ウマ娘 紅の軌跡 (小鳥遊 小佳夏)
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キサラギクレナイ
ウマ娘育成機関「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」、通称トレセン学園。
ここには全国各地から才能のあるウマ娘が集まり、トゥインクルシリーズに出るために日夜切磋琢磨している。
そこにあるウマ娘がいた。名をキサラギクレナイといった。
彼女は誰よりも走ること、勝つこと、そして楽しんで生きることに執着していた。
入学後こそおとなしかった彼女だが、年を重ねるにつれ自由奔放な生き方を出すようになった。例えば・・・。
・オグリキャップと大食い対決
・タマモクロスと粉もの料理研究
・スーパークリークに骨抜きにされる
・マヤノトップガンと飛行機見物
・ハルウララと気ままにお散歩
・ニシノフラワーとダンスレッスン
・メジロマックイーンとお茶会
などなどなど。
更には幼馴染であったシンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアン以下の生徒会メンバーにもドッキリを仕掛けたりして遊びながら過ごしていた。
かといってトレーニングをおろそかにすることもなく、トレセン学園に収蔵されているデータや実体験をもとに自己流のトレーニングを確立。また同じウマ娘であるミホノブルボンやライスシャワー達とトレーニングを重ね、果てにはアグネスタキオンの研究に付き合いもしてスカウトされる前から成績を伸ばし、挙句の果てには桐生院トレーナーとトレーニング談議で盛り上がる、そんな光景も目に付いた。それだけ早いからこそ、自由奔放がゆるされていたのもあるだろう。
実際、教官がつくスカウト前のウマ娘たちがトレーニングしている際、彼女たちにトレーニング指導をして、成績をぐんと伸ばしたこともある。それだけ彼女のトレーニング知識は卓越していた。
更に彼女はウマ娘の故障についても調べていた。それこそサイレンススズカにトウカイテイオーと、ウマ娘が故障する例は数多くあった。爆弾を膝に抱えるアグネスタキオンらと共に故障したウマ娘が復活するまで付き添い、そのデータ集めや治療法の研究に参加していた。特にテイオーのケガの時はメンタルケアに始まり、スピカチームとの協力で彼女を復活まで支えたということもあった。
そんな自由奔放かつ速く走ることに執着する彼女は、学内模擬レースでも他を圧倒。トゥインクルシリーズに出走しつつも、学内模擬レースでクレナイと対決したサイレンススズカは海外遠征前、彼女にこう言い残している。
「私はあなたと走ると、先頭の景色を見られませんでした。いつもあなたの背中だけ。海外に行って帰ってきた暁には、あなたに私の背中を見せます。あなたに勝ち逃げなんか、許しません」
そんな彼女だが、なかなかチームに入ることを選ばなかった。
というのも、本人のトレーニング知識は豊富で今更教わることはない。また既に自分のやり方を確立している以上、ここから他人の指導法に合わせたくはないと。
それを証明するように、スカウトをかけてきたチームのトレーナーには自作の筆記テストを課し、自分はこれに満点をとれる。最低でも満点をとれなければチームには入らないと告げていた。
実際今まで満点をとれる人はおらず、更に他のウマ娘にたまに指導していることから、桐生院トレーナー以外のトレーナーから腫物を触るような扱いを受けていた。
ーーーーーーーーーー
ある時、いつものように会長にいたずらを仕掛けようと生徒会室に忍び込み、書類仕事に集中する会長の後ろに回り込む。
「クレナイ、いるのはわかっているぞ」
「なんだ、ばれてたのね」
振り向くことなく声をかけた会長にがっかりした視線を向けつつ、応接用のソファーに座る。
「そうだ、クレナイ」
「何かしら、ドルフ会長?」
「私はシンボリル ドルフではない! シンボリ ルドルフだ!!」
「わかってるわよ、ルナちゃん会長」
「私を幼名で呼ぶな!!! あとちゃん付けもするな!!!!」
「いいじゃないの、幼馴染なのに。っと、ここまでが様式美ね」
「様式美にするな面倒な」
二人きりの時にやるテンプレを済ませ、クレナイはルドルフ会長に向き直る。
「で、何かしら。何やらまじめな話のようだけれど」
さっきとは違い、真面目な顔をするクレナイに、ルドルフ会長も真剣な顔つきで書類から顔をあげる。
「いい加減チームに入らないのか? 君の足なら、トゥインクルシリーズで活躍も間違いないだろう」
「またその話・・・?」
うんざりした顔をするクレナイ。実際ここ最近、特にチームに入れという学校からの圧力が強くなっていた。
「ああ。いい加減君を走らせろと上からの圧力が強くてな」
「私より知識や経験のあるトレーナーじゃないと走りたくないって意見とテスト結果は?」
「あれで納得するのは秋川理事長くらいだ。実際理事長は君の意見を第一にほかの理事への説得をしてくれてはいるが、今回ばかりはどうにもならないかもしれん。早く君を走らせろ走らせろと他の理事が一致団結している始末だ」
「この前の学園内の準公式レースでサイレンススズカに勝っちゃったのがいけなかったかしら・・・」
「それが決め手だろうな」
二人そろってため息をつく。
「現実的な話をすると、多分君より知識を持っててしっかり指導できるトレーナーは現れないだろう」
「あなたもそう思う?」
「なんだ、君もか?」
「まあ、テスト結果を見るとねぇ・・・」
「すまない、本当なら君の眼鏡にかなうトレーナーを用意できない学園側の不始末なんだが・・・」
「まあ、さすがに私もレースに出たい欲はあるし・・・」
そのまま考え込むクレナイ
「ねえルドルフ会長」
「なんだ、クレナイ」
「ちょっと、悪だくみしてもいいかしら?」
「内容によるな。まずは言ってみろ」
それからしばらくして、デビュー戦でトップを駆け抜けるキサラギクレナイの姿があった。
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悪だくみの内容
「しかし、貴様まさかこんな手段でレースに出るとはな・・・」
「いいじゃないの、理事共の要求は満たしたんだし」
生徒会室で優雅に紅茶を飲みながらエアグルーヴ、ルドルフ会長と話をするクレナイ。
「しかし、名前貸しとはな」
「ああ、最初君からそれを聞いた時には目を見開いたぞ」
「だって、これくらいしかみんなが幸せになる道はないもの」
クレナイが建てた悪だくみとは、書類上チームに所属していることにして、実際のトレーニングは自力で行うというものだった。チームに所属しないとレースには出られない。が、チームに所属するとトレーナーの指導を受けないといけない。クレナイが拒んでいたのは指導を受けることで、理事が望んでいたのはチームに入ることよりレースに出ることであったため、一応チームには所属するもののトレーナーからの指導は受けず一人でやるということで理事長との間で話がついていた。その結果出たメイクデビューでは見事に圧勝。Make debut!で初センターを飾った。所属チームはスピカ。現在は海外にいるサイレンススズカを筆頭に、スペシャルウィーク、ダイワスカーレット、ウオッカ、ゴールドシップ、トウカイテイオー、メジロマックイーン、オウカを有する強力なチームである。トレーナーは沖野トレーナー。これ以上メンバーを増やす事は考えておらず、クレナイに声はかけていなかったトレーナーである。
どこのチームにするかを考えた際、どうせならと以前トウカイテイオーの治療の件で交流があったスピカを選んだ、というわけだ。
「一応確認だが、ちゃんとトレーナーには話がついているんだろうな」
「ええ。チームの部屋のトレーナーの机の上にメモを置いてきたから大丈夫よ。ど真ん中に置いてきたから、あれで見えなかったらもう知らない」
「おいおい・・・」
本当に大丈夫か心配になるが、まあクレナイなら大丈夫だろうと結論をつけるルドルフ。
「今帰ったぞ・・・ってなんであんたがここにいるんだ」
「お帰りなさい、ブライアン」
と、ここで会長からの仕事を終えたナリタブライアンが部屋に入る。
「今日は私も生徒会のお手伝いよ。みんなで仕事終わらせたから、お茶会しているの」
