ムリ叔父妄想アフター (ゆずぽん)
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01

ベッドの上。一人の老人が横たわっている。

彼は騎士だった。己の領地を守り抜き、崇高たる理念と、決然とした吟持をもって騎士たらんとした、『本物の騎士』。

その輝きは、褪せることはないはずだ。過去の偉業は余人がどう言いつくろうと、その価値は変わらない。

けれど、色褪せぬ偉業に相反するように、押し寄せる年波は老人を確実に蝕んでいく。仕方ないことだ。どれだけ腕が立っても、月日の流れには逆らえない。

己の力のみでリターニア貴族の野望を打ち砕いたもの。ウルサスの侵攻を己が才覚によって守り抜いたもの。そして、最年少チャンピオン『耀騎士』―――。

 

そのすべてが、押し寄せる波の流れに、砂上の楼閣となって消えていった。ただ、目もくらむような輝きだけを残して。海の底に、なにも見いだせやしないというのに。

 

しわがれた老人の声が言う。最期まで騎士たらんとした男の声が。

 

『いいか、ムリナール。―――騎士とは、あまねく大地を照らす、光そのものなのだ』

 

私には、それがどうしても、わからない―――。

 

 

 

目が覚める。覚めてから、自分が寝ていたことを自覚する。最近はそういうことばかりだ。どうにも疲れが抜けきらない。ソファで寝たりせずに、自室のベッドで寝ればいいとわかっているのに、どうしてもあの堅いソファでしか寝れない。……原因はわかっている。いつ上司からの電話が来るかわからないから、熟睡してしまうベッドには横にはなれない。それがまた新たなミスを誘発すると分かっていても。

 

「寝るのが怖いなどと―――!!」

 

自らを嘲る言葉は形にならなかった。

おかしい。何故私はベッドに寝ている?常ならば軋む体に鞭打って起きるというのに、いつもより体が軽い。それに、知らない天井だ。

消毒液の匂いと、清潔なシーツの手触り。

思い出す間もなく、記憶がよみがえってくる。

 

『剣を抜け、マーガレット』

 

『もしお前が頑として考えを変えないのであれば、「諦める」ということを改めて教えてやるしかない。私の剣に倒れる方が、無甲盟の影の刃で死ぬよりはましだろう』

 

『……叔父さんが、そう望むのであれば』

 

そうか。

 

「……私は、負けたのか」

 

呟く。敗北の事実は、意外なほど簡単に受け止められた。当然だ。手合わせしてすぐにわかる、隔絶した強さ。少し見ない間に、姪は末恐ろしくなるほど成長していた。

……けれど、それは今のカジミーシュには関係ない。人民は変わらない。合理性を突き詰めた社会の波は、あの輝きもきっと飲み込んでしまう。

……せいぜい、祈ることしかできない。

 

それよりも。

それよりも、だ。

 

「いったい私はどれくらい寝込んでいた?会社に連絡を入れなければ。無断欠勤になってしまう。今からでは遅いかもしれないが、早く謝罪と説明をしなければ―――!!」

 

どこだ。簡素な病院服にはポケットは見当たらない。ならばサイドテーブルか。

ベッドサイドから滑るように降りる。裸足にスリッパ、病院服で腕に点滴の管を下げたままあちこちをうろつきまわる。

 

「……ない。どこにもないぞ」

 

見つからない。ベッド脇のテーブル、備え付けのクローゼット、テレビ棚の中。そこそこ広い個室を歩き回って手に入れたのは、探し物がどこにもないという結果のみ。

この部屋にはない、と結論づける。

ならば、外を探しに行くしかあるまい。

点滴スタンドを押しながら病室から出る。幸いにも、病室を出てすぐ看護婦を見つけられた。からころ、となる点滴スタンドの音に気付いたのか、相手方もこちらを振り返る。

肌の白い、若いクランタの娘だった。

 

