純情ハートとウマ娘(凍結) (ゲーミングラーメンほうれん草増し増し)
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prologue『星と空と芝』

 その日は正しく運命の日だった。
 


 朝、目が覚めた時には過ごし易い日だと思っていたが今日はそんな事も無い日になった。

 

「……あちぃ……」

 

 長く伸ばし目線を完全に隠した前髪、頬を流れる一筋所の騒ぎでは無い汗。

 精一杯背伸びをして着込んで居るスーツは、未だに着られてる感が拭えない。

 更には中に着ているTシャツは勿論Yシャツすら背中に張り付く始末。

 汗が止まらなかった。

 

 眼前に広がるのは思い思いに過ごしているウマ娘達。

 時は放課後、担当ウマ娘も居なければチームメンバーも居ない為に完全フリーな僕を除けばここから少しづつ皆忙しくなってくる時間帯、詰まり逆に言えば暇そうにしてるウマ娘が居たら勧誘の対象に出来る。

 ……放課後一時間前からスタンバっててもうバテ始めてるけど。

 

 瞬間目の前にウマ娘が通り掛かる。

 チャンスをモノにしなければ……!

 

……あの、良かったら僕のチームに入りませんか?今なら一番初めにチームに入ってくれたって事で僕の実家から送られてくる人参なんかをプレゼントしま……す……

 

 急いで早口で話したけれどか細い声じゃ聞こえないよね。

 知ってた、知ってたよ。

 涙が出そうだ。

 

 取り敢えず頭に過った自己嫌悪を拭う為に右を見る、そうするとウマ娘、更に左見てウマ娘、もう一度右見てウマ娘、次いでに後方も見る。

 

「おめーホントに話し掛けるの下手くそだなぁ。そんなんだからスルメの飲み込むタイミングが分からないトレーナーランキング一位なんだよ。分かってるのかこの事実の重さをよぉ?」

 

 振り向けば絶対にソコに耳が無いのに耳あてを着けたウマ娘『ゴールドシップ』がそこに居た。

 

「……ゴルシだってスルメの飲み込むタイミング掴めないとか言ってたじゃん」

 

「アタシはアレから特訓したんだよ!今じゃ碁石も噛み砕けるくらいには顎力有るんだぜ!おめーもそれくらい強い顎力付けようぜぇ新人トレーナー!ゴルシちゃんが手伝ってやっからさー!」

 

 一体どんな会話だろう。

 炎天下という訳じゃない、それなのに汗が止まらずに出るのは緊張しているから。

 その緊張を和らげる為に話し掛けてくれているのなら逆効果だと言えば良いのだろうか。

 

 僕は昔から女の子と話すのが苦手だった。

 僕の目から見て女の子は何時もキラキラしていて、可愛くてカッコイイ人達ばかりだったから。

 

「あ、そうそうこの間よ?お前と初めてあった公園にまた一人で行ったんだけどよ〜、お前の座って黄昏てたベンチ無くなってたんだぜ?事実上お前の尻がベンチにとって最後の尻だった訳だけど、どんな気持ち?」

 

 崇拝していたと言っても過言では無いんじゃ無いだろうか。

 

「それとなそれとな?ここ最近ゴルシちゃんまた身長伸びたんだぜ?どれくらい伸びたと思う?そう!2ミリ伸びてたんだぜー!成長期ってすげーよな!よな!でもアタシそんな歳だったっけ?自分の歳覚えてねぇんだよなぁ。別に覚えてる必要はねぇんだけどな?」

 

 いつの間にか女の子と話していない時間が過ぎ、彼此三年がたった頃流石に不味いと思い用事以外で外に出たが誰とも話す事は無かった。

 

 いや、今僕の右隣を歩いているゴールドシップとは話したが、あんな物は会話とは言わない。

 最早脅迫に近い何かだった。

 

「おいてめー人の話聞いてんのか?」

 

「……聞いてる聞いてる。なんだっけ、ゴルシの所属してるチームの名前の由来の話だっけ?」

 

「んな話はしてねーよ!?……あ、いや待てよ話したかもな……一昨日くらいに」

 

 …………ゴールドシップ、略称はゴルシ。

 身長は175cmと高めで顔が良く身体付き(体重値)も良い美少女。

 けれど中身はこんな感じで結構残念系なウマ娘。

 一度火が着けばかなり速い脚を持って居るのは知っているし、此奴とは話してても別にキョドったりしないから楽なんだけど、如何せん真面目に話してると脳が拒否反応を示して来るからどうすればいいのか分からなくなる。

 

「んでよー、この間トレーナーとオセロやったんだけどな?滅茶苦茶弱くてよー。しょうがねぇからオセロで将棋してたんだよ、そしたら勝率は半々になって良い感じだった。おめーもやろうぜオセロ将棋!」

 

「何でボードゲームとボードゲームを掛けて意味の分からないボードゲームのような何かに変質させてるのさ……」

 

 こんな奴だもん、仕方ないよ。

 

 僕は新人トレーナー、このトレセン学園に所属して未だ一月は経っている。

 それだけの時間を費やして話し掛けたウマ娘は……なんと三人。

 一人目は皇帝と名高いシンボリルドルフさん。

 学園に入った際に理事長とたづなさん、そして先輩トレーナーさん達以外で会話した数少ないウマ娘。

 二人目にゴルシ。

 三人目はついさっき話し掛けたけど声が届かなかったあの子。

 

 話した内容なんて、内容がないようなものだった。

 内容が、ないようだ。

 ……ふふっ。

 

「こわ、なに急に笑い始めてんだお前」

 

「ゴルシよりマシ」

 

「はぁん!?喧嘩売ってんのか!?良いぜ買ってやるよ!喧嘩三点セット6900円の奴を今なら新人トレーナー価格で7000円で買ってやるからよ!……高ぇよなぁ、何で新人トレーナー価格で100円上がってんだ?」

 

「ノリと勢いで生きてるゴルシだから大丈夫」

 

「そうだな!ノリは大事だからな!アタシは何時も液体の奴とスティック状の奴持ち歩いてんだけどな?じっくり時間掛けないと液体の奴は綺麗に付かないからそんなに消耗してねぇんだけど、スティック状の奴は凄いんだぜ。何せ早くて綺麗雑に使える。お前の為に実はスティックノリ一本余計に持ち歩いてんだ、やるよ」

 

 そうして手渡されるスティックノリ。

 キャップを開けると『ゴ』と掘られていた。

 

「……要らないよ?」

 

「何!?お前液体ノリ派なのか……?仕事遅そうな顔してるもんなぁ……丁寧にやるのと遅くやるのは違うからな?ホントに大変だったらゴルシちゃんが手伝ってあげなくもない……かも知れないんだからね!」

 

 そう言ってまた手渡された液体ノリ。

 蓋の所に『ゴ』と書かれていた。

 

「……要らないからね?」

 

「なんだおめー、まさかセロハン派なのか?辞めとけ辞めとけ。彼奴らは応急処置には使えるけど付き合いが悪いからな、固定するのには使い辛いのが特徴って奴だ。」

 

「……それもまた、違う気がするんだけど……」

 

「……お前ガムテ派なのか?それとも両面派?」

 

「何でくっ付ける物で派閥が有るんだよ!?派閥争いなんて無いでしょ!?」

 

「おま、お前!あの血みどろのスティックVS液体の争いを知らねぇのか!?」

 

「知らないよ!?というかセロハンとガムテと両面どこ行ったんだよ!!」

 

「アタシの生まれ故郷ゴルゴル星に置いて来た」

 

「何処だよゴルゴル星はよォ!!この慣れない環境で必死こいてチームに入ってくれそうなウマ娘探してるのに横からノリのどうでも良い話聞かされてる僕が滅ぼしてやるからよぉ!!」

 

 余りの暑さについ声を荒らげてしまい、周りにいたウマ娘達がビックリして離れて行く。

 あぁ、今日はもうダメそう。

 勧誘しようとしてもココ最近は逃げられちゃうんだよね、悲しい。

 

「はいラップ」

 

 神妙な顔してどっから出してきたのかラップを渡される。

 これで何すりゃ良いんだ、顔に巻いてオシャレでもすればいいのか?

 そうしたら僕のチームに入ってくれそうなウマ娘が寄ってくるんだろうか巫山戯んなアホルシ。

 

「ラップ渡されても何するか分かんないんだけど」

 

「ふぉっふぉっふぉっ……ラップ越しに空を見るとな、ワシの母星ゴルゴル星が見えるんじゃよ」

 

「へぇ……肉眼で見れるって事は他の星より大きいのかな……いやまだ太陽登ってるし見たら目が死ぬわバカルシ」

 

「おっとそりゃ行けねぇ、危うく新人トレーナーの目に寝ても醒めてもアタシが思い浮かぶ様になっちまう所だったぜ……ふぅ、ホントに危なかったなぁ」

 

「……ボク、オウチ、カエル」

 

「おう、アタシもそろそろトレーナー室行ってトレーニング受けてくらぁ……あ、そうだ」

 

「……なに?まだ何かあるの?」

 

「リギルがチームメンバー募集してたろ?アレの選抜レース今日だから、それで落ちた子に声掛けりゃもしかしたらチームに入ってくれっかもよー」

 

「……真面目に考えて真面目に答えるなよ怖いよゴールドシップ……」

 

 ヒラヒラと手を振りながら背中で語る彼女の姿は、正直かっこよかった。

 

 でもポケットに突っ込まれたスティックノリと液体ノリ更にはラップとかも有るんだけど、回収はしないんだろうか……。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 チーム『リギル』かの『皇帝』シンボリルドルフを初めとし『女帝』や『怪物』等の強者が揃っている。

 今日はそんなチームがメンバー募集しているということでウマ娘達が集まり選抜レースを行うのだ。

 そんな中僕は取り敢えず落ち着いて見れる場所を探し、見付け座り込んでいるのが現状と言った所だ。

 

 

 チーム『リギル』のトレーナーであるお花さんとは軽く話したりもしたし、一度だけ一緒にご飯を食べに行ったりもした。

 その際にトレーナーとして何が求められるか等の忠告を受けたりしたが、もう一人のトレーナーであるチーム『スピカ』の先輩(アニメトレーナー)からは、ウマ娘達が楽しんで全力で走る。それをサポートすればいい。

 

 と言うアドバイスも貰っている。

 正直何方もかっこよかったし、今の所の目標でもある。

 

「……見ない顔も有る。転入生か何かかな。僕の記憶力が乏しい訳じゃないと思うし」

 

 自慢だけど記憶力は良い方だ。

 絶対記憶能力に近いモノを持っているから。

 

 目に付いたのは遠目でも分かる艶やかな黒い髪に、前髪は白く、紫色の瞳はキラキラと輝いていた。

 

 

「……あの子、良いなぁ」

 

 何故か惹かれる物が有り、付いため息と共に吐き出す願望。

 僕のチーム『流れ星』には誰も来てくれていない。

 

 というか『リギル』とか『スピカ』とか意味が分からないんだよやたら難しそうな片仮名で名前を付けるじゃ無いよ厨二病どもが!

 

 先輩やお花さんにチーム名の由来を聞いたら星座を形作る一際輝く星の名前らしいから、僕はどんな星でも構わない。

 ただ、人々を——僕を魅せてくれるウマ娘が集い、星座の星達とは違う煌めく一閃を見せてくれるウマ娘を、僕は探していた。

 

 結果としては、そんな物に構っていられる程のんびりとしてられないという事実だけ残ったが。

 

「なーに黄昏てるのお兄さん?」

 

 選抜レースが始まった所で、ふと横から話し掛けられた。

 

「……ち、チームメンバーのかん、勧誘しようとしてて、リギルの選抜参加って事はフリーって事で、レース終わりに勧誘したくて……」

 

「ふーん、じゃあお兄さんが今噂になってる幽霊さんかぁ」

 

「幽霊!?」

 

 思わず勢い良く隣に首を振り向かせ、首の骨が鳴るが、気にしない。

 隣に座っていたウマ娘を見て、咄嗟に息を詰まらせた。

 

「そうそう!夕暮れ時辺りになるとトレーニング終わりに全身黒い服着た幽霊が話し掛けて来るって噂!所でお兄さんは何で口開いたまま閉じてないの?お腹すいた?」

 

「お、おま、おままま、まま」

 

「まま!?違うよ!ボクお兄さんの事産んだ覚えは無いもん!」

 

「僕も君に産んでもらった記憶は無いなぁ!違う、そうじゃない!君、君は!」

 

「ん?あ、そっか自己紹介してなかったよね。ボクの名前はトウカイテイオー。未来の絶対無敗の三冠ウマ娘、トウカイテイオーだよ!」

 

 トウカイテイオー。

 今年入学して来た期待のウマ娘ランキング上位のウマ娘にして、トレセン生徒会長シンボリルドルフと仲が良いと書かれるウマ娘。

 特徴的なのは足腰の柔らかさであり、コース取りから最後のスパートへの移行等開ければキリが無くなる程の強味がある。

 

 現在チーム無所属にして、先輩トレーナーが時々勧誘しているウマ娘。

 お花さんも見掛けたら勧誘するレベルだそうだし、入学して学園最強チームに勧誘されてるのに入らない理由も分からなかった。

 

 そんなウマ娘が今目の前に居る。

 僕も勧誘しない手は無い……のだが。

 

「君は何で此処に?その、選抜レースが見たいならこんな所じゃなくて、もっと近くで見れると思う……んだけど」

 

「んー?ボクはねぇ、カイチョーが走るかなーと思って来たんだけど、カイチョー走らなさそうだったんだよね。仕方ないから周りを見てたらこんな所で選抜レース見ようとしてる人が居たからさ、話し掛けに来たって訳!」

 

 本当に皇帝シンボリルドルフの事が好きなんだなこの子は。

 青い瞳をキラキラ輝かせながら話していたが、途中で暗くなったし。

 

「……スピカに勧誘されてるらしいけど、断ってるのは何で?リギルに入りたいの?でもそれだったら選抜レースに参加するんじゃ……」

 

 不意に沸いた疑問。

 元気良し、才能良し、オマケに愛嬌もあると来た。

 なんでこんな子が未だに無所属なのかが疑問になる程。

 話の流れは悪いし雑な会話かも知れないけれど、僕は頑張って話してる。

 吃ったりしない、噛んだりもしない、精一杯話をする事が、きっと今一番僕に必要な事だと思った。

 

「うーん……カイチョーに追い付いて、ボクはカイチョーの前を走りたいんだよね」

 

「……それは、皇帝を超える……って事?」

 

「うん!だから絶対無敗の三冠ウマ娘になる。それがきっとボクの目標の第一歩だから!」

 

 随分と大きな第一歩。

 けれど皇帝シンボリルドルフを超える為にはそのレベルが要求されるのかも知れない。

 でもそれなら尚更リギルに入りそうな感じだし、先輩トレーナーのスピカに入るのも面白そうだ。

 

 それなのに、何で?

 

 夕暮れ時、オレンジ色の夕日が芝を明るく照らす。

 各バゲートインを完了しており、今にでも走り出す勢いだった。

 

「ボクはね——」

 

 ゲートが開かれ、一斉に走り出すウマ娘達、その中には僕が目を付けた転入生らしきウマ娘も居たけれど。

 

 皆真剣な表情をしていた。

 リギルに入る、このレースで一着を取る、憧れのあの人と同じチームに、前は譲らない、私が一番になる。

 

 遠目からでも分かるウマ娘達が抱えている思いに、堪らず、トウカイテイオーが話す言葉を待たずに、僕は自分の夢の一端を思い出した。

 

 

「伝説を作って見たい」

 

 

 幼い頃に見た有マ記念。

 人気投票と実力で全てのウマ娘達の上位十名が選ばれるレース。

 あの時に思った、僕もソコに入りたい。

 

 始まりの夢、それはウマ娘になりたいだった。

 けれどそれは叶わぬ夢だと思い知らされた。

 子供心に憧れたけど、何せ僕は人間で、男だったから。

 

 ウマ娘になる為に色々と頑張ったが、結局無駄になった。

 

 だから、夢は変わり『自分の担当したウマ娘全員を有マ記念に出走させたい』と言う夢に書き変わった。

 

 その夢の為に僕は様々なモノを犠牲にして勉強をして知識を深めて、使える物は全て使ってトレーナー専門の学校を首席で卒業後にこのトレセン学園に入った。

 

 僕の人生の九割九部九厘己の夢の為に突き進んだのだ。

 後悔は無い、後悔なんて無い、後悔をしたら最後今まで切り捨てたモノが僕を潰す。

 それが分かっていたから。

 

「……良いね、伝説かぁ」

 

「……え、あ、ご、ごめんなさい!トウカイテイオーさんが話してたのに、きゅ、急に話しちゃって!」

 

「んーん!気にしてないし、何より面白そうだねお兄さんの夢!」

 

 そう言っていつの間にか僕の隣に座っていたトウカイテイオーが立ち上がる。

 それとほぼ同時に選抜レースが終わり、最後の最後、転入生が驚異的な追い上げを見せてくれた。

 

「お兄さんの夢は伝説作る事かぁ……良いね、うん。すっごくいい!じゃあさ……」

 

 誰が一着かは見えなかった。

 だって、夕日に照らされたトウカイテイオーが、彼女が。

 

「ボクの事も伝説に出来る?」

 

 とても綺麗な笑顔をしていて、呼吸すら出来なかったのだから。

 

 

 

PrologNo.1、伝説の始まり




新人トレーナーステータス
身のこなしB
忍耐力C
コミュ力F+
賢さSS(F)

夢の為に人生の殆どを捧げた

因みに初めては夜景の見える高層ホテルのスイートでお互いの馴れ初めを話したり他愛ない会話をしてうまぴょい。
尚本作でそれが叶う事は無い模様(どうせみんなうまぴょいされる)


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うじうじトレーナー編
第一話


 打倒コミュ障&夢への第一歩

 尚今回のお話は新人トレーナー君の悪癖てんこ盛りなので曇らせて行きます。
 ちなみに目隠れ系男子なんですけど、一番近しいビジュアルはFGOの風魔小太郎君ですね。

 後予約投稿は昼の12が良いのか夜の22がいいのか、どっちの方が読者的には有難いんでしょうか。
 やっぱり夜?


 意地は張ったら張り通せ。

 それは僕の生きて来た人生の教訓の一つだ。

 

 たった22年と言う薄いし少ない人生だけれど。

 

「マヤはね、一番になりたいの!だからトレーナーちゃん!」

 

 因みに教訓は後五個あって、一番新しいのがコミュ障を治す方法はググッても実践出来なきゃ意味が無いだ。

 何が沢山の人と話しましょうだ巫山戯んなばーか。

 

「マヤの事しっかり見て、マヤと一緒にキラキラになろうね!!」

 

 月の光に照らされたマヤノトップガンの笑顔に、思わず見惚れてしまった。

 

 

 ……僕のチームにコミュ力お化けキラキラガール『マヤノトップガン』が加入するのは、コミュ障を治す第一歩と言っていいのだろうか。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 事の発端はトウカイテイオーとの会話だった。

 

「それは所属希望……って事?」

 

「うん!お兄さんトレーナーさんでしょ?顔も見た事無いって事は多分新人トレーナーさん、そんな人が伝説を作って見たいって言ってるのが凄く面白そうだったからね!」

 

「……そっか、そっかぁ……所属希望してくれるのかぁ……ありがとう」

 

 別にトウカイテイオーの笑顔の所為じゃない。

 この顔の熱も、バクバクと動機を早める心臓も。

 選抜レースで凄いレースを見たから、夕日に当てられただけ。

 

 でもこの喜びはきっとトウカイテイオーのお陰で、それを素直に喜べないのもまた、トウカイテイオーのお陰なんだ。

 

 だから。

 

「えへへ、所でお兄さんのチーム名は……」

 

「ごめん」

 

「……へ?」

 

 さっきまでの笑顔が消え口を開けたトウカイテイオー、それもまた……と思ってしまう自分は一体何をとち狂ってるのか。

 

「僕が君を誘う。だから待ってて欲しい。」

 

 これは意地だった。

 だって僕は何もしてないんだから、それなのに初めからトウカイテイオーが加入してしまったら、僕のチームに所属してしまったらきっとトウカイテイオー目当てで来る子も出て来る。

 

 それは僕の望みじゃないんだ。

 だから待っていて欲しい。

 

「トウカイテイオー、君は最後に僕が勧誘する。だからそれまで待っていて欲しい」

 

 座り込んでいた重たい腰を上げてトウカイテイオーに背を向ける。

 だって余りにも嬉しくて直ぐにでも加入申請書を出して欲しくなってしまうから。

 

「これから僕はもっと頑張って勧誘する。君を待たせない、僕の夢への第一歩は君を勧誘する為にもチームメンバーを集める、そして君を入れて学園最強を下し世界最強になる」

 

 自分でも言ってる事が無茶苦茶だと思う。

 折角入ってくれると言っているのに、それを蹴り飛ばして居るのだから。

 これでトウカイテイオーがやっぱり無し、と言っても文句は無い。

 でもやっぱり僕は意地を張った。

 

「だから……それまで待っていて欲しい。必ず君を迎えに行く、僕のチーム最初の一人にして最後の一人として」

 

 そう言って僕はその場を後にした。

 別に恥ずかしくなった訳じゃない、苦しかった訳でも無い。

 

 

 単に僕が意地を張っただけの話だった。

 

 

 これが原因でまさかマヤノトップガンが加入申請をしてくるなんて夢にも思わなかったんだから。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 そうして今日、また放課後に勧誘を再開していた。

 必死だった、吃りながら、噛みながらでも意地で何とか話し掛けていた。

 

 この日だけで20人近いウマ娘を勧誘していたけれど、皆断られた。

 

 

「……新人だから、僕になんの実績も無いから……!」

 

 握り締めた拳からは何も流れない。

 食い縛った歯から音はしない。

 ただ心に灯った熱は消えなかった。

 

 そんな時だった。

 

「貴方が最近噂になってる幽霊さん?」

 

「っ!?だ、誰!?」

 

 背後から話し掛けられ振り返ると。

 

「マヤの名前?マヤはマヤノトップガンだよ!ユーコピー?」

 

 オレンジ色の髪の毛を振り乱し、キラキラとした瞳を此方に向けながら手を差し伸べるウマ娘が居た。

 

「……は、初めに言うけどさ、僕、僕は幽霊じゃないよ」

 

「あはは、そんなの知ってるよ〜。ただ噂だと幽霊って呼ばれてるからマヤもそう言って見ただーけ」

 

 緊張から吃ってしまったが、彼女は何も言わなかった。

 其れ処か、変わらずキラキラと瞳を向けていた。

 

「因みに……その、その噂はさ……どんな噂なの?」

 

「んー?えっとねぇ、放課後になると全身黒い幽霊が話しかけて来るって噂!」

 

 あ、もうウマ娘達の中でかなり共有されてるんだソレ……。

 

「えっと、そんな僕に……何の用、かな?」

 

「マヤはね、チーム無所属だよ?」

 

「……うん?」

 

「だぁかぁらぁ、マヤはチーム無所属だよ!」

 

 僕の返答が気に入らなかったのか、少しムッとした表情で話しかけて来る。

 ……別に可愛いなんて思ってない、思ってないけど込み上げてくるモノがある。

 

「……えっと」

 

「むー……テイオーちゃんから紹介されて来たのに!トレーナーちゃんもしかしてマヤの事知らない感じなの?」

 

 トウカイテイオーなんて事を。

 ……マヤノトップガン、彼女もまたトレセン学園の勧誘したいウマ娘名簿に載っているウマ娘の一人だったのは覚えている。

 驚異的な直感とずば抜けたセンスを持っていて、トレセン入学時のレースにて注目を浴びていた事から、かなり注目株と評価されていたが何故かトウカイテイオーと同じく無所属。

 

「僕は新人で、何も出来てないトレーナー、ですけど」

 

 少し話して見て分かったのはコミュ力の塊、マイペースの鬼。

 僕は絶対合わない。

 だからチームに入りたいなら別のトレーナーの所にでも……でもトウカイテイオーもコミュ力の鬼って感じしてたから別に平気なのかな……あれ、僕割と話せてる?

 コミュ障治ってる?もしかしてトウカイテイオーと話したから?

 

 なんだ、トウカイテイオーってやっぱり凄いウマ娘じゃん!

 

「マヤの興味は今トレーナーちゃんでいっぱいだからね!それにテイオーちゃんからも紹介されてたし、マヤも入っても良いかなーって」

 

「……また僕が勧誘してないのに自発的に来るのか……」

 

「?」

 

 意地を張ってしまった手前コレでOKしてしまうと、張った意地は何だったんだと言われてしまう気がした。

 

「……じゃあ条件で」

 

「なになに?他のウマ娘ちゃん達と競走するとか?」

 

 そんな事したら名実共にマヤノトップガンが僕のチームに所属しているものと思われてしまう。

 けれど折角来てくれたのにのに追い返すのは、違う気がする。

 だから条件、最低な僕が出す最悪な条件。

 

「僕が他のウマ娘を勧誘して、もし成功したら加入申請を受け取っても良いよ」

 

 こんな条件出されれば入る筈も無い。

 トウカイテイオーには悪いけど、僕は自分から勧誘したいから意地を張ったんだ。

 それなのに自分の力でも無いのに所属されてしまったらトウカイテイオーとの約束は何なんだ。

 

「アイ・コピー!マヤはそれでも良いよ〜」

 

「……え?」

 

「トレーナーちゃんが出した条件でマヤは良いよ?」

 

「……正気?」

 

「むぅ、だってテイオーちゃんから少し聞いてたしマヤ、トレーナーちゃんの事見て少し分かったけど、トレーナーちゃんテイオーちゃんとの約束とか色々考えて出した条件でしょ?マヤは勝手に興味が湧いて勝手に来ただけだもん。トレーナーちゃんが決めていいし、マヤはそれでいいよ?マヤは大人なオンナだからね!」

 

 そう言って胸を張るマヤノトップガンは、ひたすらに逞しく見えた。

 

 ……やっぱりズルいよウマ娘は。

 カッコイイし、カワイイし、こんなにも僕の胸を揺さぶるんだから。

 

「……じゃあ勧誘しに行くから」

 

「うん!マヤも着いていくよ、ユーコピー?」

 

 軽く頷いて僕はウマ娘達の元へと歩いて行った。

 

 

 

「あ、あの、僕の作ったチームに入って貰えませんか?……あ、えっと僕は今年からトレーナーになった……あ、はい……メンバーは居ません……はい……はい」

 

「あははートレーナーちゃん断られちゃったねー」

 

「……次だよ、次」

 

「マヤはちゃんと見てるからね!」

 

「…………」

 

 そうして次のウマ娘へと勧誘を始めた。

 

 

 

「初めまして、僕は今年トレーナーになった新人何ですけど、良かったら僕のチームに……」

 

「わぁ、凄いね全力で逃げられちゃったよトレーナーちゃん?」

 

「……次」

 

「マヤ喉乾いたー!」

 

「じゃあ……取り敢えず何か飲み物を買おうか、飲みたいものは?付き合わせてる分買うよ」

 

「ホントに!?じゃあはちみー飲みたい!」

 

「……あぁ、アレ飲み物なんだっけ」

 

 そうして、一人、また一人と勧誘するも失敗続き。

 その度にマヤノトップガンから慰められる。

 諦めない、諦めたくない。

 だって約束したもん、意地を張った約束だったけど、トウカイテイオーと約束したんだ。

 だから……。

 

「トレーナーちゃんトレーナーちゃん」

 

「……何?」

 

「もうそろそろ寮の門限になっちゃうよー」

 

「……嘘、もうそんな時間?」

 

「トレーナーちゃんは凄いね」

 

「……何処がさ、勧誘してるのに成功しない。君の加入申請も受け入れてないのに。何処凄いんだよ」

 

「だってさ、断られるのって少し嫌でしょ?それでもテイオーちゃんとの約束とか、マヤにした約束を守るために頑張ってる訳でしょ?それってきっと凄い事だって分かっちゃったもん」

 

 夕日は落ちた。

 昨日見た時程綺麗とは思えない夕日だったけれど、変わらず今日も夕日は落ちて行った。

 堪らず空を仰ぐ。

 夜空へと姿を変えつつ疎らになった雲と顕になる月。

 自然と瞳に力が入る。

 

「とーこーろーで!」

 

「……何?」

 

「此処に何処のチームにも所属して無くて、担当トレーナーも居ないウマ娘が居るんだけど、トレーナーちゃんはどうする?」

 

 ……そんなモノ、僕は……。

 

「……僕のチーム、流れ星はね、新人の僕が作ったチームって事もあってまだ誰も居ないんだ」

 

 マヤノトップガンに背を向けて語った。

 

「うん分かってるよ」

 

 瞳の熱が増していく、一日行動を共にして、マヤノトップガンが良い子、良いウマ娘なのは分かったんだ。

 でも……、

 

「……それでも、僕は自分の力で勧誘したい……自分でウマ娘に加入申請書を書かせたい……!僕は!」

 

「トレーナーちゃん」

 

 マヤノトップガンから声を掛けられる。

 ゆっくりと振り返り、彼女を見詰めた。

 

 振り返った時見たマヤノトップガンの表情は、笑顔なんかじゃ無かった。

 

「マヤの事は勧誘してくれないの?」

 

 とても悲しそうに、とても寂しそうにしていたんだ。

 

「……え?」

 

 想像もしてなかった言葉を掛けられ、言葉に詰まる。

 

「……だってトレーナーちゃん他の子達には声掛けてたけど、マヤには話し掛けてくれなかったでしょ?マヤを勧誘してくれないの?」

 

 ……だって、加入したいって言ってるのに、勧誘するなんて、そんな事……。

 

「トレーナーちゃん勘違いしてるよ、マヤはチームに()()()()()()とは言ったけど()()なんて言って無いんだよ?」

 

 ……そんなの、そんなの言葉遊びだ、狡いよ、狡過ぎる。

 

「トレーナーちゃん」

 

 思わず顔を俯かせる。

 だって、だってそれって。

 トウカイテイオーに僕の事やチームの事を聞いて、僕がどうしてトウカイテイオーの加入を断ったのか。

 そして何でこんなにも必死になって勧誘してるのか、それを全部『分かって』言っていたって事になる。

 

 怖くない、知らない内に自分の事を理解されてたことに恐怖なんてしない。

 けれど、それなのに僕に加入申請してくるのは、何でなのさ。

 

「マヤね、分かっちゃうの。一目見た瞬間にテイオーちゃんを断った理由とか、全部分かっちゃった。だからね、トレーナーちゃんに誘われたくていっぱいアピールしたんだよ?」

 

 僕の意地を……叶える為に……そんな事の為に一日付き合ってただなんて、僕は……っ!

 

「でもトレーナーちゃんは誘ってくれないんだね、マヤの事。じゃあ仕方ないよね?」

 

 咄嗟に顔を上げ、マヤノトップガンの瞳を見詰めた。

 昼間とは違った意味でキラキラと輝く瞳。

 

 そうして数秒見詰め合った後、マヤノトップガンは僕に背を向けた。

 

 ……何度繰り返した、自分の起こした行動で後悔したなんて。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、コレで終わりにしたくない。

 

 だって、後悔なんてしたら……僕は……!

 

「マヤノトップガン!」

 

 もう寮の門限ギリギリだ、こんな大声出したらウマ娘達にも良い影響は無いだろう。

 

 でもそんなのは関係無い。

 

「僕の!僕のチーム『流れ星』は!」

 

 マヤノトップガンの足が止まる。

 君の求めていた勧誘とは違うかも知れない。

 君は確かにずっと隣で見ていてくれた。

 僕の勧誘を、僕の意地を。

 きっと僕の事を知っていようが知らなかろうが、他人は僕の事をバカだと罵るだろう。

 

 両手の拳を握り締め、止まっていた足を動かし、マヤノトップガンに向かって行く。

 

「このチームは!僕が自分の夢の為に作ったチーム!自分勝手に作ったチームなんだ!」

 

 でも文句は有るよ、大体可笑しいんだよ。

 又聞きで僕の事を知った君が、僕の事を直ぐに理解するだなんて。

 それにこんな回りくどい事せずに、僕に勧誘されるのを待てば良かったんだ。

 

 ……でも、これは単なる文句。

 本心だけど、心からの言葉じゃない。

 

「そんなチームを作っちゃう新人トレーナーが!この僕で!今君を勧誘したいと思ったのも、この僕だ!」

 

 マヤノトップガンの前に回り込み、俯いた顔を上げさせる。

 

 両目に溜め込んだモノが零れるのが見えたけれど、それは僕が流させたモノ。

 だから、昼間見せてくれた笑顔にさせる。

 

「マヤノトップガン……君に、入って欲しいチームなんだ……ごめん。きっと正しかったのは君が来てくれた時に勧誘する事だったんだ、でも僕にはそれが出来なかった……本当にごめん」

 

 耐えられなくなって僕は顔を俯かせた。

 コレで断られても、僕は構わない。

 知り合ったばかりで、付き合いなんて内に等しいけれど、彼女の気持ちを、思いやりを一度踏み躙ってしまった僕には離れて行くマヤノトップガンの手を取る事は出来ない。

 

 だからこれはダメ元の勧誘。

 

 

 マヤノトップガンの頬に添えた両手も下ろして、右手を握り締めた。

 切り揃えた筈の爪が肉に食い込んで、瞳に篭った熱の代わりに流れ出て行く。

 

「トレーナーちゃん」

 

 マヤノトップガンの顔は見れない。

 言葉も出せなかった。

 

「マヤはね、一番になりたいの!だからトレーナーちゃん!」

 

 その言葉で俯いた顔を上げる。

 僕の両目に映るのは出会った頃とは少し違うけれど、笑顔を浮かべるマヤノトップガン。

 

「マヤの事しっかり見て、マヤと一緒にキラキラになろうね!!」

 

 差し出された左手を、僕は左手で今度はしっかりと握る。

 

 

 こうして、僕のチーム『流れ星』にマヤノトップガンが加入した。

 

 

 

 僕は初めて、思い描いていた勧誘かと聞かれれば、そうだとは答え辛いけれど、勧誘に成功した。

 

 

 

 




新人トレーナー人生の教訓
①、夢は諦めなければどうとでもなる
②、意地は張ったら張り通せ(悪癖)
③、酒は飲まない
④、反省しても後悔はしない(場合によっては悪癖)
⑤、コミュ障を治す方法はググッても実践出来なきゃ意味が無い
今後もきっと増えてく

それはそうとマヤちゃんこんな喋りで大丈夫だっけ。
育成一回しかしてないから少し不安。
うまぴょい出来なかったや……ごめんよマヤちゃん……。
甘えん坊で我儘キャラなのに少し大人びて見えるのは主人公の為に最初で最後の演技なので許し亭あぁ許し亭。

マヤちゃん好き(遺言)

モチベになるから感想くれ下さい


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第二話

 初めてのトレーニング、そして致命的な致命傷。

 予約投稿のアンケ結構バラつくのね。
 毎日投稿は継続して行くから、此処から2、3話様子見て決めます。

 今回のお話はトレーニングという名の初めての育成回。
 因みに作者が初めて育成してURA優勝したのはトウカイテイオーです、よろしくお願いします()


 またしても時は放課後、他のウマ娘達がトレーニング等に行く時間帯がやって来た。

 何時もなら新人トレーナーはこの時間にチーム『流れ星』への勧誘を行うのだが、今日は違った。

 

 マヤノトップガンと言うウマ娘がチームに加入した為にメイクデビューレースの為のトレーニングが始まったのだ。

 

「いっくよー!テイオーステーップ!」

 

 何故かトウカイテイオーがトレーナー室にカチコミを掛けに来てトレーニングを受けに来た以外は新人トレーナーにとって喜ばしい一日だった。

 新人トレーナーの目から見てもやはりトウカイテイオーはずば抜けており、見れば見る程目を奪われていた。

 

 鮮やかなコーナー、巧みなコース取り、そして最後の競り合いの強さ。

 凡そ粗と言う粗が見つからなかった、新人トレーナーの目でも既にメイクデビューに出走しても確実に2着と2バ身、3バ身離してのゴールを決めれる、そう幻視してしまう程。

 

 勿論マヤノトップガンの走りも決して悪くは無い、今回は競走して貰ったのは芝2400の中距離コース。

 マヤノトップガンとトウカイテイオーの殆ど変わらない走りから始まり、距離が1200を切った辺りでトウカイテイオーがスパートを掛けて来たのだ、それを必死に追い縋るマヤノトップガンだったが、パワーが足りなかったのか上手くスパートを掛けれていない様子だった。

 

 トウカイテイオーの脚質は恐らく先行なのだろうと新人トレーナーは宛を付け、来たるべきトウカイテイオーをチームに迎え入れた後のトレーニングに役立てる事にするのだった。

 

「どうだったトレーナー!」

 

「う、うん、凄かったよ。流石トウカイテイオー、だね」

 

 気持ち良く一着を取れたトウカイテイオーがキラキラと汗を流しながら、新人トレーナーの元へと走り寄っていた。

 

「えっへん!後もうボクの事テイオーって呼んでいいんだよ?ずっとトウカイテイオー、トウカイテイオーって呼ばれるのくすぐったくて……」

 

「……ごめん無理」

 

「えぇー!」

 

 大きく口を開けて驚愕するトウカイテイオー。

 いきなり略称で呼ぶ事が出来ない理由が恥ずかしさの一点で有ると自覚して、鼻から込み上げてくるものを抑え込む新人トレーナーだった。

 

 そしてそれを面白がらないウマ娘が一人。

 

「はぁ、はぁ……むぅ……思ってたのとちがーう!トレーナーちゃん!」

 

 浅く息を吐きながらマヤノトップガンが新人トレーナーへと詰め寄る。

 その頬を若干膨らませながら。

 

「……はい」

 

「マヤちん怒ってます!」

 

 それは当然の怒りだと新人は飲み込む、何せマヤノトップガンの脚質を把握出来ずに勝利を逃してしまったのだから。

 

 

「ごめんなさい……」

 

「テイオーちゃんだけ褒めちゃダメー!」

 

「え……」

 

「マヤ負けちゃったけど、頑張ったもん!マヤの事も褒めなきゃダメー!」

 

 想像していた言葉が飛んでくる事は無かった、けれど新人にとっては何方にせよ反応に困る物であった。

 何せ責められるなら謝って次に繋げば良いのだが、褒めて欲しいと言われると言い淀んでしまう。

 

「仕方ないよマヤノ。トレーナーはボクを見てたんだからさ!」

 

「むむむ、トレーナーちゃん!」

 

 レース中のマヤノトップガンの様子を見て作戦の不備等も考え、最終的に至った結論は。

 

「……良く、頑張ったね」

 

「ぶーぶー!トレーナーちゃんそれだけなの?マヤちんもっと褒めて欲しーいー!」

 

「褒める、褒める……ね」

 

「競走に勝ったワガハイ、テイオーサマの事ももっと褒めるべきだと思うよ!」

 

 新人トレーナーは今まで読み聞き知った言葉達を総動員させ、二人を褒めようとしていたが、はたして頭が良いのか悪いのか。

 

 軽く息を吸い、口を開いた。

 

 

トウカイテイオーの良さは兎に角膝が柔らかい事だと思う。トレーナーになる前から今まで見て来たウマ娘の中でもトップクラスだと思う程、でも見てて思ったのは少し仕掛けるのが遅いんじゃないかなって所かな、最後の直線からスパートを掛けてるのを見てたけど、少し踏み込みが甘くなってた所も有ったしコレから伸ばすとしたらスタミナ面と瞬間的に出せる力強い踏み込みだと僕は考えてる。でもそんな物を抜きにしてもやっぱりトウカイテイオーは凄かったと思うよ。」

 

 

 

マヤノトップガンだって凄かったよ、僕が上手く君の脚質を見極められなかったから今回は負けちゃったけど、今回で分かった。マヤノトップガンは先行や差しと言った作戦より、初めから最後まで皆の前に立って走り続ける。だから君に似合う走り方は逃げだったと思う。今回で分かった、だから次はきっと一番になれる。もっとキラキラになって、ワクワク出来る……と思う、自信が無いけど。」

 

 

 

「1対1の競走だったからこそ良く見れたし、今後の改善点も少し見えてきた……と僕は思ってる。でもやっぱり僕はトウカイテイオーもマヤノトップガンの走りも好きなんだ、大好きだって言える。なんてったってカッコイイと思ったんだもの、短い時間だったけど沢山考えた、けど今まで聞いたどの褒め言葉を送ろうかも迷ったんだ、でも出て来たのは上手く纏められないこんな言葉だけど……やっぱり、そ、の……二人共カッコよかったよ」

 

 

 

 途中早口になったり噛みそうになったが、新人トレーナーの熱い想いは吐き出された。

 僅か数分と言った所だったが兎に角喋った、心做しかその顔は赤くなって居たが、何処か晴々(ハレバレ)としていた。

 

 

 そんな予想の斜め上の言葉を伝えられたウマ娘二人は、両者共に顔を俯かせていた。

 そんな自体に新人トレーナーにとってとても平常心を保つ事は出来ず。

 

……ご、ごめん気持ち悪かった!?ごめんね!?僕なんかが褒めてっ、が、頑張ったんだよ!?色々思い出して自分なりに言葉を変えて言って見たけど……やっぱりだめ、だった……んだよね……ごめん

 

 やがて身体を震わせながら二人のウマ娘が新人トレーナー目掛け突っ込んで行った。

 

 瞬間過る、今まで生きて来た22年といった新人トレーナーの人生の走馬灯。

 思えば中学に上がり始めた頃から周りとのコミュ力に差が付き初め、それでもいいやと思ったが故にコミュ力最底辺まで落ちてしまった過去。

 夢を諦めなければ成らなくなり、どうしようも無くなった時の事、そして突然の別れと新たな夢へと彼の心をを掻き立てた思い出達が——。

 

 

トレーナー!」「トレーナーちゃん!

 

ごめんなさいッ!

 

 

 

『ありがとう!』

 

 

 新人トレーナーの胸に暖かいモノが二つ飛び込んで来た。

 

 トウカイテイオーと、マヤノトップガンの温もりだった。

 

「……?」

 

「ボクの事ちゃんと見ててくれてありがとう、でもコレからはもーっと見てくれなきゃダメだからね!トレーナーがもっと褒めてくれる様にボクももっと頑張るからね!絶対チーム完成させようね!」

 

「一番は取れなかったけど、トレーナーちゃんはちゃんとマヤの事見ててくれたんだね♪次はぜぇったいにマヤが一番を取るよ☆ユーコピー?」

 

 

 右からはマヤノトップガン、左からはトウカイテイオーと言った形で新人トレーナーの身体を抱き締めていた。

 

 マヤノトップガンもトウカイテイオーも新人に見て貰いたかったのだ、走る自分を。

 その結果は確かに優劣が着くものだったが、新人はそんなものに拘っては居なかった。

 ただ、二人の走りを見ていた、そうして求められたが故に感情の暴走と熱い想いを二人に送った。

 

 ただそれだけの話。

 

 

 

「……トレーナー?」

 

「トレーナーちゃん?」

 

 なんの反応も無い事を不思議に思い、二人は声を掛ける。

 

「……っ……っ……!」

 

 小さく新人トレーナーの身体が二度跳ねた。

 

 二人は顔を見合せ、もう一度トレーナーの顔を見ようと上を向いた、瞬間新人トレーナーは大きく仰け反りながら

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

「トレーナー!?」

 

「トレーナーちゃん!?」

 

 

 

 感情制御のリミッターが外れ、感極まった新人トレーナーは鼻血を吹き出し気絶していた。

 新人トレーナーの吹き出した鼻血によって、小さな虹がかかっていたのだが、そんな事知る由もなかった。

 

 

 

「……なぁにやってんだ新人は?」

 

「小脇に将棋盤とオセロ持った娘が来てるよ!」

 

「ゴールドシップ!ゴールドシップじゃん!手伝って!トレーナー保健室に運ぶの手伝ってぇ!!」

 

 

 

「いやこの間そこで寝てる奴とオセロ将棋やる約束してたから来たんだけど……仕方ねぇこのゴルシちゃんが運んでやるよ!取り敢えず片手に将棋盤持ってるから此奴の片足掴んで引っ張ってけば良いか?」

 

「オーバーキルだよ!将棋盤なら預かるから!!」

 

「トレーナーちゃん起きてぇ!勧誘のチャンスだよ!テイクオフするのはその後にしようよ!トレーナーちゃーん!」

 

 

 

 

 この後保健室には将棋盤を抱えたトウカイテイオーと、新人トレーナーを搖すって起こそうとするマヤノトップガン、ゴールドシップに俵担ぎ(たわらかつぎ)された新人トレーナーが現れるのであった。

 

 




 あと感想、評価ありがとうございます。
 お気に入り登録して下さってる方々も大変嬉しい限りです。
 モチベが上がる、もっとくれ。ください。

 因みに新人トレーナー君の脳内↓
 暖かいし良い匂いするイイニオイする!?アッタカイ!?
 何で僕抱きつかれてダキツカレテル!?ナンデ!?分からない!あ、まってかわいカワイイ!?はなれ、離れて!やだ、え、あ、む

 コミュ障で女の子に免疫の無い新人トレーナーくんがマヤちゃんとテイオーの抱擁に耐え切れる訳ないだろいい加減にしろ。

 Q、なんでこんなオチにした!言え!何でだ!
 A、ゴルシ出したかったから。

 あ、マヤちゃんとうまぴょいして来ました。
 追加で三回育成して何となくキャラは理解したんですけど、何あの子可愛い曇らせたい。


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第三話

 トレーナーの闇、二つ返事の答え。

 今回の話は結構シリアスっぽいです。
 そして現れる三人目のチームメンバー。

 ではどうぞ。

 後何か知らないけど日刊ランキング92位ありがとうございます。
 感想、評価、お気に入り励みになってます。だからもっとちょうだい♡


 僕が鼻血を吹き出して倒れた日から一週間が経過していた。

 今朝はマヤノトップガンとトウカイテイオーの二人からのメッセージで起きた事もあってか、不思議と気分は良かった。

 今は絶賛ウマ娘達は授業中であり、僕はトレーナーとしての仕事をしていた。

 

 

 トレーナーの仕事と言っても基本はトレーニング計画表等の提出しなければならない書類を出す事位だ。

 

 新人と言う事もあって色々分からない事が多いけれど、ソコは先輩トレーナーやお花さん達に助けて貰ったりしていた。

 

 何やら僕がトレセン学園に入る前に、聞いた事は無かったが少し問題があったらしくメイクデビューを果たす前に一人のウマ娘を()()()トレーナーが居たらしく、懲戒免職され、そのウマ娘の家族やトレセン学園への賠償金、果てはトレーナー免許の剥奪された奴が居たらしく、ウマ娘が潰れた原因は()()()()()()()()()だったとの事。

 

 その事件があった時からトレーニングを行う際はトレーニング計画表を作り、それを理事長等に提出する必要が有るのだ。

 勿論一日のトレーニングが終わっても、その後追加の自主トレ何かもする事が有るらしいが、基本はトレーニング計画表を作り提出。

 僕も担当ウマ娘が出来た為にその書類を書いていた所だった。

 

 無事にその書類は書き終わり、提出した。

 

 お陰様で今の所出す書類も無く、トレーニング表も書き終えて居た。

 今は何をするでも無くトレーナー室でコーヒーを飲んでいた。

 

「……にが……」

 

 貰い物じゃ無かったら多分コーヒーなんて飲まなかったと思う。

 正直暇を持て余していた。

 

 ふとトレーナー室の窓から外を見ると、良い天気の一言しか出せない程綺麗な青空が広がっていた。

 何かしらの目的はないけれど、外に出ようか。

 思い立ったが吉日、付けていたノートパソコンの電源を落とし、トレーナー室の鍵を持って席を立つ。

 最後に苦くて美味しいとは思えないコーヒーを飲み干し、外へと足を運んだ。

 

 

 トレーナー室から出て空を見上げれば、窓から見るよりもよっぽど綺麗な青空で、気持ちのいい陽射しと心地好い風が吹き抜けて居た。

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

「あら、新人トレーナーさんじゃありませんか」

 

「……あ、たづなさん……え、と、おはようございます」

 

 適当にトレセン学園敷地を歩いて居た所に背後から声を掛けられたが、驚きはしなかった。

 何せ聞き覚えのある声だったのもあるし、驚く程の体力は無かったから。

 

 ゆっくりと後ろを振り向くと、緑色のスーツに帽子を被ったお淑やかな彼女は駿川たづな。

 此処トレセン学園理事長秘書をやっている方で、右も左も分からない僕に学園案内をしてくれたり、偶に相談に乗ってくれたりする人だ。

 

 僕に事件の事をほんの少し教えてくれた人でもある。

 その時の瞳は今のように優しくは無かったが。

 

 偶に距離が近いと思う事も有るけれど、そう言う時は大体心配してくれてる時だから嬉しくもある。

 

 偶にお母さんって呼びそうになる時が有る。

 

「はい、おはようございます。……少し前髪切りましたか?」

 

「あ、え……はい、完全に伸ばすと、顔が隠れちゃうので……ギリギリ目が隠れる所まで切り、ました」

 

「なるほど。此処には慣れてきましたか?」

 

「はい、お、お陰様で……」

 

「勧誘活動も頑張っている様ですし、マヤノトップガンさんとトウカイテイオーさんとのトレーニングも少し見させて頂きましたよ」

 

「……見てたんですね……」

 

「お邪魔になるといけませんからね、ちゃんと隠れて見ていましたから」

 

 何時何処で見たんだ?少なくとも周りに他のウマ娘達は居なかったし、たづなさんの姿も見てなかったんだけど……。

 此処だけの話、勧誘すると良いウマ娘ファイルはたづなさんが作ってくれたもので、たづなさんとは既にLINE交換等しており言ってくれればそんな隠れて見る必要も無かったのに。

 

「鼻血を出して保健室に連れて行かれたそうですけど、体調は良いんですか?」

 

「その話は辞めませんか!?」

 

 色々思い出して恥ずかしくなってくるから!

 精神的に未熟な事が恥ずかしい……トウカイテイオー、マヤノトップガン……僕がトレーナーでごめんなさい。

 

「それはそうと、何か相談等はありますか?初めての担当ウマ娘と言う事もあって分からない事も多いでしょう?宜しければお話だけでも聞きますよ?」

 

「……じゃあ、あの……」

 

「はい、なんでしょう!」

 

 元気良く返事を返され、同時に一歩踏み込んでくるたづなさん。

 近い、割と近い。

 別に構わないけど色々危ない……!

 

「あ、あの……一回はなれ、離れて下さい……!」

 

「ご、ごめんなさい……つい興奮してしまって……」

 

「大丈夫です、はい、大丈夫です……その少し迷っているのがマヤノトップガンのトレーニング何ですけど、彼女は中長距離が走りやすいみたいなんです。それに伴って体力作りを主にやらせたいと思っては居るんですけど良い案が浮かばなくて……」

 

 今現在トウカイテイオーのトレーニングは柔軟と走り込みと中距離の流しを行ってもらっている。

 対してマヤノトップガンも同じトレーニングを行っているのだが、如何せんあっていないのか直ぐにバテてしまう。

 どうしたらいいのか少し困っては居た。

 

 たづなさんに聞くつもりなんて無かったけど。

 

「……でしたら階段等を使用しての連続ダッシュや坂周辺の競走等は如何でしょう。この間の競走を見る限りトウカイテイオーさんも少しスタミナやパワーに難が有りそうですから。それに一度学園の外でそう言った練習等をする事をオススメします」

 

「……学園外……階段……」

 

「はい、先輩トレーナーさんなんかスペシャルウィークさん達を連れて神社の階段を走って上がるって言う簡単ですけど、とても大事な練習をしていましたよ」

 

 ……何で知ってるんだろう。

 この人が忙しくせわしなく働いていたのは知っているし、理事長秘書なんて役職を持ってるんだから当たり前なんだろうけど……。

 ニコニコと笑うたづなさんだったけど、やっぱり少し怖い。

 

 僕が髪を切ったのも、正直そんなに目立たない物だ、それをすぐ気付くのは凄いんだけど……。

 

 たづなさんとはその後も他愛無い話をしながら、途中まで談笑を楽しんでいたが、どうやらたづなさんの方は仕事が残っていたらしく、帰ってしまった。

 と言うか僕と出会った経緯もその残した仕事をする為に必要な物を揃える為に歩いていただけらしい。

 

 また初めの一人に戻ってしまったが、別に問題は無かった。

 たづなさんと別れ、また気の向くままに歩みを進めた。

 

 

 そうして行き着いた場所は芝の道だった。

 深く息を吸えば芝、と言うか草と土の匂いがした。

 

 目を瞑れば、トウカイテイオーとマヤノトップガンが競走したあの日を思い出す。

 あんなに誰かの事を褒めたのは初めてだった。

 年の離れた妹は居たし、褒めたりしたのは初めてじゃなかった。

 

 けれど、あんなに自分の気持ちを素直に言えたのは、小さかった頃以来だった。

 

 その後鼻血を吹き出して倒れたのは予想外と言うか、普通に疑問が湧くが。

 ふと、観客席に目が行き其方へ歩いて行く、ほんの少しだけ歩む速度は早くなった。

 

 観客席、その一番後ろ。

 場所こそ違うが、トウカイテイオーと出会った場所、僕が抱いた夢を家族以外で話した初めての相手。

 出会ってまだそんなに時間は経っていないし、その時の事を懐かしむ程夢に近付いた訳じゃ無かったけれど、思い出したんだ。

 

「……僕は、伝説を作りたい」

 

 観客席に座り瞼を閉じて呟いた。

 何の実績もない新人トレーナーだし、知識だけあって分からない、知らない事ばかりだが、だからこそ頑張るし、足掻く。

 

 僕に出来るのはきっと其の程度の事しか無いから。

 

「……走ってる音……?」

 

 自分でさえ知らない内に呟いた一言に、自分で反応し咄嗟に瞼を開く。

 すると確かに走っているウマ娘が居た。

 授業中であろうこの時に、たった一人で。

 

 気になり、席を立ちコースへと走り出した。

 

 長い銀色の髪、赤茶色のジャージ。

 どの距離を想定して走っているのかは分からなかったけれど、スパート位置だけは分かった。

 何せ着いた頃にはその体勢だったから、コースと観客席の境界線である柵から軽く身を乗り出し見惚れた。

 

 恐らく彼女の中の最終コーナーだった、ソコから少し外に抜け出し直線へと駆けていく。

 

 芝を力強く踏み締め、大きく前に飛び出す。

 姿勢は低く、腕が引き千切れんばかりに振り更に速度を上げ、走り抜けた。

 そう、それは本当に風の様で力強く何よりこの瞬間だけなら、僕は過去に見たどのレースのスパートよりもカッコイイと感じ胸踊ったのだから。

 

 何故か頭の中で警報が鳴った

 

 気付けば僕は一通り走り終えた彼女の元へ駆け出しており、汗をジャージの袖で拭う彼女は振り向いた時だった。

 

 遠目から見ても綺麗だと思えた銀髪、頭頂部には特徴的な飾り、薄紫色の瞳、ほんの少し赤くなった頬。

 

「っ!あ、やっ、いだいっ!?」

 

 思わず足が縺れて転んでしまった。

 ……我ながら恥ずかしい、子供じゃないのにはしゃぎ過ぎた。

 

「……大丈夫か?」

 

 頭の上から聞こえて来た声、ゆっくりと顔を上げると、彼女はそこに居た。

 おずおずと伸ばされた左手に、心配そうに眉を顰めるウマ娘が。

 

 ……決めた、決めたよ。

 僕は、僕は彼女を、このウマ娘を……!

 腕を使ってうつ伏せに寝転んでしまった上体を起こす、その手はまだ握れない。

 

 

「は、はじめ、はじ、初めまして!あの、ぼく、僕のチームに入ってくれませんか!!」

 

 勧誘してみせる……!

 

「……ふむ……」

 

「あの、僕は新人トレーナー、で!」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「……へ?」

 

 間抜けな声が響いた、何故かやっては行けない事をしてしまった気分になり、心臓は早鐘を鳴らし始めた。

 

 

 彼女の薄紫色の瞳に見詰められながら、時間は過ぎていった。

 

 そうして漸く、彼女は口を開く。

 

 

 

「その誘い、受けよう」

 

 

 その日、僕は初めて自分だけの力で勧誘し、成功した。

 

「私の名前はオグリキャップと言う。君の勧誘を受け、私は今から君のチームの一員……になる」

 

 けれど、何処か彼女の顔は強ばっていた、そう。

 何故かは分からないけれど、彼女は何かを諦めている様な、そんなモノが見えた気がした。

 

 

 

 僕はこの時もう少し考えるべきだったんだ、気付くべきだったんだ。

 何故彼女が、オグリキャップがそんな顔をしていたのか、授業中なのに走っていたのか。

 完全記憶能力があると言うのに、僕がオグリキャップの名前を知らなかったという事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に入って無かった事を。

 

 この時の僕はそんな事より、自分だけで勧誘出来た事実に酔ってしまっていて、無責任になっていたんだ。

 

 

 

 

 オグリキャップが事件に関わりがあったウマ娘だったという事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お ま た せ。
 三人目のチームメンバーはオグリキャップ。
 腹ペコちゃんだよ、作者はアニメ一期の時点でテイオー大好きで時点でウォッカだったんですけど、オグリキャップも大好きなんです。

 今回チラッと出しましたし、後々重くならない程度に掘り下げますけど実際トレーナー業って闇深そうなイメージ有るんですよね。
 ウマ娘に対するセクハラとかパワハラとかありそうじゃ無いですか?
 作者として一個人としてはウマ娘って深く考えれば考える程辛くなりそうなイメージ有るんですよね。

 この小説は新人トレーナー君とウマ娘達の夢を繋ぎ合わせて、手を取り合う作品として使っているのでシリアスは控えめ(無いとは言ってません)


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第四話

 学園外トレーニング、新人と先輩。

 お気に入り登録者200超えてて素でビビった。
 まだ四話しか公開してないよ……?
 感想があったけぇよ、もっと暖かくして作者でキャンプファイヤーして欲しい。


 僕達チーム『流れ星』にオグリキャップが新しく加入して一日が経った。

 

 オグリキャップ、トレセン学園高等部所属のチーム無所属ウマ娘。

 地方からやって来たウマ娘らしく、中央に名を馳せる為に此処トレセン学園へと足を運んだ……らしい。

 現在のチームメンバーの中では一番早いウマ娘であり、メイクデビューも果たしている程のウマ娘だった。

 

 

 けれどこんなにも凄いウマ娘なのに、何故チーム無所属になったのだろうか。

 メイクデビューを果たしているという事は、恐らくチームに所属していた筈なのだ。

 

「トレーナー!」

 

「……どうかしたトウカイテイオー?」

 

「これ階段駆け登るの後何回やるの?ボクそろそろ疲れちゃった……」

 

 今はトレセン学園から離れ、先輩トレーナーの来た神社へと来ていた。

 

 勿論たづなさんのアドバイスを元にやって来たのだ。

 たづなさん曰く、使える物は何でも使って構わないとのメッセージをLINEで受け取ったが故に、コレからのトレーニング計画表を作るのが楽しみになっている。

 

「じゃあそろそろ切り上げようか。お疲れ様、まだ冷たいと思うけどスポーツドリンク飲む?」

 

「飲む!ちょーだい♪」

 

 耳をピンッと立て尻尾をブンブンと振るトウカイテイオーを見て思わず笑みが毀れる。

 肩に掛けた鞄からスポーツドリンクとタオルを取り出し、トウカイテイオーに手渡した。

 

「……うーん、マヤノトップガンとオグリキャップは?あの二人はどう?」

 

 ふと気になりトウカイテイオーに二人の様子を聞く。

 勿論トレーニング中の三人の事は見ていたが階段を登っている最中は殆ど会話は無かったし、下に降りて僕と大声で話はしていたけど、ウマ娘達の会話も有るだろうから、少し気になった。

 

 マヤノトップガンもトウカイテイオーも苦手な相手は居なさそうなイメージが強いし、どんな相手でも仲良くなれそうだけど。

 

「マヤノはトレーナーに褒めて欲しくて一番練習するんだ☆って言ってまだやってる。オグリはマヤノより回数こなしてるかな。凄いよオグリは、何かに取り憑かれてる見たいに無言で階段駆け登るんだから……ボク少し怖かったけどね……」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべるトウカイテイオー。

 休憩を挟んでいるとは言え既にトレーニングを初めて二時間が経っており、帰りの時間を考えればそろそろ切り上げるべきだと思う。

 

 ……一つだけオグリキャップに言わなければならない事もあるけど。

 

 オグリキャップの足は本当に強い。

 芝とダート、何方もこなせてしまうんじゃないか?スタミナもパワーも決して低く無くスパートを掛けている時のトップスピードは思わず目を見張る程だ。

 

 階段の駆け登る速度も早く、タイマーで計測すれば基本的に40秒を切る。

 マヤノトップガンは初めは50秒台だったが、今では40秒台にまで縮まったし、トウカイテイオーもマヤノトップガンと殆ど同じ様に縮まっている。

 

 恐らくこのトレーニング方法はコースの上り坂で疲れ難くなる為のモノで、駆け登る際に使う脚力の底上げも有るのだろう。

 

 知識だけは一杯有るから、個人的にもこう言うトレーニングは今後積極的に入れて行こうと思っては居る。

 多かれ少なかれ初めての出来事が多くて戸惑うけれど、そんな物は歩みを止める理由にならないのだから。

 

「……トレーナー?」

 

「……あ、ごめんトウカイテイオー、少し考え事しちゃってて、注意が足りなかった」

 

「もう!しっかりしてよトレーナー!」

 

 頬を膨らませながらも前髪で隠した瞳に視線を合わせてくれるトウカイテイオー。

 対して僕は前髪越しでしかトウカイテイオーと視線は合わせられなかった。

 

 取り敢えず未だ階段を駆け登る二人に終了の合図をする為にトウカイテイオーから離れる。

 

「もうそろそろ終わりにしよう!マヤノトップガン!オグリキャップ!」

 

「あ、アイ・コピー……マヤちん疲れたぁ!トレーナーちゃぁん!」

 

 丁度階段を登り切ったマヤノトップガンが鳥居に背中をくっ付けて座り込んでいた。

 汗だくになって息を切らしている彼女の傍に歩み寄り、鞄に入れたスポーツドリンクとタオルを手渡す。

 

「ありがと〜トレーナーちゃん♪」

 

「お疲れ様、マヤノトップガン」

 

「トレーナーちゃんは何時になったらマヤの事マヤって呼んでくれるの?マヤちん早く聞きたいな〜☆」

 

 ゴクゴクとスポーツドリンクを飲み、一息着いたマヤノトップガンからそんな事を言われるが、恐らくそう呼ぶ事は当分先になる。

 呼ぼうと努力はするが言葉が喉を取らないから。

 

「…………」

 

 同じく階段を登り切ったオグリキャップが鳥居の前で立ち止まる。

 二人にした様にスポーツドリンクとタオルを手渡す為に近寄る。

 

「……ど、どうだった?」

 

「……どう、とは?」

 

「えっと、トレーニング内容……?」

 

「……問題は無い」

 

「……そっか、お疲れ様オグリキャップ。でも、あの……ちゃんと休憩は取ろう、オグリキャップだけずっと走ってたよね……だから……」

 

「……ごめんなさい」

 

 オグリキャップはぎこち無くスポーツドリンクとタオルを受け取ってくれたが、何故かオグリキャップの手が震えていた。

 

「……じゃあ皆今日は帰ろうか」

 

「はーい!」

 

「はいはーい!マヤちん助手席座りたーい☆」

 

「えぇ!マヤノ来る時座ってたじゃん!今度はボクでしょ!?」

 

「オグりんオグりん、オグりんはどうする〜?」

 

「マヤノ!?」

 

「……いや、私は良い。テイオーを座らせてやって欲しい」

 

「オグリー!ありがとおー!」

 

「……僕の意見は聞いて貰えないんだね……」 

 

 助手席に誰か座るだけで心臓バクバクして怖いんだけれど……そんな事は関係ないらしい。

 学園から貸して貰っている車に乗り込みトレセン学園へと直帰する。

 

 今度から行きはトウカイテイオー達に走って貰って帰りは車にしようか、でもトレーニングする前に疲れてしまうと少し可哀想な気もする。

 

 こういう時だからこそ走らせるべきなのだろうか。

 

 後で先輩に聞いてみよう。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 トウカイテイオー達を寮へと送り、今日のトレーニングを振り返る為にも僕は一人トレーナー室へと足を運んでいた。

 

 明日のトレーニングと、一週間通してのトレーニング計画表を作る為にノートパソコンを付け文字を打ち込んでいく。

 

 明日の予定は取り敢えず競走をやろうと思っては居る。

 色々考えたが、もう少しトレーニング内容は練りたい。

 だからこそ、基礎体力を付けるという意味でランニングと競走を主なトレーニングにやって行きたいと考えた。

 

 競走をするなら、僕の担当しているウマ娘達より速いウマ娘が競走相手を探すべきだと考えても居る。

 此処に関しては後々先輩トレーナーやお花さん達に話を聞いてみようと思う。

 

 苦いコーヒーを飲みながら、キーボードを叩く。

 そうこうしている中、不意にトレーナー室の扉が開いた。

 恐らくたづなさんが来たのだろうと辺りを付け振り返ったが、そこに居たのは——。

 

「……先輩?」

 

「よ、メンバー集まって来たって聞いたからな。その祝いしに来たぜ」

 

 来客は先輩トレーナーだった。

 

 




 先輩!先輩トレーナーじゃないか!
 アニメ版トレーナーは先輩トレーナーで呼び方統一して行きます。


 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
 大変モチベに繋がっています。


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第五話

 先輩トレーナーと新人トレーナー。

 若干シリアス、早くシリウスにしたい()




 先輩トレーナーに連れられ、トレセン学園屋上へと足を運んでいた。

 空には星々が煌めいており、ロマンチックなシチュエーションであった。

 

「マヤノトップガンの勧誘おめでとさん、新人トレーナー」

 

「あり、ありがとうございます」

 

「……まだ俺に慣れない?ゴルシとはあんなに軽口叩き合ってるって言うのに……くぅ!」

 

「彼奴は、彼奴は……何でしょうね……ほんと、何なんでしょう」

 

 ゴルシ事ゴールドシップ、先輩トレーナーの作ったチーム『スピカ』の初期メンバー。

 今のチーム『スピカ』には五人のウマ娘が所属しており、『ゴールドシップ』『ウオッカ』『ダイワスカーレット』『サイレンススズカ』『スペシャルウィーク』といったメンバーになっていた。

 

「……先輩こそ、サイレンススズカやスペシャルウィークの勧誘おめでとうございます」

 

「ありがとな、色々腐ってたけどスズカのお陰で立ち直れたし、夢も見れた。スペに関しては……まぁ勧誘かな」

 

 事実スペシャルウィークに関してはほぼ誘拐に近いのだが、其れを知らない新人トレーナーは素直に先輩トレーナーの勧誘成功率の高さに舌を巻いていた。

 サイレンススズカに至ってはお花さんのチーム『リギル』から脱退した後に『スピカ』に入って居る。

 新人トレーナーと先輩トレーナーの勧誘成功率、これはコミュ力の差であった。

 無論経験の違いもあるが。

 

「そーだ、お前飴食べるか?疲れてる時は飴食うと良いんだぞ」

 

 そう言って(おもむろ)にポケットに手を入れ棒の付いた飴を手渡される。

 色は爽やかな水色だった。

 

「初めてのトレーニング何かもしたらしいけど、どうだった?ワクワク出来たか?」

 

「……まぁ、やっぱりウマ娘の走りは見ていて、その……心踊ります、ね」

 

「まぁ鼻血吹き出すくらいだったらしいもんなぁ」

 

「何でその話が!?……ゴールドシップゥ!」

 

「ははは!彼奴に見られちまったからな。トレセン学園のウマ娘達全員知ってんじゃねぇかな」

 

「……嘘でしょ……」

 

 新人の脳裏に過ぎるのはゴールドシップが新人トレーナーの痴態をチラシにして配って歩く姿がありありと想像出来た。

 ゴルシならやり兼ねない、ゴルシならもっとやっている可能性もある。

 

「……鬱だ……」

 

「まぁ仕方ねぇよ、それにゴルシなりの気遣いかも知れないしな」

 

「人の痴態をバラすのがですか!?それは大変初耳ですね!ちょっと住んでる世界が違うかも知れません!あぁ、そういえば彼女故郷が違う星でしたっけね!この星の常識インストールしてくれよッ!」

 

「……ご、ゴルシの事になるとホント容赦ねぇな……」

 

 ゴールドシップ以外の事が頭から抜け落ち、一種のゾーンに入っている新人トレーナーに、若干引いてしまう先輩トレーナーだった。

 

「……まぁ、色々あった、あっ……あったんですよ」

 

 一頻り騒いで落ち着いてしまったのか新人トレーナーの舌はまた上手く動かなくなっていた。

 ソコに少し安心する先輩トレーナー。

 星空の下で流れる空気にしては軽かった。

 

 暫く無音だったが。

 

「……スペシャルウィーク」

 

 新人トレーナーがソレを破った。

 

「あん?」

 

「スペシャルウィークのデビュー戦、おめでとうございます」

 

 トレセン学園に転入して来たウマ娘『スペシャルウィーク』、彼女の出走したメイクデビュー戦は、彼女の堂々一着で飾られていた。

 ウイニングライブでは天を仰ぐスペシャルウィークの顔がドアップされていたがそれもまた良い宣伝になった事だろう。

 

「おう、ライブの練習させてなかったの忘れてたけどな」

 

「……戦犯じゃないですか」

 

「はっはっは!ウオッカとスカーレットにも言われたな」

 

 ウマ娘達の晴れ舞台は二つ。

 先ずレースであり全てのウマ娘達の目標。

 ウマ娘達が走り、順位を競う。

 そうして一着から三着の三人がセンターを飾る『ウイニングライブ』と言うモノが始まる。

 

 その昔ウイニングライブの成り立ちとしては、確か神様の言葉をウマ娘が人々に伝える——と言う物が原点だった筈。

 それが今は姿を変え一種の催しになっていた。

 

「……先輩」

 

「なんだ?」

 

「……僕のチーム、二人目が加入しました」

 

「そりゃ目出度いな、おめでとう。何度でも言ってやる、おめでとう!」

 

 人当たりのいい笑顔を浮かべながら、まるで自分の事のように喜ぶ先輩に、新人も釣られて笑顔を浮かべる。

 

「んで二人目は誰なんだ?」

 

オグリキャップです」

 

「…………なに?」

 

「他のウマ娘達は授業中だったんですけど、その、芝を走ってる所を目撃して……あまりにもかっこよく見えてそれで……」

 

 新人トレーナーの思い出すのは、あの力強い走りだった。

 芝が抉れているのでは無いのかと錯覚する程力強く、そしてしなやかな足。

 今思い返しても胸が熱くなっていた。

 

 そんな新人とは対照的に、先輩トレーナーの顔は曇っていた。

 

「今日マヤノトップガンとまた乱入してきたトウカイテイオー、そしてオグリキャップの三人でトレーニングを……」

 

「お前知らないのか……?」

 

「……え?」

 

 先輩トレーナーが新人の前に立ち、両肩を掴む。

 その瞳は先程と同じ様に細められていたが、色が違った。

 

 まるで責めている様な、決してお祝いの雰囲気では無かった。

 

 

「なに、が……」

 

「オグリキャップはな……事件の起こったチームに所属していたウマ娘だったんだよ」

 

 

 

 その一言で、新人トレーナーの頭は冷水を掛けられたが如く冷ややかにされて行った。

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 男は決して優秀なトレーナーという訳では無かった。

 けれど人当たりが良く、頭は良かった。

 

 色々な原因が重なり合ったが故に起きた悲劇。

 

 男が担当していたウマ娘は六名。

 その中にオグリキャップは居た、仲のいい同期や先輩とは離れたチームだったが、ソレでもオグリキャップは自身の夢の為にそのチームで頑張ろうと息巻いて居たのだ。

 

 一つ目の悲劇、それは男が担当していたウマ娘の一人がメイクデビューを果たした後出走したレースで殆ど負けていた。

 故に男のチームから抜け、違うチームへと渡って行った。

 元々そのウマ娘は仕方が無くその男のチームに入っていた様なモノで、別にそのチームで無ければイケナイ理由は無かったのだ。

 

 正直にいえば男は納得しては居なかった、それまで作ったトレーニング計画表やこれまでの思い出が否定された気がして堪らなく堪えていた。

 

 けれど他のウマ娘達が居る手前、表面上だけでも快く新しい門出を祝わなければ成らなかった。

 

 そして二つ目、男のチームを抜けたウマ娘が、チームを抜けた途端に一着を取り続けた事だった。

 当然男は隠れた場所で荒れていた、酒を飲み暴食し、気付けばトレーニング計画表何てものを書くのも辞めて適当にウマ娘達のトレーニングをしていた。

 

 そうして起こったのが最後の悲劇、まだ入りたてだったデビュー前のウマ娘の健康チェック等を怠り、トレーニングをさせ続けた結果。

 

 そのウマ娘は足を壊し、走れなくなった。

 唯一の救いは足を壊しはしたが、走れなくなった訳では無かった。

 単に走る事への恐怖が原因で走れなくなったのだ。

 

 そのメンタルケアすら、荒れた男には出来なかった。

 

 

 オグリキャップはそのチームに所属しており、新人のウマ娘とは仲が良かった。

 オグリキャップよりは少ないが、それでも良く食べ、良く走り、良く笑う、新参者ではあったがチーム内のムードメーカーになっていた。

 

 そんな彼女を励ます為にもオグリキャップは、毎日自主トレの後に入院中も通い詰め、勉強した事、何のトレーニングをしたか、等の話をしていた。

 勿論オグリキャップに悪気は無い、だが『()()()()()()()()()()()()()()』と言う言葉があるように、走れなくなった事への悔しさが無かった訳ではなかった。

 

 そのウマ娘に責められたオグリキャップは翌日デビュー戦を行い、順位は——8着、8人中、8着だった。

 

 男は学園を去り、オグリキャップは夢を諦めた。

 他のチームメンバーは別のチームに移籍したりしていたが、オグリキャップはどうにも新しいチームに入る事を拒んでいた。

 

 走る事は好きなのだ、けれど走れば脳裏に焼き付いた親しかったウマ娘の表情が、自分を責める声が蘇り走れなくなってしまう。

 

 故にオグリキャップは一時的にトレセン学園を離れていた。

 帰って来たのは、復帰したのは新人トレーナーが散歩していたその日だった。

 

 

 それがトレセン学園での事件。

 夢見るウマ娘達が集うこのトレセン学園で起きた事件の一旦だった。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 事の一部始終を聞き、唖然とし、壁にもたれる新人。

 そんな新人の頭に手を置く先輩トレーナー。

 

 二人の間に言葉は無く、暫くして先輩トレーナーは目を瞑り屋上から立ち去って行った。

 

 

 一人取り残された新人トレーナーの脳裏には様々な事が過ぎり続けた。

 

 トレーニング中休憩を取らないのは、過去の事が原因なのか。

 何故自分の勧誘を受け入れてくれたのか。

 

 

 様々な事が頭に過り、行き着いた感情は悔しいと言う感情だった。

 

 

 

「……僕に、できる事……オグリキャップ……」

 

 

 

 新人トレーナーの苦悩が始まる。

 

 

 

 

 

 




 オリジナル展開のタグ入れ忘れてた。

 先輩トレーナーの教えてくれた真実は新人トレーナーにどんな影響を及ぼすのか。
 新人トレーナーのオグリキャップへの対応はどう変わるのか、そしてオグリキャップの心は晴れるのか。

 お楽しみに。

 尚この小説はハッピーエンド以外認めないし作らないので御容赦を。


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第六話

 新人トレーナーの賢さSSトレーニング、トレーナーとしての責任。

 お気に入り登録者300人ありがとうございます。
 予約投稿してるから少し感謝が遅れてしまう……。


 オグリキャップの過去を又聞きで知り、少しの間とはいえ放心していたけれど、次の日にやって来たのはいつも通りの朝だった。

 結局あの後寮に帰る気が起きなくて、トレーナー室に泊まってしまったけれど、トレーニングが始まる前に一度帰ってシャワーだけは浴びて来よう。

 

 ——でも僕は一体オグリキャップに何が出来るだろう。

 

 オグリキャップに、一体何て言葉を贈ればいいんだろうか。

 何も出来ない自分が悔しくて、オグリキャップとそこまで親しくないと感じてしまう僕は、何もして上げれない。

 

 だからと言って何もしないのは、果たしてどうなんだろうか。

 

 僕はトレーナーだ。

 そして彼女は、彼女達はウマ娘。

 

 僕達トレーナーだけではウマ娘に勝利を送れない、ウマ娘達だけでは勝利を掴みきれない。

 勿論走るのは彼女達であり、最終的に得た勝利は彼女達のモノだ。

 けれど、そのサポートを行うのは僕達トレーナーだ。

 

 彼女達ウマ娘が勝利を掴む為に支えるのが僕達トレーナーの義務な筈だ、そしてそれが出来ないのなら。

 

 

「……トレーナーになんて、なっちゃいけない」

 

 

 例えマヤノトップガンやトウカイテイオーが僕のチームから離れたとしても、彼女達が夢を叶える為の選択をしてその決断をしたのなら、僕は笑って見送ろう。

 

 たった一秒の差が大きな差となる走る競技だ、その差を縮める為に心に熱い(夢や目標)を注いで走り続ける。

 

 僕達トレーナーはそんな彼女達の努力を実らせる為に存在しているのだから。

 

 だから僕は彼女達を支えようと思う。

 きっとこれは正解じゃないのかも知れない、結局少し後に成ればもっと良い案があったかも知れないと後悔する、もっと違う未来があったかも知れないとifに縋るだろう。

 

 でも結局僕と言う人間は、果てしない自己満足と自己嫌悪に挟まれながら、それでも考える事を辞められない。

 

「……今日はどんなトレーニングをしようかな。トウカイテイオーとマヤノトップガンとオグリキャップの三人が出来る様なトレーニングが良いよね……」

 

 嫌な考えは止まらないけれど、それは歩みを止める理由にはならない。

 だから僕は僕が出来る事をする。

 

 それが今必要な事な筈だから。

 

 

「ターフの坂を走らせる……後々トレセン周辺の道走らせて山登らせても良いだろうし、重たい蹄鉄を付けて競走しても良いだろうし……やらせ過ぎたら危ないか……じゃあ蹄鉄は後回しにして、取り敢えずはスタミナと坂を昇り降りする為のパワーを付けるのが良いかな……」

 

 本当はダートの砂利道を走らせたいけれど、それはある程度身体が出来てからじゃないと足を壊す可能性が高い。

 芝の上ならやり過ぎ無ければ大丈夫な筈だ、要注意して見る必要も有るし、個人でやるトレーニングは考えなきゃ行けないけれど。

 

 一通りトレーニングを計画表に書き込み、理事長やたづなさんへ提出する。

 放課後が迫るが、取り敢えず一度寮に帰ってシャワーを浴びてまたトレーナー室に戻ってくる。

 

 今までの何をしていいか分かっていない自分とはお別れをする、都合のいい時に弱くなる自分は要らない。

 今必要なのはトウカイテイオーやマヤノトップガン、そしてオグリキャップのトレーニングだ。

 

 歯を食いしばりながら、新人が故に起こる経験不足を呪う。

 

 けれど腐りはしない、だって僕はオグリキャップの……トウカイテイオーやマヤノトップガンのトレーナーになったのだから。

 

 

 

 

 勧誘は少しずつで良い、今はトレーニングに集中しよう。

 今はこれでいい、これで満足はしないけれど、今はまだこれでいいんだから。

 

 そう思い僕は寮へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

「トレーナーちゃんおっはよー☆」

 

「今日もチームメンバーじゃないのに来ちゃった☆」

 

「……テイオーはチームメンバーじゃなかったのか……」

 

 上から順にトレーナー室へと入るマヤノトップガン、トウカイテイオー、オグリキャップの三人。

 

 そんな三人を見て、何故か目頭が熱くなった。

 

「……今日のトレーニングを発表するね」

 

はーい』「分かった」

 

「今日のトレーニングは、ウォームアップに柔軟をして2000mを三人で競走。それを二回やったら一度休憩を挟んでターフの坂を走ってもらう。これは競走しなくても良いけど、競走した方が良いと思ったら言って欲しい」

 

 

 三人が来る前に何度も喋って口に覚えさせた文字を吐き出した。

 初めは物凄く恥ずかしかったし噛み噛みだったけれど、何とかスラスラ話せた……。

 でもやっぱり人前で話すのは苦手だ、相手が男とか女とか関係無く。

 

「マヤちんは特に無いかなぁ、でもトレーナーちゃんが噛まずに言えたの偉いね♪たっくさん褒めてあげるからね☆ユーコピー?」

 

「うんうん、ボクも抑揚が完全に死んでた事以外はトレーナーがスラスラ喋ってるの凄いと思ったよ!」

 

「…………僕は一体どれだけダメな奴だと思われてたの……?」

 

 ぼ、僕だって頑張ればこの位はできるんだよ!?

 ここ最近は慣れない事続きで上手く出来なかっただけで。

 枕が変わった事にも漸く慣れて来たからね、今日は寝てないけどきっとぐっすり眠れるよ。

 

「じゃあトレーナーちゃん!」

 

「……はい」

 

「マヤちん、テイクオフするからね♪ちゃーんと見ててね☆」

 

「……うん」

 

 まず初めにマヤノトップガンがトレーナー室から出て行った。

 

「トレーニング初めよっか!」

 

「……トウカイテイオーに関してはまだチームに入れてないから、別にあ、合わせる必要は無い、無いんだよ?」

 

「ボクが合わせたいの!……ダメ?」

 

「……やろっか」

 

「やったー!トレーナーのそう言う適と……臨機応変な所ボクだーいすき!」

 

「ねぇ今適当って言った?トウカイテイオー?ねぇ?」

 

「あははー!」

 

 僕から逃げる様にマヤノトップガンに続きトウカイテイオーがトレーナー室から逃げ出して行った。

 

 逃げる位なら言うな……!

 

 そして最後にトレーナー室に残ったのは、僕とオグリキャップの二人。

 何を考えているのか良く分からない瞳と前髪越しに視線を合わせる。

 ゆっくり、震える自分の左手をオグリキャップに差し出した。

 

「……トレーナー?」

 

「一緒にトレーニングをしよう、今度はちゃんと休憩、取らなきゃダメだからね……オグリキャップ」

 

「…………分かった」

 

 そうして僕達チーム『流れ星』の本格的なトレーニングが始まった。

 

 

 マヤノトップガンとトウカイテイオーがペアを組み柔軟を行い、僕がオグリキャップの柔軟を手伝った。

 

 そんな中、予想外と言うかオグリキャップは身体が柔らかいらしく、柔軟はスムーズに行われた。

 トウカイテイオーより身体は大きいのに、マヤノトップガンより身体が柔らかいのって……。

 

 途中でオグリキャップの事が狡いと言い始めたマヤノトップガンが、急遽僕に柔軟の手伝いを要求して来て、やって上げたら今度はトウカイテイオーが不公平と言い始めて同じように柔軟をこなした。

 

 ……時間が押して来たよ、これトレーニングやり終わるの寮の門限ギリギリになりそう。

 けれど色々迷って覚悟を決めていたけれど、意外と何事も無くトレーニングは始まり、これからも何事も起こらずに終わると思っていた。

 

 

 けれど、それは希望的観測に変わった。

 

 ウォームアップの為に競走を行っていたが、事件は起きた。

 初めはマヤノトップガンが逃げ、トウカイテイオーが付かず離れず先行していた。

 そしてそのやや後方にオグリキャップが陣取り、スパート位置に着くまで足を貯めていた。

 

 そうしてまた見れると思った、あの時の走りが。

 

 けれど僕は甘く見ていたんだ、トラウマを抱えたウマ娘のケアがどれだけ難しく、そして心の傷が厄介かを。

 

 

 マヤノトップガンもトウカイテイオーも置き去りにして一着を目指した()()()()()()()の足が、急に緩まり初め、二人に大差を付けられ大敗したのだ。

 

 

 

 

 あの日見た走りとは到底思えなかった。

 

 

 

 

 

 




 新人トレーナーの賢さSSトレーニングの概要。
 スタミナをあげるなら同時にパワーも上げられる筈、体力が付くという事はそれだけ足に貯める力も大きく出来る筈。
 まずはターフの坂道の昇り降りをこなしスタミナを上げつつ休憩を挟みながら何度も繰り返しやる事によって、走り方のコツや疲れて来た後の踏み込み方を覚えられると言うトレーニング。

 尚鉛のように重たいクソ重蹄鉄付けた靴でダート走らせてた方が恐らくスタミナとパワー何方もかなりあげられそうな模様。

 そんな事して怪我させたら新人は首吊ってさよならバイバイしますけどね。


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第七話

 私は夢を叶える為にここに来た。

 なのに、私は一体何をしているのだろう。

 ……答えは、出ない。


 新人は走っていた。

 その日のトレーニングはもう終わっておりトウカイテイオー達ウマ娘を寮へ帰した後に。

 彼はたった一人トレーナー室へ走っていた。

 

 乱雑に扉を開け、机の上に置いてあるノートパソコンを開く。

 キーボードを叩く音はやや強く、何時もならしない音がトレーナー室へと響く。

 

 額に滲んだ汗も気にせずに打ち続けたキーボードの音が止んだ。

 

「……何処を調べてもトレセンの事件が出て来ない。オグリキャップは何で競走で弱くなる、あの後は単独で走らせて、今のトウカイテイオーのタイムを5秒も縮めたんだぞ……!」

 

 競走ではトウカイテイオーが一着を取り、マヤノトップガンは二着、そうして5秒遅れてオグリキャップが三着に入る。

 その繰り返しが初め行われ、当初予定していたトレーニングを少し変え、坂道トレーニングは完全に一人一人やらせた結果、競走ではトウカイテイオーより5秒以上遅れていたが、単独ならトウカイテイオーより10秒早かったのだ。

 

 これはおかしい、競走——つまりレース中に遅くなりトレーニング中の一人行動では早くなるなんて、あがり症でもこうはならないだろう。

 

 なら何故?それはきっと過去の事件が原因だろうと新人トレーナーはアタリをつけた。

 

 事実それは正しいが、焦りに焦った新人は検索方法の間違いに気付かない。

 その頃のオグリキャップは中央では名は知られて居らず、メイクデビューですら最下位を取ってしまったウマ娘なのだから『トレセン学園オグリキャップ事件』等とワードを変えても出て来ない。

 

 そもそもがトレセン学園の噂となっている時点で、その事件自体有耶無耶になっていると気付くべきだった。

 けれど焦りに焦った新人の脳裏にはもうオグリキャップの事しか考えられなかった。

 

 どうしたらいい、どうすればいい、原因をもっと知りたい。

 

 そんな想いに駆られてしまっていた。

 新人トレーナーは今朝抱いた覚悟は無意味だったと思いたくはなかったのだ。

 

 そんな中トレーナー室に一人のウマ娘がやって来た。

 それに新人トレーナーは気付かない。

 

「オグリキャップ、オグリキャップ、オグリキャップ……っ!」

 

 足音がトレーナー室に響くが、それでも気付かなかった。

 

「……トレーナー」

 

「!?」

 

 漸く声を掛けられ気付き、居る筈が無いウマ娘に目を見開いた。

 

「少し、私の話をしようと思って……此処に来たんだが……迷惑、だったろうか?」

 

 オグリキャップだった、申し訳無さそうな表情に垂れてしまった耳。

 新人トレーナーは呼吸が止まった。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 机を挟んで二人は向かい合っていたが、新人はオグリキャップの目を見れなかった。

 

 言葉は無かった、時間にして5分、新人が震える手付きでウマ娘に初めて振る舞うコーヒーを用意した時間以外トレーナー室に音は響かなかった。

 

 白い湯気が立ち、嫌に口の中に唾液が溜まっていた。

 

「……私の事は、どれくらい知っているだろうか」

 

 沈黙を破ったのはオグリキャップ、その瞳は何処か強く新人の瞳を見ていた。

 

「え、ぁ……っ……デビュー前の、ウマ娘が怪我して、走れなくて、トレーナーが辞めて……そのチームにオグリキャップが居た事……ぁの、それだけしか……知らなくて……」

 

 緊張していた、口の中に溜まった唾液を呑み込み、必死に口から音を出すが上手く出来なかった。

 新人トレーナーは心が弱過ぎた。

 

 元々新人トレーナーが前髪を下ろして他人と視線が交わらない様にしているのは、ダメな自分を見た相手の瞳を見たくないから。

 瞳は言葉より失意を強く映すから、新人はその視線に耐えられなかったのだ、だから先に拒絶する事で自分が傷付かない様にした。

 

 そんな事をしても、何も好転しないと言うのに。

 

 

「……私は地方の産まれだ、元々足が弱かったんだが、母が毎日マッサージ等をしてくれたお陰で走る事が出来るようになった。地方で名が知れた私だったが、中央ではそうでも無いらしく、周りの人達が皆私に言ったんだ」

 

 ポツリと零されるオグリキャップの過去?

 

()()()()()()()()()()()()()()……と。皆私に期待していた。私もまた、皆に期待されて嬉しかった。声援を聞けば幾らでも速くなれそうな程に……私は皆の期待を、夢を叶える

為に此処に来た」

 

 それはある意味では新人と対極の位置に居た。

 新人は周りに期待された事など実の両親と妹を除けば皆無であり、他の人間からは何時だって邪魔者扱いを受けて来たから。

 

「走るのは好きだった。何も考えずに自由に走り、振り返れば何時だって母さんが笑ってくれたし、カサマツのトレセンでは友人達が居た。だから、私は決めたんだ。夢を叶えたい、私に夢を見てくれた人達や自分を見せてくれた夢を叶える為に私は此処で走ろうと」

 

 その家族ですら、新人に期待はして居らず何時だって逃げ道だけを用意して来た。

 

「……それなのに私は失敗した。それから私は走る事が楽しめなくなった。何度も帰ろうと思ったし、実際帰る為の準備もしてあるんだ」

 

 その言葉に新人は俯いていた顔を上げた。

 オグリキャップの笑顔を初めて見た瞬間だった。

 唖然とした、何せ笑顔だと言うのにオグリキャップの瞳は何一つ輝いて居なかったのだから。

 

 そしてこんな話をさせた自分に酷く失望していた。

 何が支えるなのかと、夢を諦めてしまおうとしている彼女に何をするかも分かっていない自分が、何故そんな事を考えてしまったのかと。

 

 堪らなく()()()()()

 

 

「だからトレーナー。私の事は気にしないで欲しい。もう私は走らないから、だから——」

 

 

 

うるせぇ!

 

 

 新人の座っていた椅子が倒れた。

 机の上に置かれていたコーヒーの入ったコップは倒れ、新人の手を熱していた。

 

「トレーナー、手が」

 

「ふざ、けんなぁ!」

 

「っ……」

 

 火傷した新人の手を取ろうと伸ばしたが、それは他ならぬ新人が手を振るい弾いた。

 

「ゆめ、夢なんだろ!そんな簡単にあき、諦めんなよ!デビューに失敗したから、とか、関係無いだろ!」

 

「……トレーナー」

 

 オグリキャップの瞳に光は無かった。

 ただ冷たい眼差しが新人の瞳に突き刺さる。

 

「私が簡単に諦めたように、そう見えるんだな」

 

 

 その言葉を呟いてオグリキャップもまた立ち上がってしまう。

 

 

 薄らと涙を滲ませた瞳で。

 

「あの日見た表情が離れない!分かるか?皆が失望した顔が、カサマツからやって来た期待の新人ウマ娘。それが私だった。それなのに私はカサマツに居る、故郷の人達の夢を、私自身が見た夢さえ叶える事が出来なかったんだ!」

 

 デビュー戦で最下位を取ってしまったオグリキャップは、その日から悩んでしまった。

 トレーニングを行って居ても前程熱が入らず、あんなに美味しいと感じていた食事でさえ喉を上手く通らなかったからだ。

 

 オグリキャップは苦しんでいた。

 怪我をしたウマ娘に、良かれと思ってしていた行動が、彼女自身を追い詰めていた事に気付かされた日から。

 

 新人の黒いスーツの襟を掴み、胸元に頭を擦り付ける。

 

「トレーナーは!トレーナーは、私の、私の走りを見て勧誘をしてくれた……その事自体は嬉しかった、嬉しかったんだ……まだ私に夢を見てくれる。私なんかで夢を見てくれるんだと……だからこのチームに入った、けれどやっぱりダメだった、私はもう……走れない……っ」

 

 吐き出した想いに、新人は何も言えなかった。

 

「……オグリキャップ」

 

「…………なんだ」

 

「……約束しよう」

 

「……なにを」

 

 

 俯いていたオグリキャップが顔を上げる。

 見上げた先には前髪の隙間から見えた新人の真っ黒な瞳だった。

 

 

 

 

「オグリキャップ、君の()()()()()()()やり直すから」

 

 

 

「……やり、なおす……?」

 

 

「君が結果を残せなかったのは、全力を出せなかったから。だからそれをどうにかしてもう一度此処で走ろう。それでもダメだったら……悲しいし寂しいけれど見送る。だから……っ……だから」

 

 

 

 

 

夢を諦めないで……!」

 

 

 

 

 この日新人トレーナーの新たな目標が決まった。

 

 オグリキャップのメイクデビューを成功させる。

 

 

 

 

 

 

 

 




 オグリキャップの育成目標
 ①メイクデビューに出走しよう(前トレーナーが達成済)
 New→②クラシック級に出走する(メイクデビューのやり直し)
 ②が失敗するとオグリキャップは実家に帰ってしまう。

 メイクデビューを経験してしまって居るので、他のレースでオグリキャップのメイクデビューを行います。
 オグリキャップの夢を叶えさせる為に、新人トレーナーが頑張る話。


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第八話

 新人の麗しき目時まし、ゴルシのゴルシによるゴルシ的ゴルシトレーニング。


 この小説ギャグで書き始めたんだよね……気付いたらクソ重小説になってたけど


 オグリキャップへの宣誓を行った次の日の朝。

 色々と辛くなり死んだ様に眠っていた頃だった。

 

 突然寮部屋に響き渡る何かの破裂音と砕ける音が耳を突き、飛び起きた事が目覚ましになった。

 

「ゲホッ、なに、なゴホッに!なに!?」

 

 巻き起こる砂埃によって視界は遮られ、目に砂埃が入り涙が出てくる。

 何が起きたのか全く分からない中、取り敢えずスマホを取り出しライトを付けた——その瞬間。 

 

 

「オラァ!トレーニングの時間だァ!」

 

 

 奴がいたゴルシだよ!、そう、奴がいたんだ。

 無駄に雄々しく太陽に照らされた艶やかな髪の毛を振り乱したゴールドシップが。

 

 

「……朝っぱらからなんでお前が僕の寮部屋に居るのか、理解できないんだけど」

 

 時刻は朝の四時、寮部屋には大きな穴が空いており、その前にゴルシが仁王立ちをしていた。

 

「来ちゃった☆」

 

 もう確信犯だろコイツ。

 人の安眠妨害しておいてウィンクして舌出してるけど何も可愛くないし、腹立つから辞めろ。

 

「なんだよー、お前が辛気くせー顔してたからゴルシちゃんが元気付けようと思って昨日の夜からスタンバってたのによー」

 

「寮の門限どうなってんだよ!?フジキセキさんやヒシアマゾンさんに介錯されても知らないよ!?」

 

「許可取ってるから平気」

 

「何の許可だよ!?お前になんで許可が降りるんだよ!?」

 

 朝から寝起きは最悪だし、体調も良いとは言えない。

 昨日熱々のコーヒーを手に掛けてから、その火傷がジクジクと痛むし、ハッキリ言って今日は誰とも話したくなかった。

 

 その上ゴールドシップなんて、最悪も最悪だ、何考えてるか分からないし破天荒だし行動が予測出来ないし基本的に欲望と本能に忠実だからウマが合わない。

 

「お前がまた逃げ出すんじゃねぇかなぁ〜って思ったから尻蹴りに来たんだよ」

 

「……逃げてないだろ、いい加減にしてよ。僕はトレーナーになってからも頑張ってるし、お前に尻を蹴られる筋合いも無いでしょ……」

 

 ——極めつけはコレだ。

 何が分かってこんな事してるのか。

 きっと何も分かってないけど、感覚として分かってるのか、こう言う核心を着いてくるから苦手なんだ。

 

 

 でもなんだかんだ言って僕がコイツを嫌いになれないのは僕以外で初めて僕に期待、してくれてるから。

 だから———。

 

 

「……何をすればいい?」

 

 

 僕はきっとコイツ相手に吃らないんだ。

 

 

「取り敢えずゴルゴル星目指してランニングしようぜ!」

 

「だから何処にあんだよゴルゴル星はよォ!!」

 

 

 僕の騒がしい一日が始まった。

 

 

 不思議と苦しかった胸は楽になっていた。

 

 

「あ、ゴルシちゃんお腹減ったからなんか作ってくれよ」

 

「自由か!人の寮部屋の壁ぶち抜いておいて頼むことがソレか!?」

 

 

 

 

 ……やっぱり僕お前の事少し苦手だよ。

 

 

 

「……朝四時に来てお腹減ったからって朝ご飯作らせて、勝手にトレセン行って授業受けて……なんなんだほんとに」

 

 

 朝早くからトレーナー室に籠りトレーニング計画表を作っている最中、朝の出来事を思い出す。

 オグリキャップとの話が頭に過ぎり、どうするか考え込む。

 一応チームメンバーが足りなくても出走するだけなら出来るはず。

 

 でもそうなってくるとどのレースに出るかが迷い所だ。

 

 オグリキャップの脚質はマイルだと考えている。

 中距離の競走は合わなかったと考えて、ならマイルじゃないか?と言う簡単に考えて見た。

 課題としては、オグリキャップが全力で走れる様になる事を手助けする事。

 正直精神的な問題になってくると、そこら辺の知識は皆無に等しいし、下手に知識だけ合っても逆効果になりかねないと思っている。

 

 簡単だ、僕は怖いんだ。

 

 キーボードを叩く音が止み、トレーナー室には僕の呼吸音だけが静かに響いていた。

 

 

「……オグリキャップの夢を、終わらせたくない」

 

 

 担当ウマ娘だから、チームメンバーだから、初めて自分の力だけで勧誘出来たから。

 

 そんなモノは理由じゃない。

 もっと簡単で、単純だったんだ。

 

 

 

「……僕は、オグリキャップの笑った顔が見て見たい……レースに勝ったらどんな顔をするか知らない。オグリキャップがどんな事を考えて、どんな事を感じるのか分からない。だから知りたい、僕は……オグリキャップの事が知りたいんだ……」

 

 

 色々なモノがグチャグチャに掻き混ぜられた感情だけれど、だからこそ強く想い願い手を貸したい。

 

 オグリキャップが沈んでいる場所から、引き上げたいと思うのは、きっと間違いなんかじゃないんだから。

 

 

 

 計画表に、また文字を打ち込んで行った。

 

 今日は何故かゴルシがトレーニングに乱入するとか言っていたから、ついでにゴルシのトレーニングもしてやろうか。

 

 座禅五時間とか、アイツ落ち着きが無いから丁度いい気がするんだ。

 

 ……先輩に聞いた所、ゴルシは今日のトレーニングは休みだったらしく、トレーニングは控えて欲しいとメッセージが飛んで来ていた。

 

 扱いてやりたかった。

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 時は放課後になり、チーム『流れ星』のメンバー+ゴルシが集まっていた。

 

「ゴルシは今日見学しに来たから気にしないで良いからね」

 

「新人がサボってないか調査しに来たゴルシ探偵だ、宜しく頼む沢山のワトソン達」

 

イヤそれはおかしいと思うよ(マヤちんおかしいと思うなぁ)

 

「……」

 

 特に無反応なオグリキャップが少し気になったけれど、トウカイテイオーとマヤノトップガンの感想は正論だと思った。

 

「取り敢えず今日のトレーニングを説明するね」

 

「新人新人新人」

 

「……なに?」

 

「その表みーせて?」

 

 ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべるゴルシだったが、別にトレーニング表を渡すくらいなんて事も無いと思い手渡すと。

 

「フンッッッッ!!!」

 

「トレーナーちゃんの!」

 

「トレーニング計画表を!?」

 

 

「…………破かれたな」

 

 

「ゴォォォルシィィイイイ!!」

 

「こんなモンは丸めてポイッとするのが一番だな、うん」

 

「破いてんだよ!?丸めて無い!破いてポケットの中に仕舞われてんだよ!!行動と言動が合ってない!合ってないよゴールドシップゥ!」

 

 

 人が折角使った計画表を破り、更に僕のポケットの中に破いたゴミを詰め込んでくるゴルシ。

 辞めろや。

 

「取り敢えず走ろーぜ。何も考える必要ねぇよ、ややこしいトレーニングなんて辞めて走る!ソレが今日のトレーニングだ!」

 

「……それはそれで良いなぁ」

 

「私は……どんなトレーニングでも構わない」

 

「……僕の考えたトレーニングって一体……」

 

「トレーナーちゃん、ヨシヨシ♪」

 

 精一杯背伸びしたマヤノトップガンに頭を撫でられ、涙が出てきそうになった。

 

 

 その後は本当に走ってるだけだったけれど、皆楽しそうに走っていたんだ。

 オグリキャップも。

 

 

 僕が作ったトレーニングで、あんな風に笑って貰えたろうか。

 良く、分からない。

 

 

「ふぅ……いやぁ疲れたぁ、こんなに長い時間走ったのボク久しぶりかも」

 

「マヤちんも疲れたぁ……お部屋戻って寝たぁい」

 

「マヤノは寝過ぎだよ」

 

「むぅ、テイオーちゃんだって偶に寝坊しそうな時あるでしょ!」

 

「そ、そんな事、ないよ?」

 

 トウカイテイオーとマヤノトップガンのあんな会話を聞いたのは初めてかも知れない。

 

 僕はトレーナーとしての義務を果たしていたと思ったけれど、違うのかもしれない。

 

 分からない、ゴルシはなんでこんな事をしてくれた?

 分からない、先輩はなんでメイクデビュー前のゴルシを僕のチームに貸してくれた?

 

 

 

 

 分からない、オグリキャップとゴルシが二人で話している内容は聞こえて来ないし、なんでオグリキャップがゴルシと競走しているのかも分からなかった。

 

 

 

 

 

 ……僕が先輩なら分かったのかな。

 僕がもっとしっかりしてたら、分かったのかな。

 

 

 

 何故か僕の胸には無力感が漂っており、改めてトレーナーとは何なのか、考えさせられていた。

 

 

 

 

 

 

 オグリキャップもまた、ゴルシによって考えさせられていた事に僕は気付けなかった。

 自分の事で手一杯になっていたから。

 




 実際新人くん真面目くん感強いからトレーニングとか詰まらなさそうだよね。
 とことん利点突き詰めてるけど、その分ややこしかったり面倒臭いトレーニング多そう。

 アニメ版トレーナーのトレーニング方法皆楽しそうにこなしてるの見て、見てるこっちも楽しくなってたのを思い出した。

 新人くんとオグリキャップの成長イベント。
 少し早めだけどテンボ上げてかないと蛇足が多くなっちゃうからね。


 感想、評価ありがとうございます。
 大変励みになっています。
 だからもっとくれください。


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第九話

 夢と理想、自分勝手な人間。


 

 トレーナーとしての役割を果たそうと躍起になった新人はオグリキャップのレースを決めていた。

 ターフ1600のマイル戦。

 オグリキャップの脚質を調べた結果そうなった。

 

 その事をオグリキャップに伝えると。

 

「……分かった」

 

 と一言だけ返ってきた。

 その表情は明るくは無かったが、やる気はある様に新人は見ていた。

 

 

 新人はトレーナーと言う職業に夢を持っていたと言っても過言では無かった。

 けれどそれは間違いだったのではないかと思い始める様になって来ていた。

 勧誘も上手くいかず、トレーニングは自分で考えたモノより先輩トレーナーやウマ娘達が考えたモノの方が良く見えてしまったから。

 

 実際問題、新人トレーナーのトレーニングは間違ってはいない。

 初めからウマ娘達に求め過ぎている節はあるが、新人と言うレベルでは仕方が無いと言われる様な始末なのだから。

 

 理想のトレーナーになりたいと願う新人と、憧れたトレーナーへの道が見えて来ず日に日に体重が落ちて行く新人。

 焦燥感に駆られ、上手く考える事すら出来ずにいた。

 

 事務室にて他のトレーナー達が話をしている中、一人パソコンに向かい合いトレーニング計画表を作る新人トレーナーに近寄る影があった。

 

「また新しいトレーニングの企画書?」

 

 新人トレーナーに、チーム『リギル』のトレーナー『東条ハナ』が話しかけて来た。

 

「……色々出遅れたので、取り返さない、と」

 

 口内に唾液が溜まる感覚を飲み込み、東条ハナに言葉を返す新人?

 

「貴方、最近顔色が悪いわよ」

 

「……元からです」

 

「勧誘で出遅れたのは確かだけれど、それをウマ娘達に取り返させるのは違うわよ。新人なら新人らしく新しくトレーニングを作るのでは無くて他のトレーナーのトレーニングを参考にしなさい。貴方のやっている行為はウマ娘達の為に行うトレーニングでは無くて、貴方の為のトレーニングにしかならないわ」

 

「……分かってますよ、でもこのままじゃ」

 

 言葉を言い終わる前にキーボードを叩いていた手を掴まれる。

 振り返ると、今まで見た事の無い表情を浮かべた東条ハナの顔があった。

 

「少し本気を出せば勧誘はもっと早くに出来ていたかも知れない、でもそれをしなかったのは貴方でしょ?」

 

「私は確かに忠告したわ。あのちゃらんぽらんなトレーナーでさえ、貴方を気に掛けて助言をしていたわ。貴方と同じく勧誘をして、失敗してもめげずに必死にやっていたわ」

 

 掴まれた手に力を入れられ、新人の顔が歪んだ。

 

「……貴方の勝手な都合にウマ娘達を巻き込むのは辞めなさい……!」

 

 思わず新人は歯を食いしばる。

 事実だったから、図星だったから。

 勧誘に失敗していたのも、オグリキャップと知り合う前から焦っていたのも。

 全て含めて新人の勝手な都合。

 

「……分かってます、分かってますよ……!」

 

「いいえ、分かってないわ。オグリキャップを勧誘した事については仕方がないわ。でもあの子にレースをさせるのはとても正気とは思えない。あの子が出たいと言ったの?貴方の独断じゃない?」

 

「…………」

 

「都合が悪くなった時だけ黙るのは子供にしか許されないのよ。貴方はトレーナーであり、貴方を含めて私達全員がウマ娘達の『トレーナー』なのよ」

 

 オグリキャップと言うウマ娘が切っ掛けで露呈し始めたが、全ては新人トレーナーの悪癖が招き、出遅れたスタートを取り返そうとする新人トレーナーの事情でしか無かった。

 

 そんな事、トレーナーがやる必要は無いのに。

 ウマ娘達が夢を叶える為にトレーナーは存在する。

 トレーナーの事情でウマ娘達に何を強いるのは本来有ってはならない。

 

 何故なら彼女達は文字通り夢に駆け、人生を掛けて走りに来ているのだから。

 

 最もらしい事を言いながら、知識としては知っている言葉を吐き出して本当の意味でウマ娘に寄り添えていない今の新人トレーナーには遠すぎる理想のトレーナー像。

 

「……少し休みなさい。根を詰めているからマトモな判断が出来てないのよ。貴方のチームメンバーのトレーニングは私がやるわ。良いわね?」

 

 新人トレーナーは答えられなかった。

 東条ハナは軽く息を吐き、事務室を出て行く。

 

 一人、事務室にポツンと残された新人トレーナーは動かない。

 もうトレーニングの時間だと言うのに、新人トレーナーの足は動かなかった。

 

「……分かってるよ、分かってるんだ……分かってるんだよッ!!

 

「僕は、僕は……どうしたら良かったんだよ……!」

 

 心の底からオグリキャップの走りに惚れた新人トレーナーはオグリキャップに夢を諦めるなと言った。

 けれど本音は走っている彼女が見たくて堪らなくて、走りをやめてしまったらもう見れなくなってしまうから。

 

 そんな自分勝手な都合で彼女を走らせようとしていたのだから。

 

 

「……もういやだ。こんな筈じゃ無かったんだ、きっと、きっとトレーナーになれば変われるって思ったんだよ……でも何も変わらない、何をしても結局僕は僕のままで……何処に行っても……」

 

 

 この日、新人トレーナーがトレーニングに顔を出す事は無かった。

 

 自分の担当したウマ娘達が全員有マ記念に出走する。

 

 その理想(ユメ)には、今の新人トレーナーのままでは届かない。

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 突然チーム『リギル』のトレーナーである東条ハナがチーム『流れ星』のトレーナー室へやって来た時は、トウカイテイオーやマヤノトップガンは驚いていた。

 唯一オグリキャップだけは驚かず淡々としていた。

 

 既にトレーニングは終了しており、トウカイテイオー、マヤノトップガンの二人は下校に入っていた。

 

「ボクカイチョーと走るの選抜レース以来だったからすっごく楽しかったぁ!」

 

「テイオーちゃんはホントにカイチョーさんの事好きだよね。マヤはトレーナーちゃんが来てくれなかったからテンション上がらなかったぁ」

 

「……確かに。トレーナー来なかったね……」

 

「オグりんのレースの日程も決まってるから、てっきり何時もより厳しいトレーニングするのかと思ってたんだけどなぁ」

 

「うーん、なんでだろうね?」

 

 

 その疑問に答える人物は居なかった。

 

 

 




 今朝気付いた23日の予約投稿したつもりが24日に投稿されてて、毎日投稿切れてた。

 やらかした事に此処で謝らせて頂きます。
 申し訳ございませんでした。

 以後気を付けさせて頂きますので、次回もよろしくお願いします。

 新人トレーナーくんの闇が止まらない。
 言っちゃえばプロローグから続いてるけど、新人トレーナー自体は自意識過剰だし自分勝手な大人なフリした子供だからね。
 此処から成長して行くサマを見て欲しい。

 感想、評価ありがとうございます。
 モチベに繋がるのでもっとくれ、くれよ()


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第十話

 違和感、錆び付いた翼。

 オグリキャップ視点。


 私は良く流されてしまう。

 トレーナーにまたレースに出して貰えると言って貰えたが、ソレを断ろうとした。

 けれどゴールドシップやトウカイテイオー、マヤノトップガン達とトレーニングを行うのが楽しくなってしまい、言うタイミングを逃してしまった。

 

 そして次の日には私が出走する予定のレースをトレーナーが決めてしまっていた。

 

 ……出来れば一言相談が欲しかったのだが、出るレースは芝1600mらしく得意な距離だから良かったのだが。

 

 思えば初めてのレースを行った時も芝1600mだった気がする。

 

 体力も随分落ちてしまったが、出るからにはレースには勝ちたい。

 負けていいレースなんてものは存在しないのだから。

 

 

 そう思ってトレーニングを受けにトレーナー室へ向かえば居たのはトレーナーでは無くてリギルのトレーナーだった。

 体調を崩しトレーナーは休んでいると言っていたが、その原因は私では無いのだろうか。

 

 私は……どうしたら良いんだろう。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 不安を胸に今日も場の空気に流される様にトレーナー室へと足を進めていた。

 この扉を開けたら、またリギルのトレーナーが居るのか、私のチームトレーナーは居るのだろうか。

 

 意を決して扉を開く。

 

「お、オグリキャップ、おはよう」

 

「……あぁ、おはようトレーナー」

 

 トレーナー室に居たのは私のトレーナーだった。

 けれど何処か疲れている様な気がして少し心配になる。

 

「……トレー」

 

「トレーナーいる〜?あ、居た!体調は大丈夫?」

 

「……うん、ごめんね」

 

 私が声を掛ける前に私より少し遅れてきたテイオーに先を越されてしまう。

 私の言葉は誰にも届かずに空気に霧散して行った。

 

 謝るトレーナー、先程より弱く見えた。

 

「もぉ、ボクのトレーナーになったんだから体調くらい自分で管理しなきゃダメでしょー!」

 

そういう事になってるんだ……。うん、もう大丈夫だから、とり、う゛う゛ん゛……取り敢えず昨日やったトレーニング教えて貰っても良い?」

 

「えっとねー、初めに柔軟して、競走したり……なんだっけ、ミニハードル?とかで走ったりしたよ?」

 

「……そっか、そうかぁ……そうなんだ……」

 

 テイオーの言葉を聞いたトレーナーは考え込む様に顔を伏せた。

 その様子に何処か違和感を覚え声を掛けようか迷う。

 

「トレー」

 

「マヤちんとーじょー☆トレーナーちゃんおっはよー!マヤちんだよー♪」

 

「……おはよう、マヤノトップガン」

 

 ……またも言葉を遮られてしまった。

 私のタイミングが悪いんだろうか、今度はもう少し早口で呼ぼう。

 

「ねぇねぇ、今日はどんなトレーニングするの?マヤちん楽しみで全然眠れなかったんだよ〜」

 

「マヤノ爆睡してたじゃん。トレーニング終わってお風呂はいってそのまま寝てたよね?」

 

「もう眠いから寝た時間短かったって事で☆」

 

「それはもう疲れてるんじゃ無いのか?」

 

 昨日のトレーニングは別にハードでは無かったが体力を使ったのは分かる。

 

 ふと何も喋らないトレーナーが気になり声を掛ける。

 

「……トレーナー?」

 

「大丈夫?」

 

「トレーナーちゃん♪」

 

 そうして漸くトレーナーは顔を上げる。

 前と同じ前髪で目線は隠れていたが。

 

「……今日のトレーニングは……」

 

「うんうん!何が来てもムテキのワガハイは大丈夫だよ!」

 

「……各自自主トレを行って欲しい」

 

「……えぇぇ!?」

 

「トレーナーちゃん!?」

 

「……やっぱりまだ体調が……?」

 

 心配になりテイオーやマヤノも声を掛けて居たがトレーナーは変わらず。

 

「……実は今日のトレーニング考えて無くて、でもおハナさんや先輩には話を通してあるから、その……出来たらそっちのチームに混ざってトレーニングをして欲しいんだ。本当にごめん」

 

 その言葉を皮切りにトレーナーは足早に部屋から出て行く。

 心配したテイオーもマヤノも追い掛けようとしたが。

 

「大丈夫だから、だから、自分達のトレーニングに、その……集中して欲しい」

 

 

 その言葉を最後に今度こそトレーナーは私達の前から姿を消した。

 私の所為なのだろうか、私がこのチームに入ったからトレーナーは体調を崩しトレーニング表も書けない程追い込まれてしまったのだろうか。

 

 ……私は、どうしたらいいんだろうか。

 

 

 既にテイオーもマヤノも『スピカ』や『リギル』のチームトレーナーの元へ行ってしまった様で、私は一人『流れ星』の部屋でポツンと立ち尽くしていた。

 

 何か行動しなければならないのに、上手く足が動かなかった。

 それでも——それでも私は足を動かして何とか部屋から出て、ターフへ足を進めた。

 

 

 やる事は単純だった、兎に角走る。

 落ちてしまった体力を戻し、最後に勝って故郷に帰ろう。

 もう走る事は無いかもしれない、けれどそれでも負けたまま故郷に帰る事はしたくないと思い直した。

 

 主にゴールドシップとのトレーニングで。

『負けっぱなしで良いのか?悔しく無いのか?アタシは負けると結構悔しいから競走とかは結構頑張るぞ?』

 

 競走で負けた後に、ゴールドシップに将棋盤を磨きながら言われてしまい無性に納得が行かなかったが確かに負けっぱなしは悔しい。

 だからもう一度本気で走りたいと思い直したんだ。

 

 蹄鉄を嵌めた靴でターフを走って行く。

 何度も、何度も、何回でも。

 トレーナーは他のチームにトレーニングを頼んだと言っていたが、私はトレーナーに勧誘されて入った。

 だからトレーナーのトレーニングを受けたかった。

 

 新人だからとか、そんな事はどうでもいい。

 

「……はっ……はっ……!」

 

 周りに誰も居ないのに上手く走れないのは何故だろう。

 

「は……はっ……ふ……もう、一回……」

 

 何度でも繰り返す。

 何度でも。

 

 そうして何度も繰り返すと、太陽は傾き夕陽色にターフは染まっていた頃だった。

 

「お一人ですか!良ければ競走しませんか!」

 

「っ……ふぅ……私は構わない……が」

 

「あれ?オグリキャップさんじゃないですか!私分かりますか?そう!全生徒の模範にして学級委員長であるこの私!サクラバクシンオーです!」

 

 学級委員長がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 短め。
 サクラバクシンオーさん登場。

 この間のレジェンドレースでめでたく星三になったけど未だに上振れた星二に勝てないのは何でか……。

 作者の初めてのうまぴょいはサクラバクシンオーでした(確か)


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第十一話

 想いと心を置き去りに。


 夕陽が傾き始めた頃、競走の誘いを受けオグリキャップは真剣な表情でターフを踏み締める。

 対する競走相手であるサクラバクシンオーは笑顔を全面に押し出し、ヤル気と活力に満ちた瞳でゴールを見定めていた。

 

「距離は1600で良いですか!私学級委員長なので!」

 

「あ、あぁ、私は構わない……学級委員長は関係有るのか……?」

 

「じゃあ行きましょう!レッツバクシン!」

 

 その掛け声で同時に走り出す二人。

 初めから全速力にて走り込むサクラバクシンオー、そしてそれを睨む様に追走するのはオグリキャップ。

 二人しか居ないターフ、沈みながらも夕陽は二人を照らしていた。

 

 離されている距離にやや焦っているのか、サクラバクシンオーとの距離を徐々に詰めていたオグリキャップ、そうして漸く逃げるサクラバクシンオーに並び掛けるオグリキャップだったが、途中で足が緩みスピードが落ちて行く。

 

 そこからは気持ち良く逃げるサクラバクシンオーが最終コーナーを曲がり、更にスパートを掛ける。

 

 詰めていた筈の距離が離されていき、どうにもならない距離が開いた後サクラバクシンオーが堂々一着を取りきっていた。

 

 そのすぐ後オグリキャップもまたゴールするが、その顔は暗かった。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

「はぁ、はぁ!素晴らしいバクシンでした私ぃ!オグリキャップさんも速かったですね!」

 

「……いや、私は……」

 

「途中体力が尽きたんですよね?分かりますよ!私も1600以上になると凄く疲れるので!ですがやっぱりオグリキャップさんは速いですよ!体力が持つようになればきっと一着間違い無しです!」

 

 言い淀むオグリキャップの言葉を遮りサクラバクシンオーは声高々にオグリキャップを褒める。

 一瞬惚けていたオグリキャップだっが、直ぐに言葉を返していった。

 

「それは適正距離の問題だろう。私もマイルは得意なんだ。だが……」

 

「もう一本走りましょう!」

 

「え?」

 

「私は疲れました!疲れましたけどオグリキャップさんと走るのが楽しいので、もっと走りたいです!ね!」

 

 荒い呼吸をそのままにオグリキャップに手を差し伸べるサクラバクシンオー。

 その手を取ろうとするが後一歩踏み出せないオグリキャップ。

 

 元気な笑顔を浮かべたまま、サクラバクシンオーが一歩踏み込みオグリキャップの手を掴んだ。

 

「事情があってトレーニングから離れていたのは知ってます!でも走るのって楽しいじゃないですか!まぁ私学級委員長なので全生徒の模範としてもっともっと速くならなきゃ行けないんですけどね!」

 

 そう言ってドヤ顔をしながらオグリキャップをスタート位置まで引っ張っていく。

 

「……分かった、もう一度……やろう」

 

「はい!レッツバクシンです!」

 

 先程と同じ言葉を言ってまた競走が始まる。

 またもサクラバクシンオーは初めから全力で前を走って行く。

 そしてオグリキャップもそれに食らい付きながら追走していた。

 

 オグリキャップの胸の中に様々な言葉が浮かんでは消えて行く。

 その度にオグリキャップの顔色は悪くなり、一回目と同じ様にスパートを掛け並び立つもまたしても速度が落ちる。

 

 そうしてまたサクラバクシンオーは一着になり、オグリキャップは二着となった。

 

「……もう……」

 

「もう一回!バクシンです!」

 

「!……あぁ、もう一回だ!」

 

「バクシンしましょう!」

 

 

 こうして三回目の競走が始まった。

 やや荒れた芝に、変わらない1600mの競走。

 初めの頃と比べればサクラバクシンオーの逃げもややキレが落ちていた。

 

 対してオグリキャップは体力は減っているものの、強靭な足腰で上がっていく。

 また徐々に詰め寄り、また一歩、もう一歩。

 

 距離を縮めて行き、また並び立つ。

 

 そうして悪くなった顔色を更に悪くしながらオグリキャップのスピードが落ちて行く——瞬間。

 

 

楽しいですね!」

 

「っ!?」

 

「わた、私すっっっごく楽しいです!オグリキャップさん!」

 

 オグリキャップの少し前を走りながらサクラバクシンオーは叫び続けていた。

 もう既に適正距離以上の競走を殆ど休み無しに走り、バテている筈なのにサクラバクシンオーは元気に走り続けていた。

 

 楽しい、サクラバクシンオーは確かにオグリキャップとの競走を楽しいと叫んでいた。

 

 対してオグリキャップはどうだろうか。

 

 この競走を楽しんでいるか、と聞かれれば——それは——。

 

 

 

「……〜〜……!私も楽しい!

 

 

 三回目の競走は負けてしまった。

 肩で荒く呼吸を繰り返すサクラバクシンオーにオグリキャップは歩み寄る。

 

 

 

「……もう一度、もう一度走ろう!」

 

「ぜっ……ぜぇ……は……はい!臨、む……所……です!」

 

 最早夕陽は沈み、寮の門限の迫る中で二人は顔を合わせ笑い合う。

 

 そうしてまたスタート位置に立つ二人。

 汗と巻き上げた土と芝の残骸にてジャージは汚れ、二人は汗だくになり呼吸は依然として荒いままだったが。

 

 

 二人は同時に走り出す。

 バクシンの掛け声を飛ばし、二人は駆け出していく。

 

「次も私が……!」

 

「……次こそ」

 

 

 

 

一着を取りますよ!(一着を掴むんだ!)

 

 

 

 結果として、オグリキャップはまたサクラバクシンオーとの競走に負けてしまった。

 

 けれどそれでもオグリキャップは競走を『楽しい』と思えたのだ。

 

 過去の傷は未だ残ったまま、置き去りにした心はまだ取り戻せていない。

 

 けれど確かにオグリキャップは前に踏み出した。

 

「づぁ……おぐり、オグリキャップさん……ふぅ」

 

「………………なんだ?」

 

「明日も、競走しましょう……!」

 

「……良いだろう……明日もまた、走ろう」

 

 ゴール地点で身体を荒れたターフの上に投げ出しながら二人は約束を交わして行く。

 

 サクラバクシンオー、オグリキャップの本日最終競走。

 ハナ差にてサクラバクシンオーの勝利。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 毎日投稿=爆進。

 バクシンはいいゾ……ジョウジィ……!


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第十二話

 新人トレーナー、沈んだ錨を引き上げろ。


 新人には子供の頃、夢があった。

 それは到底叶わぬ夢、子供心に抱いた諦めざる負えない夢。

 

『ウマ娘になりたい』

 

 それが新人の原点だった。

 

 父親に連れられて行ったレース場で見たウマ娘達は誰もが煌びやかに写り、ウマ娘、引いては女性と言うモノに魅せられたのだ。

 

 けれど所詮は泡沫の夢、儚くも美しい夢は日常を過ごして行く事に鮮やかになって行くが、新人は諦めざる負えなかった。

 

 そうして夢を諦め、失い、虚無感に苛まれながらも新人は生きていた。

 その新人が余りにも痛ましく、不毛に思えた母親が新たな夢の方向へと導いた。

 

 それが『トレーナーになりたい』と言うモノだった。

 

 そうして新人はトレーナーへの道を目指した。

 親しかった友人など居た試しが無い、話し相手になってくれる他人などに構っている暇は無かった。

 

 最速で最短で真っ直ぐに目標へと突き進む事を決意していた新人は、立ち止まれなかった。

 けれど、その夢が目前に迫った瞬間(トキ)、ふと新人は周りを見渡した。

 

 そうして気付く、()()()()()()()()()()()()()

 

 他人との衝突が無かった訳では無かった、学友達には散々陰口を叩かれたし、教師にすら可愛い気が無いと言われ毛嫌いされていたから。

 

 誰かに非難された——その言葉や表情は鮮明に残る。

 

 その瞳が怖くて他人と視線を合わせられなくなった。

 

 話し掛けてくれた人がいた——言葉を返すも話にならなかった。

 

 次第に誰とも話さなくなった。

 

 それでも新人は歩み続けた。

 全ては新人自身が抱いたの為に。

 

 けれど彼は一度止まってしまった。

 友人など居ない、同じ志をもつ仲間も居ない。

 家族は居たけれど、それも縁は薄れつつあった。

 

 不意に新人は自分が独りになってしまった気がして、崩れ落ちてしまった。

 

 

 文字通り()()になってしまった。

 

 

 独り座り込んで泣きそうになるのを歯を食いしばり、拳を握り締めたが、耐えきれなくなり彼は独り座り込んだ。

 

 そんな時、彼の夢が増えたのだ。

『自分の担当したウマ娘達全員を有マ記念に連れて行く』と言う夢が。

 

 熟々(つくづく)新人と言う人間は『ウマ娘』に惹かれる性質があるらしい。

 なにせ、新人の夢が増えた切っ掛けは、一人のウマ娘だったのだから。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 ……結局僕はトレーナーになりたいって言う夢を叶えて、その先が分からなくなった。

 

 今迄はトレーナーになったその先を見ていたけれど、どうやらそれはウマ娘達との夢なんかじゃなくて、僕一人の夢だったらしい。

 

「……僕は、トレーナーにならなかった方が良かったのか……もう分かんないや」

 

 昨日はおハナさんに怒られ、トレーニングを任せてしまった。

 今日だってそうだ、なりたいモノになって、やりたい事もある筈なのにそれがままならない。

 

 そうして僕は見知らぬウマ娘と走るオグリキャップを見続けた。

 

 芝や土に汚れながらも必死に走るオグリキャップを見て、胸がキュッ……としまった気がした。

 夕陽が照らしていたターフは次第に黒に染まりつつあったが、それでもオグリキャップやウマ娘は競走を続けていた。

 

 僕がコレを見ていてもどうしようも無い、そう思って態々隠れていた場所から離れて行く。

 結局僕はトレーナーとして何がしたかったんだろう。

 学生の頃と何も変わらない、自分の事しか考えられていない。

 

「……助けて欲しい……僕は何をしたらいいのか……分からないんだ……」

 

 小さく呟くも、それを拾う誰かは居ない。

 トウカイテイオーも、マヤノトップガンも他のチームに混ざってトレーニングを行っているのだから。

 

 ……このまま消えてしまおうか?

 そんな事を考えていた時だった。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「ぁ゛あ゛!?」

 

 その痛み、衝撃のまま前のめりに倒れ込む。

 咄嗟に痛む身体を起こして背後を振り返ると、そこに居たのは——。

 

「またうじうじ悩んでんのか?チビ」

 

「……ゴールドシップ……」

 

 僕が唯一マトモに会話が出来てしまうウマ娘、ゴールドシップがそこに居たんだ。

 

 

 

「……笑いに来た?それとも、怒りに来たの?」

 

「いや、べっつにぃ?アタシ職務放棄する様な奴と比べるとやっぱ華のウマ娘だからさぁ、忙しいんだよねぇ」

 

「……だったら、なんで」

 

 人の背中を蹴っておきながら、全く悪びれもせずに居るゴルシに少し苛ついてしまう。

 なんと言ってもその顔だ、半開きにした口から舌を放り出し、全くこっちを見ていない癖にジットリとした瞳を見せて来ていた。

 

「お前さ、結局何のために此処(トレセン学園)に来たんだよ?そうやってうじうじする為に来たのか?」

 

「……違う」

 

 迷いは断ち切って来たんだ、悩みは置いて来た。

 だからうじうじなんてしてない。

 

「じゃあ折角お前のチームに入ってくれた無所属ウマ娘達を他のチームに加入させる為にチーム作ったの?ウマ娘版ハローワークか何かかよ」

 

「……違うっ」

 

 僕は自分の夢の為に此処に来た。

 自分勝手だけど、僕が勧誘したウマ娘達を他のトレーナーに、他のチームに加入させる為に集めた訳じゃない。

 

「新人」

 

「……なに」

 

 何時もの半笑いな顔でも無く、人を馬鹿にした様な顔でも無く。

 

 ただひたすらに真面目な顔をしたゴールドシップ。

 

 知っている、僕はその顔を知っている。

 だって。

 

「お前はなんなんだよ?」

 

 

 その答えはもう出ている。

 簡単なんだ、単純な答え。

 心から叫び出したい欲に駆られながらも——答えられなかった。

 

「……はぁぁ……ゴルシちゃんはさぁ、真面目な空気も実は好きなんだよ。でもさ楽しくない空気ってか、空間はホントにムリなんだよね。どれくらいムリかって言うと穴の空いてないドーナツ位ムリなんだよ。分かるかこの方程式が、あぁん?」

 

 そう言って僕を見下ろしていたゴルシは、僕のスーツの襟を掴む。

 前髪で隠しているのに、僕の瞳を真っ直ぐに見詰め離さない。

 

 ……あの時と同じ瞳。曇りはなくて真っ直ぐで。

 

「なに不貞腐れてんだよ、もっと太太(ふてぶて)しく居ろよ!夢が出来たんだろ?諦めたくないって言ってたじゃねぇか!このアタシ、ゴールドシップ様に面白くも無い楽しくも無い場所でこんな事言わせてんだから、もっとしっかりしろよ!」

 

 僕は、僕は……!

 

 

「……僕は、僕はねゴルシ……!」

 

「聞いてやるよ、何度も吃っても、噛んでも構わないから。全部アタシに言っちまえ!」

 

「っ……僕は、トレーナーだ!」

 

 

 そうだよ、僕はトレーナーなんだ!

 

 

「トレ、トレセン学園にこっ、今年から配属された新人トレーナーにして伝説を作り出す!」

 

 

 新人にして担当したウマ娘達全員が有マ記念に出れば、それは伝説になるだろう。

 けれど、それはあくまで僕個人の夢なんだ。

 

 だから——。

 

「僕は!()()()()()()()()()()トレーナーになりたい!!」

 

 僕の襟を掴むゴルシの手を掴み、声高々に吠えた。

 

 こんなモノはついさっき思った事で、馬鹿な男と言われればそれだけだ。

 でもゴルシなら、ゴールドシップなら僕の馬鹿げた夢も目標も理想さえ聞いてくれるんだ!

 だからっ!!

 

「ならこんなとこでうじうじしてる場合じゃねぇな!新人だけに任せておくとまたサボりそうだから手伝ってやるよ!メイクデビューももう少し先になるからな!」

 

「……ゴルシ……」

 

 そう言ってゴールドシップは僕の手を掴み、立ち上がらせる。

 前に立つゴルシの背は高く、僕より少し高かった。

 

「なんだよ?御礼なら木星に行く用に使うドーナツ分で手を打とう!」

 

「バカ!そんな数用意出来る訳無いだろ!そうじゃなくて、あぁ!……ありがとう……ゴールドシップ

 

 

「……急になんだよ気持ち悪いな」

 

「なぁ!?い、良い感じだったろ!すな、素直に御礼を言ったんだぞ!?」

 

「人として当たり前だろJK」

 

「……じぇい、じぇいけー?」

 

常識(JK)だろ」

 

「略すなよ!?原型何処だよ、頭文字しかあってないじゃん!」

 

 

 

 

 ゴールドシップの隣を歩きながら、訳の分からない事を言う此奴とコレからの事を話し合う。

 

 オグリキャップは変わって行く、いや……正しくは戻って行くのが正しいのかも知れない。

 

 だから僕も変わらなければいけない。

 だって子供(ウマ娘)が前を向こうと必死になっているのだから、大人(トレーナー)の僕だって、変わらなければ何の為の人生だったのか。

 

 急には変われないけれど、それでも僕は変わって行こうと思う。

 

 

 その為にも僕はトレーナーとして、一人の大人としてオグリキャップの夢を取り零さない。

 必ずオグリキャップのデビューを、二回目のデビューを成功させたいと思う。

 

 …………僕の瞳を真っ直ぐに見てくれるウマ娘、ゴールドシップに誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 




 イケメンゴールドシップ。
 ゴールドシップはいいゾ……ジョウジィ……

 新人トレーナー君の愛称として感想欄にて言われた『うじトレ』を広めて行きたい(うじうじトレーナーの略)


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第十三話

 せめて自分らしく、新人トレーナーの宣誓。

 誤字報告ありがとうございました。
 今回ちょっとまたオリ設定でます。
 ごよーしゃを。


 トレーナー寮にある自室にて、僕は覚悟を決めていた。

 

 いつも通りの黒いスーツ、見栄を張り少しでも自分を大きく見せようとして買った革靴。

 

 今に思えば、僕は何がしたかったんだろう。

 こんなモノ必要無かったじゃないか。

 

「似合わない……黒いスーツなんて要らないんだ」

 

 黒いスーツを脱ぎ捨てゴミ箱に投げ込む。

 顕になるのは白いYシャツ。

 

「……この靴も正直足に合わないからスグ転ぶし、タダ高いだけの無駄な買い物だったんだよね……勿体ないかな……いや、こんなモノ要らない!……いら、要らな……うぅ」

 

 やや控えめに革靴をゴミ箱に優しく、出来るだけ傷付けない様に捨てて行く。

 未練がましく思うけれど、一目惚れして買ったやつだったし、もったいないと思うのも仕方ないじゃん……うぅ。

 

 靴箱から適当なスニーカーを引っ張り出した。

 ——学生時代に履いていたスニーカーだ、靴になんて興味も無かったから、買い換える度に同じ靴を買っていた。

 

 だからこの靴は僕が今まで歩んで来た道を覚えているし、僕も履きやすくて好きだ。

 

 

 外の気温はやや高く、陽気な日となっている。

 だからYシャツの上は無くして、ズボンは動き易いモノに変えて。

 靴も履きなれた何時もの靴に。

 

 トレーナーになってから置いて行ってしまったモノが大集合していた。

 けれど別に悪い気なんてしない、だってありのままの僕なんだから。

 何か特別にする必要なんて無いって、分かったから。

 

 悩むくらいなら何も考えなくていい。

 僕にはウマ娘達と同じく、走れる足があるんだから。

 

 

「……だから、行くよ。僕は……!」

 

 

 そうして僕はトレーナー寮から一歩踏み出した。

 

 向かうはトレセン学園だ!

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 先ずは事務室へと足を進めた。

 理由なんて簡単だ。

 

「いた……!」

 

「…………あら、新人じゃない。今日もトレーニングを頼みに来たの?それに黒いスーツも脱いで……似合ってたのに残念ね」

 

 おハナさんの視線はいつもと変わらない。

 けれど、その瞳に色濃く浮かんでいた『呆れ』は分かる。

 伊達に他人の視線を怖がって前髪で視線を隠してないんだ、それ位は分かる。

 

 納得も出来る、理解も出来る。

 けれど、単純な話だけど()()()()()()()()()()、僕は——。

 

「いいえ、今日のトレーニングは、僕が自分で担当ウマ娘達に行います。」

 

「……そう。それで?今度のトレーニングはどうするつもりなの?また永遠とウマ娘達に高負荷を掛けさせる様なトレーニングをするつもり?」

 

「トレーニング内容はまだ考えてません」

 

「正気……?もうトレーニング時間まで一時間も残ってないのよ?それなら私やスピカの彼に任せた方が、余っ程いいと思うけれど」

 

 ——大丈夫、おハナさんの色は呆れじゃ無くなってる。

 これは責められてる訳じゃない、これは試されてる。

 

 僕は、おハナさんに試されてるんだ……!

 

「自分の、僕のチームです」

 

「……えぇ、そうね。貴方が一人で集めたと言っても過言じゃないチームよ。新人だとチームを作るのは難しいと言う理由から本来ならチームを作ってからレースに出れるようになるのに、初めの三年間は担当ウマ娘が一人着けばそれでレースに出られる様になったけれど、それを無視してチーム作るお馬鹿さん」

 

 ……そんな事たづなさんから聞かされてたし、忘れてた訳じゃない。

 

 でももう決めたんだ、一度決めて覚悟したんだ。

 ——だから。

 

「僕は自分のウマ娘を他所のトレーナー(ライバル)に全部任せる程、自分勝手じゃなくなりたいから。それに……折角僕のチームに入ってくれたウマ娘達に、オグリキャップに申し訳ないから」

 

「……ふぅ……大丈夫そうね」

 

「はい、僕はもう大丈夫です。御迷惑お掛けしました」

 

「別に構わないわ。コレでまた逃げ出す様な事をするんだったら、貴方のチームからウマ娘達を引き抜くつもりだったし。」

 

「な、なんでそんなえげつない事しようとしてるんですか!?」

 

「ウマ娘の為よ。彼女達の世界は良くも悪くも競争社会。強く(速く)無ければ一着(勝ち)を取れない。だから私達トレーナーはそんな彼女達を勝たせる為に知識を振り絞って支えるのよ」

 

 そう言って口角をやや吊り上げた笑みを浮かべるおハナさんは、とてもカッコよくて見惚れそうになった。

 

 けれど、僕は知っているから。

 おハナさんよりカッコよく笑うウマ娘が居る事を。

 

「オグリキャップのレース前にあと二人集めます、まだ後五日残ってます。これは、これは僕の宣誓ですから——!」

 

「そう、しっかり頑張りなさい。」

 

 僕の宣誓を聞き届けてから、背を向けるおハナさん。

 その背中はとても遠く見えたけれど、立ち止まらなければ距離は縮むのだから、悲観的になる必要なんて無い。

 

 だって僕はトレーナーなのだから、下を向いて足踏みするのが仕事じゃないんだ。

 

 ウマ娘達と一着と言うゴールを見詰め続ける。

 それが、トレーナーだと思うから。

 

「……はい!」

 

 だから僕は力強く、必死に声を振り絞った。

 おハナさんは手なんか振らない。

 今のできっとおハナさんの目には、色々手を貸してあげたくなる新人トレーナーじゃなくて、チーム『流れ星』のトレーナーとして見て貰えた筈だから。

 

「あぁ、そうそう。」

 

「……はい?」

 

 途中でおハナさんは振り返った。

 

「黒いスーツ似合ってたって言ったけど、アレ嘘よ。趣味が悪いと思ってたから」

 

 ……とても良い笑顔で言われてしまった。

 

「い、良い話で終わらせてよ!」

 

「相手のペースを崩すのもレースでは有効なのよ」

 

「いっ、何時から話し合いはレースになったんですか!?」

 

 

 そうして今度こそおハナさんは僕の前から姿を消した。

 先輩にも一言謝りに行きたかったけれど、出会わなかった。

 

「……トレーニング室に向かおうか。今日のトレーニング表に関してはたづなさんにメッセージで送らせてもらおう。書面で書いてないし何ならプリントした訳でも無いから色々ツッコまれそうだけど……」 

 

 

 そうして僕はトレーナー室へ——トウカイテイオーやマヤノトップガン、オグリキャップ達とのトレーニングを行う為に歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 黒いスーツ似合ってたのに=皮肉。
 感想欄で劇場版ゴールドシップとか言う謎ワード出されてて馬鹿笑った。

 ほうれん草のオリジナル設定。
 原則としてレースに出れるのはチームを作り、規定メンバーを集めた場合のみだったが、新しくやって来る新人トレーナー達にはそれを行うのが難しいと考えた為、初めの三年間に関してはチームメンバーが規定数を下回っていてもレースに出る事を許可する。
 これは何の実績も持たない新人(モブ)トレーナーに対しての救済処置として作った設定。
 出すのが遅れてしまった……。

 感想、評価ありがとうございます。
 モチベになります、なのでもっとくれ下さい。


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第十四話

 トレーナーとしての初めの一歩。


 足はやにトレーナー室へと向かう。

 不安が無いといえば嘘になる、だって昨日と今日の僕は少し違うと思うから。

 

 有り体に言えば受け入れて貰えるか不安なんだ。

 頭の中で作ったトレーニングを楽しんで貰えるか怖いんだ。

 

 でも怖がっていても何も変わらない、怖がって足踏みをして自分に失望していたって結局自分が苦しくなるだけだ。

 結局自分を慰めようとするだけ。

 

 なら初めから不安で良いと思ったんだ。

 不安は拭えない、なら無理に拭わなくていい。

 

 怖くても失望されても、失望しても。

 僕は僕なのだから、言い訳なんてしなくていい。

 

 擦れ違うウマ娘達を横目で見ながら覚えて行く。

 頭の中でそのウマ娘達のファイルを作って行く。

 デビュー前、シニア級、クラシック級。

 擦れ違うウマ娘が多ければ多い程頭の中にはその子達の特徴や、所属しているであろうチームに結び付く。

 

 どの娘達も素晴らしいし、凄いと思うけれど僕が勧誘したウマ娘達だって凄い娘達なんだから。

 

 不安で少し頭の中が可笑しくなりながらも、何とかトレーナー室に辿り着く。

 

 中から声が聞こえて来た。

 

今日はトレーナーちゃん来るのかなぁ……

 

来ると思うけど、どうかなぁ……

 

また他のチームに混ざってトレーニングするのかな?マヤちん嫌だなぁ〜

 

マヤノはリギルの方に行ってるんだっけ?一緒にスピカの方に来たら良かったのに

 

トレーナーちゃんのトレーニング受けに来たのに他のトレーナーのトレーニング受けても、マヤちんテイクオフ出来ないんだよね〜テイオーちゃんはどうなの?

 

まぁ、ボクも分からなくもないけど。はぁトレーナー早く来ないかなぁ

 

 扉越しだから少し聞き取り辛かったけれど、トウカイテイオーとマヤノトップガンはもう居るみたいだ。

 

 オグリキャップはまだなのか、それとも昨日のウマ娘と二人で競走しているのかは分からないけれど、扉の前で入るタイミングを見極める様としたけれど、それを辞めた。

 

 

 タイミングなんて自分で作る物なんだから……!

 

 それに、トウカイテイオーもマヤノトップガンも僕を待ってくれてるんだから……!

 

 意を決して扉を開いた。

 

「ぉ、おはようっ!ふた、二人共はや、早いね!」

 

 声は震えたし噛み噛みだし散々だったけれど、急な出来事に驚いた二人の顔がおもしろくて笑ってしまいそうになった。

 けれどそんな物は直ぐに引っ込む。

 

 主に恐怖心で。

 

「…………」

 

「……もう大丈夫なの?」

 

「大丈夫、しん、心配掛けてごめんなさい。新人トレーナー、トレーナーとしての職務に復帰します……復帰、して良いですか……?」

 

 徐々に言葉は小さくなってしまったけれど、それでも聞かなきゃいけない。

 僕は自分の意思で二人を勧誘したのに関わらず、放っておいた挙句自分の都合が良くなった途端こうして来たのだから。

 

 トウカイテイオーも、マヤノトップガンも何も答えない。

 暫くして、二人は顔を見合せて立ち上がる。

 

 ……必死に震えを抑え込む。

 これは僕の勝手で起こった事だ、もしも二人がチームを抜けると言っても僕はトレーナーとして、僕として見送らなきゃいけない。

 

トレーナー!(トレーナーちゃん!)

 

「ぴゃいっ!?」

 

 いきなりの大声で掠れた声が出てしまった。

 

「おはよう!」

 

「ねぇねぇトレーナーちゃん!今日はどんなトレーニングをマヤ達にしたいの?マヤちん今日はとびきり頑張っちゃうよ〜♪」

 

 二人はにこやかに応えてくれたけれど、僕は自分の不安を拭えなかった。

 今までも、そうして表面上取り繕った関係が多かったから。

 だから不安で、嫌われて居ないか心配で。

 

「……その、ほんとに僕がトレーニング……して、その……良いの?」

 

 もうしないと決めたのに、僕は俯く。

 やっぱりダメだ、そう簡単に癖は抜けないし、不安を拭い去る事なんて上手く出来ない。

 

 おもわず拳を握り締める、何かに耐える時拳を握っていると、ほんの少しだけ安心出来たから。

 

 少しだけ顔を上げて二人を見ると、僕の方に向かって足を動かした瞬間だった、それが堪らなく怖くて一瞬身体が強ばった。

 

 瞼を強く閉じると、握り締めていた拳が包み込まれ、拳を開かれた。

 

 ゆっくりと瞼を開けば、目の前にはトウカイテイオーとマヤノトップガンが居た。

 この部屋には僕とその二人しかいないから、当たり前なんだけど、怖いと何も考えたく無くなるんだ。

 

「ボク達のトレーナーはキミでしょ?」

 

「マヤちん達を見付けて勧誘したのも、トレーナーちゃんなんだから!」

 

だから大丈夫だよ!(トレーニングやろうよ☆)

 

「……っ……ごめん、ごめ、んなさ……ウグ……ゥ……」

 

「なんで泣くの!?」

 

「トレーナーちゃん!?ほら、その、笑って笑って、ほらにこ〜!」

 

「うぇえええぇ……こわ、こわがっだよぉおお!」

 

「……怖かったのはボク達もなんだよなぁ……トレーナーに何かしちゃったかと思って心配してたんだから……」

 

「マヤちんなんて心配で良く眠れなかったんだよ?」

 

「とか言いつつ昨日もマヤノは晩御飯食べたら速攻で寝てたよね」

 

「むむ、途中で何回も起きたもん!安眠出来てなかったもーん!」

 

「ごめ、ごめん……僕の所為であん、安眠させられなくて、ごめん……ごめんなさい……」

 

「わぁあ!!違うよ!?トレーナーちゃんの所為じゃないから、ね?」

 

 

 二人に繋がれた手が暖かくて、涙が込み上げてしまったんだ。

 僕が耐えている時、こうして傍に来てくれたのは、僕の手を握ってくれたのは初めてだったから。

 

 とても暖かくて、優しくて、嬉しくて、涙が止まらなかったんだ。

 

 

「……どういう、状況なんだ?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえて振り返れば、そこに居たのは心底困惑した様子でトレーナー室へ入って来たのはオグリキャップだった。

 既に着替えておりジャージ姿だったが、来る前から自主トレをしていたのか汚れていた。

 

「あっ!オグリ!トレーナー泣き止ますの手伝ってよ!」

 

「……なんでトレーナーが泣いてるんだ?お腹でも痛いのか……?」

 

「お腹は痛くないんじゃないかな!?」

 

「あのー、私もう入ってもいいですか?」

 

「ん、あぁ、多分問題無いから入っていいと思う」

 

「この状況で問題無いと思うのオグリ!?」

 

 何処かで聞いた覚えのある声がした。

 記憶を遡れば——確かにあった。

 

「はい!サクラバクシンオーです!チーム加入希望です!」

 

「……えっと、よぅ、ようこそ……?」

 

 余りの速さで加入申請書を目の前に突き出してくるから、涙は止まった。

 と言うか自分で言うのも何だけどこのタイミングで加入希望する……?

