同盟上院議事録外伝 自由と利益を尊ぶ国 ファイアザード国民共和国 (山翁)
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ファイアザード国民共和国 前史

「夢だった」
「自由に商売が出来る場所が」
「自らの手で薬を作り、自分の薬を持ち、自分の薬を売ることが出来る場所」
「同盟、帝国、政府、軍、司法、警察に邪魔されない場所」
「約束された土地、それはファイアザードだった」

麻薬王 ルガール・デ・スエーニョの非公式インタビューより。


ファイアザードという星の歴史は古く、銀河連邦サジタリウス準州まで歴史を遡る事が出来る。

 

初期入植期は周辺諸星域に農業生産物を輸出する農業惑星として開拓され、周辺諸星域の発展ともに交通の要衝であるこの星は交易地としても栄えた。

 

しかし、ファイアザードの素晴らしき発展の時代は銀河連邦の崩壊と共に崩れ去った。

 

準州に残った銀河連邦軍の軍閥化や食うために宇宙海賊になった者たちの餌食となった。

 

ファイアザードの人々は止まらない略奪から自らを守るために、戦略方針の転換を図った。

 

略奪に対抗するのではなく、略奪する者達との提携を。

 

それから、ファイアザードは宇宙時代のリバタリアとして存在する事となる。

 

宇宙歴649年に初代大統領トーマス・ミッソンによりファイアザード国民共和国として建国を宣言、同時に自由惑星同盟へと加盟。

 

その20年後にあのコルネリアス1世の大親征が行われ、ファイアザード2度目の発展の時代は幕を閉じたかに思われた。

 

しかし、意外にもファイアザード国民は頑強に抵抗を行った。

 

政治家達は捕まれば思想矯正所送り、広域犯罪者達は捕まれば裁判無しの即決処刑、資本家や富農は帝国本土から来た貴族により財産を没収され労働者や小作人、貧農に落ちるだろう、低賃金労働者や貧農は言うまでもない。

 

政府と広域犯罪者、富農と貧農、資本家と労働者ありとあらゆる対立を抱え込んだファイアザードだったが、大親征によって彼等を繋ぎ止める原理原則が新たに生み出された。

 

「我々に自由と利益を与えよ!我々から自由と利益を奪うものには報復を!」

 

ファイアザードは新しく生み出されたスローガンの元に帝国軍への反攻を行った。

 

その大親征への反攻も帝国軍の撤退により、終わりをむかえる。

 

政府は大親征が終わり危機が当面は去ったと判断、すぐに大親征に付き従った帝国軍からの亡命者や逃亡者または捕虜を新たなファイアザード国民として迎え入れ始めた。

 

無論、ファイアザード政府がハイネセン主義や人道主義に目覚めた訳ではなく、理由は至って経済的な問題だった。

 

同盟加盟時より人的資源委員会はファイアザードの労働環境にたいする、度重なる改善勧告をだしていた。

 

コルネリアス1世の大親征の直前など、同盟加盟資格の一時停止さえチラつかせた勧告さえ受けていた。

 

ファイアザードにとり労働環境改善は、低コスト労働者を使役する事により利潤を上げていた企業又は富農にとってコスト増を意味しており、それは周り巡って政府にとっての税収減を意味していた。

 

つまるところファイアザードは新しく合法的な低コスト労働者を欲していた。

 

低コスト労働者を探していた矢先に、現れたのが帝国軍からの亡命者や逃亡者、捕虜だった。

 

なんの事はない、大親征が終わり帝国へと帰還した帝国軍は既にファイアザードにとり過去の存在であり、人的資源委員会こそが現下ファイアザードの利益を奪い取る存在であると認識し、その対策に乗りだしたのだ。

 

こうしてファイアザードは新たに迎え入れた帝国人達を使い潰しながら、大親征後の戦災復興に邁進していった。

 

さらに政府は戦災復興の原資を集めるべく大胆な企業優遇政策を取り入れ、交戦星域となった星域からの企業誘致を図る。

 

この政策はどうにか上手くいき、ファイアザード経済は成長を迎えることとなる。

 

しかし、交戦星域からの企業誘致は同時に交戦星域からの難民流入をも齎した。

 

異文化の塊である帝国人と交戦星域からの難民流入は、ファイアザードの治安を急激に悪化させた。

 

治安悪化を前にファイアザード人、帝国人、さらに流入してきた難民(多くはティアマト人)は自警団を発足したが、それらの自警団は容易くギャング、マフィア、カルテル、ヤクザ、三合会に変貌していった。

 

そうした動きに政府は断固とした態度を取る。

 

いくら政府と宇宙海賊が公然な蜜月関係にあるとはいえ、自国内での広域犯罪組織(WAOC Wide-area organized crime)拡大は政府にとり、看過できないものだった。

 

直ちに警察(時には軍隊)を投入し、宇宙歴670年から治安戦を展開した。

 

それから約10年ほどで、政府は広域犯罪組織に対して降伏する。

 

原因は明快であった。

 

乱立する広域犯罪組織に対して治安戦を続ける程の資金、人材等が政府に無かったのだ。

 

それにギャング、マフィア、カルテル、ヤクザ、三合会はファイアザードのスローガンに忠実だったのも、政府にとって最悪だった。

 

「我々に自由と利益を与えよ!我々から自由と利益を奪うものには報復を!」

 

彼等はこのスローガンの通り、治安戦を展開した政府高官、警察、軍、司法関係者、ジャーナリスト、市民に対して報復行動にでた。

 

有名なのは宇宙歴680年にあった、「報復の権利」事件は当時の司法大臣、最高裁判所判事、治安警察のナンバー2、ファイアザード地上軍の師団長、市民運動家を含む10人が殺害された。

 

これを切っ掛けに広域犯罪組織に対する扱いを、政府はファイアザードの伝統ともいえる政策へと切り替えた。

 

広域犯罪組織との提携。

 

なんの事はない、宇宙海賊とした事をそのまま広域犯罪組織にスライドさせたのだ。

 

政府高官いわく「公然と国民を殺害すること無く、戦災復興と経済成長を助けるなら黙認する」

 

まさしく降伏だった。

 

そして、ファイアザード政府高官の話は同盟中を駆け回り、同盟中の犯罪組織がファイアザードへの引っ越しを開始した。

 

幾ばくかの税金と少々のルールさえ守るなら犯罪組織を許容する楽園の様な星だと、嘯きながら。

 

 

そうしてファイアザードは「宇宙時代のリバタリア」に続き「罪深き楽園」と言われる事となる。

 

 

そうした広域犯罪組織は更に政治へと加入しだした。

 

 

ファイアザードの政治体制は宇宙歴649年の建国時に整えられ、制度としては一般的な民主共和制であった。

 

大統領の任期は6年の再任はなしの、直接選挙制度を採用している。

 

