僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」 (HOTDOG)
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1. 恋愛相談

『一目惚れ』というのは本当にあるものなのだと。

頭の中を眩く照らされるような強烈な感情を、この日、彼女を見た瞬間に体感した。

 

薄い紫色を引いた艶のある唇。

ハート模様の入った、くるりとした大きな瞳。

綺麗なスミレ色の髪、オシャレに結わえられた大きなリボン。

柔らかそうな白くて細い肢体と、それを包むフリルの入った可愛いドレス。

そして――ぷにぷにした頬を彩るあざといチーク。

 

(か、可愛い……)

 

今現在、蟹とかゴミ箱がモチーフのよくわからない化け物に襲われ、恐ろしいほどの寒気と脱力感に苛まれている。真っ只中。

周囲の人と同じように地に尻をついて、虚ろな目をして、思考も奪われた棒人間と化してしまって、

 

――それでも彼女を見たその時から、心臓だけは別物のように大きく煩く鼓動を鳴らし続ける。

 

「ぺけっ!」

 

交差された彼女のか細い人差し指から、巨大な紫色の盾が出現する。

得体の知れない怪物の暴力から、自分たち一般人を傷つけないために身を前にして敵の攻撃を受け止める。

 

盾は相当頑丈なのか、びくともしない。

その後ろ姿を目に焼き付けている最中、ふいに彼女――紫のプリキュアが振り向いた。

 

『――大丈夫、不安にならないで』

 

優しく送られた視線が、彼女の心を代弁する。

こちらを安心させるような柔らかい微笑み。

 

戦闘の最中、非日常という空間だからだろうか。

怪物と戦いながらも笑顔でこちらを気遣う彼女は、本物の女神様だと錯覚するほどに美し……いや、可愛いかった。

 

「ハートルージュロッド!」

 

仲間と連携して上手く敵の隙を作った彼女は、ピンクのステッキを取り出し構える。

キリッとした顔もすごく可愛い。

 

「プリキュア・もこもこコーラル・ディフュージョン!!」

 

彼女の必殺技だろうか。ハート型のクッションに座って――えぇ、すごい! 周囲のハートが増殖して敵を圧死させるかの如く包み込んだ!

必殺技がいっぱいのハートというのもすごく可愛い。

 

「――ビクトリー♪」

 

爆☆殺!

笑顔と爆風に紫髪が大きく揺れる。

キメポーズも可愛いしニコッとした顔も少女らしさが出ていてめっちゃ可愛い。

 

爆心地を見ると、敵の姿は跡形もなく消えていた。

どこからか虹色の光が飛来して、自分を含め倒れていた人々の身体の中に入っていく。

途方もない虚脱感から一転、体に生気が満ちてくる。

立ち上がって彼女にお礼を言いたいしもっと近くで顔を見たい。

が、あまりの体調の変わりように眩暈がして蹲る。

思うように動かない身体が歯がゆく、苦しく、もどかしい。

 

眩暈が収まり、急いで体を起こして周囲を見渡す。

しかし役目は終わったとばかりに、彼女たちプリキュアの姿は消えていた。

 

「紫の……プリキュアさん」

 

――トンク

 

怪物もプリキュアもいなくなったこの場所は泡沫の夢のようで、それでも今までと違う高鳴りをする心臓が、これは現実だと証明していた。

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第1話 恋愛相談

 

 

 

「…………もう放課後だ」

 

翌日。

生気っぽい何かを抜かれた後遺症は全くなかった。

普段通りに中学校に通い、授業を受け、給食を食べて、授業を受けた。

 

ただし、昨日の出来事からずっと心ここにあらずの上の空だ。

先生の話やクラスメートの談笑も、全て雑音にしか聞こえない。いや、雑音と言う認識すらなかったかもしれない。

紫のプリキュアさんのことが片時も頭から離れず、本当に気付いたら夕方だった。

 

「クラスの人、誰もいないじゃん……」

 

伽藍洞になった教室を見渡してひとり呟く。

一日中ボケッとしていた自分を心配に思い、声を掛ける人はいなかったのだろうか。

まぁ、別段仲の良いクラスメイトがいるわけではないし、話しかけられても気付かなかっただろうからいいけれども。

そんな仕方のない強がりをしている最中、ゆっくりと教室の扉が開かれる。

思わずそちらに顔を向けると、青い髪をおさげにした女の子と目が合った。

 

涼村さんごさん。

クラスメイトだから互いに顔は知ってる。それ以上でも以下でもない。

 

「あ、星郎くん、まだ残ってたんだ」

 

「う、うん……」

 

今日一日言葉をまともに発していなかったせいか、微妙にどもった。

めっちゃ恥ずかしい。

コホン、と咳払いして誤魔化しておく。

涼村さんの顔を伺うと、さして気にしていない感じ。

こういう事で揶揄われるのは苦手だから有難い。

 

……ちなみに星郎とは僕の名前である。

ファーストネームで呼ばれるのは涼村さんが人懐っこいわけでも、僕と涼村さんが幼馴染とかいうわけでもない。単にクラスに同じ苗字が複数人いるからである。

……変な名前だから、あまり呼んでほしくはないのだけれども。

 

「委員会の集まりで遅くなっちゃった。長くて、ちょっと疲れたかも」

 

「あはは、お疲れ様……」

 

適当な言葉が浮かばず、取り敢えず愛想笑いを返す。

互いに一言ずつ。あとは無言。

自分も彼女も大した接点はないし特段明るい性格でもないわけで、会話が途切れるのは当然であった。

むしろ、この気まずさを予想して話しかけないでほしかったとも思う。

 

「……はぁ」

 

涼村さんとは逆方向に顔を向けて、溜息を吐く。

どちらにせよ今、僕の頭は『紫のプリキュアさん』のことで一杯だ。

この体験したことのない恋心と焦燥感が、勉強も手につかない程に胸中を一日中かき回している。

 

挨拶して終わり。

会話を終わらせる雰囲気を不自然にならないように整えて、相手に渡す。

控え目な性格の彼女なら、用を済ませて早々に立ち去ると予想して。

 

 

――しかし、その予想は当たらなかった。

 

「星郎くん、何か悩み事?」

 

掛けられた声に驚き、びくりと体が跳ねる。

 

「え……なんで?」

 

「え? だって、今日はずっと様子が変だったから」

 

星郎くん、いつも授業は真面目に聞いているのにねと言われて、存外、見られているものだと頬が少し熱くなる。

授業は真面目に受けているし成績もよい方だけど、女子にガリ勉君と思われるのは格好悪くて恥ずかしい。

 

「……べ、別に――」

 

何でもない。そう言い掛けて、口を止める。

 

何でもない……わけがない。

自分は今、突然芽生えた恋心に大いに戸惑っている最中だ。

『恋愛なんてくだらない。恋なんてしない』と、離婚した両親を見て思っていた。

女手一つで自分を育ててくれる母さんを見て、友情や恋愛なんかよりも勉強すべきだと思っていた。

 

「えっと……そのさ」

 

涼村さんを見る。

最近仲良くなった転校生の影響だろうか。

クラスの雰囲気を振り返れば、転校生が来る前後で涼村さんの印象も少しだけ変わった気がする。

涼村さんがどんな意図で踏み込んだ質問をしてきたのかはわからない。

 

「悩んでいるというか……ど、どうすればいいのかわからないことがあってさ」

 

「へぇ、意外だね。星郎くん頭いいのに」

 

「いや、その……勉強以外のことは弱くて……」

 

会話に乗ってくれた涼村さんに、心の中で安堵する。

わかることは、このまま授業に身に入らないと成績が下がってヤバイということ。

そして相談なんかできる相手がいない僕の人間関係の中、偶然、神がかり的なタイミングで涼村さんが声を掛けてくれたということ。

 

「その……誰にも言わないでほしいんだけど」

 

「うん」

 

「…………」

 

こちらの言葉を待つ涼村さんの顔を見て、少し迷って言葉が詰まる。

 

僕は今、かなり恥ずかしいことを言おうとしているんじゃないのか?

それも、特に親しいわけじゃないクラスメイトの女の子相手に。

 

「……………………す」

 

「す?」

 

恥ずかしさを押し殺して、言葉を絞り出す。

涼村さんなら、間違っても言いふらしたりすることはない筈だ。

相談する相手としては親より、先生より、クラスの男子よりは絶対に良い――筈。

そうやって自分の行動を正当化して、迷う心を後押しする。

 

「……好きな人が、で、できた」

 

「わ、わわっ」

 

HA☆ZU☆KA☆SIyいいいいいいいいいい――!!

やっぱり止めとけばよかった!

というか、クラスの女子にいきなりする話じゃないだろう!? とあまりの居た堪れなさに走って帰りたい衝動に包まれる。

 

涼村さんもまさか恋愛相談だとは思わなかったのか、頬を薄く染めて戸惑う様子。

恋愛相談という甘酸っぱさに、少し恥ずかしそうに僕に目線を送ってくる。

 

(可愛い――)

 

……いやいや、紫のプリキュアさんがいるのに駄目でしょ、僕。

1日で早速浮気する自分の心に叱責する。

おかしい。勉強一筋だった僕の心がこんなに浮気性なわけがない。

 

「えっと誰? クラスの子?」

 

「あ、あー、ク、クラスの女子じゃなくて……」

 

辺りを見回して声を静かに、でも抑揚した声色で聞いてくる涼村さん。

やはり男子より女子の方が恋愛ごとへの興味が強いのだろう。

涼村さんも例外ではないらしく、親しくない僕なんかの話題でも興味深そうに訊ねてくれた。

ほっとした反面、涼村さんとの距離が近くなって自然と身体が強張る。

 

「その……この学校の人でもないと思う。名前、わからないんだ」

 

「他校の子なの?」

 

「あ、ごめん、違くて……学生じゃないんだ。昨日、公園で見かけた人で……一目惚れ、したんだ」

 

「――///」

 

やっぱりHA☆ZU☆KA☆SI――!!

恋愛するのはいいとしても、この『一目惚れ』という言葉が羞恥心を押し上げる。

 

一目惚れ。

まさに一瞬で恋に落ちた、そんな象徴。

相手の能力や家柄、人柄を全てすっ飛ばして好きになるそれは「僕の頭はピンク色です」とでも代弁しているようだった。

勉強重視で学生生活していたモブキャラ(僕)がこうなるのは、自分で顧みても正直イタイ。

 

涼村さんも一目惚れと言う言葉に思うところがあるのだろう。

頬を紅くして、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

 

「……ちょっとびっくり。星郎くん、そういうタイプじゃなさそうなのに」

 

「いや、なんというか……僕も驚いてます、はい……」

 

「ふふ、そんなに可愛い子だったんだ」

 

「……///」

 

涼村さんが軽く笑いながら、返しにくい質問を投げてくる。

彼女にしては会話中のちょっとした遊びなのだろう。だがしかし、その言葉はかなり以上に僕に効く。

表情は冷静を装いながら、心の中で恥ずかしさにのた打ち回った。

 

「どんな子なの? 特徴がわかれば、私もお手伝いできるかも」

 

「え? えっと、別に僕は……その子と仲良くなりたいとか……じゃなくて」

 

相手の子を探す。

涼村さんはそれが僕の目的と思っただろう。

でも、僕が相談したいことはそれじゃない。

涼村さんから向けられる視線に、顔を逸らして呟いた。

 

「感情が上手く抑えられなくて……べ、勉強、集中してできるようにしたいんだ」

 

「え、相手の子はいいの? 星郎くん、その子と仲良くなりたいんじゃ……」

 

「会えるかわからないし……その、その子も迷惑かもしれないし、僕のせいで無駄な時間を使わせたくないから……」

 

言って、後ろ向きな、弱気な発言をクラスの女子に言ってしまったと後悔する。

……でも、これはある意味では本心だ。

紫のプリキュアさんを好きになるのは勝手だろうが、それをアピールして彼女の手を煩わせるのは話が違う。

ましてや僕は、ちょっと勉強ができる以外は全く平凡な中学一年生。いや、コミュ力や運動センスは人並み以下だから、平凡というのもおこがましい。

 

だから今、涼村さんにしている恋愛相談は「紫のプリキュアさんと付き合う」ではない。

「恋心の制御の仕方、もしくは消し方」を知りたいのだ。

それはおそらく一筋縄ではいかないし、本来、人に相談するものでもないのだろう。

涼村さんに相談しているのは誰もいない放課後というタイミングに加えて、涼村さんの人柄が僕の口を軽くしたのに過ぎない。

 

 

「――私は、そんなことないと思うよ」

 

「え?……」

 

ただ、涼村さんは僕のそれを優しく、でも力強く否定した。

涼村さんらしくない発言に、思わず顔をあげて彼女をみる。

 

涼村さんのことは、控え目で周囲に合わせる、自己主張の薄い女の子だと思っていた。

だけど涼村さんの瞳の奥には、自身を信じる芯の強さが見て取れる。

真の心の強さとは違うけれど、怖がりながらも自分を信じ続ける、そんな色。

 

「『いま一番、大事なことをやろう』だよ」

 

「一番、大事なこと……?」

 

「うん、私の大好きな、友達の言葉。……難しい、慣れないことはしたくないと思う。でも、一歩踏み出して、今の星郎くんにとって一番大事なことを考えてみてほしいの」

 

「それは……」

 

勉強だと言い掛けて、口を噤む。

確かに勉強は将来をつくる大事なものだ。

ただ、涼村さんのいう「いま一番大事なこと」という意味で、本当に正しいのかと自問する。

 

中学生の今は高校受験のために。

そして高校に入ったら大学受験、就職したら出世のための勉強があり、それらは人生にとって疎かにできない大事なものだと僕は思う。

 

じゃあ、昨日から僕の心に渦巻くこの大きな恋心は?

不要なもの?

 

 

……違う。

理屈としては勉強を邪魔する不要な感情だけど、そうでないから、こんなにも僕の心を占めているのだ。

この想いは他の何よりもいま一番大事だと、昨日から僕の心が叫んでいたのだ。

 

「好きを……この好きを訴えてくる心に、正直になっていいのかな……」

 

「うん、いいと思う。自分の好きに正直になる事って、とっても大事なことだと思うから」

 

「そ、そうだね、うん……」

 

僕の無意識に呟いた言葉を、涼村さんは優しく同調して包み込む。

心の内は少し晴れたが、なんだか非常に恥ずかしいセリフを言っているみたいで口の中がわなわなする。

恥ずかしさを誤魔化すように、先の涼村さんの問い掛けに答えを返す。

 

涼村さんからは一目惚れした相手の特徴を聞かれていた。

その相手――昨日の光景を脳裏に浮かべる。

 

「特徴は……すごく可愛い」

 

「えっと……」

 

「あ、ごめん! そうじゃなくて……!」

 

僕は馬鹿か、馬鹿なのか?

あまりにも頭の悪い返答に、涼村さんも思わず困り顔になってしまう。

特徴=すごく可愛い、とかIQ下がり過ぎである。

 

「か、髪色は紫。すごく長くて、確か二つに縛ってた……かな」

 

「紫色で長髪なんだ。それなら特徴的だし、すぐ見つかりそうだね。

 ……その子、髪が紫色なんだ。いいなぁ、私の好きな色で、少し羨ましいかも」

 

「涼村さんも? その、ぼ、僕も紫色ってすごい好きで……」

 

「わわっ、同じ色が好きな人に初めて会ったかも。そうだよね、少し変わった色だけど、紫のお花とかすごい可愛いもんね」

 

「う、うん」

 

互いの思わぬ共通点に、少しだけ会話が弾む。

嬉しそうに話す涼村さんを見て、僕も思わず、恋愛相談中だということを忘れて今を楽しみそうになる。

彼女に表情に目を奪われないよう、別の意味でドキドキし始めた動悸を隠すように、目線を外して続きを喋る。

 

「あと大きなリボンも、えっと……そうだ、4つついてた。確か黄色とピンク色。大きさはこのくらい……うん、顔より大きかった」

 

「わぁ、大きいね。紫色の髪にすごく大きなリボン……うん、それだけでも可愛さがすごい伝わってくるよ。可愛さが目立つし、星郎くんが一目惚れするのもわかるかも」

 

「えっと、あ、あまり一目惚れって言わないで貰えると……」

 

「あ、ご、ごめんね。でもそれだけ大きなリボンで装飾なんて、すごく可愛いと思ったから」

 

そう言って、二つに結ばれた自身のお下げをくるくるといじる涼村さん。

その可愛い仕草の指先には、赤くて小さなリボンが結われている。

 

「涼村さんがつけてるリボンは小さめだけど……大きい方が好きなんじゃないの?」

 

「う、うん。可愛いとは思うんだけどちょっと派手になっちゃうから」

 

人目を気にしない家の中ならたまに大きいリボンで結んでるの、と涼村さんは少し恥ずかしそうにはにかんで言った。可愛い。

 

「髪色とリボンで十分探せると思うけど、他には何かある?」

 

「他は……その、目とか」

 

「目の色?」

 

「ううん、色じゃなくて……そう、瞳の奥にある意志とか、表情……かな」

 

首を傾げる涼村さん。

僕自身も言いたいことがわからず定まっていない。

それでも、散りばめられた言葉を探して集めるように、ゆっくりと口に出して紡いでいく。

 

「何というか……見た目は強いけど、実は強くないような……それでも、自分を信じる強さを頑張って持ってるような……。

 元々は意志の弱い子だけど、勇気を出して、自分自身を信じているような……」

 

自分の気持ちを言霊にして整理する。

こうやって悩みを誰かに打ち明けて対話することでより深く自分の心の声がわかるのだと実感して、涼村さんに感謝する。

 

「ぱっちりとした瞳が可愛くて、桃色に薄く染まったほっぺたも可愛くて、幼さが少し残った声も可愛かった。

 ……でも、僕の心がこんなにもあの子で一杯なのは、一瞬だけ、僕たちに向けてくれた表情がすごい柔らかくて、優しくて、安心感に満たしてくれたものだから……と思う」

 

怪物の暴力を防ぐ彼女の後ろ姿と、その最中に僕たち一般人らに向けてくれた一瞬の表情を思い出す。

いいや、思い出すまでもない。

あの頼もしい、でも可愛らしい女神のような慈愛に溢れた光景は、忘れられない映画のワンシーンのように僕の脳裏に焼き付いている。

 

 

僕の言葉を聞いた涼村さんからは、しかしすぐに返事は返ってこない。

僕も自身の心を素直に呟いた今の言葉を、半濁して確かめる。

夕暮れの教室が静寂に包まれる。

少し間を置いた後、涼村さんが優しい表情でそっと言った。

 

「……星郎くんはその子のこと、本当にすごく好きなんだね。聞いてる私が、ちょっと恥ずかしくなっちゃったかも」

 

「あ、いや、その……ああっ!」

 

言われて、ぐああああああああああっ!! と某獣王ばりに心の中で突然湧き上がる羞恥心に雄たけびをあげる。

 

涼村さんが聞き上手なせいか、僕はものすごく恥ずかしい言葉を口にしていたのでは?

話したことすらない相手のことを、さも深く理解したような風に口にして!

しかもポエムというか酔ってるような言い方で!

自分のナルシストさ全開の発言に、恥ずかしさでまともに涼村さんの顔を見れなくなる。

穴があったら入りたいどころか埋めてほしいと本気で思う。

 

相談相手が涼村さんというのも、思っていた以上に話しやすくて、こんなに心の内を喋ってしまったことに僕自身非常に驚いている。

 

「ふふ、星郎くんの印象、話してみると全然違うんだね。頭よくてちょっと固い男の子かなって思っていたけど、すごい一途でロマンチストっていうのかな?」

 

「い、いや、今のは忘れてほしい……というか、忘れてください、ほんと」

 

楽しそうに微笑む涼村さんに、赤くなった顔を隠しながらお願いする。

話しながら、涼村さん様子を伺って、引かれてない感じに安心した。

正直キモいことを言ってしまった自覚があるので、笑って流してくれるのなら非常に有難い。

いくら優しい涼村さんと言えども、気持ち悪い男子の相手は嫌だろう。

 

「それで……その子のこと探すの、星郎くん?

 心あたりはないけど、探すのなら私も一緒に手伝うよ?」

 

「え!? あ、ありがと……でも」

 

積極的な涼村さんの提案に面くらう。

涼村さんは控えめで、こんな自分から人助けをする女の子とは思ってなかったが――そう考えた思考を放棄する。

 

控え目と優しさは両立する。

大勢の前では積極的になれないだけで、彼女は元から、人目のない場所ならば、涼村さんの持っている優しさや慈愛を振りまいていた女の子なのだろう。

アイスを落とした小さいの子に、そっと自分のアイスを渡してあげたり……うん、そんなイメージに全く違和感はわかなかった。

 

「うん、助かる。ありがとう……でも、見つけるのはやっぱり難しいと思うんだ」

 

「そうなの? 特徴的な外見だし、商店街とかで聞き込みすればすぐに見つかると思うけど……」

 

「あー、そういう意味じゃなくて」

 

人差し指を顎にあてて、僕の言った言葉の意味に悩む涼村さん。

話してみて感じるのだが、この子はいちいち仕草があざと可愛いと思います。

狙ってやっているのではなく、性格的に素の仕草だろうからより可愛い。

 

……駄目だ、涼村さんと話しているといつか好きになってしまいそうで怖くなる。

 

頭を振って雑念を追い払う。

そうではなくて、僕はまだ涼村さんに重要な情報をいっていない。

でも、これを言うのはさっきの酔ったポエム以上に恥ずかしい。

 

「その、探そうとしている女の子に、もう一つ特徴があって……」

 

「うん? あ、もしかして高校生や大学生とか? そういえば年齢もわからないんだよね?」

 

「そんなに年上の子じゃない……と思うけど、えっと」

 

言い淀む。

しかし、言わなければ探すこともできないだろう。

そもそも探すことができる相手ではないのかもしれない。彼女は一般人ではないのだから。

皆が聞けば、僕のことを嗤うだろう。身の程知らずと失笑するだろう。

けど涼村さんなら、真剣に聞いて受け止めてくれると、信じてみる。

 

「…………――キュア、なんだ」

 

「え、なんて?」

 

羞恥に震えて、言葉が自然とか細くなる。

涼村さんに聞こえるよう、意を決して言い直す。

 

「プリキュアなんだ……僕が一目惚れした、女の子……!」

 

「え……?」

 

僕の言った言葉を今度はちゃんと聞き取れた涼村さん。

その彼女の瞳が、僕の言葉の意味を理解したのか段々と大きくなっていく。

 

 

「ええええええええええぇぇ――!!?」

 

 

涼村さんが口元を両手で隠しながら、精一杯の驚きを見せる。

心なしか顔が赤い。

 

ついに打ち明けてしまった衝撃の事実。

涼村さんにドン引きされていないか、彼女の一挙一動にビクビクする。

 

「プ、プリキュア?」

 

「う、うん」

 

「紫色の髪の毛の?」

 

「う、うん。可愛いリボンで飾られた、長くて綺麗な紫の髪」

 

「/// ……えっと、服の色は白とか黄色とか赤じゃなくて……?」

 

「う、うん。紫色が基調の、所々にフリルが入った、膝上スカートの可愛いドレス。手足も白くてスラッとしてて、まるでお人形さんが着飾ったみたいに可愛かった」

 

「/// ……そ、その子と出会った場所って……昨日の放課後、駅向こうの公園?」

 

「う、うん。よくわかったね」

 

「/// や、やっぱり……え、ええぇ! あぅ、その……」

 

途端、挙動不審になる涼村さん。

何が恥ずかしいのか、今までの落ち着いた雰囲気から一転して視線がおろおろと落ち着かない。

 

いや、恥ずかしいのは僕なんだけど。

これはあれだ。

例えるなら、どうみても彼氏のいる教育実習生のお姉さんを好きになったとか。

はたまた僕のような根暗男子が、クラスの女の子に少し優しくしてもらっただけで恋に落ちてしまったとか。

ようするに客観的に痛い恋であることは間違いないのだ。

涼村さんが大げさなリアクションをする度に、僕の黒歴史がペラペラと更新されているようで心の血反吐が止まらない。

 

予想外の事態に陥った野生のひな鳥のように、わたわたと可愛い仕草を繰り返していた涼村さん。

深呼吸を一つして、まるで最終確認のように、染まった頬を鞄で隠しながら僕をまっすぐ見つめてきた。上目遣いがすごく可愛い。

 

「それって……その……も、もしかしてキュアコーラル?」

 

「キュア――コーラル……さん?」

 

唐突に尋ねられた名前に虚をつかれながらも、ピースがハマったその感覚。

聞いたことのない名前の筈なのに、聞いたことがある名前。

 

昨日の記憶。

怪物にエネルギーをとられて、意識が朦朧としていた時の記憶が蘇る。

 

キュアコーラル。

 

確かに、他のプリキュアさんたちは彼女のことを「コーラル」と、そう呼んでいた。

思わず、涙が流れた。

 

「そうか……キュアコーラルさんだ」

 

「え?」

 

「うん、キュアコーラルさんが好きなんだ。一目見て、彼女がくれた優しい微笑みに、僕は心を奪われたんだ」

 

「///――っ!!」

 

「か弱いけど、勇気をもって頑張っているキュアコーラルさんが、僕は大好きなんだ!」

 

「や、やめて///……」

 

「あとキュアコーラルさんはほっぺのチークが最高に可愛い! コーラルさんのただでさえ可愛い笑顔を、更に何倍にも可愛くしてる! あざと可愛さの暴力だよ!」

 

「お、お願い、やめて///……」

 

何故か赤面して縮こまっている涼村さんを差し置き、僕は自分の心を正直に吐露する。

悩みは晴れないが、気持ちは晴れた。

名前を知ることで、記憶にある彼女の姿が名前と結ばれることで、僕の気持ちも抑えられないくらいに大きくなって溢れていく。

 

「――涼村さん!」

 

「は、はいっ!」

 

起立して姿勢をただし、涼村さんに向き直る。

僕が恋した相手は伝説の戦士・プリキュアだ。

この恋は多分、いや絶対に実らないし、理論的に考えるなら無駄で意味のない恋だと思う。

 

でも、僕は涼村さんが言ってくれた『いま一番大事なことをやろう』という言葉を、その素敵さを信じてみたい。

『自分の好きに正直になる』、それは怖くて難しいことだけど、涼村さんが背中を押してくれた今、この一歩を踏み出したい!

周囲に笑われるかもしれないし、おかしい人だと思われるかもしれない。

でも……憧れのキュアコーラルさんならきっと、自分の気持ちを勇気をもって口に出すと思うから。

 

 

「――僕はキュアコーラルさんが大好きです。よろしくお願いします!!」

 

 

言って、右手を差し出し、頭を下げる。

僕の無謀な恋に巻き込んでしまった謝罪と、背中を押してくれた感謝と、短い期間かもしれないがキュアコーラルさんを探す協力をしてくれる涼村さんへ精一杯の誠意を込めて。

まるで告白しているようで、手が大地震ばりにガタガタ震える。

……いやいや、ちゃんと主語を言っているし、涼村さんにも伝わっている筈である。

 

 

数秒の時が流れるも、涼村さんからの返事はない。

やはり身の程知らずの恋は、涼村さんでもキモかったのか?

恐る恐る目線をあげて、涼村さんの表情を伺う。

 

――顔がトマトのように真っ赤になった涼村さんと、目があった。

 

 

「――ご、ごごごご――ごめんなさいっ!!」

 

 

まるで人に見つかった野良猫のように、涼村さんは謝罪の言葉を叫びながら、一瞬で教室を飛び出した。

 

…………。

うん、振り返ってみると、キュアコーラルさんという名前を知れて、変にテンションが上がってとても気持ち悪い言葉を喋っていた気がする。

可愛さの暴力とか叫んじゃう男子中学生、とてもキモイと思います。

 

「……明日、謝らないと……いや、話し掛けるの自体、嫌がられそう……」

 

やってしまったという後悔と。

涼村さんに嫌われて予想以上にショックを受けている心に戸惑いながら、

 

「とりあえず今日中に、謝罪の手紙だけ書いて下駄箱に入れておこう……」

 

今一番大事なことをやろう。

目下、それはコンビニに謝罪のための便箋を買いにいくことである。

そう思い、最終下校時間を過ぎないためにも、僕も急いで夕暮れの教室を後にした。

 




キュアコーラルちゃんが可愛いすぎたので書きました


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2. 僕にできること

「……あ、星郎くん」

 

「え、あ――す、涼村さん!? ど、ども……」

 

下校後の日が暮れるまでの、学生にとっての一番大きな自由時間。

部活に励んだり友人と遊んだりと、各々が青春を謳歌しているこの時間帯。

街中にある大きな自然公園内を散策していた僕は、偶然、涼村さんと出会ってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

ものすごく気まずい!!

僕に気付いて名前を呼んだ涼村さんはしかし、顔も見たくないのかすぐに地面に視線を落とす。

 

僕が涼村さんに恋愛相談を聞いて貰ってから既に半月が経過した。

冴えない僕なんかが恐れ多くも、伝説の戦士・プリキュアのキュアコーラルさんを好きだと言ったのが相当キモかったのか。

相談したあの日以降、涼村さんとは何一言も喋っていない。

教室でも廊下でも授業中でも、目線が合えば速攻で顔を逸らされる始末。

明らかに避けられているのが分かっている手前、僕の方からできることは何もない。

 

元々ただのクラスメートで接点もなかったが、相談をしたあの日、少しだけお互いの人となりを知れて、少しだけ仲良くなった……つもりだったのだけど。

キュアコーラルさんと言う名前を知って、気持ちが高ぶってしまったのがダメだった。

涼村さんから見れば大分キモい言動をしてしまったと思い、反省している。

 

「……こ、この間はごめん。それじゃ」

 

「……ぁ」

 

何度目かわからない謝罪を入れて、足早に涼村さんの横を通り過ぎる。

ただあの日以降、僕への悪口や悪い噂はまだ聞こえてきていない。

約束をしたわけではないけれど、涼村さんはあの日のことを誰にも話していないのだろう。

そういう意味では、涼村さんに悩みを聞いて貰ってよかったと思う。

 

「……ほ、星郎く――痛っ」

 

「え――って涼村さん、ど、どうしたの!?」

 

彼女の横を通り過ぎる寸前。

呼び掛けられたことに驚きながらも振り返ると、即座、別の意味で驚いた。

可愛い顔を少し歪ませて、片目を閉じてる涼村さん。

彼女の視線の先を見れば――み、右膝に擦り傷があるうう!?

大きい怪我ではないけれど、涼村さんの肌はとても白いから、小さな傷でも酷く見える!

 

見たところ手当もしていない。

慌てて涼村さんの手を引き――傷が痛まないようゆっくり歩くのを心がけて――近くのベンチへ促した。

 

「お、応急処置! す、涼村さんこっちに来て、座って座って!」

 

「え……えぇ!? だ、大丈――」

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第2話 僕にできること

 

 

 

「……ど、どう? 痛む感じ、あるかな?」

 

「うぅん、全然。……星郎くん、手当すごい上手だね。まるで保健の先生みたい」

 

「そ、そんなことは……でも、痛まないなら良かったよ」

 

通学カバンに詰めていた救急セットで、涼村さんの傷を手当てする。

動画を見ての練習は何度かしたが、実際に誰かを手当てするのは初めてだった。

掠り傷だし、人から見れば大げさかもしれないけれど。

少しでも涼村さんの役に立ったのなら、ちょっとは恋愛相談のお礼ができたと思いたい。

 

滅菌ガーゼを、涼村さんの柔らかい肌にそっと貼る。

今の雰囲気なら少しは会話できそうと思い口を開く。

雑談をしながら、もう一度あの日のことをしっかり謝りたいと思った。

 

「……で、でも珍しいね。涼村さんが怪我するなんて。その、どこかで転んだの?」

 

「え!? あー、うん! さっき、ちょっとね……」

 

僕の問いに、なぜか必要以上に狼狽える涼村さん。

なんだろう。涼村さん、ものすごく言葉の歯切れが悪い。

 

「も、もしかして、さっき暴れてた怪物に襲われた?」

 

「ち、違うからね!? 私はプリキュアじゃ――って、星郎くんもいたの!?」

 

「いや、え!? ……いたといっても近くにはいなくて」

 

「だ、駄目だよ! 危ないよ! ――あ、も、もしかして星郎くん……キュアコーラルに会いに行ったんじゃ……」

 

何やら慌てていた涼村さんはしかし、僕の問いかけに目尻をあげる。

大人しく控え目な涼村さんが、珍しくも怒っていた。

僕も慌てて、弁明を考えて口にする。

 

「み、見てない。キュアコーラルさんも怪物も見てないよ。公園から人が逃げてきたのを見たから、怪物が出たかもって想像しただけ!」

 

「……本当に? 星郎くん、キュアコーラルのこと……す、好きって言ってたし、隠れて近くで見るとかしそう」

 

「そ、そりゃキュアコーラルさんのことは大好きだけど……」

 

「あぅ……///」

 

涼村さんからあの日の恋愛相談の話を出されて、思わず反応する。

反射的に好きと言ってしまったが、やはり恥ずかしい。

というか、涼村さんも初心な反応をしないでほしい。

好きという度に顔を赤くして俯かれると、見てるこっちも羞恥心を覚えてしまう。可愛いし。

 

「と、とにかくキュアコーラルさんに誓って、僕は危ないところに近づいてないよ。姿は見たいけど、迷惑を掛けてキュアコーラルさんに嫌われるのは絶対に嫌だから」

 

何より彼女に一度助けて貰ったのだ。

その身を大切にせずにまたホイホイと危険な場所に赴くのは、キュアコーラルさんの頑張りを裏切っているようで嫌だった。

僕の言葉を信じてくれたのか、少しジト目で睨みながらも納得したように涼村さんは頷いた。可愛い。

 

「ならいいけど……でも、それならここに星郎くんがいるのは?」

 

「えっと、騒ぎも収まったから様子を見に来て……キュアコーラルさんがいたらいいなって」

 

「や、やっぱり!」

 

今の回答は駄目だったらしい。

再び怒ったように頬を膨らませて、心配するように瞳を揺らして、涼村さんは僕に言う。

 

「騒ぎが収まっても、敵を倒したとは限らないんだよ。わた――プリキュアが負けてたら、星郎くんが来ても怪物に襲われちゃうんだよっ」

 

「……うん、そうだね。やっぱり危ないのはわかってる……でも、それ以外の可能性だってあるわけで……僕はそれを見逃せない」

 

「え、それ以外……?」

 

涼村さんはすごい心優しくて、僕なんかのことを大いに心配してくれる。勝手にやっているだけなのに。

 

「もしも、プリキュアさんたちが大怪我を負っていたら、どうしよう?