「ああ、そうだ。クレナイがいるとほんと早く終わるからな」
と笑顔をクレナイに向けるシンボリルドルフ。君も早く座って休むといいとブライアンに告げ、そのまま4人でのお茶会に突入する。
「しかしクレナイ、君は本当に速いな。実はあの時、生徒会のメンバーと君が何位になるか予想したんだが、みんな一着の予想で予想にならなかったぞ」
「ああ、本当だ。ここで貴様をもっと導けるトレーナーがいたらと思うと、悔しくてかなわん」
「まあ仕方ないわよ。トレーナーも人材不足なんだし。どこかの職業と一緒で、優秀な人程逃げてくブラックって有名だもの」
生徒会の手伝いをして知ったことだが、トレセン学園のトレーナーは人材不足だ。というのも、平日朝から夜まで担当ウマ娘のトレーニング。土日は試合となり、下手すれば24hいつでもトレーニングできます、トレーニングメニュー考えられますなんて職場。学校の先生なんかと同じく時間外労働当たり前の超絶ブラック、愛がないとやっていけないなんてまことしやかに言われている。当然まともな人は辞め、愛があるか心と体がもつ人しかトレーナーとして残らない。そうなれば、優秀な人は自然と少なくなる。もちろんまったくいないというわけではないが、クレナイのお眼鏡にかなう人はいなかった。
「この辺りも何とかしたいんだがな・・・」
「私たちのトレーニングを見るとなるとこればっかりは仕方ないでしょう」
「ところで、君はこの後どの路線に進むんだ?」
「ああ、私も気になるな。貴様はオークスかダービーか、とても気になる」
ルドルフとグルーヴが身を乗り出してくる。ブライアンも気にならないという顔をしているが、耳がぴくぴくと動いて気になっているようだ。
「私はダービーを選ぶつもりよ。やっぱりダービーウマ娘の称号は欲しいし。でも、本当ならダービーもオークスも全部ほしいから、どちらかというのは残念なところね」
「全ての勝利と称号を、だったか? 君の目標通りで本当に君らしいな」
「まあ、あんたならダービーも、その先の有馬も間違いないだろう。気が早い奴らはこのまま行ってURAファイナルズでうまぴょいセンターとかいってるやつもいるしな」
「ほんと気が早いわね・・・。ウマ娘に絶対なんてないでしょうに」
「・・・それを私の前で言われると、ちょっと複雑だな」
そのウマ娘には絶対があるなんて言われたこともあるシンボリルドルフが何とも言えない顔をする。
「まあ、今のまま行けば問題ないでしょう。今年はもちろん、ダービーからその先の天皇賞関連まで、全部かっさらってうまぴょいセンターも踊ってみせるわね」
「ああ、これからの活躍も楽しみにしてるよ。と、そうそう。また生徒からトレーニングの指導の要望が来ていてね。もし手が空いているなら、そちらもやってくれると助かる」
「ほんと、私って好かれてるわねぇ」
遠い目をしながらそう答えるクレナイであった。
その後のクレナイは、生徒のトレーニングをこなし、自身のトレーニングやレースもこなし、ハードワークに思えつつもしっかり心身のリフレッシュは怠らず、結果として最初に言われていたように知名度をぐんぐん上げていくのであった。
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血の有馬
「速い速い!! これはセイフティリード!! キサラギクレナイ、またも後続と大差をつけて今ゴール!! 二回目の天皇賞秋を制しました!!」
メイクデビューでセンターを飾った後。クレナイの快進撃は止まらなかった。皐月賞に始まるクラシック路線を難なく制覇、その後菊花賞ほぼ同時期に行われる天皇賞秋に無理矢理出走し、無理がたたったのか不調でハナ差のぎりぎりで勝利。ジャパンカップから念願の有馬へと駒を進め、辛勝ながらも勝利。クラシックながら秋シニア三冠を制した。次の年には天皇賞春に始まる春シニアから二度目の秋シニアを目指し、ジャパンカップまで無敗という偉業を成し遂げていた。
そして二回目の有馬へ。ここで勝てば二度目の秋シニア三冠という日の当日。観客にはクレナイの姿を見ようと、大勢のファンが詰めかけていた。
そしてレース前のパドック。クレナイが空を見上げ、今日も快晴だなどと思っていると、ふと横からの目線を感じた。
「・・・(じーー)」
そちらを向くと、隣にいるウマ娘がこちらを見ていた
「何かしら?」
「キミがキサラギクレナイ、でいいんだよね?」
「ええそうよ」
「ボクの名前はオウカ。今日はキミに勝つ」
オウカ、オウカ・・・。ああ、あのオウカか。名前の入る桜花賞を制してからオークス、秋華賞までをトップで駆け抜けトリプルティアラを達成。その後は失速するも今年になってまた伸びてきた波のあるウマ娘。そしてチームスピカのメンバー。テイオーの時には居なかったから、オウカとの交流は殆ど無い。
しいて何回か一緒のレースに出たことはあるが、全て私の後ろにいたウマ娘だ。そう思いだしたクレナイは挑発的な視線を向ける。
「ふふ、やれるものならやってみなさい。あのサイレンススズカでも見れなかった私を超えた先頭の景色。あなたに見られるかしら?」
オウカとクレナイ。互いに闘志をたぎらせつつ、出走の時間となった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「各ウマゲートに入りました。・・・・・・・・・スタートです!!」
ゲートが開き、一斉にウマ娘が飛び出す。先頭を切るのはもちろんキサラギクレナイ。二番手にオウカ。そしてその後ろからはライスシャワーが続く。
そのまま中山競バ場の4コーナーに突入。先頭集団の順位は変わらず。そしてぐるりと一周してそろそろスパートというとき。一気にオウカがスピードを上げた。
「おっと、ここでオウカがスパート!! キサラギクレナイに並んできたぁ!! そしてそれに続くライスシャワーもスピードアップ!!! 差せるか、ライスはクレナイとオウカを差すことができるのか!!!」
スピードを上げたオウカはそのままクレナイに横並びとなり、そのオウカに"ついていく"ライスもそのまま桜花の真後ろに付け、最後に差し切る体制に入った。そして三人がもつれたままレースは最後の直線に入る
「さぁ中山の直線は短いぞ!! 後ろの娘達は間に合うのか!!」
クレナイもゴールが見え最後のスパートと足に全力を入れた時。クレナイに事件が起こった。
「っ!?!?!?」
芝に突いた右足が何かにとられ、前に出せない。咄嗟に左足で地面を蹴るも、それ以外何もできない。
「おおっっと!? これは、クレナイが転倒した!? クレナイが転倒!!!!!」
ウマ娘の最高速は優に60km/hを超える。それも成長目覚ましく、またスパートをかけたウマ娘ともなれば、80km/hを超えても不思議ではない。その状態のウマ娘が転べばどうなるか。まあ無事で済むわけがないのは想像に難くないだろう。芝にたたきつけられ、そこで私の意識は途絶えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ボクはオウカ。波のあるウマ娘と呼ばれている。その由来は、オークスを制するも天皇賞秋では惨敗。有馬ではそこそこ。今年に入って、また調子を伸ばしてきたから。今日は念願の二回目の有馬。レース前のパドックで、隣になったクレナイに勝つと宣言した。彼女は天皇賞春の時に私の前にいた。追いつきたいと走ったけれども、追いつけなかった。だから有馬では絶対に勝つ。年末の中山で行われる夢の祭典。私の夢を叶えると。
レースの後、私はクレナイの後ろに付けた。クレナイの戦法は逃げ。私は先行。最後までくらいついて、そのまま追い抜く。そしてラストスパート。なんとかクレナイの横に並べたところまでは覚えている。そのあとは無我夢中だった。無我夢中に走って走って、ゴール板を駆け抜けた。私がクレナイの隣に並んで、そのままゴールしたはず。多分、ぎりぎり。あそこから抜け出せるほど、私はクレナイより強くはないし、それを許してくれるほどクレナイも弱くはない。結果は、勝ったのはどっち。そう思って確定板を見ると、トップに私の番号が、そして二番にはライスシャワーの番号が出ていた。
なぜ? クレナイに何かあった? そう思ってゴールに目を向けると、ゴールライン手前で一人のウマ娘が酷い姿で横たわっているのが見えた。
あれは・・・あの勝負服は・・・っ!!
