fortissimo~大切な人と日常を護るために~ (Chelia)
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序章

月読島。

 

16年前、都会とは離れたこの小さな島で残酷な儀式は行われた。

 

その名は「魔法戦争」

 

人間という存在を遥かに凌駕した召喚せし者(マホウツカイ)同士で行われた戦争である。

召喚せし者同士の戦いは悠久の幻影(アイ・スペース)という特殊な空間で行われる。

この空間では、召喚せし者以外の全ての生物は存在することができず、また悠久の幻影内で破壊された建造物などは現実世界への影響を受けない。

また、発動条件は召喚せし者の強い戦意や殺意が発生した時に本人達の意志とは無関係に発動し、解除する方法は召喚せし者の消滅(すなわち「死」)のみである。

1時間毎に現実世界への侵食を開始し、13時間経っても決着がつかなかった場合現実世界を喰らいつくしこの島を滅亡させる。

つまり、互いに戦わずに試合(殺し合い)放棄することはできないのである。

召喚せし者が倒れた場合、その倒れた召喚せし者の魔力はそこから最も近くにいる人間に受け継がれる。

通常、召喚せし者一人一人には魔力の総量が決まっており増やすことはできないのだが、この方法でのみ自分の魔力を増加させることができる。

敵を倒せば倒すほど自分が強くなり、やられにくくなる方式。

 

こういった、戦意を増加させるようなルールが存在したことで16年前の魔法戦争は順調に進んでいたのだが、たった一人の災厄の召喚せし者によりその全てが崩壊する。

召喚せし者達はその男を「ローゲの魔法使い」と呼んだ。

ローゲの魔法使いは全てを燃やし尽くすと言われる黒い炎を使い、悠久の幻影と召喚せし者を焼き尽くした。

更に、絶対に現実世界へ干渉できない悠久の幻影のルールすらも焼き尽くし、月読島をも燃やし尽くしたという。

こうして、16年前の魔法戦争は不完全な状態で幕を降ろしたのであった。

 

16年後の今現在、そんな出来事が嘘であるかのようにこの月読島では平和な日々が続いていた。

それもそのはず。一般の人間には戦争が行われていたという知識はあるが、まさかそれが空想上にしかない「魔法」を使った戦争であるなんて誰も思わないであろう。

一般人の間では魔法戦争は十年戦争と呼ばれ、よからぬ歴史として残っているに過ぎない。

 

芳乃零二。

 

この島出身で、しばらくの間都会に出ていた少年の名前である。

この少年が4年ぶりに月読島に帰ってきた所から物語は始まる。

 

………

 

おっと、疑問に持ってる人がいるようだ。

先程の魔法戦争での説明でおかしい点があると…

ローゲの魔法使いは確かに悠久の幻影だけでなく、現実世界の月読島も燃やし尽くした。

だが、たった16年で島を栄えさせることなど本当にできるのだろうか?

察しの良い人はこの矛盾点に気づくだろう。

そう。この物語の主人公は零二だけではない。

この残酷な現実を書き換えるため、とある世界から送られてきた使者がいるのだ。

この人物の力により、月読島の復興が早まり、今ではそんな戦争の跡すら残さない平和な島となっているのだが…その詳細は本編で語るとしよう。

 

 



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帰ってきた月読島

★芳乃零二SIDE★

 

4年ぶりに懐かしき故郷に足を踏み入れる。

都会では絶対に味わうことのできないこの自然。この空気。

やっぱり俺は何よりもこの島が大好きなんだと戻ってきて改めて思い知らされる。

 

「帰ってきたんだな…俺。」

 

カバンを持ち上げ、芳乃零二はそう呟いた。

せっかく戻って来れたしやりたいことはたくさんあるのだが、まずはこれから改めて居候としてお世話になりにいく相楽家に挨拶するのが最優先であろう。

 

家主である相楽苺。

戦争孤児だった「俺達」を引き取り、島にいる間ずっと世話をしてくれていた人だ。

外見も若く見えるし、本人も喜ぶのでおばさんではなくお姉さん的存在として見ることにしている。

 

「俺達」

 

俺の他にももう一人、こうして苺さんにお世話になっていて何より俺の義妹にあたる存在がいる。

 

名前は黒羽紗雪。

 

紗雪とは、都会に行っている間もメールのやり取りをし、今朝も今日この島につくと連絡を入れたところだ。

 

(おかえりなさい… 兄さん…)

 

絵文字のない素っ気ないメールの文章だが、紗雪なりに愛情が篭っている…らしい

 

紗雪にももうすぐつくと連絡を入れた為、できるだけ早く向かいたいのだが…

 

「迷った…」

 

故郷で道に迷ってしまった。

てかなんなんだよこの島に不似合いなでっかいショッピングモールは!

俺がいた頃はこんなのなかったぞ…

見慣れない建物だったのでなんとなく…なんてて入るんじゃなかった。

端から端まで目視で届かないほどでかいこのショッピングモール…まずはこっから出ないとな。

そう思っていた矢先、女の子の声が聞こえた。

 

「あのぉ…」

 

「………ん?」

 

確実に自分の背後から声がかけられているため、反射的に返事をしてしまう。

見ると、制服を着ている黒髪の少女が俺に声をかけていた。

ってことは、少なからず明日からこの島の学校に転入する俺と知り合いになるかも知れない。

結局無視はできそうにないな…

 

「ここ、どの辺りかわかったりします?」

 

「いや、さっぱりわからん… 見た所迷子っぽいが、残念ながら俺も迷子だ。」

 

恥ずかしいのか、歩き疲れているのか顔を赤くして聞いてくる少女に正直に答える。

 

「そうですか… あはは…じゃあ私とおんなじですね… 友達と映画を見に行く予定だったのですが、完全に道に迷ってしまって…」

 

「わわっ!?ごめんなさい!」

 

突然鳴り出すケータイに慌てて出る少女。

 

「もしもし紅葉? え?今どこにいるのって?それが迷っちゃって…って!上映時間始まるから一人で見る!? ひ、ひどいよぉ… さよならって…えっ!?ちょ!」

 

プツ…ツーツーツー…

 

うわ…電話先の子の話一言も聞いてないのになんか会話の内容がすんげえよくわかるんだけど…

ここはちょっとSっ気をこめて

 

「振られたな」

 

「うえーん… 方向音痴には大目に見てくれてもいいのに…」

 

「一体何を大目に見るんだよ… ま、そっちの予定も無くなっちまった見たいだし、のんびり出口探すか?」

 

「そうですね… あ、私は鈴白なぎさっていいます! 貴方は?」

 

「俺は芳乃零二。見たところタメっぽいし、敬語はなしで行こうぜ?俺はそっちの方がやりやすいからな」

 

「じゃあ、芳乃くんって呼ぶね?よろしく!」

 

「おう!」

 

こうして、俺と鈴白のショッピングモール脱出探索が始まったわけだが…

いやぁ宛にならない。鈴白もずっと島で育ってきた島人(しまんちゅ)らしいが、何で現地人なのに道に迷ってんだ?

とまあ、二人で歩きはじめたはいいものの全然出られる様子はない。

しばらく歩いていると、頼りになりそうな人を見つけた。

 

「紗雪!」

 

愛する妹に声をかけてみるも、何だか物凄い怒った顔で睨み返された。

え、俺なんかしたっけ?

 

「………」

 

「お、おい…どうしたよ?」

 

「………!!」

 

睨んでくるだけで何も言ってくれない紗雪に何かしたかと必死に考えを巡らせるが何も出てこない…

そんな時、後ろにいた鈴白が口を開いた。

 

「あ、あれ…? もしかして私のせい?」

 

「兄さんは少し見ない間に随分と女たらしになったんですね…」

 

冷たく言い放たれる4年ぶりに会った妹の第一声。

くそっ、中々ショックだ。

 

「い、いや…これはだな…」

 

「実は私も芳乃くんも、二人して道に迷っちゃって… 一緒に出口探してたんだ。 だから、多分黒羽さんが思ってるのとは違うと思うよ?」

 

ん?黒羽さん?

ってことは二人は知り合いなのか?

まあ、この狭い島に学校は一つしかないし鈴白は制服(紗雪は私服だが)を着ているところを見ると予想できなくもない。

考えを巡らせると紗雪が口を開いた。

 

「隣のクラスの人。殆ど話したことはなかったけど…」

 

「あはは…そうだね そんなことより、芳乃くんと黒羽さんはどんな関係なの?」

 

「ああ、そういえば俺の話してなかったな。俺は元々島人なんだけど、今日4年ぶりに帰ってきたばっかなんだ。んで、見慣れないこの場所に迷っちまったってわけ… 紗雪とは居候させてもらってる家が同じだから義兄妹の関係だな。血はつながってねぇけど…」

 

「ん… でも、兄さんのこと信用してないわけじゃない。今のはちょっと早計だった… ごめんなさい…」

 

「気にすんなよ… それより、俺と鈴白を出口に案内してくれないか?苺さんに挨拶しに行かなきゃならないからな。」

 

「ん… わかった…」

 

「ありがとね、紗雪ちゃん!」

 

「誤解しちゃってごめんなさい… こっちよ…」

 

色々あったけど、とりあえずみんな笑顔になってなにより。

というか、紗雪のやつしばらく見ないうちに綺麗になったな…

最初は怒ってて気づかなかったが、笑っているところを見るとちょっと可愛いと思ってしまった。

って、いかんいかん!俺達は兄妹だぞ…

何考えてんだか…我ながら重度のシスコンだな。

 

「それじゃ、私は家こっちだから 芳乃くん、紗雪ちゃんまたね!」

 

「おう、またな鈴白」

 

「学校で…」

 

鈴白と別れて俺たちもようやく家につく。

苺さんは玄関で出迎えをしてくれていたらしく、外で待っていた。

…が、相変わらず何をしているのかわからない人だ。

黒い帽子に黒いマント。外見がどう見ても魔女なのだ。趣味なのか仕事で使っているのかは俺にはわからないが、とりあえず触れるとやばそうなので直接聞いたことはない。

 

「久しぶりじゃのう零二よ!」

 

「ただいま…であってますかね?苺さん」

 

「それで構わんよ。しかし随分と時間がかかったのう…」

 

「兄さんが難破してたので」

 

紗雪が言いながら軽蔑の目で、苺さんはからかうような目でこちらを見てくる。

 

「ふむふむ…つまり、零二も立派な男になって帰ってきたということじゃの!」

 

「っつ!?///」

 

「してねーよ!苺さんもからかわないでくださいよ…紗雪が赤くなってるじゃないですか… 新しく出来たショッピングモールで、ちょっと道に迷ってしまって…」

 

「確かに、あそこは迷うかもしれんのう… あんな大きい店は島じゃ初めてだしの」

 

「紗雪の機嫌も損ねちゃったし、今晩は俺がご馳走しますよ。買い物しにもう一回でてきます」

 

「久しぶりの零二の食事とは楽しみだのう!これをもってきけ!」

 

…紙?まさか小遣いか!?

 

「地図じゃ」

 

確認する前に言われた。

ですよねぇ…

 

「ど、どうも… それじゃ、行ってきます。」

 

「行ってらっしゃい、兄さん…」

 

笑顔で見送ってくれる紗雪がなんだか眩しかった。

 

そしてショッピングモールに戻ってきた俺。

地図もあるし今度は迷わんぞこの野郎!

ご馳走って言っちまったし、ちゃんと仕込みから入れたいからさっさと帰らないとな…

食材を求めて店を探そうと思った矢先、鈴白とは全然違うタイプの声が、またもや俺に話しかけてきた。

 

「ちょっとそこのかっこいーお兄さん?」

 

今度は困ってなさそうなので気づかないフリをする。

俺の直感が正しければこいつはやっかいタイプだ。

 

「おにーさんってば!!」

 

くそっ、無視は無理か…

 

「お、俺か?」

 

「そーよ!どうみてもそうじゃない! その…当然こんな事を言うのもなんだけど… 私と…デートしてみない?今なら私、すんごいお買い得なんだけど!…どうかな?」

 

…なんじゃそりゃ。

いくら俺でも初対面の奴にデートに誘われたことなんかないぞ?

鈴白や紗雪より小柄な感じで赤髪。外見は中々可愛いんだが…まさかこの年で男釣って遊んでんのか?

 

「どうかな…って言われてもな…そんな難破みたいな事言っちゃダメだぞ?」

 

「だって…今その、逆ナンパってのしてるんだもん!」

 

「ぎ、逆ナンパぁ!!??」

 

「そ、そんな大声ださないでよ!私だって難破なんかしたことないし…その…恥ずかしいんだから…」

 

え…今こいつなんて言った?難破したことない?

念のため金目のものなんか持ってないと予め言っては見るが、そんなつもりで話しかけたんじゃないと逆に怒られた。

 

「ええと、つまりお前は普段はお前は清楚で可愛い女の子だが、つい魔が差して俺に難破してしまったと?」

 

「前半はあってるけど、後半が全然ちっがーう!!」

 

「…じゃあなんなんだよ」

 

「…………れ…………もん///」

 

「ん?なんだって?」

 

「だーかーら!一目惚れだったんだもん!」

 

えっ…?

何だか泣きそうな目でこっちを見ている。

流石に疑い過ぎたか?

仮にこの子の言ってることが全て本当なのだとしたら確かに失礼なのだが、今時こんな事を言って話しかけてくる人なんてそうはいない。

しかも、逆ナンパの理由が一目惚れって…

もう一度相手の目をじっと見てやるが、真剣な眼差しでこちらを見つめ返してくるだけだった。

嘘を付いているようには見えない。

かといって、名前も知らないような相手にいきなりオッケーするほど俺は女たらしでもない。

そもそも、俺は用事があるからデートはしてやれないし、ここははっきり言っておくか…

 

「悪いんだけど、俺はこれから用事があるから一目惚れが本当にせよ嘘にせよ、デートはしてやれないんだ。ごめんな?」

 

「じ、じゃあその用事が終わってからでもいいからお願いっ!」

 

真剣に頼み込んできた。

まあ、普通に金目当てならここで諦めるだろうし、やっぱりマジなのか?

 

「すまん、今日ばっかしは本当に無理なんだ。久しぶりにこの島に戻ってきたばかりで、今日くらいは家族水入らずの時間を取りたいからな」

 

「戻ってきたばっか…?」

 

「ああ、俺は元々島人だが、見ない顔だろ?しばらく都会に出てて今日帰ってきたんだよ」

 

「そっか…」

 

すごい残念そうな顔をされたが嘘はついてない。

申し訳ないが、紗雪や苺さんとの約束があるからな…

 

「じゃ、じゃあ!名前教えて!今度もし会ったらその時は運命ってことで!」

 

「芳乃零二だ…」

 

「私、里村紅葉!じゃあまたね!れーじ!」

 

こうして里村と別れる。

今度もし会ったらとか言っておきながらまたね!って会う気満々じゃねーか…

制服着てたし、もしかしたらって思ったけど年下っぽそうだし変に期待させるよりはいいか…

さて、買い出しに行こう。

 

そしてその夜

 

「やはり零二の飯は上手いのう!」

 

「うん、とってもおいしい…」

 

約束通り俺は二人に夕食を振る舞っていた。

4年間バイトと一人暮らしを続けたお陰で家事は得意だからな。

 

「兄さん、明日から学校に来るの?」

 

「そのつもりだ。とりあえず、手続きとか踏まなきゃ行けないから紗雪と行く時間はズレちまうけどな。」

 

「そう… 後片付けは私がするね?兄さんもゆっくり食べて?」

 

「ああ、サンキューな」

 

先にパクパクと食べ終わると紗雪はキッチンに向かって行った。

 

「…出来た妹じゃの」

 

「はい、俺にはもったいないくらいです。苺さん、またこれから迷惑おかけしますね?」

 

「これこれ、迷惑なんて言って頭を下げるでない。私とて何の考えもなしにお前らを養ったりしないぞ? ちゃんと家事もしてくれるし、なによりお前達二人がこの家を明るくしてくれるから私も毎日頑張れるんじゃ。むしろお礼を言いたいのは私のほうじゃよ… よく帰ってきたな零二。」

 

「苺さん…」

 

「お主も明日は忙しくなるじゃろ?今日はゆっくり休むといい…」

 

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいますよ」

 

夕食を終えると、先に部屋に戻らせてもらった。

本当に懐かしいな…

バイトして、金ためて、ようやくまたみんなで暮らせるんだ。

そう、紗雪と苺さん…二人と暮らすために俺はこの4年間頑張ってきたのだから。

明日からまたこの島で生活できると思うと胸が高なってくる。

こんな幸せな日常なら、いつまででも続いてくれ…

そういう願いを込めて、眠りにつく零二であった。

 

★芳乃零二 SIDE END★

 

 

 

 



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並行世界と未来世界

★天王寺海斗 SIDE★

 

「芳乃零二が島に到着したか…」

 

零二がなぎさや紅葉とショッピングモールで遊んでいるのと同時刻、別の場所で一人の男がボソッと呟いた。

彼こそこの物語の主人公になる人物であり、名前を天王寺海斗(テンノウジカイト)という。

 

「最終戦争(ラグナロク)が始まる… お前との約束を果たさなきゃな… ロキ。」

 

てなわけで、いきなり登場しても仕方がないので、少し俺自身の話をしよう。

世界は一つであって一つではない。

この世界と同時進行で時を進め、また違う結末に辿り着く並行世界や、過去や未来…

あるいは、こことは全く別のファンタジーな世界など無数の世界が存在している。

その数は、神にしかわからないであろう。

 

単刀直入に結論から言えば、俺はこの話の題名の通り未来からやってきた未来人ということになる。

このfortissimoという物語では芳乃零二の活躍により、この島は崩壊せずに済むという未来がある…

だが、そこに至るまでに失うものがあまりに大きすぎた。

零二はロキへと名前を変え、全てをハッピーエンドにするといい未来世界で活動を続けている。

俺はそんなロキの仲間だった。

 

☆未来世界☆

 

「俺を過去に飛ばす…だと?」

 

ほんの数日前、未来世界で俺とロキは会話をしていた。

世界を全て元に戻し、ハッピーエンドを作ると言ったはいいものの様々なものが圧倒的に足りない。

そもそも、この世界のロキは弱すぎた。

 

「ああ、恐らくどんな手を使ってもこれ以上俺もお前も強くはなれないし完全に打つ手なしの状態にある。なら、その過去を変えて俺達自身が強くなり、誰も死なない素敵な日常を過ごせるよう作り直していくしかないじゃないか…」

 

「過去を変えれば、当然今も未来も変わってしまう。今より現状が悪くなってしまう可能性だってあるんだぞ?」

 

「でも…それでもこのままじゃ俺達はおしまいだ。何もできずにこんな何もない世界で暮らすくらいなら、俺は少しでも可能性があるならそれにかける。そのくらい、明日が欲しい…」

 

「明日を手に入れるために過去に飛ぶか… 飛んだ矛盾野郎だなお前は。」

 

「俺達が最終戦争をしている時に、お前は月読島に来れなかった。なら、戦争が始まる前にお前が島にくれば戦いを止められるかもしれないだろ?」

 

「そんな単純なものかね… それに、俺一人に期待されても困る。お前は俺と同じ世界には来れないんだろう?」

 

「ああ… 俺は並行世界へ飛んで紗雪と里村を助けなきゃならない… 悪いけど…」

 

「最も厄介な部分は俺に押し付けるってわけか… まあ、この過去にお前が戻っても意味はないしな」

 

「それだけ期待してんだよ… 決断できなかった残念な俺、零二をよろしく頼むよ。それに、お前ほどの実力があれば期待したくなるもんだろ?「セスタス」。」

 

「わかった。だが、俺は俺のやり方でやらせてもらう。だから、並行世界の紗雪と紅葉は絶対に殺すなよ。じゃなきゃこっちの世界で助けても意味はないからな「ロキ」。」

 

最初で最後の賭けだった。

未来人である俺達が、それぞれの過去に飛び一つ一つ過去を変えていく。

そこに何らかの矛盾が一つでも生じれば、歴史にヒビが現れ、そこから世界の崩壊が始まる。

互いを信用し、かつ完全に互いを考えを把握していなければ、絶対に成功することのない…常人には不可能な芸当だ。

でも…それでも、やらなきゃならない…

平和な日常…「誰もが願いし平和」(フォルテシモ)を求めて。

 

☆未来世界回想 END☆

 

「今日一日しか猶予がないとはな… 明日から最終戦争が始まってしまう… それまでに、打てる手は打っておくか。」

 

未来人である海斗にとって、これから起こる出来事は情報ではわかっている。

しかし、最終戦争が行われる時、まだこの島には来ていなかった。

 

そう…俺は戦争終了後にロキの仲間になったからな…

 

一応、戦争で起こった戦闘などの詳細を一連の流れではロキから聞いているが、実際にこの目で見たわけではない。

情報を持っていても、事実初めて起こる出来事と何らかわりはないのだ。

 

「第一、ロキが並行世界で歴史を変えてる以上、その影響はこの世界にも生じる。 事実、役に立つ情報は他の召喚せし者(マホウツカイ)の戦闘データと、人間関係くらいだからな。」

 

まずは、召喚せし者が多く利用する学校。

ここから接点を持たせておくか…

何をするにも、対象の人間と共通点を持たせておくというのは何もないより格段に有利となる。

そうだな…年齢はさほど変わらないし、学生として過ごしてもいいが、ここは趣向を変えて教員になってみよう。

何かと役に立つし、どの学年の教室にも入れる権限を持ってるから動きやすくもなる。

我ながら頭は冴えてるな…

 

「すみません、この月読島で教育実習生としてじばらく勉強をさせていただく事になっている天王寺海斗というものなのですが…」

 

こういった潜入工作はお手の物。

本名を使ってはいるが、経歴の偽造なんてやろうと思えばいくらでもできるからな…

厄介になったら、魔法で記憶を消してしまえばいいし…

 

「身分の固定は済んだ… 次は最終戦争に対する対抗策を練らせてもらうか…」

 

16年前の魔法戦争と同様、これからこの島で起こる最終戦争も悠久の幻影(アイ・スペース)を使用した戦いとなる。

ようは、主催者オーディンの認めた12人の召喚せし者しか戦闘に参加できない。

さらに、この世界の零二が13人目として…イレギュラーな存在として割り込むことがわかっている以上、これ以上強引に割り込むには無理があるだろう。

となれば…

 

「こっちも偽造かよ… 嘘ばっかの人生だな…」

 

ため息を付きつつも作業を開始する。

俺の持つ能力の一つ。自身の存在、気配、姿などをシャットアウトできる魔法の孤独な幻影(ミスゲイション)。

これさえあれば、オーディンにも気づかれずに戦線に参加することができる

そして、13人の召喚せし者のうち、危険人物の目星をつけ対抗策を考えておかなければならない。

 

「俺が一番警戒してるのはお前だよ。「鈴白なぎさ」…お前がどう動くかで、敵対するか味方に引き入れるか考えさせてもらう。」

 

海斗が最も警戒したのは、以外にもなぎさであった。

 

★天王寺海斗 SIDE END★

 

 

 

 

 

 




これから主人公として活躍していく海斗のプロフィールを先に公開します。
使用する技なども掲載するため、ネタバレとなりますのでとっておきたい方は基本ステータスのみで閲覧をやめるのを推奨します。

天王寺海斗(テンノウジカイト)
身長:178
体重:60
容姿:青髪で白、または黒の服装を好んで着用する。
また、戦闘時には左目側に赤い入れ墨のような紋様が現れる。
(フェアリーテイルのジェラール・フェルナンデス参照。)
性格:割りとフリーダムな性格で、その場のノリはいい方。
恋愛に対しても敏感な方で、鈍感な人物(主に龍一)を見かけるとからかいたくなるタイプ
普段はトゲトゲすることもあるが、本来の性格は非常に仲間おもいで、冷酷に見えても最終的には仲間のことを考えるなど不器用ながらも自身のやり方を貫いている。


★★★★以降ネタバレ★★★★




詳細:最終戦争終了後に月読島にやってきた少年。幾多の戦場を駆け上がり、人類、召喚せし者にとっても最高峰レベルの実力の持ち主である。
大切な人を失った経験を持つため、そんな思いを他の人にはして欲しくないと思っている。
そんな矢先、月読島で最終戦争が行われていることを知り、止めるために島に向かうがオーディンのジャミングにあい戦争終了まで島に入ることはできなかった。
上陸後は、究極魔法に失敗し絶望した零二とであう。
サクラを失い、不完全な究極魔法の力で蘇った他の召喚せし者達も次々に病死していく。
最終的には零二と海斗…二人しか残ることはなかったが、それでも新たな結末(ハッピーエンド)を求め、自らをセスタスと名乗り、零二をロキと呼ぶ事で二人で新たな活動にでる。
紗雪とは恋人関係を築いていたが、不完全な究極魔法により、呆気なく病死してしまった。

戦略破壊魔術兵器(マホウ):
基礎魔法の応用を完璧にしているため、全属性の基礎魔法をバランスよく扱うことができる。
また、隠密活動をこなす為、主に隠密活動時と本気で戦う時で、使用する魔法を二種類に分けている。
総魔力量はロキより上で、オーディンより下。

ミストガン
…隠密活動を行う際に使用する名前。
霧を使った魔法を得意とし、姿を消したり、幻覚を見せるなど使用方法は様々。背中に装備してある5本の杖を使って戦う。

・夢幻奈落(ムゲンナラク)
強力な睡眠魔法。白い霧のようなガスを散布し、自身が選択した対象者のみを眠らせる。

・五十魔法陣・御神楽(ゴジュウマホウジン・ミカグラ)
ミストガン最強の魔法。巨大な魔法陣五つを同時に縦に並べ展開し、下から上に突き上げるように強力なレーザー攻撃を放つ。火力はサクラの神話魔術である穢れなき桜光の聖剣(レーヴァテイン)と同等クラスで、魔法陣の中に入ってしまうと脱出は不可能。
魔法陣を五つ同時展開するのに時間がかかるのと、消費魔力が激しいのが弱点。

セスタス
…海斗が全力を出して戦う時に使用する名前。
本来、海斗は霧ではなく星魔法の使い手であり霧魔法は個人的趣味にあう使い方が多くでき、かつ隠密活動に向いている為使用しているだけだという。
流星の力を使って戦う為、このような名を名乗っている。

・流星(ミーティア)
流星(流れ星)と同じ速さで移動できる魔法だが、自身の努力により光の速さよりも早く移動することができる。
そのため、紅葉の七つの大罪(グリモワール)のレーザー攻撃や龍一の疾風迅雷(タービュランス)を難なくかわせる他、紗雪の瞬間魔力換装(ブリューゲル・ブリッツ)にも引けを取らない。

・七星剣(グランシャリオ)
セスタスの得意技。空(あるいは天井)に北斗七星の形に七つの魔法陣を同時展開し、その全てから隕石のような巨大な弾丸を相手に振り下ろす。
通常戦闘を行いつつ魔法陣の設置を行うことができるので、御神楽といい七星剣といい、ほぼ弱点はないと言っていい。

・煉獄砕破(アビスブレイク)
星々の影を利用したレーザーを放つ。
神話魔術の中でも使用を危険とされる禁忌魔法であり、属性は闇。
光を喰らいつくす魔法の為、サクラやなぎさ(聖剣状態)に対して相性がいい。
また、火力も神話魔術を遥かに上回り、オーディンの天地創造の神槍(グングニル)の未強化と同等。
また、自身能力の高さにより魔力集約から僅か3秒で撃つことができるため、並大抵の召喚せし者では相手にすらならない。



ここで紹介するのはほんの一部であり、作中では他の持ち技もガンガン使っていきます。
オーディンが最強過ぎて、これくらいしてもぶっちゃけ勝機がない…
主人公はこんな感じで行きますので、これからもよろしくお願い致します。




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学校にて

★芳乃零二 SIDE★

 

「行ってきます、兄さん!」

 

翌日。

朝食を終えると紗雪が元気よく学校に向かって行く。

苺さん曰く、俺が昨日戻ってから更に明るくなって嬉しいとのこと

紗雪を見送りはしたが、俺も今日から学校だ。

まずは書類を用意して職員室へ向かう…10時には間に合いそうだ。

 

「それじゃ苺さん、俺もボチボチ行ってきますね」

 

「久しぶりのこっちの学校じゃ、がんばってこい!」

 

苺さんに見送られ、俺は必要なものを揃えに行く。

あらかた揃ったところで一度確認し、そのまま職員室へ

 

「失礼しまーす…」

 

「おお、芳乃か!久しぶりだな!」

 

4年ぶりにあったはずなのに、先生に声をかけられた。

そう、この月読島には学校はここ「星見学園」しかない。

それに、一学年2クラスという小規模な学校なので生徒も先生も仲良く、またこうして離れていても覚えていてもらえる。

こういう所は、やっぱ都会よりいいよな

 

「お久しぶりです。先生。」

 

「すまんな、全部そちらでやらせてしまって… 何せ忙しくて手が回せなかったんだよ…」

 

「そうなんですか?」

 

「お前以外にもこの学校へ来る人間が何人かいるんだ。一人はお前もよく知ってるだろう」

 

先生と話をしようとすると、別の生徒が職員室へ入ってきた。

 

「れ、零二!?」

 

「げっ…龍一…」

 

今職員室へ入ってきた男こそ、俺の親友にしてライバルの皇樹龍一である。

見るだけで殴りたくなるほどでっかくなりやがって…

って、それは俺も同じか

 

「げっ…って何さ、せっかくこうして久しぶりに会ったのに相変わらず失礼だね、零二は。」

 

「対してお前は全く変わってなさそーだけどな」

 

「あはは… 手厳しいな。 先生、僕も書類を提出に…」

 

「丁度よかった皇樹… 説明の手間も省けるし、早速二人には教室に行ってもらおう。いくら元地元でも、自己紹介しないわけにも行かないだろうしな。」

 

「久しぶりの授業か… 何だか嬉しいな。」

 

授業が嬉しいとか気持ち悪いこと言うなよな龍一…

元々こいつが真面目ってのでも理由にはなるんだが、一応別の理由もちゃんとある。

龍一は俺が4年前にこの島を離れた時と同じくらいの時期に同じく島を離れていた。

俺は都会で一人暮らしが理由だったけど、龍一は師匠って人と共に紛争地帯に趣き、戦争を無くすための活動をしていたらしい。

俺、紗雪、そして龍一。この三人は全員16年前の戦争のせいで一人になってしまった戦争孤児だが、これまたびっくりするくらい違うように育ったってもんだ。

何が起きようと、考え方次第で人はどうにでもなるものなのかも知れない。

 

「まあいいや、俺達のせいで二限潰すのもあれだし、さっさと行こうぜ?」

 

久しぶりの顔を見るとついつい色々考え事してしまうな。

そう思いながらも、俺と龍一は先生につれられ新しいクラスへと案内された。

 

「えー、まあ、知ってる人もいると思うが、今日からこのクラスに二人の転入生が来ることになっている。二人共中に入るように。」

 

…………………………

 

「「あーーーーーーーっ!!!!」」

 

教室に入った瞬間赤い制服と白い制服が立ち上がったと思ったらいきなり叫びだしたぞ…

って、よく見たら…あれ?

 

「………な、なぎさ?」

 

「里村………」

 

その立った二人が、昨日であった鈴白と里村の二人組だったのだ。

龍一の方もびっくりだったのか唖然とした顔で教室を見ている。

 

「何だ知り合いか? まあいいや、芳乃零二に皇樹龍一だ、知らない人も名前くらいは覚えてやってくれ 二人共、空いてる席に座って授業を受けてくれ。」

 

「わかりました。」

 

(れーじ!れーじ!れーじ!れーじ!れーじ!れーじ!)

 

…里村がもんのすごいキラキラとした目で自分の隣の席をポンポン叩いている。

あそこ座らなかったら後で何言われんだろ…

というか、鈴白達と同い年だったんだな…そこも意外だ。

 

「はぁ…」

 

軽くため息をつくと、恋愛に糞鈍感な龍一が余計なことをする前に里村の隣へと向かってやる。

 

「ん?零二はそっちの席でいいのかい?じゃあ、僕はあっちにするよ」

 

俺の動きを龍一が見たからか、残りの席(鈴白の隣)へと向かっていく。

え、ええええっ!?

口にしてなくても鈴白が何が言いたいのかわかってしまうほど顔を真っ赤にしている。

まさか…鈴白のやつ龍一のことが好きなのか?

俺が言うのも何だが、あいつはめんどくさいぞ…

 

「れーじ!れーじ!まさかここで会えるなんて、これって運命だねっ☆」

 

自分の隣の席に来てくれて尚更嬉しいのか、里村が満面の笑みでウインクしてくる。

 

「そ、そうかもな…」

 

適当に流し、何やら色々やりたそうな里村に授業中だからと無理矢理お預けにさせる。

本当に活発的な奴だ。

 

そして昼休み

 

「れーじ!お昼はどこで食べるの?」

 

もう待ちきれないかのように里村が話しかけてくる。

本当は紗雪と食べる予定だったのだが、ちょっともう一つのクラスには顔が出しづらくなってしまった。

このクラスにいないとすれば、必然的に向こうにいるのだ。

俺の元カノ「水坂美樹」が…

水坂美樹…俺が昔付き合っていた女の子で同い年。

都会に出る前に付き合ったんだけど、遠距離恋愛がうまく行かなくて別れてしまった。

それ以来、友達関係には戻ったのだが相変わらずギスギスしてしまいお互いに上手く話せない。

そのうち会わなければいけないのだが、初日からそんな気分にはなれなかった。

 

「そうだな… 妹と食べる予定だったんだが、今日は向こうが予定あるみたいだからフリーかな?」

 

「そうなんだ… じゃあさ、私達のとっておきの場所教えてあげるから一緒に食べようよ!」

 

「とっておき?…何だか面白そうだな」

 

「じゃ、決まりだねっ!」

 

「あれ?紅葉、芳乃くんもお昼誘うの?」

 

里村と昼食の話を済ませると鈴白が話に入ってきた。

そう言えば、この二人は知り合いなんだよな…

俺はタイミングが別に出会ったからあれだけど、今日見てた感じ、この二人と龍一は知り合いな気がする。

 

「そーだよ!ま、話は向こうについてからにしよ?」

 

「それもそうだね…」

 

そう言って、里村と鈴白に誘われて俺が連れて行かれた場所は何と生徒会室だった。

 

「生徒会室?」

 

「そ!あたし達はこの学校の生徒会長と三人でいつもお昼食べてるんだ」

 

「あれ?何か聞こえるんだけど…」

 

「あー…多分、会長が弾いてるんだね…」

 

「いーよいーよ気にしなくて!かいちょー!おっじゃまっしまーす!!」

 

里村が何の気兼ねもなく扉を勢い良く開く。

だが、そこで俺は動きが止まってしまった

扉が開いた生徒会室の奥では、美しいピアノの音色を奏で、その風景に優雅に一体化している人物がいた。

一言で美しいという言葉がでる。

気づけば、体を動かすことすら忘れ、その光景を見入っていたのだがピアノが止むことで我に帰ることができた。

 

「もう… 紅葉はもう少しお淑やかになりなさい?」

 

「ですよねー… 紅葉ったら…」

 

「まあ、そこに立っていても仕方がないし、みんな入ってらっしゃい?何だか珍しいお客さんもいるみたいだからじっくり話を聞きましょうか…」

 

ピアノを弾いていた会長さんらしき人から案内があり、席へと座る。

とりあえず昼食と、各自お昼を食べながら雑談会が始まった。

 

「さて…と、芳乃零二くんでいいのよね? 私は雨宮綾音。 ようこそ、生徒会室へ」

 

「あの… なんで俺の名前を?」

 

「紅葉が昨日すんごいハイテンションで電話してきたのよ…もう、びっくりだわ」

 

「そうだよね…あの男を寄せ付けない紅葉が好きな人できたーって言った時は冗談かと思ったけどまさかその相手が芳乃くんだなんて… どんなトリックを使ったの?」

 

雨宮も鈴白も不思議そうに俺を見てくる。

いや、トリックも何も出会った瞬間いきなり告白されたんだが…

ここに来る前龍一にも軽く聞いたが、里村は普段は男を全く寄せ付けない可憐の花と呼ばれているらしい。

そんな清純系女子が俺に逆ナンしてきたかと思うと未だに信じられない。

 

「ねっ?私が本気だってわかったでしょ?」

 

里村本人もこう言ってくる始末である。

 

「ああ… えっと…その…」

 

しまった。向こうが俺の名前知ってたからこっちの自己紹介がうまくできなかった。

雨宮さんは恐らく三年生だよな?なんて呼べばいいんだ…

 

「私なら、呼び捨てで構わないわよ?」

 

「えっ?」

 

「かいちょーは成績学年トップ、運動神経もトップ、頭もキレるし、音楽の才能抜群。生徒会長やってるし、おまけに謙虚ときたもんだ 弱点なんてないよこのバカいちょーには…」

 

「ま、マジかよ…」

 

里村が口を挟んだことにより、ますます呼び捨てで呼びにくくなった。

最初に見た時の雰囲気の通り、やっぱりめちゃくちゃヤバイ人だったらしい。

 

「あら、私はたかが1歳年齢が違うだけでどうこう言うつもりはないわよ? それに、フランクに接する方が私は好きだし」

 

「そっか… それじゃ、雨宮って呼ばせてもらうよ。」

 

その言い分は俺もよくわかる(というか、昨日鈴白にも似たようなことを言った)ので、思い切ってこのスーパー生徒会長を呼び捨てで呼んでみることにした。

…怒られなきゃいいけどな

 

「うふふ…素直に呼んでくれて嬉しいわ 改めてよろしくね?零二くん。」

 

よかった。何だかとても嬉しそうだった。

学校一日目にしては、何だかすごい知り合いが増えた気がする

ここの三人もそうだけど、休み時間とかに元クラスメイトとか、幼馴染だった奴に色々と声をかけられた。

やっぱこの島サイコーだ

 

「ちぇーっ、楽しい時間は過ぎるの早いね もう昼休み終わりか…」

 

「次は全学年合同の体育だから仕方ないよ… 混み合うだろうし早めに移動しないと…」

 

「じゃあ一緒に行きましょう?紅葉達と一緒の授業なんてそうはないし、私も楽しみだわ」

 

「次は体育か… んじゃ、俺もお暇しますかね。」

 

雨宮達と中々楽しい時間を過ごすことができたので、誘ってくれた里村には感謝しなきゃな…

合同体育って何やんだ?

