死神の黙示録 (瑠威)
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始まりの時
1話


 
  彼は目覚める──
  ──彼女は居ない
 


  

  それは酷く残酷なもので。

  目の前で両親が死んでいるというのに、涙は流れてこなかった。

 

  決して私が殺した訳ではなく、恐らく両親は誰かに殺されたのだろう。私の両親は優しい人だったけれど、人一倍恨みを買う地位にいた人達だっただから、仕方ないと思った。

 

  多分だけれど、両親を殺した人物はそれなりに両親に恨みがあったのかもしれない。両親は全然真っ赤で、まるで真っ赤なスーツとドレスを着ているようだった。そんな両親の赤を隠したくて、私は大量の彼岸花を両親に捧げた。

 

 

「…あーあ、手なんか繋いで死んじゃってさ」

 

 

  最愛の娘を残して死んでいった筈なのに、両親の顔は笑っているように見えた。あの世でいい夢でも見ているのだろうか。

 

  ずるいなあと思う。父は忙しい人だったから、私ももう13歳になるのに、旅行には1度も行けたことがないし、世間話をする余裕さえあまりになかったように思える。それでも、一生懸命、父は不器用なりに私を愛してくれていた。

 

  たとえば、学校の授業参観。父は来てくれると約束してくれたけど、結局間に合わず、授業が終わったチャイムと同時に教室に入ってきたこともあった。約束したのに守れなくてごめんと私に謝り続ける父の背は、とても哀愁が漂っていて滅多に見れない姿だった。…それっきり、父は授業参観に来ることは1度もなかった。

 

  たとえば、私の誕生日。父は家族3人だけで盛大に祝おうと言ってくれた。スケジュールを開けるために、父は今まで以上に必死に働いてくれて、何とかスケジュールを開けることに成功した。

  しかし、私の誕生日当日、父は爆睡。どれだけ母と一緒になって起こそうが、父は起きてくれなくて、結局3人で盛大に祝うことは出来なかった。まあ、数時間後には仕事で呼び出されていたし、必死に顔を真っ青にして謝ってくれたから根に持ってはいない。ただ、父としての信頼を失っただけである。

 

  仕事で追い詰められ、休みのなかった父。死ぬ間際に母といれたことは幸福だろう。ベッドの上で、優しく手を握っている2人は本当に、本当に幸せそうだ。

 

  人によって死は救いだと、感じた。

  だって死んでしまえば、自分を追い詰めるものはないのだから。

 

  私も両親と同じ場所に行きたいけれど、それは現実的に無理で。

 

 

 

  窓から空が見えた。

  鉛色から綺麗な青へと変わっていく。

  暫くはこんな清々しい青を見たくないと思った。

 

  数秒の時が過ぎ、私は光に包まれ

──闇夜へと姿を晦ました。

 

 

 

 

  *

 

  ボロボロの小屋の中にポツンと一人、私はいた。以前の暮らしを考えれば、有り得ないし想像も出来なかったけれど、仕方がない。

 

  だって、どれだけ喚こうが泣こうが叫ぼうが、父はいつもの優しい笑みを浮かべて救いの手を差し伸べてくれる訳では無いし、美味しいご飯を作って待っててくれる母だってどうやっても戻って来ないのだから。

 

  ギシギシと古びた窓を開ければ、辺り一面彼岸花が咲き誇っていた。まるで、両親の死に様を忘れるなとでも言うかのようで、とてもとても不愉快だ。

 

  齢13歳にして天涯孤独の身。孤児院に行くのは、色んな理由から(はばか)られ、結局一人だった。

 

  生きるためには金がいる。食べ物がいる。でも、独り身の私に金があるはずも無く、治安の悪い街でひったくりをして何とか生計を立てていた。

 

  小柄で女の私は当然大人の男に勝てるわけが無い。それでも、生きていくためには必要だった。

  だから、殺した。

 

  1度殺してしまえば、後は簡単なもので、意外と人を殺すことに抵抗が無かった自分に呆れながらも、そうして生計を立てていた。

 

  抵抗されたら殺し、抵抗されたら殺し。

  こんな両手が血まみれの自分を両親が見たらきっと涙するに違いない。それでも、悲しむとわかっていても、殺した。

 

  金のためなら、時にはひ弱な子供も演じた。情のある人間には効果覿面で、些細ながらも収入を得ることができた。

 

  武器は石だけなのに、よくここまで生きてこられたと思う。相手は勿論、体格差がある男たちばかり。運が良かったとしか言いようがない。

 

  私はまだ、死ねない。

  ここまで頑張ってきた意味が、まだ報われてないから。

 

 

  彼に会うまで、どうか──

  ──私を殺さないで神様

 

 




明るい夢主がかきたかった…。
(私はまだ諦めない)


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出逢い
第2話


  
  彼は嗤う──
  ──彼女は口元に手をあてた
 


 

  私の目の前には幻がいた。

  見慣れていて、不気味で、それでも安心してしまうのだから、私はどこか壊れているのかもしれない。

 

  幻はクツクツと愉しそうに嗤った。まるで、道化師(ピエロ)のような意味深の笑みを浮かべて。

 

  私は、幻のことをそんなに深く知っているわけではないけれど、それでも私の知っている幻は、面倒事に巻き込まれるのを酷く嫌うのに、この時だけは、どうやらそれが嬉しいと感じているようだった。

 

  幻は私に武器を渡してきた。たとえ武器を持っていたとしても、幻に私が怯える理由もありはしないので、有難く武器を受け取る。

 

 

「貴女に死ぬな、なんて愚問でしょうか」

「ええ。愚問でしかないわ」

 

 

  また、幻はクツクツと嗤った。腹を抱えるまでとはいかないが、やはり幻は愉しそうに嗤う。どうやら今日はよほど機嫌がいいらしい。私も壊れているとは思うけれど、幻はもっと壊れているようだった。

 

 

「使い方、教えた方がよろしいですか?」

「結構。自分で模索するわ」

 

 

  幻は私の手元に視線を落とした。どうやら、武器の使い方まで教えてくれようとしていたらしい。……こんなに優しいなんてらしくないし、珍しい。

 

  幻は1から10、全てを教えるなんてことは滅多にない。秘密主義というのもあるだろうが、困っている相手を見て愉しんでいる素振りがよく見受けられる。簡単に言うと、性格がかなり歪んでいる、といえばいいのか。

 

 

「…貴女は本当に愉快だ。先が楽しみで楽しみで仕方がない」

「……」

「どうせ分かっているのでしょう? 彼らは──」

「──お黙り」

 

 

  黒く冷たい武器から、幻に視線をやれば、幻はピタリと口を閉じた。

 

  私に幻を殺すことなんて不可能極まりない。私がどれだけ幸運の持ち主でも、ステータス全てに於いて、私は負けている。だから私は、幻を殺すことは出来ない。けれど、

 

 

「約束してくれるかしら。その減らず口を閉じてくれるって」

「さあ、どうでしょう」

「ふふふ、どうせ言わないのでしょう? だってその方があなたは愉しめるんですもの」

 

 

  そんな脅し文句がなくたって、幻は力を貸してくれる。

 

  幻は私の発言に少し面食らったような表情をしていた。けれど、すぐに無表情へと変わる。

 

 

「知らない間に随分と成長したようで」

 

 

  悲しいですねぇ、なんて大して悲しくもないくせに、幻はそう言った。

 

 

「もう、ここで姿を現すことはないでしょう。質問ぐらいなら受け付けますが?」

「ありもしないわ。そんなもの」

「そうですか」

 

 

  また、幻は嗤った。

  幻の口元が動く。なんて言いたいのか、そこまで仲の良くない私でも分かった。数秒もしないうちに、幻は姿を消す。

 

  これは夢であって夢じゃない。

  それは酷く冷たい武器がそう言っていた。

 

 

 

 

  *

 

  幻がくれたのは組み立て式の鎖鎌だった。幻のおかげでようやく石とおさらばできる。実に有難い。

 

  石というのは酷く不便で、大きい方が打撃としては有効に活用できるのだけれど、大きくなればなるほど、重みが増してくる。かと言って、あまりにも小さすぎると決定打にかけてしまうので、本当にこの鎖鎌は有難い。

 

  使い方、なんて幻は言っていたけれど、こんな使い道なんてひとつしかないじゃないか。

 

  私の力量とセンスにもよるだろうが、これで人の命を刈り取りやすくなってしまった。一攫千金も夢じゃないかもしれない。

 

  この鎖鎌の感覚を憶えなくては。私が御用達にしている、近くの街は最近、私を見るだけで人が姿を消してしまうようになってしまった。もう、あそこで稼ぐのは無理だと思われるので、そろそろ移動した方がいいのかもしれない。

 

  あそこの街はクソな人間しか住んでいなかった。だから、私は殺せていた。さて、どうしようか。どうせなら移動なんかせずに、黒いマフィアなんかを狙ってしまってみてもいいかもしれない。罪のない人間を沢山殺してしまえば、復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄へと連れていかれてしまう。それだけは御免だ。

 

  ああ、また両親が泣いてしまう。

  酷く優しい人達だったのに、ごめんなさい。

 

  けれど、私は父に縛られていた時よりも、幸せよ。

 

 

  だからどうか、口を出さないで。

 



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第3話

 
  彼は驚愕する──
  ──彼女の恋心を知って
  


  

  星1つ見えない、満月の夜。

  数本の金色が光って落ちる。

 

 

「しししっ、ししししっ!!」

 

 

  土と血で汚れた金髪。前髪も後ろ髪同様、土と血で汚れていて、そんな前髪に彼の瞳は隠されていた。彼の目は前髪のせいで見えないけれど、きっと瞳孔が開ききっていいるに違いない。

 

  対して私は目を細めた。理由としては相手が自分よりも小柄である事、そんな小柄な体型を活かしたスピードに目がついていけてないことが挙げられる。

 

  スピードでいえば、彼の方が数段上だろう。でも、こっちだって靱やかさや身体の軟らかさでは負けていない。

 

  私と現在進行形で闘っている相手──彼はベルフェゴールという名で、詳しくは知らないが、どこかの国の本物の王子だったような気がする。

 

  そんな彼は齢8歳にして、王国を滅ぼし、実の双子の兄であるラジエルを殺した。実の兄を殺したことで、彼の残虐性が目覚めたのかは分からないが、ボンゴレファミリーというマフィアの中では恐れられるマフィアの闇、独立暗殺部隊ヴァリアーに入隊。そして今に至るわけだ。

 

  彼と私が会ったのは本当に些細なこと。裏社会ではよく有り得る、ターゲット被りである。私のターゲットと彼の暗殺対象が被っていた、ただそれだけである。

 

  では、何故私と彼が対峙しているのか。それは彼がしくじってしまったからだ。全貌を見ていないため、定かではないが、きっと彼はターゲットを殺したことで気を抜いしまっていたのだろう。その隙をつかれて、近くに潜伏していた敵か何かに、彼は怪我を負わされてしまった。

 

  彼は自分の血を見ると、どうやら双子の兄を殺した時の快楽を思い出すらしい。バーサーカーモードに入ってしまい、その状態に入れば、彼は記憶を飛ばしてしまうと聞いたことがある。

 

  私がこの場に来た時には、彼が連れてきたであろう部下達は無惨な死体と成り下がっていて、私の気配に気づいた彼は、標的を私に変え急に喧嘩を振ったきたわけだ。全くいい迷惑である。

 

   腐ってもヴァリアー。バーサーカーモードだろうが気配には敏感、ということか。闘うつもりはなかったので、殺気は一切出していなかったのに。

 

  さて、どうしようかと考える。

  彼を殺すのは至極簡単である。けれど、彼はボンゴレの闇である暗殺部隊に所属している。ここで彼を殺してしまえば、私はボンゴレに目をつけられお天道様の下どころか、お月様の下も歩けなくなってしまうだろう。

 

  それは御免だ。

 

 

「ドクドクが止まんないよォ〜!!」

 

 

  ぎらり、彼と目があったような気がした。

  その瞬間、彼はいつの間にかナイフを片手に私の懐に入っていた。彼は私を殺す気満々で、無駄な動きは一切ない、洗練された動きでナイフを振りかぶる。

 

  死ぬ

 

  そう悟った私は鎖鎌をぎゅっと握りしめ、下から上へ、彼の首を狙い刎ねようとした。

 

  ──殺しちゃ、駄目

 

  鎖鎌を持つ力を緩め、私は咄嗟に身体を捻った。

  心臓目掛けて振り下ろされたナイフは私の右横腹に刺さる。痛くて、ドクドクと血が流れる感覚がする。けれど、そんな痛さにかまけてる暇はない。

 

  自分の身体を囮に使った私は、ナイフを刺された瞬間、左足を大きく振りかぶり、彼の腹を思い切り蹴飛ばした。

 

  小柄で軽い彼は、簡単に飛んでいき、そのまま木の幹と衝突する。鈍い音がした。

 

 

「……うご、かない…」

 

 

  彼は動くことなく、彼の全身の力が抜けていくのが見えた。どうやら気絶したらしい。

 

  血が止まらない横腹を抑えながら、彼の元へとのそのそ歩く。生きているかどうか確認したところ、ちゃんと息はしていた。良かった、死んでなかった。これで死んでたら私は本当に危なかった。

 

  さて、何とか彼を止めることが出来たが、次の問題点だ。彼の部下と思われる人物は全て彼が殺してしまった。となると、気絶した彼を一体どうするのか。

 

  別に、ここに彼を置いていってもいいだろう。しかし、手当もしないままここに放置しておけば、彼はまた彼の血を見ることになるのでバーサーカー状態へ後戻り。無駄に暴れ、体力を奪われることになる。この無限ループは彼にとっても避けたい事態だろう。

 

  となると、彼を手当てしなくてはいけない。ということは…?

 

 

「…私が、ベルを連れて帰らなきゃいけないの……?」

 

 

  腹が痛むこの状態で、血は止まる気配をみせてないないのに? 私が、彼を抱えて??

 

  …仕方ない。ここまで関わってしまったんだ。諦めるしかないだろう。家からそう遠い距離でもないし、またここで暴れられたら次は私の家に被害が及ぶかもしれない。私の傷口は確実に開くだろうが、我慢するしかないだろう。

 

  彼が小柄で助かった。おんぶして連れて行けるから。

 

 

「…あー、横腹痛い」

 

 

  実を言うとまともに怪我をしたのは初めてで、泣きたいぐらい痛かった。

 

 

 

 

  *

 

  見慣れない天井。ボロっちいこの天井は、王子の趣味ではないし、王子が住むには年季が入りすぎてるし、汚い。

 

  それを理解したと同時に、隣から人の気配を感じた。慌てて飛び起きて見ればらここはどうやら小屋のようで、王子は汚らしいベッドに寝かされていたようだ。

 

  人の気配の正体は、王子と同じぐらいの年齢であろう女。マヌケにも、椅子に座ってうつらうつらと船をこいでいる。

 

  そこで嗅ぎなれた臭いに王子は気づいた。

 

  王子の身体から血の臭いがする。全身を見てみれば、綺麗に包帯が巻いてあって、手当てが施されていた。

 

  …手当てされてんのに、この濃い血の臭いは何だ?

 

  他にも怪我をしている奴がいんのか…と辺りを見渡したところで気がついた。さっきの女はどうやら右横腹を怪我しているらしい。横腹辺りの服が真っ赤に染まっている。

 

  まさか、と思った。

 

  痛む身体を無視して、ベッドから降り、女の服をめくってみる。

 

  想像した通りだった。

  王子の手当てはしてるくせに、コイツ自分の傷の手当ては一切してねぇ。だからこんなに血の臭いがするんだと思った。

 

  まさか、死んでねぇよな?

  女の顔を覗いて見たら、頭が上下に揺れていた為、息はしているらしい。

 

 

「コイツ、お人好し? それとも馬鹿なワケ?」

 

 

  王子はコイツとあった記憶が一切ない。血を見たせいで記憶が飛んでしまっている。

 

  さて、先ずは記憶の整理から始めよう。

  この女は、王子が記憶を無くしている間に会ったのか、はたまたは王子が道端で倒れているところを女がたまたま見つけたのか。…相手が怪我をしているという点を考慮すると、確実に前者だろう。

 

  では何故、自分の手当てよりも王子を優先しているのか。オレは王子だし、助けて当たり前だと思うが、普通赤の他人にそこまで尽くせるだろうか?

 

  もし、王子が女で同じ場面に出くわしたとしても、まず手当てしないし、その辺に捨てておく。何者か分からないやつをそう易々と助けるほど、お人好しじゃないからだ。

 

  つか、急に襲いかかって来た時点で王子は殺すね。なのに、殺すことなく、コイツは王子を助けた。つまり、王子はこの女に貸しがひとつできたというわけだ。

 

 

「…ん……」

 

 

  女の瞼が開かれ、琥珀色の瞳が王子を映した。女は数度瞬きをした後、頭の整理が追いついたらしい。起きたんだ、と嬉しそうに笑った。

 

 

「お前が王子を助けたワケ?」

「え? まあ、そうね」

「なんで?」

「…なんで?」

 

 

  王子の質問に女は意味が分からないと言うかのように、首を傾げた。……コイツ本物の馬鹿だ。

 

 

「お前のその傷、王子がやったんだろ?」

「……ああ、これ。そうよ」

 

 

  今更遅いと言うのに、女は傷を隠すようそっと右手を横腹に置いた。

 

  窓から入ってきた風で、女の茶に近い金の長い髪が揺れる。

 

 

「普通、助けなくね? だってお前殺されかけたんだろ?  無理に助けようとして自分が死ぬ確率が上がるなら、手っ取り早く王子を殺せば良かった──」

 

 

  ぱしん、乾いた音が小さな部屋で響いた。

  王子が女に頬を叩かれた音だ。力はこもっていなくて、大して痛くはない。子供を叱る母が優しく諭すような、そんな叩き方だった。

 

 

「私は貴方を助けた。助けた人を仮にも殺せば良かっただなんて言われたくない」

「………」

「それに、私は貴方に生きて欲しいと思った。だから、助けたの」

 

 

  ふにゃり、気の抜けた笑みは喋り方とは違って年相応で、可愛い雰囲気を纏っていた。呆然としている王子に叩いてごめんなさい、と女は目を伏せる。

 

  実を言うところ、こんなことを言われたのは初めてだった。王子がヴァリアーに入隊して早2ヶ月。漸く1人で任務もこなせるようになってきた王子を、スクアーロ達は若干心配するような目で見てきてはいたけれど、決してそんなことは言わなかった。この女と住む世界が違うというのもあるかもしれない。

 

 

 

「貴方じゃない」

「え?」

「王子はベルフェゴールって言うんだぜ?次、貴方なんてタニンギョーギで呼んだらお前、ハリセンボンね」

 

 

  王子特注、オリジナルナイフをチラつかせていえば女は、ええ…急すぎない?と少し焦った様子で言った。

 

  …へえ、王子のナイフを見て、焦ることはあれど臆することも恐怖することもないワケね。完全に黒じゃん♪

 

 

「お前は?」

「私?」

「そ。お前の名前」

 

 

  女は王子から視線を外し、窓を見た。

 

  開いている窓。

  風に押され、揺れる赤い彼岸花。

 

 

「リリー。私の名前はリリーって言うの」

「ふーん。じゃ、これからヨロシク」

「こ、これから……?」

 

 

  目も覚ましたことだし、ベルフェゴールはお家に帰るんじゃないの?と聞いてくるリリーに王子はしししっと笑う。

 

 

「そのお家にリリーを連れて来んだよ!!」

「……は?」

 



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第4話

 
  彼は知る、彼等との接点に──
  ──でも、手掛かりは見えていない
 


 

  あまりにもリリーが嫌だと言うので、とりあえず連れて帰るのは保留にして、話題を変えてみようと思う。

 

 

「お前は特別に王子のことをベルって呼ばせてやるよ」

「本当に? 嬉しい」

 

 

  リリーの嬉しいという言葉は多分嘘じゃないのだろう。本当に嬉しそうな顔をして笑っている。……何がそんなに嬉しいんだか。オレには全く理解できなかった。

 

  少し重心を動かすだけで、ギシギシとなる古びたベッドに若干の苛立ちが募る。ホコリも少し舞って、鼻がムズムズする。

 

  開かれた窓とはまた別に、すきま風がヒューヒューとオレの肌を刺激する。寒くはないが、すきま風だらけというのも如何なものか。

 

 

「つーかまさかとは思うけど、こんな汚ぇところに住んでるとか言わねぇよな?」

「残念ながら、私はベルの言う汚いところに住んでいるの」

「はあ、マジかよ! 王子は無理だわー」

 

 

  ゴキブリとか普通に出てきそうだし、ホコリも凄いし蕁麻疹出てきそ、と言えば雨風さえ凌げれば私は大丈夫なのと返答が返ってきた。けれど、リリーの眉間には皺がよっているため、好き好んで住んでいるわけでは無さそうだ。

 

 

「お前、親は?」

「さあ」

「さあって、自分のニクシンだろ? キョーミねぇの?」

 

 

  王子はキョーミ無いけどね、そう言って手元のナイフをクルクルと回した。王子は自分で家族を殺したから、ぶっちゃけ肉親とかどーでもいい。居たらウザくて殺したくなるし、居なければ関心のひとつさえ浮かばない。

 

 

「母は好きよ。でも、父はあまり好きじゃないの」

 

 

  家族のことを語るリリーの瞳は何処かを映していた。オレの知らない何処か、まるでここを見ていないような。このまま、放っておけば、リリーがどこかへといなくなってしまうような気がした。思わず、リリーの手首を掴む。

 

 

「…どうかした?」

「……別に」

 

 

  ヴァリアーには近い年齢の人間はいなかった。赤ん坊はいるが、赤ん坊と8歳はかなり違うし、なんならその赤ん坊は大人びていて、自分よりはるか歳上なんじゃないかと錯覚してしまう時がある。

 

  だからだろうか。珍しく他人にオレは興味を示していた。

 

 

