってのか?」

 

途端、滑稽だと言わんばかりに大笑いする。

その態度に苛立ちを感じたノゾミの、ファルシオンの柄を握る手が強くなっていく。

 

「……何がおかしいの!?」

 

「なぁに。ここに閉じ込められる前にいたある音楽家とパターンが似てたんだよ。まるっきりな」

 

「音楽家……?」

 

「そいつは音楽の才能は確かにあった。アンタや他の連中にもそういう点はあったんだろう。だがな、その音楽家は思うように突き進んだある時、一気に暗闇が襲った」

 

「暗闇?」

 

「その闇に男は当然抗った。だが結果としてそのまま闇に呑まれ、世間からはその名は消えてしまったそうだ……」

 

舞台で台詞を言うかの如く大げさな身振りで語る。

が、次の瞬間《疾走》スキルを発動し瞬く間にノゾミに肉薄する。

 

「お前もいずれそうなるんだとしたら?」

 

吐息が届くほどの接近に、ノゾミは思わず呼吸を忘れてしまうほどだった。

 

「この世界で調子に乗って、アイドルとしてステージに駆けあがる夢でも見てたのか?そりゃいいよなぁ?夢を持ってて。だがそれがいきなり暗闇に呑まれたらどうする?必死に抗っても、どこまで足掻いても真っ暗闇の只中。次第に圧迫されて、潰されて、次第に自分の感覚が失っていく。ずぶずぶと底なし沼に沈んでいくようにな……」

 

「……ッ……そ、そんなことは……」

 

「ならないってか?そんな保証はどこにある?」

 

纏わりつくスカーネイルを振り払うように剣を振るう。

 

「まぁともあれ。俺の攻撃も粗方対処できるようになっちまったようだな……こりゃ、厄介だ」

 

「じゃあ諦めてくれる?」

 

ノゾミの挑発的な言葉に「いいや」と一言否定して返す。

そして、じゃり、と石畳を削る双爪が赤く閃く。豹や虎が獲物に飛び掛かる前のようにぐっと身を屈める。

 

「とっておきで仕留めるんだよ!」

 

瞬間、身を捻って飛び出した。

擦れ違い様に双爪で斬り裂こうとノゾミ目掛けまっすぐに突き進んでいく。

 

(――速い!)

 

噛みつきの飛び掛かりよりも早い突進に対し、寸での所で回避するが、掠り傷を受けてしまう。

突進したスカーネイルは速度を落とさず壁へと走る。そして軽く跳躍し、弾かれたボールのように壁を蹴って再びノゾミへと突進する。

 

(壁を蹴った!?)

 

再び双爪の斬撃がノゾミの身体を掠める。反射神経でもちゃんと追える。だが、それでも攻撃スピードは目に見えて速くなっていく。

速さに比例して受け止める攻撃の重さも増してくる。ノゾミの反射速度でも追いつけるレベルだ。しかしAGIの差か、次第に速くなっていく。

 

(戦闘中にスピードを上げるバフでも掛かってるの!?)

 

 

 

 

 

――《縦横無尽》。

準ユニークスキルとも呼べるスキルの熟練度を上げていくと、あるスキルが手に入る。

それは《狩猟の血潮》と《獣の傷痕》という。

 

《狩猟の血潮》は戦闘中、双爪で相手にダメージを与えた時、1回与えるごとにAGIが1%上昇し、最大100%まで上昇する。

《獣の傷痕》はダメージを与えた個所に特殊なダメージエフェクトを残し、そこを的確に攻撃することで3%ダメージを上乗せする。更にアバターの身体欠損の修復時間を遅らせる能力を秘めている。

ダメージを与え続けるほどに俊敏になり、刻まれた傷痕を攻撃して相手の命を削り落とす。

高まるAGIと予め持っていた《軽業》により、文字通り縦横無尽に戦場を駆け巡り、獲物の命を刈る獣。それこそが、《獣王武刃》である。

そしてスカーネイルのステータスの場合、最高速度に達した時はアスナと同等の速度を誇る。

 

 

 

 

 

次第にスピードが高まり、壁や床にすら双爪の痕が刻まれるように火花の様なライトエフェクトが散る。ノゾミの身体も、紅いダメージエフェクトで全身が真っ赤に染まっている。

 

(ヤバい、そろそろ目で捉えるのがやっとになってきた……!シリカちゃん、まだなの……!?)

 

HPはギリギリ危険域を保っているが、あと数十秒もすれば尽きるだろう。

未だに来ない合図に焦燥しつつも、見えなくなったスカーネイルの斬撃を死に物狂いでいなす。

 

「クアアァッ!!」

 

その時、ノゾミの背後からピナの鳴き声が通路に木霊した。

 

――合図だ!

 

確信したノゾミは再び向かってきたスカーネイルの攻撃を《カーム》で弾くと、バックステップでその場から退くと、ピナを小脇に抱えて《疾走》を発動。一目散に逃げだした。

 

「逃すかよッ!!」

 

《狩猟の血潮》で上がったAGIはモンスターやプレイヤーが消滅や逃走などで、一定の距離から離れると強制的にリセットされる。

だがそれでも、高いAGIではノゾミに追いつくのは造作も無い。彼も《疾走》を使い、地を蹴って標的へと駆け出した。

 

 

 

 

一方、罠を張ったシリカとユイはノゾミが戦闘をしていた少し先の小部屋となったエリアで待機していた。

 

「ノゾミさん、大丈夫でしょうか……」

 

「大丈夫。まだ死んでないよ」

 

不安げなシリカにレインが不安を取り除くように優しく返す。

マップで確認すれば緑と黄色の光点が素早くこちらに向かってきている。

時間は午後18時59分。19時まで残り20秒。

シリカの計画は1秒でも遅れればアウト。厄介なモンスターと殺人者プレイヤーの挟撃を強いられる形になる。そうなれば3人揃って死亡してしまう可能性が非常に高い。

 

「――来るよ!」

 

緊張感と、もし失敗したらという不安に呑まれそうになった時、レインの張りつめた言葉に我に返った。

手を見ると危うく縄を放しそうになっていたので慌てて握り直す。

入り口を見ると、ピナを小脇に抱えたノゾミがスカーネイルに追われるノゾミの姿が視認できた。

 

「ちょっとまずいかも……!ノゾミさん、もっと速く走ってください!」

 

「これでも全速力なんだよ!?」

 

「だったら風よりも速く走ってください!!」

 

「「無茶言わないでッ!?」」

 

「じゃあゲネプロでどうにかしてください!!レインさん!」

 

シリカの張りつめた声にレインもシリカの方を向く。

シリカも同様にレインと向き合い、同時に腰を据えて、ぐっとお互い縄を強く引っ張った。

瞬間、浅く土をかぶせた縄が姿を現し、綱引きの要領でピンと張った縄は高速で迫る2人の足を引っかけてやろうと言う古典的な罠になる。

 

「――ッ!」

 

ノゾミは地面から10センチ程度の高さの位置に張った縄をハードル飛びの要領で跳び越え、すぐに壁際に身を寄せる。

 

「罠のつもりか!?舐めんじゃねぇ!!!」

 

スカーネイルはさらに加速し、ノゾミと同様に跳んで縄を回避。勢いそのままに壁に飛びつき、壁に着地する。

顔を上げたその先には、3人と1匹の獲物。

 

「――終わりだ」

 

勝利を確信し、次の瞬間に聴覚を刺激する着地した勢いを反動に、縮み切ったばねの如く飛び掛かった。

その時、スカーネイルの目の前の空間が渦を巻くように歪んだ。

 

「――あ?」

 

思わず呆けた声が出る。

空間から球体の水晶が現れ、それを纏うように半透明の、薄紫色の古びた布切れをローブにしたような亡霊型のアストラルゴーストが現れる。

 

「なっ、なんだこいつは!?」

 

勢いは止まらず、アストラルゴーストはスカーネイルに気付き、何かを放とうと腕を伸ばす。そのままアストラルゴーストをすり抜けたスカーネイルの身に異変が起こる。

身体が鉛のように重くなり、思うように動かない。

 

「こっ、これは……!?」

 

簡易ステータスには剣と盾、靴のアイコンに下向きの矢印が合わさったマークが現れる。

これらは攻撃、防御、移動速度減少のデバフを受けた証だ。

このアストラルゴーストの名は《ウィーカーズ・アストラル》。アストラルゴーストと呼ばれる、所謂幽霊型モンスターと呼ばれるものだ。

その中でもこのモンスターは触れた相手に3種類の弱体化デバフを与えるスキルを持ち、当時の攻略組からはかなり嫌な相手だったらしい。因みにこの《ウィーカーズ・アストラル》は基本このエリアのみ、そして19時から翌朝5時までの間に出現するだけだ。

シリカの作戦はこうだ。まず単調な即席の罠を展開。だがそれは罠にかける為ではなく、破られる前提の囮。

本命は出現した《ウィーカーズ・アストラル》のスキルで弱体化した所を捕らえるというものだ。

 

「今です!」

 

シリカの合図に3人が動き出した。

レインがスカーネイルを縄で拘束。

ノゾミとシリカがアストラルゴーストがこちらに気付いた瞬間にピナのバフによって上昇した攻撃力による《連刃剣舞》のソードスキルの連撃と、短剣のソードスキルで的確に水晶を切り裂く。

 

「まだ来るよ!」

 

すかさずアストラルゴーストが鎌を召喚し、ノゾミとシリカを狩り取らんと振るう。

大ぶりの攻撃をシリカに当たる前に回避。すかさずダガーでコアを斬り付ける。

 

「てぇい!」

 

更にノゾミの《連刃剣舞》の追撃の3連続剣舞ソードスキルで斬り付ける。

悲鳴が上がり、コアが砕け散った《ウィーカーズ・アストラル》はポリゴンとなって消滅した。

 

「……ふぅ。やりましたね」

 

「ナイス作戦勝ちだったよ、シリカちゃん♪」

 

「シリカちゃん、ここが時間帯で出るモンスターが変わるって知ってたのか?」

 

戦闘を終えてハイタッチをしたところでスカーネイルが訊ねてきた。

縄で縛られているにも関わらず武器を構えてしまう中、シリカが答えた。

 

「ここを教えてくれた情報屋さんから教えて貰ったんです」

 

「情報屋?……山高帽を被った男か?」

 

「そう――え?何でそのことを知ってるんですか?」

 

「あー……だとしたらヤバいな」

 

「え?」

 

次の瞬間、《ウィーカーズ・アストラル》の消えた場所に黒い旋風が渦巻く。

旋風の中で漆黒の水晶が現れ、それを上半身のみの白骨と赤黒いローブが纏う。手には幾人もの命を刈り取ったかのように、黒く変色した返り血を浴びた突撃槍(ランス)が握られている。放たれたプレッシャーは、先程の《ウィーカーズ・アストラル》の比ではない。現状、《ウィーカーズ・アストラル》の時のカラー・カーソルは炎のような赤に対し、眼前のモンスターは黒色の濃い赤色となっているだろう。いうなれば、ルビー・グレープフルーツの果肉のようだ。

 

「な……何なの、コイツ……!?」

 

「あ……あたし、こんなの知りませんよ!?」

 

シリカが知らないのも当然。このモンスターは《ブラッドカーズ・ファントム》と呼ばれる、このフィールドダンジョンのボスクラスのモンスターである。

触れた相手をスカーネイルと同じ状態異常にするだけでなく、突撃槍による刺突攻撃を用いる。

そのレベルは……55層クラス。

 

「――やばっ……!」

 

プレッシャーに圧倒されて、《ブラッドカーズ・ファントム》の攻撃のアクションに一瞬遅れてしまった。

まるでボクシングのストレートパンチを繰り出すかの如く放たれた突撃槍は、まっすぐノゾミを狙う。

 

 

――ドガァァン!!

 

 

轟音と共に土煙が立ちのぼる。

 

「の、ノゾミ……!」

 

レインもシリカも、逃げ遅れたノゾミが居たであろう土煙を愕然とした様子で見ていた。

スカーネイルとの戦闘でのダメージはまだ回復しきっていない。あの一撃を喰らえば、49層の安全ラインを越えているプレイヤーですら致命傷は免れない。今のノゾミなら死亡もあり得るだろう。

次第に土煙が薄くなり、人影がはっきりする。

 

「……え?」

 

完全に煙が晴れてそこにいたのは、突き飛ばされたように倒れたノゾミと、突撃槍に胴体を貫かれたスカーネイルだった。

プレイヤーを貫いた《ブラッドカーズ・ファントム》は貫いたスカーネイルを、槍を振るい放り捨て、ノゾミの近くに落下した。

 

「あ、あなたなんで……!?と、とにかく回復を……!」

 

急いでポーチからポーションを取り出し、スカーネイルを回復しようとするが、飲ませようとした直前、当人から払いのけられた。

 

「必要ねぇよ……あの野郎、俺ごとテメェらを殺すつもりだったみたいだな……」

 

彼から発せられた言葉の衝撃に、ノゾミは声を失った。

彼の生命を知らせるHPバーは、既に赤く染まり、あと数ミリしかないにも関わらず今も徐々に減っていく。

 

「おい。仮にも俺を捕まえたんだ。最期にふたつ伝えといてやるよ」

 

「伝えてって……何言ってるのこんな状況で!?」

 

「良いから黙って聞け。良いか?一つ目はさっきの戦闘中での会話を、そいつとあとの2人に伝えろ」

 

「あの2人……チカとユナの事?でも、なんであなたがあのライブの事を……」

 

「そりゃ噂になってるからな。もう一つは今攻略組が躍起になって攻略してる75層に存在する階層ボスの攻略時に、俺達は事を起こす」

 

「事を……」

 

「起こす……?」

 

「ああそうだ。それが成功すれば、クリアは永遠に不可能となる」

 

最後の一言は、最初は2人には意味が分からなかったが、すぐにその真相に気付いて目を見開く。

表情から察したスカーネイルは立ち上がり、まるで舞台に立った俳優のように叫ぶ。

 

「Menschen, wisst, dass Arroganz Ruin ist!!!」

 

己の最期を悟ったが故か、狂笑を交えたその言葉の直後、《ブラッドカーズ・ファントム》に叩き潰されてポリゴンとなって消滅した。

 

「「「……!」」」

 

その壮絶な最期に、3人とも言葉が出ず愕然としていた。

 

 

――オオオオォォォォォォ……!

 

 

《ブラッドカーズ・ファントム》は、まるで魂が足りない、もっと寄越せと言わんばかりに雄たけびを上げる。

そして次の標的たるノゾミ達に視線を向けた。

 

「……レイン、転移は?」

 

すっと立ち上がったノゾミの問いに、レインは静かに首を振る。

 

「……じゃあ、アイツを倒すしか生き残れないって事だよね?」

 

「さらっと言ってるつもりだけど、一応相手は格上だよ?」

 

「それでも、生き残るにはそれ以外に方法が無いならやるしかないよ。それに……私達は、死んだスカーネイルのあの言葉を伝えなきゃならないの」

 

「ノゾミさん……」

 

すっと切っ先を《ブラッドカーズ・ファントム》へと向けるノゾミの後ろで、レインが溜息を吐きながら剣を抜き、彼女の左隣に立つ。

 

「――まったく。呆れるくらいにどこまでもまっすぐなのね。まあでも、その無茶に乗るしかないんだよね、現状こいつをどうにかしないと脱出できないのも事実だけど」

 

「レインさん……」

 

前に立つ2人の背を見るシリカ。そんな彼女の傍にピナが一声鳴く。

そのひと鳴きに意を決したのか、立ち上がって短剣を逆手持ちで構える。

 

「「「――ああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」」」

 

3人の少女が呪いを振り撒く赤き亡霊へと挑んでいく。

まだ死ねない。たったそれだけの理由で、目の前の彼女らにとっての理不尽へと挑む。

 

 

 

 

その後――。

 

 

「お前ら、どこ行ってたんだよ!?」

 

「「「ごめんなさい……」」」

 

《始まりの街》へと帰って来た2人に待っていたのは、マコトからの叱咤だった。

 

「――ったく。無事なら無事って言ってくれよな?」

 

「こっちもこっちで色々立て込んでてね。まぁ、シリカちゃんとの狩りでそれなりにこっちの取り分もあったから」

 

「おい。モノで誤魔化してんじゃねぇよ?――ってか、なんでそいつがいるんだ?」

 

首を傾げながら目線を向けている先には、頬に特徴的なペイントを施した女性プレイヤー、情報屋の鼠のアルゴだった。

攻略に関わる情報を生業とする彼女がこんな場違いな場所にいることに違和感を感じたのだろうか。

 

「シーチャンから聞いたヨ。山高帽の男の情報屋の事」

 

「はい。まさか、あんなトラップがあったなんて思わなくて……いまさら言っても言い訳にしかなりませんよね。こういうの」

 

「それもそうだが、オレッチが追ってる件にも情報PKが起きてたんダヨ」

 

「情報PK?」

 

聞きなれない言葉にレインが首を傾げた。

 

「このSAOが始まった中で、提供した情報の中に嘘の情報を交えるやり方はこれまでにもあったんダヨ。犯罪者ギルドの中には、グリーンプレイヤーが有益な情報を送って他の面子が待ち伏せし、そこにきた獲物共を一網打尽にするって具合にナ」

 

「酷い……」

 

「ダケド、今回シーチャンのケースはちょっと違う。あえて危険な情報を秘匿した状態で売りつけて殺害するってパターンだ。キー坊の件もこれにそっくりダ」

 

「同じ状態で?でもアルゴは攻略情報の本を出してるから、早々に引っかからないんじゃないの?」

 

「それに、どうして他の情報屋よりも安くしようとは思ってないんですか?」

 

頷いた所でマコトとシリカが疑問を口にした。

その2人にアルゴは肩を竦めながら言う。

 

「オレッチはこう見えてもソロだぞ?最前線の情報も集めなきゃだし、どうしてもそういう所には穴ができちまうからナ。それニ、情報屋の交渉では安すぎると逆に疑われやすくなるから、あえて同じ価格で情報を売ってるんダヨ。危険なトラップとかの情報を伏せてナ。その手の被害で死者は10人以上も出ている」

 

「……ん?キー坊?確かそれって、キリト君の事だよね?まさか――」

 

「そのまさかサ。【月夜の黒猫団潰滅事件】も、同じ手口でやられたんだろう。危険性を秘匿して提供する未必の故意。それを情報屋の間で【情報PK】と呼称していル」

 

「じゃあ、あのビーターのキリトって人も、騙されたうえで罪を擦り付けられたって事ですか……!?」

 

「オレッチはそう睨んでイル。みんなもソイツから買った情報には気をつけろヨ?」

 

「あっ、待って下さい!」

 

じゃーナ、と手を振って去って行くアルゴをシリカが思い出したように呼び止める。

 

「どした?」

 

「あの。正直自分でもこれが本当かどうかわからないんですけど……」

 

半信半疑の様子でシリカはスカーネイルの最期の言葉の2つ目をアルゴに話す。

 

「――なるほど。確かに聞き捨てならない情報ダ。知り合いに連絡して、情報の真偽を確かめるとするヨ。」

 

「ありがとうございます。それじゃああたしも帰ってラストスパートを掛けていきたいのでこの辺で」

 

「2人とも、今日はありがとう」

 

改めてアルゴとシリカが去った後3人の元に一斉にメールが届く。

訝し気にメッセージの送信者を見ると、エギルからのようだ。

 

「エギルさんから?何々……は?」

 

マコトの口から間の抜けた声が上がる。

他の2人も同様に思わず目を丸くして顔を合わせている。

 

 

 

――当人から聞いた話だが、キリトとアスナが結婚したらしい。そこでクラインが俺の店であいつらの結婚祝いをしようって言うもんだからお前ら、参加してみるか?

 

 

 

「結婚って……あの結婚、だよね?」

 

「うん。――マジで?」

 

付き合うという過程を経て結婚する、というならまだわかる。エギルも詳しい話は聞いていないが【血盟騎士団】に入ってから2人の距離が急激に縮まったらしい。

余りの急展開に頭が追い付かなかったが、やっと思考が追い付いたようにノゾミの顔が笑顔になる。

 

「……そっか。キリト君、アスナさんと……」

 

「なんだか、狙ってた男に本命の別の女がいたのを知ってフラれたみたいに聞こえるわね」

 

「誰がフラれたのよ、誰が」

 

レインへのツッコミを入れて再びメッセージに視線を向けるノゾミ。

 

「うし、じゃあユイ達も誘おうか。男子三日も合わざれば刮目してみよって言うしな」

 

「「賛成♪」」

 

マコトの一言に、レインとノゾミも大いに賛成するのだった。

 

 





次回「一時(いっとき)の宴」


(・大・)<やっとアインクラッド編も終わりに近づいてきました。


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「一時の宴」

 

 

エギルからキリトとアスナの結婚のメールを受け取った翌日の夜。昼間は2人の引っ越し作業でいっぱいいっぱいだったらしく、結婚祝いのパーティは夜に行われることとなった。

そして――、

 

 

 

 

 

「よーっし!それじゃあ今回は無礼講だ!キリトとアスナさんの結婚を祝して、乾杯!」

 

クラインの音頭で一斉に全員がクラスを掲げる。

エギルの店の2階で行われたパーティには当人のキリトとアスナ、主催者のエギルとクライン、来客のウィスタリア、ユイ、マコト、テンカイ、ノゾミ、チカ、レイン、カオリ、マヒル。そしてリズベットとユナとフィリアの計16人だ。

 

「いやー、おめでたいね。やっと結ばれたんだもん。こっちは内心いつになるかじらされてるような気分だったんだよ?」

 

「ええっ!?そうだったの!?」

 

「うん。アスナさん、オフの時はキリトさんの事ばっか言ってたし。キリト君が【血盟騎士団(うち)】に入ってからただでさえ近かった距離が一気に縮まったって感じだったなぁ」

 

「やめてよそこ!護衛の癖に!!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶアスナにユナは「はいはい」と素知らぬ顔で返す。

 

「そういやツムギはどうしてる?あいつは来なかったんだろ?」

 

「はい。ツムギは決闘の件で有名になったようで、オーダーが増えて顔を出せないそうです」

 

「そんなことはどうでも良いですわ。――キリトさん!!」

 

「うひゃい!?」

 

いきなり声を荒げたウィスタリアにキリトは若干上ずった声が出てしまう。

 

「どうして結婚の報告を私達にしてくれませんでしたの!?報告の一つくらいしてくれたら、大々的に結婚式の計画を開こうと思ってたのに酷いですわ!」

 

「お前に知られると大ごとになりそうで嫌だったんだよ!ただでさえアスナはノゾミ達と並ぶ人気プレイヤーの上位の常連だぞ!そんなアスナと結婚したなんて周囲に知れたら、逆恨みするプレイヤーに囲まれて攻略どころじゃないって!」

 

実際、キリトが《二刀流》を74層の階層ボスで披露する前に開かれた人気投票の女性プレイヤー部門ではアスナ、ノゾミ、ユナ、レイン、クリスティーナは上位に鎮座している。とはいえクリスティーナは「グリーン限定でヤバすぎる人部門」では堂々の1位を飾っており、企画者(ダイゼン)相手に本気で斬りかかろうとしたといおう事件はキリトもよく覚えている。

因みにその部門ではラジラジが2位、ウィスタリアは6位だったりする。

 

「あっ、ツムギから2人の結婚について話したらこんなメッセージが返ってきたの」

 

 

 

『キリトさん、アスナさん。結婚おめでとうございます。まさかお二人が結婚するなんて予想できていませんでした。

それとは別に!どうしてそのことを黙っていたんですか!少しくらい報告を早めてたら結婚式用のウェディングドレスを用意しておいたのに、2人とも酷いです!

