もしクローン武蔵がマジ恋の世界で誕生したなら (チョコレート・マウンテン)
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一話 無双、誕生

 

 

 

 

 

 九鬼本社ビル 地下366メートル。

 

 

 九鬼財閥に従属する者の中でも特別な許可を得たものしか入れない巨大な実験施設がそこにはあった。

 

 世界中にあるどの機関と比べても規模(スケール)水準(レベル)全てにおいて桁外れ。

 科学に生きる者にとっては一生そこにいたくなるような居心地の良さを感じさせるほどの施設のさらにその奥地。幾重もの厳重な扉を抜けた先にあったのは横たわった一人の男。

 

 男を監視するモニター室には二人の男女がいた。

 

 

「おいマープル。あれから奴さんはどうなんだ?」

 

「おや帝様。わざわざご足労いただくとは、恐縮ですがねぇ。なんの変化もありゃしませんよ」

 

 

 片や九鬼財閥当主、九鬼帝。片や九鬼従者部隊序列第二位"星の図書館"ことマープル。

 

 言わずと知れた九鬼財閥の当主とその頭脳という組み合わせだった。

 

 

 

 遡ることおよそ一年ほど前のこと。

 

 日本に新たな人材確保と九鬼財閥が考えたのは武士道プランと呼ばれる歴史上の偉人をクローン技術で現代に蘇らせるというぶっ飛んだ計画だった。

 

 蘇らせるのは源義経、武蔵坊弁慶、那須与一……etc。言わずもがな、全員が歴史に名を残す偉人ばかりである。その偉人の遺伝子を持つ子を現代社会に放り込むというのだ。

 

 

 計画は順調だった。

 

 健康な卵子にクローンの胚を注入させた受精卵を特殊な培養槽で育成。栄養素が豊富に含まれた培養液で水槽内を満たし、絶えず栄養を送り込むことで本来ならば十月十日で赤子になるのに対し、今回のクローン体は十七~十八歳の少年少女まで急成長させることに成功した。

 

 そのクローン達はすでに出産され(・・・・)、次工程のために別の施設に移動された。

 

 

 ──一体のクローン体を除いて。

 

 

「一番会いたかった人物なんだけどなあ……」

 

 

 横たわる男の名は宮本武蔵。

 

 日本の歴史上最も有名(メジャー)なサムライ。二天一流(二刀流)の開祖。

 この世において最強という言葉はこの男のためにあるだろう。

 

 しかしその肝心の武蔵は眠っていた。暖かい毛布に包まれて眠る子供のように威厳も風格も感じられないまま眠りについていた。

 出産から八十一時間。脈拍、体温、血圧、いずれの項目も正常だったが、脳波だけは一切の反応を示さなかったのだ。

 これにはマープルの他、全職員にとって予想外の出来事だった。他のクローン全員が二十四時間以内に目を覚ましたというのに、武蔵だけは一向に目を覚ます気配がなかった。

 

 

 

 場所は変わって会議室。ここでは武蔵が起きないという現状を打破するための会議が行われていた。

 

 

「これはあくまで持論ですが──」

 

「ここは一つ提案が──」

 

 

 会するは科学に名を連ねた面々。どこぞの国際的なフォーラムにでも来たのかと錯覚させるような関係者(メンツ)による議論は喧々囂々(けんけんごうごう)の一言に尽きた。

 

 白熱を極めた議論は一時間近くにも及び、そろそろ意見も尽きてきたところで──。

 

 

「──ちょっといいか?」

 

 

 今まで黙りを決めていた帝が口を開いた。

 

 

「俺はお前らと違って科学なんてものは全然わかんねぇからさ。口を挟むのはお門違いかもしんねぇけど、素人の意見にも耳を傾けてもらいてぇ」

 

「構いません。どうぞお好きなように仰ってください」

 

 

 帝は『あんがと』と返すと軽く咳払いした。

 

 

「仏作って魂入れず……。

 

 武蔵が何故目覚めないのか。他のクローンと何が違うのか、何が足りないのかはさておいて。武蔵を目覚めさせるにはどうするかと議論するお前達の熱意は充分に伝わった。

 

 そんなお前達の熱意を逆撫でするようで悪いが……俺の知り合いにこの状況をなんとか出来そうな人がいる。職業は霊媒師だ」

 

「「「──?」」」

 

 

 霊媒という単語に一同は頭を傾げた。

 この場にいるのは科学に身を置く者。オカルトとかそういう(・・・・)ものとはかけ離れた場所で生きてる。そんな人間達に霊媒とはジョークだと一笑されかねない。

 

 

 だが。

 

 

