スルトとウタゲが、負けた方が何でも言うことを聞く真剣勝負をする話 (オリスケ)
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1話

 

 

「正直言って意外だなぁ。まさかアンタが喧嘩を吹っ掛けるようなタイプだったなんて」

 

 

 のんびりとした声に、鞘から刃を抜く澄んだ音が続く。

 移動都市ロドス・アイランド内部には、オペレーターの戦闘技術と危機への対応力を磨くための広大な模擬戦闘空間が存在する。感染者テロが頻発する現代社会、いつどこで戦闘が勃発しても対応できるように、模擬戦闘空間には様々な環境が用意されている。一ブロック分の都市を再現したビル群の隣には難燃樹脂を素材とした樹木の模型で作られた林があり、さながらハリウッドの撮影スタジオのような光景が広がっている。

 その中の一角――特に一対一の本気の真剣勝負で用いられる荒野に立ち、ロドスのオペレーターである現役大学生のウタゲは、のんびりとした欠伸を漏らした。

 

 

「っていうかぶっちゃけ、アンタとは顔合わせの挨拶すらしてなくない? 一体どういう風の吹き回し? フツーに気になるんだけど」

「……それは、私が教えなければいけない情報とは思えないな」

 

 

 のんびりしたウタゲの質問を受けて、正面に相対する彼女は、ウタゲとまるで対称的な実直で冷たい声で答える。

 燃えるような赤髪。同じく赤い瞳は磨かれたように澄んでいる。腰から下げた身の丈ほどもある剣は既に抜かれ、刀身の、まるで炉の中の鉄のような橙色を煌めかせている。

 前衛オペレーターのスルトは、その燃えるような外見と真逆の冷たい声音で言う。

 

 

「必要な情報は、ここに来るまでに全て話してある。今あんたの口車に乗って、剣先が鈍くなると困る」

「いやいや口車って。単なる世間話じゃん? 同じロドスのオペレーターなんだからさ、勝負の前に自己紹介は済ませとこうよ」

「必要ないわ。私は馴れ合うつもりはないし――あんたがどんな奴かなんて、剣を当てればすぐ分かる」

「気が早いなぁ。待ち時間の駄弁りも楽しむのが女子ってモンじゃない? ムードって大事だと思うんだけどな」

 

 

 そうはいいつつも、剣を抜いたウタゲの重心は落ち、即座に動けるような構えを一時も崩していない。スルトが剣を握る手に力を籠めれば、ウタゲも長刀を煌めかせる。他愛ない会話の体を取り繕いながら、二人はすでに一触即発の状態に踏み入っていた。

 仕事を終えてロドスの休憩室で雑誌を読んでいたウタゲにスルトが声をかけてきたのが、つい三〇分前の事だ。スルトについては最近遠征から戻ってきた先輩オペレーター程度の知識しかなく、それまでは挨拶の一つも、基地で姿を見た事さえもなかった。

 そんなスルトが、ウタゲの元を訪れ、いきなり決闘を申し込んできたのだ。

 理由の一つでも教えてくれたっていいのに、スルトは印象通りのつっけんどんな態度でウタゲの質問を突っぱねる。そのくせ決闘に対する姿勢は真剣そのもので、まるで本当の戦場の如き闘志を剥き出しにしている。

 ウタゲはいつも通りの気怠げな目でスルトと彼女の得物の長剣を眺め、嘆息一つ。

 

 

「……ま、いいけどね。アンタは凄腕だって聞いてるし、どんな形であれ手合わせ願えるなら儲けものって事で」

「それでいい。ルールは忘れてないよね?」

「両膝着いたら負け。そんで、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞く。だっけ?」

 

 

 スルトが頷く。一歩踏み込み、それ以上の会話は必要ないと態度で語る。

 その開戦の誘いに、ウタゲも乗った。にやりと口の端を持ち上げた彼女もまた、ぐっと踏み込み、猟犬のように身を屈める。

 

 