 敵を倒しても、動けないくらい怪我が酷かったら、誰かが救急車を呼ばなきゃいけない。救急車が来るまで応急処置だって、誰かがした方が絶対いい」

 

「そ、それは……」

 

「そもそも巻き込まれた一般の人に怪我人がいるかもしれない。道路や設備が壊れたなら、警察や市役所に連絡する必要だってある」

 

応急手当以上のことはできないし、破損した現場は触れないからスマホで電話を入れたら自分の役目は何もない。

それでも、すごい小さなことでしかないけど、僕もキュアコーラルさんの手伝いができればと思ったのだ。

手当や連絡は通りかかった誰かがやるかもしれない。

でも、その『誰か』にくらいなりたいのだと、思ったのだ。

 

「キュアコーラルさんに頼まれたわけじゃないし、僕の勝手な自己満足だけど……」

 

「……もしかして星郎くんが手当、上手なのって――」

 

「うん、最近、頑張って覚えたんだ。救急箱もあの日からいつも持ち歩くようにしてる」

 

言って、通学カバンの中に入れた救急医療セットを見せる。

貯めていたお小遣いを叩いて買った、なかなかグレードの高いやつ。

傷ついたキュアコーラルさんに格好良く手当てができたら理想的だったけど、それは都合が良すぎだし、お世話になった涼村さんの役に立てたのだから努力して覚えた甲斐は十分だ。

そもそも、キュアコーラルさんには傷ついてほしくないわけで。

 

「……なんか最近の星郎くんのカバン、やけに膨らんでると思ってた」

 

「う、うん。張り切って買ったけどサイズが大きくて重くて……でも、キュアコーラルさんを想えばこのくらい」

 

「っ……/// 最近、よく街中で走ってる星郎くんを見かけるのって……」

 

「う、うん。駆けつけられたらいいと思って、早朝と学校が終わった後はランニングを始めたんだ。走るのは苦手な筈なんだけど……キュアコーラルさんが愛おしくて、やる気も体力も溢れてくるんだ」

 

「うぅ……///」

 

涼村さんはそっと俯き、顔を伏せる。

長い前髪に隠れて、その表情は伺えない。

 

 

「――――そっか。星郎くんも一緒に……戦ってくれてたんだね……」

 

その呟きは隣にいた僕にもよく聞こえなくて、耳に届くのは彼女の声色と風の音だけ。

ただ、少しだけ嬉しそうな涼村さんの横顔が、僕の心に酷く印象を残していった。

言いにくそうに口元を抑えながら、涼村さんは僕を見る。

 

「星郎くん……キュアコーラルのこと、やっぱり、まだ好きなんだ?」

 

「うん、大好き。世界一可愛いと思う」

 

「せ、世界一とか/// ――は、恥ずかしいこというの禁止! 星郎くん、キュアコーラルのこと褒めすぎだよっ、もう!」

 

「ええぇ……」

 

涼村さんがとてもか細い声になりながら、ばつ悪そうに非難をあげる。

なぜキュアコーラルさんを褒めて、涼村さんに怒られなければならないのか。

恥ずかし困った様子の涼村さんはとても可愛いが、心理的にはイミフである。

 

「もう、星郎くんってば……はぁ、そんな感じだとやっぱり心配だよ。いつか、キュアコーラルに会いに危ないところにも飛び出してきそう」

 

「い、いや、大丈夫だよ。僕だって怪物に二度と襲われたくないし……ただ」

 

「ただ?」

 

「キュアコーラルさんの顔が記憶の中にしかないのが……とても辛い。伝説の戦士だから仕方ないけど」

 

「そ、それは……うん、まぁ、ちょっと星郎くんが可哀そう……と思うかも」

 

「アイドルや芸能人ならテレビに映ったりグッズがあるのに……キュアコーラルさん、すごい可愛いからアイドルとかモデルしてないかな?」

 

「し、してないよ!?」

 

涼村さんに強く否定されて、思わず落ち込む。

キュアコーラルさんを好きになったはいいが、とても難しい恋だと改めて思い直される。

彼女が姿を見せるのは怪物が出た時だけだから、近くに寄ることはできない。

アイドルや芸能人とも違うから写真もDVDも売られていないし、ネットにだって彼女の姿は出てこない。

記憶の中でしか恋ができない相手とわかってはいたが、ここまで恋焦がれることしかできないのは辛かった。

 

「……ほんとはすごく会いたい。姿を見たい。

 あのチークののった可愛いほっぺと、優しい微笑みをもう一度この眼に焼き付けたい」

 

「う、うん/// でも近づくのは危ないし、駄目だからね」

 

「……可愛いだけじゃなくて凛々しくもあって、見た目は少女なのに大人の美しさも兼ね備えている。天使にも女神にも見える彼女にもう一度会いたい」

 

「う、うん/// お、大人っぽいんだ、嬉しいかも……」

 

「……手足も長くてスタイルよくて、まるでプロのモデルさんみたい」

 

「う、うん/// ……うん? そ、そんなにスタイルに自信はないんだけれど……」

 

「……あと胸も大きかった」

 

「大きくないよ!? 星郎くん、コーラルのこと美化しすぎだよ!?」

 

涼村さんはいきなり叫ぶと、ズサっと瞬時に後ずさり。

胸を隠すようにして腕を組む。

まるでセクハラされたように顔を赤くしながら僕を精一杯睨みつけた。可愛い。

 

胸という単語を出してはいけなかったのか。

でも、記憶の中のキュアコーラルさんを褒めつくしたかったのだから仕方ない。

 

「い、いや、でも確かに大きかった気が――」

 

「お、大きくないの! 星郎くんのえ、えっち!」

 

「えぇ……」

 

怒られたので押し黙る。

別に本人に向かって言ったわけではないのだが。

ただ、女子との会話で身体的な特徴の話は控えた方がいいのかもしれない。

斜に構えて友達を作ろうとしていなかったため、こういうところでコミュ力や常識力が不足してると痛感する。

これからはちゃんと、友達作りも頑張ろう。

 

これ以上涼村さんに嫌われたくはないので、急いで謝罪の言葉を述べる。

 

「ご、ごめん、涼村さん。ちょっとデリカシーなかった……」

 

「う、うん。わかってくれればいいの」

 

「キュアコーラルさんのスタイルの良さは、記憶の中にだけ留めておくよ」

 

「だから違うから!? キュアコーラル、そんなに大人っぽくもスタイルよくもないからね!?」

 

「いや、そんなこと言われても……」

 

記憶のキュアコーラルさんの姿を、しかし涼村さんはなぜか頑なに認めない。

 

「うぅ……今更、正体を話すのは恥ずかしいし……でも美化され過ぎるのも、次見た時にがっかりされそうで嫌だし……このまま会えないと星郎くん、どこかで無茶しそうで心配だし……」

 

ぼそぼそと呟く涼村さん。

頬を染めたかと思えば悪い想像をしたのか顔を青くしたりする。

ついでに表情もコロコロ変わる。

……クラスでは大人しめのイメージしかなかったけど、話すとやっぱり、涼村さんは喜怒哀楽が豊かな可愛い女の子だと実感する。

あたふたしている涼村さんを傍目にこういった友人がいたら楽しいだろうと、もしもの学校生活を夢想した。

 

(……いや、それも含めて手探りでもいろいろなことを頑張ってみよう。キュアコーラルさんに惚れた男子として恥ずかしくないように)

 

この熱く燃える恋心をくれたのは、目の前の彼女ではなくキュアコーラルさんだけれども。

それでも改めて、恋愛相談を思い切って涼村さんにして良かったと、何やら大いに悩んでいる彼女の横顔を見ながら、心の内でそっと思った。

 

そう自らの決心に感慨深く頷いていた頃、

 

「……よ、よし……決めた」

 

スッと深呼吸した涼村さんが、真っ直ぐにこちらに向き直る。

薄っすらと桃色に染まった頬。不安の表れか、瞳も少し揺れている。

僕は別にSの気はないが、ちょっと変な気分になりそうだった。

 

「……ほ、星郎くん。ちょ、ちょっと耳かして」

 

「え……え?」

 

スッと涼村さんとの距離が詰まる。

あまりにも自然に距離が近くなったものだから、驚きに身体が硬直する。

女子とここまで近づいたのは、人生で多分初めてだと――緊張で固まった脳みそは、そんなことを考えてた。

 

「…………――る」

 

右耳に涼村さんの吐息がかかる。

すごくこそばゆい。あと、嗅いだことのない良い香りが鼻をくすぐる。

耳元で、涼村さんが囁いた。

 

 

「――しゃ、写真……と、撮ってきてあげる……!」

 

幼さの残った可愛い声に、脳が揺れて鳥肌が立った。

 

――トンク

 

(……………………ゑ?)

 



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3. 写真

「ほっしろう君! さんごに何か用?」

 

「え、な、夏海さん?」

 

涼村さんから爆弾発言を受けた、その翌日のこと。

教室での休み時間、いきなり掛けられた声にビクっと身体を震わせて、慌てたように周囲をみた。

自分の席で静かに雑誌を読んでいたのだが、一体僕に何の用か。

大きな声で突然話しかけられるのは心臓が飛び出るくらい慣れていないから、手加減してほしいのだけど。

 

おっかなびっくり顔をあげると、そこには転校生の夏海さんが。

彼女が僕に話しかけてくるのは珍し……くもないか。

夏海さんはものすごい明るい性格で、クラスの誰とでも仲良くできる女の子だ。

今のように、普段接点のない僕にも簡単に話しかけてくる。すごい。でもちょっとテンションさげてくれないかなぁ……。

突然の質問に驚きながら、言い訳のように言葉を返す。

 

「え、す、涼村さんに用……は、別にない、と思うけど」

 

「えー、そうなの? ほしろう君、今日は朝からずーと、さんごのこと見てたから」

 

「え゛?」

 

思わず蛙が潰れたような声が出た。

なにそれ、僕はそんなことをしていたのか?

 

「……」

 

「――///」

 

試しに涼村さんの方を見てみると「やっと気付いてくれた、この人」と言わんばかりに、涼村さんは落ち着かない感じで、顔を赤くして俯いた。

いや、そこまで居た堪れなくなる前に一言注意をしてほしかったです。涼村さん……。

 

「え、もしかして無意識だったの、ほしろう君?」

 

「……ぐぅ」

 

「朝からさんごの方、ちらちら~そわそわ~って感じで見てたよ? さんごも恥ずかしがってて、ちょっと面白かったかも」

 

「……うぐぅ」

 

夏海さんの客観的な報告が、胸に刺さって息苦しい。

昨日の涼村さんの発言がずっと頭の中でループしていたから、確かにうわの空ではあったけれど。

 

クラスの女子をずっと見て挙動不審の人とか、陰キャを通り越して関わりたくない人でしかない。

涼村さんに不快な思いをさせて申し訳なく思うと同時に、キュアコーラルさんへの感情が制御できない自分が嫌になる。

これじゃ、キュアコーラルさんに相応しい男になる以前の問題だ。

 

「ご、ごめん、夏海さん。別に何でもないんだ。その、教えてくれてありがとう」

 

「そう? どういたしまして~! ――って、ほしろう君、面白そうなの読んでるじゃん!」

 

「え……これ? 別に面白くは……」

 

「ちょっと見せてよ、ね?」

 

そう言った夏海さんは隣に座り、僕の読んでいる雑誌を覗き込む。

男子学生専門のファッション雑誌。

勉強以外の話題作りにと、つい先日に購入したものである。

 

「ふーん、ほしろう君、おしゃれ興味あるんだ? 意外~!」

 

「……ど、どうだろ。ぜ、全然、く、詳しくはないし」

 

TI☆KA☆I !?

夏海さんのパーソナルスペース近すぎない!?

数回しか話したことない男子に、すごい自然体で距離詰めてくる女の子、ヤバいと思います。

夏海さんの明るい橙色の髪の毛が僕の頬に触れてるのだが、気にした素振りは全くない。

身を乗り出した体勢のまま、興味深そうに僕の雑誌を覗き込む。

 

「あ、付箋貼ってる! へぇ~、こういうの好きなんだ。う~ん?」

 

「え、も、もしかして変、かな?」

 

唸り出す夏海さんにおっかなびっくり問い掛ける。

ファッションの先端を走る気はないが、かと言って無関心のままダサい服というのも頂けない。

……キュアコーラルさんに会った時に、格好で幻滅されるのが嫌という不純な動機だけれども。

 

「ほしろう君は細身だから、これよりこっちの方が似合うと思うよ?」

 

「お、おぉ……な、なるほど」

 

指さす方を見て、確かにと頷く。

あと夏海さんがまともなアドバイスしてくれたことにも内心驚き、二度頷く。

 

「あ! これとか格好いいかも! トロピカってる~!」

 

「……トロピカる?」

 

謎の単語を声高々に叫ぶ夏海さんに、言葉が理解できず首を傾げて冷汗を流す僕。

というか、ファッションに疎い僕にアドバイスをくれるのは助かるし嬉しい。

だけれど、夏海さんのテンションが高いせいで教室内で結構目立つ。

 

僕としては恥ずかしいので、できれば皆がいない時に話しかけてほしかったと、縮こまりながらそう思う。

慣れない会話と雰囲気に、助けを求めるように涼村さんに視線を送った。

 

「――――ふいっ」

 

「えぇぇ……」

 

ジト目で睨まれて、不機嫌そうに明後日の方を向かれてしまう。

なんでさ?

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第3話 写真

 

 

 

「星郎くん、まなつと仲いいんだね」

 

「あ、あれは仲良しと言えるのかな……?」

 

放課後。

教室から一人一人と去っていき、とうとう僕と涼村さんの二人だけになった頃。

周囲に人気が無くなったのを再度確認してから、涼村さんはこちらを向いた。

若干、拗ねた感じであった。

 

「キュアコーラルのこと好きって言ってたけど、まなつとも楽しそうに話してたし」

 

「楽し……そう? ひたすらキョどってた記憶しかない……」

 

ふーん、と相槌しながら疑うように僕を見てくる。

なにこれ。まるで浮気を疑われている旦那である。

 

「それよりごめんね、涼村さん。その、遅い時間まで残ってもらって……友達との予定もあったでしょ?」

 

「うぅん、ゆっくり読みたい本もあったし気にしなくていいよ。部活も今日はお休みにしてたし」

 

「部活? 涼村さん、部活入ってたんだ。なに部なの?」

 

「……と、トロピカる部」

 

「……」

 

なにそれ。

言っている涼村さんとしても、言葉に出しにくい部活名のようである。

確かに、控え目な子からすればちょっと恥ずかしい部活名か。

あと、恥ずかしそうに言葉にする涼村さん、ちょっとあざと可愛いくない?

狙ってやって……ないんだろうなぁ。

 

「きょ、教室に残っててって伝えたのは私だし……私こそ、我儘言ってごめんね。その、星郎くんと二人で話しているのは、あまり見られたくないっていうか……」

 

「う、うん……」

 

申し訳なさそうに謝罪する涼村さんだが、一から十まで僕の相談事なので彼女が謝ることは何もない。

……のだが、何気に心に刺さることを言われてちょっと――いや、何か予想以上に傷ついてる。

ま、まぁ、男子と二人で会っていたらあらぬ噂を立てられるもの。

取り柄もなく格好良くもない僕相手とは、そういう噂を避けたいのは当然だ。

女子としてその距離感は間違っていない。噂されると恥ずかしいもんね……。

 

「まなつに見られたら根ほり葉ほり聞かれて、星郎くんの恋愛相談のことバレそうだから」

 

「――ってそっち!?」

 

「え……何が?」

 

「い、いや、何でも……何でもない」

 

思わず突っ込みを入れてしまったため、首と手を振り慌てて誤魔化す。

何なのだ、これは。

涼村さんの言葉に一喜一憂してしまう自分に、違和感が拭えない。

これではまるで漫画で見たような、好きな女の子の態度に振り回される男子そのものではないのかと。

涼村は優しくて可愛い女の子と思うが、僕が好きなのはキュアコーラルさんだ。

 

元々、人間関係が下手なせいもあるのだろう。

ただのクラスメイトだった女子に恋愛相談なんて大それたものをしている、ちょっと普通じゃない関係だ。

涼村さんとの接し方が僕の中で上手く構築できていないのだと思う。

だから、必要以上に涼村さんに対して挙動不審になるのだろう。

ここ数日で生まれ変わったように感情豊かになった心にそう結論付けて、僕は今日の本題を口にした。

 

「そ、それで……涼村さん、その……いいかな?」

 

「う、うん/// ……せ、先生もいないよね? 見られたら不味いし……」

 

「ぼ、僕、もう待ちきれないよ……っ!」

 

「きゃ……お、落ち着いて、ね。星郎くん」

 

聞かれたらヤバイ会話である。

でも仕方ない。

涼村さんが大事そうに抱えているバッグの中には、あり得ないと思いながらも待ち焦がれていた、とびっきりのブツがある。

 

「……はい、これ……キュ、キュアコーラルの写真……」

 

「おぉ――ふおおおおおおおおおおぉぉぉ――――っ!!?」

 

まるで自分を差し出す(意味深)ように、写真を見せる涼村さん。

一方、猿に退化したかのように言葉を忘れ、阿呆みたいな歓声を上げる僕。

奮える手で、涼村さんの手にあった数枚の写真を手に取った。

もちろん、指紋がつかないよう手袋装着済みである。

 

「――――はぁぁぁ………………………あっ……!」

 

(頭が)イッた。

何で涼村さんがキュアコーラルさんの写真を持っているのだとか、何でどの写真も自撮り風で取られているのだとか、色々と疑問はあったけれど。

 

今初めて、はっきり姿を見ることができた憧れの女の子。

女神を見たと思ったあの日の想いは、間違いではなかったのだ。

だって、この写真に写っているのは紛れもない女神なのだから。

 

見惚れて時折痙攣しながら放心している僕。

……こちらを見る涼村さんは、なんでか真っ赤なリンゴ顔で。

恥ずかしそうに、お願いするような声色で、涼村さんはか細い声で僕に言う。

 

「ほ、星郎くん……そ、その、写真はあまりジロジロ見ないでほしいんだけど……」

 

「はぁ……あぁ……うぅ……か、可愛すぎる」

 

「/// あ、あの……できれば、他の人には見せないでほしいというか……」

 

「はぁ……なんでこんなに可愛いんだろ……ふわふわヘアー? ハートやフリル、リボンたくさんの可愛さ反則衣装だから?」

 

「/// えっと……あ、あと、スタイルは普通だから……その、がっかりしないでほしいというか……」

 

「はぁ……目がすんごいキラキラ。小柄なのも可愛い。ポーズや仕草も女の子らしくて可愛い……さらに水平帽とか、もう可愛いを知り尽くしてる」

 

「/// あ、あの、恥ずかしいし、写真をみるのは、もうそのくらいに……」

 

「うぅ……僕は……この写真を見る為に、生まれてきたんだね……ひぐっ…」

 

「お、大げさすぎるよ!? あと泣かないで!?」

 

涼村さんは僕の言動に突っ込みながらも、まるで借りてきた猫のように落ち着かない。

僕が写真をじっくりゆっくり見る度に、頬を染めて呻き声を漏らしてる。

キュアコーラルさんの写真。

どれだけ見ていても飽きるどころか感嘆の息しか出てこない。

永遠に見ていられると、本気でそう思ってしまう。

 

夕暮れの教室。

聞こえてくるのは男の痙攣したような呻き声と、女子の恥ずかしさを耐えるような呻き声。あまり見られるものではない。

 

「……はぁ……あっ……」

 

「あ、あの、星郎くん……その、とても言いにくいんだけどね……」

 

写真を渡してもらってから早30分。

未だトリップしている僕を見て何を思ったのか、顔を赤くしたまま、神妙な顔で涼村さん

は言う。

 

「しゃ、写真……渡すのは1枚だけ、だからね?」

 

「え゛!? ……え゛――!?!?」

 

衝撃の発言に、思わず涼村さんと写真を二度見した。

恐ろしい追加ルール。僕の意識も夢心地から一気に現実に戻される。

 

「ナ、ナンデ……!? ドウシテ……」

 

「だ、だって星郎くん、見すぎで、すごい恥ずかしい――じゃなくて……そう! 元々キュアコーラルと1枚だけ渡すって約束してたから!」

 

「……そ、そうなんだ……なら、仕方ないね……うん、仕方ない……」

 

涼村さんの言い分に、苦虫を潰したように答える僕。

普通に考えれば、たった1枚でもキュアコーラルさんの写真を貰えること自体が奇跡なのだ。

駄々を捏ねるなんて論外。

むしろキュアコラールさんが気を利かせて写真を複数用意してくれたことに感謝すべきだ。

 

「わ、わかった……1枚だけ選ばせてもらうね、涼村さん……」

 

「う、うん」

 

持っていた5枚の写真を机の上に並び、吟味を始める。

5枚のうち1枚しか選べないとか、リアル苦渋の選択である。

 

「…………うぅ、え、選べるわけがないよぉ……」

 

速攻で根を上げた。

 

「あ、えっと……が、頑張って、星郎くんっ!」

 

「どれも可愛すぎるよ……全部、天使しか写ってないよ……」

 

「///……あぅ」

 

僕の弱音に、涼村さんも思わず押し黙る。

正解がない問い、一を選び残りを切り捨てるこの選択に、心がとても締め付けられる。

こういう時は直感や本能で選べと言うが、頭の声も心の声も、全部欲しいとしか叫んでいない。

 

どれも可愛くて、どれもキュートで、どれもチャーミングである。

実は適当にどれを選んでも変わらないのでは? と厳しい選択肢に疲れ果てた心が逃避的な答えを出す。

 

(……いや、それでも、自分でちゃんと選ぶべきなんだ)

 

薄っすらと目を半目にして、ぼやけた視界を作り出す。

その状態で、もう一度5枚の写真に目を向けた。

『観の目』。

武道の達人が使用する、全体を把握する技術である。漫画で読んだ。

 

「――! ……これに、しようかな……」

 

本能に導かれように、1枚の写真に辿り着く。

一見して、他の写真と変わりない、可愛いポーズをしたキュアコーラルさんの自撮り写真。

 

(……この写真……少し、わきが見えてる)

 

キュアコーラルさんの白くて細い二の腕の奥に見える、脇の筋。

なんだか、とてもいけないものを見ているようで――なんだか、とても貴重な写真を手に入れてしまった気分になる。

僕は別に脇フェチではない。

女子の胸とかお尻とかにドキドキする普通の男子で、特殊な性癖なんてない。

だから、この写真を選ぶのに疚しい気持ちはない筈である。

 

「……この写真でいいの、星郎くん? なら、その……他のは片付けちゃってもいいかな? ……ひ、広げられてると、は、恥ずかしいし」

 

「あ、うん、ご、ごめんね!」

 

僕が頷くと、涼村さんは即座に机の上の写真を片付ける。

あぁ、もう仕舞っちゃうのかと寂しい気持ちになるが、それでも、この手元の1枚を手に入れられたのだ。これで満足するしかない。

 

「ありがとう、涼村さん。写真すごく大切にするよ。キュアコーラルさんにもお礼、言っといてくれると嬉しい」

 

「う、うん……そ、そんなに喜ばれるのも恥ずかしいけど……言っとくね」

 

互いに頬を紅くしながら、頷いた。

一仕事終えた感じであった。

 

そういえば――と、涼村さんが首を傾げる。

一歩、僕の方へと近づいた。

 

「その、選んだ写真、見せて貰っていい? ちゃんと見てなくて……」

 

「え、えぇ!? あー、う、うん……全然大丈夫、どうぞどうぞ」

 

「?」

 

掛けられた言葉に、ドキリと心臓が高鳴る。

別に僕は悪いことはしていない筈で、ただ提示された中から写真を1枚選んだだけなのだ。

平静を装って、写真を渡す。

物凄いどもってしまったので、怪しいことこの上ない。

 

「………………………………………」

 

「………………………………………」

 

「……………………ご、ごめんね、星郎くん。この写真、やっぱり返して貰ってもいい?///」

 

ですよねっ!!

でも、はいそうですかと渡すほど、物わかりのよい僕ではない。

だって、写っているのはキュアコーラルさんの脇なのだ。それもチラッと。

谷間や下着なら、それは返さなくてはいけないだろう。当然だ。

でも脇が見えてるくらいなら、別に普通の写真なのでは?

そこから変な想像しちゃう涼村さんの方が疚しいのでは?

 

「え、何で? この写真、何かいけないの?」

 

「そ、その……いけないわけじゃないんだけど……」

 

「?」

 

全力でとぼける僕。

 

「え、えっとね……ちょっと脇が……その、見えてるから……///」

 

「え、何だって?」

 

涼村さんも引き下がる気はないのか、しどろもどろ、顔に羞恥心を浮かばせながら、必死に伝わる言葉を探す。

 

「わ、脇が……は、恥ずかしいから……他の写真にしてほしいなぁって……」

 

「わき? もしかして、涼村さんは脇が写ってるのはエッチだと思うの?」

 

「エッ……っ!? べ、別にそんなことは、その、思ってないけど……うぅ///」

 

無垢な子供のように首を傾げる僕に、涼村さんは言葉を詰まらせる。

なんだろう、この湧き上がってくる感情は。

楽しい……違う。

愉悦……ちょっと違う。

可愛い……うん、脇をエッチと言えずに恥ずかしそうにする涼村さんが、とてもあざと可愛いのだ。

…………最低だ、僕って。

 

(やっぱり返そう。……とても勿体ないけど、涼村さんのお願いなら仕方ない)

 

心の中で葛藤して答えを出す。

キュアコーラルさんの写真だから、何も涼村さんがそんなに恥ずかしがることないのにと、まぁ思わなくもない。

が、写真の件を考えると友達とか親戚とか、涼村さんとキュアコーラルさんは実は近しい関係かもしれないし。

 

「ご、ごめんね、涼村さん……渡したくない写真もあるもんね。返すよ、はい」

 

「あ、ありがと……星郎くん、わざといじわるしてると思った」

 

ホッと息をつく涼村さん。

彼女のバックから再び写真を出してもらい、欲しい1枚を吟味する。

 

「………………………………これ(ほんのちょっと、胸元に隙間がある)」

 

「…………………………こ、この写真も、やっぱり無しにするね?」

 

恥ずかしポイントに気付かれ、写真を取り上げる涼村さん。

 

「………………………………これ(座ってるから、少しスカートが捲れてる)」

 

「…………………………こ、この写真も、やっぱり無しにするね?」

 

なぜか自分のスカートを抑えながら、写真を取り上げる涼村さん。

 

「………………………………これ(鎖骨がはっきり写ってる)」

 

「…………………………こ、この写真も、やっぱり無しにするね?」

 

鎖骨も恥ずかしいらしい。

というか、ガードの緩い写真ばかりでは?

意外なところで、キュアコーラルさんの天然さを垣間見た気がする。

 

「じゃあ最後の1枚の、これ(後ろに勉強机が写ってる? 教科書……?)」

 

「――っ!? こ、これは駄目! ちょっとプライベートが、ね?」

 

「……」

 

無くなった。

なんだろう。実は涼村さん、最初から僕に写真を渡す気なかったのでは?

真っさらに片付けられた机をみて、落胆の溜息が隠せない。

 

「……はぁ」

「ご、ごめんね、星郎くん! その、わざとじゃなくてね……」

 

流石に悪いと思ったのか、慌てて謝る涼村さん。

かと言って、やはり手元の5枚のどれかを渡すのは恥ずかしいのだろう。

渡したいけど、渡せない。

申し訳なさそうに俯く涼村さんに、僕も慌てて声を掛ける。

キュアコーラルさんの写真を欲しかったのはもちろんだけど、その過程で涼村さんを悲しませたかったわけじゃ決してない。

 

「い、いや、僕のことは気にしないでよ、涼村さん。元々、勝手にテンション上げてただけだし……女の子の写真を貰うなんて、そんな――」

 

「――うぅ……よしっ……ちょ、ちょっと待っててね、星郎くん!」

 

慰め?ようとした僕の言葉は耳に入らず。

何かを決意した顔で、言うが早く涼村さんはバッグを持ったまま教室を駆け足で飛び出した。

廊下を走る音が響いて、遠くなる。

この状況を打開する、何か名案が浮かんだのだろうか?

……まさかとは思うが、写真の恥ずかしい部分を黒塗りにするのは止めてほしい。

 

手持ち無沙汰のまま、一人教室で涼村さんを待つ。

そして、10分ほど経った頃。

息を切らした涼村さんが、スマホを片手に教室へと戻ってくる。

僕を待たせまいとよほど急いできたのか、白い肌、白いほっぺが薄っすら赤く染まっている。

 

「だ、大丈夫? 涼村さん」

 

「う、うん……ご、ごめんね、待たせちゃって」

 

「それは全然、構わないけど……」

 

「それでね、星郎くん……えっと、スマホ、今持ってる?」

 

「え? うん、持ってるけど」

 

言って、ポケットから取り出す。

 

「LINE、友達登録しよう? その、送りたい画像あるから」

 

「え、LINE? ……えっと、いいけど、やり方がわからなくて……」

 

「あ、やり方なら私がわかるから……うん、説明するね」

 

息を整えながら、涼村さんは僕のスマホと自分のスマホを近づけ、操作の説明をしてくれる。

アプリをインストールして昔に母さんのを登録してから随分立つ。

操作方法なんて、ネットを見ないとわからなかった。

思い出しながら、涼村さんの言う通りに指を動かす。

友達登録完了……涼村さんと思われる名前と画像が現れる。画像はお気に入りのコスメだろうか。おしゃれで可愛い。

 

それはそうと、僕のスマホにクラスの女子が友達登録されているのは、ちょっと不思議な気分で、恥ずかしい。

涼村さんはなんて事のないように登録したけど、僕にとっては地味に一大事と思えるほど、大きな出来事でドキドキしている。

 

さっそく涼村さんからスタンプが送られてきた。挨拶してる。可愛い。

僕も急いで“よろしく”と文字を打って返信する。隣でピロンとなる電子音と、涼村さんの静かな笑い声。

 

「ふふ、この距離なんだから、直接言えばいいのに」

 

「う、うん、ご、ごめん……」

 

可愛い。

僕の方をちらりと見た涼村さんは、スマホに視線を落として操作する。

僕と違って使い慣れているのだろう。指の動きがとてもスムーズだ。

 

ピロンと、再び電子音が静かな教室に響き渡る。

今度は僕のスマホから。

涼村さんを見ると、ちょっと頬を染めながら『スマホを見て』と視線で促される。

涼村さんの様子に気になりながらも、手に持ったスマホの画面へ目を向けた。

 

「――――え、こ、これは……!?」

 

LINEで送られてきたのは、キュアコーラルさんの写真。

それもさっき見た5枚ではなく、新しい6枚目の写真であった。

LINEで僕に送ってくれたということは、この写真は涼村さんの厳しい検閲にも通ったということなのだろう。

 

「あ、えっとね、星郎くん、その……決して今、写真を新しく撮ったとかじゃなくてね、元々スマホの中にあったんだけどね。

 その、私、スマホを今日どこかに落としちゃっててね? さっき教室を出てったのはスマホを探しに行ったからで、間違っても、私がキュアコーラルに変身したとかじゃなくて――」

 

なんか涼村さんが早口で喋っているが、僕の意識は手元の、本当に貰うことができたキュアコーラルさんの写真に釘づけられていた。

なるほど、確かにさっきの写真に比べれば、肌の露出もなく、服の捲れもなく、実に身持ちの固い写真だ。

でも、僕はさっきの5枚よりも、この写真が一番好きだと思った。

 

走った後なのか――薄っすらと上気したキュアコーラルさんの桃色の頬。

さっきの5枚の反省を生かしたのか――整った服装、計算された角度で撮られた、でも可愛い抜群のポーズ。

そして――この学校の屋上で撮ったのだろう、見覚えのあるフェンスと、その向こうに広がる夕暮れの空。彼女の可愛さと背景の儚さが合わさって、とても幻想的で美しい絵になっていた。

 

(……というか、まるで涼村さんがたった今、撮った写真のような)

 

でも、それはいくら何でもあり得ない。

キュアコーラルさんがこの短時間で学校に来れる訳がないからだ。

実は涼村さんとキュアコーラルが同一人物……もあり得ない。

だって、髪の色や長さが全然違う。背丈や顔は似ているとは思うけど。

 

引っ掛かる思考を残しながらも、今すべきは彼女にちゃんとお礼を言うことだと頭の中を切り替えた。

 

「ありがとう、涼村さん。この写真、僕一番好きだと思う」

 

「///! そ、そう? な、なら良かった……かな、うん」

 

「さっそくホーム画面に設定したよ……はぁ、可愛い……」

 

「そ、それは……その、やめてくれると///」

 

「え……あ、大丈夫だよ! スマホの画面にシート貼って、横からは見えないようにしておくから。写真、周りの人に見せちゃ駄目なんだよね、わかってる」

 

「うぅ……えぇっと……あぅ///」

 

その日以降。

僕がスマホを見る度に、涼村さんは恥ずかしそうに眼を泳がせるようになった。可愛い。

 

 



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4. 好きと、命

「ヤラネーダ――」

 

「――…………え?」

 

昼下がりの公園。

何の前触れもなく本当に唐突に、その化け物は現れた。

周囲には自分と同じく、清掃ボランティア活動に参加している少人数の老若男女。

過去に一度襲われている経験から――周囲より一瞬早く、この状況を理解した僕の口から大声が出る。

 

「みんな、逃げて――!!」

 

「ヤラネーダ――」

 

化け物が蠢き、何かを始める。

近くで腰を抜かしていた男の子を立ち上がらせ、背中を押して走らせる。

同時に反転。

化け物が『何をするかわかっていた』僕は、少しでも気を引くために近くの小石を全力で、化け物目掛けて投げつける。

 

一瞬、動きを止める化け物。

が、その間も僅か。取るに足らないと感じたのか、化け物は僕含めた周囲の人間を見下して、

 

「ヤラネーダ――!!」

 

眼を真紅に染めて、雄たけびを上げた。

知っている。

僕と、そして化け物の能力の効果範囲に入ってしまった逃げ切れなかった人たちから、生気のような何かが光となって抜け落ち、化け物の身体へと吸収される。

 

(……さ、寒いっ!)

