IF:廃人がウマ娘に興味を持ったら…… (鮭ハラス)
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第0話:異世界からやってきた廃人

日本ウマ娘トレーニングセンター学園

 

トゥインクル・シリーズへのデビューを目指して、毎年全国からウマ娘が集まるこの学園に、とある噂が流れ込んできていた。

 

新しく、小学生のような見た目のトレーナーが雇われたらしい。

何でも、そのトレーナーは理事長の関係者であり、

()()に見初められたウマ娘は、

()()へと至ることができるのだとか。

 

根も葉もない噂ゆえ、あまり信じられていないが、

 

火のないところに煙は立たない、

 

という言葉があるように、

何の根拠もなしに、そのような噂は流れないものだ。

 

○○○○○

 

最高速度数値5桁

とある世界に、素の速度が4桁を記録する程までに、自身を鍛え続けた少女が居た。

 

一般人が全力で走っても、1桁程度の速度しか出すことができず、

ウマ娘が全力で走って、精々2桁。

世界レコードを何度も書き換えた伝説のウマ娘、

あのセクレタリアトですら、速度数値3桁に到達できたものの、4桁には届かずにいた……。

 

○○○○○

 

「……ウマ娘かぁ。私の世界にはない種族だけに、興味が惹かれるねぇ。

それで? 私がその、えっと、トレーナーだっけ? になる代わりに、この世界での私の身分を保証してくれる……、だったかな?」

 

「その通りッ! 本来であれば、トレーナーになるには特別な試験や資格が必要になるが、

そこは私に任せておいて欲しい! ……まぁ、正直言うと、君が私の目の届かないところにいるのが怖い……、だけなのだが」

 

「あー、まぁ、そうだよね。私だって、自分より強くていつでも私のこと殺せそうな人が、自分の目の届かないところにいたら怖いからねぇ。……メシェーラ菌が無く、エーテルの香りすらしない、こんな平和な世界があるとは思わなかったけど」

 

「疑問ッ! 君のいた世界は、そんなに過酷だったのか?」

 

「そうだねぇ。弱い者は道を歩くだけで殺され、強い者は周りから恐れられ、敬遠される。

そんな残酷で、強くなる以外に生き残る方法がない世界かな。

……ムーンゲートもあるし、よかったら遊びに行ってみる?」

 

「え、遠慮するッ! 

……そういえば、君に言われて用意した名簿だが、気になる子は居ただろうか?」

 

「まぁ、何人かは居たかな。色々この世界のことやウマ娘について教えてもらったけど、本当に私が面倒を見ていいの? 今ならまだ撤回できるけど?」

 

「無論ッ! さっきはああ言ったが、ウマ娘よりも速く走れる君に興味があるのも事実! 

その速さを、彼女たちにも伝授してもらいたい。……ただし、彼女たちを壊してしまうような、そんな危険なことだけはやめて欲しい」

 

「わかってるって。私だって、無闇矢鱈に誰かを傷つけるようなことはしたくないからね。

……それじゃあ、改めて。これからよろしくね? お母さん」

 

「こちらこそだッ! ……別に、二人っきりの時は無理に親子の関係に見せなくても構わないのだぞ?」

 

「まぁ、誰が聞いてるかわからないしね。それじゃあ、私は一旦向こうの世界に帰るね。

明日までに少し、用意しておきたいものとかもあるから。じゃあ、またね。……【帰還】」

 

 ○○○○○

 

「行ったか……」

 

魔法、だったか? 本当に彼女はこの世界の人間ではないのだな。

あの日、私の目の前に突然現れた時は驚いたものだが、

彼女が大人しい性格で良かった。

 

イルヴァと呼ばれる世界のことや、その世界で暮らす様々な種族、

ネフィアと呼ばれる文明遺跡のことや、多種多様なモンスターのことなど、

 

御伽噺のような世界のことを聞いた私は、

彼女に興味が湧くと同時に、……恐怖してしまった。

 

もしも、彼女がこの世界で暴れようものなら……。

もしも、彼女の世界のモンスターがこの世界で暴れようものなら……。

 

 

もしも、彼女に嫌われようものなら……。

 

 

もしかしたら私は、とても危険な取引をしているのかもしれない。

 

だが、彼女の実力が本物なら、

 

神様よりも速く走れるという彼女の話が本当なら! 