「クレナイっ!!」
すぐさま駆け寄るも、片手と両足がぐちゃぐちゃに折れ曲がり、体中から血を流している。
どうして、なんで・・・。そう思いながら、あまりの傷の酷さに何もできず、棒立ちになっているしかできなかった。
結局その後、クレナイは救急車で搬送された。
後続のウマ娘はボクの後にライスシャワーが続いたが、彼女はボクしか見てなかったようで、全力でゴールできたらしい。それ以降は数バ身空いていたこともあり、クレナイを避けようと大混戦に陥った。
そして荒れに荒れた有馬。クレナイの搬送やクレナイの姿を見た観客に体調不良が多発したこともあり、いつもより時間をおいてのウイニングライブになった。ボクはウイニングライブなんかやってる場合じゃないと思ったが、だがレースに勝ったウマはライブをするのが責務と観戦していたルドルフ会長に言われ、何とか踊り切ることができた。その後、ボクはレースで最後まで走ることができなくなった。
この大事故は後に、血の有馬として語り継がれることになった。
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クレナイの心、空いた大穴
「・・・ここは・・・」
うっすら目を開けると、知らない天井が見えた。左右に首を振ると、白いカーテンが見える。両手足が動かない。
「あ、そっか、私、有馬で・・・」
少しすると、最後に見えた記憶がよみがえった。有馬のラストスパート。何かにとられた右足。そのまま芝にたたきつけられる記憶。衝撃。私は転倒して、病院に担ぎ込まれた、というところなのだろう。
「ダメだ・・・眠い・・・」
意識が戻ったのもつかの間。すぐに睡魔に襲われた私は、また目を閉じて静かに眠るのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「結論を言うと、命が助かって何より、というところでしょうな」
「そう・・・ですか・・・」
しばらくして、安定して意識を取り戻せるようになった私。現在の病状を聞くと、両足と左手複雑骨折。右手単純骨折。内臓破裂やらのダメージ多数。他、体の各部骨折座礁筋肉損傷擦傷出血etcetc。まあまず生きててよかったねというレベルの大怪我をしたようだ。
まあそりゃ、あれだけのスピードで転んだらそうもなるだろうけど。
「また走れるようになりますか?」
「なんとも言えないですね。まず歩けるようになるかもわからない。よしんば歩けるようになったとして、走れるかはあなたのリハビリと努力次第といったところでしょうな」
「わかりました、ありがとうございます」
それを聞いた私の心には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それから少しして、私の右手が動かせるようになったころ、いろんなウマ娘達がお見舞いに来てくれた。ウマ娘以外の一般のファンも、たくさんの見舞いの品や手紙や千羽鶴なんかを送ってくれた。多すぎて保管なんかに困るくらい。
んで、ウマ娘のみんなはお見舞いの品を持ってきてくれるのはありがたいんだけど。ありがたいんだけど!!! オグリとスペ、あんたらは量ってもんを考えんかい! 何を思ってフルーツ1箱ずつ持ってくるかなぁ!? もうたくさんあるのに食べきれるわけがないだろうに。
まあそんなトラブルもありつつ治療に専念していると、少しずつではあるが体に回復の兆しが見えてきた。
そんなある日、私は会長を呼んだ。
「来てくれてありがとう、ルドルフ会長」
「いや、構わない。それよりも今日はどうした」
ルドルフ会長は私のベッドわきの丸椅子に座る。私はそれを見て、ぽつぽつとしゃべりだした。
「私のこれからについて。あなたにだけは相談ができる。
まず私の体だけど、私の見立てで行くと、歩けるようにはなると思う。でも、また走れるかはわからない。よしんば走れるようになたっとしても、勝てるかがわからない。この長い治療生活の間で、筋肉は完全に衰えた」
会長は時折相槌を入れながら、静かに聞いてくれる。
「私があれだけ走ることにのめりこんだのは、勝ちたいから。負けるとすごく悔しい。なんなら死にたくなるほど悔しい。だから勝つことに専念してきた。誰よりも体を鍛え、勝てるように専念してきた。幸いにも体はこのトレーニングについてこれた。タキオンとは違い、どこまで追い込んでも壊れない体だった。
みんなに指導をしていたのも、それを生かして自分のトレーニングにつなげたいから。早くなるためなら、実験しようが何をしようが、何でもやった。
でも、これではまた1からのトレーニングだ。それに一度壊れた体だ。どれだけ修復しようと、一度壊れると次も壊れやすい。そんな体でどこまでいけるかわからない。もし勝てないなら、それで絶望するくらいなら、もう走りたくはない」
「そうであれば、トレーナーになるのはどうだろうか。以前話もしたように、トレーナーの枠なら空いている。君の知識であればトレーナーになっても事欠かないだろうし、元から君の指導には人気がある。悪い選択肢ではないはずだ」
「ええ、それはその通りなのだけども、それも選びたくはないかしらね」
「それはまたどうしてか、聞かせてくれるだろうか」
「私、嫉妬深いから。自分が走れないのに誰かの走りを見ていると、絶対自分も走りたくなって、動けない体を憎むと思う。それこそ自傷くらいならしてもおかしくない。実際、今もしたいけど体が動かないし、それにまだ自分の体に見切りをつけたわけでもないから、なんとかなってるの。
だから、もし走らない道を行くとしたら、ウマ娘とは関係ない道になると思う」
「そうか・・・」
「でもね、私は今まで走ることしか考えてこなかった。そんな私が今更他の道に歩めそうな気はしない。そもそも年齢的に、今からほかの学校に行けるのかもわからない。社会になじめるのか、集団生活ができるのかもわからない。とても、不安しか感じない。
とれる道がここまで何もないとなると・・・命を絶つことも考えている」
「ん、君ならそこまで言うだろうなと思っていたよ」
「あら、驚かないのね」
「前から走る君の目を見ていればな。アグネスタキオンに似た狂気じみたものを感じていたから、君には走る以外の道は無いことくらいわかるさ。とはいえ、そんな話を一応所属しているはずのトレーナーを入れず、私と二人で話したがるとは。君はいつまでたっても変わらないな」
「やっぱりあなたに話してよかったわ、ルナ会長」
「はぁ、まあ今はその呼び方も許してやるか。
さて、私から言えることだが、さすがに死ぬことを肯定はできんし、かといって否定したところで君の未来が明るいものではないのもまた事実だ。それに君のことだ、否定してほしくて言ったわけでもあるまい。お前が何をしようと私には止める権利がないのだが、まずは近いことから決めていくのがいいと思う、とだけアドバイスはしよう」
「近いこと、走るかもう走らないか、ね?」
「ああ。それによって君が取る道も変わるはずだからな。退院までゆっくり考えて、何なら完治までゆっくりと考えてみるといい。何、あれだけの成績を上げたウマ娘だ。走れないからと言って、すぐに放り出すほど学園は無慈悲ではないからな」
「・・・そうね。ありがとう、ルナ。やっぱりあなたに相談してよかった」
そこまで言うと、クレナイは目をつむりすぅすぅと寝息を立てる。そこまで見届けたルドルフは席を立ち、病室を出る。
するとそこには、クレナイの書類上のトレーナーである沖野トレーナーと、チームメンバーであるトウカイテイオーが立っていた。
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トレーナーとしての務め/ウマ娘の想い
俺は沖野。スピカのトレーナーを務めている。
今日は有馬で大怪我を負ったキサラギクレナイというウマ娘のお見舞いに来ている。
というのも、実はクレナイがスピカ所属というのを、俺は昨日の今日まで知らなかった。丁度クレナイのケガの原因がシューズでは?となり、じゃあ所属チームはどこだ、装備のチェックをするトレーナーは誰だと言うので俺の名前が浮上。突然調査に呼び出され、そこで俺がクレナイの担当トレーナーになっていることがわかった。
確かに言われると、クレナイがトゥインクルシリーズに出始めたころ、チームの俺の机の上に名前だけおかせてくれというようなメモを見た気がする。だが、言い訳をするとあの時はトラブルが重なっていてすぐにメモの存在なんかを忘れてしまったし、そのメモ自体どこに行ったか分からなくなって、完全に忘れてしまっていた。
理事長やシンボリルドルフなんかには、クレナイがそれを望んでいた。あなたの責任ではないといわれはしたが、だからと言って俺が知らずに忘れてほったらかしにして一人にしてしまっていたのは変わらない事実である。
結局、当時のシューズに不備はなく、蹄鉄もしっかりと埋め込まれていた。削れ具合も問題なし。有馬の芝にも不具合はなかったので、完全に原因のない事故で片が付いた。