「すまない、携帯電話を探しているんだが……」

「……あぁ!!ダメですよ安静にしてなきゃ」

 

病室の中に押し戻される。柔らかく押してくる腕に逆らえず、ベッドの上へと逆戻り。

 

「今お医者様をお呼びしますから、しばらくお待ちください」

「携帯電話は……」

「お医者様と一緒にお持ちいたします」

 

ですので、絶対に安静にしてお待ちください、と念を押される。

 

「ああ、わかった」

「はい、では私は……」

「ちょっと待ってくれ」

 

自分を優しくベッドに寝かせた腕を、追いすがるようにして掴む。華奢な腕。けれど、押されたときの感触で分かっている。

手のひらを上に。小指の内側、硬く実った『人斬り胼胝(たこ)』。

それは、間違いなく剣を、武術を修めたものであることを雄弁に語っていた。

 

「貴様、何者だ……?」

 

誰何は病室に静かに響く。

息も憚れるような静寂の中、鮮血のような瞳がこちらを見下ろしていた。

 



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02

 すぐに感想がついていてうれしかったです。応援ありがとうございます。
 早速ですが今回捏造が入ってきます。『ムリナール叔父さん義手説』です。
というのも、立ち絵からわかるように叔父さんの右腕は金属製の小手のようなもので覆われています。『騎士』ではない彼がそれを常時つけているのには違和感があります(より厳密に言えば、彼は家にいるシーンしかないので、家のみで着用している可能性もないわけではない)。よって、彼は常にそれを装着する必要がり、作中にあった『禿頭マーティン』の場面(MN_1 エレンズチョイス)

 マーティンは片腕を上げて見せた――その腕は大半が機械に置き換えられ、関節からは精巧な駆動音がする。

の話からも、ムリナールが義肢である可能性を匂わせている、と判断しました。彼は『騎士』にならなかったのではなく、なれなかったのではないか、と妄想しました。
 なにより、『義手というハンデにも関わらず最年少チャンプの姪に挑むムリ叔父』が可哀そうでかわいいので採用しました。
 彼が腕を失った過去についても、必要であれば捏造します。その予定は今のところないですが。(キャラクターの過去プロフィールに説明があればそちらになるべく添いたいと思っているので、教えていただけると恐縮です)





「はい。あなたが運び込まれたのは12時間前となっておりますね。まぁ、およそ半日と言っていいでしょう。鞭打ち、打撃痕、あと頭部を強く打っていたようですね」

「携帯電話……?電話はお持ちではなかったですよ。お洋服などはこちらで預かっておりますが。この後は一応精密検査となっております。頭部への衝撃は後々怖いことになりかねませんので」

「仕事、ですか?今日はお休みなさってください。幸いにも目立った外傷などは見受けられませんでしたが、睡眠不足、貧血の症状が出ておりましたので点滴をさせていただきました」

「……見たところ、体調は回復なされたようですね。結構、明日の朝には退院できますよ」

「はぁ、赤目の看護師……ですか?」

「当院にはそのような職員はおりませんが……」

 

 

――――

 

 

何事もなく家に帰れてしまった。

走ったほうが早かったが、医者にタクシーを手配されては仕方ない。……そこまでひどかったのだろうか。

運転手に礼を言って降りる。

 

……足を止めて、屋敷を見上げる。手入れの行き届いていない外壁は、蔦が這いひびが入り、その凋落ぶりを見る者すべてに明らかにしている。門扉は手前こそ手入れがされているが、奥に行くにつれて雑草がちらほらと行く手を遮る。ガレージへと続く轍は、もはや消えかけていた。

 

「改めて見ると、ひどいものだな」

 

嘆息する。帰宅時はいつも余裕のないものだが、このありさまを看過していたなど信じがたいことだった。逆説的に、今の体調が良いことを自覚する。だからか、十全なパフォーマンスを発揮した体は隠れ潜んでいる者の気配を探知した。