共和国議会は上院と下院に分かれ、それぞれ定数が256議席と500議席とされている。

 

上院は6年、下院は3年を任期とし議員に関しては連続再選が許されている。

 

上下両院を合わせて共和国議会とし、議会には立法権が与えられている。

上院は条約承認、構成邦軍の派兵承認等を、下院では予算承認、国債発行等を専管事項としている。

 

また議員はいずれかの政党に所属せねばならない。

 

 

広域犯罪組織はこの中で大統領権限と上下両院における政党に手をつけた。

 

 

宇宙歴682年に政府との間に停戦協定を結ぶと政府高官、両院議員、治安当局、ジャーナリスト等に賄賂を盛大にバラ撒き始めた。

 

 

全ては理想の犯罪国家−Crime nation−を作り上げるために。

 

 

手始めに大統領権限の中に、最高裁判所判事の人事権(最高裁判所判事任命候補リスト作成、なお上院の可決が必要)を付け加えた。

 

また、最高裁判所以外の各裁判所人事権を握る共和国司法最高会議のメンバー選出において従来の上院及び最高裁判所によって選出されていたメンバーに、大統領が指名する候補も入れる様に変更させた。

 

まずは間接的な司法へのアクセスルートを手に入れ、自らの安全保障を確立した。

 

 

上下両院の諸政党に対しては「祖国の戦災復興と帝国軍対策を迅速かつ強力に行う為」という美名の元に、保革大合併を推進させた。

 

そして極右政党、極左政党、一部左派政党を除いた主要政党を賄賂と脅迫により合流させ宇宙歴683年に包括政党「ファイアザード自由革命党 FLRP Firezard Liberal Revolutionary Party」を結党。

 

広域犯罪組織や従来の宇宙海賊は自由革命党のスポンサーとなる事で、立法権への間接的なルートを手にし利権拡大への足掛かりとした。

 

しかし、この動きに待ったをかけた存在がいた。

 

戦災復興の為に誘致された企業連だった。

 

企業連は日に日に強くなる広域犯罪組織に対して、自らの利益が侵犯される危機感を抱いだ。

 

そうして企業連は広域犯罪組織や宇宙海賊に対して、こう言った。

 

彼ら曰く「俺らも混ぜろ」

 

企業連は広域犯罪組織や宇宙海賊と、社運や権益をかけて争う気は毛頭なかった。

 

逆に彼らと手を組み、ファイアザードそして同盟内での利益拡大を選ぶことにしたのだ。

 

こうして企業連も自由革命党のスポンサーに収まり、党を通じて企業有利な企業特区、企業租界地、企業自衛権を手に入れていった。

 

 

宇宙歴690年頃からファイアザードは新時代を迎え、半世紀以上の繁栄と平和を謳歌する事となる。

 

 

国家を犯罪者と企業が支配する事になるのと引き換えに。

 



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宇宙歴796年 大統領選挙対策本部

ファイアザードマフィア

ファイアザードマフィアとはファイアザード国民共和国内の広域犯罪組織を指した俗称である。
ファイアザードマフィアと呼ばれるが内実は海賊、カルテル、ギャング、三合会、マフィア、ヤクザ等の組織に分かれており、一つの統一された組織ではない。

電子百科事典より


宇宙歴796年4月

 

ファイアザード国民共和国

首都フィウメ・ドーロ

ヴェンディドーレ・デ・リーゾ通り エスタ街

 

金高大酒店[最高級ホテル ゴールデンハイ]

 

ホテル上階 チャイナ料理店「金龍」 貴賓室

 

チャイナ文化で装飾を施された貴賓室。

その室内に周りの調度品と調和が保たれる様に、チャイナ風の装飾を施されたTVが壁に付けられ、画面にはニュースキャスターを映し出していた。

 

「7月の大統領選挙・統一議会選挙に向けてFLUF(ファイアザード左派自由統一戦線)※1は大規模な選挙戦を展開しております。現職ベルトランド・クラクシ大統領は支持母体であるFLUFの大会で、左派統一候補ルイゾン・アルベルト・ルーラ・ダ・シルヴァ氏の応援を呼びかけました」

 

「しかし、昨年に発覚した政権の大規模な汚職事件により、FLUF及びルイゾン・ダ・シルヴァ氏に対しての世論の支持は伸び悩み、反対にFLRP(ファイアザード自由革命党)※2が応援するシルヴァーノ・ベルルスコーニ氏の支持率は高く……」

 

 

 

「ベルルスコーニは順調そうだな」

 

ファイアザード製の高級オーダーメイドスーツに身を包んだ黒髪の男が、キャスターのコメントに対しての感想を、蒸された蟹の殻を吐き捨てた後に言い放った。

 

サラディーノ・マランツァーノ。

ファイアザード人を中心にしたマランツァーノ・ファミリーのドン。

 

マランツァーノ・ファミリーは酒の密造、売春、賭博などの非合法ビジネスと食料品輸入の合法ビジネスに携わっている。

 

表の顔は輸入会社の社長。

 

シンジケート−ファイアザードだけではなく、同盟中の有力な犯罪組織が参加する集まり−の中では比較的穏健派に属している。

 

 

「ドン・マランツァーノ、事前の予定通りだ」

 

「ああ、その通りだ。へフェ・スエーニョ、全くもって私達の予定通りだ」

 

ドン・マランツァーノに話しかけたのは、頭から胸にかけて大きな矢十字の入墨をいれている禿頭の大男。

 

ルガール・デ・スエーニョ。

 

麻薬カルテル、ヘルマンダ・デ・ラ・ムエルテのへフェ。

 

同盟全ての麻薬ビジネスに関与していると噂される超武闘派。

 

麻薬で得た豊富な資金を駆使し同盟軍、帝国軍を問わず優秀な軍人を引き抜き、ヘルマンダ・デ・ラ・ムエルテの私設軍を作り上げた。

 

一説には同盟軍情報部傘下の特殊部隊を丸ごと引き抜いたとも噂されている。

 

カルテルのビジネスは麻薬の製造・販売、身代金誘拐、人身売買、違法ビジネスの護衛。

 

表の顔は民間軍事会社の顧問。

 

 

「まあ、今年の7月にある大統領選挙と統一議会選挙で儂らのベルルスコーニが勝ち、FLRPが返り咲く」

 

「しかしなぁ、選挙の後でもちぃとばかしは大人しくしにゃならん。あんの市議会議員上がりのせいで、バーラトと労働者共が煩いて」

 

具がタップリ入った分厚い春巻を旨そうに頰ぼる丸眼鏡の老人。

 

カサイ組の組長、カサイ・イソキチ。

 

カサイ組のビジネスは賭博、みかじめ料、売春、違法金融取引、通貨偽造。

 

