ヤンデェール (zumin)
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朝と言うにはまだ早い

 朝、いつも俺は必ず誰かに起こされる。

 

 声を掛けられたり、肩を揺さぶられたり、なめられたり方法は様々だ。

 

 だが、高校生である身分としてはそろそろ自分で起きられるようになった方が良いと昨日の俺は何故かふと思い至った。

 

 思い立ったが吉日と言わんばかりに昔買ってから今まで現在時刻を指すしか仕事のなかった目覚まし時計をいつも起きる一時間前にセットしたのが昨日の事。

 

 そして、騒々しい音がして夢から覚めた今、俺の眼前には誰かの眼だけが映っていた。

 

 まだ起動中の脳があまりの驚きに機能を完全停止すること十数秒、眼前の眼はやっと離れていった。

 

 そこで俺の脳も再起動を果たし、眼球だけを横に向ける。

 

 そこには見慣れた顔がいた。

 

 青葉唯(あおばゆい)、俺のどの時代の記憶を振り返っても出て来るくらい一緒に今まで生きてきた幼馴染だ。

 

 唯は未だに鳴り響いている目覚まし時計を壊れるんじゃないかと思うほど乱暴に叩き、止める。

 

「おはよう、ユウちゃん」

 

 いつも通りの笑顔で俺に言うが、なんだか不穏な気配を感じる。

 

「お、おはよう…ございます」

 

 寝起きの乾いた唇で何とか挨拶を返す。

 

「起きて早々悪いんだけど、質問してもいいかな?」

 

「え?ああはいどうぞ」

 

「どうして目覚まし時計なんて使ったの?これじゃあユウちゃんの可愛い寝顔を堪能できないじゃない。今日はせっかく私の日だったのに。ねえどうして?私の起こし方が悪かったから?だからユウちゃんは自分で起きようと思ったの?ごめんね、もっと私がユウちゃんが気持ちよく起きられるようにすれば今日みたいな事は起こらなかったのに。本当にごめんね。次からはユウちゃんが気持ちよく起きられるように改善するから、だからお願いもうこんな事は二度としないでね?」

 

「ア、ハイ」

 

 何故俺は自分で起きようとしただけでこんな事になるのだろうか。

 

「それじゃあ、二度寝しよっか!まだ一時間くらいは寝れるよ」

 

 しかも二度寝を強要してくるとかもう意味わからん。

 

「いやーなんかちょっと眼が冴えちゃ「ん、何か言った?」……イヤーマダチョットネムタカッタンダヨネー」

 

 俺に選択肢なんてなかったらしい。

 

「それじゃあちょうどいいね。じゃあまた一時間後に起こすから。おやすみなさい」

 

 唯はそういうとその場でじっとして動かない。

 

「…あ、あのー部屋から出ていかないので?」

 

「え、どうして?」

 

 さも不思議といった表情で俺を見つめ返す唯に俺は最早何も言えなかった。

 

「いや何でもない。それじゃおやすみ」

 

 俺はそれから一時間、視線を感じたまま狸寝入りをする羽目になるのだった。



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朝の光景

 今朝の騒動から時は経ち、今は学校へ歩いて向かっている。

 

 そして、その一歩後ろで唯が付いてくるのがいつものスタイルだ。

 

 一度だけ前を歩くことを提案したことがあったが、今朝のような雰囲気で否定された。なんでも、いつでも俺を視界に入れていたいんだとか。

 

「やあ、優。おはよう、今日も暑いね。青葉さんもおはよう」

 

 俺が唯について考えていると、突如横から声を掛けられる。

 

 そこには俺の小学校からの親友の男、藤原由乃(ふじわらよしの)が手でパタパタと扇ぎながらこっちに向かってきていた。

 

「おう、おはよ由乃。もう五月の半ばだからな。そりゃ暑いわ」

 

「おはよう、藤原君」

 

 俺と唯が挨拶を返すと、由乃は唯の一歩隣に離れたところを歩く。

 

 しばらく三人で喋りながら歩いているときにふと二人を見て思う。

 

 唯は風にサラサラと揺れる長い黒髪と年齢不相応な胸を持つ美少女だ。

 

 由乃は中性的な顔と黒茶色の髪を後ろで束ねた美青年だ。

 

 なんとも二人が並んでいると絵になるもんである。今まで何度も見てきたが、毎回こんな事を考えているような気がする。

 

「そういえば、今日は部活やるの?」

 

 由乃のいう部活とは俺達三人とあと二人の計五人で活動している「自由活動部」だ。

 

 自由活動部は名前の通り特定の活動をするのではなく、部員で決めた活動をしてグダグダやっている自由な部活だ。

 

 ちなみに創設者兼部長は俺。

 

「まあ今日も暇だしな。部室に行ってダラダラ何かやるよ」

 

「優が行くなら僕も行こうかな」

 

「私もユウちゃんが行くなら行くよ」

 

「そうか、それじゃあ今日は何すっかなー」

 

 俺達は今日の活動内容を話しながら学校に向かった。

 

 

 

 場所は移って教室、唯とは別のクラスのため俺達二人で教室に入る。

 

 すると俺達に気づいた一人の女生徒が近づいてくる。

 

