地上最強のホモ(に追われる俺) (100000)
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全ての始まり

ホモ(一方的な決めつけ)


神様転生なんて言葉があった。死ぬと違う世界に転生し、何かしらの特殊能力を手にすることができるというある意味夢のある二次元用語だ。

 

現代アニメはこれでもかというくらいにこの神様転生に溢れて1つのブームとなっていた。もっともそのブームから生まれた作品を俺は愛読していたのだが。

 

神様転生の良いところは個人的には無双要素にあると思う。主人公の思考はともかく、何かしらの能力でその世界の強敵や仕組まれた罠をことごとく粉砕していくのが見ていて楽しかった。

 

もし俺が死んだらこんな風に神様転生して無双したいなと思わずにはいられなかった。

 

もっともそれはあくまで()()()、非現実の話だ。だからこそ、それが叶わないと知っているからこそ、あれこれ妄想をしてしまうのだ。

 

色んな欲望を抱いても思う分には自由だしね!

 

昔は無双系でも熱血系ヒーローを見て、かっこいいと思っていたが歳をとると何故か知らないがこういう『あれ?俺なにかやっちゃいました?』に憧れを抱くようになってしまったのはどうしてだろう。

 

某ゴブリン系のアニメを見て、俺もゴブリンに・・・なんて考えてしまうともはや末期かもしれないけど。

 

 

 

だが、実際に神様転生というのは本当にあった。ぶっちゃけ死んでるのに興奮した。死んだはずの俺が何故かまだ意識があったから、神様がしてくれたんだ、と解釈する俺を生前の俺なら何言ってんのと訝しげな目線を投げてただろう、あるいは自己嫌悪。

 

トラックに轢かれた記憶あるので、即死間違いないのだが、奇跡的に一命を・・・なわけない。

 

これが夢ならいいが、どこか現実的な感覚が身体にあり、夢ではないという気持ちが強くなっている。

 

教えて

 

何かが聞こえた。神様の声だと直感的に分かったが当時の俺はテレビか何かのドッキリだとまだ心のどこかで思っていたのか、アナウンス的なやつだと半信半疑だった。

 

何が欲しいの?

 

神様転生だろうか、あるいはそれに似せたドッキリだろうか。ともかく俺がその時に思ったのは生前かっこいいと思ったとあるアニメのキャラクターの武術である。

 

流水岩砕拳(りゅうすいがんさいけん)!!!』

 

今にして思うが、財力とか当たり障りのないこと言っておけば()()()に絡まれることもなかったのだった。

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『また勝ったァ!強い!強過ぎる!一体お前はどこまで強くなるんだ流野岩技(ながれのいわぎ)ぃ!』

 

実況のなにやら盛り上がった声を聞きながら、挑戦者()()()男を見下ろす。試合前は意気揚々としていたが、最後のクロスカウンターがよっぽど効いたのかピクリとも動かない。

 

歓声にあがる周囲を見るに今日もうまく()()()()()()()()()()()ようだ。

 

『よく勝ったな!正直ヒヤヒヤしたぞ!』

 

満面の笑みを浮かべるコーチと拳を合わせる。なんやかんやこの人ともそれなりの付き合いになってきたな。

 

『今の気持ちを聞かせてください!』

 

「今回も勝てて良かったです。次も勝てるかは分かりませんが頑張ります」

 

勝利者インタビューにいつもの文言を返す。ここで傲慢になったら万が一負けた時に色々バッシングを受けそうだし、謙虚に出ておくのが一番だ。

 

『・・・・・・』

 

喜びに湧くセコンドや俺を見に来てくれたファン、一色に染まる会場の中でたった一人俺を睨みつける人がいる。

 

なんでこのじいさんには()()()()()()

 

 

 

 

一方的な試合は誰の胸にも響かない。だから相手にもある程度手を出させてから最後はカッコよく決める。それが俺、流野岩技のボクシングだ。

 

もっともそれは今世の名前なのだが。

 

結局ドッキリでもなんでもなく普通に転生した、どういうわけかそこは現代日本。魔法もなければ剣も技もなんか見た事あるようなものしか無かった。

 

故に俺が持つ転生特典『流水岩砕拳(りゅうすいがんさいけん)』は全然使えなくなってしまった。まぁ殴ったら捕まるし。

 

それでもなんとかこれを活かそうと始めたのがボクシングだった。早速ジムに行って、練習生として参加し体力作りから始めることに。

 

そこからリングに立つことになるのだが、そこにはちょっとした()()()()があった。それはもう少し自己分析が必要だと感じる出来事だった。

 

 

 

はじめにジムのコーチがいきなり『俺が止めというまで絶対に止めるな!』と中々に厳しい指導を飛ばしてきて、おもむろに縄跳びが始まった。走り込みはしないの?と思ったが素人の俺には分からなかった。

 

はじめはみんな余裕そうだった。中には二段飛びをしてる人もいた。俺はセオリーを知らないので、周りに合わせたペースで飛ぶことにした。

 

10分、20分と何時まで経っても終わらない。

 

しかし一時間経っても脱落者が出なかった。さすがにおかしいと感じたが、なんか周りは真剣な表情になってるし俺だけ止めるに止めれなかった。

 

そこから止めがかかるまでおよそ4時間。残ったのは最初に二段飛びしてた男と俺だけになった。

 

汗をダラダラと垂らし、なんとか立っているその男を横目に俺はこれでよかったのか悩んでいた。

 

周りの、それも明らかに玄人を思わせる人達が息を切らすなかで俺だけ余裕そうに振る舞うのは・・・優秀と思われるかもしれないが悪目立ちもしそうと思ってしまうからだ。

 

『次、シャドー!2分!』

 

シャドーとはシャドーボクシングのことだろうか?しかしさっきまで馬鹿みたいな時間縄跳びしたのにもう次とは中々にスパルタなようだ。

 

ヘロヘロとした感じで皆立ち上がるが、なにやらスイッチでも入ったのか、シュシュとステップしながら拳を前に突き出し始めた。

 

『おい!お前もしろ!』

 

そんな事言われても、まず構え方すら教わってないのですが。

 

周りが一心不乱に腕を振るってるので俺も取り敢えず構える。

 

俺が構えた瞬間、周りからバカにしたような笑い声が聞こえる。しょうがないじゃん、俺は()()なんだから。

 

ふぅ、と息を吐く。そして自分の中で水の流れをイメージしながら腕を回す。

 

周りから笑い声がピタッと止む。どうやら何かに勘づいたようだ。

 

──流水岩砕拳

 

心の中で思うはあの漫画に出てくる武闘家の勇姿。高齢ながらもそれを思わせぬ身のこなしと圧倒的な『武』。そこでヒーローと呼ばれるにふさわしいあの動きを・・・再現する!

 

両腕を激流の如く苛烈な動き、軌跡を描きながら掌打を繰り出す。相手がいることを想定しそのまま素早く回り込み、同様の動きを繰り返す。

 

蹴りは使わないようにしないとな。ボクシングは足を使って攻撃しないし。

 

そこから2分間、ひたすら動き続けた。始めは自分の練習に集中していた人も同じシャドーをしていた人もその手を止めていつの間にか俺の方を見ていた、いややってよ。

 

『おい、お前。ちょっとこのサンドバッグを思いっきり殴ってみろ』

 

「え?」

 

シャドーが終わるとコーチの人が俺にそう提案してきた。サンドバッグを殴ってみろって急にどうしたんだろ?

 

不審に思ったが、断るわけにもいかず、とにかく近くにあったサンドバッグと向かい合う。改めて思うけどデカいな、それに凄い重そう。漫画でよくこれを揺らしたり、吹き飛ばしたりしてるけど冷静に考えると人間技じゃないよな。

 

そんなことを思いながら、もう一度構える。イメージ良し。取り敢えず殴る、後は野となれ山となれ!

 

「はっ!」

 

足元からチカラを練り上げるようにして正拳突きを放つ。

 

しかしその拳がサンドバッグを揺らすことはなかった。

 

「・・・やっべ」

 

そのかわりに俺の拳はサンドバッグにめり込んでいた。てかその皮を貫いて、その内側まで拳を届かせてしまっていた。

 

どうしよう、サンドバッグを壊してしまった。これっていくらすんの?皮だし、デカいしもしかしてめちゃくちゃ高額な値段請求されるのでは?

 

唐突に訪れた悲劇に顔を青くする俺にコーチは告げた。

 

 

 

『お前、明日からリングに上がれ』

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数ヶ月前のことを思い出しながら、我ながら破天荒な人生歩み始めてるなと思う。もっとも目の前のこの老人ほどではないが。

 

「いや〜、今回も大勝だったじゃないか!流石だのぅ、岩技!」

 

そう言いながら満足気にソファでぽんぽん跳ねるこの人の名前は徳川光成(とくがわみつなり)。何を隠そうあの教科書に出てくる徳川の末裔・・・らしい。もっともこの人が抱える財力を見る限り、その話は本当だということは確かだ。聞いたところでは、世界でも五本の指に入るとか。

 

そんな、いわゆる、超富裕層が何故こんなしがないボクサーの目の前にいるのかというと、

 

「全くお主の戦いを見てると胸が踊るのぉ!この老いぼれにも楽しみがあってなによりじゃ!」

 

まぁ、金持ちの道楽に付き合ってるのである。デビューから数試合で、チャンピオンにまで上り詰めた俺を徳川さんが気に入ったのか、こうして定期的にどこから拾ってきたのか分からない凄腕ボクサーと戦わされることになっている。

 

「して?今回の挑戦者(ボクサー)はどうだったか?」

 

「・・・ふむ」

 

顎に手を当てて考える。徳川さんが言ってるのは間違いなくあのボクサーのことだ。どう、というのは強かったかどうか。結論を言うと、強かった。てか、普通に日本のてっぺんを取っても何らおかしくない実力だった。

 

「とても強かったです。恐らく次はないでしょう」

 

こう返すのが、当たり前の反応・・・と思いたい。

 

「なるほど・・・わしは()()()()()を聞いとるのじゃが?」

 

さっきまで満面の笑みだった徳川さんが急に真顔になる。この人の怖いところは変なとこでスイッチが入るところだ。俺が戦ってる時なんかは観客と一緒に絶叫してるくせに、何か返答を間違えるとこうなる。

 

「・・・・・・正直なところ、相手になるかと言われると弱かったです。ジャブはまあまあ速かったですが、結局それだけでしたし」

 

これは俺の本音だ。しかしこんな相手をバカにしたようなことこの人以外の前では言えないぞ。

 

「カッカッカッ!()()()ではそれなりの戦績を納めてる実力者だったのだがな〜!」

 

俺の返答に満足したのか、再び笑顔になる。なんで俺この人のご機嫌とってるんだ?

 

コッチ、ていうのは・・・おそらくあの闘技場のことだろう。

 

「あの男でも満足しないなら、もうこちらから出せるのは限られてくるのぉ」

 

徳川さんがそんなことを言い始め、腕を組み、うーんと悩みだす。あ、これまた変なカード組まされるやつだ。

 

「あ、俺この後記者会見あるんで行きますね!」

 

「おぉ!次のカード、期待しておれよぉ!」

 

どうやら徳川さんの中で俺がまた戦うのは決定事項らしい。くっそ、一試合、億のファイトマネー積まれたらやるしかないだろこのやろ。

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

あれから記者会見を終え、帰路に着いた俺は特に寄るところもなく、真っ直ぐ自宅であるアパートへ向かう。

 

転生者のお約束なのか、天涯孤独だった俺はそのまま施設で育ち、ちょっとしたことからプロボクサーとなった。施設に特に思い入れがあったわけでもないが、恩はあるので定期的に仕送りしてる。

 

天涯孤独なのは寂しかったが、自由というのも存外悪くなかった。

 

それに今はボクシングというやりがいもあり、富も名声もそこそこ手に入れられてる。

 

転生特典の使い方が少し違う気もするが、こんな物語もあってもいいだろう。人間は争いも求めるが平和も求める。変に火を増やすよりもここいらで落ち着くのが生きるってことだろう。

 

 

 

 

「よぉ」

 

その声がしたのは俺の真後ろからだった。

 

すぐさま振り返る。そこには俺より頭1つ抜けた高さの背に、服の上からでも分かるほどに筋肉が隆起した大男が立っていた。

 

「ッッッッ!!!」

 

一瞬でその容姿(すがた)に圧倒された。その男はもはや人としての領域を超えた人間だと直感的に理解した。そもそもオーラが今まで見てきたどのボクサーよりも禍々しく、強大だ。気のせいか周りから聞こえていた虫や鳥の音が聞こえなくなっている、まさかこの人を察知して逃げたとかないよな?

 

ではここで一つ疑問が生じる。そんな人物がなにゆえ俺に声をかけたのかだ。言っておくが、俺は裏世界に関わるようなことはしていない。それに関わってそうな人はついさっき居たが、俺は全くノータッチだ。

 

「ククク・・・」

 

何だこの男、急に笑い始めたぞ。やっぱりそっちの世界だから()()()とかやっているからだろうか。今から全力で逃げればなんとかなるか?

 

「やれやれ、徳川も面白い男を見つける・・・」

 

トクガワ?今徳川って言ったよね?え、なんでここであのじいさんが・・・?

 

 

『次のカード、期待しておれよぉ!』

 

 

え、まさかとは思うけどこれがあの人が言ってたカード・・・?

 

・・・スゥー、もしかしてなんだけどあのおじいさんってけっこう頭イカれてる?イカれてるよね?さっき試合ばかりなのにもうカード組んだの?てかここリングじゃないんだけど・・・。あの人ヤバすぎるだろ。

 

俺の中で徳川さんの株がどんどん下がっていくなか、男は口を開く。

 

「なぜお前はボクシングをしている・・・いや、()()()()()()?」

 

「え?」

 

急に問答始めたぞ、やっぱりおクスリ・・・

 

「お前が持つ技術(わざ)は本来ボクシングなんぞに使うものではないだろ?」

 

「・・・・・・」

 

これは驚いた、まさか流水岩砕拳に気づかれていたとは。テレビでは岩技流ボクシング、なんて言われてるがそもそもこの武術はボクシングではなく実践格闘に近い。

 

「答えろ、お前は何故それを使う?」

 

嘘は許さんとばかりに圧をかける男。いやいやヤバすぎる。別に嘘を言ってもバレないと思うけどなんかそれをすると危ない予感がする。

 

「え〜と、あの戦い方は生まれつきというか、気づいたらできてたっていうか・・・まぁそんな感じです」

 

嘘は言ってない。実際生まれた(転生した)時から身についていたし、それの使い方には自分で気づいた、だから嘘は言ってない。

 

「ほぅ・・・ッ!」

 

俺の言葉に目を見開き、とても興味深そうに俺を見る大男。なんだろうこの人、スゲェ舐めるように見てくるんだけど気持ち悪いな。まさかホ○とかじゃないよな?

 

「なるほど・・・・・・なッ!」

 

「は!?」

 

俺がこの男について推理しているなか、突然男は拳を握り、俺に向かって振るってきた。

 

上からの大振りだったので咄嗟でも避けることができた。だが・・・

 

「・・・嘘だろ」

 

男の拳が叩きつけられたコンクリートの地面には小さなクレーターができていた。一体どんなチカラで殴ればここまでできるのか、しかしそんなことを考えている余裕はなかった。

 

「生まれながらにしての強者、種は違えど俺とお前は同じだ」

 

男が突然訳分からんことを言い始める。どうやら本当にクスリをやってるらしい、いきなり殴りかかるわ、変なこと言うわ、とても話が通じる相手じゃない。

 

「おま、警察呼ぶぞ!」

 

「警察を呼んでも俺は止められんぞ」

 

それはその通りだ。少なくとも銃を携行していない警察官に止められるとは思えない、てか銃を携行してても抑えられるか怪しい。

 

「ちょ、ちょっと待って!せめて一つ聞かせて!」

 

「ん?」

 

もはやクロ、てかただの暴漢であることは確定だ。であるならこちらとして確認しておきたいのは一つだけ。

 

「もしかして、俺のこと(性的に)好きだったりする?」

 

ここでもし、イエスなら仮にここでやられれば、お尻の穴が文字通り広がってしまう。ノーなら正当防衛ってことでなんとかなる可能性がある。

 

・・・さぁ、どっちだ!

 

「・・・・・・あぁ、(好敵手として)大好きだ♡」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・スゥーッッッッッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一期一会という言葉がある。出会いはその時、その間だけ、だから一つの出会いを大切にしなさいという教えを説く接客の心構えみたいな言葉だ。人生出会いと別れの連続だと俺も思うが、そこから更に相手と友好関係を築ければ、出会いはその場限りではないということにもなるはずだ。

 

それに、思わぬ出会いというものがそのまま腐れ縁のようになってしまう場合もある。なんやかんや変な繋がりを持つとその関係が月日が経ってもそのままだったりする。

 

これはそんな()()()()()を持ってしまった俺の話。

 

具体的に言えば、

 

 

 

 

「助けてえええええええええ!!!」

 

「待てぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

なんか変なオッサンに目をつけられて追いかけ回されることになった俺の話。




50代 男性 コーチ
『一目見たときから分かった、コイツは化けるってな』

『結果はアンタも知ってる通りさ』

『でもよ、何がヤバいってアイツ・・・』

『アレで運動経験ないって言うんだよ、ありえねぇよな!』

『そういえば最近なんか疲れた様子だが、まぁチャンピオン特有の気疲れだろうな』


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看板娘

意外と覚えてくれてる人がいてくれて嬉しいです。リアルが忙しいので亀足更新ですがよろしくお願いします。

ボクシングを書いてるのに作者はボクシングを何も知らないという矛盾ッッッッ!!!


「よぉ、チャンピオン!・・・ん?なんか疲れてないか?」

 

「・・・うす」

 

あれから謎の大男を徹夜で走り続けることでどうにか撒き、家に帰ったが疲れが取れるわけもなく、フラフラしながらジムに顔を出すことになった。

 

コーチが俺の異常に気づいたのか、声をかけてくれたがそれに返す気力は無かった。

 

「おはようございます」

 

『おっす!!!』

 

そんななか、後ろの方から凛とした声が聞こえてくる。その声にジムの先輩方は一斉に、明らかに俺の時より色の付いた声で挨拶を返す。振り返れば、我がジムが誇る看板娘が入ってくるところだった。

 

その姿は、ジャージ姿というのにもはやオシャレにしか見えない程優美で、腰まで伸びる黒髪がいっそう清楚さを醸し出している。100人男が居れば例外なく100人振り返る美がそこにあった。

 

「早く来れてえらい!」

 

なおコーチも例外なく元気な声で、謎の全肯定をしている。

 

「おはようございます、岩技さん」

 

「おぉおはよう、澪花(れいか)さん」

 

俺にはそんな余裕ないが、できるだけいつも通りに挨拶を返す。いつも通りだよね?俺この人と挨拶する時いつも緊張してドモるんだけど今の大丈夫だったよね?

 

「あら、元気がないわね。日本ボクシングの頂きにいるんだからもう少ししっかりしなさい」

 

「りょ、了解です」

 

チャンピオンらしくしっかりするようにと俺に言う澪花さん。だがそんな彼女も実は女子ボクシングで既に4回も防衛に成功しているれっきとしたチャンピオンだ。

 

柔 澪花(やわら れいか)、アマチュアからプロ入りし、そこから僅か一年でチャンピオンになる紛れもない天才。プロテストのスパーリングで対戦相手を一発で殴り倒したのは今でも伝説だ。華麗なる狼(ビューティー・ウルフ)なんて言われるが、その華奢な細い体から信じられないくらい重いパンチを打つことからアラレちゃんともしばしば言われたりもする。

 

「よし、じゃあアップから始めるぞ!」

 

『シャアッッッッッ!』

 

「はい」

 

コーチの声に返事じゃない返事をする。澪花さんはいつも通り凛とした声で返事をする。しかしなんでこんなにキレイな人がこんなむさ苦しいところで練習してるんだろうな。

 

 

 

 

 

「岩技ぃ!もっと早くやれるだろ!」

 

サンドバッグを打ち続ける俺にコーチから(げき)が飛ぶ。これでも()()全力なのだが、コーチには俺の微妙な手加減もお見通しらしい。

 

「これ以上本気でやったら壊れます!」

 

「安心しろ!壊れたらお前のファイトマネーでまた頑丈なやつ買ってやる!」

 

「え!?経費じゃないの!?」

 

「当たり前だァ!」

 

なんということだ。本気を出すと金が減る、本気を出さなかったら怒られる。一体俺が何をしたというのだ。

 

「監督」

 

「はいはい、どしたの澪花ちゃん!」

 

コーチの後ろから澪花さんが声をかける。さっきまで般若みたいな顔だったのに、別人のようにコーチが微笑み出す。

 

もはやいつも通りの光景でここにいる男子が例外なくそうなってしまうからか、もう異常とは感じなくなってしまった。

 

「岩技さんとスパーリングがしたいです」

 

「え」

 

「いいよいいよ!おい、岩技!さっさとギア用意しろ!」

 

当たり前のように澪花さんのヘッドギアを用意するように命令してくるコーチ。いや、言われなくても俺も澪花さんにお近づきになりたいから用意するけどさ!

 

しかし・・・スパーリングか。嫌ではない、むしろ澪花さんと練習できるなんてツいていると言っていい。しかしこれでもし、澪花さんに傷をつけようものなら・・・

 

『殺す!ギルティ!死ねぇ!』

 

とこのジムにいる、男勢全員を敵に回してしまう。ちなみに逆の立場だと俺もそうする。

 

なので、基本傷つけないように細心の注意を払うのだが、ここで一つ問題がある。

 

「よろしくお願いします、岩技さん」

 

「あぁあ、よろしく!」

 

彼女、

 

 

めちゃくちゃ強いんだよな。

 

 

───────────────────

 

 

 

「3分だ!手ぇ抜くなよ!」

 

俺がコーチを勤める、ここ、粗方(あらかた)ジムにはボクシング界を騒がせる化け物が2人いる。

 

その2人が今まさに、このリングの上でスパーリングを始めようとしている。

 

片方は、17歳でアマチュア入りし、高校卒業と同時にプロ入り、そして約束されたかのようにチャンピオンまで上り詰めた紛れもない天才、女傑、柔 澪花。恐らく向こう10年はチャンピオンの座は揺るがないだろうというのが俺の考えだ。

 

そして片方は・・・()()()。もはやボクシングとは言えない変則的な戦い方でありながら、プロ入りを日本ボクシング協会に特例で認めさせ、あまつさえ百鬼夜行と恐れられる無差別級でチャンピオンとなった怪物、流野 岩技。

 

その2人のスパーリングとなるともはやこちらの常識では測ることが出来なくなってくる。それは開始のゴングが鳴った際の2人の動きからも見て取れる。

 

まずは、澪花。早速一分の隙もない右ストレートを岩技に対して放つ・・・放つがその間合いがおかしい。

 

届かないのだ。少なくとも澪花が岩技に右ストレートを当てるにはもう腕一本分、間合いを詰めないといけない。・・・だが、

 

「・・・ッ!」

 

届く。岩技はそれを腕でガードすることなく、足捌きと体捌きのみでかわす。澪花が行ったのは至極簡単、それでいて達人芸とも称される御業。

 

本来、ボクシング、いや通常における打撃は間合いに敵を入れるところから始まる。ボクシングではそれをステップによる瞬間的な詰めで行うことが多い。ゆえに間合いの外から攻撃しようものならステップから打撃の工程は絶対的なものとなっている。

 

だが、澪花が行うのは打撃とステップの同時進行だ。いわゆるステップしながら打つという文面だけ聞けば、簡単そうだがそれを実践で行うのはとても難しい。そもそもステップを踏むということは、打撃において土台を担う足の踏ん張りを受けられないということになる。剣道の踏み込みとはまた別の上半身と下半身を全く違う動作をすることを要求される。やろうと思えば誰でも出来るが、マトモな打撃にはなり得ない。それを澪花は天才ゆえにその不純を道理としてしまう。

 

プロテストで対戦相手を初撃で倒してみせたその技こそ

 

『ゼロステップショット』

 

対戦相手にはあたかも澪花の腕が伸びたように錯覚するその打撃を・・・

 

岩技は容易く避ける。

 

言っておくが、うちのジムでアレをガードではなく目視でかわせるのは岩技だけだ。

 

そしてその岩技も言わずもがな、澪花並の、いやそれ以上の化け物だ。

 

ボクシングで異例のすり足による立ち回り、緩慢の動作に見えて、激流の如き動きに最初は誰もが度肝を抜かれた。

 

そもそもステップとすり足では瞬間的な動きでいえばステップの方が明らかに早い。ゆえに咄嗟のことでも対処が可能なのだ。

 

すり足というのをしたことがないがそれでもあの足捌きで()()スピードを出せるのは流石におかしい。

 

目の前で澪花が繰り出すジャブの連打を岩技はガードもせずにかわし続けている。

 

その動作の高い技術もだが、岩技の恐ろしさはそれだけではない。

 

「ッ!」

 

埒が明かないと距離をとった澪花が()()技を繰り出す。

 

今度はステップではなく、普通に歩を進めて近づく澪花だったが、ジャブを繰り出す瞬間、一瞬その姿がブレる。

 

緩慢な動作から瞬間的に素早く左右へのステップを行い、極端な静と動を生み出すことで一瞬自分の姿を霞ませる、もはや人間技とは言い難い絶技

 

その名は『(かすみ)打ち』

 

姿が霞んだ瞬間に打撃を放つことでその一撃を不可避のものとするここ数ヶ月で澪花が生み出した必殺技だ。通常の動体視力ではまずアレを視認することは出来ない。

 

そう、普通の動体視力なら・・・

 

「・・・ッッ!」

 

澪花が放った必殺技を岩技はいとも簡単に()()()。そういなしたのだ、ガードではなく。

 

岩技の動体視力も破格だが、岩技の特異性は打撃への対処にある。通常、ボクシングのジャブやストレートといった打撃への対処は避けるか受けるかの二択だ。流すなんて聞いたことがない。ときおり、グローブを当てて進行方向を逸らすというのはあるがそれで全ての動きに対応するなんてありえない。

 

だが、岩技はそれこそを最大の防御としている。流された相手は無防備を晒す、岩技はそこを仕留める言わばカウンター型のボクシングを得意としている。

 

必殺技をいなされた澪花だが、受け流されたのはジャブ、本命であろう右ストレートを追撃で放つ。

 

しかしそれすらも見通していたのか、岩技は表情一つ変えずにそれを流す。

 

「ほい」

 

そんな間の抜けた声とともに今度こそ体勢を崩した澪花の顔に岩技の拳が刺さる。しかしその攻撃には力が入っておらず、どちらかというとタッチの方が正しい。

 

「・・・」

 

はたしてそのような明らかな手加減をされた澪花はどう思うか。

 

いつもの涼しい顔が今度は獰猛な肉食獣を思わせるような好戦的な笑みに変わる。

 

「スイッチ入ったか・・・」

 

その名の通り華麗なる狼(ビューティー・ウルフ)へと変貌した澪花。澪花はスイッチが入ると普段のクールさはどこへ行ったのか攻撃的な面が強く出てくる。

 

さて、この澪花をどう岩技は対処するのか。

 

いつの間にか他のメンツも練習の手を止めてスパーリングを観察している。強者同士の戦いは見るだけでも練習になる、これがいつもの光景になっており、俺としても為になる故に止めようとは思わなかった。

 

───────────────────

 

 

 

 

やっべ、澪花さんのスイッチ入れちゃった。流石に避けるだけだと怒られそうだからフリだけしてみたんだけど挑発行為になっちゃったかな?

