転生オリ主ウマ娘が死んで周りを曇らせる話 (丹羽にわか)
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本編
プロローグ


2023/01/17追記
 アニメ一期ベースだった今話を現状に合わせて改修しました。出走メンバーが変わってたりしますが結末は変わらないのでご安心を。


ウマ娘はアニメとアプリ程度で実際の競馬は未経験ですのでお手柔らかに。ダブルジェット師匠の史実&アニメの動画は何度も見ました。



11月1日。

 

 その日の夜に星は無かった。

 

 あのウイニングライブに参加したウマ娘は誰もが口を揃えるようにして言う。気象庁のデータではその日の東京都府中市は晴天快晴。吹き抜けるように青い秋空で、一欠片の雲も見当たらない。そんな日だった。

 

 

 

 

《本日11月1日東京レース場、メインレースは第11競争、G1、天皇賞(秋)! 芝左回り2000メートル。蹄跡を歴史に刻むのは誰か、13人のウマ娘が覇を競います!!》

 

 

 誰かが言った。運命的なものを感じると。

 

 

《ここ実況席からもスタンドの盛り上がりが伝わってきます。総勢20万の観客が、そして日本中の数百、数千万の人々が注目する秋の天皇賞。その視線を一身に受けるのは13人のウマ娘。トゥインクルシリーズを代表する優駿達の、本バ場入場です》

 

 

 運命とはなんだろう。

 

 

《本日1枠1番1番人気。人々の夢を背負い、並み居る強敵引き連れて、飛び込めるかゴール板。異次元の逃亡劇の幕が上がる。サイレンススズカ!》

 

 

《雪辱のクラシック。そして飛躍のシニア。春の盾は獲った。次は秋だ。名門メジロの誇りを胸に、栄光をその手に。メジロブライト!》

 

 

《神戸菊花宝塚。唯一人、逃亡者を捕えたウマ娘がターフに立ちます。その豪脚が見事福を呼び込むか。マチカネフクキタル!》

 

 

《台頭するは新世代。夢の舞台へ上がる女帝の治世は終わりを告げる。けれどその権勢に陰りはありません。エアグルーヴ!》

 

 

《怪鳥は飛ぶ。頂天を目指して。しかし立ちはだかるは最強の世代。その羽ばたきが巻き起こす烈風は壁を砕くか、エルコンドルパサー!》

 

 

 彼女たち好敵手に出会えた。それはまさに運命、いや、宿命と言ってもいいのかもしれない。

 

 

《あの日。ハナ差2センチ、届かなかった。ずっとその背中は前にあった。けれど、今日は違う。今日を良い日に。トゥデイグッドデイ!》

 

 

 なら、この出会いは。きっと運命だった。

 

 

《さあ、13人のウマ娘がゲートに収まります》

 

《果たして、サイレンススズカを捕まえることができるか!?》

 

《G1天皇賞(秋)、栄光は2000メートルの彼方、各ウマ娘体勢完了》

 

 

 

 でも。

 

 

 

《ゲートが開きました!》

 

《まず飛び出したのは……トゥデイグッドデイ!?》

 

《漆黒の髪をなびかせたトゥデイグッドデイが先頭を駆ける!! 駆ける!! 一気に4バ身、5バ身、6バ身とリードを広げます!》

 

《これまで差し主体だった彼女が逃げを選択しましたね。他の娘は動揺していますよ》

 

《これは誰も予想していなかった展開だ!! あのサイレンススズカが、異次元の逃亡者サイレンススズカがまさかの2番手!! 先頭はトゥデイグッドデイ!!》

 

《さあ2コーナーを回り向こう正面。ハナを進むのは依然としてトゥデイグッドデイまさかの逃げ。その後ろ3バ身サイレンススズカ沈黙を保っているがこれはどうか。5バ身程離れて内エルコンドルパサー外エアグルーヴが続いてキンイロリョテイ、レップウソウハ、中団にメジロブライト、その後ろマチカネフクキタルはやや外か。最後方はアサヒノノボリ》

 

 

《1000メートルの通過タイムは…58秒9!! トゥデイグッドデイ先頭その後ろ2バ身サイレンススズカ、そこから3バ身差でエルコンドルパサー追走!! どうでしょうこの展開!?》

 

《トゥデイグッドデイがペースを作っていますね。毎日王冠ではサイレンススズカが1000メートル57秒7のタイムを記録していますが、抑えているようです》

 

《さあ第3第4コーナー中間大ケヤキに差し掛かった!! 後続も徐々に追い上げてきているぞ!!》

 

《大ケヤキを超えて最終コーナー!! サイレンススズカが並んだ!! サイレンススズカ! トゥデイグッドデイに並び、抜き去った!! 先頭に立ったのはサイレンススズカ!! トゥデイグッドデイはここまでか!?》

 

 

《伸びる!! 伸びる!! リードは3バ身、4バ身と開いていく!! もう誰も追いつけない!! これが異次元の逃亡者!! これがサイレンススズカ!! 栄光の日曜日!!》

 

《G1、天皇賞秋! 今1着で!! サイレンススズカがゴール!! 1着はサイレンススズカ!!》

 

《2着エルコンドルパサー! 3着マチカネフクキタル!!》

 

《トゥデイグッドデイは大きく離されて13着!!》

 

《もしや、と思わされるレース展開でしたね。彼女の今後に期待です》

 

 

 この終わりまで運命だというのなら。

 

 

《……なんでしょうこのサイレンは》

《地下道の方が騒がしいようですが》

 

 

 たとえ、それを定めたのがかの三女神だとしても。

 

 

《……は? え? トゥデイグッドデイが……?》

 

 

 絶対に。

 

 

《○○○?》

 

 

 赦さない。

 

 

 

 

 

 




Today is a good day to die.
今日は死ぬにはいい日だ。

まさにオリ主の運命。
 なおスズカの悲劇回避に動いたのは、秋の天皇賞を怪我無く終わらせる事で海外遠征の話を進めつつスペの依存を減らし、グラスワンダーとスペシャルウィークの百合を成さんがため。
 何で百合を見届けずに死んだのか? ガバですね。



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第1R

話の流れや学年はアニメ一期をベースに、都合よくアプリやオリ設定を混ぜ込んでます。

ただ、オリ主はアニメ二期とアプリの知識は無いです。

(スペシャルウィークの編入から二期最終話までで最低六年は経過しているのに卒業しないカイチョーを考えると学年とか全部おかしくなるので)


Side:サイレンススズカ

 

 

 

 

「えっと・・・サイレンススズカです。よろしくお願いします」

「・・・・・・」

「・・・・・・(無言!? うそでしょ・・・どうすれば)」

 

 

 サイレンススズカは泣きそうだった。

 

 トゥデイグッドデイ。今日トレセン学園に編入してきた褐色黒鹿毛の小柄なウマ娘。

 人数の都合上、入学してから同室のいなかったスズカのルームメイトとなる相手。クラスも同じB組で、席は隣同士。

 

 そして、朝のホームルームで顔を合わせてから初めての会話が今のやり取りであった。つまり、半日は同じ空間で過ごして会話が一切発生していなかった。

 

 スズカは人見知りしがちで初対面の人と話すのが得意ではない。何を話せばいいのか、そもそも会話をつなげるべきなのか、そういった思考がグルグルと脳内を駆け回って結果として無言になってしまう。

 それに、スズカ自身が感情を表に出すのが苦手で表情に乏しくお世辞にも愛想がいいとは言えない。そのせいで無言になると相手にプレッシャーを与えてしまうらしい。

 トゥデイもあまり話すのは得意ではないのか金色の瞳を彷徨わせ、口をもにゃもにゃと動かしてはいるが言葉が出てこない様子。

 

 コミュ障VSコミュ障。世紀の対決であった。

 

 そして、その対決に終止符を打ったのはトゥデイ。

 

 

「トゥデイグッドデイです」

「え、ええ」

「・・・荷物の整理があるので。うるさかったらすみません」

「は、はい・・・お構いなく」

 

 

 コミュニケーションを放棄。寮室の片側に運び込まれたいくつかの段ボールの荷解きを始めてしまう。

 

 

「(・・・どうしよう)」

 

 

 スズカは悩んだ。こういう時、チームリギルの先輩であるエアグルーヴだったら当たり障りのない雑談から入って会話を広げるだろうし、コミュ力お化けのタイキシャトルなら手を引いて食堂にダッシュするだろう。同級生のマチカネフクキタルだったら怪しげな占いを始めていそうだ。

 

 

「(!! そうだッ!!)」

 

 

 スズカは閃いた。

 

 

「トゥデイグッドデイさん」

「っ!? えっと、トゥデイで結構で」

「お風呂行きましょう」

「は?」

 

 

 かつてない積極性を発揮したスズカは渋るトゥデイを強引に連れ出して浴場に突撃。

 背中を流し流され湯船につかり、暫くして他のウマ娘達が来たタイミングでのぼせたのか鼻血を出して気絶したトゥデイを介抱している内に人見知り判定がなくなったのか、翌日から普通に話せるようになっていた。

 

 なお、気絶しているトゥデイをベッドに寝かせ、自身も横になって改めて行動を振り返った際に、羞恥でゴロゴロとベッドを左回りでのたうち回ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 

 グラスワンダー×スペシャルウィークの実現。

 それがこの今時グラム100円にも満たないような価値しかない十把一絡げの転生者が抱く『夢』だ。

 なんでそんなものを、と思うかもしれない。折角ウマ娘の世界に転生したんだから、レースで勝利してうまぴょい(歌)や、可愛いウマ娘とのうまぴょい(ダンス)を目指すのが普通だろう。前世童貞の萌え豚だし。

 

 けれど、そこに合理的な理屈なんて存在しないんだ。ただ、あの二人が思いを通わせてうまぴょい(夜)をした次の日の、甘酸っぱいやり取りを眺めたい。挟まるのも自分が対象になるのも真っ平ごめんだ。百合スキーとしてそれだけは許せない。

 

 そんな想いを抱えて走る私の名前はトゥデイグッドデイ。黒髪褐色ロリなウマ娘である。

 

 正直、あの二人はいずれグラスワンダーが外堀を埋めて仕留めそうではあるが、13話のWDFの際にそういった描写は見られなかったのでそこは万全を期すために私が恋のキューピッドになろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園への編入が決まった。

 

 元々は普通の小学生ウマ娘だったのだが、とある事故をきっかけに前世の記憶が戻りトレセン学園に入ることを決意。

 大卒だった前世もあり勉強は平気だったが、リハビリとトレーニングに思ったより時間がかかり中等部への入学は間に合わず、やむなく編入という形になってしまった。

 

 学費など諸費用が無料なのは転生オリ主のテンプレである孤児院育ちである私にとって僥倖だった。流石公営競技の選手を育てる学校なだけある。レースのチケット代やライブ関連グッズの売り上げで潤っているのだろう。

 学科試験は余裕だったが、体力テストはギリギリだったと思う。ウマ娘の体はその能力に対して脆い。特に、私は小柄だし肉付きもあまりよくないから猶更だ。リハビリを終えトレーニングを始めた際、スピードに興奮して思いっきり踏み込んだら足首を痛めたのは苦い記憶で、しっかり体を作ってからでないと『全力』を出せそうにないので合格ラインでセーブした。

 

 さて、まずは時系列を整理しよう。

 

 アニメにて、スペシャルウィークが編入したのはサイレンススズカが出走していたバレンタインステークスの行われた二月ごろだと推測される。そして、編入時に中等部C組のクラスメイトであるグラスワンダーはその時点で怪我を負っていた。おそらく前年のジュニアの朝日杯フューチュリティステークスで勝利した後の事だろう。

 トレセン学園の学年はA組が1年生、B組が2年生、C組が3年生となっている。幼稚園で年長クラスを「ばら組」と呼んだりするのに近いだろうか。

 そして、今の私は中学2年生。編入すると中等部B組になる。つまり、来年にはスペシャルウィークが編入してくる。

 できれば入学当初からグラスワンダー達と仲をほどほどに深めつつスペシャルウィークを迎えたかったが仕方がない。編入であっても、顔見知り~友人程度の仲になることは可能なはずだ。

 ・・・不安なのは、彼女たちを前にして自分が平静を保てるかだが・・・ここはロールプレイを意識することでどうにかするしかない。

 

 ここでグラ×スペの障害について語ろう。

 

 それはサイレンススズカだ。

 スペシャルウィークが初めてその目で直接観戦したレースを駆け抜けた、憧れのウマ娘。

 学年は違うが寮が同じ部屋、チームもスピカで同じになる。いつかの対決を夢見て切磋琢磨する二人。

 秋の天皇賞におけるサイレンススズカの故障とスペシャルウィークの行き過ぎた献身。ライバル心を燃やすグラスワンダー。宝塚記念での激突。叱咤。目覚め。

 いい話だ。感動的だな。だが、それでは困る。

 

 この世界はグラ×スペなのだ。

 

 サイレンススズカに憧れるのはいい。対決を夢見るのもいい。けれども、真のライバル、そしてパートナーとして隣に立つのはグラスワンダーでなければならない。

 

 何がターニングポイントだろうか。

 

 憧れのきっかけとなったバレンタインステークス?

 寮が同室な事?

 チームスピカに入ること?

 

 どれも大事だ。だが、一番は『沈黙の日曜日』だと私は思う。

 

 故障から復帰までの流れでサイレンススズカは『弱さ』を見せた。それによってスペシャルウィークにとってただの『憧れの先輩』から『ライバルであり大切な仲間』になったし、サイレンススズカも有望で可愛い後輩だった彼女への見方は変わっただろう。

 

 かのオサレ劇団長は言った。「憧れは理解から最も遠い感情」だと。

 

 だから、秋の天皇賞で故障を発生せず勝利することで『強く、気高い、憧れの先輩』のままでいてもらう必要がある。

 

 それに、故障が無ければアメリカ遠征に行っていた筈だから、その間にグラスワンダーに仕掛けてもらう事で『ライバルであり生涯のパートナー』である二人の有記念での対決が実現するかもしれない。

 

 ああ、今から楽しみだ。

 

 フフフ

 

 フハハハ

 

 アーッハッハッハッハッハ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと・・・サイレンススズカです。よろしくお願いします」

 

 

 え? サイレンススズカと同級生?

 

 クラスで席が隣?

 

 寮が同室?

 

 

 

 

 

 

 なんで????????????????????????????????? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんでこのオリ主は自分がスペたちと同い年だと確信していたんだ・・・そんなんだがらガバるのだよ

前半原作キャラ、後半オリ主の流れで大体書いていく予定です。
ちゃんと11月1日の天皇賞秋でオリ主が死ぬまでを書かないと・・・

生存ルート? 完結できたら番外編で


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第2R

同志諸君!! 感想ありがとう

 作品のタイトル通り、トゥデイグッドデイは2年後、秋の東京に散りスズカたちは曇る。今がコメディチックなのは『落差』が大事だと思うからである。

 グッピーが死んだ? 上等じゃあないか。それだけスズカたちは衝撃を受ける。盛大に曇る。(プロローグで世界への憎悪を抱いていそうにしてしまったのは湿度足りない? 足りる?)

というかこの笛吹界隈曇らせスキーや愉悦部員多すぎでは??? 日本大丈夫???

キャラ崩壊してる気がしますが読者の皆様はきっとトレセン学園よりも広い心の持ち主なので許してくれるでしょう。


Side:サイレンススズカ

 

 

「どうしたらいいの・・・」

 

 

 サイレンススズカは学園の一角にある大樹のウロに手をついてうなだれていた。

 原因は先日トレセン学園に編入してきて栗東寮で同室となったトゥデイグッドデイである。

 初日の夜に『閃いた!!』スズカが寮の大浴場に連れ出し、気絶した彼女を介抱している内に自身の人見知り判定は無くなっていたが、どうにもトゥデイから距離を取られており、どう解消すればいいのか絶賛お悩み中だった。

 なお、普段怜悧な表情で大逃げをかまし模擬レースなどでは負け知らず、チームリギルにスカウトされて所属し将来を有望視されているスズカの様子を見た他のウマ娘達が「え? あのサイレンススズカ?」と遠巻きにしているのには気づいていない。高嶺の花なクール系美少女に見えるが、その本質は走ること大好きで集中すると周りが見えなくなる天然ちゃんであるから仕方ない。

 

 

「エアグルーヴやタイキに訊いた方法はダメだったし・・・」

 

 

 チームリギルの先輩であるエアグルーヴからは「一緒に勉強するのはどうだ?」と、アメリカン陽キャのタイキシャトルからは「裸の付き合いがいいと思いマス!」とアドバイスを貰っていたが、前者については一緒に勉強する事には成功したが会話が発生せずシャー芯を消費しただけに終わり、後者はスズカが着替えに手を伸ばした瞬間寮室から脱兎の如く逃走し、完全に警戒されてしまっていた。

 

 

「ふっふっふ、お悩みのようですね」

「っ!? その声は・・・」

 

 

 スズカが顔を上げて振り返った先には、目がシイタケのウマ娘が得意げな表情で立っていた。

 

 

「マチカネ・・・フクキタル・・・っ!!」

 

 

 漫画だったら太ゴシックで強調されていそうなセリフを絞り出すスズカ。何故か高まる緊迫感にフクキタルは目を瞬く。

 

 

「えっと? スズカさん? そのライバルキャラ登場!! みたいな反応はなにゆえ」

「あ、ごめんなさい。なんというか、その・・・ね?」

「言外に「フクキタルだからつい・・・」って聞こえるんですが」

「フクキタルだからつい・・・」

「言葉にする必要はないです!! もーっ!!」

 

 

 大体はシラオキ様のお告げやら開運グッズやら占いやらで他人を振り回す側であるマチカネフクキタルだが、スズカ相手だとあまりの天然っぷりにしてやられる事が度々あった。今日はそういう日らしい。

 

 

「コホンッ」

「あら、風邪でもひいたの?」

「咳払いです!! それでスズカさん、何かお悩みのようですがここはおひとつ、この開運の八卦図を今ならニンジン十本で・・・あーッ待って立ち去らないで冗談です!! 占いはいかがですか占い!!」

「えぇ・・・」

「何で引くんですか!? 確かな実績と評価と信頼を得ているこのマチカネフクキタルの占いですよ!?」

「それは知っているけれど・・・なんというか雰囲気が・・・ね?」

「それって「雰囲気が胡散臭い」って言ってるも同然ですよね!?」

「雰囲気が胡散臭くて・・・」

「デジャヴュ!! 天丼!!」

 

 

 なお、フクキタルの占いでは「深夜こっそりベッドに潜り込むと人間関係に改善の兆しが!!」と出た。

 

 人見知りではあるが一度その認識が取っ払われると距離感がバグる天然スズカは普通にそれを実行し、無事にトゥデイとの距離を縮めることに成功したが、その報告を訊いたフクキタルは「正直この占いの結果はどうかと思っていたんですが・・・」と苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 ウマ娘達が尊すぎてつらい。

 

 ウマ娘みんな美少女だなー、よっしゃグラ×スペのために頑張るぞい!! って軽く考えていたんだが、それが現実になると見た目は抜群に可愛いし、物凄くいい子だし、いい匂いするし、なんかキラキラしててヤバイ(小並感)

 サイレンススズカたちメインキャラは勿論、アニメで名前が出てこなかったり勝負服のデザインが微妙だったりしたモブウマ娘たちもヤバイ。尊い。こんな美少女だらけの空間で数年過ごす・・・果たして自分は正気を保っていられるのだろうか。正直自信が無い。

 

 とまあ、現状の課題はいくつかあるが、一番はグラ×スペ最大の障害であるサイレンススズカとクラスメイトでありルームメイトな事だ。

 

 いや、当初の想定ではグラスワンダー達と同学年の筈だったが、色々と考えた結果、沈黙の日曜日の回避にはこの立ち位置は凄く都合がいい事に気付いたから作戦的には問題ない。

 

 では何が問題なのか。

 

 

 サイレンススズカが尊すぎて色々と限界です。

 

 

 こんな目つきの悪くて不愛想で小生意気そうなクソガキである自分と仲良くしようだなんて貴女は女神か?

 

 スズ×スペもアリ・・・はっ!? 今自分は何を。クッ、気をしっかり保て!! 妥協してスペシャルウィークによる百合ハーレムだろう!! なおハーレムメンバー×スペで。元気印な子が攻められるのが好きなんすよ。もちろん無邪気攻めもいいんだけどね? グラスワンダーが愛おし気な笑顔で攻め立ててそれに耐えられず涙目のスペシャルウィーク。あぁ^~心がうまぴょいするんじゃぁ^~。

 

 ふぅ・・・話が脱線してしまった。

 

 とにかくサイレンススズカがヤバイ。ただでさえ低い自分のコミュ力がデバフで壊滅的だ。彼女とは良好な関係を築くべきなのは確かなので、どうにかして慣れなければ(震え声)

 

 ただ、ここ数日の彼女とのやり取りで思っていたが、少し前世の記憶にある印象と違う気がする。

 アニメの感じからクール系に見せかけた天然系というのは知っていたけども、それは主人公であるスペシャルウィークだからこそ引き出せた姿だと思うんだが、何というか自分と交流を図ろうとするサイレンススズカからは原作に見られない勢いと積極性を感じる。こんなにグイグイくる子だったんだろうか。うーむ。スピカでは年長者だったから出てこなかった一面なのかもしれない。

 

 ここ最近は寝る前に一緒に勉強したりしている。無言だけども。いや前世萌え豚百合厨の自分がウマ娘と会話とかきついっス。

 あ、風呂は気配を察した瞬間に逃走してジム備え付けのシャワールームを使っている。トレーニング後はともかく夜になると寮の大浴場や部屋の浴室を使う子が大半のようで安心できる。ウマ娘たちの裸見るとかギルティだからね。え? 初日の大浴場? グラ×スペを見届けたら一括で清算するからよ・・・止まるんじゃねえぞ・・・。

 

 次はトゥインクルシリーズへの出走登録についてだ。

 

 アニメを見る限りチームに所属しないとレースには出られない設定だった。ただ、最近の情報収集の結果だとチームに所属していなくても学園内のトレーナーに専属で指導してもらうことでレースに出るウマ娘達がいるようだ。もっとも、トレーナーの数は不足気味でありそういう子はごく一部。ほとんどがチームに所属している。

 あと、気付いたのがウマ娘のレースを主催する団体が『URA』になっているし、トレセン学園の理事長は美少女だしと若干アニメと違う所がある。

 まあ、アニメが現実になったらそういう差異も出てくるだろうさ。大して気にすることじゃないな。ガッハッハ!

 

 と、それは置いておいて。

 

 専属トレーナーは不確定要素が多いため除外。そもそもこんなちんちくりんにスカウト来ないだろうし。どこかしらのチームに所属するのが妥当だろう。

 

 ベストはチームスピカ。今はリギル所属のサイレンススズカが未来に移籍し、スペシャルウィークが入ることになるチーム。

 メリットは何よりサイレンススズカとスペシャルウィークの二人に関わりやすい事。寮で同室なのが自分であることから友好度を稼ぐ機会はかなり減っている筈だが、原作主人公故に油断はできない。ラノベの主人公なんて数回の会話だけ、下手すると初回でヒロイン落とす事あるし。

 上手くいけばグラスワンダーとのデートを演出できるかもしれない。夢が広がりんぐ!!

 デメリットは、13話を見るに一度解散寸前まで行っており、そこから持ち直すまでの流れが分からない事だ。アニメの設定だとチームメンバーが5人以上いないと出走できない筈だったが、この世界ではトレーナーの指導を受けていれば出走できるようになっている。ただ、5人以上でないとチームが強制的に解散させられる事もあるらしい。もちろん、猶予期間は設けられているようだが。

 

 次点は原作に登場していないチーム。

 メリットは特にないがデメリットもない。勿論、なるべく束縛が緩くスピカなどに足を延ばしやすい所が大前提だが、そこは いくつもあるチームからしっかり選べば大丈夫だろう。

 

 論外なのはチームリギル。現時点でサイレンススズカとグラスワンダーが所属しており一見良さげだが、致命的なデメリットがある。

 それは、トレーナーの方針的に天皇賞(秋)でのサイレンススズカとの対決が不可能だろうという事。

 まず前提として自分のレース適性は芝の長距離だ。脚が頑丈でないため全力で踏み込んで走る事が難しく、マラソンのように息を入れつつ一定のペースで走るしかない。勿論、運命の日には骨が砕けようが構わないがトレーナーは見逃さないだろう。情に訴えようにも、ウマ娘の将来を第一に考える彼女は恨まれようとも出走登録を拒むはずだ。

 だからチームリギルは避ける必要があったんですね(例のry)

 

 スピカトレーナー? 誠意を込めてお願いすればいけるっしょ。自主性を重んじる放任主義の天才タイプと思いきやロマンチストで義理人情に厚い熱血漢タイプっぽいし。

 

 加入時期は・・・どうしようか。

 サイレンススズカのデビューは来年、C組に上がってからのクラシックらしい。今はリギルで絶賛地獄の基礎トレーニングをしている。部屋に戻ってくるなり「つかれたぁ」「はふぅ」「もう・・・ムリ・・・」などと言いながらベッドに倒れこむ彼女を見れるのはこの中等部の時期に同室だからだろう。ヤバイですね☆ミ

 

 違う。そうじゃない。

 

 とにかく、デビューや出走レースはなるべくサイレンススズカと合わせる必要がある。ジュニア参戦で来年からクラシックの流れも考えたが、今はしっかりトレーニングを積む事が大事だろう。

 え? さっき適性長距離だって言ってただろって? トップスピードで走れる距離が短いだけでマイルや中距離を走れないわけではない。限界までトレーニング積んで色々策を弄しても重賞で入着できれば御の字程度だけども。短距離は無理です。

 ここで必要なのは『サイレンススズカのライバル』になる事だ。この場合のライバルは「実力が伯仲する相手」である必要はない。勝負を重ねて「負けないけども負けられない相手」という認識を得られれば十分だ。スペシャルウィークとの対決に対する気持ちの比重を下げつつ、運命の日への布石にする。

 とりあえず、スピカへの加入はなるべく早めにしておいた方がいいだろう。

 編入は前世の経験による努力ブーストでどうにかなったが、レースに出るとなったらトレーナーからの指導は必須だ。前世があるからと言って門外漢が勝手にやって勝てるほどこの世界は甘くないだろう。

 

 まあ加入の時はあれだ、同室でエリート街道まっしぐらのサイレンススズカをライバル視しているように振る舞っておけば悪い印象は抱かれない筈。

 

 よし、明日さっそくスピカの部室に行ってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・それはさておき、お花摘みから戻ってきたサイレンススズカが自分のベッドに潜り込んできたんですが。

 

 

 え? 寝ぼけてる? ベッド間違えたってやつ? そこまで天然ちゃんだったっけ貴女?

 

 身長差のせいで寝息が耳に当たっているし、ウマ娘の高い体温からか触れていないのにほんのり温もりを背中に感じる。

 

 これってギルティでは?

 

 この世にグッバイしなければならない案件では?

 

 いやしかし、グラ×スペも成さずに。

 

 思考がグルグル回る。

 

 

「ん・・・おかあ、さ・・・」

 

 

 ・・・・・・。

 

 サイレンススズカは、まだ中学二年生だ。それで地元を出てこれまで寮で一人暮らししていたわけだし、寂しくない筈がない。

 しかも、同室となった相手が明らかに距離を取っているとなれば、その寂しさは増してしまうだろう。

 

 彼女はウマ娘だ。尊い存在だ。自分みたいな底辺転生者が決して侵してはならない人だ。

 

 

 けども彼女は、ただの女の子だ。

 

 

 ここは中身オッサンの自分が、守護らねば・・・。

 

 いやそれでも犯罪チックだな。やっぱりアウトではなかろうか?

 

 

「んぅっ・・・」

 

 

 ヒェッ!? 急に頭を抱きかかえてきて・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふにゅん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、もうムリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・トゥデイさん、起きないと遅刻しますよ?」

「うぇ? あー・・・もう朝・・・おはよう、()()()

「っ!! ええ、おはよう()()()()

 

 

 

 

 




 ウマ娘たちはキャラクターじゃないんだよというお話。

 スズカはオリ主が混乱している間に寝落ちてた。寂しさを感じているのは本心から。

 なおガバ。沖野Tの事舐めすぎでは主人公。



 この第2R書きながら思ったんですが、ABC組のクラス分けだとトレセン学園の『全校生徒2000人超』って無理では・・・もしやこのクラスに所属できない=レースに出走できないウマ娘達が大勢いる・・・? 流石にそこまで過酷な世界ではな・・・うーん。


 なお本作品での主人公ともいえるのはサイレンススズカですが、作者が一番好きなウマ娘はダブルターボ師匠です。

 カノープスの部室の隅に置かれた観葉植物になりたい。


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第3R

親愛なる同志諸君!!

お気に入り、感想など感謝する!! スパシーバ!!
感謝を込めてオリ主の情報を少し表記しておこう。

名前:トゥデイグッドデイ(TodayGoodday)
CV:未定
キャッチコピー(表):小さな体に不屈の精神のど根性ガール
キャッチコピー(裏):永遠の敗北者 成しえない者
学年:サイレンススズカと同学年
所属寮:栗東寮
誕生日:7月7日
身長:139cm
体重:計測不能
スリーサイズ:B68・W50・H70

容姿
黒鹿毛の褐色ロリ。目は金色。無表情というよりも不愛想。



ステータスなどはまた後日。ダスヴィダーニャ



Side:サイレンススズカ

 

 

 

 

 サイレンススズカは落ち込んでいた。

 

 リギルのトレーニングが行われているグラウンドに向かう道中のウマ娘達が一斉に道を開けてしまう程度にはどんよりしてた。

 

 原因はトゥデイグッドデイである。

 

 マチカネフクキタルの占いを実行に移した結果、トゥデイ、スズカと呼び合う「友人」といっていい仲まで進展した(とスズカは思っている)二人は、食堂で昼食を摂りながらこんな会話をしていた。

 

 

「その・・・トゥデイ?」

「っ!? な、なに? スズカ」

「あなた、チームはどうするの?」

「あえ、えっと、入るつもり、では、あるけど」

「・・・もしよかったら、リギルの入部テスト・・・受けてみない?」

「エッ!?」

「私たち・・・クラスメイトでルームメイトでしょう? 折角なら・・・チームメイトもいいかなって」

「ファッ!?」

 

 

 ・・・友人には程遠い気がするやり取りである。話が得意でないスズカはまあいつも通りだが、トゥデイが完全に委縮しておりかなり挙動不審になっていた。

 

 

「そ、その、リギルって学園最強で、難関だって・・・」

「勿論、絶対に合格できるなんて断言できないけど・・・でも、トゥデイなら大丈夫かなって感じるの」

「えっと、その・・・」

「ダメ、かしら」

「う、受けるだけなら(過呼吸)」

「じゃ、じゃあ、放課後一緒にグラウンドにいきましょうっ。テスト丁度今日なの」

「アッハイ(白目)」

 

 

 と約束(?)を取り付けていたのだが、教室に戻る際に「ちょっと用事が」と別れたトゥデイが昼休みが終わっても戻ってこず、そのまま放課後になってしまった。

 一度寮室に戻ったが影も形も無く、クラスメイトに訊ねたが見かけた者はいない。もっともまだクラスに馴染んでいるとは言い難く「トゥデイって誰?」状態だったが。

 

 

「(強引、だったかしら・・・)」

 

 

 今思うと、気持ちが先走ってしまってトゥデイの意思をちゃんと確認していなかった。彼女は終始戸惑っていたし、明らかに乗り気ではなかった。

 

 

「(はぁ・・・せっかく友達になれたのに)」

 

 

 また避けられてしまうだろうか、とスズカはがっくりと肩を落とす。耳も尻尾もへたっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新メンバーを紹介する。トゥデイグッドデイだ。入部テストは予定通り行うがこいつは例外として入れることにした。スズカ、確かお前と同じ部屋だったな。面倒を見るように」

「トゥデイグッドデイデス。ヨロシクオネガイシマス(遠い目)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え゛っ???????????????????????????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 

 

 

 なんかスズカがめっちゃ距離近いんですが。

 

 距離感バグってません? それって前世だとガチ恋距離って言うんですがこの世界はどうなんだ。

 

 

 朝、名前を呼ぶ声に目を覚ますと。

 

 

「・・・トゥデイ・・・トゥデイ? あ、おはよう、トゥデイ。食堂に行きましょう?」

「アッハイ」

 

 

 と息がかかるくらいの距離にスズカの顔があり。

 

 

 昼、4限目が終わり昼休みになると。

 

 

「お昼一緒に行きましょう。日替わりランチが今日はあたりの日なの」

「アッハイ」

 

 

 と手を引かれる。 

 

 

 夜、ジムでシャワーを浴びて戻ると。

 

 

「もう、ちゃんと水気を取らないと髪が痛んじゃうわ」

「アッハイ」

 

 

 とスズカの私物のめっちゃいい匂いのするタオルで頭を拭かれる。

 

 いやこれはギルティでしょ。

 

 これ、グラ×スペを成した後に清算しようとしても自分の命一つでは足りないのでは? 花京院の魂も賭けないと・・・。

 少しずつ清算していきたい所ではあるがウマ娘はアスリート。しかもプロのトレーナーが見ており些細な怪我も見逃さないだろうから指一本へし折るのも難しい。悩ましいものだ。

 

 

 うーん・・・。

 

 

 閃いた!! 身体的ダメージが無理なら精神的ダメージで清算していこう。

 

 

 

 一番ダメージを受けるのは百合を邪魔してしまう事だが、それをやるとグラ×スペの前に死んでしまうので断念。ここは『日記』を書くことにしよう。

 しかもただの日記ではない。

 『普通のウマ娘、トゥデイグッドデイの日記』だ。

 つまり日記形式のSSみたいなものだ。自分がモデルのキャラで日記風のSSを書く。なんて痛々しい行為だろうか。考えただけで背中が痒い。かゆ・・・うま・・・。

 

 しかし、これでも前世は底辺虹小説作者の端くれ。『サイレンススズカに憧れ、目指し、超えようと足掻くウマ娘、トゥデイグッドデイ』を書ききってやろうではないか。

 

 そして最後は他人に日記の存在をばらす。中身は自分をモデルに美化した痛々しい内容。周囲から向けられる白い目に自分の精神は致命傷を負うだろう。

 

 うむ、これでいこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、今自分が向かっているのは職員室だ。

 大した用事ではない。孤児院を出てトレセン学園に編入するにあたり、学園の内外で色々と手続きがあり書類を受け取りに行くだけ。トレセン学園の敷地は広いが流石に迷うことはない。

 

 さて、先ほどまで食堂でスズカと話していたのだが、放課後にチームリギルの入部テストを受ける約束をしてしまった。

 いやリギルは論外って言ったじゃん自分。スズカのあんな嬉しそうな顔を前に断るなんて無理だけどさぁ!! グラ×スペ派である前に一ウマ娘ファンである自分は絶対に許さないけどさぁ!!

 ま、まあ、リギルは学園最強。その入部テストは何十人と受けて一人しか受からない。アニメだと1話でエルコンドルパサーが合格していたが、才能の足りない自分がベストを尽くしたところで合格は無理だろう。

 スズカは何故か自信があるようだったが、お仲間補正的な変なフィルターがかかっている気がする。

 

 しかし。

 

 

「迷った」

 

 

 迷った。どこだここ。

 

 え? 方向音痴属性持ちか自分? いや、ジムから寮への往復も問題ないし、駅から学園までも大丈夫だった。考え事をしていたのがいけなかったんだろうか。

 辺りを見回す。中庭、だろうか。噴水にウマ娘(?)の変な像がある。アニメにこんな場所あっただろうか。あの叫んでたウロは覚えているが。

 

 

 ぴとっ。

 

 

「ヒェッ」

 

 

 すりすり。なでなで。

 

 

「うーむ・・・一見細く折れてしまいそうだがしっかり負荷をかけてきたイイ筋肉に覆われているな。惜しむらくは短期間で仕上げたからか若干柔軟性が足りていない所・・・これだと持久力はともかく瞬間的な爆発力に不足してトップスピードは今一つで怪我もしやすい。ふむ、長距離で先頭集団を後方からつつきまわして脚を使わせて差す感じがベストか。ん? これは」

「放せ変態!!」

「ぶべらぁっ!?」

 

 

 とりあえず回し蹴りしておいた。

 

 それで吹っ飛んだのは黄色いシャツに黒いベストの長身の男。というか何となく予想はついていたがスピカのトレーナーだった。

 アニメでも思ったが頑丈だな。ウマ娘がそこそこ力込めて蹴ったのに気絶しないとは。

 

 

「う、うーん・・・こっちを認識してからの思考、技の選択、力加減と随分と冷静だったな。接触して反射的に脚が出ないあたり、周りにはヒトの子供が多かった感じか。ウマ娘の本能を押さえつけてしまう程の理性、それにさっきの」

 

 

 なんだこいつ分析力化け物かよ怖いわ。

 なんで脚触るのと蹴り喰らうだけでそんなに理解できるんだ本当に同じ人間か?

 

 あ、今は自分ウマ娘だったわ。

 

 

「・・・えっと、あなたは」

「おっとすまない。俺はこういうもんだ」

 

 

 そういって彼は襟のバッジを指さす。

 

 

「トレーナー、ですか」

「おう、チームスピカってところのな。沖野って呼んでくれ。お前さんは?」

「・・・・・・」

「おいおい、そう警戒しないでくれ」

「いや無理です」

 

 

 ウマ娘(中身オッサンだが)にセクハラかまして警戒されない訳があるか。というか、同性にやってもアウトだわ。

 

 

「はぁ・・・困ったなあ。それでトゥデイグッドデイだったか? こんな所で何してるんだ?」

「知ってるじゃないですか」

「そりゃあトレーナーだしな。入学試験よりも格段に厳しい編入試験をパスして入ってきた原石をチェックしない訳がない」

 

 

 え? そういう扱い? それなら編入してから暫く経つのにスカウトとか一切なかったのは何故。

 

 

「そりゃあ、いくら原石だろうと自分の目で実際に模擬レースとかで実力を見る迄は様子見だろうよ。それに、お前さんはちと特殊だし」

「思考を読まないでください」

「はっはっは」

 

 

 ちくしょう、イケメンでウマ娘を大切に思いつつも甘さだけでなく厳しく接することの出来る有能でウマ娘愛に溢れる男とか勝てる要素が何一つ無い。嫉妬すら湧いてこないぞ。

 というか特殊って。

 まあ確かに、『小学五年生の時に交通事故で意識不明になり丸一年植物状態で、目を覚ましたら記憶喪失なのにいきなりトレセン学園を目指すようになったウマ娘』なんて特殊、というか異常か。精神的にも肉体的にもどんな爆弾抱えてるか分からないし。

 

 

「で、だ。ここで会ったのも何かの縁、ちょっと話してみようと思ったんだが」

 

 

 お? これってもしかしてスカウトの流れじゃ。(UCの例のBGM)

 

 

 

 

「スピカはダメだな。うん」

 

 

 

 

 は???????????????????????

 

 

「南坂の所、じゃちょっと荷が重いか」

 

 

 誰???????????????????????

 

 

「やっぱおハナさんかなあ。あ、おハナさんってのはリギルのトレーナーな」

 

 

 知ってますけど?????????????????

 

 

「よし、連絡入れとくから放課後グラウンドに行くように。今日はおハナさん達そこにいるはずだから」

 

 

 待って?????????????????????

 

 

「じゃ、そういうことで」

 

 

 どういう事???????????????????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って沖野トレーナーは去っていった。

 

 グラ×スペを成すためのチャートがまた崩れたことに呆然としていたらあっという間に放課後になり、

 

 

「お? なんだよトレーナーの言った通りかよー。ハハッ、なんだこいつ間抜けな面してやがんなあ」

 

 

 とズタ袋を手にした葦毛の美人、というかゴールドシップが現れ、

 

 

「じゃ、ゴルシちゃん急便ってことで」

「ファッ!?(ズボッ)」

 

 

 と頭からズタ袋を被せられて抱えられ、

 

 

「ちわー、黄金屋でーす」

「ご苦労様、あいつによろしくな」

「うぃーっす。今後ともゴルシ運輸を御贔屓にー」

 

 

 チームリギルのトレーナー、東条ハナの前まで運搬された。ゴルシちゃん急便どこいった。

 

 

「初めまして、トゥデイグッドデイ」

「ひゃ、ひゃい」

「あのバカから事情は訊いている。災難だったようだな」

「きょ、恐縮です」

「では、これからよろしく」

「・・・」

 

 

「よ ろ し く ね」

 

 

「ヨロシクオネガイシマス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで?????????????????????????????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:???

 

 

「珍しいじゃない。アナタが目をつけていた子をこっちに寄越すなんて」

「あー、そうなんだけどさあ。なんていうのか、こうしなきゃいけないって思ったんだよ」

「何よそれ」

「三女神様からのお告げかもしれない」

「ふふっ、マチカネフクキタルじゃあるまいし」

 

 

 二人はカクテルで喉を湿らす。

 

 

「まあそれは冗談として・・・あいつはウチだと確実に壊れる」

「・・・・・・そう」

「どう思った」

「ちょっと気弱、というか人見知りする感じかしら。トレーニング自体は真面目に取り組んでいたし身体能力任せにしないで戦術を練る賢さや諦めないガッツもある。ルドルフ達に並ぶとは言えないけど、育てがいのある面白い子ね」

「そうだな。人見知りというか、ウマ娘相手に限り緊張するみたいだが」

 

 

 カタン、とグラスがカウンターに置かれる。

 

 

「本能を理性で踏み越える。そんなウマ娘が存在したか? 事故の影響で動くこともままならない状況で絶望せず、身体を引きずるようにして血反吐を吐きながらトレーニングを重ねて一年足らずでこの中央トレセンに編入するような、そんなウマ娘が『存在する』のか? 無理だ。夢だとか、愛だとか、友情だとか、ウマ娘を高みに押し上げる奇跡は確かにある。けれど、そこに理屈は、理性は介在しない。一度折れたら、奇跡なしには立ち上がれない」

「ええ、限界を超えるのは理屈を無視した奇跡だけ。ほんと、女神さまって残酷よね」

「でも、トゥデイグッドデイは立ち上がった。夢もない。愛もない。友情もない。なんの奇跡の後押しも無かったのに、理性ひとつで」

「・・・・・・」

「俺はあいつに触れて、目を見たとき感じたよ。"どんな道であっても、その先が地獄であっても突き進む"って意志を」

「・・・・・・」

「だから頼むおハナさん。あいつの道を」

 

 

「ふん、頼まれなくてもそれが私の仕事よ」

 

 

 

 

 

 

 




リハビリ中のオリ主


「(グラ×スペを成す!! それが『夢』!! 『覚悟』は出来てる!! 不可能なんてない!! 限界を超えろ!! もっと熱くなれ!! 出来る! 出来る!! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!)」



面接時のオリ主


「当校を志望された動機はなんでしょうか」
「トゥインクルシリーズに出るためです」
「・・・目標はございますか」
「いえ、特には(夢はグラ×スペだけど)」


こんな学生落とすわ普通。



トレーナー二人微妙な勘違い。まあ地獄へ向かって突き進んでるのは確かだけども。
だが安心してほしい。二年後の秋天までは平和だ。

いつもガバっているなオリ主。なお救済ルートではない模様。

ちなみにおハナさんも曇る。この人も結構人情家だし当然だよなぁ?



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第4R

同志諸君!!

 親愛なる同志サイレンススズカの『最速の機能美』は確かに『最速の機能美』だ。だがしかし、女の子とは柔らかいものだと私は信じている。信仰している。
 だからこそ「ふにゅん」なのだ。「コツン」の方が正しくとも、背中と間違えそうでも、かなりまな板だよコレでも、身長145センチの同志ライスシャワー(B75)より小さく(B70)とも、彼女の『最速の機能美』は柔らか・・・ん? すまない、誰か来たようd



同志チッパイスキーが急病により辞任されたため同志シリガスキーが書記長に就任しました。これより艦隊の指揮に入ります。



Side:オリ主

 

 

 

 

 

 

 リギルやばい。

 

 

 皇帝シンボリルドルフを筆頭に東条トレーナーのもとに集う常勝軍団。学園最強と言われるだけあって格が違う。本当に同じウマ娘なんだろうか。

 これでも相当トレーニングは積んできたんだけどな・・・現状、併走しようにも出来ないくらい基礎能力に差がある。そしてそんな先輩方に必死に食らいつくスズカ凄い。小動物っぽかった彼女が狙った獲物は逃がさない猟犬のよう・・・ってほんとにあの高嶺の花に見せかけた天然系美少女なサイレンススズカですかあなた? なんかキャラ違くない? というか確か逃げウマでは?

 

 とまあ、そんな「ぼくのかんがえたさいきょうのチーム」なリギルと最終的に双璧を成すスピカも今思うとヤバイな。

 

 前世の史実で考えると「成功した競走馬をベースにしてるんだから当然だろ」ってなるし、ゲーム的表現をするならステータスの初期値、上限、伸び幅が全然違うけども、それでも生半可な努力ではたどり着けない高みだ。

 それに十代の多感な時期の少女がプロのアスリート、アイドルとして全国規模で活躍する。それを実際に目の当たりにするとただただ感服するしかない。自分の十代? 深夜アニメ見てラノベ読んでブヒブヒシコシコしてたけど何か?