 

二度と体験したくないと思った、この感覚。

何もかも、生きていることさえどうでも良いと思ってしまう、体力も思考力も奪われ棒人間と化す感覚。

身体を支えきれなくなり、前のめりに倒れ込む。

 

化け物が背中を向け、この場にはもう用はないと歩き出す。

命までは取らないのか――それでも、この状態で生きていくことなど可能なのか。

 

(……キュアコーラルさん)

 

彼女の姿を待ち受けにした、僕のスマホ。

それをお守りのように握りしめる。

化け物をこのまま返したら、僕も、周囲の人も、まともに生きることができなくなる。

プリキュアの誰かが来るまで足止めを。

一秒でも、“今”僕にできることを考えろ。

 

「……ま、待て」

 

力が何も入らない。

それでも、キュアコーラルさんを想えば、口先、指先は動かせる。

 

「……ま、待て」

 

顔をあげて、前を見る。

敵を睨んで、心の中にいるキュアコーラルさんにエールを貰い、這いずるように腕を出す。

 

「……ま」

「――――待って!!」

 

幼さの残る、可愛くも凛とした響く声。

僕の頭上を飛び越し、怪物の背中に飛び蹴りを入れる、可憐で綺麗なその姿。

 

「ヤラネーダ! 皆のやる気パワーは、持っていかせない!」

 

紫色のドレス。

綺麗で長い髪の毛は二つに結び、大きなリボンで可愛く装飾。

ちょこんと被った水平帽が、2割増しに衣装を可愛く見せている。

 

「……コーラル、さん」

 

キュアコーラルさんっ!!

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第4話 好きと、命

 

 

 

「――くうぅ!」

 

「ヤラネーダ!」

 

(キュアコーラルさんっ……!)

 

戦いはキュアコーラルさん優勢……とは言えなかった。

化け物の攻撃を防ぎながら、彼女は何度かの反撃を入れている。

ただキュアコーラルさんの戦い方を見るに、彼女の戦闘能力は防御寄りで支援型だ。

仲間と一緒に戦うことで、キュアコーラルさんの力が発揮できる。

 

(他のプリキュアさんたちは……まだなのか!?)

 

孤軍奮闘するキュアコーラルさんを見て、一人焦る。

他のプリキュアさんたちは事情があって来れていないのか、それともキュアコーラルさんだけがたまたま近くにいて、化け物の発生に気付いたのか。

 

(違う……仲間のプリキュアさんを責める前に、僕のすべきことを考えろ……っ)

 

心の中で奮起するが、生気を抜かれた身体は何も反応を示さない。

あんなにキュアコーラルさんのことが大好きだと言っていた筈なのに。

彼女が目の前でピンチになっているのに、助けよう、動こうとするやる気が全くもって出てこない。

 

――自分の『好き』の気持ちが、信じられなくなってくる。

一般人の僕に、どうせできることなど何もない。

やる気も取られたし、傍観者でいても仕方がない。

 

(違う、それは違う……っ)

 

堕落する思考に引きずられないよう、うつ伏せのまま、地面に頭を打って活を入れる。

やれる事はたくさんある。

仲間のプリキュアさんを探しにいく。僕が大声で叫べば、気付くのが少しでも早くなるかもしれない。

ここで僕らが倒れているのもキュアコーラルさんが戦う邪魔になる。倒れている人を遠ざけるだけでも、彼女の負担は減る筈だ。

 

「キュアコーラルさんが好きだ……キュアコーラルさんが大好きだ……っ!」

 

何とか頭は回っても肝心の身体が、まるで糸が切れた人形のように、自分の意志で動かせない。

不甲斐なさに、心が揺れる。

呪詛のように、大好きな彼女の名前を口にして、身体を動かそうと必死にもがく。

 

(ここで動けなかったら……僕の『好き』は、嘘になる)

 

身体を襲う寒さに対して、もう恐怖はなかった。

それよりも彼女の力になれないこと。

そして動かない身体が “お前の『好き』は上辺だけの偽物だ”と、そう証明されてしまうことが怖かった。

 

「――――大丈夫、コーラルっ!!」

 

「サ、サマー!」

 

ふと、遠くからキュアコーラルさんを呼ぶ声が。

振り向けないが、おそらくは仲間のプリキュアさんが駆けつけたのだろう。

キュアコーラルさんは敵の攻撃を紫のシールドで必死に防ぎながらも、間に合った味方に安心したように笑みを浮かべた。

 

僕も、結局何もできなかった自分に情けなく思うも、キュアコーラルさんの劣勢が転じることに、安堵した。

――ふと、不吉な呟きが耳に届いた、その時までは。

 

「…………もう援軍かよ、面倒くせぇ」

 

怠惰な、静かに愚痴を吐いたのは、蟹の化け物。

先ほどまでは空に浮いて傍観していた筈が、今は明確な敵意をキュアコーラルさんに向けていた。

 

「先に一人、潰しておくか……」

 

気怠そうな口調のまま、ハサミの切っ先を、まるで銃口のように向ける。

狙いを付けた先には――今現在、他の化け物の攻撃を防いでいるキュアコーラルさんの後ろ姿。

敵の攻撃で手一杯なのか、戦闘経験の未熟さなのか、キュアコーラルさんはその殺気に気付かない。

 

(――マズイ!)

 

本気で不味いと、安堵から一転、頭に一瞬で電流が走る。

遠くから駆けつける仲間、安堵したキュアコーラルさん、優勢にはさせないと彼女の背中を狙う二人目の化け物。

 

(女の子相手に二対一とか――っ!?)

 

卑怯だと批判したところで、それが今何になるのか。

目に映る景色がスローに見える。

動かない身体の代わりに、頭が高速で回転する。

 

(――イメージしろ……っ!)

 

キュアコーラルさんを好きだと叫んでも、この体は動かない。

化け物に根こそぎやる気を奪われたこの体は、生易しい恋心などでは動かない。

だけど、実際に身体が欠損しているわけじゃない。

手もあり、足もある。

だったら――この体が動かない訳はありえない。

 

(――心のどこかで、僕はまだ驕っているんじゃないか? 僕が動かなくても変わらない。キュアコーラルさんも大怪我なんてする筈ないと)

 

視線の先の、蟹の化け物。

その手の切っ先から、巨大な岩石が出現する。

人の身体と同等以上の質量をもつそれは、冗談ではなく、人を肉片に変えることができる攻撃だ。

 

恋心でもこの体は動かない。

だけど、僕はキュアコーラルさんを好きだと、本当に好きになった筈だと信じたい。

本当に彼女のことを想っているなら動く筈。

いや、『今動かなければ、キュアコーラルさんを好きという資格はない』。

 

――涼村さんの顔が、脳裏に過ぎる。

今動かないと自分の心だけではなく、恋愛相談に乗ってくれた涼村さんとの時間も無意味なものにしてしまう気がして……それは、とても嫌なことだと思った。

 

「――ラル、さんっ……!」

 

一瞬先の世界をイメージした。

不意打ちの攻撃に気付かず、鋭利で巨大な岩石に背中から穿たられる、大好きな彼女の姿。

きめ細やかな肌は見る影もなく、ドレスは破けて噴水のように真っ赤な血を流し続ける彼女の姿。

鮮明にイメージした。

自慢じゃないけど頭の回転は早い方で、本もたくさん読んでいたから想像力も負けてない。

 

――だから、数秒先にある彼女の死に体を、僕は視た。

淡い恋心ではなく、死と恋心を繋いで、体の奥底から新たに動くための力を作り出す。

 

「キュアコーラルさん、危ないっ!!」

 

「――――――――え?」

 

岩石が射出されると同時に咄嗟――起き上がって、駆け出せた。

叫びながら飛び込んで――大好きな彼女を突き飛ばす。

いつもより俄然早く走れた足に、これが火事場の力というものかと感心した。

僕の手がちゃんと敵の脅威より先にキュアコーラルさんの身体に届いたことに、一瞬先に来る未来に恐怖を抱きながらも安堵する。

 

スローモーションに映る世界の中で、目の前で、突き飛ばされながら驚き、瞳を大きく見開いているキュアコーラルさんの姿。

キュアコーラルさんに触れたのも、こんなに近くで顔を見たのも初めてで……でも、不思議と『初めて』を感じなかった。そんな筈は、ないのだけれど。

 

(……可愛い)

 

でも思うことはやっぱり同じだと、心の中で苦笑する。

最後の抵抗として、飛び込んだ姿勢のまま、身体を捻り、背負っていたカバンの角度を調整する。せめてものクッションになればいいのだが。

――直後、背中にとてつもない衝撃が走り、容易に意識が刈り取られた。

 

「星郎くん!!?」

 

最後に感じたのは、落ち葉のように吹き飛ばされる感覚と、僕の名前を呼ぶ叫び声だった。

 

 

 

♧ ♧ ♧

 

 

 

「――……ぁ」

 

「っ! ほ、星郎くん、大丈夫!? 良かった、目が覚めて……!」

 

唐突に目の前の光景が変わる。

半覚醒の頭のせいか、ふわふわとした浮遊感が身体を襲っている。

そんな夢うつつの中、目を開けた先に見えたのは涼村さんだった。

 

「……えっと……」

 

「あ、動いちゃ駄目! 今、救急車を呼んでるから。そのままじっとしてて」

 

起き上がろうとしたと同時に、涼村さんに叱責される。

怒っている筈なのに、目元が赤く潤んでいる。

なんでここに涼村さんがいるのかはわからない。

でも、心配かけてしまったのだと、それだけはすぐにわかった。

 

「……」

 

「……」

 

言われた通りに動かず、黙る。

涼村さんは救急車の到着をまだかと、すごく焦った様子で待っている。

でも、落ち着かないのは僕も同じだ。

 

(……ひ、膝枕されてる///)

 

気絶した僕をベンチに運んでくれたのはいいが、そのまま寝かせるのは忍びなかったのだろうか。

でもそれにしたって、涼村さんの膝枕は……うん、言葉にできない程に心臓が高鳴って落ち着かない。

 

救急車を待ちながら、混濁した記憶を繋いでいく。

気絶というのは初めてしたが、まるでページが切り取られたように時間が跳ぶのだと、場違いにも感心する。

意識は飛んだが、前後の状況は理解できた。

キュアコーラルさんが不意打ちされそうになって、それを庇って、代わりに僕が攻撃を受けたのだ。

 

――驚くことは何もなかった。

覚悟して、実行して、その通りになったのだから。

ただ、それ以降はどうなったのか。

プリキュアさんたちは無事に化け物を倒せたのか、と疑問がわく。

 

……が、涼村さんに問い掛けると心配されて怒られることは目に見えている。

幸い僕の身体で大きく痛むところはないから、今は大人しく、このゆったりとした時間に身を任せようと思った。

……枕代わりの太ももとスカートの生地の感触が、とても気持ちいいけれど、涼村さんのものだと思うと顔に血が上るのが止められない。

恥ずかしいので、腕でゆっくり顔を隠した。

 

 

――しばらくして、夏海さんに先導されるようにして数名の救急隊員が駆け付けた。

 

夏海さんもいたのかと、横たわったまま静かに驚く。

同時に、おそらく公園の手前で救急車が来るのを夏海さんはずっと待っていてくれていたのだろうと、申し訳なく思いながら感謝した。

 

「……あ、あの、涼村さん? 隊員の人も来たし……その、もう、ありがと」

 

「え……あ! う、うん」

 

膝枕のままでは涼村さんも恥ずかしいと思い、声を掛ける。

気付き、驚き、逡巡する涼村さん。

少し迷った様子だったが、僕の意識がはっきりしているのがわかったのか、頷いた。

彼女に手を貸してもらいながら、ゆっくりと身体を起こしてベンチに座った。

 

救急隊員による怪我の確認と処置、触診、質疑応答。

身体は結構擦りむいていたし、頭にたんこぶ2つ出来ていたが――大きな怪我はなかった。

脳震盪による軽い気絶。

一時的に気絶しており外傷もあるので希望があれば精密検査を受けられると、そう隊員の人は言ってくれたけど、

 

「……気絶したのも少しですし……一応、母さんが帰ってきたら話しておきます」

 

手当もありがとうございましたと、そうお礼を言って、帰ってもらった。

帰る間際に、夜間対応できる救急病院のリストを貰ったので再度お礼を言って頭を下げた。

まぁ、母さんは夜勤だから救急車かタクシーしか移動手段がないので、あまり使う気にはなれないけれど。

体調が悪ければ明日近くの病院を訪ねようと決めて、貰った用紙をポケットに入れた。

 

「星郎くん、本当に大丈夫?」

 

「もう、すごい危ないことしたんだよ、ほしろう君は! わかってるのかなー?」

 

遠巻きに見ていた涼村さんと夏海さん。

救急隊員の方が帰るのと入れ替えに、僕の方へと詰め寄った。

 

「うん……ごめん。それと、ありがとう。色々と助けて貰っちゃって」

 

「それは別にいいけどさ……わたしたちも星郎くんに助けて貰ったわけだし。ね、さんご」

 

「え!? う、うん、その、そうなの……かな?」

 

謝る僕に、夏海さんは頬を膨らませながらも、お互い様と言ってくる。

一体何がお互い様なのだろうか。そして涼村さんが挙動不審だ。

一通り治療も診療も済んだわけで、今なら聞けると、目覚めてからずっと聞きたかったことを口にする。

 

「そういえば二人とも、プリキュアさんたちがどうなったか、知ってる? その、無事に化け物を倒せたかとか、大怪我していなかったとか……」

 

特にキュアコーラルさんがと、滑りそうなった口を慌てて止める。

涼村さんはともかく、夏海さんは僕がキュアコーラルさんを好きなことは知らないのだ。

危うく、勘繰られる言い方をするところだったと、冷汗を拭った。

が、僕の言い方が引っ掛かったのか、怪訝な顔をする夏海さん。

 

「うん? ヤラネーダは無事に倒せたし、怪我もなかったよ?

 ――あぁ! そうか、ほしろう君は知らないんだねっ。実はわたしとさんごはプリ――」

 

「あ、ああああああああぁぁぁ!!?」

 

言い掛けた夏海さんの口を無理やり閉じながら、涼村さんが叫びだした。

なにこれ?

固まる僕と夏海さんをよそに、涼村さんは慌てたように口早に言葉を捲し立てる。

 

「ま、まなつはほら、今日忙しいって言ってたし用事あったよね!? あとは私が星郎くんを見とくから、早く帰った方がいいよ、ね!」

 

「え、別にそんな急ぎの用なんてあったかな? それよりも……さんご、顔赤いよ? 大丈夫? もしかしてさっき戦った疲れが――」

 

「わああ! だ、大丈夫だから! ロ、ローラも退屈しちゃうし早く帰った方がいいよ、ね!……ね!」

 

「そ、そうかな?」

 

「うん、そうだよ! まなつの今一番大事なことは、ここにはないから、ね!」

 

押し込み、押し出すようにして、夏海さんを帰らせる涼村さん。

すごい。いつもは大人しい涼村さんが、今は勢いで夏海さんを圧倒していた。

夏海さんは気付いてない様子だけど、涼村さんは僕に用があるのだろう。

それも、夏海さんに聞かせられない話だ。

……十中八九、キュアコーラルさんのことだと予想できる。

僕としても、夏海さんの耳には入ってほしくない話だから、この配慮は助かるけれど。

 

「……ふぅ、あ、危なかった」

 

胸を押さえて、涼村さんはほっと一息をつく。

そんな彼女の姿を見ながら、夏海さんを帰すにしてもちょっとリアクションがオーバーというか大袈裟と言うか、そんなに慌てることがあるのかと不思議に思った。

 

そんな余計な思考をしていたせいだろう。

くるりと振り返って僕をみた涼村さんは――うん、優しい顔つきだけど目が全く笑ってない。

今からたくさんお説教しますと、涼村さんの目が暗にそう伝えてきた。

 

「……星郎くん?」

 

「は、はい!?」

 

いつもと同じ声色なのに、雰囲気が違う。端的にいうと、怖い。

可愛いと怖いは両立するのだと、怒られている自分を余所に、感心して頷いた。

 

「私、すごい恥ずかしい思いして、星郎くんにキュアコーラルの写真、あげたよね?」

 

「う、うん、貰った……いえ、貰いました」

 

「そうだよね? それで、なんで写真をあげたか覚えてる?」

 

「う、うん、覚えてる……キュアコラールさんに近づいて戦いに巻き込まれることが、その、ないようにって――」

 

「だよね!?」

 

静かな口調から一転。

睫毛が長く、綺麗な青色の瞳が大きく開く。

あぁ、これは物凄く怒っている。

涼村さんには何も責任はない筈なのに、まるで自責の念に駆られるように、後悔や困惑の入り混じった顔つきを、涼村さんはしていた。

 

「星郎くん、あやうく死んじゃうところだったんだよ! 大怪我しなかったのは運がよかっただけなんだよ!?」

 

「うん……そうだよね、本当、運がよかった」

 

涼村さんから視線を外して、傍らに置かれたカバンを見る。

背負っていたそれは、見るも無残な姿に変わっていた。

敵が放った大きな岩石は、上手いこと背中のカバンに当たってくれた。

直接当たっていたらひとたまりもなかった筈。

もちろん衝撃はなくならずに吹き飛ばされたが……ここは緑が多い公園で、落ちた先は草木の茂った林帯だった。

おかげで、意識はともかく、体の方は所々の裂傷程度ですんだのだ。

 

「もし当たる角度が少しでも違ったら……飛ばされた先がコンクリートで身体を強く打っちゃったら……星郎くん、死んでたんだよ!?」

 

涼村さんの強い口調に、僕も、改めて自分の行為の危うさを理解する。

咄嗟の、ほんの数秒の出来事だったけれど。

今ここにキュアコーラルさんはいないけれど、代わりに僕のことを本当に心配して叱責する涼村さんを見て、現実に起きたことなのだと理解する。

 

二人しかいない公園。

涼村さんに言われた言葉と、僕の身体に巻かれた包帯、まだ少し醒めない頭。

そして記憶の中の、手を伸ばして突き飛ばしたキュアコーラルさんの姿を思い出す。

 

 

――――自然、込み上げてきた感情を……そっと呟いた。

 

「……あぁ、安心した」

 

「っ!?」

 

涼村さんの可愛い栗色の瞳が、再度、大きく見開いた。

 



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5. 価値観

「あ、安心って……どういうこと、星郎くん?」

 

「え、あ! いや、その……!」

 

ふと漏らしてしまった僕の本音に、涼村さんは即座に反応し、目元がぎゅっと厳しくなる。

全く反省していないと、そう取られたのか。

いや、ちゃんと反省はしているけど後悔していないだけで……だけど、それを言うと結局怒られそうなので口を噤む。

 

「ねぇ、どういうこと? こんな危ないことして何が安心したの?」

 

「うぅ……な、何といいますか」

 

適切な言葉が浮かばず、喉元から声が出ない。

だけど、別に何かを隠したいわけじゃない。

ただのクラスメイトや学校の先生なら、僕の心情を理解してくれなくても別にいい。

でも、涼村さんには誤解してほしくないと思った。

自分の気持ちを言わないまま誤解されて、それで涼村さんに嫌われることは辛いと、そう思った。

 

「……えっと……何が安心したかというと……えっと」

 

駄目だ。

テンパっていて何を言えばいいのか、上手く言葉が出てこない。

勉強ばかりしていて友達をまともに作らず、人と接することを避けていた。

だから、僕はこんなにも自分の気持ちを伝えるのが下手なのだろう。

焦りながら、意味のない後悔だけが頭を占める。

そしてそれが更に上手く喋るのを阻害する、悪循環となってしまう。

 

「……」

 

そんな僕を、涼村さんはしばらくの間、じっと見ていた。

怒っているだろうに、言葉を挟まず待ってくれている涼村さん。

でもそんな彼女をみて、待たせてしまっては悪いと思って、また僕は焦ってしまう。

 

「……えっと」

 

「……」

 

そうして無言のまま、涼村さんは踵を返して公園の外へと行ってしまった。

 

――嫌われてしまったと、一番にその思考が頭を巡った。

説明する言葉を絞り出そうと唸っていた頭が、スッと急速に冷めていく。

当たり前だ。

涼村さんから見れば、救急車呼んで看病して、心配して怒った……それなのに相手は『安心した』などと見当違いのことをいう始末。

 

涼村さんはれっきとした感情ある一人の女の子だ。

何でも聞いて受け入れてくれる、男子の妄想みたいな都合のよい天使じゃない。

呆れて、話したくなくなるのは当然。

彼女だって人を嫌いになるのは普通のことだ。

 

「……はぁ」

 

「――――はい、星郎くん」

 

ベンチに項垂れ大きなため息を吐く――その横から、聞きたかった声が、再び聞こえた。

頬に冷たいものが当たる。

帰ったと思っていた涼村さんの手にはジュースがあって、その一つを僕の頬に押し付けながら、僕の隣に静かに座った。

 

「喉乾いたかな、って思って。

 ……ちょうど3時だし、ジュース飲みながらゆっくりお話ししよっか。焦らなくても星郎くんの気持ち、ちゃんと聞くから。ね?」

 

「……」

 

そう言って、涼村さんは僕を落ち着かせるように微笑みを向ける。

心配や不安を押し込めて、いつも皆に向けているような優しい笑顔。

 

――トンク

 

(……天使かな?)

 

 

 

僕「キュアコーラルさんが可愛すぎる」さんご「///」

第5話 価値観

 

 

 

「……僕の両親、離婚してるんだ」

 

涼村さんから貰ったジュースを飲んで、一息ついて、呟いた。

口の中が少し切れていたけど、紙パックでストローがついてるから缶より今の僕には飲みやすい。多分、気を遣ってくれたのだろう。

 

「父さんが家を出て行って、今は母さんと二人暮らし。僕が小さい頃から、喧嘩ばかりしていた二人だった」

 

「……そう、なんだ」

 

言葉が見つからないのか、涼村さんは困ったように相槌を打つ。

それはそうだ。他人の、こんな家庭事情を聞いたところで、誰だって掛ける言葉はない筈だ。

 

「その、別にそれが不幸だとか、同情してほしいとか……そういうことじゃないんだ。離婚なんて今の時代、珍しい話じゃないから」

 

涼村さんが少し申し訳なさそうにしていたので、少し慌てて、誤解されないよう付け足した。

おそらく涼村さんの家庭は円満で、僕のような悩みは無かったのだろう。

それは羨ましいとは思うけど、それで涼村さんが僕に対して罪悪感とか、哀れみとか、そういうのを持つ必要はないのだから。

 

ベンチに座ったまま、黄昏るように遠くを見る。

隣で涼村さんが次の言葉を静かに待ってくれているのを感じながら、ゆっくりと、心から言葉を組み上げていく。

 

「だから多分……僕は、人を『好き』になるのが怖かったんだと思う。父さんと同じようになるのが、怖かったんだ」

 

「……星郎くんが友達と遊ばないで勉強熱心だったのも、それが原因?」

 

「うん、そうだと……思う」

 

涼村さんの問いに、これまでの学校生活を振り返って頷いた。

極端な話だと思う。

友情とか恋愛とか、人と積極的に関りを持たなければ、確かに人を好きになることはないだろう。

残されたのが勉強だけで、僕はそれを正当化して勉強に逃げていただけだ。

 

「……でも、キュアコーラルさんを好きになって、ようやく、それじゃ駄目だって気付いた。

 好きな人の隣に立とうと思った時、初めて、自分自身を薄っぺらい人間だと……思ったんだ。

話すのが下手で、友達がいないから遊びも流行もわからなくて、勉強以外のことをなにも知らない、知ろうとしない……僕だけの世界で、生きてたんだなって思った」

 

自嘲気味に言う僕に、涼村さんは沈黙する。

笑ってほしいわけでも、慰めてほしいわけでもない。ただ聞いてもらいたかった気持ちを吐露していく。

 

「ごめん、ちょっと話がズレすぎた……うん、つまり…………キュアコラールさんが好きってことに……そう、安心したんだ」

 

「???」

 

視線を感じて、顔を向ける。

涼村さんがキョトンとした顔で、僕を見ていた。なぜか頬が少し染まっている。可愛い。

 

「ご、ごめんね、星郎くん。話聞いてたんだけど、なんかいきなり跳んだ気がする……///」

 

「うん、僕もごめん……その、言葉が下手で、足りなかった」

 

咳払いして、心の中の、言葉のピースを手繰り寄せる。

長年連れ添った老夫婦じゃあるまいし、今ので伝わるわけがないと、口下手さに恥ずかしさが込み上げてくる。

大丈夫。

涼村さんはこんな僕の言葉も、ちゃんと聞くと言ってくれた。

焦らず、急がず、自分の言葉を探していこう。

 

「…………涼村さんはさ、誰かを好きになったことって、ある?」

 

「え……わ、私? な、ないけど……///」

 

「じゃあ、男子に告白されたことは?」

 

「えぇ!? う……そ、その……」

 

顔をピンクに染めて狼狽する涼村さん。

思い当たる節があるのだろう、口元を手で隠しながら、視線を泳がす。

 

「………メールと、校舎裏で、1回ずつ」

 

「……」

 

羞恥心を押さえて、律義に答える姿が天使だった。可愛い。

というか、わかっていたけどやっぱりモテるんだ涼村さんと、明後日の方向を見ながら頷いた。何となく、告白したのが誰なのか名前も知りたかった。

 

「わ、私のことはいいから。そういう星郎くんはどうなの?」

 

「キュアコーラルさん!」

 

「うぅ……///」

 

即答。

いつもの条件反射だった。犬か、僕は。

というか、涼村さんもわかっていたのでは? 毎回思うけど、いちいち恥ずかしがることもないのでは? あざと可愛くて辛い。

 

「だ、誰かに告白されたことは?」

 

「……そ、それ訊くの? どう考えてもいないってわかると思うけど」

 

「ふぅん? でも、まなつと仲良さそうに喋ってたし。星郎くん」

 

そのネタやけに引っ張りますね、涼村さん。

別に疚しいことは何もないので言い訳もない。それに、夏海さんからしたら、クラス全員が仲良しだろう。

……涼村さんは可愛くてお淑やかでモテるけど、絶対、夏海さんのことが好きな男子もクラスに何人かいると思う。南無である。

 

思わず雑談してしまいそうな雰囲気。

この雰囲気は好きだけど、それに浸ってしまうのは、真剣に聞いて貰っている涼村さんに申し訳ない。

話を紡いで、本題へと入っていく。

 

「――僕は……僕が人を好きになる時は、後悔しない人にしたいと、思ったんだ」

 

「後悔?」

 

「うん……この人のためなら命を掛けれる、死んでもいいと、想える人」

 

「――っ!?」

 

ガタリと、隣で立ち上がる音。

僕の言葉と、先ほどの戦いでの自殺とも言える行為が、涼村さんの中で繋がったのだろう。

過剰な言葉と、思う。

けど、同時にこれが僕の本心だとも思った。

 

「そ、そんなの……おかしいよ、星郎くん。好きってもっと楽しくてキラキラしてて……そんな、命を掛けるとか……!」

 

「……うん」

 

「わ、私に告白した男の子も、クラスの付き合ってる子たちも、そんなこと絶対考えてないよ。もっと適当で……いいなと思ったら告白して、長く付き合う子もいれば、すぐに別れて、次の子を好きになって……!」

 

「……うん、それが正しいのは、わかってる」

 

「じゃあなんで……い、いくら親が離婚してても、恋がトラウマになってても……そ、それで星郎くんが命を無駄にしたらだめだよ……っ」

 

嗚咽が聞こえる。

涼村さんは本当に僕のことを心配して、泣いてくれていた。

そういえば、涼村さんは気絶した僕を一番に看てくれていた。

……もしかしたら僕が戦闘に割って入って吹き飛ばされた瞬間も見ているのかもしれない。

そうであれば、この過剰なまでの寄り添った心配、不安も頷ける。

 

参った。

心の内を聞いてほしかったけど、それ以上に、涼村さんの涙は見たくない。

勝手に飛び込んで勝手に怪我した、こんな僕のために悲しんでくれている涼村さんに、ボウと見惚れている場合じゃない。

 

涼村さんは誤解している。

ちゃんと説明して、解ってもらうべきなのだ。

――キュアコーラルさんに会えた僕の人生に、悲観するところなど何もないということを。

 

「……違うよ、涼村さん。

確かに離婚した親をみて、母さんを捨てた父さんをみて、僕は恋とか好きに触れるのが怖かった。疎ましいものだと遠ざけていた。

でもキュアコーラルさんに会って、どうしようもなく好きって感情が溢れてきて――」

 

人を好きになる感情を、温かさを知った。

幼い頃に、二人に愛されて抱擁された記憶を思い出した。

 

「でもこの『好き』が本物か、わからなかった。

 だから僕なりに考えたんだ……僕はどうしたら、僕の中にある好きの気持ちを信じれるのか」

 

僕は本当に臆病だ。

たかが両親が離婚しただけで斜に構えて、悲劇ぶって勉強に打ち込む振りをして。

同じ境遇の人はたくさんいて、皆、それでも前を向いて生きているのに。

 

「不器用だと思う。融通が利かない、重いやつと思う。涼村さんの言うように、本当はこのトラウマに折り合いをつけて皆と同じようになるべきと思う。

……でも同時に、僕は世界一幸せになれるとも、思ったんだ」

 

「ぐすん……し、幸せ?」

 

目を赤くしながら、不思議そうに呟く涼村さん。

自分の好きを信じる大切さを、涼村さんはあの日、夕暮れに染まる教室で教えてくれた。

 

不安なことから目を逸らして生きていくのは楽かもしれない。

でも、そうしたら僕は自分の『好き』をいつまでも信じられないまま。

だから、これは臆病な僕が、それでも自分の好きを信じられる方法で――

 

「命を掛けるほど、好きな人がいる。……それは、とても美しいことだと思ったんだ」

 

「……」

 

「もちろん、それは普通じゃないってわかってる。そんなことを言い出したら、恋なんて簡単にできないし、ちょっとした好奇心、恋心から始まる恋愛だってたくさんあるし、大事なのはわかっている」

 

でも、僕にはそんな勇気はない。

中途半端な恋は、離婚した両親を思い出してしまうから。

 

「それに……僕の言っていることは理想だけど、間違っていないと思うから。

 命を掛けるくらい好きな人なら、そんなにも好きな人が現れたのなら……きっとこの先も、その想いは変わらないと思うから」

 

「……私は」

 

僕の独白に、涼村さんの言葉が詰まる。

……解って貰えただろうか。

涼村さんから見れば、偏屈な価値観かもしれないけど。

それでもこれは、キュアコーラルさんに出会って、涼村さんに恋愛相談を聞いてもらって、僕自身がちゃんと見つけた答えだから。

だから、凄く親身に相談に乗ってくれた涼村さんには、解ってもらいたかったのだ。

 

「キュアコーラルさんの為に、命を掛けることができた。命を掛ける程、好きな人ができた」

 

好きな人だから命を掛けたのか。

それともキュアコーラルさんだからこそ命を掛けれたのかは、多分ずっと、僕自身でもわからない。

それでも、解っていることは1つある。

大事なことだから、ちゃんと涼村さんの目を見て伝えたかった。

 

涼村さんの顔を見る。

涼村さんが僕へ向ける瞳には、さっきあった悲しみや憤りの色は消えていた。

ただただ不思議なものを見るように、掛ける言葉を見失ったように、涼村さんの口は固く閉じていた。

 

「こんな僕でも、本気で人を好きになれたことに安心した。

 キュアコーラルさんっていう、命を掛ける程に好きな女の子ができた。……それはきっと、世界で一番幸せなことだと思ったんだ」

 

 

 

♧♧♧

 

 

【さんご side】

 

 

「……ふぅ」

 

その日の夜。

夕食とお風呂を終えて自室に戻った涼村さんごは、そっと、ベッドに顔を伏せて蹲った。

 

(今日は……色々なことがあったなぁ)

 

休日だったから、朝はゆっくりとした時間を家族で過ごせた。

新作のコスメの話をお母さんと。

普段仕事で帰るのが遅いお父さんとは、学校生活の話をたくさんできた。

お昼を過ぎたら友達とショッピングモールへ行き、可愛い小物や流行の服を見て、話題のスイーツも食べにいった。

 

そして友達と別れた帰り道――

 

「……星郎くん」

 

最近、とある接点ができた彼を見つけた。

公園でボランティア活動していて……そこで再び、ヤラネーダに襲われていた。

 

その後のことは、すごく、はっきりと覚えている。

 

「……ちゃんと早く寝たかな? 怪我も、痛んでいないと良いけど」

 

怪我人の彼を家まで送っていった時は、心配しなくていいとしきりに言っていたけれど。

彼のことが不安で目が離せない男の子だと、そういう認識が、今は強い。

 

(……星郎くんのこと、怖いと思ったんだ)

 

午後の温かい陽気に包まれた公園で、彼の想いを聞いた。

好きな人だからと言って、自分の命を危険に晒してまで守ろうとした行為。

自分やクラスの皆が持っている価値観とあまりにもかけ離れていて、無鉄砲に思えて怖かった。

 

(……星郎くんのこと、不器用な男の子と、思ったんだ)

 

でも彼の価値観は、ちゃんと私の言葉――『自分の好きを信じる』、それを真剣に考えてくれたもので。

だけど、命を掛ける=本当に好きだと信じれる……それは、極端で、不器用すぎると思ったけど。

 

(……星郎くんのこと、すごいと思ったんだ)

 

自分の右肩に、手を当てる。

そこは戦闘の最中、彼が駆け寄って自分を突き飛ばしてくれた場所。

 

あの瞬間を思い出す度に、さんごは驚かずにはいられなかった。

ヤラネーダにやる気を奪われたのに、動くことができた彼に。

当たれば無事ですまない攻撃と分かっていて、それでも自分を助けるために飛び込むことが出来た彼に。

 

「こういうのって、ドラマや漫画の中だけかと思ってたのに……」

 

好きな人の為に命を掛ける、そんな劇中のシーンは珍しくない。

でもそれはフィクションの話。

“君のためなら命を掛けれる”……愛の言葉として囁くことはあっても、それを実行に移せる人なんているのだろうか。

 

さんご自身、後回しの魔女から世界を守るために、プリキュアとして戦っている。

時には危険も伴うだろう。

ただそれでも、戦う時は伝説の戦士・プリキュアに変身して戦うのだ。

常人を遥か超えた身体のスペックになり、魔法のような力も使えるようになる。

その力があるため、今のところ、命の危険まで感じたことはない。

逆にその力がなければ――ヤラネーダの前には飛び出す勇気はなかった。

 

「……命を掛けるくらい、好きになって……くれたんだよね?」

 

呟いて、さんごは思う。

これまで告白してきた男の子とは、違う感じ。

好きが、すごく重い。……でも、この『好き』は確かに綺麗なものだと、さんごも思った。

学校の皆が持ってる、賑やかで心が躍る『好き』ではないけれど。

例えるなら――真摯に作り上げた、一振りの日本刀のような美しさだと、そう思った。

 

「ちょっと不思議な……気持ち、かも」

 

さんごは特定の人と付き合った経験はないが、それなりに、年相応に恋愛については知っているつもりだった。

友達と恋バナしたこともあるし、校内で誰と誰が付き合ったなんて話題もたまに出る。

敏いわけではないが、疎いわけでもない……と思っていた。

 

(恋愛って、自分が好きな人と一緒になることばかりに目を向けていたけど――)

 

スポーツができて格好良い先輩とか、ルックスの良くて明るい性格の男の子とか。

そういう男の子が女子に人気で、皆好きで――さんごも、いつかそういう人を好きになって付き合えれば素敵だろうと思っていた。

でも――自分を本当に大事にしてくれる人と一緒にいるのも……そういう人を好きになるのも……そこには、違う温かさがあると、さんごは思った。

 

 

「――――って違うよ! ほ、星郎くんが好きなのは私じゃなくてコーラルの方で……っ!」

 

ガバっと思わず身体を起こす。

熱くなった頬が恥ずかしくて、誰もいないのに手のひらで頬を押さえて隠してしまう。

 

(……星郎くんの印象、私の中ですごい変わってる)

 

ついこの間まではただ同じクラスの男の子で、話したこともない子だった。

テストでいつも成績が上位で頭がいい男の子。でも無口なせいかいつも一人で、クラスで少し浮いている男の子……そんな認識。

 

だからあの日、彼の様子が少し違くて、一人だけ放課後の教室に残っていた時。

さんごが声を掛けたのは偶然、彼が困っていたように見えて――きっと、まなつなら見て見ぬ振りはしないだろうと――そんな友人の存在が後押ししたから。

 

(無口で人を寄せ付けない男の子かと思ったけど……話してみると、全然違った)

 

恋愛相談されたあの日から今日までを振り返り、さんごは苦笑して頬を緩める。

彼が突然の恋心に勉強も手につかないと、そう戸惑っていたこと。

印象と違って、すごく一途で真剣な恋をする男の子だということ。

恋心に正直になって、自分の『好き』を信じようと、前に進もうと勇気を出して変わろうとしていること

 

そして――不器用だけど『私』をすごく、本気で好きになってくれたのだと、わかったこと。

 

――ピロン

 

「きゃ!?」

 

さんごが思考の海に沈む最中、枕もとのスマホから着信音が部屋に響く。

無防備だったことも相まって、思わず口から言葉が出る程、さんごは驚いた。

 

「……え、星郎くん?」

 

スマホのホーム画面に出ていたのは、ちょうど頭の中にいた彼から、LINEメッセージの通知だった。

さんごは急いでアプリを起動してメッセージを見る。

……彼からの、今日のお礼のメッセージだった。

 

「もう、まだ寝てなかったんだ! ……ふふ、お礼なんていいのに」

 

怪我人だから早く寝るようにと再三言ったのにまだ起きていた彼に、さんごは小言を呟き少し怒る。

同時に、彼からの律義なメッセージを見て笑みをこぼした。

返信しようと指を画面に持っていったところで、さんごの動きが止まる。

 

(……そういえば私、まだ星郎くんに助けられたお礼、言ってない)

 

正確に言えば、さんごではなくキュアコーラルを助けたこと。

ただ、さんごは彼に自分がキュアコーラルであることを隠している。

さんごがお礼をいうのは、彼からしたら変に思うだろう。

だったらこの間の写真のように、自分を通してお礼を――と思ったところで、さんごは首を振る。

危ないところを助けて貰ったのに、人を介してお礼を伝えるのは失礼だと思ったからだ。

 

逡巡する。

既読はついてしまったし、何かしら応答しないと星郎くんに変に思われるかもしれないと、さんごは焦る。

 

そして――自分でもどういうわけか、通話のボタンに指を添えて……押した。

押してから数コール。

さんごにとって、応答を待つ空の電話音が、いつもよりやけに長く感じた。

 

『――す、涼村さん? で、あ、合ってるよね? え、えっと……こ、こんばんは!