調査の後、シューズは一応トレーナーである俺の手元に戻り、クレナイに渡すこととなった。手元に来たシューズを見ると、しっかりと手入れがされている。蹄鉄にも手が加えられている。多分鍛冶するとこも自分でやっている。俺にはこんなことできない。ほかのウマ娘も、打ち付けることはできても鍛冶までやれる奴はいないと思う。一人でこれだけの手入れをし、そして自分に合ったトレーニングを計画し、かといって遊びや休息も怠らない。多分、今トレセン学園にいるどのトレーナーよりも一番トレーナーらしい、そして一番トレーニングしているウマ娘だと思う。そしてクレナイは、以前トウカイテイオーがけがをしたとき、親身になって世話や復活の手助けをしてくれた。
防げなかった事故とは言え、担当トレーナーなら真っ先にお見舞いしなければいけないのにそれも怠り、他人に言われるまでクレナイの所属に気づかず、一人にさせた。本当に俺はトレーナー失格だと思う。テイオーが世話になった恩も全く返せていないのに、この始末だしな。クレナイに合わせる顔がない。
とは言え、落ち込んでいる姿を他のウマ娘に見せて不安にさせるわけにはいかない。それに、あの有馬でクレナイとトップを競っていたオウカ。彼女がレースの後、トレーニングはできるものの、いざレースとなると、当時のクレナイの惨状がフラッシュバックしてしまい、まともに走れなくなっている。クレナイの悲報、いやまだ死んではいないが、それを聞いて帰国してきたサイレンススズカのおかげで少しずつ走れるようにはなってきているが、今不安を彼女にだけは見せるわけにはいかない。
その日はカラ元気を振り絞ってスピカのウマ娘に指導をした。幸い、ゴールドシップがこちらの思いを感じてくれたおかげで何とかなった。
次の日、トウカイテイオーがクレナイのお見舞いに行きたいと言い出した。ケガをしたときに色々診てもらった恩を今こそ返したいらしい。俺もクレナイにシューズを届けなければならないと思っていたので、テイオーと一緒にお見舞いに行くことにした。
だが、まさか。丁度病室の扉をノックしようとしたら、中から話し声が聞こえてくるとは。そしてその内容が、あまりにも想像を絶するものであるとは、この時は知る由もなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ボクはトウカイテイオー。無敵のテイオー様だ。
実はボクは、今までに何度か怪我をしている。ケガをしては這い上がり、最後の復活戦の有馬ではしっかりと勝利をおさめられた。この時にボクの助けになったのが、キサラギクレナイというウマ娘だったんだ。
クレナイは僕に付きっ切りでいてくれて、それこそボクが退部しようとしたときも一緒に相談に乗ってくれた。しばらくトレーニングできなくて遊びたいってときも一緒に遊んでくれた。
一緒にはちみつを飲んで、カラオケに行って、クレープを食べて、クレーンゲームをして。それで、最後にボクの足が治ろうというころ、一緒に並走しようと言い出した。
色々とあおられたボクはクレナイと並走。だんだん言葉で煽りながらスピードを上げてくクレナイに、ボクが必死についていく。それで限界ぎりぎりまで走ったら、いつの間にかもっと走りたい。まだまだ走り続けたいって気持ちが沸き上がっちゃった。
そのあとはスピカのみんなの元に戻り、必死のトレーニング。たまにクレナイもトレーニングを指導してくれて、その結果復活戦の有馬で大勝利を決めることができた。
そんなクレナイがけがをした。それも大怪我だった。だからこそ、今こそボクがクレナイに恩返しをする時だ。
そう思って、トレーナーにクレナイのお見舞いに行きたいと言った。丁度トレーナーもお見舞いに行くところだったから、二人でお見舞いすることにした。
まだ食べ物は食べられないらしいから、クレナイのでかい人形をお土産に持った。
トレーナーと二人で病室の前に来た時、中からクレナイの声が聞こえてきた。それをつい聞いてしまったボクは、頭の中が真っ白になって、持ってきたお土産も落としてしまった。
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会長はやっぱり会長
病室の前で二人を見つけた私は、そのまま病院の喫茶店に連れて行った。あそこにいたということはまあ、多分話を聞いてしまっているだろうから。というか顔を見ればわかる。テイオーにいたっては顔面蒼白になっている。
とりあえず席につき、二人分のコーヒーとテイオーに紅茶を頼んだ。幸いにも人は少ない。ここなら話しても誰かに聞かれることはないだろう。
「さて、先に言っておくが、あの話は他言無用だ。いいな」
まずこれだけは釘を刺しておかなければいけない。二人とも頷いてくれたので、話を進めることにする。
「ならいい。それで、二人ともあの話を聞いて何が何だか分からなくなっている、といったところか?」
「か、カイチョーはあれを聞いて何ともないの!?」
テイオーが驚いたように言う。
「ああ、私と彼女は幼馴染で付き合いも長いからな。それこそ、ルナとレイと呼び合っていたころからの付き合いだ」
「ルナ・・・カイチョーの幼名だったっけ」
「ああ、そうだ。レイというのはあいつの幼名だ。確か、クレナイを縮めてレイ、だったか」
今でこそそう呼ぶことはなくなった、いやあいつは勝手に呼んでくるが・・・。
「でも、だからって・・・」
そのままテイオーは黙り込んでしまう。
「ああそうだ、沖野トレーナー。すまないな、こんな話に担当トレーナーである君を呼ばないで」
「いえ、元からクレナイには何もしてやれていなかったんです。呼ばれなくても当然でしょう」
トレーナーも完全に落ち込んでいるな。いや、こんな大事な話に呼ばれもせず、しかも不意打ちで話を聞いてしまったとなれば、それも当然か。
「もしよかったら、君たちの考えを整理する手伝いはできるかもしれないが、どうかな。話を聞くだけならできる」
そういうと、まず沖野トレーナーが、ではお願いしますといい、語りだした。
「まず、あいつが死にたいって言ってるのを聞いて、そんなこといいはずがないって思ったんです。でも、じゃあどんな言葉をかけたらいいのかって思うと全く浮かんでこなくて。今生きてるだけでも奇跡。じゃあそれだけで満足しろなんて言えないし、また走れるようになるなんて無責任なことも言えない。ほかの道を進めることも、それでクレナイが幸せになるとも思えない。それに、まず俺はテイオーの時と違って一度も指導したことが無い、接点がない。そんな奴がクレナイの行く先に口を出してもいいのかというのもわからない。もうわかんないことだらけなんです」
一気に言い切る沖野トレーナー。手も声も震え、トレーナーの威厳など感じないが、こういう男だ。どこまでもまっすぐで、ウマ娘の気持ちになって考えられる。ほんといいトレーナーだ。
「次はボクがいいかな・・・。
ボクは今まで何度もケガをして、走れない悲しみも悔しさも、もっと走りたいって気持ちも知ってる。ううん、これはクレナイが教えてくれた。でも、あの時のボクのケガよりもクレナイのケガははるかに重い。重すぎる。普通なら死んでいてもおかしくないってケガだ。だから、また走れるなんて言葉はかけられない。でも、うん、でも・・・。これなら・・・!」
だんだん顔をあげるテイオー。って、なんか目からハイライトが消えていないか? ついでになんかうっすらとテイオーがジメっとしている気がするのは気のせいか?。
「ま、まあいい。とりあえずテイオーはうまく答えが出せたようだな。トレーナー君はどうかな?」
「俺は、答えは見えませんが、とりあえず今やることは見えた気がします」
ん、ならよしとするか。
「さて、では私はそろそろ帰るとするよ」
「「はい、会長(カイチョー)、ありがとうございました!!」」
ふふ、これも私の会長の役目だからな。快調に保たねばな!!
会長はやっぱり会長なんです
にしても、あれだけ洒落思いつく会長尊敬しようと思いました
この洒落考え就くのにもすごい時間かかったし
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生きるって、何だろう
しばらくして、何とか退院までこぎつけることができた。体は完全に訛り切っているが、未だ完治は見えない。
「ありがとう、テイオー」
ルドルフ会長と話した後、テイオーと沖野トレーナーが見舞いに来てくれたようで、二人の土産が置いてあった。
「ううん、これくらいなんてことないよ♪クレナイもやってくれたことだしね~♪」
それから少しして。なんでかよくわからないけど、テイオーが私の世話を焼いてくれるようになった。実際のとこ、車椅子生活になって不便しそうだったからうれしいのだけども。ところで、なんで私の車椅子が無動力なのかしら? 電動のをお願いしていたはずなのだけども・・・?