 

 というか転生オッサンinウマ娘な自分がそこに混じっているというのが場違いすぎる。

 

 いや、皆さんめっちゃいい人よ? タイマンbotなヒシアマ姐さんとか自称覇王のテイエムオペラオーとかアニメの印象だとクセが強すぎるしプライドも相応そうだったからコミュニケーション取れるか不安だったけど、こんな自分にも普通に接してくれるし。

 ・・・中等部の後輩でこの身長だから、ルドルフ会長をはじめ皆から子ども扱いされている気はするけども。まあ、なんというか・・・いい子たちだ(後方叔父さん面)。 ん? テイエムオペラオーはひとつ下だしタイキシャトルは同い年では? ・・・スズカもだし今更か。

 

 ただ、ちょっと容姿とオーラの暴力がね? スズカでギリギリな自分を叩きのめしてきてキツイ。傍から見たら完全にコミュ障な自覚がある。

 

 あと子ども扱いの延長か距離感が・・・マルゼンスキーさん? 飲み物渡しただけなのに「偉いわね~」って頭撫でる必要ある? あと撫でるとき視線合わせようと屈まないでいいから、その立派なものがちょうど目の前にきてるし体操服の襟元から・・・あっ。

 

 

 ・・・赤・・・うっ・・・ふぅ。

 

 

 

 罪悪感が・・・鬱だ・・・死、ねないから日記頑張ろう(震え声)

 

 

 ちなみに、グラ×スペを成す為のルートはどうにか再構築した。

 今のところ候補は三つ。

 

 一つ、スズカのスピカへの移籍についていく「ズッ友だよルート」。スズスペの妨害、グラスペの援護が出来るのと、スズカとの対決がすんなり通る可能性が高い事がメリットだ。デメリットは沖野トレーナーにスピカへの加入を拒否(?)された事が、どう影響するのか未知数な点だろう。

 

 二つ。スピカ以外のチームに移籍か、個人トレーナーの指導を受ける「ライバルだからルート」。カプへの干渉はしにくいが、慎重に相手を選べばスズカとの対決はすんなり叶うだろう。

 

 そして三つ、あえてリギルに残り対決を望む素振りを見せる「龍虎相対すルート」だ。アニメでのグラスペのようにライバルとしての関係を東条トレーナーに認めさせ、適性外であっても対決を許可してもらう。ウマ娘は闘争心に溢れている子が多いのでリギルのメンバーからの援護も期待でき、冷酷無情な管理者に見せかけてウマ娘達を大事に思う人情家なところがあるトレーナーの説得は無理では無い筈、一応ちまちま仕掛けはするけども可能性は低い。さっきも断られたし。

 

 二つ目が一番実現しやすいルートの筈なのだが・・・何故だろうか。上手くいくビジョンが想像できない。

 やる事全てが裏目に出てるからなあ。何がいけないんでしょうかね?

 

 

(賢さが不足しているようなので重点的に鍛えてみましょう)

 

 

 ・・・何か受信した気がするが気のせいだろう。

 

 

 

「トゥデイさん、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが・・・」

 

 

 グラスペ実現への不安が顔に出てしまっていたのだろう。心配そうにこちらを見るのは栗毛の少女。

 

 

「ぐ、グラスさん」

「さんだなんて。ふふっ・・・グラス、で構いませんよ? センパイ♪」

「カヒュッ(critical!!)」

 

 

 先日の入部テストで加入したグラスワンダーだった。

 一学年下の中等部A組らしいので来年ジュニアに参戦するはずだ。というか君は本当に中一か? 落ち着きといい色気といい、ちょっとおかしいのでは? ボブ訝。

 前世含めたら二回りは違うはずなのにこのお姉さん感はなんだ・・・スズカとまた違うタイプだから耐性が足りない。

 

 

「トゥデイさん? ほ、ほんとに大丈夫ですか? 呼吸が・・・」

 

 

 あ、オロオロしてるところは年相応だ。かわいい。(語彙力)

 

 

「だ、大丈夫。ちょっと致命傷を受けただけ」

「それは大丈夫では無いのでは?」

 

 

 あ、冗談に即座に気付いて切り返すあたりめっちゃ頭の回転速いわ。本当に中一かい君は。信じられん。

 

 

「・・・意外です。トゥデイさん、そういう冗談も言われるんですね」

「え、あ、えっと、ごめん」

「いえいえ、責めているわけではないですよ? ただ、そういう一面があるって知れたのが嬉しくて」

 

 

 はにかみながら言うグラス。かわいい。いやでもどういう事?

 

 

「・・・結構表情、というか目に出るんですね。これも新たな発見です。ふふっ」

 

 

 え? なんぞ??

 

 

「トゥデイさん、いつも黙々と基礎トレーニングをされていますよね」

 

 

 そりゃまあ、自分一人スペック劣っているし他の子たちと会話なんて出来ないからね。緊張で挙動不審になるし。

 

 

「こう言ってしまうとあれですが、基礎トレは地味で辛いです。正直、続けていれば飽きますし気持ちも緩みます。それをトゥデイさんはずっと真剣に、我武者羅に繰り返していました。そこに鬼気迫るものを感じて、ちょっと怖かったんです」

 

 

 ふむ。想像してみよう。グラウンドの隅っこで無表情のオッサンが一人黙々と筋トレをしている・・・そりゃあ怖いわ。通報ものだ。いや笑顔でも怖いけど。

 

 

「でも、よかったです。トゥデイさんは、ちょっと人見知りする普通の女の子でした」

「そ、そんなことは」

「あ、真面目で頑張り屋さんな所も、ですね」

「・・・・・・」

 

 

 中身オッサンで、グラスペを成す為に生きる萌え豚百合厨の底辺転生者ですぜ。言わんけど。

 しっかしグラスもいい子だなあ。だって恐怖を感じた相手に自分から近づいて、その恐怖を『克服』するだなんて中々出来る事じゃない。

 

 

 

 うむ、やっぱりグラスペを成して幸せになってもらおう。

 二人の結婚式では盛大にライスシャワーして祝福するんだ。

 

 

 

 そう、決意を新たにしたある日の放課後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:サイレンススズカ

 

 

 

 

 

 

 グラウンドの端で黙々と筋トレをこなしている小さな人影。

 ルームメイトでありクラスメイト。そして、いつの間にかリギルに加入してチームメイトにもなっていたトゥデイグッドデイだ。

 

 サイレンススズカはマルゼンスキーと柔軟を行いながらも横目でトゥデイの方をチラチラ見ていたのだが、マルゼンスキーが微笑ましそうに自分を見ている事に気付く。

 

 

「・・・? マルゼンさん?」

「ふふっ、ごめんなさいスズカちゃん。ちょっと変わったなぁって、お姉さん嬉しくなっちゃって」

「変わった、ですか・・・?」

 

 

 特にそういう自覚のなかったスズカは首をかしげる。

 

 

「あら、自覚ナッシングって感じ?」

「は、はい」

「そっか~なるほどね~♪」

 

 

 ふふっ、と笑みをこぼすマルゼンスキー。

 

 

「トゥデイちゃんが来てから周りを、ううん、隣をよく見るようになったわよね」

「隣を・・・それは、そう、ですね」

 

 

 トゥデイグッドデイは色々と危なっかしいウマ娘だ。

 スズカとは少しマシになったが、ほかのウマ娘と話すときは目が泳いだり喉が詰まったりと挙動不審になり、声をかけなければ黙々と日々を過ごす様子は色々と溜め込んでしまいそうで心配になる。

 年頃の女の子としては論外で、ジムのシャワーで水浴びして軽く水気を拭っただけて済ませていたり、私服も下着も同じ種類を複数用意して着回していた。

 兎に角、気にかけてしまう、世話を焼きたくなってしまうのだ。

 

 それに、スズカのクラスメイトであり、ルームメイトであり、チームメイト。

 そして。

 

 

「トゥデイが、トレーナーさんに話していたんです。『私は、スズカに並びたい・・・いえ、追い越したいです。今は、あの子の影も踏めません。でも、いつか』って」

「あら、盗み聞きなんてイケナイ子ね」

「すみません・・・でも私、それを聞いてドキドキ・・・したんです。レースで先頭を走っている時とは違う、熱くて、重くて、強い、今まで感じたことのない・・・ドキドキでした」

 

 

 胸を押さえて回想するスズカ。

 サイレンススズカというウマ娘にとって先頭とは特別なものだ。誰も前を走らせない。並び立つのも許さない。静かで、どこまでも綺麗な、誰も見たことのない、自分だけの景色。

 

 その世界にドクン、ドクンと鼓動が響く。不思議と煩わしくない。むしろ、心が震えて燃え上がるよう。

 

 

「これは・・・なんなんでしょう」

 

 

 スズカの問いに、マルゼンスキーは少しだけ羨望の滲んだ視線を向ける。

 

 

「ライバルって、きっとそういうものよ」

「・・・ライバル」

 

 

 すとん、とスズカの胸にその言葉は落ちてきた。

 

 

「スズカちゃんがちょっと羨ましい。私には誰も・・・

「マルゼンさん?」

「え? あ、そ、そう!! ライバルっていいものよ? 何よりトゥデイちゃんは同い年で部屋もチームも同じなんだから、お互いに切磋琢磨してきっと高みを目指せるわ♪」

 

 

 マルゼンスキーがバチコーン☆ とウインクすると同時、タブレットを手にした東条トレーナーが声を上げる。

 

 

「いつまで柔軟している!! 始めるぞマルゼンスキー!! スズカ!!」

「あ、いっけなーい。ほら、行くわよスズカちゃん♪」

「は、はいっ」

 

 

 二人はトレーナー達のもとへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(トゥデイがライバル・・・ふふっ、楽しみね)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリ主がケツイを新たにしました。おハナさんへの直談判を聞かれるガバ。
グラスワンダーがエントリーしました。曇る。
サイレンススズカとの関係が『ほっとけない友人』から『唯一無二のライバル』になりました。曇る。
おハナさんがトゥデイの『道』を整備し始めました。なお本人に対してはキッパリと断っている模様。曇る。

マルゼンさんはアプリよりも史実寄りにしつつ『絶対の孤独』持ち。たぶんカイチョーも同様。死語ムズイ。

エアグルーヴたちはすまない・・・本当にすまない・・・。


 正直、作者自身も周り(特に身の上を知るトレーナーなど)から見たときのオリ主の設定重すぎて引いてる。
 なんか深読みしてシリアス始めたトレーナー陣と、肉付けの足りない部分を補強できる感想くれた同志たちのせいだな(責任転嫁)

 書き始めの時よりキャラ設定のメモ書きが増えてプロットと全然違うルート進んでいるのには芝が生えざるをえない。(シリウスに加入してスピカの無いアプリ世界でガバるってある。これはライスシャワールートでは? ボブ訝)


ともかく今後とも応援夜露死苦ゥッ!!

あ、感想返信はシェフの気まぐれサラダなのでご了承くだせえ。

次は日記とかキャラステかなあ。明日から仕事なんで次回投稿は未定です。

あとこの作品なんか日刊ランキング入りしてますねぇ・・・やっぱエミカスは偉大なんやなって。

エミカスという概念の原典であるアーマードコアの新作氏の作品のリンク貼っておきますね。未読の方は要チェックだ!!
https://syosetu.org/novel/175665/


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第5R

同志諸君!!

 待たせてしまってすまない。
 今回は日記回を予定していたが、キリが悪かったので次回にさせていただく。
 今回は一気にクラシック弥生賞までキングクリムゾンしている。。。内容が薄く大変申し訳なく思う。
 なお、今のスズカは友情ブーストのかかったハイパー無敵モードである(予防線)
 トゥデイも成長したぞ(なおガバ)

 しかし、あれだ。。。日本という国は大丈夫なのかね? オリ主が夢を成しえずに死んで周りが曇るという作品がこのような評価と期待を頂くことになるとは。。。

 そういえば、同志チッパイスキーの入院先を知っている者はいるかね? 見舞いに行こうと思っているのだが同志サイレンススズカは知らないらしい。。。折角、同志アグネスタキオンの臀部を模したマウスパッドを差し入れに用意したのだが




Side:サイレンススズカ

 

 

<5枠8番。1番人気、サイレンススズカがゲートに入ります>

<デビュー戦では2着に大差をつけての圧勝。今回2走目での重賞挑戦ですが落ち着いた表情をしています。これは期待できますよ>

 

 

 ゲートに収まったサイレンススズカはふっと息を吐いた。

 これが重賞、これがG2。スタンドに詰めかけた万を超える観客の熱気。競い合う事になるウマ娘たちの気迫、実力。どれもがデビュー戦とは大違いで、彼女の中の弱い心が悲鳴を上げてしまいそうになる。

 

 

「(でも)」

 

 

 スズカは視線を横に向ける。

 

 

<最後に大外15番、6番人気。トゥデイグッドデイがゲートイン>

<こちらも2走目でのG2挑戦。デビュー戦では見事な末脚で勝利を収めています>

 

 

 金網越しにちょこんと見える黒鹿毛の髪と耳。

 トゥデイグッドデイ。スズカのライバルにして『親友』。

 彼女の存在がなかったら、1番人気にはなっておらず、ゲートを潜って抜け出していたかもしれない。そんな事を考えたスズカは柔らかく微笑む。

 

 

<各ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました>

 

 

 落ち着いていた。闘争心が無い訳ではない。胸の奥ではグツグツと闘志が煮えたぎり、スタートに向けて集中が高まっていく。けれども余計な力は入らず至って自然体に臨めていた。

 

 

<皐月賞トライアル、G2弥生賞>

 

 

 トレーナーからの指示は「無理をするな」以外は特にない。ならば先頭で始まり先頭で終わる。好きな走りをしようとスズカは構える。

 

 

<今、スタートです!!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:東条ハナ

 

 

「……よくやるものだよお前は」

 

 

 中山レース場のスタンドからレースを眺める東条は、悠々とハナをゆくサイレンススズカと、後方集団の中に潜む小さなウマ娘に視線をやって呟いた。

 

 そのウマ娘の名はトゥデイグッドデイ。

 

 東条の受け持つ学園最強と名高いチームリギル、そのメンバーの一人であり、手を焼かされた問題児であり、手のかかる子ほど可愛いという言葉を体現したような少女だった。

 

 

「関節が脆く爆発的な加速で生じる負荷を受け止めきれない。だからこそスピードの重視されるマイル・中距離は避けるように、スズカとの対決は諦めるように言ってきた。それをアホみたいなトレーニング量をこなして走法を工夫して、デビュー戦の結果でスズカと同じ土俵で戦えることを示して見せた。本当に、大したものだ」

 

 

 トゥデイが取り入れたのはピッチ走法と呼ばれる走り方だった。

 坂道を走る際などに用いられる事の多い走法で、歩幅を小さくすることで体の上下の動きを和らげ脚にかかる負荷を軽減する効果がある。しかし、歩幅が小さい分スピードを出すには脚の回転数を上げなければならず、それが体力の消耗に繋がるという欠点もある。

 

 特にトゥデイは小柄であり、普通に走ってもその歩幅は小さい。それをピッチ走法にしたことで、同じ距離を走るのに通常よりかなり多くの歩数を必要とし、それだけ体力を消耗することになる。

 その欠点を補うためにトゥデイは、東条やリギルのメンバーがドン引きするような過酷なトレーニングを積んできた。走り続ける為の肺活量に筋持久力、ペースを乱さない精密性などを高め、適性外とされるマイルのデビュー戦で勝利し、この弥生賞への出走を東条に認めさせた。

 

 その不屈とも言える姿勢にはチームリギル全体、特に同級生のスズカやタイキシャトル、後輩であるテイエムオペラオーにグラスワンダーといった面々にいい影響を与えている。

 オーバーワークにならないよう目を光らせる必要があるのは困ったところだが。

 

 

<サイレンススズカ先頭で第3コーナーへ。どうでしょうこの展開>

<彼女の脚質には合っていますね>

 

 

 ハナから殿までは12~3バ身程度。トゥデイは先頭集団後方に付けて先を行くウマ娘を風除けにしつつ仕掛けるタイミングを伺っている。

 恐らく、トゥデイが仕掛けるのは最終直線の坂道だろう。ピッチ走法を武器とする彼女にとって坂はペースを落とす要因にはならない。絶好のタイミングだ。

 

 

「だが重賞は、サイレンススズカはそんなに甘くないぞ、トゥデイグッドデイ」

 

 

<第4コーナー抜けて最終直線へ!! サイレンススズカさらに加速!! 差が2バ身、3、いや4!? どんどん開いていく!! 凄い走りだ!! 後続も加速するが追いつけるか!?>

<坂をものともしないで駆け上がっていく!! 強い! 強い! 誰も影すら踏むことが出来ない!!>

<サイレンススズカ今1着でゴールイン!! 圧巻の走りでレースを制した!!>

 

 

 スズカは2着に3バ身半をつけての快勝。これで4月の皐月賞、そして6月の日本ダービーが射程圏内になる。一方でトゥデイはバ群から抜け出せずハナ差での5着だった。ダービーを目指すなら5月のプリンシパルステークスか青葉賞で結果を残すしか無いだろう。

 

 

「しかし……もっと離すかと思ったがスズカめ、トゥデイが気になって最後ペースを緩めたな」

 

 

 これは要改善だな、と東条は手元のタブレットに書き込み、その場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 スズカ強すぎない??????????????

 

 

 なんかデビュー戦大差勝ちしてたし、史実で負けたはずの弥生賞勝ってるし。

 ゲート潜り事件どこ行った!! ウマ娘のスズカがやるところ密かに楽しみにしてたのに!!!!

 

 と、欲望が溢れてしまった。

 

 当初の想定と異なり、比較的すんなりとおハナさんにはスズカとの対決を許可してもらった。

 最初自分がスズカと同じレースを走りたいといった時、断られたのは脚の事情と、無理に適性外の距離を走った際の怪我の懸念が理由だった。

 だから、走り方を工夫して脚への負担を減らし、その走り方で重賞クラスを戦えるだけの実力をつけるためにトレーニングをしまくった。ドン引かれて止められた事もあったけども。

 アニメでスペがピッチ走法をやっているのを思い出せてよかった。グラスペの為なら脚がぶっ壊れようと構わないが、好き好んで怪我をしたくも周りとの軋轢を生みたい訳でもない。勿論、必要だと思ったら何だってやるけども。

 

 それにしても、ウマ娘の体は本当に不思議だ。伸び率は個人差があるが、今のところ鍛えれば鍛えるだけ能力は向上するし、ふにふにした見た目からは想像もできないようなパワーを秘めている。一方で骨とかの耐久値は人間並みだから、そりゃ怪我しやすいわと納得もする。

 

 今日の弥生賞は5着だった。『奥の手』を切らなかったレースでこの結果はかなり健闘したと言っていいだろう。

 最後は前が詰まり差し切れなかったが、最終コーナーでの立ち回りと奥の手を切れば1着…は今のハイパー無敵スズカ相手だと差し切れないが2着はいけたレースだった。切ったら確実に故障するだろうけど。

 

 しかし、ここにきてスズカの強化と原作乖離は…どうしようか。確か後の日本ダービーなどのレースはおハナさんの指示で抑え気味のレースを求められてスランプに陥っていたはずだ。復活したのはシニアのバレンタインステークス。スピカの沖野Tにおハナさんの指示を無視して好きに走るよう言われ大逃げをかまし、復活&スピカに移籍という流れのはずだ。

 

 ……よく沖野Tはおハナさんと良好な関係を保っていられるな。おハナさんやっぱりウマ娘めっちゃ好きだし人情家だし人格者だわ。何年も片思いし続けた相手が結婚したら笑顔で祝福して、家で酒に溺れて泣き腫らしてそう(偏見)

 

 今のところ、スズカに抑えて走れという指示は出ていない。むしろ自分に「絶対無理無茶するなしたらどうなるか分かっているだろうな(ニッコリ)」と来ている。おハナさん身長高いから怖い。

 まあでも、おハナさんは『勝利至上主義』ではなく『ウマ娘至上主義』だ。敗北すら糧にしてクラシック、シニア、ドリームシリーズと戦っていけるウマ娘を育てるのが方針だから、今のまま放置はしないだろう。

 

 もし、そうならなかった場合は少し無茶をしてでも方針転換をして貰わないといけないが。

 

 

 ぐふふ……編入当初は作戦を立てた端からご破算になり、リギルに加入した時は終わったと思ったが、そこから今までは結構うまくいっているのではないだろうか。

 

 

 運よくスズカのルームメイトになり彼女のライバル枠に収まった。中距離向けの走法を習得し奥の手も手に入れた。おハナさんの懐柔が上手くいったので、態々移籍しなくても問題なくシニアの天皇賞(秋)で対決できるはず。そこでスズカを怪我なく勝利させることでスペとのフラグを完全に潰す。

 あとはグラスが上手いことスペを攻略してくれるだろう。

 

 ああ…楽しみだ。グラス達から「私たち、お付き合いすることになりました」なんて報告を受ける日もそう遠くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカーッ!! ハイッ!! ハイッ!! ハイッ!! ハイッ!!

 

 

 生ウイニングライブでの『Make debut!』最高です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:サイレンススズカ

 

 弥生賞を勝利しウイニングライブでセンターを務めたスズカと、それをサイリウムを手に最前列で応援していたトゥデイは学園に戻り寮室のベッドでぐったりしていた。

 

 

「おハナさん怖い」

「……そうね」

 

 

 入着こそしたものの、色々と課題の多かったトゥデイは東条の運転する帰りの車でこってり絞られげっそり。レースの最後でトゥデイが気になってペースが落ちた事がばれたスズカも淡々と叱られてしまい耳やしっぽがしょんぼりしている。

 

 

「スズカは、次は皐月賞だっけ?」

「ええ…今回…優先出走権が貰えたから」

「そっか。その次は日本ダービーと秋の天皇賞?」

「ふふっ、ちょっと気が早いんじゃない? でも…そうね。そうなったらいいなって思う。トゥデイは青葉賞?」

「ん」

 

 

 豆電球の仄かな光が照らす空間に、二人の声だけが響く。

 

 

「プリンシパルステークス……じゃないのね」

「今日で分かったけど、重賞クラスで2000メートルだと前の人たちも脚が残っていて、今の自分だと抜け出せない。スタミナは負けないけど、トップスピードはどうしても劣るから」

「トゥデイ、ちっちゃいものね」

「……スズカは風の抵抗少な」

 

「トゥデイ?」

 

「ヒェッ」

 

 

 極寒の冷気に襲われたトゥデイは震え上がり、慌てて別の話題を切り出す。

 

 

「しょ、勝負服用意するんだっけ。皐月賞はG1だから」

「……」

「た、楽しみだなあ」

「……」

「スズカはきっと緑、そう緑が似合うよ。ほら、大好きなターフの色だし!」

「……」

「だから、えっと…その…」

 

 

 どんどん言葉が尻すぼみになるトゥデイ。

 

 

「……ふふふっ、冗談よ。トゥデイったら怖がりすぎ」

 

 

 スズカはそんな彼女の反応に思わず笑いを堪えられなくなる。

 

 

「冗談であんな殺気出せないんじゃ」

「それは冗談じゃないもの」

「ファッ!?」

「……冗談で済むと思う?」

「ピョエッ」

「あっ」

 

 

 変な声を上げるトゥデイ。

 

 

「トゥデイ?」

「……」

 

 

 返事がない。ただのしかばねのようだ。

 

 自分のベッドから抜け出したスズカはスススッとトゥデイに忍び寄って膝立ちで彼女の顔を覗き込む。

 

 

「ウ、ウーン(白目)」

「……白目むいてる……うそでしょ……」

 

 

 いくらなんでも残念過ぎる顔だった。脅かしすぎたスズカが悪いのだが、それにしてもこの顔はうら若き乙女として絶対にしてはいけないだろう。

 スズカは起こさないよう掌をそっとトゥデイの顔に当てて瞼を下ろす。

 

 

「(……昔と比べて変わったわ。トゥデイも……私も……)」

 

 

 若干魘されていそうだがとりあえず普通の寝顔になったトゥデイの頬を撫でながら思い返すスズカ。

 

 トゥデイはウマ娘との日常会話程度ならどもらずこなせるようになり、スズカは笑顔や口数が増えた自覚がある。

 努力家、というには少々やりすぎているきらいはあるが、体格と体の脆さという先天的なデメリットを乗り越えるために努力や工夫を怠らない不屈の姿勢に影響されてか、より密度の濃いトレーニングをこなし確実にレベルアップもしている。

 

 

「今日の結果…ううん、今の私があるのは貴女のおかげね…」

 

 

 優し気な眼差しで彼女の頭をひと撫で。

 

 

「今日は、私の勝ち……また、走りましょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アンケート結果どう纏めればいいのか。。。(自業自得)

 とりあえず皆うまぴょいしたいし痩せたいし窓が気になる事は分かった。(意味不明)

 オリ主の呼び方は得票数が一番多い『デイカス』にしようと思います。後書きや感想返信で自分はそっち使いますが、読者の方々はご自由にどうぞ。


 プロット練り直しました。日記の中のトゥデイが結構ヤバイ精神状態で運命の日を迎える事になりそうで芝。デイカスはカプ以外でも結構苦しみそう(ニッコリ)

 なおハイパー無敵スズカは皐月賞へ。トゥデイはダービートライアルの青葉賞に。

 次回、トゥデイの故障と日記開放(ネタバレ)

 デュエルスタンバイ!!



(そこ!! ハイパー無敵スズカの方がスズスペフラグ潰せるんじゃとか言わない!! そこに気づいたらデイカスじゃないでしょ!!)


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第6R

やあやあ親愛なるモルモット諸君。

 先日シリガスキー書記長が私のし、しr、んんッ、臀部を模したマウスパッドを持っていたとじきょ…コホン、じはk…ゴホゴホ、情報提供があったのだが……モルモット君たちも所持していたりは……しないかな?

 安心してほしい。別に罪に問おうという訳じゃない。ただ、この『死ぬほど眠れる睡眠導入剤』の臨床試験に協力してほしいのさ。
 どうだろう? モルモット君たちは何にも妨げられる事の無い安らかな眠りを、私は憂いの無い穏やかな心を手に入れられる、ウィンウィンな取引だと思うのだが……。

 ああ! 勿論シリガスキー元書記長も快く協力してくれたよ。今は死んだように眠っているね。それが……どうかしたかい?

 


Side:other

 

 

 

「デイのアホ何やっとんねん!?」

「ん? 誰だ?」

「ほら、リギルの甘やかし甲斐のありそうなちっちゃい子ですよ~」

「ああ、あの小さくて少食の」

「え、デイの事それで覚えとるんアンタら? ホンマに?」

 

 

 トレセン学園の校内掲示板に張り出された校内新聞。その前には何人かのウマ娘が集まっていた。

 

 

『トゥデイグッドデイ骨折 G2青葉賞勝利もダービー出走は絶望的か』

 

 

 そんな見出しと共に、ゴール板を1着で駆け抜ける小さなウマ娘と、ウイニングライブでセンターを踊る彼女の写真が載っている。

 

「全治六か月。復帰は年末……大丈夫でしょうか」

「クラシックは棒に振る事になるな。シニア1年目は、リギルのトレーナー次第か」

「あの流れでマジメに語るんか……デイは青葉賞で勝っとるから出走は苦労しいひんはずや。せやけど……」

 

 

 スーパークリークは心配そうに、オグリキャップは思案顔、タマモクロスは悲し気に眉を下げる。

 タマモクロスにとってトゥデイは妹分のようなものだった。小柄な自分よりも更に小さく色々と危なっかしい為世話を焼きたくなり、髪や肌の色が対照的なのでタマモクロスの異名『白い稲妻』になぞらえて『黒い稲妻』と呼ばれるようになったりと、学年もチームも違うが縁は深い。

 

 

「……復帰して、勝つ。それが出来るウマ娘は、殆どおらん」

 

 

 怪我を治療し日常に戻る、それ自体は特に懸念はない。しかし、問題はその後に勝てるかどうか。復帰しても思うようなレースが出来ずにトゥインクルシリーズから離れるウマ娘は多い。

 怪我から復帰して勝利する。そこには『奇跡』が必要だ。そして、その奇跡を手繰り寄せるのはほんの一握りのウマ娘のみ。

 

 

「アイツは……どうやろうな」

 

 ドンッ。

 

「おわっ!?」

「あ、ごめんなさい……」

 

 

 タマモクロスに栗毛のウマ娘がぶつかった。

 

 

「っおのれは……デイの後輩の…グラスワンダーやったか」

「タマモクロス先輩……オグリキャップ先輩……スーパークリーク先輩……」

 

 

 ぶつかったのはグラスワンダー。たおやかな物腰は大和撫子という表現がぴったりだが、その内の精神性は武士然としたものであり、加えて若干の腹黒疑惑もある少女である。

 トゥデイと一緒に居るところを見かけたことはあるが、直接話すのは初めてだった。

 青葉賞の開催とトゥデイの故障・入院は一昨日の事。グラスはあまり眠れていないのか、化粧でごまかしているが少し疲れが滲んでいた。ぶつかったのも、疲労により注意力が散漫になっていたからだろう。

 

 

「ちゃんと飯は食っとるか? 睡眠は? 無理したらあかんで?」

「……すみません」

 

 

 心配したタマモクロスが声をかけるが聞こえていても届いていない。こりゃ重症やな、と内心ため息を吐く。

 

 

「グラスワンダー、と言ったか」

「……」

「トゥデイグッドデイは、もうダメか」

「ッ!?」

「ちょ、ま、オグリ!?」

「あ、あら~?」

 

 

 あまりにも強烈な言葉に絶句するグラス。他の二人も驚愕し困惑する。

 

 

「な、なにを、いって」

「復帰しても勝てそうにないな、と言った」

「あ、あなたはッ!!」

「どうなんだ」

 

 

 オグリキャップは少しだけ目を細めてメイクデビューすらしていない子供を見る。数々のG1を制してきた歴戦のウマ娘のプレッシャーにグラスは気圧され思わず後ずさるが、歯を食いしばってその目を見つめ返した。

 

 

「……わ、私の憧れるあの人は、トゥデイさんはッ……スズカさんとのライバルであり続ける事を諦めませんでした。これからもッ、諦めません。諦めない限り終わりはッ、無いんです。だから……ッ」

 

 

 言葉を紡ぐ内にポロポロと涙が零れてくるグラス。

 

 

「だからッ! トゥデイさんは、戻ってきて、また走って、勝つんですッ」

 

 

 涙で濡らした顔のままオグリキャップを睨みつける。

 瞳は不安で揺れていて、その言葉も信じているというよりは自分に言い聞かせているようだった。

 

 

「ちょ、オグリやりすぎや」

「あらあら~」

 

 

 タマモクロスが慌ててオグリキャップを抑えに行き、スーパークリークは取り出したハンカチでグラスの涙を拭う。足を止めて遠巻きにする野次ウマ娘も現れ始めた。

 中等部の後輩を泣かせたと暫く噂になるかもしれない。最悪シンボリルドルフらの居る生徒会に呼び出される。

 

 

「オグリ」

「すまないタマ、あと少しだけ」

 

 

 その子連れてずらかるで、そうタマモクロスはライバルの袖をちょいちょいと引くがやんわり解かれる。

 

 

「……グラスワンダー。不安に思うのも、信じきれないのも、思い悩むのもそれはウマ娘として当たり前だ。何も振り返らず突き進むような事はあってはならない。立ち止まって、振り返って、時には後戻りして、折れて、立ち上がって……そうやって私たちは夢を駆ける」

「せん、ぱい」

「そして今、トゥデイグッドデイは揺らいでいるはずだ。不安、恐怖、絶望。そこに寄り添えるのはグラスワンダー、君たちだけだ」

「……」

「取り繕え。奇跡が起こるのは当たり前だと、輝かしい未来が待っているのだと信じ切っているように振舞うんだ。苦しいだろう。辛いだろう。でも、それを悟られるな」

「……」

 

 

 無言で俯くグラスワンダーに、オグリキャップは頭を下げると踵を返した。

 

 

「あ、オグリ!! はぁ~~~ッ……でも、アイツの言う通りや。支える側のモンがしょげた顔してたらアカン。デイの事、頼んだで。ほな!!」

「あらあら~……ごめんなさいね。もし辛くなったら、いつでも甘やかしますから。では~」

 

 

 残っていた二人もグラスに一声かけてからオグリキャップの後を追う。

 

 

「……」

 

 

 グラスは俯いたまま足早にその場を立ち去り、やってきたのは大樹のウロの前。

 

 ガシッ、とウロのふちを掴んだグラスは大きく息を吸い込み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛~~~~ッ!!!! 何なんですか一体!! 好き勝手に言うだけ言って!! 私まだ中二ですよ!? 憧れの先輩が怪我して落ち込んで、それを顔に出しててもいいじゃないですか!! そもそも話が重すぎます!! あとタマモクロス先輩後方姉貴面してませんかちっちゃい癖に!! そもそもトゥデイさん何で骨折してるんですか!! あれだけ無理無茶するなってトレーナーさんに言われてたのに!! 怒りのオーラヤバいですよあの人何かの波動に目覚めてますよ!! ルドルフ会長が部室に入った途端逆再生で出て行くって相当ですからねあ゛あ゛も゛う゛~~~~~~っ!! トゥデイさんのバカァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りのウマ娘たちが「え、何あれ怖……」と引いている中、ノンブレスで言い切ったグラスはウロを掴んでいた手を離し、レース後のように肩で息をする。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 

 息を整え顔を上げた。

 少し汗が滲み頬が上気している。疲労は出ているが、叫んだことで溜まっていたモノが発散されたのか陰りは取れていた。

 

 

「トゥデイさん、こんなに周りを振り回しているんですから、ふふふっ、覚悟は……出来ていますよね♪」

 

 

 そして暗黒面が覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:サイレンススズカ

 

 

 

 

「ええと、着替えはひーふーみー、また同じ種類ばかり増えてるけど……よし。あとは歯ブラシとコップと……あ、スマホの充電器も必要ね」

 

 

 

 トゥデイグッドデイの骨折が判明し入院が決まった翌日。スズカはトレセン学園の寮に戻り、トゥデイに渡す荷物を纏めていた。

 スズカ自身は4月にあった皐月賞を勝利しておりダービーへの出走が決定している。

 トゥデイが青葉賞で勝利した際は「ダービーで一緒に走れる!!」と喜び、彼女がセンターを務めるウイニングライブを内心大興奮で、トレーナーの東条や応援に駆け付けたルドルフらチームメンバーと一緒に楽しんでいたが、ライブ終了間際から難しい顔をしていた東条とルドルフがライブ後の控室へ突撃し、あたふたするトゥデイを有無を言わせず病院に連行。そのまま診察を受けた結果骨折が判明した。

 全治六か月、入院は一か月程度らしい。チーム加入時から懸念されていた先天的に脆い関節ではなく、右中足骨の骨折だったのは幸いだったとは東条の談。関節部分の場合手術が必須であり復帰は絶望的だった。

 

 

「……復帰は年末、クラシックだともう一緒に走れないのね……はぁ」

 

 

 思わずため息が出てしまうスズカ。

 

 

「っと、いけない。私が暗い顔してちゃだめよね。辛いのはトゥデイだもの……少しでも元気づけないと」

 

 

 ぱちん、と両頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。

 

 

「あと、必要なのは……あら?」

 

 

 トゥデイのベッドや机を見まわしていたスズカの目に留まるものがあった。

 

 

「これ、あの子がいつも書いてる日記……よね?」

 

 

 角が擦り切れた緑色のハードカバーの本。トゥデイグッドデイ、と可愛らしい筆致で書かれている。

 これも必要よねと手に取るスズカだが、ふと気づいたらトゥデイのベッドに腰かけていた。

 

 

「ゴクリ」

 

 

 人の日記を読む。大罪だ。ギルティだ。普通なら友人関係が終わっても仕方のない悪手である。けれど、惹かれる。

 それに、トゥデイならば日記を読んだことを素直に白状すれば、赤面してひとしきり悶えた後に困ったような笑顔で許してくれるだろう。

 

 そして、スズカは日記を開いた。

 

 

 白紙。

 

 

「あら?」

 

 

 パラパラとめくっていく。書き込みがあった。

 

 

 

 

〇月〇日

 

 明日は青葉賞だ。これに2着、いや勝利すれば日本ダービーに。スズカとまた走ることが出来る。

 弥生賞は完敗だった。でも、次は負けない。いや勝つ。

 

 

 

 

 一昨日の日付のものだった。日記を逆側から読んでいたらしい。

 表紙の名前と字の印象が違うが、矯正でもしたのだろうか。

 最初から読もうか、と思ったがこれも面白いかもしれない、とそのままページを捲る。

 

 

 

 

〇月〇日

 

 タマ先輩たちとラーメンを食べに行った。

 オグリ先輩とクリーク先輩が「メガマシニンニクカラメ」を頼んでいたから私も同じものにした。

 タマ先輩は「ヤサイニンニクカラメマシアブラスクナメ」と一人だけ違かったけどその理由はすぐに分かった。

 

 恨めしやタマ先輩。なぜ教えてくれなかった。

 

 

 

 

 どうやら毎日書いているのではなく何かしらイベントのあったときに書き込んでいるらしい。

 タマ先輩、というのはタマモクロスの事だろう。あとはオグリキャップとスーパークリーク。かつてトゥインクルシリーズで活躍した名ウマ娘達だが、どういう縁かトゥデイと交流があるらしかった。

 最近ネットや新聞などで見かけるトゥデイの異名『黒い稲妻』は、『白い稲妻』タマモクロスと対照的な見た目からトレセン学園を発端として広まったらしい。自他ともに認めるライバルのスズカとしては「私が『逃亡者』なら『追跡者』とか……」と少し不満気だったが。

  

 

 

 

 

〇月〇日

 

 負けた……スズカはやい。流石G2、他のウマ娘たちもレベルが高かった。

 今日の敗北を糧にまた頑張ろう。

 

 あ、スズカの『Make debut!』を最前列で応援できたから3着に入らなくてよか…よくないなうん。

 

 

 

 

 小学生程度にしか見えない褐色のウマ娘がサイリウムを手に大興奮で暴れまわっていたのはライブ中のスズカからでもよく分かったし、その奇行がSNSで拡散された結果、注目度が高まり異名が広まったらしい。

 

 

 

 

〇月〇日

 

 デビュー戦勝利じゃい!!

 

 見たかおハナさん!! これがサイレンススズカのライバル、トゥデイグッドデイの実力だ!!

 あー…ほんと勝ててよかった。ギリギリだったし、あそこで前が開いてくれたから差せた。運が良かった。

 

 疲れた、寝る。

 

 

 

 

 意外だった。レース自体は事前の想定通りに進んでいたし、レース後も落ち着いていたように見えた。

 あまり自分自身の事は面に出さないトゥデイの内心を知れて嬉しくなる。

 

 ページをめくる手が止まらない。

 

 

 

 

〇月〇日

 

 トレーニングをしていたらルドルフ会長たちに止められた。

 ゴルシとコサックダンスのステップでトラックを走っていただけなんだけど「奇行種」ってなに?

 

 

 

 

〇月〇日

 

 リギルの皆から子ども扱いされている。

 先輩方はともかく特にスズカとグラス。スズカとは同い年だしグラスは後輩だ。一度分からせる必要があると思う。

 

 ダメだったよ……

 

 

 

 

 チームスピカのゴールドシップに加担して奇行に走る、というよりも上手いこと乗せられている関係性だった。

 日記に書かれていない部分では只管基礎トレや走法の改良などトレーナーすら引くレベルでやっていたのだから、ウマ娘というのは分からない。

 

 

 

 

〇月〇日

 

 風が吹き抜けた。

 

 ちょっとクサい表現だろうか。でも、スズカの走りを初めて目の当たりにして私はそう感じた。

 

 チームリギルのメンバーは凄いウマ娘ばかりだ。

 今の私では、ううん、未来の私でも追いつけるのか分からない人たち。

 

 そしてスズカ。サイレンススズカ。

 

 彼女はいつか、風を超える。

 何を書いているんだろう。イタい。ボールペンだから消せない。やってしまった。

 ……ライバル、だなんて言えるような実力は私にはない。だけどいつか、私は。

 

 ただ、トレーナーにはスズカとの勝負を断られてしまった。走法の改良と作戦の改善、あとはトレーニングを重ねて認めてもらうしかない。

 

 

 

 

 トゥデイの自分への想いに思わず顔が赤くなる。

 ただのルームメイト、クラスメイトのはずだった。今は、唯一無二の親友でライバル。そこまで、トゥデイは駆け上がってきてくれた。

 

 

 

 

〇月〇日

 

 今日は色々ありすぎた。

 また忘れても私や周りが困らないように日記に残しておこう。

 

 まず、ウマ娘の脚を触って早口で話す黄色と黒の変態に遭遇した。

 チームスピカという所のトレーナーらしいけど、異様に頑丈で正直ヒトなのか疑問だ。

 あと、何故かスピカへの加入を断られたと思ったら学園最強チームのリギルに加入していた。文字に起こしても訳が分からない。まだ一度もレースした事は無いのだけど。

 

 入部テストを合格したのはグラスワンダーという栗毛のウマ娘だった。帰国子女らしいけど『大和撫子』という言葉があれほど似合う子はいないだろう。

 

 ……それとあの芦毛のウマ娘…確かゴルシ? とかいう人はいったい……やけに手馴れている気がした。あの拉致をされている人が他にいるのだろうか。

 

 そして、ルームメイトのスズカとはクラスメイトだったのに加えてチームメイトになった。いや、それが嫌なわけじゃないし、むしろ嬉しいのだけど距離が近い気が……友達、というのは初めてだけれどこういうものなのだろうか。

 

 

 

 

 初めての友達、その言葉にふつふつと喜びが湧き上がってくる。

 

 

 

 

〇月〇日

 

 トレセン学園に編入することが出来た。

 トゥインクルシリーズに出る。勝って、それで……。

 

 

 

 

「ん? ページが余ってる……?」

 

 

 てっきり編入初日から書いているのだと思ったが違うらしい。

 編入前のトゥデイを知れるかもしれない、スズカはページを捲る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです私はトゥデイグッドデイです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 私はなに?

 

 

 

 

トゥデイ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きの共産趣味な小話書くのたのちい。
 しかし一話で同志シリガスキーが死ぬほど眠ってしまった。また人事調整しなければ。

 初めての日記回は闇控えめ。
 過去を知ってより仲を深めるじゃろ? するとスピカ移籍、毎日王冠、天皇賞(秋)直前、その3ステップでトゥデイグッドデイというスズカのライバルがアレじゃ。やばい。

 なお、日記帳はわざわざ中古の物を買って年代を偽装。日記を買って貰った当日に事故に遭ったという設定。つまり表紙の名前を書いたのは……。

 まだまだレースはつづくんじゃ。

 タマモオグリクリークの三人を出したのは書きながらアニメ一期を見返していたのと、感想の方で『黒い稲妻』というワードを見かけたからです。
 オグリ男前…というか先輩しとるな。クリークぽわぽわしすぎてしまった。

 グラス覚醒。グラスペどこ……ここ……?


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第7R

仕事やばかった……(絶不調)


久々に文章を書くので今回は短め。というかデイカス視点のみ。不甲斐ない自分を許してくれ同志。

この土日で書き溜めしたいなあ(願望)

あと、感想でトゥデイグッドデイというウマ娘についての暗い過去が色々生まれていて芝。プロット段階で重要視していなかったから伏線が足りない(自業自得)











落差が大きいほど、絶望は深くなる。


Side:オリ主

 

 

 

「トゥデイ…………おはよう」

 

 

 もう夕方だけど???????????

 

 

 とまあ、何やら暗い顔をしたスズカがやってきた。

 先日の青葉賞で骨折し入院することになった自分の荷物を寮に取りに行って貰っていたのだが、昼頃には来ると聞いていたのが数時間遅れている。

 

 ふむ……。

 

 スズカの手にはそこそこ膨らんだボストンバッグ。だが、自分の私物はそんなに多くないしあの中身はほとんどが衣類だろう。荷物を纏めるのに時間がかかり、それで落ち込んでいるという線は無し。何かしら事情があるはずだ。

 

 となると…………なるほど、分かった。

 

 

 

 

 ようやく、おハナさんがスズカに抑えて走るよう指示を出したんだな!!

 

 

 

 

 先頭で走るの大スキーなスズカが暗い顔になる要因なんてそれくらいしか思いつかない。それに、今後のレースに関するミーティングを行ったなら遅れもするだろうし。

 弥生賞に続いて皐月賞も勝って次はダービーへのりこめー!! と最近絶好調なスズカの事だ。自分の怪我によって方針を改めたおハナさんに口出しされて精神的に来ているんだろう。いちウマ娘ファンとしてスズカに辛い思いをさせてしまうのは心苦しく当然断罪が必要だがこれもグラスペの為だ。トゥデイグッドデイの日記(笑)に黒歴史を紡いでいくので今はそれで許してほしい。

 

 しかし、あの日記(笑)も罪を重ねるたびに書き込んでいるが黒歴史過ぎて読み返す事すら出来ない。病院で目が覚めてからトレセン学園に編入する迄の部分が特に。なんというかその……深夜テンションの悪ノリで悲劇のヒロインな感じで書いてしまった事は何となく覚えている。

 確か『トゥデイグッドデイになった自分が前世の記憶もグラスペの夢もない只の女の子だったら』みたいな設定だった気が……。

 最初は女の子らしい字で書こうとして途中で面倒になり、病んでそうな表現を思いつかなかったからあまりページも無い。だから底辺虹小説作者だったんだよなあ……グラスペを成したらあれを公開すると決めてはいるが耐えられるだろうか……。

 

 ま、まあ、暗い未来の事は置いておこう。

 

 とりあえず、病室の入り口で立ち尽くしているスズカから荷物を受け取りつつ、それとなく事情を聞き出してフラグを確認しなければ。

 

 

「荷物、ありがとう」

「…………」

「その……何かあった……?」

「……ッ」

 

 

 え? なにその痛ましそうな表情。

 あ、でもあれか。一応私はスズカのライバル枠だから、それがこうやって怪我をしている姿を見て思う所があるのかな? まあ普通はそうか。ウマ娘は『走る為に生まれてきた』なんて言われるくらい走ることが大好きな存在だ。それがこうやって怪我をして走れないなんていうのは、特に走ることが大好きなスズカからすれば苦行に等しいだろう。

 

 

「スズカ……私は大丈夫だよ」

「トゥデイ……」

 

 

 まあ、中身オッサンの自分からすれば「またリハビリかめんどい」くらいしか思う所は無いから気を遣わせてしまい申し訳ない気持ちになる。勿論、走ることは楽しいし1着を取れれば嬉しい。けれども、それは『学生時代に友達との対戦ゲームで勝った負けた』をしているような達成感であり、それが欠けたところでメンタルにさしたる影響はない。グラスペがかかっているので全て真剣に臨む所存ではあるが。

 とりあえず、問題ない事を説明しておかないと。

 

 

「私は……スズカのライバル、だから。だから、大丈夫」

 

 

 何でそれで大丈夫なのかは分からない。ライバル=大丈夫の等式は成り立つのだろうか。まあでも、この骨折で暫くレースから離れることになるからスズカのライバル枠に居続けるためにアピールは必要だろう。ウマ娘と話すとき緊張で挙動不審になるからと口数の少ないキャラ付けをしているが、言葉選びが少し面倒なのは失敗だったと思う。

 

 

「怪我なんてすぐ治して、戻る。あのターフに」

 

 

 ダートは無いんですか? 無いです(断言)

 

 

「そしたらまた、一緒に走ろう?」

 

 

 このグラスペへと続く花道をよ!!

 

 

「……そう、よね」

 

 

 呟き、何かを決心したようなキリッとした顔になるスズカ。

 

 

「トゥデイ……ううん、貴女は今、幸せかしら」

 

 

 宗教勧誘ですか???