鉱物資源輸送等の運輸業を表のビジネスとしている。

 

表の顔は運輸会社の社長。

 

 

「クラクシ大統領の労働関係法案が可決された後は、我が社もやり辛くなりましたよ」

 

身長と額が高い男がカサイ組長の話に乗り、愚痴をこぼした。

 

男の名前はウォーレン・ランドルフ・ハースト。

 

同盟でも指折りのメディア・コングロマリットであるハースト・メディア・コーポレーションの代表。

 

彼はメディアを通じてファイアザードそして自らの利益に結びつく様に、様々な宣伝を行っている。

彼の宣伝によりファイアザードが犯罪帝国の本拠地というより、様々な娯楽を楽しめる巨大観光地として同盟国民に認識されているのは、間違いなくハーストのメディア帝国のお陰である。

 

 

「しかし、流石に国内の労働関係の梃入れは必要だった。あのままでは国民が納得しない。あの糞壺に手を突っ込む奴が必要だった」

 

黒いスーツを着込んだ童顔の男は手元にある紹興酒の古酒で口を湿らせ、ハーストの愚痴に突っ込んだ。

 

リー・チュンクゥオ。

 

三合会・金幇 首領。

 

三合会は密輸、賭博業、麻薬密売、人身売買、売春等の非合法ビジネスを運営している。

 

表の顔はチャイナ料理をメインに扱う飲食グループの代表。

 

このチャイナ料理屋も彼が経営する店だ。

 

 

「労働関係については同意しよう。FLRPでは無理だから仕方なくFLUFを当選させ、労働者から受けの良いクラクシを大統領にしたのだ」

 

「FLRPの体制は刷新した、面倒な労働法案が片付いた。クラクシとFLUFには、そろそろ表舞台から降りてもらおう」

 

「それに昨年の汚職事件、しばらくはFLUFに参加している連中も国民からの支持を得られまい」

 

鹿肉のチャイナ風ローストを肴に赤ワインを嗜む老人が、リー首領の言葉を受け話を始めた。

 

ジュリアーノ・アンドレオッティ。

 

ファイアザード終身上院議員。

 

政界では魔王ジュリアーノと呼ばれている政界のドン。

 

党首であるシルヴァーノ・ベルルスコーニを傀儡とし、党内での実力者として君臨している。

 

「連中の支持が落ちているのは結構な事だ。ジュリアーノ議員、選挙では確実にベルルスコーニとFLRPが勝つのだろう?」

 

ドン・マランツァーノがジュリアーノ議員に訊ねる。

 

「議会工作と選挙運動については安心してくれ、ドン・マランツァーノ」

 

「FLRPの議員に組合、退役兵協会、業界団体などに金をバラ撒き同意を取り付けた。選挙動員も順調だ。農村部や労働者もあんた等の力で大多数はコチラに靡いてる。選挙はコントロール出来とるよ」

 

「その話を聞き安心したよ、ジュリアーノ議員」

 

ドン・マランツァーノはジュリアーノ議員の話を聞いた後に、大盛りの海鮮炒飯を黙々と平らげている、窮屈そうにスーツを着ている大柄の男へ話を振った。

 

「軍部は大丈夫かね、提督」

 

海鮮炒飯を食べてる手を止め、手元に置いてある烏龍茶が入っている碗を手に取り、烏龍茶を飲み干すと碗をテーブルに置き提督が話し始めた。

 

「大統領当選後に軍部での人事異動は行いますが、この6年間で増えた左派の影響力を排除するのは難しいでしょう」

 

「現政権下で重職を務めている左派将官との妥協は必須であると、考えております」

 

ドン・マランツァーノの質問に答えた男はクリメント・イーゴレヴィチ・フタノフ。

 

共和国軍の宇宙軍大将。

そして共和国軍の統合参謀本部副議長を務めている。

 

「妥協?フタノフ提督、妥協とは具体的には何かね?」

 

「ドン・マランツァーノ、例えば免罪です」

 

「皆さんが知っておられる通り、FLUFに参加しているファイアザード行動革命協会は、極左ゲリラFARA(ファイアザード行動革命軍)と結びついております」

 

「一部の左派将官は自らの担当地区においてFARAと癒着しております。FARAが作った麻薬の密輸、密売を黙認する変わりに多額の献金を受けています」

 

「その金で部隊の一部を私兵化、またはFLUFの政治資金へと流用しています」

 

「選挙においてクラクシ大統領及びFLUFが負け、更に免罪が得られない場合、汚職発覚を恐れFARAと組んで武装蜂起を起こす可能性も有り得ると、情報部は睨んでおります」

 

「そこで奴等を免罪にし、爆発を防ぐと?」

 

「はい、免罪にする変わりに退役しては貰いますが。彼等にしてみても、逮捕されるよりはマシでしょう」

 

その答えに、へフェ・スエーニョが疑問の声をあげる。

 

「大人しく免罪程度で麻薬ビジネスから手を引くかな?」

 

「へフェ・スエーニョ、ではどうしろと?更に犬に餌をやれと?」

 

「リベルタ※3で将官連中を逮捕すれば良い」

 

「しかし失敗した際のリスクが……」

 

「リスクを取るべきだ。麻薬ビジネスは提督が思っているより大きく、携わるものに大きな利益をもたらす。今まで得られた利益を失うなら、部隊ごとFARAに寝返るかもしれん」

 

「そうなれば、我々のビジネスにさらなる影響が出るかもしれん。今でも左派の麻薬で、私のビジネスに影響が出ている」

 

「提督。我々の、コミッションのビジネスに影響が出る事の重大性は理解しているたろう?」

 

フタノフ提督はしばらく腕を組み、押し黙った。

 

数分が経ち、フタノフ提督は「分かりました。リベルタに作戦を立案させます」とへフェ・スエーニョに答えた。

 

へフェ・スエーニョは満足そうに何回か頷くと、懐から葉巻を取り出すと悠々と吸い出した。

 

 

「軍は一安心という訳だ」

 

ドン・マランツァーノも提督の回答に満足気に頷くと、視線を私に向け、話しかけてきた。

 

「さて、弁務官殿。今回バーラトでは面白い話を聞けたそうじゃないか。議会の議員諸氏に報告する前に私達に聞かせてくれんかね」

 

私―エルンスト・ツー・ヘルテフェルト―は手に持っていた烏龍茶が入った碗をテーブルに置くと、事前に頭の中で整理していた話を喋りだした。

 

「先ずはルンビーニ船団事故につきまして。この事故自体の影響も大きいですが、問題は同盟全体の労働問題として事故が取り上げられる事です。皆様も良くご理解はされてるとは思いますが、同盟政府がファイアザード国内に首を突っ込む際の常套手段は労働問題と麻薬問題です」

 

「同盟政府の反応は?」

 