 

目の前で獰猛に笑う彼女に、内心冷や汗をかく。しかし彼女の笑い方、凄い好戦的だよね。俺最近それ以上に野性的な笑い方する男に出会ったんだけど凄いホモホモしい人だったよ。

 

つまり、澪花さんはホモ・・・なわけないか。何考えてるんだ俺。

 

そんなことを考えてるが、澪花さんへの警戒は怠らない。なんせあの状態になった彼女は何処ぞの漫画の主人公かよってくらい強くなる。

 

だけど不思議とそれが脅威とは感じなかった。いままでは一定の危機感のようなものを感じていたのだが、まるでそれ以上を知ってるからもう怖く感じない、といった風に思ってしまっている。

 

「はァ・・・!」

 

おなじみのゼロステップショットを今度は腕二本分は遠い間合いから。本来なら届かないであろう距離も今の彼女なら届かせる、それもさっきよりも速いスピードで。

 

「ッ!」

 

(速いなッッッッッ)

 

回避を間に合わないと判断。流水岩砕拳でいなすことにする。パンチ自体もさっきより重くなっているがそれでもまだ許容範囲内だ。

 

しかしゼロステップショットをいなしたからといってここは彼女の射程距離。その一撃で終わるはずもなく、超速のラッシュが俺を襲う。だが、それも(いな)し続ける。

 

まだ澪花さんの攻撃は止まらない。今度は超速のラッシュの最中だというのに、その姿が(ぼや)ける。

 

(さぁ来るぞッッ!)

 

ここからが澪花さんの真骨頂。『霞打ち』を併用しながらの彼女のラッシュはもう並どころか熟練されたボクサーでも耐えられないだろう。

 

だからこそ俺も()()を出す。

 

素手と違い、ボクシングはグローブをはめているので通常よりも拳が大きくなっている─当たり前だが─それはつまりそれだけ(いな)しやすくなるということ。

 

そして俺の動体視力、身体能力、そして流水岩砕拳(わざ)を総動員し、澪花さんのラッシュに対処する。

 

「ッッ!!!ッッッッ!!!!ッッッッッッッッ!!!!!!」

 

声を出さなくとも、その目、その顔で澪花さんの真剣(マジ)さと威圧が伝わってくる。普段のクールな彼女からは想像もつかない形相だ。

 

「そこまでだ!」

 

ゴングが鳴る、どうやらもう3分経ったらしい。てか、3分間攻め続けるとか澪花さんの体力がヤバすぎる。

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・・・・」

 

目の前には汗だくな状態でその場にへたり込む澪花さんの姿が。スポーツブラでも抑えきれていない胸元に汗が滴る姿が・・・凄い、エッチです。

 

「た、タオル持ってきますね!」

 

さすがに見続けるのはヤバい、急いで用意してあるタオルを持ってきて渡す。

 

また駄目だった

 

彼女がそんなことを呟くのが聞こえる。ダメだったって何がダメだったんだろう。今のでも反省点を見出すなんて澪花さんの向上心どうなってるんだろ。

 

───────────────────

 

 

 

また駄目だった、こう思うのももう何回目だろう。

 

彼とスパーリングをするようになってもう半年は経つのか。みんなが女である私に気を使い、あまり本気を出してくれず、私も知らず知らずのうちにチカラをセーブしていた。

 

『今日はお願いします!』

 

そんななかやってきた、()()()()()、それが彼だった。いままでのボクサーとは一線を画すその才能はこのジムの入所テストの時点で頭角を現していた。

 

ボクシングとしてはあまりに異質な動きをするそんな彼が一つ下の私の後輩となった。だからといって何かしてやろうとは思わなかったけどそれでも最低限面倒は見ないととは思っていた。

 

ボクシングは素人という彼にボクシングを色々と教えていくうちに疑問を持ち始める。

 

もしかすると彼はそのままの方が強いのでは?

 

そして彼にスパーリングを申し込んだ。彼は女である私とのスパーリングに戸惑いを示していたが、私としては女か男かなんてあまり関係なかった。

 

彼との初めてのスパーリングが始まったが、すぐに気づいた、彼は手を抜いていると。女だからという理由で手を抜かれるのはもう慣れたが、まさか初心者に手を抜かれるとは思ってなかった。

 

だからその時も苛立ちもあってか、本気のゼロステップショットを放ったのは我ながら未熟だと今でも思っている。

 

だが、当時の私の本気の一撃を彼は防ぐのではなく避けた。

 

そこでスイッチが入った私は今回同様、本気で彼を攻め立てたが、ついぞ彼に本気を出させることはなく、気を使わせる結果となってしまった。

 

その証拠に彼は今まで、私に攻撃らしい攻撃をしてきていない。

 

それからだろう、私の目標が彼になったのは。

 

それ以来、何故か先輩方は私とスパーリングをしたがらなくなったが、もう私には彼がいるから問題ない。

 

流野 岩技、私は必ずあなたを・・・

 

───────────────────

 

 

 

 

 

いや〜、今日の澪花さんもキレイだったな〜。スパーリングの時は野生動物か何かと思ってしまったけどそんなことは全然なかったわ。気の迷い気の迷い。

 

ジムの練習が終わった帰り道。今日はどういうわけか練習が午前中で終わり、皆焦るように帰っていった。例外として俺と澪花さんだけキョトンとしていた。まぁこれが初めてのことではないのであんまり気にしていないけど。

 

『おかえりなさい。今日は早いのね』

 

「はい、今日は早く終わりました」

 

俺が住むマンションの大家さんが玄関前の掃除の手を止めて挨拶をしてくれた。この人はなんやかんや施設時代から俺の面倒を見てくれた母親のような人だ。俺がボクシングを始めようと思った時にここの部屋を進んで貸してくれたし、もはや俺の中で神格化されつつある。

 

『ウチでご飯食べてく?』

 

「あ、大丈夫です。昨日の残りがまだありますので」

 

『あら、それは残念ね〜』

 

こうしてたまにご飯もご馳走になることもある。ホント大家さん女神様。布教したい。

 

大家さんにお礼を言い、自分の部屋まで歩く。俺の部屋は3階にあり、前世ならエレベーターを使うのだが階段をひとっ飛びで行った方がよりすぐに着く。

 

そういえば前に大家さんにファイトマネーでいままで迷惑かけた分お金を返そうとしたのだが、どういうわけか突き返されたんだっけ、また別の形でお礼をしよう。

 

ドアの鍵にキーを差し入れて、回──

 

「・・・あれ?」

 

回したのだが、ロックが外れた音がしない。つまりは開いているということになる。

 

「いや〜閉め忘れとは不用心だな」

 

と自分に対して戒めるように独り言をする。おかしいな、行く時にちゃんと確認したはずなんだけどな。こんなんじゃまた大家さんに心配されてしまう。

 

玄関を開けて、靴を脱ぐ。・・・え?

 

「なんだ、この、デカい靴」

 

マンションだから玄関で靴を置くスペースは限られている。その中で存在感を示すように黒く拳法家が履いていそうな革靴がそこに鎮座していた。

 

「よぉ」

 

声がする方を見る。あぁ、なんか神様、俺なんかしました?

 

そこには仁王立ちの姿勢で俺を見下ろす、昨日俺を散々追い回した性犯罪者(未遂・未定)の男がいた。




20歳 女性 プロボクサー
『彼は私の目標です』

『世間は私をよく評価してくれますが、彼と見比べればそれも地に落ちると思います』

『尊敬・・・ですか?えぇ、まぁ。目標としていますので』

『ですがいつかは超えたいと思っています。性別関係ない、本気の戦いで』

『お、男として・・・ですか?』

『・・・ごめんなさい。あんまりそういうのは分からないわ』

28歳 男性 プロボクサー
『うちの稼ぎ頭2人のこと?』

『いいきつけ薬になってるよ』

『あんなに出来た後輩を持っちゃ、先輩の顔が立たないからな』

『この後?そりゃあ練習ですよ、わざわざコーチにあの2人を外してもらったんですから』

『え?一緒にやればいい?』

『・・・ここだけの話、あの2人の動きに目を奪われて練習に集中できないんですよ』

『強すぎて』


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まるで幼馴染のような立ち回り

たしかこの小説書いてたの2年前だったはずなんですけどなんで皆さんそんなに覚えてるんですかねぇ・・・。もしかしてここ(ハーメルン)って偏差値高め?
感想の方でも前作に触れられてる方が沢山いました、作品自体中途半端で内容も賛否両論ではありましたが記憶に残る程度に読まれていたのは嬉しい限りです。


仁王立ち、その言葉のルーツはなんだったか。仁王というのが金剛力士像の一対なのは覚えている。金剛力士像のあの力強い立ち姿が語源だったかな。ならば今目の前の男ほどその言葉が似合う者はいないだろう。

 

「昨日ぶりだな」

 

男が口を開く。正直想定外だった、いやこれで想定内だったらそれはそれで凄いけど。まさか昨日の夜、振り切ったと思っていたけど実は、家まで尾行されていたのか。

 

マジかよ、じゃあこの人、強〇未遂に加えてストーカーと不法侵入までしてるのか、犯罪のオンパレードじゃん。

 

「俺としてはもう会いたくなかったんだけど」

 

そう言いながら、荷物を下ろし、戦闘態勢に入る。といってもまだ構えず、いつでも流水岩砕拳が使えるように頭にイメージをのせておく。

 

「つれねぇこと言うなよ、俺はお前に会いたかったんだからよぉ♡」

 

ゾワッと身の毛がよだつ。しれっと凄いこと言われたんだけど。これが澪花さんとかなら全然オーケーなのにこんな筋骨隆々の人に言われると自然と尻の穴が締まってしまう。

 

「で、なんの用なんです?まさか会いに来たという理由だけで不法侵入しませんよね?」

 

「いや、今日はただ顔を見に来ただけだ」

 

「・・・・・・え?」

 

なんだその長年一緒にいる幼馴染のようなセリフ。どう考えてもそのガタイで言っていい言葉じゃないでしょ。てか見に来たっていう理由で不法侵入するなよ、普通に大家さんに話通せや、あの人優しいからちゃんと話聞いてくれるって。

 

「そういうことだ」

 

どういうことだ。

 

そう言いながら、こちらに歩いてくる大男。顔を見に来ただけなら即刻おかえりいただこう。

 

「というわけでだ。(ツラ)、貸せ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

あ、そういうご冗談も言われるのですね、ハハハハ。

 

・・・うん、笑えないわ。

 

「ええと、ツラ貸せってどういうことです?」

 

いや待て、まだ希望を捨てるな。前回は有無も言わずに逃げ出したが冷静に考えれば俺のファンという可能性だってあるじゃないか。

 

チャンピオンになったことでそれなりにテレビでは顔が映るようになり、ジムの方にもファンレターなるものが届くようになった。中には告白の手紙みたいなのもあってめちゃくちゃニヤニヤすることだってあった。

 

だが、もしかするとその手紙が目の前の巨躯かもしれないじゃないか。それならば昨夜の『大好き♡』の意味も()()()()()()だと受け取れる。

 

なら頑張って説得すれば警察に自首してくれるんじゃないか?あるいはもう俺から手を引いてくれる可能性があるのでは?

 

「分からねえのか?俺と戦おうって言ってるんだよッッッ!!!」

 

あぁダメだ!もう好意的解釈から外れはじめてる!この人あれか、バトルジャンキーというやつか。強い人がいたら誰彼構わずに戦いを挑むなんてアニメ上の存在だと思ってたわ。

 

いや待て!たしかに『俺と戦おう』だと一見殺し合おうみたいな意味にも取れるが、『俺と(一緒に)戦おう』とも取れるかもしれない!こう、世界を一緒に救おうぜ的な!

 

まだ諦めない、諦めてたまるものか!てかその通りそのままの意味だった俺の目の前にいるのはガチな犯罪者ということになってしまうッッ!

 

「喰ってやるぜ!岩技ッ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は足元にある荷物を男の顔に向けて蹴り飛ばし、脇目も振らずに玄関を飛び出した。

 

──────────────────

 

 

 

 

 

『ゆうえんちたのしみ!』

 

「はは、父さんも楽しみだよ」

 

私、川沼太陽はもう年齢は40に到達しようとする一児の父だ。今日は小学生になる息子と妻と一緒に、入学の前祝いで遊園地に向かっているところだ。

 

結婚したのは30歳とやや遅めだったが、こうして子宝にも恵まれて、仕事も今のところ上手くいき、順風満帆な日々を送っている。

 

『お父さん、遊園地って何があるの?』

 

「メリーゴーランドとかゴーカートとかとにかくたくさん面白いものがあるよ」

 

息子の貴生(たかき)はこの日を楽しみに待っており、昨日は寝かせるのに苦労したものだ。

 

遊園地に行くには昼過ぎというのは少々遅すぎるが、今回はその遊園地の夜バージョンを楽しむために少し遅めに出発していた。

 

『お父さんあれなにー?』

 

「ん?あれってどれだい?」

 

息子が何かを指差しているのがミラーから確認できるが、運転中に脇見をするわけにもいかないので何を指しているのか分からない。

 

「貴生はなにをしてるんだい?」

 

仕方なく妻に息子の対応をお願いする。元々お昼寝が好きな妻は車の中でうつらうつらとしている。看護師として毎日多忙を極める妻にはわざわざ有給を取ってもらったのもあって睡眠を邪魔するのは少し申しわけなく思う。

 

『・・・ん、貴生どうしたの?』

 

『おかあさん、あのひとなにー?』

 

どうやら息子は物ではなく人に興味を持っていたようだ。しかし今は運転中、そんな中外に向けて指をさせるということは看板に載ってる人物を指しているのだろうか。

 

『・・・鬼ごっこしてる』

 

『おにごっこ!ぼくもすき!』

 

『・・・ふふ、私も』

 

元気な息子の姿に微笑ましいムードになる。しかし鬼ごっこか、そういえば息子とはしばらく外で遊んだことがなかったな。平日は保育園に預けっぱなしだったからな、遊園地ではそんなことできないが、また公園とかでかけっこでもしようかな。

 

『でもあのひとおそーい!ぼくのほうがはやいよ!』

 

『・・・そうね、貴生が一番』

 

どうやらそこまで速い人ではないらしい。妻も息子が一番だと親バカなことを言う。もっとも私も心の中ではそう思っているのだが。

 

・・・ん?待てよ、なんかおかしくないか?

 

たしかに走っているのなら車に乗っているこちらの方が速く思うだろう。だが、息子がそれを指さしてからもう一分は経っている。車は先程から直線を時速50キロの速さで進んでいる。本来ならかけっこをしてる人などとっくに見えなくなってるはずだが・・・。

 

その疑問の答えは、横を見ればすぐ判明した。

 

 

()()()()()()()()()()。いや、ほんの僅かに向こうが速かった。

 

 

なるほど、たしかに並走しているなら『見かけ上』向こうが少しずつ前に行くように見えるだろう。しかし、それはそもそもありえない。なぜなら並走する時点で少なくとも時速50キロ出す必要があるからだ。

 

ありえない、絶対にありえない。例え陸上選手が全力で走ったとしても車どころか自転車の速さにすらついてこれないはず。だが、目の前でそれが起こっているのだから信じざるを得ない。

 

『・・・あなた、前向いて』

 

妻がよそ見をしている私を咎める。いやその通りなんだがなぜ君は車と並走できる人間を見て何も思わないんだ。私がおかしいのか?たしかに最近の若者がどんなものか知らないが、少なくとも私の学生時代では車並のスピードで走るなんて聞いたことがない。

 

前を向きながらもチラチラと横目でその姿を確認する。

 

年齢は私よりもずっと若い、高校生か大学生くらいだろうか。背は170以上はありそうだ、顔はどこかで見たことがある気がする。

 

有名人?ドッキリ?

 

色々と推測する私だが、中でも目を引いたのがその表情だ。全力で走っているのかその顔は必死そのものだ。だが、その必死さの中に恐怖のような感情が混ざっているのが見て取れた。彼は一体何に怯えているというのだ。

 

『・・・・・・えっち、そういうのは貴生が寝た後で』

 

違う、そうじゃない。たしかに客観的には妻に何度も視線を送ってるように見えるかもしれないが、私が見てるのは君じゃない。いやそもそもその考えには至らないのではないか?

 

・・・待て、そういえばさっき鬼ごっこと言っていたな。ということは彼は鬼役?それとも・・・

 

サイドミラーから隣を並走している男の後ろを確認する。

 

「・・・・・・ヒェッ」

 

思わず口から変な声が漏れる。男の後方10メートル程後ろだろうか、黒い服を着た巨人のような男が凶悪な笑みを浮かべながら、陸上選手顔負けの腕振りで疾走していた。

 

その姿はまさに鬼、先程妻が鬼ごっこと言ったのが全く別の意味で捉えられるほどに禍々しい様相だった。なるほど、これほどの鬼ならこの人が必死になって逃げるのも分かる気がする。

 

アレが後ろにいることに凄まじい危機感を覚える。もしアレが追ってるのが私たちだったら今頃交通法を無視してアクセルを全開にしてただろう。

 

追われている人はその後すぐ、左に旋回した。その後に続いて鬼も左へカーブする。

 

「なんだったんだ・・・あの人たち」

 

と口では唖然としておきながら心の中では彼らのあの動きに憧れを抱いてしまっている自分がいた。例えるなら子どもの時に思った、空を飛べたら、光のように速くなったら、戦隊モノのロボットように大きくなったら、という叶うはずのない夢を現実に見た気がしてとてもドキドキしていた。

 

『ぼくはやくはしれるようになりたい!』

 

息子がそんなことを口にする。

 

「あぁ、貴生ならできるさ」

 

『・・・頑張って』

 

息子が口にする速さが果たしてどれほどのものか。流石にあそこまで速くなろうとは思っていないだろうが、それがどんなに速くても不思議と応援したいと思えた。

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、撒いたか・・・!?」

 

家を飛び出してからどれくらい経っただろうか。まだ日は沈んでいないからそんなに経っていないはずだ。

 

まさかあの男が家に上がり込んでいるのは予想出来なかった。至急、引越しを考えないと。あぁ、でも急に出ていくと大家さんに心配されそうだな。

 

「早急にこの問題を解決しないと・・・!」

 

そう胸に刻んで、足を向けるのは今回の一連の事件の主犯格を担う人物の邸宅。それなりに前から将軍様かよってくらい難題を吹っかけ続けるあの人のところだ。

 

大屋敷特有の門の前に立ち、インターホンを鳴らす。いままで色々と我慢してきたがそれも今日で限界だ、あの老害に一言、いや二言三言突きつけてやる。

 

『はい、どなたでしょうか?』

 

「あ。あの、自分、流野岩技というものなんですが徳川光成様はいらっしゃるでしょうか?」

 

取り敢えずインターホンにできるだけ丁寧な言葉で返す。心の中は憤慨しているがそれはまだ表に出さない。そう、決してインターホン越しの会話に緊張したからとかそういうのではない。

 

『すぐに使用人を向かわせますので今しばらくお待ちください』

 

え?アポも無しに来ちゃったけどすんなり通してくれるんだ。なんか怒られそうな気がしたんだけどもしかしなくても顔パスだった?

 

インターホンの通話が切れ、しばらく待つと黒服の如何にもボディーガードですという人が門から現れた。

 

『流野様ですね、徳川様がお待ちです』

 

「え!?もしかして元々呼ばれてました?」

 

『いえ、流野様がお見えになられたらすぐ通すように徳川様から仰せつかっていました』

 

「な、なるほど」

 

良かった、これで元々呼ばれてたのに怒り顔で上がり込んだらどっちが悪いのか分からなくなる。いや向こうは確定で悪いのだが。

 

使用人に案内されるままに徳川邸の中を進んでいく。立派な松の木やなんかくそでかい鯉がいる池、世界有数の大富豪という名に恥じない豪華さだ。てか庭が広い。

 

玄関を上がり、俺の部屋の4倍はあるんじゃないかという程広い和室に案内される。

 

あれ、もしかして俺結構ヤバい人に物申そうとしてる?

 

家を見て分かる権威と財力。俺みたいなちょっと人より強いだけの人間が相手にしていい存在じゃないと今更ながらに理解する。

 

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい・・・!なんて言おう、下手なこと言ったら東京湾に沈められたりしないよね!?暗殺者差し向けられたりしないよね!?

 

考えれば考えるほど自分が置かれている状況の理解が進んでいく。

 

「おぉ岩技ィ!よく来たの〜!」

 

「はい!お疲れ様です!」

 

和室の障子が開いた瞬間に、起立、その場で深々と礼をする。

 

「ん?何をしとるんじゃ、お主とワシの仲じゃろ。そんなにかしこまらなくていいぞ」

 

「あは、あはは・・・」

 

「・・・して?今日はどんな用で来たのじゃ?」

 

「え、ええとですね・・・」

 

さて、何から話そうか。とにかく当たり障りのないところから・・・

 

「この前言ってた対戦カード、あったじゃないですか」

 

「おぉ!どうじゃったか勇次郎は?」

 

やっぱりお前かよ!クソジジイめ!

 

「あの方は勇次郎さんって言うんですか?」

 

「なんじゃお主、範馬勇次郎を知らんのか?」

 

「・・・すいません、知らないです」

 

どうやら俺を追いかけているあの男は範馬勇次郎というらしい。しかもどうやら()()世界ではとても有名人のようだ。俺は知らないけどもしかしてその世界って裏の世界?

 

「そうじゃな・・・聞くが地上最強の生物と言えば誰だと思う?」

 

「・・・・・・・・・えーと」

 

地上最強の生物?それはまた唐突な質問だな。地上最強ということは食物連鎖の頂点だよな、ならまあありきたりな答えで言うなら

 

「ライオン、ですか?」

 

「違うの」

 

え、違うってこれもしかして答えがあるタイプの質問?人によって答えが変わりそうだが徳川さんの様子を見るにそれ以外ありえないという感じだな。・・・まさか。

 

「範馬勇次郎さんですか?」

 

「そのとおり!」

 

俺の言葉に指を突きつけ、正解じゃ!と答える徳川さん。本当に元気なおじいちゃんだな・・・。

 

「そんなに強いんですか、範馬勇次郎さんは」

 

「強い、最強じゃの。()()()()()

 

・・・・・・ん?なんか含みのある言い方してるんだが。

 

「お主が勝てば地上最強はお主になるぞ!」

 

「誰がなるか!」

 

思わず大声で叫んでしまった。どうして範馬さんをどうにかしてもらうために来たこっちが、それと戦わなくてはいけないんだ。

 

「なんじゃ、興味ないのか地上最強」

 

「いやありますけど!でも()()と戦うのは無理ですって」

 

「ん?なんでじゃ、お主はボクサーだろう?」

 

「リングの上なら戦いますが、白昼堂々喧嘩をするのはボクサーではありません!」

 

「ならリングがあればいいんじゃな?」

 

・・・・・・・・・あ、やべ。

 

「いやいやいや、向こうボクシングしてないでしょ!素人とはやりませんよ!?」

 

「勇次郎もボクシングくらいできるぞ。そもそもお主もボクシングとはかけ離れたことしてるじゃろ」

 

「うぐッ!?」

 

そこを指摘されるとなにも言えない。いやまだ食い下がれる、ここで負けたらあの訳分からん男と戦わされる!

 

「ま、まだコーチの許可が・・・!」

 

「お主のコーチからは元々許可を得ておるぞ」

 

なん・・・だと・・・!?いやそうじゃないといままで無理やり試合を組まされたりしてないか。

 

「ファイトマネーも弾むぞ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちなみにおいくらです?」

 

いままでのファイトマネーが一戦一億とかいうアメリカのプロボクサーみたいな金額だった。これだけでも徳川さん的にははした金らしいけどそこからさらに多くなるとか逆に裏があるんじゃないか疑うレベルだ。

 

「ふむ、まぁ勇次郎との試合を見せてくれるならこれくらいかの」

 

と言い、徳川さんは指を1本立てる。なるほど一億円か。まぁこれまで通りの金額だが何度聴いても慣れない、むしろ恐怖すら感じる。これ俺の感覚がおかしいのかな?そろそろ試合こなす度に通帳のお金がありえない金額に膨れ上がっていく俺の気持ちにもなって欲しいな。

 

「一億円・・・ってまた凄い額ですね・・・・・・」

 

「は?お主は何を言っておるのじゃ」

 

「え?」

 

「あの『範馬』じゃぞ?あれほどの男との試合を見せてくれるのだ。いくらなんでも一億は少な過ぎじゃろ」

 

「ま、まさか十億・・・?」

 

額が一気に十倍に膨れ上がった。どうしよう、さっきから札束で叩かれまくってるんだけど。これが大富豪のなせる技なのか。

 

「阿呆なことを言うでない、百億円じゃ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピャ」

 

百億?百億ってあの百億だよね?一億円がいつものトランクケース一つ分だとしたらそれが百個積み重なるってことだよね。

 

「は、はははは。徳川さんも面白いこと言いますね、ひゃ百億とかちょっと額跳ね上げすぎですよ?」

 

「何を言うておる、お主と勇次郎との試合にはそれだけの価値がある。むしろ()()()百億で見せてくれるのなら安いものじゃ」

 

「・・・・・・」

 

怖い、お金持ち怖い。ファイトマネーがインフレ起こしてるんだけど実は俺の知らないところで実は日本経済がハイパーインフレとか起こしてないよね?

 

どうしてこの人はそんなに人と人の殴り合いにここまでマジになれるんだ。意味不明だ。

 

「どうする?受けるか受けないかッッッッ!」

 

「・・・・・・」

 

百億、百億だ。百億、うん百億。ゼロが十個で百億円。あのヤバい人と戦うだけで百億。戦うだけで百億、でも負けたら・・・うん?待てよ。

 

これ試合だよね?ということは一応俺の安全も保証はされてるよね?試合中に負傷はあっても性的なあれやこれやは絶対にないよね?

 

あれ、そう考えるとこれってかなりにいい案件なのでは?一戦で百億、それだけあればもう徳川さんの無茶ぶりとかも聞かなくても、最悪怪我で引退しても遊んで暮らせるのでは?

 

「やります!」

 

なんだこのウマい話!?なんでもっと早く気づかなかったんだ!適当に試合して、それなりに盛り上げて適当に負ければ百億ッッ!!!うん、おいしいぃ!