 

 

 

「共に爆進しましょう!」

 

「ばく、ばくしん……?」

 

「ハイ!」

 

 

 

 泣かされるわ、泣き止まされるわ、心配されるわ、加入申請書を突き付けられるわで、色々内心ぐちゃぐちゃになっていたけれど、僕のチームにサクラバクシンオーが入ったと言う事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

 




 ここ最近なんか可笑しいなと思ったんだよ。
 毎日投稿してて頭バグってたんだと思うけど、起承転結がなってない事に漸く気付いた。
 起承で一話書いて、転結で一話書かれてる事があって割と物書きとして致命的な致命傷負ってる。

 今回はちゃんと起承転結出来てると思う。

 読み辛い、読みにくい物書いて申し訳ない。
 これから一層気を付けて行きます。

 感想、評価ありがとうございます。
 モチベになるのでもっとくれ、ください。

 あと今後一話で起承転結が終わらなければ、前編後編に分けます。
 予約投稿時間は基本的に12時から動きませんが、前編後編に別れる場合、前編12時、後編22時を目安にします。
 御迷惑お掛けしますが、今後ともよろしくお願い致します。


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第十五話

 集いし星々、そうして始まるトレーニング。


 チーム『流れ星』、新人トレーナーである僕が作ったチームであり、勧誘から大幅に出遅れながらも注目株達が集うチーム。

 

 そんなチームに、新たな星が加わった。

 それが彼女、サクラバクシンオーだった。

 

 

「あの、君は、その……チーム無所属……だったの?」

 

「いいえ!チームには入ってました!でも昨日オグリキャップさんと走ってて、もっと走りたいなーと思いましたので抜けて来ました!」

 

「……oh……えっと、そのチームの人達には……何か言われなかった?」

 

「応援してるとだけ言われました!」

 

「そ、そっか……オグリキャップは、その……知ってたの?」

 

「あぁ、他チームに所属していたのは昨日聞いていた。今朝突然私のチームに入りたいと言っていたから、案内したんだが……まさかもう既にチームから抜けているとは思ってなかった」

 

 今回に関しては僕は何もしてないし、本当に何も出来て居なかったんだけど待望の4人目が来てくれたのは嬉しかった。

 

 出来れば今日じゃない方が良かったんだけど……。

 

「それで今日のトレーニングは何ですかトレーナーさん!」

 

「気が早いね!?」

 

「学級委員長ですから!」

 

「学級委員長だからかぁ……いや関係無いよね?」

 

 危うく納得しかけたけれど、絶対関係ないと思うんだ。

 今日のトレーニングどうしよ、サクラバクシンオーが入るなら偶数になるからやれる事は増えるけれど……。

 

「それで今日のトレーニングは何ですか!トレーナーさん!」

 

「待って、考えてる」

 

「トレーナーさん!」

 

「聞いてるから、ちょっと……」

 

 初めに計画してたのはスピカのチームトレーニングを参考に、次にレース出走するオグリキャップの為のトレーニング、そしてトウカイテイオーやマヤノトップガンにはそのサポート兼トレーニングを、と考えていたけれどもう少し別の動きが出来そうだ。

 

「トレーナーちゃん?」

 

「待って……」

 

「トレーナー?」

 

「……うん」

 

 柔軟から初めて芝2000の競走を休憩10分挟んで5回。

 その後はオグリキャップを先頭ににミニハードル500mを5本。

 それが終わればオグリキャップは芝1600の記録測定、トウカイテイオーとマヤノトップガンはオグリキャップと同じタイミングで走らせるけどトウカイテイオーは三冠目標の為に3000m、マヤノトップガンは2400mの距離を同時に走らせる予定だったんだけど……。

 

「先に私達は柔軟をして置こう、トレーナーのトレーニングを待ってる間だから軽くになるが」

 

「あ、イイね。じゃあオグリの柔軟ボクが手伝うよ」

 

「ありがとうテイオー」

 

「マヤちんも一緒にやる〜☆」

 

 少し変えて——。

 

「トレーナーさん!今日のトレーニングは」

 

「だからちょ、待ってよ……ってサクラバクシンオーしか居ないじゃん!?」

 

「はい!皆さん柔軟しに行きました!」

 

「……うわぁ、凄い。僕が指示しなくてもトレーニングやってるよ……」

 

「それで、私は何のトレーニングをすればいいですか?」

 

「……サクラバクシンオーも柔軟に混ざって来て欲しい。柔軟が終わったらトレーニングの指示を出すから、ね?」

 

「はい!爆進して来ます!」

 

「ばく、ばくしん?柔軟だよ?分かってる!?」

 

 

 そうして勢い良くトレーナー室の扉を開けて飛び出して行くサクラバクシンオー。

 今まで知り合ったウマ娘達とも少し違うタイプだけど、悪い子じゃないのは確かだ。

 

 ……いや、人の話聞かない所はゴールドシップに似てる……?

 いや彼奴は特別か。

 

 取り敢えずスマホでトレセン学園サイトからサクラバクシンオーを検索し、得意距離と作戦を確認する。

 

 短距離型で逃げのサクラバクシンオー。

 彼女を活かしたイカしたトレーニングを考えるのは少し大変そうだ。

 

 活かした……イカした……ふふ。

 何気無く頭の中で考えた洒落に一人で笑いながら僕もまた、トレーナー室を後にした。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 天気は快晴、見上げた空は青くて綺麗だ。

 眩しい陽射しが僕の目を刺すけれど、それもまた悪い気はしなかった。

 

 トウカイテイオー達は既に柔軟が終わったのか、既に整列して待っていた。

 そんな事しなくても良いのに。

 

「あ、トレーナーちゃーん!柔軟し終わったよ♪」

 

「うん、お疲れ様。じゃあトレーニングを開始するからね」

 

「何か久しぶりって感じするよねぇ、トレーナーのトレーニング受けるの」

 

「……ごめんなさい……」

 

「あ、えっと、そう言う意味で言った訳じゃ無いよ!」

 

 トウカイテイオーに痛い所を突かれ、若干気不味くなるけれど、それは僕が腐ってたからで僕以外の誰かが悪い訳じゃ無いから。

 慌てて此方に歩いて来るトウカイテイオーの頭を数回叩いて、皆の方に顔を向ける。

 

「先ずは2000mの競走から入るけれど、サクラバクシンオーは大丈夫?明日のトレーニングはサクラバクシンオーの事も考えて作るから、今日の競走に関しては参加するか選んで欲しい」

 

「もちろんやりますとも!私は長距離もこなせますからね!」

 

「……あ、うん。取り敢えず作戦は逃げで良いから、じゃあ始めようか!」

 

 

 そうしてウマ娘達は各自スタート位置に着く。

 初めて見たオグリキャップの走りは、周りに他のウマ娘達が居なかったから出来た走りだと思うけれど、あの走りをもう一度、今度はレースで見たい。

 

 その為にも先ずは落ちている体力を戻しつつ、周りにウマ娘が居る環境に慣れてもらう。

 それに慣れたら……後は僕の仕事だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 けれど、彼女の傷をどうにかする手段は何となく分かっているから。

 

「スタート!」

 

 

 その掛け声で芝を皆は芝を蹴り出した。

 

 先ず先頭を行ったのはサクラバクシンオー。

 その逃げは確かに強い、けれど彼女は短距離型。

 恐らく途中でバテる事は確実だ、本当はオグリキャップとサクラバクシンオーの二人と、トウカイテイオーとマヤノトップガンの二人の競走で分けようかと思ったけれど、今日は敢えて四人全員で競走して貰う。

 

 長距離もこなせる、サクラバクシンオーはそう言ったけれど恐らくそれは無理だと思う。

 

 そうこう考えてる内に800mを通過しており、コーナーを曲がって先頭に立っているのは変わらずサクラバクシンオー。

 続いてマヤノトップガン、一バ身離れてトウカイテイオー。

 トウカイテイオーから二バ身離れて最下位オグリキャップ。

 

 順当に行けば着順として、オグリキャップ、トウカイテイオー、マヤノトップガン、サクラバクシンオーの順になるけれどそれは理想であって現実じゃない。

 

 今回はきっと、トウカイテイオー、マヤノトップガン、3着としてサクラバクシンオーとオグリキャップはほぼ同着になる筈だ。

 

 それだけオグリキャップは枷が繋がれている。

 早くその枷を外して上げたいけれど、僕はきっと何も出来ないから……。

 

 

 そうして最終コーナーを超えて最後の直線へと駆けていく。

 

 先頭だったサクラバクシンオーは息を荒らげながらも、意地で前を走っていたけれどマヤノトップガンに抜かされてしまい、そのマヤノトップガンも外からトウカイテイオーに抜かされて行く。

 

 オグリキャップは途中凄い勢いで走り込んで居たけれど途中で足から力が抜けて行く。

 そうしてやはりと言うか、心苦しかったけれど想像通りの着順になった。

 

 

「へへん1着もーらい♪」

 

「うぅ、テイオーちゃんにまた負けちゃったぁ!トレーナーちゃん慰めてぇ……」

 

「ぜぇ、ぜ……うぷ……ば、ばくし、爆進が……」

 

「……くっ……」

 

「皆お疲れ様。休憩10分を取ったら今度はトウカイテイオーとマヤノトップガンは2000mで、オグリキャップとサクラバクシンオーは1600mを走ってもらうよ。スタート位置は同じにするけど距離が違うからややこしくなるけど大丈夫?」

 

 少しトレーニングを変える。

 このままサクラバクシンオーの脚質に合わない距離を走らせ続けたら疲労が溜まるだけだ。

 オグリキャップとやっぱり走り辛そうに見えたから、この二人は少し短めにしてスピードに乗る事だけを考えて貰おう。

 

「……分かった」

 

「ううう……今度こそ爆進してみせますから!」

 

「うん、サクラバクシンオーの爆進、間近で見れるのを期待してるよ。」

 

「任せてください!私の爆進をお見せしますから!」

 

 額に汗を浮かべながらも大きく笑うサクラバクシンオー。

 ……あぁ、なんか、本当に良い娘なんだなと改めて思った。

 

「……オグリキャップはやっぱりまだ辛い?」

 

「……いや、大丈夫だ、きっと貴方の期待に応える」

 

 そう言うオグリキャップは少し表情が硬かった。

 あの日に言った事は本心からだったけれど、そんな顔をさせたくて言った訳じゃ無いんだ。

 

 だから。

 

「オグリキャップ」

 

「なんだ……?」

 

()()()()()()()()。オグリキャップはオグリキャップの走りをもう一度見付けて、それを楽しめば良いんだ。僕は気負わないで欲しいな……期待はするけれど、でも君が辛そうにして、その……走るのは嫌だから……ね」

 

「……分かった」

 

 逆にトウカイテイオーとマヤノトップガンは、変わらず2000を走らせる。

 

「トレーナーちゃんなーぐーさーめーてー!」

 

「トレーナーほーめーてー!1着取ったんだよ!ボクが!」

 

 二人の体力の底上げも有るけど、この二人は良いライバルになり……なり……そう?

 

 トウカイテイオーとマヤノトップガンに迫られながらも、取り敢えず休憩時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 集いし星が新たな力を呼び起こす!光さす道となれ!

 ミニハードルのトレーニングはカット。

 レースの実況考えるの楽しみ。

 感想、評価ありがとうございます。
 お気に入り登録もいつの間にか500人を超えて作者として大変嬉しく思います。

 もっと感想頂戴♡


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第十六話

 手助けと宣戦布告。


 トレーナー回、三人称視点


 新人トレーナー式トレーニングを実地して2日が過ぎていた。

 落ちていた体力は充分に戻ったオグリキャップと、徐々に体力の付いてきたトウカイテイオー達。

 

 オグリキャップのレースまで後3日となったその日。

 未だオグリキャップの足は戻っていなかった。

 

 ここ最近は天気に恵まれ良バ場が続いていたが、レース当日の天気予報は生憎の曇り。

 降水確率は30%と言った所だった。

 

 新人としては不良バ場のトレーニングも行いたかったが、今はまだその時ではないと感じておりそう言ったトレーニングは行っていなかった。

 

 

 大事なのは体力作りと、走る事への楽しみを思い出して貰う事だったからだ。

 とは言えオグリキャップ自身走るのは好きそうに見える、が。

 競走となるとそうも行かなかった。

 何故そうならなかったのか、新人は自分の経験と知識で打開策を模索し続けていた。

 

 一人黙々と事務室にて考えていた所に、突然扉が開く音がし、新人はその方向に目線を動かす。

 

「よっ、最近どうだ?」

 

「ぁ、先輩……おはようございます。主語が大き過ぎて、その、何処を話せばいいのか分からないんですけど……」

 

 入って来たのは『スピカ』の先輩トレーナーだった。

 いつも通りの服装で棒付きの飴を咥えながら、新人の返した言葉に笑いながら謝っていた。

 

 その姿に新人も笑みを零したが、ふと先輩トレーナーが小脇に抱えているモノに興味が行った。

 

「それ、その小脇に抱えたモノはなんですか?」

 

「ん?コレか?お前と見る為にたづなさんに掛け合って貸してもらったオグリキャップのメイクデビューレースの録画されたもんだよ。最近頑張ってるみたいだからな、俺が手伝える所は手伝ってやりたくてな」

 

「……そうか、そんなのも有るのか……うん」

 

 実の所、新人はオグリキャップのレース時の録画を見た事が無かった。

 それは思い付かなかった訳ではなかったが、歴玉ウマ娘達のレース録画を探したがオグリキャップのモノは見当たらなかったからだ。

 

「見るだろ?」

 

「はぃ……あの、ありがとうございます」

 

「良いんだよ、お前の為でも有るけど1番はオグリキャップの為だからな……」

 

 そう言いながら事務室に置かれたビデオデッキにモノを入れて行く先輩トレーナー。

 笑ってはいたが、その笑顔は何処と無く辛そうなモノだった。

 

 そうして見たオグリキャップのメイクデビュー。

 

 天気は晴れ、快晴にしてターフは絶好の良バ場に仕上がっており、オグリキャップも外枠7番と言うモノだった。

 ラッキーセブンで良いな、と新人は考えたが、直ぐに思考を切り替える。

 

 オグリキャップは負けた、そのレースを見る為の覚悟を決め、テレビに齧り付いた。

 

 スタートは良好、やや外めに居ながらも膨らみはしない好走をして見せるオグリキャップ。

 担当トレーナーとしての意見を一旦置き、1トレーナーとして見ると、やはりオグリキャップはこのメイクデビューに出走しているウマ娘達の中では抜きん出ていると新人は考える。

 

 故郷で鍛えた足に、トレセン学園に来てから行われたトレーニングの数々が確かに身になっている良いレースだった。

 

 無駄の無いコーナリング、足を溜めつつ何時でも前に踏み込む為に姿勢を正して走る姿は確かに初めて目の当たりにしたオグリキャップの走りだった。

 

 そうして最後の直線へと入る最終コーナー。

 そこからオグリキャップは仕掛けた、大きく踏み込み、録画故に若干の荒さが有るが芝を巻き上げながら走り、己の前を歩むウマ娘達をゴボウ抜きした姿は正に圧巻と言った所だった。

 

 そうして残り400となり、1着になっていたオグリキャップは突然足が弱まる。

 それまでのレース運びが全て消えて無くなる様な、今までの好走が嘘の様に走りは弱まって行く。

 

 

 前髪で隠された新人の瞳が細くなる。

 着順は最下位、そして俯いた顔を上げる事が出来ずにその場に立ち尽くしたオグリキャップを見て、胸が傷んだ。

 

 そこで録画は終わり、事務室のテレビは役目を終えた。

 

「……オグリキャップに必要なのは、時間だと俺は思ってた」

 

 先輩トレーナーの言葉に新人は答えない。

 そうして先輩トレーナーはもう一度テレビに映像を流し始める。

 

「過度なトレーニング、その行き過ぎてしまったトレーニングによる親しかったウマ娘との別れ、不慣れな土地での出走。どれをとってもオグリキャップ自身に非がないと俺は思ってる」

 

 そうしてもう一度見せられるオグリキャップの敗走。

 先輩トレーナーは目を細めながら悔しそうに呟いていた。

 

「……どうして」

 

「ん?」

 

 新人が重たくなった口を開く。

 それがどう言う事に対しての疑問なのか、先輩トレーナーは心当たりかま有り過ぎて返答に困ってしまった。

 

 数分が流れ、漸く先輩トレーナーは口を開いた。

 

「本当は俺がオグリキャップを狙ってたんだが、お前に先越されちまったからな。だからお前に託すんだ」

 

「……託す?」

 

「そう、俺が成し遂げたかった事をお前に託す。重荷かも知れない、本当はこんな事をお前に言うのはお門違いなのかも知れない。だけどな」

 

 先輩トレーナーは新人の瞳を真っ直ぐ見詰めた。

 棒付きの飴は既に無くなっており、真剣な表情だった。

 

「オグリキャップのレースが失敗すれば、お前はきっと潰れちまう。ここ最近はお前も頑張ってるが、自分の担当したウマ娘がチームから離れたり、レースを諦めて去っちまうと覚悟してても受け止め切れないもんなんだ」

 

 全てはオグリキャップの為に。

 その序に新人トレーナーの為に。

 

 オグリキャップがトレセン学園を去ってしまえば新人トレーナーは、きっと自己嫌悪と罪悪感で潰れてしまう。

 そう思った先輩トレーナーはそうならない為に新人に手を貸そうと行動していた。

 

 その事実に新人は内心震えてしまう。

 覚悟はしていた、けれど改めて感じる重圧感、背負っているのは自分の夢だけでは無く、オグリキャップの夢もまた背負い賭けられていた。

 

「……オグリキャップの心に出来た傷に付いては、僕には何も出来ません」

 

 重たい口を開く新人。

 そしてその言葉を静かに聞く先輩トレーナー。

 新人は続けた。

 

「僕に出来るのはウマ娘——オグリキャップへのトレーニングだけ……ですけど、だからといってオグリキャップをこのままにしては置けません。だから……」

 

「……手は打ってある……って?」

 

 

 先輩の言葉に対し、新人は。

 

 

 

「とびきりな博打ですけどね」

 

 それはそれは弱々しい笑顔を浮かべていた。

 

 実際その博打を考え付いたのはついさっきであり、オグリキャップやトウカイテイオー達へのトレーニングと並行して行うには過剰スケジュールも良い所だった。

 

 けれど新人は考えを変えない。

 先輩トレーナーに心配され、おハナさんには試され、ゴールドシップには蹴り込まれた。

 

 ならもう充分だった。

 新人トレーナーは負けさせる為にオグリキャップを出走させるのでは無い。

 

「先輩、僕のオグリキャップは……きっと勝ちますよ。その為に僕が——僕達(トレーナー)が居るんです」

 

 

 そう言って新人は席を立つ。

 向かう場所はウマ娘寮。

 

 とびきりの博打を打ちに、新人は己の心を砕き燃やし自身の焔で震える身体に熱を灯す。

 

「オグリキャップのレース見せて下さって、えっと……あり、ありがとうございました……また明日」

 

「……おう、また明日な」

 

 

 そうして新人トレーナーは事務室から出ようとした、次の瞬間。

 

 

 

「オグリキャップの出走するレース、ウチからスズカも出る」

 

 

 その一言が耳に入り、新人を足を止めた。

 そうして新人は振り返る、するとソコには棒付きの飴を咥えたスピカトレーナーが、そこに居た。

 

 新人の脳裏には様々な思考が巡るが、その間僅か数秒。

 瞬き一回分と言った所で、言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕のオグリキャップが、先輩のサイレンススズカを差して勝ちますから、楽しみにしててくださいね……!」

 

 

 

 

 此処にチーム『スピカ』とチーム『流れ星』の対決が成ってしまった。

 

 

 芝1600m、出走枠4番オグリキャップの二度目のメイクデビューまで、残り3日。

 

 

 

 

 

 

 




 ごめん、うじトレが……新人が『僕の○○が勝ちます』って言う台詞言わせたくてこの小説書き始めたんだ……。

 レースの名前は出しません。
 偏った知識晒して読者を困惑させたくないし。
 GII、GIIIのレースを想像してくれると嬉しいかも。

 以下レースが決まってからの行動。
 新人トレーナーへの説教(この時点で当日入れて残り8日)
 ↓
 劇場版ゴールドシップ(残り7日)
 ↓
 新人トレーナー式トレーニング(残り6日)
 ↓
 宣戦布告回までの2日(残り4日)
 ↓
 今夜(残り3日間)
 ↓
 次話(残り2日)
 と言う流れになるから可笑しくないとは思う。


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第十七話

 オグリキャップの焦燥、大人の仕事。


 オグリキャップのレース日まで残り2日。

 僕の考えているモノがオグリキャップにハマるかは分からないけれど、それでもやってみる価値はあると思っている。

 

 それがレース当日にしか出来ないモノだったとしても。

 

 これが失敗すれば、きっと僕もオグリキャップも死ぬだろう。

 

 僕はトレーナーとして、オグリキャップはウマ娘として。

 そうならない為に予防線は貼り続けているけれど、それも正直余り宛にはならないだろう。

 

 レース日が近いオグリキャップのトレーニングに張り付きたがら、今後の予定について考え続ける。

 

「お疲れ様、タイムは落ちなくなってきたね。しっかり安定して来たよ」

 

「……あぁ、でもそれは……」

 

「取り敢えず、その、休憩取ろうか。飲み物でも飲むかい?スポーツドリンクで良ければ何だけど……」

 

「ありがとう……」

 

 今日だけでタイム計測は既に8回を超えた。

 初めて計測した日からそう日は経っていないけれど、初めの頃よりタイムは縮んでいるし、そこから落ちたり戻ったりを繰り返していたけれど今はそれも少なくなっている。

 

 でもそれは逆に言えば、()()()()()では無いという事だ。

 理想タイムは既に解っている、けれど今の最速タイムだと理想には程遠いと言う事がオグリキャップの負担になっている、と思う。

 

 ……オグリキャップに辞めて欲しくない、それは僕のワガママかも知れない。

 けど、オグリキャップ自身も辞めたらきっと後悔するから、僕はそんな後悔させたくない。

 

 

 僕も、もう後悔したくない。

 沢山後悔した、したくもない後悔を、一つ一つ重なり合う様にして来た。

 あの時こうしていれば、あの日こうしていれば。

 そうした後悔を積み重ねる度に自己嫌悪と果てしない承認欲求で内側がグズグズになって行くのを僕は知っている。

 だから、オグリキャップには——せめて僕の担当したウマ娘達にはそうなって欲しくない。

 

「……トレーナー」

 

「なに?」

 

 スポーツドリンクを飲み終わり僕に渡しに来たオグリキャップが、短く僕を呼ぶ。

 オグリキャップの瞳の色は晴れない、出会った頃と変わらない迷子の様な瞳。

 手を差し伸べたいけれど、きっとそれはオグリキャップの求めているモノじゃないと思う、だから余計に僕はオグリキャップにどうしたら良いか分からなくなる。

 

「私は……勝てるだろうか」

 

 オグリキャップの疑問、悩みは或る意味当然ではあった。

 色々な段階をすっ飛ばしてのレース。

 僕はオグリキャップの元トレーナーの様になっていないか不安に駆られる。

 

「オグリキャップは、その……どうしたい?」

 

 我ながら情けない言葉が出て来る。

 答えなんて決まってる、それでも僕はその問いを投げる。

 オグリキャップは真っ直ぐに僕を見る。

 

「……勝ちたい、勝ちたいんだ……トレーナー」

 

「……うん」

 

「負けていい試合なんて、ある訳が無い。だから……」

 

「……負けるのは、悔しいよね」

 

「……あぁ」

 

「僕は何回も負けてる、トレーナースクールでも、何処にいても。その度に悔しくて、どうにかなってしまいそうになった……僕は、ほら……その……こんな性格だから仲のいい友達……とかも居なくて、独りでどうにかするしか無かったんだけど……」

 

 オグリキャップは静かに聞き続ける。

 少し遠くからサクラバクシンオーを筆頭に走り込み中の声が響く。

 

「オグリキャップには、そう、そうなって欲しくないって思ってるんだ……負け癖なんて、オグリキャップには……その、似合わないから」

 

「……トレーナー……」

 

 僕もまた、オグリキャップの瞳を見詰める。

 前髪で隠しているけれど、もう視線を恐れる必要なんて無いと、そう思うから。

 

「だから、今出来る事をひたすら頑張ろう?明後日はレースだからさ、明日はトレーニングをお休みにしたいと思ってるんだ。その日をどう過ごすかはオグリキャップに任せるよ。チーム全体お休みって決めてるから、仲のいい友達や、チームメンバーと時間を過ごしても良い。自主トレだってしていいけれど、おすすめはしないよ……?」

 

「……分かった。トレーナー、もう一回タイムを測って貰えないか?」

 

「……うん、じゃあ始めようか」

 

 

 そうしてまたオグリキャップのタイムを計測し続ける。

 

 

 結果なんて、分かりきってはいるけれど、それでも僕とオグリキャップは最後まで抗い続ける。

 

「……僕は、君の笑顔が見たいから」

 

 

 

 ほんの数日前には言わなかった。

 言えなかった一言を誰にも聞かれない様に、ポツリと零す。

 強ばった顔で必死に走るオグリキャップを見ながら、僕はトレーナーとして見続けた。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 その後は何事も無くオグリキャップとのトレーニングが終わり、全員を寮に帰した。

 トレーニングも勿論トレーナーとして大事な仕事だけれど、それ以外だってやる事は、やれる事はある筈だから。

 

 ゴールドシップに蹴りこまれて、おハナさんに試されて、先輩とは宣戦布告をしあった。

 

 怖い、怖いけれど立ち止まっても何も良い事なんて無い。

 けれどやっぱり怖いから——。

 

「呼ばれて跳び出てゴルシちゃーん!オラァ!!!」

 

「トレーナー室の扉を蹴破るなァ!!」

 

 ウマ娘寮長に許可を貰ってゴールドシップを貸し出してもらったんだ。

 でもトレーナー室の扉蹴破って入室するなんて思わないじゃん。

 何で此奴に助力を頼んだのか、僕にも分かんない。

 

「テンション上がるなぁ、テーマパークに来たみたいだぜ……とか言いつつゴルシちゃん的にはこの部屋地味すぎると思うからテーマパークに来た気は無くなったんだけどな」

 

「……トレーナー室を派手にする理由は無いでしょ?」

 

「いーや!お前は分かってない!そんなんだからお前未だにスルメの飲み込むタイミングがわかんねぇトレーナー何だよ。ほら、スルメ持って来たから一緒に食おうぜ」

 

「今から出掛けるんだよ!?何で遠足気分なんだよ!」

 

「ゴルシちゃん的にはスルメはおやつに含まれないから。後バナナとニンジンもおやつに含まれねぇから。そこんとこヨロシクゥ!」

 

「そんな事言われたって、別に何も持ってかないし遠足気分になんてならないからね?」

 

 ……人選ミスった気がしてきた。

 一向に話が進まないし、ゴルシが僕の頭抑えてスルメ食べさせようとして来るのホラー以外なんでも無いんだけど。

 

 だからそんなに押し付けられても食べないって。

 頬っぺたスルメ臭くなりそうだから辞めて欲しい、切実に。

 

「ノリが悪ぃなぁ、だからスティックノリ使えって言ったろーよー」

 

「僕が液体ノリ愛好家に見えるならちょっと眼科行ってこい」

 

「いや、セロハン使いまくってるイメージある」

 

「なんだその違いはっ!」

 

「お前付き合い悪そうじゃん?」

 

「いみ、意味がわかり、分かりませんけどぉ??」

 

「図星でキョドってんの草」

 

「この……っ……はぁ」

 

「大丈夫か?疲れてんなら無理しなくても良いんだぞ?ゴルシちゃんこのまま帰るから」

 

「疲れさせてんのはお前だよッ!」

 

 漫才やる為に呼んだ訳じゃ無いし、遠足行く気分でも無いんだよバカゴルシ。

 叫んだ所為で喉痛めたし、やっぱり僕はお前が苦手だよゴルシ。

 

 

 

 ……でも来てくれてありがとう。

 

 そう言うのが照れ臭くて、ゴルシの拘束を解いて扉の無くなったトレーナー室から出て行く。

 置いて行かれ無いように隣を歩くゴルシは未だにスルメを食べさせようとしてくるけど、ホント、今は食べないから。

 後にして。

 

 今から向かう所に、こんな気分で行く事になるとは思って無かったんだけど……。

 

 全部ゴルシが悪い。

 

 

 

 




 ゴールドシップ、ゴールドシップじゃないか!

 Just gorusi


 スルメはおやつに入らないのでウマ娘と出歩く際には是非スルメを持っていく事をオススメします。


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第十八話(前編)

 新人トレーナーとオグリキャップ。

 前後編だけど、後編は明日投稿します。
 許して


 チーム『流れ星』に休日がやって来た。

 この日はチームメンバー全員が休みであり、各々休息を取るという名目で休みとなっている。

 

 実際の所はオグリキャップのレース前日なので、身体をしっかり休んで欲しいという理由だったが。

 

 

「……休日……か……何をしようか……」

 

 

 オグリキャップ自身、休日をどう過ごしていたか上手く思い出せ無くなっている。

 そうして焦り始め——最終的には。

 

「……トレーニングでもしようか」

 

 昔の様に休日を過ごしていたなら、タマモクロスやスーパークリーク達とご飯を食べに行ったり、色々な事が出来たと言うのに。

 今のオグリキャップにはそれが思い付かない。

 

 トレーニングで、練習で上手く行っていない事が気に掛かり、どうしても他の事に手が付かない。

 

 一先ずオグリキャップはジャージに着替え、ウマ娘寮から出て行く。

 

 早朝の気持ちのいい朝だった。

 外の天気はとても良い、空は白く霞み、オグリキャップ以外の足音が聞こえない。

 明日がレースの日だなんて、思えない程良い天気だった。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 トレセン学園に着いたオグリキャップは、取り敢えずトレーナー室へと足を運んだ。

 いつも通りの足取りで、昨日と同じ気分のまま。

 

 そして目の当たりにする。

 

「……何故扉が外れているんだ……?しかもこの跡は、蹄鉄……?」

 

 昨夜起きた悲劇の爪痕を(ゴールドシップの所為)

 一瞬何がどうなってこうなっているのか理解出来ず、立ち尽くす。

 しかし直ぐに動き出し、外れた扉を付けようとする。

 

 その結果——。

 

「……いや、何でセロハンテープで扉を付けようと思ったんだ……?」

 

 扉にはそれはそれは夥しい量のセロハンテープが着いており、何とか扉を取り付けようと頑張った形跡があった。

 それは新人トレーナーが役目を終え、ゴルシを寮へと送り届けた後に一人で頑張って取り付けようとした結果でもあった。

 

 最終的にはセロハンテープでの応急処置の様な何かになったし、途中で諦めた様な形であったが。

 

「……取り敢えず剥がすか……外れた扉をセロハンテープで付けようなんて考えるとは……意外と、はまら、ない……!」

 

 そう、本来なら外す事なんて考慮していない扉なのだから取り付けるのは中々に難しい物だった。

 と言うより扉が歪んでいるから取り付けられないと言うのが正しいが。

 

 四苦八苦しているオグリキャップだったが。

 

「……あれ、オグリキャップ?どうしたの……?」

 

「っ、トレーナー……」

 

 そんなオグリキャップの背後に新人トレーナーが現れたのだった。

 

「え、なんで、え?いや、待って……???」

 

「……休日を、その、貰ったんだが……何をすれば良いのか……」

 

「いや、いや、それは良いんだよ。なんで、その……扉直そうとしてるの……?あれ、もしかして昨日の見てた……?」

 

「……いや、何も知らないが……」

 

「それなら……良かったぁ……」

 

 新人は昨日の行動を一部トレーナーと、ゴールドシップ以外には秘密にしたい理由があった。

 そんな事を知らないオグリキャップは、当然原因を聞いてしまう。

 

「……何故扉が外れているんだ?それにこのセロハンテープの跡は……?」

 

「……扉は蹴破られて、嵌め込もうとしたら扉が嵌らなくて、仕方ないからセロハンテープで応急処置してた……んです」

 

「……なるほど……?」

 

「だから、あの…………扉直すの、手伝ってください」

 

 綺麗に直角のお辞儀を披露する新人トレーナー。

 それを見るオグリキャップ、その片手には外れた扉を支えながら。

 

 全てはゴールドシップが原因であり、その原因を招いたのは新人トレーナーだった、故にこれは新人トレーナーが悪かった。

 

「手伝おう」

 

「ありがとう……」

 

 そうしてまずは扉に張り付いているセロハンテープを剥がし始める。

 何故ガムテープを使わなかったのか、そもそも何でセロハンテープで行けると思ったのかは謎だが、オグリキャップは新人の行っていた奇行を新人と二人で無くしていく。

 

「取り敢えず、トレーナーは扉を持っていてくれないか。嵌め込もう」

 

「うん、良いよ……って、お゛も゛っ」

 

 何とか扉を持ち上げ嵌め込む体制にまで持っていくが、やはり扉が歪んでしまっていて上手く嵌らない。

 実際の所は蹴破った際に生じた歪みと、壊れてしまった金具が嵌らない為に直せないのだ。

 

「……歪んでるからか」

 

「押してもだめそうだね……いや何となく分かってたけど」

 

 新人は既に金具が壊れている事を知っている。

 知っているが、どうにか周りに知られずに直したいのだ。

 主に理事長やたづなさんにバレたく無い。

 

「……ふむ、トレーナー」

 

「なに?」

 

「扉の端を持っていてくれないか?私が離せと言ったら離して欲しい」

 

「……嫌な予感するんだけど」

 

 そう言ってオグリキャップは新人に扉を渡し、距離を空ける。

 そうしてオグリキャップは充分な距離が空いた所で、助走を付け——。

 

「え、え?え!?まっ、待ってオグリキャップゥ!」

 

「トレーナー離してくれ!」

 

「ぴゃい!」

 

 カサマツにてダートを走っていたオグリキャップの脚から放たれる、飛び蹴り。

 当然扉は吹き飛ぶ。

 次いでに新人も吹き飛んだ。

 

「……良し」

 

「何も良くないよ!?やるならやるって言ってよ!というか何で蹴った!?言え!なんでだ!」

 

「いや、だって……扉が歪んでるから嵌らないなら、逆方向から蹴って歪みを直したら良いんじゃないかと」

 

「なるほどね?確かに逆方向から蹴れば歪み直るかも知れないからね。確かにそれは正しい……」

 

「そうだろう?」

 

「訳ないじゃん!蹴ったら直る?そうはならんでしょ!」

 

「いや、そうなってるじゃ……」

 

「ならん!!!でしょ!!!」

 

「……ごめんなさい」

 

「というか金具壊れてるから嵌らないって言わなかったっけ!何で蹴った!」

 

「言われてない……」

 

「……あー……」

 

 ションボリとするオグリキャップを見ながら、うつ伏せで寝転がる新人。

 見上げている首が悲鳴を上げていた。

 

「……業者に頼むね……」

 

「……すまない」

 

「いや、僕が悪かった……ごめんよオグリキャップ……」

 

 

 何とも言えない午前となったのだった。

 

 

 

 

 




 おとぼけキャップ。
 半ギレトレーナー。


 


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第十九話(後編)

 休日の過ごし方、明日へ。


 扉の無くなったトレーナー室にて、オグリキャップと共に立ち尽くしていた新人は、休日の過ごし方を模索していた。

 何故かオグリキャップは扉の件が終わったと言うのに、何処かに行く素振りを見せない。

 

 新人としては好きに遊ぶなり、寝るなりして欲しかったのだが、それを強制するのも気が引けてしまって、結果として無言で時間を過ごしていた。

 

「……オグリキャップは、その、何かしたい事とかは……?」

 

「……特に無いんだ、強いて言うなら自主トレでもしようかと思っていたし……」

 

「レース前に……?しっかり休まないと身体が持たないよ?」

 

「……そうだな」

 

 こうして話してもまた会話が途切れる。

 この男、コミュ力よわよわという事もあって、会話が下手くそだった。

 生まれてからこの方友人と言える類は居らず、娯楽にも手を出さなかったが為にこういう時は本当に何もする事が無いのだ。

 

 実際トレーナー室の扉をどうにかした後の予定は、トレーナー室で明日のレースの為に準備をしようとしていたし、何かしらの目的や予定が無いと行動が出来ない人間であった。

 

 そんな時だった。

 新人とオグリキャップのスマホが同時に震えた。

 ついでにオグリキャップの身体もビクッ、と震えた。

 

 ポケットに入れてあるスマホを取り出すと、ソコには——。

 

 

『マヤノとカラオケ行くんだけど、トレーナー達も一緒に行かない?』

 

『行きます!爆進で!』

 

『トレーナーちゃんとオグりんは〜?』

 

 というメッセージが届いていた。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 断る理由も無く、取り敢えず新人はオグリキャップを連れてトウカイテイオー達と合流する。

 トウカイテイオーに送られて来た地図を見ながら歩いていたが、途中でオグリキャップとはぐれかけ、ほんの少し焦った事以外何事も無く辿り着いた。

 

 送られて来た部屋番号に辿り着き、扉を開くと——。

 

「とぉれぇぇなぁちゃーん!おっはよー♪」

 

「えっ、あっ!まっ」

 

「ドーン☆」

 

 マヤノトップガンのタックルが新人トレーナーに炸裂した。

 

「トレーナーおはよ。大丈夫?」

 

「……だめ」

 

「トレーナーちゃーんトレーナーちゃーんむふふ〜♪」

 

 倒れ込んだ新人トレーナーの顔を覗き込むトウカイテイオー。

 新人トレーナーの腹部に顔を埋めるマヤノトップガン。

 

「オグリキャップさんおはようございます!何を歌いましょうか!」

 

「おはよう。カラオケなんて随分来ていなかったから、少し緊張しているみたいだ……歌うならサクラからで良いと思う」

 

「じゃあ学級委員長として爆進的に歌いましょう!」

 

「ゴルシちゃんも歌いたいぞ。ゴルシちゃんも」

 

 何時の間にかサクラバクシンオーの隣に座っているオグリキャップ。

 そして何故か居るゴールドシップ。

 

 マヤノトップガンの拘束から抜け出し、トウカイテイオーに手を差し出され立ち上がる。

 そこにある光景は、或る意味新人トレーナーが取りこぼして来た光景そのままで。

 

「バクシンオーの次はボクが歌いたい!」

 

「じゃあその次ゴルシちゃんな」

 

「テイオーちゃんの後にマヤちん歌いたいな〜」

 

「じゃあその次ゴルシちゃんな」

 

「私はマヤの後に歌おうか……」

 

「じゃあその次ゴルシちゃんな」

 

「オグリキャップさんの後に私が歌えば一周出来ますね!」

 

「おい、ゴルシちゃんにも歌わせろよ」

 

 親しい友人も居ない、家族とも疎遠な中、ただひたすらに知識を蓄えていた日々と比べると、随分賑やかになったと思う。

 

 その後は皆が思い思いに歌い、時には踊り、知らない間にゴールドシップがメガスイーツなる物を頼み新人の財布を薄くしていた。

 

 特に特別な日じゃない、けれど新人は嬉しく思っていた。

 嬉しいと感じていた、基本的に音楽も聞かない新人はカラオケで歌う事なんて出来ないけれど、聞いてるだけで。

 

 見ているだけで随分と楽しいと思える、そんな時間が過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 そういえばレースにオグリキャップが勝った時のウイニングライブの練習したっけ?なんていう一抹の不安を残しながら。

 

 

 

 

 

 

 




 何故昨日の更新しなかったって?
 書き溜め無くなったから、なるべくディレイ掛けたいから()

 仕事がなければ毎日三時間に一回投稿だってしてやるのに!!!
 オノーレェ!

 突然始まる次回予告。
 等々オグリキャップの出走レースがやって来た。
 悩むオグリキャップ、背中を押す友人二人。
 新人の博打とは?

 次回、オグリキャップの出走、走る意味。
 お楽しみに。


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第二十話

 オグリキャップと友人、ゲートイン。


 次回予告のサブタイなんてアテにならんのよ()


 待ちに待った審判の日がやって来た。

 

 天候は曇り、バ場状態は現在良バ場、降水確率30%。

 出走ウマ娘、9名。

 

 オグリキャップ、外枠8番。

 サイレンススズカ、内枠1番。

 距離、芝1600m。

 

 

 見てしまえば別になんて事も無い普通のレース。

 けれど僕もオグリキャップもこのレースに全てを賭けている。

 夢を賭けている。

 

 そんなに知名度は無いレースかも知れない、サイレンススズカ以外と競り合わないかも知れない。

 

 けれど、不安は募っていく。

 僕の仕掛けた博打は今日、この日、レースの最中にしか行われない。

 恐らく成功してもトレーナー失格と言われるかも知れない。

 というか正直もう言われていた、どうしても直前に言うんですか、と笑顔で怒られた。

 

 オグリキャップからも、何を言われるか分からない。

 

 だけどこれしか無いと思ったから。

 チーム『流れ星』のメンバーは全員観戦席へと送った。

 そんな中僕は一人で待っている、博打の種を。

 

 

「……レースに間に合えば良いんだけど……」

 

 トレセンから少し離れてしまった競バ場の為、待っているモノが時間までに来るか、それが一番不安だった。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 とうとうやって来た。

 私の出走するレースが、私の最後になるかも知れないレースが。

 

 一人、控え室で時間を待つ。

 パドックにはもう出た、聞こえて来たのは『誰?』等の疑問の声。

 当たり前だと、分かってはいる。

 ……分かってはいたけれど、やはり辛い。

 

「……もう、そろそろだろうか……」

 

 そろそろ控え室を出ようと重たくなった腰を上げる。

 私が扉を開く前に、控え室の扉が開かれた。

 

「よっ、応援に来たで、オグリ!」

 

「……タマ」

 

 少し背の低いウマ娘、私の友人である()()()()()()がそこに居た。

 

「なんや、鳩が豆鉄砲食らった顔しおってからに」

 

「い、いや。その、なんで……」

 

「そら決まっとるやん!」

 

「待ちに待ったオグリちゃんのレースですからね〜。」

 

「クリーク!ウチのセリフを取ったらあかん!」

 

 タマの後ろには私と同期である()()()()()()()()がそこに居た。

 私のレースだから見に来てくれた……か。

 どうしようか、どうだろうか。

 

「……胸が……」

 

「あ?なんやオグリなんや?あ?」

 

「違う、そうじゃない」

 

 何で胸と言っただけでタマは私を睨むんだ……?

 

「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて、ね?」

 

「はぁ……何でウチが宥められとんねん。まぁええわ、ウチらが言いに来たんのや一つだけやし」

 

「……言いに来た?」

 

「頑張りや、オグリキャップ」

 

「…………」

 

「んじゃ、あんま邪魔しとると悪いから、そろそろお暇するわ」

 

 頑張りや……頑張れ……か。

 そうだ、負けていい勝負なんて何処にも無いんだから。

 頑張って一着を取らなければ、必ず一着を……。

 

「……オグリちゃん」

 

「っ、なんだクリーク」

 

「頑張るのも大事ですけど、一番はオグリちゃんが楽しむ事ですからね。忘れないでください」

 

 そう言って笑顔で控え室を出て行くクリークを、その背中を見て私は熱くなった胸をもう一度押さえる。

 ……楽しむ、頑張って、楽しむ。

 

「……トレーナー」

 

 タマやクリークが応援に来てくれて、とても嬉しかった。

 2人が去った後、幾つかの足音が聞こえてきた、もうレースの時間だろう。

 

 ……トレーナーは来ないのだろうか。

 いや、きっと観客席に居るのだろう。

 ……観客席、に……。

 

『私はもう走れないのに』

 

「……行こう」

 

 強く頭を振る。

 頭の中が冷たく、冷めていく(覚めていく)

 

 私はもう大丈夫、大丈夫だ。

 

 意を決して扉を開く。

 そこには——。

 

「トレーナー……」

 

「……オグリキャップ」

 

 そこには、トレーナーが居た。

 

「トレーナー、私は……」

 

 直前まで聞こえて来た声に、どうしても耳を塞げなくて。

 俯いてしまう、トレーナーの顔が見れない。

 私は……。

 

「下を向かないで」

 

「……トレーナー」

 

「下を向いてたら()()()()()()()()()()

 

「……背中……」

 

「オグリキャップが追い抜く背中。レースの最後は誰の背中もオグリキャップの目には映らない。ただゴールだけが見えるんだ……だから、下を向かないで……走ろう」

 

「……私は、一着を取る」

 

「うん。チーム全員で見てる」

 

「……」

 

 私は何も答えられない。

 けれど、トレーナーの期待に応えたいと思った。

 だから私は、顔を上げて——。

 

「……行ってきます」

 

「行ってらっしゃい、オグリキャップ」

 

 トレーナーと言葉を交わして、ターフへと足を進めたんだ。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 私とサイレンススズカは同じ高等部だが、彼女との面識はほとんど無い。

 

『始まってまいりました、本日のレースは芝1600m。出走ウマ娘は9名です!』

 

『天気は崩れてしまいましたね。これがどうレースに影響するのか、少し心配です』

 

 降水確率30%とは何だったのか、割と土砂降りになっている。

 バ場状態は良くない、不良とまではいかないが、重バ場になっているだろう。

 けれど関係無い、走って勝つだけなんだから。

 

 故郷の人達の為に、トレーナーの為に。

 

 私の、夢の為に。

 

『今回の1番人気はこの子、サイレンススズカ』

 

『いい仕上がりですね、今日も大逃げを見せてくれそうです』

 

 逃がさない。

 

『2番人気は○○です、ついこの間メイクデビューを果たした期待の新人ウマ娘。メイクデビューは2着と5バ身差という結果で勝っているのもあり、この人気です。どんな走りを見せてくれるのか、楽しみです』

 

 静かに深呼吸を繰り返す。

 下は向かない、下は向かない。

 最後に見えるのは誰も居ない風景、私が背中を見せる番。

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートイン完了。出走準備整いました』

 

 

 私は一着を取る、取らなければならない。

 頑張れ、頑張る、死ぬ気で、必死に。

 

 最速で、最短に、真っ直ぐを。

 胸が熱い、鼓動が鳴り止まない、気を抜くと走り出してしまいそうだ。

 

 身体は冷えていくのに、胸の熱は熱くなり続けている。

 

 ゲートは、まだ開かないのか。

 

 

「……私が、一着に……」

 

 

 

 ゲートが、開いた。

 

 

 

 

 




 ユメヲカケロ


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第二十一話前編

 はじめのいっぽ。


 ゲートが開いた。

 

『各ウマ娘一斉にスタートしました!早い!既に集団から抜け出す影が一つ、サイレンススズカ。サイレンススズカです!』

 

 全員がスタートダッシュを決め、好調に走っていたが、その中でもサイレンススズカは飛び抜けていた。

 初めから全速力で走る彼女の背中は、オグリキャップからは遠かった。

 

『早くもサイレンススズカは第3コーナーを曲がっていきます、続いて2番シャドーウスイ(オリジナル)が追走、一バ身開いて4番アタマオハナバタケ(オリジナル)、その外回って7番マスターアジア(オリジナル)!その背後にピッタリくっ付いて3番ドラッグマッシーン(オリジナル)が続きます!5番カントリーマーム(オリジナル)が内目に着きました!8番オグリキャップは若干外に膨らんでしまいました!6番ハヤキアシガル(オリジナル)やや遅れています!ポツンと一人9番カイザーシーホース(遊戯王)!』

 

 1600mと言った短い距離の中既に第3、4コーナーの中間が過ぎた中、スパートを掛けるのが7番マスターアジア。

 ソレに続いて3番ドラッグマッシーンもスパートを掛ける。

 

 オグリキャップはまだ動けなかった。

 

『やはりサイレンススズカは強いですね、2番シャドーウスイも必死に食らい付いていますが、この展開はどうでしょう?』

 

『シャドーウスイはスタミナが多くスパート距離が長い事も強味のひとつですし、デビュー戦では2000mの中距離コースを走っていたこともありあり、仕上がりは上々だと思います。後方のウマ娘達が差し替えせるかが気になりますね』

 

『残り600を切りました!先頭はサイレンススズカ!サイレンススズカです!サイレンススズカ強い!後続と既に2バ身差があります!』

 

 オグリキャップはまだ動けない、脳裏に過ぎるから。

 全力で走っているつもりだった、走るつもりだった。

 けれど、過去に見てしまった。

 全力で走ろうと頑張っていた友人が、目の前で倒れ込んでしまうのを。

 

 オグリキャップは前を走るウマ娘達の背中から、目を逸らした。

 視線の先は水を含み、重くなった芝。

 踏み荒らされたターフを、見詰めていた。

 

 気付けばオグリキャップは後方に位置していた。

 

『頑張って!()()()()()()

 

 そんな時だった、聞き覚えのある声が、オグリキャップの耳に届いた。

 重い首が上げられる。

 

『頑張れオグリキャップ!』

『デビューの時!応援来れなかったけど!今日は来たからぁ!』

『頑張れぇ!』

『走れ!走り抜けろォ!』

『サイレンススズカを追い抜けぇぇぇ!』

 

 その声はかつてのチームメイト。

 新人が呼んだ博打の正体、オグリキャップの心のつっかえを取る為に考え、悩み、突き進んだ。

 

『残り400!』

 

『オグリキャップさーん!バクシンですよぉ!!』

『オグりーん!!』

『オグリィ!』

 

 オグリキャップが顔を上げれば、そこには今のチームメイト。

 そしてそこには。

 

「オグリキャップ……っ」

 

 不安そうに口を歪ませる新人トレーナーが居た。

 

 ——なんだ、なんでそんな顔するんだ——

 

 オグリキャップは考える、いや。

 

 その前に新人が叫んだ。

 身を乗り出して、柵から落ちそうになりながら、トウカイテイオーとマヤノトップガンに支えられながら。

 

()()()()()()()()()()

 

 普段とは全く違う、タダ応援する為に叫ぶ新人トレーナー。

 

オグちゃんは走れるもんね(頑張れぇ!オグちゃん!)

 

 ——私はバカだ——。

 

「……ッ!大バカだッ!」

 

 前を向いた、オグリキャップは確かに前を向いた。

 先頭との距離は凡そ八バ身。

 重バ場と言う事もあり、上手く加速出来ていない様だった。

 

 ——重バ場がなんだ、バ身がなんだ——。

 

 ——そんなモノッ!抜いてしまえばどうだっていい!!——。

 

『残り200に……おおっと!?後方からものすごい勢いで上がってくるウマ娘が居るぞ!』

 

「む、ムリィ!」

 

「諦めん!諦めんぞォ!」

 

 抜いて行く、抜いて、抜いて、抜いて。

 傍から聞こえてくる声も置き去りにしてオグリキャップは踏み込み続ける。

 オグリキャップの踏み込みで芝が捲れ上がる、姿勢は低く、踏み込みは強く。

 

 そうして漸く、その背中に追い付き。

 

『8番!8番のオグリキャップだ!前を走るウマ娘達を抜いて行く!抜いて抜いて、サイレンススズカに迫るっ!!』

 

『今!今サイレンススズカとオグリキャップが並んだ!並びました!』

 

 オグリキャップの瞳から消して行った。

 

 

 ——あぁ、そうか。そうだった、走るのはこんなに楽しかったんだ。頑張る事はこんなに楽しかったんだ。忘れていた、忘れていたんだトレーナー。私は、私は——。

 

 

 曇り空の下、雨に打たれ走った。

 そしてそんなオグリキャップを祝福する様に、雨は上がり、雲の隙間からは眩しい陽の光が射し込んでいた。

 

 

 

 

 今、順位が確定した。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 ウイニングライブを終え、オグリキャップは一人控え室へと向かう。

 拳を握り締め、歯を食いしばり、控え室へと足を進めた。

 

「……やっほー、オグちゃん」

 

 控え室の前に、彼女が居た。

 元チームメイト、オグリキャップの心に消えない過去と思い出を刻んだウマ娘が、壁に背を当て、杖を付きながら申し訳なさそうな表情で手を振っていた。

 

「……足は、もう大丈夫なのか?」

 

「うん、もう歩けるよ……まだレースには復帰出来ないけどね……」

 

「……復帰、するのか?」

 

「うん!今日のオグちゃん見てて、凄く走りたくなったから……また怪我しちゃうんじゃないかって不安だけど、それでも私はウマ娘だから!」

 

「……そうか」

 

 彼女がレースに復帰する。

 それだけでオグリキャップは嬉しかった。

 彼女もかつての笑顔をオグリキャップに見えていた。

 

「……どうして、私のレースを見に来たんだ?」

 

「……うんとね、オグちゃんのトレーナーさんがね……」

 

 

 新人トレーナーが、過去の事件を知る為にたづなさんや理事長に掛け合いその資料を貰い、オグリキャップの元チームメンバーを探した。

 結果として新人トレーナーの頭の中にはトレセン学園に所属するほぼ全てのウマ娘の出走記録から、脚質、適正距離等が入った。

 

 事の発端はゴールドシップに蹴りこまれた夜。

 新人は何も知らないままオグリキャップをレースに出そうとしたが、新人は考えた、本当に何も知らないままで良いのかと。

 

 そして悩み、挙句の果てに悩みも考えも飲み込んでゴールドシップと共にウマ娘寮に向かい、オグリキャップの元チームメンバーと話をして、今回のレースの応援に呼んだのだ。

 

 未だ入院していた彼女を探したのも、新人だった。

 

「凄いんだよあのトレーナーさん。私が入院してる病院に来て、病室に入るなり土下座して来たんだから!」

 

「トレーナーが?」

 

「うん、オグリキャップの応援に来て欲しい……って。ホントはね、オグちゃんに酷い事言っちゃって、会うのが気不味くて、避けてたんだけど……トレーナーさんが……」

 

 

『立ち止まらないで欲しい、オグリキャップの友人として、またオグリキャップと接して上げて欲しい。怪我の事も知ってる。走れなくなって悔しい気持ちも、完全じゃないけど分かる、だけどオグリキャップが一着を取るには、君や、他のウマ娘達にも協力して欲しいんだ……だから……!』

 

 

「って言ってたの。だからね……オグちゃん」

 

 

 そう言って彼女はオグリキャップに向き直す。

 真っ直ぐにオグリキャップを見る。

 

「あの日、酷い事言ってごめんなさい!私、私本当はオグちゃんにかって欲しかったのに!オグちゃんがお見舞いに来てくれて嬉しかったのにッ!ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん、なさい……!」

 

 泣いていた、彼女は泣いていた。

 けれど涙をオグリキャップには見せない、頭を下げ声を震わせてオグリキャップに謝っていた。

 

「……私は、このレースで勝てなければトレセン学園を去るつもりだったんだ」

 

 新人に言った言葉、語ったユメノカタチ。

 そういったモノを背負った今日のレース。

 けれど最後はそんなモノ全部気にせず、全力で走った。

 

 とても、とても気持ち良かったとオグリキャップは感じていた。

 

「……うん」

 

「走る事の楽しみが分からなくなった、知らない内に傷付けてしまったから。私は私が許せなくて、嫌った」

 

 サクラバクシンオーとの競走で思い出しつつあったが、楽しむ自分が許せなかった。

 勝てる競走を全て逃した、縮められた筈のタイムも上手く出来なかった。

 

「……うん……」

 

「でも、今は少し違うんだ」

 

 それでも、それでもオグリキャップはまだ。

 

()()()()()()()。とても、凄く……すっごく楽しかったんだ。皆に応援されて、タマやクリークも何か言っていたが、すまないと思っているが皆の声の方が強くて……嬉しくて」

 

 今回の順位、8番オグリキャップ。

 

 2着

 

「……トレーナーと、話がしたい……そう思うんだ」

 

「行ってらっしゃい、オグちゃん……()()()

 

 そう言って彼女はオグリキャップに背を向けた。

 その顔は悲痛な顔なんかでは無くて、またトレセン学園で会えると確信している様な、信じている様な表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 控え室で着替えを済まし、レース場の外へと足を運ぶ。

 雨が降っていたがレースが終われば晴れ模様。

 既に陽は落ち、雲一つない星空の下にオグリキャップは居た。

 

 ウイニングライブも無事に終わり、センターこそ逃したがしっかりと踊り切った。

 

 見様見真似の決して上手いとは言えない踊りだったが、それでもオグリキャップはやり切った。

 

「……トレーナー」

 

「……オグリ……キャップ」

 

 そうして今、トレーナーとオグリキャップは再び出会った。

 

 

 

 

 

 

 




 オリジナルウマ娘の名前書いたけど、被ってないよね?
 大丈夫だよね??

 オリジナルウマ娘の中でお気に入りはアタマオハナバタケ。
 この娘で一本書きたい。
 今夜22にもう一話更新します。
 
 9番のウマ娘名をカイザーシーホースに変更しました(オリジナルってか遊戯王やんけ)


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第二十一話後編

 流れ星。


 オグリキャップのレースが終わった。

 僕のユメ、オグリキャップのユメは、終わってしまった。

 

「……2度目のデビュー……成功させるって言ったのに……」

 

 オグリキャップの勝利を祝福する様に晴れた空だった。

 けれど、実際はハナ差での2着。

 先輩にオグリキャップが勝ちますとか言ってたのに、僕は何をしてたんだろう。

 

 オグリキャップが走る前に言った言葉は、前を向いて居てくれれば、オグリキャップの元チームメンバーの姿がオグリキャップの瞳に入ると思ったから。

 けれど余計な一言だったのかも知れない。

 余計な事を言ったから、それを重荷に思って居たのかもしれない。

 

「……月が出てるのに……満天の星空なのに……ちっとも嬉しくないんだ」

 

 既に陽は落ち、月が昇る。

 眩しい陽射しはなりを潜め、鮮やかな月光が地面を照らす。

 それなのに僕の心はちっとも晴れない、照らされない。

 

「僕は……僕はまた()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自然と、吐き気が込み上げた。

 オグリキャップの心に空いた穴を埋める為に一人行動した。

 けれどやっぱりオグリキャップも連れて行くべきだったのかと、今更思い直してる。

 

 後悔なんてしちゃいけないのに。

 僕は突き進んだ、その結果がコレなのに。

 

 オグリキャップの元チームメンバーは無理を言って、必死に頼み込んでたづなさんと来て貰った。

 今は誰とも会いたくなくて、たづなさんに僕のチームメンバーさえ送って貰っている。

 

「……何してんだ、僕は」

 

 空を見上げながら、一人呟く。

 ウイニングライブを見た、自分の担当したウマ娘のライブを。

 何度も視界が歪んで、その都度堪えた。

 

 今日涙を流していいのは、悔しがっていいのはオグリキャップだけだ。

 そう思ったから、耐えていたのに。

 

「……トウカイテイオーの声が聞きたい、マヤノトップガンの声が聞きたい……サクラバクシンオーの声が聞きたい」

 

 一人になりたいから、此処(ターフ)にいるのに。

 湿り気を含んだターフ、重バ場でのレース。

 最後の追い上げがもっと早ければ、勿体付けずにオグリキャップに連れて来たウマ娘達を合わせていれば。

 

 寂しくなって、辛くなって自分のチームを利用しようとしてる自分に嫌気が差して。

 

 皆の声が聞きたかった、皆の笑顔が見たかった。

 僕を信じて、僕の隠した瞳を見詰めてくれる皆に会いたくて。

 でも会えなくて。

 

 本当は、本当に聞きたいのは、会いたいのは……。

 

「……オグリキャップ……」

 

 零れた想いは止まらなかった。

 

「僕はトレーナーになるべきじゃ、無かった……きっと先輩なら。おハナさんや他のトレーナーさん達なら……きっともっと……」

 

 僕なんかより、もっとずっと……オグリキャップを導けたのかも知れない。

 悔しかった、悔しがっちゃいけないと思っているのに、勝って笑顔を見せてくれるオグリキャップが見たかったのに、その笑顔を自分で壊してしまった気がして堪らなく嫌になる。

 

「……オグリキャップ……っ」

 

 また、僕は一人だ。

 

 

 ()()、僕は一人(独り)だ。

 

 

 

 

 

「トレーナー」

 

 

 背後から今一番聞きたかった(聞きたくなかった)声がした。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 咄嗟に振り返る。

 そこにはトレセン学園の制服を着たオグリキャップが立っていた。

 どうして?たづなさんに送って貰う事を頼んだ筈だ。

 どうして?失敗した僕をなんでまだトレーナーと呼ぶのか。

 どうして?なんで僕が此処に居るって思ったのか。

 

 そんな疑問が頭の中に湧いては消えて、言葉が出なくなっていた。

 

「……今日は冷えるな」

 

 沈黙の中、オグリキャップがそう告げた。

 確かに今晩は冷えていた、でもそれ以上に僕の胸は熱くなっていて、気にならないから気付かなかった。

 

「そ、うだね」

 

 オグリキャップの顔が見れなかった。

 怖かった、ユメを壊される事が、無くす事がどれだけ痛くて辛いか知っていたから、その顔を直視出来なかった。

 

「……すまない」

 

「……なんで……」

 

「私は、1着を取れなかった。トレーナーはきっとその事で……思い詰めているだろうと思ったから」

 

「……ちが、違う……違うんだ……」

 

 怖い、怖かった。

 オグリキャップに言われるかも知れない言葉が。

 それに1番悔やんでいるのは、オグリキャップの筈なんだから……っ!

 

「だから、私は……だけど……トレーナー……」

 

 オグリキャップの言葉を聞きたくない。

 なのに言葉は出なくて、怖いと思っていたのに、振り返ってしまった。

 

 

 オグリキャップと、目が合った。

 

 

「……私は、悔しい」

 

 その一言で、胸が締め付けられた。

 苦しかった、当たり前なんだ。

 負けるのは悔しい、だって頑張ってたんだから。

 

 上手く走れなくなってたのに、頑張ってトレーニングしてた。

 僕の考えたトレーニング。

 サクラバクシンオーとの競走。

 ひたすらタイムを測った。

 

 全部、全部全部全部。

 

 オグリキャップは頑張ってた。

 

「1着を、取りたかったんだ……トレーナーの為に……私の、ユメの為に」

 

 故郷(カサマツ)から出て来て、中央(トウキョウ)に名を馳せる。

 オグリキャップと言うウマ娘の名前を、知らない人間が居ないくらい。

 

 ウマ娘と言ったら、オグリキャップと言われてしまう位。

 

「……私は、まだ……」

 

「……オグリ……」

 

「っ、トレーナー……」

 

「……僕は、上手なトレーナーじゃ、無いと思う……。だって、そ……僕は自信が無いんだ。こうしたい、ああしたいって気持ちが強過ぎて、オグリ、達を見てなかった……と思うから……」

 

 思い返すのはおハナさんの言葉。

 ウマ娘達への負担とか、考えてなかった訳じゃない。

 そうじゃなかったけれど、やっぱり僕はまだまだ足りなかった(新人)だったんだ。

 

 でも、それでも、そうであっても……僕は……!

 

「オグ、オグリキャップ……()()()と、オグリ達と……皆と……夢を叶えたい(伝説になりたい)んだ!」

 

 オグリキャップ、オグリと僕の間に合った数歩の距離を、何とか足を動かして詰めて行く。

 オグリは僕を見ている、その瞳を僕も見る。

 怖い、拒絶されたらと思うと怖くてお腹の底から恐怖が込み上げてくる。

 それでも、もう逃げないって決めたから、僕が、そう決めたんだから!

 

「オグリっ!」

 

「……トレーナー」

 

「残って、僕のチームに、残って欲しいんだっ!」

 

 夜空の下、満天の星空の下で叫んだ言葉は、情けない事に去ろうとするオグリ(ウマ娘)を引き止める言葉だった。

 けれど後悔はない、これからきっと沢山後悔する。

 そうなってもっと苦しくなって辛いと思うだろうけど、それでも。

 

「オグリっ!」

 

 もう、足りない(新人)の僕で居たくないから。

 

 オグリとの距離は、後一歩。

 

「トレーナー」

 

 オグリの言葉で、一瞬身体が強張る。

 

「……私は失敗した……でも、それでも、私は……まだ……」

 

 オグリが、その一歩を、詰めた。

 

「それでも……私、私は……走りたい……!トレーナーのチームで……走りたいって思ったんだ……!」

 

「オグリ……オグリ……っオグリ……!」

 

 もう堪えられなかった、視界の滲みは涙となって溢れ出た。

 オグリの瞳からも、同じ様に流れ出ていたから。

 

 

「私を、私を導いて欲しい!」

 

 

 

 此処にまた一つヤクソクが出来た。

 

 僕はオグリキャップを導く。

 オグリキャップはユメへと駆ける。

 

 そうした先に、きっとお互いの夢がある筈だから。

 

 

 

 




 これにて第一章『うじうじトレーナー』編が終わりです。
 こんなんオグリキャップじゃねぇ!とか、あんなに熱い演出作ってたのになんで1着を取らせねぇんだ!とか言われるかも知れません。

 でも僕は初めから最後まで強いウマ娘達が1着を取り続ける話を書きたくてこの話を書き始めた訳じゃありませんから。
 ご容赦を。

 この後エピローグ書いて、第二章『チーム流れ星』編に入ります。
 まだまだ続くんじゃよ。


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エピローグ.1

 一章の終わり、二章への道。


 オグリキャップは変わった。

 僕はそう思う、あの日(レース)からタイムは縮み始めたし、以前にも増して会話もする様になった。

 

 チーム全体の空気も、オグリを心配していたやや重めの空気から変わっており、良い傾向だと思う。

 対して。

 

 

「……僕は大して変わらないなぁ」

 

 

 今日のトレーニングが終わり、1人トレーナー室にて呟く。

 確かに似合わない黒いスーツは脱いだ。

 オグリとも上手くやって行けると思うし、うじうじ悩む事も少なくはなった。

 でもそれだけだ。

 

 未だに他人の目は怖いし、大声なんか出したら人の視線で死にたくなる。

 結局、僕は僕のままだ。

 

「……あぁぁ……」

 

 思わず溜め息が零れた。

 

「悩み事ですか?」

 

「うん、変わろう変わろうと思ってるのに、変われなくて……ってなんでサクラバクシンオーが此処に居るの!?」

 

 背後から聞こえてきた声に、言葉を返し違和感に気付き振り返ると、サクラバクシンオーがソコに立っていた。

 

「忘れ物です!主にカバンを忘れてました!」

 

「……なんでカバン忘れちゃうの?ちゃんと自分が持ってきた物は持って帰ろうね……?」

 

「ちょわ!?いや、確かに、えぇ、確かにその通りですとも……忘れ物に気付いたの全速力で寮に帰ってから気付いたんですぅ……」

 

 そう言われてみれば、確かに少しサクラバクシンオーの額には薄らと汗が浮いていたし、心做しかサクラバクシンオーの周りだけ湿度が高い気もした。

 

 取り敢えず水分補給をさせようと思い、サクラバクシンオーに僕が飲む用に作り置いた麦茶を手渡す。

 

「まだ飲んでないから、全部飲んじゃって。寮から此処まで少し距離あったろうし。少し休んでから帰るといいよ」

 

「はい!ありがとうございますトレーナーさん!」

 

 個人的に彼女は好ましいと思う。

 元気があるのは勿論、サクラバクシンオーに裏表が見えないと言う所も好きな所だ。

 この娘が影で誰かの陰口を言っているイメージは付かない。

 

 後、正直話してて楽しい。

 

「そう言えばトレーナーさん!」

 

「……なに?」

 

 明日のトレーニング計画表をPCで作っていると、サクラバクシンオーが話し掛けて来る。

 僕から話題を振らなくても良い所も好きだ、気楽だ。

 

「トレーナーさんの、その()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。

 

「……なんで?」

 

 質問に質問を返すと言う訳の分からない事をしてしまう程、今の僕は焦っていた。

 まさかサクラバクシンオーにそんな事を言われるとは思っていなかったし。

 

「いえ!トレーナーさんって私達の目を見て話そうとするじゃないですか。それなのに前髪で隠れてたら結局相手の目が見えてないから、意味が無いんじゃないかと思いまして……」

 

「……まぁ」

 

 サクラバクシンオーの言う通りなのだが。

 それでも僕はこの前髪を切ろうとは思って無かった。

 色々不便だけれど、僕を守ってくれて居たものだったから。

 

「不便ですよね?」

 

「……切ろうとは思わないけど」

 

「なるほど!じゃあ()()()()()()!」

 

「……あげる???」

 

 座っていたサクラバクシンオーが勢い良く立ち上がり、その健脚を持ってして爆速で詰め寄ってきた。

 

「ちょ!?何するの!?」

 

「大丈夫です!一瞬で終わりますから!バクシンですよトレーナーさん!」

 

「こわ、こわい!怖いよ!?」

 

 僕を捕まえようとするサクラバクシンオー、サクラバクシンオーから逃げようとする僕。

 

「にっがしませーん!」

 

「人の嫌がることしない!あ、まって、あっ!」

 

 どう考えてもこのトレーナー室は小さいし、あっという間に捕まり、それでも諦めなかったせいでサクラバクシンオーと僕は足をもつれさせながら倒れ込む。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 サクラバクシンオーの瞳が、桜が僕の瞳から離れない。

 何か違和感を覚えるが、サクラバクシンオーの瞳から意識が外れなくて動けなくなっていた。

 

 僕の顔の横からサクラバクシンオーの手が伸びてきて、一瞬身体がビクつく。

 

「……ほら、やっぱり前髪上げてた方が良いですよ?」

 

「……ぁ……」

 

 サクラバクシンオーは僕の頭に、恐らくサクラバクシンオーが付けていたで有ろうカチューシャを取り付けた。

 

 ゆっくりと僕はサクラバクシンオーから離れ、座り込む。

 前髪が上げられ、視界がクリアに見えるが、ほんの少し寂しく感じた。

 

「自分を変えるのは難しいかも知れませんが、私で良ければ手伝いますとも!学級委員長ですから!!」

 

 ……あぁ、でもそれで良いかなと、サクラバクシンオーの花が咲いた様な笑顔を見て思ってしまう僕は、きっと単純なんだろう。

 

 仕方ない、うん。

 

 

 

 だって僕はウマ娘には勝てないんだから。

 

 

 

「……コレ、少し借りていい?」

 

 

「トレーナーさんにあげましょう!」

 

「借りるって話してたのにあげるの!?コレ使ってるやつでしょ!」

 

「まだ後部屋に6つありますから!」

 

「まさかの1日おきに変えてた!?」

 

 

 ……この日、僕の部屋にサクラバクシンオーから貰ったカチューシャが加わった。




 難産だった、ホントに。

 初めは新人くんゲロ吐きながら自分の意思で前髪切る話にしようかと思ったけど、コッチの方が新人っぽいかなと思い変更しました。

 後2話くらい書いたら第二章行きます。


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エピローグ.2

 新人が死んだ日、オグリキャップが生き返る日。


 新人が前髪をカチューシャで上げ始めて早3日が経ったある日の事。

 

「私の出走記念?」

 

「負けちゃったけどさ、やっぱりレースに出たなら何かしらのご褒美?があった方が、その、いいんじゃないかと思ってね」

 

 トレーニング終わりのオグリキャップを呼び止め、レース出走記念祝賀会を行いたいと新人は話していた。

 何を隠そうこの新人、厚かった。

 この日の為に手持ちの金全てを財布に入れて来た。

 

「そうか、なら私はご飯が食べたいな」

 

「えっと、トレーニング中にもおにぎり作ったけど足りなかった?」

 

 今現在オグリキャップと新人以外は既にトレーニングを終え、寮へと帰宅している。

 オグリキャップも帰る所だったが、新人が呼び止めた形になる。

 つまりオグリキャップはこれから夕飯を食べる所で、1番腹を空かせているタイミングと言っても過言では無かった。

 

 因みにトレーニング中に作ったおにぎり、その数20個。

 オグリキャップ専用に作った特大おにぎりは6個と言う数になっている。

 その際に炊いたご飯の量、なんと8合。

 

「走ったらお腹が減ったんだ。それに」

 

「……それに?」

 

 オグリキャップは瞼を閉じて言葉を溜める。

 続きが早く聞きたい新人は瞬きが早くなる。

 

「最近ご飯が美味しい」

 

「良しじゃあ食べに行こうッ!」

 

 新人は、オグリキャップの良い笑顔に即答した。

 尻尾をブンブンと振るオグリキャップの姿は中々に珍しい、と新人は思っているが、実際は食事となるといつもこうなる。

 

「今から行くのか?私は構わないが」

 

「行こう、今から、直ぐに!取り敢えずたづなさんに連絡は今入れて……早いな、もう返信来た。私の方は構いませんが、寮長にも許可を取ってください……だって」

 

「私の方から連絡を……」

 

 そう言ってスマホを取り出すオグリキャップだったが、動きが固まる。

 不思議に思った新人が声を掛けようとするが。

 

「すまない、やはり携帯は苦手だ。手伝って欲しい」

 

 先にオグリキャップが折れた。

 ピン、と立っていた耳は少し垂れ、尻尾も大人しくなってしまった。

 

「いいよ」

 

 スマホの電源を入れ、ロックを解除して貰いオグリキャップの隣に立って新人はスマホで寮長をやっている栗東寮の寮長である『フジキセキ』に対しメッセージを送る。

 

「……トレーナーもスマホの入力が早いんだな」

 

「まぁ、初めて携帯買って貰ったのが中学生に上がった時だったから……多分10年位使ってるからかな」

 

「ぴーしー?の入力も早かった」

 

「僕が入ったトレーナースクールの方じゃ基本的にPCでやる作業とか多かったからね」

 

 新人はデジタル世代であり、アナログもこなせるが、やはりデジタルの方が楽でありついついそこら辺に頼っていた。

 軽度のスマホorPC依存症と言っても過言では無かった。

 

「……スマホの使い方を教えて欲しい」

 

 文字を打っている新人の指の動きは実際気持ち悪かった。

 

「……使い方……かぁ」

 

 フジキセキからの返信待ちの暇な時間を使ってスマホを教えるべきか、もう直接フジキセキの元へ向かうか迷っていた。

 正直にいえば新人もお腹は減っていたのだ。

 

 なにせ新人の朝はそこそこ遅い。

 恐らくウマ娘達が遅刻をしなければ全員が登校した後、校門を閉めるたづなさんと会うくらいには遅いのだから。

 具体的に言えば起きる時間が午前8時過ぎ。

 朝食を抜いて居るのが基本になっている為に、食事を摂るのは昼を過ぎた13時頃になる。

 そこからトレーニングを行う為に準備を始めとして、オグリキャップ達のトレーニング中に補給するおにぎり等を作る為に基本的に食事を摂る回数は少ないのだ。

 

 完全な新人の自業自得であり、割と生活習慣が悪いからなのだが。

 

「取り敢えず……何処が分からないか教えて欲しいかな」

 

「全部」

 

「……え?」

 

「全部分からない。文字を打つのも……えっと、フリスク?」

 

「フリック」

 

「そう、それだ。お菓子の名前だから覚えてる」

 

「間違えてるからね?覚えられてないよ?」

 

「……お菓子の名前と間違えてしまったんだ……」

 

 そこからフジキセキからの返信が来るまで軽くスマホの使い方を教える新人だった。

 

「なるほど、取り敢えず使い続ければ良いんだな」

 

「……うん、まぁ。そうなるよね」

 

 後は慣れて貰うだけだった。

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 フジキセキから返信があり、門限を一時的に解除して貰った後。

 新人とオグリキャップは夜の繁華街を歩いていた。

 右見ても飲食店、左見ても飲食店。

 オグリキャップのお腹の虫が騒ぎ始めていた。

 

「オグリ何食べたい?」

 

「……肉、ニンジン、ご飯」

 

「うーん、肉ニンジンご飯……ぁ、レストランあるじゃん。彼処でも良い?」

 

「あぁ、でもなんか高そうだぞ?」

 

「値段は気にしないの。今日はオグリの出走記念なんだから」

 

「……そうかじゃあ」

 

 そう言って2人はレストランに入室した。

 そして新人は思い知る、財布に入った金なんて、諭吉が財布から飛び出し大差を付けて飛び立って行く恐怖を。

 

「私はこの超特大ニンジンハンバーグと、セットに爆盛りライス。焼きニンジンのソテーと餃子5人前を頼む」

 

「…………」

 

 そうして届いた食事はオグリキャップの口に吸い込まれ、消えて行く。

 新人の頼んだ普通の、ニンジンハンバーグがヤケに小さく見えた。

 

「すまない、追加なんだが」

 

「…………」

 

 まだ食べられるんだ……なんて達観しながら先程より注文量が増えたオグリキャップを見ながら、デザートのティラミスを食べる。

 何故か味が感じられなかったと言う。

 

「デザートで……」

 

「すごい食べるね!?」

 

「あぁ、美味しいし……」

 

「……美味しいし?」

 

「トレーナーと2人で食べに来ているから、なぜか嬉しくて箸が止まらないんだ」

 

 そんな事を笑顔で言われたら、もう新人は何も言えない。

 やたら長い注文表を貰い、新人の財布が薄くなった。

 

 

 

 後悔は無い、新人に後悔は無かった。

 大差のリードを付けて消えた諭吉、あれだけ厚かった1番人気財布はいつの間にか薄くなり、ケツポケットに入れている膨らみがどこか寂しい。

 

 けれど笑顔でご飯を食べるオグリキャップを見たら、お金が飛んだ事なんてそう気にならなかった。

 

「……あ」

 

「どうかした?」

 

「……肉まん」

 

「……ふふ、まだ食べたいの?」

 

「……うん」

 

「いいよ、何時も買ってあげられる訳じゃないからね。食べたい分買うから、遠慮はしないで」

 

「……トレーナー」

 

「ん?」

 

「……ありがとう、美味しいよ」

 

 この日見たオグリキャップの笑顔は、新人の記憶に強く焼き付いた。




 新人くんのお財布が……財布が……財布そのものがァァァ!

 はい、という訳で書きましたオグリキャップによる新人のお財布消滅RTA。

 なお新人くんはお財布が消滅しても、オグリキャップの笑顔を見れば許せてしまう模様。


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エピローグ.3

 トウカイテイオーから見た新人、チーム『流れ星』。


 ボクには夢と目標がある。

 

 朝、目を覚まして起き上がり夢と目標を書いた張り紙が目に入る。

 『絶対無敗の三冠ウマ娘』そしてもう一つ『伝説になる』。

 

 トレーナーとの繋がりであり、ボクがチームに入る事になった理由。

 でも実際の所は——。

 

『テイオーは他のチームとか、見学とか……しないの?』

 

『……もうしたんだよねぇ。見学した結果、ボクはココに入るって言ったんだよ?というかいつまでボクこのチームに入るの待てば良いのさ!トーレーーナーー!』

 

 他のチームというか、色んな人に勧誘されたけど、みんなボクの夢である無敗の三冠ウマ娘って言う目標を聞くとカイチョーの名前を出して、口を揃えて言うんだ。

 

『シンボリルドルフの様になりたいの?』

 

 違う、そうじゃない。

 良くも悪くもボクの夢を聞いてカイチョーの名前を出さなかったのはボクのトレーナーと、スピカのトレーナーだけだった。

 

 でも実の所ボクはまだトレーナーのチームに入れていない。

 約束だから、ボクが初めの1人であり、そして最後の1人なんだって。

 オグリの勧誘からトレーナーは全然他の娘達を勧誘してる様子は無いし、ココはボクが一肌脱ぐ所かな?

 

「よっし!トウカイテイオー、いっくよー!」

 

「……テイオーちゃんぉはよぉ……」

 

「……おはようマヤノ」

 

 学園に行く準備が出来て部屋から出ようとすると、背後から眠たそうな声がボクの耳に入る。

 ボクのルームメイトであるマヤノトップガン、ネボスケトップガンに名前変えていいんじゃないかな?

 いつもギリギリに起きるのに、何故か遅刻してないのは分からないけど、全力疾走でもしてるのかな?

 

「ボク先行くよ?」

 

「アイ・コピ〜……テイオーちゃん行ってらっしゃーい♪」

 

「行ってきます!マヤノも行ってらっしゃい!」

 

 そう言って部屋から出る。

 寮の前には、はちみーの移動販売がいつも来てるから、ソレを買う為にも早く寮から出て行く。

 

 

 玄関を開けると——。

 

「……不幸だ」

 

 今日に限ってはちみーの移動販売が来てなかった。

 なんで?ボクが学園に入ってから毎日居たじゃん……毎日買ってたよね!

 なんで。

 

「なんで……なんで今日に限って居ないんだよー!もーー!」

 

 勧誘を頑張る為にも、はちみー飲んでゲンキつけようとしてたのにぃ!

 

 はちみーの移動販売が来ないのも!ボクがまだトレーナーのチームに入れてないのも!

 全部トレーナーがわるい!

 ……でも髪上げたトレーナーって意外と可愛いんだよねぇ。

 正直髪下ろしてるのも、別にボクはトレーナーらしくて好きだけど、髪上げてたら勧誘も成功してたんじゃないかなって思うんだよね……。

 そしたらもうチームメンバー集まってたろうし……。

 

 あれ、やっぱりトレーナーが悪いじゃん!

 

「トレーナーにはちみー買ってもらおっと」

 

 そう決めてボクは学園まで走って行った。

 

「はちみーはちみーはっちっみー♪はちみーをーなめーるとー!」

 

 擦れ違う人もウマ娘も置き去りにして、ボクはトレセン学園へと走り抜けていった。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 トレーニングの時間がやって来て、ボクとマヤノは合流してトレーナーの元へ歩いて行く。

 今日の天気も良かった!トレーナーは重バ場とかの練習もしたいって言ってたけど、レースの日が毎日晴れてたらそんな練習しなくても良いのにね?

 

「テイオーちゃん今日も機嫌いーねー☆」

 

「ん〜?そう?」

 

「うん♪トレーナーちゃんに会うまではチームになんて入らない〜って言ってたけど、ここ最近はテイオーちゃんトレーナーちゃんに会うのすっごく楽しみにしてそうだからね〜☆」

 

「……ボク別に、その、トレーナーに会いたくて来てるんじゃなくて……そう!トレーニング受けに来てるんだよ!ボクはね!」

 

「マヤちんには分かっちゃうんだよねぇ」

 

「ぼ、ボクは分からないから!」

 

 マヤノはいっつもそう!

 ボクや他の皆が分からない事を分かっちゃうし、すっごくカンが良いの!

 競走とかで毎回仕掛ける位置をズラすんだけど、マヤノはそれも分かってるのか殆ど同じタイミングでスパートを掛けてくるし。

 ここ最近の競走はうまく勝てなくなってきたんだよね。

 

 なんと言っても——。

 

『バクシンオー!!!!』

 

『ちょわーーー!??!』

 

 まだ正式なチームじゃないから看板とかも貰えてないボク達のチーム部屋。

 今はまだトレーナー室って読んでるけど、早くチーム部屋って読んでみたい!

 

 そしてその未来のチーム部屋から聞こえて来たのはトレーナーの大声と、サクラバクシンオーの声だった。

 トレーナーが大声出すのって珍し……くもないのかな?

 割と聞いてる気がする。

 

「おっはよー!トウカイテイオーだよー!」

 

「マヤちんだよー♪」

 

「……なにこれ?」

 

「わぁ、これはマヤちんにもちょっと分からないなぁ」

 

 マヤノが分からないって相当なんじゃ……。

 トレーナー室の扉を開くと、床は水浸しで白い粉を被ったトレーナーと、同じく白くなってるバクシンオーが居た。

 マヤノがトレーナーの所に近付いてその白い粉を指に付けて舐める。

 

 ……舐める?

 

「なんでマヤノ舐めてるの!?」

 

「んー、これスポドリの粉かな?合ってるトレーナーちゃん?」

 

「……そうだよ、皆が飲むスポーツドリンクを作ってたらバクシンオーが手伝いたいって言うからお願いしたら、勢い良く粉入れて分量が全然違くなっちゃって……」

 

「ちょゎ……すみません……」

 

「……はは、でも楽しかったから良いよ。片付けはボクがやっとくからバクシンオーとトウカイテイオー、マヤノトップガンはトレーニングしてて。もう外にオグリが居て先に柔軟やってるからさ」

 

 ……なんか違和感有るんだよなぁ。

 マヤノもバクシンオーも先に外に行っちゃったけど、あの2人は違和感とか無かったのかな?

 

「どうかしたのトウカイテイオー?」

 

「……ねぇトレーナー」

 

「なに?」

 

 なるほどね、分かった、分かっちゃったぁ〜。

 

「なぁぁんでバクシンオーとオグリは略称してるのに、ボクとマヤノはフルネームなのかなぁ?」

 

「……ヤバ

 

「小声で言っても聞こえてるからね!?ウマ娘の耳は地獄耳だから!」

 

「ご、ごめんなさい!?」

 

「マヤちんも帰って来ちゃった☆ねぇねぇトレーナーちゃーんマヤちんの事もマヤノ、マヤって呼んで欲しいな♪」

 

「増えてる!?」

 

「……トレーニングはしないのか?」

 

「これもバクシンですから!」

 

 真っ白に染まったトレーナーにボクとマヤノが詰め寄り、逃げようとするトレーナーだけど生憎この部屋少し狭いんだよね。

 ほら、直ぐに壁で逃げ道無くなっちゃってるし。

 

「トレーナー!」

 

「トレーナーちゃん?」

 

 

 前髪が無くなってしっかり目が見える様になったトレーナーに、マヤノと2人で詰め寄った。

 多分ボク今スゴく良い笑顔してそう。

 だって、横目でチラリとマヤノを確認すると、とっても良い笑顔をしてたと思う。

 

 

「……も、もう無理……ムリィ!」

 

 

 この後トレーナーがボク達を略称出来るまでトレーニングは中止になった。

 やっぱり大事なんだよ、こういうの!

 

 

 ……あ、勧誘するのもはちみー買ってもらうのも忘れてた。

 

 

 

 

 

 




 はちみーはちみーはっちっみー。
 今明かされる衝撃の真実ゥ!実はトウカイテイオー未だチームに入ってなかった。


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第二章『チーム流れ星』
第二十二話


 バクシン的お悩み相談、新人の経験。


 5月の半ば、早ければもうメイクデビューを果たしたウマ娘達がレースに向けてのトレーニングに励む頃。

 僕は1人頭を抱えていた。

 

「どうしよう、最後に勧誘する相手決めてたけど、いざやろうと思うと意外と動けない……」

 

 勧誘する相手は決まってる。

 けれど足を動かせない、何せトレーナーとしてどうかと思う様な勧誘をするから。

 トウカイテイオー、マヤノトップガン、オグリキャップ、サクラバクシンオー、そしてトレーナーの僕。

 これが今のチーム『流れ星』のメンバーであり、後1人足りないチーム。

 まだ正式なチーム登録をして居ないから、まだ仮称なんだけど、それでもやっぱりトレーナー、僕個人としては6月になる前に勧誘はしておきたい。

 

「何かお悩みですか?」

 

「バクシンオー?もうトレーニングの時間になったのか……」

 

「はい!今回も私が1番です!学級委員長ですから!」

 

「……よく聞くけど、その学級委員長だからって言う理由は分かんないや……」

 

 バクシンオーがトレーニングしに来たのを今気付く位には、考え込んでたみたいだ。

 なにしてんだろ僕。

 1度溜息を吐いて重たくなっていた腰を上げる。

 バクシンオーが来たって事は、もうそろそろ——。

 

「おはようトレーナー、バクシンオー」

 

「オグリキャップさん!おはようございます!」

 

「おはようオグリ」

 

 今日はジャージ姿では無くトレセンの制服を着たオグリが入ってくる。

 バクシンオーから貰ったカチューシャのお陰で前が見やすいけど、やっぱりまだ慣れない。

 未だに初めてトウカイテイオーやマヤノトップガン達と髪を上げた状態で会った時の事が忘れられない。

 夢に出てくるんだ。

 

 トウカイテイオーは瞳孔が開いて、マヤノトップガンは何度も瞬きをして……バクシンオーは普通に挨拶してくれたけど。

 オグリに至っては何か言おうとしてたけど、結局何も言わなかった。

 あの時の空気は未だに身体が覚えていて、割と早々に忘れたい記憶になってる。

 バクシンオーとお揃いのカチューシャだったから、マヤノトップガンには滅茶苦茶詰め寄られて聞かれるし、瞳孔が開いたトウカイテイオーは微動だにしなくなってたし。

 

「トウカイテイオーサマがー……来たっ!」

 

「マヤちんとーじょー♪」

 

「トウカイテイオー、マヤノトップガンもおはよう」

 

おっはよー!(おはよー♪)

 

 そうして皆が揃い、僕はトレーニングを開始しようと声を掛ける——筈だったんだけど。

 

「そう言えばトレーナーさんは何を悩んでたんですか?」

 

「……いやぁ、トレーニングには関係な、無いし……うん」

 

「トレーナーが悩んでいるなら手を貸そう。お腹でも減っているのか?」

 

「違うよ?手を貸すってご飯を奢るとかそういう事じゃないからね?」

 

「あ、もしかしてトレーニング内容決めてないとかー?トレーナーは仕方ないなぁ!このテイオーサマがトレーニングを決めようじゃないか!」

 

「いやもう決まってるし、トウカイテイオーがトレーニング決めたら競走しかしないでしょ?ここ最近オグリに負け続けて再戦しまくってるし」

 

「まけ、負けてないもん!マヤノとの競走に乱入してくるオグリが悪いんだもん!」

 

「ならまた走ろう。テイオーと走るのは楽しいからな」

 

「ぐぬぬ、次こそボクが1着取るからね!」

 

「バクシンですね!バクシン!」

 

 ここ最近はオグリがチーム内で1番速いウマ娘になっている。

 元々持っている柔らかい足に、芝を抉る程の踏み込む力強さと、1600mを走り終わった次の瞬間にはトウカイテイオーとマヤノトップガンの競走2000mに乱入して1着をもぎ取る様な事をしている。

 乱入しちゃダメとは言ってないから、僕は全然構わないんだけどトウカイテイオーとマヤノトップガンは負けるといっつも悔しそうにするんだよね。

 

 チーム内でライバルが出来ると競い合って良いと思うんだけど、どうなんだろう。

 そもそもオグリとトウカイテイオー達ってライバルになるのかな……。

 

「トレーナーちゃん?」

 

「はきっ!はい、はい?なに?マヤノトップガン」

 

「それで何を悩んでたの〜?マヤちん気になるなぁ☆」

 

 マヤノトップガンの言葉でキャットファイト……ウマ娘ファイト?をしていた2人と、それを見てたバクシンオーが僕を見る。

 注目されるのは苦手なんだけど、コレも慣れなきゃいけないんだろうなぁ。

 でも果たして言うべきなんだろうか。

 実は最後に勧誘する相手は決まってるんだけど、その相手が問題で中々勧誘しに行けない……なんて事。

 

 自分の担当ウマ娘達を巻き込んでまで、やるべきなんだろうか?

 そんな事は僕が自分の力でやるべき事で、皆にはトレーニングを受けて貰った方がいいんじゃないだろうか?

 

「トレーナー」

 

「オグリ?」

 

 悩んでいるといつの間にかオグリが僕の前に立っていた。

 その後ろにはトウカイテイオー達が立っていて、同じく僕を見ている。

 

「トレーナーが何を悩んでいるかは分からないが、私達は力になれないだろうか?」

 

「バクシンの力をお貸ししましょう!だからトレーナーさんは自分の悩みを話すと良いですよ!学級委員長的な勘です!」

 

「ボクもトレーナーが悩んでるなら手伝いたいなぁ。だってトレーナーには1番になるボクをちゃーんと見てて欲しいからね!」

 

 ——悩んでいたら、それを解決する為に手を差し伸べてくれる。

 こんな経験殆ど無いから、どうしたら良いか分からなくなる。

 どう答えたら良いか分からなくて、ただ瞬きだけが繰り返される。

 

「トレーナーちゃん」

 

「……なに?」

 

 僕を見ていたマヤノトップガンが一歩前に出て来る。

 

「ユーコピー?」

 

「…………」

 

 ニコリと笑って言われる言葉、その言葉の意味はニュアンス的にしか知らないけれど。

 けど、何となく、頼っても良いかなと思ったんだ。

 経験が無いなら、コレから積めばいい。

 皆も、そして僕も、チームなんだから。

 

 

「……実はね」

 

 

 そうして僕は自分の悩み、勧誘について皆に伝えたんだ。

 

 

 

 

 




 サクラバクシンオーの育成が上手く行きません誰か助け(以下略)

 感想が来る度に書く意欲が湧いてくる。
 感想書いてくださってる方々、本当にありがとうございます。
 お陰様でモチベが減りません。
 今話から第二章『チーム流れ星』編が始まります。

 新人の勧誘最後の一人とは——。


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第二十三話

 勧誘、緊張、大失敗。


 今回滅茶苦茶短くなってしまった。
 大変申し訳ない。


 時間は流れた、と言っても相談したのが昨日だから1日経っただけだ。

 今回の勧誘は今までとは違う勧誘だから、尻込みして足踏みしていたけれど。

 皆が着いて来てくれるらしく、少し心強く感じていた。

 ——僕はきっと恩を仇で返そうとしている。

 

「トレーナー」

 

「なにオグリ」

 

「いや、強張っていたから、大丈夫かと思って」

 

「……緊張してるからかな、強張ってるのって顔でしょ?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 当たり前だけど緊張はするし、そもそも勧誘は得意じゃない。

 苦手意識が顔を出してくるから、しなくていいならしたくない事でもある。

 

「トレーナーさん!」

 

「なに?バクシンオー」

 

「バクシンしましょうねっ!」

 

「……うん、驀進だね」

 

 でも、憧れ(ユメ)諦められない(止められない)んだ。

 

 僕達が向かったのはとあるチームの部屋。

 

 最近メキメキと力を付けてきていて、今年はそのチームが注目されるらしい。

 そんな事どうでもいいけれど。

 今年も、来年も再来年も、注目されるのは僕のチームであり、僕の仲間達なのだから。

 オグリはウマ娘と言えばオグリと言われるレベルの認知度も名声。

 バクシンオー……はまだ夢について聞いてなかったな。

 マヤノトップガンはキラキラしてワクワクする1番。

 トウカイテイオーは常勝無敗の三冠ウマ娘にして、皇帝を超えるウマ娘へ。

 

 そんなチームが注目されない方が可笑しい。

 過度の緊張によって脳内麻薬が出ているのか、不思議と思考はフワフワとしていた。

 

「失礼します!」

 

 数回ノックをして、部屋の扉を開く。

 そこには——。

 

「あん?新人と……チーム総出で来たのか?どうした、合同訓練でもしたいのか?」

 

 スピカのトレーナーが居た

 そう、僕が勧誘するウマ娘は現在チームスピカに所属していて、引き抜きと言う形で僕のチームに加入してもらうのだ。

 

「先輩」

 

「合同なら競走が面白そうだよなぁ……」

 

 何度も考えた、どうやってそのウマ娘を誘うか。

 引き抜く為の言葉を頭の中で何回も繰り返す。

 緊張で手が汗ばむ、背中からは冷や汗が流れていてとても気持ち悪い。

 

 ——先輩のチームから1人、ウマ娘を引き抜かせてください。

 

 それが僕の考えた言葉だった。

 だから、それを伝えようと口を開いた。

 

 

「僕にゴールドシップを下さいッ!」

 

「……はぁ!?」

 

「トレーナー?」

 

「ちょわ!?」

 

トレーナー!?(トレーナーちゃん!?)

 

「おま、お前正気か新人ッ!?ゴルシ、ゴルシをかぁ!?いや、いいやそんな事じゃない!それは、その、先ずは親御さんとだな……」

 

「トレーナー?ねぇねぇトレーナー、トレーナーの言ってた引き抜きってそういう事だったの!?ボク聞いてないし許しても無いよ!」

 

「トレーナーちゃんマヤちんの事はどーするのぉ!?」

 

「……トレーナー、朝話していた勧誘の言葉とは随分違っているが、大丈夫か?意味としては同じだと思うが……」

 

 

 …………あれ、僕なんて言った?

 

 

「……ゴルシちゃん今来たんだけど、何がどうなってんだ?」

 

「ゴールドシップゥ!助けて!」

 

「はぁ?」

 

 偶然今部屋にやって来たゴールドシップに泣き付く僕だった。

 

 どうしてこうなった。

 




 新人の誘い文句『○○を僕に下さい!』
 これにはゴルシも困惑(しかも聞いてない所で言われてる)

 最後の一人に関しては色々な要望が有りましたね。
 このチームにステイヤーが欲しいとか、ライスシャワーとかハルウララが欲しいとか。
 ですが今回の勧誘はゴールドシップさんでございます。
 顔も中身も一級品のゴゴゴーゴゴーゴゴちゃんです。


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第二十四話

 巻き込まれるステイヤー、やらされるトレーナー。


 チームスピカの面々が集まる中、僕はひたすらゴルシに今回の説明をする。

 チラっと横目で周りを見ると、先輩は複雑そうな表情をしていたし、当然と言うかスピカメンバーも先輩と似た様な表情を浮かべていた。

 

 周りを見た時に、何故かトウカイテイオーやマヤノトップガンが此方をガン見してて、一瞬目が合ったし、オグリやバクシンオーは2人で何か話してるし、いやマイペースだなぁ……。

 と言うかなんでトウカイテイオーもマヤノトップガンも瞳孔開いてるの……怖いんだけど。

 オグリとバクシンオーはもう少しこっちに興味持って。

 

「……で、ゴルシちゃんを引き抜きたいと、そうおっしゃる訳ですわね?」

 

「……うん、どうしたのそのキャラ……」

 

 説明してる最中は普通にゴールドシップだったのに、終わった途端急にお嬢様っぽいキャラで話してくるから吃驚した。

 

「だってぇ、ゴルシちゃんの魅力が新人トレーナーを魅了しちゃったみたいでぇ」

 

「何言ってんだゴルシ」

 

 やたらクネクネするゴルシだけど、それやる意味あるの?なんて考えてた。

 正直今スピカメンバーや、僕のチームメンバーにすら注目されているの現状によって、とても居心地も悪い。

 分かってた、分かってたよこうなるって事は。

 

 でもやっぱり欲しかったんだ、僕が迷った時に蹴り飛ばしてくれたのはゴルシだったから。

 ゴルシが居てくれたなら、きっとどんな事が起きても大丈夫だと思えるから。

 

「……なぁのにゴルシは他のチーム入ってんだもんなぁ」

 

「だってお前アタシの事勧誘してなかったじゃん?このスピードスターゴルシちゃんを先に目を付けたのはトレーナーだったんだよ」

 

「おま、それを言ったら戦争だよ!」

 

「別にゴルシちゃんはやってもいいんだぜ?ドーナツの穴開けるバイト、お前が耐えきれるか見物だしな!」

 

「何で戦争するつもりなの!?」

 

「あ、バイト代はアタシが貰うからな、ウマ娘のトレーニング時間奪ったのは罪深いから」

 

「お小遣いが欲しいだけじゃんッ!」

 

 ゴルシにツッコミを入れていると、横から声がした。

 

「なぁ新人、勧誘の件はゴルシと話してくれ。俺は纏まった話を聞いてから判断したい」

 

 ほんの少し、いつもより声が堅い先輩だった。

 表情は強張っている訳じゃ無かったけれど、浮かべていた笑顔は力が無かった。

 

「んじゃ、取り敢えずトレーニングしに行くわ。お前んとこのウマ娘達も含めて合同って形で良いだろ?」

 

「……すいません、先輩」

 

「良いんだよ、でも次から引き抜くってんなら事前のアポは取っておけ?じゃないとお前の評価も下がっちまうからな」

 

 そう言って先輩はスピカメンバーと流れ星メンバーを連れて、部屋から出て行ってしまう。

 やっぱり僕は足りてない、でもコレで分かった事も有る。

 この経験を無駄にはしない、今はとにかくゴールドシップと話し合いをしなきゃ……。

 

「……えっと、その、そういう訳で僕のチームに……」

 

「あ、オセロ将棋やるか?この間トレーナーとやって3分で飽きたけど」

 

「いや、やらないよ?」

 

「飴ちゃん居るか?」

 

「要らないよ?」

 

「ゴルシちゃんは欲しいのか?」

 

「別に?……あ、いや待って!」

 

「んじゃ話終わりな」

 

「ゴルシ!?」

 

 話しの持って行き方が卑怯だ!

 と言うか話の流れ作るのが上手すぎる。

 立ち上がるゴルシを引き止めると、ゴルシは机を叩いた。

 

「ちゃんと勧誘しろよ!ゴルシちゃんが欲しいなら欲しいって真正面から言え!説明なんてぶっちゃけどーでもいいんだよゴルシちゃん的にはな!でも引き抜きだからとか、そんなんじゃなくてちゃんとアタシの事勧誘しろ!オラ!あくしろよ!」

 

 別に、別に適当に勧誘してた訳じゃないし説明だって逃げる為にやってた訳じゃない。

 でもゴルシをチームに入れたいって事は、ちゃんと伝えて無かった。

 

 ……あぁ、やっぱり僕全然足りないんだな。

 足りないなら、足掻かなきゃだよね。

 

 息を深く吸う。

 頭の中で単語を選んで、それを繋ぎ合わせ、文にして。

 

 

「ゴールドシップ」

 

「おう」

 

「ゴールドシップがスピカに所属してるのは分かってる。けど、それでも僕はゴールドシップに僕のチーム『流れ星』に来て欲しい。遊びに来るとか、偶に合同でトレーニングをするとかじゃなくて……ゴールドシップが引退するまで僕のチームでずっとトレーニングを受けて欲しいんだ」

 

「やだ」

 

「即答!?……まぁ、そうだよね……」

 

 頑張ったけれど、勧誘に失敗した。

 けど別に嫌な気分じゃない、寧ろ真正面から断ってくれたから気分は晴れてる。

 罪悪感とか、背徳感?を募らせる必要が無くなったから。

 

「でもマックイーンが居たら良いぜ」

 

「……マックイーンって、メジロマックイーン?」

 

「そうそう、彼奴と居るの楽しいからな!」

 

 強いウマ娘の家系を聞かれれば、必ずと言っていい程名前の上がる家名。

 それがメジロ、メジロ家の御令嬢と言うのが、今話しに出てきたメジロマックイーンの二つ名……みたいなものだ。

 勧誘を試みたトレーナーは数知れず、けれど彼女は頷かない。

 

 なんでも自分の所属するチームは自分で決めたいとか、そういった理由から勧誘を断っているらしい。

 少しカッコイイと思ったのはナイショだ。

 

「……あ、良い事思い付いた」

 

「え?」

 

 そう言ってゴルシは僕の手を、腕を掴んだ。

 何をするのかと思ってゴルシの顔を見ると、とても良い笑顔をしていて、かなり嫌な予感がした。

 僕の感は全く当たらないし、悪い感が来ても信用出来ないモノだったけど、今だけは別に。

 

 絶対なんかやらかされる。

 

「行くかっ!」

 

「まっ、まっちょ、ゴルシィ!」

 

 その一言でゴルシは走り出してしまう。

 ほとんど僕を引き摺る形で。

 ウマ娘の走りに追い付ける訳ないだろ……っ!

 

「トレーナー!」

 

「ん?ゴールドシップ、話は終わったのか?」

 

「おう!ゴルシちゃんはトレーナー同士の奪い合いが見てぇ!」

 

は?(へ?)

 

 引っ張って来られた僕と、先輩の声が被る。

 なに、トレーナー同士の奪い合いって。

 先輩と殴り合えばいいの?自慢じゃないけど勝てる気がしないよ?

 

「ゴルシちゃんはマックイーンを勧誘出来たチームに入るぜ!」

 

「マックイーンって、あのメジロ家のお嬢様をかぁ!?」

 

「勧誘苦手なの知ってるよね!?ゴールドシップゥ!」

 

 突然意味の分からない事を言い出したゴールドシップ。

 いや、意味が分からないのはいつもなんだけど。

 

 僕と先輩の勧誘勝負なんて、勝負にならないんだけど。

 

「あ、担当ウマ娘を使うのは禁止な、お前ら2人でゴルシちゃんを奪い合うと良いぞ♡」

 

 

 

 なんだろう、想像してたより、随分話がややこしくなって来たぞ……?

 とても良い笑顔をしたゴールドシップに若干引きながら、僕も先輩も了承したのだった。

 

 なんでかこの後トウカイテイオーとマヤノトップガンに怒られたけど、勧誘の事を考えててまったく聞いてなかった。

 

 勧誘……かぁ。

 

 

 

 




 巻き込まれるマックイーン、勧誘を強制的にやらされるトレーナー。

 全然関係無いですが、バクシンオーの育成に悩んでいたら感想欄にて感想と共にオススメ育成教えて下さった方々に此処で纏めて感謝を。
 個別に感想返信の時点で言ってましたけど、改めて。

 どっちのトレーナーがマックイーンの勧誘成功させるのか……。


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第二十五話

 トレーナー同士の戦い、友★情、そしてチーム。


 ゴルシから出された勧誘問題について、その日の内に先輩と話し合いが設けられた。

 理由は簡単、今後どうしていくか、だ。

 

「ゴルシの勧誘に関しては、まぁお前ら2人が仲良いのは知ってるし任せられるとも思う。けど引き抜く為とは言えメジロ家のお嬢様を勧誘しなきゃいけないってのは、問題アリじゃねぇか……?」

 

「……ゴルシに掻き乱されるのは何時もの事です……でも今日は本当にすいませんでした。事前に話しもせずに乗り込んでしまって」

 

「吃驚したぜ……まぁ次からは気を付けろ……てか基本引き抜きってのは相手のウマ娘とトレーナー両方に了承を得なきゃ基本はやっちゃダメだ。ウマ娘の事も、そのウマ娘を育てようとしていたトレーナーの事も考えて行動するように」

 

「ごめんなさい」

 

 先輩の言葉は正論で、基本引き抜きというのは、ウマ娘とトレーナー両方に確認をしなきゃいけない事だ。

 今回は色々早とちりして僕がやらかしてしまったけれど、先輩じゃ無かったら大事になっていた可能性もある。

 

 それこそ、未だに先輩やおハナさん以外と録に話をしていない僕だから、他のトレーナーに邪険にされればそれこそトレセン学園での居場所は無くなる。

 そういった事から身を守る為にも先輩は僕に説教をしてくれていた。

 

 ——歳を取ると説教をしてくれる人が少なくなると、スクールで先生が言ってたっけ。

 そう言った思考をしている中、ふと気になり僕は先輩に声を掛けた。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「サイレンススズカさんの勧誘の際はどうしたんですか?」

 

 サイレンススズカさんは確か元は『リギル』、詰まりおハナさんのチームメンバーであり、担当ウマ娘だった。

 先輩の事だからちゃんと話し合いをしたんだろうけど、どうしても気になってしまった。

 それに僕はどうやら勧誘が苦手らしいし、今後の課題として恐らくトレーナーとして一生付き纏う問題になりそうだから。

 

「……俺のチームはな、初めの勧誘が成功して、その時にゴルシと他2人のウマ娘が居たんだが、俺の指導……っていうかトレーニング方針と合わなくて辞めちまってな。ゴルシは残ってくれたんだがどうにも気分が腐っちまって……そんな時にスズカの走りを見て、俺のチームに入って欲しくて勧誘したんだ」

 

 初耳だった、ゴルシは初期メンバーだったんだ。

 その頃は頑張ってポスターとか描いて貼り付けて、後は何とか声掛けようとしてたけど、上手くできなくて不貞腐れてた頃だ。

 今の状況を過去の僕が見たらなんて言うだろう?

 

「勿論スズカの気持ちも聞いた、おハナさんにも話した。その結果がリギルに所属していた頃最後のレースだ。あいつは走るのが好きなんだ、そして先頭の景色を心から求めてる」

 

「だから俺は大逃げって言う選択肢をスズカに見せた、その結果が今のスズカだ。これからも彼奴は速く、そして強くなる。俺はそう確信してる。おハナさんも俺にスズカを託してくれたからな。その分まで俺が導いてやりたい、スズカの走りをもっとみたいとも思ってる」

 

「……凄いですね、やっぱり先輩は凄い人です」

 

 本当に楽しそうに、嬉しそうに話す先輩の顔を見ると、何故か顔が熱くなってくる。

 不思議と頬が緩んで、僕まで嬉しい気持ちになるんだ。

 やっぱり先輩は凄い人だった。

 

「でも俺からすればお前だって凄い奴なんだぞ?」

 

「……僕がですか?」

 

「おう、なんてったってあのトウカイテイオーやマヤノトップガンの勧誘に成功してるし、オグリキャップを立ち直らせた。新人トレーナーとしては最高の実績じゃないか?初めの頃は色々と上手くいかなくておハナさんに怒られてたのは知ってるが、それでもお前は頑張った。そんなお前だから俺もゴルシを任せていいと思う」

 

「……先輩……」

 

「てもゴールドシップは俺のチームメンバーだからな。手放す気は無い!つまり……」

 

「……メジロ家の御令嬢の勧誘を成功させた方が勝ち……って事ですか?」

 

「そうなるな。メジロマックイーンは完全に巻き込まれた側だが、彼奴も原石だ。磨けば光る……そしてその磨くのは俺がやりたいとも思ってる。彼奴の走りで俺も夢を見たいからな」

 

 これは2度目の勝負。

 1度目は僕の所為で負けた、オグリを勝たせてあげられなかった。

 でも2度目は譲りたくない、負けたくない。

 例え後々メジロマックイーンに、ゴルシを引き抜く為に勧誘した事で詰られても僕は逃げ出さない。

 

 もう、決めたから。

 

「……そう言えば勧誘の期限聞いてませんでしたけど、そこら辺はどうなんでしょう?」

 

「……そう言えば……彼奴ホントに適当だな!?」

 

「だってゴールドシップですからね……」

 

 後でゴルシに聞かなきゃ。

 

 

 今日はもうメジロマックイーンの選抜レースの録画を先輩と2人で見て、お互い寮の部屋に戻った。

 

 

 正直に言えば、メジロマックイーンの走りは本当に凄いと思ったんだ。

 長距離なのに他のウマ娘達と比べてスパートを掛ける位置が速く、それでいてバテている様子も無かった。

 微かに汗は流していたけれど、優雅と言う一言で終わらせるには勿体ないと思う程、様になっていたから。

 

 でも不思議な事に、初めてオグリの走りを見た時ほどの感動や胸の高鳴りはなかった。

 直で見ていないからなのかな……?

 

 今はまだ答えは出ない。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 ゴールドシップに確認した所勧誘期間は一週間という事に決まった。

 地味に長いのか短いのか分からないけれど、コレもゴルシなりの気遣いか何かなんだろう。

 1日だけとか言われなくて良かった。

 

 先輩と話し合い、お互いの勧誘が被らないように時間を調節し——。

 

「めじ、メジロマックイーンさん!」

 

「……なんでしょうか?」

 

「ぼく、僕のチームに」

 

「申し訳ございませんが、お断りさせていただきますわ」

 

 あえなく撃沈。

 

「マックイーン!俺のチーム『スピカ』に来ないか?今ならニンジンも付けて」

 

「お断りしますわ」

 

 こんな感じの勧誘が2日、3日と時を重ねていき。

 

 気付けば6日目になった。

 先輩と話し合いをして決めた時間なんて、最早お互い譲り合う事は無かった。

 何せしんどい事に、メジロマックイーンはしっかり話を聞いて断って来るから、お互いの説得時間が長引く。

 そのお陰で決めた時間をオーバーするのは基本となっていた。

 

「……新人」

 

「なんでしょう……先輩」

 

「マックイーンの勧誘……手応えはあったか……?」

 

「……あったら先輩と2人並んでベンチになんて座ってません」

 

「そう、だよなぁ……」

 

 太陽が空を夕焼け色に染める頃、僕と先輩は2人してベンチに座り足を投げていた。

 横から何かを噛み砕く音が聞こえてくるけれど、特に気にならない。

 僕はバクシンオーから借りたカチューシャを取り外し、前髪を下ろしてベンチに身体を預ける。

 

「……そう言えばお前髪上げるようになってたな」

 

「今更ですね、まぁ、そうです。バクシンオーがカチューシャくれたので……使わないのも勿体無いと思って」

 

「髪上げると結構可愛い顔してんだな」

 

「……いきなり何言ってるんですか?かわ、可愛くなんてありませんから」

 

「はは、わり。俺疲れてんだな……そろそろトレーニングに戻るわ。また明日な」

 

「……はい、また明日」

 

 そう言って先輩はポケットから新しい飴を2つ取りだし、1つは自分の口の中へ、もう1つは僕に手渡ししてくれた。

 飴の色は透き通る緑色だった。

 

「……緑はターフの色……」

 

 渡された飴を夕陽に翳して見れば、見えて来るのはトウカイテイオーやマヤノトップガン達の走り。

 トウカイテイオーのスパート、マヤノトップガンの逃げ、オグリの差し、そしてバクシンオーの爆進。

 作戦は被ったりするけれど、皆違う走りをする。

 そんな彼女達を見ていると、とても楽しくて僕自身も走りたくなってくる。

 

「あぁ、トレーナーここに居たのか」

 

 そうして頭の中に刻まれた記憶を思い出していると、背後から、ベンチの後ろから声を掛けられる。

 聞き覚えのある声を、オグリだ。

 

「オグリ……ごめん、数分のつもりが気付いたらこんなに時間経ってて」

 

「いや、大丈夫だ。それよりも勧誘は上手く行きそうか?」

 

「……ぜんっぜん?」

 

「……余裕そうに見えるな、少なくとも私と初めて会った時のトレーナーと比べると、随分余裕がありそうだ」

 

「そう見えるって事は、多少は変われたって事かな……」

 

 嫌な想像が付き纏う時は、兎に角何か行動する様になった。

 悩んでいて、立ち止まっていても何も変わらない。

 何かをする為には歩かなきゃいけない、ダメな自分で居たくなかったから必死に変わろうと思った。

 

 根本は変わらない、未だに人の目は怖いし偶に噛むし吃る。

 けど、それでも僕の話を聞いてくれる人が居る。

 僕の事を見てくれる人が居てくれる、それだけで頑張れそうな気がしたから。

 

「オグリ」

 

「なんだ?お腹が空いたのなら」

 

「違うよ?……僕は変われてる?」

 

 不思議とオグリに聞きたかった。

 オグリなら正直に言ってくれると思ったから。

 横目でいつの間にか隣に座っていたオグリを見ると、顎に手を添えて真剣そうな顔で考え込んでいるオグリが見えた。

 

「……前髪を上げているし、変われてるんじゃ無いだろうか?」

 

「……ふっ、ふふふ、あはは」

 

「ん……そんなに笑う事だったか……?私は、これでも真剣に考えたんだ……」

 

「ごめんね……そうだよね。前髪を上げれてる時点で少しは変わってるよね。ありがとうオグリ」

 

「……どういたしまして、なのか?」

 

「……うん、どういたしまして、だよ」

 

 期限は明日。

 そこで勧誘出来なければ引き抜きは失敗。

 

 でも何となくメジロマックイーンの走りに魅了されなかった理由が分かってきたし、僕はきっと——。

 

「トレーニングに戻ろっか。そろそろトウカイテイオーやマヤノトップガンに怒られそうだし」

 

「そうだな。私がトレーナーを探しに来たのも、あの2人がトレーナーの帰りが遅いと言っていたからだからな」

 

「明後日からはしっかりトレーニングやるからね!楽しみにしててねオグリ」

 

「……あぁ、楽しみにしている。やはりトレーナーとトレーニングをしたいと、私も思うからな」

 

 そう言って立ち上がるオグリは振り返り、僕に手を差し出す。

 前髪をカチューシャで上げて、オグリの手を掴み立ち上がる。

 

 明日は明日で僕は頑張るけれど、今は今で頑張ろう。

 だって、1番大事なのはきっと『今』の筈だから。

 

 

 何度勧誘が失敗しても、諦めない。

 ゴルシが出したこの勧誘の意味も、最善の行動も分からないけれど。

 それでも僕はオグリと、トウカイテイオー達と歩いて行く。

 

 

 

 僕達は『チーム』だから。

 

 

「そうだ、トウカイテイオーとマヤノトップガンのメイクデビューはどうしよう」

 

「取り敢えず私に勝てる様になったらだな」

 

「……それは随分先だと思うよ?」

 

「そうなのか?……そうなのか」

 

 隣を歩いて、首を傾げるオグリが可笑しくて、笑みがこぼれた。




 新人くんを説教してくれる有難い方々、先輩(アニメ)とおハナさんか大好きです。
 どうも、先行と追い込み以外の育成がド下手くそなほうれん草ラーメンです。

 マックイーンをもっと喋らせたいのに全然喋らせられない。
 次回で沢山喋らせるけど、キャラ解釈大丈夫かな。
 お嬢様キャラ書いた事殆ど無いから不安。

 次回第二十六話。
 新人の選択、そして想い。
 お楽しみに。


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第二十六話

 覚悟は決めるモノ、相手は想いやるモノ。
 なら、夢って?


 きっと『繋がり合う』モノ。


 僕は確信する、()()()()()()

 夢は色んな説が有るけれど、僕の夢は()()()()()()()()に近いモノだ。

 

 空を見ていた。

 僕は1人、寂れた公園のベンチに座って、何をする訳でもなく空を見上げていた。

 前髪で瞳を隠して、両耳に音楽を流し続けて、呼吸するだけの1日。

 

 これは僕がトレーナーになる為にスクールに通っていた頃、もうスグ卒業で何処かのトレセンに入る準備をする頃の僕だった。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 もうスグ夢が叶う、トレーナーになると言う夢が。

 追い掛けている時は長くて、楽しい事より苦しかったり辛かったりする記憶の方が多かった。

 けれど考えてしまったんだ、悩みになってしまったんだ。

 

 僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見栄を張っていた頃の黒いスーツじゃない、今のYシャツに黒いズボンでも無い。

 

 この頃の僕は、黒いパーカーに、灰色のTシャツと色の薄いジーパンを履いた一学生だったんだ。

 

『……トレーナーに成りたい夢が叶うのに、どうしてこんなに虚しいんだろう』

 

 それはその先が無かったから。

 小さなモノでも良い、明日早起きする、何か美味しい物を食べに行く。

 そんな事でも『夢』になるのだから。

 でもこの頃はそんな事考えてる余裕なんて無くて。

 

 僕を見てくれる人も、叱ってくれる人も、仲のいい友人も居なかったから。

 いや、作れなかったし自分から縁を切ってしまったと思う。

 家族からの連絡や帰宅の催促、話し掛けに来てくれていたけど何も返せなくて居なくなった人達。

 

 そういったモノを全て切り捨て、自分からは行動せずに何か変わるのを待ってた。

 そんな自分が、過去の僕。

 

 多分そろそろだ。

 寂れた公園のベンチに1人座っていると、声が聞こえて来る。

 数人の子供達の声。

 

『ねぇねぇ、ねえちゃんうまむすめなんだろー?走ってみてくれよー!』

 

「アタシの走りはたっけぇぞ?1000億積まれたって足りねぇくれぇだからな!」

 

『せん、1000億?』

 

「ガキ共には早かったか?」

 

『むぅ〜お姉ちゃんはしって走ってぇ!』

 

「お、おいおい尻尾掴むな揺するな引っ張るなぁー!」

 

 この頃から既に僕より身長の高かった銀髪のウマ娘。

 僕が勧誘したいと思った初めの1人、僕の意地そのもの。

 

『ねぇごるしおねーちゃーん!』

 

「はいはいゴルシちゃんだよ?つか何時までアタシのキュートな尻尾掴んでんだよ!?」

 

『飽きるまで』

 

「飽きるまでなら仕方ねぇ。好きなだけやってな、但し!抜くなよ?」

 

『抜く?引っ張れば良いの?』

 

「ヤメロォ!?」

 

 この頃は単に煩いと思ってただけなんだけど。

 今は少し違うんだ、ゴルシ。

 

 そうこうしている内に、子供達とゴールドシップは遊び始める。

 いや、ゴルシが遊ばれ始める?

 彼奴ああ見えて子供大好きだからな、黙ってればホントにいいお母さん、お姉ちゃんって感じなんだ。

 

 気付くと、ゴルシは僕の前に立っていた。

 

「なぁーに見てんだおめー?」

 

……別に見てないけど(楽しそうだなって思って)

 

 あぁ、やっぱり僕の言葉じゃなくて夢の言葉になるんだね。

 考える事は出来てるのに、話せないなんて——もどかしいなぁ。

 

「見てんじゃん、アタシのキュートでスイートなお目目とバッチリ合ってんじゃん。お?お互いの財布の中身賭けて勝負すっか?勝ち抜き?入れ替え?どっちにする?」

 

待ってほんとに意味わかんないんだけど(この頃はポケ〇モンなんて知らないからなぁ)

 

「今時知らねぇの?遅れてんなぁ。もしかして地底から来たのか?良いね夏は涼しそうだアタシも呼べよ!」

 

いや違うよ?(いや違うよ?)

 

 何処をどう解釈したら地底人だと思うの?

 本当に思考がぶっ飛んでるなぁ。

 

「まぁ知らねぇならアタシが教えてやるよ。そしたらそのしんきくせー面は治るだろ?」

 

治らないよ、て言うか関係無いでしょ(いや、今でもその理論はおかしいと思う)

 

 というかこの頃の僕こんなにスラスラ話せてた?

 可笑しいなぁ、もう5、6回くらい噛んだり吃ってたりした筈なんだけど。

 もしかして夢だから美化されてるの?なにそれ複雑。

 

「んな顔してるお前が悪い。公園に来てるのに何暗い顔してんだ、リストラでもされたか?お前仕事遅そうな顔してるもんな」

 

……学生だよ(凄いデジャヴ)

 

『おねーちゃん!』

 

「ほら、呼ばれてるよ。行ってきなよ」

 

「はいはい、行ってきますよーっと……あ」

 

…………?(優しいよねゴルシはさ)

 

 そうしてゴルシは子供達の元へ行くと、軽く話した後に僕の方へ振り返る。

 その顔はとても良い笑顔で——。

 

お前も来いよ!おにーさん!

 

……へ?(行くよ)

 

『わぁゴルシより背の低い男の人だ〜』

 

『これからかくれんぼするの!おにーさん鬼ね!』

 

え、いや待って、え?(じゃあ10数えるからね〜)

 

「んじゃ10数えろよ!んじゃ隠れるぞー!」

 

『わーい!』

 

『見付けられるなら見付けてみろー!わははー!』

 

『にげろにげろー!』

 

ね、ねぇ、え、わ、わかんないよ!?(何で誘われたのか分かんないんだよね)

 

 でもゴルシの前で辛気臭い顔してたらゴルシキック飛んで来る今より随分優しいと思うよ。

 別にゴルシキック痛いのは別として、気合い入るから全然良いんだけど。

 背中に跡が付くんだよね……。

 

「うし、探しに行くか!」

 

……なんでいるの?(教えてくれるって言ったからね)

 

「そりゃお前が帰らないようにな!付き合いもノリも悪そうだし?」

 

 ゴルシに見張られながら?かくれんぼで子供達を見付けて行く。

 何処に居るかとか、此処は隠れると見つかりそうだとか、そんな事をゴルシが話しながら相槌を打ってたんだ。

 次第に僕も楽しくなって来てさ、2回目3回目って回数を重ねていったんだ。

 

 そうして灰色だった空が夕焼け色になって、子供達が帰って行くのを見送って、僕は自分が何を悩んでたのか思い出すんだ。

 不毛だし我ながら中々に無様だね。

 

「まぁーた変な顔になってんぞ?」

 

「……関係無いじゃん」

 

「さっきまであんなに楽しそうだったのにな」

 

「わ、忘れてよ!」

 

「いーや忘れない。隠れる側になったら上手く隠れられなくて頭隠して尻隠せて無かったのは爆笑させて貰ったしな!」

 

「……ぅぅ……」

 

 もうこの時から、僕の中でゴールドシップは特別だったんだと思う。

 何も言わずとも、手を引いてくれるから。

 でも今は違う、今度は僕が手を引きたい。

 

 悩みを聞き出されて、デコピン貰った時から。

 

「夢が叶ったらまた何か別の夢作りゃ良いだろ。()()()()()()()()とかさ」

 

 他人の夢を僕の夢にしたこの日から。

 

 

 僕はお前のトレーナーになりたいって、そう思ってたんだ。

 ゴールドシップ。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 そうして目が覚めた。

 結局ゴールドシップとの馴れ初め全部見ちゃったな。

 今日の勧誘が失敗したら、僕の独り善がりな約束も果たせなくなっちゃう。

 

 だから頑張ろう。

 頑張るくらいしか、僕にはできないんだから。

 

 

「今日も良い天気だなぁ……不良バ場の練習もしたいけど、これは何か別の方法考えた方が早そう」

 

 理事長に頼んでターフの一部を水浸しにして、オグリに走って貰って荒らした後にトウカイテイオーやマヤノトップガンに走ってもらうのが良さそうかな。

 

 

 

 いつかのトレーニング方法を考えながら、今日も楽しんで行こう。

 いつか(明日)より今日(いま)、だったよね?

 ゴルシ。

 

 

 

 

 




 新人くんとゴルシちゃんの馴れ初め。
 学生時代の新人くんはうじうじはしてないけど、自分で答えが出せない子供。
 トレーナーになったトレーナーは、考え過ぎて答えがごちゃごちゃになってうじうじしちゃう大人ぶりたい子供。

 意外と子供好きそうなゴルシちゃん。
 ゴールドシップが「手ぇ洗って来い!」とか笑いながら言ってくれるの想像すると、良くない?


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第二十七話

 プール、水着、勧誘!

 IQ30000ゴールドシップ。



 その日の朝がやってきた。

 ゴールドシップの提案により引き起こされたメジロマックイーン争奪戦、その最終日が今日だった。

 確かな手応えも無いまま新人と先輩トレーナーは今日の予定を組み立てて行き、トレーニングを行なう時間へと流れて行く。

 

「おはようトレーナー」

 

「おはようオグリ」

 

「今日は何をすれば良い?」

 

「今日のトレーニングはね、プールを使うんだ。漸く施設を借りれたからね……長かった」

 

 トレーニングを行う為の施設は基本争奪戦になる、人気順だとジムが1番高く、2番目にプール、3番人気はターフやダートと言った特設コースだ。

 

 勿論3番人気だからと言って何かある訳じゃない。

 コースが3番人気な訳としては、やたらコースが大きい為に、そもそも予約をしなくても使えると言う点が大きい。

 

 けれどジムやプールは室内の為に、必然的に使える人数が限られていく。

 

「なら水着が必要だな」

 

「そうだね、トウカイテイオーやマヤノトップガン達は今取りに行ってるよ。オグリも行ってきたら?」

 

「そうする、トレーナー」

 

「なに?」

 

「トレーナーは泳がないのか?」

 

 オグリキャップの言葉に、一瞬思考が止まる新人だった。

 

「僕がプールに入ったら、誰がトレーニングの監督するのさ」

 

「……そうだった」

 

 それ以外にも理由はあったが、新人は言わなかった。

 別に担当ウマ娘に自分が泳げない事を伝える必要は無いと、そう思ったからだ。

 水が怖い訳では無い、単に泳ぐ機会が少なく更に言えば泳ぐ事に意味を見いだせなかったから特に練習をしていなかったというのが本音だ。

 

「トウカイテイオー水着バージョン!」

 

「マヤちんも水着だよっ♪」

 

「早くない!?色んな意味で早過ぎない!?」

 

 既に水着に着替えたトウカイテイオーとマヤノトップガンの突撃により、時間は過ぎていく。

 

「バクシン的に来ました!」

 

「……可笑しいなぁ、トウカイテイオーやマヤノトップガンは少し時間掛かったけど、サクラバクシンオーは数分で帰って来てる……」

 

「早着替えも得意ですから!」

 

「なるほど?」

 

「学級委員長ですし!」

 

「そこやっぱり関係有るの?無いと思うんだけど……」

 

 そうしてトレーニング前の雑談に花を咲かせながら、今日もトレーニングを行った。

 

 そして、空が夕焼け色に染まった頃、最後の勧誘が始まった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 新人と先輩トレーナーの表情は固かった。

 目の前に居るのは、この一週間勧誘を全て断り続けたウマ娘メジロマックイーンが居る。

 そしてそんな新人達を見守る様に両チームのウマ娘達が居る。

 その中には当然、ゴールドシップも居た。

 

「……騒がしかったこの一週間に、終止符を打ちますわ」

 

「……なんかごめんなさい」

 

「すまん……」

 

 もう既にトレーニングを終えているウマ娘達より、3人は疲れ切っていた。

 と言うのも新人や先輩トレーナーが断られても勧誘を諦めなかった為に、たまたまその光景を見ていた他チームのトレーナーがメジロマックイーンを勧誘し、更には1度断った後のチームからも勧誘が飛んで来るという事象を引き起こしていた。

 

 因みにたまたま出会ったゴールドシップにメジロマックイーンがジャーマンスープレックスを掛けたのはもう既に全てのウマ娘達が知っている。

 白目を向いて気絶したゴールドシップをその場に放置して、執拗い勧誘から逃げる様に立ち去って居た為に余計に疲れていたのだ。

 

 ジャーマンスープレックスを掛けたのも、別に1日だけでは無かった。

 ゴールドシップと出逢えば必ずやっていた為に、ゴールドシップの後頭部には割と大きなタンコブが今現在も出来ていた。

 

「うーし、じゃあ先ずはトレーナーから勧誘開始いってみよー!」

 

「お前が仕切るのか!?今の今まで殆ど何も介入してこなかったお前が!?」

 

「だってゴルシちゃんの存続が掛かってるし、この話はアタシが主役だからな」

 

「……もうなんでもいいですから、やるなら早くしてくださいまし」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 と、先輩が口を開こうとした瞬間。

 

「私の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 突如として言われた言葉に、先輩トレーナーは止まる?

 

「……メジロ家悲願?」

 

「えぇ、私の悲願と言うのは天皇賞・春の連覇ですわ」

 

「……3200mの長距離レースの連覇……」

 

「貴方も無謀と言うのかしら?それとも無責任に出来るとだけ残すの?」

 

 メジロマックイーンの悲願を聞いたのは、1部のトレーナー達だけだが、悲願を聞いたトレーナー達はこぞって言うのだ。

 

『君ならできる』

 

『一緒に頑張ろう』

 

『勝負の世界で絶対はない』

 

『貴女の悲願のお手伝いがしたい』

 

 などと言った耳触りの良い言葉を言って、良くも悪くも期待するだけ期待して終わりなのだ。

 メジロマックイーンはそう言ったモノに引っ掛かり、埋もれてしまわぬ様に教育を受けてきたから。

 故に自分の目で見て入ろうと思ったチームに入ると決めていたが。

 

「……俺はお前が夢を叶える瞬間が見てみたいと思った。だけどお前俺から良く逃げてたろ?その時に見た末脚に惚れちまったのも事実なんだ。それにお前が1人でトレーニングをしているのも見てたしな」

 

「見てましたの!?」

 

「おう、寂しそうにやってたのを見た」

 

「……別に、寂しくは」

 

 新人は知らなかった。

 メジロマックイーンに逃げられた事も無ければ、その日の勧誘が終われば寮に帰り、死んだ様に眠る日々だったから。

 

「だから俺のチームに来い、仲間が居れば寂しくは無いし。俺もお前の夢を()()したいんだ」

 

「…………」

 

 そう、先輩はメジロマックイーンの悲願を、夢を応援したいと思った。

 デカければデカい程、先輩はその夢を応援したくなる。

 トレーナーだから。

 

「んじゃ、次は新人だな!取り敢えず自己PRから言ったらどうだ?」

 

 数秒の沈黙が流れた後、ゴールドシップにより新人のターンがやってくる。

 目を瞑りながら先輩による勧誘を聞いていたが、ゆっくりと瞼を開く。

 

 覚悟は決まった様だった。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 開口一番だった。

 それはメジロマックイーンだからと言った理由では無い。

 

「僕は新人トレーナーだから。だからきっと失敗してしまうんじゃないかと思う。元々長距離(ステイヤー)の為のトレーニングとか殆ど考えてなかったし……」

 

「……アレだけ勧誘して来たのに、諦めますの?」

 

「いいや?諦めてる訳じゃ無い。単に僕はメジロマックイーンの夢を叶えてあげられるか、不安なんだ。だって僕は自分のウマ娘の夢を1度壊してしまっているから」

 

 新人の脳裏に過ぎるのは、オグリキャップの敗走。

 負ける試合じゃ無かった、けれど負けてしまった。

 あの日の事を新人は未だに忘れない、きっと死ぬ瞬間でも走マ灯の1部として蘇る事だろう。

 それが完全記憶能力と言ったモノだから。

 

 

「入って欲しいとは思う。けれどそれは君が入ったらゴールドシップが来てくれるからって言う理由が大きいんだ。僕はしっかり君を見た事が無いと思う。だから、だから……その、ごめんなさい」

 

「………………なんで私が断られてる様な形になるの!?」

 

「……あっ、確かに」

 

「もう!勧誘してくださいな!こほん……まぁ分かりました。そうですわね……なら私は先輩トレーナーのチームに入らせていただきましょう」

 

「ほ、本当か!?」

 

「えぇ、もうそろそろチームに入らなければいけないと思っていた頃でしたから、実際勧誘が来たのは嬉しい事でした」

 

 そう言ってメジロマックイーンは先輩トレーナーの前に歩いて行き、加入申請書を提出した。

 それを受け取る先輩トレーナー、と言う構図にてゴールドシップの引き抜き勧誘勝負は幕を閉じた。

 

 新人は深く息を吸い、他には聞こえないようにゆっくりと息を吐いた。

 終わってしまったのだと、そう自覚した。

 ゴールドシップの勧誘は失敗したんだと。

 いや、メジロマックイーンの勧誘に失敗したんだと。

 

 メジロマックイーンの夢を応援したいと思ったけれど、新人には想像が付かなかったのだ。

 自分のトレーニングを受けてレースに出走するメジロマックイーンの姿が。

 だから、こう言った結果になった。

 

 不意に俯く、新人はこれ以上耐えられる自信がなかったからだ。

 

「……トレーナー」

 

「ごめん、もう少し待ってオグリ」

 

 新人の傍によってくるオグリキャップだったが、新人が一度止めた。

 見られてしまいそうだったから、情けない姿を。

 

「うし、じゃあゴルシちゃんは()()()行くわ!」

 

「……え?」

 

「……は?」

 

 そう言って新人と肩を組み笑うゴールドシップが居た。

 その手には退部届けと加入申請書の2つが握られていた。

 

「……まぁそういう話でしたからね。別に構いませんけど」

 

「ごめんなマックイーン。でもコレで5対5だろ?」

 

「人を数合わせに使わないでください!」

 

「ま、まって、意味が……」

 

「ん?簡単だぜ?アタシがスピカから抜けちまったら、お前のチームは5人になって良いかも知んないけど、スピカ4人になっちまうだろ?だからマックイーンと話してマックイーンが入ったチームじゃない方にゴルシちゃんが入るって話してたんだよ」

 

 今明かされる衝撃の真実。

 ゴールドシップの勧誘勝負は、全てゴールドシップの計算の上に成り立っていた。

 

「ま、そういう事だ。ごめんな元トレーナー」

 

「元って付けるな……はぁぁ、まぁ分かった。凄く腑に落ちないが、認めよう……新人」

 

「は、はい!?」

 

 色々と着いていけない新人。

 けれど先輩はもう受け入れていた、その瞳は一点の曇りもなく。

 

 新人を映していた。

 

 

「ゴールドシップを頼んだ」

 

 

 そう言うと、少し恥ずかしそうに頭を搔くゴールドシップ。

 それがどう言った意味なのか、新人は受け止めながら。

 

 

「……任せて下さい。僕のゴールドシップですから」

 

 

 そう言って締め括られた。

 因みに余談だがこの後、トウカイテイオーとマヤノトップガンに詰め寄られ、色々と発言を撤回させられるのだが。

 それはまた後のお話。

 

 




 難産だった。
 少し過ぎましたが、この小説投稿し始めて一月が経ちました。
 読者の皆様には感謝の気持ちを込め、短編のリクエストでも受け付けようかと思っています。

 アンケートはまた後程。


 なう(2021/05/16 12:48:05)追記、予約投稿時間のミスにて14時投稿になっていました。
 申し訳ございません。


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第二十八話

 新人への評価、助け舟。


 ゴールドシップが加入して、今まで誤魔化していたトウカイテイオーとの関係も晴れてチーム『流れ星』に加入して貰い問題は無くなった。

 

 何時もは寮でトレーニング表を書くけれど、最近は他チームのトレーナー達が集まる事務室等を使って書いている。

 前は避けていたけれど、やっぱりおハナさんや先輩達以外とも交友関係を作るべきかなと思って。

 

 おハナさんに言ったオグリのレース前に5人集めると言う話は、達成出来ずにいたが。

 それでも約1ヶ月半でチームを作り上げた、本当はもっと早く作りたかったけど。

 

「……おい、見ろよ。新人だよ、他のチームからウマ娘引き抜いたりしてチーム作ったって言う

 

あ、その話知ってる。卑怯だよね、自分でトレーニングしてた訳でも無いのに、それでチーム認められちゃうんだもん

 

 ——陰口は増えたけれど、後悔は無い。

 だってゴールドシップを勧誘出来た時点で、僕は軽く満足しているから。

 でもこんなもんじゃない、皆が夢を叶える所を見たい。

 僕の夢は皆の夢の途中で交差して、最後はチームの夢が叶うんだ。

 

 

 ……あれ、僕の夢ってトウカイテイオーとゴルシ以外知ってたっけ……?

 

理事長も何であんな奴採用したんだ?

 

聞いた話だと()()らしいよ

 

なんだよそれ、最低じゃん

 

 ——聞こえない、聞いてない。

 言いたきゃ言ってればいい、僕は、だって……。

 

 慣れていると思っていても、やっぱり辛い。

 

「ねぇねぇ」

 

 やっぱり1人でトレーニング表とか作った方が良いかな……逃げているみたいで嫌だな……。

 

「あれ、聞いてる?」

 

 喉奥から込み上げてくるものを必死に下しながら、必死にPCに向き合う。

 

「やっほー!新人くん!」

 

「……ぇ、あ……その、どちらさまで……あの」

 

 油断してた、完全に1人の世界に入ってたから背後から声を掛けられて噛んでしまった。

 振り向くと、女性トレーナーが居た。

 歳は多分上……というかトレセンには基本歳上しか居ない。

 同い歳の人は未だ見ていないから。

 

「初めまして、かな?新人トレーナー歓迎会には参加してなかったよね?」

 

「は、はい。ぼく、僕はぁ、ああ言う集いは苦手、なので」

 

 新人トレーナー歓迎会。

 それは文字通り新人トレーナーを歓迎する為の宴会みたいな物だったらしく、飲み代などは全て先輩方の負担で行われたらしい。

 他のトレーナーと話をしたり、そこで先輩との繋がりを作って置いたりする場所らしいが僕は不参加だった。

 確かその日は疲れて寮に帰って寝てたと思う。

 

「皆からは()b()()()()()()/()b()》って呼ばれてるから、そっちでよろしくぅ」

 

「……お、お姉様?」

 

「うん、お姉様トレーナー。オネエじゃないからね!」

 

 多分、見た目的に決められたあだ名?なんだろうけど。

 髪は多分長い、結ってあるから少し短く見えるけど。

 それに顔も——ゴルシに比べれば大分大人しめな気がする。

 

「チーム設立おめでとー!私の所はまだ2人しか居ないんだけど、新人くんはすっごいねー!」

 

「ぁり、ありがとうございます」

 

 良い人、なんだろうな。

 こんな浮きまくってる僕に声を掛けてくれたりしてくれるんだから。

 

「……そろそろかな?

 

「……え?」

 

「どう?さっきまで此処に居た人達、まだ居る?もう居ないよね?」

 

 先程まで僕の前を立っていたお姉様トレーナーが、突然僕の隣に座り、聞いてくる。

 確かに話し掛けられた時から、僕を苛む言葉は聞こえなくなって居たけど。

 

「はぁ、君も大変だねぇ」

 

「……えっ、と」

 

「いやね?私元々リギルの……おハナさんっていうトレーナーの元で助手をやってたんだけど、この間私のウマ娘になりたいって言ってきた娘がいてね。仮称だけどチーム作ってるんだよね」

 

「……そう、ですか」

 

「そうそう、というか話が逸れちゃったね。君付き合いとか全然来てなかったでしょ?だから元々皆からノリが悪いし、付き合いも悪いって言われてたの」

 

 何となく想像はついてた。

 対人関係が苦手なんじゃなくて、他人の目が怖いんだ。

 だから友達となら……ぁ、僕友達居た事無いから自分の付き合いがいいなんて言えないんだ。

 

「羨ましくて陰口言ったりするのは良いんだけどさぁ」

 

「え、良いの?」

 

「言葉の綾だよ、あーやー。最低限本人の居ない所で言うべきだと思うんだよね。ああ言う人達ってどれだけ正論言っても最後は逆ギレして来るから、マトモに相手しちゃダメだからね!」

 

「あ、はい」

 

「……んふふ、君ってホントにお話するの下手くそなんだね?」

 

「……ほ、放っておいて……ください」

 

「かぁわぁいいなぁ〜。あ、そうだ……これ私のウマ娘達。可愛いでしょ?」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 マスターアジアとアタマオハナバタケは、オグリのレースに出走してたウマ娘達だな。

 マスターアジア、好戦的で短距離以外なら何でも走れる万能型。

 ダートや芝も関係無い力強い走りが特徴で、メイクデビューは2着と5バ身差を付けて1着。

 オグリとのレースも3着だったし、強くなるのは確実……かな。

 

 アタマオハナバタケは、花冠を付けたウマ娘。

 此方は芝専門で短距離とマイルが得意なウマ娘だった筈。

 オグリとのレースは5着、メイクデビューは1着。

 

「オハナバタケがねぇ、私にトレーニングして欲しいって言い始めて作ったんだけど……チーム名聞きたぁい?」

 

「……じゃあ」

 

「むぅ、じゃあ。じゃダメだよ?聞きたいって言わなきゃ!リピートアフターミー!き、き、た、い!」

 

「き、聞きたい、です」

 

 言わされてる感が半端じゃ無かった。

 あぁ、トウカイテイオー達に会いたい。

 なんだかんだ言っても、ウマ娘達とトレーニングやってる時が1番気楽かも知れない。

 

「なーいしょ!」

 

「なんなんだよ!?」

 

「あはは〜じゃあ私のそろそろ愛しのウマ娘ちゃん達にトレーニングしに行くから、またね!後これ私のメールアドレース、あげるね!」

 

「え、いらな……速い!?なんだよあの速さ……」

 

 押し付けられる様にメールアドレスの書かれた紙を渡されたけど、どうすればいいのか。

 

「……って、時間!?トレーニング!」

 

 トレーニング計画表は書き終わった、直ぐにたづなさんに書類を渡して走らないと間に合わない……トレーナーがウマ娘達より来るのが遅いなんて、笑い話にもならないぞっ!