 

 

 

間違いなく、トレセン学園に新しい息吹をもたらしてくれるだろう! 

 

 

 



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第1話:廃人を紹介してみたところ……

翌日、トレセン学園に所属するウマ娘たちは全員、

体育館へと集められていた。

 

新しいトレーナーが急遽、今日からトレセン学園で働くことになる……、とは聞いていたが、まさか体育館へ集められるとは思っていなかったのか、彼女たちは困惑していた。

 

「ねぇ、マックイーン。ボクたち何で体育館に集められたんだっけ?」

 

「聞いていませんでしたの? 今日から新しいトレーナーが来るらしいですわよ」

 

「そうだっけ? ていうか、そんな事の為だけにボクたち集められたの?」

 

「そんな事って、テイオーあなたねぇ……。まぁ、理事長直々の紹介らしいですから、他のトレーナーよりも優秀だとは思いますが」

 

「ふーん、優秀ねぇ……。そうだといいけど」

 

何も聞かされていない生徒が殆どらしく、ざわつきはしばらく収まりそうになかった。

 

「……ねぇ、ルドルフ。あなた何か聞いてる?」

 

「……いや、私も今日突然理事長から伝えられてな。

そういうマルゼンスキーこそ、何か耳にしていないか?」

 

「私も初耳よ」

 

「そうか……」

 

しばらくざわつきが収まらない体育館だったが、理事長が登壇してからは、さっきまでのざわつきが嘘だったかのように、静まり返っていた。

 

「静粛ッ! みんなには朝から集まってもらって申し訳ない! 本日、新しいトレーナーが就任するから君たちに紹介したいと思う! それじゃあ、入ってくれ!」

 

理事長の言葉を合図に、一人の()()が舞台上へと上がってくる。本来であれば大事な式であるため、理事長の言う通り静粛にしなくてはならないのだが、入ってきたトレーナーの姿を見て、彼女たちは戸惑いを隠せなかった。

 

「どうもー。今日からここで働くことになった、ユキです。みんな、これからよろしくね」

 

推定身長、140cm

明らかに子供にしか見えない体躯に、まるで物語の魔法使いのような法衣。

 

そんなおかしな姿をしたトレーナーを前にすれば、驚くのも無理はないが……。

 

「……ねぇ、マックイーン。い、今の見えた?」

 

「いえ、私にも何がなんだか……」

 

彼女たちが驚いた本当の理由は、ユキが入ってくる瞬間を見ることができなかったからだ。

 

いや、正確に言うのであれば、ユキの速度が速すぎて、視界に収めることができなかったのだ。

 

どこかに隠れていたのかとも思ったが、隠れる場所などどこにもなく、理事長が扉の方を見ていたことから、そこから入ってきたのは明確だった。

 

「説明ッ! みんな疑問に思っていることだろう。彼女はこの度、私が直々にスカウトしたトレーナーだ! 人間でありながら、ウマ娘よりも速く走ることができ、まだ幼いながらも、トレーナーとしての実力も他のトレーナーと遜色ないほどである!

故にッ! 私が直々にスカウトしたのだ!」

 

「そうですねー。私はトレーナーとして、この理事長にスカウトされましたが、

他にも困ったことがあったら手伝ってあげますので、遠慮しないでくださいね。

 

あー、あと、この格好については気にしないでね。

この服は別に私の趣味とかじゃなくて、速度が上がるから着てるだけなので」

 

今、このトレーナーはなんと言った?

 

着ているだけで速度が上がる服?

 

というか、ウマ娘よりも速く走れる人間だって……?

 

こんな幼いのにトレーナとしても優秀?

 

などなど、驚きと戸惑いは伝染していき、再び体育館はざわつきに支配された。

 

「えっ、その服着てると速度が上がるのか?

……あっ、ごほん!

というわけで! 彼女は今日からここで働くことになった! ということを、みんなにも把握しておいてもらいたい!

 

それじゃあ、みんな。朝から集まってもらって悪かった! 以上で、解散ッ! とする。各自教室に戻るように!」

 

 

○○○○○

 

 

その日、私は驚きを隠せなかった。そもそも、新しいトレーナーが就任するからといって、わざわざ私達を集める意味がわかりませんわ。

 

「ねぇ、マックイーン。ボクたち何で体育館に集められたんだっけ?」

 

隣りに座っているテイオーに、そう言われましたが、そんなの、私のほうが聞きたいですわ!