 

「よく言ったッッ!!さすがは岩技じゃ!」

 

徳川さんが満面の笑みで俺の手を握る。百億に目がぐるぐるしていた俺はそもそもそれが地獄への片道切符だったことに気づくことができなかった。




40代 男性 会社員
『あぁ、あの人ってボクシングのチャンピオンの方だったんですね』

『ボクサーってランニングもするからアレぐらい速く走れるんですね』

『え、そんなに速くない?いやでも・・・え?』

30代 女性 看護師
『・・・とても速かった』

『・・・どれくらい?・・・車と同じくらい』

『・・・そんな事言われても私もおかしいのは分かっている』

『・・・でもあの人のおかげで息子が毎日楽しそうに走ってる』


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詐欺そして覚醒

評価の伸び率が過去作一・・・嬉しい・・・嬉しい・・・。

この作品、原作の時系列とか全然気にしていないので矛盾があるかもしれません。

あとコロコロ視点が変わるのですが、それについて何かご意見がありましたら専門家の方、ご指導ご鞭撻お願いします。

次は、刃牙キャラの視点入れてみようかな〜。


「おいおい、ホントにやるのか?」

 

試合が決まった翌日、既にコーチには話が来ていたのか、朝一番に声をかけられた。

 

「え?まぁ徳川さんからの要望ですし、いつものことですよ」

 

「いや、それはそうなんだが・・・う〜〜〜ん」

 

なにやら首を傾げるコーチ。なんだろう、もしかしてまたいつもの『勝てるわけない!』だろうか。最初こそビビりはしたが、なんやかんや普通に勝ててるし。いや確かに今回は相手が()()()から、コーチの警鐘は間違いではないだろう。

 

「まあまあ、今までもなんやかんやいけてましたし。今回もいけますって・・・多分」

 

「いや、まぁ、俺もお前の規格外には何度も驚かされてるからな。でもな〜・・・」

 

なにやらコーチの様子がおかしい。いつもの焦った感じではなく、悩んでいる様子だ。

 

「どうしたんですか?」

 

「お前は範馬勇次郎って知ってるか?」

 

「あ〜、なんでも地上最強らしいですね」

 

これは徳川さんの方で聞いた情報だったが、どうやらコーチは元々その人物を知っていたようだ。

 

「・・・これはあくまで都市伝説なんだがな、その男に関してこういった話があるんだよ」

 

怪談話でも始めるのか、おどろおどろしい雰囲気を醸しながら、コーチは話し始める。

 

曰く、その男、雷に撃たれても平然としていた。

 

曰く、その男、地震を己の拳ひとつで止めた。

 

曰く、その男、腕っぷしのみでアメリカすらも平伏させた。

 

「・・・・・・どうだ?」

 

「・・・・・・・・・・・・ぷっ」

 

あまりの荒唐無稽な話に思わず笑ってしまった。たしかに偉人にそれぞれ人間離れした逸話が付き物だが流石にこれは人間離れ過ぎる、というより人間じゃない。

 

「コーチ、流石にその話を真に受けるのはどうかと思いますよ?」

 

「いや!万が一本当だったら、お前の相手が相当ヤバいやつだということになるぞ!」

 

「いやいやいやいや、ありえませんって!第一、そんなヤバいやつがいるなら国が放っておくわけないじゃないですか!」

 

そんな危険人物、いや動物がいるなら何かしら国の方から動きがあるはずだ。それすらないということはすなわち、その噂は眉唾物だったということだ。

 

「考え過ぎですよコーチ!」

 

「そうだな!全く、俺を心配させるんじゃねえ!」

 

二人して少年のように笑い合う。コーチも普段は鬼のように怖いが、こういった何気ない会話に気の良さが垣間見れる。そういったところが皆からの人望が厚い理由の一つかもしれない。無論、俺も含めて。

 

『ハハハハハハハハ!!!』

 

俺とコーチにつられて周りの人達も笑い出す。

 

「・・・・・・」

 

大笑いする俺たちを他所に、澪花さんは真剣な顔で何かを考えていた。

 

 

 

それから一時間もすると徳川さん直々にお迎えが来た。なんと、今回このジムにいる全員を招待するとの事だった。その言葉に沸き立つ周囲だったが、普通、招待関係なく試合なんだから、ジムの面子は問題なくね?と違和感を抱いた。だが、それも入口に停められてたクソデカリムジン車で消し飛んだ。

 

「まずは今日の試合を引き受けてくれて感謝するぞ」

 

「「ははあ〜!」」

 

徳川さんの言葉に俺もコーチもまるで昔の家来のように深々と一礼する。隣で澪花さんが冷たい目をしているが、札束ビンタをされた頭はとても簡単に下がってしまうものなのだ。

 

「そういえば、今日はどこで試合するんです?私の方は何も聞いてませんが・・・」

 

コーチが徳川さんへ恐る恐る問いかける。たしかに、俺の方でも試合を受けただけで場所は聞かされておらず、日時しか指定されていない。

 

「ホホッ、それは見てからのお楽しみじゃ♡」

 

・・・なんだろう、富豪のお茶目さを垣間見る場面なのだろうがどういう訳か凄い寒気に襲われるものがあった。徳川さん自身に感じたものではなく、その裏に潜むものに対してだが、それが異様な危機感となって俺を包む。

 

「あ、あの徳川さん!」

 

「あ、いや、えーと、せめてどこに行くか教えてもらってもいいですか?」

 

「なんじゃ!せっかちなやつじゃ!」

 

 

「・・・今から行くのは東京ドームじゃ」

 

「と、東京ドーム?」

 

東京ドームって、なぜかいつも広さの基準に使われてるあの東京ドームか。いつも野球をしてるイメージあるんだけど、あそこって格闘技もしてるんだな。・・・いや待てよ。

 

「もしかして特設リングですか?」

 

「まぁそんなものじゃ」

 

・・・やっぱり富豪の考えることはスケールが違うな。たしかにそれは着いてからのお楽しみ♡ってなるよな。

 

「金持ちってスゲェな・・・」

 

「お前の口座も似たようなもんだけどな」

 

俺の独り言にコーチがつっこむ。いや、そうなんだけどさ。試合の度に文字通り桁違いに跳ね上がっていくお金に、一周回って怖くて手つけられないんだよな、アレ。もういっその事、寄付でもしようかな。

 

そうこうしている内に東京ドームに着いた。見るのは初めてだが、ドームというだけあってとても大きい。この中に特設リングがあるのか・・・。

 

「よし、行くぞ」

 

独り言で自分に喝を入れる。いくぜ百億!

 

「おい、どこへ行くのじゃ」

 

「はい?」

 

控え室があると思われる方へ歩こうとすると徳川さんに呼び止められる。徳川さんはなぜか控え室方面ではなくエレベーターの方へ向かっていた。

 

なぜエレベーター?あ、それで上の階に行くのか、別に俺は階段でも良かったけど徳川さんの年齢的にエレベーターで行くのはむしろ当たり前か。

 

・・・・・・・・・あれ?なんかこのエレベーター下に下がってね?

 

東京ドームって地下もあったんだな、初耳だ。

 

 

 

 

あの、徳川さん・・・。

 

「これ、ボクシングですよね?」

 

────────────────────

 

 

 

 

 

『離せ!HA☆NA☆SE!うあああああああああああぁぁぁふざけるな、ふざけるな!バカヤロウ!』

 

「しかしまさか東京ドームの地下にこんな血生臭いリングがあったなんてな」

 

岩技が絶叫しながら控え室の方へ連行されていくのを横目に、観客席からリングを見下ろす。リングというより、闘技場の方が見た目的に最も近しいようだが。

 

ロープなんて物はなく、あるのは砂の地面と観客席と向こうを遮る木柵だけ。まぁ、一般的なリングと呼べるものではないな。

 

「こ、ここで岩技さんが闘うんですね」

 

「あぁ」

 

澪花ちゃんも流石にこのリング、闘技場の異様な様に呆気を取られてるようだ。それもそうだ、足元が砂で固められてると言っても、その砂の中には歯がそこら一面に散らばっている。恐らく、ここで闘った奴らが落としていったものだろう。全く、掃除ぐらいして欲しいものだが。

 

「岩技さん、大丈夫なんですか?」

 

「分からん。アイツは規格外だが、今回は向こうも恐らく規格外だ。なんせ、地上最強なんて言われてるからな」

 

地上最強とは、果たしてどれほどのものなのか。あの徳川さんですら今までのどのボクサーも『地上最強』と称さなかった。つまりは今までの相手よりも、さらに上をいくということだ。

 

「正直、私は岩技さんが心配です」

 

「まぁ、アイツなら大丈夫だろ。もうアイツは常識の範疇に収まる人間じゃないからな」

 

澪花ちゃんの言うことも分かるが、普通じゃない人間に普通を当てはめてはいけない。それはいままでの岩技の試合がそれを教えてくれた。なにより──

 

「もしかすると見られるかもな・・・岩技の本気」

 

「岩技さんの・・・・・・・・・本気」

 

入団テストから今日まで、まだ俺は流野岩技という男の本当の実力を見たことがない。本人は常日頃、自分は全力だと主張するが、俺とて格闘技経験者、それもかなり経験は積んできた。だからこそ分かってしまう、アイツが未だに本気じゃないことに。

 

恐らく、岩技は自分の中で勝手に安全装置(セーフティー)を作ってしまっているのだろう。それが無意識下であっても、ほんのちょっとした仕草、オーラのようなものにその片鱗が見え隠れしていた。

 

「本気を出したアイツが見られるならこの試合を受けた甲斐があるってもんだ」

 

「・・・まさか、それを見越して引き受けてたんですか?」

 

「当たり前だろ、俺がそんな金だけに釣られるような小物に見えるか?」

 

今まで岩技に強敵ばっかり相手させていたのは、アイツに本当の実力を発揮させるためだ。あくまであの莫大なファイトマネーは付属品だ。

 

しかし、百億か・・・もちろん俺の取り分もあるよな?岩技だけが百億全てを手に入れるなんて事はないだろう。仮に取り分が一割だったとしても十億、なんて素晴らしい額だ。引退したあとは最高級の老人ホームで豪遊の限りを過ごしたいものだな。

 

「うへ、うへへへ・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・それにしてもここ、地下だというのに凄い観客の量ですね」

 

「ん?まぁたしかにな。少なくとも正規の段取り(ルート)で来たヤツらではないだろうな」

 

周りは見渡す限り空席なし。この盛況ははたして有名人である流野岩技なのか、それとも・・・・・・。

 

「・・・ッッ!?お、おいおいマジかよ・・・!」

 

「どうかしましたか?」

 

観客席を見回していると向こう側の最前列を位置取る集団に目が離せなくなる。そこには()()達がいた。

 

「ひ、人喰い愚地に達人、アンチェイン、海皇までいるのかよ・・・!!」

 

「人喰い愚地とは、独歩先生のことですか?」

 

「え、澪花ちゃんなんで知ってんの?」

 

「前にお会いしたことがあります」

 

「マジかよ・・・・・・ともかくあそこに並んでいる男達はそこらのプロじゃ話にならない猛者(もさ)ばかりだ」

 

「えぇ、そのようですね・・・」

 

同業者(ボクサー)ではないから戦ったことはないが、それでもその道を志すなら誰もが聞いたことあるビックネームばかり。

 

「そこまでレベルが高いのか、この闘技場ッ!」

 

今まで相手にしてきたボクサー達が霞んでしまうような強者達に、思わず唾を呑んでしまう。

 

『さぁ皆様おまたせしましたァ!』

 

そんな時、実況のアナウンスが聞こえ、会場のボルテージは一気に跳ね上がった。

 

 

───────────────────

 

 

 

『青龍の方角ッッッ!!!今や日本でこの男を知らないヤツはいないだろう!ボクサーでありながらボクシングをしない破天荒ッ!されどその実力、曇りなきナンバーワンッッッッ!!!』

 

『流野ォォォ岩技ィィ!!!』

 

 

叩きつけるような歓声に導かれ、リングへ足を運ぶ。拳を突き上げ、己の存在を誇示する。

 

我、ここにあり、と。

 

あれほど立派なアナウンスをされたのであれば、出てこないエンターテイナーなんていない。答えてやろう、この流野岩技がッッッ!

 

 

 

どうしよう、めっちゃ帰りたい。

 

地下にあるのは驚きだったが、一番驚いたのはリングだった。なんとボクシングでよく見るアレじゃなくて、砂地と木柵だけというなんとも簡素なものだった。

 

だが、その簡素さの中におびただしい血の匂いを感じる。足元を見れば、砂の中に人の歯のようなものが混じっている。殴られて、歯が欠ける、抜け飛ぶみたいなのはある話だけどどうしてそれを放置するのだろうか。

 

正直、試合前なのにセコンドも誰もつかない時点で色々と察していた。あとグローブはめてるのにマウスガードないのってどうなの?

 

『岩技ィ!頑張れよォ!』『岩技!』『岩技くん!』

 

コーチの聞きなれた激励や他のみんなの声が聞こえる。後ろを振り向くとどうやら入場ゲートの隣の席が我がジムのスペースだったようだ。しっかり配慮してるんだな。

 

クッソ、あんなに応援されるなら期待に応えたくなるじゃないか。しかし今回に限っては勝利を約束出来なさそうなのが辛いところだ。

 

『岩技!岩技!岩技!』

 

どうやらここでも俺の名前は有名らしい。有名なのは良いことだ。これだけのファンがいるとは、我ながら誇らしい。

 

 

『おまたせしました皆さん。今宵、我々は伝説、地上最強を目撃する!』

 

そんなアナウンスの声に会場が急に静まる。アナウンスが聞こえたから静まったのではない。

 

そこにいる、ヤバいやつが。

 

ゲートの方から伝わってくるとんでもない()。それが会場にいる人を一気に黙らせたのだ。

 

「・・・ッ」

 

自然と拳に力が入る、それは恐怖かそれとも・・・。

 

『オーガ、その名を聞いた者は例え合衆国大統領であろうと震え上がった!その内包する武力は核さえも凌駕した!』

 

──人呼んで地上最強の生物ッ!!!

 

『範馬ァ勇次郎ォォォ!!!』

 

オオオオォォォ!!!

 

会場中から歓声が沸く、それも俺の時よりさらに大きく。それが範馬勇次郎という人物の知名度を何よりも表していた。

 

ゲートから鬼が出てくる。その歩みの一歩一歩が巨大な威圧感を放ち、思わず固唾を呑んで見入ってしまう。

 

「今日という日を待ち詫びたぞ、流野岩技」

 

勇次郎さんが口を開く、その顔を獰猛な笑みに変えながら。

 

「だが、これは一体どういうことだ?」

 

そういうと勇次郎さんは自身の拳に付けているボクシンググローブを俺に突きつけてきた。

 

え、どういうことって言われても、これボクシングですよね?

 

「こんな物を付けていてはお前も本気を出せないだろう」

 

「・・・・・・え、急に何を言ってるんです?」

 

「岩技、貴様を()()()()()()()()()()()

 

俺を、解放する?

 

どういうことだ、この人は一体何を言っているんだ・・・。

 

『始めィ!!!』

 

その時、試合開始を告げるゴングが鳴る。

 

反射的にいつもの構えをしてしまったが、勇次郎さんは構えない。というより構えていない?両腕をダラりと下げた状態で構えようとしていない。

 

「来いよ・・・」

 

「ッ!」

 

構えていないのではない、この人は既に構えていたんだ。ノーガード戦法とは恐れ入る。一応、コッチはボクシング日本チャンピオン、対して向こうは何が専門か分からないけど、ボクシングに関しては素人(のはず)・・・ここは一発、今までの()()も兼ねて、キツいのをおみまいしてやる。

 

一気に駆け出す、足元は砂だったが不安定ということは無く、むしろ足の指先まで力を込められるので動きやすい。

 

「シィッ!」

 

ダッシュの勢いも含めた渾身の右ストレート。文字通り、()()だ。さぁ、どう出る?

 

「・・・え?」

 

俺が放った右ストレートはなんの障害もなく勇次郎さんの顔へ吸い込まれた。肉を打つ音に、何か硬いものを殴った感触、この世界に来てから何度も味わった人を殴った感覚だ。

 

しかし、今の感触は少しだけ違った。骨というよりは鉄骨、肉というよりはもっと密度の高い塊、おおよそ人を殴ったとは考えにくいものだった。

 

「・・・()()()()()

 

「う───」

 

腹を打たれた、その事実を認識したのはそこから吹っ飛び、地面に叩きつけられた後だった。

 

「ぐうぅぅ〜〜〜〜〜〜!!!」

 

お腹から広がっていく鈍い痛み、ジャブにしか見えなかったその一撃がこれまで受けてきたどのパンチよりも重く、速く、そして効いた。

 

想像以上とかのレベルじゃない。もはや同じ人間と戦ってるのかも怪しい・・・!

 

「これ、受けちゃ、いけないタイプの、やつかッ・・・!」

 

フラフラする足に鞭を打ち、なんとか立ち上がる。少なくともこちらから動けば、カウンターでまたアレを喰らってしまう。

 

なら、こちらからカウンターを狙う!!!

 

「ふん、やはり少し力を込めづらいな」

 

そう言う勇次郎さんの手はグローブを嵌めているというのに、その拳の形がありありと分かる程に握りこまれていた。一体どれほどの握力で握ればそうなるのか、頬に嫌な汗が伝う。

 

『岩技ィ!』

 

コーチが何かを言っている、でも止まらない、()()()()()()()。逃げたいけど、俺の心がどこかでもっと戦いたいと言っている。

 

「初めてだよ、この感覚ッ!」

 

再び、勇次郎さんに向かって駆け出す。勇次郎さんは少し笑っていた、こっちは真剣なのになんて呑気なんだ。

 

急速に接近する俺に勇次郎さんは迎え撃つように左ストレートを放つ。

 

──流水岩砕拳ッッッ!

 

イメージするのは水。自分の、そして相手の攻撃を変幻自在に操り、流す。

 

勇次郎さんの拳は始めから俺の横の空間を狙っていたかのように空を切る。

 

「ハッ!!」

 

攻撃を流した後の敵は決定的な隙を晒す。勇次郎さんの無防備な顎を思いっきりアッパーでかち上げる。

 

──硬ッ!?

 

しかし、勇次郎さんの顎は上がらない。本当に固定されているかのように頑強だ。

 

「シッ」

 

そんな声が勇次郎さんから漏れる。それと同時に、右の拳は轟速でこちらに迫る。だけど流水岩砕拳は鉄壁の武、至近距離だろうが遠距離からだろうが流す技だ。

 

右左から連続で拳を繰り出す勇次郎さんの攻撃を全て流す。一撃でも喰らえば無事じゃ済まない、極限まで集中力を高め、一挙一動見逃さず対処する。

 

「・・・どうだ、岩技。全力というものは楽しいだろう」

 

「・・・ッ!」

 

唐突に声をかけてくる勇次郎さん。こっちはあんたのラッシュを捌くのに全神経を注いでいるというのに、なんという余裕だ。

 

「だが、まだ()()ではないな」

 

その言葉と共に放たれたのは左腕からの薙ぎ払い。それをこちらは両腕で流そうとするが、その一撃だけは重さが違い、流せはしたが腕ごと持っていかれてしまう。

 

「チィッ・・・!」

 

持っていかれた腕の力のベクトルに逆らわず、そのまま体を回転させ、威力を逃がすついでに距離をとる。

 

「もしかして、まだ本気じゃない?」

 

「それはお前もだろう」

 

それはない。少なくとも、今の俺は間違いなく全力だ。もっとも、それ以上に()()()()()が起こっており、俺はもうそれで嫌な汗が止まらなくなっている。

 

『おぉ・・・!!』

 

どうやら周りのギャラリーは気づいたらしい。

 

俺の足元に落ちているのは()()()()()()。両拳のグローブを見ると勇次郎さんの拳を流した部分が抉れている。

 

流水岩砕拳で流しきれなかった、その余波だけでこの有様。今のをマトモにくらったらと思うと想像もしたくない。

 

「こんな物、この闘争には必要ないだろ?」

 

気を使ってやったんだと言わんばかりに傲慢に言い放つ勇次郎さん。本来なら一旦試合を止めて、グローブを交換するくらいはするのだが・・・。

 

『おほぉぉおおおおおお!!!!!』

 

ハイになっている徳川さんを見るにそれは無理らしい。審判もリング内にいないし、いよいよボクシングさせる気がなくなってきたらしい。

 

「・・・ッ」

 

それでもせめてもの抵抗でボクシングのファイティングポーズをとる。

 

「ケッ、お膳立てがまだまだ足りんようだなッ!」

 

そう言う勇次郎さんがついに構える。それは構えというより、獣のようだった。両腕を水平より少し上にあげて、広げる。本人は闘争と言っているが、相対しているこっちとしては、狩りの獲物になっているような気分になる。

 

ビキビキと勇次郎さんの腕の筋肉が僅かに膨れ上がったように見える。浮き上がる血管がそこに込められた尋常ではないパワーを示している。

 

だけど、大丈夫。

 

「流水岩砕拳に流せないものはないッ!」

 

俺にはこの最強の武があるのだから。

 

「ハァッッッ!!!!」

 

勇次郎さんの右ストレート、いくぞッ!!!

 

「流水岩───」

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

世の中、上には上がいる。それは俺がコーチとしてだけでなく、現役のボクサーだった頃から何度も思い知らされてきたこの世の理だ。コイツより上はいないと思っても、そいつも次の日にはリングに伏していることなんぞ、よくあることだった。

 

だが、突如として現れたこの男、流野岩技は他とは一線を画す強さだった。プロジムの中でも上のクラスに位置する我がジムにやってきた初心者(ルーキー)。しかし、常軌を逸した反射神経、スピードに加え、得体の知れない武を携えたこいつは瞬く間に日本ボクシングの頂点に立ち、しかも数々の伝説的ボクサーですら寄せ付けなかった。

 

流野岩技を上回る人間なぞいない・・・そう思っていた。

 

目の前でぐったりと力なく座る岩技を見下ろす。たった今、あの男の一撃でリングを仕切る木柵まで吹っ飛び、めり込んだ岩技はとても無事に見えない。

 

『はは、これやべぇな〜』

 

「岩技、降参するんだ!あれはお前が戦っていい相手じゃなかった!」

 

岩技に降参するように声をかける。岩技も尋常ではない人間だが、相手はそれを上回る・・・もはや、人と呼べるレベルではなかった。

 

このままやり合えば岩技は間違いなく殺される。そう確信したからこそ、降参の意志を示すタオルを投げ入れようとする。

 

だが、それを止めたのは他でもない

 

『ちょっと待ってくださいコーチ』

 

岩技だった。

 

「おい、何を言ってるんだ・・・。流石に今回はスケールが違い過ぎるぞ!人が獣に勝てるはずがない!」

 

『獣というか怪物なんですけどね、アレ』

 

「分かってるなら・・・。・・・ッ!」

 

その時に岩技が俺を見上げた顔は・・・いままでに見た事がないほど、獰猛だった。ワクワクが抑えきれない子どものようで、誰が相手でも食らいつく獣のようで・・・・・・。

 

『なんでか、分かんないんですけど・・・凄い楽しいんです』

 

「岩技、お前・・・」

 

今まで俺に見せなかった、心から闘いを楽しんでいる顔。そんな顔を見せられたら、何も言えねぇじゃねぇか。

 

『すいません、なんか、こんなになってますけど、今凄い調子がいいんですよ』

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いってこいよ」

 

『コーチ・・・』

 

「いってこい岩技!そこまで言うならお前の本気を見せてこい!」

 

まだ闘いたいだって?馬鹿野郎お前・・・

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

─────────────────────

 

 

 

 

「さて、コーチにそう言った手前、しっかり闘わないとな」

 

さっきの一撃、俺は勇次郎さんの拳を流せずにモロにくらってしまった。おかげで意識は一瞬飛んでいったが戦闘はまだ続行できる。

 

()()()()()()()、リングの中央へ・・・は行かずに、徳川さんが居る上座の方へ歩いていく。

 

「徳川さん!」

 

勇次郎さんの攻撃に削られ、ボロボロになったグローブを徳川さんに投げ渡す。

 

「ボクシング、一旦やめてもいいですか!?」

 

できる限り大きな声で徳川さんに伝わるように声を出す。俺の言葉に、観客は一瞬どよめいたが。

 

『ッッッ!!!当たり前じゃッ!おぬしの本気、しかとこの目に刻ませてもらうぞ!』

 

徳川さんの鶴の一声プラス満面の笑みに、より一層の盛り上がりを見せた。

 

「ようやく、だな」

 

勇次郎さんの声がする。見れば既にグローブを外しており、いつでも再開できるようだ。本当は審判の止めがない以上、追い打ちをかけてもよかったのにわざわざ待っていてくれたようだ。

 

「えぇ、ようやく()()です」

 

自分ではついさっきまで本気だったのだが、周りの人にはそうは見えてないらしい。いつもなら気のせいと言うのだが、今回ばかりはそうでもないようだ。

 

体が軽い、思考も冴え渡っている、なにより今凄い心が燃えている・・・。

 

「・・・」

 

目を閉じ、意識を内側に集中させる。今までの流水岩砕拳は、もうあの人には通用しない。なら、俺がやるべきことは一つ、レベルアップだ。

 

イメージしろ、あの武術を鮮明に。水面のように静かで、清流のように滑らかで、それでいて岩をも砕く強さを持つあの技術(わざ)を。

 

いや、イメージするだけじゃダメだ。本気で、本気でなりきるんだ。水に、川に、己を変身させるんだ。

 

「いくぞォ、岩技ィ!!!」

 

流石に待ちきれなかったのか、勇次郎さんが飛び込んでくる。

 

「スゥッー」

 

息を吸う、構える。その動作だけでも自分の身体を何かが巡っていくのが分かった。

 

──流水岩砕拳。

 

先程は流せなかった勇次郎さんの右ストレート。それに合わせるように左ハイキックを放つ。

 

そのキックは勇次郎さんの右拳を捉え、勇次郎さんの右ストレートは・・・

 

そのまま軌道を変え、勇次郎さんの顔面へ直撃した。




「本部さん、あんたはあの拳法知ってるかね?」

「・・・残念ながら私はあの系統の武術は見たことがありません。しかし、とても理にかなった武術と言えます。渋川先生の合気同様、相手の力をそのまま扱う技術、もっとも渋川先生の柔術とはまた違ったやり方ですが・・・。相手の力を利用するのではなく、相手の攻撃そのものに対して作用する。我々武術家もあのように攻撃を()()()ことはできますが、それはタイミング、呼吸、体捌き、手捌き、それら全てが一致してこそできるものですが、あの青年は手、手首、果てには足一本でそれを可能としています」

「ほほぅ、ならあの男の技術(わざ)はワシらより上か?」

「もしくは我々武術家が歩んできた道と全く別系統で発展してきた武術であるかもしれません」

「それは興味深い・・・」

「えぇ、全くです」

「「・・・・・・・・・」」

「「闘ってみてぇなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」


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全力を出して限界を超える

結構好評で嬉しいです。あと2話くらいで一旦止めます(止めるとは言ってない)

そこからの続きを書くとしたら他の人とイチャイチャ(物理)する話(1話か2話完結)くらいですかね。

PSO2NGSのShip10で全身テカらせた緑色の肌をしたデューマンで名前が『ピッコロ』だったらたぶん自分です。


『か、返した!?岩技選手の蹴りがあの範馬勇次郎の拳を、はね返したァァァ!!!!』

 

「「「ほほぉ〜〜〜〜〜〜」」」

 

三人の男が口々に同じ音を出し、同じ思いを胸にする。

 

「ボクシングをやめると言ったが・・・あの兄ちゃん、足も()()()()じゃねぇか」

 

一人は片目に眼帯をはめたスキンヘッドの巨人だ。空手家と思われる道着を着ており、厚い生地でできている道着であるにもかかわらずその存在を表す筋肉や体の節々に残る傷跡から常人ではないことはひと目でわかる。

 

名前は愚地独歩(おろちどっぽ)、空手の神様とも言われる達人である。

 

「やはり元は()()()の子かのう」

 

そう言いながらもう一人の男は岩技を興味深く観察している。その姿は先程の男と比べるとかなり小柄だ。しかしその立ち姿はその道を志すものならその人物が()()であると分かるだろう。

 

その男の名は渋川剛気(しぶかわごうき)。柔術においてまたこの男も神様と称される程の豪傑である。

 

「あの男がどちら側か、はともかく、(オーガ)が貰った一撃は肉体的にも精神的にも効いたでしょうな」

 

そしてこの男、実践柔術家であり(一部の界隈で)解説王とも称される本部以蔵(もとべいぞう)も二人同様、とても興味津々な状態で語り出す。

 

「範馬勇次郎も今まで数多の攻撃をその身に受けてきた・・・だが自分自身の攻撃を、自分を殴るなどというのは流石に経験も想定もなかったはず。無意識にくらう攻撃は予想以上のダメージを生む、これはどっちが勝つか分からなくなってきましたな・・・」