それはともかく、服が欲しいのであればいつでも来てください。その時は黒一色しか興味の無いまっくろくろすけさんを服のセンスを上げさせてあげますから、覚悟してくださいね!』

 

 

 

「ツムギの奴、本気でキリトを着せ替え人形にしそうだな」

 

「勘弁してくれ……」

 

ツムギやアスナに目まぐるしく着替えさせられる光景に、思わず遠い目をするキリトだった。

 

「それで、マコトちゃんはあの後どうだったの?テンカイさんとは順調な訳?」

 

「ぶっふぅ!?」

 

アスナに矛先を向けられて飲んでいたジュースを吹き出すマコト。

 

「マコト、大丈夫か?ああ、さっきの質問?テンカイとは順調だべ」

 

「おまっ!何言いだしやがる!?」

 

「それに、最近は1層にいるよりもオラ達ん所にいる時間が増えてる気がするべさ」

 

「いい加減にしろよマヒルぅ~!!!」

 

「んで?そのテンカイさんはマコトのどこが好きになった訳?」

 

同じく顔を真っ赤にしてマヒルの肩を揺さぶるマコトを他所に、リズベットがテンカイに質問を投げかけた。

 

「そうだな……うまい料理を作ってくれるところ、かな?農業を継ぐのが嫌で上京したってのに、ここに来てその大切さを知らされてたんじゃ本末転倒って奴だな。それに、アイツがスゲェ笑顔でうまい料理を作ってくれるなら、生産者冥利ってやつだろ?」

 

「そ、そういうもんなのかよ?あたし、割とガサツなところもあるし……ユイみたいな奴が合うんじゃねぇのか?」

 

「それも魅力の一部だろ?今更そんな自虐ネタで俺が離れる訳ねぇだろ」

 

「テンカイさん……うぅ、この人の好意ストレート過ぎるんだよなぁ……」

 

「マコト、なんくるないさ~。これだけの事を言えるんだから、本気で惚れてるんだよ」

 

顔をこれでもかと真っ赤にして蹲るマコトに、クラインが棒読み染みた台詞でやっかみを掛けてきた。

 

「おーおー、見せつけやがって。エギル、俺とお前、そしてユースさんは同じ独りモンだろ?ここはひとつ独身者同士――」

 

「あ、悪い。俺現実で結婚してんだ」

 

「ユースさんもティアナさんと向こうで結婚してるって」

 

「チクショウ!なんだよテメェら!ハナッから裏切ってやがったのか!!」

 

「いや、テメェが勝手に勘違いしただけだろ」

 

一転、雪崩の如く崩れ落ちたクラインにエギルが容赦ないツッコミを入れるのだった。

 

「見事なジャブで沈んだな」

 

 

 

 

崩れ落ちたクラインがようやく立ち直ったころ、アスナが隣のキリトに声を掛けた。

 

「ねぇ、キリト君。話は変わるけど……『レジェンドオブアストルム』って知ってる?」

 

「ん?アスナがゲームの事を言うなんて珍しいな。やってたのか?」

 

「ううん。ユイさんから名前を聞いただけだよ」

 

「アストルムっつーと、SAOができる前にブームになってたオンラインゲームの事か?」

 

「ああ。写真のデータで自分の顔や体格の大体のサイズをアバターに転写して、そこから4つの種族を選ぶっていうシステムが話題になっていたんだ」

 

「それで。本当に知らないの?ユイちゃんの事」

 

「は?」

 

がしっとユイの頬を両手で挟み、キリトへと向ける。

キリトはその言葉の意味が一瞬分からなかったが、じっとユイの顔を見る。

時間にして数秒、思い出したように声を上げた。

 

「――――ああっ!お前【トゥインクルウィッシュ】のユイか!?」

 

「やっと思い出したんだ……」

 

「2人とも、知り合いだったの?」

 

「うん、アストルムでね。メンバーの一人がよくキリト君と決闘していたからね。それもあって割とよく交流してたんだ」

 

ユイの口から語られる思い出話に意外そうにフィリアが声を上げた。

 

「それで、他の3人は?」

 

「ううん。来たのは私だけ。多分3人とも向こうにいると思う。そこに関してはラッキーと言うか、なんというかって感じかな……」

 

「その3人ってユイさんのお友達ですか?」

 

「うん。レイちゃんはアスナさんと同じ細剣の使い手で、クールで凄く強かったよ。ヒヨリちゃんは私達のギルドマスター。人助けが好きで、元気いっぱいな明るい子なんだ。ナオくんはプリンセスナイトっていうジョブを手に入れて、私達の強化や陣形の指示とかの指令役で、あの人がいると動きが凄く楽になったの」

 

「個性的な仲間がいたもんだ。ユイ、そいつらの為にも絶対に生きて帰らないとな」

 

「ん……そう、ですね……」

 

口ごもりながら頷いたユイに一瞬眉を顰めるエギル。彼女に質問しようとした所で、

 

「あのさ、みんなは現実の方で待ってる人がいるのかな?」

 

突如手を挙げたユナが意図せず横槍を入れる形で中断された。

 

「ごめん。こういうのってマナー違反かもしれないけど、ユイの話を聞いていたら思い出して……」

 

「確かにノゾミとユナさんとノーチラスさんが幼馴染と言うのは聞いた事ありますね」

 

「うん。録画とか映像の投稿とか機械系がちんぷんかんぷんだった私達にとっては救世主みたいなものだよ」

 

「ありがとね、エーくん……」

 

感涙するんじゃないかという勢いで過去を振り返るノゾミとユナ。その2人に「いや、流石に大袈裟だろう」と内心ツッコミを入れる一行の中でリズベットが思い出す様に語る。

 

「あたしンとこは初音と栞かしらね。初音は同じ学校の後輩で、栞はその妹。昔っから病弱で心配だって初音が心配してたのよ」

 

「俺ン所は無駄に正義感が強い奴だったんだよ。学生ン時も不良共に堂々と喧嘩売って来たからな。おかげでこっちは巻き添えでケガするのが恒例なんじゃないかって思っちまったよ」

 

「じゃあ次はマヒルだな」

 

リズベットとクラインが順に語っていき、そして次はマヒルの番となる。

 

「おっ。オラの番だべか。そうさな……レンレンとミユミユだな。実を言うとオラ、その2人と同じクラスだっただよ」

 

「なるほどな。にしても中学上がりたての奴が農業するなんて思い切ったことをしたもんだよな」

 

「こんなにちっこいのに今じゃ【エリザベスパーク】や【ゴスペル・メルクリウス】の経営を担うようになった食品販売をしてんだろ。実際すげぇことだからな。もっと胸張っとけ」

 

クラインとエギルがマヒルの功績を思い返しながら彼女に称賛の声を浴びせるが、当人はまるで不服そうに頬を膨らませている。

 

「……なぁ、あんちゃん達。オラがいくつか知ってるべか?」

 

「は?女性に年齢の話をするのはマナー違反じゃねぇのか?――見た所、13歳前後だと思うけど?」

 

代表してエギルが答える。マヒルとマコトとユイ、テンカイ以外も彼に同意と言わんばかりに頷いた。

対してがっくりと肩を落としたマヒルは、その酷く沈んだ表情で現実を突きつける様に答えを呟くように。

 

「……オラ、今年で18だべ」

 

『……はぁ!?』

 

告げられた事実に3人以外が一斉に信じられないと言わんばかりに声を上げた。

 

「あたしらも最初に聞いた時は驚いたよ。こんな見た目してて年上なんだからな」

 

「エーくんと同い年って……マジ?」

 

「ああ……。レンレンはオラとは逆に初めて会った時にはもう身長が文字通り頭一つ飛びぬけていたべさ。それに、オラを見る目が時々嫉妬が混じったもんを感じてな……あれは怖かっただよ……」

 

「大きすぎるのも小さすぎるのも考え物だね……」

 

思わぬ暴露に意外な形で露出した悩みに、アスナはただ苦笑するのだった。

場の空気も改める為にも、次はウィスタリアが名乗り出した。

 

「私の番ですわね。咲恋さんという方ですわ」

 

「咲恋……あれ?どこかで聞いたような……」

 

ウィスタリアが上げた名前に記憶を探るように頭に手を当てるアスナ。そんな彼女に意外そうに声を上げた。

 

「あら?アスナさんも咲恋さんの事をご存じでしたの?確か今から……3年位前だったかしら?」

 

「ああ!大人の人達の前でスピーチをしたあの子ね!確か少し前にメイドの女の子がケーキに顔を突っ込んで……」

 

「ええ。それが彼女の緊張を解すきっかけになったのでしょう、素晴らしいスピーチだったのを今でも覚えていますわ。それに、彼女の積極的に学ぶ姿は私も感銘を受けました……」

 

ウィスタリアは一息つくと、天井を見上げる。

いや、天井ではない。この空の向こう――現実世界で帰りを待っているであろう咲恋という少女の顔を思い浮かべているのだろう。

 

「この世界に捕らわれた時は最初、絶望しかなかったのに、今や観光地として名を上がるほどの活気を取り戻した……」

 

そして、目を閉じて数度呼吸を繰り返すとまっすぐにキリト達を見て、

 

「未来を切り開く戦いはあなた方にお任せします。だから、この場は私達にお任せください。今を生きる手助けをすることが、私達【ゴスペル・メルクリウス】の戦いです」

 

「……ああ。任せろ」

 

了承のハイタッチと言わんばかりに拳を突き出すキリト。

ウィスタリアは最初戸惑ったものの、すぐに意味を理解して彼の拳と自分の拳を合わせるのだった。

 

「じゃ、次は私の番ね」

 

そして次はフィリアが挙手をした。

 

「私は近所に冒険家がいてね。そのお子さんと一緒に冒険話を聞いてるうちに仲良くなったのよ」

 

「ああ、その話は聞いた事ありますわ。悪戯好きな女の子がいたと仰っていましたわね?」

 

「そう。その子の悪戯がね、公園に落とし穴作ったり、びっくり箱仕掛けたり……本当にやんちゃ盛りで困ったものだったわ」

 

「落とし穴って……割と重労働じゃなかったっけ?幾つだよその娘さんってのは」

 

「そうね……多分今年で7歳くらいじゃ無いかしら?会ったのはあの子が4歳の頃よ」

 

「……随分タフなガキもいたもんだ」

 

「じゃあ次はキリトの番ね」

 

「俺かよ!?あー、えーっと……」

 

いきなり矛先を向けられたキリトは口ごもりながら目線を逸らす。

ちらっと一行を見てみるが、全員期待に満ちた目でこちらを見ているので、誤魔化しが効きそうにない。

やがて観念したのか、腹を括って語りだした。

 

「近所の子共3人と、妹の妹弟子1人。俺の知ってる奴でみんなと被ってないのはこれくらいだ」

 

「妹っつーと、初日に言ってた運動部系の子か?」

 

思い返す素振りをするクラインに、キリトが「ああ」と頷く。

 

「近所のって、なんか意外だね。キリトって年がら年中パソコンの前にかじりついてネットゲームとかやってそうなイメージなのに」

 

「お前ら……まあ事実ちゃあ事実だけどさ。その3人とはアストルムで出会って、そのうちのひとりがオフで会おうって言ってきて、それでお互い近所同士だってわかったんだよ。それに……」

 

「それに?」

 

「《始まりの街》の教会に保護されてる子供たちがいてさ。その子達を見てると、なんかあいつらの事を思い出しちゃって。何度か足を運んだことがあったんだよ」

 

「おやおやぁ?黒の剣士ともあろうお方が、ゲーマーを取り除いたら最早保育園や小学校の先生みたいな言い方してるじゃないですかぁ~」

 

「もうリズ、からかわないでよ。そんなことある訳――」

 

にやけ面で揶揄るリズベットをアスナが嗜めようとした時、不意に脳裏に教師姿のキリトの姿が浮かび上がった。

そして教室を舞台に小学生たちが元気に挨拶を――。

 

「――あれ?以外に似合う?」

 

「おい」

 

「いや認めちゃダメでしょアスナさんまで!」

 

思わず突っ込んでしまったクラインに頷きかけたが、そこは堪えて続ける。

 

「それに、シリカは知ってるだろ?シズルさんとリノもな」

 

「シズルさんも知り合いだったの?」

 

「ああ。まぁな……」

 

少し気まずそうに言葉を濁したキリトが気になったが、ともかく大トリはアスナだ。

彼女は昔を懐かしむように天井を見上げて語りだした。

 

「まずは、京都の子から話すね。おじいちゃんの代からの付き合いで出会ったんだけど、人形遊びやメルヘンチックなお話が好きで、遊びに行った時は毎回突き合わされてたんだよね。ぬいぐるみも沢山あったよ」

 

「メルヘンチック……女の子なら誰だってそういう妄想を抱かずにはいられないよね」

 

「あんまり舐めないほうが良いよ?あの子のは筋金入りだから」

 

一旦小休憩をはさむように、思いを馳せるようにグラスの中のジュースの水面を見ながら続きを語る。

 

「それに……本当はクラスメイトと一緒に入る予定だったんだ。その子は私の知る限りキリト君と同じくらいゲームが上手だったんだよ」

 

「アスナの学校にもキリトみたいな奴がいたのか。なんか意外だな」

 

「そうかな?勉強も優秀で、中間テストなんて1位だったんだよ。この髪も、SAOの前にその子が結ってくれたんだ」

 

「絵に描いた完璧超人なのに、フレンドリーなところもあるのね」

 

「最初の頃この街を探し回ってその子を探してたけど、結局見つからなかった。多分その時はSAOの外――ログインしてなかったんだと思う。時々、今頃どうしてるのかなって思って……。それに、今は生き残る目的も増えたのよ」

 

「目的?」

 

「うん。あの子もSAOを本当に楽しみにしていたの。だから帰ったら、あの子にSAOで私が見たこと、感じたこと、出会った人のこと――。それを伝えたい。だから、生き残るんだ」

 

無意識にグラスを握る手に力を入れて、希望を宿した目で語るアスナを見て、キリトは感慨深く彼女を見つめた。

嘗ての彼女は、この世界に自分の生きた証を刻む為に数日間ダンジョンに潜り込んで死に掛けたりと、自分の命を試みない部分が目立っていた。

56層の攻略もNPCを囮にしようと無茶苦茶な面も見られたが、ラフコフ討伐戦後からの彼女は明るい部分も見受けられるようになった。

そして、自分を愛してくれたあの笑顔も――、

 

その時、バン!という轟音と共に扉が力強く開け放たれた。

唐突な事態にレインとユナは思わず飲んでいたジュースを吹き出す。

 

「シリカ!?」

 

飛び込んできたのはシリカだった。肩を上下させて荒い呼吸をしている彼女と肩に乗っているピナは、まるで強力なモンスターから命からがら逃げ延びたかのようだ。

 

「す、すみません……!少し、かくまわせてください……」

 

「は?かくまってって……」

 

その時、再びバタン!と扉が先程よりも勢いを増した、破壊しかねない勢いで扉が開け放たれた。

 

「……シズルさん!?」

 

「う゛う゛う゛ぅぅ……」

 

来客――シズルの様子は完全に呑まれていた。

最後に見た闘技場の様相よりも獣らしさがより強まり、もう完全に人の姿をしたケダモノと呼ぶに相応しい有様である。

その姿を見たノゾミは「ひぎゃっ!」と悲鳴を上げてユナに抱き着く。先のトラウマが蘇ったらしい。

 

「……お、おい。なんか俺らの声なんか届きそうにないレベルでヤバい事になってないか?」

 

「……もう完全にプレイヤーの皮を被ったフロアボスだろ!?しかもクォーターポイントの!」

 

「最近ずっとこうなんだよね……。フラストレーションの限界って奴?」

 

「完全に堕ちた姿ですね。獣に……」

 

キリトとエギル、ユナが身を寄せ合ってそれぞれ口にする。

そんな時、クラインがずけずけと前に出た。

 

「おいシズルさん。人ンちのドアをそんな乱暴に開けてんじゃねぇよ」

 

「ちょっ、クラインさん!?」

 

シリカが慌てて止めようとするがもう遅い。

 

「うがあぁッ!!」

 

クラインの頭を掴み、壁へ投げつけた。片手で。一応園内なのでHPが減る事はないが、それでも地面に落下したクラインは死んだように動かない。KOされてしまったようだ。

 

「し、シズルさん落ち着いて!?ってか止められるのこれ!?」

 

「無茶言わないでよ!ギルドでも4、5人がかりの壁役プレイヤーを押し退けるくらいなのよ!?」

 

「じゃあどう止めろと!?下手したら店を滅茶苦茶にしかねないわよ!?」

 

フィリアとリズベットがアスナを突き出して問答をする中、シリカが前に出る。

 

「シリカ!?殺され――る事は無いけど、危ないぞ!?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

脚が震えてるが、それでも懸命に獣と化したシズルの前に立ちふさがる。

メニューウィンドウを開き、あるアイテムを出現させる。リボンでラッピングされた小さなプレゼントボックスのようだ。

 

「シズルさん。これ……」

 

震える手で差し出されたそれを開けて、目を瞠った。

小さくデフォルメされた紺色のマントを掛けたファンタジー風の衣装を着たぬいぐるみの人形だった。

 

「お誕生日……おめでとうございます!」

 

『――……ええっ!?』

 

シリカの口から告げられた言葉に、シズルとシリカ以外の全員が仰天する。

 

「誕生日って……じゃああの時集めてた素材ってこれを作る為だったの?」

 

「はい。前にあたしが記憶喪失になった妹と勘違いしていたシズルさんが色々話してくれてたのを覚えていたんです」

 

「それがあの素材だったんだね」

 

「はい――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!リノちゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああん!!!!!」

 

「ごぶぇ!?」

 

レインが納得した途端、シリカの背後からガバリとシズルが覆いかぶさった。

 

「この弟君人形ずっと大切にするからね!じゃあ今からお姉ちゃんのお誕生日パーティする?お姉ちゃんリノちゃんの好きなもの何でも作ってあげるよ!何が良い?あっ、それともどこか高めのレストランでお食事のほうが良いかな?色々スポット知ってるよ!」

 

「わ、わがっ……ばがびッ……べべべべべべ……」

 

ただのハグであるはずなのにシリカの身体からメキメキと骨の軋む音が聞こえそうだ。顔も青くなり、ピナもシズルに「早く離せ」と言わんばかりに喚く。

 

「あっ、みんな何の集まりか知らないけど、明日も早いからそろそろお開きにしたほうが良いよ?それじゃあ私はリノちゃんとお姉ちゃんの誕生日パーティをするからね。それじゃっ!」

 

まるで矢継ぎ早かマシンガントークか。凄まじいスピードで喋りまくったシズルは、ぐったりと糸の切れたマリオネットのように動かなくなったシリカを連れて去って行った。

 

 

 

 

シズルが去った後、キリが良くなったのか宴会は解散となった。

 

「キリト」

 

キリトとアスナもログハウスへと帰ろうとした時、クラインに呼び止められた。

 

「どうしたんだ?まだ飲み足りないのかよ?」

 

「ちげぇよ。――ほれ」

 

放り投げられたそれを受け取ったキリトは、思わず目を丸くして受け取ったそれとクラインを交互に見るのだった。

 

 

 

 

 

50層の宿屋にて。

 

 

「それで、話って?」

 

宿屋に泊まったノゾミ、レイン、チカ、そしてユナ。

レインとノゾミから話がしたいと言われて呼び出されたのだ。

 

「実は私達、昨日スカーネイルと遭遇したの」

 

ノゾミの一言に2人の顔が険しくなる。

2人のリアクションを見たノゾミは続ける。

スカーネイルと戦闘を繰り広げたこと。

彼が《縦横武刃》という超EXスキルの持ち主だったこと。

そして、彼の殺人の動機と最期の言葉を――。

 

「――『人間よ、傲慢は罪と知れ』ですか」

 

「え?」

 

「彼の最期の言葉を日本語に訳したものです。そして、これを使った人を私は知っています」

 

「使った人?」

 

「――ネルソン・スカージット」

 

チカの口から告げられたその名前に3人のリアクションはそれぞれだった。

 

「あのネルソン・スカージット!?」ノゾミは驚愕に顔を染め、

 

「……?」心当たりの無いユナは疑問符を浮かべ、

 

「あれ?その名前どっかで……」レインはその名前に記憶を探る。

 

「――かつて、『早咲きの天才』と呼ばれた作曲家です。主にクラシック音楽の作詞や作曲で17歳で音楽界に名を馳せた……」

 

「けど、4年後に大スランプを拗らせて、それ以来めっきり表舞台に出る機会も減ってきたんだ……それで、最後に出たインタビューで言ってたのが、さっきの台詞なの」

 

「でも、そんな人がなんでラフコフなんかに……」

 

チカが信じられないと言った顔持ちで視線を落とす。

レッドギルドと言う常軌を逸したギルドメンバーは幹部等の一部を除き、総じて殺人に快楽を得たり人心掌握術で手駒にされた被害者で占められている。

有名な音楽家が何故レッドギルドに入ったのか、何故あの言葉を遺したのか、疑問が残っていた。

 

「――ひょっとしたら……警告、なんじゃないかな?」

 

「警告?」

 

「あの人は若い時に名声を得たけど、それが傲慢のきっかけになった。それが原因で転落していった……私達はライブ・イン・アインクラッドを成功させて有名になったけど、現実でもそうなるとは限らない……だからこそ、その事に高を括ってたらいずれ自分と同じように潰れてしまうぞって、音楽に携わる人として、私達のずっと先輩としてのアドバイスだったんじゃないかって私は思うんだ」

 

「うぬぼれるな、か……。スランプっていう地獄を味わった人物だからこそ、そんな言葉を残したのかもね」

 

「もし……もしもの話なんだけど、スカーネイル――ううん、ネルソン・スカージットさんが【ゴスペル・メルクリウス】に入ってたらどうなっていたんだろうって思ってさ……案外、楽しくやれてたかもしれないかなって……」

 

天井を見上げ、起こり得たかもしれない空想をノゾミが語る。

 

「水を差すようで悪いけど、たら、もしの話を今曝しても意味無いわ」

 

だが、それを否定したのはレインだった。

ノゾミは一息吐いて「わかってるよ」とから返事気味に返すと続ける。

 

「あの人がどうしてラフコフに入ったのか、もう誰にも分らない。今の私達ができることは、彼の最期の言葉をしっかりと胸に刻んで生きる事だからね。耳が痛くなるような話ばっかりしてゴメンね?」

 

「大丈夫だよ。私達にとっても他人事とは思えない内容だったし」

 

「彼の言葉を忘れないためにも、まずはしっかりと生き残ってゲームから脱出する事ですからね」

 

「……ありがとう」

 

こうして、キリトとアスナの結婚祝いの後の小さな女子会は、幕を下ろすのだった。

 







次回「《始まりの街》の異変」


(・大・)<作者、28歳最後の投稿でした。


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「《始まりの街》の異変」


(・大・)<久々の更新。

(・大・)<できてたけどなんか納得できずに色々書き直してました。

(・大・)<とりあえずユイ(SAO)編、開始です。




 

キリトとアスナが結婚し、そして22層の小高い丘の上のログハウスに引っ越し、そして仲間たちから祝福を受けて早8日。

キリトとアスナは《始まりの街》を訪れていた。

 

「キリト君がソロの時に、この街の教会を児童保護施設にしてるんだよね?」

 

「ああ。年齢制限を無視してきた子供たちが路頭に迷ったり、園外で殺されたりしないために起ち上げたって聞いたんだ。俺も何回か顔を出してたんだよ」

 

「そうなんだ。じゃあこの子の本当の親が見つかればいいね」

 

キリトとアスナは揃って自分達の手を握っているそれへと視線を向けた。

 

「……♪」

 

黒髪のロングヘアに、薄ピンクセーターに薄紫のミニスカートの小柄な少女。年齢は10歳前後だろうか。

本来SAOの年齢制限(レーティング)は13歳だが、それを無視したひとはそれなりにいた。シリカやツムギがその筆頭である。

が、その少女は自分達が見てきたプレイヤーの中でも特筆幼い。ログイン当初は齢一桁じゃなかったのかと思うほどにだ。

 

少女――ユイを拾ったのは一昨日の事だ。

噂話に出た22層のとある森にやって来た際、倒れていたこの少女を発見。しかしよく見るとNPCやプレイヤーを示す頭上のカーソルが存在しなかったのだ。

妙だと思いつつも少女を保護した2人だったが、目を覚ました少女が自分達をパパ、ママと言って慕ってしまったのだ。

これにはアスナもその気になってしまい、しばらくの間新婚生活に子供ができて、ちょっとした家族として過ごしていたが、キリトが「やっぱり保護者を探したほうが良い」と提案。アスナも渋々承諾し、この始まりの街へと訪れたのだった。

 

「……?」

 

「パパ?」

 

「キリト君、どうしたの?」

 

「いや、最後に来た時に比べて活気が薄いなって思って……」

 

キリトが周囲を見渡す。

彼が最後にここを訪れたのは約2ヶ月前。《二刀流》を披露する3日前だ。

その時は活気に満ち溢れて、ノゾミ達のライブを目当てに訪れるプレイヤーや、新たな交流の場としてアルゲートに引けを取らないほどの賑わいを見せていた。

が、今日はまるでゴーストタウン――とまでは大げさかもしれないが、彼が知る賑わいは影を潜めていたかのようにひっそりとしているのだ。流石にNPCは普段と変わりなく露店に鎮座しているが。

不審に思いながらも教会への道を進む中、上機嫌なユイがいきなりアスナの後ろに隠れる。

 

「どうした?」

 

「あっち……なんか、変……」

 

ユイが指した方角は外周通りと呼ばれる場所だ。

 

「子供たちに手を出さないで!」

 

「?今のって……」

 

その時、聞き覚えのある叫びを耳にした。

何事かと3人が向かうと、ノゾミと彼女の後ろに隠れる子供たち、そして3人の男が対峙していた。

 

「何を喚いている?この少年達は我らのギルドの先兵となる神託を受けたのだ」

 

「神託?そんなことで攫おうって言うの!?」

 

「攫うなどと下賤な事を言うな。これは神託によって選ばれたのだ」

 

「そんなこと言ったって、人さらいに体の良い言い訳をしてるだけじゃない!!」

 

「……下らん論争はそこまでにしろ。連れていけ」

 

中央の男に命じられ左右の男がその腕をノゾミの後ろにいる子供たちに伸ばす。

 

「おい、何してるんだ?」

 

――しかし、その手が子供たちに届くことは無かった。

その前に横やりを入れる形でキリトが声を掛けてきた。

 

「――ッ、キリト君?」

 

「貴様は……」

 

「子供を誘拐なんて何考えてるんだ?碌な事考えてないとはいえ、こいつらに手を出すなら……」

 

すっとウィンドウを操作し、エリュシデータを実体化する。いつでも攻撃できるという旨を伝えんばかりに柄に手を伸ばすキリト。

緊張感と共に沈黙が包んだが、中央の男が踵を返す。次いで2人の男も去って行った。

 

「……ふぅ。ありがとう。でもどうしてここに?」

 

「教会に用があって来たんだ」

 

「でも、さっきの人達はなんだったの?」

 

追いついたアスナもノゾミに問う。

2人に対しノゾミは「そのことも教会で話すよ」と2人を教会へと案内した。

そして協会に到着して早々、ノゾミは扉をノックする。

まず2回、間をおいて1回。

 

「ノゾミさん、いらっしゃい。あ、キリトさんも」

 

「お久しぶりです。サーシャさん」

 

特殊なノックの後、扉が開かれてサーシャが迎え入れてくれた。

 

「あ!キリト兄ちゃんだ!」

 

「本当だ!」

 

「久しぶりー!」

 

「ああ、みんな久しぶりだな」

 

中に入った途端、子供たちがどたどたと音を立ててキリトを迎えてくれた。

外の状況とは裏腹に、わいわいと集まってきた子供たちと接する(キリト)を見てぽかんと口を開けているアスナとユイ。

 

「キリトさんにアスナさん。今日はどういった用件ですか?」

 

「なんだよ。2人して――ん?1人増えてる?」

 

そんな折、教会の奥からティアナとマコトが顔を出したところで我に返ったアスナが声を掛けてきた。

 

「……あの、とりあえず話をしてもいい?」

 

 

 

 

「そう。それでキリトさんたちはここに来たのね」

 

「はい。保護してる教会ならこの子の事も分かるんじゃないかって思って……所でユイは?」

 

「ユイなら今はツムギの店にかくまってもらっている。噂のせいで、ちょっとな……」

 

「?」

 

「噂?」

 

「そこは後で話すよ。ユイはそのせいでロクに外に出歩けないんだ」

 

「??」

 

「そうか。ユイの方はともかく、この子の事なんだけど……」

 