「これからもボクが面倒みるからね、全部ボクに任せてよ!」
「そうしてくれると助かるのだけれど・・・あなたトレーニングは大丈夫なの・・・?」
実際、ここ数日付きっ切りでいてくれているテイオーである。そろそろトレーニングしないといけないはずなのだが・・・。
「大丈夫大丈夫。トレーナーからは良いって言われてるから♪」
と言っていたテイオーだが、突然現れたにメジロマックイーンに首根っこをつかまれた。
「大丈夫なわけないでしょう。無断で数日も休まれて。いくらクレナイの手伝いとはいっても見過ごせません」
そのまま「やだやだやだやだ~」と駄々をこねながらずりずりと引きずられるテイオー。
「はぁ、テイオーのやつも困ったものだな」
そう言いながら苦笑いで現れたのはルドルフ会長。
「あ、ルナちゃん会長。ちょっと頼みがあるのだけれど」
「その名前で私を呼ぶな。それでなんだ?」
「車椅子、押してくれないかしら?」
「お安い御用だ」
そのまま会長に寮の部屋まで連れて行ってもらう。車椅子ということもあり、一時的に1階の部屋に移動ということになっている。
「ありがとう、会長。今度から、電動のにしてもらわないといけないわね」
「ああ、そうだな。こちらで手配しておこう。そうそう、一つ聞いておきたいことがあったが、いいだろうか」
「ええもちろん。何かしら?」
「一応報告をあげなくてはいけなくてな。今のとこ、また走れる見込みはどのくらいだ?」
「正直、まだわからないけれども厳しそうというのが答えになるわね。ちょっと、私の右腕掴んでくれる??」
そのまま会長が私の腕をつかむと、年相応のぷにぷにとした二の腕の感触がした。
「そうか、これほどか・・・」
「ええ、ここまでになると、本当にわからないわね。一応明日にはタキオンに来てもらってデータを取る予定になっているけども」
「厳しいというのをはっきりさせるだけかもしれないな・・・」
こくりと頷く。
「わかった。理事たちには不明で返答しておく。が、一応理事長には本当のことを伝えておく」
「ありがとう、ルドルフ会長。あまり気持ちのいい役回りじゃないでしょうけど、よろしく頼むわね」
「いや、これが私の役目だからな。気にするな」
ルドルフ会長が去り、部屋に一人になった私は、動く右腕でなんとかベッドに移動する。
筋肉の衰えが予想以上にひどい。このままだと、本当に走れないかもしれない。
そんなことを考えつつ、私はそのまま眠りに落ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
それからしばらくして、私のケガは少しずつではあるが、確実に治っていった。ギプスも段階的に取れ、軽い工作くらいならできる程度に腕が動かせるようになった。だがそれに反比例するように筋力やスタミナは落ち、今では普通の人間と変わらないくらいにまで落ち込んでしまっていた。
そんな中、テイオーに車椅子を押してもらって、散歩に来ていた。テイオーはあの後も頻繁にトレーニングをさぼろうとしてはマックイーンに連れ戻され、最近ではメジロ家の主治医を脅しに使うことでようやく改善したらしい。今日は普通にトレーニングはお休みの日らしいので、マックイーンが回収に来ることもなく、二人でのんびりと散歩をしている。
「外は風がきもちいいね~」
「ええそうね、ほんと」
途中で買い食いしたり、ウィンドウショッピングをしたり、色々と回っていた私たちは、帰りがけに河原の土手に来た。オレンジ色の夕日が綺麗に映えている。
ふと河原を見下ろすと、ウマ娘が必死にランニングしている姿が見えた。自然と、唇を強く嚙み、血が出るほど強く手を握りしめていた。
悔しかった。まだまだ治らず、治るにつれてどんどん鈍るこの体が恨めしかった。もっと走りたい、また速く走りたい。そんな思いだけが先行し、私の心を黒く染め上げる。
「やっぱり、生きてても、もう・・・」
小さく、とても小さく呟いた。そしてそれが、テイオーに聞こえてしまった。
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死ぬなんて、言わないで
「やっぱり、生きてても、もう・・・」
クレナイが小さく呟いた声が聞こえた。
それを聞いた瞬間、あの病室でクレナイが言っていたことがフラッシュバックし、気が付いたらクレナイの前に周って、クレナイの前に膝をついていた。それから、次から次へと言葉があふれだした。
「そんなこと言わないで! クレナイがいなくなるなんて嫌だ!!」
さっきの言葉が聞こえていたとわかり、クレナイがはっとした顔をする。
「ボクはケガをして、もうダメって思ったけど、クレナイがいたから復活できた。でもそんなボクのケガなんか目じゃないほどクレナイのケガは重い。それに、クレナイはボクなんかより走りたいって思いが強いから、走れない辛さもボクなんかより辛いのはわかる。でも、それでも、ボクはまたクレナイと走りたい。またボクがけがをしたらクレナイに診てもらいたい。また一緒に遊んだりして過ごしたい。だから、死んじゃうなんて嫌だ。走れるようになるまで、ううん、走れなくってもいつまででもボクが面倒を見る。だから、また一緒に走ってトレーニングしてよぉぉ、死んじゃうなんて嫌だよおぉぉぉ」
気づいたらボクはクレナイの膝に顔をうずめてわんわん泣いてしまっていた。そんなボクをクレナイは、優しくなで続けてくれた。
しばらくそうして、完全に日も暮れたころ、何とか泣き止んだボクは、車椅子を押して学園へと戻っていた。
そんな中、クレナイがボクにこう言った。
「テイオー。あなたはとても強い心を持っている。それは私があなたを間近で見ていたからわかる。あれだけ何回もケガをしてもまた走れるようにリハビリやトレーニングをできるだけの強い心と想いが。
私は・・・私はそんな強い心を持ってない。私の心はこの治療の間でぽっきりと折れた。だから、あなたに走ろうって答えを出せない。ごめんなさい、こんな弱い私で」
それを聞いたボクは、クレナイに何も言うことができず、ただ静かに学園への道を歩んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
テイオーに泣かれた後、学園の入り口で、二人のウマ娘が待っていた。シンボリルドルフとサイレンススズカ。
「遅かったな、心配したぞ」
「待っててくれたのね、ありがとう。テイオー、ここまででいいわ。また明日」
テイオーは車椅子にブレーキをかけた後、お休みなさいと言って寮の方に走っていった。
「で、スズカが来るなんて珍しいけど、何か用かしら?」
「ええ、あなたとお話したいことがあってきました」
「立ち話も寒いでしょうし、よかったら私の部屋にどうぞ。会長もよね?」
「ああ、スズカの後でいいが、私も言っておきたいことがあるからな。とはいえ、人の話を聞くこともあるまい。私はロビーにいるから、終わったら声をかけてくれ」
「ありがとう、会長」
そのまま寮まで会長が車椅子を押してくれ、スズカと二人、自室に入る。
自室に入ると、テーブルや棚を見たスズカが目を丸くする。
「あの、それはいったい?」
「ああこれ、ガンプラよガンプラ。まだ手元しか動かないし、かといって何もしないのも退屈だからね。適当に買い漁って組んでいるのよ。塗装しなくてもいい出来になるし、手元の訓練にもなるし。ほんといいことづくめよ」
そう、ここ最近暇な私はガンプラを買っては組み、買っては組みと繰り返し、いつの間にか部屋のあちこちに完成済みのガンプラを置く始末になっているのだった。ちなみに、真面目に置き場所に困っているのがデンドロビウムとネオ・ジオング。デンドロビウムにいたっては中に鉄板入ってたわね。もはやプラモじゃない気がするのだけれど・・・。ほんと大きすぎて置き場所が・・・。さすがに早まったかもしれないわ。ちなみに精神的に一番つらかったのはマグアナック36機セットね。おまけにネームドの4基も買ってたから総勢40機。最後の方はハイライト消しながら作ってたわ。
「それで、お話とは何かしら?」
それはさておき、と私は話を始めるように促す。スズカは真面目な顔をして、私に問いかけた。
「あなたの体の状態を聞きました。それであなたは復帰するか迷い、場合によっては死ぬことすら考えていると。間違いはありませんよね」
静かにうなずくと、スズカが急にぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「私は!! あなたに勝つために!! それだけのために海外に行きました!! そして力をつけているうちにあなたは事故とは言え大怪我を負い、もう走れないかもしれなくなっています!! これでは、私は何のために走って来たのかわかりません!!」
「そんなこと言われても・・・」
「ええ、先ほども言った通り、事故による怪我は仕方ないと思っています。もしそれで走れない体になってしまったなら、私も仕方がないと納得したかもしれません。でも、あなたの体は回復しようとしているのに、それを待たず絶望してそれで死ぬなんて、とても容認できません!!」
「スズカ・・・」
「ええ、勝手なのはわかっています。押しつけなのもわかっています。それでも、少なくとも、あなたが回復してまた走れるようになるまで、死ぬことは許しません。もしあなたが勝手に死ぬようなら、私も死んで後を追います」
「っ!?」
「私は私を人質にします。だから、あなたに死ぬなんてこと、絶対にさせません」