 

「……ふふ、こんばんは。いきなりごめんね。でも星郎くん、ちょっと驚きすぎ」

 

『ご、ごめん、慣れてなくて』

 

声を聞いた瞬間、さんごの体の緊張が解ける。

電話の向こうの相手が異常に緊張していたので、逆に力が抜けてしまった。笑い声も、抑えた筈が漏れてしまう。

 

どうお礼を言おうかと悩んでいたが、相手の声を聞き、話すことで、自然と案が浮かんでくる。

机のカレンダーに目を向けると明日は日曜で、明後日はちょうと祝日だ。

 

「ねぇ星郎くん、怪我の方、帰ってから痛んだりしてない?」

 

『う、うん、大丈夫! 日課のランニング、明日からできそうなくらい大丈夫だよ』

 

「……明日は安静にしててね?」

 

『は、はい……』

 

こちらを安心させるための冗談とは思ったけど、一応釘をさしておく。

さんごの中では、彼は中々、無茶をする男の子という印象が定まっていた。

さんごは口を開いて、言い淀む。

自然に、込み上げてくる幾ばくかの恥ずかしさを誤魔化すように、肩にかかる髪の毛をくるくると指でいじる。

 

「それで、ね……星郎くんの体調が心配だし、体に違和感があったら休んでいてほしいんだけど……」

 

『うん?』

 

名案と思いつつも、さんごの口元はいつものように回らない。

考えれば男の子を自分から誘うのは初めてだと、見えない相手の顔を思い浮かべて、頬が少し熱くなる。

 

「……明後日、よかったらお出掛けしない? その……キュ、キュアコーラルがね、今日のお礼したいって言ってたから」

 

『…………え? ええええええぇぇ!?』

 

電話向こうで大きな叫び声とガタリと大きな音がする。

何というか、真夏みたいにいつもオーバーなリアクションをする男の子で、目が離せなくて心配だと思ってしまう。今は怪我をしているから、余計に。

 

――だから、今の自分は不安な顔をしていると、そう思っていたけれど

 

ふと、さんごは自室の化粧台に目を向ける。

明後日はお礼のためのお出掛けで、今日みたいに友達と遊びにいくわけではないのに、

 

――その筈なのに、待ち遠しそうに微笑む自分が、鏡の向こうに映っていた。

 

「……あれ?」

 



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6. お出掛け

「……ま、待ち合わせ場所はここ……うん、合ってる。待ち合わせ時間までは……うん、予定通りあと1時間だ」

 

僕の町から2つ離れた駅のホームで、ベンチに座って彼女を待つ。

体にはまだ絆創膏がちらほら貼ってあるけれど完治目前で痛みはない。

むしろ心臓の方がいつのも10倍(当社比)は動いているようで痛みまである。一昨日負った外傷より今はそっちの方が心配だ。

 

(……キュアコーラルさんとお出掛けって……え、本当に?)

 

これから起こることが未だ現実感を帯びないまま、時が過ぎるのをじっと待つ。

一昨日の夜、涼村さんから電話があった。

女の子と電話、しかも夜にするのは初めてで物凄く緊張したけれど、涼村さんの言葉で、緊張を通り越して飛び上がったのを覚えている。

 

――キュアコーラルが星郎くんにお礼したいって。

 

僕はお礼が欲しくて、キュアコーラルさんを庇ったわけではない。

ないけれど、大好きな女の子と一緒に出掛けることができるのだったら、もう経緯とかはどうでもよかった。

 

(で、でも、いきなりキュアコーラルさんと二人っきりは緊張しすぎて……できれば、涼村さんも一緒に来てほしかった……)

 

僕の会話力は低くて、涼村さんとの会話ですら結構テンパってしまうのだ。

キュアコーラルさんと対面した時、まともに話せる自信は本当、全くなかった。

涼村さんについてきてほしいと迷惑を承知で頼んでみたけど、その日は用事があると断られてしまった。

ついでに「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。いつも通りで、ね?」と涼村さんは励ましてくれたが、一体これまでの僕の何をみて大丈夫と思ったのか、謎である。

あと少し楽しそうな声色だった。笑う要素があったのか、これも謎である。

 

「――――星郎くん?」

 

「え、涼村さ……キュ、キュ、キュキュキュ、キュ!?」

 

「キュ?」

 

「キュ、キュア――キュアコ、ラ、ラル、ララ――!?」

 

「ラル?」

 

「――キュアコーラルさん!!!!?」

 

「ふふ、やっと呼んでくれた。……えっと、初めまして、星郎くん?」

 

それと驚きすぎだよ、と目の前の彼女は、恥ずかしそうにはにかんで笑う。

……会って話すことのできない相手だと、そうずっと思っていた大好きな女の子が目の前にいた。

 

(……本当に、キュアコーラルさんだ)

 

呆然自失。呼吸困難。心肺停止……まではいかないけれど。

初めましての挨拶とか、彼女とも話せそうな話題とか、色々と準備して考えていたことが全部吹き飛んで、ただただ目の前の彼女に見惚れてしまった。

 

「……え、えっと……服装、変だったかな?」

 

「え! いや、そんなことないです!!」

 

僕が何も返事をしないままじっと見つめてしまったためか、変な勘違いをしてしまうキュアコーラルさん。

自分の服装を不安そうに見る様子に、慌てて言葉を返して否定する。

 

「か、可愛い! その、す、すごく可愛いです!」

 

「あはは……ありがと。でもその、もうちょっと静かに、ね///」

 

キュアコーラルさんはそう言いながら、赤くなった顔を隠すように、いつもとは柄の違うペレー帽子を深く被り直した。可愛い。

 

表情の隠れたキュアコーラルさんを、改めて正面から見る。

そうなのだ。キュアコーラルさんの服装は、いつも戦いの時に着ている紫のドレスではなかった。

青を基調としたフリルの入った可愛いワンピース。

こう言っては何だけど、プリキュアということを知らなければ普通の女子中学生にも見えるような、街中に自然に溶け込む格好だ。いや、普通というには可愛すぎて目立つけど。

 

「……そ、その、すごく似合ってますっ、ほんと、変とか思ってませんから」

 

「ふふ、そう言ってくれると、お世辞でも嬉しいかも」

 

「お、お世辞なんかじゃなくて、マジっす。ほんと、マジっすから」

 

ヤバイ。キュアコーラルさんが少し笑うだけで僕の頭が沸騰する。

緊張しすぎて言葉遣いもおかしくなっていた。

そんな僕をみて何か思ったのか……キュアコーラルさんが口を閉じて、じっと僕の顔を見つめてくる。

 

「え、な、何か、どうかしましたか? キュア――」

 

「――じっとしてて、星郎くん」

 

「っ!?」

 

言って、キュアコーラルさんは背伸びをして、僕の髪の毛にそっと触れる。

ずっと見たかった彼女の綺麗な長い髪の毛やぱっちりとした可愛い瞳、柔らかな表情が、息がかかる程に近い、すぐそこにあった。

 

「¥☆#!!?」

 

「ふふ、星郎くん、ワックス慣れてないでしょ。頭、ウニみたくなってるよ」

 

よほど可笑しかったのか、漏れてくる笑い声を押さえるキュアコーラルさん。

楽しそうに、そして優しく、柔らかい手が僕の髪の毛に何度も触れる。

 

「私のお父さんも出掛ける前にワックスつけてるから、少しは知ってるの――うん、星郎くんなら、こんな感じがいいと思う」

 

手早く整えてくれたらしい。

見てみて? とキュアコーラルさんがポーチから手鏡を取り出し、僕へと渡す。

覗いてみると――うん、主張しすぎず、でも普段よりは整っていていい感じだ。

張り切ってワックスを買ったものの、自分ではどうにも変な感じにしか仕上がらなかった。

 

(……というか、初対面だよね? 僕たち……)

 

何だろうか。

想像していたよりも、キュアコーラルさんとの位置がずっと近い。

 

キュアコーラルさんがすごいフレンドリーなのかもしれないが、それにしたって、初対面の男子の髪の毛を触れるのはハードルが高いと思う。

女の子慣れしていない男子なら『これ僕のこと好きなんじゃない?』と勘違いしてしまうくらいの罪である。

 

……当たり前の話だけど、キュアコーラルさんにもお父さんっているんだな。

お父さんもプリキュアなのだろうか?

……こんな場面、パパキュアに見られたらヤバくない?

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第6話 お出掛け

 

 

 

「こっちにもショッピングモールあるのは知ってたけど……お店の数も多くて、賑わいもすごいね」

 

「うん、私も普段は来ないけど、今日はこっちの方がいいかなって」

 

物珍しさに周囲を見渡す僕。

隣でキュアコーラルさんが微笑みながら、目的地へとゆっくり足を進めていく。

 

キュアコーラルさんに聞いたところ、今日はバッグを買いに来たらしい。

それも彼女のものではなく、僕のもの。

先日のお礼にと、キュアコーラルさんはわざわざお店まで調べてくれたのだ。

 

もちろん初めは断ったが、キュアコーラルさんの意志は固かった。

……まぁ、先日の一件で僕の通学カバンは使い物にならないくらい破損している。

加えて、大好きなキュアコーラルさんからのプレゼントならば、嬉しい以外の何物でもない。

 

(勝手に怪我した手前、すごく申し訳なさはあるけれど……)

 

好意も贈り物も、素直に受け取っておこうと思った。

使うのが勿体なくて家に飾りたいけど、それは流石にキュアコーラルさんの気持ちを無駄にしてしまうので、一生使っていくくらい大事にしようと心に決める。

 

(……それにしても)

 

隣を歩くキュアコーラルさんの横顔を盗み見る。

いつもスマホの待ち受けでしか見れない大好きな子が、すぐ触れられる距離にいる現実。

小さく整った顔を可愛く飾ったお化粧に、特徴的な紫色の長い髪の毛が、夏風にふわりとなびいている。

 

目的地は決まっているため、僕たちの足は真っ直ぐにそのお店へと向かっている。

一歩進むごとに、お出掛けの終わりが近づく感覚。

無意識に歩みを遅くしてしまう、そんな自分に遅れて気付いた。

今日はバッグを買って終わりなのだろうか?

少しでも長く一緒にいたいと、我儘にもそう思う気持ちが強くなる。

 

「……キュ、キュアコーラルさん!」

 

ふと立ち止まり、緊張しながら彼女の名を呼ぶ。

どうしたのと、振り向いて不思議そうにしているキュアコーラルさんに、奮えた指のまま、今通り過ぎたお店を指さした。

 

女の子向けの洋服店。

店頭のマネキンをみて、キュアコーラルさんに似合うものや興味を引くものがあると思った。ブランド名も、勉強した雑誌で見たことがある……と思う。

 

「よ、よかったら、あそこのお店、見てみない? その、こんなに大きなショッピングモールでバックだけ見るのはも、勿体ないし……キュ、キュアコーラルさんにも楽しんでほしいというか、す、少しでも一緒に色々なところ行きたくて……えっと、実は一緒に遊べそうなところ、ぼ、僕も少し調べてきたというか、このままだとすぐに用が終わっちゃいそうで嫌だというか……えっと」

 

だああああ! 支離滅裂で言いたいことがまとまらない!

本当は自然に、キュアコーラルさんと他のお店も見て回るような、そんな感じのお出掛けにしたい。

もしもキュアコーラルさんに、この後の予定があるなら仕方ないし諦めよう。

でも時間が空いているなら、僕は少しでもキュアコーラルさんと長く一緒にいたいし、できれば彼女にも楽しんでほしい。

デート……というには恐れ多いけど、多分、こんな機会は二度とないのだ。

キュアコーラルさんに嫌がられない範囲で、でも積極的に、今日という日を思い出にしたい。

 

そう気持ちばかりが先行している僕の様子に、キュアコーラルさんはキョトンとした表情になる。

次いで、ちょっと嬉しそうに口元を緩めた。

 

「うん、そうだね。私も色々と見て回りたいかな。

 ……男の子と二人でお出掛けって初めてだから、どう誘えばいいかわからなかったけど……ふふ、星郎くんから誘ってくれたの、嬉しいかも」

 

「う、うん! うん!」

 

承☆諾!

ガッツポーズをとって飛び跳ねるほど嬉しかった。というか、実際に飛び跳ねていた。

くすくすと、キュアコーラルさんの静かな笑い声が隣から聞こえて、我に返る。

まるで散歩につれていってもらえると知ってはしゃぐ犬である。めちゃ恥ずかしい。

 

「コ、コホン……じゃ、じゃあ行こっか?」

 

「うん。――あっ!」

 

誤魔化すように咳払いをして、キュアコーラルさんと洋服店へ向かう。

と、キュアコーラルさんが何かに気付いたように、小さく声をあげて……少しだけ、頬を紅く染めた。

両手を口に当てて、恥ずかしそうにする仕草。

 

「え! な、なに!? ど、どこか変かな!?」

 

キュアコーラルさんの様子に、慌てて自分の格好を確認する。

社会の窓は空いてないし、髪形は整えてもらってから崩れてない。

ついに僕の表情筋がおかしくなったかと思ったが、ショーウィンドウに映る顔は辛うじていつも通りに見えている。

 

「あ、その、星郎くんが変とかじゃなくてね……!」

 

忙しない僕につられて、キュアコーラルさんも慌てて手をパタパタと交差させる。

謝るような口調で、声が若干弱弱しい。

何を想像したのか、頬を染めて上目遣い。可愛すぎて、息が止まった。

 

「その……ちょっとね、思っちゃたんだけど」

 

「う、うん」

 

「……えっと、これって……その、デ、デートみたいだなぁって」

 

「――――――――――――」

 

「ご、ごめんね、今のなし! は、恥ずかしいこと言っちゃったねっ」

 

自分の発言に顔を赤くしながら、僕から逃げるように早足で店内へと入っていくキュアコーラルさん。

僕と同じように彼女もデートみたいと少しでも思ってくれた、とか。

すぐに言葉が返せなかった自分がやっぱりコミュ力低いなぁ、とか。

キュアコーラルさんの反応が何となく誰かに似ているなぁ、とか、色々と思うことはあったのだけれど――

 

(……て、天然あざと可愛いすぎるっ)

 

自分でデートと口にした数秒後に照れてしまう、彼女の仕草。

一挙手一投足全てが可愛くて、僕としてはちょっと、可愛さが多すぎて限界だった。

心臓の鼓動が早すぎて、常に全力疾走している感じである。

 

「デートの対価……寿命半分かも」

 

それもいいか、と蕩けかけた頭で馬鹿なことを思いながら、キュアコーラルさんに遅れないよう僕も慌てて足を進めた。

 

 

 

「わぁ、このお洋服、素敵だなぁ。星郎くんはどう? 私に似合うと思う?」

 

「うん! 絶対可愛いよ!」

 

「あ、この柄もいいかも。でもちょっと派手かなぁ?」

 

「そんなことないよ、絶対可愛いよ!」

 

「……星郎くん、適当に言ってない?」

 

「そそそそそ、そんなことないよ!? 本心だよ!」

 

キュアコーラルさんからジト目で疑われ、全力で首を横に振る僕。

可愛いか可愛くないかを聞かれても、僕としてはキュアコーラルさんが着るのを想像すると全てが可愛く見えてしまうのだ。

そんな僕にアドバイスを求められても無理ゲーだと思う。

 

ティーン向けだけど、その内でも高めの年齢を意識した品を揃えた洋服店。

飾られた洋服、マネキンに大人っぽさを感じながら、キュアコーラルさんと二人で探検するみたいに店内の服を見て回る。

 

興味がある服を手にとっては、鏡の前に立って服合わせをするキュアコーラルさん。

トコトコと静かにはしゃぐ足音が小動物可愛い。

 

「あ、これ可愛いかも……」

 

「う、うん! キュアコーラルさん、すごく可愛い!」

 

「わ、私じゃなくて服だよ! もうっ///」

 

細かな模様が入った白ベースのワンピース。

所々に飾ったフリルやアクセント程度に入った薄い藍色が、凄く綺麗でおしゃれなデザインと思った。

試着しようかな? と悩みながら、僕の方へ視線を向けるキュアコーラルさん。

僕が暇になることに遠慮しているのだろうか。むろん、そんなことはミリもないので気にしないでほしいと、そう力強く頷きながら答えた。

 

「じゃあ、ちょっとだけ……星郎くん、少し待っててね」

 

言って、店員さんに声を掛けた後にキュアコーラルさんは試着室へと入った。

試着室、薄壁一枚、着替えているキュアコーラルさん。

 

「……うっ」

 

頭に急速に血が上って、変な声が出た。

駄目だ、これは想像してはいけないことだし、冗談抜きで今の僕だと卒倒する。

鼻に違和感を感じて鼻元を触ると、血が出ていた。過敏すぎる……

 

近くにいた店員さんに怪しまれないよう、そっとティッシュで鼻を拭う。

もしもエロガキなんて思われてしまったら、僕はともかく、一緒にいるキュアコーラルさんも変な目を向けられかねない。

 

目を閉じ、思考を閉じ、無心で待った。

少しの間をおいて、サッと試着室のカーテンが開く音。

 

――純白の衣装を纏った天使が、そこにいた

 

「ど、どうかな? 星郎く――」

 

「店員さん、あの服ください」

 

「毎度ありがとうございます」

 

「ちょっと待って!? は、早く決めすぎだよ!?」

 

「……?」

 

「そんな不思議な顔しないで!? その、今日はとりあえず見に来ただけだしね……?」

 

既に店員さんとレジに向かっていた僕を、天使が止める。

何を着てもキュアコーラルさんは可愛いけど、こんなに似合う服を買わないのも勿体ないと――そう力説したけれど、キュアコーラルさん的にはあくまでウィンドウショッピングが目的だったらしい。

試着室に戻って元の服に着替えると、僕の手を取って、申し訳なさそうにそそくさと洋服店の外に出た。

 

「……もう、びっくりしたよ、星郎くん。

 今日は星郎くんのカバンを買いに来たのに、星郎くんが私の服を買っちゃ駄目だよ」

 

「う、うん、ごめん」

 

夢が醒めたように、我に返って自分の行動を反省する。

確かに今日、キュアコーラルさんが誘ってくれたのは僕にお礼という名目だ。

食べ物や小物ならともかく、さっきの洋服は大人向けで質も良く、決して安くはない品物だ。

僕がそんな服を買ってプレゼントするのは、キュアコーラルさんからしたら申し訳ない以外の何物でもない。

いくら似合って可愛いと思っても、僕だけ突っ走っては駄目なのだ。

誰かと一緒にお出掛けするというのは、その時々、雰囲気にあったペースがある。

 

舞い上がってしまった自分の格好悪さに、思わず落ち込む。

 

「……でも、ありがとうね」

 

「え?」

 

「その……私のこと、すごい褒めてくれて///」

 

不快にしてしまったと、そう思っていたキュアコーラルさんは、特に怒った様子もなくて。

 

「星郎くんの『好き』にすごく正直なところ――私の友達と似てて――格好良くて、いいと思う。素敵なことだから、落ち込まないで?」

 

でもマナーは守って、大声は止めてねと、頬を染めて言うキュアコーラルさん。

照れ顔、可愛い。

落ち込んだ先の誉め言葉、超嬉しい。

少女っぽい、甘さの残った声色で、格好良いとか素敵とか言うのは反則過ぎる。

 

(やばい……クラクラしてきた……)

 

どうしよう。

本当に、わかってはいたけれど――

 

「キュアコーラルさん、可愛すぎる」

 



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7. 告白

「星郎くん、小説とか読む?」

 

「う、うん、国語の勉強にもなるし、結構読んでる。キュアコーラルさんは?」

 

「私はその、たまに読むくらい。

 でも先輩がすごく本好きで、物知りで……私ももっと色々と読んでみようかなって思っているところなの」

 

「そ、そうなんだ! ……えっと、例えばこのシリーズとかどうかな? シンデレラをモチーフにした感じで、長編だけど読書慣れしてない人でも読みやすいって評判で」

 

「あ、ちょっと気になるな、それ。星郎くんももう読んだの?」

 

「う、うん! うちの学校の図書館にシリーズ全部あるんだ。すごく面白いよ」

 

レンタルビデオ店に併設されている書籍コーナーで、流行の小説や漫画を見ながら雑談を交わす。

伝説の戦士・プリキュアの一人であるキュアコーラルさんだけど、私生活は僕らと同じで、会話が噛み合わないなんて心配はいらなかった。

お気に入りの漫画や映画、気になる雑誌を手に取っては、二人で会話に花を咲かせる。

 

大好きな女の子と二人きりで緊張して、たまに話が途切れて沈黙もしてしまうけど。

それでも、僕自身も驚くくらい自然体でキュアコーラルさんと話せていた。

 

 

 

 

 

「クレープ1つ、ミックストロピカルスペシャル、ください」

 

「えっと、僕はチョコバナナで……キュアコーラルさん、すごいの頼むね」

 

「ふふ、この間ね、友達がすっごく美味しかったって言ってたから。どんな味がするんだろうって、ずっと思ってたの」

 

「まぁ、確かに想像できないよね。というか、その友達もすごいね」

 

路上販売しているクレープ店で、甘味を堪能しながら、楽しそうに友達の話をするキュアコーラルさん。

とにかく好奇心が強い友達らしい。まるで夏海さんみたいだと思った。

 

「――ん、すごく美味しい! ほら、星郎くんも食べてみる?」

 

「エッッッッ!?」

 

「……? ……――あ! その、やっぱり無し! ご、ごめんね、美味しかったからつい。よ、良くないよね、こういうの」

 

友人や両親にするように自然と差し出されたクレープに固まる僕。

キュアコーラルさんも一瞬間をおいて気付き、すぐに撤回した。

クレープで口元を隠して頬を上気させるキュアコーラルさん……優しあざと天然可愛い。

僕の手元には半分以上クレープが残っているが、既に甘さ可愛さでお腹一杯である。

 

 

 

 

 

「あ、ここカラオケもあるんだ。入ってみる、星郎くん?」

 

「え! カ、カラオケかぁ……その、キュアコーラルさん、良く行くの?」

 

「うーん、そんなに頻繁じゃないけど、私も友達も、歌うのは好きだから」

 

「そ、そうか……僕、行ったことないんだよね……」

 

お店の入り口から少し離れたところで、戸惑う僕は足を止める。

同世代なら皆経験がありそうな遊びでも、僕は一周遅れていて、キュアコーラルさんに格好悪いところを見せてしまう。

 

キュアコーラルさんの歌声はすごい聞きたいし、彼女から誘ってくれたのだから普通なら断る理由はない。

しかし人前で歌ったことのない僕が、しかも好きな女の子と行く場所としてはハードルが高すぎて、思わず二の足を踏んでしまった。

 

「あ、ごめんね。別にどうしても行きたいわけじゃなくてね、ちょうど目に入ったから、どうかなーって。うん、それだけだから気にしないで?」

 

カラオケはいつでも行けるし、星郎くんも楽しめるところに行こう――そうキュアコーラルさんがフォローしてくれて、僕も内心でホッとしてしまう。

二人でお店を通り過ぎ、また周囲のお店を見ながら、目的のお店へ向かっていく。

 

(……でも、キュアコーラルさんとは“いつでも行ける”わけじゃないんだ)

 

むしろ、通りゆく全てのお店やそこでの会話、体験が。

“今日限り”だと、そう気付いて、やっぱり入っておけばよかったと遅れて深く後悔した。

 

 

 

 

 

「よかった。星郎くんが気に入るデザインのカバン、見つかって」

 

「うん! 本当にありがとう、キュアコーラルさん。

 ……すごい、すごい大事に使うから」

 

彼女から貰ったプレゼントが入った袋を、感極まり抱きしめながら、何度もお礼を口にした。

夢のような、大好きなキュアコーラルさんからの贈り物。

女の子からのプレゼント自体、僕にとっては初めての経験で、それがキュアコーラルさんからなのだから、言葉にできないほど嬉しかった。

 

(あぁ、これで終わりなんだ……)

 

同時に、ロウソクの火が消えるように、僕の心に影が差す。

キュアコーラルさんとの時間はこれで終わり。

本来、一般人の僕とプリキュアの戦士であるキュアコーラルさんが一緒にいること自体、奇跡みたいなもので、非日常だ。

 

あんなに楽しかった筈なのに、あんなにはしゃいでいた筈なのに。

泣きそうな、情けない顔に変わっていくのを、必死にこらえる。

鏡をみる勇気はないけど、キュアコーラルさんと別れるまでちゃんと楽しそうに笑っていたいと、そう思う。

 

「……キュ、キュアコーラルさん!

 最後に一つ、行きたいところがあるんだけど……いいかな?」

 

キュアコーラルさんより前に一歩出て振り向き、彼女を見る。

彼女は少し驚いたように瞳を開いて、でも、すぐに微笑みながら頷いてくれた。

その返事に安心して、僕も少し笑顔になる。

 

遊ぶ場所じゃないし、キュアコーラルさんが楽しめる場所ではないけれど。

でも僕にとっての大事な用事。

それにどんな口実でも、一秒でも長くキュアコーラルさんといれることが嬉しかった。

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第7話 告白

 

 

 

「あれ、ここって……」

 

「うん、アクセサリーショップ。女の子に人気って口コミがあって……ご、ごめんね、遊ぶところじゃなくて」

 

店頭に並べられたショーケースの中でキラキラ光る指輪や首飾りに、興味深そうに目を輝かせながら。

このお店に足を運んだ意図がわからず、キュアコーラルさんはちょこんと首を傾げながら聞いてくる。

 

「その……いつもすごくお世話になってる子がいて、何かお礼をしたいって、前から思ってたんだ。

 ……涼村さんごさんって女の子、多分、キュアコーラルさんも知ってるよね?」

 

「え!? う、うん、知ってるけど……お礼?」

 

クラスメイトの名前を口にする。

途端、キュアコーラルさんの体がビクリと震えた。

 

「うん、相談にのってくれたり、介抱してくれたり、他にも色々と。

 たくさん迷惑も掛けちゃったし、何か、僕にできることないかなぁって思って」

 

「そ、そんな大層なことしてないし、お礼なんて気にしなくてもいいよ?」

 

「……?」

 

まるで遠慮するように言うキュアコーラルさん。

何だろう、話が微妙に噛み合っていない。

 

「えっと……涼村さんにお礼をしたいから、キュアコーラルさんに選ぶの手伝ってほしいって話なんだけど……?」

 

「あっ、あぁ! そ、そうだよね、へ、変なこと言っちゃったね、私。

 うん、さんごへのお礼だよね、わかったよ!」

 

ハッとして、キュアコーラルさんは慌てたように頷いた。

可愛い顔で、なぜか申し訳なさそうに眉尻を下げて頬をかく。

栗色の可愛い瞳を揺らして挙動不審になったキュアコーラルさんに引っ掛かるものを感じながらも、気を取り直して、店の中で輝くショーケースに視線を移す。

 

「調べたんだけど……ここのお店って指輪やネックレス以外にも、髪留めやキーホルダーも品揃え良いらしくて。

 涼村さん、たまに髪留めを変えておしゃれしてるから……髪留め、プレゼントしたら喜んでくれるかなって」

 

「わぁ、星郎くん、その、よく気付いたね?」

 

「う、うん、まぁ……」

 

目を丸くするキュアコーラルさん。

これは褒めてくれているのだろうか? だとしたらすごい嬉しい。

でも別に、僕は些細なことに気付ける男子というわけではない。何なら、クラスの他の女子なら髪形が変わったって気付きはしない。

 

単純に、教室の中で涼村さんが視界に入ることが多いから。

ただ、それを口にするのは何となく気恥ずかしくて、言葉を濁して返事を避けた。

 

「あ、これ見て、キュアコーラルさん! 売上1位だって。確かに女の子が好きなデザインな感じがするし……贈り物としてどうかな?」

 

「わぁ、可愛い……ん~、でも、私――じゃ、じゃなくて、さんごの髪の色だと合わせにくいかも。あと、ちょっと大きくて他の髪留めとのバランスも難しいし……」

 

「なるほど……ありがとう、参考になるよ」

 

店内のPOPに目を引かれて買おうとするが、キュアコーラルさんのアドバイスに納得して、手に取っていた髪留めを棚に戻す。

危ない。あまりにも女子のオシャレに疎いため、安易に決めてしまうところだったと反省する。

同時に、やっぱりキュアコーラルさんと一緒にきて良かったと、涼村さんへの贈り物のアドバイザーとしてとても頼りになる彼女の存在に安堵した。

 

その後も、いくつか僕が選んで手にとっては、キュアコーラルさんから抜かりない指摘が飛んできて、僕は再び他の髪留めを吟味する。

オシャレについては人一倍詳しいと思える、キュアコーラルさん。

こんなに知識、着眼点があるのならキュアコーラルさんが選んだ方が早いと思うのだが、彼女は僕の一歩後ろで機嫌よさそうに微笑んだまま、決して自分からは髪留めを選ぶことはしなかった。

 

あくまでお礼の品は僕自身が選ぶべきで、彼女自身は選んだものにアドバイスする立場と決めているのか。

確かに、キュアコーラルさんが決めて涼村さんに贈るのは、僕もちょっと違う気がする。

これは僕が涼村さんにお礼をするもので、そこには、ちゃんと僕自身の意志とか感謝の気持ちを入れるべきだ。

とても時間が掛かってしまうのが難点だけど……僕の気持ちを尊重してくれるキュアコーラルさんに、心の中で感謝した。

 

(……でもなんか、キュアコーラルさんからすごいプレッシャーを感じるような)

 

急かされている感じではないけれど。

どんな髪留めを選ぶのかすごく興味深そうに、それでいて期待されているような、そんな視線が、さっきから背中に注がれている。

 

キュアコーラルさんに見つめられるのは大歓迎だけど、今は真剣になる時で、思考を蕩けさせている場合ではない。

頭を振って、涼村さんの髪色や飾られた髪留めを脳裏に映す。

自分なりに精一杯、涼村さんに似合うものを選んでみよう。

 

「ぐぐぐ、な、悩む……」

 

「――ふ、ふふっ」

 

全国模試の時以上に頭を回転させて、目の前に陳列されたどれもオシャレな髪留めを睨んでいたところ。

可愛い忍び笑いが耳に届き、振り返った。

振り返った先には、抑えきれなくなったように笑い声を漏らすキュアコーラルさん。すご可愛い。

艶のある唇が可愛いのに色っぽくて、ドキリとする。

 

「え、な、何かおかしかった、僕?」

 

「うぅん、そうじゃないの。ただ、星郎くんがあまりにも真剣に選んでいて……その姿が、すごい真面目だなーって思っちゃって」

 

決して悪い意味で笑ったわけではないと、キュアコーラルさんは柔らかな表情でそう言った。

すごい真面目なのが、キュアコーラルさんにとっては何か面白かったのだろうか?

イマイチ、彼女の意図を掴めず首を傾げる。

そんな僕に、キュアコーラルさんは覗き込むようにして視線を絡めた。

少し悪戯を思い付いたかのように、彼女の口元がスッと上がる。

 

「だって……その、星郎くん、私とのお出掛けをすごい楽しみにしてるって聞いてたから」

 

「え゛!?」

 

キュアコーラルさんの発言に、鋭いボディブローを入れられたような、そんな声が口から漏れた。

え、なんか凄い恥ずかしいことを言われたんだけど。

聞いていたというのは、十中八九、今日のお出掛けをセッティングしてくれた涼村さんからだろうけれど……。

 

(す、涼村さん、どこまで伝えてるの!?)