 

「・・・本部さん、いつもの癖が出とるぞ」

 

「おっと、これは失礼しました」

 

ついついいつもの解説を始めてしまう本部をからかう渋川だが言っていることは自身も思っていたことなのでそれ以上口にすることはなかった。

 

「しかし」

 

今の攻防をひとしきり解説した本部は気難しそうな顔で()()()()範馬勇次郎を見ながら呟く。

 

「相手はあの(オーガ)、そんな簡単に終わる相手なら苦労はしない・・・」

 

(オーガ)とは、範馬勇次郎とはどれほどの強さを持つのか。自身も闘技者としてこの格闘場に身を置く者としてその()()()は理解している。

 

「やれやれ、年甲斐もなく熱くなっちまうぜ」

 

範馬勇次郎がこれからどう出るか一層目を凝らす本部の隣で愚地は何かを抑えるように声を漏らす。

 

「前に俺が(オーガ)とやった時はあの連撃を完全に防ぐことは叶わなかった。それをアイツは俺の半分以下の年齢でやってやがる・・・面白くねぇな」

 

そう言う愚地は骨の軋む音が聞こえるほど拳を握りしめる。拳と共に震える姿は誰が見ても悔しそうに見える。

 

「ほほほ、独歩さんや。顔、笑っとるぞ」

 

「ん?」

 

いや、その震えは悔しさからではなかった。

 

戦いたい、彼と、あの武と、己の全てをぶつけ雌雄を分かちたいと心の底から願ったからこそ起こる武者震いだった。

 

そしてその衝動に共感したからこそ渋川も笑顔で、しかし獰猛に目の前で戦う男を見つめる。

 

「しかし・・・おかしいですな」

 

不敵に笑う二人の横で本部は顎に手を当て、なにやら考える仕草をしている。その顔もまた自然と高揚したものに変わっていたが、それ以上に本部の中で湧いた疑問が彼を冷静にさせていた。

 

「おかしい・・・というのはあの()()()()かの?」

 

「はい、おっしゃる通りです」

 

本部の疑問を寸分違わず渋川は指摘する。彼もまた同様の疑問を抱いていた。

 

「おそらくあの男は最初から本気だった。しかし今はあの動きこそが本気のように見えます。武術というのは、いやあらゆる格闘術における成長とは例えるなら亀のごとき早さで進んでいくものです」

 

本部が疑問を抱いたのは流野岩技の急激な成長である。本部自身も武芸者としてその道が険しいものというのは百も承知、だからこそ疑いを持ったのはむしろ当たり前の事だった。

 

「おそらく・・・・・・()()()()()()んだろうな」

 

そんな本部の疑問に答えたのは愚地独歩だった。

 

「あの得体の知れない武術、使えるようになったとして己の物になったのかはまた別の話。俺にはあの『武』にアイツ自身が適合し始めたように見えたぜ」

 

愚地の言葉に再び二人は考え込むように顎に手を当てる。

 

「適合・・・なるほど、今まで使い方を知らなかった武器の扱いにようやく慣れてきたということ・・・ですかな?」

 

()()()な本部さんでも分からんならワシにも分からんぞ?」

 

「私とて知らないことはありますよ、先生ぃ?」

 

仲良く、しかし目線は片時も闘いから目を離さない二人。あまりにも爛々と輝くその目はまるでテレビで大好きな戦隊モノを見る子どものように楽しみに満ちていた。

 

三人の目には()()()()()()()()()()()()範馬勇次郎。傍から見ればとても重い一撃をもらったことでのダウン、のように見える。

 

しかし、『最強』を知る者は目の前の男がこの程度で膝を着くような男でないことは知っている。

 

範馬勇次郎を識る者が見れば分かるのだ。

 

 

 

あれは喜んでいるのだと・・・。

 

 

 

───────────────────

 

 

「・・・・・・老師、いかがでしょうか?」

 

「・・・・・・」

 

本部達がいる席の数段後ろには見るからに老齢な男と愚地達と変わらず屈強な男が座っている。その二人の共通点は中華人を思わせる服装くらいか。

 

しかしこの二人こそ中国拳法を代表する拳豪である。それは周囲の人も分かっているのか、あるいはその雰囲気に圧されてるのか、少し距離を取られている。

 

「烈」

 

「はい」

 

「あれは・・・()()()()()

 

「は、はい?」

 

烈と呼ばれた屈強な方の男は老人の問いに意図を見いだせずにいた。

 

「あれは・・・拳法か?」

 

「・・・・・・構えは蛇形(じゃけい)に見えますが、扱う技術は化勁(かけい)と似ております。しかしあれは守りの型、加えて攻撃そのものに作用するものではございません」

 

「つまりは?」

 

「あの者の使う武術は、独学あるいは何かの流派を自己流に発展させたものだと思います」

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・老師?」

 

「あそこまで精巧に打撃を()()武術を見たことはあるか?」

 

「はい、私の知るところでは郭海皇、あなたの消力(シャオリー)がそうかと」

 

「・・・・・・」

 

「老師?」

 

烈の言葉に老人、郭海皇はしばらく沈黙する。烈自身、己の師の問いに忌憚のない意見を口にした。郭海皇がその手に握る『理』は間違いなく中国拳法ナンバーワン、そう疑っていないからこそ出た言葉だった。

 

しかし、烈の言葉に郭海皇は口を閉ざす。烈自身、己の師が今何を思っているのか掴めずにいた。

 

『範馬選手、突然流野選手に飛びかかる!しかし流野選手、鮮やかに流し、カウンターを決めるゥ!』

 

沈黙が二人に落ちる中、目の前では再び範馬勇次郎と流野岩技の死闘が再開していた。しかしその内容は勇次郎の攻撃を岩技が流し、そこに生じた隙に攻撃するという一方的なものになっている。

 

『通用しない!?(オーガ)の拳が、地上最強の攻撃が岩技選手には通じていないぃぃぃぃ!!!』

 

「・・・やるな」

 

あの範馬勇次郎の攻撃を流し、攻めに転じる。それだけでも神業と称されてもおかしくないことを自分より歳下の男がやっている。烈の口から賞賛の言葉が出るのも仕方がなかった。

 

「ッ!」

 

しかし同時に、烈に湧き上がったのは果たしてどう形容すればいいのか。苛立ちのようで、しかし確かにワクワクしている自分がいる。そんなもどかしい気持ちが烈を支配する。

 

「闘いたい・・・」

 

「!!!」

 

烈の中に湧き上がる感情を老人が代弁する。否、それは郭海皇自身も思い口にしてしまった独り言だった。

 

(私も老師も闘いたい気持ちは同じ・・・いや、この場にいるあらゆる闘士が同じ思いでこの場にいる)

 

無論自分も含めて、と闘士とは分かりやすい生き物だと思いながらも烈は自分なら流野岩技とどう闘うかを思考する。

 

(おそらく、()()()()()()()()()。あれは単純な力にこそ無類の強さを発揮するが技に対しては効果が薄いはず)

 

烈は自分が流野岩技と闘うならどう立ち回るかを思考する。

 

『岩技選手の回し蹴りがモロに入る!しかし範馬選手、全く動じていないぃ!』

 

その思考とは別にこの戦いが『次の』ステージに進むことに烈は気づく。そしてそれを()()()()()()()()()()()で勝敗が決すると確信する。

 

()()()()()()、客観的に見れば岩技が有利である。しかし、生物とはあらゆる環境で成長、進化し、そして適応してきた。

 

そしてこの男、範馬勇次郎は

 

───烈の知る限りでは───

 

その成長速度、適応力も生物界一である。

 

 

『・・・!!?岩技選手が、弾かれたァァァ!!』

 

 

───────────────────

 

 

 

 

「チィッッ!!!」

 

薄々感じていた。そして今それは確信に変わった。

 

攻撃を全て回避した。数え切れないほどの殴打を浴びせた。

 

だけど、だけど・・・・・・・・・

 

「追い詰められてる・・・!」

 

勇次郎さんの攻撃に対応出来てると思っていた、()()()()()()()()()。だが、勇次郎さんは俺の予想を簡単に超えていった。

 

俺が勇次郎さんに攻撃するのは流水岩砕拳で隙をさらした瞬間。だが何度も拳を交わしていく内にその攻防にある変化が起こっていた。

 

少しずつ、少しずつだが、勇次郎さんの拳が速く、鋭くなっていき、それに比例して隙も小さくなっていく。

 

始めはこちらが攻めれていたのに今では攻守逆転。勇次郎さんの攻撃を捌くことで精一杯になった。そしてとうとう攻撃を流しきれず弾かれ、今に至る。

 

「どうした?俺は貴様の(わざ)に適応してきているぞ」

 

「・・・・・・適応できたから勝てるとは限らないですよ」

 

とは言ったものの実際結構やばい状況になっている。勇次郎さんの攻撃は一発だけでもダウンは必至。流水岩砕拳に慣れ始めたということはそれだけ俺が打撃を貰いやすいということ。

 

リスクを承知で飛び込んでみるか?

 

現状防ぐことも厳しくなってきた。俺の守りが突破された時、それは敗北を意味する。守りを破られ、単純な殴り合いになった瞬間俺が押し切られるのは目に見えている。

 

「よし!」

 

砂を蹴り、一気に距離を詰める。リスクは百も承知。そもそもこれほどの敵にリスクを負わずに勝てるなんて始めから思っていない。

 

勇次郎さんが少し笑った気がする。なぜ笑ったのかは分からないが、悪い気はしなかった。多分それは俺も同じ風に笑っていたからだろう。

 

そして勇次郎さんが腕を振り上げる。

 

間合いを詰めてもリーチは向こうが上、勇次郎さんの攻撃が先に当たる。・・・だけど!

 

「流水岩砕拳!」

 

振り下ろされる鉄槌を会心の力で押し流す。流した腕ごと持っていかれそうになるが、どうにか耐える。

 

「スゥッッッッッ・・・」

 

息を吸い、止める。拳を握りしめる。足を捻り、地を踏みしめる。そして───

 

ありったけの力をこめて勇次郎さんをぶん殴る!

 

胸に五発、顔に六発、足と肩、腕にそれぞれ三発。殴打し、跳ね返ってきた力をそのまま余すことなく次の打撃に繋げる。ボクシングのような直線的な攻撃ではなく、弧を描くように攻撃する流水岩砕拳だからこそ出来る芸当だ。

 

いけるッッッ!

 

「はァッッッ!!!」

 

そして最後の一発、肺に残った空気を全て吐き出しながら顔面へ拳を突き出す。

 

 

 

 

 

「よき」

 

 

 

 

 

熱くなっていく俺の思考を冷ますように、その声が前から聞こえた。

 

俺の渾身の一発を受け止めたのは黒く、肉厚で大きな手。あれだけの攻撃を受けたにもかかわらず、勇次郎さんは平然と俺の一撃を受け止めていた。

 

血出てるだろ、皮膚だって少し裂けてるだろ、なんで倒れないんだよ。

 

『岩技ぃ!逃げろぉ!』

 

誰かの声が耳に届く。その言葉を聞き、危険を察知し全力で勇次郎さんから距離を取ろうとする。・・・しかし、

 

「・・・ッッッ!!!?」

 

う、動かないッッ!

 

全身のバネ、筋肉を使い勇次郎さんの手から俺の拳を引きはがそうとするがビクともしない。それどころか勇次郎さんは俺の拳をより一層強く握りしめる。

 

「ぐお・・・!」

 

ミシミシと拳が嫌な音を立て、骨と共に痛覚も悲鳴を上げ始める。

 

「俺に刃向かえた武術は数少ない・・・」

 

勇次郎さんが口を開く。無論こっちにそれを聞く余裕は無く、どうにかして脱出しようと躍起になっている。

 

「流野岩技、その若さで俺の攻撃に耐えうる(すべ)を、技術(わざ)を磨いたことを誇りに思うがいい」

 

くっそッッ!外れないッッッ!!!

 

「貴様の『武』はとても美味だったぞ」

 

「〜〜〜〜〜ッッッ!!!」

 

勇次郎さんがなんか言っている。だが、こっちの拳もいよいよ余裕が無くなってきた。

 

「そして」

 

パッと勇次郎さんの手が開き、その反動で思わずのけ反ってしまう。

 

あ、やば。

 

()ね」

 

決定的な隙を晒した俺に勇次郎さんの拳が迫る。

 

極限まで危険な状況に陥ると辺りがスローモーションのように見えるらしい。ということは今の俺がまさにその状況ということか。

 

考えろ考えるんだ、いや対処しろ()()()()

 

動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!!!

 

どうにかしろ!なにかしろ!なんとかしろ!

 

生き延びろ!!!

 

 

 

 

 

「フ、フハハハハハハッッッ!!!!まだやらせてくれるのかお前はッッッ!!」

 

俺は何も考えていなかった。だから、今俺がどんなことしてるのか、どんな状況にあるのか、それを理解するのに一瞬の間を要した。

 

「うっそ・・・」

 

俺が、厳密には俺の本能が選んだ選択は『勇次郎さんの腕に絡みつく』ことだった。

 

「あの状況で俺の腕に巻き付き、十字固めか。よくぞ対応した」

 

なんでこうなったのか分からないが、そうなってしまった以上やるしかない。・・・だが。

 

「・・・ッッッ!動かねぇ!!!」

 

動かないのだ。勇次郎さんの腕の関節を極め、捻りあげようとするが捻るどころか関節を動かすことすらできていない。

 

そして、勇次郎さんは腕を伸ばしたまま、こちらを見ている。まるで自分が動物園のコアラであるかのような錯覚を受ける。

 

『間一髪で攻撃をしのいだ岩技選手!しかし駄目だ!範馬選手に関節技が通用していないぃ!』

 

「それで俺をどうこうできると思ったか?」

 

その言葉と共に、視点がゆっくり高くなっていく。その瞬間、自分が置かれた状況を理解する。

 

「腕一本で持ち上げた・・・!?」

 

成人男性が腕に巻きついているのにそれを苦にせず、軽々と持ち上げる。つくづく思う。

 

コイツやばい!!!

 

「カァッッッ!!!」

 

巻きついた腕から感じる圧倒的()()。それを警戒信号のように感じた俺は、すぐさま腕から離脱する。

 

そのすぐ後に聞こえてきたのは爆発音。それが拳を地面に叩きつけた音だというのは地面にめり込んだ拳とそこから広がる小さなクレーターをもって理解することが出来た。

 

あんな速度とパワーで叩きつけられてたら流石に死んでるだろ・・・。

 

本日何度目になるか分からなくなったが感じてきた命の危機。それとは正反対に俺の感覚は何故か鋭敏に研ぎ澄まされていく。

 

「続けるぞ」

 

そして砂ぼこりから姿を現したのは───

 

『で、出たァァァ!!!鬼の顔だァァァ!!!!』

 

こちらを見つめる鬼だった。




更新が遅れてしまい申し訳ありません。就活がボチボチ落ち着くので8月くらいにはまた投稿できると思います。

口調などに違和感がありましたら感想の方でお伝えください。自分としてもこんな人だったっけ?になっちゃってます(照)


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限界を超えて伝説に挑む

原作の方で凄いカミングアウトがありました。ネタ小説である本作が割と笑えなくなりました。いやなんでやねん。


会場のボルテージはいまや最高頂に達しようとしていた。それはこの地下闘技場を知るものなら誰もが尊敬し、畏怖し、羨望し、愛してやまない『チカラの象徴』が顕れたからだ。

 

『つ、ついに姿を現したッッッ!!!鬼の、鬼の(かお)だアアアッッ!!!』

 

(いやいや、なんだよアレ・・・・・・・・・・・・)

 

岩技がそう思うのも無理はなかった。岩技の目の前に現れた鬼とは、範馬勇次郎の背中に浮かび上がった筋肉の形だった。

 

一体どういう成長をしたらあのような筋肉になるのか、岩技には全く想像がつかなかった。

 

(あの背中の筋肉は多分、背筋、ヒットマッスル・・・・・・打撃の時に扱う筋肉だ。俺も周りの皆も背中の筋肉は鍛えてるけどあそこまで異質な筋肉は初めて見た・・・)

 

短くも格闘技の世界に身を置き、あまつさえその頂きにいる岩技でさえ異常と思える筋肉。そこから放たれる威圧感に岩技は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

「とうとう本気を出してきたか・・・」

 

一方観客席では、愚地ら三人が勇次郎の背中へ視線を向けながら深刻な面持ちで腕を組んでいた。

 

「ああなった勇次郎さんを果たして岩技さんは止められるかのぉ」

 

「できるできないではありません。()()()()()岩技の敗北は決するでしょう」

 

渋川の言葉を本部は切り捨てる。しかし実際そうであるゆえに渋川もそれ以上言うことは無かった。

 

ただ、一つだけ思うのは。

 

「岩技さんはもう技を出し尽くしておる。だが、勇次郎さんにはまだ先がある」

 

そう、それは勇次郎が背中の鬼を見せる前に既に岩技の武は限界に達していたということだ。これまで勇次郎の暴力に岩技は高い技術と適応力で逃れてきた。だが、もはやそれもさっきので打ち止めであろう、そう思ったから出た言葉だった。

 

『岩技選手が仕掛けた・・・がしかし弾かれたァ!範馬選手の豪腕を流せていないィ!』

 

渋川の言葉通り、岩技の技が通用しない光景が目の前で繰り広げられる。

 

先制をかけた岩技だったが、勇次郎の攻撃を流すことは叶わず、殴り飛ばされる。血を吐きながら宙を舞う岩技。そのあまりに悲惨な姿に観客の中にはとうとう目をそらす者も現れ始める。

 

「やはり・・・」

 

本部も渋川同様に岩技の限界を悟り始める。

 

 

 

 

 

「さて、それはどうでしょうな」

 

しかしその言葉を否定したのは愚地独歩だった。

 

「あの技、あの技術、よもやまだ先があるかもしれねぇ。それにさっきも奴は一瞬で飛躍的な進化を遂げた・・・もしかすると、な」

 

 

 

 

 

『なんと!?岩技選手、空中ですぐさま体勢を立て直し再び仕掛けるゥ!』

 

「・・・マジかよ」

 

本部が思わず口調を崩してしまうのも無理はなかった。範馬勇次郎の攻撃は一撃必殺、マトモにくらえば並のファイターならまず立ち上がることはない。実際、岩技選手もこれまで一発貰う度にダウンしていた。

 

だが、今のはどうだろうか。殴り飛ばされた岩技は空中で体勢を整え、すぐさま攻勢に転じている。先程までのやられようが嘘のようだった。

 

(何が起こってるんだ・・・・・・・・・・・・!)

 

その奇怪な光景に口から言葉を紡ぐことが出来ず、思うまでに留まる本部。

 

そして本部が衝撃を受けている間も岩技と勇次郎は何度も何度もぶつかり合い、その度に岩技の体が宙に浮く。

 

「これは・・・」

 

その光景は渋川の脳裏にある出来事を思い起こさせた。

 

それは、過去に渋川剛気が地下闘技場で範馬勇次郎のもう一人の息子、ジャック・ハンマーと闘った時のことである。

 

体長2メートルを超えるジャックに対して渋川は160センチもないという圧倒的な体格差だったがその差をものともせず合気でジャックを何度も投げ飛ばした。

 

しかしジャックはその圧倒的な耐久力で何度も投げ飛ばされながらも顔色一つ変えずに渋川を攻め続けたのだ。渋川の脳裏にはその過去の記憶が蘇っていた。

 

もっとも、相手の力を利用するとはいえ自分の合気と勇次郎の攻撃では威力に大きく差があるのは渋川にも分かっている。

 

「耐久力が人並外れている・・・というわけではない。おそらく・・・」

 

「流している・・・おそらく『骨格』で」

 

「「「!?」」」

 

聞き馴染んだ声に一同後ろを振り向く。そこには・・・。

 

「親父がここでやるって言うんで飛んできましたよ」

 

「遅かったじゃねぇか()()()()()()

 

現地下闘技場チャンピオンにして、範馬勇次郎の実の息子、範馬刃牙が立っていた。

 

「・・・おや、刃牙さん。どうして汗だくなんじゃ?」

 

しかし、そこに立っていた刃牙は空調の効いた闘技場であるにも関わらず全身汗まみれだった。

 

「ちょっとランニングにね」

 

その言葉に鍛錬ご苦労さまと周りは流すが、そのランニングの距離が42.195kmというフルマラソンの長さであることなんぞ知る由もなかった。

 

「ところで刃牙さん、骨格で流すというのは・・・やっぱり」

 

「間違いない・・・あの、範馬勇次郎の攻撃を、親父の攻撃を腕や足といった末端ではなく骨格、体の一部で流しているんだ」

 

『!!!』

 

武術家が技をかける時、手や足あるいは体全体を使って一つの技を繰り出すのはよくある話である。

 

では、()()使()()()技などいままであっただろうか。功夫(クンフー)や空手のような部位鍛錬による肉体硬化ではなく、骨を使って技を放つ・・・果たしてそんなことができるだろうか。

 

しかし、岩技はそれが出来てしまった。

 

範馬勇次郎の拳、それはボクサーとして鍛えた筋肉の鎧を容易く貫き、骨に達した。

 

本来ならその後に待つ光景は、胸骨粉砕という悲惨なものである。だが、岩技はその光景を、未来を回避するだけの術が備わっていた。

 

そう、流水岩砕拳である。骨に達した拳を、その骨を使って押し流す。

 

胸骨は他の骨と比べ、幾分かアーチ状になっているせいか他の骨よりは流しやすいッッッ!・・・尤もそう思っているのは岩技だけなのだが。

 

つまり岩技は骨で流すことで本来受けるダメージを極限まで分散しているのだ。その技術が叶い、並のファイターなら一撃で絶命する範馬勇次郎の攻撃をしのぐことができていた。

 

・・・だが。

 

『こ、これは・・・なんということでしょう・・・見てられません』

 

最小にすることはできてもその打撃を放つのは地上最強の生物、範馬勇次郎である。流し、分散できたとしてもその馬鹿げた威力は確かに岩技の体に刻まれていた。

 

岩技の体には無数の()()()()()()()()()()。皮膚は浅くも抉れ、そこから血を流しており、いつの間にか岩技の全身は血塗れになっていた。

 

「まったく・・・天才だな。(オーガ)の拳をあれだけくらってまだ立ってやがる。・・・正直羨ましいぜ」

 

愚地の言葉に渋川は何か考え事をしてるように俯く。本部が気をかけ、その顔を覗き込むがその表情は落ち込んでいるというより何かに対して憎らしくも清々しく、そして愛らしいというなんとも難しい表情だった。

 

「達人だの、武の神様だの、もてはやされては来たが・・・・・・。上には上がいるもんだ・・・」

 

「「・・・・・・・・・」」

 

渋川が口にしたことは二人も少なからず心に秘めていたことだった。

 

それは、なんてことない、誰もが持つ、強さに対しての嫉妬(ジェラシー)だった。

 

「若者に嫉妬とは、わしもまだまだ若いの」

 

「渋川先生・・・」

 

「刃牙さん、あんたの()()()()があんなに楽しそうだがどう思う?」

 

渋川は己の若さを笑いながら、刃牙に『意地悪な質問』をする。

 

「・・・正直言うと、面白くないです」

 

そう言いながら、刃牙は渋川の隣に立つ。若干髪を逆立てながら。

 

「刃牙さん・・・」

 

「・・・・・・そんなこと考えるの、今は止めにしません?多分自分も、皆さんも考えること一緒ですよね?」

 

「ククク、違いねぇ」

 

「・・・ですな」

 

刃牙の言葉に愚地も本部も笑う。いや、渋川もはじめから笑っていたのかもしれない。彼らは空手家、柔術家、闘技者(ファイター)であっても強い人が目の前に出てきたら思うことは一つだった。

 

((((早く俺も()りてぇな〜〜〜〜〜〜))))

 

男たちは無邪気に笑う。まるで遊園地のアトラクションの順番待ちをする子どものように。

 

年齢に差はあれど、彼らもまた根っからの闘士(ファイター)なのである。

 

────────────────────

 

 

 

 

幸か不幸か、俺は今もこうして立っている。立つことができている。

 

身体は傷だらけ、血もたくさん出てる、もはや赤くないところの方が少ない気がする。・・・それでもまだ立っている。

 

勇次郎さんの攻撃に咄嗟に思いついた『体で流す流水岩砕拳』は思いつきでありながら()()()見事に体現できた。

 

でも分かる、この体に限界が近づいてることに。血が、肉が、骨が、俺に警鐘を鳴らしていることが分かるのだ。

 

「でも・・・・・まだいけそうだ」

 

そんな根拠の無い自信が俺を支配している。特に意味もなく、特に訳もなく、ただ『やれそうな気がする』というだけだ。

 

実際その自信に、発想に身体はついてきてくれている。突拍子もない提案にこの体は応えてくれたのだ。きっと、きっとまだ俺には・・・先がある。

 

だから確かめにいこう、俺の限界を。

 

「・・・・・・フゥ〜〜〜〜〜〜」

 

俺が熱くなっていくなかで勇次郎さんは一息つくように大きく息を吐いた。こっちは今からやりますよという時に出鼻をくじかれたようだ。

 

「もしかして飽きましたか?」

 

「いや、ただ満足してるだけだ。この闘争に、この出会いに」

 

そう言うと勇次郎さんは両手を広げる。そう、さっき鬼の顔を出現させた時のように。

 

「お前は知らないかもしれないが。俺は、最強だ」

 

「・・・そうですね、知りませんでしたよ。最近までは」

 

「最強ってのはなァ〜〜〜退屈なんだよ」

 

───だから、どうか

 

 

 

 

 

 

俺を飽きさせるなッッッ!!!!!!!!

 

ドンッッッと爆発するような音と一緒に大きくなっていく勇次郎さん。

 

今の流水岩砕拳じゃ、通用しない・・・ならば!

 

「ハッ!」

 

突っ込んでくる勇次郎さんに合わせて拳を突き出す。流すことができないなら流す前に制する!!

 

俺の拳は勇次郎さんの顔面のど真ん中を捉える。向こうのスピードとこっちのスピード、ぶつかり合えば凄まじい威力になる。

 

──え、嘘

 

瞬間俺の頭を駆け巡ったのはこの思考だった。

 

だってそうだろ、どうして殴ったこっちが()()()()()()()!?

 

殴ってるのに後ろに吹っ飛ぶという奇妙な体験をしながらもなんとか体勢を崩すまいと足を踏みしめる。

 

そんななか勇次郎さんの腕が引き絞られるのを目にする。来る、渾身の一撃がッッッ!

 

「うおおッッッ」

 

無理やり体を捻らせて、回避体勢をとり、地面を転がる。

 

次に何が来る、何をする、どうすればいい、その他一切の思考を振り切り、体をすぐさま起こす。

 

地面から視界が上に切り替わると既に目の前には勇次郎さんの拳が迫っていた。

 

四つん這いの体勢で両手を握りしめ両足を踏ん張り、関節を柔らかく曲げ、その一撃を頬を掠めながらも避ける。

 

だが、次に放たれた二撃目は避けられないと判断。腕をクロスさせ、防ぐ。

 

「ッッッ・・・・・・!!!」

 

ガードした腕が吹き飛んだのではないかと勘違いする程の衝撃。腕を斜めにしてできるだけ威力を軽減したにもかかわらず身体は簡単に浮かび上がった。

 

腕が、痺れてるッッッ!