 まあハッピーかなあ。ウマ娘の世界にいて、ウマ娘たちと生活して、グラスペを成すところまであと一歩……三歩、五歩くらいの所まで来た。

 いやはや、スズカと同級生で同室で同チームなんてグラスペ無理やろって思ったけど、ライバルポジになる事でシニアの秋天での対決もスムーズにいけそうだしほんとスズカ様様ですわ。

 自分の気持ちは素直に口に出さないとな。大人になるとそれが出来ない(戒め)

 

 

「幸せだよ。スズカが、いるから」

「ピャッ」

「スズカ?」

 

 

 お、おう?

 いや、今のセリフは痛い。そりゃ驚くわ。

 

 

「ご、ごめん、変なこと言った」

「だ、大丈夫……その……何…これ……何かが……溢れて……

 

 

 ちょっと躊躇いがちに視線を彷徨わせもじもじするスズカ。可愛い。

 顔色は変わらないけども耳と尻尾めっちゃ動いてる。動揺、躊躇いとかそこらへんか?

 

 

「……目を、瞑って」

「??? ん」

 

 

 せかいはやみにつつまれた!!

 

 なんだろうか。サプライズ的な? 伝えてある誕生日はまだ先だけども。お見舞いの品……そういえば、部活モノのドラマやアニメだと怪我した部員に寄せ書きを渡したりしてたな。そんな感じか? 前世帰宅部だったから現実にそんな事あるのか知らんけど。

 

 

「スゥ~ッ……ハァ~ッ……ハァッ……ハァッ……」

「ス、スズカ?」

 

 

 な、なんか息荒いですよ? え、何? ビンタされたりする?

 

 

「よしっ」

 

 

 何が?????

 

 何で頬を両手で挟み込むんですか? おててすべすべでひんやりしててやばいですね。

 

 

「貴女の名前は?」

「ひゃい、ひゅへいひゅっほへいえす」

「……分かったわ……トゥデイ。私のライバル、私の親友、私の……大切な、人

 

 

 

 

 

 

 

チュッ

 

 

 

 

 

 

 

「これ! 怪我が早く治るおまじないだから! ふ、深い意味は……無いから!! ターフで待ってるから!!」

 

 

 バタバタッ。ガチャン。ダダダダーッ。ウマ娘の方でも廊下は走らないで下さい!! す、すみません。

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 目を開ける。スズカはいない。ぽつんとベッドのそばに置かれたボストンバッグが、彼女がここにいたことを教えてくれる。

 

 

 いや、それよりもさっきのは何????????????????????

 

 デコにしっとりしてふにふにしてちょっと温い何かが当たったんだけど????????????????????

 

 スズカのデコチュー????????????????????

 

 唇の感触とか知らんけど、自分の唇を触ってみるとちょっと近い気がする。あとシチュエーション的に。

 

 

 

 

 

 

 

 え? ウマ娘っておまじないでデコチューすんの?????????????????? グラスペもやる? いやするように仕向けるしかない(断言)

 

 

 

 

  

 

 というかギルティでは??? 痛いの痛いの飛んでけ~くらい気軽なものだとしてもそれを受けるのがこの百合厨萌え豚とか断罪ものでは???

 

 

 あ゛~~~~~~!! 日記(笑)に黒歴史が増えていく~~~~~~!!

 

 

 あ、日記帳部屋の机に置きっぱなしだな。ん? バッグに四角いふくらみが……あ、日記帳やんけ。スズカ持ってきてくれたのか。

 もしかして、あの痛ましそうな視線の原因ってこれを読んだからじゃ…………中二病を発症した痛い子を見る目……。

 

 

 「恥ずか死ぬわこれ……」

 

 

 それから夕食が来るまでベッドでのたうち回っていました。看護師さん、驚かせてしまってすまない……本当に、すまない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ? そういえばスズカがレースをどう走るのか訊いてないけど……ま、多分原作通りになるやろ(楽観視)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<サイレンススズカ今1着でゴールイン!!!! レコードです!! 何という速さだ次元が違う!! まさに異次元の逃亡者!! 見事ダービーを無敗で制した!! この子に敵うウマ娘はいるのか!?>

 

 

 

 

 

 

 

「私は、先頭を走るだけです。だから、追いついてきてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

は????????????????????????????????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




日記読んで曇っているのに気付かないしフォローしてハイパー無敵モード延長のお知らせ。デイカスだから仕方ない。

とりあえずデイカスの思い通りにはさせない(鋼の意志)

なお作者のプロット通りになるかもわからない(改定二度目)

感想の人たちが優秀だからね。仕方ないね(責任転嫁)











Side:IF


<先日のトゥインクルシリーズでは、G2青葉賞にてトゥデイグッドデイが見事勝利を収めましたが、故障によりダービーの出走が絶望視されています>
<いやー残念ですねー。ダービーのレコードタイムにあと一歩、という程の好走でしたからね。青葉賞からダービーウマ娘は出ないジンクスを今年こそ打ち破ってくれるかと期待していました>
<レース、ウイニングライブ共に特に故障を感じさせる部分は無かったのですが、これについてはどう思われますか?>
<あーまあ分かりにくかったですね。でも、トレーナーならあのライブを見れば一目瞭然ですよ>


「お母さーん。テレビのトゥデイグッドデイってウマ娘、小学校の別のクラスにいなかった?」
「ああ、そういえば……そんな名前の子も居たわね。確か。五年生くらいの時に転校したらしいけど……」


<では、ご覧いただきましょう。G2青葉賞ウイニングライブ>








「芦毛のやんちゃな子……だったわ」







<センターを務めるのはこのウマ娘、『黒い稲妻』トゥデイグッドデイで”Make debut!”>














※本編とは関係ない伏線です。IFでやれたらええなあ。
※この設定だとデイカスの戸籍や学籍が問題になりそう。
 でも不明だらけのゴルシが在籍できるなら大丈夫やろ(適当)
 あ、本来のトゥデイと事故現場で間違えられたことにすればいいか(迷案)
 身元確認でばれるだろうけど(正論)






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第8R

書き貯め出来なかったよ。。。短くてすまない。。。

6/7 本文最後のやり取りを直しました。菊花賞の展開が変わったので。


Side:グラスワンダー

 

 

「~~♪ ~~~♪」

 

 

 リギルのトレーニングが無いとある日の放課後。

 トレセン学園近くの国立病院の廊下を鼻歌交じりに歩くのはグラスワンダー。

 チームリギルにて先輩であるトゥデイグッドデイを強く慕っている彼女はトゥデイの骨折の報を受けて落ち込んでいたが、先日のオグリキャップによる叱咤で調子を取り戻し、怪我で気落ちしているであろうトゥデイを見舞おうと彼女の入院する病院を訪れていた。

 なお、お見舞いの品は宇治抹茶大福。グラス自身お茶を飲む時に茶請けとして選ぶ事もあるお気に入りの逸品である。

 

 

「あら? あの人…」

 

 

 角を曲がった廊下の先に見えたのはリギルの先輩でトゥデイのライバルであるウマ娘、サイレンススズカ。どうやら一足先にお見舞いに来ていたらしい。

 

 

「…………」

 

 

 トゥデイの病室の前で立ち止まるグラス。

 ちなみに彼女の病室は個室であり、中にいるのはトゥデイとスズカの二人だけ。

 しかし親しき仲にも礼儀あり。ノックしようと握り拳を作り、

 

 

「あっ……スズカ……」

「トゥデイ……」

 

 

「!?」

 

 

 艶っぽい声がした。

 

 

「(……えっ???? お二人ってまさか……いやいやいや、私はわかります。これは深夜のジャパニメーションなどでありがちな“実はマッサージしていた”パターンですね。ふふっ、そんなベタな勘違い私には通用しません。甘いですよ。この宇治抹茶大福より甘々です)」

 

 

 と、内心得意げになりながらも、ノックをやめて息をひそめるグラス。

 なお、その宇治抹茶大福は甘さ控えめである。

 

 

「(ま、まあでも、お取込み中の所に入るのも悪いですし、ちょっと様子を見ましょうか。ええ、これは迷惑にならないようにする為です、ほんとです)」

 

 

 何処かに向けて言い訳をしながら扉に耳ピトする。

 

 

「や、やめっ、すずかぁ」

「はぁ、はぁ……だいじょうぶ、だいじょうぶだから」

 

 

 何が大丈夫なのだろうか。

 

 

「(ま、マッサージオチ、ですよね? こういうのはお約束なんですよね?)」

 

 

 言い聞かせながらもグラスの顔は真っ赤である。

 

 

「天井のシミを数えていれば終わるから」

「わけわかんないよぉ」

 

 

「(いやこれはマッサージでもアウトでは????? 中でいったい何が……)」

 

 

 我慢の限界に達したグラスは取っ手に手をかけてゆっくりと扉を開ける。鍵はかかっていないようで音を立てずにゆっくりと開いていく。

 

 そして。

 

 

「はぁ、はぁ……ほら、手を離して」

「ダ、ダメっ」

 

 

 トゥデイの病院着に手をかけて脱がそうとするスズカ。息が荒いし目が血走っている。

 それに涙目で弱弱しく抵抗するトゥデイ。はだけて覗く鎖骨や小さく細い肩が眩しいし、顔を赤くしながら涙目になっている様子はグラスに深々と刺さる。

 

 

「ハッ!? アウト!! アウトです!! 何してるんですかスズカさん!?」

「え? ……トゥデイの服を脱がしてる」

「それは見ればわかります!!」

「???? あ、トゥデイの身体を拭こうと」

 

 

 言われてみれば、ベッド脇の台にはお湯の張られた洗面器とタオルが置かれている。

 

 

「え? あれで!?」

 

 

 音声的にも映像的にも、スズカがトゥデイを襲っているとしか判断できなかった。

 

 

「ちょっと興奮……しちゃって」

「えっと……私はそれにどう反応すれば……」

「??? 笑えばいいと……思うわ」

「ロードショー見たんでしょうけど使いどころ違いますし、キャラ的にはスズカさんが言われる側では……」

 

 

 日本文化好きが高じてジャパニメーションもそれなりに嗜んでいるグラスである。

 

 

 

 

 

 なお、揉めているうちにこっそりトゥデイがナースコールをし、駆け付けた看護師に叱られた二人は摘まみ出されたのであった。

 

 

 

 

 

「追い出されちゃいましたね」

「……不覚ね」

「食べます? 宇治抹茶大福」

「……頂くわ……はむ」

「……スズカさんってトゥデイさんのこと」

「はむむ?」

「……いえ、なんでもありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

Side:東条ハナ

 

 

 

 東条ハナは一人、夜のトレーナー室にいた。

 

 

「……」

 

 

 カタカタとパソコンのキーボードをたたく音が響いていたが、止まった。

 マウスを操作しとある動画データを再生する。

 

 

<さあゲートイン完了。出走の準備が整いました>

<ダービートライアル、G2青葉賞、今スタートです!!>

<ややばらついたスタートになりました。1番、4番、二人が競い合うようにハナを行きます>

<しかし逃げる先頭二人と三番手との差は僅か2バ身。ハナからシンガリまで8バ身に収まっています。最後尾は1バ身離れて13番トゥデイグッドデイ。どうでしょうこの展開>

<位置取りが熾烈になりそうです。躱して抜け出すのも容易ではないでしょう>

 

 

 先月行われた青葉賞のレース映像だった。

 トゥデイは6番人気。弥生賞で入着したものの、差しウマとしては最終直線での伸びやバ群を突き破るパワーが不足していると見られていた。

 

 

<大ケヤキを越えて第4コーナー。ややバ群は縦に伸びつつ最終ちょk…ぁッ!? 先頭変わった!! 変わっている!! 先頭トゥデイグッドデイ!! トゥデイグッドデイ先頭!!>

<速い速い!! あっという間に後続を引き離していく!! 信じられません!! なんて末脚だ!!>

<まさに黒い稲妻!! トゥデイグッドデイ今1着でゴールイン!!>

<青葉賞を制したのはトゥデイグッドデイ!! 圧巻の走りだ!! ダービーが彼女を待っている!!>

 

 

 東条はもう何度も観た動画だ。

 トゥデイは最終コーナーで走法を変え、爆発的な加速と圧倒的なスピードで後方からごぼう抜き。勝利を収めた。

 それは、かなり前傾して低い体勢から一歩一歩前へ跳ぶように進む変則的なストライド走法。大柄なウマ娘、特にスピカのゴールドシップのような手脚の長さを持っていないが故の走り方。

 己の体重や踏み込み時の反発が着地したつま先辺りに大きな負担をかけてしまう為、勝利と引き換えにトゥデイの骨折の原因になった諸刃の剣。

 

 

「…………」

 

 

 青葉賞を勝利したトゥデイ。ゴール後の彼女の歩きに違和感を感じ、後のウイニングライブで確信に変わった時、東条ハナの頭にまず浮かんだのは「やっぱり」というどこか諦めを込めた言葉だった。

 勿論驚いたし、彼女の将来を思うと悲しみや自分に対しての怒りも覚えた。同じように故障に気付いたシンボリルドルフと共にライブ後の控室に突撃し、有無を言わさず病院に連行したのは真に彼女を心配したからだ。

 

 しかし。

 

 

 東条はトゥデイグッドデイを踏み台にして、サイレンススズカを高みへと押し上げた。

 『皇帝』シンボリルドルフに続く、無敗のクラシック三冠の為に。

 

 

 結果だけを見るとそうなってしまうだろう。

 現に、二人のライバル関係を知るトレセン学園のトレーナーの一部から、そういった話が出ているのも風の噂で聞こえてくる。

 

 

 だが、違う。

 

 

「(あの二人がダービーで競い合う姿を見たかった。その結果がこれなのね)」

 

 

 東条はウマ娘が大好きだ。素直な思いを表に中々出せない不器用な女性だが、その想いを感じ、その指導の先に確かな未来があると信じているからこそ、チームリギルのウマ娘達は彼女の管理主義的なやり方を受け入れてくれている。

 スズカの場合、レースにおいて彼女の適性に合わせた『逃げ』をさせてはいるが、それはトゥデイと共に東条の課す厳しいトレーニングをこなしているからこそ。それが無ければ何度かの負けに繋がったとしても抑えた走りをさせていた。

 

 トゥデイが青葉賞に並々ならぬ思いで臨んでいる事は気付いていた。そして、その理由が皐月賞で勝利したスズカであることも。

 東条は嬉しかった。トゥデイが前を向いて、スズカの背中を目指して走っていることが。その二人がダービーで並ぶ、そんな『夢』が手の届くところにある事が。

 

 だから、トゥデイを走らせた。

 

 信じていた。祈っていた。この青葉賞で彼女が何事もなく勝利し、ライバルとダービーを走る『奇跡』を。

 

 けれど、女神は微笑まなかった。

 

 

「ほんと、女神様って残酷」

 

 

 奇跡は、なかった。

 

 

 トゥデイは勝利したものの骨折し、ダービー出走を断念。

 そのダービーではスズカがレコードタイムを叩き出して勝利を収めた。

 

 

 チーム総出で応援に行った。

 スズカは先頭を譲らなかった。誰よりも速くターフを駆け、最終直線で差そうと迫るマチカネフクキタルらを、更に加速して突き放した。

 そしてスズカが先頭でゴール板を駆け抜けた瞬間、念の為と車椅子に乗せられたトゥデイのたった一言。観客の大歓声に思わず耳を伏せていたウマ娘達にも聞こえていなかったであろうそれを、東条は聞いた。

 

 

『なんで』

 

 

 無意識に出たであろうその呟き。先を行くスズカへの嫉妬? 違う。怒りだ。

 きっとそれは、スズカと同じターフを駆けていないトゥデイ自身への。

 

 

 身体の事を考えれば、スズカのライバルとしてマイル~中距離を走ることは避けるべきだろう。そもそもがステイヤーとしての適性が高いのだから、長距離を走らせるべきだとトレーナーとしての東条が言う。

 

 しかし、しかしだ。

 

 ウマ娘としての二人の幸福は、勝利にあるのだろうか。

 あの二人は勝利を求めていない。スズカは『先頭の景色』の為に、トゥデイは『スズカを超える』為に走り、その結果が勝利として現れているだけだ。

 

 二人が競い合う先にこそ、彼女達の幸福はあるのではないか。

 

 

「はぁ……なんというか、手のかかる子達ね」

 

 

 東条はため息をつきながら出走予定を確認する。

 

 スズカはクラシック三冠をかけて菊花賞に。

 トゥデイはクラシックでの出走は見送り、シニアではスズカと共に宝塚記念や天皇賞(秋)を目標にする。

 

 

「その菊花賞で注意すべきなのは……」

 

 

 青葉賞とは別の動画を再生する。

 

 

<最終コーナートップはサイレンススズカ!!>

<それを後続のウマ娘たちが追う!!>

<あーっ!? マチカネフクキタルひとりバ群を抜けサイレンススズカを狙う!!>

<迫る! 迫る!! これは差すか!?>

<サイレンススズカここで加速!! 後続を一気に突き放す!!>

<1着サイレンススズカ!! 2着マチカネフクキタル!!>

 

 

 つい先日の日本ダービーで、唯一スズカに食らいついたウマ娘。

 

 

<私は、先頭を走るだけです。だから、追いついてきてね>

 

 

「スズカ……貴女を追いかけているのは、1人だけじゃないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカさん。貴女の後ろに、誰が走っていましたか。誰と、走っていましたか」

 

 

 

 

 

 




ここのグラスはジャパニメーション見てる。
一期の耳ピトいいよね。。。「んんっ」ていう声もいい。

おハナさんは二人の幸せを考えている。その先にあるのは。。。

スズカ、デイカスの影響で基礎ステアップで逃げオンリーに。ガバ。

みなさんおマチカネのライバル追加。デイカスを菊花賞出そうと思ったけどまだ悲劇を貯めときたいので。。。
鬼が宿ったライスシャワーのエフェクト実装されないかなー
あと、G1以外のレースは体操服で走れるようになるオプション欲しい。

菊花賞はもう少しあと。
他のキャラと絡ませた話いれたい。

完結前に記念でトゥデイグッドデイの立ち絵ほしいな。何かでイラストの制作依頼出そうかね。


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第9R

フクキタル登場するから昨日投稿したかったけどダメだったよ……。


Side:サイレンススズカ

 

 

 

 

 日本ダービーから暫く経ったある日の昼頃。

 トレセン学園の食堂に彼女が足を踏み入れた瞬間、明確に空気が変わった。

 

 

「サイレンススズカさんだ……綺麗な人……」

「ミステリアスでクールでなんというか……世界が違うよね」

「スズカお姉さまハァハァ」

 

 

 それら他のウマ娘の囁きが耳に入りピクリと反応する彼女はサイレンススズカ。

 デビュー戦、弥生賞、皐月賞、日本ダービーと四連勝。シンボリルドルフ以来の無敗でのクラシック三冠達成への期待がかかる彼女には、『異次元』と称される圧倒的な速さや美貌に魅せられたウマ娘たちが熱い視線を送っている。なお一部は手遅れのようだ。

 

 

「うう……この空気まだ慣れないわ……」

「HAHAHA! スズカ大人気デスネ!! さっきもハンドシェイクをお願いされてマシタ」

「……あの子「もうこの手洗わないです」って言っていたけど……大丈夫よね? 流石に冗談よね?」

「ウ、ウーン、あの目は本気と書いてマジな感じだったデース」

「うそでしょ……」

 

 

 周囲からの注目やら何やらに困惑した様子のスズカと、そんな彼女に並んで歩くウマ娘はタイキシャトル。

 チームリギルのチームメイトである彼女はスズカやトゥデイらと同様に今年クラシックデビューし、短距離・マイル路線で現在三連勝と将来が期待されるウマ娘である。

 アメリカ生まれの彼女の特徴はその太陽のような底抜けに明るい笑顔と温和な人柄で、物静かなタイプのスズカとは正反対だが相性は悪くなく今のように昼食を共にする事もある。ただ、とにかくグイグイ押せ押せなコミュニケーションでハグなどのスキンシップが多く、トゥデイが挙動不審になる原因となってしまう事がしばしば。

 

 

「隣はリギルのタイキシャトルさんと……あれ? 今日はトゥデイちゃんさんいないね」

「ほんとだ……珍しい……」

「トゥデイグッドデイ。スズカお姉さまと同じチームリギルに所属しているのに加えてルームメイトでクラスメイト。トゥインクルシリーズではデビュー戦を勝利し次の弥生賞ではお姉さまに及ばず5着。続く青葉賞では勝利し日本ダービーへの切符を手に入れお姉さまとの直接対決が期待されたものの骨折により出走せず」

「どうしたの急に」

「その青葉賞で見せた驚異的な末脚は異名である『黒い稲妻』を彷彿とさせるもの。なおこの異名はタマモクロス先輩に因んだものでありお姉さまは少し不満を抱いている。親友でライバルの異名が自分由来じゃない事にちょっと嫉妬するなんてハァ~~~~~スズデイてぇてぇ」

「ダメだこいつ早く何とかしないと」

 

 

 トゥデイも知名度ならスズカに劣らない。

 常勝軍団であるリギルのメンバーである事に加え、ちっちゃくて危なっかしく庇護欲を掻き立てられる容姿言動のウマ娘が頭イカれてるんじゃないかと思うような過酷なトレーニングを黙々とこなし、時々例の黄金船と奇行に走ったりする様は元々注目されていた。そんなトゥデイと常日頃行動を共にしておりコンビ扱いされるスズカは今や無敗のダービーウマ娘。名前を知らなくても『リギルの褐色のちっちゃい子』で「ああ…あの子か」とトレセン学園の誰もがピンとくる位には有名だ。

 なお、その本人は既に退院しているが、今日は検査のため朝から学園を離れている。

 

 

「はぁ……早くターフを走りたいわ……午後の授業もあるけど……はぁ……こっそり抜け出そうかしら……」

「オゥ……これはなかなかキテますねー。あと、抜け出してもグラウンドは授業で使っている筈なので難しいデース」

「そこは……しれっと混じるとか……」

「今のスズカの知名度じゃ無理デスネー」

「そうなの……」

 

 

 肩をすくめながら首を横に振るアメリカンな仕草で答えるタイキを見てスズカは悲し気に瞳を伏せる。

 

 

「まあまあ、とりあえずランチにしまショウ!! 腹が減ってはなんとやらデス」

「……ええ、そうね」

 

 

 そう言って二人は券売機に向かう。

 日替わりランチはニンジンのかき揚げが目を引く天ぷら定食で二人ともそれを注文。カウンターで受け取り空いている席に腰かける。

 

 

「いただきます」

「いただきマース!」

 

 

 手を合わせ食べ始める二人。

 

 

「ン~デリシャ~ス。ニンジンの甘味が天つゆのしょっぱさで引き立ってマース」

「なんで食レポ風……? あ……このジャガイモ、ホクホクホロホロしてておいしい……」

 

 

 舌鼓を打ちながら食事をする事暫し。

 粗方食べ終えお冷やを飲みながらの食休み中、タイキがふと思い付いたように口を開いた。

 

 

「あ、そういえばスズカ」

「……?」

「スズカは菊花賞に出るんデスよね?」

「ええ、そのつもりよ。菊花賞の前に……神戸新聞杯も走るけど」

 

 

 スズカが答えると、タイキは少し気落ちしたように耳を下げる。

 

 

「そう……デスカ」

「どうしたの?」

「……11月のマイルチャンピオンシップ、スズカと走りたかったデース……トゥデイが怪我してなければあの子も……ネ」

「……それは」

 

 

 チームリギルでスズカ、タイキ、トゥデイの三人は同級生でありデビューも同じクラシック戦線だが、距離適性の都合上レースを共に走ったことは無い。スズカがダービーに勝利出来なかった場合は天皇賞(秋)の後にマイルCSへの出走プランもあったが、無敗のクラシック三冠に王手をかけている現状では難しいだろう。

 

 

「ソーリー、この話はスズカを困らせちゃいマスネ」

「そんな……こと」

「ハァ……トゥデイみたいにトレーニング頑張って、もっとスタミナをつけていれば三人で走れてたかもデース」

「……あれは……真似できないと思うわ」

 

 

 距離適性をトレーニングで克服する。その為には地獄のようなトレーニングを逃げず喚かず最適に行う事が必要だ。それは感情が希薄なサイボーグめいたウマ娘か、根性が天元突破しているようなウマ娘でなければ不可能だろう。

 トゥデイのリギル加入から少し。リギルのトレーナーである東条がスズカと走ることを望んだ彼女に課した坂路トレーニングで、足の皮膚がすりきれて出血しシューズが真っ赤に染まって血の足跡を残すような有り様でも一歩一歩前に進み続けたその姿は、シンボリルドルフを始めとしたリギルの歴戦のウマ娘たちですら戦慄し、身体的才能に劣るトゥデイが『いつか自分達と並び立つ事になる』未来を視たと語る程。

 なお、他の様々なエピソードにより『目の離せない危なっかしい妹系ウマ娘』として先輩後輩問わず認識される事になったのは余談である。

 

 

「ブーブー。そんなこと分かってマスー。言ってみただけデスー」

「…タイキ」

「それで、そのトゥデイは今日はお休みデスカ?」

「……ううん、午後の授業迄には戻ってくるって聞いてるわ」

「ナルホド! 今日のトレーニングはプールなのでトゥデイと一緒にできマスネ! 楽しみデス!!」

「ええ、そうね」

 

 

 なお、プールでのトレーニング時、トゥデイは水着姿のウマ娘に囲まれ毎度死にかけているがそれを知る者はいない。

 

 そろそろ戻りマスカ、と食器を返しに席を立つタイキ。

 その後ろをついて行くスズカはふと足を止めて振り返った。

 目線が合ったウマ娘達は肩を跳ねさせたり、顔を赤らめたり、目をキラキラさせたり、キッと睨んだり、鼻血を吹き出して倒れたりと様々だ。

 

 

「(私の後ろには沢山のウマ娘達が走ってるのよね)」

 

 

 でも、と。

 スズカは僅かに頬を緩ませて笑みを浮かべる。

 

 

「(誰にも、トゥデイにだって、先頭の景色は譲らないから)」

 

 

 笑うという行為は本来攻撃的なものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が人生に一片の悔い無し……ブハッ」

「メディック! メディーック!!」

 

 

 その攻撃でノックアウトされたウマ娘が一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 

 空はこんなに青いのに、グラスペの未来は真っ暗だよ。

 

 スズカが日本ダービーを逃げで勝利したことにより、またしてもグラスペの道がぶっ壊れてから暫し。

 

 病院での検査が早く終わり、手持ち無沙汰になった私は少し寄り道をしてトレセン学園近くの神社にて黄昏れていた。まだ昼だが。

 

 

「クラシックはもう走れないしなあ……どうしよう」

 

 

 青葉賞の時に、スズカ打倒の奥の手の一つである走法を使い骨折した結果、おハナさんにはクラシックへの出走許可は出さないと釘を刺されてしまった。

 何故かこの身体の怪我の治りは普通より早いため、医者の見込んでる全治半年から半分くらい……秋頃には復帰できそうだと説明したがダメだった。その分をリハビリとトレーニングにあてて万全の状態でシニアで勝負しろと正論が返ってきたら黙るしかない。本来はその予定だったんだけどなぁ……このままだとスズカが連勝街道をバクシンしてしまう。

 

 入院中は暇だったからハイパー無敵スズカのまま原作突入のパターンも考えてはみたが……スピカが解散寸前まで追い込まれた後、意気消沈している沖野Tの情熱をスズカの走りが取り戻せるのかが分からず不確定要素として大きすぎる。

 

 勿論、スピカが無くてもグラスとスペは同級生にはなるだろうが、グラスにとっての『ライバル』になれるかは分からない。原作と違ってチームを持たずウマ娘個人を指導するトレーナーが存在するが、そこに任せてスペが成長できるかは結構な博打だ。

 

 というか、あの13話のシチュエーション的に、あれはリギルに関係ない自主トレでの出会いだったんだろう。今のスズカと私の関係だと自主トレも大体二人でやっているからあの空間に自分が入ってしまう気が……百合厨としては、沖スズは認めたくない。しかし、原作であの二人の関係性がスペとはまた異なる特別なものだったのは確か。はぁぁぁぁぁぁぁ……この世界線の沖野Tが女性だったら全力でカプ成立を目指したんだけどなあ。いっそのことタイに……いやいやいや、思考が脱線してきてしまった。

 

 やっぱり原作はなぞるべきだろう。スズカは調子を落とし敗戦を重ねるが沖野Tの助言で復活、解散を免れたスピカに移籍という流れを崩すわけにはいかない。しかし、おハナさんはスズカにこのまま逃げをさせるつもりみたいだし、トレーニングの方でもスズカがストレスを感じている様子はない。絶好調な彼女の調子を落とす……カイチョーの極寒のダジャレを聞けばエアグルーヴパイセンのようにやる気が下がるだろうか。いや、天然気味なあの子の事だ。気付かずにスルーしてしまいカイチョーが落ち込む姿しか見えない。

 

 

「ただ、レースで負けてもそれを気にするような性格でもないしなぁ」

 

 

 スズカは勝ち負けに頓着するタイプではない。勿論、先頭で走れないのは気分が悪いだろうが、そのフラストレーションを熱に変えてトレーニングやレースに打ち込めるスポ根漫画の主人公の素質がある。仮に神戸新聞杯や菊花賞で敗北しても、調子を崩す可能性は低い。

 

 

「ほんと、どうしたものかなぁ」

 

 

 空を見上げながら呟くと、タッタッタと足音が聞こえた。今自分がいるのは神社の裏手だがどうやら参拝客が来たらしい。チャリンチャリンと賽銭箱に小銭が入る音、次いでガラガラと鈴が鳴り、手拍子が二度。

 

 

「ほんぎゃろ、ふんぎゃろ~、きえぇぇぇぇ!! シラオキ様ぁぁぁぁぁ私めにお導きをぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 は?

 

 

「これは菊の花!? 菊花賞を走れと!? トライアルの神戸新聞杯も!? どちらもスズカさんと激突じゃないですかぁぁぁ!?」

 

 

 何だ今の。

 いやこの言動には心当たりはあるが。

 

 こっそり移動して様子を伺うとそこに居たのは目がシイタケのウマ娘マチカネフクキタル。確か先日の日本ダービーではスズカに何バ身か離されての2着だった。原作ではグラスペが対決した宝塚記念に出ていた筈。そんな彼女が一輪の菊の花を手に石段に膝をついて天を仰いでいる。

 

 

「うごごごご……今のスズカさんに勝利するには運が足りません……これはパワースポット巡りを敢行するべきで……ハッ!? この厄い気配は……貴女、見てますね!!」

 

 

 グリンとこっちを向くフクキタルと目が合った。ちょっとビビった。あと厄い気配って酷くない?

 

 

「やっぱりトゥデイさんでしたか」

「フクキタルさん……えっと…学校は?」

「今朝の占いで学園の方向が凶と出たので仮病です!!」

 

 

 何を言ってるんだこの子。

 

 

「そういうトゥデイさんは何故ここに」

「……病院、検査の帰りに寄った」

「なるほど」

 

 

 そして無言。

 いや、フクキタルとは同じ学年だけどクラスもチームも違うからあまり交流が無いし話題もないから仕方がないよね(早口)

 

 

「……その、脚の具合はどうですか?」

「ん、順調。年内には復帰できそう」

「そ、そうですか! トゥデイさんは私のライバルの一人ですからね!! よかったです」

 

 

 言動はぶっ飛んでるけどいい子だなあ。

 しかし、先ほどの叫びの内容からしてフクキタルは菊花賞と神戸新聞杯、つまりスズカと同じレースに出るらしいがどうも様子がおかしかった。一応話を聞いておこう。

 

 

「あの……さっきの叫びは?」

「うぇっ!? 聞いてたんですか!? は、ははは、その……スズカさんと一緒に走ることになりそうでして……正直どうしたものかと……勿論、勝ちたい気持ちはあるのですが、とても私が敵うような相手では……」

 

 

 占いの結果も良くないですし……と落ち込んだ様子のフクキタル。

 

 どうやらスズカの走りで自信喪失してしまったらしい。しかも、拠り所である占いの結果も良くなく、余計それに拍車をかけていると。

 

 

「でも、ダービーで2着だった」

「……スズカさんに負けて、です。私は並ぶ事すら……出来ませんでした」

 

 

 フクキタルは俯く。

 

 

「運命って、あると思うんです。女神様のキスを受けたような、世界に愛されるウマ娘……」

 

 

 運命。嫌いな言葉だ。

 グラスペを成す道がことごとく閉ざされるのは原作がそうだから? 運命だから? そんな言葉で片付けたくない。

 それに、来年の秋の天皇賞で起こるであろうスズカの『沈黙の日曜日』だってそうだ。史実が、原作がそうだったからといって、大好きなキャラが、いや……スズカが傷付く事を仕方がないと見過ごすなんてしたくないしするつもりもない。グラスペを成す。スズカの運命を回避する。両方やるのは萌え豚百合厨オッサンには厳しい道だろう。だが、覚悟はできている。

 

 あと、フクキタルは勘違いをしている。

 『運命』なんて『絶対』は存在しない。それは今のハイパー無敵スズカが、そして自分の存在が証明している。

 

 ……年下の子が悩んでるんだ。ここは(精神的)年長者として華麗にフォローすべきだろう。

 

 

「フクキタルさん。今日の私の運勢は?」

「え? えっと……ちょっと待ってくださいね」

 

 

 急な占いにフクキタルは戸惑うが、何処かから取り出した手のひらサイズの水晶玉を片手に乗せ「むむむ」と唸る。

 

 

「……凶ですっ。正直一度厄払いに行った方がいいレベル……ってトゥデイさん何を」

 

 

 さて、フクキタルの占いは『凶』。だが。

 

 

「運だとか、運命だとかに、ウマ娘は負けない」

 

 

 財布から取り出した200円を対価におみくじを一枚引いて開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凶……ですね」

 

 

 オイコラふざけるなよ運命の三女神サマ空気読めやコラ。

 

 

「今のは練習」

「えっと……」

「大丈夫、次はイケル」

 

 

 凶。

 

 

「は?」

「トゥデイさん!?」

 

 

 野口さん×2。

 

 

 凶凶凶凶凶凶凶凶凶凶。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 諭吉。

 

 

 凶凶凶凶凶凶凶凶凶…………凶。

 

 

「ぶち殺す」

「待って下さい早まらないで!!」

 

 

 止めないでくれフクキタル!! このくそったれな運命をぶち殺すんだ!!

 

 

 

 

 

 そして時は流れ……。

 

 

 

 

 

「……えっと、その……おみくじあと1枚です」

「素寒貧」

「え?」

「無一文。所持金ゼロ」

 

 

 箱を覗き込んだフクキタルが告げるが財布は空っぽである。

 私たちの周りには凶のおみくじの山。怒りもツッコミも湧かない。

 

 

「運命には……勝てないか……」

「トゥデイさん……」

 

 

 やばい、カッコつけた結果これとかダサすぎる。

 

 

「その……これを……」

「200円……いいの?」

「ここまで来たら、見届けますよ」

「ありがとう」

 

 

 フクキタルから受け取った200円を入れ最後の一枚を引く。

 

 結果は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白紙?」

 

 

 印刷ミスかな?

 いやここってパンドラの逸話的に大吉が出るか、更に悪い大凶が出るかして「諦めなければ運命なんて云々」って綺麗に纏めるところでしょうが。ホンマええ加減にせえよワレ(マジギレ)

 

 

「ぷっくくっ」

「??」

「くくくくっ、ふふふっ、あはははははっ!!」

「フクキタル、さん?」

「もう、トゥデイさんはなんでそこで白紙なんですかっ。流れ的に大吉とかじゃないんですか」

 

 

 全くの同感ですハイ。

 

 

「でも、そうですね。きっとこれは、運命なんて……未来なんて決まってないって事なんでしょうね」

 

 

 そう思っていただけるとありがたいです。

 

 

「まあ、『運』はあるみたいでしたけど」

 

 

 帰り道気を付けます。トラックで異世界転生してしまうかもしれない。

 

 

「ふふふっ、今日はいい日です! ハッピーです!! 仮病した甲斐がありました!!」

 

 

 そこに関しては何とも。

 

 

「よーしっ!! 私、頑張りますよぉーーーっ!! 運命なんて無い!! なら努力して幸運を掴む予定の私が負けるはずありません!!」

 

 

 おお、なんというかオーラが出てる。金運とかアップしそう。

 

 

「シラオキ様! トゥデイさん! このマチカネフクキタルの活躍をご照覧あれ!!」

 

 

 そう言い残してダッシュで階段を駆け下りて行ったフクキタル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして残された私と凶のおみくじの山。

 

 え、この後片づけ1人でやるの? 絶対午後の授業に遅刻コースやんけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不幸だ」

 

 

 

 




なおデイカスの運命は決まっている模様。

 トゥデイの見た目は『黒鹿毛ロングの無愛想系褐色金目ロリ』で、髪質とか髪型とかは性癖にお任せします。
 中身男故に手入れされていない⇒ボサボサ、スズカ達が見過ごさない⇒普通など

 というかまだクラシックか……あと一年ちょっと……適度にキンクリしないとなあ。

 あと、フクキタルのキャラストーリー見返して、選抜レースの時のスズカの反応が可愛かった


次は……ちょっとスズカ達とコミュりつつ神戸新聞杯かなぁ。フクキタル覚醒(ネタバレ)



あ、スズカパートの百合ウマ娘はデジたんじゃないモブです。これ以上原作ウマ娘増やすと扱いきれない気が……すまない……


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第10R 目醒めの朝/夢の重さ

神戸新聞杯と菊花賞は次回!!


Side:???

 

 

 

 

 

 

「さて、と……行きましょうか!!」

 

 

 初秋のまだ日も上っていない早朝。そのウマ娘の姿はトレセン学園から遠く離れた地にあった。

 

 

「ん~~~~空気が美味しいですね! 大自然のパワーを感じます!!」

 

 

 彼女が居るのはとある霊山の山麓にある寂れた神社の境内。以前行っていたようなパワースポット巡りではない。着替えや食料、キャンプ道具一式を持ち込み、学園に外泊の許可をとった上で神戸新聞杯までの期間をこの厳しい環境でトレーニングし徹底的に自分を追い込もうという考えだった。

 

 

「まずは……山頂まで行ってご来光ですね!!」

 

 

 パチパチと頬を叩いて気合いを入れ、軽くストレッチをする。

 彼女の服装は緑に覆われた霊山に不釣り合いなトレセン学園の紅白ジャージ姿だが、そのジャージは所々引っ掻けたようなほつれがあったり泥、枯れ葉等で汚れている。それはシューズも同様だった。

 

 

「よしっ、行きますよぉぉぉぉっ!! ふぬぅぁぁぁぁっ!!」

 

 

 道なんてものは無い。足元は見えづらく腐葉土で踏み込みにくい。所々根っこなどが出ていて足を取られる事もある。とてもではないがまともに走れる環境ではない。

 けれど彼女は足を止めない。進むべき道が見えているかのようにペースを落とすこと無く山中を駆け抜ける。

 

 他人が見ていればこう評しただろう。

 まるで神懸かっているようだと。

 

 

「とうちゃーくっ!! おっ? 今日は日の出前に着けましたね。いい感じです!!」

 

 

 山頂付近にある岩場に立つ。

 徐々に空は白んできているが太陽は顔を見せていない。初日は道に迷ったり転んだりイノシシに追い掛けられたりと散々な目に遭って昼前にようやく辿り着き、それから徐々にタイムを縮めてきた。

 なお、お守りの類いは持ってきていない。運に頼ってしまう甘さが残っていては決してサイレンススズカには勝てないと、断腸の思いで置いてきた。

 

 

「……菊花賞、そしてその前哨戦の神戸新聞杯。どちらも最大の難関はスズカさんでしょうね。現クラシック最強。無敗の二冠ウマ娘。異次元の逃亡者。いやー高い壁で首が痛くなっちゃいそうです」

 

 

 茶化すように言う。そうでなければ震えてしまうから。

 日本ダービーで影すら踏めずに負けたのは記憶に新しい。あの時の無力感が、絶望が、スズカの事を思い出すだけで湧き上がってくる。

 運。それは彼女にとって心の拠り所だ。物事の全ては運によって左右される。レースの勝敗すら運によって決まる。そう信じて走った『最も運のあるウマ娘が勝つ』日本ダービーでの敗北。

 あの時、彼女は一度折れた。シラオキ様のお告げがなければ菊花賞などへの出走を拒否していたと断言出来る程に。

 

 けれど、彼女は再起した。

 太陽が昇る。朝日が彼女を照らし出す。

 

 

「でも、私は負けたくありません。いいえ、勝ちたいです。運命なんて無いと証明してくれたトゥデイさんの為に。導いてくれたシラオキ様の為に。支えてくれるトレーナーさんの為に。応援してくれるファンのみんなの為に」

 

 

 そのウマ娘の名は、

 

 

「沢山の人から、いっぱい、いっぱい幸福を貰ってきました。だから私の走りで、勝利で、今度は皆に福きたる、なんちゃって……えへへ」

 

 

 マチカネフクキタル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方トレセン学園では。

 

 

「……んっ……あら?」

「うぇっ」

「トゥーデーイー? 朝練はまだダメって言われてるでしょう」

「いや、でも」

「言い訳しない。……ほら、こっち」

「ちょ、自分の所で寝るから……引っ張らないで…あっ」

「ふふっ……ちっちゃくてあったかい……」

「アババババ……ガクッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:沖野トレーナー

 

 

 

 

 

トレーナー室の窓から見えるナイター照明がグラウンドを照らしている。

 

 

「参ったなぁ……」

 

 

 チームスピカのトレーナー、沖野は目の前のテーブルに置かれた脱退届を見ながら唸っていた。

 それを沖野に突き付けたウマ娘は今年のクラシック中距離路線で活躍していた。重賞での勝利は上げられていないが、オープンクラスを確実に勝ちながら勝負経験を積み、能力差が少なくなり駆け引きが重要になってくるシニアで本格的にG1を獲りに行くというプランだった。

 けれど、テレビ中継で見た日本ダービー、その日のトレーニングで彼女は言った。

 

 

「私を強いウマ娘にしてください」

 

 

 楽しさなんて微塵も無い。まるで何かに追い立てられているような鬼気迫る表情の彼女に、咄嗟にいけないと思った沖野は首を横に振り、これまで通りのトレーニングに向かわせた。

 それから暫く。彼女の要望で出走したG3で入着し、喜ぶ沖野にたった一言「あなたとじゃダメなんですね」と言い残し、脱退届を突き付けて去っていった。

 自主トレなどで他のトレーナーから指導を受けていたと、風の噂で聞いたのはその後だった。

 

 チームのムードメーカーだった彼女の後を追うように一人二人とメンバーが抜けていく。あとはゴールドシップとデビュー前のウマ娘が数人程度。そろそろチームの登録自体が危ういレベルだ。

 

 

「ちゃんと指導して……か」

 

 

 沖野は「好きに走らせ、それをサポートする」方針を掲げるトレーナーだ。チームの利益云々よりも、ウマ娘1人1人が何がしたいのか、どうしたいのか、夢や目標に合わせてプランを組んでいく。

 一方で、トゥインクルシリーズで活躍する無敗のクラシック三冠に王手をかけた『異次元の逃亡者』サイレンススズカや『女帝』エアグルーヴなどが所属するチームリギルはトレセン学園の絶対強者であり、東条ハナによる徹底的な管理主義のもとで指導されている。

 

 東条と対照的な沖野の方針は、リギルの放つ光に目を焼かれたウマ娘達からすると「これでリギルに勝てるのか?」という疑問を抱くもの。そしてトレーナーを、何より自分自身を信じられなくなった者からスピカを去っていく。

 

 沖野自身、自分の方針に合う合わないがあるのは仕方がないと理解している。それでも、「貴方では私を導けない」と突き付けられた事は中々堪えた。

 

 

「おうおうおう、そんな洗濯機の中に入って四日目の濡れタオルみたいな顔してどうしたんだよ」

「どんな顔だよそれ……ゴールドシップ」

「んぁ?」

「お前、今楽しいか?」

「あぁん? どしたお前。ゴルシちゃんはいつでもハッピーうれピーだぜ? ま、そんな事より将棋しようぜ将棋」

「……ルール知らないんだが」

「あぁ? んなのこの石をまずは墓地に送るだろ? するとチェーン効果でキングが駒台から召喚されんだよ。で、キングの効果で相手の香車を除外する事が出来て、ATKとDEFが500のトークンをシールドとしてマナの消費無しに配置してよ。そんで」

 

 

 確実に将棋ではない何かを垂れ流すゴールドシップ。

 正直、彼女がいつからチームにいたのか沖野自身覚えていない。トレーニングや日常で色々と奇行をやらかす問題児だが、『一線』の見極めが非常に上手く敵を作らずに立ち回りつつ、本当に困っている相手に対してはそれとなく手を差し伸べたりと根っこの人の好さが出る時がある。また、粗暴な言動に対して食事の所作が綺麗であり、名家のお嬢様疑惑もあったりする。

 

 ふと、外から物音がした。

 

 

「お風呂一人じゃダメっていつも言ってるでしょう」

「無理です勘弁してください」

「もう日によっては冷え込むんだから……シャワーだけじゃなくてちゃんと湯船に浸からないと」

「堪忍してつかぁさい」

 

 

 ジムの方向から歩いてきたのはサイレンススズカと彼女にお姫様抱っこされたトゥデイグッドデイだった。無敗の三冠に王手をかけた異次元の逃亡者と青葉賞でダービーレコードに迫った黒い稲妻。どちらもリギルに所属し、来年のシニア中距離戦線のトップを争うことになると見られているトレセン学園の名物コンビ。

 

 

「ゴールドシップはさ、確かトゥデイグッドデイと仲が良かったよな?」

 

 

 編入当初、リギルに彼女を推薦したのは沖野だ。元々注目していたサイレンススズカと一緒に切磋琢磨する所はそれとなく見ていたが、時々、この黄金の問題児の奇行に褐色黒鹿毛の小さなウマ娘が付き合っているのを見ることがある。コサックダンスのステップでグラウンドを走っていたり、筋力トレーニングと称してダートコースの端に穴を掘って埋めてを只管繰り返したりと色々だ。方々に頭を下げ主犯のゴールドシップを叱りつけるエアグルーヴが「ママ」と陰で呼ばれる原因である。

 

 

「んでこいつの効果がえげつなくてよ……ってトゥデイ? あー…そりゃあアタシとアイツはあれだよ。ビーフシチューと肉じゃがみたいなもんだな」

 

 

 なぜ料理? 沖野は首をかしげる。

 

 

「あいつがどうかしたのか? どーせスズカにでも引っ張られて連行されてんだろ」

「まあそうなんだが……いや、お前さんから見てどうだ? トゥデイは」

「なんだぁ? 勧誘でもするつもりか? よっしゃ、いっちょやって」

「違う違う!! ズタ袋取り出さなくていい!! 普通に普段の様子を訊きたいんだよ」

 

 

 沖野が止めると、ズタ袋を折り畳んだゴルシは窓の外に目をやる。

 

 

なるほど……まぁ…問題ないか

「ん? どうした」

「いーやべっつにー……んでアイツはあれだな、いつもキョドキョドしてやがんな。トレーニングの時はまあ正直引くわ。あと全然飯食わねえな、だからあんな細いんだよ」

 

 

 沖野は意外だった。ゴルシがまともな返答をしている。明日は槍が降るかもしれない。

 

 

「それにちっこいから人混みん中だと見失うしよ。服もだっせえのしか選ばねえし」

「ん? なんだお前たち一緒に出掛けたのか」

「お、おう、そりゃあこのゴルシちゃんとトゥデイの仲だからな!!」

 

 

 そう言うと「やべっ、ゴルゴル星への終電が出ちまう!!」と部屋を飛び出すゴールドシップ。

 ふと時計を見れば寮の門限が迫っている。グラウンドの照明は消され、ポツポツと街灯の明かりだけが灯っていた。

 

 

「……俺も帰るか」

 

 

 パソコンの電源を落とし荷物を纏める。

 

 

「どうか……夢を、見失うなよ」

 

 

 呟いて、手にした退部届を鞄に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「重いなあ……ほんとによぉ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




走者「クラシックでは周りのウマ娘達の好感度稼ぎの為にかなりストーリーを掻き回したので、シニアは概ね原作通りの流れで進めるのが安定です。だからフクキタルによってスズカを曇らせる必要があったんですね」


ガバ「原作! 覆さずにはいられないッ!」


ここはRTA世界ではないですが……RTAの勘違いモノ大好きです


 沖野TのNTRウマ娘はモデル無いです。今後登場も無いです。
 ……正直、沖野TやアプリTがやった引き抜きはなぁ。ほんと、おハナさんやブルボンのベテランTは人格者やで。


 ふとゴールドシップを曇らせたくなった。この世界線ではスズカがメインだから本編で掘り下げはしません。ifでね(はーと)




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第11R 後輩と/雨が降る

 昨日は仕事が嫌になって早退してストゼロロング缶2本開けてそのテンションで書いたから今読み返すと……後々直すかもしれない(真顔)

 そんじゃまお詫びとして投稿じゃーい!!