「先に言っとくとアタシ、お気にのブランドのバッグが欲しいんだよね。ガチで高い奴だけど、勝者の特権って事で遠慮なくがっつかせて貰うから」

「構わないわ。その分、こちらの言うことに我が儘は言わせないからね」

「りょーかいりょーかい」

 

 

 スルトにも、ウタゲにも、言うことを何でも聞くというリスクに躊躇うような間はない。

 それは互いが、勝利を譲る気が微塵も無いが故。

 人種も出身も違えども、互いに剣を掃き、戦いに身を置く者同士。

 ひとたび剣を抜いた以上、二人の見据えるその先に『敗北』の二文字は有り得ない。

 

 

「そんじゃ、スッチーのお手並み拝見といきます――かっ」

 

 

 最初に仕掛けたのはウタゲだ。姿勢をぐっと下げた彼女は、地面を強く蹴り付け猟犬のように飛びだし、瞬く間にスルトに肉薄する。

 間合いに入った瞬間、ウタゲの刀が奔る。逆刃とはいえ、スルトのしなやかな腰に迫る鋼鉄の塊は、まともに直撃すれば骨まで打ち抜く。

 しかしスルトは、その一撃に瞬き一つの驚きも見せなかった。手首を捻る最小限の動きで剣を操り、ウタゲの刀を受け止めた。

 鋼同士が打ち鳴らす快音が訓練室を駆け抜ける。

 スルトが冷然な瞳をウタゲに向ける。

 

 

「率直な感想を言うわ。この程度?」

「よろしくねの挨拶さ。次はスッチーが挨拶する番だよ?」

「馴れ合うつもりはないったら。ヘンな愛称を付けないで!」

 

 

 スルトは身を捻り、ウタゲを引き剥がす。間髪入れずに距離を詰め、長大な剣を大上段から振り下ろした。

 衝撃が大地を揺らした。スルトの渾身の剣は荒野の岩盤を容易く打ち砕き、地面を割る。局所的に巻き起こった疾風が荒野の砂を巻き上げ、黄土色の嵐を産む。

 跳躍で回避したウタゲは、髪に付いた砂粒を払いながら、ヒュウと口笛一つ。

 

 

「アーツ無しでこの威力? すっごい、噂以上じゃん」

「あんたも結構動けるみたいね。安心したわ。うっかり大怪我させないよう、手心を加える必要がなさそうだから!」

 

 

 剣戟が、スルトの戦士としての魂に火を灯した。彼女は紅蓮の瞳に獰猛な輝きを宿し、ウタゲに向け疾走する。

 広大な訓練室の果てまで響くような目覚ましい金属音が、立て続けに鳴り響く。

 攻勢に出るのはスルトだ。華奢な身体からは想像もつかない膂力を以て、長剣の間合いに物を言わせて戦いの流れを物にする。

 対するウタゲは、その流れに完璧に身を任せていた。スルトの剣を受けるのではなく受け流し、さながら風に舞う綿毛のように軽やかに身を躍らせる。

 

 

「ひゅー、こわいこわい。アンタとやり合った奴はテラでもとびきり不幸な人だね」

「そうだろうね。私も、戦いの中で口笛を吹かれたのは初めてだ」

 

 

 猛然と振るわれるスルトの剣が、荒野の砂を巻き上げ、砂塵を舞わせる。

 武器のリーチは圧倒的にスルトの方が長かった。ウタゲが彼女の刀の間合いに踏み込むことを、スルトの技と力が拒絶する。

 砂塵舞う荒野、混じり気なしの一対一。勝負の利は、スルトにあった。

 スルトが剣を腰だめに構え、弾丸の如き高速の突きを放つ。剣先を払おうとウタゲが構え――その瞬間、スルトの誘いに嵌まった事を悟る。

 スルトは突きの威力をそのままに、手首を回して切っ先を煌めかせた。下から掬い上げるような一撃は、ウタゲの刀を打ち上げ、無防備に胴を曝け出させる。

 目を見開くウタゲ。大地すら穿って見せたスルトの全力の一撃が、横一線にウタゲの胴を狙っていた。

 