 

 

 時間ギリギリだった為にたづなさんから少しお叱りを受けたけれど。

 

「チーム設立、おめでとうございます。お祝いに今度何処かにお食事にでも行きましょうか」

 

「……は、はい!」

 

 僕の為に、お祝いしてくれるって言ってくれたのが嬉しくて堪らなかった。

 そのままの勢いで小走りでチーム部屋に、『流れ星』の表札の着いた部屋に走って行った。

 不穏な影が近付いている事に、気付かないまま。

 

「ゴルシちゃんとうじょー!」

 

「ぴゃい!?」

 

「朝から元気だな新人!アタシも連れてけよー!」

 

「ちょ、おま、お前の方が背高いじゃん!?ね、お、背中に乗るな!よじ登ろうとする、あぁ、もう!」

 

 そうしてゴールドシップを背に乗せながら、重たくなった身体で僕は走った。

 

 当然遅刻しましたごめんなさい。




 暗い空気はゴルシちゃんがぶっ壊してくれる。

 新人くんの同僚ポジ書いてみた。
 みんな大好きお姉様だぞ、ほら喜べよ。

 アタマオハナバタケ気に入ってます。


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第二十九話

 黄金の船と帝王の意地。


 ——正直な話、僕はゴルシを舐めていたと言わざるを得なかった。

 事の発端なんて、なんてことも無い会話から始まった。

 そう言えばゴルシがちゃんと走ってるの見るの、初めてかも、楽しみ。って言っただけだったんだ。

 たったそれだけだったんだけど、なんか僕自身何がゴルシに火を付けたのか分からないけれど。

 

「しゃあ!また1着貰い!」

 

「なん、だと……」

 

「むぅ……」

 

 メンバーが5人になった事により、競走の組み分けをまた変えてトウカイテイオー、マヤノトップガン、ゴールドシップの3人で走って貰ったが。

 結果はゴールドシップの圧勝と言う結果になった。

 

 これは先輩のトレーニングが良かったのか、素材(ゴルシ)が良かったのか。

 それとも両方か。

 

「どーよ新人!ゴルシちゃんの実力は!」

 

「……そのドヤ辞めてよ」

 

 圧倒的(6センチ)な身長差と、顎を上げて行われるドヤ顔。

 なんなんだコイツは……あぁ、ゴルシか……。

 

「もうあんなのワープだよワープ!ズルいよゴルシ!」

 

「後ろからいきなりおっきな足音と一緒に来るのは、実際マヤちん怖かったよぉ……」

 

「このチームのリーダーウマ娘は、このゴールドシップ様が頂くぜ!そう言う約束したよなしーんじん!」

 

「してないし、このチームのリーダーウマ娘なんて決める気も無いんだけど?」

 

 何が起こったかと言うと、ゴルシは追い込みをしただけ。

 トウカイテイオーとマヤノトップガンが競り合っている所に、大外から走って来た。

 本当にそれだけ、なんだけど、追い越したタイミングが絶妙だったと言うか。

 外から見てれば抜いたなって分かるけど、トウカイテイオーからしたらちょっと見え辛かったのかも知れない。

 もっと視野を広げてあげなきゃ。

 

「ゴールドシップ」

 

「ん?どしたオグリ」

 

「私とも走らないか?」

 

「オグリ?」

 

「トレーナー、私がゴールドシップと走りたいんだ。ダメか?」

 

「いや、良いけど……」

 

 僕のチームで1番強いと思うのはオグリだけど、今はどうか分からなくなってる。

 ゴルシが悪い。

 

「なら決まりだな。ゴールドシップと私の——」

 

「ボクも走る!走りたーいー!」

 

「……テイオーもか?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ、ゴルシちゃん的には誰が来ても良いゴルシよ」

 

「くぅ〜此処で負けっぱなしなのは悔しいもん!」

 

「……じゃあトウカイテイオーとオグリ、ゴルシの3人で……距離はどうしようか」

 

「トレーナーに任せよう」

 

「バクシンできるように短距離なんかどうですか!」

 

「ボクはヤダよ?すぐ終わっちゃうもん」

 

「ちょわ!?」

 

「アタシもテンション上がる前に終わっちまう競走はなぁ」

 

「ちょわわ!?」

 

 バクシンオーの短距離提案は放っておいて、どうしようか。

 3人とも中距離も長距離も出来そうな気がするんだよね。

 けどトウカイテイオーのスタミナが心配だ、此処で無理をさせるのはしたくない。

 現状長距離走れそうなのはオグリ位だし、ゴルシはまだ長距離走らせてないから分からない。

 

「じゃあ取り敢えず変わらず2000mで行こうか。マヤノトップガンとバクシンオーはスタート位置とゴール位置をお願いしても大丈夫?」

 

「アイ・コピー♪任せてトレーナーちゃん!」

 

「バクシン的にOKです!」

 

「じゃあ始めようか」

 

 そう言って皆指定の場所へ向かって行った。

 個人的には此処最近の競走で2着しか取れていないトウカイテイオーを応援したいけど、ゴルシがどういった展開をするのかも注目したい。

 日常的なゴールドシップは知ってるけど、走ってる時のゴルシは余り知らないから。

 

 そんな事を考えながら、スタートを掛けた。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 新人の掛けた号令により、各ウマ娘が一斉にスタートを決める。

 先ず抜きん出たのはトウカイテイオーだった、今回のメンバーの作戦では1番前に近いからこそ、トウカイテイオーが前を張っていた。

 その後ろにピッタリくっついて行くのがオグリキャップ。

 更に後方、その位置からどうして1着を狙えるんだと聞きたくなるどバ身か開く中、本当に楽しそうに走るゴールドシップが居た。

 

 コーナーを曲がって来たのはトウカイテイオー。

 そのすぐ後ろにオグリキャップ、凡そ3バ身離れてゴールドシップ。

 依然トウカイテイオーが先頭であった。

 

「トウカイテイオーさんバクシンしてますね!」

 

「そうだね、スタート係ありがとうバクシンオー」

 

「いえいえ!学級委員長ですから!それにしても見事なバクシンっぷりです。バクシンポイント10あげたいです!」

 

「……なに、その、バクシンポイントって」

 

「はい!勿論バクシンポイントはどれだけバクシンしたかで付けるポイントの事です!実はですね100バクシンポイント貯めると……貯めると……特に思い付きませんね」

 

「無駄じゃん!?」

 

 サクラバクシンオーとの会話を楽しむ新人だったが、競走からは一切目を離していなかった。

 と言うよりも離せなかったが正しい。

 才能の塊であり、努力をしているトウカイテイオー。

 過去を乗り越え、誰よりもパワーに秀でているオグリキャップ。

 そして全くもって未知数のゴールドシップ。

 この3人の競走を見逃したくないと、新人の魂が惹き付けられて止まないのだ。

 

「……そろそろだね」

 

「オグリキャップさんのスパートも始まりますし、ゴールドシップさんの追い込みも来ますからね。トウカイテイオーさんにこのままバクシンして貰いたいです!」

 

 サクラバクシンオーの言葉に新人は頷いた。

 そして最終コーナーを曲がるトウカイテイオー。

 その後ろ——いや隣にはオグリキャップが並んでいた。

 

「抜かされちゃう……っ」

 

「ふぁいとー!!バクシンですよー!」

 

 ゴール係であるマヤノトップガンの距離まで、目測400mになった瞬間。

 

「ゴールドシップ!」

 

「追い上げが凄いですよ!?50バクシンポイントを差し上げます!」

 

「もうそれ良いよ!」

 

 先頭を奪ったオグリキャップに追いすがり、抜く気満々で笑みを浮かべながら走るゴールドシップが外からやって来た。

 トウカイテイオーも前を狙っているが、オグリキャップとゴールドシップの2人が前を塞いでしまっていて、上手く抜け出せていない。

 

 残り200。

 ゴールドシップが大きく踏み込み、オグリキャップを抜かす。

 だがオグリキャップも姿勢を更に低くし、芝を抉る様な力で前に進んでいた。

 

「わ、わわわ!?ご、ゴール!トレーナーちゃん!」

 

「……写真でも無いと判断付かないかな……同着って事で」

 

「くっそー!抜かせたと思った!オグリすげぇな!また一緒に走ろうぜ!」

 

「あぁ、こんなに競り合ったのは久しぶりだ。とても楽しかった」

 

「オグリキャップさん!?それ私の事余裕で抜いてるって言ってませんか!?」

 

「……いや、そんな事は無いぞ?」

 

「その間が証拠ですよっ!!」

 

 サクラバクシンオーがオグリキャップの元へ走って行く。

 何やら言い争いをしていたが、新人の耳には届かない。

 興奮もした、魅せられた、けれど。

 

「トレーナーちゃん!」

 

 ゴール係だったマヤノトップガンが棒立ちになっている新人の元へ歩いて来ていた。

 

「……どうかした?」

 

「マヤちんのセリフだよ?元気無さそうにしてたから、マヤちんしんぱーい」

 

「……ちょっとね」

 

 新人の目は、トウカイテイオーしか映っていなかった。

 




 レース実況を新人とバクシンの2人でやらせたかったけど、ちょっと違う気がした()

 テイオーの勧誘シーンが見たいって感想に来てましたが、大丈夫です。
 次の話で出ますから()

 安心してね♡


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第三十話

 小さな棘と諦めない2人。




 ボクは勝てないんじゃないか、最近そう思っちゃう。

 オグリやゴルシに何回挑んでも勝てない、諦めたくないのに、どうしても勝てる気がしなくなって来る。

 

「……無敗の三冠ウマ娘に、なる」

 

 カイチョーと並ぶ為の夢、何時かカイチョーを追い越す為に必要な()()

 それがボクの目標であり、夢だった。

 けれどやっぱりと言うか、流石と言うか……オグリは前に走ったレース以来負ける事が無くなった。

 ゴルシとの競走でゴルシに追い抜かされても、並ぶんだ。

 可笑しいよね、マヤノとゴルシ、オグリの3人の競走見てたけど、何でオグリ最後の直線で抜かれて3バ身とか開いてるのに追い付くの?

 

 ゴルシもゴルシで途中から徐々に追い上げてくるのが、本当にコワイ。

 足音が迫ってくる時の音、ドスンドスンとかそんなもんじゃないからね。

 最早重機だよあんなの。

 

 結局今日もトレーニングに集中出来なかった。

 折角トレーナーから勧誘して貰えたのに。

 

 そう、ボクはトレーナーに勧誘されたんだ。

 それなのにボクは何してんだろ、思わず溜め息が出る。

 もうみんな帰っちゃったし、ボクも帰らないと、

 

 トレーナー室では無く、チーム『流れ星』のチーム部屋になった場所から出て行く。

 そう言えば最近トレーナーと話せてないな、なんて事を考えながら校門へと向かう。

 何時もならステップしながら帰るんだけど、今日はそんな元気無かった。

 

「……はあ」

 

 校門を通り過ぎた所で、また溜め息を吐いた。

 

「トウカイテイオー」

 

「……トレーナー?」

 

 音がする方へ勢いよく首を回した、ゴキって言った痛い。

 そこにはトレーナーが居た、何時もの白いワイシャツに黒いズボン。

 頭にはカチューシャをつけていたトレーナーが。

 

「一緒に帰ろうか」

 

「……一緒に!?え?でもトレーナー寮とウマ娘寮って……」

 

 反対だよね、って言おうとしたら、ボクが口を開くより前にボクの手をトレーナーが握って居た。

 近くない!?近いよね!?キミ誰!?

 ボクの知ってるトレーナーってコミュ障であがり症のトレーナーなんですけど!?

 

 トレーナーに手を引かれ、ボクは歩いて行った。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 まぁ知ってたよ、単に帰るだけなのは。

 でもさぁ、1度繋いだなら手を離すのはダメでしょトレーナー。

 そういう所だよ。

 

「……ぁ」

 

「どうかした?……はちみつドリンク……」

 

 はちみーの移動販売が有った。

 ここ最近は全然見てなかったけど、帰り道にあったの?

 いやいやいや、もう約1週間も飲んでないから禁断症状出て来て大変だったからそんなの関係ない。

 

「飲みたい?」

 

のみたいっ!

 

 トレーナーの質問に大きく返事を返す。

 飲みたいに決まってるでしょ!?1週間だよ1週間!

 

 時間にすれば大体168時間、分にすれば10080分だよ!?

 

「じゃあ買ってあげるよ、一緒に飲もっか」

 

「…………一緒に?」

 

 何を?はちみーを?2人で?一緒のはちみーを?

 

 今日のトレーナー誰!?

 

「すいません、あの、ぇっ……えっと、はち、はちみーの……柔め薄め普通で。トウカイテイオーは?」

「……うん、まぁ知ってた。ボクはねぇ、固め濃いめ少なめ!」

 

 流石に一緒に1つのはちみーを飲んだりはしないよね。

 分かってる、分かってたけど……一瞬頭に過ぎっちゃうんだよ!

 

「……あ、以外と美味しい」

 

「でしょでしょ?」

 

「これは普通に飲めるなぁ……下手な栄養剤よりコッチの方が好きかも」

 

「なんではちみーが美味しいって話してたのにお薬の話になるの?トレーナー大丈夫?疲れてるんじゃない?」

 

「大丈夫、大丈夫。何処か座れたりしないかな」

 

「あ、じゃあそこの河川敷に行かない?良く通ってるんだよね」

 

「河川敷?……いいね、楽しみだ」

 

 そう言うとトレーナーは本当に楽しそうに笑う。

 トレーナーって偶に子供みたいに見えるんだよね、凄く楽しそうって言うかトレーナー的に言うなら経験が無いからドキドキする。

 そんな感じ?

 

 ボク達は河川敷の芝生に座り込んで、夕焼け色の川を見ていた。

 少なくともボクは。

 

「トウカイテイオー」

 

「なに?」

 

 美味しいはちみーを飲んでる筈だけど、ちょっと味が分からない。

 キンチョーしてるのかな……。

 

 ふとはちみーを飲みながら横目でトレーナーを見た。

 夕焼けに染まりながら、優しい顔をしてた。

 

「走るのは楽しいかい?」

 

「——もちろん!あったり前だよ!だって」

 

「じゃあ負けるのは楽しいかい?」

 

「……楽しい訳、無いじゃん」

 

 走るのは楽しいけど、負けるのが楽しい訳、ないじゃんか。

 トレーナーが何を言いたいのかワケわかんないよ。

 

()()()()()()()()()

 

「あ、諦めてないよ!」

 

 諦めてはいないよ、諦めてはない。

 いつか、いつか勝てるから、だから……。

 

「オグリとゴルシと競走しなくなったよね。それはなんで?」

 

「……ボクには、ボクのペースが……」

 

()()()()

 

「……ぇ?」

 

 何気なく言われた言葉、普通に呟かれたボクの名前。

 ずっと言って欲しかった、ずっと欲しかった音が聞こえてしまって思考が止まっちゃった。

 

「負けるのは悔しいよね」

 

「……うん」

 

 オグリに負け始めた、悔しくて隠れて自主トレとかしてたけど、不思議とオグリにな追い付けなかった。

 

「諦めるのって辛いよね」

 

「……ぅん」

 

 勝てないんじゃないかって思い始めちゃったら、ずっと悪い事しか考えられなくて辛くなった。

 

()()()()()()()

 

「ぇ」

 

「僕は諦めない、だから僕を見ててよ。諦めない僕を。もしもテイオーが挫けそうになって諦めそうになったら、諦めずに足掻こうとする僕を見て。」

 

 そう言ってトレーナーはまたボクの手を握る。

 

 諦めない姿を見てよ、かぁ。なんだろ、すっごくカッコイイと思ったのはボクだけなのかな。

 

「じゃあさ……」

 

「なに?」

 

 ボクも、カッコよくなりたいな。

 カイチョーに憧れたみたいに、カイチョーに並びたいと思った時みたいに、カイチョーを追い抜かしたいって気付いた時見たくに。

 

 諦めなければ、カッコよくなれるかな。

 負けても、カッコよく見えるかな。

 

 何か喋りたかったんだけど、ボクはトレーナーの目を見るだけで何も言えなかった。

 言いたい事タクサンあるのに、上手く話せないんだよトレーナー。

 

「テイオー」

 

「……なに?」

 

「負けていい勝負は無いと思うけれど、負けるのは悪じゃないと僕は思う。だから負けた事に対して悔しがるのは当然で、寧ろ悔しがらなきゃイケナイ事だと僕は思ってる……で、テイオーはどう?負けるのは悔しくない?」

 

「悔しいよ、悔しいに決まってるじゃん!だって負けちゃってるんだよ!?無敗の三冠ウマ娘を目指してるのに、タダの競走で負けちゃってるんだもん!悔しいに決まってるよ!」

 

 楽しくない、楽しみたい。

 負けるのは嫌だ、でも負けちゃう。

 勝ちたい、でも勝てない。

 

 

 諦めたくない諦めたくないよ

 

 

「トレーナーは」

 

「うん」

 

「ホントに何があっても諦めない?」

 

「……そうだね。諦めるのは負けだと思ってるし、何より……楽しくないんだもん」

 

 そう言ってトレーナーは照れ臭そうに笑った。

 そっか、そうなんだ。

 分かってたし知ってたけど、やっぱり諦めるのはカッコ悪いよね。

 

 色々グチャグチャになってたけど、1つだけ胸の中にあれば良いんだね、トレーナー?

 

「テイオー」

 

「……」

 

「明日の競走、テイオーが勝てたらメイクデビューしようか」

 

「へっ?いや、え?ボクが勝ったら?勝てなかったらどうするの!?」

 

「そんな事は考えてないっ!つまり無計画だよ!」

 

「トレーナー頭良いのに、ホンットに頭悪いよね」

 

「……ごめん」

 

 でもそっか、ボクが勝てばメイクデビュー出来るのか。

 なら、だったら、それなら。

 

()()()

 

 ボクは勝つよ、トレーナー。

 勝てる気がしなくても、諦めない。

 諦めない姿をトレーナーはボクにずっと見せてくれるんでしょ?

 だったらボクも諦めないから。

 

 だから——。

 

 

「ボクの事、ちゃんと見ててね!」

 

「ずっと見てるから、テイオーの事」

 

 不思議と、やれそうな気がするんだよ、トレーナー。

 

 

 

 

 




 今思った、別にゴルシの勧誘後のトウカイテイオーの勧誘話後書きに載せる必要無いじゃん。

 ゴールドシップの勧誘話の所に書き写します。
 色々すいません()

 次回、帝王の意地。

 絶対見てくれよな!


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第三十一話(前編)

 帝王の意地。

 第三十話の後書きで書いた話を第二十七話に付け足しました。
 分けて書く必要ないと思ったので。
 読みにくい話を書いてしまい、申し訳ございませんでした。
 

 誤字報告ありがとうございます。
 


 目が覚めると、酷い頭痛と吐き気がやって来た。

 来るな、帰ってくれ。

 原因は分かってる、自業自得だけどお酒飲んだのが悪かった。

 

「……気持ち悪い」

 

 お酒は飲むなって言う心情を破ってまで飲んだけど、やっぱりダメだ。

 僕はジュースの方が好きだ、飲めない事は無いけれど缶ビール1本でここまで体調崩すのはダメだと思うの。

 

「責任感の無さが疑われちゃう……」

 

 ただでさえトレーナーっていう役職は責任が付き纏う仕事なのに。

 自分の健康管理が出来てなかったら、それは担当ウマ娘の健康管理も出来ないと言う事を言われかねない。

 悔しいけどトレーナーの間じゃ僕に対しての評価は低い。

 だけどそれを理由に立ち止まる事は出来ない、陰口を言われたって僕が、テイオー達が夢を進めないのは可笑しい。

 

「……って言っても、流石に辛いよ。やっぱり計画表は部屋で書こう。お酒飲めば平気ってネットで見たけど余計に辛くなっちゃったよ……」

 

 テイオーと話をした後寮に帰る前に今日のトレーニングの為の準備をしていたんだけど、まさかあの時間にまだ他のトレーナーが居るとは思って無かった。

 咄嗟に隠れちゃったけど、聞こえて来るのはどうでもいい話と、僕への陰口だった。

 ベテランの方々も僕と同じく新任のトレーナーも、僕の事を気に入らないんだと思う。

 

「……今日は大事な日なんだ。暗い気分になってたってしょうがない。しょうがないんだ……」

 

 切り替えて行こう、取り敢えず昨日着ていて酔ってそのまま寝ちゃってたけど、お風呂に入ろう。

 アルコールの匂いを落としておかないと、ゴルシになんて言われるか……。

 

 Tシャツを脱いで、ベルトを外して、いざお風呂場へ。

 

「……湯船が無いのがなぁ」

 

 正直湯船に入りたかった。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 いつも通り部屋で計画表を書き、たづなさんへと渡して来た。

 僕としては今回の競走の結果でメイクデビューさせる順番を決めようと思ってる。

 テイオーが勝てば、テイオーを1番にマヤノトップガン、ゴルシの準備でメイクデビューをさせる予定だ。

 

 他のチームのメイクデビューの日程等は全部網羅している。

 滑り込ませるレースも予定してあるけど、出来たらテイオーに今日の競走に勝って欲しい。

 

 オグリは良い壁になる、現にテイオーやマヤノトップガンは負け越してるし……例外も居るけど。

 デビュー前とはいえゴルシはヤバい。

 なんで彼奴クラシック級に入ってるオグリと競り合えるんだ?

 

「……良し、僕が1番だ」

 

「バクシーン!ちょわ!?また私2番目ですか!?」

 

「お、おはようバクシンオー」

 

「はい!おはよーございます!」

 

 僕のすぐ後に来たのはバクシンオーだった。

 いつも思うけど、学園の授業が終わって5分も経ってないのに、なんでそんなに早く来れるの?

 

「学級委員長ですから!」

 

「なるほど……いや、わかんないよ?」

 

「おはようトレーナー、バクシンオー」

 

「オグリおはよ……なんでもう満足顔してるの?いや何となくわかるけど」

 

「トレーニング前にご飯を食べて来た。元気100倍だ」

 

「オグリキャップさんおはようございます!今日もバクシンしましょう!」

 

「あぁ、バクシン、だな」

 

 3番目はオグリが来た。

 既にお腹を膨らませた状態で。

 今日のトレーニング中のご飯は少なめで良いかな……ダメだろうな、オグリの食欲的に。

 

「マヤちんと〜」

 

「ワガハイが〜」

 

来たよ♪(きたっ!)

 

「おはようテイオー、マヤノトップガン」

 

「!?トレーナーちゃん!なんでテイオーちゃんはテイオーちゃんって呼んでるのにマヤはマヤノトップガンなの!?おかしいよね!ユーコピー!!」

 

 言われると思った。

 言うまでが長いんだ、1度言ったら恥ずかし……くは有るけれど慣れてくるから。

 マヤノトップガンの事もちゃんと呼んであげたいんだけど、まだ恥ずかしさの方が強いから……。

 

「うぃーす、最近疲れて来たゴルシちゃんだぞー。新人そろそろ別のトレーニングやらせろよ。いつまで芝の上走らせんだコラ」

 

「おはようゴルシ。残念だったね、今日も走って貰うよ。他の施設は予約でいっぱいなんだ」

 

「じゃあアタシらより前に予約してた奴の顔面にゴルシちゃんキックして退かしてけばいいんじゃね?名案じゃーん!」

 

「やめろバカ!」

 

 なんでそんなバイオレンスな解決方法思い付くの、怖いよ。

 まぁ正直邪魔はされてたけど、なんだよ予約する為に理事長の許可が必要とか。

 聞いた事ないし、そんな許可必要無かったじゃん。

 嫌われ者ってこういう時悔しい。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 いつも通り、というか他に特にやる事が無い為に軽い柔軟から始まって、トレーニング用の少し重たい蹄鉄に履き替えて3000mをランニング。

 水分補給をしてまた柔軟をする。

 

 そうして、競走を行う。

 

 本当はトレーニング施設を借りて、足回りの筋肉を付けたかったけどどうにもままならない。

 

「いつもの終わったぞー。走るなら早くやろーぜ!」

 

「乗り気になった?」

 

「走るのは好きだからな」

 

「……さっき飽きたって」

 

「1秒後にどうなってるかは分かんないんだぜ?」

 

「すっごい笑顔、腹立つ」

 

 そうして軽口を叩きあう。

 やっぱりゴルシは話易い。

 

「ゴルシ」

 

「あん?」

 

「今日の競走1着取ったら1番初めにメイクデビューさせてあげるよ」

 

「マジ!?やったぜ!参加するのはテイオーとマヤノとゴルシちゃんの3人か?」

 

「そこにオグリも入って貰う」

 

「畜生かお前」

 

 デビュー前のジュニアとクラシックをぶつけるなんて、とか思われるけど壁はあった方が良いと思うから。

 

「バクシンオー!スタート位置お願い!」

 

「お任せを!」

 

「ゴルシ、オグリ、マヤノトップガン、テイオーの4人は並んで!距離は2400mで行こう!」

 

 そうして始める、メイクデビューの出走順を決める競走。

 後でまたテイオーやマヤノトップガンに怒られそうだなぁ……。

 

 

 

 

 




 やばい、書きたい話が書けてない。
 この話蛇足感半端無く感じる。

 取り敢えず今夜22時にまた投稿します。



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第三十二話(後編)

 帝王の意地。

 もっと、もっとくれ……感想を……もっとください。
 


 芝2400m、スタート係はサクラバクシンオー。

 タイム計測者兼ゴール係新人トレーナー。

 競走に参加しているのはメイクデビュー前のトウカイテイオー、マヤノトップガン、ゴールドシップ。

 そしてクラシック級ウマ娘オグリキャップの4人だった。

 

 観客等は居なかったが、各々真剣な表情で待機していた。

 ゲートは無く、得られる物は殆ど無い、ただ誰が速いか決める為の全力疾走。

 現在デビュー前ではゴールドシップが1番人気という形になり、時点でトウカイテイオーになる。

 新人としてはトウカイテイオーに1位を取って欲しい。

 マヤノトップガンにも新人は注目していた、けれど今回の競走で勝てるかは分からなかった。

 

「位置について」

 

 新人トレーナーが号令をかける。

 

「よーい」

 

 各ウマ娘が構えを取る。

 

どん!

 

 そうして、何時もとは少し違う競走が始まった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 先ず飛び出したのはマヤノトップガン。

 その背中を追い掛けるのはトウカイテイオー、トウカイテイオーの斜め横にオグリキャップが追走。

 

 そしてオグリキャップから3バ身程後方に1人足を溜めているゴールドシップが居た。

 

 やがてウマ娘達はトレセン学園のコーナーに入った、先頭は変わらずマヤノトップガン。

 2番手にはトウカイテイオー、その斜め横に変わらずオグリキャップ。

 3バ身から4バ身に差が開いたゴールドシップ。

 距離は既に1000mを通過している、何時もなら後半分の距離だが、今回はまだ1400m残っている。

 

「ここからですね!」

 

「なんでもう隣に居るの?早くない?」

 

 ゴール係である新人の横には、もう既にサクラバクシンオーが立っていた。

 頭が良いのか悪いのか、はっきりしない新人は疑問をサクラバクシンオーにぶつけるが。

 

「柵を超えて最短で!最速で!真っ直ぐにやって来ましたとも!」

 

「……危ない事しちゃだ、だめだからね?」

 

「大丈夫です!学級委員長ですから!」

 

「…………はい」

 

 サクラバクシンオーとの会話をしている内に、既に先頭は最終コーナーを抜けていた。

 

 先頭はマヤノトップガンだった、そして最後の直線に入りトウカイテイオーが前に抜け出した。

 

「トウカイテイオーさん、良いバクシンですね!」

 

「……そろそろだね」

 

「?」

 

2()()()()()()

 

 新人の言葉通り、トウカイテイオーの斜め後ろに陣取っていたオグリキャップがトウカイテイオーに並んだ。

 そして更に外を回ってやって来たのはゴールドシップ。

 芝を踏み抜き、オグリキャップに並び立った。

 

 マヤノトップガンもまた粘るが、トウカイテイオーに半歩及ばない。

 そうしてトウカイテイオーをオグリキャップが抜く……が。

 

「トウカイテイオーさん凄いです!抜かされかけましたけど、まだ粘ってます!」

 

「……がんばれ、がんばれテイオー……」

 

 トウカイテイオーがまた先頭を進む。

 残り400m、トウカイテイオー、オグリキャップ、ゴールドシップが並び、駆ける。

 誰が抜け出すのか、誰が速いのか。

 

 ゴール前に立っている新人とサクラバクシンオーにはもう横一線にしか見えなかった。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 マヤノを抜かした、オグリが並んだ、その外からゴルシも来てる。

 まだ終わらない、まだ続く、なんで急に2400mに変えたさ。

 トレーナーの意地悪。

 

 でも、まだ走れる、まだ行ける。

 メイクデビューとか、そんなのは関係無いんだ。

 

 ただ、ただ負けたくない

 

「まけ、る……もんか……!」

 

 もう負けたくない、勝ちたい。

 勝っていたい、勝てばトレーナーに褒めて貰える。

 勝てば……カイチョーにだって……!

 

 もうトレーナーとバクシンオーが近くに見えた。

 

「ここ、からぁっ!」

 

 オグリとゴールドシップが離れない。

 

 ゴルシより、更に外から。

 

「マヤだってぇ!」

 

 ()()()が並んで来た。

 あぁ、もう。

 

 楽しいなぁ、楽しいよ、だから。

 

「勝ちたい!」

 

 

 

 トレーナーとバクシンオーの前を横切った。

 

 

 

 

 トレーナーが笑ってた気がした。

 

 

 

 











 特に関係無いのに意識されるカイチョー。
 君ダークライってあだ名ついてない?
 ダークライルドルフ。


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第三十三話

 メイクデビュー前。

 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。
 とても励みになってます、モチベが上がる。


 最早日課となっているトレーニング表を提出し終わり、チーム室に皆が集まっていた。

 トウカイテイオー、マヤノトップガン、オグリキャップ、サクラバクシンオー、ゴールドシップ。

 皆の表情はいつもより凛々しく見えた、ゴルシはニヤニヤしてるけど。

 真面目な話するから真顔になれ。

 

「こんごにょ……今後の予定がきま、決まりました!」

 

(噛んじゃったよ)

(噛んじゃって顔赤くしてるトレーナーちゃん可愛い)

(お腹空いた)

(早く走りたいバクシンしたいです)

(今朝食ったスルメちゃんと飲む込むタイミング掴めてたから、実質ゴルシちゃんの勝ちだろ。なぁ新人?)

 

 そう、漸く今後の予定が決まったんだ。

 長かった、トレセン学園に就職してもう直ぐ2ヶ月。

 新人トレーナー達ではチームを作るのは難しい、と言うモノを超えてやって来た。

 

 僕凄くない?凄いよね?

 

「いや、お前1人目の勧誘成功させるのに1ヶ月掛かってるから凄くはねぇだろ」

 

「……心を読まないでよ」

 

「ゴルシちゃんレーダーに引っかかったお前が悪い」

 

「話の続きまーだー?」

 

「……はい」

 

 今朝たづなさんに言って、貰って来たホワイトボードにマジックで文字を書いて行く。

 皆の走る姿を思い浮かべながら。

 

「メイクデビュー、しよう!」

 

やったー!(イヤッッホォォォオオォオウ)

 

「ゴルシ煩い……まず1番手は……」

 

「マヤちん!」

 

「いやアタシだろ」

 

「……皆横一列だったから判断付かなかったって、トレーナー言ってたもんね。ボク頑張ったのに!」

 

「ご、ごめんなさい……でも、でもさ、ほら、あの……うん」

 

「いやなんか言えよ」

 

「……でて、来なかった」

 

 模擬レースと言っても過言じゃない競走をやって、結果は皆の横一線。

 つまり写真とかで確認しなきゃ判断が付かなかったんだ、でも僕悪くないよね。

 先輩やおハナさんに聞いたら職務怠慢って言われたけど、カメラとか持って来た方が良いとか言われなかったもん。

 

「と、とにかく、メイクデビュー1人目はテイオー。チーム『流れ星』の初めの1人として、その……上手くがんばれ?」

 

「フワッとしてるなぁ……うん、ムテキのテイオーサマに任せたまえ!」

 

 約束してたし、初めに見るならテイオーだって思ってたから。

 

「2番手は、まや……マヤノトップガンにお願いするね」

 

「むぅ……またながーい!」

 

「……ごめんなさい」

 

「今度マヤちんとお出かけ(デート)してくれたら許すよ♪」

 

 お出かけ、お出かけかぁ……何すれば良いんだろ。

 友達とか居なかったから、特に何処に行くかとか考えた事無いんだよね。

 後で検索して見ようかな……《担当ウマ娘とお出かけする場所》みたいな感じで、質問板とかに書き込めば何か返ってくるでしょ。

 

「最後は」

 

「ふははは!このゴールドシップ様がゲート蹴破って芝を荒らしに荒らして勝ってきてやるぜ!見てろよォ!」

 

「蹴破るな荒らすな普通に勝ってきて?」

 

 メイクデビューの予定日ももう決まってる。

 出走する他のウマ娘達のトレーナーも知ってる、僕の陰口を言ってる人達なんだけど、悲しいけどトレセン学園内で僕の事を言ってない人の方が少ないんだよね……。

 

「……ぁ、そうだオグリとバクシンオーにもレースに出て貰うよ」

 

「そうなのか?」

 

「私もレースに出れるんですか!バクシンします!」

 

「うん、その……2人はクラシックだから普通のレースに出て貰うんだけど大丈夫?」

 

「あぁ、トレーナーの出したいレースに出してくれ。今度は必ず1着を取って帰ってこよう」

 

 ……何このかっこいいオグリ。

 

「長距離レースでも大丈夫ですからね!任せて下さい!」

 

「マイルだから安心して?」

 

 ……そう言えば、バクシンオーの出走記録を見たら確かに長距離も走ってたんだよね。

 最下位だったけど、ジュニア級の時に出てた。

 バクシンオーの適正距離って短距離とマイルだったと思うけど、前のトレーナーさんって何で出したんだろう。

 

「じゃあ、始めよう。僕達『流れ星』のメイクデビューを」

 

「ボクのことちゃーんと見ててね!」

 

「アイ・コピー!」

 

「足が疼いて来やがった……嵐を巻き起こすぜ……!」

 

「お前は荒らしに行くんだろ、ちゃんと走らなきゃダメだからね」

 

 そんな事を言ったら、ゴルシの眉が一瞬動いた。

 なんだろう、後で蹴られる気がする。

 

 

 そんなこんなで決まったメイクデビュー。

 このデビューが終われば、今度は皆ジュニア級だ。

 僕は必ず、やり遂げてみせる。

 

 皆の走りを見れば、よく分からないこんな()()は消える筈だから。

 

 

 

 

 

 

 




 他のウマ娘二次創作者達の多くはしっとりテイオーを書く。
 つまり別にこの小説でしっとりテイオーを書かなくてもいいって事じゃないかな?
 私はカラッとした元気っ娘テイオーが書きたい。
 カラットテイオー……カラットテイオー!?
 カラットテイオーってなんだよ()

 トウカイテイオーすき(脳死)


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第三十四話

 晴れ時々曇り後トウカイテイオー。


 その日はやって来た。

 前日は雨が降ったが、朝が来れば太陽が空を照らしていた。

 

 楽しみで仕方が無い今日、テイオーのデビュー戦。

 

「承認!外出を許可する!帰ってくるまでがメイクデビューだ!気を付けてな!」

 

「ぁり、りがとうございます」

 

「……新人さん、また噛んでますよ」

 

「新人!存分に担当ウマ娘の晴れ姿を見て来るが良い!」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 何度も会っているし、その度に話をしているのに未だに理事長、たづなさんとの会話が上手く行かない。

 たづなさんだけなら出来るけど、理事長の声に押されちゃうんだよね。

 もっとしっかりしないと。

 

「失礼しま、しました」

 

 最後に頭を下げて退室する。

 面接の時もそうだったけど理事長の堂々とした姿は、凄く憧れる。

 僕もあんな風になれるだろうか。

 

 

「やぁやぁ、新人くん」

 

「ぁ、え、と……おはようござ、います」

 

「HAHAHA、そんなに緊張しなくてもいい。今日メイクデビューを共に走るのはウマ娘達だが、育てたのは紛れも無く私達だ。新人トレーナーのウチから何人ものウマ娘を育てるのは大変だったろう?その成果が今日出ると良いね。新人くん」

 

「あぁ、そうそう。君はもう少し()()()()()()()()()()。私の様にね!」

 

「…………はい、あの、よろし、宜しくお願いします」

 

「ふっ……私の胸は貸せないからな、自分の担当ウマ娘に慰めてもらう準備をして置いて損は無いぞ?ではまた」

 

 言ってる事もやってる事も無茶苦茶だ。

 緊張しなくていい?だったら僕を睨むな、喋りかけるな。

 僕を見て、嗤うな。

 

 ベテラントレーナーは僕の横を通り過ぎて行く。

 ヤケに鼻を突く香水の匂いと、横目で哂われた。

 

「……大丈夫、テイオーだもん。僕のチームは、流れ星は何処のチームにも負けない輝きを持ってるから……!」

 

 両拳を握って、足早に駆け出した。

 テイオー達に会いに、メイクデビューの迎えに行くんだ。

 大丈夫、大丈夫だ、僕は独りなんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 芝2000m、天気は晴れ。

 バ場状態は前日の雨も有り稍重バ場。

 重バ場じゃ無かったと安心すべきなのか、結局天気が良い日が続いた所為で知識でしか走り方が分からないのを憂うべきなのか。

 

 頑張れ、以外何の言葉も出て来ない僕の頭を恨めば良いのか。

 

「……よし、じゃあ行ってくるね!」

 

「テイオーちゃーん☆」

 

「走る環境が変われば、疲れ方も変わってくる。そこを注意して行くといい」

 

「ありがとオグリ!マヤノもね」

 

 そう言ってテイオーはマヤノトップガンやオグリに手を振る。

 僕が言おうとしてた事、オグリに全部言われちゃったよ。

 ……オグリが言うまで、思い付いてなかったから僕は言えなかったろうけど。

 

「テイオーさん!」

 

「ピャ!?」

 

「ひゃん!?」

 

 僕の背後からいきなり大きな声が響く。

 テイオーと僕が叫ぶと。

 

「す、すいません。ちょっと大きく呼び過ぎました……」

 

ビックリした……(驚いたぁ……)

 

「テイオーさん!バクシンですよ!」

 

「……うん、バクシンして来るよ!」

 

 そう言って2人は親指を立て合う。

 やっぱり、良いなこう言うの。

 

 そうしてテイオーはゲートインをする……所に。

 

「なに近所の干からびたおじいちゃん見たいな顔してんだおめぇはよぉ?」

 

 いつの間にか僕の隣に立っていたゴルシ。

 ホントに神出鬼没だなぁ。

 

「……絡んで来ないでよゴルシ」

 

「テイオー!1着取ったらご褒美有るってよー!」

 

「ほんと!?」

 

「なに、なんにも言ってないよ!?……まぁ、うん」

 

「ヤッター!」

 

 もうみんなゲートインしてるんだから、早く行きなさいって。

 ふと、周りを見渡すと、先輩とおハナさんが居た。

 その隣に……今朝絡んできた人も居た。

 

 ……なんで先輩達と一緒に居るんだよ。

 

「……おい、顔こえぇぞ

 

 耳元で囁くような声が聞こえた。

 やだ、くすぐったい。

 音がした方へ首を回すと。

 

「……ぇ?」

 

テイオーのメイクデビューなんだ、お前がそんな顔してどうすんだ。取り敢えず形だけでも笑っとけよ()()()()()

 

 獰猛な?好戦的な……?なんかよく分からないけど、かっこよく笑うゴルシが居た。

 怖い顔、してたんだ。

 軽く息を吐いて、大きく息を吸う。

 

 皆は各々テイオーに声を掛けてた。

 なら僕だって、声をかけるべきだ、テイオーのトレーナーとして、いや……ファンのひとりとして。

 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了しました』

 

 たづなさんの声が聞こえて来た。

 あの人実況も出来るの?いや、凄いな……。

 

『出走するのはデビュー前のウマ娘達ですが、どのウマ娘も良い仕上がりをしています。此処から彼女達のトゥインクルシリーズが始まるのです!』

 

 

 感心してたら、もう時間が無くなっちゃってる!

 幸いゲートインを完了したテイオーとの距離はそんなに空いていない、空いてないけど……!

 

「かんばれっ!テイオー!」

 

『芝2000m!メイクデビュースタートです!』

 

 

 テイオーの晴れ舞台が始まった。




 次回レース実況。
 先輩トレーナーやおハナさんは新人の噂や評価は知ってるけど、そこまで気にしてない。
 というか寧ろそんな噂話してるならウマ娘の事を考えたトレーニングを考えろって思考。

 ベテラントレーナーが2人の隣に居るのはたまたまです。


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第三十四話

 魅せるは帝王、映えるはトップガン、圧倒するなら黄金の船と言うお話。


 トウカイテイオーのデビュー戦が始まった。

 

 解説はトレセン理事長秘書の駿川たづな、実況はベテランのナナシのトレーナーが行っていた。

 

『各ウマ娘一斉にスタートを切りました。芝2000mのデビュー戦果たしてどのウマ娘が先頭に立つか!』

 

『デビュー戦ですから、先頭に立つウマ娘は目立ちますね。……先頭はゼッケン番号2番のブジンキヤマト(オリジナル)ですね、続いてゼッケン番号1番と3番が追走してます。3番から二バ身程離れて内に5番がいまして、外に7番のトウカイテイオーが居ます。やや後方に4番と6番、その外から8番。9番最後尾です』

 

 メイクデビューに出走しているのは9人。

 新人に宣戦布告のような物をして来たトレーナーがデビューさせたのは2番、ブジンキヤマト。

 2000mと言う中距離でありながら、後続を引き離しながら走る姿は見事だった。

 そうして第1、第2コーナーを抜けて、依然列は崩れていなかった。

 

『先頭を走る2番、ブジンキヤマトですが、このペースで大丈夫なんでしょうか?』

 

「……チッ……大丈夫に決まっているだろうが、私の育てたウマ娘だぞ

 

『彼女の脚質には合っていますし、問題は無いと思います。この先のペースに注目したいですね。それについ先日作られたチームから7番トウカイテイオーさんも出ていますから、それにも注目です』

 

『なるほど。と、此処で先頭は2番ブジンキヤマト、続く1番、5番、3番です。7番のトウカイテイオーはまだ先頭のブジンキヤマトからは少し離れた位置に居ますね』

 

『7番トウカイテイオーの後ろに付いていた4番と6番が前に出ようとしてますね』

 

『早くも先頭の2番ブジンキヤマトが第3コーナーに入ります、此処から動きます!』

 

 歓声が湧き始める。

 それは差程大きいものでは無いが、着順が決まれば大きくなるだろう。

 今はまだその時では無いとデビュー戦を見に来ていた人間達全員が思っていた。

 

 第3コーナーに入り、動き出したのは最後方に居た9番。

 7番トウカイテイオーを追い越そうとしていた4番と6番はややバテ気味なのか、位置が動かない。

 

『第4コーナーを抜けます!抜けて来たのは……抜けて来たの先程まで最後尾だった9番です!』

 

『最後の直線です、日頃の鍛錬の成果がここで出ます!』

 

 

 7番トウカイテイオーは現在6着に居た。

 その空色の瞳には前を走るウマ娘達の背中()が立ちはだかる。

 

「……ここから、追い上げるからねっ!」

 

 そう言って大きく外に抜け出した。

 

 

『残り800m、先頭は9番!競り合っているのは2番ブジンキヤマト!前を狙うのは1番、5番!3番は少し遅れてしまっています!後方に居た娘達は差し替えせるでしょうか……っ!お、追い上げてくるウマ娘が居ます!』

 

「……がんばれ、がんばれテイオー、僕は見たいんだ……!」

 

『追い上げて来たのは7番!トウカイテイオーだぁ!外から上がってきた!今3番を抜き、5番、1番も抜いた!残り600m!』

 

「む、むり!」

 

「なんで、なんで!」

 

(努力は嘘をつきません、新人さんが行って来た競走トレーニングだって、立派なトレーニングの一つですから。)

 

 全力で前に突き進むトウカイテイオー。

 他のウマ娘達もまだ諦めていない。

 トウカイテイオーから3バ身程離れた前方に位置して2番ブジンキヤマト、更に1バ身足して9番が居た。

 

 トウカイテイオーが1着になるには、後4バ身前に出れば良い。

 

「トウカイテイオー……いっくよぉ!」

 

 芝を踏み込んだ。

 

『速い!速いぞ7番トウカイテイオー!2番ブジンキヤマトと並び立つ!残り400m!今、今2番ブジンキヤマトを抜きました!』

 

 脚質は先行、けれど前を塞がれてしまい、更に不良バ場状態と言うのもあり、トウカイテイオーは後方に下がる事になってしまったが、トウカイテイオーにそんな事は関係無かった。

 帝王の走りに、帝王の前に背中()が在ってはならない。

 

『残り200m!9番に7番トウカイテイオーが追い付いた!ここから!ここから抜けるか!追い抜けるのか!?』

 

 いつか、シンボリルドルフ(夢を叶えるために)

 これはその為のレースなのだから——。

 

「抜かせない、抜かせない!抜かせなぃぃい!」

 

「……!」

 

 そうして、ゴールバーを駆け抜けて行った。

 

 

『確定しました!1着はトウカイテイオー!所属しているチームは『流れ星』です!芝2000mメイクデビューの勝者はトウカイテイオーだぁ!』

 

 

 

「———っ!やった、やったぁぁああ!!」

 

 

 拳を握り締め、ジャンプを決めるトウカイテイオーの姿が、新人の瞳に焼き付いた。

 

「トレーナー!取ったよ!」

 

「……おめでとう、テイオー」

 

 大きくピースサインを送るトウカイテイオー。

 

 

 こうしてチーム『流れ星』の1番手トウカイテイオーは勝利を収めた。

 

 

 

 

 




 モブウマ娘の名前が思いつかなかった。
 活動報告欄にて、募集掛けようかな。
 いきなりキャラ紹介のコーナー。
「なにこのコーナー」

「んっとね、分かるけど分かんないかな?」

「マヤノが分かんないならボクもっと分かんないじゃん!」

「取り敢えず、トレーナーちゃんの紹介をしていくね☆」

「すごい、何が取り敢えずなのか訳わかんないよ」

「トレーナーちゃんは、東京生まれ東京育ちで、家族はお父さんとお母さん、それと妹ちゃんも居るみたいだね!」

「へー?トレーナー東京生まれなんだ」

「その割には人馴れしてないよね!因みに小学校は自分のお家から近い所に行ってたけど、トレーナーになる為に中高は受験して少し遠い所に行ってたみたい!」

「ふんふん、それで?」

「おしまい!」

「これで終わり!?トレーナーの紹介薄過ぎない!?」

「これ以上書く事無いんだってぇ、コミュ力よわよわなのが特徴の夢見がちぼーい、っていうのがトレーナーちゃんの個性らしいよ。かわいいね♪」

「……うん、もういいや。トレーナーのコミュ力はボクが上げてあげるからね……!」

「それじゃ、おしまーい!」
「またね!」
 こんな感じで後書きでキャラ紹介して行きたい。
 紹介するキャラは気分。
 明日はマヤノちゃんが主役だから、サイリウム両手両足に付けて口にも加えて待っててね。


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第三十五話

 前回の続き+‪α。


 テイオーのメイクデビューが終わり、教えた覚えはなかったけれどウイニングライブもしっかりとやり通した次の日。

 マヤノトップガンのメイクデビューが始まった。

 ダンス練習、やっぱりやった覚えが無いんだけど、大丈夫かな。

 いやダメでしょ()

 

『残り800!先頭はマヤノトップガン!マヤノトップガン強い!後続をぐんぐん引き離していきます!』

 

「バクシン!」

 

「ピャ!?っ、もう!バクシンオーはボクの耳元で叫ばないでよ!?」

 

「あれこそバクシンですよ!」

 

「ボクの話聞いてくれる!?」

 

 まだまだテイオーは甘いなぁ、こうなった時の為に耳栓を持ってくる用意周到さを身に付けておかないと。

 実は僕も持って来てなくて、マヤノトップガンがくれたんだけど。

 

『残り400m!依然先頭はマヤノトップガン!2番のウマ娘とどれだけ離れているか、もう分かりません!』

 

「凄いな、私達との競走してる時よりずっと速いぞ」

 

「アレじゃね?観客が居るか居ないかの違いじゃねぇの?今度から新人とバクシンオーにサイリウム持たせて、ゴール地点で踊ってて貰おうぜ。やる気出て来るかも知れないだろ?」

 

「それは……気が散るから辞めて欲しいな。トレーナー」

 

「やらないよ!?ぼく、僕がやると思ったの!?」

 

「やめろと言われたので私はやりません!」

 

「やる気あったの!?」

 

 マヤノトップガンのメイクデビューは、最早マヤノトップガンの独壇場見たいな気がした。

 テイオーとほぼおなじ距離走ってるのに、初めから最後まで速度が落ちずに加速しかしてないんだもん。

 競り合う所も無くて、ひたすらゴールバーに向かって走ってる感じがした。

 マヤノトップガンの作戦は逃げになりそう、というかなってるな。

 

『そしてマヤノトップガンがゴール!凄まじい強さを見せ付けての勝利となりました!2着は——』

 

「流れ星2番目も勝てたね、トレーナー」

 

「うん。じゅ、ん調だね」

 

「また噛んでるぞ」

 

「……分かってるよ、もう」

 

「良し、マヤノのライブを見に行こうか」

 

「オグリにさんせー!」

 

「ですね!バクシンして見せたマヤノトップガンさんのライブですから、応援する私達もバクシンしましょう!」

 

 そう言って、オグリとテイオー、バクシンオーはライブ会場へと足早に行ってしまった。

 僕が言おうと思った事オグリに言われちゃった。

 ……あれ?僕このチームのトレーナーなんだよね……?マヤノトップガンへの応援とかも、テイオーの時と同じくがんばれ、としか言えなかったし。

 

「……僕何も言ってない気がする……」

 

「口下手なお前が悪い。今度アタシとコミュ力上昇合宿でもやるか!もちろん合宿費はお前持ちな」

 

「行かないしやらないよ?」

 

「テイオーやマヤノにはご褒美あんのに、ゴルシちゃんには無いのぉ?贔屓はダ・メ・だ・ぞ♡」

 

 さて、テイオー達を追い掛けないとね。(ガンスルー)

 何時までも此処で油打ってられないし、ウイニングライブを見るからにはセンターで踊るマヤノトップガン見たいし。

 

 

「おいちゃんと聞けよ、おい!おぉい!聞けって!ゴルシちゃんの貴重なデレシーンだぞ!おい!」

 

「自分で言っちゃダメでしょ……バカゴルシ」

 

 絶対ゴルシと2人でお出掛けなんてしないからな、1から10まで引っ掻き回されて連れ回されるの確定なんだから。

 もっと、なんか……こう、欲しい物とかじゃダメなのかな。

 

 

 そう言えばテイオーのご褒美って聞いてなかったっけ、後で聞かなきゃ。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 テイオー、僕、オグリ、バクシンオーの順で横一列に並ぶ。

 何故かゴルシは僕の後ろに居るけど、別に何かして来る訳じゃないから気にしないでおこう。

 ゴルシだけメイクデビューにねじ込めなかったから、3日連続デビューとは行かなかったけれど、そこは仕方ないと割り切ろう。

 じゃないと色々もたない。

 

「という訳でトレーナー、ちゃんとサイリウム持ってね」

 

「あの、ぇ……どういう訳で?」

 

「ボクのライブ中トレーナーずぅっとボーッとしてただけだったでしょ!マヤノのライブはちゃんとサイリウム振って」

 

「ごめ、ごめんなさい」

 

「そう言ってやるなテイオー。トレーナーもきっと初めての経験だったんだ。トレーナーの代わりに私達が振っていたから寂しくはなかっただろう?」

 

「そういう問題じゃないんだよオグリ!やっぱり1番はトレーナー後カイチョーに応援して貰わなきゃ元気出ないんだよ!カイチョーもサイリウムは振らないけど、その分ちゃーんと見てくれるもんね」

 

 恥ずかしいんだよね、サイリウム振るの。

 他のトレーナーだってやってないから、僕もやらなくて良くない?

 と言うかサイリウムなんて振ったって別に何も変わらないし、身長低い(165cm)僕なんかじゃきっと見えないから。

 最前列に居たって、きっと見えない。

 多分、きっと、恐らく、メイビー。

 

「じゃあトレーナーさんの手にサイリウムを持たせる所から始める訳ですね!」

 

「え?」

 

「取り敢えず新人の手にサイリウム持たせろ」

 

「ちょっと!?」

 

 ゴルシがそう言うと、真後ろからゴルシに両腕をホールドされた状態で抱かれる。

 右側はテイオー、左はオグリに手を捕まれ、何かを握らされる。

 サイリウムだ。

 だからなんで!?

 

「暴れんな、暴れんなよ」

 

「バカ!お前ホントばか!やめ、ヤメロォ!!」

 

「ん?ナイス?」

 

「言ってない!」

 

「あ、サイリウム持たせたらしっかり握り締めてくれ。後はアタシがセロハンで止めるから」

 

「どこ、何処からセロハン出て来るの!?」

 

「もう!トレーナー暴れちゃダメ!」

 

「そうだ、3人に囲まれてる。トレーナーは勝てない。諦めてサイリウムを持つんだ」

 

「やだ!ねぇやだ!恥ずかしい!」

 

「今のこの状況の方が恥ずかしい気がするんですが、トレーナーさんはコレより恥ずかしいんですか?」

 

「…………」

 

 バクシンオーの一言で頭の中が空っぽになり、あれこれされてしまった。

 両手の指の間にサイリウムを挟まれ、セロハンテープで固められる。

 右手に4本、左手に4本、合計8本のサイリウムが取り付けられた。

 

 なに、この状況は。

 

「ほら、マヤノ出て来たよ!」

 

「マ!ヤ!ノ!」

 

 隣でオグリがサイリウムを振っている。

 気付けば周りの人達も皆サイリウムを振っていた。

 

「マ!ヤ!ノ!」

 

「ト!ッ!プ!ガ!ン!」

 

『マヤノトップガン!』

 

 テイオー、ゴルシと続き、最後は観客達と皆がハモってマヤノトップガンの名前を呼んでいた。

 ちらほらマヤノトップガン以外の名前も聞こえたけれど、マヤノトップガンの名前に全部掻き消されてた。

 

「バクシーン!」

 

 それは違くない?

 マヤノトップガンが出て来た、目が合った?

 

(トレーナーちゃん?今のマヤちん、キラキラしてる?)

 

 ライブ衣装を着たマヤノトップガンはとても可憐で、もうオグリやテイオーのライブ衣装を見てたから平気だと思っていたけれど。

 全然そんな事は無かった、凄く可愛いと思いました。

 

「トレーナーも!」

 

「え、あ、ぁ、あぁ!えっ、ま、ま!や!の!とっぷがん!」

 

「すげぇな、こんな時でも律儀にフルネーム言ってら」

 

 おだまりゴルシ。

 

 両手を振ってマヤノトップガンを応援する。

 曲が始まり、ライブが開始された。

 

 マヤノトップガンは、確かに僕が教えた覚えのないダンスをしていたけれど、今はどうでも良かった。

 

 テイオーも、マヤノトップガンもセンター(1着)になった。

 それが何よりも嬉しくて今この時だけはサイリウムを振る恥ずかしさを忘れて、全力で応援出来てた。

 

 

 がんばれ、がんばれマヤノ。

 キラキラしてる君を見て、僕はワクワクしてる。

 きっとそれは他の人達も、テイオーやオグリ達も一緒な筈だから。

 

『マ!ヤ!ノ!』

 

『マ!ヤ!ノ!』

 

「マ!ヤ!ノ!トップガン!」

 

 僕達の声が掻き消える程の音量で響く曲と、マイクを通して聞こえるマヤノトップガンの声で僕の心は満たされてた。

 

 

 

 

「……やっべぇ、新人可笑しくなっちまった。踊り狂ってんじゃん……これゴルシちゃんの所為だったりする?いや、関係ねぇだろ。そう言えば新人ってこんな感じではっちゃけてた気がするし、いつも通りだな……ヨシ!」

 

 

 全部聞こえてるからなゴルシ。

 




 無限に眠い。


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第三十六話

 前回の続き+αと+αと言うお話。


マヤノトップガンのメイクデビューが終わった。

 サイリウムをセロハンテープで両手に付けられて、兎に角腕を振ったのが2日前。

 テイオー達には1日お休みをして貰い、僕も休み筋肉痛を癒した。

 

 今日はトレーニング再開の日だった。

 いつも通り競走と、たづなさんから貰った大きなタイヤをゴルシに括り付けて走ってもらう予定だったんだけど。

 

「今日はダンストレーニングするよ!」

 

「ど……どうしてこうなった」

 

「おら、お前も踊るんだよ!」

 

「踊るのはゴルシだろ!?」

 

「お前が踊らないなら、アタシも踊らない」

 

「い、いやだよ!と言うか、ダンスとか、し、した事ないし」

 

 と言うかそもそもなんでこんな話題が出てるのさ。

 オグリはご飯食べに行くって言って居ないし、バクシンオーは学級委員長ですから!って言って何処か行っちゃうし。

 何が起きてるの?

 

「ほら!トレーナーってばボクやマヤノにダンストレーニングはしてくれなかったでしょ?だからボク達はカイチョーに頼んで見てもらったんだよ!」

 

「トレーナーちゃんもダンス出来る様になればマヤちん達に教えられるでしょ?だからほら!」

 

 つまり、えっと、やれと?

 僕に?ダンスを?

 

「む、無理に決まってるでしょ!」

 

「取り敢えず振り付け見せるからね!」

 

「拒否け「新人に拒否権など存在しない!」ぉ、ゴルシが言うなよな!?」

 

「ミュージック〜、スタート♪」

 

 踊らないからね!振り付け見せられても1発で覚えるなんて不可の……覚えられる奴ここに居たよ、僕じゃん……。

 

「因みに新人も踊れる様にならなかったらメイクデビュー白目向きながら走っから」

 

 どうして!どうして!?

 僕の心の叫びは届かず、テイオーは踊り出した。

 僕の話聞いてよ……。 

 

 テイオーのダンス、やっぱりキレがあってカッコイイけど、テイオーが可愛いから凄く、凄いです(語彙力喪失)

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 どうして、どうして、なんでこんな事に。

 

「トレーナーちゃん動きが硬いよ!」

 

「ゴルシより体力無いんだねトレーナー」

 

「ぁ、たり……あたりま……ゲホッ……はぁ、でしょ……おぇ」

 

「ダメだこりゃ」

 

 テイオーが見せてくれた振り付けは覚えられた。

 でも身体が上手くついてこないんだ。

 無理矢理身体を動かすけど、中々しんどくて途中でどうしても音楽と合わなくなる。

 

 余りにも現実を受け入れられなくて、軽い現実逃避をしながら、ふと隣で踊っている筈のゴルシを見た。

 

「♪〜♪〜〜♪」

 

「なんでそんなにキレッキレなんだよ!ちが、違う!振り付けが全然ちがうぅ!」

 

「んーゴルシだから……しかたないね」

 

「テイオーちゃんテイオーちゃん!」

 

「なに?」

 

「そろそろ寮の時間(門限)になっちゃうよ?」

 

 終わる?この時間終わってくれる?

 漸く、やっと解放される。

 ダンスって意外と体力使うんだね、今後は覚えて置くよ。

 二度と踊らないけど……。

 

「そっか、じゃあトレーナー、明日もダンスレッスンするからね!」

 

「なんで!?」

 

「だってゴルシが全然踊ってくれないんだもん!」

 

「ゴルシィ!」

 

「♪〜〜〜♪〜〜」

 

 テイオーのやった振り付けとは違い、やたらカクカクした動きで踊る?ゴールドシップを見た。

 なんだよその踊りは、なんなんだよ……おぃ……ゴルシ……!

 

「ね?」

 

 ね?じゃないよ!小首傾げてもダメなんだよマヤノトップガンッ!

 

「じゃあボクとマヤノは帰るからね、トレーナー明日もよろしくぅ♪」

 

「お疲れ様だったなトレーナー。私達も帰ろう」

 

「バクシン帰宅です!」

 

「いつの間に居たの!?」

 

「おう、んじゃなー」

 

 あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛(2度目のキャパオーバー)……

 

 絶対筋肉痛だよ明日。

 ……誰も居なくなったトレーニング室で、僕1人。

 鏡を見ると、汗だくになった僕が居た。

 ゴルシは息も切らせてなかったし、汗もかいてなかった。

 でも、楽しそうだったな……ゴルシがまともに踊る為には、僕が踊らなきゃいけない……だったら、だったら……!

 

「やってやろうじゃないか……ウマ娘でも無い僕が、完璧に踊りきってやる……!」

 

 その為にも体力付けなきゃ……。

 

 

 

 ゴルシのメイクデビューまで、残り4日。




 ゴルシのダンスはゴルゴルダンス。
 相手のSAN値を削れるぞ!


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第三十七話

 新人のダンス。


 ゴルシのトレーニングの為に、僕もダンスをし始めて早2日が経った。

 相変わらずゴルシは真面目に踊らないけど、僕の方はそこそこ踊れる様に……なってなかった。

 

「筋肉痛が……あいたた……ぅぅ」

 

 動く度に筋肉が悲鳴をあげるのだ、ゴルシのメイクデビューまで残り2日しかないのに。

 そう考えると、少しでも足掻きたくなって来た。

 今日のトレーニングは終わり、バクシンオーとオグリは出走するレースの為に休ませて居るけど、その為の準備も必要だし。

 

「……寝よ」

 

 色々考え始めたらしんどくなってきた。

 明日は限界を超えてみようか……具体的に言えば朝起きてランニングして、昼間ご飯食べまくって、ダンストレーニングして、その後ランニングして、寝る。

 

 改めて考えて見たらおかしな生活しようとしてない?

 僕ってアイドルか何かを目指してたっけ、体力付けるのとダンスするのが仕事みたいになってる。

 

「気の所為だよ、気の所為」

 

 布団の中に潜り込んで瞼を閉じた。

 寝付きは悪い方だったのに、すんなりと眠れるのは身体が疲れてるからなのか、辛いけど嬉しい発見ではあった。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 そうして朝がやって来た。

 時刻午前5時、走る為に動きやすい服に着替えて来た。

 取り敢えずトレーナー寮から河川敷の所まで走ろうかな、頭の中でダンスのイメトレしながら。

 

 足を踏み出す度に筋肉が悲鳴を上げる、別にもやし体型だった訳じゃないけど、筋肉がひ弱だった事は嫌でもわかった。

 そう考えると実はゴルシって、僕の生活習慣と肉体強化の為にこんな事をさせていたり……いやないよ。

 あってたまるか。

 

「はぁ……はあぁぁ……ふぅ」

 

 色々考えてたら河川敷に着いた。

 気持ち悪い、足痛い、お腹減った。

 

「あ、さから、散々っ……だな……!」

 

 自分から起こした行動だったけれど、そこそこに不満が出た。

 絶対ゴルシに踊って貰うんだ、絶対の絶対に。

 アイツが真面目に踊ったら絶対誰よりもカッコイイと思うから。

 

「……もう6時なんだ……コンビニ寄って帰ろう……」

 

 軽い柔軟を済ませて、今度はトレーナー寮の近くのコンビニに向かって行く。

 朝から汗だくでコンビニに入店する客とか、コンビニ店員しからしたら嫌だろうなぁ。

 汗臭いだろうし……お風呂入ってからコンビニ行こうかな。

 でもお風呂入るならご飯食べた後がいいな……どうしよ。

 

「走りながら考えれば良いよね……」

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 コンビニで朝ご飯を食べて、かいた汗も流して、トレーニング計画表も出して。

  テイオーとのワンツーマンでダンスを5回踊り終わった頃。

 割と限界が近かった?

 

「……トレーナー、トレーナー休憩しよ?」

 

「ま、だ、まだやれる……もう、もぅいっかい」

 

「トレーナー……どうしたの?一昨日あんなにやりたくないって言ってたのに」

 

 いや、別に今だって好きで踊ってる訳じゃないよ?

 でもやるなら、嫌々やりたくないから。

 少しでも上手くなりたいし、今後のウイニングライブのダンストレーニングをやる時だって、テイオー達に頼る訳にはいかないんだ。

 

「トレーナー、だから、踊るんだよ……テイオー」(。・ω´・。)ドヤッ

 

「……いや、訳わかんないよ?」

 

 ……精一杯作ったドヤ顔を真面目な顔でつっこまないでよ……。

 僕がバカ見たいじゃん……。

 

「もう1回、おど、踊るから……見ててテイオー」

 

「……はぁ、仕方ないなあ。ボクが見てて上げるよ!」

 

 そう言ってテイオーもまたドヤ顔をする、ジャージの上からは見えない胸を張り「早く踊れよ」はい。

 

 この後滅茶苦茶踊った、ゴルシはブレイクダンスしてた。

 

 

 なんでソレは踊るのにメイクデビュー用のダンスは踊らないんだよお前!滅茶苦茶上手く踊れてんじゃないソレ、動画で見たけどゴルシの方がキレ凄いじゃん。

 

 色々な意味でゴルシはゴルシなんだと改めて理解した所で、今日のダンストレーニングも終わった。

 

 オグリとバクシンオーの競走とか、見に行きたかった……。

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 夜がやって来た。

 正確に言えば夕方?トレーニングが終わり、皆が寮へと帰宅した後。

 僕も寮に帰宅し、服を着替えてランニングをしに行く。

 正直楽しくなって来た、筋肉痛は相変わらず痛いけれど。

 

「よっす」

 

「……なんで居るの?」

 

「ゴルシちゃんからは逃げられない」

 

「おま、お前は魔王か」

 

「良く来たな新人よ、死ぬが良い!」

 

「バカなことやってないで早く寮に帰りなさい」

 

「ゴルシちゃんも付き合う」

 

「………………いや、なんでさ」

 

 付き合うって、寮の門限どうするのさ。

 そもそもウマ娘とランニングして勝てる気しないんだけど……いや勝つ気は更々ないんだけどさ。

 

「おら!あの月の向こう側まで行くぞ!」

 

「まだ夕方だから夕日だよ」

 

「どっちでもいいんだよ!言葉じゃなくて感じろ!しゃあ!行くぜ!魔王とスライムの世界征服!」

 

「…………僕がスライムポジション!?」

 

 

 そんなこんなで夜の自主トレはゴルシが着いてきた。

 どうして、どうしてこんな事に……。

 

 

 

 あとなんで僕がスライムポジションなの?僕って参謀とかそこら辺のポジションじゃないの?

 色々可笑しい気がする、と言うかゴルシが魔王だったらその下にいる魔物達が可哀想だから辞めてあげてよ。

 

 

 

 

 

 

 




 オチが付かない。
 この話書き直してぇなあ……。


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第三十七話

 夜空を駆ける星。


 時は夕暮れ、何故か担当ウマ娘達にやらされる羽目になったダンストレーニングを上手くこなせない事に我ながら腹が立ち、意地でもこなしてみせると思い自主トレを開始しようと思った矢先。

 

「アタシも行くぜ!」

 

 なーんてゴルシに突撃されたのが数分前の事だった。

 いや、嬉しいんだけどね、1人で走るより誰かと走った方が良いと思うからさ、ゴルシが来てくれた事に関しては有難いんだ。

 でもさ、ただの人間の僕が、ウマ娘であるゴールドシップとのランニングって。

 

「成り立たないと、おも、うんだよ、ぼくは、さぁ……!」

 

「ほらほら、ペース落ちてんぞ〜?ノリは良くなって来たよなぁ。3日目の佃煮位にはな!」

 

「かん、けいない、じゃん!」

 

「アタシも頑張ってる!おめぇも頑張んだよ!」

 

 たった数分走っただけなのに、呼吸がマトモに出来なくなってる自分の体力の無さが恨めしい。

 トレーナーになる為に体力を付けるなんて知らなかったんだ、もしも僕がもう少し身長高くて威厳があってカッコイイ感じのトレーナーだったら、テイオーやマヤノトップガンからの無茶振りは無かったんだろうか。

 

「どうだー?そろそろ諦めて歩いちゃうか?スタミナ足りてないんじゃねぇかぁ?おっおっお?」

 

「絶対、あるっ、歩かない、から、な、!」

 

「出来ないことは言っちゃいけないんだぜ?しーんじーん♪」

 

 こ、このゴルシ腹立つ……!

 呼吸荒らげてる僕の隣で、余裕でニヤニヤ笑いながら走ってるのが悔しい……!でもウマ娘だからとか、そんな事で諦めるのはヤダ……!

 

「ご、ゴルシこそ、途中で……はぁ、バテるんじゃ、ないの!」

 

「……はぁ?このゴルシちゃんがバテる訳ねーじゃん。何叶わぬ夢見てんだよ新人くーん」

 

「はぁ、ふっ……スルメの飲み込むタイミングが、わかっ……分かった程度の、ゴルシに、負ける訳……ない、じゃん!」

 

「…………はぁぁあ!?お前!お前は分かったのかよ!あぁん!?」

 

「はっ……ぉぇ……ふ……そん、そんな、しゃ、べってて……体力、持つ、の?」

 

「………………やってやろうじゃねぇかよ!!!」

 

 へへ、やってやったよ……隣でニヤニヤしてたゴルシのニヤニヤを止めてやった……。

 その変わりゴルシとの無限耐久ランニングになってるけど……。

 もう体力は限界、だけどゴルシは僕と同じペースで走ってるから、自分のペースで走れてないからこそ勝ちはある……筈だと思う。

 

 でもやっぱり言い過ぎちゃったかな、目を見開いたカッ開いたゴルシがちょっと怖かった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 アレからどれくらい走ったんだろう。

 河川敷の端から端を繰り返し走る事、数回目。

 

「ぁ……っ……っ……ふ……」

 

「お、おい、大丈夫かよ?新人?しんじーん?」

 

 流れ出る汗の量が少なくなって来た、呼吸も上手く出来ない。

 隣から珍しく優しい声色をしたゴルシの声が聞こえるけど、頭が上手く働かず何言ってるか聞こえない。

 吐き気がする、足が痛い、足元が覚束無い。

 

「な、なぁ?もう終わりでいいんじゃねぇか?お前は充分やったって、な?」

 

「……ゴルシに……」

 

「んあ?」

 

「かち、たい」

 

 喧嘩売ってきたのはゴルシだったけど、ソレを売り返したのは僕だから。

 でも、ゴルシと走るのは楽しい。

 もっと体力つければ長く走れる、ゴルシと2人でもっと長く、もっともっと。

 

「いやムリだろ」

 

「いじ、が……あるの……おとこ、のこ……には、さ……!」

 

「それ言ったらアタシもウマ娘として、スタミナ勝負で負けちゃいけないっていう意地みたいなのあんだけど!?」

 

 ウマ娘とのスタミナ勝負、勝てないなんて誰が決めた!

 僕が今決めました、隣で走ってるゴルシ息切らしてないもん、勝てるわけ無いじゃん。

 

 でも負けたくはない、諦めたくないんだ。

 意地があるから。

 

「おい、おい新人」

 

「いじ、が」

 

「あんだろ!男の子には!だぁああ!アタシの負けでいいよ!負け負けゴルシちゃん迫真の負けぇええ!」

 

「ヤッターー!!!……あっ」

 

 余りにも情けない勝ち方だったけど、嬉しくて残った体力を振り絞ってバンザイをしたけど、膝から力が抜けて河川敷の芝へ身体が落ちて行く。

 受け身取れない、やばい、どうしよ。

 

 もう疲れた、横になりたい……。

 

 ゴルシに勝ったと言う事実だけ持って、僕は河川敷の芝へと身を放り出した。




 新人くん迫真の煽り。
 ゴルシとのデート(煽り合い河川敷)

 ここ最近小説短くねぇかぁ??
 もちっと続くんじゃよ。


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第三十九話

 友情トレーニング(物理)


 いつの間にか寝ちゃってたみたいで、気付いたら視界いっぱいに紫色のソレが居た。

 

 ソレの中には、僕が映っていて、咄嗟に。

 

「ヤダ怖い!」

 

「へ?あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!?」

 

 指を指してしまった。

 うん、ゴルシだったみたい、良かったゴルシで他の人やウマ娘だったら事件だったよコレ。

 

「ふぅう、ふぅ、んんん……この、ば、うぅ……」

 

「ご、ごめんゴルシ……でもいきなりゴルシの顔面ドアップ超えて眼球ドアップは流石に、その、怖かったんだ」

 

「許すか許さないかはアタシが決めるが、果たしてアタシが許すと思うかな!!」

 

 目元を赤く腫らしてちょっと涙目の状態で目を見開きながら詰め寄ってくるゴルシ。

 こっち来ないでよ、怖いよゴルシ。

 

「あぁん!?このゴールドシップ様がちょーっとやり過ぎたと思って膝枕とかしてやろうと思ったらテメェとんでもねぇ事やらかしやがったな!」

 

「……?なんで膝枕する為に眼球ドアップする必要があったんですか」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「いや喋りなさいよ!?」

 

「うるせぇ鼻にわさび突っ込むぞ」

 

「急だね!?いや、でも、あの……ごめんなさい」

 

「いや、アタシも膝枕してやろうかと思ったけど魔が差して額にゴルシ命って書いちまったからおあいこだろ」

 

「……はぁ?」

 

 ゴルシの一言によって完全に謝る気が失せたんだけど、と言うかそれよりも額に落書きしたって言ったよね!?

 スマホを取り出して内カメで見てみる、うん、確かに書いてあるわ。

 

 ゴルシ命、夜露死苦って。

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………落として」

 

「何処に?」

 

「どこ、何処に!?この落書きを落としてって言ったの!穴とかに僕を落とせとは言ってない!」

 

 立ち上がる事が出来ない、筋肉痛が想像以上に酷い。

 足がプルプルするんだ、河川敷の芝生を転がりながら進み、川の水を手に付け何度か擦る。

 コレ落ちてる?

 

「ごめん、いや、ホントにごめん。実はそれ油性なんだわ」

 

ゴールドシップ!

 

「今度からはちゃんと水性持ち歩くからさ、今回は可愛い担当ウマ娘のイタズラって事で。帰ろうぜ」

 

「こんな状態で帰れる訳ないじゃん!それ、それに筋肉痛が、その……ヤバくて歩けないんだよ!」

 

 良い笑顔と言うか爽やかな笑顔を浮かべてマジックの油性って所を見せて謝ってきた時点で、もうダメだと思ったけど。

 お風呂入ったら落ちるかな、ゴルシのバカ。

 

「じゃあ抱えて行くかぁ、ゴルシちゃんに抱き抱えられてうれしー?とれぴっぴ♡」

 

 そう言ってジリジリと距離を詰めてくるゴルシ、抱き抱えられるってどうやるの?

 まさか横抱きにするの?トレーナーを横抱きにして寮まで送るウマ娘とか聞いた事ないし今後聞く予定も無いんだけど。

 

「近付くな」

 

「おいおい、逃げんなよ抱き抱えらんねぇじゃねぇか。大人しくしろ、大人しくしろって!」

 

「やだ!ねぇ、ね、やだ!ね?話し合おう!あわ、あ、ちょ、やぁあ!!」

 

「人間とはこんなにも弱い……閃いた」

 

「通報するぞこら!と言うか降ろして、おーろーしーて!」

 

「とれぴっぴは顔が可愛いから横抱き、通称お姫様抱っこが良く似合うなぁ!」

 

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!」

 

 どうして!どうして!!逃げれない!勝てない!ゴルシに勝てないよ!

 凄く複雑だけどゴルシのお姫様抱っこ凄く優しいんだよ!筋肉痛で身体辛いって言ったからか極力揺れない様に、衝撃が僕の方に行かない様にされてんの!

 そんな気遣いするキャラだったっけゴールドシップ!?

 

「もー、なんだよとれぴっぴ〜。あんまり暴れるとあすなろ抱きに変えちゃうぞ?」

 

「なにそれ」

 

(アタシ)(新人)を背後から抱き締めんだよ。それの持ち運びバージョン」

 

「絶対やめて」

 

 ただでさえ今凄く恥ずかしいのに、これ以上恥ずかしい目に合わされたら僕にもどうなるか分かんないんだからね!

 

「せめてお姫様抱っこは辞めてよ!恥ずかしいよ!」

 

 と言うかさっきから膝裏とか太ももとか、直々揉んでくるのなんでなの?

 

「仕方ねぇなぁ、よっと。これでいーか?」

 

「……これさ、俵持ちだよね?ゴルシ頭おかしいの?」

 

 しかもしっかり膝裏をゴルシに拘束されてるから暴れられないし……。

 

「はぁ?お前がお姫様抱っこ(笑)辞めてくれって言うから辞めたんだろ。感謝して後で木星に行く為のドーナツ買ってこい」

 

「絶対ヤダ……はぁ、さっきよりか、はっ!?」

 

 お姫様抱っこより羞恥心は少ないからいいかな、とか思い始めたら急にお腹が、ゴルシの肩に乗っけてある僕のお腹が揺らされた。

 え、なんで走ってんの!?さっきまで凄く優しかったじゃん?

 なか、中身、中身出ちゃうから、出て行っちゃうから!!

 

「ごる、ご、し」

 

「んー?なんか言ったかぁ?ゴルシちゃん耳遠いから聞こえねぇんだよなぁ……」

 

 こ、コイツ楽しんでやがる。

 声色が楽しそうに笑ってるんだよ、と言うか目の前でブンブン尻尾揺れてるし……ん?尻尾……!

 

 意を決してゴルシの尻尾を握り締めた。

 

「ふぎっ!?お、おい!なにアタシの尻尾掴んでんだスケベ!」

 

 すけべ!?なんで尻尾を掴んだだけですけべ呼ばわりされるのさ!

 だったらお前だって僕の事お姫様抱っこしてた時に色々触って来たじゃん!

 

「うるさい!だれが、誰がすけべだ!」

 

「ちょ、おま、ひっぱ、引っ張んなよぉ!」

 

「人で遊んだバツだよゴールドシップゥ!」

 

「このやろ、バカ新人!」

 

「バカって言った方が、ばか、バカなんだよばーか!」

 

 そうしてゴルシが揺れて僕のお腹を攻撃してきたら、ゴルシの尻尾を引っ張るっていう仕返しをしながら僕達はいつの間にか帰路に着いていた。

 

 

 もうすっかり外は暗くなってたし、この時はまだ気付いてなかったけど夜空は満点の星空で、流れ星が2つ流れてたとか……。

 




 ゴルシちゃんかっわいい。

 ウチの闘技場ゴルシが毎回2着と大差付けてゴールするのに未だに慣れない。
 スタミナ青3因子3個とパワー青3因子2個、スピード青3因子1個の育成した時のB+ゴルシがAランクルドルフとか潰して勝ってくんのホント笑う。

 今日からイベントですね、ジェミニ杯用のウマ娘作って来ます。
 マヤノトップガンの花嫁衣装は……僕のだぞッ!
 何処のサイト見てもBランクの基準値が公開されてなかったのが、余りにも腹立ったので自分で10数回育成して、基準値を叩き出してやった。
 周りの友人達に軒並みガチ勢って言われて距離置かれそうになったけど、絶対作者悪くない。


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第四十話

 グレムリンを表側守備表示で召喚!というお話。




 ゴルシとのランニングが終わり、泥のよう眠った次の日の朝、目が覚めると筋肉痛の痛みが——。

 

「……あれ、ちょっと痛い……くらいになってる……」

 

 昨日歩けなかった程筋肉が悲鳴をあげてたのに、なんでだろう。疑問が湧いてくる。

 何か特別な事をした覚えは、あった、あったね、ゴルシに俵担ぎされた時にも、その前にも……足とか揉まれてたっけ。

 

 あれ、もしかしてだけどゴルシ僕の筋肉痛を和らげる為にやってくれてた……?アイツほんと誰?実はゴルシの皮を被ったオグリでしたとか信じられちゃう位に誰、って感じなんだけど。

 

「ありがとゴルシ……」

 

 朝のランニングは今後やらない、だってキツイもん。

 夜は偶にやろう、ゴルシとかゴルシとかゴルシを誘って。

 べ、べべべ、別にゴルシ以外誘えないとか、そ、そんなんじゃないから!

 

 取り敢えずお風呂入れなかったから、入って来よう。

 トレーナーになってから気付いたけど、意外と僕は贅沢?者だったらしい。定期的に湯船に浸かりたくなるんだ、トレーナー寮に湯船付いてないし近くに銭湯とか無いし。

 いや、キッチンとか有るから良いんだけどさ。お風呂位シャワーで充分だと思うんだけどさ、でもさ、でもさぁ……。

 

「湯船に浸かって、ゆっくりしたい……」

 

 

 このトレーナー寮も、トレセン学園に就職してるトレーナー全員無償提供してくれてるから不満なんて無いんだけどね。

 その分貯金が出来るし……趣味や娯楽って余り分かんないし知らないから、僕には多分無縁なモノだと思うし。

 なら温泉旅行でもするべきかな?

 

 なんて事を考えながら、シャワーを浴びて髪の毛をドライヤーで乾かし、バクシンオーから貰ったカチューシャを付けて気付いた。

 

「文字消えて無い!?」

 

 ゴルシに書かれた額の文字が消えてなかった。

 おのれ、ゴールドシップ、この恨みはらさでおくべきか……まぁ、良いか。

 知らない内にマッサージ?してもらってたみたいだし、落として来よう。

 

 朝から2度目のシャワーを浴びた。

 文字は落ちた。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 シャワーを浴びて、雑務を終えた後、ダンストレーニングを行う前に、チーム部屋に向かっていた。

 

 何となく、ヤツが居そうだったから。

 たづなさんに言って直してもらった新品のドアが眩しい。

 二度と備品は壊さない、壊しませんから許してくださいごめんなさいたづなさん。

 

「……未だにあの時の事夢に見るんだよね、恐ろしい」

 

 扉に手を掛け、開いた。

 やっぱり居た。

 

「んあ?グレムリンじゃん、どしたん?おサボり?ダメだぞー?」

 

「誰!?」

 

 グレムリン!?僕?え、僕!?想像上の生物みたいな顔してるって事?

 

「いや、グレムリンじゃん?」

 

「だから、グレムリンって誰!?」

 

「新人=グレムリン。OK?」

 

「NOッ!」

 

「じゃあ翻弄するエルフの」

 

「ちゃんと名前で呼んでくれない?僕のわかる言葉で、はな、話してよ!」

 

「じゃかブロント語で」

 

「に!ほ!ん!ご!」

 

「んで何しに来たんだ新人」

 

「だから名前……名前で、呼んでるじゃん……?」

 

 なんなんだよ……もう!言いたい事あってきたのに、全然言えないよ!

 大きく息を吸って、大きく息を吐いた。

 僕で遊ぶの辞めてくれないかなぁゴルシは。

 

「……大丈夫か?疲れてる?ゴルシちゃんの膝枕居る?アタシの膝を枕代わりにしたら顔面に落書きするけど」

 

「ゴルシのお陰で疲れた。膝枕は、その、いいよ。べつに」

 

 疲れたのはホントだけど、別にゴルシに膝枕して欲しいなんて思ってないよ。本当だよ。

 膝枕はされるよりする側の方がいい気がするからね、されてると寝ちゃいそうだし、またゴルシの前で寝たら額に何か書かれちゃうから(密かなトラウマ)

 

「ん〜〜?残念そうじゃ〜ん?しーんじん?」

 

「別にそんなことないよ!た、ただ……」

 

「ただ?」

 

「……昨日はありがとう。1人で走りに行ってたら、その、筋肉痛で動けなくなってた……と思うから。だから」

 

「……えそれ言う為に態々ゴルシちゃんが此処に居るかもわかんないのに来たの?アタシが此処に居なかったらどうしてたんだぁ?もしかして見つかるまで探し回ってた感じ?かくれんぼじゃん、楽しそうだからやろうぜ!お前鬼な!5万秒数えたらスタートだ!夕方になったら勝手に帰っから!」

 

 なんて言うマシンガントーク、いやゴルドシップトーク。

 自分の事ながらよく聞き取れたと思う、と言うか5万秒って、もう日が暮れちゃうじゃん。

 遊びたいのか、僕を放置したいのかどっちなの?と言うか夕方になったら帰るって、もうトレーニングやらずに帰る気満々じゃん、メイクデビューまで今日入れて残り2日しかないんだけど。

 

「……ねぇゴルシ」

 

「んー?」

 

「なんで僕も踊らなきゃいけないの?」

 

「……それが聞きたくて来たのか?」

 

「本当はお礼言いに来たから、この話はこれでおしまいなんだけど。その、そういえば僕が踊る理由聞いてないなーって」

 

 ゴルシが1人でも踊るって言ったら、正直此処まで疲れる事は無かったと思うんだ。

 

「理由はな」

 

 ゴルシ(アナタ)真剣な目をしたから、そこから何も聞けなくなりそうだった。

 やっぱりゴルシの瞳って綺麗だね、薄紫色なんだけど透き通っててさ。

 

「……理由は?」

 

「…………ノリと勢い!」

 

「だと思った……」

 

 ですよねー、って感じ。

 でもやっぱり昨日は楽しかったし、今日こそは目の前で踊り切って見せよう、そうしたらゴルシも踊るって初めに言ってたからね。

 みてろよー!

 

「先にトレーニング用の部屋借りてくるから、また後でね、ゴルシ」

 

「おう」

 

 

 そうして僕はチーム部屋を後にした。

 がんばるぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってのはウソなんだよなぁ……しーんじん……♪」

 

 

 

 薄紫色の瞳が怪しく煌めいた。

 




 眠い、睡眠不足が酷い。


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第四十一話

 瞬間、心ゴルシてゴルゴルゴールシ、ゴルゴルシーン。



 後書きにて謝罪。

 ()()調()


 トレーニングが始まるすこし前、ゴルシと会ってからトレーニングで使う部屋へと向かっていた途中。

 

「あ、オグリ」

 

「ん、おはようトレーナー」

 

「おはようございますトレーナーさん!」

 

 オグリとバクシンオーに出会ったんだ、今日は2人共制服じゃなくてジャージを着てた。

 そう言えばここ最近ゴルシとのダンストレーニング以外何も出来てなかったっけ。

 ……オグリやバクシンオーの為のトレーニングまた考えてないじゃん、いや、ダンストレーニングに巻き込めばいっか。

 良い考えだ、思考の切り替えが上手くなった気がする!

 

「今日はトレーナーに聞きたい事があって待っていた」

 

「なん、なに?」

 

「それはですね、ズバリ!」

 

「私やバクシンオーが出るレースの事でだ、何度か思い出そうと思ったんだが、どのレースに出るか聞いてなかった気がするんだ」

 

「ちょわ!?全部言われてしまいました!」

 

「……それは、すまない」

 

「僕も、あの……伝えるのは忘れてたね……ごめん」

 

「いや、構わない。トレーナーは人の話を聞かないからな、仕方ない」

 

「…………」

 

「オグリキャップさん!トレーナーさんが白目剥いてますよ!?」

 

「大丈夫だ、すぐに治る」

 

「……それは大丈夫なんでしょうか……学級委員長としてダメな気がします」

 

 辛い、実際その通りだけど、その通りになっちゃってるんだけど。

 それでも辛いよ……。

 後バクシンオーもありがとう心配してくれて、嬉しい、嬉しいんだけど何だか無性に辛いんだ。

 

「……えっとね、オグリは来週開かれるGIIIレースの鳴尾(なるお)記念に出て貰う予定だよ。中距離2000mのレースなんだ」

 

「オグリさんは2000mですか!」

 

「うん、それでバクシンオーはね、再来週のGIIIのエプソムCに出てもらうよ」

 

「マイルですね!頑張りますよー!」

 

 まだGIに出るには2人ともちょっと足りないから、初めはGIIIやGIIで慣れてもらう。

 バクシンオーは前のトレーナーさんがGIIやOPに出てたけど、何故か1着を取れてないなんて事になってたけど、それでもレース慣れはしてると思う。

 オグリに至ってはメイクデビューが初出走だったのに、それから殆ど走れてなかったみたいだし、レースに慣れて欲しい。

 でも多分1番早くGIに行くのはオグリだと思うんだよね、そんな気がする。

 

「分かった。後もう1つ有るんだ」

 

「…………何となく察してる」

 

 だって前回もそれでやっちゃってるもんね、ごめんなさいオグリキャップ。

 略してごめキャプ。

 バクシンオーもごめんなさい、略したけど何にも面白くないから辞めようと思った。

 真剣な表情をして僕の目を見詰めるオグリと、僕とオグリを見比べる様に視線を忙しなく移動させるバクシンオーを見ながら考えていた。

 

「次からレースは選ばせて欲しい、2つ目になってしまうが、一言相談が欲しい。私やバクシンオー……はどうか分からないが、テイオー達はトレーナーが最初のトレーナーだ。そしてそれはきっと変わらないと思っている」

 

「え!?テイオーさん達他のチームに行ってしまうので!?」

 

「いや、おそらく無いが、このままでいけばその可能性もあると言うだけだ」

 

「ホッ……と一安心です」

 

「……誰かに、その、渡す……と言うか引き抜かれる、様な事には……したく、ないもんね」

 

「それもそうだが、そうだな。やはり私は中央で私の名を轟かせたいと言う想いからここに居る。勿論走るのは楽しいし、レースも楽しんで走れると思うが、やはり目標……いやこの場合は夢か。その夢を叶えたいんだ、トレーナーもそうだろう?」

 

「そ、そうだね。僕も皆の夢を叶えたいし、それをみてみた……み、みたいからね。」

 

「あぁ、だからわたしとバクシンオーで初めは練習試合するといい」

 

「はい!トレーナーさんのお力になれるのであらば、このサクラバクシンオー、学級委員長としてお手伝いします!」

 

「……それは」

 

 それはダメなんじゃない、なんて言葉は出て行かなかった。

 オグリもバクシンオーも笑顔だったから、なんで笑顔なの?だって僕今回も1人で突っ走ちゃったんだよ?オグリやバクシンオーに相談も無く。

 

「じゃあトレーナーのダンスでも見学しに行くか」

 

「え?」

 

「そうですね!今日は何処まで踊れるか楽しみです!」

 

「あの、え、まって。え?」

 

 今すごく大事な話……って言うかシリアス?な話してたでしょ?

 なんで急に切り替えてるの?

 ついていけない、ついていけないよ!

 

 僕に背を向けて歩き出した2人に置いて行かれない為にも、僕は立ち止まっていた足を動かして向かった。

 飲み込めない不満を必死に噛み砕きながら。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 あれよこれよとその内に、ダンストレーニングが始まった。

 ウマ娘と、トレーナー()の共同トレーニング、毎回思ってたけどやっぱりこれ僕要る?

 

「新人」

 

「……なに?」

 

 隣に立っているゴルシから声を掛けられ、横目で見ると、真面目な顔をしたゴルシが口をを開いた。

 

「63秒だ」

 

「……へ?」

 

「この作戦、63秒でケリを付ける。遅れんなよ?」

 

「これそういうモノじゃないから!」

 

 真面目な顔するから何言うのかと思ってドキドキしたらこれだよ!

 

「よぉーし!じゃあトレーナーとゴルシのダンス始めるよ!」

 

 大体なにさ、63秒でケリを付けるって、メイクデビュー用のダンスってもっと長いんだからそんな速さで……。

 速さ……もしかしてゴルシはマキで振付をするってこと……?

 

「……(グッ」

 

「…………」

 

 いや、グッ……って親指立ててもダメなんだよ!

 なんで、コレでいい、コレでいいんだ。見たいな空気出してんだよ、全然良くないんだよバカゴルシ。

 

「じゃあスタート!」

 

「トレーナーちゃんがんばれ〜」

 

「オグリさんドーナツ食べます?」

 

「頂こう……おかわりだ」

 

 

 完全に観客気分じゃん!

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 ゴールドシップと新人が同時にステップを踏み出した。

 今までのダンスとは違い、寸分の狂いも無く踊り始めていた。

 オグリキャップはドーナツを食べるのを1度辞めてしまう程、鮮やかなステップから始まる身体全身で行われる振り付け。

 

 トウカイテイオーは唖然とし、マヤノトップガンは分かっていたと言わんばかりに頷き、サクラバクシンオーはいつの間にか持っていたサイリウムを振っていた。

 

 新人が右に行けばゴールドシップは左に行く、いつの間にか2人はメイクデビューの曲を歌いたがら、事前に打ち合わせた訳でも無いのに完璧なデュエットをしていた。

 

 ゴールドシップの言う通り63秒ではケリが付かなかったが、新人とゴールドシップのメイクデビューに向けたダンストレーニングは大成功と言えた。

 

 

「なん、なんとか……踊り切れた」

 

「新人乙」

 

「……煽られてる?」

 

 ダンスが終わる頃、新人のゴールドシップへ向けた目線はジットリとしたモノだった。

 

 




 昨日投稿出来なかったのは爆睡決め込んでたからです。
 大変申し訳ございませんでした。
 書き溜めはもう尽きてます、でも毎日書いて投稿してって形でやってるんですけど。
 一昨日投稿した後に体調も悪かったので、休む為にダリフラ5週目して、ダリフラロスって6週目見て、ダリフラロスって、日付が変わる頃までダリフラ見てたんですけど、次の日……つまり昨日起きたの午後16時だったんですよね。
 寝たのは午前0時、睡眠時間脅威の焼く16時間。
 更新を待っていた方々に大変失礼を働きました。
 ごめんなさい。

 次からダリフラは1日1周に留めます。

 ダリフラ語りたい、どのCP推し?とかどのフランクス好き?とか
 好きな話とか、滅茶苦茶話したい。
 ウマ娘もまた見たいな……4週目突入かー。


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第四十二話

 おハナさんと新人トレーナー。


 何だかんだと時間が流れてあっという間にゴルシのメイクデビューの日を迎えた。

 その早朝、浮き足立つ僕に釘を刺す人物が居た。好きだけど、苦手なんだよね。

 

「あら、新人じゃない」

 

「お、おハナさん」

 

「今日だったわね、ゴールドシップのメイクデビュー。楽しみにしてるわよ」

 

「あ、はい」

 

「……なによ、その意外そうな顔は」

 

「……い、いや、あの……なんか言われるのかと思って……」

 

 おハナさんから言われるのって、大体説教か忠告だから……楽しみにしてるとか言われると何か、なんだかその……調子が狂う。

 いや、嬉しい、嬉しいんだけど想像してた言葉じゃ無かったから受け止め切れないって言うか。

 あ、マズイ、おハナの眉間にし、シワが……。

 

「……あのねぇ、貴方少し卑屈過ぎよ?今の所今年来た新人トレーナーの中じゃ貴方かなり有望株なのよ?他のトレーナー達は貴方に嫉妬なんかを向けているけれど、ソレはソレよ。私からしたら新人の貴方が不慣れな事に挑戦して、その結果が出ている事は喜ばしい事なのよ。分かった?」

 

「は、はい……えっと、あり、ありがとうございます……?」

 

「貴方に触発されて燃えてる男も居るぐらいだし、今年はライバルが多そうね……」

 

「……ライバル?え、僕がライバルって、え?ほん、本当ですか!?」

 

 リギルのトレーナーであるおハナさんにライバルって言われた!

 ライバルって言って貰えた、言われちゃったよ!

 意外と数の多い新人トレーナーの中で、有望株とか、いわれ、言われちゃったよ!

 

「……貴方、単純ね」

 

「えへ、えへ……え?」

 

「いや、なんでもないわ。こっちの話よ……兎に角ゴールドシップのメイクデビュー、応援してるわ。卑屈になるのも分かるけど、誰かから陰口を言われるって事はそれだけ貴方が目立っているって事。誇りなさい」

 

「……ありがとうございます」

 

 優しく微笑んでくれたおハナさんが、背を向けて僕がこれから向かう場所とは反対方向に歩いて行った。

 いつかおハナさんの担当しているウマ娘達ともレースでぶつかる事があると思うけれど、きっとおハナさんは僕の陰口を言ったりはしないんだろうな、なんて当たり前の事を考えながら、僕もまた歩き出す。

 

 新人トレーナー達の中で一際目立っているのが僕、陰口を言われるのも僕が目立っている……からこその評価。

 それすらも受け止めて誇って歩けって言われて、難しい気がしたけれど、僕は立ち止まって居られないのだと再確認させられた。

 

「……今日は良い天気だ……」

 

 ゴールドシップのメイクデビューが楽しみだ、ほんとうに。

 綺麗な青空が良く見えた。

 

「……なぁに黄昏てんだ新人!」

 

「えあ!?ぐ、ぅ!?」

 

 背後から何かが飛び込んで来た衝撃がした。

 

「おい、おいおいおい!なに他のトレーナーと仲良くしてんだ!おら!あぁん!?今日はこのゴールドシップサマのデビューだろうが!やる気下がるぞオラ!」

 

「なん、なんでゴルシが居るんだよ!?まだ時間じゃ」

 

「身の危険を感じた」

 

「……えぇ、それは現在進行形で、ぼ、僕じゃない……?ウマ娘の体重で押し潰され「あ?」……なんでもないです」

 

 これ以上なんか言ったら蹴り込まれそうだから黙らざる負えなかった。

 背骨イカれそう、ウマ娘の体重支えるのって、こんなにキツイんだなぁ。蹄鉄とか持つのも結構キツいし、いつかゴルシにお姫様抱っことかお米様抱っこし返してやろうと思ったけど、コレ無理だ。

 

 僕の背中に登り鼻歌を歌うゴルシに、密かに溜息を吐きながら一歩一歩着実に歩いて行った。

 

「歩く速度遅くねぇか?走れよ新人」

 

「む、無理にきま……決まってるじゃん!」

 

「はしれーはしれートレーナー♪」

 

 歌うな、自分で歩きなさい、走れって言うなら自分で走りなさいよ……!

 

 

 

 

 

 




 おハナさんはお母さん枠
 先輩トレーナー(アニメ版)はお父さん枠
 うじトレは息子枠。

 つまりそういう事だ。

 感想くれください。


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第四十三話

 レッド・ホット・ゴルシちゃんレース。


 ゴルシのメイクデビューが始まる。けど何か不安になってしまって朝会ったのにまたゴルシに会いに来てしまった。

 パドックに行く他のウマ娘達の邪魔にならない様にしながら、ゴルシを探す。

 

「ゴルシ」

 

「んお、新人じゃん。なんだよお前らゴルシちゃんの事好き過ぎるだろ」

 

「お前ら?」

 

「さっきテイオーやオグリも来たんだぜ。ガンバレーゴルシちゃーんって感じでよ。今のゴルシちゃんは気合い100%のパーフェクトゴルシ様だぜ!」

 

「……入れ違っちゃったのかな。まぁ、良いや……どう?」

 

「主語が抜けてんだよ」

 

「……ゴルシに突っ込まれるの滅茶苦茶悔しいんだけど、その通りだからなん、何にも言えない……!」

 

「悔しいでしょうね」

 

 この野郎……ニヤニヤするの辞めろ。なんか負けた気がするから、何に負けたのか分かんないけど。

 何時ものジャージじゃなく、体操着なのが地味に違和感だけどゴルシが勝負服とか貰ったら違和感凄そう。

 頭ゴルシの事だから、なんだろう……『勝負』とか書いた勝負服自作してきそうな気がするんだよね。

 いや、そんな事有り得ないと思う……あり、有り得ないよね?勝負服はデザイナーが作るんだもんね?大丈夫だよね……。

 

「ま、このゴールドシップサマに任せなさい。アタクシが夜空を駆ける流れ星の様に華麗な勝利を収めて見せますから、オホホホ」

 

「……ほんとに大丈夫かよ」

 

「アタシを信じろ。お前が信じるアタシを。アタシの足は天を衝く足だからな」

 

 ニヤニヤを潜めて、真剣な表情をするゴルシだったけど、そのすぐ後にニヤリと笑っていた。

 ……ゴルシに一瞬呑まれかけた。

 

 緊張してるかな、とか思ってきたけど、全然大丈夫そうで安心した。

 

「意味が分かんないけど……うん、がんばって、1着取ったら僕に出来る事ならなるべくやるから」

 

「……なるべく?」

 

「……うん?」

 

 あれ、流れ変わった?

 

「おいおいおい、なるべくじゃダメだろやる気下がったわ。はー、新人のやる気の無さがゴルシちゃんにも映っちまったなぁ。あーあー、アタシはメイクデビュー勝てないのかー。残念だなー、残念だなぁ」

 

 なんだお前。

 

「なんだお前」

 

「ほら、もっとあんだろ?ゴルシちゃんのやる気上げる様な言葉が」

 

「え、え?え……えぇ……」

 

「さーん」

 

「カウントダウンあるの!?え、あ」

 

「にー」

 

「まって、待ってよ!え、なんで僕が焦らされてんの!?え?」

 

「いーち」

 

 いやホントに待ってよ、え、何がダメだったの?

 僕別に財閥の息子とかじゃないからお金に限り有るし、流石に何でもかんでも出来る訳じゃないんだよ。

 というか目を糸目にしながら顎を左右にスライドさせる様な動きして煽るな。

 

「ぜ」

 

「わかった!分かったから!何でもするよ!僕ゴルシが勝てるなら何でもするから!」

 

「よし来た!見てろよ新人!言質取ったかんな!」

 

 そう言ってゴルシは足早にパドックに、いや足速!?

 走ってる訳じゃないのに速すぎでしょ、なんなんだホントに……。

 

 なんだか嫌な予感がして、僕のYシャツの下に来ているTシャツがじっとりと湿る感覚がした。

 

「……本当に大丈夫かな」

 

 主に何でもするなんて言った事に対して。

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 芝2000m、天気晴れ、バ場状態、良バ場。

 出走ウマ娘数は10名。

 ゴールドシップは外枠7番、ゲートインを嫌がる素振りは無かったけど僕の不安は消えて居なかった。

 

 ゲートイン完了、とのアナウンスが入る。

 等々だ、テイオーが走り、マヤノトップガンが走り、最後はゴールドシップが走る。

 本当はゴルシの前にバクシンオーのレースを見たかったけれど、僕の行動が遅過ぎた。

 

「ゴルシ……」

 

「大丈夫だよトレーナー」

 

「テイオー……うん、分かってるんだけど。信じてるんだけど……」

 

「ボクもマヤノも勝ったんだよ?ゴルシが勝てない訳ないよ!だからほら、笑顔笑顔」

 

「……うん」

 

 そうしてゲートインが完了しているゴルシに目を向ける。

 目が合った、親指を立ててサムズアップしてた。

 それに対して苦笑を返したら、人差し指を1本立ててた。

 

 1着を取るってポーズ、大丈夫、信じてるから。

 

 そう思って一瞬目を離した、その瞬間だった。

 

『各ウマ娘一斉にスタートしました……あぁ!』

 

 なに!?あ……。

 

『7番ゴールドシップが転倒!ゲートが開いた瞬間に転倒しました!』

 

「ゴルシのバカー!」

 

 彼奴散々カッコつけといて転んでるじゃん!とんでもねぇゲート難だよ彼奴!

 

「不味いな……いやこの焼きそばは美味しいんだが」

 

「聞いてないよオグリ。後持ちきれないからってバクシンオーに荷物持たせちゃダメでしょ!」

 

「大丈夫です!学級委員長ですから!」

 

「そうだ、それにバクシンオーにも分けるつもりで一緒に買いに行ったからな」

 

 オグリが食べ物を分ける……?トレーニング中の休憩時間に僕が作ったおにぎり食べてて、テイオー達に分けなかったオグリが……?

 

『ゴールドシップ立ち上がりました、今現在ゴールドシップは最後方で何とか追い付こうとしている状態です』

 

『これは中々厳しくなって来ましたね。ゴールドシップと前のウマ娘のバ身差は凡そ9バ身程離れてますから、此処から追い上げてもラストスパートで更に追い上げる事を考えると、スタミナが持つか不安です』

 

 ……ゴルシが負けるかもって話してるけどさ。

 

「……ゴルシが負ける訳無いよ……」

 

「トレーナーちゃんトレーナーちゃん」

 

「……なに?」

 

「また顔怖くなってるよ?トレーナーちゃんは笑顔が1番カワイイから、笑ってた方がきっとゴルシちゃんも走り易いってマヤちん思うな☆」

 

 そう言って僕にウィンクするマヤノトップガン。

 笑顔、笑顔か……そう、だよね。

 ちょっとイラッと来たけど、僕が不安な顔してても仕方ないんだから。

 

『さぁ第3コーナーに入った!最後尾は以前ゴールドシップ!前のウマ娘との差はもう無いぞ!此処から追い抜く事は出来るのか!』

 

『凄いですね、あの差を縮めて更に追い抜こうとしてます』

 

 最後のコーナー、初めに出て来たのはゼッケン番号3番のウマ娘。

 ずっと先頭を走り続け、レースの流れを作って来た。

 ベースは完全にあの娘が握ってる。

 

 でもゴルシのペースなんて握れないし、誰もゴルシのペースを乱せないんだよ。

 だってゴールドシップだもん。

 

「ゴルシー!頑張れー!」

 

「ゴルシちゃーん!」

 

「行け!ゴールドシップ!」

 

「ゴールドシップさーん!」

 

 僕の周りからは、テイオー、マヤノトップガン、焼きそばの香りを漂わせながらオグリ、両手に物を持ってるから食べれてないバクシンオーが居た。

 もう直ぐゴルシが前に来る、僕も大きく息を吸って——。

 

「ゴルシィイイ!」

 

 目一杯叫んだんだ。




 とんでもねぇゲート難だな。

 次回結果発表とetc。


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第四十四話

 ゴルシちゃん視点。

 滅茶苦茶遊んで書いちゃった。
 合わない人多そう()

 飛ばして見てOK


 子供の頃から()()()()が好きだった。

 幾つになっても歳を感じさせないパワフル爺様と2人で、良くイタズラなんかをやったもんだ。

 

「じっさまじっさま!あそぼ!あーそぼー!」

 

 なんだコイツ、一体誰だ?もうレジェンド級の可愛さだよ。

 あ、アタシだったわ。

 ヤバい子供の頃のアタシめっちゃ可愛いんだけど。

 

「んむぅ、いい足しとるわ……うむ。やはりウマ娘はサイコーじゃな!」

 

「……どこみてんだよすけべ」

 

「なんじゃと?良いか、ゴシップよ。」

 

 一体どう言う頭してたらアタシの名前間違えんのか。

 未だに爺様の事が良くわかんね。でも爺様と一緒に居るのは楽しかったし、なんだか良い匂いがした。

 

 畳の良い匂い。

 

「ごーるどしっぷだよ!」

 

「態とじゃ。良いかゴッドよ!」

 

「ごーるーどーしーっぷー!」

 

「話を聞かんか!ゴールドシップ!」

 

「だからごーるど……あれ?」

 

「男はすけべなんじゃ!」

 

 爺様は胸を張って言ってたけど、自慢する事じゃねぇだろ。

 と言うかこの頃のアタシの足見ていい足してるとか、ロリコンか?

 婆ちゃんに怒られてしまえ。

 

「……ゴールドシップよ」

 

「なぁに?」

 

「お前は走ったりするのは好きか?」

 

「うーん、すき!」

 

「そうかそうか……ならお前はきっと競走バになるんじゃろうなぁ」

 

「きょーそーばー?」

 

「うむ!お前の足で天下を取れ!儂が1番のファンになろう!」

 

「てんかはとりたいけどじっさまがふぁん?になるのはやだ」

 

「なんじゃと!?」

 

「じっさますけべなんだもん」

 

「グハァ!?」

 

 

 現実逃避は終わりだな。

 アタシまだ過去を懐かしむレベルで歳取ってねぇし。

 つうかなんでこんな事になってんだっけ……。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 気付いたら目の前に芝が迫ってた。

 何を言ってるか分からねぇと思うが、アタシにも何が何だか……。

 

いだっ!?

 

 

『7番ゴールドシップが転倒!ゲートが開いた瞬間に転倒しました!』

 

 転倒、転倒?こんな大事なレース中にゲート難発動させてるゴールドシップって、誰だよ。

 アタシじゃん。

 

「やっべぇ!」

 

 走マ灯なんか見てる暇無かった!いやアレ走マ灯だったのか?

 よく分かんねぇ、兎に角走らなきゃ行けねぇな!

 

 ドヤ顔で新人に勝ってくるとか言ったしな、ゴルシちゃんはふざけるしイタズラもするけど嘘は付かねぇから。

 

『最後尾は7番ゴールドシップ!第1コーナーから第2コーナーへ!7番ゴールドシップは追い付けるのか!』

 

 残り1400mか?

 今からスパート掛けても良いんだけど、面白くない。

 

 ゴールドシップが本気を出せば、レースは一瞬だ。

 故にゴールドシップのレースは、エンターテインメントでなければならない!

 古事記にも書かれてる事だ。

 

『現在先頭を走るのはゼッケン番号3番です。その外で前を狙っているのが4番。直ぐ後ろに5番と6番が追走。1バ身離れて内側に2番外には1番が続いています。8番、9番が並んでおり、やや遅れて10番が居ます。7番ゴールドシップは以前最後尾ですが、前との差は徐々に縮まっています』

 

『第3コーナーに入ります!7番ゴールドシップは追い付けるのか!現在先頭を走っている3番はこのままゴールバーを抜けるのか!』

 

 見せてやる、ゴールドシップサマの力!

 アタシの足は天を衝く足だからな!

 

 大きく外を回る、芝を踏み締め、前に向かって走り続ける。

 見てろよ新人、アタシが1着取るとこを!

 

『4番!ゼッケン番号4番が先頭に出て来た!3番が追い上げる!と、此処で7番だ!ゼッケン番号7番ゴールドシップが外から上がって来た!追い上げる!先頭に……今追いついた!残り400!』

 

ゴルシィィイ!

 

 ……勝った、第3部完!

 

 

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 ゴールドシップは1着を取った。

 初めの転倒から2着と5バ身差を付けてのゴールを決めた事により、良くも悪くも話題になったのだが。

 

「また遅れてる」

 

「……なぁ、これあと何回やんだ?そろそろゴルシちゃん飽きてきたんだけど」

 

「……出遅れが無くなる迄無限耐久するつもりだから」

 

「この鬼畜!女顔!新人トレーナー!」

 

「なんとでも言うがいいよ!でも今回に関しては100%お前が悪いんだからな!」

 

 新人によるゴールドシップゲート難解消トレーニングが実地されていた。

 ウイニングライブは大成功を収めたし、結果だけ見ればレースも大成功だったが、流石にあんなスタートを何回もやられては新人としては気が気では無かった。

 

「ぐぅ……疲れたでゴルシ……」

 

「のー休憩時間」

 

「あぁぁあああ!!」

 

 ゴールドシップの受難(自業自得)は続く。

 何なら多分ゲート難は酷くなるかも知れない。

 

 

 




 ゴルシちゃんはおじいちゃんっ子っぽい。
 私がそう決めた()



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第四十五話

 レース前。


 ゴールドシップのゲート難は直らない。それがメイクデビューを終えたゴールドシップと4時間半耐久トレーニングをした結果得た結論だった。

 多分ゴルシやる気はあるんだよ、でも遺伝子レベルで身体が拒否してるんだと思う。じゃないと流石に僕の心が折れる。

 

「……つっても……ゲート難どうにかしないといけないのに、今日はオグリのレースも有るし……テイオー達に任せちゃって、僕のトレーニングはまた今度だなぁ」

 

 元々ゴルシのデビューが終われば、次はオグリの鳴尾(なるお)記念出走だから。テイオー達ジュニア級のレースも組まなきゃ行けないし……とは言ってもテイオーの目標に合わせれば若駒ステークスに出してすみれ賞取ってもらって皐月、ダービー、菊花って感じだから良いんだけど。

 

 マヤノトップガンやゴルシに関してはノープラン。

 オグリは中央のウマ娘達の中で埋もれず一等輝くウマ娘に……みたいな感じだし、兎に角勝利を積んでもらってGIに出て貰う。その為にも今は細かく勝っていく場面だと思う。地力はあるから後はレース慣れさせるのが最優先だと思う。

 今回はGIIIだからゼッケン番号で呼ばれるけど、GIに出るとなると勝負服なんかも必要になってくるし。

 考えなくちゃいけない事が多いな、全部覚えられるから全然キツくは無いんだけど。

 

「おはようトレーナー」

 

「オグリ、おは……おはよう」

 

「……今日も変わらずトレーナーで安心したよ」

 

「……どっちの意味で?」

 

「両方だ」

 

「……そですか。取り敢えず今日のレースは僕とオグリだけだけど、大丈夫?」

 

「勿論だ、今回は1着を取る……トレーナー、私が勝つ所を……見ていて欲しい」

 

 本当はテイオー達も連れて行きたかったんだけど、ゴルシのゲート難をどうにかするよ!ってテイオー達が張り切ってたからもういいかなって。

 きっとゴルシのゲート難は治らずに悪化してると思うけど。今の内にLINEしとこうかな。

 

 ゴルシがゲートトレーニングを渋ったら今日は皆お休みでいいよ……っと。

 言っちゃえばゴルシは昨日レースにトレーニングってハードスケジュールさせちゃったからね。一応逃げ道は作っておこう、テイオー達もこれから忙しくなるから今の内に身体を休ませて上げたい。

 

「トレーナー」

 

「なに?」

 

 オグリに呼ばれてスマホを弄る手を止めた。

 横を向けば少し耳を垂らせたオグリが居た。

 

「……私の話を聞いてくれないか……?」

 

「……ご、ごめんオグリ……」

 

「まぁ、その、なんだ。勝ってくるから、見ていて欲しい。ただそれだけなんだ」

 

 少し不安そうに耳を垂らすオグリに、一瞬戸惑う。

 俯いたりはしてない、ただじっと僕を見ていた。そうして、漸く僕は、僕が聞き逃してた言葉ってオグリに取っては凄く大事な事だったんだと分かったんだ。

 

「もちろん!見てるよ、だってオグリが走るんだもん。ずっとオグリを見てるから」

 

「……そうか、そうか……!」

 

 ……良かった、僕の返しは間違えてなかった。実際オグリが走る姿は物凄く好きだ、正直僕の持っていた理想に近いと思う。

 けど僕はそれを言わない、僕の理想とオグリの理想は違うから。

 

「じゃあそろそろ行こうか、電車だけど良い?」

 

「あぁ、構わない」

 

「ん、じゃあ行こっか。此処から名を挙げて行こう、オグリキャップ」

 

「……行こう、トレーナー」

 

 そう言って2人でトレセン学園のチーム『流れ星』の部屋から出て行く。

 早朝6時の話だ。電車にのって中京競馬場——愛知までだいたい4時間の道を隠せない浮遊感と共に歩んで行った。

 

 

 楽しみだ、本当に楽しみだ。

 オグリが走る、そしてオグリが勝つと言ったんだ、その姿を僕に見て欲しいって。

 

 待ってろよ、鳴尾記念!

 僕とオグリが行くから!

 

 




 そう言えばこの小説50話超えましたね。
 気付いたらこんな遠くまで来てた。

 読者の方々には感謝を。
 感想や評価、お気に入り登録など大変励みになっております。
 心の底からありがとうを此処に。

 それはそうとゴールドシップのゲート難って直ると思う?作者は直らないと思う(その時不思議な事が起こったオチはナシだ)


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第四拾六話

 ライディング、アクセラレーション。


 ウソを付くなぁああ!!!

 (´・ω・`)

 ランニングデュエル、アクセラレーション。


 愛知の競馬場にやって来た新人とオグリキャップ。

 オグリキャップはレースの為にパドックへ、新人は観戦する為にゴールバー前の最前列へと向かって行った。

 GIII鳴尾記念、距離は2000m。

 出走するのはオグリキャップを含めて12名のウマ娘達であり、オグリキャップのゼッケン番号は3番となっていた。

 

 パドックでの活動が終わり、続々とウマ娘達がゲート前へと足を運んでいた。今回オグリキャップは4番人気となってしまったが、新人は勝利を確信して揺るがない。

 

「……やっぱりバクシンオーかマヤノトップガンに着いてきてもらうべきだったかな……」

 

 出走まであと僅かだと言うのに、此処に来て新人は人見知りを発動させていた。自分の周りに知らない人達が居て、ここ最近では見知った仲間達が居たから感じていなかった疎外感を感じてしまっていた。

 

 そうしてはじまったゲートイン。

 やや遠かったが、ゲートインする前の一瞬。オグリキャップと新人の目が合いオグリキャップはゆっくりと頷いていた。

 どう返したらいいか分からず、新人は苦笑するだけだったが。

 

『今年も始まりした鳴尾記念。GIII芝コース2000m。今回は12名のウマ娘達が出走します』

 

 ゲートインが始まり少しした所で実況が始まりだした。

 青一色の空模様の下行なわれるレース、前日に雨も降っておらず絶好の良バ場と言えるだろう。

 

『外12番、ゲートイン完了しました……今スタートです』

 

 ゲートインが完了し、全ウマ娘達が一斉にスタートを決めた。先ず先頭に抜け出すのはゼッケン番号5番、集団から抜けて行った。

 

『ゼッケン番号5番が先頭に抜け出しました。半バ身開いて4番、1番が追走。6番、8番、9番が追走。内に3番(オグリ)が入り、その外に2番、3番が並びました。1バ身程後ろからは7番、その外にからは10番です。11番、12番が並んで最後尾となっています。第1コーナーに入り、第2コーナーへと駆けていきます』

 

 オグリキャップは内に入ってしまったが為に、抜け出す事が出来るかどうかで響いて来る。

 新人とオグリキャップはどの位置に行くか、等の話し合いはして居らずオグリキャップへ新人は()()()()()()()()()()()()と残した。

 普段の競走でオグリキャップが先行や差しを得意としているのを知っていた新人としては、オグリキャップは自分の走りたい様に走った方がきっと楽しいのでは?と考えたからなのだが。

 

 そうこうしている内に、既に先頭は第2コーナーを抜けていた。

 

『第2コーナーを抜けて直線へと駆けていきます、先頭は依然5番。ゼッケン番号5番となっています。先頭と距離が離されてしまった2番手以降がやや垂れてしまい縦長の展開です。後方のウマ娘達が差せるかが気になる所ですが……。先頭は5番、続いて2バ身離れて内に1番、外側に6番と10番。そのすぐ後ろから4番、8番、9番が追走。3番(オグリ)が内に入ったまま7番が外を回りました。そして11番が7番の外を回り、最後尾は12番です。第3コーナーに入り、1000mを通過しました』

 

 オグリキャップはまだ内に入ったまま動かない。

 先頭を走る5番が意気揚々と走り、差を広げて行く。傍から見ると掛かっている様に見えるが、新人は焦らない。

 新人が焦らないのは、既にそのウマ娘に関して知っていたからと言うのがある。

 

 オグリキャップが内に埋もれていても、隊列が縦長になっていても、第4コーナーを最初に抜けるのが5番だったとしても。

 新人はオグリキャップが先頭になるのを信じて待っているから。

 

『第4コーナーを抜けて先頭は5番です、2番手との差は……差は、差が開いていない!内から3番(オグリ)!3番が内から来ました!残り600mを通過して、先頭5番との距離は実に1バ身!3番が追い縋る!5番!5番辛くも逃げている!残り400を通過!先頭争いは5番と3番(オグリ)です!後続が離されて行くが3番手に12番、12番が抜け出して来ました!残り200!5番に3番(オグリ)追い付いた!そしてその2人に12番追い縋る!3番(オグリ)3番(オグリ)が抜け出した!凄い末脚です!二番手争いは5番、12番!そして2人5番と12番が並びました!そして、そして今3番ゴールバーを通過したぁ!』

 

 

 芝を抉りながら、外に出られないなら内側から抜けば良いじゃないと言わんばかりに抜いて見せたオグリキャップ。

 並び掛け、追い抜いて行った。其の姿からはもう過去のオグリキャップは見えず、新人の心を惹き付けて止まない力強い走りが見えた。

 

 

 

『1着!1着は3番、オグリキャップ!』

 

 オグリキャップは右腕を高く、そして力強く突き上げ、笑っていた。

 

 

 

『2着は12番!3着は5番となりました!』

 

 

 

 新人は胸の高鳴りと、背後から沸き立つ歓声に押し潰されそうになりながらも、横目で笑うオグリキャップを見逃さなかった。

 

「……おめでとう、おめでとうオグリ……。」

 

 GIII、鳴尾記念。

 

 

 チーム『流れ星』所属、オグリキャップ。

 

 1着。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 特にレース中、何かをしていた訳では無かったが新人は汗ばんでいた。

 ライブでは新しくゴールドシップと練習し会得したダンスをサイリウムを振りながら邪魔にならない様にやりきったが、そんな物は関係無かった。

 

「お疲れ様オグリ」

 

「あぁ、どうだった?私の走りは」

 

 控え室にて、ライブを終えたオグリキャップにタオルを渡すと、そのタオルで顔を拭きながらオグリキャップは新人へと聞いた。

 

 新人は満面の笑みで答えた。

 

「さいこーだっあ!……だった!」

 

「……ふふ、また噛んでしまったな」

 

「良いんだよ!その、終わり良ければ全て良しって言うから!」

 

「あぁ、その通りだ。次も……次も1着を取るぞ」

 

「うん、うん!」

 

 もう何も怖くないと言わんばかりの2人だった。

 

 




 実況書くの難しいっすな。
 実際鳴尾記念とかの実況聞いたりするけど、アレ咄嗟に実況出来るの凄いと思いますわ。
 感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。

 


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第四十七話

 貴方の夢、私の夢。

 書いたら出ると信じて()

 マヤノトップガンの良さは、やっぱりあの明るさだと思うんですよね。育成中のストーリーで出て来る軽い嫉妬だったり、ブライアンに対しての対抗心だったり色々な表情が見れるマヤノトップガンですけど、やっぱり1番は明るく元気なマヤノトップガンのイメージが強いんですよ。トレーナーに対しての好意を隠さない所や、背伸びしてオトナ振る所とかすごく可愛いんですよね。レースに勝つと毎回してくれる投げキッスとか可愛いの暴力。途中で出て来るトウカイテイオーも可愛い事可愛い事、トウカイテイオーだいすきな作者的には御褒美ですね。いやマヤノトップガンのストーリーが素晴らしいんですよ、可愛いしかっこいいしウマ娘万歳って感じです。

 昨日投稿しなかったのは大体作者の怠慢が原因です。ごめんなさい。


 オグリキャップのレースが終わって、次はバクシンオーのレースへ向けての調整が始まった日だった。

 

「トレーナーちゃんって服は変えないの?」

 

「……服?変える……その、必要ある?」

 

「あるよー!毎日白いYシャツに黒いズボンでしょ?マヤ的に見飽きちゃったの!」

 

「ふふ、ふ、みあ、見飽きた……」

 

 何も面白くは無い。面白くは無かったけど笑うしか無かった。いや、まぁ分からなくも無いんだよ。毎日同じ服装だからね、でもそれ言ったら君達も毎日制服かジャージだからね。

 

「それに白いYシャツ着てるのに、上は何も着てないのって中途半端な感じするんだよね〜」

 

「産まれてきてごめんなさい」

 

「えぇ!?突然どーしたの!?」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「トレーナーちゃん!?トレーナーちゃん!?」

 

 正直Yシャツってなんかカッコよく見えるから、ちょっと色々拘りがあったんだけど、マヤノトップガンのそんな素直な目でそんな事言われたら流石に立ち直れないよ。 

 僕の心は硝子でもなければ、豆腐ですら無いからね。僕の心は砂だよ砂、風が吹けば崩れ落ちるの……。

 

 天気は晴れててバクシンオーもすっごく頑張ってマイル走ってるのに、どうして僕の視界はこんなに滲むんだろう……。

 

「で、でもねマヤノトップガン」

 

「マヤノ」

 

「マヤノトップガン、その。買いに行けないんだよ時間が無くて……後やる気もなくて」

 

「それはトレーナーちゃんが悪いと思うの。じゃあ今日トレーニング終わったらマヤと2人で買いに行こ♪そーしたらやる気なんて関係ないよ?ユーコピー?」

 

「アイ・コ……え?」

 

「じゃあ決定!マヤはテイオーちゃん達と競走して来るから、トレーナーちゃんはまた後でね!」

 

「え、あの……また、後で……?」

 

 なんかとんでもない事になってきた気がする。あぁ、でもマヤノトップガンのご褒美がお出かけって言ってたし、今回でそれを叶えれば良いのかな。でもマヤノトップガンのご褒美って感じはしないよね、え……これってもしかしてだけど僕の服買いに行くの?トレーニング終わりに?コミュ力つよつよなマヤノトップガンと2人で?

 

「……助けて」

 

「どうかしましたかトレーナーさん!」

 

「バクシン!あ、いや、バクシンオー」

 

「はい!バクシンです!さっきマヤノさんと話してたのでずっと待ってました!」

 

「……うん、なんかごめんね」

 

「大丈夫です!慣れてますから!」

 

「慣れてる?」

 

「はい!待たされるのとかは慣れてますよ?それはそうと、1600m3回走って来ました!次は何をしましょうか?」

 

「……どうしようか、正直マイルっていうか短距離に置いては本当に速さが必要になって来るから……重りでも付けてみる?なんて」

 

 短距離とマイルは中距離や長距離と違って、初めから最後まで最速を目指す走りな訳だから、スタミナとかはある程度有れば良くて兎に角最速を目指すのが1番なんだけど。

 如何せん速くするためのトレーニング方法が思い付かない。強いて言うならさっきも冗談で言ったけど重りを付けて、強靭な足腰を手に入れてタイムアタック地味た走りを繰り返すのが1番良さそうな気がするんだよね。

 

 流石に負担が大きそうだからあんまり連続してやらせたら、危険だと思うけど。

 

「良いですよ!面白そうですし!」

 

「ウソでしょ」

 

「ウソなんて言いません!だって学級委員長ですから!」

 

「……あ、えっと、うん、じゃあ蹄鉄とか重くして行こうか……明日からやって、レース前に通常の奴に変えて最後に慣らして貰おうかな」

 

「はい!よろしくお願いしますねトレーナーさん!」

 

 元気に返事をされて、人当たりの良い笑顔を浮かべるバクシンオー。ふと気になったんだけど、結局僕はバクシンオーの夢とか一切聞いてなかった気がする。

 それ所かマヤノトップガンも、ゴルシでさえ。

 

「みんなー、ちょっとあつまってー!」

 

 本当は今やる事じゃ無いと思うんだけど、今聞いて置かないと何故だか後悔する気がしたんだ。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 青空の下、ターフの上にてチーム『流れ星』メンバーが全員集合して居た。

 

「チーム目標とか、決めてなかったの思い出して。あと、その、皆の夢とか聞いておきたいなぁ……って」

 

「ボクは話したよね、絶対無敵の三冠ウマ娘になって、カイチョーと走るんだよ!」

 

 テイオーの夢は絶対無敵の三冠ウマ娘、そしてシンボリルドルフとのレースだったね。右手で三本指を立てて見せるテイオーは凄く自信満々で、凄くカッコよく見えた。

 

「私は元々故郷から此方(中央)に来た。だから此処からでも故郷へ名が届くようになりたい……というのも夢なんだが、正直レースに出て強いウマ娘達と走って勝ちたいな。今の所サイレンススズカとのレースがしたいと思っている」

 

 オグリは強いウマ娘とのレースがしたくて、そして勝ちたい。

 元々は中央からカサマツまでオグリキャップって言う名前を届かせたいって言う夢だった。故郷の人達との夢と、自分の夢を重ね合わせてるのが両立出来てるのが凄いと思った。

 我ながら小学生みたいな感想になっちゃってるなぁ。

 

「アタシは楽しいレースがやりてぇ、次いでにゴルシちゃんの時代を作りてぇ。年号とかゴールドシップ……黄金船って年号にして見たくねぇか?子供達の名前に黄金船って付けてゴールドシップって読ませる様な時代にしてぇな」

 

「新手のキラキラネームかな?後ゴルシはそんな事よりゲート難どうにかして?」

 

「おう、考えといてやるよ」

 

「お前……!」

 

 ゴルシは本当にゴルシなんだなぁ。楽しいレースがしたいってのは、多分オグリと同じで強いウマ娘とのレースだと思うけど、同世代でお前と走って勝てるウマ娘居るのかちょっと僕は疑問だよ。

 ゲートで転けて、その状態から後続に追い付いて勝っちゃうんだから、正直恐ろしいと思った。

 でも流石にどれだけ強くなっても年号にはならないと思うの。だって『皇帝』とかそんな年号無いんだから……無いよね?

 

「マヤはキラキラした〜い!」

 

「……えっと、ぐた、具体的には?」

 

「キラキラ!したい!ユーコピー?」

 

「……あいこぴー(白目)」

 

 どうしよう、分かんない。キラキラしたいって事は人気になりたいって事?勝負服着てレースに出たいって事?じゃあ取り敢えず目標としてはGIに出走が1番なのかな。

 うーん、またちょっと違う気がするんだけど、僕の頭だとこれ以上の解釈が出来ない……。

 

「……バクシンオーは?」

 

「……あ、私ですか?私はですね……学級委員長として誰よりもゴールに近く!そして全生徒の模範として先頭を駆ける事です!」

 

 微かな違和感。いや、でも確かにバクシンオーはそうなるのか。兎に角最短で、最速を、真っ直ぐに行きたいって事なんだよね。じゃあやっぱりレースに出てサクラバクシンオーって名前を広める形になるだろうから……。

 

 皆兎に角レースに出たいんだなって、あらためて感じた。

 その為にも僕も頑張らなくちゃいけないよね。

 

「んで、新人の夢は?」

 

「あ、ボクもまたききたい!」

 

「ぼ、僕?」

 

 なんで僕の夢なんて、もうみんな知ってるでしょ。

 

「マヤちんも聞きたーい☆」

 

「はい!やっぱり最後はトレーナーさんの夢を聞かないと!」

 

 ……僕の夢、僕の夢は……初めは担当したウマ娘全員が有マ記念に出る事だったし、今もそれは変わっていないけれど。でも考えたんだ、このメンバーだとバクシンオーだけ長距離を走れないから、僕の夢有マ記念は出走出来ないんだと。

 

 それにコレは一種の押し付けで、自分勝手な夢だっておハナさんに気付かされたし。

 だから、きっと僕の夢って言うのは……。

 

 

「……皆が夢を叶えられる様にする。それが多分僕の夢になるんじゃないかな」

 

「伝説って?」

 

「ああ!」

 

「……それはまた別だよ?チーム目標で良いかなって思ったんだよ。伝説になる。トレーナーとしての僕はきっと、皆の夢を見たい気持ちの方が強いから」

 

「なるほど、なら明日にでも部屋に飾ろう。伝説になるって言う文字を書いた紙を」

 

「いいアイディアですね!誰が書きますか?」

 

「もっちろんこのゴールドシップ様が」

 

「トレーナーちゃんだよ!」

 

「おい」

 

「そうだね、ボクもトレーナーが良いと思う」

 

「なぁ、ツッコミも無しか?」

 

「僕?……分かった」

 

「おーい?」

 

 だって、見てみたいから。

 テイオーが無敗で三冠を取る姿を、皇帝と共に走りテイオーが勝つ姿を。

 オグリの名前が何処にいても聞こえちゃう様な、それこそシンボリルドルフの様な存在になるのも。

 ゴルシが……えっと、うん。レースに出て勝つ姿とか訳の分からないゲート難発動する所とか見てみたい……いやゲート難は見たくないな……。

 マヤノトップガンがキラキラする姿とか、凄く見てみたいから。

 バクシンオーだって、全てのウマ娘の模範として……先頭を駆ける姿を……?

 

 あれ、でもバクシンオーって中距離や長距離もおまかせ下さいって、言ってなかったっけ……。

 それは夢じゃなくて、目標でも無いのか……?

 

 バクシンオー……?

 

 

 

 僕は僕の夢を聞いて、ずっと変わらず笑顔を浮かべるバクシンオーから、目が離せなくなっていた。

 

 




 最近寝ても醒めてもゴルシとテイオーが頭の中に居座ってて、仕事しても家事やってても頭の中ウマ娘しか無い。

 これが……恋?


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第四十八話

 勝った……勝ったよ……新衣装ガチャに。






 これは悪夢だ、ほんの少し不安になるだけで幾らでもフラッシュバックしてくる記憶と言う名の悪夢。

 酷く懐かしくて、止まらない嘔吐感を覚えた。

 

『聞いた?コミュ障くんトレセン受けるんだってさ』

 

『マジ?彼奴が受かる訳ねぇじゃんw』

 

『筆記1位だからって調子乗り過ぎでしょ。俺達のこと見下してんのかねぇ?』

 

『天才の考えwなんでしょ。先生からも嫌われてんのに、受かると勘違いしてんのお笑いだろ』

 

 馬鹿にされてるのは知ってた、嫌われてるのも知ってた、けど僕はトレセンに就職したかったんだ。初めは皆を見返したくて、夢の為って言ってたけど、結局はソレが1番強かった想いだった。

 

 筆記試験は満点だった、結果だけ見れば良い結果だったけれど、面接は大分ボロボロだった気がする。

 理事長とたづなさんの面接を受けて、ガチガチに緊張しながらも、何とか質問に答えてた記憶は未だ新しい。

 

『貴方が我がトレセン学園に所属したい理由はなんでしょうか?』

 

 見返してやりたい、なんて事は言えなくて。

 でも無難な言葉なんてモノも出て来なくて。

 

『ぼ、ぼく、僕は!あ、ぁ、え……!』

 

『落ち着いて下さい。誰も貴方を落とす気で面接をしている訳じゃ有りませんから。大丈夫です、ゆっくりで良いですから』

 

 酷く情けなかったのも、覚えてるんだ。たづなさんに優しく諭されて、ソレが無性に恥ずかしくて悔しかった。

 ゆっくりと呼吸を繰り返していたけれど、結局上手く質問に答えられなくて。

 

『……ごめん、なさい』

 

『…………』

 

 何故か謝ってしまっていたんだ。多分、泣いてたと思う。声になんて出せない、でも顔が熱くて、視界が滲んで零れてた。

 僕を馬鹿にしてた奴等の顔が浮かんで来て、辛かった。

 もうダメだ。そう思って、席を立った時に。

 

『青年!』

 

 理事長から声が掛けられた。それまで僕の瞳をジッと見てきた理事長が。

 

『は!は、はい!』

 

『ウマ娘は好きか?』

 

 理事長の分からない質問に、僕は——。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「……最悪。寝汗酷いし……」

 

 嫌な夢を見た後は大体寝汗が酷くなる。もう6月に入ったって言うのに気温は涼しくて過ごし易い。

 でも僕は上手く生活出来てなかった。スマホの画面を付けると、時刻は午前6時を回っていた。

 

 結局昨日はマヤノトップガンに謝って、トレーニング後の買い物は断った。マヤノトップガンはむくれて居たけど、僕今お金無いから。

 それに僕のお金は全部マヤノトップガン達の為に使うって決めたから、自分の為になんて使いたくない。

 僕は自分を良く見せる為にトレーナーになったけれど、僕のエゴの為に皆を巻き込むのはもう辞めたんだから。

 

「……エゴ、か」

 

 夢なんて大体がエゴなんだけど、それでも魅せられるんだ。

 僕もそうなりたいし、そうありたいと思う。

 

「今日は……共同スペースでトレーニング表書こう。やっぱり1人で殻に籠ってやってたらダメだ。昔の僕と何も変わらない気がする」

 

 本当に変わりたいのなら、逃げちゃダメだと思うから。

 

 

 寝汗を流す為にシャワーを浴びて、ドライヤーで髪の毛を乾かして、バクシンオーから貰ったカチューシャを付けて僕はトレセン学園へと足を運んだ。

 途中何度も立ち止まりそうになったけれど、不思議と背中が熱くなって止まらなかった。絶対ゴルシに蹴られたからだな、もう1月は前の話なんだけど。

 

 途中コンビニに寄って、お昼ご飯なんかを買いながらウマ娘特集の雑誌を買ったりしてまた歩き始めた。

 そうこうしてる内に、トレーナーの共同スペースにやって来た。

 時刻は10時を回っていた。時間が経つのが早く感じるけど、こんなもんかな。

 

「……なぁ、また来たぜ成金野郎が」

 

「デビュー戦で三連勝決めて調子乗ってんだろ、言ってやんなよw」

 

「彼奴が居ると空気が悪くなるの、自覚してねぇのかな」

 

「空気読めないから空気悪くしてんだよ。コミュ障くんも辛いよねぇ」

 

 聞き飽きた。

 取り敢えずど真ん中を座る勇気はなかったから、端っこのテーブルに座って、ノートPCを開いてトレーニング表を書き込んで行く。

 その間も絶えず聞こえてくる僕への罵倒。

 

「あ、新人くんじゃん!おっはよー!珍しいね君がこっちに居るの」

 

「……お姉さん」

 

「そうそう、マスターちゃんとオハナバタケちゃんのトレーナーのお姉さんだよ!デビュー戦三連勝おめでと!」

 

「ぁ、ありがとう」

 

 お姉さんは何故か他にも席は空いてたけど、僕の隣に座って来る。

 若干狭いし圧を感じるから辞めて欲しいんだけど、正直話し相手が居てくれた方が今は楽だった。

 

「ねぇねぇ、サクラバクシンオーのレースの日って今週でしょ?私見に行ってもいーい?」

 

「別に、構わない、けど」

 

「やった!後次いでなんだけど、今度一緒にご飯食べにいこーよ。美味しいラーメン屋とか知ってるんだよね私」

 

 コミュ力つっっっよい!!初めて会った時からそうだったけど、本当に話すの上手だなぁ。最低でも噛んだり、吃ったりしない様になりたいけど、最高でお姉さん見たいなコミュ力つよつよになりたい。

 

「なぁ、彼奴誘われてんだけど」

 

「……チッ」

 

「そーだ、トレーニングのコツとか教えて欲しいんだけど、いーい?私まだまだ上手くトレーニング表作れなくって……」

 

「は、はい……えっと、何を教えたら……」

 

「全部!」

 

「全部!?」

 

「うん!1から10まで全部!単に走って貰うだけのトレーニングじゃきっと足りないと思うから、デビュー戦で三連勝したりしてる新人くんに聞きたいの!ダメ?」

 

「だめ、では無いけど……取り敢えず蹄鉄重くしたりして足腰強くしたり……でもそれやる前に筋トレ施設借りてトレーニングするのがお勧め……だと思う」

 

 足腰強くする前に、基礎能力が足りてなかったらウマ娘への負担ばっかりで最悪怪我……故障しかねないから。テイオーやマヤノトップガン以外は皆元がしっかりしてるから、蹄鉄とか重くしても有る程度走れるんだけど、やっぱりテイオーとマヤノトップガンについてはもう少し様子見をしてからそう言うトレーニングがしたい。

 

「ふむふむ、ありがとね!また聞くからその時教えて」

 

「う、ん」

 

「むふふ、噛んでるのかーわいい」

 

「……かわいいもんか、み、みっともないだけ、だよ」

 

「顔が可愛いから全部可愛いよ?」

 

「……顔の話しないでくれる?」

 

 色んな意味でモチベ下がっちゃうから。お父さんの遺伝子って性別位で、あと全部お母さん譲りって言っても過言じゃない位にはお母さん似なんだよね。

 一家代々鳩胸の家系だから、僕も鳩胸だし。

 

 話しながらトレーニング表を作成して行って、僕が書き終わる頃には彼女もまた書き終わっていた。

 僕よりタイピング早い人初めて見たかも……。

 

「じゃ、またね!」

 

「……また」

 

 そろそろトレーニングの時間って事も有ってお互い別れて行った。

 陰口は絶えず聞こえて来たけれど、やっぱり誰かと話しているだけで全然変わってくるんだなぁ。なんて呑気な事を考えながら、僕はたづなさんに印刷したトレーニング表を提出しに行った。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「……いやコレ重過ぎだよ……」

 

 たづなさんにトレーニング表を渡した所、蹄鉄を重くするって言う項目を見たんだとは思うんだ。たづなさんが蹄鉄貸し出してくれたからね、でもコレ重すぎなんだよ。

 なんだコレ、見た目以上に重たいんだけど。しかもバクシンオーの蹄鉄って書かずに蹄鉄を重くって書いちゃってたから、人数分の蹄鉄渡されたし。

 

 え、ホントにこれ何?拷問かなにか?

 10個の蹄鉄とか持たされて、両腕が痛い所の話じゃないんだけど。もう痺れて来て感覚無くなってるよ。

 

「おや、トレーナーくんじゃないか。久しぶりだね」

 

「……シンボリルドルフ……」

 

 なぜかシンボリルドルフとも会っちゃったし。

 重たいけど蹄鉄はてーてつ(たいせつ)にしないとね……ふふ。

 

「随分重たそうに持っているが、大丈夫かい?良ければ私が運ぼうか?」

 

「……持てる?すっごく重いよ?蹄鉄だよ?」

 

「問題は無い。君が持てているんだ、私が持てない道理は無いだろう?」

 

「……じゃあ、はい」

 

「……ふむ……」

 

 シンボリルドルフに蹄鉄5セットを渡す。両腕が軽い、軽いんだ。なんて素晴らしいのか、身軽な事がこんなにも幸せに感じる日が来るなんて!もう、もう何も怖くない……!

 

「重たいな……」

 

「……ごめん、やっぱり自分で持つよ」

 

「すまない、想定していたよりも3倍程重かった……」

 

 耳を垂らして謝るシンボリルドルフに、とても申し訳ない気持ちが湧き上がって来る。シンボリルドルフは悪くない、悪いのは僕なんだ。僕が貧弱で、もやしだから蹄鉄の重さに耐え切れなかったんだ。

 

 

「じゃあ、その……またね」

 

「あぁ」

 

 そうしてシンボリルドルフとは別れた。

 正直シンボリルドルフは苦手だ、と言うか初対面の時に盛大に失敗した事が未だに恥ずかしくて勝手に苦手意識を持ってるだけなんだけど。

 

 

 まぁ、取り敢えずまた重たい蹄鉄運ぶの頑張ろう……。




 話が進んでないって?
 こまけぇこたぁ良いんだよ。

 後実は前々から出したかったカイチョー、うじトレが話し掛けた数少ないウマ娘の1人。

 もうね、作者決めたの。
 書きたい物を書きたい様に書くって。理屈とかそんなモンは空の彼方に吹っ飛ばして行くよ。


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第四十九話

 最近タイトルが読み辛く感じる……てかタイトル漢数字だから別にどうでもいいとは思うんだけどさ。
 つうか漢数字使うなら十をちゃんと拾にしろって話なんですよね。
 何もかも中途半端過ぎる……まぁいっか。




 額から一筋の汗が流れ出た。昔と違って前髪を下ろしていないから、髪の毛が無駄に汗を吸うなんて事は起きなかった。

 シンボリルドルフと別れて、たづなさんから蹄鉄を貰ってからチーム部屋に向かっているのに、少し歩いては休憩している為に中々辿り着けなかった。

 いや重過ぎるんだよこの蹄鉄ゥ!

 取り敢えず、と言うか適当に座れる場所に腰を下ろす。蹄鉄はゆっくりと慎重に膝の上に置いて、足を伸ばした。

 地面に置いても良いんだけど、拾う時に腰が……。流れ出た汗をYシャツの袖で拭いながら、空を見上げた。

 

「あれ?トレーナーちゃん?」

 

 そろそろ行こうか、なんて考えていたら背後から声を掛けられた。僕の事をトレーナーちゃんなんて言う人は知り合いの中では彼女だけだし。

 

「まや、マヤノトップガン」

 

「むぅ……トレーナーちゃん?」

 

「ま、まって、あの、助けて……蹄鉄……たすけ……」

 

「マヤの名前呼んでくれないからヤダー」

 

「はず、恥ずかしいんだって……」

 

「でもテイオーちゃんやオグりんの事は呼んでたもん!ズルイズルイー!トレーナーちゃんのいっちばん初めのウマ娘はマヤなんだからね!」

 

 そう、そうなんだけど、でも正直名前で呼ぶのが1番恥ずかしい相手でも有るんだよ。なんでか、なんでかな。

 

「ま、マヤノ!トップガン……はい、はい!呼んだから!」

 

「だーめー!もっと優しくマヤの事呼ばなきゃダメなんだよ!後小声で言ってたのもマヤ分かってるんだからね!」

 

 頑張って勇気出して名前で呼んだのに、ダメって言われるの酷くない?その後の小声のとこなんて気にしなくて良いじゃん……じゃん……。

 

 蹄鉄を持ってるのに1歩も歩けてない現実が受け入れ切れない。これトレーニングに間に合うのかな……。

 

「……それそんなに重いの?」

 

「え、あ……うん」

 

「……しょーがないなぁ……じゃあ半分だけマヤが持ったげる。その代わり!」

 

「は、はい?」

 

「トレーナーちゃん服買いに行こう?マヤと2人でお出かけしよーよ……マヤへのご褒美頂戴?……ね?ユーコピー?」

 

 なんでそこまでして僕の服を買いに行きたいのか、そんな事がマヤノトップガンにとってのご褒美になるのか。色々考えたけど、やっぱり僕に他人の心を分かってあげられる程コミュ力も無ければ、起点も効かない事実を受け入れた。

 

「いいよ、じゃあ明明後日の金曜日にしよう。バクシンオーが土曜日にレースだから、前日は休ませて上げたくて休日にするつもりだったし……でも、その、本当にいいの?僕の服を買いに行くなんてので」

 

「マヤはそれがいーの」

 

「……わかった、じゃあ半分持って?」

 

「うん♪って重い!?重過ぎるよぉ!」

 

「だよねぇ……」

 

「だよね、じゃなくてこんなの付けたらマヤ走れないよ!?ノーコピーだよ!トレーナーちゃん!」

 

「直ぐには付けないけど、後々付けてもらうと思うから、頑張ろうね」

 

「付けちゃうんだ……うぅ、あいこぴー……」

 

 ほんの少し軽くなった自分の両腕、僕の為に貸してくれた両腕。

 マヤノトップガンの事も、ちゃんと呼んであげなきゃいけないって、そう思うんだけど。やっぱりどうしてか恥ずかしい気持ちでいっぱいになるんだ。

 僕の隣を歩いてくれる少女を横目で見る。オレンジ色の長い髪、キラキラした瞳、何時も堂々としてる立ち姿。

 そのどれを取っても、僕にはマヤノトップガンって言うウマ娘が眩し過ぎて———。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 どれだけ時間が掛かったか分からないくらい時間を掛けて、でも途中からマヤノトップガンに手伝って貰った事もあって想定より早く着けたけど。

 バクシンオーとオグリに重過ぎる蹄鉄を渡し、ゴルシにも試しに渡して見た。

 

「重っ!?おい新人!これどっから持って来たんだよ」

 

 たづなさんから借りた。

 

「……コレを付けて走るのか。良いだろうトレーナーが言うなら、コレを付けた状態でもタイムを縮めて見せよう」

 

 頼もしいけど顔色……いやなんかワクワクしてない?え?