キリトがユイに目線を移して訊ねる。

サーシャは少しユイを見たが、首を振る。

 

「ごめんなさい。私もこの子は見たことはありません」

 

「そうか……ユイの事を知ってるかもって思ってたんだけど……」

 

「キリト君は気にしないで。ユイの方は私達に任せて、3人は巻き込まれる前に上に戻ったほうがいいよ」

 

「……??」

 

「……ところでさ、さっきからこの子がずっと『どうして私の事言ってるの?』って顔してるぞ?あたし、なんか変な事言った?」

 

マコトが指す通り、ユイはさっきからきょとんとした表情でこちらを見ている。

 

「ああ、ユイちゃん。今のはユイちゃんの事じゃなくて、【ゴスペル・メルクリウス】のユイちゃんで……」

 

「あーもう面倒だな。こっちのちっこいのは『ちっこユイ』にしたらどうだ?」

 

「いやそんな勝手に――」

 

「ちっこユイ?……ちっこユイ!ちっこユイ!」

 

「意外にウケてる!?」

 

マコトの命名した『ちっこユイ』が大層気に入ったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

そんなユイはさておき、キリトは改めてマコトに訊ねた。

 

「で、どうして表通りが危ないって言うんだ?」

 

「それは……」

 

言いごもるノゾミを遮り、バタンと扉が開かれた。

 

「先生、マコトねーちゃん!」

 

「コッタ、お客さんの前ですよ。そんなに慌ててどうしたの?」

 

「それどころじゃない!奴らが来たんだ!」

 

コッタと呼ばれた少年の焦燥を交えた言葉に目を丸くする3人。

キリトとアスナ、ユイは何事かと首を傾げたが、直後にマコトに手を掴まれる。

 

「お前ら、すぐに隠れろ!」

 

「は!?どうしたんだよ急に――」

 

「いいから!ほらアスナさんにちっこユイも!」

 

置いてきぼりにされるキリトとアスナ、ユイがマコトとノゾミによってクローゼットの中に放り込まれた直後、再び扉が開かれた。

 

「誰か来客でもいたのか?」

 

「……いえ。子供たちが騒いでいたのを聞き違えたのでは?」

 

息を潜めてクローゼットの隙間から様子を見てみる。

サーシャと会話しているのはどうやら男らしい。

 

「まあ良いさ、約束の日は今日だ。今日までに帰ってこなかったら……分かっているな?」

 

威圧的な態度を取る男に対してサーシャはただ沈黙を貫くだけだった。

部屋を一瞥した男はそのまま大股で去って行った。

 

「……もう良いですよ」

 

クローゼットを開けた途端、べシャリと雪崩れ込む形で解放されたキリト達。

 

「で、いったい何が起きたんだ?」

 

起き上がりながらの質問にマコトはちらりとティアナとサーシャの表情を見る。

意図に気付いたサーシャはこくりと頷き、ティアナも表情を暗くしながらもうなずいた。

2人の表情で察したマコトは険しい表情を浮かべて語りだす。

 

「あの野郎……フレッグが街に来たんだ」

 

「フレッグ?」

 

「確か……【剣聞録】のギルドマスターね」

 

アスナが記憶を手繰るように返す。

遠い記憶にある25層での特攻とも呼べる【ブレイブ・フォース】や【ALS】を巻き込んだ無謀なボス攻略で壊滅したも同然の被害を出したにもかかわらず、いまだに攻略組を名乗っているはた迷惑な――いや、最早それでは済まない行いをした悪名高いギルドだ。

キリトが【血盟騎士団】に入る原因たる【二刀流】のお披露目の遠因となった妨害者たちも、情報屋の調べで【剣文録】所属のプレイヤーだったらしい。

エギルからの話では【ALS】と【DKB】を含めた3ギルドが捜索に当たっていたが、それでも【白鳥の抱擁】及び【剣文録】の主要メンバーは逮捕に至らなかった。

 

「そいつがこの間この街にやって来たんだよ。街を明け渡せって」

 

「明け渡せですって!?」

 

アスナがとんでもない要求に素っ頓狂な声を上げる中、マコトは続ける。

 

「要求はウィスタリアさんの持つギルドマスターの指輪と、《締約のスクロール》の2つと、。それらがあればギルドを実質的に乗っ取ることができますから」

 

「でも、ウィスタリアさんからしたら受ける必要は無いんじゃない?それなのにギルドを寄越せなんて無茶苦茶だわ」

 

アスナが一旦情報を整理するように言う。

要約すれば、フレッグは「この街のプレイヤーは全て自分の傘下に入れ」と言っているようなもの。そんな要求をウィスタリアが呑むとは考えにくい。そアスナのその問いにマコトが拳を震わせながら答える。

 

「あいつ、ゲームとか言ってウィスタリアさんとユースさんをダンジョンの奥深くに放置しやがったんだよ!三日以内に救出できなければ【ゴスペル・メルクリウス】は【剣文録】に無理矢理奪い取られちまう……!」

 

「ハァ!?それこそ受ける理由にすらならないじゃないか!!」

 

「それが、街の連中を人質にして、従わなければ一人ずつ外周から突き落とすって……!」

 

「酷い……!」

 

「転移結晶はどうしたんだ?」

 

キリトの質問にノゾミは首を横に振る。どうやら所持していないらしい。

ウィスタリアはレベルとしては30層前半程度、ユースに至ってはまだレベル1。20層前後ならまだウィスタリア一人で護衛になるだろうが、それ以上のダンジョンでは生き残る可能性は著しく低い。

いや、恐らくは――

 

「ティアナさん、それって何日前のことですか?」

 

「……3日前、です」

 

「3日も!?まさか――」

 

最悪の事態を想像して顔を青ざめるアスナだったが、マコトは合いの手を入れる。

 

「いいや。1日3回は通って確かめてるけど、今ン所まだ無事みたいだ。多分安全地帯に逃げ込めたんだと思う」

 

「けれど、その間にあの人の身に何か起きたらと思うと……!」

 

肩を震わせて絞り出した声には夫とウィスタリアの無事を願い、自分の無力感を痛感する悲痛なものだった。

ティアナのその姿を見たキリトは、勢いよく椅子から立ち、決意の籠った目でマコトに訊ねた。

 

「そのダンジョンはどこだ?」

 

「キリト君、行くつもりなの!?」

 

「ああ。ここのギルドには世話になったからな。アスナはここでユイと――」

 

「こんなのを聞かされて黙ってる訳無いよ!」

 

「ユイもいく!」

 

アスナとユイも同行すると立ち上がる。

 

「ユイちゃん、お父さんたちが行くのは危ない所なのよ?私と一緒にお留守番していようね」

 

「いや!」

 

サーシャの呼びかけにもユイは応じず、逆にキリトの腕にしがみつく。

 

「おぉ……これが反抗期……」

 

「何言ってんのよ、もう……。ユイちゃん、ママたちはお姉さんたちを助けるために、危ない場所に行くの。だから――」

 

「いや!」

 

アスナが言い聞かせるも、逆にユイはさらにがっしりとキリトにしがみつくのだった。

それを見たマコトは軽く笑う。

 

「ははは、こりゃ梃子でも動かねぇな。キリト、今ラジラジとストレアがウィスタリアの救出に向かっている。もしダンジョンで会ったんなら事情を説明して協力してやってくれ」

 

「シンカーさん達とチカは情報屋のコネを使って【剣文録】を捕まえるための準備をしてるの。私達はサーシャさんと一緒に子供たちを見ておくから、そっちはお願い」

 

「ああ。任せろ。で、肝心のダンジョンはどこにあるの?」

 

キリトの問いに、ノゾミとマコトは揃って下を指す。その先は――自分達が使っていた教会のテーブル。そして床。

 

「……ふざけてるのか?」

 

「ンだよ鈍いな。ほら、70層が解放された時に出てきたダンジョンがあるだろ?」

 

「ひょっとして地下ダンジョンの事?」

 

アスナの言葉にキリトも思い出したように「ああ!」声を上げた。

 

地下ダンジョン――監獄『黒鉄宮』内の地下にあるそれは、当時シンカーが発見したベータテスターも知らない未確認ダンジョンだった。

当初は【ブレイブ・フォース】がその調査に当たろうとしたが、人数や狩場の独占を考慮したユースやラジラジの提案で攻略組に依頼を打診。マップの無償公開を条件に、地下ダンジョンの調査を最前線の掲示板にでかでかと依頼した。

60層クラスのモンスターが群がるダンジョンに当時の攻略組には丁度良いレベルで、レベルアップやレアアイテムの発掘で人知れず攻略に貢献したとかしなかったとか。

無論、《始まりの街》の住人からすれば危険地帯なので、誤って迷い込まないように立ち入り禁止の立て札が用意されている。

 

「確かにあそこなら、戦闘を避けながら進めば2人の手が出せないレベルのモンスター密集地に置き去りにすることもできるな」

 

「行こう、キリト君!」

 

立ち上がると同時に放ったアスナの言葉にキリトも頷いた。

 

「キリト君」

 

その時、ノゾミが呼び止める。

 

「私も正直、2人に着いて行きたい。けど、私のレベルじゃ到底……」

 

「わかってる。お前らにはお前らの戦いがあるんだ。ウィスタリアとユースさんは俺とアスナに任せて、お前達は街の住民を守ってやってくれ」

 

「……うん。分かった。絶対に死なないでね」

 

「そっちもな」

 

互いに拳を軽くぶつけた後、キリトは足早にダンジョンへと向かっていくのだった。

 

 





次回「ユイの叫び、ストレアの魂」


(・大・)<今回は割と短め。


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「ユイの叫び、ストレアの魂」


(・大・)<この話ではプリコネ側のユイは出ていません。

(・大・)<ですが、今回から名前の被ったキャラはルビにローマ字の名前を入れておきます。



プリコネのユイユイ(Yui)

SAOのユイ(Yui)


(・大・)<とまあ、こういう感じで。


 

とあるダンジョンの内部――。

 

 

「……ッ!」

 

剣を地面に突き、片膝をつくストレアの前に、無数に近いカエル型モンスター『スカベンジトード』の4個2対の目が赤く光る。

その数は10や20じゃ効かない数だ。

 

「これは……流石にヤバいかも……」

 

背後は壁、左右と正面にはカエル型モンスターの群れ。逃げ道は完全に絶たれていた。

 

(適正レベルより上とはいえ、この数をソロで捌くのはキツイかも……ラジラジは先行して見失っちゃったし……流石に――)

 

一瞬諦めを含んだ言葉が脳裏を横切ったが、首を振って考えを振り払う。

 

「ったく、人間と一緒になった所為で変に諦めが悪くなっちゃったのかな……?」

 

自嘲気味に笑うと剣を杖代わりに立ち上がる。

そして剣を構えると、無数に等しいスカベンジトードへと構えなおした。

 

「――どっけぇぇぇぇ!!!」

 

その時、雄叫びと共に飛来した黒い何かが、スカベンジトードの群れを横からなぎ倒していった。さながらそれは黒い竜巻か。

 

「ストレアさん、大丈夫!?」

 

「アスナに……キリト!?どうしてここに……?」

 

「説明は後だ!まずはこいつらを!」

 

ぴしゃりと言うキリトにストレアはワンテンポ遅れてキリトに続いてスカベンジトードの群れへと駆けていく。

その数分後、蛙の大群を相手の大立ち回りを終えたキリトはストレアにポーションを投げ渡す。

 

「ありがと」

 

短く礼を言うと中身を嚥下。HPバーが緩やかに伸びていくのを横目にアスナとキリトに訊ねた。

 

「なんでここにッ……!?」

 

「ウィスタリアとユースさんを助けにな。――ん?ストレア、どうした?」

 

驚愕に染まったストレアの視線を追うと、その先はきょとんと首を傾げるユイ。

ストレアとユイの顔を交互に見て、何かに気付いたアスナが声を掛けた。

 

「ストレアさん、ユイちゃんの事で何か知ってるの!?」

 

「えっ!?あっ、その……わー、ユイちゃんって言うんだー!かわいいなー!あ、でも私の知ってるユイちゃんとは違うなー!」

 

「なんか、白々しいな……」

 

白々しい棒読みにキリトとアスナはジト目になるが、構わずストレアはユイと目線を合わせる為にしゃがみ込む。

 

「よろしくね、ユイちゃん。気軽にお姉ちゃんって言っていいよ」

 

「ストレア」

 

ユイの容赦ない呼び捨てに空気が凍り付いた。

 

「お……おい、ユイ。その人多分お前よりも年上だぞ?」

 

「そうだよ。ほら、ストレアお姉ちゃんって言って?」

 

「ストレアはストレアだよ?」

 

まるで気付いていないかのようにきょとんと首を傾げるユイだった。

 

「……うん。もういいよ、ストレアで……」

 

若干顔をひきつらせたストレアは哀愁のオーラを漂わせてそう言うのだった。

そんなストレアにキリトとアスナは、ただただ申し訳なさげに畏縮するしかなかった。

 

 

 

 

その後、ストレアを加えたキリト達は順調にダンジョンの奥へと進んでいく。

フレンド登録しておいたキリトが時折ウィスタリア達の位置を確認するが、彼女らを示す2つの光点は移動した痕跡が無い。

そして緩やかな曲がり道を越えた先、十字路の先に光が見えた。恐らくあそこが安全地帯だろう。

 

「あの先ね」

 

やや早足になって光の部屋へ向かい、十字路に差し掛かったその時だった。

地下ダンジョン全体に行き渡るかのような轟音と前方を覆う激しい土煙が上がる。

 

「なにッ!?」

 

アスナがギョッとしたのも束の間、土煙から何かが――いや、誰かが飛び出した。

 

「――ラジラジ!」

 

「おや、このような場所で会うとは奇妙なこともありますね」

 

声を上げるキリトを他所に、ラジラジはキリト達に声を掛ける。拳を構え、前方を最大限警戒して。

 

「今は退く事をお勧めしますよ。流石の私でも、奴相手はこのレベルでは骨が折れる」

 

「「「奴?」」」

 

ラジラジの言葉に一瞬眉をひそめたキリトとアスナ。だが、その疑問は一瞬で答えを理解する。と同時にさぁっと全身の血が抜け落ちたように血の気が引いた。

土煙を裂く、幾人もの血を啜ったかのような黒光りする刃の処刑鎌(デスサイズ)。暗夜に溶け込むかのような漆黒のローブ。それを纏うスケルトンの頭蓋骨の双眸には紅い光が灯る。

キリトとアスナはその姿を見た瞬間、スキルを使うまでも無く理解――直感した。このモンスターは自分達よりはるかに格上だと。

 

「……おい、なんだこれ?」

 

「少し奥にある安全地帯を調べようと思ったのですが、奴に阻まれましてね。3日がかりでようやく倒したのですが、倒した直後にリポップしてきました。恐らく倒されるのをトリガーに、また新たなボスモンスターを番人として呼び出す仕掛けが施されているのかもしれません。ステータスを強化するオマケつきでね」

 

他人事のように淡々と述べるラジラジにキリトは身震いした。

目の前の理不尽な強さを持っているであろう、巨大な死神よりも、この死神を1対1で倒した目の前の男に。

 

「それよりどうする?俺の《識別》でもステータスが見えない」

 

「でしょうね。90層クラスは堅いかと。こんな奴らを相手にしていてはキリがありません」

 

「となると……逃げの一手で遠回りが最善ね。逃がしてくれるほど相手が甘ければ、の話だけど」

 

ストレアの冗談めいた言葉に返答するかのように、死神の双眸に宿る光が一層強くなる。逃がす訳あるかと言っているのは誰が見ても明白だ。

アスナは自分の娘を一瞥し、そしてストレアへと視線を移す。

 

「ストレアさん、ユイちゃんと一緒に安全エリアに!」

 

「まま……」

 

「大丈夫よ。すぐに終わらせるから」

 

不安げにアスナの顔を見上げるユイをストレアが安全エリアへと連れていく。

そして自分はキリトの隣に立つと細剣を抜く。

 

「アスナ……」

 

「言ったはずだよ?ずっと一緒だって……」

 

アスナの決意は固かった。その意思を悟ったキリトはそれ以上口にはしなかった。

共に頷いて目の前の死神と対峙した時、

 

「来ますよ!」

 

ラジラジの叫びと同時に、死神は目の前の獲物を仕留めんと鎌を振り上げて突進してきた。

ぐわりと大きく振りかぶった死神にラジラジは横っ飛びで回避し、キリトは剣を交差させ、更にその後ろからアスナの細剣の二重ガードで受ける。

 

「うわあああああッ!!」

 

「きゃあああああッ!!」

 

鎌と3本の剣がぶつかった瞬間、拮抗は崩れた。

アスナとキリトは大きくふっ飛ばされ天井に激突し、そのまま床に叩きつけられる。

意識が飛びそうになるほどの衝撃に何とか耐え、アスナは自身とキリトのHPを確認する。

満タンだったHPが、今の一撃でレッドゾーンに到達し、キリトはイエローゾーンにまで達していた。

万全の防御で、2人がかりの防御したにも関わらず、だ。

 

「うっ……くぅぅ……!」

 

必死に体を起こそうとしている間に、死神は止めを刺そうとじりじりとキリトに近づいてくる。

 

「まったく……回避と防御の選択を誤りましたね」

 

「ラジ、ラジさ……」

 

「下がりなさい。こいつは私が潰します」

 

次の獲物に狙いを定めた死神がラジラジに迫る。

 

「あなたが出る必要は無いよ。ラジラジ」

 

その時。ラジラジの背後でストレアが呼び止めた。

彼女はすたすたとラジラジの前に出て死神の前で立ち止まる。

 

「何の真似ですか?」

 

「馬鹿、早く逃げろ!!!」

 

「ストレアさん!」

 

傍から見れば自殺にしか見えない状況に必死に体を起こそうとしながら叫ぶキリト。一番近いラジラジに助けを求めるアスナ。だが、それより早く死神は目の前に現れたストレアを優先し、鎌を振り下ろした。

 

「すぐに終わるわ。パパ、ママ」

 

帰ってきたストレアの、哀愁を感じさせる言葉は、紫色の障壁に弾かれた刃の音でかき消された。

あり得ない光景に言葉を失うキリトとアスナ。ただ一人ラジラジはじっと、ストレアの頭上に表示されているメッセージを見ていた。

『Immortal object』――プレイヤーが持つことの無い《不死属性》。

ウィンドウが消えるとストレアが右手を高く掲げる。直後、蒼い落雷がストレアの傍で落ちた。それはストレアの右手に集約され、長く蒼い槍へと形成される。

動揺する死神の隙を突くかのようにそれを構えて突進。死神の防御をすり抜けて直撃する。

その瞬間、激しい蒼い雷が柱となり死神を包んでいく。骨体を削り、焼き尽くさんと迸る。

柱は段々と細くなり、それが消えるとともに死神は消滅し、柱は青白い光の粒子となって周囲に散っていった。

 

「なんてことを……」

 

キリトとアスナが漸く起き上がった所でか細く、悲痛な声が聞こえてきた。

振り返ると、黒髪の少女が肩を上下させていた。悲痛な表情を浮かべていたが、先程までとは雰囲気が異なっていた。

 

 

 

 

死神を倒した後、安全エリアに入った一行は、黒い大理石の様様なオブジェクトをしきりに調べるラジラジを除いて記憶を取り戻したユイの話を聞かされていた。

SAOと言うゲームが、人間の制御を必要としないシステム『カーディナル』によって自らの判断で制御されているという事を知る。

 

「モンスターやNPC、アイテムの通貨の出現バランス……プレイヤーのメンタルケアですらも……」

 

そこで一旦区切り目を伏せて、間をおいて告げた。

 

「メンタルヘルスカウンセリングプログラム――略称MHCP試作機1号コードネーム《Yui》――それが私なんです……」

 

「そんな……!?AIだって言うの!?」

 

驚愕するアスナにユイは頷く。

 

「プレイヤーに違和感を感じさせないために、感情模倣機能が組み込まれています。――偽物なんですよ……この涙も……」

 

頬から流れた涙が、光の粒子となって消えた。

 

そのままユイ(Yui)は再び語りだす。

2年前のあの始まりの日――カーディナルはユイにプレイヤーへの一切の干渉を禁止すると言う命令を下した。止むを得ずメンタル状態のモニタリングを続けていた。

結果は……当然最悪だった。負の感情や狂気に支配された人々を前に、すぐにでもプレイヤーの元へと訪れなければならないはずなのに人に接触することを禁止されている。パラドックスに陥った彼女は、膨大なエラーを蓄積させていき、ついには記憶の欠落という形で崩壊していった。

 

「でも、ある日。ほとんどのプレイヤーのメンタルパラメーターが大きく上昇されていることに気付きました。興奮、感動、希望……。ある4人のプレイヤーの行動は、これまで下層域を中心に正の感情に包まれていていた人達と同じレベルにまで、プレイヤーのメンタルを上昇させてくれました」

 

その説明に、ウィスタリアはハッとした表情を浮かべた。

――ライブ・イン・アインクラッド。

彼女が立案し、ユナ、ノゾミ、チカ、レインの4人のライブでアインクラッドのプレイヤーを沸かせた一大イベント。

あのライブを境に、プレイヤー達の表情は明るいものを浮かべていることが多くなった。

 

「その影響は、負の感情に呑まれていたプレイヤーさえも癒してくれました」

 

そこまで言って、ユイ(Yui)はある人物に視線を向けた。

その視線の先――キリトに。

 

「……俺、なのか……?」

 

信じられないと言った顔持ちで、周囲を見渡す。

だが、アスナ達には十分すぎる心当たりが存在した。

第1層ボス攻略後にビーターを名乗り他のプレイヤーからの敵意を一心に受け、『【月夜の黒猫団】潰滅事件』の濡れ衣による謂れのない中傷。【ラフコフ討伐戦】で他のプレイヤーを殺害したという事実からの心の傷。様々な出来事がキリトの心を抉っていった。時に自身が築かず、時に自身ではどうしようもない理不尽な出来事が、キリトを襲っていた。

その最中(さなか)で【ゴスペル・メルクリウス】の仕切る《始まりの街》での出来事が、彼の心の傷を癒すきっかけになったのだ。

 

「そして、そんなキリトさんに寄り添い温かな感情で接してくれたアスナさん……他の人達とは違う感情を持つあなた達を……私はずっと見ていました」

 

「ユイちゃん……」

 

「人間で言う本能や欲求というものが私の中で生まれて、お二人の傍に行きたいって思って、あの22層の森を彷徨っていました……」

 

それが、真相だった。ユイ(Yui)の口から告げられた事実に、キリトとアスナは言葉を失った。

沈黙と、重苦しい空気が真っ白な空間に充満していった。

 

「皆さん、聞いてください」

 

その空気を破ったのは、か細い声を放ったユイ(Yui)が、自分の背後に鎮座する大理石へと視線を向ける。

 

「これはただのオブジェクトではなく、緊急用のGMコンソールです。あのモンスターは侵入者を撃退するセキュリティの一つとしてカーディナルが配置したものだと思われます。100層に到達した時点のプレイヤーでも討伐できないステータスに設定されていましたが、まさか1回討伐されるなんて思いませんでした。とにかく先程はこれを使ってあのモンスターをデリートしました。けど、同時に今まで私を放置していたカーディナルが注目してしまったということでもあります。今、コアシステムが私のプログラムを捜査していますが……すぐに異物と言う結論が出され、消去されてしまいます」

 

「そんな!」

 

「どうにかできないのか!?」

 

悲痛な悲鳴を上げるキリトとアスナ。だが、ユイ(Yui)は静かに首を振った。

 

()()()()、私が消えることはお二人がどうにかできる事ではありません。ですが――」

 

「代わりを使ったんだよ」

 

不意に横槍を入れたのは、安全エリアの入り口近くの壁に背を預けていたストレアだった。

 

「代わり……?ストレアさん、どういうこと?」

 

予想外の言葉に困惑するアスナ。

逆にキリトは既に予感していたのか、表情を強張らせて言う。

 

「お前が……そうなのか。ストレア」

 

「――……そう。MHCP02。コードネーム《Strea》。これだけ言えばわかるよね?」

 

「それって……?まさか、ストレアさんも!?」

 

「そう。彼女たちは長老が手掛けた医療用AI、MHCPの試作機5基のうちの2体です」

 

更なる困惑の渦の中に呑まれるアスナに、ラジラジが追い討ちをかけるように言う。

 

「でも、どうしてSAOに?というか、入れたの?」

 

「うん。保存用サーバーからナーヴギアを中継してね。最も、かなり無茶だったけど。3人でこじ開けてアタシ1人だけしか通れなかったなんてさ」

 

「じゃあなんでラジラジさんのギルドに入るなんて回りくどい事をしたの?そもそも、MHCPならあの場所にいたのだったら自分のやるべきことをできたんじゃなかったの!?」

 

啖を切るようにアスナが捲し立てる。

あの日あの場所にいたのであれば――いや、それより数日遅れていたとしてもストレアはカーディナルの支配下の外。MHCPとしてメンタルケアを行っていたはず。それなのにできなかった。

カーディナルの支配から免れていた彼女なら自殺者を減らす事はできたはずだったのに。

 

「何の対策も無しにこの世界に入っても、カーディナルはアタシを異物として認識してすぐに消去していたわ。だから長老はあえてアタシをカーディナルの一部と同じプログラムさせていたの。それでも、ログインした当初はここに渦巻いていた負の感情の影響で気絶しちゃってたんだけどね」

 

「送り出したって、その長老って人は何が目的ですの?」

 

ウィスタリアが訊ねると、ストレアは2本の指を立てて告げた。

 

「目的は2つ。ひとつはアインクラッドに閉じ込められた全プレイヤーの解放。無論、茅場明彦が提示したルールではない方法でのね」

 

「最も、その方法はあの男は読んでいたようです。私とクリスティーナがここに来た時点で予期していたのですが」

 

やれやれと言った様子で首を振るラジラジ。そんな彼を見ながらストレアはもう一つの目的を語りだす。

 

「もうひとつはMHCP01――アタシのお姉ちゃんをこの世界から脱出させる事よ。本来ならアタシが使ったナーヴギアにコアプログラムを圧縮して、あとはクリアするまで死なずに頑張ろうって予定だったのに……おかげで大きく狂わされちゃた」