 

「やっば――」

「自明の理だ。舞い散る木の葉は、いずれ大地に捉えられる!」

 

 

 スルトが踏み込み、刃が奔る。

 爆発のような音が轟いた。疾風が駆け抜け、遠くの疑似林の樹木をざわざわと騒がせる。

 スルトの一撃は、間一髪ウタゲには届かなかった。刀を立てに跳ね飛んだウタゲは、しなやかな身のこなしで着地してみせる。

 

 

「あっぶな。刀折れるかと思ったじゃん……げ、ネイル割れてる!? 気に入ってたのにぃ」

「そ。なら今のうちに降参したらどうかな?」

 

 

 呼吸を乱した様子もなく、スルトは剣を一振り、ウタゲに言う。

 

 

「分かって貰えるだろうけど、手加減は苦手なの。怪我させるつもりはないけど、勝ちを譲るつもりもないから……爪より痛いとこが割れる前に、参ったって一言もらえると嬉しいな」

「へえ? スッチーはもう勝ちを確信してる感じ?」

「ヘンな呼び方やめてってば。今までの中に、あんたが勝てる要素なんてあった?」

 

 

 飄々としたウタゲに半ばうんざりとしながら、スルトが言う。

 

 

「ロドスの中でも腕利きっていうから、私も身構えてたんだけど……正直期待外れだ。ロドスではオペレーター同士でも、おべっかを使った仲良しごっこが広まってるのかな」

 

 

 元より、自分より優れた剣の腕があると思っていた訳ではない。だいいちウタゲは、オペレーターを名乗ってはいるが、バイトで入っているだけの留学生だ。スルトとしては、このまま勝ちにこだわられて取り返しのつかなくなる方が面倒に思えた。

 しかし、ウタゲは刀を持ち直しながら、相変わらずの飄々とした態度を崩さずに、スルトに言った。

 

 

「ねえスッチー。スッチーはさあ、目覚ましを何回も鳴らさなくても、一回目でビシっと起きれるタイプでしょ?」

「……はぁ?」

「家を出た後に窓ちゃんと閉めたっけーって引き返す事もないし、毎日のトレーニングも、ご褒美なんて用意しなくてもちゃんとこなしてみせる。そういう何でもキッチリできちゃう優等生。あたりっしょ?」

 

 

 急に話を振られて、スルトはただ困惑してしまう。

 しかしその困惑は――ウタゲから滲むように溢れ出る覇気に気付いた瞬間、凍りつく。

 

 

「アタシはそういうのぜんっぜんダメでさー。根っ子がめんどくさがりなんだよね。お昼過ぎるまで寝てたいし、楽して痩せたいし、好きなことだけダラダラやってたいって感じ」

 

 

 世間話のようなノリで語るウタゲ。

 手振りと一緒に、彼女が持った刀がひらひら揺れる。

 その銀色の輝きは今、妖気とも形容するべき気配を纏っている。

 

 

「だからさ、やる気になるのに時間が掛かるんだ。授業も仕事も――殺し合いも」

 

 

 次の瞬間、スルトの視界からウタゲが消えた。

 ぞっと背筋に奔る悪寒。動物的本能に従って、スルトが剣を振るう。

 一度も間合いへの侵入を許さなかったのに。瞬きの後には、ウタゲの剣はスルトの首筋、ほんの三十センチ先まで迫っていた。

 

 

「ひゃはっ」

「っ……!」

 

 

 目を爛々と輝かせ、ウタゲが歓声を上げる。ギチギチという本気の鍔迫り合いが鼓膜を揺さぶる。

 無論、逆刃だ。切断されるような事はない。

 しかし――冷や水を浴びせられたように身が竦むこの感覚は、紛れもなく――

「スッチー、強いね。久しぶりにマジにやっても"壊れなさそう"。だから油断しないでよね? あったまったアタシの剣、スッチーのアーツより熱いかもしれないよ?」

「ッ――冗談でしょ!」

 