 

その伝え方では、まるで僕がキュアコーラルさんに気があるように思われてしまうのでは?

いや、全然当たっているのだけれど、それは僕と涼村さんの秘密であって、キュアコーラルさん本人に知られるのは死ぬほど恥ずかしい。

物凄く動揺している僕の心境は知らないまま、キュアコーラルさんは言葉を続ける。

 

「だから、本当はこの時間も私――『キュアコーラル』と遊んだりお喋りした方が、星郎くんにとってはずっと楽しい筈と思うの。

 でも、星郎くんはさんごへのお礼をすごく真剣に、時間を掛けて選んでて……真面目というか、優しいなって思ったの」

 

「……っ///」

 

その問いに、すぐに答えられずに言葉が詰まった。

キュアコーラルさんの言う通りで、日はまだ沈んでいないし、学生同士のお出掛けで解散する時間としてはまだ早い。

別に涼村さんのプレゼント選びを口実にしなくても、優しいキュアコーラルさんなら、僕の希望をおそらく叶えてくれただろう。

でも、僕はキュアコーラルさんに涼村さんのプレゼント選びを手伝ってほしかった。

それはつまり――

 

「……や、優しいなんて……僕だけだと、上手く選べる自信がなかったし、実際、キュアコーラルさんにたくさんアドバイスを貰って、すごい助かってるし」

 

「でも、多分だけど、さんごなら何でも喜んで受け取ってくれると思うよ?」

 

「う、うん、涼村さんは優しいから、僕もそれはわかってるんだ。

 ……単に、僕が本当に、僕の自己満足だけじゃなくて涼村さんもちゃんと喜んでくれるものでお礼したい……そう思ったからで」

 

「……さんご、そんなに感謝されること、星郎くんにしたかな?」

 

キュアコーラルさんからの予想外の問い掛けに、少し、目を丸くする。

その言い方はまるで、涼村さんを疑うような内容で。

ただそこに悪意があるわけじゃなく、純粋に、以前から不思議に思っていた――そんな風な、問い掛けだった。

キュアコーラルさんは、涼村さんからどこまで聞いているのだろうか?

恋愛相談とまでは言っていないと思うから、悩み事を聞いてくれた、そんな形だろうか。

キュアコーラルさんと涼村さんのやり取りを想像しながら、キュアコーラルさんに分かって貰えるような言葉を探す。

 

「……うん、僕の相談を聞いてくれた。もしかしたら、キュアコーラルさんや涼村さんからしたら全然大袈裟じゃなくて、普通のことかもしれない」

 

恋愛相談。

それ自体は有り触れた話。どこにでもある話題の1つに過ぎない。

 

「でも、僕には違ったんだ。

 ……あの頃の僕は、ずっと踏み出せなくて――違うか、留まっていたことすら気付いてなかった」

 

涼村さんから見れば、何気ない日常の一コマの、クラスメイトから相談ごとだろう。

でも、僕にとっては心が変わるほどの大きな、大切な出来事で。

 

変わる切っ掛けをくれたのは、今目の前にいるキュアコーラルさんだ。

だけど、僕に勇気を、背中を押してくれたのは涼村さんだと、彼女の優しい笑顔を脳裏に浮かべながら、キュアコーラルさんにそう伝える。

聞いたキュアコーラルさんは、照れたように、申し訳なさそうに僕から視線を逸らした。

そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは過大評価だと、そう言いたげに。

 

「うぅん、星郎くんは元々、踏み出す勇気を持ってたと思う。

 相談は切っ掛けで……きっと誰に相談しても、星郎くんはちゃんと自分の心と向き合えていたと思うよ」

 

そういうキュアコーラルさんは、少し物憂げな面持ちだった。

その表情の真意はわからない。

でも、誰でも変わらなかったと、それをキュアコーラルさんが寂しそうに思っているのは、僕にも分かった。

だけど、それはちゃんと否定できる。

他ならない僕自身が、涼村さんじゃなきゃダメだったと、確信を持ってそう言える。

 

「……それは違うよ、キュアコーラルさん。僕の勇気は、そんな万能なものじゃない。

 例えば、やる気が溢れるような言葉を貰っても、あの時の僕にはわからなかったし。

 例えば、多くの知識で適切な答えを言われても、心は動かなかったと思うし。

例えば、男らしくしろなんて勢いよく背中を蹴り飛ばされても、多分転ぶだけだったし」

 

人によって相談の聞き方、解決への導き方は違ってくる。

色々な形を想像しては、一つずつ僕は否定していく。

 

「優しく寄り添うように心の内を聞いてくれて、でも大事なことだけはちゃんと教えてくれて……。

 涼村さんだからこそ、僕は変わろうとする勇気を持てたと、そう思ってる」

 

「――っ」

 

心の内を吐露する。

相談ごと1つで大袈裟と思われてしまうし、何より恥ずかしいから、涼村さん本人に言うことはないけれど。

取りあえず、これでキュアコーラルさんの質問に応えられたかなと彼女の様子を伺うと、

 

「ふ、ふーん、そ、そうなんだ……///」

 

「……?」

 

なんでか、ソワソワと落ち着かない感じのキュアコーラルさん。

口元を緩めて、心なしか顔が赤い。

伏し目がちにこちらを見て、数秒迷った後に、再び僕へと問い掛けた。

 

「ち、ちなみにさ……星郎くんはその子……さんごのこと、どう思ってるの?」

 

「え?」

 

「あ、べ、別に深い意味はないんだけどね!? その、どうなのかなぁって……」

 

深い意味はない、と言いながらも、キュアコーラルさんの瞳は僕を捉えたまま。

質問を撤回する感じはなくて、僕の答えを興味深そうにじっと待っている、そんな雰囲気。

 

(え? え? な、なにこれ……い、いわゆる恋バナってやつ?)

 

いや、キュアコーラルさんは別に恋愛と限定していないから、友バナというのかもしれないが。

どちらにしても、なぜ、いきなりの質問である。

僕が涼村さんのことを語ったから、彼女の友達として、僕と涼村さんの関係が気になったのだろうか。

 

涼村さんのことをどう思っているのか。

非常に難しい質問だと思った。

だけど『キュアコーラルさんをどう思っているか』と聞かれるよりは良かったかもしれない。反射的に大好きと答えてしまうだろうことは、最早想像に難くない。

 

涼村さんは――ただのクラスメイト……そんな回答では足りないし、僕もそれは違うと思う。

でも友人という枠でもなくて、そんな彼女をどう思っているかなんて質問に、自分でも迷いながら、自信なく言葉を口にする。

 

「えっと……すごい優しい子だと思う、けど」

 

「ふぅん、でも、優しい子は他にもいるよ? クラスの〇〇ちゃんや△△ちゃんは、他のクラスでも優しくて親切だって評判だし」

 

僕の回答にキュアコーラルさんは首を傾げて、不満そうに返してくる。

はい、仰る通りですけど、僕としては話したことない女子なので噂を聞く程度である。というか、キュアコーラルさんうちのクラス事情に詳しいですね。

今の答えではキュアコーラルさんが納得した様子はないし、何より、僕自身もしっくり来た感じはなかった。

涼村さんは優しい女の子だと思っているけど、その感情が全てかというと、おそらく違う。

 

「えっと……か、可愛い女の子だと思う、けど」

 

「ふぅん/// で、でもほら、まなつも可愛いよ?」

 

「あー、うん、それはそうだけど……」

 

「………………ふぅん」

 

なんで急に不機嫌になるんですかね?

 

女の子に可愛いというのは恥ずかしくて、それでも勇気を出して口にしたら、誘導尋問に引っ掛かったような。

涼村さんを可愛いと言えば頬を染めて、夏海さんの可愛さに同意したらジト目になるキュアコーラルさん。イミフ……イミフ可愛い。

国語の授業で女心は秋の空と習ったけど、こういうことなのかと理解できないまでも実感した。

 

(……だけど……うん、こ、困った)

 

キュアコーラルさんが涼村さんだけでなく夏海さんやクラスメイトまで知っていることとか。

恥ずかしそうにしながらも、僕の気持ちを探っているような感じとか。

キュアコーラルさんが、ここまで僕と涼村さんの関係とか気持ちに、興味を持っているとか。

 

頭の中で様々な疑問が浮かんでいたが、ひと際、大きく占めている自身への問い掛け。

――僕が涼村さんをどう思っているか。

 

人間関係や人の気持ちは、全部が全部、言語化できるわけではないけれど。

でも、だからといって言葉にできなくてもいいという免罪符にはなりはしない。

現に、キュアコーラルさんの疑問に答えられていないし、僕自身も、お礼を渡す相手のことを曖昧に考えていたままである。

 

「僕は、涼村さんを……」

 

素敵な女の子だと、そう口にしようとして、止めた。

これでは、表現を変えただけで先の答えと中身はさして変わらない。

 

もちろん、涼村さんはとても素敵な女の子だと思う。

彼女と接する中で、クラスメイトから一歩踏み出した関係になったことで、外見だけではわからない涼村さんの魅力をたくさん見つけた。

 

言葉の拙いこんな僕の相談でも、隣で静かに、柔らかく微笑みながらじっと待ってくれていた。

偏屈な価値観を変えらない僕で、勝手に怪我して、そんな僕を本気で心配して泣いてくれた。怒ってくれた。

 

だけど、その言い方では足りないと思った。

涼村さん以外にも素敵な人はたくさんいる。

 

夏海さんはいつもやる気溢れて、何事にも挑戦している。その姿勢は、すごい素敵で羨ましいと思う。

話したことないクラスの男子も、運動神経抜群で複数の部活の助っ人をしている子や、クラスメイトだけでなく上級生や先生とも仲良くなれる子がいる。

僕から見たら、みんな素敵な人だと思う。

 

(夏海さんより、涼村さんの方が素敵だ――)

 

思考の途中で、被りを振った。

この言い方はどこか違う。

素敵さを感じるのは人それぞれだろう。

でも、クラスメイトに優劣をつけるのはおかしいと思った。

 

(夏海さんより、涼村さんの方が魅力的だ――)

 

いや、これも違う。

みんな違う魅力を持っていて、そこに優劣はやっぱりない。

 

嵌って、思考の海に入ってしまう。

キュアコーラルさんの質問に、言葉を返さないまま、彼女からも意識を外して物思いにふけってしまう。

だけど目の前のキュアコーラルさんは、急かすことも不満に口を尖らせることもなく、悩む僕をじっと見守ったまま――まるで涼村さんと相談した時と同じだと、頭の片隅でそう感じた。

 

優しい、可愛い、素敵、魅力的。

僕が涼村さんをどう思っているのか、それを言語化しようと必死に頭を回転させる。

今まで、友情や恋愛、人と接することを避けていたからこそ、僕は今、こんな簡単なことにもがき苦しんでいるのだろう。

だからこそ、これから変わっていくためにも、逃げずにちゃんと自分の気持ちに向き合うべきだと思った。

 

涼村さんや夏海さん、クラスのみんなの姿を頭に浮かべる。

みんな個性があって、素敵で、友達になりたい――そんな皆に優劣はない。

優劣はないけど、僕の気持ちは確かにここにある。

その気持ちを、優劣ではなく別の言葉で表すのならば――

 

 

「――――好き、なんだ」

 

「え……?」

 

長い沈黙を破る。

深い水の底からようやく水面にあがってきた、そんな呟き。

 

「夏海さんよりも……僕は、涼村さんの方が好き、なんだ」

 

「――――っっっ///!!?」

 

答えを得た僕。

真っ赤になってウサギのように跳び上がるキュアコーラルさん。

まるで彼女自身が告白されたかのように、恥ずかしさに顔を隠しながら、両手の隙間から僕を見る。

 

「……ク、クラスの子の中では?」

 

「クラスの中で一番素敵……じゃない。一番、涼村さんが好き」

 

「////////////////////////!!?」

 

僕の返事に、大きな瞳を揺らして、頭から湯気が出てると錯覚するくらい頬を染めるキュアコーラルさん。

……はて、僕は一体、何を言わされているのだろうか?

それはそれとして、好きの一言でこんなにも初心な反応をするキュアコーラルさんが究極可愛い。

 

そもそも、僕が好きなのは目の前にいるキュアコーラルさんだ。

涼村さんのことは好きだけど、それはベクトルが違くて……多分、違くて……僕のボキャブラリーが少ないから、わかりにくい言葉になっているのだ。

 

「え、えっと……す、好きといっても、恋愛的な意味じゃない……と思うと、言うか」

 

「わ、わかってるよっ/// というか、そういう意味じゃなくても、星郎くんも簡単に好きって言っちゃ駄目だよ」

 

「で、でも夏海さんより涼村さんの方がずっと好きだし、クラスの中でも一番好きなのは本当で……」

 

「あぅ……///」

 

僕も自分が言った言葉に、後から羞恥心が湧いてきて、言い訳のように早口に言葉を繋げた。

キュアコーラルさんも僕の言いたいことはわかっていたようで、でも変な意味にも捉えてしまったらしくて、慌てたように、冷めない頬を押さえながら眉尻をあげて僕を怒った。可愛い。

 

失言ではないけど、気持ちを言葉にするのは本当に難しくて。

でも、少しずつだけど心を伝えることができるようになりたいと、そう思った。

恋愛も友情も今更始めるのは難しいし、クラスの女子の大多数とは、まだまともに話しすらしていない。

でもクラスの男子とは最近、少しだけ話すようになってきた。

これまで読んでいなかった週刊少年誌の類が意外と面白くて、それを切っ掛けに話すことが、時々できた。

 

(……少しは、前に進めたと思ってもいいのかな?)

 

憧れのキュアコーラルさんが、年頃の少女みたく顔を羞恥に染めているのが可愛くて、それを頑張って隠そうとしている姿が愛おしくて。

つい最近似たような反応をどこかで見たような既視感を覚えながらも、好きな人の意外な反応に、買い物中ということも忘れて僕も赤くなる頬を腕で覆った。

 

 

 

♧♧♧

 

 

 

「さんごへのプレゼント、ありがとうね、星郎くん」

 

「ん、なんでキュアコーラルさんがお礼?」

 

「ふふ、気にしなくていいよ。何となく私もお礼言いたい気分だったから」

 

「?」

 

買い物袋を大事に持って、アクセサリーショップを後にした。

月と星を形どった、宝石の欠片が散りばめられた綺麗な髪留め。

オシャレに疎い僕でも、美しくて、涼村さんの藍色の髪の毛に似合うと直感的に思って。

いい買い物ができて、自然と心が嬉しくなる。

隣をみると、キュアコーラルさんも上機嫌だった。微かに歌声が聞こえる。耳が幸せ可愛い。

 

「ありがとう、キュアコーラルさん。でもその、すっかり遅くなっちゃってごめん」

 

「うぅん、星郎くんが真剣に選んでくれたの、私も嬉しかったよ。

 ……あ、でも」

 

僕のお礼に、キュアコーラルさんも本心のように屈託ない笑顔で言葉を返す。それだけで、僕の心臓がドキリと跳ねる。一日一緒にいたのに、慣れる気配は結局なかった。

そんなキュアコーラルさんの口元が、ムムッっと不満を出すようにアヒル口に変わる。変化の仕方があざといと思った。

 

「その、す、好きって言葉にするのは気を付けた方がいいからね。

 さんごは大丈夫だけど、他の人が聞いたら変に勘違いしちゃうかもしれないから。星郎くん、優しいし頑張り屋だし……クラスの子と話す時は注意しないと。さんごはいいけど」

 

「え、えぇ……そ、そんな心配しなくても大丈夫だよ。そもそも、クラスの女子と話す機会、涼村さん以外にないし」

 

「……まなつは?」

 

「……夏海さんは、そもそも男女の恋愛とかに疎いというか、気付かなそうというか」

 

恋愛にトロピカっている夏海さんの姿は、申し訳ないがあまり想像できなかった。

キュアコーラルさんも頷いて一瞬同意しかけるも、それは甘いよと言いながら首を振った。

 

「人を気になる時って、少しの切っ掛けから始まると思うの。

 星郎くん、まなつにもお礼するんでしょ? まなつ、恋愛には興味なさそうだけど……プレゼントして変に意識されないか、ちょっと心配だよ」

 

「お礼……あ、あぁ!!?」

 

「ど、どうしたの?」

 

「す、すっかり忘れてた! 涼村さんのことばかり考えてて、真夏さんのお礼、まだ手元に用意してなかった!」

 

「///」

 

キュアコーラルさんから出た言葉に、ポケットから慌てて手帳を取り出してページをめくる。

マジックで大きく花丸が書かれた今日の日にち。

涼村さんの髪留めを選ぶお店の名前をメモした下の欄に、はみ出さないよう、小さく夏海さんのプレゼント選びのことも書いてある。

涼村さんと違って夏海さんとは話した機会が少ないから、何を渡したらいいのか全く思い浮かばなかった。

それでも一昨日、夏海さんも涼村さんと一緒に僕を介抱してくれたわけで、ちゃんとお礼はしないとと考えていたのだ。

 

涼村さん優先で考えてる癖があったので、忘れないようメモしておいたのに。

というか、待ち合わせでキュアコーラルさんに会った瞬間から大体、僕の頭のメモリーは飛んでいた。

キュアコーラルさんが可愛いのが原因で、可愛さが罪というのはこういうことなのだと、人生で初めて実感した。

 

明日涼村さんにお礼を渡すのに、夏海さんだけ後日というわけにもいかないだろう。

慌てて、今来た道を引き返そうとする。

 

「ど、どうしよう!? 夏海さんも髪留めでいいかな? さっきと同じもの、夏海さんにも似合うかもだし――」

 

「――っ!?」

 

無くなる前にと、急いで反転させた身体――が、ぐっと腕に力が掛かって止められる。

見ると、キュアコーラルさんに腕を掴まれていた。

 

「キュ、キュアコーラルさん?」

 

「え、あ、えっと……お、お菓子!」

 

「お菓子?」

 

「うん、ま、まなつはお菓子の方が喜ぶと思うよ! ちょうど学校の近くにまなつの好きな洋菓子店があってね、帰りに寄ればいいんじゃないかな?」

 

「な、なるほど……確かに、女の子って甘いもの好きって聞くし……あれ、もしかして、涼村さんもお菓子の方がよかったかな? か、髪留めとか実はいらなかったり……」

 

「そ、そんなことないから大丈夫だよ! さんごは髪留め、まなつはお菓子、うん、これで絶対大丈夫だよ!」

 

「そ、そう?」

 

手提げ袋に入った涼村さんへのお礼の品に自信がなくなってくる僕に、キュアコーラルさんは力説してくれる。

僕の主観は信用ならないけど、同じ女子のキュアコーラルさんがそこまで言うのなら、素直に安心していいんだろう。

夏海さんへのお礼も偶然だけど無事に決まり、ホッと胸をなでおろした。

……涼村さんへ贈る髪留めには一切口を出さなかったキュアコーラルさんだけど、夏海さんへ贈るものはなぜか一緒に考えてくれた、というか決めてくれた。アドバイスの基準が不明であった。

 

 

 

全ての用を終えてショッピングモールを後にする。

駅までの道のり。

隣を歩くキュアコーラルさんと話題を思い付けば話しかける。少なくない沈黙の中、歩を進める。

今日は本当に夢のように楽しかったという充足感が、今までにないくらい心を満たす。

次にいつ会えるかわからないし、こうやって会うのはこれが最後かもしれない。

悲しくないと言えば、嘘になる。

でも悲観にくれる前に、キュアコーラルさんと交わす言葉、気持ちはたくさんある。

 

女々しい顔になっていないことを、通り過ぎるショーウィンドウで確認して。

 

「キュアコーラルさん、ちょっといいかな?」

 

さきのアクセサリーショップで貰った買い物袋の中から、もう一つ、秘密に買ったものを取り出し、彼女に渡した。

 

「――え?」

 

「その……二度も僕を助けてくれてありがとう。

 写真も……えっと、僕の我儘なのに、ありがとう。

 今日一日、付き合ってくれてありがとう。バッグもすごい嬉しくて、一生使うくらい大事にしたくて――だからこれ、受け取ってくださいっ」

 

化粧箱に入れられた、お礼を渡す。

今日の初めに、思わず服を一式キュアコーラルさんに買いそうになって怒られたけど、このプレゼントならそれより値段は低いから怒られる可能性は少ないと思う。

何より、僕は涼村さんや夏海さんだけじゃなくて、キュアコーラルさんにもちゃんとお礼をしたかった。

キュアコーラルさん本人に言えないけど、キュアコーラルさんを好きになったことが、本当に僕の人生を変えてくれたと思っているから。

 

「あ、これって……」

 

キュアコーラルさんは渡された箱を開けて、中身を見て――目を開く。

 

「さんごと同じ髪留め……」

 

「う、うん、キュアコーラルさんと涼村さん、髪の色が近いし、雰囲気も似てるから……多分、いや絶対、キュアコーラルさんにも似合うと思って――」

 

「ふ、ふふ……くすくす……」

 

「え! あ、だ、駄目だった!?」

 

「ご、ごめんね、駄目とかじゃなくて……ふふ、ちょっとおかしくて」

 

僕からのお礼の品を受け取ったキュアコーラルさんは中身を見た途端、なぜか唐突に、声を抑えて笑い出した。

お礼を贈ったのを怒られるでもなく、中身にがっかりされたわけでもないから、取り敢えず無事に渡せたことには安堵したけど……なにか、おかしな点があったのだろうか。

 

ひとしきり静かな声で笑ったキュアコーラルさんは、悪戯っ子のような楽しそうな瞳で、僕のことをじっと見た。

端正で可愛さ抜群の彼女の顔が正面にあって、それだけでカアッと僕の顔に血が上る。

 

「……1つね、教えてあげる」

 

「え?」

 

「女の子へのプレゼントは、同じものを渡すと嫉妬しちゃう子、いるんだよ?」

 

「え、えぇぇ!?」

 

それを聞いて、手元の買い物袋に入った涼村さんへのプレゼントと、今キュアコーラルさんに渡したそれを交互に見る。

もちろん全く同じもの。

キュアコーラルさんに秘密裏に買って渡したことが、逆に裏目になってしまった。

 

「ふふ、星郎くん、まなつにも同じもの買おうとしてたし……もうちょっと乙女心っていうのかな? 勉強した方がいいかもね」

 

「ご、ごめん、キュアコーラルさん……」

 

「うぅん、意地悪いってごめんね? いきなりで驚いちゃったからその仕返し。

 ……そうだ、星郎くん。仕返しついでに、ちょっと耳貸してもらってもいい?」

 

「え、う、うん」

 

慣れないサプライズが失敗して意気消沈しながら、言われるまま、キュアコーラルさんに片耳を向ける。

キュアコーラルさんが近づくと同時に――どこかで嗅いだことのある、甘い香りが鼻をくすぐる。

 

どこだろうかと記憶を辿ろうとするのも束の間。

キュアコーラルさんの唇が耳元に――――僕の頬に、湿った感触が走った。

 

「え? ……え?」

 

「――プレゼントありがとうね、星郎くん。

 その……すっごい嬉しかった!」

 

トン、と一歩後ろに軽い足取りで下がったキュアコーラルさん。

綺麗な紫の髪の毛を左右に揺らしながら、純粋に僕のプレゼントに喜んで、満面の笑みを見せてくれた。

顔が真っ赤なのは、今の一瞬の行為のせいか。

頬に残る感触に幸福や嬉しさを感じると同時に、こんなに彼女に好意を貰える覚えはないと困惑する。

赤くなりながら混乱する僕。

それを見ながら、キュアコーラルさんは――まるで、ずっと用意していた言葉のように、戸惑いない言葉を向ける。

 

「ずっとね、星郎くんにお礼を言いたかったの。

 いつも、ヤラネーダが出た時に備えて見回りしてくれてありがとう。

 一昨日、命を掛けて私を庇ってくれて、ありがとう。

 今日もね、私、すっごい楽しかったよ。お礼したかったのにプレゼント貰っちゃって……意地悪言っちゃったけど、この髪留め、本当はとても嬉しかったから」

 

だからありがとうと、キュアコーラルさんは可愛く微笑みながら、頭を下げた。

お礼になるか分からないけどと、そう続けて、彼女は頬を染めたまま、自身の唇を恥ずかしそうにそっと撫でた。

 

サプライズしたのに、すごいサプライズを返されたとか。

頬に彼女の唇が触れた時の気持ちよさを思い出しては、心臓が壊れそうに跳ね上がるとか。

一方通行の想いやお礼だと思っていたけど、キュアコーラルさんもちゃんと僕のこと見ていてくれたんだとか。

 

様々な想いが胸中で混濁する。

そうして湧き上がってきたのは、1つの強烈な想いと欲望。

このままキュアコーラルさんと別れれば綺麗な思い出として残る筈が、それを壊してでも先に進みたいとする、そんな独り善がりな言葉が湧き上がる。

 

もう、止められなかった。

 

 

「――好きです、キュアコーラルさん」

 

「え……?」

 

二人の間に流れていた、静かながらもふわふわとした甘酸っぱい空気に一転、亀裂が入る。

僕の突然の告白に、キュアコーラルさんが固まって、呆けたような言葉を返す。

聞き逃してくれたのなら、今なら最後、引き返せる。

 

「僕は、キュアコーラルさんが大好きです」

 

「――っ!!」

 

構わず、二度目の告白を口にした。

でも、その後の言葉――付き合ってくださいとは、言えなかった。

心の器から溢れてしまった好きの気持ちを伝えるのが精一杯で、キュアコーラルさんとどうなりたいかも、付き合う覚悟も、何もできていない。

ただ、気持ちを伝えるだけの告白だった。

 

自分の情けなさに気付いて、そして衝動的に口走ってしまったことに後悔して、やはり撤回しようかと迷いが生じる。

でも何て言えばいいのかわからず、喉に言葉を詰まらせたまま、続く言葉が出てこない。

そうして何も言えないまま、目の前のキュアコーラルさんの顔を見て――視線がばっちりと絡まった。

 

 

――――目に映ったキュアコーラルさんの表情は、酷く困ったような、掛ける言葉が見つからないような、驚きと困惑、迷いが入り混じっていて、

 

「……っ、ご、ごめんなさいっ!!」

 

まるで僕から逃げるように、キュアコーラルさんがその場から大きく跳躍する。

常人を超えた身体能力で、とてもじゃないけど、人が追い付ける速度じゃない。

 

「あっ……」

 

喉元から掠れた声がようやく出る。

でも、もう何もかも遅かった。

キュアコーラルさんは――振り返ることなく、瞬く間に僕の視界から消えてしまった。

 



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8. 約束

「おはよう、涼村さん、夏海さん。

 先週はその、迷惑かけてごめん、あと介抱してくれてありがとう。

 えっと……お礼用意したから、よかったら受け取って……ください」

 

「わっ、ありがと、ほしろう君! というか、別にお礼なんていいのにー。あとなんで敬語?」

 

「いや、その……お礼のチョイス、これで良かったのかなって緊張で」

 

翌日。

朝のHRが始まる前にお礼を渡してしまおうと、教室で雑談していた二人に声を掛けた。

昼休みはクラス全員がいて目立ちそうだし、放課後はすぐに帰ってしまう場合もある。

タイミングを考えて、登校直後の今が一番スムーズに渡せると思った。

 

「開けていい? んん? あっ!! これ私の大好きなお店のクッキーじゃん! すごーい!! え、私がこれ好きなの知ってたっけ、ほしろう君!?」

 

「え、えっと……ぐ、偶然かな。美味しいって評判をきいて……」

 

【悲報】夏海さん、朝から声が大きすぎる。

クラスの席はまだ埋まっていないが、それでも既に着席していたクラスメイトたちからちらほらと好奇っぽい視線が寄せられるのを感じる。

 

「ほしろう君、ありがとね! 昼休みに皆で食べよー、トロピカ楽しみだよ!

……あれ、さんごは空けないの?」

 

「あ、あはは、私はあとで開けようかな。えっと、ありがとうね、星郎くん」

「う、うん」

 

涼村さんが手に持っている小さめの箱。

夏海さんは中身がすごく気になるようで涼村さんへ開けるよう促すけど、涼村さんは軽やかに流して、渡されたお礼の品をバッグへとしまった。

 

一瞬、リアクションの淡泊さに不安になったが――涼村さんが夏海さんに気付かれないよう、申し訳なさそうな表情で僕にウィンクを1つ送ってきた。可愛い。

オシャレに敏い涼村さんのことだから、もしかしたら包装紙で僕の贈り物がアクセサリーの類と気付いたのかもしれない。

 

(確かに、今開けるのは……ものすごくまずい感じがする)

 

お礼とはいえ、女の子に髪留めを贈るのだ。

それも相手はただのクラスメイトで、彼女でも友達でも幼馴染でもない。

こんなクラスの視線が集まっている中で開けた日には、面白可笑しな噂が立ちかねない。

夏海さんがクラスの注目を集める中、涼村さんが機転を利かせてくれて助かった。ものすごい内助の功である。

 

「えっと……それじゃ、席に戻るよ。話の邪魔しちゃってごめんね」

 

用事を済ませて、早々に自席に戻ろうとする。

用が終われば、今日は1日勉強に集中だ。テストが近いから、一層、頑張らなきゃいけない期間なのだ。

 

と、踵を返したところで、夏海さんに手を掴んで止められた。

 

「――え!? な、なに? と、というか、その、手……」

 

「ほしろう君、何かあった?」

 

「「――――っ!?」」

 

突然の、でも確信をついた夏海さんの問い掛けに身体が跳ねた。

夏海さんの横の涼村さんも、ビクリと、小さく体が動いた……気がした。

 

「いつもより元気なさそうに見えるけど、どうかした?」

 

「っ……」

 

愚直にクラスメイトの男子を心配する、夏海さんの真っ直ぐな視線。

……悲しいことがあったと。

振られてしまったと、そう言えればどんなに楽かと、蓋をしたはずの心がざわめき立つ。

何でもないと言って席に戻ればいいのに、僕の口からその言葉は出てこない。

内心では誰かに聞いて慰めてほしいと思っているのか。そんな女々しい考えを否定できない自分に嫌気がさす。

 

「えっと、悩みごとあったり? 良かったら――」

 

「星郎くん、ちょっとこっちに来て。まなつ、私たちHRまでには戻るから」

 

「え、え? さんご?」

 

「星郎くんと内緒話、あるんだ。ごめん、また後で説明するね」

 

続く夏海さんの言葉に、僕は顔を歪ませる。

と、涼村さんが無理やり話しに割って入り、僕の手を引いて教室の外へと連れ出した。

涼村さんには珍しい強引さで、でも今の僕には彼女の気遣いは嬉しくて。

 

繋がれた柔らかい手の感触に気恥ずかしさと――少しの安心を感じながら。

夏海さんとクラスの幾人かの視線を背にして、僕たちは足早く教室から離れていった。

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第8話 約束

 

 

 

「屋上は遠いから、ここらへんかな?

 この時間なら人通りもないし、誰も来ない筈だよね」

 

多目的教室に入り、様子を伺う涼村さん。

先生や他の生徒がいないことが確認できると、彼女は振り返り、僕へ軽く頭を下げた。

 

「ごめんね、星郎くん。まなつも悪気はないんだけど……」

 

「い、いや、謝ることなんてないよ。その、夏海さんが僕を心配してくれたのは分かったし」

 

ただ声が大きい。

僕の元気がない理由が理由だけに、あんなに目立った後ではとても話せるものではなかった。

 

「多分、夏海さんのことだから……僕がお腹空いてたとか、そんな予想していたのかも」

 

「ふふ、そんなことないよ。まなつだって色々考えてると思うし……周りの目を気にせず一直線だから、クラスの子の目線は考えていなかったかもだけど」

 

「僕、目立つのは苦手というか慣れてないというか……その、連れ出してくれてありがとう」

 

「うぅん、気にしないで」

 

逆に目立っちゃったかもだし、と申し訳なさそうにする涼村さん。

全員に見られたわけではないけど、二人でHR前の教室から飛び出したのだ。

僕はともかく、涼村さんが友達から何か言われないかが心配で……でも、それを知った上で僕の手を引いてくれたことが、不謹慎だけど少しだけ嬉しかった。

 

「ごめん。元はと言えば、僕が心配されるくらい暗い顔をしていたのが原因だ」

 

俯いて、謝った。

表情に出さないよう努めていたし、実際、トイレで鏡を見た時はいつも通りだと自分でも思えていたけれど。

 

「まなつ、あぁ見えて些細なことにすごい気付けるの。

 困った人を見かけたら誰でも声を掛けてるし、それで、人の表情や心に機敏になのかも」

 

「それは……すごいね。……うん、すごいと思う」

 

「ふふ、私の自慢の友達だよ?」

 

そういう涼村さんは嬉しそうで、でも羨ましそうな表情をしていて。

それを見て、僕は涼村さんが羨ましいと思った。尊敬できる友達を持っていて、屈託なく友達を自慢できる彼女自身が、いいなと思った。

 

それで――と、涼村さんは声のトーンを落とした。

若干迷った面持ちで、僕へと向き直る。

 

「……星郎くん、元気ないね。……その、何かあったの……かな?」

 

夏海さんと全く同じ質問を、彼女はした。

……機転が利く涼村さんのことだから、おそらく予想はついている筈。

だからこそ、周囲に誰もいないこの場所でその問い掛けをくれたのだろう。

 

(……やっぱり、すごく優しい女の子だな)

 

優しさが染みるとは、今感じている気持ちだと思った。

わざわざ人に言うことではないけれど、言葉を吐けば、きっと今より楽になる。

愚痴を吐きたい。

聞いて慰めてもらいたい。

今まで恋愛相談に乗ってくれた他ならない涼村さんだからこそ、僕は弱音を吐いて、少しでも気持ちの整理をしたかった。

 

「…………帰り道の途中、キュアコーラルさんに告白して、振られたんだ。

キュアコーラルさんに楽しんでもらいたかった1日を、僕が最後に、台無しにしてしまった」

 

「……っ」

 

色々と言いたい、吐き出したい言葉はあった。

でも、一番最初に出てきたのは……昨日という日を、キュアコーラルさんにとって素敵な1日のまま終わらせることができなかった後悔だった。

 

涼村さんは半ば予想していたような、でも何かに驚いたように瞳が大きくなる。

喋ろうとして、でも言葉を飲み込んだのか、彼女の口元がきゅっときつく結ばれた。

涼村さんの言葉が無いのを確認してから、僕も続ける。

 

「昨日は、本当に楽しかったんだ。すごい緊張したし、うまく喋れてもいなかった。エスコートだって満足にできなくて格好悪いと思ってる。

 でも、キュアコーラルさんと色々と話ができたんだ。色々な、キュアコーラルさんの一面を知れて、嬉しかったんだ」

 

「……星郎くん、キュアコーラルのこと、嫌いになった?」

 

「え?」

 

「だって……その、振られちゃったんだよね」

 

落ち込んで、嫌いになったのかなって。

そう、涼村さんは僕の気持ちを伺うように、不安な声色で問い掛ける。

 

(……それは)

 

飛躍しすぎだと、沈んでいた思考も忘れて驚いた。

振られることと、相手を嫌いになるのは全くもって関係ない。

なのに、涼村さんはまるで、僕がキュアコーラルさんをもう嫌いになってしまったかのような、そんなこと恐れている感じがした。

 

「……嫌いになんか、なるわけないよ。

 それに振られることは――最初からわかってたんだ。

 僕は大した取柄もない、人と接することすら避けていた一般人で、キュアコーラルさんの隣に立てるような人間じゃない」

 

「そ、そんなことないよっ。星郎くんの素敵だって思えるところ、ちゃんとある――」

 

「――ありがと、涼村さん」

 

慰めようとしてくれた涼村さんの、その言葉を遮る。

 

「でも本当に、振られたこと自体に後悔はないんだ。

 落ち込みはしたけど、納得はしているし……もちろん、キュアコーラルさんを嫌いになるなんて絶対にない。ただ……」

 

キュアコーラルさんを悲しませてしまったことが後悔だと、そう紡いだ。

涼村さんの瞳が揺れる。

僕の言っている意味がよく分からないと、そう言いたげな表情が見て取れた。

 

「……僕が告白した時……キュアコーラルさん、すごい困った顔をしていて……少し前までは楽しくお喋りできていたのに、告白されて、驚いて、すごい苦しそうで」

 

「それは……っ」

 

涼村さんがなにかを言いたそうに、でも言えずに口を噤む。

 

「キュアコーラルさんの心境はわからないけど……でも、僕に告白されて迷惑だったってのはわかったんだ。

 ……彼女を困らせたいわけじゃなかった。あんなに苦しそうな顔をさせたいわけじゃ、なかったんだ……」

 

昨日の、別れ際の光景がずっと脳裏に残っている。

告白の返事は、謝罪と拒絶。

 

「自分の好きに正直になれた僕自身を、僕は少し好きになれた。

 でも、気持ちを抑えきれずに言葉にしてしまったのが心残りで、今もずっと、後悔してる。一方的な告白でキュアコーラルさんを困らせるなら、この気持ちを伝えるべきじゃなかったと……後悔してる」

 

「……」

 

暗い気持ちに引きずられないよう努めながら、そう涼村さんに返事をした。

結果自体に悔いはないと。

ただあの時、雰囲気を台無しにして、気持ちを押し付けて、キュアコーラルさんを悲しませてしまったのがたった1つの後悔だった。

 

聞いた涼村さんは――ただじっと、僕の顔を見つめていた。

綺麗で、吸い込まれそうな大きな瞳で。

とても――キュアコーラルさんに似ていると、その時はなぜか、そう思った。

 

「……もう一度会えたら、どうする?」

 

「え?」

 

「キュアコーラルに……もう一度、会いたい?」

 

涼村さんの唐突な、純粋な問い掛けに一瞬固まる。

僕を伺うような、心配するような表情の涼村さん。

考えるまでもなく、口を開いた。

 

「うん、会って謝りたい。キュアコーラルさんに、昨日のことは忘れてほしいって。

 そして、昨日は楽しかったと、ありがとうと言って、ちゃんと彼女とお別れしたい」

 

「……うん」

 

涼村さんは少し悲しそうに、僕の返事を聞いて頷いた。

僕だけでなく、涼村さんも後悔の念を抱いているような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

一限目。

授業の最中、スマホが震えた。

普段なら授業に集中しているけど、今日ばかりは気になって……それに、心当たりもあった。

周囲にバレないよう、そっとスマホの画面を見る。

 

LINEの通知。涼村さんから。

 

『今日の放課後、予定空いてるかな?