 九鬼帝に常識は通用しない。科学だとかオカルトだとかは関係ない。信じるのは自分の直感と部下のみ。そうやって彼は九鬼財閥を作り上げてきたのだ。

 故に信じよう。九鬼帝のやり方を。

 

 

「性別は女性。年齢は不詳。霊媒師を名乗ってる以上、胡散臭い上このことないが……この人はとことん胡散臭い。けどな……」

 

 

 そこから魅せたのは清々しいまでの笑顔。その眩しさに一同は固唾を飲んだ。

 

 

「『本物(マジモン)』なのは保証するぜ?」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「たわけッ!」

 

 

 再び場所は変わって東京都内××××。

 

 辺りに高層ビルが立ち並ぶオフィス街に張りのある怒声が響いた。

 

 

「貴様……平民の出で我を呼ぶとは叩っ斬られたいかッッ!!」

 

 

 通行人が何ぞやと目を向ければまず目に飛び込んだのは長い長い列だった。老若男女構わず続く長蛇の列の先にいた派手なファッションをした老婆が座っていた椅子を投げ出さんとする勢いで怒鳴り付けていた。

 

 並んでいる人たちから聞こえたのは現実的ではない単語だった。

 

 

「あれ、なに?」

 

「織田信長だってよ」

 

「マジ?」

 

 

(織田信長だって?)

 

 

 事の顛末を見ていた青年は呆気にとられた。どう見ても織田信長ではない。いかにも関西のおばちゃんといった風貌である。

 しかし青年はすぐに思い出した。巷で話題になっている霊媒師がここら辺にいると。その人は霊を降ろす(・・・)ことが出来るという噂を。

 

 まさしく彼女がそうなのであろう。嘘か本当かの真相は置いといて、青年は確かめたくもなった。

 

 

(お、俺もやってもらおうかな?)

 

 

 期待を胸に青年はどこまで続くか分からない列に並ぶ。こうして列は続いていくのであった。

 

 

 

「はい次」

 

 

 信長を降ろし終えた老婆はしれっと態度を改めると次の客に着席を促した。

 座ったのは三十代後半といったぐらいの男。座るや否や、モジモジと躊躇がましく質問をぶつけた。

 

 

「……あの、誰でも降ろせるって聞いたんですけど……」

 

「そうよ」

 

「じゃ、じゃあ……、例えば、J(ジョン)F(エフ)・ケネディとかでもいいんですか……?」

 

「いいよ。呼ぶかい?」

 

「あ、はい」

 

 

 『いいんだ……』と男は唸った。

 老婆は勢いよく両手をパン!と拍手するとぶつぶつと呪文のような言葉を唱え始めた。一分くらいすると今まで仏頂面を崩して砕けた笑みを見せた。

 

 

「ハァイ、ヨロシク♡」

 

「え…? ハ、ハァイ……?」

 

 

 思いっきり日本語だった。そのことに後ろのギャラリーまでも笑った。

 しかしケネディ?は気にも留めない。

 

 

「珍シイナ。日本ノ若者二呼バレルナンテ……。何ノ用ダイ?」

 

「あ、えっと……」

 

 

 冗談半分で呼んだので話すことなんて一つもない。申し訳なさそうに狼狽えているとケネディはフムと手を顎に沿える。

 

 

「日本ハ、トップノ入レ替ワリガ目マグルシイヨウダ。国民ガ政治ニ無関心ダト政治家ガノボセル。政治ヘノ無関心ハ社会悪ダヨ」

 

「は、はあ……」

 

「君ガトップニ立ッテモイインダヨ。君ナラ出来ル」

 

「セ、センキュー……」

 

「シーユーアゲイン♡」

 

 

 最後に握手。さっきまでの親しみやすさは何だったのか、他人行儀な態度で『はい次』と客を交代させる。

 

 

「じゃあママ。次はおれ──」

 

「ちょいと待ちな」

 

 

 座ろうとしたら静止させられた。直後、路肩に車が止まった。

 

 表面が鏡の如く光り輝く黒塗りの高級車。ボンネット先端に立つ女神像(スピリット・オブ・エクスタシー)を見た誰かがボソッと呟いた。『あれロールスロイスじゃね?』と。

 

 車から降り立ったのはいかにも紳士といった男性だった。

 男は老婆を見るや一礼。

 

 

「徳川寒子様で相違ございませんね? 私は九鬼家従者部隊のクラウディオ・ネエロと申します。我が主の命に従い、貴女様をお迎えに上がりました」

 

 

 九鬼の名前を聞いてギャラリーは驚いた。

 九鬼というビックブランドは伊達ではない。日用品や有名な建築物など普段我々が使用している物の大半は九鬼関わってたりするのだ。

 

 そんな九鬼の従者が会いに来た? 一体何事かと思うのは無理もない話だ。

 

 