すかさずリー首領が突っ込む。

 

「現時点では反応は鈍いです。これは次に報告します、アスターテ関連によるものですが、そちらの対応に同盟政府が引き摺られている事により、相対的にルンビーニ事故への対応優先度が低くなっております」

 

「なら今回は同盟政府は儂らに介入せえへんと?」

 

「はい、サカイ組長。ルンビーニ事故はそもそも同盟政府の受注案件です。批判の矛先が向くのならば先ずはー」

 

「情報交通委員会ということだな?」

 

「その通りです、ジュリアーノ議員」

 

「また船団を運行していた会社ですが、案件を取る際に些か不審な動きが合ったとルンビー二のシンジケート加盟団体よりタレコミが有りました。もちろん直ちに調査しましたが、この会社にシンジケートの手は入っておりません」

 

「移民共とルンビー二のスキャンダルですか。いい酒のアテになりますよ、ジュリアーノ議員」

 

「確かに移民共が火消しで慌てふためく姿は良い肴にはなるな、ハースト代表」

 

「だが小火が大火になると困るのは我々もだ。国民共和党に話を振るべきだろう、ジュリアーノ議員」

 

「リー首領、ならばファイアザードから選出されている下院議員に話を通すか」

 

「下院で取り上げるなら、ファイアザード選出の共和党議員からの議案提案は避けた方が良い。やれトカゲの尻尾切りかと痛くない腹を探られる」

 

「なら何人か間を通して、共和党の非主流派の議員にさせたら良い。トリューニヒトにとって良い点数稼ぎになる」

 

「どうかな、トリューニヒトも現政権にダメージが入る情報に食いつくか?トリューニヒトはアスターテの件で頭がいっぱいだろう」

 

「なら労農連帯党はどうでしょう?」

 

「はっ!奴等とは唾を吐きあう仲だぞ、食いつくものか」

 

 

私は彼等の話を耳に入れながら碗に入った烏龍茶を一口飲んで喉を潤し、話を続けた。

 

「次にアスターテでの帝国軍との戦闘ですが、結果から申しますと動員艦隊の56%を失う大惨敗です」

 

「軍の敗北により、交戦星域におけるミリタリー・バランスは更に帝国優位へと傾きました」

 

「国境付近の安全保障の悪化は確実視されており、8年前のエル・ファシル占領の様な事が起きても可笑しく無い状況です」

 

「また、軍では第13艦隊が新編成されました。これは恐らくイゼルローン絡みであると思われます。アスターテの敗戦をイゼルローン方面で補うつもりかと」

 

「取り敢えず簡単な報告では有りますが以上です。詳細は後程に書面にてお渡し致します」

 

「弁務官殿、報告ありがとう。君の話は何時も私達の耳を楽しませてくる」

 

「そう言って頂きありがとうございます、ドン・マランツァーノ」

 

「さあ、諸君。かたい話も取り敢えず終わりにしよう。リー首領の旨い料理を残してはいかん、食べよじゃないか」

 

 

会食より2時間後

 

 

首都フィウメ・ドーロ

エシリオ通り インペロ街

ヘルテフェルト邸

 

「お帰りなさいませ、若旦那様。旦那様が書斎でお待ちです」

 

「わかった」

 

玄関で出迎えた執事に上着を預け、そのまま書斎へと向かう。

 

書斎に据えてある重厚な木製作りの扉をノックし「エルンストです」と言うと中から、「ああ、入っきてくれ」との声を聞いてから、扉を開けた。

 

「ただいまです、お義父さん」

 

「ああ、お帰り婿殿。バーラトから帰ってきて早々に悪かったね」

 

「そんな事はありませんよ、お義父さん。コミッションへの説明はこの国の弁務官なら、まあ、仕事の一つですから」

 

書斎とは言ってはいるが、半ば義父―カール・ツー・ヘルテフェルト―の趣味の部屋となっている。

 

部屋はそれ程広くはなく、両脇の壁が書架となっており義父の集めた本が入れてある。

 

唯一、書架になっていない面は邸の中庭を見渡せる様に窓が設置されており、その窓際には書斎机の代わりに安楽椅子が2つ、椅子の間には少々大きいサイドテーブルが置かれており、テーブルにチーズやドライフルーツが入った皿と栓が空いた赤ワインの瓶、中身が入ったワイングラスと空のワイングラスが一つずつ置いてあった。

 

2つの安楽椅子のうち、窓から見て右側の安楽椅子に義父は腰掛けていた。

 

私は挨拶を交わしながら、義父の近くまで歩み寄り左側の安楽椅子に腰掛ける。

 

義父が手ずから空いてるワイングラスに赤ワインを注ぐ。

 

ファイアザード・ボンベェント産

宇宙歴786年のピノ・ノワール種ミディアムボディ。

 

ソコソコ当たり年の赤ワインだったはず。

 

軽く飲むには最適だろう。

 

「最近はワインの飲む量ばかり増えとる」

 

「良い事じゃないですか、お義父さん」

 

「それに、体も中々言う事を聞かん」

 

「そんな事は無いですよ、まだまだお義父さんはお若い」

 

「婿殿、自分の体は自分で分かる。それより今日の、コミッションはどうだった?」

 

「詰まらないものでしたよ。それにしても今日のコミッションはなぜ来られなかったのです?招待状は来ていたでしょう?」

 

「なに、体がな。それに酔っぱらいの男の話なら、わざわざ行って聞くこともない」

 

「次期大統領もお義父さんに掛れば、酔っぱらいですか」

 

「ふん、事実だろう。何度、酔った末の失言を揉み消したことがあると思う?数えだしたら手指の本数じゃ、足らんよ」

 

「まあ、確かに」

 

「それでだ、婿殿。弁務官の仕事は何時になったら終わる?早く家業を継いで、そちらに専念して貰いたいのだが」

 

義父の家業。

 

義父は表向き同盟ではソコソコ知られたワイン商だ。

 

しかし、裏側は亡命及び捕虜から帰化した帝国系ファイアザード人の纏め役。

 

帝国系マフィア−グーテカメラーデン−のボス。

 

 

義父の家業の始まりは大親征が終わって直ぐだった。

 

始めたのはファイアザードに亡命したヴォルフ・ツー・ヘルテフェルト男爵。

 

この男の家系は意外に古く帝国開闢まで遡れる。

 

初代当主のベルトホルト・ツー・ヘルテフェルトは銀河連邦時代において有名なワイン会社の代表を務めていた。ある時に国家革新連盟の主催した政治パーティーに参加しルドルフ・フォン・ゴールデンバウムと出会う。

 

その後ベルトホルトは国家革新連盟とルドルフの政治活動を手助けした。

 

帝国成立後は連盟時代の功績を認められ、男爵に任じられる。

 