さっきまで涙を流していた目に強い意志を感じる。
「私は本気です、クレナイさん。だから、絶対に死なないでくださいね」
静かに、目標に向かって一直線に。模擬試合でしか感じたことのないスズカの圧を感じ、私は何も言うことができなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「スズカとの話の続きで済まないが、私の番だ」
スズカが出て行ったあと、会長が来た。
「さてレイ、久々に本気で話したい」
「その呼び名は・・・」
「ああ、だからレイもルナと呼んでいい」
「わかったわ、ルナ」
満足そうに頷く会長。そうしたら、会長に頬を叩かれた。
「この馬鹿レイが!! 死ぬなんてことを簡単に口にするな!!」
私が叩かれた場所に手をやると、ひりひりと熱くなっている。
「ルナ・・・」
「どれだけ私が心配したと思っている!! 中山で最前列で観戦していて、目の前でいきなりレイが転がって!! 何とか一命をとりとめたと思ったら今度は走れないから死ぬなんて言い出して!! ああ、最初はいつものだと思ったさ。レイらしいともおもったさ。だが、このまま死んでいくのならまだしも、体は治る途中だというのにまだ死ぬなんてことを言っているのは許さん!!」
ここまで感情的になったルナを見るのは久々、いや初めてかもしれない。
そのままルナは私に力強く抱き着いてきた。
「私はずっとお前の近くにいた。ああそうだ、幼馴染だからな。だからレイがどれだけ走ることに執着しているのかも、今どれだけ辛いかも理解しているつもりだ。でも、それでも、私はまたレイに走ってほしいし、もっとレイと一緒にいたいんだ!!」
涙声でそう語るルナに、私はただ右腕をルナの背中に回すしかできなかった。しばらく私の胸で泣いたルナ。私の胸から顔をあげると、真っ赤な目で私を見つめた。
「多分、テイオーもスズカも、お前に生きていてほしいと告げているはずだ。ここまで言われて、それでも死ぬような奴ではないと、私は信じているぞ」
いいなと念押しをしたルナは、最後に私をベッドに寝かせ、部屋を出た。
部屋に一人残された私は、愛されていることを感じつつ、なぜかあふれてきた涙に枕を濡らした。
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好き
しばらくして、トウカイテイオーは生徒会室に向かっていた。出さなければならない書類を置きに行こうと。
同じ時間、シンボリルドルフは職員室に向かっていた。ルドルフも用事があった。
またサイレンススズカはチームの部室に向かっていた。今日のトレーニングをするために。
生徒会室の会長の机の上。職員室の担当教諭の机の上。チームトレーナーの机の上。その全ての上に、ある書類が置いてあった。ウマ娘の退学についての書類。その書類の退学者の名前には、キサラギクレナイと書いてあった。
偶然にも、全員が同じタイミングでその書類を見てしまった。全員、クレナイがひっそりといなくなる気だと察し、そこから今までの言動も併せて、ひっそりいなくなる=死ぬ気ではないのかという結論に達した。
その日、トレセン学園の中で3つの風が駆け巡った。三人共、レースでもなかなか見れないくらいのスピードだったとその風を感じたスペシャルウィークは語っている。
そのあとの三人の行動は早かった。見つけた書類を強奪し、クレナイの教室、クレナイが行きそうな場所を駆け巡った。途中で偶然合流し、三人共同じ書類を持っていたことから一緒に探した。そして最後に、寮のクレナイの部屋に行きついた。
部屋にたどり着いたサイレンススズカ、シンボリルドルフ、トウカイテイオーの三人。部屋に飛び込んだ三人の目に入ったのは、右手にデザインナイフを持っているクレナイの姿だった。それを見た三人の頭には、クレナイが自傷しようとしているように見えた。
「「「だめえええええええええええええ!!!!!!!!!」」」
「え、ちょ、なにいいいいいぃぃぃ!?!?」
自傷を阻止しようとクレナイにとびかかる三人。そのまま一番近かったトウカイテイオーがナイフを払い飛ばし、三人共勢い余ってクレナイを押し倒す。これにより、クレナイのケガの回復が少し遅れたとかなんとか。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「あのねぇ、危ないじゃないの、いきなりとびかかってきたら」
そのあと三人に手伝ってもらってベッドに座ったクレナイは三人に説教をしていた。三人は部屋の床に正座でくどくどと続く説教を聞いている。耳も尻尾もペタリと垂れているあたり、みんな意気消沈している。
あの時クレナイはただガンプラを組んでいただけだった。証拠に机の下にはマグアナック36機セットの箱が置かれ、机の上では多数のマグアナックが中途半端に組まれた状態で置かれている。
そのまましばらくくどくどと続けた後、クレナイが問いかけた。
「それで、何の用なの?」
三人一斉に顔をあげ、耳と尻尾がピーンと立つ。
「こんなものを見まして」
「退学とはいったいどういうことかと」
「問い詰めに来たんだよ!!」
スズカ、ルドルフ、テイオーが順につなげる。
それを見たクレナイがばつの悪そうな顔をする。
「ばれちゃったなら仕方ないわね・・・。そうよ、この怪我が治った後だけども、そのまま引退から退学しようかと思っているの」
「「「・・・・・・・・・」」」
それを聞いた三人はおもむろに立ち上がり、まずテイオーがクレナイを押し倒してお腹にのしかかる。そのあと右腕の上にシンボリルドルフ、左腕の上にサイレンススズカが乗っかり、三人でクレナイを押さえつけにかかる。
「え、あの、みなさん・・・?」
そこから抜け出そうとするも、衰え切った体ではどうすることもできず。そして三人の目を見るとなんかハイライトが消えていて、なんとなく空気がじめじめしている気がする。自然と問いかける声も敬語になる。なんというか、こう、鍛えないとウマ娘には対抗できないっていうのをまざまざと思い知らされるわねこれ。
「もしクレナイが学園をやめるんなら、僕も学園をやめる」
「私もだ。私もクレナイが辞めるのなら、ついていく」
「私も。あなたが退学してもう会えなくなるのなら、私も」
「っ、あなた達には関係ない。あなたたちが私についてくることなんかない!! まだ走れるあなたたちが私についてきて走ることをやめたなら、もう罪悪感でいっぱいになる!!
それにテイオー、あなたは最強のウマ娘になると、ルドルフは皇帝の威厳でより良いトレセン学園にすると、スズカは走ることが何よりも好きという夢は、気持ちは、どうするの!!!」
三人をきっとにらみつけて叫ぶクレナイ。それに対し三人はそれがどうしたと一瞥する。
「クレナイのことなんか知らない。ついていきたいから行くんだ。それに、最強のウマ娘より、クレナイの一番のウマ娘になりたいんだ」
「ああ、私もだな。生徒会活動なら私がいなくても回るようにしてあるし、なんならエアグルーヴに任せてもいい。何としても君についていく所存だ」
「私は今でも走ることは好きよ。でも、アメリカで特訓を続ける中で、あなたの存在が大きくなっていった。あなたに勝つこともそうだけど、あなたと一緒に走りたいと、そんな気持ちも強くなっていった。一人で走るんじゃない。あなたと二人で走りたいの。だからついていく」
三人にそう言われ、何も返すことができないクレナイ。そこに三人は畳みかける。
「ボクは・・・クレナイのことが・・・」
「私は・・・レイのことが・・・」
「私は・・・あなたのことが・・・」
「「「好き」」」
伝えることだけを伝えた三人は、そのまま部屋を去った。
最後にルドルフがこう言い残した。
「とりあえずこれは破棄しておく。勝手に退学など許さんからな」
そのまま放置されたクレナイはベッドにそのまま横になり、言われた言葉を理解しようとしていたが、それにはしばらくの時間を要した。
スキル束縛力
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クレナイール
次の日。テイオー、ルドルフ、スズカの三人はクレナイが退学なんて気を起こさないように外堀を埋め始めた。
具体的には、学内新聞や学外の新聞にまでクレナイが退学の意向を見せていることを掲載したのである。もちろんファンやウマ娘のみんながそれに驚くとともに、辞めないでくれという声を上げ始めた。
トレセン学園に入れない外部のファンは門の外から声をあげたり手紙を出したりというところだったが、寮に入れるウマ娘はみんなクレナイの部屋に行って辞めないでくれと声をあげた。
大半のウマ娘はまた一緒に走りたいとかトレーニングしてもらいたいとか、退学したらさみしいと告げた。一例を上げると、以下のようになった。
・また一緒に飛行機見たい(マヤノトップガン)
・研究はどうする(アグネスタキオン)
・お姉ちゃんがいなくなるのは嫌だ(カレンチャン)
・お姉様と走りたい(ライスシャワー)
・一緒に長距離に向けたトレーニングを(ミホノブルボン)
・チームメンバーなのに一緒にトレーニングしてない(スペシャルウィーク、ダイワスカーレト、ウオッカ、ゴールドシップ、沖野トレーナー)
・もっと甘やかしたい(スーパークリーク)
・ダンスの指導を(ナイスネイチャ、ニシノフラワー)
・憧れの先輩とまた並走したい(キタサンブラック、サトノダイヤモンド)