「九鬼となると呼んだのは帝の坊やかい。そろそろ来るかと思ってたよ」

 

「おや、ご存知でしたか?」

 

「長いことこの道やってるとこういったことには敏感になってくるんだよ。さっ、早く案内しな」

 

 

 クラウディオの手を借りて車に乗り込む寒子は呆気にとられているギャラリーに向かってサングラスを外して言いはなった。

 

 

「悪いね、ちょっと出掛けてくるよ」

 

 

 車が発進する。ロールスロイスはあっという間に風になり、すぐに見えなくなっていった。

 あまりの急展開にその場にいた全員が乾いた笑いを溢すしかなかったのだった。

 

 

 



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二話 無双、降臨

 

 

 

 

「……なあ李」

 

「……なんでしょうか。ステイシー」

 

「……今さらだがよ、アタシらが働いてる九鬼ってヤバいところだったんだな」

 

 

 

 九鬼従者部隊序列第十五位、ステイシー・コナーと十六位、李静初(リー・ジンチュー)は今日という日を永遠に忘れないだろう。

 

 何せ、序列部隊の中でも一部の人間にしか知らせていない武士道プランという九鬼の一大計画。自分の知らないところでこんな計画が進められていたことに驚愕するしかなかった。

 

 

 

「源義経に武蔵坊弁慶、それに那須与一……。皆、大物ばかりですね」

 

「それによ……このおっさんがあの宮本武蔵だぁ? ファック!  アタシのタイプじゃねぇな」

 

「失礼ですよステイシー。それに話を聞くにまだ未完成のようです。最後の仕上げはあのおばあさんのようですね」

 

 

 

 何より今日一番驚いたのは己が主である九鬼帝とハグし合う自称霊媒師の存在。

 子供のように無邪気な振る舞いを見せる二人を邪魔しようとするものはいなかった。

 

 

 

「久しぶりだなあ寒子さん。元気にしてたか? 相変わらず細々と霊媒師やってんのかよ」

 

「あんたも立派になったもんだよ。昔は失敗続きの甘ちゃんだったのにねぇ」

 

「ハハハっ! 懐かしいなあ。あん時はあんたにえらい世話になったもんだ」

 

「昔は話はどうだっていいんだよ。それより、詳細はそっちの執事に聞いたよ。武蔵のクローンとは随分大層なことやってんじゃないかい。え?」

 

「そうだろ? とは言ったものの、肝心の武蔵が目覚めなくて困ってたところなんだよ。そこで思い出したのが寒子さん、あんたなんだよ。寒子さんの降霊術なら奴さんを目覚めさせることが出来るんじゃねぇかと思ってな」

 

「これが件の武蔵か、ふむ……」

 

 

 

 今、この場にいるのは帝、マープル、クラウディオ、李、ステイシー、マープル専属護衛の桐山鯉に研究員数名のみ。

 これから起こる武蔵復活という奇跡を目撃することの出来る幸運な者達だ。

 

 そしてその全員の視線を一点にもらう寒子は横たわる武蔵の顔をじっくりと見つめていた。

 

 

「なんと穏やかな顔つき……。甘い──、余りにも甘い風貌(かお)じゃ。幼名を新免武蔵(たけぞう)と言ったか。武蔵が一人も人を斬ることなく暮らしていたらさぞかしこんな顔をしているのかもしれんなぁ……」

 

 

 

 その発言に一同は疑問を感じた。まるで本当の武蔵の顔を知っているような口振りに──。

 

 

「本当の宮本武蔵は違う顔だと?」

 

「うむ。人気者じゃからのう、幾度か降ろしてるよ。

 

 ──凄いものじゃぞ……武蔵の面魂(かお)

 

 

──ごくりッ

 

 

 シンとした空間に誰かの固唾を飲み込んだ音だけがした。

 

 その静寂を破ったのはクラウディオだ。

 

 

 

「寒子様。今回のことはどうか内密にお願いいたします。武士道プランは九鬼財閥が掲げる新しい時代のための布石となる重要な案件なのです」

 

「うむ。そういうわけで寒子さんには武蔵を降ろしてもらいてえんだ。もちろんは報酬は出すぜ」

 

「おやおや。そんなに期待されてちゃやらないわけにはいかないね。さて、っと──」

 

 

 

 靴を脱いでその場に正座した寒子を皆が奇妙な物を見るような眼差しで見つめていたが、ただ一人、帝だけがこの現状を把握出来てた。

 

 

 

(──入った(・・・)な)

 

 

 

 大きな柏手を鳴り響かせ、呪文か経文かも分からない言葉をぶつぶつと呟くその姿を見て一同は彼女が仕事に入ったことをようやく理解する。

 

 

 

「────」

 