「それよりも、怪我が完治してないベルに言うのもなんだけど…帰らなくて大丈夫なの?」

 

 

  1日眠ってたけど、心配とかされてるんじゃない? リリーはそう言った。

 

  心配、心配は多分されてないだろう。基本的に口よりも先に手が出るボスが王子を心配するわけないし、ことがある事に3枚に卸されてぇのかぁ!と脅してくるスクアーロ、ボスで世界が回っていると信じて疑わないレヴィに、金さえあれば後はどうでもいい守銭奴マーモン、おほほと気色悪いおかまのルッスーリア……スクアーロにどやされることはあれど、心配されることはきっとないだろう。

 

  うるさいのは勘弁なので、連絡ぐらい取ってやろうと無線を取り出したが…。

 

 

「あり、動かねぇ…」

「まあ、あれだけ派手に暴れてたら精密機械は壊れるわよね」

「マジかよ……」

 

 

  どやされることが決定してしまった。いや、既に決定されてはいたのだけれど。

 

 

「そー言えばさ、暴走したオレってお前に止めらたワケ?」

「ええ。たまたま出くわしてね。おかげで怪我したわ」

「ふーん」

 

 

  リリーは雰囲気的に強そうには思えない。ボスみたいに覇気があるわけじゃないし、スクアーロみたいに研ぎ澄まされたオーラがあるわけでもない。オレよりも細っこい腕や華奢な身体を見ると、マーモンと同じ術士かと錯覚してしまうが、無造作に置かれた鎖鎌が違うと言っていた。

 

  キレちゃったオレを止められるほどの力量があるわけか。

  …ふーん。

 

 

「…んじゃ、行くか」

「帰るの?」

「そ。帰れねーほど傷が痛むワケでもないし、あんま遅くなるとうるせーヤツがいんだよ」

「そう、よね」

 

 

  悲しそうに目を伏せるリリーを横目に、綺麗に血抜きされた服を着て、コートを羽織った。

 

 

「お元気で」

「…は? 何言ってんの?」

 

 

  ふりふりと手を横に振ってお別れの挨拶をしてくるリリーにオレがそう問えば、リリーは何か間違ったことを言っただろうかとアタフタし始める。それが少し、面白くて笑ってしまった。

 

 

「お前もついて来んだよ」

「…いやいやいや、ベルが何言って──」

 

 

  首をブンブンと横に振るリリーはきっと、オレがどこに属している者なのか理解しているんだろう。

 

 

「お前はキレた王子を止められるほどの力量がある。そんなヤツをヴァリアーに引き込めるチャンスなんてねーだろ?」

「それ」

「どーせ知ってんだから、知らないフリすんな。王子には全部ばればれ」

 

 

  ぜんぶ、ばればれ…そう言って目を伏せるリリーは一体何を考えているんだろう。憂いを帯びた雰囲気を纏っているのに、どことなく嬉しそうにも見えた。

 

 

「それに、王子はお前に興味があんだよね。お前、何か大切なこと隠してね?」

 

 

  ビクリとリリーは肩を動かした。

  目は真ん丸としていて、随分と大袈裟な驚き方だ。

 

 

「それも知りてーし? だから連れてく。あ、拒否権なんてねーよ? 王子、ここまで喋っちまったからなあ…ここでついて来ねぇとか言い出して、もしそれがスクアーロ何かにバレたら、王子もお前も卸されることになっちまうかも?」

「……わかった、行くから…」

「しししっ、そー来なくちゃ」

 

 

  んじゃ、早く用意しろよ、王子はリリーにそう言って笑った。

  王子、おもちゃゲット〜!

 

 

 

 

  *

 

「どれも見慣れねー顔だけど、王子に不意打ちしてきたヤツ多分コイツ。ホント、生意気」

 

 

  ドサッと土色になった死体を8歳にしては長い足で蹴りあげるベル。どうやら、先程ベルが蹴りあげた死体が、ベルに血を見せた敵だったらしい。

 

  余程、イラついているのか、死んでいるにも関わらず、何度も何度も死体を蹴る。まるでサッカーをしているようだった。

 

  でも、暫くしたら興味が失せたのか、ベルは歩き出す。慌てて追いかければ、はあ、帰りたくねーとベルは声を漏らしていた。

 

 

「そんなにスクアーロさんは怖いの?」

「別にさん付けしなくていーっつの。怖いって言うよりもアイツうぜーしうるせーんだよなあ」

 

 

  部下も壊滅だし、また暫くマーモンがつくぜとベルは嫌そうな顔をした。

 

  話を聞いてみると、どうやら今回の任務がベルの初めての独り立ち任務だったらしい。くれぐれも部下は殺すなとスクアーロとマーモンに念を押されていたらしいが、それも全く意味をなしておらず、部隊はベルを除き壊滅。そりゃあ怒られるだろうな、と私は思った。

 

 

「マーモンもぜってーグチグチうるせーんだよ。死体処理にも金が掛かるとか言ってさー、そんなの知んねーし」

 

 

  口元を歪めるベルは、どうやらこの先の未来を想像して拗ねているようだった。まあ、やってしまったものは仕方ないし、大人しく怒られるしかないだろう。

 

 

「あー、だりーなー。…なんか生贄でも持って帰る? そしたらそっちにスクアーロも気が向くだろ」

 

 

  その辺に殺し屋転がってねーかなーと殺し屋を探すベルだが、偶然同じ道に殺し屋がいる、なんてはずもなく。

 

  隣を歩くベルの足取りが段々と遅くなっていく。それほど憂鬱なんだろう。

 

 

「スクアーロもマーモンもうるせーけど、1番イラつくのは怒られてるオレを見てニヤニヤと気持ち悪い顔で笑うレヴィな。…あー、想像しただけで腹立つ。殺そうかな」

「いやいや、やめなよ」

「スクアーロとマーモンなら返り討ちされるかもだけど、レヴィぐらいなら楽勝だし。ボスもうるせーおじさん減って喜ぶだろ」

 

 

  しししっ、名案♪と笑うベルは先程の纏っていた雰囲気が一変し、早く殺してーと楽しそうな雰囲気へと変わる。ベルの足取りも軽やかになり、ヴァリアー城が近づく。

 

 

「ゔぉおい!! 随分と遅かったじゃねぇかぁ、ベルぅ!!」

 

 

  無事、ヴァリアー城につき、ベルの案内の元、幹部がよく集まっているらしい談話室へと向かった。

 

  ベルが談話室へ続くの扉を開けると、中にいた幹部達は一斉にこちらを見、ベルを認識すると同時に銀髪の男が顔に血管を浮き上がらせながら、先程の言葉を叫ぶ。

 

  想像以上にうるさかったことや、びっくりしたことにより、思わずベルの後ろに隠れてしまった。そんな私を横目で見たベルは、しししっとバカにするように笑った。

 

 

「ったく、少し帰ってくるのが遅かったぐれーでうるせーんだよ、スクアーロ」

「少し帰ってくるのが遅かった、だあ!? 新米ペーペーのてめぇ1人でもクリアできるような簡単な任務を分け与えたにも関わらず、スグに帰ってこねぇてめぇが悪ぃんだろぉがぁ!!」

「まあまあ、スクちゃん落ち着いて。血管切れて死んじゃうわよ?」

「ふははは!! 血管が切れて死ぬとは無様だなスクアーロ!! そのまま死ね!!」

「ゔぉおい!! 誰に口を聞いてやがるぅ、レヴィ!!」

 

 

  腰をクネクネとさせたオカマことルッスーリアがこう見えてもスクちゃん、ベルちゃんのこと心配してたのよ? だから拗ねないであげて、とスクアーロがあまりにもうるさいのでイラついたのか、ナイフを用意しているベルに言った。

 

 

「「ちゃん付けすんじゃねぇ、オカマ!!」」

 

 

  せっかく、スクアーロの気持ちを代弁してくれたルッスーリアは、スクアーロとベルをちゃん付けしたことにより、ベルからナイフを投げられ、スクアーロから長い足で思いっきり回し蹴りを腹に決められていた。

 

 

「きゃん!!」

「次はてめぇらだ、ベル!! レヴィ!!」

「この俺様がスクアーロ如きにやられるわけがなかろう!!」

「返り討ちにしてやんよ。かかってこい」

 

 

  すっかり臨戦態勢に入ってしまった3人を見て、この暗殺部隊大丈夫か…?と思ってしまった。実力は折り紙付きであるが、この暗殺部隊は中々に個性なキャラクター達で作られているらしい。

 

 

「あいたたた…。2人とも思いっきりやっちゃってくれるんだから……」

 

 

  床で暫く寝ていたルッスーリアが起き上がる。そして、私と目が合った…ような気がする。サングラスつけてるから分からないけど。

 

 

「あらあ?  ベルちゃん、可愛い女のコ連れて来てるじゃなあい!」

 

 

  ベルの後ろに隠れていた私は、見事にルッスーリアに見つかり、ベルから引き離されてしまった。

 

  いやあーん、かわいいわあとルッスーリアにまじまじ見つめられるこの光景は、私に恐怖しか植え付けない。

 

  私を見つけて、更にテンションを高くしたルッスーリアの後ろで、レヴィが言った。

 

 

「…可憐だ」

 

 

  一気に背筋がぞわあってした。レヴィの呟きは当たり前だが、私に聞こえていたし、スクアーロと戦っていたベルにも聞こえていたようで、ベルが私の前に立ってくれて、レヴィから見えないようにしてくれた。

 

 

 

「キモイこと言ってんじゃねぇ!!」

「ぬっ! 何をするか、ベル!!」

 

 

  ベルがレヴィに向かって沢山のナイフを投げる。やれ、もっとやれ!! …怖いから声には出さないけど。

 

 

「それでベルフェゴール。彼女は一体、誰だい? 何処の馬の骨とも分からない奴を連れて来ちゃダメじゃないか」

 

 

  ベル、スクアーロ、レヴィ、ルッスーリアの騒ぎに便乗していなかったひとつの影、メガネをかけた青年、オッタビオが言う。

 

  先程まではうるさいと思うほどわちゃわちゃしていたのに、オッタビオが喋った瞬間、この空間は静寂に包まれる。

 

  周りを観察してみれば、レヴィから庇ってくれているベルは顔が歪んでいた。決して、ベルがオッタビオに恐怖しているという訳ではなく、単純に嫌いなようだった。

 

  ルッスーリアは私をジロジロと観察している。私に興味を示していたようだし、是非ともベルからの説明を聞きたいのだろう。

 

  スクアーロは相変わらず血管が浮き上がっているものの、口出しはする気がないようだった。

 

  レヴィは私の位置からじゃ見えないし、見たいとも思わない。

 

 

「しししっ、王子が拾った。以上」

「…以上、じゃねぇええ!!」

 

 

  怒られることを恐れてか、ベルはバーサーカーモードに入った自分を止め、怪我の治療をした私のことを詳しく説明するつもりはないようだった。

 

  スクアーロが説明を求めるが、打ち合うつもりのないベルは口笛を吹き始める。

 

 

「ったくよぉ、後できっちり聞くからなぁ、ベル!!」

 

 

  部屋にかけてあった時計を見たスクアーロはそう言ってとりあえず話を切り上げる。

 

 

「あら、スクちゃん任務の時間?」

「ちゃん付けすんなぁ!! …ああ、そうだあ」

「そーなの! 気をつけて帰ってくるのよぉ〜!」

「帰ってくんな!!」

「死ねスクアーロ!!」

「ゔぉおい!! 聞こえてるぞぉ、ベル!! レヴィ!!」

 

 

  時間がないのかスクアーロは2人に構うことなく、大きな音をたて、部屋を出ていく。

 

 

「…何見てんだよ、オッタビオ」

「別に何も無いさ」

「あんま、王子怒らせない方がいいぜ? オレ、お前のこと嫌いだから簡単に殺せるし」

「まあまあ」

 

 

  んもう、何かっかしてるのベルちゃん、とルッスーリアがオッタビオとベルの間に入る。

 

  オッタビオはため息をつくと、部屋を出ていく。そんな姿を見て、ルッスーリアもため息をついた。

 

 

「ベル。君について行った部下が帰ってきてないようだけど…まさか死んだ若しくは殺したとかじゃないよね?」

「うわあ、びっくりしたじゃないマーモンちゃん」

 

 

  おかえりなさい、というルッスーリアに突然ベルの肩の上に現れたマーモンはただいまと言った。

 

 

「で、どうなのさベル。何とか言ったらどうだい?」

「しししっ、どーだろ?」

「……スクアーロに言いつけるよ」

 

 

  ベルが固まったのがわかった。そんなベルの反応を見て殺したんだねとマーモンは呆れたように言った。

 

 

「殺したんじゃねーよ。気づいたら死んでたの」

「ああ。血を見てキレた君が殺したわけか」

 

 

  ベルの傷口に巻いてあった包帯が見えたのか、マーモンはそう言った。お見事、マーモン。正解である。

 

 

「スクちゃんとオッタビオはいないけれど、ご飯にしましょう。もうお腹ペコペコだわあ!!」

「そうだね。僕もお腹減ったよ」

「王子も〜」

 

 

  お腹、お腹は私も減った。

  けれど、それよりも──。

 

 

「お腹、痛い」

 

 

  ベルを手当するため、包帯を使い切ってしまった私は、まだ腹の手当てが済んでいなかった。なんか、ドクドクと血が出てるような気がする。

 

 

「ちょっと失礼してもいいかしら?」

 

 

  ぺらり、洋服がめくられ横腹の傷口が顕になる。

 

 

「…結構ぐさりイッちゃってるじゃなあい!! なんで手当てしてないのぉ!」

「この傷口は恐らくベルがやったんだろう? 手当てされるだけされといて放置とは頂けないなベル」

「…うるせーな」

 

 

  医務室へ行きましょう?と言って優しく手を引いてくれるルッスーリアは神々しく見えた。

 

  ルッスーリアに優しく手当てをしてもらった後、ご飯を頂いた。

 

 

「あ、コイツヴァリアーに入れるから」

「…これはまた唐突だね」

「いいんじゃなあい? キレたベルちゃんと戦って、小さな傷は沢山あったけれど、大きな傷はお腹しか無かったみたいだし、それなりに強いわよこの子」

 

 

  流石ボンゴレ。金は腐るように持っているようで、出てくる食材どれもが高級食材ばかりだった。

 

 

「そうなるとボスに会わせなきゃねぇ。ボスに会わない事には入れないし」

「スクアーロ辺りがうるさいんじゃないかい?」

「スクアーロとオッタビオ、あとキモイからオッサンは殺したらいいんじゃね? そーしたら静かになるっしょ」

「なぬっ!?」

「無駄な殺生はやめなよベル。死体を処理するにもね、」

「ハイハイ。金が掛かる、だろ? いーかげん聞き飽きたってそれ」

「分かってるなら何度も言わせないでくれよ」

 

 

  ガタガタドスン

  ベルとレヴィの激しいナイフやフォークの攻防がありながらも、話は私を置いてツラツラと進んでいく。

 

  途中途中、私の元にもナイフやらフォークが飛んできたが、全て避けた。…集中してご飯も食べれない。

 

 

「リリーちゃんって言ったかしら? 残念だけど今日、ボスは任務で留守してるのよ。空いてる部屋教えるから、今日はそこ使ってくれるかしら?」

「ありがとうございます」

 

 

  ぺこりとお辞儀をすれば、ルッスーリアは私の頭を撫でてくれた。

 

 

「うふふ、いいのよん♪ アタシとしても可愛い女のコが増えるのは大歓迎ですもの。ね? マーモンちゃん」

「…スクアーロのやつベルを僕に押し付けてきたけど、リリーまで押し付けてきたりしないよね」

「…相変わらずマーモン、ナマイキ」

「可能性としては無くもないわよねぇ。ベルちゃん、リリーちゃんのこと気に入ってるみたいだし」

 

 

  ルッスーリアの言葉を聞いてマーモンは後ろでベルのナイフの的にされてるにも関わらず、器用に避けながら大きなため息をついた。

 

 

「まあ、いいよ。金さえ積んでくれれば僕はどうだっていい」

「本当ナマイキ!!」

 

 

  結局、ベルのナイフはマーモンに当たることは無かった。

 

  この後、私はお風呂まで貸してもらった。ベルに手を引かれ、一緒に大浴場でお風呂に入ったのは楽しい思い出である。

 

 

「ここがとりあえずリリーちゃんのお部屋ね。好きに使ってくれて構わないわ」

 

 

何かあったら気軽に声掛けてちょうだいと甲斐甲斐しく私の世話をしてくれるルッスーリアは最早お母さんである。

 

 

「おや、君は」

 

 

  永遠と長い廊下にて。まさかのオッタビオに遭遇。薄暗い廊下でオッタビオに会うとは恐怖ものだ。

 

 

「オッタビオ」

 

 

  私もベルと同じ口で、彼のことを好いていない。たった数分の付き合いではあるけれど、嫌いなものは嫌いなのだ。

 

  私に名を呼ばれ、嫌そうな顔をするオッタビオ。私もオッタビオに会ってしまったから、きっと同じような顔をしているだろう。

 

 

「貴方は一体何者ですか? ザンザス様がお留守の今、この城を護るのは私の役目」

 

 

  オッタビオのメガネが光に反射する。彼が一体、どんな目をして私を見ているのか分からない。

 

  そんなオッタビオを見て私はくすくすと笑う。そんなの、嫌いなオッタビオに言うわけがない。

 

 

「オッタビオ。私の事調べても無駄よ。どうせ出てこないから」

 

 

  オッタビオは私を見つめている。

  私は不敵な笑みを浮かべて更に言った。

 

 

「でも、私は知っている。貴方が『      』だって」

 

 

  オッタビオの重心がズレたため、光の反射がとけ、目が見えた。オッタビオの瞳孔は開ききっており、今にでも私を殺さんと殺気を放っている。

 

 

「ここで私を殺したら…ベルに殺されてしまうわね」

 

 

  くすくす笑って私はオッタビオの横を通り、ベルの部屋へと向かった。

 

 

 

 

  *

 

「お゙いクソボスぅ!! オッタビオの言う通り、ベルが連れてきたリリーとやら、本当に調べても何も出てこなかったぞぉ…。どうする、ベルが随分と気に入ってるようだが…殺すかぁ?」

 

 

  ヴァリアー城、ザンザスの執務室にて。スクアーロは手元の資料をザンザスの机に投げ捨てながら言った。

 

  資料に記載されていたことは、スクアーロ達が知りたいと思う情報は一切記載されておらず、とある下町でリリーが殺しを行っていたことや、鎖鎌で殺しをすることから死神と異名をつけられたことなどしか記載されていなかった。

 

  出身国、生年月日、それさえもボンゴレの力を使っても知り得ることは出来ず、リリーに対するスクアーロの警戒心が上がっただけである。

 

  一瞬、資料に視線を落としたザンザスだったが、大して興味も無かったのか、直ぐに視線を変えた。

 

 

「……ほっとけ」

 

 

  真っ赤な瞳。

  それは憎悪と怒りを映した赤。

 

  ザンザスと目があったスクアーロは一瞬、身体が強ばるが、直ぐにいつもの調子へと戻る。

 

 

「あ゙ぁ!? ほっとけだぁ!?」

「…使える物は使う」

 

 

  何に使うかまでザンザスは言わなかった。しかし、それで理解出来たスクアーロは、何も言わなくなった。

 

 

「…なるようになる。俺たちに楯突くのなら──殺すまでだ」

 

 

  真っ赤な瞳。

  それは憎悪と怒りを映した赤。

 

  ザンザスにリリーなんて興味の一欠片もない。邪魔をするなら殺す、それだけだった。

 

  

「…ちぃ!! てめぇがそう言うなら従うがよぉ!!」

 

 

  ヴァリアーのボスはザンザス。スクアーロのボスもザンザスである。スクアーロはザンザスに忠誠を誓っている。ザンザスの言葉はヴァリアーの総意であり、スクアーロに捻じ曲げることは不可能だった。

 

 

 

 

  この数ヶ月後、ボンゴレの歴史に刻まれることとなる『ゆりかご』が起きた。

 

 



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日常編
第5話


 
  憤怒に身を捧げた彼は──
  ──全てを理解するような瞳だった
 


 

  独立暗殺部隊のクーデター。通称『ゆりかご』は失敗した。作戦は完璧だった。だが、()()()()のだ。

 

  失敗したその理由を私は知っている。

 

 

「君はいつもここにいるね。飽きないのかい?」

 

 

  ヴァリアーの廊下にて。1部、ステンドガラスの張ってある窓がある。私はそこから見える夜景が好きで、その夜景を暇な時は眺めているのだ。

 

 

「マーモン」

 

 

  ふよふよと浮かんでこちらにやってくるマーモンはすぽりと私の腕の中に収まる。どうやら私に抱かれるぐらいには、マーモンも気を許してくれたらしい。

 

  ちなみに、マーモンはベルと同時進行の方が色々ラクだからとスクアーロに押し付けられたがために、私のお目付け役もやってくれている。

 

  最初は文句を言っていたマーモンだけれど、スクアーロが金に物言わせたのか、最近じゃ文句や小言を聞かなくなった。

 

 

「ベルが探していたよ」

「あら、探しに来てくれたの? ごめんなさいね」

「まあ、粗方ここだとは思っていたかね。大丈夫さ」

 

 

  満月の夜。月の光に反射し、ステンドガラスがキラキラと輝く。実に神秘的で、綺麗だ。

 

 

「金にもならないのにこんなのを見て何が楽しいんだい?」

「金色に光ってて綺麗でしょう? あれを見てると思い出すの」

「…ああ。時々、君が気の向いた時に話す恋愛話か」

 

 

  その話はベルにしてあげればいいじゃないか。ベルは君に興味深々だよと言うマーモンはどうやら私の身の上話に興味が無いようだった。

 

  私は自分自身のことをあまり話さない。ベルはどうやら気になるらしいが、精神年齢が上なヴァリアーの幹部達は無理に聞き出そうとはしなかったし、時々話しても暇つぶしに聞く程度。ベル意外は関心や興味を持っていないようで、実に有難いし助かっている。