 

ビリビリとダメージを知らせてくれる腕を力を込めて黙らせる。もう怪我を庇うとか、負傷したとかそんなこと言ってられない。

 

空中でのつかの間の浮遊、時間にして一瞬のことながらそれすらも鮮明に感じ取れる程に集中している。

 

着地地点を確かめる・・・・・・・・・あぁ、やっぱり。

 

そこには既に勇次郎さんが体を捻り、腕を振り絞り、その野性的な目を光らせながら、俺が降ってくるのを待つ姿があった。

 

やられるかよッッッッッッ!!!

 

こちらも体を反転、空中で流水岩砕拳の構えを取る。もう避けることはできない。次の一撃に対応出来なければやられる・・・なら、できなくてもやるしかない!

 

──シュッ

 

勇次郎さんがそんなことを言った、気がした。口から息を吹き出した時に出るあの音が聞こえた訳でもないのに耳に届いた気がした。

 

少なくとも今目の前に迫るこの拳にそんな擬音は似つかわしくないのだが。

 

──流水岩砕拳ッッッ!!!

 

体の中のありとあらゆる力、気力、集中力、その他全てのパワーを振り絞る。

 

「ハァ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ?」

 

パッと気づく。さっきまで勇次郎さんを視界に収めてたはずがいつの間にか天井を見上げていた。

 

「──痛ッッッ」

 

起き上がろうとするが腹部に激痛が走る。体にも力が入らない。

 

「おい岩技!」

 

どうしたものかと考えているとコーチが鬼気迫る顔でグイッと顔を近づけてきた。チラッと横を見ると澪花さんが心配そうにこちらを見ている。

 

「岩技、もう止めろ!これ以上は本当に死んじまうぞ!ボクシングも人生も続けられなくなるぞ!」

 

・・・何を言ってるんだろ。あ、そうか。俺って今闘ってたんだ。それで・・・・・・勇次郎さんに殴り飛ばされたんだった。もしかして観客席まで飛んじゃってる?

 

──おい、聞いているのか!?

 

コーチが何かを言っている。でもそんなこと気にするよりも()()()()への気づきが俺の脳内を支配していた。

 

今でも手に残っている、勇次郎さんの打撃を流そうとした感触。

 

強く、(つよ)く、(つよ)く、頑丈(つよ)く、破壊(つよ)く・・・・・・・・・

 

あの瞬間に俺の中に流れてきた情報の中に、いままで感じ取れなかった特別なモノがあった。

 

・・・・・・多分あれは、()()だ。チカラの、向き、大きさ、芯の強さ。そんなものいままでになかったモノだ。

 

流水岩砕拳は俺の身体が覚えていて、俺の意思に半自動的についてきてくれるものだ。

 

もしかすると、あれは・・・・・・流水岩砕拳を行う上でとても大切なモノなんじゃないのか?

 

「・・・・・・確かめないと」

 

震える手に力を込める。痙攣する腕に活を入れる。そうして伸びきった腕を、肘から思いっきり地面に叩きつけ、その反動で起き上がる。

 

「岩技!」「岩技さん!」

 

「いってきます」

 

この二人はきっと俺を止めようとしてくれたのだろう。試合が始まる前の俺だったら間違いなく縋っていたその手を取ることはなかった。

 

闘いへの興味、意識あるいは興奮、そんなよく分からない感情が俺の足を進めていた。

 

「ほぉ、また気がでかくなりやがったな・・・」

 

勇次郎さんが俺にそう言う。何を言ってるんだ、体はボロボロ、内側も外側も傷がないところを探す方が難しい程だ。足取りも不確かで、視界もたまに霞んでいる。これで気がでかくなったとは言えないだろ。・・・てか気ってなに?

 

「ちょっと気づいたことがありましてね」

 

「ほぉ?」

 

「もしかすると・・・・・・またアンタに追いつけそうだ」

 

そんな大した強がりでもない俺の言葉に勇次郎さんの髪が逆立つ。こころなしか体が膨張しているようにも見える。

 

「俺に追いつく、だァ?」

 

顔を歪ませながら一歩一歩足を進める勇次郎さん。

 

「面白い・・・見せてみろ」

 

俺と勇次郎さんの距離が縮まり、間合いが触れ合う。

 

先に動いたのは勇次郎さん。それでいい、先に動いていい。俺が見たいのはあなたのチカラの流れなのだから。

 

なんのフェイントもない、純粋な右ストレート。シンプル、否、最強だからこそ単純な攻撃。流水岩砕拳で流そうと俺の体も動く・・・その刹那。

 

確かに捉えた力の奔流、まさに嵐の如く猛々しい流れを。そして・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・捉えた」

 

確かに掴んだ勇次郎さんの力の流れ。そして拳は俺の顔の僅か右を通り抜ける。それは俺の流水岩砕拳が勇次郎さんに届いた何よりの証拠だった。

 

「ッッッ!」

 

間髪入れず、勇次郎さんが左フックを放つ。左腕を肘からプロペラのように半回転させ、手を圧しあて、流す。

 

・・・ようやくスタートラインに立てた気がする。随分と痛い目を見たが、そもそも俺が未熟だったのが悪い。しょうがない。

 

そして勇次郎さんの三発目は左足を天高く振り上げてからのかかと落とし。それも少し横に流しながら、間合いを詰める。

 

「フッ・・・!」

 

そして全身を巡る力の流れを拳に集中させ、一息で勇次郎さんの胸に正拳突きを三発お見舞いする。

 

単純な技量じゃない。相手の力の流れ、向きが理解出来た今、流水岩砕拳はようやく真価を理解できた気がする。

 

俺はこの武術を半分も理解していなかった。ただ相手の攻撃を流すことに特化した技、だけではなかったんだ。

 

相手の攻撃だけじゃない、この五体に流れる僅かな力の流動も感じ取ることができるようになってきた。

 

「あぁ、なんか分かった気がする」

 

まるでパズルが全て完成したかのような爽快感と何かが俺を護ってくれるような安心感に同時に包まれる。

 

流水岩砕拳、『水のように流し』『岩を砕く』と思っていたけどもしかすると違うのかもしれない。相手の攻撃を水のように流し、無力化するのではなく、俺自身が水になるからこそ攻撃を流せるのかもしれない。

 

なら、この身体中を駆け巡る『流れ』は俺を水へと誘っているのだろうか。

 

「フフ・・・」

 

自分を水化する・・・その荒唐無稽な話に笑いがこぼれるが、その考えが間違いでないと思えるのは何故だろうか。誰も正解と言ってくれないのに不思議と合っていると思える自信。もしかするとこれが武道家の人が持つ信念というものなのだろうか。

 

「今ならなれそうだな・・・水に」

 

さぁその自信に、信念に、身を任せよう。

 

────────────────────

 

 

 

 

 

(こ、これはッッッ!?)

 

烈は一瞬、己の目を疑った。ほんの一瞬、だが確かに、流野岩技の体が液状化したように見えたからだ。

 

「何かが・・・起ころうとしているのか?」

 

「もう起こっとるよ」

 

烈の言葉に郭海皇は言う、既に始まっていると。

 

『い、今なんかおかしくなかったか?』

 

『体・・・溶けてなかったか?』

 

その変化には観衆も気づき始めていた。

 

そしてその異変は岩技だけに留まることはなかった。

 

(なんだ、砂が・・・・・・・・・?)

 

闘技場の砂が突如動いた・・・ように見えた。だが、烈はそれが()()()()()()()()()()()()ことに気づく。

 

砂の上を何かが流れているのだ。それが水であり、その水が砂を動かしているように錯覚していたのだ。

 

(その若さでなんという技術(わざ)ッッッ、なんという()ッッッ!!!)

 

昨今様々な武術家が修行の一つとして水を扱うことはよくある話である。時には水に打たれ、水を叩き、水を持ち、中には水に変化()ろうとした者もいた。

 

しかし、烈の目には岩技が、岩技こそが、いままででどの武術家よりも『水』であることが直感的に理解できた。

 

「・・・流れじゃ」

 

「ッ!老師、あれが何か分かるのですか!?」

 

「分かるも何も、あやつが()()()()のはわしらも普段から感じておるモノ・・・チカラじゃ」

 

「・・・チカラ」

 

「力こぶを作る、上腕二頭筋にチカラを入れる。腕を振るう、腰を切り、足を踏みしめ、肩から腕そして手先へとチカラを放つ。わしらが触覚、イメージで感じ取るものをあやつはより正確に感じておる」

 

「そ、そんなことが・・・!」

 

可能なのかと言おうとしたところで烈は口を塞ぐ。今の言葉を口にしたのが一般人ならともかく、郭海皇、中国武術そのものである『伝説』が言うのだ。間違っていないと思いを新たにする。

 

「ほほ、分からんのも無理あるまい。他の者にはそのアレが水としてまでしか見えておらんからの」

 

「・・・ッッッ」

 

『その他の者』に自身も入っていることに烈は歯噛みする。

 

「イメージは、無限大。それも確かな実感を持ってすれば他者にそれを()せることも可なり」

 

「で、ではそこまで武を大成させたのであれば」

 

「うむ、()()()()

 

そこまで成した技術(わざ)の結晶。通じなければ敗北、通じればもしかすると・・・・・・

 

『いくぞッッッッッッッッッ!』

 

『来いッッッッッッ!』

 

そして観客が目にしたものは──

 

 

 

 

 

 

 

横に落ちる?・・・・・・滝??????

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

なぁ皆の衆、お前たちにとっての日常(あたりまえ)ってなんだ?

 

顔を殴られる、痛てぇよな?

 

腹を蹴られる、痛てぇよな?

 

それをプロ選手がやったら─多分死ぬ─なんて思うよな?

 

違ぇんだよ。俺はもうそれが日常(あたりまえ)じゃないんだ。

 

俺なんて、顔を殴られたら殴った方の拳が砕ける。

 

腹を蹴られても、腹筋を割られることなく無傷で済んじまう。

 

プロだろうが素人だろうが裏の人間だろうが俺にはそこら辺にいる虫と大差ないんだぜ。

 

達人と称される武道家達の技、なるほど競技レベルじゃないな。

 

でもそんな技ですら、俺には届かない。

 

技をかけられようも、それが集団で襲いこようとも腕を振るうだけで相手は死屍累々になる。そもそも大抵の技なんぞ見ただけで真似できる。

 

国家権力ですらそうだ。

 

貴様らが基本相手にしない、できないであろう連中も俺の前には平伏しちまう。

 

この拳にはなんでも収まる、それが俺の日常(あたりまえ)なんだよ。

 

それがどうだよ・・・・・・・・・・・・。

 

殴る、当たらない。

 

殴る、倒れない。

 

蹴る、かわされる。

 

蹴る、返される。

 

殴られる、血が出る。

 

蹴られる、視界がブレる。

 

なぁ、お前らには想像もつかないだろうな。

 

テレビで野球の点数が中々入らないことに歯噛みすること、格闘技で敵が逃げ、攻撃が当たらないことにイライラすること・・・・・・。

 

そんなことが俺にとっては()()()()なんだぜ。

 

当たらないという非日常(あたりまえ)

 

(かわ)されるという非日常(あたりまえ)

 

血が出るという非日常(あたりまえ)

 

倒せないという非日常(あたりまえ)

 

全く、こうも楽しいのは久々だ。

 

見ろよ、この男。

 

たかがイメージ、されど人並外れた想像と体術で滝を生み出しちまった。

 

俺の攻撃は滝に飲まれ、怒涛の水しぶきが俺を襲う。

 

あぁ、どうかこの時間が・・・・・・・・・・・・・・・終わりませんように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

───────────────────

 

 

観衆は思う。我々の目には果たして何が写っているのか、もはや何を写しているのか。

 

横に流れる滝(のようなもの)、舞う水しぶき(・・・多分)、そして・・・・・・・・・。

 

まるで爆撃音のような(多分)肉弾音。

 

ふと、滝が突然消え、そこから一人の男が飛び出してくる。

 

流野岩技だ。観衆は目の前で起こった非現実をあの日本人ボクサーが魅せたという事実を目で見えても頭で理解することができなかった。

 

『す、すげぇ・・・・・・・・・』

 

誰かがそんなことを口にする。だが、その一言が観衆の心情を何よりも表していた。

 

「・・・・・・・・・いいものだな、闘争というのは」

 

辺りが静寂に包まれる中、範馬勇次郎が口を開く。その顔はどこか名残惜しそうで愛おしいというそんな表情をしていた。

 

「ちょっとだけ・・・・・・その考えも分かった気がするよ」

 

それに答えるのは流野岩技。手を膝に当て、明らかに疲労した状態ながらもなんとか応えているという様子だ。

 

それもそのはず、勇次郎も出血こそしてはいるが岩技と比べたらその量は微々たるもの。外傷だけでなく内臓の方もダメージが深い岩技には本当の限界がおとずれようとしていた。

 

「終わりにしよう」

 

その言葉と共に勇次郎は右腕を振り上げる。

 

認めるかその言葉、認めてなるものかと目を見開き、限界を迎えつつある己の体にムチを打ち、構える岩技。

 

その変化は遠くから見つめる観客からもありありと掴めた。

 

勇次郎の右腕が突如()()()()のだ。極太麺のような血管が浮き上がり、力こぶはもはや『コブ』と呼ぶにはあまりにも肥大化し、勇次郎の右腕を一回り巨大化させたのだ。

 

「・・・ハハ」

 

その脅威的暴力を前に岩技は、笑っていた。

 

(はぁ、やっぱりまだ本気じゃなかったか・・・・・・)

 

岩技が薄々と感じていた手加減。最初の時点であれだけのものを放つことはできたはず。なのにしてこなかったということは気を使わせていたということ。

 

その現実に岩技は落胆・・・などしていなかった。むしろ喜んですらいた。

 

(ようやく、向こうの本気(マジ)を体験できるわけだ)

 

範馬勇次郎、その存在に自分が勝てないことは()()()()()()()()。スピードが、パワーが、反射神経が、経験が、もしかすると技術(わざ)が、何もかも劣っていることなど岩技は初めから分かっていた。

 

そんな自分に与えてくれた本気という『プレゼント』に岩技は己がどれほど危険な状況なのかを理解しながらも感謝を感じていたのだ。

 

(なら、俺も応えないとな・・・全力で)

 

足を踏みしめ、上半身を脱力、それでいて必要最低限の力を保持する。

 

己の中に感じる力の流れを再認識する。そして、勇次郎の右腕に込められた力の流れ、太さを確認する。なるほど、馬鹿げている・・・と。

 

観衆も徳川も刃牙も愚地も渋川も本部も烈も郭海皇も・・・・・・そして岩技も次で決まると確信する。

 

───この出会いに感謝を

 

それは誰かの思いか、岩技も、そして勇次郎も感じ取ったその言葉を皮切りに地面を蹴り出す。

 

己を水化させた岩技は滝となり、勇次郎に迫る。

 

対する勇次郎はその場に留まり、右腕を引き絞りフルスイングの体勢に入っていた。

 

「流水岩砕拳ッッッッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滝が、割れた。




流水岩砕拳・()
岩技が死闘の果てに辿り着いた流水岩砕拳だったモノ。自己解釈の中で我流化したが本人的にはまだ流水岩砕拳らしい。力の流れを強いイメージで可視化するまでに至り、あらゆる攻撃の流れを操ることに成功した。


次でラストです。


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伝説に挑んで始まりを迎える

Twitterしてますとか言いながら、プロフィールにURLを貼らないポンコツがこちら(私)にございます。

一応コレでおしまいです。あと書くとしたら主人公が作中屈指のヒロイン(武闘派)とイチャイチャ(物理)する話ですかね。誰とイチャつくかはアンケートにしようかな〜。


試合が終わったというのに歓声はいまだ止まず。それは彼らの健闘を讃えてのことか、それとも興奮が冷めず、声を上げてないと収まらないのか・・・・・・ともかくその声は既に()が戻った部屋にまで届いていた。

 

「おつかれさん、オーガ」

 

そこは何の変哲もない控え室だった。どこにでもある長机にパイプ椅子、そして飲料水が入ってるであろう冷蔵庫。どこにでもありそうな普通の控え室だ。

 

そんな部屋にいるのは、男二人だけ。だが、その男達はどう見ても普通ではなかった。

 

一人はボディビルダーですら素足で逃げ出す程の筋肉を搭載したアメリカ人。もう一人は強さにおいて右に出る者はいない伝説の男だ。

 

「・・・・・・何の用だ、アンチェイン」

 

 

アンチェインと呼ばれた男、ビスケット・オリバはイタズラっ子な笑みを浮かべながらオーガと呼んだ男、範馬勇次郎へと歩んでいく。

 

「用も何もさっきまであんな殺し合いをしてたんだ。労うのは当たり前じゃないか」

 

「フン、()()が殺し合い?笑わせるな」

 

オリバはOh〜とやや大袈裟なリアクションを取りながら、しかし興味深く勇次郎の次の言葉を待っている。

 

勇次郎は、不敵に笑みを浮かべながら手に持ったコーラをあおる。

 

「急所を一切狙わない・・・そんな殺し合いがあってたまるか」

 

二人の言っている殺し合いとは、先程の岩技と勇次郎の一戦だ。ボクサーである岩技と格闘家、いや格闘生物である勇次郎ではそもそも闘いに関する認識が違った。

 

ボクサーは急所を殴らない、否、殴ることを知らない。倒す方法は数知れど競技ゆえに殺傷法など知る由もなかった。

 

「だが───あれはいい闘いだった」

 

そう言う勇次郎の顔はまるで子どもが大好物を名残惜しく口に含み続けているような、噛み締めているようなそんな幸福感が現れていた。

 

「その顔を見るに・・・・・・とてもデリシャスだったんだな」

 

「あぁ、アンチェイン。貴様も奴の味を知るといい」

 

「ハッハッハッ!!!オーガにそこまで言わせるのかあの少年は!」

 

オーガの言葉に大笑いするオリバ。しかしそこにからかいの意図は含まれていなかった。単純に、かの最強にここまで言わせたという尊敬・・・それだけだった。

 

「・・・あのオーガをも唸らせる武術か。しかし、最後はそれもオーガの一撃に砕けてしまったが」

 

「本当にそう思うか?」

 

「・・・・・・・・・・・・ナニ?」

 

誰もが見たあの決着、誰もが認める勝敗、物言いの余地など残されてないほどに完璧な終わり方だった・・・少なくともオリバには勇次郎と岩技の試合はそう見えていた。

 

だが、あの瞬間、闘いの当事者だった勇次郎だったからこそ気づいたことがあったのだ。

 

「流したぞ、岩技は」

 

「Really・・・?」

 

思わず日本語も忘れ、英語になるオリバ。しかし彼にとってはそれほどの驚きだったのだ。地上最強の、それもあの一撃に技をかける余地などオリバには到底掴めなかった。

 

「俺が最後に放ったあの一撃、アンチェイン、お前が受けたらどうなっていた」

 

オーガの質問にオリバは顎に手を当て思考する。果たしてあの一撃が自分に向かっていたらどうなっていたか。

 

真っ先にオリバの脳裏に浮かんだ光景は、手榴弾のように爆発する己の頭蓋、飛び散る肉片、鍛え抜いた筋肉が、溜め込んだ知識が、風に煽られた羽毛のように軽く、儚く吹き飛ばされていく様が鮮明に思い浮かんだ。

 

その想像を否定するように、何か出来たはずとあらゆる手段を想定するがいずれもオーガの一撃を止めることは叶わないと直感で理解した。

 

「・・・・・・あぁ、そうだな〜なんというか・・・・・・」

 

はたしてなんと言えばいいのか。一言、死んだと言えばいいのにそれを言うのは何故かオリバは躊躇った。

 

「フン、虚勢を張るな。少なくとも五体満足では帰れなかっただろ」

 

「・・・・・・」

 

いやそんなことはないッッッ!!!と異を唱えることがオリバには出来なかった。できることはただ薄い笑みを浮かべるだけ。

 

「にわかには信じ難い・・・。あれに技をする余地が・・・」

 

「俺のあの一撃、もらえば確実に絶命していただろう。だが奴は生きている・・・それが証拠だ」

 

自分の攻撃で死んでいないのだから何かしらの()()()を弄した。勇次郎らしいなんとも傲慢な言葉と思うオリバだが、実際あれをくらって生きてるのだからそうなのだろうと自然と納得した。

 

「本能的に顔面の骨で流した・・・か。ククク、()()()()()()()

 

パリンとガラスが砕ける音がする。

 

勇次郎の手にはさっきまで飲んでいたコーラの瓶だった破片が握りしめられていた。

 

既に獣は飢え始めていた。

 

 

───────────────────

 

 

 

「知らない天井だ・・・・・・」

 

一度は言ってみたいけど、なかなかその機会が無い言葉ランキング一位であろうフレーズを口にする。

 

視界に映るのはとても白く、清潔な天井。割とキレイな俺の部屋でもここまで白くはない。

 

「岩技!」

 

「あ、コーチ」

 

俺が寝ているベッドの横にコーチが心配そうな顔でこちらを見ていた。首を横に向けようにも、包帯やギプスが巻かれているのか動かせない。

 

「起きましたか、ちょうどいいタイミングでした」

 

聞きおぼえのない男の声がしたのでそちらに目線を向ける。パッと見、医者の男であることは分かった。男性にしては珍しいロングヘアに女性と見間違う程の中性的な顔立ち、ボディビルダーのマッスルボディというよりは彫刻のような芸術的肉体という明らかに一般人ではない男がそこにいた。

 

「はじめまして。私は君の主治医である(しのぎ)紅葉(くれは)という者だ」

 

「あ、お医者さんでしたか。ありがとうございます」

 

そう言うと紅葉さんは紙の束を一枚一枚めくりながら、興味深そうに紙と俺を交互に見ている。

 

「ええと、どうかなさいましたか?」

 

流石にそんなことをされると患者である俺は不安になる。あの闘いで後遺症がないはずがないが、やっぱり幸運にも無傷・・・なんてことはないのだろう。

 

「いや、不思議に思ってな」

 

「はい?」

 

「このカルテを何度見ても、君が()()()()()ことが不思議でな」

 

「えぇ・・・・・・」

 

お医者さんから出てきた言葉に思わず絶句してしまう。生きていることが不思議ってそんなこと・・・・・・あぁ、なんか納得してしまった。

 

「骨折、脱臼、陥没、打撲、内出血・・・・・・色々とあるが一番酷かったのは内臓の損傷だ。ここに運び込まれてきた時、普通の医者なら匙を投げても仕方がないレベルだった」

 

「・・・本当ですか」

 

どうやら本当に死にかけだったらしい。身動きができない程に全身に巻かれた包帯、ギプス、そして紅葉さんの手に握られた大量のカルテが俺の怪我具合を物語っていた。

 

「あぁ、もっともこちらとしても君を死なすわけにはいかなかったのでな。私の腕にかけて君を生き長らえさせた」

 

「???」

 

イマイチ真意が掴めない紅葉さんの言い方に疑問符を浮かべていると病室のドアが開き、俺もよく知る人物が入ってきた。

 

「岩技、起きたか」

 

「徳川さん・・・・・」

 

もはや諸悪の根源と化した徳川さんだった。試合の時とは正反対の落ち着いた顔で徳川さんは俺の隣に腰を下ろす。

 

「えらい闘いだったの・・・・・・」

 

一言だけ、でもその言葉には様々な意味が、思いが込められていることがよく伝わってきた。

 

尊敬、励まし、労い、興奮、幸福・・・・・・

 

「えぇ、まぁ・・・」

 

そんな言葉に対して、不思議と『ふざけるな!!!』なんて思いは浮かんでこなかった。たしかにこんな闘いになるとは思ってなかった。少なくとも元のボクサーに戻ることも難しい程の怪我を負うほどだとは想像もしてなかった。

 

でもその責任を徳川さんに求めるのは少し違った気がした。それに俺も最後は楽しんでたしな。

 

ともかく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「生き残った〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

正直、あの試合は最初から最後まで生きた心地がしなかった。てかいつ死んでもおかしくない・・・試合にはない、常に喉元にナイフを突きつけられているようなそんな緊張感があった。

 

「生き残った・・・か」

 

俺のそんな言葉を聞いた徳川さんはどこか嬉しそうだった。多分俺がどんな言葉を口にしてもあの表情をしたんだろうな。

 

「随分嬉しそうですね」

 

「そりゃあ、お主がどう言おうとあの闘いはワシには如何なる黄金にも勝るものだったからの。そんな戦士が目の前におる、スーパースターを目の前にして笑顔にならんやつがおるか」

 

「はは、スーパースターですか」

 

世界でもトップクラスの超大富豪のスーパースター、どこにでもいるボクサーに付けられる称号じゃないな。

 

「岩技、ワシらからしたらお主がしたことはそれだけのことじゃ。範馬勇次郎から五体満足で生き残る・・・ボクサーの中ではたしてそれが出来る者がいるかどうか」

 

徳川さんからの熱い賞賛の声。思わず頬が熱くなるのを感じる。

 

「岩技、お主にはあの闘技場はどう映る?」

 

「・・・はい?」

 

徳川さんが突然、俺に意味深な質問をしてくる。闘技場、あの場所がどんな所か・・・か。

 

法外、狂気、暴力、殺生、本能・・・・・・・・・うーん?

 

「どう映る・・・というよりあの闘技場は()()()場所ですよね?」

 

「ほぅ・・・?」

 

割と真剣に考えてみた。あの場所は東京ドームの地下に建てられていて、砂の中に歯も混じっていて、法外の暴力がまかり通る・・・まぁ確かに異常だ。

 

でもそれだけなんだよな。

 

「俺も勇次郎さんも・・・・・・あそこで拳を交えたけど、でも闘争自体はどこでも起こせます。ただ、俺と勇次郎さんが出会ったのがあの場所ってだけ・・・っていうか」

 

ん?でも結局それをしたのは徳川さんだからただの場所というわけでは・・・ないのか?

 

「場所・・・・・・か」

 

「あ、ごめんなさい!変なこと言っちゃって!」

 

俺の言葉に考え込むように俯く徳川さん。ヤバい、そういえばあの場所は徳川さんの所有物だった!

 

「いや、その言葉を貰えただけでもあの場所を作った甲斐があったわい」

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

俺の言葉に一人納得した様子の徳川さん。本当にこの人が考えていることは分からん・・・。

 

「そうじゃ、ここに来たのは報酬の話じゃ」

 

「「ッッッ!!!」」

 

徳川さんのその言葉に俺とコーチの間に緊張が走る。いやなんでアンタもやねん。

 

「ふむ、手渡そうにもここじゃ()()ゆえ口座の方に振り込んでおくぞ」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

狭い?なんでお金の貸し借りの話で狭いなんて言葉が出てくるんだ?