 

 

 時間の流れが一分にも十分にも感じる。思わず腕時計を見て時刻を確認する者さえもいた。

 

 

 

「────」

 

 

 

 まだ終わらない。まだ武蔵は目覚めていない。

 

 

 

「───………」

 

 

 

 詠唱が終わり、一瞬の静寂。そして──。

 

 

 

 その時(・・・)は突然来た──。

 

 

 

 ──タンッ──トッ……

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 

 正座した状態でのジャンプからの直立。

 トップアスリートですら、不可能と言わせる芸当を彼女はさも当然のように繰り出した。

 筋肉を無駄なく使いこなすそのジャンプはもはや芸術といっても過言ではなく、一種の感動さえも覚える代物だ。

 

 それ以上に驚いたのは……。

 

 

 

「あの背格好(ポーズ)はッ……!」

 

 

 

 額の肉を眉間に集中させたあの鋭利(するど)い眼光ッ。

 

 全身の力を抜き、何時いかなる事態にも対応させるその立ち方ッ。

 

 一キロある大刀の切れ味を最大限に発揮させ、最速で振り回すことの出来るこの握り方ッ。

 

 

 全てがあの肖像画の通り! 全てが被ってるのだ!

 

 

 

「驚きましたね……。にわかには信じがたいですが、彼女の中にはすでに降りてるのでしょう」

 

「でも、これからどうするんでしょうか……。肝心の被験体は微動だにしてません」

 

「お前達、データに反応はあるかい?」

 

「い、いいえ! 各反応、依然変わらず!」

 

 

 

 武蔵がまだ目覚めない以上、これまでの行動は単なる巧妙な物真似で済まされてしまうだろう。

 

 だが、まだ終わっていない。詠唱が再び始まった。まだ先があるというのかッ。

 

 

 

「目ぇ離すなよ。こっからが見物だ」

 

 

 

 帝の言う通り、寒子はまだ止まらない。ゆったりとした足取りで武蔵の頭の方へと歩いていく。ちょうど目線を下げたところに武蔵の顔が来るところで止まった。

 

 そこからどうするのだろう。皆の疑問が一致したその直後。

 

 

 

ズキュゥゥゥンッ!!

 

 

 

「なんとッ!?」

 

「マジかよ!? ロックな婆さんだぜッ!」

 

 

 

 口紅で染まった真っ赤なリップによる熱く深淵な(ディープ)な口づけッ! 

 

 いや、口づけという甘い表現では事足りない……。これは口移しッ! 経口摂取による憑依なのだッ!!

 

 

 とはいえ、何も知らない人間からすれば突発的な奇行にしか見えないのは致し方無いこと。

 突然の暴挙に見かねた研究員らが止めに入ろうとするが、帝によって阻止される。

 

 

 

「手ぇ出すな! 事が終わるまで止めることは俺が許さんッ!」

 

 

 

 主君にそう言われ、見たくもないキスシーンを否応なしに見せられてうんざりした研究員達が逃げるようにモニターを見た。するとどうだろう、今まで反応を示さなかった脳波が大きく振れだしたではないかッ。

 

 

 

「マープル様! 脳波に反応がッ!!」

 

「……理解が追いつかないよ。まさかあれで目覚めさせようなんて……!」

 

「傷が……?」

 

 

 

 吹き出物やシミ一つない無垢な皮膚に走る一筋の傷痕。完全に塞がりきらなかった古傷、それが両腕、両足、さらには胴体にまで走った。

 さらには出産されてから一切手入れされていなかった眉毛や髭が誰の手も借りずに独りで勝手に抜け、整えられていく。

 

 

 体毛がッ、皮膚がッ、筋肉がッ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!

 

 

 

「ジーザス……!」

 

 

 

 ステイシーが驚くのも無理はない。

 

 今まさに我々は人体の神秘を目撃していた。

 

 

 

「ふふっ……。上出来ね♡」

 

 

 

 注入し終えた寒子の自信に答えるように──武蔵の、目が開いた。

 

 

 

「むぐぅッ!?」

 

 

 

 それと同時に寒子は顎を鷲掴みにされる。これを見た従者部隊四名が臨戦態勢をとった。

 

 だが武蔵は止まらない。そのまま起き上がり、周囲を確認中に──こちらと目があったその刹那、寒子が投げ飛ばしてきた。

 

 

 

「寒子様!?」

 

「にゃろうッ! っ!? いな──!」

 

 

 

「──その(ほう)ら」

 

 

 

 四人は動くことが出来なかった。

 

 今の自分達はまさに首元には鋭利な刃物を突きつけられている状態だった。それは即ち、あの一瞬の出来事で自分達の敗北を悟ってしまったのだ。

 

 

 

「──尋ねたいことがある」

 

 

 

 振り向いた先にあったのはまぎれもなくあの姿(肖像画)だった──。

 

 

 

「安心めされい。命までは()らん」

 

 

 

 魂と肉体、ここに重なる──。

 

 

 

「……ただ、正直に答えられよ」

 

 

 

 ──宮本武蔵、目覚めるッ!