 

「聞いていませんでしたの? 今日から新しいトレーナーが来るらしいですわよ」

 

「そうだっけ? ていうか、そんな事の為だけにボクたち集められたの?」

 

「そんな事って、テイオーあなたねぇ……。まぁ、理事長直々の紹介らしいですから、他のトレーナーよりも優秀だとは思いますが」

 

「ふーん、優秀ねぇ……。そうだといいけど」

 

まぁ、理事長が直々に紹介するということは、それに値するだけの実力を持ったトレーナーなのでしょう。

 

にしても、そんな優秀なトレーナーがいらっしゃるのであれば、おばあ様の方から、何か情報があると思ってましたが……。

 

「静粛ッ! みんなには朝から集まってもらって申し訳ない! 本日、新しいトレーナーが就任するから君たちに紹介したいと思う! それじゃあ、入ってくれ!」

 

さて、どのような方なのでしょうか。

 

「どうもー。今日からここで働くことになった、ユキです。

みんな、これからよろしくね」

 

……私はあの瞬間の出来事を、忘れることはないと思いますわ。

どのような見た目のトレーナーなのかと、扉に注意を向けていたというのに、まさか、壇上から声が聞こえてくるとは思ってませんでしたから……。

 

「……ねぇ、マックイーン。い、今の見えた?」

 

……やはり、見えていなかったのは、私だけではなかったようですね。

一瞬、私が見落としたのかと思ってましたが、隣りにいるテイオーにも見えていなかったようですね。

 

「いえ、私にも何がなんだか……」

 

それにしても、10歳……、

いえ、12歳ぐらいでしょうか?

 

あ、明らかに幼い子供のようにしか見えないこの子が、トレーナーですって……?

 

「説明ッ! みんな疑問に思っていることだろう。彼女はこの度、私が直々にスカウトしたトレーナーだ! 人間でありながら、ウマ娘よりも速く走ることができ、まだ幼いながらも、トレーナーとしての実力も他のトレーナーと遜色ないほどである!

故にッ! 私が直々にスカウトしたのだ!」

 

ちょ、ちょっと待ってくださいまし!?

 

ウマ娘よりも速く走れる人間?

 

子供でありながら、他のトレーナーと遜色ないほどの指導力?

 

き、聞き間違いでしょうか?

 

「そうですねー。私はトレーナーとして、この理事長にスカウトされましたが、

他にも困ったことがあったら手伝ってあげますので、遠慮しないでくださいね。

 

あー、あと、この格好については気にしないでね。

この服は別に私の趣味とかじゃなくて、速度が上がるから着てるだけなので」

 

わ、私、疲れているのでしょうか。

今、ありえない言葉が聞こえたような……。

 

着ているだけで足が速くなる服?

 

そ、そんな服があるわけありませんわ!

 

「えっ、その服着てると速度が上がるのか?

……あっ、ごほん!

というわけで! 彼女は今日からここで働くことになった!

ということを、みんなにも把握しておいてもらいたい!

 

それじゃあ、みんな。朝から集まってもらって悪かった!

以上で、解散ッ! とする。各自教室に戻るように!」

 

 

 

……とりあえず、教室に戻ることにしましょうか。

 



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第2話:メジロマックイーンの選択

廃人流育成術 ★×???(365日) 廃人のユキ

ちょっとした暇つぶしに、私の元についてくれるウマ娘が必要になったの!
期限内に納入してくれれば、★専属トレーナーの権利書とヘルメスの血を払うよー!


トレーナー室

 

トレセン学園に所属するトレーナーには、それぞれ部室と部屋が与えられることになっている。

それはユキも例外ではなく、トレーナーとして扱われる以上、専用の部室と部屋が理事長から与えられていた。

 

「さて、と。ハウスボードはここにおいて、遺伝子複合機とトレーニングマシン……、あれ、バーベキューセットはどこにおいてたっけなぁ」

 

彼女はどこから取り出したのか、誰が見ても()()()()()ベッドや冷蔵庫、ソファーやテーブルなどを設置していた。他にもカジノテーブルやぬいぐるみ、鏡台など明らかにトレーナ室に必要ないだろうものまでも取り出しており、