11レースでクラシック編として区切りつけたかったけど無理だったよ。

そして菊花賞は次回!!(たぶん)


Side:オリ主

 

 

 

 

 

 

 阪神レース場の観客席に私はいた。

 ウマ娘用の耳付きの雨合羽を羽織り、小雨ぱらつく中を大勢の観客に囲まれて、パドックでのお披露目を終えたスズカ達が現れるのを待っている。

 

 

「トゥデイさん、足は大丈夫ですか?」

「……問題ない。ありがとう、グラス」

「いえいえ~、私にできる事なら何でも言ってくださいね」

 

 

 ん? 今何でもって(ry

 

 とまあ隣にいるのはつい先日デビュー戦で見事勝利を収めたリギルの後輩にして推しカプの一人、グラスワンダー。

 他のリギルメンバーも来ているが屋内の席にいる。まあ、雨が降る中なので当然だろうし自分もそちらを勧められたのだが、スズカが走るレースなので断ってゴール付近で立ち見している。グラスはその付き添いを名乗り出てくれた。

 

 

「あ、身体冷えますよね。温かい緑茶、魔法瓶に入れて持ってきてるんです。一杯いかがですか?」

「い、いただきます」

 

 

 ……正直かなり過保護というか…なにより距離が近い。

 既に骨折は完治していて今は徐々にトレーニングの負荷を高めている所なのだが、柔軟に付き合ってくれたり、いつの間にか背後に立っていてドリンクやタオルがスッと出てきたりする。これは原作8話のスペに構われているスズカを思い出すが……ちょっと違うような気もする。

 

 まあ、来年スペが入学すれば自然と距離が離れるだろう。離れるよな?

 ちょっと不安が過るが、まあクラスメイトでライバルという存在は『重い』。想いの天秤にかければスペに傾くだろう。

 

 

「スズカさん、調子よさそうでしたね」

「そうだね」

 

 

 グラスから受け取ったお茶をすすりながら頷く。美味しい。

 さて、今日は神戸新聞杯が行われる。原作ではスズカが負けているはずのレースだが、無敗でのクラシック二冠を成し遂げている現状は原作からかけ離れている。それがどう影響してくるのか……私の夢、グラスペに関わる、菊花賞と並んで重要なレースだ。

 

 

「トゥデイさんは、どなたか注目されている方はいらっしゃいますか」

 

 

 グラスが質問してくる。可愛い。

 しかし注目、か。

 

 

「フクキタルさん……かな」

 

 

 ダービーでは2着。今回は2番人気。原作では秋のファン感謝祭で占いをしたりスペと宝塚記念を走っていたりする。

 恐らく史実に存在するウマ娘なのだろうが、その戦績を私は知らない。というかフクキタルに限らずスピカのメンバー以外の殆どのウマ娘の戦績を知らない。マチカネフクキタル、ウマ娘化されているということは凄い競走馬だった筈だ。もしかするとスズカのライバル枠だったのかもしれない。

 

 

「あら」

「ん?」

「……フクキタル“さん”とは、お知り合いですか?」

「? うん」

「なるほど……要注意ですね」

 

 

 グラスがフクキタルと対戦する機会は……ファン投票で選ばれる宝塚記念や有記念だが、スペとグラス達のクラシックは来年だからまだ気が早いのではないだろうか。

 

 そんな事を考えていると、

 

 

「スズカー!!」

「キャー!! スズカサーン!!」

「頼むぞ無敗の三冠!!」

「俺の夢はお前だぁぁぁぁ!!」

 

 

 スズカ達が、コースに現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:サイレンススズカ

 

 

 

 

 

 

 

 小雨が降っている。

 

 

<11レース、菊花賞トライアル神戸新聞杯G2、芝2000メートル。今年は11人が出走します>

<サイレンススズカとの対決を避けて出走を回避したウマ娘も多いですね>

<小雨ではありますが良バ場の発表です>

<さあ続いては4枠4番、2番人気、マチカネフクキタル>

<パドックでも注目を集めています。2着だったダービーと比較してもかなりの仕上がりです。オーラが違いますねえ>

 

 

 チラリと横を見る。

 マチカネフクキタル。日本ダービーでは自分に続いて2着。同級生で友人。

 

 

「すぅ~~はぁ~~」

 

 

 まるで人が変わったような落ち着きと気迫だった。

 ダービーではゲートの中でひたすら呪文を垂れ流しておりそれで他のウマ娘が委縮したりしていたが、今日はその圧倒的なオーラに気圧されている。

 

 強敵。

 

 今のフクキタルはそう言い表すに相応しい相手だった。

 しかし、スズカはそんな思考を首を振って追い出す。

 

 

「(ううん……誰であっても関係ない。私は先頭を走るだけ。トゥデイのライバルだもの……絶対に、負けない)」

 

 

<一番人気は勿論この子。無敗のクラシック二冠、ダービーウマ娘、異次元の逃亡者サイレンススズカ>

<仕上がってますね。それにいい表情をしています。これは期待できそうです>

 

 

 スズカは体勢を整え、

 

 

<さあゲートイン完了。出走の準備が整いました>

 

 

 ゲートが開く。

 

 

<ゲートオープン!! スタートしました!! 11人のウマ娘が第1コーナーに向かいます>

 

 

 スズカは7枠8番と外めの配置だった。これが内枠だった場合は他のウマ娘は警戒故に囲もうとしてきただろう。

 

 

<外からサイレンススズカが行きます。サイレンススズカがやはり先手を取る。サイレンススズカが飛ばしリードは3バ身から4バ身と広がっていく>

<こうなったサイレンススズカは止められません。他のウマ娘にとっては苦しいレースになりそうです>

<2番人気のマチカネフクキタルは最後方、これは正解でしょうか>

<彼女の末脚には目を見張るものがあります。最終直線での追い上げが期待されます>

 

 

 プレッシャーは感じない。ただ誰も前にいないターフを走る。

 先頭の景色。自分だけの世界。そこにはあの小さなウマ娘が居ない。それが少し寂しく感じてしまう。

 

 

<第3コーナーから第4コーナー。順位はほとんど変わりません。先頭はサイレンススズカ>

<最後方マチカネフクキタル、内を少しずつ上がってくる>

 

 

 そして第4コーナーを抜けて直線コースに。

 まだ脚は残っている。もっと速く、一番で駆け抜ける。 

 

 

<最終直線先頭はサイレンススズカ!! これは強い!! リードは後続に4いや5バ身!! これは決まったか!?>

 

 

「(私は負けないから。だからトゥデイ、あなたも)」

 

 

 スズカは勝利を確信しチラリと視線を観客席に向ける。ライバルで、親友で、一番大切な人。トゥデイに、ここまで来てと示そうとして、

 

『ダメだ』

 

 

「え?」

 

 

<おーっとここでマチカネフクキタルがグングン差を詰めてくる!! サイレンススズカを猛追!! これは捉えるか!?>

 

 

「ッ!?」

「……疾ッ!!」

 

 

<その差は2バ身!! 1バ身!!半バ身!! 並ばない躱したマチカネフクキタルゴールイン!!>

 

 

 交錯は一瞬。

 

 

<マチカネフクキタル!! サイレンススズカを捉え1着でゴール!! 神戸新聞杯を制したのはマチカネフクキタル!! なんという末脚!! サイレンススズカの無敗を止めたぞマチカネフクキタル!!>

 

 

 そんな実況を聴きながらゴール板の前を駆け抜けた。

 

 

<サイレンススズカは2着!! 3着は……>

 

 

 ペースを徐々に落として歩き、一歩二歩と進んで立ち止まる。

 

 

「…………」

 

 

 呆然と立ち尽くして掲示板を見るサイレンススズカ。

 何秒と見ても結果は変わらない。審議すらない。

 

 

 

 1着4番マチカネフクキタル、2着8番サイレンススズカ。着差は半バ身。

 

 

 

 

 

 敗北

 

 

 

 

 

 その二文字が、変えられない現実がスズカの頭を埋め尽くす。

 

 

「スズカさん」

 

 

 声がかけられ顔を向ける。

 普段の天真爛漫な雰囲気は何処にもない。まるで抜き身の刀のような気迫を纏ったフクキタルが立っていた。

 

 

「貴女の後ろに、誰が走っていましたか。誰と、走っていましたか」

「……」

 

 

 フクキタル、とスズカは口に出来なかった。

 口にしてはいけなかった。

 

 

「トゥデイさんだけですか。貴女のライバルは」

「……」

「スズカさん。私は……いえ、私『たち』も、貴女のライバルです。貴女に勝とうと走るウマ娘なんです」

「フクキタル……」

「私は、全力でした。肺が破けそうで、脚が千切れそうで、もう無理だなんて思いながら貴女に勝つ為に走りました。貴女はどうでしたか」

「……」

「全力で、全身全霊で、私たちと走りましたか」

 

 

 スズカは何も言えずに俯いた。

 

 

「次の菊花賞……いえ、なんでもありません。では」

 

 

 フクキタルはそう言い残してウィナーズサークルに向かう。

 

 

「私は……」

 

 

 雨が強くなった。冷たい秋雨。

 

 しかし頬を伝うそれは、痛いくらいに熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 史実の97年神戸新聞杯の動画見たけどあのフクキタルやばい。一人だけクロックアップしてやがった。


あ、シンデレラグレイ買って読みました。
フジマサマーチのポジション美味しいなあ……ifオグリ√やりてぇなぁ

今のスズカ編完結したら一話完結や前後編とかで各ウマ娘曇らせてぇなあ(人間の屑)

↓で各話タイトルについてアンケートやってるんでよかったらどうぞ


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第12R 勝利の陰に/より輝く景色

海鷹様からトゥデイグッドデイの素敵な勝負服イラストを頂きました!! 感謝感激!! ありがとうございます!!


【挿絵表示】


可愛いのう……これで中身はデイカスで運命は決まっているのか……世知辛いね(他人事)

↓ガチャ排出画面風に加工しました。


【挿絵表示】




そして今回はデイカス視点オンリー。菊花賞にたどり着けない……





 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 

 

 スズカが負けた。

 

 おハナさんとの折合いも良くストレスの無い万全の状態で逃げを打ったスズカが負けた。

 勝ったのはマチカネフクキタル。あの目がシイタケで占い好きな変わり者のウマ娘だ。最近トレセン学園で見掛けないと思っていたがどこかで特訓でもしていたのだろうか。

 

 先ほどのレース。最後に「(ここでスズカが勝ったら益々軌道修正出来なくなるから)ダメだ」と無意識に呟いてしまった。しかもスズカと目が合って滅茶苦茶ドッキリした。まあ流石に読唇なんて出来ないだろうけど。

 

 さて、今私が居るのはウイニングライブの会場だ。屋内席からレースを観戦していたおハナさん達も一緒に来ている。

 

 

「スズカは……どう思うトゥデイ」

 

 

 おハナさんに訊かれて私はスズカを注視する。

 ステージに上がりフクキタルの隣で笑顔を見せるスズカだが、眉は少し下がっているし笑顔もぎこちなく明らかに覇気が無い。

 

 

「かなり落ち込んでいますね」

 

 

 負けたことが相当ショックだったのだろうか。しかし彼女の性格からして『敗北』だけが原因では無さそうだが。

 

 

「……良く分かるな」

「愛でしょうね」

「愛だね」

「何故そこで愛」

 

 

 マルゼン姐さん達は何を話しているのだろうか。

 ……まあいいか。

 さて、そろそろライブも終わりに近づき最後の曲に入る、その時。

 

 

「まさかスズカが負けるなんてなぁ。それだけフクキタルが強かったって事だけどさ」

「でもよ、やっぱスズカに勝ってほしかっただろ」

「そりゃなあ」

 

 

 そんな会話が聞こえてきた。

 背の低い私からはその姿は見えないが、声からして若い男二人が話している。

 

 

「あーあ、なんでフクキタルが勝っちゃうかなー」

「皇帝以来の無敗の三冠かかってるんだから、空気読めって感じだよ」

「フクキタルも菊花賞だろ? 次はどうだかな」

「流石にスズカが勝つでしょ。ほら、URAだって新しいスターが欲しいだろうし」

 

 

 本人達は小声のつもりなんだろう。だがウマ娘の優れた聴力は聞き取れてしまう。流石にステージのスズカ達には聞こえていないようだが。

 正直あまり気分は良くない。ウマ娘たちが貶められているのは何とも許しがたい、が、その感情は間近で膨れ上がったオーラを感じ、その方向に目を向けてしまったことで一瞬で萎んだ。

 

 

「……ほう」と目を細めるカイチョー。こわい。

「あら」と笑みを深めるマルゼン姐さん。こわい。

「おやおや」と何処からかステッキを取り出すフジさん。こわい。

 

 

 そして、彼女達の反応から察したのか、

 

 

「チッ、やはり湧くか」

 

 

 と苛立たしげに呟くおハナさん。こわい。

 

 

 何より、

 

 

「………」

 

 

 ストンと一切の表情を消したグラスが一番こわい。

 やっぱこの子大和撫子というより薩摩隼人とかそっちじゃないかな。何故か薙刀を構える姿が脳裏に浮かんだんだが。

 

 

「あの方たちはッ」

「グラス……ッ」

 

 

 そんなグラスが今にも吶喊しそうだったので咄嗟に手を握って引き止めてしまったが、自分からウマ娘に触れるという行為に思わず手が震えてしまう。

 

 

「ッ!! トゥデイさん……ッ。そう、ですよね」

「!!??」

 

 

 何でグラスは私の手を両手で握り直すんですか?????????????????

 

 

 は??? めっちゃすべすべふにふにしてるんだが????

 

 

「スズカさん達のライブで騒ぎを起こして水を差したくない。トゥデイさんがここまで我慢しているのに、私が行くわけには参りませんね」

 

 

 なんかグラスが言ってるけどさっぱり頭に入ってこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に、グラスの手の感触で意識がぶっ飛んでいる間にウイニングライブは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしていつの間にかスズカの控室に来ていた。

 

 

 時間が消し飛ばされたのか?

 ありのままに今起こった事を的な?

 

 

「…………」

 

 

 そしてスズカがいつにも増して無口です。しかもおハナさん達は「外にいる。しっかり話してこい」だそうで。何を話せばいいんですかね? 気まずい。

 

 

「…………」

 

 

 静寂。

 スズカはウイニングライブの衣装からトレセン学園の制服に着替え、メイク台の前の丸椅子に腰かけて俯いている。私も同じ制服姿だが、どうしたらいいのか分からず入り口の前で立ち尽くしていた。

 ちなみに、今日は日曜日なのに何故制服を着ているかというと、レースに参加する場合は勿論の事、応援に訪れる事も学校活動の一つとして数えられており学園の制服・ジャージ等の着用が推奨されているからだ。アニメで私服姿を描くのが面倒だったからじゃなかったんですね。

 

 

「……トゥデイ……ごめんなさい」

 

 

 制服について思いを巡らせていると、俯いたままのスズカがぽつりと謝罪を口にした。

 はて、何か謝罪されるような事があっただろうか。

 

 

「……私のライバルは、トゥデイ…貴女だけだと思ってた。他のウマ娘に負ける訳にはいかない……負ける筈が無いって」

 

 

 そう言ってスズカは席を立って私の前に来る。

 身長差が頭一つ分あるので必然的に見上げる形になるが。

 

 

「ッ!?」

「でも、それは私の勝手な思い込みだった。思い上がりだった。今日負けたフクキタル……ううん、どのウマ娘も私のライバル……そんな当たり前の事を私は忘れてたの」

 

 

 スズカはまるで懺悔をするような表情をしていた。

 

 意外だった。私の知っている原作においてのサイレンススズカというウマ娘は、悪く言ってしまうと『レースにおいては先頭を走る事以外に興味が無い天才』だ。

 勿論、他のウマ娘に負けたくは無いだろうが、それは『先頭の景色を邪魔されたくない』という強い思いがまずあっての事。そうでなければ先行策に切り替えたことで調子を崩したりはしないだろうし、もし他のウマ娘を意識しているのならば『レースで競い合う事』に楽しさややりがいを見出している筈だ。

 『レース中に他のウマ娘を気にして走る』というのは原作において、スペと約束を交わし共に走った13話のウィンタードリームトロフィー以外に心当たりはない。先ほど言っていた『負ける筈が無い』という驕りも原作のスズカならば抱くことが無かったものだろう。つまり、ここで「ライバル」と明言されている私自身の存在がスズカの価値観に大きく影響を与えたということになる。スペの時と反応が違うのはやはり同級生だからだろうか。

 この苦悩が、この後悔が、今後どういう影響を与えるのか私には想像がつかない。

 

 

 ……原作息してる? 私はスズカを曇らせた罪悪感で死にそうです。

 

 

「その結果が今日の2着だった。私はフクキタル達を見ていなかった。最後の直線で私が見たのは……貴女だった」

「わたし、を……?」

「……ええ。勝利を確信して、油断して、私はトゥデイグッドデイのライバルだから、負けないから、だから追いついてきて……トゥデイは分かってたのね……私が貴女しか見ていなかった事。『ダメだ』って言ってくれたのに……」

 

 

 んんん???? ゴール前に呟いた「ダメだ」が聞こえて…いや、読唇か。え? そんな事出来るん!? というか勘違いしてる!!

 

 

ち、ちが

「だから、ごめんなさい。そして、ありがとう」

「ファッ!?」

 

 

 そう言ってスズカは私を正面から抱き締めた。訳が分からない。めっちゃいい匂いだし大平原だけど女の子の柔らかさはあってヤバいしかし幸いなのは最速の機能美がゆえに『埋もれる』事が無いことだろうかマルゼン姐さんだったら窒息死してた。

 

 !? なんか締め付けが強くッ!!??

 

 

「ギ、ギブっ」

「あ、ごめんなさい……つい」

 

 

 どうにかスズカの腕をタップすると締め付けを緩めてくれた。でも解放してはくれないんですね。鼻息止めてるから結構キツい。

 

 

「……こういうの苦手なの知ってるよね」

「ふふっ、そうね。でもトゥデイ、貴女が悪いのよ?」

 

 

 Why? どういう事ですかスズカさん。

 

 

「トゥデイと出会えてなかったら、私はきっと先頭の景色しか見ようとしなかったと思う。他のウマ娘たちを置き去りにして、脇目も振らず一心に。でもきっと、今日みたいに何処かで負けて……そのまま折れていたと思うの」

 

 

 それは……きっと原作通りなんだろう。未来では沖野Tとスペたちに出会うから、と言うのは野暮か。

 しかし、一心不乱に何かを目指すというのは悪い事ではない。自分だってグラスペを成すために生きている訳だし。

 

 

「でも、トゥデイとトレーニングして、お出かけして、ご飯を食べて、授業を受けて、お風呂に入って、お話しして……いっぱい同じ時間を過ごして……そして、レースを一緒に走って、競い合って……私は楽しかった。楽しすぎて、貴女しか見えなくなっちゃってたけど」

 

 

 チロリと舌を少し出して苦笑するスズカ。初めて見る表情だ。

 

 

「それで今日フクキタルに負けて、あの子の言葉を聞いて思ったの。トゥデイだけじゃない、フクキタル達も一緒ならもっと楽しくなって、もっとキラキラした景色に……きっとたどり着けるって」

 

 

 勿論、先頭は私だけど、とスズカは言う。

 

 

だから、トゥデイが悪いの。私にこんな夢みたいな未来を教えて……こんな気持ちにさせるんだから」 

「スズカ?」

 

 

 なんか視線が怖いんですが。1話のスペの脚に頬ずりしてた沖野Tを思い出すのは何故?

 

 

 

 

 

「トゥデイ…………だいs」

 

 

 

 

 

 コンコンコン

 

 

 

 

「「!!??」」

 

 

 ノックの音に私とスズカは飛び上がった。尻尾と耳ピーンってなっただろうなあ。

 

 

「取り込み中すまない。そろそろ駅に向かわなければいけない時間なのでな」

「あ、は、はい。ありがとうございます、ルドルフさん」

「構わないさ。私たちは正門にいるから用意が出来たら来てくれ。では」

 

 

 そう言ってカイチョーの気配が遠ざかっていく。

 

 

「……会長もああ言っていたし用意して向かおうか」

「………ええ、そうね。それに……強引なのはダメ……よね……気を付けないと

 

 

 スズカは少し肩と耳を落として返事をし、荷物をまとめ始める。

 

 

 

 

 

 

 ……もし、カイチョーが部屋を訪れなかったら……いや、よそう。百合厨萌え豚オッサンの妄想でスズカを汚すわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 しかし、次の菊花賞は一体どうなるやら。

 原作からは既にストーリーも、スズカ自身も大きく離れている。

 ……原作の流れに沿う。この方針を転換すべき時に来たのかもしれない。

 

 

「トゥデイ? どうしたの?」

「ううん、大丈夫」

「そう? ならいいけど」

 

 

 まあいい。どんな場合であっても、グラスペの為に全力を尽くすだけだ。

 

 

 

 

 そして、波乱の神戸新聞杯は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 アンケート結果、自分の遊び心に付き合ってくれる優しい読者は好きだよ(大胆な告白)


 各話タイトルはぼちぼちつけていきますねー(なおセンス)

 あ、制服着用の下りは独自設定です。


 それと、前半の胸糞会話はフクキタルやスズカに聞こえて無いです。世間的に『ヒール』として見られつつあるという伏線ですね。そして菊花賞で……ほら、そろそろクラシックも終わりだしね?


 後半、ここでトゥデイグッドデイではなく東条ハナが控室を訪れる選択肢を選ぶと、やる気が強制で絶不調、体力30減少全ステータス10ダウン。バッドコンディション『景色は見えず』を取得。スピードトレーニング以外が選べなくなり、失敗率が5%UP。そして出走レースが天皇賞(秋)に変更されます(なんだこの糞イベ)


 この世界線のスズカのメンタルはつよつよです。デイカスが一緒の時は特に。ライバルと競い合う事の楽しさをデイカスで知りましたからね……ライバル全員ぶっちぎって最高の景色を見るんだという考えに至りました。

 スズカの告白を成功させてしまうとデイカスが幸せにさせられてしまうのでダメです(鋼の意志)


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第13R 信じる/98

 流石にいきなり菊花賞には入りにくかったので箸休め回

 次こそは菊花賞に行ける(何度目かの正直)


Side:東条ハナ

 

 

 

 

「(この調子だとトゥデイの復帰は年明けかしらね)」

 

 

 東条ハナはグラウンドの芝コースの大外をスローペースでジョギングするトゥデイグッドデイと、内を猛スピードで駆け抜けるサイレンススズカを眺めながら心中で呟く。

 

 

「(スズカの無敗はストップ。それでもクラシック三冠には王手をかけてる)」

 

 

 先日の神戸新聞杯でサイレンススズカは敗北した。東条にとってその敗北は予想していた結果だった。レースには心技体、そして運が備わっていなければ勝利はない。先のレースにおいてスズカは同じレースで競い合うマチカネフクキタル達を見ず、怪我で走れないトゥデイばかりを見ていた。慢心。油断。つまり『心』が欠けていた。

 それを指摘せずに走らせたのは敗北がスズカの糧になると判断したからだ。無敗を逃すのはチームリギルにとって惜しいが、彼女のこれからの飛躍に繋がるのなら気にならない。

 

 しかし、東条にとって誤算だった事が一つ。

 

 

「(まさかここまで調子を上げるなんてね……ほんと、あの子は何を吹き込んだのやら)」

 

 

 神戸新聞杯のウイニングライブ後に二人だけで話す時間を設けたのだが、その時にどういうやり取りがあったのかを東条は知らない。戻ってきた二人を見たグラスワンダーの「なるほど」という呟きがやけに印象的だった。

 

 

「(まあそれは置いておいて……次は菊花賞の芝3000メートル。流石にこれまでの逃げ方だとスタミナが持たないだろうけど、作戦次第で十分勝利を狙えるわね)」

 

 

 スズカは『異次元の逃亡者』と称される程の生粋の逃げウマだ。しかし、これまで出場したレースは全て中距離であり長距離は未経験。他の陣営はそれを念頭に置いた走りをしてくるだろう。

 東条はそれを逆手に取るつもりだった。

 

 

「(ただ、スズカが素直に頷いてくれるか……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました」

「え?」

「この作戦で走ります」

 

 

 既に日が暮れたトレーナー室。東条が提案したレースプランをタブレットで確認したスズカは迷い無く言った。

 渋ると想定していた東条は普段の鉄面皮を崩して目を丸くする。

 

 

「……いいのか?」

「はい……いつもの走り方では長距離でフクキタル達に勝てません。私は……全力を尽くします」

 

 

 そう話すスズカの目に迷いはない。

 

 

「……変わったな、お前は」

「トゥデイ達のお陰です。あ……勿論、トレーナーさんもですよ?」

「そんな取って付けたように言われてもねえ」

「すみません……ふふっ」

「ちょっと、謝罪に誠意が無いわよ誠意が」

 

 

 笑い合う東条とスズカ。

 

 

「ああ……そういえば」

「? なんでしょう」

「トゥデイの復帰時期、決まったわよ」

「!! そう、ですか」

 

 

 東条の言葉にスズカは耳と尻尾をピクリと動かすが、それ以外の反応は示さない。

 

 

「あら、意外と冷静ね。一緒に走りたいからどのレースに出るのか含めて訊いてくると思ったけど」

「そうですね……勿論、気になりますし走りたいです。でも、トゥデイなら追い付いてくれますから……絶対に」

「あの子を信じてるのね」

「はい」

 

 

 断言するスズカに東条は苦笑する。

 

 

「……? どうかしましたか?」

「いや、何でもない。ほら、そろそろ門限だぞ」

「あ……すみません、お先に失礼します」

 

 

 一礼してトレーナー室を後にするスズカ。

 その背を見送った東条は窓辺に立ってガラスに映り込んだ自分と向かい合う。

 

 

「(信じる……ね)」

 

 

 東条が思い出すのはトゥデイの青葉賞。

 奇跡を信じ、走らせ、勝利はしたものの骨折し、共にダービーを走る二人という夢が泡と消えた苦い記憶。ここで奇跡を信じようが、トゥデイを信じようが結果が変わる事は無い事くらい東条の理性は理解できている。しかし、心の奥底にいる子供っぽい自分が彼女自身を信じていれば…と泣き言を漏らす。

 

 

「折れたウマ娘が立ち上がるには奇跡が必要。けれど、そもそもトゥデイは折れていなかったのね……奇跡を信じた私が早とちりしたバカだっただけで」

 

 

 トゥデイはまさに『不撓不屈』だ。普通のウマ娘なら骨折で走れなくなったら未来に不安を抱き絶望に押しつぶされてしまう所を、決して頭を下げずに前を向いてリハビリやトレーニングに取り組んでいる。しかも自棄になったように身体を痛めつけるのではなく効率を第一に考えて苛め抜く。並みの精神力ではこなせないだろう。

 

 

「……あいつから頼まれた時はどうなるかと思ったけど」

 

 

 身体は小さく手足も細い。とても走れるようには見えなかったし、実力が違いすぎてルドルフらと併走すら出来ない有様だった。そこからスズカを超すことを目標に掲げてトレーニングに励み、距離適性すら克服して彼女のライバルになった。

 

 

「そうね……きっとトゥデイなら、貴女に追いつくわ」

 

 

 東条は呟いて窓辺を離れた。

 

 

 

 ガラスに映る口元に、柔らかな笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:グラスワンダー

 

 

 

 

 

「ムムム……グラスは連勝…絶好調デスね。チームリギル、学園最強チームは伊達じゃないデース」

「ふふっ、トレーナーさんや先輩方の顔に泥を塗るわけにはいきませんから」

 

 

 始業前の教室。

 机に広げた月刊のレース雑誌を前に二人のウマ娘。デビュー戦に続いてアイビーステークスでも勝利を収めたグラスワンダーと、その同室のエルコンドルパサーだ。

 雑誌には『最強!! チームリギル特集!!』と銘打たれ、二人が見ているのはグラスワンダーのページである。

 

 

「この調子だと次のレースも余裕そうデスねー」

「そんな余裕なんて……レースに絶対はありませんから。持てる全てを振り絞って走るだけですよ」

 

 

 二戦ともに圧勝し、ジュニア最強候補の一人として世間や関係者からの注目を集めているグラスワンダーだが、一部で『武士』『大和撫子というか薩摩隼人』と囁かれる精神で慢心することなく次のレースを見据えていた。

 

 

「うぅ~エルもリギルに入りたいデース」

「う~ん……チームは既に定員なので難しいですね~。他のチームに入るかトレーナーを捕まえるかしないと……スカウトの話は来ているんでしょう?」

「それは分かってますケド、なんだがビビッと来ないんデス」

「焦るよりもトレーニングしつつ気長に待つのも一つの手ですよ? 急いては事を仕損じるとも言いますし」

「せい……こと?」

「エル……」

 

 

 首を傾げているエルコンドルパサーにグラスワンダーは苦笑する。

 

 

「焦っているときほど急いで失敗しがちだから、落ち着いて行動しましょう。という意味ですよ」

「なるほど!! さすがグラァァスデェース!!」

「現代文、ちゃんと勉強しましょうね?」

「Oh、これがヤブヘビ、というものデスか」

 

 

 エルコンドルパサーは大げさに肩を落としグラスワンダーはくすくすと笑う。

 

 

「あら、二人とも何を見ているのかしら」

「おはよ~」

「おはようございますキングちゃん、セイちゃん」

「ブエノスディアス! チームリギル特集デース」

 

 

 二人の所にやってきたのはキングヘイローとセイウンスカイ。同級生であり、クラシックを争うことになるであろうライバルだ。

 

 

「くっ……全然羨ましくなんてないわ!」

「はいはい、そうだね~」

 

 

 負けん気が強いキングヘイローは同級生のグラスワンダーが雑誌に載っているのを悔し気に見て、その様子にセイウンスカイ達は苦笑する。

 

 

「チームリギル凄いよね~。七冠のルドルフ会長とかは当然だけど、今年のクラシックでもスズカさんが菊花賞に勝てば三冠だっけ」

「そうね……異次元の逃亡者。悔しいけど、今の私には追い付けそうにないわ」

「今の?」

「何よ」

「ん~ん、何でも~」

「スカイさんっ」

 

 

 ムキィィッっと昔の漫画だったらハンカチを噛んでいそうなキングヘイロー。

 

 

「えっと次は……トゥデイグッドデイ?」

 

 

 エルコンドルパサーがページを捲り、そこに書かれているのはトゥデイグッドデイというウマ娘についての記事だった。

 

 

「3戦2勝、うち一つはG2の青葉賞。確かその時の怪我で今は療養中だっけ」

「黒い稲妻ね。私も中継でレースを見ていたけど、最終コーナーからのあの追い上げは見事だったわ」

「あ、この人はグラスがよく話してる先輩デスね」

「ええ。トゥデイさんはちっちゃくて不器用で女の子としてちょっと危なっかしい所があるんですけど、レースやトレーニングでは人が変わったように真摯で実直で、あの姿勢は全ウマ娘の見本だと思うんです。それに普段あまり感情を表に出さないあの人がふとした時に見せる凛々しさや、手が触れた時とかの慌てようはそれはもう……ギャップにクラクラしてしまいそうで。あと、小食気味なので食事されているときは一口一口が小さくて小動物的な可愛さがあるんです。それでオグリ先輩達と一緒に食事をする時は普段を遥かに超える量を泣きそうになりながら一生懸命食べていて、なんというか……その」

「ストップ!! ストップデェェェス!!」

「……あら?」

「「(ナイス!!)」」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 恍惚とした表情で語るグラスワンダーのセリフをエルコンドルパサーが遮る。

 彼女の第六感が「まずいですよ!?」と警鐘を鳴らしていた。

 

 

「もうエル、急に大声を出してどうしたんですか」

「……自覚無しデス?」

「自覚??」

「いや、何でもないデース」

「なんというか」

「意外な一面ね」

「????」

 

 

 首を傾げるグラスワンダーを引きつった顔で見る三人。

 微妙な空気が流れるが、クラス担任の教師が教室に入ってきたことでその場はお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トゥデイグッドデイ

 

 3戦2勝、主な勝利レースはG2青葉賞。

 チームリギルに所属し『黒い稲妻』の異名を持つ。その異名の由来になったのは青葉賞で見せた稲妻の如き末脚……ではなく、かの『白い稲妻』タマモクロスと対照的な容姿である。

 青葉賞ではサイレンススズカが更新する前のダービーレコードにあと一歩迫る走りを見せ勝利。前述のサイレンススズカとのリギル同士での対決が期待されたが骨折により出走を断念。現在は療養中である。

 

 消息筋によると復帰はシニアの春頃と見られているが以前のような走りを見せてくれるかは不明。彼女の今後の動向に注目したい。

 

 

 

月刊UMA11月号より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 




 菊花賞……逃げ……ウンス……頭の中で何かが。

 スズカは策を弄することも含めて『全力』で菊花賞に挑むようです。なお中距離以下は「細けぇことはいいんだよ!!」とスピードの向こう側へかっとぶ模様。


 スペ以外の98世代ウマ娘登場。セイウンスカイが昼寝してるところにツナ缶で猫をおびき寄せてにゃんこ包囲網作りたい。師匠と一緒に実装はよ。


 この世界線のグラスはデジたんと吉良吉影から因子継承を受けている……?(迷推理)




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第14R 菊の舞台

6/21追記
 活動報告に載せましたが、私事により執筆再開は7月です。お待ち下せえ。



 レース描写はこれが限界だぁ……ご都合主義&ガバガバ知識ゆるして……

 史実や原作に無いレースつらい……今後はなるべくダイジェストにします……

 出走ウマ娘は97年菊花賞の馬を若干改変してます。たぶん現実には居ない筈。

 あと今回デイカスの霊圧はほぼゼロです。


Side:others

 

 

 

 

<京都第10レース、続いてパドックに登場するのはこのウマ娘>

 

 

 実況の声にパドックを取り囲む観客がざわめく。

 

 

<皐月賞1着、ダービー1着。かの皇帝、シャドーロールの怪物に続く三冠達成なるか!?>

 

 

 パドックの赤いカーテンが開き、姿を現した一人のウマ娘。

 

 

<1番人気!! 2枠3番、サイレンススズカ!!>

 

 

 肩にかけたジャージを振り払う。

 白を基調にした勝負服。風を切って走る為だけにあるようなその身体。先にお披露目を終えたウマ娘達は息を呑み、観客たちは言葉にならない叫びを持って彼女を出迎える。

 

 

<異次元の逃亡者と称される彼女がこの長丁場のレースにおいてどう立ち回るのか、三冠の偉業が達成されるのか、目が離せません>

 

 

「菊花賞は3000メートル。これまでクラシックを走ってきたウマ娘にとっては未知の距離だ。それはどのウマ娘も、サイレンススズカも変わらない。そこで重要になってくるのはスタミナ、そして作戦だ」

「どうした急に」

「スズカは逃げを得意とするウマ娘であり、その特徴はなんといっても他の追随を許さない圧倒的スピードだ。神戸新聞杯では終盤マチカネフクキタルに差され2着だったが、その時よりも遥かに仕上がっているし油断も慢心も無いだろう。しかし、スピードを保ったまま3000メートルを逃げ切れるスタミナがあるかというと厳しいと言わざるを得ない」

 

 

<次に登場するのはこのウマ娘!! 神戸、そして京都に続きこの菊の舞台にも福を招くことはできるのか!! 2枠4番、マチカネフクキタル!! 2番人気です!!>

 

 

 マチカネフクキタルは背負った招き猫型のリュックが目を引くセーラー服姿。ジャージを脱ぎ捨てると前のスズカと比べて小さめだが歓声が起こり、フクキタルは笑顔で両手を広げてそれに応える。

 

 

「それは他のウマ娘も同じじゃないか? シニアならともかくクラシックでそんなスタミナのあるウマ娘は……」

「だからこそ作戦が重要になるんだ。序盤から中盤にかけては抑えて走り脚を残しながら位置を整え、最終コーナーから直線あたりでスパートをかけて勝負する。これは菊花賞、いや長距離レースにおける定石と言っていいだろう」

 

 

<神戸新聞杯ではサイレンススズカを差して1着、続く京都大賞典でも見事勝利を収めています。このレースでもその末脚が炸裂するのか注目です>

 

 

「マチカネフクキタルの走りはまさにそれだ。上がり3ハロン34いや33秒台。その末脚は神戸新聞杯でスズカを捉え、突き放した。スズカが中距離の時と同様にハイペースで逃げたとしても」

「フクキタル達差しや先行のウマ娘はリードするスズカに対して距離を保ってスタミナを温存しながらついて行き、終盤スズカのペースが落ちた所で追い上げるって事か」

「ああ。だからスズカが勝利を狙うなら同じように抑えた走りをさせるべきなんだが」

「先頭に強い拘りを持つ彼女の性格を考えると……難しいか」

 

 

 その考えは、菊花賞に出場する他のウマ娘達のトレーナーも同様だった。

 

 

「(サイレンススズカが逃げを打つのなら無理に追う必要はない。1000メートル1分を切るような走りをすれば、二度目の坂でスタミナが切れて落ちる)」

「(先行や差しなら周りを囲んで思い通りに走らせなければいい。これまで逃げしかしてこなかった彼女は駆け引きやプレッシャーに慣れていない。抜け出すことはまず不可能)」

 

 

<続きまして3枠5番は……>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他のウマ娘達もパドックを終え、ゲート入りのためにコースに足を踏み入れたフクキタルにスズカが駆け寄る。

 

 

「フクキタル」

「スズカさん」

「今日は……負けないから。全力で勝ちにいくわ」

「!! フフフ、受けて立ちます!!」

 

 

 宣戦布告。

 二人は笑顔だがその気迫は凄まじい。

 と、そこに近付くのは一人のウマ娘。

 

 

「……っ!! ……っ!!」

 

 

 黒鹿毛のショートヘアで後ろ髪を一つにまとめ、黒の勝負服に身を包んだウマ娘が、口パクと身振り手振りで何かを訴えている。

 

 

「?? あなたは……」

「あ、この人はキンイロリョテイさんです」

「……! …………。………!!」

「えっと?」

「この前、京都で一緒に走ったときは普通に喋っていたんですが……ふむふむ」

「…………!? ………!!」

「さっぱりですね!!」

「……!!??」

 

 

 ガーン、と明らかに落胆しているリョテイ。

 

 

「フクキタル……それは流石に……」

「てへへ」

「……っ!!」

 

 

 舌を出すフクキタルに対して、ガルルルと今にもリョテイは噛み付きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響く。

 

 

<さあクラシック戦線もいよいよ大詰め。京都第10レースG1、菊花賞。芝3000メートル、18人フルゲートでの出走です>

<ゲートインは順調ですね。ファンファーレ中に大体の子が収まっています>

<3000メートルという事で客席からかなり離れているのですが、まるで地響きのような歓声に驚いている子もいますね>

 

 

 実況解説の言葉通り、観客席の歓声はそれはもう凄まじかった。

 シンボリルドルフ、ナリタブライアンに続く三冠。新たなスターの誕生を一目見ようと13万人を超える観衆がスタンドに詰めかけている。

 

 

<ゲートインは順調に進んでいます。さあ18番シガーテスコ、収まりまして各ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました>

<最も強いウマ娘は誰か。G1菊花賞>

 

 

 ガタンッ!!