 

「ストレアは私をカーディナルの消去から助けるために、私の代わりに自分のコアプログラムをカーディナルのシステムに、自分のコアを取り付けたのです。そして、あのモンスターを消す行為はカーディナルの命令違反となり、ほどなくストレアは……消去されます」

 

「それって……本来消される筈のユイの身代わりって事か!?」

 

声を上げるキリトに、ユイ(Yui)は悲しげな表情で頷いた。

その間にもストレアの身体の指先が消えかかっている。

 

「そんな……何とかならないんですの!?」

 

「残念だけど……これでお別れ。みんなには宜しく伝えてね」

 

説得するように諦観の笑みを浮かべるストレア。

次第に淡い光が彼女から発せられ、彼女の身体を少しずつ削るように粒子が舞う。

 

「キリト。アスナ。2人がいたから、あなた達のその愛情が、アタシのお姉ちゃんを救ってくれた。下の方はノゾミ達のおかげでメンタルバランスが崩れることは無い。だから安心して、前を見て、上を目指して。――必ず、このゲームをクリアして。死んでしまった人達に報いるためにも」

 

「そんな……!ふざけないでください!あなたはもう私達の仲間です!!それを……いくら姉を助けるためとはいえ、勝手に消えるなんて認めるはずがありませんわッ!!!」

 

「無駄です。もうカーディナルの消去プログラムが作動しています。彼女はじきに……」

 

「わかっています!けど……!」

 

涙を溜めて戸惑うウィスタリアだったが、目を開けた時には既に彼女の身体は右手を残して光の粒子になっていた。その右手も、すぐに光の粒子となって散っていった――。

襲い来る悲しみに崩れ落ちるウィスタリアを見ていたキリトは、ふと自分の服が誰かに掴その手はキリトの服の裾を強く握りしめ口をきゅっと真一文字にしてこらえているように顔を伏せていた。

一筋の雫が、ユイ(Yui)の足元に零れ落ちた時、キリトは弾かれるようにコンソールへと駆け出した。

 

「パ、キリトさん、何を……?」

 

「このまま……このまま、終わらせてたまるか!お前は、ユイは俺達の娘で、ストレアの姉ちゃんだろ!?このまま家族が理不尽に離れ離れになっても良いはずが無いだろ!!」

 

「まさか、止める気ですか!?無理です!カーディナルの命令のキャンセルなんて、このシステムを作った茅場か七冠くらいのアカウント権限が無いと不可能ですよ!?」

 

「いや、ここのGMアカウントじゃ割り込みするくらいが限界だ……!でも……!」

 

ホロキーボードを操作していく内に、滝の如く流れ落ちる数字の羅列の画面が映し出される画面にダウンロードゲージが表示される。

勢いよくゲージが溜まっていき、100%に達した瞬間と同時に黒い大理石から強い光が発せられた。

刹那、青白い光によってキリトが吹っ飛ばされた。

 

「キリト君!」

 

慌てて駆け寄ったアスナとユイ(Yui)に、キリトは拳を突きだした。

ゆっくりと開いたキリトの掌に、淡い紫色の菱形の小さな結晶があった。

 

「これは……」

 

「ストレアが起動した管理者権限が切れる前に、システムに割り込んでストレアのプログラム本体を切り離してオブジェクト化した……」

 

「つまり、これは……」

 

「ああ。ストレアの心だ」

 

起き上がったキリトはその結晶を、ウィスタリアに渡す。

 

「一応あいつのコアプログラムは俺のナーヴギアのローカルメモリに保存してある。けど……これは、今はお前達が持っておくべきだ」

 

「キリトさん……ありがとうございます」

 

ただ、頭を下げたウィスタリアからの一言。それには自分では助けられなかったストレアを助けてくれたキリトへの、この上ない感謝だった。

 

「パ、キリト、さん……」

 

「ユイちゃん」

 

言い直したユイ(Yui)だったが、直後にアスナがしゃがんでユイ(Yui)と同じ目線になる。

 

「もうあなたは私達の娘。誰が何と言っても、そこだけは譲らないわ」

 

「アスナ、さ……」

 

「だからね。ユイちゃんも私達の事を隙に呼んでいいよ。呼びたい呼び方で。あなたはもうシステムに縛られるプログラムじゃ無いんだから」

 

「……!」

 

その言葉に、感極まったユイ(Yui)の双眸から涙がこぼれる。

たまらず転移結晶を取り出したキリトに抱き着いた。

 

「……ぁりがとう、ございます……!ストレアを……わたしの、妹を、助けてくれて……!」

 

「……ああ。だって、ユイの妹だ。それは俺達の娘でもあるんだからな」

 

「う……うぅぅぅ……!!」

 

キリトの温かい言葉に、ユイ(Yui)は泣き出した。

真っ白な空間の中に響く、幼い娘の鳴き声は彼女が泣き止むまで続くのだった――。

 

 

 

 

転移門前の広場。

 

「さて。約束の時間のようだな?【ゴスペル・メルクリウス】の諸君」

 

「くっ……!」

 

【剣文録】ギルドマスターのフレッグが【ゴスペル・メルクリウス】に対して傲慢な態度を崩さずに詰め寄る。

期限まであとわずか。それまでにウィスタリアが帰ってこなければ、ゲームはフレッグの勝利となりギルドの合併が強硬的に進められてしまう……。

 

「お待ちなさい!!」

 

その時、転移の光と共にウィスタリアが声を張り上げた。

 

「【ゴスペル・メルクリウス】ギルドマスターウィスタリア、同サブマスターユースと共に帰還いたしましたわ!!」

 

「ウィスタリアさん!!」

 

「馬鹿な……!?」

 

堂々と帰還を宣言するウィスタリアに【剣文録】のメンバーは動揺し、【ゴスペル・メルクリウス】のメンバーは顔を輝かせる。

 

「ウィスタリアさん、ユースさんは?」

 

「彼は一足先にギルドホームで休ませています。ティアナさんが付き添っていますから、もう大丈夫ですわ」

 

一安心する中でキリトとアスナ、そしてユイ(Yui)も帰還する。

そこでウィスタリアはフレッグに向き直り、びしりと彼を指した。

 

「ゲームは私とユースさんが三日以内に脱出できるかどうか、と言うものでした。私達が脱出した以上この賭けは私達の勝利と言う事ですわ!」

 

沈黙。

たった数秒が長く感じるほどの沈黙を破ったのは、フレッグから漏れ出る笑い声だった。

 

「……いや、君達の負けだ」

 

「なんだと!?」

 

予想だにしないフレッグからの言葉に、今度は【ゴスペル・メルクリウス】の一行が動揺する。

 

「どういうこと!?期限に間に合っているはずじゃない!」

 

「確かに期限としては守られている。しかし、ルールにはまだ続きがあるのだよ。――『このゲームに【ゴスペル・メルクリウス】または【エリザベスパーク】、【ブレイブ・フォース】に所属するプレイヤー以外に協力を求めた場合、我々の勝利となる』と」

 

「……ッ!?ふっざけんじゃねぇ!!テメェ、あの時はそんなこと一言も言ってねぇじゃねぇか!!負けたと分かった途端都合の良いように言いがかりをつけてるだけだろ!!!」

 

「口やかましい異議を唱えるのは止め給え。ルールを違反したのはそっちだろう?」

 

「ふざけた言いがかりを……!」

 

「言いがかりとは無粋だな。私はただルールを提示しただけだ」

 

口々に反論するも、フレッグはどこ吹く風と更に続ける。

 

「そもそも、このギルドが殺人者をかくまっているという事はもう調べがついている。最前線で口外すれば、どうなるだろうね?」

 

「……ッ!!」

 

その言葉にマコトは無意識に背中の両手剣に手を伸ばしていた。園外であれば今すぐフレッグを斬り殺していただろうが、必死の思いでぐっとこらえる。

 

「ふっ。どうやら反論も無いようだな。わかったのであれば早々にギルドを明け渡したまえ」

 

威圧する言葉を放つフレッグに何か言い返したい。だが、自分達には反論する材料が存在しない。

どうしようもない現状に、ノゾミがぐっと手のひらから血が出てしまうのではないかと思うほどにぎゅっと拳に力を入れた。

――その時だった。

 

「待てよ」

 

異議を唱える言葉が、キリトから発せられた。

 

「なんだ?君達はもう関係ない。早くギルドに帰るといい」

 

「その殺人者プレイヤーを匿ってるって話、いったいどれだけ昔の話をしてるんだ?」

 

「昔だと?」

 

睨み返すフレッグにキリトは反論するように彼に言い放つ。

 

「去年の【月夜の黒猫団】潰滅事件、そして記憶に新しいラフコフ討伐戦。考えたら相当な数を殺してきたな……今思えば、俺もラフコフと変わりないのかもしれない……」

 

「何を言っている?私はこのギルドを【剣文録】のメンバーにすると言っているのだ!どこに一介の攻略組が割り込む必要性がある!?」

 

自嘲気味なキリトに、フレッグは困惑を浮かべて叫ぶ。

 

「そうか。要するにお前らはこいつ等が自分のギルドの力で解決しなきゃいけない時に赤の他人が割り込んだから失格にしてやったって言いたいんだな?」

 

「そうだ!そのルールの下、私達は勝った!だから――」

 

「なら……」

 

ウィンドウを開いて操作するキリト。数秒間の操作の後、今度はウィスタリアにウィンドウが表示される。

 

「加入申請?」

 

「なんだと!?貴様、勝手な真似を……!?」

 

「【ゴスペル・メルクリウス】とその関連ギルドのメンバー以外のプレイヤーが介入したからこいつらの負けだって言ってたよな?つまり、俺がギルドに入ることでその違反は解消される、ということだろ?それに、SAOには複数のギルドの加入は許されないというルールは存在しない」

 

「ふ……ふざけるな!?」

 

今度はフレッグが声を荒げる番となった。

 

「いきなりしゃしゃり出た奴が何を言い出すかと思えば、奴らのギルドに入ればルール違反にならないだと!?ルールを破ってまで勝利を奪いたいのか、貴様!」

 

「――それはこっちの台詞だ」

 

怒鳴り散らすフレッグが、怒気を孕んだキリトの物言いに怯む形で黙り込んだ。

 

「お前らの背後に誰が居るのか知らないし、お前らの方針にケチをつける気は無い。けど、この街は混乱と絶望のど真ん中にあった時から、こいつらがその当時から先の未来を見据えて、そんな状況から足掻いてこの街の連中と一緒に希望を築き上げてきたんだ!それを横から掻っ攫って、この街を自分のものにする資格なんてねぇんだよ!」

 

一呼吸置き、そしてキリトが背中に差したリズベットの製作した剣、ダークリパルサーを引き抜き、フレッグの眼前へと突きつける。

 

「本日をもって【ゴスペル・メルクリウス】にこの黒の剣士が加入する!つまりこの《始まりの街》はこの黒の剣士の縄張りと同意だ!今後、この街の奴らに手を出そうってんなら、俺が相手になってやる!!」

 

「キリト君……」

 

堂々と【ゴスペル・メルクリウス】の守護者の如き立ち振る舞いにアスナは呆気にとられる。だが、すぐに決意した顔になるとキリトの横に立ち、同じようにウィンドウを操作して【ゴスペル・メルクリウス】への加入申請を要請する。

 

「私もこのギルドに加入するわ。そして同時に、【血盟騎士団】が彼らのバックになったと言う事。もうこれ以上あなたのくだらない屁理屈に付き合う気は無いわ!」

 

「お、おのれ……!」

 

ぎり、と顔を歪めて歯を食いしばるフレッグ。

 

「……そうだ!ここは今まで俺達みんなでずっと頑張ってきた街なんだ!それをお前らなんかに易々と渡してたまるか!」

 

「そうだそうだ!お前らが勝手に奪っていいものなんてひとつも無いんだ!」

 

「とっとと帰れ、この人殺しギルド!!」

 

街の人々も、キリトとアスナに続くように口々に【剣文録】への非難をぶちまける。

 

「どうやら今度こそ、完全にゲームセットのようですわね」

 

「ぐぐ……!貴様らァァ!!この私が……私が英雄となる為の必要な手段なのだ!!それを分からんモブ共が自分の命可愛さにごちゃごちゃとほざくな!!」

 

避難を振り払うように激昂して叫ぶフレッグ。

だが、その姿を見て思う。フレッグの顔を歪めて醜く叫び喚くその姿は……、

 

「見苦しい……」

 

「なんだと?」

 

「見苦しい、と仰いましたわ。卑劣な手で私達を陥れ、既に決着したゲームに勝手にルールを改ざん、挙句逆上して喚き散らすとは……ギルドの先頭に立つ者としての責任感や覚悟が、あなたには全く備わっていません!上に立つ者ならば、相応の覚悟や志の一つは必要ではなくて?」

 

「黙れ小娘!!英雄となる私に口答えする気か!?」

 

「不安に付け込んでプレイヤーを操り、自分の兵隊にし、挙句私兵を死なせる指示を出し、そのうえ自分自身は何もしない奴が英雄とは、どこかの独裁者と勘違いしているのではないのですか?」

 

いつの間にかフレッグの背後に回り込んだラジラジが異議を唱える。

よく見れば【ブレイブ・フォース】のメンバーと一部街の住人が【剣文録】のメンバーを包囲している。

 

「既にあなた達が【笑う棺桶】との連合ギルドであることは明白です。大人しく監獄までご動向を。仮に抵抗したとしても死ぬことはありませんが、その時は死んだほうがマシと思わせるほどに徹底的に叩きのめしますのであしからず」

 

「逮捕……?この私を、逮捕だと……?英雄たるこの私をだと……!?ふざけるな!!」

 

現状を否定するように怒号を周囲に飛ばすフレッグ。だが、最早子供の癇癪にしか見えない彼に同情する者は一人もいない。

最後の喚きかと誰もが思っていた。その時だった。

 

「英雄を捕らえることは誰にもできない!そう、この私は英雄に選ばれたのだ!!」

 

「――ッ、転移結晶!?」

 

「フレッグ様!?」

 

「転移!!――」

 

ポーチから転移結晶を取り出して転移しようとしたフレッグを阻止しようとラジラジが駆ける。数瞬遅れてアスナも駆けたその時、時計塔から14時を知らせる鐘が鳴り響いた。

フレッグの声はアスナの聴覚からかき消され、その直後にフレッグの身体が蒼い光に包まれて姿を消した。

 

「に、逃げられた……!?」

 

「最初から追い詰められたとしても、自分だけは助かる算段をしていたようですね」

 

「そんな……フレッグ様……」

 

「私達は……どうすれば……」

 

置き去りにされた【剣文録】のメンバーは虚な目でうわごとのように呟き、茫然と立ち尽くすだけ。抵抗らしい抵抗も見せないのでそのまま拘束する。

 

「あの人たち、どうなるの?」

 

「牢屋に送ります。自殺でもされたら後味も悪いでしょうし、郷に入っては郷に従えと言う奴です」

 

不安そうに【剣文録】のメンバーを見るカオリは、ラジラジから返ってきた答えを聞いて安堵の表情を浮かべる。

一方、ウィスタリアはキリトの元に歩いてくる。

 

「まったく、私達のギルドに入って関係者になるなんて大胆な事をしますわね」

 

「あいつがああ言ってるなら、これがベストなんじゃないかって思ってな」

 

「相手も相手ですが、幾らなんでも無茶苦茶です。同じ条件であるパパを引き合いに出してユイさんの身代わりを買って出るなんて。少しは自分をいたわってください!」

 

腰に手を当てプンスコ怒るユイ(Yui)の頭を撫でながら「悪いな」と謝る。

その傍ら、アスナは煮え切らない表情を浮かべていた。

 

「あの人、あの時なんて言っていたのかしら……?」

 

アスナからはフレッグの口の動きが見えていた。だが、鐘の音が声をかき消し、どの層へ転移したのかも最後に何を言ったのかもわからない。当然読唇術を心得ていない。

 

「『SAO攻略組の時代は75層で終わる』」

 

その時、鈴を転がすような声が一行の注目を集めた。

その正体は記憶と人格を取り戻したキリトとアスナの娘ユイ(Yui)だ。

 

「ユイちゃん、分かったの?」

 

「はい。口の動きからあの人の言っていることは次のようになります。『【笑う棺桶】が全てを終わらせる。そして、次の階層からこの私が英雄となり、その暁には貴様らを残らず奴隷として雇い直してやる。覚悟しておけ』――と」

 

「それって、スカーネイルの言っていたことと同じなんじゃ……?」

 

ユイ(Yui)の説明の後、真っ先に理解したノゾミが顔を青くする。

嘗て自分達に襲い掛かった【笑う棺桶】の一角、スカーネイル。その遺言にもフレッグの捨て台詞と酷似したものがあった。

――75層で事を起こす。

その台詞が今になって意外な形で意味を成し、一行は戦慄する。

 

「もしそれが本当なら、チャンスはボスの討伐直後……」

 

「その時ならみんな疲弊してるし、ボス部屋のロックも解除されている。攻略組とのレベル差があっても、数人がかりなら殺せる可能性も高いわ……」

 

アスナの推測は納得せざるを得ない。VRの中とはいえ、ボス戦後の精神的な疲弊は付き纏うものだ。それはこれまで攻略に参加したキリトが一番知っている。そして次の相手は最終クォーターポイントのボス。並大抵の相手などではない。

いくら相手とのレベル差があれど、そんな状況で強襲を受ければ多大な犠牲を受けるのは目に見えている。

 

「どうしよう……」

 

思わず天を仰ぐアスナ。

その空は、彼女らの悩みなどどこ吹く風と言わんばかりに蒼く澄み渡っていた――。

 

 






次回「最終決死戦線:1」


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「最終決死戦線:1」





前回までのあらすじ。
保護した少女ユイ(Yui)を連れて始まりの街へと向かったキリトとアスナ。
しかしそこは【剣文録】の卑劣な罠によって支配されかけていた。
罠に嵌ったウィスタリアとユースを助けるべく地下ダンジョンに向かう。
MHCPである正体を明かしたストレアの決死の行動で危機は免れ、フレッグの足掻きもキリトが【ゴスペル・メルクリウス】に加入宣言をして撤退。
しかし、フレッグの捨て台詞にキリト達は撃退した喜びよりも一抹の不安が残るのだった――。

(・大・)<ようやく……漸く最終決戦です。

(・大・)<多分2つ3つで終わるかもしれませんが……今ん所、どんだけ長くなるか不明です。

(・大・)<それでも見たい方はどうぞ。





 

「ごめん。少し遅れちゃった」

 

「いつものアンコールか」

 

「まぁね」

 

【ゴスペル・メルクリウス】のギルドハウスでは、キリトとアスナを加えた面々がテーブルを囲んでいた。

いつものライブを終えたノゾミが来たことを確認したウィスタリアが、部屋全体に響くように声を張り上げる。

 

「これより、攻略組防衛作戦会議を開始しますわ!目的はただ1つ!【笑う棺桶】の襲撃から攻略組を守り抜く事!可能ならば【笑う棺桶】を捕らえたいところですが……」

 

「前回は彼らにまんまと裏をかかれてしまいましたからね。今回はあの男が余計な事を喋ってくれたおかげで対策を行うことができる」

 

「それで、作戦はどんな感じですか?」

 

呼び出されたツムギが促され、アスナが立って説明を始める。

 

「今回は前回の討伐戦とは違って防衛が目的だから、戦闘をする必要性は殆ど無いわ。けど、相手は殺す気で掛かってくるから、もしもの時は……」

 

「自分達の命を優先してくれ。【ゴスペル・メルクリウス】はこの街に必要なギルドだ」

 

2人のその言葉に、ウィスタリアを含めた全員が頷いた。

彼女らの決意の籠った様子を見たユイ(Yui)が立ち上がって説明をする。

 

「パパとママの経験から【笑う棺桶】のレベルを推測すると、彼らの平均レベルは50層の安全マージンを越えていると思われます。中層や準攻略組には少し厳しいようですが……」

 

「それでも麻痺させたり、スクラムの要領で壁役(タンク)を並べたり、バリケードを作ったりとか、アイツらと戦闘しない手もアリだ。それこそ門の前に瓦礫でもぶちまけてしまえばいい」

 

「はい。その為にユイさんを筆頭に調合師プレイヤーがアイテムを生成中ですわ。《限界重量拡張》のプレイヤーの方々も必要な素材を集めて貰っています」

 

「となると、問題は人数ね。攻略に割く分も考えると……」

 

「そこは問題ありません。討伐戦は私とカオリだけで挑みます。ノーチラス、残る【ブレイブ・フォース】の指揮は任せますよ」

 

アスナが考えていた所をラジラジが横槍を入れる。その言葉に思わずラジラジの方を二度見した。

 

「正気なの!?たった2人でボスに挑むつもり!?」

 

「何も我々2人だけじゃないでしょう、どこぞのソロプレイヤーじゃあるまいし」

 

皮肉めいた返答の後のラジラジの目線は的確にキリトを捕らえていた。

 

「大丈夫なの?」

 

「ご心配なく。うちのギルドマスターにしごかれてあの時以上にレベルアップしていますよ」

 

妙に死んだ目のノーチラスが問題ないと返す。

だがアスナとユナは察してしまった。

 

――多分ラジラジさんのしごきのほうがきつかったんだ……。

 

「罠にアイテム……これらはまず問題ないだろうな。あとは……」

 

「時間と人数、ね」

 

深刻な顔持ちでアスナがウィンドウのカレンダーを見る。

11月7日。その日、75層のボス攻略が行われる日だった――。

 

 

 

 

フレッグを追い返した後、アスナとキリトは急いで【血盟騎士団】の本部へと向かい、《始まりの街》で起きた経緯をヒースクリフに報告した。

その後、ヒースクリフは重い口を開き、重大な知らせを2人に伝える。

 

「調査隊が半壊……!?」

 

「昨日行われた5ギルド合同20名のパーティでのボスの情報収集の為に行われた。だが、前衛に割り振られた10名がボス部屋に入りボスが出現した途端、入り口の扉が閉じてしまったのだ」

 

「まさか――」

 

思わずアスナが呟く。

その不穏な呟きを耳ざとく聞き逃さなかったヒースクリフは肯定するように頷いた。

そして閉じ込められてから5分後、扉が開け放たれた時には突入した10人の姿も、ボスの姿も影も形も無くなっていたそうだ。あとで確認した所、突入した10人全員に横線が引かれ、死亡したことが明らかとなった。

 

「結晶無効化に加えて、75層は最後のクォーターポイントだ。おまけにラフコフの襲撃があるのを知っててみすみす奴らの思い通りにするつもりなのか?」

 

「狐に虎の威を貸した君に言われたくないな。【血盟騎士団】を抜けている間に別のギルドに入ってしまうとは嘆かわしいよ。アスナ君、君は正式に【血盟騎士団】の副団長補佐の立場であることを忘れたのか?」

 

「あ……あれはああしなきゃ奴がとやかく言ってくると思っただけだ。今はアスナ共々抜けてる」

 

「団長、私からもお願いします。今はラフコフの迎撃に対策するべきかと」

 

キリトに続きアスナも進言する。

 

「――こればかりは、プレイヤーの士気に関わることだから言いたくは無かったのだが、致し方あるまい」

 

暫くの沈黙の後、ヒースクリフが残念そうに口を開く。

 

「どういうことだ?」

 

「君達は始まりの日から数週間後の出来事を覚えているかね?」

 

その日、《大移動事変》と呼ばれる事態だった。

大半のプレイヤーが一時回線切断の状態になってしまい、意識を失っていたことだ。幸い街や安全地帯にいたプレイヤーはそのまま助かったものの、戦闘中のプレイヤーはパーティメンバーが救出したりと被害は少なかったものの、ソロプレイヤーはそのまま……。

終息後、プレイヤーの間で一時期論争が飛びかい、結局結論が出る事は無かった。

だが、ヒースクリフの言葉はその正体を射抜いていた。

 

「あれは、俺達の現実の身体があちこちの病院に移されたのか……?」

 

「現実の身体が点滴のみで何年も耐えられるはずがない。と言う事だ」

 

それは即ち、ゲーム攻略の有無に関わらず、制限時間が存在すると言う事。いつになく神妙な顔持ちのクリスティーナの表情はそう語っていた。

それを知ったキリトとアスナは、信じられないと言った表情を浮かべていた。しかしよくよく考えればその通りだ。与えられる栄養は点滴のみで補い、そして姿勢は寝たきりの状態。果たしてそんな状態でこれから先生きていけるのだろうか?