 

 

 

 

 

 

 

 



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三話 無双、試される

 

 

 

 武蔵が目覚めたと同時刻。彼が持つ圧倒的なまでの気に各地の猛者達は一斉に反応しだした。

 

 

 

「総代ッ! これハッ……!?」

 

「なんと……! 恐ろしいほどに濃厚で膨大な気じゃのう……! ワシやヒュームに匹敵……いや、或いはそれ以上になろうか……」

 

 

  

 武術の総本山と謳われる川神院が総代、川神鉄心。稽古中だった彼は道場内の誰よりも早く武蔵に気を察知し、次いで師範代ルーも突如現れた謎の気に反応し、鉄心に詰め寄った。

 

 普段はのんびりとした性格の鉄心でもこの時ばかりは目を開き、冷や汗をかいていた。こんな鉄心を見るのは長年川神院に従属しているルーですら、見たことがなかった。

 

 

 

「誰の気なのデショウか?」

 

「分からん。だが、これほどの気にワシはあったことがない。今まで日の目に出てこなかったのか、それとも………」

 

 

 

 この気から感じられるのは新しくもあり古くもあるという矛盾した気質。相対する性質ながらも何故か異様にマッチしており、疎外感を感じさせない。

 鉄心が長年の鍛練で培った第六感(シックスセンス)はそう感じた。

 

 言いかえれば、まるで生まれ変わったような気質だった。

 

 

 

「何事もないといいがのう……」

 

 

 

 これから来る嵐の前触れのような事態に鉄心の不安は虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 ~親不孝通り~

 

 

 かつて川神院を追放された元師範代、釈迦堂刑部はインスタントラーメンにお湯を淹れようとしたところで武蔵の気に感づいた。

 

 

「……おいおい、なんだよこの気の量はよ。あのジジイじゃねぇよな? どっからかとんでもねぇ奴でも呼び寄せちまったのかよ」

 

「師匠どうしたのー?」

 

 

 

 釈迦堂の異変に気づいた弟子達が様子を伺ってきたが、膨大な気に気づいていない彼女らに呆れた。

 

 

 

「おいおいお前らはわかんねぇのか? 今しがた、でッけぇ気の塊が生まれたばっかなんだよ。こりゃ、正真正銘の化けモンだな。奥が底知れねぇ」

 

「マジかよ! 師匠がそう言うなんてよっぽどの化け物なのか!」

 

「ああ、俺なんか瞬殺だろうな。お前らも長生きしたけりゃ、自分より強ぇ奴には手ぇ出すなよ」

 

 

 

 軽口を言いつつ、釈迦堂はお湯を淹れ直す。こういう時は飯を食うのが一番! 釈迦堂はとりあえず飯を食って忘れることにした。

 

 

 

 

 

 

 九鬼従者部隊序列零番のヒューム・ヘルシングはもちろんながら武蔵の気を感じ取っていた。

 

 かつて鉄心とは世界最強の座をかけて死闘を繰り広げてきたヒュームだったが、その時の鉄心の気すら越える代物にヒュームの口角は上がっていた。

  

 

 

「む? どうしたのだ、ヒュームよ。具合でも悪いのか?」

 

 

 

 ヒュームの様子を紋白が心配そうに覗き込んできた。おっといけない。護衛対象を前に優先順位を間違えてしまったことにヒュームは自身を恥じた。

 

 

 

「……いえ、何でもありませぬ。私などにご心配してくださるとは紋白様はお優しいのですな」

 

「何を言う! 部下を労るのは当然の事であろう! 行くぞヒューム! クハハハッ!」

 

 

 

 先行する紋白に従属しながら護衛に目を光らせるヒュームの心情は少年のように好奇心で高ぶっていた。

 

 

 

(……まさか。とうとう目覚めたかッ! フフフっ、年甲斐もなく血が騒いでるッ……! 待っていろ武蔵ッ。天下無双のその力、いずれ喰ってやるわ!)