そのベルトホルトが男爵に任じられた功績というのが、連盟とルドルフの為の金集めだった。

 

財界からの企業献金集めでは中々に活躍したという。

 

しかも、このベルトホルトという男は企業献金の中に自らの違法な活動(脱税、ピンハネなど)で得た資金も混ぜて資金洗浄を行い、幾ばくかの利益を得てたという。

 

抜け目のない男である。

 

その男の子孫がヴォルフ・ツー・ヘルテフェルト。

 

この男は貴族という地位と祖先から続くワイン会社、そして違法ビジネスの手腕をキッチリと受け継いでいた。

 

だが、帝国内における違法ビジネスがコルネリアス1世にバレかけ、お家取り潰しが秒読み段階になりかけた時に、大親征へ志願したらしい。

 

大親征への意気込みは凄く、動員できる全ての艦艇と一族郎党ほぼ全てを連れ、遠征軍へと馳せ参じた。

 

彼曰く「不名誉な噂を戦働きで払拭したく」とコルネリアス1世に述べたそうだ。

 

コルネリアス1世も取り敢えずは従軍を許可した。

 

しかしヴォルフはそもそも武功を立て、身の潔白をアピールする気は無かったのだ。

 

逆に乾坤一擲の大博打に打って出るつもりだった。

 

自由惑星同盟への亡命。

 

お家が取り潰しになる位なら、新天地で生き残りを図る。

 

それこそがヴォルフの目的だった。

 

かくしてヴォルフは自由惑星同盟の構成邦たるファイアザード国民共和国へ亡命を申請し、そして彼の亡命は認められた。

 

大親征後、引き連れた私兵艦隊と輸送船に満載した家財(貴金属、高価値労働者、帝国内における違法ビジネスの取引記録、ワインの原木や育成記録、農園の技術者まで!)を元手に帝国系ファイアザードマフィア−グーテカメラーデン−を作り上げ、組織をファイアザードの有力ファミリーまで育て上げた。

 

今では賭博、密輸、売春、労働組合等のビジネスをファイアザードのみならず同盟中で扱うまで成長した。

 

「あと1期2年ほどしたら、家業を継ぎますよお義父さん」

 

「あと2年か……、まあそれぐらいなら待てるか」

 

義父は何度か頷き納得したようだった。

 

「あー、それで、孫娘のフランツィスカはどうなんだ、元気にやってるか?」

 

「フェザーンで元気にやってますよ」

 

「ああ、フェザーンか。ならば、帝国のヘルテフェルトに預けたか」

 

「ええ、そうです。あちらの流儀を勉強するのも良いかと」

 

「ああ、そうだな。帝国のヘルテフェルトの元ならば仕事を覚えるのも早かろう」

 

帝国のヘルテフェルト。

 

亡命したヴォルフの姉−コンスタンツェ・ツー・ヘルテフェルト−。

 

当時は他家に嫁いでおりヴォルフには付いて行かず帝国へと残り、ヘルテフェルト家が行っていた違法ビジネスを継承したもう一人のヘルテフェルト。

 

彼等はフェザーンが出来てからは、フェザーンを経由しビジネスパートナーとして手を結んでいた。

 

同盟のヘルテフェルトは帝国のヘルテフェルトへ、帝国のヘルテフェルトは同盟のヘルテフェルトへ留学し、双方の流儀を覚えるのが代々の習わしであった。

 

エルンストの娘、フランツィスカも習わしに従い帝国のヘルテフェルトへ留学していた(表向きはフェザーンへの留学)

 

しかし、そろそろフェザーンに戻しても良いかもしれない。

 

弁務官の任期もあと2年で終わり、同盟中を駆けずり回る事も無くなる。

 

落ち着けば娘に会いに行く時間も増えるかもしれない。

 

うん、そうだ。

 

フェザーンに戻そう。

 

今の帝国本土も少しばかりキナ臭い。

 

それならまだフェザーンの方が良いだろ。

 

明日にでも連絡し手続きを進めよう。

 




※1:左派諸派による議会会派 Firezard Leftist United Front(ファイアザード左派自由統一戦線)の略。現職ベルトランド・クラクシの支持母体。
会派に所属している政党:ファイアザード共産党、労働者党、ファイアザード行動革命協会、ファイアザード・トラヴァイユール党が参加。

※2:Firezard Liberal Revolutionary Party(ファイアザード自由革命党)の略。
6年前までは政権与党だった。

※3:ファイアザード空挺特殊作戦群の愛称。


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宇宙歴796年 選挙運動

権力は、それをもたない者を消耗させる。
- ジュリオ・アンドレオッティ -


宇宙歴796年4月 昼

 

ファイアザード国民共和国

 

FARA(ファイアザード行動革命軍)※1支配地域の農村

 

「全員、手を頭の後ろに組み跪け!」

 

「不審な行動を取った場合は射殺する!」

 

「早くしろ、早くしろ!」

 

山岳地帯に位置する、とある農村が物々しい雰囲気に包まれていた。

 

いくつかの装甲車から降りてきた共和国陸軍の兵士達が農村の家々に入り、中に居た住民を荒々しく連れ出していた。

 

住民達は村の広場に集められ、跪き怯えた表情で周りを見ている。

 

母親達は自らの赤子や幼い子供を必死に「いい子、いい子。ほら、泣かないで」と言い聞かせ、男達は兵士を睨むが、直ぐに小銃の銃床で顔を殴られ物理的に睨む事を止めさせられていた。

 

村を歩く兵士達(もちろん私もだが)はみな、野戦服を着込み顔が分からないように覆面を付けていた。

 

「村長は!村の代表者は誰だ!」

 

その声に膝づいていた男達の一団から「私です」と声を上げ立ち上がった初老の男を、兵士達は腕を掴み村の家から持ち出した粗末な木製の椅子に無理矢理座らせた。

 

「な、何をするんですか!」

 

村長は兵士に抵抗しだすと、傍にいた兵士が二人がかりで村長の体を椅子に押さえつけ、村長の腕を背もたれの後ろに回し手錠をかけた。

 

「村長!この村の全員に国家反逆罪及び麻薬法違反!その他の法律違反に問われている!」

 

「そのため村民全てを取り調べの為に近くの警察署へと連行する!異議申し立てがある場合は警察署で行うこと!なお、首謀者と思われる村長及び村民数名はこの場での取り調べを行う!」

 

「そんな!誤解です!」

 

「異議申し立ては警察署で聞く!それに畑を見たが立派なコカ畑じゃないか!あぁ?」

 

「違います!違います!」

 

「黙れ!連れて行け!」

 

指揮官の人物が命令すると周囲の兵士達は広場に集められていた村民の内、50歳以下の村民を年齢や男女別に分けてバスに乗せ始めた。

村民は口々に「たすけて!」「誤解だ!」と叫びながら乱暴にトラックに乗せられ、そして兵士達に連れ去られていった。

 