――答えは、否だ。

 

「理解してくれたかね?例え罠だったとしても、我々は歩みを止めることはできない。攻略開始は7日だ。君達の勇戦を期待しているよ」

 

 

 

 

「いっその事、中層域や準攻略組のプレイヤーにも打診してみたらどうかな?」

 

「あなた、何を考えてますの!?」

 

会議の最中、アスナが声を上げた。

だが次の瞬間、ウィスタリアが噛みつかんばかりに反論する。

 

「モンスターでさえ死ぬリスクがあるかもしれないのに、こともあろうに殺人者(レッド)プレイヤーを相手にしてくれなんて、口が裂けても言えるわけがありませんわ!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「場所も時間も分かってんのに、連中の思うつぼってのがなんかなぁ……」

 

そこまで言いかけて、テンカイがハッとした表情を浮かべて言葉を呑んだ。

 

「カイカイ?」

 

「……なぁ。今回はこっちがラフコフの情報を掴んでるんだよな?」

 

「ああ」

 

「ボス部屋の扉はボスが討伐されるか、プレイヤーが全滅しなきゃ開かないんだよな?」

 

「はい。基本ボス部屋やその扉は破壊不能オブジェクトなので、現実で言う扉爆破(ブリーチング)マネはできません」

 

「……つまり、いっそのことバリケードみたいなものを作っちまえばどうだ?」

 

「なるほど……え?」

 

ユイ(Yui)がテンカイのアイデアに納得したように頷いた。だが、ふと先の台詞を分析して……叫んだ。

 

「……バリケードぉ!?無理言わないで下さい!《大工》や《木工》のスキルでもそんなのを作るのは不可能です!」

 

「……いえ、お待ちください。屋根だけを造って、屋根の装飾代わりに武器や棘を設置すると言うのはどうでしょうか?移築と言う技術はそう言った方法が使われるとお伺いしましたわ!」

 

「あ、それなら可能――って、だから無理ですって!!ダンジョン内に建物なんて建設できるはずがりません!大体どうやって巨大なバリケードを運ぼうなんて……」

 

「あら、小さなユイさん。移築と言うものをご存じなくて?全員で持って行って、現地で組み立てれば問題ありませんわ!」

 

「だー、かー、らー!ダンジョンの中でバリケードの設置は不可能です!もっと言えば、迷宮区を含めた市街地の特定の土地以外への移築もシステム的に不可能です!!」

 

「あら、そうでしたの?……あ、それなら岩や木材をそのままダンジョンに放置、ってのもアリではありませんこと?ほら、キリトさんが仰っていた全アイテムオブジェクト化というシステムで!」

 

会議の方針が罠の設置へと方向転換した所で、ユイ(Yui)が置いてきぼりにされてしまう。

 

「な、なんか滅茶苦茶ですね……これが【ゴスペル・メルクリウス】……」

 

「ユイには早すぎたか。この混沌とした会議は……それより、その線で行くなら瓦礫を運べるくらいの筋力ステータスを持った奴が必要だな。アニキ軍団に話を通してみるかな?それから……」

 

「キリト君も慣れてるね……」

 

アスナも慣れた様子で会議に参加するキリトに、呆れた眼差しを向けるのだった。

 

 

 

 

そして、来たる11月7日。

転移してきたキリトとアスナに、攻略組のプレイヤーが物々しい目つきを向ける。

 

「よう、キリト!」

 

「エギル、クライン。お前らも来てたのか」

 

「そりゃねぇだろ?先遣隊が半壊したんだ。黙ってられるか。この無私無欲の精神を見習ってもらいたいもんだな?」

 

「ならこのボス戦の取り分からお前の分は抜いとくよ」

 

皮肉な言葉にエギルが狼狽える。

そんなやり取りを交えた後、ヒースクリフを筆頭に【血盟騎士団】の重鎮プレイヤーが転移してきた。その瞬間に集まったプレイヤーの空気が張り詰める。

周囲を見渡し集まった攻略組を一瞥し、ある一団を見つける。

 

「集まってくれたようだね。しかし、何故【ゴスペル・メルクリウス】の面々がここにいるのかね?」

 

視線の先、本来攻略とは関係ない【ゴスペル・メルクリウス】を中心としたプレイヤー達の集まりがヒースクリフの質問に声を詰まらせる。

当然彼らのレベルではボスはおろか、道中のモンスターすら倒せないのは明白だ。

 

「安心しろ。彼女たちは攻略とは関係ない。道中まで同行するだけだ」

 

「……まあ、良いだろう。どういった風の吹き回しが起きたのか知らないが、邪魔をしないならこちらも邪見に扱うつもりは無い」

 

かばうように立つキリトの説明に、ヒースクリフも一応は納得したようだ。

改めて回廊結晶を取り出し、起動した。

 

「さあ、行こうか」

 

その言葉と共に【血盟騎士団】のプレイヤーを筆頭に攻略組プレイヤー、そして【ゴスペル・メルクリウス】と【ブレイブ・フォース】のプレイヤーが入っていく。

門をくぐった先は、ボス部屋の前だった。

緊張感が走る中、キリトはノーチラス達の元へ駆け寄る。

 

「で、大丈夫なのか?戦闘になったら向こうは確実に殺しに来る。そうなったら……」

 

「あくまで戦闘は最終手段だ。いつでも回廊結晶で帰れるように準備は怠っていない」

 

「その通りですわ。妨害が目的なら戦闘を行う必要はありません。それならギミックによる足止め、そして回廊結晶のゲートを使えばいいだけの事。万事抜かりはありませんわ!」

 

自信満々に語るウィスタリアに、キリトも心配するだけ杞憂と思ったのだろう。アスナたちの元に戻っていく。

彼が戻ったと同時に攻略組側も作戦会議が終わったらしく、一同扉の前で構える。

 

「死ぬなよ?」

 

「へっ、言われるまでもねぇ!」

 

「今日の戦利品で日と稼ぎするまで、死んでられるかよ!」

 

重厚な扉が音を立てて開く。

 

「――突入!」

 

ヒースクリフの合図と共に突入していく。攻略組が全員ボス部屋に入った所で開けた時と同じように扉が閉じていく。

 

「【ゴスペル・メルクリウス】!!」

 

閉じゆく中で、キリトが声を張り上げる。

完全に閉じるその瞬間、振り返ったキリトはノゾミに――【ゴスペル・メルクリウス】に言い放つ。

 

「――死ぬな、絶対に!!」

 

願いを込めた言葉と共に、扉は閉じられた。

短い沈黙が走る中、ただノゾミはその言葉に応えるように、サムズアップした。

そしてウィスタリアは扉を背に言い放つ。

 

「さあ!行動開始ですわ!」

 

 

 

 

ボス部屋は壁に等間隔に掛けられた松明以外、何もない円形の部屋だった。

 

攻略組全員が周囲を警戒しつつ中央へと歩みを進める。

 

「――、上だ!」

 

いち早く気付いたキリトの声と共に、一斉に天井へと向ける。

 

体長10メートルを超す長大な姿、ムカデの下半身に人間の胸部と頭蓋骨を合わせ、両腕は肘から先が鋭利な妖刀を思わせる一対の長大な鎌。

その名を骸骨の刈り手。――またの名を《The Skullreper》。

 

「ヒースクリフ、タンク隊、前へ!」

 

その異様な姿に誰もが凍り付く中、いち早く前に出たクリスティーナが指示を飛ばす。

硬直するプレイヤーをかき分け、ラジラジとヒースクリフが駆けるとともにスカルリーパーも天井から落下する。

 

「私は右を」

 

「なら左だ」

 

「間を取って真ん中」

 

逃げ遅れたプレイヤー数人とすれ違うように前に出て、クリスティーナが左の鎌を、ヒースクリフが右の鎌を盾で、剣でそれぞれ受け止める。直後にラジラジがスカルリーパーの人間で言う人中の部分に拳を叩き込む。

その一撃を喰らったスカルリーパーは悲鳴のような苦悶に満ちた醜悪な雄叫びを上げる。

 

「どうやら顔にダメージを受けるとノックバックを起こすようですね」

 

「それは良い事を聞いた。タンク隊前へ!まずはヒースクリフを中心に半円状に陣を取れ!他の連中は遠巻きに下半身の動きに注目しろ!」

 

一歩遅れてシズル率いる【血盟騎士団】のタンク役のプレイヤーも次々と前に出て指示に従った陣形を組む。

そしてスカルリーパーの一撃が襲い掛かる。シズルは体勢を崩して後ろに弾かれたが踏み止まり、ヒースクリフは微動だにしない。それ以外のタンクプレイヤーは大きく後方へ弾き飛ばされた。

 

「みんな大丈夫か!?」

 

吹き飛ばされたシズルにキリトが駆け寄る。

 

「平気だよっ!それより……」

 

片膝をついたシズルはすぐに立ち上がるとクリスティーナに向けて声を張り上げる様に報告する。

 

「副団長!今ので私は半分、他のみんなはもう1割も無い!」

 

「遠巻きに見た感じ、両手の鎌以外は目立った動きはしていません!多分側面の脚は迎撃用かもしれません!」

 

「そうか。――よく聞け!!」

 

アスナとシズルの報告を受けたクリスティーナは、張りのある声を部屋中に行き届かせるほどの大声を上げる。

 

「あの鎌は直撃すれば即死の可能性が高い!間違っても正面に立つな!ヒースクリフと私が右の鎌を、左の鎌は【聖竜連合】と【ALS】のタンク隊で防ぐ!防ぐ際は受け流す様に、だ。間違っても正面から受け止めるなよ?」

 

「はっ、誰にもの言うとるんや!」

 

「お前達、【聖竜連合】の意地を見せてやれ!」

 

「勇ましくて結構!シズルと攻撃を受けた連中は全快次第右側面に防御を集中させろ!側面は迎撃しかしないのなら、片方を集中的に叩くのが得策だ!アタッカーは攻撃直後のタイミングで一撃離脱!逃げ遅れれば串刺しにされて終わるぞ!ユナは後方に下がり、届く範囲で全体にバフを掛けまくれ!!」

 

的確な指示を飛ばす中、ラジラジは投擲用ダガーを用意する。

 

「あの巨体で暴れ回られたら厄介です。私は奴の頭を投擲で狙います」

 

「貴様には指示を出しても無駄だからな。私も奴の向きが変わりそうになったらすぐに妨害してやるさ」

 

そうして指示の元、プレイヤー達が骸骨の借り手へと挑んでいく。

 

「やれやれ。これが七冠の能力と言う事か……」

 

鎌を受け止めつつ遠巻きに見ていたヒースクリフは遠巻きにそんなことを呟いていた。

 

 

 

 

ボス戦が始まって暫く、75層の迷宮区をプレイヤーの集団が駆けていく。その数は、ざっと60は下らない。

全員が黒いフードを着こんでいるせいか、金属鎧らしきものはほとんど見られない。

集団は時に鉢合わせたモンスターに一撃与えて油断した所を駆け抜け、またモンスターの集団には一人が囮となりその隙を突いて通り抜けていく。

60人の人数が半数近くまで減少したころ、ついにボス部屋前まで到達したが……。

 

「なんだこれは?」

 

ボス部屋の前に到着した時、その異様な光景にフレッグは目を丸くした。

目の前にあるのは岩石の山。まるで岩盤崩れでも起きたかのように岩や丸太が組み込まれていた。

横を抜けるのは当然不可能。崩そうものなら武器の耐久値だけでなく、下手に崩してこちらに崩れてくる可能性も無くは無い。

 

「何故こんなものが……」

 

当然、フレッグがそれを知ることは無かった。

 

 

 

 

本来、身の丈ほどの岩を持ち歩くことは相当なSTRステータスが無ければできない仕様となっている。

当然《建築》などでバリケードをダンジョン内で設置することは不可能である。

ではどうやってこれだけのバリケードを設置できたのか?その理由は受注中のクエストにある。

 

「皆さん、『プライズフォーク砦防衛線』というクエストを受けましたか?」

 

ユイ(Yui)の質問に攻略組を除いた全員が首を横に振る。

 

「確かそれって、27層で受けられる防衛クエストだよね?」

 

アスナの言葉にユイ(Yui)は頷いた。

『プライズフォーク砦防衛線』とは、27層で受けられるクエストの一つだ。

『プライズフォーク砦』と呼ばれるインスタンスダンジョンの中で、襲い来るモンスターから砦を守るクエストだ。

砦に押し寄せる数十体のモンスターから砦を守る為に、砦でモンスターの通るルートにバリケードや砲撃手NPCを設置し、時に自らがモンスターを迎え撃つクエストだ。

メインとなるモンスターの襲撃の前に受ける納品クエストで、防衛隊長のNPCから特殊なアイテムを2つ渡される。

その名は『巨人の腕輪』と『収集の麻袋』だ。

この2つは基本的にステータスに影響は与えないが、代わりに『巨人の腕輪』は《限界重量拡張》を一時的に2倍にするスキルが与えられる。

『収集の麻袋』には出現させてる間《所持容量拡張》を一時的に2倍にするスキルが与えられると同時に、専用のストレージが解放される。ただし、対象となるのは岩や大木のバリケード素材のみ。しかもそれらは売却不可のオマケつきだ。

ただし、このアイテムが借りられるクエストには『隠し要素』がある。

 

「この収集クエスト、実は全階層で適用されるのです」

 

ユイ(Yui)の言葉に全員が冷水を浴びせられたような顔をする。

実を言うとこのクエスト、納品する素材が多ければ多いほどより強固なバリケードを造ることができるのだ。

製作スタッフも、「上層が解放されて受ける奴なんていないだろう」と思ったのか、このクエストに階層制限と日数制限を施さなかったとのこと。

要するに、このクエストで集める素材は、どの階層の、どんな場所かを問わないというものである。

無論、普通のアイテムのようにストレージから取り出すことも可能である(ポーチに移し替えることは不可能だが)。

 

「じゃあ、そのアイテムを75層のボス部屋前に積み上げようって算段か」

 

「その通りです!そして回廊結晶を利用すれば、ボス討伐完了から18分の時間が稼げます」

 

18分。時間にしてみれば長いか短いか微妙なところだが、攻略組の防衛には十分な時間かもしれない。

 

「とはいえ、通路を完全に塞ぐのは不可能です。特定の高さまで積み上げられたらブロックがかかってしまいます」

 

「となると、上から侵入する相手に対しての対策を考えなきゃいけないのか」

 

マコトの質問にユイ(Yui)は頷く。

 

「定番は《麻痺毒小瓶》で動きを封じるのが定番です」

 

「それなら今はユイさん達が急ピッチで生産していますわ。生産量からして、そろそろ十分な量に達するかもしれません。そろそろ生産を終えても頃合いかしら?」

 

「それなら俺がメッセージで伝えておくよ。ノーチラス、《投擲》スキルを持ってる奴らがいるか確認を頼む」

 

「ああ」

 

キリトとノーチラスがそれぞれメッセージを送る。

会議も(つつが)なく進み、いよいよボードの前に2枚の写真を貼る。

 

「あとの問題は……」

 

「ギルドマスターのPoHと、正体不明のライアーマン……」

 

 

 

 

「どうする?このまま耐久値が尽きるのを待つか?」

 

「そんなバカなことをすると思うか?上ががら空きだろう!そこから乗り込め!」

 

命令を受けたラフコフのメンバーの中で、身軽な数人が昇っていく。

 

「投擲隊、準備!」

 

瓦礫越しにそんな声が聞こえたのはその時だ。

同時に何かが割れた音がした直後、何かが転がり落ちる音がした。

 

「なんだ?どうした!?」

 

瓦礫の山の奥。転がり落ちたラフコフのプレイヤーを拘束している所だった。

 

「《投擲》のスキルで麻痺瓶を投げつけて、麻痺した所を一網打尽か」

 

「そうですわね。小さなユイさんのシュミレーションが役立ちましたわ♪」

 

「よし。全員下手に前に出ず待機。焦らずに上がって来たラフコフのメンバーに対して投げつけるんだ!」

 

指示を受けてポーチから新たに麻痺瓶を取り出し、次の襲撃に備える。

 

「チッ、何をしている!これはこの奥にいる連中が作り出したものだ!上って殺してしまえ!これは理想郷を崩壊する者達を粛清する戦いなのだ!」

 

苛立ちを含めたフレッグの指示が指示を飛ばす。

ラフコフのメンバーが次々と瓦礫の山を昇っていく。さながら砂糖を求めて石の山を登っていくアリの群れのようだ。

 

「来たぞ!」

 

「狼狽えるな!さっきと同じ手順で迎え撃て!」

 

瓦礫を昇っていき、上り切った所でラフコフに出合い頭に麻痺瓶を投げつけていく。

転がり落ちたメンバーを手早く縛り上げていく。

 

(準備と待ち構えていた時間も加えて、体感的に1時間は経ったか?今の所幹部がいないのは不幸中の幸い。このまま連中が来る前にケリが着ければ万々歳だが……)

 

「ノーチラス、メッセは!?」

 

「まだ来ていない!」

 

「そうか。なら後方の奴らはトレード申請!ポーションとアレを引っ張り出して、長期戦に持ち込むぞ!」

 

一方で、フレッグは怒りが頂点に達しようとしていた。同時に彼らの行動に困惑が強く出ていた。

攻略組に紛れ込んだメンバーはボス攻略のふりをしつつ、ボス討伐が終わればパーティを組んだフレッグへとサインが送られる。それを機に一斉に雪崩れ込み、疲弊した攻略組プレイヤーを皆殺しにするはずだった。

それなのに、たかが第1層で攻略から外れた者達を保護すると言う名目で統治しているだけのプレイヤーの集団が、弱小攻略組の手を借りて自分達の行く手を阻んでいる。計画自体は元を正せば彼が逃げる直前に自分から口にしてしまったのだが、そこに関してはすっかり忘れてしまっている。

 

「なんだなんだ?随分と手古摺ってるようだなァ、フレッグさんよォ?」

 

「「「「ッ!!?」」」」

 

フレッグをおちょくるような発言に、フレッグどころかこの場にいた全員が凍り付いた。

ダンジョンの奥――入り口方面からポンチョに身を包んだ男が現れる。黒いフードに隠れて顔は見えないが、その声に含まれるどす黒い悪意に恐怖を抱かずにはいられない。

手にしている得物は、刃にべっとりと赤い跡を残す巨大な中華包丁だ。

 

「ショーの邪魔をする連中には、とっとと帰ってもらわねぇとなァ?」

 

「この声……!」

 

無論【ゴスペル・メルクリウス】が彼と直接の面識した者はいない。もっと言えば、ユイ(YUI)とマコトくらいだろうが、その2人は《始まりの街》で待機中だ。

だが、この場にいる全員が発せられた声で理解してしまった。

 

――「この男が、SAO最悪の男……PoHだ」ということに。

 

「さぁ、前座ももうこの辺で良いだろう!?ここから先は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺戮の……ショータイムだ!!」

 





次回「最終決死戦線:2」



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「最終決死戦線:2」


前回のあらすじ。
75層ボス討伐当日にラフコフが襲撃する――その情報を聞きつけた【ゴスペル・メルクリウス】の面々は、逆に攻略組を守るべく迎撃を計画。
クエストを継続したままの状態でアイテムをバリケードにすることで時間を稼ぐことで攻略組のボス討伐の時間を稼ぐ持久戦に持ち込む作戦に打って出た。
クォーターボス《スカルリーパー》の討伐の裏で行われる防衛線は、PoHの参戦で事態は最悪なものへと変わろうとしていた……!



 

 

ボス戦開始から1時間。

クリスティーナの作戦が見事にハマり、大ダメージを受けたプレイヤーはいたものの未だ犠牲者ゼロのまま5本の内4本目のHPバーが尽きた。

 

「ラスト1本だ!気を抜くな!」

 

クリスティーナの掛け声に攻略組が奮起する。

一人のプレイヤーの攻撃で5本目が僅かに削られた直後、呻くような鳴き声を上げてスカルリーパーがもがきだした。

 

「やべぇ、暴れ出すぞ!!」

 

「全員退避~!」

 

最期の力を振り絞り、一人でも多く道連れにしてやろうと鎌をやたらに振るい暴れ出す。

エギルとシュミットの声に応じてすぐさま退避していく。

 

「退避には及びません」

 

が、そんな中で一人スカルリーパーへと駆けていく者が。ラジラジだ。

銀髪を靡かせ予測できない鎌の軌道を見抜き、最低限の動きで回避しつつスカルリーパーの顔面へと迫る。

 

「スタンさせてしまえば、ただの白骨……!」

 

振り下ろされた鎌の上を走り、そのままスカルリーパーの顔面を殴りつける。

殴りつけられたスカルリーパーはまるで痙攣をおこしたかのようにびくりと体を震わせると身体が硬直する。

 

「ッ!スタンが起きた!速い奴は畳みかけろ!!」

 

キリトが反転攻勢に出る。続けてアスナ、クラインを筆頭にAGIの高いダメージディーラーがスカルリーパーへと走っていく。

 

「総員、突撃!シズル君、《狂剣士》を!」

 

「了解!」

 

ヒースクリフ達タンク隊も攻勢に前に出る。

シズルも《狂剣士》を発動してスカルリーパーを討伐せんと駆けていく。

キリトの《二刀流》。

アスナの《細剣術》。

クラインの《カタナ》。

シズルの《狂剣士》

カオリの《双爪》。

ラジラジの《体術》。

他にも様々なソードスキルを無防備なスカルリーパーに叩き込んでいく。討伐まであと僅かの赤いバーに差し掛かった時、スカルリーパーのスタンが解除される。

 

「「はあああああぁぁぁぁぁーーーッ!!!」」

 

スタンが解除されるその瞬間、キリトとアスナの連携攻撃が叩き込まれた。

それが決定打となり、ついにスカルリーパーのHPが完全に尽き、骸の刈り手は、その両手の鎌で誰一人の命も狩ることも敵わず断末魔の悲鳴を上げて消滅した。

 

「ふっ……中々刺激的な戦いを楽しめたよ。ありがとう」

 

クリスティーナの手向けの言葉と共に表示されたCONGRATULATION!!のウィンドウが表示される。

死闘の終わりを漸く体感した攻略組プレイヤーの反応はそれぞれだった。

 

勝ったんだという歓喜の雄叫びを上げる者。

死闘から解放され、思わず地面にあおむけに寝そべる者。

この先生き残れるのだろうか、クリアできるのだろうかと先の未来に希望を見いだせず座り込む者。

手に入れたドロップアイテムを確認し、レアアイテムをゲットして思わずガッツポーズを取る者。

ウィンドウを表示してなにやら操作をしている者。

 

そんな中、ラジラジは寝転がっているカオリを蹴り起こして、入口の方へと向かっていくのを目撃する。

 

「……?」

 

 

 

 

遡る事7分。

攻略組防衛戦線の前に、【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】のギルドマスターPoHが現れた。彼だけではない。その背後には十数名の集団が背後に用意されている。

 

(最悪だ……!想定した中で一番最悪のパターンだ……!)

 

「よぉ、俺らの為にこんなに生贄を用意してくれたのか?随分大盤振る舞いしてくれるじゃねぇか、【ゴスペル・メルクリウス】さんよぉ?」

 

「そんな訳無いでしょう?」

 

「はっ、そうかよ」

 

ウィスタリアの否定の言葉を聞いたPoHはつまらなそうに返すとフレッグを尻目に見る。

 

「お前は失せろフレッグ。テメェはもう用済みだ」

 

「なんだと?貴様、何を勝手なことを……!?」

 

喰いかかるフレッグの喉元に巨大な中華包丁が付きつけられる。

 

「お前は結局何ができた?攻略組の壊滅を狙った25層の件はお前が独断で行動して自分(テメェ)で自分の首を絞める結果になった。俺らの後添えもあったのに1層の拠点掌握の計画は結局頓挫し、この75層の計画も今現在こいつらに妨害されている。無能もここまでくれば笑えるな。英雄どころかただの道化(ピエロ)だよ」

 

「道化だと……!?こ、この私を……道化……!?」

 

「お前ら、道化様をこの場から追い出してやれ」

 

突き飛ばされたフレッグを受け止めたラフコフの兵士は彼に転移結晶を手渡す。

どこかの街の名を呟いた途端、喚き散らすフレッグはどこかへと転移された。

 

 

一方、瓦礫の奥では――

 

 

「や、ヤバいよ……!よりによってラフコフの幹部が出て来るなんて……!」

 

「い、いや……!逆にチャンスだ。あいつらを捕まえればもう怖いものなんて……!」

 

「おまっ、正気かよ!?相手はマジで人殺しを楽しんでるイカレ集団のリーダーだぞ!」

 

PoHの登場にやや前のめりになる者、怯え逃げ出そうとする者――様々な反応が。

 

 

「落ち着きなさい!私達の目的はあくまで攻略組がこの場を離れるまでの足止め!この門が開いた時が撤退の合図ですわ!」

 

ウィスタリアの一喝に我に返る。

我に返った所でノーチラスが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「盾持ち2人と中衛1人の3人1組の魚鱗陣形!間違ってもこっちから動くな!囲まれて潰されるぞ!」

 

「敢えてこちらから動かず出方を伺うか。まあいい、来ねえなら……こっちから行くまで……だッ!」

 

刹那、瓦礫を一閃。瓦礫の一部が耐久値を切り、消滅する。

その途端瓦礫の山が崩れ落ち、門への一本道が曝される。

 

「嘘、たった1撃で!?」

 

「別に驚く事じゃねぇだろ?耐久値ってのは10分後には10秒おきに減っていく。あとは攻撃で耐久値を削れば消滅するって訳だ」

 

「瓦礫の山の根元を攻撃して総崩れにしたって事ですのね……!それにしては威力が高すぎませんこと?」

 

「この友切包丁(メイト・チョッパー)はモンスターを斬れば斬るほど力が弱まるが、逆に人間――プレイヤーを斬れば斬るほどに性能を増す。この俺にとって最高の武器だ!」

 

その破壊力は、どれだけ彼がプレイヤーを葬ったのかを暗に語っていたも同然。

頼みの綱のバリケードは瓦解し、残るは壁側に落ちた岩や巨木のみ。

正面にはPoHとフレッグを含めた20人以上のラフコフのプレイヤー達。

 

「おーおー、生きの良い連中がゴロゴロいやがるな?」

 

「くっ……!」

 

「――おっ、そこのお前」

 

いきなりPoHが親しい友達に呼び掛けるようにあるプレイヤーに呼び掛ける。

 

「お前、確か数か月前に仲の良かった奴が殺されたって言ってたよな?」

 

「そ、それがどうしたんだよ……?」

 

「ありゃあ楽しかったなぁ。泣き叫んでるアイツの面が最高だったぜ!何度も助けてくれって命乞いするアイツの顔に、この友切包丁を叩き込んだ瞬間の悲鳴や顔は今思い出しても笑いが止まらねぇよ!」

 

「――……ッ!!」

 

「そこの奴もそうだ。俺らが仕掛けたモンスターにリンチにされるのを高みの見物するのは最高だったよ!そうそう、そこの奴は助けてやるって言って嬉しそうにしてたよ。外周に突き落とした時の顔がたまらなかったぜぇ?」

 

次々と嗤いながら殺人の記録を語るPoH。

ケタケタと語るPoHに【ゴスペル・メルクリウス】や【ブレイブ・フォース】の面々は、怒りがふつふつと湧き上がっていく。

それでも動かない事にPoHは、鼻で笑った。

 

「へっ、結局は腰抜け共か。あいつらが死んだのも、ひょっとして腰抜けのテメェらに見殺しにされたからなんじゃ無ねぇの?」

 

――その瞬間。弾けた。

 

「テメェェェェェェェ!!!」

 

激昂して叫ぶプレイヤーを筆頭に、数人のプレイヤーが飛び出した。

 

「ッ!!――ウィップ隊!!」

 

反射的にノーチラスが叫ぶ。岩陰から鎖が伸びて突出したプレイヤーを絡め捕らえる。

まるで獲物を捕らえた触手が自らの巣穴へと引きずり込むように幾つもの鎖が飛び出したプレイヤーの四肢に絡みつき、ウィスタリアの陣営に引き戻す。

 

「……伏兵が居たか」

 

「……ッ!」

 

その陰にいた一人、ツムギがPoHが向けた目線に射抜かれ、身体が委縮する。

 

「なるほど。突っ込んできた我々を鞭のソードスキルで捕らえると言う算段でしたか」

 

リーヴの目立てはまさしくその通りだ。

本来なら《鞭》のソードスキル《ホールド》でラフコフのプレイヤーを拘束し、そのまま高STRのプレイヤーが引っ張り捕らえるという計画だった。

主釣りの時にやったニシダとキリトの釣竿のスイッチを捕縛用に応用したものだ。

 

「さて、切り札は失せた。ここからがショータイムだぜ?――なあ?ジョニー、ライアー」

 

「――え?」

 

瞬間、集団の陰から飛び出した影が前衛を任されていたプレイヤーを切り裂いた。

幸い一撃死と言う事にはならなかったが、麻痺の状態異常を受けてしまう。その直後に投擲された槍が膝をついた一人の胸を貫き、倒れた2人はジョニーの短剣に首を刺されて消滅してしまった。

 

(――ヤバい、PoHに気を取られ過ぎて隊列にもぐりこまれた!)