 

教室に戻る途中龍一と会った

 

「やあ、零二」

 

「龍一か… 次は体育らしいぜ?」

 

「そうだね、合同でやるらしいから僕らも早めに着替えないと…」

 

「なんや龍や~ん! そないな面白そうな友達いるなら、ワイにも紹介してくれてもいいやんけ!」

 

何かこの島では珍しい大阪弁を使いながら男子便所から猛スピードで走ってくる男がいるんだけど…

何あいつ、こわっ!

 

「き、霧崎くん…」

 

龍一も苦手なのだろう(というか、龍一が苦手とするタイプなのが容易に想像がつく)霧崎と呼ばれた男が近づいてくると若干あとさずりしていた

 

「あ、ええと…紹介だったね、彼は芳乃零二。僕の幼馴染で、島人だよ。さっき教室で先生から紹介があったから詳細は不要だと思うけど… で、零二 彼は霧崎剣悟君。クラスメイトで性格は…まあ、見ての通りだよ…」

 

「よろしくな、芳やん! なんやなんやー男二人してエロトークにでも花咲かせとったんか?」

 

「いや、残念ながら糞つまんねえ次の授業の話しだよ、そもそも龍一を知ってるならそんな話しても花は咲かないのは想像つくだろ?」

 

なるほど、霧崎はこういうタイプか。

嫌いじゃないし、割りと面白そうかもしれない…龍一は苦手らしいが、俺は割りとこういうの得意だしな

 

「つまらんのー… やっぱ男と言ったらエロトークやろ!」

 

「き、霧崎くん!真昼間からそんな話はよくないっていつも言ってるだろう!」

 

マジでそんなこと言ってんのかよ…

お前はいつの時代の生徒だ

 

「つれないなー 芳やんもそうは思わん?」

 

「俺はもう諦めてるよ、龍一に関してはな」

 

「零二までそういうこと言うなよ!と、とにかく、僕は先に着替えにいくから!」

 

空気に耐えられなくなった龍一が逃亡する。

マジで霧崎のことは苦手みたいだな

こりゃ、困った時は霧崎に頼れば何とか上手くやってけるかもしれない

何て悪事を想像していると

 

「さて…邪魔者は消えたかいな…」

 

「邪魔者ってお前まさか…」

 

「そや、体育の前と言ったら真の男のやることはただひとーつ! それに、今日は全学年合同の体育!あの会長さんなんかの着替え姿も拝めるかもしれないで?こなチャンスまたとないわ!」

 

「最初からそれが目的で龍一をからかったわけか… お前、悪だな。」

 

「そう言いながらもさり気なくワイの後をついてこようとしている芳やんも、悪やな。」

 

二人で意気投合しながら、霧崎の知るベストスポットとかいう場所に案内してもらう。

女子更衣室の隣の空き教室か…

まあ、確かに見やすい場所ではあると思うが、教室の壁に穴でもあいてんのか?

 

「ほれ!見てみ芳やん!こんな所に小さな穴が開いとるやない!誰だこんなことしたのは… もしこれで隣の部屋が見えるとしたら大問題や… 確かめて隣が見えるようなら塞いでもらなあかんわな」

 

「そうだな、この学校の女子たちを守るため、俺達が人肌脱いでやらないとな」

 

マジで穴が空いてた。

つか、これあけたの霧崎だったりして…いや、考えすぎか?

訳の分からない小芝居を二人でしたあと早速その穴を覗いてみるが…

 

「お、おい…これ丸見えじゃねえか…」

 

「ベストスポット言うたやろ、そこはただもんじゃないで?」

 

覗いた目の前には下着姿の里村がいた。

隣には鈴白、その後ろには絶対に普通じゃ見れないであろう下着姿の会長が立っていた。

 

「おー、眼福眼福… 会長は想像通りの上玉やな… 紅葉ちゃんは、まあ努力賞ってところか?」

 

そこで女性の胸を評価するのは色々最低だと思うんだが、覗きをしている時点で既に最低なのであえて何も言わないでおく。

穴のせいか、向こうの話し声まで聞こえてきた。

 

「ふんふふーん♪ 今度こそれーじに振り向いてもらうため、次は何をしようかな」

 

「ホントに紅葉は芳乃くんのこと好きなんだね… 未だに信じられないよ…」

 

「恋愛感情なんていつ芽生えてもおかしくはないわ… 紅葉だって年頃の女の子なんだもの」

 

「それもそうですね…」

 

そこで俺の話すんのか!!

 

「な、なんや芳やん!あの鉄壁って言われてる紅葉ちゃんを手玉に取ったのか!?やるやないけ!」

 

「い、いや…これには色々事情がだな…」

 

ほら突っ込まれた…今の俺と里村の関係は色々と特殊だから、あんまり突っ込まれたくはないんだけどな…

 

「お、左の方にも可愛い女の子がぎょーさんおるで?」

 

左…?

って!やべえ!

確かに可愛い子ではあるが、そこにいたのは何と妹である紗雪と元カノである美樹だった。

罪悪感ボルテージが物凄い勢いで上がっていく。

美樹は相変わらずだな…紗雪のやつはあんな下着つけてたのか…

って、そうじゃねえええ!!

 

「なんや、左の方が芳やんの好みなんか?」

 

「これ…バレたら殺されるわ…」

 

「なんやなんや、今更もう遅いっちゅーに ワイと芳やんは共犯者やからな」

 

いや、そういう意味じゃなくてだな…

って、やべえ…今雨宮がこっちを見てきた気がした。

霧崎もそれを感じ取ったのかさっと穴から視線を外す。

だがしかし、目線を外して後ろを向けば…

 

「お前達、そこで何をしている。」

 

げっ、確実に制服でない白いスーツのような格好。教員ならチェックメイトか…

流石に霧崎も都合の良い言い訳が思いつかないのか、プルプルと肩を震わせている。

 

「…覗きとは、またまた学生らしいことしてるじゃねえか 俺にも見せろよ?」

 

………は?

この人教師だよな?教師が覗きなんてしてるの見つかったら職員室どころか刑務所行きだぞ?

 

「えっと…教師…でいいんよな?」

 

「あー、俺今先生役か… やべ、すっかり忘れてたわ… ちっ、久々に面白そうな事できると思ったんだけどな」

 

マジで教師だったらしい。

というか、この人も中々特殊そうな性格持ってるな

教師じゃなかったら覗きする気だったのだろうざんねんそうにしている。

 

「おっと、紹介が遅れたな。俺は天王寺海斗という。今日からこの学校で教育実習生としてみんなに勉強を教えていくことになっている。ついこの間まで学生だったし、年齢もお前達と一つしか変わらないからな。まだまだそういうとこ不慣れなんだ。授業中は先生として扱ってもらうが、こういう他に人がいない時は呼び捨てで呼んでもらって構わない。よろしくな?」

 

なるほど、見かけない顔だと思ったら教育実習生か

先生が忙しいって言っていた理由は、恐らく俺と龍一、そしてこの天王寺先生の手続きが重なったからだろう。

 

「芳乃零二だ。」

 

「霧崎剣悟や。新米教師はんか…よろしゅうな?わかっとると思うが、この事は内密やぞ?」

 

「あいにく、俺は不真面目なんでな。見なかったことにしてやるが、授業には遅れるなよ?」

 

「「はーい」」

 

二人で返事をすると、天王寺さんはさっさと戻っていってしまった。

霧崎は首の皮一枚繋がったと安堵のため息をしていた。

 

「見つかったのがあの人で助かったわ… んじゃ、ワイらも体育行くか…」

 

「だな」

 

無事授業が全て終わり帰りのホームルームが行われている時、俺はさっきの先生と再び会った。

 

「最後に、今日から教育実習生としてしばらく君たちの授業のいくつかを受け持つ先生が来ているから紹介するぞ?」

 

「二人の転入生、一人の教師か…何か色んな人が一気に来るね?なぎさ」

 

「そうだねー、この島ではこういうこと滅多にないからちょっとビックリかも」

 

里村たちもそんな話をしている。

天王寺先生か…何だか不思議な感じがしたけど、どんな人なんどろうな。

噂をすれば本人が教室に入ってきて名前を書き始めた。

 

「天王寺海斗といいます。どの科目も教えることはできますが、授業としては日本史、体育、情報処理を中心に教えていくのでよろしくお願いします。年齢も、君たちとさほど変わらないので気楽に声をかけてくださいね。」

 

キャーッ!

っとクラスのミーハーな女子たちが叫び始めた。

なんでって…この先生、めちゃめちゃイケメンなんだよな。

先生も困ったように苦笑いしつつもよろしくと挨拶している。

 

「ま、まあなんだ… よろしくやってくれ…」

 

担任の先生ももう苦笑い。

 

そしてようやく放課後

天王寺先生がクラスの女子達に捕まっている中、里村は俺の方に真っ直ぐ直行してくる。

 

「お前も行ってこなくていいのか?」

 

「だってあたしはれーじ一筋だもん。 それでね? えっと…」

 

里村らしくなく、弱々しくモジモジしている。

 

「どうした?」

 

「その…私とデート…してほしいの…」

 

「いいぜ」

 

「その!本気とかじゃなくてお試しとか、一緒に買い物とかで全然いいから!!………ってふぇ?」

 

俺が即答してやると、里村もまさかいきなりオーケーが貰えるとは思っていなかったのか、かなり驚いた様子だった。

 

「ここまで来ると、流石にお前の思いを軽く受け流すのは失礼に当たるからな。いいぜ、デートしようじゃねえか」

 

「や…やった! うん!ありがと、れーじ!!」

 

満面の笑みで微笑む里村。

こうして俺と里村は放課後デートすることとなったのであった。

 



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放課後の零二と海斗

放課後

今日は通常通りの学校なので、日暮れまで2時間ほどしかないが俺は里村とデートすることになった。

 

「あーあ… 初デートは思いっきりおしゃれしようって決めてたのに…」

 

「ま、お互い制服ってのも学生らしくていいじゃねえか。 それで、どこ行くんだ?」

 

里村をなだめつつ、行き先を尋ねると自信満々に「ないっ!」って言い切ってきた。

お前から誘ってきたんじゃないのかよ…

 

「とは言っても、まだお互いのことよく知らないわけだし今日は雑談でもしながらショッピングモールでも歩くか?」

 

「うん、それでいーよ? 流石にこの時間じゃ行ける場所も限られてくるからね。」

 

「んじゃ、適当に歩きますか」

 

里村が手をつなごうとしてくるが、さり気なく避ける。

まあ、今回は付き合ううんぬんの答えを探す為に里村のことを知るのが目的だしな…

 

「里村は島人なのか?」

 

「うん、生まれた時からずっとそーだよ? 島の外には数回は出たことあるけど、それでもやっぱ都会から来たれーじには興味津々って感じだね!」

 

「おいおい、前にも話したが俺も島人だぞ? それに、そこまで都心のような所には住んでないし月読島にもショッピングモールができたからたいしてかわらねえって…」

 

「そっか… でもさ、島の外…ううん 正確には世界中の色んなとこ見て回るのってあたしの夢なんだよね…」

 

二人で歩きながら話をしていると里村がいきなり夢について話してきた。

そう、この頃の俺は全く知らなかったことだが最終戦争のルールにより里村を始め、12人の召喚せし者は島からでることすら許されない。

元々「外」に興味があった里村としてはかなり不服のものだったのだろう…そして、それが原因で尚更外の世界に興味を持ったってところか

 

そんな話以前に、あいつは人に縛られるのが大嫌いだからって理由でも充分納得は行くけどな…

 

「島の外に興味があるのか?」

 

「うん。あたしってさ、人に縛られるのが嫌いなんだよね… どんな時でもあたしらしく真っ直ぐに生きていきたい… だから、風の音が聞こえる方に旅するーとかって話、結構好きなのよね」

 

「なんかそれだと、男のロマンみたいに聞こえるな」

 

「なによー!別にいいじゃない!」

 

苦笑いしつつも軽くからかってやると頬を膨らませて怒ったが、やがては里村も笑顔を見せ二人で笑った。

っと、そんな話をしているうちに目的地についたな。

 

「ついたー! れーじ!れーじ!どこから見る!?」

 

「相変わらずテンション高いな… 里村はどこに行きたいんだ?」

 

「うーんとね…うーんとね… 全部!」

 

「い、いや全部は無理だろ! というか、こんなでかい店丸一日あっても全部は見れないな…」

 

「じゃ、少なくともここ全部見終わるまではデートしてもらうからね? れーじから言い出したんだし、逃さないんだから!」

 

してやられた…

やっぱ小悪魔だなこいつは。でも、その真っ直ぐなアピールを素直に嬉しいと思ってしまう自分もいる。

美樹の事とかがなければ、それこそ里村の告白を受け入れてしまっていたかもしれない。

 

「わーったよ… んじゃ、今日はその辺から見ていこうぜ?」

 

「あいあいさ!」

 

やべっ…ビシッと決めてくる敬礼ポーズがやけに可愛かった。

て言うか、着替え覗いた時も何やら色々かんがえてたみたいだし油断は禁物だな

恋愛経験無いくせに人を魅了する何かを持ってるなぁ里村は。

 

「うわーきもーい!!」

 

何か変なぬいぐるみを片手でつまみながら里村が叫ぶ。

おいおい、確か似可愛くはないがここは店の中だぞ…少しは遠慮しろよ

とにかく、別の話題を振ってなんとかしなければ

 

「そういえば、里村は鈴白や龍一たちと面識はあるんだよな?どんな関係なんだ?」

 

「そうだねー… 難しい説明省いて恥ずかしい言葉を使えば、なぎさは親友かな?りゅーいちは、なぎさの幼馴染だからある程度は話すけど、フツーの男ならまず会話すらしてなかったでしょうね。」

 

「どんだけ男嫌いなんだよ…」

 

「ま、あたしにも色々あるのよ。かいちょーとももちろん仲はいいよ?昼間話しそびれたけど、あの人は一人で生徒会の職務を全部こなしてるの。」

 

「た、たった一人で全部!?」

 

「うん、あたしとなぎさは名目だけ生徒会メンバーだけどそれはかいちょーとあそこでお昼を食べるためだったり」

 

おいおい…仕事全部押し付けるだけ押し付けて、お前ら遊んでるだけだったのかよ…

それにしても、雨宮は想像以上にできる生徒会長だったんだな。

あれ?まてよ…てことは…

 

「それだと、俺が今日行ったのはまずかったんじゃないか?」

 

「うん、だからかいちょーに頼んでれーじは生徒会副会長にしといたから!」

 

…………………………

…………………………

……………………ん?

 

「お、おい!ちょっと待てえぇぇぇぇ!!」

 

「ち・な・み・に!拒否権とかないから!今日書類書いて職員室出しちゃったし」

 

と、言いながら悪魔の笑みを浮かべどこから持ち出したのか芳乃家のハンコを指先でくるくると回し出す。

 

「芳乃家のハンコ…だと!?」

 

「かいちょーにかかれば、れーじの文字体なんて簡単にマネて貰えるからねー 後は、100均でハンコ買ってくれば万事解決!てなわけで、ようこそ生徒会へ!」

 

「あ…が… ちょっ、おまっ!」

 

「あはは!れーじってば変な声!おもしろーい!」

 

悪魔だ…こいつは悪魔だ!

おそらく雨宮がノッたのだろう、どこにも隙がない完璧な計画で俺はまんまと生徒会副会長にさせられてしまった。

くそう…やられてるだけなんて俺には似合わないが、あいにく反撃の手段が思いつかない。

今日は里村にやられっぱなしだな

 

「まあ、さっきも言ったけど仕事はかいちょーがみんなやってくれるから生徒会室でお弁当食べられるチケットだと思って、気楽に職についてよ。」

 

「い、いや…そういうわけにもな… その気はなかったとはいえ、曲がりなりにもなってしまったからには雨宮の負担も減らしてやるのが生徒会メンバーだろうし、男だろうしな…」

 

「やっぱり、れーじは優しいね… そういうとこ、好きだよ」

 

ドクン…

真っ直ぐな目で里村が改めて告白してくる。

俺も理屈ではわかっている。恋愛に過ごした時間なんて関係ないって

しかし、里村には失礼だとわかっていながら、俺は過去に付き合っていた美樹への思いが振り切れずにいた。

 

「あたしね、こう見えても人を見る目あるほうだと思うの。今まで男なんてどうでもいいって思ってたあたしが、れーじを見て躊躇わずに向かって行けたのは、きっとれーじがこういう良い人なんだって確信が自分の何処かにあったからだと思うの。」

 

「里村…」

 

「ねぇれーじ… すぐに答えをくれなんて言わない… だけど、私は真っ直ぐなんだってことだけわかって欲しいの。今日はこれだけで充分だよ」

 

「ああ、わかった。里村の思い、受け止めておくよ。時間も丁度いいし、送ってくか?」

 

「ううん、大丈夫。何気ない買い物だけど、れーじと二人きりでいっぱい話せて楽しかったよ!またね、れーじ!」

 

帰ると決めたら真っ直ぐ帰るらしく、俺に元気よく手を振ると里村は帰っていった。

里村の思いと自分の気持ちに葛藤しながら、俺も帰路につくのであった。

 

★芳乃零二 SIDE END★

 

★天王寺海斗 SIDE★

 

零二と紅葉が放課後デートに向かう中、零二の妹こと黒羽紗雪は学校の中庭で人を待っていた。

 

「…遅い」

 

頬をぷくっと膨らませ、ふてくされる紗雪。

そんな子を見つけたら例え時代が違く、自分のことを知らなかったとしても話しかけてみたくなるというものだ。

 

「こんにちは」

 

「あ、…えっと、天王寺先生?」

 

「へぇ、ちゃんと先生の名前覚えるんだね、黒羽さんは。」

 

「自己紹介が面白かったから印象に残ってるだけ… 授業楽しみです。」

 

「そうか、残念ながら隣のクラスは放課後での紹介になってしまったから時間が取れなかったんだけどね。そう言ってもらえると嬉しいよ。」

 

零二達のクラスの前に、紗雪達のクラスで自己紹介をした俺は早くクラスに溶け込むために色々と面白い話などをしてクラスを盛り上げていた。

…というのは建前で、本音は早い段階で召喚せし者と接点を持つきっかけを増やしていたに過ぎないんだけどな。

 

「君の愛しのお兄さんは帰ってしまったけど、違う人を待っているのかい?」

 

「えっ!?」

 

そこで紗雪は驚く。

今日出会ったばかりなのに、自分のことを知られているという不自然さに疑問を持ったのだ。

 

「どうして、私と兄さんのことを?」

 

「いや、何、兄の零二くんのほうと少し喋ってね…中々面白いことをしていたから調べたら、家族名簿に君の名前があったからね。同い年の居候なんて中々大変だろ?」

 

「そういうことですか… そんなことないですよ? 兄さん、ああ見えて家事とかキチンとしてくれるので私はむしろ助かってます。」

 

「へぇ…零二くんにそんな一面がね… 仲良くて何よりだよ。」

 

零二と紗雪の家族トークに華を咲かせていると、紗雪の待ち人と思われる人が急いで走ってきた。

 

「はぁっ…はぁっ…ごめんね紗雪ちゃん!」

 

「ん、大丈夫…お疲れ様。」

 

なるほど…そういうことか…

紗雪が待っていた相手はクラスメイトであり零二の元カノでもある水坂美樹だった。

 

「あ、先生とお話してたの?こんにちはです!」

 

「うん、こんにちは。さて、黒羽さんの時間潰しに慣れたみたいだし僕はこれで失礼するよ」

 

「あ、待って!」

 

女子同士の会話に水を指すのも悪いと思い、帰ろうとすると以外にも美樹の方に呼び止められた。

 

「ん?」

 

「私達、これから商店街の方に買い物に行くんですけど、先生もよかったら一緒にどうですか?教育実習生なら残業とかないですよね?」

 

「えっ?」

 

「ち、ちょっと美樹さん!?」

 

美樹の突然の誘いに俺はもちろん、紗雪まで驚いていた。

 

「い、いやぁ… ここに来る前に零二の話ししてるの聞こえたから、できれば私も混ざりたいなぁー…なんて ダメですか?」

 

「なるほど…そういうことか… 確かに、僕も帰るところだし構わないけど黒羽さんはいいのかい?」

 

「…私のいないところで兄さんの話されるよりはマシなので行きます。」

 

普段は仲良くても、やはり美樹から零二の話を聞くのは機嫌が悪くなるのかプイッとそっぽを向きながら承諾する。

まさかこんなところで過去世界の紗雪と接点を持つことになるとはな…

美樹には感謝しておくか…心の中で

 

というわけで、商店街に向けて歩く俺達三人。

 

「さて、学校は出たわけだしもう教師として扱わなくていいぞ?授業の時も言ったけど、俺はお前等とは年も一個しか違わないしな」

 

「わっ?口調が変わった…」

 

「でも私達より一つ先輩ですよね?流石に呼び捨ては…」

 

驚く紗雪と申し訳なく苦笑いする美樹。

 

「まあ、そりゃそうなんだけど、俺は目上として見られるのが好きじゃないんだ。星見学園の生徒会長さんだって、年下に呼び捨てで名前を呼ばせてる噂もあるらしいし俺の事も気楽に呼んでくれると嬉しいんだけどな。」

 

「じゃあ、海斗でいいですか?」

 

「ああ、それで構わないよ。俺の方も紗雪と美樹って呼ばせてもらう。」

 

紗雪が案外素直に呼んでくれるようなので、こちらも呼び捨てで呼ばせてもらうことに。

そりゃそうだ。誰だって24時間教師としての誇りを持って生きている熱血野郎なんてそうはいない。

普通の人間なら、仕事が終われば家に帰って、自分の自由な時間を過ごすのが普通の社会人ではないだろうか?

それはサラリーマンだろうが教員だろうが関係ないし、その自由な時間を俺は生徒である紗雪達と一緒に使っているだけのこと。

そういう話をすると、美樹も納得して呼び捨てで呼んでくれた。

その後は、零二の話題で盛り上がっていた。

美樹が元カノだった話や、紗雪が尊敬している兄として見ていることなどが話題の中心となったが、案外暗くならず盛り上がっていた。

まあ、零二の覗きの話をしてやってもよかったのだが、一応彼の名誉のために聞きに徹していた。

(あれでも一応将来のロキだしな…)

 

そして、話が一通り終わると商店街についた。

 

「ついたね!」

 

「二人はよくここに来るのか?」

 

「うん、美樹さんとよく買い物にくるの。もちろん、ショッピングモールも嫌いではないけど私はずっとこの島で育ってるからこういう空気のお店も好き。」

 

「私は、バイト先があっちだからなぁ… やっぱりこっちの方が落ち着くの。特にプライベートのときはね。」

 

「なるほどな… 俺も商店街の空気は嫌いではない。この島は不慣れだし、何かいいお店があるなら教えてもらおうかな。」

 

「私達はこのお店によく行くのです!」

 

美樹と紗雪に連れられ、来た場所は大判焼き屋さんだった。

 

「…大判焼き?」

 

「うん、ここの大判焼きはおいしいからよく二人で食べに来るの。」

 

「私のオススメはこれ!納豆苺ヨーグルトソース!!」

 

「私は、普通にこれかな?兄さんがよく買ってきてくれてたからだけど…」

 

何なんだこの女の食センスは…

納豆苺ヨーグルトソースだと?

俺は料理はできるほう…というか、むしろ得意分野で過去の戦闘でも食事は全て自分で確保し作っていた。

だが、そんな俺でもこんな大判焼きはかつて見たことがない。

それ以前にそんなもん売ってて売れるのか?

紗雪のオススメはクリームだったので遠慮なくそちらを選ばせてもらおう。

 

「大変申し訳ないが、紗雪と同じので頼む…」

 

「えーっ!?海斗も零二と同じこというの!?食わず嫌いは損するよ損!」

 

「その理屈は大変よくわかるが、あいにく明日は腹を壊したくないのでな」

 

「全く、失礼しちゃう!」

 

「ふふっ…」

 

紗雪が笑いながら三人分の大判焼きを買ってきて渡してくれる。

 

「悪いな、奢ろうか?」

 

「ううん、100円くらい自分で出す… 美樹さんはいつもこうだから… 兄さんも料理は得意なんだけど、美樹さんに出す料理だけはかなり苦戦したんだって。」

 

ま、そりゃそうだわな。

俺ですらこいつが彼女だったら正直何出してやればいいか検討もつかない。

 

「うーん!おいしい!」

 

「確かにこれは美味いな。」

 

納豆苺ヨーグルトソースに満面の笑みでかぶりつく美樹。

クリームの方は普通に美味しかった。

言葉では言い表しにくい、昔懐かしい旨味が口の中に広がり近代の調理器具では出せない味を味わうことができた。

こりゃ、料理界の原点に帰りたくなっちまうような味だ。

 

「ふう…あまり遅くなると、晩御飯遅れちゃう…今日は私が作る番だから…」

 

「それもそうだな… 俺も立場上、学生の女の子に夜遊びを推奨するわけにも行かないしここら辺でお開きにしよう。」

 

「海斗との買い物楽しかった!機会があればまた誘うね?」

 

「私も…楽しかった… それじゃあまた…」

 

「ああ、二人共気をつけて帰れよ?」

 

まさか最終戦争直前にこんなことが起こるなんてな。

絶対に紗雪を護り抜きたいという思いを更に固める中、俺は帰路につくのであった。

 

★天王寺海斗 SIDE END★

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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始まりの最終戦争(ラグナロク)

いよいよ最終戦争がスタートです!
さあ、最初に戦うのはどの召喚せし者なのか!?
予想してみてください。
原作とは全く違った展開をお楽しみいただければ幸いです。


★黒羽紗雪 SIDE★

 

翌朝

今日は土曜日。

昨日は色々なことがあったけど、今日も楽しいことがあるといいな…

というわけでみなさんおはよう!黒羽紗雪です。

今日、私は美樹さんのバイト先に遊びに行くことになってるので兄さん達とご飯を食べた後ショッピングモールにでかけます。

 

「行ってきます、兄さん!」

 

「おう、気をつけろよ紗雪」

 

でも、そんな平和な日常を突然壊すかのように悲劇は突然やってきた…

 

★黒羽紗雪 SIDE END★

 

★里村紅葉 SIDE★

 

あんな黒羽紗雪のために200文字も序盤から枠取るなんて作者はバカね!

その分あたしに回しなさいよ!

てなわけで、バンバンメタから入る紅葉ちゃんです!

 

そりゃ、私だって普段からこんなこと言うキャラじゃないよ?

でも、そのイライラをぶつけたいくらい今日のあたしは機嫌が悪い。

何故なら、朝っぱらからあたしの大嫌いな奴と会うハメになったからだ。

 

「アンタもうストーカーね… 警察に訴えるわよ?」

 

「ははっ、心外だなぁ里村紅葉。 僕はわざわざ君をスカウトに来たというのに。」

 

あたしは自分の家の前でこのガキンチョと話をしていた。

序盤からメタメタだったけど、私は黒羽紗雪のことが遺伝子レベルで大嫌い…

でも、このガキ有塚陣はそれ以上に嫌いだった。

あいにくお子ちゃまのごっこ遊びには興味ないのよね

 

「スカウト?」

 

「そうさ。これから始まる大戦争「最終戦争」(ラグナロク)へのね。」

 

「悪いけど、ゲームなら家に帰って一人でやってくんない? お生憎私は忙しいの… アンタに構ってやる時間なんて一秒もないんだから」

 

「ゲーム…か…確かにそれに近い。だけど君も自覚はあるだろう?自分が人とは違う「力」を持っていることは」

 

「………っ!?」

 

紅葉は驚く。

確かに、私は人とは違う力を持ってはいるが当然人前で使ったことはないし、ましてやこんなガキンチョに話をするわけもない。

なのに有塚陣は迷いのないその目で的確に言い当ててきたのだ。

 

「デカイ態度を取れるのも今日で最後だよ。さあ、招待しようじゃないか!最終戦争の始まりのステージへ!!」

 

陣がパチンと指を鳴らしたその時、世界は激変した。

青い青い青い…それが一面に続く世界。

明らかに普段住んでいる空間とは何かが違うと紅葉は本能で判断する

 

「こ、ここは…」

 

「ふふふっ…こここそが始まりの大地(イザヴェル)さ!これから君達召喚せし者(マホウツカイ)には互いの存在をかけて戦争を始めてもらう。」

 

※最終戦争のルールは魔法戦争と同じであり、第一話に記載されているので省略します。

 

よくみると、あたし以外にも何人か人がいた。

黒服の男性と女性が一人…そしてなによりムカつくのは黒羽紗雪の姿があったことである。

 

「最後の一人になるまで戦い続けなければならない殺し合いですって?」

 

「そうさ里村紅葉。言っておくが、これは冗談でも笑い事でもない。全知全能の最高神オーディンが決めた事だ」

 

「………仮に、貴方の言ってることが全て本当だとして貴方がそのルールをわざわざ敵となる召喚せし者に教える理由は何?貴方にとってメリットはないし、それこそ奇襲して魔力を集めればいいはず…」

 

偉そうに最終戦争のルールを語る陣に苛立ちを覚えたのか、紗雪も口を開く。

紅葉にとってはその紗雪も目の敵なのだが…

 

「ああ、確かにその方が効率はいい。だけど、それじゃつまらないんだ。僕は王なんだよ…王が民を支配するのは力じゃなく言葉だ。」  

 

「つまり何が言いたいの?」

 

「簡単な話さ、僕はこの戦いを通じて僕が最強だということをオーディンに認めてもらいたいのさ。だから、結果だけじゃなく過程を大事にしたいということだ 一方的に痛ぶるだけの試合なんて、見ていてもつまらないだろう?」

 

「命懸けの戦いに格好を気にするなんて頭おかしい…」

 

呆れて質問する気にもならなくなったのか、紗雪は黙り後ろで空気になっている二人と同様に無言で立つことに 

 

「………」

 

「………」

 

黒服の2人はピクリとも動かない。

まるで、そこにいないかのような演出をしているように…

 

さて、最終戦争の補足をしましょう。そもそも最終戦争(ラグナロク)とは何なのか?

答えは16年前の十年戦争…否、魔法戦争のつづきである。

16年前の戦争はローゲの魔法によって不完全な形で幕を閉じることとなった。そこで、今、この時を持って再びその戦争を再現しようというのだ。

有塚陣の言葉によれば、主催者はオーディンと名乗る者。

そして、陣はこの戦争を進行させるためにオーディンに選ばれたゲームマスターだという。

ゲームマスターの権限として、話し合いの場である始まりの大地(イザヴェル)と、バトルフィールドとなる悠久の幻影(アイ・スペース)の発動権限を持っているらしい。

 

わざわざ悠久の幻影とは別に始まりの大地が存在している理由は、召喚せし者同士が話し合おうとすれば自動的に殺し合いになるのも同じ…なので、いかなる魔法も使用することができないというルールの存在するごく単純な空間だ。

 

「さてと、黒羽紗雪。僕がわざわざ君達をこの場所に招待し、最終戦争の説明をした本当の理由を教えよう。」

 

「………?」

 

「この戦争は、主催者であるオーディンはゲームマスターであり王である僕を含め12人で行われる戦争。しかし、まだ12人全員が召喚せし者として覚醒しているわけじゃないんだ。」

 

「ここにいる召喚せし者は全部で5人。つまり、ここにいない者は覚醒してないというわけ?」

 

「全員が全員覚醒していないわけじゃないさ…しかし、覚醒していない者がいるのも事実。僕が君達に提示するのはその未覚醒の召喚せし者を先に狩ってしまわないか?という誘いだよ。」

 

未覚醒の召喚せし者はまだ戦略破壊魔術兵器(マホウ)を上手く具現化させることができないので、最終戦争のルールである、マホウはマホウでしか破壊できないという概念の対象外となる。

なので、悠久の幻影を陣の能力で強制発動させ生身の体を一方的に狩ってしまえばその召喚せし者を倒すことができる。

しかも、未覚醒状態でも魔力はキチンと奪えるらしい。

 

「確かに僕は過程を大切にするとは言ったが、そんな未覚醒の雑魚は余興にすら成り得ない。円滑に戦争の本ステージにするため、君達と一時協力関係になりたいというわけだ。」

 

自信満々に説明する陣だが、ここの四人でその意見に賛同する者は誰もいなかった。

 

「くだらない。私はそもそも、こんな残酷な戦争には反対… いずれ裏切る貴方に力を貸す理由もどこにもないわ…」

 

呆れた紗雪は陣にそう言い捨てるとさっさと帰ってしまった。

残りの二人も興味がないと、紗雪に続くように姿を消す。

 

「ちっ…前の二人は僕と組んだ方がいいって力を貸してくれたけど、今回招待した奴らは馬鹿ばっかだったようだね!」

 

はぁ…

最後に残った紅葉もため息をついた。

こいつの頭は狂ってるとしか思えない

こんな生死をかけた殺し合いを楽しむなんて…

そして、自分が言いたかったセリフを全部黒羽紗雪に持っていかれたことも不服だった。

この怒りどうしてくれようか…

 

「アンタってサイッコーの馬鹿ね!」

 

取りあえずこいつにぶつけることにした。

 

「何だと!?」

 

「仮にアンタの言ってることが全て本当のことだとしても、誰もアンタには従おうとしないわ… 大体、これから自分と敵になる相手に対して自分の境遇や手の内をすべて晒すなんて三流もいいとこよ。オーディンからどんな力をもらったか知らないけど、あたしの予感じゃアンタすぐに死ぬわね」

 

「好き放題言ってくれるな… まあいい、どの道最終戦争はこの時を持って始まった。自分の護りたいものがあるなら戦い続けるしかないのさ!僕と組まなかったことを後悔させてあげるよ、里村紅葉!」

 

「ふん、望む所よ!悠久の幻影とやらでアンタを見つけたら、真っ先に潰すのはこのあたしなんだから!」

 

陣に吐き捨てると紅葉も始まりの大地を後にする。

参加拒否は許されない絶対的な殺し合いは突然始まるのであった。

 

★里村紅葉 SIDE END★

 

★天王寺海斗 SIDE★

 

時刻は昼頃。

場所はショッピングモール。

俺は紗雪を探していた…といってもどこにいるのかは知っているが、あえて探しているフリをしていたに過ぎない。

最終戦争に対抗するため、朝から準備を続けていた俺は昼を食べにショッピングモールに買い物に来ていたところバイトの休憩と思われる美樹に声をかけられたのだ。

 

☆一時間前☆

 

「海斗!!」

 

腹をすかせ、食べる店を探していた所に声をかけられる。

 

「やあ、美樹か… こんにちは。」

 

「そ、その…ちょっと大袈裟かも知れないんですけど、紗雪ちゃんがいつまで経ってもこないんです…」

 

「紗雪が?何かあったのかい?」

 

「実は今日、紗雪ちゃんが私のお店に来てくれる約束だったんですけど… 約束の時間から3時間経ってもまだ来ないんです… ケータイにかけても繋がらなくって…」

 

寝坊や遅刻なら構わないのだが、紗雪に何かあったのかと心配している美樹であった。

探しに行くにも、バイト中なので出るにでれず、話しにくい間柄なのにも関わらず勇気を持って零二にも電話したが、家は出ていると連絡を受けただけだそうだ。

しかし、俺には居場所の検討がついている。

おそらく居場所は始まりの大地だろう。

ロキから聞いた話で知っていることだが先程まである程度察知できていたこの島の魔力反応が全て消えた。

それはこことは別の空間に飛ばされたことを予想するのが妥当であろう…バラバラの位置に存在する召喚せし者が全員同時に死ぬなんてことはありえないからな。

始まりの大地にはこの時点での俺も零二も入る事はできない。

だが、こんなことを美樹に話すわけにもいかないので、取りあえず一緒に探してあげる事に…

始まりの大地から出れば元いた場所に戻る。

紗雪との集合場所付近をグルグルしてればどうせ会えるしな…

 

「わかった。念のため俺が探しておくよ 昼飯の時間を遅らせればいいだけのことだしな…」

 

「はい… あの、私のケータイの番号教えとくので見つかったら教えてもらってもいいですか?」

 

「ああ、いいよ… それじゃあ、紗雪と待ち合わせだった場所を教えてもらってもいいかな?」

 

美樹に紗雪の手がかりを聞いたあと、俺は紗雪を探すという名目の散歩にでた。

 

☆現在☆

 

美樹との会話から一時間後、俺の予感は的中し、あっさり紗雪は見つかった。

だが、俺は特殊能力者であることを隠してるわけだし一般人として紗雪に接する。

 

「紗雪!!」

 

「………え、海斗?」

 

紗雪の顔には元気がなかった。

陣の前では強がっていたとはいえ、こんな残酷な戦争に参加しなければならないこと…戦わなければ日常を護れないこと、その他様々な感情が渦のように回り、パニック状態になっていた。

 

「美樹が連絡してくれたんだ、君が時間になってもずっと来ないから探して欲しいって…」

 

「えっ………ああっ!?」

 

時計を見たが既に遅し、朝集合の約束は愚か時刻はお昼をとっくにすぎている。

 

「ど、どどどどどうしよう!!」

 

紗雪にしては珍しく両手をバタバタさせて焦っている。

…めっちゃ可愛いんだが

 

「落ち着け、取りあえず俺に任せろ。」

 

「任せろって…」

 

約束通り美樹に電話をかける。

適当に理由考えてやればいいだけだしな

美樹はすぐに出てくれた。

 

「もしもし、海斗?」

 

「ああ、俺だ。紗雪を見つけたよ…どうしても外せない用事が入ってたらしい 美樹に連絡するのを忘れてたらしく、今すんごい謝ってるから許してやってくれないか?」

 

「そんなの全然いいよ! 紗雪ちゃんが無事でよかった…」

 

「俺もだよ。とにかく、紗雪を連れてそっちに向かうよ。俺も昼飯食べそびれたからな」

 

「あ、ホントに!?それじゃあ私待ってるね!」

 

「ああ。またな。」

 

美樹が涙声になっていたし相当心配してたんだろうな…

というか、この二人こんなに仲良いのか…何だかうらやましい

 

「その…ありがと…」

 

「気にするな。それより、行くと答えてしまったし美樹の店に行こうぜ?」

 

「うん…」

 

照れながらお礼を言ってくる紗雪。

そんな紗雪と共に美樹の店に向かう

…始まりの大地。そこに何人もの召喚せし者を集めた時点で最終戦争は始まったと言っていい

あのルールを聞けばこんなことして遊んでいる場合ではないのだが、俺はあえてこうして紗雪を連れ出すことにした。

最終戦争だろうが何だろうが関係ない。

日常を過ごす権利は誰にだってあるのだから…

さっさとこいつ(最終戦争)を終わらせてみんなが幸せに暮らせる未来、作ってやらないとな。

元気づけるために、あえて自分の正体がバレる原因になろうとも紗雪に話しかける。

 

「…辛かったろ?」

 

「えっ…?」

 

「大事な友達である美樹との約束を忘れるくらい大事な用事だったんだろ?それに、見つけた時からそんなに顔色悪いんじゃ、嫌でも想像できちまう」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「謝らなくていいさ… ただ、美樹の前ではいつもの紗雪を見せてやれ。あれだけ心配してたし、これ以上心配かけるのも可哀想だろ?」

 

「そうだね… 私もしっかりしなくちゃ!」

 

兄さんやみんなの日常を護るために…

それが紗雪の戦う理由だ。

 

「これは、次の授業でみんなに聞く予定だったものなんだが紗雪はもし、自分の力ではどうにもできないくらい辛い現実を目の当たりにした時どうする?選択肢はこれだ。」

 

1.世界を変える

2.自分を変える

3.答えることができない

 

突然こんなことを聞かれ戸惑う紗雪。

海斗がこの質問をする意味は何?