 キュアコーラルがね、星郎くんとお話ししたいって……その、屋上で待ってます。

 PS : 私は用事があるから先に帰ってるね(✿╹◡╹)ノ』

 

 

 

♧♧♧

 

 

 

放課後になり、約束通りに屋上へと足を運ぶ。

これから部活に励む生徒、帰って友人と遊ぶ生徒たちとすれ違い、彼らの活気を羨ましそうに思いながら。

 

これから僕はキュアコーラルさんと会う。

ただ、キュアコーラルさんからの用件は何も聞いていない。

会えるだけで嬉しいと思う反面、昨日の今日でどんな顔して会えばよいのかと困惑する。

 

「……まだ、キュアコーラルさんは来てないのかな?」

 

屋上のベンチに座ろうとして、やめた。

気持ちがとても落ち着かず、じっとしていることが出来なかったから。

屋上のフェンス越しに階下の校庭を眺めながら、彼女が現れるのを待つことにした。

 

(……キュアコーラルさんと何て話をすればいいのか、全然わからないけど)

 

1つだけ、ずっと心に暗く残っているこの想いは伝えよう。

涼村さんに言った通り、キュアコーラルさんに昨日のことを謝りたいと、その想いだけはどんなに緊張しても忘れないように持っておこうと、深く心に刻み込む。

 

しばらくして、屋上の扉の向こうから足音が聞こえた。

扉の向こうに、人の気配。

 

リップ♪ アイズ♪ ヘアー♪ チーク♪ ドレス!

 

 

――数秒の後、金属音をゆっくりと鳴らしながら、扉が静かに開かれた。

 

「……」

 

「――キュア、コーラルさん……」

 

彼女を瞳に捉えた途端、また、心臓の鼓動が早くなった。

再び逢うことのできた、大好きで、憧れの女の子。

でも昨日の時とは違って、キュアコーラルさんは無言のまま、その表情は固かった。あの柔らかくて可憐なお花のような笑顔は無くなっていた。

 

そんな彼女の、辛そうな面持ちを見て、息がとても苦しくなった。

一度は近づいた筈のキュアコーラルさんとの距離がまた遠くなってしまったようで、心が急に寒くなる。昨日のように笑ってほしいと、心の中で声にならない叫びをあげる。

 

でも、目の前のキュアコーラルさんも僕を見た瞬間、違う辛さを顔に映した。

まるで、大好きな人に会っているのに笑えていない僕を見るのが苦しそうな、そんな想いが、不安そうに揺れる瞳から強く感じた。

 

「「――ごめんなさい!!」」

 

決心して、言霊に思いっきり気持ちを込めて、叫びながら謝ったら――重なった。

 

「……あれ?」

 

「……くっ……ふふ」

 

数秒固まったあと、キュアコーラルさんが緊張が解けたように笑いを零す。薄目可愛い。

こんなことで初めて息が合ったのをおかしく思ったのか……気付けば、僕の口元も少し緩んで上がっていた。

 

「……えっと……でもなんで、キュアコーラルさんがごめんなさい?

僕、昨日に既に振られたような……」

 

「あ、ち、違うの! そのごめんなさいじゃなくて……えっと、そもそも、昨日のごめんは星郎くんと付き合いたくないって意味じゃなくて」

 

「えぇ、嘘!? じゃ、じゃあ、その、もしかして、僕はキュアコーラルさんとお付き合いできるってこと!?」

 

「ふぁ!? ち、違……その、星郎くんは真面目で一途だし……好きの気持ちに正直になろうと、変わろうとしているところが似てるなぁって、見てて頑張らなきゃと私も思うし……不器用だけど真っ直ぐな気持ちや、ちゃんと言葉にして伝えようって姿がいいなって思うけど……で、でもキュアコーラルは付き合えなくて――えっと、ごめんなさい!」

 

「……」

 

キュアコーラルさんの脈ありっぽい言い方に思わずがっつくも、即座に振られた。

なんで僕は二度も振られているのだろうか?

涼村さんには振られたことに後悔していないと言ったけど、ダメージが入らないとは言っていない。

上げられてから落とされた分、振られたショックが昨日の比ではなかった。死にそう。

 

僕の顔の青さに気付いたキュアコーラルさんが、慌てて言葉を付け足した。

 

「わわ、も、戻ってきて、星郎くん!!

 その、星郎くんにとって悪い話じゃないから、ね!」

 

「……そ、そうなの? ま、また振ったりしない?」

 

「しないよ!? ……多分。と、とにかく、話もあるしどこか座ろう――」

 

そう言って、キュアコーラルさんは僕を近くのベンチへと促した。

言われるがまま腰を下ろすと同時に、僕も一旦落ち着こうと目を閉じ、肺から絞り出すように息を一つ、ゆっくりと吐いた。

冒頭から騒がしい姿を見せてしまったけど、今日はキュアコーラルさんから会えないかと誘ってきた――つまりは、大事な用とか話とかがある筈なのだ。

蕩けた頭ではいけないと、短い時間の中で精神統一して気を引き締める。

 

と、頬にくいっと冷たいものが当たる感触。

目を開けてみれば、キュアコーラルさんの両手にはジュースが握られていた。そこの自販機で買ってきたらしい。

……この渡し方、流行っているのだろうか?

 

「はい、星郎くん。またジュース飲みながらゆっくり話そう?」

 

「あ、ありがと……あ、これ僕の好きなやつだ……ん? キュアコーラルさんに教えたっけ?」

 

「んー、さんごから聞いたのかな」

 

「へ、へぇ……」

 

何気なく言うキュアコーラルさんとは反対に、ドキリとする僕。

涼村さんが僕のことを話題にした思うと、何となく恥ずかしさが込み上げてくる。

 

ふわりと、キュアコーラルさんがスカートを抑えながら隣に座る。

昨日の私服姿も究極可愛かったけど、やっぱり、キュアコーラルさんは今のドレス姿の方が究極可愛いなと、肩が触れ合いそうになる距離にドギマギしながら思った。

 

「……ん」

 

「……」

 

ベンチに座って、二人でそよ風を感じながら。

話があるといったキュアコーラルさんは、しかし中々、喋り出すことはしなかった。

迷うこと、言葉に出来ないことがあるのだろうか。

横目でちらりと伺った彼女の様子は、どんな言葉を伝えようかと、手を口元に当てながら悩んでいて――

 

(……こういう時は、静かに待って……うん、でもちゃんと、キュアコーラルさんに意識を向けて――)

 

自身の体験を思い起こす。

教室で、公園で――涼村さんは、僕が言葉を見つけるのを静かに見守ってくれた。

彼女がしてくれたように、僕も今、キュアコーラルさんの見守りながらゆっくりと待つ。

 

そうだ。

あと、涼村さんは安心させてくれるような笑顔で、僕の言葉を待ってくれていた。

なら僕もと――そう思い、キュアコーラルさんがホッとできるような、そんな想いを込めて隣の彼女へと微笑んでみた。

 

――ちらりと、こちらを伺うキュアコーラルさんと、視線があった。

 

「ふっ……くす」

 

ぎこちない笑顔だったせいか、口元を抑えて笑われた。可愛い。

キュアコーラルさんの表情から固さが抜けて、頬が緩くなる。

 

栗色の、キラキラとした瞳が僕を捉えて、困ったように眉尻を下げた後……微笑んだ。

 

「……誤解、してほしくなかったの」

 

「誤解?」

 

「うん。嫌いだから星郎くんを振ったわけじゃない。

 突然の告白に驚いて逃げちゃったけど、告白自体が嫌だったわけじゃない」

 

「……」

 

僕に謝るように、キュアコーラルさんは言葉を紡ぐ。

嫌じゃない。

そう言いながらも、キュアコーラルさんと僕の間に、見えない、大きな壁は確かにあって……それが多分、僕を振った理由なんだと、彼女の面持ちから薄々感じた。

 

「だからね、星郎くんの告白のせいで昨日全部が嫌な1日になっちゃったとか……そんなこと、私は全然思ってないって、伝えたかったの。

 告白は、その……嬉しかったよ? ……でも、告白されても付き合うことはできなくて……えっと、変なこと言ってるね、私」

 

キュアコーラルさんには珍しく、話し方がしどろもどろで。

でも彼女の言いたいことや気持ちは、十分に僕に伝わった。

キュアコーラルさん自身も言葉を紡ぎながら、言葉を探しながら――僕の告白に、やり直すように真剣に返事をしてくれて、

 

「……星郎くんが素敵な男の子だってこと、私は知ってるから。

 告白されて……えっと、星郎くんと付き合うのもいいなぁって、す、少しはそう思ったりとかして……その、昨日は逃げちゃったけど、星郎くんの告白に、困ったとか、悲しいとか、そういうことは絶対、思ってないから」

 

それだけは、この姿でちゃんと伝えたかったと、キュアコーラルさんは瞳に強い意志を込めてそういった。

そうして、改めて僕に向き直る。

 

「昨日はちゃんとお返事できなくて、ごめんなさい。

 ……私ね、プリキュアだから……『キュアコーラル』は誰とも付き合えません」

 

「…………うん」

 

真摯に向けられる視線に、恥ずかしさと、悲しさと、儚さを感じた。

僕だから振ったわけじゃないと、そう言ってくれたキュアコーラルさんの言葉に嬉しく思った。

付き合うことのできないと、再度突き付けられたキュアコーラルさんの言葉に苦しく思った。

 

(それでも……うん)

 

悲しみと嬉しさが混濁する心の内で、少しだけ、嬉しさが残った。

――報われたと、そう思った。

例え今の言葉がキュアコーラルさんの優しい嘘でも、大好きで憧れの彼女から、素敵だと……そう言ってくれたのなら、この無謀と分かっていた恋も少しは報われたのだと、そう思えた。

 

 

 

「……その、今日、キュアコーラルさんが僕を呼んだのは……わざわざ、それを言うために学校まで来てくれたの?」

 

失恋の余韻を残した、でも互いに気持ちは伝えられた、そんな甘さと苦みを含んだ空気の中。

 

キュアコーラルさんの話が終わったと思い、今日ずっと気になっていたことを口にした。

それを聞いて、キュアコーラルさんは申し訳なさそうに微笑む。

 

「うん。突然で迷惑だったと思うけどごめんね。

 ……告白が迷惑だったって、星郎くんが私の気持ちを誤解してたから、そこはちゃんと言葉にしないとって思って」

 

「そ、そうなんだ。ありがとう……。

でもその、僕の考えてること、よく分かったね?」

 

キュアコーラルさんの気遣いに感謝しつつも、正確に心の内を知られていたことに驚きを隠せない。

キュアコーラルさんとは昨日、突然の告白をして別れたのだ。

あのあと話もしていないし、互いの表情も見ていない。プリキュアさんだから、エスパーな能力でもあるのだろうか。

 

そう当然の疑問を口にした筈だけど、なぜか、キュアコーラルさんはとても慌てた。

 

「はっ!? え、え~っと……さ、さんごから聞いたというか、ね?」

 

「……」

 

涼村さんさぁ……。

なんだろう、涼村さんは何も言わなくても、ちゃんと秘密は守ってくれる女の子で。

その筈なのに、キュアコーラルさんには恥ずかしいことが結構知られている事実。

 

昨日のお出掛け中も思ったのだけど、案外、涼村さんからキュアコーラルさんに情報が筒抜けなのではなかろうか?

 

(というか、そうなるとキュアコーラルさんから涼村さんにも……色々と伝わってる?)

 

一方で筒抜けということは、その反対もありうるわけで。

昨日の、アクセサリーショップでの自分の発言を思い返す。

 

『涼村さんだからこそ、僕は一歩踏み出す勇気を貰えた』

『真夏さんよりも、涼村さんの方が好き』

『クラスの中で一番、涼村さんが好き』

 

……いや、伝わっていないことを祈ろう。

恥ずかしすぎるし、そもそも涼村さん自身も聞いたら困るだろう。僕とどんな顔して会えばいいか、かなり困ると思うし。

そういえばと今日の朝を思い返すと、少しだけ涼村さんとの距離感が違う感じが、確かにあった。

よそよそしいようで、でも近いような。距離を測り直しているような、そんな雰囲気。

朝の僕は、頭も心も後悔に染まっていて、それに気付きはしなかったのだけれど。

 

「……」

 

「星郎くん?」

 

「ふぁ!? い、いや、何でもない、何でもないよ」

 

唐突にキュアコーラルさんの可愛い顔が目の前に広がり、頭を振りながら飛び起きる。

こちらを心配そうに覗き込むキュアコーラルさんを見て、今の思考を停止させた。

涼村さんの心境はわからないけど、とりあえず、僕の発言については棚上げしよう。考えても恥ずかしくなるだけだし。

それに気持ち悪いと思われたら、自然と涼村さんから距離を取るわけで……凹む。

 

「あー、えっと……そういえばさ、キュアコーラルさん、さっき『プリキュアだから付き合えない』って言ってたよね?」

 

「え、う、うん」

 

「何というか……うん、単純な質問なんだけど、そういう規則とかがあるのかなぁって」

 

思考が沈まないよう、頭の中を切り替える。

今はせっかくキュアコーラルさんが隣にいて、彼女の用事は終わったけど、まだ僕の隣に座っていてくれているのだ。

振られても、彼女のことを知りたいという想いは変わらない。

決して未練があるわけではないけど……結構あるけど……この恋が終わる前に、あと少しでも、彼女のことを知りたかった。

 

(……いや、でも、これで“そんな規則はないよ”って言われたらどうするんだ、僕)

 

そうなると、プリキュアだから付き合えないというのは体の良い断り文句とわかってしまう。

せっかく、あまり落ち込まないような理由で振ってくれたのに、それを蒸し返す僕は馬鹿なのではないかと、今した質問に後悔する。

 

「……」

 

「……」

 

僕とキュアコーラルさんの間に、なんとも言えない沈黙が流れる。

……恐る恐るキュアコーラルさんの顔を伺うと――とても……とても悩んでいるキュアコーラルさんと目が合った。瞳に映るハート模様がほんと可愛い。

 

……じゃなくて、やはり、これは地雷を踏んでしまったのだろうか?

戦々恐々として身を縮ませながら、キュアコーラルさんの言葉を待つ僕。

ものすごく長く感じる、間。心臓が痛い。

 

「……言おうかすごい迷ったけど、星郎くんに教えちゃうね?」

 

「え、あ……やっぱり、待っ……う」

 

「――――この姿ね、その……変身した、姿なんだ」

 

「…………………え?」

 

キュアコーラルさんの言葉が聞きたくなくて。

耳をふさごうか、どうしようかとあたふたしてる最中に。

 

(え……へ、変身? 変身って、あの変身?)

 

変身。

その言葉の意味を、呆けたように繰り返して頭の中で半濁させる。

キュアコーラルさんが変身。

いや違う。変身した姿がキュアコーラルさんだと、これはつまり、そういう意味で。

 

「エッッッッッッッ!?」

 

「お、驚くよね? ご、ごめんね、ずっと黙ってて……怒った?」

 

「え、いや、怒らないよ、怒るわけないけど……」

 

僕の頭がものすごい速度で回転する。

脳内でキュアコーラルさんの言葉の意味を理解して、想像する。

 

「それってつまり、キュアコーラルさんは変身前は僕らと変わらない一般人ってこと!? こんな可愛い一般人がいるってこと!?」

 

「え、えっと/// ……その、お化粧というか変身してるから、可愛いかどうかはわからないけど」

 

「それってつまり、キュアコーラルさんも普通に生活を送っていて、恋愛して、結婚するってこと!?」

 

「え、えっと/// ……恋愛とかまだわからなくて……その、いつか素敵な男の子と結婚できたらいいなとは、思うけど」

 

「それってつまり、これから物凄く頑張れば僕にもチャンスがあるってこと!?」

 

「え、えっと/// ……ど、どうだろうな~///」

 

「ち、ちなみに、キュアコーラルさんの本当の名前って!?」

 

「え、えっと/// ……って、い、言えるわけないよ!?」

 

「……」

 

「そんな唖然とした顔しないで、星郎くん!? というか、その告白もされちゃったし、ここで本名教えたら私……す、すごい気まずいのわかるよね!?」

 

この話は終わりというように、ふいっと、頬を紅くしながらそっぽを向くキュアコーラルさん。

話の勢いで本名が知れなかったのは残念だけど、同時に、僕の中での常識がガラリと変わる。

 

(そうか……キュアコーラルさんも、プリキュアの前に普通の女の子だったんだ)

 

だからと言って、僕が振られた事実は変わらないけれど。

プリキュアが変身した姿で付き合えないと、そうキュアコーラルさんは言ったけど、だからといって、変身前の姿なら交際を許されたわけじゃない。

 

プリキュアの戦士でいる間は、誰とも付き合う気がないのか。

それとも、やはり断り文句で、優しい嘘をついてくれたのか。

それとも、キュアコーラルさんにとって変身前の姿を知られるのは、自信がないと思っているのか。

 

(確かに、僕は『キュアコーラルさん』が大好きだと言ったけれど……)

 

隣のキュアコーラルさんの姿を、もう一度目に焼き付ける。

 

薄い紫色を引いた艶のある唇。

ハート模様の入った、くるりとした大きな瞳。

綺麗なスミレ色の髪、それを可愛く二つに縛った大きなリボン。

柔らかそうな白くて細い肢体と、それを包むフリルの入った可愛いドレス。

 

そして――ぷにぷにした頬を彩るあざといチーク。

 

(きゅ、究極可愛い……)

 

 

――でも、

 

「僕は……キュアコーラルさんの瞳の色が、大好きなんだ」

 

「……え?」

 

唐突に出た僕の告白、独白に、キュアコーラルさんが驚いて僕を見つめる。

言うのは、物凄く恥ずかしいけれど。

僕の考えは全然違くて……キュアコーラルさんは別に、変身前の自分に自信を持ててないとか、そんなことは一切ないかもしれないけれど。

 

万が一、億が一でも、その可能性があるのだったら。

だったら、僕の羞恥心なんか投げ捨てて、僕の気持ちをちゃんと伝えないといけないと思った。

 

『自分の好きに、正直になる』

大事な人から貰った大切な言葉。それは僕だけじゃなくて、相手にとっても大切なことで。

偽りの関係や、すれ違い。そんな悲しみを無くす、素敵な大人になるための道標。

 

「変身したキュアコーラルさんの姿、すごく、とっても、世界一、宇宙一可愛いと思ってる。

 ……でもさ、僕が本当に恋したのは、稲妻のような一目惚れで恋に落ちたのは……キュアコーラルさんの、瞳の奥の、色なんだ」

 

初めて、彼女に会った時を思い出す。

倒れていた僕の前に立って、戦闘の最中、僕の方に向けてくれた瞳とその色。

 

「優しい色だと、そう思った。吊り橋効果とかじゃなくて、昨日もお出掛け中、何度もキュアコーラルさんと視線が合って……その度に、瞳の奥にある、優しい色に、ドキッとして……」

 

言語化するのが難しいと思った。

でも、それでいい。ほんのひと欠片でも彼女に僕の想いが伝われば、それでいい。

 

「昨日のお出掛けもすごい楽しくて……ちょっとした話や、涼村さんや夏海さんのプレゼント選びも、キュアコーラルさんとすごい話しやすくて、僕も、もっともっとキュアコーラルさんを好きになったから――」

 

「……うん」

 

僕の言葉に、キュアコーラルさんは瞳を瞬かせながら、少し、嬉しそうにはにかんだ。

うん。可愛くて、でも可愛いだけじゃなくて。

だから僕は、やっぱり『彼女』が大好きなんだ。

 

「だから、キュアコーラルさんじゃなくても、きっと僕は好きだと思う。 

 キュアコーラルさんがキュアコーラルさんじゃなくなっても、それで、この想いがなくなるなんて思えない」

 

「……」

 

聞いて、キュアコーラルさんは僕から目線を外して、視線を遠くの空へと移した。

 

僕の、聞かれてもいない言葉を、どう受け取ってくれただろう。

検討違いのことを言ってる――うん、別に構わない。

少しだけ不安がなくなった――うん、そうだと僕もすごい嬉しい。

 

 

「……ズルいなぁ

 

「……」

 

キュアコーラルさんの微かな囁きが、風音にのって飛ばされる。

声が小さくて、何て言ったか聞こえなかったけど……彼女も聞いてほしくはなかったのだろう。心の声を、誰にも知られず風に乗せたかったのだろう。

 

キュアコーラルさんの表情は、憂いでもなく、でも嬉々としたものでもなくて。

先の未来を想っているような、そんな顔で。

 

(……涼村さんだったら、いいのにな)

 

ふと、一人の女の子が頭に浮かんだ。

キュアコーラルさんが大好きで、まさか変身した姿とは思わなかったから、キュアコーラルさん以外の人を好きになるなんてこと、絶対にないと思っていたけれど。

 

そして、そんなふうに思った自分に、驚いた。

驚いて……その考えは、駄目だと思った。

だって、それではまるでキュアコーラルさんの代わりに涼村さんを好きになった感じで……それは、キュアコーラルさんにとっても涼村さんにとっても失礼だ。

 

涼村さんを好きになるなら、僕はちゃんと、キュアコーラルさんとは別の一人の女の子として好きになりたいと、そう思った。

 

(……というか、そもそも涼村さんの筈なんて、あるわけないよ)

 

だって、僕がキュアコーラルさんに一目惚れして、その相談をしたのが偶々、放課後に話した涼村さんなのだ。

 

二人が同一人物なんて、そんな運命的で、偶然で、物語的なこと、あるわけない。

仮に……仮にもしそれが本当だとしたら、僕は本人に恋愛相談をしていたことになるわけで――

 

「……涼村さんですか?なんて、聞けるわけない。恥ずかしすぎるし

 

「……でも、今更私から正体をいうのは……。は、恥ずかしすぎるよ

 

独白が重なり、風音に消える。

隣の君の気配を感じながら、視線は重ねず、遠い向こうの世界を見る。

 

静かに流れる時間中、しばらくしてキュアコーラルさんは立ち上がって、振り返った。

 

「じゃあ私、行くね」

 

「……うん」

 

「名前、教えられなくてごめんね。その、恥ずかしいのもあるんだけど……私はプリキュアだから、そういうの、やっぱり秘密にしなきゃいけないの」

 

でも、星郎くんならいつか気付くと思うよと、少し笑って、そうキュアコーラルさんは付け足した。

 

「……そう、だよね。うん、ありがとう」

 

言って、これはお別れを寂しくさせないための嘘だと、そう思った。

いつか気付く、そんな根拠はどこにもない。

キュアコーラルさんのことを僕は何も知らなくて、彼女の正体を探す手掛かりも何もない。そもそも、一般人の僕がプリキュアさんの正体を探ることが、正しいことか、僕のやるべきことなのか……わからなかった。

 

「じゃあね、星郎くん。昨日は私も楽しかった。本当にありがとう。

 ……さようなら」

 

「――っ!!」

 

お辞儀をするキュアコーラルさん。

その彼女の紫の髪に、昨日プレゼントした髪留めが光を反射して飾られていて。

昨日のような不意打ちの別れじゃなく、今日のこれは正真正銘、本当のさようならで。

 

(……そうか、これが恋愛なんだ)

 

去ろうとする大好きな彼女の姿を見て、心が急に締め付けられる。

 

キュアコーラルさんに振られたのは納得してる――嘘だった。みっともなく泣きたいくらい振られたのが悲しいと、今思った。

キュアコーラルさんにありがとうと言って、ちゃんと彼女とお別れしたい――嘘だった。いざお別れと実感すると、とても笑った顔ではいられないと、今知った。

 

「――キュ、キュアコーラルさん!」

 

「……?」

 

いきなり呼び止めた僕に、キュアコーラルさんはぴくりと驚く。

呼び止めて、でも言うべき言葉は何もなかった。

キュアコーラルさんの気持ちも、振られた理由も、そして僕の想いも、彼女の正体が教えられないことも、全て話して……もう、交わす言葉がない。

 

「――っ」

 

でも、ここで何も言わないまま、キュアコーラルさんと別れるのは嫌だった。

だって、僕はまだこの恋愛が、恋心が終わってしまうことが、割り切れていない。

涼村さんには格好つけたことを言ったけど、それは僕が恋愛というものを全然わかっていなかっただけ。

こんなに心が思い通りにならなくて、みっともなく足掻こうとするなんて、思わなかった。

 

(キュアコーラルさん……)

 

呼び止められた彼女は、少し困惑した様子で足を止めていた。

僕の大好きなその瞳で、僕の顔を心配そうに見つめていて――

 

(……格好悪いけど……やっぱり、これで終わりにはしたくない!)

 

キュアコーラルさんのおかげで、僕は溢れるほどの恋心を知った。

 

キュアコーラルさんのおかげで、僕は自分の心に向き合えた。君の隣に立ちたくて、自分だけの世界じゃ駄目だと思った。

 

キュアコーラルさんのおかげで、僕は自分の好きに自信を持てた。命を掛けるくらいに人が好きになれるのだと、幸せを感じた。

 

そして――キュアコーラルさんのおかげで、簡単に諦めることができない、醜くて、そういう恋心があるということを、今教えてもらった。

 

「っ」

 

言葉を絞り出す。

恋愛を終わらせない、僕の恋心が君を見失わない『約束』が、何でもいいから欲しかった。

 

 

「僕が――に、なったら!」

 

「え?」

 

戸惑う彼女を余所に、僕はまたおかしなことを言おうとしている。

でも、この約束であれば、僕と彼女はまだ繋がっていられると、そう思った。

 

 

「――僕がプリキュアになったら! ……キュアコーラルさんの本当の名前、お、教えてくれますか?」

 

「――――」

 

キュアコーラルさんの息を呑む音が、聞こえた。

彼女がどんな表情をしているのか、怖くて、キュアコーラルさんの顔を直視することができなかった。

 

あまりにも突拍子で、現実味がない、馬鹿げた約束。

昨日と同じ。キュアコーラルさんの去り際に、身勝手な感情をぶつけてしまう。あんなに反省した筈なのに、また繰り返してしまったと後悔の念が湧き上がる。

でも、綺麗に終われないのが恋愛だということも、僕は既に知っている。

 

キュアコーラルさんはどう思ったのだろうか?

あまりにも子供っぽい発言だと、呆れさせてしまっただろうか。

 

 

「ふふ……くすくす……ふふ、そうだよね。星郎くんだもんね、うん」

 

優しい、静かな笑い声。

思わず顔をあげると――そんなに可笑しかったのだろうか。涙目になって目元を拭いながら微笑むキュアコーラルさんの姿が目に映った。

 

一歩、僕に近づいて……キュアコーラルさんは小指を出す。

『約束』を誓う、二人の儀式。

 

「――誰かが困っている、助けを求めている。そういう時に、一歩踏み出す勇気があれば……きっと、プリキュアになれるから」

 

「……僕でも、なれるのかな?」

 

「うん、星郎くんは、もうその勇気を持っているから。あとは、切っ掛け……私もね、友達を助けたくて、こんな私じゃ駄目だと思って……そうして、プリキュアになったんだ」

 

キュアコーラルさんの話は抽象的で、でも、本気で信じていると、彼女の瞳がそう伝えていて。

彼女の指に、僕のを重ねた。

 

「『約束』だね。もし星郎くんがプリキュアになったら、私の名前、教えてあげる」

 

「うん……その、もし僕がプリキュアになれたら……も、もう一度告白しても、い、いいですか? プリキュア同士なら付き合える、とか」

 

「っ/// ふふ、それはまた別の話だけど……うん、もしそうなったら、素敵かな」

 

「!?」

 

キュアコーラルさんの思わぬ返事に、それだけで心が跳ね上がる。

……お互いに冗談を言っているのはわかっていた。遠い夢の話をするような、そんな感覚だった。

 

でも、ここには確かな、キュアコーラルさんへの消えない想いがあった。

 

学校の屋上で、日が傾いてきた夏空の下で。

僕の初恋が終わって、夢を見続ける恋心だけを、新たにキュアコーラルさんから受け取って、

 

 

――生涯忘れることのない『約束』を、きっと、いつまでも大好きな彼女と、固く交わした。

 

 

 



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最終話. 友達

「あ……れ? 涼村さん?」

 

「おかえり、星郎くん。

 ……なかなか来ないから、そのまま帰ったと思っちゃった」

 

教室には既に、夕陽が差し込みオレンジ色に染まっていた。

そんな教室に一人だけ、涼村さんが席に座って、なにをしているわけでもなく、そこにいた。

部活も終わり、校舎に残る生徒はほとんどいなくなった時間帯。

誰かが教室に残っていたことも、それが涼村さんであることも、驚いた。

 

「でもカバンも教科書もあったから。

 星郎くんはいつも持って帰ってるし、まだ学校にいるんだろうなって」

 

「……もしかして、待っててくれたの?」

 

だとしたら悪いことをしてしまったと思った。

キュアコーラルさんお別れをしてから、僕はしばらく――いや、結構な時間、あの屋上に留まっていた。

生まれて初めての大きな恋と、失恋に、ただじっと屋上からの景色を眺めて、静かに揺れ続ける感傷に浸っていた。浸っているしか、なかった。

 

「んー……そういうわけじゃないから、気にしなくていいよ?

 偶々、教室に残っていただけで……うん、私と星郎くん、よく放課後にお話ししてるから、今日も、そんな感じかな」

 

謝りそうになる僕を、静止するように、何でもない風に涼村さんは言う。

でも、それは嘘なんだとすぐにわかった。

今はテスト週間で、多くの部活動は停止中で、涼村さんのトロピカル部もそうなっている。夏海さんが嘆いていたから知っている。だから、涼村さんもこんな遅い時間まで学校に用はない筈だ。

それに、涼村さんは用事があるから先に帰ると、僕にキュアコーラルさんのことをLINEで伝える際に言っていた。だったら、涼村さんはもっと早く帰っているわけで――

 

(……待っていて、くれてたんだ)

 

心が少し、温かくなる。

恋愛相談の結末として、涼村さんなりに責任を感じていたのかもしれないけど。

それでも、このまま一人岐路につくのは……ちょっとだけ辛いと、そう感じていた。

 

「……星郎くんがよかったら……少しお話、しよう?」

 

「……うん」

 

ありがとうと、上手く声にならなかった。

欲しかった言葉を彼女はくれて、それが嬉しくて、救われて……涼村さんを、ズルいなと思った。

 

涼村さんが立ち上がり――少し歩いて、僕の席の隣に座って、手招きした。

僕もそれに従って、自分の席に座った。窓際で、街並みが綺麗に見えるこの位置は、実は結構気に入っていて。

 

それに、この席にはとても大事な思い出がある。

ここであの日――僕と涼村さんの恋愛相談が、始まったから。

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

最終話 友達

 

 

 

「……星郎くん、大丈夫?」

 

「えっと……屋上でのこと、だよね」

 

「うん……キュアコーラルと会ってきたんでしょう? それで、今はどうなのかなって……」

 

心配そうな声色で涼村さんは問い掛けてきた。

その質問は、さっきまでの僕だと言葉が詰まるものだったけど。

 

「……うん、しっかりとキュアコーラルさんとお話しできた。

 僕を気遣いながら話してくれて……涼村さんには振られたことに納得したって言ったけど、そうじゃなくて……でも、今はちゃんと、受け止めることができてる……と思う」

 

僕の声は少し淀んでいたけど、それでも、言葉に戸惑いはなかった。

涼村さんは相変わらず、僕を心配する顔つきで。

彼女を安心させようと、苦笑した感じで言葉を続けた。

 

「キュアコーラルさん、僕が嫌いで振ったわけじゃ、ないんだって。

 どこまで本当かはわからないけど……僕のこと、素敵な男の子だと思ってるって、そう言ってくれて……それが彼女の気遣いでも、僕はすごい嬉しかった」

 

「……気遣いとか、嘘じゃないよ」

 

「え?」

静かに、でもはっきりと口にする涼村さんの言葉に、思わず、彼女の顔を、瞳をみた。

長い睫毛が可愛くて、弧を描いた柔らかな印象を与える瞼の形。

栗色の瞳で、優しい色が溢れていて、見ているだけで安らぎを感じる――僕の大好きなキュアコーラルさんと、同じ瞳をみた。

 

「きっと、本当にそう思っていたと、私は思うな」

 

「そ、そうかな?」

 

「うん、私もその……素敵なところあるって思うから」

 

「え///!?」

 

「///」

 

そう言って涼村さんは、ふいっと顔を隠すようにそっぽを向いた。

 

(ほ、褒められた?)