 耳ピーンと立ってるけど、もしかして楽しみにしてるの?

 

「いやコレ無理ですよ」

 

 なん、だと……?

 

「バクシンオーが無理って言った!?ボク初めて聞いたんだけど!?」

 

「マヤも初めて聞いたよ〜?」

 

「いや、だってコレ付けて足が上がる気がしませんもん!何キロ有るんですか!?」

 

「……知らないけど、たづなさんが片手で持って来てくれたから、たづなさんが片手で持てる重さなんだよ」

 

「ちょわ!?」

 

「ゴリラじゃねぇか」

 

「ゴールドシップ、たづなさんはたづなさんだぞ?」

 

「いや分かってんよ!?ちげーよ!この重さの蹄鉄を片手で持ってくんのがやべぇって言ってんの!」

 

「……ふ、私なんて片手のこゆび、こゆ、こ、ゆ、びで……!」

 

「オグリ無理しないで……怪我しちゃう」

 

 何処に張り合ってるのか。

 蹄鉄を小指で持とうなんてしちゃダメだよ。危ないし見てるこっちが怖いから。

 

「……そーいえばトレーナー。ボクとマヤノには無いの?」

 

「マヤちんはあんなの付けたら走れなくなっちゃうって!」

 

「オグリやバクシンオーは元が出来てて、パワーもそこそこあるから走れると思うけど、テイオーやマヤノ……トップガンは少し辛いんじゃないかな。ギリギリゴルシが付けて走れるくらいだと思うし……取り敢えず2人はスクワットや腿上げで基礎筋力付けてもらうからね」

 

「わージミぃ……まぁ仕方ないよねー」

 

「マヤはホッとしてるよ……?」

 

「じゃあオグリとバクシンオーは蹄鉄付けて来て」

 

「は、はい」

 

「わかった」

 

 そう言って2人は1度チーム部屋に戻って行った。

 バクシンオーの弱音?なんて初めて聞いたけど、やっぱりアレ重いんだよね?僕5セット……10個持って来たけど明日腕動くかな……。

 

「…………ふぅん?」

 

「……なにゴルシ?」

 

「別に?気にすんなよ」

 

 テイオーとマヤノトップガンが柔軟しているのを見ながら、いつの間にか隣に立っていたゴルシに声をかけた。

 何故か横目でチラッと目が合ったけど、特に何も言われなかったし。

 

 ……それにしても。

 

「テイオーちゃん柔らかいよね♪折り畳めちゃうかも!」

 

「まや、マヤノ!?自分のペースでやるから!折り畳まないで!?」

 

 マヤノトップガンと2人でお出かけ……かぁ。

 服なんてどこで買っても同じだから、取り敢えずユニ〇クロにでも行けば良いのかな。

 学園の近くにあったっけ。

 

 




 ゴルシのハジけ具合が足りない、足りなくない?
 イケメンゴルシ好きだけど、ハジケゴルシも好きなんだよね。

 感想とお気に入り、高評価って投稿者にとっての餌だと思うの。
 

 だからもっとくれください。


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第五十話

 マヤノ的ファッションショー!

 なんか、ふと思ったんだけど読者の中で新人くんについて知りたい事とかあったりすんのかな。単にコミュ力よわよわな新人なんだけど。
 偶に覚悟キメてチャレンジするだけの、22歳の男の子よ。


 蹄鉄を変えて1日目のトレーニングは、それはもう酷かったと思う。初めに慣らしで芝の上を3000mのランニングして貰ったんだけど、1200mでバクシンオーがバテ初めて、2000m超えた辺りでオグリが前に出れなくなった。

 ゴルシ?なんかよく分かんないけど最後は全力疾走して、勢い余って側転しながら芝の上に寝転んでた。

 流石に疲れたのか、オグリ達激重蹄鉄組はダウンしたからテイオー達通常蹄鉄組のトレーニングをして、その日は終えた。

 

 2日目のトレーニングなんかはオグリ達にミニハードルを各々のペースで走って貰って、単純な足腰を鍛えて貰った。

 トレーニング中に軽く食べて貰うおにぎりが有るんだけど、オグリとゴルシがやたら食べてたのは記憶に新しい。

 なんでオグリと張り合ってたんだ彼奴は?軽くって言ったのに2人ともお腹出ちゃってたし。テイオーは2人を見て苦笑いしてた。

 

 3日目……つまり昨日なんだけど、先ず初めに激重蹄鉄組と通常蹄鉄組でまた3000mのランニングをして貰った。

 バクシンオーは何とか1600mまで意地でやりきって、その後は早歩きまで落ちてたけどやり切った。オグリは3000mフルでやり切って、ミニハードルもやりたいって言い始めてた。と言うかオグリとゴルシに関してはランニングじゃなくて、本気で走ってたから。

 流石に2人共休憩させた。テイオーとマヤノトップガンもちょっと激重蹄鉄に惹かれてるのか自主トレでスクワットとかやってるみたい。

 2人共ちょっと足の筋肉周りが膨らんでた気がするから、多分合ってると思う。記憶力は良い方なんだ、オーバートレーニングしない様に注意したけど。

 

 

 そして今日、バクシンオーが明日エプソムCに出る予定だからトレーニングは休みにしてる。だけどオグリからトレーニング表が欲しいって言ってたから、取り敢えず渡して置いたけど。

 

「……良いのかなぁ」

 

 僕はマヤノトップガンと2人でお出かけとか。皆真面目に自主トレだったりしてるのに、ソコに僕が居なくても良いのか不安になってくる。

 僕が居なくても別にどうって事ない……って言う事実を突き付けられてしまいそうで、どうにも不安感が強くなる。

 

 ふと空を見上げると、空は曇っていた。

 まるで僕の心を映し出しているみたいに……いや自意識過剰過ぎる。僕が居るのはトレセン学園の校門前で、マヤノトップガンを待っていた。

 何でも、お出かけ用の服に着替えたいから先に帰るって、LINEが飛んで来た。

 

 かくいう僕は変わらず、白いYシャツに黒いズボンとスニーカーと言ういつも通りの服装。強いて言うなら肩掛けカバンを持ってきた事位だ。

 本当に、それだけ。外に誰かと出掛ける経験とか、家族以外全く無かったから服装なんて考えた事無かったんだ。

 

 アスファルトに目線を落としながら、ジッとマヤノトップガンを待っていた。

 

「トレーナーちゃーん!」

 

「ぁ、おはよう」

 

「ごめんね、ちょっと待たせちゃった?」

 

「大丈夫、オグリにトレーニング表送ったりしてたから」

 

 そう言って若干呼吸を早くしたマヤノトップガンが来た。

 何時もの制服やジャージとは違う、完全な私服姿で。一瞬呼吸を忘れて見入っちゃったけど、大丈夫?不自然じゃなかったよね……?

 オグリへのトレーニング表なんて、もうとっくに終わってるけど、上手い言い訳が思い付かなかった……。

 

「む、女の子とお出かけする時は、他の女の子の話はしちゃダメなんだよ?」

 

「……そうなの?」

 

「うん!」

 

「あー……その、ごめんなさい」

 

「いーよ♪今日はマヤと2人でお出かけするから、ゆるーす!」

 

「うん、ありがとう……じゃあ行こうか」

 

「テイクオフ!だね♪」

 

 そうして僕とマヤノトップガンとのお出かけが始まったんだ。

 空模様は曇りだったけど、隣でキラキラ笑っているマヤノトップガンを見たら、そんな事は気にならなかった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 マヤノトップガンと2人でユ〇ニクロにやって来た。

 店内は意外と人が多くて、若干酔いそうになりながらも、なんとかマヤノトップガンの後ろにピッタリとくっつきながら歩いていた。

 

「んー、取り敢えず今日はトレーナーちゃんの上着買おうね♪」

 

「……取り敢えず?今日は?次もあるの?」

 

「どーせ今着てる様な服しか持ってないんでしょ?」

 

「……そうです」

 

 私服、部屋着なんてTシャツと適当ならズボンで事足りてたから……最低限の身嗜みしてたらもう良いと思ってたんだよね。

 だから流行とか知らないし、知る理由も無かった。

 

「トレーナーちゃんって、細いからどんな服着ても基本は合うと思うんだよね〜」

 

「ちょっと自分でも探して来るね?」

 

「アイ・コピー♪」

 

 そう言ってマヤノトップガンと別れた。いや、単に自分の着る服なんだから、自分でも選ばなきゃいけないと思っただけで、離れたかった訳じゃ無いんだ。

 取り敢えず来たのはメンズコーナー。色々見て行くけど、どうもピンと……?

 

「……これ、いいな」

 

 見付けたのは1枚のTシャツ、白いTシャツにデカデカと『必勝』って書いてある物だった。

 こういうTシャツっていいと思うんだよね。なんだかカッコよくない?

 

 一先ずカゴに入れて置く。これはきっとマヤノトップガンも良いって言ってくれると思う。だってこんなTシャツ見たら買うしかないじゃない!

 

 次に目を引いたのは、1枚のジャケット。真っ赤で変な板?見たいなのが敷き詰められてる奴。動かすとガチャガチャ言ってて、良い感じがする。

 これがお洒落って奴でしょ?少しは勉強して来たんだよ!

 

「……こんなもんでいいかな」

 

 2枚しか見つけられなかったけど、もう良いかなと思いマヤノトップガンの元へ歩き始めた。

 マヤノトップガンは意外とあっさり見付かったけど、不思議とカゴの中身は無かった。

 

「ただいま?」

 

「あ、おかえりなさい♪トレーナーちゃん早いね、もう選び……?」

 

「どうかした?」

 

「……えっと、それ着たいの?トレーナーちゃん正気?」

 

 そこまで言われるの!?え、カッコよくない!?だって真っ赤なジャケットだし!何だったら板見たいなのが張り付いててカッコイイし、それにTシャツだっていいモノだと思うんだよ!

 必勝だよ!?必勝なんて書いてあるTシャツがカッコ悪い訳が無いんだよ!

 

「いや、そうじゃなくて……Tシャツはうん、良いと思うよ?でもジャケットは……なんだろ、前衛的過ぎてどこにも需要が無い……ぁ、トレーナーちゃんには需要があったんだよね。でもその、ダサいと思うよ?」

 

 

 ゆっくりと僕は崩れ落ちた。

 僕の服センスって、もしかして低い……?




 感想くれると大分モチベ上がるからありがたいんだよ。
 読んでくれてる証拠だからね、作者は読んでも感想送るのが恐れ多くて送れないけど。

 だから高評価と感想くれ(ヨクバリス)


 新人くんの服センスは小学生の時代に成長終わってるので、これ以降も新人くんが選ぶのはクソダサTシャツと前衛的姿勢な服達だけです。
 腕にシルバー巻き始めそう。


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第五十一話

 腕にシルバー巻き始めるのは決闘者としての身嗜みって、それみんな言ってるから(言ってない)

 何もかもおかしいウマ娘。って言うタイトルで遊戯王名言オンリートレーナーでウマ娘とのクロスオーバー作品書きたい。
 多分開幕ライディングデュエルから始まって、最後にトレー/ナーで終わると思う。

 因みに作者は遊城十代とユベル大好きマンです。
 俺とお前で超融合。


 辛かった、自分の服のセンスが低いと言われたのが。申し訳なさそうに、ダサいと言われてしまった事が辛かったんだ。

 

「じゃあ、取り敢えず試着してみて?トレーナーちゃんのサイズに合ってるとは思うんだけど、すこーし不安だからね♪」

 

「……はい」

 

 マヤノトップガンにそう言われ、試着室へと足を運ぶ。……やっぱり僕の服だけ買うのって、ちょっと気になる所がある。何かしらマヤノトップガンにも服を買ったりするべきなんじゃないだろうか……。

 

 ふとマヤノトップガンから渡されたカゴを見ると、色の着いたYシャツや、そのYシャツの上から着るであろうジャケットなんかが入っていた。

 

「……これがセンスの違いって奴か……」

 

 自分で良いと思ってたガチャガチャジャケットや、必勝Tシャツが途端にダサく感じて来た。あ、また視界が滲み始めて……。

 

「トレーナーちゃーん?そろそろ着替えられたー?」

 

「あ、ま、待って!」

 

 まだ着替えてすらいない、取り敢えず早く着替えてしまおう。マヤノトップガンに渡されたカゴの中に手を突っ込んで適当な服を引っ張り出し、着替えて行った。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「お、お待たせ……」

 

「…………わお」

 

 取り敢えず上は赤色のYシャツにして、黒のベスト……チョッキ?ズボンはいつも通りの黒のスラックスを着込んだ姿をマヤノトップガンに見せた。何度も瞬きをしてるけど、もしかして似合ってない?コレ背伸びしてる様に見える?

 

 赤とか黒は好きなんだけど、如何せん僕に似合うかって聞かれると、ちょっと分かんないんだよね。でもマヤノトップガンが選んでくれた奴だから問題ないと思う。

 

「……ど、どう?」

 

「…………ハッ!ごめんねトレーナーちゃん、マヤちょーっと放心してた……」

 

「に、似合わない?」

 

 恐る恐る笑っているマヤノトップガンに声をかける。出来れば似合ってるって言って欲しいけど。

 

「……赤だとやっぱり派手だねー、マヤは好きだけどちょっとトレーナーちゃんには合わないかな?」

 

「……僕に赤は似合わない……か」

 

「マヤはそう思うなー。でもトレーナーちゃんがそれ気に入ったなら、それでも良いと思うんだけ、どーかな?」

 

 マヤノトップガンに言われて、1度僕も確認する為に試着室に付けられている姿見で今の自分を見た。

 取り敢えず黒い、上下共に黒くて、袖とかYシャツが赤だからやたら目に付く。身長が、身長が足りてない……ッ!後5cm……いや10cm有れば多分そこそこ似合ったと思うんだ、後やっぱり我ながら顔が幼い。

 

 もう22なんだよ?なんで髭も生えてこないんだよッ!お父さんなんて髭だらけで良くお母さんに剃ってもらってたのに、なんで僕はこの歳になっても髭が生えないんだよ!

 

「……ちょっと大人しめな奴に変えてくるね」

 

「はーい♪急がなくても大丈夫だからね?ユーコピー?」

 

「あいこぴー」

 

 次の服だ、大人しめな服に変えるんだ。童顔で低身長な僕でも着れるちょっとトレーナーっぼい様な服を……!

 必ず見つけ出して着こなしてみせる……。

 

 

「どう!」

 

「どうしてそうなったの?」

 

「大人しめの服にしてみました!」

 

 ベストは灰色で、Yシャツは茶色い奴を採用!ズボンは生憎と入って無さそうだったから変わらず黒のスラックス!

 もうこれで大丈夫だよ!だってこれ凄く地味に見えるもん!勧誘したとしても背景と同化して気付かれないレベルには地味だよ!

 

「ナシかなー」

 

「……着替えて来るね」

 

 何度でも……!

 

 

「これは!?」

 

「すこいよトレーナーちゃん!なんか気持ち悪い!」

 

 フードが取り外しが出来るタイプの紺色のジャケットに、紫色のYシャツを着たらこのザマだよ。でもこれマヤノトップガンが選んだ奴だよね?

 僕の組み合わせが悪いのかも知れないけど、マヤノトップガンの選択もきっと間違ってたんだよ……なんてのは言えないし。

 

「……着替えて来ます」

 

「行ってらっしゃーい♪」

 

 

「コレが!コレこそが!」

 

「それ着てトレセン学園に来れるなら良いと思うよ?」

 

「いやコレもマヤノトップガンが選んだ服ッ!!」

 

 迷彩柄のYシャツに蝶ネクタイ、極めつけは真っ赤なベスト。

 でもコレだってマヤノトップガンが選んだ奴でしょ!?こんなの入ってたら着たくなるに決まってんだよ!子供の頃から迷彩柄の服とかちょっと憧れだったんだからさ!!

 

「えへへートレーナーちゃんが着たら面白そうかなぁ……って」

 

「ぐぬぬ……」

 

「これが本命の服だから、きっとトレーナーちゃんも気に入ってくれるよ♪」

 

 別に今まで着てた奴が気に入って無かった訳じゃないんだけど……まぁいいか。多分今ちょっとテンション上がって変なツッコミ入れちゃったけど。

 

 そうしてカゴの中に入った服をもう一度取り出してみた、

 

 

「……どう?」

 

「……うん、うん、うん!すっごく似合ってるよ!」

 

 マヤノトップガンが持って来た2つ目のカゴに入っていたのは、灰色のベストに、白いYシャツ、赤いネクタイ、そして灰色のスラックスだった。

 なんだかいつも通りって言うか、あんまり変わらないって言うか。

 全体的に大人しめな服って感じがするのに、赤いネクタイがヤケに威圧的って言うか……。

 

「これ、似合う?」

 

「うん♪やっぱりトレーナーちゃんは可愛いよ♪」

 

「……マヤノトップガンに可愛いって言われると、お世辞にしか聞こえないなぁ」

 

「えへへ、それってマヤが可愛いって言ってる?ねぇねぇ♪」

 

「マヤノトップガンは可愛いよ?」

 

 キラキラしてて、見てるとなんだかワクワクするマヤノトップガンが可愛くない筈が無いんだよ。テイオーもワクワクするんだけど、アレはもっとこう、全身で表現したくなるワクワクって言うか。

 ゴルシに至ってはハラハラするからね。オグリは見ていて何だか気合いが入ってくるし、バクシンオーは兎に角楽しくて爆進したくなる。

 

 ……爆進したくなるってなにさ?

 

「……ぁ、ちょっと待って」

 

「……大丈夫?」

 

「う、うん。大丈夫……だと思う……にへ」

 

 そう言ってマヤノトップガンは僕に背を向ける。

 取り敢えず僕は試着室のカーテンを閉めて、着ていた服を脱いで、元の服を着ていく。

 取り敢えずマヤノトップガンに選んで貰った物だから買いだな。

 後は……うん、決めた。

 

 大きく深呼吸をする。

 僕の為に色々やってくれて、不安な時に手を握ってくれた。こんな僕に似合う服を選んでくれたり、やってもらってばかりじゃ、トレーナーなんて名乗れないから。

 

「それじゃ、会計行ってくるね()()()

 

「……え?」

 

 意外と言ってみたら、そんなに恥ずかしくなくて。

 でも若干顔が熱くなっちゃったけど、悪い気はしなくて。後ろを着いてくるマヤノの足音と、店内に響く雑音を聞きながら僕は会計を終わらせた。

 

 

 

 

 帰り道は、いつの間にか降っていた雨が、これまたいつの間にか止んでいた様で夜空の星がとても綺麗に見えたんだ。

 

 明日はバクシンオーのレースだ、バクシンオーならきっと大丈夫って思うから、僕は信じてバクシンオーをゴールで待とうと思った。

 

 ふと、隣を歩いていたマヤノを見て、月明かりに照らされた彼女がキラキラ輝いて居て瞳を奪われたのは、墓まで持って行こうと思う。

 

 

「……今日はありがとうマヤノ」

 

「えへへ……トレーナーちゃんもありがとう……♪」

 

 なんだか、今日はすごく楽しかった。

 明日からまた頑張れそうだよ、ありがとうマヤノ。

 

 

 

 

 




 マヤノちゃぁああああ!!!!!はぁぁああん!!僕も!僕も!マヤノトップガンとお買い物デートしたかったですゥウウウ!!

 作者の好きなウマ娘はトウカイテイオー、マヤノトップガン、オグリキャップ、ゴールドシップ、タマモクロス、キングヘイロー、マンハッタンカフェ、ダイタクヘリオス、シンボリルドルフです。

 はい多い、1番なんて有りません。みんな好きでみんな1番です。
 でもウマ娘にどハマりして沼に使った原因はトウカイテイオーだったので、原点はトウカイテイオーですね。
 マイフェイバリットウマ娘トウカイテイオー。


 感想、くれ。


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第五十二話

 なんでuraシナリオの継承ってうまくいかないんだろうね。
 パワー3逃げ3固有1ura2なのが悔しい。
 尚育てたのは逃げマックイーンな模様。


 サクラバクシンオーのレース日がやって来た。

 先日マヤノに選んで貰った服を着て、バクシンオーを迎えに行った所好評だったのは記憶に新しい。って言うか本当についさっきだったから、新しいも何も無いんだけどね。

 

「トレーナートレーナー」

 

「なにテイオー?」

 

「バクシンオーがレースに出るのって初めてだよね?」

 

「そうだよ。チームが変わってからのバクシンオーのレースは、今日が初めてだと思う」

 

 正直今でも急にチームを変えたのは分からないけど、バクシンオーがオグリと走るのが楽しかったから来ましたって言ってたし、多分その通りなんだろうなって。

 今日は先日の雨も有ってターフは若干の湿り気を帯びていて稍重バ塲になってる。出走者は13名で、バクシンオーのゼッケンは2番だった。

 簡単な実況が入り、バクシンオー達がゲートインを完了した。

 

「大丈夫かなバクシンオー、いきなりコケたりしないかな」

 

「ケンカ売ってんのか?」

 

…………(もきゅもきゅ)

 

「誰もゴルシだなんて言ってないよ?」

 

「いや、アタシって聞こえたぞ」

 

「なんでさ?」

 

「大体コケた所で、全員抜けば良い話なんだから気にしたらハゲるぞ?お前髪の毛薄そうだし」

 

「は?ふっさふさですけど!?今年50になる父さんだってフサフサなんだぞ!僕がハゲる訳ないだろ!」

 

 お前があの大事なレースの時にゲート難発動させてコケたのが悪いんだからな!僕は別にバクシンオーの心配してただけで誰もゴルシだなんて言ってないもん!いや、確かに一瞬頭に過ったけどさ。

 

 後若干身長勝ってるからって、顎上げて見下すな。身長低いの自覚してるけど、余計に低く感じちゃうだろ!分かっててやってるから腹立つ。

 いや、まぁ……ある意味やり返されてるんだろうけどさ。

 

「マヤは分かっちゃった」

 

…………(もきゅもきゅ)

 

「なにが!?え、なにを!?」

 

「もう!3人とも漫才してたらレース始まっちゃったよ!」

 

「「「あ」」」

 

 下らない事話してたらレース始まっちゃったよ。

 これ僕が悪いの?……僕が悪いんだろうなぁ……。

 

…………(もきゅもきゅ)……今日もニンジンが美味しいな」

 

「オグリがいつも通りで安心してるボクがいるよ……」

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 エプソムCのレースが始まったけど、バクシンオーは圧倒的だった。

 

『2番!2番が先頭に飛び出して、後続が続いて行きます!速い、速すぎるぞ2番!!』

 

 目測だけど初めのコーナーを抜けて、既に後続と5バ身離してるの凄くない?競走して貰ってた時より速いって言うか、単純に距離が短いからかも知れないけど初めから全速力出せてるの凄い。

 蹄鉄を激重にして大体3日しか経ってないから、そんなに効果が出てるとは思って無かったけど、これはさすがに速過ぎるって言うか。

 

『先頭を譲らない、2番がそのまま最終コーナーを抜けて行く!変わらない!先頭は2番、後ろの娘達は差し替えせるのか!?残り400m!』

 

「……おい、バクシンの奴滅茶苦茶速くなってねぇか?アタシの目が可笑しくなってるのか?新人、ちょっと頬引っぱたかせてくれよ」

 

「自分にやって。でも確かにバクシンオーが滅茶苦茶速いのは分かる」

 

「実はバクシンオーちゃんって、夜とか早朝にこっそり自主練してるのマヤ知ってたんだよね〜」

 

「そうなの?……トレーニング足りなかったかな……」

 

「まぁ、ボクもちょっと物足りなく感じたりはするけど……」

 

 限界の見極めが出来てないから、少し軽めにしてたけど、今回に限っては良い結果になってる。でもコレが、自主練が原因で怪我とかしちゃいそうで怖いな……トレーニング内容もう一回練り直そう。

 

 そうこうしていたら、バクシンオーが目の前を通り過ぎていった。

 それと同時に、背後から大きな歓声が湧き上がった。

 気付かない内にゴールしたんだ、バクシンオーはかなり早くゴールバーを通過していて、2着との差は3バ身になっていた。短距離やマイルはその距離の短さから、差は開きにくい。皆初めから全速力で走り始めるから、差は開き辛いんだ。

 

「やりました!やりましたよーッ!」

 

「良くやったバクシンオー!帰りはトレーナーが晩飯奢ってくれるってよー!」

 

「言ってない!言ってないよ!でもおめでとうバクシンオー!」

 

 聞こえてたんだと思う、苦笑いしながら、それでも力強く右腕を突き上げて笑っていた。

 圧倒的速さ、コレは中々に観ていて胸が踊るもので、短いレースって言うほんの少し寂しい気持ちと合わさって、とても終わるのが名残惜しいレースになった。

 コレがマイルなら、短距離はもっと速くなる。サクラバクシンオーなら、きっとスピードの向こう側へ行けそうだ。次のレースでも、先頭を駆け抜けるバクシンオーを見るのが今から楽しみになっていた。

 

「ご飯が食べれると聞いて」

 

「だから言ってないって!」

 

「ボクはね、カツ丼食べたいよトレーナー!」

 

「だから」

 

「マヤもカツ丼食べたくなってきちゃった♪」

 

「だか」

 

「しゃあ!新人の奢りでカツ丼食べに行くか!」

 

「「「おー!!」」」

 

「……ぼくの、僕の話を聞いてッ!」

 

 

 悲しい事に未だに湧き上がる歓声で、僕の声は掻き消されてた。

 悲しいね……尚この後言葉通りお財布がペタンコになるくらいカツ丼食べられました。

 

 

「……次のお給料まで500円……後何日あるんだよ……」

 

 

 僕の視界は真っ暗になった。




 そこ、レース描写手抜きとか言うな。
 お気に入り800ありがとうございます。



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第五十三話

 投稿遅れ申し訳ない。
 理由はあとがきにて。


 バクシンオーがエプソムCを取ってから早3日が過ぎた。オグリ達激重蹄鉄組がなれた頃、僕はオグリと次の出走レースについての話し合いをしていた。

 

「で、どうしようか。今週ダートマイルのユニコーンSと芝中距離のマーメイドSが有るんだけど、オグリとしては出たいレース有るかい?」

 

「そうだな、私としてはマーメイドSに出たい……今月の宝塚記念には間に合わないだろうが、勝ち星は今の内に稼いで起きたいと思う」

 

「マーメイドSかぁ……確かマスターアジアとかが出るって聞いてたけど……」

 

「……誰だ?」

 

「サイレンススズカと走ったレースで出てたウマ娘。逃げも追い込みも……って言うか全部走れるウマ娘。ダートは出て無いけどね。大体のレースで1着か2着取ってるウマ娘だよ」

 

「そうだったのか……他には誰が出るんだ?スズカは出たりするのか?」

 

「うーんと、今の所聞いてない……かな。宝塚には出るって聞いたかも」

 

「そうなのか、スズカと走りたかったな……」

 

「勝ち星も人気も文字通り桁が違うからね……その、オグリは自分のぺーす……ペースで頑張れば良いと思うんだけど、やっぱりスズカと走りたい?」

 

「……そうだな、やはり負けたのが悔しかった。今度走る時は勝ちたいと思う」

 

 そうだよね、前回のレースでは目立ったウマ娘は出走して無かったし。何より惜しくも2着だったって言うのがオグリとしてはやっぱり悔しかったんだろう。でも元リギル所属って言うのと、今の話題になってるスピカのリーダー格って言うので人気も高い。

 ホントならオグリには宝塚出て欲しかったけど、僕のレース選択が悪かったのも相まって出場する為の投票に間に合わなくなっちゃったし。

 

 もっと計画練らなきゃ、オグリの進んでと走りたいって言う願いを叶える為にも。

 

「じゃあ取り敢えずマーメイドSに出走登録して来るね、蹄鉄なんかは昔使ってたのと同じの用意するから、それでまた慣らしていこう」

 

「……その事なんだが」

 

「?何かあった?」

 

「……あの蹄鉄を付けた状態で出走したい」

 

「……まじ……?」

 

「まじだ」

 

 空いた口が塞がらないって、こう言うの言うんだろうな。あの蹄鉄付けたままレースって出ていいのかな。制限なんて聞いた事無いけど、激重蹄鉄で出走してるウマ娘なんて聞いた事無いし。

 落鉄とかしなきゃ良いんだけど……。オグリの目は真剣そのものだし、オグリがやりたいなら、やりたい様にさせて上げたい。

 

「……良いよ、分かった。取り敢えずその蹄鉄が使えるか、たづなさんに聞いて見るね」

 

「すまない、我儘を言ってしまって」

 

「大丈夫、そういうのを聞くのもきっと……トレーナーの仕事……仕事?だと思うから」

 

「……ありがとう」

 

 そんなこんなで話し合いは終わったけれど、確認する事は沢山あるから、気を引き締めないと行けない。

 先ずは前回バクシンオーの自主練が発覚した事もあって、トレーニング量を増やす事から始めようと思う。

 ここ最近は芝コースを使いたいって言うトレーナーも増えて来たし、予約取るのも少し時間が掛かる事になる。

 

 ふと思い出して、話し合いが終わって、チーム部屋から出て行こうとするオグリを呼び止めた。

 

「……オグリはどんなトレーニングしてみたい?」

 

 僕だけで考えるんじゃなくて、オグリ達皆が居るんだから聞くのもアリなのかなって、そう思えてきた。1人でトレーニングする訳じゃ無いからね。

 

「私は……タイヤ引きとか、前にもやった階段ダッシュとかをやりたいな」

 

「わー、凄いパワートレーニング……でも良さそうだね」

 

「レースの最後に信じられる物はパワーだ。力こそパワー、パワーis力こそだ」

 

「いきなりどうした?」

 

 なんかさっきまでちょっとカッコよかったオグリが迷走し始めたんだけど。これ僕の所為?

 

 腰に手を当てて、ガッツポーズを取るオグリが何処と無く楽しそうだったから良いけど。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 話し合いから1日経ち、新たに作ったトレーニング表をたづなさんに提出する次いでに激重蹄鉄装着でのレース出走は可能かの確認をしてみた所。

 結論から言えば、激重蹄鉄でのレースはNGにされた。たづなさんに聞いたら怪我の心配なんかもあって、余りそう言うのは許可されないらしい。まぁ、当然だよね……。

 

 その旨をオグリに伝えると、少し残念そうにしていたけど分かってくれた。僕のチームで怪我って言う単語に敏感なのは恐らくオグリだと思うから、納得してくれたんだろうけど。

 

「という訳で、今日のトレーニングはオグリが言った階段ダッシュになりました!みん、みんながんばろー!」

 

「おー」

 

「ボク達なんにも聞いてないし、聞かれてないんだけど」

 

「今日のトレーニング終わったら皆にも聞くから、今日はゆるして」

 

「しょうがないなぁトレーナーは!」

 

「マヤはなんでもいーよー」

 

「爆進出来れば私も構いません!」

 

「アタシは許す。けどテイオーやバクシンオー達が許すかな!」

 

「いや許すって言ってたじゃん、人の話聞きなさいよ」

 

「んあ?ごめん寝てたわ」

 

「寝言!?」

 

 今日もゴルシはいつも通りだった。と言うか立ちながら寝るな危ないから。

 




 遅れた理由は単純に予定ぶっ詰まってたのと、寝坊したからです。
 つまり作者の怠慢です。

 おにいさま許してッ!

 感想で罵倒してくれても、良いんですよ?(チラ)


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第五十四話

 先日の投稿は12に間に合わなくて22更新しました、閲覧して無い方は其方からどうぞ。

 それはそうと、ココ最近ゴルシのドロップキック後の笑顔をスマホのホーム画面にしてるんですよ、それ繋がりなのか分かんないんですけど昨日爆睡してた時に夢見て。
 内容がゴルジに顔面踏まれてる夢だったんですよ。コレってご褒美って考えるべきなのか、余りにもゴルジのドロップキック食らい過ぎたお陰で脳が破壊されたのか。
 はたしてどっち何ですかね?


 僕は酷く焦っていた。別に前日やった階段ダッシュトレーニングにゴルシに言われて参加して筋肉痛で、太腿が痛いからとかじゃなくて。ただ単純に寝坊したから。

 いや、絶対筋肉痛になると思って、カツ丼奢る前に買ってた足湯用の桶に足入れて揉みほぐしてて、1時間位お風呂に入ってたのが原因だとか思いたくない。

 

「テイオーとマヤノは楽しいトレーニング、オグリは重り系だったり耐久系のトレーニング、バクシンオーは学級委員長としてのトレーニング、ゴルシは面白いトレーニング……いやみんなバラバラだな」

 

 今日の天気はいつも以上に良い天気だった。なのに筋肉痛含めて、気分はあまり宜しくない。筋肉痛に関してはゴルシとテイオーが悪い。だってあの2人煽って来るんだもん。

 しかもゴルシが大袈裟にリアクションして、テイオーが詰めて来る感じの煽り。具体的に言うなら——。

 

『え!?新人まさか担当ウマ娘事アタシ達にトレーニングやらせてんのに、自分はただ見てるだけで良いのか?』

 

『トレーナーは体力無さそうだから参加出来ないんだよ。ただの人間がウマ娘と同じトレーニングなんて……ね?』

 

『それもそうだな!ごめんな新人、アタシまだお前の事ちゃんと分かってやれてなかったわ〜www』

 

 みたいな感じでやられて、黙ってられる程僕は大人じゃ無かった。因みにオグリとマヤノが止めてくれたけど、バクシンオーは爆進爆進言ってて乗り気だったよ。

 今日のトレーニングは絶対参加しないからね、絶対だよ。

 

「……煽り耐性上げなきゃなぁ……いや、その前に体力つけなきゃいけないのか……?もう直ぐ夏合宿だって言うのに、合宿中にやるトレーニングも決まってないんだもんなぁ……」

 

 夏合宿中は出走を抑えて、能力向上に努めたいと思ってるから、その分実りある合宿にしたい。宿なんかは諦めた、だって殆ど実費なんだもん。今月厳しいのに、来月の夏合宿の事なんて考えてられないよ。

 

 夏は好きじゃないし、どちらかと言えば大嫌いだ。暑い上に、暑いし、更に暑いからね。じゃあ冬は好きなの?って聞かれたら、これも好きじゃないし、どちらかと言えば大嫌いなんだよね。

 

 春も花粉症の所為で良い思い出ないし、秋は別にどうでも良いし……あれ、僕好きな季節無いじゃん……あ、でも春は天皇賞・春とかあるから好きだし、秋も宝塚記念あるから好きだったね。

 でもそれくらいなんだよね、好きな理由って。

 

「楽しいって言うなら、何かしら御褒美的なのがあった方がいいかな。重り系とかは激重蹄鉄に……後は重たいリストバンドなんか付けてあげたら良いかな。学級委員長的なトレーニングってなんだろ。勉強かな?ゴルシに至っては面白いトレーニングだもんね……」

 

 何時もなら書き終わってる筈のトレーニング表は白紙で、頭を悩ませるだけだった。

 

「おはよう新人」

 

「……ぁおは、おハナさんおはようございます」

 

 僕以外誰も居ない共同スペースで1人頭を抱えていると、おハナさんが来た。眼鏡のフレームがいつもと違うけど、何かあったのかな。

 

「トレーニング表が白紙じゃない。何か悩み事?」

 

「え、ぁ……はい。皆にトレーニングのアンケート……って言うかどんなのやりたいか聞いたら……」

 

 取り敢えずおハナさんに事の経緯を話した。僕の話を聞いてる途中で額を手で抑えてたけど、やっぱりおハナさんでも難しいのかな?

 

「……取り敢えず私から言えるのは、それ等全部を両立するのはほぼ無理なんじゃないかって事と、今日の施設はもうプールしか空いてないわよって言う事ね」

 

「そうですか……プールしか……ん?プール……」

 

「どうかした?」

 

「プール……プールか、プールだ、プールなんだ!」

 

「……え?」

 

「ありがとうございますおハナさん!お陰で今日のトレーニングが決まりました!それじゃたづなさんに計画表出して来ます!」

 

「ちょっと!?……行っちゃった……もう、そそっかしいんだから」

 

「それくらいが男の子は丁度いいだろ」

 

「っ!?ちょっと!貴方(アニメ版)後ろに居るなら一声掛けなさいよ」

 

「……今掛けたじゃねぇか」

 

 

 楽しくて、パワー系で、学級委員長的?で、面白そうなトレーニング。そして空いてる施設はプールのみ、条件は全て揃った……様な気がした。

 やっぱりおハナさんは凄いや!僕が気付かなかった事、知らなかった事をこんなにも簡単に教えてくれるんだもの!

 

 待っててね、僕が最高のトレーニングを計画するから……!

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「と、言う訳で重りを付けて、水中に落とした数字の書いてあるボールを拾って来るって言うトレーニングを実地します!」

 

「はっはーん、新人。さてはお前バカだな?」

 

「いきなり過ぎない!?トレーナー大丈夫!?」

 

「トレーナーちゃんが楽しそうでマヤもたーのしい〜♪」

 

 プール=楽しいで、重りを付けさせて、数字の書かれたボール、これらを合わせれば面白い?トレーニングになる!

 なかなかに頭がいいと思う!

 

「因みに水中に入れたボールは早い者勝ちで、幾らでもボールを拾っていいけど必ず数字は21にしてね」

 

「はい!トレーナーさん質問です!」

 

「なにバクシンオー」

 

「そのトレーニングって一体レースにどんな関係がありますか!」

 

「重りに関しては賛成だが、潜るのか……」

 

「そう、水中の中ってのは意外と体力を使うから、多分普通に行動するよりキツいと思う。水の抵抗を受けながら行動するからね。それに数字は1から10までで、どれだけ頑張っても最短だと3個のボールを拾わなきゃいけない。何度でも息継ぎをしても良いけど、1回の収集……つまり1回の潜りでしていい息継ぎは1回だけ。それ以上になったら1度僕に数が足りなくてもボールを渡して欲しい。またプールに放り投げるから!」

 

「おい、此処に鬼畜が居るぞ」

 

「楽しそう!マヤわくわくしてきたよ☆」

 

「でしょう!でしょう!?」

 

 絶対楽しいと思ったんだ、僕学校のプールとか殆ど不参加だったけど。

 皆がプールに入ってやってたボール拾い?の数字版だよ!

 

「数字は意味あるんですか?」

 

「えっと……動体視力的強化と思考速度の引き上げに……後は足し算の勉強!の効果がある……とおもうよ?」

 

「ちょ、断言しないんですか!?」

 

「面白そうだな、私は乗った」

 

「わー、凄いオグリが何処から用意して来たのか重そうなリストバンド付けてる」

 

「マヤちん分かっちゃった、あれ1個で5キロある奴だよ☆」

 

「あーもう!わけわかんないよぉ!」

 

「さ、さぁ!トレーニングをはじめ、始めよう〜!」

 

「……新人の頭が心配だぜ……」

 

「お前にだけは言われたくないよゴールドシップ」

 

 

 逆にこのトレーニング思い付いた僕を褒めて欲しいんだけど。他のトレーナーじゃ、ぜぇったい思い付かないトレーニング方法だからね!

 スタミナにパワー、更には賢さを上げるトレーニングになる……筈!

 

「でもお前が参加しないのはちょっと腹立つな」

 

「筋肉痛だからパス」

 

「ゴルシちゃんキィーック!」

 

「え、あっ!はぁあああ!?」

 

 何故かゴルシに蹴られた。

 この後滅茶苦茶数字数えた。




 作者の学校のプールでは、プールの中にボール入れてソレを3つ集めてプールから上がるっていうゲームがあったんですよ。
 多分、確か、きっと、おそらく、メイビー。



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第五十五話

 間に合わなかったぁあああ!!!!


 オグリの出走するレースが明日へと迫った今日、天気は生憎と雨になった。お陰で激重蹄鉄を外した状態で芝を走るのが、本番になってしまった。天気予報もこれからちゃんと確認しておかないと不味い。

 いや、そもそも降水確率10%で降ってるのがおかしいと思うんだよね。

 

 僕が参加する行事の日って大体雨だった気がするけど、でもレースの日は晴れてた……いや『流れ星』に入ったオグリのレースって雨降ってる時の方が多い……?いや、気の所為だよ。

 何とか体育館の予約が間に合ったのは良いんだけど、なんのトレーニングやろうか。身体動かすならスポーツだよね、でも何がいいかな、候補としては細かく動き回るからバスケとか、避けたりする為に身体動かすからドッヂボールとか有るんだけど。

 

「遊んで終わりになりそうなんだよね……でもオグリが明日レースだからあんまり本気でトレーニングをやらせたらオーバーになりそうだし……」

 

 共同スペースの窓から見た空はどんよりと重たく、雨による水滴で外の景色は余り良くなかったけど、でも別に雨は嫌いじゃないんだ。

 雨が降ると体育とか休みだったからね、別に運動が苦手な訳じゃ無かったけど高確率で2人1組になってーとかそう言うのがあったから、それがすごく辛かった。

 

「……良し、決めた」

 

 体育館でもやれるトレーニング、レースを控えたオグリも参加出来て、楽しい奴。それが思いついた様な気がしたんだ。

 

「あ、新人くん!」

 

「……ぁわ、え、うん、あの」

 

「おはよー!今日雨降っちゃったけど、トレーニングする場所確保出来た?」

 

「うん、あ、えと、体育館になって……ぁおはようございます」

 

 突然現れたのはお姉さんトレーナー、良く話し掛けに来てくれるけど、少し苦手。コミュ力強いから。

 

「雨の日に体育館取れるなんて凄いじゃん!おめでとうね!」

 

「あり、ありがとうね?……他の人達は筋トレ系の施設借りに行ってたからね。体育館はあんまり来なくて……体育館は独り占め出来たけど、あんま、あんまり嬉しくなかったり」

 

「1人!?へぇー、体育館って不人気なんだ……」

 

「いや、あんまり居なかったけど、居たんだよ……僕が体育館に行ったら皆居なくなっただけ……」

 

「……あっ」

 

 なんだよ、あって。知ってたさ、あぁ、知ってるよ嫌われてる事位さ。でもあからさますぎるでしょ!皆分かってんのか、トレーナーである僕達はウマ娘達の夢を叶える為にここに居るのであって、嫌いな奴が来たからってトレーニング場所を丸々1つ明け渡すとか正気なのか!……言ってて悲しくなってきた。

 

 でも分からなくもないんだ、体育館が不人気な理由。タンジュンにやる事がすごく限られてくる。スポーツって言ったって、正直ウマ娘は走る事が1番なのであって、バスケもドッヂボールも走る事よりどちらかと言えば腕を使うから、トレーニングになるかって聞かれるとやっぱり疑問符が着くんだ。

 で、筋トレ系の施設、ジムなんだけど……向こうは本当に簡単で、ウマ娘に筋トレしてもらうだけで全然レースが変わってくる。足腰鍛えるだけで走りにキレが出て来るんだ。

 おハナさんのチーム『リギル』は今日の為に1週間前から予約してたみたいで、他のトレーナー達と共有しては居るけど、必要数は確保してたから本当に凄いと思う。

 

 それって、自分1人じゃなくて、周りのトレーナーが担当してるウマ娘の事もしっかり考えてるって事でしょう?僕はそこまで気が回らないし、何だったらライバルがトレーニング1日潰れるなら独占しても……って考えが湧いてきちゃうモノ。

 

「私は取れなくってさー……あ」

 

「どうかした?」

 

「いやー、えっとさ……体育館って新人くんのチームだけなんだよね?」

 

「そう、だけど」

 

「お願い!君のチームのオグリキャップも私の担当してるマスターと同じレースに出走するのは分かってるの。ライバルになるのも分かってる、でもお願い。隅っこだけでも良いからスペース貸してくれないかな……?」

 

 その質問に、僕はなんて答えたらいいんだろう。お姉さんが言ってるようにオグリの出走するレースにお姉さんのウマ娘も出走するんだ。だからライバルになるんだけど、その成長を促進させる事に果たして意味は——。

 

「……っ!」

 

「え!?なんで自分の頬っぺた叩いてるの!?え、赤くなって……大丈夫?」

 

「……大丈夫。良いよ、合同でトレーニングやろう」

 

「……ホントに!?ヤッター!ありがとう新人くん!」

 

 バカだ、僕はバカ野郎だ。ついさっきおハナさんが凄いって思ったじゃん。ライバルだからなんだよ、オグリは()()()()()とのレースを望んでいる。だったら別に場所を貸す事なんてどうって事ないじゃないか。

 

 

 だって、だってさ。

 

 

 僕のオグリがたった1日トレーニング場所を貸した事で、ライバルに負けるなんて事、ある筈無いんだから!

 

 

 それに2人でトレーニング考えれば、いい物が出来るかも知れないしね。100%の善意なんかじゃない、でも困ってるのだったら、僕に出来る事なら手助けするべきなんだって、そう思っただけなんだ。

 割と下心有るけど。

 

「じゃ、じゃあ合同トレーニングって事で、どんなのやるか話そ……」

 

「走ろう!」

 

「……へ?」

 

「体育館でも走れるから!走ろうよ!」

 

「あの」

 

「じゃあ決まり!トレーニング表書いちゃうね!」

 

MATTE(マッテ)!?」

 

 トレーニング表はお姉さんが書いてたづなさんに提出しに行った。

 どうしよう、コレなんて説明すればいいの?




 辛い。
 お姉さんトレーナーの容姿は皆さんのお好きな姿で想像してね。
 


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第五十六話

 お姉さんとのドキドキトレーニング。
 字面だけ見たらとても良い、字面だけなら。



 拝啓、お父さんお母さん。6月も中頃に入り梅雨の気配が強まってきた頃、僕は夢だったトレーナーになり、紆余曲折を経てかの有名な『トレセン学園』へと就職出来ました。新人トレーナーとして、第1歩を踏み出そうとした所、勧誘レースで出遅れ、散々な目にあいましたが漸く担当ウマ娘が1人付き、2人と増え今ではチームを組めるレベルまで人が集まりました。いつも通り周りの人間からは避けられて居ますが、彼女達はとても良い娘達で——。

 

「ふぅははは!オグリキャップよ!貴様其の程度の重りでワシと走るのか?たわけがっ!」

 

「……なら後5キロ追加しよう」

 

「怪我しちゃうから辞めてよッ!なんで二人共乗り気なの!オグリは明日レース!マスターアジアもレースでしょ!?」

 

 ——良い娘達で……。

 

「……キャット」

 

「にくきゅー♪」

 

「ドッグ」

 

「ぶんぶん!」

 

「……芝!」

 

「故に私!!」

 

「いっえーい!」

 

「ふぅふぅふぅ〜♪」

 

「お前最高かよっ!アタシのノリに付いてくるなんてよォ!」

 

「あはは〜だって私アタマオハナバタケだよっ♪」

 

「おう!お前はアタマオハナバタケだ!んでアタシはゴールドシップだ、83.95.32.23(よろしく)な!」

 

「うん!よろしくぅー!」

 

「もう会話がわけわかんないよぉ!」

 

 なんて言った?え、なに、え?いや、いいや良い娘達で……。

 

「マヤちんトレーナーちゃんとあの女の人の関係気になるな〜」

 

「マヤノも待って、そろそろボク喉枯れそうなんだけど」

 

「えー、でもテイオーちゃんも気にならない?トレーナーちゃんが女の人連れて来たんだよッ!!これは由々しき自体なんだよ。戦争だよせんそー!」

 

「だからボクに分かる言葉で言ってよ!なんでトレーナーが他のトレーナー連れて来たら戦争なんて物騒な言葉出て来るのさっ!」

 

 ……良いウマ娘達だと思っています。主にテイオー。

 

「ねぇねぇ、新人くん新人くん。取り敢えずトレーニングはじめよっか!」

 

「トレーナーちゃん!」

 

「おーい、アタシの相方出来たぜしんじーん」

 

「アタマオハナバタケだからです!」

 

「ワシが貴様に挑むのでは無い!貴様がワシに挑むのだ!忘れるなよ!」

 

「どちらでも同じだ。私が勝つ」

 

「トレーナー、ちょっと2人で外に出て空気吸って来ない?ボクそろそろ喉と頭が痛くなってきちゃった……」

 

 …………なんだこのカオスな空間。いや本当になんなんだ?後テイオー、此処から逃げ出したいのは分かるけど、そんなに腕引っ張らないで、肩が悲鳴上げてるから、まって、ちょっと、ねぇ……まってって!?

 

「新人くん!」

 

「新人!」

 

「アタマ!オハナ!バータケー!」

 

「トレーナーちゃん!」

 

「かかってくるがいい、オグリキャップゥ!!!」

 

「見ててくれ皆……私は勝ってくる」

 

「トレーナー……」

 

 あ゛ぁ゛あ゛あ゛……もう!

 

「ちょっと落ち着かせてよぉ!」

 

 体育館だから無駄に声が響いた。

 混ぜるな危険って本当に有るんだね……いや知ってたけどさ。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 現実逃避は終わりだ、そう茶番は終わりなんだ。コレから始まるのはれっきとしたトレーニングである。そう自分に言い聞かせていた。自己紹介は既に終わっており、先程からオグリを挑発しまくってたのがマスターアジア。

 

 距離適性、短距離以外全てAクラス。脚質は逃げに若干のなんがあるものの、その他作戦……特に追い込みは舌を巻く程のモノを持っている。ゴルシとどっちがやべーかと聞かれたらゴルシだけどね。

 流石に転倒からのごぼう抜きは見たことない。

 

 次にアタマオハナバタケだった。このウマ娘は物凄く不思議で、頭の上に花の冠をつけているのだが、元気いっぱいなウマ娘だった。なんかゴルシと呼吸が合ってたけど、波長が合ってたのかな。

 

「で、私達はどんなトレーニングをするんだ?」

 

「……オグリが戻って来てくれた……」

 

「私と新人くんで考えたんだけど」

 

「僕の提案は殆ど却下してたよね?」

 

「私と!新人くんで!考えたんだけど、取り敢えずシャトルランなんてどうかなって」

 

「「シャトルラン?」」

 

「僕の提案は」

 

「なに?」

 

「……なんでもないです」

 

 なんでこんなに肩身狭いんだろ……僕が考えてたのは、重りと言う名のタイヤを腰に紐で括り付けて走って貰う事だったんだ。慣れて来たらタイヤの上に誰か乗って貰う事も考えてたんだけど、負担が凄いって事で却下された。いや、うん、分かるけどさ。

 

 でも君が提案して来たシャトルランだって、普通のシャトルランより負担えぐいからね?

 

「シャトルランってアレ?あの音楽が鳴ってっていう」

 

「そーそー!今回は音楽鳴らさないし、回数も決めて無いけどね」

 

「……音楽が鳴らない?」

 

「回数も決めてないって……あ、マヤ分かっちゃった……」

 

「マヤノの目から光が消えちゃったよ!?」

 

 うん、何となく察するよね……。そう、このシャトルランって言うのは……。

 

「新人くんが手を叩いてテンポを作るの。それでその回数で私が1往復って数えるの!皆頑張ってね!」

 

「終わりは、終わりは無いんですか!?トレーナーさん!?」

 

「ないよ、そんなの」

 

 ごめんねバクシンオー、僕には彼女を止める事なんて出来なかったんだ。べ、別に手を握られたりして黙らされたとか、そんなんじゃないんだからね!ホントだよ!

 

「じゃあアタシはそろそろ帰るわ……」

 

「逃がさねぇよ」

 

「はな、離せ新人ッ!無理だろ!倒れるまで走らされるってことだろ!?アタシ達の事を思えばそんな非道はしないだろ!」

 

「ふはは!面白い!倒れるならば前のめりで倒れてやろうでは無いか!」

 

「なんで乗り気なんだよ!?」

 

「だって私達いっつもこんな感じだからね〜」

 

 いつも……?え、もしかしてお姉さんって滅茶苦茶スパルタ……?

 背中に冷や汗が流れるのを感じたけど、もう止められないし止まらない事を悟ってしまった。

 

「じゃあ始めるよー!」

 

「止めろーッ!止めろーッ!!」

 

「今回はゴルシにさんせーするよ!!絶対オーバーだってェ!」

 

「大丈夫だよ!無理だと思ったら倒れれば良いんだから!」

 

「助けてトレーナーッ!」

 

「諦めろテイオー。私達は彼女達のトレーニングを受けなければ帰れない」

 

「なんでオグリキャップさんはちょっとワクワクしてるんですか!?後いい加減重り外しましょ!?」

 

「トレーナーちゃん、後でマヤとお話しようね」

 

「……はい」

 

「じゃあ1回目〜」

 

「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

「……テイオーが叫んだの初めて聞いたかも知んねぇな」

 

「ゴールドシップは冷静になったな」

 

「……アタシより焦ってるからな」

 

 

 ごめんテイオー、僕は此処で手を叩く事しか出来ないんだ……。

 

 

 尚1番初めに脱落したのはアタマオハナバタケだった。

 

「…………お花畑見える」

 

 それは見えちゃいけないと思う()




 因みに
 アタマオハナバタケ
 サクラバクシンオー
 トウカイテイオー
 マヤノトップガン
 マスターアジア(重り付き)オグリキャップ(重り付き)
 ゴールドシップの順番で脱落してます。



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第五十七話

 前回はっちゃけ過ぎた。投稿時間も守れてなかった。
 こんな人間がこのままこの小説を書いていて良いのか!

 良いんだよっ!

 


 オグリのレース日がやって来た。先日お姉さんとの合同トレーニングをしたばかりで、身体を休める暇があったのかと聞かれると、恐らく無いと思う。

 少しばかり不安な気持ちを抱えながら、阪神競馬場へとやって来た。今回はチーム全員で観戦に来たのだが……。

 

「いやぁ昨日の今日でめっちゃ身体つれーわー」

 

「だ、だから何度も謝ったじゃないか」

 

「謝りが足りないんだよトレーナー!焼きニンジン!」

 

「マヤは楽しかったから良いんだけどねぇ、ミックスジュースお願い♪」

 

「アタシは焼きそばとたこ焼き頼むわ」

 

「買い出しのお手伝いしますよトレーナーさん。学級委員長として!」

 

 僕の周りにはバクシンオー以外の心優しいウマ娘は居なかった。先日大雨が降ってバ場状態は生憎の不良バ場となった。芝が雨水で濡らされ、土は所々とは言え泥になっている状態。

 オグリが負けるとは思っていないけれど、楽勝ムードじゃ無いのは確かだ。

 

「……オグリ」

 

「感傷に浸ってる様にしょんぼりしながら呟いても買い出しには行かせるかんな」

 

「この鬼!ウマ娘!ゴールドシップ!」

 

「……後2つは罵倒なのか?」

 

「うーん、トレーナーって所々抜けてるって言うか。ちょっと可愛いよね」

 

「テイオーちゃんとは良いミックスジュースが飲めそうだね☆」

 

「ミックスジュースなんだ……じゃあボクもミックスジュースおねがーい」

 

「かしこまりました!じゃあトレーナーさん、行きましょー!」

 

「……行こっかバクシンオー」

 

 こうして僕の財布からまたお金が飛んで行く。ちくしょう、給料日まであと何日有ると思ってるんだ……そろそろ僕の財布ぺたんこになっちゃうんだけど……。

 GIIIだけど少し人は多く入ってる見たいで、なんとか最前列を取ったけど外に行くのが若干不便だと思った。贅沢な悩みって奴だと思う。

 今頃オグリはパドック入りしてるんだろうなぁ……そろそろオグリのGIも検討したい。今回のレースに勝ったらの話だけど。

 

「あれ、買ってくるのなんだっけ……焼きそばとたこ焼きと」

 

「焼きニンジンとミックスジュースですね、メモ取っておきました!」

 

「……なんだろう、最後のアイデンティティ(完全記憶能力)にまで見限られた気がする」

 

「話を聞いてなかったから、そもそも記憶してないんじゃ無いんでしょうか。後アイデンティティってなんですか?」

 

「僕が僕である為に必要な物……って解釈だった筈」

 

「???難しい話は頭が熱くなってきますね……」

 

「取り敢えずバクシンオーもなにか食べる?もしくは飲む?買い物に付き合ってくれた御礼がしたいから」

 

「良いんですか?……それじゃあ私も焼きニンジンとミックスジュースが飲みたいです」

 

「良いよ、ゴルシには取り敢えずお茶買って行ってあげようかな」

 

「なんだかんだトレーナーさんゴールドシップさんの事好きですよね」

 

「べ、別にあんな奴好きじゃないし、そばに居ると落ち着くなんて訳でもないんだからね!」

 

「うーん、何処かで聞いたような反応。何処で聞いたんでしょうか」

 

「も、もう!変な事言ってないで早く行くよ!オグリのレース見損ねちゃう!」

 

「あ、待ってくださーい!」

 

 そうして僕とバクシンオーは完全に観客席から抜け出して行った。ゴルシ達の間食を買いに行く為に。僕もお腹空いたから何か食べようかな。財布の残りと相談しなくちゃ。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 ほんの少しだったとは言え、激重蹄鉄を提案された日から重りを付けて生活していたが、今日やっと外してみた。

 意外と身体は普通で、重りを外したからと言って急に軽くなる様な感覚はしなかった。正直に言えば今日のレース、勝つ気しか無いがマスターがどう出てくるかで話が変わって来そうだ。

 

 無限シャトルランで見せたあの走り。私より重たい重りを付けた状態で私とほぼ同タイミングで倒れていたから、単純なスタミナやパワーは負けて居そうだ。

 

「む、オグリキャップでは無いか」

 

「マスター。おはよう、今日はよろしく」

 

 パドックから帰って来たマスターと顔を合わせた。自信満々な微笑を浮かべたマスターに、僅かだが勝つ自信が揺らいでしまったが、それを悟られない為に手を差し伸べた。

 ……狡いな、私は。

 

「うむ。レースが始まれば互いに蹴落とす側じゃが、レース前は単なる1ウマ娘に過ぎん」

 

「……何の話だ?」

 

「レース前から怯えるな、と言っているんじゃ。レース中でも怯えるな。前を向いて芝を抉り抜く様に走り抜けてしまえ……そう言ったんじゃ」

 

「……バレてたか」

 

「当たり前じゃ。ワシを誰だと思っているんじゃ。我が名はマスターアジア!この日本という矮小だが歴史ある国に産まれた、この世にたった1人しか居らんウマ娘。それがこのワシ()()()()()()()じゃ!」

 

 微笑を浮かべた表情は、歯を出した獰猛な笑みへと変わり自信満々に振る舞う其の姿は、とても私と同じクラシックとは思えなかった。

 威圧感はある、ほんの少しとは言え勝利への疑心もある。

 

 だが、だがそれても勝利への渇望は止まないんだ。1番にトレーナーの前を、ゴールバーを横切るのは私でありたい。『流れ星』の1番人気は私でありたいと言う願いは、きっと『流れ星』に集ったウマ娘全員が思っている事だと思うけれど、それでも1番は私でありたいんだ。

 

 だからこそ。だからこそ私は名乗りを上げた。

 

「……ふっ、ならば私も……トレーナーのウマ娘、オグリキャップだ」

 

「……うむ、良い面構えになった。それでこそワシのライバルじゃ!共に往こうぞオグリキャップ!」

 

「あぁ、共に駆けようマスターアジア」

 

 芝を踏み締めたら水が出て来た、今日のレースは走りにくそうだ。

 

 けれどバ場状態なんて関係無い、周りの目なんてどうでもいい、ただ私達は私達として、遠くに見えるゴールバーを……トレーナーの前を横切るだけなのだから。

 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了です』

 

 

 さぁ、駆け抜けよう。私達は、私はウマ娘なのだから、

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 空は綺麗な青空だった。踏み締める芝からは多分な水を含んでいる為に、1歩前に出る事に水と溶けた土が混ざり飛沫を上げていた。

 ウマ娘達が来ている体育着に土と水による染みが作られて行くが、誰もそんな事は気にとめていなかった。

 

『第1コーナーに入りました!先頭はゼッケン番号1番です、続いて5番、その外からは3番が追走、少し開いて6番が内目を付きその傍には8番。ゼッケン番号9番が8番の隣に着きました!1バ身程遅れて7番オグリキャップが着きますがやや外に膨らんでしまっている!』

 

 出走しているウマ娘は15人。オグリキャップは7番、そしてマスターアジアはと言うと。

 

『最後尾は13番マスターアジア!第2コーナーを抜けて先頭は5番に変わっている!1番負けじと駆けていきますが、展開としてはどうでしょうか?』

 

『逃げウマ娘としては此処で2番手をキープしたいというのが有りますが、やや急ぎ過ぎている節がありますね。1度冷静に呼吸を入れて欲しいと思います』

 

 現在は1番手に5番、続く2番手に1番、3番と続いているが、若干先頭と距離が離れてしまっていた。

 

『残り1000mを通過し、第3コーナーへと駆けていきます。先頭は5番、並び掛けてきたのは1番です。半バ身差で3番と6番が追走、自分のペースを守っているのは8番、そして9番が内に入りました。また外に膨らんで7番(オグリ)が居る!その内には12番と11番、並び掛けてきたのは2番4番10番です。若干送れて14番、その外からは15番、そしてポツンと最後尾に13番(マスターアジア)が居ます!』

 

『第4コーナーを抜けました、残り400を切り先頭は5番!そしてその後ろからは1番……あ、いえ違います!大外です!大外から7番(オグリ)が駆け出して居ます!』

 

『最後の直線に入りました7番(オグリ)は初めから最後まで大外を回って居てこの追い上げ。凄まじい末脚とスタミナですね』

 

『3番手には1番……13番!13番のマスターアジアが抜けて来た!5番と7番(オグリ)が並び、その間に13番(マスターアジア)が入った!残り200mを通過しました!分からない!この並びから飛び出すのは……飛び出したのは7番(オグリ)13番(マスターアジア)だ!2人が抜けて来た!3番手争いは5番と6番です!』

 

 凄まじい追い上げを見せるマスターアジア。そしてひたすら大外を回り、出来るだけ泥濘を避けて来たオグリキャップ。

 後続も続いて行くが、2人に追い付けず、加速的に後続との距離は開いて行った。

 

 

「凄まじい!凄まじいぞオグリキャップ!」

 

「……よく喋る……ッ!」

 

 残り100mを通過して、ゴールバーを駆け抜けて行った。

 

 

 

 

『……しゃ、写真判定です!写真確認します!』

 

『第4コーナーを抜ける前に7番と13番が鮮やかなごぼう抜きをしていましたね。これは果たして何方が人魚に近いのか。楽しみです』

 

 

 

 そうして写真判定が行われ、結果は———。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 ウイニングライブの準備を進め、ステージの上にウマ娘が立つのを今か今かと待っていた頃。

 オグリキャップとマスターアジアは向かい合っていた。

 

「良きレースだった!」

 

「……あぁ、全くだ。全く……良いレースだった」

 

 

 

 7番オグリキャップ、1着。

 13番マスターアジア、2着。

 

 その差は——ハナ差。

 

 

「次はワシが1着を取り、貴様が2着となる」

 

「……ふっ、次も私が1番でお前が2番だ」

 

 今回のレース、勝利を分けたのは強いて言うなら走ったコースの差と言える。オグリはひたすら誰も走らない大外を回った。無論それはスタミナの消費も激しくなる為に、得策では無かったが、マスターアジアは内を狙ったが故に泥濘に足を撮られ上手く加速が出来ていなかった。

 

 単にその程度の違いであり、決定的な勝因でも無ければ、敗因にも成り得ない。けれど敢えて因果をつけるならそう言う事になる。

 断じてゴールバー前に、観客席に居た不安そうな、焦った様な新人トレーナーを見てその顔を笑顔に変えたくて驚異的な末脚でオグリが抜け出した訳では無い。

 

「……ふふ」

 

「はは……」

 

「「ふはははは!」」

 

 ステージ裏で2人の笑い声が響いた。

 

 マーメイドS、前日の雨も相まって水と芝が強く絡みついたこのレースに勝ったのはオグリキャップだった。

 

 

 

 




 一つだけ言わせて?すっごい疲れた。


 阪神競馬場の実況を参考する為に色々見たし聞いたけど、ホントに実況者によって話し方変わるよね。
 後久しぶりに4000文字超えたわ。


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第五十八話

 人生初のシンフォギアパチ行ってきた。
 演出滅茶苦茶かっこいいし可愛いしで沼りそう。

 先輩トレーナーの名前沖野さんの名前借りてしまおうか……。

 あ、オリジナル設定出ます、給料のお話。


 オグリとマスターアジアのレースから3日が経つ頃。梅雨の時期で連日雨が降ったが今朝は晴れ、バ場状態は重バ場で留まっているその日、僕はトレーニング表をたづなさんに提出し終わり、トレセン学園のとあるベンチにて先輩トレーナーと2人でコーヒーを飲んでいた。

 

「……最近どうだ?」

 

「まぁ、良い方だと、おも……思います」

 

「GIIIとは言え勝ち星を刻んで行ってるもんなぁ。慣れて来たか?」

 

「初めの頃に比べれば、慣れては……来たと思います、はい」

 

 もう昼だと言うのに、財布の中身が薄くて食べに行けない。貯金はまだあるけど、それは夏合宿で使うつもりなのもあって、現在のお財布が寂しくてどうしようもならない。

 ただ1つ言えるのは、このコーヒーは先輩が買ってくれた物なのだが、やっぱりボクにはコーヒーは合わないって事だ。

 

 単純に苦く思う。

 

「そうかそうか……で、1つ相談なんだがよ」

 

「はい?」

 

 他愛ない会話を繰り返していると、突然先輩が立ち上がり僕の肩を掴んで来た。その顔は真剣そのもので、お巫山戯で無ければ、先程までの会話とは一線を隠す物だと感じ取り自然と僕の表情筋も強ばった気がした。

 

「金……貸してくんね?」

 

「……はぁあ……僕も有りませんよ」

 

「だあぁあ!!マックイーン達がレースに勝ったらスイーツ買うって言うのを軽く決めたら、彼奴らぁああ……金が無い……給料日まであと何日だ……」

 

「……大体1週間か2週間くらいですかね。月末ですから……」

 

「悪いな愚痴吐いちまって……」

 

「……お金が欲しいです」

 

「分かる。この間なんて財布の中に入ってたのご縁玉しかなくてよ、そんな時におハナさんと飲みに行っちまったもんだから……」

 

「なにしてんですか!?」

 

「だって、だってよぉ!スズカの事とか話さないといけないじゃん!?」

 

「いやそれにしたって……そんなん奢ってくれって言ってるようなもんじゃないですか!」

 

「そうだよ!?」

 

「認めちゃったよ!?」

 

 なんで認めちゃうのさ!そこは意地でも違うって言いなさいよ!?ジメジメとした梅雨の時期。昼下がりで行われるトレーナー同士の金欠自慢なんて誰が楽しむんだよ……おハナさん今給料いくら貰ってんだろ……。

 

「おハナさんは桁が違うぞ」

 

「……マジ?」

 

「ルドルフはドリームの方に出て全勝中、ブライアン……あ、ナリタブライアンな?そっちはトゥインクルのシニアで勝率9割維持。マルゼンスキーなんかもドリームだったかな……兎に角おハナさんは単純にトレーニングが上手いってのと、ウマ娘に合ったトレーニングを作ったり組んだりするのが上手いんだよ……勝ててるのはウマ娘本来の力もあるだろうけど、それを引き出せてるのはおハナさんの努力や才能によるモノも大きいと思う。すげぇ人だと思う……」

 

「……給料の桁が違うって事と繋がります?それ」

 

「勝ちまくってんだから給料も上がるだろ……」

 

「僕も給料上がらないかなぁ……」

 

「せめてGIだろうなぁ……」

 

 おハナさんが凄いのは元々知ってるけど、ここまで先輩に力説されるとあの人にライバル認定して貰えた事への光栄さと相まって怖くなってくるよ……もう。

 僕のトレーナーとしての目標はおハナさんだけど、人間性は先輩なんだけどね。兎に角誰とでも距離を詰めれて、人当たりが良い先輩は僕の理想なんだ。

 

 言っても先輩だって好成績は残してる、トレーナーとしてこの学園内で知ってる人間は少ないけれど、その中でもおハナさんと同じくらい尊敬してるんだ。でもそんな人との愚痴の言い合いが給料の事なんだもんなぁ……。

 

「「お金欲しい……」」

 

 こんな所は似てるのに、何でも僕は先輩みたいに誰とでも仲良くなれないんだろう。

 

 「「はぁあ……」」

 

 2人して金欠、同時に溜息を吐いたけれど、虚しさが募るばかりだった。6月の太陽は前日の雨のお陰で雲が無くて、強い日差しが照っていた。

 

「……じゃあ俺そろそろトレーニング行くわ……」

 

「僕もそろそろ行ってきますね」

 

「あ、そうだお前明日のトレーニングって決まってんのか?」

 

「特には……きめ、決めてませんけど」

 

 今日やる予定なのは前回出来なかったタイヤ引きトレーニングだ。オグリとゴルシ、そしてバクシンオーに引いてもらう。テイオーとマヤノは激重蹄鉄を付けてのミニハードル走だし。

 明日の予定はその結果による。

 

「明日さ、合同トレーニングやんね?」

 

「…………え?」

 

 

 合同トレーニングをやらないと決めていた心が、揺れ動かされた瞬間だった。

 頭痛くなって来たけど、先輩なら大丈夫じゃない……?そんな期待感と頭痛による鈍い痛みを持ちつつ、トレーニングへと足を運んだ。

 

 

 

 

 




 今回はのんびり回。


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第五十九話(前編)

 登場人物が多いと中々にまとめが大変だなって思ってたのに、なんでまたスグ合同トレーニングなんてやらかすのか()

 今夜22に投稿出来たら良いなぁ。


 天気は晴れ、バ場状態は稍重に片足突っ込んでる様な感じだ。先程先輩との打ち合わせも終わり計画を出し終えた。けれど正直に言えばこの合同トレーニングで得るものが有るのか、個人的にちょっと、疑問が湧いている。

 今月も残りわずかだけど、今月中はテイオーとマヤノ、ゴルシにOPに出て貰い少しでも勝ち星を積み上げてく。

 テイオーは三冠の為の下準備で、マヤノとゴルシもGIを目標にしつつ今の内にファン集め。

 

 正直GIへの出走権ってイマイチ分かり辛いというか、レースに出走するウマ娘の人気はそのウマ娘の応援用のチケット購入の総合計で決まるらしい。そしてそれはそのウマ娘のファン数にも繋がるらしくて、GIはファン数とレースに出走して稼いだ勝ち星の規定値を満たした者だけとの話だったと思う。

 

 そう考えるとデビュー戦の1つとOPの1つ、それだけでもギリギリ出走出来るGIも有るけれど今は出させない。負けるのが嫌だとは思ってない、だってそれを思うのはウマ娘の方なんだから。かと言って出走するレース全部に勝てるかと聞かれれば、僕はNOと言わざる負えない。

 

 なにせ出走するウマ娘達は皆努力に努力をかさねてその場所に立っているのだから、勝つ気しか無い。その日の体調やメンタルバランス、そして積み上げて来たモノで決まると言う訳でもないんだ。

 

「取り敢えず激重蹄鉄スピカ分も運んどくかな……1人で……いやゴルシ呼ぶか。どうせ暇してるでしょ」

 

 でも積み重ねて来た努力はきっと裏切らないと思うから。今できる最大限を行うのが、無敗への遠回りだけど堅実な道だと思ってる。合同トレーニングで何かを得るとか、そんな話じゃないのかも知れないって今思い始めた。

 前回のお姉さんとの合同トレーニングなんて、得られたモノが有ったかと聞かれれば正直分からない。でもあの日からオグリは明確なライバルが出来て、より一層トレーニングに打ち込む様になったし。

 

 何が言いたいかって言うと、合同トレーニング凄く楽しみですって事だけなんだ。ただそれだけ。

 

「にしても、良く晴れてくれたなぁ……昨日も晴れて、今日も晴れるとは思ってなかったや」

 

 昔は下ろしていた前髪のお陰で日差しに悩まされるなんて殆ど無かったけど、失ってから意外と便利だった事に気付かされた午前だった。

 別に前髪切った訳じゃ無いからカチューシャを外せば良いんだけど、バクシンオーから貰った物だからね。外したくないんだ。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 ゴルシを呼び出して激重蹄鉄をはこんだ後、僕達はチーム『スピカ』へ合流する時だった。正直ゴルシ的に気不味く無いかちょっと心配。でも今のゴルシ見てると楽しみにしてそうな所が大きい、尻尾振ってるし、耳はピーンって立ってるし。実際この心配は杞憂に終わった。

 

「なんですのこの重たい蹄鉄は!?こんなの付けて走れる訳ないですわ!」

 

「え〜マックイーンコレつけて走れないの〜?」

 

「……誰も走れないなんて言ってませんわ。走れる訳無いって言ったんです!」

 

「同じ意味じゃん!」

 

「ぜんっぜん違いますぅ!」

 

「むむむ」 

 

「何がむむむですか!」

 

「むーむーむー!」

 

「同じ事言ってませんこと!?」

 

「同じじゃないもん、伸ばしてるもーん」

 

「同じ事ですわ!」

 

「そんなにカリカリしてると体力持たないよ?大丈夫?」

 

「誰のせいだと思ってますの!」

 

「マックイーンの自己責任♪」

 

「……納得してしまう自分が嫌ですわね……」

 

「まぁまぁ、今日は初めての合同トレーニングだし、仲良くやろーよ!」

 

「……ええ、貴女と走れるのは楽しみでしたからね」

 

「えへへ、ボクも楽しみだったんだ〜」

 

 テイオーとマックイーンが意外と仲良いのを今日初めて知った。やっぱりあの激重蹄鉄ってキツいのかな。後で付けて走って見よう。

 

「わ、わわ!これ凄いですね、足を持ち上げるだけで結構筋力使ってる感じしますよ!」

 

「スペちゃん大丈夫?無理はしちゃダメよ?」

 

「大丈夫ですよスズカさん!コレも良いトレーニングだと思いますから。それよりスズカさんは大丈夫ですか?」

 

「私は平気よ。ちょっと速度は落ちるかも知れないけど問題無く走れそうだから」

 

「サイレンススズカさん!」

 

「あら……サクラバクシンオー?」

 

「そのとーりです!私が学級委員長です!」

 

「……なぁ、もしかしてサクラバクシンオーって書いて学級委員長って読むのか?それとも学級委員長って書いてサクラバクシンオーって読むのか?新人どっちだ思う?」

 

「僕に聞くのは間違いだと思うし、ゴルシもトレーニングの準備しなさいよ」

 

「お前の蹄鉄運びで疲れたからパス、んな事より麻雀やろーぜ麻雀」

 

「この……不良ウマ娘」

 

「とか言いつつ楽しそうに笑ってんじゃねぇか、やっとお前も液体ノリ派からスティックノリ派になったか」

 

「……いつまで引き摺ってんのそのネタ」

 

「お前をゴルシの国へ連れていく」

 

「それタダのゴルゴル星!」

 

 バクシンオーとサイレンススズカの会話を聞きたかったのに、横から現れたゴルシに全部邪魔される。後ゴルゴル星って自分で言ったけどそんな星は無いから。え、無いよね?

 

「これ付けて走んのか……よっ……よ……っぐぬぬ……い、良い筋トレに……きん、とれ……!」

 

「バカウオッカ、無理すんじゃないわよ!怪我するわよ?ま、私ならよゆーで……よゆ……よぉおお…!」

 

「……2人ともあんまり無理しちゃダメだよ?ユーコピー?」

 

「「無理なんかしてない!」」

 

「「真似してんじゃないわよ(真似すんなよ)!!」」

 

「わー仲良しなんだね☆」

 

「お前が真似するからマヤノが勘違いしてんじゃねぇか!」

 

「はぁ!?アンタが真似して来たんでしょ!?」

 

「なんだと!?」

 

「なによぉ!」

 

「おい、喧嘩は止せ。そんな事より競走しよう」

 

「この状況で!?」

 

「私達これ付けて走るのは流石にキツいと思うんだけど!?」

 

「マヤも一緒に走るからがんばろーね!」

 

「取り敢えず2000mだな」

 

「アイ・コピー♪」

 

「「助けて!」」

 

 ……ウオッカとダイワスカーレットはマヤノとオグリに扱かれそうだなぁ……柔軟はしてたみたいだから、怪我の心配はあんまりしてないけど、それはオグリとマヤノに限った話だし、ウオッカとダイワスカーレットはちょっと怖いな。止めてこようかな。

 

「よーし!全員揃ったな!」

 

「ぁ、先輩」

 

「すまん、遅くなっちまった。待ったか?」

 

「いえ、全然です」

 

「そうか、今日のトレーニングは昨日も話通りチーム『流れ星』との合同トレーニングになる。そして今回は新人の用意した蹄鉄を使用してのトレーニングだ!」

 

 先輩がそう言うと、スピカメンバー達は喧騒を沈めてしっかり聞いていた。こう言う所見ると凄く良いチームだなって思う。僕の隣にいるゴルシは偉く丹念に僕の髪の毛見てるけど……何してんだろ。枝毛とか白髪探してんのかな?

 でも残念だったね、僕はちゃんと髪の毛の手入れはしてるんだ。髪の毛に合ったシャンプーやリンス使わないと、寝て起きると髪の毛の爆発しちゃうからね。

 

「……あ、白髪見っけ」

 

「嘘!?」

 

「マジマジ、何なら抜いて見せてやろうか?」

 

「いや、いや良い。抜かないで見なかった事にして……」

 

 なんで白髪生えてるんだろ……若白髪って字面や響はカッコイイ気がするけど、実際それに僕がなってるのはちょっと頂けない。髪の毛には本当に気を使ってるのに、なんでさ。

 

「はいはい!トレーナーしつもーん!」

 

「なんだスカーレット」

 

「合同トレーニングって具体的には何するのよ、この激重蹄鉄付けて競走でもするわけ?」

 

「その通り!」

 

「……は?」

 

「合同トレーニングだしな、せっかくこのメンバーで集まってんだから競走の方が良いだろ」

 

「……とか言って、本当はトレーニングに必要な器具とか借りて来れなかったとかじゃ無いでしょうね」

 

「……そ、そんな事はないぞ?」

 

「マックイーン!」

 

「えぇ!」

 

「え?ちょ、お前らッ!?」

 

「……綺麗なラリアットだなぁ、新人アレやって見ようぜ」

 

「……誰にやるのさ……」

 

「お前以外殺る相手は居ねぇな」

 

「僕とゴルシでやるのに、相手は僕!?」

 

「おう、早くチャクラ練って分身しろよ」

 

「いい加減にしろよゴルシ?」

 

 チャクラなんて練れる訳ないだろ、と言うかチャクラってなにさ。僕がそう言う方面に弱いの知ってて言ってるだろ?

 もはやダイワスカーレットとメジロマックイーンのダブルラリアットを食らって伸びている先輩の事を後回しにして、僕はゴルシとの会話に夢中になっていた。

 

 

 それを見ているテイオーとマヤノ、更にはオグリの視線に気付かないまま。

 

「先輩、先輩大丈夫ですか?」

 

「……慣れてるけど、この状況見て大丈夫だと思うか?」

 

「大丈夫そうですね!」

 

「もうちっと心配してくれて良いんじゃねぇか!?」

 

 だって今自分で慣れてるって言ったじゃん!

 




 ここ最近眠気がヤバくて仕事終わると大体寝落ちてる。
 6月ってやたら眠くならない?

 マックイーンとテイオーの尊い話を見に来た方には焼き土下座しないと行けない。
 作者の語彙力で表現出来たら良いけど、表現出来なかったらごめんね。


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第六十話(中編)

 投稿遅れて申し訳ない。遅れた理由は後書きにて。
 毎日投稿は崩したくないのに、崩してるの本当に投稿者としての自覚が足りてない()


 初めに行われた競走はテイオーとメジロマックイーン、ゴルシとマヤノ、ダイワスカーレットの5人だった。初めに軽いランニングを全員で行い、激重蹄鉄に少しでも慣れて貰ったが、目に見えてメジロマックイーンとダイワスカーレットの2人は遅れてしまっていた。

 

「マックイーン普通の蹄鉄に変えておいた方が良いんじゃない?」

 

「大丈夫ですわ!テイオーだって昨日から付け始めた様ですし、私だって……」

 

「ボクはトレーナーの指示で皆とのトレーニングと、部屋で筋トレしてたからなぁ……マヤノと同室だったから、お互い見つつ休憩挟みながらやってたけど」

 

「テイオーちゃんと同室だった事が役に立ったきちょーなシーンだったね☆」

 

「ボクと同室だったからトレーナーのチーム入れたと思うんだけど!?」

 

「マヤは1人でもトレーナーちゃんの事見付けてたもーん」

 

「……随分仲がよろしいのですわね」

 

「?まぁ、マヤノとは良く話もしてたし……でもチームに入ってからだよね。こんなに話す様になったの」

 

「そうだっけ?」

 

「そうだよー、だってその前はマヤノいっつも寝てたから」

 

「ん〜マヤちんわかんなーい」

 

 なんか意外だった。テイオーとマヤノってすっごく仲良いと思ってたから、同室って事もあって毎日沢山喋ってたと思ったのに。初めの頃はそうでも無かったんだなぁ。

 太陽がジリジリと照らす中、もう直ぐ夏なんだなぁ……なんて呑気に考えつつ蹄鉄を靴に嵌め込む作業に没頭していた。流石に激重蹄鉄でいきなり競走は辛いと思って先輩と話して競走中は通常の蹄鉄を使用する話になったけど、僕のチームの分も作っとくべきかな?

 なんて事を考えていたら、またテイオーとマヤノ、メジロマックイーンの会話が聞こえて来た。

 

「……私よりは少ないでしょうけど、勧誘されてた回数は多かったでしょうに」

 

「ボクは目標があったからね、それが達成出来そうなチームに入りたかったんだよね。1人でも大丈夫って思ってたけど、カイチョーがどうしてもチームに入れーって言ってたから」

 

「マヤはビビっと来る人が居なかったんだよね。だってー勧誘する時に皆『君を1番に出来る』とか『私の所に来れば無敗よ』とか言ってくるんだもん。勝ちたいって気持ちは有るし、勿論キラキラで1番になってワクワクしたいけど、マヤ分かっちゃったからさ〜」

 

「分かった?なにがですの?」

 

「みーんなマヤを勧誘してたけど、別にマヤじゃなくていいって事」

 

「あー、なんか分かるかも。トレーナーも割と誰でも良いから1人欲しいって感じだったけど、その為の1歩が踏み出せなかった見たいだし。ま、ボクは噂話聞いてちょっとトレーナーの事見てたんだけどね。なんか面白かったからボクから声掛けたって感じだったし」

 

「……それはトレーナーとしてどうなんでしょうか?」

 

「可愛いからマヤはオールOKだよ♪」

 

「ボクも別に良かったかな。トレーナーの目標聞いた時面白そうだと思ったし?」

 

「お2人が良いなら特に何も有りませんけど……それにしてもこの蹄鉄重過ぎませんこと?こんなに重いと付いてくのでやっと、という感じでしたけど」

 

「「慣れればスグだよ(慣れれば早いよ〜)」」

 

「新手の洗脳ですか!?」

 

「良く言ったマックイーン!」

 

「ぴゃ!?い、いきなり横に出てこないでくれますかゴールドシップ!」

 

「因みにマックイーンは唐揚げにレモン掛ける派?それともレモンだれ的なのに付ける派?」

 

「いきなり何の話ですの!?」

 

「ボクは掛ける派かなぁ、サッパリして美味しいからね!」

 

「マヤはその日の気分によるよ〜」

 

「因みにアタシは初めは素のまま食べて、途中で味変化ジェネレーションするタイプだ」

 

「絶対ジェネレーションの使い方間違えてますからね?意味分かってますの?」

 

「カッコイイだろ?」

 

「間抜けなだけですわよ!」

 

「これもそれも全部新人って奴が悪いんだ!」

 

「なんですって!?」

 

「特に意味の無いトレーナー弄りが始まっちゃったよ」

 

「テイオーちゃんテイオーちゃん、そろそろ走る準備始めよー?」

 

 勢い良くメジロマックイーンが僕の方に振り返って来たけど、別にそんな事してないからね?洗脳に関してはやってないけど、単に初めはキツいだろうけど、慣れれば重いだけでその分踏み込む力が強くなるからテイオーとマヤノの体力と加速力を上げるのに最適だと思っただけで。正直夏合宿は5キロリストバンドと、腰周りに重りを付けて激重蹄鉄の3セットの砂浜ダッシュとかでも良いかなって思ってる位だし。

 

 テイオーは中距離が主軸になるけど、三冠最後の菊花賞の為にも体力はいくらあってもいいと思うし、マヤノも言って無いけど今後そう言った長距離レースに出る可能性が高いから、今の内に下地を作って起きたいと思ったんだ。

 ゴルシについては完全についでだったけど、ゴルシも中距離長距離の適性が高いから、やっぱり体力は有って困らないと思うし……。

 

 後ジェネレーションの使い方は間違えてるからね。それと僕は唐揚げにはレモン掛ける派だよ。テイオーと同じ理由だけど、僕胃が弱くて、油っこい物多いと胃もたれしちゃうんだよね。舌はそこそこ敏感で味は分かるんだけど、美味しくても揚げ物とかはそんなに食べれない。

 やっぱり胡瓜とか、そこら辺の野菜系が好きだよ。胃もたれしないし、翌日お腹壊さないからね。牛乳飲んでお腹壊す典型的なお腹よわよわ人間だから。

 

「そう言えばスカーレットはどこだ?さっきから姿が見えないんだけど」

 

「スカーレットさんならさっきウオッカさんと2人で競走に……なんで2人して倒れてますの?」

 

「目が!目がぁあ!!」

 

「耳が!耳がぁあ!!」

 

 メジロマックイーンの言う通り、ダイワスカーレットとウオッカは芝の上に倒れ込んでじたばたしてた。

 ダイワスカーレットは多分ウオッカが踏み込んだ後の芝が目に入って、ウオッカはその際に上げたダイワスカーレットの悲鳴で耳がやられたんだと思うけど……すごいね、阿鼻叫喚って感じ。

 

「新人蹄鉄の嵌め込み作業は終わったか?」

 

「先輩!ぉ、終わりましたよ。スピカメンバー分のシューズです」

 

「……お前のチームのは?」

 

「有りませんよ、そんなの」

 

「新人お前ほんっと!ほんっとそう言う所だぞ!?」

 

「え?僕また何かやっちゃいました?」

 

「逆だ逆!激重蹄鉄付けての競走とか自分の担当にやらせんな!」

 

「……って言ってるけど皆どうするー?蹄鉄変えるー?」

 

 先輩に言われたから、一応確認取るけど、多分皆そのままで良いって言うと思うんだよね。特にオグリとテイオー。昨日付け始めた激重蹄鉄をテイオーは前々から付けたい見たいだったし、何より少し前にやった競走でオグリ達と横一線に並んじゃったのが悔しい見たいだったし。

 

「私はこのままで構わない。寧ろ外したくない」

 

「学級委員長としてトレーナーさんの指示を無視するのは出来ません!本当はコレ重たくて上手く前に出れないから外したいんですけど、トレーナーさんが私達の事を考えてやってくれてる事ですからね……

 

「バクシンオー心の声漏れてる漏れてる。アタシもこのまんまで良いぜ。でも後で覚えとけよ」

 

「何をさ」

 

「トレーナーが付けろって言うから付けてるんだから、ボク達が外す訳無いよ!」

 

「マヤちんはどっちでも良いけど、トレーナーちゃんの為に付けたいままでいるの♪」

 

「……ありがとう皆」

 

「へへ、照れるぜ……そんなに感謝してんなら温泉旅行で良いんだぜ?」

 

「何の話だよ!?」

 

 ゴルシのすっとぼけに全部掻き消されたけど、嫌なら嫌って言ってくれれば辞めるのに僕の為に付けたまま走りたいって言ってくれるのが堪らなく嬉しく思ってしまう。やっぱり、やっぱり僕はこのメンバーでチームが組めて良かったと思うんだ。

 不意に目が熱くなって来たから空を見上げたけど、綺麗な青空だった。

 

「……おう、スゲぇな俺がやったら絶対ラリアット飛んでくると思うぜ」

 

「もちろんです。メジロ家ですから」

 

「メジロ家関係あるの!?いや、まぁ……それだったらダイワ家として当然やってたと思うけど」

 

「いやお前らトレーナーに何の恨みがあんだよ……」

 

「スズカさんは蹄鉄変えてもあんまり変わりませんでしたけど、何かコツでも有るんですか?」

 

「単純に踏み込む時に何時もより力が入るから、軽く踏み込んでただけよ?重たい分持ち上げる時に必要な力は有るけれど、踏み込む時に流しておけばそんなに疲労は堪らない筈だから、スペちゃんもそうすると良いかも知れないわね」

 

「スズカさん……!」

 

「ま、まぁ良いか……取り敢えずはじめるぞ!初めに芝2400だ!」

 

『はい!』

 

 中距離競走に参加する皆が元気良く返事をする。その中でもテイオーとマヤノは特に元気が良くて、2人の声が良く聞こえた。

 そうして皆が横一列に並んで、構える。ゲートが無いから簡易的なスタートになるけど、皆がサマになっていて、どうしようも無くカッコ良く見えたんだ。

 

 まだトレーニングは始まったばかりだけど、胸のドキドキが収まらなかった。

 

「よーい……スタート!」

 

 先輩の合図で芝2400mの競走が始まった。

 テイオー、マヤノ、ゴルシと、メジロマックイーン、ダイワスカーレットの5人で行われる競走が。

 

「頑張れ……皆」

 

 今回ゴール役に選ばれた僕は1人、先頭を駆けて来る誰かを待ち続けたのだった。




 まだ続くんじゃよ。

 遅れた理由は、実は一昨日の22前時点で第六十話(中編)書き終えてたけど、作者が読んだ際に面白味が欠片も無くてボツ。
 昨日は朝から動きっぱなしで殆どスマホRPG触れなくて書けなかったのが原因にあります。
 言い訳にしかなりません。本当にごめんなさい。

 失踪はしないから、絶対完結させるから。毎日投稿は切らさない様にするから、作者の誓いってなんだかんだ破ってるけど、投稿者の意地で何とかする。

 今後ともよろしくお願いします。


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第六十一話(後編)

 投稿出来なかった分を取り返す。無理でした()


 競走が始まった。芝2400m、バ場状態普通、天候は晴れ。出走ウマ娘は『流れ星』からトウカイテイオー、マヤノトップガン、ゴールドシップ。『スピカ』からはメジロマックイーン、ダイワスカーレットが駆けていた。

 

「始まったわね」

 

「誰が勝つと思います?」

 

「ん〜やっぱマックイーンかスカーレットに勝って欲しい所だな。オレ達のチームから出てるのは2人だし」

 

「……そうだな、だが新人のチームから出たテイオーやマヤノ、そしてゴールドシップも居る。あの蹄鉄を付けての競走だからな……」

 

「トレーナーさんはああいったトレーニングはお嫌いですか?」

 

 トウカイテイオー等ウマ娘達が第1コーナーに入り、第2コーナーを抜ける最中、スピカメンバーは見ていた。

 

「第2コーナーを抜けて先頭はマヤノか」

 

「マックイーンとテイオーは食らい付いてるけど、スカーレットの奴が遅れてんな。ゴルシは……いつも通り最後尾だな」

 

 元々逃げとしての才が有ったとはいえ、マヤノトップガンは激重蹄鉄を付けた状態でトウカイテイオーとメジロマックイーンの2人から5バ身程開いていた事がスピカメンバーが驚く原因でもあった。

 

 ゴールドシップの作戦は追い込みという事もあり、敢えて初動は抑えつつ、中間を切った辺りから前を狙うと言うモノになっている為、先輩トレーナーが1番注目する場所でもあった。とは言え、既に先頭であるマヤノトップガンは1400mを切っており、ゴールドシップもまた徐々に詰めて来ていた。

 試合が緩やかに、けれど確実に動き出している最中、トウカイテイオーが前に出始め、同じく先行していたメジロマックイーンとダイワスカーレットが抜け出そうとするが距離は縮まらない。マヤノトップガンとトウカイテイオーの距離は残り3バ身。

 

「原石だとは思っていたが、ここまでか……」

 

「原石?」

 

「あぁ、テイオーの事だ。いや、マヤノもそうだな。あの蹄鉄を付けてる状態であんなに速い……速い、?」

 

 そして違和感に気付く。スパートを掛けるには少し早めだが、それでもトウカイテイオーは掛け始めた。そうしてマヤノトップガンもまた何かに追われる様に加速したのだ。メジロマックイーンとダイワスカーレットは気付けば自分達のペースよりずっと速い段階での勝負所となってしまったが、2人ともスタミナに問題発言無いと先輩トレーナーは思っていた。

 なら決定的な違いはなんだろうか。そう考えていた矢先。

 

「あの蹄鉄ってさっきもスズカさんに言われたんですけど、踏み込む時に蹄鉄自体が重たいので力が入りやすいんです。足を上げる時は辛いですけど、それを入れても踏み込みが強くなるって言ってました!」

 

「なるほど……つまり単純な筋力トレーニングと、加速装置の役割をになっているのか……!」

 

「な、なんだそりゃ!それじゃハンデにならねぇじゃん!いや、ハンデ……なのか?」

 

「あの蹄鉄自体は単純な重りでしか無いはずよ。その状態で加速出来るあの娘達が凄いのよ」

 

「そこまで考えてのトレーニングだったのか、新人。かぁ……単純に合同トレーニングしたかっただけなんだが、こりゃ偵察になっちまうなぁ。単純だが効果的なトレーニングって奴だな」

 

 因みに新人は本当に足りてなさそうな体力と筋力を上げる為だけに用意したので、レース中に加速装置の様に使われてると言うのは知らない事実である。偶然の副産物だった。新人トレーナー賢さF。

 

「じゃあ、じゃあさ!オレ達もアレやろうぜ!なぁトレーナー!」

 

「……いや、それは許可出来ないな」

 

「はぁ!?なんでだよ!あれ使えば……」

 

「ウオッカちゃん、あの蹄鉄付けて走って見てどうだった?」

 

「……どうって、すっけえ重たくて走り辛かったです」

 

「そうだ、あの蹄鉄は重たい。足に掛かる負担も大きい。そして競走とは言ってるが、こんなものは模擬レースと変わらん。それでも尚新人は変える必要が無いと言ってたんだ。それはつまり……」

 

「……オレ達の負担は気にしてないってことか?」

 

「ち、違いますよ!だって、だってそんな人ならゴールドシップさんがチームに入る訳無いですから!」

 

「……スペちゃん」

 

 スペシャルウィークの大声でスピカメンバーの空気は静まり返った。事実激重蹄鉄による負担は大きい。けれど流れ星はそれを物ともせず、己こそ1番なのだと言う信念で続けていた。

 サクラバクシンオーは先頭を走り続ける為に。

 トウカイテイオーは憧れのウマ娘の隣に並び、抜く事を。

 オグリキャップは故郷にまでその名を轟かせる事に。

 マヤノトップガンは新人のウマ娘として、ワクワクを求めて。

 ゴールドシップは自身の楽しみの為に。

 そうした想いの元、激重蹄鉄の負担に耐えトレーニングを続けていた。

 

「……ゴールドシップさんが1着……」

 

「最終コーナーを抜けた際に外から飛び出したな。長い足を使っての大股、そしてちからづよい踏み込み。蹄鉄が通常のものだろうが、結果発表変わらなかったろう」

 

「2着はテイオーさんとマヤノさんか」

 

「マックイーンさんもスカーレットちゃんも惜しかったわね……」

 

 スペシャルウィークの呟きによって、競走と言う模擬レースを勝ち取ったのがゴールドシップだと言うのが広まる。この日はゴールドシップが勝った。ゴール役だった新人に、多少速度は落としていたが流れる様にタックルを仕掛ける姿はやたら楽しそうだった。

 心配したトウカイテイオーとマヤノトップガンは駆け寄り、オグリキャップは慌てているバクシンオーと何かを話していたが、声は当然聞こえなかった。

 

「……ありゃ新人はダウンしたな」

 

「綺麗に入りましたからね……3mくらい飛んだんじゃないかしら……」

 

「いやそんなに冷静に考えるか!?」

 

「……明日から、いえ、今日から!私達もテイオーさんやゴールドシップさんに負けない為にトレーニング、しましょう!」

 

「……そうだな、よーし!金は無いが給料入ったらスイーツ食べに行くかぁ!」

 

「やったー!」

 

「ふふ、スペちゃん嬉しそうね」

 

「だって、だってスイーツですよ!?嬉しくないわけがありませんッ!」

 

 疲れ果てて倒れ込むメジロマックイーンとダイワスカーレットもそのままに、先輩トレーナーの言葉を皮切りにスペシャルウィークは喜びに舞っていた。そうして新人がゴールドシップのタックルによって気絶したことが原因で本日の合同トレーニングは終わりとなった。

 

 いつの間にか出ていた夕陽がトレーナーとウマ娘達を照らしていた。

 

 

 

「……いやだから新人トレーナーの心配は!?マックイーンさんとか、スカーレットの事は!?」

 

「ウオッカさーん!私達のトレーニングを始めますよー!」

 

「話聞けって!!?」

 

 

 夕焼け空にウオッカの正論は溶けて消えた。




 またゴタゴタで投稿遅れた……理由はちょっと話せませんが、ちょっと用事が立て込むと思うので更新が遅れる日があります。
 ちょっと今までよりも大事になりそうです。申し訳ない……。


 新人くん迫真の気絶落ち。


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第六十二話

 もうヤダ、なんで前日22時に寝て起きるのが15時なんだよ。
 睡眠時間がバグっってる。寝坊遅刻常習犯過ぎる……。
 


 目が覚めると知ってる様でまるで知らない天井が視界に拡がっていた。何処の天井も同じ様に見えるけど、天井のシミとか材質とかちょっと違うんだよね。

 目が覚めたって事は、いつの間にか寝てたか意識を失ってたって事なんだけど、何してたんだっけ。天井が違うから自室でもないし、こんなフカフカなベッドでもなかったもん。

 

「……お腹と後頭部が痛い」

 

 取り敢えず起き上がる。周りを見れば簡素な机に大きな棚が有り、その中には薬が入っていた。つまりココは保健室。病院かと思ったけどそれは違うと断定。何せ着てる服がマヤノに選んで貰った服だったからね。病院服着てないから多分保健室。

 

 外を見ると既に夕陽が沈み、空は黒く染って柔らかな光を放つ月があった。ベッドから降りて保険室の窓へと足を進める。今日は半月っぽい。ちょっと膨らんではいるから、もうすぐ満月かな。

 多少痛みが残る頭で、何が原因かを思い出す。バクシンオーと2人で話してたんだけど、いつの間にか皆ゴールしててゴルシが突っ込んで来て……あー。

 

「あいつかぁ……ウマ娘の速度で突っ込んで来られたら誰だって気絶くらいするでしょ……」

 

「随分と落ち着いているんだなトレーナーくん」

 

「ひゃい!?だれ、誰!?」

 

「そう、私だ」

 

「名乗りなさいよ!……シンボリルドルフ」

 

「いや、保健室に君が運ばれるのを見ていたし、そろそろ起きる頃かと思って様子を見に来ただけなんだが。元気そうで何よりだ」

 

 ジャージ姿では無く、何時もの制服姿で現れた皇帝ことシンボリルドルフ。心配して来てくれたって言ってるけど、ホント?信用出来ないんだけど。

 

「もう寮の時間過ぎてると思うんだけど……?」

 

「生徒会の仕事で少しは残らせて貰ったんだ」

 

「……決まりは守らなきゃ行けないんじゃないの?」

 

「……ふふ杓子定規(しゃくしじょうぎ)の様には成りたくないからね。その場その場で優先すべき事柄を判断するのも、皇帝として、生徒会長としてトレセン学園の……ウマ娘の頂点に立つものとして当然だろう?」

 

「おっきくでたね……いや、まぁ……七冠達成してるし、何だったらドリームの方でも連勝記録出してるけどさ」

 

「トレーナーの指導が良いからだろうね」

 

「……君のそういう謙遜、僕は嫌いだよ」

 

 トレーナーが一流なら二流三流のウマ娘が他のウマ娘達を喰らえるかと問われれば、それはイエスなのかも知れない。けど間違っちゃいけない。それは他のウマ娘達が弱かったのではなくて、そのトレーナーが凄かっただけなんだ。

 おハナさんは間違いなく一流だと思うけど、シンボリルドルフは二流三流のウマ娘なんかじゃない。この2人は正しく一流であり、謙遜も過ぎれば傲慢な様にしか……僕には聞こえない。

 

「……いや、すまない。君と話すのは不思議と面白いからね。つい口を滑らせてしまうんだ」

 

「僕で遊ばないでくれる!?はぁ……今すぐ過去に戻ってやり直したい……」

 

「過去が有るから今のトレーナーくんが居るんだ。それに受け身であったが故にテイオー達が集まったんだと思うよ?」

 

「……反応に困る事言わないでくれません?」

 

「そう言う顔が可愛くて面白いんだよ」

 

「…………」

 

 僕はシンボリルドルフが苦手だ。話してて落ち着くから。心地好く感じてしまうんだ、こいつといると。何が起きても微笑んでくれそうな安心感、話していて疲れはするけど嫌では無いふしぎな感覚。

 偶にダジャレが飛んでくるけど、真面目な話をしてる時は控えるし。

 

「さて、それじゃあそろそろ帰ろうか」

 

「ん、気をつけてね」

 

「トレーナーくんは一体何を言ってるんだ?」

 

「……え?いやだから、帰るんでしょう?あの、お気を付けてお帰りください」

 

「積もる話もあるだろう?私が君をトレーナー寮まで送って行こう」

 

「なんでナチュラルに送迎の話になってんの!?」

 

「君が道に迷わないか心配で……」

 

「記憶力舐めてる?」

 

「ふむ、記憶力は舐められるものなのか。ありがとう、それは知らない知識だったよ、また1つ賢くなったな」

 

「……この……」

 

「ふふ」

 

 ゴルシとはまた違ったペースを踏まされるから、ほんっっっとうに苦手だ。別に楽しくなんてないよ、楽しくなんて無いんだからね!

 

「僕が送ってくよ。流石に送って貰う程弱っては無いから」

 

「そうかい?ならそうしようか」

 

 そうして僕はシンボリルドルフと共に帰路に着いたのだった。半月照らす夜道を2人で。

 

「こうして並んでいると姉妹に間違れてしまうな」

 

「何処を見たら姉妹になるのさ……」

 

「顔と背丈だろうなぁ。トレーナーくんは可愛らしい顔立ちをしているからね」

 

「……納得出来ないんだけど、いいよ別に……」

 

 僕が皇帝様に揶揄わられるのは、もう決まっている様だから。気にしないことにしたよ。




 ルドルフ好き(遺言)

 感想くれ!感想ください!感想がほしいいいい!
 感想はモチベを上げる1番の薬。
 お薬欲しいのほぉぉぉぉ!


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第六十三話

 ずっと更新待ってた小説が更新されてて小躍り中。
 いやー、いやぁ……やっぱ良いんですよ、そう、良いんですよ……ふふ。約2年間待ち続けた甲斐があった……絶対お気に入りから外さない決意の元頭の片隅にはあの小説があったからね……へへ(気持ち悪いオタク感)

 とある問題を抱えた新人トレーナー。余りにも悩みを抱え過ぎて周りが見えなくなった枯葉不幸にも黒塗りのメジロ家の高級車に激突してしまう。
 そんな時、メジロマックイーンの出した示談の条件とは……。

「スイーツですわ!」


 僕の気絶で終わってしまった昨日の合同トレーニングも先輩が無事?に終わらせてくれた様で一安心、したのも束の間だった。大きな問題が1つ、僕の目の前に残っていたのだ。その問題を解決する為に僕は朝から理事長室へ足を運んだ。昨日の夜シンボリルドルフに送って貰った後に書いたトレーニング計画表を持って。

 

「おはようございます新人さん」

 

「あ、ぁ、えと……おはょう……ございますたづなさん」

 

「今朝も元気そうで何よりです。それとテイオーさん達のデビュー戦、おめでとうございます」

 

「あり、ありがとうございまふ、ます!……激重蹄鉄の件もありがとうございました」

 

「はい、役に立ったのなら良かったです。それはそうと……もうすぐ夏合宿が始まりますが、予定は組めましたか?」

 

「……その件なんですけど……」

 

 そう、此処はトレセン学園なのだ。ウマ娘達が夢のトゥインクルシリーズで走る為に入ってくる『学校』。そしてその学園で行われるイベントも多く、代表的なのは一般公開もされる秋の文化祭地味た催しや、ウマ娘の小学生向けの見学等がある。

 その中でもトレセン学園のウマ娘達の力になるのが、今回開かれる夏合宿。読んで時の通り夏に行なわれる合宿だ。

 その合宿にも幾つかプランがあり、大まかにはトレーナー個人の資金で行われる夏合宿と、トレセン学園の方で用意してもらえるとほかトレーナー達との合同夏合宿がある。

 

 そして問題がいくつかあった。まず1つ、合同で行われる夏合宿は僕が他のトレーナー達に嫌われている為にテイオー達に対する()()があったら不味いって言うのと、単に僕が行きたくないっていう理由。

 2つ目は、個人の資金で行う夏合宿に感じては、僕の貯金が殆ど無い為に出来ないという事は。

 

 その為色々考えた結果として、たづなさんに助言を貰う為に此処、理事長室に足を運んだ。幸い……幸い?理事長は居ないようだけど、どうなるか。

 

「……ふむ、それは……なんとも」

 

「なさけ、情けないのは分かってるんです!でも……ほんと……」

 

「情けないとは思っていませんよ。大丈夫です、そうですね……じゃあ条件を1つ出します」

 

「……条件?」

 

 たづなさんに洗い浚い吐いた所、出された条件とは——。

 

「今日の夜、良かったら2人でご飯でも食べに行きませんか?」

 

「はい!……はい?」

 

「ふふ、楽しみにしてますからね」

 

 そう言ってたづなさんは僕が出した計画表を胸に席を立とうとする。今一意味が分からなくて呼び止める為に僕も席を立つと、たづなさんの顔が目の前にあって……。良い匂いするッ!?

 

「え、あの、ちょ」

 

今夜、約束ですからね

 

「………………」

 

 耳元でそう呟かれて、たづなさんは理事長室から出て行ってしまった。僕は夏合宿の問題を解決する為に助言を頼もうとして来たのに、どうしてこうなった?たづなさんの良い匂いと、初めてやられた耳元での囁きで上手く脳が働かなかった。

 

「……どうしよう、これ」

 

 ポツンと1人残された僕の独り言は、何処にも届かず誰にも聞かれなかった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 トレーニングの時間がやって来た。今日はまたトレセン学園の抱えている芝コースを借りれたお陰で、テイオーやオグリ達はのびのびと走れていた。内容としては、まぁ何時も通り柔軟から初めて、激重蹄鉄を付けた状態で3000mのランニング。ここ最近はバクシンオーも何とか食らいついて行ける様になって来てて、少し遅れてしまうけれど流し切れてる。

 その後はバクシンオーとオグリの1800m競走を初めて、テイオーとマヤノで2400m。オグリとテイオーとゴルシの3000mをやった。

 今はまたテイオーとマヤノの2400mを行なっている最中で、オグリとゴルシは何か話してた。

 

「……今夜かぁ」

 

「今夜がどうかしましたか?」

 

「ばく、バクシンオーっ!」

 

「はい!サクラバクシンオーです!」

 

「さ、さっきまで向こうでテイオーとマヤノの競走見てたじゃん!」

 

「はい、見てましたけど、トレーナーさんが全然こっちに来ないので私から来ました!私学級委員長ですから」

 

 学級委員長関係ある?そこそこ汗をかいて居るバクシンオーにタオルとまだ手を付けて居ない僕が飲む様に用意したスポドリを渡す。て言うかそんなに不自然だった?

 

「はい!いつもは競走してる最中舐める様に見てくるトレーナーさんが、距離を置いて見てましたから!」

 

「……そんなに見てないよ?」

 

「でも本当に舐めるよーに、一挙……いっきょ……?」

 

「……一挙手一投足?」

 

「それです!それするみたいに見てましたから!」

 

「……うっそだぁ」

 

 確かにオグリやマヤノ、バクシンオーにテイオーやゴルシも居るし、走ってる姿に魅力を感じないかと聞かれれば否、断じて否だけどさ。流石にそんな視線で見てはいないよ……え、見てないよね?

 

「見てますとも!」

 

「でも、で……そう、それはバクシンオーが過剰に反応してるだけ……なんじゃないの?」

 

「じゃあゴールドシップさんとオグリキャップさんにも聞いてきます!」

 

「え?」

 

「ゴールドシップさーん!オグリキャップさーん!」

 

「あの!え、待って!バクシンオー!バクシンオー!!」

 

 制止の声も虚しくバクシンオーは何時もよりずっと速くゴルシとオグリの元へ走り去っていった。いや競走でその加速見せてくれよ……。

 て言うかコレどうなるの?まだトレーニング途中だったし、なんならオグリとゴルシは休憩中だと思うんだけど。

 

「……僕は絶対そんな目で見てないと思う」

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「走ってる最中はいつもトレーナーの視線を感じてるな」

 

「嘘でしょ?」

 

「……嘘をつく理由があるか?」

 

 オグリから聞かされた衝撃の真実。いや、でもオグリとバクシンオーだけならまだ気の所為だって言える。そう、気の所為なんだよーって。

 

「マヤちんは見てくれてるって感じるからもーっと見ていいんだよトレーナーちゃん♪」

 

「なんの解決にもなってないし、そんなこと出来るかっ!」

 

 マヤノでさえ感じてる?嘘でしょ?いや、まだでもチームの過半数が言ってるだけだし、僕も含めれば6人なんだから!だからまだ半分で仮説の域を出ないと思う!

 だってさ、いい歳(22際)した大人が、自分の担当ウマ娘をトレーニングだからってガン見してて、その視線を受けてるウマ娘が『舐めるように見てる』なんて言う話が周りに広まったら……たづなさんになんて思われるか……?あれ、なんでたづなさんの事気にした?いや、いやいや、そんなの関係ないって。世間的に僕殺されちゃうから!

 

 今朝未明、某ウマ娘トレーニングセンターにて、自身の担当していたウマ娘に舐める様な視線を送っていた22歳男性トレーナーが逮捕されました……なんてニュースが流れちゃう!なんで僕女の子じゃ無かったんだッ!!そんな最悪な未来が頭にこびり付いたけど、頭を振ってどうにかする。ふと隣に立っていたテイオーと目が合い、一瞬動きが止まった。

 

「て、テイオー……」

 

「……!トレーナー……うん、ボクも視線は感じるよ?でも……あ、見ててくれるんだ!って感じでやる気が出ていいと思うけど」

 

「……テイオー」

 

「ぶふっ!ふは、あははは!!」

 

「なに笑ってんのさゴールドシップゥ!」

 

「いや、はっ……だってよぉ、自分がそんなにアタシ達を凝視してると思ってなくて、それを他じゃないバクシンオーやテイオーに言われて……くく……歳頃だもんなぁ新人くん……いや、ト・レ・ー・ナ・ー♪」

 

「ぐぬぬ……ご、ゴルシは?」

 

「あん?なに、お前がそういう目でアタシの事見てるかって?」

 

「変な言い方しないでよ!いや、ま……まぁそうなんだけど」

 

「お前と初めて会った時から気付いてるよ。んな視線向けられたらウマ娘……ってか誰でも気付くだろ。フツーはよ」

 

「……っ……」

 

 緩やかに芝が目の前に近付いてきた。いや、違うな。多分これは僕の心が折れて膝がやる気無くして倒れ込んでるんだ。おハナさんやお姉さんが聞いたら絶対話してくれなくなる。漸く出来た話し相手だったのに……こんな、こんなのって……。

 

「そんな落ち込むなって。良い事じゃねぇか、少なくともアタシ達はみーんなお前に見られてっとタイム縮まんぞ?」

 

 顔を上げれば、目の前にはゴルシが居た。

 

「……うそ、そんな慰め……」

 

「いやいや、お前が何話しかけても上の空だったからバクシンオーにタイム計測してもらったけどよ、ベストタイムから3秒位遅れでてっから」

 

「……ほんと?」

 

 周りを見渡す。テイオーにオグリ、バクシンオーやマヤノに目を向ける。倒れてる上体で頭だけ動かしてるから、ちょっと背中辛い。

 

「……そうだな。やはり絶対に自分を見ていてくれる人が居るだけで、それだけで力が漲ってくる感じはある」

 

「そーですよ!いちきょ……いっ……?」 

 

「一挙手一投足だよバクシンオーちゃん」

 

「そう!一挙手一投足見てくれてるトレーナーさんが居るから、私達はきっと気兼ねなく走れるんです!そうです!今そうなりました!」

 

「そうだよねー、やっぱ見て貰えるのって嬉しいからね」

 

「マヤちんが走るときマヤちん以外見てるのはちょっとヤダけど、テイオーちゃん達だったらいいよー?」

 

「……みんな」

 

「な、言ったろ?アタシ達はお前に見られてっとバフが掛かんだよ。だからお前はさ……」

 

「え、なにす、」

 

「シャキッと立て!んで見ろ!アタシ達の走る姿をさ!」

 

 そう言ってゴルシは僕の身体を持ち上げて、立たせる。別に変態でも無ければ、そんな趣味も無いけれど、皆がそう言ってくれるなら僕はこのままで良いのかな。なんて。

 

「……ありがとう、みんな……」

 

 ちょっと目が熱くなって来たけど、この熱は一生忘れない様にしよう。見た事、聞いた事を忘れられない僕は、それでもを忘れない様にしよう。

 

「んで、何時も舐める様な視線を送ってないって事はなんかあったんだろ?話してみろよ。アタシ達はチームだろ?」

 

「……うん、うん!あのね、あのね、実は今朝たづなさんに晩御飯一緒に食べに行こうって言われて」

 

「かいさーん」

 

「え!?」

 

「なーんだ、心配して損したー……別にたづなさんと晩御飯一緒に行けばいいじゃん。トレーナーはたづなさんとの晩御飯がお似合いだよ!いーっだ!」

 

「……なんで?」

 

「……浮気者」

 

「だからなんで!?」

 

「……私と晩御飯食べに行かないか?」

 

「ぁ、えと……お金無くて……」

 

「……そうか……」

 

「……バクシンオー」

 

「え、あー……なんだか皆さんトレーニングに戻るみたいなんで私も行ってきます!バクシーン!」

 

「……どういう、ことさ……」

 

 ポツン……と1人芝の上に放置された僕はそれしか言えなかった。




 次回、たづなさんとの晩餐。
 4000文字超えたから分割。でも前後編にはしない。

 因みにこの世界だとトレーナーがウマ娘に手を出すと何処からともなく黒服のガタイのいい方々がやって来て私刑になった挙句ニュースになります。
 LETS公開処刑。新人くん良かったね、黒服のおっきなお兄ちゃん方には囲まれずに担当してるウマ娘達に囲まれたから!(なお空気は最悪になった模様)


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第六十四話

 シャドバまた始めた。アリアちゃん可愛いヤッター!
 なおアリアデッキ作れてない模様。ほうれん草ラーメン=サンは爆発四散!サヨナラ!ザッケンナコラー!!
 ネギトロめいた死体と何とも言えないアトモスフィアだけが残った。


 あの後、傍観してるだけじゃダメだと思ってトレーナーとして、トレーニングに参加しようと近付くとテイオーに威嚇されて、マヤノに脛を蹴られた。オグリはなんか耳が垂れてたけど、話は聞いてくれて、バクシンオーは苦笑いしてたんだけど、でもずっとゴルシだけ無言だったんだよね。

 クスリとも笑わなくて、ちょっと怖かった。だってあのゴルシが、ゴールドシップが無言で無表情だったんだよ!?可笑しいって思うでしょ。そう思ってなんだか分からないけど謝ったんだけど、鼻で笑われた。

 

 

 そうして、何とか今日のトレーニングが終わり、1度寮へ戻り汗を流す為にシャワーを浴びて出て来ると、たづなさんからメッセージが届いていた。『校門前で待っていて下さい』との事。そのメッセージに返信して急いで着替えてトレセン学園へとまた戻っていった。……お財布持ってるけど、諭吉さん1枚しかもう無いんだよね。給料日まであと少し、明日からはもやし生活になりそうだ。

 

 たづなさんとの夕食を楽しみにしつつ、明日への憂鬱を沈めて行った。

 明日からもやし生活なのは良いけど、テイオーやマヤノ、ゴルシはどうしようか。オグリだって全然本調子って感じしなかったし。バクシンオーだけだったね、ある意味何時も通りだったのは……。

 

 トレセン学園には着いて、その間に沈めて行ったのに、頭に過ぎるのは皆の事だった。

 

「……そろそろかな?」

 

 1人月明かりが照らすよみちでたづなさんを待っていた。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「お待たせしました、ごめんなさいちょっと用事が立て込んじゃって……」

 

「ぁ、えと、大丈夫です。あの、今来た所ですから」

 

「……ふふ、そうですか。じゃあ行きましょうか」

 

「はい!」

 

 結局たづなさんが来たのは僕が校門前に来てから30分経ってからだった。待たせてしまったって言う意識を取り除く為に今来た所って言ったけど、コレ普通に僕行動が遅いって思われるんじゃない?

 本当はちゃんとメッセージが着てから10分位で来たからね!

 

「あの、それで、どこに食べに……」

 

「新人さんはラーメンお好きですか?」

 

「ラーメン?……えぇ、はい。一時期カップ麺生活してたんで、好きは好きです……よ?」

 

「ふふ、カップ麺よりずっと美味しいラーメンですから、楽しみにしてて下さいね?」

 

「……はい」

 

 たづなさんと2人並んで歩いている最中も、僕の頭に有るのは皆の事で、明日のトレーニングはどうしようかとか、結局夏合宿の件はどうなるんだろう?とかそんな事だった。今はたづなさんと一緒にいるのに、なんでだろう。別にご飯食べに行くのが嫌な訳じゃなかったし、どちらかと言えば1人でご飯食べるのはずっと寂しいって思ってたから嬉しいお誘いだったんだけど……。

 

『私と晩御飯食べに行かないか?』

 

 オグリに誘われた時咄嗟に断っちゃったけど、お給料が入ったら一緒に行こうって言えば良かったな。なんて。道中殆ど話してなくて、何か話題を呼ん考えるけど、頭の中に巡るのはウマ娘関連の話題ばっかりで、上手く話せなかった。

 

「つきましたよ?」

 

「……おっきぃ」

 

「そうでしょうか?取り敢えず入りましょうか」

 

「あ、は、はい!」

 

 たづなさんに連れられて来たラーメン屋?は結構大きくて、お客さんも多かった。店内に入ると豚骨かな?覚えてる匂いで1番近いのはその匂いだんだけど。でもたづなさんがラーメン好きなのは意外だった。いや、まだ聞いてないんだけど。

 

「らっしゃーせー何名様っすか?」

 

「2人です」

 

「おくどーぞー」

 

「新人さん、行きましょう?」

 

「はぃ、はい」

 

 なんだろう、返事しかしてないかも知れない。渡井は考えてたけど、何も話してなかったし……たづなさんに誘われたのに、話も出来ないんじゃ嫌われちゃうんじゃ……!なにか、何か話さないと、何を?何を話せば……。奥のテーブル席に案内されて、たづなさんと向き合って座るけれどたづなさんは優しく微笑むばかりで、僕ばっかりが焦ってた。

 

「あ、えと……きょ、今日は良い天気でしたね」

 

「そうですね、梅雨もそろそろ明けそうな気がしますし。やっぱりバ場状態は良バ場が1番ですからね」

 

 ?バ場状態?

 

「そ、そうですね。皆が走り易いバ場状態が、あの、1番ですもんね」

 

「でも不良バ場だったり、雪や雨が降っている中走るウマ娘達を見るのも良いんですよ?いつもと違った走りや、表情が見れますから」

 

「で、ですよね。……えっと、その」

 

「取り敢えずメニュー見ましょうか。私はともかく新人さんは初めてのお店ですからね」

 

「あ、はい」

 

 終わっちゃった、終わっちゃったよ会話!たづなさんに渡されたメニュー表を見るけど、どれもこれも凄く重たそう。いや、ラーメンは重たくても不思議とお腹壊さないから良いんだけど。

 取り敢えずどうしようかな、当店のオススメとか書いてあるけど、折角たづなさんがいるんだし、たづなさんにオススメして貰おうかな。

 

「あな、あの、たづなさん」

 

「はい、なんでしょう」

 

「……たづなさんのオススメは?」

 

「全部ですね」

 

「全部!?」

 

「はい、全部です♪」

 

 このメニュー全部オススメ!?これ全部!?え、これ全部食べろって言われてるの?さ、流石にキツイんだけど……チラッとたづなさんを見るけど、綺麗な笑顔を見せてくれるだけで何も言ってくれない。お、男は度胸って事?私に頼るんじゃなくて、男なら全部食べて見せろって……?助けてゴルシ!

 

「……き、決まりました」

 

「はい、じゃあ店員さん呼びましょうか」

 

 原は括った。もう引かないぞ、絶対全部完食して見せる!お金は……ギリギリ足りそうだし……。と言うか量の割にちょっとだけ安め……?いやそんな事なかったわ。適正価格っぽい。豚骨ラーメンが一杯980円するもん。チャーシュー麺なんて1200円するから。

 

「ちゅーもん受け取りに来ましたー」

 

「あ、あの!」

 

「あい?」

 

「メニュー全部くだしい!」

 

 瞬間、店員さんとたづなさんの時間が止まった様に感じた。……え、これもしかして間違った?

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「ふ、ふふふ……あはは」

 

「……たづなさんはイジワルだ」

 

「だ、だって全部頼むなんて……ふふ」

 

「オススメ聞いたら全部って言ったじゃないですか!」

 

「ふふ、だってメニューを全部確認していなかったでしょう?だからせめて目を通して貰って、それでも決まらなさそうでしたらオススメしようかと思ってましたから」

 

「……うぅ……」

 

 結局あの後たづなさんが豚骨ラーメンと餃子を僕の分まで頼んでくれて、僕の胃袋が破裂する未来を回避したんだけど、ずっとこんな感じで笑われてます。大人は狡いや。

 

「たせしましたー」

 

 店員さんが持って来てくれたラーメンは凄く香りが良くて、僕が今まで知ってる中で1番美味しそうな気がした。匂いや味なんかも勝手に覚えちゃうから、便利なのは不便なのかよく分からない。

 

「じゃあ冷めない内に食べましょうか」

 

「あ、え、はい!いた、いただきます」

 

「はい、いただきます」

 

 先ずは麺を食べる。あ、これ製麺じゃないのかな?手打ちって奴?初めて食べる食感だから、多分そうなんだろうけど。スープもレンゲで掬って口の中に含む。豚骨と出汁と……後なんだろ、全然分かんない。でもすごく美味しい。これご飯欲しくなってくる。

 

「……美味しいですか?」

 

「は、はい!とっても、凄く美味しいです……ごはんが欲しくなりますね」

 

「新人さんはラーメンおかずにご飯食べれる人なんですね」

 

「……まぁ、そうですね。白米とか結構好きなので……たづなさんは?」

 

「私もそんな感じですかね。今日はラーメン単体の気分でしたから、そのままですけど」

 

 一旦会話を区切って今度は餃子を食べてみる。熱い、いや冗談じゃなくて滅茶苦茶熱い!?

 

「あふ、あふっ!?」

 

「ふふ、お水どうぞ」

 

「……はぁ……なんだろ、たづなさんに会う度に醜態見られてる気がする」

 

「焦り過ぎなんですよ。大丈夫です、そんなに焦らなくても私は勿論ご飯だって逃げませんから」

 

「……そうですね、でも……ほんとに美味しい」

 

「……ここ最近は忙しそうでしたので、お誘いしたんですが、そんなに喜んで貰えて嬉しいです」

 

「いや、その……僕もたづなさんとご飯食べれて嬉しいです」

 

「それは良かったです」

 

 そう言って笑ってくれるたづなさんがとても綺麗で、一瞬呼吸を忘れた。なんだか恥ずかしくて餃子を食べるけど、やっぱりまだ熱かった。でも今度は水を飲む程じゃ無くて、野菜の甘みが凄く舌に優しくて……。

 今度はオグリ達を誘って来よう。そう決めた、今決めた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「へ?」

 

「いえ、ここ最近忙しそうだったのと……余り良い話を聞きませんでしたから」

 

「……僕が嫌われてるって話ですか?」

 

「まぁ、そうなりますね。前回雨が降った際に体育館でのトレーニングを計画してた方々が、いきなり理事長室に来て体育館でのトレーニングを中止なさっていたので調べたら、新人さんの名前があって……大丈夫ですか?嫌がらせなどはされていませんか?」

 

「……まぁ、陰口くらいですかね。でも大丈夫ですよ、慣れてますから」

 

 陰口を言われなかった事の方が少ないからね。家族とゴルシやテイオー達位だったんだ、僕とちゃんと話してくれる人なんて。だから慣れてる。他人は分かり合えない存在だったから。でも、でもね。

 先輩やおハナさん、たづなさんや理事長は違うって思ったんだよ。初めてのトレーナー業務でつまずいた時におハナさん達は優しく教えてくれて、たづなさんや理事長は気にかけてくれて……特に理事長は僕を採用してくれた恩もある。

 だから今とっても幸せなんだ。だって燻ってた僕をテイオーが見つけてくれた、そうしてマヤノと出会って、気分が良くなってやったさんぽでオグリとも会えた。なんだか知らないけどバクシンオーも何故か来てくれて、ゴルシも先輩のチームから態々抜けて……僕が引き抜いたけれど、それでも着いて来てくれた。

 だから僕は今凄く嬉しくて、楽しくて。早く明日にならないかな、なんて思ってるんだ。なんだかちょっと恥ずかしい。

 

「恥ずかしいんですか?」

 

「はい……え?あ、口に出てた!?」

 

「……えぇ、今幸せって所からですね……」

 

「んんん、恥ずかしいの全部!」

 

「ふふ……でもそうなら安心しました。心配だったので……良し、私決めました」

 

「なにをですか?」

 

 ラーメンを食べ終わったたづなさんは僕を真っ直ぐに見てくれた。いや、あの、真っ直ぐ見てくれるのは良いけど、僕の食べてて……見られてると恥ずかしいっていうか。え、あ、なんか近くない!?

 

「新人さん」

 

「は、はひ」

 

「夏合宿の件は私が何とかします」

 

「……なんとかって、どうやって?」

 

「それは企業秘密です。でも安心して下さい、新人さんが出世したら返してもらいますから」

 

「なにそれこわい」

 

「ふふ……ねぇ新人さん」

 

「はい?」

 

「本当は迷ってたんですけど、これから少しだけ飲みに行きませんか?」

 

「……まぁ、少しなら?」

 

「じゃあ行きましょうか。道中聞かせてくれませんか?貴方の担当しているウマ娘のお話を……テイオーさんやマヤノさん達のお話を」

 

「……勿論。いっぱいありますから、飲んでる最中もお話できますよ」

 

「それは楽しみです♪」

 

 そうして僕とたづなさんはラーメン屋から、昔おハナさんと行った事があったBARへと足を運んだんだ。お酒は飲まないって決めてたけど、ほんの少しだけ、もうちょっとたづなさんと話がしたかった。

 

 後日、自分の部屋で薄くなった財布を胸にしながら目を覚ました。

 

 不思議と二日酔いなんてものは無くて、スッキリした目覚めだった。

 

「んー……今日もトレーナーやりますかー」

 

 早くみんなに会いたいな。




 マータ4000文字超えてらぁ。

 駿川たづな(100/30)→(100/60)

 因みに作者はお酒飲んで酔っ払うと千鳥足になって最終的に倒れるか座り込みます。大体そうなると幼馴染か飲みに連れてきてた奴らが送ってくれますね。


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第六十五話(起)

 ここ最近アニメ見尽くした感あるんだよね。なんかオススメのアニメとか無いもんかな。
 


 たづなさんに夏合宿の件をお願いして二日酔いも無く目が覚めた。それは良かったんだけど、オグリやテイオー達にはまだ許して貰えてなかった。

 

「あ、テイオー」

 

「つーん」

 

「……ま、マヤノ?」

 

「あーあー、マヤなにもきこえなーい」

 

「……オグリ……」

 

「……ぷい」

 

 これがトレーニング中も続くんだ。と言うか終始これだった。ゴルシには全部話して手伝って貰ったけど、なんでこんな目に……もうトレーニングは終わって自分の寮に帰ってきたけれど、みんなと上手く話せないのは中々辛かった。

 

 

「助けてゴルシ」

 

「アタシかよ」

 

「だって……だってもうお前しか居ないんだもん!」

 

「何がもんだおめーよー。アタシには事情説明したんだから、ちゃんとアイツらにも事情説明したら良いだろ。大体お前が言葉足らずだったのがわりーんだからな!」

 

 だってたづなさんにご飯誘われたのは本当の事だったし、夏合宿の件話してなかったのは確かに悪かったかも知れないけど其の程度の事で怒るなんて思わないじゃん。秘密って程隠してる訳じゃ無いけど、取り敢えず今日のトレーニングが終わってゴルシを僕の寮へと招待した。

 したんだけど……。

 

「つーかこの部屋マジでなんもねぇな。テレビは有るのに見てる形跡ないし、ホントに此処で生活してんのか?」

 

「……此処以外僕が寝泊まり出来る所はないよ」

 

「ま、それもそっか……んで、オグリは単にお前を晩御飯に誘ったのに断られたから拗ねてて、テイオーとマヤノは単にたづなさんと晩御飯食べに行った事に対して拗ねてんだよ。バクシンオーは……アイツはいつも通りだったなぁ……つかホントになんもねぇな、いやマジで。お前幾つだよ」

 

「良く見てよ!ベッドがあって、机もある。それにテレビやタンスがあるよ!」

 

「……あとは?」

 

「あと、あと……うーん。お風呂がある?」

 

「ンなもん有って当然だろうが!」

 

「湯船は付いてないよ!」

 

「どこで張り合ってんだお前!?」

 

 僕にもわかんないよ。ホント、なんで湯船ついてないんだろ。そろそろ本当に湯船入りたくなって来た。いや、そんな事はどうでもいいんだ。今大事なのはチーム全体の食う気が悪くなってるから、なってるから前にどうにかしたいんだけど。

 

「早急過ぎんだよ、オグリはご飯食べようって言ったら機嫌直るだろうけど、テイオーやマヤノは長いと思うぜ?ま、アタシも許した訳じゃないけどな」

 

「なんでお前に許して貰わなきゃいけないんだ?」

 

「……そういとこだぞ新人」

 

「……えぇ」

 

「まぁ、アタシの事はいいとして、取り敢えずオグリだな」

 

「……ご飯に誘うの?」

 

「金あんのか?」

 

「……ないです……あ、でも多少は」

 

「背伸びすんな」

 

「あた……はい」

 

 財布にはまだ5000円あるんだけど、これ使ったら本当にお財布ペったんこになっちゃう。でもオグリに機嫌直して貰えるなら……って思ったんだけど、ゴルシのチョップでそんな思考も止められる。どうしたもんかな……。

 

「どうしよっか……」

 

「んー、適当にお菓子でも買ってやったらどうだ?」

 

「そんなので機嫌直るの?」

 

「直る!」

 

 そうして夜は更けていった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 オグリが好きそうなお菓子が分からなかったから、取り敢えずチョコレート買ってきた。まずはオグリを探そう。トレーニング前に渡して起きたい。オグリは高等部に所属してるし、綺麗な髪色してるからすぐ見つかりそうなんだけど……。

 

「……ウマ娘多い……怖い……」

 

 人が多く集まる場所はやっぱりまだ怖い。でも探すには出て行くしかないし……階段の所で姿を隠すのもちょっと恥ずかしくなってきた。

 

「……何をしているんだトレーナーくん」

 

「シンボリルドルフ!」

 

「元気そうだが、高等部に何かようかい?」

 

「……探してるの」

 

「主語抜けてるから何も分からないよ?それとも君と私は以心伝心の仲だと言いたいのかな?中々可愛い所が有るじゃ」

 

「オグリ!キャップを!探してます!!」

 

「……ふむ、オグリキャップか。彼女なら今頃食堂だぞ?」

 

「……え?なんで?今2時間目とかそんなもんでしょ?」

 

「彼女が空腹になるとお腹の音がな……それで今は補給中だろう」

 

「……オグリ……」

 

 食堂かぁ、流石にオグリ以外居ないよね?

 

「そこまでエスコートして行こう。さ、手を出すといい。仲良く2人で行こうじゃないか」

 

「……やだ、一人で行くもん」

 

「そうかい?なら早目に行くといい。君と私が話してる所は目立つからね。そろそろ他のウマ娘も集まるだろう」

 

 言われて見れば確かに視線を感じる。シンボリルドルフにありがとうとだけ遺して高等部を後にした。それにしても、朝ごはん食べて、授業中にもご飯食べに行って、昼ごはんも食べるのか……でもオグリって結構スリムじゃない?ウマ娘マジック?いや、深く考えない様にしよう。消されそうだし。

 

「僕はオグリにこのチョコレートを届けなきゃ行けないんだ……!」

 

 仲直り……仲直り?する為に。

 




 感想がココ最近の楽しみ。


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第六十六話(承)

 もうそろ夏ですね、クーラーがない作者の部屋は一気に地獄と化す……毎年夏は朝起きると脱水症状起こしてフラッフラになるんよなぁ……。

 あ、本編どうぞ。あらすじとしては、オグリとの仲直りする為に食堂へって感じ。
 後これ起承転結って感じで纏めますね、前後編じゃ無理。文字数お化けになる。


 シンボリルドルフの誘いを断って、一人で行けるもんって感じで高等部から食堂へと歩いてるけど、正直シンボリルドルフ連れて来た方が良かったんじゃないかと思い直してた。この学園やっぱ広いんだよ、んでウマ娘が多い。途中メジロマックイーンと果たしてるテイオーや、ゴルシと話してるウオッカやダイワスカーレットなんかを見掛けたけれど、話し掛けに行く勇気はなかった。

 

 知り合いの人数が多くないと怖くて無理。

 

「……食堂にオグリ以外居るかな……」

 

 不安要素はそれだけなのに、たったそれだけの事で食堂へと進む足取りは重くなって行った。我ながら後ろ向き過ぎると思う。またゴルシにチョップだったり蹴り入れられそうだし、なんならタックルとか飛んで来そうだから助けは呼べないけど。

 

「……そこそこ憂鬱だな」

 

 一人呟いた言葉はトレセン学園の廊下に人知れず吸い込まれていった。聞かれてたら恥ずかしいとは思う。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 正直に言えば、別にトレーナーが誰とご飯を食べに行こうと構わないと思っているが、たづなさんは良くて私と行くのは駄目とはどう言う事なのだろう。前回レースに出たご褒美としてご飯を食べに行ったが、あの頃と何か違うのだろうか。

 レースに出てないからか?いや、それは可笑しい。だって私がもう1着2回取ってるもん。

 

「……今日のオグリキャップ箸の進み遅いわね」

 

「あの量をペロリと行くのがオグリキャップさんの魅力なのに……お腹もここ最近ずっと引っ込んでるし……」

 

「……まさか」

 

「え、なになに、何か気付いた?」

 

「……怪我、とか」

 

「嘘ぉー!」

 

「……ビクッ」

 

 ウマ娘の耳が良いのも考え物だな。別に怪我なんかはしていないが、余計な心配を掛けてしまっている様で、少し悪い気がする。そうだとも、今目の前に出された食事に失礼だと今思い知った。

 彼?彼女?達は私に食べられる為に此処に有るのだから、私はもれなく全部食べ尽くさなくてはいけない。けして、決してトレーナーの事を考えていると上手く飲み込めなくなるなんて事は無いんだ。

 思い出せ、故郷で行った大食い大会、去年参加したカレー早食い対決を……カレーは飲み物では無いが、噛み砕けば何だって呑み込めるから実質飲み物みたいな物だろう。

 

 目の前に置かれた山盛りのご飯を食べながら、ひたすら考えていた。

 

 そんな時だった。

 

「あ、ぁの……ぉぐ……オグリ……いますかぁ……?」

 

 ヤケに小さい声で、滅茶苦茶な発音をしながら食堂の扉をゆっくりと開くトレーナーの姿があった。どうしてここに?もしや……私とご飯を食べに来たんだろうか?……それは、とても嬉しいのだが。

 

「あら!貴方、貴方オグリキャップちゃんのトレーナーでしょ!」

 

「ぇ、え、あ、はい、はい!」

 

「貴方オグリちゃんに何かしたんじゃないの!?」

 

「え?いや、あの……別に何も……」

 

「ウソ!だってオグリキャップの食事ペースが落ちてるんだもの!可笑しいわよ!」

 

「……食事ペースが落ちてると可笑しい……んですか?」

 

「そーよー!見なさい!オグリちゃんの座ってるテーブル!」

 

「……うわぁ、すっごい量……ていうかあの量で無料ってすごいな……。ウマ娘に出される食事って全部無料になるって聞いてはいたけど、あの量も無料なんだ……」

 

「そうよ、理事長が農園をやっていたり、私財を投じて様々な案件をこなしてくれているからこそ、無料なのよ!」

 

「はぁ……あ、でもオグリ居るんですね?えっと、オグリー?」

 

 ……私が居るテーブルの話をして、直ぐに来ないで他の人達と……食堂のおばちゃん達と話してるのはなんでだ?トレーナーは私より食堂のおばちゃん達との会話の方が楽しいんだろうか。また私の箸は進みが悪くなった。

 

「……オグリ?あの、おは、おはよう」

 

「……………………おはよう」

 

「あ、え……その、良い天気……だね?」

 

「…………今日は曇りだぞ」

 

「あ、そう、そうだね!あは、あはは……はぁ」

 

「……む……私と話すのはそんなに嫌か?」

 

「え!?いや、いやなわけないじゃない!」

 

「……だって」

 

「……だって?」

 

「いま、溜息吐いてたし……」

 

「……いや、そう言うんじゃ無くて……あー……もう」

 

 私の座っているテーブルの前で色々話し掛けてくるトレーナーだったが、イマイチ会話が続かない。それ所かトレーナーは少し居心地が悪そうにしていた。私が原因なんだろうか?やはりもっと重りや自主トレ等をして、テイオー達よりもっとずっと速く成らなければトレーナーは私とご飯を食べたりはしてくれないんだろうか。

 

「おぐ、オグリ?」

 

「……無理はしないで欲しい」

 

「……へ?」

 

「トレーナーが毎日私達の為に頑張っているのは、知ってるし、分かっている。私は単に我儘を言っているだけなのだろう。トレーナーはたづなさんとご飯を食べに行くのに、どうして私とは一緒に行ってくれなくなったんだろう……と。そんな事をトレーニング中も考えてしまって……」

 

「……いきなりどうしたの?」

 

 トレーナーはそう言いながら、私の隣に椅子を持って来て座った。正直自分でもなんでここまで考え込んでいるのか、少し分からない。けれど、やっぱり他の人は良くて、わたしとは駄目と言われてしまった事が……何故か胸が苦しくなるんだ。トレーナー。

 

「いきなり?……あぁ、いきなりだったか。すまない。」

 

「……別にご飯食べに行くのがダメな訳じゃ無いよ?」

 

「……そうなのか?」

 

「うん、僕は、その……今お金持ってなくて……」

 

「なら私が出そう」

 

「それは嫌だ。たづなさんは正直人性の先輩って事もあって、奢ってもらったりするのに抵抗や罪悪感があっても感謝出来る。でもオグリはダメなんだ」

 

「……わたしは、だめ」

 

「うん、やっぱり……その、僕はトレー」

 

「すまない、今日のトレーニングは休ませて欲しい」

 

「ナー……え?」

 

「本当にすまない。ちょっと今日はもう帰らせて貰う」

 

「おく、オグリ!?」

 

 私は駄目らしい。私じゃ駄目らしい。駄目、駄目……何処が?所謂人性の先輩じゃ無いからか?どうしたって私はウマ娘で、トレーナーは人間で、同じでは無いからだろうか。分からない、正直ちょっと難しい話な気がして上手く考えが纏まらない。

 

 トレーナーが何か言っている気がしたが、私の耳には届かなかった。

 

「オグリ!」

 

 食堂の扉を開ける際に、腕をトレーナーに掴まれた。

 

「ごめん、あの、僕が何か悪い事を言ったんなら謝るから……だから」

 

「……トレーナー」

 

「だからせめて、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………トレーナー」

 

「悪い所が有るなら、その、頑張って直すから、オグリ……」

 

「……離してくれ。今のトレーナーとは……一緒にトレーニングをしたくない」

 

 そう言うと、トレーナーは一瞬身体を跳ねさせた後に私の腕から手を離した。正直考える時間が欲しかった、なんでトレーナーは私とご飯を食べに行ってくれないのか。ただその一点において。

 

 私はトレーナーとご飯を食べたいだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 




 知ってるか?この話一貫してオグリがどうして新人くんと一緒にご飯食べに行けないかっていう理由を解明するための話なんだぜ……?

 なのでシリアスではない(尚バ場状態は重い模様)



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第六十七話(転)

 間に合わなかった!間に合わなかったッ!!