 

 

<ゲート開いてスタートしました!>

<揃いました18人、大歓声が京都レース場を揺らします>

<注目の先行争いはまず2番セイランタイフーンいやサイレンススズカだ! 3番サイレンススズカが飛び出した!!>

 

 

 観客席がざわめく。

 

 

<後続をあっという間に突き放していくぞサイレンススズカ! 2番手はセイランタイフーンそしてなんと3番手にマチカネフクキタル。それから5番ウェスタンロード、ヤマトマサムネ、キンイロリョテイと続く>

 

 

 1バ身、2バ身と着実にリードを広げていくサイレンススズカ。後続の17人を引き連れて最初の第3コーナーをロスなく最短距離で進んでいく。

 観客席からは気持ちのいい逃げっぷりに対する興奮の歓声と、破滅へ突き進む走りに対しての怒りや失望の混じった声が聞こえてくる。

 

 

<ハナを主張するサイレンススズカに対して後続は落ち着いた様子>

<あのペースについて行くと後半スタミナ切れになる恐れがありますからね。各ウマ娘よく堪えています>

<さあ一度目のホームストレッチ。隊列はかなり縦長になっています。先頭からお終いまで20バ身はあるでしょうか>

<先頭サイレンススズカ、2番手セイランタイフーンに8いや9バ身。続くマチカネフクキタルは1バ身後方につけています。中団はその2バ身後ろから。位置取りが熾烈になりそうです>

 

 

「(1000メートル58秒台!? 何を考えてるんだ東条トレーナーは……勝負を捨てた? それともサイレンススズカが逸ったのか?)」

 

 

 ストップウォッチを片手にレースを見ていた男性トレーナーは目を大きく見開いた。

 サイレンススズカの適性は明らかにマイルから中距離で、仮に三冠がかかっていなければ彼女は秋の天皇賞に出ていただろうと推測されている。素晴らしいスピードを持つがステイヤーとしての能力に欠けるスズカを勝たせたいのなら、逃げを止め抑えた走りをさせるのがベストのはずだ。

 

 

<第2コーナーを抜けて向こう正面へ。先頭はサイレンススズカ。意気揚々と先頭を進みます。リードは8バ身。2番手は位置を上げウェスタンロード、続いてセイランタイフーン、キンイロリョテイ、ヤマトマサムネが並びマチカネフクキタルが機会を伺っている>

 

 

「(いや、慌てる必要はない。疲れ果てたサイレンススズカ相手なら10バ身離れていても第4コーナーから最終直線で差し切れる。だから焦るな。今は耐えるんだ)」

 

 

 男は担当ウマ娘に願った。

 

 

 だが。

 

 

「あ」

 

 

 再度ストップウォッチを見る。2000メートルを超えて2分と少し。

 レースを見る。差は未だ広がったまま。

 ストン、と全てが腑に落ちた。

 

 

「やられた……」

 

 

 

<あーーーーっ!? マチカネフクキタルが上がっていく!! 7バ身、6バ身、どんどんリードを詰めるぞマチカネフクキタル!!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:サイレンススズカ

 

 

 

 

 

「(っ!? まさか!!)」

 

 

 サイレンススズカは徐々に大きくなる足音にチラリと後ろに目線をやった。

 

 

「(っ!! フクキタル!!)」

「逃がしませんよスズカさん!!!!」

 

 

 距離を詰めてくるのはマチカネフクキタルだった。

 ここでスズカは作戦が破綻したことを悟る。

 

 東条から伝えられた作戦。それは『レース中盤でリードを保ったまま息を入れ、終盤で再度加速し逃げ切る』というもの。

 これは逃げウマとして『異次元の逃亡者』という異名を持ち長距離を逃げ切るにはスタミナ不足と見られているスズカに対する、各陣営の『リードされても終盤失速するから無理に追わない』という思考を逆手に取った作戦だ。もっとも、ラップタイムを正確に刻むような走りをするウマ娘が居る場合は息を入れた所で差を詰められてしまったり、上手くコースを取れないとスタミナが更に不足して作戦通り走っても脚が残っていないという少々博打な部分はあるが。

 

 そして、フクキタルはその作戦に気づいて差を詰めてきた。

 

 

<第3コーナー淀の坂をサイレンススズカが上る!! 4バ身後ろにマチカネフクキタル、後続はまだ6バ身は離れているぞ!! これは追いつけるか!?>

 

 

 スタミナで劣るスズカがここでフクキタルに合わせてペースアップするのは愚策だろう。フクキタルも生粋のステイヤーという訳ではない。今からペースを上げれば終盤で思うように伸びないはずだ。

 だが、一方でスズカは先頭以外でのレースをしたことが無いし、出来ない。

 一度躱されてしまえば差し返す事は不可能だろう。

 

 

 何より。

 

 

「先頭は……絶対に譲らない! 譲りたくない!!」

 

 

<第4コーナーサイレンススズカが加速!! ぐんとマチカネフクキタルを突き放して>

 

 

「私が勝ちます!!」

 

 

<マチカネフクキタルもペースを上げた!! これはサイレンススズカとマチカネフクキタルの一騎打ちか!? 後続メグロラミアス、トキノグレイト、カシミアヒーロー上がってくる!!>

<第4コーナー抜けてサイレンススズカ先頭!! マチカネフクキタルも迫る!! 迫る!!>

 

 

 スズカとその少し後ろにフクキタル。二人が最後の直線に入ってくると一斉に観客たちは声を上げ始めた。

 応援もある。悲鳴もある。怒号もある。

 

 13万の大観衆。その轟きが何故か遠く感じる。

 

 

「(あっ)」

 

 

 スズカは思わず声を上げそうになった。

 

 

「(なに、これ)」

 

 

 どこかぼんやりとした意識で考える。

 

 色の無くなった景色。全てがゆっくりと流れていく。歓声も、息遣いも、鼓動すら置き去りにして。

 

 静かだった。綺麗だった。何人たりとも立ち入れない、神聖不可侵の領域。

 

 

「(これが、わたしだけの)」

 

 

 

 

 

 

 

「走れええええええええええええッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 

 大切な彼女の声。

 

 

「(違う!! アレは違う!! 誰もいない!! 何もない!! そんながらんどうで寂しいだけの景色を私は求めてない!!!!)」

 

 

<残り200メートル!! マチカネフクキタル先頭だ!! 強い!! 強いぞマチカネフクキタル!!>

 

 

「行かせ、ないっ!!!!!」

 

 

<サイレンススズカ巻き返してきた!! 両者ともに一歩も譲らない!!>

 

 

「スズカさん!!!!」

「フクキタル!!!!」

 

 

 お互いが横に並ぶ。負けたくない。譲りたくない。勝ちたい。

 スタミナなんてとっくの昔に尽きている。二人を突き動かしているのは燃えるような想いだけだった。

 

 

 

 

 

「「らあああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」」

 

 

 

 

 

<菊花賞を制するのはどっちだあああああああああっ!!??>

 

 

 

 

 

 

 二人はゴール板を駆け抜ける。

 そのまま数十メートルを走り、

 

 

「「あっ」」

 

 

 ペースが緩んだところで二人同時にコケた。

 

 

「「へぶっ」」

 

 

 そして正面から芝にダイブする。

 

 

<勝ったのはどっちだ!? サイレンススズカか!! マチカネフクキタルか!!>

<結果は……1着マチカネフクキタル!!!! ハナ差で2着サイレンススズカ!!>

<3着は3バ身差でヤマトマサムネ、4着メグロラミアス、5着トキノグレイト>

 

 

「……おめでとう、フクキタル」

「……ありがとうございます。スズカさん」

 

 

 スズカはゴロンと仰向けになり、フクキタルは身体を起こしてターフに座り込む。

 二人は顔を見合わせて笑い合うとコツンと握り拳をぶつけた。

 

 

「次は、負けないから」

「次も、勝ちますよ」

 

 

<神戸、そして京都に続いて菊の舞台でも福が来た!!>

<菊花賞を制したのはマチカネフクキタル!! サイレンススズカ三冠ならず!!>

 

 

「福が来た、ですって。私もお守り……買っておけばよかったかしら」

「ふふんっ。この勝利は運ではなく友情と努力の賜物です!!」

「……じゃあその絵馬とか外して次は走りましょうか」

「い、衣装デザインに含まれてるのでダメです!!」

 

 

 飛び上がるように立ち上がったフクキタルがズザザッ!! と距離を取る。

 

 

「ふふっ、冗談よ」

「いや目がマジでしたよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、菊の舞台の幕が下り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ……お前の夢を、聞かせてくれないか」

 

 

「は? バレンタインステークス? 何でわざわざ……スズカも貴女も適性外でしょう」

 

 

「私、スペシャルウィークっていいます! 初めまして、ですよね。トゥデイさん、スズカさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の年が始まる。

 

 

 

 

 

 

 




 
 あれ……? なんかに王道スポ根になってしまった……そういえばアプリもアニメもライスのヒール扱いめっちゃ腹立てたからなぁ……本能が避けてしまったか(建前)……それにデイカス絡まない曇らせ需要無さそうだし(本音)

 トゥデイの叫びが無い場合、スズカはレース中に意識不明になり転倒し重傷を負い、イベント『望まぬ決着』が発生。勝利したフクキタルはスズカの怪我を招いたとして叩かれて曇る。
 またスズカのシニア1年目での復帰は絶望的で秋天のフラグが消滅したためデイカスはレースから離れようとするが、勘違いしたグラスに連れ戻されなんやかんやあってグラスペフラグが消える。

 マチカネフクキタルの前走が京都新聞杯ではなく京都大賞典なのは仕様です。この世界、アニメとアプリが入り混じってますからね(ご都合主義の権化)

 バレンタインステークスってスズカが走った時は1800mのマイルだけど、アプリだと短距離なのよね(あからさまな伏線)


 次はデイカス視点で菊花賞とその後をダイジェストで、少し他のキャラとコミュってシニア突入&スペがトレセン学園に編入かなあ。

 キンイロリョテイさんは本文中では喋れなくなる星の元にいるのです。



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第15R 波乱の予感

生存報告も兼ねて投稿じゃーい!!

あとはG2以下体操服の神アプデの喜びも共有したい!!!!

ウンス実装されたし、あとはデュアルブースター師匠が来たら悪魔の力を身につけよう(ウマーマン)


次の投稿は月末頃です!! 引っ越しとか色々あって忙しいので。。。


Side:オリ主

 

 

 

 菊花賞を勝利したのはマチカネフクキタルだった。

 スズカはハナ差の2着。最終直線での劇的な二人の競り合いには思わず興奮し声を上げてしまったが、ウマ娘を愛するものならば……いや、例えウマ娘を知らなかったとしても、あの光景を目の当たりにすれば誰もが叫ばずにはいられなかっただろう。京都レース場のスタンドを揺るがした13万人分の歓声がそれを証明している。

 

 あとゴール直後の二人のやり取りが客席から見てて凄く尊かった。大の字で寝転がるスズカと座り込んだフクキタルが笑顔でお互いの健闘を称えながら握り拳ごっつんことかアオハルかよ友情百合最高ですもっとやれ。

 グラスペが至高であり最優先だがフクスズも成し遂げ……いや、ツーラビッツノーラビットの精神を忘れてはいけない。恐らくシニアでもライバル関係が続くだろうから成り行きに任せて見守ろう。

 

 

「~続く winning the soul」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その後のウイニングライブは大成功で終わった。

 勿論、スズカの三冠を期待しフクキタル勝利という結果に落胆している人も多かっただろう。

 だが、ラストの二人の熱い走りを見て、その後の百合咲き誇るやり取りに胸を打たれたからか、センターで汗を散らして歌い踊るフクキタル達に向けて大きな歓声が上がっていた。これにはかつてオグリ先輩にマジギレして「無礼るなよ」と言い放った伝説を持つカイチョーもニッコリ。ん? そうなるとカイチョーって今いくつ……うっ……頭が……。

 

 それに自分としても、神戸新聞杯の時のようにグラス達が殺気立たないか心配だったのだが安心してライブを楽しめた。

 あと近くで、

 

 

「ひょえええええええ~~~~っ!! ムリムリムリ耐えられない尊い後光が見えるしゅきいいいいいいっ!!」

 

 

 と奇声を上げる見知らぬウマ娘には驚いたがそうなってしまう気持ちは分かる。

 winning the soulは曲も歌詞も振り付けも演出もどれもカッコよすぎるしスズカ達ウマ娘は最高に可愛い。

 これがクラシック三冠の伝統曲であり、私もスズカやグラス達と一緒にダンストレーニングをしたから平静を保てているが、それがなければ目もあてられないような無様を晒していただろう。

 そこの見知らぬウマ娘は……うん、まあ、ね。ライブ後に救急車も警察も来ていないからヨシ!!

 

 

 

 

 

 

 そして、私達チームリギルの面々はトレセン学園に戻ってきた。

 夜は深い。グラウンドのナイター照明は既に消え、ポツポツと街灯が辺りを照らしている。

 レースとライブの反省会は明日行うと言われ学園に戻ってきてからすぐ解散したが、私だけ呼び止められおハナさんのトレーナー室に来ている。スズカは先に寮に行って貰った。

 

 

「すまないな、遅い時間なのに呼び止めてしまって」

「いえ、トレーナーこそ疲れているでしょうし……それで、私に何かご用でしょうか」

「…………」

「えっと……何か?」

「他にウマ娘が居る時との差が……な。どうも慣れん」

 

 

 いやもう1年以上の付き合いなんだから慣れてくださいよおハナさん。

 あと、仮に推しのアイドルグループと同じ空気を吸ったドルオタがいたとして、それが挙動不審にならないわけ無いでしょう?(偏見)

 

 

「まあそれはいい。手短に済まそう」

 

 

 おハナさんはそう言ってタブレットを差し出してくるので受け取って内容に目を通す。ふむふむ。

 

 

「復帰戦と……シニアでの目標レースですか」

「ああ。復帰戦は年明けの中山金杯の予定だ」

 

 

 中山金杯は1月に中山レース場で行われる芝2000のG3レースとプリントにはある。他には金鯱賞、大阪杯、宝塚記念、毎日王冠。そして、ちゃんと目標に天皇賞(秋)が入っていて一安心だ。

 

 

「チームとしてお前には長距離を走らせるのがベストなんだがな」

 

 

 私が目標レースを見て安堵したのが伝わったのか、そう言うおハナさんは苦笑気味。

 リギルの同世代メンバーは中距離のサイレンススズカ。マイル短距離のタイキシャトルの二人で長距離が得意なステイヤーは居ない。あとは今シニアのエアグルーヴパイセンも中距離ウマ娘だ。パイセンは来年いっぱいでトゥインクルシリーズからドリームトロフィーリーグに移籍するらしいが。

 スズカは菊花賞で2着と善戦したが、クラシックより適性や経験の差がはっきり出てくるシニアの長距離レースは彼女には厳しいだろうからおハナさんの言葉は尤もだ。それでも中距離を走らせてくれるのは感謝しかない。

 

 

「ありがとうございます。トレーナー」

「トレーナーとして当然の事をした……と言いたいが、トゥデイ」

 

 

 おハナさんに真剣な目を向けられて、私は思わず背筋が伸びる。

 

 

「スズカはまだまだ速くなるぞ」

「……」

「お前の努力は認めよう。だが、それで追い付けるような相手では」

「……トレーナー、違います」

「何?」

 

 

 首を横にふって否定するとおハナさんは怪訝そうに眉をひそめた。

 確かに自分と、スズカ達みたいな元がスターホースのウマ娘はゲームのキャラで表すならレア度? 星の数? といった部分が異なる。例えるなら自分は★1。スズカは★3だ。初期ステも伸び幅も伸び代も違う。

 

 

「スズカに追い付く? いいえ。追い越して前を走るんです。横に並ぶんじゃダメなんです」

 

 

 だからといって諦める理由にはならない。ステータスで劣っていても、それを補う手を増やせばいい。

 限界なんて、押さえ付けて叩き潰して踏み越えてしまえばいい。

 それに、前を走らないと沈黙の日曜日でスズカの走りを抑えられないからね。いや正直原作通りに起こるのか分からないけど、起こらないとも断定は出来ない。なら起こると仮定しておいた方がいい。

 

 

「……呆れた。よくもまあ、二冠のダービーウマ娘相手にそんな事言えるわね」

 

 

 そう言って苦笑いしながら肩をすくめられてしまう。口調が変わったのは気が抜けたからか。

 

 

「スズカは……スズカですから」

 

 

 グラスペの前には二冠とかダービーとか関係ねえ!! いや正直ハードル高いけども。

 

 

「……そう。なら、中山金杯、しっかり獲ってきなさい」

「はい、トレーナー」

 

 

 そのやり取りで話しは終わりタブレットを返却する。

 

 

「では、お先に失礼します」

「ええ、寝る前にちゃんとマッサージとストレッチするようにね」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「あ」」

 

 

 そして一人廊下を歩いていると、扉を開けて出てきた沖野Tと遭遇した。

 

 

「お前さんは……トゥデイグッドデイか。こんな時間にどうした? もう門限は過ぎてるぞ」

「東条トレーナーと先程までお話してまして、寮長は承知してます。沖野トレーナーは……お仕事ですか?」

「ああ、そんなところだ」

 

 

 顔は少しやつれているし髭は伸びているし目の下には隈がある。沖野Tの姿は何となく前世で社畜だった自分を思い出す。彼の出てきた部屋は明かりをつけたままなので、まだ仕事を続けるつもりなのだろう。

 そういえば、風の噂だが少し前からスピカのメンバーがどんどん抜けているらしい。ここは原作通りのようなのでいずれスズカの走りを見て「日本一のチームを作る」という夢を思い出して再起する筈だ。

 

 ……するよな? これまでの原作ブレイクがあるからかなり不安だ。

 スピカ解散は流石にまずい。スペシャルウィークを育て上げるのは沖野T以外には出来ない……いや、おハナさんならいけるか? ただ、スペのリギル加入ルートは非常に魅力的だがエルコンドルパサーが居る限り難しいだろうし、それにスズカの走りの他に彼を再起させられる事があるのか分からない。だから、あの出会いのシーンを再現するために自分が動いた方がいい筈。

 

 

 今後の方針に思考が傾いてぼーっとしていたようで、沖野Tが「どうした?」と訝しげな視線を向けてくる。

 

 

「いえ、何でもありません」

「そうか? ……ならいいが、無理はしないようにな」

 

 

 自分が悩んでいるのを察したんだろう。しっかりとこちらの目を見てそう言う沖野T。

 ただ、彼の方が無理しているのは明らかなので少し反応に困る。

 

 

「沖野トレーナーこそ無理はダメですよ」

「ハハッ、無理なんかしてないっての。どう見たってピンピンしてるだろ?」

 

 

 どう見ても深夜テンションでハイになっているだけの社畜なんだが。

 百合の園に踏み入っているのは許せないが彼はとても良い人だ。それにウマ娘を愛する同志でもある。これ以上無理をさせると体調を崩すだろうし、それは彼の担当するウマ娘にも迷惑がかかるだろう。

 一発ぶん殴って気絶させてからトレーナー室のソファにでも放り込んどけばいいだろうか。

 

 そんな物騒な結論が出た所で、沖野Tの背後に忍び寄る影に気づいた。

 

 

「あ」

「ん?」

「うちの子に何をしているのかしら?」

 

 

 おハナさんである。肩に鞄を提げているから帰宅する所だろうか。

 

 

「おぉ、お疲れさん」

「お疲れさん、じゃないわよ。トゥデイの引き抜きでもしてたのかしら?」

「おいおい、それはかなり魅力的だが俺はそんな外道じゃないぞ」

 

 

 つまりスズカに大逃げを指示した挙句に引き抜いたアニメの沖野Tは外道だった?

 いやまあスズカのウマ娘としての幸せを考えた結果なんだろうけど事後承諾は流石に……前世社畜としては戦慄モノですよ。

 あとスピカ移籍ルートのフラグはやっぱり無いんですね。分かってはいたけど少し未練が。

 

 

 その後、おハナさんが「こいつは私が何とかしておくから帰りなさい」と沖野Tを引き受けてくれた。

 

 

 多分、あのバーにでも行くんだろうなあ。これで付き合ってないって……もしかして沖野Tはホ……いや、やめておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして暫し時が経ち。

 

 

 

 

<サイレンススズカが逃げる! 逃げる!! 日本の、世界の、名だたる強豪達を置き去りにして今サイレンススズカが1着でゴールイン!!!! 逃げ切った!! 異次元の逃亡者が逃げ切りましたジャパンカップ!!!!>

 

 

 スズカがジャパンカップを勝利した。

 原作ブレイクもここまで来ると笑えて来る。膝も笑ってるって? これは武者震いだが????

 

 

 なお、菊花賞でスズカに勝利したマチカネフクキタルは足の具合が良くないらしくジャパンカップは見送り。

 以前、神社で階段トレーニングをしている時に偶然顔を合わせ、菊花賞での声援のお礼と一緒にその事を伝えられた。

 また、スズカは連戦の疲労から有記念は回避するらしい。確か史実だと12月に何かレースに出ていたような気がするが……まあ、今更だろう。

 

 沖野Tとスピカの様子は……復帰戦が年明けすぐという事もありトレーニングが忙しくあまり確認できていない。

 原作だと沖野Tとスズカの出会いはバレンタインステークスの前、つまりは年明け以降だったからまだ先の筈だが……なんだろうこの胸騒ぎは。

 

 

「あら? あの人だかりは……何かしら」

 

 

 スズカと一緒に登校していると、人だかりが出来ているのに気付いた彼女が足を止めた。

 学園の正門から校舎へと続く一本道の途中にある掲示板。普段は学内イベントのお知らせだったりチーム募集のポスターなどが貼られている場所。その前にウマ娘が集まっている。マルゼン姐さんもいる。

 

 

「なぁにこれぇ」

「ないわー」

「あら、イケイケじゃない」

「えぇ……」

 

 

 嫌な予感がする。特にマルゼン姐さんが高評価なのが。

 

 

「あ、スズカちゃんとトゥデイちゃん。ねえ、貴女たちもこのポスター、バッチグーだと思うわよねっ」

「えっ、スズカって……」

「サイレンススズカさん?」

「異次元の逃亡者……あ、トゥデイちゃんさん

 

 

 マルゼン姐さんの言葉にモーセの如く人垣が割れる。2冠ウマ娘にしてジャパンカップを制したスズカのネームバリューは凄まじい。

 

 

「ポスター、ですか?」

「そうそう、私はとってもイイと思うのよ。ナウなヤングにぴったりよね!!」

「は、はあ」

 

 

 あ、ああ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナウイあなた

チームスピカ

入れば

バッチグー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、すみません……これはちょっと……」

「えぇ~~~~~っ!? トゥデイちゃん、貴女はどう……」

スズカ、沖野トレーナーって知ってる?

「え? ええ、このチームスピカのトレーナーよね……話したことは無いけど」

 

 

 

 ですよねー。

 だって大体一緒にいたもん(吐血)

 

 そして、この元号を間違えたようなセンスのポスターがあるという事実が示すことはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間に沖野T復活したんですか?????????????????????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポスター貼ってきたデースッ!!」

「おう、ご苦労さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルコンドルパサー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 エルの育成ストーリーだと挫折のきっかけは98世代の同期と走ったダービーやその後の毎日王冠の最速の機能美さんですが、この世界線だと早い時期にもっと大きな壁があると思った(B70)

 ピルサドスキーとエアグルーヴはすまぬ……菊花賞やその他レースだと思いの差からエルが折れてくれないんだ……。

 デイカス復帰戦はG3中山金杯。すまぬグルメフロンティア。
 いきなり金鯱賞も考えましたが流石に復帰戦だと無理があると思った。
 いや菊花⇒ジャパンカップローテもアレだけど……。

 あとスズカはリギル残留です。今のスズカが沖野Tに夢を思い出させる走りが出来るかというと……ね? 沖野Tの心情的にも。

 それに伴い沖野Tの再起のきっかけになるウマ娘もエルに変更。その話はまた今度。



 デイカスは唐突に生えたエルスペフラグに震えて眠る。

 


 ではまた~





一般参加デジたんがストーリーに絡むことは無いです。


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第16R コンドルは飛んでいく


書き溜めなんかほとんど無いけど投稿じゃーい!!(前言を守れない作者の屑)

 いや忙しすぎてね……ただ、少しずつでも書いて投稿しないとエタりそうだから……(遠い目)


 壁(B70)にぶちあたったエルSideだけだしエルと沖野Tの解釈違いがあるかもだけどユルシテ...(予防線)


 トレーナー×ウマ娘の看取り・看取られ(MTR)短編が読みたい。特にゴルシ。「最高に面白い人生だった」って遺して死にたい。トレーナーが死んだ後に遺された呪いを抱えて生きる彼女たちが見たい(隙自語)



 

 

 

 

 

 

Side:エルコンドルパサー

 

 

 

 

 

 

<サイレンススズカが逃げる! 逃げる!! 日本の、世界の、名だたる強豪達を置き去りにして今サイレンススズカが1着でゴールイン!!!! 逃げ切った!! 異次元の逃亡者が逃げ切りましたジャパンカップ!!!!>

 

 

 実況の叫びがスピーカーから鳴り響き、一着でゴール板を走り抜けたサイレンススズカに東京レース場二〇万強の観客の歓声が降り注ぐ。

 ペースをゆるゆると落とし立ち止まったスズカは歓声に今気付いたとばかりに肩と尻尾をビクッと跳ねさせると、クルクル左回りしてから観客席の方に身体を向けてぺこりとお辞儀をした。

 

 再度沸き上がる歓声と拍手。

 

 三着だったエアグルーヴや他のウマ娘達もそれぞれスズカに握手を求めたり肩を叩いたりハグする者もいたりと各々のやり方で彼女を祝福している。

 悔しいだろう。悲しいだろう。泣きたいだろう。けれどそれらを飲み込んで勝者を称えるその姿は見事なスポーツマンシップだった。

 

 

「…………ッ」

 

 

 そして、1人のウマ娘が観客席から抜け出した。

 トレセン学園の制服姿で、覆面レスラーが使うような目の周りを覆うマスクをしているのが特徴的だ。

 

 彼女はエルコンドルパサー。

 

 アメリカ生まれの帰国子女であり、グラスワンダー、キングヘイローらと並び来年のクラシック戦線での活躍が期待されているウマ娘である。

 

 

「(世界……最強……エルは……エルは……ッ!!)」

 

 

 エルコンドルパサーはそのまま東京レース場を飛び出した。

 会場が満員で入場できなかった人々が、中継映像をスマホで見ている横を走り抜ける。

 

 東京レース場とトレセン学園は同じ府中市内にある。ウマ娘の脚ならばすぐにたどり着き、会場に足を運ばなかった居残り組も寮や食堂でジャパンカップの観戦をしているであろう閑散とした校内を駆ける。

 

 そして、エルコンドルパサーが足を止めたのはグラウンドだった。

 隅っこにあるベンチに腰掛け荒れた息を整える。

 

 

「ハハ……何やってるんでしょうネ」

 

 

 乾いた声と自嘲の笑みが漏れる。

 

 ジャパンカップ。国内外の強豪が集う世界でも有数のG1レース。エルコンドルパサーにとっては『世界最強を証明する』為の過程の一つ。

 それに勝利した一つ上の先輩ウマ娘、サイレンススズカ。同期で友人のグラスワンダーと同じチームリギルに所属する彼女は『異次元の逃亡者』という呼び名通りに逃げ切って見せた。

 

 

「スズカ先輩は……速かったデス……強かったデス。誰よりも速く先頭を走って……勝つ」

 

 

 作戦だとか駆け引きだとか細々とした理屈は脇にどけて、誰も追い付けない、影も踏めない、ただシンプルに速くて強い。ウマ娘なら誰もが本能的に望む理想、いや夢のような勝ち方。

 

 それを見て、エルコンドルパサーは折れた。

 

 サイレンススズカの走りに憧れるでも、奮起するでもなく、恐れ戦き衝動的にレース場から逃げ出した。

 あの背中には追い付けないと思ってしまった。

 さらに、そんな彼女でも『絶対』ではない事実が更に絶望を深める。

 

 

「……最強は、エルじゃ……ない。エルじゃ……最強に……なれない……ヒック……グスッ……それならアタシは……私は……」

 

 

 涙と共に弱気な本音が漏れた。

 覆面レスラーの父から貰ったマスク。それをしている間は『最強無敵』のエルコンドルパサーだと決めていたのがひび割れ………。

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 

 ぴとっ。

 

 

「……いい…ハァ……トモをして……ハァ……いるな」

「ひっ!?」

 

 

 スリスリ。フニフニ。ハァハァ。

 

 

「……世界最強を証明するっていうビッグマウスもこれなら頷ける。バネのように跳ね……いや、翔ぶようにターフを駆ける姿が目に浮かぶ。おハナさんのとこのグラスワンダーにだって負けちゃいない……が、かなり疲労が溜まってるみたいだな。色んなトレーナーからメニューを提供させてトレーニングしてるって噂は聞いていたが」

「きゃああああああああっ!!??」

「げふっ!?」

 

 

 足元にぬっと現れ脚を撫で回してコメントしてきた変態を反射的に蹴り飛ばす。

 

 

「な、なな、なんなんですかッ!? 変態さんですか!? 通報しますよ!? 覚悟の準備をしておいてください!!」

「…………」

「あ、あれ? あっ……」

 

 

 反応が返ってこず、自分の蹴りが相手の顔面を捉えていた事に気付いたエルコンドルパサーは焦りから冷や汗を垂らす。

 時速60キロ以上で走るウマ娘の蹴りをまともにくらって無事な筈が無い。落ち込んでる所に変態の襲来と泣きっ面に蜂だが、素直で健気な性根の彼女は少し腰を引きながら、一蹴されて大の字で倒れる変態に近寄る。

 

 

「その……大丈夫ですか? 生きてます……よね」

「う、うーん、久々だなぁ……いい蹴りだ。目が覚めるぜ」

「いや気絶してませんでした!?」

 

 

 変態は鼻血を拭いながらどこか清々しい表情で起き上がり、エルコンドルパサーはウマ娘の脚力を発揮して飛び退く。

 

 

「おいおい、そんな警戒しないでくれ」

「ムリです」

「ほらこれトレーナーバッジ。もう安心だろ?」

「それなら……いやいやいや、無断で触るのはトレーナーさんでもダメです!! 変態ですか!? 変態ですね!!」

「心外だなあ。トレーナーなら、いいトモを持つウマ娘を見掛けたらむしゃぶりつきたくなるもんだぞ」

「そんな人あなたしかいませんよ……」

 

 

 エルコンドルパサーはそう言ってため息を吐くと、キッと目を細めて男を睨む。

 

 

「それで、トレーナーさんが私なんかに何の用ですか」

「泣きそうな顔で走り出したウマ娘を追い掛けるのは男としても、トレーナーとしても当たり前だろ? 中継見てるからってタクシー拒否られたのは参ったが」

 

 

 そう言われ、目の前の男が息を荒くしていたのがレース場からここまで走って追い掛けてきたからだということに気付く。

 

 

「ジャパンカップ……見てた……ですよね」

「……ああ。凄いレースだったな。誰も追い付けない。影を踏ませず、並ぶことすら出来やしない。そんな走りだった。で? お前さんはどうする? トレーニングはやめとけよ? そろそろ休んだ方がいいからな」

「どうする? ……何を……するっていうんですか」

 

 

 棒付き飴を咥えたトレーナーの言葉に、胸の奥から熱い何かが溢れてくるのをどこか冷静な自分が感じた。

 

 

「私はスズカ先輩に追い付けない!! 最強じゃない!! そんな私が何をするっていうんですかッ!?」

 

 

 マスクをしている自分は最強最速無敵のウマ娘の筈なのに、涙は止めどなく溢れ叫びが人気の無いグラウンドに響く。

 

 世界最強を証明する。覆面レスラーの父親のように、最強無敵で人々を楽しませ幸せを与えるウマ娘になる。その為にアメリカから日本に渡り、このトレセン学園で学んでいる。

 弱気で泣き虫でいじけ虫な自分をマスクで覆い隠して。

 だが、現実を知ってしまった。自分よりも速く、強い、この手が、翼が届かないウマ娘は居るのだと。自分は最強なんかじゃないと。

 

 

「最強、最速、無敵のエルコンドルパサーは、どこにもいなかったんです」

 

 

 エルコンドルパサーは目元を覆うマスクに触れ、外した。

 俯いて、手の中にあるマスクに視線を向ける。

 

 

「……私は弱気で、泣き虫で、いじけ虫です。そんな自分を変えたくて、このマスクをつけている時だけは最強無敵、明るくて前向きな才能と自信溢れたウマ娘……そうやって周りに嘘をつき続けてきました。それなのに、私は……」

「その嘘ってのは、本当に嘘だったのか?」

「え?」

 

 

 エルコンドルパサーは男の言葉に顔を上げた。

 

 

「なるほど、素のお前さんはメンタルクソ雑魚ナメクジなポニーちゃんなんだろうさ」

「言い方ッ!!」

「なら、世界最強を証明するっていう宣言は嘘だったのか? その向こうにある夢も嘘なのか?」

「ッ……嘘じゃないッ!! 私はパパみたいに皆を楽しませる、最高のウマ娘に……でもッ!!」

 

 

 抱く想いに嘘はない。

 だが、その為には『最強のエルコンドルパサー』でなければならない。

 そして、その『最強』はサイレンススズカの走りを前に崩れ落ちた。

 だとしたら、最強じゃない自分がその夢を成せるのか?

 

 

「エルには、最強じゃない私には……ムリ、なんです」

 

 

 自分を信じること。

 自信。それが彼女には無かった。

 

 

「……そうだな。今のお前さんは最強とはとてもじゃないが言えない」

 

 

 男は「正直言うと」と頬を掻く。

 

 

「お前なら最強になれるぞ!! ってカッコ良く言いたかったんだけどな、サイレンススズカも、その世代も、グラスワンダー達お前さんの同期もかなりの粒揃い。『絶対』になれるなんて断言は無理だ」

「……カッコ悪いですね」

「うぐっ……でもな、エルコンドルパサー。お前はもっと強くなれる。もっと速くなれる。もっと……そう、高く、高く翔べる。あの壁を、サイレンススズカを、他の連中だって飛び越して世界に羽ばたける。俺はそう思う」

「…………」

「それに、エルコンドルパサーは最強じゃない。最強になれるかも分からない。だけど、お前の走りが、羽ばたきが、観客に与えるものは確かにある」

「……私が……最強じゃないエルが、皆に」

 

 

 そう呟いてエルコンドルパサーは男の顔を、そしてグラウンドに目を向けた。

 日が沈みつつある夕焼けの空。緑のターフに観客席。その景色に大舞台で歓声を浴びて走る自分を重ねる。

 

 だが、サイレンススズカが唯一抜きん出てゴール板を駆け抜けていた。

 

 

「負けたか」

「ッ!! ……はい」

 

 

 想像のレースの結果を男が言い当ててくる。

 いや、無意識に拳を強く強く握り締め、歯をギリッと食いしばっていた。

 悔しい。

 マスクを被った最強のエルコンドルパサーは関係無い。ただの一人のウマ娘として、彼女に負ける事が悔しい。

 

 

「なんだ、諦めてなんか全然ないじゃないか」

「……あ」

 

 

 男に言われて気付く。

 最強になれないと、夢を叶えることは無理だと絶望していた筈だ。いや、今だって想像の中ですら敗北したのだから、立ち直った訳ではないのだろう。

 しかし、もっと本能的な部分。目標だとか夢だとかそういったものを捨て去ったところで、彼女はサイレンススズカに負ける事を悔しいと思っていた。

 

 勝ちたいと、願っている。

 

 

「俺は沖野。スピカってチームのトレーナーをしてる。エルコンドルパサー、俺は君をスカウトしたい」

「沖野……トレーナー」

「色々言ったが、俺はウマ娘には『好きに』走って貰いたい。……お前さんはどうしたい?」

 

 

 男、沖野の瞳が真っ直ぐエルコンドルパサーを見据える。

 エルコンドルパサーは涙を拭いしっかり見つめ返す。

 

 

「私は……走りたい……勝ちたいです。スズカ先輩に、グラスに、他の皆に」

 

 

 手の中にあるマスクを握り締める。

 

 

「私は……最強でも最速でも無敵でもなんでもない……ただのエルコンドルパサーです」

「ああ」

「そして、このマスクを被った私は……」

 

 

 最強無敵のエルコンドルパサーはもう居ない。

 弱気で泣き虫でいじけ虫なエルコンドルパサーも居ない。

 ここに居るのは、

 

 

「目指すは日本! いや世界最強!! 不屈のチャレンジャーッ!! 覆面ウマ娘、エルコンドルパサーッ!! どんな壁だって飛び越えて、羽ばたく姿はコンドルの如しッッデースッッッッ!!!!」

 

 

 不撓不屈の挑戦者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスクしてる時は片言キャラなんだな」

「台無しデス!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




サブタイ、いいのが思い浮かばんかった。(センス×)


 グラスライバルとの激闘も応援してくれるファンの存在も無いデビュー前のエルは、折れても『最強無敵のエルコンドルパサー』を演じ続ける事は出来ないんじゃないかという作者の勝手な妄想により『挑戦者』にジョブチェンジ。
 だから毎日王冠や秋天に出るんですね(後付け設定)


 沖野Tはエルに対して「日本一のチームを作る」という夢を実現できると感じた訳では無く、壁(B70)にぶつかってもなお『夢』を目指し、故に『自分が最強でない事実』に絶望したエルコンドルパサーを支えたいと思ってスカウトしたという事で……勿論才能も見込んではいるんだけども……なんか拗らせてるなあ。

 壁(B70)が断崖絶壁過ぎるからやねつまりデイカスのせいやぞギルティ。

 まあ、沖野Tの本質的な部分は変わってないからスピカはスズカとエル以外はアニメ通りでいきます!!(鋼の意志) これ以上要素入れるとタヒぬ(本音)


 次はデイカス視点からでサクサク物語を進める予定。


 あ、感想は全部目を通してるので貰うとモチベが上がります(なお執筆速度)

 あとUAが50万、投票者が400人超えてた……やっぱ曇らせは叡智を封印された俺らの性癖に差さるんやなって。カサマツ√も好評みたいで嬉しい。かつてここまで死が望まれた主人公はいただろうか。(Nice boat.)


 ではまた次回!!



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第17R キテル… / 金の杯と宿命のライバル




 因子厳選を始めてみたんですが心折れたので初投稿です。
 B4C1の時に必ずCのステが青因子になるこの現象はなんぞ? 赤白めっちゃいい青因子★1テイオーがいっぱい……チカレタ……


 今回からSide:○○○は基本的にそのキャラ視点の一人称にしてみます。カサマツの時にやってみて書きやすかったので。

 デイカス視点はテンポ重視で日記風な書き方で。こんなスッカスカな思考してるのが周りから見ると……ねえ?

 あと、今回グラスさんの性格が崩壊してますがユルシテ……




Side:オリ主

 

 

 

 バッチグーな加入ポスターと遭遇した日の昼休み。偶然食堂で出くわしたゴルシにポスターを見たと話題を振りつつスピカについて訊ねた所、なんとエルコンドルパサーが加入している事が判明した。

 

 

 

 なんで????????

 

 いや待って?????? 君はリギルでは??????

 

 

 

 そんな感じで最初は訳が分からず混乱したが、落ち着いて考えてみれば好都合な部分のある状況だ。

 

 当初、グラスペを成す為にはスズカを秋天で何事もなく勝利させてスペにとっての憧れのままアメリカ遠征でフェードアウトしてもらい、その間にグラスペがライバル関係からより進む……という流れだった。

 私がスペ達のひとつ上、スズカと同い年というのは誤算だったが、彼女とルームメイトになったことでスズスペの同室は防げたし、今のスズカの状況的にリギルからの移籍はまず無くスピカでの先輩後輩関係も無い。

 それに、エルがスピカに加入したということは、アニメでエルに続いて2着だったスペがリギルの入部テストに合格できるという事になる。

 つまりグラスペがチームメイト。あとエルグラの絡みも減る。ベストはグラスペで部屋が一緒になる事だけどグラスの同室はエルらしいから残念。

 

 しかし勝ったなガハハ。風呂入って田んぼの様子見てくる。ここは俺に任せて先に行け花束も買ってあったりして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 今のリギルは定員を満たしているからな。来年は入部テストをするつもりはないが……どうかしたか」

 

 

 はい。

 

 ウキウキして予定を訊ねたらおハナさん曰く入部テストは無いらしい。リギル所属スペシャルウィークの夢は露と消え……定員? ……あれ? 自分は?

 

 あの時は先にスズカが、入部テストでグラスが、私は沖野Tの推薦? で加入して……しかもリギルのメンバーが誰かしらアニメから欠けているわけでもなく、あの入部テストがスズカの移籍による欠員を埋めるものだとすると、現状で既に定員+1の状況なんだが。

 それならもう一人くらい増えても……ばれへんか。

 

 

「この定員は学園からチームの実績やトレーナーの能力などを考慮して割り当てられる枠だ。……お前に関しては多少強引な手を使ったが」

 

 

 何したんですか??????

 

 まあそれはそれとして、この制度はトレーナーが管理能力を超える数のウマ娘を抱えて結果両者が不幸になる事が無いように……って感じの意図があるんだろうか。あとはパワーバランスの一極化の防止とか?

 チーム設立のボーダーが5人で、おハナさんみたいなトップトレーナーが定員10人って少なくない? いや、おハナさんは一人一人の能力や成長に合わせて徹底的に管理する手法だから時間リソースの限界がその辺りなのか? 知らんけど。

 

 トゥインクルシリーズというエンターテイメントやウマ娘の事を考えれば必要だろうけども、グラスペを目指す自分にとっては都合が悪い。

 

 

「もしも有望な娘がいた場合スカウトの可能性はありますか? 定員はどうにかするとして」

「……可能性は無いわけではない。だが、来年はお前達3人はシニア、グラスがクラシック、オペラオーもデビューが控えている」

 

 

 余程の有望株でない限りスカウトは無い、と。

 スペは有望株ではあるけども、編入時点ではグラスやエルとは一歩劣るからなあ。どうだろうか。

 

 それに、そもそも入部テストが無いからスペの実力が見れないという問題がある。

 

 選抜レースは時期的に微妙だ。スペはスピカに加入して一週間後にはクラシックのデビュー戦。弥生賞と皐月賞もある。間に合わないだろう。

 

 ……リギル、私が抜ければ枠空いてテストやるか?

 

 いや、イレギュラーというかイリーガルな形で加入したらしい私が抜けたとして枠がそのままになる保証は無いし、間近でスズカとグラスの様子を確認できる今の状況を手放すのは惜しい。あと、リギルを抜けた後のチームやらトレーナーやらをどうするかという問題もある。私のリギル脱退、スペのリギル加入は今のところ現実的ではない。

 

 スペが編入してすぐスピカ加入前に模擬レースを吹っ掛けるのは……やめておこう。グラスペに不純物の私は不要だ。スペとの接触は最小限にしよう。

 

 

 おっと、スピカに加入したエルコンドルパサーについてだった。

 

 幸い、エルはスペとの絡みが少ないウマ娘だ。

 レースでの対戦はWDTを除けば日本ダービーと同じ年のジャパンカップの二戦。さらにその後はスズカと同様に海外遠征がある。

 来年のクラシックが終わればヨーロッパに行き暫くそのまま。その間にグラスペは例の宝塚記念がある。

 例えスピカに加入していてもスペへの影響が小さい。フラグは立つがそれを自ら遠征で折ってくれる。

 

 ただ、グラスとの関係がどうなるのかは未知数だ。同室でクラスメートでチームは別の同世代のウマ娘。アニメよりもライバル意識が高まるかもしれない。グラスの一番(のライバル)はスペでなければ……。

 

 油断は出来ないが、強引に状況をねじ曲げる必要は無さそうだ。スズカが原作ブレイクしててどうなるか分からなかった沖野Tの再起とスピカ再始動もエルがこなしてくれたし、グラスペの流れ……キテルのでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バレンタインステークスには私もスズカも出走しないらしい。

 アニメ1話の印象的なシーンだが、グラスペを考えると余計なイベントなので回避策を考えようと予定をおハナさんに訊ねたところ、

 

 

「は? バレンタインステークス? 何でわざわざ……スズカも貴女も適性外でしょう」

 

 

 とのこと。

 スズカが走ったということはマイルか中距離のレースの筈だが短距離になっていた。

 

 やっぱりアニメと若干違うところがあるんだよな。ま、いいか。

 

 スペは上京してすぐレース場に行き、そこでスズカの走りに憧れる場面だったけど、スズスペフラグだし無視していいだろう。

 原作ブレイクは今さらよ。チームも別だし、入部テスト無いし。

 

 ファンとしては現地であの変態的運命の出会いを見たいところだけど、不測の事態を避けるためにも学園で大人しくトレーニングしてよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラスは朝日杯FSをレコードで勝利し無敗の四連勝。ジュニア王者になった。やばい。

 

 アニメだとスペの編入時点で既に故障していたが今のところその兆候は見られない。私の復帰戦直前の検査におハナさんが彼女を同行させたけど特に異常は無いらしい。

 

 おハナさんとしては慎重に様子を見ながら皐月賞に向けて調整していくとの事。なんか視線がこっち向いてるような……流石にもう怪我はしませんってグラスペに必要なければ。

 

 本来のグラスの復帰戦はスズカ、エルと走った毎日王冠。このまま故障が無い場合は……クラシックでグラスペ対決になるからむしろいいか?

 

 あと、朝日杯FSを勝ってからグラスは『マルゼンスキーの再来』『怪物二世』などと世間で言われるようになった。

 何故そうなったかと言うと、マルゼン姐さんが過去に朝日杯FSで無敗の四連勝かつレコードを出したからだろう。

 マルゼン姐さんは既にトゥインクルシリーズから移籍しているから二人の対決はWDTまで見れないけど。

 

 グラスは「光栄です~」と背景にタンポポが咲いてそうなポワポワした笑顔で気にしていない様子……いや蒼い闘志燃えてるわ。

 アニメだとスペへの執着が強いヤンデレキャラっぽい描き方になっていたけど、こっちのグラスは『武士』な感じでそれもまたよし。

 

 あと、年明けの復帰戦は勝った。自分には黒い稲妻って異名があるっぽいが……背中が痒い。

 

 ただ、スズカやグラス、おハナさん、リギルの皆が私なんかのために喜んでくれているのを見ると……うん、悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:グラスワンダー

 

 

 

 トゥデイさんの復帰戦、中山金杯の応援にわたしは、いや、リギルのメンバー全員が駆けつけました。

 既にパドックでのお披露目を終えゲートインを待っている状態です。

 

 

「オー、ホントに小さいデスねー」

 

 

 わたしの隣にはルームメイトのエルがいます。

 去年のジャパンカップの後にチームスピカに加入した彼女は、わたしがトゥデイさんの復帰戦の応援に行くことを話すと「エルも行きマース!」とついて来ました。

 何があったのかは聞いていませんが、チーム加入のタイミングや普段の言動の変化から察することは出来ます。

 

 

 サイレンススズカのライバル、トゥデイグッドデイ。

 

 

 勿論、世間からすれば二人の対決は去年の弥生賞での一度きりで結果は1着と5着。スズカさんはクラシック2冠でジャパンカップを勝利した異次元の逃亡者。そのライバルの一人がトゥデイさんだとは見られないでしょう。

 けれど、学園での二人の姿を知っているわたし達からすると、二人は間違いなくライバルです。それも一方的なものではない。互いが互いを意識しあって切磋琢磨し高めあう。そんな関係。

 ことレースにおいて今はスズカさんの方が先を行きますが、それに追いすがるトゥデイさんの姿はきっと、エルに何かをもたらしてくれると思います。

 

 

<ファンファーレ鳴り響く中山レース場。第11レース中山金杯。天候は生憎の曇り空。芝は稍重の発表です>

<雲行きは怪しいですが、天気持ってほしいですね>

 

 

 トゥデイさんは4枠7番。故障明け故に実力は不安視されつつも、復帰戦という点から応援票が集まり4番人気に推されています。

 

 

<今回注目されているのはこのウマ娘、4枠7番、トゥデイグッドデイ。前走の青葉賞ではレコードに迫る勝利を飾っています。以降レースから遠ざかっていましたが、この中山の地で復活なるか>

<いい仕上がりですね。情報では秋頃には復帰可能なレベルで回復しており、今まで慎重に仕上げてきたとの事。これは期待できそうですよ>

 

 

 怪我は随分前に完治していて、レースに何の問題もないことはチームメイトで一緒にトレーニングしてきたわたし達は当然分かっていますが、それでも仲間の復帰戦となれば見届けたいと思うのは当然です。

 

 

「皇帝、女帝、スーパーカー、異次元の逃亡者、やべえよやべえよ」

「何でリギルのウマ娘達がG3のレースに総出で……?」

「あ゛あ゛!? この野郎トゥデイちゃんがリギル所属だって知らねえのか!?」

「落ち着け」

 

 

 普段は屋根のある席での観戦ですが、今日はトゥデイさんのゴールを間近で見届けようとゴール板近くの最前列に皆で並んでいます。ただ、トレセン学園最強と言われ注目されるリギルを間近にした周りの方々は落ち着かない様子です。

 

 

「トゥデイ……」

 

 

 胸の前で拳をぎゅっと握りしめるスズカさん。

 疲労から有マ記念への出走は見送りましたがファン投票では堂々の1位。まさしく今の日本を代表するウマ娘です。世間の一部からは海外遠征があるのではと噂されていますが、意外と寂しがり屋で繊細な性格なので厳しいのではと思います。

 

 

 それは置いておいて。

 

 

<来る来る来る来た来た躱し並ばない差し切ったッッ!!!! 怪我を乗り越えトゥデイグッドデイ1着でゴールイン!! これが黒い稲妻だッ!! 完全復活復帰戦重賞勝利ッッ!!!!>

 

 

 中山金杯をトゥデイさんは勝利で終えました。

 

 昨日の雨で稍重の芝。中山金杯より前に行われていたレースにより内回りの芝は荒れに荒れていました。

 当然、荒れたコースを走れば足を取られ失速したり最悪転倒の可能性があります。それを懸念してかどのウマ娘も内ラチは避けて外に膨らみつつのコーナリングでした。

 

 しかし、トゥデイさんはそれを逆手に取りました。

 

 レース終盤まで中団後方につけ、最終コーナーあたりから内ラチギリギリを進みます。そのまま最短距離でスパートをかけ外を回って先行していたウマ娘達をコーナーから直線にかけてごぼう抜きし、1バ身差での1着。

 トゥデイさんの軽い身体と、一歩一歩が細かく速いピッチ走法なので芝に脚を取られての失速が殆どない事が勝因でしょうか。

 

 青葉賞の時のような稲妻を思わせる暴力的な加速ではありませんが、それでも一人二人と前を行くウマ娘たちを追い抜いていくその姿に観客も、わたし達も手に汗握り声を張り上げ大興奮です。

 

 今年からわたしもクラシック。どこかでトゥデイさん達と一緒に走る機会があるかもしれませんね。

 そうやって未来に思いを馳せていると、

 

 

「トゥデイ!!」

「ファッ!? スズカ!?」

 

 

 着順を眺めていたトゥデイさんに観客席から飛び出したスズカさんが抱き着きます。

 

 だ、大胆ですね。カメラ入ってますし全国中継されているのですが……気持ちが溢れて抑えきれなかった感じでしょうか。前の病院でもそうでしたね。これには鯖が落ちて薄い本は厚く……いえ、何でもありません。コンプライアンスは遵守しましょうね?