 

そんな様子をどこから迷い込んだのか、一匹の()()がジト目で見つめていた。

 

「……なぁ、ご主人」

 

「えーっと、ストラディバリウスとグランドピアノ……、あっ! エヘちゃん用に祭壇も用意しておかないと」

 

「なぁ、ご主人ってば!」

 

「んぁ? あー、クロ。どうしたの?」

 

「どうした? じゃなくてだな……。本当にトレーナーとかいうモノになるのか?」

 

「あれ? クロ、私がトレーナーになること知ってたの?」

 

「……まぁ、見覚えのない本を持ち込んでいたからな。赤い本でもないし、少し読ませてもらったよ」

 

()()はそう言うと、尻尾を伸ばして数冊の本をユキへと差し出した。

 

「本? あー、パンフレットと名簿かぁ。……そうだね、いい暇つぶしになりそうだし、トレーナーになってみるつもりだよ?」

 

「……ペットにでもするつもりか?」

 

「いや? そんなつもりはないけど……。なに、嫉妬したの?」

 

「違うわ! ご主人に絡まれる……、あー、ウマ娘だったか? が、可哀想なだけだよ」

 

「んまぁ、失礼な! 私に面倒見てもらえるなんて、滅多に無いことだと思うけど?」

 

荷物を整理しながら、ユキは黒猫の言葉に頬を膨らませながら返答するが……、

そんな様子など露知らず、黒猫はユキに少しの間一緒に居た、()()()()()()()()の行方を尋ねてみた。

 

「……かなり前に、ご主人が気まぐれで結婚した、あのエレアは?」

 

「奴隷商人に売ったよ? 弱くて邪魔だったし、御祝儀が欲しかっただけだから」

 

「……そういうとこだぞ、ご主人。普通の奴は結婚相手を売ったりしないからな」

 

「そう? 私の友人も、港街の女たらしにお嫁さん引き渡してたよ?」

 

「……マジかよ」

 

()()は前脚で頭を抱えたま、有り得ない物を見る目でユキを見つめていた。

 

 

それからというもの、イルヴァから様々なものを持ち込んだり、理事長と今後の予定を話したり、ノイエルを核爆弾で吹き飛ばしたりしているうちに、体育館での挨拶から1週間が経過しようとしていた。

 

 

○○○○○

 

 

「ここ……、ですわよね?」

 

一週間後、メジロマックイーンはトレーナー室を訪れていた。

先週の体育館でのトレーナー紹介を見て、沢山のウマ娘が彼女のトレーナー室を訪れたものの、

……何故か入部希望者は誰一人としていなかった。

 

それどころか、この一週間彼女のトレーナー室を訪れた者は、決まって保健室を利用していた。

 

「あら? これは、看板でしょうか? ……なんですの? この内容」 

 

ユキのトレーナー室の前には、明らかに手作りであろう看板のような物が立て掛けられていた。

 

 

【黒猫からの警告文】

 

①命の保証はできません

②どのような状態に陥っても、一切の責任を負いません

③ウマ娘という種族をやめる可能性があります

④正気を失う可能性があります

⑤飽きたら捨てられる可能性があります

 

ご主人による被害者数:29名

 

 

 

「……そういえば、ここに入部しようとした方々全員が、保健室を利用しているという噂を聞きましたが、……あ、あながち間違いではなさそうですわね」

 

今現在も保健室のベッドは、ユキのトレーナー室を訪れたウマ娘たちで占領されている。

 

なぜか餓死しかけている子や、野菜や()()()を食べようとするだけで気が狂う子、疲労がたまりすぎて筋肉痛になり続けている子などなど、全員回復に向かってはいるが、全員が全員、

 

「あの子のトレーニングは死んでも受けたくない!」

 

と口を揃えて言うのだった。

 

 

だが、ユキのトレーナー室を訪れた子は、今までとは比較にならない程、()()が上がっていた。

 

そんな事もあってか、理事長もユキのことを止められず、むしろ1週間程度で劇的に成長させられていることから、ユキのことを高く評価していた。

 

 

 

「あまり乗り気はしませんが、それでも成長できるなら……、天皇賞を制覇できるなら、私は……」

 

悩みに悩んだ結果、メジロマックイーンは躊躇いながらも、トレーナー室の扉を開けるのであった。

 