 

「良いね良いねぇ!こんなにも獲物がやって来てくれたなんて最高じゃねぇか!!」

 

頭陀袋から開けられた穴から覗く狂気的な眼光がチカを睨む。

 

「まずは……テメェからだァ!!!」

 

「――ッ!!」

 

反射的に盾でガードするチカ。

ジョニーの一撃は軽いものの、手数の多さで防戦一方になる。

 

「お前らも続け!相手は人を殺せないパンピーどもだ!袋小路のこの状況で全員地獄に落してやれ!!」

 

PoHの一言でラフコフのメンバーが襲い掛かってくる。

背後はボス部屋の扉。それ以外に逃げ道はない袋小路。

 

「ヤバい……!ウィスタリア、回廊結晶を――」

 

「できたらやっていますわよ!!」

 

ウィスタリアもラフコフのメンバーの凶刃をいなすのに精いっぱいで回廊結晶を使う暇がない。

戦況が混沌としていく中、ボス部屋に続く扉が開かれる。

 

「今度はなんだ!?」

 

「なんだ?潜り込ませた奴らか?」

 

突如開いた扉にラフコフのメンバーすらも手を止める。

人一人分が開け放たれた直後、何かが飛び出し、PoHにぎらりと光る何かを手に迫る。寸での所で愛用の中華包丁――友切包丁(メイト・チョッパー)で防ぐ。

その相手は……獲物を見つけた獣の如く眼光をぎらつかせたクリスティーナだった。

 

「――クリスティーナ!!」

 

「最後のクォーターポイントでの死闘を終えたと思ったら、こんな所でPvPの宴が開かれているとはなァ!!!」

 

直後に回し蹴りがジョニーの側頭部に直撃。吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

「――ってぇなテメェ!!」

 

クラディール(あのなり損ない)よりは、歯ごたえがありますよね?」

 

「みんな、遅れてごめんさー!」

 

「カオリ!って、ラジラジさんは分かるけどなんでクリスティーナさんまで?」

 

「なんかバレちゃったみたいなんだよね~」

 

「そういう事よ!」

 

開け放たれた扉の奥からユナも駆け付けてきた。

少し呼吸を整えるとノゾミに向かって声を張り上げる。

 

「ノゾミッ!あなたまた勝手にこんなことをして!」

 

「ユナには言われたくないよ!でも、ユナが無事って事はそっちは倒せたんだね!?」

 

「うん!」

 

いきなり現れた助っ人に【ブレイブ・フォース】の面々もノゾミ達も頼もしさを感じずにはいられない。

 

「みんな大丈夫だった?」

 

「……ごめん。3人……やられた……!」

 

ユナの質問にノゾミが表情に影を落としながら答える。

その隙を突いたラフコフのメンバーの攻撃を割り込んだノーチラスが盾で防ぐ。

 

「悔やむのも落ち込むのも後にしろ!」

 

「エーくん!?」

 

「誰にだって間違ってしまった事の一つや二つ、経験した事はあるはずだ!だけど、それを受け入れてどうやって次に生かすのかが大事じゃないのか!?」

 

「ノーチラス……」

 

必死に攻撃を防いでいるノーチラスも鍔迫り合いを制して盾で取り押さえる。

その好機を逃さなかったのはウィスタリアだった。

 

「あの2人が幹部を押さえてる今の内ですわ!手下どもを捕らえなさい!2人……いいえ、3人1組の陣形を組み、着実に捕まえて数を減らすのです!ダメージを受けた方は後方に下がって回復に専念!もし向こうの増援が来たら、無理せず【回廊結晶】で撤退しますわ!」

 

「ユナ、歌えるか?」

 

「1時間も歌ってるけど、まだ大丈夫!~♪~♪」

 

ユナの歌声が響き、味方にバフがかかる。

助っ人と2人の歌姫のバフを受けて、士気が高まった【ブレイブ・フォース】のメンバーも、再びラフコフの兵士たちに立ち向かっていく。

 

「ノゾミさん、私達も行きますわよ!」

 

「うん!」

 

ファルシオンを引き抜き、くるりと回して刃を上に、峰を下に向ける。

 

「どうやら、本気で邪魔をしたいようですね。我々を潰して英雄にでもなるつもりですか?」

 

「そんな気は毛頭ないよ」

 

リーヴの言葉にノゾミは静かに否定する。

 

「私達は、この閉ざされたアインクラッドで今日を生きる希望をこの世界で生きる人たちに与えて、明日を生きる力に繋げるギルド。あなた達のしてきたことは個人的にも許せないけど、あなた達を潰すのは、解放の日を目指して突き進む攻略組の誰かがしてくれる……」

 

眼を閉じ、すっとファルシオンをリーヴに向ける。

そして目を見開き、誓いを立てる様に言い放った。

 

「だから、今必死に戦ってこの扉の奥で次の戦いの場所へ向かう人達の明日を奪わせないために、今私達があなた達をここで止める!」

 

「でしたら、ここで死んでくれましょうか。希望を消し去る為に――!」

 

 




次回「最終決死戦線:3」



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「最終決死戦線:3」

 

【始まりの街】

 

 

「ノゾミちゃん達、大丈夫かな……?」

 

空を見上げているユイ(YUI)は、心配そうにつぶやく。

 

「大丈夫です。ノゾミさんはまだ名前に横線は引かれていません」

 

「いや、そういう意味じゃねぇんだよ……」

 

ユイ(Yui)が安心させるように言うが直後にマコトにツッコミを入れられる。

 

「でも、さっき3人も名前が……」

 

「……恐らく、危惧していたことが起きたのだと思います」

 

「PoHやラフコフの上層幹部が来たって事か……」

 

ユイ(Yui)の険しい言葉にマコトたちも不安な表情で空を見上げる。

 

「――勝てる、のか?」

 

「勝てるさ」

 

不安そうに、戦線へと向かった一行の無事を祈るようなマコトの言葉に、テンカイが心強い返答を返す。

ともあれ、街に残っている自分達ができることがあるなら、それは無事に帰還することを祈る事だけだ。

 

 

 

 

「あの2人、勝手に戦ってるとはいえ逆に好都合だ。総員、先の陣形を形成し直せ!ラフコフプレイヤーに対応しつつ後退!合図と共に撤退するぞ!カオリはその間、構成員の無力化を頼む!」

 

攻略組がボスを討伐した以上ここに用は無い。後の脅威を少しでも減らす為に、下っ端のプレイヤーを捕獲してラフコフの戦力を削り落とす。攻略組も戦いで疲弊したらしいが、早く次の街に行ってくれと内心焦りも見える。

その一声と援軍に冷静さを取り戻した【ブレイブ・フォース】のプレイヤー達は陣形を組みなおす。

剣を手に襲い掛かるラフコフのプレイヤーの両側を盾で押さえ、鞭のソードスキル《ホールド》で捕え、その上から盾持ちの一人がロープで拘束する。

 

「失敗から学ぶことは実に良い事です。ですが我々もいつまでも同じと思われているのは心外ですね」

 

リーヴがウィンドウを操作し、トリンケットを取り出した。それを頭上へ放り投げた直後、投げられたピックが突き刺さり、破壊されたトリンケットの中から無数の槍がノゾミとリーヴを取り囲むように突き刺さる。

 

「何、これ……?」

 

「ちょっとした下拵えですよ。まあ、あなたを始末するにはこれだけあれば十分でしょうね」

 

ノゾミがその異様な光景に呆けていた瞬間、眼前に突撃槍の穂先が迫ってきた。

間一髪身体を後ろにそらして回避したのも束の間、突進した先の槍を空いた左手で掴み、短槍二刀流になると再びノゾミへと槍を投げ飛ばす。

今度はその槍を弾こうとファルシオンで弾き返す。その途端突撃槍の穂先に亀裂が走り、砕け散った。

 

「!?」

 

「何してるんだノゾミ、早く逃げろ!」

 

ノーチラスの声にすぐに逃げようとするも、投擲された槍に阻まれ、直後に繰り出してきた短槍系突進スキル《コメット》で回り込まれる。

 

「簡単には逃がしませんよ?」

 

「ッ……、邪魔しないで!」

 

急いでノーチラス達と合流したいのに、リーヴはまるでノゾミと遊んでいるかのように軽やかな身のこなしで回避していく。

 

「どうしました歌姫?ダンスパフォーマンスにしては少々ぎこちないですよ?」

 

(この人、私の攻撃を最小限の動きで避けている……!まるで私の動きを読まれてるみたいじゃない……!)

 

一瞬目線を後ろのチカ達に向け、叫ぶ。

 

「ごめん、手間取りそう!先に逃げて!」

 

「――ク……ッ!総員、追撃を警戒しつつ退避!奴の槍の投擲に気を付けろ!」

 

「お待ちなさい、ノゾミさんを見捨てるつもりですの!?」

 

無論ノーチラス自身見捨てるつもりは無い。

しかし前線を下げている以上、これ以上耐えるのも時間の問題だ。

 

「何をしている!撤退すると決めたのなら迷うな!退路はもう結晶しかない!幹部が足止めされてる間に退避しろ!このまま全滅が一番最悪な結末だ!」

 

ノーチラスが怒鳴るように説得する。

数瞬の沈黙の後、苦心した表情でウィスタリアがポーチから回廊結晶を取り出した。

 

「コリド――」

 

結晶を砕く直前、飛来した槍が回廊結晶を貫く。

ガチャンと音を立てて地面を転がった回廊結晶がポリゴン片となって消滅する。

 

「結晶がっ!」

 

「おいおいどこに行くんだ?折角のパーティをテメェらが勝手に切り上げるなんてねぇよなぁ?」

 

クリスティーナとの剣戟を繰り広げつつ、PoHは脱出手段が立たれた一行を煽る様に嗤う。

 

 

「どうした?私を前に別の相手に現を抜かすなんて許されると思っているのか?それとも私以外に目移りするほどこのダンスが退屈なものなのか?私は楽しんでいるぞ!一瞬一瞬の刹那に散るやもしれぬ命の奪い合い!肌がひりつくような感覚!高鳴る鼓動!貴様らもこのPK――殺し合いという麻薬に侵された中毒患者だろう!?」

 

「Hah!だったら俺らのギルドに入ったほうが良かったんじゃないのか!?」

 

「お生憎様!私はこう見えて良識人なのだよ。合法的な殺人が許されるという点はさておいて、たった一度しかない人生の主役は私だ!どこに付こうが私自身が決めたことだよ。最も、団長の代わりに貴様という極上の獲物を狩れるチャンスが思いもよらない形で巡って来たからな!ああ、勿論団長も可能であれば本気で狩るつもりだよ」

 

「正義に酔いしれてる奴の戯言だな!」

 

「私が正義に身を置いたのはたまたまさ。だが、私が正義に酔いしれる者ならお前は私に生の渇きを潤してくれる存在を作り上げてくれた!感謝しているよ!退屈で作られた殺意しかないモンスターとの相手は実に退屈だった!本物の狂気!本物の殺意!殺し合いはこうでなければなぁ!」

 

激しい剣戟の合間を縫うように会話を繰り広げる。

一方で、ラジラジとジョニーブラックの戦闘は、既に決着していた。

 

「ふがはぁ!?」

 

地面に叩きつけられるジョニー。一方のラジラジは掠り傷一つ負っていない様子だ。それもそのはず、彼と戦闘になった時から一度もダメージを負っていないのだから。最も、ダメージ=毒のデバフとなる訳で、一度でも喰らえばそこから悲惨なリンチが待ち構えている訳だが。

 

「――悪くないですね。あの出来損ないよりは幾分かマシです」

 

「悪くないって、終始圧倒してた奴が言う台詞か!?」

 

「毒針毒ナイフ毒煙。毒物劇薬取扱資格試験でも受けてみたらどうですか?」

 

「小粋なジョークありがとよ!」

 

地面に押さえつけられた状態から体術スキル《待臥》で反撃する。回避されたものの反動で起き上がると投擲ダガーを投げつける。

しかし、そのダガーを回避と同時に持ち手を掴む。くるりと180度回転させると一瞬でジョニーの右掌に杭を打ち付ける様に突き刺した。

反射的に悲鳴を上げる間も無く、ラジラジに腕を後ろに回され地面に叩きつけられる。

 

「テメッ――!離せ!何しやがる!?」

 

「中々楽しめましたよ」

 

まるでゴミをゴミ箱にでも投げ捨てる様にジョニーを放り投げた。

成す術無く

 

「凄っ……あのジョニー・ブラックが相手にならないなんて……」

 

そのあっけない幕切れよりも、ラジラジの強さにユナは唖然とするのだった。

 

 

 

 

一方、ノゾミとリーヴの戦闘も、状況の変化が訪れようとしていた。

 

「いい加減にしてよッ!」

 

「クク。相当頭に来ているようですね」

 

次々と片手槍を手に取っては投げるリーヴに、ノゾミは時に回避、時に槍を弾いて防戦していた。

だが、ノゾミはまだ諦めていない。

 

「そろそろ槍も尽きてきたんじゃない?」

 

「ほう。それを見越していたのですか」

 

見ればリーヴの周囲の槍は1本のみ。残ったほとんどの槍はノゾミの背後の扉に突き刺さっていたり、地面に転がっている。トリンケットに入れた槍があれだけとは限らないが、それでもノゾミには次のトリンケットを取り出す暇を与えない自信があった。

 

「自分は残って回避とパリィに専念し、割り込む見方が巻き添えを喰らわないように自分に集中させた、と言う訳ですか。中々通して結構」

 

「これでもう槍は投げられないよ!」

 

「そうですね。それでは奪い取ることにしましょうか」

 

次の瞬間ノゾミとの間合いが一気に縮まった。スキル《疾走》だ。

虚を突かれたノゾミは反射的に後ろに下がり、リーヴが袖から何かを投げた。ぷすりと刺さった感触がした途端、ノゾミの身体ががくりと崩れた。

 

「――しっ、痺れ毒!?」

 

「おや。余程予想外だったようですね?これくらいは予想していてもおかしくないのに」

 

「こ、こんな……!」

 

「卑怯、と呼ばれる筋合いはないですよ。人間は嘘をつかなければならない生物ですから」

 

「それって……どういう……?」

 

「これから死ぬ相手に何を言っても無駄でしょう?」

 

傍にあった槍を引き抜き、それがノゾミの顔面に振り下ろされる――

 

「間に合ったやっさ~!」

 

――直前に割り込んできたカオリが槍の防壁を跳び越え、振り下ろされる矛先を蹴り飛ばした。

倒れたノゾミをかばうように前に出て、拳を構えるカオリ。

 

「ノゾミさん!これを」

 

駆け付けたツムギが解毒ポーションを呑ませ、麻痺を解除する。

 

「ありがとう。他のみんなは?」

 

「後方にいるけど……回廊結晶を壊されて、逃げる方法が……!」

 

麻痺から回復し立ち上がったノゾミにユナが知らせる。

それを聞いたノゾミは生きた心地のしない表情を浮かべてしまう。

 

「なんだなんだ、自分の葬式の相談か?」

 

その時、鍔迫り合いを中止して距離を取ったクリスティーナがこんな状況にもかかわらず、PoHとの戦闘を楽しんでいる様子で背後のノゾミ達に声をかける。

 

「流石に手を焼かせるな。【KoB】副団長」

 

「お褒めにあずかり恐悦至極、とでも返そうか?」

 

一歩も引かない両者。

完全に拮抗しているのか、それともお互い切り札を温存してこの実力なのか――。

 

「――Hey、GUY’s!」

 

膠着した状態になった状況で、PoHが声を張り上げる。

 

「今から【笑う棺桶】最後の命令を下す!」

 

「最後の命令、だと?」

 

「お前ら、今からこの場で――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺し合え」

 

「……………………………え?」

 

PoHの命令に硬直するノゾミ達。

今何て言った?殺し合え?あのラフコフのプレイヤー達が?この場で?

到底信じられないようなPoHからの命令に、ノゾミ達はブラフだろうと思った。

一人のラフコフプレイヤーが付近にいたプレイヤーの肩を短剣で突き刺した。刺されたプレイヤーもお返しと言わんばかりにメイスで殴り返す。

一人一人から始まったそれは、いつの間にか本当の殺し合いへと発展していく。

 

「さあ最後のショータイムだ【ゴスペル・メルクリウス】。ギルドの理念を貫いて死ぬか、そのまま逃げだすか」

 

「そんな……!」

 

否定するように首を弱弱しく振ろうと、目の前の殺し合いは止まらない。現実は変わらない。

 

「ほらほらほらぁ!急がないとどんどん犠牲者が増えてくぜぇ?とっとと助けて見ろよ【ゴスペル・メルクリウス】!Halley!Halley!Halley!!!」

 

恐怖に立ち尽くす少女たちを急かし、嗤うように声を荒げる。

 

「……これで、良かったんじゃないか?」

 

その光景を見た誰かが、ふと呟いた。

 

「――そうだよ。あいつらはこれまでにも散々人を殺してきたんだ。これは罰なんだよ」

 

「ええ。その通りよ。あいつらは、誰かにとっての大切な人を殺しておいて今も平然と生きてるのよ。そんなの、間違ってる……」

 

「これは当然の結末なんだ……そうだ、自業自得なんだよ……」

 

「……ッ!!」

 

武器同士のぶつかり合う金属音、地を踏み鳴らす音、正気を失ったプレイヤーの雄叫びがまじりあう戦場の中ではそれはいかに小さいか。

だがそれでも、ノゾミはその呟きを聞き逃さなかった。

同時に乱戦へと駆け出した。

 

「ノゾミさん!?」

 

「な、なんで!?このまま放っておけばいいのに!」

 

ノゾミの行動にプレイヤー達は困惑する。

【ゴスペル・メルクリウス】の主要メンバー達やノーチラス、カオリも一瞬他のプレイヤー達と同じようにノゾミの行動に目を瞠っていた。が、僅かに見えた表情に自然と「ああ」と納得したような声を漏らしてしまう。

 

「……なるほどね~。ノゾミはこれ以上、死なせたくないって思ってるんさね~」

 

「死なせたくないって、何言ってんだ?相手は殺人ギルドの奴らだぞ、助けたって何の得も――」

 

「損得よりも、自分がそうしたいんじゃないかな~?」

 

困惑して訴えるプレイヤーにカオリがいつもの調子で返して騒乱へと駆けていく。

 

「確かに、彼らのしてきたことは許されることではありません。この場は退く事が最も得策――ひいてはボス部屋に一時避難という手も可能ですわ」

 

「だったら!」

 

「まあ最も、個人的な意見を述べるならこの場で彼らを見殺しにして、後の自分に誇れるかどうかは別問題ではなくて?」

 

今この場で彼らを見殺しにして、夢を叶えた後の自分が、今の選択をして後悔していないと胸を張ってい言えるのかどうか。

彼らの言う通り、ラフコフのプレイヤーを見殺しにしてしまえば余計な犠牲は出さずに済む。

だが、そうやって平然と切り捨てた選択をして、目の前の助けられるものを捨てて、それが最善の選択かと迫られては――。

 

「――私は、例えそれが愚かな行為だったとしても、それが最善と思えませんわ」

 

それがただの我儘であったとしても、それで納得いくかどうかは別問題だ。

ノゾミもウィスタリアも、それを許容しなかった。それだけである。

 

「――ったく、尻拭いするこっちの身にもなれっての……ウィスタリア、ちょっと待て!」

 

騒乱を止めるべく駆け出そうとしたウィスタリアを見たノーチラスが頭を掻きながら溜息と共に思いの丈を吐露する。

そしてウィスタリアを呼び止めると同時にユナが呼びかける。

 

「エーくん、何人か連れてくけどいい?」

 

「ああ。丁度良かった。チカ、《吟唱》中断して防御に専念しろ」

 

「ウィスタリアさんは数人を連れて捕まえたプレイヤーをボス部屋に連行して!それから攻略組にも応援要請を!」

 

「お待ちなさい、ここは私が先陣切って「その件じゃ取り回しづらいでしょ!」ああそういうこと」

 

「ウィップ隊は敵の妨害だ!手や武器を中心に狙え!」

 

「はい!」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!助けるつもりか?!」

 

指示を出すノーチラスに戸惑っていた一人のプレイヤーが割り込んできた。

 

「あんな奴らを助ける必要なんてない!」

 

「そ、そうよ!ボス部屋に行かせないことが目的なんでしょ!もうアイツら、ここで自滅するつもりだからこれ以上手を出す必要なんてないんじゃないの?」

 

「もうこれで終わりだろ!?これ以上危険を冒す必要なんてないじゃないか!」

 

彼らの言う事は最もだ。既にボス部屋に突入して攻略組を始末するというラフコフの計画はとん挫。ならば死者を増やそうという策は、こちらを煽って冷静さを欠かせるのが狙いだろう。

現にノゾミが彼らの策に嵌ったように、今も殺し合いの只中で一人でも死者を減らそうと孤軍奮闘している。

こちら側からすれば、もうこれ以上命を懸ける必要性はどこにもない。

 

「……確かに、これ以上命をかける必要はないな」

 

ノーチラスも底は納得したように頷く。

その中の一人が「そうだろ!?」と興奮気味に頷いて続きを言おうとして――

 

「だが、もしここでノゾミが死ねば、二度と彼女のライブが開催さ入れないし、お前らは彼女のファンに恨まれることになるぞ?」

 

「「「!?」」」

 

「いやー、これから苦労するだろうなー。街の連中からヘイトを一心に背負って、街中でも園外でも闇討ちする輩で取り囲まれるんだからな」

 

説得、いや、最早脅迫の類だった。

何気に在り得そうな事を言っている分(タチ)が悪い。

 

「お前……!ロクな死に方しねぇぞ……!」

 

「そうだな。だがそれは今じゃない。さあ、もう一発反撃に出るぞ!」

 

「だあああッ!!!お前ら行くぞ!!!」

 

最早半分ヤケクソの絶叫と共に、反対意見を出していたプレイヤー達も騒乱の最中へと突入するのだった。

 

「みんな……!」

 

「これ以上死なせるな!ウィップ隊は敵の武器か腕を狙って《ホールド》を仕掛けろ!他は動きが止まった所を拘束しろ!」

 

「うるせェッ!!」「言われなくても分かってらァ!!」

 

ノーチラスの指示に罵声で返すプレイヤー達。それでもお互いを殺し合うプレイヤーの武器を叩き落そうと敵の武器目掛けて武器を振るい、鞭を武器にするプレイヤーは《ホールド》を使い相手の武器を奪い取る。

 

「……チッ」

 

面白くないのはPoHだ。

同士討ちを命じてノゾミ達を煽り、突出した彼女を袋叩きにして殺す算段が完全にお釈迦である。

 

「おっと、どこを見ている?私の相手をしている最中で余所見とは感心しないな」

 

「テメェ……!」

 

「言っておくが通らせる気は無い。これがこの世界での最後の戦いになるかもしれないんだ。思う存分この私に殺意と怒りをぶつけて見せろ!!」

 

まるで羽か小枝のように軽々と振り回し、宣言するクリスティーナ。

彼女の実力ならば、PoHであっても彼女の背後の争乱に手を伸ばす事は難しいだろう。

その一方、カオリとリーヴの戦闘は……。

 

「そら、そらそらそら」

 

「ぐうううぅぅッ!!」

 

短槍を振るうリーヴの攻撃を、カオリが回避や弾き(パリィ)を繰り返すカオリ。

 

(この人の槍、一発一発が重いさー!距離を取りたいけど、下手に下がったら《投擲》をされてみんなが危ない!)