 

「あ、あの〜徳川さん?俺が貰う報酬ってどれくらいでしたっけ?」

 

「ん?あぁ100億じゃろ?」

 

「で、ですよね」

 

冷静に考えてみると100億なんて大金直渡しされても持って帰れないか。

 

「───にワシからの個人的な報酬も含めて500億、お主に渡すことにした」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「む、心拍数が上がっているな」

 

「岩技ぃ!?」

 

500億って、そんなすぐに用意できちゃうもんなの?怖い、金持ち怖いよ〜。

 

「言ったじゃろ、あの闘いは如何なる黄金よりも価値があると。さしおり()()()は設定しておこうと思ってな。あとはお主の言い値で構わんぞ」

 

新手の脅迫かな?まだ上げれるよでじゃあ上げましょうって言えない値段なんだけど。

 

「おい岩技、値上げしないのか?」

 

うるさいぞコーチ。自分の事じゃないからと言って好き放題言うんじゃない。

 

「ええと、値上げは大丈夫です」

 

「なんじゃ謙虚じゃのう」

 

「あは、あはは・・・・・・」

 

まだいけるでしょとか言う度胸俺には無いから。てかもう充分過ぎるほど貰ってるから言うことは無い。

 

「おぉ、そういえば勇次郎から伝言を預かっとるんじゃった!」

 

「・・・え?」

 

勇次郎さんからの伝言?こんな姿にしたんだから気遣いの一言くらいは欲しいんだけど・・・来ないんだろうな〜。

 

「『次を楽しみにしてる』・・・お主本当に好かれたのう!」

 

「心拍数200オーバー・・・凄いな君の体は・・・・・・」

 

「岩技ぃ!?岩技いいいいいい!!!!」

 

────────────────────

 

 

 

 

 

さて、あれから一年ほどが経った。俺、流野岩技はというと変わらずボクサーとしての人生を謳歌している。

 

死にかけの傷もすっかり癒え、最近はアメリカ進出の話も出ており、コーチも俺もちょっとだけ浮かれ気味だ。

 

そんな俺が新しく始めたことがある。

 

『岩技ぃ、次の相手が決まったぞぉ!』

 

「あ、徳川さんお疲れ様です」

 

『またあの闘技場でお主の活躍を見れると思うとワクワクするぞ!』

 

「あはは・・・頑張ります」

 

ボクシング・・・ではなく『流水岩砕拳』流野岩技として地下闘技場で闘うことだ。

 

「よし、今日も強くなろうか!」

 




とりあえず終わりです。ここからの展開が思いつかなかったのもあるんですけどね。

最近ケンガンアシュラにハマりまして呉雷庵(憑依)の妄想に取り憑かれちゃってるので次書くのはこれかもしれません。


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番外編
スーパー老人に遊ばれる


渋川さんです。渋川流柔術、『武』って感じがしてすごい好きです。アンケートでは刃牙くんが一位でしたが、何故か渋川さんの戦いが思いついてしまったためこのようになってしまいました。すいません。

Twitter(URLはプロフィールに記載)やってますんで、ご要望があればそちらの方でお聞きします。こういう話が見たいとかでしたら(創作意欲が湧けば)書きますのでどんどん言っちゃってください。




「道場見学だぁ?」

 

コーチが何言ってんだお前という顔をしてこちらを睨みつけている。そ、そんな顔しなくても・・・。

 

「い、いや勉強のために・・・」

 

「勉強ぉ?」

 

俺の言葉にさらに眉をよせるコーチ。まぁボクシング選手が突然道場行きたいですって言ったら普通疑うよな。しかし実際のところ俺は()()()()なのだ。格闘技をボクシングしかしていない、故にそれしか知らない。

 

「えっと、俺ってボクシングオンリーじゃないですか?異種格闘技対策として他の格闘技を知っておきたくて・・・」

 

「異種格闘技ってお前・・・それでなんで道場なんだ?」

 

「まぁ徳川さんにも同じ相談をしたんですけど出てくる人の名前がナントカ流の人ばっかりで・・・」

 

「・・・・・・岩技、お前には理解できないことかもしれないが近代格闘技と日本武道は結構相性が悪いんだ」

 

「それは分かっています」

 

あらゆる競技の基本における『足』においても剣道や空手、相撲などの武道は、すり足で移動するのに対しボクシングはステップワークを基本としている。すり足の場合、あらゆる攻撃に即座に対応できるようになるが、ステップの場合そのスピードで相手を翻弄、先手を取ることに起点を置くようになる。

 

そして、武道は倒すことを前提とするが、ボクシングは当てることを前提とする。この差は大きい。当てることで真価を発揮するボクシング、相手を地に伏すことを前提とした武道、そもそも攻撃の方向性が違う。

 

「まぁつまりだな、ここで変な知識をかじってお前自身が弱くなったらなんの意味もないんだぞ」

 

「まぁそうですね」

 

コーチの言うことも一理ある。変な動きを身につけ、ボクシングの軽やかなフットワークに陰りを見せるわけにはいかない。

 

しかし──

 

「でも問題ないですよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺が使うのは『流水岩砕拳』であり、何も問題はないのだ。

 

「いや、だから・・・・・・まぁいい。それでボクシングの方が疎かになったら承知しねえからな」

 

「ありがとうございます!」

 

コーチも渋々承認してくれた。よし、後は()()()()な人を徳川さんに紹介してもらおう。柔道とか空手とかそこら辺がいいな。

 

「────あ、徳川さんですか?この前お話してた件なんですけど・・・・・・・・・・・・え、もう用意している?」

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

 

徳川さんに電話すると『待ってたぞ!』とまるで俺からの電話を今か今かと待ち続けていたかのような口ぶりで徳川さんは叫んできた。

 

どうやら既に人選は済ませていたようで後は俺からの連絡待ちだったらしい。

 

「でも・・・・・・なんでここ?」

 

そして徳川さんに指定された場所は・・・カフェだった。休日ということもあり、周りには高校生や大学生と見受けられる人達がワイワイと話しており、一人だけポツンと席に座っている自分にどことなく疎外感を感じた。

 

『ねぇ、あの人流野選手じゃない?』

 

『ホントだ、流野岩技じゃん!サイン・・・もらおうかな』

 

これだけ人がいると流石に俺だと気づく人もいるらしい。自分が有名人であることにちょっとだけ鼻が高くなる。

 

そういえば徳川さんからは誰が来るのかは聞かされていない。会えば分かるとのことだった。

 

ということは見ただけで()()()()ということか。一体どんな人物が来るのだろうか。筋肉ムキムキでゴリラみたいな人でも来るのだろうか。

 

 

 

 

「───相席、よろしいですかな?」

 

 

 

 

 

「え、あ、はい」

 

突然話しかけてきたのは高齢の男性だった。男が着る浴衣を羽織っており、サングラスのようなメガネをかけている。

 

あまりにも自然な流れで相席をお願いされたので思わず了承してしまった。こっちは待ち人がいるため席を離れてもらいたいがオーケーしたのがこちらである手前、お願いしにくい・・・。

 

「誰かを、待っておられるのですか?」

 

老人が口を開いた。もしかして俺の様子を見て、心中を察してくれたのだろうか。

 

「え、まぁそうですね。一応待っています・・・誰が来るかは分からないんですけど」

 

「ほぅ、誰が来るのか分からないのに待っている・・・と」

 

「えぇ、まぁ」

 

改めて聞くとおかしな話だと自分でも思う。徳川さんのことだから嘘ではないが、そろそろ顔を見せて欲しいところだ。

 

「若い子はいいのう。そうやって()()()を求める・・・」

 

「は、はは」

 

確かに見方によってはそういう風に見える・・・のか?

 

「わしも昔は、よく出会いを求めて道をさまよったわ」

 

老人は楽しそうな顔で話す。まるで昔を懐かしむようなその顔に、()()()()()()()()()()()()()

 

懐かしんではいる。でも目の前の老人は、多分今、『ワクワク』している。

 

「まだまだきっと出会いはありますよ?」

 

とりあえず前向きな言葉を返す。少なくとも目の前の老人は思い悩んでないし、そこを俺が考えてもしょうがないことだし。

 

「そうじゃの─────例えば、お兄さんとか、な?」

 

「・・・・・・え?あ〜はいはい!確かにそうですね!」

 

確かに老人の言葉通り、これもまた出会いだ。もしかすると老人はこうやって一つ一つの出会いを楽しんでいるのだろう。なら、先程の違和感にも説明がつく。

 

「ところで、お兄さんや。アンタなんかスポーツやってるんかい?」

 

「え?あぁ、実は格闘技を・・・少しだけ」

 

少しだけというか日本チャンピオンだけど、まぁそれを言う必要はないだろう。

 

「ほほぅ格闘技か!」

 

身を乗り出して興味津々に食いついてくる老人。格闘技知ってるなら俺の事も知ってると思ったけど、まぁ自分の知名度なんてそんなもんだよね。

 

「ちなみに何をしとるんじゃ?」

 

「ボクシングですよ。これです」

 

老人の目の前で腕だけでファイティングポーズを取る。

 

「・・・・・・おぉ!それかぁ!」

 

老人も理解を示してくれたようだ。

 

と、ここまではどこにでもありそうな普通の会話だった。

 

「おじいさんも何かしてらっしゃるんですか?」

 

「・・・・・・」

 

ピタッと、突然老人の動きが止まる。先程までの陽気な雰囲気は消え失せ、どこか引き寄せられるオーラを感じる。

 

()()さん、手を」

 

「はい?」

 

言われるままに手を差し出す。・・・・・・あれ、俺この人に名前言ったっけ?

 

「ふむ、良き手だ。肉も骨も、しなやかで強固な天然モノ・・・か」

 

「あ、あの?」

 

「紹介が遅れましたな

 

 

 

 

 

 

───わしは()()()()()さ」

 

「!?!!?!?!?!!?!」

 

その時俺の身体に起こった変化をなんと形容すればよかったのか。

 

突然重力が何倍にもなった。

 

突然全身の力が抜けた。

 

突然全身の筋力の最大値がガクンと下がった。

 

突然俺の身体に岩がのしかかった。

 

それともその全部か。

 

ともかく突然起こったありえない『状態異常』に俺は為す術もなく机に顔をつけることになった。

 

「う、動けない・・・!?」

 

「ほっほっほっ、不思議じゃの?手を握ってるだけ、なのに『力が機能しない』」

 

老人の言う通りだ。チカラの流れを掴めるようになった俺でも()()()()()()()()

 

脱力とか緊張とかそういうのは自分の身体で、自分の意思で行うはずなのにそのテリトリーが向こうにある。

 

「なんで、こんな・・・!?」

 

襲われたことはあるが、こんな白昼堂々、しかも店内で襲われるなんて思ってもなかった。

 

「なに、ただの自己紹介さ」

 

身体に力が戻る。伏した顔を上げると老人は既に俺の手を離していた。

 

「改めて、渋川剛気じゃ。よろしく♡」

 

果たして今の一通りの事を挨拶と捉えてもいいのだろうか。俺は目の前で年に合わずウインクをする老人、渋川さんを測りかねていた。

 

「いや、すごっ」

 

ただ一つ分かったのは。この老人、見た目からは想像もつかない程強いッッッッッッ!

 

───────────────────

 

 

 

 

「いや〜徳川さんの紹介で来たんでしたらそう言ってくださいよ!渋川さんも人が悪い!」

 

「カッカッカッ、ちょっと若僧をからかってみたくての」

 

結局というか、まぁあれだけ魔法みたいなことをする人が普通なわけなく、徳川さんに呼ばれてきた人物であることが分かった。

 

勇次郎さんの時もそうだったが、グラップラーの人は茶目っ気過ぎる気がする。

 

「しかし岩技さん、アンタも変わっとるの。それだけ強いにもかかわらず他の格闘技をするのかい?」

 

「いえ、自分は他の格闘技を体験したいってだけで・・・」

 

でも、さっきの技?も会得できるならしたくはある。手を握るだけで相手の動きを封じれるとかこれ以上使い勝手の良い技もない。

 

「そうかそうか。勤勉なのはいいことですな」

 

「あ、あはは。ありがとうございます」

 

そして渋川さんと共にカフェを出る。流石にカフェで教わるわけにもいかず、動ける場所へ案内してくれるとの事だ。

 

聞いた話によれば渋川さんは自分の道場を持っているらしい。確かにそこなら心置きなく、動ける。

 

「よし、着いたぞ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

そして辿り着いたのは、路地裏だった。ビルとビルの隙間にできた空き地のような場所。人通りは、全くない。

 

「ここなら人目につかんじゃろ」

 

「え?」

 

「さ、始めましょうか」

 

「え?」

 

「頑張るんじゃぞ!岩技!」

 

「え?」

 

着いたのは道場じゃなくて人目のつかない空き地、既にやる気な渋川さん、そして・・・・・・・・・何故かビデオカメラを構えてる徳川さん。

 

結局こういうことかよぉおおお!!!

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

闘うためにメガネを外そうとする渋川さん。そんな渋川さんの手を急いで止める。

 

「待ってください渋川さん!俺何も戦いたいなんて言ってませんよ!」

 

「ん?柔術を体験したいと言ったのは岩技さんじゃろ」

 

「そうですけど!ほら、構えとか!型とか!いろいろあるでしょ!」

 

「見苦しいぞ岩技!」

 

「お前は黙ってろ!」

 

徳川さんの横槍に思わず荒い言葉で返してしまったが、結局こういうこと、こういう事態にした張本人なのだから今の俺に罪悪感はない。

 

「構え、型、まぁそんなものもあるが、それを教えたところで岩技さんの足しになるとは思えんな〜」

 

「ま、まあそうかもしれないけど!」

 

「それにお(めえ)さん、地下やらリングやらで普通にやっとるんじゃなかったか?」

 

「いや、そうですけど。心の準備とかですねぇ・・・」

 

渋川さんの言う通り、俺はリングでも地下闘技場でも普通に戦っている。ただそれは正式な試合だからできるのだ。ゴングがあって、『よーいドン』があって、試合が終われば治療してもらえて、なんやかんやルールもあって、そういった諸々の条件があるから俺はのびのびとできるのだ。

 

「ほほ、それに門下生でもない子に渋川流の真髄をおしえるとでも?」

 

「・・・・・・・・・・・・たしかに!」

 

ぐうの音もない正論に思わず納得してしまった。

 

「さぁ仕切り直しといこうかのぉ。なにこんな老いぼれ、岩技さんなら一撃だろうて」

 

そう言って、こちらに歩みよってくる渋川さん。だが、知っている。渋川さんがただの老人でないことなどカフェの件で理解(わか)っているし、なにより今こちらへ歩いている渋川さんには()()()()

 

打ち込む隙がない。つまり、仮に俺が攻撃した際のその後の光景が想像できないのだ。吹っ飛ぶのか、はたまた避けられるのか、それとも返されるのか、そういうイメージが、情景が、一歩先も映らない暗闇のように見えてこないのだ。

 

「おや?来ないのかい?」

 

「え、えーと・・・」

 

来ないじゃなくて打ち込めないだけだから!

 

しかし、何もしないというのも良くない。そこでまずは様子見ということでボクシングのファイティングポーズをとる。

 

「ほぉ、ボクシングか。構わんよー」

 

にこやかに笑う渋川さん。笑っているのに迫る凶器を向けられているかのような圧力。それが俺の目の前にいる人間が年老いた男ではなく、獰猛な獣であることを知らせてくれる。

 

渋川さんは大きくない。見たところ160cmあるかないかくらい、なら間合いは俺の方が遠いッッッ!

 

することは決まった。ジャブによる最速の牽制打。カフェの時は手を掴まれて不覚をとった。だけどこの速度のジャブなら掴まれることはないはずだッッ!

 

そこまで考えてのジャブ。俺の間合いギリギリのそして渋川さんには無理な間合い。そこに最速の一撃を放つ。いつものパターンだ。王道ではあるが、それ故に付け入る隙を与えない・・・はずだった。

 

俺のジャブが届く・・・というより放たれる前に飛んできたのは・・・下駄?草履(ぞうり)

 

「・・・え?」

 

あまりにも唐突な物が顔に飛んできたため、思わずキャッチしてしまう。

 

「ひっかかった♡」

 

「あ"」

 

履き物を手に取る俺。しかしそれを掴み取った手は別の人間の手が握られていた。

 

ズル─────

 

ズルいと思考する前に起こったこと。それはまたカフェの時と同様に形容しがたい出来事だった。

 

突然、()()()()()()のだ。

 

地面が上に、(そら)が下に、まさに天変地異が起こったかのような錯覚をした。それが自分が回っているのだと理解したのは、一瞬後。

 

そして急速に俺の目の前に迫ってきたのは、地面(そら)だった。

 

「ッッッッッッ!!!!」

 

地面にたたきつけられる俺。自分よりも圧倒的に体格的に劣る老人に投げられるという不可思議(まほう)。地面にたたきつけられた衝撃よりもその有り得ない体験への疑問符の方が強かった。

 

「不思議じゃの」

 

渋川さんの声が頭上から聞こえる。

 

「自分よりも小さいはずの老体がなぜ柔道家顔負けの投げ技ができているのか?」

 

「かァッッッ!!!!!」

 

身体を跳ね起こし、渋川さんへ殴りかかる。もう試合は始まっている。だが審判はいない、つまりダウンもない。なら、俺はいつ攻撃してもいいということだ。

 

そして何より――――――

 

この人は()()()()()()()()ッッッッ!!!!

 

「〜♡」

 

顔面を狙ったパンチ、渋川さんの笑顔、そして・・・・再び浮く俺の体。俺のパンチは渋川さんの頬を掠める。そして()()()()()()()()()()()()()()

 

脚に感じる、なにかの障害物。それが渋川さんが身をかがめて俺の脚をすくいあげているのだと気づいたのは、すぐ後だった。

 

そして今ので理解する、渋川さんの技の『正体』に。

 

空中に浮かび上がった体を反転させ、着地する。

 

「凄い・・・」

 

改めて実感する渋川さんの凄さ。そしてその技の仕組みの出来。

 

さっき俺が回転した時、つかまれた腕をほどくために身を捩った、身体が回転したのはその瞬間だった。そして今、俺の足をすくいあげられたのも、パンチを打つために()()()()()()()()()()だった。

 

つまり・・・・・・・・・

 

「渋川さんが投げたんじゃない。俺が、俺自身を勝手に投げたんだ」

 

「ほぅ・・・!」

 

俺の言葉に渋川さんは目を見開く。どうやら当たっているらしい。俺の攻撃で発生した膂力をそのままあらぬ方向に向けさせる、それがこの技の正体か。

 

その攻撃が強ければ強いほど自分に返ってくるチカラは大きくなる。すごいよくできていると言わざるを得ない。

 

「もう気づくとは・・・さすが天才と言われるだけあるの」

 

・・・ちょっと待て。攻撃したら返されるってどう戦えばいいんだ?聞いた感じあの技に穴が見えないんだが。

 

・・・いや、あるな。()()()()()()気づかなかった。そういえば俺もやられたじゃないか・・・。

 

「・・・ふぅ〜」

 

身体を楽に、それでいていつでも動けるように備えておく。渋川さんの技、確かに驚異的だ。あの手に掴まれたならまた空中大回転すること間違いない。

 

なら、俺がすることは一つ。

 

向こうが反応できない速さでぶち抜くッッ!!

 

「・・・・・・・・・」

 

すり足で少しずつ渋川さんに近づいていく。渋川さんの表情に焦りは見えない。むしろまるで先生のような寛大ささえ感じる。

 

少しずつ、少しずつ距離を詰め、渋川さんが間合いに入る。

 

──────今ッッ!!!

 

渋川さんが俺の射程距離に入り、俺は渾身の一撃を、右ストレートをお見舞いする

 

 

─────その前に渋川さんが先に動いた。

 

重心を片足から片足へ。打撃をする上で、威力向上のために行われるこの動作にはある隙が存在する。

 

それはまさに重心を片足から片足へ移動している『間』である。人は動く時、必ずどちらかの足に重心が乗る。逆を言えば、移動する際には必ずどちらかの足に重心を乗せていなければならない。

 

渋川さんが突いたのはその『間』である。重心が移動しているその瞬間を抑えられると人は無防備になる。

 

──うまいッッ!!!!!!

 

だからこそ、思わず賞賛してしまう。その瞬間を捉えられる渋川さんに。なによりそんな『隙』を()()()()()()()()()()()()()()

 

予想以上に素早い渋川さん、虚無をつかれたことによる動揺、それら相まって渋川さんは既にかなり近い間合いにまで接近している。

 

「はァっ!」

 

渋川さんを正拳突きで迎え撃つ。距離は短いが、拳は充分に加速できる。──そして、

 

渋川さんはそれを捉えることができないッッ!!!

 

ダッッッと肉を打つ音がする───

 

俺の肉体から。

 

「ガハッッッッ!?」

 

あの戦い以降、チカラの流れが見えるようになった。だから今何が起こっているのかは分かった。だからこそ()()()()()()()()

 

胸に添えられた渋川さんの手、そこから発射されたのは『俺のパンチ』と同等の威力の打撃。俺の拳は渋川さんに届いているのにダメージを受けたのはこっちだけ。

 

もはや魔法かチートスキルと言われた方がまだ説明のいく現象が目の前で起きていた。

 

武とはそこまで不可思議なものなのかッッ!?

 

「まだまだ奥が深いぞ・・・()()はよ」

 

跪く俺を見下ろす渋川さん。してやったりという顔がなんとも憎らしい。

 

「人間技じゃ、ないですね・・・!」

 

「はっはっはっ、そのセリフ。半年前のお主にそっくりそのまま返してやりたいわい」

 

半年前、俺と範馬勇次郎さんが戦った時か。ということは・・・。

 

「あの時、見てたんですか」

 

「おぅ、よぉ見とったわ。・・・そして、ずっ〜〜〜〜〜〜〜とこの機会を待っとたわい」

 

何かを噛み締めるような顔をする渋川さん。どうやらこの人も中々のバトルジャンキーだったみたいだ。

 

「まったく、どうしてグラップラーはこうも血の気の多い人ばっかりなんですかね・・・」

 

「よぉ言うわ、お主()()()()()

 

・・・・・・どうやら笑みがこぼれていたようだ。しょうがないじゃないか。俺だって楽しいんだ。訳の分からない技、しかしとても綺麗な技術・・・そんなものを目の前にしたら面白くなってくるじゃないか。

 

「これは失礼しました。じゃあ続けましょう」

 

立って体勢を立て直す。俺が膝をついている間にいくらでも攻撃はできたであろうに手を出さないのは自信の表れか警戒しているからか。

 

なんにせよ、どうやら俺の予想は完全には当たってなかったらしい。俺の攻撃を返すのは当たっているがそれだけがあの技の全てではない。

 

もっと情報が欲しいな。

 

攻撃すれば返される、かといって攻めなければ後手に回る。それは多分、向こうの思うつぼだ。なら、攻めるしかない・・・!

 

「ふッッ!!!」

 

息を強く吹き出し、足に力を込める。リングや闘技場と違い、ここは路地裏である。その違いは───

 

壁が高いことッッッッ!!!

 

地面を蹴り、そのまま壁を蹴り、渋川さんのはるか頭上へ飛び上がる。

 

「ええよ、来い」

 

普通ならこの人間離れした動きに動揺するところだが渋川さんにそれは見られない。むしろ、全力でやりなさいという温かみさえ感じる。

 

「シィッッ!!」

 

渋川さんの頭部めがけて蹴りを放つ。しかしこの攻撃は紙一重で避けられてしまう。

 

「はッッ!」

 

着地と同時にそのまま足払いをしかける。間合いも充分近い、この距離なら両足とも刈り取れる。

 

しかし、その攻撃も渋川さんは後ろに飛ぶことで軽く避ける。・・・そしてそこまでは俺の読み通りッッ!!

 

「セイヤッッッッッッ!」

 

足払いした後の屈んだ状態から全身のバネを使い、再び正拳突きを仕掛ける。後ろに飛び、不安定な姿勢の状態ならさっきみたいな技はできない・・・はず!

 

俺がパンチを出す瞬間、渋川さんが平手をこちらに向けた。

 

うそっ、できる、軌道、だめ、まずッッ!

 

渋川さんの動きに危険性を感じた俺は道着の襟を掴んだ。

 

「ば〜か♡」

 

そして、それはブラフだった。

 

再びぐるんと回る視界。イタズラが成功した子どものような顔の渋川さん。投げられたという実感、そして騙されたとも。

 

襟を掴む俺の手に渋川さんは肩を当てた。たったそれだけで俺の()()()()は簡単に崩れ、不安定な空中へと身を投げ出した。

 

「〜〜〜〜〜はぁッッッッ!!」

 

だが、今回何度も味わったこの感触。もう俺は・・・慣れてきたッッ!

 

大回転する自分の身体をさらに捻り、不安定な体勢のまま渋川さんの顔面に蹴りを放つ。

 

足のつま先を何かが掠める感触。不安定な状態から蹴りを放ったので、背中から地面に落ちたがどうにか受け身をとる。

 

「ひえ〜〜〜〜」

 

笑いながら俺の足が掠った頬を撫でる渋川さん。口ではそう言いながら心底楽しそうだ。まぁ楽しいのは自分も同じだが。

 

そして、また一つ気づいたことがある

 

「人体の反射・・・ですか?」

 

「・・・・・・ほぅ」

 

人間が立っている時のバランスは、実はとても精密なものと聞いたことがある。俺の場合、90kgないこの体を靴のサイズ27.5の小さな面積で支えている。それは、実はすごいことなのだ。

 

つまり───

 

「人間の動作、その精密さを乱すことで簡単にその体勢を崩せる」

 

ほんの少し、そのバランスを乱すだけでもこの身体はその所有権を簡単に放棄してしまう。身体が無意識に行うその動作を横から軽く押してあげる。無意識ゆえに分かってるのに対応できない。無意識ゆえに理解し難い。

 

人間の、それこそ機械のようなプログラムを少しだけバグらせることでその身体を一時的に不自由なものにしている・・・多分、渋川さんの技術(わざ)はそういうものだと思う。

 

「・・・ええの〜〜〜〜」

 

穏やかな声とは裏腹に渋川さんのオーラが変わる。例えるなら花畑のような雰囲気から一変、そこが実は猛獣のテリトリーだったと知ってしまった程の落差だ。

 

そんな雰囲気を前にして、俺は、楽しんでいた。

 

戦闘への高揚感、不思議な技への好奇心・・・なにより─

 

()()()()()()()()()()()というワクワク感があった。

 

人体の機能を利用する、それは俺のチカラの流れを読み取る能力に間接的ではあるが通じるものがある。

 

ならきっといけるはずだ。例え、掴んだものが枝葉でもそこから辿っていけば、いずれ芯に近づけるのだから。

 

「よし、来い!」

 

そして俺の構えは、当然流水岩砕拳と同じ構え。ボクシングではない、俺だけの体術だ。

 

集中しろ、読み取るのはチカラだけじゃない。渋川さんの身体の機能だ。筋肉だ。神経だ。脊髄だ。皮膚だ。そして───

 

心だ。

 

渋川さんに詰め寄る。そこに殺意はなく、あくまで自身を一つの『流れ』として接近する。

 

そのまま渋川さんに左フックを仕掛ける。

 

その左フックは渋川さんに手首を掴まれることで止められる。

 

ここ!!!!!!!!