 新人がオグリキャップとの仲直りに失敗してた頃、トウカイテイオーとマヤノトップガンは2人でトレーニング場所へと向かっていた。

 

「テイオーちゃんテイオーちゃん」

 

「……なに?」

 

「テイオーちゃんまだ怒ってるの?」

 

「別に怒ってる訳じゃないけどさ〜……単にトレーナーが他の女の人とご飯食べに行くって言ってたのがすっっっごく楽しそうだったからね。ちょっとムカッと来ただけだよ」

 

「……それは怒ってるって言うんじゃないのー?」

 

「そーいうマヤノはどうなのさ!」

 

「マヤ?マヤはねー、しょんぼりしてるトレーナーちゃんが可愛くて……えへへ」

 

「……うわぁ」

 

「可愛くなーい?」

 

 マヤノトップガンの発言にトウカイテイオーは難を示してしまったが為に、その実自分もちょっと分かると言う発言が出来なくなっていた。事実新人のしょんぼり顔は可愛いと思っているトウカイテイオーだったが、その顔を見ていられる程内心は穏やかでは無かった。

 何せ自分達とトレーニングを行うよりも楽しそうに話し出したが故に起こった事案だったからだ。そんな事は決してなかったのだが、トウカイテイオー、引いては新人の担当ウマ娘達は全員そう思っていた。

 尚バクシンオーはそんな事気にしていなかった。

 

「取り敢えず、テイオーちゃん」

 

「なにさ」

 

「トレーナーちゃんに謝ろ?」

 

「なんでボクだけ?別にトレーナーがボクに謝れば良いだけでしょ」

 

「大人になるとね、小さな事でも謝るのがすっごく難しくなるってパパが言ってたから、仲直りする為にもね。マヤも一緒に謝るから!しょんぼり顔してるトレーナーちゃんも可愛いけど、どうせならトレーナーちゃんの笑った顔が見たいしー?」

 

「……まぁ、それは分かるけど……」

 

「大丈夫!トレーナーちゃんは怒ったりしないよ!マヤ分かるもん!トレーナーちゃんは怒るよりも先に何が悪かったか分かんなくなって泣いちゃう人だって!」

 

 そう言ってマヤノトップガンはトウカイテイオーの手を握り、元気一杯に言っていた。その言葉を聞いて1秒、2秒……たっぷり10秒経って漸くトウカイテイオーは言葉の意味を知り……。

 

「それはそれでどうなの!?」

 

 時間を掛けたにしては鈍いツッコミを入れながらいつの間にか着いていたチーム部屋の扉に手を掛けた。部屋の中は真っ暗でまだ誰も来ていない様子だった。

 

「わ、珍しい……バクシンオーちゃんかオグリちゃんの誰かは必ず来てるのに……って言うかトレーナーちゃんもいない?」

 

「……真っ暗だね」

 

「うん、うーん。先に着替えて……?」

 

「ど、どうかしたのマヤノ」

 

 部屋の隅をジッと見詰めるマヤノトップガンに、トウカイテイオーは身体を近付ける。耳はピーンと立てており、少しの物音でも細心の注意をしていた。暗いと言っても、外はお昼時。光は差し込んでくるが、何故かカーテン等が閉められておりかなり暗かったのもトウカイテイオーが警戒していた理由だった。そうして気付く。部屋の隅に何か蠢く物がある事を。

 

「なに!なに!?マヤノォ!!!」

 

「……トレーナーちゃん?」

 

「トレーナー!そうトレーナー呼ばなきゃ!……ん?トレーナー?」

 

「…………」

 

「トレーナーちゃんどうしたの?もしかして体調悪い……?」

 

「…………」

 

 新人は無言だった。体育座りで顔を太腿に擦り付けて微動だにしていなかった。そんな新人を心配してマヤノトップガンは声を掛けるが、反応はかえってこない。そしてトウカイテイオーはもしかしたらと思い、新人の前へと足を運んだ。

 

「……あー、えっと、トレーナー?その……は、話とかちゃんと聞かなくてごめんなさい!……トレーナー?」

 

「…………テイオー……マヤノ……」

 

「……トレーナーちゃん泣いてるの?」

 

「え!?あ、……ご、ごめんなさい。ボクの所為……だよね?」

 

「……ちがう、ちがうの……僕が……僕が全部わ゛る゛か゛っ゛た゛ん゛で゛す゛ぅ゛ぅ゛う゛う゛!!!」

 

「トレーナーちゃん!?」

 

「おちち、落ち着いてトレーナー!?」

 

 いきなり大泣きし始める新人を優しく抱き締めるマヤノトップガンと、慌ててどうする事も出来ないトウカイテイオーだったが、マヤノトップガンと同じ様に抱き締め始めた。

 

「何があったの?ゆっくりで良いから話してみて?」

 

「おぐ、おぐり、嫌われ……ぅああぁ……」

 

「オグリ、嫌われ……?」

 

「……オグリちゃんにトレーナーちゃんが嫌われたって事?」

 

「…………うん」

 

 数少ない言葉で正解を導き出したマヤノトップガンだったが、有り得ない現象に多少は戸惑っていた。何せオグリキャップが新人を嫌うなんて事有り得るはずが無かったからだ。そもそも初めは期間限定での加入から、脱退も新人とオグリキャップの間では決まっていたが、それも新人の頑張りでオグリキャップも中央に残る事を決めた。

 それからトレーニングを通じて2人は一心同体や以心伝心程では無いにしろ、仲は良好だったとマヤノトップガンは思っているからだ。ゴールドシップの登場でオグリキャップは密かに対抗心を燃やしていたが、ゴールドシップとも仲が良くなり、今ではチームのリーダーとしてオグリキャップが立ち、ゴールドシップはその補佐の様な立ち位置にいた。

 

 実際の所ゴールドシップは面白そうだから色々トレーニング等を手伝ったり新人を茶化す為に様々な事をしているのだが、マヤノトップガン含めゴールドシップ本人以外誰も知らなかった。

 

「どうしてそうなっちゃったの?説明出来る?」

 

「……ぅ……うん」

 

「信じられないけどなぁ……オグリがトレーナーの事嫌うだなんて」

 

 そうして新人はマヤノトップガンに、トウカイテイオーに説明を始めた。食堂での話、ゴールドシップとの会話の補足等を入れつつ、時折オグリキャップに拒絶された事を思い出し嗚咽したが、マヤノトップガンとトウカイテイオーが優しく頭を撫で落ち着けさせた。

 

「……たづなさんとご飯食べに行ったのは夏合宿の為……うーん、それでオグリが悩むのは……」

 

「簡単だよ?」

 

「……なに、もう分かっちゃったの?マヤノ早過ぎでしょ」

 

「えへへ、トレーナーちゃん落ち着いた?落ち着いたなら話すよ?」

 

「……うん」

 

「オグリちゃんはね、単純にトレーナーちゃんとご飯食べに行きたかっただけなの。たづなさんとご飯を食べに行くって言った時に、オグリちゃんもトレーナーちゃんとご飯食べに行きたくなっちゃっただけなんだよ。その後はトレーナーちゃんの言葉足らずだからね?ちゃーんと反省しなきゃメ!だからね」

 

 そうして漸く新人の自分の言葉足らずを自覚した。自分の言葉を伝えると言う事自体、漸くマトモに始めたのが今年……それもトウカイテイオーと知り合ってからだったのが原因で、伝えなきゃ行けない事と伝えたい事が纏まらない。

 

「……僕は本当に、ダメなやつだね……」

 

「……トレーナーちゃん」

 

「今まで誰かと話すのは無駄なことだって思ってたんだ。でもテイオーや……ゴルシと出会って、人と話すのも悪くないって思ってたんだけど……」

 

「そんな事」

 

「……そうだね、トレーナーはバカだと思うよ」

 

「……ごめんね、こんなトレーナーで……ごめん……本当に……ごめんなさい」

 

「テイオーちゃん!」

 

 慰めていた時にトウカイテイオーが新人を責め始めた。そしてそれを止めようと大きく声を張り上げたマヤノトップガンだったが、トウカイテイオーは目線だけで黙らせ、未だに顔をあげない新人の顔を掴み、トウカイテイオーは自分の目と視線を無理矢理合わせた。

 

「……いいトレーナー。トレーナーが口下手で噛み噛みで吃る人なんて事、ボク達が知らない訳無いじゃん。ダメな奴ってのも多分そうなんだと思う。きっとボク達以外が見たら、トレーナーはダメな奴なんだよ」

 

「……テイオー……」

 

「泣かないで……でもねトレーナー。ボクはそんなキミだから一緒に夢を追っていいと思えたんだよ?マヤノも巻き込む形になったけど、それでもボクはトレーナーと夢を駈けたいと思ったんだ。だから周りの目なんて気にしないで。口下手でいいじゃん、噛んでもいいじゃん、吃ったっていいんだよ」

 

 話しているトウカイテイオーの瞳も潤み始めた。元々様々なトレーナーに勧誘を受けていたトウカイテイオーは、自分の夢を一緒に追い掛けてくれる人を探していた。けれどそれは見付からなかった。そうして出会った、新人と。

 

「……トレーナーちゃん、マヤもトレーナーちゃんのチームに入って後悔なんてしてないよ?だってトレーナーちゃんとマヤは運命の糸で繋がってたって言われても信じられる位相性バッチリだもん!」

 

 持ち合わせていた天性のカンとも言える圧倒的センスに引かれて勧誘するトレーナーは多かったが、マヤノトップガンは気付いた。自身ではなく、その天性のカン目的で勧誘されてるのだと。そうして同室だったトウカイテイオーと出会い、話し、仲が深まり、トウカイテイオーから新人の話を聞いて勧誘を受けに行ったのだから。

 

「……2人とも」

 

「オグリに会いに行った方が良いよトレーナー!多分オグリの事だから答えが出なくて焦ってると思うから」

 

「もしかしたら重り増やして自主トレでもしてそうだもんねぇ。トレーナーちゃんのトレーニングをいっちばん楽しみにしてるの、オグリちゃんだったし」

 

「……うん、うん……行ってくる……いって、行ってきます……!」

 

「「行ってらっしゃい!」」

 

 漸く立ち上がり、涙を拭い新人はトウカイテイオーとマヤノトップガンの2人に見送られ走っていった。 

 後に残されたのはトウカイテイオーとマヤノトップガンの2人だけだった。

 

 

 新人は走った、オグリキャップの元へと。




 遅れてごめんなさい()

 因みにこの回って新人くんのコミュ力強化イベントなんですよ。
 それとオグリとのデート回への布石なんで、皆楽しみにしててね♡


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第六十八話(結)

 ギリギリアウトー!いや、申し訳ない。事前に告知出来れば良いんですけど、日常生活が不安定なもんで……まぁ言い訳にしかならないので自己弁明の時間は終わり!

 本編どうぞ!


 オグリキャップは1人栗東(りっとう)寮の前で右往左往していた。帰りたい筈だったのだが、足が思う様に寮へと向かわない。頭の中でグルグルと巡っている思考は新人と会話した瞬間で、新人が最後に見せた顔が余りにも悲痛な、今にも身投げしてしまいそうな雰囲気を醸し出していた事から自分の発言で彼処まで傷付いてしまうとは思っていなかったからだ。

 

 けれどトレセン学園に戻ろうとしても、新人になんと言えば良いか分からずに足が止まり、そうしてる内にまた寮へと足が進む。けれど寮の部屋へと帰る事も出来ず、トレセン学園に行く事も叶わない。そんな幻日がオグリキャップを蝕んだ。

 

「……何をしているんだ私は」

 

 ふと立ち止まり、目が沈む。いつも着ている制服のスカートが視界に入り、更にその下には蹄鉄の付けていない普通の靴があった。何も初めから重たい蹄鉄を付けて走りたかった訳じゃなかったのだ。オグリキャップはトレーナーの、新人が考えたトレーニングという事もあり、それを行っていた。気付けば重りを付けて走る事への楽しさを見出してしまい、今では激重蹄鉄無しではトレーニングを行う事すら思考の外へと飛んでいってしまっている。

 

 新人だから、オグリキャップ自身を見付けてくれた新人トレーナーだったからこそ単純な答えにすら辿り着けない。慌てん坊で慣れてきた頃かと思えば噛むのは治らずいつも通りなポンコツトレーナー。かと思えばゴールドシップと会話する時だけやたらと言葉が早くなる。その差が分からずに一時期はゴールドシップに対して若干とはいえ対抗心を燃やしていた時期もあった。

 

 思考は巡る、答えは出ているのにソレがどうしてそうなるのかが分からずに、迷路に迷い込む。そんな時だった。

 

「なーにしてんだお前は」

 

「……ゴールドシップ」

 

 新人の1番気安い相手であるゴールドシップが、思考の迷路に迷い込んでいたオグリキャップの前に現れた。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 オグリキャップは確かめる。自身の正確極まる体内時計——腹時計——を。その結果既に今はトレーニングの時間になっていた。故に此処に、栗東寮前にゴールドシップが居るのは可笑しい話だった。

 

「……トレーニングの時間じゃないのか?」

 

「いや、そのセリフそっくりそのままお前に返すからな?」

 

「私は……私は……一体、どうしてなんだろうな……」

 

「……ふふーん?まぁ良いか。取り敢えず何があったか話せよ、アタシが聞いてやっからさ」

 

 そう言ってゴールドシップは何処からか取り出した折り畳み式の小さな椅子を2つ出し、栗東寮の門、その真横に2つ並べた。

 その1つに座ると、オグリキャップにも座れと椅子をポンポンと叩いて催促していた。そうしてオグリキャップは椅子に腰を下ろし、ポツリポツリと話し始めた。

 新人との会話、前回のご飯への誘いを断られた事、此処に居るの理由、その全てをゴールドシップへ語った。その結果は……。

 

「……お前さてはバカだな?」

 

「……?」

 

「いや、新人の話最後まで聞いてやれよ。その話し方だと新人の言葉遮ったんだろ?ただでさえ彼奴会話下手くそ何だから、最後まで聞かなきゃ結論なんて出せねぇよ」

 

「それは……いや、それもそうか」

 

 哀れな程新人のコミュ力が低い事は既にチーム内のウマ娘達は知っていたが、あの時のオグリキャップはそれを忘れてしまい結論を急いでしまった。最後まで聞いていたのならこうはならなかったと言うのがゴールドシップの意見であり、オグリキャップもまたそれには同意を示していた。

 だがそれとコレとは話が違う。オグリキャップはどうして自分ではダメだったのかの答えを知りたくて新人と話したが、当の新人はソレについて答える事をしなかった。正確には言わなくても良いよね?と言う新人トレーナーの可哀想な程低いコミュ力と、オグリキャップなら分かってくれるだろうと言う傍迷惑な信頼によって起きた事だったからだ。

 

「んで、お前自身の答えは出てんのか?」

 

「……私がトレーナーの期待している所に到達していないからだろう?」

 

「ちっげー……なんで彼奴が熱血よろしく根性論スパルタトレーナーになんだよ。単に彼奴金がねぇんだよ」

 

「私は持ってる」

 

「……いやお前が持ってても新人が持ってねぇからダメだからな?自分の担当ウマ娘に金出して貰って食べる飯が美味いと思うか?まぁ新人が出した金で食べたカツ丼は最高に美味かったけどな。目ん玉グルグルしてて1粒で2度美味しいってああいうのを言うんだなって実感したわ」

 

「……そうなのか?でもたづなさんとは一緒に食べに行っただろう?」

 

「んー、それは新人なりの甘えだな。金が無いけど、今後の食費を切り詰めればギリギリ生活出来るからって言うのと、たづなさんとご飯食べに行ったのは夏合宿の話し合いがあるからってのが本音らしいし」

 

「夏合宿?それがどうしてたづなさんとご飯を食べに行く事に繋がるんだ?それに夏合宿はトレセン学園の方で色々用意して貰えると昔のトレーナーがボヤいていたが……」

 

 オグリキャップは前のトレーナーとの夏合宿は色々あって体験出来なかったが、トレセン学園からの援助等が有るのは知っていた。故に何故新人がたづなさんと食事に行ったのかが余り分かっていなかった。

 

「一応有るには有ったらしいんだよ、他のトレーナー達との合同夏合宿って感じのやつがさ。それは他のトレーナー達との合同って事で学園の方が全部用意すんだけど……彼奴のウワサ、聞いた事あんだろ?」

 

「……噂?何かあるのか?」

 

「まじかよ……んー、まぁ他のトレーナー達から良く思われてねぇんだよ新人はさ」

 

「そうなのか?でもトレーナーは悪い人じゃ……」

 

「良い人だからって好かれるとは限らないんだぜ?まぁあんまり良い噂じゃないのは確かだ。そんな中他のトレーナー達が居る所で新人が耐えられると思うか?アタシ達が思ってるよりメンタル弱くねぇけど、対して強くもねぇからな。アタシはそんな中でトレーニングするのは断然反対だったし、新人の判断は間違ってないと思うけどな」

 

「……なら、私とは単純に行きたくない……?」

 

「いい加減にしろよお前!?新人がんな事思う訳ねぇだろ!あのウマ娘バカがんな事考える訳ねぇんだよ。……はぁ、良く聞けよ?1回しか言ってやんねー……意地があんだよ、男の子にはさ」

 

 いつか新人がゴールドシップとの耐久ランニングを行った際に言った言葉をそのままオグリキャップに伝える。男として、トレーナーとして担当しているウマ娘との食事やお出掛けにウマ娘にお金を払わせたくないと言うちっぽけな意地。けれど新人は心の底から意地を張る、その結果新人自身の言葉足らずと相まってオグリキャップが頭を悩ませる事になってしまったが。

 

「……意地?それは私にだって」

 

「そー言うんじゃないだよ、単に男としての意地って奴。つうかあのバカトレーナーお前やテイオー達がマトモに話してくれないからってアタシに助けを求めて来たんだぞ?涙目になりながらな。今回お前にトレーニング前に会いに行ったのも、お前と仲直りしたかったからなんだよ」

 

 オグリキャップの瞳を真っ直ぐに見詰めて離さないゴールドシップだったが、一瞬耳が跳ねた。

 

「……仲直り」

 

「そ、まぁ良いや言いたい事言えたし、聞きたい事も聞けたしな。アタシはそろそろトレーニング行ってくるわ」

 

 そう言ってゴールドシップは腰をあげる。ゴールドシップの言葉通りならゴールドシップはコレから既にトレーニングを受けているであろうトウカイテイオー達の元へと向かうらしい。それを聞いてオグリキャップもまた立ち上がり、ゴールドシップへ声をかけた。

 

「私も……」

 

「おめーはダメだ」

 

 勇気をだして言った言葉に帰って来たのは、明確な拒絶。漸く顔を上げたオグリキャップだったが、また直ぐに下を向いてしまう。

 

「勘違いすんなよ?単に行き違いになったら気まずいからだからな」

 

「……行き違い?」

 

「おう、そろそろお前の耳も聞こえてんじゃねぇの?ドタドタやたら煩い足音が近付いて来てんの」

 

 ゴールドシップに言われ、オグリキャップもまた耳を澄ますが、一向にそんな音は聞こえて来なかった。

 

「……聞こえないが?」

 

「ま、アタシはゴールドシップだからな。耳がいーんだよ」

 

 んじゃな、と言っていつの間にか椅子を仕舞いゴールドシップは去ってしまった。また1人ポツンと立ち尽くしていたが、ゴールドシップが言った通りオグリキャップの耳にも聞こえて来た。

 

 ドタドタと煩い足音が。オグリキャップはゆっくりと瞼を閉じた。

 

 音が止んだ。代わりに聞こえて来たのは荒い息遣いだった。オグリキャップが閉じた瞼を開くと、ソコには——。

 

「はあ……は、ぁ……おぇ……とお、いち、いや、おぬ……おぐ、ぅ……」

 

「1度深呼吸をした方が良いんじゃないか……?」

 

 汗だくになりながら、吐きそうな顔をしている新人が居た。

 

「おぐ、オグリ……ぃ……」

 

「……トレーナー」

 

「「……ごめんなさい」」

 

あ、いや僕の方こそ(いや、私の方こそ)

 

「「…………」」

 

「……ふふ」

 

「……あはは」

 

「「ははは……」」

 

 2人して同時に話し、会話が被る。その事が可笑しく思い2人は笑い出した。本来ならトレーニングを行っている時間帯。けれど2人はトレーニングをほっぽり出して片方は立ち止まって、もう片方は迎えに来た。

 

「……あのさオグリ」

 

「あぁ、大丈夫だ。もう分かってる」

 

「……ううん、改めて言わせて……ごめんなさい。僕が説明不足だったから、オグリに勘違いさせちゃったからさ」

 

「私も、色々深く考え過ぎていた。だから私もごめんなさい……だな」

 

「……いっそトレーニングサボって今からご飯食べに行こっか!」

 

「……それはトレーナーとしてどうなんだ……?」

 

「目の前にいるウマ娘の夢……夢?を叶えるのもトレーナーの本分だからね!」

 

「……テイオーやマヤノに怒られても助けてやれないぞ?」

 

「うっ……まぁ、仕方ないよね……取り敢えず何が食べたい?僕はオグリと同じ物が食べたいよ」

 

「……ふむ、どうしたものか。さっき食堂でご飯は沢山食べたし……ぁ、甘いものが食べたい……」

 

「……それじゃあ行こっか、ちょっと歩くけど」

 

「あぁ……2人で怒られよう。今日は……トレーナーともっと話がしたい」

 

「僕もオグリともっとちゃんと話がしたい」

 

 そうして2人はトレーニングをすっぽかして歩き始めた。この時のために買って置いたチョコレートは、もうその役目自体は終わっており、今はただ単純に2人で甘いものが食べたかった。

 

「あ、一応チョコ有るけど食べる?」

 

「……いただこう」

 

 後日隠れてスイーツを食べに行った事が無事にバレ、というかバラしてトウカイテイオーとマヤノトップガンに怒られる新人だったが、不思議とその表情は明るかった。

 

「お給料入ったら皆でご飯食べに行こうね、もちろんオグリと2人でご飯食べに行くのも」

 

「……トレーナー」

 

「その代わり今日サボった分夏合宿は厳しく行くからね!」

 

「あぁ、望む所だとも……!」

 

 2人の擦れ違いは無くなった、今の所は。

 きっとこの先も些細な事で喧嘩する事が有るだろう、けれどその時はもうこんな事には成らない。そう2人は確信していた。




 長かった……夏合宿前にこう言うすれ違い回と新人くんの成長回を入れたかったんです。冗長的に捉える方も多いでしょう、けれどこの小説は主人公が6人いるんです、その中でも新人くんは1番人間的に成長させたいキャラなのでイベントが多め。

 それはそうとオグリやテイオー達への詫びスイーツ回はまた何処かで書きますので、お楽しみに?


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第六十九話

 めっさ長い。話切るタイミング無くなってキリがいいとこまで書いたら、7000文字。
 夏合宿前の閑話。


 今朝起きたらたづなさんからメッセージが届いていた。内容としては夏合宿についての事だった、色々と話す事があるとの事で呼び出され、僕は理事長室へと向かっていた。

 オグリとも仲直り出来たし、テイオーやマヤノにも許して貰えたし、今度お財布が暖かくなったらスイーツパラダイスに行くって約束もしたし。なんだか嬉しい。今日の天気も良いし、なんだか幸先が良い感じがする。取り敢えず理事長室前に来た。擦れ違うウマ娘達にはちゃんと会釈も出来た。ホントに幸先良い。

 

「新人です、失礼します」

 

 数回扉を叩いてから理事長室へと入って行く。

 

「おはようございます新人さん」

 

「歓迎!おはようだ新人トレーナーくん!」

 

「おはようございますたづなさん、理事長」

 

 中に居たのはやっぱりというか、居てもらわなきゃ困るたづなさんと、ここ最近は余り顔合わせが出来て居なかった理事長が居た。理事長も多忙な方だから毎日理事長室に居るかって聞かれると、居ないんだよね。色々話し合いとかがあるらしくて。

 

「あの、夏合宿の件で来ました」

 

「はい、取り敢えず座ってください」

 

 たづなさんに言われ、理事長室に置かれているソファーに腰を下ろした。すっごいふかふかなんだよねこのソファー、正直寮のベッドよりコッチの方が寝やすい説もあると思う。

 

「新人!」

 

「え、あっ、はい!」

 

 座った瞬間に理事長に名前を呼ばれて咄嗟に立ち上がる。そんな僕にたづなさんは苦笑いを浮かべながら、そのまま座っていて良いと肩を抑えて座らされる。僕の前には理事長が立っていて、小さな身体だけど堂々としていてカッコよく見えた。

 

「たづなから話は聞いた!」

 

「……はい」

 

()()は特例として、新人の要望通り新人のチーム専用で夏合宿の予定地を作った!場所等は後程たづなから教えて貰えるぞ!」

 

「ありがとうございます。すいません、我儘を言ってしまっ」

 

「条件!」

 

「て……はい?」

 

「これは契約と捉えて貰っても良い。たづな」

 

「はい、新人さん、今回の特例ですが、色々と条件があります。条件は全て夏合宿後にクリアして頂きます。ここまでは大丈夫ですね?」

 

「……はい」

 

 分かっていたとは言わないけれど、やっぱり何かしらが起こるとは思ってた。今回の夏合宿は新人トレーナーである僕の我儘であり、本来ならば僕は自分の力で周りとの人間関係や金銭的な問題を解決しなければならなかったが、それが出来なかった為にこうした処置を取ってもらって居るのだから。

 理事長の目が細められるのを見て、硬い唾を飲み込んだ。

 

「契約!一つ貴方、新人トレーナーはこれから夏合宿において我々トレセン学園理事長である私秋川やよいと、理事長秘書の駿川たづなの2人から出される条件を解決する事!これが契約書だ!」

 

 そう言って出されたのは1枚の紙。内容を読まずに取り敢えずサインを書くであろう場所を見ると、既にたづなさんと理事長の名前が直筆で書かれており、その横には印鑑……じゃない拇印!?が、押され、押されてるぅ!?これ、コレってヤバいんじゃ……。

 

「読破!さぁ、契約書を読み上げろ!」

 

「……私、新人トレーナーは自身の不始末に付き夏合宿を行えないので、トレセン学園理事長である秋川やよい様と理事長秘書の駿川たづな様両名の出す条件を飲む事で、夏合宿に掛かる費用等を肩代わりして頂きます……条件は……ぁ」

 

「刮目!これが私に出来る新人に対する最大の援助だ!」

 

 そうして理事長は1つ銀色のアタッシュケースを出して来た。中身見るの怖い、けど取り敢えず見なきゃ……。

 

「……あの」

 

 銀色のアタッシュケースに入っていたのは沢山の諭吉さんだった。言葉が出ない、胸の奥が早鐘を鳴らしており、呼吸が荒くなる。僕の口は今、荒い呼吸をする為だけに存在していた。

 

「容認!さぁ、それを踏まえて読み上げて見るといい」

 

 初めの部分から重たい文章が書かれており、その次の項目である条件を読み上げようとしたが、僕の舌は動かなかった。だって書いてある事が可笑しいんだもん!なんだコレ!?

 

「どうかしました?」

 

「……あの、これ……」

 

「うふふ……さぁ、読み上げてください新人さん」

 

「……えっと、まず一つ、夏合宿終了後のGIレースである菊花賞で1着を取らせる事……ふ、二つ目は今年開催されるGIレースである秋の天皇賞で1着を取る事、三つ目は……年終わりのGIレース有マ記念に出走する事……よ、四つ目は、四つ目は……」

 

「ふふ」

 

「……こ、今年かは来年末まで毎月のお給料10%カット……」

 

「四つ目に関してはごめんなさい新人さん、私が自分の私財を投じても良かったんですけど、理事長が自分で払いたいと言っていて払った分を毎月のお給料カットという事で支払わせる……との事ですから」

 

「還元!何もかもやって貰えると思ったら間違いだ!必ず何かしらの対価が無ければ投資は出来ない。新人、最低でもこの4つが条件だ。今からでも辞めていいんだぞ」

 

 そう言って僕の前に座っていた理事長は立ち上がり、理事長室に置かれている机を通り過ぎ、扇子を広げて窓の外を見ていた。

 書いてある事は、正直出来なくもない……とは思う。けどコレをオグリ達に言わなきゃ行けないってのが中々堪える。何せ出走レースが出走レースだ。GI、しかもクラシックの終着点である菊花賞に出走する事、オグリや勿論バクシンオーは皐月やダービーに出て居ない状態での出走になる。世間からどんな目で見れるか、分かったものじゃ無かった。

 

 菊花賞に出走するウマ娘達は皆クラシックの三冠を狙っての出走だ、それはクラシックに上がったウマ娘達全員が目指す物……だけれど、オグリが復帰した頃には既に皐月は終わり、未勝利状態のオグリではそもそもGIであるダービーには出走出来なかった。けれどGIIIなどでは結果を残し、一応GIに出る条件はクリアしてるとは言え、他のGIと大きく意味が違う菊花賞にいきなり出走させるのは気が引けてしまった。

 バクシンオーは殆どが1着か2着を取っていた為に、一応皐月賞には出ていたが、最下位と言う結果で終わってしまっていた。昔見たバクシンオーの記録に書いてあった1度だけ中距離を走った時のレースが皐月賞だったんだ。

 

 そして天皇賞・秋は菊花賞と日程が近く、基本的に天皇賞・春と秋の2つを取る為にクラシックでは余り選ばれない。けれど僕の担当しているウマ娘で中距離遠距離が走れるのはオグリだけ。とんでもなく大きな負担になると思うし、正直断りたかったけれど。

 

「……新人さん」

 

「は、はい」

 

「……正直かなりキツい条件だとは思います。けれど貴方1人を特別扱いしてしまうと、余計に貴方の噂が酷くなってしまうんです。なので今回の件としては()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()と言う体を取ってもらうしか無いんです」

 

 無茶を言ったつもりはあった、覚悟はしていたつもりだったけれど、甘かった。学園のツートップである2人に頼ると言う事は、実質的に僕が周りのトレーナー達に睨まれるって事だ。だから理事長はこんな契約書まで作った。表にはきっと出ないだろうけど、これは約束なんだ。

 もう一度開かれたアタッシュケースに目をやる。恐らく全部は使わないけれど、それでも新人トレーナーが持つ事の出来る金額は余裕で超えていた。給料10%カットは、このアタッシュケースの中身の諭吉さんの枚数(人数)とは関係ないんだと思う。後は単純にこの額を使う事はないって言う信頼?信用?の表れなのか。

 

 やりますと言うのは簡単だけど、実際に条件をクリアするのは僕のウマ娘達であり、即答はできなかった。僕1人の判断じゃ無理だったから。

 

「……担当しているウマ娘達との話し合いで決めても良いですか?」

 

「承知!返事は今日の夕方だ!条件を飲み、そのケースを受け取るも良し、受け取らずに何とかするも良し。新人、夢を賭けろ」

 

「……夢を」

 

「良き返事を期待しているぞ!往くぞたづな」

 

「はい。新人さん」

 

「……はい」

 

()()()()()()()()()()()()。貴方は自分のウマ娘が負ける姿を見たいと思いますか?そして……あのアタッシュケースを持って行くのも、置いて行くのも構いません。私は、いえ理事長は本気で貴方を援助するつもりらしいので」

 

 そう言って2人とも出て行った。残されたのは2人の名前が書かれた契約書と、銀色のアタッシュケースだけだった。

 幸先が良いと思ったらコレだよ。何が幸先良いんだばか。

 

 昔お父さんが言っていた。夢は逃げない、夢が逃げると思ったなら自分が逃げているのだと。でもこの場合はどうなんだ、僕には判断が付かなかった。銀色のアタッシュケースの中の諭吉さんを数えてみると、意外と少なかった。底が暑くされてて、多分理事長が考えたんだろうけど、覚悟を決めろってことなんだろうね。金額は大体300万程。

 僕の月給は今は30位だから、その10%カット……返済出来なくない?……まさかたづなさんが言ってた出世払いって、実質的に結果を残せば給料上げてくれるって事?……あの条件って、僕にとって立場を作ってくれる為の物だった……って事になるのかな。

 

「……そんなの……あーー!もう!」

 

 理事長初めて会った時からずっと僕の後押ししてくれてたのに、なんで危険な賭けとか思ったんだよ!菊花賞はオグリにとって初めてのGIになるけど、クラシックの終着点でありそれに勝てば実質知名度が上がる。その後の天皇賞・秋は菊花賞の勢いのまま走れって事なんだ。オグリに対する不可は大きいけれど、1度話し合ってみよう。

 僕は契約書と銀色のアタッシュケースを持って理事長室を後にした。廊下で僕の事を悪く言ってたトレーナーが居たけれど、おはようございますって走りながら言ってやった。もう僕の前で嫌味なんて言わせない。覚悟は決める物なんだ。

 

「……理事長……!」

 

 今度お給料入ったら皆でご飯食べに行って、その後残ったお金で理事長やたづなさん達ともご飯とか食べに行きたい。この感謝の気持ちを行動と言葉で示して、絶対後悔なんてさせたくない。

 僕はここに居る、トレセン学園の廊下を抜けて、僕達のチームに与えられた小さいけれど暖かい部屋へと駆け抜けて行った。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「……で、お前は早朝からお預け食らった犬みたいに待ってたと」

 

「……ぅぅ……」

 

「威勢良く飛び出して来て時間も忘れて此処で待機してるって暇だったろ?」

 

「それは全然?」

 

「……そうか」

 

 ゴルシが部屋に来たのは最後だったんだけど、ゴルシの言う通り早朝から待ってて割ともう疲れてる。テイオーとマヤノは半目になってて、大事な話があるなら呼べばいいのにって言うド正論を言われてしまった。オグリは何か考えていて、バクシンオーは頭の上に?マーク浮かべてる。

 僕はゴルシの前で正座中だった。

 

「トレーナー」

 

「はい?」

 

「菊花賞と天皇賞・秋。私は出たい」

 

「……オグリ」

 

「ま、そうなるわな。バクシンオーは短距離マイルだから中距離長距離は出れねぇしアタシやテイオー達はまだクラシックに出れる資格が無い!つまり初めからオグリ以外の選択肢はなかった訳だ。理事長も良い条件出したよなぁ」

 

「良い条件だと?」

 

「短期間での連続出走って、オグリの足は大丈夫なの?」

 

「……正直かなり厳しいと思うよ」

 

「はぁ!?それがなんで良い条件になるのさ!オグリが怪我でもしたら……」

 

 テイオーが正座をしている僕の顔の真ん前に出て来る。凄い剣幕……っぽかったけど元が可愛いからあんまり怖くはなかった。かわ、可愛いで可愛い!?ちがう、違います!僕はテイオーをそんな目で見ていませんから!

 

「テイオーちゃん」

 

「マヤノ……マヤノは良いの?もしかしたら」

 

「私は大丈夫だ」

 

 そう言ってオグリは僕とテイオーの間に入る様にたった。座ってるからかも知れないけど、オグリの背中がとても大きく見えたんだ。

 

「理事長は私達と、そしてトレーナーの為にこの条件を出した。夢を賭けろと言っていたそうだが、私は夢を駆けたい。それに……」

 

「……それに?」

 

「菊花賞と言えば、クラシックの最強を決めるレースだ。強いウマ娘と走れる。そして私が勝つ」

 

「…………なんだろう、オグリなら出来そうな気がして来るんだよなぁもう!」

 

「ふふ、私はオグリキャップだからな」

 

「キメてるとこわりーけど、なーんも決まってねぇからな?自分の名前言っただけなの自覚しろ」

 

「ゴルシは細かいなぁ、オグリかっこよかったからいーじゃん!」

 

「マヤノはどっちでも良いかなぁ」

 

「学級委員長的にはありでした!」

 

「マジかよ」

 

「マジだよ!」

 

「多数決だと3対1+1って感じだねー」

 

 ゴルシのツッコミによって話の仲間レは明後日に飛んでいって話は進んで行った。僕忘れられてない?ゴルシに目線を送ると、ピースだけ返ってきた。忘れられてなさそう。少し安心したけど、結果としてオグリは菊花賞に出る事が決まった。その次のレースも天皇賞・秋に決まった。正直不安はあるけれど、それ以上に僕は理事長達に大きな借りを作った事への申し訳なさと、それにオグリ達を巻き込んでしまった現実に飲み込まれそうだ。

 

「トレーナー」

 

「あ、はい」

 

「……大丈夫か?」

 

「僕は大丈夫だよ。オグリ」

 

「……?」

 

「夏合宿で必ず菊花賞を勝てる様にトレーニングするからね」

 

「…………あぁ、その期待に応えて見せよう。だから見ていてくれトレーナー」

 

「……ずっと見てる。君が勝利して、此処から故郷にまでオグリキャップの名前が轟くその瞬間まで。その次に出来た夢を叶えるまで、僕はずっと君を見てるから」

 

「……気が早いな。でも……そうだな、悪い気はしない」

 

「だーかーらー!ゴルシはノリが良いのにノリ悪くなったらもうゴルシには何も残んないんだって!」

 

「おいおいおいおい、死んだわアタシ」

 

「今日のトレーニングって何するんだろうね?」

 

「トレーナーさんの事ですから、きっとまたあの重たい蹄鉄付けてのマラソンですよ!」

 

 そう言ってゴルシとテイオー達との会話とは別に僕とオグリの会話が始まり、そして終わった。僕の選んだ選択は皆と話し合って決める事。

 僕1人の覚悟じゃなくて、チーム全体の覚悟……主にオグリだったけれど。オグリの覚悟は聞いた、なら次は僕の覚悟を伝えるんだ。

 

 秋川理事長に——。

 

 

 一先ず僕達『流れ星』の夏合宿は無事にスタートを切れそうだ。問題はその後に続くけれど、オグリやテイオー達が居れば何とか超えて行ける。そう確信していた。取り敢えず、今日のトレーニングを始めよっかな!

 

「じゃあみんな、今日のトレーニングだけど」

 

「「居たのか新人(居たんだトレーナー)」」

 

「そろそろ僕泣くからね!?」

 

「トレーナーちゃんを慰めるのはマヤにお任せ☆」

 

「私全然話に付いて行けなかったんですよねー……1人で芝の上走ってましたもん」

 

「す、済まなかった……」

 

 そう言えばバクシンオー前回の騒動で出て来なかった……もしかしてずっと1人で走ってたの!?

 

「ごめんねバクシンオー……」

 

「謝らないでくださいよ!?私が一人ぼっちの寂しいウマ娘みたいじゃないですかー!」

 

「そう言えばバクシンオー空気だったな」

 

「あぁあああ!学級委員長として問題が起きたら介入したかったのにぃいいい!」

 

 部屋の中にバクシンオーの悲痛な叫びがコダマした。ごめんねバクシンオー……。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 色々な準備を終えて、新人さんの為の夏合宿予定地も何とか場所を確保しえた私こと駿川たづなは理事長室へと戻って来ました。正直今回の条件、全部理事長が決めた事なんですけど、秋川理事長は何処まで先を見通して居るのでしょうか。

 初めて新人さんを面接した際も他の面接官や私の反対を押し切って採用してましたし……。

 

「ご苦労!お疲れ様だたづな。いつも手伝って貰ってすまないと思っている!」

 

「いえ、でも本当に良かったんですか?」

 

「疑問、何がだ?」

 

「……新人さんの支援の件です。私が全部やろうと思ってたのに……」

 

「たづな」

 

「はい?」

 

「……私は彼を見た瞬間に胸の鼓動が早くなったのを感じた。私はその勢いのまま彼を支援しているだけだ!」

 

 そう言って『新人』と書かれた扇子を広げて大きく笑顔を浮かべる理事長を見て、なんだか今ならちょっと分かってしまう気がしました。だって新人さんは話をしてみるとタンジュンに会話慣れしていないのだと分かりますし、後は表情が結構コロコロ変わって可愛いんです。正直好きです。

 

「そしてたづな」

 

「はいはい?」

 

「伝言!新人の覚悟の証をついさっき渡された所なのだ。私の胸はもう破裂しそうな程加速しているッ!」

 

「……そんなにですか?」

 

「録音!聞いてくれ」

 

「録音してたんですか!?なんで!?」

 

「勿論何時でも聞き直せるようにだ!私は仮に新人がこの契約が守れなかったとしても、私は一向に構わんと思っている!寧ろそうなったら色々と出来そうだしな!」

 

「……どうしよう、理事長がいつにも増してエキセントリックに……」

 

 取り敢えず渡された録音を聞いてみましょうか。楽しみ半分、ちょっと予測がつかない分不安半分って所ですけど。どんな覚悟を見せてくれるんでしょうか……!

 

『理事長』

 

『新人!良く来たな、答えは決まったか?』

 

『はい、今回の契約、僕達チーム流れ星全員でお受け致します』

 

『うむ!良い覚悟だ!』

 

『あと』

 

『どうかしたのか?』

 

『……お給料カットだけ許して下さいお願いします』

 

『……ふふ、ふはは、くっははは!良いだろう!給料カットは無しだ!元々この話に乗ると言った時点で取り止めにしようと思っていたしな!』

 

『ほんと!?ヤッター!』

 

「どうだ?」

 

「いや可愛いだけじゃないですかッ!!」

 

 トレセン学園に私の声が響き渡った。というか覚悟の証って契約書にチーム全員の名前と拇印しただけですよね!?お金返ってこないのに理事長楽しそうなのどうして!いや、まぁ私も理事長の立場だったら許してますし録音してると思いますけど。




 秋川理事長(1000000/100)
 駿川たづな(80/100)
 次回から新章シンデレラ編が入りますがエピローグはまたの機会に。あんまり長引かせるのは好きじゃない()

 因みに理事長は単に新人君に一目惚れしてるだけです(暴露)


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第三章『芦毛のシンデレラ・最速の爆進王編』
第七十話


 漸くここまで来れましたわ。これで物語4分の1って所ですかね。
 ウマ娘アニメ1期が大体この小説の半分かそこら辺で、アニメ2期で終わりまで突ぱしる感じです。
 余裕で365話超えそう。大丈夫?着いて来れる?



 7月になった。夏合宿の予定地の場所も聞いたし、合宿中に使おうと思ってる道具なんかも揃えたんだけど、意外と理事長から貰った資金が余ってしまった。これは夏合宿が半分過ぎたときにお出掛けの軍資金として残しておくとして、どうしたものか。いつも通り九時近くなってからトレセン学園へと出勤した僕は取り敢えず、共同スペースへと足を運んだ。

 

「……あれ、お姉さん……とたづなさん?」

 

「あー!おはよう新人くん!」

 

「おはようございます新人さん」

 

「ぁ、えと、おはようございます」

 

 初めてお姉さんとたづなさんが並んでいるのを見て、珍しいなんて思ってたけど、考えて見ると別にそんなに珍しくは無いのか。なんて考えてた。2人の周りには少し離れた場所に他のトレーナー達が座っていて、チラチラと2人を見ていた。

 まぁ、確かに目を引くよね。お姉さんは今年入った新人トレーナーで既に2人も担当ウマ娘が居るし、たづなさんは美人で優しいからね。近寄ると注目されそうだから嫌だなぁ……。なーんて思ってたら2人に手招きされちゃったし。そうだよね、挨拶したらもう話に加われよみたいな感じで呼ばれるよね。分かってた。やたらチクチクとした視線を感じながら僕はお姉さんとたづなさんの元へと歩いた。

 

「今夏合宿の事で話聞いてたんだよねー。良いトレーニング方法はありますかって!」

 

「なるほど?それで?」

 

「わかんない!夏合宿中って合宿中はウマ娘達と丸一日トレーニングを通してやれるし、それが大体2ヶ月あるからさー……正解は無いって言われちゃった」

 

「当然ですね、担当しているウマ娘が何を求めているのか。それは担当しているウマ娘と日頃トレーニングを行っている貴女にしか分かりませんから。ですが、折角海や他の方達とも合同で夏合宿をするのですから、そうした方々との競走等をして偵察……と言うと聞こえは悪いですけど、勉強するのもまたトレーナーとして必要な事ですから」

 

 たづなさんがド正論言ってる。いや、いつも正論言ってるけど、合同で夏合宿を行う利点の9割言っちゃってるよ。正直僕も嫌われてなかったら合同で夏合宿したかった。でも無理だったね、前におはようございますって擦れ違い様に言ったトレーナーからは後日睨まれたし。なんでこんなに嫌われるのかな。

 

「それでねそれでね!新人くんが良かったらなんだけどー……合同トレーニング、またやろ?」

 

「……夏合宿中に?」

 

「うんうん!そしたら私のマスターやオハナバタケも良い競争相手が出来て、すっごく伸びると思うんだよね」

 

 そこまで言われて、言葉は切られた。僕はもう夏合宿はチームだけでやる事が確定してるから、正直その誘いには乗れない。けどナイショの話って感じだったからソレを言うのも……。思考を回してると、自然とたづなさんと目が合った、微笑まれた。

 

 ……それは、僕に任せるって事なんだろうか。たづなさんや理事長の助力で夏合宿を自分のチームだけでやれる様になって、少し余裕は出来て来たけれど、敢えてそんな事を言えば周りの人達からなんて思われるか……。でもお姉さんに嘘はつきたくない。

 考えろ、僕はどうしたい?オグリ達の真っ直ぐな視線を受け止める為に、僕は邪な行動はしたくない。だったら、だったら答えはきっと1つなんだ。

 

 誤魔化さない、逃げ出さない、周りの人達からの罵声罵倒なんて踏み倒して行けばいい。そういう事なんだよ、きっと。たづなさんには笑顔を返して、お姉さんに向き合った。

 

「僕は合同夏合宿に参加しないよ」

 

「……へ?」

 

「どういう事だそれッ!」

 

「説明しやがれ!オイ!」

 

 周りからヤジが飛ばされ始めた。さっきまで黙って大人しくしてたのに、どうして僕がなんか予想外事する度に暴れ始めるんだろう。たづなさんがちょっと驚いた顔をしながら僕に近付こうとするけど、僕は視線で止める。此処でたづなさんが来てしまったら、僕とたづなさんが繋がってると思われてたづなさんまで何か言われるかも知れない。

 そんな事させない、だって()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()。そういう事なんだ。

 

「元々貯金してたお金で自分のチームだけで夏合宿をやるから、誰にも見せないよ」

 

「な、何言ってんだテメェ!夏合宿やる為に金が……それも自分チームだけって事は全負担じゃねぇか!」

 

「そうだよ、僕は1人でやりたいんだ。僕のチームは僕だけのモノだ、他の誰にも何もさせない。後」

 

 突っかかって来た男性トレーナーの前まで詰めて行く、すると男性トレーナーは1歩後ろに下がり、視線が下がる。僕より20cm位頭高いからね、僕が近付けば視線は自然と下がるよね。なんでせめてあと1cm伸びてくれなかったかなぁ……169cmって、微妙過ぎる。

 

「一々僕に突っかかって来ないでよ」

 

「ッ……お、お前……」

 

「トレーニング計画表もう書いたの?自分のやる事がやってから来てよ、僕は遊びでトレーナーになったんじゃない。僕は自分の夢を、自分の担当してるウマ娘の夢を叶える為にここに居りゅ……居るんだから」

 

「…………くそ」

 

 1人に言い返したら、蜘蛛の子を散らす様に周りの視線も霧散した。怖かったけど、もう逃げて良い僕は居ない。どんなに怖くとも、立ち向かわなきゃ行けない時が絶対にあるんだ。恐怖は消えないけれど、それでもせめて今だけでも立ち向かわなきゃ。だって僕はトレーナーなんだから。

 きっと菊花賞にオグリが出走登録したら、スレや此処に居る人達から僕はバッシングを食らう、それ所かオグリにまで行くかも知れない。けど、そんな未来は僕が全否定するんだ、誰にも文句を言わせない。オグリの走りに影なんて要らない。

 

 過去の傷跡は未だにオグリや僕に残っているけれど、その傷跡は消しちゃいけない。だって、だってそれがあったから、それが出来たから今の僕達が居るんだから。過去を否定したら、僕はきっともう立ち向かえなくなる。だから僕は踏ん張るんだ、足は震えてるし、若干上も下も漏れそうになったけど。取り敢えず背を向けてたお姉さんやたづなさんの方へ向き直す。その時に見えたたづなさんの表情がとても優しくて、気合を入れてた筈なのに気が抜けちゃった。

 

「……夏合宿中は一緒にトレーニング出来ないけど、わかんない事が有れば何時だって聞いてくれて良いからね。ぼく、僕はトレーナーだけど、困った時は、その……お互い様?だから」

 

「……うん、うん!ありがとうね!」

 

「……じゃあ、僕はコレで行くね」

 

「あ、新人さん待って下さい」

 

「はい?」

 

「ちょっとお時間いいですか?」

 

「はい、取り敢えず、あの……僕まだ計画表作ってないんで、作りながらで良いですか?」

 

「はい、理事長室の方へ行きましょうか」

 

 そう言ってたづなさんは先に理事長室へと向かってしまった。周りからの視線は霧散したけど、まだチクチクする。自意識過剰って言われたらそこまでだろうけど、僕の記憶(過去)が見せる現在(記憶)の視線が重なって吐き気が込み上げた。

 

「新人くん、またね!」

 

「……うん、また、またね」

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 理事長室へついて、いつも通りノックをしてから入室する。今日は理事長は居なかった。少し残念。

 

「新人さん」

 

「はい……ってちか近いですよ!?」

 

「近付いてますからね」

 

 クスクスと笑いながら部屋には言った瞬間にたづなさんが前に居た。なんでそんな近いんですかたづなさん。

 

「トレーニング計画表、此処で書きませんか?」

 

「……此処で!?」

 

「はい、あんな事言ってしまったら、もう彼処で書くのは無理でしょう?それに新人さんのチーム部屋で書いても、その後どうせ提出する際に此処まで来る訳ですから、二度手間でしょう?」

 

「……だからって、此処で書くんですか……」

 

「嫌なんですか?私寂しいです……よよよ」

 

「そんなキャラしてないでしょう!?」

 

「なんて言うのは冗談です。先程の発言、中々カッコよかったですよ?震えて無ければもっと良かったと思いましたけど」

 

 そう言ってたづなさんは僕の頭を優しく撫でてくれた。なんだろう、頭を撫でられた事が少ないからなのか、ふわふわする。

 

「あ、でもやっぱり最後噛んじゃいましたね」

 

「聞かなかった事にしてよぉ!」

 

 褒めて置いて下に投げ捨てないで欲しいんだけど!?




 新人トレーナー、魂の咆哮(尚かっこよくは決まらない模様)

 感想美味しいぃぃぃぃ!感想ありがとう、ありがとうッ!!!
 毎日感想来るとモチベが上がりまくる。


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第七十一話

 夏は何故からきすたを思いだす。
 ここ最近暑くなってきましたね、作者の部屋にはエアコンが無いので毎年夏は寝る前に水がぶ飲みしてるのに、寝て起きると脱水症状でフラッフラですよ。
 皆さんは寝る前の水分補給をしっかりね。


 澄み渡る青空に雲はひとつ、大きな大きな入道雲だけだった。開いている空から差し込む太陽の光が水面に反射し、それを波が煌めかせる。

 新人達は秋川理事長によってセッティングされた夏合宿予定地に辿り着き宿泊先への挨拶と各自ウマ娘用の部屋と、新人用の部屋に荷物を置いた後だった。

 即ちこれから新人監修夏合宿トレーニングが始まる。

 

「ムリですって!あの量の重りは流石の学級委員長パワーでもダメですってー!!」

 

「バクシンオー!逃げないで、ちょっと、ちょっとずつでいいから!」

 

「この激重蹄鉄付けた状態で砂浜走るのですらこんなに辛いのに、腰や手足に重り付けたら走れなくなっちゃいますってー!」

 

 逃げるバクシンオー、追い込む新人。新人が考えたトレーニング方法は大きく分けて3つ。1つ、重りの増加であり、1番単純なトレーニング。2つ目は耐久水泳、これは主に身体全体の筋肉を動かす為のトレーニングである。3つ目はタイヤ引きだった。

 その内の1つ目である重りの増加は寝る時と入浴中以外身に付ける事が条件だったのだが、まさかのオグリキャップが一瞬ふらついた事によってゴールドシップやトウカイテイオー達は戦々恐々していた。

 その事実に耐え切れずにバクシンオーは逃げ出し、それを追い掛けるのが新人トレーナーだった。

 

「……彼奴なんでウマ娘の足に追い付けそうなんだ?」

 

「夏には魔物が居るらしいからね〜」

 

「……マヤノ、それはちょっと違うんじゃない?」

 

「ふっ……ふっ……ふっ……」

 

「オグリはなんでスクワットしてんの?」

 

「い……や、その……トレーナーがバクシンオーを捕まえる前に……っ……この重りに慣れて置こう、と……思って……!」

 

「膝壊しちゃうよ!?」

 

「そん、な、やわな、膝は……あっ」

 

オグリーーーーッ!!(捕まえたぁああ!!!)

 

 オグリキャップ、新人監修地獄の夏合宿……リタイア。主に空腹で。

 トウカイテイオーの叫び声と共に新人トレーナーも叫び、その声を聞いた全員が声の方へと首を回した。

 

「とれ、トレーナーさん!?マズイですよ!」

 

「なにが!僕のトレーニングから逃げちゃうバクシンオーの方が不味いよ!」

 

「……彼奴らなにイチャついてんだ?」

 

「マヤしーらない☆オグちゃん重り外して上げるね?」

 

「すまない……」

 

「……あの2人ちょーっとテンション上がり過ぎてるよね。ボクちょっと、本当にちょっとだけお話してくるね」

 

 マヤノトップガンは空腹にて倒れ込んだオグリキャップの重りを取り外しに行き、トウカイテイオーとゴールドシップはバクシンオーと新人トレーナーを見ていたが、トウカイテイオーがキレた。

 

「ちが、あの、今どんな体勢してると思ってます!?」

 

「バクシンオーがうつ伏せで倒れ込んで、起き上がって逃げないように僕が上から乗っかって両手を砂浜に押し付けてる!」

 

 言葉の通りである、バクシンオーはうつ伏せで倒れ込んでおり、その上に、バクシンオーの腰に新人は乗っており、両足でバクシンオーの足を開かない様にしており、両手はバクシンオーの手首を握り砂浜に押し付けていた。尚バクシンオーでもちょっと本気を出せばこの拘束から抜け出せるのだが、今のバクシンオーはこれから始まるであろう地獄のトレーニングによる恐怖となんで自分の上に新人トレーナーが乗っているのかを理解出来ず頭がパンクしていた。

 

「分かってるじゃないですか!あの、マズイですよ!」

 

「バクシンオー逃げちゃうでしょ!」

 

「逃げません!逃げませんからッ!」

 

「トレーナートレーナー」

 

「なに!?って、どうしたのテイオー」

 

「んふふ……ゴールドシップッ!」

 

「ゴールドシップ様だぜッ!」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべたトウカイテイオーがゴールドシップを呼び出し、そのゴールドシップが新人トレーナーに向かって全力疾走を始めた。

 

「え、え!え!?」

 

「なぁああにセクハラしてんだバカトレーナーッ!キィーック!」

 

「色々ざっ!?」

 

 新人トレーナーの顔面にゴールドシップの両足が突き刺さった。見事なドロップキックであり、これにはトウカイテイオーも10点札を出した。因みに満点は564(ゴルシ)点だった。

 吹っ飛ばされた新人トレーナーの目の前には、とても澄み切った青空が視界いっぱいに広がっていた。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 全く酷い目にあった。バクシンオーが逃げるのがいけないのに、なんで僕がゴルシのドロップキック受けなきゃいけないのさ……。

 

「いてて……鼻折れてないよね……ゴルシの事だから一応加減はしてくれたと思うけどさぁ」

 

 ああ見えてゴルシちゃんと僕が耐えられるギリギリで攻めて来るんだよね。いやギリギリでも後にアウトって付くんだけど。出会った当初はダル絡みウザ絡みして来てたし、それは今も変わらないか……でもやっぱりゴルシが来てくれたからチームの空気は良い……と思う。僕への被害ヤバいけど。この今朝なんて朝起きたらゴルシが目の前にいて部屋の模様替えされてたし。

 天井にチームの集合写真プリントしてたのはやり過ぎだと思うんだよね。

 

「……目が覚めたらもう9時だし。今日のトレーニングは失敗かな」

 

 菊花と天秋を1着、有マ記念に出走出来るレベルまでオグリの知名度を上げなきゃいけないし……。

 ちょっと早急だったのかな、項を急いで失敗してたらキリがないや。取り敢えず明日は軽めにしよう。

 

 なんて考えていたら僕の部屋の扉がノックされた。

 

「はーい……どうぞー……」

 

「おう、アタシだ」

 

「お前か」

 

 ノックの主はゴルシだった。なんかホカホカしてるけど……!?耳当てしてない!?嘘でしょ!?

 

「お?なんだ新人、湯上りのゴールドシップ様に見惚れてんのかぁ?やっぱ歳頃か」

 

「ば、バカ言うんじゃないよ!?明日の朝刊に乗っちゃうから!」

 

「……お前は一体何と戦ってんだ?」

 

「と、取り敢えず……その、なに?」

 

「んー、まぁ……蹴飛ばして気絶させちまったからな。見舞いだよみーまーい後ナチュラルにお前抜いて飯食っちまった所為で全部片付けられちまったし

 

「なんか言った?」

 

「いんや?」

 

 そう言ってゴルシは横たわる僕の隣に腰を下ろした。あの耳当てが無いだけでもうタダの美少女になってるんだけど……違います、違うんです。邪な考えなんてしてません!

 

「ま、なんにせよ。流石に初日からありゃねぇだろ」

 

「……やっぱり?」

 

「おう、両手両足の重りは構わねぇけどよ。流石にいきなり全部の重り付けての砂浜ランニングは無理だって」

 

「……ちょっとトレーニング練り直すね」

 

「おう、夏合宿は2ヶ月あんだ。焦らず行こうぜ新人」

 

 そう言ってゴルシは部屋から出て行った。取り敢えず身体を起こして、持って来たノートパソコンを開いてトレーニングを練り直した。

 

 ゴルジの言う通り、2ヶ月も有るんだ。少し長い目で見てみよう。まずこの一週間で両手両足に5キロリストバンドを付けてもらって慣れて貰おうと思う。一先ずキリのいい所で終わらせて、立ち上がる。

 

「取り敢えずご飯食べに行くかー……」

 

 そう思い立って部屋を抜けて、食堂へと足を運んだが、もう閉まっており、僕はご飯を食べれない事を理解した。もしかしてあの時ゴルシが言ってたのって……。

 

 

「…………ゴールドシップゥ!!!!」

 

 

 僕の叫びが旅館に響き渡った。

 

 

 

 

 

「何かしたのゴルシ?」

 

「特に何も?」




 2900文字。始めは合宿予定地に着いた所から書いてたんですけど、なんか面白みが無かったんで急遽変更。
 バクシンオーと新人くんの追いかけっこと、ナチュラルセクハラ新人トレーナー。


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第七十二話

 また投稿間に合わなった……ごめんなさい。
 敷布団が諸事情により消滅して、かったい床で寝てたら身体がバキバキになってもう範馬刃牙状態だよ……範馬刃牙状態ってなんだよ。




 夏合宿が始まってから大体1週間が経っていた。朝起きて皆とトレーニングの打ち合わせ、朝食後にストレッチを行い昼頃まで簡単に砂浜でのランニング。その後昼食を取って軽く休憩、夕飯まで重りを少しづつ増やしながらトレーニングを行う。それがゴルシとの会話で新しく作り直したトレーニング予定表だった。

 3日目で漸く皆激重蹄鉄を付けた状態での砂浜ランニングに慣れ始め、5日目で両手両足首に5kgのリストバンドを1人合計4つ付けた状態でのトレーニングが開始された。オグリだけはリストバンドを倍付けたいとの事で、40kgの重りを付けた状態での砂浜トレーニングを行っていた。

 正直危ない気がしたけど、オグリの走りに影は見えない。慣れない砂浜での走りだと言うのに、僕のチームの中では最高速度になってるし。割と良い傾向なのかも知れない。

 

 でも怖いのは事実で、オグリには休憩の時間と回数を増やして、ストレッチを皆より多くやって貰ってる。

 今夜は僕もちゃんと晩ご飯は食べれたし、何も問題は無いと思う。今の所は……って感じがするけど。トレセン学園から持って来ていたノートパソコンにこの一週間で行っていたトレーニングの記録と、そのトレーニングによって得られる効果をプロファイルして居た時、僕の部屋の扉にノックがされた。既に時刻は夜の10時を回っており、ゴルシ達は寝てる筈だけど、誰だろう。

 

「どうぞー」

 

「失礼しやす。どうも、新人さん」

 

「ぁ、し、支配人さん」

 

「その呼び方も硬いですね、私の事は呼び捨てで良いんですよ?」

 

 この人はこの旅館の支配人さんで、秋川理事長のお知り合いとの事だ。2ヶ月間の間僕達のチームだけにこの旅館を貸して下るとの事らしい。一体秋川理事長は幾ら出したんだ……?考えたら寒気がして来た。

 支配人と言っても、見た目は若い方で、身長は180cmの白髪のお兄さん……なんだけど、年齢は40超えてるらしい。全くそんな風には見えないけど。

 

「い、いえいえ……あの、ごよ、ご要件は?」

 

「はい、実は先日まで体調を崩していたので1度旅館から離れさせていたのですが、この度回復したとの事で明日からウチで働く従業員の紹介をと思いまして……ほら、来なさい」

 

 そう言って僕の部屋に来たのは1人の女性だった。僕より少し歳下だと思うけど、僕より身長の高い人。綺麗な桜色をした髪の毛だが、毛先に向かうに連れて若干白くなっている。瞳は綺麗なライトグリーンだった。

 何故か一言も話さずに無言のままジッと見詰められて、どうしたらいいか分からなくなってた。なんなのこの空気?

 

「……ほら、怖い人じゃないだろう?」

 

「……はじめまして、この旅館の女将を担当しています。よろしくお願いします」

 

「…………え、ぁ……はい、その、よろしくお願いします」

 

「では、私は……これで」

 

 そう言って彼女——女将——は僕の部屋から出て行ってしまう。顔合わせって形だったんだろうけど、なんだろう。僕と同じ匂いがした。

 

「ははは、やっぱりまだ難しいかなぁ」

 

「……あの」

 

「ん、あぁ。若いでしょう?あれ私の娘なんですよ」

 

「……娘さんいた、居たんですね」

 

「えぇ、妻の忘れ形見……と言いましょうか。まぁ、余り深くは」

 

 ……お母さんが居ないんだ。そう気付いたけれど、別に何かを思った訳でもなく、僕の脳裏に家族が思い浮かんだ。けどそれを思考の外へと弾き出す。別に今考える事じゃない、()()()()()()

 

「新人さん」

 

「はい?」

 

「……良ければなんですけどね、ちょっと話し相手になってやって欲しいんです」

 

「僕が、ですか?」

 

「えぇ、歳頃の娘では有るんですが、如何せん他人と会話をするのが苦手みたいで……その点新人さんはお若いのに既にチームを組めるだけの担当を持ってらっしゃいます。それだけ勧誘がお上手だったんでしょう、なので良ければ……と」

 

 勧誘が上手?いやー、まぁ確かに?僕がテイオーと知りあった事から一気に担当は増えたけど?そんな勧誘が世界一上手だなんて言い過ぎって訳でもないけどさー!

 

「……新人さん?」

 

「え、あ!あぁ、分かりました!この勧誘上手な新人トレーナーにお任せ下さい!」

 

「……えぇ、お願いします…………本当に、お願いします

 

 確かに今までの僕はコミュ力よわよわって言われても仕方無かったけどさ?トレセン学園に入ってから知り合いも増えたし、なんなら毎日オグリやテイオー達と話してる訳だから、もーコミュ力つよつよの分類に入ってると思うんだよね。だってそうじゃなかったら……そ、そうじゃなかったら……僕本当にコミュ力よわよわのチビトレーナーになっちゃう……。

 

 支配人さんの言葉の意味を余り深く考えずに、煽てられた訳でも無かったのに勝手に煽てられて、調子に乗ってた僕はこの後痛い目を見る事になる。けどそれはもう少し先の話だった。良し、コレでフラグは立った。後はへし折ってバラバラにして空の果てに投げ捨てるだけだね!

 

「それでは私も失礼します。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

 

「ありがとうございます、おやすみなさい」

 

 そうして支配人さんはいなくなり、僕もまた寝に入った。明日もトレーニングだ、早めに寝とこう。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 今日も天気は晴れてくれた。けど、ちょっと雲が多めで蒸し蒸しとした感じの1日になりそう。取り敢えず部屋から出てオグリ達と合流する為に廊下を歩いて行った。

 

「テイオー、おはよう」

 

「ん、鬼畜トレーナーおはよー」

 

「……鬼畜?」

 

「うん、鬼畜トレーナー」

 

「……どこら辺が鬼畜なのさ」

 

「考えるトレーニングが尽くキッツイんだよ!分かる?」

 

「……そんなに?」

 

「そんなに。カイチョーと昨日の夜LINEしてたけど、ボク達みたいなトレーニングはしてないって」

 

「それは……いやよく分かんない」

 

 それっておハナさんのトレーニングな訳だし、そもそも夏合宿のトレーニングのやり方とか僕は良く知らないもん。今更ながらおハナさん達に聞いとけば良かった……これが下衆の後知恵って奴か。

 

「シンボリルドルフはどんなトレーニングしてるって?」

 

「んーとね、砂浜走ったりはしてるけど重りとかは付けてないって。精々タイヤを引いてるみたいだよ?後は海の中に入って水泳してるみたい」

 

「……タイヤ引きも水泳も一応考えてる事ではあったよ?」

 

「……じゃあなんで重りトレーニングが始めに来ちゃったのさ……」

 

 なんでだろう?単に何時も激重蹄鉄付けてランニングだったり今日そうしてるから、先に重り追加するのが思い立ったからじゃないかな。順番は基本考えてなかったし……。

 

「トレーナートレーナー」

 

「なに?」

 

「トレーニングはトレーナーの自由でも良いけどさ、なんか面白いトレーニングにしてくれない?ボクそろそろ飽きてきちゃったんだよね」

 

「……飽きて来た……かぁ」

 

 面白いトレーニング、面白いトレーニング……海、砂浜、周りには民家とかの建築物は無い。人の目を気にする必要が無いって事なんだけど……どうしようかな。今日の課題になりそうだ。廊下の真ん中でテイオーと話していたら、背後から小さな足音が聞こえて来た。僕が聞こえてるって事はテイオーはもう少し早く聞こえてたかな。取り敢えず振り返ると、そこには昨晩顔合わせした女将さんが居た。

 

「……おはようございます」

 

「おはようございます」

 

「……誰?」

 

「この旅館の支配人さんの一人娘で、女将さんなんだって」

 

「へー……ボクはトウカイテイオー、よろしくね」

 

「……はい、よろしくお願いします」

 

 そう言って2人は握手をしていた。僕はまだ握手すらしてないのに……あれ、コミュ力つよつよってテイオーみたいなのを言うんじゃ……?いや、いやいや。あれは同性だから出来る事だよ。そう、きっとそうだよ。

 

「朝食の準備が……整っております。どうぞ……」

 

「もうそんな時間!?やば、ほらトレーナー早く行こ!」

 

「僕はコミュ力つよつよに……ってなにテイオー、あ、まって、腕時計引っ張っちゃ……だめぇ!」

 

「変な声出さないでよ!?」

 

 出させたのはテイオーだからね!?女将さんを置いてテイオーは僕の腕を引っ張って行く。目指すはお腹を空かせたオグリの……じゃなくて、食堂へ。

 

 取り敢えず、今日のトレーニングは軽めにしておいて、明日からのトレーニングを考えなくっちゃ。テイオーの言っていた面白いトレーニングって、どんなのがいいのかなぁ……。




 まずは1週間。支配人さんと女将さん出したのはちょーっとやりたい事有るから。七十一話時点で出すと蛇足になりそうだったから辞めてたけど、これいきなり出てきた設定になるから余り受け入れ難いかな。

 知らんけど。

 投稿空いたけど感想ちょうだい……ちょうだいぃ……。


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第七十三話

 夏と言えば海、海と言えば水着、ウマ娘と言えば合宿。

 じゃあコミュ力よわよわ系新人トレーナーは?

 作者は体調が崩れる夏です()汗かいて倒れるし、寝起きは悪くて倒れるし、仕事中でさえ倒れかけるし。夏はヤバいっす。

 投稿遅れて申し訳ない。


 テイオーに言われた通り、楽しそうなトレーニングを考えていたけれど、上手く纏まらない。夏に行う遊びならいくらでも出て来るけれど、それをトレーニングと合わせるとどうしても重り系トレーニングになってくる。テイオーは多分ずっと重りを付けた状態のトレーニングは嫌だって事で言ってきたと思うから、何とかして脱重りをしたいけれど。

 

「……思い浮かばないぃいい……はぁ、そもそも重りを付けたトレーニングって本来なら足に……下半身への負担が凄いからトレーナー達の間でも新人はやらないって形を取ってるってスクールの先生が言ってたっけ……」

 

 少しの変化に気付くのが難しい初めの頃は、兎に角基礎をウマ娘と共に学ぶべし。それがスクールで1番口酸っぱく言われていた事だったけれど、ほんの少しの変化なら気付ける自信があったもんだから、色々段階をすっ飛ばして来たけど。ここに来て初心が出来てない事に気付かされた。少しの変化なんて、僕からしたらとんでもなく大きな変化で、歩き方や呼吸のリズムでも分かるんだ。かってに頭が覚えちゃうから。トレーナーになってからは色々助けられて……来たとも言えないか。

 

「……たづなさんに……いや、理事長……はもっとダメだ。考えなきゃ、思い出せ、思い出せ……」

 

 芝と砂浜何が違う?芝は海外に比べれば硬いけれど、柔らかい。後はなんだろう?水を含んだら重くなるのは同じだけど砂浜は元々蹄鉄を付けて走る様な物じゃ無いから、その分足への負担は大きい。そうなると激重蹄鉄を外した方が良いのかも。砂は水を含むと重く、硬くなるから普通の靴でやった方がいいとは思うけど蹄鉄を付けてない状態での疾走は余りさせたくない。どちらにせよ怪我の可能性は0じゃない事を考えれば蹄鉄を通常の物に替えて置くのが良いのかも知れない。そこまで考えて、ノートパソコンの文字を打つのを止めた。来客の合図が聞こえてきたから。

 

「……どーぞ」

 

「ん、私だ」

 

「オグリ……どうしたの?」

 

 やって来たのはオグリだった。前に来たゴルシと同じようにホカホカしてた。湯上りに僕の部屋に来るの禁止にしようかな……。明日の朝刊に乗らない為に思考を外に追い出して行く。

 

「立ちっぱなしは疲れるでしょ?座っていいんだよ?」

 

「……そうさせてもらおう」

 

 オグリの目の前に座布団を置いて、対面する形にしたけれど、唐突にオグリは僕の敷いた座布団を持って僕の隣に座布団を敷いた。なに、え?急に隣から甘い匂い……甘い!?

 

「オグリキャップさん?!」

 

「……?パソコンをやってても良いんだぞ?」

 

「いや、あ、な……近い……」

 

「気にするな。私も気にしていない」

 

「気になるよ!?」

 

「……それは私だからか?」

 

「いやそうじゃなくてさっ!」

 

 オグリだから気になるとか、そんなレベルの話じゃないよ。テイオーやバクシンオー、マヤノにゴルシだったとしてもいきなり隣に座られたら動悸がどーきどきしちゃうから!……動悸がどーきどき、ふふ。

 

「私は気にならない。パソコンに打っていたのは……明日のトレーニングか?」

 

「僕は……もう、良いや……そうだよ。テイオーが楽しいトレーニングがいいって言ってたからね。何をやるか考えてる所」

 

「どうりで。視線がまた弱く感じた訳だ」

 

「……そんなに気になるの?」

 

「正直トレーナーに見られてるのは気分が良い」

 

「……あっはい」

 

 真顔でそんな事言われると、色々困るんだけど。まぁ、いっか。まだ時間には余裕が有るし、コレが22時とかだったら寝なさいって言ったけど、まだ21だからね。許容範囲無いだ。

 隣から漂ってくる微かな香りと、湯上り特有の温かさがすごい、あの。凄いです……。

 

「トレーナー」

 

「……はひ」

 

「……大丈夫か?」

 

「ん、だーじょぶ。んん、大丈夫」

 

「それなら良いんだが。トレーニングなんだが、1度お休みして海水浴にしたらどうだろうか」

 

「……海水浴?」

 

「あぁ、水泳のトレーニングの際にまた海に入るのだろうが、トレーニングで入るのと遊びで海に入るのでは感覚が違うからな。夏合宿ももう10日が過ぎた。そろそろテイオーやマヤノ達にお休みという名のご褒美はどうだろうか」

 

「……海水浴かぁ」

 

 もう少ししたらトレーニング休みにしようとは思ってたけど、今か……新しいトレーニングも考え付いてないし、タイミングとしては良いのか。態々お風呂上がりに僕の部屋に来たのって、これ言う為だったりする?一応僕男の子だからあんまりやって欲しくないんだけど……恥ずかしいから。

 

「取り敢えず明日軽くトレーニングして、明後日のトレーニングはお休みにしようか」

 

「……そうか、トレーナーは」

 

「……?どういう事?」

 

「……トレーナーは休まないのか?私達と一緒に海水浴はしないのか?」

 

「んー、僕居て邪魔にならない?」

 

「邪魔になど成るものか。寧ろ楽しくなる」

 

「あ、うん、分かった。分かったから肩掴むのやめよ?痛いよ」

 

「……すまない、つい」

 

 オグリが僕の肩を掴んで力説するから、若干肩が痛い。でもそうか、海水浴で1度気分をリセットするのも……アリだな。オグリありがとう、やっぱりオグリが居てくれると色々助かるし、嬉しいよ。

 言葉で伝えるのが少し恥ずかしくて、でもどうしても伝えたくて。僕が起こした行動は——。

 

「……トレーナー?」

 

「……何時もありがとうね」

 

 オグリの頭を撫でて上げる事くらいだった。お風呂上がりのオグリの髪の毛は、とてもサラサラしていたって事だけ覚えておこう。

 じゃ顔が熱くなるのが分かったけれど、オグリは特に気にした様子も無く僕の部屋から出て行った。明日の朝刊やニュースに乗らない為にも、思考をリセットしなきゃ。良し、寝よう。

 

「……おやすみなさい」

 

 そうして僕の意識は沈んで行った。

 

 

 




 今回のエルとグラスのイベントもう終わった?作者まだ20万しか稼げてねぇよ……助けて。


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第七十四話

 もう12時投稿じゃなくて、22投稿になっとるやんけっ!!!
 12に間に合わなくなると22投稿になるのヤバい。更新頻度上げなきゃ……。


 オグリと話をした次の日予定通り軽めのトレーニングを行っていた。重り系は全て外して、オグリとバクシンオーは海岸沿いの潮水を吸った砂浜の連続ダッシュ1600mを無限耐久。1回やったら必ず5分の休憩を挟んませてるけど、大丈夫だよね?コレ軽めだよね?バクシンオーが毎回僕の所まで戻って来て倒れ込むから、膝枕して上げるんだけど5分経つとしっかり海岸沿いに戻って行く。あれ逆に疲れないのかな。

 残っているゴルシ、テイオー、マヤノのジュニア3人組は通常の蹄鉄を付けて道路——アスファルト——を走って貰ってる。僕は直々ジュニア組とクラシック組のトレーニングを交互に見ながらやってる。日が照ってる所為で汗が止まらない。それはみんなも同じで、というか僕よりも汗をかいてるからタオルやスポドリの補給を欠かさずに行わせてる。

 夏合宿が始まって既に1週間、そろそろ2週間が経ちそうな頃だった。ここら辺で1度トレーニングは休んでも良いと思ったから、今日はコレでトレーニングは終わりにしようと思う。明日はお楽しみの海水浴を予定してるし。

 

「……そろそろかな。しゅーごー!」

 

 僕が集合を掛けるとまず初めにオグリが駆け出してきた。いや速いな!?なんでその速さを砂浜ダッシュで出ないで今出すの!?その次はテイオーだった。さっきまでヘロヘロだったのになんだその速度は……。僕の集合でそんなに加速する!?

 

「トレーナー、例の件だな?」

 

「あ、うん、はい」

 

「ふぅ、ふー……例の件……って?」

 

「テイオーちゃん早すぎぃ……」

 

「おぉーい!誰か手伝ええええ!!」

 

「……なんだ?」

 

 突然海岸の方からゴルシの叫び声が聞こえて来た。何してんのあいつ……と言うかなんでテイオー達が居た場所から海岸沿いに移動してんの?ゴルシワープでもした?取り敢えず視界を海岸沿いに向けると、バクシンオーが倒れてた。……バクシンオーが、倒れて……?

 

バクシンオォオオオオ!!!?

 

「うるさっ!?」

 

「み、耳が……」

 

「トレーナーちゃんのそんな声初めて聞いた……」

 

「バクシンオー、待ってて!」

 

「トレーナーが行くよりボクが……って早!?」

 

 倒れてるなんて何があったの!?もしかしてこっちに来る時に転んだ!?だめ、ダメだよそれは、けが、怪我しちゃってるかも!?砂浜を踏み込み勢い良く飛び出して行く。1回転けそうになったけど、問題なくバクシンオーの元へ辿り着きゴルシと共にバクシンオーに肩を貸した。あれ、転んだウマ娘って肩貸して大丈夫だったっけ?

 

「バクシンオー!バクシンオォオ!!!どうした!大丈夫、大丈夫!?バクシンオー!バクシンオー!!しっかりしてバクシンオー!」

 

「お前うるせぇ!ちょっとは落ち着けよ!」

 

「バクシン、バク、バクシンオーが、たおれ、ころ、けバクシンオー!」

 

「……トレーナーさん」

 

「バクシンオー!?生きてる、いきて、生きてるぅ!?」

 

「勝手に殺さないでいただけますかトレーナーさんッ!」

 

「……アタシもう要らないんじゃねぇ」

 

「この状態のトレーナーさんだけ置いて行かないでください」

 

「……それどーゆう意味?」

 

「そういう意味です……はい」

 

 バクシンオーがちゃんと生きてる事を確認出来てちょっと冷静になって来た。いやそんな恐ろしい事は起きてないって思ってたけど、一瞬でも焦るとだめだね。脳ミソがまともに働かなくなる……。

 

「取り敢えず全員集合だな。んで、新人くんはなーにを言うんだぁ?」

 

「……まさか、重り付け直せとか……言わないよねぇ……?」

 

「テイオーは僕にどんなイメージ持ってるの……?」

 

「トレーナーちゃんは目の前に海があるのに、それには一切触らせないで重りを付けさせて砂浜とアスファルトの上を走らせるトレーナーって思われてるんだよ〜?」

 

「……あ、あながち間違ってない……」

 

「……よしよし」

 

 テイオー達の評価は本当に間違ってない。寧ろその程度ですんでるのって、テイオー達が優しいからだと思うんだよね。夏合宿なのに未だに海に触ってないのはまだ早いと思ってたのと、そもそもタイミングを掴もうと思っても初めての経験すぎてタイミングなんて分からないってのがあったし。オグリに頭を撫でられて情けなく感じた。

 

「新人」

 

「……うん、まぁ、今日まで良く頑張ったね……って事で」

 

「チーム解散ですか!?」

 

「バクシンオー!?え、なにそれホントなのトレーナー!」

 

「え?」

 

「トレーナーちゃん、何か不満があるなら言って欲しいの。マヤね、トレーナーちゃんの事分かってるつもりだけど、もしかしたら足りないかも知れないから……だから解散はヤダよ……」

 

「ちょっと」

 

「いやー、このチームも解散かー。早かったなー」

 

「わかってて言ってんだろゴールドシップゥ!」

 

「……取り敢えず、トレーナーの言葉を最後まで聞いて欲しい。大丈夫か?」

 

「……オグリが言うなら」

 

「オグリキャップさんなら」

 

「アイ・コピー♪」

 

「まぁオグリが言うんならなぁ」

 

「……なんだよこの扱いの差は……取り敢えず、今日のトレーニングはコレでお終いにするよ!後……明日はトレーニングをお休みして海水浴しよう!因みにチームは解散しません!僕が死ぬまでつきあ、付き合って貰います!」

 

 ……噛んだ、すっごく大事な部分で噛んじゃった。テイオーは苦笑してるし、マヤノは微笑んでるし、バクシンオーは……バクシンオー何その顔。どうして無表情なの?オグリに至ってはジッとガン見してくるし……ゴルシは腹抱えて砂浜の上で転げ回ってんな。お前は後で覚えてなさい……。

 

「……大事な部分を噛んだな」

 

「……オグリちょっと黙っててくれる?」

 

「………………」

 

「ごめん、やっぱり何か話してて」

 

「取り敢えず水着はどうする?」

 

「……学校指定のは持って来てるよね?あ……でも気分変えるなら……じゃあ今日は明日の海水浴の為に買い物にでも行こうか」

 

「なんにせよ……ヤッター!トレーニングおっやすみー!」

 

「トレーナーちゃんと海水浴!むふふー♪」

 

「重り付けての海水浴ですか?それとも海に入って走らされるんですか?トレーナーさん、どっちですか?」

 

「バクシンオー、帰って来いバクシンオー」

 

「じゃあ皆で買い物に行こうか!取り敢えず着替えようね!」

 

「「「おー!!!」」」

 

「この人誰でしょう?トレーナーがこんな事言う筈ないですもん」

 

「だぁめだこりゃ。バクシンオーの目が死んでやがる」

 

 僕は何も聞いてないし、何も知らない。バクシンオーの呟きも光のない瞳もなんにも知らないから。取り敢えず車動かす為に色々準備しよーっと。

 

「トレーナーさん、トレーナーさんはどこでしょう……」

 

「バクシンオー!気をしっかり持てっての!バクシンオー!バクシンオー!!」

 

「あぁ……お母様が見えます……」

 

「……なんか面倒になってきたな。アタシもあっちに合流しよーっと」

 

「ちょわ!?まって、待ってください!ごめんなさいちょっと巫山戯過ぎましたぁ!!だから置いて行かないでぇええ!」

 

 取り敢えずお金は理事長から貰った奴から10万程持って行けば足り……足りるよね……?

 遠くで聞こえるバクシンオーの悲鳴を知らん振りして僕は停めてあるクルマの元へと急いだのだった。




 次回、お買い物。

 水着の描写面倒くさそうだけど頑張るから、見捨てないでぇえ。
 明日は12時投稿したい。


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第七十五話

 久しぶりに12時投稿出来た気がするから初投稿です。
 74話振りの初投稿って何?


 7月の某日。僕達チーム『流れ星』は夏合宿のトレーニングを一旦お休みして、車を走らせる事30分の場所にあるデパートにやって来た。予算は1人頭2万として合計僕を含めて5人、つまり10万だけ持ってきた。怖いから一応5万持って来たけど、使わない事を願うばかりだ。因みにお昼ご飯は旅館で食べて来た。じゃないとオグリがお腹空かせて瞳から光が消える。

 

「じゃあみんなは水着を買ってくるといいよ。はい、お小遣い」

 

「他人の金で担当ウマ娘に小遣いを渡す新人トレーナーが居るらしい」

 

「しかもそのお金の出処は女の人……つまりトレーナーはヒモって事だね」

 

「ねぇ僕なんかした?」

 

「トレーナーちゃん、よしよし」

 

「……ありがとうマヤノ。嬉しいけど嬉しくないよ……テイオーとゴルシだけお小遣い無しにしようかな」

 

「いやー流石は新人だよなぁ」

 

「そうそう、やっぱりトレーナーが居てこそだもんね!」

 

「何も褒めてないし褒められてる気がしないんだけど……まぁいいや。」

 

 ゴルシとテイオーがタッグを組んで僕を虐めてくるけど、こっちにはオグリやマヤノ、バクシンオーだっているんだからね!人数差で僕達の勝ちだよ。なんてバカな事を考えつつ、本当の事を言われてちょっとだけ苦しくなった。理事長は自由に使っていいって言ってたけど、本来なら今回の海水浴計画は自腹でやるべきだったのに。皆に諭吉さんを2人渡し終えた所でテイオーとマヤノが水着売り場へと歩いていった。その後ろに付くようにバクシンオーとオグリが並んで行ってたけど、何故かゴルシは僕の前で立ち尽くしていた。なんでそんなにガン見してんの?

 

「……ゴルシは行かないの?」

 

「こっちのセリフだわ。新人、おめー水着買わねえのか?」

 

「……あぁ、そういう事ね。僕泳げない訳じゃないけど、泳ぎたくないんだよね。砂浜に」

 

「砂浜にレジャーシートかなんか引いてパラソル立てて本読んでアタシ達が泳いでる所を舐める様な視線で見てるってか?かぁ〜卑しかトレーナーばい」

 

「……なんだろう、間違ってないけど間違ってるとしか思えない言い方されてるんだけど」

 

 海は好きだよ、何時までも変わらない景色が続いて行くから。潮風も確かにベタついたりして気持ち悪いかも知れないけど、海でしか味わえない。子供の頃、と言っても今もきっと子供なんだけどさ。そう、子供の頃1回だけ海に来た事があったけれど、不思議と泳いでる時より海を眺めてる時の方が楽しかったんだよね。周りに誰も居なかったし、ボーッと海の向こうを見詰め続ける海水浴も、きっと楽しめると思うんだけど。

 

「それはお前が誰かと()()()()()()()()()()()()だろ」

 

「……遊ぶ?」

 

「そ、周りに誰も居ないってことは、多分親も居なかったんだろ?」

 

「……まぁ、そうだね。僕は小さかった頃からしっかり者だったからね。ある程度1人でも行動が出来てたから」

 

「自分でしっかり者って言ってもなぁ。ま、今年の海はお前の過去の海全部塗り替えちまうレベルで楽しくなる。だからおめーも水着買って来いよ。いいな?ゴールドシップ様との」

 

 そこまで言うとゴルシは僕に1歩踏み込んで来る。急に距離を詰めるもんだから、少し驚いたけど、別にゴルシだし。そう考えていた次の瞬間。

 

「やくそく、だからな」

 

「っ!?ぉ、おま、おあ……ーーーー!」

 

「へへ、しんきくせー面してる新人が悪い!んじゃ、アタシも水着買ってくるわ。迷子になったらちゃんと迷子センター行くんだぞー!お母さんとの約束だー!」

 

 いきなり耳元で囁かれて、声にならない呻き声しか出せなくて。僕が慌ててる所を見て夏合宿始まって1番の笑顔を見せて来るゴルシはやたら尻尾を振りながらテイオー達の後へと向かって行った。後に残されたのは何とも言えない空気を纏わされた僕と、握り締めて離せなくなった諭吉さん達だけだった。他のお客さんなんて知らないからね。

 

「……ゴルシのばか……誰がお母さんだよ……」

 

 ゴルシの言っていた言葉が頭の中で反響し続けていった。でも、ほんとうにゴルシがお母さんだったら———。

 

「水着、買いに行こっと。ついでにビーチバレーとかの道具も買っておくべきかな……海の遊びとトレーニング……うぅむ」

 

 思考を切り替えた。有り得ない話なんてどうでもいい。取り敢えずテイオー達が楽しめる様に色々準備しなきゃね。だって、今年の海は楽しくなるって聞いたもん。約束は守ってもらうからね、ゴールドシップ。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 取り敢えず購入した物を車に詰め込んで、既に夕暮れに差し掛かっていた。先に車に戻ってるとチームLINEに送り、車の中で待機する。ふと頭に過ったのは家族の事だった。

 

 正直な話、僕は()()家族は好きじゃない。けど嫌いかと聞かれるとそうじゃない。単に()()()()()()()()んだ。僕の両親は別に産まれた頃から一緒だったし、生き別れてる訳じゃない。どっちかって言うと逆なんだ。

 

 ()()()()()()()。僕に父親は居なかった。血液型はAB型だけど、お母さんはO型で、お父さんはB型だった。本当の両親じゃない事を知ったのは高校2年の時だった。正直戸惑った。だってそれを伝えて来たのは、他でもない両親だったから。

 

 どうやら僕の本当の両親……お母さんは僕を産んで直ぐに死んでしまったらしく、僕はそれと入れ違いに産声を上げたらしい。僕は死んだお母さんに顔立ちがとても似ているらしいけど、写真も残ってないのに分かる筈あるもんか。今のお母さんは死んだお母さんの妹だったみたいで、僕を引き取ってその時に結婚してたお父さんと2人で僕を育ててくれた。

 その少し後には年の離れた妹が……ウマ娘ができた。お母さんはタダの人間だから妹がウマ娘として産まれる筈は無いんだけど、それでも僕の妹だ。

 

 車の外から見える茜色の空が感傷を深くして行く。それに気付いて居ながらもこうして思考を回し続けて居るのは、単にそういう気分になってるからだと思う。

 

 単純な話なんだ、本当のお父さんは失踪。本当のお母さんは死去、僕を育ててくれてるのはお母さんの妹で、今のお母さんとお父さん。そして最後に恐らく何らかの形で引き取って来たウマ娘の妹って感じ。僕は変わらないし、変えようも無い現実から未だに逃げてる。怖いんだ、幸せを実感しているとソレが消えてしまった時の寂しさを知っているから。

 

 視界が滲んで来た時、車の窓を叩かれた。

 

「……バクシンオー」

 

「はい!サクラバクシンオーです!……どうかしましたかトレーナーさん?なんか目が潤んで……はっ!?ま、まさか昼間の事まだ気にしてるんですか!?ち、違うんですよ!私本心から思ってたわけじゃなくって、あの、えっと、あぁ……」

 

 慌てているバクシンオーが身振り手振りで何とか僕の涙が零れないように、色々やってくれてるんだけど、その姿が少し面白くって。

 

「……ふふ、ふは……あはは」

 

「な、ひ、人が焦ってる時に……」

 

「ご、ごめん……バクシンオーの慌てぶりが、その、面白くって……ふふ」

 

「……トレーナーさんは急に笑い出しますよね」

 

「そう、だね。おかえりバクシンオー。もう買い物はいいの?」

 

「はい!もうそろそろ皆さんも帰って来ますから、2()()()待っていましょう!」

 

 あぁ、どうしようか。我慢して泣かない様に溜めてたのに、バクシンオーの所為で溢れてきたよ。何時か、なんて関係無いんだよね。

 僕に、テイオーやオグリ、バクシンオー達に大事なのは今なんだから。あぁ、どうしよう。少し泣いたら、明日の海水浴が楽しみで仕方なくなって来た。この胸の高鳴りや、明日への期待感をどうしよう。

 取り敢えず車の外に出て、バクシンオーと2人並んでみんなの帰りを待つ事にしようと決めたのだった。

 

「……明日の海水浴、楽しみだね」

 

「そうですねー!ゴールドシップさんも張り切ってましたし!今からもうワクワクですよ!」

 

「……嫌な予感するんだけど」

 

「大丈夫です!きっと、何があっても楽しい海水浴になりますから!」

 

 そう言って笑うバクシンオーと暫く話をしながら、みんなの帰りを待ったのだった。

 明日は海水浴だ!




 新人くんの家庭事情を明るみに出していく。因みにこの事実を知ってるのは当事者である家族と新人くん、そして作者と読者だけです。つまりゴルシさえも知らない新事実。

 書き方大丈夫だったかな。分かり辛かったかな?少しだけ詰め込みすぎた感は有りますね。


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第七拾六話

 ゲリラ投稿。いやー、筆が進んだ。明日に回そうかと思ったけど、ひゃあ待てねぇ!!

 では本編どうぞ。


 照り付ける日差し、抜ける様な良い風に穏やかな海。絶好の海水浴って感じがした。昨日久しぶりに妹にLINEを送って見た。返ってきたLINEの一言がどうにも強烈だったんだけど、トレセン学園に入ったら僕のチームに入りたいんだって。ゴルシ達への紹介が面倒だと思う手前、取り敢えず応援だけしといた。そう言えば、僕がトレーナーになる時トレーナーズズクールの寮に入る際に家を出てから一切帰省とからして無かったっけ。不意に家族の事を懐かしみながら、1人砂浜の上で寛いでた。

 

「……いや、折角昨日浮き輪とか買ったんだから取り敢えず膨らませておこうか……ふー……これ無理でしょ」

 

 諦めが早いって言われても仕方ないけど、この浮き輪固くない?空気入れてるけど全然膨らんでくれないよ?ゴルシに頼もうっと。そうだ、日除けでパラソルなんかも取り付けておこう。旅館の支配人さんに聞いたら貸してくれるって言ってたからね。取り敢えず開いて……ひら、ひらい……うぐぐ。

 

「硬いんだけどぉ!!!」

 

 何これイジメ!?こんな陰湿なイジメある!?いや世の中のイジメはもっと陰湿だけどさ。それでもこの硬さって……まぁいいや。オグリにやってもらおう。レジャーシートだけ敷いて、僕が重しになって。後は皆が来るのを待つだけだ……待つ……?

 

 あれ、トレーナーってウマ娘と海水浴して良かったっけ?海水浴って事は皆水着でしょ?あ……やばいかも。

 

「……落ち着け、落ち着け。なんだよ、相手は顔は良いけど中身が残念なゴルシだし、天然のオグリに、バクシンオーだぞ?それに子供組だって居る。何も問題は無いさ……ない、よね……事案になったり……しな、いよね……?」

 

 本日午前10時頃、夏合宿予定地となる旅館のプライベートビーチにて担当ウマ娘に対し破廉恥な水着を着せていた新人トレーナー22歳が逮捕となりました。保護されたウマ娘達へのインタビューを聞いてみましょう。

 

 ボクはヤダって言ったのに……うぅ。

 マヤ、こんなの着せられたら……。

 学級委員長として模範の姿になるはずが……こんな。

 動き安いから別にいい。

 お、何これカメラ回ってんの?ピスピース、チーム『流れ星』のゴールシちゃんだっぞー♪

 

 ……酷い。

 

「……なんて想像してんだよ、僕って奴は……」

 

「ほんとにな。大体なんだ破廉恥な水着って。そう言うの着せたかったんならアタシにだけ言えよな。内緒話にしといてやっからさ?」

 

「ありがとうゴー……ゴルシ!?」

 

「へへ、まだ太陽が上に居るってのに、1人黄昏て寂しそーな新人トレーナーの慰めに来ましたゴールドシップですぅ。どうぞよろしく。な?」

 

 そう言ってTシャツにジャージを履いたゴルシが隣に座ってくる。いや水着に着替えて来いよ。あ、いや、待って。違うんです、ゴルシの水着姿が見たかった訳じゃなくて……あぁ、もう。僕も女の子に産まれたかった……。

 

「つか、中々センス良い海パン履いてんじゃん。上は……なんだっけ、マッスルカードだっけ?」

 

「なんで筋肉強調するような名称になってるの?ラッシュガード。日焼けすると痛いからね。て言うかこれ単なるTシャツだよ。そこそこ値段したから辞めたの」

 

「へぇ、アレラッシュガードなんて言うのか。ゴルシちゃんのレベルが上がった。スピードが1上がって、スタミナが100下がった」

 

「……だからそういう話は僕乗れないんだって」

 

「後でアタシのゲームとか漫画、アニメとか色々貸してやんよ。一緒に見よーぜ?」

 

「……それ僕の部屋で見るつもり?」

 

「もちのローン」

 

 それ死後でしょ?にしても、この海パンそんなにセンス良いんだ。よかった、花柄の海パン買っておいて。やっぱり海パンって言ったら良く分からない花がブリントされてる海パンだと思ったんだよね。マヤノと服買いに行った時から、ちゃんと独学で良い服とか学んでるんだから。

 と言うかトレーナーになってからそんなゲームとかしてる暇あるのかな。まぁ、ゴルシも付き合ってくれるなら良いけど。

 

「……まぁ、それは保留にするけど。ゴルシは着替えないの?」

 

「取り敢えずオグリ達が来たら着替えてくらぁ。それまで一人で待ってんの、暇だろ?」

 

「気遣い過ぎ。1人で留守番くらい出来るって」

 

「じゃあアタシが気になるって事で。お前も大変だろ?アタシみたいな、なーいすばぁでぃなウマ娘が、不注意で紐とか緩くなっちまって色々見えちまったら」

 

「何を言い出すんだよお前はッ!!?」

 

「キャー!トレーナーさんが怒った〜ゴルシこわーい♪」

 

 こ、コノヤロウ……!ゴルシが走り去って行った。でも最近確かにそう言う思考に行く時が有るのは分かってる。自覚しなきゃいけないのかも知れない。僕は多分ゴルシ達の走る姿に惹かれてる。そう、人が重力に引かれて地球から離れられない様に、僕もまたゴルシやオグリ達に惹かれているんだ。

 それでも僕はトレーナーなんだ。皆と同じ夢を見て、同じ夢を追い掛ける。そしてその最後には伝説になっている。だからこの感情は不要なんだ。そういった感情は要らないから。

 

 耳に入ってくる波の音を聞きながら、徐々に、けれど確かに感情を消して行く。瞼を閉じて呼吸は深く、身体の熱を冷ます(覚ます)様に。

 

「トレーナー」

 

「……オグリ?」

 

「あぁ、着替えて来た。どうだろうか」

 

 オグリが1番早かった見たいだ。先程まで考えてた事を一旦思考の外へと弾き出して振り返る。そこに居たのは——。

 

「……マーメイドS1着おめでとう」

 

「……?あぁ、トレーナーとの努力の成果だったな」

 

 ビキニ……って奴なのかな。胸の下にクロスを描いた水着を着たオグリがそこに居た。色は白だったけど縁は青い。オグリの健康的な肌色と白い水着がとても綺麗だった。後偶に水着の胸の部分上げてたりするけど、ちゃんとサイズ合ってる?試着はしたのかな。ちょっと心配。

 

「あーー!オグリキャップさんに先を越されてしまいましたか……」

 

「バクシンオーは……えっと」

 

「はい!私は店員さんのオススメを貰いました!なんでしたっけ、えっと……」

 

「確か……ハイネック……だったか?」

 

「そうです!ペアルック!」

 

「ハイネックだ」

 

 バクシンオーの水着は紺色。オグリの様なビキニ?じゃなくて。首元から胸全体を覆い隠す様な水着だった。バクシンオーはオグリ見たいに水着の位置を直してないけど、試着したって事?……いや違う。首元から布が繋がってるからそもそもズレないようにしてるのか。確か水着の胸部分はパッドが入ってた筈だから。そう考えると安定性凄いなその水着。確かに肌色面積は少ないけど、その分ちゃんと隠して安定性を取ってるからトレーナーとしてはグッジョブ。

 

「トレーナー!やっほー!」

 

「マヤちんテイクオーフ!どうどうトレーナーちゃん!」

 

「テイオーとマヤノは……可愛い水着だね」

 

「えへへ、マヤちんもテイオーちゃんも自分で選んだんだよ♪」

 

「ほらほらトレーナー?もっと褒めていいんだよ〜?」

 

「うん、凄く似合ってる」

 

 テイオーの水着は淡い青色で肩を出したものだった。名前が分からないんだけど……胸はヒラヒラで隠されてる。ヤバい、そのヒラヒラすっごい可愛いかも……テイオーがクルクル回る度にふわふわしてるのが良い。

 

 マヤノは……マヤノは、えっと。トレセンの水着っぽいけど、脇腹とかがおっきく空いてて……。

 

「マヤノ、ごめん。1回後ろ見せて?」

 

「?いいよー」

 

 背後から見ると背中は大きく開いていて、ザ・ビキニって感じがした。けど前から見ると上と下は繋がってるんだよね。後腰にはやっぱりヒラヒラが付いていてスカートみたい。綺麗だ。

 

「因みにボクの水着の名前はオフショルダーって言うんだよ。こう言う服って着やすくて好きなんだよねー」

 

「マヤのはモノキニって言うんだけどね?前はスク水見たいで、後ろからはビキニっぽく見えるって奴なの!初めはビキニでも買おうかと思ったんだけど、コレだ!って言うのが無くてね。だからこう言うのにしてみました〜!」

 

 テイオーの肩出し胸元フリフリ水着はオフショルダー。マヤノのスク水っぽいビキニもどきはモノキニ……よし覚えた。記憶力だけは良いんだ。と、ここまでは良かったんだけど、横から刺すような視線を感じて視線を動かすと、少し耳の垂れたオグリが居た。……なんで耳垂らして不機嫌ですアピールしてるの?

 

「オグリ?」

 

「……私の水着の感想は?」

 

「……ぁ、えっと……す、すごく……キレイです……はい」

 

「綺麗か……そうか、ふふ」

 

「……っあ……」

 

 さっきまで完全にナリを潜めてたのに!なんでそんな可愛い顔して照れ笑いしてんだよ!こんな感情は要らないって言ってるのに!あぁああ……もう。

 

「……ゴルシは?」

 

「ん、さっき着替えに来て……」

 

「Ladies and gentlemen」

 

「……何だこのやたら流暢な英語は」

 

「あ、あれは!?」

 

 突如として空が曇り始め、暗雲が立ち込めて来た。何処からかやって来た霧と共に下側から光が差し込み始めた。なんだコレ。

 

「沈まぬ太陽……ならぬ沈まぬ船とはアタシの事だッ!見ろ!コレがウマ娘ゴールドシップの……水着だあぁぁあ!!!」

 

 いくつ物スポットライトがゴールドシップを照らし出した。その姿は……。

 

「……なんでダイビングスーツなんだよッ!?」

 

「最強なアタシに相応しい最強な水着だろ?」

 

「水着だけど、水着だけどさぁ……!!」

 

「なんだぁ?アタシのセクシーな水着でも見たかったのか?やーだー新人さんのえっちー」

 

「〜〜〜!!!うるさい!このバカッ!」

 

「バカって言う方がバカなんだぜ?バカトレーナー」

 

 そう言って笑うゴルシ。バカ、バカバカバカバカ、バカ!人が苦しんでるのも知らないで、煽るだけ煽ってきて、この……!

 

「何処から持ってきたか知らないけど、その機材全部片付け無きゃダメだからね!バカ!アホ!ゴルシ!」

 

 熱くなった顔と頭を冷やす為に1度旅館へと戻る僕だった。

 

「トレーナー……」

 

「今話しかけないで!」

 

 オグリは悪く無いのに。コレじゃ海水浴が台無しだ。分かってる、分かってるけど今まで感情を或程度抑えてきてたのに今更抑えられなくなってるのはこれ以上耐えられなかった。ジワリと背中に滲む汗が冷たくて、苛立ちが深くなった。

 

「……なんでその中にアタシの名前入ってんだ?」

 

「……さぁ?」

 

「まぁ、トレーナーちゃんが悩んでるのは分かってたけどちょーっと巫山戯すぎたかな?」

 

「……トレーナーの悩みとは、一体なんだろうな」

 

「気にすんなよ。アタシがわかってりゃ、それで充分だろ?」

 

「……そう言ってゴールドシップは1人で全部解決するつもりか?」

 

「時と場合に寄りますね。今は共有すべきだと思います!」

 

「……バクシンオーが頭いい事言ってやがる……」

 

「空も晴れてきたし……取り敢えずトレーナーが帰ってくるの待ってよっか!」

 

「うんうん、やっぱりトレーナーちゃんが居ないと海水浴って気分じゃなくなるもんね」

 

「トレーナー……」

 

 こうして僕達の海水浴は始まったけれど、僕はまた逃げ出してしまった。どうすればいいんだよ、こんな気持ち……!

 

 




 さて、ここから新人くんの育成が始まります。初めに言っとくと、新人くんの成長には他人が必要不可欠です。何せこの子ゴルシやテイオー達と出会うまで他人との関わりを自ら絶っていましたからね。
 このお話は他人との繋がり、ウマ娘との信頼関係、そして夢への熱い想いで構成されてます。

 それはそうと感想いつもありがとうございます。お陰様でモチベが上がって更新が続けられてます。
 そしてもうひとつ、この度お気に入りが900人超えました。重ねて感謝を。やっぱり二次創作続けて行くのに感想とお気に入りが有るのと無いのじゃモチベが全然違いますからね。

 本当にありがとうございます。

 夏合宿編は新人くんの成長回含めて残り3話から4話予定となります。


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第七十七話

 新人トレーナーの悩み。過去からの脱却と今後の布石回です。

 本編どうぞ。

 つか7000文字って……やっば。


 新人は1人旅館に戻って来ていた。熱くなった頭は冷めず(覚めず)同じ問答を堂々巡りの如く繰り返し続けていた。新人の人生の中で惹かれたモノはウマ娘と言う存在、そして己の夢だった。此処最近だとトウカイテイオーやオグリキャップの夢にも惹かれ、初めのコロの目標だったモノが今では変わり、新人の担当しているウマ娘全員の夢を叶えると言うモノに変わっている。

 これは1つ新人が外へ目を向ける事が出来るようになったと言う成長であり、そして現在新人の頭を悩ませている事柄とも深く繋がっていた。

 

「……僕はなんなんだよ。違うだろ、こんな事を……こんな気持ちになる為にトレーナーになった訳じゃ無いんだって……思い出せよ」

 

 1人自室で頭を抱えていると、扉が軽くノックされた。それは今まで聞いた事が無い音で、直ぐにオグリキャップ達では無いと判断した。かと言ってこの旅館の支配人の様な此方にたづねてくる様なノックでも無く。言いなれば、そう。人が居るかの確認の様なノックだった。

 

「どうぞ」

 

「失礼致します……先程まで海に出ていたと思うのですが、どうなさったのですか?」

 

 新人の部屋をたづねて来たのは女将だった。ほんの少しだけ話し相手になっていた程度で、差程中が良い訳では無い。そんな相手。けれど新人の頭は勝手に彼女を記憶する。一言一句間違わずに記録し続ける。それが新人の持ち得た才能であり、また新人を苦しめる原因の一つ。

 

「……可笑しいでしょ?今日は皆で海水浴するつもりだったのに、僕だけ部屋に戻って来て……何してんだって感じ……」

 

「……そうですね。大変失礼なのは分かっていますが……」

 

「丁寧に言わなくても良いです。思ったままに言ってくれた方が……気を使われるよりずっと良いですから」

 

「ならお言葉に甘えて……」

 

 そう言って女将は軽く空気を吸って、一拍置いて口を開いた。新人はその言葉をじっと待っていた。

 

「貴方は随分と自分勝手です。まず1つ目に、貴方は何なんでしょうか。トレーナーでしょう?それも今年新任した新人トレーナーであり、その中でも一際目立つ存在だと父から聞いておりますが、私にはそう見えませんでした。そうですね、敢えて言うなら……背伸びしてるガキって感じですね」

 

「…………」

 

「何も反論しないんですか?出来ませんよね。だって事実ですから。トレーナーってみなさんそんな自分勝手なんですか?自分の感情を優先して、けど偶に担当の事を思っている様に見えますけど、結局自分の為になってませんか?今回の海水浴だって、本来なら貴方が自分で考えてやらければならない事だったのに、芦毛の……オグリキャップさんやあの子、トウカイテイオーさん達に言われて漸く計画しましたよね?遅過ぎるんですよ。何をしても器量良くこなせない。トレーニング風景等も隠れて見させて頂きましたが、頭大丈夫ですか?ウマ娘からトレーニングがキツイって言われて漸く芝と砂浜の違いを考え始めたと思えば、やってる事は普段のトレーニングとそう変わらないのでは?貴方……何もかも足りてないんですよ」

 

「…………あの」

 

 これ以上は聞いていられない。そう思い新人は口を開くも意味を成さなかった。

 

「後正直見てて気持ち悪いです」

 

「ぐ……ぅ……」

 

 口を開いた女将に対して新人は余りにも無力だった。外で出せた大声を出せれば遮れそうな物だったが、そんな事が出来ているのならきっと新人は此処には居なかっただろう。

 

「だってそうでしょう?貴方幾つですか?まだお母さん……あぁ、ママでも良いですよ?何方でも意味は同じですから。そう言ったモノに手を引かれなければ歩けないんでしょうか?癇癪は起こす、自分に興味が無い事はとことんどうでもいいタチなのでは?別に貴方が何をしても構わないと思いますが、それで未来あるウマ娘達の未来が閉ざされてしまうのなら今すぐトレセン学園に帰って辞表でも出して来たら如何でしょう?そうですね、そうしましょう。そういう事になりましたので、今から荷造りしときますね」

 

「まっ……」

 

「取り敢えず服も着替えて置いて下さいね。そんな格好で隣を歩かれでもしたら恥ずかしくて私倒れてしまいそうなので」

 

まって

 

「ノートパソコンは置いて行ってしまいましょうか。私物なら仕方ありませんが。あぁ、後貴方がトレーナーを辞めた後彼女達を受け入れてもらえるチームに当ては有るんですか?あぁ、有りませんか?それならそれも話しましょうね」

 

「……まってよ」

 

言いたい事が有るならもっとハッキリしなさい!貴方男の子であの子達のトレーナーでしょう!

 

「っ……まって……下さい……」

 

 女将の激励によって、漸くまともな声を、言葉を出せた新人だったが、いつの間にか正座していて顔は下を俯き肩は震えていた。色々と限界だった。それを見て女将は一言。

 

「泣いたって、自分がスッキリするだけです。いくらでも待ちます。けれど貴方のしている行動は自分を慰めて欲しいと言うポーズにしか見えませんから、自覚しなさい」

 

「……はぃ……」

 

 女将の一言で震わせていた肩を抱き締めるように抑え、ある程度して漸く俯いていた顔を上げた。新人の顔はそれは酷く、元が女顔であったが故にまだ見れるが、口からは出ていなかったが目と鼻からは体液が漏れていた。

 

「……少し、お話しましょうか」

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 初めに、何故秋川やよい理事長がこの旅館に新人を送ったかを説明された。それはある程度閉鎖した空間でのウマ娘との信頼関係を見直す事と、己の精神の正しい自覚をすべきだと考えた事だったと言うのを説明された。次にこの旅館の支配人の正体だった。どうやら秋川やよい理事長の遠縁にあたる方で、旅館と名を打っては居るが、本来ならば誰一人として泊めることは無いモノだったと言う。そして女将は幼少の頃から病を患っていたが、何とか完治し新人の事を監視する様に行動していたとの事だった。

 

「先ずは貴方のうじうじとかんがえてる悩みの種から聞きましょうか」

 

「……え?」

 

「早く喋る。時間が勿体ない」

 

「……はい。えっと、自分の感情が」

 

「取り敢えず帰る支度しますか」

 

「なんで!?」

 

「隠してるから。正直に話せ、私は貴方に優しく付き添って上げる担当ウマ娘じゃないし、ましてや母親でも有りません」

 

 女将は続けた。甘ったれた新人を叩き潰す勢いで。正座をしている新人を見下ろしながら。そんな女将に対して新人は小動物の様に正座をしながら縮こまるばかりだった。どうしてこんな事に……なんて事を考えながら、女将に言われた一言一言が彼の脳を刺していく。

 

「ハッキリと、隠さずに言ってみなさい。聞くだけならタダです。時間は消費されますが、それは貴方も私も一緒ですから。ですが無駄に時間を掛けられると聞く気も失せます」

 

「……正直、困ってます」

 

「何が?どうして、ほら早く」

 

「……僕は今まで惹かれる事があっても、それは特定の場面だけだったんです。それなのに……それ、なのに……」

 

「つまり、担当のウマ娘の水着を見て劣情を抑えきれなくなってしまい、そんな自分に嫌気がさしたと?」

 

「………………はい」

 

「バカですね。ウルトラバカですね、一変死ね」

 

「そこまで言われますか!?」

 

「言いますよ。当たり前でしょう。ウマ娘は皆産まれた時から容姿端麗です。そんな存在に特別な感情を抱くトレーナーもきっと少なくは無いでしょう。けれど皆さん折り合いを付けてやってます。それなのに貴方と来たら……本当にしようもない。」

 

「おっしゃる、とおり……です。はい」

 

「そういう変に聞き分けいい所とか本当に気持ち悪いですね」

 

「………………」

 

「不満があるのにソレを言おうとしない。理解はしてるけど納得してないって顔を隠そうともしない。貴方感情的になり過ぎなんですよ。本当にガキですね。生きてて恥ずかしくありませんか?……あぁ、恥ずかしかったらとっくのとうにトレーナーを辞職してますか」

 

 これまで新人は大きく他人に怒られた事は無かった。それは新人自身が不要だと感じ独りの世界に閉じ篭っていた事の弊害であり、トレーナーとしての助言は聞いていたが、人間性のお叱り等受けた事が無かったからだ。聞き分けがいいのも、本音は納得していなくても取り敢えずそう答えておけばいいと言うモノが大きい。新人は過去に捨てていた物の清算を今させられていた。

 とはいえ女将の言葉がキツイのも事実だったが、新人はこれが普通なのだと思い始めてしまったのもまた事実だった。

 

「それで、貴方はどうしたいんでしょう」

 

「……僕は……」

 

「このままトレーナーを続けていても、結局今日の様な事は続くと思いますよ?その度にこうして逃げ出して、それを見ていた他人に情けない所を見せて叱られるつもりですか?甘ったれるのもいい加減にしなさい」

 

「甘ったれて、るんですか」

 

「そうでしょう。だって貴方、今私に責められてるのにホッとしてるんじゃありませんか?自分がダメな奴だと自覚出来るから、失敗しても当然だと思っていませんか?経験が足りてないのは貴方が今までやってこなかった事へのツケなんですよ?分かってますか?」

 

「……」

 

 新人はまたしても言葉を失う。経験が足りないから仕方ない、これから学んで行けばいい。それ自体は間違いでは無いが、どうして自分の経験が足りないのかをしっかりと理解して居なかった。他人との関わりは本やネットで知識を深めるよりもずっと大切な()()()()()()と言う大切な事柄を支えるモノだったと言うのに、他人に理解されない事を良しとして、自分はソレに向き合おうとすらしなかった。その果てが今である。

 俯き、言葉を無くした新人の姿は正しく子供だった。

 

「黙ってないで一言でも言い返して見なさい!そうやって自分を責めていたって何にも変わらない、何も好転しないんです。他人にどうにかして貰おうなんて考え……捨ててしまえ!拗ねるな、俯くな!」

 

「……どうしたら」

 

「聞く前に考えましたか?考えたと言うなら、貴方の考えた事を言ってもらいましょうか」

 

「僕は……」

 

「荒唐無稽な言葉でも構いません。理解力はある方ですから」

 

「……トレーナーで在り続けたい。これは僕のエゴだ、僕の我儘だけど、それでもトレーナーとして、新人として、1人の男として皆を支えて行きたい。こんな僕じゃ無理だって言われるかも知れないけれど、それでも……っそれでも!僕はトレーナーで居たい!

 

「ならどうしますか?ガキみたいに拗ねて駄々を捏ねて我儘とエゴだけで担当の腕を引っ張って無理矢理走らせますか?」

 

「違う!違う、違うんだ……でもそうなるのかも知れない。けど、そうはならない様にするしか無いんだ。足りないなら毎日、毎秒成長していくしか、そうするしか無いじゃないか!」

 

「……まぁ、及第点って感じですかね。理想とは程遠いですけど所詮は理想。実現出来なければ泡沫の夢と変わりませんから」

 

「夢は夢でも、水面の泡になんてさせない……ぼく、僕は……皆のトレーナーだから……この気持ちにも折り合いを付けていこうと……おまい、おもち……思い、ます」

 

「……はぁ、なんでそこで噛みますかね……。本っ当にコミュ障何とかしなさいよ陰キャ野郎」

 

「な……これから、これから直していくから……」

 

「そこで逆ギレしなかったのは偉いと褒めて上げましょう。じゃあ最期の締めに入りますか」

 

「……え?」

 

 そう言って女将は新人を突き飛ばす。足は正座をしていた為に折り畳まれ、咄嗟に動かすのは困難な状態に。そんな新人に女将は覆いかぶさった。新人の細い腕を掴み上げ、肩手で固定する。

 

「貴方の劣情は恐らく思春期特有のモノです。精神的に未熟だった貴方は、恐らく今更思春期に入ったんでしょうね。なのでソレを私が発散させて上げましょう」

 

「……なん、なんで脱いでるんですか!?やめ、辞めて!」

 

 新人の上に乗り、着物を解いて行く。最早新人の言葉等女将の耳には入らなかった。

 

「大人しくして下さい。一度経験して置けばこの後の多少の色香など気にもしなくなるでしょう……?」

 

「……っ……辞めて」

 

「……そんな目が出来るんですね。女顔で目は若干垂れてるのに、表情筋だけで吊り上がるとは……まぁ関係有りませんよ。それでは」

 

 女将の顔が、唇が新人のモノとの距離を詰めて行く。ゆっくりと。

 

やめろっ!!

 

 触れ合いそうになったその瞬間、新人は女将の拘束から腕を外し、女将を突き飛ばした。けれど新人の非力な腕力ではウマ乗りになった女将を初めの体制に戻すのが精々で、身体を離す事は叶わなかった。

 

「……耐えられますか?」

 

「耐えるよ!耐えてみせる!誰が担当に手を出すかッ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それなら良いです。ですが覚えて置いて下さいね。私は貴方に恋をしている訳では有りません。全てはウマ娘の為に」

 

「分かってる!分かってるから……ちゃんと、服着てよ……」

 

 こうして女将から新人への物申しは終わり、新人の脳裏には女将の肌とその行為への禁忌感が残された。

 自分の汚点を思い知り、それが露呈し起こった話は終わり、新人はまた1つ確かに1歩を踏み出せた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 女将との話が終わり、着付けを直した女将は新人の部屋を後にする。去り際に言われた一言でまた新人は釘を刺されたのだが。

 

『謝るのは一瞬ですが、反省は永遠(とわ)です。自らに刻みなさい』

 

 その一言を言われ、新人もまた部屋なら出て行こうと扉を開く。新たな門出でも無ければ、決別の時でもないのにやたらと扉が重く感じたのは果たして何故か。漸く扉を開く、勢いに任せて乱雑と言われても仕方が無い様に。すると。

 

「んぎっ!?」

「ちょわ!」

「……痛いな」

「ちょ、バクシンオーちゃん暴れちゃダメだよ!?」

 

「よっす。話が終わった頃だろうと思って待ってたぜ」

 

 流れ星が集結していた。

 

「……何時から?」

 

「さっき来たばっかだよ。聞かれちゃ不味い事でも合ったんだろ?空気読んでやったんだから感謝して土星に行く為の」

 

「ドーナツならお前がレースで勝ったら買うよ」

 

「……マジ?いや流石に量が多いわ、食い切れる分にしてくれ」

 

「お前が言い出したんだろ!?はぁ……ちょっと話があるんだけど、良い?」

 

「……おう、話せよ。聞いてやっから」

 

「……ありが」

 

「ちょっと待ってよー!こんな、お団子見たいに重なってるのに話し始めるのやめてくれる!?」

 

「「あっ」」

 

 重なり合って身動きが取れない状態でトウカイテイオーが叫ぶ。その声は旅館に響き渡ったと言う。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 場所は変わらず新人の部屋。トウカイテイオー達は一応水着の上にジャージを羽織っており、新人と対面し正座していた。そして時間は経たずに新人が動き出した。

 

 

「ごめんなさい」

 

 土下座と謝罪と言う形で。

 

「……なんで土下座してんのトレーナー!?」

 

「私達もトレーナーの悩みに気付けなかったから、おあいこだ。すまない」

 

「オグリちゃんまで土下座し始めちゃったんだけど!?」

 

「それじゃあ流れで私も!トレーナーさん、ごめんなさい!」

 

「く、あははは!何だこの状況!笑えるんだけど」

 

 新人の土下座に釣られてオグリキャップ、サクラバクシンオーと土下座を返して行く。けれど新人は何も言わなかった。コミュ障である自分がコレから伝える事を必死に考え、纏めていたからだ。そして時間にして数十秒、新人は身体を起こす。

 

「……自分の都合で動いて、皆の事まだちゃんと考えてなかった。だから、ごめんなさい。今すぐは無理かも知れけど、コレから初めて行くから……僕のウマ娘で居てください」

 

 そう言って新人は真っ直ぐにオグリキャップ達を見詰めた。それに対する反応は様々で、トウカイテイオーとマヤノトップガンは笑っており、オグリキャップは真剣な表情、サクラバクシンオーは何が起こってるのか分から無いが取り敢えず笑っておけの精神で笑っていた。ゴールドシップは新人の前に1歩踏み出した。

 

「んじゃ、泳ごーぜ?あ、パラソルとか浮き輪膨らませてねぇから宜しくな?」

 

「……うん、うん!」

 

「やーっとあそべるー!」

 

「何して遊ぼっか、ねテイオーちゃん♪」

 

 皆羽織っていたジャージを脱ぎ、それぞれ旅館を出て行く。その後ろ姿を見て、新人は漸く気付いた。自分は劣情を抱いていたのでは無くて、単にウマ娘に、その中でも特別な存在である皆に心を惹かれて止まなかったのだと。事実女将に迫られた際には恐怖を色濃く感じていたが、今はスッキリとして居た。なんてことは無い、今まで抱いて来なかった感情の理由がわからずに1人から回っていただけなのだ。

 

「どうする?私も手伝った方が良いか?」

 

「いーや。僕がやるよ。オグリは皆と遊んで来て、僕もすぐ行くから……だって、僕はトレーナー(男の子)だからさ」

 

「……そうか、分かった」

 

 そう言って微笑みながらオグリキャップは新人から離れて行った。いつの間にかサクラバクシンオーもオグリキャップと共に海に繰り出しており、いつの間に?なんて考えていたが、直ぐに消えた。

 

「折り合い付けられたか?」

 

「うん、何も怖がる必要も無かったんだ。ありがとう、ごめんね」

 

「構わねぇよ。アタシの方から彼奴らに言ったのはお前がトレーナーとして悩んでるって事だけだからな。ンなもんで良いだろ?」

 

「……うん、ゴルシは」

 

「気付いてるに決まってんだろ?流れ星の中で1番お前と話してんだから、変化には気付くっつーの。んじゃ、アタシも泳いで来るわ。遅れんなよ?()()()()()

 

 そう言ってゴールドシップもまた、先に行ったトウカイテイオー達の元へと歩き出していった。

 

「……僕はトレーナー。誰の……そんなの決まってるよね……何がしたいのかも、もう分かってる事なんだから」

 

 

 ——僕は流れ星のトレーナーだ。そして数多い、それこそ星の数のトレーナー達の中でも自分勝手で、エゴと我儘なのが僕なんだ。皆が夢を叶えた笑顔が見たい。それがきっと僕がトレーナーになって良かったって実感してる、1番の想いだって、僕がそう思ったから——

 

 

 新人にとっての長い一日が、漸く始まった。

 ちなみにやっぱりパラソルは開かずにゴールドシップに爆笑されてたのは別の話である。浮き輪は何とか出来たが、非力な腕力では錆び付いて居る訳でも無いパラソルを開く事は出来なかった。

 

 後日、筋トレに励む新人の姿が目撃される様になる。




 漸く、漸くだよ!コレで新人くんのコミュ障脱却の布石と、言わせたい台詞を言わせられる……。
 夏合宿後5話くらい続くかも()plotガバガバじゃねぇかよおめぇよぉ!!!

 ごめんなさい。許して……。


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第七十八話

 海水浴回の続き。いやなげーよ、どんだけ海水浴引っ張んだよ。という事で海水浴回は今回は流して、次回書く時にします。
 


 ふと目が覚めた。摂氏(せっし)気温29℃、湿度も高かった。寝苦しさを覚えて目を覚ました。余りにも寝苦しくて掛け布団を蹴り飛ばす勢いで退かす。そうして勢いのまま身体をお越し、ジットリとした汗が背筋を伝った。そのまま上半身を捻り、枕元に置いてあるスマホを手に取った。

 

「……暑い……しかもまだ1時って、もう二度寝する気分にも慣れないし……」

 

 熱帯夜の熱に浮かされる様な気分のまま顔が上を向き、その勢いのまま倒れ込んだ。敷布団の上に体を倒した際になる音が、やけに耳について仰向けから横向きに体制を変えた。視線の先にはスマホがあり、時間を見て消した画面が明るさを取り戻した。

 

「通知……?」

 

 LINEの通知が来ていた。他の人に見られたくないから、匿名設定をしているLINEの通知を受けて、内容を確認する為にバナーを開いた。そこには僕が逃げ出して勝手に縁を切ってしまった相手——妹——からのメッセージだった。

 内容を読み、身体に纏わり着くような熱はそのままに旅館で用意される寝巻きのまま外へと向かった。

 

 今夜は月が綺麗な晩だな、なんて事を考えながら。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 旅館の外に出て妹からのLINEに返信を入れる。送って1秒、2秒と経過した辺りで既読が着いた。昔から妹は僕のLINEに既読を付けるのが早かったけれど、ここまで早かっただろうか。もう4年近く会っていない所為でそう感じているだけなんだろうか。砂を足裏で踏み荒らしていく。海から香ってくる独特な磯の香り、潮の香りを感じながら肺に空気を深く取り込む。

 妹の返信を待っている間に、1人海岸沿いを歩いて行く。海水浴をした際に出したモノの影が見えて来たけれど、当然片付けた後だからそんな物は無い。けれど確かに見えた。海水浴で行なったのはビーチボールだったけれど、何故か僕は埋められた。

 

 そう、砂浜に埋められてたんだ。ゴルゴル星の通信を受信したとかで、ゴルシがオグリ達と協力してアナを作り、その中に目隠しして腕を拘束された僕が入らされた。最終的にはマヤノが出してくれたけど、彼奴ら僕を埋めたらそのまま放置で遊び始めたんだ。酷いと思うんだよね、なんて数時間前の事を思い出しながらジャリジャリとした海水を吸った砂浜を歩いていた。

 

 そうしていると、スマホが震えた。妹からの返信だった。それに返した後、瞬時に既読が付き、それと同時にスマホから音が鳴りだした。

 

「もしもし?」

 

『……お兄ちゃん?』

 

「そうだよ。お前のお兄ちゃんだよ、その……久しぶり」

 

『……うん、久しぶりだね。トレーナーになるって言って、家を出てから全然連絡も無かったから心配したんだよ?』

 

「あー……うん、ごめん。何となく連絡するのが嫌になってさ」

 

『もう……だから久しぶりに連絡くれて嬉しかったの。でも何かあったんだろうなーって思って』

 

「この時間に通話したいって来たのか。なるほどね」

 

 電話越しに聞こえてくる声は心做しか最後に聞いた頃より、少し高くなっていて僕と話すのが余程嬉しいのか弾んでいた。初めて会った時は凄く縮こまっていたって言うのに、4年も連絡しなかった兄が久方振りに連絡したら嬉しいものなのかな。僕には良く分からないけれど。そもそも僕は他人との関わりを絶ってきたのだから、そんな気持ち分からなくて当然なのかも知れないけれど……でも、テイオーやゴルシが急に離れて突然連絡が来たら……多分僕も妹みたいになるのかな。想像するのも嫌だけど。

 だってゴルシとテイオー達が離れて行ったら正しく僕には何も残らなくなる。そうならない為にも僕はトレーナーとして、1人の人間として成長……して行かなきゃいけない。もう、逃げられない。

 

『お兄ちゃん?』

 

「ぁ……ごめん、全然話聞いてなかった」

 

『私のお話詰まらなかった……?』

 

「いや、考え事しててね……僕ってガキっぽい?」

 

『……急にどうしたの?誰かに、そう言われちゃったのかな?』

 

「ま……まぁ、そうだね。そう言われたんだ」

 

『うーん……ごめんなさい、お兄ちゃんの妹は良く分かりません。昔からお兄ちゃんって1人で何でもやろうとして立派に見えてたから……えへへ』

 

「その割には、何にも出来なかったけど」

 

 無理無茶無謀なんて知らなかったから、自分で出来る事出来ない事の判断なんてして無かった。多分他人相手でも同じだったとは思う。やれば出来るって言うのが基本になってたし。

 

『でも、あの』

 

「……なに?」

 

『……お兄ちゃんは凄いと思うよ?1人でトレーナーになっちゃったんだもん。やっぱりお兄ちゃんは凄い!』

 

「……1人で……か」

 

 よくよく考えてみれば、1人で何かを成したのなんて、本当は1つも無いのかもしれない。だってトレーナーズスクールに通う為にも金は要る。でもバイトなんてした事なかったし。それはつまり、学費なんかは全部僕の知らない場所で親が払ってくれてたんだ。僕は特待生なんて枠じゃなかったから。タダ他の人より記憶力が良くて、知識と言う名の文字を覚えてただけ。秋川理事長が僕の面接を受けてくれて居なかったなら、多分僕は今頃自殺してたと思う。それくらい耐え切れなかったんだ。色々な事が。

 

「僕のチームに入りたいって言ってたよね」

 

『う、うん。その為に私1人で自主トレーニングとかしててね』

 

「……は無理だと思う」

 

『え……?ら、わ、私の頑張りが、その、足りない……?』

 

「違う、僕がお前を育てられる程強くないからだよ」

 

『お兄ちゃんが、強くない?』

 

「……うん。知らなかったんだ、今まで色々な人に支えられて来た事を。自分が起こした行動や、言った言葉に対する責任とか。そう言ったものを僕はキチンと理解出来て無かった。薄っぺらだったんだよ」

 

『そんなことない!』

 

「いいや、そうだったんだ。現にお前にLINEを飛ばしたのでさえ、僕は適当に返しただけだ。だから約束しよう?」

 

『……約束?』

 

「うん。お前がトレセン学園に来た時に、僕はトレーナーとしても、1人の人間としても成長して、お前を迎えに行くよ。それまではお互い励まし合うだけにしよう。悩みがあったら何でも聞いてやる。今までやって来なかった……そう、兄貴の時間をこれから始めるから」

 

 いつの間にか歩いていた足は止まり、膝を折り座り込んでいた。視界に広がる海は何処までも続いているのに、僕は一体何をしているんだろう。妹に慰められそうになってるなんて、情けない。空を見上げれば、綺麗な丸い月が視界を奪った。

 あぁ、なんて綺麗なんだろう。星は見えないけれど、この空の向こうから光る星々が見えて来そうだ。

 

 もう逃げない、慰めなんて今の僕に必要無い。励まし合うだけとか言っているけれど、実は帰省する予定もあるからその時に妹の顔を見よう。4年経っているのだからきっと顔付きも、身体さえも変わってると思うし。妹の黒髪がどれだけ綺麗になったのか気になるし。

 

『……そんな事』

 

「勝手でしょ?でも僕はきっとトレーナー達の中でも一際エゴと我儘が強い奴だからね。そんな奴の場所で良ければ必ず迎えに行くから。そろそろ寝なさい。僕も寝るよ」

 

『……うん、久しぶりに話せて、嬉しかった。おやすみなさい』

 

「おやすみなさい。また、ね」

 

『……うん、うん……!また、またね……!』

 

 通話の最後に聞こえて来たのは嗚咽混じりのしゃっくりの様なモノで、僕はまた誰かを傷付けてしまったのだと理解した。

 

「……帰って明日のトレーニングでも考えるか」

 

 座り込んでいた際に付いた砂を払い落として、僕は旅館へと戻って行く。全ては何時かの未来の為に、約束を守る為にも。今は今出来る事をするだけなのだから。




 やっばいね、書きたくて書いたけど話全然進まないね。
 あと昨日投稿出来なかったのはウマ娘のイベントやって死んでたからです。因みにポイントは38万で止まりました()流石に時間が足りなかった……ぢぐじょう……魔王ゴルシ様……。


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第七十九話

 皆妹好き過ぎかよ……僕も好き。新人くんの妹が誰かって言う考察レースしてんの面白いわ。アンケートで集計して見ようかなとか考えてる。

 とか言いつつ1ヶ月記念の短編もやってねぇんだよなぁ……。


 久しぶりに寝ずの晩を過ごしたと思う。徹夜なんて基本やらなかったし、やる意味が無かったから。思えばトレーニング考えるのだって自分1人でやれるって息巻いてやってたよなぁ。

 支配人から割り当てられた自室のカーテンを開けて空を見る。今日は雲が多かった。薄雲が疎らに見えるから、雨は降らないだろうけど明日はどうなるかな。雲の切れ間から差し込んだ太陽の光が眩しくて直ぐカーテンを閉めた。太陽の光を長時間見てると目が可笑しくなるからね。今は、朝の7時を回っていた。

 

「……取り敢えず皆と会うか」

 

 寝巻きから何時ものスーツに着替えて自室を後にする。朝の旅館の廊下は静かで居心地が良い。将来はこんなに大きくなくて良いから、何処か田舎に住んでのんびりと暮らしたいなぁ……。まだ見ぬ将来の設計を適当に想像しながら歩いていると、僕の視界に人が立っていた。

 

「おはようございます、女将さん」

 

「……おはようございます。良く話し掛ける気がしましたね」

 

「昨日の今日でって事?……まぁ、正直女将さんの事は苦手ですけど、それって自分の都合が悪いからだと思うんですよね。だから避けたら負けかなって思って」

 

「良く分からない理論を貴方は……はぁ。まぁ良いです。今日やるトレーニングは考えて来ましたか?流石に時間が足りませんでしたか?アレだけ遊び呆けて置いて」

 

「……アレが遊んでる様に見えたなら、僕の女将さんに面と向かって嫌いって言えそうです」

 

 砂に埋められたあの場面を見てその台詞を言ってるなら、本当にキツいと思う。アレは楽しんでたんじゃなくて、助けを求めてたんだよ。埋められたら誰だって助けを呼ぶでしょ。まぁ、最終的にマヤノが助けてくれたし良いんだけどさ。ゴルシは最後までウェットスーツ着てたし。名前分からなくて調べちゃったよ。ダイビングに使うスーツ名前って検索したよ。

 

「私の事そんなにお嫌いですか?」

 

「アレで好かれると……お、おも、近い!」

 

 どうして近付く必要があるんですか。態々1歩も2歩も詰める必要無いでしょ。急に人の顔が近付いて来たら怖いって。女将さんが近付いた分だけ、後ろに後退りすると女将さんは立ち止まった。基本的に無表情だから何考えてるのか分からない。理解しようとは思うけど、多分一生理解出来ないと思ってる。

 

「それでは私はこれで」

 

「……急ですね」

 

「えぇ、これ以上貴方で遊んでいると、貴方の後ろのウマ娘に嫌われてしまうので」

 

「……後ろ?ゴルシ!?」

 

「おっすオラゴールドシップ!おめーちっこいなぁ〜、ちゃんと飯食ってんか?ちゃーんと飯食わんと背も伸びんぞ!」

 

「余計なお世話だ!と言うか女将さんにちゃんと挨拶しなさい」

 

「……しょーがねぇなぁ」

 

 いつの間にか背後に立っていたゴルシに驚きつつも、ちゃんと挨拶はするべきだと思い、ゴルシに女将さんへの挨拶を指示した。と言うかなんだその喋り方。僕本当にそう言うアニメとかゲーム?のネタは疎いんだって。

 

「……おはよーございます」

 

「……はい、おはようございますゴールドシップさん」

 

「アタシの自己紹介待たずに名前呼ぶとか、さてはせっかちさんだな?」

 

「先程新人さんがお名前をお呼びしていたので。いけませんでした?」

 

「いんや?別にオラは良いぞ。だがゴールドシップ様が許すかな!と言う訳でジャッジメントゴルシターイム!」

 

「……なんて?」

 

「新人シャラップ!そして無言で行こうとするんじゃねぇよ女将さんよぉ!」

 

「チッ……なんでしょうか?」

 

「おい新人、此奴意外と強かだぞ」

 

「……知ってる」

 

 ゴルジのネタをガンスルーして何処か行こうとする人初めて見た。この人僕の知る中だと1番強いかも……嫌でもたづなさんや秋川理事長に対してこんな事してるとき見た事ないし、分かんないな。いややらせないけどさ。

 

「デーフェンスデーフェンス、腰を落としてデーフェンス」

 

「……絶妙に邪魔ですね」

 

「貴様にこの鉄壁の守りが抜けられるかな!」

 

 腰を落として旅館の通路いっぱいに両手を広げたゴルシがカニ歩きで道を塞いでる。コレには女将さんも無視できまい。

 

「さぁ!」

 

「こうなったゴルシは執拗いですからね。覚悟しておいた方が……」

 

「押し通ります」

 

「え、ちょ、ちょちょちょっと待てよ!?おい、あ、え!?」

 

「ホントに押し通ってるゥ!?」

 

 ゴルシの身体を使ったディフェンスを無理矢理推し通ってる。僕より力強いのは分かってたけど、ウマ娘であるゴルシと正面切って競り合い出来るの!?

 

「持ってかれる!ゴルシちゃん持って帰られちゃう!新人、新人!助けて!たーすけてー!」

 

「え!?おま、お前で止められない人僕が止めれると思ってんの!?」

 

「邪魔したら昨日の比じゃないくらい潰しますからね」

 

「ヒェッ……ごめん、ゴルシ。でも流れ星のメンバー表から君の名前を消す事は無い……永久欠番として残しておくから」

 

「諦めんなよ!?」

 

 女将さんに押されながら此方に必死に手を伸ばそうとするゴルシに静かに敬礼をする。さようならゴールドシップ。君が居たから僕はトレーナーになるって言う夢の続きを見付けられたんだ。思えば沢山君に助けられて来たよね。僕の寮の部屋の天井にプリントした何時撮ったか分からないチーム集合写真を眺めて君の事を思い出すから……。

 

「お前マジで覚えてろよしんじぃいいん!!!」

 

「……そろそろ助けようかな」

 

 女将さんに5回くらい止まってくださいって言って漸く止まってもらった。その頃にはゴルシは叫ぶ元気も無くなってたのか、耳が垂れてた。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 あの後ゴルシを助けて、2人で朝のトレーニング発表に使っている部屋へと向かっていた。

 

「たく、もう少し根性出せっての」

 

「女将さんに喧嘩売ったお前が悪い」

 

「へぇへぇ、アタシがわるーござんした。反省してマース。コレでいいか?」

 

「……お前って奴は」

 

 僕の頭をペシペシと叩きながら舌を出して半目になって謝ってくるゴルシに若干イラッと来ながらも、なんだかこう言うのも久しぶりな気がして少し楽しかった。2人でお互いちょっかいを出しながら、と言うかゴルシに出されながら目的の部屋に辿り着いた。実の所夜通し考えたトレーニングはなんて事は無い物だったけれど、ちょっと試したい事も有って不意打ち気味に言ってやろうと思う。ゴルシは面白がるだろうけど。

 

「おはよう、皆」

 

「おはようトレーナー」

 

「トレーナーちゃんおっはよー♪」

 

「おはよートレーナー」

 

「おはようございますトレーナーさん!」

 

「皆の者、苦しゅうないぞ」

 

「お前は一体どの位置に居るんだゴールドシップ?」

 

「見て分かんねぇのか、新人の隣だろうが」

 

「……そうか」

 

「ゴルシは置いておいて」

 

「どこに置くんだよ、あぁん?」

 

「今日のトレーニング発表するね?」

 

「どーせ重りでしょー?」

 

「……学級委員長として頑張ります」

 

 皆と軽い挨拶を交わして、本題へと移る。皆どんな反応するかな。少し楽しみだ。バクシンオーは何時も乗り気じゃないけど、そんなに嫌なのかな。重くて思う様に歩けない感覚って分からないから、ちょっと気になる。

 

「今日のトレーニングは」

 

「あぁ」

 

「……まだ?」

 

「トレーニングは……」

 

「トレーナーちゃん?」

 

「……トレーナーさん?どうかしました?」

 

「トレーニングは……ずばり」

 

「はよ言えやっ!溜めんな!気になるだろ!?」

 

 隣に立っていたゴルシに頭を叩かれる。意外といい音鳴ったけど、全然痛くない。さてはゴルシ手加減してくれたな?ありがとう、結構嬉しい。

 

「チームを二分割します」

 

「なに?」

 

「どーゆうこと?」

 

「トレーナーちゃん……まさか昨日の事怒って……」

 

「ちょわ!?そんなにお怒りでしたか!?」

 

「違うよ、そうじゃなくて」

 

「んじゃどういう事だよ?奇数のチームなのに二分割って」

 

 皆から意味が分からないって言う空気がありありと伝わってくる。まぁそうなるよね。でも僕達のチームってちゃーんと偶数だよ。さて、誰が抜けてるでしょーか。

 

「夏合宿最終日に模擬的にレースを行います。僕はそのコースを作ったりするから、今日から1週間に1人ずつ僕の作業を手伝って貰います!ゴルシは最後ね。毎日朝は一緒にトレーニング発表をするけど、その後は僕とこの中から1人抜けてもらうから。今週は……マヤノから」

 

「いいよ〜。デートだね♪」

 

「そうだね、デートだよ」

 

「……へ?」

 

「トレーナーが」

 

「……デートを認めた……だと……」

 

「おいバクシンオー、お前熱とかねぇ?」

 

「至って健康体です!学級委員長として体調管理は」

 

「そっか、それならコレは夢だな。あのコミュ障で色々勘違いと思い込みの激しい新人がんな台詞言う訳ねぇもん」

 

「ゴールドシップさん!?」

 

 なんか特に意味の無いバクシンオー弄りが始まったけど、コレは僕の所為ってのは分かる。でも余り関係ないバクシンオーを弄っちゃダメだよ。見てる分には楽しいかも知れないけど、やられてる方は多分不安になってるから。

 

「トレーナーちゃんトレーナーちゃん、ホントにデートなの?」

 

「はい、1週間宜しくね」

 

「……〜〜〜!!やった〜!!!」

 

そんなに喜んで貰えると嬉しいよ。2人で頑張ろうね

 

「……何か言ったかトレーナー?マヤノの声で耳が可笑しくなってる」

 

「……ううん、大丈夫。なんでもないから」

 

 さぁ、マヤノと僕のデートが始まる。楽しみだね……マヤノ?これから行う事に僕はなんの躊躇いも無く行動出来そうだったから、初めにマヤノを選んだけど、ここまで喜んで貰えるとは思って無かった。

 

「それと二分割したチームだけど、ゴルシとバクシンオーとマヤノがAチーム。テイオーとオグリと……僕がBチームね?」

 

「分かった……え?」

 

「トレーナーと、ボク達が、チーム!?」

 

「なんでマヤとチームじゃないの!?と言うか、え?トレーナーちゃんもチームに入るの!?」

 

「ふふ、楽しみにしててね。最後にやる模擬レース」

 

「なんだか知らねぇが、面白ぇ!」

 

「面白いで済ませるんですか!?」

 

「おう、面白ければオールオッケー」

 

「……勝てる気がしない、いやトレーナーが悪い訳じゃ……いや悪いのかな……なんでトレーナーウマ娘じゃないのさ!」

 

「……僕を産んだ人に言ってよ……」

 

「やるからには勝つ。そうだろう、トレーナー?」

 

「うん。やるからには勝とう。宜しくテイオー、オグリ」

 

 皆様々な反応をしてくれる。ゴルシはやっぱり面白がってるし、何なら僕がやろうとしてる事気付いてるんじゃないかな。今は夏合宿、やってる事が何時ものトレセン学園でやってる様なトレーニングじゃ意味が無い。僕はこれから自分に足りない物を掴みに行く。他のトレーナー達が持ってない様な、そんな物を。

 

 その為に只管知識しか持ってないこの頭を使ったんだ。妹と約束もした。皆の将来を僕の力不足で閉ざして堪るものか、負けていい勝負なんて、何処にも無いんだから!