・レースは楽しいよ(ハルウララ)
・友達もさみしがる(マンハッタンカフェ)
・またお茶会を(メジロマックイーン)
・お魚釣ろー?(セイウンスカイ)
・粉もの料理研究はどうするんや(タマモクロス)
・さんざん生徒会に迷惑かけてるんだもっと手伝え(エアグルーヴ、ナリタブライアン)
・もっとトレーナー談義を(桐生院トレーナ)
・トレーナーが寂しがる(ハッピーミーク)
さすがにここまで言われて退学しますなんて言える心の強さを持っていないクレナイは公式に退学しないとの声明を発表することになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「まさか、あの娘達がこんなことするとはね・・・」
車椅子から何とか松葉杖に戻ることができ、私は既に完治したといわれた両腕から軽いトレーニングを始めた。走るかどうかは別として、このままだとテイオー、スズカ、ルドルフに何かされたときに対応できないと、軽い身の危険を感じていたから。
あの娘達、暇があれば私のとこに遊びに来てはべったりくっついてこようとしたり、私の治療具合を見たり、治った後のトレーニングメニューを考えようとしたり、世話を焼こうとしたりとほんとすごかった。
そのまま腕にある程度の筋肉が戻ったころ、足の方も何とか治って普通に歩けるようにはなったものの、走るためのリハビリはあまり進んでいなかった。
アグネスタキオンや主治医(メジロマックイーン家のではない)と話してわかった結論は、私が走ることに対して何かの忌避間を持っているからということみたい。
それなら理由はわかる。多分練習して、鍛えて、トレーニングして。そのうえで以前の速さを取り戻せなかったら、どこかを故障してしまったら。それが怖いんだろう。それこそ、勝手にATフィールドを・・・いえ、これ以上はやめておきましょう。
そうして少し過ぎたころ、私を訪ねてくるくるウマ娘がいた。
「久しぶりだね。あの有馬以来になるのかな」
「ええ、そうね。あの有馬では1着おめでとう」
「すごい皮肉に聞こえるね」
訪ねてきたのはオウカだった。あの有馬で私に勝つと宣言し、私の事故があったとはいえその通りに勝ったウマ娘。
確か、あの後私を見たことでトラウマを負って走れなくなり、最近スズカのおかげでようやく復活、最近また成績を上げているウマ娘とか聞いた記憶がある。
「で、あなたが何で私を?」
「あなたに走ってほしいレースがあって、それを伝えに来た。有馬。もう一度、有馬でボクと勝負してもらいたい」
「・・・走るかどうかはおいておいて、何でかを聞いてもいいかしら?」
オウカはこくりと頷いて続けた。
「あの有馬で、ボクはキミに勝てなかった。あの事故が無かったら、間違いなく負けていた。でもあなたが転んだからボクが勝ってしまった。それだけがずっと心に残っているんだ。
ボクはあの有馬の後、一度走れなくなった。直線に入ると、どうしてもキミの姿が頭に浮かんできてしまってね。今でこそ何とかなったが、それでも心残りを晴らしておきたいんだ」
なるほどね。
「悪いけど、うんと頷くことはできないわ。今あの時と同じに走れるとかわからないし、何よりも今私はろくにトレーニングが進んでないし」
「それ、スズカからあなたが勝てなくなるのが怖くてトレーニングできてないって聞いてるけど?」
「・・・」
スズカめ、余計なことを言いやがって。・・・ってなんでスズカに言ってないのにそれを知っている!?!?
「あなた、勝てないのがそんなに怖いの?」
「ええそうよ、私は勝てないことが怖い。その辛さが私には怖い」
「だからもう走らない? 挑戦も試しもしない? あれだけの成績を出したウマ娘がこんな臆病だったなんて」
なんか無性に腹が立ってきた。
「有馬走りなさいよ」
「・・・」
やだって言いたいけど、なんか腹立たしくてその言葉が出てこない。
「走りなさいよ、トレーニングしなさいよ」
「・・・(イライライラ)」
「・・・(じーっ)」
あざ笑うような視線を向けてくる。それで私の何かが切れた。
「やってやろうじゃないのこの野郎!!!!!!!」
私がそう叫んだ途端、オウカがニヤッとした」
「今のセリフ、録音しておいたからよろしくね。有馬、楽しみにしてるよ」
それを聞いた私はこう叫んだ。
「くっそ載せられたああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
途中で閃いて、これをどうしてもこれ入れたかったのがありました。
ヒダリデウテヤ
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復活の序章
さて、ヒダリデじゃない。ハシリナサイヨですっかり載せられた私は、既にオウカの症状を診ていたスズカをはじめとするみんなの手助けもあってトレーニングをしっかり始められるようになった。
あの後は大変だったわ・・・。陰で聞いてたルドルフ、テイオー、スズカがみんな飛び出してきて、私に抱き着くわ泣き出すわ。んでその場でルドルフが秋川理事長に電話で報告。理事長からは
「成就! しっかりサポートするのだぞ!」
との言葉が出たらしい。いや何余計なことを言ってくれているんだ理事長。あの時ルドルフ以下3人がすっごい暗い笑み浮かべてたぞ。
実際、あの後今まで以上に三人が私にべったりすることになった。今や私の部屋(足が治ってもあの1階の部屋を使っている。あの部屋、ほかの部屋より広いらしい)に私物をどんどん増やしてたまに泊まりに来ている。そのたびに愛をささやかれているんだけど、それがちょっと重い。誰よ束縛力とか重バ場◎とかささやきとか覚えさせたのは。
まあそれはさておき。ケガをするまではずっと一人でトレーニングをしていたわけだけど、その環境も今は大きく変わった。
まず呼んでもいないのにテイオー、スズカが来る。ルドルフも来る。おかげで最近はずっと四人でトレーニングしている。私の指導で。それに沖野トレーナーもたまに見に来るようになった。彼曰く
「一人で練習したいのは知ってる。実際、俺が指示するよりもいいトレーニングをしていると思うし、シューズの手入れも俺では叶わんくらいだ。だがそれでも俺はキミのトレーナーだからな。見守るくらいはさせてくれ」
とのことだ。実際、特に私に指示を出すこともなく見守るだけ。終わった後に差し入れするくらい。
正直、私はトレーニング知識とか、他のウマ娘にトレーニングしていた経験を生かしてスピカメンバーのトレーニングを見るように言われるだろうくらいに思ってたから、見守るだけで指導せずの沖野トレーナーにはびっくりした。それについて聞いたこともあるが
「スピカのメンバーの指導まで任せたら俺の立場がなくなるし、それは俺の責任だ。まあ最近常に君といるテイオーとスズカのトレーニングくらいは君に任せるしかないが、それ以外は俺がしっかり見るさ」
と言っていた。うん、やっぱりスピカにしてよかったと思った。
さて、そうこうしているうちに、学内の模擬レースに出られるくらいには足が戻って来た。私としてはまだまだだと思うのだが、ルドルフ曰く
「現状でも模擬レースくらいなら余裕で勝てるさ。現役ウマ娘が出るわけではないし」
だそうだ。
レース当日。ゲート近くでストレッチをしていると、ルドルフ、テイオー、スズカのいつもの三人組が顔を出した。
「ぜーったい勝ってね。期待してるよ」
「非公式だが、キミの復帰戦だ。楽しみにしている」
「しっかりと見ていますから、頑張ってきてくださいね」
それに手をあげることで答え、私はゲートに入った。
そしてレーススタート。ケガする前と同じように先頭に出て後続をぐいぐいと引き離す。そのまま危なげなく最後の直線に。そしていつも通り、トップでゴール板を駆け抜けた。
そのうち、重い三人との日常でも書いてみたいですね
まずは完結させてからですけども
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クレナイの奇跡
学内レースでの復活の後、自信をつけた私は更にトレーニングを重ねた。そのままケガをする前に近づく体を取り戻すことができた。
そして時は過ぎ、有馬がやってきた。私が公式に復活する日である。どうしてもレースで勝てると踏めるだけの体を手に入れられなくて、ここまで来てしまった。正直言えばまだ足りないと思うのだけれど、そうしたらいつまでたっても出られないわよとあの時の録音を半目で見せるオウカに負けた。
実際、私が有馬への登録をしたら票が続々と集まり、まさかの一番人気で出走が決まった。
まあ予想はしていた。トレーニング続けている間も応援のメッセージや手紙が毎日のように届いていたし、時たま取材に来る記者が結構いたし。にしても、乙名史記者だったかしら? あの記者、過大に感じ取るの何とかしてほしいわね。次変なこと書いたら絶対会長に頼んで出禁にしてもらいましょう。
それはさておき。
中山競バ場。芝の香りと勝負服の感覚が懐かしい。
さて、有馬の人気を上から何人か紹介しておきましょう。
二番人気、アメリカから電撃帰国(私の介護のため)した後、目覚ましいスピードを見せるサイレンススズカ
三番人気、最近あまりレースに出てない(私の介護のため)けども出ると究極テイオーステップで勝利を収めるトウカイテイオー
四番人気、今日こそクレナイに勝って決着をつけられるか、波のあるウマ娘オウカ
きっちり私に関係のあるウマ娘が上位に来た感じね。私の紹介文?