 

○○○○○

 

 

同日、トレーナ室の中でユキとクロは誰かが来てもいいように、暇つぶしも兼ねて料理をしていた。

 

「ねぇー、ここ数日誰も来ないんだけどー」

 

「……そりゃあ、あんだけのことをしたら誰も来ないだろ」

 

ユキはバーベキューセットで【クジラの刺し身】を作り、クロはフードプロセッサーで【アロエパフェ】を作っていた。

 

「なんでー? ちょっとハーブを食べさせたり、主能力も上げてあげようと()()に拉致してあげただけなのに」

 

「ご主人の周りではそれが普通かもしれないが、こっちの世界では普通じゃないんだろ。……というか、向こうでも別に普通じゃないからな?」

 

「貴重なヘルメスの血とかプレゼントしてあげたのになぁ」

 

「どうせすぐに用意できるだろ?」

 

「まぁ、メダルはいっぱい余ってるし、いつでも交換できるけどさ。ていうか、クロの姿を見て気が狂った子も居たと思うんだけど?」

 

「それは……、まぁ、俺が悪かったよ。まさか、こっちの世界の猫は喋ったり、尻尾を自在に伸ばしたりしないとは思わなかったし……」

 

「あやうくユニコーンの角を使うところだったよ。でも、困ったなぁ。いい暇つぶしだったのに」

 

「これ以上、ご主人の被害者が増えないことを祈るよ。……看板も置いておいたし、大丈夫だと思うが」

 

 

「すみませーん! 入部したいのですがー!」

 

 

「……マジかよ。看板の文字が読めなかったのか?」

 

「看板? って、そんなことより、入部希望!? 入部希望だって! やったよクロ! 新しい子だ! ちょっと迎えに行ってくるから、大人しくしててねー!」

 

「はいはい。……って、この刺し身とパフェどうするんだよ」

 

 

○○○○○

 

 

「……」

 

マックイーンは絶句した。本来、各トレーナに与えられるトレーナー室と部室は、格差が生まれないように、同じサイズの部屋が与えられるのだが……。

 

マックイーンが扉を開けた先に広がっていたのは、明らかに他の部室よりも広く、豪華な家具が並べられた光景であった。理事長がユキにだけ特別広い部屋を与えた……。

 

……などというわけではなく、ユキが勝手にハウスボードで空間を広げ、イルヴァから持ち込んだ家具を並べていたのだ。だが、そんなことを知る由もないマックイーンは、こちらの世界の基準で考えれば、数十万から数百万円規模の家具が溢れるほど並べられているという光景に、絶句したのだ。

 

メジロ家だって名のある貴族の家柄であり、高級な家具なども所持しているが、ここまで贅沢に並べられることはないだろう。

 

……それ以前に、明らかに部屋の広さが外見以上という、現実ではありえない光景に目を奪われていた。

 

「……私、幻覚でも見ているのでしょうか? あ、明らかに部屋の規模……、というか、内装がおかしいのですが」

 

人の姿は見当たらず、室内を見回していたマックイーンだが、部屋の奥から美味しそうな香りが漂って来ることに気がついた。

 

「何やら美味しそうな甘い香りが……。もしかして、お料理でもしていらっしゃるのでしょうか? ……と、とりあえず、声だけ掛けてみましょうか」

 

流石に料理中に声をかけるのは失礼かもしれないと考えたが、どのみちこの場で待っていても埒が明かないからと、マックイーンは思い切って声をかけてみた。

 

「すみませーん! 入部したいのですがー!」

 

 

 

 

この時、声をかけてしまったことを、マックイーンは近い将来、後悔するのであった。

 




第5話までは、1話毎に1000文字単位で増やしていき、それ以降はアンケート結果を目安にした文字数で書いていきますね。



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第3話:食事の時間

メジロマックイーンのファンの皆様


本当に申し訳ない(無能博士


悪気はないのです! これが……、これがelona流の歓迎なのです。

うちは悪くない! 緑髪のエレアが悪いんや!