 

そう思うには、少し――いや、結構気恥ずかしい言葉で。

頭がいいとか努力家と言われるのとは違う、女の子に言われると、照れと恥ずかしさが込み上げてくる。

僕も、今の顔を見られたくなくて窓の方へと顔を向ける。

さっきまでは振られて落ち込んでいた筈なのに、今は、頬が緩くなっているのが自分でもわかった。

 

「……」

 

互いに会話を見失って、教室が静寂に包まれる。

でも、何か必死に話題を探すほど……気まずい空気ではなかった。

気恥ずかしくて、下手に言葉にできなくて、少し寂しくて、少しくすぐったい、そんな空気。

 

ちらりと、横目で涼村さんを伺う。

彼女はまだ少し、さっきの発言が尾を引いているのか、藍い髪の毛から微かに見える頬は桃色で。

その様子をみて、苦笑した。

恥ずかしいのに、根は控え目な性格なのに、こんな僕を励まそうと慣れない言葉を使ってくれた涼村さんに可愛さと違う――そんな何かを感じて、

 

 

「――ありがとう、涼村さん」

 

「え?」

 

彼女の様子に、思わず、お礼を口にしていた。

当の涼村さんは、何のことかわからず目をぱちくりさせて首を傾げる。やっぱり可愛い。

 

「その……励ましてくれたことも、キュアコーラルさんのことも。

 ……涼村さんはいつも、僕の悩みに真剣に答えてくれるから……うん、涼村さんがそう言ってくれるのなら、キュアコーラルさんが言ってくれたことも、僕はちゃんと信じれるよ」

 

「……星郎くん、すごい勘違いするような言い方するよね、結構」

 

「え、なにが?」

 

「ふふ、何でもない。ちょっと、ほんのちょーっと怒ってるだけだよ」

 

「え、なにが!?」

 

涼村さんが少し笑いながら、でも声のトーン落としてそう言うから、僕は途端に、気が動転してしまう。

そんな僕を見て、彼女は可笑しそうに、軽やかな足取りで自分の席に戻り、疾うに帰り支度が終わっていたカバンを手に取って、

 

「とりあえず、もう下校しないと先生に怒られちゃうし……帰りながらお話ししよっか。

 甘いもの……うぅん、男の子だから肉まんとか? 星郎くんがどこかに寄りたかったら、付き合うよ?」

 

僕の心が今朝より元気になったと、そう確認できた涼村さんは、今日初めて、僕に笑顔を見せてくれた。皆に見せるよりも、少し照れたような、優しくて可愛い笑顔。

 

(――っ///)

 

見惚れて、一瞬だけ――さっきまでとは別物のように心臓が高鳴った。

 

「……星郎くん?」

 

「ふぁ!? う、うん、いくよ」

 

呆けた僕に、涼村さんが再度首を傾ける。

これ以上彼女を待たせないよう、慌てて僕も帰り支度をした。

引き出しの教科書や文房具をバッグに詰めながら、様々な感傷、感情が去来する。

 

キュアコーラルさんに振られて、さよならした悲しさとか。

キュアコーラルさんとの遠い『約束』にある、ほんの微かの淡い希望とか。

涼村さんとお話しできて、この恋愛の終わりにも僕なりに納得できたとか。

女の子と一緒に下校するのは初めてで、しかも相手が涼村さんで、緊張感と恥ずかしさと少しの楽しさを感じているとか。

 

でもなぜか、一番大きく心を占めているは、色褪せてしまう景色を見るような、そんな寂しい感情で。

 

(……あぁ、そうか。これも“終わり”なんだ)

 

涼村さんと僕の、共通の秘密。

クラスのみんなにばれないように放課後、二人で会っていたこの時間。

 

相談相手が涼村さんなのは、本当に偶然だったけれど。

話す内容はキュアコーラルさんへの相談事で、会話を楽しむために会っていたわけではないけれども。

 

(……この時間も、僕の中では楽しく思っていて……それが終わるのが、僕はこんなに寂しいと思ってるんだ)

 

キュアコーラルさんに恋して、振られて、またいつかの約束をした。

恋心は消えないけど、僕とキュアコーラルさんの関係に一旦の幕は下ろされた。

 

だから、恋愛相談もこれで終わり。

偶然から始まった、涼村さんと二人きり会うような関係もこれで終わりだ。

 

(明日から、僕たちの関係はどうなるんだろう……)

 

ただのクラスメイトに戻る?

元々は同じクラスというだけで話もしたことなかったけど、以前のようになってしまうのか。

 

……いや、人間関係はそんな淡泊なものじゃない、お互いの人となりを知って、前より距離が近くなったのは本当で。

だから、明日からも割と、会話をする仲になるかもしれない。

授業の課題とか、班での活動とか、そういうちょっとした際にはお話しするような感じかもしれない。

 

(うん……それが自然な感じ、かな)

 

こうなったらいいと、勝手な想像が頭を巡る。

相手の心はわからないし、僕の感覚で近づいて避けられたら、嫌だし傷つく。

人間関係は……人の心は難解で、それに触れるのはすごく勇気がいることで。

 

だから、互いの関係なんてわざわざ言葉にしなくてもいい。

日常を過ごす中で、自然と収まって、その中で交友していけばいい。

それなら何も怖くないし、傷つかないし、とても楽な関係で――でも、そんな僕では駄目だと思った。

 

(僕は……うん、僕は『プリキュア』になるって、誓ったんだ)

 

キュアコーラルさんに、そう宣言した。

そしてキュアコーラルさんは教えてくれた。

大事なことは、一歩踏み出す勇気だと。

 

――僕の大好きなキュアコーラルさんと涼村さんが、そう教えてくれたのだ。

 

 

「……す、涼村さんっ!」

 

「え、な、なに?」

 

決意して、涼村さんに呼び掛ける。

息が入り過ぎて、普通に呼んだつもりが叫ぶようになってしまう。

僕の帰り支度を待っていた涼村さんが、僕の奇行に驚き、ピクリと跳ねた。

 

「そ、そのさ……い、今まで、恋愛相談に乗ってくれて、本当にありがとう」

 

「う、うん……ど、どういたしまして?」

 

「……」

 

「……?」

 

「……」

 

「……!」

 

お礼を言って、沈黙する僕。コミュ症過ぎる。

涼村さんも、僕の様子に戸惑った様子で――

 

「……♪」

 

「え、涼村さん?」

 

「ん、なぁに?」

 

戸惑っていなかった。

涼村さんの表情に戸惑いの色はなくて、むしろ、何かを期待しているみたいに瞳を一割ほど大きくして微笑んでいて。

 

「えっと……」

 

「星郎くん、私に言いたいこと、あるんだよね?

 ……私、ちゃんと聞いてるから……ね」

 

「――う、うん! あっと、その……」

 

「……頑張って」

 

「――///」

 

目を細めて、涼村さんが僕をじっと見つめる。

柔らかく、でもそっと背中を押してくれる感じが、僕の勇気を少しだけ後押ししてくれる。

 

僕の喉はカラカラで、肺が引きつったようで……きっと、キュアコーラルさんに告白した時よりも緊張していると思った。

当然だ。キュアコーラルさんの時は衝動的に、口から言葉が漏れただけで。

でも今、僕はちゃんと自分の意志で、自分で言葉を考えている。

目の前の彼女に伝えたい言葉と気持ちを、ずっと蓋をしていた心から引き出そうと、もがいている。

 

キュアコーラルさんと涼村さんとの、短いけど僕にとっては大切な時間を脳裏に描いて、勇気を貰う。

そうして僕の人生で初めての一歩を、勇気を出して踏み出した。

 

 

「……――す、涼村さん! ぼ、僕と……と、友達になってくださいっ!」

 

言って、頭を下げて握手するように片手を出した。

いつかの、あの日と同じ光景。

あの時はキュアコーラルさんに向けた想いを、違う形で、今は涼村さんに向けていた。

 

以前の僕は涼村さんとほとんど会話したことがなかったし、キュアコーラルさんへの想いが暴走していたこともあって、よくわからないうちに謝られて涼村さんに逃げられてしまったけれど。

 

今回は違うと思いたい。……うん、思いたい。

クラスメイトではなく友達になってほしいと、その言葉におかしさはない筈。

どうやって友達になるかは、わからなかった。

でも自然と友達になるなんてことは、今の僕には難しくて。

 

「……」

 

「……」

 

怖いくらいの静寂、沈黙が教室を包む。

……涼村さんはなぜ黙っているのだろうか。

一言うんと、そんな思い描いていた光景とは、違う雰囲気が漂っていて、冷汗が流れる。

 

恐る恐る、勇気を出して顔をあげる。

 

――僕と目が合った涼村さんは、ふと、おかしそうに微笑んで。

まるで僕に1つ1つ見せるように、可愛く表情を変えていった。

 

少しだけ残念そうに、目を細めて。

少しだけ嬉しそうに、口元を緩ませて。

そうして――ちょっと不機嫌な顔を作って、涼村さんは溜息を吐いた。

 

「はぁ……星郎くん、そうなんだ……はぁ……」

 

「えっと……?」

 

なんだろう。僕でもわかるくらい、わざとらしい溜息で。

不満そうにしているわりには、口元の微笑みは隠せていなくて。

まるで慣れない演劇を、でも楽しそうに、涼村さんは僕に見せる。

 

「う~ん、そっか、残念だなぁ……」

 

涼村さんが三歩、軽やかに足を進めて、僕の手前に身体を寄せてくる。

綺麗な栗色の瞳で、僕と視線を絡めてくる。

 

「私、星郎くんのこと、もう友達と思っていたんだけど……違ったんだ?」

 

「――! あ、そ、その……!」

 

「そっか、残念だなぁ……」

 

残念残念と言いながら、でも涼村さんは微笑んだままで。

 

 

「――ねぇ」

 

小さな声だけど、二人しかいない教室には、酷く、蠱惑的に響く囁き声。

 

「星郎くんの中では、どうすれば友達になるのかな?」

 

彼女は僕に悪戯をするように、優しく微笑んだ。

夕陽が差し込み暖かな色に包まれた教室で、その中で笑う彼女は、とても綺麗で可愛くて。

 

「……え、あ……その」

 

可愛さに言葉が詰まり、涼村さんの問い掛けにも言葉が詰まった。

 

「……そ、そっか。僕たち、もう友達だったんだね。よ、良かった」

 

「ふぅん……でも、今まで友達と思っていたのは私だけで……うん、がっかりだなぁ……」

 

「う……」

 

本心ではないと、演技とわかっている筈なのに。

涼村さんの肩を落として落ち込んだ様子を見せられると、単純に友達になったと喜ぶことを憚られる。

ちらりと、僕が狼狽えているのを見てまた微笑む涼村さん。演技が大根可愛い。

 

「ふふ、もう一度聞くね?

 星郎くんの中では、どうすれば友達になるのかな?」

 

「えっと……い、今みたいに、友達になってくださいって言って、頷いてもらえれば……?」

 

「う~ん、間違っていないけど、ちょっと不自然かな。

 言葉で伝えるのは大事だけど、じゃあ全て言葉にするのが良いってわけじゃなくて……言葉にしなくても、伝わる意思や気持ちはちゃんとあるの。

 星郎くんのは嬉しいけど、ちょっと大袈裟かな?」

 

「う、うん……でも、ならどうしたら……その、いいかな?」

 

友達の作り方がわからなくて、情けないけど、涼村さんに浮かんだ疑問をそのまま言葉にした。

その問い掛けは、涼村さんにとって想定通りだったのだろう。

彼女は満足そうに頷くと、静かに、でも弾む声で返事をした。

 

「うん、私とまなつのこと、思い出してみて」

 

「涼村さんと、夏海さん……」

 

言われて、教室での風景を思い返す。

二人の何を見ればいいのだろうか?

話の内容なのか、距離感なのか……いや、そうじゃない。

僕が見なければいけないのは、涼村さんを中心とした、夏海さんと他のクラスメイトの関係だと思った。

夏海さんのことはあまり知らないけど、涼村さんのことは、人となりは、彼女と過ごす時間の中で皆より少しだけ多く知れたのだから。

 

涼村さんは夏海さんと違って、クラスの皆と友達という距離感ではない。

ちゃんと彼女の中には友達とクラスメイトという線引きがあって、彼女の普段の様子を思い返せば、涼村さんの言いたいことがわかるわけで――

 

 

――――『まなつ』と『さんご』。

 

「……あっ」

 

「……わかった?」

 

「えっと……そ、その」

 

閃き、声が出る。

そんな僕を、楽しそうに、そして少し嬉しそうに覗き込んで見つめる涼村さん。

 

わかった。

言葉にしなくても友達になる方法がわかったけど。

 

「え、えっと……す、涼村さん?」

 

わかったけど、これは僕にはかなり恥ずかしくて。

助けを求めるように、思わずいつも通りに、慣れた方で彼女を呼んでみたけれど、

 

「…………ふいっ」

 

「えぇ……」

 

無☆視。

でも口元はやっぱり笑っていて、ツンとした態度はあからさまな演技で、それがとても可愛かった。

そんな可愛い涼村さんを見るのもいいけれど、このまま長引かせると、本当に不機嫌になってしまうかもしれないから、

 

「……さ」

 

もう一度。

 

もう一歩、勇気を出して、彼女の心に近づいた。

 

 

「……さ、さんご……さん」

 

「――うん! これからもよろしくね、星郎くんっ」

 

僕の小さな、でも精一杯の気持ちを込めた言葉を、君はちゃんと受け止めてくれて。

嬉しそうに、愛おしそうに――ぱあっと花のような笑顔で、僕の名前を呼んでくれた。

 

 

 

♧♧♧

 

 

 

「……私と星郎くん、友達なんだね……う~ん」

 

「え、だ、駄目だった!?」

 

「そんなことないよ? 私も友達になれてうれしいし……」

 

「う、うん!」

 

「……」

 

「……」

 

「……う~ん、友達……」

 

「えぇ……」

 

 

♧♧♧

 

 

 

「星郎くん、隣町にアウトレットモールができたの知ってる?

 今度の日曜にまなつと行くんだけど……その、良かったら星郎くんも一緒にどうかな?」

 

「え、いいの!? ――あ、ご、ごめん! その日は別の用事があって……」

 

「用事?」

 

「うん、友達とカラオケ行くんだ。今更だけど初体験で楽しみで、時間余ったら皆でゲームしようって」

 

「ふふ、星郎くん楽しそう。また話聞かせてね。

……久しぶりにたくさんお話しできると思ったけど、残念」

 

「っ! ……あ、あの、涼……さ、さんごさん!」

 

「?」

 

「今週は無理だけど……えっと、よ、よかったら、来週の日曜とかどうかな?

 同じところになっちゃうけど、1回じゃ全部見て回れないと思うし……ぼ、僕も面白そうなところ、しっかり調べておくからさ」

 

「……」

 

「……」

 

「……来週はまなつ、いないけど……二人で行くの?」

 

「え!? あ、そ、それは……っ」

 

「……」

 

「……」

 

「……楽しみだね?」

 

「!? う、うん! うん!」

 

 

 

♧♧♧

 

 

 

『もしもし……星郎くん、メールありがとね』

 

『あ、さんごさん! メールは……じゃなくて、た、体調大丈夫?

 もう3日も体調不良で休みって聞いてて、夏海さんも同じように休んでるし……二人ともだから、もしかして実は怪我してるんじゃないかって心配で』

 

『うん、もう大丈夫だよ。明日には学校も行けそうだし……心配してくれてありがとうね』

 

『そ、そう? なら良かったけど……』

 

『……』

 

『……』

 

『……』

 

『……で、電話、切った方がいいかな? さんごさん、病み上がりだし』

 

『ん……もうちょっと、このまま』

 

『う、うん///』

 

『……』

 

『……その、さんごさん?』

 

『ん?』

 

『何かあったら……悩み事とか、辛いこととかあったら……今度は、僕が相談に乗るから』

 

『……』

 

『た、頼りになるかはわからないけど……ぼ、僕にできることなら、な、何でもするから』

 

『……何でも?』

 

『うぅ……う、うん! できるよ! さんごさんの為なら、何でもするよ!』

 

『……』

 

『……』

 

『……少し熱っぽいから、寝るね』

 

『あ、ご、ごめん! う、うん、無理しないで! その、電話ありがと!』

『……』

 

『……あ、じゃあ切――』

 

『ありがとね、声聞けて嬉しかった……おやすみ』

 

『/// う、うん! おやすみ! お大事にね!』

 

 

 

♧♧♧

 

 

 

「明日からもう春休みかぁ。1年生、あっという間に終わっちゃたね」

 

「うん……僕にとってはすごい濃い1年だったけど……そうだね、早かった」

 

「……星郎くんと、別々のクラスになっちゃったね。

 まぁ、星郎くんすごく成績いいから、同じクラスになれないとは思ってたけど」

 

「クラス替えと成績って関係あるの?」

 

「ん……はっきりと決まってるわけじゃないけど、2年からは成績が近い子同士で固められるって先輩たちが言ってたから。

 うちの学校、高校受験の対策に早くから力を入れてるでしょ? やっぱり、学力でクラスを分けた方が先生も教えやすいだろうしね」

 

「そうなんだ……」

 

「……」

 

「……」

 

「……勉強、頑張ったんだけどなぁ」

 

「!……よ、よかったら、だけど……さんごさんの迷惑じゃなかったら、だけど」

 

「……?」

 

「……放課後とか、土日とか……勉強、一緒にやらない? 苦手なところも教えられると思うし……べ、勉強じゃなくてもよくて、その、色々とさ」

 

「……」

 

「……えっと」

 

「…………来週、空けとくね」

 

「! う、うん! あ、場所はどうしよう。図書館とか――」

 

スッと、彼女の人差し指が、僕の唇にそっと触れる。

さっきまでは少し暗い雰囲気だった君は、今は柔らかく微笑んでいて、

 

「この話は……今じゃなくて、夜、電話で話そう?。

 クラスで話せなくなった分、放課後とか、家で電話したりして、たくさんお話しできたらいいね」

 

「/// そ、そうだね! それなら、クラスが変わっても寂しくないし」

 

「……でも、3年生の時は同じクラスになりたいから……うん、私、もっと勉強頑張ってみるから……その、迷惑掛けちゃうけど、よろしくね?」

 

「ま、任せてよ! 僕も今より頑張って、何でも教えられるようにするから!

 うん、三年生でさんごさんとまた同じクラスになったら、いいと思う! 楽しみだよ!」

 

「ふふ、気が早すぎ……でも修学旅行、一緒の班で行けたらいいね」

 

「う、うん!」

 

 

 

 

 

――そうして、僕たちは進級して二年生になった。

 

春休みが終わり、新学期が始まり、仲良くなったクラスメイトと別れて寂しくなると同時に、新しい出会いが広がっていく。

 

自己紹介と、クラスでのオリエンテーション。

大好きな彼女との『約束』を胸に、その約束を果たすために、勇気を出して、新しい環境に踏み出していく。

 

二年からだけど、部活動にも入ってみて。

一年生の時にできた気の合う友人たちと、クラスが違っても休みの日には一緒に遊んで。

涼村さんとは--会う時間はむしろ前より増えていて、以前よりずっと、お互いのことが分かるようになってきて。

 

「……」

 

「星郎くん、どうかした?」

 

「いや……なんか最近、街中が静かだなぁって思って」

 

「そう? 新しいお店も人も増えて、むしろ賑やかだと思うけど」

 

「あ、そうじゃなくて……うん、そうだ。

 あの怪物を、全然見かけなくなったなぁって」

 

「……うん、そうだね」

 

以前が嘘のように、例の怪物が現れることはなくなって平和になって。

そしてプリキュアさんたち、キュアコーラルさんも、まるで役目が終わったとばかりに、彼女たちの姿も噂も聞かなくなって。

 

「……寂しい?」

 

ふと、涼村さんが僕の顔を覗き込む。

心配と不安が混じった、彼女の瞳。

以前の僕なら、キュアコーラルさんに恋焦がれていただけの僕なら、姿を消した彼女に大きな喪失感を抱いていただろうけど、

 

「……うぅん。キュアコーラルさんと僕には、約束があるから。

 頑張って、約束を果たしたら……きっとまた、キュアコーラルさんと会えるから」

 

でも。

約束を――きっと、僕は果たせない。

多分、どんなに頑張っても、ただの一般人の僕がプリキュアになれると心の底では思っていない。

 

でも、それでいい。

叶えられない約束でも、それを追い続けることで、僕はずっと彼女を好きでいられるから。

 

失恋の余韻も、実はまだまだ残っている。

だから今は、がむしゃらに夢をみようと思う。

キュアコーラルさんに出会って芽生えた想いや、教えてくれた大事なこと。彼女と話せて感じた僕の感情全てを、ちゃんと心に締まって頑張ってみようと、そう思う。

 

 

――勇気を出して、踏み出す一歩。

約束の行方はわからなくても、彼女が教えてくれたそれを、僕は大切に持って生きていく。

 

(うん……まずは、そろそろ近づいてきた涼村さんの誕生日!

 お礼とか口実はないけど……男子からのプレゼントをどう思うかはわからなくて不安だけど)

 

いつか『プリキュア』になるために。

なれなくても、心だけはプリキュアに――大好きな彼女との約束を果たすことを諦めないで。

 

(どんな不安なことにも勇気を出して……それが、僕にできることだから!)

 

「……そういえば話変わるんだけど……ら、来週の土曜日とか、星郎くん、空いてる?」

 

「え、土曜?」

 

「う、うん……その、日曜日はね、まなつや他の友達と私の誕生――ふ、普通に遊ぶんだけど、土曜日は空いてて、えっと、特に用事はないんだけど、星郎くんとたまにはお出掛けしたいなぁって」

 

「ご、ごめん! 土曜日はちょうど、まなつさんとプレゼント選――か、買い物する約束してて。誘ってくれたのにごめん」

 

いつもよりなぜかソワソワと目線を泳がせて、僕を遊びに誘ってくれる涼村さん。頬が桃色可愛い。

でもその日はちょうど、夏海さんに頼んで、涼村さんへの誕生日プレゼントを一緒に選んでもらう日で。

 

涼村さんとお出掛けするのは楽しいから、本当は頷きたい誘いだけど。

だけど、今一番大事なことは涼村さんに素敵な誕プレを贈ることだと思ったから。

 

 

「――――――…………ふぅん」

 

そんな初めて送る誕生日プレゼントに、僕は不安と期待、そして勇気を膨らませていたのだけれど。

 

「…………ふぅん、『まなつ』なんだ」

 

「さ、さんごさん?」

 

涼村さんはジト目だった。

ちょっと蔑んでるようなジト目だった。

 

「…………私の知らない間に『まなつ』になって、土曜も二人でお出掛けするんだ。……ふぅん」

 

「え!? いや、その、夏海さんとなぜか二年も同じクラスで、この間、名前で呼んでもいいよって言ってくれて……友達だし、自然かなって」

 

「ふぅん……土曜日、私もついていっていい?」

 

「え!? いや、その、土曜日はとても大事な用事で……で、できれば、さんごさんは来ないでほしいかなぁって」

 

「!……ふ、ふぅん」

 

言って、とても苦しい言い訳と思い、言葉の歯切れが悪くなる。

涼村さんは可愛い顔のまま、僕に疑うような視線をじーっと向ける。

 

口元を緩ませて、少しだけソワソワした感じで。

でも不満そうに、何かを言いたそうに視線を僕に絡ませて。

 

「さんごさん……お、怒ってる?」

 

「……別に」

 

「……そ、そう?」

 

「……」

 

「……」

 

「……ばぁか」

 

「!?」

 

ふいっと顔を背けられて、無茶苦茶に動揺する僕。

不機嫌に、でも甘い声色で、君は多分、本当に怒っているわけじゃなくて。

 

「……ご、ごめん! えっと」

 

彼女が不機嫌になることの心当たりは、あるけれど。

でも、それは言葉にできないほど恥ずかしくて、違ったら死ぬほど気まずくて、きっと今の関係が壊れてしまうから。

だから――今の僕には、まだ、その一歩を踏み出す勇気はない。

 

 

「――名前を呼び合ったら、友達だけど……」

 

トンと、肩が軽くぶつかる。

彼女の綺麗な藍色の髪が、ふわりと、風に乗って僕の頬を優しくなでる。

 

「仲良くなったら、呼び方を変えて……もっと仲良くなれたら、嬉しいかな」

 

寄り添うお花のように、柔らかい、優しい微笑み。

僕の背中を押してくれるのは、そっと押してくれるのは、いつだって彼女の可愛い、でも芯のある声色で。

 

「……えっと、それってあだ名、とか?」

 

「うん、それもあるけど……」

 

「けど……」

 

「〇〇さんとか、ちょっと距離を感じちゃうよね」

 

「……な、なるほど」

 

彼女の言葉を理解する。

と同時に、それはとてもハードルが高いと、想像しただけで心臓の動きが早くなった。

もちろん、さっきの――涼村さんの気持ちに踏み込むのに比べたら、随分ハードルは下がったとは思うけど。

 

「えっと……さんごさん?」

 

「…………ふいっ」

 

「えぇ……」

 

無☆視。

前にもあったなと思い出して……緊張している筈なのに、笑みを零している僕がいた。

涼村さんも同じようで、そっぽを向いているから表情はわからないけど、可笑しそうに肩を少し震わせている。

同じ時間を共有して、思い出して、笑えている。それがすごく嬉しくて――

 

 

とても恥ずかしいから、二人の時だけと、格好悪い前置きをして。

涼村さんもちょっと驚いたように、恥ずかしそうに、静かにコクンと頷いて。

 

3文字だけの勇気を出して――その後は一週間くらい、お互い、顔を見ることができなかった。

 

 




次回、エピローグ


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Epilogue. 十数年後の話

 

「僕はね……伝説の戦士・プリキュアに……なりたかったんだ」

 

縁側に腰かけ、月夜を見上げる。

淡い月の光が、彼女の優しい笑顔に似ているからだろうか。

それとも、静寂な夜の萱と消え入りそうに鳴く虫の音が、その少し寂しい雰囲気が、あの日の屋上の光景と似ているからだろうか。

 

気付けば――僕は、遠い過去を思い出して、独白していた。

 

「父さんがプリキュア……?」

 

隣に腰かけてスイカを頬張っていた幼い息子が、怪訝そうな目を僕に向ける。

マジかと、目線で問い掛けていた。

僕も、マジだと、そう意志を込めて視線を返して頷いた。

 

沈黙する隣の息子に、内心で苦笑する。

ずっと昔の……でも大切な思い出が詰まった秘密で、別に、反応がほしいわけではなかった。

ただあまりにも今夜の月が綺麗で、神秘的で。

ただ感傷に浸りたいと、そう思った。

 

「……なりたかったって……今は、違うの?」

 

頭を捻って、取り敢えず疑問を出したような、そんな言葉。

無視してくれて良かったのに、律義に会話しようと頑張る息子を見て、思わず口元が上がった。

 

会話が続くと思っていなくて、回答は何も考えていなかったけど。

それでも、中学1年の時からずっと僕の心を占めていたことだ。

流れるように、僕の口はその問い掛けに言葉を返した。

 

「うん、子供の頃と違って、今の僕は父親で、自分一人の体じゃないからね。

 プリキュアになったら危ないこともあるだろうし……申し訳ないけど、家族が一番大事だから、怪我をするわけにはいかないんだ」

 

「ふぅん……」

 

僕の返事は至極当たり前の話で、息子も特に何を言うわけでなく、相槌をうって沈黙した。

 

(そう。諦めた……とは、違うけれど)

 

違うけれども。

それはいわゆる、期間限定というやつで。

 

「大人になって家族をもつと、プリキュアを目指すのが難しくなるんだ。

 ……こんなこと、もっと早く気付けばよかった」

 

『プリキュア』になるという約束を、きっと、果たせないとは思っていたけど。

それでも、その夢を追い続けることはずっとできると思っていた。

命を掛けるくらいに好きになれた彼女のことを、ずっと好きでいられると思っていた。

 

だから、プリキュアになれても、なれなくてもいい。

勇気をもって踏み出す一歩。

その心を、あの日から一時も忘れたことはなかったけれど。

 

(大人になって……他の、大好きになった女の子と結婚して、家族を持って……)

 

今の僕は本当に幸せで、後悔なんてどこにもない。

それは自信を持って、胸を張って言えることで、そこに嘘偽りは全くない。

 

……でも、僕はプリキュアにはなれなかった。

自分一人の夢を見るには、守るべき人、日常がたくさんできたから……純粋にプリキュアを目指そうとする心は、今はもう無くなってしまった。

 

もし、プリキュアを目指すのに期間があるとわかっていたら。

それを知っていたら、僕はもっと……もっと、彼女との約束を守ろうと必死になっていただろうか?

そうしたらプリキュアになれて、彼女と再会することができたのだろうか。

たまに、本当にたまに……そんなもしもの未来を考えてしまうことが、唯一の心残りだった。

 

「……ところでさ、父さんはなんでプリキュアになりたかったの?」

 

僕の薄暗い雰囲気を感じ取ったからだろうか。

まるで話題を変えるように、息子は質問をしてくる。

無意識かもしれないけど、人の心に敏い……そんな息子を嬉しく思い、微笑んだ。

 

「そうだなぁ……僕の好きな女の子が、プリキュアだったんだ」

 

「……は?」

 

「プリキュアになったら本当の名前を教えてくれるって……あと、僕がプリキュアになれば交際も考えてくれるって言ってくれてね」

 

「不純な動機すぎる……」

 

街の皆を守りたいとか、そういう格好良い理由だと思っていたのにと、息子が呆れたように呟いた。

それはまぁ、もっともな反応だろう。

だけど、それは彼女の可愛さを知らないからだと、少しばかりの優越感に浸って、息子の無知さに温かい視線を送った。

 

「……はぁ、しょうがないなぁ」

 

「なんで父さんがドヤ顔なの……」

 

困惑する息子を余所に、懐に手を入れ、取り出す。

中学生の時に、彼女から貰った大事な写真。

データはパソコンに入れているけど、現像して、消えない想いの証として、ずっと肌身離さず持っている1枚の写真。

 

「特別に、本当に特別に見せてあげるよ。

 僕の初恋で、ものすごく可愛いプリキュアの女の子」

 

「親の初恋とか興味なさすぎる……え、別にいいんだけど」

 

引き気味な息子に構わず、写真を見せた。

色褪せてしまったけれど、学校の屋上の、夕暮れに染まる景色の中で、とびっきり可愛い笑顔を見せてる彼女の――キュアコーラルさんの、自撮り写真。

 

人に見せびらかすようなものでは決してないけど、息子ならいいかなと言い訳して。

宝物を自慢するような、得意げな顔を今の僕はしているのだろう。

 

「……」

 

僕の初恋の人の写真をみた息子は、じっと、手元の写真を見つめている。

もしかして惚れてしまったのだろうか。

同じ血が流れているだけに、十分あり得る話だった。

 

 

 

 

 

「――いや、これ母さんじゃん」

 

「……は?」

 

恋に落ちてもキュアコーラルさんとは会えないし可哀そうだなと。

そんなことを考えていた僕に向けて、息子からのすごく突飛な、唐突な言葉。

 

「…………いやいや」

 

「え、これどう見ても、コスプレした母さんじゃん」

 

「…………え?」

 

息子が室内へと目を向け、僕の視線もそれを追う。

視線の先には、たくさんの家族写真に埋もれながら、僕とさんごさんの中学時代の写真も飾られていて。

 

「まさか父さん、気付いてなかったの? ずっと一緒にいたのに?」

 

「……ちょっと確認してくる」

 

「いつもの惚気話と変わらない件」

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

Epilogue 十数年後の話

 

 

 

「さんごさん! さ、さんごさん!」

 

足がもつれるのに構わず、慌てて階段を駆け上がる。

2階の子供部屋の前で、寝間着姿の彼女を見つける。僕が大きく口を開く手前で、彼女が静かにと、口に人差し指を当てて僕に注意を促した。

 

「しー、大声出しちゃだめだよ、星郎くん。

 下の子の寝かしつけ、今終わったばかりだから……静かに、ね?」

 

「う、うん」

 

宥めるような優しい声色。

髪を下ろしているから昼間と雰囲気が違って、こっちのさんごさんもすごい可愛い。

まだ小さい娘もさんごさんにそっくりで、今後の成長が楽しみすぎて幸せ辛い。

 

「それで、そんなに慌ててどうしたの? もしかして、お義母さんになにかあった?」

 

「へ? いや、母さんは全然元気で……って違う。母さんとか仕事とか、そういう話じゃなくて――」

 

頭を振る。

一つ深呼吸をして息を整えてから、声の音量を絞って彼女へ再度問い掛けた。

 

「その、いきなりで脈絡ない話なんだけどさ?」

 

「うん?」

 

「……キュアコーラルさんの正体って、さんごさん?」

 

「? ……――――っっつ!!!!????」

 

なにこの反応。

 

「え……ほ、ほんとに?」

 

「え、な……っ!? ち、ちちちち違うよ? 私、キュアコーラルじゃ、な、ないよ?」

 

無茶苦茶に動揺しながら、全力で否定するさんごさん。

怪しすぎる。

怪しすぎるが、別段証拠があるわけでもないので、僕も特に追及することなく話を閉じる。

 

「あはは、そ、そうだよね。ごめんね、いきなり変なこと……昔の話、しちゃって」

 

「う、うん……でも、突然どうしたの?」

 

「いや、さっき息子にキュアコーラルさんの写真見せたらさ、これコスプレした母さんじゃん、って言ってさ」

 

「しゃ、写真見せたの!?」

 

「え、だ、駄目だった?」

 

「だ、駄目じゃないけど……うぅ、恥ずかしい……というか、まだ持ってたんだ///」

 

突拍子もない僕の発言の、その経緯を説明する。

キュアコーラルさんの激かわ自撮り写真を息子に見せただけなのに、なぜか、さんごさんはとても居た堪れないように落ち着きない様子。

……この噛み合ってない感覚は、中学生の時の恋愛相談を思い出す。懐かし可愛い。

 

と、昔の思い出に浸っている場合ではない。

さんごさんはこうして否定しているわけだし、やっぱり息子の見間違いの勘違いで決まりである。

僕は何を慌てていたのだろうと、今一連の行動を反省する。

あまりにも……あまりにも確信的に、さも当然という感じに息子が断定したものだから、僕も年甲斐もなく動揺してしまったのだろう。

 

「うん、まぁわかっていたけど、さんごさんがキュアコーラルさんなわけないもんね。

 ほんとごめんね、息子に煽られて変な質問しちゃって。あの子置いたまま飛び出してきちゃったし、僕は戻るよ」

 

「う、うん……あ、あのね、星郎くん……その、キュアコーラルの写真はあまりあの子には……」

 

「大丈夫。もう一度しっかり、じっくり見せて、ちゃんと違うって分かってもらうよ!」

 

「やめて///!?」

 

「え、でも、あの子すごい頑固だし、さんごさんとキュアコーラルさんの二人の写真をしっかり見せて証明しないと、納得しないと思うから」

 

「そ、それは……べ、別に勘違いしたままでもいいんじゃないかなぁ……なんて。あはは」

 

「……いや、それだと、僕が『初恋の人の正体に気付かないまま、実は初恋の人と結婚していて子供までいる』なんて頭おめでたい人になっちゃうわけで……」

 

「う、うぅ……」

 

息子には勘違いさせたままでいいと言うさんごさん。

でも、それでは僕がとてつもなく鈍感な父親だと思われてしまうし、要らぬ勘違いをさせたままというのも息子が可哀そうだった。

 

それは至極真っ当な意見と思ったけど、なぜだが、さんごさんは頷くことに戸惑っていて、

 

「うううう///」

 

まるで世紀の難問を問われているかのようなほど、困惑した表情で唸っている。

僕の方に恥ずかしそうに、恨めしそうな目線を送ってくるけど、さんごさんが何をそこまで思い悩んでいるのか、心当たりは全くなくて僕も戸惑う。

 

(えっと……息子に写真を見られるのが、そんなに恥ずかしいの? キュアコーラルさんの写真を?)