 

それは体の無意識からの声か。それとも俺の勘が、経験が言い放ったのか。

 

ともかく俺のあらゆる『俺』が今が絶好のタイミングだと教えてくれている。

 

そしてその『声』のままに渋川さんの手を経由し、力を送り込む。・・・すると、

 

「ッッ!!!」

 

渋川さんの身体が回転した。

 

「やっ───」

 

技が成功したことへの歓喜。しかしそれはすぐ打ち消される。なぜなら・・・

 

俺も回っていたからだ。

 

おそらく、俺が渋川さんに技を仕掛けた後、渋川さんも俺に技をかけたのだ。あの体勢から。

 

「うっそ─────ぶべっ!?」

 

単純な技の深度の違い。技術力の差。慣れ。考えてみれば当たり前だった。同じ技を使ったからといって同じ土俵に立ったわけではない。そんな普通のことを見落としてしまっていた。

 

結局、俺の賭けは今までと変わらず俺が空を見上げ、渋川さんがこちらを見下ろすという結果になった。違いがあるとすれば渋川さんの表情くらいか。

 

「・・・・・・さ、帰るかの」

 

「・・・え?」

 

難しそうな表情から一変、優しげな表情になった渋川さんは、草履を履き、羽織を着て、来た道を戻っていく。

 

「あ、あの──」

 

─もう終わりですか?─そういう前に渋川さんは

 

()()は道場に来た時にやりましょうか」

 

そう言って帰っていった。

 

「・・・・・・・・・・・・行っちまったの」

 

「・・・・・・・・・・・・ですね」

 

そしてその場に残されたのはビデオカメラを片手に佇む徳川さんと、きっとキョトンとした顔をしているであろう俺だった。

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてあそこで止めたんじゃ?」

 

路地裏での戦い後、徳川は渋川を自分の邸宅へ招いた。その真意を聞くために。

 

「どうしてって徳川さん、あの人は『体験』をご所望だったんじゃろう?」

 

「そ、それはそうじゃが・・・」

 

徳川としては岩技が合気を取得し、渋川がそれを上回る技術を披露し、いよいよ盛り上がってきた!となっていたところでの渋川の終了宣言に不完全燃焼になっていた。

 

「徳川さん、岩技さんとわし()の違いは何だと思いますか?」

 

「む?」

 

唐突な渋川の質問に疑問符を抱く徳川。腕を組み、考えるがイマイチ答えが浮かばない。

 

「それは彼は『競技者』で、わしらは『武闘家』というところですな」

 

「ほう?」

 

渋川の解答に興味を示す徳川。徳川としては誰も彼もが歴戦の闘技者(グラップラー)でありそれ以上でもそれ以下でもなかったからだ。

 

「わしら武闘家は例え、稽古でも手足などの身体の一部の損失、負傷は厭わない。だが競技者は怪我、こと生命に関わることについては非常に敏感になる」

 

「つまり・・・なんじゃ、あれは『決闘』ではなく」

 

「『稽古』という方が正しいでしょうな、競技者基準ですが。岩技さんは合気を不完全ながらも身につけた。稽古で、それも初めての、というならそれ以上は求めますまい」

 

「う〜ん、そうか?そういうもの・・・かの?う〜ん?」

 

渋川の解答に徳川は納得がいったような、いってないような微妙な感覚に何度も頭を捻ることとなった。




さすが、の一言に尽きる。

最後の『殺意なき』攻撃には思わずわしも反応してしまった。

あれがあの男の本当の()()()だというなら、もし始めから本気でやっていたのなら結果はどうだったか・・・。

極めつけには『合気』まで手にするとは。

まるで『範馬』の申し子のようだ。

雰囲気からして()は継いでないようだが、秘めるものは同じやもしれん。

「まったく・・・・・・・・・面白いの〜〜〜〜」


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この世界強い人が多過ぎる。

つ、次、次こそは刃牙くん書くから!決して刃牙シリーズは主人公よりも他が魅力的だよなぁとか毛ほどにも感じてないし思ってもないから!

・・・というわけで愚地親子です。最初は独歩さんだけにするつもりでしたが、途中で原作でついぞ披露されることなかった克巳さんの隻腕空手を書いてみたくなったので急遽書き直しました。いや〜リアルも相まってキツキツのキツですわ。キツツツツツツツッッッッ!!!!!!!


『お〜!』

 

早朝に響く驚嘆の声。いつもは静かなジムの朝が今日だけは男たちの感心に満ちた声で埋め尽くされていた。

 

それは俺、流野岩技が最近手に入れた()()をお披露目することで起こっていた。

 

俺の手を握る先輩が水車のように一回転する・・・見せ物としては十分過ぎる程の光景だった。

 

「おい岩技、まさか前回の『見学』でこれを身につけてきたのか?」

 

コーチが目を見開いて、俺に問いかける。心中を予測するなら、信じて送り出した生徒が凄い技術を身につけて帰ってきた、といったところか。

 

「え、あ、はい」

 

本当は見学どころか普通に手合わせしていたのだが、それを言ったら怒られる未来が見えるので、とりあえず嘘をついておく。

 

「て、天才だなぁ〜」

 

コーチが心底感心してくれている。なんか過大評価された気がするが、まぁ損は無いのでそのままでも・・・いいのかな?

 

『これを、こうか?』

 

『いててててて!先輩それ手首()めてるだけっす!』

 

俺のショーを見てか、周りのみんなが真似を始める。見よう見まねで出来ることではないんだけどね。・・・いや、俺も同じか。

 

「おら!練習始めるぞ!てめえらボクシングしにきたんだろうが!」

 

コーチのごもっともな指摘により、ちょっとしたお祭りは終わりとなり皆いつも通りボクシングに打ち込むのだった。

 

 

 

 

 

「岩技さんは休日、何をされてるんですか?」

 

「・・・・・・え!?」

 

それは練習の休憩時間の事だった。澪花さんがいきなり俺にそんな質問をしてきた。

 

瞬時にザワつく俺+その他。それもそのはず他愛もない話はあれど澪花さんが、それも自分から私生活に関することを聞くなど今までなかったからだ。

 

「え、えーとですね・・・」

 

瞬間、俺は頭の中を過去最高にフルスロットルで回転させる。出来れば褒められるようなことを言いたい。休日?最近はランニングしたら後はグータラ生活してますが何か?そんなこと言えるはずがない。

 

時間にして一秒もない、そんな刹那の間に俺が導き出した答えはッッッッ!!!!!!!

 

「ス、スパーリングしてるよ一日中」

 

(((嘘つくんじゃねぇええええ!!!)))

 

周りの人達の心の声が聞こえた気がする。しょうがないじゃんそれしか思いつかなかったもん。

 

「流石チャンピオンです。頂きに立っても向上心の衰えが見えません」

 

俺の見え見えの嘘に澪花さんは空気を読んで話を合わせてくれ・・・・・・てるのかな?心なしか目がキラキラしてるように見えるけど気のせいだよね?

 

「れ、澪花さんは?」

 

なんだか彼女を騙してるようないたたまれない気分になるので話題を変える。澪花さんは休日何をしてるのか個人的に気になっていることはこの際置いておく。

 

「昔、通ってた道場に足を運んでいます。休日はそこで稽古をつけて貰っています」

 

「・・・・・・うぇ!?」

 

その言葉に俺・・・よりもコーチの方がショックを受けているようだった。チャンピオンである俺や澪花さんが道場掛け持ち(俺は体験だけだが)してる。それはつまり──

 

『近代格闘技と武道は相性が悪い』

 

そんなことを言っていたコーチの理論の崩壊を意味し、コーチの自信と共に音もなく崩れ去った。

 

「・・・・・・あ、そうでした。すいませんコーチ、実は今まで」

 

「あ、いや、いいよ。うん、澪花ちゃん強いし、うん・・・うん」

 

コーチがいつもより小さく見える。まぁ澪花さん普通に規格外だからなー。普通のボクサーならその理論通りのはずだから気にしなくていいと思うけどな〜。

 

「そ、そういえば澪花さんはどうしてそんなことを?」

 

「はい。本当は前回お誘いする予定でしたが()()があったようですので今日になってしまいました・・・岩技さん」

 

 

 

「私と道場見学行きませんか?空手道『神心会』へ」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

「デッッッッッッ!?」

 

思わず口から素直な感想が漏れ出す。それもそのはず。俺の目の前にある建物は、俺が抱く()()イメージからはとても離れていたからだ。

 

俺が訪れる所は道場だったはず。しかし俺の目の前にあるのは道場というビル、しかも虎を倒す人の絵が壁画のように描かれている道場の古風なイメージからかなりかけ離れた所だった。

 

「れ、澪花さん・・・ここって?」

 

「はい、全国に門下生100万人の神心会、その総本山です」

 

「え、いや、えぇ・・・?」

 

てっきり老若男女和気あいあいとした地域クラブ的な所を想像していたが、バリバリの()()だった。

 

「結構・・・本格的だね」

 

「・・・?私たちはプロですから。それなりの経験が積める所で練習しないと強くなれませんから」

 

さも当然とする澪花さん。とても意識が高い。いや、俺の意識が低すぎるのか?

 

澪花さんの後をついて行く。自動ドアを開けた先には可愛い受付嬢さんが・・・ではなくゴリゴリマッチョの明らかに『できる』人が受付らしきカウンターに立っていた。

 

「あ、澪花さん。いらっしゃい」

 

「今日はお世話になります」

 

受付の人に向けて礼をする澪花さんに合わせて一礼する。受付の人も俺に気づいたようで訝しげな、しかし表面上はウェルカムな視線を向けてくる。

 

「・・・澪花さん、この人は?」

 

「体験です」

 

「・・・はい?・・・・・・あぁ!」

 

澪花さんの言葉に一瞬キョトンとした顔になる受付の人だが、すぐに理解したようで俺と澪花さんを交互に見ている。

 

「・・・・・・彼氏さん?」

 

「違います」

 

・・・・・・一瞬、彼氏と思われたことへの喜び、それを即否定されたことへの悲しみ・・・いや事実だけど。ここまで感情が起伏したのはいつぶりだろうか。

 

「失礼ですが、ボクシング日本チャンピオンの流野岩技さんですか?」

 

「え、は、はい。今日はお世話になろうと思ったんですが、迷惑でしたか?」

 

「いえいえ!体験でしたら自分の方で話通しておきますので、右のエレベーターから上がってください」

 

ニコニコとした顔でちゃんと通してくれた。なんだ、結構ウェルカムな雰囲気じゃん。ちょっと警戒してしまったよ。

 

受付の案内通りエレベーターの方へ進んでいく。道場にエレベーターとか全然イメージ無いけど最近の道場はこういうのが増えてるのか。

 

『はい、はい、あの岩技です』

 

受付の人が誰かに電話しているのが見える。おそらく他の人に案内をお願いしているのだろう。忙しいだろうになんだか申し訳ない気分になった。

 

『初代・・・岩技が来ました』

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターが開いた時、目の前には大男が立っていた。2メートルに届きそうな背丈にサイドを刈り上げた頭も相まって空手家というより不良みたいに見える。

 

心なしかこちらを睨みつけているように見えるのは気のせいなのだろうか。

 

末堂(すえどう)さん、今日はよろしくお願いします」

 

しかし澪花さんは慣れた様子で軽く一礼する。澪花さんの様子からしてこの人はいつもこんな感じなのだろうか。

 

「おぅ。で、澪花こいつが体験志望のやつか」

 

「はい」

 

ねぇねぇ澪花さん。受付の人と180度雰囲気違うよねこの人。なんか歓迎されてる雰囲気ゼロなんだけど。

 

受付の人とは違って、隠すことなく睨みつけてくる末堂さん。澪花さんはいつものクールな表情を崩してはいないが、もしかしてこの人これがデフォなのか。

 

「おい、岩技。これがあんた用の道着だ。澪花、更衣室で着替えたらこいつと一緒に道場に来い」

 

「わかりました」

 

「あ、よろしくお願いしま〜す」

 

「・・・フン」

 

えぇ・・・。なんか愛想悪いなぁ、いやその風貌で愛想良いとかえって不自然かな。

 

「では岩技さんはこちらの部屋を。私はあちらで着替えてきますので準備が出来ましたらここで待っててください」

 

「あ、了解です」

 

澪花さんと末堂さんはすぐにその場を後にし、俺だけが残された。あの圧もここではいつも通り・・・ということか。ここって本当に道場?実はコロシアムでしたとかそんなオチないよね?

 

「とりあえず、澪花さんを待たせないようにさっさと着替えようか」

 

なんだろう、いまさらだけど帰りたくなってきた。ちゃんと無事に俺帰れるよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着方これでよかったのか?」

 

とりあえず渡された道着を何となく着てみたが、これで合ってるのだろうか。冷静に考えると体験ならそこまでやってくれるものじゃないのか?いやでも末堂さんに睨まれながら着けられるくらいなら自分でした方がいいな。

 

「おや、帯の付け方がなっちゃいねえな」

 

「え?」

 

クイッと帯が引っ張られる。そして不格好な結び目は簡単に解け、俺の腰から簡単に帯紐が抜き取られた。

 

「わわっ!」

 

足元にずり落ちそうになる道着を慌てて掴む。何事かと声がした方を振り向く。

 

「〜〜〜ッッ!!」

 

そこにはさっきの末堂さんにも勝るとも劣らない大男がいた。だが、その風貌はスキンヘッドに眼帯を着けたマフィアかヤクザと見間違うほどに『闘い』に満ちていた。

 

「そんな結び方じゃ蹴りひとつでパンツが見えちまう」

 

その男は慣れた手つきで俺の腰に帯をつけ直してくれる。

 

手ぇデッカッッッッ!!!

 

驚くべきはその男の拳の大きさ。俺の倍はあるだろうか。指一本を見ても、普通の形状をしておらず()()()()()()()()()()()()かのようにボロボロだった。

 

「よし!!」

 

パンッとお尻を叩かれる。それだけなのに感じる手のひらの厚み、質量。

 

「えーと、ありがとうございます」

 

「おうよ」

 

とりあえず着付けをしてくれたのでお礼を言う。結び目や帯の締まりはずり落ちることは決してないだろうと思うくらいには硬く結ばれていた。あれ普通に優しい?風貌はそうだが案外見かけだけなのだろう。

 

「愚地先生、今日はよろしくお願いします」

 

人は見かけに寄らないのだと感動していると澪花さんの声が聞こえる。いつの間にか横にいた澪花さんは、どうやら目の前の男と面識があるようだ。・・・って先生?

 

「あ、先生だったんですね!今日はよろしくお願いします!」

 

てことは俺、先生に着付けしてもらったってこと!?やっば、変な印象持たれてないといいんだけど・・・!

 

「おう、今日は二人ともよろしくな。今日はいっぱい()()()()()()()()

 

遊ぶって・・・流石にそんな気の抜けた場所ではないことは俺でも分かる。けど、それもこの人なりの気遣いなのだろう。俺の周りの老人が今のところ血の気が多い人しかいないだけに、心が洗われるような感覚だった。

 

「あ、岩技さん。紹介が遅れました。この方は愚地独歩先生、この神心会で館長をされてる方です」

 

「元、な」

 

「よろしくお願いします!」

 

勢いよく頭を下げて礼をする。武道は礼節を尊ぶという、ならとりあえず頭くらい下げてなんぼでしょ。

 

(わけ)ぇのに随分と礼儀正しいじゃねえか」

 

「ありがとうございます!」

 

「い、岩技さん・・・」

 

「ハッハッハッ!!」

 

これだよこれ!こういう温和な雰囲気が欲しかったんだよ!確かに俺は格闘技経験者だけど空手に関しては初心者同然なんだからこれぐらいの緩さでいいんだよ!いきなり投げ飛ばされるとか技かけられるとかそういうのじゃないんだよ!

 

「よし、気に入った!俺が直々に稽古をつけてやる!」

 

「わーい!」

 

こんなに優しい先生が稽古つけてくれるんだ、怪我なんて絶対しないじゃん!

 

(岩技さん、先生と稽古なんて・・・怪我は大丈夫なんでしょうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独歩さんの案内で道場へ向かう。掛け声のようなものが歩を進めるごとにどんどん大きくなっていく。

 

「今日はもう始めてるんですか?」

 

「おう、ちょっと今日は()()()()

 

「?」

 

澪花さんが不思議そうに首をかしげる。綺麗、可愛い。しかし澪花さん曰く、どうやら今日はいつもよりも開始時間が早いらしい。

 

「ちょっといいか〜」

 

『ッッ!!!ヤメィッッッッ!!!!!!!集合ッッッッ!!!!!!!』

 

独歩さんが道場の扉を開けた瞬間、ガタイのいい男たちが一斉にこちらに向かってくる。その迫力に思わず一歩引いてしまった。

 

「こちら、今日体験で来てくださった流野岩技さんだ」

 

「・・・あ、よろしくお願いします!」

 

独歩さんの紹介に遅れて頭を下げる。練習の途中だったのか集まってくれた人達は全員汗だくだ。心なしか目つきがキツい気がするがそれはきっと練習に集中していたからだろう。

 

「お前らも知っての通り、今やボクシング界を引っ張る超大物だ」

 

いやいや、そんなことないですよ・・・。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

『オッス!』

 

・・・・・・・・・ん?

 

「おい、岩技」

 

「えーと、末堂さんでしたよね?」

 

「早く開始線に並べ」

 

・・・・・・・・・・・・ん〜〜〜〜〜〜〜〜?????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・ごめんなさい」

 

「いやいや澪花さんが謝ることはないよ」

 

申し訳なさそうに謝る澪花さんだが、流石に彼女に非があるとは思えない。てか、普通はこうならないだろう。

 

試合場を囲うように座る神心会の方々、そしてその試合場の中央に仁王立ちする独歩さん。

 

今から独歩さんと立ち合うことになるのだが、もはや体験云々の話はどこかへ消えてしまったようだ。もしかしてこれが神心会流?

 

「その、怪我させないように言っておきましたので」

 

澪花さんの精一杯のフォローが身に染みるが、あのデカい拳をくらって怪我しないとかそれはそれで無理がある気がする。いや、無理だな。

 

まぁ渋川さんの時も口の中切ったり、擦り傷作ったりしてるし、そういう怪我はボクシングでも日常茶飯事だし余り気にすることではないだろう。そう、思うようにしよう(ポジティブ)。

 

「よし、じゃあいってくるね」

 

「・・・頑張ってください」

 

まぁこんなことにはなったが、女の子の前で良いところ見せるチャンスではあるし、内心ワクワクもしている。

 

それが独歩さんが繰り出す『武』への興味か、それとも澪花さんからキラキラとした視線を受けられる期待か、ともかくそんな興奮を胸に開始線に並ぶ。

 

 

 

 

 

「おいおい親父(オヤジ)、そりゃないでしょ」

 

 

 

 

独歩さんを親父と呼ぶその声にその場にいる人が全員声のする方へ振り向く。そこには・・・・・・。

 

「息子さん・・・?」

 

「なんだァ克巳(かつみ)ィ?」

 

自分と同じくらい若い青年がそこにいた。ただその男は・・・。

 

「せ、隻腕(せきわん)・・・?」

 

袖が通されたのは片腕だけ、もう片方の袖は肩から下へ腕が通っていなかった。

 

「これは少し事情があってね・・・・・・それよりも親父」

 

「んァ?」

 

笑いながら克巳さんは独歩さんの方へ歩いていく。顔は笑っているが、なんだか怒気、覇気?のようなものを纏っているように見える。

 

「せっかく体験で来たのに館長である俺を通さないのはナシでしょ」

 

「俺なりに気を使ったんだぜ?お前が忙しくならないようにな〜」

 

「おいおい俺が忙しそうに見えたか?・・・ともかく親父はもう()()は引退してんだから、大人しく下がっててくれ」

 

「ほぅ?いっぱしに口聞くじゃねえか?」

 

「そりゃあ()()()()だからな?」

 

バチバチと視線がぶつかっている。ていうか俺は何を見せられているのだろうか。

 

「・・・・・・ケッ」

 

不満げに独歩さんは振り返り、道場を後にしようとする。なんだ今のやり取り。君ら親子だよね?なんか中々バチバチになってるんだけどこれが普通なの?

 

独歩さんが克巳さんとすれ違う時・・・・・・独歩さんが動いた。

 

足先を軸に回転、克巳さんに後ろ回し蹴りを浴びせる。

 

「・・・これで満足かい親父?」

 

「フン、恥かくんじゃねえぞ」

 

それを克巳さんは左腕一本で止めた、その場から一歩も退かず。あの丸太のように太い足から放たれる蹴りを腕一本で止める・・・・・・傍から見ればそうだったが実際は違った。

 

力の流れが見えるからこそ分かる。腕で受けた・・・だけじゃない。受ける瞬間に足が、腰が、全身が独歩さんの一撃を受けるために備えていた。だから結果として腕一本で止めることが出来ていたのだ。

 

「・・・うまい」

 

だからこそ口から出たのは手放しの賞賛。たった一回の攻防で克巳さんの実力の高さを分からせられた。

 

「悪いな、見苦しいところを見せちまった。親父はアンタとやるのをスゲェ楽しみにしてたんだぜ?」

 

「あ、あははは」

 

なんとなくそれは察していた。だって我先に並んでたもんね開始線に。

 

「・・・まぁ、俺もその一人なんだけどな」

 

「あ、ですよね」

 

克巳さんも独歩さんと同じだったらしい。だとしたらさっきの言い合いは単純にどっちが先にやるかの小競り合いだったのだろうか。それはそれで子どもっぽくて好感が持てるな。

 

「よし、じゃあ始めようか。・・・あぁ、俺が隻腕であることは気にしなくていいからな?」

 

そう言うと克巳さんは構えた。左腕を引き、右肩を前に出し、いつでも正拳が放てる構えをする。

 

驚くべきはその圧か。克巳さんに右腕はない、それは間違いなくハンディキャップだ。ボクシングで例えるなら手数は少なくなるし、なにより身体のバランスがズレる。

 

俺が克巳さんに感じたのは隻腕であることへの遠慮・・・ではなかった。

 

それは渋川さんの時とはまた違った『圧』だった。

 

右腕がないのに、まるで何かに制されてるような圧迫感。腕、それよりもかなり鋭利な何かを喉元に突きつけられているような危機感。

 

「たしかにその通りですね」

 

その構えに、俺が始めにとったファイティングポーズ(ボクシングの構え)は腕を自然と下げ、足もステップ用ではなくすり足用に整えられ、無意識に臨戦態勢(流水岩砕拳)へと変わっていった。

 

「・・・・・・嬉しいねぇ」

 

『三分、始めェ!!!!』

 

克巳さんが嬉しそうな顔をすると同時に末堂さんが太鼓を叩く。胸に響くような音と共に、思考が切り替わる感覚を得る。

 

何かを考えるのではなく身体が自然と前へ駆けだす。先手をとるという戦略的思考よりも隻腕の空手という聞いたことのない武術への興味が(まさ)っていた。

 

「ハッ!」

 

迷いもなく放つ渾身の右ストレート。狙いは顔、そこにさっきまで感じていた遠慮も躊躇いも無かった。

 

俺の攻撃を克巳さんは少し身体をズラすことで躱す。そしてお返しに放たれる克巳さんの左拳突き。だけど、かわされる事は最初から想定していた。克巳さんの攻撃に合わせ左手でその打撃を流す。

 

「シィッ!」

 

間髪入れず克巳さんから鋭い吐息と共に上段への蹴りが飛んでくる。

 

この間合い(キョリ)でこれだけの鋭さッッ。

 

身体を大きく仰け反らせることでその蹴りを回避する。その追撃とばかりに克巳さんの左連続突きが俺を襲う。

 

「フゥッッッ」

 

その拳を落ち着いて左右に流す。両手で撃っていると思える程に速い突きだ。なにより動きそのものがとてもしなやかだ。空手のドッシリとした構えに感じる柔らかさ。片腕というハンデでもこうしてマトモに打ち合えてるのはその二極を使いこなしてるからなのか。

 

「速いな、ボクサー」

 

「それはこっちのセリフですよ。」

 

克巳さんから賞賛の声が届く。今までの攻撃を捌いたことへの褒め言葉なのだろうが、あいにくこっちはそれ以上に賞賛の思いでいっぱいだ。

 

克巳さんの動きは隻腕というハンデが、隻腕という武器であると俺の中での認識を改変するには充分すぎるものだった。

 

「フフ、日本一のボクサーに認められたなら俺も頑張った甲斐があったな」

 

・・・・・・笑っている。今の言葉に多分偽りはない。この人は本当に喜んでいる。その謙虚さは素晴らしいと思うが、この不気味な感覚はなんだ?

 

まだ何かある、俺の予想をぶち抜くような渋川さんが見せた魔法のような何か(武術)がこの人にもあるのだろうか。

 

「これは、出し惜しむのは無しだな」

 

そう言うと克巳さんは()()()()()()

 

立っているだけ、では無いのだろう。身体中がとてもリラックスされている。そこには緊張も高揚も残っていない。

 

────だからこそ、どのタイミングでも最善の打撃が可能ッッッッ。

 

「・・・ッッ!」

 

そんな見事な『技』を見せられて警戒しないわけがない。素早く構え、どんな動きも見落とさないように目を見張る。

 

「なぁ岩技さん、ショックウェーブって知ってるか?」

 

『!!!!!!!!!』

 

克巳さんの言葉は俺ではない周りにいる全員に緊張をもたらした。それが何を意味するのかは分からない・・・でも、何かが来ることは分かった。

 

「音速になった時に出る衝撃波ですよね?」

 

「お、知ってるねぇ。じゃあ・・・・・・それを見たことはあるか?」

 

「・・・ないですよ」

 

衝撃波を見たことがあるか・・・・・・?そんなことは人生で今まで無かった。動画を漁ればあるだろうが生憎そういうことに興味はなかった。

 

でも、そんなことを無意味に質問する状況ではないだろう。なら、何が来るのか予想はつく。

 

「なら、見せてやるよ」

 

「・・・ッ!来いッッッッ!!!」

 

音速の、打撃ッッッッ!!!!!!!

 

克巳さんが歩を進める、間合いに近づいてくる。

 

来る

 

来る

 

来る

 

来る

 

来る

 

入る

 

入る

 

入る

 

入ったッッッッ!!!!