それはそれとして、Elona Mobileの正式リリースおめでとうございます。
PC版が出たら、私もやります。


「お待たせー。それでそれで? 入部希望だって?」

 

「え、えぇ。入部希望ですけれど……、その前に一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「うん? どうしたの?」

 

「この部屋の家具は一体……。理事長が用意したのでしょうか?」

 

「いや? これ全部、私の私物だよ。……まぁ、殆どが盗品だけど」

 

「そ、そうですか。……うん? 盗品?」

 

「い、いやいや、なんでもないよー。……それよりもさ! 入部希望だって? 君、名前は?」

 

「メジロマックイーンですわ」

 

「め、メジロ、マックイーン? んー、長いからマックちゃんね」

 

「ま、マックちゃん……、ですか」

 

「うん! それじゃあ、入部してくれるにあたって、色々やってもらいたいことがあるんだけど……。

ちょっと待っててね? 今からご飯食べようとしてたから。

……あ、良かったらマックちゃんも一緒に食べる?」

 

「よろしいのですか?」

 

「うん、いいよー! 誰かと一緒にご飯食べるのなんて、数十年ぶりだしね」

 

「それでは、ご馳走になりますわ。 ……って、え? 数十年ぶり?」

 

「それじゃあ、ちょっとここに座って待っててね」

 

「は、はい」

 

 

○○○○○

 

 

ユキさん、だったかしら? 噂に聞くほど危険……、といいますか、無茶なトレーニングをさせる方には見えませんね。

しかし、まさかご相伴にあずかることになるとは……。まぁ、後ほど食堂の方へ伺おうと思っていたところですし、丁度良かったですわ。

 

それにしても……。所々違和感というか、先程の会話内容、どこかおかしかったような……。

 

まぁ、細かいことを気にしていてもしょうがないですわね。

 

「クロー! 料理運んどいてー!」

 

……? 他にも誰か、いらしてるのでしょうか? クロさん、と仰ってましたが、そのようなあだ名の方なんていましたっけ……?

 

「はいはい。……ったく、猫使いの荒いご主人だな」

 

「……? ……!?!?!?」

 

 

あ……、ありのまま、今起こったことを話しますわ……!

私は、ユキさんに言われた通り、ソファーに座っていましたの。

そ、そしたら猫が……。ね、猫が尻尾を2本に分けて、料理を運んでいましたの!

 

な、何を言ってるか、わからないと思いますが、

私にも、目の前で起きていることの意味がわかりませんわ!?

 

 

「……? ……やっべ、やらかした。俺が料理運んだらダメじゃん」

 

「あ、あの……。あなたは……?」

 

「あー、えっとだな……。 ご主人ー! ちょっとご主人ー!」

 

「なにー? 今、()()()()()作ってるんだけどー?」

 

「俺がこの世界の猫じゃないこと、バレちゃったんだけど!」

 

「……あ」

 

「……見られた以上どうしようもないから、この子の気が狂わないうちに説明してくれよ」

 

「う、うん……。えっとね、マックちゃん。実は……」

 

 

○○○○○

 

 

それからというもの、イルヴァという世界からやってきたことや、トレーナになる代わりに身分を保証してもらったことなどを、マックイーンに説明するのであった。

 

「と、とても信じがたいですが、理解はしましたわ……。実際、猫が喋ってますし……」

 

「まぁ、急に異世界だの何だの言われても、信じられないよな」

 

「で、でも他に説明のしようがないし……。それか、マックちゃんも向こうの世界に行ってみる? 帰還の呪文で帰れることもわかったし、いつでも向こうの世界に行けるけど……」

 

「い、いいえ、結構ですわ! ほ、本当に行けるとしても、そんな危険な世界に行きたくありませんわ!」

 

「そりゃぁ、そうだよな。向こうに行ってもすぐ殺されるだろうし……」

 

「ち、ちなみに。今までこちらに来た方にも説明を?」

 

「うん? いや、説明したのはマックちゃんが初めてだよ。

……一応説明しようとはしたけど、それより先に()()へ行ってたり、クロが喋っただけで気が狂っちゃったりして、説明できなかったんだよね」

 

「そうでしたか……」

 

(工場……?) 