そもそも、私はこの質問にどう答える?

今の自分の悩み、最終戦争に対して驚くくらい当てはまる質問に紗雪は動揺を隠せなかった。

 

「ただの心理学のテストだよ。深く考えず、直感で答えてご覧?それが君の本心であり、本当にやるべきことだ」

 

「私…は…、世界を変えたいと思う…」

 

「理由は?」

 

「確かに、世界を変えるなんて私には無理…だけど、辛い現実を受け入れて自分を変えてしまったらそこで終わりな気がするから… だから私は、それが無理だとわかってても日常を護り抜くために戦い続けると思う…」

 

「無理だとわかってても日常を護り抜くために戦う………か………」

 

「しまっ………!?」

 

やられた。直感で答えろと言われ、理由まで自分の直感に従って答えてしまった。

口が滑ったと同時に、変なやつだと思われてないか心配になる

 

「…?気にする事ないよ? むしろ、面白い答えが聞けてよかったと思ってる。なら、その信念を曲げない事だ。何があったかは知らないけど、自分を変えたくないと思うなら悩んでないで、今の紗雪を貫き通せばいい。俺が言いたかったことはそういうことだよ。」

 

「あ………」

 

そこでようやく紗雪は海斗の言いたかったことが理解できる。

この質問の本当の意味は、私の悩みの解決。

まるで私が1の選択肢を答えることを読んだかのような聞き方で私自身に答えを出させようとしたのだ。

始まりの大地を出た時からずっと胸につかえていたものが消えていく…とてもスッキリした気分だった。

 

「ありがとう… おかげで凄く楽になった…」

 

「ははっ…そうやって笑っていたほうが可愛いよ紗雪は。役に立てて何よりだ。」

 

「心理学の免許でも持ってるの?」

 

「何、そんなたいしたものじゃない。それより、店につくぞ?美樹にお前の笑顔を見せてやれ。」

 

「うん!そうする!」

 

この後、無事に昼食にありつけた俺は二人にめちゃめちゃ感謝され強引に昼食代を払わせろと言われてしまった。

全く、そこまでたいした事をしたわけでもあるまいし、大袈裟だな。まあ、二人の笑顔が見れただけよしとしよう。

 

★天王寺海斗 SIDE END★

 

★芳乃零二SIDE★

 

時刻は夕方。

昼間は美樹からわけのわからない電話があったけどまあ気にしない。

昨日届けた書類に抜けがあって、休日にも関わらず学校に行かなければならなかった。

 

「だるいな…」

 

そう呟きながら学校へ行き、書類を提出。

昨日は紗雪に作ってもらったし今日の晩御飯は俺か…

早めに帰ろうと足を急がせると、校門に意外な人物がいた。

 

「里村?」

 

「あ、れーじ… 休日なのに学校行ってたの?」

 

「ああ、書類ださなきゃいけなくてな。里村は?」

 

「あ、あたしは何となく…かな。ちょっと学校を見たい気分だったの…」

 

「ん?よくわかんねえけど、そろそろ日が暮れちまうぞ?」

 

「れーじは今から帰るんだよね? アタシも一緒に歩いてもいいかな?」

 

「いいけど、里村にとっちゃ遠回りなんてレベルじゃないぞ?」

 

「うん…でもちょっとれーじといたい気分なんだ。」

 

「そっか…じゃあ一緒に帰ろうぜ、里村。」

 

里村にしては珍しく、ものすごく低いテンションだ。

おまけに休日なのにも関わらず学校がみたいだなんて、何かあったのか?

答えは紗雪と似たようなもの。これから最終戦争が始まるにあたり、今までの日常に「別れ」を告げに来たのだ。

紅葉の場合は紗雪とは戦う理由が違う。

紅葉は最終戦争において、自分の一番大切な者を護るために、他の全てを斬り捨てると決断したのだ。

みんなを護りたい紗雪。一人を護りたい紅葉。

似ているようで相反する…そんな紅葉は紗雪とは若干違う落ち込みかたをしていたというわけだ。

 

「……………」

 

「……………」

 

特に会話もないまま家までついてしまった。

流石にこのまま返すのもあれか…

 

「里村。ちょっと時間あるか?」

 

「えっ?あ、うん…」

 

「一緒に行きたい場所があるんだよ…」

 

そう言って、俺が里村を連れ出した場所は大きな桜の木がある場所だった。

 

「ここは…」

 

「このでっかい桜の木。…俺はさ、何かある時はいつもここに来てるんだ。苦しい時、うれしい時、小さい頃から何かあるといつもこの木の下に来てた… 綺麗だろ?だから、里村にも教えてやろうかと思って…」

 

「あはは… それじゃ、れーじと私は似たもの同士なのかもね…」

 

「えっ?」

 

「あたしも、4年前くらいからはこの場所にちょくちょく来るんだ。目的は、れーじとはちょっと違うんだけどね… そっか…ここを忘れてたよ。」

 

でも、紅葉には戦争前にこの場所に来れただけで充分だった。

ずっと昔、里村紅葉の初恋の相手… その相手はいつもこの桜の木の下にいた。

そんな少年を見るために、紅葉はここに通っていたのだ。

だが、その少年はいつの日か姿を消してしまった。

そしてもう一つ…私の戦う理由…妹を失う原因を作ったのもここだ。

この場所は好きであり、嫌いな場所。

 

「れーじ… 昨日、すぐには答えは要らないって言っちゃったけど、私やっぱり答えが欲しい… ごめんね?急にこんなこと言って…」

 

時間がないのだ。

本来ならもっとゆっくり恋愛をしたかった。

しかし、最終戦争はもう始まっている…

せめて殺し合いが始まる前に零二の答えが聞きたかった。

 

「俺は………」

 

「俺は、俺は里村のことを!!」

 

その時、零二の言葉を遮り嘲笑うかのようにポチャンと一滴の雫が溢れる音がした。



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偽りのラグナロク 紗雪VS紅葉

あ、サクラ出すの忘れた…(笑)
次でいいや次で(震え声

相変わらずマイペースな進み具合でまったりしていますが、その分内容はしっかりさせていこうと思います!

さて、原作通りのように見せかけて実は全然違うバトルがいよいよスタート!
戦う召喚せし者は題名の通りです。


その雫の音と共に世界は一遍する。

さっきまでいた場所どころか、どこまで見渡しても銀河の中にいるように青い空間ができあがったのだ。

 

「まさか、これが悠久の幻影!?」

 

「アイス………?何だそれ?」

 

里村からこぼれた聞き慣れない単語に首を傾げる。

そうすると、里村は更に血相を変えてこちらを見てきた。

 

「なっ…何で零二がここにいるの?」

 

「は?いきなり何言ってんだよ…」

 

この空間は召喚せし者しか絶対に入ることができない。

そして、12人の召喚せし者のうち里村にとって8人は未だ不明人物なのだ。

悠久の幻影に存在する零二。これが意味するのは最悪の結末だった

 

「零二が…敵… 嘘だ…嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だぁぁぁっ!!」

 

「お、おい!里村どうしたんだよ!!」

 

発狂し、地面にうずくまる里村に慌てて駆け寄る零二。

 

「来ないで!」

 

「なっ…」

 

今度はいきなり立ち上がるとこちらを睨みつけてくる。

目が、動作が、雰囲気が…全てが零二を否定していた。

 

「残念だよれーじ… れーじが「一般人」なら私ともっと上手くやれたのにね… 悪いけど、ここで死んでもらう!」

 

「里………村…?」

 

「魔術兵装(ゲート・オープン)!」

 

里村が呪文のようなものを唱えると、七色の光と共に里村の回りに七つの結晶が現れた。

何なんだこれは…言動といい、目の前の光景といい全く理解が追いつかない。

しかも、相手はパニックになっていてこちらの声が届いていない上言葉を鵜呑みにすれば、里村は俺を殺す気のようだ。

一体どうすりゃいいんだ…どうすれば、昨日までの里村に戻ってくれるんだよ…

 

「ばいばいれーじ… せめて一瞬で逝かせてあげるわ… これが私のしてあげられる、最大限の譲歩よ…」

 

「それじゃ、譲歩になってねぇな… 里村、お前は俺の告白の返事が欲しいって言ってたよな。いいのか?聞く前に殺しちまってよ」

 

おそらく里村は本気で俺を殺す気なのだろう。

対峙してる真剣な空気と、周りに漂う不気味な七色の結晶を見れば嫌でも冗談ではないというのがわかる。

だからこそ、俺は強気の態度ででることにした。

里村が何に怯え、何に対して怒りを感じているのかはわからない。

この謎の空間もあの結晶もなんなのかさっぱりわからない。

でも、何も知らずに殺されて人生終了なんてな…俺のプライドが許さないんだよ!

 

「その必要はなくなった。この瞬間を持って、れーじはあたしの「敵」だから。」

 

「わりぃが、お前がどういう意図を持って俺を殺そうとしているのかは検討がつかねぇ、だけど何も知らないまま俺を殺そうったってそんな理不尽「はい、そうですか」って受け入れられるわけないだろうが!」

 

「だから一瞬で逝かせてあげるのよ。さよなら零二。」

 

刹那、七色の結晶の一つからレーザーが放たれた。

「死ぬ」

その言葉が脳裏に浮かび上がる。

里村の放ったレーザーは、人の目視で避けられる速度を遥かに超えている。

何も知らなく、また何の力も持ってない俺にはどうすることもできなかった。

 

………

 

だが、俺は死んではいなかった。

体が宙に浮いてる?

と思ったら、誰かに抱えられているようだ

 

「兄さん!大丈夫!?」

 

「さ、紗雪!?」

 

自分を支えて空中を飛ぶことで里村のレーザーをかわしたのは、自分の妹である紗雪だった。

もう何がなんだかさっぱりわからない。

 

「悪い紗雪…お陰で助かったよ…」

 

「ん…間に合ってよかった。詳しい話は後でするから、兄さんはとにかく逃げて欲しいんだけど…」

 

「黒羽紗雪ぃぃぃ!!」

 

「里村紅葉…」

 

憎き相手に自分の邪魔をされ、里村の怒りは倍増する。

それを紗雪は冷静な目つきで受け流した。

 

「何の力もない俺は邪魔者ってことかよ…畜生!」

 

「そんなことない… 兄さんがいるから、私は戦うことができるの… 今はその言葉だけで充分!」

 

「調子に乗っちゃって… いいわ、気に食わないしまずはアンタから殺してあげる!」

 

「…望む所。 兄さんを危険に晒す人は、誰であっても許さない!魔術兵装(ゲート・オープン)!」

 

紗雪も里村と同じ呪文を言うと、白と黒の二丁拳銃を両手に持った。

 

「二丁拳銃…それがアンタの戦略破壊魔術兵器(マホウ)ね…」

 

紗雪の武器の名前はうたまる&アルキメデス。

自分の大切な愛猫の名前からとっていて、少ない消費魔力で長時間銃弾を放てる持久力に秀でた武器だ。

対する里村は自身の周りに展開させた七つの結晶が武器。

名前は七つの大罪(グリモワール)光と同じ速さの高速レーザーで敵を翻弄する戦略破壊魔術兵器か…

 

って、あれ?俺…戦いを見たわけでもないのに、何でこんなことわかるんだ?

まるで自分の脳じゃないみたいな…

って、そんなこと言っているうちに紗雪と里村の「殺し合い」が始まった。

 

「先手必勝!」

 

挨拶代わりにと、里村がレーザーを二つ発射する。

とても目視では追いつけないはずの圧倒的な速さにも関わらず、紗雪は素早いスピードでそれをかわした

…なるほど、あの速度で俺のことを助けてくれたわけか

 

「どうしたの?そんな可愛い攻撃じゃ、私は捉えられない。」

 

「くっ…光の速さをかわせるって、どういう運動神経してんのよこの化け物!これでどうだ!」

 

シュンシュンシュンシュン

自分が狙われていなくとも、横をレーザーが通りすぎるだけでものすごい音が聞こえる。

おそらく相当の攻撃力なのだろう…単体でかわされるならと里村は紗雪にレーザーの連続攻撃を浴びせるが、紗雪はそれを宙を舞うように一本一本丁寧にかわしていく。

 

「次はこっちの番!」

 

反撃する紗雪。

二丁の拳銃から白と黒の魔弾を連射する

 

「なっ…!?」

 

里村の方は紗雪のように超人的な速度で動くことはできないようだ。

紗雪の銃弾は実弾より遅く、目視で確認できる程度のレベルだが、それでも里村を捉えるのには充分だった。

ドーンという爆音とともに里村が煙に包まれる。

 

「戦略破壊魔術兵器を手にしただけで、ロクな戦闘経験もないような貴女じゃ、話にもならない。」

 

「あら、本当にそうかしら?」

 

「なっ!?」

 

余裕をかまして悠々と立つ紗雪だが、煙が晴れると里村はそこに立っていた。「無傷」で

自身の周りに展開させた結晶を集め、盾として使ったのだ。

 

「あたしはアンタみたいに化け物じゃないし、銃弾なんてかわせない… だったら「防ぐ」しかないじゃない?」

 

「なるほど…盾にもできるのね… ならこれはどう!?」

 

「なにおう!!」

 

紗雪は跳躍すると、大量の魔弾を放ち里村を襲う。

対する里村は、4つの結晶を展開させ自身を守り、3つの結晶からレーザーを放つことで紗雪に対抗するが互いの技が相手に決まることなく撃ち合いが始まった。

 

「こんなの… 本気の殺し合いじゃねえかよ!」

 

レーザーと魔弾が飛び交う中、零二は拳を握り締めることしかできなかった。

男である自分が、二人を止めたいのは山々だが目の前で行われていることは人間のそれ(喧嘩)を遥かに超えている。

しかも、紗雪は逃げなかった俺を護りながら戦う立ち回りをとっているのだ。

 

目の前の少女達の戦闘も止められず、妹の紗雪に迷惑をかけ…俺は…本当に何もできないのか?

 

「これで終わりよ!七つの大罪・全弾発射(グリモワール・フルスロットル)!」

 

里村が七つの大罪に力を込めると、七つ全ての結晶からレーザーが放たれる。

正面、背後、上下、死角…7つの方向から襲われるこの技を回避することなど不可能。

 

「それが貴女の全力なら、貴女の負けね。瞬間魔力換装(ブリューゲル・ブリッツ)!」

 

しかし、対峙するのはスピードを持ち味とする紗雪。

不可能、絶対…そんな言葉は召喚せし者(マホウツカイ)には存在しない。

魔法は何が起こるか常にわからないのだから…

 

「き、消えた!?」

 

そう。先程の呪文を唱えると原理はわからないが、紗雪が消えたように見えた。

そして、里村の背後を取っていたのだ

 

「Auf Wiedesehen(さ よ な ら)」

 

里村に別れの言葉を告げると、紗雪からものすごい魔力を感じる。

白き魔弾、黒き魔弾。その二つを放ち互いに交差させ、膨大な威力を誇るルーンを練り上げる。

 

「福音の魔弾(ヴァイス・シュヴァルツ)!!」

 

「くっ…!!」

 

慌てて後ろを向き直り、体制を立て直そうとするが、既に紗雪の必殺技の発砲は終わってるので、間に合うはずもない

 

「その程度の反応速度では遅すぎる… 私の福音の魔弾は相手の「音」に反応してその軌道を変える。人は生きている以上音を完全に遮断することはできない…故に、100発100中の魔弾…」

 

「そんな…デタラメな…」

 

鮮明に見える死のヴィジョン。

そもそも、里村と紗雪では戦闘経験に差がありすぎた。

幾多の戦闘を経験し、相手の動きを観察。更には、敵味方の武器の特性を把握し最善の一手を打つ紗雪。

対する里村は、自分の力を理解しているが、圧倒的な戦闘経験のなさから相手の行動を先読みするまでには至らない。

一対の魔弾は容赦なく里村を貫いた。

 

「ぐあああああっ!!!!」

 

「…善(ヴァイス)も悪(シュヴァルツ)もなく、ただ私の大切な者を護るために」

 

それが紗雪の戦う理由であり、決め台詞。

大切な者を護るためだけに抜く二丁拳銃には、何の迷いもない。

 

…だが、その魔弾の威力を持ってしても、里村を一撃で葬るにはいささか火力不足だった。

 

「はぁっ…はぁっ…やって…くれたなぁぁ!!」

 

血だらけになりながらも煙の中から立ち上がる里村。

自分の決めた決断を、こんな気に食わない奴に阻まれてなるものか!

最後の最後まで生き延びて、罪を償ってやる!

 

「まだ立てるの?でも、次で終わりね…」

 

里村の体力は風前の灯。

第三者である零二の目から見ても、紗雪が圧倒的に優位なようにしか見えない。

しかし、戦場にいる里村は全くそうは思っていなかった。

 

「それはどうかしらね?」

 

「えっ…? なっ!?」

 

突然紗雪が両膝を地面についた

 

「何なの…これはっ…!」

 

「あたしの七つの大罪(グリモワール)の能力、貪る贖罪の鎖(グレイプニル)よ。あたしは当てた色のレーザーによって相手に罪を背負わせることができるの。あたしの七つの大罪・全弾発射…アンタは全部かわしきったって思ってるかも知れないけど、「僅かに」かすってるのよね…」

 

「僅かにかすらせるだけで追加効果が発動する!?…デタラメもいい所ね。それにしても、私が技の命中に気づけないなんて…」

 

「そりゃそうよ、あたしがアンタに当てたのはアスモデウスとレヴィアタン。これら二つの能力によりアンタは今痛覚と固有感覚を失った。ま、かすらせただけだから効果は数分だけど、アンタを倒すには充分よ!」

 

「なるほど…確かに痛覚を消せば命中に気づけないのも納得がいく。想像以上に厄介…」

 

それだけではない… 膝をついただけならまだマシ。罪を受けた瞬間危うくうたまる&アルキメデス(この子たち)まで落としそうになってしまった。

固有感覚の喪失により、手と足の感覚がない…召喚せし者は戦略破壊魔術兵器を壊されれば死んでしまう。

この状況で、自分の武器(マホウ)を落とすと言う事は自殺に等しいのだ。

いきなり訪れる特別の感覚でも武器を落とさなかったのは紗雪の強さといっていいだろう。

しかし、これだけ大きな隙が生まれれば里村には充分過ぎた。

 

「よくもあたしと七つの大罪(春花)を傷つけてくれたわね!あたしの本当の切り札でアンタを消してあげる!」

 

「くっ…!」

 

感覚をいきなり持っていかれたことで上手く動けない。

まずい、このまま隙を与え続ければ負ける!

しかし、紗雪の身体は答えてはくれなかった。

 

「収束(あがれ)!収束(あがれ)!収束(あがれええぇっ!!)!!私に仇なす罪、浄化してあげる!断罪せし裁きの虹(ひかり)その身に受けろぉぉ!!」

 

七つの結晶全てが一点に集まり、どんどんどんどん魔力をかき集めて行く…

通常の魔法を遥かに超えた伝説級の破壊力を持つ一撃「神話魔術」が、今紗雪に向けられて放たれようとしている。

 

「極光の断罪者(ジャッジメント)!!」

 

それはまさしく神の如く絶対なる浄化の光。

七つの高速を重ねた超光速の波状攻撃は容赦なく紗雪を消し去ろうと迫りくる。

 

「あ…」

 

「紗雪ぃぃぃ!!」

 

遅かった。極光の断罪者は七つの光によって放たれる故、光の七倍の速度で迫る。これをかわすには瞬間魔力換装しかないが、固有感覚を失っている今、上手く発動することができない。

瞬間魔力換装は、魔力を練って大技を発動させる原理を応用して発動している。

魔力を注ぐ対象を戦略破壊魔術兵器ではなく、自身へと送ることにより瞬間移動にも負けない爆発的な速さでの移動を可能とするのだ。

しかし、今はその対象である自身の「感覚」がない。

いかに紗雪であっても、この精密な動きをこの短時間で可能とすることはできなかった。

兄さん…ごめんなさい…

せっかく私の為に叫んでくれてるのに、答えてあげることができなさそう…

 

しかし、死を覚悟して目を閉じる紗雪の前に青い影が立ちはだかるのであった。



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紅葉・零二・紗雪・サクラVSミストガン

外見は男だろう。…しかし、格好がかなり特殊だ。両手両足には包帯を巻きつけていて全体的には青と黒の服装で肌は隠してある。

さらに、顔も見えないように青い布を巻きつけ目元以外は完全に遮断しているのだ。

武器は背中に刺さっている5本の杖だろうか?

 

その青い影は紗雪に向けて放たれた極光の断罪者(ジャッジメント)に対して正面に立ち、呪文を唱える。

 

「三重魔法陣・鏡水!!」

 

木製のような杖3本を三角形になるように宙に浮かせると、そこから3つの巨大な魔法陣を展開し鏡を出現させる。

その鏡は神話魔術を吸収し、そのまま里村へと跳ね返した。

 

「なっ!里村!?」

 

「神話魔術すらも跳ね返す反射攻撃(カウンターアタック)ですって!?」

 

これには零二も紗雪も驚きを隠せなかった。

里村の切り札である極光の断罪者は無念にも弾き返され、それを全身に浴びる里村。

 

★芳乃零二 SIDE END★

 

★天王寺海斗 SIDE★

 

悠久の幻影の発動…

いよいよ最終戦争が開始されてしまったか…

昼食を食べ終え、紗雪達とわかれたあと更に準備を続ける俺は、日暮れと共に悠久の幻影が発動するのを見た。

海斗のしたかった「準備」は何とか間に合ったが、家に帰れないと使えないな。

とにかく、起こってしまった戦いを止めるために周囲を見渡せば、割りと近くで虹色のレーザーと白と黒の魔弾が飛び交っているではないか。

…よりによって紗雪と紅葉とはな

しかし、慌ててはいけない。

俺は一度家に帰りある物を持ち出すと、魔力を使って青い服で体を覆う。

いわゆる、顔を隠す変装というやつだ。

準備は完了…こうして戦場に駆け込み、極光の断罪者を受けそうになる紗雪を助けることにギリギリ間に合ったというわけだ。

 

「ふぅ…これが普通の神話魔術なら一瞬で死んでたわー」

 

「なっ!?今の一撃は確実に里村紅葉を貫いたはず…」

 

紗雪が驚くも、神話魔術を直で受けた紅葉は悠々と立っていた。

 

「残念だったわね… あたしの極光の断罪者は相手に与えた罪の数だけ威力があがる。一つも罪を受けていないあたしに対してのダメージは0よ。」

 

そう、この物凄くご都合主義の能力こそ紅葉の持ち味である。

この時点で紅葉は説明していないが、先程紗雪は当てた瞬間にレヴィアタンの罪を背負わなかった。

理由は紅葉が断罪者(エクスキューショナー)だから。

相手に当てた罪も自分が受けた罪も、何も裁くことが全てではない。「赦す」こともできるのだ。

つまり、一発当ててしまえば相手の感覚は紅葉の思いのままとなる。

 

だが、そんなことは「知っている」。「知っている」からこそ、俺は紅葉に遠慮なく鏡水を発動できたのだから。

 

「………にしても、あたしの神話魔術を弾き返すなんて只者じゃないわね… アンタ何者!?」

 

「……………」

 

紅葉の問いに答える必要はない。

俺は戦いを止めに来たのだ…そう、天王寺海斗としてではなく「ミストガン」として…

しかし、かなり精神状態が不安定になっているな

紗雪に貰った深い傷、零二を殺さなければいけない心の傷、そして紗雪との戦闘を邪魔された怒り。

今の紅葉は見るからにボロボロだった

なら、一つ悪役を買ってやるとするか…

指をくいくいと動かし紅葉を挑発する

 

「このっ!」

 

紅葉がレーザーを放ってくるが、軽くかわしスルー。そして今度は零二と紗雪に向き直り、容赦なく攻める。

 

「…誰も貴様らの味方と言った覚えもない。」

 

俺は海斗だと悟られないようかつてない冷酷な声で脅し、持っていた二本の杖で殴りかかる。

零二も紗雪もそれに反応し、ギリギリのタイミングでかわすが、紗雪のやつ…やはり紅葉の七つの大罪(グリモワール)の効果で動きが鈍っているな…回避性能が零二レベルじゃ話にならんぞ。

 

「アンタの相手はこのあたしだ!!」

 

「落ち着け里村!今のこの状況を見ろよ!どう見たって一人じゃ勝てないだろうが!ここは休戦してでも俺達で力を合わせないと…」

 

「五月蝿い!五月蝿い!五月蝿い!あたしの邪魔する奴は誰であろうとみんな敵だ!!」

 

ダメだなこりゃ…

零二の言葉ですら届かないとなると少し黙らせるしかないだろう。

 

「ふんっ…!」

 

「ガッ…ぁっ…」

 

一瞬で間合いを詰めると杖の柄の部分を里村に突き刺し、地面に倒す。

かろうじて意識は留めているようだが、どの道その体力では動けないだろう。

 

「里村!」

 

「人の心配をしている場合か…?」

 

「兄さん!来るよ!」

 

手負いの紗雪を見て焦る零二。

そうだ、それでいい…俺の目的は最終戦争を止めること。

それに必要不可欠なのは零二の力だ…紅葉が倒れ、紗雪がピンチの今…その能力を覚醒させろ!

 

「クソッ!俺に力があれば!」

 

その時、零二は謎の声を聞くこととなる。

 

(力ならあるんだよ!)

 

どこから聞こえる?

答えは自分の中だった。

心の奥から知らないはずの…なのに何故か懐かしい声が聞こえる。

この声は一体…

零二は半ばパニックになりながらもその声に耳を傾けていた。

 

(今こそ紗雪ちゃんや紅葉ちゃんを助けるときなんだよ!マスター。心の奥にあるマスターの力を開放してほしいんだよ!)

 

んなこと言われても…

いや、確か紗雪や里村…そして、この謎の男も魔法を使うときに名前を言ってたよな?

俺にももし、その力が眠っているんだとしたら…

 

「紗雪!魔法を出す時に使う名前はなんだっけか?」

 

「えっ…?げ、魔術兵装(ゲート・オープン)のこと?」

 

「それだ! てめぇが何者かは知らねぇよ… けどな、俺は立った今決断した。お前等がこんな馬鹿げた殺し合いをしてるっていうなら、俺はそれを止めるために自分の力を使うってなぁ!」

 

そう言い放つと俺のことを睨みつける零二。

そうだ、それでいい…サクラの力を開放し全力で俺を倒しに来い。

そうすれば、少しは上手く自分の力を扱うことができるようになるだろう

人は極限の状態に追い込まれてこそ真の力を発揮する。

俺は、自らを悪役…敵にすることによって零二と紗雪の前に立ちはだかった。

しかし、目的は殺すことではない。

俺の目的は順調に達成されていった

 

「行くぜ包帯野郎!魔術兵装!!」

 

零二のその言葉と共に、桜色の眩い光が発生。

そして、今回の目的となる人物がようやく姿を現した。

 

「………久しぶりだね、「マスター」。」

 

「そうだな…「サクラ」。」

 

「女の子を…召喚した?」

 

その場の状況を飲み込めない紗雪は唖然としていたが、この少女こそ、紗雪の二丁拳銃や紅葉の七つの大罪に負けない力を誇る零二の戦略破壊魔術兵器(マホウ)、「サクラ」なのだ。

入ってくる入ってくる入ってくる入ってくる…

サクラを召喚した瞬間、俺にもどんどん情報が入ってくる…

最終戦争に召喚せし者、そして紗雪や里村が命をかけて戦っている理由がサクラを通じて零二の脳内に刻み込まれていく。

これが、零二とサクラの力。

二人は「召喚せし者」と「戦略破壊魔術兵器」の関係として二心同体。

互いの持ち得る情報を、言葉を介さなくても伝え合うことができるのだ。

 

「これで、ようやく俺も同じステージに立てたってわけだ…」

 

「召喚せし者として覚醒したか… なら、その力を使い全身全霊を持ってこの俺を倒してみろ…」

 

だが、覚醒だけで満足されても困る。目の前で紅葉を倒した相手に憎しみを持ち、その感情に任せて殴りに来い。もっともっと戦場で様々な状況を味合わせ、お前を成長させてやるよ、零二。

 

「兄さん!私も力を貸す… さあ、これで3対1。どうみても貴方が不利だし、大人しく撤退するのをオススメするけど…」

 

甘い、甘すぎる…

紗雪は何か勘違いしているようだが撤退するのを推奨するのは逆の立場だろう。

何故なら、覚醒したての零二と手負いの紗雪では俺の「相手にすらならない」のだから。

 

「………」

 

俺は無言のまま一瞬で間合いを詰めると、零二を杖で斬り裂こうとする。

木製の杖じゃ敵は切れないって?

それは、人間の考える概念の上での話しだろう…

召喚せし者に人間の常識は通用しない。杖の先に少しばかり魔力を加えてやれば、刃物のように扱うことだって難しくはない。

 

「速い!?」

 

人間の目では捉えることができない俺のスピード。

それを持って零二を斬り裂こうとすれば、サクラが立ちはだかり、桜色の魔力障壁を展開させる。

 

「マスターには指一本触れさせないんだよ!」

 

「あれがあの子の能力…って、感心している場合じゃない… はっ!」

 

感覚を失いながらも紗雪は跳躍する。戦場において冷静な紗雪は常に周囲の状況を記憶しながら戦う。

紗雪は紅葉の言葉を忘れてはいなかった。

「かすっただけだからせいぜい数分。」

なら、その追加効果はそろそろ切れるはず!

跳躍したまま、次の一撃を放つためにルーンを練り上げる。

紗雪の予想通り、発砲直前に罪の追加効果は切れた。

 

「行ける…っ! 福音の魔弾(ヴァイス・シュヴァルツ)!!」

 

放たれた一対の魔弾はミストガンを直撃するが…

 

「………その程度か?」

 

ドーンという激しい爆発音がするが、そこには無傷の相手が立っていた。

おかしい…確かに命中させた時に手応えがなかったのは紗雪も感じてはいた。

しかし、福音の魔弾の特性は敵の音を追跡すること。いくら躱そうともどこまででも追尾し、絶対に外すことのない魔弾なのだ。

 

「それで終わりなら、今度はこちらから行こう。孤独の幻影(ミスゲイション)…」

 

その言葉の直後、ミストガンの姿は消える。

正確には霧の力を使い自分の姿、気配、存在を全て消しているのだ。

 

「音も…聞こえない…」

 

「幻覚作用と隠密(ステルス)能力を応用した、かなり高度な魔法なんだよ…」

 

その魔術の高さから、相手を強者と判断したサクラと紗雪は苦い顔をし攻撃に備える。

一方零二は相手の魔法の特性、弱点を見極めようとしていた。

 

「何故かは知らねえが、俺が相手を見ることによって俺とサクラの脳内にどんどん情報が流れ込んでいる… これがサクラの能力なのか?」

 

零二がその力の性能を理解するまで遊んでやりたいが、手加減してやるつもりは毛頭ない。

敗北という二文字を味わってもらおう…それもまた、零二が成長する上で必要なことだ。

俺は姿を現したり消したりしながら三人に連続斬りを決める

 

「ぐっ…」

 

「は、速くて目で負えないんだよっ…」

 

「ぐぁぁっ………!」

 

地面に倒れる三人。

しかし、この程度の攻撃が敗北の決め手になるとは誰も予想することはできなかった

 

「俺があえて大技を使わずに、小技でお前達を攻める理由… それは、サクラの能力を警戒するだけではなく俺の技の発動条件を満たすためでもある…」

 

「なっ!?私の対魔術兵器戦略思考(ミーミスブルン)が読まれてる…?」

 

当然のようにサクラが驚くが、そんなことはどうでもいい…

いずれにせよ、これでチェックメイトだ。

 

「…拘束の蛇(バインド・スネーク)。」

 

俺がその言葉を唱えると、零二、紗雪、サクラ…そして紅葉の4人に赤い蛇のような紋様が体中に巻きつき始めた。

 

「な、何だこりゃ!?」

 

「きゃぁぁぁぁっ!?」

 

ビリビリと電撃の音と共に、全員が地面に倒れる。

 

「拘束の蛇を受けた者は、いかなる行動もすることは許されない。マホウの使用は愚か、指一本動かすことはできないだろう。」

 

せめて動かせるのは口くらいなものである。

俺の拘束の蛇の発動条件は、相手の体に触れてその蛇を相手の体内に仕込ませること。

だから、あえてマホウで一掃せず一人一人に杖を介して蛇を埋め込んで行ったのだ。

 

「こんなの…反則っ…!」

 

紗雪がそう言うが、命を掛けた戦いには反則も何もない。

勝ったほうが勝者なのだ。

そして、一度蛇の呪いを受ければそれを自力で解くことはほぼ不可能と言っていいほど至難の業。

 

「さて、見せしめに誰から殺してやろうか…」

 

そういって杖を一本振り上げる

 

「やめ…やめろおおおっ!!」

 

零二が叫ぶ。

だが、まだダメだ…奴が動くまで俺はこの行為を続けなければならない

 

「せっかく呼んで貰えたのにマスターの役に立てないなんて…」

 

「相手が…強すぎる…!」

 

サクラは涙目に、紗雪は圧倒的実力差の相手に悔しそうに唇を噛み締めていた。

俺が魔法陣を展開し、杖を振り降ろそうとするとそれをさせまいと落雷が落ちてきた。

 

…おいおい、こりゃどんな大乱闘だよ

 

元々、零二と紅葉の対決に紗雪が乱入し、その対決に更に俺が乱入する。サクラが戦闘に参加し、そして更にお前まで邪魔しに来るって言うのかよ

2人から始まった戦いは気づけば6人に…

最終戦争序盤からとんでもない戦いが繰り広げることになった。

 

「大丈夫かい?零二。」

 

「なっ…!?龍一だと!?」

 

落雷と共に現れた少年は、零二の親友でありライバルである皇樹龍一だった。

 



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龍一(トール)VS海斗(ミストガン)

なんとなんと!
今回の話は6666文字丁度でございます!!
…だから何だって言われても何もないのですが、今回の龍一と海斗のガチンコ勝負は、私の中でもお気に入りの話なのでゾロ目を見た時はなんだか嬉しい気分に(笑)

てなわけでお楽しみください!

(龍一とコードギアスのスザクってホント性格似てるよね…ボソッ)




俺の魔法発動を妨害した龍一は、零二達を庇うように立ち、俺を睨みつけた。

 

「そんな………龍一まで………」

 

その光景をみた紅葉には絶望しかなかった。

何で…何で私の知り合いばっかりこの戦争に参加しているの?