 

 スルトが力任せに剣を振るい、ウタゲの身体を吹き飛ばす。

 ウタゲは着地と同時に地を走った。ぐっと姿勢を落とし大地を駆ける姿は、さながら猛毒を持つ蛇だ。ぞぞぞぞっ! と一気に距離を詰める様子が、生得的な恐怖をスルトに抱かせる。

 掬い上げるように振るわれた一撃を、スルトの剣が受け止める。踵が地面から離れかけ、蹈鞴を踏む。速度だけでなく、威力も段違いに上がっていた。一気に滲む冷や汗、それを気にする余裕すら許されない。

 なんら比喩でもなく、人が変わったようだった。ウタゲは唇を吊り上げた笑顔を貼り付かせ、立て続けに剣を振るう。愉しくてしょうがないとばかりに。その切っ先がスルトに届く瞬間を待ち侘びるように。

 

 

「あんた、本当に女子大生なの!? こんな剣、見たことない……!」

「女の子はみんなJDなんだよ。イケてるJDたるもの、オシャレの流行も剣の流派も、自分で作っていくモンっしょ?」

「そんな、馬鹿げた話――」

「のらりくらりと揺れ動き、まさかまさかの青天霹靂」

 

 

 一瞬、ウタゲが爆発的に速度を上げた。完全にテンポを乱されたスルトの剣の柄を強かに弾く。

 剣がスルトの手を離れ、上空に舞った。

 あっと思う間もない。ウタゲが瞳を怪しく輝かせ、振りかぶった剣がスルトの胴を狙っている。

 スルトが優性だった時と鏡合わせのような状況。しかしスルトに防ぐ手段はなく、ウタゲの刃はより鋭く、途方もなく早い――!

「勝負あり。勝利とブランドバック、いただきまーす」

「っ――負けて、たまるかぁ!」

 

 

 スルトが吼え、彼女の奥底に眠っていた魂に、火が灯る。

 瞬間、放たれたウタゲの剣の閃きを、スルトの内側から迸る焔が押し留めた。

 

 

「あっつ!?」

 

 

 皮膚を焦がす程の熱が噴出し、ウタゲに驚きの声を漏らさせた。限界まで研ぎ澄まされていた彼女の闘気も熱風に吹き飛ばされる。

 爆発的に発生したスルトのアーツの色は、強烈な熱で橙色に煌めく黒。それは人ならざる異形の手を形作り、ウタゲの刃を押し留める。

 続けて産み出された灼熱の腕が、天高く伸び、宙に浮いたスルトの剣を掴み取った。その瞬間、ゴウッと熱が伝播し、剣が目も眩むほどの灼熱を纏う。

 さながら火山の噴火のようなアーツ奔流に、ウタゲは勝負も忘れ呆気にとられる。

 しかし、その猛烈な熱が自分に向けて振り上げられた瞬間、本物の戦場よりも強い危機感がウタゲを襲った。

 

 

「ちょちょちょちょ、待って待ってタンマタンマタンマ――!?」

「私は、絶対に勝ぁぁぁぁつ!」

 

 

 燃えたぎる炎ほど眩しい光りを放つ故に。スルトはこの瞬間、勝利以外は何も見えなくなっていた。

 ウタゲは踵を返し、脱兎の如く逃亡する。焔を纏った刃は振り下ろされたと同時に大爆発を引き起こし、駆け抜けた衝撃は数百メートル先に立ち並んだ模擬都市の窓硝子を砕き割る。

 衝撃が通り過ぎた後には、熱を受けて炭化した大地と、燃えるような赤髪を棚引かせるスルトだけが残っていた。灼熱のアーツは幻のように消え失せている。

 しばし呆然と立ち竦んでいたスルトは、何か長い夢を見ていたかのようにぱちぱちと瞬き。

 