 

「───────は」

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

パンッッッッとドラマで聞いた拳銃のような乾いた音が道場に響く。

 

『は──』

 

何かを言おうとした岩技さんが、飛んだ。エビのように身体を折り曲げ、そのまま道場の壁まで吹っ飛んでいった。

 

「岩技さん!」

 

思わず声が出てしまう。あの攻撃をマトモに受けてしまった、そんなの無事でいられるはずがない。

 

壁に叩きつけられた岩技さんはピクリとも動かない。

 

「まさか・・・!」

 

慌てて岩技さんの方へ駆け寄る。場合によっては医務室に運ばなくてはならない。

 

「・・・え?」

 

岩技さんの様子を確認するために、顔を覗くと・・・・・・笑っていた。

 

その笑顔は子どものように無邪気で、しかし獰猛ともワクワクしているとも取れるその表情に私は思わず呆気に取られてしまった。

 

「・・・凄いね、澪花さん」

 

「はい?」

 

「空手って、凄いね」

 

「そう、ですね」

 

私とボクシングする時は決して見せない・・・嬉しそうな顔に悔しさを感じる。同時に、自分への不甲斐なさも。

 

「もうわかっていると思いますが、克巳さんのアレは・・・」

 

「音速の突き、でしょ?」

 

「・・・はい」

 

岩技さんも理解(わか)っていた。あの攻撃が人外の域にあることを。

 

克巳さんが放ったのは文字通り音速の突き。乾いた音は音の速度を超え、空気の壁を破ったなによりの証。

 

岩技さんに拳が突き刺さるよりも先に空気を貫く絶技。

 

・・・・・・だけど。

 

「岩技さん、もう試合はおしまいです」

 

「・・・え?」

 

空気を破る。それは生半可なものではない、技の練度も()()()()()()()()()

 

速度に対して空気抵抗が強くなるのは誰もが知る話だ。それは空気の壁すらも貫いた拳も例外ではない。

 

なら、克巳さんの拳は・・・。

 

「・・・・・・・・・うそ」

 

克巳さんの拳は血こそ出ていたが、破壊にまでは至っていなかった。いまだに握りは健在で、その攻撃力が損なわれているようには見えなかった。

 

『克巳さん!?なんで拳が!?』

 

『ん?あぁマッハに達する丁度で当たるようにしたからな。ほら、そんなに怪我してないだろ?』

 

克巳さんの言葉に私を含めて全員が言葉を失う。音速に達した拳は己が起こした空気抵抗により甚大な被害を被る。だが、音速に達した瞬間に対象へ到達、減速したならばそのダメージは最小限に抑えられる。

 

言葉にすればそんなところか。でも頭が理解することを放棄していた。ここまで分かりやすい神業があるのか。きっと今、私たちの脳裏にある言葉は同じモノだ。

 

天晴(あっぱ)れなり、最終兵器(リーサルウェポン)ッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

「は、はははは・・・」

 

克巳さんの技に言葉を失い、静まり返った道場に男の薄い笑い声が一つ。それが岩技さんの声であることは分かった。だけど、どこか、何かが違うような気がした。

 

「音速」

 

いつの間にか起立していた岩技さんはそのまま試合場へ戻っていく。その足取りは先程あの一撃を受けたと思えないほどに軽やかだ。

 

「つまりマッハ・・・・・・ね」

 

知っている。今の岩技さんを私は知っている。あの歩みはボクサーとしての流野岩技ではない。

 

「おもしれぇッッッッ!」

 

格闘士(グラップラー)、流野岩技だ。

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹部に(にぶ)く残る痛み。ダメージからいまだ全快できていない証拠だ。だけど問題ない。これくらいで挫けてたら()()戦いの時にとっくに死んでいたはずだ。

 

克巳さんのあの一撃、あれはもしかすると空手の中で最先端、最強、最速の御業なのかもしれない。それほどに今のあの技は完成されていた。

 

しかし、完成はされてもこの世に完全なものは無い。どんな物にも何かしらの欠点や欠陥はある。

 

「克巳さん」

 

それに気づいたこともある。

 

「あなたのその音速の拳、破ってみせます」

 

もしそれが『穴』なら、音速の突き・・・攻略できるはずだ。

 

「・・・へぇ」

 

俺の言葉に始めて克巳さんは()()()。さっきまでの穏やかなものではない。明らかに闘志を思わせるその表情が、克巳さん自身に火がついたことを教えてくれた。

 

「なら、もう一回。くらってみるかい?」

 

克巳さんが構える。あの脱力、しなやかさを備えたあの姿勢になる。

 

そしてそれに対する俺の構えは・・・決まっている。

 

両手に握り拳を作る。その拳を体の前に出し、足は軽やかにステップを踏む。・・・つまり

 

「・・・ボクシングに変えたら俺のマッハ突きを超えられるのか?」

 

確かに克巳さんの考えも分かる。速い、重い、強いとおおよそ隙がないように見えるマッハ突きを流水岩砕拳が通じなかったからと言ってボクシングなら攻略できるのか。

 

「ボクシングにも最速の打撃がありますから」

 

「ジャブか」

 

ご名答。ボクシングにもどの格闘技にも勝る攻撃がある。それがジャブだ。あらゆるボクサーが()()()()()()()()とする程にジャブという打撃は速い。

 

ステップを低く、それでいてバネを充分に利用し、いつでも()()()()()()()()身構える。

 

「どうやって・・・・・・・・・いや、これ以上は不要か」

 

克巳さんが前に出る。決める気だ、次の一撃も空気の壁を突き破り俺にトドメを刺すつもりなのだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

少しずつ、少しずつ克巳さんが間合いを詰めていく。

 

さぁ・・・・・・・・・・・・・・・来いよッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

パンッッッッとまた心地の良い音がする。それは今俺の手から起こった音だ。

 

俺が克巳さんのマッハ突きを掴み取った音だ。克巳さんの正拳突きは腕が伸び切るよりもずっと前、腰に拳を据えたところで止まっていた。

 

『な・・・!?』

 

「〜〜〜〜〜ッッ!!!」

 

驚いた様子の克巳さんとその周り。まさか二撃目で早くも受け止められるとは思ってなかったのだろう。

 

『あの野郎、加速し切る前に止めやがったな』

 

動揺する周囲の中で独歩さんの鋭い意見が入る。俺がやったことは独歩さんが言った通りのことだ。

 

克巳さんが放つ『マッハ突き』、その正体は各関節を駆使した連続加速攻撃だ。足の指、足首、膝、股関節、腰、肩、肘、手首と身体の至る所にある関節をそれぞれ捻ることで加速、それぞれで加速されたモノを拳に乗せて放つ・・・といったところだろう。

 

克巳さんの技は一見すると速く、とても捉えられるものではない・・・・・・が、実際は少し違う。

 

そのスピードは関節を通過するごとに加速していく、つまり初速は決してマッハではない。ならば、初速からマッハに到達するまでのその僅かな間なら付け入る隙があるということだ。

 

なにより克巳さんのマッハ突きは()()()()()()()。足の指から加速を練り上げるため、その初動は意外と分かりやすかった。

 

ならば俺のすることは一つ。克巳さんが完全に正拳突きを放つ前にその動きを止めることだ。

 

初動を捉え、ボクシング最速のジャブ、ステップで迎え撃てば止められる。そこに俺は十分な勝算を感じていた。

 

・・・が。

 

「加速は肩まで来ていた、あともう数回の加速があったら俺の負けでした」

 

見た目だけなら技の出鼻を俺が抑えたように見えるが、あくまで俺が許容できるギリギリのスピードの所で止めたに過ぎない。あとほんの少し向こうが速かったら克巳さんの攻撃を止めることは叶わなかっただろう。

 

しかし疑問に思うこともある。それは克巳さんの加速回数だ。

 

人の関節は144個と聞いたことがある。しかし打撃に使う関節は多く見積っても10個程か・・・。だが克巳さんの加速回数は明らかにその数を優に超えていた。

 

俺が分からなかったのはその()()だ。人の関節は無限ではない。でも、克巳さんはそれを可能としている。・・・・・・・・・どういうことだ?

 

「初めてだ・・・・・・これをまともに止められたのは」

 

克巳さんが冷や汗混じりに口を開く。こころなしか声も震えている気がする。しかし怯えているようには見えなかった。

 

それは、武者震い。俺が克巳さんに闘志を燃やしたように克巳さんもまた俺に闘志を燃やしてくれた。

 

「まだ、続けますよね?」

 

「当然ッッ!!」

 

俺の言葉に克巳さんは左上段蹴りで応えてくれた。相変わらずこんな至近距離にも関わらずハイキックを放てるしなやかさには舌を巻く。

 

だけど、克巳さんの拳は俺が握っている。克巳さんは今蹴り足を上げており、床には足一本でバランスをとっている状態だ。

 

そんな不安定な状態なら()()()()()()

 

克巳さんの足を払い、さらに掴んだ拳へ力を送り込み()()()()()()()()()

 

すると克巳さんの身体は宙に浮き、さらに己の蹴る力で激しく大回転する。

 

渋川さんが扱った奥義『合気』、相手の本能や反射につけこむ尋常じゃない技術(魔法)・・・その紛い物だ。

 

目の前で回転する克巳さん、だが俺の合気が不完全だからかその軸を完璧に崩すことは出来なかった。

 

すぐさま反応した克巳さんは横に回転する身体そのままに後ろ回し蹴りを放つ。

 

それを予期していた俺は地を這うようにしゃがみこみ・・・溜める。

 

「ハァッ!!!」

 

しゃがみこみ、蓄えたチカラを体のバネを活かし、拳に乗せ、全力で克巳さんに叩きつける。

 

時間にしてさっきと変わらぬ一瞬の出来事。だけど、結果は克巳さんが吹っ飛ぶという逆の結果になった。

 

「ふぅ・・・・・・いっつ」

 

落ち着くために息を吐くとアドレナリンで抑え込まれていた胸の痛みが蘇ってきた。

 

骨はやってないと思うが、内出血は普通にしている。いや、それで済んで良かったと思うべきか。

 

『それまでぇぇぇ!!!』

 

末堂さんが太鼓を叩く。俺と克巳さんの試合はお互い一撃ずつ痛み分けという結果で終わった。

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

驚いたのはその適応力か。俺の技を見切ったことか。とにかく愚地克巳の十八番『マッハ突き』は希代のボクサー、流野岩技に止められてしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

出し惜しんだ。己の保身のために、その後のために技の威力を押さえ込んだ。

 

・・・・・・・・・・・・なんと情けない話だ。それで勝つならまだしも見切られ、返されるという結果。

 

「〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・」

 

考え込むアイツを倒すにはどうすれば良かったのか・・・・・・いや考えるまでなかった。

 

全力だ。拳とか足とかこれからとか未来とか身体の状態とかそんなこと、勝った後に考えればいい。

 

「次は、勝つぜ」

 

今度こそ、機会があれば出し惜しまない。そう自分に誓い、()()()()()()()に注目する。

 

愚地独歩対流野岩技・・・徳川さんが後から聞けば見れなかった事に涙しそうな対戦カードだ。

 

・・・・・・・・・達人と恐れられる渋川先生の合気をアイツは手にしていた。元から持っていたとはさすがに考えづらい。なら考えられることは・・・。

 

「渋川先生も手が早いことで・・・・・・・・・」

 

教えてもらったのか、はたまた盗んだのか、ともかく聞いてくれ流野岩技。

 

俺の親父の空手は日本一だぜ?やれるもんならやってみな。




本当は独歩さんとの戦いも続けて書くつもりだったんですけど流石に一万字超えて二万、三万も書いたら読む方も書く方もキツイので一旦切りました。
ところでアンケート一番の刃牙くんはいつ登場するんですかね?(自問自答)



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同じようで違うもの

独歩さんのコラ画像、大好きです。


道場は、その中に人が30人以上いるとは思えない程に静寂に包まれていた。正しく言うなら、緊張、か。

 

俺の数メートル先、一歩飛び出せば拳が届くという間合いでその人は構えていた。正拳突きを放とうとしているような、中段でドシッと構えたまま動かない。

 

ただ構えている・・・と言葉にすればそんなところ。しかしこの姿を見れば『構えの本質』というのを嫌でもわかる。

 

構えとは・・・備えだ。どんな攻撃が来ようとすぐさま対応できるように、戦いの中に生じる僅かな隙を逃さないように。その備えが完璧であればあるほど構えは()()()()()()()()を醸し出す。

 

そのオーラは、その隙の無さは自分がどう仕掛ければいいのか、という考えを曇らせ、動きを詰まらせる。

 

そのオーラを感じるのは無論、俺だ。そしてそのオーラを放っているのはもちろん目の前にいる愚地独歩さんだ。

 

要するに俺は仕掛けようにも仕掛けられず、また独歩さんの方からも仕掛けないという膠着状態に陥っていた。

 

「・・・っっ!」

 

ジリジリと距離は詰めてみるも、途端に背筋に『いやなもの』が走り、足が引っ込んでしまう。

 

克巳(かつみ)さんとはまた違う手強さを感じる。いや、渋川さんと同系統か。克巳さんを動的脅威と例えるなら独歩さんや渋川さんは静的脅威と言えばいいのか。

 

アグレッシブな攻撃をする克巳さんとは違い、独歩さんはまるで目の前でライオンがこちらをじっと睨んでいるような、動きはしないがこちらから飛びかかれば痛い目に遭うという危機感がある。

 

「・・・ふぅ───」

 

さて、どうしたものか。無策に突っ込むのは間違いなく危険だ。だけども何か仕掛けないと・・・というある種強迫観念じみたものが俺の中にあるのも事実。

 

「へっ・・・」

 

このまま睨み合う緊張が続くのかと思ったが、独歩さんが突如吐き捨てるような笑いをこぼす。

 

「武道家らしく構えで圧をかけるのもいいが、()()()()()()()()()()

 

「・・・え?」

 

独歩さんが突然構えをとき、まさに()()()()()()()といった雰囲気を醸し出す。そんな様子に周りの人は、やれやれといった感じで苦笑いをする。克巳さんですらも首を振っている。

 

「・・・ほら、間合いだぜ?」

 

「え?え?え?」

 

さっきまでの構えによる牽制はなんだったのか。ズカズカと俺の間合いに入った独歩さんは不敵に笑みを浮かべながら仁王立ちしている。

 

──どうして?なに?しかける?罠?なにを?どうやって?とりあえずなにか?なにを?

 

そんな、あまりにも大胆不敵な独歩さんに一瞬様々な思いが脳内を駆け巡る。

 

「──ハァ!」

 

とにかく、間合いに入ったのならこちらが先制を取る。独歩さんの顔面に向けて右ストレートを放つ。

 

・・・だが先制を取ったのは独歩さんだった。

 

「カっっっっ!」

 

一瞬で肺に含む息を吐き出すかのように独歩さんの口から声が漏れる。そして俺の攻撃を先読みしていたかのように先に放たれた独歩さんの正拳突きが俺の胸に突き刺さった。

 

「──────!」

 

声が出ない、出すことができないまま吹っ飛ぶ俺。きっとここまで独歩さんの予想通りだったのだろう。

 

横隔膜がせり上がっているのか肺が呼吸をしてくれない。それでもなんとか気合いで立ち上がる。

 

「お、今のを受けても立ち上がるかよ。流石、(オーガ)の攻撃を耐えただけはあるな」

 

「ッッ!!!」

 

息も浅く、フラフラの相手へ向けられる純粋な賞賛。だが、その言葉がなにより俺の闘志を燃え上がらせた。

 

「・・・ハッ!」

 

無理やり肺を絞り、その反動で空気を肺に押し込む。胸の中央がズキズキと痛むが問題ない。まだやれる。

 

「ほら来い、坊主」

 

俺が再度構え、攻撃の意志を見せても独歩さんの笑みは崩れない。まるでまだこの場が自分の掌の上にあるかのような余裕っぷりだ。

 

なら、その余裕・・・・・・秒で消し飛ばしてやる!

 

駆け出す。ミシッと足元から音がする。独歩さんが急速に接近してくる。

 

「・・・フゥっっっ!!!」

 

間合いに入ってからのラッシュ、独歩さんも俺の攻撃を捌くが反撃の隙は与えない。

 

蹴り技のような大技は使わず、腕の軌道も最低限、最小限に抑え、とにかく手数を多く打つ。

 

徐々に独歩さんの防御が遅れ始める。

 

「・・・シャッ!」

 

独歩さんの鉄壁に空いた穴、そこに鋭く左拳を入れる。放った拳はその穴を抜け、独歩さんの顔を捉えた。

 

「・・・っ!セァっ!!!」

 

溜めがなかったとはいえ俺の拳では怯みもしない独歩さんはそのまま内回し蹴りで俺を叩き落とそうとするが、流水岩砕拳で横に流し、そのまま一歩退いて間合いの外に出る。

 

「へへ、やるじゃねえか」

 

顔の中央を殴られたことで独歩さんの鼻から血がドクドクと出始めるが独歩さんは全く意に介していない。

 

独歩さんは嬉しそうに顔を歪めながら、構えを変える。両手を真っ直ぐ広げ、前に出し、まるで待てのポーズをしているようだ。

 

『前羽の構えっ!!!』

 

誰かがそんなことを口にする。どうやらあのポーズもただの構えではないらしい。身体の脱力具合、重心を見るに防御寄りの構えか・・・?

 

・・・・・・防御寄りだとしたら少し厄介だ。流水岩砕拳は守りのウェイトが大きい。ラッシュのスピードはボクシングで培った技術で補えるとしても基本的には相手の攻撃をスカし、隙をついて攻撃する技だ。

 

ゆえに、対守りの型相手に対しては決め手に欠ける。大技を仕掛けてきた時にこそ流水岩砕拳はチカラを発揮するが、攻撃が来なくなればそこまで攻撃力が高くないから押すに押せなくなる。

 

「だからといって!」

 

───退くことはしないっっっ!!!

 

計算高く攻撃することもうしない。そもそも今まで戦ってきた人は誰もが俺の理解の外側にいた。そんな相手に計算?・・・論外でしょ!

 

「ハアアアッッ!!!」

 

俺が繰り出した両拳によるラッシュは独歩さんの両手に受け止められ、捌かれ、押しのけられる。

 

──鉄壁ッッ!!!!

 

脳裏に浮かぶ鋼鉄の壁のイメージ。いくら打ってもヒビ一つ入らない不倒の面。

 

ここでこのラッシュを止めればその隙をやられ、大技に出ればそのカウンターをくらう。・・・独歩さんが何を考えてるのか分からないがそれくらいなら簡単に想像が出来た。

 

でも、本当にそうだというのなら・・・

 

()()()()()()()()()()()()っっ!!

 

両腕のラッシュから流れるように右足で上段蹴りを放つ。蹴り出す瞬間、独歩さんの目が見開かれる。

 

「ヌオッッ!」

 

間合いを詰めながら蹴りを左手で制し、右手は腰に据えられ、中段の構えになる。

 

「〜〜〜!!!」

 

「ふは・・・!」

 

独歩さんの声にならない掛け声と共に放たれる右拳。その正拳突きに対して、こっちは飛び上がり、左膝をぶつけて下の方へ押し流す。

 

そのまま無防備な顔面へパンチを撃つ。しかし独歩さんも流石の反応速度でしゃがみこみ、そのままローリングしながら距離をとる。

 

「おいおい、まるで動物みたいな運動神経だな」

 

「・・・よく言われます」

 

元々運動能力も反射神経も人並外れている自覚はあったが、勇次郎さんとの試合以降さらにその人外さにも拍車がかかった気がする。

 

「おぃらも『空手』をやんねぇと負けるかもなぁ?」

 

独歩さんの構えがその意味深な言葉と共に変わる。

 

右腕を掲げ、左腕を下げる。まるで猛獣が口を開き、牙を剥くような構えだ。

 

『て、天地上下の構え・・・!』

 

なんだそのくそかっこいい名前!?あの構えそんな名前なんだ!いいな〜俺もそんなかっこいい構え欲しいな〜。

 

・・・いや、俺も作ろうと思えば作れるのか?流水岩砕拳はこの世界では俺だけの武術なんだし構えてもそれがテキトーなものなんて気づく人いないよね?

 

バッとそれっぽく腰を落とし、腕を交差させ前につきだす。あ、結構()()()()()かも!

 

「ほぉ、中々面白そうな構えじゃねえか」

 

俺の構えに独歩さんも興味がある様子。さて、肝心なのは名前だが・・・。

 

流虎(りゅうこ)の構えです。あいにくこの構えはいままでよりも少し攻撃的ですよ?」

 

とかテキトーなことを言ってみる。周りの人や澪花さんが息を呑むのが伝わってくるが、別に構えが変わったからといって何かが変わるわけではない。てか何を変えればいいのか分からない。

 

「ほぉ、じゃあその構えが()()()()じゃない所を見せてもらおうじゃねぇか!」

 

バ、バレてる〜〜〜〜〜〜。

 

独歩さんがそう言うと一気に距離を詰めてくる。

 

ヤバい!これがテキトーじゃないこととかどうやって証明すればいいんだ!?これ両腕交差させてるだけだからただ単純に動き辛いだけだよ!?

 

そんなことを思ってる間にも独歩さんはどんどん近づいてくる。

 

腕を交差させてもガード以外何にもならない!クロスさせたまま殴る?プロレスか!・・・・・・うん?殴る?

 

これ・・・このままでもいけるんじゃね?

 

独歩さんの正拳突き。それに合わせて俺はクロスさせた腕を半ば回転させながら突き出す。流水岩砕拳を伴うこの動きは・・・・・・独歩さんの攻撃の軌道を逸らす。

 

そして花のように開かれた両手による発勁が独歩さんの腹に突き刺さる。

 

「・・・ッッッ!!!!」

 

災い転じて福となす・・・のか?偶然、たまたま技の型を成してしまった。ともかくテキトーであることは隠し通せたと思うがそれ以上に吹っ飛んでいった独歩さんが心配──

 

「・・・すご」

 

吹っ飛んだ独歩さんは倒れ込むことなく吹っ飛んだ威力を利用して片腕で倒立していた。こちらから頭皮しか見えず表情を伺うことは出来ないが、向こう側で観戦してる人達が引きつった顔になってるのを見るにあんまりいい顔じゃないようだ・・・俺にとって。

 

「ふぅ・・・これは一杯食わされちまったぜ」

 

倒立から元の二足歩行に戻った独歩さんはキツイ一撃を貰ったはずなのにニヤニヤとしていた。それがあまりにも・・・・・・不気味だった。

 

()()には使いたくなかったんだがな・・・抜かせたのはてめぇだぜ?」

 

なにやら穏やかじゃない言葉を発した独歩さんは飛び上がる。ミシッと飛び上がる蹴り足だけで道場の床板が破壊された。

 

とても人とは思えない程に高く飛び上がった独歩さんはそのまま飛び蹴りを放った。

 

「はぁ・・・っっ!!」

 

その蹴りを流水岩砕拳で流しにかかる。直線に真っ直ぐくる蹴りを左手の平で右方向へ押しやる。しかしその瞬間、左手に鋭い痛みが走った。

 

飛び散る赤い液体。それが自分のものであることはすぐに理解した。

 

っっっっっっ!!!!!!

 

もはや反射的にも近いレベルで即座にその場を飛び退き、独歩さんの間合いから出る。左手を確認すると手のひらに浅くだがナイフで切り裂かれたような跡ができていた。

 

「・・・ナイフ、まさかあの蹴りが・・・?」

 

「おうよ。空手は五体を武器化するからな。この手が、足が鈍器にも刃物にも変わるのさ」

 

・・・マジかよ。克巳さんといい、独歩さんといい全くこの人が繰り出す技はどれも俺の思考の範疇を超えてくる。

 

「おめぇさんの技も打撃は流せるけどよ・・・刃物ならどうなんだい・・・!」

 

独歩さんが再び駆け出す。その手は開かれており、あれが今から刃物に変わると思うと背中に嫌な汗が流れる。

 

「ナノハァ!!!」

 

繰り出される貫手(ぬきて)。流水岩砕拳でそれを流していくが流していく度に手が、足が傷ついていく。

 

「・・・このままじゃ」

 

・・・いや、ここで退いてはいけない。退()()()()()()()。独歩さんの手や足は刃物となっている・・・だが刃物も側面はただの面でしかない。

 

俺が流すのは・・・・・・その面だっっ!

 

集中しろ・・・独歩さんの攻撃は勇次郎さん程激しくもなければ、克巳さん程速くもない。俺には、俺の流水岩砕拳は、アレを捌くだけの力量がある!

 

「コォッ・・・・・・!!!」

 

息を吸い込み、肺を膨らませ、息を止める。呼吸という隙を捨て、全ての意識を独歩さんの攻撃に集中させる。

 

チカラの流れを読み取り、独歩さんの攻撃の軌道を読みきる。

 

「・・・チィッッッ!!!」

 

流せてはいるものの増える一方の傷跡。俺が独歩さんの攻撃に対応しきれていない何よりの証拠だ。

 

だけどそれだけじゃ足りない。独歩さんの攻撃は拳を回転させ、捻りを加えながら放たれている。その回転も視野に入れなければ完全には流せない。

 

不思議と頬が緩む。手元が狂えば、目の前の刃物が全身に突き刺さるというのに、こんな危険な状況に()()()()()()()()()()()

 

戦いの高揚感が、『あの時』と同じように俺を一つ上のステージへと押し上げてくれる。

 

濾過を繰り返す水が透明度を増すように、ボクシングや合気道、そして空手といった知識が、技が抜け落ちていき流水岩砕拳としての密度を増強していく。

 

「カァッッッ!!!」

 

独歩さんの声とともに繰り出される諸手の貫手。だけど、既に俺の目にそれは凶器として映っていなかった。

 

「流水岩砕拳ッッッ!!」

 

独歩さんの貫手が、俺の身体を避けるように逸れていく。俺は、全くの無傷だ。

 

「・・・なにッッッ!?」

 

独歩さんも驚きの声をあげるが動きに乱れはなく、間髪入れず薙ぎ払うように蹴りを入れる。

 

それをこちらはバク転することで避ける。

 

「へ、面白くなってきやがったな」

 

「あぁ、本当に面白くなってきたな・・・!」

 

獰猛に笑う独歩さん。きっと俺も同じように笑っているのだろう。・・・・・・本当に、俺も染まったなぁ。

 

 

ドンッッッッ!!!

 

 

そんな時に、終了を告げる太鼓が鳴り響く。どうやらもう三分経ったようだ。時間いっぱい、引き分け・・・かな?

 

「おいおい、これで終わりはねぇだろ・・・なぁ?」

 

独歩さんが俺の方に問いかける。こちらとしてもまだやりたいという気持ちはある・・・が。

 

「親父、そこまでだぜ」

 

「岩技さん、もうやめにしましょう」

 

俺と独歩さんの間に割って入る克巳さんと澪花さん。克巳さんはやれやれといった感じだが、澪花さんはどこか怒っているように見える。

 

「おい、なんでおめェが止めるんだよ」

 

「そりゃあこっちとしても()()()を増やすわけにもいかねえかな」

 

「あ?怪我人って俺のこと言ってんのか?あ?やんのか?」

 

独歩さんが克巳さんに不良みたいなつっかかり方をしてるのを見て笑みがこぼれる。こっちもあんな感じで平和に終わればいいのだが。

 

「岩技さん」

 

「は、はい!」

 

澪花さんの声に姿勢がピンとなる。普段通り、のはずだが心なしか怒っているように見える。しかしその顔はどうしていいのか分からないといった感じだ。

 

「ボクサーにとって拳は命と同等の価値を持ちます。もっと大切にしてください」

 

「あ、はい」

 

澪花さんの言葉を聞いて、手を見ると確かにボロボロだ。骨までは見えてないが、浅くは無い傷がチラホラ見える。けど、俺の謎治癒力をもってすればすぐに治るだろう。

 

「・・・・・・すみません。本当は責められるべきは私なのに・・・岩技さんを良かれと思って連れてきた私に・・・」

 

・・・・・・え?ここまでで澪花さんに悪いところあった?

 

俯きがちに俺に謝る澪花さんになんと声をかければいいのか。ともかく変な誤解は受けているようなのでそれは解くべきなのだろう。

 

「えーと・・・澪花さん?その今回の件、けっこう俺は澪花さんに感謝してるんですよ?俺が知らない世界を教えてくれたし、おかげで俺自身も成長出来ました。・・・だから、ね?感謝してる人がそんな暗い顔してたら俺もどうすればいいのか分からなくなります」

 

「岩技さん・・・・・・ありがとうございます」

 

「あ、あはは・・・」

 

澪花さんも一応、納得してくれたようだ。あまり慣れないことをした・・・下手すると今日で一番気を使った気がする。周囲の視線が痛い、気のせいか・・・いや全然気のせいじゃない。すごい睨まれてる。

 

「・・・けっ、これじゃ始めるに始めれねぇじゃねえか」

 

そう悪態をつく独歩さん。苦笑いする克巳さん。そして謎にオラつき始める周り。少しの笑みがこぼれる澪花さん。もう何をすればいいのか分からない俺。

 

・・・・・・・・・とりあえず、一件落着、かな。

 

 

「え、廻し稽古?いや、俺怪我・・・え、関係ない?ちょ、待って、怖い、目が怖い、やめ、ちょ、やめ──」

 

一件落着・・・なのか?

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

ふと、思い出した。伝説に意気揚々と挑み、死の境目を経験したあの日を。

 

あの男にそこまで力量があるとはとても思わなかったが、あの時俺に見せた目が、どうにも脳裏にこびりついて離れないのだ。

 

例えるならまさに、ケモノ。獰猛というより猛獣、アレが見せた覇気はまさにそれだった。だからあの男、範馬勇次郎を思い出したのだろう。

 

戦いの中、奴の技術レベルは急激な上昇を見せた。武に励み、武に捧げているからこそ分かる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、だと。

 

それはチカラを隠していた、発揮しきれなかったことにほかならない。もしも奴が己のチカラを『あの試合』の時のように全て解放していたらどうなっていたのか。

 

俺は、勝てていたのか。

 

「・・・・・・ふっ」

 

とりあえず、強いことには変わりない、と。

 

今はそれでいい。次にあった時に確認すればいい。

 

「次、待ってるぜ岩技ぃ・・・」




今回少なめですいません。もう克巳さんで全部出し切ってしまった・・・。

さて、次こそは刃牙くんを・・・!


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