 

と、疑問に思ったものの、本能的に嫌な予感を感じ取ってか、あえて聞かなかった事にしたマックイーンであった。

 

「うん。というかむしろ、よく発狂しなかったね、マックちゃん」

 

「いえ、まぁ、取り乱しはしましたが……。

メジロ家のウマ娘たるもの、この程度のことで気が狂うほど、軟な育ち方はしておりませんわ」

 

「おぉー! 立派だねぇ。……っと、ご飯前にごめんね? 先にこれ食べてていいから、もうちょっと待っててね。食べ終わったら、これからどうするか話そうね」

 

「わ、わかりましたわ。 ……あの、ところでこれは一体」

 

「クジラのお刺し身だよー。……あれ、もしかして嫌いだった?」

 

「く、クジラ!? クジラ……、ですか。お刺身になってるのは、初めて見ましたわ……」

 

「こっちの世界じゃ珍しいのかな? 味は保証するから大丈夫だよー! 料理スキルもちゃんと上げてあるからね」

 

「そ、そうですか……」

 

「あ、クロも先に食べてていいよー。あとは私の方で作っちゃうから」

 

「お、それじゃあ先に食べてるわ」

 

 

○○○○○

 

 

「いやー、相変わらず美味いなぁ」

 

「そう……、ですわね。初めて食べましたけど、とても美味しいですわ!」

 

「だろ? ……なぁ、マックイーン、だったか?」

 

「なんですの?」

 

「……ご主人のこと、あんまり悪く思わないでくれよな?」

 

「どういうことですの……?」

 

「いやな、ああ見えてご主人のやつ、結構はしゃいでるのよ。向こうの世界だと、まともに話してくれる奴すら居なかったからさ」

 

「それは……、ええっと、気の許せる方が居ないとか、そういう……」

 

「いや、違くてな。みんなご主人のこと見ると、離れていくんだわ。街を歩けばみんな逃げていき、ガード*1が……。

あー、襲ってくるやつがいる。そんな過酷な状況で何年も生きてきたからさ。ここみたいな平和な世界に来れて嬉しそうなんだわ」

 

「そうでしたの。……確かに驚きはしましたが、話してみて悪い人ではないことは分かりましたし。

……何より、私は入部したくてここに来ましたから。敬遠しようとは思いませんわ」

 

「そっか。それなら、良かったよ」

 

(いやまぁ、普通のやつからしたら間違いなく悪い奴だとは思うけどな? ご主人と中のいい奴は、ほとんどが盗賊ギルドの奴だし……、街の奴らが逃げてくのは、ご主人が気分で花火(メテオ)を落としたりするからだし……、ガードが襲ってくるのは、ご主人がカルマ-100の犯罪者だからだけど、……別に言わなくてもいいよな!)

 

クロは、基本的にはユキの味方である。

元々は、とある神様の下僕だったが、仕えていた神様からユキの元へと、信仰の褒美として送られて以来、()()()()ユキと共に行動していたのだ。多少なりともユキのために行動したくなるのは、仕方のないことだろう。

 

そんなクロの策略には気づかず、マックイーンは初めて食べるクジラの刺し身の美味しさに、舌鼓を打っていた。

 

 

○○○○○

 

 

クロとマックイーンが食事を進める中、ユキは次々と料理を作っていた。ハーンバーグや野菜の天ぷら、シュークリームやフルーツケーキなど、これでもかと言うほどの料理を作ったユキは、満足そうにクロたちのいるテーブルへと戻ってきた。

 

「お待たせー。いっぱい作ったから、マックちゃんも遠慮せずに食べてね」

 

「あ、ありがとうございます。……! この大葉焼き、とても美味しいですわね!」

 

「……本当に食べちゃったの?」

 

「……え!? た、食べてはいけませんでしたの……?」

 

「いやぁ? そんなことはないけど」

 

「おい、ご主人。……()()大葉焼きなんだ?」

 

「グウェン*2ちゃん」

 

「……マックイーン。その大葉焼き、美味しいか?」

 

「え、えぇ……。とても美味しいですけれど……」

 

「そっか。それならいいんだ。遠慮せずに食べてくれよな!」

 

「……? い、いただきますわ」

 

 

Curiosity killed the cat

 

好奇心は猫を殺す、とはよく言ったものだ。知ろうとするから危険な目に合うし、知ろうとするから気が狂う。つまりそれは、知りさえしなければ危ない目に合うことも、気が狂うこともないのだ。……たとえ、自分が食べている肉が人肉だったとしても。

 

 

「まだまだいっぱいあるから、どんどん食べてね! 他にも何か食べたいものがあれば作ってあげるからね」

 