 

 

 

 

 

~河川敷~

 

 

 

「……ふふふ。誰だかは知らんが、なんという気だ……!」

 

 

 

 いつものように鍛練をサボって寝そべっていた百代も武蔵が持つ膨大な量の気を感じとった。

 

 だが、この気の持ち主は一体誰なのか。これほどの気を持ち合わせる戦士となれば両手で数えられる程度。しかしその誰とも適合しなかった。

 

 

 

「むむ……、ジジイや揚羽さんでもないな。まだこんな気を持つ奴がいるとは……世界は広いなぁ。あー、戦ってみたい!」

 

 

 

 武蔵の濃厚な気は好戦的な百代にはドンピシャだった。天才が故に完敗と呼べる敗北を味わったことのない百代にとってこの気の持ち主はいい餌だ。自身の昂った闘争心を沈ませられるだろうかと期待に満ちていた。

 

 だが、百代はまだ知らなかった。

 宮本武蔵と戦うまであと半年もないという事実に──。

 

 

 

 強者達は待ちわびる。伝説の剣豪と相まみえるその日まで──。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 現世に蘇った宮本武蔵は驚くしかなかった。

 

 聞けばここは武蔵が生きていた戦国末期から四百年後の日本だという。

 それを聞いた武蔵はその言葉を疑った。何せ、目に写る全ての物体、全ての存在が異様なのだ。

 

 

 あるかないかも分からないほどに透き通った氷の壁(ガラス)ッ。

 

 人力を使わずに自分で開く障子(自動ドア)ッ。

 

 高速で上下移動する駕籠(エレベーター)ッ。

 

 

 武蔵の生きていた時代など影も形もないほどに変化した相模国に武蔵はただ息を飲むしかなかった。これが日ノ本だと? 化生の国にでも迷い混んだかと思い込みたくなるような光景だった。

 

 

 

たった(・・・)四百年でこれ程とは……!」

 

 

 

 自分がいた時代から四百年遡れば鎌倉時代だ。鎌倉と戦国を比べてみると四百年経ってもほとんど変化はないというのに、こっち(・・・)の四百年は大きすぎる成長ともいえる。自分の死後、どういう経緯を辿ってきたのか武蔵は聞きたくもなった。

 

 だがそれ以上に武蔵が聞きたかったのは別の事だ。

 

 

 

「で、この俺を呼んで何をしようというのか?」

 

 

 

 その問いに帝は何の迷いもなく答えた。

 

 

 

「貴方らしくあればいいッ! 俺はそれだけで満足だ。文句はないよな、マープル!」

 

「……ええ、ええ。これも何かの縁。武蔵殿の赴くまま、それもいいでしょう。ですが、一つお願いしたいことが御座います

 

 貴方のその剣術をどうか世界に知らしめてもらいたく存じます」

 

 

「──つまるところ、指南か?」

 

 

 

 武士道プランの弊害として生まれた本物の宮本武蔵だが、実案者であるマープルからすれば棚からぼた餅のような話だった。

 

 出来ることならばこの武蔵にクローン達、ひいては若者達の武術指南を担ってもらいたいと考えていた。

 

 

 何せ、武士道プランの目的は新たな人材確保である。だが、いくらいい人材が居たとしても道を標し、導き、後押しする者がいなければ人材は育たない。

 

 鳳凰とて卵から孵ったときは何も出来ない。親が飛び方を教えなければ綺麗な翼も飾り物として終わってしまうのだ。

 

 

 

「田舎の我流剣法だが、それでもよいか?」

 

「だからこそ、天下無双の名を欲しいままにしたのでしょう」

 

 

 

 そう言われては悪い気はしない。どうせ行く宛もないので九鬼のところで世話になるのも悪くはないだろう。

 

 武蔵の腹は当に決まっていた。

 

 

 

「承知した。して、これからどうすればよい?」

 

「うむ。まずは貴方の力を見せていただきたい! ついてきてくれ」

 

 

 

 武蔵が案内されたのは広い部屋だった。

 

 壁にかけられた木刀や木製の薙刀。隅に寄せられた拳法鍛練用の木人椿(もくじんとう)。天井から吊り下げられたサンドバッグなど、古今東西の武術に関連するものが一堂に置かれていた。

 

 木床に足を踏み締める度に懐かしい感触でいっぱいだ。死して四百年ぶりに本来在るべき場所に帰ってきた。

 

 

「うちの部下達は何かしらの武術を嗜んでる奴らが多い。この部屋はそいつらのための鍛練場だ」

 

「ふむ。……む?」

 

「お待ちしておりました、帝様、クラウディオ様、マープル様、そして宮本武蔵様」

 

 

 

 部屋の中央で迎えてくれたのは袴姿の老年の男だった。ニコニコとした顔で一同を招いた姿だけ見れば単なる好好爺のようなイメージだろう。朝方、通学路で小学生の旗振り誘導でもしてそうなお人好しさで満ち溢れていた。

 

 だが、その手には好好爺に不自然に似合わぬ日本刀が握られていた。無骨ながら実戦型の拵え。武蔵もよく見たことがある造りだった。

 

 故に──。

 