 

 

 




 と、ゆー訳で新人くんの新しいハチャメチャトレーニングが始まるよー。今までじゃ絶対にやらなかったし、言わなかった事を言わせたりやらせながら。

 勘のいい人は気付きそう。そんなに難しくないからね。
 それはそうと、新たにプロットを書き直して夏合宿編は今回から数えて9話、もしくは10話になると思います。そこまで長くしたくないからカットするかもしれないけど、新人トレーナーくんの頑張りにお付き合い下さいませ。


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第八十話

 まーた昼間の投稿に間に合わなかった。どっかでゲリラ投稿すっかな。


 マヤノとチームを抜け出して整備された道路を2人で歩いていた。この一週間、何故2人っきりになる必要が有るのか。色々聞かれても言い様に準備して来たけど、マヤノは無言だった。チラチラとこっちを見て来てるけど、話しかけて来る様子は無かった。と言うか気合い入れて色々持って来たけど、背負ってるリュックが重たい。前回デパートに行った時に買ったけれど、こんな所で役に立つとは思って無かった。いや、色々考えては居たんだけど、こんな早く使うつもりは無かったんだよね……。

 

 それと、徹夜してたけど何も無駄に時間を過ごしてた訳じゃ無いんだ。少しこの旅館の立地について調べて見たら、面白い事が分かった。此処って何時もトレーニングしてた砂浜とかも私有地なんだけど、旅館から少し道路に沿って歩くと森見たいな場所が有るんだ。更にそのまま道路を進むと、海が有って、その先には半径10km位の島がある。それを知った時は驚いたけど興奮もした。割とやれそうな事多そうじゃん、なんて考えにもなってたし。

 

「……トレーナーちゃん」

 

 嘘です、話しかけられました。あれ、こう言うちょっと気不味い空気の中って普通話しかけられ無いって言うのが鉄板じゃないの?いや、こう言う状況になったの殆ど無い、と思うけど。あー……リュックが重い。

 

「なに?」

 

「大丈夫?無理してない?いっぱい荷物背負ってるし」

 

「それは、それは心配し過ぎだよ。そんなに弱く見える?」

 

「まぁ、それなりには?」

 

「ふ、ふふ……ふふふ……くぅ」

 

 今までの行動の評価がこの即答に出てるんだなぁ……。情けないやら面白いやらで変な笑いが込み上げてきた。正直今の所僕に焦りは無かった。理由は色々あるけれど、僕の根底が分かったからね。僕は多分エゴと我儘の塊なんだと思ったんだ。でもそれは夢や憧れに近い位置にあるんだと思う。自分に都合の良い解釈なのかも知れないけれど、皆の笑顔が見たい。皆と一緒に夢を叶えて、僕もその輪の中で笑い合いたい。そう言う気持ちはきっと間違いなんかじゃないと思うから。

 

「トレーナーちゃん、マヤと2人っきりになって何がしたいの?」

 

「……デートという名のトレーニングだよ?」

 

「……知ってたぁ……それでトレーニングって?背中のリュックと関係あるの?」

 

「そりゃそうだよ。じゃ無かったらこんなの持って来ないって」

 

「……また重りかな?」

 

「いや?今日のトレーニングはちょっと違うから」

 

「……?」

 

 重りなんて持ってきてない。それ以外でやる事があるからね、飽くまでも今日は持ってきてないってのが正しいんだけど。それも色々説明しなくっちゃね。

 

「じゃあ何するの?」

 

「そうだね、やっぱり気になるよね?」

 

「うん♪マヤちんすっごく気になる!」

 

「うんうん、やーっぱり気になるんだ」

 

「そうだよー、だから早く教えて欲しいなぁ」

 

「気になるんだから」

 

「早く」

 

「……はい」

 

 笑顔だけど圧がすごい。怖いよマヤノ。怖気付いた僕は直ぐに口を開くのだった。情けないな、我ながら……。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 目的地である場所へと辿り着いた。舗装されたアスファルトから少し離れて、森の中へ。

 

「じゃあ先ずは……ウマ娘って何か分かる?」

 

「……マヤ達の事でしょ?」

 

「そうだけど、何のために産まれてくるか。そう言う意味でかな」

 

「えっと、走る為に産まれてくるって聞いたんだけど……でもウマ娘ってそれだけの為に産まれて来た訳じゃ無いんだよ?勝負服のデザイナーさんや、飛行機のパイロットになったりもするんだから♪」

 

「そうだね、でも少なくとも今のマヤノ達は走る為に此処に居るでしょ?」

 

「ん、そうだね」

 

 ウマ娘に付いて分かっているのは、僕達人類とは違った存在で、基礎能力が僕達とは比にならない程高いって事。それこそ僕達人間の進化系なんじゃ無いかっていう話が上がってくるくらい。まぁ、そんなのはどうでもいいし、頭の片隅に置いて置くけど。

 

「マヤノトップガン」

 

「なんでいきなりフルネームなの?後ちょっと顔怖いよ……トレーナーちゃん?」

 

「僕は……いや、君の夢を聞かせて欲しいんだ」

 

「……マヤはキラキラでワクワクするウマ娘になる!初めの頃にも言ってたよね〜懐かしいなぁ。あの頃のトレーナーちゃんは髪の毛上げてなかったんだよね」

 

「……そうだね。それで、その夢に変わりはない?」

 

「うん!変わらないよ!マヤの夢は変わってない!」

 

 後で皆にも聞くけれど、夢を聞くのは或る意味僕の為なんだ。皆それぞれ違う夢を持ってる。分かっているけれど、もう一度本人達に確認したかった。僕と出会って、僕とトレーニングして、その夢に変わりは無いか。それが聞きたかったんだ。そしてマヤノは変わってない。凄く安心した。

 

「じゃあトレーニングを始めよう!」

 

「うん♪マヤちんとトレーナーちゃんで、テイクオーフ!」

 

「先ずは試しね。取り敢えず走ろっか」

 

「……うん?この森の中?」

 

「柔軟して、この森の中で僕と2人でこの森の中を走る。どっちかが倒れたら一旦休憩。僕がいいと思ったら次の段階に行くから。1週間多く倒れた方の負けだから。マヤノも覚悟して置いてね」

 

「……と、トレーナーちゃんの鬼畜ゥ!!!」

 

「大丈夫!僕も一緒にやるって言ったでしょ!さぁー!身体を作って行こー!」

 

「うわぁあぁぁああん!!!」

 

 こうしてマヤノの悲鳴からドキドキ!2人っきりで森の中の筋肉トレーニングが始まった。先ずは柔軟から。

 

「トレーナー、トレーナーちゃん!これ以上身体倒せない!あ、そこ触っちゃダメぇ!」

 

「僕も同じ事やるから!行くよ!」

 

「ひーー!?」

 

 柔軟の時点で疲れ切ったマヤノと交代し、今度は僕がマヤノに柔軟をして貰う。

 

「……ふふ、行くよトレーナーちゃん」

 

「うん、何時でもきいでてててて!?まや、マヤノさん!?」

 

「マヤと同じ目に合わせてあげるからね!トレーナーちゃん、覚悟ー!」

 

「あ、あっ、鳴っちゃ、あ、だめ、ダメダメダメッー!!!?」

 

 この日僕の身体からポキッて言う音が鳴るのが止まらなかった。前屈とか何時ぶりだろ。後どさくさに紛れて僕の髪の匂いとか嗅いでるけど、シャンプーとかリンスの匂いしかしないからね。

 

 次はお互いの足に通常の蹄鉄を付けて、不安定な森の中を走り回る。コレが意外とキツくて、舗装なんてされて無いから剥き出しの木の根っこだったり、走ってる時に絡まった草なんかに足を取られるんだ。ある程度の速度しか出させてないけど、何度か僕もマヤノも転んだ。

 

「……ふふ、トレーナーちゃん泥だらけだね」

 

「マヤノもだからね?ほら、顔についてるから……拭いてあげる」

 

「へ、あ……あり、ありがとう……」

 

「足は大丈夫?」

 

「うん、マヤそんなにヤワじゃ無いもん♪」

 

「そっか……取り敢えず今日は此処までにしよっか」

 

「明日もやるんだよね?」

 

「うん、明日は少しトレーニングを変えるかも知れないけど、基本は僕とマヤノ2人で同じトレーニングをやるんだ」

 

「……トレーナーちゃんと、2人で……かぁ」

 

「いや?」

 

「ううん、ぜんぜん!楽しいもん……トレーナーちゃんと一緒にトレーニングやるの♪」

 

 お互いジャージは転んだりして土で汚れてるし、慣れない場所で走ってるから凄く疲れたけれど、やって見なくちゃ分からない事が確かに有ったから。それを知れたのが一番の収穫……でも無いか。マヤノが笑ってくれてるのがきっと一番の収穫だから。

 

 取り敢えず帰ったらお風呂入ってご飯食べて、今日のレポート作って置かなきゃね。

 

「じゃ、帰ろうか」

 

「うん!あ、手繋いでもいーい?」

 

「まぁ、良いけど……何か楽しいの?」

 

「マヤは楽しいよ♪トレーナーちゃんは違う?」

 

 マヤノに握られた手を見る。そしてマヤノを見る。凄く楽しそうに笑ってくれてるのが分かる。それを見て、僕が楽しくない訳。

 

「すっごく楽しい!」

 

「マヤもたのしーよ!」

 

「はは、ははは……でもちょっと歩く速度早くない?ねぇ、まや、マヤノさん?」

 

「このままトップスピードで行っくよー!」

 

「え、ちょ、楽しいのは分かったけど走るの!?」

 

「トレーナーちゃんと2人で、テイクオーフ!」

 

「走るの!?」

 

 どうやらマヤノはまだまだ体力が余っていたみたいで、ウマ娘の走る速度に追い付けもしない僕は引き摺られるように走らされた。マヤノはずっと笑顔で、僕もそれが嬉しくて笑顔だったと思う。

 

 茜色の空、夕焼けに照らされるマヤノの顔が綺麗で、初めてかも知れないけど、トレーナーになって良かったと思えた。おかしな話だけどね。




 マヤノちゃんとのデートトレーニング。
 実は新人くん、1度もトレーナーになって良かったって言う言葉は言ってないんですよ。あれ、言ってないよね?言ってたら即修正案件なんだけど。意識して書くのやめてたから、多分書いてないと思う。

 新人くんの取った択のひとつ、自分もまたウマ娘と同じトレーニングを受ける。何処にどう負担が来るのか、そしてどう言ったトレーニングが楽しくて、どんな物が苦痛に感じるのかを知る為に身体を張ることを決意したっていう感じ。


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第八十一話

 マヤノとのドキドキトレーニング本格始動。
 と言うか皆大穴狙い過ぎでしょ、君達取り敢えず大穴に賭けるタイプと見た。作者もリアルではやらないけど、ゲームだと大穴にかけます。具体的に言うとハリボテエレジー(有り金全部突っ込む人)

 新人くん、羽化の時(育成し終わった後の成長回)
 似てる様でも違うからね!本編どーぞ。


 マヤノとのトレーニングも2日が経ち、現在3日目のトレーニング終わりとなった。初日は森の中での競走、昨日、詰まり2日目のトレーニングでは初日と同じ事をこなして貰った。同じトレーニングをこなした僕の体調としては——かなり足が痛い。

 蹄鉄付けた状態での歩きですら、タダの人間である僕はかなりキツいけれど、更に舗装されてない獣道を走っている様な物だからね。けどマヤノは本当に楽しそうにやってくれてる。それが今の所の救いかな。けどこのやり方はマヤノと、オグリ辺りしか成果は出せないと思う。バクシンオーとテイオーにはちょっと厳しく感じる。激重蹄鉄を付けてる時の挙動が2人共元気そうに笑うけど、足が偶に震えてるのが見えてたから。ゴルシは多分つまんないって言ってくるだろうから、もう少し練らなきゃ。

 

「……それなのにそれ(激重蹄鉄)以外のトレーニングを考え付かなかった僕の責任だよね」

 

 一応オグリ達にもトレーニングは言って置いた。勉強と素潜りと砂浜ダッシュ。もうこれくらいしか思い付かなかったからね。我ながら酷いとは思う。

 

「トレーナーちゃん?」

 

「ん、今日もお疲れ様。明日からは少しトレーニングを変えて行こう。もう随分慣れてきたでしょ?」

 

「うーん、そうだね!もう転ばなくなって来たしー、走り方も分かってきたから♪」

 

 本当に、本っ当にマヤノは優秀だと思う。それに比べて僕は……いや、そんなのは関係無いな。マヤノのセンスは本当に凄いけど、それで何時までも耐えられる程肉体は強くない。擬似的な競走は今日で終わりにしよう。明日のトレーニングはまたお試しになるけれど、これ以上高負荷は掛けられない。僕の目に付かない様に疲労を誤魔化してる可能性も有るし。

 

「取り敢えず帰ろっか」

 

「うん!また手繋いでもいーい?」

 

「良いよ、ほら」

 

 もう恒例になって来た手を繋ぐ行為の為に手を差し出す。けどマヤノはその手を取らなかった。もしかして汚れてる?……いや、大丈夫だと思うけど……。

 

「……えへへ、あのねトレーナーちゃん」

 

「なに?」

 

「今日は……トレーナーちゃんから握って欲しいなー、なんて」

 

「……良いよ。手掴むね」

 

「うん……どーぞ♪」

 

 初めて自分から手を繋いで見たけれど、マヤノの手は凄く柔らかかった。その感触に少し動悸が激しくなったけれど、汗をかいて火照った身体には丁度良かったかも。何時か自分の動悸とか自分で制御出来る様になったら便利そうだな。

 

 一先ず今日のトレーニングは終わりを迎えた。明日からのトレーニングをまた考えて行こう。マヤノと手を繋ぎながら僕達は2人で旅館へと歩いて行った。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 4日目の朝が来た。正直此処最近眠れてない。目の下のクマが目立たないのがまだ救いだけど、こんな状態が続くとまた皆に心配されてしまう。慣れない事をしてる自覚はあるけれど、どうしてか身体が休ませてくれない。今までこんな事無かったんだけど。鏡の前に立ち、何度も目の下を確認する。結論としては僕の記憶と遜色付かない様だったから、無問題とする!

 

 眠れない時間を使って考えて見たけれど、トレーニング場所を変えようと思う。どうせ眠れないからと割り切って色々考えて見たけど、やっぱり僕の頭で思い付くのはどれも負担が大きそうなトレーニングになってしまう事が分かった。その理由は良く考えれば簡単な事だったけれど。

 無理に環境に合わせたトレーニング、更に言えば結果を急ぎ過ぎてるんだと思う。ならどうするか。人に聞いてみよう。自分1人の頭で考えてるのが悪いんだから、早いかも知れないけれど誰かの意見を聞いてみようと思う。その相手は——。

 

「それで朝から私の場所に来たんだね」

 

「すいません支配人さん」

 

 謝りながら支配人さんの前に正座をして、話をする体勢を作る。立ちっぱなしだと足が痛くて堪らないんだよね。

 

「いや、大丈夫だよ。それにしても……元気そうだね」

 

「そうですか?」

 

「うん、君最近寝てないだろう?それにウマ娘と同じ様なトレーニングをやってるのに、眠ってない状態で良く活動が出来るよ」

 

「……なんで寝てないって分かったんですか?」

 

「扉の隙間から光が漏れてた。と言うには弱いかな。実際の所単に引っ掛けただけだよ」

 

 本当なのだろうか。余り疑いたくは無いけれど、ソレが原因じゃないと思う。だってあの女将さんのお父さんだからね、例えば僕の身体の動作で分かったって言われても不思議じゃないし。

 

「僕の事はどうでもいいんです。支配人さんにはお話があって」

 

「トレーニングの事だろう?」

 

「……話が早い」

 

「そりゃあね。態々この旅館のレシピや旅館の成り立ちを聞きに来た訳でも無いだろうし」

 

 それはそうだけど、もっとこう……なんかあっても良いと思う。察しがいいのは助かるけれど、会話する量が減るのはちょっと困るかも。意識してゆっくり喋る様になって、ほんの少しは噛む頻度とか少なくなって来たから、この調子で行けば噛み癖や吃りも無くなりそうだから。

 

「……トレーニングの事に関しては、私から言える助言は無いよ」

 

「ない?え、ないんですか!?」

 

「それはそうだとも。何せ君はしっかりトレーナーズスクールを出ているんだろう?それに首席で卒業したそうじゃないか。そんな()()()()に一体何を助言するんだい?」

 

「……それは、そう、なんですけど」

 

「君の中にちゃんと有るだろう。トレーナーズスクールで教わった事を良く思い出して見るといい。それに他のトレーナーさん達のトレーニングも見ていただろうし」

 

「……理解はできます、けど……」

 

「何のための完全記憶能力なんだい?」

 

「……と言うか支配人さん僕の情報知り過ぎじゃないですか?可笑しいでしょ……」

 

「秋川理事長が話してくれたよ」

 

「……理事長ぉ……」

 

「私の部屋は自由に使ってくれていいから、ゆっくり思い出すといい。まだ朝も早い。まだ5時だからね、早すぎるくらいさ」

 

 そう言って支配人さんは僕にウインクしながら部屋を出て行った。思い出せ……か。本気でやってみようかな。色々嫌な事も思い出すけど、それで少しは前に出れるなら。正座を解いて胡座に変える。身体の力を抜いて瞼を閉じる、不思議と眠気は来ない。そうして僕は自分の意思で意識を深く()()()()()()

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

『1人で勉強ですかー?周りの人間がバカに見えるって顔しやがってよ……』

 

『あの、私此処が分からないんだけど、その、新人くん教えてくれませんか……?』

 

『アイツマジでうぜー』

 

『筆記試験トップだってさ。見下しやがって』

 

『おーい、お前も飯食いに行かねーかー?』

 

『良いか、新人トレーナーが陥り易い部分だが』

 

『本当に付き合いわりーよな彼奴って』

 

『お兄ちゃんの夢って、なに?』

 

『ウマ娘の為に生きる決意をするのがトレーナーの第一歩』

 

『あー!可愛いウマ娘と付き合いてー!』

 

『アンタってさ、何で言い返さないの?』

 

『先ずは柔軟からやっておけ』

 

『ウマ娘の身体は強いが負担を考えなければ一瞬だ』

 

『お兄ちゃん』

 

『俺の同期が焦って皐月、菊花を取ったウマ娘に怪我を負わせた』

 

『お兄ちゃんの夢って、なに?』

 

『『『どうせお前はトレーナーになれない』』』

 

『お前は俺達の本当の息子じゃ無いんだ』

 

『ぼくのゆめは、うまむすめになることです!』

 

『ごめんね、ごめんなさいね……ちゃんと産めなくて』

 

『あの日見た流れ星に、僕は名前を付けるんだ』

 

「————ちゃ—」

 

『なにやってもお前じゃ無理だろ』

 

『お父さん!お母さん!だいすき!』

 

『チーム名は流れ星にしよう、それが良い気がするし』

 

『新人は優秀だな、頑張れよ』

 

「——レー——ん」

 

『初めまして私がこの学園の』

 

『トレーナーになるって夢を叶えた先が分からないんだ』

 

『面白そう』

 

 頭が可笑しくなりそうだ。記憶の蓋を開けてソコに飛び込んで、僕は何の為にこんな事してるんだ?上手く考えられない。怖い、こわい、こわいこわいこわい——こわいよ、ぼく——。

 

「トレーナーちゃん!」

 

「っ……まや。ま、」

 

「大丈夫?……すっごい汗、ちょっと待っててね今お水持って来るから!」

 

 意識がハッキリした。周りを見渡すと、確かに僕は支配人さんの部屋の中に居る。けれど体勢が違った。何で胡座をかいていたのに、横になってるんだ?寒気がする、吐き気が止まらない。本当に此処は現実?それとも、まだ記憶の中に居るの?分からない、わかんない、わかりたく、ない。

 

 震える身体を必死に抑える。弱くちゃダメなんだから、僕の強みはこの完全記憶能力なんだよ。今までの経験を知識に変えられる僕だけが持ってるモノなんだ。それに縋らなきゃ、いつまで経っても僕はガキのままだ。もう一回、もう一回やらなきゃ……トレーニング方法をもう一度考え直す為に、もう一回……。

 

「トレーナーちゃん、お水」

 

「……僕は、トレーナー?」

 

「……トレーナーちゃん?」

 

「トレーナーって、なに、だれ、ぼく、え……」

 

「トレーナーちゃん?トレーナーちゃん!」

 

「……大丈夫、大丈夫だから、大丈夫。水ありがとうマヤノ……」

 

 マヤノから渡された水を震える右手で受け取り、身体を起こして飲みながら、ほんの少し落ち着いて来た。大丈夫、コレは現実で、僕は新人トレーナーだ。大丈夫。こんな所で立ち止まってられる程、僕に時間は無いんだ。今まで逃げ続けて来たツケを此処で払わないと、何時まで経っても僕はガキでダメな奴になっちゃう。漸く、漸く僕はトレーナーになれそうなんだから。

 

「……なんでそんなに泣きそうなの?」

 

「ぇ?……ぁ、ごめん。なんか、マヤノ見てたら安心して」

 

「ウソつき」

 

「……嘘?」

 

「トレーナーちゃん怖がってる。マヤ分かるんだよ?」

 

 そう言ってマヤノは僕の頭を抱き締める。あぁ、また僕は甘えてるんだ。コレじゃ今までと同じだ。離れないと、マヤノを突き飛ばしてでも、僕はこれ以上甘えちゃいけないんだから。でも、出来るの?

 

「トレーナーちゃん」

 

「……なに?」

 

「トレーナーちゃんがずっと頑張ってるのマヤ達は知ってるよ」

 

「……頑張ってる?」

 

「うん。初めて会った時から変わったのも知ってる」

 

「……変わった?」

 

「トレーナーちゃんの事を悪く言う人が居るのも知ってる。でもそんなの関係無いんだよ?」

 

「……関係ない?」

 

 そう言って、少しマヤノの抱き締める力が弱まった。少し顔を上げると、マヤノの顔が見えた。綺麗な瞳。ソレに映る僕の顔。甘えたガキの顔。

 

「だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………なに、それ」

 

「テイオーちゃんやオグリちゃんとバクシンオーちゃんは違うと思うけど、私やゴルシちゃんはきっとトレーナーちゃんが逃げたいって言ったら何処までも逃がすよ?夢を諦めなきゃいけなくなっちゃうけど、トレーナーちゃんが笑顔で居てくれるなら、マヤはそれでも良いかなーって。」

 

 優しく笑い掛けてくれるマヤノの言葉に、思わず頷きそうになった。なんだコレ、なんなんだよコレ。僕は自分の担当に——。

 

なに、言わせてんだよ……ッ!

 

「どうする?逃げちゃう?」

 

「……逃げない」

 

「でも顔色酷いよ?」

 

「全部、ぜんぶマヤノの気の所為」

 

「……何でも受け止めて上げられるんだよ?」

 

「じゃあ……じゃあ僕が、僕が自信を持ってマヤノ達のトレーナーって言える様に見守っててよッ!頑張るから!マヤノの夢も諦めさせないから!だから、だから……!」

 

「……じゃあ見てる。だからトレーナーちゃんは1人じゃ無いって分かってくれる?」

 

「……うん、うん……分かった、だから」

 

 マヤノから離れる。また胡座をかいて、全身の力を抜いて、もう一度自分の記憶の中に——。

 

「行ってらっしゃい、トレーナーちゃん!」

 

 ()()()()()()()

 

 

 

『彼奴さ』

 

 煩い黙れ、お前じゃない。

 

『新人くん、分からないから』

 

 顔も名前も覚えてるけど、そんな暇ないんだ。後にしろ。

 

『お兄ちゃん』

 

 迎えに行く。絶対に迎えに行くから。だから今は少しだけ待ってて。

 

『ぼく、うまむすめには、なれ、ないん、だっ、って』

 

 そうだ、僕はウマ娘に成れない。だからトレーナーになりたいって夢に変わったんだ。その夢を叶える為に今此処に居る。だから、おやすみ。

 

『良いか、トレーナーってのはウマ娘の事を第1に考えなきゃいけない。』

『ウマ娘は宝だ。容姿じゃない、レースに出た際に得られる賞金の事でもない。ウマ娘と言う存在が宝なんだ。今は分からないかも知れない。けれどトレーナーに成れば自ずと分かってくる。それが分かった時、トレーナーの意味が分かってくる』

 

『新人トレーナーがやるべき事は、先ずウマ娘と話す事。次にウマ娘を観察する事。そして最後に、そのウマ娘に合ったトレーニングを考えてやる事だ。正解のトレーニングなんざウマ娘事に違ぇんだから、満場一致で合ったトレーニングなんざ存在しねぇんだよ。わかったか!』

 

 ……あぁ、漸く見付けられたかも知れない。コレが正解じゃ無いかも知れないけど、僕はコレだと思った。過去の傷や痛みは結局僕の行動によって起こされたモノだ。けれどトレーナーになりたいと思った夢は決して間違いなんかじゃないって、そう信じてる。

 僕は僕の為に頑張ってくれたウマ娘の、夢をくれたゴルシの、僕に気付いてくれたテイオーの、傍に居てくれるマヤノの、僕と夢を追ってくれるオグリの、僕を変えようとしてくれたバクシンオーの。

 

「……トレーナーになったんだから」

 

 今度は自分の意思で戻って来れた。マヤノは、居なかった。けど別に不安なんて無かった。だってずっと見てる事なんて無理だからね。それくらい分かる、と言うか分かる様になったって言うか。

 

「……はぁ、なっさけな。結局助けて貰ってんじゃん。ダメですねー僕って奴は……」

 

 本心は違うけど。ニュー新人トレーナーとして頑張っていく気満々だよ。自信なんて無い、有るのは自惚れだけ。それでもやっぱり僕はみんなのトレーナーでありたいから、踏ん張って、しがみついて行こう。

 助けられてる分だけ、いやそれ以上に僕はみんなの助けになりたいから。

 

 スマホを見ると、早朝の5時から初めて既に昼の12時を回っていた。記憶の中に入るとか、今考えると意味分からないけど、やってみるもんだったな。お陰で多少は為になった、かも?

 

 取り敢えずみんなと合流しよう。トレーニングも思い付いたし。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 旅館から出ると、みんなが居た。各々トレーニングをしていて、僕の姿を見て一旦辞めて此方に向かって来る。

 

「オグリ」

 

「……なんだ?」

 

「激重蹄鉄付けて、腰に重り。その状態で水を含んでない砂浜走って。無理したら許さないから」

 

「あぁ、分かった」

 

 オグリは兎に角重りを付けたトレーニングでの伸びが凄まじい。元から代謝なんかがいいのかも。それも後で調べて見なきゃ。

 

「テイオー」

 

「もー、待ちくたびれちゃったよー」

 

「ごめんね。テイオーは競馬場に関する事とかの勉強。僕の部屋のノートパソコン使っていいよ。その後は水を含んだ砂……海岸沿いでウイニングライブ用のダンス練習。それも飽きたらオグリと混ざって重り無しで競走して。無理は」

 

「しないよ、ワガハイに任せたまえ!オグリの事もちゃーんと見てるからさ!」

 

「うん、宜しくね」

 

 テイオーは逆に重りを付けた状態だと足が上手く動かせてない風に見えてた、元々柔らかい膝に負担を掛けたトレーニングだったから当たり前だ。誰だこんなトレーニング考えたの。一変死んでしまえ……僕じゃん。

 

「バクシンオー!バクシン……バクシンオー何処!?」

 

「ココです!」

 

「ひゃん!?ひと、人の背後に回らないの!……バクシンオー」

 

「はい!重りは嫌です!」

 

「ふふ……うん、そうだよね。だから重りは付けなくていいよ。その代わり、道路と砂浜をひたすら走って。疲れたら適当に休んでいいから。因みに一度に走る距離は2000mね。ゴルシ把握宜しく」

 

「分かったでゴルシ」

 

「……重りの方が良かったかも知れません」

 

 バクシンオーは元から速い。後はスタミナだ。その為にも一度に走る距離を伸ばして休憩、そしてまた走るを繰り返して貰う。腰に重りを付けた際はそんなに動きが悪くなる事は無かったから、タイヤ引いても良いけど、今じゃない。

 

「んでゴルシ」

 

「おう、お前のゴルシちゃんだぞハート」

 

「口で言うなよ……お前は取り敢えず面白そうだと思ったトレーニングやるといい。誰かのトレーニングに混ざるのも良い、まぁ基本はバクシンオーとの競走だったりをして欲しいけど、そこら辺の判断は任せる」

 

「お前はこのまま1週間の奴続けんのか?」

 

「うん、僕が見てないとやれないトレーニングとかあるだろうし」

 

「ま、そうだな。把握したわ」

 

 ゴルシは兎に角モチベ維持して貰おう。正直僕のチーム内だと最強だと思うし。ゲート難治ってないけど。さて、後は……。

 

「マヤノは先に行っちゃってるんだよね」

 

「おう、行ってこいよ新人」

 

「うん、色々()()()()()ゴルシ」

 

「……なんか背中が痒くなって来ちまった!さっさと行け!」

 

 言われなくとも行きますよ。謝るのは簡単だけど、感謝するのは割と難しいって今思った。謝るのは兎に角自分が悪いと思うから謝れるけど、感謝って何に感謝してるのか考えて言わないといけないから意外と難しく思った。まぁ咄嗟に言うのはどちらも変わらないんだけど。

 

 後はマヤノとのトレーニングを変えるだけだ。もう時間も過ぎてるし、走って行こう。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 アスファルトを蹴って削って行く。蹄鉄付けた靴で来ちゃったから、若干煩い。肺や心臓が痛いけれど、それ以上に足が辛い。けど一刻も早く、早くマヤノの元へ急ぎたかった。草を踏みしめて、木を避けながら走り抜けていった。

 

「マヤノ!」

 

「ん、トレーナーちゃん?もう大丈夫なの?」

 

「だい、う、ん、大丈夫、うん。大丈夫大丈夫」

 

「そっか……そうは、見えないんだけどなぁ……」

 

「ぞ、そう?」

 

「うん、汗だくで息切れしてて足がプルプルしてるもん……」

 

「……だい、大丈夫には、みえな、見えないね……ぐふ……」

 

 もう、だめ……足痛い横になる……。

 

「トレーナーちゃあああん!!」

 

「……そんな大声出さなくても、生きてるから……」

 

「そっか。それで?どうかしたの?」

 

「……トレーニング内容変えよう?」

 

「……ふーん?じゃあトレーナーちゃんはどんなトレーニングをマヤにさせたいの?」

 

 仰向けで大の字に寝転んでる僕の上に覆い被さる様に乗ってくるマヤノの瞳には、汗で髪の毛がボサボサになってるダラしない僕が映っていた。

 

「マヤノなら、分かってるんじゃない?」

 

「んー、トレーナーちゃんに言って欲しいな♪」

 

「……今日から残り3日間、遊ぼうか!」

 

 マヤノの伸びる傾向は、みんなと行うトレーニング。初めの頃はテイオーとだけだったからか、上手く伸びず、人が増えて行くに連れて伸びが良くなって行った。多分マヤノはライバルが沢山必要なんだ。それこそ友達全員ライバルみたいな感じで……さ。

 どんなトレーニングもマヤノは適応するけれど、1人でのトレーニングじゃ伸びは対してなかった。マヤノが持ってるセンスで()()()だけで、伸びが良くなる訳じゃ無かったから。

 

「……えへへ、遊ぼっ!ほら、トレーナーちゃん立って!」

 

「あ、待って……腰が」

 

「おじいちゃんみたい」

 

「……まだ22だし、今年23だよ」

 

「ふふ」

 

「……後で沢山トレーニングしてもらうからね」

 

「もっちろん!」

 

「4週間マヤノのトレーニング見てあげれないけど、それでも大丈夫?」

 

「長いなぁ、実はマヤってみんなとトレーニングしてる最中にトレーナーちゃんに見られてるから頑張ってたのかもよ?トレーナーちゃんが見てないならサボっちゃうかも〜」

 

「……良いよ、それで僕と一緒に夢が見られるのなら」

 

 立ち上がり、腰の痛みでくの字に身体を曲げていたけれど、真っ直ぐ立つ。手を引かれるだけじゃあ今まで通り。でもさ、手を引くのってどうやってやるのか分からないけど、こーゆうので良いんじゃないかなって。

 キョトンとした顔のマヤノに背を向けて、1人で森を抜けて行く。けどその数秒後には。

 

「待って!待ってよトレーナーちゃん!それ、それってぇ!」

 

「ふふ、さぁ、それじゃわかんないや」

 

「〜〜〜!もう!」

 

 僕は僕のまま、エゴと我儘で夢見がちなガキっぽくやって行こう。大事なモノだけ忘れずに、抱き締めながら。




 8000!?8000文字アイエエエ!!!最多文字数になっちゃった。
 因みに次回でマヤノ編は終わり。新人トレーナーくんの夢が1つ増えました。キラキラした担当達とワクワクしたい、って言う。

 最終回かな?


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第八十一話

 難産過ぎた。色々考えたけど、マヤノとのデート回本番は後で書く事に決めました。18時間書きなぐって4000文字の物を5本書きましたけど、如何せん面白くなくて辞めちゃった……最近徹夜多くなって来たな。
 隙あらば自分語り、隙を見せたのが悪い理論。

 自分語り終わり!本編どーぞ。

 尚今回のお話は大分作者の好みが入っている模様。


 マヤノとの遊びと言うなのトレーニングっていうか、デートは無事に終了した。やった事と言えば2人でトゥインクルシリーズのGIレース等の実況を見たり、森の中を散策したり、2人で遊泳したり。ほんとうにこれだけ。でも実の所狙いは有った。実況を見たのは実際のレースは違うけれど、こう言ったコースの取り方が有るとか、後は単に僕の勉強だったり。2人で泳いだりしたけど、意外と僕は泳げないって事が分かった。知識はあったし子供の頃は1人で泳いでたから気にしてなかったんだけど、マヤノと2人で泳いだら全然動き違うの。マヤノはキレイなクロールなんだけど、僕はもがきみたいな感じ。いや、この話はよそう。自信が無くなってきた。

 ついでに言うと女将さんが僕の部屋に訪ねてくるようになった。理由は分からないけど、監視なのかな。

 

「あーあー、トレーナーちゃんとのデートも終わっちゃったなぁ」

 

「1週間お疲れ様。次は……テイオーやる?」

 

 マヤノとのマンツーマントレーニングも終わったし、次にやる相手を考えてみた。チーム全員が集まっている部屋の中を見回した結果として現場ならテイオーかバクシンオーの何方かだったから、部屋の隅でうつ伏せで

死んでるバクシンオーは流石に可哀想に思えた。ちゃんと休憩してるのかな?消去法でテイオーになっちゃったけど。取り敢えずテイオーの方を向いてテイオーと目を合わせた。

 

「ボク?」

 

「うん、テイオー。トウカイテイオーだよ」

 

「なんでフルネームで呼んだのか分かんないけど、まぁ。良いよ?トレーナーとデートすればいいの?」

 

「……デートしたいの?」

 

「……疑問文に疑問文で返すのは卑怯だと思うんだけど……」

 

「「…………」」

 

 なぜだか気不味くなって2人で目を合わせながら無言が続く。なんでマンツーマントレーニングが=デートになってるの?マヤノとのトレーニングがデートって言ったのは単にそう言った方がモチベになると思ったからなんだけど……勘違いさせちゃってるのかな。それは訂正するとして、何この空気。

 

「なら私が」

 

「「ひゃあ(わっ)!?」」

 

「……2人して悲鳴を上げる事は無いだろう?」

 

「ご、ごめんよオグリ、別にオグリだったから悲鳴を上げた訳じゃないから……ね?」

 

「突然話し掛けて来られたらビックリするよ……」

 

「トレーナーは許す。だがテイオー、お前は許さない」

 

「なんでさっ!?」

 

「来い、走るぞ」

 

「え!?まって、え?ほんとに行くの!?」

 

「お前は私と競走だ。追い込みをかけてやろう。覚悟しろ」

 

「ワケワカンナイヨォ!?」

 

 そう言って2人は部屋から出て行ってしまった……何でこんな事になってんだろ。僕の所為じゃないよね?テイオーの悲鳴を聞きながら、今後どうしようかと悩んでいると、バクシンオーの介抱をしていたマヤノがこっちにやってきた。

 

「トレーナーちゃん」

 

「なに?どうかしたの?」

 

「バクシンオーちゃんと2人でトレーニングして上げて?バクシンオーちゃんちょっと疲れてるみたいだから、お願い」

 

「……疲れてるのにトレーニングさせるの?」

 

「も〜トレーニングじゃ伝わらないの?」

 

「あっ……うん、分かった。僕が出来る事は?」

 

「んー、取り敢えずバクシンオーちゃんの傍に居てあげる事と、1週間ゆっくりトレーニングして上げる事位じゃない?トレーナーちゃんならもっといい考えが浮かぶと思うし、マヤからはあんまり言わないよ♪」

 

 そう言ってマヤノも出て行ってしまう。最後にウインクされて、やっぱりマヤノ可愛いとか思いつつ、倒れてるバクシンオーの傍へと寄っていく。取り敢えずバクシンオーをうつ伏せから仰向けに変えてあげて、枕代わりに座布団を使おうと思ったけど、色々考えて僕の膝を枕代わりにしてあげる。良く見るとバクシンオーは静かな寝息を立てていて、その顔を眺めながら今後やって行くトレーニングを考えたかったから。結局僕のエゴだね、流石僕。

 

「……あれ、そう言えばゴルシどうしたんだろ」

 

 チーム全員が集まってると思ったけど、色々ちゃちゃ入れてくるゴルシが居ない事に今気付いた。探そうかと思ったけど、バクシンオーに膝枕しちゃったし、今更動いて起こすのも忍びない。まぁゴルシだから、いっか。バクシンオーの頭を撫でながら、今後のトレーニングを練って行った。

 

「……余っ程疲れてたんだろうね。この一週間、お疲れ様」

 

 僕が見てなかったけれど、それでも自分のできることを最大限やって来たんだろう。そう思うと見てあげられなくて申し訳なくなるけど、同時にどうしようもなく嬉しく思った。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 新人の探し人ならぬ探しウマ娘はと言うと、旅館の中を何をする訳でもなく歩いていた。けれど目は動いていて、何かを探しているようだった。

 

「……お、いたいた」

 

「……あら、おはようございます、ゴールドシップさん」

 

「ドーモ。女将=サン、ゴールドシップです」

 

 両手を合わせて直角90度に腰を曲げながら挨拶をするゴールドシップ。腰は曲げても視線は女将から外さなかった。ゴールドシップと女将の間には約五歩間が空いていた。

 

「どうかしました?また新人さんが甘えた事でも言い始めたんでしょうか」

 

「……いいや?単にアンタに用があっただけだよ」

 

「私に?ふむ、心当たりがありませんね」

 

「そうだろうなぁ、でもアタシにはあんだよ。取り敢えず……」

 

 そう言ってゴールドシップは女将との間を詰める。先日あった際には無かった違和感を覚えた女将は数歩後ろに下がると、壁に背が当たった。そうして女将とゴールドシップの間は殆ど0になった。

 

「話、しようぜ?」

 

「っ!?」

 

 壁に勢い良く手を出したゴールドシップ。その手は女将の直ぐ横に辿り着き大きな音を出した。その後女将が逃げ出さない様にする為か、女将の足の間にゴールドシップは片足を入れた。壁ドンと股ドンだ。

 

「……何がしたいんですか?まさかとは思いますが……」

 

「あんたアタシをなんだと思ってんだ!?違ぇよ、あんたとアタシが持ってる共通の話なんてさ……それこそ()()()()()のこと以外ねぇだろ」

 

「……で、なんでしょう?貴方はコレからトレーニングが有りますよね?私も仲居さんたちのお手伝いとして食事の準備があります。新人さんのお話を長々とするつもりは」

 

「あん?アタシもあんたと好き好んで長話なんてしねぇよ。単に……ウチのトレーナーに手ぇ出してんじゃねぇって話だよ」

 

 ゴールドシップの目が細められた。女将は変わらず立っていたが、指先が若干震え始めていた。

 

「トレーナーからお前の匂いがすんだよ。毎日な?何か話してんのかと思って黙ってたけどよ、別に何も話して無さそうだったじゃねぇか。どういうことだよ」

 

「……監視してたんですね」

 

「いや?ゴルゴル星から定期的に出される信号をゴルシちゃんレーダーで受信してただけだけど?」

 

「はい?え、は?」

 

「いやだから」

 

「説明されても理解出来ないんですけど」

 

「理解力が足んねぇな」

 

「今ので理解できたらその人が頭可笑しいだけですからね!」

 

 事実その通りである。

 

「ホントはもっと早くに話したかったんだよなぁ。感謝もしてんだけどさ、アタシは彼奴の弱い所とか他の奴よりずっと知ってっから。だからソレを治す為にもアタシは此処にいんだよ。それなのになんだテメェ、何勝手に人のトレーナーボロクソに言ってんだ?お前じゃトレーナーの、新人の抱えてるもんも分かんねぇ癖に、マヤノに言って見て貰って無かったら今頃彼奴は壊れてたと思うぜ?」

 

 ゴールドシップは正しく新人を理解していたただ一人のウマ娘だった。悩みも知っていたし、心に負った傷や、その痛みも知っていた。何も知らなかった出会った当初からちょっかいを出していたし、それが功を奏して今の所新人の1番の理解者となっていた。

 その為誰よりも早く新人のサポートをしていたし、何だかんだ居心地も良かった。故にソレを壊そうとした女将に対して、ゴールドシップは憤っていた。本来なら有り得ない話だったが、それ程ゴールドシップは新人の事を考えていたのだ。

 

「……別に?それは貴方が心配し過ぎてるだけですよ。事実成長したじゃ無いですか」

 

「……成長に見えてんのか、テメェ」

 

「えぇ。お陰で貴方達のトレーニングの質も上がったのでは?とは言えまだ無駄が有りますけど(マンツーマントレーニング)

 

「……はぁ、何言っても通じなさそうだな。たった一つだ。コレだけ覚えて行けよ……」

 

 

 そう言ってゴールドシップは女将の耳元へ口を寄せ……。

 

 

 

アタシのトレーナーだ。あんたが手を出して良い奴じゃねぇよ

 

 

 それだけ言い残してゴールドシップは立ち去って行った。その背中を呆然と見詰める女将だけがその場に残された。

 

 

 

「誰とでも仲良くなれるのは良いかも知んねぇけど、コッチとの時間が減るのはヤなんだよ。アイツには毎日会いに来てもらうし、構って貰わねぇと詰まんなくて堪んねー……ま、もう無理はしてないみたいだし、アタシもこれ以上気を使う必要も無さそうだけどな」

 

 重苦しい話が終わった後は、いつも通り今日はどんな事をしてあの新人トレーナーで遊んでやろうか。そんな事ばかりゴールドシップは考えていたのだった。

 

 




 何このゴールドシップ、イケメン過ぎるでしょ好き。

 という訳で次回からはバクシンオーとのマンツーマントレーニングとなります。
 正直新人くんの育成に関しては一足飛びで行いましたが、正直成功するか失敗するかは作者の気分でしたからね。
 プロットつくって、後はダイスで決めてましたから()

 んでアンケート凄いですね、めちゃくちゃ接戦じゃないですか。凄まじいわ。


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第八十二話

 プロット通り夏合宿がこなせなぁい!あ、そうだ。アンケート締切は夏合宿終わるまでです。夏合宿終了する前に後書きとかに書きますので御安心を。
 そろそろ夏合宿を加速させたい。
 パチンコで連敗してる作者です、ドーモ。

 久しぶりに12時投稿したわ。もしかしたらこの後も……。

 前書き終わり!本編どーぞ!


 バクシンオーとのマンツーマントレーニング1日目は、ひたすらバクシンオーに膝枕をして頭を撫でているだけで終わってしまった。途中目を覚ましたバクシンオーが慌てて起き上がろうとして危なかったから、額を抑えて止めたけど、目を覚ました瞬間に僕の顔を見てびっくりしたんだと思うけど、急に立ち上がったりすると危ないからね。オグリのトレーニングから帰って来たテイオーがバクシンオーと同じ様に倒れ込んだもんだから、そっちの介抱もして上げてたんだけど、テイオーが膝枕して欲しいって言うもんだから取り敢えずバクシンオーに確認を取って交代してもらった。その後オグリも帰って来て、膝枕されてるテイオーを見てまたテイオーを連れて行ってしまった。テイオーの悲鳴にも聞き慣れて来たかもしれない。

 そうしてなんやかんやのんびりとバクシンオーと過ごして1日目を終了した。

 

 そして2日目、この日は朝からバクシンオーは元気いっぱいで、ずっと爆進爆進言ってたね。元気になったなら良かった。取り敢えず軽く柔軟とスクワット、腕立て伏せ、背筋を一緒にやって2日目も無事に終了。テイオーはオグリと何故かゴルシにも扱かれてた。どうせゴルシは面白そうだからって混ざったんだろうけど、テイオーが可哀想だから辞めてあげなさい。テイオーはお前の玩具じゃないんだから。疲れ切ったテイオーが夜ご飯を食べ終わったと同時にスヤスヤと眠ってしまい、それを見ていた僕とバクシンオーは顔を合わせて苦笑いしてた。

 

 そうして2日目が経って今日が3日目。バクシンオーも充分休めたみたいで、朝からキラキラしてた。特に目が。

 

「今日は何のトレーニングをしましょうか!学級委員長としてどんなトレーニングもばっちこいです!」

 

「じゃあ激重蹄鉄付けて……」

 

「重りトレーニングはイヤです……トレーナーさん……」

 

「……ふふ」

 

「むっ、笑う所じゃ有りませんよ!」

 

 涙目になりながら言ってくるバクシンオーを見てつい笑ってしまった。ムッとして頬を膨らませてるバクシンオーが何処か子供に見えてしまって微笑ましく思ったけれど、そう言えばまだ高等部の1年生だから子供なんだっけ、とか思いつつ。

 

「バクシンオーは何がしたい?」

 

「私ですか?」

 

「うん、今までバクシンオーがやりたがってるトレーニングって聞いたこと……は有ったな。だけどソレも競走だったし、それ以外で何かあるのかなって」

 

「……ふーむ……うーん」

 

 そうしてバクシンオーが悩んでいると、そろそろ足が痺れて来た。ここ最近でやたら正座する機会が多くて、今も正座してバクシンオーと話してるんだけどやっぱりちょっと痺れがキツイ。膝枕して上げた時も終わってから数秒足の感覚がなくて、よろめいちゃったからね。

 

「皆さんと一緒に走りたいですね!」

 

「……ふふ、やっぱりそうなるんだよね」

 

「はい!私皆さんと走るのが大好きですから!」

 

 そう言ってバクシンオーはここ最近で一番綺麗な笑顔を僕に見せてくれた。僕のチームは皆お互いを思い合ってる様で安心する。マンツーマンでのトレーニングを廃止にするつもりは無い。このトレーニングは僕の為でも有るからね。理由は内緒にするけど、もしかしたらゴルシ辺りは気付いてるかも。

 

「じゃあそうしようか」

 

「……アレ?でもまだ1週間経ってませんよね?」

 

「経ってないよ?でもバクシンオーがやりたいのは競走トレーニングなんでしょ?」

 

「……良いんですか?」

 

「ダメな理由なんて何処にあるのさ。僕はバクシンオーのやりたい事をやらせてあげたいだけなんだ。だから休みたくなったら残り4日間休んでも良いし、皆との競走をしても良いよ。あ、重りを付けたトレーニングもやりたくなったら」

 

「それは有りえませんから!?でも、まぁ……そうですね、皆さんと走りたい気持ちは強いですけど……とう!」

 

「わっ……もう、膝枕して欲しいなら言ってくれれば良いのに」

 

 飛び込んできたバクシンオーの頭を撫でて上げる。バクシンオーの髪の毛って意外とサラサラしてて手触りが良い。ま、僕の方がサラサラしてるんですけど。ゴルシには勝てる気がしない。なんだろう、遺伝子レベルで髪の毛のサラサラ具合で負けてるんだと思うんだよね……。

 

「……何だか落ち着くんですよね、トレーナーさんの膝の上って」

 

「そうなの?」

 

「はい……決めました、決めましたとも!」

 

「わっ!?だから急に動くのは」

 

「この4日間私トレーニングお休みします!皆さんと走るまでは筋トレとベンキョーだけしてます!」

 

 そう言うとバクシンオーは立ち上がって柔軟をし始める。思考は回るけれど、口が思いの外重くなっていてバクシンオーに何か言おうと思ってるんだけど上手く言葉に出来ない。

 

「ほら、トレーナーさんも!」

 

 そう言って手を差し出された。やっぱりバクシンオーって良い子だなぁ、なーんて改めて感じながらその手を握った。

 

「足痺れてるからちょっと待ってくれる?」

 

「ちょわ!?大丈夫ですかトレーナーさん!」

 

「あはは……いやー、ダメそう」

 

 かなり情けない事を言いながら、バクシンオーと2人で笑い合ったんだ。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 そうして3日目が終わった。3日目の夜を迎えて、あらためてバクシンオーとの会話も順調だと感じつつ、心の底からこのチームで良かったって思う。まだオグリやテイオーやゴルシとは……いやゴルシは良いか。前2人とはちゃんと2人っきりで話してないけど、このメンバー達が集まってくれた事が僕の最大の幸せかも知れない。

 

 だから僕はバクシンオーが初めに言っていた言葉を実現して上げたくなった。中距離も長距離もお任せ下さい。僕の勝手な判断だけど、ソレでもやっぱりバクシンオーには笑顔で居て欲しいし、叶うなら決して口には出さないけどきっと胸の内に秘めている夢であるソレを叶えて上げたい。

 

 僕はバクシンオーに()()()()()()()()に出て貰いたいんだ。周りのウマ娘達を置いて、先頭を駆けて誰よりも速く僕の前を通り過ぎて欲しい。僕の夢も増えて、もう堪らない。様々なモノを見た、色々なコトを聞いたけれど、それでも夢への憧れは止まらなかったんだから。

 

「バクシンバクシン……ってね」

 

 ノートパソコンに文字を打ちながら、明日はバクシンオーとどう過ごそうか、幸せに頭を悩ませた。

 

 




 バクシンオーはこう言うウマ娘ってぼくしってるよ。という訳でバクシンオーとの会話イベントでした。この後はバクシンオーと柔軟したり、バクシンオーの筋トレに付き合ったり、バクシンオーに膝枕して上げたりと新人くんはのんびりと時間を過ごすのであった。

 感想やお気に入り、評価などいつもありがとうございます。
 特に感想が来ると毎回嬉しくて作者の顔面は崩壊させられてます。
 だからもっと気軽に感想送ってくれていいのよ?(欲しがり)


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第八十三話

 ゲリラ投稿じゃーい!


 無事にバクシンオーとの1週間も経過出来た。改めて思ったのはやっぱり皆仲が良いって事と、テイオーが日に日にやつれて来てるって事。後はバクシンオーが結構難しい頭してるって事くらいだった。いや、だってバクシンオー学級委員長って連呼しておきながら、勉強出来ないなんて思わないじゃん。算数は割り算とか出来なかったし、漢字……も惜しい間違えばっかりしてた。一画足りなかったり、逆に増えてたり。春はあけぼのも、春は眠くなりますね!てか言ってた。違うって言ったら、天皇賞も有りましたか!とか言ってたけど、そうじゃないんよ。バクシンオーだけ夏合宿って名のお勉強会にした方がいいかな……。ちょっと不安に思って皆の学力も調べてみた。取り敢えずバクシンオー以外平均点取れてた。マヤノやオグリ達は良いとして、ゴルシが1番点数良いのはビックリした。まぁ正解数だけならゴルシがトップだけど、彼奴名前の欄に【浮沈の黄金船】って書いてんだよね。0点だよバカ。なんでソレで丸つけてんのさ先生方。

 

「つっかれたぁあ……」

 

「お疲れ様テイオー」

 

「……トレーナー居たんだ」

 

「居ちゃダメだった?」

 

「……そうは言ってないもん」

 

「そっか」

 

 今日もオグリのトレーニングを受けていたのか、倒れ込みながら畳の上に寝っ転がるテイオーを見ながら僕も座った。何故か癖になった正座で。何もしない時間が過ぎて行く。バクシンオーとほのんびりゆったりトレーニングは終わっちゃったし、もう次に僕とトレーニングをやるウマ娘を決めなきゃいけないんだけど……あぁ、目の前に居たよ。

 

「という訳でテイオー、トレーニングやろっか」

 

「……どう言う訳か分かんないけどさ、今ボク倒れてるの知ってる?」

 

「仰向けで大の字に倒れ込んでるね。勇ましいと思う」

 

「……ダラしないの間違いだと思うよ?」

 

「分かってるなら辞めればいいのに……」

 

「だから!疲れてる!の!」

 

「倒れてるって言ってたけど、疲れてるとは言ってなかったよ」

 

「……ボクトレーナーキライ」

 

「嫌われちゃったか……んー、じゃあオグリとのトレーニングに切り替え」

 

「呼んだか?」

 

 名前を呼んだだけで何処からともなくやって来るオグリ。呼ばれるの知ってて待機でもしてたの?ずっとスタンバってたの?タオルとスポドリ持ってるから休憩しに来たんだろうけどさ。

 ふとテイオーを見ると、顔が青ざめてた。

 

「ウソウソウソ!ウソだよトレーナー!ボクねトレーナーの事だーいすき!だからお休みさせてよぉ!!」

 

「でも嫌いって言われちゃったしなー」

 

「そうか、テイオーはトレーナーの事が嫌いか」

 

「ジリジリ寄ってこないでよオグリキャップゥ!トレーナーもボク虐めて楽しい!?ねぇ!楽しいの!?オグリもだからね!」

 

 正直表情がコロコロ変わって面白いと思う。可愛いし。でもそんな事言ったらテイオーに怒られそうだし……オグリはどう思ってんだろ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……なんで2人して黙って見詰め合ってるの!?」

 

「「いや別に見詰め合ってるって言うか(ふむ、何と言おうか迷ってたと言うか)」」

 

「僕としては」

 

「そのままのテイオーでいて欲しいと思っている」

 

「どういう事!?ワケワカンナイヨォ!」

 

 そういう事だよ。最早聞き慣れたテイオーの悲鳴を聞きながら、オグリとまた目が合って2人して笑ってしまう。その事に対してまたテイオーが叫ぶんだ。それの繰り返しが続いた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「全く……ボクをなんだと思ってるのさ。2人してさー」

 

「……テイオーちゃん、それ話す為にマヤのとこに来たの?」

 

「ん?そだよ?」

 

「……そうなんだ」

 

 ボクの愚痴を聞いて貰う為に態々暑い炎天下の下でトレーニングをしていたマヤノに会いに来た。って言うかホントに暑いんだけど……ボク良くこんな炎天下の中頑張って走ったと思う。もっとトレーナーはボクを褒めるべき。褒めるべし!

 

「それでさ」

 

「なに?」

 

「マヤノのトレーニングって……何してんの?」

 

 目の前でスキップしてるマヤノのトレーニングが良く分からない。それに付いて行くのにボクも小走りになってるし。暑い中動いてるからよけーに暑いよ、もう。

 

「んーとね、足を上げるトレーニングかな?」

 

「……マヤノも分かって無いじゃん。トレーナーの指示?」

 

 激重蹄鉄だったり、重り重りのオンパレードトレーニングからかなり変わったけど、トレーナー何考えてんだろ。それに2人っきりでトレーニングって言ってたけど、マヤノもバクシンオーも休んでる様にしか見えなかったしさ。あ、でも筋トレとかはしてたからトレーニング……なのかな?トレーナーも一緒にやってたけど。

 

「トレーナーちゃんからは別に何も言われてないよ?」

 

「……何も?」

 

「うん、マヤのセンスに任せるーって♪」

 

 なにそれ、トレーナーとしての仕事放棄してるじゃん。はー、全く。トレーナーはボクが付いてないとトレーニングの指示も出せないんだね。しっかたないなぁ!今度はボクがお休みさせてもらおーっと。そう思ってマヤノにバイバイして、トレーナーが居るであろうボク達『流れ星』に割り当てられたミーティングルーム?見たいな部屋へと急いだ。

 それにしてもほんっっっとに暑いんだけど……。

 

「……多分テイオーちゃん勘違いしてるんだろうけど……ま、いっか☆面白そうだし♪」

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 オグリが横に居る。いや、別にそれだけなら別にいいんだけどさ。

 

「……オグリさん?」

 

「今更さん付けは止してくれ。むず痒くなる」

 

「……近くない?」

 

「そうか?」

 

 そうだよ、なんで横にピッタリくっ付いてるの。暑いし、トレーニング終わりのオグリの身体から発せられる熱気で僕も汗かいて来るじゃん。もー。別に良いけどね。取り敢えずオグリから発せられる熱気は後回しに、ノートパソコンに文字を打ち込む。

 

「何をしてるんだ?」

 

「ん、皆の目標リストをせーさくちゅーです」

 

「目標リスト……か」

 

「うん。マヤノはキラキラしててワクワクする様なウマ娘に。バクシンオーは中距離も長距離も走れるオールラウンダーなウマ娘。そしてテイオーは常勝無敗無敵の三冠ウマ娘だね。オグリは中央から故郷まで名が轟く程の人気ウマ娘だよね?」

 

「……そこは空白にしててくれ」

 

「え?もしかして夢が変わった?」

 

「いや、単にそれを目標にしたくないだけだ」

 

「……そっか、なら分かった。マンツーマントレーニングする時に聞かせてくれる?」

 

「……聞かせられるだろうか」

 

 目を伏せるオグリ。ついでに耳も垂れてる。なんだろうなー、何処かで見覚えがあるんだよね……なんだろ、どこだろ……あー。思い出した。妹だ、そう、妹が僕に構って貰えなくて拗ねてる時の表情そっくりなんだ。なるほどね、僕1人だけだけど理解した。そう言う時何してたっけ……特に何もしてなかったと思うけど、頭撫でて上げれば少しは直るかな?そう思いオグリの頭を撫でて上げる。そうすると耳が段々とピーン……と立って行った。

 

「……トレーナー、少し恥ずかしい」

 

「そう?僕は見てて楽しいよ」

 

「……わ、私で遊ばないでくれ……そういうのは、その、ゴールドシップだけで充分だ」

 

「……僕もしかしてゴルシと同じ分類にされた?」

 

「最近は……うん、そうだな。最近はトレーナーがゴルシとダブる時がある、気がする」

 

 それは心外だ、なんて思いながら、思えば家族の次に長く時間を過ごしたのはゴルシだったなと思う。そっか、僕ちょっとゴルシに似て来たのか……後でゴルシのノリに付いて行って見ようかな。皆がどんな反応するか楽しみだし。

 

「……なにしてんの2人は」

 

「ん、テイオーか」

 

「なに!してん!の!」

 

「……何を怒ってるんだ?」

 

「オグリはちょっと黙っててよ!ほら、トレーニングに行ってきてーッ!」

 

「お、おい、押すな……あ、トレーナー、行ってきます」

 

「……うん、行ってらっしゃい」

 

 そうしてオグリはテイオーに背を押されて出て行ってしまった。なんでそんなに怒ってるんだろ、取り敢えずノートパソコンの電源は落としておこう。これを見せるのはオグリとゴルシだけって決めてるし。あの2人は見たとしても別に何も思わないだろうし。いや別に隠す必要も無いんだけどね。

 

「ねぇトレーナー」

 

「なにテイオー」

 

「返事ははい!」

 

「……は、はい」

 

 なんだ、え?なんでそんなに怒ってるの?え?怒らせる様な事したっけ……?もしかしてさっき揶揄ったから?だとしたら謝らないと。

 

「テイオー」

 

「トレーナー!」

 

「はい!……ぇぇ」

 

「トレーナーは弛んでるよ!」

 

「……僕の身体そんなにヤバい?」

 

「ちっがう!そうじゃなくて!……オグリと2人でくっ付いたり、マヤノのトレーニングは指示しなかったり、テキトー過ぎる!」

 

「……うん?」

 

 何か勘違いしてない?僕別に好きでオグリとくっ付いてた訳じゃないし、マヤノってコレ!って言うトレーニングが無いから周りのトレーニングに混ざったり、マヤノ主軸に皆でやるトレーニングを考案していいよとは言ったけど、もしかしてダメだった?マヤノのセンスを磨く良いトレーニングだと思ったんだけど……。

 

「と、言う訳で」

 

「はいはい」

 

「……はいは1回」

 

「はーい」

 

「もうトレーナーってば……決めたよ、ボクは今決めた!」

 

「……なにを?」

 

「ボクはトレーナーを真っ当なトレーナーに育てて上げるよ!覚悟してよね!」

 

「……へ?」

 

「返事は」

 

「はい!……いや、えぇ……」

 

「ふふん、無敵のテイオー様のトレーナーだから、無敵のトレーナーになるんだよ女の子ですし楽しみだなー……えへへ」

 

 なんか楽しそうだし、まぁ……良いか。

 そうしてテイオーによる僕と言う新人トレーナー育成トレーニングが始まろうとしていた。

 

 今回のマンツーマントレーニングはテイオーに決めたっと。尚僕はそのトレーニングを真面目に受ける気は無い模様。




 良し、ゲリラ投稿成功!



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第八十四話

 後4話から5話で夏合宿を終わらせるんだ、もうプロット書き直しは嫌だ……章事にプロット書くのはオススメしない。



 テイオーの監視が始まり1日目。取り敢えずテイオーがガン見してくる事以外は何事も無し。と言うか今旅館の自室に居るんだけど、僕の部屋エアコンとか付いてないから暑いと思うんだけど、テイオーは大丈夫なんだろうか。

 朝から僕の部屋に来て既に数時間が経ち、初めは正座してガン見して来たけど、今は僕のちょっと後ろで横になってるテイオーの心配をしつつ、昨日マヤノから教えて貰ったトレーニング方法?を纏める。

 

 マヤノが作ったのは言うなれば腿上げの亜種みたいな感じで、ウマ娘の小走りしないと追い付けない速度でスキップするってモノ。正直もう一押し欲しいけど、マヤノのセンスを磨く為にも此処からだと思い一先ず僕の方で手を加えて後でマヤノと話し合おう。手を加えるのは主にスキップの部分。マヤノは激重蹄鉄付けてやってたらしいけど、その所為で1、2時間位しか出来なかったらしい。それだけ出来れば充分な気もするんだけど、問題はこのトレーニングって激重蹄鉄を付けていても問題なく走れるウマ娘に限るって事。今更だけど僕のチームは中距離、長距離が得意なウマ娘が多い。ゴルシだったり、マヤノやオグリ、ついでにテイオーとか。バクシンオーだけが短距離特化のスプリンターなんだ。それで激重蹄鉄を付けて走れるのはバクシンオーとテイオー以外って事になる。2人共足に負担が行き過ぎてたと思うし。改めて僕の考えたトレーニングって滅茶苦茶だったな。

 

「……トレーナー」

 

「なに?」

 

 殆ど喋り掛けて来なかったテイオーから声を掛けられる。それに返事はしつつ身体はノートパソコンの方に向かわせる。行儀が悪いと思いつつ、兎に角試行回数を増やして行きたい我儘を優先させた。

 

「マンツーマントレーニングって、なにをするのさ……さっきからなーんにもトレーニングの指示来ないし……コレだったら皆のトレーニングに混ざってた方が良いと思うんだけど」

 

「僕の事監視するって言ってなかったっけ?」

 

「監視じゃなくてボクのトレーナーとして相応しくするって言ったのー!もー、トレーナー記憶力落ちて来たんじゃない?」

 

 心外だな、これでも空き時間に皆と行ってきたトレーニングの日々を思い出して色々思い直してるんだから。人の記憶程あやふやなモノは無いけれど、それでもソレが僕にとっての全てだから。記憶は思い出になり、思い出は風化するモノだけれど、僕には何時だって色鮮やかな思い出のままだ。

 

「じゃあテイオーは混ざりに行ったら?」

 

「だーかーらー、これじゃトレーナーと2人っきりでトレーニングする意味が無いって言ってるの。なんか目的とか無いの?」

 

 かなり不機嫌になってるテイオーだけど、そんなにトレーニングがやりたいなら初めに言って欲しい。まぁコレに関しては僕の怠慢なんだろうけど。

 

「じゃあ……筋トレでもやる?」

 

「結局筋トレかぁ……」

 

「嫌なら別に良いよ?皆と混ざって来てもいいし」

 

「……やらないなんて言ってないじゃん、トレーナーホントにどうしたの?なんかこの間の海水浴の時から可笑しいよ?」

 

 可笑しい、可笑しいか。まぁ、そう言う反応になるよね。或る意味コレが僕本来の姿だと思うんだけど……マヤノやオグリが順応早すぎな部分は確かに有るけどさ。ゴルシはもう別枠、バクシンオーに至っては僕がどんなに可笑しくなってもきっと変わらずに接してくれると思うし。でもちょっと興味はあるんだよね。皆から見た僕はどう変わったのか、どう映ってるのか。

 

「……トレーナー?」

 

「……テイオーから見た僕ってどんなやつなの?」

 

「んーとね……コミュ障で」

 

「ぐ……うん」

 

「色々暗くて」

 

「くら……まぁ、はい」

 

「重りを使ったトレーニングが大好きな人」

 

「それは違うよッ!?」

 

「えー!だって初めの頃は競走が主軸だったけどもう重りトレーニングが基本になってたじゃーん!」

 

 そうだけど!その通りなんだけど!でもそっか。コミュ障で根暗で重りバカに見えてたんだったら、確かに急に変わった風に見えるのかな。間違っちゃいないけど、間違ってる。

 ()()()()()()()()()()()()今はまだ。だって思い付くトレーニングって今でも大体重りが主軸になるし。チームを分けて作った理由も今じゃ頭が可笑しいとしか思えないし。いや、理由はしっかり有るんだけど。ま、いっか。取り敢えず暇そうにしてるテイオーと筋トレしよう。

 

「初めに柔軟からしようか」

 

「今からやるの?」

 

「うん、テイオー暇でしょ」

 

「うん、暇だったよトレーナー」

 

「じゃ、やろっか」

 

「はーい、トレーナーの身体折り畳んで上げるね!」

 

「……え?」

 

 その後柔軟でテイオーに折り畳まれて悲鳴を上げるのだった。どうして前屈で胸を足に付ける必要があるんですか。柔軟だから?そうですね……。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 テイオーとのマンツーマントレーニング2日目。昨日に比べれば今日はまだ涼しい。と言うかなんで僕の部屋エアコン付けて無い所にされたんだろ……。

 

「トレーナー」

 

「なにテイオー」

 

「今日も筋トレ?」

 

「……んー、どうしよっかな。テイオーは何かしたい事ある?」

 

「三冠取りたい」

 

「……それはまだ先だね」

 

「……先だけどさ、でも。でもさ……トレーナー本当に伝説になる気ある?」

 

「……有るよ、僕はこのチームで伝説になる。どう言う伝説かはまだ分からないけど」

 

 昨日よりは涼しいけれど、それでも夏場という事もあって首筋から汗が流れた。Yシャツの下に来ているTシャツが背中に張り付く感触が気持ち悪い。

 

「じゃあなんでこんなのんびりしてるのさ」

 

「のんびり……してるんだろうね。テイオーが言うんなら」

 

「……ボク外行ってくる」

 

「分かった、行ってらっしゃい」

 

「……止めたりしないんだ」

 

 ふとテイオーの顔を見た。初めて会った頃から変わらない笑顔が見えたけれど、それは僕の気の所為で。色が抜け落ちた様な真顔だった。

 

「……じゃあね」

 

 そう言い残して僕の部屋からテイオーは出て行った。監視って言うか、僕が仕事してるのか確認してたみたいだったけど、1日で終わっちゃった。それだけテイオーから見たらやってないって事なんだろうけど。テイオーを休ませたくてマンツーマントレーニングしてたけど、逆効果だったかな。

 

「……伝説になる気あるの……か」

 

 未だにフワフワした目標の自分の夢、しっかりした夢があるテイオーからしたら、始めは面白そうに見えても、今は違うのかも知れない。このまま行くとチームから抜ける可能性もある……か。

 

「どうしたら良いんだろうね……僕は」

 

 1人残された部屋の中、ノートパソコンと向き合い続けた。そうして殆どテイオーと喋る事無く2日目を終えた。外から帰って来たテイオーは疲れてる様子で、僕もなんて声を掛けたら良いか分からずに居たんだ。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 今日は5日目。アレから2日目流れたけど、テイオーは来ない。けど代わりに……。

 

「おはようございます新人さん」

 

「……おはようございます女将さん。最近来てなかったけどどうしたの?」

 

「さぁ、気が向いたから来ただけですから」

 

「そっか」

 

 会話が終わって、またノートパソコンに向き合う。マヤノから新しく考えたトレーニング方法がLINEで来た。それとテイオーの事も。どうやらテイオーは僕が言った個人トレーニングは辞めていて、重りを付けた上体でバクシンオーやオグリ達と混ざって走っているみたい。昨日もマヤノからテイオーの事をちゃんと見て上げて欲しいって言われた。それで早速昨日からテイオーを見ようとするとソレに気付いたテイオーがどっか行っちゃうんだよね。本格的に避けられてる。それでもなるべく見て上げたくて何度もやったけど、その度にダメだった。マヤノからのお願いだったし、何よりも僕もそうした方が良いと思ったからやった事だったけど、テイオーは嫌がってる事に、どうしたら良いか分からなくなってた。

 

「このままにするつもりですか」

 

「なにが?主語が抜けてるよ」

 

「……はぁ、トウカイテイオーさんの事です。貴方がどう言う理由で無駄な事(マンツーマントレーニング)をしているのかは知りませんが、このままだと夏合宿が終わった頃にはチームから抜けてしまうのでは?あぁ、もしかしてトウカイテイオーさんが居るのは何か不都合があるとか?」

 

「……どうして僕に突っかかってくるのかずっと気になってたんだけど、どうしてさ」

 

 一旦ノートパソコンを閉じる。女将さんと向き合う為に身体を向けて正座のまま向き合った。良く見ると女将さんの顔色が悪く見えた。そんな所指摘するつもりは無いけれど、僕と同じ様に眠れてないんだろうか。もう2週間になるけど未だに睡魔が来ない。空いた時間に目を瞑るけれど上手く眠れないんだ。それと同じ様に女将さんも寝れてないんだろうか。

 

「貴方の気の所為です。貴方に突っかかって私に何の得が有るのでしょう。それともそう思い込んだ方が楽ですか?自身の悪い所が見えないから」

 

「テイオーの事を言ってるなら否定するよ。別にテイオーがやりたいならやりたい事をやらせてあげるだけだし、僕は僕でやるべき事をやってるだけだよ」

 

「日がな1日パソコンを弄ってる事がやるべき事だと?偉くなったものですね」

 

「……初めて会った時からずっと僕を否定するよね。なんで?」

 

「……関係有りません。話を逸らさないで下さい」

 

「そう。なら別に良いけど。話したい事が纏まったら呼んでよ。僕ちょっと出掛けるから」

 

「……はい?逃げるつもりですか?」

 

「そう思いたいならどうぞ。さっきも言ったけど僕には僕のやるべき事が有るんだって」

 

 ノートパソコンの電源を落として部屋から出て行く。女将さんと話をするのも良かったんだけど、マヤノからLINEが来たから席を外す。オグリとテイオーが喧嘩してるって書かれてたけど、何がったんだろう。

 

「…………気に入らない

 

 部屋から出て行った瞬間に聞こえて来た声に、自分でも自分の耳の良さに驚きつつ外へと急いだ。何が気に入らないのか話してくれなきゃ分からないんだ。それを言ってくれるまで待つけど、あんまり長い様だと僕の方から聞いた方が良いのかも。

 言ってくれるのを、何か行動を起こしてくれるのを待ってるだけじゃダメって分かってた筈なのに、テイオーの件も女将さんの件も上手くやれてない自分に苛立った。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 外に行くと既にテイオーの姿は無く、オグリとマヤノ、そしてゴルシとバクシンオーが集まっていた。

 

「どうしたの?」

 

「……トレーナーちゃん、マヤ言ったよね?テイオーちゃんの事……」

 

「……ごめん、見ようとしたけど、その度に避けられちゃって上手く見れてなかった」

 

「そりゃそうだろ、ギクシャクしてんだから見られてたら集中出来ねぇし」

 

「……ごめん」

 

「でも驚きました。お2人が喧嘩するなんて……」

 

 バクシンオーの言葉で取り敢えず気持ちを切り替えて……切り替え切れなくても、無理にオグリの方に向き合う。

 

「……すまない、私の所為だ」

 

「話してくれないと分からないよオグリ。大丈夫、ゆっくりでいいから話して欲しい。僕もきっと悪い筈だから。僕はテイオーに謝りたいんだ」

 

「実は……ここ最近テイオーが重りを付けてトレーニングをやってるのは知ってるだろう?」

 

「うん、なるべくテイオーの膝に負担を掛けたくなくて辞めさせたんだけど、遅かったみたい」

 

「そうだな、それもあるし、テイオーが焦っている様にも見えた。私やマヤノとテイオーが競走をしてるのは知ってるか?」

 

「うん、見てたからね」

 

 でも決まってテイオーはソレが終わると離れて行く。僕に見えない様にトレーニングをする姿も見てたから。そうなったのも多分、いや絶対僕の所為なんだ。オグリやテイオーが悪い訳じゃない。

 

「……それで、テイオーが重りを増やそうとしてて、私が止めたんだが……テイオーが止まらなくて、つい、その……大声を出してしまって」

 

「辞めろって?」

 

「違う……そんな事をしても私やマヤノとの競走には勝てない……と、言ってしまった……それに対して」

 

「テイオーさんは、じゃあどうすれば良いのさ!って言って走って森の中へ……」

 

「……ごめんねトレーナーちゃん、マヤもテイオーちゃんと走るのが楽しくて重り付けてるテイオーちゃんと走って……ずっとやっちゃった」

 

「……オグリの言い方も悪かったかも知れないけど、結局は」

 

「お前の所為でもねぇからな」

 

 そう言ってゴルシが口を開いた。僕がテイオーになんで個人トレーニングのメニュー変えたのか言ってなかったし、あながち間違ってないんだけど。それにテイオーの夢を聞いてたのに。

 

「……森の方に行ったんだよね?」

 

「そうだが……いや私が追い掛けに」

 

「だーめ。僕が行くよ、だって僕トレーナーだよ?トレーニングし易い環境にしてなかったのも悪いし、説明してなかった事も悪い。それに、喧嘩の原因って多分僕だからね」

 

「……でも」

 

「よーし!じゃあアタシらはトレーニング続けようぜ!あんま遅くなったらテイオーと新人の飯、オグリが食っちまうから、晩飯前には戻って来いよなー」

 

「わ、私は食べないぞ!?そ、そんなに食い意地は張っていない!」

 

「ほんとぉ?」

 

「ゴールドシップ!」

 

「わー!オグリが怒ったー!」

 

「おい!待てゴールドシップ!」

 

 ゴルシを追い掛けにオグリは走って行ってしまった。またゴルシに助けられちゃったな。後でトレーニング倍にしてあげよう。

 

「……トレーナーちゃん」

 

「それじゃ行ってきます。マヤノもバクシンオーもごめんね、きっとトレーニングに集中出来ないと思う。本当にごめんなさい」

 

「大丈夫です!行ってらっしゃいトレーナーさん!」

 

「マヤノもだいじょーぶ!トレーナーちゃん気をつけてね」

 

 2人に見送られながら僕も走り出した。寝てない割には本当にこの身体元気なんだよね……。取り敢えず森の方っていってたから、そっちに向かって走って行こう。テイオーに会ったら取り敢えず、取り敢えず……謝って、何を謝るのか分かってないとダメだよね……えっと、説明不足とマンツーマントレーニングの理由も話しておくべきかな。先ずはテイオーを見付けないと。そろそろ日が落ちるからなるべく早く見付けてあげないと。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 夕暮れ時だったけれど森の中に入ると意外と早くテイオーの姿が見えた。見えたけど、みえ、倒れてるッ!?

 

「テイオー!」

 

「……トレーナー?」

 

「テイオーなんで倒れて、怪我したの!?足見せて!テイオー!」

 

「え、ちょ!?ちが、違うよー!?」

 

「良いから!テイオーは重りなんて付けなくていいんだ!それなのに理由も何も言ってなかった!それで怪我したんなら病院に、そうだ、きゅ、救急車呼ばなきゃ!番号、えっと、110だっけ!?」

 

「それ警察来ちゃうよ!?」

 

 テイオーのジャージを捲りあげる。折れては無さそう、怪我はどこだ、色々触るけどテイオーの柔らかい肌しか見えないし分からない。

 

「あ、まって、そこダメ!あっ、とれ、トレーナー!もー!落ち着いてってー!」

 

「ぶふっ」

 

 そう言ってテイオーにチョップをされる。痛い。

 

「……ほんとに大丈夫?」

 

「大丈夫!大丈夫だって、もー……心配し過ぎ」

 

「顔も赤いけど、本当に大丈夫?」

 

「そ、それはトレーナーの所為でしょッ!!」

 

「……テイオー」

 

「なに、ボク1人でトレーニングやりたいんだけど」

 

「……ごめんなさい」

 

「……なんでトレーナーが謝ってるの」

 

「だって、その、色々説明不足だったし……オグリと喧嘩したのだって、僕の所為だから」

 

「まぁ、それは有るけど……オグリと喧嘩したのは単にボクの自業自得だよ。悔しいけどさ、多分ボク、オグリに勝てないから……マヤノにだって……こんなんで無敗の三冠ウマ娘になんて……」

 

「それは違うよ」

 

「……どうして」

 

「テイオーの場合キツいトレーニングは向かないって思ったんだ。だからダンスの練習だったり、勉強を言ったの。激重蹄鉄付けてる時結構足痛かったんじゃない?」

 

「……まぁ、そうだけどさー……でもオグリは付けてるじゃん」

 

「オグリは特別だよ。オグリの場合は重りを付けてる方が踏み込みが強くなって、同時に加速力(パワー)が上がるんだ。逆に重り無しだとオグリの持ち味の踏み込みの強さを上げるのが難しくなる」

 

 芝を抉り上げる程の踏み込みと、ソコから出される圧倒される程の加速。そして慣れてない砂って言うバ場で行うから余計にそこら辺が鍛えられると思ったから、そう指示した。芝に戻ったら今度は最高速度を上げる為のトレーニングも考えてるし。

 

「マヤノは?マヤノだけ殆どトレーニングに参加してないじゃん」

 

「マヤノのは元から持ってるセンスの底上げ。それと或る意味僕のお手伝い」

 

「……トレーナーのお手伝い?」

 

「うん、マヤノが考えた自己流トレーニングを手直ししたり、僕が見れてない間の皆の様子を教えて貰うの」

 

「……それトレーナーがやらなきゃ行けない仕事まんまじゃん!?」

 

「……そうです、僕がやらなきゃ行けない仕事のお手伝いして貰ってます……はい」

 

 情けないけど、元から持ってる知識でトレーニングを組むとやっぱり重り系が多くなってくる。でもそれじゃ行けないと思って、マヤノに事情を説明して自己流トレーニングを考案して貰ってる。それに僕が手を加えてマヤノと共有する。そうして其れを踏まえてマヤノも自己流トレーニングを作る。その繰り返し。今だと腿上げの亜種として作ったトレーニングと、昨日送られてきた新しいトレーニングに手を加えてマヤノと共有して明日の朝にでも皆に伝えるつもりだった。

 

「……はぁ、結局焦ってたボクが悪いじゃん……」

 

「テイオーは悪くないから。僕が悪い」

 

「いやボクでしょ」

 

「テイオーが悪いなんてありえない。僕が全部悪い」

 

「ボクが悪かったって」

 

「いやだから」

 

「ボクが」

 

「僕だ」

 

「「だからボクが悪いって言ってるでしょ(僕が悪かったって言ってるの)!?」」

 

 静かな森の中で僕とテイオーの声が響いた。その音に驚いたのか鳥が何羽か飛び立って行き、また静寂がやってくる。僕とテイオーは顔を見合わせて、無言のまま見合っていたけど。

 

「……はぁ、もー、トレーナーは頑固だなぁ」

 

「テイオーも頑固だよ」

 

「……じゃあ似た者同士だね」

 

「そうかも。テイオーが焦ってたのってさ」

 

「……うん、大体トレーナーが思ってる通り。ボク三冠ウマ娘になりたいからさ、もうオグリ達に負けてちゃダメだと思って色々勝手にやってたんだけど、それも上手くいかなくて……トレーニングって自分で考えるの難しいんだなーって……いつも、その……ありがとうねトレーナー」

 

 そう言って照れ臭くなったのか、テイオーはそっぽを向いた。焦られた僕も悪いのに、これ以上謝ったら今度こそ嫌われてしまいそうで。一瞬言葉に詰まってしまう。けど話したい事はいっぱいあって。

 

「ねぇテイオー」

 

「なーにトレーナー」

 

「僕テイオーの事好きだよ」

 

「……うん?」

 

「だからさ」

 

「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って?」

 

「オグリやマヤノに」

 

「あの!はなし、人の話聞いてくれる!?」

 

「勝てる方法を教えて上げるよ」

 

「…………あぁ、ソコに行き着くって事ね……うん、はぁ……ボクトレーナーの事まだ分かってなかったよ」

 

「?だったらこれから分かってくれると嬉しいな」

 

「……ん、そうするよ。で?その方法って?」

 

「んー、取り敢えず……帰ってから話すよ。それと今日からマンツーマントレーニングに戻って貰うからね」

 

「……ん、トレーナーのお願いだからね。しょーがないから聞いてあげるよ。もー、しょーがないんだからー」

 

 立ち上がってテイオーに手を差し伸べるとそう返された。そうだね、しょうがない。オグリとマヤノに勝てる特別トレーニングをしてあげよう。それでテイオーの自信だったり、その焦りが無くなるのなら……僕は本気を出してあの2人を越えさせてあげようじゃ無いか!

 

「約束だからね」

 

「うん、必ずオグリとマヤノに勝たせて上げるから」

 

 月明かりの下、テイオーと2人でした約束。オグリやマヤノのデータは頭の中に入ってる。もちろんテイオーの事も。それを活かしてテイオーに勝利を手に入れて貰おう。

 

 

 因みにこの後2人で帰ったら晩御飯が残ってなかった。

 

「オグリィ!」

 

「わ、わた、私じゃない!」

 

「その口元に付いてるご飯粒はなにさ!はー!食いしん坊め!」

 

「テイオー!?ほ、本当なんだ!信じてくれ!」

 

いやー、食った食った

 

ゴルシちゃんの本気初めて見たかも……

 

「「オグリ!!」」

 

「ほ、本当に私じゃ無いんだ!信じてくれー!」

 

 




 また8000文字超えてんだけど()
 因みに作者のチーム闘技場中距離にはオグリとマヤノとテイオーが居ます。クラス6に上がったは良いものの、速攻でクラス5に落とされるのしんどい。

 


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第八十五話

 暑さで嘔吐が止まらないんだけどwww酷い。
 皆さんも体調に気を付けてね。もしかしたら明日の更新は難しいかも。


 オグリに晩御飯を食べられてしまったその晩に、テイオーが宣戦布告をした。内容としては、僕のマンツーマントレーニングが終わった日にオグリと、ついでにマヤノも含めた3人での競走をする。そしてテイオーが勝ったらオグリの晩御飯抜き。マヤノには特に無かった。マヤノは苦笑いしてたけど、刺激的で良いね!って言って承諾。オグリは絶望的な表情になっていたけど、直ぐに目付きが鋭くなってた。やる気満々って感じ。

 

 後なんでかテイオーが負けたら、テイオーとボクの晩御飯をまたオグリが食べるって言ってたけど、ホントのところはどうなんだろ。オグリが食べたのかな。何時もならチャチャ入れてくるゴルシがバクシンオーの口を抑えて笑ってたから、彼奴が食べた説濃厚なんだけど。

 

「トレーナー!」

 

「なになにテイオー」

 

「今すぐトレーニングやろ!オグリに、後ついでにマヤノにも勝ちたいよ!」

 

 そう言って耳も尻尾もピーンと立てて主張するテイオー。今すぐ地力を上げたいって事なんだろうけど、もう夜なんだよね。トレーニングやるにしても、そこまでハードなモノにはしないから、取り敢えず今夜は寝かせたいんだけど。テイオーの剣幕を見るにそれも難しそう。やる気があるのは良い事だと思う。

 

「じゃあ取り敢えずお風呂入ろっか」

 

「……ボクお風呂入った後って汗とかかきたくないんだけど……」

 

「大丈夫、多分汗なんてかかないと思うから。ね?」

 

「む〜……分かったよ、でも寝る前にちゃーんとトレーニングするからね!」

 

「はいはい、行ってらっしゃいテイオー」

 

 不満そうに頬を膨らませて僕の部屋から出て行くテイオーを見送ってノートパソコンに電源を入れる。マヤノから送られて来たトレーニングの編集と、その要点を纏めて自分でトレーニングを作る際の足掛かりとして使わせて貰う。今日もその作業をする為に開いたパソコンだったけど、1件メールが入ってた。そのメールを確認しようと開く。

 

「トレーナー」

 

「……どうしたのテイオー」

 

「……にひひ、どうする?トレーナーも一緒にお風呂入る?」

 

「…………入りたいなら別に良いよ?どうせこの後入ろうと思ってたから遅いか早いかの違いだし」

 

「……えっ!?え!え?本気!?え!?トレーナー!?」

 

「本気で言ってないのはテイオーでしょ。ほら、トレーニングする時間が無くなっちゃうから早く入ってきなさい」

 

「……はーい」

 

 いきなり何かと思ったらコレだよ。僕が慌てるとでも思ったか。正直凄く慌ててました。良く噛まずに返せたと自分でも感心してる。溜めた息を吐いてメールの中身を確認する。差出人は……たづなさんだった。

 

『もう7月が終わり、8月になります。如何お過ごしでしょうか。トレーニングは順調ですか?夜は眠れていますか?新人さんが居ないトレセン学園は意外と静かな物で、一緒にご飯等を食べに行く相手が居ません。偶にでも良いので経過報告と言う形でメールを下さると私も嬉しく思います。以上駿川たづなの独り言でした♪』

 

 内容が濃い、物凄く濃い。なに、僕が居ないとあの人ご飯とか食べる相手いないの?っていうかあの人もしかしてトレーナーとかウマ娘が居ないトレセン学園で1人だったりする?なんだろう、可哀想に思えて来た。

 経過報告なら幾らでも出来るんだけど、どうしたものか。

 夜は眠れてません、トレーニングは概ね順調です。こんな感じでいいかな。

 

「……もう少し書き込んだ方が良いかな……」

 

 テイオーが帰ってくるまで暇だから成る可く話はして置こうと思い、色々書き込んだメールをたづなさんに送った。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「ただいまー」

 

「……おかえり、長かったね」

 

 テイオーが帰って来たのはお風呂に向かわせて45分が経った頃。長くない?いや、女の子だからコレくらいなのかな。僕は男だから良く分からない。髪の毛の手入れとかしてるんだろうな、テイオー髪の毛長いし。というかバクシンオー以外皆髪長いなウチのチームって……。

 

「そう?みんなこんなもんだよー、て言うかボクは早い方だし」

 

「そう、なんだ……へー」

 

「それでそれで?なんのトレーニングやるの?」

 

「取り敢えず横になろうか」

 

「……え?」

 

「うつ伏せになってくれると嬉しいかな。そっちの方がやりやすいし」

 

「と、トレーナー?」

 

「布団はもう引いてあるから、ゆっくりしていってね」

 

「トレーナー!?」

 

「テイオー早く、マッサージしないとオグリに勝てないから」

 

「………………マッサージ?ま、マッサージ?は、はぁ……」

 

 何を慌ててるのか知らないけど、お風呂上がりにマッサージしたりするのは基本でしょ。マヤノに教えて貰うまで殆ど知らなかったけど。

 そうしてテイオーを寝かせて、背中から始まって腰に落として、最後は足を全体的に揉んだ。途中途中でテイオーが声を上げるんだけど、最後ら辺は呻き声になってた。足が張ってるとかそんなレベルじゃなくて、筋肉が硬くなっててちょっと揉むのにコツが必要だったけど、何とか成功、したと思う。

 テイオーは寝落ちてて、僕はまたしても眠気が来ないからお風呂に向かった。寝ずに過ごしてコレで3週間目になる。人間の睡眠は脳を休ませたりする為の大事な時間なのに、なんで今僕にそれが来てないんだろう。

 寝る努力はしているけれど、一向に眠れる気がしない。身体を使って脳も使って、精神も疲れてる筈。お風呂に入ってリラックスして横になるのに睡魔は一向にやって来ない。

 

「……今じゃない、って事?」

 

 過去を振り返れば多少は休めるんだろうか。疲れていても横になるだけで大分回復してしまう。目を瞑ってまた記憶を振り返れば、眠りに付けるんだろうか。不眠症や睡眠障害とはまた違った感じなのかな。

 湯船に浸かりながら、今の状態を考えるけど答えは無し。無駄な時間だったな。コレならオグリやマヤノの事を考えてた方が有意義だった。

 

 オグリの強みは圧倒的な踏み込みからの加速。アレだけで僕はクラシック三冠を取れたと思う。マヤノは兎に角センスが良い、レース中は自分の経験と身体に染み付いた動きとトレーニングの成果が出るけれど、マヤノはソコに持ち前のセンスも入って来る。どの位置から仕掛けるとか、何となく分かってるんだと思う。激重蹄鉄を付けてる状態のテイオーに無敗だったりするのがその証拠だと思ってる。激重蹄鉄は枷になるけれど、それだけじゃ負けの絶対理由には成らない。改めて僕のチームって凄いなって思う。

 

「……気持ち悪い……逆上せたかな……」

 

 思考を回しすぎた、フラつく身体を何とか動かして自室へ急いだ。

 部屋に戻るとテイオーが気持ち良さそうに眠っているのが見えて、何だか羨ましく思えた。僕がトレーナーじゃなくて、ウマ娘として出会っていたのなら皆とはどうなっていたんだろう。

 友達……には成れたろうけど、ライバルとかにはなれたんだろうか。幾つもの巡り合わせでこのチームは出来た。そう考えると、不思議と気分も落ち着いて行った気がした。

 

 取り敢えずテイオーとのトレーニングだ。マンツーマントレーニングは残り2日。この2日間でテイオーには一時的にとは言えこのチーム最強になって貰う。ご褒美とか考えて置くべきかな……。

 

 睡眠の取れなくなった僕は1人で今後の事を考えて夜を明かすのだった。

 




 感想いつもありがとうございます。励みになると同時に楽しみになってます。
 やっぱありがてぇわ。


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第八十六話

 1日投稿お休みさせて頂きました。体調は可もなく不可もなくって感じですけど、活動は出来そうなので更新します。ご心配お掛けしました!今後とも純情ハートとウマ娘をよろしくお願いします。

 前置き終わり!本編どうぞ!




 テイオーと2人で6日目の朝を迎えた。とか言いつつテイオー寝てるから日の出を見てる訳じゃ無かったんだけど。取り敢えず今後のトレーニングの予定表と最終日前に行うチーム対抗レースのコースを作っていた。マヤノ達をトレーニングに見送った後にまた作業に戻り、結局テイオーが目を覚ましたのは昼過ぎになってからだった。

 

「なんで起こしてくれなかったのさー」

 

「気持ち良さそうに寝てたから……かな?」

 

「むー……まぁ起きれなかったボクが悪いもんね、じゃあ今からトレーニングやろー!」

 

「無いよ」

 

「……え?」

 

「今日やるトレーニングなんて、無いよ」

 

「……えぇ!?だって、えぇ!?オグリに勝たないとまた晩御飯抜きになっちゃうんだよ!?」

 

「うん、だからオグリに勝つ為に今日のトレーニングは無しだよ。と言うかテイオーは休まないとダメだよ。辞めてって言ったのに激重蹄鉄付けて3日間も走り続けてたんだから。最低でも2日3日休まないとダメ」

 

 そもそもテイオーが勝てなかった一番の理由って自分の体力が足りてなくて起こった事なんだから。そこら辺の調整しないと逆立ちしたってオグリには勿論、マヤノにだって勝てないから。マッサージしたのだって硬くなってる身体を柔らかくする為の前準備だし。

 

 オグリは踏み込み(パワー)、マヤノは持ち前のセンスから作り出すレース展開とペース配分が強みなんだ。じゃあ逆にテイオーに2人が出来る事を習得させるなんて土台が違うんだから無理だ。テイオーの強みは柔らかい膝と元気なんだもん。という訳で6日目はこまめな柔軟と動画を見たりして覚えた僕のマッサージをして過ごして貰った。トレーナーが言うなら良いけどさぁ、ってテイオーも不承不承ながら頷いてくれたし。明日がオグリと巻き込まれたマヤノとテイオーの3人のレースになるけど、別に不安は無かった。僕のチームで最強ってゴルシなんだけど、彼奴はムラがあるから何とも言えない所だし。多分本気でこのチームのリーダーとか決める為のレースとか開いたらオグリが持って行きそうだけどね。ゴルシは気合い入りまくってゲート難発動するか、ペース配分ミスって捲られるかのどっちがだし。

 

 と言う訳で6日目が終わり、オグリ達との勝負を行う7日目になった。寝れない事を利点に1人で勝負する為のコースは粗方作り終えて、距離的には2000m級のモノを作ってみた。

 下り坂なんかも欲しかったから、砂浜は無しにして道路でのみ作ってみた。緩やかなコーナーと下り坂を超えて後は直線。蹄鉄も通常の物に変えた。旅館が丁度1000mの位置に来る様に微調整も出来たし、概ね順調何じゃないだろうか。後はオグリが負けた後のケアをすれば完璧。

 

「……ホントにトレーニングせずに来ちゃったんだけど、コレで負けたらどーしよう!」

 

「僕を信じてテイオー」

 

「……うぅ、信じてるけどさあ。やっぱりトレーニングして無かったボクと、毎日トレーニングしてたオグリとマヤノじゃ全然違う気がするんだよね」

 

「大丈夫。僕が信じるテイオーを、テイオーもまた信じれば平気だよ。だってテイオーは……無敵のトウカイテイオー様なんでしょ?」

 

「……それ今言うのズルいと思うんだけど……あーあ、コレで負けたらトレーナーにスイーツ食べ放題にでも連れてってもらおーっと」

 

「お、お給料に余裕が出来たらね」

 

 そう言ってテイオーは離れて行った。僕も旅館に戻らないと……っと。

 

「……立ちくらみなんて初めてなったんだけど。ふぅ」

 

「しーんじん」

 

「ゴルシじゃん、どうしたの?ゴール係なのに」

 

 人生初めての立ちくらみを経験したその時に、ゴール係を任せていたゴルシが僕の前に現れた。因みにバクシンオーがスタート係。その後走ってゴルシと合流して貰う。大丈夫、今のバクシンオーならギリギリ1800mなら走れる。ついこの間まで1400mが限度だったのに。バクシンオーだって頑張ってるんだから、僕ももっと頑張らないと。

 

「今回飯食ったのアタシなんだけどさ」

 

「知ってた。取り敢えずお前旅館の風呂掃除手伝えよ、3日でいいから」

 

「おう、仕方ねぇからやってやるよ」

 

「……なんでそんなに上から目線なんだ?」

 

「お前より6cm身長上だからじゃねぇか?」

 

「お前って奴は!お前って奴は!!」

 

「ははは!魔王ゴールドシップサマに身長で勝とうなんざ100年早いわ!」

 

「ゴールドシップゥ!」

 

「持ち場にもどりまーす」

 

 大丈夫だよ!まだ成長期だから、大丈夫、絶対身長170行くって、まだ成長期なら夢の180も夢じゃない。……はぁ、旅館に戻ろう、なんか疲れて来た。テイオーとオグリ、巻き込まれたマヤノがスタート位置に立ったのを確認して、バクシンオーにLINEで5分後にスタート合図を頼んで1人旅館へと戻った。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 旅館に戻り、支配人さんに頼んでハシゴを出して貰って旅館の屋根に立たせてもらう。高さは若干足りないけど、コーナーを抜けて来る所からは見えそう。初めの600mでコーナーに入り、そこから1回坂を下って後は直線。見やすいコースを作れた。本当はトレセン学園に戻って走らせても良かったんだけど、何だか嫌で現地でコースを作ってしまった。

 

「……時間だ」

 

 そうして予定の時間になったのを確認して、僕は待った。背後から近付いてくる気配に気付きつつも知らない振りをして。

 

「オグリキャップさんが勝つでしょうね」

 

「…………」

 

「無視ですか?トウカイテイオーさんのトレーニングをせずにお休みさせて置いて、図星でしょうか」

 

 背後から来たのは女将さんだった。なんだろう、何時もより不機嫌っぽい。本当は振り返った方が良いんだろうけど、それじゃあ女将さんの思惑にハマるみたいで嫌だ。

 

「……3、4、5」

 

「……いきなり数字呟かないでくれます?話をしに来たのか独り言なのか分からなくなるんで」

 

「右からスピード、スタミナ、パワーの数値です。最高数値は5にしてます。マヤノトップガンさんは3、4、3。トウカイテイオーさんは3、3、2です。貴方の怠慢でトウカイテイオーさんは負けるんですよ。分かってるんですか?」

 

 コーナーを抜けて来たのはマヤノだった。そのすぐ後ろにオグリ、若干開いてテイオーが居た。ここまでは予想通り。マヤノは楽しいレースって言うか競走が好きだけど、テイオーとオグリがバチバチにやってるからか若干走り辛そう。オグリは気合い充分で、初めから最速で来てる。テイオーはいつも通り最後の直線に賭けてる見たい。正しい。

 

「……今のレース展開で可能性があるのは誰だと思います?」

 

「なんですか、藪から棒に」

 

「良いから。女将さんの目から見て可能性があるのは誰?」

 

「……マヤノトップガンさんですかね。踏み込みの強さや最高速度こそ負けていますが、今のレースを作ってるのは逃げているマヤノトップガンさんです。けど順当に行くならオグリキャップさんですよ。誰がどう見ても」

 

 実際女将さんの目から見たらそれが正しいんだと思う、多分たづなさんや秋川理事長もそういう評価になりそうだし。でも違うんだな、数値なんかじゃ測れないんだよ。大事な部分が抜けてるから。でも僕の想像は当たってたかも、女将さんって……。

 

「……直線に入りましたね、やっぱりオグリキャップさんが先頭になりました」

 

 残り800mと言う所でオグリが前に出た。先頭がオグリ、次にマヤノ、そしてマヤノの横にはテイオーが居る。ああ、実況が無いだけでこんなに寂しいモノなんだ。今更気付かされた。でもコレで決まった。

 

()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

「じゃあ僕もう行きますね。オグリ絶対倒れるんで」

 

「ちよ、ちょっと待ちなさい!なんであの状況でトウカイテイオーさんが勝つと!?」

 

 ハシゴの元に歩いて行くと、肩を掴まれた。理由説明とか要る?別に見てれば分かるのに。いや、コレは単に僕が女将さんの事好きじゃないからやらない行動なんだろうな。多分おハナさんや先輩(沖野)だったら分かってくれそうだけど。

 

「私も聞きたいな、新人くん」

 

「……支配人さんまで。分かってるんじゃないですか?」

 

「さぁ?それは私が分かっていると言えばそうだろうけど、そうじゃないと言えばそう言う事になるからね」

 

「……その言い方、狡いです」

 

「ふふ、大人はね、少し狡い位が丁度いいのさ」

 

 いつの間にか居た支配人さんに言われちゃったら、もう答えるしか無いじゃないか。娘想いって言うか、なんて言うか。多分コレから僕が言う事で女将さんが傷付くの分かっててそのフォローの為に来たでしょこの人。

 

 取り敢えず振り返ってレースをもう一度見る。

 

「先ず女将さんは間違えてたんですよ。僕のチームの中で最強って誰だと思ってます?」

 

「……オグリキャップさんです」

 

 そのオグリの背後からマヤノは離れてしまったけど、テイオーはピッタリくっ付いてる。良い位置だ、その位置なら抜ける。

 

「違います、僕のチーム最強はゴールドシップです。数字で語れませんから」

 

「……語れない?」

 

 そう、だって彼奴は規格外だから。

 

 レースに目を向けると、また変わっていた。オグリはバテてなんか居ない、けどテイオーが並んで来た。良い、凄くいい。そうだよテイオー、テイオーが負けてた理由は2つ、慣れない上に慣れる筈のない激重蹄鉄を付けてた事、そして。

 

「数字で語るならオグリは335、マヤノが253になります。そしてテイオーが……」

 

 抜け出した。オグリを抜いて、誰よりも速くゴールドシップの元へと駆け出してる。もう残り100mも無い。

 

 

「533です。別に賭けをしてた訳じゃ有りませんけど、僕の勝ちですね女将さん」

 

 振り返ると女将さんは信じられないモノを見たとでも言う表情になってた。これはテイオーの逆襲でもあり、これから僕が女将さんに叩き付ける真実でもある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

 この人は、トレーナーになりたい、もしくは成れなかった人なんだ。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

「……何処で聞いた……誰から聞いたッ!」

 

「別に誰からも聞いてませんけど。確信したのは数字で語って来た時ですね。だってそうでしょう、ウマ娘に興味がある程度じゃそこまで分かりませんから。でもトレーナーなら別です。観察眼が良いと思いましたし。当たってるとも思いますから。でも分かった理由ってのは、僕に対して当たりが強いことでしたね。そりゃ気に入りませんよね、だって僕みたいな人間がトレーナーになって、女将さんはトレーナーに成れてないんですから。その理由とかは分かりませんし、僕も興味が有りません。だって僕って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言い残してハシゴに足をかける事なく飛び降りた。下は砂だし、力の受け流し方は身体で覚えた方が早い気がしたから。けど失敗かも、足が痛いです……。取り敢えず言いたい事は言ったし、走り終わった皆に会いたいし。女将さんと話すのはコレで最後になるかな。自分から関わりを断ち切ってしまったけれど、逃げてたのは僕も女将さんも同じだったから。

 

「……トレーナーに、なりたい……か」

 

 僕が特殊だっただけで、本当はトレーナーになるのは凄く難しいのかも知れない。それもそうだろうけど、僕は本当に周りに恵まれてたんだな。

 

「お疲れ様ーっ!テイオーおめでとうね!」

 

「トレーナー!!やった!ボク晩御飯達の仇打てたよ!褒めて褒めて!」

 

「うんうん、偉い偉い。それじゃ負けた時の御褒美はナシだね」

 

「えっ……あ、いや、勝った時の御褒美決めてもらって無かったよね!?」

 

 ダメだよテイオー。負けた時の慰めとしてスイーツ食べ放題だったんだから。慌ててるテイオーを他所に倒れ込んでるオグリの元へ歩いて行った。なんて倒れ方してるんだオグリさん……。

 

「オグリ」

 

「……私じゃないのに……うぅ」

 

「分かってるよ、ご飯は抜かないから」

 

「……ほんと?」

 

「うん、いっぱい食べてるオグリが好きだもの」

 

「……テイオーには何も言われてないが……トレーナーが言うなら」

 

 ……そうだった、テイオーとオグリが最後にお互いを褒め合って握手して終わりって予測してたのに、全然違う終わりになっちゃう。此処はトレーナーとして……。

 

「んじゃテイオーはオグリに謝んなきゃな」

 

「なんで?」

 

「だってお前の晩飯食ったのアタシだし」

 

「…………はぁああ!?ちょっとゴールドシップ!」

 

「ははは!でもお互い本気で走れる理由になったんだから良いんじゃねぇか?ほら、オグリも新人と話してないでこっち来いよ!」

 

「……マヤちん巻き込まれただけ巻き込まれて、負けちゃったんだけどぉ……」

 

「マヤノさんお疲れ様です!素晴らしい走りでした!今度私とも走りましょー!」

 

「……バクシンオーちゃあん!」

 

 …………あれ、これ僕居る?結局ゴルシに全部良い所持ってかれてない!?お、可笑しいよ!僕が今回コースとか作ったし、テイオーが勝てる様にしっかり休ませて万全な状態で勝負に挑ませたのに!僕、僕の事も褒めろよ!?

 

 なんて事は言えずに、ただ少し遠くで皆が笑いあってる空間を1人見詰めていただけだった。これでいい、これでいいと思うから。あの綺麗な空間に僕は要らないんだ。いやホントは行きたいんだけど。

 

「トレーナー」

 

「ひゃい!?っと、と……オグリ、急に真横に居たら怖いって」

 

「次のマンツーマン、私とやろう」

 

「ん、そのつもりだったからね。良いよ」

 

「……その前にテイオーが負けた時の御褒美の話を聞かせて貰おうか」

 

「……え?」

 

 待って、今凄く良い感じで終わりそうだったのに、また台無しにされる感じ?

 

「それマヤも聞きたーい!って言うかマヤちん今回巻き込まれただけなんだから、トレーナーちゃんから御褒美貰っても良いと思うの!」

 

「だってさトレーナー」

 

「ちょっとテイオー!?」

 

「はいはい!私も今回スタート係やりました!」

 

「アタシもゴール係やったからな、こんなに疲れさせておいて終わったら何も無しってのはトレーナーとしてダメなんじゃねぇかしーんじんくーん?」

 

 こ、こいつら……手元に秋川理事長から貰った支援金はあるけど、それを使ってスイーツ食べ放題に連れてけってか……!?

 

「トレーナー」

 

「……うぅ、分かったよ!……スイーツ食べ放題……行こうか」

 

「今からだってよ!」

 

「え!?今からなんて言っ」

 

「やった〜!」

 

「疲れた身体に糖分は大事だからな」

 

「……話を聞いてよっ!?」

 

 ごめんなさい秋川理事長。貴女から頂いた支援金、使います。何故か秋川理事長が笑顔で許可!って言ってくれてる様子が脳裏に過った。

 




 新人が幸せなら私が出した金なんて幾らでも使っていいぞ!
 いきなりどうしたんですか理事長……。
 ん、いや新人が何か迷ってそうだったからな!
 そ、そうですか。


 という訳でテイオーとのマンツーマン終わりです。次回からはオグリとのマンツーマントレーニングが始まります。


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第八十七話

 夏休み貰ってお休みしてました。体調もそこそこ回復して取り敢えず連日の嘔吐は止まったので初更新です。

 読者様には多大な御迷惑をお掛けしましたァ!!!


 もうむり。オグリとのトレーニングは明日から始まるのに、皆に秋川理事長から貰ったお金でスイーツ食べ放題行ってる時も考えてたけど、今のオグリに必要な物ってなんなんだ?テイオーとの勝負に負けた1番の理由は走る事を()()()()()()()()()()()()()()()()()

 義務感や意地で走るのは悪い事じゃ無いけれど、1番は楽しむ事だと思ってる。だから正直賭けでは有ったし、アレで負けてたら僕は多分首吊ってた自信がある。

 

 1人でお風呂の鏡の前で座り込む。水に濡れて垂れ下がった髪で顔半分が隠れる自分を見ながら、オグリに行っていたトレーニングを思い出す。コンディションが最高から並のシニア級にすら負けない実力をオグリはもう持ってる。

 足りないと思うのは何処だ?重りと筋トレで身体全体の筋肉量は増えた。固くなり過ぎない様にこまめな柔軟もして貰って身体自体は柔らかいままだ。

 

 ()()()()()()()()。その何かが分からない。最高速度こそテイオーが1番だけれど、それ以外ならオグリはダントツなんだ。ゴルシはノーカン。アイツ偶に白目剥いて走ってるの見てるからね。それもまたゴルシの良い所なんだけどなぁ。

 

 両手で髪の毛を上げて、鏡に自分の顔を映す。目の下の隈が薄らと、けど確かに色濃くなりつつあった。寝ずに過ごして大体5週間になった。オグリとのトレーニングを終わらせたら6週間になる。未だに活動出来てるのが不思議な位だ。人体の神秘に触れてる感覚凄い。

 

 結局何が足りないのか分からないまま、ネットで隈の誤魔化し方を探しつつ1人で夜を明かした。

 何が足りてないんだろう。急がないと行けないのに、もどかしいよ。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 オグリとのマンツーマン1日目がやって来た。生憎の雨という事でやれてなかった勉強を午前中にやりつつ、午後は筋トレと言うトレーニングになった。

 中等部のA級にテイオーとマヤノ、B級にゴルシ。これがジュニア級の3人となり、今後行うジュニア級のGIや変化したバ場状態での走り方を教えて行く。

 

「稍重とかそこら辺は分かったけどさ、結局どう走るのが正解なのさ?」

 

「タイミングにもよるだろうけど、オグリが走ったマーメイドS、アレは絶対に参考になるから、覚えてて」

 

「大外回ってた奴だよね?オグリちゃんって何であんな走り方したの?何となくは分かるんだけど、マヤはオグリちゃんの口から聞きたいなー♪」

 

 オグリが走ったマーメイドS、重バ場であり、不良バ場に片足突っ込んだ状態のターフでのレース。正直走り方に正解なんてモノは多分無い。個人個人でそう言った状況に合わせてやるのが得策な筈だから、言ってしまえばバ場状態のデメリット、そしてそのデメリットをどうやって乗り越えるかを考える。それが1番大事だと僕は考えた。

 だから個人の正解と万人の正解は違うんだ。

 

「私は、正直芝が抉れてる場所を走りたくなかったからと言うのが大きいな。それと踏み込むにも前に誰かが居ると邪魔だから、なるべく誰とも被らない様にしてたら何時の間にか大外を回ってた。だから別に何か特別な考えが有った訳じゃ無いんだ」

 

「それを走りながら考えて、行動に移せたのが凄いんだよ。バ場状態やレース、それに出走する他のウマ娘達を含めて色々と正解が変わってくる。本当は正解なんて無いのかも知れないけど、それを探すのと探さないのじゃ全然変わって来るからね」

 

「正直アレが正解だとは思っていないがな。楽しかったからまたやりたいとは思う」

 

「参考になったのか、なってないのかよく分かんないんだけど」

 

「マヤは分かったから大丈夫かなー。トレーナーちゃんとしてはどうなの?」

 

「あ、それ私も気になります!晴れてると走りやすいんですけど、雨とか降ってると走りにくいじゃ無いですか!やっぱり学級委員長としてはそう言った時にどうしたらいいかって言う模範解答が1つ欲しいです!」

 

 学級委員長なら模範解答無くても大丈夫じゃない?とか何とか思いつつ首を傾ける。トレーナーとしての正解、模範解答。しかも稍重や不良バ場が前提での話。僕が走るなら……ん。

 

「例えばだけどさ」

 

「うんうん」

 

「逃げなら初めっから大逃げして、バテずに最高スピードで走り抜ければ理論上勝てる訳でしょ?」

 

「うん、うん?」

 

「先行でも最後の直線で前の奴ら全員ぶち抜けば勝ちでしょ?」

 

「と、トレーナーちゃん?」

 

「差しも最後に差せれば勝ちじゃん」

 

「トレーナー、大丈夫かトレーナー」

 

「追い込みなんかもそうでしょ?最後に抜けば勝ちなんだから、抜けば勝てるよ」

 

「ダメだコイツ早く何とかしねぇと……」

 

 だって、だってさぁ!!もうバ場状態の対策とかわかんないよ!僕は不良バ場とかで走った事ないもん!なら良バ場の時と変わらない、もしくは良バ場を走る時以上に速くなれば理論時は勝てるじゃん!

 

「つまり……バクシンですね?」

 

「そう、つまりはバクシン」

 

「学級委員長ダッシュ!」

 

「そう!学級委員長ダッシュだよ!」

 

「「あっはっはっは(ふぅははははは)!!!」」

 

 ココ最近バクシンオーと話が合う様になって来て楽しい。そうだよ、バクシンしてれば勝てるじゃん。なんだ、こんなに簡単な事だったんだ!冗談だよ?冗談だからさ……そんなに冷ややかな目で僕を見ないで欲しいなテイオー。

 

「取り敢えずバ場状態が悪くなったら確かめながら走るのが良さそうだな」

 

「オグリの大外回りも、ボク達も出来る様になってた方が良いかもね」

 

「アイ・コピー♪後はなんだろうね〜、ゴルシちゃんは何か思いつく?」

 

「なんも?」

 

「ゴルシちゃんらしいね♪」

 

「だろ?」

 

「うん、ゴルシらしく無策って感じ」

 

「だろだろ?……ん?」

 

「そうだな、やはりゴールドシップだな」

 

「なぁ、コレもしかしてアタシバカにされてんのか?お?喧嘩売ってんなら5000円で買ってやるよ」

 

「はちみー約4杯分かぁ」

 

「テイオーちゃんはちみーで金額の計算するの辞めない?」

 

「だああ!考えんの怠くなって来やがった!筋トレしよーぜ筋トレ!夢のシックスパック、更にその上のサーティンパック作る勢いでよぉ!」

 

「何処から1個増えたの!?いや、いやシックスパックなんて目指してないからね!?」

 

「テイオーは違ったのか?」

 

「ねぇオグリちゃん、ナチュラルにマヤもシックスパック目指してる感じで言うの辞めない?」

 

 この後滅茶苦茶筋トレした。何故か僕も巻き込まれた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 オグリに足りない物が分からずに3日目になってしまった。もういっその事思考放棄して見ようかな……。取り敢えずトレーニングに使うものを集めて来た。支配人さんに頼んで手頃なを借りて来た。

 

「……で、何故トレーニングに壺が必要なんだ?」

 

「トレーニングの為だよ?」

 

「……何故トレーニングに壺が必要なんだ?」

 

「だからトレーニングの」

 

「いやだから!なんで私のトレーニングに壺が必要なんだ!?」

 

「いやトレーニングに必要なんだって!」

 

「私はその理由を聞いているんだが!?」

 

「この壺に水を入れるじゃん」

 

「きゅ、急に落ち着いたな……あぁ、それで?」

 

「オグリがこの2つの壺を持つでしょ?」

 

 実際に海水を壺に組み上げてオグリに手渡す。

 

「……それで?」

 

「持ち方が違うよ、それを手で持つんだ」

 

「……なぁトレーナー、まさかとは思うんだが」

 

「それでその壺を両手に持って、空気椅子するの」

 

「やっぱり!やっぱり筋トレじゃないか!?」

 

「因みにその壺支配人さんから借りてて高い奴らしいから、落としたら晩御飯抜きね」

 

「トレーナァァァ!!」

 

 と言う訳で拳法とかそこら辺の資料を漁って考えてみました。ウマ娘としてのトレーニングに行き詰まったのなら、今度は人としてのトレーニングを実地して見よう!タイヤを木に吊るして、それを振り子みたいに動かしてソレをオグリが受け止めるって言うトレーニングも考えたけど、危なさそうだから却下した。

 

「こ、これ地味に辛いぞ……」

 

「因みに取り敢えずそれ1時間ね」

 

「トレーナー!?」

 

「落としたら」

 

「分かった!分かったからその先を言わないでくれ!トレーナーの事が嫌いになりそうだ!」

 

「トレーニングを嫌いになっても僕の事は嫌いにならないで下さい」

 

「何を言ってるんだトレーナー!?」

 

「その後は海に入って蹴りの練習ね」

 

「私のトレーニングは何処に向かってるんだ!?」

 

「ターフやダートの先……そう、ゴールバーだよ」

 

「……もしも良い事を言ったつもりなら訂正させて貰うぞ……?」

 

 べ、べべべー、別にそんな事思ってないし!

 

 因みにコレをマンツーマントレーニング中ずっと続けてやったらオグリに脛蹴られた。地味に痛い。

 




 久しぶりに書いたけど、やっぱ小説書くの楽しいわ。
 文字で文を作る。それがこんなにも楽しいのだと、休んでる最中は忘れてた。

 という訳でオグリ回でした。最後ものっすごい駆け足でしたけど、許してね。
 因みに脛蹴ってるオグリは頬を若干膨らませて耳垂らしてます。理由?そんなの新人くんとの対話トレーニングまるっとカットしたからだよ()

 次回はゴルシ回にする予定。


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第八十八話

 昨日更新するの忘れて寝てました許して()



 オグリとのトレーニングが終わった。特に何する訳でも無く迷走したまま。けどおかしな事に踏み込む力と体力が上がってる様で、思考放棄して迷走したトレーニングだったのに結果だけは着いてきてしまって少し困惑した。色々合ったけど今回マンツーマンするのは最後の1人、そう、ゴルシだ。

 

「つーわけで楽しそうなトレよろ」

 

「色々迷走してる僕にそういう事言っちゃう?」

 

「おう、迷走してるから頭可笑しいトレーニング出来そうじゃね?」

 

「今思い付いたんだけど、重りを付けてタイヤとロープ繋げてそれをゴルシの腰に着けて海の、そう。沖の方に飛び込まさせたらどうなるか気にならない?」

 

「アタシ沈んじゃう」

 

「1週間飲まず食わずの不眠状態で一切休憩無しの無限ダッシュとかどう?」

 

「アタシ死んじゃう」

 

「白目剥いた状態で炎天下の下走ろうよ」

 

「アタシ乾いちゃう」

 

「じゃあ」

 

「もうその下り辞めようぜ!?長ぇよ!」

 

 ゴルシのチョップで言葉を止められてしまった。冗談だよ、そんな事した所で何が伸びるのさ。身長とか言うなよ、それ以上大きくなったら許さないから。早く来てくれ僕の成長期……(169cm)

 

「お前ちゃんと寝てんのか?」

 

「いきなりどうしたの」

 

「ん」

 

「ん……って」

 

 そう言ってゴルシは自分の目の下を指さす。あぁ、そんなに目立つ?

 

「目立ちはしねぇけど、勘の良い奴は気付いてると思うぜ?」

 

「さり気なく自分勘がいいって言ってない?」

 

「そうだけど?」

 

「自己肯定感つっよいなお前!」

 

「アタシis最強!ゴルシの時代が〜キターーー!」

 

「お前の時代は来ない」

 

「あぁん?お前の育成次第だろーが」

 

「育成って……そんなゲームじゃないんだからさ」

 

 せめて子育てって言ってよね……あぁ、いやそれも違うか。トレーニングだよ、そう。トレーニングだ。危ない頭ゴルシになる所だった。

 

「因みに今何時?」

 

「何が因みにだよ話の切り替え方下手くそか……オグリとのマンツーマン終わって……夜中の2時ですね」

 

「よっしゃあ!肝試ししに行こうぜッ!!」

 

「急だよねぇ!?」

 

「オラ!肝試しの時間だッ!」

 

「やめ、やめろ!?やめなさい!はなせ、はなせぇえっ!!」

 

「これから何が始まると思う?」

 

「なに!?なにってお前が肝試しっ」

 

「そう、肝試しが始まる」

 

「なんなんだよお前はっ!?」

 

 

 そうしてゴルシの肩に担がれて草木眠る丑三つ時に僕は連れ出された。なんでこうなるの?

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 ドキドキしながらゴルシの肩に担がれて山道を進む。これは決して楽しみだからとかじゃなくて、この先何があって、僕は一体どうなってしまうのかと言う不安感から来る動悸であり、今の状況を楽しむ余裕は無かった。というか今日からゴルシとやるトレーニング考えないと。

 

「眉間にシワ寄ってんぞ〜」

 

「……そんなに寄ってる?」

 

「おう、そりゃーもうすげぇ寄ってるよ。眉間のシワの数世界大会ベスト564位には入りそうな位」

 

「全国って言う広い範囲で3桁内に入ってるけど、キリの悪い数字過ぎるんだよね……」

 

 目の前で揺れ動くゴルシの尻尾を見ながら眉間を人差し指と親指で摘んで揉み解す。と言うか僕とゴルシいま絶対顔合わせない筈なのにどうして眉間にシワ寄ってるって思ったの?絶対適当に言ったでしょ……。

 

 そうこうしている内に気付けば山の億、僕もまだ来た事の無い何処か知らない場所へと踏み込んでいた。いや本当にどこだよ此処。

 ふと身体を起こして首を曲げてゴルシの歩いている方向を見ると、何故か橋があった。橋の底には水が流れており、僕が調べた時には無かった筈の滝があった。もう何がなにやら……。

 取り敢えずゴルシはこの橋を渡るつもりらしく、歩みを止める気は無さそう。

 

London Bridge is broken down(ロンドン橋落ちた)broken down(落ちた)♪」

 

「不吉な歌を歌うんじゃないよ!?」

 

「音が好きなんだよあの童謡、新人はなんか好きな曲ねぇの?」

 

「……音楽とか、聞く暇なんて無かったし。そもそも興味も無かったから」

 

「流れ星のメンバーでカラオケ行った事あったけど1回も歌ってなかったもんなぁ。お前も音楽とか聞けよ、少しすっきりするかもよ」

 

「急になにさ。カウンセラーでも始めた?」

 

「ンな事すっかよ、めんどくせぇし。単に今のお前は()()()()()()()()()()()()()って」

 

「…………」

 

 そう言われてみると、今って何が楽しくてトレーナーやってんだろ。僕って何時も空回りしちゃうから、今もきっと空回りしてて……。

 

 

 なんて、少し前ならそう思ってたと思う。けど今は少し違うんだ。そう、違うんだよゴルシ。なんだろう、なんて伝えたら良いんだろう。つたえる言葉は種類だけ知っていて、実際に使った事が少ないから上手く言えるだろうか。意を決して口を開く。

 

()()()()()()()()()()()

 

「…………なんだおまえ急に」

 

「厳密に言えば、お前達、が正しいんだと思う。けど今はお前と居るのが楽しい。僕はやっぱり皆が好きなんだ。話してて楽しいと思えるし、何より……()()()()()()()()()()から」

 

「湿っぽい話は苦手なゴルシちゃんだけど、急に話切り替えられるのも苦手なんだって今気付かされたわ。やるな新人」

 

「いや知らないよ……と言うか今僕いい事言ったと思うんだけど、その事に対しては何も無い感じ?」

 

「アタシ達と居て楽しいのは当たり前だろ。何を今更言ってんだ……よっと!」

 

 そう言い切ると僕の身体は突如浮遊感を覚える。これもしかして投げ飛ばされた?どこに?地面に!?

 

「ゴルシ!?がっ!」

 

 受け身すら上手く取れずに背中から落とされる。背中を打った事で直前まで吐き出していた空気の残留が強制的に吐き出されて、一瞬だけ呼吸が止まった。受け身取れなかった僕が悪いわ。

 

「夜も眠れない位悩んでんのかと思ったら、なんだよ。お前はお前なりに楽しんでたんだな」

 

 そう言ってゴルシは仰向けに横たわる僕の隣に座り込む。視線は空に。夏だと言うのに雲の見えない宵闇の空。空に浮かぶ三日月が地面に倒れている僕と、隣に座るゴルシを照らす。

 

「……ゴルシ」

 

「あん?」

 

「お前ってほんっっっとうに……」

 

「なんだよ!?溜めずに言えよな、そこはよ!」

 

 ゴルシの最速を貰うけど、言葉は出なかった。話す気が無くなったのを分かったからか、ゴルシは1度溜息を吐くと視線を空に戻した。

 僕が言いたかった事ってさ、多分——。

 

「流れ星だ……」

 

 僕の視界に一筋の光が流れた。子供の頃、ウマ娘に成りたいなんてバカな夢を持ってしまった時と同じ流れ星。夢は沢山持った、けれどその多くは自分で捨てて、たった1つになって、その先を示して貰って。そして今は昔よりずっと多くの夢を抱いてる。

 

 もう、僕は子供じゃ居られない。

 

 

「ねぇゴールドシップ」

 

「なんだよ、トレーナー」

 

「あの流れ星にゴールドシップって名前を付けたいんだけど」

 

「…………良いんじゃねぇの?良いセンスだよ、流れ星にアタシの名前付けるなんて」

 

 

 

「……オグリにやったトレーニングはさ、ウマ娘としての能力を上げるには下地をもっと仕上げるのが良いと思ってほんの少し考えてたんだ」

 

「おう」

 

「テイオーには自信を付けて欲しくて」

 

「そうだな」

 

「マヤノにはもっとずっと広い視野を持ってほしくて」

 

「分かってる」

 

「……バクシンオーは、学級委員長として、全てのウマ娘の模範になって欲しくて」

 

「ちょっと詰め込み過ぎてる所は有るけどな」

 

 

「ゴールドシップには……特に何も思い付かないや」

 

「そこはもうちょっと頑張ろうぜ!?」

 

「あははは……うん、ちょっと眠くなって来たかも」

 

「…………ゆっくりおやすみ。新人」

 

「…………おやすみなさい、ゴールドシップ」

 

 

 

 

 そうして、約5週間振りに僕は睡魔に襲われ、月夜の下で瞼を下ろした。

 




 予約投稿忘れて書き上げて満足してた雑魚投稿者が居るらしい……そう、僕だ!

 すいません()


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第八十九話

 前回までのあらすじ!
 メンタル的な不眠症に陥ってしまった新人トレーナー、オグリやテイオー、マヤノでさえ治せなかった問題を我等がゴールドシップが劇場版の力を使い治したのだった!
 凄いぞゴールドシップ!思考が読めないゴールドシップ!何をしでかすかわからないゴールドシップ!ごごごーごごーるし!

 茶番は終わりだ(冥王計画)ここからが本編だ。


 ふと、目が覚めた。重たい瞼を上げるのすら鬱屈とするのは、何時からだろうか。母が夢を追い掛け、その果てに首を括ってしまった頃からだろうか。寝苦しさを感じ、慢性的な息苦しさが強調される。重たかった瞼を完全に開き切る。視界に広がるのは何時もの天井。年代を感じるが、何も意味を感じさせない積み重ねだけ感じる。

 

 私は何時からこうなってしまったのだろう。中学の時に血反吐を吐いて倒れた時だろうか、感情の起伏が薄いと自覚した時からだろうか。それとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トレーナーに成りたい理由も夢も願いさえ何処かに置き忘れてしまった私と言う人間は、きっと何処にも辿り着けないのだけは確かに、窮屈に感じる胸の内だけが証明していた。

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 ゴルシに連れられて肝試しという名の天体観測地味た何かをしてから3日が過ぎた。ビックリしたのが、実はあの後どうやら丸2日間寝てたみたいで身体がバッキバキになってた。後はなんだろビックリ事って。あぁ、そう言えばテイオーやマヤノに滅茶苦茶心配されてた事かな。

 

「な、なぁ……も、もういいだろ、新人……」

 

「うん、じゃあ後10本行こっか」

 

「お前に人の心はねぇのか!?」

 

「お母さんのお腹の中に忘れて来ちゃった。てへ」

 

「いい歳した奴がてへ、なんてやっても可愛くねぇからな!?」

 

 失礼な、コレでも支配人さんには可愛い顔してるって言われたもん。それにやってる事は単に競走してるだけなんだから、別に良いでしょ。ゴルシが楽しめる様にローテーション組んでるし。

 

「だから頑張ってもっと走ろうね!」

 

「おい、おい誰か助けてくれよっ!?」

 

「ボクはパス!ゴルシと競走するのもうヤダ!」

 

「私も今は倒れてるので、後で話し掛けてくれると嬉しいです!」

 

「マヤはトレーナーちゃんにさんせーするから助けなんてしないからね〜♪マヤもトレーナーちゃんと夜のお散歩して見たかったのに、ゴルシちゃんに取られちゃったし

 

「私怨が見えてるぅ!此処にアタシの味方は居ねぇのか!?オグリ!オグリは何処だよ!?」

 

 単に朝から3000mの競走をゴルシはノンストップで他のメンバー達とやってるだけなのに、そこまで嫌がるか。それだけじゃ足りないと思ったから負けた方に腕立て10回と腹筋10回、後はゴルシ以外には自分の番になるまで空気椅子の特別トレーニング付けただけなのに。

 

「呼ばれた気がした」

 

「オグリ!流石オグリキャップだぜ!そろそろ助けてくれよ!な?この間の飯の件は水に流して」

 

「知っているかゴールドシップ」

 

「いやなんも知らねぇよ?」

 

「オグリ家には家訓があってな……私の食事を邪魔したモノには明日が無いと言うモノだ」

 

「イヤそれ単なる独裁政治ッ!!!」

 

「トレーナー、今度は私とゴルシが走ろう。それでもいいか?」

 

「いいよー、オグリは重り無しで走る?」

 

「いや、菊花賞の為にも今の内にハンデを背負って置こう」

 

「分かった、じゃあゴルシ」

 

「なんで!なんでトントン拍子で話が進む!?3000mを後10本って、それはもう30000mなんだよ!?何処に役立てるんだそんな長距離!」

 

「「スタミナの底上げだよ(底上げだろう)?」」

 

「鬼かお前らは!」

 

「「人間(ウマ娘)です」」

 

「付き合ってられるか!アタシは逃げさせてもらう!」

 

 そう言って走り去ろうとするゴルシだったけれど、僕の横に立っていたオグリが本気の踏み込みで秒で捕まえた。砂が巻き上がって口の中に入る。シャリシャリと余り良くない口の中だったけど、まぁ良いかな。

 取り敢えずテイオーやマヤノ、後は倒れ込んでるバクシンオーの調子見に行かないと。マンツーマントレーニングだったのに最早合同になってるのよ。

 

「お前は追い込みだろう。逃げるな」

 

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛っは゛ぁ゛あ゛あ゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」

 

 オグリに捕まえられて砂浜の上で座り込んで駄々を捏ねるゴルシは連れて行かれてしまう。アレは……うん、多分夕日が落ちるまで耐久してそうだなぁ。

 スマホの画面を付けて時間を見ると15時を回っていた。これなら多分3時間か4時間で帰って来るね。逃げなければこんな事にはならなかったのに……ゴルシ、南無。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 3日目が終わり、4日、5日と時間は過ぎて行く。オグリは僕の目論見通りにネックだった最高速度をゴルシとの競走で補って行く。ゴルシも走った後のささやかな休憩時間になる筋トレをオグリにやって貰いたくて全力で走ってるし。

 テイオーとマヤノとバクシンオーもまた仕上がって来てる。ジュニア級のGI、ホープフルステークスを制する為に色々やってるけど、どっちにしろテイオーかマヤノどちらか決めないといけないし、バクシンオーには是非とも有マ記念に出て欲しいからそれまでに調整しとかないといけない。

 

「バクシンオーも体力増えて来て、もう一緒に走っても息切れもしてくれないんだろうなぁ……ゴルシとは絶対持久走とかしたくないし」

 

 ほんの少し寂しさを感じつつも、それも仕方が無いと思い素直に喜びに変えて行く。

 

 この夏合宿最後は全員の競走で、夜の内にトレセン学園に帰るって言うのもやりたいし。絶対怒られるけど、やりたくなったから仕方ない。

 チーム分けなんて特に何も考えずに言っちゃったけど、先に付いたチームには何かするべきかな……。

 

「1人が最強じゃなくて、全員最強ってのが理想だよね」

 

 夜の砂浜を歩きつつ考える。そうしていると、スマホが震えた。

 取り敢えず特に考えずにスマホを開くと、妹からのLINEだった。ここ最近妹から送られてくるLINEの量が増えた。

 朝にはおはようって来てるし、夜はおやすみって来る。寂しがり屋だなーなんて思いながら妹のLINEに返信して行く。

 今日は珍しく会話が続いて、今日は何を食べたとか、なんの自主トレをしてるとか。意見を求められたから、取り敢えず何も考えずに全力疾走してタイマーでどれだけ長く全力疾走出来るかの計測するのをオススメした。

 

 初めから最後まで最高速度を保てれば多分逃げが得意なウマ娘って負けないと思うんだよね。プレッシャーとかでペースとか乱れたら終わりだけど、初めから最後まで全力疾走してたらプレッシャーとか関係無いからね。

 先輩のサイレンススズカがいい例だ。前に誰もいないから焦らない、後ろは突き放してるから何も感じない。逃げならああ言うウマ娘が強いと思う。

 後は先行や差しが焦るってのもあるし。

 

 妹から今日最後になるLINEが届き、それをおやすみと返す。僕もそろそろ寝ようか。進んで来た砂浜を、自分で付けた足跡を踏まずに帰って行った。

 

 明日は軽めのトレーニングにして上げようと思いながら。

 

 

 

 思いがけずその思いは叶ってしまった。旅館に帰ると偶然支配人さんと出会い、どうやら女将さんが何処にも居なくなってしまったらしい。

 

 ここ最近会わないと思ってたから避けられてるとは思ってたけど、旅館から出て行く程だったのかなんて呑気に考えながら。




 あ、実はお休み中に結構プロット書き換えて作り直してます。
 と言う訳で不穏な終わり方で。

 夏合宿が終わった後に色々とやりたい事書きたい事が有るので少し加速します。許してね()

 


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第九十話

 ゴルシのハチャメチャトレーニングとゴルシの味方が居ない事への笑いが感想欄から伝わって来て作者ニッコニコしてた。
 昨日投稿出来なかったのは、単に仕事終わって爆睡決め込んだからです。つまり作者の怠慢。許して()


 支配人さんに女将さんが消えた事を伝えられたけれど、コレは僕どうしたらいいんだろうか。捜索?でも見付けてどうするの?話しかける事も、話し掛けられても困るんだけど。実際の所は女将さんが居なくなって、探しに行く事はしないらしいけど、何処か支配人さんの顔色が悪かった気がするし。

 

 余り嬉しくない状況の中で眠れる訳も無く、またしても眠れない夜を1人で明かした僕です。女将さんの事嫌いじゃないけど、別に好きでも無いんだよ。感謝もしてるけど、だからといって何かしてあげたい訳でも無い。

 ふとスマホを見ると5時を過ぎていた。特にやる事も見付からず部屋から出て行く。今日のトレーニングはおやすみにしようと思ってたし、まぁいいのかな。そう言えば夏だから何処かでお祭りとかやってないのかな、やる場所が近ければ皆を連れて行っても良さそう。

 

 特にする事も無いという事で、1人でふらふらと旅館内を散策する。気になってオグリ達が寝ている部屋に向かう。特に誰に会う訳でもなく辿り着き、扉を開いて覗くと。

 

「……どんな寝相してるんだバクシンオー……」

 

 バクシンオーがオグリとゴルシの上に重なってた。寝ている並びとしては布団が5つ並んでいて、上にはテイオーとマヤノ、下はバクシンオーオグリゴルシって並んでるんだけど、そのオグリとゴルシの上にバクシンオーが寝ていて、2人共苦しそうに顔が歪んでた。それとテイオーとマヤノが抱き合って寝てるんだけど、何時もこうなの?

 後で流れ星のグループに送ってあげようと思い1枚撮っておく。

 そうして扉を閉じてまた散策に向かった。なんだろう、なんか落ち着かない。

 多分女将さんが居なくなったって言われたからなんだろうけど、その責任って言うか発端は僕だと思ってるのが余計に負担になってるんだろうか。それならきっと僕は探しに行かないと行けないんだけど……。

 

 自分でもまだ良く分かっていない感情に振り回される様にあちらこちらに足を動かす。

 

「なに、この音……」

 

 何処からか物音が聞こえて来て、その方向へ足を進めるべく思考を切り替える。この時間に物音がするって事は、朝食の準備でもしてるんだろうか。適当に当たりを付けつつ、物音の発生源であろう厨房へと向かった。

 

 歩く事数十秒、やっぱりと言うか厨房から物音が聞こえていた。覗くのはどうかと思いながらも、顔を出した。

 

「支配人さん」

 

「おや、今日も早いね。おはよう新人トレーナーくん」

 

「おはようございます、朝食の準備ですか?結構早い時間からやるんですね?」

 

 鍋やフライパンを出している支配人さんに声を掛ける。背中を向けられていたけれど、どうしてかその背中が小さく見えてしまった。

 

「そうだね、やよ……秋川理事長から預かっている大切なトレーナーとその担当ウマ娘達を持て成して居るのだから、それ相応の物を作らないといけないからね」

 

「……もしかして何時も1人で?」

 

「女将が居たら手伝って貰っていたよ。でもあの子が見付からないからね……そう言えば……新人くんはウチの料理は美味しく食べれているかい?残している所は見ていないけれど、やはり不安でね」

 

「まぁ……美味しいです、けど」

 

「そうか、そうか……それなら、良かった」

 

 この旅館は民間の間では開かれず、秋川理事長が頼んだから今回の合宿地となった訳だけれど、秋川理事長との関係が気になってしまう。いや親戚って聞いてたんだけど、それでも頼めば二つ返事で了承してくれて、助言なんかもくれてるのは、単にそれだけなんだろうか。

 

「……僕も手伝いましょうか?」

 

「料理出来るのかい?」

 

「……自炊する様に見えますか?」

 

「そこそこには。初めて会った時は思わず女の子かと思っていたからね」

 

「遠回しに男らしくないって言われてますよねソレ?」

 

「はは……そうだなぁ、新人くんが暇を持て余しているのなら、手伝って欲しいかもね」

 

 そう言って顔だけ振り向かせて薄らと笑みを浮かべ僕を見る支配人さん。なんだろう、その、そう言う顔で見られるとちょっとドキドキしちゃう自分が居るって言うか……。少し暑くなってきた思考を冷ます(覚ます)為にも深く空気を吸い、吐き出す。

 

「今日まで色々お世話になってましたし、僕で良ければ幾らでもお手伝いします」

 

「ありがとう、正直助かるよ」

 

「……僕の方こそ、色々ありがとうございました」

 

「おや、今日で合宿は最後かい?」

 

「いや、そういう訳じゃ無いんですけど」

 

「ならソレは最後に取っておいて欲しいな」

 

「……分かりました」

 

「じゃあ味付けなんかは私がやるから、君は食材の下処理を頼むよ」

 

「分かりました、何でも任せて下さい」

 

 本当に何でも任せられたら辛いけれど、料理は少しなら出来るし、見た事ある切り方とかなら再現出来るから。

 

 そんなこんなで僕と支配人さんの料理が始まった。

 

「冷蔵庫から箱に入ってる鮭と卵を2パック、それとほうれん草3袋とお味噌と大根1本と油揚げを2袋出しておくれ」

 

「はい、何処に置けば?」

 

「机の上なら何処でも構わないよ、新人くんは卵を割っておいて欲しいかな」

 

 取り敢えず机の上に全部置く。卵は……取り敢えず全部?

 

「卵って」

 

「全部割ってボウルに入れて欲しい。味付けは」

 

「言ってくれればやりますよ」

 

「そうかい?じゃあ」

 

 支配人さんの指示の元味付けをして行く。気付けば6時を回っており、此処から朝食まで持ってくのか、とか考えつつ振られた仕事をこなして行く。さっきまで適当に散歩してようとか思ってたのに、まさかご飯作りやるとは想像もしてなかった。

 支配人さんを横目で見ると、何やらノートを見ている様だった。僕の視線に気付いたのか、ノートをそっと手で隠す。秘密のレシピみたいな感じなのかな、と思いつつ支配人さんの顔を見ると、ノートを見ていた支配人さんも僕に顔を向けていた。

 

「……すいません、その」

 

「コレはね、家内のモノなんだ。私は子供の頃から身体が弱くてねぇ……それで色々家内にも面倒を掛けてしまったんだが、また別の話だね」

 

「…………あの」

 

「もう居ないよ。家内は身体は強かったんだが、精神はそうでも無くてね……そうそう、家内は元は()()()()()だったんだよ」

 

「……元?」

 

「うん、元。彼女は夢であるトレーナーになり、担当を持つようになり、担当していたウマ娘とも仲が良くなり……色々あって精神を病んでしまった。私はそれを知って彼女にトレーナーを辞めさせて、籍を入れたんだ。中央で活躍していた訳では無いから、名前なんてきっと何処にも残っていないだろうけど」

 

 夢を追い掛けて、トレーナーになって。その果てに病んでしまった、か。なんだろう、他人な気がしない。いや他人なんだけど。悲しい様な、喜んでいる様な顔でノートを指でなぞる支配人さんを見て、胸が苦しくなってくる。

 

「女将はね、そんな家内の事を……そうだね、憎んでいるんだろうね」

 

「……どうして?」

 

「女将が産まれる頃には、もう家内は限界だったから。家内に見て欲しくて色々頑張ってたのを知って居たけれど、それがどうしてか、家内と同じトレーナーになる事でもっと見てくれると思ったんだろうね。女将が家内にトレーナーに成りたいと言った次の日に、家内は首を括ってしまったよ」

 

「あの、朝から、その」

 

「ははは、すまない。朝から聞きたい話じゃないよね。どうしてだろう、こんな話誰にも話した事は無かったんだが……君の顔立ちが家内に似ている様に見えてしまって、余計な事も話してしまう。ごめんね」

 

 そう言って謝る支配人さん。さて、と一息入れてから此方を向いていた顔をまな板へと向け直してもう表情は分からなかった。

 色々聞いたけれど、なんだろう。腑に落ちないって言うか、理解は出来るんだけど、納得出来ないんだよね。

 どうして女将さんがトレーナーになりたいって言った次の日に……幾ら考えても想像しか出来ない。だからこの話は終わりなんだけど。

 

「……女将が君にした事を知っていたけれど、私は……僕はそれに対して何もしようとしなかった。そんな僕を、君はどう思う?」

 

 それは何の話なんだろうか?女将さんに事実を指摘されて、僕が苦しんでた時?それとも襲われかけた時?もしくは……彼女を突き放した事?色々と思い当たる節が多過ぎて何とも言えない、言えないんだけど。

 

「…………別に良かったんじゃ無いでしょうか」

 

「そうかい?」

 

「だって、まぁ、正直色々辛かったし嫌になりましたけど。でも僕は此処に居ます、色々有りましたし、きっとこの先も色々有るでしょうけど皆が居るなら何とかなりそうだと思える位には精神的に安定もしてる……と思いますし。僕の1件は、その、けい、経験?として覚えておけば良いかと」

 

 それしか言えないし、これ以外言う事が無かった。無言で返してしまうのは多分良くないと思ったから思った事言ったんだけど、大丈夫かな……。暫く返答が無く沈黙が続く。僕から話し掛けるのは違うと思ってるんだけど、なにか、何か一言言わないと行けない気がして来て……あぁ、もう分かんない。

 

 

「……ありがとう」

 

「いぇ、いえいえ……?」

 

「何かしてあげたいんだが、生憎私では君に何かをしてあげるというのが出来ない。と言うか浮かばないんだ。すまないね」

 

「いや、別に……あ、じゃあその、何処かで夏祭りとかしてる場所分かりません?皆に息抜きとしてそれに参加したいんですけど」

 

「夏祭りかい?んん……あぁ、近くで花火が上がるよ」

 

「ほんとに!?え、どこ!何処ですか!?」

 

「え、あ、や、屋台なんかも出るけど、別に大きい訳じゃ無いよ?」

 

「それでも良いんです!」

 

「そ、そうかい?場所はね……」

 

 

 大事なのは規模なんかじゃ無い。本当に大事なのは皆でお祭りに行ったって事なんだ。想い出は何れ風化するけれど、僕は覚えて居られる。

 嫌な事辛い事、楽しかった事綺麗だと思えた事、こんな事もあったねぇ、なんて話が出来るならそれでいいんだから!

 

 若干問い詰める様な形になってしまったけれど、場所は聞き出した。と言うか花火が上がるのに大きい訳じゃ無いって矛盾してない?いや僕お祭りなんて行った事無いし行く気も無かったんだけど、皆が一緒なら別だから。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 支配人さんと一緒に準備したのは焼き鮭、厚焼き玉子、ほうれん草のおひたし、油揚げと大根のお味噌汁だった。それも食べ切って、自分が手伝ったのも相まって皆が美味しそうに食べる様がとんでもなく嬉しくて、調子に乗ってお昼も晩も料理を手伝う事にした。どっちみち女将さんが帰って来ないと支配人さん1人になっちゃうからね。

 

 という事で明日の朝食の為の準備に来ました新人トレーナーです。そう、僕です。

 

「マヤちんも来ちゃった♪」

 

「マヤノに誘われたから来たけど、コレボクいる?」

 

「おやおや……良いのかい?明日はトレーニングも有るだろうに」

 

「マヤはノープロブレムだもん!それにトレーナーちゃんがお料理する姿も見てみたいし〜」

 

「ボクも、まぁ。トレーナーが料理する姿とか想像出来ないから見に来た感じかな。だからトレーナー、明日のトレーニングは軽めにしてね?」

 

「……なんだろう、バレちゃいけない2人にバレた気がする。ゴルシには内緒だからね……分かってる?」

 

「アイ・コピー♪」

 

「……ふふ」

 

「テイオーさん?分かってくれてます!?」

 

 マヤノは大丈夫だけど、テイオーが何も言わないのは不安で仕方ないんだけど!?辞めてよ、絶対だからね!ゴルシにバレたら絶対ネタにされるもん!

 

「……賑やかになったねぇ」

 

 後支配人さんはなんで感傷に浸ってるの?僕の必死な声とか全く聞こえてないよね?……もう夏合宿も残り僅かってとこなのに、色々締まらないなぁ。

 

 




 支配人さんとの会話イベント。女将さんの捜索?しませんよ。だって新人くんが女将さん捜索する理由ある???

 夏祭りイベントを立てていくゥ!皆も好きでしょ夏祭りイベント。作者もそーなの……。

 今日からまた毎日投稿頑張るので、感想いっぱい頂戴。


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第九十一話

 ギリギリ……アウトー!!!


 最近料理が楽しいと知った。正確には料理を手伝い初めて3日目を迎え、煮物とか色々作ったけれど、キャベツの千切りをやってる時が1番楽しかった。テイオーとマヤノに手際の良さに驚かれたし、何故か来ていたバクシンオーにバクシンバクシン叫ばれてた。その声に釣られてオグリが来てつまみ食いしてたし、ゴルシがスマホで写真撮ってたし。

 

 なんだお前ら、見世物じゃないよ。と言いそうになったけれど、支配人さんに絶賛されて気分が良くなっちゃって何も言えなくなってた。

 

 因みに流れ星のLINEグループに僕が千切りキャベツを作っている所が動画として流されたので、ゴルシのお腹にバクシンオーの踵が突き刺さってた写真を送り付けてやった。その結果が。

 

「寝てる奴の写真とかいい度胸してんじゃねぇか!」

 

「わ、私の寝相あんなに酷くありませんよ!?」

 

 と言う抗議を受けたんだけど、100%リアルなので残念でした主にバクシンオー。寝てる云々は確かにそうだと思いつつ、バクシンオーの面白寝相を投下し続けた。その日1日バクシンオーが拗ねて喋ってくれなかったのがちょっと寂しかった。

 

「いや自業自得だよバカ」

 

「何も言葉が出て来ないよ……」

 

「いや謝罪は出しとけよ」

 

「ごめんなさい」

 

 そうこうして夏合宿も残り1週間になって行った。2ヶ月と少しの夏合宿を終えたら、菊花賞に向けての調整をオグリと行い、必ず勝つ。何と言われようが、僕のオグリにクラシック最強を取ってもらうんだ。

 3日後には夏祭りも有り、最後まで予定たっぷりな夏合宿になりそうだ。色々と初めに考えていた夏合宿から遠ざかってしまったけれど、概ね成功なんじゃないだろうか。

 1番の成果はバクシンオーが1800mを息切れしつつも、決してバテずに最高速度を維持したまま走り切った所だと思ってる。その次にマヤノとオグリだ。ウイニングライブ用のハチマキとか作っといた方が良いかな。凄い今更だけど。

 明日(未来)への期待感と、止まらない足に少しだけ戸惑いつつも旅館の、自室の窓から空を見上げた。厚い雲に覆われ、切れた場所は無く、ただ覆い隠す様な雲だった。そして、辛いと言うか後味が悪いと言うか、女将さんもまた帰って来て居ない事が相まって、ほんの少し精神が揺れていた。

 

「新人さん」

 

 聞きたい様な、聞きたく無い様な声がして、空を見上げる瞳に瞼の(とばり)を下ろした。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 意外というか旅館で会っていた時の和服では無く、洋服で僕の前に現れた女将さんに、何と声を返すか迷っていた。おかえりって言うのも違う気がするし、何しに来たの?って言ったら話は出来るだろうけどそれは女将さんが答えてくれたらだから。この場合何て言ったら良いんだろう。お兄ちゃんを助けてくれ我が妹よ……ダメだ、アイツも確か僕と同じでコミュ力よわよわじゃん……。

 

「何も聞かないんですね」

 

 痺れを切らした様で女将さんから話し掛けられた。いやどうやって聞こうか考えてたんです、別に興味が無かったとか、そう言うんじゃ無いです、ホントです。

 

「……中央に」

 

「中央に?」

 

「正確には、トレセン学園に行っていました」

 

「……それで?」

 

「……秋川理事長と会う事が出来て、色々とお話をしました。その結果……」

 

 顔を見て話さないのは失礼だよね、とか思いつつ振り返ると、今にも泣きそうな程歪んだ顔がそこには有って、彼女にとってどうしようも無い現実を突き付けられたのだと、そう感じられた。

 あぁ、漸く分かったかもしれない。僕が女将さんの事が好きになれない理由。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。今は夏合宿に集中出来る様に色々な事を切り捨てているけれど、多分後で後悔して色々苛まれるのを自覚してる。この人も多分トレーナーになる為に色々な物を切り捨てて、それを見て貰えなかった人なのかも知れない。

 

「……トレーナーに、なる事は出来ないと、ハッキリ……」

 

「…………ウマ娘は好き?」

 

「……良く、分かりません」

 

「好きな、レースは?」

 

「それも……良く、分かりません」

 

「じゃあ、トレーナーになって叶えたい夢は?」

 

「……分かりません」

 

 迷子になった子供が、そこに居た。それと同時に僕の胸は締め上げられた感覚で今にも停められてしまいそうだった。

 僕はウマ娘に憧れて好きになった。彼女はお母さんに見て貰いたくてウマ娘に興味を持った。僕はウマ娘に成りたいと言う夢が叶わない事を知って、偶々目にした有マ記念を見てせめてキラキラしたウマ娘達の近くに居たいと思ってトレーナーに成りたいと思った。彼女には興味を持った程度で好きなレース何てものを選ぶ理由が無かったんだ。

 

 トレーナーになると言う夢を叶えた先が分からなくなった時に、僕はゴルシと出会い、その先を得た。

 けれど彼女には何も無かった。最低だ、僕はどうしてこんな所に居なきゃ行けないんだろう。今すぐこの部屋から飛び出したい。だって、だって容易に想像出来てしまうんだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕はいったい彼女に何を言えば良いんだろう。軽い慰めなんかじゃ救われない、ただ背中を押されたんじゃ前に進めない。面倒な所だけ似てるんだな、なんて思いながら時間だけが無常に過ぎて行った。

 

 

 

 

 でも、たった一つだけ言えるかも知れない事は確かにあったんだ。でも、それを言ったら僕はもう強い自分で居られなくなる気がして、怖くて言えなかった。

 そうして僕は自分の()を守る為に1人の少女を見送った。

 

 あぁ、どうしようもなく———モヤモヤするんだ———。




 感想欄で女将さん奇妙な果(以下略)になってない?とか最高に不穏な事書かれて作者は一体なんだと思われてるのか小一時間問い詰めたくなった。

 皆感想、お気に入り登録、評価ありがとうねぇ!
 