ひとつ、ふたつ、みっつ、計三人の視線。どこぞの新聞社の者か。こちらの一挙手一投足に注がれる視線を、するりと。懐に入った小柄な影が遮った。

 

「わぁー!?もしかしてですけど、あなたが、あのブレミシャインのお兄さんなんですか!」

「……あぁ、そうだが」

 

見下ろす先、土産物屋の店先でよく見る、安っぽいメッシュのキャップ。

 

「私ファンなんですよ!そうだ、お話聞かせてもらってもいいですか?」

「構わない。……そうだな、屋敷の中で話そう。その方が、お互い落ち着いて話せるだろう」

「やった!ありがとうございます」

 

弾む声に背中を押されるようにして、門扉を押し開ける。

 

 

 

玄関の扉が閉まる。

 

「それで、看護師に続き観光客の真似事か。いったい何の目的でそんな回りくどいことをする?

―――『無冑盟』の手先よ」

 

―――剣の柄に手をかける。義手の金属が十字(つば)にあたる硬質な音が、静まり返った玄関に響く。相手は丸腰だ。されど、どのような手を使ってくるのかわからない以上、警戒するに越したことはない。

しかし、こちらの行動を意に介した風もなく、相手は無遠慮に質問をぶつけてきた。

 

「お仕事のほうはどうでしたかー?」

 

依然として観光客然とした姿勢を崩さず、少女は問いかけた。無邪気な調子が、かえって空虚に響く。けれど、ムリナールは少女がおそらく『無冑盟』に属するものだという確信を深めた。

病院を出て一番最初に行ったのは、上司への連絡である。厳しい叱責が飛ぶものと覚えて電話してみれば、電話に出たのは社長であり、自宅での謹慎を言い渡され、今に至る。

―――そんなことを出来るのは、『商業連合会』を置いてほかにあるまい。

 

返事をしないこちらをどう思ったのか。少女は口元だけで笑う。相変わらず、視線は帽子の中に隠れたままだった。

 

「だんまり、てことは図星かぁ。その調子じゃ、なんも分かってなさそうだね」

「……何が言いたい」

「なーんにも。あたしは主義主張を持てるような立場じゃないしね。それより、おじさんは何がしたかったの?」

「……?」

「だーかーらー。二アール家没落回避の駒が転がり込んできたようなものだったのに、なんで仲たがいするようなことにしちゃったの?それで、結局あたしみたいな『無冑盟』を送り込まれてさー」

 

少女が帽子の鍔をあげる。鮮血色の瞳がこちらを射抜く。

 

「ーーーまさか、()()()()()()()()()()()()()?」

 

常人ならばそれだけで体が竦むほどの威圧。されど、ムリナールは怖気ることなくそれをにらみ返した。その瞳の中には、紛れもなく『怒り』が渦巻いていた。

そのほの暗い情念の宿った瞳に、対面の少女はややたじろぐ。

 

「……没落?没落だと?」

「そうだよ。二アール姉妹は栄光を手に入れた。商業連合会は利益を追求するから、世論の歓迎ムードに逆らえない。あんたは黙って持ってきた契約書にサインすればよかったんだ。それが仲たがいなんてするから、この家は今空っぽだ」

 

足元に目を落とす。屋敷の広い玄関には、もはや自分の靴しか並べられていない。

 

―――そして、この家もいずれ無くなる。つまんないオチ。

 

そう吐き捨てるように言う少女。けれど、少女はそれよりも対面の騎士の反応が気になった。まるで、いやむしろ、満足しているような―――。

 

「そうだ、没落してしまえばよかったのだ」

「……正気かよ」

「正気だ。カジミエーシュは変わってしまった。我々が先祖から賜った騎士階級は、ウルサスの侵攻からこの国と民を守り、この国をより良く変えた名誉が形になったものにすぎない。『栄光』は形のないものだ。断じて、騎士連合から報酬代わりに与えられるものではない」

「……狂ってるよ。あんた」

「……そう見えるかもしれないな。だが、金で手に入れた騎士階級にいかほどの価値がある?