 

 

「おめでとう……それとお帰りなさい、トゥデイ」

「ただいま……ありがとう、スズカ」

 

 

 トゥデイさんは顔を真っ赤にしてオロオロしていましたが、ふっと息を吐いてスズカさんの背中と頭を撫でながら笑顔を浮かべます。

 あの小さな身体からは想像できない包容力……う、うらやま……ご、ごほん。

 

 ふと、エルが先ほどから静かなことに気付きました。普段は少々騒がし……賑やかなのですが。

 そう思い顔を向けると、エルはその青い瞳に炎を灯してターフで抱き合う二人を見詰めています。

 

 

「エル? あら……」

 

 

 こちらの声にも気付かない程に集中している彼女の魂は、きっとスズカさん、トゥデイさんと一緒に今のレースを駆けているのでしょう。

 エルはもっと速くなる。もっと強くなる。

 赤い勝負服を身に纏った彼女とレースで競い合う風景が浮かびます。ふふっ……楽しみです。

 

 

 

 

 さて、次はウイニングライブですね。半年ぶりのトゥデイさんのセンター。

 サイリウム、ハチマキ、法被…etc. 準備万端です。

 すると、同じ格好のスズカさんがやってきました。

 

 

「トゥデイのライブね……どこで応援する? 私も同行するわ」

「スズカ院……いえスズカさん」

「いや普通に応援しまショウ!? あとそのやり取りは何デスか!?」

「リギルのイメージをぶち壊すな」

 

 

 エルに見咎められトレーナーさんにグッズを没収されてしまいました。とほほ……です。

 ですが、見知らぬウマ娘の方から「こここここここれ良かったらどうじょ!!」とサイリウムを譲って頂き、一緒に最前列で声を張り上げ腕を振り上げて応援しました。感謝ですね。

 

 わたし達に気付いて気恥ずかしそうに、それでいて嬉し気に表情を緩めるトゥデイさんはかわいかったです(小並感)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして2月。

 スズカさんとトゥデイさんが3月の金鯱賞に向けて調整を進めている最中、わたしのクラスに新たなウマ娘が加わることになりました。

 

 

「今日からこのクラスに入るスペシャルウィークって言いまっ…ふぁ…あっ…ゔぇッ!?」

 

 

 ビターンッ!!

 

 

 と教室の床に張り付くように倒れた彼女はスペシャルウィーク。北海道からの編入生らしく、個人的に北海道に思い入れのあるわたしはスペちゃんにシンパシーを感じてしまいます。

 

 

「ふゥーん……スペちゃん、負けませんよ」

「えっ? あ、はい」

 

 

 エルは早速ライバル視しています。何となく「走りそう」だと感じたんでしょう。それはわたしやセイちゃん、キングちゃん達も同様です。ウララちゃんは……友達が増えて楽しそうですね。

 

 

 場所は変わり食堂。

 エル、セイちゃんと一緒にスペちゃんのデカ盛りに少々引きながらも話は進み、チームについての話題になりました。

 

 

「チーム、ですか?」

「はい、トゥインクルシリーズに出走するにはトレーナーから指導を受ける必要があって、その為にはチームに加入するのが一般的ですね」

 

 

 トレーナーからマンツーマンで指導を受ける方もいらっしゃるようですが、新人トレーナーがメイクデビューより前の選抜レースでスカウトをするケースが多いようです。

 スペちゃんは編入したばかりで実感が湧いていないのか視線を彷徨わせた後、「あっ!!」と声を上げます。

 

 

 

「わたし、トゥデイグッドデイさんと同じチームで走ってみたいです!!」

 

 

 

 なるほど。トゥデイグッドデイさんと同じチームで……。

 

 あら? どこかで聞き覚えがあるような……。

 

 

「グラス……ちゃん?」

「グラス、グラァァァス?」

「ダメだよースペちゃん。この子にいきなりトゥデイ先輩の話題振るのはご法度なんだから」

「ええっ!? そうなんですか!?」

「そうそ」

 

 

 ドムッ!!

 

 

「ぐえ」

 

 

 セイちゃんはわたしを一体なんだと思っているんですか? スペちゃんに誤解されてしまいます。

 

 

「いえいえ~、その方がわたしと同じチームの先輩だったので驚いて~」

「そ、そうなんですか!? グラスちゃんと同じ!?」

 

 

 目を輝かせるスペちゃん。ウララちゃんに似た純粋さを感じます。

 

 

「はい~……ただ、わたし達のチーム、リギルは既に定員いっぱいで暫く新規加入は受け付けないそうですよ」

「そうなんだ……」

 

 

 (´・ω・`)ショボーン という表現がぴったりな様子のスペちゃん。少し申し訳ないですね。

 

 

「あ!! それならアタシのチームはどうデスか? 絶賛募集中デース!!」

「エルちゃんのチーム?」

「ハイ!! スピカって言いマース!! 放課後、一緒にどうデスか?」

「一緒に……うん……うんっ!! 行く! 行くよ!!」

「ブエノ!! 楽しみにしていてくだサーイ。にししっ」

「楽しみ……?」

 

 

 

 

 ……本当に、申し訳ないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウオッカ! スカーレット! エル! やっておしまい!!」

「名前を言ったら変装の意味がな……アーッ!!」

 

 

 放課後。ズタ袋で拉致されたであろうスペちゃんの悲鳴が響き、わたしは罪を噛み締めるのでした。

 

 

 

 ……そういえば、トゥデイさんとスペちゃんはどこで知り合ったんでしょうか。

 

 

 

 

 







 デイカスメインのレース描写なんて最期だけで十分やろ(ワイトもそう思います)

 前日が雨で芝が稍重で内が荒れてて後方からのレースの時にオリ主はゴルシワープをさせとくと劇的な勝利っぽく見える。実際の競馬だと稀なんでしょうけど。


 スペちゃんの憧れが……またガバってるよこいつ。
 定員のくだりはオリ設定です。スズカの回想シーンだと会長達以外のモブウマ娘も所属してそうでしたが……ま、エアロ。

 ウマ本だと、グラスの朝日杯FSの次走はNHKマイルCでその次は海外とあるんですが……この世界のグラスはアプリ版に近いので普通にクラシック三冠ルートです。ここでグラス海外行ったら……それもそれで面白そうやな。タイキも98年の夏はフランス行ってますし。IF編のネタとしてメモっとこ。



 本編には関係ないですが……アニメの時間軸について。

 アニメ一期時点で三冠馬のナリタブライアン。(まあいいか)
 二期でトウカイテイオーよりも後にBNWとしてクラシックを戦いシニアの有馬で激突した姉ビワハヤヒデ。(姉とは…? まあデビュー時期遅らせればいい…か?)
 ナリブと史実ライバル関係でテイオーと恐らく同学年のマヤノトップガン(阪神大賞典は? 何歳の時にデビューしたん?????)

 このあたりちょっともやっとする。いやウマ娘世界で全員の時系列を矛盾なく纏めるのは無理なのは分かっているけども。マヤノだってナリブとの対決が無かったことにすればいいだけだし。ただ、ナリブとバナナ先輩の姉妹設定を出すならちゃんとして欲しかった……。

 この時空のねじれの原因は一期でテイマクを後輩設定でスピカに突っ込んだからか……? アニメではオグリ達みたいにほぼ引退した先輩として描くのが無難だったよなあ……二期は過去編な感じで。そうするとテイオーが高等部であの性格に……いやチケゾーとかいるし……しっとりテイオー精神年齢高いし……。

 まあデイカスは二期には生けないから放置!! どん!!

 アニメ三期はキタサト。別枠四クール全52話でシングレ。Youtubeでうまよん二期。劇場版はアプリストーリー各章でCygamesさんお願いします。なんでもしまむら西松屋タマモクロスをどうぞ。


 競馬なーコロナ収束したら行きたいなー有馬とかどうかなー無理かなー中山まで行くのは厳しいから東京大賞典とかもいいかもなー


 ではまた~。


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第18R I've never felt like this.

 お久しぶりです(小声)

 生存報告と宣伝はこっちでやったほうが良いと思い初投稿です(恥知らず)

 サブタイはうまぴょいの一部をDeepLにかけました。英語にするとカッコよさと意味深さが出るよね。そんなもの本文には無いんですが。





Side:スペシャルウィーク

 

 

 

 

 わたしは走ることが大好きで、レースを見ることも好きです。だから新聞でトゥインクルシリーズの記事を読んだり、テレビで中継をしている時はそれを見たりしてました。ただ、レースの駆け引きやルール、走っているウマ娘さんとかにはあまり詳しくない、観る専? です。

 

 トゥデイさんを知ったのは去年の春頃の事でした。

 

 弥生賞。

 その日は、牧場の手伝いの休憩中にテレビをつけてトゥインクルシリーズの中継を見ていました。

 

 ファンファーレ、そして実況の人の声。

 

 最初はゲートの中に「すごい小さな子がいる」と気になって目で追いかけたんです。

 長い黒鹿毛。エキゾチックな褐色の肌。金色の瞳は眠たそうにも、闘志を抑えているようにも見える不思議な輝きを放っていました。

 レースが始まってからは、その小さな身体で他の大きな――と言ってもわたしと大差ない普通の体格の――ウマ娘達と競り合いながら走る姿に思わず「頑張れ」と声を送っていました。

 

 別に劇的なドラマがあったわけじゃないんです。

 レース自体も、サイレンススズカさんという栗毛のキレイな人が逃げているのを追う展開で、トゥデイさんは最終直線でスパートをかけるも前を躱せずに5着でしたし。

 

 ただ、何なんでしょう。運命的な何かを感じた……って言うんでしょうか。こう、目を離してはいけないような……そんな気がしたんです。

 

 それと、自分がステージに立てなかったウイニングライブを観客席の最前列で応援する彼女の写真も新聞に載っていてすごく印象的でした。

 

 それからわたしは、新聞やテレビで彼女の名前を探すようになりました。

 

 

 青葉賞はほんっとうにドキドキするレースでした!!

 

 最終コーナーを抜けて最終直線というところで、少しバラけたバ群の僅かな隙間を突いて駆け抜けた黒い影。

 先頭に躍り出てそのままゴールしたときは興奮から思わず声を上げて、電話中だったお母ちゃんに叱られちゃいました。

 

 そうしたら翌日、故障のニュースがあって……応援のファンレターを書こうと思って便箋とペンを用意しても、何を書けばいいのか分からなくて結局出せずじまいでした。

 

 それから療養に入ったという記事が出て、メディアによって復帰は冬以降、年明け、春頃と時期がバラバラなので、とにかく毎週新聞の出走表をチェックして名前を探しました。

 

 競走ウマ娘は故障するとそのまま引退してしまって表舞台に出てこないということもあるらしいですが、その点トゥデイさんはあのサイレンススズカさんとよく一緒に写真に写っていたので安心しました。談笑していたりトレーニングしてる所の後ろに小さく映り込んでいたり。

 

 

 

 ある日、お母ちゃんがトレセン学園への編入試験の願書を出してくれました。

 

 編入試験の会場は平日の札幌レース場で、わたし以外にも何十人もウマ娘がいて、初めての事ばかりで緊張しっぱなしでした。

 学科試験に身体測定。模擬レースに面接等々。緊張で頭が真っ白になっている内にいつの間にか終わっていて、何一つ上手くできている気の無かったわたしは「おわった……」と燃え尽きました。

 

 でも、なんと合格していたんです!!

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、つまりトゥデイさんのいる学校に!!!!

 

 尾花栗毛で背に白い翼をもつという伝説のウマ娘、ペガサスになって宙を舞っているかのような気分でした。

 

 

 そして、復帰戦の中山金杯。

 

 新聞に名前を見つけた時は大興奮でした。

 現地で応援したかったんですが、その時はトレセン学園の試験勉強が大詰めでムリでした。無念です。

 

 中継はハラハラしながら観ていました。

 故障がどうなっているのかは画面越しには分かりませんし、あの小さい身体です。周りの人と強く接触したらどうなるか……とにかく無事に走りきって欲しいと天国のお母ちゃんに祈っていました。

 

 でも、そんなわたしの心配は杞憂でした。

 

 最終コーナーから内ラチを一人ピッタリと沿うように走り、直線に入った頃には後ろの方から先頭あたりまで追い上げていました。

 映像を見ている自分でも芝が荒れているのが分かるほどで、もしわたしが同じことをしたら芝を踏み込めずに滑って失速するか、最悪そのまま転倒していたでしょう。興奮とは別でドキドキしました。

 

 そのままトゥデイさんは更に順位を上げ復帰戦を勝利。

 

 わたしは喜びのあまり湯呑みを手に持ったまま万歳してしまい、放物線を描いたそれはお母ちゃんの頭にホールインワン……幸い、冷めていたので火傷になりませんでしたが晩ごはん抜きは辛かったです。そば殻の枕にヨダレが出たのは初めての経験でした。

 

 

 

 

「だから、わたしは直接会ったこととかは無いんです。昨日はそれどころじゃなかったですし」

 

 

 チームスピカに拉致……いえ加入して翌日のお昼。エルちゃん達との雑談の中でわたしとトゥデイさんについての話になりました。

 

 

「なるほどぉ。スペちゃんはトゥデイ先輩の生粋のファンなんデスね!!」

 

 

 隣に座るエルちゃんの反応にわたしは少し困りました。

 ファンなのは確かですが、ライブを直接見たことも無ければグッズも持っていませんし、頷いていいのか分からなかったからです。

 

 

「スペちゃん」

「は、はい、グラスちゃん」

「わたしたち、ズッ友ですよ」

「え? あ、う、うん!!」

 

 

 ただ、同じチームに所属していて彼女を慕っているグラスちゃんからはなんと言うか仲間判定? して貰えたみたいです。

 あっ、手やわらか……じゃなくて視線の圧と熱がスゴいです。これがジュニアチャンピオンの気迫……ッ!!

 

 

「なんかグラス俗っぽくなってない?」

「掲示板やウマッター上でその……トゥデイ先輩のアンチと裏アカでやりあっているという噂もあるのだけど」

「ノーコメントデース」

 

 

 セイちゃんやキングちゃんが何か話してますが……そういえば『ずっとも』ってなんなんでしょう? レース用語?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 スペシャルウィークが編入してきた。

 

 食堂でグラス達と一緒にいたのは遠目に確認してるし、編入初日にはエル加入スピカに無事に拉致されたようだ。カイチョーとパイセンが謎の芦毛ウマ娘による拉致被害とその注意喚起について話してたから確定だろう。

 ただ、それよりもあの犬神家な謎ポスターを撤去した方がいいのでは? 学校見学に来るウマ娘とか普通に通りますよあそこ。

 ……いやどっちもヤバイわ。学園内で拉致されるってどんな状況だ。

 

 それは兎も角グラスぺだ。

 食堂はウマ娘たちで賑わっている上に万が一にも会話が発生しないよう距離をとってるから何話してるのか分からないけど、さっき仲良く手を繋いでいたしもうこれはゴールインでは? 審議の余地無く順位確定してるでしょ。

 

 

 グラスぺは成った!! 第三部、完ッ!!

 

 

 …………本当に?

 

 

 ……いいやッ!! まだだッッ!!!!

 

 

 やっぱり私は二人の対決、そのグラスぺが見たい!!

 

 アニメと違い怪我の無いフルアーマーグラスなら有記念や宝塚記念以外にも、皐月ダービー菊花のクラシック三冠にジャパンカップとスペとG1の舞台でぶつかる機会は今年の一年間だけでもかなりある。

 特に、アニメだとエルとの一騎討ちだったダービーにグラスが加わるのを期待したい。

 やはりダービーという一生に一度きりの大舞台。そこで死力を尽くして競いあったライバルというのは特別な筈だ。

 

 さて、そのスペのデビュー戦はスピカ加入の翌週。今週末の土日どちらかのそれに勝利するという事になる。

 

 ……いや今改めて考えるとやばいな。これまでレースを学んだことの無いウマ娘が一週間でメイクデビューを勝つとか……流石は主人公というかなんというか。

 クラスメイトやこれまで一緒に走ったことのあるウマ娘にも、レースで勝てずに夢破れて学園を去っていった者はいる。才能と努力と運。これらを兼ね備えていないウマ娘は生き残れないのが、この華々しいトゥインクルシリーズの現実だ。

 その点、スズカ達はそれらを兼ね備えている、兼ね備えていたからこそ『ウマ娘』として存在しているのだろう。

 

 私の次のレースは金鯱賞だ。

 

 スズカの休養明けのシニア初戦でもあり、菊花賞を勝ったあのオカルト系ウマ娘マチカネフクキタルも参戦するだろうとおハナさんは話していた。

 スズカの調子は絶好調。出遅れだとか転倒だとか故障だとか、よほどの事がない限り逃げ切るだろう。

 マチカネフクキタルの末脚は去年の神戸新聞杯でスズカを差しきった程だが、今のスズカ相手だとどうなるかは分からない。勿論、有力なウマ娘の一人であることは間違いない。

 

 あと、スズカのカプ候補でもある。もっとイチャイチャして、どうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スペのデビュー戦。

 

 現地で観戦したい気持ちはあったが抑え、トゥインクルシリーズ専門チャンネルの生配信をスマホで見た。

 緊張からかいっそ見事なくらいに出遅れていたが、類まれな末脚を発揮しての逆転勝利。やっぱり主人公は違うのう……。

 

 ちなみにウイニングライブは『あの』棒立ちだったらしい。そりゃ練習期間足りないだろうしね。仕方ないね。

 ウマッターやニュースで話題になっていたのはお気の毒としか言えない。これ、スペの故郷のお母ちゃんは頭を抱えているのではなかろうか。

 

 さて。

 

 グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイロー。そしてスペシャルウィーク。

 これで、前世で黄金世代とか呼ばれていたメンツが無事に揃った。

 

 いやー、スズカと同級生だったりスズカが覚醒したりと色々あって一時はどうなる事かと思ったけど、どうにか原作に辿り着いたな。

 

 グラスは皐月賞トライアルの弥生賞には出ないので、グラスペ対決は四月の皐月賞になるだろう。今から楽しみだ。

 

 

 

 

 そういえば、皐月賞の後には特訓パートがあったな。タイキと模擬レースしてたやつ。

 

 その時くらいはスペちゃんを間近に見ても……バレへんか。

 

 




 つまりデイカスの存在そのものがガバなんだ!!(ナ,ナンダッテー)

 いやスペの伏線をちゃんと貼ってなかった作者のミスだけど(反省)

 リギルの夏合宿を北海道でさせとけば自然にスペとのフラグ立ったやんけと思うも時既に遅し。

 北海道在住ウマ娘からの匿名ファンレターという伏線を思い付いたのは前話投稿後(無能)

 はぁ~(クソデカため息)やめたら作者?

 でも完結まで頑張るから許してクレメンス……お気に入りのウマ娘小説がいくつか完結してしまってやべえって思った(小並感)


『未勝利』『引退』をテーマにしたオリウマ娘主人公の短編書きました。重賞勝ってるデイカスは一流なんやなって。

シリウス所属未勝利方言系オリウマ娘が引退する話
https://syosetu.org/novel/272192/

モブウマ娘エディット&育成&ライブ鑑賞モード欲しい……サイゲ、モブウマ娘量産してるならパーツのライブラリはある筈だしモーションが共通で使えてるならワンチャン……



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第19R ウマ娘大陸 異次元の逃亡者

 有馬記念の抽選落ちたので初投稿です

 実質閑話みたいなもの。

 後半で掲示板形式に挑戦してます。

 時期的にはシニア級1月下旬くらい。中山金杯とスペ編入の間です。



 我々は一人のウマ娘を追って日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園に足を踏み入れた。

 栗東寮の玄関でトレーニング用の蹄鉄シューズを履く栗毛のウマ娘。

 彼女はサイレンススズカ。昨年のトゥインクルシリーズにおいて皐月賞と日本ダービー、そしてクラシック級の身でありながら国内外の強豪集うジャパンカップを制し『異次元の逃亡者』と称されるウマ娘。

 

 

――朝のランニングはいつもこの時間に?

 

「はい。以前トゥデイに教えて貰ったんです。日没や日の出の前後には特別な景色が見えるマジックアワーという時間があるって。それで試しに走ってみたら凄く綺麗で……だから習慣になっていますね」

 

 

 同室で同級生で同世代。共にチームリギル所属のトゥデイグッドデイからのアドバイスとのこと。

 

 

――そのトゥデイグッドデイさんとはトレーニングされないのですか?

 

「トゥデイとはトレーニングの内容が違くて……あの子の走りって独特ですよね。あの走りを身に着けて、それを磨くための特別なメニューをこなしているんです」

 

 

 少し残念そうなサイレンススズカ。

 

 

「でも、それがトゥデイにとって必要な事ですから……」

 

 

 親友で仲間でライバル。互いにリスペクトしているということなのだろう。

 

 

 

 朝のランニングを終え、寮に戻り朝食を済ませたサイレンススズカは登校する。

 その傍らには黒鹿毛の小さなウマ娘。青葉賞での怪我を乗り越え中山金杯で復活を遂げたトゥデイグッドデイだ。

 

 

――サイレンススズカさんはどのような方ですか?

 

「走ることが大好きで、あと……前にランニング中の景色に夢中になっていたら見知らぬ土地で我に返ったとかで半べそかきながら電話してきたことがうごふっ」

「トゥデイ?」

「アッハイ」

 

 

 二人の関係性が何となく伺えるやり取りだった。

 

 

 

 

 

 

~~ウマ娘授業中~~

 

 

 

 

 昼休み。

 

 

「スズカさーん! トゥデイさーん! ご飯いきましょー!!」

「レッツランチ!!」

 

 

 サイレンススズカとトゥデイグッドデイのクラスに二人の賑やかなウマ娘が現れる。

 神戸新聞杯と菊花賞でサイレンススズカに勝利したマチカネフクキタルと、マイルCSとスプリンターズS二つのGⅠレースを制したタイキシャトルだ。

 マチカネフクキタルはクラシック級でしのぎを削ったライバルであり、タイキシャトルは同級生でリギル所属ということで親交がある様子。

 

 4人全員が重賞を勝利し、3人はGIウマ娘というとんでもない実績の面々だ。

 

 

――お昼はいつもこのメンバーで?

 

「そうですね……ただ、タイキやフクキタルが宿題を忘れて居残りになったりすr」

「ふぎゃぁぁぁっ!!?? ちょっ、スズカさぁーん!? これはカット! カットでお願いします!!」

「うぷっ、顔はやめっ」

「HAHAHA!! ニホンゴムズカシイネー」

 

 

 カミングアウトしたサイレンススズカを押さえにかかるマチカネフクキタル。なおカットはしません(鋼の意志)

 

 

――なるほど。ちなみにお二人は。

 

「私もトゥデイも特には……あ、トゥデイは歴史がちょっと苦手かも」

「そりゃぜんs……んんっ、人名とかのケアレスミスが度々あって……」

 

 

 トゥインクルシリーズを牽引する彼女たちだが、コースの外では普通の学生だ。

 カフェテリアにやってきた四人は思い思いに料理を注文する。

 

 

「タイキさん、それは……」

「期間限定長崎ちゃんぽん野菜マシマシメガMAX盛を注文しまシタ!」

「でっか……料理の事ですハイ」

「本当に食べきれる?」

「ノープロブレム(キリッ)」

 

 

 フラグが立った。

 サイレンススズカはニンジン炒め定食。マチカネフクキタルは野菜あんかけ丼。トゥデイグッドデイは炒飯と餃子セットを頼んでいる。

 

 

「「「「いただきます」」」」

 

 

 

 

 

 

「うぷっ……ギブアップ……ヘルプミー」

「フラグ回収早すぎですよ」

「ダメじゃん」

「うそでしょ……」

 

 

 タイキシャトル、沈む。

 先に食べ終わっていた三人は何とも言えない表情でそれぞれ反応し、サイレンススズカが席を立ち、暫くして戻ってきた彼女の手にはカウンターで借りてきたらしいどんぶりが三個。

 

 

「器貰ってきたから私たちで食べましょうか」

「ありがとうございますスズカさん」

「ゑ?」

「ウーン」

 

 

 タイキシャトルは席でぐったりしていて反応がない。

 

 

――タイキシャトルさんは大丈夫ですか?

 

「後で念のため保健室ですね。……はい、フクキタルの分。こっちはトゥデイね」

「……麺が吸ってしまってスープが殆ど無いです……すぐ千切れてしまうので箸が使えませんし……レンゲ必須ですよこれ」

「タイキは器に口つけてない、いやでも箸は使ってたから多少は入ってるわけでいやまってダメでしょこれ犯罪だってギルティ」

「トゥデイ大丈夫? お腹いっぱいだった?」

「だ、大丈夫、問題ない」

「その顔色でですか!?」

 

 

 どうやらトゥデイグッドデイは見た目同様に少食らしい。

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 サイレンススズカは国内トップクラスの知名度と人気を誇るウマ娘なんだと、今日1日テレビ番組の密着取材を受けることになっている彼女を見て改めて実感する。

 

 

「スズカさん達とトゥデイさんの走り方はかなり違うんですね」

 

 

 今はチームリギルでグラウンドに来ており、アップとしてコースを走り少し汗をかいた私とスズカがおハナさんから次のトレーニングの指示を受けると、話の切れ目で番組の女性リポーターが話しかけてくる。

 

 

「体格差があるから……と思ったのですが、他の小柄なウマ娘の方々と比べてもトゥデイさんの走り方は独特です。何か理由が?」

 

 

 スズカの番組だろうに何で私の事を訊いてくるのか……まあ後でカットされるか。

 おハナさんがチラリと視線で「話しても大丈夫か?」と訊ねてくるので頷いておく。

 

 

「昨年の青葉賞はご存知でしょうか」

「……トゥデイさんの故障のきっかけになったレースですね」

「この子は最終直線でのスパート時の踏み込みで骨折しました。これは骨と関節が普通のウマ娘と比較して脆いからです」

「あの末脚の衝撃に耐えられなかった……と。彼女のフォームはその脆さをカバーするための物なんですね」

 

 

 あの時はなぁ、原作に沿わせる為に私が怪我することでおハナさんに脚を貯める先行策を指示させてスズカの調子を落とそうと、わざとスパートかけて骨折ったけど結局この有り様ですよ。

 

 今はおハナさん監修の食事やトレーニングで体質は改善していて、上がり3ハロンくらいならスパートをかけても問題ない。それ以上は難しいけど。

 ちなみに私のピッチ走法のラップタイムは12秒コンマ2~5くらい。持久力には自信があるからラップを乱さずに芝2000メートル走りきれるけども、それだとスパートをかけてもスズカ達G1ウマ娘には届かない。上がり3ハロン33秒台でもスズカ差し切れないんだよなぁ。

 

 

 

 

 トレーニングが終わり、トレーニングルームに併設されているシャワールームでサッと汗を流して寮に戻ろうとしたところでスズカとタイキに捕まって浴場に連行された。ヴァルハラは地上にあったよ。

(瀕死)

 

 風呂の次は夕食。そして寝る前には勉強。

 

 ウマ娘ってトレーニングばかりじゃなくてちゃんと学生してるなって思う(小並感)

 

 でも勉強にレースに歌にダンスにと、学生アスリートアイドル三つの草鞋状態はヤバい。ウマ娘っていう人間の上位互換な種族だからできることで、ヒトミミにはとてもじゃないが無理。前世だったら確実に死んでるね。

 

 

「トゥデイ、この式なんだけど」

「ん゛っ。えっと……これは……」

 

 

 あーいけませんそんな身を乗り出して顔を寄せてくるなんて睫毛長いし瞳綺麗だしそんな無防備お父さん貴女の将来が心配ですわよ。

 

 というか将来……将来ねえ。

 この世界は現実で、ゲームみたいに卒業とかでシナリオが終わるなんて事はない。グラスペを成し遂げた後も私の人生は続くわけだ。

 ウマ娘の競技人生は短い。ヒトなら30代40代で活躍するプロのアスリートは大勢いるが、競争ウマ娘として活躍できるのはほんの数年。ほとんどが二十歳にも届かない段階で身体が衰え引退を余儀なくされる。

 衰えたといってもヒトに対して圧倒的スペックを有しているし、元中央のウマ娘ともなれば就職も進学もかなり優位に進めることが出来る。レースで勝っていれば賞金もあるし、それを元手に事業を興したりも出来る。

 

 

「スズカって」

「ん?」

「将来の夢ってある? レースを引退した後の」

「うーん……」

 

 

 訊ねると、スズカは少し視線を彷徨わせて「……引退とか、考えたことなかったわ」と困ったように笑う。

 

 

「急にどうしたの?」

「ふと気になって」

「ふふっ、なにそれ。それならトゥデイはどうなの?」

「私?」

 

 

 うーむ。

 百合の宝庫であるウマ娘から離れる事は考えられないからなあ。ウマ娘達を間近に見れるような職業……。

 

 

「トレーナーとかサポートスタッフとか、研究者もいいかも。近くにいたいし」

「…………」

「スズカ?」

「……それなら、人見知りなところ直さないとね」

「はい」

 

 

 いや、私のこれは人見知りじゃなくてウマ娘相手だと緊張してですね……ってウマ娘関連の仕事しようってなったら致命的やんけ。

 ま、まあ、最初の頃と比べたら改善してるし、時間が解決してくれるよな。きっと、おそらく、メイビー。

 

 

 

 

 

 

【尊みの】ウマ娘大陸をリアルタイム視聴するスレPart97【宝箱】

 

 

53:名無しのヒトミミ ID:luYxj3D19

もうすでに尊い

 

55:名無しのヒトミミ ID:rAskYx4/1

ドキュメンタリーの皮を被ったてぇてぇ映像宝物庫だって一番言われてるから。製作スタッフは誇りに思って、どうぞ

 

58:名無しのヒトミミ ID:dKLTw3DQG

口滑らせて肘打ちされてるの芝

 

61:名無しのヒトミミ ID:LRo0q1h1C

クール系かと思ってたけど天然だったんやな

 

63:名無しのヒトミミ ID:X74EdNors

つ 中山金杯

 

65:名無しのヒトミミ ID:uiTpSKP2m

ハグしてし返されてからのふと我に返って顔真っ赤で逃げ出すのやばい

 

70:名無しのヒトミミ ID:46EYsH5Wi

流石異次元の逃亡者。レースに出ていた子達より速かったのでは?

 

73:名無しのヒトミミ ID:BiEa5cW0+

あの二人いつも一緒だと思ってたけど別々の時もあるんだ……

 

77:名無しのヒトミミ ID:XvSFY+Ro5

仲良しこよしなだけじゃないライバルって感じでよき

 

78:名無しのヒトミミ ID:egnY5yz9f

イカれたメンバーを紹介するぜ!!

サイレンススズカ(弥生賞、皐月賞、東京優駿、ジャパンカップ)

マチカネフクキタル(京都大賞典、神戸新聞杯、菊花賞)

タイキシャトル(ユニコーンS、スワンS、マイルCS、スプリンターズS)

トゥデイグッドデイ(青葉賞、中山金杯)

 

80:名無しのヒトミミ ID:+fUugJ9eb

なぁにこれぇ

 

81:名無しのヒトミミ ID:Ylz+RUEVr

ヤバいですね☆ミ

 

83:名無しのヒトミミ ID:N2LJ+V3bD

リギルは厨パってよくわかんだね

 

85:名無しのヒトミミ ID:utvfgtHeI

 異次元の逃亡者。唯一星を捕らえたウマ娘。日本最強マイラー。黒くて小さくてすばしっこいの

 

90:名無しのヒトミミ ID:dhon0t6Kh

今年のシニア級GⅠを総ナメするであろう面々ですな

 

92:名無しのヒトミミ ID:wIDVhAW3X

逃亡者だからホシかって感心したらおいこら最後

 

96:名無しのヒトミミ ID:ONmeaeeVz

その言い方はやめい! 間違ってはないけど

 

98:名無しのヒトミミ ID:PPTV2qvKR

(一人だけGⅠを勝っていないダメな子がいますね)

 

102:名無しのヒトミミ ID:t5Xba/I5G

なんだぁ、てめぇ

 

105:名無しのヒトミミ ID:6mpwNdNpS

中央の重賞勝ってる時点で化物定期

 

110:名無しのヒトミミ ID:KHlYH3q27

キレちまったよ

 

112:名無しのヒトミミ ID:yVUZWN8Ve

通報した

 

 

 

 

 

320:名無しのヒトミミ ID:drEDGPwnB

タイキwww ヘルプミーじゃねえよwwww

 

321:名無しのヒトミミ ID:3ExsD2Ify

「ノープロブレム」→「いただきます」→「ギブアップ」フラグ回収乙

 

323:名無しのヒトミミ ID:/LL/r9Ycq

スズカの表情www

 

324:名無しのヒトミミ ID:kWu008Bv+

「うそでしょ…」 ← 絶対素材になるわ

 

326:名無しのヒトミミ ID:TMlIVwAul

(゚Д゚)ノ⌒ 

【挿絵表示】

 

 

330:名無しのヒトミミ ID:qKIHCfXvr

はえーよホセ

 

333:名無しのヒトミミ ID:zrICMQxBF

トゥデイ真っ青

 

336:名無しのヒトミミ ID:QqVOQLScm

どう見ても大丈夫じゃないだろ(笑)

 

338:名無しのヒトミミ ID:Y1MprFrWP

ちっちゃくて少食とかもっと食べて大きくなって欲しいわ

 

341:名無しのヒトミミ ID:zQmGr0tWJ

わかる

 

343:名無しのヒトミミ ID:yXxjYTtff

スズカとフクが汁無くなるレベルでふやけたちゃんぽんを微妙な顔で食べてるのシュールすぎて芝www

 

345:名無しのヒトミミ ID:NqeEeRS5u

芝に芝を生やすな! ( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン

 

346:名無しのヒトミミ ID:ZDjv1JQ78

 日本トップクラスのウマ娘の姿か? これが……

 

350:名無しのヒトミミ ID:317iFlU/a

せやで 最高やろ

 

353:名無しのヒトミミ ID:gq8VGOPzK

ああ

 

356:名無しのヒトミミ ID:8yXefB0eZ

青い顔で唸ってる二人はこの後どうなったんやろ

 

358:名無しのヒトミミ ID:BiEa5cW0+

タイキさんはフクキタルさんが保健室に連行、トゥデイさんは大丈夫そうだったのでスズカさんと教室に戻りましたね

 

359:名無しのヒトミミ ID:TDQI/8KKy

 南無南無……ん? 生徒さん?

 

364:名無しのヒトミミ ID:gI4MaM9to

お嬢ちゃんこんなヒトカスの掃き溜めにいちゃだめだよ

 

365:名無しのヒトミミ ID:q8Rs46Nm2

おまいう

 

368:名無しのヒトミミ ID:Yx90K3Mda

おまおれ

 

 

 

 

 

 

530:名無しのヒトミミ ID:PZ68Twbjz

スズカとタイキに連行されとるwww

 

532:名無しのヒトミミ ID:MkEzzPSC6

風呂苦手なんか

 

535:名無しのヒトミミ ID:hWlPjSz7U

実家のイッヌ思い出すな

 

540:名無しのヒトミミ ID:u4G22LbM+

風呂の気配を感じ取ると消えるよなあいつら

 

543:名無しのヒトミミ ID:4ur+sNv6d

ワンコ系黒鹿毛褐色ウマ娘……うっ……ふぅ……

 

545:名無しのヒトミミ ID:gY/Mk5bE/

お巡りさんこいつです

 

550:名無しのヒトミミ ID:CINmAbvZW

NYは…カットカットカットォ!!

 

553:名無しのヒトミミ ID:YyoToPsVs

そりゃそうだろ

 

556:名無しのヒトミミ ID:I7HM68xVy

あんな顔寄せあって教え合いとかキテル……

 

559:名無しのヒトミミ ID:53NvIZ6vK

トゥデイの寝巻きジャージかよ

 

563:名無しのヒトミミ ID:C7K5XIsIl

あれ俺も持ってる

 

568:名無しのヒトミミ ID:jXG03F+WQ

ワイも

 

571:名無しのヒトミミ ID:z9rNbyCRZ

Umazonで一番安いやつだよな

 

573:名無しのヒトミミ ID:p77C9cHWl

服のセンス✕

 

576:名無しのヒトミミ ID:mjYIcL2pe

童貞みたいな服着てんな

 

580:名無しのヒトミミ ID:MLDjaYEbg

どどど童貞ちゃうわ!!

 

581:名無しのヒトミミ ID:kaubiiz2t

ダサい私服イコール童貞は暴論

 

586:名無しのヒトミミ ID:5K+gyVZV3

将来の夢か……

そういやこの子達は学生なんだよな

590:名無しのヒトミミ ID:CwpJpAu4s

ウマ娘は二十歳いかないくらいで引退するのが殆どだからな。就職進学色々ある

 

592:名無しのヒトミミ ID:7B0jzKQoV

交差点に立ってるウマ娘の婦警さんが初恋でした

 

594:名無しのヒトミミ ID:tMv6xwHd8

保育園の先生がウマ娘でした

 

599:名無しのヒトミミ ID:MZABtdWaz

宅配便のウマ娘に一目ぼれした

 

608:名無しのヒトミミ ID:o2rPGAWwv

お前らの実らない恋の話はどうでもええわ

 

612:名無しのヒトミミ ID:bSXx9+npL

トゥデイはトレーナーやサポートスタッフや研究者か……ウマ娘のトレーナーっていたっけ?

 

613:名無しのヒトミミ ID:bZHnZ9ViJ

うーん……地方ならいたような気がする。中央は聞かないな

 

617:名無しのヒトミミ ID:hAnQtH5KG

そんな事より「近くにいたいし」だろ!!!!

 

625:名無しのヒトミミ ID:5e4nb7195

これはプロポーズ

 

634:名無しのヒトミミ ID:jdkFDU82W

二人は幸せなキスをして終了

 

641:名無しのヒトミミ ID:hhFdvn7NS

エンダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!

 

647:名無しのヒトミミ ID:AgDig515

ヒョエェェェェェェェェェェェェッ!!??

 

655:名無しのヒトミミ ID:LDis4Uqgd

アカン死人が出てまう

 

660:名無しのヒトミミ ID:MgV46L5J6

もう尊死したわ

 

665:名無しのヒトミミ ID:eq79EB1Fm

俺も

 

671:名無しのヒトミミ ID:AKsqfXNTM

わたしも

 

676:名無しのヒトミミ ID:9UUe9pXyI

幽霊ニキネキは成仏してもろて

 

678:名無しのヒトミミ ID:aHfCPsm35

 

 

682:名無しのヒトミミ ID:C+p9cK7fL

 

 

690:名無しのヒトミミ ID:da7p7u10P

マジで成仏してそうで芝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

803:名無しのヒトミミ ID:tA0nKWKTK

この二人のレースどうなるかね

 

804:名無しのヒトミミ ID:jWSc5jDd3

復帰戦の中山金杯は芝の中距離だし、今年はスズカとも走るかもしれん

 

809:名無しのヒトミミ ID:RJRxFjf/I

これは今年の中長距離GIが楽しみ

 

811:名無しのヒトミミ ID:nu7AgTM8F

でもトゥデイがスズカに勝てるか? チームも同じだし普通なら対決は避けるんじゃ

 

814:名無しのヒトミミ ID:hS/Hb3jBw

マジレスはスレチ

 

815:名無しのヒトミミ ID:8TLiEnd9G

いいだろ妄想くらいしたって

 

820:名無しのヒトミミ ID:Dk+Wk8XI3

そりゃフクが一番のライバルだけどさ

 

824:名無しのヒトミミ ID:0d5kQJ4Qm

スズデイ対決か……ダービー……

 

827:名無しのヒトミミ ID:FVPkXwrUL

ダービーで二人の対決を楽しみにしてたオッサン達の亡霊が湧いてる

 

828:名無しのヒトミミ ID:Skyyh2Z/L

去年の青葉賞の走り見りゃなぁ。同じチームでルームメイトらしいし、期待しない訳がない

 

831:名無しのヒトミミ ID:q6L4Y7sOD

勝った時は飛び跳ねたわ

 

836:名無しのヒトミミ ID:C9NIFR6Ri

あの末脚は素晴らしかった

 

839:名無しのヒトミミ ID:pytFPTxjl

でもウイニングライブ後に故障のニュースが

 

843:名無しのヒトミミ ID:0d9ka1Ums

スマホに『故障発生!!』通知が来たときの絶望感よ

 

847:名無しのヒトミミ ID:r0KWUYn2i

ほんとさぁ、ウイニングライブの余韻に浸ってるところに冷や水ぶっかけないでほしいわ

 

848:名無しのヒトミミ ID:L0OQmyIS0

今年は大丈夫かね……

 

849:名無しのヒトミミ ID:MGDacUsi6

元々身体が弱いらしいからな、心配や

 




 パッとしない()戦績のウマ娘

 世間からはカップリング相手として注目されてるけどスズカのライバルとは見られてないデイカス。



 シリウスにスズカとスペ加入しましたね。なんというかスッキリ爽快青空で過去に置き忘れた青春を思い出させてくれるお話でした。それと比べてこっちは……ま、まあ、曇天の下でしか生きられない日陰者なので……

 スズカのイラストは自分で描いた。練習中です。


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第20R 1分57秒8/勝負服

 仕事落ち着いたからどんどん書いて描いていきますよー
 来年は年始から仕事やばそうなので逃げ切りブラザーズにならないと(意味不明)



Side:オリ主

 

 

 弥生賞はスペシャルウィークの勝利で終わった。

 原作通りの結果で、これで彼女は皐月賞への出走がほぼ確定。そこには朝日杯FS以降怪我することなくトレーニングを積んでいるグラスも出るわけで、本来は来年だった筈の念願のグラスペ対決が見られるという訳だ。素晴らしい。

 

 ここはフクキタル達に倣ってこう言っておこう。

 

 サンキュースリーゴッデス!! サンキューシラオキ!!

 

 ただ、原作だとスペが皐月賞で太ったような描写があった上で負けてたんだよな。いや、坂が苦手なんだっけ?

 その後の話でダービーに向けてタイキとの模擬レースとかの特訓パートがある。模擬レースをグラスとやらないかなあ……流石に無理だよなあ。同世代同路線のライバル相手に「勝てないだろうな」なんて言って模擬レースさせる訳ないよなあ。

 ちなみにエルコンドルパサーは共同通信杯を勝利。デビューは年明け頃でそこから三連勝。このローテだと次はニュージーランドTからのNHKマイルCが常道。だけどアニメだとダービーに出てきているのが……。

 でも、介入とかはやめておこう。私が動くと変なことになるのはスズカで思い知ったし。

 

 グラスペは一日にして成らず。今は秋天に向けてがんばるぞー、おーっ!!

 

 

 

 ……はい。

 

 

 

 さて、グラスペはひとまず置いておいてレースの時間だ。

 

 金鯱賞は中京レース場で行われる芝左回り2000メートルの重賞レース。

 春の芝中距離路線の前哨戦として位置付けられているレースで出走可能なウマ娘はシニア級から。私より一つ二つ先輩のウマ娘も参加している。

 

 ちなみに今回のレース、フルゲート18人なのだが今回出走したのは私含めてたったの6人だ。

 まあそれも仕方のないことで、クラシック二冠にジャパンカップ制覇のサイレンススズカと、彼女を神戸新聞杯や菊花賞で破ったマチカネフクキタルの参戦は、各陣営が「あかんわこれ」と出走を回避し他の重賞に流れる結果となった。リギルの先輩であるマルゼン姐さんもかつて似たような事があったらしい。

 

 シニア初年の面々はスズカとフクキタルの他にはいない。クラシック級で間近にその走りを味わったからだろうか。そんな中で数少ない同期のフクキタルは……去年は神社でのやり取りとかで精神的にアレな感じがしたが、神戸新聞杯や菊花賞を終えてから何かが変わった……ような気がする。

 

 

<1番トゥデイグッドデイ。4番人気です>

 

 

 スピーカーから響く声に合わせてパドックのお披露目台に出て、少し進んだところで立ち止まり一礼する。ここでの決めポーズがある人もいるらしいが自分はちょっと……。

 

 

<前走の中山金杯では故障明けにも関わらず見事勝利を掴み取りました。強力なライバルたちを相手にどのような走りを見せてくれるのか、期待したいです>

 

 

 解説が終わったところで踵を返す。おハナさんは会場には来ているらしいがぱっと見居なかった。上の関係者席にでもいるのだろう。

 

 

<2番………、………>

<3番、一番人気の登場です。……サイレンススズカッ!!>

 

 

 先輩ウマ娘が紹介されているのを脇目にパドックに降りて準備運動していると、入れ替わりにスズカが現れ、空気が爆発したかのような歓声が轟く。

 聴覚がヒトよりも鋭いウマ娘にこれはキツイ。耳の向きを変えることである程度緩和は出来るがここと観客の距離は近いから焼け石に水だ。

 

 そういえば、長距離レースになると観客席の前のホームストレッチを序盤から中盤あたりに走る事があり、その際の歓声に動揺して掛かってしまうウマ娘がいるらしい。ペース配分が重要な長距離は勿論、メンタルの良し悪しが発揮できる能力に直結するレースにおいて動揺は致命的だ。あと、カメラのフラッシュもかなり気が散るとはエアグルーヴパイセンが言っていた。

 ある時のパイセンのレースはそれの影響で負けるわ怪我するわと散々で、おハナさんがブチ切れてURAに直訴。レース場でのフラッシュ撮影が禁止される事になったとか。

 

 

<昨年は皐月賞、日本ダービー、ジャパンカップを制した彼女のシニア級初戦。その逃亡劇を止められるウマ娘は果たしているのか>

<有記念を回避したというニュースにはヒヤリとしましたが調子は良いようです。表情にも落ち着きがありますね。これは他のウマ娘達にとって厳しいレースになりそうです>

 

 

 実況解説、それに観客の雰囲気は完全にスズカVSその他な感じだ。降りてきた先輩ウマ娘はそれに闘志を燃やしているようで、流石はスズカ相手に勝負することを選んだ数少ないウマ娘だろう。尊い。

 

 ただ、スズカに落ち着き? ……あれはワクワクしてる子供やろ。

 尻尾や耳は意識してるのか普段通りだけど、こっちをチラリと見てきた目が明らかに爛々としてる。

 

 ジャパンカップの後にスズカの疲労を懸念したおハナさんが有記念への出走を見送ったからなあ。本人は気にしていないって言ってたけどやっぱりフラストレーションが溜まっているんだろうか。

 

 レースに対してある意味淡白だった原作と違う部分であり、それが今の戦績に結びついているんだと思う。

 さっきのパイセンの話もそうだがウマ娘にとって気持ちは重要だ。それはスズカも例外ではなく今日の彼女は絶好調、つまりヤバイ。

 

 私? まあ普通だけど。

 

 

<6番、マチカネフクキタル。2番人気です>

<唯一サイレンススズカの影を踏み、そして勝利した彼女が2番人気に推されるのは当然でしょう。故障明けというのが心配でしたが良い仕上がりですねえ。これは期待できそうです>

 

 

 最後に現れたのはフクキタル。

 笑顔で観客に向けて手を振っている。この子も調子良さそう。故障明けと言っても私みたいな骨折ではなくトレーニング中に足の爪が割れたとかで、療養も念の為だと言っていた。

 

 スズカとフクキタル、二人の実力は伯仲している。

 この場にいる先輩たちは勿論、エアグルーヴパイセンら歴戦のシニア級G1ウマ娘にも決して負けていない。

 

 

 そんな訳で。

 

 

 

 

<サイレンススズカが1着でゴールイン!! 続いてマチカネフクキタルがゴール!! そして3着争いはトゥデイグッドデイと…………>

 

 

 レース結果はスズカが勝利し2バ身差でフクキタルが2着。そこから3バ身差で3着に私という結果に終わった。

 

 勝ち時計は『1分58秒7』。

 

 いやーきついっス。スズカはさっさと逃げてフクキタルがそれを追って、まるで逃げが二人みたいな状況になってそのまま何もできずに終わった。

 

 せめてもっと人数が居れば内枠だったスズカを囲むとか出来……いや、スタート上手いから無理か。

 

 フクキタルあのヤバい末脚が届かないとか……今のトゥインクルシリーズにスズカを差せるウマ娘おるんか?