 

  まあ、ヴァリアーに入隊する前は色々と聞かれたりしたけれど、全無視してやった。お陰でスクアーロがうるさいことうるさいこと。

 

 

「月は太陽に力を借りて輝いてるけど、私の好きな人は違うの。自分自身で輝いていてね、とても美しくて男らしくて、でも子供っぽくて可愛いの」

「ふーん。興味はないけれど1度は会ってみたいね」

「近々会えるんじゃないかしら」

「近々ってどのくらいだい?」

「…18年後とか?」

「全然近々じゃないじゃないか。…僕を揶揄うと痛い目にあうよ」

 

 

  ムと口元を歪めるマーモンはどうやらご機嫌ナナメらしい。いや、私が怒らせたという方が合っているか。

 

 

「ふふふ、ごめんなさい。謝るから怒らないで」

「…全く。早く行こう。そろそろベルが癇癪を起こしてスクアーロにドヤされちゃうからね」

「そうね。最近、スクアーロ疲れてるようだし、労わらないと」

 

 

  ヴァリアーのボス、ザンザスがクーデター後から帰ってきていない。死んではいないが、どうしても帰って来れない理由があるとスクアーロは言っていた。

 

  ザンザスが城からいなくなり、明らかにスクアーロの元気が無くなった。一緒にいた時間が少ない私でも分かるんだから、幹部の皆もわかっていることだろう。

 

 

「それ、ベルに言ってあげなよ。あの子なりにスクアーロを心配して無駄絡みしてるみたいだし」

「微笑ましくて私は好きよ?」

「…全く、同じ子供の筈なのにどうしてベルと君はそう違うんだろうね。君の爪の垢を煎じてベルに飲ませたいぐらいだ」

 

 

  暇だ暇だと無駄に部下を殺してるみたいだしね、と呆れたようにマーモンは言った。多方、死体の処理代を考えて頭を痛めているのだろう。

 

 

「そんなこと言うの、マーモンぐらいよ。私の知り合いは全員声を合わせて、もっと子供でいるべきだって私を叱ったわ」

「君は手がかからないし、言葉だって通じるから僕的にはこれぐらいがいいんだけどね。まあ、親とかは少し気味悪く思っちゃうのかも」

「母は優しい人だし、変わらず愛してくれてるわ。…父親は知らないけれど」

 

 

  相変わらず父親のことを嫌っているねと興味無さげにマーモンは聞いてくる。

 

 

「嫌ってなど無いわ。関心が無いの」

「…好きの反対は無関心だって僕は聞いた事があるけど?」

「ノーコメント」

「…全く」

 

 

  談話室へ続くドアを開ければ、中では喧嘩しているベルとレヴィの姿があった。

 

 

「てめーはどっか早く姿消せ。そろそろマーモンがリリー連れて戻ってくっから」

「む、何故俺が姿を消せばならぬのだ!」

「おっさんがリリーのことエロい目でみってからだろーが!!」

「誰があんな小娘をエロい目で見るか!!」

「いっつも目で追って「可憐だ…」って呟いてるヤツの言うことに信憑性ねーだろ!!」

 

「あらあ、やっと帰ってきたのぉ?」

「全く騒がしいね。どうしたんだい?」

「ベルちゃんが言ってる通りよ」

 

 

  ドッタンバッタンドタドタと喧嘩を始めるベルとレヴィは、どうやら私たちが入ってきたことに気がついてないらしい。

 

  呑気に紅茶を飲んでいるルッスーリアの元に行けば、ルッスーリアはおほほと笑っている。どうやらこの喧嘩を止めるつもりがないらしい。

 

 

「全く、監視下におわれてるとは思わないほど、平和ねぇ」

「こうして見るとベルも子供にしか見えないよ」

 

 

  平和ぼけしちゃいそうで困っちゃうわぁ、とルッスーリアは言った。それに同意するかのようにマーモンもホントだよと頷く。

 

 

「…ボスはいつ戻ってくるのかしら」

「それ、スクアーロの前で言っちゃダメだよ」

「分かってるわよ。ボスが戻ってこなくて1番気が病んでるのはスクちゃんだもの」

 

 

  いつもはうるさいスクアーロだが、最近は叫ぶことも無くなった。スクアーロを元気づけようと、嫌がらせをするベルに構わないぐらいにはどうやら滅入ってるらしい。スクアーロがつまんねーとベルもご機嫌ナナメだ。

 

 

  そんなボスが帰ってくるまで──

  ──後、8年。

 



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第6話

 
  彼は思い出す──
  ──帰り道彼女をおぶった記憶を
 


 

  クーデターの後、ヴァリアーはボンゴレの監視下に置かれることになった。

  が、少しだが任務は回されており、それを着実にこなす日々だ。

 

 

「しししっ、あーつまんねー」

「まあ、やりがいは無いよね」

 

 

  寒い日の夜。任務を終えた私とベルは、木の上を飛び跳ねながら、拠点のヴァリアー城へ向かっていた。

 

 

「つーか寒すぎね? あまりにも寒すぎて手が悴むんだけど」

「そりゃそんなに薄着なら寒いに決まってるわ。…くしゅ」

 

 

  相も変わらず、薄いボーダーを着ているベル。その上にコートを羽織っているとはいえ、コートの前は開かれているし、寒くて当たり前だろう。

 

 

「リリーみたいに厚着すっと動きにくいし」

「…厚着してても寒いよ」

 

 

  黒のパーカーにコートを羽織っている私。もちろんベルみたいに前ガン開きとかではなくて、全部しめられるところはしめている。

 

 

「ししっ、ルッスーリアの選んだスカート履いてくれば良かったのに」

「あんなの寒くて着てられないわ。…ホント、世の中の女子はなんであんなものを着てられるのか」

 

 

  この任務に出向く前。基本、ヴァリアーに決まった服装は無く、コートは支給されているが、中に着るシャツやズボンは指定されていない。

 

  そのため、いつにも増してルッスーリアがうるさかったのだ。例えば、このパーカーは可愛くないとか。寒いからこれにしていると言えば、暗殺部隊には似つかしくない真っピンクのパーカーを渡された。

 

  あまりにもピンクピンクしているので、それを拒否れば、次はスカートだと変にフリフリしたものを渡してきた。

 

  これもまたピンクピンクしていて、余程私にピンクものを着せたいらしい。もちろん断った。

 

 

「しししっ、かわいくねー」

「別に可愛くなくていいよ。…あの人は、居ないし」

 

 

  この場に居ない彼に私は思いを馳せる。

  けれど、やはり寒くって彼の顔は一気に霧散。またくしゃみをした。

 

  夜ということもあり、気温は低い。どれぐらい低いかなんて、今温度計を持っていないから分からないけど、確実にマイナス気温であることは間違いないだろう。

 

 

「風が冷たすぎて痛い」

「どーかん」

 

 

  くしゅくしゅとまたくしゃみをする。あー風邪ひいたかなーなんて思いながら、飛び続ける。

 

 

「あれだ、この辺一帯燃やしてみるってのはどうよ?」

「…環境破壊って考えたことある?」

 

 

  ただでさえ、地球温暖化が進んでいるだの、対策のために森林を増やしましょう、伐採は控えましょうとニュースで取り上げられているというのに。…世間を知らなすぎる王子も如何なものかと思う。

 

 

「そんな他人に構ってられるかっての。王子寒いし、しゃーねーだろ」

「…あなたのその行動は回りに回って、自分に返ってくるよ。後、絶対にスクアーロとマーモンにどやされるわ」

「げ、それは勘弁」

 

 

  最近、スクアーロの口数は明らかに減ったものの、自分の仕事はきっちりとやっているし、やはり怒る時は怒る。

 

  それにマーモンだってもちろん怒る。マーモンの場合、スクアーロみたいに怒鳴りつけるわけではなく、きっちりとした理詰め戦法で来るため、もう本当に地獄だ。

 

  怒鳴られて殴られるのと、ぐちぐちぐちぐちと必要経費から無駄な出費、その時間に割いたために得れるはずだった大まかな金額について聞かされるのとどちらがマシかと聞かれると、どっちもどっちなんだけれど。

 

 

「アイツら一々うるせーんだよなー」

「私たちのやってることの責任は全部彼ら持ちだから仕方ないことだと思うけど」

「セキニンとか知んねーし。王子は王子のやりたいことするだけだもん。だってオレ、王子だし?」

「…少しは大人になろ、ベル」

 

 

  リリーまでそんなこと言うのかよ。全く生きずれー世の中になったもんだなーとベルは口を尖らせながら言った。

 

 

「うわ」

「ん?」

 

 

  気を抜いていたわけじゃない。けれど、暗くて見えずらかったことや、どっちかって言うとベルとの話に熱中し過ぎて、木から足を踏み外してしまった。お陰で池の中にドボーン。……あー、寒っ。

 

 

「しししっ、ださ。…生きてっかー」

「な、何とか…くしゅん、くしゅん!!」

 

 

  さすが真冬で真夜中の池。めちゃくちゃ冷たいし、寒い。

  のそのそと池から出れば、ベルは笑ってこちらを見ていた。…くそう、私をからかっているな。

 

 

「ほら」

 

 

  ベルからコートが渡される。ベルの着ていたコートだ。このコートを脱いだため、ベルはボーダーの長袖のシャツ1枚になってしまっていて、寒いからかベルは震えていた。

 

 

「え、大丈夫だよ。これ着なって…くしゅ」

「いーから着とけ。くしゅくしゅうるせーんだよ」

「でも」

「つかお前が触った時点で濡れてるから王子やだ」

 

 

  ふい、と私から顔を背けて、ベルは行ってしまった。ベルのコートを有難く使わせて頂こう。

 

  5歳下だと言うのに、ベルのコートは意外にもピッタリでああベルも男の子なんだなあと気付かされた。

 

 

「あらまあ、2人とも震えてるじゃなあい!  早くお風呂に入ってきなさい!!  着替えの準備はしといてあげるから」

 

 

  ヴァリアー城に帰ったらルッスーリアが出迎えてくれて、身ぐるみを全て剥がされた私とベルは暖かいお風呂を満喫したのであった。

 

 

「くしゅん!!」



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第7話

  
  彼は心配する──
  ──彼女は気温の変化に弱いから
  


  

  全く、どうして俺がこんなことをしねぇといけねぇのかと思う。目の前で辛そうに息をする餓鬼を見て、俺は大きくため息をついた。

 

  ことの発端は昼飯を中々食べに来ねぇ餓鬼を心配したルッスーリアの発言から始まった。

 

 

「リリーちゃん遅いわねぇ」

「どうせ寝てんだろ"ぉ」

 

 

  時刻は昼の13時。報告書作成のために早起きした俺と、基本的生活リズムを崩さないよう心掛けているルッスーリアが談話室にいた。少し前までマーモンがホットミルクを飲んでいたが、自室へといつの間にか戻っており、姿は見えなかった。

 

  ルッスーリアの話の中心になっている餓鬼は、昨日任務が休みだったようで、夜までベルとマーモンを巻き込んで夜更かししていたようだし、どうせ寝てると俺は決めつけていた。現にベルはまだ寝ているようで起きてきていない。

 

  そんなことを知ってから知らないのかは知らないが、ルッスーリアは何かあったのかしら?と腰をクネクネと動かしながら心配するように言った。

 

  ルッスーリアの顔はすっかり母の顔をしており、そんなルッスーリアの顔を見て、気色悪いと俺は顔を歪める。心配性のルッスーリアに俺がさっきの言葉をかければルッスーリアはチッチッチと舌を鳴らす。

 

 

「リリーちゃんをベルちゃんと一緒にしちゃいけないわ。あの子、歳の割にしっかりしてるのよぉ」

「…そんなに変わんねぇだろぉ」

「やっぱり5歳も離れてるとだいぶ違うのかしら。まあ、リリーちゃんが歳の割に達観してるのもあるんでしょうけど」

 

 

  全く人の話を聞きやしねぇ。カップに入ったコーヒーを全て飲んでしまえば、それに気づいたルッスーリアが新しくコーヒーを入れてくれる。

 

  心配したルッスーリアの話を適当に聞き流していれば、談話室の扉が開かれた。

 

 

「おはよ、ルッス……」

 

 

  扉を開けたのはルッスーリアの心配の種になっていた餓鬼だった。その餓鬼は顔を真っ赤にして、気だるげな生気のない目でこちらを見つめていた。そんな餓鬼を見てルッスーリアが声をあげる。

 

 

「あらあ、可愛いお顔が真っ赤じゃない…ってやだ、凄い熱。そうよね、昨日、池に落ちてたものね」

 

 

  寒くない?キツくない?頭痛くない?と質問攻めにするルッスーリアは逆効果なんじゃないかと思う。が、それをルッスーリアに言うことは無い。

 

  正直、俺はこの餓鬼のことが気に入らないと思っている。ベルが連れてきたこの餓鬼は、自分の身元を一切喋らないし、喋ろうとしない。無理矢理聞き出そうとしても、全て無視され、いっその事殺してやろうかと剣を振りかぶれば、この餓鬼を気に入っているルッスーリアやベルが間に入ってきて邪魔をするのだ。

 

  ようやく自分のことを喋ったかと思えば、どうでもいい恋愛話で拍子抜けした記憶がある。

 

  ここ数ヶ月見てきて、スパイとかそんな線では無いということに気がついたものの、やはりどうしても好きにはなれず、俺は周りの馬鹿とは違って、自分からアイツに関わろうとしなかった。

 

 

「スクちゃん、水持ってきてくれないかしら。とりあえず、水分補給させなくちゃ」

「あ゙?  何で俺が──」

「お願いスクちゃん」

 

 

  もう一度、お願いと申し訳なさそうに言うルッスーリアに俺は舌打ちで返事をした。仕方なく、席を立って水を持ってきてやる。

 

  冷たい水…よりも常温の方が飲みやすいか。

 

  水をルッスーリアに渡せばありがとうと言われ飲めるかしら?と丁寧に優しく餓鬼に聞いていた。

 

  その後はルッスーリアが餓鬼を部屋に連れていき、懇親的な看病が始まる。餓鬼に興味はなかったので、どれぐらいの病状なのかとかは一切聞いていなかった。

 

 

「スクちゃん!!」

 

 

  あの後、1人談話室に居ても暇だったので、自分の部屋に戻り数時間が経った。真上にあった太陽も、もう沈み暗殺のお仕事の時間がやってくる。…まあ俺は今日、非番だがなあ。

 

 

「ノックぐらいしろぉ!」

「そんなことよりスクちゃん、頼みがあるのよぉ!」

「何がそんなことより、だあ!!」

 

 

  いいから聞いてちょうだい!と逆ギレしてくるルッスーリアは本当に俺に頼む態度をしているのか。1度、人に頼む時の態度をみなおしてこいと部屋を追い出そうとした。

 

 

「リリーちゃんの看病頼みたいのよぉ」

「あ゙?  何で俺が」

「だって頼めるのスクちゃんしかいないんですもの!」

 

 

  ルッスーリアの話を聞く限り、ルッスーリアは元々今夜は任務が入っており、餓鬼の看病をしたくても出来ないという。

  マーモンに頼もうにも、マーモンも任務が入っておりそれは無理だと断られたらしい。

  ベルは餓鬼が行く予定だった任務に代わりに行って貰うから無理なのよ、とルッスーリアは言った。

 

 

「レヴィとオッタビオが残ってるじゃねぇかぁ」

「レヴィはダメよ。あの子リリーちゃんを性的な目で見てるから」

 

 

  ロリコン断固拒否!とルッスーリアは言う。心做しか、ルッスーリアのサングラスが光ったような気がした。

 

 

「オッタビオは…リリーちゃんと仲が悪いのよ。何があったのか知らないけれど、本当に険悪でね?  ベルちゃんもそれを焚き付けちゃうから困ったものだわあ」

 

 

  ね?スクちゃんしかいないでしょ?とルッスーリアは言った。勝手に寝かせとけと言おうとしたが、俺の部屋に掛かっている掛け時計を見たルッスーリアがあらもうこんな時間!と声をあげる。

 

 

「じゃ、頼んだわよスクちゃん!  くれぐれも看病してちょうだいね。サボってたりしたら、ベルちゃんにサボテンにされちゃうからぁ!」

 

 

  お願いねー!!そう言って慌ただしくルッスーリアは部屋を出ていった。

 

  ちっ。何がお願いだ。強制の間違いじゃねぇか。このまま放置しておいても良かったが、ベルに周りをうろちょろされんのも気が散るし、ルッスーリアも口うるさくなるだろう。それは勘弁だ。

 

  俺はまた舌打ちをした後、部屋を出たのだった。

  こうして冒頭に戻るわけだ。

 

 

「こほっ、げほっ」

 

 

  ハーハーと荒い呼吸を繰り返す餓鬼は心做しか、朝よりも体調が悪そうに見えた。

 

  ルッスーリアが置いたのであろう額の上に乗っている濡れタオルを触ってみれば、それはもう生暖かくて意味をなしていなかった。

 

  近くに氷水が入った桶があったので、そこにタオルを突っ込み、また額の上に乗せてやる。

 

 

「…べ、ル……?」

「残念だったなぁ。俺だぁ」

 

 

  急に冷たいタオルが乗っけられたことに驚いたのか、ゆっくりと形のいい二重の瞼が開かれる。琥珀色の瞳が俺を映していた。

 

 

「ホント、だあ。スクアーロだあ…」

 

 

  何でいるの?とゆっくり、餓鬼は言葉を紡ぐ。ルッスーリアに頼まれたからだぁと答えれば、嬉しそうに餓鬼は笑った後、ごめんなさいと謝った。

 

 

「…スク、アーロ…私の事、嫌い、でしょう…?  無理に、いなくて、いいからね」

「…知ってたのか」

「うん…」

 

 

  そこまで態度に出しているつもりはなかったが、餓鬼はどうやら気づいていたらしい。…そういえば餓鬼は大人を良く見ているとルッスーリアが言っていたような気がする。

 

 

「どうせ部屋にいても暇だからなぁ。暇潰しのついでにリリーの面倒も見てやらぁ」

「初めて、私の名前、呼んだ…」

「そうかぁ?」

 

 

  確かに自分じゃ気づいていなかったが、こいつのことは餓鬼と固定して呼んでいたような気がする。

 

  ゴホゴホと咳き込みながらも笑う餓鬼は気持ち悪かった。

 

 

「お゙らぁ!  いいから早く寝やがれぇ!!」

「…スクアーロ、叫ばないで…。あたまに、ひびく……」

「ゔぉ、それは済まなかったなぁ…」

 

 

  基本的にヴァリアー内で風邪を引くヤツはいないので、こういうのがイマイチなれない。それに、風邪を引いたとしてもルッスーリアが世話をするのだ。こんなことなんて一生に3回あるかないかぐらいだろう。

 

  風邪のせいでやはり気だるいのか、数分もすれば餓鬼はスースーと寝息をたてて寝る。

 

 

「ム、リリーは寝たのかい?」

「…随分と早かったじゃねぇか」

 

 

  サラサラサラと霧のように部屋に現れたのはマーモンだった。今しがた、すやすやと眠り始めた餓鬼を見て、マーモンはもう少し早く帰ってくるべきだったねと言った。

 

 

「わざわざお見舞いに来てあげたのさ」

「金にならねぇのに…頭でも沸いたかぁ?」

 

 

  金さえあればどうでもいいといつも言っているマーモンが、金を払っていないのに自主的に来るとは、ありえないもんを見た。明日は槍が降ってくるかもしれねぇ。

 

 

「スクアーロ、君は失礼だね。…僕的にリリーには早く風邪を治して貰わないと困るんだよ。ベルがうるさいんだ。面倒な飛び火はごめんだからね」

 

 

  …何となく想像がついた。

  ベルがこの餓鬼を拾ってきてから、基本的にベルと餓鬼、マーモンでひとつのセットだった。ベルが随分と餓鬼のことを気に入っていて、餓鬼も餓鬼でベルに心を開いているようだったし、餓鬼がベルの横にいれば比較的、静かだとマーモンも言っていた。

 

  このまま餓鬼が寝込む状態が続けば、暇だなんだと言ってちょっかいをかけてくるに違いない。

 

 

「リリーが起きたらこれを渡してくれないかな」

 

 

  そう言って手渡されたのは5円チョコ。病人にチョコレートはどうかと思うぞぉ、と言おうと顔をあげれば、既にマーモンは何処かへと姿を消していた。

 

  …溶けねぇよう冷蔵庫にでも入れといてやるかぁ。

 

  恐らくルッスーリアが用意してやったであろう冷蔵庫を開けようと、冷蔵庫の前に立てば、読もう読もうと思いながらも忙しくて後回しにしていた俺の本が置いてあった。

 

  …十中八九マーモンの仕業だろう。勝手に俺の部屋に入ったことは拳骨ものだが、やることもなかったので丁度いい。

 

  チョコレートを冷蔵庫に入れた俺は、代わりに小説を片手に椅子に戻る。

 

 

「リリー!!  …ってまだ寝てんの?」

「まだじゃなくてさっき寝たんだぁ」

「なーんだ。せっかく見舞いに来るために早く終わらせてやったってのによ。つまんねー」

 

 

  マーモンが部屋を出ていって1時間後。小説は中盤にかかり、中々いい展開のところで、勢いよく餓鬼の部屋の扉を開けたのは、ベルだった。ベルの手元には花束があったので、帰ってくる途中にでも花屋によったのだろう。

 

 

「…何の花だぁ?」

 

 

  続きが気になるが、ベルの前で本なんてものを読んでいたら、ベルが鬱陶しくて内容が入ってこないので、大人しく近くにあった紙を挟んで本を閉じる。

 

  ベルの持っていた花に興味を示した俺は、ベルに何の花を買ってきたのか聞いた。

 

 

「んなもん、王子が知ってるわけねーじゃん。リリーのために適当に見繕ってきたの」

「いや、そこは知っとけよ…」

「しししっ、王子に花なんてもんキョーミあると思う?」

 

 

  殺しぐらいしか興味を示さないこいつに聞いたのが馬鹿だった…と頭を抱えていれば、ベルは餓鬼の見舞いの品であるはずの花をポイと投げ捨てる。慌ててキャッチすれば、それを見ていたベルがまたしししっと笑った。

 

 

「それ、テキトーに飾っといて。王子、疲れたから寝る」

「ゔぉおい!!  どうせならてめぇが看病しやがれぇ!」

「は、やだね。何で王子がそんなメンドーなことしなくちゃいけねーんだよ」

 

 

  ムリムリと言いながら逃げるようにベルは部屋から去っていった。…ったく、餓鬼が完治しなかったらしなかったでうるせぇ癖によく言うぜぇ。

 

 

「んー、まだキツそうねぇ」

 

 

  ベルが出ていって数時間後。ベルの持ってきた花を、これまたルッスーリアが用意してやったであろう花瓶に適当に活けてやった。

 

  マーモンが持ってきてくれた小説は大分前に読み終わり、同じ作者の違う小説を自分の部屋から持ってきて読んでいれば、餓鬼を起こさないようにと配慮したルッスーリアが静かに入ってきた。ルッスーリアの手には出来たてのお粥がある。

 

 

「…起こさなくていいから、起きたらこれ食べさせてあげて?」

「あ゙?  てめぇが面倒見るんじゃねぇのか?」

「何言ってるのスクアーロ。夜更かしは美容の大敵よ?」

 

 

  てめぇが何言ってやがるルッスーリア。てめぇの顔面に美容とか関係ねぇだろぉ。

 

  それは思わず口に出ていたらしく、ルッスーリアは酷いわねぇと泣き真似しながら部屋を出ていった。

 

  …どいつもこいつもマトモなヤツはいねぇのかぁ!!