 仕掛けた(・・・・)ッ。

 

 

「──ッ……!」

 

 

「武蔵さん、紹介するぜ。この人はうちの従者で序列七位の野村秋次郎。財閥きっての剣豪だ」

 

「剣豪?」

 

「あの、帝様……」

 

 

「斬った数は貴方と比べてしまえば劣るが……それでも三十人以上。日本、いや世界でもこれほど人を『斬った』男は存在しないだろうよ」

 

「帝、様……」

 

 

「つまるところ、人斬りか?」

 

「まあな。今はうちの従者やってるが、昔は"人斬り秋次郎"として裏社会じゃ知らねぇ奴はいねぇぐらいに有名だったんだぜ」

 

「ふむ……」

 

 

「あのッ、帝様ッ!」

 

 

 

 大量の汗で顔を濡らしながらも精一杯の呼び声に帝は驚いた。

 

 

 

「おいおい、どうしたよ? 声を荒げるなんてお前らしくないな。トイレでも行きてぇのか?」

 

「……私のような汚れ物を拾ってくださった恩……、それに応えるならまた"人斬り秋次郎"に戻ることもやぶさかではありません。ですが……今回ばかりはこの武蔵様との決闘、受けることが出来ませんッ!」

 

 

 

 野村は深々と頭を下げ、重苦しく謝罪した。

 

 突然の出来事に帝は呆気にとられたが、そんな帝の様子など気にも止めずに野村はただひたすら謝り続けた。

 

 

 

「人斬り稼業十八年……。その間に逆に撃たれた事、斬られた事は数度……。その時はどんな重傷を負っても死への恐怖を感じたことはありませんでした……。

 

 ですがッ! この人との決闘(たたか)いのは死そのものッ。これほどはっきりと死を実感したことはありません……。情けないですが、私とて命が惜しいのですッ……どうか、ご容赦くださいッ」

 

 

 

 弱音を吐いた野村など初めて見た。九鬼の従者に採用して以来、テロリストすら斬り伏せるその剣裁きに救われたことは何度あっただろうか。

 そんな男が戦意を打ち砕かれ、惨めったらしそうに頭を下げている。夢とでも疑いたくなるような光景だった。

 

 

「な、何があったんだ野村?」

 

「武蔵様がこの部屋に入ってから六度……ッ。い、いや、今ので七度目。……私は武蔵様に七度殺られていますッ」

 

 

 

 帝は驚いた様子で武蔵を見ると、彼は満足したとでも言うようににっこりと笑っていた。

 

 

 

「いやいや、失礼した。久方ぶりの剣士の匂いについ遊んでしまった」

 

「遊んだ? 何をしたんだ?」

 

 

 

 帝の疑問に後ろに控えていたクラウディオが答えた。

 

 

 

「武蔵様が為さるとなると答えは一つでしょう。『斬った』のです。そうでしょう?」

 

「……ッ。如何にもッ。一刀目は……"八文字"。物の見事に……」

 

 

 

 頭から刀を振り下ろして人体が薪のように左右二つに分かれることから八文字。または逆八文字ともいう。

 

 

 

「二刀目は喉。がら空きだった故──」

 

 

 

 さらに"大袈裟"、"面割り面頬"、"本胴"、"敷き袈裟"、"太々"──と武蔵は次々にどう斬ったかを教えてた。

 

 

 しかし、疑問がある。武蔵は刀はおろか刃物すら持っておらず、もっと言えば構えてすらいない。そんな状態で野村を『斬った』だと? 何を言っているのか帝は理解できなかった。

 

 

 

「私だけではなく、李やステイシー、桐山も体験したはずです。実際に刀を持っているわけではないのに『斬られた』のです。……正確には斬られたと錯覚させられた、というのが正しいでしょうか?」

 

「錯覚?」

 

 

「闘気による斬撃です。実際に『斬られた』者にしか分からないことですが、刀剣状に型どった気で斬りつけたのです。イメージ攻撃と言いましょうか?

 

 先程の──、地下の実験施設で武蔵様が背後に立ったとき、私は決死の攻撃をしようとしました。──ですが、それよりも先に見えない刀剣が身体を通過するのを感じました。傷こそはありませんが、私の身体と記憶にはしっかりとその跡が刻まれています。あの一戦は私の敗けです」

 

 

 

 その一言に帝は驚いた。いや、帝だけではなく、長年一緒に仕え続けたマープルまでもが表情が驚愕に染まっていた。

 

 ヒュームほどではないが、クラウディオも九鬼従者部隊の三位を担うだけあってその実力は折り紙付きである。事実、九鬼帝の命を狙うテロリストやこの九鬼ビルに進入してきたスパイなどの撃破に一役買っている。その他にも従者達の指南なども兼任しており、"ミスター・パーフェクト"の名は伊達ではないことは帝がよく知っていた。

 

 そんなクラウディオが敗けた? 