 

 

 

 

 

 え? 勝負服? あーそういや大阪杯がG1だから注文してたんだっけ。

 リギルの皆の前でお披露目? え、いや畏れ多いというか普通に恥ずかしいんですが。

 普段のライブ衣装よりマシなのはそうだけど……しょんぼりしないでスズカさーん!! 分かったから、やりますよ! って着替えは手伝わなくていいわい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:東条ハナ

 

 

 

 

 大阪杯を控えたある日。

 トゥデイは今回が初のG1出走という事で注文していた勝負服が届いた為、トレーニング終わりにチームの面々の前でお披露目をすることになった。

 

 

「えと……どうです……か?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 慣れない状況に、最近は緩和されつつあったウマ娘に対しての人見知りを発動したトゥデイが恥ずかしそうに勝負服に身を包んで佇んでいる。

 トゥデイの黒鹿毛に近い黒を基調に白や赤をアクセントとした衣装で、フード付きのパーカーにへそ出しタンクトップとショートパンツ、グレーのニーハイソックスに足元は黒いレザーのブーツという全体的にボーイッシュな方向で纏まっていた。

 

 

「よくお似合いですよ」

「ええ、本当に。可愛くてかっこいいわ」

「まさにブラックサンダー、ベリーGoodですネ!!」

「ふふっ、それだとお菓子になっちゃうわよ」

 

 

 グラスとスズカ、タイキやマルゼンスキーらリギルのウマ娘たちはその勝負服、それを着たトゥデイに対して非常に高評価な様子。

 トゥデイの「あまりヒラヒラしたのは……」という要望に加えて、年頃のウマ娘としての感覚というか乙女心とか諸々が欠如している所のある彼女の内面を上手い事落とし込んだ一品。

 

 乙女心の欠如といえば、以前スズカに対して取材があったウマ娘大陸が先日放送された際に寮での二人の姿が日本全国のお茶の間に映ったのだけど、スズカがルームワンピースにカーディガンという格好だったのに対してトゥデイはUmazonで買える上下セット3000円しないジャージ、しかもメンズ。教え子の趣味嗜好に口出しする事は無いけど、同じ女としてそれはどうなんだと正直思う。

 

 

「白い稲妻に対しての黒い稲妻、タマモクロスの勝負服の意匠を取り入れているようだ。……ん? おっ……ふふっ」

「……会長?」

「意匠を取り入れた衣装……ふふっ……はははっ」

「()」

「しょうもな……」

 

 

 エアグルーヴのやる気を下げるのはやめなさいルドルフ。大阪杯にはその子も出るのよ。

 

 敬愛する皇帝から流れ弾を食らった女帝という光景に呆れていると、トゥデイが近づいてくる。

 

 

「どうした、トゥデイ」

「その……トレーナー、ありがとうございます。色々と」

「……そうだな。お前には散々苦労させられた」

 

 

 入学前の事故。体格と先天的な体質というハンデ。距離適性。青葉賞での故障。いくつもの壁をトゥデイは乗り越えてきた。トレーナーとして出来たのは彼女が向かう先の道を舗装し整備することだけ。進む道が獣道茨道ばかりなので相当苦労はしたけど。でも、トゥデイは終ぞ揺らがなかった。倒れなかった。折れなかった。この先、この子みたいな鋼の意志を持ったウマ娘と出会えるとは正直思えないくらい。

 

 

「だが……その衣装を着ることが出来るのは紛れもなくお前の努力の結果だ。トゥデイ」

 

 

 青葉賞の時点で日本ダービーへの出走を見込んでいてその際にデザイナーに話を通していたけれど、骨折により休養となったために一度流れてしまっていた。そんな経緯のある勝負服にトゥデイが身を包んでいる光景に、熱いものが込み上げてくるのを自覚する。

 

 

「おハナさん、ティッシュ使う?」

「……使う」

 

 

 ススッ、と背後に忍び寄ってきたフジキセキが何処からか取り出したポケットティッシュを受け取り私は部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「珍しい事があるもんだ。おハナさんがこっちに来るなんて」

「……たまにはそういう気分にもなるのよ」

 

 

 私が足を向けたのは同僚である沖野のトレーナー室だった。業腹だけど、一番気兼ねなく会話できて時間を潰せるのがこの男だし。

 

 

「大阪杯、リギルからは三人だっけ? 女帝、異次元の逃亡者、黒い稲妻。かーっ豪勢なメンツだねえ」

 

 

 備品の冷蔵庫から取り出した缶コーヒーをこちらに手渡しながら彼は言う。

 今年のリギルのシニア級中距離路線はエアグルーヴ、スズカ、トゥデイの三人。エアグルーヴはドリームトロフィーリーグへの移籍が内定してるので今年がシニア級最後になる。彼女は昨年のジャパンカップではスズカと海外ウマ娘に続いての3着だったからか、スズカへのリベンジに燃えている。

 

 

「あの子、トゥデイグッドデイは初のG1か。どう、調子は」

「悪くはないわ。骨も筋肉も問題なし。青葉賞の時みたいな走りをしても壊れる事はそうそう無い筈よ」

 

 

 答えると沖野は咥えていた棒付き飴を手に持ち横に振る。汚いからやめなさい。

 

 

「違う違う、気持ちの方だよ。前は血が出るまで坂路トレーニングしたりと酷かったろ? クラシック級から、青葉賞の後も特にそういう話は無かったから今は大丈夫だと思うけどさ」

 

 

 そう口にする彼の表情は真剣だ。

 トゥデイは目的の為ならば己を磨り潰すような無茶を平然とこなしてしまう。しかもそれは自棄になった自傷ではなく、自らを高めるために限界と成長を冷徹に見極めて理性的に行う。そういう類いのもの。だからこそ、彼は自由なスピカではなく管理的なリギルにトゥデイを推薦し、私も彼女を受け入れた。

 茨の道を行くのなら、せめて歩きやすいように、と。

 

 

「そうね……相変わらずこなすメニューはとんでもないけど、自分や周りを蔑ろにはしていないわね。オフの日には友達同士で街に遊びに行ったりもしてるみたいよ。というか、あなたの所のゴールドシップどうにかしなさい。トゥデイが影響されたらどうするの」

「……そっか。やっぱりおハナさんに任せてよかったよ」

「聞きなさいよ」

 

 

 あのゴールドシップの根が思いやりのある気配り上手なのは何となく察している。チームがガタガタになって意気消沈していたこいつを支えたのは彼女だし、自分を痛め付けるトゥデイを頓珍漢なトレーニングに連れ出したりもしていた。だけどルドルフら生徒会の面々が頭を抱えるような奇行はやめてほしい。

 

 

 雑談を終え、私物のスマホにルドルフから連絡が入っていたのでリギルの部室に向かう。なんでも記念撮影をするらしい。教え子たちの思いやりに頬が緩む。

 

 

「いつか、この思い出を肴に皆でお酒が飲めたらいいわね」

 

 

 

 

 

 

 




 
 サブタイトルの『1分57秒8』はサイレンススズカが98年金鯱賞で大差勝ちした際のタイム。この時の2着は1分59秒6。史実フクキタルは2分00秒5で6着でした。
 なんでスズカのタイム落ちたんやろなぁ(すっとぼけ)
 
 シングレ5巻のタマの領域覚醒シーン読んだ後にアプリの固有演出見ると後半で笑ってしまう。雷神のポーズにしても何故カメラは正面からなのか。しかもザ・ワールドするし。

 

最後の集合写真はムリだったよ。。。


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第21R ライバル達

 今回は98世代メイン。

 あと、前前前世後書きの「集合写真はダメだったよ……」は「集合写真は(挿絵描こうとしたけど難易度高すぎて)ダメだったよ……」という意味です。勘違いさせてスマソ。

 ちゃんとデイカス達は集合写真撮りました。きっと幸せそうであったけえ陽だまりみたいな空間なんだろうなあ。
 


 

 

 

Side:エルコンドルパサー

 

 

 今日はグラス達と皆で、カフェテリアのモニターでレース観戦をする事になりました。

 

 

「うわぁ~、お客さんがいっぱい……」

「ふふっ、そうですね」

「次の皐月賞も同じGⅠだからね~。これに負けないくらい沢山観戦に来ると思うよ~」

「ひぇぇぇぇ」

「スペシャルウィークさん、怖がりすぎよ」

 

 

 GI大阪杯。

 阪神レース場右内回り芝2000メートルで行われる春シニア三冠最初のレースです。

 ルームメイトのグラスが所属するチームリギルからはエアグルーヴ先輩、スズカ先輩、トゥデイ先輩の三人が出走しています。

 他にも昨年の菊花賞でスズカさんを抑えて勝利したフクキタル先輩や、ティアラ路線で二冠を獲ったドーベル先輩など、多くのG1ウマ娘が一堂に会して雌雄を決するという状況に全国のウマ娘ファンたちは大挙して阪神レース場に押しかけ、観客数はレース場の外にまであふれて10万人以上と発表されています。

 

 

<さあ本バ場入場です。まずは昨年の菊花賞ウマ娘! 金鯱賞2着。ここを勝って春3冠へ弾みをつけるか、マチカネフクキタル!!>

 

 

 昨年のクラシック戦線で神戸新聞杯と菊花賞でスズカ先輩に先着……つまり、このトゥインクルシリーズで唯一彼女に勝利したウマ娘がフクキタル先輩です。先日の金鯱賞はライバル対決という事で注目が集まりましたが結果はスズカ先輩の逃げ切り勝ち。その結果が影響しているのか今日は3番人気です。

 

 

<続いて、中山金杯1着、金鯱賞3着。今回が初のG1挑戦となります、トゥデイグッドデイ!!>

 

 

 今入場したトゥデイ先輩は7番人気。上位人気をG1ウマ娘が占める中で実績が一歩及ばないからでしょうか。

 

 

「あっ! トゥデイさんの勝負服!! かっこいいなぁ~」

「ええ。トゥデイさんって私生活が結構ズボラというかほらこの間のウマ娘大陸でジャージ姿でしたよねあれってメンズのものらしいんですがトゥデイさんの私物って服とか日用品小物まで結構男性的な物を好んでいるみたいであの可愛らしい見た目からのギャップがあって非常によろしいと私は思います」

「……? はい!!」

「たはは……相変わらずだねグラスは」

「……頭が痛いわ」

 

 

 グラスのマシンガントークにも慣れました。一応。

 普段はお淑やかな大和撫子なんですよ? ただアクセルとブレーキが時々故障するだけで。

 

 

<昨年のティアラ二冠ウマ娘!! 有記念と日経新春杯の屈辱を晴らせるか。メジロドーベル!!>

 

 

 ドーベル先輩は昨年のティアラ路線でオークスと秋華賞の二冠を達成したウマ娘で、もしスズカ先輩達の参戦が無ければ新旧樫の女王同士の対決として注目されていたでしょう。

 

 

<ジャパンカップ3着、有記念3着。女帝の武威に翳りは無い事を証明なるか!? エアグルーヴ!!>

 

 

 そして一昨年の樫の女王昨年の秋の盾を手にした女帝、エアグルーヴ先輩は2番人気です。それなら当然、1番人気はあの人。

 

 

<昨年のクラシック二冠! ジャパンカップ制覇! 先日の金鯱賞に続き今日もまた影すら踏ませぬ逃亡劇が繰り広げられるのか!?>

 

 

 白と緑の勝負服に身を包んだ栗毛のウマ娘がコースに足を踏み入れた瞬間、ドン、と爆発したような歓声が響く。

 

 

<サイレンススズカ!!>

 

 

 

 

 

 

 

<さあスタートです>

<各ウマ娘揃った綺麗なスタートになりました。サイレンススズカがスーッと上がっていきます>

 

 

 レースは大方の予想通りの展開で進みました。

 スズカ先輩が逃げ、後続がそれを追ういつもの形。彼女以外にも一人逃げウマ娘がいましたがスタートの巧さと加速の差で二番手に付くしか無く苦しい様子です。

 エアグルーヴ先輩とドーベル先輩は逃げの二人に続いて3、4番手。フクキタル先輩は中団に控え、トゥデイ先輩は後方からのレースになっています。

 

 

「金鯱賞で先行していたフクキタルさんが今日は少し下がっているわね。トゥデイさんもかなり後ろだわ」

「脚を溜めておくつもりかな~? 確か、その時は二人とも末脚があんまりだったよね」

「で、でも、スズカさんって最後にもう一度伸びるんですよね? 後ろからで追いつけるんでしょうか」

 

 

 スペちゃんの言葉通り、スズカ先輩は『逃げ差し』というとんでもない走りをします。

 スローペースで逃げて終盤まで脚をなるべく残すのが逃げのセオリー……ううん。彼女からすれば普通に走ってあのスピードなんでしょう。だから脚が残せる。

 マルゼンスキー先輩も、本人は逃げているつもりはなくてシンプルにスピードが違いすぎて結果逃げになった……なんて逸話があるくらいです。

 

 

「ええっ!?」

「有名な話だよね~。エンジンの性能が違うって感じ」

 

 

 1000メートルの通過タイム57秒9。二番手の逃げウマ娘は苦し気な顔で粘っていますがそれでも3バ身差。とても2000メートルのレースとは思えないペースです。

 

 

「……先輩達は早めに仕掛けるでしょうね」

 

 

 グラスが呟いた瞬間、画面の中ではまずトゥデイ先輩が動きました。

 

<トゥデイグッドデイ進出を開始、じわりじわりと上がっていきます>

 

 

 1000メートル辺りからのロングスパート。ピッチはそのままにストライドを徐々に広めているのでしょう。スタミナ任せの強引な走りです。

 そして残り800メートルでレースが一気に動きます。

 

 

<トゥデイグッドデイが中団まで上がりマチカネフクキタルが動いた!! エアグルーヴとメジロドーベルも仕掛けます!!>

<早めの仕掛けですね。しかし彼女達がサイレンススズカを差すならばこのタイミングでしょう>

 

 

 7~8バ身はあったリードがじわじわと縮まります。そして最終コーナーを越えて直線に入ったところで3バ身。エアグルーヴ先輩が外から差そうと一気に追い上げ、

 

 

<エアグルーヴがスパートをかけるがサイレンススズカ加速!! 差は縮まらない!! 縮まらない!! エアグルーヴ苦しそうだ!! マチカネフクキタルとメジロドーベル上がって来た!! トゥデイグッドデイ届かないか!?>

 

 

 スズカ先輩が加速し、エアグルーヴ先輩達を突き放します。

 

 

<サイレンススズカ先頭でゴール!! エアグルーヴ、マチカネフクキタル、メジロドーベルがもつれるようにゴールし続いてトゥデイグッドデイが滑り込む!!>

<勝ったのはサイレンススズカ!! GⅠ4勝!! 彼女はどこまで逃げるのか!?>

 

 

「あぁ~、スズカさんやっぱり速いです」

「逃げ差しとはよく言ったものね……末脚自慢のウマ娘相手に……」

「いや~こんな走り一度でいいからしてみたいね~」

「ふふっ、それなら皐月賞は楽しみにしていますね?」

「え゛っ、いやぁ~ははは、お手柔らかに」

 

 

 私以外の四人は今度の皐月賞を走る事になります。私はNHKマイルカップです。

 

 私だけ路線が違うのは、目標がクラシック級でのジャパンカップとシニア級での凱旋門賞制覇だから。出走する為の実績を確実に積むためマイル路線に進みました。

 

 トレーナーさんにお願いして、ダービー出走の為にクラシックへの追加登録はやりましたけどね。

 グラス達と一緒に一生に一度のダービーを走らないだなんて悔やんでも悔やみきれないです。

 

 

「グラス、スペちゃん、セイちゃん、キング。エルは、ダービーに出ます」

「「「「!?」」」」

 

 

 私の宣言に四人は驚きの色を見せます。

 

 私が世界最強なんだと信じることは出来ませんでしたが、いつか世界最強になることは出来る。その為にトレーナーさんやスペちゃん達とトレーニングを積んできました。スズカ先輩の走りを見るとちょっとだけ付いてきた自信がグラグラしますけど。

 

 でも、私は諦めません。挑むことだけは止めたくないから。

 

 

「だから皆。ワタシの走り、楽しみにしててくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 大阪杯はスズカが逃げ切り勝ち。エアグルーヴパイセンとフクキタル、メジロドーベル嬢がそれに続いて私は5着。

 パイセンは去年のジャパンカップでスズカに負けており彼女をライバルとして意識していた。今シーズンでドリームトロフィーリーグに移籍する事が決定しているので、レースにかける思いは相当だろう。

 後日レース映像を確認したけどライバルに置いてかれまいと女帝としての仮面を捨てて懸命に追いすがる姿は美しかった。スズカも楽しそうに競り合ってたし、スズエア推せる。

 そのスズエア、そしてフクスズと良質な百合を堪能できそうな宝塚記念が今から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

遂に念願のグラスペ皐月賞!!

 

 私たちリギルの面々は現地中山レース場でグラスを応援。パドックではぽやぽやした雰囲気で手を振っていた彼女だったが、本バ場入場の時には様子が一変。研ぎ澄まされた日本刀のような気迫を纏っていた。

 

 

「おハナちゃん、あの娘……」

「……ッ!!」

「ほう……」

 

 

 マルゼン姐さんやおハナさんはグラスのただならぬ様子に息を呑んでいる。ルドルフ会長は……なんか目の奥ギラギラしてない? ラスボス感溢れ出てますよ皇帝陛下。

 

 

「……」

 

 

 隣のスズカは無言だが胸の前でぎゅっと拳を握り締めている。普段と違う様子を心配して不安感が表に出た、というよりも自分に届きうる後輩に対して湧き上がる闘志に戸惑い抑え込んでいる感じ。

 先頭を走ることしか興味がなかった先頭民族がライバルとの戦いを楽しむ戦闘民族になってる……こわ……とづまりすとこって同じ部屋やんけ!!

 

 そういえば、スピカに入ったエルコンドルパサーは弥生賞にも皐月賞に出てこなかった。

 NZTからNHKマイルカップというマイル路線のローテだろうとはおハナさん談。あと、グラスからの情報でダービーに出てくるつもりだとか。

 

 グラスペにエルが挟まってしまう事態にならないようダメ元で三女神にでも祈っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

<グラスワンダーが上がってきた! グラスワンダーが! 栗毛の怪物が!! マルゼンスキーの再来が!! 差しきって今ゴール!!!>

<2着スペシャルウィーク! 3着はセイウンスカイ! キングヘイローが続いてゴールし4着!!>

 

 

 そして皐月賞はグラス1着、以下スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローという結果に終わった。

 

 グラスが他の娘たちより頭一つ抜けた実力を示したレースだったと思う。勿論、コンマ数秒の世界での勝負なので何かあれば結果はまた違っただろうが、その『何か』さえ無ければ何度走っても1着は彼女で決まってしまうと感じた。

 

 これでグラスがスペをマークするような戦い方や競り合いがあれば私が昇天必至のグラスぺだったが、スペが後方からのレースだったのに対してグラスは先行し、最終直線でセイウンスカイ達を差し切った。残念なことにグラスぺの競り合いは一切無い。

 スペが仕掛けるタイミングを読みきってのスパートは見事としか言いようがない。

 

 ただ、アニメだとグラス不在の皐月賞を勝ったのはセイウンスカイだったが、今回の2着はスペ。特に坂が苦手という感じは無かったしピッチ走法も既にやっていた……もしかして能力が上がってる? エルがスピカに入ってライバルとして切磋琢磨してるから?

 これは特訓パートで確認しておきたいな。

 

 

 

 




 仕事が始まる……次の投稿はいつになるかさっぱりです。


ツイッターとピクシブ始めました。今後色々活動していくつもりです。ねこですよろしくおねがいします。
pixiv  ⇒ https://www.pixiv.net/users/76686231
Twitter ⇒ https://twitter.com/adappast


P.S.
デイカスの過去話に挿絵を追加するのですが、その場面のリクエスト始めました
下記URLの活動報告で受け付けています
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=273833&uid=205410


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第22R 欠けているもの/誤算

 今回はダービーへの繋ぎ。
 スズカ達97世代の出番は皆無です。
 
 後書きにもありますが活動報告良かったら見ていってください。
 


Side:沖野トレーナー

 

 

 

 

「よーし休憩だ」

 

 

 チームスピカのトレーナーである沖野が教え子達を引き連れてトレーニングしに来ているのはトレセン学園近くの神社だった。小山の山頂に作られた境内まで数百段にもなる石段があり、平地を走るよりも大きな負荷を掛けるトレーニングが行えると一部のトレーナーやウマ娘達の間で知られている穴場だ。

 

 

「ハァ……ハァ……」

「ひぃ……ふぅ……」

「エル、スペ。辛いのは分かるが立ち止まるな。歩け歩け。ほらこれ、一気には飲むなよ」

「「はぁーぃ……」」

 

 

 ノロノロと立ち上がりスポーツドリンクを受け取るエルコンドルパサーとスペシャルウィーク。二人はフラフラとした足取りで境内を歩く。

 

 

「テイオー、ウオッカ、スカーレット、ゴールドシップ、お前たちもだ」

「ナンデキョウハスパルタナノー」

「去年の弥生賞と青葉賞の映像、見ただろう? 坂の攻略にピッチ走法のレベルアップは必須だ。流石に坂で加速しろなんて無茶は言わないが、疲労を最小限に、ペースを落とさず駆けあがれないとその後の直線で脚が動かないぞ」

「トゥデイのあの回転数はアタシらには無理だってのー」

「そりゃ体格が違うからな。だが、歩幅を抑えて回転数を上げるってのを意識するにはいいお手本だろ? 一休みしたら再開するからな。ほら、一周歩いてこい」

「「「はぁーい」」」「あいよー」

 

 

 他の面々にもドリンクを渡し、一人になった沖野は鳥居に寄りかかって空を見上げる。

 

 

「どうしたもんかなぁ」

 

 

 沖野はウマ娘の耳でも捉えられないほどに小声で呟く。

 エルコンドルパサーとスペシャルウィークのタイムを計ったストップウォッチに表示されている数値は事前に定めていた目標にかなり近づいている。この調子ならダービーまでに身体を最高の状態で仕上げられると沖野が確信できる程に順調だ。

 

 だが、足りない。

 

 

「……別に欠点って訳じゃ無いんだかな」

 

 

 沖野は懐から棒つきキャンディを取り出し包装を外して咥える。

 皐月賞でスペシャルウィークはグラスワンダーに敗北した。いくら彼女が類い稀な才能をもったウマ娘だとしても、チームリギルの東条ハナが鍛え上げたジュニアチャンピオン、怪物二世と称される相手との実力差は大きかった。

 その敗北にスペシャルウィークは「凄かったです! それに楽しいレースでした!」と笑顔だったのが沖野の頭を悩ませていた。

 

 

(負けたレースでも楽しいと思える。相手との実力差に折れずに次を見据えられる。間違いなくスペの良いところだ)

 

 

 スペシャルウィーク達の一つ上の世代は後世には『スズカ世代』と呼ばれるだろうと沖野が思う程にサイレンススズカが強い。長距離においては菊花賞を制したマチカネフクキタルや天皇賞春のメジロブライト、マイル以下ではタイキシャトルといった面々がいるが、クラシックディスタンスにおける最強はサイレンススズカで間違いない。

 そんな彼女の走りを前に、かつて沖野の担当していたウマ娘や、去年のジャパンカップでのエルコンドルパサーのように心折れたウマ娘がどれだけいるか。

 

 

(勝利への渇望を持たない。敗北の恐怖を感じない。そういえばスペがファンだって言ってたのはトゥデイグッドデイだったか?)

 

 

 彼女も随分な変わり者だと沖野は思う。

 大阪杯の結果を見る限り彼女の実力はサイレンススズカを始めとするGⅠウマ娘達には僅かに及ばない。普通ならGⅠを避けるか合間に勝ちを拾えそうな重賞を走るだろうが、一貫してサイレンススズカと同じレースに出続けている。

 先日、春の天皇賞を勝利したメジロブライト、2着のマチカネフクキタル、3着のキンイロリョテイに加えてステイヤーだろうと見られていたトゥデイグッドデイも有力候補だったが出走しなかったのは学園の外部では驚きをもって伝えられていた。『ウマ娘大陸』で二人の親密さは報道されたが、ライバルとしての二人の関係が世間に浸透しているとは言い難い。マチカネフクキタルとエアグルーヴの方がライバルとして名前が挙がるのが現状であり、実績を見ればそれが当然だった。

 

 

(その現状にあいつは何を思うのか。おハナさんが不調を見落とすとは思えないが、青葉賞の時みたいに限界を超えたら次は……っと、大きなお世話だな、これは)

 

 沖野は頭を振ってそれまでの思考を追い出す。

 

 

「グラスワンダー、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク。この調子ならダービーの時点で三人の能力に優劣は無い。そうなると最後は気持ちの勝負。最後に限界を超えられるか、っていう話になるんだが」

 

 

 限界を超える切っ掛け。それが今のスペシャルウィークには無い。

 

 

「友達と一緒にレース出来ることが楽しい。今のスペはそこ止まりだからなあ」

 

 

 候補としてあったのはライバル達との競り合いにおいて『負けたくない』『勝ちたい』という渇望だが、皐月賞での敗戦と今までの様子から、そういった感情を自覚している様子はない。

 エルコンドルパサーは問題無い。自らをチャレンジャーとして強者たちに食らいつくその姿勢は、世界最強を自称し弱い自分を奮い立たせていた以前よりも瞳に熱がある。

 

 

「……リギルとの模擬レース組んでも効果は薄いか。スペはなまじ実力と才能がある分タイキシャトルやエアグルーヴ相手でも拮抗したレースになって楽しんで終わるだろうし。サイレンススズカは劇薬すぎる」

 

 

 全てのウマ娘にとって夢ともいえるサイレンススズカの走りを味わったら心酔するか心折れるか、はたまた別の化学反応を見せるか、リスクが大きすぎて沖野は選択肢から外す。

 

 

「そうなるとトゥデイグッドデイは……勝負の土俵にまでスペが意識を持っていけないか。戦意をあっちが真っ向からぶつけてきてくれればワンチャン……いや、そんな性格じゃないな」

 

 

 おおよそ闘争心という言葉の対極にある無表情を思い出す。レース中にも変わらない表情と、ウイニングライブやオフの際に見せる挙動不審な言動から誰が呼んだか『ポンコツアンドロイド』とはまさに言い得て妙だ。

 

 

「今年のジャパンカップか有あたりでぶつかったら面白そうだけどな」

 

 

 沖野は呟くと鳥居から背を離す。

 途中で合流したのかスペシャルウィーク達六人が和気藹々と談笑しながら戻ってくるのが見える。

 

 

「ダービーの最終直線。そこに賭けるしかない……か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 ダービー一週間前ですけど、模擬レースはまだですかねー?

 

 おハナさん話とかは来てる? 無い? そう……。

 

 あー、グラスさん? 君のライバルの様子はどうかな?

 

 

「皆さんダービーに向けてトレーニングを頑張っているそうですよ。ふふっ、私もつい滾ってしまいます」

 

 

 さいですか。青いオーラが見えるよ。抑えて抑えて。

 

 さて、どうしたものか。

 

 トレーニング中のスピカをチラ見したり、おハナさんの戦力分析を聞いている限りではスペはグラスやエルに劣らない成長を見せていて要警戒との事らしい。

 皐月賞でアニメよりも強い走りを見せていたが、成長具合が異なっている影響で沖野Tが模擬レースは不要と判断した、ってのが可能性としては高いからこの心配は杞憂だと判断した方がいいのだろうけど。

 むしろ、スペがダービーを制してグラスがそれに奮起するなんてのもあるかもしれない。

 

 ……いい。

 

 とまあ深刻には捉えずに私は日々のトレーニングをこなしている。

 次の私のレースは来月の宝塚記念。既にファン投票の中間発表は出ていて、スズカが1位で2位はエアグルーヴパイセン、3位はフクキタル、タイキとグラスも上位10名に入っていた。私は14位と存外高かった事に驚いたが、おハナさん曰く「ウマ娘大陸で認知されたところに、金鯱賞と大阪杯で入着したことでファンが広くついたんだろう」との事。

 絶対強者に対抗して頑張る子っていいよね、という同情票だろう。高校野球とかで常勝の名門私立校よりも、地方の公立校が勝ち上がった方が盛り上がる的な。

 まあファン投票云々はどうでもいい。優先出走権が貰えなくても、今年の宝塚記念はスズカのおかげでフルゲートになる見込みは低いから出走はまず可能。これまでスズカと同じレースに出ているのだって、ライバルとして私に意識を向けさせる事でグラスペを守るため。賞金がどうとか実績がどうとかは知らんし。

 

 だから、フクキタルに「なんで天皇賞出ないんですかぁぁぁぁ!?」と泣きつかれたのは正直困った。

 

 そもそも私が3200メートルを走り切れるかというと厳しいと思う。スタミナ的には問題ないだろうけど、私のピッチ走法は息を入れたり脚を貯めるという事をしない、というかGⅠレースのペースだと出来ないから、3000メートルあたりで筋肉が疲労で限界を迎える可能性が高いというのが最近のおハナさんによる分析だ。大学駅伝とかで走者が足ガックガクになって倒れこんだりするアレと同じ感じ。

 かといってストライド走法でもなあ。今はラストスパート時の踏み込みの負荷にはある程度耐えられるけど、長い距離を走った時の連続する衝撃で骨や関節がどうなるか。秋天までは怪我するわけにはいかないから春天は回避という事になった。

 

 その辺りの事情を説明して一応は納得して貰えたみたいだけど、そうしたら今度はスズカも巻き込んで「宝塚記念で雌雄を決しましょう!!」という話になった。マイラーのタイキが仲間になりたそうな目でこちらを見ていた。すまぬ。

 

 ちなみにタイキは7月下旬頃にフランス遠征が決定している。確かジャ……ジャックスパロウ賞とかなんとか。スズカは今の所話は出ていなさそうだけど、今度の宝塚と秋天を獲ったら国内の実績は十分だろうしトレセン学園の内外から海外遠征を望まれる可能性が高い。おハナさん的にも、タイキと同様に国内に敵がいない状態になれば海外に行く事を検討するだろうし。

 

 グラスは……たぶんシニア一年目は国内で二年目から海外? スペは確か史実だとシニア一年目の有馬で引退だったけど、こっちだとドリームトロフィーリーグがあるし走り続ける筈。

 急いては事を仕損じるとも言うし、私が積極的に動くと大抵碌なことにならないのは去年の諸々で学習した。

 観葉植物になったつもりで見守ろう。グラスペを。

 

 

 

 

 

 

 そして迎えるはダービー当日。

 

 

 今日の一番人気はジュニアチャンピオンで無敗の皐月賞ウマ娘『怪物二世』グラスワンダー。二番人気はこちらも無敗でNHKマイルカップを制し変則二冠がかかった『怪鳥』エルコンドルパサー。続いてスペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイの順。

 

 ファンファーレが鳴り響き、ウマ娘達がゲートに入っていく。

 

<1枠1番エルコンドルパサー>

<1枠2番キングヘイロー>

     ・

<3枠5番スペシャルウィーク>

     ・

     ・ 

     ・

     ・

<6枠12番セイウンスカイ>

     ・

     ・

     ・

<8枠18番グラスワンダー>

 

 

 

 スピカの面々がいるところから少し離れた屋外席の一角に我々リギルも陣取りグラスを応援している。そういえば去年のスズカのダービーもこの辺りから観戦していた気がする。

 

 本来ならば有り得なかったダービーでの二人の対決。

 

 まさか、こんなグラスペの舞台を見れるとは去年の時点では欠片も思っていなかった。いや、スズカが覚醒してそれどころじゃなかったってのもあるけど。

 

 

 

 どうか、最高のグラスペを。

 最高のライバル同士の想いの激突を、私に見せてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<グラスワンダーとエルコンドルパサーが並んでゴール!!!! ダービーを制したのはどっちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい……はい? 

 

 

 スゥ~ハァ~……。

 

 

 (つд⊂)ゴシゴシ

 

 (;゚д゚) ………

 

 ( ゚д゚ )

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで????????????????????????????????????????

 

 

 

 




 次回は98世代の日本ダービー。

 スペシャルウィークにとって『にんじん』は『スピカの皆さん』なのは変わりませんが、それに気づかせてくれた憧れの人は居ないのです。誰かさんのせいで。



 イラストの練習を兼ねて過去話に挿絵を追加しようと思います。場面のリクエストを募集しているので下記の活動報告まで。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=273833&uid=205410

 あと、トゥデイグッドデイ(Notデイカス)が実装されたらの妄想も活動報告に載せてます。完結後に特殊タグ使ってニコニコ大百科風にまとめると思うので、皆さんも良かったら育成シナリオとか妄想していってください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=275502&uid=205410


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第23R 黄金世代のダービー

待たせたな(隠密蛇)

第一部最終章良かった。ただそれだけ。


 

<さあついに今年もこの日がやって参りました東京優駿、日本ダービー! 本日注目されるのはなんといってもこの五人。ここまで無敗の皐月賞ウマ娘、グラスワンダーを筆頭にクラシックの覇を競い会う彼女らは誰が呼んだか黄金世代! 誰がダービーウマ娘の栄誉を手にするのか、一時たりとも目が離せないレースになること間違いなしでしょう!!>

 

 

 

 

 

 

 

 東京レース場の地下バ道。

 パドックでのお披露目を終えた五人が本バ場入場のために歩いていると、グラスワンダーが一人その足を止めた。

 

 

「グラスちゃん?」

 

 

 彼女に気付いたスペシャルウィークが疑問符を浮かべて立ち止まり、他の面々も歩みを止めて後ろを振り向く。

 

 

「グラス、どうしたデス?」

 

 

 怪訝そうな顔をして問いかけるエルコンドルパサー。グラスワンダーは瞑目し、胸に手を当てて一つ息をつく。

 

 

「……その、なんだか不思議な気持ちで」

「ケ? 不思議?」

「今この場にいる事。これから私たち5人が揃ってダービーで競うという事がまるで白昼夢のような、ふわふわした感覚があって……すみません、直前にこんな」

 

 

 グラスワンダーは俯きがちに言う。レースに集中しきれていない事を申し訳無く思っての言葉だった。

 

 

「私としては勝てる可能性が上がりそうだから大歓迎だけどね~」

「スカイさんっ」

「じょーだん、じょーだんだって、キングどうどう」

「あわわわっ」

「緊張感が無いデース」

 

 

 セイウンスカイが茶化しキングヘイローがまなじりを吊り上げ、スペシャルウィークが慌ててエルコンドルパサーが肩をすくめる。

 グラスワンダーはそのやり取りを見てクスリと笑みをこぼした。

 

 いつの間にか『黄金世代』と称されるようになった自分たち。

 ふと思い出すのはチームリギルの尊敬する先輩たちの事。サイレンススズカ、トゥデイグッドデイ、タイキシャトルという一つ上の世代の三人は、タイキシャトルは距離適性で、トゥデイグッドデイは故障でそれぞれダービーを走る事は叶わなかった。

 友達以上、仲間でライバル。そんな皆と全員でクラシックの覇を競い合えることがどれほど幸福なことか。

 

 浮わついた感覚が収まり、グラスワンダーは改めてライバル達を見据えた。

 

 

「っ!!」

 

 

 ぞわり。

 

 グラスワンダーの背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒が走り、皮膚が粟立つのを感じる。

 目の前の4人だけではない。他の13人、レースを見に来ている先輩後輩のウマ娘達からも闘気が溢れ出し、ビリビリと肌を突き刺してくる。

 

 

(これが、ダービー……なんですね)

 

 

 この日本ダービー、そして皐月賞と菊花賞を勝利して獲られるクラシック三冠ウマ娘の名誉。それは『ウマ娘の頂点に立つ』というグラスワンダーの夢に必要不可欠な事。けれど、それ以上に彼女はこれから共に走る17人のウマ娘に勝ちたかった。全力全開、死力を尽くし、想いをぶつけあって、それらをすべて跳ね除けて勝利を掴む。

 

 

「ふふっ、私は幸せ者です」

 

 

 呟く。自然と口角が上がっていることを自覚する。

 身体の芯からふつふつと煮えたぎるような熱があふれ出て、それは目に見えぬ波動となってスペシャルウィーク達に襲い掛かった。

 

 

「グラスちゃ……っ!!」

「ッ!!」

「……へえ」

「グラス」

 

 

 グラスワンダーは4人の顔をそれぞれ瞳に焼き付ける。

 

 

「スペちゃん、キングちゃん、セイちゃん、エル。今日は私が、このグラスワンダーが勝ちますよ」

 

 

 ジュニア王者。無敗の皐月賞ウマ娘。怪物二世。背負うものも背負わされたものもある。けれど、この勝利への渇望がグラスワンダーという一人のウマ娘の源流であり、本質だった。

 

「わ、私、負けません!! 日本一のウマ娘になりたいから!!」

 

 

 スペシャルウィークは二人の母との『日本一のウマ娘』という夢の為に。

 

 

「ふんっ、大きく出たわねグラスさん。いいわ、このキングが受けて立ってあげる」

 

 

 キングヘイローは一流のウマ娘になる為に。

 

 

「いやぁー、スイッチ入っちゃいましたね~。簡単には、勝たせて貰いそうにないかな?」

 

 

 セイウンスカイは祖父との約束と驚天動地の勝利のために。

 

 

「それでこそ、デス。エルも負けませんよ」

 

 

 エルコンドルパサーは一度敗れた世界最強の夢へ、もう一度羽ばたくために。

 

 

(皆さん、本当に……)

 

 

 ライバルたちの想いを真っ向から受けたグラスワンダーは一度ぶるりと身体を震わせ、表情を引き締める。

 

 

「……では、参りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

<さあ本バ場入場です>

 

<まず最初は、ここまで無敗! NHKマイルカップを制した怪鳥、エルコンドルパサー!!>

<苦境にあっても決して首を下げません。一流の血統を証明するか、キングヘイロー!!>

<弥生賞1着、皐月賞2着。奇跡をその手に掴めるか、スペシャルウィーク!!>

<弥生賞2着、皐月賞3着、ダービーの大舞台で大番狂わせなるか、セイウンスカイ!!>

 

<そして、最後はこのウマ娘>

 

<誰が呼んだか黄金世代。最強の頂に最も近いのは誰か? 無敗の皐月賞ウマ娘が今二冠目に挑む! 8枠18番、怪物、グラスワンダー!!>

 

<全ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました>

 

<トゥインクルシリーズ、クラシック三冠をかけた第二戦。ダービーウマ娘の称号を獲るのはどのウマ娘か。栄光は2400メートルの彼方ただ一つ。日本ダービー、今……スタートです!!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<大歓声の中18人のウマ娘、揃ったいいスタートを切りました!>

<さあ誰が行く、なにが行く。セイウンスカイか、どうだ、5人横並び。やはりセイウンスカイ、セイウンスカイが押し出されるように先頭に、いや内からキングヘイロー、キングヘイローがハナに立ちます! キングヘイローだ! セイウンスカイは二番手で抑えた!>

<注目の黄金世代、エルコンドルパサーは3番手、そしてスペシャルウィークは中団、そのすぐ後ろにグラスワンダーです>

 

 

(セイちゃんが2番手……キングが逃げを打つのは予想外でしたね)

 

 

 エルコンドルパサーは前を進む二人の背中を見ながら内心で呟く。キングヘイローは見事な切れ味の末脚をもつ差しウマ娘でありこれまでのレースで逃げの手を打った事は無い。これが戦術なのか失策なのか、彼女の意図が読めないエルコンドルパサーは思案する。

 

 

(ここで追わずに距離を空けて、もしスズカさんみたいに終盤で加速されてしまうと追いつけませんし、下がると包まれて抜け出せなくなるかもしれないです。なら、この位置から狙いまショウ)

 

 

<さあ第二コーナー回って向こう正面に入ります。ポジション争いは落ち着いて来たか。先頭を走るのはなんとキングヘイロー! そしてセイウンスカイは2番手、抑えたレースになりました。3番手差が無くエルコンドルパサー。好位から虎視眈々と狙っているぞ。そしてスペシャルウィークはここ、中団に控えています>

 

 

(キングちゃんが先頭………!? セイちゃんとエルちゃんはあそこ、グラスちゃんは……後ろかな。ペースはゆっくりだからこのままなら終盤まで脚は残せそう。だけどそれはみんなも同じ、だよね)

 

 

 スペシャルウィークは前を走るウマ娘を風除けにしつつ思案を巡らせる。

 

 

(でも、すごい。弥生賞とも、皐月賞とも違う。空気が重くて、熱い。みんな真剣で、勝ちたいって思いが伝わってきて、これが……これがダービーッ!!)

 

 

<キングヘイロー、キングヘイローが先頭で第3コーナー。外からどこで仕掛けるかセイウンスカイ!>

<ウマ娘たちは大ケヤキを越え第4コーナーへ! 前のリードが無くなってきた。後続がペースを上げてきている。キングヘイロー苦しいか>

 

 

(くぅっ!? 脚が……ッ!! でも、だから何ッ!! 私は、キングよ!! それを証明して見せるの、このダービーでッッ!!!!)

 

 

 キングヘイローは止まりそうになる脚を己を叱咤して衝き動かす。

 

 

<キングヘイローが先頭で最後の直線に入る! しかし外から来た! セイウンスカイが来た! キングヘイローを捉えるか!>

 

 

「うりゃあああああッ!!」

 

 

<ここでセイウンスカイが先頭に立った! 満を期してセイウンスカイがスパートをかける!!>

 

 

「行くデスッ!!」

 

 

<あぁっ!? 怪鳥がここで翼を広げる!! 飛んできたのはエルコンドルパサー! 躱して…並ばない! 先頭はエルコンドルパサーだ!>

 

 

「今ッ!!!!!」

 

 

<後ろからスペシャルウィーク! スペシャルウィークが間を割ってやってきた! エルコンドルパサーに並ぶか!? これは2人の一騎打ちか!?>

 

 

「……参ります」

 

 

<やっぱり来た! さあ来た! 来たぞ! 怪物が来た! 栗毛の怪物が、グラスワンダーが、黄金世代を、ライバルたちを、纏めて撫で切ろうとその末脚を振りかざす!!!!>

 

 

(エル、スペちゃん、私も混ぜてください)

 

 

「来ましたか、グラス!!」

「ッ!! グラスちゃん!!」

 

 

<ラスト200メートル! グラスワンダーがスペシャルウィークを躱してエルコンドルパサーに並ぶ! これは2人の一騎打ちか!?>

 

 

(まだっ! 諦めたくない!! 私は、日本一に!! お母ちゃん達の夢を!!!! 私の)

 

 

「私が」

「エルが」

 

 

(私の、夢は……?)