 

 

「…可憐だ」

「ゔぉおい!!  レヴィ!!  覗いてんじゃねぇぇぇ!!」

 

 

  レヴィが13歳の餓鬼に性的な目で見ているというルッスーリアの話は間違いではなかったらしい。ドアの隙間から覗いていたレヴィの腹に膝蹴りをキメてやる。

 

 

「はい、った…」

 

 

  うおおお、と蹲るレヴィの襟を持ち、引きずってバルコニーまで運ぶ。バルコニーまで行く道中に程よい縄を見つけたので、それをレヴィの腹に結びつけて、バルコニーに吊るしてやった。

 

 

「うおおお、何をする、スクアーロぉおお!!」

 

 

  雄叫びのような汚らしいレヴィの声は無視して、俺はまた餓鬼の部屋に戻った。

 

  2日後、元気になった餓鬼はベルと手を組んでマーモンを捕まえ、徹夜でゲームをしたらしい。元気になったらなったで面倒だとマーモンが愚痴を漏らしていた。



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第8話

  
  彼は大人だった──
  ──だから少し嬉しかった
  


  

「ベルなんて大っ嫌い」

 

 

  冷たく、それでいてはっきりとリリーの口から拒絶の言葉を紡がれた時、オレは柄にもなく「やってしまった…」と思った。

 

  リリーが怒ってる姿を初めて見た。約、1年足らずの付き合いだが、オレがちょっとイラッとしてナイフを投げても怒らないし、スクアーロやレヴィの巻き添えになっても怒らない。リリーのお菓子だと分かっていて、それを食べても許してくれるリリーだったが、今回ばかしはその寛容さも限界を迎えた、ということか。

 

  怒っている、というよりかは悲しそうな顔をしたリリーは、オレを睨んだ後、静かに談話室を後にする。

 

  リリーが居なくなった瞬間、重苦しい空気は霧散し、談話室にいた幹部──オッタビオはいなかった──は揃いも揃って息を吐き出した。

 

 

「やっちまったなぁ、ベルぅ」

 

 

  哀れみを含んだ視線と、まるでドンマイとでも言うかのような肩ポンは凄く腹がたったので、蹴りを1発スクアーロにかます。

 

 

「ゔぉおい!!  何すんだベルぅ!!」

 

 

  ギャーギャーとうるさいスクアーロを無視して、オカマは、リリーちゃん、謝って許してくれるといいんだけどねぇ、と話を本筋に戻した。

 

 

「…」

 

 

  一気に談話室が静寂に包まれる。スクアーロとレヴィからの咎められる視線が、凄く嫌でウザくて死ねばいいと思った。

 

 

「これを機に、少しでも思い通りにならなかったぐらいで、ナイフを投げることをやめるんだね」

 

 

  壁に刺さった王子特製ナイフを抜きながら、マーモンは言った。マーモンが壁からナイフを抜くと同時に、王子のナイフが巻き込んだ…今回、リリーが怒った原因である茶金の髪束がボロボロと床に落ちる。

 

  それを見ていたルッスーリアが大きくため息をついた。

 

 

「…本当にざっくりいっちゃったわねぇ。リリーちゃん腰ぐらいまで伸ばしてたのに」

 

 

  手入れも一生懸命頑張ってたみたいだし、勿体ないわあとルッスーリアが言う。

 

  事の発端は些細なこと。いつもみたいに、オレの言った言葉にスクアーロがキレて、それにレヴィが飛び火した。

 

  ギャーギャーと3人で騒いでいたら、タイミング悪くリリーが談話室に入ってきた。本当にタイミングと運が悪く、スクアーロの後ろをそろりと歩いていたリリーに、スクアーロに向かって投げたオレのナイフが飛んでいった。

 

  リリーはそれを避けたけど、避けきれなくて、肩上までの髪をざっくりと巻き込み、オレのナイフはリリーの真後ろの壁に刺さった、という訳だ。

 

  リリーは髪を伸ばす理由として、好きな人間がロングが好みだと言っていたから、と言っていた。どれぐらい伸ばせばいいのか分からないと言っていたけど、いつか見せるんだ、そして可愛いって言ってくれたらいいな、と言っていた。完全に恋する乙女である。

 

 

「謝ったぐらいで許すかな。珍しく怒ってたけど」

「マーモンだったら金を積めば解決すんだけどなぁ」

「リリーちゃんは、マーモンちゃんほど単純じゃないわよ」

「そもそもマーモンは髪がないだろう」

「…君ら僕を貶すのもいい加減にしなよ。君らの貯金全部、僕の口座に移すからね」

 

 

  慌ててマーモンに謝る3人を後目に、オレはどうやって許してもらおうかと頭を悩ませる。マーモンみたく金で解決できるのであれば、余るほどある金で解決するが…リリーはどちらかと言うと金に執着も興味もない人間の部類なので、無理だろう。

 

 

「そうだ!  これはどうだ?」

 

 

  まるで名案でも思いついた!みたいな顔をするレヴィに皆の視線が集まる。

 

 

「リリーが恋しているというの噂の男を連れてきて、短い髪のリリーもいいぜ、的なことを言わせるというのは」

 

 

  どうだ?名案だろう、とふはははと笑うレヴィに、何処が名案なんだい、とマーモンの素っ気ない疑問がつき刺さる。

 

 

「おい、レヴィ。てめぇはそのリリーの好きな人がどこに住んでいて、誰なのか分かっているのかぁ?」

 

 

  リリーは秘密主義である。アジア系の顔立ちをしているので、1度アジア生まれかと聞いたらYESと返事が返ってきたけれど、アジアにも国は沢山ある。

 

  それに、今リリーはアジアじゃなくてイタリアに住んでいるのだ。リリーの好きな人がアジア人と断定はできない。

 

 

「そんなの知るわけないだろう」

 

 

  当たり前だと胸を張って言うレヴィにイラついたスクアーロが額に血管を浮かばせる。

 

 

「…でも、マーモンちゃんのチカラなら分かるんじゃないん?」

 

 

  ルッスーリアの言葉でレヴィに集まっていた視線がマーモンへと移る。

  期待を込めた視線を集めてしまったマーモンは、大きくため息をついた。

 

 

「……高くつくよ」

「スクアーロ払いで!!」

「ゔぉおいベルぅ!!  てめぇがやらかしたんだからてめぇで払いやがれぇ!!」

 

 

  マーモンはまたため息をつくと、誰でもいいから絶対に払ってもらうからねと念を押したあと、腰についていたトイレットペーパーを取り出し、鼻をかんだ。

 

  ぬちゃっと汚らしい鼻水の上に文字が浮かび上がる。

 

  ──B

 

  どこにいるのかは分からない。ただBという字が浮かび上がるだけ。このBが一体何を示しているのか、この場にいる全員は分からなかった。

 

 

「Bが頭文字の国にいるのかしらぁ?」

「それともBで始まる人名をしているのかもね」

 

 

  結局、どこにいるのか分からず終いである。無駄な出費をしただけじゃねぇかぁ…とスクアーロはガクリと肩を落とした。

 

 

「ふん、使えんな」

「レヴィよりかは使えると思うけどね」

「…レヴィよりかはマシだろぉ…」

「なぬっ!?」

 

 

  わー、ギャーと珍しくマーモンも参加している喧嘩の光景を、オレはため息をついて見ていた。

 

  つか、どーしろってんだよ。髪なんて知らねーし。女は髪が命とか頭可笑しいんじゃね?  命さえ残ってれば、後はどーにでもなるってのに、なんで命よりも髪を大切にしてんだよ。

 

 

「とりあえずベル、リリーを探してこい。アイツ、外に出ちまったぞぉ」

 

 

  チラリと窓から外を見たスクアーロが苦笑いをしながら言った。オレもつられて外を見てみれば、オレたちの監視役についていた人間が外でゴロゴロと転がっている。

 

  大方、頭を冷やすため城を出たのはいいが、ボンゴレの監視役が勝手に城を出られるのは困るとか言って、寄って集ったのだろう。見る限り、全員返り討ちにあってるっぽいけど。

 

 

「殺してはねぇだろぉが…ったく、俺達を巻き込むんじゃねぇ」

 

 

  頭をガシガシと強めに掻いたスクアーロは談話室から出ていく。多分、外に転がってるヤツらを掃除するのだろう。

 

  …仕方ない。オレも腹をくくろう。今回は完全に王子が悪いし、少しぐらいだったらどんな罵詈雑言でも我慢してやる。



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第9話

  
  いつだって彼女を見つけるのは──
  ──手を引いてくれるのは彼だった
  


  

  左横髪だけがバッサリと肩上まで切られている私の髪。私の好きな人──彼が好みの女性はストレートロングだと言っていたから、それを聞いた日からコツコツの頑張って伸ばしていた。

 

  1歩1歩、地面を踏みしめる度に、地面にひらりと落ちていく髪を見て、本当にバッサリといっちゃったなあと思う。

 

  左だけ髪が短いなんて、傍から見たら歪だろう。私だってそう思う。他所様に見られるのは凄く恥ずかしいけれど、ベルに啖呵を切った手前、今更ヴァリアー城に帰る勇気も無く、私は現在、ヴァリアー城から片道3時間程かかる街へと降りていた。

 

  ぶっちゃけ言うと、こんな都心部の街に1人で来たことは初めてで、帰ろうにも道が分からないため帰れない。

 

  ヴァリアーの誰かに助けを求めようにも、そもそも幹部たちの携帯番号を私は知らないし、というか任務前にいつも無線が支給されるので、携帯自体持っていないというかなりの緊急事態である。勢いで飛び出して来たがために、お金ももちろん持っていないので、無一文だ。

 

  完全に詰んだなあと思う。ここに来る道中、本部の人達を気絶させてしまったので、スクアーロがカンカンに怒ってるに違いない。

 

  折角最近、元気が出てきて、それでもって私にも少しずつではあるけれど、スクアーロから話しかけてくれるようになったのに…これじゃあ振り出しに戻っちゃうかもなあと青い空を見ながら思った。…帰れるだけマシか。

 

 

「はあ、キレイな空だなー」

 

 

  とぼとぼと見慣れない街を見ながら歩いていく。暫くすると、大きな広場に出た。

 

  この街を象徴するかのような大きな噴水。その噴水の前では待ち合わせをしているのか、疎らに人がいて、カップルが話し込んだりもしていた。

 

  私1人だけ、この場に取り残されたような気がした。

 

  街を出歩いている人間の大半は、家族とお出かけ、または友人、恋人で、1人で歩いているなんて数少ない。

 

  私はその数少ないうちの1人で、なんというか…街に1人で出たのが初めてだったからかは分からないけれど、とてつもない虚無感と寂しさが胸を覆った。

 

  噴水の前に座り込む。

  自分であそこから出てきた筈なのに、何故か泣きたくなった。

 

  …スクアーロ、怒ってるかな。多分、怒ってるよね。きっと私の代わりに本部の人に怒られてるかもしれない。

 

  ベルに嫌いって言っちゃった。髪なんかを切られたぐらいで、あんなに怒っちゃって、凄く大人気ない。ベルは人に執着することないから、もう私の事要らないって言うかな。

 

  なんだろう。今、私はナイーブで、不安が私を覆い込む。やだ、暗い、寂しい、悲しい。

 

  ──彼に、会いたい

 

  私の好きな人は、彼はいつも私を救ってくれる。

  父が家に全く帰ってこなくて、それでも家で悲しそうな顔をして父を待ち続ける母が見ていられなくて、私はいつも家を出た。

 

  遅くなると母が心配するから、早めに帰るように心がけていたけれど、その当時、私は友達なんか誰一人いなくて、家の近くの草原でずっとぼーと時を過ごしていた。

 

  声をかけてくれたのは、彼からだった。どうやら私の家に用があったようで、噂程度に聞いてた私に興味を彼が持ったらしい。

 

  1人でどうしてあんなところいたんだよ、って聞かれて、遊ぶ相手がいないからと答えれば、ぼっちと揶揄われたりもした。

 

  けれど、不思議とそれが嫌じゃなくて、まるで友達との掛け合いのようなあれが出来たことに、凄く興奮して、嬉しくて、笑えば彼は笑った方が可愛いじゃん、と優しく頭を撫でてくれた。

 

  それから彼は、暇が出来た時は私に逢いに来てくれた。時にはお友達を連れてきてくれたこともあったし、彼の職場に足を運んだことも何度もあった。

 

  気がつけば、私は彼に恋に落ちていて、それを母に指摘された時、何故だか分からないけれど、更に幸福な気持ちに包まれたのを今でも覚えている。

 

  1度告白をしたことがあったけれど、子供だからと打ち合っては貰えず、日常会話の中から聞き出した彼の理想の女性に近づけるよう、日々努力をしていた。

 

  それは彼に逢えなくなっても、続けていた。だからこそ、この髪が落ちていく場面をスローモーションで見た時、絶望してしまったのだ。

 

  ベルは私の5歳下なんだから、私が大人にならないといけないのに。彼も、大人な女性がいいと言っていたし、こんなことで腹を立てる女をきっと好きになってくれる筈がないんだ。

 

  でも、ちょっとだけ、この状況が嬉しいと思っちゃったりもしている。

  私には友達がいなかったから。歳の近い子が周りにいなくて、学校に行っても大人に囲まれていた弊害からか、クラスの皆と打ち解けることは出来ず、やはりぼっち生活を満喫していた。

 

  だから、この喧嘩みたいな、状況が少し嬉しい。私が謝ってベルが許してくれるかは分からないというこのヒヤヒヤ感はもう二度と味わいたくはないけれど、それでも青春みたいなこの感じを1度でも味わえたことはきっと成長に繋がる。

 

 

「おい、体調でも悪いのか?」

 

 

  体操座りをして蹲っていたら、肩を揺さぶられた。見上げると、心配そうな顔をしたベルがいて、目を見開いた。

 

 

「…マーモンの、幻覚…?」

「は? なわけねーじゃん」

 

 

  オレ本物だし、と不機嫌そうにベルは言った。それが信じられなくて、ベルの頬を引っ張ってみれば、割かし痛そうな反応をした後、ナイフをチラつかせて来たので多分本物…だと思う。確証は無い。

 

 

「…なんで、ベルが、ここに…?」

「…それは……」

 

 

  さっきの態度とは一変して、モゴモゴと口を動かすベル。スクアーロに何処か遠くの場所にでも私を捨ててこいとでも命じられた? …いや、もしそうであれば、ベルがこんなに狼狽えることはないだろう。

 

  …では、何故?

 

 

「……それ」

 

 

  ベルはバッサリと切れた私の左横髪を指さした。これ?と私は慣れない酷く短い髪をもつ。

 

 

「悪かった」

「え…?」

「だから! 悪かったって言ってんの!」

 

 

  謝る態度ではない。

  けれど、基本的にオレ様なベルが自発的に謝ることなんて早々になくて、だからこれはとてもとても珍しいことで。

 

 

「…キレイな空だけど槍でも降るのかしら?」

 

 

  だから凄く不安になった。

 

  私の言葉を聞いたベルはカチンときたのか、口元がピクピクと動いている。折角、珍しくベルが謝ってくれているのに、私はとても失礼な反応だ。だから私もごめんなさいと謝った。

 

 

「…なんでお前が謝んの?」

「今さっきの反応、後…ベルに嫌いって言ったことにたいして、私も謝るわ。ごめんなさい」

「別に、いいけど」

 

 

  ふふふと私は笑った。

  どうやらベルは私の反応が気になるようで、少しビクビクとしていた。だいぶ、嫌い効果が効いているらしい。

 

 

「ねぇ、ベル。頼みがあるの」

 

「…本当に良かったのかよ」

 

 

  街を抜けて、ヴァリアー城に帰るために絶対に通らないといけない森で。私はベルに髪を切って貰った。

 

  肩上一直線に揃えられた私の髪は、どれほどベルが器用なのかが物語っている。

 

 

「うん。だって、ずっとあんな不恰好でいるわけにもいかないでしょう?」

「それは、そーだけどさ」

 

 

  責任を感じてるのかどうかは分からないけど、さっきからずっとベルは落ち込んでいて、本当に明日にでも台風とか嵐とかヴァリアー一斉に風邪が流行るとか、不吉なことが起きそうだ。

 

 

「ねぇ、ベル。私、髪長い方と短い方どっちが似合ってる?」

「ん? …オレは短い方が好きかな」

「じゃあ、切って正解だ」

 

 

  実を言うと、私は彼にロングは似合わないとバッサリ言われていた。彼の好みの女性になりたくて頑張っていたけれど、彼の目ではどうやら私はロングが似合わないように映っていたらしく、鬱陶しいから切れと催促されていたのだ。

 

  それをベルに言えば、一瞬固まった後に、怒り出した。

 

 

「それを早く言えっての!!」

「あはは、ごめん」

「…ったく、悩んでた時間と金返せよ」

「……お金?」

 

 

  一体、お金がどうしたのだろうか? 私がいない間になにかしたのかな? もしかして本部から賠償金とか言われてる? え、そうだったらヤバいよね?

 

 

「ま、被害は全部スクアーロに行ってるし、やっぱり返さなくていーや」

「え、私、この短時間ですごいスクアーロに迷惑かけてるわよね!? 幾ら? 幾らあげればいいかな!?」

 

 

  別に気にしなくていーってと言うベルはもうすっかりいつもの調子だ。アワアワとしている私を置いて、ベルはいつもの調子で先を行く。けれど、数歩したら止まって、ベルは振り返った。

 

 

「でも確かに、お前のあの長ったらしい髪が視界にチラチラ入ってくんの邪魔くせーって思ってたから、それぐらいが丁度いいかもな♪」

 

  ──『似合ってるぜ』

 

  声には出さなかったけど、最後確かにこうベルは口パクで言った。

  …全く、素直じゃないんだから。

 

  ニヤニヤして帰ったら、やっぱりスクアーロにドヤされました。もうこれからは、下手に本部の人を刺激しませんとスクアーロに誓い、反省文もみっちりどっしりと書いて提出した。

 

  …量が多くて暇人かと怒鳴られた時はキレそうになったけど、堪えたよ。誰か褒めて?