心身共に耐えられなくなった紅葉はついに意識を失った。

 

「ごめんよ… 里村。 さあ、今すぐこんな戦いはやめるんだ!これだけのことをして、許されることじゃない…でも、今すぐ手を引くというのならまだやり直せる!」

 

紅葉に謝罪の言葉を言うと、今度は俺に警察みたいなことを言い始める龍一。

おそらく、オレがここにいる4人をまとめてやったと勘違いしているのだろう。

俺とて、元々ここで始まった戦いを止めに来ただけなんだがな…

 

「……………」

 

龍一の言葉を聞いているかいないかわからないように無視する。

今まで順調に進んでいた計画は、ぶっちゃけこいつのせいで台無しになったようなものだ

 

「聞いているのか!」

 

「…俺は俺の目的のために動いている。皇樹龍一…始めに言っておくが、俺は戦うつもりはない。戦わない条件はお前が俺に従うことだ」

 

「何を馬鹿なことを… 僕の友人達をこんな状態にした君の言う事なんて、聞けるわけないだろう!」

 

なんてご都合主義だ。

人には偉そうに命令しておいて、自分は要求を一切受け付けない。

まるでダメな政治家そのものだな…はっきり言って、俺はこういう偽善者が大嫌いだ

本当の苦しみを知らないくせに偉そうに正義を語る…それは、苦しみを知った者にとっては苦痛でしかないのだ。

当初の予定にはないが、こいつを野放しにするわけにもいかないし、少し実力というものを教えてやろう

 

「意見の相違だな。この場合、どうすれば俺は従う? 自分の正義を押し通す為に、相手を力によって制圧するというなら受けて立とう。」

 

「くっ… 僕だって、本当は戦いたくないさ…だけど、貴方なんだろう?「天王寺先生」!!」

 

「………は?」

 

「なっ!?」

 

龍一から出た意外な言葉に零二も紗雪も驚いていた。

それに加え、態度や表情には出さないが俺自身も驚いていた。

特にバレる言動や行動をこいつの前でした覚えはない。

前言撤回…こいつを野放しにしておくと危険だ。

一度叩き潰し、こちらの味方になるように誘導するしかないだろう

皇樹龍一…オーディン、ロキに並ぶ三極神「トール」の力を持つものか…

 

「ふふふっ…ふはははははっ! まさかこうも早くバレてしまうとはな…

 何故わかった?」

 

「嘘…でしょ…?」

 

顔を隠していたベールを取り素顔を晒し、龍一を睨みつける俺を見て紗雪は絶望した。

短いつきあいとはいえ、美樹たちと一緒に遊んだ友人であり学校では頭の良い先生である海斗

 

今日だって、私を見つけるために一生懸命探してくれたし、私が悩んでいる時も相談に乗ってくれたりと色々助けてもらった。

そんな海斗が今、自分達の敵として目の前に現れ私達を傷つけているなんてどうしたって信じれるわけがない。

 

「簡単なことだよ。僕や零二の転入に合わせて学校に入り込み、その行動を監視する…その時点で怪しいと思っていたさ。僕は今まで多くの戦場を駆け抜けてきた… その程度のトーンの変更と変装程度では僕を欺くことはできない!」

 

「なるほどな… 学校で見られているとは流石の俺も気づかなかった。その点に関しては認めよう… だが、俺とて目的がある お前も男なら一つ賭け事をしないか?」

 

「…賭け事?」

 

「男同士の決め事のようなものだ。お前が勝ったら、お前の言う事を聞いてやる。戦うなと言われれば戦わないし、戦線も離脱しよう。だが、俺が勝ったら大人しく俺の話を聞け。どうだ?」

 

「…僕は負けても話を聞くだけでいいのかい?」

 

「その通りだ。二言はない。」

 

…迷ってる迷ってる。

龍一は俺を睨みつけたまま考えていた。おそらくは、俺がこんな提案をしている真意を探っているのだろうが見つかるわけがない。

本当にそれ以上の意味なんてないからな…それに、俺の話を聞けば龍一は賛同せざるを得ないのは既にわかっていること。

未来世界のロキに話を聞いて、それを記憶していたからこそ出せる破格の条件というわけだ。

 

「わかった… その条件を飲もう。約束は守ってもらうよ?」

 

「始めから勝つ気満々だな… せいぜい楽しませてくれよ。皇樹龍一。」

 

こうして、俺と龍一の戦いが始まった。

戦のプロ同士の戦いは戦闘技術のみにあらず。

相手の行動、言葉、表情の読み合い…その全てが戦闘なのだ。

だから学校での俺の目的を当てられてしまった俺は、龍一に一本取られているということになる…

もうお互いに会話もなく、ただ敵の行動を探り合う無言の時間。

こういうのって、大抵先に動いたほうが負けなんだよな…

 

「行くぞ!破ぁぁぁぁぁっ!!」

 

龍一は自分の戦略破壊魔術兵器である右手の雷光を打ち砕く者(イルアン・グライベル)を全面に押し出し、真正面から全力の拳をぶつけにくる。

 

「そんな直線的な攻撃が当たるか…」

 

当然のごとく躱してやると、そこからターンし連続で拳を放ってくる。

 

「まだだ!そこっ!」

 

速い。

だが、そこまでだ…龍一の戦略破壊魔術兵器は雷属性。

雷神トールの力を使い、雷速での連続パンチ…攻め方は悪くないが紗雪の瞬間魔力換装の速度にはかなっていない。

その程度なら特に能力を使わなくとも躱しきれる…

だが、龍一の拳は止まない…

まずは相手が回避を苦手とする太腿を狙いにくる。

人間が一番機敏に動かせない部位だな。

おそらくはまずはそこに当て、相手の体制を崩してから弱点部位に徹底的に連続パンチを浴びせる戦法なんだろう。

良い攻め方ではあるが、所詮は教本に乗っていそうな安定の攻め。

教科書レベルの戦い方では俺は倒せないぞ?

 

「その程度の拳なら、俺に届く事はないな。」

 

「反応速度は桁違いレベルか… なら、僕も出し惜しみしている場合じゃないな!」

 

バギィと雷の轟音とともに龍一の髪が金色に光る。

本気を出してきたか…「疾風迅雷」(タービュランス)。龍一の魔法である。

 

拳だけでなく、自らをも雷と化し恐るべきスピードを破壊力を合わせ持つ拳を放ってくる。

 

「疾風迅雷(タービュランス)!!」

 

案の定だ…俺はそれに対抗すべく杖を二本抜きリーチを生かして反撃する。

龍一の弱点はその射程範囲の低さ

戦略破壊魔術兵器が装備されている右手は杖で弾き返し、生身の素手である左手は牽制を入れることで尽く攻撃を防ぎ続ける。

 

「…その程度かと聞いているんだが?」

 

「くっ…疾風迅雷ですら圧倒できないのか…」

 

龍一は自分の手の内を晒すことをとことん嫌う。

できるだけ大技は使いたくないのだろうが、そんな出し惜しみをしていては俺は倒せない。

 

「僕にこの技を使わせるなんてね… さあ、この神話魔術(いちげき)を耐えられるものなら耐えてみろ!」

 

龍一が膨大な魔力を右腕に集めてくる。

でかいのが来るようだが、お生憎俺は未だ「1ダメージも」受けていない。

無傷の状態なら、どれだけ敵の攻撃が強力でも躱す手段はあるだろう…

 

「拘束の蛇(バインド・スネーク)!」

 

先程疾風迅雷を防ぐためにぶつかりあった時に仕込んでおいた蛇を使い、龍一の神話魔術を妨害する。

せっかく魔力を大量に消費したのに残念だったな…

…だが、俺は龍一を軽く見すぎていたようだ。

 

「無駄だよ!」

 

…何を言っている?

拘束の蛇が体を蝕み、真っ赤になりながらも龍一はルーンを練り続けている。

効いてないのか…?いや、そんなはずはない…

なら、どうして?

 

「雷光を打ち砕く者(イルアン・グライベル)!!」

 

ちっ!それか!

人前でわかりやすく使ったことはないためにすっかり忘れていた。

龍一の武器である雷光を打ち砕く者は相手の魔力を吸収し、自分の魔力に変換できる優れもの。

しかし、発動条件が厳しいためあまり使えないのだが今回の場合、拘束の蛇は雷属性、龍一自身も雷属性の好条件に加え、魔力量が総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)とほぼ同じなのだ。

「拘束の蛇」。俺にとって敵の動きを封じる絶対的な魔法に対して、龍一にとってこれほど吸収しやすい魔法はないだろう。

俺の魔力を吸収するとみるみるうちに蛇の拘束が溶けていき、でかい神話魔術が振りかかる。

 

「終わりだ!総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)!!」

 

「くっ…それだけは通すわけにはいかない!三重魔法陣・鏡水!!」

 

「気をつけろ龍一!その魔法は神話魔術すらも軽々と跳ね返すぞ!」

 

咄嗟に三本の杖を展開させ、鏡を作り出す。

零二が叫んでいるが、龍一に慌てる様子はなかった。

神話魔術すらも軽々と弾き返す鏡水。だがこの魔法とて無敵ではなく、しかも龍一とはとことん相性が悪いのだ…

ホント、大迷惑もいいところだよ。

鏡水の効果で総てを射抜く雷光は跳ね返され遥か彼方の悠久の幻影の壁にぶつかり大爆発を起こす。

…何て強力な破壊力だ。

流石はトール…俺の全力にも劣らないその火力は素直に褒めよう…

そして、この俺に「一撃」を与えたこともな。

 

「ぐっ………」

 

「ついに君に一撃を決められたよ。でも、これだけの魔力を消費して「通常の」拳一発じゃ、かなりディスアドバンテージかな?」

 

龍一の総てを射抜く雷光は跳ね返された。

しかし、戦略破壊魔術兵器を装備した右手は鏡をすり抜けて俺の腹にしっかりと刺さっていたのだ。

 

「か…海斗?」

 

この状況で、心配していいのか悪いのかよくわからいので強くは言えないが、紗雪が心配そうにこちらを見てくる。

三重魔法陣・鏡水。

どんな魔法でも跳ね返すことのできる最強の鏡であるが、所詮跳ね返すことのできるのは「魔法」という名の特殊技に限る。

紅葉のように完全に遠距離射撃系の魔法を跳ね返すのは苦ではないが、龍一のように物理技を生かした魔法では物理部分が跳ね返せないのだ。

しかも、ただの拳とはいえ戦略破壊魔術兵器を装備した状態の龍一の全力の拳を生身で受けたことには変わりない。

相当のダメージをもらってしまったな。

 

「君の蛇から吸収した魔力のお陰でもう一発打てるよ。君の魔法は強力だけど、やはり弱点はあったね…これなら有効だ!総てを射抜く雷光!」

 

「クソッ!三重魔法陣・鏡水!!」

 

孤独な幻影(ミスゲイション)で姿を消したところで、この射程範囲からは逃げ切れない。

故に、俺はこの一撃を防ぐしかなかった。

先程同様遠くで大爆発の音、俺の腹には拳が刺さる。

 

「ふざけ…やがって………!」

 

「まだだ!僕は後4発使えるぞ!」

 

「何だと!?」

 

4発だと?

いくら龍一の魔力が高いとは言え、総てを射抜く雷光は上位クラスの神話魔術。

自身の力全てを使っても2発打っていいところだ。

それを、更に連続で放つと龍一は宣言した…

もし、それが本当なら俺は大量の拳を奴から受けることになる。

 

「零二!雷光を打ち砕く者!」

 

龍一は零二に近づくと、雷光を打ち砕く者の力を使うことで零二の拘束の蛇の拘束を解き魔力を吸収、そのまま総てを射抜く雷光へと装填する。

迂闊だった。龍一の総魔力が桁外れに高いわけではない。

魔力はそこら中に「落ちていた」のだ。

冷静に判断し、周囲の状況を見極めきった龍一が更に一歩俺を上回る。

 

「総てを射抜く雷光!!」

 

「鏡水!!」

 

まだまだ。拳を受けて俺がふらついた瞬間に今度はサクラの拘束を解き、次の神話魔術を放つ。

 

「総てを射抜く雷光!!」

 

「くっ…鏡水!!」

 

雷光を打ち砕く者→総てを射抜く雷光の無限ループ。

しかも、疾風迅雷も同時に展開しているのであろう。

俺が体制を立て直すより、向こうの神話魔術の方が速い。

俺は鏡水を発動し続けるために、魔力を消費し続けなければならなかった。紗雪の拘束を解くと、5発目の総てを射抜く雷光が襲い掛かる。

 

「総てを射抜く雷光!!」

 

「鏡水ぃぃぃぃ!!」

 

まだだ…まだ奴は放てる。

ここで倒れるわけにはいかない…だが、流石の俺もこれだけ連続で龍一の拳を受け続ければぐらりと視界が歪むほどのダメージを受けていた。

それほどまでに彼の拳(いちげき)は重いのだ。幼い頃から現在に至るまで、己の正義を貫くために鍛え続けてきた拳。

それが俺を射抜き続けていた。

紅葉の拘束を解くと、6発目が来る。

 

「いい加減に倒れてもらうよ!総てを射抜く雷光!!」

 

「ふざけるな…勝つのは俺だよ!鏡水!!」

 

6発目の総てを射抜く雷光も何とか拳のみで耐えきる…

だが俺の肉体のほうが悲鳴をあげ、ついに地面に膝をついてしまった。

 

「ったく、重いな…お前の一撃は」

 

「どっかの誰かさんのお陰で魔力使い放題だったからね… 総てを射抜く雷光6連発なんて、流石の僕もしたことがないよ。」

 

尽くうぜぇ…

だいたい、こっちは本来の力を使わずに手加減してんだっつーの…

流星のほうの魔法はオーディン用に取って置かなければならない。

まあ、いずれ使うにせよこんな最初の戦いから大っぴらにするわけにはいかなかった。

だが、龍一は今勝ちを確信している。それこそが、斬り込む最大のチャンスだった。

 

「だが、それで終わりならお前の負けだ。」

 

「なっ、何だと!?」

 

ちっ…吐血したか…

口から血を吐く俺に言われても大した説得力にはならないだろうが、それでも龍一は焦っていた。

敵の魔法を利用した完璧な一撃に相手は崩れた。

それ以外に何があるというのか?

 

「馬鹿な奴め…俺が何の対抗策も立てずにただお前の攻撃を受けてただけだと本気で思っているのか?」

 

「なっ………」

 

「あれだけの神話魔術の連続攻撃を受けながら対抗策を立てるなんて不可能なんだよ!!」

 

「私もそう思う…鏡水は確かに強力な魔法だけど、あれを6連続使うにはかなりの魔力を消費しているはず…」

 

拘束の解けた二人はありえないと定義する。

零二は意識を失ってしまった紅葉を抱き上げ、護ろうとしていた。

 

「ありえない?そんな言葉はマホウツカイには存在しないってどっかの二丁拳銃さんが言ってたよな?その通りだ。お前が紅葉の拘束解除を最後にした時点でお前の負けは決まってるんだよ!」

 

そう…俺は龍一の攻撃を受け続けながらも膨大なルーン練り続けていた。

俺の得意技は、戦闘を行いながら相手にバレないように魔力をチャージすること。

しかし、その魔法をどこで放出するかが問題だった。

龍一が零二の拘束を解いた時点で全員分解くことは容易に想像できた。

なら、最後に回すのは誰だ?

例外が存在すると、人はそれを特別に扱いたくなる。

今回の場合、紅葉だけが「意識不明」という名の例外だったのだ。

紅葉の近くに用意しておいた巨大な魔法陣が龍一の足元に広がる。

零二は紅葉を連れて咄嗟に躱すが、龍一を捉えた魔法陣はそのまま縦に五つ連なり巨大なタワーのようになっていく。

 

「な、何だこの魔力量は… 魔法陣から出れない!?」

 

「俺のその魔法陣に一度入ったものは、技を受けるまででることはできない。俺は霧魔法の使い手。相手の動きを制限したり、封じたりすることが得意な召喚せし者だ。」

 

「この魔力量…私の切り札や龍一くんの総てを射抜く雷光と同じクラスなんだよ!これを受けたら龍一くんは!」

 

「なっ…おい龍一!こんなとこで負けんじゃねえよ!」

 

「ははっ…すまないね零二。これは躱せそうにないや…」

 

「五重魔法陣・御神楽!!」

 

用意していた大量の魔力を一気に放つ。

総てを射抜く雷光と同等クラスの破壊力を持つレーザーが、龍一の足から頭へと一気に射抜く。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!?」

 

ボロボロになって倒れる龍一。

だが、お前はこの程度では倒れないよなぁ?

 

「これでトドメだ。死ね。」

 

「やめっ…やめて!!」

 

紗雪が叫ぶが無視。

俺は俺の計画のためならどんなことでもやってみせる。

それが悪魔だと言われようとなんだろうとな…

それが俺の「決断」だ。

5本の杖全てを、御神楽とは違うフォーメーションに配置し、魔法陣を展開させるとさっきまでいた場所が突然宇宙空間に変わる。

 

「宇宙…だと…?」

 

本や教科書でしか見たことのない幻想の空間に入り込んだ零二、紗雪、サクラはただ唖然とその光景を見ているだけだった。

そんな中、龍一は黒い丈夫な鎖で縛られ吊るされている。

 

「処刑人の裁きを始めよう。俺を本気にさせたことを後悔せよ… 摩天楼!」

 

「こんなの…マホウなんてレベルじゃないよ…宇宙空間を作り出し、あの魔物に僕を食わせるんだろ?こんなの…オーディンだって発動できるレベルを軽く超えてる…」

 

龍一の言う通り。こんな大掛かりで強力な魔法など、発動できる者はまずいないだろう。

「摩天楼」

それがその魔法の名。もちろん弱点はあるが、今彼らの目の前にあるのは絶望。それに変わりはない

火星の向こう側から全長500メートルはある超巨大な獅子の魔物が大口を開き現れた。

 

(殺される…!)

 

その言葉を思ったが最後、龍一の人生は幕を閉じた。



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話し合い①

長ったらしい説明フェイズです


摩天楼が炸裂し、龍一が魔物に飲み込まれていくシーンが見える。

だが、当の本人である俺は悔しそうに表情を作るも内心は物凄く笑っていた。

 

「命拾いしたな…」

 

だがそれは映像だけ…一つの光とともに世界が一変する。

宇宙空間が消え、悠久の幻影(アイ・スペース)も消え、戻された場所は今まで自分達が過ごしてきた日常の世界だった。

 

「手も足も…でなかったってことか…」

 

一方龍一は悔しそうにしながらその場に倒れ、意識を失った。

むしろ俺の五重魔法陣・御神楽を直で受けてよく生きていたと褒めてやりたい。

この魔法は神話魔術…故に、紅葉やサクラの切り札と同等の威力を持つ神の一撃なのだ

本来なら、肉体など跡形もなく消えていてもおかしくはない。

 

「悠久の幻影が消えた…ってことは、誰か召喚せし者(マホウツカイ)が死んだってこと!?」

 

「いや、それはないよ紗雪。それに関してはこれから説明しよう」

 

不安になる紗雪に優しく声をかける。

しかし、紗雪の方は全く安心できなかった

それは海斗を信用していないのではなくツッコミどころが多すぎて何から聞けばいいのかわからないからだ。

 

「紗雪からも質問があるんだろうが、当然俺からもあるぜ?どういうことなんだこれは。」

 

零二も俺を見て睨みつけてくる。

大切な人たちを傷つけられて怒るのはこの時から一緒か…

 

「…まあいいさ、俺が勝てば龍一に俺の話を聞かせる予定だった。その話を聞きたければお前達もくればいいさ」

 

「だけどその龍一はお前が倒しちまったじゃねえか!里村だって!」

 

「お、落ち着いて兄さん!私達召喚せし者は肉体がいくら傷ついても戦略破壊魔術兵器さえ破壊されなければ死なない… 多分、その事をわかってての行動だと思うから…」

 

「とりあえずマスターは、みんなの話を聞いた方がいいと思うんだよ!私から提供できる情報は、私の知る大まかなルールだけだから、現場の細かいみんなの考えなんかは全然わからないんだよ…」

 

流石に龍一のように直情的ではないのか、紗雪とサクラに言われて熱くなっていたことに気づく零二。

 

「そう…だな。俺に足りないのは戦闘と経験か… だが、本当にどうするつもりなんだ?意識不明の相手に話なんてできるわけねぇし、これ以上みんなを傷つけるなら俺は…」

 

「………すまなかった。」

 

俺は素直に謝る。

目的のためとはいえ、俺は自分の護りたい者達を傷つけてしまった。

これは決して言い訳して許されることではない。

膝をつき、頭を下げて謝ると、もう一言付け加える。

 

「そして、信じられないかもしれないが聞いて欲しい。俺はもう二度とお前達を傷つけることはない。俺はお前達の味方だからな。」

 

「………!!」

 

それを聞いた紗雪はとても嬉しそうな顔をしていた。

 

「紗雪。信じるにはまだ早い… 証拠はあるか?」

 

戦闘慣れしていないとはいえ、その龍一をも上回る冷静な判断は素直に評価しよう…

それも含め、これから話をする。

 

「かっかっか!それならウチに来るが良い!!」

 

「「「「…えっ!?」」」」

 

俺、紗雪、零二、サクラ。

この場にいる俺達全員が素っ頓狂な声をあげた。

声をかけてきたのは、何と零二達の家主である苺だ…っておいおい!これはヤバイだろう!

俺は龍一にボコボコに殴られ口から血を吐いているし、紗雪は魔力の使い過ぎと長時間の戦いで相当体力を消耗している。

更に、紅葉と龍一は全身傷だらけで意識不明ときた。

色々と見られてはいけないものを見られた気がする

てかお前いつからいたんだよ

 

「い、苺さん… これは…その…」

 

零二が何か言おうとするが、対して苺は冷静だった。

 

「細かい話は後にせい… どちらにせよ、道端でそんな状況じゃ、目を付けられるぞ?話をするにも、家の中の方がいいはずじゃ…」

 

「…確かに、相楽さんの言う通り。ここじゃ目立ちすぎる。兄さん、皇樹さんを運んでもらえない?他の私たちはみんな手負いで厳しいから…」

 

「そうだな…って、おい!里村は!?」

 

「…?そんなヤツおいてけばいいじゃない。家にあげるなんて家が腐る… 絶対イヤ!」

 

「ったく。サクラ…里村を運んで貰えるか?」

 

「マスターの頼みならなんでも聞くよ!了解なんだよ!」

 

ったく、下手すりゃオーディン打倒より紗雪と紅葉の和解の方が難易度高いんじゃないか?

仲が悪いとは聞いていたがまさかここまでとはな…

 

零二とサクラが怪我人を背負うと、俺達はみんなで相楽家に移動した。

 

到着。

まずは病人を部屋に寝かせる

紗雪が気を利かせて救急箱を持ってきたが、あまり出番はなさそうだ。

 

「それじゃ、私は下で待っておるよ… 必要になれば、降りてくるが良い」

 

「いいんですか?そんなんで…」

 

「うむ。私に構わずまずはそちらの方で話の整理をつけてくるのじゃ。」

 

零二が呼びとめるも苺はさっさと降りていってしまった。

あの女がどこまで知っているかも後で調べなければならなさそうだな。

 

「………信じていいんだよね?」

 

「ああ、俺を信じろ。とはいえ、話す事が多すぎるな…」

 

紗雪が心配そうに見てくる…

こんなに不安にさせてしまうとは俺もまだまだだな…自分を貫き通せとか偉そうに言っておきながら、紗雪はずっと心配し続けている。

俺と零二がまた戦ってしまわないかと…

 

「はっきり言って、俺は完全にパニックだ… 里村に襲われたと思ったら紗雪が出てきて、先生が出てきて、サクラが出てきて龍一が出てきて… もう何なんだよ…」

 

「じゃあ、まずは私とマスターの話しからするんだよ! マスターには脳内で情報は伝えてあるけど、おさらいもかねて、後は紗雪ちゃん達にも説明するんだよ!」

 

零二の戦略破壊魔術兵器サクラ。

そのマホウは、通常のマホウを遥かに逸脱している人型のマホウなのだ。

紗雪の言葉を借りれば、魔力を使い続けるという事は例えるなら自らが出血し続けている状態とイコール。

だから紗雪は弾丸を放つ時にいかに魔力を消費できるかを考え出し、今のような持久力に長けた戦いをすることができるのだ。

しかし、零二の出したサクラという名のマホウはその努力を全て無下にするかのような圧倒的なものだった。

本来、人型というのは物凄く燃費の悪い魔法である。

おまけに果てしなく弱い…これだけ大きな魔法を具現化させるなら、どう考えても四足歩行動物を召喚した方が強いだろう。

だから、例えできたとしても普通は召喚などしない。

先程の戦いで圧倒的な強さを誇った海斗ですら人型召喚系の魔法は使わないのだから。

 

「でも、マスターは苦もなく私を召喚し続けているんだよ!」

 

「…どういうことなの?」

 

サクラの説明は回りくどいな…

時間もないし、めんどいのでさっさと結論を言ってやる。

 

「つまり、その人型魔法を召喚していても何とも思わないくらいに零二の総魔力量は高いという事だ。」

 

「おまけに、私は完全自律思考型(スタンドアロン)だから、召喚する時以外はマスターの魔力は消費しない。つまり、マスターに魔力を注いでもらわなくてもある程度は自分自身で魔力を供給できるってことなんだよ。」

 

「なっ………!?」

 

「ずっと戦ってるらしい紗雪が目を丸くしてるのには驚くが、何かそんなすげえもん持ってるって言われても実感がわかないのが本音だな…」

 

(現にさっきはなんの役にも立てなかったし…)

 

「それは自分の力をまだコントロールできていないのと、単純な知識不足だ。サクラの話をしたのならついでの零二のマホウについても話をしておこう。」

 

「兄さんのマホウはサクラちゃんじゃないの?」

 

確かに零二はサクラを召喚するのがマホウのメインとなるが、零二自身もマホウを使うことができる特殊人材

…俺はそんな零二の能力を説明する。

芳乃零二の力…その魔法名は復元する世界(ダ・カーポ)。

対象物を24時間以内の状態に「戻す」ことのできる能力だ…

それは、人であろうと物であろうと関係ない。更に、24時間以内に出会った人物であれば自分の手元に召喚することもできるのだ。

 

「確かにすごい能力だが、それって戦闘じゃあんま役に立たないんじゃないか?」

 

「言ったろ?それは知識不足だと。確かに攻撃技ではないが、相手を思ってもみない場所に召喚することで隙を作り出したりすることもできる。補助魔法だけでもどれだけ強く立ち回れるかは、さっき身をもって教えてやったはずだが?」

 

「そ、そう言えば天王寺先生はさっき私達と戦った時、一度も攻撃技を使ってないんだよ!」

 

「い、言われてみれば…」

 

言われなければ全く気づくことがなかったのであろう、思い出したように紗雪とサクラが唖然とする。

 

「さ、流石に俺にはあれは無理だわ…」

 

「そうだな。確かに俺が使った唯一の攻撃魔法は龍一に使った御神楽だけ。お前達には攻撃技は使っていない… そもそも、できるだけ傷つけたくなかったのが本音だからな… だが、零二も慣れればあのくらいできるようになるさ。」

 

(なるさ、ではなく本来はなってもらわなきゃ困る。俺はそのためにこの世界にやってきたんだからな…)

 

まあ、話がこんがらがりそうなのでその話はぶった切ってしまった。

自分の力の話をされて、今零二が気づいたようなので。

 

「戻すってことは、24時間前の状態に傷も戻せるってことだよな!?」

 

「その通りだ。だからこそ、俺はお前達を攻撃できた… でなければもっと躊躇っていただろうな…」

 

「兄さんの持つ能力まで戦闘の計算に入れてるなんて… 海斗…貴方は一体…」

 

「………魔力を練り上げろ。使い方は、お前自身が教えてくれる。」

 

あ、ああ…と零二が返事し集中を始める。

紗雪の言葉に返事をしなかったのは、まだ俺自身に悩みがあったからだ。

本当に全てを話してしまっていいのか?

未来世界で恋人同士だったため、どうしても紗雪に色々聞かれると心が痛い。

…おかしいよな。今の紗雪にとって俺は会って2日の友達…下手すりゃ、愛しい兄を襲った敵のはずなのに…

今日一日でどれだけ紗雪に嫌な思いをさせ続けてしまっただろう…さっきから、そんなことばかりを考え続けている自分に情けなさを感じていた。

 

「よしっ、復元する世界!」

 

零二がその呪文を唱えると、龍一と紅葉の傷がみるみるうちに消えていく。ただ、少々魔力加減が上手くいってないな…強すぎて周りにいる俺や紗雪の傷まで一瞬で治っている。

それだけ二人が心配ということか…

 

「はぁっ…はぁっ… これでいいのか?」

 

「ああ、だが少し魔力を放出する勢いが強すぎるな。紗雪の話しじゃないが、次に使うときはもう少し抑えてみろ。」

 

「わかった…けど先生…意識回復してないんじゃないか?」

 

「人間と召喚せし者では造りが違う。召喚せし者にとっては、傷よりも魔力の消費のほうが何倍も負担になるんだ。だから、最低限の魔力が戻るまでは意識の回復は難しいだろう。とは言っても、この調子なら2,3分で目は覚める。心配するな。」

 

というわけで、二人が起きる前に次の話を進めておく。

それは、何故俺と零二が悠久の幻影以外で魔法を使えるのか?ということ。悠久の幻影が消えても、俺の5本の杖や零二のサクラが出たままなことに疑問を持った紗雪からの質問だった。

 

答えは俺達は元々最終戦争の参加者ではないから。

零二が参加者ではないのに、何故この戦争に無理矢理割り込めたのかは正直言って俺にもわからない。

だからそれ以上の説明はできなかった。

俺の方は理由は説明できるが、それはこれから話そう。

丁度寝ていた二人が目を覚ましたからな…

 

「んっ…」

 

「ここは…」

 

ほぼ同時に目を開ける二人。

 

「そっか…あたし…」

 

「おはよう、里村。」

 

「って、れ、れれれ零二!?」

 

ハッと周りを見ると慌てだす紅葉。

まあ、敵と認識した奴らが囲んでるわけだからな

 

「心配するな… もう悠久の幻影は消えてる。今は戦う必要はないってことだ…」

 

先程話してた内容を簡単に紅葉と龍一にもする。

 

「そうか…零二達も無事でよかったよ。」

 

「お前もよく死ななかったな…」

 

もう龍一の方は落ち着いたらしい。

隣でパニックに陥っている紅葉に気を使おうと、それ以上は何も話すつもりはないようだ

 

「あたし…」

 

「しょうがねぇよ… 誰だってそんなルール聞かされたら、戦わなきゃって思って当然だ。だから里村は間違ってない…」

 

「れーじも全部知ったんだね… 大切な者を護るためには、他の全てを倒さなきゃいけないって現実を…」

 

「いや、それがそうでもないんだな。」

 

……………

 

「「「「「えええええっ!?」」」」」

 

何気なく言った俺の一言に全員が驚愕する。



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話し合い②

「どういう事だ… みんなが死なずにすむ、具体的な方法があるというのかい?」

 

「ああ。俺が掛けに勝って話したかったことは…龍一、お前にその内容を説明した上で協定を結びたかったということだ。」

 

「一体どうすればいいの?」

 

「その答えは下で話そう。お前達の家主も待ちくたびれていることだろうからな。」

 

質問してきた紗雪と零二を見てそういう。

流石に最終戦争の内容を苺さんの前ではと零二は否定してくるが、もう少し気を回すべきだろう。

あれだけの惨状を見て何とも思わない女性なんて、もうほとんどの確率で「コッチ側」の人間だよ…

 

「里村紅葉。君はどうする?聞くか聞かないかは君の自由だ。」

 

「………」

 

「…里村」

 

しばしの沈黙のあと、紅葉が口を開く。

 

「心配しないでれーじ。とりあえず、話だけは聞いといてやるわ… だけど、あたしは人に踊らされるのは嫌いなの。どうするかはあたしが決める…」

 

「(重々知ってるよ…)ああ、それで構わない。それじゃ、場所を変えようか…」

 

移動している時、俺は零二に耳打ちした。

「鈴白なぎさをここに呼べ」と。

 

下に降りると相楽苺は新聞を読んでくつろいでいた。

…のんきな奴だな。上ではもっと危険な話をしているというのに

 

「おやおや、全部終わったようじゃの?」

 

「いや、はっきり言って半分も終わっていない。ここからはお前も混ぜて話をする。」

 

「ち、ちょっと海斗!?」

 

単刀直入に言ってやったが、苺本人は全く動揺していない。

こりゃ黒だな。

そして、俺は先程の話を続ける…

最後の一人になるまで戦わずに済む方法…それはすなわち、首謀者であるオーディンを倒すことだ。

元々悠久の幻影は強力な概念魔術で構成された空間であり、それには術者が存在する。

なら、その術者さえ倒してしまえばもう悠久の幻影は発動することはないということだ。

 

「確かに可能… でも、これだけの巨大な魔術空間を作れる相手を倒すなんて無理なんだよ…」

 

「だからこそ、こうして仲間を集めているというわけだ。」

 

「そこには同意せざるを得ないわね…私と黒羽紗雪は始まりの大地(イザヴェル)で、確かに首謀者がオーディンであるという話を聞いたわ。」

 

紅葉が言う。あの有塚陣が偉そうに語っていた内容…確かにそういう見方をすることもできる。

みんながその話に納得し始めている頃、来客が訪れた

ピンポーンとインターホンがなる

 

「芳乃くーん?言われた通りの住所に来たけど、ここでいいのー?」

 

「ああ、いらっしゃい鈴白… ここは俺んちだよ。」

 

なぎさが家に来たようだな…

先程零二に至急来るようにと呼ばせたが、案外家の近くにいたのかもしれない。

 

「お、お邪魔します?って、紅葉!…龍一まで!?」

 

「な、なぎさ!?」

 

「待ってくれ!何故なぎさまでここに呼ぶんだ!」

 

二人が慌てて声をあげるが隠していても意味はない。

いずれ話す時は来るのだから…

 

「俺が零二に呼ばせた。…この意味がわかるだろう?」

 

「ま、まさか…」

 

紅葉の顔が引きつる。

 

「そう。鈴白なぎさは召喚せし者だ。俺が学校に潜入したのは、召喚せし者の大半…すなわち、お前達がいるからという事になる。」

 

「本当に…鈴白もなのか?」

 

「こんな真面目な話をしている時に嘘をつく必要はないだろう…」

 

ふにゃ?と頭にハテナマークを浮かべるなぎさにもこの話の説明をするが、案の定理解できていなかった。

ただ、悠久の幻影にいたという自覚があるのは本人の口から聞けたので龍一や紅葉もそれで納得した。

紅葉に関しては、知人がみんな召喚せし者であって決めた決断に迷いが生じてしまった。

 

「紅葉…君の決断とは、なぎさを護ることじゃないのか?だが、そのなぎさは召喚せし者…」

 

「知っててあたしに質問してきたのね… なんて答えようと、あたしはアンタに従うしかないから…」

 

「そういう意味ではない。10人の召喚せし者全てを倒し、君が自殺すればなぎさを助ける事もできるだろうからな…」

 

不謹慎だが、先程提案したオーディン討伐と同じようにこれもやろうと思えばできてしまう。

だから、道を間違える前に紅葉も味方に加えたい…

 

「んー… んで、みんなはどうするの?」

 

いつもの表情の紅葉に突然戻ると、いきなり周りの意見を聞きはじめた。

 

「私は海斗に協力する… こんな戦争は、一刻も早くやめるべき…」

 

「俺も、みんなと殺し合いするくらいなら共闘の道を選ぶかな… さっきはいきなり襲われちまったけど、俺は里村とは戦いたくなかったぜ?」

 

「マスターに同意なんだよ!」

 

「そうだね… 僕も戦争には反対派の人間だ。特に断る理由はないよ。 天王寺先生、さっきは突然襲ってすみませんでした。」

 

「わ、私はまだよく理解できてないから紅葉と龍一に合わせるよ…」

 

5人の中で反対する者はいなかった。

まあ、叶うのであればみんな生きて日常に戻るのがベストだと、誰もが理解している。

確かにここにいるのは全員異能の力を持った人間だが、それを殺し合いに使う事を強制された被害者という共通点もある。

 

「わかったわ… これだけボロボロの状態でアンタ達と敵対しても特にメリットはないし、あたしも力を貸すわよ…」

 

渋々と紅葉も承諾する。

 

「それで、僕達は具体的に何をすればいいんですか?」

 

「基本的には共食いをしなければそれでいい。悠久の幻影が発動したら互いに連絡を取り合い、1箇所に固まること。そうすれば、やられにくくなるしな。」

 

「13時間の時間制限はどうするの?」

 

「…逆に考えろ、「13時間も」あるんだ。それに、悠久の幻影自体、当分発生することはないだろう。」

 

そう。それが、今回俺がみんなを襲った本当の目的。

俺と零二が最終戦争に招かざる召喚せし者だということは説明した。

零二の方は理由は不明だが、参加者として普通に戦闘を行なっている。

だがしかし、俺の方はというと俺の能力、孤独な幻影(ミスゲイション)により常に存在を隠した状態で悠久の幻影内にいる。

(このように常時発動し続けている能力のことをパッシブスキルといいます。)

そして、俺の魔法はオーディンですら見破ることはできない。

魔力反応により異例の存在がいることはわかってしまうが、その現場の鮮明な映像は霧がかかったように見ることができない。それは始まりの大地で観測を行なっているであろう有塚陣にもいえることで、俺の存在を見るには直接現場まで赴かなかければならないのだ。

 

そして、今回の戦闘はかなり大規模なものだった。

俺を除く、零二、サクラ、紗雪、紅葉…そして龍一。

これら5人の召喚せし者を圧倒し一度に倒す寸前まで追い詰めたのだ。

どこの誰かもわからないような人間に最終戦争の参加者を喰われそうになり、ましてやその中にはオーディンと同じ三極神のロキとトールもいる。

参加者以外に召喚せし者が倒されたとしても儀式に影響はないが、もし俺がこれら全ての召喚せし者を倒した場合6人(最終戦争の半数)分の魔力を手にするだけでなく、二極神の力も手に入れてしまうことになる。

だからこそオーディンは、自ら作ったルールさえも強引に書き換え、悠久の幻影を消した。

つまり、死者はでていないのである。

 

「つまり、その行動にオーディンが警戒を示したってことね。」

 

「流石は紅葉、大正解だ。そして紗雪、俺は先程悠久の幻影が消えた時に誰も死んでいないと言ったろう?」

 

「うん………」

 

「悠久の幻影は強力な概念魔術… それを強引に書き換えてまで、オーディンは戦闘を中止させた。 これには、相当の魔力負荷がかかるだけでなく同じ概念魔術を再構成するのにしばらく時間がかかるんだ。」

 

「…つまり、一度ルールを書き換えた悠久の幻影が元に戻るまで発動できない?」

 

「そういうこと。まあ、そういう目的があったにしろ、君達を傷つけてしまったことは事実だ… 改めて謝罪させてもらうよ…」

 

なぎさ以外の人間がようやく、今回の海斗の本当の目的を理解する。

そして、この人がついに口を開いた。

 

「ほほう…中々やるのう… 流石は零二の使者といったところじゃ。」

 

「え、俺?」

 

「なっ!? 貴様何故それを!!」

 

零二が首を傾げているが俺にとってはそれどころの問題ではない。

零二の使者だと?俺が未来から来たということはこの世界の誰一人として知る者はいない。

ましてや、未来世界でもロキ以外にこの事実を知る者はいないのだ。

 

「あっはっは!おねーさんを甘く見るでないぞ?」

 

「ちっ…」

 

「あれだけみんなを言いくるめてたセンセーを圧倒するなんて、相楽さん何か知ってるんですか?」

 

「うむ… 今ここで話してやってもいいのだがのう…」

 

これだけお膳立てをされてしまった。

何故かはわからないが、相楽苺は俺の正体を知っているらしい…

過去世界の紗雪がいるがゆえ、できるだけ話したくはなかったが信用を固めるため話しておくのもいいかもしれないな

 

「待て。それは、…俺の口から言おう。」

 

「そうじゃの… 天王寺海斗。己の正体、ここで明かすのじゃ… 少なくとも私はそのほうが良いと思うぞ?」

 

先程の紅葉ではないが、全てお見通しというわけか…

 

「自分で言うのもなんだが、俺にはおかしな点が多くある。特に、紗雪と龍一はいくつか思い当たる節があると思うがな…」

 

「わ、私の心を読んだかのような話をしたりとかそう言うの?後は初めて会った時、私と兄さんの関係を詳しく知ってたこととか…」

 

「僕は戦闘面だね… 立ち回りで気になったけど、先生はもしかしたら僕達の手の内を全て知ってるんじゃないですか?」

 

二人共鋭いというか、長年戦士として生きているからか勘はバッチリのようだな。

 

「そうだな…大正解だ。お前達のいうように、俺はそれら全てを現場判断するような神の頭脳は持ち合わせていないし、未来を見る魔法は使えない。」

 

零二達は特に何も感じていないので頭にハテナマークを浮かべているが、恐らくこちらのほうには食いついてくるだろう。

 

「結論から言うと、俺はこの世界の人間ではないんだ。」

 

「えっ…?」

 

「またまた、何を言い出すのかと思えば…」

 

紗雪を始めほとんどの人間が驚いた表情をする。

ふざけたことを言ってると紅葉が突っ込もうとするが、それを苺が制した。

 

「残念ながら真実じゃよ。何もかも。」

 

「嘘…だろ…?」

 

「なら、先生はタイムスリップでもしてきたって言うんですか?」

 

流石だな。先読みの具体例を出したからか、過去世界やファンタジー、並行世界を差し置いて未来の話を持ってきたか

 

「似たようなものだ。俺は、一年後の未来世界から来た人間。その世界において芳乃零二。君とは親友だったんだよ…」

 

「だからさっき…苺さんは俺の名前を…」

 

未来世界。

まあ、今のこいつらには想像できないだろうな…

俺の住んでいる一年後の月読島が、何もない廃墟と化しているなんてな

 

「特に紗雪、そして紅葉。きみたちとは仲良くさせてもらっていた だから、本当に悪意はないんだ… 俺はこんな残酷な儀式を止めて君達を護りたい。そのためにこの世界に来た。」

 

「未来から来たとか何かすごそうだね!紅葉!」

 

「そ~言われたって実感なんか湧かないわよ… 一年後のあたしが何考えてるか知るわけないし。てか、ホントにあたしと仲よかったの?」

 

(私はなんとなくわかる気がする… たった2日しか会ってないのに、何だかずっと海斗のことが気になる… 海斗に良い所がいっぱいあるから、未来の私は仲良くしてたのかな?)