 

時に槍を突き立てて、それを軸に跳び上がると同時に放ってくる回転蹴り、槍を放したと思ったら明らかに状態異常を与えそうな刀身の短剣による斬撃。

一撃離脱(ヒット&アウェイ)が主流となっているカオリだが、手負いとはいえ相手を一撃でPK()したのだ。下手に距離を置けば《投擲》を許して味方に危害が及ぶ。

 

「――スイッチ!」

 

その時、背後からの声で反射的に身を引くカオリ。

生じた隙を逃さず《投擲》のモーションを取ろうとして――すぐに下がった。

直後、リーヴの頭があった個所に蹴りが空を裂いた。

 

「――頭を蹴り飛ばされるところでした」

 

「残念です。頭を蹴り飛ばそうとしていたのに」

 

「リーダー!」

 

「彼との戦闘では物足りなかったのでね」

 

「とんだ戦闘狂だ」

 

「そこは自覚してますよ」

 

拳を構えるラジラジ。

一方のリーヴはちらりと奥の喧騒を見た後、ウィンドウを操作。取り出したのは、手に収まる青色の長方形のクリスタル――転移結晶だ。

 

「何の真似ですか?」

 

「少々分が悪いので一足先にお暇させていただきますよ」

 

「な……ッ!?自分から仕掛けてきたくせに、そんなこと「転移」」

 

あっさりと手を引く発言をしたリーヴにカオリが困惑と怒りを混ぜ合わせたような声で抗議するも、我関せずと言わんばかりに早々に転移してしまった。

 

「に、逃げちゃったさー……」

 

「逃げた相手にかまけてる暇はありませんよ」

 

逃げたなら逃げたで最優先事項を帰ればいいだけの事とラジラジは呆けるカオリの肩を叩いて奥の騒乱へと向かう。

カオリもワンテンポ遅れて後を追うのだった。

 

「これで3人目ェ!」

 

「縄、いや、鎖で縛れ!」

 

武器を持った手に鎖が巻き付き拘束された所を盾持ちプレイヤーのタックルで体勢が崩れた所を更に数人のプレイヤーのタックルを受けて倒れ込む。

そこに鎖を取り出し手早く拘束する。

これで合計12人目。半数近くが拘束された。

 

「よし、行ける……」

 

ノゾミもみんなが駆け付け協力して末端メンバーを確保していく現状を見て安堵するように息を()く。

このまま確保が続けば流石に撤退を余儀なくされるかもしれない。

そう思っていた矢先だった。カラン、と金属音が静まりゆく喧騒の中で聞こえた。

1つじゃない。複数の場所で次々と。

 

「お、おい!こいつら何で自殺をしてるんだ!?」

 

「知るかよォ!」

 

「喚いてる場合じゃありません!早く止めさせて!」

 

阿鼻叫喚の地獄絵図に仰天する間に次々とラフコフのメンバーは自殺を敢行していく。

そんな中、クリスティーナは冷静な態度を崩さずPoHへと声をかける。

 

「――自殺するよう仕込んだのか」

 

「ああ。3分間殺し合いを妨害された場合、速やかに自殺するようにな。二の手は用意するべきだろ?」

 

「酷い……人の命を消耗品みたいに使うなんて……!」

 

「早くしないとどんどん死んでいくぜぇ?」

 

煽り立てるPoHの言葉を肯定していくように次々と自傷ダメージを受けて消滅していく

迷っている暇はない。すぐさまノゾミは自殺を妨害すべく走り出す。

 

「余所見してる場合かよッ!」

 

一瞬左上に目線を逸らしたクリスティーナの隙を突いてPoHが突出してきた。

クリスティーナは迎撃姿勢を取って……剣を手放した。

通り過ぎる瞬間PoHは諦めたものと割り切り、まっすぐに自殺の妨害をしているノゾミにタックルをかまして、そのまま迷宮区の壁に押し付ける。

 

「うぐっ!」

 

「ノゾミ!!」

 

「Hah!正義の味方を気取ってて嬉しかったか?」

 

引きはがそうにもあからさまと言っていいほどの腕力の差――もとい、筋力ステータスの差で、まるで万力のような力で押さえつけるPoHの腕を振りほどけない。

 

「折角のShowを邪魔しやがって。おかげであのボス部屋で起きる大惨事が全部パーになっちまったじゃねぇか。雑魚の分際で分別をわきまえずに俺達に挑むなんざ、テメェら英雄にでもなったつもりか?その(ぬる)い考えがお前らの希望の星がこの場で消える事になったんだ!」

 

周囲に宣言するかのように高々と声を上げる。

助けに行こうとしても強化された友切包丁で一蹴されるだろう。それ以前に自殺をするプレイヤーを放って行くわけにもいかない。

つまるところ、完全に八方塞がりだ。

 

「これは調子に乗ったテメェらへの罰だ。お前達の最高の希望(アイドル)が、最悪な形で目の前から消える瞬間を、指を咥えて見てるんだなぁぁぁぁ!!!!」

 

勝ち誇ったように高笑いを上げて友切包丁を振り上げる。

今から駆け付けようがもう間に合わない。

友切包丁の刃がノゾミの命を散らさんと迫り――弾かれた。

 

「……は?」

 

周囲のプレイヤーが困惑する中、PoHも呆けた表情で硬直している。これは彼ですら予想だにしなかった事態らしい。

 

「どういう……こと……」

 

ノゾミもこの状況に困惑していた。

彼女を守る様に友切包丁の刃を阻んだのは5センチ四方の紫の障壁。そこに表示されているのは『Immortal object』――システム的不死。

当然ノゾミ自身そんなシステムが何故発揮したのか知る由も無いし、何故こんなシステムが働いたのか見当もつかない。

困惑に包まれる中、突如としてシステムアナウンスが彼女らの耳を打つ。

 

 

 

 

――11月7日14時55分。ゲームはクリアされました。

 

 

――ゲームはクリアされました。

 

 

それはノゾミ達にとって唐突な、そして全てのプレイヤーが待ち望んだその言葉を浮遊城の全てに知らしめるように、透き通ったシステムアナウンス音声がどこまでも響いていった。

 

 






次回「決着」

(・大・)<アインクラッド編も後2話くらいで完結です。

(;・大・)<ってか、振り返って見たら50話強も載せてたんか……。


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「決着」

 

時は、丁度ラジラジ、カオリ、ユナ、ノーチラス。そしてクリスティーナがボス部屋を退避した時まで遡る。

スカルリーパーの討伐を無事に果たした攻略組。その全体の指揮を執り、全員生存討伐にに大きく貢献したプレイヤーの一人、ヒースクリフに鋭い刺突が襲い掛かる。

狙われた当人は完全に虚を突かれ、盾で防ぐ前に喉元に迫り――紫の障壁に止められた。

 

「キリト君、何を――!?」

 

慌てて駆け寄って来たアスナが言葉を失う。

紫色の障壁に書かれた文字。『Immortal Object』の表示が映し出されていた。

それはつまり――システム的不死。

 

「どういうことですか……団長」

 

攻略組全員の意図を代弁するようにアスナが問いかける。

 

「この男のHPゲージは、何があってもイエローまで落ちないよ。システムに保護されているからだよ」

 

ヒースクリフの代わりに、隣にいたキリトが答えた。

そして、今まで胸中で渦巻いていた疑問を吐き出す様に、静まり返った空間で推理を述べる。

 

「この世界に来てから、ずっと思っていたんだ。“アイツはどこで観察し、世界を調整しているんだろう”って。けど俺は、単純な心理を忘れていたよ。子供にだってわかることだ。『他人のやっているゲームを横から見ている時ほどつまらないものは無い』って。そうだろ?茅場明彦」

 

2年前、自分達をSAOに閉じ込め、命を落とすデスゲームのクリアを強制させた張本人。その名を挙げた途端、周囲のプレイヤーに衝撃が走る。

名指しされたヒースクリフはキリトに反論することなく、あくまで穏やかに返す。

 

「参考までに、どこで正体に気付いたのか教えてくれるかな?」

 

「最初に違和感を感じたのはあの決闘の時だ。最後の一瞬、アンタはあまりにも速過ぎたよ。最も、そこに気付いたもう一人は自動防御のスキルでもあるんじゃないかって勘ぐっていたらしい」

 

「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だったよ。君の威圧に押されてついオーバーアシストを使ってしまった……確かに私は茅場明彦だ。付け加えれば、第100層で君達を待つはずだった最終ボスでもある」

 

告げられた事実に、キリト以外の全員が息を呑んだ。目の前の最強プレイヤーの一角が実は解放の為に討つべき最終ボスであり、自分達を閉じこめた張本人でもあったのだから。

 

「悪趣味だな。最強プレイヤーが最悪のボスだなんて」

 

「中々のシナリオだと思っていたのだがね。キリト君。君は確か、ノゾミ君達と共に【十戒の寺院】に行ったことがあると言っていたね。その場所について疑問に思った事は無いかい?十戒――即ち十の悪を否定した十の戒め。それになぞらえているはずなのに何故――」

 

「8つしか入り口がなかったか、だろ。けどそれは誰かのミスでもなんでもない。最初から8つに設定されていた。違うか?」

 

「その通り。《二刀流》は全SAOプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王たる《神聖剣》を持つ私の前に立つ勇者の役割を担い、君達が準ユニークスキルと呼ぶ試練を突破した者が得たスキルは、試練を経てゆくゆくはユニークスキルを得て勇者の仲間という大役を任せられるはずだったのだが……攻略組にいたのはシズル君だけだった。正直想定外だったよ。これもMMORPGの醍醐味と言うものかもしれないな。私の予想をはるかに上回る、君の力も含めて」

 

感想を述べるようにつらつらと隠す事も無く述べるヒースクリフ。

 

「お前が……オまエGaあaァァァ……」

 

その時、シズルがヒースクリフの背後から立ち上がる。

端正な顔立ちをこれでもかと憎悪で歪ませ、しゅうしゅうと吐息を漏らす。

 

「それが【狂剣士】の最大出力か。流石シズル君、と言いたい所だが――」

 

「アあ亜ああAAAあ阿aaあ阿あァァァッッッッッッ!!!!」

 

「君には用は無い」

 

獣と化したシズルを見ることも無く、ウィドウを操作する。

シズルの頭上からコの字の鉄の杭がシズルを捕らえる。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 

それでもなおも足掻くシズルが杭を力づくで引き抜き起き上がり、再び襲い掛かる。

しかしそれより早く、地面から飛び出した鎖に身体を雁字搦めに拘束され、更にシズルのHPバーに雷マークのアイコンとブーツに下向きの矢印が合わさったアイコン、そして交差する鎖のアイコンが表示される。

 

「麻痺と、移動制限、それに拘束?」

 

キリトが呆ける間も無くヒースクリフが操作を続ける。

瞬く間にキリトとヒースクリフ以外の全員が麻痺でその場に倒れ伏した。

 

「大したものだよ。麻痺と移動デバフの状態異常に加えてオリハルコン製の鎖の拘束で漸く動きを封じられたのだから」

 

「どうするつもりだ?この場で全員殺して隠蔽する気か?」

 

「まさか。そんな気は毛頭ない。残念だが私は一足先に100層の【紅玉宮】にて、君達の訪れを待つことにするよ。ここまで育ててきた【血盟騎士団】そして攻略組プレイヤーの諸君をこの場で放り出すのは不本意だが、君達の力ならきっと辿り着けると信じているよ。そうそう、私に騙されたとからといってクリスティーナ君に怒りの矛先を向けるのは止めてくれよ?彼女は私が友人として招待しただけのことで、立場的には君達側の人間だからな」

 

そこでヒースクリフは「さて」と区切ると、十字剣を納めた十字盾を、黒曜石の床に突き立てた。

 

「キリト君。君には私の正体を看破した報酬を与えなければならない」

 

「報酬、だと?」

 

「チャンスをあげよう。今この場で私と戦うチャンスだ。無論、不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、生き残った全プレイヤーがゲームから解放される。どうかな?」

 

提示されたのは、破格とも呼べる報酬だった。

誰もが解放の為に100層と言う広大なゲームを攻略していき、死の恐怖を押し殺し、時に道半ばで死んでいった者もいた。

75層はクリスティーナの采配もあって攻略組全体の犠牲者はほぼゼロだったが、あと25層もの強大なボスに、減っていくであろう攻略組が、果たして敵うのだろうか。

散っていった仲間の最期の姿がキリトの脳裏をよぎった途端、ある言葉が沸き上がった。

 

 

 

 

 

――ふざけるな。

 

 

 

 

 

 

「……良いだろう、決着を着けよう」

 

「キリト君……!?どうして――」

 

必死に止めようとするアスナが、ハッとした表情を浮かべて言葉を中断した。

 

「――――――。死ぬつもりはない。勝ってこの世界を終わらせるだけだから」

 

そっとアスナを床に寝かせると、エリュシデータとダークリパルサーを抜いてヒースクリフと対峙するように立つ。

そして振り返ると、そこに倒れ伏したエギルとクラインを見て、最後の言葉を遺す様に述べる。

 

「エギル、今まで剣士クラスのサポートや、【ゴスペル・メルクリウス】に商売のイロハを教えてくれたこと、サンキューな。知ってたんだぜ、儲けの殆どを中層連中の育成につぎ込んでたんだろ」

 

「……!」

 

「クライン。あの時、お前を……置いていって悪かった」

 

「てっ……テメー、キリト!謝るんじゃねぇ!今謝るんじゃねぇよ!許さねぇぞ!向こうで飯の一つでも奢ってからじゃねぇと、許さねぇからな!」

 

「ああ。次は向こうで、な」

 

悲痛な悲鳴を上げるクラインにキリトは右手を上げて答える。

 

「シズルさん。向こうに帰ったら、ナオとリノによろしく言っといてくれ。特にリノには、あの時はすまなかったって……」

 

「ふざけないでよ……!そんなことで弟君も梨乃ちゃんも納得するわけないでしょ!!そんな遺言みたいなことを言って死ぬなんて許さない!今すぐこっちへ来て!どうせ殺されるなら、私の手で殺してやる!!」

 

【狂剣士】を解除されたものの、凄まじい怒りを爆発させて叫ぶ。

やがてキリトは寝そべった状態のアスナを見て、ヒースクリフに向き直る。

 

「頼みがある。もし俺が死んだら、しばらくでいいアスナが自殺できないようにしてくれ」

 

「……よかろう」

 

ヒースクリフはウィンドウを操作し、不死属性を解除。

十字盾から十字剣を引き抜き、キリトも二本の剣を構える。

 

(……そうだ。これはデュエルじゃない。単純な殺し合いだ……。そうだ……俺は、この男を……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――殺すッ!!)

 

床を蹴って肉薄し、突きを繰り出す。

十字盾で阻み、突きを放つ。

寸での所で躱し、反撃にヒースクリフの右脇腹目掛け二刀流の連撃を浴びせる。

それも盾で防ぎ、そのまま踏み込み押し付ける様に盾を突き出す。

盾を喰らって軽く後退したものの、鋭い突進で背後に周り首を狙うも、くるりと180度回転するとそのまま盾でこれも防ぐ。

 

ソードスキルは全て茅場がデザインし、その動きのモデルになったのだ。全ての連続技の軌道は《二刀流》を含め全て熟知している。

つまり、キリトは事実上ソードスキルを制限された状態で戦わなければならないと言う事に他ならない。

 

先程とは打って変わってヒースクリフの防御力に真正面から挑むかの如く矢鱈に剣を叩きつけるように振るってくる。

 

「……ぐううぅぅぅッッッ!!!」

 

痺れを切らしたかの如く二刀流スキル最大の剣技《ジ・イクリプス》を放つ。

27連撃もの斬撃を叩き込む大技だ。

その瞬間、茅場の口角が上がったように見えた。

それでもキリトは止まらない。システムによって発動したスキルは止められない。

上下左右から繰り出される斬撃の嵐を、まるで他敷いたこと無いと言わんばかりに的確に十字盾で防ぐ。

最後の一撃でダークリパルサーに亀裂が走り、キリトの身体が硬直する。

 

「――さらばだ」

 

その一言と共に、ヒースクリフは硬直したキリトの身体を斬り裂いた。

HPバーが尽き、キリトのアバターがポリゴン片となって爆散した――。

 

「キリトッ……!」

 

「嘘だろ、おい……!?」

 

爆散したポリゴンにクラインとエギルを筆頭に目を瞠っていた。

静まり返った空間で、ヒースクリフは十字剣を十字盾に納め、100層へ向かわんとウィンドウを開く。

操作し、【紅玉宮】まで転移しようとしたその時、ふと指を止めた。

 

(何故、彼はあの時《ジ・イクリプス》を繰り出した?ソードスキルを熟知していて、己の技量だけで戦わなければならない事は彼も気付いているはずだ。単発のソードスキルであれば、彼の反射神経ならあの攻撃は防げたはず。私の正体を見破っておきながら、あの行動は浅はかだ。私の防御力がいかに強力かは彼も知っているはず。幾ら《二刀流》最大の大技と魔剣クラス2本といえど私のガードを崩すのは不可能……)

 

そして、何かに気付いたヒースクリフは周囲を見渡す。

倒れ伏したプレイヤーは今も麻痺状態が続き、動けそうにない。

 

(この状況を察して予め麻痺の状態異常を回復し、キリト君を囮に襲うのかと思っていたが……違うのか?)

 

そう結論付けたのも束の間、パキンと何かが砕ける音が耳を打った。

 

(今のは――!?)

 

音の出所を探そうとした時、目の前で光が収束していくのを目撃する。

集まった光は人の姿を形作っていく。

誰もその光景に目を奪われる中、光が収まっていく。その中から先程死んだばかりのキリトが、立ち尽くした状態で現れた。

信じられない光景に誰もが呆然とする中、ヒースクリフだけはどこか落胆したような様子で息を吐く。

 

「……その手段のどこに勝機があると思ったのか知らないが、残念だよキリト君。『還魂の聖晶石』は確かにアバターが消滅した10秒間以内に、そのプレイヤーの名を呼べば1度だけ復活することができる。だが、死からの生還と言うのは極度の失神に等しい。誰かに叩き起こしてもらえればという甘い夢でも見ていたのかね?」

 

すらりと十字剣を抜き、意識の無いキリトの首に刃を添える。

 

「オイやべぇぞキリト!早く起きろ!」

 

「キリト、ぼさっとすんじゃねぇ!」

 

「キリト君!」

 

「無駄だ。身体を揺さぶられるならまだしも、呼びかける程度では起きないよ。――さて、復活して早々ですまないが、君にはもう一度、今度こそ死んでもらうよ」

 

必死の呼びかけを一蹴し、ヒースクリフは振り抜く一撃でキリトの首を撥ねる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直前に、黒い剣に阻まれた。

 

「――……っ!?」

 

信じられない光景に追い討ちをかける様に黒い剣が無防備になったヒースクリフの胸を貫いた。

この場において、誰よりも驚いたのはヒースクリフ自身だろう。

意識の無いはずの勇者に改めて止めを刺そうとした時、その勇者(キリト)の黒い剣に阻まれ、自分の胸には白い剣が突き刺さったのだから。

 

「まさか……これほどとは……」

 

一番驚いた当人は、まるで湧き上がる笑いを堪えているのか、それとも動揺を必死に隠そうと取り繕っているのかのような表情を浮かべ、ポリゴン片となって爆散した――。

 

 

 





次回「幕引き」



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「幕引き」


(・大・)<間に合ったあああああああぁぁぁぁぁ!!!

(・大・)<SAOアインクラッド、本当の意味で最終回。


 

 

 

デスゲームの終焉を知らせるアナウンスが終わり、キリトが2本の剣を鞘に納める。

ヒースクリフの手によって動けなくなっていたプレイヤーのHPバーからも各種状態異常のアイコンが消える。

一人、また一人と立ち上がり、数人がキリトの元へと駆け寄る。

そして――、

 

「「「「――――ざっけんなクラァァァァァァッッッ!!!!」」」」

 

「ぶへぇっ!!!?」

 

全員からドロップキックを叩き込まれた。

べシャリと倒れた所にげしげしと足蹴の追撃がしこたま襲い掛かる。

 

「何を考えとんねんワレェ!あんな遺言めいた言葉遺しといて最後の最後で不意討ちで終わりとかジブンそれでも勇者の役割になっとる自覚あるんかボケェ!!」

 

「お前、そんなんだからまだビーターって陰口叩かれるんだよ!!ちょっとは自重しやがれ謀殺するG!腹黒くろすけ!特殊詐欺クズ野郎!」

 

「テメェ俺が渡した結婚祝いがあったから良かったけどまた殺されてたらって考えてなかったのかクラァ!!!」

 

「あんなこと言い出すなんざ誰でも「刺し違えてでも殺します」って言ってるようなもんじゃねぇか!返せ!俺らの不安と心配と涙と嗚咽を耳を揃えて還しやがれ!!」

 

「なんだよ!?結果的にヒースクリフを倒せたから良いじゃねぇか!!結果オーライだろ!?」

 

キバオウ、リンド、クライン、エギルの足蹴から何とか命からがら逃げだしたキリトが反論する。

 

「「「「テメェが死ぬ前提の計画を立てるバカがどこにいるんだって話だッッッ!!!」」」」

 

直後に4人分の蹴りがキリトに炸裂した。

 

「アスナちゃん……知ってたの?」

 

「直前にね。あの時キリト君に渡されて、7秒後に使ってくれって」

 

「なるほど。じゃあ意識を戻す方法って見当ついてたのかな?」

 

「ううん。私も正直そこから先はどうするのか聞いていなかったわ」

 

その傍ら、アスナと会話していたシズルが疑問を口にする。

丁度キリトがエギルに足を掴まれてハンマー投げ宜しく放り投げられた直後の彼に声をかけてきた。

 

「キリト君、あの時どうして団長を倒せたの?」

 

「いてて……。――なんていうか……声が聞こえた、って感じかな?」

 

「声?」

 

「皆さん!!」

 

その時、会話を遮って扉が開け放たれる。

攻略組が一斉にそこへ顔を向けるとウィスタリアとチカを含めた数人のプレイヤー達がこちらに向かってきている。門の近くには鎖で拘束されたプレイヤー達が無造作に転がされている。

 

「どうしたんだ?」

 

「増援を要請しようと思っていたのですが……。どうやらその必要もなくなったようですわね」

 

「って、おい!あれラフコフの連中じゃないのか!?」

 

ウィスタリアがここに来るのとヒースクリフとキリトの決闘に決着が着いたのはほぼ同時だった。

肝心のヒースクリフの正体を知ることは無かったが、それでもゲームが終わったことを察したようだ。

 

「そんな……」

 

「終わる……理想郷が……」

 

拘束されたラフコフのプレイヤーの内数名がSAOがクリアされた旨に絶望をにじませる言葉を呟く。

 

「あれは……」

 

「【白鳥の抱擁】にいた方々かもしれませんね。恐らく、演説で深い感銘を受けて――いえ、洗脳されたといっても過言ではないでしょう」

 

推測するウィスタリア。

その時、ラフコフのプレイヤーの身体が光に包まれていく。一層強くなったと思ったら一瞬で彼らの姿が消えてしまった。

 

「強制ログアウトか……」

 

「あの人達、どうなるのでしょうか?」

 

「さあな。俺らが知る由も無いよ」

 

やがてキリト達にも同じように淡い光が包み込まれていく。

大半は困惑していたが、

 

「落ち着いてください!強制ログアウトが始まっただけです!」

 

アスナのその一声に落ち着きを取り戻した攻略組のプレイヤー達。

 

「そうですわ。事がひと段落したらパーティを開きませんこと?」

 

「パーティ?オフ会の事ですか?」

 

「あら、そう言いますの?」

 

「でも、ここで戦った人たちと現実でオフ会なんていいアイデアね。私は賛成」

 

突如オフ会を開こうと提案したウィスタリアにアスナも賛成する。

 

「では、SAO事件の事が済み次第日を改めて連絡いたしますわ」

 

「おいおい、どこの誰かも知らない奴にどうやって連絡するんだよ?」

 

オフ会の計画を進めるウィスタリアにキリトが待ったをかける。

 

「あら?私の――藤堂家の情報網を舐めてもらっては困りますわよ?」

 

ウィスタリアのリアルに関する断片を耳にしたことでキリトもアスナとチカが思わず「うわぁ……」と声が漏れた。

その間にも次々とプレイヤーが光に包まれ消えていく。そしてとうとう、キリト、アスナ、ウィスタリア、チカの身体が光に包まれ始めた。

 

「――とうとう終わるのか。長かった戦いが」

 

「そうだね……辛いことも楽しい事もあって、色んな意味で感慨深いよ」

 

「別に今生の別れでは無いのでは?」

 

「すぐに会えますわよ。それでは3人とも――ごきげんよう」

 

「ああ。オフ会の事、忘れんなよ?」

 

4人だけの約束を最後に、4人はその姿を消した。

 

 

 

 

 

デスゲームの終焉を知らせるアナウンスは、75層ボス部屋前で防衛戦線を張っていた【ゴスペル・メルクリウス】連合とPoH率いる【笑う棺桶】メンバーにも当然届いていた。

 

「ゲームが……クリア……?」

 

「本当に……?」

 

そのアナウンスに誰もが信じられない様子で見上げ、短い沈黙の後……。

 

 

『『『『『――――いやっっったあああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!』』』』』

 

 

火山の噴火の如く、歓声が沸き上がった。

長かったデスゲームに終止符が打たれたことに感涙の涙を流す者。

溢れんばかりの歓喜で飛び跳ねる者。

地面に蹲り、嗚咽交じりに消えていった者へゲームクリアを知らせる者。

 

「――ククク……HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」

 

だが一人、腹を抱えて大爆笑する者がいた。

その人物はPoH。彼は傑作を評価するかのように大袈裟に手を叩く。

 

「……何がおかしいの?」

 

水を差されたようにノゾミが彼を睨む。

攻略組を襲撃する計画を潰され、デスゲームも終わったこの結果は彼にとって【笑う棺桶】にとって面白くない結果のはず。

底知れない不気味さに思わず背筋が凍る感覚に襲われる。

 

「なに、テメェらみたいなカス共が俺らを止めるなんて思ってもみなかったんだよ。正直こんな大番狂わせ予想外だったって言ってるんだよ」

 

率直な評価をするPoH。

相手の大半は格下数十人。まともな戦力は半分程度。攻略組とのレベル差は20以上も離れているとはいえ、この防衛戦線は彼の目から見ても勝利は確実と判断したのだろう。

 

「今回は勝ちを譲るぜ【ゴスペル・メルクリウス】。今回はフレッグの計画に乗っただけだからな」

 

淡い光がPoHや【笑う棺桶】のメンバーを包み込んでいく。

 

「じゃあな。俺が主催するShowはこんなもんじゃねぇ。もっとエキサイティングで、もっと残酷なShowを楽しみにしてるんだな」

 

ぎらりと獲物を見定めたかの如き鋭い視線を交差させて、PoHは、アインクラッドを震撼させた殺人ギルド【笑う棺桶】は一人残らずその存在を消し去った。

 

「終わったんだ……本当に……」

 

最大級の脅威が一気に気が抜けてへたり込む。

呼吸を整えていると、プレイヤーの身体が淡い光に包まれていく。ログアウトの準備が整ったのだろう。

 

(キリト君……大丈夫かな……?)

 

ノゾミもまた例外ではない。キリトの身を案じながら、彼女もまた光に包まれていくのであった。

 

 

 

 

ノゾミが目を覚ました時、夕日の照らす雲海の上だった。

 

(私、どうしてたんだっけ……?)