それから数分後に大型の高級クロスカントリー車が村に到着した。

 

中から数人の男達が降りてきた。

 

その中の一人はキンキラの腕時計に磨き抜かれた靴を履き、山岳の農村に似つかわしくない高級スーツに身を包み、親しげに兵士達に近づいた。

 

「オラ!久しぶりだな、大尉」

 

「ああ、久方ぶりだな色男」

 

高級スーツの男は今回の部隊指揮官であるモリーナ大尉に近づくと、握手をした後に懐から煙草を取り出すと悠々と吸い出した。

 

大尉もつられて胸ポケットから兵隊煙草を取り出しフカすと、色男と話しだした。

 

それを見て哀れにも取り残された村民(男女数名)の周りで私達も煙草を吸いだす。

 

2〜3人の兵士が跪き怯えた表情の村民に煙草を咥えさせ、吸わせた。

 

それを見て私は同僚と無学な農民がわからない様にイスパーニ方言を使って話をする。

 

「¿Lo viste fumando?」

 

「Oh pobre chico」

 

「Deber. Es un campo tan grande que me pregunto si estará bien. Es solo un cigarrillo de soldado」

 

「Esconderse, es un lugar. Quiero volver pronto a la ciudad」

 

「Hoy es el final cuando se termina el trato entre el Capitán y la Muerte. Son vacaciones a partir de mañana」

 

「Entonces quiero ir a la mujer pronto」

 

 

「バディア特務曹長!少しコチラに来てくれ」

 

私は大尉に呼ばれ同僚との会話打ち切り、大尉に近づく。

 

「はい、大尉殿」

 

「特務曹長すまんが、何時ものをやるから証人をしてくれ」

 

「はい、大尉殿。分かりました」

 

「それと畑や家を見に行った中尉や少尉も呼んでくれ」

 

「はい、分かりました」

 

直ぐに手近な兵隊に手頃な椅子と机そして数日前に部隊配属になった少尉やベテランの中尉を呼ぶように言った。

 

兵士達が手慣れた様子で村からソコソコの長机を見つけ出し、椅子を4つほど机とセットになる様に並べ始めた。

 

大尉が真ん中の椅子に座り右隣に私が、左隣に中尉、そして更に左には書記係として伍長が座った。

 

少尉が分隊を率いて、村に取り残された村長と数人の村民達を長机の前に連れ出し跪かせた。

 

村民の中で一人だけ椅子に座っている村長だが、引き続き後ろ手に手錠をかけられている。

 

「裁判官2名、書記1名、証人1名の要件を満たしたのでただ今より野戦軍律審判を行う」

 

「被告は」

 

大尉は哀れな農民共が犯してもいない罪を羅列していった。

 

いや?麻薬の製造と使用はしてるかもな。

 

立派なコカ畑だったし。

 

「判決、死刑。刑の執行は銃殺とする」

 

大尉の判決を聞き、少尉が動き出す。

 

「ま、待ってくれ!誤解だ!冤罪だ!私らはそんなのやってない!たすけて!」

 

「たすけて!たすけて!」

 

「銃殺分隊、前へ!」

 

「たすけて!しにたくない!」

 

「構え!」

 

「たすけてくれるなら、なんでもするから!」

 

「狙え!」

 

「たすけて!!」

 

「撃て!」

 

発砲音、火薬の臭い、湿った音、肉の塊が地面に横たわる光景。

 

何回見ても慣れない光景ではある。

 

目の前に横たわる哀れな連中。

 

連中を見て思う事はもはや憐憫では無く、安堵感だけだ。

 

俺は上手くアソコから抜け出した。

 

貧困と飢餓と暴力しかなかった俺の村に同盟軍の入隊案内係が来た時、俺は年齢を偽ってでも飛びつき同盟常備陸軍に入隊した。帝国軍や反同盟を掲げるテロリスト相手の地獄をソコソコ歩き回ってから除隊し、地元のファイアザード軍へ再入隊したクチだ。

 

祖国の軍隊もソコソコの地獄を見せてくれたが、ケチな同盟常備陸軍とは違い金払いが良かった。

 

今も大尉が色男と商談を取り纏めている。

 

「そこの死体分のシチュー代金を差し引いて、今回の買取金額は150万ディナールだな」

 

「その値段で構わんよ」

 

「毎度どうも、連中の死体を運ぶ車は?」

 

「いつも通りバンを1台用意している。盗難車扱いのモノだ」

 

「ありがとう大尉さん。それじゃ、現金を持って来させる」

 

大尉と色男は握手を交わし、色男の部下がクロスカントリー車に向かった。

 

商談成立、万々歳だ。

 

直ぐに部下に「死体袋に詰めてバンに載せろ」と指示を出し、一連の流れを監視する。

 

部下も分かりきったモンで、手慣れた様子でバンに載せていく。

 

数分後には綺麗サッパリと死体は無くなり、大尉の手元にはギッシリとディナール札が入ったボストンバックがあった。

 

「アスタ ラ ビスタ、大尉」

 

「アスタ ラ ビスタ、色男」

 

そうして色男とその部下はクロスカントリー車とバンに乗って帰っていた。

 

恐らくトラックに乗せられた哀れな農民共を見に行ったんだろう。

 

仕事熱心な男だ。

 

まあいいさ。

 

その仕事熱心な男のお陰で俺の財布は暖かくなるんだ。

 

全くカルテルと地下経済に万歳だ!

 

さあ、後は基地まで帰って日報や報告書を纏めたら休暇だ。

 

少し街で遊んだあとに、妻と子供に会いに行こう。

 

妻にもう少しで自分たちの農園を買える代金が貯まると伝え、子供には玩具でも買って帰ろう。

 

 

ゲリラ掃討作戦より2日後

 

 

南方軍司令部 軍司令官室

 

司令官室にある応接用のテーブルとソファに男が2人いた。

 

1人は既にソファに深く座っており、もう1人は反対側のソファの側で直立不動の姿勢で立っていた。

 

「師団長かけたまえ」

 

「はっ」

 

俺―エラルド・ジャンドメニコ・コッチャ陸軍中将 南方軍司令官―の前に立っていたシーロ・ウレタ・サレス陸軍少将がソファに座る。

 

彼は行動革命協会の党員として軍内で有名な男だ。

もちろん軍内ではガチガチの左派として通っている。

 

毬栗頭にギョロ目、分厚い唇。

 

見事な醜男。

 

出自は苦労人の一言。

 

貧困地帯の農村から志願した一兵卒が将官にまで成り上がった話は軍でもちょとした噂になっていた。

 

「最近はどうかね?君の担当管区では異常はないかね?」

 

「はい、特に異常はありません」

 