 

紗雪は胸に手を当て何やら妄想しているようだが、ちょっとばかり紅葉に信憑性を見せつけてやろう。

 

「ほう、相楽苺の言うことは信じられるが、俺の話は信用ならないと?」

 

「別に?あたしは自分の目で見たものしか信用しないって決めてんのよ…」

 

「君の考えていることなんて大体予想はつくさ… さっきもそんな話し方をしていたという自覚はあったが、気づいていなかったのか?」

 

「へぇ… 大体わかる…ね… じゃあ今あたしが何考えてるか当ててみなさいよ!」

 

なんつーガキみたいな言い草だ…

まあ、こういうのに乗っかる俺も悪乗りが過ぎるというか。

 

「面白い… 君の思考からパンツの色まで全部当ててやるよ。」

 

「ふふん、面白いわねそれ。あたしの下着の色当てられるかしら?もちろん、ノーヒントだからね!」

 

「黒の勝負下着。」

 

「ぶーーーーーーーーっ!!!!????」

 

速攻で即答してやったわけだが…

あ、思いっきり吹き出した上に顔が真っ赤になってる。

こりゃ図星か…

 

「な、なななななんで知ってんのよ!!見たでしょ!!」

 

「いや、今日里村と先生が会ってからずっと一緒にいたけど、お前が寝てる時もそんな余裕はなかったと思うぞ?」

 

大好きな零二に苦笑いされ、なお突っ込まれている。

この俺を挑発するからだ、ざまあみろ。

 

「ぷっ…」

 

「あははははっ!」

 

紗雪となぎさが笑い出した。

龍一も笑いそうになっているが、女性のためと必死に笑いをこらえている。

 

「こらーっ!笑うな!黒羽紗雪!なぎさもーっ!」

 

「ぷっ…会長がいなくてよかったな、里村。」

 

いや、零二も笑ってたわ…

確かに雨宮がいたら大惨事だな。

とりあえず大勢の前で赤っ恥をかいて両手をぶんぶん振り回す紅葉を零二となぎさがなだめている。

 

「少しは信用できそうか?」

 

「はい…痛いほど…」

 

涙目になる紅葉。

あー…そうか、犬猿の仲である紗雪の前で恥かいたのも影響してるのか…

そう思いながら紗雪のほうを見ると何だか機嫌が悪かった。まあ紗雪の言いたい事は言われなくてもわかるがな

 

(何で里村紅葉の下着の色を海斗が知ってるの!!)

 

「何で里村紅葉の下着の色を海斗が知ってるの!!」

 

うわ、一字一句同じじゃん。

誰かピタリ賞くれよ

 

「恐らく、それに答えると紗雪も恥かくからやめておいたほうがいいな。」

 

「な、尚更気になる………」

 

ネタを挟んでしまったが、俺は苺に詰め寄った。

こんな話をさせた現況の正体も知っておかなければこちらの気が済まない。

 

「で、そちらも話をしてもらえるんだろうな?」

 

「うむ。これは、海斗が私に気づいた時話しても良いとロキに言われておるのじゃ」

 

「ロキ…だと?」

 

「ロキって誰のこと?」

 

「おそらくは、未来世界のマスターのことだと思うんだよ!」

 

まだ状況がうまく飲み込めないなぎさにサクラが解説していた。

まあ、北欧神話なんて興味なきゃ調べたりしないよな普通。

 

「結論から言えば、お主がこの世界に来るために未来世界とこの世界の橋渡しをしたのが私じゃ…」

 

「何を言っている?俺は自分の意志でここまで来たが…」

 

「何もわかってないのう… お主の総魔力は、あのオーディンにも引けを取らないくらい圧倒的な物。そんな莫大なエネルギーを持つお主がその全てのステータスを維持したまま来るとなれば歴史の歪みが大きくなってしまう。」

 

「だから、ロキと協力することで俺を安全に通す門(ゲート)を作ったということか…」

 

「その通り、ロキからは一通りの話は聞いておる。お主が行き詰まった時は力になってくれと念押ししておったよ…」

 

「そう…か… あの野郎…」

 

「あの野郎って…それ俺のことなんだよな?」

 

「あっはっは!確かにそうじゃの!」

 

零二が突っ込むと苺は大笑いしていた。

 

「これで、一通りの話は済んだみたいだね。これから共闘関係を結ぶ以上、連絡は取れるようにしておいたほうがいいと思うけど?」

 

「そうだな…」

 

龍一の提案で皆それぞれにアドレスを交換し始めるが…

 

「えー!黒羽紗雪のなんかいらない!」

 

「私も非常に同感。貴女のアドレスでケータイが壊れたらどうしてくれるの?」

 

「んなウイルスみたいなものあるか!」

 

「貴女なら何をしでかすか分からないもの…」

 

また喧嘩が始まった。

 

「な、なあ… 未来でもあの二人はこんなに仲が悪いのか?」

 

「いや、むしろ俺から言わせるとどうしてここまでいがみ合うのかが理解できないんだが…」

 

少なくとも、俺の知る世界の紗雪と紅葉はそこまで仲悪くなかったんだよなぁ…

 

龍一となぎさの説得により、何とか二人にも交換をさせるが物凄く不服そうな顔をしていた。

 

この後はとりあえず解散することに。これ以上色んな話を続けても疲れるだけなので、とりあえず明日また全員で集合し話の続きをすることになった。今後の細かな方針などを説明するために、俺の方も準備をしなくてはな…

 

龍一と紅葉がかなり消耗していて危険なため、サクラとなぎさが付き添っていくことになり4人は家を出ていった。

 

「さて、私も少し休ませてもらうかの… 晩御飯になったら呼んでくれるか?」

 

「わかりました、俺の方は体大丈夫なんで用意しておきますね?今からだから簡単になっちまいますけど…」

 

「紗雪。帰る前にもう少し話をしたいんだ…一緒に散歩でも行かないか?」

 

「えっ… あ、でも今日は遅くなっちゃったし兄さんの手伝いをしないと…」

 

「俺の方は気にすんな。元々今日は俺の当番だし、俺も少し一人で今日の状況を整理したいからな。」

 

「わかった… じゃあ、行ってきます兄さん。」

 

「おう、行ってきな…」

 

零二がキッチンに向かうと、俺は紗雪を連れ出し外へ出るのであった。

 

★天王寺海斗SIDE END★



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話し合い③

★芳乃零二SIDE★

 

「苺さーん、ご飯できましたよー!」

 

紗雪が先生と出かけていったので、俺はちゃちゃっと晩御飯を作ると苺さんを呼んだ。

紗雪が心配じゃないのかって?

俺はそこまで心配性でも疑り深い性格でもねーよ…今日の話を聞いて、ひとまず俺は天王寺先生という人間を信じることにした。

後押ししていた苺さんの言う事が間違いということはないだろうし、俺と親友だって話も嘘には聞こえなかった。

それにしても未来の俺か…どんななんだろうな。

 

「すまんのう零二…戦いの後なのに作らせてしまって」

 

「いえ、俺は何もできませんでしたから。にしても苺さんは全部知ってたんですか?」

 

「うむ。といっても、私は召喚せし者ではない。れっきとした人間じゃ… まあ、ちょっとばかし特別なことをしていたんじゃよ…」

 

深くは語らずも、自分は関係者だと認める苺。

紗雪も苺さんもそっち方向に関連のある人だったとはな…

何も知らなかったのは俺だけってことか…

 

「あ、どうぞ… 有り合わせの炒飯ですけど」

 

「私はな、オーディンの知り合いなんじゃ…」

 

「えっ…?」

 

オーディンの知り合い?

てことは、苺さんはオーディンが誰なのか知ってるってことか…

 

「だからこそ、こんな馬鹿げた儀式を止めたいと未来のお主が来た時には協力してやったのじゃよ… お主も協力するつもりなら海斗をサポートしてやるとよい。未来世界の奴等は相当やる気満々じゃからな…」

 

「そりゃ、そのつもりですけど… 苺さんはオーディンが誰なのか知ってるってことですよね?」

 

「お主もその時がくればわかるじゃろう… 今は知らなくとも良いことじゃ…」

 

苺さんはそれ以上は何も言わず、ただ食事だけを済ませ食べ終わると部屋に戻っていってしまった。

俺も片付けてさっさと休むか…

紗雪の分も用意して、温めるだけにすると今日の事を振り返ってみる。

里村達と戦い、サクラと出会い、みんなの気持ちを知り、先生や苺さんの正体を知り…その上で、自分は何を知り、何をしなきゃいけないのか…

そんなことを考えながら、俺は体を休めるのであった。

 

★芳乃零二 SIDE END★

 

★皇樹龍一 SIDE★

 

零二の家を出た僕等はまずは里村の家を目指して歩いていた。

本来なら男である僕がみんなを護らなきゃいけないのに、まさか女性に護衛されるなんてね…

でも、正直二人サクラちゃんがいて助かった。

なぎさは召喚せし者らしいけど、まだ覚醒していないし僕と里村はかなりフラフラだ。

魔力が底をつきていて、本来なら立っているのも厳しいくらい…僕の場合は貧血と眩暈が酷いな…

 

「してやられたわーったく…」

 

それでも、無言で歩くなんてつまらないと口を開く里村。

こういった心配をしたり、今日の事を振り返ったりと思考を巡らせる僕にとってこういうマイペースさはあまり理解できないな。

 

「まあまあ… それにしても、今日の話って本当なんだよね… 紅葉達が戦いに巻き込まれてて、先生が未来人だったなんて…」

 

「正直…信用していいのかはまだわかんない。あたし、まだ殆ど話したことないしね…」

 

「それは僕もだよ。裏切るメリットはないにせよ、まだ半信半疑だ。」

 

何も考えてないようで、意外と考えているのか?

残念ながら、僕には里村の思考回路は理解できない。

 

「私は、信じてもいいと思うな…」

 

意外にもそう言ったのはなぎさだった。

 

「…なぎさ?」

 

「一生懸命になってる人の目って、見れば大体わかるよ… 先生は本気になって私達を助けようとしてる。 じゃなかったら、自分の生活を犠牲にしてまで過去になんて来ないよ…」

 

「た、確かに…」

 

「私もなぎさちゃんに賛成なんだよ。確かに私はマスターの戦略破壊魔術兵器(マホウ)で戦うための道具かもしれないけど、私だってこんな戦いは望んでるわけじゃないんだよ…」

 

疑い過ぎるのも悪い癖…か。

なぎさやサクラちゃんに言われて改めて気がついた

最後の一人になるまで戦い続けなければならない最終戦争のルールを知った時、自分が生き残るためにと相手を疑う癖をつけてしまっていたのかもしれない。

戦いを有利にするのは確かに大切だけど、それは友情を深める部分では障害となる。

人を信じる気持ちも、大切にしていかないとね…

 

「なぎさの言う通りかもね… ちょっと、疑い過ぎたかも…」

 

「紅葉の場合は、男の人って時点で棘を刺しちゃうのが良くないから上手く信じられなかったんだと思うよ?その点、芳乃くんって不思議だよね…」

 

「ホント、あの里村が零二だなんて僕もびっくりだよ」

 

「れーじ…か… そうだね、私はなぎさのためなられーじと戦うことも厭わないって思ってたけど、今はれーじと戦わなくて済む可能性もあるんだもんね… せっかくあるならそれに掛けなきゃ…」

 

芳乃零二。

この単語で里村の決意は新たになった

すごいや零二…君はどこまでも不思議な力を持っているね…そんな零二を、僕は本当に羨ましいと思ってるんだよ…

紅葉を送ると、なぎさを送り、僕も帰路についた。

 

★皇樹龍一SIDE END★

 

★天王寺海斗SIDE★

 

外は真っ暗か…結構長い間話し込んでいたんだな…

みんなには悪いことをしてしまった。

まさか、みんなを驚かす立場の俺が、逆に驚かされてしまうとは相楽苺…あなどれん

 

「ごめんな、紗雪…」

 

「昨日夜遊びはダメとか言っておきながら、連れ出しちゃって…とかなら、気にしてないよ?」

 

「なっ………」

 

「ふふっ、海斗って自分の言った発言をすごい気にするよね、少しわかった気がする。」

 

「…こりゃ、紗雪に一本取られちまったな。」

 

まさか会って2日で読まれるとはな。

ついつい苦笑いしてしまったよ…

 

「呼び出しといてなんだが、どこを歩くか全く決めていなかったな…」

 

「ん… なら、商店街とか海の方に行こう?今日は、静かな場所を歩きたい気分だから…」

 

「そうだな… あんな話をしてしまったんだ。少し落ち着きたいものだ…」

 

少しの間、無言で二人で歩く。

紗雪の方も聞きたいことが山ほどあるだろうに…

俺が未来のことを引きずってる場合ではないか。

 

「海斗って、どんな気持ちなの?」

 

「どんな気持ち…?」

 

沈黙を裂いたのは、紗雪の意外な質問だった。

 

「大事な友達…未来の兄さんの頼みっていったって、離れ離れになっちゃったわけだし、この世界に来ても見知った顔はいても誰一人自分の事を知ってくれている人がいない… 辛くないのかなって…」

 

「確かにそうだな… 辛くないといえば嘘になるが、俺も色んなことをしてきたからな。一人には慣れてるんだ。それに、今はそうでもないさ」

 

この世界の紗雪と美樹が友達になってくれたから…

そう素直に伝えると、紗雪は照れたように頬を赤く染めた。

しかし、これだけのことがあってよく紗雪は俺のことを疑わなかったな…

はっきりいって、敵対も少しは覚悟していた。

しかし紗雪は先程の話し合いの時も真っ先に俺に協力すると言ってくれた。

 

「海斗は…何だか嫌な感じがしないの…絡む時は絡んで、嫌がるラインまでは絡んでこないというか… ううっ…うまく言えない」

 

「…パーソナルスペースのことか?」

 

パーソナルスペース。

人には、一人一人自己のエリア…すなわち、空間というものが存在する。

例えば、人が殆ど乗っていないガラガラの電車の中で知らないおっさんが自分の隣に座ったらどうだろうか?

いい思いをする人はいないと思うし、離れた席に座ればいいと思うだろう。

しかし、家に帰って先程の電車とほぼ同じ距離感覚で家族が隣に座っていたら?

特に嫌な感じはしないし、むしろそれが普通だと思うだろう。

このように人には時と場合、そして対象者など…様々な状況で変化する一定の空間というものがあるのだ。それをパーソナルスペースといい、紗雪は俺にそれがあると言いたいらしい。

 

「あ、うんそれ… 昨日美樹さんと買い物に行った時も、海斗とは初めて会ったはずなのに全然嫌な感じがしなかった。だから、そういうのあるのかなって…」

 

「ははっ… そうか…昔、俺の仲間だった奴にも同じ事を言われたよ…」

 

不思議と笑みがこぼれていた。

俺は、ここに来る前も幾多の戦場で戦いを繰り広げていた。

その時に、俺の右腕とも呼べる相棒によく似た事を言われていたっけ…

向ヶ丘楓… 仕事の都合で二年以上会ってないが、元気にしているだろうか?

 

「仲間って…女?」

 

「そうだけど、お前の考えているような展開はないぞ?何せ、向こうは男性恐怖症だからな。」

 

「え、なのに仲間だったの?」

 

「ああ。男性でも俺だけは大丈夫だったらしくてな… その時にパーソナルスペースの話をされたんだよ。」

 

危ない…

紗雪の機嫌を損ねてしまうところだった。

零二が色んな女の子と仲良くする度にヤキモチ焼くもんな…

もう少し同性にも心を広く持とうぜ…

まあ嘘は言ってないし大丈夫だろうが

 

「その人が右腕なら、私は左腕になってもいい?」

 

「あ、ああ…別に構わないが… ここまで素直に信用されると正直俺も驚くな…」

 

「ん… 嫌?」

 

「嫌じゃないが、俺にそこまで優しくする理由がはっきりいって理解できない…」

 

だが、その答えは簡単だった。

「昼間のお礼」

始まりの大地(イザヴェル)から戻ってきて、俺が紗雪を気にして相談に乗った時、紗雪はかなり楽になることができ嬉しかったそうだ。

今回は、俺が寂しそうな顔をしているからそのお返しがしたいとそう言ってきた。

戦闘面でも日常面でも、辛いと思う感情が知らず知らずのうちに俺の表情にも出ていたのかもしれない。

そんな単純な理由で?と思うかもしれない…というか、事実俺がそう思い紗雪に聞いてみたが理由に時間の長さも事の大小も関係ないと笑顔で答えるだけだった。

 

「…絶対に死なせないからな。」

 

「うん、こんな戦争、早く終わらせよう…」

 

二人で笑いあい、握手をするが…

 

「紗雪、手冷たいな… 寒いか?」

 

「ううん… どっちかっていうと、魔力欠乏症かも… さっきから少し眩暈がして…」

 

「あのなぁ… そう言うのは先に言えよ… 俺も病人を無理矢理連れ出したりしないって」

 

「で、でも!海斗と話したかったから!」

 

…何て可愛い奴だ。

自分が具合の悪いのを差し置いて、俺の事を考えてくれていた。

こんな紗雪だからこそ、俺は惚れたのかもしれないな

 

「ったく、お前の魔法は光属性と闇属性だったな。うたまるはどっちだ?」

 

「えっと…右手… でもどうするの?魔力の譲渡なんて…」

 

「あいにく、俺は全属性の魔法が一通り使えるんだ。普通は無理でも俺の場合は対象者と直接繋がることで同属性の魔力を譲渡してやることができる… まあ、お前の場合は2属性だから少々面倒臭いけどな…」

 

「そ、そんなことができるなんて…」

 

ごちゃごちゃ言ってないでさっさと両手を握れ!

黙っていた紗雪へお仕置きとして強引に両手を奪うと握り、互いの額をくっつける。

 

「ひゃっ!?ち、ちょっと!こんな道端で///」

 

紗雪が真っ赤になっているがそんなものは関係ない。

紗雪の右手に光、左手に闇属性の魔力を流し込む

すると、顔色がよくなり体に熱も戻ってきた。

 

「次からは無理せず俺に言うことだな。」

 

「ううっ…」

 

反省するようにシュンとする紗雪。

お互いに心配しあうことで逆に空回りしてしまう…真に通じ合うまでは、これが中々苦労するのだが今ではその行為すらも楽しいと思えた。

 

「体の方は大丈夫か?」

 

「うん。お陰様で楽になった… 明日から大変になるね…」

 

「そうだな。とにかく今は休め… 明日は紗雪にも頑張ってもらうからな」

 

「わかった。兄さんには何か伝えておく?」

 

「いや、今の所はいい… ただ、この最終戦争を乗り切るには零二、そして紗雪…おまえ達がどこまで強くなれるかで全てが決まる。 それだけは肝に銘じておいてくれ…」

 

なんてったって、その無限の可能性を引き出してくれないとオーディンには勝てない。

この時は言っていなかったが、正直な話俺の作戦が成功しハッピーエンドを迎えられる可能性は30%程度しかないのだ。

しかも、それは完全状態での数値…

紗雪や紅葉、なぎさに龍一…

オーディン戦までで必要なピースが減れば減るほどその成功確率は下がる。

みんなの信用がとても重要になる中、紗雪が積極的なのはこれほど幸運なことはない。

紗雪と別れると、俺も一人帰路についた。

 

★天王寺海斗 SIDE END★

 

 

 

 

 



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海斗の真の目的

★芳乃零二SIDE★

 

翌朝

今日は日曜日か…

昨日は色んなことがあって、ぶっちゃけ頭の整理が追いついていない。

結局紗雪とは会ってないけど、大丈夫かな?

 

「ううん… おはよう兄さん…」

 

と考えていると眠そうに目を擦りながら紗雪が起きてきた。

 

「うわーーーーっはーーー!!??」

 

ガラガラガッシャーン。

物凄い音がキッチンから聞こえる

中々出番がなくて本人は不服らしいが、昨日から俺の戦略破壊魔術兵器であるサクラもこうして居候することになった。

朝っぱらから皿を割るという豪快なアクションで紗雪は驚き、目が覚めたみたいだけど。

 

「おやおや…サクラは慌てんぼうじゃのう…」

 

「ご、ごめんなさいなんだよ…」

 

苺さんは笑っているがペコペコサクラは謝っていた。

 

「…なんだか、凄い賑やかになったね」

 

「だな。」

 

俺達は苦笑いして、一緒に朝ご飯を食べた。

そして…

 

「今日から、色々やんなきゃなんないんだよな… 紗雪、昨日先生は何か言ってたか?」

 

「ううん…特には… ただ、この戦いを終わらせるには私と兄さんがどれだけ強くなれるかが掛かってるからって…」

 

「うーん… マスターがロキの魔力を持っているってのは納得だけど、どうして紗雪ちゃんもなんだろう…」

 

「さぁ… 私にもよくわからない。」

 

そんな話をしていると、そう言った本人からまとめてメールがきた。

 

午前10時に公園に集合。

誰か一人でも遅刻したら零二がホモだという噂を学園中に流す by,海斗

 

「に、兄さん…」

 

「ドンマイなんだよマスター!」

 

「まだ流されるって決まったわけじゃねぇぇぇ!!」

 

てか何なんだよこの緊張感に欠けるメールは!

いや、違う意味で緊張はするが…

昨日真面目に考えて今日からどうやって生きていけばいいのか真剣に悩んだ俺の苦労を…

 

今度は俺のケータイに電話が掛かってきた。

次から次へとなんなんだ?

 

「もしもし?おはよう芳乃くん…」

 

「おっ、鈴白か?どうした?わざわざ…」

 

「いや、メール見てたんだけど紅葉のこと起こした方がいいんじゃないかなって思って… 紅葉って、こういう約束結構遅刻するタイプなの…というか、こんな内容書かれてたら悪ノリしてワザと遅刻するかもしれないし…」

 

「確かに、里村ならありえるな… わざわざありがとな。」

 

「ううん、私も準備するからまた公園でね!」

 

親切な鈴白のおかげで大事な用事を思い出した。

生徒会の件といい、デートの件といい…里村にはやられっぱなしだからな。

先に打てる手は打っておくか…

 

「悪い、紗雪、サクラ…先に二人で出かける準備しておいてもらえるか?」

 

「ん、わかった… 私も着替えるから…」

 

そういうと紗雪は部屋に戻っていく。

里村と電話しているのを紗雪に見られると厄介そうだからな。

ちゃんと準備しててくれればいいんだが…

そう祈りながら俺は里村に電話をかけた

 

「はーい♪れーじ専用のアイドル紅葉ちゃんでーす!朝から電話なんて大胆だね!まさか、遂に愛の告白!?」

 

電話に出るなりマシンガントークでワケのわからないことを言ってくる里村。

 

「いや、どっから突っ込めばいいんだよ…」

 

「ま…そんなわけないわよね… よーけんは分かってるよ?遅刻するなでしょ? どーしよっかなー!」

 

鈴白よ…ホントに里村と親友なんだな…

案の定すぎてため息が出た

 

「あのなぁ、仮にも俺の事が好きなら少しは俺の事を気遣えよ…」

 

「それはそれ!これはこれでしょ!実際噂が流れたらおもしろそーだし?あたしはそもそもあの先生をそこまで信用してないし?」

 

「そこを何とか頼むよ里村… 真面目に頼んでるんだ…」

 

「………行くわよ。でも、あたしははっきりいってそこまで乗り気じゃない。それは分かってるわよね?」

 

「ああ。だからこそ、自分の目で見た方がいいと俺は思う。」

 

「大丈夫よ、ちょっとれーじをからかいたかっただけ… ちゃんと公園で待ってるからさ」

 

「おう、ありがとな里村。」

 

…ふぅ。

何とか里村も来てくれそうだな…

俺もさっさと準備をしよう

苺さんに挨拶をすると、紗雪、サクラと共に俺は公園に向かうのであった。

 

★芳乃零二SIDE END★

 

★天王寺海斗SIDE★

 

☆公園☆

 

約束場所で俺はみんなが来るのを待っていた。

誰が協力的で、誰が疑心暗鬼しているのか、また時間や指示通りに動けるかどうかの簡単なチェックも兼ねて…

 

最初に来たのは龍一だった。

 

「ほう、意外だな…お前が最初とは…」

 

「この島の未来がかかっているんです…むしろ遅いくらいですよ。」

 

「ったく、相変わらず生真面目な奴だ…」

 

「やはり、未来の僕とも知り合いなんですね。僕の魔法をみても驚かなかったのはそういう理由でしょう?」

 

「とは言っても、総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)を直接見たのは初めてなんだがな… 俺はロキにデータとして話をしてもらったに過ぎない。」

 

「なるほど…それであの強さとは恐れ入ります…」

 

あれだけ鍛えて自分に自信を持っていたのに、こうもあっさりやられてしまってはやはり気になるか…

他に誰もいないからと戦闘面に関してかなり質問された。

しばらくすると、鈴白をはじめ人が集まってきた。

 

「おはよう、龍一に天王寺先生。」

 

「ああ…おはよう。」

 

「来てやったわよー…」

 

不服そうにしながら紅葉もやってきた。

10時で朝早いとか文句言うならそれはただのぐーたら女だ。

まあ、信用されていないんだろうな…おそらくは

 

「おはよう紅葉!」

 

「うん、おはよ。なぎさ今日の私服可愛くない?」

 

「えっ?そ、そう…?」

 

「こらこら2人共、今日は遊びの為に集まったわけじゃ…」

 

「うっさいわねー朴念仁! そりゃ、確かにそうかもしれないけど普段通りに過ごしちゃいけない理由なんて何もないでしょ?」

 

注意しようとする龍一に反論する紅葉。

確かに、紅葉の言うとおり日常を過ごす権利には誰にでもある。

召喚せし者と言えど、悠久の幻影が発動していない限りは強制的に戦う必要もない。

俺達のように、召喚せし者同士で普段通りに生活していても何もおかしいことはないだろう。

 

「でも!」

 

「龍一も落ち着いて…私達の目的は最終戦争を終わらせることなんでしょ?」

 

「むしろ、そんな事のために一々口喧嘩していては、肝心な戦いの時に思うように力が出せない可能性もある。紅葉やなぎさの言うとおり、ここはお前が引くべきだな…」

 

「先生まで…」

 

納得いかないと渋々黙る龍一。

すると突然紅葉がイライラしだした

…紗雪達が来たのか

 

「悪い、俺達が最後だったか…」

 

「みんなおはよーなんだよ!」

 

「おはよう… さて、これで全員揃ったわけだな。」

 

「それで、具体的に僕達は何をすればいいんですか?」

 

龍一が質問をすると、俺は説明していく。

 

「まずは、これを見て欲しい。」

 

そう言って取り出したものはノートパソコン。

その画面には、月読島全体が写っている大まかな地図が乗っている。

 

「…島の地図?」

 

「そうだ。そして、現在この島に存在している召喚せし者はここにいる。」

 

そう言って俺が画面をクリックすると、島のあちこちにいくつも点が現れた。

基本的に黄色、緑、赤、青の4色で大きさの異なるものがある。

 

「えっと、これはどうやって見れば?」

 

「あ!公園には点がたくさんあるんだよ!」

 

…そりゃ、俺達召喚せし者が今集結してるわけだからな。

黄色が、今回最終戦争に巻き込まれた参加者12人を表している。

緑は参加者以外の召喚せし者…まあ、俺や零二がそれにあたる。

そして青が召喚せし者以下の能力を持つ能力者。これは今は警戒する必要は特にないだろう。

そして、赤は測定不可能な上、俺が要注意人物として危険視している人物がいる地点を表している。

当然、リアルタイム観測で動いている点や動いていない点が存在する。

 

「す…すごい…」

 

「どうやって用意したんだ?こんなもん…」

 

なぎさが素直に驚き、零二は当然の疑問を投げかけてくる。

俺はこの島に来てから最終戦争が始まるまで、準備と称して色々やっていたのは知っていると思う。

描写はカットしていたが、具体的に何をしていたかというと島のあちこちを歩き回り、魔力探知機のようなものを設置して回っていたのだ。

異能の力は、発動していなくてもその異変は僅かに漏れる。

それをキャッチする探知機に、俺の魔力を少々加えることで擬似的だが強力な召喚せし者レーダーの完成と言う訳だ。

 

「なるほど、先生も先生なりに準備は進めてたってことか…」

 

「でもこれって、色や大きさでどこに危険人物がいるかはわかるけど、個人の特定はできないんでしょ?」

 

「まあな。だが、俺は参加者全員の顔を知っている故、殆ど特定できるようなものだ。例えばここに黄色の点が3つあるだろう?」

 

そういってごく普通の道路上にある点を指さす。

道路上の時点で動いてないと不自然だが、この点は3つとも止まったまま。

つまり、ここから異空間に飛んだと仮定ができる。

異空間や概念魔術空間に飛んだとしても、元の世界に戻るときは同じ座標に飛ぶ。

更に、このレーダーは異空間に飛んでもその飛んだ地点の座標を固定し続ける。

結果

 

「ここにいるのは有塚陣だな。残りの2つは、奴の側近だろう。」

 

「本人の洞察力が加われば、ほぼ無敵と言うわけか…」

 

「そして、俺が見て欲しいのはこの点だ。」

 

「点…なの?これ…」

 

場所はこの島唯一の病院である高嶺病院。

そこに病院の敷地よりもずっと大きな黄色い円がある…それを俺は点といったが、点とは言えないくらいの大きさのものだ。

 

「ああ…こいつは一人の召喚せし者。そして、その名をオーディンという。」

 

「なっ!?」

 

「ち、ちょっと待ってくれ!公園にある僕らの点と比較すると…」

 

「それが現実だ。もちろん、このレーダーとて完璧に測ることはできない。単純に見てもそれくらいの差が俺達とオーディンにはあるということだ。」

 

勝てるわけがない。

円の大きさが1:100で済めば良いが、下手すればそれよりも全然大きいだろう

 

「あたしは、この目で見たものしか信じないわ!オーディンの場所がわかってるならさっさと叩くべきよ。大体、今は悠久の幻影を練り直す為に膨大な魔力を使ってるから自由に動けないんでしょ?」

 

「…俺がそういう作戦で動き、奴を自由に動けなくした状態でこれだと言ってるんだ。信じる信じないの問題じゃない。単独で攻め込んだ所で絶対に勝てないんだよ…」

 

「くっ…」

 

紅葉自身も頭ではわかっているのだろう、とても苦い顔をする。

 

「はっきりいって、絶望的だな。」

 

零二を始め、そこにいる皆がうんうんと頷いた。

 

「それでも、俺達は勝たなきゃいけない…それが、ハッピーエンドを目指せる唯一の可能性であり、唯一の手段だから…」

 

「海斗…」

 

「俺の提供してやれる情報はこれだけだ… これで俺が信じられなければそのまま帰宅して構わない。共闘する以上は、中途半端な決断は他の仲間に迷惑をかけることになる。改めて、お前達の意思を聞かせてほしい。」

 

そう言って周りを見渡す。

反論してくるであろうと予想した紅葉と龍一は、何故か逆にやる気になっていたのが意外だった。

 

「こんな現実を見せつけられたんだ、やはり、みんなで協力するべきだと僕は思うよ…」

 

「ふん、じょーとーじゃない!あたしを協力させるんだから、オーディンに一発殴る権利くらいくれないと怒るんだからね?」

 

「よかった…龍一と里村もやってくれそうだ。」

 

零二は安堵のため息をつく。

俺としても、やる気になってくれたのには安心した

 

「みんなでオーディンを倒すんだよ!」

 

「「「「「「おーっ!」」」」」」

 

こうして、俺達は真に同盟を結ぶこととなった。

いよいよ本題か…この戦争を乗り切り、オーディンを倒すにはどうしたらいいのか?