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第10話

  
  愛してるって幾ら呟いたとして──
  ──彼は彼女を相手にしなかった
  


  

  お母さん、と声をかければ、台所にいた母は振り返りどうしたの?と優しく声をかけてくれる。

 

 

「…行ってくる」

「あら、今日も?」

 

 

  うん、と返せば、母は少し寂しそうな顔をした後、早く帰ってきてねと言った。それにまた私はうんと返した。

 

  母は酷く優しい人だった。

  いつも仕事で家を留守にしている父に文句ひとつ言わず、ずっと静かに待っている。困っている人には、手を差し伸べてあげるほどにお人好しで、それでいて暖かい人だ。

 

  そんな母を見てられないと思ったのはいつだっただろう。別に母が寂しくて泣いている場面を見たわけでもないけれど、でもなんだか見てられないなとふとした時に感じた。

 

  母が、哀れな女に、見えてしまったのかもしれない。

  それとも、私のせいで父は帰って来られないと私は知っているのに、知らないふりをしているからか。

 

  私の父の職業はかなり特殊だ。

  その分、父の稼ぎがよく、私の家はとてつもなく無駄に大きくて、それなりに母の懐にもお金が入ってきている筈なのに、母は全くそのお金に手を付けなかった。

 

  お手伝いさんが家にいるのに、母は絶対に自分でご飯を作ると言い張るし、買い物だって自分でやると譲らなかった。

 

  どうしてなのか、理由は聞いていないけれど、そこがまた、哀れに見えてしまった。

 

  笑っているけれど、笑っているようには見えなくて、そんな脆くて弱い母を見たくなくて、半ば逃げるようにいつも外に出ていた。

 

  友達なんていないんだから、外に出ても意味がないのに、それでも外に出た。お城のように酷く大きいあの家は、息が詰まって、息の仕方を忘れてしまう。

 

 

「あり? この辺だったと思うのになー」

 

 

  声が、聞こえた。

 

  キョロキョロと辺りを見渡している彼は、どうやら道に迷っていたようだった。話しかけようか、いや話しかけていいものだろうかと悩んでいれば、どうやら彼は私に気づいたらしい。テクテクと私に近づいて来る。

 

 

「なあ、お前」

「は、はい…」

 

 

  目の前の彼を一言で表すなら『派手』。多分、人によって印象はかなり変わってくると思うけれど、私の中の印象は派手(これ)が印象的だった。

 

  父と母、それにお手伝いさんぐらいしか見たことがないからそう思ってしまうのかもしれない。

 

 

「『      』ってヤツの家知ってる?」

「…あ…」

 

 

  やはりというか、彼が探していた家は私の家だった。この辺り一体は森と草原しかないので、探し物といえば大抵私の家だ。そこ、私の家ですと答えれば、急に彼はまじまじと私を観察し始める。

 

 

「…言われてみれば似てんな『      』に」

「父、ですか…?」

「ま、どっちかと言えばお前、かーちゃん似だろ」

 

 

  似る方正解(あって)んぞ、と彼は言って笑った。どうやら彼は、父の知り合いでもあるし、母の知り合いでもあるようだ。

 

 

「…父に用があるんですか?」

「いーや。お前のかーちゃんに」

「母なら家にいますけど…」

 

 

  案内しましょうか?と聞けばお前はオレを案内した後どうすんの?と質問を質問で返された。少しムッ時だけれど、父の知り合いという時点で普通ではないことは確かなので、大人しく答えるとする。

 

 

「また、ここに戻ってきます」

「見たところお前ひとりっぽいけど」

「1人です」

「…あー、ぼっち系?」

 

 

  ズカズカと土足で上がり込んでくる人だなあと、客観的に思った。別に嫌な気はしていないが、父も母もこんな感じの人間では無いので、少し新鮮に感じる。

 

 

「…そうですけど…」

「何それ、悲しいヤツだな。父親にそっくり」

 

 

  彼は笑った。

  …全然、私は父とは似ていない。父の周りは人で溢れかえっているけれど、対して私はぽつんと1人。全然、似てなんかいない。

 

 

「オレは思わないけど、普通って1人だと寂しいって思うんじゃねぇの?」

「……」

 

 

  彼の質問に私は俯いた。

  私が1人なのにはそれ相応の理由があり、父があんなに血眼になって仕事をしている理由も私にあった。

 

 

「ま、オレもどーせマフィン届けに来ただけだから、もう少しここに居座っとすっかなあ」

 

 

  大して興味は無かったのか、私の反応を見て無理に聞き出そうと彼はしなかった。

 

 

「つかさ、マフィンぐらい自分で届けろって思わね?」

 

 

  どさりと彼は地面に座った。私はただその光景を見つめていると、座んねぇの?と声をかけられた。隣に座っていいものかと、悩んでいたら、彼に思いっきり手を引かれ、彼の足の間に座らせられた。

 

 

「…セクハラ」

「はあ? 餓鬼のくせに何ナマ言ってんだよ。オレ、丁度寒かったから、これでいいの。やっぱ餓鬼は体温たけーな」

 

 

  若く見える彼は随分とおじさんのようなことを言う。いくつ?と聞いてみたらいくつだと思う?とまたしても質問が返ってきた。

 

 

「…20」

 

 

  確か、父が今25だったような気がする。父よりも若く見えるので、そう言ったら彼は嬉しそうに笑った。

 

 

「残念。ふせーかい」

「…じゃあいくつ?」

「さあ?」

「さあって…」

 

 

  教える気は一切ないのか、彼はまたカラカラと笑った。それにつられて、私も笑えば彼は少し驚いた顔をした後笑えんじゃんと言った。

 

 

「お前、母親とは違って全然笑わねーんだもん。やっと笑ったな」

「…確かに笑わないかも」

 

 

  いつも1人。話す相手なんて母しかいないから。母はいつもニコニコしているけれど、私にはそれが理解できなくて、確かに無表情だった。

 

 

「お前はかーちゃん似なんだから、笑ってた方が得するぜ」

「お母さん、キレイだもんね」

「オレのタイプじゃねーけど。でも、少なくとも笑ったお前の姿は──」

 

 

  きっと、この日から私は彼に恋をしていた。

  彼は私の笑顔が()()()()()()()()()だと言ったけれど、私から言わせてみれば──

 

  ──彼の笑顔の方が俄然綺麗に見えた

 

 

  これは彼と私が初めて出会った話である。



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第11話

  
  そこは空席──
  ──結末は知っている
  


  

  ボスが帰ってきた。

  この約8年間、ヴァリアーの皆はボスの帰りを待ち望みにしていて、一時期は自分の不甲斐なさに嘆いたスクアーロが病みかけた時もあったけれど、それでもずっと待っていた。

 

  急に開かれた談話室の扉。

  若干、私とベルとオッタビオのせいでギスギスとした雰囲気が流れていたけれど、それも8年にもなれば、神経の図太い幹部達はなれ、談話室でいつものようにバカ騒ぎをやっていた時に、なんの前ぶりもなくボスは帰ってきた。

 

  最初にボスに飛びついたのはスクアーロだった。ボスはスクアーロを認識すると同時に、近くにあった花瓶をスクアーロに投げつけ、気絶させる。

 

  そんな光景を見ていた筈なのに、学習をしないルッスーリアとレヴィがボスに飛びかかり、憤怒の炎で蹴散らされていた。

 

  前の3人と比べるとやや控えめにボスに近づいたベルを見て、ボスはベルよりも一回り程大きい手をベルの頭の上に乗せた。嬉しそうに笑っているベルを横目に、ボスと私の視線がかち合う。

 

  パタパタと私もボスに近づいた。私はあまりボスと関わりはなかったけれど、それでも私はボスのことが好きだから、帰ってきてくれて嬉しかった。ホッとしていれば、ボスは私の頭も撫でてくれた。

 

  暫くベルと共に頭を撫でられていれば、気絶から復活したスクアーロの咆哮が部屋を包む。うるせぇと嫌そうな顔をボスはした後、マーモンとスクアーロを呼び、談話室から姿を消した。

 

 

 

  *

 

  ボスが帰ってきて、少しの時が過ぎた頃。私たちヴァリアーは何故かボートの上にいた。…いや、()()()は間違いで、多分一通りスクアーロがここに来るまでに作戦の説明をしてくれていたと思う。けれど、一々作戦なんて気にしないベルに巻き込まれ、殆ど話を聞けなかったのだ。

 

  今更聞こうものなら、スクアーロに怒鳴られ、殴られ、怒られることは間違いないので、暫く空気を読みながら作戦内容を聞き取ろうと思う。

 

 

「本当にオレたちだけでいいのか?」

 

 

  ふとした時、レヴィが言った。レヴィがその言葉を発した次の時、ボートの中は笑いに包み込まれる。

 

  苦笑、失笑、冷笑──多少の違いはあるものの、どれもレヴィを見下す悪意を滲ませた笑いである。ちなみに私は完全無視だ。

 

 

「何がおかしいというのだ、貴様ら!」

 

 

  レヴィの怒りの声と共に、いきなり立ち上がるものだから、大人と子供でぎゅうぎゅうなボートは大きく揺れた。

 

 

「ゔぉおい! でけぇ声出してんじゃねぇぞぉ!」

 

 

  レヴィを叱咤するスクアーロの声はレヴィよりも大きい。そして、スクアーロまで勢いをつけて立ち上がるものだから、またボートが揺れる。

 

  …私、船酔いしてるかもしれない。

  静かに口元を抑える私を横目で見たベルはしししっと笑う。もちろん、心配なんてしていない。

 

 

「オレらが何のために真っ暗闇ン中でジッとしてんのか忘れたかぁ? こんなところでバレたらザンザスの作戦も全部パァだろうがぁ!」

「貴様ごときがボスの名を口にするな、スクアーロ!」

 

 

  正直、どっちもどっちだと思う。2人とも声は大きいし、殺気もすごいし、普通にバレてもおかしくない。

 

 

「はい、そこまで」

 

 

  ヴァリアーのママンことルッスーリアが代表して鉄拳制裁を下す。膝から崩れ落ちるスクアーロとレヴィのせいでまた、ボートが揺れた。

 

 

「ぐ……」

「うぉ……」

「あーら、2人とも痛かった? ま、痛くするつもりでやったんだけど」

「しししっ、でも1番ダメージ受けてんのリリーだぜ?」

 

 

  ベルの言葉に、ルッスーリアは蹲って死にかけている私に、あら? 船酔いかしら?と心配してくれる。しかし、全く優しさの欠けらも無いスクアーロとレヴィの視線の矛先はルッスーリアに向けられていて、今にも殺さんと睨みつけている。

 

 

「はあ、本当にいい加減にしなよ、2人とも」

 

 

  ため息まじりに言ったマーモンは目こそは見えないけれど、呆れた顔をしている。

 

 

「リリーが酔ってる原因は主に君らのせいだろ? それに金にならないようなけんかして、何が楽しいのさ?」

「うるせぇぞぉ、クソチビぃぃぃっ!」

 

 

  マーモンの言葉が癇に障ったのか、スクアーロは一切の手加減なく、足元に立っていたマーモンの影を蹴りあげる。

  また、ボートが揺れる。

 

  しかし、マーモンはスクアーロに蹴りあげられることなく、蹴りあげたスクアーロの長い足の先に、ちょこんと立っていた。確実にスクアーロを煽っている。

 

 

「いいかい?  8年ぶりのミッションなんだよ」

 

 

  マーモンは静かな声で、それでいて諭すように言う。スクアーロとレヴィの怒りで熱くなったその場の雰囲気を確実に、マーモンが冷やしている。

 

 

「ボンゴレ最強の暗殺部隊ヴァリアーが、久しぶりに表舞台に出るんだ。ボスに恥をかかせたくはないよね?」

「当然だ!」

 

 

  誰よりも早くそう答えたのはボス大好きボス命のレヴィだった。レヴィの返事を聞いたマーモンは音もなく床におり、レヴィを宥めるような口調で語りかける。

 

 

「それでレヴィ。キミは一体何を不安に思っているんだい?」

「不安など感じていない。オレは今回のミッションに、本当に6人だけで大丈夫なのかと、そう言っているのだ」

「しし、オレは心配だね。コイツ、死んでるけど大丈夫?」

 

 

  ベルは寝転がって死んでいる私をつんつんと突く。あらあら、大丈夫かしらとルッスーリアが懇親的な介護をしてくれる。…さすがヴァリアーのママン。

 

 

「足りないってこと?」

「無視かよ」

「島には多くの人質がいるのだろう。逃がすためには、オレが育てあげたレヴィ雷撃隊も動員して……」

「バーカ。逃がす必要とかねーっての」

「…ベル、ナイフでつつくのはやめて……」

 

 

  私の願いを聞き入れることはなく、やはりベルはつついてくる。…ナイフで。

 

 

「ぜーんぶ殺しちゃえばいいじゃん。そーすれば皆解決っしょ」

 

 

  しししっと笑い声が漏れる。レヴィはベルの言葉を聞いて「ぬ……」と声を漏らしたものの、それ以上の反論をすることは無かった。

  そして、話を締めくくるように、マーモンが言う。

 

 

「これは試験でもあるんだ。ボスの目指す未来──そこにキミ達がついてこられるかどうかのね」

 

 

  無言のまま、わかっているとでも言うかのように私を含めた5人は頷いた。と、その時、装着していた小型無線機を通して、ボスから作戦開始の命令が伝えられた。

 

 

「行くぞぉ、おまえらぁ!!」

 

 

  スクアーロの声と共に、エンジンの音が夜気を震わせた。

 

 

「…ふふ、やっと死ぬんだ」

 

 

  エンジンの音にかき消された私の声は誰も拾わなかった──。

 

 

 

 

  *

 

  闇に包まれた海を疾走する1隻のボート。一切の明かりをつけずに進むその行為は、地上とは違って障害物のほとんどない海上とはいえ、かなり危険を伴っていた。

 

  しかし、頭のネジが緩んでるのか外れてるのかは分からないが、そのボートに乗っている6人に、恐れる様子は微塵もみられない。…1人、死にかけのような女性がいるけれど。

 

 

「ゔぉおい、このままでいいのかマーモン?」

「うん。そのまま真っ直ぐで。何かあったら、すぐに教えるよ」

「…スピード出すぎじゃない?」

「あともうちょっとの辛抱だからねぇ。こればっかしは我慢してもらわないとだわあ」

 

 

  ボートを運転していたスクアーロの問いかけにマーモンは小さく頷いた。寝たままだと振動が伝わりやくすくなるから、座りましょうと運転するスクアーロの近くに座らせられていたリリーの問いかけにスクアーロは答えることはない。完全無視である。

 

  ふいに、マーモンの口から白いものがこぼれた。寒い日の吐息のようなそれは、あっという間にまわりに広がっていき、ー面の霧となってボートを包み込む。

 

 

「さっすがねぇ、マモちゃんの術は」

 

 

  ルッスーリアが感動したと言うように手を重ね合わせる。それとは対照的に、リリーの顔色は曇った。

 

 

「このまま白いベールに包まれて、島まで一直線ってことかしら」

「いーや。そうカンタンにいかねんじゃね?」

 

 

  つい先程までリリーをつついて遊んでいたベルだったが、途端に興味を無くしたのか、自分の武器であるナイフを手元でクルクルと回しながら呟く。

 

 

「なーんかイヤな予感すんだよね。王子的に」

 

 

  ベルの言葉を最後に、その場の空気は静寂に包まれた。

 

 

「ベルがさっき言ったことは正しいよ」

 

 

  どれぐらいの時が経ったのかは分からない。けれど、先程よりもそう時間が経たないうちにマーモンはすました顔で言った。

 

 

「今更何を言っているのだ、貴様!」

 

 

  マーモンよりも、ベルよりも、リリーよりも年上の筈なのに、その3人の表情とは対照的なレヴィの顔は怒りで染まっていた。

 

 

「まさか臆病風にでも吹かれたというのか! 貴様などいなくても、オレたちだけでミッションは…」

「こっちは、キミがいないと困るんだけどね。レヴィ」

 

 

  基本的に、レヴィの立ち位置はヴァリアー幹部の中でも、見掛け倒しの位置に立っている。顔は厳ついが、戦ってみればそう強い訳ではなく、幹部の中で順列をつけるとしたら、底辺の方にいるレヴィがそんな言葉をかけられることは本当に少ない。

  思いがけないマーモンの言葉にレヴィは戸惑う。

 

 

「ぬ、な、何を…そのような、当たり前を……」

「島にいるヤツらは、高性能の暗視装置を持っている可能性が高い」

 

 

  マーモンの言葉に、皆静かに耳を傾けている。

 

 

「僕の幻術なら、それでもバレないって自信があるんだけど、万が一ってことも考えないとね。最初が肝心だからさ」

 

 

  どこか気楽そうだったマーモンの声が、一気に真剣味を帯びた。それほどマーモンにとっても失敗をしたくない、ということなのだろう。

 

 

「こっちも大金を貰ってるんだ。仕事は完璧にこなしたい」

「く…金の亡者め。オレは貴様と違って、ボスのために働くのに何の見返りも求めては…」

「で、どうするの?」

 

 

  これ以上の話を聞くつもりはないと言わんばかりにマーモンがレヴィの言葉を遮る。

 

 

「やるの? やらないの?」

「ぬ……」

 

 

  フードの奥から鋭い眼光で射抜かれ、思わず声を失うレヴィだったが、すぐさま頷いた。

 

 

「オレは作戦のために全力を尽くすだけだ!!」

「…任務中に死なねーかな、このおっさん」

 

 

  暑苦しい咆哮をあげ、背中に刺していたサーベルのような武器を勢いよく抜ききったレヴィを見て、ベルは嫌そうに眉を顰め呟いたのだった。

 

 

 

  *

 

  どさりと音をたて、ルッスーリアの足元に全身から力を失った男の身体が倒れた。ルッスーリアは得意とするムエタイの技で音もなく敵を仕留める。

 

 

「残念だわー。もっと時間があったら、たーっぷり楽しめたのに」

 

 

  倒し足りないと存外に言っているルッスーリアは心做しか楽しそうに見えた。そんなルッスーリアの隣では、ベルが特注のナイフを使って、敵に悲鳴ひとつあげさせず、敵を葬っている。

 

 

「しししっ」

 

 

  さすがヴァリアー1の天才と言われるだけのことはある。ベルもルッスーリアと同じで楽しそうに笑っていた。

 

 

「…地上、バンザイ!!」

 

 

  黒光りした大きな黒鎌で、容赦なく敵の首を撥ねた女性、リリーは地上の有り難さに涙していた。よく見ると目元に涙が少しだけだが浮かび上がっている。

 

 

「1匹だけじゃ物足りないっつーか。3匹ともオレに殺らせてくれりゃー良かったのにさ」

「あら、そんなこと言わないでよ、ベルちゃん。独り占めは、な・し・よ♪」

「…船のせいでダウンしてたからね。身体を慣らさないとでしょう?」

「ゔぉおい!!  ムダ口たたいてんじゃねぇぞぉ!」

 

 

  ズカズカと足音をたてて近づいてきたスクアーロが3人を叱り飛ばす。

  マーモンの霧、そしてレヴィの電気傘(パラボラ)と呼ばれる武器で発生させた雷によって、一同は見張りの目をすり抜けることに成功した。

 

  島に上陸した彼らは、早速近くを歩いていた見張りの男3人を始末していた。

 

 

「それにしても、このコたち、ホントに色々つけちゃってるのねぇ。せっかくいいカラダが隠れちゃうじゃない」

「でた、ルッスーリアのきもちわるい趣味。キメー」

「こればっかしは同感」

 

 

  あら、2人して酷いんだからと言うルッスーリアの視線の先にはやはり、先程始末された男にあった。

 

  彼らは、防弾ベストと暗視装置つきゴーグル、それに自動小銃で武装していた。ヘタなマフィアなど勝負にもならないプロの装備だ。実際、まともに正面から戦えば、ヴァリアー幹部の実力を持ってしても苦戦は免れなかったかもしれない。

 

  しかし、あまりの存在感故に忘れかけることもしばしばであるが、本業は暗殺者である。

  相手に気づかれず、周りにも気づかれないように速やかにターゲットを消す方法は、いくらでも心得ていた。

 

 

「おい、マーモン。残りの数と配置を教えやがれ」

「現場でのナマ情報は別料金だよ」

「ちっ…後でザンザスにいくらでも貰いやがれぇ」

 

 

  スクアーロの言葉に満足そうに頷いたマーモンはローブの中から紙片を取りだし、勢いよく鼻をかんだ。

 

  粘写(ねんしゃ)──遠く離れたターゲットの情報を写し出すというマーモンの能力である。

 

 

「ム…聞いてたよりも人数がいるね」

「何人だぁ?」

「建物の外にいるのが8人。中には10人だね」

「…18人か」

「1人でも逃したりすると厄介だよ」

「ああ、例のアレを持ち逃げでもされたら台無しだからなぁ」

 

 

  マーモンから粘写された紙を受け取ると、スクアーロはすぐに指示を出す。

 

 

「ベルとリリーはオレに着いてこい。ルッスーリアとレヴィは、外にいる見張りのやつらを全部片付けろ。逃げようとするやつも残さず殺っとけぇ」

「りょーかい」

「わかったわ」

「私にお・ま・か・せ♪」

 

 

  スクアーロの指示にすぐ頷くベルとリリーとルッスーリア。しかし、やはりというか…。

 

 

「待て。何故オレが外で見張りの片付けなどしなければならん」

 

 

  一々スクアーロに突っかからないと気が済まないのか、レヴィは抗議の声をあげた。いつものことではあるが、スムーズに作戦に取り掛かれないのはかなりの問題である。呆れたようにリリーはため息をつき、暇を持て余しているベルの手元でナイフが光る。

 

 

「スクアーロ…貴様、手柄をオレにとられまいとして……」

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇぞぉ」

 

 

  どうやら冷静なスクアーロはレヴィを相手するつもりはないらしい。レヴィに背を向けた。しかし、その行為がかえってレヴィに怒りの火をそそぐ。

 

 

「貴様、オレの目を見て話を…」

「いい加減にしなよ、レヴィ」

 

 

  レヴィを止めたのは、またもマーモンだった。あと少しマーモンがレヴィを止めるのが遅ければ、レヴィはベルのナイフの的となっていたであろう。つまらなそうにそっぽを向くベルを横目で見ていたマーモンはため息をつく。

 

 

「こんなところで時間を止められて作戦失敗だなんて、僕はイヤだよ。約束の報酬もパーになるじゃないか。それに…最初から現場の指揮はスクアーロがとることになっていただろ」

「正直、オレはそれにも納得がいかなかった。なぜ俺ではなく、スクアーロが…」

「じゃあキミはボスの判断が間違ってたって言うんだね?」

 

 

  その言葉が決め手だった。レヴィの文句がピタリと止まる。

  レヴィがザンザスに捧げる忠誠心はこのヴァリアーの中で誰よりも大きい。8年という月日が経っても、それは小さくなるどころか、むしろ神へ捧げる信仰というレベルまで達していた。

 

(だから、任せられないこともあるんだよね。マジメすぎるやつって、けっこー暴走とかするしさ)

 

  心の中で呟くマーモン。

  今回の作戦には『真の目的』がある。その真の目的を知らされていたのは、スクアーロとマーモンだけだった。

 

 

「ねーねー、よく考えてみてよ、レヴィぃん」

 

 

  そこへルッスーリアが割り込んでくる。

 

 

「あなたの雷の技って、ちょっと目立ちすぎちゃうでしょ。外ならともかく、屋敷の中でピカピカーッなんておかしく思われちゃうわ」

「それは……」

「ボスは、ちゃーんとあなたが活躍出来る場所をわかってるのよん♪」

 

 

  ルッスーリアのその一言で、レヴィの目に一気に活力が戻る。なんとも単純な男である。

 

  ベルがつまんねーと声を漏らした。どうやら、このままぐずるようだったらベルの手で始末しようとしていたらしい。ベルは暇を好まない。このまま、楽しみにしていた作戦をお預けされるなら、やむなしと考えていたのだろう。

 

  何とかレヴィを丸め込んだルッスーリアは満足そうに笑う。

  そこでスクアーロの号令がかかる。

 

 

「行くぞぉ、おめぇら!」

 

 

  改めて作戦の第2段階が始まった。

 

 

 

  *

 

  マレ・ディアボラ島迎賓館(げいひんかん)・大ホール──。

 

  普段なら、ゲストを集めた大掛かりなパーティーなどが開かれるこの場所に、100人を超える人質のマフィア達が全て集められていた。

 

  見張りとして立っている男の姿は6人。その全てが自動小銃を手にし、防弾装備で身体を覆っていた。隙のないプロを思わせる動きもあわせて考えれば、たった6人とはいえ、下手に戦いを挑むのは危険すぎる相手だった。

 

  危険な裏社会を乗り越えてきたマフィアの者たちにもそれはわかるのか、武装解除された彼らに、積極的に抵抗しようという気配は感じられない。

 

  しかし、そんな彼らを、武器した男たちはなおも油断なく監視していた。

 

  その完璧さが──逆に隙を生んでいた。

 

 

(うしし…あいつら、ぜーんぜんこっちに気づいてなくね?)