「そ、そんなに食べられませんわ。というか、驚くほどの料理の腕ですわね。メジロ家のシェフにも劣らない……、いえ、むしろそれ以上に美味しいのですが」

 

「まぁ、仮にも数百年間料理してるからねぇ」

 

ユキの言葉に驚いてか、マックイーンは食べる手を止めてしまった。

 

「……はい? き、聞き間違いでしょうか? い、今なんとおっしゃいましたか?」

 

「他にも何か食べたいものがあれば作ってあげるよ?」

 

「その後ですわ!」

 

「仮にも数百年間料理してるから?」

 

「それですわ! 数百年って……、さ、流石に冗談ですわよね?」

 

「あれ? クロ、私が料理始めてから100年経ってないっけ?」

 

「いや、経ってると思うぞ。俺と出会って少ししてから、料理をしだしたしな。……じゃなくてだな、ご主人」

 

「うん?」

 

「マックイーンが疑問に思ったのは、多分そこじゃないぞ。数百年以上生きてるってことに疑問を感じてるんだと思うぞ」

 

「そうなの? って、そっか。こっちの世界には寿命ってのがあるんだっけ?」

 

「あ、ありますけど。……え? そっちの世界にはないんですの?」

 

「うーん、死んでも這い上がれるからねぇ。自分で埋まった場合は例外だけど、寿命って意味ではないかなぁ」

 

「……これ以上驚くことはないと思っていましたが、この様子だとまだまだありそうですわね……」

 

「まぁ、ご主人が異常だってのもあるからな。ご主人といる限り、驚きは無くならないと思うぞ」

 

「失礼だなぁー。私は普通だってー」

 

「いいか、マックイーン。こういう奴に限って狂ってるのが大体だ。こっちの世界では大丈夫だと思うが、気をつけろよ?」

 

「わ、分かりましたわ」

 

「よし。……そういえば、ご主人」

 

「なに?」

 

「ご主人がハーブ以外の物を食べさせるなんて珍しいな。在庫切れか?」

 

「いや? 畑に行けばすぐ取れるし、いっぱいあるけど?」

 

「じゃあ、なんで普通の料理なんか作ってるんだ?」

 

「あー、それは……。ほら、前に入部したいって来た子いたでしょ?」

 

「居すぎてどの娘かわからんが……、それで?」

 

「いやさ、速くなりたいじゃなくて、強くなりたいって言う子が居たからさ、吐くまでハーブを食べさせてあげたのよね。そしたらここに来なくなっちゃったからさー」

 

「来なくなっちゃったからさー、じゃないわ! んなことしたら、来なくなるのなんて当たり前だわ!」 

 

「……ハーブ、ですか?」

 

「おっ、興味ある? これなんだけど」

 

「これ、ですか? 見たところ、ただの葉っぱのようですが」

 

「それ、食べるだけで筋力が上がるよ」

 

「……はい?」

 

「モージアって名前のハーブなんだけど、食べるだけで筋力が上がるんだよね。結構貴重なんだよー?」

 

「にわかには信じがたいですが……、い、いただきますわ」

 

「あっ、待てマックイーン! そのまま食べたら……」

 

「……ん゛ん゛っ」

 

「美味しくないでしょー? 吐いてもいいよー?」

 

「……」

 

「ま、マックイーン? おい、大丈夫か?」

 

「……た、食べましたわ。なんですの、これ。ありえないほど不味いんですけれど……。苦味とか酸味とかが混ぜ合わされたかのような……」

 

「よう、食べきったな。ほれ、口直しにパフェでも食べな」

 

「い、いただきます」

 

 

 

それ以降も、イルヴァのことを聞いてマックイーンが驚いたり、逆にこの世界のことを聞いてユキが驚いたりと、色々なことがあったが、二人と一匹は美味しく料理を食べ進めるのであった。

 

 

*1
こっちの世界で言うところの警察のようなもの。警備員、警察、衛兵。そんな感じ

*2
無邪気な女の子




本当に食べてしまったのか? (緑髪のエレア)

チュートリアルで人肉を食べさせて、発狂させてくるNPCがいるらしいですよ。


多分、人肉だと気づきさえしなければ、発狂しないと思うんですよね。
それなのに、見ただけで【乞食の死体】だと分かるプレイヤーは……


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