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第九十二話

 夏だ!海だー!お祭りだーー!と言う訳で夏祭り前のイベントです。皆好きでしょそういうお話、作者もソーナノ。
 イベントの前日とか楽しみ過ぎて夜更かして寝坊して遅刻するまでがイベントよ。その日の夕方にはもうお眠で布団に倒れたらそのままバクスーイ!だからね。

 と言う訳で前置きはここまでに。本編どーぞ!
 前回までの流れは叩き斬らせてもらう。


 なんという事だ、目が覚めたら見知らぬ場所だ。いやそんな訳が無いんだけどさ。

 

「んだよ、祭りって言ったら屋台だろ!やっぱ焼きそばくれーは売っとかねぇとな!」

 

「なんで開く側になってるの!?意味わかんないよ!!」

 

「寧ろ開かねぇのか?」

 

「お祭り楽しみに行くって言ってるのに開く選択肢があるのがびっくりなんですけど!?」

 

「ちっちっち……囚われちゃいけねぇ、出店のおっちゃん達の顔を思い浮かべてみな……大体笑顔だったろ?ありゃ楽しいんだよ……原価以上の金取れっから」

 

「最低な楽しみ方だなおいっ!!」

 

 事の発端は今朝のトレーニング会議の際に、明日少し歩く事になるけれど花火大会があると言う事を伝えた所、マヤノが急に立ち上がり今日を休みにして欲しいと叫び始めた事だった。それが口火になり、マヤノに続きテイオーが、更にはオグリまでが休みを要求して来た。

 そこまで言うならと思い休みにしたら、背後から近付いて来ていたゴルシに気付かず、頭に袋を被せられてグルグルに拘束されそのままの勢いで外へと飛び出された。多分。

 ゴルシに連れてこられたのはスーパーだった。どうやら本気で屋台を開く気満々な様だ。もう既に買い物は終わっており、袋の中身が焼きそばの麺とソースで溢れかえってた。

 

「と言うかゴルシはそれで本当に楽しいの?」

 

「あったりめぇだろ、アタシは自分が楽しい事以外したくねぇんだよ。レースだってアタシが楽しいと思ってるからやりたい訳だしな」

 

「まぁそうだよね。知ってた」

 

「屋台はバクシンオーに手伝って貰っかな」

 

「遊ぶ気満々だったバクシンオーに手伝わせるの!?鬼かお前は!」

 

「ウマ娘だよ、記憶力になんがあんのか」

 

「おま、お前って奴は!お前って奴は!!」

 

「ふはははは!冗談だよ、笑って……ゆるーして♡」

 

「……か、可愛く言っても、だめ」

 

「ん?可愛く言ってもー?それはつまりアタシが可愛いって認めたな?お?」

 

「なんなの!?今日すっごいグイグイ来るじゃん!?」

 

「きゃー☆新人さんが急に大声出して、ゴルシこっわーい♪」

 

 そう言って尻尾で僕の顔を叩いて逃げ出すゴルシ。ぼ、僕は大人だからね……挑発されても、追い掛けなんてしないから。大体追いかけっ子なんて、子供じゃあるまいし……。

 

「ほらほら、鬼さんこっちら♪」

 

「僕子供じゃないからやらないからね、それに疲れるし」

 

「……ふーん、新人にとってアタシって追い掛ける事すらしないどーでもいいウマ娘だったのかー」

 

「なっ、そこ、そこまでは言ってないでしょ!?」

 

 ムスッとして開いていた距離が更に開かれる。置いて行かれない為にもやや小走りになりつつ、ゴルシの手を取ると、焼きそばの材料なんかが入っている袋を地面に落として、勢い良く振り返られて。

 

「……なーんちって」

 

「………………」

 

 手を握られ、空いた手で頬を引っ張られた。

 

「顔、赤いぜ?」

 

「…………———————!!!!!」

 

「はっははあははは!荷物持ちよっろしく〜!」

 

「ゴォオオオルドシップゥ!!!!」

 

「おにさんこちら♪てのなるほーうへ♪」

 

 もう我慢ならない、1回言ってやらないとダメみたいだ。堪忍袋の緒がキレちまったよ……!

 

「食材を地面に置くなバカ!」

 

「そこかよ!?いやそうだけどな!?そこじゃねぇだろ!?」

 

「後僕で遊ぶのやめろぉ!心臓に悪いんだって!」

 

「にひひ、残念だったな新人!アタシはお前で遊ぶのがいっちばん楽しいんだよ!」

 

 こっっの……!

 

「頭ゴールドシップめぇえええ!!」

 

「おい!それバカにしてんのかテメェ!!!」

 

 

 心からの叫びを出した思いはゴルシのドロップキックによって止められてしまった。そこからの意識は……多分覚えてられないと思うの。暗転する視界の中、吹き飛ばされるのだった。

 痛いけど耐えられない程じゃないってのが、また意地———。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 目が覚めるとバクシンオーの顔が目の前に有った。

 

「…………なにしてるの?」

 

「膝枕……ですかね」

 

「……どうして?」

 

「ゴールドシップさんに放り投げられたので、受け取りました。足が痺れてきてます。晩御飯、食べられちゃいましたし……」

 

「…………アイツ本当に自由だな」

 

「食べたのはオグリキャップさんです」

 

「なんで!?」

 

「明日のお祭りの為に体力をつけるためにって言ってましたね!」

 

「…………なんって……なんて日だ……」

 

 そうしてバクシンオーの痺れた膝の上で僕はまた眠りに着いた。頭の上から「トレーナーさん?トレーナーさん!?あの、私足が、あの!」とか聞こえて来たけれど、大丈夫慣れればスグだよ。

 

「おやすみなさい、バクシンオー」

 

「寝ないで!?寝ないでくださいトレーナーさぁん!!!」

 

 




 これ実は12時に投稿しようと思ってたんです。
 でも色々上手くいかなくて、多分8回位書き直してます。
 なんでしょうね、シリアスで続けるのは楽なんですけど、この小説別にシリアスに振ってる訳じゃ無いんですよね……。

 次回夏祭り、の予定です。お楽しみに。


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第九十三話

 ウマ娘のイベントが終わらない!終わらない!!終わらないよぉおお!!
 サークルのメンバーが急にログイン開ける様に過疎化が進むなか、ガチ勢の方と共にウマ娘のイベント消化してる無課金勢作者よ。
 温度差で風邪ひくわ。

 近況報告という名の自分語り終わり!本編どーぞ!
 ちなみに前後編です。


 柔軟に、軽い筋トレそして前準備。一体なんだと聞かれれば、今日が待ちに待った花火大会だからと言う答えが帰って来る。お小遣いっていくら位渡せば良いんだろう。5000円?それじゃ少ないかな……主にオグリが。

 

「祭りの屋台完全制覇。それが私の夢になった」

 

「それが夢になったの!?アレ!?」

 

「トレーナー、見ていてくれ」

 

「あ、うん……うん?」

 

「私が祭りの屋台を制覇する所を」

 

「大丈夫?それ屋台の人達お店畳まない……?」

 

 なんて会話をしたし、テイオーやマヤノも女の子だからやっぱり遊びたいだろうし。そう思うと5000円じゃ足りないかも知れない。祭りなんてほとんど行った事がないから予算とか全然分からないんだけど。

 多めに3万とか渡しておけば良いかな。

 

「と言う訳でゴルシの屋台手伝わされるバクシンオーはいくら位欲しい?」

 

「屋台手伝うので遊びに行く暇がないと思います!」

 

「じゃあ無しだね」

 

「交代とかはして下さらないんですか!?」

 

「学級委員長でしょ!我慢して!僕だってお祭り楽しみたいんだもん!」

 

「誰か聞きましたか!?子供に仕事させて自分は遊びに行くって言いましたよこの人!」

 

 だって人生で2回目だよ、お祭りに行くの。1回目は妹のために連れて行ったけど、今回は自分でも楽しむ為に行きたいんだもん。と言うか楽しみで寝れない位楽しみなんだから当然でしょ。

 ゴルシの屋台のお手伝い?はは、寝言は寝てから言ってよね。僕は寝てないから寝言なんて言わないんですけど。

 

「私も射的とかやりたいのにぃ……」

 

「……まぁ、皆で楽しまないとね。良いよ、何時でも交代してあげるから」

 

「本当ですか!?じゃあ初めから最後までおねが」

 

「よーし、バクシンオーにはお小遣い無しでいいから皆に多くお小遣い渡せるなー」

 

「待って!トレーナーさん待って!ごめんなさい!!」

 

 待って欲しいのはこっちなんだけど、なんでズボンの裾引っ張ってくるの?落ちちゃう、ズボンずり落ちちゃうから、はな、離せぇ!!

 人が折角気を使って、お祭りに行くのに楽しめないのは可哀想だよねって思って交代制にしようと思ったのに、それを裏切ったバクシンオーが悪いじゃん!!そもそもゴルシがバクシンオーに手伝わせるって言ったんだからゴルシに抗議してよ、僕じゃないでしょ!

 ていうか力強ッ!?

 

「はなし、離してよバクシンオー!」

 

「離しません!話しませんよトレーナーさん!ずっと2人でゴールドシップさんの屋台手伝うんです!誰が離すものですか!学級委員長として断固として抗いますからね!!」

 

「だから僕に言っても意味無いんだって!ゴルシに直接お手伝い嫌ですって言いなさい!」

 

「いやお手伝いするのは良いんですよ」

 

「急に落ち着くなよ!?」

 

 急に落ち着いた挙句、急にズボンの裾から手を離されて畳の上に転ばされた。倒れた身体を起こして、バクシンオーを見ると、しょんぼりしながらジッと僕を見ていた。振り向くんじゃなかった、すっごい気不味いんだけど。

 

「わ、私だってりんご飴とか射的とか、わたあめとか焼きそばとか射的とか、そういうのやりたいんですよ」

 

「……うん、射的やりたいのはよく分かった。凄くやりたいのは伝わったよ」

 

「交代制にして貰えますか?トレーナーさんも楽しみなのは分かってるんですけど……」

 

 そうだよ、僕も楽しみなんだよ、でもさ。ちょっと可哀想かなって。そう思っちゃったんだよね。

 

「……僕がゴルシ手伝うから、バクシンオーは皆で遊びに行って良いよ」

 

「いいんですか?」

 

「良いよ、一応僕大人だからね。子供の楽しみを奪う程ひねくれ」

 

「イヤッターー!!!ゴールドシップさんの言う通り押せば簡単なんですねトレーナーさんって!じゃあ私も皆さんと一緒に準備してきます!バクシーン!」

 

「………………あれ、これもしかして嵌められた?」

 

 聞き捨てならない事を言われたし、何だったら初めからゴルシ僕の事手伝わせる気満々だったって事だよね?……バクシンオーに優しくした僕がバカだった……。

 

 誰も居なくなった部屋の中、大きく息を吐きながら畳の上に寝転んだ。今朝は雲も少なくて、涼しい風が出てたからそんなに夜蒸し暑くはなさそうだけど、一応水分補給だけしっかりして貰おう。後バクシンオーはお小遣い1万円にしとこう、やっぱ許せないわ。

 

 どうやら今回参加する花火大会って言うのは、神社の近くだそうで、意外と大きめだそうだ。支配人さん大きくないって言ってたけど感覚麻痺してない?花火を見るスポットなんかは口コミとかじゃ出てなかったけど、まぁ探せばいっか。

 

 適当にスマホを弄りつつ時間を潰していると、部屋がノックされた。ゴルシかな、今回の売上目標とか話されるんだろうか。

 

「どうぞ〜」

 

「おはよう新人くん。失礼するよ」

 

 やって来たのは支配人さんだった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 お茶とお茶菓子を持って来た支配人さんと2人、机を挟んで向かい合わせ。何か話があるんだと思って構えていたけれど、1分経っても3分経っても話が始まらない。もしかして僕とお茶しに来ただけ?

 

「……何時頃から行く予定かな?」

 

ふぁあ(はい)?あっ……ん、ん……えっと、花火が上がるのが19時なので、17時頃に着けばいいかなとか考えてます」

 

「なるほどね。それと……君はその格好で行くのかな?」

 

「……まぁ、お、おかしいですか?」

 

 その格好とは、何時ものスーツ姿なんだけど。マヤノに選んで貰ったし、気に入ってるから良く着てる。偶にネクタイが曲がってるって言われてマヤノに直してもらったりするんだけど、なんだかお世話されてる気がして恥ずかしくなるんだよね。

 

「別におかしくはないけどね……そうだなぁ。君も偶には着るものを変えてみようじゃないか」

 

「……へ?」

 

「私の部屋に来なさい。君の担当ウマ娘達へのサプライズだ」

 

「あの、え?」

 

 そう言って支配人さんは部屋から出て行ってしまった。コレ着いていかないと行けないパターンだよね……着る服を変えるって、Tシャツ短パンにでも成るって事?いやそれでも別にいいんだけどさ。

 

 支配人さんの部屋に行く前にお小遣い渡して置かないと。楽しい夏祭りももうすぐそこだから。

 

 胸を満たしてくる期待感でワクワクしながら部屋を後にした。

 数秒歩いてオグリ達のいる部屋に来たけど、今大丈夫かな。2、3回ノックをする。

 

「入るよー?」

 

「……まっ」

 

 部屋から声が聞こえて来たけれど、もう遅かった。扉に手を掛けてたし、開く動作を取っていたから。そうして見てしまう。

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 テイオーとマヤノが着替えていた。2人共何時も着ていたジャージではなく、肌色だった。上手く思考が回らなかったけれど、やってしまった事だけは分かった。テイオーの水色の布とか、マヤノの密柑色だったり。見ちゃいけないモノ見ちゃった。

 

「…………えっと、ごめ」

 

出ていってよトレーナーちゃん!!(出てけすけべトレーナー!!!)

 

「ごめ、ごめんなさい!!」

 

 枕を投げられたけれど、全力で支配人さんの部屋まで走って行った。




 貴重なサービスシーン。何の色とは言わないけれど、作者は満足です。

 このトレーナーくん本当に22歳か?最早男子高校生とか中学生って言われても違和感無いんだけど。主にお祭り楽しみでウキウキしてるの可愛すぎでしょ。

 ちなみに黙ってたけど新人くんの顔面はアストルフォ顔だと作者は想像してる。


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第九十四話(夏祭り前編)

 ウマ娘イベントに集中してたら小説投稿出来なかった。作者の都合で更新止めてしまって申し訳ない。
 


 実際の所新人はテイオーやマヤノの肌を見てしまったが、即座にその場から離れた為に事なきを得た。が、其の程度で終わるほどウマ娘(乙女)の肌は安くなかった。

 

「……なんで支配人さんの部屋に居るのかなゴールドシップ?」

 

「面白い匂いがしたから、ずっとスタンバってました」

 

「可笑しいだろ!?何処にそんな匂いがあったの!?」

 

「残念だったな!ゴルシちゃんの長い耳は面白い話を聞く為にあって、ゴルシちゃんのスラっとした鼻は面白い匂いを嗅ぎ分けるんだよ!そしてゴルシちゃんの身体は面白い事を逃がさないってな!オラ!脱げオラ!!」

 

「いやぁああ!助けて!誰かぁあ!!」

 

「誰も来ねぇさ!お前は大人しく着せ替え人形ヨロシクじっとしてろ!」

 

「ズボン!ズボン脱がすな!おい!なんで手馴れてんだよ!?」

 

「こんな事もあろうかと練習してました」

 

「早々無いよこんな事!?無駄な努力やめろぉ!!!」

 

 逃げた先にはゴールドシップ。逃げなければ今頃テイオーとマヤノによる乙女の制裁という名のウマ娘による強靭な足腰から放たれる蹴りが飛び込んでいた為どうしようも無かった。新人の悲鳴が旅館内に響き渡るが誰も来なかった。

 

 新人は助けを呼んだ、けれど誰も来なかった。再度新人はゴルシに脱がされながら助けを呼んだ、オグリが来たが何故かゴルシの手伝いをし始め更に脱がされた。新人が泣き叫んだ、支配人がやって来て写真を撮られ、撮るだけ撮って支配人は帰って行った。

 

 そうしてゴルシとオグリ、ついでにやって来たバクシンオーによって着替えさせられた新人はそのまま夏祭りへと向かうのであった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 歩く事十数分、目的地である夏祭り会場へと辿り着いた新人一行。

 

「……もうやだ……帰りたい」

 

「くく……似合ってるぜその()()

 

「……トレーナー、後で写真を撮らないか?」

 

「絶対やだ……こんなのがサプライズだなんて、支配人さんってバカじゃないの……」

 

 新人の頭には長いウィッグを付けられ、元が女顔で有るが故に凡そ男性には見えない。さらには振袖の白い浴衣を着せられており、余計に女性にしか見えない仕上がりだった。

 

「トレーナーちゃん可愛いよ♪」

 

「もうちょっと丈が短い、それこそミニスカートっぽい浴衣が有れば完璧だったんだけどなぁ」

 

「……僕男なんだけどなぁ……と言うかそんな浴衣無いでしょ」

 

「いや有るよ?需要がね」

 

「そんな事聞いてるんじゃ無いんだよね!なんで浴衣の話から需要になるの!?テイオーのバカ!」

 

「……此処で脱がすよ?」

 

「…………ごめんなさい」

 

 足首まで隠される標準的な浴衣の為に、そこまでの羞恥心を煽れずに若干不服そうなテイオーだったが、新人がずっと顔を赤らめている為に満足はしていた。

 

「どっから持って来たんだか……こんな浴衣」

 

「昨日お休み貰ったでしょ?その時にマヤノと2人で買ってきたんだよ。ウィッグもね」

 

「トレーナーちゃんは絶対浴衣似合うと思ったんだよねぇ……因みにマヤ達も浴衣着てるけどかんそーは?」

 

 その場でクルクルと回り魅せるマヤノ。オレンジ色の浴衣に袖部分にはオレンジ色のカーネーションの刺繍が有り、こんな気分でも無ければ褒めていたが新人にとっては自身の状態に対する羞恥心しか無く……。

 

「似合ってるよ……オレンジ色なのも、マヤノの髪の毛の色と同じで良い感じ」

 

「じゃあボクは?ねぇねぇ、ボクは?」

 

 等と当たり障りない言葉しか出て来なかった。

 テイオーもまた浴衣を着ていた。マヤノの様にクルクルと回りはしなかったが、正面から見るテイオーの浴衣もまた美麗な物だった。

 淡い水色を元とし、マヤノの様な刺繍は無い者のシンプルなデザインであり、新人的にはテイオーの浴衣の方が好みではあった。故に。

 

「綺麗な空色だよね。帯の所は濃い青色だし、テイオーっぽくて僕は好きかな。目に優しいし、見てて飽きないって言うのもあるね……」

 

 見てて飽きないのはテイオーだからと言うのもあったが。マヤノの浴衣よりも感想が多くなり、そうなるとやはりムッとしてしまうのがマヤノだった。

 

「テイオーちゃんの方がかんそー多くなーい?マヤの時と全然ちっがーう!」

 

「ええ……あー、うん。似合ってるとしか言えないんだよ……元が可愛いからさ」

 

「…………可愛い?マヤ可愛い?」

 

「うん、すっごく可愛い」

 

「〜〜!ヤッター!!!」

 

「……ボクは?」

 

「終わらない!この流れ絶対終わらない流れなんだけど!?」

 

 マヤノを褒めればテイオーが、テイオーを褒めればマヤノがと言う形で無限機関の完成だ。その事実に気付いてしまった新人は叫ぶが当然助けは来なかった。

 

「と言うかオグリとバクシンオーは?ゴルシは店の準備してると思うけど、あの2人はどこ行ったの?」

 

 ふと会話に混ざって来ないオグリとバクシンオーに気付き周りを見渡すも人人人で、2人の姿は見えなかった。ゴルシは出店の準備で居なくなってるのは分かったが、2人が何処にも居ないのが気になってしまった。

 

「オグリは出店巡りじゃない?バクシンオーも多分それに着いて行ったんだと思うけど」

 

「着いて直ぐに行っちゃったから、今何処に居るかマヤは分からないかなー」

 

「そっか……2人1緒に居るなら、まぁ良いんだけど」

 

「取り敢えずボク達も行こうよ!」

 

「ゴルシの出店の準備終わるまでだけど、それでいいなら……」

 

「決まりだね!何処から行こっかな〜テイオーちゃんは何処行きたい?」

 

「ボク?んー、わたあめ食べたい!」

 

「じゃあわたあめの所行こっか……はぐれないように気をつけてね?」

 

「……それトレーナーが1番気を付けなきゃいけないと思うんだけど」

 

「人混みだいじょーぶ?トレーナーちゃん怖くない?」

 

「……2人共僕を何だと思ってるのかな?」

 

「「人見知りのコミュ力よわよわトレーナー(人混み苦手そうなトレーナーちゃん)」」

 

「……間違ってない、間違ってないけど、なんだかなぁ!」

 

 最早担当ウマ娘にまで気を使われる女装新人だった。

 

 まず初めに向かったのはわたあめ、その次は特に決めずに屋台を見ながら人混みを掻き分けて進む3人。テイオーとマヤノが前を歩き、新人は1人後ろで2人の後ろ姿を見ながら歩いていた。

 支配人はそこまで大きくないお祭りだと言っていたが、新人にとっては人生で2度目のお祭りと言う事もあり、目を奪われる物が多かった。規模何てものは関係無く、この後の花火が上がる事さえ忘れて3人で出店巡りをするのを心の底から楽しんでいた。

 

 3人でわたあめを食べ、風船釣りで新人は中々取れず熱くなっている中テイオーとマヤノは次々と手に入れて、結局1個も取れなかった新人に2人で1個づつ新人に渡す。

 お面屋を見付け、3人で被り合う。テイオーは熊で、マヤノは猫、新人は犬の面を付ける。

 新人が歩んで来なかった親しい人達との遊びという物を補完する様に、楽しい時間は過ぎて行った。

 

 そうして遊んでいると人混みが更に酷くなっていた場所に差し当たり、一旦歩みが止まった。

 

「すっごい人集り……なんかイベントやってるのかな」

 

「……ん、ゴルシが準備終わったって今LINE来た」

 

「じゃあここからはトレーナーちゃんも別行動になるのかな?送って行った方がいーい?」

 

「大丈夫だよ、ゴルシの出店の場所は覚えてるし……2人は2人で楽しんで。」

 

「アイ・コピー♪」

 

「じゃあまた後で!」

 

「2人とも気を付けてね」

 

 そうして新人はテイオーとマヤノから離れる。人混みの奥でデカデカと大食い大会と言う文字が見えて、一瞬見知った顔が脳裏に走ったが気にせずにゴルシの待っている出店の元へと歩いて行った。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 人混みの中新人は1人で歩いていた。テイオー達と別れて数分経っていたが、上手く人を避けて進んでいたが、実際歩みは遅かった。慣れてない浴衣姿と言うのもあったが、人を掻き分けて進むと言う行為に慣れていないのも有り、若干難を示していた。

 そんな時だった。

 

「おねーさん可愛いねぇ、今1人?」

 

「…………え、僕?」

 

「ボクっ娘じゃん!当たり当たり!1人なら俺達と遊ぼうよ!1人は寂しーしょ?」

 

「いや、あの、僕人を待たせてて」

 

「その人が迎えに来るまででいーからさ」

 

 女装をしている新人を完全に女だと思い声を掛けてくる2人組のチャラ男。産まれて初めてのナンパに戸惑いながら逃げようとするが、手を掴まれてしまう。

 

「ちょっと!」

 

「怒った顔もかーわいい」

 

「めっちゃ手綺麗だし顔も可愛いし、もー当たりだわ」

 

「当たりだとか、そんな事言われても……と言うか、その、僕男です!」

 

「はいはいそー言うのいいからさぁ」

 

「ちょ、引っ張らないで……いた、いたいです……」

 

「おねーさんが着いてくれば引っ張らないんだけど?」

 

 最早涙目になりながら自分より背の高いチャラ男に腕を捕まれ逃げられなくなっていた。

 

「はな、離して!」

 

「涙目もかーわいい!いやマジ可愛いんだけど」

 

「……何やってんだ?」

 

「んあ?もしかしておねーさんの連れ?連れの子も可愛いじゃんしかもウマ娘だよ。俺ら当たり引き過ぎなんだけど!」

 

「ご、ゴルシ……たすけて……」

 

「おいおい人聞きわりーじゃん!」

 

「取り敢えずその手離せよ、アタシの連れなんだよ」

 

「はいはい笑ってー?そんな怖い顔してたらおねーさんも泣いちゃうって!あ、ちょ、で、いでででで!?」

 

 新人の腕を掴んでいた男の腕をゴルシが握り締め、新人から離す。その様は最早頼り甲斐のある男性の様で若干新人はドキドキしていた。

 

「たくよぉ、ナンパすんのも構わねぇけど寄りにもよって新人引っ掛けてんじゃねぇぞ?後可愛いのはわかる」

 

「……あ、ありがとう」

 

「…………お前も不用心なんだよ、今のお前どっから見ても女にしか見えねぇんだから、送って貰えって」

 

 ゴールドシップに手を引かれながら歩く。何処からか聞こえてくる祭囃子の音は遠く、新人は胸の中で鳴り響く音で掻き消されていた。

 

「ゴルシが女装なんてさせなきゃ良かったんだよ」

 

「一理ある」

 

「認めるのかよ!?」

 

「お前の事女装させたの客寄せに使う気だったからなんだよなぁ」

 

「こっの……はぁ」

 

 めずらしくゴルシが頼りになると思った新人だったが、ゴルシの一言で大きく溜息を吐くのだった。

 

 




 夏祭りという名の新人とゴルシ絡み。

 オグリはなぜか開かれていた大食い大会への出場、次いでにバクシンオーも巻き込まれた。

 新人くんの雌落ち。最早性別間違えて産まれてきた説あるわ。
 出来たら今日中に後編も出したい。


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第九十五話(夏祭り後編)

 昨日の内に書ききれんかった。悔しい。


 ゴルシ印の焼きそば屋は開店数分で列が出来る程人気になっていた。原因として上げられるのは、売り子である新人(女装)が振り撒く笑顔。そしてウマ娘であるゴルシにより作られる焼きそばの香りだった。

 容姿端麗で産まれてくるウマ娘と、歳若い女性(新人)の2人で開かれた屋台は大繁盛と言える。

 周りで屋台を開いていたおっちゃん連中もその列に加わり焼きそばを食べに来るレベルで。焼きそばを手渡しながら放たれる新人の言葉にノックアウトする男性客が居る程だった。

 

「出来たてで熱いので、気を付けてね」

 

「あ、あ……はい」

 

 いつの間にかコミュ力よわよわである新人の片鱗は隠れており、女性に成り切る新人を近くで見ていたゴルシは語る。

 

「いやー、ヤベー奴に女装させちまったと思ったわ。だっていつもの新人からは絶対感じられない母性感じるんだもんな」

 

「焼きそば手渡された客の一部が新人にこの後暇?とか聞いてたけど、100年後暇なのでその際に出会えたら一緒に屋台巡りでもしましょうね?ってウインクするぐらいなんだぞ?」

 

「アタシにもやれよソレ。いや違ぇな、誰だよって感じなんだよ。マジで」

 

 写真は愚か、動画を撮れなかったのが心底悔やまれると語るゴルシだった。勿論そんな事をされた日には新人は心を病み二度と男には戻っては来れないだろうが。

 そんなこんなで大繁盛していたゴルシ印の焼きそば屋は、焼きそばが底を着いた事によって目出度く閉店と相成った。

 時間にして開店から30分程だった為に意外と早く終わったと言えた。

 故にここからは新人とゴルシの屋台巡りの時間になった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「売り子って楽しいね」

 

「おー、イキイキしてたな」

 

「またやりたいね?」

 

「お前ホント誰だよ」

 

 始める前は売り子なんて出来ないよ!と言っていた新人が今では乗り気で居る事実に流石のゴールドシップも戸惑いが隠せなかった。人混みの中を進む2人だったが、新人は浴衣を脱いでおり、今はいつも通りのスーツ姿になっていた。ゴルシが用意のいい事にスーツを持って来て居た事が幸いした。

 もう1人で歩いてもナンパはされないだろう。

 

「ゴルシは何か食べたいの無いの?」

 

「じゃがバタ食いてぇ」

 

「そこは焼きそばじゃないんだね」

 

「気分はじゃがバターだな」

 

 そう言って自然と2人でじゃがバターの屋台を探す。勿論新人は場所を覚えているが、如何せん人混みの中と言う事もあり目的地に辿り着くのはもう少し先になりそうだった。

 

「そういえばさ」

 

「あん?」

 

「なんで僕のスーツ持って来てたの?てっきり今日1日浴衣で過ごすもんだと思ってたから」

 

「……あー、そりゃあれだ、売り子であるしてたら汗とか、かくだろ?そうなったら嫌じゃねぇかなって」

 

「ふーん。あ、あったよじゃがバター!」

 

 そう言って新人は屋台の方へと向かって行った。その後ろを着いて行くゴルシの瞳には、楽しそうに笑う新人の姿しか映らなかった。

 無事にじゃがバターを購入し、食べながら次の屋台へと視線を向ける。そうして見付けた、異常な程に腹部を膨らませて真っ白に燃え尽きているバクシンオーを。

 

「バクシンオー!?」

 

「あ……トレーナーさんじゃないですか、随分長い事会ってない気がします……」

 

「おいおい、真っ白な灰になってんじゃねぇか……じゃがバター食うか?」

 

「も、もう食べ物はちょっと……」

 

「どうする?先に帰る?送って行くけど……」

 

「いえ!それには及びませんとも!」

 

 そう言ってバクシンオーは立ち上がり膨らんでいた腹が引っ込む。余りにも早い立ち直りに驚く新人と、我関せずと言った感じで自分のじゃがバターを食べ、次いでに新人のじゃがバターも食べてしまったゴルシ。

 こうして3人が揃った。

 

「あー!トレーナーちゃん居たー!」

 

「マヤノ?」

 

「さっきゴルシの屋台行こうと思ったら閉まっててビックリしたよ。売れなくて辞めちゃった?」

 

「はっ、寝言ってのは寝て言うもんだぞテイオー?完売したんだよ!」

 

「……早くない!?」

 

 そうしてテイオーとマヤノも新人達と合流して、5人になった。後はオグリだけなのだが、肝心のオグリの姿が見えずに居た。

 

「オグリは?」

 

「…………あれ、さっきまで後ろに居たんだけど」

 

「まさかとは思うけど、迷子になった?」

 

「おいおい流石にそれは」

 

「ないって言い切れる?」

 

 実際迷子になっているが、オグリの迷子癖はチームでは知られて居ない事だった。単独行動をして居なかったのが甲を制したのか、どうなのか。

 

「じゃあちょっと僕も探して来るね?」

 

「え、おい!」

 

「今は浴衣じゃないから平気だよ!ゴルシはみんなの事宜しくね!」

 

 そう言って新人はゴルシ達と別れた。思わずゴルシは溜息を吐く。人見知りで人混みが苦手な癖にどうして自分から1人で突っ込むのか。迷子が2人に増えそうだと思いつつ。

 

「……じゃあアイツがオグリ見つけて来るまで遊ぶかー!」

 

「やったー!漸く遊べます!はい、はい!もう食べ物は結構なので射的とか射的がやりたいです!」

 

「……そうとう食べてたもんね……」

 

「でもバクシンオーちゃんって食べても体重増えなさそうなイメージあるよねぇ」

 

「何処でカロリー使ってるんだろ……」

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 意外な事にオグリは近場には居なかった。マヤノ達と歩いていた道すらも超えて、1人人混みの中を彷徨う。スマホを確認すると、画面は暗転しており充電切れのサインが映る。なんで寄りにもよって今なのかと新人は顔を顰める。

 

 そうして屋台が作る道を歩いて行き、ドンドン奥へと。ふと屋台が途切れた道がある事に気付き、其方へ歩いて行く。

 軽く歩いていると、石階段が見えた。視線を上げれば直ぐに終わりが見え、大きいと言う程では無かったが、鳥居が見えた。

 

「……まさかね」

 

 この先に何となくオグリが居そうな気がしたが、さすがに無いだろうと人混みの中へと戻ろうとする。けれど1度頭に過った可能性が消えず、結局は——。

 

「……ホントに居たよ」

 

 石階段を登り切ると、何やらスマホを弄っているオグリの姿が見えた。

 

「オグリ!」

 

「トレーナー?良かった、スマホが壊れてしまって連絡が付かなかったんだ」

 

「……壊れた?」

 

「あぁ、電源ボタン?を入れても画面が付かなくなった」

 

「…………これ電池切れてるだけだよ?」

 

「…………そう、だったのか……」

 

 偶然にもスマホの電池が切れた2人が合流出来た。そしてその事をゴルシ達に伝えようとスマホ開くが、電池が切れている事を思い出して新人はスマホをポケットの中へと仕舞い込む。

 

「オグリって人混み苦手?」

 

「苦手、というか自分が何処に居るか分からなくなってしまうな」

 

「もしかして、結構迷子になる方?」

 

「…………タマと2人でご飯を食べに行った時にいつの間にかタマが迷子になってしまうくらいには」

 

「それオグリな迷子になってるだけだよね??」

 

 こうして漸く新人の前で方向音痴を見せ、人知れず迷子になるオグリの癖が流れ星内部で共有されることになるのだった。

 

「それじゃそろそろ花火も上がるからさ、一緒に行こう?」

 

 そう言って新人はオグリに手を差し出す。何気無い行動であり、昔1度だけ家族で来た祭りの最中妹に付き添っていた様に、極自然に差し出された。

 

「……あぁ」

 

 その手をオグリは迷う事無く握り、2人は鳥居を潜り直してまた人混みの中へと進んで行った。

 

「……ゴルシ達がいないんだけど?」

 

「もしかしたらスマホに連絡が来てるかも知らないな。私達のスマホは電池が切れてるんだが」

 

「あぁあ……やらかした説ある」

 

 自分のスマホの電池が切れている事に気付けなかったのもそうだが、集合場所を決めておくべきだったと思い直していた。

 

「トレーナーは」

 

「うん?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「そう?まぁ、いっか。良し、じゃあオグリ!」

 

「?」

 

「ゴルシ達を探しながらお祭りを楽しもう!」

 

「……あぁ!」

 

 一瞬寂しそうに瞳を揺らしたオグリに気付いた訳では無かったが、新人はオグリの手を握り屋台を巡り始めた。

 差し当っては新人と合流するまでオグリが何していたのかと言う話をしながら。

 

「たこ焼きの大食い大会があったんだ」

 

「……なんで熱そうで大食いに向いて無さそうなたこ焼きで開いてんだ……」

 

「美味しかったぞ。因みに優勝して来た」

 

「うん、何となくそうだと思った!」

 

 そしてそれにバクシンオーも巻き込まれたのだと察し、旅館に帰ったら優しくしてあげようと思う新人だった。そうして屋台を巡り、オグリがまたたこ焼きを買っているのを見て、飽きは無いのかと驚く新人。

 そのついでと言わんばかりにイカの姿焼きを買って頬張るオグリに、オグリの食欲は底が無いのだと実感した新人だった。

 8月も終わりだが、やはりまだ夏と言う事もあり若干の汗をかく。そんな最中かき氷屋を見つけオグリと2人で向かう新人。

 

「オグリは何食べる?」

 

「そうだな……いちごにしようか」

 

「…………」

 

「な、なんだ、なんでそんなに見るんだ」

 

「いや、可愛いなぁと思って」

 

「………………そう言うトレーナーは何を頼むんだ?」

 

「僕?僕は……んー、レモン?」

 

「……反応に困るな」

 

「悪かったね!?微妙な物頼んじゃって」

 

「いや、なんと言うか、トレーナーはメロンとかそこら辺を頼みそうなイメージだったからな」

 

「……僕そんなイメージだったんだ。酸っぱい物とか意外と好きなんだよ?漬物とか」

 

「初耳だな」

 

「言ったのオグリ以外居ないと思うからね」

 

 そうして時間は過ぎて行く。時刻確認は全てスマホで行っていた為に、今の時刻も分からない中で。そうして2人の背後で一際大きな音が鳴った。

 驚きつつも2人は振り向き、夜空で咲く光を観た。

 

「……そっか、もう19時なんだ」

 

「……トレーナーは、その」

 

「なに?」

 

「……私と花火を見て、楽しいか?」

 

「……もちろん。僕独りだったら花火を見ながら感想も言えやしないんだから」

 

 色鮮やかな花火を2人は並んで観る。人混みも今は気にならず、繋いだ手を離そうともせずに。

 

「……菊花賞、必ず勝ってみせる」

 

「……応援してる。勝てる様にトレーニングも考える。だからオグリも楽しんで走ってね」

 

「……もちろんだ、だから、見ていてくれ。私が1番に駆け抜ける様を」

 

 花火が打ち上がり、新人の言葉は掻き消されたが、直後オグリの手をほんの少し強く握り直して答えた。

 

 

 こうして夏合宿最後の思い出作りは終わった。




 ギリギリアウトー!遅刻しちまったよ……書いてたら寝落ちてしまったのが敗因ですねコレはァ……。


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第九十六話

 夏合宿終わり編!
 更新が遅れた理由は、筆が進まなかったからです。体調不良とかじゃなくて上手く話が進められなかったから。読んでて面白いと作者自身が思えない話を投稿する気にはなれなかった。

 前置きおーわり!本編どうぞ!


 長かった夏合宿も漸く終わりを迎える。寂しさを感じる者、自分の枕で眠れると安堵する者、新人でどう遊ぶか考える者と、様々な思いや思考が入り乱れる中、良くも悪くも夏合宿の中心点となった人物、新人はと言うと——。

 

「……最終日だって言うのにやりたい事全部出来てないよ……チーム分けした理由とか考えて無かったし完全に思い付きでやったのに……」

 

 事の発端は今朝、支配人達が用意してくれた朝食を食べていた時、ふとテイオーが思い出したかの様にした発言だった。

 ——そう言えばトレーナーさぁチーム分けしてたけど、なんかやる予定あったの?——。

 と言う何気無い言葉だった。

 

 それに対して新人はと言うと。

 ——え、あ、う、うん。えっとね色々、その、りゆ、理由があってね——。

 と吃りつつも完全に思い付きで言っていた事を思い出してしまい、言い淀んどしまった。余りにも不自然な言動と態度に違和感を覚えたテイオーは、その事を言及しようと身を乗り出した所、そして其れを新人の隣で朝食を食べていたゴルシに止められ、挙句の果てには。

 ——焦んなってテイオー。新人が無意味な事すると思うか?きっとアタシ達にはソーゾウも付かない様なすげー事考えてたんだよ。そしてそれは今言うべきじゃないと思ってる。だから言葉に詰まってんだよ、察してやれ——。

 

 と言うキラーパス所かデッドボールに近い物を投げられてしまい、無駄に跳ね上げられたハードルをどうやって越えようかと考えている最中だった。哀れ新人、素直に何も考えていませんでした。と言ってしまえば良かった物を、ゴルシの助け舟(泥舟)に掴まってしまい逆に危うくされてしまった。

 

 尚ゴルシはずっとニヤニヤしていた模様。

 

「どうしよう……今までやって来たトレーニングと合わせてその成果を示す為の提案であり、そして夏合宿最後に相応しいトレーニング……そんなの浮かぶ?浮かばないんだけど……」

 

 トレセン学園に帰る為の準備として荷物を纏める新人は1人呟く。来る際はカバンの中に詰め込んでもそこまで膨らまなかったカバンだったが、夏合宿を開始してから約2ヶ月で買った水着や何故か売っていたクソダサTシャツを詰め込んで行く。

 破らない様に今日に水だけを抜いた夏祭りで購入した水風船やお面も同様カバンの中に詰めて行く。それを見て何処かセンチな気分になりつつも手は止めなかった。テイオー達にも今日のトレーニングは取り敢えず無しとして荷物を纏めさせていた。最もな理由を付けての引き伸ばしであった。

 

「トレーナーいまいーい?」

 

「……テイオー?どうしたの?」

 

「今朝の事なんだけどさ……ボク不味い事聞いちゃったかなって」

 

「……ま、まずず、不味い?なにが?」

 

「吃り過ぎだよ……いや、ほら。トレーナーの事だからその場の勢いとかでチーム分けとかしたのかなーって。別に責めたりしてる訳じゃないよ?」

 

 図星を突かれてしまいとんでもない吃りを見せるが、そんな新人に笑顔を見せながら新人の隣に座るテイオー。けれど目線だけはしっかり新人の目を向けていた。

 

「……お恥ずかしい事にその通りです……特に何も考えて無かったんだよね」

 

「やっぱりね。最終日にチーム対抗戦的な物やるのかなって一瞬気になったんだけど、トレーナーってそう言うの考えるの難しそうだったからさ」

 

「僕慰めらてるの?それとも責められてる?」

 

 テイオーの発言で胸では無く頭を痛める新人。話し方はいつも通りだったが、言葉が何処と無く刺がある様に感じてしまい目元がピクピクと痙攣していた。その表情は苦笑いだったが、上手く笑えていなかった。

 

「責めてないって。それで?結局どうするの?ゴルシすっごく面白そうにさっきオグリやバクシンオーに話してたけど」 

 

「……どういう事?」

 

「アタシ達を集めたトレーナーなんだぞ?夏合宿最後に相応しいトレーニングを考えてるに決まってんだろー!みたいな感じ」

 

「もう辞めてよっ!これ以上ハードル上げないで!僕は大体そう言うハードルは潜り抜けてきた側の人なんだからさぁ!」

 

 新人の知らない場所で更に跳ね上げられていたハードルはもう既に飛び越せないレベルにまでなっていた。元から高いハードルを飛び越せないという事に頭を抱えて居たが、最早そんなレベルの話ではなかった。

 

「素直に言わなかったのが悪いね……でもさぁ」

 

「……なぁに?」

 

「……ゴルシばっかり面白そうで……狡いよね?」

 

「……て、テイオーさん?」

 

「だからボク達2人で考えよーよ!ゴルシがビックリして何も言えなくなる様なトレーニング!」

 

 あっ、これはアカン。と瞬時に理解した新人だったが、ゴルシに玩具にされているのは自覚していた為にテイオーの提案を断るか真剣に迷ってしまった。その結果——。

 

「……やろう、僕とテイオーでゴルシをビックリさせるんだ……」

 

「決まりぃ!トレーナーのそう言うノリが良いとこボク好きだよ!」

 

「……ありがとう?」

 

 悪魔の提案に乗ったのだった。

 かくしてテイオーと新人による対ゴールドシップ用のびっくりドッキリトレーニング発案会が始まった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「やっぱさ意外性が欲しいよね」

 

 テイオーの口から出てきたのは至極真っ当な意見だった。ゴルシは自分で場の空気を引っ掻き回すのが得意であり、それが引っ掻き回されている側も面白くなってしまい場が面白空間になってしまうのだが、当の本人は自分のキャパ、詰まり想像を超えてしまうと狼狽えてしまうのでは無いか?と言う疑惑から始まった。

 

「……夜のトレセン学園での競走?」

 

「在り来り過ぎだよ。そんなのやってもゴルシの場合喜んじゃうって。それにボクも参加するんだからね?後夜は寝たいよトレーナー」

 

「……トレセン学園に帰らずに僕の実家に行く……とか?」

 

「なんでボクの想像の斜め上を行こうとするかなぁ!?いや、まぁ……純粋に気になるけどさ。トレーナーのパパとかママとか」

 

 ゴルシの想像を超える、それはつまり一瞬でもゴルシを超えなければならないと言う、普通に高いハードルを何故か自分達から進んで行う新人とテイオー。しかし新人が超えているのは一種のラインであり、現状実家に帰っても久しぶりに息子の顔を見る安心感と、色々な意味でゴルシにネタを提供する自爆だった。

 

「そう言えばトレーナーの家族ってどんな人達なの?そういう話ぜんっぜん聞かないからさ」

 

「……聞いても面白い事無いよ?」

 

「いーじゃーん!ね、ね?聞かせてよ」

 

「……お母さんはのんびりしてる人で、僕が夏休みの時に毎年スイカを買ってくるんだけど、毎年何故かスイカじゃなくて何処から見付けて来るのかメロン買って来るような人だよ」

 

「……共通点丸くて大きい位しか無いんだけど」

 

「お父さん……えっと、毎日家に居て大体筋トレしてる人かな……後身長が高い。もう40超えてるのに未だに身長が伸びてるらしい……今190cm超えてるんじゃない?」

 

「……えっと、毎日家に居て筋トレしてる人……?」

 

「仕事とかはしてる所見た事無いね」

 

「それはもうヒモって奴なんじゃ…… う゛う゛ん゛!ごめん何でもないよ」

 

「……実際そうなんだと思うよ」

 

「…………そうなんだ……なんでその2人からトレーナーが産まれて来るのさ……」

 

「僕本当の子供じゃないからね」

 

「……すっごい反応に困る。この話やめよう!何だか空気が冷たくなって気がするもん!」

 

「でもお父さんもお母さんも良い人だったよ?」

 

「ごめんねトレーナーそう言う話じゃないんだぁ!?」

 

 事実新人の本当の両親は他界しており、産まれた時から育ての親である2人に育てられている。父親がヒモの様なモノで有りながらも暮らせていると言う事は何かしらの収入がある証拠なのだが。

 

「逆にテイオーのお父さんお母さんはどんな人達なの?」

 

「ボク?んー、娘離れが出来ない人達……?1回だけパパママ呼び辞めたら2人に泣かれちゃってさー」

 

「……テイオーの事大好きなんだね」

 

「過保護なんだよ。嬉しいけどさ」

 

 そう言って笑うテイオーの瞳に気を取られてしまい、新人は一瞬固まる。けれど直ぐに治り新人もまた笑顔を浮かべた。

 最早当初の予定であったゴルシの想像を超えるトレーニングの事は遥か彼方に投げ捨てられており、2人して照れ臭そうに笑うのだった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 テイオーと新人が話している最中、支配人がやって来た事によりお互いの家族自慢は中断され夕食となった。出てきたのは海の幸だった。

 流石のオグリもコレには興奮しており、取れたて新鮮な海の幸を見て口を閉じている筈なのにヨダレが零れてしまう程。

 特に茹でられたカニを見て殻ごと食べてしまいそうになる程だった。お刺身を食べていたバクシンオーと新人がカニを食べようと皿を見ると既に空になっており、2人して涙目だったが。

 

 そうして最後の夜を皆で過ごしつつも期限は迫っていた。そう、ゴルシによって跳ね上げられたハードルを以下にして飛び越えるか——と言う期限が。

 

「後は車に乗り込むだけだが……結局チーム分けした理由はあったのかトレーナー?」

 

「大丈夫ですよ!だってトレーナーさんですからね!きっと何かしらの理由があったんです!」

 

「……うん、そうだね。トレーナーだもんねー」

 

「テイオーちゃんどうかしたー?すっごく棒読みになってるよ?」

 

 唯一新人の口から真実を告げられているテイオーだけは余りにも期待しかないこの現状に耐えきれず、1人新人から目を離していた。けれど他の4人は新人に注目しており、その発端を作ったゴルシはニヤニヤと楽しそうに笑っていた。

 

「もちろん。僕は皆のトレーナーだからね!」

 

「そうそう……って考えてたの!?」

 

「テイオーちゃん?」

 

「え、あ、なんでもない!」

 

 実は新人、ずっと考えていたのだ。ゴルシ、引いては全員の想像から脱する方法を。そして思い付いていた。と言うよりも初めから考えていたが、実行するのを躊躇っていたと言うのが正しかったが。しかし決意は決まっていた。主にオグリとゴルシの2人によってカニを食べられてしまった時に。

 

「それで?私達は何をするんだ?」

 

「此処からトレセン学園まで走って帰るの」

 

「…………車を走らせて帰るんだな?」

 

「ううん?走って帰るんだよ?」

 

「……なぁ、誰か助けてくれないか?私とトレーナーはどうやら話している言葉が違うらしい。日本語とトレーナー語では相性が悪いらしいんだ」

 

「オグリが壊れちゃった!?とれ、トレーナー!?」

 

「ふふん、そんなに褒めないでよ」

 

「褒めてないし寧ろ責めてるんだよ!」

 

 ドヤ顔を決めながら発言する新人に魂の籠ったツッコミを入れるテイオーだったが、カニを食べられてしまい脳を破壊されてしまった新人には届かなかった。

 

「…………新人新人、今なら冗談で済むと思うぜ?」

 

「誰が冗談なんて言うもんか!本音だよ!正直が僕の取り柄だからね!」

 

「いや意固地になんなよ!?見ろ周りの顔を!オグリ無表情になってるしバクシンオーは震えてるしテイオーはマヤノに抱き着いてマヤノはテイオーの頭をひたすら撫でてんだぞ!?」

 

「皆走って帰れ!僕は車で帰るから!」

 

「この外道!鬼畜!新人トレーナー!!」

 

「新人トレーナーは罵倒じゃなくて事実なんだよ!」

 

 最早ヤケクソだった。確かにゴルシの予想を超えて場の空気を殺し尚且つ自分だけは車に乗って帰るという宣言をした為に孤立無援になったが、そんな事は気にならない新人。

 

「チーム分け?ふーんだ!どーせ思い付きでしたよ!でもハードル上げて引けなくさせたのはゴルシだから!Aチームは僕とテイオーとオグリ!Bチームはゴルシとテイオーとバクシンオー!先にトレセン学園に着いた人達には僕がやれる範囲で望みを叶えてあげる券をあげるよ!」

 

「やけっぱちかコノヤロウ!?」

 

「……チーム脱退しようかな」

 

「よしよし、大丈夫だよテイオーちゃん。先に帰ったらトレーナーちゃんに何でも命令出来るから、ね?」

 

「うぅ……マヤノ優しい……お母さん……」

 

「んーー、マヤちんまだお母さんじゃ無いんだよねぇ」

 

「トレーナーさんトレーナーさん、私此処からトレセン学園まで走りきる自信が無いので車に乗って帰りたいです。はい」

 

「バクシンオーは良いよ、一緒に車に乗ろうね」

 

「贔屓だ!依怙贔屓だよそれは!ズルい!」

 

「そうだよトレーナーちゃん!ズルいよ!マヤもトレーナーちゃんと一緒に帰りたいもん!」

 

 テイオーのケアに勤めていたマヤノだったが、流石に声を荒らげた。実際叫びたいのをテイオーの頭を撫でる事によって抑えていたが、既にテイオーはマヤノの腕の中から離れており新人の元へと詰め寄っていたからだ。マヤノも新人に詰め寄っていた。そしてそんなマヤノを見て新人は一言だけ。

 

「でもマヤノはカニ食べたよね?」

 

「それが原因でこうなっちゃったの!?」

 

「ぼくも、僕もカニ食べたかったのに!」

 

「は、早い者勝ちだった!わ、私もそんな量は食べていなかったぞ!半分近く食べてしまったけど……

 

「ギルティ。オグリは車に乗せません」

 

「オグリ手伝え、このバカヤロウを砂浜に埋めるぞ」

 

 アップを始めるゴルシだったが、新人は次の手を打った。

 

「オグリはそんな事しないよね?車に乗せないよ?

 

 純情なウマ娘を弄ぶかの如く小さく呟かれる一言に、ゴルシに続いてアップをしようとしていたオグリが止まった。

 

「おま、お前そこまでやるか!?見ろよオグリの顔!梅干しみたいにってんじゃねぇか!」

 

「知らないね!カニは美味しかったかぁ!?」

 

「食べ物の恨みはこええって言うけどいっちばんこえぇのは人の妬みって事が今分かったわ!!」

 

「それは良かったね!新発見だ!ゴルシかしこーい!」

 

「こ、コノヤロウ!?」

 

 そうして夏合宿最後の夜を過ごし、結局皆で仲良く車で帰ったと言う。車の中でもオグリは梅干しの様な表情をしていたし、テイオーとマヤノは助手席でずっと抗議をしていたが、新人は——でもカニ食べたよね?——と言う返答しかしなかったと言う。

 

 

 こうしてチーム『流れ星』の初めての夏合宿は終わった。オグリ達を寮に送り届けた後に新人は1人コンビニに立ち寄りカニカマを購入し食べたと言う。




 ギャグ回。因みに新人がカニを食べたいって秋川理事長の前で言ったら、秋川理事長業務すっぽかしてたづなさん含めて3人でカニ食べに行ってます。
 良かったね新人くん、実質何時でもカニ食べれるよ!

 そんな日は永遠に来ませんけどね(新人くんが秋川理事長の前でカニ食べたいなんて言わないから)


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第九十七話

 二つ名編の開始だ……夏合宿だけで20話くらい取ってなかった?プロットと数合わなくてびっくりしたわ。
 なんて作者の激甘事情はどうでもいい!本編どうぞ!


 久しぶりに寮のベッドで寝たけど何か安心出来た。なんだろう、もう僕この寮から出れないかもしれない。旅館の布団ってのも中々良かったんだけど、やっぱり慣れ親しんだベッドが1番なんだね。まだこのベッドで寝る様になってから5ヶ月位しか経って無いんだけど。

 取り敢えず秋川理事長に夏合宿修了を伝えて来た。たづなさんにしか言ってなかったけど、寝不足の件を聞かれて咄嗟に誤魔化してしまった。何処と無くふつふつと湧き上がる罪悪感を隠して理事長室を後にした。

 

 目の下のクマとかもうないよね?見慣れた廊下を歩いていると、視界に存在感が飛び込んで来た。

 

「おはようトレーナーくん」

 

「シンボリルドルフ……おはよう?」

 

「……ふむ。今時間はあるかい?少し2人で話そうじゃないかトレーナーくん」

 

「どうしよう、揶揄われるから逃げたいんだけど」

 

「ふふ、知っていたかい?……皇帝からは逃げられない、と」

 

「実質強制じゃないか!」

 

「最近私の出番も無かったからね。ここは一つ付き合いってくれると嬉しいよ」

 

 そう言って笑い掛けてくるの、狡いと思います。当然断る理由は沢山あったけれど、皇帝サマのご指名だから着いて行くとする。別に断ったら仕返しが怖いとかそんなんじゃ無いから。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 久しぶりに来た生徒会室は何時かのままで、懐かしさを感じさせられた。隣を歩いていたシンボリルドルフはいつの間にか生徒会長に与えられた椅子に座り、何時かの様に僕を見ていた。

 

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「…………何の冗談?」

 

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「え、これもしかして初対面の時の返ししないと先に進まないの!?そういうのはゴルシだけで充分なんだけど」

 

 今度はもう何も言わず、ただニヤニヤと笑うシンボリルドルフ。コイツもゴルシに負けず劣らず意地悪だよね。僕の黒歴史って事を知ってて再現しようとするもん。

 

「はぁ……は、はじめ、はじめまして!新人トレーナーです!」

 

 初めて会った時、皇帝として名を馳せて居たシンボリルドルフを生で見て色々とテンションが可笑しくなってたのは記憶に新しい。と言うか偶に夢に見るし。

 どうせ律儀なシンボリルドルフの事だからこの後もまたあの日と同じ事を言うんだろうなぁ。でもそれじゃ僕が弄られて終わるだけだから悔しいし……。

 

「……くく……一先ずようこそ。我がトレセン学園へ。此処は」

 

「長い話は結構です!」

 

「……ほう?」

 

「僕のチームに入って下さい!」

 

「……ふふ、ふふふ……あははは!」

 

「そんなに笑う事ないだろ!此処ら辺で変えて行かないと僕またシンボリルドルフに抱っこされちゃうんだもん!」

 

 そう、初めて会った時僕はシンボリルドルフに抱っこされてる。その理由も酷くて、噛みまくって吃りまくって恥ずかしくなって、まともな受け答えも出来なくて慌ててた時に足が縺れて転びそうになって。

 それをシンボリルドルフが机を乗り越えて僕が倒れ込むより前に抱き上げてくれたのが僕とシンボリルドルフの初めてのコミュニケーション。

 その後にテンパって勧誘したんだけど。結果はあえなく撃沈だった。その際にシンボリルドルフに質問されたんだけど、まぁ。それもどうせこの後再度聞かれるんだろうなぁ。

 

「随分逞しくなった様に見えるねトレーナーくん。夏合宿は君にとっても……テイオー達にとっても実に実りがあったと見える」

 

「逞しくなったのは気の所為だよ。実りがあったのは事実だけど」

 

Eclipse first, the rest nowhere(唯一抜きん出て並ぶの者無し)。どういう意味か分かったかい?」

 

 初めて聞いた時、それは先頭を走るウマ娘の事だと思っていたけれど、それはナンセンスだとシンボリルドルフに言われて間違いなのだと思ったけれど。多分この質問に正解は無い。個人でこの言葉に対する解釈は違う筈だから、そして僕の出す答えは——。

 

「僕だ」

 

「……理由を聞いても良いかな?」

 

「僕のチームは僕の夢を叶える為に集めて、事実集まってくれた。そしてそれはきっと僕が皆の前を歩いているからだ。けど時としてその立ち位置は変わるし、逆に僕が皆の夢に魅せられる時もある。だから……僕だ」

 

「何となく意味は分かった。そうか、トレーナーくんはそう捉えるんだね。この言葉はあくまで個人ではなく、チームの為の言葉であると」

 

「……それは多分深読みし過ぎだよ?」

 

「いいや、私の中のトレーナーくんならそう言うだろうからね。だからそうなった。確定だよ」

 

「……ほんっ……とさぁ」

 

 唯一抜きん出て並ぶの者無し。それはかの有名な海外で活躍したウマ娘のトレーナーの言葉なんだけど、余りにも衝撃的な言葉で未だ後世に伝えられて来た言葉でもある。

 

 その解釈はやっぱり受け取り手次第で変わる。僕はチームだと思ったし、きっとコレも100%正解って訳じゃ無いんだ。

 でも皆良い所があって、悪い所も有るからね。抜きん出てる所は有る。だからこそ抜きん出たら、それに追い付く奴は居ないって思う。

 

 僕はトレーナーの中でもきっと夢見がちなんだと思う。皆の夢を叶えた先に僕の夢が有ると今でも本気で考えてるし、皆の夢を叶える為なら僕は自分の夢を捨てていいとさえ思ってしまった。

 

「それで?僕は僕なりの答えを出したけど、コレ出した意味ある?もしかしてシンボリルドルフが流れ星に」

 

「本気で勧誘するなら考えて上げよう。けどトレーナーくんはもう私の事を本気で勧誘はしないだろう?」

 

「……やっぱり僕シンボリルドルフが苦手だ」

 

「私は君と話すのは楽しくて好きだよ」

 

「それで!僕を呼び止めた理由ってこれだけ?これだけなら僕もう行くよ?」

 

 毎回僕の考えてる事を見抜かれるのなんでなんだろ。シンボリルドルフって心眼とか持ってたりする?どうせ揶揄う為に呼び止めたのは知ってるけど、少し期待したじゃん。……何に期待したんだろ、僕。

 

「……少し真面目な話をしよう。トレーナーくん、帰るのはそれを話してからでも良いかな……?」

 

 

 いつにも増して真剣な——そう、皇帝としての表情を見せるシンボリルドルフの圧と眼差しに引き止められた僕は、首を縦に振ることしかできなかった。

 

 

 




 唯一抜きん出て並ぶの者無し。個人的に絶対はボクだ。の次に好きな言葉。3番目は、お前達が先頭争いをしている所を俺は見たいんだ!ですね。沖野トレーナーの心からの叫びって感じがして凄く好きです。それに続く、何時までも怖がってちゃダメだ!背中を追い掛ける事を怖がるな、って言う言葉もなかなかに好き。

 という理由でトレセン学園に帰って来て初っ端のお話。
 秋川理事長は書き始めると作者が書くの楽しくなって長くなっちゃうからね、今回はカット。


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第九十八話

 ルドルフに無礼るなよって言われた新人くん見たい人多くない?気の所為?そんなんやられたら新人くんルドルフと話せなくなっちゃうよ()

 いつも感想、お気に入り登録、評価ありがとうございます。大変励みになっております。

 いつもの長い前置き終わり!本編どーぞ!
 追記、この世界線だとオペラは覇王です。誰がなんと言おうと、覇王です。


 シンボリルドルフとの会話を終わらせて新人は1人廊下を歩いていた。その足取りは早く、しかし表情は険しかった。

 夏合宿をする際、秋川理事長から出された条件は『菊花賞』、『天皇賞・秋』の1着、『有マ記念』の出走。それ等をクリアしなければいけない。何かデメリットが有る訳じゃなかった。けれどその条件をクリア出来なければ大事なものを失うと新人は何となく分かっていた。

 けれどそれはあくまで何となく、今回シンボリルドルフが新人を呼び止めたのは揶揄い3割、残り7割は単純に期待だった。

 そしてその話が終わり、新人が向かった先は食堂だった。

 

「……オグリ居る?」

 

「む、トレーナーか。どうかしたか?」

 

 新人の探していたウマ娘、オグリはそこに居た。初めは高等部を覗きに行こうと考えていたが、食堂に居そうな気がした為に新人はまっすぐ食堂へと足を進めていた。

 そうしてオグリは見付かった、満足そうにご飯を食べながら、やや出てしまった腹部を隠そうともせず堂々と。

 

「出走登録して来るって伝えに来たよ」

 

「そうか。てっきりもうしたのかと思っていたが」

 

「いちおー確認したかったから……」

 

「走るぞ」

 

「……そうだよね。あのさオグリ」

 

 新人はオグリの座っているテーブルに椅子を持ってきて座る。新人とオグリの前には山の様なキャベツ等があったが、ソレは気にしていなかった。

 

「……僕は覚悟を決めた。オグリも決めたんだよね」

 

「あぁ、菊花賞に出て、必ず1着を」

 

「その前にさ」

 

「……何かあるのか?」

 

 新人との会話であってもオグリの箸は止まらなかった。早めの昼食はトンカツ定食の様でオグリの咀嚼音が響いた。

 

「菊花賞の前に、多分……と言うかほぼ確定で記者会見見たいなのが挟まると思う」

 

「……菊花賞だからか?」

 

「クラシック三冠の最後だからね。それと……良い意味でも悪い意味でもオグリは目立つ。だからかなり厳しいものになるかも知れない。オグリはその記者会見……インタビュー?に出ても大丈夫?早ければ今週中にはインタビューが始まると思うし」

 

 クラシック三冠、それが菊花賞だ。多くのウマ娘が皐月、ダービーと夢を追い駆け、そして同時に多くのウマ娘が敗れて行く。けれどそれでも手を伸ばして夢を追い駆ける。それがクラシック三冠だ。

 事実ウマ娘の中でクラシック三冠を取れているのはとても少ないが、居ない訳では無い。1番有名なのは勿論『皇帝・シンボリルドルフ』だが、他には『覇王・テイエムオペラオー』等が居る。そうして多くのウマ娘が手を伸ばして届かないのがクラシック三冠なのだが、今回最後の冠である『菊花賞』は注目度が他2つと比べても大幅に違う。

 勿論他のクラシックレースと比べて皐月やダービーも注目されるが、『菊花賞』は文字通り桁が違うのだ。

 故にオグリの存在は異色を放つ。

 

 『皐月賞』はチームに未加入だったのと、勝利数ファン数が足りず、『日本ダービー』ではなんとか新人のチームには入っていたが、勝利数ファン数が足りず未出走と言う形で終わってしまった。

 そして『菊花賞』、これはチームに加入出来ており、勝利数ファン数も規定数を超えている為に出走登録自体は出来る。

 

 クラシック三冠の内二冠、取り零してしまっているオグリは、他のクラシック三冠路線のウマ娘達から見れば横槍であり、そのクラシック三冠を取るウマ娘を応援している観客(ファン)からしても余り良い物では無い。新人はそれを危惧していた。故にオグリに問い掛ける。

 

「……つまり、皐月賞や日本ダービーに出て居ない私を応援する人達は少ない……という事か」

 

「そうなる。初めから分かっていた事だったけど、改めて実感させられたからね……」

 

 シンボリルドルフとの会話は酷く端的で、駆け引き何てものはなかった。ただ一言。

 

 ——トレーナーくん、君には汚名を着る覚悟はあるかい?——。

 

 という物だった。それは勿論新人だけでは無く、オグリも着る事になる汚名だったが、あくまでシンボリルドルフは新人に向けて言った言葉だった。そしてそれを聞いて、今一度オグリと一緒に再確認をしている。

 

「トレーナーは不安か?」

 

「不安……まぁ、不安っていうか、単純にオグリがしんぱ——」

 

「私は()()()?」

 

 短く、けれど確かな重みを持った言葉をオグリが呟く。

 

「————いいや?」

 

 そしてソレに新人も答えた。全く何の憂いも無い表情で。

 

「私では菊花賞を取れないと思うか?」

 

「全然?」

 

「私と2人で他人に悪く言われるのは嫌か?」

 

「何言われても構わないけど、言われ続けるのは嫌だね」

 

「なら……決まりだな」

 

「……なんか心配して損しちゃった……と言うか言いたい事殆どオグリに取られちゃったし。これじゃ立場逆だって」

 

「は、すまない。そこまで考えてなかった」

 

 いつの間にかあったオグリと新人の壁となっていたキャベツは無くなり、気付けばお互いに視線を交えていた。そして——。

 

「菊花賞を取り、天皇賞・秋を取り、有マ記念すら私が喰らおう

 

「……そこは取るとかじゃないの……」

 

「私は良く食べるからな。けどトレーナー、それ位じゃ私は満足出来ないからな?」

 

「……分かってる。オグリの耳に歓声しか届かない様にしてみせるから」

 

 そうしてオグリと新人の覚悟は決められた。これから歩むであろう茨の道に、確かに一歩踏み入れた。

 新人が汚名を着れば、必然的にチーム全体にも影響は出るが、()()()()()()()()()()()()。この2人は本気でそう考えていた。

 

 なぜなら『菊花賞』とは、クラシック三冠の終着点であると同時に——。

 

 

 クラシック最強と言う確かなモノを得られるモノなのだから。

 

 

 

「それはそうと新人は何か食べないのか?」

 

「僕も食べるの!?あー、どうしようかな」

 

「私も追加で頼むし、どうせなら2人で食べよう」

 

「……まだ食べるんだね……」

 

「ハードなトレーニングを頼むぞ?」

 

「程々にするからね……?」

 

 




 次回、菊花賞に向けてオグリキャップ初めてのインタビュー。トレーナーとしての意地と覚悟、そして流れ星の如く。


 


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第九十九話

 


 新人が言っていた通り、オグリへのインタビューは新人がオグリの菊花賞への出走登録を行って1週間と経たずにやってきた。

 そしてオグリへのインタビューを行う場所はトレセン学園の食堂と決められた。

 

「クラシック三冠の最後、菊花賞への出走を決めた理由など聞かせて頂いても大丈夫でしょうか!」

 

 記者の一人がオグリに対して質問を投げ掛ける。新人はこの場にいなかった、トレーナーとして別の場所でインタビューを受けていた為だ。本来なら新人もオグリの傍でインタビューを受けたかったが、記者側は今回の一件で見出しとしたいのはオグリだと言う事と、トレーナーとウマ娘は別々に取材をして、別々に記事を書きたいとの理由だったからだ。

 

 オグリのインタビューに来ていた記者達と、インタビューの表紙として使えるかも知れないと写真を撮りに来た者達、そしてオグリを見に来たウマ娘達で食堂は人混みが出来ていた。

 

「クラシック最強を名乗る為だ……です」

 

「……そ、それは……皐月とダービーに出なかった理由も尋ねても?」

 

「皐月とダービーは出場する事が出来なかった。……です」

 

「はい、はい!その理由はなんでしょうか!」

 

「……私がチームに所属出来て居なかったのと、勝利数が足りて居なかったから」

 

「でもそれって結局自分の所為ですよね?菊花賞に参加するにあたって何か考えませんでしたか?クラシック三冠路線を頑張って走ってるウマ娘に申し訳ない、とか」

 

「…………それでも私は菊花賞へ出走し、必ず1着を取る。それしか、私には言えない」

 

「……質問への答えになってないんだよなぁ」

 

 オグリ自身、余り話すと言う行為は得意では無かったが、失礼の無いように敬語で話そうと勤めていた。余りにも拙い敬語だったが。一問一答と言う感じで進んでいたインタビューだったが、そこに(意思)が投じられた。それは重たいモノだったが、オグリにも背負っているモノがある為に譲れなかった。

 

「こんどはこっちの質問もお願いしま……ってちょっと!」

 

 そんな中だった、奥歯を噛み締めて質問への返答を考えようとしていた所に、割り込む様に入って来た記者が居た。その目は真っ直ぐにオグリを見ていた。

 

「まどろっこしいんだよ、俺達が聞きてぇのはどうして今になってクラシック三冠の最後である菊花賞に来たのか。ただそれだけなんだよ、他のウマ娘達を見てみろよ、皐月からダービー、そしたこの菊花を走る為に努力してきたってのに、お前はなんだ。皐月も出てねぇ、ダービーすらだ。それで菊花に出て、勝つ気でいるんだろ?その自惚れは何処から来るんだって聞きてぇんだよ」

 

 それは新人も考えていた事であり、何一つ間違っていない質問だった。実際先程まで質問をしていた記者は黙ってしまい、横から出て来た記者に道を譲っていた。その顔は険しかったが。

 睨む様に向けられる視線と、人から向けられる当然とも言える悪意を真正面からぶつけられるオグリ。インタビューの場は静まり返ったが、オグリは答えた。

 

必ず勝てると信じてくれたからだ(必ず勝つって約束してくれたからです)

 

「誰がだよ」

 

トレーナー(オグリ)

 

「……戦績は?」

 

「デビュー8着、OP2着、鳴尾記念1着、マーメイドS1着だ。……あ、です」

 

「……それで勝てたら奇跡なんだよ、レースに運は絡まねぇ。皆背負ってるモンがあって」

 

「奇跡じゃない、これは未来だ。私とトレーナーの2人で追うと決めた夢だ、クラシック三冠。叶う事なら私も其れを追いたかったが、追えなかった。だが、だが……それでも私は菊花賞に挑むと決めた!何と書かれても構わない、私を気に入らないと言うならそう言ってくれても構わない。だが、菊花賞は必ず私が貰う」

 

「私の名前はオグリキャップ。カサマツから中央に来たオグリキャップだ。所属チームは『流れ星』。皐月、ダービーと出走し、クラシック三冠の夢を追うウマ娘達と走る皐月もダービーも取れなかったウマ娘の名前だ!」

 

 その場の時間が止まった。実際時間が止まるなど有り得ないが、今この瞬間はオグリの写真を撮る者も、次のインタビューを考えていた者も、菊花賞に参加する場違いとも言えるオグリを見に来ていたウマ娘達ですらオグリの放った言葉と、溢れ出る威圧感に誰もが口を閉ざした。

 

「……勝てよ、それだけ威勢の良い啖呵切ったんだ。それで負けましたなんて言ったら故郷のカサマツに帰るんだな」

 

「……そ、それは困る……と、トレーナーとまだ叶えてない夢があるんだ……」

 

「そこはさっきみたいに当然だ!とかで返せ!なんで最後に下手るんだお前は!……はぁ、ウチの出版社からはオグリキャップの名前を大々的に使ってやる。良い意味でも悪い意味でもな。だから気合い入れろよカサマツのオグリキャップ」

 

 そう言って記者の一人が去って行く。この場で言う良い意味とは、オグリは冷やかしや楽観的に菊花賞に参加した訳では無く、オグリ自身にも夢がありその過程こそ飛ばしてしまったが他のウマ娘達と優劣を付けるべき程軽い想いでは無いという事が伝わった。

 悪い意味とは、結局の所今回の一件で名は広まり勝っても負けても得られる物は少ないと言う意趣返しだった。

 

 けれど確かにオグリの想いと覚悟は届き、その後のインタビューも滞りなく終わって行った。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 時は同じだが別の場所で新人もインタビューを受け、それが終わった。オグリの様な苛烈なモノは一切無く、淡々としたものだったが。

 

「……どうしてそこまでオグリキャップを菊花賞に出走させたがるんでしょうか?皐月やダービーを出走して居らず、菊花だけ出走すればこうなると言う事は予想が着いたのでは?」

 

「そうですね、ですがウマ娘であるオグリと、トレーナーである僕が決めた事です。その選択が間違っていたかどうかは皆さんの判断に任せます。けど……」

 

「けど?」

 

オグリが勝ちます誰がなんと言おうと僕の担当であるオグリキャップが菊花を取ります

 

「……先程仰っていた約束ですか?」

 

「それもあります、けど1番は……」

 

「……1番は?」

 

「オグリだからですかね……ごめんなさいコレに関しては説明出来ないんです。オグリがオグリだから、菊花賞を取れると信じてるので」

 

 苛烈さこそ無かったが、それでインタビューは終わった。

 同時に新人の頭の中には自問自答が繰り返される。本当にアレで良かったのか、もっと良い方法は無かったか、そもそもオグリを皐月は間に合わずともダービーには出せたのではないか、と。

 

 けれど堂々巡りであり、たらればの話にしかならなかった。新人の周りに人は居らず、記者達や他のトレーナー達は既に去ってしまった。たった一人で考えていた。

 

「酷い顔してるわね新人」

 

「……おハナさん……お久しぶりです」

 

「随分と思い切ったわね」

 

「まぁ……ちょっと色々あって。でも本当の理由はオグリにGI走って欲しくて……1着になったオグリが見たかったんですよ」

 

「そう……今日のインタビューが雑誌や新聞に載る。その間出来るだけネット関係は」

 

「全部みます」

 

「……貴方ねぇ」

 

「全部見て覚えます。逃げません、負けません、忘れません……この感覚……」

 

 着ていたスーツの胸を握り、歯を食いしばる。罵詈雑言の嵐になったとしても、それすら受け止めて受け入れて覆す。オグリの夢を叶える為の道中、その全てを忘れない為に痛みと共に刻み込む。

 

「この……悔しくて辛い気持ちを忘れたくないから」

 

「…………貴方とオグリキャップの夢、私にも見せてもらうわ」

 

「見てて下さい、僕とオグリの夢を」

 

 そうしてまた新人は一人になった。けれど孤独では無い。何故なら——。

 

「トレーナー」

 

「オグリ……お疲れ様」

 

「トレーナーもだ。意外とインタビューと言うのは悪くないな」

 

「……こっちはもう当分イヤだよ……」

 

「それもそうだな、やはり私は……」

 

 座り込む新人の隣にオグリもまた座った、その瞬間だった。

 

「あ、いたいた!トレーナー!!」

 

「テイオーちゃんちょっとはや、凄く速くない!?」

 

「新人見付けた時のテイオーって短距離最強名乗れるんじゃねぇのか?」

 

「つまり私とライバルになるんですね!?負けませんよテイオーさん!とりゃー!!!」

 

「あぁ……愛すべきバカが行っちまった。なぁまや……マヤノ!?」

 

「マヤちんテイクオーフ☆目指すはトレーナーちゃーん♪」

 

「お前もか!?ちょ、アタシを置いてくんじゃねぇよ!!!」

 

 まるで流れ星の様に現れ、そして駆けていく、否。駆けてくる。

 

「え、あ、え!?ちょ、待って!それ止まれな」

 

「受け止めヨロシクゥ!」

 

「よろしくお願いしまぁああす!!」

 

「オグリたすけあびゅ!?」

 

「マヤちんどーん☆」

 

「おっ!?」

 

「ゴルシちゃんがやって来たー!!」

 

「おも、重いよ!?ねぇ!オグリィ!たすけて!たすけてオグリ!」

 

 星が幾つも走り出し、そして新人の元へと集まった。それを見てオグリは笑顔を浮かべ——。

 

「私も負けていられないな!」

 

「え、は、はぁ!?」

 

 オグリもまた新人の上へと身を落としたのだった。

 新人はこの日担当ウマ娘5人に乗られ、地面と心を通わせるしか出来なかったという。

 




 本当はインタビュー前にちょっと話挟みたかったけど、あくまでテンポ良く。
 この後はトレセン学園の文化祭的ですね。
 スーツ姿のテイオーや、ルドルフに見惚れたのは作者だけじゃないはず。

 後重たい話だと思った?残念、そこまで重たくないよ!(当社比)


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第百話

 昨日書き上げられなくて、今日は単純に寝坊して投稿時間に間に合わなかった。
 無様な投稿者ですまない……うごご。

 前置きは終わりだ、本編どーぞ!


 夏が終わり、直ぐに秋がやってきた。それは詰まるところ、次のイベントが新人の背中へと近付くという物だ。そしてそのイベントの名は——。

 

「ファン感謝祭……ですか」

 

「はい、オグリキャップさんの一件もあるので、出来れば何かしらのイベントなどを作って欲しいのですが、新人さん大丈夫ですか?」

 

 トレセン学園名物『ファン感謝祭』。トゥインクルシリーズを走るウマ娘達への応援と、応援してくれているファン達への感謝を中央最大規模のトレーニングセンター学園で開催する。

 勿論『祭』と名を打っているのだから屋台も出るし、なんならトレセン学園側でイベントも行われる。正式なチームであるなら、イベントの制作等が行えるが、正式なチームであるだけでは出来ない。

 ある程度の功績が必要にはなる。が、しかし『トレセン学園側』からの指名ならば功績を納めて居ない内からでも出来る。

 それはその年のトゥインクルシリーズでの注目度や、新人トレーナー達の中から秋川理事長が他の先生方達と話し合い決めた新人トレーナーにイベントの枠を1つお願いすると言う物だ。

 その話が今、新人に対して振られていた。

 

 新人の場合、チーム内初のGIレースという事もあり、その注目度は高くなる。そして出来るならばイベントを成功させて、出来る事ならイメージアップをしたいという物。

 秋川理事長は今年のトゥインクルシリーズは、贔屓目無しに新人のチームが色々な意味で注目されると踏んでいた。

 

「……僕にイベント、しかも万人とは行かなくても大勢に楽しんでもらう為のイベントでしょう……?」

 

「そうです!それを新人さんに考えて——」

 

「僕に出来ると思ってるんですか!?」

 

「思ってません!」

 

「たづ、たづなさん!?」

 

 話を振ったのはたづなである、けれど新人がそんな大層なイベントを思い付くと思っていた訳でもなかった。日頃のコミュニケーション能力がここに来て響いた。

 

「だって新人さんですよ!?しかもリギルや、最近ノリに乗ってるスピカとの合同イベントでもありません!新人さんが単体で考えなきゃいけないイベントです、逆に何か思い付きますか?」

 

「………………おもい、つかない……ですけど……と言うか合同でイベントって作っても良いんですか?」

 

「……まぁ一応新人トレーナーが1人で作ると言う事例はトレセン学園の中でもそれこそ初期のトレーナー達しか経験してませんし……ベテランの人に頼るのも悪くは無いと思いますが、新人さんのチームが大きく絡むイベントでないと、少し厳しいかもしれませんね」

 

 何も新人1人でイベントを作り上げろと言っている訳では無いが、そもそもイベントを企画するに当たって他のトレーナー達とのコミュニケーションが取れるかは新人のコミュ力次第なのだ。

 

「……とりあえずイベントについては僕も考えてみますけど、正直たづなさんの言う通りきついかも知れません」

 

「頼れる方はいますか……?」

 

「……おハナさんや、先輩(沖野)位でしょうか。先ず連絡して見ますね」

 

「色々と大変でしょうが、お願いします。私と理事長も多少ならお力を貸せますから」

 

「ありがとうございます。それじゃ、ちょっとチームで話し合ってみます」

 

 そうして爆弾だけを抱えてたづなとの会話は終わり、その足で新人はチーム部屋に向かった。

 ファン感謝祭で多少なりともファンの方々が喜ぶであろうイベントを、何とか考えながら。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 チーム部屋に置いてあるホワイトボードの前にテイオーが立っていた。その手にはホワイトボード用のマジックを握り締めて。

 

「という訳で!ちきちき、トレーナーの為にイベントを考えよーのコーナーだよ!」

 

「……ありがとう、ありがとう皆……ありがとうテイオー進行役になってくれて」

 

「本当はお前が進行役にならなきゃ行けなかったんだからな?そこんとこ分かってるかしんじーん?」

 

「分かってる、でも分かんないよ!」

 

 大まかに今回の話をチーム全体で共有した所、新人の為ならという事で全員で企画を発案する為の話し合いが開かれた。

 司会進行はテイオー、発案者『流れ星』全員。

 

「なんか良い案ある?先ずオグリ」

 

「……大食い大会」

 

「それオグリがご飯食べたいだけだよね……?」

 

「ち、違うぞ!別に、その、私がお腹いっぱいドーナツを食べたいとかそんな事を考えている訳じゃない!」

 

「もう心の声も食べたい物も出ちゃってるんだよねぇ!!」

 

「テイオー!私を食いしん坊キャラだと言うのは辞めてくれ!」

 

「事実だと思うんだけど!?」

 

「あ、後大食い大会するにしても優勝賞品とか考えなきゃいけないし僕のとしても却下で」

 

「と、トレーナー!」

 

 先鋒オグリキャップ、企画は大食い大会。尚大食いする物は今現在オグリが食べたくなっているドーナツの模様。テイオーと新人によるダメ出しを受けて失敗。そもそも大食い大会を開く為の予算がなかった。

 

「マヤノは何かある?」

 

「マヤちんはねぇ……閃かないかなぁ」

 

「そこを、そこを何とかマヤノ様!」

 

「と、トレーナーちゃん!ちかい、近いよ!」

 

 マヤノの肩を掴みその瞳を潤んだ瞳で見詰める新人。切羽詰まった状況の中、マトモな企画が出てきそうなのはマヤノかテイオーのどちらかしか居ないと踏んでいたから、自然と詰め寄る形になってしまう。

 

「マヤノ!マヤノォ!」

 

「え、あ、うぅ、じや、じゃあパン食い競走とかは!?それなら予算も少なくてウマ娘としても走るからイメージアップ?とか出来るんじゃないの!?」

 

「地味じゃねぇか?競走しながら、パン食ってまた競走だろ?なら長距離マラソンとかの方が良い気がすっけど?」

 

「だったらゴルシちゃんも発案してよ!トレーナーちゃんの目が血走っててちょっと怖いもん!」

 

 今までに無いレベルで接近してくる新人にマヤノは慌てる。自分から距離を詰めるのは良いが、詰められるのはマヤノは苦手な様だ。

 ゴルシの一言でマヤノもまた限界になる。一番の原因は新人なのだが。

 

「トレーナーイエローカードだよ、マヤノに近過ぎ。ずる……そういう事してたら出る企画も出なくなっちゃうでしょ?という訳でトレーナーはボクの隣に座っててね」

 

「……にしてもイベントだろ?アタシは焼きそば焼きゃ良い気がすっけどなぁ」

 

「ゴルシ、それゴルシがひたすら美味しい焼きそば焼いて売るだけだよ。それは最早今を輝くウマ娘じゃなくて、焼きそば職人の超新星なんだよ」

 

「ゴルシの作った焼きそばで大食いたいか」

 

「オグリは大食い大会から離れようぜ!?」

 

 何時もなら率先して動くゴルシも、今回の事が大きい為に珍しく安定的な思考になっていた。もしもゴルシがハジけて居たなら既に企画立っていたかも知れないが、ゴルシの本質は優しいのだ。

 

「つーかよー、そういうテイオーはどうなんだよ。新人だって企画してねぇだろ、ダメ出しばっかしてねぇでお前らも企画出せって」

 

「……ボク思い付かないんだよね」

 

「……同じく」

 

「やる気あんのか!?」

 

あるよ(ありますけど)!?

 

「じゃあ企画出せって!」

 

 ダメ出しばかりしてしまうテイオーと新人に対し、ゴルシがキレた。と言うよりも聞くばかりで自分達のほんの少しでも考えた企画を出して貰えないと企画を出し合う事が出来ないからと言うのが正しいが。

 特にキレた原因として、新人の企画は今現在このチームでやれる限界を突き詰める筈なので、新人の企画の規模とどういった方向性を取るかで一番重要になってくるのをゴルシは分かっていてからなのだが。

 

「だって、だってさぁ!勝負服とか持ってたら、皆で入れ替えて競走とか面白そうって思ったよ!?でも誰も勝負服持ってないじゃん!強いて言うならオグリが貰えるだけなんだよね!」

 

「僕に至ってはもう何も思い付かない!イベント!?イベントってなんだ!お化け屋敷とかそう言うの作ればいいの!?僕達のチームで作れるか!?無理だでしょ!」

 

「そもそもボク達の中でまともな企画出せる人居る!?居なくない!?僕達全員企画発案とか出来ない人達の集まりだと思うんだけど!」

 

「もう全員に聞いたから終わりだ!このチームは終わった!イベントなんて知らないよバーカ!」

 

「おま、やけっぱちになんなよ!?」

 

 テイオーはゴルシとの言い合いに発展し、新人は一人頭を抱えていた。マヤノとオグリが慰めながらその場の空気が死んで行く。そんな中だった、ナチュラルに皆に忘れられていたウマ娘が声を上げた。

 

 

 

「皆さん私の事忘れてません?」

 

「バクシンオー!?」

 

「はい!サクラバクシンオーです!今って企画を考えるんですよね?だったらとりあえず出された企画は全部ホワイトボードに書いておきましょうよ。何かしらのイベントで使えるかも知れませんから」

 

 そう言ってバクシンオーはテイオーが置いたマジックを取り、ホワイトボードに『大食い大会』、『パン食い競走』、『焼きそば屋』と書き込んで行く。

 実現するのがほぼ不可能である『勝負服の入れ替え』は書かれなかったが。

 

「先ずこのイベントってオグリキャップさんが主役になるんですよね?だってらオグリキャップさんが主役として相応しいイベントにしたい訳で、学級委員長的には大食い大会が一番ベストだと思います。その後もオグリキャップさん主体と言うよりも、他のイベント等に出演させて貰ってオグリキャップさんを覚えて貰うって言う形にした方が良いと思うんです」

 

「……ばく、バクシンオー?どうしたの……?なんか学級委員長みたいだよ……?」

 

「……ずっと」

 

「へ?」

 

「ずっと私喋ってたのにぃ!だーれも聞き取ってくれないじゃ無いですか!私も混ぜてくださいよぉ!寂しいもん!」

 

「ご、ごめん」

 

「許しません!ぜーーーったいに許しませんからぁ!うわぁぁん!」

 

「ごめんごめんごめんごめん!ごめんなさい!バクシンオーごめんなさい!!」

 

 誰も聞き取らなかった故に一人だけ置いてけぼりだったバクシンオーが叫んだ。その事に対して全員が土下座するレベルで頭を下げたという。

 学級委員長であるサクラバクシンオーが、本気で学級委員長をやり始めたら不味い。と言う共通の意識を残して、その日はお開きとなった。

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 その日の夕方、テイオー達を寮に帰した後、新人は一人で夕焼け空の下テイオーと初めてであった観客席で黄昏ていた。まだ大体的に発表はされていないし、出走登録欄を見なければ確認出来ないというのに、もう既にオグリの名は菊花賞を楽しみにしているファン達に広まっている様で。

 

 中々に様々な言葉が書き込まれていた。勿論オグリのファンも色々書いてくれていたが、八割程はマイナスな意見だった。

 それをせめて七割にでも出来る様な企画を考えたかったが、新人は上手く企画を考えられなかった。

 そもそも企画と言うのは誰かを楽しませる物であって、新人は今までそう言った物を考えた事が無かった。直近で言えば夏合宿での海水浴や、スイーツ食べ放題があるが、アレは新人が思い付いた物では有るが、様々な手助けを借りて思い浮かんだ物だったのでノーカンだ。

 

「黄昏ているねトレーナーくん」

 

「……シンボリ」

 

「ルドルフでいいよ。キミはどうしてフルネームで呼びたがるんだい?私とキミの仲だ、堅苦しいのはやめにしよう」

 

「一体どんな仲だよ」

 

「抱いた方と抱かれた方?」

 

「言い方ぁ!!と言うか揶揄う為に来たならほっといてよ!」

 

「何を言う。私は単にキミが悩んでいると思って探していたんだ」

 

 そう言って新人の前に出て、手を差し出すルドルフ。茜色に染まる視界と、ルドルフの笑顔にその手を取りそうになるが、気合いで踏み止まる新人。気合いと言ったが、本当は疑心かも知れない。

 

「……なんでさ」

 

「なんで、か。私はキミに聞いたね、汚名を被る覚悟はあるかと」

 

「そうだね、でもそれはオグリも同じだ。自分の担当を支えられなくて、何がトレーナーだ」

 

「……キミのそういう所は素直に美徳だと思う。けれど一人で頑張り過ぎて居ないかい?確かに汚名云々もある、けれどファン感謝祭のイベントをキミのチームだけで行うのは、少し難しいんじゃないかい?勇往邁進、着実に前に進もうとする姿勢は好ましいが、それでキミが辛くなってはきっとテイオー達も悲しむだろう」

 

 特別親しい仲と言う訳ではなかった。けれどルドルフは皇帝として、生徒会長として、そして一人のウマ娘として新人とオグリの心配をしていた。無論それを余計なお世話だと新人が言えば直ぐにでも立ち去るだろうが、新人はそれを言える程恩知らずでは無かった。

 自分に頼り甲斐がないからそうなると、悲観的になる訳でもない。単純にチーム個人として行う企画に無理があるのは重々承知していたからだ。

 そしてルドルフがそう言った部分を揶揄う事は無いと信じていたから。

 

「どうしたらいいかな。個人的にはバクシンオーが言った通り、チーム単体のイベントと、他のチームで開かれたイベントにオグリを出して少しでもイメージアップをして貰いたいんだけど」

 

「……イメージアップか。確かにそれも大事だ、けれど大事な事を忘れていないかいトレーナーくん」

 

 新人の話を聞いていたルドルフが瞼を閉じた。呆れている訳でも無く、ただ静かに聞く為に。

 

「……ごめん、ちょっとわかんないかな」

 

「そうか、なら私が言おう」

 

 そうしてルドルフは瞼を開く、その瞳には新人だけを映して。

 

 

 

ファン感謝祭は祭りだよトレーナーくん」

 

 

 

 その一言が新人の思考を大きく変えた。




 ファン感謝祭は祭りである。果たしてイメージアップや自分達の立ち位置の安定を図る為のイベントだろうか?


 否、断じて否。祭りとは。


 本来楽しむ為のモノである。


 と言う訳でルドルフ会長からの有難いお言葉でした。
 ファン感謝祭のイベント云々のお話は全部オリジナル設定っぽくなりましたが、そこまで違和感は無い筈。


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第百一話

 今更ながら、百話突破したんだなぁ。ここまで見て下さってる読者の方に感謝を。
 多分感想とか高評価無かったら、ここまで続けられなかったと思う。

 作者の書いた作品を好んで読んでくださってる方々に再度感謝を。
 いつもありがとうございます。

 と言う訳で前置き終わり!本編どーぞ!


 ルドルフに言われた一言で新人の思考は変わりつつあった。

 ファン感謝祭は祭りである。そして祭りとは楽しむものであると。その言葉を聞いた新人の頭には夏合宿中に参加した夏祭りを思い出した。確かに祭りは楽しかった、そして覚えている限りではオグリやテイオー達皆が笑顔であったと。

 オグリのイメージアップを考えていたが、果たしてそれに縛られて楽しい祭りとは作れるのだろうか。そういった思考がルドルフと別れ、朝日が登った頃になっても続いていた。

 

 今新人に出来る事は果たしてなんなのだろうか。

 今朝は生憎の雨であり、その雨も今日一日続くらしい。スマホで天気予報を確認して、電源を消す。

 

「オグリ達が楽しめる祭り、イベント……かぁ」

 

 電源の付いていないノートパソコンを前に新人は考え続けた。

 そうして時間が経ち気付けば先日と同じ様にチームで集まり、企画を出し合う時間になっていた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 今日の進行役はバクシンオーになった。理由としては他が立候補しなかったからである。そうして本日もファン感謝祭に向けた企画を出し合って行く。

 

「何か案はありますか!私は思い付きません!」

 

「結局そこに落ち着くんだよねぇ。ウチのチームだけでやるって言うのが中々辛いかも」

 

「その件なんだけどさ」

 

「なにトレーナー?」

 

「おハナさんや先輩(沖野)に頼れないかなって。後」

 

「……そこで区切らないでよ!?気になるじゃん!」

 

「ご、ごめん……オグリのイメージアップに拘るの辞めたいなって思って」

 

 それはルドルフの受け売りから始まったものだったが、新人も思う所が多かったのは事実だった。それ故にある種の制限とも言えたオグリのイメージアップと言うモノを排除する。

 

「……じゃあ完全に自由に考えて喋っていいんだな新人?」

 

「うん。ファン感謝祭は祭りらしいからね。やっぱりお祭りは楽しくなきゃね」

 

「よっしゃぁ!だったらアタシらのチームはイベント2つ3つくらいやろうぜ!」

 

「お話聞いてましたか!?僕今おハナさん達に頼るって言ったよね!?」

 

「バーカ!アタシらのチームだぞ?それもチーム全体でやる初めての試みってんだ、ここでやらなきゃ何がチームだ!それによ、今しか出来ねぇんだぞ?新しく出来たチームが単独でイベントをやり遂げるなんて事は!」

 

 新人の目にはゴルシの背後から出る炎が見えた。チームでやる全体での行事、確かにそれはその通りだった。けれど新人の不安感は募る。イベントの企画に対して何一つ案が思いつかないからだ。だからおハナ達にベテラントレーナーに頼ろうと考えていたし、新人トレーナーとしてはそれが正しい判断ではあったが、新しく出来たチームが単独でイベントをやり遂げたなら、それはそれで面白そうだと新人もまた考える。

 新人トレーナーで居られる時間は短い、ある程度したならば後輩として新しいトレーナーも増えて行く。そして新しいチームと言うのもまた同じく。今しか出来ないと言う事もまた事実だったから。

 

「どうだ新人、オグリ達も。()()()()じゃねぇか?」

 

「……私は乗った。初めから誰かの手を借りてやるのは、少し気が引けるしな」

 

「私もそれでいいと思います!学級委員長的に!」

 

「アイ・コピー♪やるなら皆でやりたいよね!」

 

「……って言ってるけど、トレーナー?」

 

 新人に問い掛ける様に聞くテイオーだったが、テイオーもまた楽しみになってるのか表情は明るかった。笑顔、と言うよりもにやけ顔だったが。そして新人もまた乗せられやすく、そして惹かれやすい人間でもあった。

 

「やろう!オグリのイメージアップに拘らずに、僕達は僕達のイベントを作ろう!チーム『流れ星』初めてのファン感謝祭の方針はこれで決まりっ!」

 

「よし来た!じゃあ各々イベント出してくぞぉ!」

 

おー!!

 

 そうしてチーム『流れ星』は一致団結して自分達も楽しめるイベントを出して行った。

 

「ミニライブとかどうかなトレーナー!」

 

「面白そう!テイオーの踊ってるとこ見たいし採用!」

 

「大食い大会!大食い大会だトレーナー!私やりたい!」

 

「採用!食べる物はドーナツだよね?」

 

「囲碁将棋やろうぜ!囲碁盤で将棋やんだよ!」

 

「ルールは任せた!採用!」

 

 そうして上がりきったテンションのままホワイトボードにイベントが書き込まれて行く。もう既にブレーキは壊れており、新人とテイオー、オグリとゴルシの4人が暴走していた。

 

「……うーん、ミニライブはトレーナーちゃんどうやってやるつもりなんだろ。囲碁将棋も初めからルール説明しなきゃいけないからパッとしないし……大食い大会ってマヤ達がやらなくても他のチームがやりそうな気がするし……バクシンオーちゃんはどう思う〜?」

 

「……私ですか?」

 

「うんうん♪バクシンオーちゃんだよ。何か思いついたりしてるんじゃないかなーって。マヤなんとなーくバクシンオーちゃんの考えたイベントが楽しそうなの分かっちゃったし♪」

 

 白熱する無差別イベント採用地獄とは他に、マヤノはバクシンオーと2人で静かに企画聞いていた。

 

「私ですか……うーん。正直パッとしないんですよねぇ」

 

「どこら辺がパッとしないのかな?」

 

「ファン感謝祭って言いますけど、具体的にどういうイベントなのかなって」

 

「……あー、トゥインクルシリーズを走ってるウマ娘達を応援してくれてるファン達に感謝を伝えるって言う感じなんだけど、確かにパッとしないかも」

 

「私学級委員長ですから、そこが気になってしまって」

 

「……学級委員長関係ある?」

 

「ちょわ!?あります!ありますとも!」

 

「でもそうだよね……ファン達に感謝を伝えるんだから、何をしたらマヤ達を応援してくれてる人達が喜んでマヤ達も楽しめるか……だもんねぇ」

 

 発案された企画を採用するだけのゴルシワールドと違い、マヤノとバクシンオーは根底から突き詰めて行く。バクシンオーは確かに頭驀進だが、それでもと言うべきか、それ故となるのか核心に迫る発言をする事がある。

 それをマヤノは分かって居た為に、バクシンオーと2人で話し合いをしていた。

 

「……今の所テイオーちゃんが出したミニライブが一番有力なのかな?」

 

「でもマヤノさんも言ってた通り、ミニライブって言う事はアレですよね?ライブ会場何かを作らないといけないから……」

 

「トレセン学園にもライブ会場あるけど、そこは流石に他のチームが使ってそうだし……」

 

「……大掛かりな物じゃなくて良いなら、体育館を使って出来ませんかね?」

 

「……音響機器とかは体育館で揃ってるだろうし、確かにそれなら出来るかも?でもミニライブって言うからには何かしら出したいよね……飾り付けとかはどうしよっか?」

 

「無くても良いんじゃないですか?今から振り付けとか歌を覚えるのに、飾り付けを考えている暇は無いと思いますし、やっぱりそこは私達に興味を持って下さったファンの方に見に来て貰いたいですし!」

 

「じゃあミニライブになりそうかな、初めはテイオーちゃんだったけど、やっぱりバクシンオーちゃんと話して正解だったね!」

 

「そ、そうですか?……その、照れますね」

 

「あ〜!赤くなってる〜♪バクシンオーちゃんか〜わいいんだ〜☆」

 

「か、揶揄わないで下さいよ!もぉ!」

 

 相手を褒めたりするのには慣れているバクシンオーだったが、自分が褒められるのは慣れていない様子だった。そして照れたバクシンオーの顔が可愛いと言う事でマヤノは写真を撮った。

 

「じゃ、後ろで混沌としてるトレーナーちゃん達に言いに行こっか?」

 

「……多過ぎでしょこのイベント量は」

 

 ホワイトボードに収まらず、最早その場のノリと勢いだけで決めてしまったが故に混沌を極めた新人達は床に倒れていた。何故そうなったのか。それは新人達にしか分からなかった。

 

 

 そうしてテイオーから出案されたが、実質マヤノとバクシンオーの考えたイベント『ミニライブ』が流れ星の初イベントとなるのだった。

 

「か、カロリーがエグい……こんな量のイベント出したら僕達死んじゃう……」

 

「その場のノリと勢いで決めたからだよ。とりあえず一つに絞ったからね!」

 

「それ僕の仕事ぉ!」

 

「私とマヤノさん二人で頑張りましたとも!」

 

「ボクが考えた企画なんだけどぉ!?」

 

「……アタシ達何の為にあんな叫んでたんだか」

 

「……ドーナツ……」

 

「後で2人で食いに行こうぜ……ヤケ食いだよ、体重50kgくらい増やして新人の胃を破壊してやろうぜ」

 

「……乗った」

 

 

 こうしてイベントがミニライブに決まり、後日大きなお腹で現れたゴルシとオグリを見て新人は胃を痛めたという。




 はい、流れ星のファン感謝祭イベントはミニライブとなりました!
 次回はトレーニング回にする予定です、お楽しみに。


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第百二話

 今年の夏本当にヤバい。まさか身内から二人も倒れる人が出るとは。一人はまぁコロナのワクチン摂取して高熱出して寝込んでるからその看病で一日潰れて、もう一人は暑さにやられて嘔吐繰り返すもんだからお粥やら何やらで看病してたらまた一日潰れたし。

 皆さんも体調気を付けてね、本当にヤバい。
 と言う訳で投稿でき無かった言い訳という名の前置き終わり!
 お待たせしました、本編です。どーぞ!


 マヤノとバクシンオーから推されたミニライブに付いて、ゴルシとオグリの出っ張ったお腹を減らす為に朝から無限ダッシュをやらせつつ、チーム内での話し合いが設けられた。時刻は午前9時。

 

「ミニライブって言っても、体育館でやる予定だし、宣伝とかは自力でやらないとダメそうだよね」

 

「テイオーちゃんの言う通りなんだよね〜。マヤ達もデビュー戦勝利してるけど、オグリちゃんやバクシンオーちゃん以外殆どレース未経験だし、多分応援してくれてる人達もずっと少ないと思うんだよ」

 

「なら取り敢えずチラシでも配りましょう!思い立ったが吉日ですよ!バックシーン!」

 

「バクシンオーちょっと静かにしてくれる?僕を置いて話進められてるの凄く嫌なんだけど……」

 

だってトレーナーなんだもんなぁ(だってトレーナーちゃんだもんねぇ)

 

「どう言う意味かな!?役に立たないって遠回しに言われてるの!?」

 

「そ、そこまでは言ってないよ!」

 

「そこまでは!?つまり言ってるのは否定しないんだね!?」

 

「どうしよう、今日のトレーナーちゃんちょっとめんどーくさいかも?」

 

「…………………………!」

 

「……あ、ごめんバクシンオー。喋っても大丈夫だよ」

 

「はい!」

 

「…………あ、えっと、続き喋って大丈夫だよ?」

 

「そうですか?じゃあ……トレーナーさんって何がしたいんですか?私としてはテイオーさんやマヤノさんに任せちゃった方が良いと思うんですけど」

 

「……あれ、これもしかしてバクシンオーにすら要らない子扱いされてる……?」

 

 そう言った意味では無いが、事実そうなっていた。企画発案テイオー、そしてその企画を突き詰めて行くのがマヤノとバクシンオーとなっている以上はトレーナーである新人が口を挟むのは横槍となるのが多い。

 そもそも新人が初めから皆が楽しめるイベントを発案出来れば良かったが、そんなモノ思い浮かぶ訳もなかったので必然的にこうなってしまった。

 

「んー……じゃあ話し合い1回辞めよっか。トレーナー的にミニライブやるとして問題有る?先にそっち聞いちゃった方が早い気がしてきたよ」

 

「問題?……んっと、取り敢えず体育館を借りるにしても許可を取らなきゃ行けないし、そもそもミニライブやるんだったらそれ用にライブ用の曲選びに、それに合わせてダンスの振り付け、歌うんだったらパート分けだったり。それとチラシ配るにしても時間が掛かるし……」

 

「あー……言われて見ればトレーナーちゃんの言う通りかも。ミニライブやるって言っちゃってるけど、確かにそこら辺の話はしてなかったもんね……」

 

「……いっその事ボクがダンスの振り付けと選曲、歌のパート分けする?」

 

「それテイオーの負担凄くない?僕も何か手伝いたいけど」

 

「ならチラシはマヤとバクシンオーちゃんの2人でやろっか?」

 

「そうですね、手分けした方が早いでしょうし!」

 

 大まかな動きは決まった。決まったが、この後新人は秋川理事長に直接イベントの件を話さなければならない為に若干憂鬱になっていた。この場に居ないオグリとゴルシを置いて話は進まり。

 

「じゃあ僕は秋川理事長に許可取ってこようか」

 

「そうだね、それやって許可出たら動き出そっか」

 

「マヤはオグリちゃんとゴルシちゃんに話してくるねー!」

 

「あ、じゃあ私も行きます!バクシンバクシーン!」

 

「……皆元気だなぁ」

 

「何おじさんみたいな事言ってるのさ。トレーナーだって若いのに」

 

「僕若い?ちゃんと若く見える?」

 

「童顔だからね、少なくとも22歳には見えないよ?」

 

「……それは……どうなんだろ」

 

 一先ずミニライブの開催許可を取る為に新人は一旦その場から離れる。チーム部屋から出て行くとソコには。

 

うおおぉおおい!!!しんじぃいん!!!

 

「うるさっ!?ごる、ゴルシ!?」

 

「テメェ!アタシ抜きに楽しそうな話進めてんじゃねぇぞコラァ!」

 

 汗だくのゴルシが走って来ていた。そしてそのまま壁まで追いつめられ、新人の顔の横にゴルシの手が立てられる。大きな音が新人の耳元で響いたが、そんな物は気にならず、寧ろ高々一時間走った程度まで引っ込んでいたお腹から視線が外せなかった。

 

「おい新人」

 

「は、はい」

 

「お前も参加しろよ」

 

「……何に?」

 

「ミニライブ」

 

「……誰が?」

 

「お前だよ、記憶力に極度の難があんのか?」

 

「嫌ですけど?」

 

「そんなに喜んで承諾するとは思って無かったぜ!いやぁダメ元でも言ってみるもんだなぁ!」

 

「……え?え!えぇ!?ねぇ、ねぇ!人の話聞いてよ!僕出ないよ!?」

 

「おーい!新人もミニライブで踊るってよー!!」

 

 ゴルシが声を張り上げると、ゴルシと同じくお腹が物理的に減っていたオグリがGoodサインを出し、マヤノとバクシンオーは2人で手を繋いで飛び跳ねていた。

 

「……え、逃げ道」

 

「ねぇよ、そんなもん」

 

「…………どうしてこうなった?」

 

「アタシがそう仕向けたからですけど?」

 

「………………ゴールドシップゥ!!!!」

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 さて、新人のチームでやるファン感謝祭のイベントはチーム内ではミニライブと決まったが、色々な問題が有る。まず一つ目、そもそも新人のチームは名を馳せたチームでは無い為に観客が集まらないのではないか、と言う至極当然とも言える心配。そして二つ目、何故か新人も踊る事にされている事。三つ目、そもそも体育館を借りる予定だったが、それは可能なのか?と言う物だった。新人の心配も当然なのだが。

 

「許可!私がミニライブの開演を許可しよう!そして期待の新チームとして大々的に告知もするぞ!安心したか新人!」

 

「なんで!なんで!!」

 

「ミニライブの会場は体育館にすると言うお話ですが、どうしましょうか。いっその事ミニライブ用の舞台作りますか?」

 

「辞めてよぉ!?」

 

「期待!楽しみで私は今日からミニライブを見る日まで眠れなくなるかも知れないな!たづな!」

 

「そうですね、ウマ娘と新人さんが歌って踊りますからね。一体どんなパフォーマンスをして下さるのか、今から楽しみですね理事長」

 

 と、この様に秋川理事長はノリノリに。本来ならブレーキ役として存在する筈のたづなに至っては、その手伝いをすると言う事だ。新人としてはミニライブが開催されるのは嬉しいし、秋川理事長が告知してくれるので観客も集まる期待値も高まる。だがしかし、新人が自分が踊るのは絶対に違うと言っているのだが、最早二人の耳には届かなかった。

 既に新人用のライブ衣装(ウマ娘が着る様な物)が用意され始めていて、どこにも逃げ道が無かった。

 

「……覚悟……決めるか……」

 

 新人の目の前で盛り上がる秋川理事長とたづな、そしていつの間にか居たゴルシの三人で話し合いは進んで行ったと言う。

 

 




 ゴルシが新人をミニライブに誘ったのは八つ当たりと単純に面白そうだからって言う理由。だってチームでやるんだもんね?そりゃトレーナーも強制参加だよ。
 良かったね新人くん、ウマ娘が着てるライブ衣装着れるから実質ウマ娘になれるよ。子供の頃諦めた夢が叶うよ、やったね!

 近い内に昼夜で投稿したい。火曜と木曜は朝から夕方まで殆ど身動き取れないからどうしようも無いけど、その他の曜日は何とかなるから、昼投稿に戻したい。

 いつも見て下さってる方々に感謝を。いつもありがとうございます。
 そして感想やお気に入り、高評価等励みになっています、ありがとうございます。


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第百三話

 後書きにて報告が一つあるのでお楽しみに。後感想欄で体調の心配してくれた皆様、ありがとうございました!とりあえず作者は大丈夫です!
 今回は幕間みたいな感じになりましたけど、許して。

 前置き終わり!本編だよどーぞ!


 菊花賞に向けたトレーニングを行いつつ、新人達はミニライブの準備を進めていた。トレセン学園もファン感謝祭の準備で所々施設が使えない中で、トレセン学園が使えないなら他の場所でやれば良いじゃないと言う単純な思考で現在行っているのは初めの頃使っていた神社の階段ダッシュトレーニングだった。

 とは言えイベントをやらなければならない以上、トレーニングをし続ける訳にも行かず、適当な所でミニライブ練習を行うのが『流れ星』のルーティンとなっていた。

 

「曲は決まった……圧倒的に時間が足りないけど、取り敢えず何とかなりそう」

 

「そうだね、振り付けも決まったし」

 

「意外と簡単なのでマヤ達は嬉しかったけど、トレーナーちゃんやテイオーちゃんは良かったの?」

 

「あんまり難しいのだと覚えるので時間掛かっちゃうでしょ?だから簡単めの物でいーの」

 

「……僕も踊る事にされてたからね、なんでウマ娘のミニライブに僕が出なきゃ行けないんだろう……」

 

トレーナーだからだと思うけど(トレーナーちゃんだからだよ)?」

 

 階段ダッシュを終えてオグリとゴルシ、バクシンオーの三人は軽く汗を流しにチーム部屋にて着替えており新人とテイオーとマヤノの三人で今後について話を続けていた。

 季節は秋になったと言うのに、未だ残暑は残りつつも風は涼しくなり夏に感じていた暑さはマシになっていた。

 チーム部屋の外の壁にもたれ掛かり腕を組むテイオー、壁を背にしてしゃがみこむ新人、そしてそんな二人を見るように新人と同じくしゃがみこんだマヤノ。

 

 三人の考えは珍しく完全一致していた。

 

 

 ——早く部屋開かないかなぁ——と。

 夏程暑くは無いが、やはり部屋の中に居た方が涼しいのは確かなもので、オグリとゴルシにバクシンオーの三人が着替えを終わらせなければ入れない事実に変わりなかった。

 

「……暑いね」

 

「9月なんだからもっと涼しくても良いと思うんだけど。朝は涼しいのに昼間暑くてヤバいよ」

 

「テイオーちゃん額に汗流れてるもんね……トレーナーちゃんもだけど」

 

「……今朝さ」

 

「うん?」

 

「寝汗凄かったからお風呂入ってたんだけど、出て来たらスマホから何件か通知が来ててさ……」

 

「それでそれで?」

 

「…………秋川理事長とたづなさんからのメールだったんだよね」

 

「……あっ」

 

 ミニライブと言うイベントを許可し、最大限の助力をすると言う言葉を残して最早新人の手すら離れてイベントの告知や体育館をライブ会場に改造をしたりと、学園のツートップが好き放題やっていた。

 そしてそれに振り回されるのは教員達と、新人だった。

 

「なんで告知時点で体育館のミニライブの待機場所みたいなのが出来てるの!?しかも其れが完成した事僕に言われてもどーしようもないんだけど!?しかも、しかもだよ!ミニライブの観客席埋まっても更に予約が止まらなくて最低でも5回踊らないといけないとか言われたからね!?どうなってんのさぁ!?」

 

「……曲とダンス増やさないと、むり……だね」

 

「うわぁ……二人の顔が……」

 

 決めていた曲は二曲、そしてダンスの振り付けは新人とテイオーが覚えており、それを二つのグループに分けて教えていたが、秋川理事長の告知が強過ぎて期待値が跳ね上がってしまったが故に起きた悲しい事件だった。

 ファン感謝祭まで残り2週間余りしか無いのだが、果たして間に合うのか。

 

「うーっす待ったか?」

 

「待ってたよッ!!」

 

「うおっ!?すげぇツッコミ、更年期かな?」

 

「僕は男だよバーーッカ!!」

 

「なんでトレーナーはあんなにゴルシに噛み付いてるんだ……?」

 

「……まぁ、焦ったりしてる時にあんな事言われたら……ねぇ?」

 

「テイオーさんも空を眺めてますけど、今日そんなに綺麗な空ですかね?」

 

「バクシンオーちゃん、今トレーナーちゃんとテイオーちゃんに触れてあげないであげて……」

 

 事の顛末を知らない三人はひたすら翻弄されていた。そしてこの後説明を受けてオグリはやる気に充ち、バクシンオーはよく分かって居なかったが楽しみと言い、ゴルシと新人はキャットファイトを繰り返していた。

 

「どうしよっかマヤノ」

 

「いっその事午前の部、午後の部って感じで分けちゃう?今回見に来れなかった人はしょーがないけど、来年もやれば良ーんだよ♪」

 

「……はは、そうだね。意外とダンスの振り付け考えるの楽しいし……来年もやろっかな!」

 

「そーしようそーしよう♪トレーナーちゃんにも踊ってもらいたいし!」

 

 ——こうして新人の知らない場所で来年のファン感謝祭のイベントも決まり、また新人が踊る未来が確定したのだった——。




 お気に入り登録1000件超えましたー!!!作者の小説を読んで下さってありがとうございます!感想や評価、そしてお気に入り登録、とても嬉しく思っています!
 100話超えて1000件!いいねいいね!なんか記念として書きたいけど、今は書けないのでもう少し後ですかね。
 アンケートだけ作っておきましょうか。

 何はともあれ、ありがとうございました!


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第百四話

 物書き仲間の一人が昨日寝る前にハメのランキング見たら作者の小説が日刊21位に入っていたそうで。とても嬉しかったですね、やっぱり目に見えて増える物って言うのはモチベに繋がりやすい。
 作者の小説を読んで下さりありがとうございます、文面では伝え辛いのですが、とても嬉しい、凄く嬉しい。さくしゃ、うれしい。

 嬉しくて数時間程放心状態になりながら書いた前置きは終わりだ、ここからは本編の時間だ!
 因みにこの前書きは昨日書いていたものなので、ランキングは一昨日だそうです。


 先日マヤノと話した通り、ミニライブに来るファン達が多過ぎると言う事で新人は秋川理事長に相談するべく早朝から理事長室へ向かっていた。朝早くから芝の上を走り込みに来たウマ娘や、来る途中道路や河川敷を走るウマ娘達と挨拶を交わしながら来ると言う初めの頃からは考えられないコミュ力を出す新人だった。そうして理事長室へ向かう途中、とある一室から怒号が聞こえて来た。

 

「お前本当にトゥインクルシリーズ走るつもりあんのかよッ!」

 

「大いにあるさ、研究の為にね」

 

「っ……なん、なんで……デビュー戦だって1着取っただろ!?来年のクラシックの為に準備だって」

 

「して来たね、私はそれをこなして来たと思うんだが。何がそんなに不服なんだい?」

 

「お、お前……お前なぁ!」

 

 聞き覚えの無い声だったが、何となくウマ娘とトレーナーの喧嘩だと言う事は分かった。穏やかな秋の朝だとは思えない程の喧騒であり、新人は自分が怒られてる訳では無かったが、胸の内が警鐘を鳴らす。そして或る意味その警鐘は正しかった。足が廊下——地面に縫い付けられた様に動かなくなる、早く理事長室に行って秋川理事長にミニライブを午前と午後で分けたいという話をしたかったのだが。

 

クソッ!!

 

「ひゃい!?」

 

「……あ?お前……」

 

 勢い良く開かれた扉から、男が一人飛び出して来た。新人を見下ろす様に視線を落とし、トレセン学園内部で話題となっている新人だと気付き、表情は歪んだ。

 

「邪魔だ、どけ!」

 

「えっ!?あっつ……いったい」

 

 扉から出て来た男の進行方向に居てしまったが為に、新人は突き飛ばされてしまった。それ程強い力で押された訳では無かったが、体格の小さい新人は踏ん張りが効かずに尻餅を着いてしまう。鈍い衝撃に顔を歪めるも立ち上がろうとするが、視線を上げた新人の目の前には二本の足が視界に入ってしまい動きが止まる。

 

「大丈夫かい?災難だったねぇ」

 

「……君は」

 

「うん?あぁ、私の名前かい?私は」

 

「アグネスタキオン……だよね?」

 

「……驚いたね、キミと私は初対面だと思うんだが……アレかい?キミは危ない人って事かな?」

 

「何処をどう見たら危ない人に見えるの!?」

 

「いやだって、キミさっきから私の足を凝視してるじゃないか。年頃のウマ娘の足をそんなにマジマジと……蹴られても文句は言えないねぇ?」

 

「ぁ……いや、ちが……べ、別に足綺麗だなとか思ってないんだからね!」

 

「どの目線の言葉かな……?ほら、手を貸してあげようじゃないか」

 

「……あり、ありがとう……?」

 

 どうやら先程言い争いをしていたのはアグネスタキオンと言うウマ娘と、そのトレーナーだった様だ。新人はアグネスタキオンの手を借りて立ち上がる。幸いもう既に臀部には痛みは無く、立ち上がるのもスムーズに行えた。

 傍から見ればウマ娘の足を凝視し、そのウマ娘に立ち上がる為に手を借りたトレーナーと言う酷く不名誉な状況だったが、新人は気にしていなかった。

 

「……えっと、アグネ」

 

「タキオンで良いよ、長いからね。キミも新人トレーナーって呼ばれるのは嫌だろう?トレーナーくん」

 

 一々フルネームで呼ぶのは非効率だ、と言わんばかりに食い気味に言うタキオンだったが、新人はと言うと。

 

「いや全然?だって事実だし」

 

「そ、そうかい?……ふむ、普通なら嫌がると思うんだが」

 

「だって来年になれば僕新人トレーナーじゃなくて、普通のトレーナーになるし、何だったら後輩から先輩って呼ばれるんだよ?そう!僕先輩って呼ばれちゃうんだよ!?先輩トレーナーって!呼ばれたい!」

 

「途中から願望になってる事に気付いてるかな!?いや、まぁ良いだろう……それでこんな朝早くから私達のチーム部屋の前で何をしていたんだい?敵情視察かな?」

 

「通りかかっただけなんだけど、その、大声が聞こえて……」

 

「……あぁ、それはなんとも。キミは本当に災難だね。彼もトレーナーだと言うなら私の研究の理解もして欲しいんだが」

 

「……研究?」

 

 最早理事長室に行く事は思考の何処かに投げやってしまい、今は目の前のウマ娘であるタキオンに興味津々で新人は止まれなかった。特にタキオンが言う研究と言うワードに。

 

「そう、研究だよ」

 

「どうしたら早く走れるのか……とか?」

 

「それもあるね」

 

「それも?それ以外なにかあるの?」

 

 ウマ娘なら誰でも考えた事があるだろう、いや、トレーナーですら誰だって考える物だ。どうしたらもっと早く走れるのか、それはウマ娘とトレーナーの一番の課題であり、命題なのだから。けれどタキオンの言う研究はそれを含めた何かと言う。それに新人は興味を持った。

 そしてそれはタキオンも同じく。

 

「キミも興味は無いかい?()()()()()()()について」

 

「……いきなりスケール大きくなってない?その内宇宙の謎を解き明かすとか言い始めそうなんだけど」

 

「それは……いやそれも良いね、私が引退した時にでも考えるとしよう。けれど今はそうじゃない。トレーナーくん、勝ちを積んでいるウマ娘とはいったいどんなウマ娘かな?新人でありながら、チームを作ったキミに聞いてみたいね」

 

「……トレーニングを上手くこなしてるんじゃない?」

 

「実に在り来りだが、その通りだ。けど此処で一つ例え話をしよう。例えば現在トレセン学園で最強と謳われている皇帝シンボリルドルフ。彼女の行って来たトレーニングを他のウマ娘が全く同じ様にこなせたとしよう。そのウマ娘は皇帝の様になれるかな?」

 

「……無理でしょ、だってそもそもルドルフとそのウマ娘は違うんだし」

 

「そう!無理なんだよ!」

 

「ひゃん!!」

 

 新人の答えを聞いてタキオンは新人の肩を掴む、そして新人に詰め寄って行く。逆に新人は突然大きな声を出されてしまい萎縮し、更に肩を掴まれ詰め寄られてしまい更に萎縮した。その結果後退りしてしまい、気付けばタキオンに肩を掴まれた状態で新人の背中は壁とぶつかってしまう。

 

「なぜならシンボリルドルフがやっているトレーニングは他のウマ娘に比べれば重たいモノばかりだが、通常のウマ娘も頑張ればこなせる物だ!じゃあ何故彼女が行えば身になるのか……それは彼女、そう。皇帝シンボリルドルフは一つの可能性だったと言う話だ!」

 

「良いかい?可能性は無限に拡がっている。そして私はその可能性を突き詰め追い続けたい、ウマ娘としての本分であるレースに勝つと言う事と同じ、いやそれ以上に!私は、そう……可能性というを解明したいんだ!例え私が解明できなかったとしても、それはきっと無駄にはならない!突き詰めた研究はきっと他のウマ娘の辿る道の一つになるかも知れない!分かるかい?分かるだろう?キミはトレーナーなんだから!」

 

「は、はい、はい、はい」

 

 この時新人は思った。このウマ娘は僕の知っているウマ娘のどれとも合わない新種なのだと。そしてそれは正しかった。この時ばかりはゴルシの背中に隠れたい思いだった。だが残念な事に今の時間帯ゴルシは寝ている。恐らく今頃夢の中で新人と二人で木星に行く為のドーナツを仕入れている頃だろう。故に此処にゴルシは来なかった。

 

「……すまない、ちょっと熱くなってしまった。何はともあれ私達はもう限界だろう。彼とはコレでお別れになりそうだ」

 

「……あ、うん、そうで、そうですね」

 

「明日からは野良ウマ娘になってしまうな……来年の今頃はクラシックを走っているかも知れないのに」

 

「それ、それは残念だね……で、でもその、タキオンなら他に良いトレーナーが」

 

「彼で四人目だ」

 

「………………へ?」

 

「デビュー前に三人私のトレーナーを辞めているからね。恐らく彼等の中でも噂されているだろう……私にはレースに賭ける情熱が無いのだと。全くそんなつもりは無いんだが」

 

「……そっかぁ、もう四人もトレーナー交代してるんだぁ……それは、その大変だねぇ……」

 

 嫌な予感がした新人はタキオンの手を肩から外し、そそくさと逃げようとするが、逃げた奴(先頭)は逃がさないのがウマ娘。勿論タキオンに捕まってしまう。

 

「逃げるな、おい()()()()()

 

「はっ!?なんで人の事実験動物呼ばわりしてんの!?」

 

「私を勧誘しろ、そして研究させろ」

 

「僕の意思は何処へ!?勧誘を強制してくるウマ娘なんて聞いた事……きいた……あー……いや、聞いた事ない……と思うんだけどなぁ……」

 

 新人の脳裏に過ぎるのはセンスの塊オレンジウマ娘。初めから新人に勧誘してもらう気満々でやって来た彼女だった。けれど最終的には自分の意思で行った事だったので、後悔は無かったが。

 

「…………まぁ良い、暫くは一人で研究に打ち込むとしよう。それじゃあさよならだ元モルモットくん」

 

「元って付けるな!僕がクビにされたみたいじゃないか!」

 

「はっはっは!それじゃあねモルモットくん!」

 

 そう言って走り去って行くタキオンの背を眺めるしか出来なかった新人だった。

 

「〜〜〜〜〜!!なんっなんだよ!もう!」

 

 けれど、その背中は少し寂しそうに見えてしまって、新人は少なからずアグネスタキオンと言うウマ娘に興味を持ってしまった。

 彼女の語る夢、それは数多の可能性を追い掛けたい。そしてその果てにある可能性すら超えたい、と言う或る意味新人の好む夢の形だったから。

 

「……あ、理事長室行かなきゃ……」

 

 そうして漸く本来の目的地へと足を運ぶのだった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 漸く目的地である理事長室の前にやって来た新人。その道中に有った中々濃い出来事に少なからず意識を割かれつつも本来の目的の為にやって来た。

 

「失礼します……秋川理事長?」

 

「歓迎!良く来たな新人、恐らくミニライブの事だろう?」

 

「……そうです、あの観客の」

 

「その件なんだが」

 

「……あ、どうぞ」

 

「うむ、ミニライブの公演は一回、午前のみにして貰いたいと言う話だ」

 

「……え?」

 

「説明!困惑するのも仕方ないとは思う。けれど色々たづなとも話した結果だ。納得して欲しい。現状私の名前を使って告知してしまったが故に予想以上に注目が集まってしまった。その事に対しては……陳謝!申し訳ない!けれど私は一切後悔はしていない!」

 

「謝ってるのか開き直ってるのかどっちなんですか!?」

 

「両方!そもそも新人はコレが初めてのイベントだ。それなのに初めから余りにも詰め込み過ぎてはいけないと思い、そう判断を下した!これは理事長命令だ!応援してくれるファン達には申し訳ない、期待して見に来てくれるであろう未来のファン達にもまた申し訳なく思うが……こればかりは私の責任だ。新人、どうか私を許して欲しい」

 

 そう言って扇子を畳み、頭を下げる秋川理事長。それを黙って見ているしか出来ない新人。

 新人の脳内には様々な思考が巡る。自分が新人だから折角集まってくれたファン達にテイオーが考えたダンスや、オグリやマヤノ達の歌を聞かせられないと思うと悔しい。けれど午前の一回だけに絞られるなら菊花賞に向けたトレーニングや、ゴルシ達ジュニア組でも出れるGIであるホープフルステークスに向けてのトレーニング等が行えると思えば、悪い話では無いと打算的に考えてしまう自分が居る事。そして単純に。

 

 

 

 ——秋川理事長が頭を下げている光景を目にして、なんと言えば良いのか分からなくなってしまっていた——。

 

 

 

 けれど時間は止まらない、ましてや巻き戻らない。故に立ち止まる事は許されず、新人もまた答えを出さなければならない。

 

「……秋川理事長、とりあえず、その……頭上げてください」

 

「……新人」

 

「面と向かって話してくれてありがとうございます。でも……やっぱり、悔しい気持ちの方が強いですね。でも僕達チームの事を考えて出してくれた答えなので受け入れます……あーでもやっぱり……悔しいなぁ」

 

 それ程ファン感謝祭に強い思い入れがある訳でもない、ミニライブでは自分も踊るが、そんな事はどうでもいい。ただ単純にチームでやると決めた事に、自分の力不足が原因でダメだと言われてしまった事が堪らなく悔しかった。

 この時ばかりは上を見上げる事も出来ず、熱くなった瞳から徐々に熱が零れ落ちる感覚が嫌だった。

 

 

 チーム『流れ星』公演ミニライブ、午前11時から午前12時までの一時間の一回にてイベントは終わりと言う形で話は決まった。




 昨日投稿しようと思って書き終わってたのに、話に納得出来なくて書き直したら間に合わなくなって結局夜投稿になってしまった。
 今回の話のボツとしては、ダンス練習から始まって理事長に呼び出されて向かうと後半にあった通り、では無いけど似た様な形で終わる話で、タキオンは後二、三話後に出す予定だったんですけど、どうにも話の繋ぎ方が雑になってしまったので、思い切ってダンス練習の部分をカットしました。

 ついでにタキオンとのフラグが立ちました。キャラ崩壊……はしてないと思う。何気にゴルシ、オグリ、タキオンの三人が育成回数最多キャラだから思い入れも強いんだけど、上手く書けてるかは分からない。
 自信あるけど。


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第百五話

 アオハル杯取り敢えずチームランクSまで持ってったけど、アレだね、URAとかなり差別化されてて楽しいんだけど、URAより時間かかるのヤバい。下手したらアオハル杯の方が強い育成出来る可能性高いけど、その分試行回数が減る感じが否めない。まぁ、回すんですけどね。
 タイキほんっと可愛い。

 前置きは終わりだ。ここから本編だ。


 タキオンと出会って早1週間が経った頃、ファン感謝祭までの残り時間もまた無くなっていた。のだが。

 

「今日からこのチームに入る事になったアグネスタキオンだ。よろしく頼むよ」

 

「……はぁ!?トレーナー!?」

 

「ごめ、ごめん、ごめ」

 

「おいおいおい、やったわこの新人」

 

 流星の如く突如現れた『流れ星』の新たな星。それはアグネスタキオンだった。ファン感謝祭まで残り1週間もないと言うのに、此処に来て新たなチームメンバーが加入した。という事は今まで合わせていたダンスやポジション、そして歌詞の振り分けが一からやり直す事になると言う事で。

 

「ははは!中々賑やかなチームだね!モルモットくん」

 

「……トレーナーがモルモットになってしまった……?」

 

「トレーナーちゃんの呼び名が増えてるねー?」

 

「マヤノ、違う、違うよマヤノ。そーいう事じゃ無いんだよ」

 

 テイオーは頭を抱え、オグリは新人の呼び名が増えた事とモルモット呼びの理由を気にし、マヤノは務めてマイペースを保っていた。ゴルシに締め上げられている新人から目を逸らしながら。

 

「タキオンさんの得意距離はなんですか!私は短距離です!」

 

「ん、私かい?私は中距離と長距離だね。短距離は……走った事がないね、モルモットくん試さないのかい?私の可能性を」

 

「それ、どか、どの、ごじゴルシ首、首が……!?」

 

「可能性の扉でも開く気か新人ッ!あんまりウマ娘が増えたらお前のキャパがオーバーしちまうだろうがよっ!つうかこのタイミングって何だお前!?もう少し待てよ!?」

 

「そうだよトレーナー!ミニライブどーするのさ!」

 

「マヤも流石に助けてあげられないかな〜。でもトレーナーちゃん事だし、何かあったんでしょ?」

 

「……まぁ、トレーナーだしな」

 

「トレーナーさんですからね!だってトレーナーさんですから!」

 

「かん、なんで、なんで二回言ったの!って言うかたすけ」

 

「残念だったな!今お前を助けるウマ娘は居ないんだよバカ野郎!」

 

 実際ゴルシ達の言う通りだったが、新人の行動も仕方無かったと言える。何せこの一週間起こった出来事がこの騒動に繋がっているのだから。

 

「良いモルモット(トレーナー)を捕まえれたと言う訳だ。私の方からは離れないが、モルモットくんはどうだろうね……そんな心配、要らないと思うけど」

 

 誰にも聞こえない呟きと共に、タキオンの赤い瞳が妖しく煌めいた。その瞳の中には今もゴルシに締め上げられ、ソレを止めるオグリ達が映っていた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 先ずはタキオンがどう言った経緯で加入する事になったのか、その説明が必要だろう。と言う訳で場面は巻き戻り、タキオンと知り合って次の日の朝からになる。

 

 つまりタキオンがチームに加入する事になった理由一日目だ。

 

「やぁモルモットくんおはよう、今朝は随分遅いんだね?」

 

「……なんで校門前で待ってるの?」

 

「それは勿論キミに朝の挨拶をする為さ。私の方から来るのは珍しいんだよ?」

 

「何も誇る事じゃ無いからね!?」

 

「さて、取り敢えず私の研究室に行こうか、二人で可能性()の話をしようじゃないか!」

 

「やらないよ!」

 

 二日目。

 

「やーやーやー元モルモットくん」

 

「……なんで昨日よりずっと早く出て来たのに校門前でスタンバってるの?」

 

「それは勿論キミと話をする為さ、キミが頷くまで私は睡眠時間を削って校門前で待機するが、キミは何も気にしなくていいよ?」

 

「……え、なにこれ、僕脅されてる……?」

 

「脅しだなんて人聞きの悪い。私はただキミの良心に問い掛けているだけさ」

 

「それを世間一般では脅しって言うんだけど、知ってる??」

 

「知らないね、私のデータには無いモノだよ。取り敢えず朝早いんだ、研究室に行こう」

 

「だから行かないって!人の話聞いてる!?」

 

「私の話を聞いているなら聞くが、キミは聞いているのかい?」

 

「質問を質問で返すな!」

 

「キミが頷けば良いだけだろう!?急に怒らないでくれたまえ!チョット怖いじゃないか!」

 

「ご、ごめん……?」

 

「良いよ、許してあげようじゃないか。さ、研究室に行こうか」

 

「……うん、ありがとう……って、だから行かないってばぁ!」

 

 と、一日目と同じ様に校門前で待機していたタキオンに捕まり、二日目は時間をずらしたと言うのに待機していた。それもその筈、タキオンは新人が来る時間になるまで校門前で待機しているのだから。日が出る前から。

 

 三日目を迎えた。けれど三日目は先日とは違い、早くに来る用事がなかった為に新人はテイオー達の授業が終わるギリギリの時間にトレセン学園にやって来た。

 

「……おはよう元くん」

 

「最早誰だよ……というか目の下のクマ凄いね……もしかして寝ずに待ってたの?」

 

「……私の研究では初めは遅くて、そこから更に早く起きて、トレセン学園に来るのを繰り返すと思って、午前3時から立ってたんだが……まさか元モルモットくんが授業の終わるギリギリに来るとは思って居なかったよ……ふぁ」

 

 新人を研究室に連れ込み、可能性()の話をする為だけに早寝早起きと言う枠すら超えて最早寝ずに待機しているとは新人も想像しておらず、間接的にだがタキオンの体調を損なわせてしまった。その事に負い目を感じてしまったのか新人はほんの少しタキオンに歩み寄る。

 

「……今日はもうトレーニングとダンス練習で一日終わっちゃうから、明日……朝でも良ければ話に付き合うよ。後僕の事元とか、モルモットって呼ばないで」

 

「……キミがそう言うなら明日の朝待っていようか……因みに何時かな?時間指定してくれると個人的には有難い」

 

「じゃあ、そうだなぁ。午前8時とか?そこら辺だったら僕も起きれるだろうし」

 

「……分かっ……ふぁあ……私は帰ろう。幸いな事にトレーナーが居ないからね、毎日が日曜日だ」

 

「……それは幸いなの?」

 

 新人の質問に答える前にタキオンは帰路に着いた。タキオンの根性と言うべきか、自分と話したいと言う事に対しての執念に若干の恐怖を覚えながら新人はその日をオグリ達とのトレーニングに費やした。

 その間も新人は次の日タキオンと話す内容に若干の期待感を抱きながら。そうして迎えた四日目。

 

 四日目なのだが。

 

「……タキオン来ないんだけど!?なんで!?今日まで毎日僕が来るより先に校門前に立ってたじゃん!?」

 

 なんとタキオンは約束の時間になっても来なかったのだ。先日の寝不足が祟って未だ寝ているのかと想像すると、新人にも責任があると感じそれ以降の思考を停めた。

 そもそも新人の事を校門前でずっと待っていると言う事は授業に出ていないと言う事なのだが、最早それに対して突っ込むのも野暮に思えた。

 

 そうして待つ事1時間後。

 

「やぁモルモ……ううん。トレーナーくん。キミのタキオンだよ」

 

「……おはよう、今日は僕が待たされるとは思って無かったけど、まぁいいや……それで?研究室って何処さ」

 

「…………」

 

「なんで無言なんだよ!可笑しいでしょ!?」

 

「いやぁ……ちゃんと自分で言った事は守るんだなぁと思ってね。てっきり私が寝坊したから今回は無しになるかと思っていたから」

 

 タキオン自身寝坊した事に対して若干思う所がある様で、いつものペースが狂っていた。けれど約束を守ろうとする新人に対してタキオンは少なからず好意的であり、その事を含めながら一呼吸置いて。

 

「じゃあ私の研究室へ行こうかモルモットくん!」

 

「さっき言い直せたのになんで言っちゃうのかぁ!」

 

「ほらほら、時間は有限だよ!時は金なりと言うだろう?」

 

 そう言ってタキオンは新人を研究室と呼称している空き教室へと手を引くのだった。コレが新人がタキオンをチームに勧誘する事になった切っ掛けの一つ。それに続くのが今後の会話である。四日目は兎に角可能性と言う夢の話を互いにし合い、最終的に新人がトレーニングの時間に遅刻しテイオーからの電話でお開きとなった。

 その際に後日続きを話すと約束して。

 

 

 そして運命の五日目を迎えた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 前まで行っていたやり取りはなく、校門前で待機していたタキオンと合流してそのまま研究室へと新人は足を運んだ。怪しげな薬品の類と、何と書いてあるのか読めるが理解出来ないラベル達。その中から何の変哲もない紅茶のパックを取り出した。

 

「モー、トレーナーくん、時にキミは紅茶を入れたりするのは得意かな?」

 

「なに急に……別に得意でも無ければ苦手でも無いけど」

 

「そうか、なら入れてくれるかい?ポットの中のお湯を紅茶の入った容器に入れるだけさ。ビーカー……コップはこっちで出すからさ」

 

「ねぇ、なんで紅茶飲むのにコップ寄り先にビーカーって言ったの?研究とか言ってたけど、まさかビーカーに紅茶入れて飲んでる?ちゃんとコップ使おうよ……?」

 

 タキオンに頼まれたので新人は渋々紅茶を入れる。ポットからお湯を出し、紅茶を作っていく。ある程度時間を待ち、タキオンからコップが渡され、それに紅茶を入れていくが。

 

「砂糖を入れてくれ」

 

「どのくらい?スプーン何杯分?」

 

「一対一だ」

 

「……は?」

 

「紅茶と砂糖、同じ量入れてくれ」

 

「んな飲み方してたら身体壊しますよ!?」

 

「意識を覚醒させるにはソレが一番なんだよ。それに甘くないのは飲みたくないもん」

 

「もんって……はぁ、まぁ良いけどさ」

 

 新人は割とマジめにタキオンの身体を気遣うが、本人が良いと言っている手前、気にし過ぎるのは余計なお世話だと割り切り入れていく。一対一で紅茶の中に同じ分量砂糖が入る。紅茶をスプーンで掻き混ぜるが、底に溜まった砂糖が溶ける気配は一向にしない。諦めてその状態の紅茶をタキオンに渡す。新人は紅茶に砂糖は入れずにそのままの味で飲み始める。

 

「……所で、昨日は私の夢を話していたが、トレーナーくんの夢はなんだい?やはり強いウマ娘を育てて名を売る事かい?」

 

 飲んでいた紅茶をいつの間にか用意していたソーサーの上に置き、タキオンは新人に視線を送る。紅い液体に映り込む自身の顔を見ながら、新人は答える。

 

「……いっぱいあるけど、最終的に……伝説を作って、それを僕自身の目で見たいんだよ。そう、僕は伝説を作って見たい。その為にチーム全員の夢を叶える。そうしたらきっとその先に僕の夢があると思うから」

 

 紅茶に映った顔から視線をズラし、タキオンの紅い瞳に視線を合わせる。新人の夢に果ては無い、新人自身が夢を見る事を辞めない限り、増え続ける一方だろう。けれど最終的に行き着くのはゴルシに導かれて抱いたトレーナーとして始めたの夢である。

 コレばかりは今後幾つ夢を見たとしても、追い掛けたとしても消えない夢だった。

 

「……そうか、伝説……ねぇ」

 

「タキオン無理って言う?」

 

「私が?モルモットくんの夢をかい?何をバカな。良い夢だと思う、本当に……うん、とても良い夢だ。可能性に満ち溢れ、そして結果も決して一つじゃない。私は良いと思う、私は好きだよモルモット(トレーナー)くんの夢」

 

「……そっか、ありがとう。タキオンが言ってた名を売るって奴はどうしてそうなったの?もしかして」

 

「まぁそうだね。前のトレーナーが他のトレーナー達に話していた事を私が聞いてしまっただけだよ。私と可能性を追うのでは無くて、私を使って自分の可能性を追うトレーナーだったからね。悪くは無かった、うん。確かに彼のトレーニングは並のトレーナーよりも優れていた……と言うよりも私に合って居ただろうね。けれど……絶望的なまでに」

 

 タキオンはそこで一度言葉を停めた。紅茶を飲む為に。その言葉の続きを大人しく新人は待つが、紅茶をソーサーの上に置いても続かなかった。ある種の遠慮なのだろうか、新人もタキオンの元トレーナーも同じトレーナーであるが故に、ソレを言っていいものか考えていた。けれど新人はそんな事関係無かった、何せトレーナーと言う職業に憧れたのは初めての夢が叶わないと知って妥協案という訳では無かったが、そう言った経緯で目指した男だ。

 自身が同じトレーナー達から誤解や誤認によって嫌われているのも理解している、それをどうやって改善したらいいかと夜寝る前に毎晩考える。けれど良い考えは浮かばずに、結局いつもと変わらない夜を過ごし朝を迎える。そんな新人からすればタキオンが言おうとしてる事など何一つ恐れるモノでは無かった。

 

「タキオン」

 

「ん、なんだいモル……トレーナーくん」

 

「トレーナーの事嫌い?」

 

「……それは前のトレーナーかい?それとも今までの」

 

「トレーナーって言う肩書きを持った人間」

 

 卑屈になる訳でも無く、何の悪びれもせずに新人は聞いた。投げられた質問にタキオンは目を瞬かせるが、直ぐに顔が歪み悪い笑みへと変わった。

 

「余りにも主語が大きいね……そうだねぇ。私の夢を聞かないトレーナーは嫌いかな」

 

「……じゃあ僕の事は嫌いじゃなさそうだね。だっていっぱい聞いたし」

 

「はは!確かに、そうだね……うん、確かにそうだ。ねぇモルモ……ううんトレーナーくん」

 

「モルモットでいいよ、今更頑張ってトレーナー呼びしなくていいよ。君が、タキオンの夢が叶うなら僕も喜んで実験動物にでもなるし」

 

「…………そうかい。ねぇモルモットくん」

 

「なに?」

 

「…………私のトレーナーになって欲しいな。それとも私みたいな異端児は嫌かな?」

 

 それはお願いだった。良心への訴えでも無ければ、利点を説明した上での会話でもない。単に自分のトレーナーになって欲しいという一人のウマ娘としての願い。

 そしてそんなウマ娘の前に居るのは願いを叶える星をチーム名にする様な人間であり、アグネスタキオンと言うウマ娘に惹かれたトレーナーでもあった。

 

 故に答えは。

 

 

 

「良いよ、タキオン。僕のチームに入って欲しいって僕が君を勧誘する。タキオンの言う可能性を追い続けたいって言う夢を僕のチームで叶えてよ。その手伝いはするから……だから僕にも見せてね、タキオンの夢」

 

「勿論だとも。ドーピングなんてシラケる真似はせず、ただウマ娘として可能性を開く為に研究をしている私だよ。願掛けとしては最上級じゃないか、所属するチームが『流れ星』なんてさ」

 

「……僕自身至らない点は沢山あるけどね。それでも良ければ、今から皆に挨拶しに行こうよ。タキオン」

 

「……善は急げ、かな」

 

「意外とそう言う格言的なの好きなの?」

 

「いや?前のトレーナーがよく言って居たからね、知らない内に私も言う様になっただけさ。便利だから使っているけど」

 

 そう言って新人とタキオンは笑い合い、手を取り合った。こうしてアグネスタキオンは晴れて新人の作ったチームである『流れ星』に一員となったのだった。

 

 その結果が冒頭なのだが、この時の新人はタキオンの夢がどの様な形になるのか楽しみで仕方が無かった。

 

 

「あ、そう言えばファン感謝祭で僕のチームミニライブやるけど、タキオンはダンスとか得意?」

 

「ウイニングライブのダンスなら一通り覚えているけど、得意と言う程では無いかな。取り敢えず振り付けを覚えてからトライアンドエラーの繰り返しだよ」

 

「……良いね、そういうの僕好きだよ」

 

「……奇遇だね、私も自分の事ながら好きだよ」

 

 

 




 と言う訳でタキオン加入です。姉御系ゴールドシップタグの代わりにアグネスタキオン入れます。
 昨日投稿出来ずに申し訳ない、毎日投稿ってなんだっけ……。

 タキオンの絶望的なまでに……の続きは皆さんのご想像にお任せします。
 にしても初期に比べると本当にこの新人同一人物か?いや同一人物か。噛むし吃るし女顔だし。


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第百七話

 一昨日は仕事休みで昼夜投稿出来ると思ってたら夕方18時まで寝てたせいで投稿間に合わなくて、昨日は話の構図とか出来てたのに筆が進まなかった。以上投稿休んでた言い訳でした!

 前置き終わり!本編どーぞ!


 タキオンがチームに加入し、メンバーは六名となった。新人トレーナーが抱えるには多過ぎる担当数だったが、新人は初めからチームを作る気満々だった故に負担と言うのは差程感じてはいなかった。初めから自身の能力が足りないのを理解していた訳では無かったが、足りなければ足りる様に補えば良いとさえ思える様になっていたのだから。

 

「じゃあミニライブはタキオン含めて六人でやろうね!」

 

「ナチュラルに自分の事抜いたよこのトレーナー。アレだけ二人で振り付けとか考えてたのに。トレーナーのばーか」

 

 開口一番テイオーの機嫌を損ねるのは或る意味新人だから当然と言うか。何とも情けない話ではあった。元々人前に出るのが苦手、というか不慣れである新人は未だにミニライブに出るのを嫌がっていた。覚悟は決めても決意は決まらない所が新人らしい。

 

「テイオーちゃんが拗ねちゃうからトレーナーちゃんも出ないとダメだよ♪」

 

「それにもうお前の服用意出来てっからな」

 

「なんで!?早いよッ!」

 

「仕事は早く熟すのが社会人として生きて行く秘訣だとゴルシが言っていた」

 

「未成年だろ……ゴルシ……」

 

「良いじゃないか、聞いたよモルモットくん。女装して舞台に立つんだろう?うっかり付け耳なんかが外れたら行けないからね、どうだろう。いっその事生やしてみないかい?」

 

「イヤだ、僕はトレーナーとして生きて行くって決めたからね」

 

 タキオンの話は新人としても魅力的だったが、即座に拒否した。子供の頃夢見たウマ娘になるという夢は姿形を変えて、トレーナーになると言う夢に変わり、そして叶えている最中だったから。

 夢見がちな事は認めるが、最後までやり通そうとしている夢を投げ出してまで過去に囚われる事は無かった。

 前までの新人だったら悩んでいただろうが、今では踏ん切りが着いた故の回答となったが。それを聞いて笑うのはゴルシだったが。

 

「重い、重いよトレーナー……」

 

「私達全員でライブするんですよね!だったらタキオンさんも歌の練習しなくちゃいけないんじゃないんですか?」

 

「そうだよ。だから今日は歌とダンス、両方練習出来る場所を取ったんだ」

 

「……何処それ、トレセンの中じゃ無いでしょ」

 

「テイオーせーかい!皆好きでしょ?……カラオケ!」

 

「……トレーナーちゃんぜんっぜん歌わないけどね!」

 

「だって知ってても歌えないんだもん!」

 

 この男悲しい事に歌詞は暗記出来ても産まれてこの方歌った事が学校の授業以外では存在しない為に、音程等がグチャグチャなのである。最早口パクで歌っている様に見せた方がマシなレベルで。ダンスはゴルシのメイクデビューの際に一通り踊った事により、そこそこやれるのだが如何せん今まで手を出した事が無い分野に関しては雛鳥の様な物だった。

 

「練習しようよトレーナー!どうせ自分の歌パートタキオンにあげる気満々だったでしょ!」

 

「そ、そん、そんな事無いよ?」

 

「分かりやすい反応で嬉しいんだが、トレーナーは嘘を付くのも何かを誤魔化すのもヘタクソだな」

 

「そこが良い点じゃないか。モルモットくんらしいよ。それに練習もやった回数は少ないのだろう?ならこれから伸びる可能性は大いにある。これはそう言う話だよモルモットくん」

 

「……そう言われてもなぁ。足引っ張るかもしれないって思うとね」

 

 自分が笑われるのは構わないが、担当であるテイオーやオグリ達が笑われてしまうのが心底嫌なので躊躇ってしまう新人だった。

 

「だが練習すれば何とかなる筈だ。元々トレーナーの声は良いと思うぞ。私個人の感想なんだが」

 

「そうですね!トレーナーさんの声は良いと思いますよ!私も個人の感想ですけど!」

 

「全肯定学級委員長、サクラバクシンオーか……ぬいぐるみにしたら売れそうだな。つか誰もツッコまねぇけど新人のモルモット呼びってもう定着してんだな」

 

「モルモット呼びはもう良いんだ、無理して変える必要もないから。まぁ……頑張って練習するよ、付き合ってよ?」

 

「勿論、トレーナーの為なら」

 

「ミニライブやるって言ったのボク達だからね。そこら辺はしっかりやるよ!」

 

 メンバーは増えたが、チーム内に流れる空気は悪くならなかった、寧ろ良くなったと言える。賑やかなチームである『流れ星』にとって、メンバーが増えるのは新人に対する負担よりお互いに影響し合い向上して行く力の方が強いのだから。

 

「じゃあ早速行こうか、カラオケ」

 

「アタシに続け!新人最後にしてペナルティで初めに歌わせようぜ!」

 

「はい!?」

 

「ボクさんせー!」

 

「ついでにご飯も頼んでおこう。お腹が減って来た」

 

「マヤ甘い物食べたいな〜♪」

 

「糖分の補給は大事だからね。マヤノくんが良ければお互いに別々の物を頼んでシェアといかないか?」

 

「アイ・コピー♪」

 

「学級委員長として最速で、最短で……真っ直ぐに行きますよっ!」

 

「じゃあ行くぜ!チーム流れ星!ファイ!」

 

おー!