 

「……はっ、ウタゲ!? 大丈夫か!?」

 

 

 大慌てで周りを見渡せば、爆心地から離れた小高い丘の方で、ひらひらと手を振る姿。

 

 

「やー、ほんっと死ぬかと思ったよ……先月食べたパンケーキのこと思い出したんだけど、ひょっとしてあれ走馬燈?」

「すまない。まさか制御できないほどのアーツが溢れ出すなんて。我ながらなんてうかつな……!」

「まーまー。そんだけ真剣にやり合ってたって事だし。アタシも久しぶりに骨のある相手で楽しかったよ……うへぇ、髪の毛パサパサになってる。ちゃんとケアしとかないと」

 

 

 幸いにもウタゲは無傷で住んでいた。彼女は身を起こして身だしなみを確認しつつ、スルトに言う。

 

 

「両膝どころか身体全部吹き飛ばされちゃったし、今回はスッチーの勝ちって事かな」

「……アーツの暴走だ。勝ったとは言えない」

「アーツを使っちゃダメとも言ってなかったっしょ? それにアタシも気になるよ。勝ちたいって気持ちでアーツを溢れさせるほど、アタシにさせたい事って何?」

 

 

 ウタゲが聞くと、スルトがむっと言葉を詰まらせる。

 まだ自分が勝者となった事に折り合いを付けきれない風だったが、それでも彼女は、数秒の躊躇いの後、キッと固い決意を滲ませた目を向けた。

 重みのある足取りでウタゲに近寄る。荒野の斜面に座り込む彼女をじっと見下ろす。

 

 

「それじゃあ、あんたには悪いけど、言うことを聞いて貰うよ。勝ちは勝ちだから、断るなんてナシだから。詮索もしないこと。あんたはただ、私の命令に従ってもらう」

「ええ、なになに。危ない事とかヘンな事はナシだよ?」

「大丈夫だ。すぐに、ほんの数秒で終わる事だよ」

 

 

 そう言ってスルトは、懐から何かを取り出した。ただならない気配に、ウタゲが苦笑いのまま冷や汗を垂らす。

 身構えるウタゲに対し、スルトは取り出したそれを突き出した。意を決して言い放った――ウタゲの予想も付かなかった、突飛極まる命令を。

 

 

「さあ、教えろウタゲ――これは、一体どこで食べられるものだ!」

「……へ?」

 

 

 素っ頓狂な声がウタゲの口から溢れ出た。

 スルトがウタゲに向けて翳しているのは、オペレーターに普及されているスマホだ。写真投稿SNSのアプリを立ち上げ、一枚の写真を開いている。

 画像は、もの凄く豪奢なかき氷だった。眩いばかりの白銀の山に、シロップ漬けされた果物が散りばめられ、宝石のような赤色のベリーソースがかけられている。眩い暖色の照明による盛りも利いており、かき氷がまるでウェディングドレスのように輝いて見える。かなり拘って撮られていた。というかこのこだわり様、妙に見覚えのある気がする……

「ってこれ、アタシがピンスタに上げた写真じゃん? え、スッチーってピンスタやってたの? アタシ、フォローされてなかったよね?」

「し、質問はなしだと言ったでしょ! いいから教えなさい。この『贅沢ふわしゃりスノーアイス』っていうのは、どこに行けば食べられるの!?」

 

 

 上擦った声を上げてスルトが言う。その顔は燃えるような髪に負けないほど赤く染まっていて、羞恥を必死に堪えているのが丸わかりだ。

 

 

「……、……じゃあ、何。つまりスッチーは、そのかき氷が食べたくてアタシに勝負を持ち掛けてきたってこと?」

「す、スッチーって言うなってば! うるさいな。食べたいからしょうがないでしょ、悪いか!」

 

 