「おはよー優君。藤原君もおはよー」

 

 女生徒、篠原杏(しのはらあん)は間延びした声で挨拶する。

 

「よーおはよ。相変わらず眠たくなるような声だな、杏」

 

「篠原さん、おはようございます」

 

 杏は小柄な体型とふわっとしたボリュームのある白髪の可愛い系の美少女だ。

 

 俺達と同じ部活に所属していて、色々とあり中学生の時からの知り合いでもある。

 

「あそうそう、今日部活やるけど杏は来るか?」

 

「お~今日はやるんだー。それじゃあ私も行くよー」

 

 杏はニコニコしながら話す。

 

「杏は今日何かやりたいことあるか?」

 

「ん~私は優君がやりたいことがやりたいなー」

 

「…はぁ~。なんというか杏に限らず由乃も唯も毎回俺のやり事がやりたいって言うよな。それが一番困るんだが」

 

「でも、それが僕の本当にしたいことだからね」

 

「右に同じくー」

 

「あーわかったわかった。放課後までに考えとくよ」

 

 それから俺達は他愛ない話をしながらホームルームまで時間を潰すのだった。



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読める心、読めない心

 チャイムの音が鳴ると同時に生徒達は自分の席へと座る。

 

 しばらくすると教室のドアが開き一人の先生が入ってくる。

 

「お前ら席について………るな。優も来てるし、それじゃあ委員長号令」

 

 毎朝思うのだが、なぜ俺はいつも名指しで確認されなければならないのだろうか。

 

 俺の担任の先生兼部活の顧問の五十嵐麻由美(いがらしまゆみ)は俺の親戚であるのだが、そのせいかよく絡まれる。まあ、悪い事ばかりではないのだが。

 

 そんなことを考えながら麻由美の話を聞き流しているといつの間にかホームルームが終わろうとしていた。

 

「あーあと、近々スポーツ大会あるから何に出るか決めといてくれ。じゃあ以上解散!」

 

 そう言って麻由美は教室を出ていった。

 

 それにしてもスポーツ大会か。こんな暑い時期に体を動かそうだなんてどうかしてる。

 

「スポーツ大会なんてやりたくないって思ってるよね」

 

 隣に座っている由乃が言う。

 

「なぜわかったし」

 

「なぜわからないと思ったし、なんてね。優の考えてることなら何となくわかるよ」

 

「あっそう。それで、由乃は何に出るつもりなんだ?っていうか、そもそも何があるかわからないから教えてくれ」

 

「確か男子の種目はサッカー、バスケ、バレー、後ダブルスの硬式テニスかな」

 

「ろくなもんがないな。なんかもっと楽なのないかね、ドッチボールとか。外野行けば実質球拾いしてればいいし」

 

 俺が由乃と話していると、背後から俺の後頭部に衝撃が襲う。

 

「何話してるのー?」

 

 杏が俺の首に抱き着いていた。あと、小柄ながら確かにある胸が当たってるんですが。

 

「もちろんー当ててるよー」

 

「お前ら俺の心読みすぎなのでは。あと、暑苦しいから離れろ」

 

「えーやだよー。この教室クーラー効きすぎてちょっと寒いんだー。だから優君に抱き着いてるといい感じにあったかいんだよねー」

 

「篠原さん、離れてあげなよ。優も嫌がってるし」

 

 流石は由乃、俺の親友だ。困ったときは助け舟を出してくれる。

 

「え、嫌、だったかな?ご、ごめんね」

 

 いつもの間延びした声すら忘れて悲しそうに言う。

 

 ……そんな声出されると嫌と言えないんだが。

 

「い、いや別に嫌ではないよ。ウンイヤジャナイイヤジャナイ」

 

「本当!よかったー。嫌われちゃうかと思ったよー」

 

 よし、いつもの調子に戻ってるな。顔は見えないが、今頃満面の笑みだろう。

 

「…チッ」

 

「ん?今舌打ちが聞こえたような気が」

 

「気のせいじゃないかな」

 

「そう?まあいいや」

 

 それから授業が始まるまで杏は俺に抱き着いているのだった。

 

 

 

 授業中、僕は自分でもわかるほどイラついていた。

 

 表には出さないようにしているが今にも握っているシャーペンを折りそうで怖い。

 

 あの女、篠原杏は僕にとって正に思わぬ伏兵だった。

 

 高校入学当初は青葉唯と別のクラスになり、これで基本的に学校にいる間は優を独り占めできると思っていた。

 

 だが、違った。

 

 今でも覚えている。入学式が終わり初めてこの教室に入った時、あの女はいきなり優に抱き着いたのだ。

 

 まるで、運命の再開かのように。

 

 まあそんなことより先程のことだ。

 

 あの女は優が嫌がっているのにも関わらず抱き着いた。

 

 僕が注意したら無理矢理優の許可をもらった。

 

 そしてあの殴りたくなるような満面の笑みを僕に向けて来た。

 

 あの後しばらく平静を装うことができた自分を褒めてあげたい。

 

 ああ、思い出したらまたイライラしてきた。

 

 こんな時は優を見て癒されよう。

 

 僕が隣の優を見ると、シャーペンを握りながらウトウトしている。

 

 フフ、ああ本当に可愛い。



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