―――ない。そんなものに価値はない。もとからないモノの基準に沿わない『没落』に意味はない。二アール家の栄光に変わりはない。民衆が勝手に価値を見出さなくなっただけだ。そんなもの、私には通じない」

 

言い切った騎士に、少女はもはや最初の態度を捨てて、くってかかろうとする。

 

「そんなはずはない!アンタだって薄々気づいてるはずだ。それは逆に言えば―――」

 

その瞬間、聞きなれた携帯電話の着信音が響き渡る。発信源は少女のポケットから。取り出した携帯電話は、目下紛失していたムリナールの携帯電話だった。

少女は二言三言、電話口で相手と会話すると、いきなり無遠慮に、携帯電話をこちらに放ってくる。

ムリナールはそれを、片腕を剣の柄頭に置いたまま、片腕で受け取った。

油断なく構えるムリナールに、少女は顎をしゃくるようにして電話に出るように促す。

 

「早く出なよ。相手はまぁ、私の上司の上司ってとこ」

 

ムリナールは、目線を少女に送ったまま電話を耳に当てた。

 

「……もしもし、ムリナールですが」

「ああムリナール様。わたくしは代弁者マルキェヴィッチと申します。以後お見知りおきを」

 

代弁者、という単語を聞いて、ムリナールの心中は不安に黒くさざめく。嵐の前のような予感がした。

代弁者とは、カシミエーシュの商業すべてを牛耳る『商業連合会』の口である。そこから放たれる言葉は商業連合会の総意に他ならない。

 

「それで本日はどういう……」

「これはまだおおやけに発表されていないことなのですが……。朗報です。騎士協会はロドスと組みました。それによって、『耀騎士』様の不祥事……、いいえ、『事故』も落ち度はなかったとして、二アール家が公正な待遇を得られることを約束しました」

「……はい?」

 

ムリナールは信じられなかった。自らの苦悩が、あきらめが、そのすべてが『耀騎士』が帰ってきたことで、雪解けのように滑り落ちていく様は、現実味を失っていた。

 

「私からもお礼を言わせていただきます。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます……」

「つきましては、まことに勝手ながら新たなご就職先などもこちらは斡旋する用意がございます」

「はい……?」

「民衆は二アール一族の動向に興味津々でございます。年齢、趣味、体重、その他もろもろ」

 

屋敷の前で感じた視線を思い出す。そうだ、今でさえ記者たちが張り付いているのだ。

 

「その中には現在の職業も含まれます。失礼ながら、ムリナール様は一般職に就いていらっしゃいますね?ただいまのご職業の機密レベルですと、パパラッチなどに追われる生活になりかねません。ムリナール様もいらぬ有名税など支払いたくはないでしょうし、可能なら今すぐにでも―――」

「……少し」

「はい?」

「……少し、待っていただけませんか。一体、何がなにやら理解が追い付かず……」

「……わかりました。私も前任者から引き継いだばかりでして、少し性急だったようです。では、そうですね。……明後日の夜中。12を過ぎる前までに、お返事を頂けると助かります」

「わかりました。ではその時に」

「はい、失礼いたします。……これは忠告ですが、なるべく早く受け入れることをおすすめします」

 

電話が切れる。もはやムリナールは少女に一片の注意も払っていなかった。いや、払うことができなかった。

彼はもはや、空っぽの家の中で、疲れ切った時と同じように、ソファで俯いていた。

 

「あーあ、もっとつまんないオチついちゃった」

 

暗殺者の少女が呟いた言葉はどこにもひっかからず、溶けて消えた。

 




簡素なローテーブル(二アール家の客間、応接家具)
 ガラス張りのローテーブル。キングが盤面にいなければ、チェックメイトも存在しない。


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