「そうか、そりゃ良かった。今年は選挙の年だ、毎度の事ながら大荒れするからな」

 

「はい、その点は部下達にも言い聞かせております」

 

「そうか、そうか。気配りが出来るベテランがいると私の仕事も楽になる」

 

「職務を果たしているだけです、閣下」

 

苦労人故にこういう会談の場では口数少なく、自己主張もあまり無い。

 

下手なやっかみや足上げ取りを避けるための彼の処世術だ。

 

「さて最近、軍司令部直轄の長距離偵察隊が面白い物を見つけてな」

 

そう言って胸ポケットから小型の電子記録媒体を取り出しテーブルの上におく。

 

「……これは?」

 

「反政府ゲリラの拠点で見つかった物だ、中身は奴原の資金の流れだ」

 

「資金の流れですか……」

 

「ああ、ゲリラが麻薬や身代金で稼いだ金の流れと洗浄のやり方のデータが入っていた。まあゲリラ全体で見ればごく一部のデータだろうがな」

 

「長偵(長距離偵察隊)はいい仕事をしましたね」

 

「ああ全くいい仕事をしてくれたよ」

 

私はそのまま一息入れて、サレス少将に問いかける。

 

「少将、今日キミが呼ばれた理由は分かるかな?」

 

「はい、いいえ閣下、皆目見当がつきません」

 

「君は役者だな、少将」

 

「閣下、仰っしゃられる意味が?」

 

「796.2に200、795.10に700。少将なら分かると思うが?」

 

「はい、いいえ。閣下分かりません」

 

素知らぬ顔で白を切るサレス少将を眺めるのも楽しいが、如何せんこの醜男をどうにかしないと、俺の立場が危うくなる。

 

テーブルに置かれた葉巻入れから一本葉巻を取り出し、先をフラットカットし口に咥える。

 

火を付けず葉巻をしゃぶりながら、考えを巡らす。

 

選挙。

 

我が麗しきの祖国にとって派手な抗争の合図に過ぎないものが、今年はある。

 

選挙。

 

他の構成邦は知らんが選挙妨害なんざ当たり前。

 

支持者の拉致、候補者殺害なんて選挙の嗜みみたいなもんだ。

 

選挙。

 

その選挙がいま俺を脅かそうとしている。

 

今までなら選挙期間中は中央で楽してたのに、前の糞みたいな選挙で左派連合のFLUF※2が勝ってから、俺みたいなコミッションべったりの奴は軒並み左遷か、第36軍団送りだ※3。

 

クソったれ。

 

それに今年の選挙は大荒れ決定だ。

 

FLUF内の多数政党FTP※4が所属議員の汚職問題で党内大分裂状態、その結果でWPの分党騒ぎ※5。

お家騒ぎに嫌気を指したARFA※6はFTPと距離を置き始めた。

FCP※7は結局のところ他惑星にいる共産党指導部の指示が無ければ立ち行かない案山子でしかない。

 

そんな所に政権奪還を掲げてるFLRP※8が(もちろん、その後ろにいるコミッションがだが)、仇敵が勝手に墓穴を掘ったのを幸いと『ありとあらゆる選挙活動』を行っている。

 

その『ありとあらゆる選挙活動』が俺の手にまで伸びてきた。

 

コミッション曰く、行動革命協会のケツを蹴り上げるネタを取ってこい、と。

 

だから俺は長偵所属の士官をたかがゲリラ討伐部隊に配属させ、ネタを取ってこさせたのだ。

 

そして出てきたネタが、この醜男がFARAの反政府ゲリラから金を受け取ったというネタ。

 

あとは、この醜男が受け取った後の金を何処の誰に流したか。その流れを調べ上げるだけだ。

 

何せ、この醜男へ流れた額は数ヶ月だけでも数億ディナール以上だ。

 

その金を独り占めするとは考えにくい。

 

何割かは懐に収めただろうが、残った分はARFA絡みで使っただろう。

 

何せ自分の担任区のARFAやFARAの行動に便宜を図っていた噂が有るぐらいだ。

 

恐らくそれはクソみたいな事実だろうが。

 

そんな奴がFARAから流れた金を独り占めする訳がない。

 

きっと何処かしらの洗濯機を通して洗浄し、ARFAやFARAがおっ広げに使えるクリーンな金に変える手伝いでもしたのだろう。

 

それの流れが分かればコミッションは大喜びだ。

 

あとは適当にコミッションの息のかかった検察に告発させれば、怒り狂ったFARAが勝手にテロを起こすだろう。

 

そうなればFLUF内の最大政党FTP支持層がARFAに反発する。

 

元々FARAを使ったARFAの武力闘争路線をFTP支持者(多くは都市労働者や知識人)は嫌っており、FLUFの名で連合を組む際にも最後まで揉めに揉めた。

 

信じられるか?FARAの阿呆共は親分のARFAが連立を組もうと考えてたFTP相手にテロを仕掛けようとしたんだぞ?

 

最後はARFAが折れ、政権与党に参加してる間はFARAの武力闘争路線を中止すると確約した。

 

ついでにFARAの統制が取れない一部の阿呆共を星クズにして。

 

粛清までして統制を取り戻したはずのFARAが武力闘争を再開したら、それこそ連立与党の結束は月の彼方まで吹っ飛ぶだろう。

 

そんな状況になればFLRPの、コミッションの望みに合致する。

 

だからこそ、この醜男から金の流れを聞き出さなければならない。

 

「率直に言おう。このデータにはっきりと貴官の名前があった。れっきとした犯罪行為だ」

 

目の前の醜男は黙りを決め込んでいる。

 

ちょっとした脅しは効かないわけだ。

 

なるほど、なるほど。

 

「貴官が黙りを決め込むなら別の人に話を聞かなければならんのだが、宜しいか?」

 

「……別の人とは?」

 

「貴官の細君に。参考程度の話を聞く事なら法的にも可能なはずだ」

 

「……マフィアの三下糞野郎が」

 

「階級に対する敬意がないなサレス陸軍少将?」

 

「糞に敬意を払う態度は持ち合わせてない」

 

「そうか、まあいい。いいか、話を聞けクソ少将」

 

「貴様が俺をどう呼ぼうが知らん。貴様が取れる選択肢は2つだ。1つは隣の秘書官室に待機している憲兵に逮捕され刑務所送りになるか、2つは貴様が手を貸している洗浄ルートを話して免責を受けるか、どっちかだ」

 

話を聞いた醜男は両腕を組み、唸り声を上げ、こちらを睨めつけている。

 

その視線を受けながら、咥えている葉巻に火を点ける。

 

ふん、悩んでも無駄だろうに。

 

どうせ取れる選択肢は1つだけだ。

 

時間をかけて悩んでも、時間の無駄だろうに。

 

まぁいいさ。

 