 

ぼんやりする頭を必死に巡らせて記憶を振り返る。

ラフコフの襲撃を必死に抑えている最中の突然のゲームクリア、怒りの形相で自分に刃を向けたPoH。それを受けた自分――。

時間が経つに連れて鮮明になっていく記憶と同時に、ふと不安がよぎる。

自分はあの防衛線の時、もしかしたら死んでしまったんじゃないのか?あの攻撃を受けて死んでしまったのではないのか?

 

「……ノゾミ?」

 

思考を現実へと返したのは、唖然とした表情のキリトからの声だった。

 

「キリト君……?まさか――」

 

「いや。ちゃんと生きてるよ。そっちこそ死んだんじゃないのか?」

 

「わ、私だってちゃんと生きてるよ。でもどうして?まだ100層に到達していないのにクリアだなんて……」

 

「ちょっと落ち着けって。今話すから」

 

困惑するノゾミにキリトがボス部屋で起きた一部始終を伝える。

 

 

――ヒースクリフの正体を看破したこと。

 

――彼の提案により全プレイヤーのログアウトを掛けた決闘を行ったこと。

 

――そして……彼を斃し、ゲームをクリアしたこと。

 

 

「そんなことが起きてたんだ……」

 

「けど、何で俺達が……なんだ?」

 

キリトがノゾミのいる方へ寄って行く途中、雲の切れ目から何かを見つけた。

目を凝らしてよく見ると、浮遊城アインクラッドが、最下層から次々と崩壊を起こして真下の渦のような深淵に飲み込まれるように消えていく。

何度もライブを行った始まりの街は勿論、キリトとアスナの思い出深い22層のログハウスも、何もかもが崩壊して消えていく。

 

「中々に絶景だな」

 

無言で眺めていた2人は、その声で我に返る。

声のした方、丁度自分達のいる場所から見て右側に、白衣の男が立っていた。

ノゾミは見たことの無い相手だったが、キリトの表情と直感でこの男が茅場明彦だと察する。

 

「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置でデータ完全消去作業を行っている。10分もすれば、この世界の何もかもが消滅する」

 

「……あそこにいた人達は?【始まりの街】にいた人や、75層の人達はどうなったんですか?」

 

「安心したまえ。生存プレイヤー6千154人のログアウトはほぼ完了している。75層の彼らは――どうやら、大多数は生き残っているようだな」

 

茅場からの報告にノゾミは安堵と後悔を入り交えた表情を浮かべる。

 

「あとの4千人は……死んでいった奴らはどうなった?」

 

「命はそんなに軽々しく扱うべきものではないよ。彼らの意識が帰ることは無い。死者が消え去るのは変えようのない事実だ」

 

冷徹な返答の後、沈黙が走る。

 

「……なんで、なんでこんなことをしたんだ?」

 

沈黙を破ったキリトの質問は、この事件を知った全ての人間が、一度は思っただろう問いかけだった。

その質問に茅場は数秒沈黙して、天を仰ぎながら、独白するように答える。

 

「何故、か……。私も長い間忘れていた。何故だろうな……?フルダイブ環境システムの開発を始めた時――いや、そのはるか以前から私はあの白を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創り出す事だけを欲して生きてきた。そして私は……私の世界の法則を超える者を見ることができた」

 

一瞬だけ、茅場は視線をノゾミに向ける。

 

「私はね、キリト君。まだ信じているのだよ。どこか別の世界では、本当の意味であの城が存在するのだと――」

 

「……ああ、そうだといいな」

 

「うん……」

 

アインクラッドは半分以上も崩壊し、雲海へと消えていた。

到達することが叶わなかった76層から上の階層も崩落に巻き込まれて行けていく。

一瞬、茅場がウィンドウを目にすると僅かに目を瞠ったが、ノゾミはそれを見逃していた。

 

「……言い忘れていた。ゲームクリアおめでとう。キリト君。最高のライブをありがとう。ノゾミ君」

 

告げられた言葉につられて、ノゾミは茅場を見た。

 

「さて。私はそろそろ行くよ」

 

背を向けて歩いていく茅場。

その時ふわりと一陣の風が吹き、次の瞬間には茅場の姿は、まるで煙となって風に乗ってしまったかのように消えてしまった。

 

アインクラッドも、最後まで残っていた先端もついに崩壊し、雲海の底へと消えていく。

 

「……私、ライブを観に来てくれる人たちが笑顔になるのを見て、嬉しかったんだ」

 

崩壊を見届けた後、雲海を眺めていたノゾミが呟いた。

 

「でも、ラフコフの人達の殺し合いを見てるだけしかできないことが、凄く悲しくて、悔しくて……気が付いたらどうにかしようって走ってた。けど、あの人たちを……救うことができなかった……キリト君が彼を斃してなかったら、今頃本当に……」

 

「……そうか」

 

「キリト君。私、間違っていたのかな……?」

 

「そんなことは無い」

 

キリトの口から言い放たれた言葉に、思わず目を丸くして彼の横顔を見るノゾミ。

 

「人間なんて完全な存在じゃない。誰しもどこかで間違ったり、過ちを犯したりすることもある……」

 

茜色の空を眺めるキリトの横顔に、ノゾミはついさっき姿を消した茅場を無意識に重ねてしまう。

 

「俺も、助けられたはずの仲間を助けられなかったり、殺さずにできたはずの敵をこの手で斬ってしまった……それに、お前らは俺達攻略組が見捨てた最下層の人達を、殺し合うプレイヤーを最後まで見捨てずに彼らと向き合っていたんだろ。それでも十分凄い事だと思うよ。あの時のライブなんて、大盛り上がりだったもんな」

 

「キリト君……」

 

「だからこそ、お前のその判断は間違ってはいないと思う。――まあ、あの場に居なかった俺が言うのもアレだけどさ」

 

「……そっか」

 

キリトの言葉に、ノゾミは僅かに穏やかな表情を浮かべる。

その時だった。ノゾミの身体が淡く発光し始め、肉体が透けていく。

 

「……時間みたい。本当にありがとう、キリト君」

 

「ああ。またな」

 

「またなって、もっと他に言う事無いの?」

 

あっさりと別れを告げるキリトに思わず頬を膨れて不満げに返すノゾミ。

 

「この期に及んでどうしろっていうんだよ……」

 

「名前だよ名前!アバターの名前じゃなくて、本当の名前。もしかしたら必要になるんじゃないかってね」

 

「もしかしたら、か……」

 

ノゾミの提案に納得したキリトは立ち上がり、ノゾミと向き直る。

 

「俺は……桐ヶ谷。桐ヶ谷和人。多分、先月で16歳」

 

「桐ヶ谷和人……桐ヶ谷和人、か……」

 

何度もキリト――和人の名をかみしめて思い出に刻むように繰り返し呟く。

ノゾミも「私はね」と言うと、数歩キリトから離れ、その場でバッと右手を挙げた。

 

「思い馳せるはアイドルの頂き!今はまだまだ石くれだけど、必ず届くと手を伸ばし、輝きを目指して邁進中!今年で御年15になりました!【ゴスペル・メルクリウス】所属の新人アイドル、ノゾミこと櫻井望ですッ!!」

 

ピシッとアイドルらしいポーズを決めて自己紹介したその姿は、あの浮遊城で、捕らわれたプレイヤーに希望を与えていたアイドルの姿だった。

満面の笑顔を浮かべた直後、発した光がノゾミの輪郭さえも分からなくなるほどに強くなる。

光が収まるとそこにノゾミの姿は無くなっていた。

ノゾミのログアウトを見届けたキリトは静かに一息つくと、黄昏の空へ向けて呟いた。

 

「またな、ノゾミ……」

 

これでSAOに残るはキリトのみとなった。

彼はノゾミを包んだ光が消えるまで見届けると、振り返って誰にでも無く声をかけた。

 

「――消えといて覗き見は無いんじゃないのか?茅場」

 

「すまない。空気を読んで声を掛けないつもりだったが逆効果だったようだ」

 

答えたのは今しがた消えたはずの茅場明彦だった。

呆れたような物言いでキリトがやれやれと首を振る彼に続きを促す。

 

「それで?わざわざ俺を最後まで残して、あのやり取りを覗き見して何か理由でもあるのか?」

 

「そうだったね。では改めて本題に入ろう。内容はとても簡単だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が捕らえたプレイヤーを、君に救ってもらいたい」

 

 

 

 

こうして、前代未聞のVR拉致事件。後に『SAO事件』と呼ばれるデスゲームは終息した。

実際の所、警察庁が立案したSAO被害者のナーヴギア強制解除計画が進められていたが、幸いにもその前に生き残った全員が突如意識を取り戻したということで計画は実行されなかったことをキリト達――後にSAO生還者(サバイバー)は知る由も無い。

そして同時に、この事件の終息は表面上だけのものだということなど、誰も知ることは無かった。

ほんのわずかな、一部の関係者を除いて。

 

 

 

NEXT:ALO beginning

 




(・大・)<と言う訳でSAO編無事完結。

(・大・)<とはいえ、正直今になって見返してみるとなんかストーリーがおざなりっていうか雑かなと感じる部分があるし……なんかイマイチって感じがしてならない。頭に描いてたシーンを書いて後は適当に埋め合わせたって所かな?

(・大・)<ALO、GGOでも書きたいシーンがあるし、とりあえずそれらはおざなりにならないようにしっかりと書いて行こうと思う。

(・大・)<防振りデンドロは来年になりそう……プリコネワンピの小説も思いついちゃったし、来年大丈夫かな……。


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SAO編キャラ紹介。


キャラ紹介。主なプレイヤーで、原作と変更点があるキャラを主体に。
SAO、プリコネ、そしてオリキャラをまとめて紹介します。


(;・大・)<気が付いたら初投稿が2月って……


※ルクス、グウェンは詳しい年齢表記が無かったので、想像で設定を加えました。


 

 

プリコネ編。

 

キャラ紹介。主なプレイヤーで、原作と変更点があるキャラを主体に。

 

 

PN:ノゾミ〈NOZOMI〉

 

RN:桜井望

 

 

Age:13(デスゲーム開始時)→15(デスゲームクリア後)

 

Wepon:曲刀

 

第1部主人公。こっちではまだ新人アイドル。

元の性格とかは原作プリコネで見てね(オイ)。

ノーチラス、ユナとは若干年の離れた幼馴染であり、ユナとはよくライブモドキの映像を撮り合っていた仲。

ダンスが得意で曲刀を選んだのも剣舞系が多く、自分に合っていると思ったから。そんな理由で気付かずに超EXスキル《連刃剣舞》を得た。

ライブも開いていて、下層では有名なアイドル。

 

 

PN:チカ〈CHICA〉

 

RN:三角千歌

 

 

Age:13(デスゲーム開始時)→15(デスゲームクリア後)

 

Wepon:片手槍&盾

 

最早ヒロインみたいな扱い。

元の性格とかは原作プリコネで(ry)。

《歌唱》のスキルには興味があったのだが、当初は自身の性格ゆえにバフ範囲からギリギリ外れるような距離でなければ披露できない。

討伐戦の際に参加ギルドの討滅の時に身を挺して助けた【歪な蝙蝠】の面々からは慕われている。

ライブ・イン・アインクラッドでは楽曲を担当したが、突然のハプニングを打破すべく先陣を切った。

 

 

 

PN:ツムギ〈TSUMUGI〉

 

RN:繭宮つむぎ

 

 

Age:10(デスゲーム開始時)→12(デスゲームクリア後)

 

Wepon:鞭

 

原作でも有名な年齢詐称ボディのテーラー。

元の性格とかは原作プリ(ry)。

SAOは《裁縫》のスキルに興味を持って始めたとのこと。アシュレイの元で修業し、2年目では自分の店を持つことに。それでも1層との交流は続けている。

因みにレイとの関係は旧作のレイとツムギのクロスストーリーの終盤辺り(出会った翌日)であり、まだレイの追っかけみたいなことをしていない。

また、シリカをぶっちぎってのレーティング破りトップ2の一人。

 

 

 

 

PN:ユイ〈YUI〉

 

RN:草野優衣

 

 

Age:13(デスゲーム開始時)→15(デスゲームクリア後)

 

Wepon:片手鎌

 

原作の前作ではメインヒロイン、原作では諸悪の根源とか呼ばれてる子。アストルムプレイヤー。

元の性格とかは原作(ry)。

キリト他と同じくベータテスターであるものの、攻略組から早々に脱落してポーションの生産職人に。本当はマコトとナオを誘うつもりだったが、1人分しか買えなかった。

ベータではキリトとの交流は希薄で名前を憶えてる程度だったが、千人目と某銃の世界の魔王の事はよく聞き手になっていた。

 

 

 

 

PN:マコト〈MAKOTO〉

 

RN:安芸真琴

 

 

Age:13(デスゲーム開始時)→15(デスゲームクリア後)

 

Wepon:両手剣

 

原作でのごめユイ三獣士の筆頭。この作品ではそんなものはありません。

元の性格とか(ry)。

実家が実家なために元からゲームをやる機会は少なかったものの、SAOの懸賞企画で当て、そのままダイブ。

アスナとはよく交流し、彼女とは味覚再生エンジンの研究を続けていた。そのおかげでSAOの中でブレイクスルーみたいなことをやってのけた。

 

 

 

PN:ウィスタリア〈WISTARIA〉

 

RN:藤堂秋乃

 

 

Age:14(デスゲーム開始時)→16(デスゲームクリア後)

 

Wepon:両手剣

 

【ゴスペル・メルクリウス】のリーダー。

現実では世界規模の財閥企業の令嬢。アスナとはパーティで知り合った。が、結局彼女が結城明日奈と同一人物であることに気付かなかった。

基本は治政に力を注ぎ、最悪の治安状態だった始まりの街を、その手腕で隠れ観光場所としてまで引き上げることに成功した。それ故に下層のプレイヤーからは支持を得ている。

時々とんでもない事を言ってのける癖があるが、それでも重大なことに関しては自然と納得がいく不思議がある。

 

 

 

 

PN:マヒル〈MAHIRU〉

 

RN:能戸まひる

 

 

Age:16→18

 

Wepon;両手槍

 

農業及び酪農ギルド【牧場】ギルドマスター。

小柄だがこれでも高校生。現実は牧場の娘。

地元の有名漫才師に影響してお笑い芸人を目指していたが、抽選で手に入れたSAOに閉じ込められてしまう。

ウィスタリアの提案に乗って実家の手伝いの経験を駆使して下層域プレイヤーを中心に酪農のアドバイスをしている。

現実には同い年で幼馴染の2人がいたが、大人しいほうに対しての視線が痛い事にうすうす気づいていた。

 

 

 

 

PN:カオリ〈KAORI〉

 

RN:喜屋武香織

 

 

Age:13→15

 

Wepon;両手戦爪

 

攻略ギルド【ブレイブ・フォース】のメンバー。

沖縄出身の生粋のうちなーで生粋のマイペース。

SAOに閉じ込められてもいつものテンションだったが、家族に会いたいがために攻略組に志願。

25層の悲劇の生き残りの一人で、その後も【ゴスペル・メルクリウス】に協力しながら攻略を続けていた。

 

 

 

PN:シズル〈SIZURU〉

 

RN:星野静流

 

 

Age:14(デスゲーム開始時)→16(デスゲームクリア後)

 

Wepon:片手剣+盾

 

【血盟騎士団】のタンク隊。後に隊長に昇格。

「弟君のお姉ちゃん」を自称する変人であり、その範囲は年上にすら適応されるが、弟、妹に危害を加えた相手には一切容赦しない狂人と化す。

従妹の両親が事故で死亡した際、妹として迎え入れ、彼女共々近所の男の子と共に弟妹のように慕っていた。

デスゲーム開始時は弟と妹に会えない事に絶望し、自殺も考えたがノゾミの唄によって攻略を決意。【血盟騎士団】に入隊後、超EXスキル《狂剣士》を手に入れた。

キリト同様重さと頑丈さを重視した剣を愛用する。

 

 

 

PN:プレシア〈PRECIA〉

 

RN:プレシア・ワイズマン

 

 

Age:6(デスゲーム開始時)→8(デスゲームクリア後)

 

Wepon:片手槍

 

SAOにおいてぶっちぎりの年齢レート違反した天才少女。

多忙な父親が買ってきてくれたSAOにダイブしたが、そのまま閉じ込められてしまう。

教会で保護されていたが、空腹に耐えかねて奔出。動物系モンスターを狩っていく内に罠に嵌り、殺されそうになったところを【笑う棺桶】に救出されるも、【歪な蝙蝠】への入隊か死かの二者択一の選択を迫られ前者を選択。

その後は【邪な蝙蝠】でルクスやグウェンを中心に交流を築いていたが、討伐戦の折に【笑う棺桶】のメンバーに殺害されかけるが、ノゾミ達の手によって阻止。罪を償う形で牢獄エリアへと送られた。

 

 

 

PN:クリスティーナ〈CHRISTINA〉

 

RN:クリスティーナ・モーガン

 

 

Age:23(デスゲーム開始時)→25(デスゲームクリア後)

 

Wepon:両手剣

 

【血盟騎士団】副団長を務める女性プレイヤー。アスナはこのストーリーでは副団長補佐を務めている。

普段は享楽的で血沸き肉躍る戦いを求める戦闘狂。ヒースクリフ、キリトの事は機械があれば狙っていた。

高圧的、挑発的な態度が目立つが、割と一般常識も持っている。

茅場の評判は聞いていたが、彼からSAOの本当の内容について聞かされて興味を示し、彼に協力する代わりにSAOの参加を要求。SAO事件の被害者の中で唯一、SAOがデスゲームという事実を知っていた。

 

 

 

PN:ラジラジ〈RAJIRAJI〉

 

RN:ラジクマール・ラジニカーント

 

 

Age:???

 

Wepon:素手

 

【ブレイブ・フォース】ギルドマスター。作中唯一素手のみを武器とし【体術】とそれを生かすスキルしか得ていない。

常に物静かな態度を崩さない褐色の男性。だが根は相当好戦的で、PvPも厭わない。

その正体は七冠の一人【跳躍王】。嚮導老君の指示により部下と共にプレイヤー開放の為にSAOにダイブした。

リーヴが流したデマ情報にサブマスターが踊らされ、大半のメンバーと共にサブマスターも死去。態勢を立て直す形で一時離脱。その後は【ゴスペル・メルクリウス】の商人メンバーの護衛を務めつつ調査に当たっていた。

何気に地下ダンジョンのカーディナルコンソールの部屋を守っていたボスエネミーを単独討伐した凄い人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SAOキャラ紹介。

 

 

 

PN:???

 

RN:???

 

 

Age:???

 

Wepon:???

 

相互互助ギルド【MMOトゥデイ】の補佐官を務める男。リーダーのシンカーとは学友らしい狐を彷彿とする整った顔立ちの青年。

普段は放任主義のシンカーの仕事を行っていたが、ラフコフ討伐戦の前の事件には裏方に周り、情報を集めて駆け付けた。

一体誰ーヴェルなんだ(すっとぼけ)。

 

 

 

PN:キリト〈KIRITO〉

 

RN:桐ヶ谷和人

 

 

Age:14→16

 

Wepon:片手直剣

 

SAO原作の主人公。基本的な性格に変更点は無い。

小6時代からある少年少女たちと交流があり、子供たちの扱いが上達している。曰く小学校の先生みたいな感じがするとか。小学校時代の影響か、ストーカー、褐色、ギャル、ショタコンに対しての敵意が半端じゃない。

原作にも起きた【月夜の黒猫団】潰滅の折、ある人物の煽動されたケイタに殺されかけ、間一髪助かったものの報道によってその濡れ衣を着せられた。

 

 

 

PN:ユナ〈YUNA〉

 

RN:重村悠那

 

 

Age:15→17

 

Wepon:短剣&弦楽器。

 

【血盟騎士団】所属の歌姫。アインクラッド四大歌姫の一人と称されている(残る3人はノゾミ、レイン、チカ)。

ノゾミ、ノーチラスとは幼馴染、チカとは学校の先輩後輩同士の仲。

ノーチラス脱退後もライブを続け、フィールド、あるいはダンジョンへと向かうプレイヤー達の心の支えとなっていた。

 

 

PN:ノーチラス〈NAUTILUS〉

 

RN:後沢英二

 

 

Age:16→18

 

Wepon:片手直剣&盾。

 

【血盟騎士団】所属。40層の救出作戦後は自ら【血盟騎士団】を抜けて【ブレイブ・フォース】へと移籍した。

NFC(フルダイブ不適合症状)により危険な状況でアバターが硬直する症状が他の団員の足を引っ張る要因として度々悩まされていた。

救出作戦後、そのツケを払う形でクラディールの護衛活動の指摘をと共に脱退。鍛え直す名目で【ブレイブ・フォース】に入隊した。

 

 

PN:ストレア〈STREA〉

 

RN:MHCP02

 

 

Age:2(デスゲーム開始時)→4(デスゲームクリア後)

 

Wepon:両手剣

 

【ブレイブ・フォース】に所属した女性剣士。人知れず食料入りのトリンケットを送っていた正体であり、バレた際に入隊した。あまりプレイヤーと接するのを避けているが、割とフランク。

その正体はMHCP02であり、|ユイ〈Yui〉とは人間で言う姉に当たる存在。

製作者の嚮導老君の指示でMHCP01、|ユイ〈Yui〉の回収およびプレイヤーのログアウト方法の模索の為に既存のナーヴギアから直接ダイブしたものの、カーディナルのシステム命令との矛盾でエラーを発生させてしまい、再起動までに1年近くかかってしまった。

ウィスタリア救出作戦でキリト達の窮地を救った時に自分と姉の正体を明かし、カーディナルに接続したコアプログラムを自分の物に代えて|ユイ〈Yui〉の身代わりになろうとした所をキリトの機転でコアプログラムを彼のナーヴギアに保存することに成功。|ユイ〈Yui〉のコアプログラムはストレアの使ったナーヴギアに保存された。

 

 

 

PN:グウェン〈GWEN〉

 

RN:鶴崎芽衣美

 

 

Age:13(デスゲーム開始時)→15(デスゲームクリア後)

 

Wepon:短剣

 

【笑う棺桶】の下部組織『蝙蝠』のギルド【邪な蝙蝠】のギルドマスター。

主な活動は諜報と一般プレイヤーからのアイテム強奪等の物資補給であり、当人も現実で抑圧された生活の反動の影響で自分本位で生きることを至上としていた。

ルクス、プレシアとは監視役と末端と言う形で交流を育んでいた。

討伐戦でサムソンにギルドメンバー諸共殺されかけるも、ノゾミ達に救われ、その後自首をした。

 

 

 

 

オリキャラ紹介。

 

PN:テンカイ〈TENKAI〉

 

RN:天海修平

 

Age:16→18

 

Wepon:両手斧

 

【牧場】サブマスター。

地方の農協会社の息子だが農業にさして興味がなく、都会の刺激に憧れて上京。SAOにダイブした際デスゲームに巻き込まれた。

農業に関しては家族から教わっていたのでギルドメンバーに教える事は出来るほど。

生きるためにいやいや農業を始めたが、その腕を【ゴスペル・メルクリウス】に買われて以降は食材生産ギルドのサブマスターに就く事となった。

SAOでの生活の中で自分の作った野菜を美味しく調理してくれるマコトに惹かれ、最終的に両思いになった。

 

 

 

 

PN:スカーネイル〈SCERNAIL〉

 

RN:???

 

 

Age:28

 

Wepon:両手爪

 

【笑う棺桶】所属のPKプレイヤー。準ユニークスキル【獣王無尽】所持者。

現実は稀代の音楽家だったが、スランプに陥っていた所にSAOへダイブ。その後【笑う棺桶】に入り、獲物となったプレイヤーの悲鳴を聞いてシナプスを刺激され、以来プレイヤーの悲鳴を求めて凶刃を振るうようになった。

最終的にはシリカ、ノゾミ、レインとの連携で捕えられるも、何者かの手によって粛清される形で命を落とす。その際にノゾミに「高慢になるな」という旨を遺す。

 

 

 

PN:サムソン〈SAMSON〉

 

RN:???

 

 

Age:44

 

Wepon:両手戦棍(両手連接棍)

 

【笑う棺桶】所属のPKプレイヤー。準ユニークスキル【鉄球術】所持者。

PK=救済と称してプレイヤーを殺し続けていた。

討伐戦の時に傘下ギルド【歪な蝙蝠】の殲滅に現れるも、ノゾミ達の介入により失敗。部下共々捕縛される。

 

 

 

 

 

非介入者

 

坂井直人

 

愛称はナオ。VR以前の据え置き機MMORPG【レジェンドオブアストルム】でキリトと交流していた。アストルムではユイ、ヒヨリ、レイと共にパーティを組んでいた。

指揮及び味方の強化に特化したプリンセスナイトというジョブに就き、パーティメンバーの強化と共に指揮能力の高さでサポートしていた。

 

 

 

士条玲

 

VR以前の据え置き機MMORPG【レジェンドオブアストルム】でキリトと交流していた。アストルムではナオ、ヒヨリ、ユイと共にパーティを組んでいた。

所謂上流階級の出身だが、父親の飾りのような扱いに嫌気が刺している。

SAOに捕らわれていたユイの事を心配していたが、ふとした拍子にひよりの怒りを買ってしまい、彼女と疎遠状態になってしまう。

 

 

 

春咲ひより

 

VR以前の据え置き機MMORPG【レジェンドオブアストルム】でキリトと交流していた。アストルムではナオ、レイ、ユイと共にパーティを組んでいた。

明るく快活で、人助けが好きな少女。幼少の頃泣いていた自分を助けてくれたある人物から貰ったキーホルダーを大切にしている。

SAOに捕らわれていたユイの事を心配していたが、レイの一言に逆上。一方的に絶交して以来ナオたちでも音信不通となっている。

 

 

 

先代『変貌』

 

アーガスに在籍する先代『七冠』。ネネカじゃないほうの『変貌』。SAOの開発に関わっていた。

金儲けにしか興味がないらしい旨をラジラジが語っていた。

史上初のVRMMOであるSAOで稼ごうと茅場を利用する為にSAO開発に協力していたが茅場はその実力にしか興味がなく、SAO事件発生後しばらくして消された。

 



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