(今のうちに殺す?)

(だまれぇ。よけーなこと言ってんじゃねーぞ)

(はいはい)

(ベル、お口チャックだって)

(おめーもだ、リリー!!)

(…スクアーロが1番うっせーよ)

 

 

  この状況を楽しんでいるのか、珍しくリリーはスクアーロの反応で遊んでいた。ベルも緊張感のない笑みを浮かべている。

 

  一方、スクアーロは、リリーに遊ばれながらもじっと見張りの男たちの様子を伺う。

 

  その時だ。

  豪華なシャンデリアを始めとしたホールの明かりが、突然消えた。見張りの男たちの間にも、さすがに動揺が走る。

 

  と、次の瞬間、ホールで最も大きな正面の扉が、勢いよく開け放たれた。見張りの男たちは、すぐさま反応する。手にした銃を素早く扉の方へ向け──。

 

  ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!!

 

  逃れようのない銃弾の雨が、嵐となって荒れ狂った。

  激しい銃声が、ホールを埋め尽くすように響き渡る。やがて、銃声は1つ、また1つとやみ、暗闇の中に静寂が戻る。

 

  替わってホールに轟いたのは男たちの大声だ。

 

 

「早く明かりをつけろ」

「死体を確認するんだ」

 

 

  だが、その声は銃声と同じように1つ、また1つと消えていった。

  そして、ホールに再び明かりが戻る。

 

 

「!!!」

 

 

  人質のマフィアたちから、驚きの声があがった。なんと、6人の見張りの男たちが、1人残らず床の上に転がっていたのだ。明かりが消えていたのは1分あるかないかの僅かな時間だったというのに。

 

  そして、替りに立っていたのは黒い服装をした3人──スクアーロ、ベル、リリーだった。

 

 

「これで終わりかぁ?」

「そーみたい。なんか思ってたよりもあっけないってカンジ?」

「これならまだベルと的当てやってた方がやりがいあったわね」

「外のヤツらみたいに、暗視装置つけてなかったからなぁ」

 

 

  作戦自体は、極めて単純なものだった。

  電源室に向かったマーモンが、人質の集められたホールの照明を落とす。その間に、暗殺者として暗闇に慣れているスクアーロ、ベル、リリーが敵を始末する。

 

  しかし、むやみに襲いかかったのでは、反撃によって傷を負わされる可能性がある。人質が殺されるという可能性も考えられた。

 

  だから、明かりの消えた直後に派手に扉を開け、敵の注意をそちらに引き付けた。ちなみに扉は、ベルがナイフのついたワイヤーを使って離れた場所から器用に動かしていた。それを見ていたリリーが自分もやりたいと言い張り、スクアーロに怒られていたのは余談である。

 

  既に空調ダクトからホールに侵入していた3人は、銃撃がやみ、敵の気が緩んだ隙をついて一気に襲いかかったのだ。

 

 

「お……おい…」

 

 

  呆然としていたマフィアの1人が、口を開いた。

 

 

「お前たちは…一体……」

「あぁン!?」

 

 

  リリーのせいで若干機嫌の悪いスクアーロは、口を開いた男を射殺さんと睨みつける。

 

 

「なんで、てめぇらなんかにそんなこと…」

「まーまー、いーじゃん。復活アピールするためにも言っとけば」

「そうよ、スクアーロ。もっとカルシウム取っていきましょう?」

「今、この作戦に、カルシウムは、関係ねぇぇえええ!!」

 

 

  スクアーロの咆哮に、捕らえられていたマフィアたちの肩が上下した。そんな光景を見て、スクアーロは舌打ちを1つする。

 

 

「ゔぉぉおおい、聞きやがれぇ! マヌケなテメーらを助けてやったのは、ボンゴレ独立部隊ヴァリアー! そのリーダーをザンザスだぁ!!」

 

 

  スクアーロの言葉を聞いた瞬間、さざなみのように一同に驚きが広がって行った。

 

 

「まさか、あのザンザスが…」

「ヴァリアーは殺し屋だけの部隊じゃなかったのか…」

 

 

  コソコソと交わされる言葉を聞いて、スクアーロは満足そうな笑みを浮かべた。

 

 

「おい、ベル。てめーはここに残ってこいつらを守れぇ。ぜってー、殺られんじゃねぇぞぉ。…リリー、てめーはベルが暴走した時止めやがれ。後、そろそろ落ち着け」

「りょ」

 

 

  リリーの返事を聞いて、ビキビキビキとスクアーロの額に血管が浮き上がる。そんなスクアーロの光景を見て、捕らわれていたマフィア達はあまり刺激しないでくれ、と心の中で思っていた。

 

 

「スクアーロはどうすんの?」

「オレはここにいつまでもいられねーんだよ。まだ、大事なことが終わってねーからなぁ」

「マーモンと話してた『例のアレ』ってやつ?」

「けっこー、壮大な計画らしいわね」

 

 

  ベルとリリーの言葉を聞いて、スクアーロの口元から笑みが消えた。替わってベルのしししっと笑い声が漏れた。

 

 

「ホント、スクアーロって鈍くね?」

「これが作戦隊長とか、聞いて呆れるわ」

「おい、てめぇら…」

「怒んなって。オレは邪魔するつもりねーし、めんどいことってキライだし」

「別に私が何もしなくても進んでいくから、下手にほじくらないわよ」

 

 

  スクアーロは忌々しそうにベルとリリーを睨んでいたが、サッと背を向けると早足にホールから去っていった。

 

 

「うしし、おっもろいなー。バカ揶揄うのって」

「やりすぎると殺さねかねないから程々にしなよ?」

「そんときはてめーも巻き添いな」

「こわ」

 

 

  ニヤニヤと楽しそうに会話をする2人の邪魔をするかのように、男がベルたちに話しかけた。

 

 

「おい、キミ! これでワシらは助かるのだな!」

「んー、そうなんじゃね?」

「…敵と間違えられて殺されたくないならここにいることをオススメするけれど」

「しかし、ワシらは一刻も早く安全なところに…」

「だーいじょぶだって。アンタらのことは、オレとリリーで守るからさ」

「おー、珍しくいいこと言うわね、ベル」

 

 

  再び、男の顔にホッとした笑みが広がる。

 

 

「つーわけで、全部片付くまでの暇つぶしに…」

 

 

  ニヤニヤとあくどい笑みを浮かべ、ベルが男の肩に手を置く。

 

 

「王子と目ン玉くり抜きゲームして遊ばない?」

 

 

  男は助けを求めるように、リリーに視線を向けた。つい先程、リリーはベルの監視を頼まれていた。だから、助けてもらえると、男は思っていた。

  しかし──

 

 

「やりすぎるとスクアーロにバレるから、バレない程度にしなさいよ?」

 

 

  約8年。リリーはヴァリアーに確実に悪影響を与えられていた。8年前のリリーだったら止めていただろうが──もう、彼女は13歳の少女ではない。

 

  この8年間、色々と経験を積んできた。いいこと、悪いこと。全てを見てきて、実践してきた。

 

 

  きっと、こんな彼女を見たらリリーの両親は泣くに違いない。

 

 

 

 

  *

 

「オレたちの勝利だ!」

 

 

  大ホールに、レヴィの雄叫びが高らかにこだました。

  外にいた見張りを全て倒したレヴィとルッスーリアは、迎賓館へ突入したスクアーロたちに加勢しようとやってきたのだが、こちらも既に大方片付いており、暇を持て余していた。

 

 

「これがオレたちの実力なのだ! 長い間、冷遇されてきたオレたちの! ザンザス様を頂点とするヴァリアーの真の力なのだ!」

「もうっ、レヴィったらはしゃいじゃって」

 

 

  大の大人がはしゃぐ姿ほど見苦しいものは無い。やれやれとルッスーリアは苦笑していた。その隣では、ベルがうるさそうに耳を塞いでおり、リリーに至ってはレヴィの存在を認識しないようにしていた。

 

 

「いい加減にしろよ、あのムッツリ。ちょっと殺しちゃっていい?」

「首チョンパとか良くない? やっぱり最期ぐらいは派手に殺してあげた方がいいと思うのよ」

「大目に見てあげて、ベルちゃん、リリーちゃん。いつも無愛想なレヴィがあんなふうに喜ぶなんて珍しいんだから」

「知らねーっつの」

「まじうぜー、存在がうぜー」

 

 

  2人とも反抗期ねぇと、再びルッスーリアが苦笑した。

 

 

「つーか、今気づいたんだけどさー。これって結局、オッタビオのやつの手柄になるんじゃね?」

 

 

  オッタビオ、その名前を聞いた途端、リリーからヒリヒリと肌を刺激するほどの殺気が発せられる。

  ベルがいちいち名前出すだけでキレんなよなーと唇を尖らせた。

 

 

「そうねぇ…彼だったら、有り得るかもね」

「有り得ないよ」

 

 

  ルッスーリアの言葉をリリーはすぐに否定する。ルッスーリアは首を傾げて、どうして言いきれるの?とリリーに聞いた。

 

 

「アイツ、もう戻ってこないから」

「はあ?」

「…雲が欠番ねー。ボス、私を選んでくれないかしら。……無理よねぇ」

 

 

  ルッスーリアとベルの頭の上にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいる。詳しく説明しろという2人の視線を無視してリリーは地面に座り込む。

 

  約8年。ヴァリアーは彼女と一緒にいた。しかし、未だに彼女は謎が多く、分かりきれていないことの方が多い。

 

  無理やりにでも、とベルはナイフを準備するが、諦めた。意外とリリーは頑固なので、話さないと決めたら話さない。無駄な労力を使うだけだ。

 

  ちぇ、と諦めたベルはリリーの横に座り込んだ。座り込んだベルを見て、リリーは楽しそうに笑った。

 

  この後、作戦成功を伝えに来たスクアーロとまたひと悶着あったりしたが──全ての準備は整った。

 

  ヴァリアーのボス、ザンザスが見ているのはただ1つ。

 

 

  ──ボンゴレボスの椅子だけだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【プロフィール】
名前→リリー
誕生日→12月16日
年齢→21歳
身長→160cm
体重→54kg
好きな人→彼、母親
嫌いな人→レヴィ、オッタビオ、父親
属性→不明

容姿
  茶金の髪色に毛先にいくにつれて少しくせっ毛。8年前までは髪の毛を腰あたりまで伸ばしていたが、ベルに切られてからは肩上の長さを維持している。
  琥珀色の瞳に綺麗な二重瞼。色白で、大人になるにつれて、色気が増してきているとはルッスーリア談である。
  出るところは出ていて、サイズはD。基本的に邪魔なものだと認識しているので、サラシを巻いている。
  服装は、基本的にルッスーリアが用意した服を着ている。時々、ベル野服を着ている時もある。本人はパーカーなどを好んでいるみたいだが、ルッスーリアに無視されている。

備考
  はっちゃけるとこははっちゃけちゃった女の子。基本的にベル&マーモンと行動を共にしている。
  ベルが12歳までは一緒にお風呂に入っていたりもした。
  羞恥心というものがかけているのか、時々全裸で談話室に現れることがあり、スクアーロが頭を悩ませている。
  髪の毛はベルに整えてもらっている。
  化粧っ気はないが、料理は得意なので、気が向いた時に幹部たちに振舞ったりもしている。お酒は弱い。
  勘が異常に鋭く、傷の治りが人と比べると数段早い。そのため、自分の身体を大切に扱わない節があり、そこにもスクアーロは頭を悩ませている。



  *

「はぁ〜い、今日もやってきた! ルッスーリア三丁目が始まるわよぉ〜! 今日のゲストは、謎多き女のコ、リリーちゃん!!」
「ヨロシク」
「はい、よろしくねぇ〜。それじゃあ早速質問いってみるかしら? リリーちゃんってドコの国出身かしら?」
「…ひみつ」
「あら、早速ノーコメント? ヒントとか教えてくれないの?」
「…メジャーな国かしら。これ以上は本当にトップシークレットよ。ここで私がどこの国出身で、両親とかがバレちゃったら攫われたりするかもだし」
「あら、なんか…ベルちゃんぐらいお国に関しては秘密みたいなカンジかしら?」
「そうそう。流石に国連とかは動かないけどね」
「でも攫われるって結構ヤバいんじゃないん? そんなにご両親って有名な人?」
「母はあまりだと思うけど、父はいい意味でも悪い意味でも有名よ。それに父だけじゃないの、攫われる理由」
「あら、何かしら。それアタシとっても気になるんだけど──」
「秘密」
「──よねぇ、何となく空気は読めてたわ。本当に秘密が多いんだから」
「そうかしら? 私の秘密っていえば、家族に攫われる理由に、あー、でも好きな人の名前は流石に言えないなあ」
「恥ずかしくて?」
「んーん。もっと他に理由があるの」
「そういえば、1度リリーちゃんの好きな人についてマモちゃんに調べて貰ったんだけど『B』って文字だけ出てきてなぁんにも分かんなかったのよねぇ」
「え。そんなことしてたの!?」
「やっぱり『B』に関わる人なのかしら?」
「…もろね」
「えー、もっと謎が深まっただけじゃない!!  なんか背中ら辺がモゾモゾするわ!!」
「病院行った方がいいんじゃない?」
「違うわよ!  リリーちゃんの秘密が気になってモゾモゾするの!!」
「あ、いい方法があるんだけどルッスーリア試してみる?」
「なになに、とーっても気になるわ」
「こうしてね?  大きな岩を頭に当てて──私ごとの記憶を抹消して」
「へ、ちょ、り、リリーちゃん、それをアタシの頭に打ち付ける気?  それ、記憶どころかアタシ死んじゃ──」

  ゴン!!  ゴンゴンッ!!!

「あれ、ルッスーリア血だらけになっちゃった。ま、生命力強いし、ヴァリアークオリティでどうにかなるでしょう」

「ここまで飽きずに見てくれてありがとう。どうぞこれからもよろしくね。以上、ルッスーリア三丁目でしたー」


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第12話

  
  蛙は実感する──
  ──やはり歪んでいると
  


  

  それは──

  マフィア界を震撼させた『ボンゴレリング争奪戦』の前に起こった知られざる事件。

  六道骸の陰謀を退けた若きマフィアたちが、並盛町でつかの間の平穏を楽しんでいた──そんな時。

  遠き異国イタリアで──

 

  王子たちの“ゲーム”が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

  *

 

  港町の裏通り。

  石畳を駆け抜ける1つの影。

  更に、それを追っていくつもの影が疾走する。

  そんな鬼ごっこを見守る影が1つ。

 

  月が厚い雲で隠された夜。

  濃密な闇に包まれながらも、彼らの足取りは全く乱れがなかった。

  まるで、闇の中でこそ、彼らの生きる世界であるかのように。

 

  鬼ごっこを静かに見守っている影は、大きくため息をついた。気配を消し、鬼にも逃走者にも気づかれぬようそこにいた影は、どうやら酷く疲れているらしい。

 

  ニキビひとつ無い綺麗な顔は顔色が悪く、闇夜ということも相まって、更に血色が悪く見えた。

 

  大きく綺麗な瞳の下には、珍しく隈が見受けられる。眠そうに欠伸をしている所を見ると、影──元いい、彼女は寝不足なのだろう。

 

  彼女、独立暗殺部隊ヴァリアーに所属しているリリーは酷く疲れていた。ヴァリアーの中でも新米(ぺーぺー)に属する彼女は、年齢も若いし、身体だってまだまだ現役、体力だって自信があるが、それを全て加味した上で、疲れていた。

 

  全ての理由は、今回の鬼ごっこの逃走者である──ベルフェゴールにあった。

 

  ベルフェゴール、16歳。リリーが所属しているヴァリアーの中でも幹部に属し、そこそこの地位がある。そんなベルフェゴール──これからはベルと略す──とリリーはヴァリアー内でも仲がよく、常日頃から共に行動することが多い。

 

  そんなベルにリリーが異変を感じたのは、少し前だった。16歳の食べ盛りなベルは、そこそこの食欲で、いつも出されたものはブツブツと時々ケチをつけながらも、全て完食していた。

 

  しかし、日が経つ事に、ベルの食欲はなくなっていき、最後には要らないと言い始める始末。

 

  最初は体調が悪いのかと心配した。だが、よく観察して気づいたのだが、どうやら今、ベルには虫歯があるらしかった。冷たい水を飲ませて、嫌そうに、それでいてリリーに気づかれまいと小さい動きではあったが、悶えているベルを見て、リリーはそう確信した。

 

  ベルは暗殺者である。人の命を奪う職業についているんだからもちろん、危険は伴う。命を奪うなら奪われる覚悟だってしないといけない。

 

  だからこそ、いつも自分の体は大切に扱わないといけない。毎日、100パーセントの力を出せないと、死んでも可笑しくないのだ。

 

  リリーはベルに死んで欲しくないと思っている。この先、ヴァリアーには大きな任務を抱えている。それには、どうしてもベルの力が必要で、まだ彼が死ぬには幾分かと早すぎるのだ。

 

  だから、リリーはベルに進言した。その虫歯を治療しようと。

  しかし、ベルという男は、王子というプライドがあった。見知らぬやつに、口を大きく開けて、マヌケな姿を見せたくないと。そんなことをするぐらいなら死んだ方がマシだとまで言い始めた。

 

  そこからは、ヴァリアー幹部に気づかれぬよう配慮した、ベルとリリーの静かな攻防が始まった。

 

  そうして、リリーはベルのせいで夜もマトモに寝れず、結局はヴァリアー幹部に虫歯の件が気づかれてしまう。

  幹部の一人である、スクアーロが無理やりにでもベルの虫歯を治療しようとした。が、頑なに治療を拒んだベルはヴァリアー城から逃走。その追っ手として、部下数名と、スクアーロに怒鳴りつけられたリリーはここまで追ってきた訳だ。

 

(全く、もう16歳なんだから虫歯の治療如きで逃げてんじゃないわよ…)

 

  いつまでたっても子供なんだから、とベルを少し恨みながらも、こうじゃないとベルじゃないわ、と現実を見る。

 

  虫歯のせいで全く力が出せていないベルと、ベルを傷つけないよう配慮された、優しい攻撃をするチンケな泥仕合を木の上からリリーは観察していた。

 

  しかしながらも、リリーはベルの追跡部隊に選ばれた部下の彼らを哀れに思っていた。

 

  ヴァリアーで生きていけているということは、彼らはそれなりに力があるのだろう。だがしかし、彼らが追っているのはベルで、1つでも傷をつけ王族の血を見せようものなら、バーサーカーモードになり、逆に彼らが殺されてしまう。

  かと言って、少しでも手を抜こうものなら、殺す気でやり返してきているベルに殺されてしまう。ベルは部下の1人や2人、大勢死のうと興味を示さないし、悪びれる様子もない。弱いものが死ぬとは当然の摂理だと、彼は思っているのだ。

 

  リリーもそうだったが、この件に関しての拒否権は一切無かった。ブチ切れているスクアーロの前で拒否なんかしたら、逆にこっちが殺されてしまう程にスクアーロはベルに対して怒りを持っていた。

  リリーで拒否権がなかったのだ。彼らはもっとなかったに違いない。

  ああ、哀れだと思う。

 

  さて、どうしようかとリリーは考える。

  捕まえることは容易いだろう。でも、このままベルを連れて帰れば、鬼という名の幹部たちに虫歯の治療を無理やりされることになる。

 

  ベルのためにもそれが1番だとわかってはいるけれど、でも無理やりするのも如何なものかとリリーは思うのだ。

 

  それに、完治した後の報復が怖い。かと言って、このまま連れて帰らなければリリーは幹部の1人、スクアーロの手によって殺されることになるだろう。

 

  これから大仕事が待っているというのに、チンケにこんなことをやらかしてしまっているのだ。スクアーロの機嫌はきっと、過去最高に悪いに違いない。

 

  むむむ、と呑気に悩んでいたら、まさかの跳ね馬がベルを助けた。全く予想していなかった人物が登場したことで、リリーは思わず木から落ちた。

 

  跳ね馬ディーノ。彼はリリーたちが所属しているボンゴレマフィアと深い繋がりのある男である。彼が関与することによって、部下の彼らは手出し出来ない領域となってしまった。

 

  部下がリリーを探す素振りを見せている。全く、思わぬ事態に…と頭を悩ませたリリーはとりあえず、胸ポケットにたまたま入れていた白紙にペンで手紙を書き、草むらから出ていく。

 

  跳ね馬に抱えられたベルを見て、部下の方を一切見ることなく、リリーは頷いた。

  突然現れたリリーに首を傾げている跳ね馬に近づく際、部下の1人に紙を渡した。部下はそれを受け取ると、リリーに一礼し、その場を後にする。

 

  状況を理解できていない跳ね馬がまた、首を傾げた。

 

 

「手間を取らせてしまって、ごめんなさい。私は──何もしないわ」

 