 とうとうぼしゅっと湯気が見えるほど顔を赤くして、スルトが言う。

 ウタゲはしばらく、画面に映る見事なかき氷と、スルトの羞恥に歯を食い縛り、耐えきれずプルプルと震える様子を交互に見て……

 理解した瞬間、ウタゲは腹を抱えて爆笑した。

 

 

「っぷ、はは、あっはははははははははは!」

「な、なんだよ! なんで笑うんだよ! アイスが好きで悪いか!」

「いやそうじゃなくて……っぷ、はは。スッチーさ、闘って聞きだそうってアイデアは誰の発案?」

「え? ……ドクターだけど」

「あっはははははははははははははははははははは!」

「わ、笑うな! わーーらーーうーーなーー!」

 

 

 バタバタ足を動かして抱腹絶倒するウタゲに、スルトもまた顔を真っ赤にして叫ぶ。

 わなわなと唇を震わせながら、スルトはようやく、自分がとんでもない勘違いをしていた事実に気付く。

 

 

「……ウタゲは戦闘狂だから、戦いに勝たないと教えてくれないって」

「いやいや、どんな血に餓えた狼だよ。アタシただのJDだよ?」

「……もしかして私、騙されてた?」

「ものの見事に」

「ッあ、の、バイザー男め~~~~! 今度あったら簀巻きにして灼熱のサウナに放り込んでやる!」

「まあまあ、前衛オペレーター同士、戦って親睦深める事自体は悪くないよ。アタシも楽しかったし」

 

 

 ひとしきり笑い転げたウタゲは、笑いすぎで痛むお腹をさすりながら、ほとんど涙目になってしまったスルトに手を差し出す。

 

 

「ていうかスッチー、ピンスタあんまり慣れてない感じ? お店の情報なら、アタシに聞かなくても調べられるよ」

「え、本当か? うう、私は一体どれだけ踊らされていたんだ……」

「まあまあ、貸してみ? SNSの事ならアタシに任せときなってー」

 

 

 スルトから携帯を受け取ったウタゲは、打って変わってゴキゲンに画面をポチポチ。

 

 

「わ、マジでフォローせずにアカウント検索で投稿読んでる。もったいないなー」

「お、おい。あまり無闇に触るな」

「大丈夫大丈夫。いいスッチー? ここで位置情報をオンにして――うりゃ、ついでにオペレーターみんなを片っ端からフォローだ!」

「あーーーー!?」

 

 

 ウタゲが現役女子大生の腕をフルに使って、もの凄い速度でフォローをしていく。大声を上げたスルトが必死になって携帯を取り戻した時には、もう襲い。

 

 

「ばか! は、話もしたことない人のアカウントを勝手にフォローしたらダメだろ! すぐにキャンセル――うわ早、もうフォローされてる!? つ、通知、なにこれ、携帯が震えっぱなし……!」

「あーもしもし、あじむっち? おっすっすー。今誰と一緒? グラニんとバイビーに、ロサロサ? つか午後の予定って空いてる? ほらあれ、先週のかき氷。そーそー、めっちゃエモでうまみだったやつ。何かスッチーが行きたいって言ってるから、一緒どう? ……ネイル? 待って最高。タイミングどんぴしゃ。アタシも塗り直したかったから、尚更一緒行こーよ」

「ウタゲ? 何話して……」

「うん。うーぃ、ばいびー……よしスッチー、シャワー浴びて外に集合ね。アタシ達とかき氷食べに行くから」

「はぁ!?」

 

 

 スルトが上擦った声を漏らす。そうしている内にも、彼女が両手に抱える携帯は、オペレーターからのフォロー返しでブルブルと震えっぱなしだ。

 

 

「ま、待ってよ。私は他のオペレーターと馴れ合うつもりはないんだってば。ただかき氷が食べたいだけで……!」

「その前にちょっといい? スッチーが食べたいのは、この、アタシが写真を撮ったかき氷なんだよね?」

 

 

 携帯の画面を見せて、ウタゲが聞く。かき氷は何度見ても目を奪われる程魅力的で、スルトはごくりと喉を鳴らし、頷く。

 