そんなこと、俺にだってわかるわけもない

だから俺は俺にできることをしていくだけ…それはみんなも同じだ。

 

「よし、じゃあ共闘するにあたって一人一人に志を持ってもらいたい。」

 

「えーっ!?なんか面倒臭そう!」

 

「…人の話は最後まで聞け。」

 

というか、俺の事を信用したんじゃなかったのかよ…

素直に言う事が聞けなければ、一番面倒な駒はお前になるぞ?紅葉…

 

「まず、俺達が目指すのは誰もが願いし平和だ。それはお前の嫌いな有塚やオーディンも例外ではない。それに、最終戦争が行われている以上、召喚せし者同士の戦闘は避けられないだろう…」

 

「それはそうね…立ち塞がるなら倒さなきゃやられるのはこっちだし…」

 

「だが、俺達にこういう意志があるように、向こうにも勝ち抜く為に大切にしている意志があるんだ。自分の目的のためなら相手の意志を捻じ曲げてまで押し通す。これは簡単なことだが、俺はこれを認めない。」

 

「相手の戦う理由を聞き出せってことか?」

 

「そう… だが、そう簡単にはいかないだろう。相手だって人に知られたくないことはあるんだからな。」

 

「…意味はあるんですか?」

 

「最終戦争に巻き込まれてしまった召喚せし者の意志… これを零二が知ることで究極魔法の成功率があがるのさ…」

 

未来世界で零二が失敗した究極魔法。

それは、名前の通り究極…全ての魔法の上に立つ魔法だ。

それを発動させるためには、発動条件もどの世界でよりも究極でなければならない。

零二本人の総魔力も当然大切だが、魔法は純粋な数値だけでは測れない。

人々の「想いの力」も力に変えるのだ

 

「オーディンを倒せば確かに最終戦争は止まるが、本当の目的はそこではない。零二に究極魔法を使わせ、最高の未来を築き上げるのが目的なんだ」

 

「究極魔法ってどんな魔法なの?それに、兄さんに使わせるって…」

 

「逆に、究極魔法は零二しか真の力を発揮する事ができない。零二の魔法復元する世界(ダ・カーポ)とこの魔法を組み合わせることにより全ての概念を書き換えることができるんだ。」

 

零二が望む限り、どんなものでも元に戻し、どんな願いも叶えることのできるこの魔法。

この魔法があれば、このくだらない戦争で散っていった召喚せし者の蘇生や、崩れてしまった俺達の未来世界の書き換えも行える。

この魔法発動の成功こそが、俺とロキの願いだ

 

「なるほどな…理由は理解した。つまり、その聞き出すと言う事を戦闘する上で忘れるなってことだろ?」

 

「本来なら、仲間に加えられるのが一番だがそうもいかない相手もいるだろう… だから、その事だけは絶対に理解しておいてくれ。」

 

「ま、それが必要ってんならしゃーないわね。了解よ。」

 

「うん。」

 

紅葉や紗雪達もオッケーと頷く。

ここからは、個別に指示を出していく

 

「まずは龍一。お前の強さは信頼している… お前には、単独で島の探索をしてもらいたい。」

 

「………島の?」

 

これが俺が龍一に出した指示だ。

龍一はこの中で最も戦闘慣れしていて、強さも兼ね備えている。

だからこそ、一人で行動させても問題はないと踏んだのだ。

やることはといえば、島の簡単なパトロール。

この戦争では12人の召喚せし者が戦うが、それら以外にも危険人物は存在しているのは先ほどレーダーで明らかとなった。

目的とは関係ないが、無視はできない。

それに、こちらは魔法が使えないのだから無理して絡まず行動のみを追跡してもらう。

万が一トラブルが起こっても龍一なら冷静に対処できるだろう

 

「なるほど。そういうことなら了解したよ」

 

「次に紅葉となぎさだ。二人は今まで通り普通に生活し、紅葉にはなぎさを守ってもらいたい。」

 

「言われなくても…」

 

「ち、ちょっと待って!いざとなったら私も戦う…」

 

「ダメだ。まず、それは紅葉と龍一が反対するだろうし第一君はまだ召喚せし者として覚醒していないだろう?紅葉のほうも、今までプラス、召喚せし者としての危険がつきまとうと言う事を常に意識しての行動をしてほしい。」

 

「流石、あたしたちのことを知ってるだけのことはあるわね… 了解よ。りゅーいちも、なぎさのことはあたしに任せて探索に専念しなさい?」

 

「ああ…。里村もいざとなったら僕をすぐに呼んでくれ…」

 

龍一、それはわかったとは言わない…

紅葉も呆れてため息をついていた

一方なぎさはうーっ!っと文句を言いつつも渋々了承。

流石に命がけの戦いで二人に迷惑をかけるわけにはいかなかったのだろう。

 

「次に零二。お前は今から俺と特訓だ。サクラは零二の付き添い、紗雪は後から指示を出すからここに残るように」

 

「俺は随分ハードな人生になりそうだな…」

 

「頑張ってね、兄さん…」

 

一通り指示は終わったか…

 

「んじゃ、あたしたちはあそびに行こっか!」

 

「ええーっ…みんな真面目になってるのに?」

 

「だってそういう指示でしょ?」

 

「ああ。むしろ、遊べる時に思いっきり遊んでおけ…必要なときはこちらから連絡するからなぎさもあまり気にするな…」

 

「先生がそういうなら構いませんけど…」

 

龍一、紅葉、なぎさは出かけていった。

さて、残るは俺達四人…零二の本気を見せてもらうか。

 

「俺がいる時しかサクラと共闘できないし、今回は二人で全力でかかってこい。紗雪はひとまず零二の戦いを見ていてくれ。」

 

「ん…わかった。」

 

紗雪が返事をすると、俺は5本の杖を具現化させ魔法陣を展開する

オーディンの悠久の幻影には全然劣ってしまうが、俺も霧魔法を応用させることで擬似的な幻想空間を作りあげ一般人が立ち入れないようにすることができる。

範囲は自身の周囲だけだがな…特に名前もなかったし霧の戦場(ミストフィールド)とでも命名しておこうか…

俺はその霧の戦場を展開すると、再び零二達に向き直る。

 

「この空間内では、どれだけ大技を発動しようが現実世界には影響はないし消耗した魔力もこの空間を抜ければ元に戻る。穢れなき桜光の聖剣(レーヴァテイン)も気兼ねなく撃てるよう設定してあるから、遠慮はいらん。」

 

「昨日の汚名は返上させてもらうんだよ!」

 

「ああ…トレーニングとはいえ、お前に勝つ気でいかせてもらうぜ!」

 

「…その意気だ、零二!」

 

零二&サクラのガチ戦がいよいよ幕開けとなる。

 

 

 

 

 



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高次領域展開

対峙する零二&サクラと海斗。

12人の召喚せし者(マホウツカイ)は悠久の幻影の中でしか魔法を使うことはできないが、俺達例外はそのルールの適用外…

零二の修行し放題というのは何かとありがたい話だな。

 

「復元する世界は戻す時間、距離…対象物の大きさや状態…そういった一つ一つのものによって消費魔力が異なる。自由な分、どの程度の魔力を使用するのがベストなのかのコツが必要だ。それを踏まえてかかってくるといい…」

 

「はっ…余裕かましてんなよ… あいにく喧嘩は得意分野だ。練習だろうがなんだろうが、戦う以上そっちも全力できやがれ!」

 

そういうとまずは零二が仕掛る。

龍一同様真正面からの拳でのストレート…

直球勝負したいのはわかるが、これはあまりいい攻め方とは言えない。

隙が多すぎるし、零二の場合は自分が死ねばサクラも死ぬ(逆の場合も同じ)のだからもう少し自分の体を大切にしなければならない。

俺は杖を二本抜くと、拳が当たる射程に零二が入れないように牽制する。

 

「ちっ…」

 

「でかいのいくんだよ!」

 

「ダメだ!お前の切り札は俺が許可するまで使わせない!」

 

「ううっ…マスターがそういうなら…」

 

昨日は散々やられてしまったので主にかっこいいところを見せたいサクラだが、零二に止められる。

サクラの切り札は完全特殊技。昨日の戦闘を見て、俺が特殊技を難なく跳ね返すことのできる三重魔方陣・鏡水を持っていることをちゃんと覚えていたのだろう。

サクラに攻撃させず、打撃攻撃を仕掛けてきたのもそういう理由か?

そういうことならそれなりには考えているのだろうが、まずこの打撃技を当てられると考えている時点で三流だ。

戦闘慣れしている紗雪や龍一ならいかに自分の技を相手に命中させ、決定打を与えることができるかどうかを最重要ポイントに設定するはずだ。

相手に技が決まるということは、そこから敵のバランスを崩すことに繋がる。

勝ちだけに目が眩むとロクなことはないぞ…

そうだろ?と紗雪のほうを見るとうんうんと頷いていた。

 

「とはいったものの…近づくのも難しいんじゃ、工夫が必要だな。サクラ、数を利用して挟み撃ちで攻めるぞ!」

 

「了解なんだよ!」

 

零二は右、サクラは左に飛ぶと零二は拳、サクラは桜色の魔弾を飛ばして攻撃してくる。

物理技と特殊技の組み合わせか…確かに躱しにくいが、できないわけではない。

 

「こういうのはどうだ?孤独な幻影(ミスゲイション)…」

 

孤独な幻影の能力でその場から一瞬で姿を消す海斗。サクラの魔弾は対象を失い、その先にいた零二をそのまま襲った

 

「ぐぁぁっ…」

 

「ま、マスター!」

 

「甘いな。味方の攻撃が自分に当たらないというのはゲームの中の話だ。現実ではそうもいかん…」

 

「ふん、サクラには手加減して撃たせてるから問題ねぇよ… 復元する世界(ダ・カーポ)!」

 

復元する世界を使い、自分の体をサクラの魔弾が命中する前の状態に戻す零二。

ほう…零二といい、サクラといい少しは動けるようになっているか…

持ち技も大体は把握できているようだし、少々こちらも責めさせてもらおうか!

俺は杖を二本持って跳躍すると、障壁を使えない零二を狙う。

狙いは当然拘束の蛇(バインド・スネーク)。

これを喰らうようなら前回と全く同じ手でやられるも同然だ…

敵ながら対抗策を練っていて欲しいという願いとともに零二を切り裂く。

…だが

 

「復元する世界!!」

 

零二がその魔法を唱えると、零二の目の前にサクラが召喚され、それとほぼ同時にサクラが魔法障壁を展開させる。

なるほど、上手く復元する世界の特性を利用したか…

 

「やるな…」

 

「へへっ…同じ手を二度も食うかっつーの!」

 

「これでもくらうんだよ!」

 

サクラが魔弾を連続…喩えるならマシンガンのように放ってくる。

だが、俺はその連射魔弾を全て杖を使って弾ききる

 

「…その程度か?」

 

「人間業じゃ…ないんだよ…」

 

サクラがいうが、まあ俺は召喚せし者だからな。

召喚せし者が人間の体を素体としていたとしても、人間通りの動きしかできないわけではない。

紗雪のように超人的なスピードで動いたり、零二のように傷を負っても治したりと様々な技を組み合わせることで俺達は人間を遥かに超越した存在として戦っているのだからな。

 

「さて、こちらの準備は整った。対抗策がなければフィナーレといこう。」

 

刹那、零二とサクラの足元に巨大な魔法陣をが広がりそれが縦に五つ並んでいく。

 

「先生の神話魔術、御神楽が来るんだよ!」

 

「確か、魔法陣の外に出て躱すのは無理なんだよな… サクラ、撃て!」

 

「了解なんだよ!」

 

俺が神話魔術(いちげき)のルーンを練り上げるのに対抗するように、サクラも神話魔術(いちげき)を放つためルーンを練り上げる。

 

「す、凄まじい魔力量…」

 

見ていた紗雪も、思わずそう呟いていた。

 

「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

「五重魔法陣・御神楽!!」

 

「穢れなき桜光の聖剣(レーヴァテイン)!!」

 

俺の白色の巨大レーザーと、サクラの桜色のレーザーがぶつかり合う。

神話魔術と神話魔術の本気の潰しあい…

俺は火力に自信を持っているが、それはサクラも同じ。

その火力を自慢できるほどの圧倒的なものである

だからこそ、互いに自分が負けるなど微塵も予想していなかった…

故に結果は…

 

「相打ちか…」

 

零二が舌打ちする。

 

「まさか俺の御神楽を脳筋火力で止める奴がいるとはな…」

 

「穢れなき桜光の聖剣でも撃ち勝てないなんて…」

 

「だがまだ戦いは終わってねぇよ!」

 

魔法陣が消え、自由を取り戻した零二が大技を使った直後の俺に接近する。

 

「今度こそくらいやがれぇぇっ!!」

 

零二の本気の拳。

その拳に、一瞬だが青い光が灯った…

おっ?まさかこんな初期段階で「あれ」の前兆を見ることができるとはな…

零二に今の感覚を鮮明に記憶してもらうため、この技はあえて受けるとしよう。

 

「ぐっ…」

 

龍一の生の拳を遥かに上回る火力。

俺は10メートルくらい後ろに飛ばされてしまった

その火力に、零二自身も驚いている…拳一発で相手を吹き飛ばすなんて人間世界じゃ、あの朴念仁ですら難しいだろう。

それを自分がやってのけてしまったのだから…

 

「な、なんだこれ………?」

 

「試合はここまでとしよう…」

 

「あ、ああ…」

 

そう言って、俺が霧の戦場を解除すると受けた傷も消耗したみんなの魔力も元に戻っていた。

 

「マスターのパンチ、ちょっと魔法っぽかったんだよ!」

 

「自分の魔力を拳に乗せるようにして本気で殴ったらできたんだ…これは…」

 

零二の見せた蒼いパンチ…

それこそ、零二の持つ攻撃技「神討つ拳狼の蒼槍(フェンリスヴォルフ)」の前兆だ。

 

「神討つ拳狼の蒼槍。お前の使う事のできる神話魔術だ…戦略破壊魔術兵器でないから召喚せし者は倒せないが、その火力は龍一の総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)とも互角にやりあえるほどの力を持つ。」

 

「サクラちゃんの神話魔術もすごかったけど、兄さん自身も神話魔術を放てるなんて…」

 

「ここからは、紗雪も含めて説明しよう。」

 

召喚せし者(マホウツカイ)の使用する戦略破壊魔術兵器(マホウ)とは無限大である。

使用者の思い入れによってその形を変えたり、絶対と言われる力を打ち破る力を突然手にしたり…

その無限の潜在能力を引き出す時に唱える名前を高次領域展開(セカンドアクセス)という。

並の召喚せし者ではこれが限度だが、人によっては高次領域展開のその先…超高次領域展開(サードアクセス)や、その人の潜在能力全てを引き出す究極高次領域展開(ファイナルアクセス)まで使用できる者もごく稀に存在する。

 

「零二、紗雪…お前達はその中で第四形態である究極高次領域展開まで到達することのできる非常に優秀な召喚せし者なんだ。」

 

「わ、私達が?」

 

「つまり、俺はその高次領域展開をマスターできれば、神話魔術である神討つ拳狼の蒼槍が撃てるようになるってわけか… その先は何があるんだ?」

 

「それは神討つ拳狼の蒼槍が撃てるようになったら聞きにこい。ただ、紗雪の場合はやろうと思えば今にでも開放できるさ」

 

紗雪の戦略破壊魔術兵器は本来うたまる&アルキメデスだけではない。

召喚せし者は全員綺麗な宝石のような物を過去に拾っていて、それが体内に自動的に埋め込まれることにより召喚せし者として覚醒する。

紗雪はとある事件により、その魔力結晶が半分に割れてしまっていて、現在は通常の召喚せし者の二分の一の戦略破壊魔術兵器と魔力のみで戦っている状態なのだ。

 

「私の戦略破壊魔術兵器が、まだ半分?」

 

「それだけじゃない、総魔力も半分だ。それであの里村紅葉と互角に戦えたお前は俺から見ても相当実力者といえよう…」

 

イメージしろ。

二丁拳銃は、紗雪の師匠である人物への憧れによって具現化した戦略破壊魔術兵器。

なら、お前本来の力とはなんだ?

それを脳内に思い浮かべ、力を開放するときのようにルーンを練り上げろ…

 

「魔法は発動できないけど、魔力を込める時のイメージでいいんだよね?」

 

「ああ。そして、イメージが固定できたら零二がその手助けをするんだ。」

 

「復元する世界…そうか、そういう使い方もできるのか…」

 

24時間以内の物を元に戻す事のできる復元する世界。

この「戻す」という部分だけを都合よく紗雪の魔力結晶に当てることができれば、割れてしまった紗雪の結晶を元に戻すことができるかもしれない。

こんな都合よく魔法を使うなんて普通は無理だが、魔法に絶対はない。

零二と紗雪の絆、そして紗雪の持つ鮮明なイメージと、零二の膨大な総魔力があれば不可能ではない。

 

「紗雪の胸に手を当てて、復元する世界を使い続けろ。」

 

「「………へっ?」」

 

零二と紗雪が二人して変な声を出す。

こいつらは何を言ってるんだ?強くなれるんだからさっさとやればいいのに…

それとも、気にしてるんならあえて言ってやったほうがいいのか?

 

「良かったじゃないか、大好きな妹のおっぱいが触れて。」

 

「…っぅぅぅぅっ!!!!///」

 

紗雪が声にならない声をあげて真っ赤になり、ぼんと爆発した

 

「お、お前のせいで余計に触りにくく…!」

 

零二も顔真っ赤だし…

兄妹なんだし、そこまで気にする必要も…

 

「天王寺先生はデリカシーがなさすぎなんだよ!」

 

サクラに怒られました。はい、すみません!

しかし、人にデリカシーなしの烙印を押した癖に俺の話をサクラは肯定した。

なぁ、女ってズルくね?

 

「でも、正直な話天王寺先生の話は間違ってないんだよ…ただでさえ強引に成功させようとしてるんだし、直接触れて、マスターが紗雪ちゃんのイメージ固定を一緒に手伝わないと多分無理なんだよ…」

 

「に、兄さん!恥ずかしいよぉ…」

 

死にそうなくらいに真っ赤になる紗雪。

俺はあえてそこまでは言わなかったのだが、サクラが言ってしまったので解説しよう

零二が紗雪のイメージ固定の補助を行うということは、言い換えれば、紗雪の心の中を零二が丸々覗くようなもの

胸に触れることで既に真っ赤になっている紗雪には刺激が強すぎると思ったんだがな…

 

「オーディンに勝って、戦争を終わらせるためとお互い念じようぜ…」

 

「ううーっ…」

 

「見られるのが嫌ならそっちでやってこい。俺とサクラはここにいるから…」

 

「紗雪ちゃんが羨ましいけど、ここは我慢なんだよ…」

 

俺達から少し距離を取ると、公園に人が来ないうちにさっさと終わらせようと二人は魔法発動とイメージの固定を始める。

 

「恥ずかしすぎて…死にそうかも…」

 

「わ、悪い紗雪… とりあえず、さっさとやっちまおうぜ…」

 

「兄さんその言い方卑猥…」

 

「わ、悪い…」

 

恋愛初心者じゃあるまいし、なんなんだこのたどたどしい会話は…

え?俺が一番空気読めてないって?

そんなことはわかっているさ、だが、紗雪の胸を人に触らせるなど俺とて断固反対なんだ。

空気読めないヤツのフリをして無理矢理そういう空気を潰す権利くらいくれよ…

 

「復元する世界!」

 

零二が魔法を使い、作業を始めるがどうにもうまくいかない様子。

 

「レガースか?」

 

「う、うん… 私は元々体術のほうが得意だから… でも中々うまくできないね…」

 

「思考にノイズをかけるな。互いに羞恥心か何かが残っていて、恐らく戦略破壊魔術兵器完成の弊害になっているはず。無心になれ…」

 

「んなこと言われても…」

 

「い、意識しないでよ!兄さんのエッチ!」

 

そうやって二人で戯れ合うことで余計に時間がかかってるんだけどなぁ…

まあ、レガースという用語が聞けた時点で大まかには成功しているようだし、後は放っておくか…

 

「マスターにあんなに構ってもらえるなんてズルいんだよ!」

 

「まあまあ、家に帰ったら零二に遊んでもらえよ、お前も…」

 

我慢するとか言っておきながらご機嫌斜めなサクラをあやしながら二人が終わるのを待っていた。

…しばらくすると、紗雪からカシャンという歯車が合わさるような音が聞こえるのでそちらに向かう。

 

「多分…できたと思う。」

 

「双銃双蹴の召喚せし者…それが本来の紗雪の力だ。魔法が4つに増えて、二重魔法(ダブルストック)を得たような錯覚になっていれば成功してるよ。」

 

「う、うん…何か、総魔力が物凄い増えてるのを感じる…」

 

「ひとまずは、これで紗雪ちゃんの強化完了なんだよ!」

 

サクラの笑顔を合図に、今日の特訓はこれにて終了だ。

 

「これから、零二には更なる潜在開放を目指すためサクラと共に特訓を続けていってもらう。紗雪のほうは、悠久の幻影内でしか魔法が使えないからそれはできないがな…」

 

「兄さんは特訓として、私は何をすればいいの?」

 

「紗雪には零二に召喚せし者としての知識を叩き込んでもらいたい。お前は召喚せし者について詳しい熟練者だからな…指導してやってくれないか?」

 

「ん、わかった… じゃあしばらくは兄さん達と一緒にいればいいんだね?」

 

「それと、これはお前達にしか頼めないことだが相楽苺からできる限り情報を引き抜いてほしい。あの人は、俺の知らない事を知っているようだからな… 頼めるか?」

 

「普通に生活してる上で、苺さんに話しかけるくらいならなんて事ないぜ?」

 

「うん、私も機会があったら相楽さんに聞いて見ることにするね。」

 

これで紗雪の指示も終わり…

俺達も一度解散にするか…

 

「天王寺先生は何するの?」

 

「あー…それ聞く?」

 

サクラに突っ込まれると紗雪も興味津々に…

あまり答えたくはないが…

 

「ちょっと邪魔者が現れてな… そいつにお仕置きをしに行ってくるよ。何、俺の方は心配しないでいいから今お前達は零二を強くすることだけ考えていてくれ」

 

「邪魔者…」

 

紗雪の表情が一気に変わる。

…感づかれたか?

とにかく、さっさと解散してしまうか…

 

「それじゃ、俺もここまでだ。また明日学校でな…」

 

「おつかれなんだよ!」

 

「ん…またね、海斗…」

 

邪魔者…か。

俺のレーダーをジャミングし、いいように利用している奴がいるな…

こんなふうに島全体に包囲網を引けるのは、俺以外には一人しかいないし誰かは検討がつくが…

上手く仲間に引き入れられるといいな。

皆それぞれに動き始める中、俺は利用されたレーダーの修復を始めるのであった。

 

★天王寺海斗SIDE END★

 



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再開の最終戦争 零二&紅葉VS霧崎

★芳乃零二 SIDE★

 

「えー…というわけで、刀狩を行った豊臣秀吉の狙いとしては…」

 

翌日。

月曜日になったので、普通通りに学校へ行くと紗雪や里村をはじめ、鈴白、龍一、天王寺先生と召喚せし者のみんなは学校に通い普通通りの生活を送っていた。

恐らく、先日の話し合いが上手く行ったんだろうな… 探索を優先して学校には来ないと思われた龍一もきちんと学校へ来て授業を受けている。

俺達のクラスは今、教育実習生である天王寺先生の授業を受けているわけだがわかりやすいなこりゃ…

たいして集中してるわけでもなく、流しながら聞いているだけなのに物凄くわかった気分になるぞ。

仮の姿的なこと言っておきながら、やろうと思えば教員できちゃう頭なんて羨ましいもんだな。

 

キーンコーンカーンコーン

 

チャイムと共に授業が終わる。

退屈しない授業で助かった… さて、休み時間だし誰に話しかけようか…

 

「れーじれーじ!!」

 

おっと、向こうからお呼び出しが来ちまったみたいだな

 

「どうした?里村。」

 

「今日のお昼も、生徒会室行くよね?」

 

「ああ。曲がりなりにもメンバーにされちまったからな。雨宮にもきちんと挨拶しておかねえといけないし…」

 

「芳乃くん達はあの後何したの?私達は紅葉がはしゃぎまくっちゃって結局遊んじゃったんだけど…」

 

昨日に続き、今日もハイテンションな里村を見ながら申し訳なさそうに鈴白が話しかけてくる。

 

「俺達は、少しトレーニングをしただけだ。その後は、召喚せし者(マホウツカイ)についての勉強してたよ」

 

「えーっ!?それ、私も行きたかったよ!私だって召喚せし者について何も知らないのに…」

 

「いーのよ、なぎさは… なぎさはあたしとりゅーいちが絶対守るんだから、余計なこと勉強しなくても大丈夫よ」

 

「それが不服だって言ってるんだよー!」

 

そんな話をしつつ、授業も受け普段通りに過ごした俺達は生徒会室で雨宮と談笑したあと無事に放課後を迎える。

 

「ふーっ…おつかれー!ダルいと思ってた学校に通うのがこんなに嬉しいと思えたのなんてあたしはじめてかも…」

 

「だな。それじゃ、帰るとするか…」

 

里村、鈴白と三人で校門を出て、家に帰ろうかと思ったその時…

悲劇の時は唐突に訪れるのであった。

雫の垂れる音がすると、世界が青色に変わる。

 

「なっ!?」

 

「悠久の幻影(アイ・スペース)だと!?」

 

「な、なんで… 確か、天王寺先生の話しだとしばらくの間は発動できなくなったんじゃ…」

 

三人とも驚く。しかし、目の前に起こったことは紛れもない真実だ

すかさず零二の携帯に電話が入ってくる。

相手は先生だった

 

「…もしもし?」

 

「俺だ。大切な事を忘れていたから、あえて連絡しようと思ってな… 盲点だったよ。オーディンさえ止めれば悠久の幻影は発動できないと踏んでいたが、オーディン以外にもう一人、あの空間を発動できる奴が残っていたな。」

 

「ゲームマスターである有塚陣…か…」

 

昨日紗雪に色々教えてもらったので、俺もその辺に関してはだいぶ詳しくなっている。

先生の発言で言いたいことは簡単に理解できた。

 

「御明察だ。今その場には、お前と紅葉、なぎさの三人がいるな?」

 

「なんで知ってんだよ…」

 

「レーダーで見てるだけだ。別につけてはいないさ… サクラを召喚し、今すぐサクラとなぎさを商店街エリアへ走らせろ。」

 

「はっ!?なんで!?」

 

「龍一の援護だ。詳しく説明している時間はない。有塚陣がこの空間を発動させたということは、奴が動き出した証拠だ。いくら龍一が強いとはいえ、今は魔力を消耗しきったボロボロの状態…わかったらさっさと行かせろ…」

 

「あ、ああ… 復元する世界(ダ・カーポ)!」

 

俺は言われた通りサクラを召喚し、先程受けた一通りの説明を三人にする。

 

「つまり、私達は今危険な状態にある龍一くんの援護をすればいいってこと?」

 

「そうだ。それに、ゲームマスターである有塚の力はこちらとしても把握しておきたい。サクラ、お前の対魔術兵器戦略思考(ミーミスブルン)を使って、できるだけ奴の力を記録しておいてくれ。」

 

「わかったんだよ!マスターを守れないのは残念だけど、今回はその役目を紅葉ちゃんに任せるんだよ…」

 

「ふん、上等よ。そっちこそ、なぎさに傷つけないでよね?」

 

「任せるんだよ!」

 

サクラと里村が意気投合した所で、先生から新たな指示が入る。

 

「零二、紅葉はそこで待機だ。敵が近づいているから迎撃しろ…」

 

「戦闘か…わかった。」

 

そういうと電話は切れた。

なぎさも納得し、サクラと共に商店街へ向けて走っていく。

 

「れーじ、あたしたちは?」

 

「この場所に敵が来るらしいから、そいつを迎撃しろってさ…」

 

「あ、あのね?れーじ…」

 

何だかすごく申し訳なさそうな顔をする里村。

どうかしたんだろうか?

 

「どうした?」

 

「あたしもりゅーいちと同じで、今魔力殆ど使い切っちゃってるの… なぎさやサクラの手前だから見栄張っちゃったけど、もしかしたら足手まといになるかも…」

 

そういうことか…ま、龍一の野郎がきついって先生が判断してるんだ…同じように倒れた里村もその可能性があることくらい俺も想定はしている。

つまり、俺が修行の成果を発揮してやればいいってことだろ?

 

「心配すんな。里村は俺が守ってやるよ… そういうのは、男の役目だからな。」

 

「れ、れーじ…///」

 

頬を染める里村。

嬉しそうにしてるし何よりだ…

さあ、誰でもかかってきやがれ!

 

「なんや… 熱々のラブラブやないけ…」

 

そう自分の中で意気込んでいると、目の前に敵が現れた。

しかし、それは見知った人物であった…

 

「霧崎…」

 

「は?誰よアンタ?」

 

「紅葉ちゃん酷いわー… たった2クラスしかない星見学園でしかも同じクラスやない… せめて、名前くらい覚えてもらいたいわー」

 

「お生憎、あたしは大抵の男にはきょーみないから。…それに、アンタはこの空間の中であたし達の前に現れた… それは、敵対の意思を表してるってことでしょ?」

 

霧崎が甘い言葉で近づこうとするも、完全に警戒して全く寄せ付けないようにする里村。

残念とため息をつくと、二人は睨み合いを始める。

 

「霧崎…お前はどこまで知ってるんだ?」

 

「ある程度のことはな… まあ、ワイもこの戦争に巻き込まれた被害者っちゅーわけやが、お生憎、こんなトコロで死にたくないんでな。 芳やんとはええダチになれそうやったんやが…残念や。」

 

「待ってくれ霧崎… 確かに、この戦争のルールは残酷だ。だけど、誰も死なずに済む方法だってある!」

 

「オーディン討伐やろ?ワイも噂程度には聞いたわ… けどな芳やん… 確かにその案は魅力的やが、成功率が低すぎると思わんか? 申し訳ないが、ワイは自分の生存率を下げる選択はするわけにはあかんのや…」

 

自分が生き残ることを最優先とする霧崎。

しかし、これは決して悪いことではない…むしろ当たり前のことなのだ。

ただでさえこんな理不尽な戦争に巻き込まれ最後の一人になるまで戦わなければならない

しかも、現実世界に自分を必要としている大切な存在がいるなら生き残りたいと思って何が悪いのだろうか?

理由は若干異なるが、里村も自分のために他人を犠牲にするという決断を当初はしていたし、俺や紗雪だって、同じ召喚せし者に身内がいなければそういう選択をしていた可能性だってあるのだから…

 

「交渉の余地なしってことかよ…」

 

「ふん、ならさっさと始めようじゃない?2対1だし、アンタなんか瞬殺してやるわ!」

 

「うっひょー!ええ殺気やないか紅葉ちゃん!思いっきりやらせてもらうで!」

 

その言葉が戦いのゴングとなり、二人は同時にあの言葉を口にした。

 

「「魔術兵装(ゲート・オープン)!!」」

 

里村の周りには相手に攻撃を掠らせただけで罪と言う名の追加効果を与えることのできる、チートのような武器である七つの大罪(グリモワール)が…

対する霧崎はというと、小型のナイフを一本手にしているだけだった。

まずは挨拶代わりにと霧崎が里村にそのナイフを投げつける。

 

「ベルフェゴール!」

 

紅葉が得意のレーザーを放つと、パリンという音と共に霧崎のナイフがあっさり砕け散った。

相変わらず凄まじい火力だな…里村の一撃は…

 

「ひゅーっ!ワイの戦略破壊魔術兵器(マホウ)が破壊されてしもうたわー…」

 

「嘘ね… この悠久の幻影の中でマホウを破壊されたマホウツカイは死ぬ… アンタが生きてる以上、それはありえないわ。」

 

「なんや…そっちも詳しいんじゃ面白くないわな…」

 

「ふざけんじゃないわよ!アンタもさっさと本気出して来なさい!」

 

「待て里村…ここからは、俺に任せてくれないか?」

 

里村の前回の敗因…それは、感情に身を任せ過ぎて冷静な判断を怠ったことにある。

それを覚えていた俺は、作戦指揮を取らせて欲しいと里村に申し出たのだ。これからは、サクラの対魔術兵器戦略思考を利用しつつ自分の戦闘スタイルを貫いていくこととなる。

それには、幾多の戦場での戦闘を生かし、知識と経験を積んでいかなければならない。

 

「なるほどね… 確かに、れーじに指示してもらうのも面白そうかも… けど、先に言っておくと今のアタシに極光の断罪者(ジャッジメント)を放てるだけの力はないわ… そこは頭に入れといてね。」

 

「了解だ。サンキューな里村…」

 

「作戦会議は終わったんか?なら、紅葉ちゃんのリクエスト通りにワイの本気で二人を屠ることとしますか…」

 

霧崎がそういうと、霧崎の周りに先程と同じ形のナイフが次々と大量に出現していく。

 

「大量の…ナイフ?」

 

「せや、これがワイの戦略破壊魔術兵器…ストリームフィールドって言うんや。よろしゅうな?」

 

「なるほどね…おそらく、その大量のナイフを全て破壊しないとアンタは倒せない。だから、さっき一本破壊した所で大したダメージにならなかったのね…」

 

「なんせ、ワイのストリームフィールドは666本まで同時に展開することができるんや。これだけの数を一度に破壊するのは困難やで?紅葉ちゃんは切り札を使えないようやし、このチャンスを生かさせてもらうわ!」

 

「俺を忘れるなよ霧崎… あんまり舐めてると痛い目を見るぜ?」

 

とはいえ、どうやって霧崎に対抗するべきか…

先程、里村のベルフェゴールは霧崎のナイフに命中しているが罪を背負った様子はない。

恐らく、当てた物質自体が消滅してしまっているのが原因だろう。

里村の七つの大罪の力で罪を背負わせ、霧崎の動きが鈍った所を俺が攻め、里村が極光の断罪者でトドメを刺すのがセオリーな攻め方だが…

里村は今極光の断罪者を放てない。

俺の方は戦略破壊魔術兵器がいないので霧崎の戦略破壊魔術兵器を破壊することはできないし、高火力技の神討つ拳狼の蒼槍(フェンリスヴォルフ)は未だ未完成だ。

一見すると俺達が有利なように見えるが、よくよく推理するとかなり不利と言えるだろう。

こうなったら俺が囮になって霧崎のナイフの注意を引き、里村が確実に霧崎本体に技を決められるようにするしかない…

そっから先は、正直運任せだな…

 

「行くぜ霧崎!うおおおおお!!」

 

「はぁ…興醒めやな芳やん… これだけのナイフを相手に拳で正面から突っ込むなんて… 召喚せし者どころか、ガキの喧嘩のほうが可愛いレベルやで?」

 

正面から突っ込む俺に案の定霧崎はナイフの一部を飛ばしてきた。

けど、ここまでは想定通りだぜ!

 

「行け!里村!」

 

「オッケーれーじ!レヴィアタン!ルシファー!」

 

俺に飛ばすため霧崎のナイフ陣に空いた僅かな穴を里村は見逃さず、そこに的確にレーザーを叩き込んでくれる。流石、大して説明もしていないのに俺の考え通りに動いてくれるとは頼りになるぜ。

 

「甘いわ!その程度でワイは倒せないで!」

 

前方と後方から同時に放たれたレーザーの箇所に2本という必要最低限のナイフを当てると、それを犠牲に攻撃を防ぐ霧崎。

死角からの攻撃はダメ…更にダメージも通らないし、追加効果の罪も背負わせられない…

こいつはかなり厄介だな…

 

「踊り狂う悪魔(エイレナイオス)!」

 

霧崎が必殺技と思われる魔法名を唱えると大量のナイフがマシンガンのように連続で襲いかかってきた。

しかも、銃口のように狭い範囲からではなく霧崎自身の周りあちこちから飛んでくる

速度的には紗雪の弾丸と大して変わりはなく、躱すのは難しくないが、これだけの数と範囲ではそれも不可能に近い。

 

「復元する世界!」

 

「はぁぁっ!!」

 

俺は復元する世界を使い、踊り狂う悪魔が発動する前の状態に戻すことによって躱し、里村は防御用の結晶を集めシールドを展開することで攻撃を防いでいた。

 

「防御が得意のようやが…いつまでもつかな?そらそらそら!!」

 

ナイフを飛ばし続ける霧崎。

ここからは総魔力の高い順に勝利を収めることになる…

霧崎がどの程度の魔力量を持っているのかは不明だが、里村は魔力が風前の灯の状態から強引に戦闘を行っている。

しかも、七つの大罪自身が破壊されれば死んでしまうので魔力をシールド用の結晶に送り込むことで、自らの意思で硬質化しているのだ。

 

「ど、どーするれーじ… このままじゃ…」

 

「一つ一つの破壊力は大したことなくても、これだけの数となりゃ厄介だな…」

 

「そろそろ…くたばってもらうで!!」

 

霧崎が飛ばすナイフの数を格段にあげてきた。

俺はその魔法であるストリームフィールドをずっと観察し続けていたが、どうやらあれは自動召喚されているわけではなくテレキネシスのようなもので霧崎自身が宙に浮かせていると取って間違いないだろう。

あれだけの数があるなら、里村のように自由自在な方向(死角)などからナイフを飛ばしたほうが火力の低さを補えるので明らかに有利となるが今までの攻撃は全て直線一方…

俺のように覚醒したての召喚せし者であるとするならば、まだその能力を充分に発揮できていない可能性もある…

 

「里村、もう一回コンビネーションでいくぞ!」

 

「う、うん!」

 

「今度こそくらいやがれええ!!復元する世界!!!!」

 

復元する世界を再度発動する。

しかし、今度の対象は自分ではなく霧崎…

攻撃を続ける霧崎を空中に召喚したのだ。

これで、俺達がナイフの射程から外れれば、自動追尾などの厄介な追加効果はないと考えていい。

案の定、霧崎のナイフは空中を真っ直ぐに進むだけだった

 

「下がガラ空きよ!!サタン!」

 

そこをすかさず里村が攻め込む。

自身の周りにナイフを展開しているといっても、地面に足をつく以上普通は下にはナイフをはらない。

状況が飲み込めていないうちに速攻攻撃を決める事で、高火力の技でなくとも効果は絶大…

ましてや、戦闘経験がそこまで豊富ではない霧崎はこの連携を躱すことはできなかった。

 

「ぐぁぁっ!?な、なんや!?」

 

突然宙に浮いたかと思えばレーザーでダメージを負い、その上急に目が見えなくなる。

混乱しないわけがない…

 

「あたしの持つこの七つの大罪には、一つ一つに罪を背負わせる能力があるの。魔法障壁だろうがなんだろうが、相手に命中さえすれば命中させたレーザーと同じ罪を相手に与える事ができる。あたしが当てたのはサタン…これでアンタは視覚を失った…」

 

「ば、馬鹿な… たった一発もろうただけで視力喪失やと…?そんなんチートや!!」

 

「召喚せし者同士の戦いにズルも何もない… 勝ったほうが勝者って教わらなかったの?関西弁のお・に・い・さ・ん♪」

 

満面の笑みで霧崎を煽りまくる里村

掠っただけでも数分の間は追加効果が発動する七つの大罪だが、今回は直撃。

しかも、先ほどの攻撃で霧崎は自身のテレキネシスでナイフの軌道を調節していることが判明した。

しかし、肝心な「眼」を潰されてしまいナイフを飛ばすに飛ばせない。

終わったな…あいつ…

 

「このやろおおおお!!ワイは、ワイはこんな所では負けんで!二人まとめてくたばれやぁぁぁぁ!!」

 

ヤケクソになったのか長期戦は不利と取ったのかわからないが膨大なルーンを練りはじめた。

奴の本気を受けるには、未完成でも成功させるしかない…か…

 

「高次領域展開・魔術兵装(セカンドアクセス・ゲート・オープン)!!」

 

俺はそう唱えると、自身の中に溢れる膨大な魔力を一気に解放した。

その魔力量が高すぎて、蒼色のオーラのように俺の周りを回り、今か今かとその放出の時を待っている。

 

「な、何この力………れーじ?」

 

「さ、流石やな芳やん… 目は見えないが、物凄い力を感じるで… 思わず身震いしてもうたわ… けど…それでもワイは負けん! 将来の親友とも呼べるダチ同士の本気の一発(いちげき)…ぶつけ合おうやないか!!」

 

「ああ… 決着をつけよう…霧崎。」

 

「れーじ!アンタの技じゃ戦略破壊魔術兵器は壊せないでしょ?あたしの力も受け取っときなさい!」

 

そういうと、里村が自分を守る大切な七つの大罪を全て俺の周りに置いてくれる。

それだけ俺のことを信用してくれるのか…

ここで俺が負ければ、自動的に里村、サクラを失うことに繋がる。

俺だって負けられねえ… もう互いに言葉は交わさず、ありったけの魔力を力に変えて…今放つ!!