 

 

 

「気を落とされるな翁殿。確かに斬ったが、浅かった。袈裟斬りに真っ二つにするつもりだったが、何かが邪魔をした。皮一枚残させるとは、何やら不思議な道具を使うな。これは糸か? まるで鎖帷子のようだ」

 

 

 

 見透かされているッ。使ってもいないのに、得物を看破されているッ。

 

 さらに武蔵は横を見た。武蔵と闘ったという三人──、李、ステイシー、桐山の順に一通りに一瞥する。

 

 

 

「そこの者は……暗器か? 手裏剣も持っておるな。足音もせずに歩いてるとなると、元は忍か?」

 

「黄金色の髪の女子(おなご)は火薬の匂いがする。大方、短銃といったところか」

 

「腿が鍛えられている。琉球に足蹴りを『技』として使う武があると聞く。その方もその類いか?」

 

 

「「「………!」」」

 

 

 

 当たっている。あの一時の間にそこまで見越すというのか。

 

 

 

(間違いない……! 本物──、いや本物以上だッ!)

 

 

 

 丸腰で相手を完封するその実力。短時間で敵の全てを把握するその観察眼。

 

 やっと確信が持てた。こいつがッ、この人がッ、この男こそがッ、天下無双・宮本武蔵であるッッ!

 

 

 

「して、まだ誰か闘いたいなら相手するが──、如何いたす?」

 

 

 

 見たい、もっとやり合って欲しいッ! 

 

 ──と言いたいところだが、興奮しつくした我が身を一呼吸して冷まして落ち着かせる。

 見れば時刻はもう九時を回っていた。

 

 

 

「……いや、今夜はもう遅い。俺もやり残した仕事があるし、今日はここまでしよう。また詳しいことは明日話す。武蔵殿、貴方の部屋に案内させよう。おい」

 

「武蔵様、こちらに」

 

「おう、すまぬな。では九鬼殿、また明日」

 

「なにかあれば気軽に言ってくれ。じゃあな」

 

 

 

 別の使用人に案内されて去っていく武蔵の背を見つめる帝に野村は再度頭を下げた。

 

 

 

「申し訳ありません帝様! 了承しておきながら約束を反故にするこの体たらく! 従者部隊として責任はとるつもりです! 望むのなら序列七位の座を返還することも──」

 

「いや、そこまでしなくてはいいわ。それより野村、あの武蔵に何を感じ取った?」

 

 

 

 問われ、野村は考えた。

 

 武蔵とは一体何なのだろうか。一番近いもの──。それが野村の脳裏に浮かぶまでに一秒もかからなかった。

 

 全てを吹き飛ばすような圧倒的なまでの武力。老若男女すべての国民に知られているほどの知名度。迂闊に手を出せば身を滅ぼしかねないほどの性質。

 

 立ち会った時、武蔵の背後に巨大なキノコ雲が映った。それはつまり──。

 

 

 

「核兵器ッ……!」

 

 

 

 その一言に、帝は戦々恐々とした。だが、同時に形容しがたい高揚感が身体の奥から沸き上がってきた。

 

 

 

「いいね! やっぱ武蔵はすげぇぜ! ぞくぞくしてきたわ! 寒子さんに頼んで正解だったな! あ、寒子さんこれからどうするよ? ここで飲んでくか?」

 

「いいよ。あんたの元気な姿を見れただけで充分だわ。今日はもう帰ることにするわ」

 

 

 

 今の今まで事の顛末を見守っていた寒子だったが、帝からの誘いを断り、早速帰宅の準備をし始めた。

 『つれねぇなあ』と愚痴を溢す帝に何度も降ろしてきた寒子だからこそ分かる忠告を入れた。

 

 

 

「気をつけな、帝の坊や。あれは化け物だよ。虎とか龍とかで済ませられるもんじゃない。天災だとでも思いな」

 

「寒子さんはそう思うのか?」

 

「ああ、そうさ。抜き身の刀身みたいな男さ。使い方を謝ると身を滅ぼすよ。それだけは気ぃつけな。そんじゃ」

 

 

 

 手をヒラヒラと仰いで去っていく寒子の背中は武蔵の背中とは違って見た目以上に大きく感じた。

 

 

 

 




 野村秋次郎

 九鬼従者部隊、序列七位。見た目はどこにでもいそうな優しい中年の男だが、若かりし頃は"人斬り秋次郎"と呼ばれ、裏社会で恐れられていた。剣の腕だけなら世界トップクラスの実力者。
 モデルは幕末の人斬り、中村半次郎から。


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