俺は葉巻を燻らせながら待つだけだ。

 

十数分かの時間が過ぎたとき、不意に目の前の醜男が口を開いた。

 

「証人保護プログラムだ、家族全員分の新しい戸籍を用意してくれるなら話そう」

 

「良いだろう!」

 

その返事をすると、直ぐに立ち上がり自分の執務用デスクに向かい、引出しから1枚の紙を取り出し、醜男の目の前に紙を置く。

 

「宣誓書だ、それにサインをしろ。それで貴様は晴れて免責だ。プログラムの申請は後から司法省の役人が来るからそちらでしろ」

 

一瞬躊躇いを見せたが醜男は、応接用テーブルにあるペンを取ると、宣誓書にサインをした。

 

サインを確認した俺は執務用デスクの電話を取り、隣の秘書官室にいる憲兵を呼び出した。

 

「犯罪者から客人に変更だ、丁寧に別室で持て成せ。それと基地で待機してる司法省の役人を呼び出せ」

 

受話器から憲兵の了解した声を聞くやいなや、憲兵の一団が入室し、サレス陸軍少将を別室に移動させる。

 

サレス陸軍少将が部屋を出る際に一瞬だけ此方を睨めつけたが、そのまま憲兵に促され退室していった。

 

 

首都フィウメ・ドーロ

 

国民共和国軍統合参謀本部−通称 キャッスル−

 

「もしもし?」

 

「統合参謀本部副議長閣下、南方軍司令官のコッチャ陸軍中将です」

 

「ああ、コッチャ司令官。何か用かな?」

 

「はい閣下。例の案件は終わりました。コチラに寝返り情報を提供しております」

 

「そうか、分かった。あとは司法省の管轄だ、君は手を引くと良いだろう」

 

「はっ、了解致しました閣下」

 

「それでは、コッチャ司令官」

 

「はい、閣下」

 

受話器を置くとクリメント・イーゴレヴィチ・フタノフ宇宙軍大将 統合参謀本部副議長は外出の準備を始める。

 

祖国を動かす権力者たちに報告する為に。




FARA※1:Firezard Action Revolutionary Army(ファイアザード行動革命軍)の略。議会政党、ファイアザード行動革命協会(Asociación Revolucionaria Firezard Action)の非公式組織。


FLUF※2:Firezard Leftist United Front(ファイアザード左派自由統一戦線)の略。


第36軍団送りだ※3:ファイアザード陸軍所属の第36軍団。
表向きは普通の歩兵軍団であるが内実は同盟軍の懲罰部隊である。同盟軍刑務所の囚人、戦地における軍法違反者、従軍恩赦を受けた重刑事犯等からなる。
指揮官はオスヴァルト・パウル・ディルレヴァンガー陸軍大将。


FTP※4Firezard Travailleur Party(ファイアザード・トラヴァイユール党)の略。


WPの分党騒ぎ※5:794年に起きたトラヴァイユール党の下院議員による汚職と性的スキャンダルの発覚を受けて795年に、トラヴァイユール党の腐敗に対して一部の議員が離党、労働者党を結党した騒ぎ。WPはWorkers Party(労働者党)の略。


ARFA※6:Asociación Revolucionaria Firezard Action(ファイアザード行動革命協会)の略。


※7:Firezard Communist Party(ファイアザード共産党)の略。


FLRP※8:Firezard Liberal Revolutionary Party(ファイアザード自由革命党)の略。


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宇宙歴796年 12月 メリークリスマス!

ほら、クリスマスだから心暖かい小話でも。


ドアをノックする。

 

少ししてから扉が開き家の主が出てきた。

 

「どうした?何かあったか?」

 

私は出てきた家の主に微笑みながら言ってやった。

 

「メリークリスマス」

 

そして私は腰だめに持っていたアサルトライフルをフルオートで撃ち放った。

 

家の主の身体に無数の穴が空き、そして貫通した弾丸が玄関を飛び回った。

 

アサルトライフルから弾切れの音がする。

 

私は弾が切れた箱型弾倉を外し、マガジンベストに吊るしてあった箱型弾倉をアサルトライフルに装填する。

 

玄関に倒れ込んだ家の主の身体にトドメの一連射を叩き込んだ後、マガジンベストに吊るしていた軍用無線を取り出す。

 

「終わりました」

 

「良くやった。そのまま奴の金庫を持ちだせ」

 

「分かりました」

 

無線を切りマガジンベストに戻すと穴だらけになった家の主を跨ぎ、家に入る。

 

さてはて金庫はどこだろうか?

 

 

同時刻 コミッション ハイテーブルの会合

 

「連絡が合った。裏切り者は死んだ。他の裏切り者も直ぐに後を追うだろう」

 

「フン、ようやくか。馬鹿な連中だ、儂らを同盟当局に売ろうなどと」

 

「5月にイゼルローン要塞が落ちたからだろう。国境が安定化し同盟が内政に目を向けると読んだのだろう」

 

 

「しかし同盟軍部があの体たらくだ、焦った挙句に俺らに尻尾を出した」

 

「愚かな事だ。儂らを、ファイアザードを裏切るなど。この1世紀この様な莫迦で無様な事が一度も無かったと思っていたのだろうか?」

 

「自分だけは特別だと思っていたのだろう。昔の愚か者とは違うと、それこそ愚かな事だ」

 

「なに、それも終わった事だ。暫くはこの様な事は起きんだろう」

 

「然り」

 

「しかし、俺らも身の振り方を考えた方が良いかもな?」

 

「帝国当局との繋がりか?」

 

「そうだ。首席弁務官のエルンストだけでは繋がりが弱すぎる。別のルートが必要だ」

 

「あの年老いた皇帝の娼婦になった女の弟?」

 

「そうだ」

 

「難しいかもな。どうも潔癖症らしい」

 

「それは年若いせいだろう。どうせこれから宮廷政治に関わってくる。潔癖症では無理だろ」

 

「そうだな、金や女に靡かない権力者はいない」

 

「まあ、賄賂攻勢や援助は追々でいいだろう。今は顔を繋ぐ程度でいい」

 

「そうだな。軍にしか基盤が無いのだ、将来的に儂らの援助で宮廷に勢力を持たせれば良い。帝国軍の枢要に協力者が要れば商いもしやすい」

 

「いい案だ、すぐに取り掛かろう」

 

「そうだな、今年はここ半世紀でも無かったような目まぐるしさだ。ここで遅れを取るとマズイ、積極的に動こう」

 

「さて、話が一段落したところで。これからのファイアザードと我らコミッションの繁栄を願うではないか」

 

「そうだな」

 

「乾杯でもしようか」

 

「いいな」

 

「では、ファイアザードと、コミッションに繁栄を!!」

 

「「繁栄を!」」




まあイフ話になるかもしれない小話


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