 

「これがワイの全力… 666本のナイフ全てを使った神の一撃や!! 黙示録に記されし皇帝(ネロ・アポカリュプス)!!」

 

霧崎の言葉通り、全てのナイフが一点に集中し、一本の巨大な刃物となって俺に襲い掛かってくる。

おそらく、目が見えないので感じ取れる膨大な魔力に向けて撃ったのだろう…

だがそれであってるぜ?俺はここにいる…

お前の666本…俺の拳で全部打ち砕いてやるよ!!

俺の全力…里村の全力…

俺達の力をくらいやがれ!

 

「これが俺と里村の力だ!神討つ蒼槍の断罪者(ジャッジメント・ヴォルフ)!!」

 

神討つ拳狼の蒼槍(フェンリス・ヴォルフ)+七つの大罪・全弾発射(グリモワール・フルスロットル)

2つの魔法が合体し、奇跡にも近いまぐれの一撃が発動した。

俺の神話魔術に里村の虹色の光が重なり、凄まじい威力の拳が霧崎のナイフと正面からぶつかり合う。

巨大な爆発音と共に、ついに決着はつくのであった。

 

「ワイの負けやな…芳やん…」

 

立っていたのは俺と里村。膝をつき崩れ落ちるは霧崎であった。

戦略破壊魔術兵器を全て同時に破壊された霧崎からは、緑色の消滅光のようなものが出ていた。

これが召喚せし者の死より重い死…

里村も見るのは初めてらしく目を丸くしている。

召喚せし者はこの最終戦争(ラグナロク)で敗北すると、存在ごと全て消滅してしまう。

つまり、自分がこの世界で生きていたということさえみんなに忘れられてしまい覚えていられるのは同じ召喚せし者だけ…

家族も、友人も、大切な想い人も…みんな自分の事を忘れてしまうのだ

 

「なぁ霧崎… お前はどうしてそこまで生きようと必死だったんだ?」

 

「ワイの?そんなことを聞いてどうするっちゅーねん…」

 

「ただ、自分のためだけじゃないってのは戦うことで伝わってきた。だから俺は、お前の全てを聞いた上で、お前の想いを引き継ぎたいんだ… それが勝った奴のやるべきことだ…」

 

こうして俺は霧崎が消える前に、彼の想いを聞くことにした。

 



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天才同士の駆け引き

「なるほどな… けど、そんなに重い話でもないで? 芳やんには恥ずかしいからあまりいいとうないが、どうせ消えちまうんなら話してもええか…」

 

☆霧崎回想☆

 

霧崎剣悟。

幼い頃から自由気ままに生きるヤンチャな少年だった…

巧みなトークを使い、何人もの女と付き合っては別れるを繰り返し女たらしと呼ばれたり、時には喧嘩をしまくってその戦いに勝ちまくったりと若いからこそできるような行動だけを自分の気の向くままに繰り返していた。

だが、そんな霧崎に今まで経験して来なかったような出来事が突然起こることになる。

ある日、学校の帰り道…また新しい女と喧嘩をし別れてイライラしている霧崎。

そんな霧崎の前に、横断歩道を渡りきれず車に引かれそうになっているお婆さんがいた。

 

(ワイには関係ないが、目の前で死なれたら胸糞悪いからな…)

 

そう思い、ダッシュでお婆さんに駆け寄り、助けてやる

 

「大丈夫か?ばーちゃん… この辺は運転荒いおっちゃんもいるからきいつけてぇな…」

 

そのお婆さんは霧崎にとても感謝をした。

手料理を振る舞うと霧崎を誘うが、面倒くさいので正直断りたい…

しかし、そのお婆さんの心からの笑顔を見てしまってはそういうわけにもいかなかった。

 

「まっ、お礼っちゅーんならもらってやってもええけどな…」

 

そういってお婆さんについていく。

しかし、手料理を振る舞う理由はお礼ではなかった。

ご近所の方に聞いた話だが、自分の事を、死んだはずの夫と勘違いをしていたらしい…

このお婆さんの夫はもう何年も前に亡くなっているのだが、お婆さんにその自覚はなく何年も何年も帰りを待ち続けているのだとか…

自分は違う…そう何度言っても、お婆さんが理解することはなかった。

 

「でも、知っちまった以上は無視はできへんがな…」

 

いつもはチャラチャラしているが、根はとても優しい生活を持つ霧崎はそのお婆さんと「霧崎剣悟」として友達になるという決断をしたのだ。

 

「ほな、また来てやったで?ばーちゃん…」

 

こうして、友達として自分の身の回りに起こったことなどをお婆さんのためにたくさん話してあげる。

流石に年代が違うし、お婆さんも相当弱っているのであまり話は繋がらないのだが、とても楽しそうに話す霧崎を見ると、そのお婆さんも笑顔になるのだった。

 

「また来るでばーちゃん!楽しみにしててな!」

 

そうお婆さんと約束をして霧崎は今日を迎えていたのであった。

 

☆霧崎回想END☆

 

「ワイはただの悪ガキや… けどな、心からの笑顔でワイのことを待っててくれるダチがおる… だから生きて…生き抜いて…もう一度、ワイの話をダチに聞かせてやりたかった…」

 

しかし、零二と紅葉に敗北した今、その願いは当然叶わない。

召喚せし者(マホウツカイ)の死は現実より思い。

死んでしまえば、その存在を通常の人間は忘れてしまう…

夫が生きていると信じ、自分の帰りを待ち続けているお婆さん。

霧崎がいなくなれば、また孤独に戻ってしまうだろう

 

「へー… アンタ中々良い奴なのね…」

 

「お前にそんなことが…」

 

「ま、けどワイはもうダメや… だから芳やん…たまにでええ…ワイの想いを受け継いでくれるんなら、そのばーちゃんの話し相手になってやってくれんか?紅葉ちゃんもこの通りや…」

 

自分が消え続けている状況で、泣きながら二人に頭を下げる霧崎。

男の頼みなど軽く蹴り飛ばしてしまう紅葉にも、その願いは届いたようだ。

 

「わかったわ… けど、戦いに関して情けはかけない。安心して逝きなさい?断罪者の私が、アンタを無罪にしてあげるから。」

 

「俺達の目的はオーディンを倒して究極魔法を発動させることだ。その時に霧崎…もし、お前を復活させてやることができたら…お前もちゃんと会いに行ってやれ…」

 

「本当にあんがとな二人共… ま、期待せえへんで待ってるで…」

 

そういうと霧崎は消滅し、消えていった…

最後はあっけないものなんだな…

それは、零二と紅葉…二人が思った同じ感情だった。

 

★芳乃零二 SIDE END★

 

★天王寺海斗 SIDE★

 

零二達が霧崎と戦闘を行う前…

そう、丁度零二との電話が終わった時の話である。

電話を切った俺は、俺のやるべきことのため目的地に向かっていた。

前に紹介した俺の魔力探知レーダー…それを利用し、自分の能力に役立てている奴がいる

俺とそいつ…この二人は今、どこに誰がいるか全てわかっている状態と言うわけだ。

だから俺が接近しているのにも気づいているはずだが、動く様子はない。

こちらが来るのを待ち構えているのか?

まあいいさ…俺はミストガンに変装すると対象の人物の元へと辿り着いた。

 

「………」

 

俺を待っていたのは、黒服の女。

俺のようにベールで顔を隠し、特徴的な金色の髪をなびかせながらこちらを無言で見つめている。

始まりの大地(イザヴェル)で無言を貫いていた女の方といえばわかるだろうか?

だが、俺は未来人…常人なら知り得ないことも知っているのさ。

だからそのアドバンテージを利用してこちらから仕掛けてやる。

 

「俺も正体を明かす… だからお前も正体を明かせ。俺のレーダーを利用している天才ハッカーさん?」

 

「………」

 

しかし相手は無言のまま。

おそらく、こちらのことを観察しているのだろう…

俺がどこまで知っているのか?俺は何者なのか?俺の強さはどの程度か?まあ、そんな所を観察しようとしているのだろうが、俺は暇人じゃない。

さっさとこの用件を済ませ、零二や龍一の様子を見に行ってやりたいのが本音だ。

 

「ちっ…面倒ごとは嫌いなんだよ… ここまで言わなきゃ動けないのか?星見学園3年、生徒会長の雨宮綾音さん?」

 

「………!?」

 

明らかに動揺した。

俺も龍一に正体を見破られた時は驚いたが、相手側から見るとこんな反応になるのか…

こちらも正体を明かすと言ってしまったので、先に俺が顔を隠している布をとることにする。

 

「あらあら… そういうこと… まさか、貴方がこの戦争に絡んでいるだなんて私もびっくりだわ…」

 

俺の素顔を見ると、諦めたかのように綾音もベールを外す。

 

「高校生がハックなんてしちゃダメだぞ?それを注意してやろうと思ってな。」

 

「先生に怒られちゃったわー… こんなことは今までなかったから中々新鮮ね… 悠久の幻影(アイ・スペース)にまで来て教育指導されるなんて、思ってもみなかったけど…」

 

「先に言っておくが、俺に戦闘の意思はない。冷静なお前なら理解した上で真偽を確かめられるだろうからな… 少々、この戦争についての話をしにきただけだ。」

 

だが、状況が状況だけに流石に警戒される。

やらなければやられるだけの空間で自分の正体を見破った相手なのだから当然だろう。

 

「言っておくけど、私は最終戦争(ラグナロク)のルールや召喚せし者の知識については詳しい方よ?それに、誰が召喚せし者なのかも貴方のレーダーと私の脳力を合わせたことで大体は把握してる。情報の取引であるなら応じるつもりはないわ…」

 

雨宮綾音。

みんなも知っての通り、この人は星見学園のスーパー生徒会長…故に、どんなことにも弱点なんてないのだ

俺は、零二達のように綾音を味方に引き入れたいのが狙い。

紅葉といい綾音といい、味方に加わればこれほどまでに戦力になる召喚せし者も中々いない

しかし、直線的な紅葉と違い、この女を口説くには相当な苦労が必要となるだろう。

さて…どうしたらいいものか…

 

「なら、不意打ちされない程度に好きなだけ距離を取れ。その他、お前が指定する条件はすべてのもう。その上で会話をするというのはどうだ?」

 

「気前いいのね… なら、貴方の戦略破壊魔術兵器(マホウ)である背中に刺さった5本の杖… それを全て私の前に置きなさい?」

 

綾音の条件は相当厳しい。

戦略破壊魔術兵器を破壊されれば召喚せし者は死ぬ。

それを敵の前に置くというのは、俺の命を綾音に差し出すといっても過言ではない

だが、俺はそれを即答で答えた。

 

「いいだろう。」

 

「なっ!?あ、貴方馬鹿じゃないの!?戦略破壊魔術兵器を失えば召喚せし者は死ぬ…そんなこともわからないで!」

 

「わかった上で良いと答えたんだ。ほらよ…」

 

綾音は驚くが、俺は杖を全て言われた通り彼女の目の前に投げ捨てた。

 

「これで俺の話を聞いてもらえるんだろう?」

 

「貴方って馬鹿なのね… まあいいわ…面白そうだし聞いてあげる…」

 

ちょっとした刺激を与える事でこちらに興味を持ってくれたな…

それは好都合。

俺はオーディンの件や、それに関して零二達がみんな協力してくれていることなどの現状説明を全てする。

 

「…というわけだ、だから紅葉達の友人である君には敵対するのではなくできれば味方になってもらいたいんだが」

 

「なるほどね… 確かに、理には叶っているし貴方の言う通りに事が進めば召喚せし者同士の殺し合いは避けられるかもしれないわ…」

 

「だがオーディンは強い… だからこそ、みんなの力が必要なんだ…」

 

おそらく綾音のことだ…それ以上は語らずもそのために俺が学校に潜入したことや、こうしてみんなに近づいていることなども全て理解しているだろう。

その上で、彼女の決断を変えたい

かなり考え込んだ表情を見せたあと、綾音が答える。

 

「魅力的ではある… けど、私は最悪の場合紅葉達がどうなっても構わないと思っているわよ? そういうふうに「決断」してるの。」

 

「それほどまでに大事か?零二のことが…」

 

「な、何故それを!?」

 

驚く綾音。

綾音の決断…それは、この戦争において芳乃零二を守り抜くことだ。

そのためには、どんな犠牲も厭わない…

それほどまでに零二に惚れているのさ…病気のようにな

本当に役立つな、未来人ってのは…何だか最近つくづくそう思う

 

「俺が油断ならない相手なのは今の会話で充分わかっただろう?そんな俺を敵に回し零二を守るか、それとも俺と協力関係になりオーディンを倒すか… 後者なら紅葉やなぎさも死ぬことはないし、悪い話ではないと思うんだが?」

 

「そうね… 確かに、情報面に関しては中々やるわ… けど、戦闘面はどうなのかしら?もし貴方の「本気」で私を倒すようなことができれば、その強さを認めて協力してあげてもいいわよ?」

 

「本気だと?」

 

「そう。貴方の戦略破壊魔術兵器って、この杖じゃないでしょ?でなければ、いつ殺しにくるかも分からない相手の前に晒すはずがない。おそらくは戦略破壊魔術兵器のように見せかけるダミーってとこかしら?」

 

…読まれたか。

流石は綾音だな。

確かに、俺の戦略破壊魔術兵器は5本の杖ではない。

俺には霧の力の他に、俺本来の魔法である流星の力がある…

自分相手に戦力を隠される行為が気に食わないのと、自分のアドバンテージを増やすためにこちらの手の内を把握しておきたいのが本音だろう。

 

「どちらにせよ…その杖だけでお前に勝てるとは思っていない。お前の言う通り、本気で行かせてもらうことにしよう…」

 

「私も約束は守るわ… そちらも、究極魔法発動のために零二くんを守るのが目的のようだし、利害自体は一致しているから… ただ、弱い男に女は釣られない。それだけよ…」

 

「ふっ…面白い。戦乙女(ワルキューレ)の力、俺に見せてみろ!!」

 

「あっ…」

 

「なんだよ…こっちをやる気にさせておいて…」

 

やる気満々になった俺を、綾音のしょぼい呟きが潰した。

おいおい…何だかちょっと恥ずかしいじゃないか…

 

「ほーら猫ちゃん出ておいで? そこにいるのはわかってるから…」

 

「………!?」

 

綾音が悪魔のような笑みで俺の背後にそう囁くと、ビクッとしたように影から紗雪がでてきた。

 

「さ、紗雪!?」

 

「ば…バレたなんて… 気配は消していたのに…」

 

俺ですら尾行に気づけなかったのだ。

紗雪はそれで自信を持ったようだが、それを綾音は見抜いた。

えっへんと自慢する綾音に紗雪は悔しそうに唇を噛む。

 

「私を甘く見ないことね… とはいえ、天王寺先生の伏兵というわけではなさそうだけど?」

 

「私は私の意思で行動していたに過ぎない。海斗が邪魔者を何とかするって言った時、悠久の幻影が発動するときに動きをみせるって思った」

 

「だから、悠久の幻影の発動に合わせて俺を尾行したというわけか…」

 

「まさかその相手が生徒会長さんだなんて私も驚いたけど…」

 

やれやれ…紗雪に一本取られてしまったな。

俺は汚い仕事をすることも少なくないし、こういった行動はできれば今後はやめてもらいたいものなんだが…

 

「で?ストーカーさんは何の用事?」

 

「兄さんのストーカーしてる貴女には言われたくない… 話は聞かせてもらったけど、海斗に手を出すなら、私も黙ってはいないのだけど?」

 

「いいわ… 貴女も協力関係の一人のようだし、二人まとめてかかってきなさい。」

 

俺と紗雪。その二人を同時に相手すると宣言する綾音…

相当な自信を持っているな…

だが、それは過信ではない。はっきりいって綾音は相当な強者な上に戦闘経験もある

それに、俺はこいつの魔法は苦手分野の一つなんだよな…

対策を練りにくいのと、相手の動きを予想し辛いのが何ともイライラする。

 

「そういうことだから、私も一緒に戦うね?足手まといにはならないから。」

 

「はぁ…どうせ断ってもしつこく参戦したがるんだろ?だが、綾音の魔法はかなり強力だ。手強い相手になる以上、戦うなら出し惜しみせず本気で行け。」

 

「ん、わかった…」

 

「決まりのようね… じゃあ、私を協力させるのに相応しいかどうか、直々に見てあげるわ!!」

 

海斗&紗雪VS綾音

戦闘開始(バトルスタート)…



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流星のセスタス

「高次領域展開・魔術兵装(セカンドアクセス・ゲート・オープン)!!」

 

俺の言いつけ通り、出し惜しみせず全力の用意をする紗雪。

紗雪が上記を唱えると、前回同様二丁拳銃であるうたまる&アルキメデスのほかに、紗雪の両足に白と黒のレガースも装備された。

 

「あなた達はスコールとハティって言うのね… よろしく…」

 

武器に愛情を込める紗雪は新たな仲間に微笑みかける。

スコール&ハティ…

神話時代に脅威とされた二匹の神狼の名を持つ伝説の武器。

二匹の神狼は、天に存在する決して追いつけるはずのない太陽と月に追いつき、喰らい尽くしたとされる。

あらゆる概念空間をも超越し、行き着くことのできる究極の移動能力…「空間を超越し追跡する能力」

これが、紗雪に秘められた本当の力なのである。

うたまる&アルキメデスが紗雪の憧れた師匠に近づくための憧れを具現したとするなら、スコール&ハティは彼女の戦闘能力に適した理想を具現する兵器と言えるだろう。

元来、体術を得意とする紗雪が遠距離戦闘を行うのは武器が銃であるから…

戦略破壊魔術兵器(マホウ)は戦略破壊魔術兵器でしか破壊できないため、今まで紗雪は得意な接近戦をずっと捨てていたということになる

 

けど…今は!

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

高速なんて言葉を遥かに上回る神速…

目にも止まらぬ速さで一気に綾音に接近する紗雪。

 

「待つんだ紗雪!奴の魔法は!!」

 

「っつ!?」

 

俺の叫びを聞き取ると、慌てて紗雪が静止を試みるが少々遅く紗雪の左腕から血が吹き出る。

 

「ぐううっ…」

 

痛そうに片目を閉じる紗雪。

しかし、そこを追撃されないよう、俺が綾音の気を引くように行動を起こす。

 

「舞え…俺の魔法たちよ!」

 

俺はテレキネシスで5本の杖を浮かせると、自身の周りに収束させる。

まあ残念なことに、霧崎同様俺のテレキネシスも自分の魔法や武器しか動かすことはできないんだがな…

 

「なるほど…そうやって回収可能というわけね…」

 

「霧の世界(ミスト・ワールド)…」

 

俺の周りを回る5本の一本一本から魔法陣が現れると、その一本一本から大量の霧が吹き出る。

「霧の世界」…本来なら、大量の霧を散布し相手を錯乱させるための魔法だが今回ばかりは少し使い方が違う。

周囲一帯が霧に包まれ周りが見えなくなると、それと同時にレーザートラップのような大量の赤いラインが姿を表した。

恐らく、レーダーで見た時に動いていなかったのはこれを作っておく布石だったのであろう。

蜘蛛の巣よりも遙かに精密に至る所に赤き罠が張り巡らされている。

 

「こ、これは…」

 

「これが奴の戦略破壊魔術兵器…ストリングロードだ。ピアノ線のように細い無数の赤い糸を周囲に張り巡らせることによって、先程紗雪が受けたようなダメージを相手に与える事ができる。しかも、この糸は運動エネルギーを操作することができ、如何なる攻撃も無効化することのできる恐ろしい能力持ちだ。」

 

「あらあら…ご丁寧に解説どうも… 貴方と戦うのも会うのも初めてのはずなのに、なーんでそんなに詳しいのかしら?」

 

俺が綾音の魔法を紗雪に解説すると、とても不機嫌そうにする綾音。

初対面の相手に、これほど自分の事を知り尽くされているとなれば不気味に感じるだろうし、自分の得意な戦法を相手に理解されているとすればいつもの騙し討ち戦法は通じない。

俺がストリングロードを苦手とするように、綾音も俺の情報量を確実に苦手と取っているだろうな。

 

「けど、海斗のお陰で敵の罠が丸見え… これだけの補助があれば!」

 

すると紗雪は再び突っ込んだ。神速の動きで大量のピアノ線包囲網を一本一本躱し、一気に綾音に接近する。

常人ではまずあり得ない動きだ…。どちらかというと、紗雪はオマケ程度と甘く見ていた綾音にとってだいぶ想定外のこと…

それは、紗雪が戦闘のエキスパートであるということだ。

 

「う、嘘でしょ!?」

 

「嘘じゃない…これが現実… はぁっ!スコール!」

 

「くっ…!!」

 

「まだまだ!ハティ!!」

 

零距離でストリングロードを張り直しても間に合わないため、渋々躱す綾音に容赦なく紗雪の連続蹴りが炸裂する。

何とか全て躱しきるも、紗雪の蹴りの破壊力は俺の想定すら越え、ストリングロードを数本引きちぎっていた。

 

「どうやら止める余裕もなさそうだな… 終わりにしよう。」

 

俺がルーンを練り上げるのを感じ取ると、すかさず後退し、俺に合わせて一緒にルーンを練る紗雪。

この頃はずっと一人で戦っていたと聞いていたが…紗雪の奴、共闘も全然できるじゃないか。

予想以上に俺と息がピッタリでびっくりするぞ… 

綾音の足元に巨大な魔法陣が広がると、それが縦に五つ並ぶ…

さあ、毎度おなじみ俺の神話魔術だ。受けてもらおう!

 

「五重魔法陣・御神楽!!」

 

「ふふっ…私の魔法を知っているなら、それが効かないことくらいわかるわよね?無に還った少女(ブリーシンガメン)!」

 

綾音の得意技、無に還った少女が決まる。

ピアノ線何本も張り巡らせ、俺の御神楽を受け止めるとそのまま運動エネルギーを0に操作することで御神楽を消滅させた。

しかし!

 

「連続で当てれば!! 福音の魔弾(ヴァイス・シュヴァルツ)!!」

 

続いて、紗雪の必殺技である福音の魔弾が続く。

俺の話を軽く聞いて、綾音の魔法を予測した紗雪は技が無効になる瞬間に次の一撃を命中させるという選択を取った。

運動エネルギーの操作…簡単に言ってはいるが、これを決めるにはかなり難しい精密な計算が必要となるだろう。

火力の違う魔法を連続で受けて、それに合わせるなんて芸当は並大抵の召喚せし者では不可能に等しい。

 

「ふふっ…いい連携ね… お姉さんちょっと焦っちゃったわ…」

 

しかし、綾音は紗雪の攻撃をもあっさり無効にし、悠々とそこに立っていた。

綾音が紗雪を甘く見ていたのと同様に、紗雪もどこか綾音を甘く見ていたのだ。

(どうせできないだろう…)

そんな勝手な予想は、自らの死に繋がる。

召喚せし者に絶対はない…しかも、人間を遙かに超える力を使って戦う以上、このような甘い判断一つで死んでしまう可能性も充分に有り得るのだ。

 

「まさか…効いてないの!?」

 

紗雪は驚いている。

補足をすると、俺達は今互いの姿が見えない状態で戦闘を行っている。

俺の霧により、当然俺から見れば紗雪と綾音は見えない…それは二人にも言えること。

互いの視界に写っているのは、綾音が大量に散布した赤いピアノ線のみ。

ではどうやって戦っているのか?

 

紗雪の武器は全て、相手の音を感知できる。

それは、うたまる達に留まらず、スコール達にも言えること。

音で綾音を感知しての攻撃を行っている。

 

俺の方は完全に五感を研ぎ澄ませているだけだ…普段自分が使い慣れてる魔法だけに使った状態での戦闘には非常に慣れている。相手の音、動き、気配、熱、魔力…そういった一つ一つのものを感じ取り、相手の位置を把握している。

 

そして綾音はというと、綾音の魔法の一つである天駆ける光の使者(スキンファクシ)という魔法を使い、俺達の位置を特定している。

俺が人工的に作ったレーダーのように、召喚せし者の位置を把握することのできる魔法だ。

しかし、この能力は自分の魔力の届く範囲にしか効果を及ぼすことができない。

こういった戦闘している程度の距離では充分使えるが、島全体の索敵となれば魔力もタダとはいかない。

だからこそ、俺のシステムを奪い少ない魔力で俺達の位置を把握していたんだろうな。

 

結論を言えば、俺達三人に視覚喪失なんて大した問題にすらならない。

霧崎は視覚を失っただけであっさり敗北していたが、こちらの戦いはそんなレベルを遥かに越えているというわけだ…

 

「紗雪ちゃん…だったかしら? 貴女は零二くんの妹のようだけど、その大切な兄である零二くんと、今貴女が共闘しようと必死な天王寺先生…どっちが大事なのかしら?」

 

「えっ………?」

 

「自分の一番大切なものというものを、貴女はきちんと決める事ができているのかって話しよ…」

 

「いきなり何を言うの…?大切なものは全部守って当たり前じゃない…」

 

「考え方がお子ちゃまなのよ。こんな残酷な儀式の参加者になった貴女は、もう既にその選択は捨てなくちゃならない。けど、先生からオーディン討伐の話を聞いて、全部守れるものと勝手に錯覚しているのよ。自分が無力なのも忘れてね…」

 

「確かに私達は無力でちっぽけな存在なのかもしれない… けど、だからこそ人は互いに手を取り合い強くなる。そんな言葉で私を惑わせようとしたって無駄よ!」

 

紗雪の言うことも綾音の言うことも一理ある。

自分はどうしたいのかきちんと決断できなけれな、いつか自分の一番大切なものすら守れずに終わってしまう。

未来世界で究極魔法の発動に失敗した零二がそうだったように…

だからといって、大切なもの以外は切り捨てていいという理由にはならない。

それじゃ、オーディンと考え方が同じになってしまう。

今の綾音の思想は、こんな間違った儀式を引き起こしてしまったオーディンそのものだ。

俺はそんな自分の限界を決めつけた考えでは何も救えないことをこの戦いを通じて綾音に教えてみせる!

 

「紗雪の言うことがガキっぽく聞こえると言ったな?」

 

「ええ…その通りよ そんな綺麗事を言っても、所詮は誰も守れやしないわ…」

 

「何故そう言い切れる?守れないのなら、守れるように努力すればいい。一人がダメならみんなでやればいい。最初から決めつけで選んだ結果から得るものなんて何もないんだよ…」

 

「……………」

 

「俺の戦闘能力を知りたがっていたな?なら、自分の目で見て確かめるがいい… 本当に大切なもの一つしか守れないようなちっぽけな力しかこの世界には存在していないのかどうかをな!」

 

そういうと、俺は自分の体に眠っている膨大な魔力を一気に爆発させた。

凄まじい恐怖感と衝撃波により、視界を遮っていた霧は一瞬で消滅し、綾音も反射的に包囲網を解いてしまった。

 

(このまま張っておけば全て破壊される…)

 

運動エネルギーを操作して0にしてしまえば、どんな攻撃も意味をなさないことは頭でわかっているはずなのに、綾音はストリングロードをしまったのだ。

相手に恐怖感を植え付けるほどの圧倒的な魔力…

それを放出しつつ、俺はついにあの言葉を口にするのであった。

 

「魔術兵装(ゲート・オープン)…」

 

俺がそう唱えると俺の顔の左半分に赤い入れ墨のような紋様がどんどん広がっていく。

 

「この魔力…あの入れ墨… これが海斗の戦略破壊魔術兵器なの?」

 

「…対峙して前に立つだけで体中の全神経が震え上がってる。 この私がこれほどまでに威圧で押されるなんて…」

 

「これが俺の魔法… 全宇宙を統べる星屑の鍵(スターダストキー)だ。 俺の本当の魔法は流星… 即ち、星魔法の使い手だ。 いままで俺が使っていた魔法など、俺から言わせればお遊戯に等しいんだよ。」

 

「あれだけ強力な霧魔法が…ただの遊びだったっていうの!?」

 

紗雪は俺が霧魔法だけで自分を含め、零二や龍一、サクラや紅葉に勝っていることを知っている。

あれだけ苦しめられた強力な魔法をただの遊びと言われてしまっては、驚くなという方が無理な話だ。

 

「流星のセスタス… それがあなたの正体ね…」

 

「そういうことだ、ワルキューレ。さあ、決着をつけよう。」

 

「手なんか…出せない…」

 

自分の未熟さを知った紗雪は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

目の前で行われている戦い…それは、自分なんかが入っていいレベルを遙かに上回っている。

その動きに、完全に魅入ることだけが今の紗雪にできることだった。

 

「出し惜しみする余裕はなさそうね… 私の切り札をくらいなさい!裏切りの女神(ダヴィンス・レイヴ)!!」

 

裏切りの女神。

これが綾音の切り札だ…ストリングロードに無尽蔵な運動エネルギーを加えることによって、どんなものでも切り裂くことのできる最強の切断系武器となり得る

 

「確かに、如何なる防御も無視できる優秀な技だが当たらなければ意味はない。貴様の攻撃など、二度と当たらんよ…」

 

そういって、綾音視界から一瞬で姿を消す。

孤独な幻影(ミスゲイション)?いや、違うな…

 

「流星(ミーティア)…」

 

使った魔法は流星。

その名の通り、宇宙を駆ける流れ星と同じ速度で動けるという高速移動の魔法が原型だが、俺が本気で使えばそんなレベルは軽く越える。

何度も何度もこの魔法の強化を図り、今の俺はこの流星の速度を神速と同等の速さまで育て上げた。

おそらく、この全世界で最高の速度で動くことのできるのは紗雪の瞬間魔力換装(ブリューゲル・ブリッツ)だろう。

体内の魔力を爆発的に解放することにより、一時的に神速をも越える…神をも越える速さで動くことができる。

しかし、それは本当に魔力を爆発させた一瞬の間だけ。俺の流星はそんな最高速とも思われる速さで俺の魔力が切れるまでずっと動き続けることができるのだ。

発動している間は魔力を消費し続けるため、こまめにON-OFFは行うが俺の魔力総量でいえば事実上無制限で使えるといっていい。

 

「速い!?」

 

「上だよ!さあ、お前のお得意の糸がどこまで持つか見せてもらおう。」

 

流星の力で綾音の上空を奪うと、空に7つの巨大な魔法陣を作り上げそれを北斗七星の形に並べる。

 

「7つの星に裁かれよ…天体魔法・七星剣(てんたいまほう・グランシャリオ)!!」

 

その魔法陣から、7つの隕石を落とす。

その隕石は圧倒的な速度と破壊力でレーザー状になり、まさに流星群という言葉に相応しい外見で綾音を襲う。

 

「くっ… 無に還った少女!!」

 

だが、流石は綾音だ。

俺の本気モードの得意技である七星剣すら防ぎ切ってみせる。

それでこそ、倒しがいがあるというものだ。

 

「拘束の蛇(バインド・スネーク)!」

 

流星で一瞬で背後を奪い、杖を二本抜いて蛇を植え付けようとするがそれもストリングロードで無効にされる。

 

「残念ね… その程度では私は倒せないわ…」

 

「その余裕、いつまで持つかな?先程の七星剣を防いだことにより、貴様の魔力はかなり消耗している。俺に本気を出させたことを後悔するんだな…」

 

「貴方の首さえ奪えれば私は勝てる…勝機がないわけじゃないわ!裏切りの女神!!」

 

再び裏切りの女神を使ってくる。

宣言通り、狙いは俺の首一直線…

流星で躱してもいいが、そろそろフィナーレと行こう。

オーディンを倒せる希望があるって信じて欲しい…その意味を込めて、最凶の一撃で迎え撃たせてもらう。

禁忌魔法…召喚せし者達の間でも使ってはならないとされる暗黒の闇魔法だ。

ローゲの魔法使いが使った黒い炎もその一つ。

最も、俺の場合は漆黒の星魔法だがな…

闇の魔力でルーンを練ると、巨大な魔法陣を自分の前に形成しサクラのレーヴァテインのような体制でその魔法を放つ。

 

「煉獄砕破(アビスブレイク)!!!!」

 

煉獄砕破。万物を跡形もなく消し去ることのできる漆黒のレーザー…

俺のこの魔法はこの島(月読島)をも一撃で消し飛ばすことのできるくらいの圧倒的火力がある

事実、滅多に使用しないししたらしたで誰も生き残れやしない。

 

「…っつ!?」

 

咄嗟の判断で裏切りの女神から無に還った少女に切り替える綾音。

禁忌魔法を防ぎにくるか…だが、無敵を誇るストリングロードにも限界というものがある。

一つ、圧倒的火力を誇る魔法を無効にし続ける

二つ、相性の悪い魔法や概念魔術を無効にし続ける

このどちらかを行えば糸は悲鳴をあげはじめ、やがては消滅してしまう。

今回の場合はその両者…無に還った少女を発動するために張ったストリングロードは俺の煉獄砕破を受けてみるみるうちに焼き切れていく。

 

「まさか…こんなことって!! いやぁぁぁっ!!」

 

自慢の魔法を焼かれ、どんどん近づいてくる俺の漆黒のレーザーに綾音は震え上がりついには悲鳴をあげた。

全て焼き切ると綾音は死んでしまうし、ここら辺で助けてやるか…

 

「…紗雪、助けてやれ。」

 

「うん… 瞬間魔力換装!!」

 

紗雪が瞬間魔力換装で一気に移動し綾音を抱きかかえると、再度発動し煉獄砕破の射程から一気に遠ざかる。

対象を失った俺の魔法はかつて龍一の総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)が見せた火力とは比べ物にならないくらいの破壊力で悠久の幻影(アイ・スペース)の壁にぶつかった。

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

総魔力の大半を失い、怯えることしかできない綾音。

無敵の生徒会長というイメージを誇る彼女の今の姿は俺も紗雪も見たことがないし、意外という一言しか思い浮かばない

 

「あの…会長さん大丈夫?」

 

「少し落ち着くまで待ってやろう。整理をさせる時間も大切だ…」

 

綾音を安全な場所に紗雪が座らせる。

しばらくすると、落ち着いたのか向こうから声をかけてきた

 

「驚いたわ… 世の中、上には上がいるのね…」

 

「まあな… 俺も生半可な幻想を抱いてさっきのようなことを言っているわけじゃない。何としてもみんなを守りたいんだ…ただそれだけのために俺は幼い頃からずっと強さを求め続けてきた。大切な誰かを救うために…ずっとな…」

 

「誰かを救う力…ね… 約束よ。私はあなた達に協力するわ… 私から提示させてもらう条件はただ一つ。零二くんを死なせないことよ。」

 

「当たり前。兄さんは私が守るもの…」

 

「ふふっ…言うじゃない?二股かけてる貴女なんかに負けるつもりはないわよ?」

 

「ふ…ふたっ!? って、違うもん!私はそんなんじゃ!!」

 

「さぁ…どうかしらね…」

 

零二を守る話から何で恋愛の話に飛んでるんだか…

というか、負けてボロボロの綾音にからかわれるとは紗雪の奴はピュアすぎるだろ

まあ可愛いからいいんだが…

良い感じの空気にもなったし、綾音の件は一件落着だな…

 

「それで?協力すると言っても、私は何をすればいいのかしら?魔力の大半を貴方に持っていかれたしできることは少ないと思うのだけれど…」

 

「俺達を狙わなければそれでいい… 今はお前の正体を紅葉達に伝えるつもりはない。休戦協定としておこうか…」

 

「でしょうね… その方が都合がいいもの…」

 

「俺の星魔法も同様だ。この力はオーディン戦での仕様を前提とし、その他の戦いでは極力使用を控えている。」

 

「まとめれば、今回の戦闘自体内密ってことになるわね…」

 

「そうだな。そして、内密予定だったこのことを知った紗雪にはお仕置きが必要だな」

 

「え、えええっ!?わ、私はただ海斗の役に立ちたくて!」

 

「その気持ちは大変嬉しいが、俺はお前にストーカーされたことを許した覚えはない!待てやごらぁぁぁ!!」

 

「いやーーーーーっ!!」

 

こうして、悠久の幻影が消えるまで俺と紗雪は鬼ごっこを続けるのであった。

 

(※瞬間魔力換装(ブリューゲルブリッツ)はなしだろ!速いわ!!)