一番人気、血の有馬から復活を遂げた軌跡のウマ娘。あの後も人気は衰えずその声援を背負って今日もトップでゴール板を駆け抜けられるか、キサラギクレナイ
なんかすっごいプレッシャーを感じなくはないわね。とはいえ、別に気にならないのだけども。
ちなみに、ルドルフ会長は観客席から応援してくれるそうだ。
パドックに入ると、また横から強い視線を感じる。
「あなたは何をやっているのよ、オウカ」
「いや、あの時はこうやって宣言したっけと思ってね」
懐かしいわね。あの有馬が昨日のように思い出されるわね。
「今日こそ、しっかりと君を差し切って勝つ」
「じゃあ私はこう返しましょうか。ふふ、やれるものならやってみなさい。あのサイレンススズカでも見れなかった私を超えた先頭の景色。あなたに見られるかしら?」
あの時と同じセリフを返し、レース場内へと向かう。
「各場ゲートに入りました。体勢整えて・・・各ウマ娘きれいなスタートを切りました!」
ゲートが開いて一気にレース場に飛び出す。そのまま一気に加速して先頭に。
「さぁ先頭を行くはキサラギクレナイ。いつものように先頭を駆けていきます。それに続くは二番人気サイレンススズカ。クレナイに迫らんという気迫で追いついていきます」
第三コーナーから四コーナーを抜けて有馬を一周。あの時と同じ。順調に走っている。
「さぁここで後ろからオウカが上がってきた! オウカ凄い加速だ! その前トウカイテイオーも横に飛び出て加速! スパートをかけてサイレンススズカに迫ろうとしている!」
最終コーナーに入る。多分、後ろにはスズカがいる。見なくても聞かなくてもわかる。あれだけ一緒に練習したスズカなら、絶対にいる。わかる。
でも前にはいかせない。
「先頭からキサラギクレナイ、サイレンススズカ、トウカイテイオー、オウカと続いてくる!」
最終コーナーの第四コーナー。ここの立ち上がりと同時に一気に全力を出す。
「さぁ中山の直線は短いぞ! 後ろの娘たちは間に合うか!?」
「最初に立ち上がったのはキサラギクレナイ! あの時と同じ、前の有馬と同じように!! ぐんぐんと、ぐんぐんと加速していきます!!!」
「それに合わせてサイレンススズカもラストスパート! その後ろからトウカイテイオーとオウカが迫る!! 並んだ、四人が並んだ!! 年末の有馬は、夢の有馬は、いったい誰が制すのか!! 誰が勝ってもおかしくないこの状態、だれが最初にゴール板の前を駆け抜けるのか!!!」
あの時はここで転んだんだっけ。そう思いつつも、最後の、本当の最後の力を振り絞って全部の力でターフを蹴る。
「今ゴールしました!! 同着!! 同着です!! これは写真判定になるでしょう」
ゴール板を駆け抜けた後、ゆっくりと減速。うん、足に痛みはない。大丈夫。
「誰が勝った!?」
オウカの声が響く。確定板を見ると、未確定の文字が。写真判定をしているらしい。息を整えている間に結果が出た。場内に放送が響く。
「結果が出ました! 1着はキサラギクレナイ!! 血の有馬から完全復活!! 奇跡の大復活です!!」
「2着はサイレンススズカ、3着オウカ、4着トウカイテイオー、5着にライスシャワーという結果になりました!!!」
・・・勝った? ・・・勝った! 勝った!!!
だんだんと勝ったという実感がわいてきて、そのまま天に向かって叫んだ
「勝ったぁあああああああ!!!!」
それに合わせて観客席から大きな拍手が沸き上がった。
「勝てなかったか・・・」
「ふふ、私の前は誰にも譲らないから。また景色を見れるようにがんばりなさいな♪まあ、本当はちぎるくらいのつもりでいたから、私もまだまだなのでけどもね」
残念そうなオウカにそう返す。
「やっぱりあなたが強いわね。アメリカで鍛えられたと思ったのだけども」
「本当だよ。最後の最後で差し切ったと思ったのに」
「まだまだ。無敗のウマ娘の称号は降ろさないわ」
「「いや(いえ)、一度おろしてるじゃん(おろしてるじゃない)」」
そんなやり取りをしつつ、ライブの準備へ。
偶然にも今日の曲はSpecial record。4人で歌う曲だ。
「さぁ、ライブやってきっちり終わらせるわよ!」
「ああ!」
「ええ!」
「うん!」
その日のライブはいつもよりも盛り上がった気がした
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四人の軌跡
それからいろんなことがあった。
まず大きな出来事といえば、私がウマ娘兼トレーナーとなったことかしら。
やっぱりトレセン学園のトレーナー不足は顕著で、君もチームを率いてくれと何回も理事会からの要請が来たのよね。最初は断っていたけど、あまりにもしつこいので、数人で規定より少なくてもいいこと、トレーナーの業務の大半を免除してトレーニングを見るだけにすること、そして私が現役で走り続けることなんかの条件を付けて吞むことにした。
そしてそのメンバーなのだけども。
「クレナイトレーナー、ちょっといいか?」
「あら、何かしら? ってそのトレーナーっていうのやめてくれない?」
「今まで人の名前をわざと間違えてたお返しだ。実際間違っては無いしな」
「ぐぬぬぅ」
「クレナイ、洗濯終わったわよ」
「今日は天気がいいからすぐ乾くだろうね」
そう、シンボリルドルフ、サイレンススズカ、トウカイテイオーの三人である。何を思ったのか、スズカとテイオーがスピカから移籍。ルドルフは新規に加入という形で入ってきた。ほかにも加入したがっていたウマ娘はいるが、この三人が阻止していた。さすがの私もこれ以上みると自分のトレーニングに影響するからそのまま阻止し続けてもらうつもりだ。にしても、有力なウマ娘であるスズカとテイオーの二人を手放していいのかと沖野トレーナーに聞いたところ。
「既にお前がトレーニング見てるようなもんだし、いいんじゃないか? 別にこれで縁が切れるわけでもないし」
と軽い調子で話がついてしまった。ほんと軽いというべきか、面倒なことは気にしない性格というべきか。
と、そこで部室の扉が開く。
「ああ、クレナイ、ここにいたか」
「あら? オウカじゃないの。今日は何か?」
「俺もいるぜ。ちょっと今度の学園のイベントの相談があってな」
オウカはそのままスピカで沖野トレーナーの元、打倒クレナイを掲げて頑張っているらしい。とは言いつつも、何かがあると沖野トレーナーがうちと合同でイベントやろうとしてくるから、仲のいいライバルという関係に落ち着きつつあるわね。おかげでトウカイテイオーとサイレンススズカもスピカのメンバーと仲が良くって、たまにあっちの練習に交じっていることもごくまれにあるわね。
いえね、まず私がトレーニングするときは一緒にやるし、しないときは私と一緒に遊ぶし、私がトレーナー業務で仕事があるときは私の手伝いをするし。シンボリルドルフも大半の生徒会業務をエアグルーヴに任せちゃって、今はエアグルーヴでもどうにもならないときに手伝ったり、私が応援で呼ばれるときについていって手伝うくらいなのよね。ほんと、みんな私のことが好きすぎるのよね。なんかもう慣れたし、嫌じゃないからこのままにするけども。
沖野トレーナーの相談を解決した私たちはそろって練習場に出る。
「さぁ、今日もトレーニングやるわよーーー!!!」
「「「おーーーーー!!!」」」
これからも私の軌跡は続く。走れなくなるその日まで。そしてその軌跡は一人じゃない。チームみんなで、最後の日まで、全力で駆け抜けるだろう。
とりあえずこれで完結です。
また短編として、四人の重い日常でも書けたらいいなとは思っています。
ここまでありがとうございました。
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