 

考えられるのは、万に一つもないと思っていた、たった一つの可能性。

まさかと思い、でもそれは、と否定する。

でも、まさか……

 

夫婦二人で廊下に立ち尽くしたまま、互いの表情、心を測るように次の言葉を紡げなくて。

やがて、さんごさんが意を決したように、僕の方へと寄り添ってきて――囁いた。

 

 

 

「――コーラル、だよ」

 

「え……?」

 

あの頃より僕たちは大人になって、記憶の中のキュアコーラルさんと、目の前のさんごさんの背格好は比べることはもうできないけど。

 

可愛くて、でも芯の通った、心にそっと響く、僕の大好きな声色と。

優しさの溢れる――僕の初恋の相手と全く同じ、綺麗な栗色の瞳に、僕の意識が釘付けになる。

 

さんごさんは、まるで僕に謝罪するように。

僕だけでなく、あの頃の――中学生の僕とさんごさん自身に、言葉を向けるように。

 

「キュアコーラルの正体は……私、なの……っ!」

 

「――」

 

「ろ、廊下で話すことじゃないよね。

 一階はあの子がいるし……寝室で話そっか、星郎くん」

 

叫ぼうとして、先程さんごさんに注意されたことを思い出して、押し留めて。

申し訳なさそうにするさんごさんの、その言葉を、ゆっくりと、僕の中に飲み込んで。

 

確かに、立ち話するような内容では決してないから、僕も混乱した頭のまま、彼女の言葉に頷いた。

困った顔で、でも少しだけ微笑んでいる彼女の表情に、僕も少しだけ安心して。

さんごさんに手を引かれて、一旦落ち着くためにも、静かに、寝室へと足を向けた。

 

 

 

「えっと、ね……星郎くん……」

 

「う、うん……」

 

二人でベッドに腰かけ、互いに頭の中を整理する。

何を喋ろうか、そもそも、相手に何て言葉を掛ければいいのか模索する。

 

「……」

 

「……」

 

ものすごく気まずい!!

尋常じゃない気まずさに、頭が真っ白になって彼女へ掛ける言葉が浮かばない。

 

さんごさんは優しくて、可愛くて、とっても素敵な女の子……女性で。

だからドキッとさせられることは多いけど、このような言葉の掛けにくい、見つからない雰囲気になることは少なかった。

 

こんな……こんなにも気まずい雰囲気はいつ以来だろうか。

まなつさんと仲良くなって、さんごさんと二人きりで会うよりも三人で会う機会が増えた時?

 

些細なことですれ違って喧嘩してしまった時?

 

さんごさんを好きになって、でもキュアコーラルさんへの想いも残っていて、告白する勇気とは違う――好きを伝える資格があるかわからなくて、さんごさんを待たせてしまった時?

 

ふとした時、さんごさんをキュアコーラルさんと間違えて呼んでしまった時?

 

僕とさんごさんの子供が可愛すぎて、アルバム作り過ぎたり玩具を買いすぎたりして、さんごさんから怒られた時?

 

……うん、思っていたより一杯あった。

 

――そうだ。

もう僕とさんごさんは、中学生の時のような、互いを知って仲良くなった、そんな時代は疾うに過ぎていて。

育ててくれた両親と同じくらい、一緒の時間を、二人で寄り添って歩いてきたから。

 

「……昔の僕なら、結構、動揺していたと思うけど」

 

「……星郎くん?」

 

「うん、その……確かに驚いたけど、普通に受け入れてるのも事実で……さんごさんの言葉は、いつもスッと、僕の中に入ってくるというか……」

 

「……」

 

「だからさ、えっと……何か微妙な雰囲気になっちゃったけど、僕は単純に『おぉ、二人は同一人物だったのか!?』って、そう、単純に驚いてるだけだから……」

 

慰めているわけでも、励ましているわけでもなく。

今の僕の感情を素直に表す。

当時はとても大きな問題だったかもしれないけど、今の僕たちにとっては、夫婦になるほどに長く過ごしてきた僕とさんごさんには、そんな、気まずくなるような話題じゃないと、そういう想いを伝えたくて。

 

「……うん、ありがとう」

 

「! うん」

 

僕のしどろもどろな言葉を、でもちゃんと受け取ってくれたさんごさん。

申し訳なさそうな表情は変わらないけど、少し肩の力が抜けたように、口元を緩ませて微笑んでくれた。

うん、やっぱり柔らかい笑みを浮かべる彼女が、僕も大好きだと改めて思った。

 

「……今まで黙ってて、ごめんね?」

 

少しの静寂の後、間をおいて、僕へと謝るさんごさん。

長年、秘密を抱え込んでいたことに罪悪感を覚えている様子で……でも、ようやく伝えられるような、そんな安心した表情も見て取れた。

 

「うん……ずっと言えなかったのは、えっと、何か理由があったから、とか?

 例えばそう……正体がばれたら、蛙の姿になっちゃうとか」

 

もちろん、それだと大変困るけど。

僕の冗談っぽい質問に、さんごさんは目を細めて静かに笑う。

 

「ふふ、そんなことないよ。

 あの頃は敵――後回しの魔女って言うんだけど、その人たちと戦っていたの。だから、不用意に正体をばらすのはよくなくて……それが理由かな」

 

「あぁ……確かに、キュアコーラルさんにも似たようなこと言われたと思う」

 

「くすっ、キュアコーラルは私だからね?」

 

「あ、あぁ、そうか」

 

僕の頭の中ではまだ、さんごさんとキュアコーラルさんが一致していなくて。

その様子を見たさんごさんは、少し可笑しそうに口元を隠した。可愛い。

 

秘密の理由は、特に疑うでもなく納得できる内容で。

でも、と、頭の中で引っ掛かる感じ。

プリキュアさんたちはずっと敵と戦っていたわけではなく、僕らが二年生になって以降、街中に怪物は一切現れなくなった。

 

「さんごさんがキュアコーラルさんに変身して戦っていたのって、いつ頃なの?

 その……後回しの魔女? って敵を倒したのは、結構昔の話なんだよね」

 

「へ? う、うん、プリキュアになっていたのは中学一年生の時で……二年生になる前に戦いは無事に終わったから、それ以降は変身してない、かな?」

 

二年生になってからは1回だけ別の敵と戦ったけどと、さんごさんはそう付け足す。

 

「……ちなみに、高校生になっても、やっぱり秘密にしなきゃいけない感じだったの?

 その、別に隠していたのを責めてるわけじゃなくて、ちょっとした疑問だけど」

 

「うぅ……そ、それは……」

 

「それは……?」

 

「…………な、なんか今更言うのが、恥ずかしくて……あと怖くて」

 

「怖い?」

 

瞳を揺らして、さんごさんは不安そうに言葉を紡ぐ。

恥ずかしいと彼女が思うことは、僕も容易に理解はできる。

あの頃の僕はキュアコーラルさん大好きと、わんこのような条件反射で口にしていた……気がするし。

だから、キュアコーラルは私だよと、さんごさんがそう僕に言うのは、確かに恥ずかしいものがあると思う。一番恥ずかしいのは僕じゃないかとは思うけど。

 

「……その、だって、私はずっと、星郎くんを騙していたわけだから。

 手玉に取っているとか、魔性の女とか、そう思われて嫌われちゃうのが……とっても、怖かったから」

 

「ぼ、僕がさんごさんを嫌いになるわけ、ないと思うけど。

 相談に乗ってくれて、叱ってくれて、協力してくれて、慰めたり励ましたり。そうして大事なことを色々教えてくれた、大事な女の子なんだから」

 

「/// で、でも……客観的にみると、全部、自作自演だなぁって、思っちゃったり……」

 

目を泳がせて、髪をクルクルと指に絡ませるさんごさん。

この仕草は、割と彼女が恥ずかしい、動揺している時にする仕草で。

 

(自作自演?)

 

言われて、あの時のキュアコーラルさんを涼村さんに置き換えて、僕とさんごさんの関係を振り返る。

 

さんごさんに一目惚れをして、さんごさんに恋愛相談をした僕。

 

さんごさんに会えない辛さをさんごさんに相談したら、さんごさんの自撮り写真を貰って。

 

さんごさんを庇って、さんごさんに怒られて、でも、命を掛ける程にさんごさんを好きになれてよかったと、さんごさんに心の内を明かした。

 

さんごさんとお出掛けして、さんごさんのプレゼントをさんごさんと選んで買って、さんごさんが夏海さんやクラスの皆より好きだと自覚して、さんごさんに告白した。

 

さんごさんに振られて、さんごさんとまたいつかの約束をして、さんごさんに慰めて貰って、さんごさんと友達になった……。

 

「……これは酷い(白目)」

 

「ご、ごめんね! 本当、ごめんね!」

 

「い、いや、これはさんごさんが悪いわけじゃなくて……むしろ、気付かなかった僕が悪かったと思う」

 

自分の中学一年の時の記憶を思い返して、あの頃の僕に絶句した。

今更だけど、さんごさんとキュアコーラルさんは非常によく似ている。

瞳の色も、声色も、背丈も仕草も、双子と思えるくらい同じで、実際は双子どころか同一人物だったわけだけども。

 

古い記憶を思い返せば、所々で、さんごさんがヒント……というか、割と雑な隠し方だと思うところはあったのだ。

特に、僕が振られた翌日。

もう一度キュアコーラルさんと会えてお話をできて嬉しかったが、よくよく考えれば彼女からのレスポンスが早過ぎである。

夏海さんやクラスメイトの話もしていたし、気付こうよ過去の僕……と、自身の節穴に驚きを隠せなかった。恋は盲目との言い訳が通じるかは微妙と思う。

 

「…………星郎くん、幻滅した?」

 

「え?」

 

だから、だろう。

そんな風に僕がずっとキュアコーラルさんの正体に気付かなかったから、さんごさんに今、こんなにも不安な表情をさせてしまっているのだろう。

 

(幻滅なんて、するわけない)

 

それは、さんごさんも分かっていて。

でも、それを尋ねずにはいられない程、彼女の心には罪悪感が、不安が、償いの気持ちがあるのだろう。

 

だから、ただ「幻滅してないよ」と否定するだけじゃ駄目で。

さんごさんの心に届くように、僕自身の心の奥の言葉を、気持ちを、ちゃんと正直に伝えないといけないと、そう思った。

 

「……ちょっと待ってて、さんごさん。

 伝えたい気持ち、ちゃんと整理するから。……あ、でも先に言うけど、幻滅なんか全然、ほんと全くしてないから!」

 

「うん……ありがと」

 

心の声を伝わるような言葉に変えるには、少し時間が掛かると思って。

さんごさんに一言掛けて、考えをまとめる時間を貰う。

聞いた彼女は少し微笑んで――あの日の相談と同じように、僕が言葉にできるのを、そっと隣で待ってくれる。

 

そんな変わらない彼女の姿に、僕も嬉しく思いながら、自分の心に向き合っていく。

 

キュアコーラルさんの正体が、さんごさんだったこと。

さんごさんが僕に、ずっとプリキュアであることを秘密にしていたこと。

 

(僕は、さんごさんに秘密を明かしてほしかった……?)

 

疑問。

確かにキュアコーラルさんをずっと好きで、追い続けて、彼女との約束は常に心の中にあったけど。

 

秘密を教えてほしかったという感情は、ある。

でも、秘密を明かしていたら僕とさんごさんの関係はどうなっていただろう。

――正確には、僕がさんごさんに向ける感情は、どうなっていたのだろうと、そう考えて、

 

「……」

 

「……」

 

IFの話というのは、あまり意味がないことだけれど。

あの時もっと頑張っていればとか、それを知っていれば良かったのにとか、暗い感情に浸ってしまう話は、あまり好きではないけれど。

 

でも希望になる、そういうもしもの話もあって。

一つ頷いて、僕はゆっくりと口を開いた。

 

「……正体さ、僕は知らなくて良かったと……うん、さんごさんが秘密にしてくれて良かったと、そう思った」

 

「……どうして? 星郎くん、ずっと私……じゃなくて、キュ、キュアコーラルのこと好きで、その……あの時の約束を守ろうとずっと頑張っていたの、知ってるよ」

 

「そうだけど……」

 

さんごさんは、ずっと隣で、僕を見ていてくれたから。

だから、僕の言葉が彼女への慰めと、そう思ってしまうのだろう。いつもよりほんの少し声が震えていて、拭えない罪悪感が伝わってくる。

 

そんな彼女の不安や誤解を少しでも和らげるように、精一杯の――さんごさんに比べたら全然だけど、僕なりに精一杯、優しさを込めた声で言葉を紡ぐ。

 

「僕はさ……知ってると思うけど、心とか気持ちとか、あまり融通が利かないっていうか……割り切るのが下手というか……不器用だと、思うんだ」

 

「……好きの、話?」

 

「うん、他にも色々と不器用なところはあるけど、一番頑固なのは、そこだと思う」

 

さんごさんに話した、かつての話を思い出す。

さんごさんが教えてくれた、自分の好きに正直になることの、大切さ。

 

「あの頃の僕は人を好きになるのが怖かった。でも、さんごさんに相談を聞いてもらって、人を好きになる気持ちと向き合いたいとそう思った。

 誰かを好きになるのなら、命を掛けるくらいに好きになりたい。そんな強い想いなら、僕も自分の好きを信じられるって。

 ……極端な価値観と思うけど、それはやっぱり変わってないし、変えられないと、そう思ってる」

 

「……今も?」

 

「え?」

 

「……今も、そう想ってる?」

 

「! も、もちろん! 死んでも――いや、さんごさんと子供たちを残して死ぬ気はないけど……さんごさんが大好きで、その、危なくなったら絶対に僕が盾になって守るから!」

 

「あ、危ないことは星郎くんにもしてほしくないけど……うん、気持ちは嬉しいよ」

 

「///」

 

「///」

 

改めて僕の強い想いを告白して、この甘酸っぱい雰囲気に互いにはにかみ俯いた。

 

……いや、頬を染めてなにをやっているんだろうか、僕たちは。

話が脱線したのはともかく、二人でお見合いしている場合じゃない。

こんな調子だから、息子に惚気話が多いと愚痴を言われてしまうのだ。

 

何度目かもわからない告白に、未だ慣れないのか、恥ずかしそうに顔を隠すさんごさん。究極可愛い。

そんな姿に僕も、中学生の時と変わらず心臓をドキドキと鳴らしてしまう。

ちょっと良い雰囲気になってきて、ここは寝室で、緊張しながらも思わず彼女の肩に手を伸ばそうとして――が、今はとても大事な話し合いと思い出し、抑える。

 

無意識の行動に恥ずかしさが込みあげて、咳払いして誤魔化した。

 

「こ、コホン……えっと、つまり……僕はとっても不器用だから。

 だから、キュアコーラルさんの正体がさんごさんと知ってしまったら……今のように、さんごさんを好きになれなかったと思うから」

 

「え? ほ、星郎くん……その、す、好きになってくれなかったの?」

 

「あ、ち、違う! ごめんね、紛らわしい言い方で!

 その、どっちも大好きだよ!? 正体知ってても、知らなくても、さんごさんのこと大好きになるのは絶対に変わらないから!」

 

「///」

 

「///」

 

……いや、だから何をやっているんだ、僕たちは。話が全く進まない。

頭を振って、恥ずかしさを押し込めて、少し口早になりつつも続きを話す。

 

「今のように、っていうのは……ちゃんと、さんごさんを一人の女の子として好きになったってことで。

 ……もしキュアコーラルさんを大好きなまま正体を知っていたら……今と、好きの形が違っていたと思うんだ」

 

「好きの形?」

 

「うん……もちろん、さんごさんのことを好きになるのは違わないけど……好きの切っ掛けが、全然、変わってしまうから」

 

そう。

僕がさんごさんに惹かれて好きになるのは、きっと、どの未来でも変わらない。

でも――秘密を知るのと知らないのでは、彼女に惹かれる理由がまるで違ってしまう。

 

大好きなキュアコーラルさんの正体がさんごさんと知り、彼女を好きになるのか。

正体を知らないまま、さんごさんと友達になり、一緒に過ごしていく中で惹かれて好きになるのか。

結果は同じでも、始まりが違くて。

それが僕にとってはすごい大きな、好きの違いに思えてしまう。

 

「だから……僕が不器用だからこそ、正体を知らなくてよかった。

 正体を知ったらきっと、心のどこかでキュアコーラルさんだから君を好きになったと、そう想う気持ちが拭えないと、思うから」

 

「……うん、ありがとう。

 ……そう言ってくれて……秘密にしていたこと、少し、軽くなったと思えたかも」

 

僕の気持ちを知って、さんごさんは安心したように一つ息をついて微笑んだ。

トンと、さんごさんが僕に寄り掛かり、体を預ける。

薄着だから彼女の体温が、いつもよりも感じられて。

僕の半身にゆっくり伝わってくるぬくもりに、幸せを感じながら何を喋るでもなく、ゆっくり流れる時間に身を任せた。

 

「……」

 

「……。……えい///」

 

「わわっ! さ、さんごさん///!?」

 

可愛い掛け声とともに、胸元を押されて二人してベッドに倒れ込む。

覆いかぶさるように、僕の胸元に顔を埋めるさんごさん。幸せくすぐったい。

 

さんごさんからのスキンシップに鼓動を早めて戸惑うと同時に、まだ、彼女の中に残っている不安や罪悪感を垣間見る。

僕は良かったと言っているけど、さんごさんにとっては、その一言でこれまで隠してきた事実を無しにするというのは難しいのだろう。

プリキュアであることを秘密にしていたことは、さんごさんの中では、僕以上に重く感じてしまっているのだと、彼女の様子をみて感じ取る。

 

心細い時、誰かに傍にいてほしい。

ぎゅっと抱いて、抱きしめて――それだけで、人の心は明るく、元気になれる。

人がふれあうことの大切さや尊さを、今の僕はちゃんとわかっているから。

彼女の心に寄り添うように、肩に手を回して、彼女の綺麗な藍い髪をそっと梳くう。

 

「……気にしないで、とは簡単には言えないけど、さ。

 今日のことも、これから過ごしていくうちに段々と思い出になっていくし、さ……」

 

「……」

 

「さんごさんといると、毎日が本当に楽しくて、素敵なことが一杯で……もちろん、たまには辛いこともあるけど……勿体ないくらい、あっという間に、毎日が過ぎて行くから」

 

腕の中の彼女に、愛おしさを感じながら言葉を紡ぐ。

昔は中々、気持ちを言葉にするのに苦労して、さんごさんに迷惑掛けていたなと、遠い過去を想って苦笑する。

 

「一年後には、きっと笑い話になってると、そう思う。

 僕がずっと気付かなかったのを、さんごさんが思い出したように笑って、子供たちも聞いて笑って、僕も、多分恥ずかしそうに笑ってる。

 そう思うから……うん、僕は今、すっごく幸せで。さんごさんも、少しでもそう思ってくれると、嬉しいな」

 

「……星郎くん、ちょっと、間違ってる」

 

「え?」

 

彼女を安心させるように掛けた言葉の筈が、思わぬ否定の返事がきて、驚きながら、腕の中の彼女を見た。

予想外の言葉を返したさんごさん。腕にすっぽりと抱えているため、近くで、ばっちりと目線が合う

でも、その表情に悲しみや困惑はなくて、いつも通りの彼女の柔らかい笑みに戻っていて。

一先ずほっとすると同時に、彼女の真意に首を傾げる。

 

途端、ぎゅっと身体全てを、さんごさんは僕に預ける。

彼女の柔らかい肢体の感触がダイレクトに伝わり、そのぬくもりと気持ちよさに、思わず身体が反応する。

 

「――つっ!」

 

「……今は二人きりだから……さんご、だよ?」

 

「あ、え、えっと……まだ息子がほら、起きてるから、二人きりじゃないというか……///」

 

「むぅぅ……星郎くんのいじわる」

 

「うぅ///」

 

ずっと昔に決めた呼び方を、さんごさんは声を甘くして、じーっと睨んで不満を言う。

名前に、さん付けは距離を感じるからと。

三文字で呼ばれるのが嬉しいと、そう言う彼女は究極可愛かったし、可愛いのだけれど。

 

「その、僕の性格的に難しくて……それはやっぱり……いつも通り、二人きりの時に、さ」

 

「……むぅぅ」

 

二人きり(意味深)。

 

目の前のさんごさんはちょっと甘えたい感じが入っていて、その姿が骨抜きにされるほど可愛くて。

話もいい感じにまとまったし、今から二人きりモードに入ってもいいのではと、そう考えてしまうけれど。

 

(……少し無理してるの、わかるから……今は我慢!)

 

さんごさんなりに、元気が出たことを表したかったのだろう。

夫婦らしい会話で、調子が戻ったことを表したかったと、彼女の気持ちは伝わってきた。

 

(……というか、多分、さんごさんは本当に“甘えるだけ”しか考えてなくて……)

 

まだ娘も寝たばかりで、息子も起きていて、あと片付けや明日の支度も色々あって。

だから、さんごさんの中では、このやり取りは本当にただのスキンシップで。

ただ夫婦でスリスリ、ゴロゴロと、そんな時間を楽しみたかったのだろうけど。

 

(二人きりのスイッチが入ったら、僕が我慢できる自信が全くない……!)

 

甘えてくるさんごさんは、世界一、宇宙一可愛いから。

子猫のようにスリスリしたり、無防備に身体を預けてきたり、寂しそうに足を絡めたりと、そういった無自覚な仕草がすっごくあざと可愛いから。

 

「むぅ……」

 

「……///」

 

「ふふ……///」

 

「……///」

 

理性が保つ範囲で、さんごさんの抱えた不安を拭えるよう、ぎこちないスキンシップを取りながら。

愛おしそうに身体を触られる度に、僕も愛おしさを込めて、彼女の髪や耳をそっと撫でる。

 

 

 

「――ねぇ、星郎くん」

 

そんな軽い、甘いスキンシップを繰り返す最中、さんごさんの静かな問い掛け。

 

「キュアコーラルのこと、まだ、大好き?」

 

「……」

 

「あ、別に深い意味はなくてね……。

 ただ、星郎くんに抱き着いてたら、なんとなく……うん、今の気持ちを聞きたいなぁって、そう思って」

 

言われて、掛ける言葉に、僕は迷った。

腕の中の彼女へ顔を向けると――綺麗な栗色の瞳が、じっと、僕を映していた。

意地悪とか、好奇心とか、不安とか、そういう色は全く、さんごさんの瞳からは感じなくて。

 

(昔の僕たちと、今の僕たちを、見ている感じ……)

 

答えのない問い掛けなのだろうと、そう思った。

まるで中学生の、あの頃に戻ったような、そんな雰囲気のお話だったから……昔の僕の気持ちと、今の僕の気持ちを彼女は聞きたくなったのだろうと、そう思った。

 

「……ずっと、大好きだよ」

 

「……」

 

「もうずっと会っていなくて、僕も家族を持って、キュアコーラルさんよりも大切に想える人ができたから昔のような……隣に立って歩きたいと、そう思う好きとは違うけど……」

 

あの日の言葉と、あの日の光景を思い出す。

記憶の中の風景は遠い年月で色褪せて、彼女以外はもう、セピア色になってしまったけれど。

 

「……ずっと、胸の中には『約束』があるから。

 困難で辛いことがあっても、僕は勇気をもって踏み出して――その度に、キュアコーラルさんへの想いを、ちゃんと思い出せるから」

 

だから、好きの形は違うけれど、今も彼女のことを大好きに想っていると――そう、さんごさんに偽りのない気持ちを伝えた。

 

言って、少なくない羞恥心が込み上げてくる。

さんごさんはキュアコーラルさんだから、今の言葉は本人に向けて言っているわけで、そう気付くと途端に彼女の顔を見れなくなった。

 

さんごさんのことは大好きだけど、真正面から言うのはやっぱり相当恥ずかしくて。

でも、言葉を取り消そうとは思わない。

彼女に伝わってほしいと、そう想う気持ちに嘘はないから。

 

「――――……………………ふぅん」

 

「……え、なんで拗ねてるの、さんごさん?」

 

「星郎くん、やっぱり、まだキュアコーラルのことすっごい大好きなんだね」

 

「……え、いや、同一人物だよね?」

 

でも、まだまだ夫婦としては過ごした時間が短いのだろう。

予想外に口を尖らせて不満顔を作るさんごさんに、僕は思わずうろたえる。

 

キュアコーラルさんの正体は、さんごさんで。

だけど、そう言葉にした僕に、君は微笑みながら首を振る。

 

「多分、違うと思う。

 星郎くんの中では……ずっと正体を話してなかったから、やっぱり、私とキュアコーラルはもう別人って感じがしてる」

 

「……そ、そう?」

 

「うん、話し方とか見てると、ね。

 ……はぁ、妬けるなぁ……キュアコーラル、すっごい星郎くんに想われてて、私だと敵わないかもしれないなぁ……」

 

「えぇ!? そ、そんなことないよ! えっと……」

 

さんごさんのそれが冗談なのか、本気なのか。

いつもなら彼女の表情を見れば、心や気持ちがわかるのだけれど。

さんごさんは僕の胸で顔を隠すように伏せているから、どんな顔をしているのかわからなくて。

腕の中の彼女の身体は少し震えていて、それが一層、僕の心を慌てさせる。

 

「キュアコーラルさんの大好きと、さんごさんの大好きは違くて……。

 えっと、さんごさんのことは……すごく、未だにドキドキする好きで、でも顔を見るだけで安らげて、明日も頑張るぞって気持ちにもなる好きで……」

 

「……」

 

「キュアコラールさんも大好きで、それは確かに変わらないけど……。

 でも、そう! 学生の頃に大好きになったキュアコーラルさんは、やっぱり、大好きも当時の感覚で……。さんごさんの大好きは、これからも一緒に過ごしていく、周りの人も含めた、大きな……とても大きな、大好きって感じで」

 

「……」

 

まるで中学生の時に戻ったみたいに、言葉が上手く出せなくて。

大人になっても素の部分は中々変えられないと不甲斐なく思いながら、でも、さんごさんに伝えたい気持ちはちゃんとあって。

 

こんな僕でも、人を大好きになれたことが、嬉しかったから。

――さんごさんが大大大大大好きということは、本当の本当に本当だと、ちゃんと伝えたかったから

 

「あ、愛してる! うん、愛しさとか愛してるとか、そういう大好きで――!」

 

「――ん」

 

唇が重なって、続く言葉が遮られた。

控え目なのに、大胆で。

そんな君が可愛くて、愛おしくて――そんなことしか考えられなくなる、長くはないけど短くもない、互いに息を止めてる、そんな時間。

 

「……知ってる」

 

ようやく、名残り惜しそうな表情で、さんごさんはほんの少し身体を下げて。

少し上がった息が色っぽくて、可愛くて、もう何百回もその表情に見とれているけど、きっとずっと、慣れることなんかないと思う。

 

彼女の質問と、僕の答え。

さんごさんが結局どう思ったのか、その心の内はまだわからなかったけど。

 

「……ふふ、ごめんね。でも星郎くん、慌てすぎで……くすっ」

 

今の僕と、あと何かを思い出したように、さんごさんは可笑しそうに身体を震わせる。

その優しい笑い声にほっとする反面、あまりにも好き好き言う僕の姿がきっと可笑しかったのだと……まぁ、後悔はないけど恥ずかしくて赤くなる。

 

格好悪いと、そう思ってばつの悪い顔をしている僕を見たさんごさんは――

 

「――ん」

 

「!?」

 

もう一度、啄むように唇を重ねる。

僕に覆いかぶさったまま、瞳を揺らす姿に、心臓が高鳴る。

僕の言葉は支離滅裂で、とても格好良く決められたものではなかったけど――でも、きっと、さんごさんにとっては違うのだろう。

 

綺麗で優しい、僕の大好きな栗色の瞳で、僕を愛おしそうに見下ろしながら。

もう一度、君はゆっくり顔を近づけて――頬を合わせながら、嬉しそうに囁いた。

 

 

「……星郎くんの気持ちは、もう知ってるよ。

 毎日、何回も言ってくれてるから……ふふ、十分過ぎるくらい、知ってるんだ」

 

そうして、君は幸せそうに、ぎゅっと身体を預けてきた。

 

 

 

――Fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういえば、一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「ん?」

 

さんごさんの秘密を知って、互いの心の寄り添わせて。

またもう一つ、夫婦として絆が強くなったと、そう思えた。

 

だから、他愛もない風に、世間話の体を努めながら、さんごさんへと問い掛ける。

 

「さんごさんが大好きで、全然、未練とかそういうのじゃないんだけど……。

 ……えっと、さんごさん、まだキュアコーラルさんに変身出来たり、するの?」

 

「……………………ふぅぅん」

 

「いやほんと! ただの興味本位というか! ほら、さっき、さんごさんが僕の今の気持ちを聞いた風に、僕もちょっとした疑問というか――!」

 

ものすごいジト目をされたので、慌てて、必死に弁解する僕。

でも、これは本当に気になっていて、聞かずにはいられなかった。

別に変身した姿がみたいとか、そういうわけではない筈で――いや、実は結構見たいけど、それは今は置いておいて。

 

「……ふぅん……浮気?」

 

「ち、違うよ!? そんなこと絶対、絶対ないから!」

 

「……私のこと、飽きちゃった?」

 

「ち、違うよ!? 年中ドキドキしてるよ! また日曜もデートしたいよ!」

 

「こ、声大きいよ、星郎くん/// ……ごめんね、ちょっと意地悪、言っちゃったね」

 

「デートは?」

 

「あ、うん……短い時間だけど、お母さんに子供たち見てもらえるか聞いてみるね///」

 

「う、うん!///」

 

振ってわいたデートの約束に、思わずガッツボーズする僕。

さんごさんも僕の喜びように苦笑しながら、頬をほんのり染めていた。可愛い。

一呼吸おいて、さんごさんは口元を隠して、悩んでいるのか、ちょっと難しそうな顔をして、

 

「……変身は……多分、できると思う」

 

「ほ、ほんと!? さんごさん、今もキュアコーラルさんになれるの!?」

 

「う、うん/// トロピカルパクト……変身のアイテムなんだけど、まだ皆、持ってて……私も、引き出しにしまってあるから……」

 

そういう彼女は、でも何かを迷っているように、歯切れが悪い回答をする。

 

「……衣装、絶対似合わないと思うから、変身するのは、その……」

 

「に、似合う! 絶対似合うよ! というか、今の方がもっともっと可愛いよ!」

 

「え、えぇ……それ、星郎くんが見たくて、褒めてるだけじゃないかなぁ……」

 

「うぐぅ! そ、それは……見たくないと言ったら、嘘になるけど……!」

 

目の前のさんごさんが、キュアコーラルさんに変身した姿を想像する。

絶対、究極可愛いと確信している僕がいる。

でも、僕がキュアコーラルさんの姿を求めることが、さんごさんの不安になるかもしれなくて、それは僕も絶対に嫌だから。

 

「……そ、そうだね。敵がいるわけじゃないのに、変身するのも、よく考えればおかしいよね。ご、ごめん、変なこと言って」

 

「……」

 

僕にとって、一番大事で大好きなのは、今はもう目の前の君だから。

だから、彼女の気分を暗くさせるような、悩ませるような、そんなことはしたくない。

好奇心から不用意な発言をしてしまったことを反省して、君が気にしないよう軽い感じに謝って、今の話を終わらせる。

 

「――――……そういうところ、やっぱり、ズルいなぁ」

 

「え?」

 

さんごさんは、くすりと静かに微笑で。

キラキラした栗色の瞳で、僕の視線を絡めとって。

 

困ったように、両手で口元を隠しながら。

恥ずかしそうに、頬を可愛く染めながら。

ふわりと抱き着いて、耳元でそっと囁いた。

 

「――――子供たちが寝静まったら、ね?」

 

「――っ///」

 

蕩けるような、少し幼さの残った、甘い声で誘う君に、どうしようもないほどの愛おしさが溢れてくる。

 

可愛いくて、天然あざと可愛くて、まるで天使のような可愛さで。

 

ほんとうに。

ほんとうに、とっても、当たり前のことだけど、口に出さずにはいられなかった。

 

 

「キュアコーラルさん――いや、さんごさんが可愛すぎる」

 

「///」

 

 

 

おしまい

 



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