 

 



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可憐な少女と孤高の執事

一ヶ月ぶり…だいぶ久しぶりの投稿になってしまいました。
というのも、私自身日常パートを書くのが非常に苦手なのです…
戦闘シーンのおおまかな構成は完成しているのですが、そこに挟む日常パートに苦戦する苦戦する…
みなさんはどうやってあんなに面白い日常パートをギャグも混ぜて書いているんですかね…羨ましい… 

とまあ、作者の悩みはさておきようやくこの二人が出せそうです!お楽しみに!




★芳乃零二 SIDE★

 

「海に!!」

 

「行かないんだよ!!」

 

「うわー…マスターがその話し方すると何か気持ち悪i… というか!まだ一言も言ってないのにいきなり否定しないで欲しいんだよ!!」

 

「うるせー… どうせまたあそびに行きたいとかだろ? 朝っぱらからそんな話聞くか!」

 

翌日。今日も朝から騒がしい相楽家である。

サクラが来てからというもの、家の中がこのようにどんちゃん騒ぎになることなど日常茶飯事である。まあ、別に今までが悪かったわけではないがたった一人で家の雰囲気をガラッと変えてしまったサクラには驚きを隠せないというのが正直なところである。

 

「うーっ!マスターが日曜日のパパみたいなこと言ってるんだよ!紗雪ちゃんからも言ってあげて欲しいんだよ!」

 

「あ…うん………」

 

「これこれ、盛り上がっている所悪いが零二達はもう学校に行く時間じゃぞ?」

 

「あ、本当だ。よっしゃ紗雪、そろそろ行くか。」

 

「うん、兄さん!」

 

今日は火曜日か…

紗雪と共に学校に行く支度を済ませると、サクラがつまらなそうな表情でこちらを見てくる。

俺たちは天王寺先生みたいに偽造資料を作ることはできないしサクラを学校に通わせることはできないんだよな…

すまないと一言サクラに付け加えると俺達は学校へ向かった。

 

「行っちゃった… この時間が一番つまらないんだよ…」

 

しょんぼりした顔で落ち込むサクラ。

そこにニコニコしながら苺が話かける

 

「こういう時こそ、お主はお主のやるべきことを済ませておくべきじゃと思うんじゃがなぁ…」

 

「それはそうだけど、いつも戦いのことばかり考えてるのは嫌なんだよ…」

 

「かっかっか!本当に兵器らしくない戦略破壊魔術兵器(マホウ)じゃのう!お主は!」

 

サクラのやるべきこととは至って単純。魔力の供給作業である。以前に説明したが、サクラは戦略破壊魔術兵器でありながらある程度の魔力は自分で供給することができるというハイテク性能を持っている。

日光…つまり、光エネルギーを軸として戦う彼女の魔力供給方法の一つとして光合成という名の日向ぼっこが該当する。

外に出て日光を浴びるだけで魔力が増加するとは便利なものだが、その上昇量は低く、サクラの放つ必殺技「穢れなき桜光の聖剣」(レーヴァテイン)は消費魔力が非常に高い燃費の悪い魔法だ。

故に、戦闘において充分な力を発揮するためには常日頃からこういった作業をしなければならない。

 

「じゃが、零二や紗雪を失えば今のような楽しい生活は送れなくなってしまう。そんな生活を守るためにも今はやることをすべきじゃな。まあ、その分零二達が帰ってきた時には遊んでもらえばよろしい。」

 

「けど!肝心なマスターがさっきみたいに遊んでくれないんだよ!はぁ…海、行ってみたいなぁ…」

 

そんな噂をされているとは全く知らず学校に到着した零二。紗雪と別れるとお互いにそれぞれのクラスに入っていった。

 

「やあ、零二おはよう。」

 

「やっほ!れーじ!」

 

「おはよう芳乃くん…」

 

龍一を始め、一緒に話していたのであろう隣にいた里村、鈴白も俺に挨拶をしてきた。

 

「よっ、みんな。にしても、龍一が学校来るとは意外だなぁ… てっきり、休んで探索するのかと思ってたぜ…」

 

「ははっ… やっぱり零二は鋭いね。もちろん、そうするつもりだったさ。けど、天王寺先生に学生なら学校へ行けって怒られちゃってね…」

 

「当たり前でしょ!普段の生活の時までオーディンに時間を割いてやる義理なんてないし、りゅーいちが学校に来ないとなぎさだって悲しむんだから!」

 

「ちょ、ちょっともみじぃ///」

 

顔を真っ赤にする鈴白。

なるほど、先生が釘をさしていたのか…里村の言うことも一理あるし龍一が残る理由も納得がいく。

 

「後は、学校にいないと俺の指示が聞けないだろ?って言われたよ。」

 

「なるほどな… ま、学校でもやれることはあるし今できることをしておけばいいさ。」

 

指示など携帯を使えばいいと思うかもしれないが、龍一は携帯電話を殆ど携帯しない。

里村曰く、ケータイをケータイしないなんて意味ないじゃん!とのことだがそれには理由がある。

それは、龍一が雷を使用する召喚せし者(マホウツカイ)であるということ。

自身から流れ出る強力な電磁波が携帯を妨害してしまうので、完全に魔力を遮断しなければ携帯を使うことができない。更には、総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)なんかを使ってしまえばその雷エネルギーに耐えられずあっさり壊れてしまうだろう。

技を一発撃つ毎に携帯を壊していてはお金が馬鹿にならないし、幼い頃から師匠と共に戦場を駆け巡っていた時も特に必要性を感じなかったため、龍一もその師匠も携帯を持つことはなかったという。

現在に関しても、殆どが自宅に置きっぱなしで先日アドレス交換し昨日の悠久の幻影(アイ・スペース)消滅後の夜、戦闘結果に関して簡単に零二と連絡を取り合っただけだ。

 

「零二…その…霧崎くんことは残念だったね…」

 

そろそろ授業が始まるが、霧崎の席だけは空席になっていた。

零二同様トドメをさした張本人である里村は、その机を見ないように目線を逸らしていた。

 

「お互い全力を出してぶつかりあった結果だ。くいはねぇよ… それに俺達は、そんな人達全員の思いを叶えるために今戦ってるんだろ?」

 

零二はそう言うが、やはり召喚せし者の死は通常の死より思い。

先に学校に来ていた里村はクラスのみんなを始め、学校のみんなに霧崎のことを尋ねて回っていたが返ってくる反応は揃って「そんな人はこの学校にいない」「あの席は元々空席」の二つだけだったそうだ。

 

「れーじ…あたし…」

 

「そんな心配するような顔すんなよ里村!お前は断罪者なんだろ?自分の罪も他人の罪も、しっかり裁いていけばいいんだよ。お前らしくな…」

 

「うん…そーだね!ありがと、れーじ!」

 

里村の笑顔と共にチャイムが鳴ったので、俺達は授業を受け始めた。

しかし、順調に一日が進み、無事に帰れるかと思っていたところとある事件が発生する。

 

時刻は進んで放課後、授業も終わりみんなが帰り始める頃に里村が俺に話しかけてきた。

 

「れーじ!れーじ!」

 

「相変わらず懐っこいな里村は… で、今度は何だよ?」

 

「今週末になぎさと一緒に海に行こうかなって思ってるんだけどれーじもどうかなーって思って!」

 

「単刀直入だな… そういえば、昨日のニュースで海開きしたって話ししてたな…」

 

今は4月の中旬。桜が咲く綺麗な季節だが、南国の島であるここ月読島ではもう海水浴ができるほど気温も水温も上がっているのだ。

春と夏を同時に楽しんでいるみたいで不思議な気持ちになるかもしれないが、これも島の見どころの一つ。

ここは本当に良い島なんだぜ?

 

…そういえば、朝サクラが海に行きたい的なことを言いかけていたが…なるほど、あいつも昨日のニュースを見て影響を受けていたってことか。

 

「まあ、別に構わねぇけどサクラの奴も行きたがってたんだ。鈴白も呼ぶならいっそみんなでってのはどうだ?」

 

「んぇ?全然いーよ?あ、どうせならりゅーいちも読んで欲しいんだけど…」

 

おいおいふざけんなよ…

里村に鈴白にサクラ…そんな美女達の水着姿が拝めるっていうのに何であんな朴念仁ムキムキスポーツマンを呼ばなきゃならんのだ…

 

「里村から龍一の奴を呼びたがるなんて珍しいじゃねえか… 俺としては面倒くさいからあんまり呼びたくないんだけど…」

 

「あたしがわざわざれーじと二人きりになれるチャンスを切ってまでなぎさを呼んだ理由を察してよ… それに、あたしが誘うよりれーじが誘ったほうが絶対いいって!」

 

「だけど、俺が龍一の奴を誘ったら男が男を海に誘ってるみたいで気持ち悪いじゃねえかよ…」

 

「ん?僕がなんだって?」

 

「「うわぁぁっ!?」」

 

俺と里村は同時に驚いた。

全く気配を感じ取れなかったが、自分たちの背後に龍一本人がいて絶妙なタイミングで声をかけてきたのだ。

日常生活でまで気配消すのはマジでやめてくれよ…不気味だし怖いんだが…

 

「り、りゅーいち!?アンタいつからそこに!」

 

「ついさっきだよ?帰ろうと思ったんだけどたまたま教室にノートを忘れてね… 戻ってきたら零二達が僕のことを話しているようだったから。」

 

 

誰かが仕組んだようなタイミングのよさだな…

最も誰も仕組んでなんかいないのだが…

 

「まあいいや、手間が省けたぜ。週末にみんなで海に行くからお前も来いって里村が言ってたぞ?」

 

「海か… そういえば、海岸エリアはまだ探索をしていなかったね…」

 

「だーかーらー!何でアンタはそんな風に真面目にしか考えられないのよ!息抜きよ息抜き!!」

 

「しかし、最終戦争が始まってしまった今、遊んでる場合じゃ…」

 

「諦めろ里村…もう何人からも言われてるのにここまでこの性格を直せないのはある意味才能だよ… じゃあ、もう探索がてらでも何でもいいからとりあえず来いよ。今回は俺達以外にも人を呼ぶみたいだからな。お前がいたほうがいいんだ。」

 

「わかったよ…探索の手を緩めない程度になら、たまには僕も息抜きするさ…」

 

…それは息抜きとは言わない。

とにかく、龍一も誘うことができたしこれでいいとするか。

何だかんだいって目的は達成か…

 

「ふふっ…聞いちゃった…」

 

一安心するのもつかの間、教室のドアから女性の声が聞こえた。

別に盗聴されてまずい会話はしていないつもりだったが…誰だ?

ガラガラとドアが開くと、そこには美樹、紗雪、天王寺先生の三人が立っていた。

 

「み、美樹!?それに紗雪達まで…」

 

「やれやれ…校舎の見回りでここまで来たはいいが…何やってんだお前等…」

 

呆れた顔で天王寺先生がこちらを見てくる。

気づけば結構話し込んでいたらしく、完全下校時刻を30分も過ぎていた。

 

「げっ、黒羽紗雪!」

 

「………」

 

露骨に嫌な顔をする里村と、ぷいっとそっぽを向く紗雪。

ああ…このふたりを近づけると本当にロクなことがない…

状況がこれ以上悪化しなきゃいいんだけど…

 

「海とか楽しそうじゃない!私、零二達やみんなと中々遊べてなかったし、もしよかったら私達も混ぜて欲しいな!ね?紗雪ちゃん、海斗!」

 

「え、えっ!?」

 

「何で俺達まで巻き添え前提なんだ…」

 

「えーっ!美樹はいいとして先生呼んたら何か遠足みたいになって嫌じゃん!そもそも、黒羽紗雪となんて絶対にイヤよ!」

 

「誰が遠足だ…そこまでおっさんになった覚えはない…」

 

「私も兄さん達とは行きたいけど、里村紅葉とはイヤ…」

 

美樹は里村と紗雪が仲悪いの知らなかったのか?

何だかどんどんマズイ方向に事が進んでいってるような…

 

「何だか仲良くないって感じ?それはよくないよ!折角同じ学校の同級生なんだから仲良くしなきゃ!」

 

「美樹は昔っからこういうイベント物を作ってみんなで遊ぶのが好きだったよな… 何だか懐かしいぜ…」

 

「そ、そうだね…零二…」

 

しまった。昔のことを思い出すと俺達が別れた時の記憶まで…

少し美樹と気まずい空気が流れようとすると、その空気が流れる前に里村と紗雪の空気が変わった。

 

「ふん、じょーとーじゃない!このアタシが一番零二に相応しいってことを思い知らせてやるんだから!」

 

「こういう時だけ気が合うのね里村紅葉…兄さんは貴女達のような人には渡さない!」

 

「「ぐぬぬぬぬ!!」」

 

二人からバチバチと火花が飛ぶ。

 

「着火剤はお前だからな美樹…」

 

「えっ?あ、あれ…私のせい?」

 

天王寺先生がため息をつきつつ言う。

こうなってしまえばもう里村も紗雪も止まらない。

どうやらみんな揃って海に行くことになりそうだな。

 

「れーじ!かいちょーも呼ぶわよ!こうなったら勝負してやるんだから!」

 

「へいへい…雨宮には俺から連絡しておくよ…とりあえず下校時刻過ぎてるんだし帰ろうぜ?天王寺先生も悪かったな。」

 

「別にいいさ…やらなきゃいけないから仕方なくやってるだけだしな… 紅葉と紗雪がこれ以上エスカレートする前にさっさと帰れ。」

 

里村&紗雪喧嘩事件。

それが事件かって?充分事件だ。間近で見ている俺から言わせればどうすればここまでお互いに嫌いになれるのか不思議に思えるくらいに。

とりあえず、里村達が喧嘩しないように俺と紗雪と美樹、龍一と里村に別れて下校することになった。

折角みんなで行くんだ。いがみ合うんじゃなくて、これを機会に二人にはもう少し仲良くなった欲しいものだな。

 

★芳乃零二 SIDE END★

 

★真田卿介 SIDE★

 

舞台は変わり、場所は月読島唯一の病院である高嶺病院。

その入り口に一人の黒服の男が立っていた。

男の名前は真田卿介。

紗雪や紅葉が有塚陣によって始まりの大地(イザヴェル)へ飛ばされた時、ワルキューレこと雨宮の横に立っていた黒服の男と言えば誰のことかわかるだろう。

真田はとある仕事をこなしつつ、とある少女の為に毎日この病院へと見舞いやお世話をしに来たりしている。

病院の中に入ったにも関わらず、真っ黒なサングラスを着用したままの真田。

本来なら不審者に間違われてもおかしくはないし、本人もかなり無口で無愛想なので始めは色々な人に怖がられていたのだが誠心誠意を持って見舞いを続ける彼を見て、今では病院のみんなが彼を認めている。

そんな彼がそこまで大切にしている入院中の少女とは…

その子のいる病室へと行き、ガラガラとドアを開けた。

 

「あ、真田さん!今日も来てくれたの?」

 

「ええ…仕事が遅くなり、こんな時間になってしまいました。申し訳ありません、お嬢。」

 

「ううん!真田さんが来てくれただけで陽菜子とっても嬉しいよ!」

 

茶色の髪を持つ小さくて可憐な少女。

名前を高嶺陽菜子という

陽菜子は先天性の難病のため、生まれてからずっと病院で暮らしている少女だ

かつて世界に名を馳せる大企業の令嬢だったのだが、両親の死により幼くして莫大な遺産を持つ。

しかし、そんな物は彼女にとって意味をなさない。

父の友人であり、幼い頃からずっと一緒にいた真田だけが、今の彼女の唯一の友人であり、父親代わりなのだから…

 

「私には勿体なきお言葉です…お嬢…」

 

この言葉はお世辞ではなく真田の本心。

真田はろくでもない生活をしていた自分を拾ってくれた陽菜子の父親に大きな恩義を感じており、忘れ形見てまある陽菜子がより幸せな生活を送ることができるようにあとあらゆるサポートをしている。

しかし、目的のためなら手段を問わない真田はその親友である陽菜子の父親が望んでいないやり方まで平気で実行しているのだ。

 

(汚れ仕事)

 

いわゆる、暗殺などの表の世界には存在しない仕事だ。

そんな仕事で稼いだ金や、陽菜子の父の遺産を使い、今の陽菜子の莫大な入院費を払っている。

そんなやり方でしか彼女を生かせてやることができない自分を悔やむ真田にとって、陽菜子のこの笑顔は辛いものだった。

 

「…お体の調子はいかがですか?」

 

「うん、陽菜子は元気一杯だよ!病院の先生ももう少し検査が終わったら外に出てもいいって!」

 

…戯言だ。

陽菜子の病気は現在の医学では治すことができない。

それどころか、もう余命は一ヶ月を切っているはずなのだ。

恐らく、病院の先生とやらが陽菜子にそう言ったのは死ぬ最後くらい自由に遊んでもいいという意味が込められているのだろう。

 

「真田さん…陽菜子ね?お外に出ていいようになったら海に行ってみたいの!…ダメ…かな?」

 

「…海…ですか」

 

「昨日テレビでやってたの!あんまりはしゃいだりしないから…お願い!真田さん!」

 

余命一ヶ月を切っているとはいえ、真田に陽菜子を死なせるつもりは1%もない。

しかし、陽菜子が一度も外に出たことがなく何年もこの病室で入院に耐え続けているのも事実。

さて、どうするべきか…

 

「わかりました。私と先生、二人が検査結果を見て承認すれば海に連れていきましょう。…しかしお嬢、こんな無茶はこれっきりにしていただきたい。ご自分の体のことは、ご自身でよくわかっているはずです…」

 

「うん!それでもいい!ありがとう真田さん!」

 

結局、真田は陽菜子を海に連れて行くことにした。

それは、今後の自分と陽菜子の期待も込めて。

どんな期待かは後にわかることだろう。

 

「陽菜子…海にいけるんだ… 楽しみだなぁ…水着どうしよう…泳いでみたいなぁ…」

 

「なっ!?そんなの無理に決まっ…」

 

「ダメ…なの…?」

 

またもやの沈黙。

涙目でおねだりする陽菜子は反則的である。

いくら真田が厳しいとはいえ、陽菜子の身の状態を誰よりも知っている以上簡単に否定することはできないのだから。

 

「…波打ち際までなら、許可しましょう。」

 

今週末の海は混むことになりそうですね。

 

★真田卿介 SIDE END★

 

 

 



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女の勝負、男の勝負

1年ぶりですが、ちらっと投稿


☆Side 紗雪☆

 

みんなで海へいくと決めた日の翌日、紗雪は美樹、綾音とともに、3人で商店街へと来ていた。

あの日、なんだかんだいって紅葉との喧嘩が止むことは最後までなく、最終的にどっちが素敵な水着で零二を悩殺できるかという話になったそうだ。

 

「ごめんなさい美樹さん… 私が変なこと言ったせいで付き合わせることになっちゃって…」

 

「ううん、いいのいいの。私も、最近胸の当たりがきつくなっちゃっててそろそろ買い換えようと思ってたから…」

 

「ぶーーーっ!?」

 

美樹の突然の爆弾発言に思わず吹く紗雪。

美樹は、星見学園で一、二を争うほどのバインバインだが去年から更に成長したというのだろうか…

 

「ふふっ…流石の私もこの特大雌豚おっぱいには勝てる気がしないわね…」

 

「雨宮さん表現がストレートすぎます… というより意外でした…てっきり、里村紅葉達と買いに行くのかとばかり…」

 

「確かに、紅葉達とは仲はいいけど貴女達と一緒に行ったほうが確実にアドバンテージが上なんだもの…」

 

「…どういうことですか?」

 

「簡単な話よ… 紅葉達に邪魔されずに貴女と話をするにはいい機会だし、貴女の方は元零二君の彼女なんでしょう? 彼を堕とす上でのいい情報をもらえないかと思ってね…」

 

ストレートにニッコリと話す綾音。

会長独特のその笑顔は可愛いを遥かに通り越して怖い。

というか、『落とす』の漢字がおかしいのは気のせいだろうか?

後半はいいとして、前半の意味は最終戦争関連の話だろう。

綾音が召喚せし者であることは現在海斗、そして紗雪しか知らずその存在は零二たちには隠さなければならない。

つまり、海斗なしで話をする場合はこういう機会でも設けなければ中々なかったのだ。

 

「お、驚きました… 会長さんは零二のことが好きなんですね?」

 

「それはもう怖いくらい… 私も、里村紅葉とセットで兄さんに被害がでないかとても心配…」

 

「あら、心外ね。私は零二くんが振り向いてくれるようにありとあらゆる手段を使っているに過ぎないわよ?」

 

「それが異常すぎるんです!この間なんて兄さんがトイレに行ってる間に…」

 

「ふふっ、それ以上言うとお仕置きじゃ済まないわよ?仔猫ちゃん?」

 

「ひゃい!」

 

「何っ!私の知らない所で零二に何があったの!?」

 

綾音が微笑むと猫のようにビクッと震えて黙る紗雪。

流石の紗雪でも雨宮の冷酷な笑みには勝てないようだ。

機嫌のいい時は黒羽さん、機嫌の悪い時は仔猫ちゃんと呼ぶため、判断しやすいのが唯一の救いではある…

などと話しているうちに、目的である水着を販売している店舗に到着。

あえて天の川に行かないのは、メーカー物を買うとわかる男子にはすぐにバレてしまう危険性があるのと、商店街の方が掘り出し物が見つかる可能性が高いからである。

月読島は元々南の島なので、こういった店でも割りと品揃えが良いのも理由の一つだ。

 

「さて、それじゃあ早速選びましょうか… 零二くんはどんな水着が好みなのかしら…」

 

「ちょ、これは元々私と里村紅葉の勝負…!」

 

「でも、最終的に零二くんが悩殺されればいいのだから私が静観しなきゃいけない理由にはならないわよ?」

 

「むぅ… そのおっぱい許すまじ…」

 

「あはは… 多分紗雪ちゃんも気になると思うから言っちゃうけど、零二は結構むっつりしてるから、ビキニみたいに露出の多い水着だと喜ぶと思うよ? 私が初めて着ていった時なんて鼻血だしてたもん…」

 

「零二くんも男の子だものね… でも、それは貴女や私の胸だからできる芸当であって、黒羽さんや紅葉じゃちょーっと難しいんじゃないかしら…」

 

何も言い返せないのかずっと膨れっぱなしの紗雪。

むぅと頬を膨らませながらもしっかりと自分の水着を選んでいるあたり何気に健気だ。

 

「まあまあ… 紗雪ちゃんは妹なんだから無理して零二を悩殺しなくても… って、紅葉ちゃんに負けたくないからか…」

 

「そういえば、貴女の二股は結局どうなったの?」

 

「別に二股じゃないです… 兄さんは、また島で一緒に暮らせるのは嬉しいし、兄として尊敬してるけど恋愛感情があるわけじゃないし、海斗だって男性として好きかって聞かれたらよくわからないもん…」

 

(…あらら。これは、おもわぬライバルがたくさん出現かな?)

 

一緒に水着を買いにきたはずが、仲良くなるどころかバチバチと火花を飛ばし合いながら厳選をする紗雪と綾音。

そんな2人を見ながら、美樹は零二と付き合っていた時のことを思い出していた。

 

零二の初恋の相手が美樹であったのと同様、美樹もまた、初恋の相手は零二だったのである。

幼い頃から一緒だった二人は、付き合う前からの仲も非常によくその事実が明るみにでた時には、同じ幼なじみのグループであるひよりやかなたには『一生バカップル確定のラブラブコンビだね!』などと冷やかされたものだ。

 

しかし、知っての通り零二はつい最近まで都会に出ていたため数年の間は遠距離恋愛が続く。

中々帰ってこない零二に美樹は耐えられず、ついには別れるという話になってしまったのだ。

 

「でも、零二が帰ってきたら帰ってきたで私ってば、ずっと零二のことばっか考えてる…」

 

自分から別れ話を持ちだしたにも関わらず、再度その顔を見てしまっては数年前の恋愛感情が自分の覚悟の邪魔をする。

我ながら最低だと感じつつも、美樹は零二への思いを密かに振り切ることができずにいたのだ。

 

「…さん。美樹さん?」

 

「…えっ!?」

 

「水着、買わないの?」

 

昔の思い出を思い出していたからか、紗雪に呼ばれていることに気づけなかったようだ。

 

会長さん、紗雪ちゃん…悪いけど、私も久しぶりに零二へのアピール頑張っちゃうんだから!

 

二人にはナイショで胸に覚悟を決めつつ、美樹は紗雪への呼びかけに元気よく返事をした。

 

「うん!」

 

☆紗雪 SIDE END☆

 

☆SIDE 紅葉☆

 

「ムッキー!!おのれ黒羽紗雪!必ずアイツをギャフンと言わせてやるんだから!」

 

一方でこちらは紅葉、なぎさ、そしてサクラの3人組。

紗雪達同様水着を選びに来たようだが、あちらとは場所が異なり天の川にきている。

そして紅葉はというと、いつものように紗雪に対して怒りを露わにしていた。

 

「まあまあ紅葉…そんなに怒ってばかりだと将来禿げるよ?」

 

「うっさいわね!そーゆーこと女の子に言うんじゃないわよ!」

 

「女の子って自覚あったんだ…」

 

「うー…なぎさちゃんなぎさちゃん、紅葉ちゃんが怖いんだよ~」

 

サクラが泣きそうな目でなぎさを見ている。

 

「そーいえば、サクラが私達の方に来るなんて珍しいわね? てっきり、同居してるアイツと一緒に行くのかと思ってたけど。」

 

もはや名前ですら呼ぶのをやめたようです紅葉さん。

 

「私も最初は紗雪ちゃんと行こうと思ってたんだけど、なんだか怖くて…」

 

「あぁ… 確かに黒羽さんはこういう話になると同じ女性に厳しくなる面があるから、サクラちゃんにとっては災難だったかもね… 私なんて、芳乃くんと天の川で道に迷ってただけですっごい睨まれたし…」

 

サクラは零二の戦略破壊魔術兵器であり、出現したのはつい最近のこと。

海に行ったことなんてないし、水着を持っていないのは更に当たり前とも言える。

元々、サクラが水着を持っていないので買いに行く…というのが、この水着購入の話の発端なのだが、主に赤いつるぺたと白いにゃんこのせいでそんなこと誰も覚えていないのであった。

更には、その2人を中心にグループまで二分化されてしまったため、サクラからしてみれば迷惑もいいところなのである。

 

って、紅葉さん痛い、痛いです…

 

「紗雪ちゃんがなんであんなに怒ってるのか、私にはよくわからないんだよ~…」

 

「水着っていうのは、海で泳ぐために着る衣装なの。だから、物にもよるけど普通みんなが普段着ている服より露出度が高いものが多いんだ。紅葉や黒羽さんはそれを意識してて、より男子が魅力的だと思う水着を選んで勝負をしようって話をしているんだよ。」

 

「まっ…簡単に言えば、れーじを振り向かせるための、女子なりの努力ってやつよね。」

 

「マスターを振り向かせる…」

 

それ以上のアドバイスはライバルを増やすだけだと感じたのか、紅葉はそれ以上何か言うことはなかった。

それ以降、彼女たち3人は仲良さそうにあーでもない、こーでもないと言いながらそれぞれの水着を選ぶ。

争いの火種さえなければ、こんなに短い付き合いでも仲良くやっていけるのだから不思議なものである。

約3時間近く天の川の複数店舗を回った結果、なんとか全員水着を購入することができた。

 

「えへへ~、マスター喜んでくれるかなあ。」

 

「サクラらしくていいと思うわよ。なぎさを見てみなさいよ、あんな地味な水着買っちゃって… あれじゃ龍一を振り向かせるなんて夢のまた夢ね。」

 

「も、紅葉のが過激すぎるだけだよー!私は普通だって!」

 

「ま、あたしの敵は別行動の3人組だし、別になぎさはいっか。」

 

「だんだん私の扱いひどくなってない!? …というか、本当に芳乃くんのこと好きなんだね… こうして一緒に買い物してて、改めてびっくりしちゃったよ…」

 

「あたしも… 今まで男にきょーみなかったのは自分が一番よくわかってるし。 というわけでサクラ、あんたも邪魔するなら容赦しないからね!」

 

「ほえ? よくわかんないけどわかったんだよ!」

 

きょとんとするサクラ。

こういう何もわかってない子が意外と強敵だったりするので、気を抜けないと改めて明日の海に気合を入れる紅葉であった。

 

☆紅葉 SIDE END☆

 

☆SIDE 龍一☆

 

女性陣が水着を厳選している同刻、生真面目な龍一は島のパトロールを続けていた。

明日はパトロールができない分、今日のうちに可能な限り広範囲で…というのは自分に言い聞かせた表向きの理由。

前回の海斗達との話し合いを経て、ただ闇雲に探しているだけではラグナロク阻止の手がかりも、オーディンの居場所もつかめないことは龍一自信が最もよく理解していた。

なので、方針を変え目的を決めて捜索にあたる。

未来世界から来たという海斗。

会話を聞く限り本当のことなんだろうと判断した龍一は、その未来から来た海斗でさえ警戒をしているある人物に目をつけていた。

これは、零二達がいるとできない行動とも言えるので、海斗に単独捜索を指示されてかえって好都合だった部分でもある。

そんな龍一が目をつけた人物は、黒の帽子とマントを身に纏い、みんながよく知るあの家を出たところだった。

 

「………」

 

可能な限り気配を消し、対象の尾行を開始する龍一。

彼自身、多くの戦場を駆け、また、圧倒的強者…武神とも呼べるような師匠の元で戦闘における様々な格闘術を学んできた。

戦闘経験が多いということは、それだけ様々な敵と戦ってきたということ…

相手がやられて嫌なことだって頭に叩き込まれている。

尾行に関しても、特に誰かに教わったわけではないが、そんな多くの戦闘経験を活かせば、本業だってびっくりの尾行術で跡をつけることなんて大した難易度ではなかった。

 

「天の川?」

 

対象はそのまま天の川へ。

私服でも同じ格好をしているし、ただ単純に買い物に来ただけだろうか…

だとしたら今日は特に収穫はないなと頭の中で考え、一瞬だが目を離したその隙に目の前から対象がいなくなる。

 

「ワシに何か用事かの?」

 

「…!?」

 

気づけば龍一の後ろから対象…相楽苺が声をかけていた。

龍一とて、いくら気を抜いたとはいえほんのコンマ数秒、またその一瞬で背後を取られるほどやわな鍛え方は当然していない。

龍一は一体どんな手品を使ったのかと推測すると同時に、尾行に気づかれてしまったという言い訳を考える。

 

「気づかれるほどわかりやすい尾行はしなかったつもりなんですが…」

 

考えた末、自分が思っていることをあえてそのまま伝えることにした。

 

「生憎、人間の業などとうに極めてしまっての。ワシは召喚せし者(マホウツカイ)ではないが、マホウツカイの気配を感じ取ることはできないわけではない。」

 

「流石です。バレてしまった以上、僕はあなたに正面から質問するしかないので、率直に聞きます。相楽さん、あなたはオーディンが誰なのか、そして居場所がどこなのか知っているのではありませんか?」

 

昨晩零二に同じことを聞かれたばかりなので流石に苦笑を隠せない苺。

 

「やれやれ、零二といいお主といい、どうして勘の良い奴ばかりが召喚せし者になるんじゃ?零二と同じ解答をするが、それはワシが今答えることではない。」

 

「何故ですか!みんなが協力体制になった以上、オーディンの居場所を知ることは何よりも大切なことのはずです!次に悠久の幻影(アイ・スペース)が発動する前に居場所を突き止め、対策を立てることが僕たちにとって一番必要なことだ。」

 

「ふむ… 確かに言いたいことはわかるが、居場所を知ったところでお主らではオーディンには勝てんよ。現に、今尾行に気づかれた上、背後を取られるまで気づかなかったではないか。」

 

「それは…」

 

口ごもる龍一を前に、何かの気配を感じ取ったのか、表情を変える苺。

その後、ニヤリと笑みを浮かべ再びこう続けた。

 

「ワシも鬼になるつもりはない。自分の無力さを身をもって体験するのも良いかもしれぬの。この後、ここに1人の戦士が来る。召喚せし者ではないが、その実力はお主よりも上じゃ。もしそやつに勝てるようなことがあれば、オーディンの居場所はお主に伝えてやろう。」

 

「どういうことですか?僕ら召喚せし者より強い人間なんて…」

 

龍一が最後まで言い終わらないうちに苺はその姿を一瞬で消してしまった。

そして、その予言が当たるかのように、そこには大きな体を持つ男性と、年端もいかず、ぬいぐるみを抱きかかえた少女が現れた。

 

「おっと…逃げられてしまったか。流石はミスストロベリー。つまり、貴殿を倒さねば、まともに話をするつもりもないと言うことだな。」

 

「お、お父さん…推測だけで襲いかかっちゃダメだよ… それに、相手は不死の力を持つ召喚せし者なのに…」

 

(なぜこの2人は召喚せし者のことを知っている?いや、それ以前に相楽さんが言っていた人って…)

 

「おっとすまん、挨拶が遅れたな。儂はイルムフリート=ブルクハルト。こっちが娘のアリシア=カテリーネだ。どうやら、何か心当たりがあるようだが、その心当たりに間違いはない。いっちょ派手にやろうではないか!」

 

「僕たちの存在をなぜ知っているのか…、貴方達は何者なのか…、疑問はつきませんが、どうやら僕にも戦う理由ができたようだ。」

 

「ふむ…では、余計な言葉は不要であろう。ここに立つのはお互い1人の戦士。拳を交えることでわかることもあるものだ。そんなわけでアリシア、手出しは無用!儂のサポートを頼む!」

 

「もう…お父さんったら一度言い出したら聞かないんだから… えいっ!」

 

アリシアと呼ばれた少女が手を天にかざすとその世界が一瞬で変化をもたらす。

先ほどまでいた天の川ではなく、月読島に《存在するはずのない》遊園地が姿を現す。

悠久の幻影に限りなく近い星空のようにも見える空はよく言えば幻想的、悪く言えば不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「ガッハッハ!どうだアリシアの世界は美しかろう!これで周りを気にすることなく、思う存分拳を振るえるというものだ!」

 

「…正直驚きました。これは尚更勝って、貴方達から情報を引きずり出す必要がありそうだ!」

 

龍一にとって見慣れないもののオンパレード。

しかし、龍一は質問ではなく戦闘という選択肢を取った。

零二のように饒舌で狡猾なタイプであれば会話での引き出しの方が効果的な場合もあるが、相手から情報を引き出したいとき、馬鹿正直に聞くより力でねじ伏せてしまうほうが早い場合が…いや、早い場合のほうが多い。

特異な能力を持っているようだが、相手が召喚せし者でないことは明白。

この世に自分たち以上の存在は《存在しない》のだから、相手は格下。

そう決めつけてこの判断を下した龍一。

一見すれば理にかなっているように見えるその行動は実は最大の失敗であることを彼はすぐに思い知ることになる。

 

「破ァァァァァッ!!」

 

疾風迅雷。

彼の得意とする高速接近からのあらゆる格闘技による近接技で相手を圧倒するインファイト。

それが相手であるイルムフリートにはことごとく通用しない。

 

「ふむ、拳の喧嘩とは言ったが、貴殿は人智を越えた召喚せし者であろう?遠慮せずに戦略破壊魔術兵器(マホウ)を使ってはどうだ?それとも、儂から見せねば出す気にもなれないような臆病者か?」

 

初めて会った時から先ほどまでずっと笑みを絶やさなかったイルムフリートから初めて笑みが消える。

その表情は対峙した瞬間すぐにわかる圧倒的強者の威圧。

彼はそれを笑顔を作ることによってずっと隠していたのだ。

そう、それも誰も疑いもしない本当の笑顔で…

 

「吠えろ!ヴァルトブルク!」

 

イルムフリートが叫ぶと、ついに彼の武器が姿を現す。

下手をすれば自身のその巨大な身長と同サイズ、あるいはそれ以上の…巨大なダガーにも見えるそれを、彼は軽々と2つ担いで見せた。

 

「…盾ですか。」

 

「ほう、儂のこの武器を見て一発で盾だと見抜いた輩はそう多くはない。確かに、召喚せし者というだけあって、少しは見る目がありそうだな。」

 

「魔術兵装(ゲート・オープン)」

 

龍一も相手の本気に応えるように、自身の戦略破壊魔術兵器であるパイルバンカーガントレッドを装備する。

 

「いいマホウではないか!力を示すタイプのマホウは非常に儂好みじゃぞ!」

 

「お褒めに預かり光栄です。最も、護るタイプの方に言われると素直に受け取っていいのか…それとも、それを受け止められるだけの圧倒的な防御力に自信があるのか。」

 

「ふむ…どうやらお主は相当疑り深い性格のようだ。どうだ!手の内を見られたくないのなら、一発で勝負をつけようではないか。儂の一撃とお主の一撃。火力が高い方が勝利。単純明快であろう。」

 

「総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)と撃ち合おうというのですか。面白い…いいでしょう。貴方の話に乗ります。」

 

そういうと2人とも圧倒的な魔力(ルーン)を練り始める。

細かな作成などない単純な火力勝負。

自身の火力に自信のある2人だからこそ出た戦闘方法。

収束完了(チャージエンド)。それとともに互いの必殺技を一気に撃ち放つ。

 

「破ァァァァァッ!総てを射抜く雷光(トール・ハンマー)!!」

 

「…ふんっ!!総てを護りし拳城(ハイデルベルク)!!」

 

一瞬の均衡もすぐに打ち破られ、次に聞こえたのは龍一の悲鳴だった。

 

「うわああああああっ…」

 

☆龍一 SIDE END☆



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