 

  リリーの言葉に反応したのは、ベルを抱えている跳ね馬ではなく、ベルだった。ベルは暴れ、跳ね馬が手を離すと同時にリリーの元へと駆け寄った。

  そして──力尽きた様に気絶したのだった。

 

 

 

 

  *

 

  結局、そこそこの身長があるベルを1人でヴァリアー城まで送り届けることは、女性のリリーには不可能なことで、全くリリーたちを警戒していない跳ね馬が先導の元、リリーとベルは跳ね馬のアジトにいた。

 

  虫歯のせいで顔がパンパンに腫れ上がっているベルと、過度な睡眠不足のせいで刻刻と濃くなっていく隈に酷く青白い顔色をしているリリーを見て、跳ね馬は2人をかなり心配していた。

 

  切り裂き王子(プリンス・ザ・リッパー)の面影ひとつ無いベルを見て、跳ね馬はベルだと思わないし、ヴァリアーの幹部に属していないリリーは、跳ね馬との対面は今回が初めてで、そんな2人を見てヴァリアーを思い出す方が無理である。

 

  なんなら、髪色や歳が近いということから、ベルとリリーを兄妹だと跳ね馬は勘違いしていた。しかも、跳ね馬が勘違いしているとリリーも分かっていながら、訂正することはなかった。勘違いされている方が都合がいいこともある。

 

 

「…で、お前らはなんであんな奴らに追われてたんだ?」

「…私たちの知り合いに、酷く声のうるさい男がいるのだけれど、彼が…脅してくるの」

 

 

  主にベルに向かって早く虫歯を治せ、と。もちろんここまでは言わなかった。彼の前では可哀想な少年少女を演じなくてはならない。正体がバレる方が酷く面倒だからだ。

  それに、嘘を言っているわけでもないし。

 

 

「それは…もしかしてだが、お前の親父さんか…?」

「いいえ、兄よ」

 

 

  スクアーロの立ち位置を家族で表すとするのなら、苦労人な長男だろう。父はどちらかと言うと──ボスの方が似合っている。

 

 

「そうか…」

「父は私たちに興味がないの。時々、グラスを投げたり、花瓶を投げたりするだけよ」

 

 

  この被害も主にスクアーロである。時々、ウザ絡みをしたレヴィが炎で蹴散らされていることもあるが、そこまでは言わない。

 

 

「親父さんの暴力、それに追い詰められた長男が──」

 

 

  馬鹿な跳ね馬が見事な想像力を膨らませている。ベルからやりすぎじゃね?みたいな視線を受けるリリーだが、笑って躱した。

 

  酷く眠気に襲われているリリーは実を言うところ、機嫌が悪かった。幹部が気づく前からベルと激しい攻防を繰り返していたというのに、更に駆り出されたのに怒りを覚えていたのだ。

 

  どうせスクアーロのことだとは跳ね馬にバレないし、それに実を言うならもう少しここで匿って欲しいというのがリリーの心情だったりする。

 

  きっと今頃──リリーの八つ当たりの手紙が部下によって届けられただろうから。

 

 

 

 

  *

 

「ゔぉおい! ざけてんじゃねぇぞぉ!」

 

 

  ベルが虫歯の治療から逃げて早3日。

  リリーがベルを追いかけて早3日。

  未だにベルはヴァリアー城へとは戻ってきていない。それは、ベルを追いかけたハズのリリーも。

 

  オーク製の重いテーブルが、スクアーロの一蹴りで天井まで跳ね上がった。

  スクアーロを知らない人がスクアーロを見たとしても、怒っていると分かるほど、スクアーロは怒りを顕にしている。機嫌は頗る悪い。

 

  しかも、運の悪いことに、機嫌の悪いスクアーロに報告をしなくてはいけない目の前の部下は、もう数分ほど前から自分の死を悟っていた。

 

 

「てめぇ、なめてやがんのかぁ!  あいつに逃げられたあげく、何もできねぇでノコノコ帰ってきただぁ!?  つーか、リリーはどうしたぁ!!」

 

 

  スクアーロから怒声を受け、ひたすらに畏まっている部下は、リリーから手紙を受け取ったリーダー格の男だった。

 

 

「ゔぉおい!」

 

 

  怒鳴るだけではスクアーロのイライラも消えず、遂には部下の髪を持ち上げ、グッと自分の方へ向かせた。

 

 

「なんだ、てめぇ?  文句でもあるってツラしやがって」

「し、仕方なかったのです…」

 

 

  部下はスクアーロの怒気に縮こまりながらも、声を震わせながらも報告する。

 

 

「ま、まさか、ボンゴレ同盟ファミリーであるキャバッローネの“跳ね馬”が出てくるとは…。わ、我々の判断できるレベルを…」

「…だからリリーをつけたんだろぉがぁ!!」

 

 

  スクアーロの怒りは限界値を突破した。ギラりと光る切り長の目はどう目の前の部下を殺そうかと、算段しているようにも見えた。

 

 

「ひ、ひぃ!」

 

 

  そこで、部下は思い出した。

  男はリリーから手紙を預かっていた。恐る恐る、腰ポケットから手紙を取り出した男は、この手紙に自分の命運を全て賭けた。

  自分が生きるのも、死ぬのも、全てこの手紙にかかっている。

 

 

「り、リリー様がこれを…」

「あ゙? リリーのやろうがぁ?」

 

 

  かなり眉間にシワを寄せながらも、部下から手紙を受け取ったスクアーロは、手紙を開く。

  そこに書かれていた内容は──

 

 

『私、眠いからベル捕まえられないかもしれないわ。誰かさんのせいで眠いの。あ、跳ね馬もいることだし、跳ね馬で遊ぶのも楽しいと思うのよ。スクアーロ、貴方はどう思う?』

 

 

  ぶちぶちぶち、スクアーロの何かが確実に切れた。くしゃりといとも容易くぐしゃぐしゃになってしまった手紙を見て、男は死を確信した。

 

  この怒りをどうにかぶつけたいスクアーロは、とりあえず無能で使えない目の前の部下を殺そうと、左手に装着された剣を、振りかぶろうと──。

 

 

「そこまでにしなよ、スクアーロ」

 

 

  間髪入れずにスクアーロを止めたのはマーモンだった。マーモンは面倒なことになったと大きくため息をついた。

 

 

「そもそも、寝不足だったリリーを向かわせたのが君の失敗さ」

「んだとぉ!」

「…彼女は、ベルのせいで約4日間マトモに睡眠をとれてなかったんだ。なのに、リリーを追わせたのはスクアーロだろ?」

 

 

  まるで全てスクアーロが悪いと言うマーモンに、スクアーロは確かに俺が悪いのかぁ…?と一瞬、考えてしまったが、そもそもの原因は虫歯の治療が怖くて逃げ出したベルである。

 

  それを思い出したスクアーロは、自己嫌悪を無くすために頭を横に振る。

 

 

「それに無闇に手駒を減らすのは辞めた方がいいと思うけど。ヴァリアーも復活したばかりだし、それに死体の処理にもお金はかかるんだ」

「…けっ、守銭奴チビがぁ」

 

 

  殺る気が失せたスクアーロは部下を解放した。それを興味なさげに見ていたマーモンが言う。

 

 

「キミ、とりあえず次の指示があるまで待機してていいよ」

 

 

  マーモンにそう言われた瞬間、部下は転がるように、談話室から出ていく。また殺されかけたらたまったもんじゃないからだ。

 

  部下が出て、談話室に残ったのはスクアーロとマーモンを含めたヴァリアー幹部の4人たち。

 

 

「それにしても困ったわねぇ。ベルちゃんも、リリーちゃんも」

 

 

  やれやれとスクアーロが蹴り飛ばしたテーブルを元に戻しながら言ったのはルッスーリアだった。

  そして、この場にいるもう1人の幹部──レヴィが無愛想に口を開いた。

 

 

「どうする…。ボスに報告するか?」

「バカ言ってんじゃねぇぞぉ、レヴィ!!」

 

 

  レヴィの言葉にすかさずスクアーロが声を張り上げた。

 

 

「虫歯の治療が怖くて逃げ出しただぁ?  眠くてベルが捕まえられませんだぁ?  そんなことザンザスに知られてみろぉ!  ただで済むわけねぇだろぉがぁ!!」

 

 

  数日後、ヴァリアーには大きな仕事が待っている。今、幹部が殺されることは何としても止めたい。

 

 

「し、しかし…罰を受けるのはヤツらだけでオレ達は……」

「逃がしたオレらも同罪に決まってるだろぉ!!」

 

 

  この忙しい時期に飛んだ迷惑をかけられたもんだと、再びスクアーロはイライラし始める。

 

 

「…連れ戻したとして、どう治療するんだい? リリーが言っても治療しなかったんだ。それなりにそこでも時間食うと思うけどね」

 

 

  ため息混じりにマーモンは言った。リリーの言うことなら比較的に素直に行動するベルだが、今回ばかりはそういかなかった。だから今、こんな事件にまで発展しているのだ。

 

 

「そうねぇ…」

「あ、寝てる間にやるってのはどうかい?」

 

 

  ぽん、と手を叩いてマーモンは言った。

 

 

「目を覚ます前に、ササッとやっちゃうのさ。起きたら、もうスッキリって感じで。薬なら僕がいいのを手配するから心配しないでいい」

「でも…お高いんでしょう?」

「そこは特別御奉仕価格。殺し1人分の半額という驚きの依頼料さ」

「まあ、それは信じられないわね! これはもうお電話するしか…」

「って、遊んでんじゃねぇぇぇぇっ!!」

 

 

  ドガァァンと先程、せっかくルッスーリアが元に戻したテーブルが再び宙に舞う。

 

 

「寝てる間に治すぅ? すぐに起きるに決まってるだろぉ! それにあいつが大人しく薬を飲むとは思えねぇ!!」

「そうかなぁ?」

「そうだぁ!」

「そうかもねぇ…ちぇっ」

 

 

  つまらないとでも言うかのように、マーモンは舌打ちをした。それを見たスクアーロがまさか、という表情をする。

 

 

「まさかてめぇ、オレたちを騙して金だけ取るつもりで…」

「ここは、基本に立ち返った方がいいのではないか?」

 

 

  先程の茶番を静かに聞いていたレヴィが挙手する。スクアーロの視線がレヴィに移った。

 

 

「基本? 基本ってなんだぁ?」

「虫歯を治すために、古来より伝わる方法があるだろう」

 

 

  レヴィの細長い目の奥で、自信に満ちた光がチラついた。

 

 

「虫歯に糸をくくりつけ、それを勢いよく引っ張るという…」

 

 

  スクアーロの目がギラりと光った。

  その瞬間、スクアーロの膝蹴りがレヴィの腹にマトモに入り、レヴィの顔が苦しそうに歪んだ。

 

 

「ぐぉ……!」

「バカかてめぇは!! まず最初にどうやってその糸をくくりつけるんだぁ!! それにリリーが黙って見てるわけねぇだろぉ!!」

「き、貴様! 誰がバカだと!!」

 

 

  すかさずレヴィがスクアーロの顔面を殴り返した。殴られたスクアーロは、少し赤くなった頬を触り、

 

 

「何しやがんだてめぇ!!」

 

 

  溜まりに溜まった鬱憤、怒りをぶつけ合う様に二人の間で殴り合いが始まった。それを見ていたルッスーリアが呟く。

 

 

「あの子の顔に思いっきり、愛の拳をお見舞いするのよ。そうすれば、虫歯なんてポーンと飛んでいくわ。他の歯や多少お顔が腫れちゃうかもしれないけれど、そこはご愛嬌ってことで」

「で、誰がそれをやるの?」

 

 

  僕は嫌だよ、とマーモンは言う。

 

 

「こっちが殴ったら、あっちも本気でやり返してくるよ。それに、それこそリリーが黙ってないと思うけど」

 

 

  ルッスーリアの額に汗が滲む。

  ベルはヴァリアー1の天才だと謳われ、リリーはまるで予言を聞いているかのような勘の持ち主である。そんな2人を相手にしたら、逆にこっちが殺されることなるだろう。

 

 

「ここはやっぱり…みんなで協力して……」

「貴様がやれ」

「てめぇがやれ」

「ルッスーリアがやってよね」

 

 

  先程まであんなにも意見が食い違っていたというのに、こんな時だけ3人の意見が一致する。

  ルッスーリアの顔を流れる汗が、滝のような量へと早変わりした。

 

 

「ちっ、とにかく何がなんでもあいつらを連れ戻すぞぉ」

 

 

  全く手のかかるガキ共だ、とスクアーロはため息をついた。

 

 

 

 

  *

 

  結局、ベルとリリーはキャバッローネに4日間もお世話になっていた。何度かベルを連れてヴァリアー城に帰ろうと、重い腰を上げたが、ベルがそれを拒否、もしくはDV家族の元には帰らせられないとディーノから引き止められ、帰るに帰れない状況下だった。

 

  未だに、リリーの不眠症は治っていない。別に、自分の合った枕がないと寝れないとかではなく、暗にこの場所が落ち着かない。何があった時に、ベルは今役立たずなのでリリーがどうにか対処しないといけない。そんなことが頭にチラついて、眠りは浅く短いものだった。

 

  日に日にベルの顔は腫れを増し、リリーの隈は濃くなり顔色も悪くなる一方である。

 

  最初はディーノの質問に受け答えしていたリリーであるが、それも2日前のこと。今では眠くても寝られないこの状況にイライラして口を閉ざしてしまった。

  もちろん、頬が腫れ上がっているベルに喋るなんて選択肢はない。

 

  これからどうするんだ、と回らない頭で悩ませていれば、ベルがリリーの肩をポンポンと叩く。

 

  リリーがベルの方を向けば、ベルはトントンと窓を指さした。要するに、あの窓から逃げるぞ、ということだ。ようやくベルも帰る気になったかと、リリーの顔に笑顔が戻る。

 

  こうして2人は、キャバッローネから逃げ出したのだった。

 

 

 

 

  *

 

  風の強い夜の日。

  結局、ヴァリアー城に帰ることはベルが断固拒否し、かと言って雨風が凌げるような安全な場所に行く体力が2人には残っているはずもなく、港の倉庫街に身を隠していた。

 

  近くに真水が無かったので、仕方なく海水で濡らしたハンカチをベルに渡し、地面に座り込んだリリーはうつらうつらと船を漕ぎ始める。が、ハッと目を覚まし、またうつらうつらと…。それを先程から何度も繰り返していた。

 

  そんなリリーを見て、ベルは珍しくいたたまれない気持ちになった。リリーのためにも、やっぱり歯医者に行こうか、と思いが過ぎるが、やはり王子のプライドにかけてあんな場所にはいけないと、考えを消した。

 

  ベルは歯が痛くて寝れやしない。

  リリーもいつなんどき、何があるか分からないため、深い睡眠に入ることもできず、完全に悪循環になっていた。

 

  その時、リリーがまたハッとし、警戒態勢に入る。

  人の、気配がするとリリーは呟く。

 

 

「見つけたぜ」

 

 

  リリーは目を細めた。ベルは思わず、リリーの背中に隠れてしまう。

 

  リリーとベルの前に現れたのは、ディーノだった。少し疲れたような顔をしているが、でもどことなく嬉しそうだ。

 

 

「出てった時はまさか家に帰ったのかとヒヤヒヤしたが…そうだよな、あんな場所には帰れねぇよな」

 

 

  ディーノはニカッと笑ってリリーの頭に手を置いた。

 

 

「お前ら追われてんだろ? 帰る場所もねぇのに、どうしてこんなことしたんだ? 何かあったんなら遠慮なく俺に──」

 

 

  ベルの顔が歪む。

  ベルは闇の世界にどっぷりと浸かった人間である。こういう、いかにも善人ですよ、みたいなやつが気に食わなくて仕方ない。

 

 

「とりあえず帰ろうぜ。話はそれからってことでさ」

 

 

  ベルの気持ちに気づかず、リリーとベルの手を取ろうとしたその瞬間。

 

  キュイ────ン

 

  どこからか、狙撃を受けた。

  リリーはベルを跳ね馬の元へ押しやると、何かあった時のためと日頃持ち歩いている拳銃を取り出し、狙撃ポイントらしき場所に数発撃った。

 

  どんなやつであろうと、こんな場所で殺される訳にはいかない。銃弾が切れてしまえば、いつの間にスったのか、懐からベルのナイフを取り出し、間髪入れずにそれを投げる。

 

  綺麗に一直線上にブレることなく飛んでいくそのナイフは、ベルと遊んでいたおかげである。

 

  リリーが奮闘しているが、遠距離ライフルでの狙撃だ。当たっているとは考えられなく、とりあえず部下を呼ぼうと、ディーノは携帯を取り出した。

 

  しかし、ベルがその携帯を払い落としてしまう。携帯はガタガタと音を立て、コンクリートの上を滑っていく。

 

  ベルの思わぬ行動にディーノは目を丸くした。

  ベルにしてみれば、もうあの屋敷には戻りたくない、という気持ちの方が強く、さっきの行動は咄嗟の判断だった。

 

  ベルはディーノから逃げるように走り出す。表で奮闘していたリリーの手を掴み、ダッシュする。

  ディーノはそれを追いかける様に走り出したが──。

 

  同時だった。

  歯の痛みで注意力の落ちたベルが足を滑らせるのと、焦りのあまり、自分の足に絡まったディーノがつまづくのは。

  リリーが息を飲む。

 

  ベルの真後ろにいたディーノが前に倒れ、ベルとリリーを巻き込む形で3人は夜の海へと落ちていった。

 

 

 

 

  *

 

「ゔぉおい!  まだ見つからねぇのか、ベルとリリーの野郎はぁ!!」

「もう、落ち着きなさいよ」

 

 

  まるで八つ当たりのように部下に怒鳴り散らすスクアーロをルッスーリアがたしなめる。

 

 

「仕方ないじゃない。街はキャバッローネで溢れかえってるんだもの。ここで下手に動いて、私たちのことを知られるのは得策じゃないわ」

「ちぃぃ!!」

 

 

  苛立ちがおさまらないスクアーロは手近にあった木箱を蹴散らし、椅子に座る。が、貧乏揺すりが酷い。

 

  今、彼らは数名の部下とともにキャバッローネの参加にある港街に潜入していた。

 

 

「しかし…惜しかったな」

「はぁ!?」

 

 

  ボロボロと所々包帯が巻いてあるレヴィが声を漏らす。そんなレヴィの声を聞いたスクアーロは怒りの形相で詰め寄った。

 

 

「何が惜しかったってんだぁ!」

「決まっている。オレの作戦が…」

「バカかてめぇは!!  最初から上手くいかわけねぇんだよ。それに…ほぼほぼ返り討ちにあってるじゃねぇかぁ!」

 

 

  レヴィの作戦。それはベルの虫歯をライフルで撃ち抜く、というものだった。

 

  レヴィはスクアーロの言葉にムッと眉をひそめる。

 

 

「しかし、近づけば気づかれる。気づかれれば暴れられる。ならば気づかれない遠くから一気に…」

「虫歯と共にベルの野郎も殺っちまうつもりかぁ!  このバカがぁ!」

 

 

  明らかに失敗しか道のないレヴィの作戦は当然、失敗に終わった。失敗どころか、リリーの的確な銃さばきとナイフさばきのせいで、レヴィは致命傷とまではいかないが、かなりの怪我を負ってしまった。

  あんな遠い距離からレヴィの左肩にリリーの投げたナイフが刺さった時には、流石のスクアーロでも感嘆の声を漏らすほどだった。

 

  夜の海に消えたベルとリリーの消息は一切掴めておらず、こうなったら高くつくがマーモンに頼むしかないとスクアーロは肩を落とした。

 

 

 

 

  *

 

  ねむたい

  すごく、ねむたい

 

  ゆらゆらと、うごいて、あたたかくて──。

 

  目を覚ませば、私は誰かに背負われていたようだった。赤と白のボーダーのシャツに、キラキラと光る金髪。これは確実にベルに背負われている。

 

 

「ベル」

「しししっ、リリー起きたんだ」

「…跳ね馬は?」

「さーな。スクアーロに全任せしたから知らねー」

 

 

  リリーの記憶は、ベルと海に落ちたあとから一切ない。どうしてか、それは気絶した後に、睡眠不足だった身体がチャンスとでも言うかのように睡眠を貪ったからである。…と言っても、大して長い時間眠っていた訳では無い。

 

  しかし、いつの間にかベルの虫歯は抜け落ちている。きっと何かあったのだろうけど、今それを聞く気にはなれなかった。

 

  見慣れた道のりを、足取り軽くベルは進んでいく。どうやらヴァリアー城に帰っている途中のようだ。

 

 

「ベル」

「ん?」

「これからはちゃんと歯、磨こうね」

「…しししっ、ま、しゃーねーな」

 

 

  こんなことが次あったら、確実にスクアーロに殺される未来が見える。

  ベルの背中から伝わる暖かい温度が、再び眠気を呼び覚ました。また、ウトウトしてくる。

 

  それが背中越しでも伝わったのか、ベルは寝ていーぜと言って笑った。

 

  お言葉に甘えようと、思う。

  どうせこの後、スクアーロに叩き起されるんだから、それまで寝ておきたい。

 

  ──スクアーロの説教って長いんだよなあ…。



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ヴァリアー編
第13話


  
  彼女は知っている──
  ──でも見守る事しかできない
  


  

  ボンゴレリング争奪戦。それは独立暗殺部隊ヴァリアーのボスザンザスとボンゴレマフィア10代目候補の沢田綱吉によって、ボンゴレマフィア次期当主のボスの座を掛けた争いの名称に過ぎない。

 

  イタリアから日本へと飛び立ったヴァリアーの幹部たちはこの日を待ち望みにしていた。特に、ザンザスの右腕としてそばに居たスクアーロにとっては、更に待ち遠しかったに違いない。

 