 

 そう言ってゴルシを先頭にチーム全員が部屋から飛び出して行った。取り残されたのはやはり新人。一瞬呆気に取られ、惚けていたが直ぐに持ち直し。

 

「待ってよ!待って!僕が初めに歌うのはいいよ!もうこの際良いから!何回だって歌うからさ!せめてオグリのご飯については僕が居る時にやってよ!ねえ!話聞いてよッ!!!何処のカラオケかも聞いてないでしょーーッ!!!」

 

 もう駆け出してしまった担当達を追い掛けて走るのだった。

 

 




 そう言えば歌詞の使用ってなんかタグ付けなきゃいけないんでしたっけ?そこら辺確認するの怠ってたわ。

 明日は昼夜投稿目指すぞ!えいえいむん!


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第百八話

 事を一つ片付けたと思ったら、一気に二つ事が増えてしまう現象に名前を付けたい。日常生活を送る事さえ難しくなるの控えめに言って浮世はクソゲー。
 投稿をまた開けてしまって申し訳ない、今度から休む時活動報告にでも書きます。

 愚痴という名の前置きは終わり。大分遅れましたが本編どーぞ!


 ファン感謝祭が近付き、トレセン学園も本格的に祭りムードになって来た頃事件が起きた。先日新人の発案でカラオケでの歌練習(八時間)を終え、結果的に全員の歌うパート分けは出来た。その代わり空腹になったオグリによって財布の中身が消し飛んだのだが、それは些細な出来事に過ぎない。

 

「……あのさ、タキオン」

 

「なんだいモルモットくん、私は今何処でダンス練習をしようか考えているんだが?」

 

「……うん、取り敢えずトレセン学園近くの公園か土手に行こうか。いや、そんな事よりもさ……」

 

「それで?」

 

 タキオンの紅い瞳に見詰められ、新人は口が動かなくなっていた。正確には、動いているのだが音が出せない。タキオンに薬を飲まされた訳でも無いが、兎に角口に出すのを躊躇う様な事を言おうとしているのだが、新人は言葉が出て来ず。

 

「……えっと……だ、ダメだ!無理だよ!助けてテイオー!」

 

 情けなく涙目になりながらテイオーに助けを求めるのだった。

 

「……早く言ってよトレーナー!ボク達も皆気付いてるんだよ!トレーナーが初めに言い始めたんだからトレーナーの口から聞きなよっ!?」

 

「そんな捨てられた子犬みてーな目してこっち見ても何も言えねぇからな?」

 

「も〜!ねぇねぇタキオンちゃん、さっきからこっちの方チラチラ見てる人ってだーれ?って聞けば良いだけでしょ!トレーナーちゃん!」

 

「言ってる!マヤノさん全部言っちゃってます!トレーナーさんが聞きたかった事マヤノさんのお口から全部言われちゃってトレーナーさんの顔が梅干しみたいになってますよ!」

 

「マヤノ以外頼りにならない担当でぼくかなしい」

 

 余計な一言とはこのことを言うのだろう。確かに聞き辛い事ではあったが、新人が聞いてくる、と言った為に任せられたのだが、謎のプレッシャーによって押し潰された挙句担当、主にテイオーとゴルシに対して思っても言ってはいけない事を言ってしまった。

 タキオンに謎の男の事を聞くよりも難易度が高いであろう事を何故言ってしまうのだろうか。

 

「上等だよ!そんなに梅干しになりてぇなら顔面陥没させてやろうか新人!」

 

「トレーナーが聞いてくるって言ったんじゃん!ボクちゃんとボクが聞こうかって聞いたのに!このハクジョーモノー!」

 

「たしけて、たしけて……」

 

 顔面梅干し状態の新人が部屋から飛び出し、テイオーが新人が出て行った扉から追い掛ける。ゴルシは窓を割って飛び出して行った、後日新人宛にたづなが弁償代を請求して更に財布が薄くなるのだが。

 

 そんな騒がしい空気から一転し、タキオンが口を開いた。

 

「アレは元私のトレーナーだよ。私とは関係を断ち切ったんだが、どうやら未練があったようでね、私を引き抜くタイミングでも測ってるんだろう。戻る気はサラサラないがね」

 

「なるほど……思う所はないのか?」

 

「……ふぅン……それは元トレーナーくんに思い入れがあったかの確認かな?」

 

「いや、別にそう言うつもりじゃ」

 

「でもマヤ気になるかも!タキオンちゃんってミステリアスって感じがするもん♪」

 

「ははは!そうかい?私程分かりやすく扱い易いウマ娘は居ないさ……そうだね、軽く話そうか?」

 

「……それはまたの機会にしよう、今はトレーナーの救出が先だろう」

 

 ゴルシが割った窓から外を見ると、ゴルシに足を捕まれジャイアントスイング(振り回されている)新人が居た。そしてテイオーはそんな新人をスマホで撮っていた。

 

オラオラオラァ!人間大車輪だオラァ!滅茶苦茶体重軽いじゃねぇかテメェ!ちゃんと飯食ってんのかあぁん!?

 

「ごめんごめんごめん!ごめんって!怖い!コワイよゴルシィ!テイオー!テイオー助けてよ!」

 

「もうボク、トレーナーの事助けないって決めたもんねー」

 

「テイオォオオオオ!!!」

 

「…………アレはアレで楽しんでいるんだろうね」

 

「……アレは楽しんでるのか……?トレーナー泣いてないか?」

 

「あれだよ!ジェットコースターみたいな感じだと思うから、トレーナーちゃんも泣いて喜んでるんだよ♪」

 

「ジェットコースター!はい!私もジェットコースター乗りたいです!何処です?私にはトレーナーさんがゴールドシップさんに振り回されて叫んでる所しか見えません!」

 

「ははは、まだまだだねバクシンオーくん。アレはモルモットくんなりのじゃれあいなのさ」

 

「……じゃれつかれてるの間違いでは?」

 

「オグリちゃん、じゃれあいだよ」

 

「……そ、そうか……そうなのか……?」

 

「見てないで助けてくれないかなぁ!!!」

 

「まだまだ行くぞォ!!このまま土星まで飛んでけるように遠心力高めて二人で行くぞオラァ!」

 

「無理無理無理!いつか一緒に行ってあげるから!僕を使って空飛ぼうとしないでよぉおお!」

 

 最早竜巻と見間違う様な速さで回っている新人だったが、不思議と痛い等の声は聞こえず。最早耐久力と言う点においては人外へと踏み出している様だった。

 

 そしてそれを眺める元タキオンのトレーナーは、新人を助けるべきか否か真剣に迷っていた。

 

「……狂ってやがる……何で誰も助けに行かねぇんだ……?アレじゃアイツ死んじまうぞ……!?」

 

 真剣に新人の身を案じていたのは悲しくも部外者である元トレーナー以外この場には居なかった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 ゴールドシップによる無限ジャイアントスイングが終わった。新人は最早倒れ伏しており、今日は活動が困難に思われた……が。

 

「……気持ち悪……おえ……」

 

「動画時間20分超えてるんだけど、後で見る?」

 

「ウマスタにでも上げたらどうだ?テイオーのアカウントで」

 

「ボクよりマヤノの方がフォロワー数多いからマヤノに送っとくよ、良い?」

 

「アイ・コピー♪」

 

 後日たづなからの窓の弁償代を請求された後、自身がいつの間にかネットの海で笑い者になったのを知る新人なのだが、今は全く関係の無い話だった。

 

「……だぁれもしんぱいしてくれないじゃん……」

 

「モルモットくん、これを飲むといい」

 

「……たきおぉん……ありがどぉ……」

 

「どうだい?気分は」

 

「……なんだこれ、凄い……今なら、今なら土星まで飛んで行けそうだよタキオン!」

 

「ははは、それは良かったねぇ。じゃあダンストレーニングの為に()()()河川敷にでも行こうか」

 

「よーし!皆僕に続けーッ!」

 

「復活早くない!?え、足はっや!?ごる、ゴルシ行こう!トレーナーがおかしい!」

 

「……回転させた所為で脳ミソ可笑しくさせちまったかな……?」

 

 タキオンの飲み物を飲んだ新人は走り出した。それもテイオーやゴルシですら追い付けない速さで。それはもう新人が夢見ていたウマ娘になると言う過去の夢を叶えている様で。

 しかしそれを見ていたバクシンオーは疑問を抱く。

 

 アレ、トレーナーさんって短距離走れちゃうんじゃ……?と。

 

「ま、負けてられません!私こそがバクシンオー!驀進ですよ!?トレーナーさんに負けちゃったら名前変えなきゃいけなくなる!?バックシーン!」

 

 そうして先に走り出したテイオーとゴルシを追い掛け、その先を走っているドラッグ新人を追い掛けるのだった。

 

「……ねぇタキオンちゃん、トレーナーちゃんに何飲ませたの?」

 

「タキオン印の気付け薬。飲むと一週間は不眠不休で動けるよ」

 

「……絶対その薬レース前に飲んだらだめだぞ」

 

「私が?あの薬を?飲む訳無いじゃないか。あんなモノ飲んだら最後私はウマ娘として終わりだよ」

 

「……ねぇ、それってトレーナーちゃん身体大丈夫なの……?」

 

「……さぁ、人間に試したのも初めてだからねぇ……筋肉痛で一日動けなくなるんじゃないかな?」

 

「と、取り敢えず追い掛けよう!今のトレーナーは色々お危険な気がする!」

 

 そうして残っていたタキオン達も新人を追い掛けて行った。残されたのはストーカー紛いな事を始めているタキオンの元トレーナーだけだった。

 

「……俺アレ飲まされなくてかったな……噂なんて宛になんねぇし……なんだアイツ、滅茶苦茶身体張ってんじゃん……後で飯でも誘うかな……」

 

 此処に一人、新人の友人が出来たのだった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 新人が駆け出し、そのままの勢いで踊り始めテイオー達は戸惑っていたが、血走った目で新人が早く踊ろうよ!楽しいよ!と叫んだ為に『流れ星』の面々はタキオン以外全員が青ざめながらダンス練習に勤しんだという。尚タキオンだけは薬の作用が自分の想像していたのと違い、今後は一度自分で飲んでから新人に渡す事を決意したと言う。また、別の話だがチーム全体の暗黙の了解として新人に対してもう少し優しく接して上げようと言う話が出たのだった。

 

 そうしてダンス練習が終わり、新人は燃え尽きた。それはもう真っ白に。茜色の空の下、始めてテイオーと出会ったチーム『リギル』選抜レースに使用されたターフの観客席に座り込んでいると。

 

「……お、お疲れ様」

 

「……タキオンの」

 

「お、おう……その、か、身体大丈夫か……?」

 

「……あはは……大丈夫に見えますか?」

 

「……見え……ねぇな」

 

 タキオンの元トレーナーが新人に会いに来て居た。新人の座っている席の隣に腰を下ろし、缶ジュースを新人に渡す。

 

「……これ炭酸ですか?」

 

「おう、好きか?」

 

「炭酸苦手なんですよね……舌がパチパチして……」

 

「……へぇ、口の中弱いのか?」

 

「弱いって言うか、なんでしょう。子供の頃に飲んだコーラが思いのほか炭酸痛くて苦手になって……」

 

「ふーん……え、じゃあもしかして今まで炭酸系飲まずにその年まで?」

 

「……そうですよ?」

 

「……物は試しだ、飲んでみろよ。もしかしたら平気になってっかもよ」

 

 そう言われ、子供の頃のトラウマであるコーラに向き合う。アレは四歳の頃、父親が飲んでいたコーラが美味しそうに見えて新人も口に含んだが、四歳で飲む物では無かった。始めて口にする刺激物に新人の舌が過剰に反応し吹き出した挙句泣き喚いた。ソレをあやすのに色々とあったのだが割愛。

 

「……あ、美味しい」

 

「はは、良かった良かった……なぁ、お前さ自分の噂知ってるよな?」

 

「……まぁ、知ってますけど」

 

「俺もさ、お前の噂だけ聞いてていけすかねぇ奴って思ってたんだけどよ……噂なんて宛になんねぇのな」

 

「……と言うと?」

 

「…………俺お前みたいな奴好きだよ、騒がしい奴」

 

「さ、騒がしい奴!?僕が!?」

 

「おう、だって今日トレーニング見てたけど、ずっと煩かったじゃん?」

 

「誤解だよ!?叫んでるんじゃなくて、叫ばされてたの!」

 

「……タキオンがあんなに笑ってたの始めて見たわ」

 

 そう言って背もたれに体重を任せ、茜色の空を見上げる元トレーナー。その顔は夕焼け色に染まっており、思う所が有るのも相まって悲痛な顔に見えた。

 新人はと言うと、いきなり好きと言われたり騒がしい奴と言われ頭の中がバグっていた。

 

「……俺さ、タキオンのトレーナーになって色々頑張ってたんだけど。タキオンって真面目なのかどうか分からくなっちまって……アイツ、トレーニング偶にサボるんだぜ?……でも悪いヤツじゃ無かったのに。俺が風邪気味の時とか、風邪薬だって言って飲み薬作ってくれて、すぐ治ったりしたし。悪いヤツじゃ……優しいヤツだったのに」

 

「……」

 

 喉を通る炭酸の刺激が何処か暑くなった身体に心地よかった。新人はただ聞いていた。元トレーナーの話を。

 

「タキオンが噂のトレーナーに捕まったって聞いて、心底連れ戻したくなったんだけどさ……お前なら俺が担当になるよりタキオンの為かなって思えたしよ……俺も新しい担当探さねぇとなぁ」

 

 そう言ってコーラを一気に飲む。けれど新人はコーラの口を、缶のプルトップを見詰め、目を細めた。

 

「……勝手だよ」

 

「んあ?」

 

「勝手だよ!タキオンの悪い所知ってて、良い所も知ってたんでしょ!?それなのに、それなのに何でパートナー解消したの!」

 

「……俺が弱かったからな」

 

「……なにそれ」

 

「だってさ……自分の想像通りに行かないとイライラしちまって……でも相手はウマ娘で、我慢してた……つもりなんだけどさ。結局あんな風になっちまって……」

 

「…………」

 

「俺じゃダメなんだって思った。つうかタキオンにしたら俺ってそこまで思い入れがある奴じゃねぇだろうしな……新人、お前ならタキオンにどう接した?イライラしてて、タキオンは何時ものあんな感じだったら」

 

「……変わんないよ、ソレに分からないよ。イライラするのってタキオンとか、テイオー達に対して思った事、そんなに無いし……」

 

「それもそっか。だからかもな」

 

「……なにが?」

 

「……お前のとこにウマ娘が集まるの。俺と話してて殆どお前笑わねぇじゃん?それに偶に共同事務室来ててもパソコンと睨めっこ。偶にあのお姉様トレーナーと話してるけど。でもウマ娘と一緒に居る時のお前すごく楽しそうだから」

 

「……タキオンと一緒に居て楽しく無かったの……?」

 

「楽しかったさ!あぁ、俺の人生の中でも彼奴と出会えた事からメイクデビューで大差付けて一着取ったんだぜ!?楽しくなかった訳がねぇよ!……でもさ、それ以上に辛かったよ。タキオンの目が……期待してるとか、そんな目じゃなくて……次は私に何をさせるんだい?って目。トレーニングやってても、雑談……って言うのかな、そう言うのやっててもタキオンは俺に今日見たいな笑顔見せてくれなかったからな」

 

 それは一種の悩み。踏ん切りを付けた筈の思い、けれど手放したというのに。失ってから気付く新たな一面を見てしまい自分の感情がグチャグチャになってしまった元トレーナーの悩みだった。それを告げられても何と言えば良いのか分からない新人は残り僅かになったコーラを呷る他無かった。決して酔えないと言うのに、今だけは苦手な酒に身を任せてしまいたかった。

 

 

「……あのさ」

 

「……んー?」

 

「僕の名前……君知ってるのに、僕は君の名前知らないのズルくない……?」

 

「……あー、そっか……うし」

 

 そう言って新人の隣から立ち上がり、元トレーナーは新人に向き合う。

 

「俺の名前はイッセイ。適当に呼んでくれ、元トレーナーでも良いし」

 

「……じゃあイッセイトレーナー……ファン感謝祭で僕のチームがミニライブするの、知ってる?」

 

「おう、トレーナーの間じゃ話題だな。()()新人トレーナーが秋川理事長に目を掛けて貰ってるって。それでミニライブを開くんだーって」

 

「……見に来てよ、どうせ担当居なくて暇でしょ。それと……タキオンに僕クラシック三冠取ってもらうし。自分の勝手な都合で手放したウマ娘が活躍する場面見て欲しいし、それで悔しがって欲しい」

 

「…………あはは!キッついなぁ……分かった、絶対見に行く。ミニライブも、三冠も。今度飯くいにいこうぜ、俺奢っからさ」

 

「ホント!?じゃあ今から行こう!?」

 

「え!?ちょ、早くねぇか!?」

 

「今僕お金無くて、いやー、助かるなぁ……今月一杯ヨロシク!」

 

「………………はぁー!?」

 

 新たに新人の友人(?)か出来たのだった。

 

「初めてのご飯だから焼肉でも行こうよ!ね、ね?良いでしょ!?」

 

「ちょ、おま、やめ、お前の顔で上目遣いするんじゃねぇよ!」

 

「だめ?」

 

「〜〜〜!!!行くぞォ!!!」

 

「ヤッター!!!」

 

 訂正、金蔓が出来た。




 多分トレーナーの中にも居ると思うんです。優秀なのはわかってるけどウマが合わなくてパートナー解消する人。けどその後いい思いするか、手放したから気付けたモノに悩むかはその人次第なだけで。

 オグリの場合は無理なトレーニングを続けてウマ娘に怪我をさせてしまい、解約。
 ゴルシは沖野トレーナーとの話し合い?での引き抜き。
 バクシンオーは自分でチームから脱退して来ているので、実質タキオンとバクシンオー+でゴルシだけなんですよね、トレーナーがちゃんと見てたウマ娘って。
 一番そこら辺に敏感なのがオグリ。気にしないのがゴルシとタキオン、気付かないのがバクシンオー。
 
 新人くんに男友達作らせたくてタキオンとその元トレーナー(イッセイ)くん作った作者です。第一プロットの方で作ってた元ライバル位置の人。
 

 因みに初めに作ってたチーム構成がテイオー、マックイーン、マチカネフクキタル、ダイタクヘリオス、エイシンフラッシュだったから、こうして見ると大分大人しめなチームになってたんだなぁと初期構成プロット見てて思った。このチームもこのチームで面白そうですけどね。
 現チームは第二プロットの方で書いているので大分話の筋は違いますけど。そもそも新人くんの性別違うし(暴露)


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第百九話(ファン感謝祭前編)

 投稿休んでたらお気に入り増えて、再開したら滅茶苦茶お気に入り件数減ったんだけど。これは……アレか?最新話が余り良くなかったって言う評価からなのかな。
 投稿しない方がお気に入り件数増える小説って珍しくない……?

 前置き終わり!そしてそろそろ話を進めたい。ファン感謝祭用のプロットもそろそろ尽きるし、やりたい事やったからね。
 では本編どーぞ!


 予報では曇り後雨と言う予報だったが、良い意味でその予報は外れた。何せ雲ひとつ無い快晴となったのだから。何時もは部外者の立ち入りを禁止している鉄の扉も本日は大きく開かれており、まだ午前だと言うのに人の出入りは途切れる事を知らなかった。

 ある者はトゥインクルシリーズを走っている我が娘を見に、またある者は何時も娘がお世話になっている担当トレーナーの顔を拝みに。けれどそんな物は所詮はついでに過ぎず、本命は——。

 

「わぁ……!これがトレセン学園……!お兄ちゃんが居る場所なんだ……わぁ、わぁ……!」

 

 門を潜り抜けた先にある『ファン感謝祭』と言う名の祭りを楽しみに来た人達だった。この少女(ウマ娘)もまた同じく、自身の兄が勤めている職場であり近い内に通う事になるトレセン学園の祭りを経験しに来たのだ。先日楽しみで殆ど眠れず、ベッドの中で足をバタつかせては役五年振りに会う兄の姿を思い浮かべていたが、いざトレセン学園に入ると祭りという魅力に心を奪われていた。

 

 少女の名は『ライスシャワー』。新たな門出(結婚)を祝う、祝福と言う意味の込められた名を持つ黒髪のウマ娘だった。

 そして兄は当然と言うか、新人である。そしてそんな新人の妹だが、新人が一つ彼女に伝え忘れたというか、伝えたくなかった事が一つある。トレセン学園に来たら知られてしまうと言うのに、兄としての威厳がどうとかで話さなかった事だが。

 

「美味しそう……!わ、わわ……人もいっぱい居る……!」

 

 見掛ける人々は誰もが笑顔で自然とライスもまた笑顔になっていた。その光景を見るのが楽しくもあり、出店等に並んでいる食事等を買い、食べ歩きしていると。

 

「いい足だ……細いがその分しっっかり筋肉が圧縮されてる……これはいい足だ……!」

 

「〜〜〜!?!」

 

 とんでもない観察眼を持った先輩(沖野)トレーナーによって足をまさぐられていた。それはまぁ、見事に肉付きを確認する為に揉み、筋肉の圧縮度を確かめ滑らかな肌を摩っていた所、いきなり触られた事によるショックでヤケに体重の乗った回し蹴りを放ってしまった。コレに関しては全面的に先輩(沖野)トレーナーが悪いのだが。

 

「あばっ!?……いつかのスペにも蹴られたっけか……」

 

「あ、え、ごめ、あっ」

 

「君!」

 

「はひ!?」

 

「今小学生かい?来年卒業?何処のトレーニングセンター行くんだ?もしかして此処か?なら俺のチームに来ないか!」

 

「え、あ、そ、ごめんなさいぃ!」

 

「待って!俺が悪かった!逃げないでくれぇ!」

 

「な、なんで追い掛けて来るんですかぁああ!?」

 

 トレセン学園に入る為に自主トレと、新人によって組まれたトレーニングによって早くなったライスの逃げを唯の人間である先輩(沖野)トレーナーは追い掛けた。それはもう血眼で。

 

「なん、なんでその速度で走ってるのに的確に人を避けてくんだ!?」

 

「追い掛けて来ないで下さいぃ!蹴っちゃった事はごめんなさい!助けてお兄ちゃぁああん!」

 

「違う違う違う!ホントに!待って!俺は新人にお前の事頼むって言われてたの!聞いてない!?」

 

「え、お兄ちゃんが?き、聞いてませんよ!」

 

「まっ、いやホントに足速いな!?」

 

「おじさんこそ早くないですか!?なんで追い付けそうになってるんですかぁ!」

 

「おじ、おじさん!?俺はまだおじさんって歳じゃねぇぞ!?後追い付けそうになってる答えは、鍛えてるからだ!」

 

 そうしてライスと先輩(沖野)トレーナーの追いかけっこは続いた。

 

◆❖◇◇❖◆

 

 トレセン学園のとある人通りの少ない一角で漸くライスと先輩(沖野)トレーナーは立ち止まった。ライスは壁に手を付いて息を荒らげ、先輩(沖野)トレーナーは汗だくになりながら地面に身体を預けて寝転んでいたが。

 

「し、新人が……やってるイベント、妹に、伝え忘れたって……来て欲しくないけど見に来ないでとは言えないから……って……」

 

「はぁ、はぁ……ふぅ。あぁ、確かにお兄ちゃん自分もイベントやるよって言ってたけど、何やるか教えてくれてない……ら、ライス嫌われちゃった……?うそ、ウソだよねお兄様ぁ……うぅうぅぅ」

 

 元々内罰的な部分があったが故にライスは新人に嫌われたと勘違いしているが、考えて欲しい。果たして自分の妹、血が繋がっていないとしても妹に女装してライブをやるんだ。とあの新人が言えるだろうか?あの新人が。

 

「い、妹さんように、ちけつ、チケット……あるから……嫌われては無いとおもう、ぞ……ぐふ」

 

「おじさん!し、しっかりしてください!」

 

「……おじさんって歳じゃないんだけど……取り敢えずアイツのイベントが始まるのは昼前だから、それまで……ファン感謝祭、楽しんでってね!あ、もう無理……」

 

「お、おじさーーーん!!」

 

 年齢不詳では有るが、無理をした身体が悲鳴を上げ先輩(沖野)トレーナーの意識を刈り取った。傍から見れば痴漢された被害者であるライスだったが、芯が優しい子であったが故にそれすら忘れて先輩(沖野)トレーナーの為に涙を流すのだった。

 

「なんだこの状況は!?」

 

「ウオッカトレーナー見付けた!?……いや何この状況……」

 

「お、オレも分かんねぇけど……取り敢えずなんか仲良さそうだな」

 

「片方倒れててもう片方泣いてるのに!?アンタの仲が良いって判断どっから来てんのよ!?」

 

 




 前編、中編、後編+‪αでお送り致しますファン感謝祭本番。
 ライスが新人の事お兄ちゃんって呼んでるのは新人の希望。なんか恥ずかしいからヤダって言う理由であり、ライスとしてはお兄様呼びしたい人。

 アニメ版ライスのトレーナーお姉様なんだよね、アレ?作者の登場人物にもお姉様トレーナーが……ウッアタマガ。

 あ、アンケート締め切るの忘れてましたけど、新人の妹はライスシャワーでした。当たった方々には抽選でゴールドシップを育成している最中、ゴルシ流トレーニング(体力回復調子上昇トレーニング制限)が5連続で来るのろ……祝福を差し上げます。ちなみに作者は何でなのかゴルシ育成で三連続で来て上振れが消えた覚えが有ります。

 そういうとこだぞゴルシィ!!!


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第百十話(ファン感謝祭中編)

 トレーナーって人間辞めてないと成れない職業なのかと自分自身分からなくなって来た。なんでこの小説ウマ娘に追い付けるトレーナーが居るんですかね。アニメでも沖野トレーナー蹄鉄片手で持ってたのにマックイーン両手で持って尚腕が垂れ下がってたし。最早戦闘民族的なアトモスフィアを感じるんだけど。

 その内ケイ素系トレーナーとか出してしまいそう。デスポエム口ずさみながら重賞かっさらってく感じの。
 ネタの大渋滞ってイイよね、この世の地獄みたいで笑いが止まらなくなる。前置き長ぇよ。という事でここから本編です、お待たせしましたー。


 倒れた先輩(沖野)トレーナーを放っておいて、ウオッカとダスカはライスに話し掛けていた。

 この場で一番の被害者は恐らく先輩(沖野)トレーナーなのだが、彼女達は知らない。そもそも新人が初めからライスに自分の出るイベント等を話しておけば良かったのだが。様々な要因が絡まり、結果として先輩(沖野)トレーナーだからと占められてしまった。

 

「大丈夫?このトレーナーにセクハラとかされてない?今なら蹴りの一発入れても私達見なかった事にするわよ?」

 

「ら、ライスはそんな事しません!そんな、暴力なんて……た、確かにいきなり脚触られてび、びっくりしちゃいましたけど……」

 

 してました。ガッツリ体重乗せた回し蹴りを沖野トレーナーに対して放ってました。咄嗟の行動であり、予想外の行動を取った沖野トレーナーが全面的に悪かったが、ライスも綺麗に蹴りを入れてました。

 なのだが、それを知るのは倒れている沖野トレーナーだけであり、ウオッカやダスカはそんな事知る由もなく。

 

「やっぱコイツ一回蹴り入れときましょうよ!スペ先輩にやったのと同じ事してんじゃない!」

 

「良い奴だなぁお前。滅茶苦茶優しいじゃねぇか!」

 

「そ、そんな……ライスは優しくなんて」

 

「決めた!貴方トレセン学園来たの初めてなんでしょ?案内したげる!ウオッカも付き合いなさいよ!」

 

「オレもか!?まぁ良いけどよぉ。つーかファン感謝祭に参加したのオレ達も初め」

 

「いーから!ほら、行きましょ!」

 

「え、え!え?」

 

「折角のお祭りだもの!楽しまなきゃ損よ!」

 

 そう言ってダスカはライスの手を取り、先輩(沖野)トレーナーを踏みつけて行った。後ろから続くウオッカもまた踏みつけて行った。その後スズカやスペ、マックイーンが靴跡の着いた先輩(沖野)トレーナーを見つけて一騒動有るのだが、ダスカやウオッカの説明によって納得するのだった。

 こうしてライスはウオッカやダスカと共にトレセン学園の祭りを回って行った。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 所々寄り道と言う名のダスカVSウオッカのイベントをしながら、ライスはファン感謝祭を楽しんでいた。初めは何方がライスを楽しませるかと言う勝負?をやり始めた事が切っ掛けなのだが、最終的に何時もの小競り合いとなった。

 ライスを巻き込んで。そうして辿り着いた場所は。

 

「大食い大会か……スカーレット!」

 

「なんでよりにもよって大食いなのよ!?増えちゃうじゃない!」

 

「明日トレーニングやれば減るだろ!それに見ろよ、あの景品……ドーナツクッション……欲しくねぇのか?」

 

「う、うぐぐ……ライスちゃん、どつ?参加する?」

 

「ら、ライスがですか!?ら、ライス大食いとか……あんまりやった事なくて」

 

 普通はありません、そんな経験。けれどやはりドーナツクッションは魅力的なのだろう。気付けば三人揃ってエントリーしていた。だが彼女達はまだ知らない。この大食い大会には文字通りバケモノが居ると言うことを……。

 そしてこの後参加するダンスの為に今の内に補給しておこうと言う事で友人と参加していると言う事を。

 

「では大食い対決!inトレセン学園を始めまーす!司会は私、ウマドル事スマートファルコンです!ファル子って呼んでねー!ルールは簡単、誰もよりも早く食べたウマ娘がゆーしょーです!優勝賞品はドーナツクッション!ファル子もちょっと欲しいかも?」

 

 ファル子の声によって歓声が沸く。ダート界のアイドルであり歌も踊りも一流の彼女にはファンが多い。

 

「では参加者のウマ娘ちゃん達、どーぞ!」

 

 そうして出陣するウマ娘達誰もがドーナツクッションを狙って参加していたが、やはりと言うかただ一人ドーナツが食べたくて参加したウマ娘が優勝しそうである。

 

「スーパークリークです!レースだけじゃなくって、早食いでも一着目指しまーす♪」

 

「タマモクロスや!ウチが一番なるんや!」

 

「ダイワスカーレットです!やるからには優勝目指します!」

 

「ウオッカだ、勝ちを取りに来たぜ!」

 

「……ら、ららライスシャワーです……あの、わ、私参加して良かったんですか?み、皆さんトレセン学園に所属してるウマ娘さん達ばかりで……

 

 こっそりファル子に確認するライスだったが、面白そうだからOKという事で許可されてしまい引き下がれなくなってしまった。そうして現れる。

 

 芦毛の怪物が

 

「オグリキャップだ。お腹が減った」

 

「では初めて行きましょう!制限時間は30分だけど、お皿の上にあるドーナツ食べ切ったら終わりです!よーい……スタート!」

 

 ファル子の掛け声によって始まり、それに呼応する様に歓声が上がる。そんな中ライスは思う。

 

 ——ライスなんで大食い大会出てるんだろう……——と。

 

 まず初めにドーナツに手を付けたのはダスカだった。やはり初めにリードを付けて起きたいのだろう、初めから猛スピードで食していくが、クリークが後をピッタリと張り付く様に殆ど変わらない速度で食べていく。ウオッカとタマモはあくまで自分のペースを保っている様で若干進み遅いが、差し込むのがウオッカであり、追い込むのがタマモだ。けれど忘れては行けない、この場には怪物がいる事を。

 

「ダスカちゃん早いね〜!もう半分だよ!明日のトレーニング頑張らないとね!」

 

いふぁいいまふか(いまいいますか)!?」

 

 両手にドーナツを持ってハムスター宜しく頬を膨らませて食べているダスカの腹部は確かに膨れていたが、それはこの大会に参加している方々全員が共通していたので最早仕方が無い。だがやはりウマ娘であるのだから当然乙女なのである、今更羞恥心が湧き上がってしまいダスカはペースが落ちた。それを見たウオッカとタマモは更に追い掛けていき、もう山の様に積まれたドーナツは半分を切っていた。クリークはと言うと……。

 

「………………」

 

「く、クリークちゃーん?手が止まっちゃってるけどだいじょ……」

 

「…………(グッ」

 

 必死にサムズアップしていたが、目が潤んでいた。ダスカのペースを追い掛ける様にしてしまったが為に若干無理が入ってしまい、小休憩の様な形を取っていた。ドーナツを持ったまま。

 

 そしてライスはドーナツの山を半分食べた所でリタイアしてしまった。

 

「という事でウオッカちゃんとタマモちゃんの一騎打ちになるのかなー?がんばれがんばれ〜♪」

 

げっふぇまふげねぇ(ぜってぇまけねぇ)!」

 

 ファル子の言葉に反応したウオッカは更にペースを上げて行ったのだが、タマモは逆に徐々にペースを落とした。白熱する大食い大会で歓声が止まらない。一番の原因は大食い中の場を繋ぐ為にファル子が喋り、ファンサしているのが大きかったのだが。

 

(ウオッカ、お前は分かっとらん、まだ居るんやで……!腹ペコの大魔王が!!)

 

 そうして音も無く大食い大会だと言うのに一切実況して貰えなかった腹ペコ大魔王事オグリキャップが動き出した。

 

 そう、それはまるで暗がりの中一筋の星が駆け抜ける如く速さで。

 

「ウオッカちゃん早い!もう残り三つ!タマモちゃんもお皿の底が見えて来ました!これはこの二」

 

「私が居るッ!」

 

「ぴっ!?」

 

 突如として上げられた声にファル子の声は遮られ、観客皆がその音の方向へ視線を流す。そうして見付ける。

 

ふぁふぁしはほほにいふ(わたしはここにいる)ほへーなーにふいいってひたんだ(トレーナーに無理を言って来たんだ)!負けられない!」

 

「お、オグリちゃん!オグリキャップちゃんが物凄い速さでドーナツをたべ、食べてる!?それ飲んでない!?オグリちゃん!?」

 

 観客席から歓声が上がり、その中に驀進と叫ぶ声も有ったが、周りの音に消されて行った。

 

「う、ウオッカちゃん残り二つ!タマモちゃんも追い上げて来た!でもオグリちゃんのお口が異次元に繋がっちゃってるからドーナツが消えて行く速度が凄いよ!!?」

 

(の、のこり二つ……!く、クッションが欲しい訳じゃねぇけど、ここまで来て、まけて、負けてたまるかよぉ!)

 

(流石やなオグリ!もうどう食ってんのか見えへんもん!アイツの口の中ほんとにどうなっとんや!?)

 

(隣の人すっごい食べてる……そんなに食べて苦しくないのかな……?)

 

「ウオッカちゃん残り一つ!タマモちゃんも後三つになった!でもオグリちゃんが!オグリちゃんがもう!」

 

まへはふへええええ(負けたねぇえぇぇえ)!!!」

 

ほふりぃいいい(オグリぃいいい)!」

 

「…………ご馳走様でした」

 

 静かに右手を空に掲げ、オグリの勝利が決まった。

 

 後にこの大食い大会はファン感謝祭名物となるが、第二回わんこそば大食い大会にてオグリは出禁とされる。大食いキングと言う名で親しまれる事になるのだが、それはやはりもう少し先の話だった。今はこのドーナツ大食い大会で優勝したオグリを称えるべきだろう。

 新人にミニライブまでに戻る。ダンス衣装もちゃんと着れる範囲で収めると宣言した結果、確かにミニライブには間に合いそうだが、その腹部は何時も通りだった。

 

 

「という事で優勝したオグリちゃんには商品のドーナツクッションを贈呈しまーす!」

 

「……トレーナーにあげたら喜ぶだろうか」

 

「……男の人だから微妙じゃないかな?」

 

「そうか……ならライスシャワー、お前にやろう」

 

「…………へ!?」

 

「途中でリタイアしていたが、それでもいい食べっぷりだった。また一緒に食べよう。タマすまない、私なりに考えたが、この子に上げるのが一番だと思ったんだ」

 

「ええて、ウチが負けたんやから……しっかし、そんなんでライブ出れるんかい?」

 

「……大丈夫……だと思う、多分」

 

 ライスにドーナツクッションを上げた後、舞台を降りる。元々部外者であり参加者だったライスに上げるのはどうかと思ったが、何故か上げてしまった。

 タマモが欲しがっていたのは知っていたのだが、後日色違いのドーナツクッションを買うと決めたので今日のドーナツクッションはライスに上げたのだ。

 

「それじゃあ会場まで走りましょうか!」

 

「それええやん!オグリええやろ?」

 

「……ああ!行こうか、私の私達流れ星のライブ会場へ!」

 

 そう言って三人は走り出した。満身創痍のダスカ、ウオッカとドーナツクッションを抱えて笑顔をうかべるライスを置いて。

 

 




 間に合わなかった……辛い。ファン感謝祭ミニライブ以外に予備としてもう一個新人達が参加するイベント作ってたけど、それは次のファン感謝祭でも良さそう。

 という事で新人チームだとオグリがライスとの初会合でした。次回、ミニライブ編!

 お楽しみに!


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第百十一話(ファン感謝祭後編)

 タイトルに休みますって言うのを付ければ活動報告なんてする必要無いと気付いた外道です、どうも。
 お昼に投稿したいのに間に合わないの本当に悔しい。もう毎日投稿と12時投稿が詐欺になってんだもんな。

 前置き終わり!本編どうぞ!


 ダウンしたウオッカとダスカを近くのベンチで介抱していると、ある事にライスは気付く。

 そう言えばさっきの男の人からチケット貰ったけど、何のチケットなんだろう……と。新人がやるイベントの物とは聞いていたのだが、場所も内容も分からない。流石にお腹を膨らませて青ざめているウオッカとダスカを置いて行くことが出来ずベンチで休ませていた。

 

 

「……もうドーナツは当分いいや……」

 

「なによ……もう食べないの……?あた……アタシはまだまだ行ける……ゥ」

 

「ご、ごめんなさいライスだけ中途半端に終わらせちゃって……」

 

 三人の中で唯一お腹が膨らんでないのはライスだけだった。山の様に積まれたドーナツをライスも頑張って食していたが、途中から出てきてしまいそうになった為にギブアップした。元よりまだ小学生のウマ娘であるライスには量が多過ぎたのだ。参加者が六人だったとは言え、流石に用意していたドーナツが多過ぎた。

 

 尚余ったドーナツはオグリが後で食べると言って持ち帰った。まだ腹八分も行っていないらしい。オグリの食欲に果ては無い、それこそ勝利への渇望と同じ様に。

 

「二人共そのお腹どうしたの……?」

 

「スズカ先輩……」

 

「トレーナーさんが黒髪のウマ娘を連れて体育館に行ってくれって言ってたから迎えに来たんだけど……先に保険室に連れてった方が良いかしら?」

 

 倒れた二人の助っ人として先輩(沖野)トレーナーが送り込んだのは異次元の逃亡者だった。スペとマックイーンも手分けして探したが、スペはグラスワンダーに捕まりお食事へ。マックイーンは何故か居たゴルシに捕まり体育館での焼きそば移動販売役をやらされていた。

 イベントには必ずゴルシ印の焼きそばが出店されるが、今回は経費で落ちるので新人のお財布にも優しかった。

 

「めんぼくねぇ……スカーレットが突っかかって来たから何時もの調子でやっちまったぜ……」

 

「アンタねぇ……はぁ、お腹いっぱいで言う気も起きないわ……」

 

「……コレがケンカする程仲がいいって奴なんだぁ……!」

 

絶対違うから(ちげぇよ)!!

 

「ごめんなさい!?」

 

 実際仲は良いのだがお互いがライバル意識を持っているが為に認めたくない事実であった。

 

「貴女がライスシャワーちゃん、よね?」

 

「は、はぃ!ライスシャワーです……あの、サイレンススズカって大逃げの……」

 

「……そうね、私よ最近だと二つ名も付いてたわね」

 

「異次元の逃亡者ですよね!テレビで見てました!すっごくカッコよかったです!」

 

「ふふ、ありがとう。恥ずかしいけど嬉しいわ」

 

 そう言って照れ臭そうに笑うスズカにライスは目を奪われるが、スズカが言葉を続けた。

 

「それじゃ二人を保健室に連れて行ったら体育館に行きましょう?そろそろ始まってしまうから」

 

「始まる?何が始まるんですか?」

 

ミニライブよ」

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 ライス達がライブ会場に入ると、肌を焼くような熱気に包まれていた。トレセン学園の体育館に作られたミニライブ用の照明に照らされ、七人のウマ娘達がそのライトを受けていた。

 センターは黒髪黒目の大人しそうなウマ娘にライスは何かを感じたが、同じ黒髪だからだと当てを付けた。

 マイクを持ったウマ娘が一歩前に出て話し始めた。

 

「は、初めまして!チーム『流れ星』です、えっと、きょ、今日はお集まり頂けて」

 

「楽しんで行こうぜーッ!一曲目スタート!」

 

「ゴルシ!?」

 

「トレ……新ウマちゃん話が長いんだよ!みんなボク達の歌聞きに来てくれたんだから!」

 

「つーわけで、な?」

 

 最早予定調和と言うか、時間が押してる訳でも無かったが長い髪をしたのウマ娘が黒髪のウマ娘(新人)からマイクを奪い取り開始の宣言をし、曲が流れ始めた。その音はウマ娘なら誰だって初めに練習する歌。

 

Make debot!(メイクデビュー)』だった。

 

『響けファンファーレ』

 

届けゴールまで

 

輝く未来を君と見たいから

 

 元気いっぱいなウマ娘(トウカイテイオー)弾けるような笑顔のウマ娘(マヤノトップガン)の二人が前に出てキレのあるダンスを披露して行く。他の四人もまたやや後ろに下がりながらもセンターの二人に負けず劣らずのダンスを披露する。

 その光景に一人のウマ娘が、ライスシャワーは見惚れた。大きく振られるサイリウム、新設チームだと言うのに掛け声まで付いているこの空間に。この熱気に当てられていた。

 ライスシャワーの胸の奥が熱くなる、始まりは兄である新人がトレーナーになると行ったから自分もまたそんな兄の後を追い掛けたいと思いレースに出たいと思った。けれど今は違う、あのステージに立ちたい。

 

 体育館を改造した簡易的でありながらも所々誰かの拘り感じるステージはこんなにも煌めいていた。

 

「響けファンファーレ」

 

届け遠くまで!

 

輝く希望は

 

キミだけの強さ

 

飛び込んでみたら

 

「変わって行くから!」

 

ここに誓おう

 

My Dream

 

!」

 

 それは初めに決まった歌。『流れ星』と言うチームに合う曲はなんだろうと、新人とテイオーが話し合い決めた。夢を叶える為に集ったメンバーでありその夢もまた果てが無く互いに互いが夢を魅せ合う様な、そんな関係で居たいと会う新人の願い。

 

 色も違えば好みもまた違う七人が集まり、己が夢の為に駆け抜ける星となる。

 

「……キレイ……」

 

「……タキオン……」

 

 気付けばアレだけ熱狂していた会場は歌を聞き入る様に静かになった。入れ替わり立ち代り歌を回して行く。目配せも何もしない、自分が歌う番だと言わんばかりに声を上げていく。

 

 今この瞬間が、新人の作ったチームである『流れ星』が輝いた瞬間だった。無論この後も輝き続けるだろうが、今は今なのだから。

 皆が違う思いを抱えながら歌って居ようとも、このミニライブを心底楽しもうとする気持ちは同じだったから。

 

 

 二曲目、三曲目と流れて行き、最終的には初めに想定していた曲の倍である六曲を歌った所でライブは終了した。

 

 結局ライスは誰が新人なのか全く分からないまま、ファン感謝祭は終わってしまったがあのライブを作ったのは新人だと分かりその日の内に祭りを楽しんだ事を連絡して、必ずトレセン学園に入るのだと決意したのだった。




 歌詞の色付けと書く場面で迷った。けど個人的には満足。

 因みに書きすぎると長くなるので割愛しましたが、初めはメイクデビュー。二曲目が閃光、三曲目がうまぴょい、四曲目が色彩、五曲目明鏡肆水、六曲目がwimp ft.Lil’Fangでした。
 一曲目はチーム全体でありテイオーリクエスト、二曲目はバクシンオー、三曲目マヤノ、四曲目ゴルシ、五曲目タキオン、六曲目オグリって感じです。
 因みに四曲目のゴルシリクエストがなんでこの曲にしようか考えたのか想像すると幸せになれるかも(特に意味の無いコメント)

 後使用した楽曲実質一曲なんだけど、これ六曲分使用楽曲情報に書き込むべき?


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第百十二話(後夜祭)

 一般に公開されていたファン感謝祭も終わり、後に残ったのはウマ娘とトレーナー達で行う後夜祭だった。実際の所はイベント等で出店等に出れなかったウマ娘やトレーナー向けに学園関係者のみでの交流会という物なのだが。

 

 そしてそれは勿論新人達にも適応されるのだが、昼の一時間だけのイベントだったのでその後は殆どが自由行動となり一人一人イベントを回っていたのだが。

 

「もうムリ死にたい……」

 

「まだ言ってるのかいトレーナーくん?良かったじゃないかミニライブは大成功だよ。もっと無い胸を張るといい」

 

「男だもん……胸なくて当然だもん……」

 

「いや胸はあんだろ。アタシに比べりゃねぇけど」

 

「お前と比べて同じかそれ以上だったら僕の性別はどうなるんだよ!?」

 

「……女?」

 

「バカ!お前ほんっとバカ!」

 

「涙目になりながら見上げてくんじゃねぇよ、きゅんってしちまうよ。きゅん」

 

「棒読みで言うなよ……せめてもう少しなんかリアクションしろよ……」

 

 現在の新人はウマミミカチューシャは付けていた。流石にライブ衣装は脱いで居たが、それでも傍から見ればウマ娘にしか見えなかった。そして新人の身長でゴルシと目を合わせようとすると必然的に見上げる姿勢になるので意識していない上目遣いとなる。ゴルシには効かなかったが秋川理事長やたづなにしたら案件である。

 

「気にしててもしょうがないじゃん、と言うかトレーナーだってノリノリだったクセにー」

 

「……それは、まぁ……ちょっとね、ちょっとだけだよ?ほんの……ほんの少しだけ」

 

「その割にモグモグウィンクしてモグモグたモグモグ」

 

「食べ終わってから喋ろうかオグリ」

 

 あの大食い大会にて持ち帰ったドーナツを食べながら新人の頭を撫でるオグリだったが、行儀が悪いと言う理由で止められた。因みに新人に注意をされている中、ゴルシやテイオーがオグリのドーナツを摘み食いして居たのをタキオンとマヤノは見ていた。

 

「……取り敢えず後夜祭見に行く?」

 

「そうだね、でも流石にそのカチューシャは」

 

ばかばかばかばか、タキオン言うなよ!あの状態で知り合いにあった新人の反応もしくは知り合いの反応見てーじゃん?

 

「……なるほどね。だからさっきからカチューシャに対して誰も突っ込まないのか

 

「後夜祭って何かあったっけ?」

 

「ふっふっふ、後夜祭とは!」

 

「うわっ、急にどうしたのバクシンオー」

 

「後夜祭とはその名の通り夜に開かれるお祭りです!以上!」

 

「……まんまじゃん」

 

「まんまだね〜」

 

「読んで字の通りだからね」

 

「食べ物は出るのか……?」

 

「……そーいやマックイーンに焼きそば売り頼んだけど回収するの忘れてたな」

 

「……キミ達バクシンオーくんに対してもっとこう、何かないのかい……?」

 

「「「「無い」」」」

 

「ふぅン……ノリがいいのか悪いのか、私もまだまだって事だねぇ」

 

「?、??あの、タキオンさん?」

 

 新人とは違い確かにある胸を張りながらドヤ顔をしているバクシンオーに対して、何処か遠い目をしながらも暖かい目でタキオンはバクシンオーの頭を撫でるのであった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 流石にお昼頃の賑やかさは無かったが、それでも静かながら祭りは続いていた。

 

「じゃあ……全員で動く?それとも各自見て回る?」

 

「各々好きに見て回るでいいんじゃね?」

 

「じゃあそうしよっか、テイ」

 

「時間も多い訳じゃないからな〜、マヤノ一緒にどう?」

 

「いーよ♪手繋いで行く?」

 

「ボクの手で良ければ……ってね」

 

 そう言ってテイオーとマヤノは手を繋いで二人で行ってしまう、そうして新人は悟った。

 コレ二人組み作ってって奴だ!?悲しい事に一番回り易いであろうテイオーとマヤノがペアを組んで行ってしまった事で、新人は出した手を引っ込められなかった。

 

「……それじゃバクシンオーくん、キミは私と行こうか」

 

「?はい!所でトレーナーさんカチュ」

 

「さぁ!さぁさぁさぁ、行こう!もう待ち切れないんだ!」

 

「え、あ、バックシーン!」

 

「……お、オグリってもう居ない!?」

 

 タキオンとバクシンオーもペアを組み、最後の頼みとしてオグリも既に居らず周りを見渡すと。

 

「タマは食べないのか?」

 

「あんだけ食べたらもう食えんて!」

 

「いっぱい食べていっぱい寝ましょうね〜」

 

「クリークもやめぇや!?ウチ一応おのれらの先輩やぞ!?」

 

「……タマが先輩、かぁ」

 

「それデビューした日の速さで言ってますよね〜?」

 

 と、そんな感じで別のコミュニティの方々と行ってしまった。残されたのは新人一人。では無いのだが、出来れば二人っきりになりたくなかった相手だった。何せ考えてる事が筒抜けになっている様な気がしてしまうし、何となくこうなると思ってたからなのだが。ゆっくりと身体を後ろに振り向かせると。

 

「……にやにや」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべるゴールドシップがそこにいた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「じゃ、僕一人で」

 

「おいおいおい、そりゃねーだろしんじーん。アタシ一人で回れってか?そんなぁ、ゴルシちゃん寂しくて泣いちゃいそう!」

 

「そのニヤニヤ引っ込めてから言ってよ!絶対今日の事ネタにする気満々じゃん!」

 

「いや?ライブでの女装に関してはネタにする気はねぇよ」

 

 意外な一言を聞いて新人は固まる。自分を玩具にしている時が一番楽しいとまで言ったゴルシが、格好のネタである女装をいじらないという事に衝撃が隠せなかったからだ。

 

「んで、正直どうだったミニライブ……お、たこ焼きあんじゃん」

 

 ゴルシの言葉を聞いて思い返す。色々と急ピッチで仕上げた故に休まる日はなかったし、何よりタキオンとの出会いもあり忙しい期間であったのは間違い無かった。

 けれど、楽しく無かったかと聞かれれば。

 

()()()()()()()()()()

 

 そうした答えを返すのだった。

 

「ならいいじゃねぇか、似合ってるぜ……そのカチューシャ」

 

「……外すの忘れてた」

 

「なんだよ、外しちまうのか?諦めてた夢、少しは叶ったってのに」

 

「……それなんだけどさ、今回ウマ娘になりきって自分がウマ娘だったらってやってみたけど、割と出来ちゃったのが悔しいよ」

 

 ゴルシ以外に触れられればそれこそ烈火の如く感情が吹き出すであろう話題だったが、手に持ったウマミミカチューシャを見詰めながらミニライブでの光景を思い出しながら、一つ一つ出して行った。

 

「……でも僕トレーナーだから。来年もミニライブやるかもしれないけど、その時はトレーナーとして裏方にでも回ろうかなって」

 

「それはアタシが嫌だ。お前もチームの一員なんだから歌っておどれー」

 

「そう言うと思った……ちくしょう、逃げ道が無い」

 

「逃げたら追い掛けるのがアタシだぞ?」

 

 そう言って新人の頭に肘を乗せてゴルシは笑う。夕焼け空と相まって綺麗だと思ってしまった新人は自身にコイツはゴルシ、コイツはゴルシと言い聞かせる。そうこうしていると気付けばトレセン学園の屋上に来ていた。一体どのルートを辿れば屋上につくのか、最早ゴルシに扇動されたまであるが、夕日が沈んで行くのを見ながら新人は口を開いた。

 

「なんの曲も無いけど、一緒に踊らない?」

 

 そう言ってゴルシに手を差し出した。そしてその手を迷わず取るのがゴールドシップ。

 

「珍しいじゃん、お前から誘ってくんの」

 

「お前にばっかり振り回されてるの嫌だもん。偶には振り回させろ」

 

「……何言ってんだお前……充分アタシの事振り回してるって」

 

「足りないんだよ!ネタにされてる度合いがさぁ!?」

 

「あぁん!?良いじゃねぇか楽しいんだから!」

 

「楽しいけど素直に楽しめないんだよコッチは!」

 

「楽しめよ!」

 

「今は楽しいよ!?」

 

「お、そうだな。……アタシも楽しい」

 

「急に落ち着くなよっ!?」

 

 そうしてお互いがお互いを振り回しながら、踊りとは言えない何かだったが、それでも二人でファン感謝祭と言う祭りを楽しんだのだった。

 

 

 

 

「……いやー、ゴルシに言われて動画撮ってくれーって言われてたけどさぁ」

 

「ねぇ〜……アレずるーい」

 

「……私もトレーナーと踊りたかったな」

 

「それはまた次の機会にしたらいいんです!今年はゴルシさんの年なんですよ!」

 

「いや今年は間違い無くオグリくんやバクシンオーくんの年だと思うんだが……まぁ、細かい事は良いかな。取り敢えず来年は私が踊らせてもらおう」

 

「「「それはずるーい(ずるい)!」」」

 

「息ピッタリですね!流れ星、さいこーです!」

 

 結局後日新人は勿論、ゴルシすらネタにされてその日一日不調気味になったという。




 前回の話もう少し書き込みたかったなぁ。とか思いつつ。
 コレにてファン感謝祭終了!次回から菊花賞に向けた話になります。


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第百十三話

 Q、FGOのイベントが進まないのは何故?
 A、魔人セイバーおきたさん欲しいからガチャ引いて出なかったからフリクエと強化幕間回って石回収してるから。

 爆死の悲しみはここに捨てて、本編入ります。感想欄でガチャ自慢したら呪う。



「……祭りも終わっちゃったね〜」

 

「そうだね、楽しい時間は直ぐに過ぎるって言うけど実際その通りなんだなってココ最近良く思うよ」

 

「キミ達少しだらけ過ぎじゃないかい?特にモルモットくん」

 

「なんか疲れてるんだよね。何処かの誰かさんの薬飲んでから早寝早起きが板について来ちゃって、昼寝しようにも夜しか寝れなくなってるから」

 

「いい事じゃんトレーナー、と言うかタキオンそんな薬あるの?」

 

「単なる副作用だよ、元々は眠気を飛ばす為の薬だったんだが……トレーナーくんがお茶と間違えて飲んでしまってね。試作品は自分自身で初めに試そうと考えていたんだが」

 

「……単にトレーナーの自業自得じゃん」

 

「……やめてよ、思ってても言わないでよ」

 

 ファン感謝祭と言う祭りが終わり、ある種の達成感と共に燃え尽きていた新人とテイオーはチーム部屋の机の上に二人揃って頬を載せていた。タキオンは机の端で優雅に紅茶を飲んでいるが、紅茶の底はいつも通り溶けきらない砂糖であり、テイオーと新人にドン引きされていた。

 

「そーいえばトレーナーさ」

 

「なーにテイオー」

 

「あのウマミミカチューシャどうしたの?」

 

「…………それ今聞く?」

 

「聞きたいんだもんいーじゃん」

 

「まぁ、僕の部屋に飾ってあるよ。バクシンオーがあと六個有るからって言って自分のカチューシャ態々またくれてタキオンとマヤノが作ってくれたからね……捨てるとかはしてないよ勿体ないし。改めてありがとうねタキオン」

 

「……そう素直に感謝されると照れるね。」

 

 これでバクシンオーから貰ったカチューシャは二個目になった新人だったが、自分の使っていたカチューシャをそんなにポンポン上げていいものなのかと疑問にも思っていた。バクシンオーだからいっか、なんて思考でその考えは終わってしまうのだが。そして此処で新たな問題がテイオーの中で出て来た。

 

 ——そう言えばボクからトレーナーに上げたものって無くない?——と。

 

「トレーナーにボクの服あげよっか?日常的にそのカチューシャ付けてみてよ」

 

「要らないしいやです。と言うかテイオーの服じゃ着れないって」

 

「誰の胸がゴルシより小さいって!?」

 

「誰もそんな事言ってないよ!?」

 

 突然訳の分からない事を言い始めたテイオーに驚いて身体を起こす。横に座っていたテイオーは立ち上がっており、胸を隠していたが残念ながら隠す程無かった。

 

「サイテー!何処見て喋ってるのさトレーナーのえっち!」

 

「おはようトレー」

 

「いやいやいや!テイオーの目を見て話してるだけだよ!?っていうかゴルシより小さいなんてウチのチームじゃ当たりま」

 

「全員の見てるの!?」

 

「……何の話をしてるんだ?」

 

「私に振られても困るよオグリくん」

 

 何故か始まったテイオーと新人の喧嘩にオグリがタキオンに状況を聞くが、余りにもバカらしかったのでタキオンは説明を放棄した。頭の上で?を浮かべながらもオグリは二人を会話に意識を向けた。

 

「見てないし気にもしてないよ!」

 

「でもボクの服着れないって言った!バクシンオーのカチューシャは付けてるのにぃ!」

 

「カチューシャはね!?流石に服貰っても困るんだよ!日常的に着て欲しいとか、また噂されるじゃん!」

 

「……トレーナーの噂また増えたのか?」

 

「この前廊下で偶然耳に挟んだけど、今は女装癖持ちの新人トレーナーって言われてるらしいよ。ちなみに何故かファンクラブも有るらしい。これも噂だが、秋川理事長や駿川たづなも加入していると聞くから信憑性は無いがね」

 

 尚ファンクラブを立ち上げたのは秋川理事長だった模様、初めはたづなと二人で女装した新人を応援していたのだが、先のミニライブで多くのファンを獲得していた。因みに新人のお友達(ご飯係)もまたファンクラブに入会している。非公式なのだが、秋川理事長が作った為に半分公式に足を突っ込んでいる。

 

「と言うか何でそんなに僕を女装させたいのさ!」

 

「可愛いから!」

 

「僕は男の子だよッ!」

 

とう!

 

 新しく直してもらった窓ガラスから大胆に突入して来たのはいつも通りゴールドシップだった。また新人の給料から弁償代が引かれる。

 

「新人が女装したいって言ってるって!?」

 

「ドアから入れよバカ!」

 

「聞いてよゴルシ!トレーナーがさぁ!」

 

「女装したいって?」

 

「言ってない言ってない言ってない!」

 

「つまり女装したいって!?」

 

「コイツ人の話聞かねぇなオイ!」

 

 乱入して来たゴルシにより更に会話は複雑となっていった。最早収拾がつかない。ファン感謝祭が終わったという事は、次に来るのはオグリ初のGIであり晴れ舞台となる菊花賞なのだが、最早その為のトレーニングの事すら後回しになっていた。

 

「人の話を聞かないって事は私達ウマ娘の話は聞くんだろうか」

 

「……一応言っておこうか、ああなったらもう誰の話も聞かないと思うよ」

 

「……そうか、所でなんでテイオーと新人は喧嘩……喧嘩?してるのか……?」

 

「ん、喧嘩……と言うよりかじゃれ合いだろうか。テイオーくんなりにモルモットくんになにかして上げようとしてたんだが、そのチョイスが悪かった。そしてそれをモルモットくんが汲み取って上げれなかっただけさ。ゴルシくんは……うん、まぁ、取り敢えず紅茶飲むかい?」

 

「……頂こう」

 

「今度は勝負服見てーなの作って新人走らせてみようぜ、絶対おもしれーよ」

 

「やらねぇよ!」

 

「じゃあボクの服貸してあげるね!」

 

「要らないよ!だったらタキオンとかオグリの服の方がまだ良いよ!」

 

()

 

 その瞬間空気が凍った。テイオーとゴルシの聞いた事が無い低音によって部屋の空気は一気に冷めた。低音によって部屋もまた低温になった。流石に不味いと感じたのか、タキオンは紅茶の底に残った砂糖を飲み込み席を立とうとした。

 

「……オグリくん、ちょっと外に行こう。ここに居たら巻き込ま」

 

「私の服がどうかしたのか?」

 

「自分からあの空間に入っていった!?悪い事は言わない!帰ってきたまえオグリくんっ!」

 

「聞いていればトレーナーを女装させたいだの、ファンクラブだのと。良いじゃないかトレーナーはいつものスーツでも」

 

「……ファンクラブ?」

 

「女装はさせたいだろ、見てる側は面白いから」

 

「ボクは唯ボクの服着て欲しくて」

 

「トレーナーは何時もの服でいい。女装なんかしなくても可愛いし、それに」

 

「……それに?」

 

「……何時ものスーツ姿のトレーナー、格好良いから!!」

 

 めをカッ開き思いの丈をぶちまけるオグリの熱意によって部屋が温まって行く。特に新人の顔が赤くなった。

 

「あ、え……あり、がとう」

 

「……そこで照れるのは流石新人だよな。もう狙ってるとしか思えねぇよ」

 

「……全部オグリに持ってかれた……ボクだってトレーナーのスーツ姿かっこいいって思ってるもん……」

 

「…………いやキミ達皆負けた様な顔してるけど、一番の敗者は恐らく私だからね?」

 

 話に一切混ざれなかったと言う点においてだが。そんな微妙な空気に部屋が包まれていると、部屋の外が騒がしく感じた。

 

「……なに、この音」

 

「誰かがこの近くで走ってんじゃねぇの?一応此処外な訳だし」

 

驀進ですよ皆さん!

 

「うるさっ!?」

 

「バクはぁ……バクシンオーちゃん速いよぉ……マヤ待ってって、言ったのにぃ」

 

「す、すいませんマヤノさん。早く皆さんに知らせたかったので……」

 

「……で、なに?二人ともそんなに急いで。トレーニング時間に遅れては無いけど」

 

「……ふぅ、えっとねオグリちゃん今度の菊花賞に出るでしょ?」

 

「そうだな、クラシック最強を名乗」

 

「それに出るウマ娘が増えたんですよ!」

 

「…………どういう事?」

 

 バクシンオーは右手に持っていた本を机の上に広げた。確かに菊花賞に参加するウマ娘の枠が追加されていた。初めは15枠だったのが、16枠に増えていた。

 もう菊花賞まで一週間も無いと言うのに、急に出走するウマ娘が増えるなんて事は普通じゃなかった。本来レースに出る為に色々と調整しなくては行けないし、最低でも一週間前には出走登録をしなくてはならないというのに、急に出走者が増えたという事は。

 

「……ファン感謝祭の準備中に出走登録したって事?」

 

「それだけじゃないよ、オグリはクラシック三冠路線に急に割って入って来たウマ娘として色々と目を付けられてる。それは僕も同じだけど……怖いのは、オグリがクラシック三冠路線じゃ無かったのに菊花に出るって事を知った上で被せて来た」

 

「……となると、出走するウマ娘自体に意味は無いと?」

 

「……ソレは分からないけど、でもそのウマ娘が負けたとしても最悪オグリが叩かれる。クラシック三冠に入り込んで来たウマ娘としてオグリは知名度を上げちゃったし、なんなら出走登録したウマ娘もオグリがやったからやりましたって事で、そんなに言われないけど……でもオグリは違うから」

 

 クラシック三冠の最後菊花賞、それに割って入ったのはオグリ。そしてそんなオグリを見て自分も出来ると勘違いしたのか、はたまた行けると思ったから来たのかは不明だが、何方にせよ後から来た奴は前のオグリに色々と理由を付けて悪評を押し付けられる。そうなれば勝ったとしても有マ記念に出られるほどファンが会得出来ない可能性すら出て来てしまったのだ。

 

 元々茨の道だと分かっていた事だが、一体誰がそんな事をするのか。新人は記憶を遡って該当するトレーナーを探すが、心当たりが多過ぎて逆に絞れなかった。

 

「……勝てば良いんだろう?」

 

「そうだけど、そうならない可能性を作らされたって感じかな。元々その可能性はあったけど、正直低かったから」

 

「また面倒な事になったなぁオイ」

 

 この場にてオグリが菊花賞に出なくてはならない理由を知らないのはタキオンただ一人なのだが、横からマヤノとテイオーが説明をしていた。

 

「……因みに出るウマ娘の名前って?」

 

 元々出るのは、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、エルコンドルパサーと言った強者揃いの菊花賞だったが、スペだけは菊花の後にオグリと同じ様に天皇賞・秋に出走登録がされていた。

 

 そうして新たに追加された枠のウマ娘を見ると、そこには——。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「本当に良かったんだよな?」

 

「勿論、元から諦めるつもりなんて無かったもの」

 

「……流石って言うか、その内俺もあの新人トレーナー見たいにボロクソに言われそうだな」

 

「そうはならないわよ。なにせ貴方は」

 

 ——このキングの我儘を聞かされてるんだもの——。

 

 

「…………とんでもねぇウマ娘だよ、ホントに。」

 

 




 道は前にしか無く、背後には崖しかない。たった一言、その一言を欲しがりながらもそれを伝えられない。
 確かに伝えたいのに、その術を持たない彼女は覚悟を決めた。泥を被る決意を、確かな繋がりを、自分の夢と願いを。



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第百十四話

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。違うんです、FGOの周回とか、エペの新シーズンでのランク上げとか、ウマ娘のチャンピオン戦育成とかで小説書くの怠ってた訳じゃ無いんです。いやその通りなんですけども。

 許してっ!


 急に出走登録をしたウマ娘、キングヘイローとそのトレーナーに色々と思う所があるが問題はそれだけじゃ無かった。

 

「……記事凄いなおい」

 

 前回行われたオグリへのインタビュー記事が予想以上に好意的な書き方をされていて、何か裏が有りそうで新人は怖かった。けれど何もマイナスに考える必要は無いとネガティブな方向に偏る思考を無理矢理切り替えて行く。今大事なのは菊花賞に向けた最後の調整であり、一番難しいのはオグリのメンタルサポートだと新人は考えていた。

 実際サポートをする必要が有るかと聞かれれば、新人は悩むがそれ以外にやれる事が無かったのだ。既に3000mを走り切れる体力に、最終直線での踏み込みタイミングは問題が無いと思っていたから。逆にコレから全く違う事を教えてしまうと逆に今まで練習して来たモノが邪魔になってしまうかもしれない。そう思うと余計に新しい事より今までの反復練習をすべきだと新人は考えた。

 

「勝てば官軍負ければ賊軍……かぁ。力こそパワージャスティス=正義見たいな感じだけど、そう考えるしか出来ないってのが僕の悪い所でも有るんだろうな。オグリにはクラシック三冠の最後、菊花賞を走るって事で一度しか体験出来ないレースだから楽しんで欲しいんだけど……そうも言ってられないだろうし」

 

 悩めば悩む程ドツボにハマっていった。

 そしてそんな悩める子羊(新人)を救ってくれるのは何時だって。

 

「いえーい!今日はいっちばんのりー!」

 

「おはようテイオー、元気そうでなにより」

 

「ん、おはようトレーナー。トレーナーは元気?眉間にシワ寄ってるけど」

 

「元気元気、元気だよ?」

 

 新人しか居なかった部屋に授業が終わったテイオーが何時もよりテンション高めで入室して来た。他愛無い会話を繰り広げて居ると、テイオーに眉間を指摘されるが、新人は否定した。

 

「なーに悩んでるのトレーナー」

 

「テイオー、いや別に悩んでる訳じゃないよ。たぶん」

 

「ふーん?トレーナーってさ誤魔化したりするとき相手の目見ようとしないよねぇ?」

 

「……そんな事ある?」

 

「無いよ?でも確認したって事は誤魔化してるって事じゃないの?」

 

「はぁ……そんなに分かりやすい?」

 

「いや、多分分かりにくい部類だと思うよ?他の人からしたらだけど。ま、ボクは無敵のテイオー様だからね!」

 

 別に新人は一人では無いのだから、迷ったとしても手を引いてくれる相手は居る。昔とは違うのだから。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 一先ずテイオーに事のあらましを説明したが返ってきた反応と言えば。

 

「なるほどね、トレーナーってさー多分頭いいんだろうなけどバカだよね」

 

「……多分ってなに!?」

 

「だって頭良い所見た事無いんだもん!」

 

「いやいやいや!コレでも、こんなんでも一応トレーナースクール首席だからね!?」

 

「トレーナー試験とかは100点余裕でしょ?記憶力良いんだから。そんなの当てにならないよ!」

 

「ぐぬぬ……もう!人が真面目に話したのに!」

 

 仮にも成人した大人が若干涙目になりながら歳下であるウマ娘に対して言うセリフでは無かったが、女顔と言う事もありサマになってしまうのが難点だった。

 

「結局さー、トレーナーはオグリにレースを楽しんで欲しい訳でしょ?」

 

「そうだよ?何の柵も無く、単純にGIとか関係無くさ。今回一緒に走るメンバーも皆強いって言われてるウマ娘達ばっかりだもん、そんな相手と走れるのはウマ娘としては嬉しいんじゃない?」

 

「まぁそうだね。全員がそうかって聞かれれば違うだろうけど。少なくともボクは速い人達と走ったりするのは好きだよ。負ける気は無いし勝つ気しかしないけどさ!ふふん♪」

 

 新人とテイオーの認識は合致していたが全員がソレに含まれる訳では無いと言うことだけは確かだった。オグリは恐らく自分達側だと思っているし、なんならオグリの口からも強いウマ娘と走りたいと言う言葉は聞いていたから余計に。

 

「はいはーいマヤきったよー♪ありゃ、マヤ二番目?」

 

「おっはよー、一番乗りはボクでした!」

 

「おはようマヤノ。一番乗りって言ってるけど、誰よりも早く部屋に居たのは僕だから実質僕が一番だよ」

 

「「それは当たり前でしょ(当然なんだよ)!?」」

 

 何処で張り合ってるのか。チーム部屋以外に寮の自室しか落ち着ける場所が無い新人は基本チーム部屋に居ると言うのに、授業が終わらないとチーム部屋に来ない彼女達に対して言うセリフでは無かった。

 そして何時からか当然の様に窓から入って来るウマ娘が居た。

 

「ぴすぴーす!ゴルシちゃんとーじょー!」

 

「おはよう諸君。私より遅く来たウマ娘はいるかい?いたら是非とも私の作った歌が上手くなるであろう飲み薬を飲んで欲しいんだが」

 

「情報量!情報量が凄い!割らなかったのは偉いって言えるけど当然だって事思い出しちゃったよ!」

 

「今更だよモルモットくん。それはそうと紅茶はまだかい?」

 

「今!?紅茶位自分で作ってよ!」

 

「おはよう、バクシンオーは補習を逃げてたのもあってエアグルーヴに捕まって生徒会室に連れて行かれたぞ」

 

「んんんん!?補習!?そんなの聞いてないんだけど!?」

 

「言ってなかったからな。今日も元気そうでなによりだトレーナー」

 

「そうかそうか、バクシンオーくんは補習か……記憶力の上がる薬でも作ってあげようかな」

 

「取り敢えず新人の管理不行き届きって事で、焼肉食いに行こうぜ。新人の奢りで」

 

「はい!ボク特上カルビ食べたい!」

 

「マヤはサラダ食べたいなー」

 

「焼肉に行ってサラダを食べるって正気かマヤノ!肉を食べるんだ!トレーナーが焼いてくれるからな!きっと!」

 

「ついていけない!話の流れについていけないよ!後焼肉は行かないから!もうお財布が軽いのやだぁ!!!」

 

 突然明かされるバクシンオーの補習案件。そしてバクシンオーに何を飲ませるのか、実に楽しそうに微笑むタキオン。そもそもバクシンオーが補習を受けたのは新人の所為だと言って焼肉を食べに行こうとするゴルシ達。ひたすら叫ばされている新人。

 

 流れ星はいつもの様に騒がしかった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「基礎問題だ、クラシック三冠で初めのレースの名前は?」

 

「バクシン賞!」

 

「そんなモノは無い!何でそんな賞が有ると思った!?」

 

「私学級委員長ですから!」

 

「学級委員長は関係無いからな!?」

 

 新人の代わりに最低限補習を脱せる様に勉強を教えていたエアグルーヴのやる気は大いに下がっていた。果たしてルドルフの洒落を聞かされた際と何方が下がるのか。

 何方にせよ頭痛が痛くなるのはエアグルーヴなのだが。

 

「ブライアン!なんで私と一緒に教えると言っていたブライアンは居ないんだ!」

 

 それはバクシンオーの不思議頭に着いて来れなくなったので、先に帰ったからです。

 

「バクシン賞って距離は何になるんでしょうか!」

 

「だか……あぁもう!普通自分の担当が生徒会室に連れて行かれたら、迎えに来るんじゃないのか!?」

 

 生徒会室からエアグルーヴの叫び声が止むのは当分後になったのだった。




 全然関係無いけどデジタル引きたくて40連回したら何故かブルボンが来ました、なんで?

 


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第百十五話

 このチームで『みんなのピース』とか歌ったらすごく楽しそうと思った今日この頃。
 一度で良いからグレンラガンとかラセンガンとか乗りたい。ガンダム?ああ、動かすの難しそうだからモビルファイターやりたいね。
 前置き終わり!本篇どーぞ!

 


 新人の朝は何時もバラバラである。けれどそれは少し前の話、タキオンに飲まされた薬によってすっかり早寝早起きが板に着いた新人は健康的な生活を送っていた。その一環で早朝からトレセン学園に足を運ぶのもまた習慣になりつつあった。

 そうしてトレセン学園の門を通り抜けてそのまま学内、には行かずにとトレセン学園敷地内にある一室へ進む。他のトレーナーたちは学内の一室がチーム部屋になっているのだが、生憎と部屋が空いてないとの事で仕方なく急増されたのが新人が渡されたチーム部屋だ。扉は壊れたが新人の給料から修理費が出、ゴルシが窓から入退室する様になった為に頻繁に割られてしまう硝子の修理費も新人の給料から出されている。

 そこら辺は甘くなかったトレセン学園。そうして先日もゴルシに窓を割られてしまったが、もういっその事窓硝子要らないんじゃ無いかと思い始めていた頃、チーム部屋の前に駿川たづなが立っていた。

 

 最近早寝早起きをしているが為に早出勤しているのが、それを予測して出待ちしているのは果たして予想したのか張り込んでいたのか。

 何方にせよたづなが居る事は新人にとって余り良い意味を持たないと直感が告げた。

 

「おはよーございますたづなさん」

 

「はい、おはようございますしんじ「お財布にはお金入ってません!!」ちょっと!?「窓ガラスの件はお給料出たら払いますから!」あの」

 

「だから今お財布に入ってる五千円は許してくださいぃ!」

 

 それはもう華麗なる一撃、土下座だった。恥も外聞捨てて財布の中に残った最後の五千円を守り通すと言う意思で行われる最大の謝罪。

 それを見てたづなは絶句した、一体何が彼にそうさせるのかと。何せ新人の給料が出るまで残り日数は2週間弱、それまで五千円生活を強いられているが為に必死になっていた。

 

「もしかしてもうお給料ないんですか……?」

 

「……もしかしなくてもありません。ジャンプしたら小銭の音はしないと思いますけど」

 

「新人さん……貴方はお給料を何に使ってるんですか?その、言い難いんですが……ちょっとだらしなくないですか?」

 

「ぐふっ……ち、違うもん……違うもん!」

 

 たづなの悪意無い一言に寄って大幅にダメージを受けるも何とか持ち直す。けれど新人のお金の使い道は大体ウマ娘関連であり、その中でもオグリの食費で消えていると言う事だけ残しておきたい。

 

「違いませんよ……まぁでも私がここに来たのはそう言った理由じゃ有りませんから。安心してください」

 

「……もしかして窓硝子の弁償代は無し?」

 

「いえそれは払って頂きますよ?」

 

「…………はい」

 

 上げて落とされた。新人の純情ハートはたづなの手の平の上でポンポン投げられているかの様だった。後にこの日偶然あった食事係り(イッセイ)トレーナーは語る。この日の新人の食欲は凄まじかったと。

 

「今日は届け物ですよ♪」

 

「……届け物?え、地方に左遷とか……?」

 

「なんでそうなっちゃうんですか!?違いますよ!」

 

「自分が悪目立ちしてる自覚はあるので……で、届け物って?」

 

「悪目立ちしてると思うなら少し落ち着いて欲しいですけど……まぁ新人さんに落ち着きなんて得られたら困りますね。オグリキャップさんへの届け物です。以後新人さんに管理を任せる物でも有るので色々気を付けて下さいね?」

 

「……え、なにそれ怖い」

 

「それじゃあ私は戻ります。確かに渡しましたからね?無くしたとか言われちゃうと困りますからね!」

 

「無くしませんけど!?こう見えて僕忘れ物とかした事ありませんけどぉ!?」

 

 完全記憶能力があるから、と言葉を続ける前にたづなは帰って行った。恐らく理事長秘書としての仕事があるのだろう。色々と言いたい事や思う事は有りつつも新人はたづなに手渡された小包を持ってチーム部屋へ入って行った。

 

「……この小包なんだろ。オグリのって言わてたけど……見たら……流石にまずいかな」

 

 もしかしたら実家のお母さんからの物かも知れないし、と小包を机の上に置き、いつも通りノートパソコンを立ち上げ本日行うトレーニングメニューを作っていった。

 ちょくちょく小包の中身への興味に苛まれながら。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「私に届け物?」

 

「うん、たづなさんに今朝渡されたんだよね。早く開けて見てみようよ」

 

「ん、あぁ、そうだな」

 

「……トレーナーが見たいだけじゃないのーソレ?」

 

「へ?いや、あの、だって、贈り物だよ!?誰から来たのか、そのトレーナーとしてさ!やっぱ危険物な可能性もあるかも知れないじゃない!?早く見なきゃね!」

 

 たづなから伝えられたのはオグリへの贈り物であり、新人へのでは無かった。故に一人で開けて先に見ると言う事は出来ず、一人中身が気になりながらもオグリが来るのを待っていたが、もう待てない様子だった。

 余りにも堪え性がなかった。

 

「だったらモルモットくんが一人で先に確認すべきじゃないのかい?君の担当全員此処に居るのに、そんな危険な物を開けるだなんて……」

 

「しかもコイツオグリへの贈り物の中身気になり過ぎてトレーニング計画表とか書かれてねぇぞ。職務怠慢も程々にしとけって」

 

「うるさいなぁ!?と言うかなんでナチュラルに人のパソコンのロック解除出来てんの!?」

 

「……どうやら服の様だ」

 

「服?どんな服なのオグリちゃん」

 

「服?服か……あー、何となく分かったよ。なるほどね」

 

 ゴルシに取られたノートパソコンを取り返そうと何度もジャンプするも、悲しい事に5cmの差は埋められず無駄な努力となったが荷物の中身が分かり、贈り物と言う言葉の意味を一人理解する新人。

 

「一人で納得したら意味無いと思うんだよボク。と言う訳でなんなの?トレーナー」

 

「オグリ来て見てよ。きっと似合ってる筈だから」

 

「んじゃアタシらは外行くかー」

 

「ねね、どんな服かマヤノ見た?」

 

「んーん、オグリちゃんが箱の中から出さずに何か分かったから見せて貰っては無いよ〜」

 

 そう言ってテイオーやゴルシ達は外に出て行く。チーム部屋の中に居るのはオグリだけ……では無く、新人も居た。

 

「……分かった、着替えよう」

 

「うん。じゃあ待ってるね」

 

「……あぁ、着替えようか」

 

「……うん?あぁ、大丈夫目は瞑っとくから」

 

「違うそうじゃない……トレーナー……私が、その、着替えるんだが」

 

「……?じゃあ目隠しする?」

 

 服を持ちながら、何度も呟くが新人はその意を汲み取れなかった。なんでこういう時だけ物分りが悪いのか。先に言っておくと、別に新人に他意は無いのだが届けられた服がどうなってるのかが気になり過ぎて様々な物を投げ捨ててしまっている状態とだけ彼の名誉の為にも書き残しておこう。

 

「いい加減にしろこのバカ野郎が!」

 

「トレーナーちゃんダメだよ!!」

 

「え、あ!?なんで!見たいのに!僕もどんな服か見たいのにッ!?」

 

「着替え終わったら見れんだろうがよぉ!?物理的に目が見えなくさせてやっからよぉ!」

 

「え。あ!?ねぇアイアンクローはダメだよ!?頭割れちゃうと思うから!」

 

「対してなんも入ってねぇだろ!?」

 

 ゴルシにアイアンクローされていると言うのに一言も痛いと言わないのは耐久力が高いからなのか。恐らく服への好奇心と期待感で脳内麻薬がドバドバなだけだが。

 

「本当にこのチームは賑やかだねぇ……」

 

「賑やかで済ませちゃ行けないと思うよ……特にトレーナーの奇行に関しては」

 

「モルモットくんの性別さえ変えられればこう言った問題も無くなるんだが」

 

「……ゴルシやマヤノに襲われるから辞めた方が良いと思う」

 

「それもそうだね。彼は今の性別の方が得だし」

 

「得!?得って言った今!?」

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「……どうだろうか」

 

 オグリに届いた物は服。そしてその服と言うのはウマ娘にとっては特別な意味を持つ物だった。そう、それは——。

 

「似合ってるよオグリ。その()()()

 

 GIに出走する際にのみ着用を許される特別な服。『勝負服』だった。

 

「わー!オグリちゃんの勝負服かーわいい♪」

 

「ちっちっち、まだ地味すぎるな。良し!腕にシルバー任せようぜ!」

 

「そうだね、それとオグリくんも自然発光する様になれば目立つ様にもなる。ゴルシくん、二人でオグリくんをプロデュースしようじゃないか」

 

「そう言うのはトレーナーだけにしときなよ!?」

 

「……え?なんで僕なら良いの!?え!?ちょ、なんでそんなジリジリ寄って来るの!?やめて、ヤダ!辞めて!?」

 

 その言葉を最後に新人はゴルシとタキオンの二人によってタキオンの実験室へと担ぎ込まれた。次に会う時新人はどうなっているのだろうか。

 

「良いなぁボクも早く勝負服着て走りたいなぁ」

 

「テイオーもきっと着れるさ。もしかしたら、私よりもずっと早くに」

 

「GIに出られる様に成れば着られる様になるもんね!マヤも今からワクワクだよー!」

 

「そうだな。私も二人が勝負服を着た姿を見るのが楽しみだ。それはそうと……トレーナーを助けに行こうか」

 

「まさか本当に二人共トレーナーの事連れてくとは思わなかったよ」

 

「いやいや、ゴルシちゃんもタキオンちゃんもGOサイン出たら連れてっちゃうって。オグリちゃんは勝負服脱いでから来なきゃダメだよ?」

 

「あぁ、直ぐに行くよ」

 

 各々が未来の自分に想いをはせる。そんな中タキオンの実験室からは新人の叫び声が聞こえて来たと言う。

 

「ヤダ!あんな謎に光るゲーミングPCみたいにはなりたくないぃいい!!」

 

 




 まず初めに、投稿遅れて申し訳ございませんでした。
 べ、べべべ別にポケモンユナイトにハマってた訳じゃ無いもん!ガブリアス楽しいね!
 昨日の夜22時に投稿しようと思ってたのに、途中で寝落ちてこのザマです。悲しい。
 勝負服の為にだけ書いたお話だから特に身は無いんだ。許してくれ。


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第百十六話

 感想欄で新人くんをゲーミング仕様にしたがる人多くて笑っちまうんだけど。そんなに需要あった?耳とシッポ付けたらウマ娘に見える容姿端麗ボーイを光らせるのにそんなに需要あった?僕はあると思います(れ手のひら返し)

 前置き終わり!はんぺんどーぞ!


 オグリの勝負服が届き、本格的に菊花賞への道が直ぐそこまで見えて来た頃、『流れ星』の担当トレーナーである新人は一つ問題を()()()()()()

 

「俺のキングが皆の嫌われ者が担当してる様なウマ娘に負ける訳ねぇだろ」

 

「はぁ!?ぼっ、僕が嫌われてる事とそれ関係無いじゃん!論点摩り替えないで貰えますか!?」

 

「論点摩り替えなんてしてませんけど?俺は単に俺の担当してるキングがどれだけイケメンでカッコよくて勝利に貪欲か説明してあげてただけでーす」

 

「こっ……少し顔が良いからって喧嘩売ってきてるのそっちなんだから謝れよ!」

 

「は?誰も売ってない喧嘩勝手に買ったのは沸点の低い新人だろうがよ!?なんで俺がお前に謝んなきゃいけねぇんだ!」

 

「……なんだよこの状況」

 

 新人の唯一の友と言っても過言では無い男、ごはん係り(イッセイ)はその現場にたまたま居合わせてしまった。少しづつヒートアップして行く喧嘩に目を瞬かせながらも止めに入った。

 

「落ち着けよ二人共。お前らいい歳した大人だろ?」

 

おはよう!今日は焼きそばパン食べたいな(うっせぇよばーか)!!』

 

「二人同時に喋んじゃねぇよ!?後どっちだ今俺の事パシろうとした奴!新人か!?」

 

「僕だよ!」

 

「悪びれねぇなコイツ!?」

 

「……はぁ、全く、これだから知能指数の低い子供は」

 

「……はぁ?」

 

「待て待て待て、話が進まねぇよ。なんでお前ら二人が喧嘩してるのか一切分かんねぇぞ」

 

「イッセイだけに?」

 

「……くっ」

 

「……おい、今の何処が面白かったんだよ。お前らあんまり好き勝手やるならたづなさんに頼んでトレセン学園から追い出すぞ」

 

「だっせぇ!おい新人聞いたか!コイツ自分の手を使って俺達追い出すんじゃなくて、たづなさんに頭下げて俺達追い出すってよ!」

 

「イッセイ、流石に少しどうかと思うよ?」

 

「……なぁんで俺がお前ら二人に責められてんだよ!?」

 

 喧嘩する程仲がいいと言うかなんと言うか、或る意味自分の担当こそ最強だと思っている者同士な為に起こった衝突なのだが、今この瞬間だけはごはん係り(イッセイ)を煽る為だけに手を組んだ様だった。

 

「取り敢えず説明しろよ、話聞かせろ。なんもかんもが、ちんぷんかんぷんだぞお前ら」

 

「ちんぷんかんぷんってあんま聞かな」

 

「話せ!良いか!?そろそろ俺が怒るぞ!?」

 

 そうして観念したのか、新人とキングヘイローのトレーナーが話し始めた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 事の発端は、オグリの勝負服が届き一日経っても未だに浮かれていた新人がスマホで撮影したオグリを眺めながらニヤニヤしてた時に偶然通り掛かったキングヘイローのトレーナーとぶつかった事だった。

 

「いてて、ごめんなさい。あの、怪我とか……何人のスマホ見てんの」

 

「……お前アレか、新人か」

 

「どれか知らないけど、新人だよ。ねぇスマホ返してよ」

 

「コレ今度菊花賞に出るウマ娘の勝負服か?そこそこ似合ってんじゃん。ま、キング程じゃねぇけど?」

 

「……は?」

 

「勝手に見ちまったからな、俺のも勝手に見ろよ。ほら、拾えよ俺のスマホ」

 

 そう言って態々新人の目の前にスマホを置いて拾うように指示した。尚この時新人とキングトレーナーは立っていたが、新人の身長は169cmジャストに対してキングトレーナーの身長は180cmと言う巨体だった。

 目を見て話すには見上げるしか無く、元から新人の頭は低かったが更に低くしろと言わんばかりの発言によって新人も若干イラッと来ていた。

 主にオグリが着た勝負服をそこそこ等と言う評価を下した事に対してなのだが。

 

 身長が高いからイライラしてた訳では無い、断じて目を合わせる際に見上げるレベルで上を向かないと行けない事に自分のコンプレックスを刺激されてイライラした訳では無い。

 

「態々人に手渡したら良いのに地面に置くとか、性格わっる!」

 

「いやすまんすまん、小さくて良く見えなかったからさ」

 

「はぁ!?」

 

「いや、お前身体も小さいし手も小さいじゃん?俺目がいいけど流石にミクロサイズは見えないんだよね」

 

「こっ……君って突然菊花賞に出走登録したキングヘイローのトレーナーだよね?」

 

「あ?あぁ、そうだよ。今回遅れたのはキングの調整だったからな。次以降はもう少し早目にやるさ」

 

「……ふーん、君がキングヘイローのトレーナーかぁ。ウマ娘とトレーナーって似るって言うけど、君みたいに性格悪い人がトレーナーだったらキングヘイローも性格悪」

 

もっぺん言ってみろゴルァ!!

 

僕が喋ってんのに遮るなよ!!

 

 とまぁ、この様な会話のキャチボールが出来ない者同士での言い合いがきっかけとなった。争いは同レベルでしか起きないと言うが、これ程似合う言葉があるだろうか。新人とはまた違うコミュ障を抱えているであろうキングトレーナーは自分の担当しているキングヘイローをバカにされキレ、新人は身長をネタにされた事にキレ散らかし煽った結果、地獄となった。

 

「新任トレーナー歓迎会に来なかったお前よりかは性格良いと思うけど?」

 

「はっ、あんなの単にお酒飲んで連絡先交換するだけでしょ!僕はそんなの参加したくなかったね!」

 

「参加したくなかった?参加したかったけど身長低いから子供と間違えられたんじゃ無いのー?」

 

「まだ言うか!?このデカブツ!」

 

「言うよ?大体オグリギャップだっけ?」

 

「オグリキャップだ間違えるなよ!」

 

「あぁ、ごめんごめんワザとだよ」

 

「ぐっ……んん」

 

「……デビュー戦8着、OP2着、鳴尾記念1着、マーメイドS1着。こんな戦績のウマ娘がクラシック三冠最後のレース菊花賞に出るなんて、どんな頭してたら恥ずかしげもなく出走登録出来るんですかぁ?」

 

「……出走登録ギリギリでする様な奴に言われたくないよ」

 

「だからそれはキングの調整が」

 

「そんなにギリギリまで調整しないと行けないウマ娘が担当なんて、随分と苦労してるんですね〜!」

 

「あぁ!?キングは最強だぞ!」

 

「知らねぇよばーか!」

 

「あっ、てめ!バカって言ったな!?バカって言う方がバカだからな!バーカ!」

 

「何度も繰り返し言わないと伝えられないんですか?ソレに最強のウマ娘とか言ってるけど、ホントかなぁ?」

 

「デビュー戦1着!OP戦三回出走して1着1回2着2回!ホープフルステークス3着、皐月賞3着!キングが弱い訳ねぇだろ!」

 

「…………いや、最強のウマ娘って言うなら全部1着取りなさいよ」

 

「…………俺が、俺がトレーナーとして弱いのが言けないんだ……」

 

 何故か二人して急に落ち着いたが、余りにも空気が先程と違い過ぎたからか、話題が繋がらなかった。

 煽り合いの会話は続くのに、日常的な会話は続かない辺り二人は或る意味似た者同士だった。そうして空気を変えようとして言った言葉が冒頭だった。結果としてまた煽り合いが始まったが、新人のお友達に止められたが。

 

 結果としてキングヘイローのトレーナーである彼もまた自分の担当の勝利を疑わない男であったが、新人との出会い方が不味かった。

 二人の担当へ向ける熱意は何方が大きい等と言う話では無くて、信じて疑わないと言う心が似通っていただけだ。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 結局事の顛末を聞かされたごはん係り(イッセイ)は取り敢えず新人とキングトレーナーを別けた。

 ごはん係り(イッセイ)は敢えて新人では無く、キングトレーナーの方について行ったが、しっかりと理由があった。新人の担当は現在六人居るが、キングトレーナーにはキングヘイローしか居らず、それも菊花賞に向けて相当集中している様で余り心配を掛けさせたくない相手であるが故に、そういったケアは自分がやるべきだと考えた末だった。

 タキオンと別れた後、自分がなりたい夢見たトレーナーになる為に日々勇往邁進しているのはある種タキオンとの別れが彼にとっての転機となった。

 

「んで、いつもは担当としか話さないようなお前がなんで新人にくって掛かったんだよ」

 

「……別に。単に気に食わなかっただけだ」

 

「言うて俺も最近友達になったけどよ、新人があんなに怒ってたの初めて見たんだけど」

 

「それは、まぁ……俺が彼奴の担当の名前バカにしたからだな」

 

「……やっていい事と悪い事があんの分かるか?」

 

「我慢出来なかった。だってよ、彼奴……」

 

 ごはん係り(イッセイ)に渡されたコーヒーを受け取り、その表面に映る自分の顔を見詰めながら言葉を止めた。

 

「……ま、仕方ねぇか。気に食わなかったんだろ?」

 

「そう、だけどよ」

 

「んじゃこの話は終わりだよ、でもお前本当に気を付けろよ」

 

「……何にだよ」

 

 コーヒーを飲み終えたごはん係り(イッセイ)はもう何も入っていない紙コップをゴミ箱へ投げ入れ、キングトレーナーと目を合わせた。その目は鋭く、身長ではキングトレーナーの方が高かったが、一瞬気圧される程に。

 

「新人の本気は凄いぜ。トレーニングの試行錯誤の回数も多分新任トレーナーの中じゃ断トツに多い。そんな奴がクラシック最強を決める菊花賞に乗り込んだんだ。お前が信じてるキングヘイローももしかしたら」

 

「ねぇよ」

 

「……そうか。マジで信じてんのか。なら良いや……菊花賞が終わったらちゃんと謝れよな。新人ああ見えて結構思い詰めて引き摺るタイプだから、自分が少しでも大人だと思うならほんの少しでいいから引き際ぐらい見極めろよ」

 

 そう言ってごはん係り(イッセイ)はキングトレーナーの視界から消えた。喧嘩を吹っ掛けたのはキングトレーナーであり、それを律儀に買ってしまった新人もまた悪いが、お互いがもう少し大人であったなら起きなかった喧嘩だった。それは恐らく二人の間だけでなく、他人に対してもそうなる恐れがあるが故に釘を指した。それが届くかは、本人次第だが。

 

「……あいつがすげー奴なのはわかってるよ。トレセン学園って言う閉じた場所でこんだけ叩かれてんのに、それでも尚此処に居ようとする気概はすげーと思うし、担当したウマ娘がデビュー戦で全員1着取ってんのだって……でも、それでも……」

 

 いつの間にか飲み干したコーヒーには当然の如く自分の顔は映らなかった。けれど一人呟かずには居られなかったのだ。

 

 

「……俺のキングが勝つ。他のウマ娘も抜いて、誰よりも速く先頭を駆けるんだ。負けてらんねぇよ……」

 

 

 こうして菊花賞と言う重賞に一石を投じた者同士の初会合は終わった。結果としては最悪な物だったが、それでもその先に何か有ると確信させるような物を確かにキングトレーナーは感じていた。

 




 物珍しい喧嘩回。作者は元々鬱描写だけやたら上手いと物書き仲間達の間で高評価貰うけど、ウマ娘ってそんなものじゃなくて夢を追い掛ける話だと思ってるからそう言うのあんまり書きたくないってのが本音。

 因みにイッセイくんの漢字名は一星くんです。ならこのデカブツトレーナーは……?

 尚この日のトレーニングで新人はメンタルケアされた模様。うじうじしてるのはデカブツトレーナーくんだけです。
 だって新人くんのチーム悩みを吹き飛ばす能力高い娘達が揃ってるからね……。


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第百十七話

 オリキャラである新人くんのごはん係りイッセイくんの評価が順当に苦労人ってされてるの笑ってしまう。
 ……後さ、誤字が多い作者だけどどうして皆作者の迫真のはんぺんに突っ込んでくれないの……?余りにもくだらなかったから?ちくしょう!前書きで読者をニコらせたかったんだよ!もういいよ!

 という訳でいつもの前書き終わり!本編どーぞ!
 凡ミスは後書きにて


 そこはとある空き教室だった。実際の所はタキオンの実験室なのだが、トレセン学園の空き教室を勝手に実験室にしているので何も問題は無かった。そんなタキオンの実験室と言う名の空き教室なのだが、タキオン以外にも出入りする人は少なからず居る。

 

「よっすそうアタシだ」

 

「やぁゴルシくん」

 

「今朝四時に起きたぜ」

 

「そうかい?随分早起きしたね」

 

「午後四時」

 

「今朝って言ったのに!?と言うかその流れで言うとキミ、トレーニングの最中寝てた事になるんだが……」

 

「今日の午後四時が空いてるじゃねぇか」

 

「未来だねそれは」

 

「それはそうとここ最近アタシの出番薄くねぇか?」

 

「……急になんだい?と言うか話の流れ……いや出番って……」

 

「あぁ、こっちの話だ、気にすんな。そう、そうだよ。アタシここ最近新人と遊んでねぇんだ、どうしたらいいと思うゲーミングタキオン」

 

「ふぅン……実に不名誉な渾名だね?と言うかモルモットくんと遊びに行きたいなら行けばいいじゃないか。とは言えオグリくんの最終調整もあるし菊花賞も控えているから、そう言った事が終わってからの方が良いと思うがね」

 

「お前囲碁とチェス交えたボードゲーム出来る?」

 

「どうして普通に会話しようとしてくれないんだい?キミそんなに意思疎通が難しかったかな?」

 

「だよなぁ。タイミング見てやらねぇと折角の遊びも楽しめねぇからな」

 

「……何処から話が続いていて、何処から話が飛んでるのかな……?」

 

 或る意味お悩み相談室の様な物になっているが、実際の所此処はタキオンの実験室であり空き教室だ。間違っても二人して授業を抜け出して来ていい場所では無い。後出番云々で言えば現在進行形でバクシンオーがエアグルーヴに補習地獄を受けているのでゴルシよりも少ないのだが。因みに補習を地獄だと思っているのはバクシンオーでは無くエアグルーヴだ。

 

「ま、タイミング図らねぇと行けねぇってのは面倒臭いな」

 

「そこはちゃんと考えているんだね。てっきり私は勝手にモルモットくんを連れて行くものだと」

 

「そっか、じゃあ勝手に連れてきゃいいんだ」

 

「今の話聞いてたかい!?」

 

「取り敢えず新人がやりたがるであろうトレーニングメニューはアタシが纏めておいたから。じゃそゆことで!」

 

「ちょっと!?待ちたまえよゴル……行ってしまったよ」

 

 タキオンが追い掛けようとした頃にはもう遅かった。最早慣れた手付きで窓ガラス退出したゴルシを見送る事しか出来なかった。タキオンの実験室に来た際は何も持っていなかった筈なのだが、何故か両手を叩いたら何処からかトレーニングメニューなる物が湧いて出てきた事にタキオンは疑問が尽きたなかった。

 

「……それにしても、話が通じないと言うかなんと言うか。いつかゴルシくんの思考を読める人は出て来るんだろうか」

 

 トレーニングメニューに目を通しながら呟いた言葉はそこで終わった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「……ふぅ、なんで昨日あんなにイライラしてたんだろ。タキオン愛飲の紅茶を飲めばこんなに落ち着くってのに」

 

 チーム部屋にて自宅の様に寛いでいた新人だったが、突然の来訪者によってその時間も終わりを告げた。そう、それは最終戦争を告げるラッパの様だった。正確には窓ガラスを開けられる音だったが。

 

「扉から入りなさいよ!……あれ?」

 

「そう言うと思ったからちゃんと扉から入ったぜ!」

 

「……なんで窓ガラス開けたの?」

 

「新人がびっくりすると思って」

 

「……或る意味成功したね。また僕のお給料が減るかもって本気で焦ったから」

 

 既に割られた窓ガラスは三枚に達している。小さなチーム部屋に付けられた小さめの窓だと言うのに、何をどうしたら入ってこれるのか。最早物理法則を捻じ曲げて居るとしか思えない新人だった。しかし今日はちゃんと扉から入って来たので余り言わずに居ようと思い、タキオンの持ち込んでいる紅茶をまた一口口に含んだ。

 

「それはそうと今から新人、お前を」

 

「行かないからね」

 

「……まだ何も言ってねぇし、お前に拒否権はね」

 

「やったら本気で一週間口聞かないから」

 

「………………なんでそんなにイライラしてんだ?」

 

「別にイライラしてる訳じゃないよ?朝からゴルシに会えて割と嬉しい」

 

「じゃあ行こうぜ!南国辺に!」

 

「泳いで行くの!?と言うか今そんな余裕無いんだって。お願いゴルシ、僕と遊びたいのは分かるけど、あと少し待ってて?大丈夫。ちゃんと約束するから……ね?」

 

 まるで子供に言い聞かせる様な口調で優しく微笑む新人に、ゴルシは俯いてしまった。自分勝手な行動をしようとした事が割りとショックだったのだろうか。次第にゴルシの身体は震え始めた。

 

「ご、ゴルシ……?」

 

「……しんじんの、ばかぁ!」

 

「泣いた!?え!?なんで!?」

 

「ふえええん!こうなったら腹いせで窓から出て行ってやる〜!」

 

「は!?ちょ、お前ぇ!!」

 

 宣言通りゴルシは窓から出て行った。ご丁寧に出て行った後にちゃんと窓を閉めて。尚閉めた際に力強く閉めた所為でまたしても窓ガラスが割れてしまったのだが。新人の給料がまた下がった。バクシンオーの補習をするであろうエアグルーヴのやる気も恐らく下がるだろう。

 

「……えぇ、これ僕悪いの?」

 

 仕方なく散らばった硝子片を掻き集め、それ等をセロハンテープで止めていく。何と言うことでしょう、この新人これ以上給料から天引きされたくないからと自力で窓ガラスを直し始めました。初期の頃怒られるのが怖くてゴルシに壊された扉をセロハンテープで何とかしようとしていた頃となんの成長も見受けられません。せめてガムテープで補強すべきです。

 

「……何してんのトレーナー」

 

「見て分かんない?日曜大工」

 

「いやわかんないよ!?」

 

「トレーナーちゃんおっは……何してるの?」

 

「見て分か」

 

「もういいよそのくだりは!」

 

「え、でも聞かれてるし……」

 

「大丈夫だよトレーナーちゃん。分かったから。マヤもう聞かないよ」

 

「そう?じゃあいいかな」

 

それでトレーナーちゃん何してるの?マヤには割れたガラスをセロハンテープで補強してる様に見えるんだけど

 

その通りだよマヤノ。本当にその通りなんだよ

 

「何か言った?」

 

「えっと、今日のトレーニングは何するのかなーって。ね?テイオーちゃん」

 

「え、あうん。そうそう今日のトレーニング何かなーって」

 

 ゴルシが出て行った後に現れたのはテイオーとマヤノだった。日曜大工とは名ばかりの偽装工作なのだが、テイオーもマヤノも触れてはいけないと察したのか既に話題にあげなくなった。

 

「今日はね」

 

「そこから先は私が言おうじゃないかモルモットくん!」

 

 そう言って部屋に入って来たのはタキオンだった。手には何やら書類の様なモノがあったのだが、勿論ゴルシが考えた新人のやりたいであろうトレーニングが書かれた紙である。

 

「今日のトレーニングはオグリくんの最後の調整として私達全員での3000mの疑似レースだろう?」

 

「そうなの?」

 

「……当たってるんだけど。なんでさ、等々僕トレーニング考える事も担当してるウマ娘に取られちゃった……?」

 

「……トレーナー、大丈夫。トレーナーはそこに居るだけでボク達皆の役に立ってるから」

 

「やめてよ!そんな事言われたら本当にそうなんじゃないかって勘違いしそうになる!え、もしかして本当なの!?僕要らない子!?」

 

「ふむ、私がトレーナーかぁ。確かに少し興味はあるね」

 

「じゃあ未来の三冠ウマ娘の担当して見る?」

 

「テイオー!?」

 

 そうしてテイオーはタキオンの元へと歩いて行く。流石の新人も硝子をテープで止める作業を辞めて引き留めようとするも、残念ながら距離が空いてしまい引き留められなかった。このままテイオーはタキオントレーナーに取られてしまうのだろうか。

 

「タキオンちゃんがトレーナーかぁ。マヤも今から担当にして貰おうかな〜♪」

 

 そう言ってタキオンの元に行こうとするマヤノだったが、その足は止められた。勿論新人の手によって。

 

「トレーナーちゃん?」

 

「やだぁ!行っちゃヤダ!ずっと僕の担当で居てよ!」

 

「え、やだ、泣かないでよトレーナーちゃん!?うそだよ!?マヤのトレーナーちゃんはずっとトレーナーちゃんだから!」

 

「ほ、ほんと?本当に……?」

 

「うん!例え誰に勧誘されてもトレーナーちゃん以外の担当になんてならないから……ね?」

 

「うっ、うぅ……マヤノぉ……」

 

 必死に足にしがみついている新人の頭を優しく撫でるマヤノだったが、内心は物凄く焦っていた。勿論まさか冗談のつもりで言った事でここまで取り乱すとは思っていなかった事もそうだが、トレセン学園の制服はワンピースの様な形状をしている。しかも足にしがみ付いていると言う事は。

 

「……ボクあんなに必死で止められてなかったんだけど。ちょっとトレーナーとお話して来ても良いかな」

 

「……そうだね、行くといいよ。主にマヤノくんの為に」

 

「マヤノぉ」

 

「と、トレーナーちゃん、あの……流石にマヤ恥ずかし」

 

「マヤノォ!」

 

「あっ!?ちょ!まや、マヤね!流石にそれ以上掴まれるのイヤかな!?せめて!せめてお腹とかじゃダメなのかな!?ねぇ!トレーナーちゃん!?」

 

 徐々に上に登って行く様な形で体制を変えて行く新人。そしてその際に生じる布ズレである。最早マヤノに余裕は無かった。

 

「トレーナー!ちょーっとボクとお話」

 

「やだ!テイオーは僕を捨てたからいやだもん!」

 

「はぁ!?別に捨ててないよ!ボクがトレーナーを捨てる訳無いでしょ!?」

 

「どうでもいいからマヤのスカート掴んじゃダメだよぉ!?」

 

「……はは、流石にこのカオスを纏められる程、私の能力は高くないかな……」

 

 新人をマヤノから引き剥がそうとするテイオー。そして引き剥がされない為に布、スカートに掴むってしまう新人。顔を真っ赤にして何とかしたいが出来ないマヤノ。それを静観するしかない現在進行形で紅茶を飲んでいるタキオン。

 

 今日も『流れ星』は騒がしかった。

 

「……これは、なにがあったんだ?」

 

「なにも?別に普段通りさ」

 

「そ、そうか?と言うか私が来る前に大体何かしら起きてる気がするが……後なんで窓ガラスがまた割れてるんだ?」

 

「それもまたいつも通りだろう?」

 

「……確かに。なら私がトレーナーに抱き着きに行くのもまたいつも通りで通るな」

 

「そうだ……いや違うだろう!?」

 

 最近何がいつも通りなのか分からなくなってきたオグリも参戦し、更に現場はカオスとなった。




 作者の凡ミス、それは……書き終えた小説を保存せずにTwitter見に行った事です。途中までは保存されてたのに、その先が消えてました。
 はい、完全に私の落ち度です。腹切って詫びようかと思いましたがこの小説の続きが気になってくれてるであろう読者の方々に申し訳ないので仕方なくゲーミングラーメンとして生きて行く事を決意しました。

 初めまして、ゲーミングラーメンと申します。


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第百十八話

 今更ながら夏合宿編を書き直したくて堪らない。アレだけで話数滅茶苦茶食われてるから余計に悔しい。まぁプロット作って流れは把握してたのにその流れを壊した作者が悪いんですけど。
 あ、前回の続きです。前回までのあらすじ?マヤノ危機一髪。

 前書き終わり、本編どーぞ!


「アタシがラーメン食いに行ってる間に何があったんだ?」

 

「やぁおかえりゴルシくん」

 

 拗ねて部屋から出て行ったと思われたゴルシはどうやらご飯を食べに行っていた様だった。そして帰って来て目の当たりにしたものは。

 

「テイオーちゃん助けて!」

 

「やだ。トレーナーに助けて貰えばイイじゃん」

 

「そのトレーナーちゃんから助けて欲しいんだけどぉ!?」

 

 テイオーは我関せずとしているが、一応マヤノと新人の側に立っては居た。タキオンの入れてくれた紅茶を飲みながら。本当に危なくなった場合は助けてくれるだろうが、それまでは助けてくれないらしい。

 

「トレーナー、トレーニングしよう。私はトレーナーのトレーニングが好きだぞ」

 

「オグリ、オグリくび、首キマってる……うごご」

 

「トレーナー、トレーナー。マヤノから離れないともう少し強くしなくてはいけなくなるんだが」

 

「おぐ、オグリちゃん!?トレーナーちゃん絞め落とそうとしちゃダメー!でもなるべく早く助けて欲しいかな!」

 

 新人の背後から近付き引き離そうとするオグリだったが、しっかり腕を新人の首に回して引っ張っていた。もう既にキメていた。マヤノを助ける為とは言えこのまま新人の魂まで引き離そうとしているのだろうか。真意は定かでは無いがオグリの耳は垂れていると言う事だけ残しておく。

 そしてそんな光景を見たゴルシは。

 

「んー、取り敢えずほっぽっといて良いんじゃね?」

 

「うん、この光景を見てそれを言えるのは人の心が無いんだよ」

 

「人の心持ってるかどうかとか知らんけど、人の心がわかるウマ娘ランキング16位のゴールドシップ様に死角は無いのだ!」

 

「いや死角しか無いよね!16位でそんな胸張られても一切自慢にならないと思うんだよ私は!」

 

 果たしてゴルシの下がいたのかどうかはまた別として、そろそろ新人の顔が青紫色になっているのだが、最早話題に上がる事は無いだろう。さらば新人永久(とこしえ)に。

 

「ぐぐ……しぬ、し、しぐ……殺す気かぁ!」

 

「むっ……凄い力だったな。全力で引っ張っていたのに振り解かれた」

 

「そうだよね!?呼吸出来なかったもん!もう落ち着いたよ!なんで担当に殺され掛けてるんだよ僕は!」

 

「それはトレーナーが悪いからでしょ!」

 

「僕悪かった!?何がだよ!」

 

「まぁまぁ、モルモットくんも皆も落ち着きたまえよ。血圧が上がるよ?」

 

なんの(何処の)心配してんだよ(してるのさ)!』

 

 ウマ娘の腕力を人の腕力で振り解く事に成功した新人だったが、瞬時にタキオンの元へ跳んで行く。最早安心出来るのはタキオンだけと言う事なのだろうか。恐らく新人の担当しているウマ娘の中で一番危ない(当社比)ウマ娘だと言うのに。

 

「ほらな?ほっぽっといても勝手に解決したろ?」

 

「あ、その話まだ続くんだね」

 

「僕が危うく死に掛けたのに何この扱い……」

 

「どーせ新人がやらかしたんだろ?アタシは詳しいんだ」

 

「何に?」

 

「美味いラーメン屋」

 

「僕と全然関係無いじゃん!」

 

「誰もお前に詳しいなんて言ってないぜ?」

 

「〜〜〜!!!」

 

「本当に仲がいいねぇ」

 

 青紫だった新人の顔が真っ赤になって行く。勘違いした事への恥ずかしさもそうだが、ゴルシの手の平の上、いや最早手の平の下で踊らされている様な気がしたからだ。新人がゴルシに勝てる日は来るのだろうか。多分来ない。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 気を取り直して、とは誰が言った言葉だったか。取り敢えずゴルシが予測した通り3000mの競走を行う為に全員が外へ出た。とは言え走る為にジャージに着替えて貰う為に新人だけが外に居る状態だったが。

 ふと、新人は上——空を見上げた。もう直ぐ十月になる空を、秋から冬に移り変わる空を見てほんの少しだけナイーブになっていた。

 

「……後僕には何が出来るだろう」

 

 菊花賞に向けた最後の調整として選んだのは、『流れ星』名物となりつつある競走。本当にコレで良いのかと悩みながらも、それ以外術を知らない新任トレーナー特有の焦りと疑問を胸に抱いていた。スピカやリギルからも出走するウマ娘は居ると言うのに、何故か頭にチラつくのはキングヘイローと言うウマ娘。と言うかキングトレーナーだった。

 嫌われ者の新人が担当しているウマ娘になんて負けないとまで言われてしまい、本気で頭に血が上ってしまった為に恐らくもう話し合い等出来ないと思い自己嫌悪に浸った。

 

「よっしゃ!いっちばんのり!」

 

「くっ、早着替えで負けるとは思って居なかった」

 

「……いや、ジャンプしたら着替えが終わってるゴルシが規格外なだけだと思うよ?」

 

「ちょっとゴルシくんの身体を調べたくなって来たよ。どう言う原理で着替えたのかな」

 

「ゴルシちゃんだからね〜♪」

 

 そうして浸っていると続々と星が集って行く。新人の自己嫌悪は吹き飛ばされる事は無くとも、少し落ち着いた。

 

「それじゃあ初めようか。全員整列!」

 

 そうして走る前準備として全員が横一列に並んだ。内枠から1番として、1番マヤノ、2番タキオン、3番テイオー、4番オグリ、5番ゴルシ。そして忘れ去られたバクシンオーは欠席。何時になったらエアグルーヴは頭痛から開放されるのか。

 

「……ねぇトレーナー」

 

「なにテイオー?」

 

「あのさぁ……この競走ってボクが1番になってもいいんだよね?」

 

 テイオーの一言で全員の耳が伸び、尻尾が振られた。新人はそんな事は気にしておらず、ただ一言、火に油を注いだ。

 

「当然。1着取った人には何かしらご褒美あげるよ。最下位は一週間チームのお茶組みね」

 

「よし来た!ふふふ……やったね」

 

「何を勝つ気でいるんだ……?トレーナーとご飯を食べに行くのはこの私だッ!」

 

「……え?あ、待って!?」

 

「じゃあマヤはスイーツでも食べに行こっかな〜♪またお買い物でもいーしー」

 

「ふぅン……?」

 

 新人のお財布危機一髪!テイオーが何を強請るか分からず、オグリは新人の財布の中身を消し飛ばす気満々であり、マヤノはデートする気満々、タキオンは妖しく笑みを浮かべるだけ。絶対に誰が勝ってもロクな事にならないと察しが着いてしまい、この流れを止められる自信も無かった新人の表情筋が死んだ。

 

「全く、コレだから子供は」

 

「へー、ゴルシはご褒美要らないんだー?じゃあトレーナーと二人で遊び行こーっと」

 

「……長距離レースでアタシが負ける訳ねぇだろ」

 

 乗り気じゃ無さそうだったゴルシだったが、テイオーの一言でだらけ切った表情は也を潜め、笑みを浮かべた。

 

「……もういいや、位置についてー」

 

 諦めた新人は手を空に伸ばし。

 

「よーい……どん!」

 

 3000mの競走が始まった。



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第百十九話

 やりたい事が多過ぎて首が回らない。ふええ急いては事を仕損じるよぉ……。とは言えやらなきゃ行けない事が増えたお陰?所為?で執筆時間もゲームやる時間も何もかもまともに取れてないのが辛いだけなんですけどね。睡眠時間削る以外で遊ぶ事が出来ない。なんか有効的に時間を作る方法無いもんかな。毎日投稿したいのに執筆時間を作り出せないのは流石にデバフだと思うんだよね。

 と言う訳で色々書いたけど前置き終わり!本編へどーぞ!


 新人の掛け声によって菊花賞に向けたオグリの最終調整足る3000m競走with『流れ星』対抗戦が始まった。

 

「やぁトレーナーくん。息災かい?」

 

「……なんでルドルフがここに?」

 

 新人がゴール地点に行くと、ソコには既にシンボリルドルフがスタンバっていた。リギルでのトレーニングは一体どうしたのか、制服姿で現れたルドルフから視線を逸らしレース展開を見つつ一応ここにいる理由だけ聞くだけ聞いてみようと試みる新人だった。

 

「先頭はマヤノトップガンくんか。流石に速いね。テイオーやタキオンくんでも2バ身付けられるか」

 

「こっちの質問は聞いてくれないのに的確にレース状況だけ話すよね。会話が成立しないのはゴルシだけで充分だよ」

 

「なに、単に見学しに来ただけさ」

 

「皇帝様が見たって得るものは無いと思うよ?」

 

「それは私次第さ」

 

 ルドルフの言葉通り先頭はマヤノトップガンだった。初めの上り坂もなんのその、兎に角初めに距離を稼ごうとしているのかややペースが早い。先行を取っているテイオーとタキオンでさえ2バ身から差を縮められない状態が続く。肝心のオグリはと言うと、テイオーとタキオンのやや後方、バ身差で言うと3バ身半と言った所だろうか。その位置から全体を見ていた。第1コーナーに入り第2コーナーを抜けると、先頭のマヤノにテイオーが若干迫っていた。その事自体は珍しくは無い。

 先行型であるテイオーが逃げているマヤノを追い掛ける事自体は問題無いのだが、この競走は3000mと言うのが肝になる。現在第2コーナーを抜けて直線に入っているが、距離は1600m程。残り第3第4コーナーと最後の200mの直線が有る以上今此処で前を狙ったとしてもスタミナが尽きて後半の伸びが悪くなり、最悪最下位と言うのも視野に入る。

 

「……距離適性」

 

「いいや、違うよトレーナーくん」

 

 新人の頭に過ぎったのはウマ娘全員が持っている課題でも有り、超える為には相当な努力が必要な試練。けれどそれを乗り越えるのは並大抵では成し得ない事だが、仮に並以上やったとしてもそれが実るかは分からない様なあやふやなモノ。ソレに囚われて居るのでは無いかと不安に駆られたが、けれどルドルフはハッキリと否定した。

 

「あまりテイオーを甘く見ない様に。アレはあくまでペース配分だろう」

 

「……だとしたら後半の方が良いんじゃない?」

 

「一つ質問だが、コーナリングのトレーニングはしているかい?」

 

 速度が乗った状態でのコーナリング、それは一つ間違えば転倒する危険のある行為だが、レースでは日常的にそういった行為が起こる。

 ルドルフの質問の答えだが、コレに関してはNOと言えた。何せそういった行為は実際に走って慣れた方が良いと思い、それ単体のトレーニングを新人は余りやっていなかった。

 

「君が思うよりコーナリングはずっと難しい物だ、君の事だ。それ自体を甘く見ていた訳では無いだろうが、テイオーだけじゃなく皆がコーナリングのレベルが低い。直線の加速については申し分無いと言おう。けれどトレーナーくんはソコに拘り過ぎたね。誰も彼もがキミのように実戦で学べると思わない事だ」

 

「僕だって……そんな実戦で学んでるなんて」

 

「トレーナーくんはトレーナーになってから色々事を学んだだろう?それは当然なんだろうけど、元から知識があって成し得た事だ。この競走は戒めにするといい」

 

 第3コーナーに入る頃にテイオーは失速した。それは荒らげた息を落ち着ける為なのだろうが、一番はやはりテイオー自身のペース配分だろう。それ事態は問題では無いが、マヤノと半バ身程に迫っていたと言うのに既に1バ身、2バ身と差が拡がった。逆に第3コーナーに入りタキオンが前に出て来た。テイオーと並び、抜かして。

 

「……さぁ、ここからだ」

 

「直線に入る……」

 

 第4コーナーを抜けて、ラストスパートに入る頃、影が二つ。

 

 芦毛の怪物オグリキャップ。

 不滅の不沈艦ゴールドシップ。

 その二人が先頭を駆けるマヤノトップガンへと迫っていた。

 

 オグリは外から、ゴルシは更に外、大外から200mと言う余りにも短い直線を駆け抜けて行く。マヤノとの距離は縮まり、そして——。

 

「トレーナーくん、君の瞳に何が映る?」

 

「…………」

 

 ルドルフはその言葉を最後に去って行った。何が言いたいのかサッパリ分からない言葉だけ残された新人は確かな苛立ちを覚えつつ、最下位へと落ちてしまったテイオーの悔しそうな顔を瞳に焼き付けた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 3000mの競走が終わり、各々が温まった身体をクールダウンしていた。

 

「やらかした」

 

「ふぅ……呼吸を乱しても居ないのに何を言ってるんだ」

 

「いや、テイオーが急にギア上げたから追い込みが間に合うか分からなくなっちまって余計な所で踏み込んじまった」

 

「まぁ、テイオーらしくは無いと思ったが」

 

「らしくないって言うか、上手く乗せられたよなぁ。オグリは変わらずに自分のペースで走ってたけど」

 

「視野の差だな」

 

「……なんだろな、お前とは賢さが違うんだよって言われてる気がして無性にイラッときた」

 

「それは気にし過ぎだ。と言うか私は前しか見てないからな。自分のペースを守れば勝てると確信していたし」

 

 新人からのアドバイスは確かにオグリの中で生きていた。前だけ見ろ、最後には誰もオグリの瞳には映らないと言う先行や差しを得意とするオグリでは無くマヤノやバクシンオーと言った逃げに言った方が良さそうな言葉だったが、それでも確かにオグリの力にはなっていた様だ。

 

「にしても、同着かぁ」

 

「勝敗が分からないと言うのは中々もどかしいが、楽しかったから私は満足だ」

 

「ちょっと悔しいから新人を途中から出てきて一週間経った頃の蝉宜しく鳴かせてくるわ」

 

 そう言い残してノートパソコンに何かを打ち込んでいる新人へと凸を仕掛けに行くゴルシだった。そんな背中を見送るオグリは困惑し切っていたが。

 

「……それは、その、死んでないか?」

 

 セミの寿命は一週間なのだが、それと同じ様に新人を泣かせると言う事は詰まりそういう事になるのでは無いのかと真剣に考えていた。

 そして文字通りトレセン学園の芝に倒れ伏した新人の姿が目撃されたと言う。




 んー、久しぶりにレース展開書いたけど久しぶりにしては及第点って感じした。とはいえ出てる人数少ないし、番号じゃないからそうなるだけなんだけど。

 水曜日は更新出来るか分かりません、明日?明日は頑張って更新するから、見捨てないでぇ!

 いつも感想、お気に入り、高評価ありがとうございます。大変励みになっています。


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第百二十話

 火曜水曜木曜金曜と投稿を休み続けた癖に毎日投稿を謳ってる投稿者が居るらしい。
 後作者が余りにも馬鹿で書かなきゃ行けない文すっ飛ばしてたのを此処にお詫びします。恐らくなんですが、菊花賞までのカウントダウンを書いてなかったと思うんです。
 fate/ZEROリスペクトで菊花賞までの時間を書こうとか思ってた癖にそれが書き込まれてないのを下書き欄にて確認したので、恐らく本文にも書かれてません。今更やるのも作者のプライドが許さないので書きませんが、次のレースが決まり次第やらせて頂きます。
 読者の方々に完成してもいない話を読ませてしまった事、深くお詫びさせて頂きます。今後無い様に致しますので、お許し下さい。

 と言う訳で作者の言い訳はこれにて終いです。本編へどうぞ。


 新人にとって練習やトレーニングとはレースに勝つ為の手段であり、その中でもチーム内での競走が一番効率が良いとさえ思っていた。

 ルドルフにコーナリングの指摘を受けた今でさえそれは揺らがないモノではあるが、競走結果を見て見れば自身の怠慢を認めざるを得なかった。

 

 ゴルシとオグリが同着な訳が無いと分かっているが故に、またどうしようも無い事を悔いる。新人はゴルシにシメられた後すっかり暗くなったトレセン学園の芝の上で目を覚ました。

 

「……やっぱり僕だけじゃ無くて、他のトレーナーのトレーニング方法も聞かないとダメなのかな」

 

 そんな事を態々教えてくれるトレーナーがいるとは思えないけど、と続けた。それもまた事実であり、初めに先輩方にコネクションを繋げなかった新人が百割悪かった。その後も愛想良くしているならまだしも、挑発には挑発を、自分の傍には頼りになるウマ娘も居るのだからなんて高を括った結果がこれだ。

 とは言え実力社会であるトレーナー職だが、デビュー戦を担当しているウマ娘全員1着を取っている新人を認める者は少なかった。

 初めから敵対している人間がどれ程好成績を収めようと、それを見た者達が認め認識を改めるというのは遠かった。一人ポツンと芝の上に座り込む新人だったが、何処からか声が聞こえて来たので重たくなった腰を上げた。

 

「……もう八時なのに、まだトレーニングしてるの?」

 

 寮の門限を一時間過ぎているが、ちゃんと了承は取ってるのかな。等と思考を逃がしながら音の方向へと足を進めた。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 初めに、キングヘイローのトレーナーである男はトレーナー能力の低い男とだけ残しておく。理由は簡単であり、端的に言えば彼の性格に合うウマ娘が居なかったと言うのが一番の理由であり、原因だ。

 彼は元々父親がトレーナーであり、母親がレース場関係者だった。故に初めは自分こそが最高のトレーナーだと疑わなかったが、トレセン学園に来てからその自信は打ちのめされた。

 何せ絶対に越えられない壁としてチーム『リギル』のトレーナーであるおハナが居たからである。初めは自分もルドルフが担当なら好成績を残せると思っていたが、それが間違いだと気付いた。

 ウマ娘は個人で伸びる部分が違う、けれど彼はそれを知ってはいたが理解はして居らず、初めて担当したウマ娘にルドルフと同じトレーニングをさせていたのだから。

 

 結果として彼の元からウマ娘は去った、そうして去ったウマ娘は他のトレーナーの元で上手くやっている。それを見た彼は自身のエゴと過剰な程に膨れ上がっていた自尊心が砕けた。

 結果としてキングヘイローと出会い、彼は泣き落としの様な形でキングヘイローを担当にした。その後はキングヘイローと二人三脚でひたすらトレーニングを重ね、彼女を真の王様(キング)にしようとしている。

 その為に超距離適性の低いキングヘイローとどうしたら長距離を走り切り、その上で1着が取れるかの研究を重ねている。

 

「……キング、タイムが12秒落ちたぞ」

 

「はっはぁ……わ、かってる……」

 

「少し休憩しよう。もしくは明日に回そう。そうでもしないと脚が持たなくなる……」

 

「分かってるわ……後一本、3000走らせて、もう少し、もう少しで掴めそうなの……セイウンスカイさんの背中が、あと少しで抜けそうなのよ」

 

 脚は震え、靴は抉れた芝と土で薄汚れていたがキングトレーナーが視線をズラすと、同じ様に汚れた靴が積まれていた。キングヘイローが履いている靴は六足目だった。

 

 キングヘイローの額や頬を撫で落ちる汗は芝の上へと吸い込まれて行く。見ているだけのキングトレーナーでさえ、興奮と熱狂で汗が流れていた。

 

「……じゃ、行くわよ!」

 

「分かった、ゴーゴーキーング!レッツゴーキングー!」

 

「レース中にそんな掛け声してみなさい!貴方とのパートナー解消するわよ!」

 

「キングコールは必修科目だって言ったろ!?」

 

「度があるわよ!」

 

 そうしてキングヘイローはまた走り出した。キングトレーナーはタイマーを自身の胸に押し当てて、そのサマを見続けた。

 

 

 そうしてそんな二人を見て居た新人は、確かな距離が有るのを感じ、自分とキングトレーナーとの距離が余りにも離れている様に見えて一人息を飲んだ。それと同時に鬼気迫る走りを見せるキングヘイローの走りに、心が震えた。

 

 

 キングトレーナーは確かに失敗したが、ソレを元に確かな一歩を踏み出しただった。

 決して新人が手を抜いて居た訳じゃない、けれど確かに距離は開いていた。開いてしまっていた。

 コーナーを曲がる姿が美しく見えた。上り坂を登る際のフォームが余りにも苛烈で瞳の奥が痺れる様だった。直線を駆け抜ける姿に、菊花賞と言うタイトルを見た。

 

 ネクタイを握り締める新人の手が震える。心に熱いモノが込み上げてくるのが確かに有った。悔しかったのか、それとも見惚れてしまって興奮しているのか、はたまたその何方でも無いのか。

 歯を食いしばった新人は——。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「……おはようトレーナー。急な呼び出しだったが、どうかしたのか?」

 

 キングヘイローのトレーニング風景を見て真っ先にしたことは、オグリを呼び出す事だった。迎えに行こうとも考えたが、オグリに決めて欲しかったからだ。

 

「ちょっと二人で見に行きたい物があって」

 

「……?」

 

 そうしてオグリの手を引いて向かった先は、後一本と言っていたのに、未だ走り最後は倒れ込むキングヘイローに駆け寄るトレーナーの姿だった。

 

「……どう思う?」

 

「……ジャージで来て正解だったな」

 

「……ごめん、明日の方が良いかなって思ったんだけど」

 

「いいや、それは違う」

 

 オグリが新人の言葉を遮って言葉を続けた。その瞳に確かな色をつけて。

 

「トレーナーは私の道標だ。そんなトレーナーが私を呼んだ。それはきっと私に必要な事だったからだろう?なら私は疑わない。トレーナーの決定した事に私は逆らわない」

 

 それは絶対的な信頼、信用と言い換えても良い。新人の瞳には迷いは無かった。口では迷っていたと言った癖に、実の所オグリは絶対に自分が思い描いた通りに心を通わせてくれると信じていたから。

 

「僕は君が、オグリが菊花賞で勝つ為に」

「私はトレーナーと初めにした約束を守る為に」

 

今から無茶をするんだ(此処からまた始めるんだ)

 

 1着を取らせると言って、取れなかったレースが有った。オグリは中央を去り故郷に帰るつもりだったが、新人がそれを変えた。

 1着を取らせると言って、取らせて上げられなかったレースが有った。新人はそれからレース中に恐怖を感じる様になった。

 

 けれど菊花賞と言うレースで共に走る相手が自分達よりも努力しているのを見て、やらないと言う選択を取れる程二人は弱くは無かった。

 菊花賞はもう目前に迫っている、最早時間は無い。それでも、それでも尚二人は自分達を戒める。

 

「トレーナー、私は何をしたらいい?何をしたらトレーナーとの約束を守れる」

 

「……コーナーの練習からしよう。速度を落としても良いからほんの少しでいい、オグリの最高の走りが見たいから」

 

「分かった、ならやろう」

 

「オグリに駆け抜けて欲しいんだ」

 

 そう、それは夜空を駆ける流れ星の様に。

 

 その言葉を残して二人はもう誰も居ない芝の上へと向かって行った。

 

 




 新人くんとキングトレーナーは似た者同士です。違うのは背負ったモノと失ったモノが有るか無いか。
 

 初期のプロットだと此処で残り時間25/33/4秒って書かれてる筈だったんだよなぁ。
 どうしてそういう細かいネタを疎かにするのか。
 つまりあと二話で菊花賞です。ものすっごい悔しい。作者の怠慢であり大敗北です。


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第百二十一話

 感想欄にて作者のガバとミスが新人くんに引き継がれてる説が上がってますけど、新人くんのガバとミスが作者に引き継がれてるんですからね!作者そんなにガバガバミスしてないもん!

 と言う事で作者の精一杯の負け惜しみでした。本編始まります。


 新人と言う男は決して大人では無い。大人と言うには余りに考えが足りず、自分と周りの事以外見ようとしない。しかし子供と言うには多くを知り過ぎた。故に大人でも無い、けれど子供でも無い新人は果たして何と呼ぶのか。

 

「……眠い」

 

「ごめん、本当にごめん。僕も時間忘れてた」

 

「私も集中し過ぎた。まさか……」

 

 オグリと新人が芝に仰向けに倒れ込む。二人の視界に広がったのは真っ白な空と薄らと光る太陽さんだった。

 

「朝までやるとはなぁ……」

 

「ごめん、本当にごめんなさい……で、でもコーナーも速くなったし」

 

「コーナーで差をつけれるな」

 

 新人と書いてバカと読む。キングヘイロー達のトレーニング場面に影響され夜通しトレーニングをするという中々に巫山戯た事をしでかした。二人共汗に塗れており、現時刻午前五時である。

 

「寮に帰ってシャワーだけでも浴びないとな」

 

「……僕も帰ったらお風呂はいって来なきゃ……」

 

「「はぁぁ……」」

 

 オグリと新人は深く溜息を吐きながらもその顔に後悔は無かった。迫っている菊花賞に向けての根性トレーニングが身を結んだのか、それはきっと二人の顔を見れば一目瞭然だった。所詮は一夜漬けと笑われるかも知れないが、練習した事は必ず身になる。今までやって居なかった事は余計に。

 

 零から一になるのだから。

 

「それじゃあ帰るか」

 

「帰ろうか……誰かに見付かると面倒臭いから、なるべくコソコソとね」

 

「……夜通しやってた事を伏せれば良いんじゃないか?」

 

「……オグリ、まだ校門空いてないよ」

 

「あっ……」

 

 そうして始まったのはスニーキングミッションだった。午前五時と言う時間に校門が開いてない事を呪う新人だったが、夜通しトレーニングをしている二人が悪かった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 オグリと二人でコソコソとトレセン学園を後にし、軽くシャワーに入った新人だったが、突如として襲い掛かる睡魔と孤軍奮闘していた。眠気と戦う為にノートパソコンを開いてオグリと行ったトレーニング記録を付けていく。

 初めて行うコーナリングのトレーニングは意外と早く新人は理解し、どう言った体制を取れば速度を維持しつつコーナーを曲がれるかの答えを出すのは早かった。けれどそれはあくまで『オグリ』にとっての答えであり、他のメンバーには参考程度の物にしか出来ないと思いつつ、重たい瞼を必死に持ち上げながら記入して行った。

 

 夜中オグリとのトレーニングをした際に、パッと思い付いたのはコーナーを曲がるオグリの姿を見た時だった。ふとオグリの走りに惹かれた事を不意に思い出したのだ。あの時はこう言う姿勢だったけれど、今はかなり違う。そう言った感覚で一つ一つ新人はオグリと共にトレーニングを行き、最終的に3000mの自己ベストを更新させた。

 その事を喜びつつも、オグリに無理をさせてしまっている感覚は抜けずに若干申し訳なさが込み上げてくる。

 

 自分が腑甲斐無いままだったら、今頃先輩(沖野)、もしくはおハナの所で走っていたかも知れないと言う希望的観測が頭に過ってくるからだ。勿論そんな事を言ったらオグリに蹴られてしまうと理解している為に言わないが、もしかしたらと有り得たかも知れない未来を見て絶望するより、出来る事を出来るだけやる様にしようと確かに思えたのだ。

 

 それは果たして誰のお陰か。

 

 万人に当て嵌る最適解等無い。誰に言われた事でも無かったが、新人はそれを知り理解しつつあった。今後のトレーニングはチーム全体で行う物は確かに数は減りそうだが、それを踏まえつつ合同でやっても問題なさそうなトレーニングもパソコンの中に作り出していく。

 睡魔に負けそうになりタイピングの速度は落ちていたが、急かされる事は無かった。

 

 というかこの後ノートパソコンのキーボードに顔面をぶつけながら寝落ちるので実質負けである。

 

「……眠い」

 

 微睡みの中へと誘われる新人の脳裏には、夏合宿中に陥った不眠症が恋しく感じてしまい、そんな自分に嫌気が差す新人だった。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 そうして新人は目を覚ます。実にゆったりと、自分の意識が覚醒した事を自覚すると。

 

「……やばい!今何時!?」

 

 電源が落ちてしまったパソコンから顔を離し、スマホを確認する。すると時刻は十四時を表記していた。もうそろそろ授業が終わる頃だと理解すると、瞬時にスマホを握り締めて寮を飛び出して行った。

 時間通りに進まない事を恨めしく思いつつも、悪い気はしなかった。トレセン学園までの道程を昂る心を鎮める事さえ忘れて駆け出して行った。

 

 




 一昨日から睡眠がまともに取れて無い所為で色々と酷いミスをした気がする。

 ウマ娘のイベントも38万で終わっちまったよ!ブルボンのサポカ絶対に水着マルゼンと相性良かったのにぃ!
 何で今日に限って倒れるかなぁ。睡眠取ってないから?ご最も。


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第百二十二話

 一つ良い事、嬉しい事が有ったら三つ四つ嫌な事面倒臭い事が降り掛かってくる現象に名前付けたい。この一週間何も出来なかったんだけど。
 逆接的幸福論とか名付けようかな。名前カッコよくない?

 以上、小説投稿一週間休んだ言い訳でした。お待たせしてごめんなさい。前書き終わり、本編どーぞ。


 その日はある種の転機だった。難しい事を考えると頭が沸騰してしまう彼女にとって授業を真面目に受けている姿勢は快く評価されるが、その実内容は一切頭に入って来ない。悲しい事に真面目な性格をしているが本質的に頭で考えるよりも身体を動かしている方が覚えが良かったから起きた些細な問題だったのだが。

 トレセン学園にもテストはある。けれどそのテストの内容としては中等部ならば一般的な中学生が受けるような物と、それ+でレースの基礎であるクラシック三冠や秋シニア三冠と言った用語に、そのレースが一体どの時期に開催されるか、距離は何メートルか。そう言ったウマ娘にとって知って置いて損は無い知識等の復習が存在する。

 

 一人で勉強をしても余りに効率が悪いのとそもそもがテストの点数が悪かったが為に補習を受ける手筈だったのにそれすら忘れてしまった彼女は新人が教えて置かなければならなかった補習を、生徒会室にて女帝が補習を受けさせ、それを終わらせたのが今日である。明日はオグリの菊花賞がセッティングされておりそれまでには終わらせたかった為に茹でダコの様になりながらも課題をクリアして見せた。

 尚エアグルーヴの頭痛は止まらずに眉間にシワがつかないときが無かったのだが。

 

「ふっふふ〜ん♪エアグルーヴさんとのお勉強は楽しかったですけど、きっと私が居なくてチームの皆さんは寂しがってる筈です!ならば学級委員長として迅速に向かわなくては!」

 

 彼女——バクシンオーの脳裏に過ぎっていたのは『流れ星』メンバー達の寂しそうな顔であり、その中でも一際寂しそうな顔をしているであろう新人を思い浮かべた。スキップしながら偶に空中で三回転しつつ『流れ星』が使っているチーム室の前に辿り着き、その扉を開いた。

 

「皆さん!私が帰って」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!3回行ったからもう良いでしょ?悪かったって、夜更かしして寝坊したのは本当にごめんなさい!」

 

「どうするテイオー?今日トレーニングに遅刻して来た新人が何か言ってっけどー?」

 

「んー、反省の色が見れないよねぇ。あーなんかボクトレーナーがトレーニングに来るの待ってたから喉乾いて来たかもなぁ」

 

「あの」

 

「マヤねぇ、新しいシュシュとかほしいかな〜♪」

 

「アタシは屋台が欲しいな!ラーメンとおでんを混ぜたハイブリットなすげー奴やりてぇ!」

 

「私は取り敢えず研究施設が欲しいかな。トレーナーくんのポケットマネーで建てるか作ってくれると助かるねぇ」

 

「自由か!遅刻して来たのは悪かったけどそれに対する罰が皆重いよ!」

 

 バクシンオーが声を挟むも何も届かない。頭数が減ったとしても騒々しさは一切無くならないチーム、それが『流れ星』だった。話の流れを聞くしか出来ないと悟ったバクシンオーは一人静かに部屋に入り、タキオン愛飲の紅茶を作りゆっくりと飲んでいた。

 

「はふぅ……美味しい」

 

 少しだけ視界がボヤけて紅茶に映った自分の顔はよく見えなかったが、気にしない事にした。バクシンオーは強い子だ。

 

「は?ボク飲み物が欲しいって言ってるだけだよ?ねぇねぇ、ボク飲み物」

 

「私も単に研究施設が欲しいと言っただけなんだが」

 

「テイオーやマヤノは良いよ!全然買えるから!でも何、研究施設とか屋台とか、バカじゃないの!?寧ろ自分はバカですって言ってよ!諦めも着くから!」

 

「……そうか、新人はそうやって差別するんだな……よよよ、アタシはそんな子に育てた覚えは無いよ!……ま、育てた覚えも産んだ覚えもねぇんだけど

 

「聞こえてるんですけどぉ!僕が突っ込まないと行けない場所を自分から潰すなよっ!」

 

 ボケとツッコミ両方を一人でやれてしまうゴルシは無敵だった。

 

「モルモットくんはモルモットらしくなろうよ。私と可能性の扉を開くんだろう?その為の資金くらいはポンと出して欲しいんだがねぇ?」

 

「僕何回破産するの!?ねぇ!タキオンは僕に何をするつもりなの!?」

 

「可能性の扉を開くのには限界まで追い詰めた方が良いかなって」

 

「安直だねぇ!?」

 

「トレーナートレーナー」

 

「なにオグリ!」

 

「お腹空いた」

 

「…………ごめんね、もう僕のお財布にオグリのご飯代は入ってないんだよ……」

 

 新人がオグリにそう伝えると、何処からか寂しげなBGMが流れ出した。

 

「っ!?…………くっ……」

 

「そんなに悔しがる程だった!?食堂行けば好きに食べられるよね!?僕に頼まなくても食べに行けるよね!?」

 

 ノリで悲痛なBGMが流れているのだが、やっている事がギャグなので一切空気にはあっていなかったが、一人紅茶を優雅に飲んでいたバクシンオーには合っていたかも知れない。バクシンオーの目の前に同じく紅茶を飲むタキオンが居るのでやはり合わないが。

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

「一先ずおかえりバクシンオーくん」

 

「あ、気付いてたんですか?私一切会話に入れなかったので気付いて貰えて無いと思ってたんですけど」

 

「流石に気付くさ。ねぇみんな?」

 

「え?あ、バクシンオー居たんだ」

 

「バクシンオーちゃんおかえりなさい!何時帰ってきたのかな?」

 

「……今気付かれましたけど」

 

「……可笑しいな。初めに扉開けた時にちゃんと聞こえてたんだが……流石にモルモットくんは気付いているだろうね。だって一応、そう、一応は私達のトレーナーだからね」

 

 そう言ってタキオンとバクシンオーは新人の方に耳を傾けた。

 

「新人の稼ぎが悪いからオグリがお腹いっぱいご飯食べれないんだからな。少しは出世しろよパパ」

 

「新人なのかパパなのか呼び方統一してよ。というか誰がパパだ、ママ何処にいるのさ」

 

「じゃあアタシがママになってやるよ」

 

「…………うわぁ」

 

「よし分かった。アタシこのチーム抜けるわ」

 

「出稼ぎかな?行ってらっしゃい」

 

「ちっげぇよ!少しは止めろって!」

 

「千葉ロッテ?野球選手にでもなるの?」

 

「お前めんどくせぇな……ま、アタシならボールは消せるし増やせるしなんなら燃やせるしな。引く手数多だなちくしょう」

 

 結果はご覧の有様だった。オグリはゴルシと新人の二人に頭を撫でられており、頭の上に?マークが浮かんでいた。一応バクシンオーには気付いた様で手は振ってくれていたが。

 

「……気付いてませんね、現在進行形で気付いてませんよね。私と喋ってくれるのタキオンさん以外居ないみたいですね……」

 

「……そうだね」

 

(この紅茶凄く美味しいですね)

 

(バクシンオーくん!?直接脳内に)

 

(今日もう帰ろうかな)

 

(マヤも帰ろうかなぁ)

 

(……増えたなぁ)

 

(お腹空いた)

 

「まだ言うかい!?」

 

 マトモなツッコミ役が一人しか居ない事に気付いてしまったタキオンだった。明日は菊花賞だと言うのに、これでいいのか『流れ星』。




 次回から菊花賞に入ります。前後編になると思います。取り敢えず一週間続けて投稿を目標にしよう。ここ最近本当に詐欺投稿者になってるよ……。


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