 

「だよねー。けど残念。スッチーが食べたいかき氷は、スッチー一人では食べられないのさ。流行りのスイーツにはね、おいしく食べる作法ってのがあるの」

「作法……?」

「そう。ズバリ、エモくてピンスタ映えするスイーツは、みんなでワイワイ駄弁りながら食べるべしってね。どんなに綺麗に盛り付けられても、一人でもくもく食べてちゃ台無しだよ。そんなの絶対おいしくない」

「む、むぅ……」

 

 

 力強く断言され、スルトは口ごもる。

 スルトはもう一度、携帯に表示したかき氷を見る。きめ細やかでふわふわの氷にかけられた沢山のシロップは確かにおいしそうだ。

 だが、スルトの心が惹かれたのは、単においしそうだからだけではない。ウタゲが撮った写真は、すごく綺麗で、何より楽しそうだった。それは色鮮やかに散りばめられた果物の裏側に、その綺麗な盛り付けを見て盛り上がる少女達の、華やかな時間がありありと目に浮かぶからに違いなかった。

 

 

「で、でも……知らない人と話す事なんて、何もない」

「『ヤバイ』と『エモい』と、あと『おいしい』が言えれば立派な女子だよ。ていうか、友達をハブらせるとかマジありえないし。アタシの女子力を舐めてもらったら困るよ?」

 

 

 先ほどの剣を振るう勇猛な姿はどこへやら。スルトはすっかり困惑しきって、スカートの裾を掴み、視線をあっちこっちに彷徨わせている。

 けれど、その困惑は、ウタゲの提案に、どうしようもなく惹かれているからで。

 先ほど剣をぶつけ合い、心を交わせあったウタゲに笑みを浮かべられ。見ただけでよだれが溢れてきそうなスイーツを見せつけられれば。ぶれぶれの心は、もう抑えなんて利きようもなくて。

 

 

「かき氷、食べたいっしょ?」

「……食べたい」

「ふふ、決まりだね」

 

 

 ウタゲは微笑んで、真っ赤な顔でこくんと頷いたスルトの肩をぎゅっと抱き寄せた。

 

 

「きゃっ」

「それじゃ、かき氷の後はスッチーの歓迎会としゃれこもっか! ロドス女子会の新しいメンバーをみんなに紹介しないとだ」

「ま、待ってウタゲ。歓迎会とか、急に言われても私……!」

「へぇ? 炎国の絶品スイーツの情報を、みんなからたっくさん聞かせて貰えると思うけど? それでも嫌?」

「ぐ、ぐ……そんなの、卑怯だぞ」

「卑怯酔狂大変結構。ドクターの策にハマって、アタシに声をかけたのが運の尽きだったね。これから先、簡単にはスッチーを一人にさせないよぉ? さ、それじゃ急いで着替えて、ゴーゴー」

「ちょ、ちょ、分かった! 分かったから! せめてその変な愛称だけは改めさせてもらうからな!」

 

 

 始めてできた友達に背中を押されながら、スルトは訓練室を後にする。

 誰とも馴れ合うつもりは無いという宣言は、ほんの一ヶ月かそこらで瓦解した。

 燃えるような赤い彼女が抱える、分厚い心の氷を溶かすためには……彼女自身認めたくはないだろうが、数人の友達と、幾つかの冷たく甘いスイーツがあれば十分なのだった。

 

 

 

 

 




スルトのアイス好きのボイスを聞いて脳内にブワァァァァっと広がった妄想を具現化しました。
女学生もオペレーターとして参加しているロドスには当然同年代の女子が集まる女子部みたいなのがあって、その中にスルトが混ざってたりするとかわいいよね……口下手で流行には疎いんだけど、アイスを食べる時にぱぁっと顔を明るくさせて、一緒に食べる皆まで楽しくさせたりするんだろうね……かわいいね……

感想・評価貰えたら嬉しいです!!


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