  それは、リリーも例外ではなく、この日をずっと楽しみにしていた。

  しかし、残念なことに彼女はヴァリアーに所属しているが、立ち位置は幹部では無いので、今回のこのリング争奪戦に関わることはできない。

 

  たとえ、ヴァリアー内で一人部屋をあてがわれていたとしても、1人でSランクの任務をあてがわれたとしても、彼女は非常に微妙なライン上の上にいて、幹部かそうではないかと問われると、幹部では無いのだ。

  それは彼女自身、了承しているし、ぶっちゃけを言うと、実は彼女、このリング争奪戦において一切の手出しをするつもりは無かった。

 

 

「あー、なんだろ。…フライトってこんなに疲れるものだったかしら……」

 

 

  暗殺部隊なのに、その幹部たちはかなりの個性派揃いで。フライト中だってじっとしてられなくて、ナイフは普通に飛び交うわ、立ち回ったかと思えば殴り合いの喧嘩を始めるわ、酒が入った酒瓶まで飛んでいたこの飛行機内。運転手はきっと生きた心地がしなかったに違いない。

 

 

「こればっかしは慣れるしかないわ。…それにみんなテンションが上がってるのよ。珍しくボスまで楽しそうにしてるんだから」

「…だからって機内で炎は投げないで欲しいものよ」

 

 

  いつ墜落するかたまったもんじゃないとリリーは言った。リリーの隣りを歩いていたルッスーリアはおほほと笑っている。

 

 

「ボス達とは対象的に、リリーは機嫌が悪いみたいだけど。何かあったのかい?」

 

 

  ふよふよと浮かんでいたマーモンだったが、最終的には浮かぶのが面倒になったのか、リリーの腕の中に収まる。

 

 

「…んー、日本はねぇ……」

「あら、日本が嫌いなの?」

「そういうわけじゃないのよ」

 

 

  日本へと来てしまったら、アイツに嫌でも会わないといけない。その事実を受け止めたくないし、出来れば会いたくないとリリーは思っている。

  会いたくないヤツさえ会わなければ、比較的リリーにとって日本は好きな国だ。

 

 

「…母はどうしているかしら」

「あら、リリーちゃんの母君は日本に住んでいるの?」

 

 

  リリーの頭の中では、母は日本生まれの現在は日本在住だと記憶している。

  リリーが小さく頷けば、ルッスーリアとマーモンが反応した。

 

 

「まあ! リリーちゃん、アポを取ることは可能かしら? 是非ともリリーちゃんの母君にアタシ、会ってみたいわぁ!!」

「僕もリリーの両親がどんな人なのか気になるね」

 

 

  ルッスーリアとマーモンの言葉を聞いてリリーは嫌な顔をする。そんなリリーを見て、ルッスーリアが何が嫌なの?と聞いた。

 

 

「…会うことがまず嫌なの」

「でもリリーちゃんはお母さん大好きっ子でしょう?」

「父親には全くの無関心だけどね」

「嫌なものは嫌よ」

 

 

  頑なに首を縦に振ることの無いリリーを見て、これ以上言ったも無駄だと感じたルッスーリアは残念ねぇと言った。

 

 

「8年も一緒に暮らしたんですもの。やっぱりご両親にご挨拶のひとつでもするのが礼儀でしょう?」

「リリーはよく僕にお金をくれるからね。こんないい子に育てた両親の顔を見ておきたかったんだけど」

「リリーちゃん、マモちゃんにお金をあげてたの? 本当に物欲ないのねぇ」

 

 

  リリーにとって金は持っていても仕方の無いものだと記憶している。家に帰れば余るほど金はあるのだから、リリーにとって金は集めるものに値しないものだと思っているのだ。

 

 

「服はルッスーリアが作ってくれるし、どこか出かけるってなったら基本ベルがついてくるからね。大抵はベルがお金を出してくれるし、ベルがついてこない時はスクアーロが頼んでもないのにお小遣いくれるのよ」

「僕には一切お小遣いくれないのに、スクアーロってばリリーを贔屓しすぎたと思うんだ」

 

 

  ずるいよねぇとマーモンは唇を噛み締めながら言った。少し、不機嫌そうにも見える。

 

 

「スクアーロは知ってるんじゃない? リリーちゃんがマモちゃんにお金あげてること」

「そうかなあ?」

「きっとそうよ」

「だろうねぇ…ちぇ」

 

 

  本当に金のことになるとがめつい赤ん坊である。マーモンみたいに金金言うのもいかがなものかと思うが、リリーのように執着がないのもいかがなものかとルッスーリアは思った。

 

 

「だから勘違いしないで欲しいんだけど、このゴスロリは私の趣味じゃないから」

「ふふ、でもアタシの目に狂いはなかったわ! だってリリーちゃん、とても似合ってるんですもの!!」

「…服に着せられてる感はないよね」

 

 

  でも僕としてはこのフリフリが当たって痒いからどうにかしてもらえると嬉しんだけど、とマーモンは言った。

 

  リリーの私服、隊服全てはルッスーリアの手によってゴスロリチックなものへとなっていた。基本的に軽くて動きやすいかつ、暖かいというパーカーを好んで着ることの多いリリーだったが、歳をとるにつれてルッスーリアからのオシャレへの圧が強くなり、今ではリリーの服においては全てルッスーリアに一任している。

 

  白のレースを好きになることは一生ないし、でスカートのせいで年中無休足はスースーするし、リリーにいいことは何一つとしてない。

  しかし、逆らった方が遥かに面倒なのだ。だからもう、諦めている。これから先、パーカーを着れることは無いと覚悟もしている。

 

「ベルちゃんと並んだら、本当に王子様とお姫様に見えてきちゃうのよ! リリーちゃん品格あるし、アタシはいいと思うけど」

「…初めてゴスロリを着てきた時のリリーの死んだ顔は忘れられないけどね」

 

 

  恥じらいも何もかもを捨てたあの日のことを、リリーは思い出したくない。少し、あの忌々しい記憶を掘り起こしそうになったが、頭を横に振って思い出さないようにした。厳重に鍵をかけて、二度と思い出さないように。忘れる、そう忘れるんだ。

  しししっ、フランス人形みてぇと笑ってきたベルに、死んだ顔をしたリリーを見て珍しく気遣ってくれたスクアーロ、妖艶だ…と呟いたキモオヤジなんか思い出したくない。思い出したくない!!

 

  …こんな姿を彼が見たらなんと言うだろう。笑うだろうか? それとも褒めてくれる? …きっと彼の気分次第だろう。彼の後輩なら静かにグッジョブをしてくる自信があるのだけれど。…これ以上は本当にやめておいた方がいい。大切なナニカを無くしてしまいそうだ。

 

 

「それにしてもアタシ、どうしても気になるわぁ。リリーちゃんのご両親。住所だけでも教えてくれないかしら? 住所さえ分かったらベルちゃんでも連れて勝手に行くから」

「その時は僕にも声かけてよね」

「わかったわ」

「…絶対、碌なことにはならない自信があるから却下」

 

 

  かなり抗議の声を聞くが、全て全無視だ。ヴァリアーの人間性に碌なヤツはいないとリリーは自負している。絶対に合わせてやるものか。

 

  ルッスーリアを置いて、スタスタと歩くスピードをあげれば、誰かとぶつかってしまった。衝撃が行く前にどうやらマーモンは避難したみたいで、リリーの方には怪我は一切ない。

 

  リリーとぶつかった人は女の子だった。大体中学生ぐらいの、綺麗な茶髪をした女の子。くりくりの瞳が特徴的で可愛らしい女の子だった。

 

 

「…ごめんなさい」

「ううん、私もしっかり前を見てなかったから、ごめんなさい」

 

 

  尻もちをついてしまった彼女は立ち上がると、おしりについたホコリをはたいていた。

  足元には、彼女が先程コンビニでも買ってきたであろうお菓子と袋が散乱している。

 

  ぶつかってしまったリリーにも非があるので、リリーは落ちている袋を拾い、その中にお菓子を詰めていく。

 

 

「あ、ごめんなさい」

「いいえ。こちらこそ」

「拾ってくれて、ありがとう」

 

 

  リリーにとってとても見覚えのある彼女は綺麗な笑顔を浮かべてお礼を言ってくれる。

 

 

「何してるのさ、リリー。早く行こうよ」

「…ええ」

 

 

  ふよふよと先に行ってしまうマーモンを追いかけるため、リリーは彼女にお辞儀をひとつし、マーモンを追いかけた。

 

 

「…リリー、なんか嬉しそうだね」

「ふふ、全然そんなことないわ」

 

 

  ホテルに行く足取りはとても軽やかで、マーモンとルッスーリアに怪訝な目で見られたけど、リリーはそれを全て無視した。

 

 

 

 

  *

 

「…ったく、あのオッサンどこに行ったワケ? やっぱさ、サワダってやつ殺す時に一緒に殺っちまわない? あっちが殺ったことにしてさ」

「ベルに賛成」

「賛成、じゃねぇぇええ!!」

 

 

  今現在、我慢のできないオッサンのせいで、ヴァリアーはオッサンを捜索中である。どうやら、この1件に関しては、マーモンも絡んでいるらしく、レヴィの居場所を聞いても吐いてくれない。

 

 

「つーか。そもそもこんなことになってんのってスクアーロが偽物(フェイク)持ってきたからだろ?」

「作戦隊長大丈夫ですかー? そんなことだと大きな何かの餌にでもされて死ぬんじゃあないかなあ?」

「ゔぉおい!! 誰が、何の餌になってんだぁ、リリー!!」

「…何のとまでは言ってないでしょうに。耳可笑しいのかよこのロン毛」

「……一々、癇に障る女だなぁ!!」

 

 

  義手についている剣を私に振り回してくるスクアーロ。このまま私を殺してやろうかと、スクアーロの瞳は物語っていた。

  対して、私も珍しくやる気で鎖鎌を組み立てていく。あっちが動いた瞬間に、首を切り落としてやるつもりだ。

 

 

「まあまあ、スクアーロが楽しみにしてるのはわかってるし、何にイライラしてるのかは分からないけれど、リリーちゃんもスクアーロに無駄絡みしちゃだめよぉ。今はレヴィを探すのが先決でしょう?」

 

 

  ルッスーリアの言葉に、私とスクアーロの視線が交差する。

 

 

「………」

「………」

 

 

  そして数秒後、打ち合わせでもしたかのように、同時に舌打ちをした後そっぽを向いた。

 

 

「ちぃっ!!」

「けっ!!」

 

 

  大人しく武器をなおす私たちを見たルッスーリアが全く血の気が盛んなんだから、とため息混じりに言った。

  ベルは興味がないのか笑って見守っているだけである。

 

 

「あら、あんなところに居たわ」

「…随分人混みになってるわね」

「ふーん、アイツらを殺ればいいワケか」

 

 

  少し遠くから観察してみるが、大して楽しい訳でもない。早々にレヴィを止めた方が良さそうだ。…レヴィが大切に大切に育て上げたレヴィ雷撃隊(笑)はボロボロにやられてるみたいだし。

 

 

「待てレヴィ!!」

 

 

  うっかり1人で殺しそうになっているレヴィを止めたのはメガホンボイス隊長だった。

 

 

「1人で狩っちゃだめよ」

 

 

  10代目候補たちの前に姿を現してやれば…やはりというか、10代目候補達はとても幼くて、すぐにでも捻りつぶせそうなほどか弱に見えた。

 

  スクアーロを見てビビったり、やはりというか分からないでもないけれど、うちのボスを見て怖気付いたりしていたが…どうやら逃げる気はないようだった。

 

 

「…ホント、忌々しい」

「機嫌わりーの」

 

 

  この際、10代目候補の父である沢田家光が出てきたり、チェルベッロが間に入ることは割愛させて頂く。私は、このリング争奪戦に於いては、ただの観客に過ぎないのだから。

 

  レヴィがいなくなったと報告を聞いてから、どうにも私の機嫌は悪かった。

  基本的にスクアーロで遊ぶことは良くあることだけれど、それでも引き際を弁えている私は、武器を取り出して本当の殺し合いをしようとはしないし、程よい線引きができていると、自分では思っている。

 

  けれど先から、どうにもそれはできていない。

  …理由は、わかっているのだ。絶対、確実に、あの忌々しい餓鬼が原因だと。

 

 

「珍しくね? 何がリリーの中をそんなにさ、ぐしゃぐしゃにしてんの?」

 

 

  無闇に外に出歩くなとスクアーロに釘を刺されたため、今のところじっとする気であるベルは、退屈そうに机にぐでーと全体重を預けていた。そんなベルを私は頬杖をついて、無心で見守っていた。

 

 

「…チラつくの」

「何が?」

 

 

  私は光の世界では生きられない。

  それを知ったのは随分と昔。母の目の前で攫われた現実を受け止めた時だった。

 

 

「光に身を投じても、生きていけない。それほど、浸かってしまっているのに。何故、足掻こうとするの?」

 

 

  ベルの質問の答えにはなっていないだろう。でも、これは私の素朴な疑問だ。

 

 

「足掻いたところで、待ってるのは闇よ。表と裏は表裏一体。光と闇も表裏一体。一歩、足を踏み外せば闇へと簡単に落ちていくのに」

「──護りたいんじゃね」

 

 

  ボソリとベルは言った。

  笑っていない、珍しく無表情で、ベルは言う。

 

 

「一時の幸せを誰でも護りたいって思うじゃん。きっと、そうなんだよ。幸せってやつを知っちゃってるから、欲が出てくる。ずっと幸せでいたいって思うんだよ。…人間ってそんなもんだろ?」

「一時の幸せ…」

「リリーの言ってることがどいつの何かは知らねーし、どーでもいいけどさ。きっと、足掻いてでも、先は闇だとわかっていても、それでも尚、諦めたくねーんだよ」

「……」

「特に、子を護る親とかな」

 

 

  くわぁっとベルは退屈そうに欠伸をした。ねみーと呟くベルは本当に眠そうだ。

 

 

「…ベル」

「ん?」

 

 

  改まってベルを呼んだものだから、改まって何?とベルが怪訝そうに聞いてくる。

 

 

「……いつもありがと」

「オレ、お礼されることした?」

「うん」

「…ふーん。どういたしまして」

 

 

  ベルはしししっと嬉しそうに笑った。私も、いつの間にかイライラは消えていて、笑ってしまう。

 

  ベルが立ち上がる。

  どこへ行くの?と聞けばスクアーロでもいじって遊ぼーかなーとの事。

 

 

「私も行く」

「ついでにオッサン殺そうぜ」

「今日こそは、だね」

 

 

  そして数時間後。

  折角、ベルのおかげで長閑な気持ちでいれたのに、やはりイライラしてしまうのはもう、仕方ないのだ。




  
  
  
  アイツにとって──
  ──彼女は光

  彼にとって──
  ──彼女は光

  しかし彼女にとって──
  ──彼女自身は闇

  人それぞれ、護りたいものは違う。
  けれど、もう彼女は護られるほど弱くない。
  それでも護りたいと思うのは──
  ──きっと、()()のエゴなのだろう


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第14話

  
  『      』は直感する──
  ──答えは既に頭の中
  


  

  時々、考えてしまう。

  いつまで皆は私の周りに居てくれるのだろうかと。

 

  聖母のように優しい母はきっと、何も言わず何も聞かず優しく()()()で待ってくれているのだろう。

  酷く人間味のある父は慌てながらも、多分()()()で待ってくれているに違いない。父に関しては、私はどうも好きではないけれど、父がいないと母は寂しそうな顔をするから仕方ないと思っている。

  彼はきっと…怒っているだろうなと思う。急に姿を消した私にいの一番に気づいたのはきっと彼だろう。そこからは蜘蛛の巣のように伝わって、今頃使えるもの全てを使って血眼になって探しているに違いない。後輩のあの子は彼に八つ当たりされていないだろうか。少し、心配だ。

 

  私は少しばかり特殊で、特殊だったからこそ彼は私に興味を示してくれた。

  父の娘だったこともあるだろうけど、でもきっと、特殊な方に興味がいってた。

 

  ああ、ダメだ。

  日本に来てから、随分とナイーブで情緒不安定だ。私はリング争奪戦には出ないけれど、このままだとヴァリアーの誰かに支障が出るかもしれない。

 

  …いや、ヴァリアーはそこまでアットホームって感じでもないし、所詮他人だと割り切っているダメな大人達だ。私がどうであろうと、興味は持たないだろう。

 

  深夜の並盛中学校。特別大きい学校でもないし、綺麗な学校でもない。庭の手入れとかはきちんとしてあるけど、程よい年季の入った、至って普通の学校だ。

  ──まあ、マフィアたちが集まってなかったらの話だけど。

 

 

「みんな!」

「よお!」

「オス」

「10代目!」

 

 

  間抜け面を晒して、守護者たちの場所に走って行っているのは10代目候補の1人、沢田(さわだ)綱吉(つなよし)。ボンゴレプリーモの直系で、今回のこの()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

「それにしても…し、静かだね…。ほ、本当に並中で良かったのかな…」

「やつら、まだ来てねーのかな」

 

 

  下でキョロキョロと私たちを探す彼らは本当に馬鹿だと思う。けれど…急に裏社会に浸からせられて、それでも頑張っている彼らがとても眩しく見た。

 

  ああ、羨ましい。

  今もこうやって笑い合い、未来も笑いあっている彼らが羨ましい。ずるいなと思う。

 

 

「厳選なる協議の結果、今宵のリング争奪戦の対戦カードが決まりました」

「第一戦は、晴の守護者同士の対決です」

 

 

  隣でルッスーリアは嬉しそうに笑った。

  ルッスーリア、君は今日負けてしまうんだよ。重症を負っちゃうんだよ。

 

  行かないで、ルッスーリア。

  死なないけど、貴方が怪我をするのは嫌だ。

 

 

「どうしたの? リリーちゃん。裾なんか掴んじゃって。 …心配ならご無用よぉー! アタシは勝つから!!」

「……」

 

 

  どうやら無意識にルッスーリアの裾を掴んでしまったらしい。びっくりして、私はパッと手を離した。

  どうしたのぉ?と心配してくれるルッスーリアに何でもない、と返し早く行きなよと背中を押した。

 

  チラチラとこちらの方を見てくるので、しっしと手を返しておいた。

 

 

  これは必要な戦いだ。

  ヴァリアーにとっても、彼らにとっても、ボンゴレにとっても。

 

  ──これは必要な戦いだから。

  ──未来は決まっている。

  ──私は、手出しをしてはいけないのだ。

 

 

  晴戦が、始まった。



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第15話

  
  彼女は待ち続ける──
  ──帰ってくると信じてるから
  


  

  雷の酷い、雨の日。

  屋上にて私たちヴァリアーとボンゴレボス候補たちが集まっていた。

 

  ぶっちゃけ言うと、この雷戦ではむさいオッサンのレヴィが勝つらしいのだが、それはそれは無様な勝ち方だったと私は聞いていた。そんな無様で醜い戦いを見る気にもならなかった私は、ホテルで寝てようとしたのだが、無理やりベルに連れてこさせられた次第である。

 

  レヴィと戦うのはランボ。アフロが特徴的なアホ牛5歳である。

  沢田綱吉は最後までランボを行かせたくなかったらしいが、この戦いがどれだけ重要で危険なものか理解出来ていなかったランボはおちゃらけた調子でフィールドへと行ってしまう。

 

  チェルベッロの言葉で、戦いが開始すると、そこからはもうレヴィの甚振りがずっと続くだけだった。

 

  そりゃそうに決まっている。だって、ランボは5歳でヒットマンなんて言っても、人1人殺したことないような綺麗な子供なんだから。

 

  しかし、ランボは傷の痛みからか大泣きすると、どこからかバズーカを出し、自分に向け──撃った。

 

  10年バズーカ。見たことはなかったが、聞いたことはある。どうやらランボはそのバズーカの所有者だったらしい。

 

  もくもくと煙がランボの身体を包み、煙がはれた頃には、かなり身長の高くなった、アフロしか面影のないランボが立っていた。しかも、餃子を持って。どうやら10年後のランボは食事中だったらしい。可哀想に。

 

  10年後のランボは少しブツブツ言いながらも、この時代のランボのために戦う。しかし…このランボもまた、かなり弱く再びレヴィに甚振られる結果となってしまった。

 

  大人気なく泣きわめくランボは、落ちていた10年バズーカを手に取ると、それを自分に向けて撃った。ということは10年後のランボのまた10年後。私たちにとって20年後のランボがここに登場したということになる。

 

  煙の中から出てきたランボは風格が変わっていた。少し、髪が伸びているようにも思えた。

 

  思わず、私の眉にシワが寄る。

 

  彼はこの場の状況を理解したらしい。ボンゴレの面々を見て懐かしいと言葉を漏らしていた。

  不意に、私と彼の目線がかち合った。彼は私を見て小さく首を傾げる。

 

 

「(彼女は…誰だ?)」

 

 

  彼は私の方に向かって前進してくるが、レヴィがそれを邪魔した。そこからは格の差が見せつけられる戦いとなる。

 

  20年後のランボにとって、この時代のレヴィとは赤子をひねるようなもので、一気に形勢逆転する。これは話に聞いていたよりも無様である。

 

  このままレヴィを殺してくれと思っていたが、残念なことに時間切れらしく、20年後のランボから20年前のランボ…要するにこの時代のランボに入れ替わってしまった。

  レヴィの一撃がランボにトドメを刺し、動かなくなってしまう。

 

  その姿を見た最低なレヴィは殺そうと自分の武器を大きく振りかぶった。

  が──

 

  目の前の避雷針が倒れ、壊れる。

  風で倒れるようなヤワな造りでは無いはずだ。ということは、誰かが意図的に壊したことになる。

 

 

「目の前で大事な仲間を失ったら……死んでも死にきれねぇ」

 

 

  額にオレンジの炎を灯した彼──沢田綱吉は自分のリングと引き換えに、ランボを救けた。

 

 

  ああ、酷く優しい人。

  そんな彼だから、きっと周りの皆は彼についてきてくれるのだろう。

  そんな沢田綱吉と父の面影が被った。



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