 

 

「勝ちますッ!!」

「勝つんデスッ!!」

 

 

<グラスワンダーとエルコンドルパサーが並んでゴール!!!! ダービーを制したのはどっちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<写真判定の結果、1着はグラスワンダー!! 2着ハナ差でエルコンドルパサー!! 3着はスペシャルウィーク…………>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと気づいたら夜の学園の裏庭にトゥデイグッドデイは居た。

 

 

(……っ!? あれ? いつの間に私は学園に? あ、そうか、さっきのは夢か、そうだよ。スペシャルウィークがダービーで負けるなんてありえない。あっていい筈が無いんだ。今日はダービーの前日で、これから寮に戻って寝て……)

 

 

 自分に言い聞かせながら彼女は鞄からスマートフォンを取り出す。電源ボタンを押して画面に表示される日時はダービー当日の夜。先ほどの光景が現実であることを表していた。

 

 

(くぁwせdrftgyhyふじこ)

 

 

 言葉にならない悲鳴を上げるトゥデイグッドデイ。身体から力が抜け、フラフラとよろめいてその場に座り込んでしまう。

 

 

「トゥデイ!?」

「トゥデイさん!?」

 

 

「「えっ?」」

 

 

 物陰から同時に飛び出してきた二人のウマ娘がトゥデイグッドデイに駆け寄り、そしてお互いの存在に気づいて驚きの声を上げる。

 

 

「サイレンススズカさん!?」

「あなたはスペシャルウィークさん、だったかしら」

 

 

 本来の世界線において、憧れであり夢だった異次元の逃亡者、サイレンススズカ。

 追いつきたいとその背を目指して駆け続けた日本総大将、スペシャルウィーク。

 

 

(もう勘弁してくれよぉ)

 

 

 2人が出会ってしまったことを知覚したトゥデイグッドデイは内心頭を抱えて泣きそうになっていた。

 




次回に続く(レースで力尽きた)

プライベート落ち着いたんで投稿頻度速くなるはず……

あと第13Rのグラスが吉影因子継承してるシーンに活動報告の方でリクエストして貰っていた挿絵、自分で描いたので追加しました。
↓これです

【挿絵表示】


ではまた~


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第24R 夢、走る理由

 またせたな(隠密蛇)

 いやほんとスンマセン。難産でした。(青息吐息)
 アニメ一期しか知らないデイカスと、アニメアプリ入り混じってる周囲とのギャップがキモです。

 


 

 

「よし。勝負服のクリーニングの手配とかはやっとくから、後は風呂入ってストレッチしてから寝ろよ」

「りょーかいデースっ」

「はいっ」

 

 

 沖野トレーナーとのそんなやり取りの後。チームスピカの部室を後にしたスペシャルウィークとエルコンドルパサーは、二人並んで夜の学園を寮を目指して歩いていた。

 月日は流れ既に6月。一年の折り返し、日によっては真夏日になるこの季節。ダービーの熱気の余韻が残る空気が二人の肌にじわりと汗を浮かばせている。

 

 

「うぁー、レースにライブにくたくたのへろへろデース。スペちゃん、おんぶー」

「あはは……あと少しで寮だから頑張ろうよ」

「ケチー」

 

 

 和やかな会話。

 レースではしのぎを削るライバルだが、同時に共に学び鍛え成長する仲間同士。

 

 

「あーあ、お腹空いたデース。途中でコンビニ寄らなかったのは失敗でシタ」

「この時間だとカフェテリアも寮の食堂もやってないよね……あ、前に実家のお母ちゃんから届いたニンジンあるけど少し持ってく?」

「ブエノ! ぜひ!」

 

 

 嬉しそうに返事をしたエルコンドルパサーに微笑むスペシャルウィーク。会話が途切れ、数歩進んだところでスペシャルウィークが立ち止まる。

 

 

「スペちゃん?」

 

 

 怪訝そうな顔をエルコンドルパサーが向けると、彼女はいかにも今思い出した風な表情でパンと手を合わせる。

 

 

「あっ、部室に忘れ物しちゃった。取ってくるから先に戻ってて!」

「え? わ、分かったデス」

「また後で連絡するから! ニンジンはその時に!」

 

 

 あっという間に小さくなる背中。

 

 

「スペちゃ……っ!」

 

 

 エルコンドルパサーは友人の背を追おうと一歩踏み出して、そのまま立ち止まってしまう。

 

 彼女の忘れ物をしたという発言が嘘であることは分かっている。

 マスクをつけている時の自分は『最強』だという嘘をつき続けてきたエルコンドルパサーだからこそ、心の奥底を見せまいとする不自然な明るさや僅かな声の震えを見逃さない。

 グラスワンダーが勝利した皐月賞の時には見られなかった『敗北』への感情の発露。去年のジャパンカップでサイレンススズカの走りを目にした時と同様の、自分が崩れていくような感覚が友人を襲っているのかもしれない。

 

 

「あの時は、トレーナーさんがエルに手を差し伸べてくれました。でも、アタシじゃ……」

 

 

 彼女自身、グラスワンダーに敗北した身ではあるけれど、スペシャルウィークには先着している。そんな自分がどう声をかければいいのか分からなかった。下手な慰めは相手を傷つけるだけだ。

 

 

「いえ……結局、アタシ自身が傷付くのが怖いから、ですね」

 

 

 頭を振って自嘲するように呟き、エルコンドルパサーは踵を返す。

 

 

「大丈夫。スペちゃんは強いウマ娘デスから。きっと、大丈夫」

 

 

 もう一度振り返り、そう己に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スペシャルウィークはエルコンドルパサーに背を向け衝動のままに走った。

 

 

「(負けた、敗けた、まけた、マケタ。グラスちゃんに、エルちゃんに。日本一のウマ娘になるって、お母ちゃん達と約束したのに!! 敗けたんだ、私は、ダービーでッ!!)」

 

 

 ダービーは特別だ。担当ウマ娘がダービーを獲ったら死んでもいいと言い切るトレーナーがいて、ダービーの為だけに走るというウマ娘がいて、皐月と菊花の二冠ウマ娘よりもダービーウマ娘の方が圧倒的な人気を得る。そんなレース。

 それに勝利する事は未だあやふやな『日本一のウマ娘』という夢を叶えるための第一歩、の筈だった。

 

 だが、獲れなかった。

 

 敗北した。グラスワンダー、そしてエルコンドルパサーに。

 届かなかった。日本一のウマ娘に。

 

 足元から大地が崩れるような感覚だった。どうやって皆の前で笑顔を取り繕って言葉を紡いでいたか分からない程に内心は荒れていた。

 

 

「(お母ちゃん達との約束を、夢を叶えるために走って、敗けて、ダービーを獲れなくて、私、どうしたら……)」

 

 

 激情が悲嘆に移り変わると共に脚は緩みトボトボとした歩調になる。

 

 

「あれ……ここって」

 

 

 ふと気付くと学園の裏庭が覗ける所まで来ていた。宛もなく彷徨っていたが、まるで何かに導かれたように。

 そして、暗闇の中に人影を見つけた。

 

 

「……っ!」

 

 

 驚いたスペシャルウィークは咄嗟に物陰に隠れてしまい、おそるおそる顔を出して様子を窺う。

 

 

「あの人は……」

 

 

 黒鹿毛の長髪に褐色の肌。ふと目を離せば闇に融けてしまうような容姿の小柄なウマ娘が大樹のウロ近くにポツンと立っている。

 

 

「……トゥデイさん?」

 

 

 去年、北海道で母親と一緒に暮らしていた時に見た弥生賞から応援し続けているウマ娘、トゥデイグッドデイだった。ライバルのグラスワンダーと同じチームリギルに所属していて、沖野トレーナーからは今度の宝塚記念への出走が見込まれていると聞いている。

 

 どうしてこんな場所に?

 

 スペシャルウィークは疑問に思った。

 グラスワンダーのチームメイトなので、ウイニングライブを見届けた結果帰りが自分たちと同じくらいになるのは分かるが、裏庭まで来る理由が分からない。

 この大樹のウロはウマ娘が思いの丈を吐き出す場所。理由は様々だが、特に多いのはレースで負けたウマ娘がその悔しさをぶちまける事。

 しかし、トゥデイグッドデイは今日レースを走っていない。ここに来る理由は特に無い様に思える。

 

 そんな思考から首を傾げていると、トゥデイグッドデイの身体がフラリと揺らめきその場に座り込んでしまうのが見えた。

 

 

「トゥデイさん!?」

「トゥデイ!?」

 

「「えっ?」」

 

 

 咄嗟に飛び出して駆け寄ると、もう一人同じように物陰から飛び出し駆け寄ってきたウマ娘に気づく。

 

 

「サイレンススズカさん!?」

 

 

 去年の皐月ダービーの二冠。クラシック級でのジャパンカップ制覇。シニア級一年目でG1大阪杯を獲り、次の宝塚記念では一番人気確実と目されている異次元の逃亡者、その人だった。

 

 

「あなたはスペシャルウィークさん、だったかしら」

「はっ、はい」

 

 

 静謐な緑の瞳に見つめられスペシャルウィークが背筋を伸ばして返事をすると、サイレンススズカは「なるほど……」と納得したように呟くが、すぐにハッと意識を座り込むトゥデイグッドデイに向ける。

 

 

「トゥデイ、大丈夫? 吐き気とかはある?」

 

 

 膝を付きトゥデイグッドデイと目線を合わせて問い掛けると、彼女はフルフルと首を横に振ってからふらりと立ち上がろうとし、サイレンススズカに手を握られ腰を支えられながら立ち上がった。

 

 

「カヒュッ……ごめん、ちょっと目眩がして」

「……そう。無理はだめよ?」

「分かってる、ウッ、ありがと」

 

 

 サイレンススズカはその答えに表情を僅かに暗くするが、それは夜闇に紛れてしまい他の二人は気付かない。

 

 

「……はえ~」

  

 

 黒い稲妻と彼女に寄り添う異次元の逃亡者という世のウマ×ウマ推し勢昇天物の光景に、この時ばかりは暗い感情を忘れてボーッとしているスペシャルウィークに、トゥデイグッドデイが「……君は?」と短く問い掛ける。

 

 それに意識を取り戻した彼女は「あっ、すみませんっ」と慌てて姿勢を正した。

 

 

「私、スペシャルウィークっていいます! 初めまして、ですよね。トゥデイさん、スズカさん」

 

 

 推しを前に努めて明るく挨拶をするスペシャルウィークの笑顔にトゥデイグッドデイがどこか愕然とした様子で「あ、はい、はじめまして……」と述べただけなのに対して、サイレンススズカは気負いの無いふわりとした笑みを浮かべる。

 

 

「今日のダービー、見ていたわ。残念な結果だったけれどいい走りだったと思う。早ければ今年の秋かしら? 一緒に走る時が楽しみ」

「あっ、ありがとうございますっ!!」

 

 

 現役最強と称されるウマ娘からの賛辞に肩を跳ねさせ頭を深々と下げるスペシャルウィーク。次いでトゥデイグッドデイが躊躇いがちに口を開く。

 

 

「スペ、シャルウィークさん。一つ、質問をさせてほしい」

「? はい」

「……君の夢は何?」

 

 

 

 

「ゆ……め……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドッペルゲンガー説な訳無いよね! スペ本人だよチクショーッ!!

 

 なんて嘆きながら、私は質問を受けて戸惑いの表情を浮かべるスペを見る。

 

 皐月賞、日本ダービー、その2つのG1でグラスワンダーに敗北したスペがどうなっているのか。想定外の遭遇という機会ではあるが、私は見極めたかった。

 

 母親と約束した日本一のウマ娘という夢をスペシャルウィークが抱いていることは知っている。それは『スペシャルウィーク』がダービー馬であり、ジャパンカップでブロワイエ……じゃなく『モンジュー』を打ち破った日本総大将だからこその夢。そこから創作された、否、そんな彼の魂を受け継いだ彼女がダービーを獲れなかった。それがどんな影響を及ぼしているのか。

 

 正直性急すぎると思うし慎重であるべきだったが、そんな思考をする余裕は無かった。スズカの手が柔らかいのが悪い。

 

 

「私の夢は……」

 

 

 問いを受けたスペは胸に手を当て顔を俯かせてしまう。スズカが眉をひそめて「トゥデイ、今この子にそれは…」とASMRではなく耳打ちしてくるが努めて無視する。

 

 沈黙。風が吹き虫の鳴き声が響く。

 

 

「……私は、約束してたんです」

  

 

 数十秒が経ち、呟いてから顔を上げたスペは道に迷った子供のようだった。隣から息を呑む音が聞こえる。

 

 

「日本一のウマ娘になるって。天国のお母ちゃんと育ててくれたお母ちゃん、二人の夢を私が叶えるんだって、約束して……」

 

「でも」とスペは続ける。

 

「ダービーの最終直線で、届かなかったんです。私は。グラスちゃんと、エルちゃんと……日本一のウマ娘に」

 

 

 そのウマ娘は『スペシャルウィーク』なんだろう。何故か直感的にそう理解した。

 

 

「日本一のウマ娘になる、それが私の夢、でした。だけど……」

 

 

 これは致命的かもしれない。暗闇でわからないだろうが私の顔はきっと血の気が引いて真っ青になっていると思う。日本一のウマ娘という夢に向かって走れない彼女が、グラスとライバルとしてレースを走れるかは正直厳しいだろう。

 

 新しい夢を持たせられればワンチャンあるかもだが何をどうすれば? 母親から受け継いだ夢を叶えられないと心折れてしまった彼女に、私は。

 

 頭を悩ませていると、じっと話を聞いていたスズカがふと口を開いた。

 

 

「その夢は、貴女の夢じゃないでしょう?」

「……え?」

「スズカ?」

 

 

 何言ってるんだこの先頭民族。

 

 

「それは貴女のお母様たちの夢で、スペシャルウィークさんの夢じゃないわ。貴女自身の夢は? 走る理由は? トゥデイが訊いているのはそれよ」

 

 

 いや違うよ!?

 

 

「私は先頭の景色が見たい。トゥデイと、ライバル達とレースの舞台で競い合って、私が先頭で駆け抜けるゴール板の先にある景色を。それは子供のときに見た景色よりもずっと綺麗で、かけがえのない、胸が高鳴って仕方がない、最高に気持ちいいものだから。それが私の走る一番の理由」

 

 

 やべえよこの先頭民族。

 

 

「貴女にもあるんじゃないかしら。心が動いて、思わず駆け出してしまうような、そんな出来事が」

 

 

 スズカはそう言って優しげな表情でスペを見つめる。

 そして件のスペは、スズカの言葉を咀嚼しているのか目を伏せていた。

 

 

「心が動いて、駆け出す……私の夢……走る理由……」

 

 

 呟いたスペは「あっ……」と小さく声を上げて目を開き、何故かこちらを見てバッチリ目があった。

 

 

 えっ?

 

 

「どう? 走る理由は見つかった?」

「……はい。夢……なのかは分かりませんけど、何のために走るのか、どう走りたいのか、見つかった……いえ、思い出せました」

 

 

 えっ?

 

 

「私、トゥデイさんに憧れているんです」

 

 

 

 は??????????????????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<晴れ渡る空の下、阪神レース場芝2200。13人のウマ娘達が競います>

<さあ各ウマ娘ゲートに収まり……おっと? トゥデイグッドデイが入ろうとしません。これはどういうことでしょう>

<ゲートを苦手にしているという情報はありませんし、これまでのレースでも見たことの無い光景ですね>

<あっ!? トゥデイグッドデイうずくまっています! ここからでははっきりと見えませんが口元を押さえているのでしょうか? 心配ですね>

<既にゲートインしていたウマ娘たちが出されます。サイレンススズカとマチカネフクキタルがすぐ駆け寄りましたが職員に制止され……ていますが突破しました。担架が運ばれて来てますね>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<えー、トゥデイグッドデイは競走除外となります。競走除外です>

 

 

 

 

 





 連載はじめて1年以上。ようやく終わりが見えてきた希ガス
 花は桜木人は武士ウマはデイカスと盛大に散らせたいなあ! 待ちきれないよ!

 あと最終章後編楽しみ

 あ、お待たせしたお詫びに自作の挿絵置いときますね。
 部屋着デイカスとウマ娘大陸回です。

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第25R 宝塚記念

今回は全部掲示板形式です

宝塚記念前から宝塚記念直後まで

ヒトカス案件なのでご注意を


宝塚記念を心待ちにするスレ

 

 

130:名無しのウマ娘ファン

宝塚記念のファン投票結果発表来た!!

1 サイレンススズカ

2 メジロブライト

3 エアグルーヴ

4 メジロドーベル

5 マチカネフクキタル

6 タイキシャトル

7 グラスワンダー

16トゥデイグッドデイ

 

131:名無しのウマ娘ファン

投票一位はススズ まあ当然か

 

135:名無しのウマ娘ファン

そりゃ現役最強だしJK

 

138:名無しのウマ娘ファン

中距離最強だろ 短距離マイルはタイキシャトル、長距離はメジロブライトが最強

 

139:名無しのウマ娘ファン

菊花賞ウマ娘マチカネフクキタルをお忘れか?

 

140:名無しのウマ娘ファン

春天2着だったし……

 

144:名無しのウマ娘ファン

無敗二冠のグラスワンダーの順位が7位って低くね? ジュニア含めてG1三勝よ?

 

148:名無しのウマ娘ファン

ダービーからのローテ考えたらほぼほぼ出てこないからじゃない?

 

152:名無しのウマ娘ファン

それ言ったら6位のタイキはマイラーで宝塚記念前後には海外行ってるんだが

 

153:名無しのウマ娘ファン

タイキはほら ススズやフクと同世代で仲が良いらしいから 世代の人気ってあるよね

 

155:名無しのウマ娘ファン

今年のクラシック級は黄金世代って呼ばれるくらいには実力的に粒ぞろいなんだけど、各ウマ娘の個性やレースの面白さは去年の方が上だし

 

157:名無しのウマ娘ファン

まあグラスワンダーの走りって皇帝に似てるしなー 堅実に強くて面白みがない

 

160:名無しのウマ娘ファン

面白さを競ってレースしてるわけじゃないぞ

 

163:名無しのウマ娘ファン

そういやタイキってスズカとか仲良い面子とのレースしたこと無いのか

 

166:名無しのウマ娘ファン

距離適性が悪いよ距離適性が

 

167:名無しのウマ娘ファン

マイルならスズカは行けそうだけど、中距離で活躍してる現状わざわざマイル走らせる理由無いからな ローテ的にも賞金的にも

 

170:名無しのウマ娘ファン

スズカと仲が良いっていうと、トゥデイグッドデイは16位か。優先権無いけど宝塚出るかな

 

173:名無しのウマ娘ファン

そりゃススズ出るなら出るだろ

 

176:名無しのウマ娘ファン

うーんこの安心感

 

180:名無しのウマ娘ファン

一時期百合ヤンデレストーカー怪文書が流行ったウマ娘だ。面構えが違う

 

184:名無しのウマ娘ファン

いやいや。このトゥデイとかいう娘の順位やけに高くないか? G1経験は大阪杯だけでそれも5着。勝った重賞も去年の青葉賞と中山金杯だけとか……不正票だろ

 

186:名無しのウマ娘ファン

なんだこいつスズデイのエピ知らんのか

 

190:名無しのウマ娘ファン

というか不正票って……URAは会員登録に免許証とか身分証明書必要で複数アカウント持てないのにどうしろと

 

192:名無しのウマ娘ファン

アンチかニワカか

 

195:名無しのウマ娘ファン

純粋な疑問だったとしても不正票とかレッテル貼ってる時点でアンチと変わらん

 

198:名無しのウマ娘ファン

(その大阪杯、上からサイレンススズカ、エアグルーヴ、メジロドーベル、マチカネフクキタルっていう面子での5着なんですが)

 

199:名無しのウマ娘ファン

G1ウマ娘×4とか芝枯れてダートになるわ

 

202:名無しのウマ娘ファン

フクキタル以外G1複数獲ってるな

 

204:名無しのウマ娘ファン

まさに群雄割拠

 

207:名無しのウマ娘ファン

魑魅魍魎では?

 

209:名無しのウマ娘ファン

まあ去年の怪我乗り越えての年明け金杯で復活&ウマ娘大陸でのススズとの良好なウマ×ウマ供給というエピソードとかからの人気の影響も多分にあるとは思うけどな

 

212:名無しのウマ娘ファン

それは同意。でも、上で実績ガーとか言われてるけど相応の実力はあるだろ。今のところG1は獲れてないけどG1含めた全てのレースで掲示板外したこと無いし、それに今度こそって気持ちで投票した俺みたいなファンも多いだろ?

 

214:名無しのウマ娘ファン

そりゃあな

 

216:名無しのウマ娘ファン

黒い稲妻が名だたるG1ウマ娘達をまとめて差し切る所見たいいいいいいいいい

 

217:名無しのウマ娘ファン

いやそれは無理だろ

 

221:名無しのウマ娘ファン

そんなご無体な

 

 

 

 

 

411:名無しのウマ娘ファン

タイキはフランス遠征行くけどススズはどうなんだろう? 凱旋門賞とか出ないのかね 実績も実力も十分だろ

 

413:名無しのウマ娘ファン

実績的に話自体はあるとは思うがパワーが求められる欧州の芝は厳しいんじゃないか?

 

415:名無しのウマ娘ファン

じゃあアメリカか

 

417:名無しのウマ娘ファン

アメリカってダートが主流では?

 

420:名無しのウマ娘ファン

ダートと比べると格は落ちるけど芝のレースはある。西だか東だかの芝は日本に近いとか何とか

 

421:名無しのウマ娘ファン

へぇ

 

424:名無しのウマ娘ファン

過去のジャパンカップで勝ったアメリカのウマ娘が日米の芝コースについて話してる記事あったな、そういや

 

426:名無しのウマ娘ファン

あとは中東も芝のレースあるな ドバイとかサウジとか

 

427:名無しのウマ娘ファン

どこだよ

 

430:名無しのウマ娘ファン

地理勉強しろ

 

 

 

 

 

 

 

 

宝塚記念を観戦するスレ

 

 

256:名無しのウマ娘ファン

おいおいおいまじかよ

 

261:名無しのウマ娘ファン

何が起こった? テレビ中継だと職員がわちゃわちゃしてるのしか見えん

 

269:名無しのウマ娘ファン

ゲート入りしようとしてたトゥデイグッドデイが担架で運ばれた

 

272:名無しのウマ娘ファン

は? なんで

 

274:名無しのウマ娘ファン

ターフビジョン見る限りだと口元押さえて蹲ってたから、吐いたのかも

 

279:名無しのウマ娘ファン

なんだろ、緊張してたんかな

 

280:名無しのウマ娘ファン

いやーそんなヤワな精神してないでしょ。怪我乗り越えて重賞獲った鋼メンタルの持ち主が

 

288:名無しのウマ娘ファン

それもそうか

 

296:名無しのウマ娘ファン

阪神レース場の裏方だけど担架で運ばれた子吐血してた あれヤバいって

 

299:名無しのウマ娘ファン

吐血!? 鼻血の見間違えじゃなくて!?

 

304:名無しのウマ娘ファン

見間違えであってほしいよ

 

 

 

511:名無しのウマ娘ファン

レース開始は遅れるか……当然だな

 

517:名無しのウマ娘ファン

これススズ大丈夫か? こんな光景目の当たりにして

 

523:名無しのウマ娘ファン

……無理だろ。お前、無二の親友が目の前で担架で運ばれて平静を保てるか?

 

526:名無しのウマ娘ファン

そんな友達おりゃん

 

532:名無しのウマ娘ファン

すまん

 

538:名無しのウマ娘ファン

涙拭けよ

 

545:名無しのウマ娘ファン

これでスズカ負けたらあいつのせいだな

 

553:名無しのウマ娘ファン

は?

 

555:名無しのウマ娘ファン

何意味不明なこといってんだテメエ

 

561:名無しのウマ娘ファン

体調管理も出来ずにレースに出て、出走前に倒れて周りに迷惑を掛けるとかプロのアスリートとしての自覚足りないんじゃないか? というかトレーナー無能かよ こんなやつ出すなんて

 

567:名無しのウマ娘ファン

プロ云々以前に高校生だぞ。子供なんだ。モニターの前でキーボード叩いてる俺たち子供部屋おじさんとは違うんだよ

 

572:名無しのウマ娘ファン

トレーナー無能って、パドックで誰も不調に気付いてなかっただろうが。プロの解説も、現地で見てる歴戦のファンも、このスレにいる連中だって、お前もだ

 

574:名無しのウマ娘ファン

そもそも前兆のない急病の可能性もあるだろうに

 

577:名無しのウマ娘ファン

レース中の斜行とか妨害行為なら兎も角、レース前の事で責任云々は違うだろ そこからメンタルをいかに立て直すかもプロだ

 

585:名無しのウマ娘ファン

タチの悪い雑誌とかが>>561みたいな論調で記事載せるんだろうな

 

588:名無しのウマ娘ファン

ほんそれ

 

593:名無しのウマ娘ファン

ワイドショーで自称レース専門家がしたり顔で「不調なのは明らかでした。出走回避すべきでしたね」とか言うぞ

 

594:名無しのウマ娘ファン

何だお前未来人か?

 

601:名無しのウマ娘ファン

見える見える なんか腹立ってきたわ

 

603:名無しのウマ娘ファン

俺はテレビ持ってないから見ないで済むな

 

608:名無しのウマ娘ファン

どうか無事でいてくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

トゥデイグッドデイのグランプリを見守るスレ

82:名無しの植物

勝ったのはフクキタルか

 

83:名無しの植物

スズカは2着、クビ差の接戦だったな

 

84:名無しの植物

3着のリョテイとスズカは5バ身差、完全に二人のマッチレースって感じ

 

85:名無しの植物

フクちゃんおめでとう!

 

87:名無しの植物

いいレースだった

 

89:名無しの植物

ほんと熱いレースだったよ。でも荒れるよな ネットもメディアも

 

91:名無しの植物

皆死力を尽くした。スズカの逃げ差しは健在だったし、フクキタルの追撃を一度は突き放した。けれどそれを差し返したのはフクキタルだ。トゥデイが走っていたとしても結果は変わらなかったよ

 

93:名無しの植物

レースレコードだしな

 

94:名無しの植物

悔しいが、今のトゥデイじゃ影も踏めなかったと思うよ

 

95:名無しの植物

無事復帰して、夏でどれだけ伸びるか 秋のG1戦線に期待したいけどな

 

96:名無しの植物

は? こいつのせいでスズカ負けたんだが さっさと引退しろよ 二度と出てくるな

 

98:名無しの植物

あ?

 

100:名無しの植物

ほら湧いた

 

102:名無しの植物

消えろクソ野郎 素晴らしいレースに水を差すな

 

104:名無しの植物

構うな構うな 通報してほっとけ

 

105:名無しの植物

こいつさえいなけりゃスズカは無敗の三冠でもっとG1獲ってそのまま皇帝にだって届いたんだ。それを台無しにしやがって

 

107:名無しの植物

……神戸新聞杯と菊花賞でフクキタルに負けたことをご存知無い?

 

109:名無しの植物

こういう輩の中だとそれもトゥデイの所為になってんだろ

 

110:名無しの植物

池沼かよ

 

112:名無しの植物

スズカ含めて真剣にレースを走る全てのウマ娘への侮辱だぞ 分かってんのか

 

113:名無しの植物

お、アク禁になったか 管理人乙

 

115:名無しの植物

しっかし、こんな場末の個人サイトの過疎スレまで湧いて来るとか他所はやばいんじゃないか

 

116:名無しの植物

Uch(ゆーちゃんねる)の宝塚記念関連スレとか大きいところはどこも戦争状態 見てられない

 

118:名無しの植物

トゥデイがSNSとか配信とかやってなくて良かったとこの時ばかりは思う。いつもは情報の少なさにやきもきしてたけど

 

120:名無しの植物

基本他人の背景にちょこっと写ってるだけだしな

 

121:名無しの植物

絶対大炎上してたよ

 

123:名無しの植物

阪神レース場近くの病院に搬送されたんだろ? マスゴミとか厄介ファン突撃してそうだなぁ

 

125:名無しの植物

大丈夫 URAから派遣されるばんえいウマ娘警備隊ががっちり固めてるはず

 

126:名無しの植物

あの最低でも180センチ超の巨女軍団か

 

128:名無しの植物

暴走して交差点に突っ込んだ10トントラックを一人で受け止め児童を守ったとかいう

 

130:名無しの植物

何それ神話の守護神かよ

 

134:名無しの植物

トゥデイ、URAの公式発表だと命に別状は無いらしいが

 

135:名無しの植物

また走れるよな?

 

136:名無しの植物

そうあって欲しいけど……どうだろう

 

138:名無しの植物

続報を待つしかない、か

 

140:名無しの植物

とりあえず近所の神社に神頼みしてくるわ 何かしてないと不安でおかしくなりそう

 

141:名無しの植物

俺も

 

142:名無しの植物

ワイも

 

143:名無しの植物

神様仏様三女神様、頼むよ 何でもするから

 

 

 





デイカスはいくらでも炎上させていい。古事記にもそう書いてある。

次とその次辺りはデイカスにとってのターニングポイントになると思います。秋天にむけて助走をつけないとね。




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第26R Point of no return.

 ダービー夜という難所を超えたので後は決意の直滑降でゴールまで駆け抜けるのみ。


 Point of no return.帰還不能点。




 

 

 

 夕方の情報番組では早速宝塚記念のことが話題になっていた。

 

 

「さて、本日開催されたトゥインクルシリーズ春のグランプリ、宝塚記念ですが波乱の展開となりました。まずはVTRをご覧ください」

 

 

 そして流れるトゥデイグッドデイのゲート入り直前の一幕。口元を片手で押さえてその場に膝をついた小柄なウマ娘が、サイレンススズカやマチカネフクキタルらに心配されながら担架に載せられ救急車に運ばれる。

 

 

「結果としてレースは約二十分遅れて開始し、勝利したのは5番人気のマチカネフクキタル選手でした。URAの公式発表では、トゥデイグッドデイ選手は命に別状はないとのことです」

 

 

 VTRの中ではゴール板直前でマチカネフクキタルがサイレンススズカを差し切りクビ差で勝利を収めた。そして映像は切り替わり、トゥデイグッドデイについての情報が整理されたパネルが表示される。

 

 

「トゥデイグッドデイ選手はトレセン学園高等部に在籍しており、チームリギル所属。過去に勝利した重賞は昨年の青葉賞と今年の中山金杯の2つ。その他金鯱賞で3着、大阪杯では5着という成績を収めています。宝塚記念の人気投票では16位と優先出走権は得られませんでしたが、回避が相次ぎフルゲートに満たなかったこともあり出走が確定。しかし、残念なことに今回競走除外となってしまいました」

 

 

 そこで司会は一回話を切り、引きのカメラとなったところで話を他所に振る。

 

 

「今回の宝塚記念についてですが、どう思われますか?」

「そうですね。勝利したマチカネフクキタルの末脚は見事でした。しかし、もしかしたら、と思わせるレースでもありましたね」

 

 

 司会に話を振られ答えるのは壮年の男性コメンテーター。トゥインクルシリーズのレースアナリストという肩書を自称し、この情報番組のレースコーナーでは時々顔を出す人物だった。

 

 

「それは……トゥデイグッドデイ選手の事でしょうか?」

「ええ。ゲート入り直前の騒動。彼女のアクシデントと競走除外が無ければサイレンススズカが人気通りの逃げ切り勝ちをしたのでは、と私は思います」

 

 

 そこでカメラが切り替わり、トゥデイグッドデイについての情報を載せるモニターを再度映し出す。

 

 

「先程トゥデイグッドデイ選手はチームリギルに所属していると紹介しましたが、こちらにはサイレンススズカ選手をはじめ、かの皇帝やスーパーカー、現無敗の二冠グラスワンダー選手なども所属している最強と名高いチームです。そして寮ではサイレンススズカ選手と同室で、親しい友人関係にあるそうですね」

「友人があのような状態になり平静を保つというのは難しいでしょうからね。彼女達は学生、まだまだ子供です。精神的動揺が走りに影響したと考えるのが自然でしょう」

「なるほど……ここで別の方の意見も伺ってみましょうか」

 

 

 次いで映し出されたのはかつてウマ娘専門誌で編集を勤めていた男性。

 

 

「正直に言うとトゥデイグッドデイ、そして彼女を指導するチームリギルの東条トレーナーの怠慢ですよ。彼女レベルのウマ娘だと人生で一度あるかないかのグランプリ、記念として体調不良をおして出走したんでしょうが結果はこれです。それに、東条トレーナーはこんな状態のウマ娘をなんで出走させたんですかね? まともな走りが出来るわけないし、こうやって騒動の原因にもなる。いや、今回のレースでリギルからは3人出走していましたね。逃げが1人に差し先行が2人……邪推になりますが、チームの栄光の為に……なんて可能性もあります。兎も角、何らかの処分は必要だと思いますよ」

「処分、ですか」

「それこそ一定期間の出走停止やトレーナーライセンスの凍結ですね。リギルがどうとか関係ありません。斜行などの妨害行為となんら変わりませんよ、これは」

 

 

 彼のコメントの端々から強い憤りが感じられる。

 

 

「……とのことですが、同じウマ娘として如何でしょう」

 

 

 次いでカメラが向いたのは鹿毛のウマ娘。四十歳を超えているとは思えないほどに若々しい彼女は腕を組んで耳を思いっきり絞り、いかにも不機嫌ですといった様子で口を開く。

 

 

「勝ったのはマチカネフクキタルよ。レースレコードで、異次元の逃亡者を差し切って。それをさっきから何? 本来ならサイレンススズカが勝っていた、八百長があった、トゥデイグッドデイや東条トレーナーを処分だなんだと、バカ言うのもいい加減にして」

「けれど実際問題影響はあったでしょう? それに、そう言われるのも仕方がない状況ですよね」

「影響があったとして、それはサイレンススズカだけなの? マチカネフクキタルはトゥデイグッドデイ達といつも昼食を一緒に摂ったりする友人よ? 動揺するなら彼女もでしょう? 私達ウマ娘をナメないで。ライバルが走れなくなったのなら、その想いも夢も背負って力に変えて走るわ」

 

 彼女は「それと」と一層眼光を鋭くする。

 

 

「あの子達の走りを見て八百長だなんだ疑うようなその節穴、さっさと交換したほうがよろしくてよ」

 

 

 そう言い切って、彼女は「ふぅ」と一息入れる。

 元G1ウマ娘の気迫にスタジオは凍り付いたように静まり返り、それを向けられた元編集は冷や汗を浮かべて黙り込んだ。

 

 

「まあ、トゥデイグッドデイにも言いたい事はあるけどね」

「……というと?」

「あんなに周りに心配かけたんだから、数発ビンタされるくらいは覚悟しなさいって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウマ娘のビンタされたら死ぬから。いや私もウマ娘だし大丈……やっぱ死ぬかな」

 

 

 病室にて。ベッドに横になり備え付けのテレビをザッピングしつつ報道をチェックしていたら、気の強そうな鹿毛のウマ娘のコメンテーターの言葉に思わずツッコんでしまった。

 

 

「というか、社会的に死にそう」

 

 

 呟いてテレビの電源を切る。

 スマートフォンはレース場の控室のカバンの中で手元に無いからSNSなどの反応は見れないが、テレビを見た限りそちらも相当炎上していそうだ。

 ツイ…ウマッターでは他のウマ娘の投稿を確認しお気に入りするための、プロフ画像すら設定してないてきとーアカウントしか持っていないが、もしこれが他のウマ娘と同様に本人としてアカウントを作って運用していたら……前世の有名な炎上騒ぎを思い出して寒気がする。

 

 宝塚記念で私は13人中12番人気だった。まあ実績や能力を考えれば順当だろう。それがレース前に吐血して救急車で運ばれ、遅れて始まったレースでは1番人気のスズカを差し切って5番人気のフクキタルがクビ差で勝利。そりゃ「アレがなければ」って思う人達が出るわけだ。

 

 これは切腹ものでは?

 

 宝塚記念を走った全てのウマ娘への侮辱の原因となり、特にフクキタルのグランプリ初勝利に水を差した。

 いや切腹なんていう綺麗な死に方すら烏滸がましい。腹掻っ捌いて生きたまま鳥に突かれ貪られ苦しみ抜いて死ぬくらいしなければならないのでは?

 

 

「うぐッ……」

 

 

 そんな事を考えていたらまた腹が痛みだした。

 

 私を診察した医者曰く『急性胃粘膜病変』とのこと。ストレスなど何らかの要因で胃粘膜が急に傷付いたらしい。そして胃カメラ検査の結果、胃が裂けているとかなんとか。

 

 原因は十中八九ストレスだろう。

 

 あのダービーの夜、スペに「憧れ」だと言われた。

 アニメにおけるスズカのように。

 

 理解できなかった。私はスズカに勝ったことがない。スズカのような圧倒的で、全てのウマ娘にとって理想的な、夢のような走りなんて出来ない。なのにスペは、スペシャルウィークは私に憧れたのだという。

 

 だからじゃないのか? 彼女がダービーに負けたのは。

 こんなクソッタレで最低な、掃いて捨てるような十把一絡げの底辺転生者に、ナニカの間違いで憧れてしまったせいで。

 

 スズカ達がアニメと違う道を辿った事を好都合だと思った。グラスペに近づいたのだと思い込んだ。

 

 違った。

 

 それにスペは、彼女の根幹である日本ダービーで負けた。私が『スペシャルウィーク』の魂に傷をつけた。

 

 私の存在が、全てを狂わせた。

 

 実を言えば、宝塚記念への出走を取り消すことも考えた。こんな私がスズカ達と走るなんて、と。

 だけど……出来なかった。スズカやフクキタル、エアグルーヴ先輩達は一緒に走ることを楽しみにしていると言ってくれた。グラス達後輩やクラスメイトも応援してくれた。前世含めればひと回り以上年下の彼女達だけど、皆青春を精一杯謳歌している素敵な女の子で、尊敬できるアスリートで、おこがましくて浅ましい考えだけれど、私の大好きで大切な人達なんだ。

 

 けれど、宝塚記念のゲート入り直前。内臓が締め付けられるような痛みと共に視界がぐにゃりと歪み、嘔吐感と共に何かが込み上げてきて、それを抑えようとしたけど間に合わなかった。

 

 

 ゲートってさ、最内か最外じゃない限りウマ娘に挟まれるんだよ。

 

 

 両隣の子がそれぞれグラスとスペに、重なってしまった。

 グラスペに挟まることを幻視してしまった。

 

 百歩、いや万歩、いいや億歩譲ってグラスペが成らないなら、アニメで見たような日々が過ぎるだけならまだ良かった。私は一人のモブとして、観葉植物のようにそれを見守るだけだ。

 だが、そこに私が割って入るなんて可能性あっていい筈が無い。グラスペに、ウマ娘カプに挟まるなんて想像することすら罪だ。

 しかも、それを無関係のウマ娘に重ねるなんて、その子達に対する冒涜だ。私は一体いくつの罪を犯したのか、両手の指で足りるだろうか。数えるのも億劫なくらいだろう。

 

 これは私の存在自体が罪では?

 

 

「でも、それでも、私は……」

 

 

 グラスペを成す。そのために私は走ってきた。いくつかのレースを勝った。私の存在によって弾き出された誰かが、涙を流したウマ娘が居る。カルマだ。業だ。ここで私が諦めてしまったら、彼女達の涙はどうなる。

 

 ここで足を止めるわけにはいかない。

 

 まだだ。まだ道はあるはずだ。グラスペに続く道が。

 

 けれど、どうすればいい? どうすれば……。

 

 

 苦悩する私の耳に「コンコン」と控えめなノックの音が響いた。

 

 

「トゥデイ、起きているかしら」

 

 

 聞こえてきたのはおハナさんの声。

 

 

「トレーナー? どうぞ」

「失礼するわ」

 

 

 そう言って入ってきたおハナさんは普段と変わらないクールビューティー……いや、汗で髪が張り付いていて若干疲労の色が見えた。おハナさんは手近な椅子に腰掛けるとじっと私の顔を見つめてくる。

 

 

「……なにか?」

「いえ……体調はどう? 痛みはあるかしら?」

「吐き気などはありません。時々痛みますが今はそれほど。トレーナーはどうしてここに?」

「教え子が救急搬送されたら駆け付けるのは当たり前でしょう。とは言っても、ウイニングライブの準備や他の子への指示でこんな時間になってしまったし、すぐ戻らないとだけど」

 

 

 こんな時間とは言うが私が運ばれてから2時間も経っていない。スズカは2着でパイセンは4着。ライブ準備以外にも取材などもあったはず。多忙なおハナさんの事を考えれば相当無理したことが伺える。

 

 

「スズカ達は……どうでした?」

「とても心配していたわよ。もっとも、強い子達だからライブとかは問題ないけれど。終わればすぐ駆け付けるって言ってたわ。あと、貴女の荷物を持ってきたから後で連絡をいれてあげて」

「ありがとうございます」

 

 

 おハナさんがサイドチェストに私の鞄を置く。態々控室から持ってきてくれたのか。申し訳ない。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 静寂。気まずい。

 私の所為で世間的に相当バッシングされている筈だ。私の事はどうでもいいが、おハナさんにスズカ、フクキタルやリギルの皆、レースを走った面々…彼女たちが貶められるのは非常に心苦しい。

 チームからの脱退を求められる事もあり得るだろう。そうしたら、どうしようか。今の私を受け入れてくれるチーム、契約を結んでくれるトレーナーは……。

 

 

「……トゥデイ」

「はい?」

「貴女は、走りたい?」

「それは……」

 

 

 走ることは好きだ。好きになった。スズカやフクキタル達とレースを走ることは楽しい。

 けれど、私はグラスペを成すためにトレセン学園に入った。

 

 走りたいのか、走らなければならないのか。

 

 私は、どちらだろうか。

 

 

「もし、貴女の中でまだ答えが出ないのなら……タイキのフランス遠征にサポートスタッフとして同行してもらう事を考えているわ」

「え?」

「今、この日本で貴女を取り巻く状況は良くない。ほとぼりが冷めるまで、そして気持ちの整理がつくまで、海外で過ごすのも一つの手だと思う」

「海外……」

 

 

 海外……遠征……そうか、そうだ。

 その手があった。いや、初心にかえったと言うべきか。

 私がスペの憧れなら、アニメにおけるスズカポジなら。

 

 

「詳しいことは、また今度話しましょう。今はゆっくり休んで」

 

 

 そう言っておハナさんは病室から出ていった。

 

 

 ああ、ありがとう、ありがとうおハナさん。

 貴女のお陰で私は思い出せた。

 

 

 憧れは、理解から最も遠い感情だと。

 

 

 故に、憧れのままに、私は。

 

 

「なら、頑張らないと」

 

 

 

 

 





 別に憧れのまま秋天で死ぬとか考えてませんけどね。デイカス。
 死んだらグラスペ堪能できませんし。

 初心は大事ってそれ一番言われてるから。

 ちなみに史実98年宝塚は7/12、タイキ渡仏は7/21。ウマ娘故に融通は効くでしょうし多分同行は出来るんじゃにゃいかと。

 コメンテーターの鹿毛のG1ウマ娘のモデルは居ないです。あと、テレビ五年くらい見てないから情報番組どんななのか分からん。

 アプリだったらこの辺り育成シナリオの湿度高そう。



 次は周りの反応になると思います。

 ではでは~ノシ


ツイッターとかやってます。お絵描き投稿したり更新告知したりします。よければ
pixiv  ⇒ https://www.pixiv.net/users/76686231

Twitter ⇒ https://twitter.com/adappast


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第27R 曇りのち晴れの夏合宿1

今回から夏合宿
今のところ数話かかる見込みなのでサブタイがこんなんになってます

完結後のIF√短編についてのアンケートやってるのでよかったらどうぞ


ーーーーー追記ーーーーーー
感想欄でのリクエスト伺いが規約違反らしいのでアンケート作り直しました! 
こんなんが読みたいなどは活動報告にてお願いしますm(_ _)m
ほんとスミマセン……なんでもしまむら!!

↓活動報告のURLです
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=283558&uid=205410


 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 宝塚記念が終わって暫く。夏合宿に向けて学園中が浮つき出すこの時期。トレセン学園近くのバーに東条と沖野の姿があった。

 

 

「ため息つくと幸せが逃げるっていうぞ」

「…………はぁ」

「こりゃ重症だな」

 

 

 すでに度数の強い洋酒を何杯も飲んでいる東条の頬は赤い。沖野は頭を掻き、目線とジェスチャーでバーテンダーに水を注文する。

 

 彼女がこうなっている原因は明らかだ。

 

 先日の宝塚記念、東条の教え子であるトゥデイグッドデイがゲート入り中に吐血し競走除外になった。

 そして、こちらもまた教え子であり一番人気だったサイレンススズカがマチカネフクキタルに敗れ、その原因がトゥデイグッドデイにあるとする一部の者達からのバッシング。その対応に追われている事に加えて、チームのウマ娘達へのケア、そして自分自身への呵責と彼女の心身への疲労は相当なものだ。

 悩みを吐き出すことで少しでもストレスが和らげばと沖野が強引に飲みに連れ出したのだが、東条は相当堪えているようだった。

 

 

「俺もトゥデイのパドックの映像とか色々見返したけどさ、変調の兆しはまったく分からなかったよ。おハナさんの方でも毎日バイタルチェックとかはしてたんだろ? 親友のスズカ達、あの場にいた解説や他のトレーナー連中だって誰一人気付いてなかったんだ。切り替えていくしかないさ」

 

 

 トゥデイグッドデイの診断結果はストレス性の急性胃粘膜病変と出ていた。治療は全治1週間ほどで既に退院し普段通りのトレーニングをこなしており、夏合宿にも問題なく参加できる事になっている。

 

 

「それでも、私はあの子達のトレーナーなのよ。気づけるかどうかじゃない。気付かなくちゃいけなかったの」

「……理想は、そうなんだがな」

 

 

 沖野は眉を顰める。

 ウマ娘というのはメンタルの良し悪しや体調の好不調が表に出やすい事が多い。それは耳や尻尾、肌、睡眠不足、トレーニング結果など分かりやすい形で現れる。一方で、骨折などの怪我は生来のバ力に対する身体の脆弱性から前兆が無いことが殆どだ。

 だが、彼女の場合はそうではない。問題があったことが分かるときは問題が発生したときという、突然壊れてしまった電化製品を思わせる。

 トゥデイグッドデイというウマ娘の精神性は歪だった。ウマ娘としての本能を抑えつけてしまうほどの理性をもつ一方で、過去に植物状態になるような怪我を負うも凄絶なリハビリの果てにトレセン学園へと編入するという無茶を実行し、身体的ハンデを抱えながら不断の努力を重ねて同期の世代最強へと挑み続け、遂にはその影を踏もうとしているのは異常の一言。

 

 

「トゥデイグッドデイと話はしたんだろ? どうだった?」

「……タイキのフランス遠征への同行は断られたわ。憧れてくれている後輩のためにも頑張りたいって」

「憧れてくれている後輩……ね」

 

 

 その後輩に沖野は心当たりがあった。

 日本ダービーでグラスワンダー、エルコンドルパサーに続く3着という結果で終えたスペシャルウィーク。彼女がダービー当日の夜、中庭にてトゥデイグッドデイ、サイレンススズカと会話しているところを途中からではあるが彼は物陰から見ていた。

 日本一のウマ娘という夢への第一歩を踏み外し茫然としていたスペシャルウィークの『走る理由』を見つける、否、思い出す切っ掛けになった出来事。

 それ以来、スペシャルウィークは調子を持ち直しトレーニングにも意欲的に取り組み、若干落ち込みがちだったエルコンドルパサーも触発されるように調子を上げている。

 宝塚記念の一件で多少戸惑いや心配はあったようだが「トゥデイさんなら大丈夫」と信じているようで影響は最小限。いい状態で夏合宿を迎えられそうだった。

 

 

「そう、後輩。仕方のないことだけど、ファンに対しては冷淡なのよね、あの子」

「冷淡?」

「冷めてるって言えばいいかしら。ほら、ファンの応援を受けて頑張るっていうウマ娘は多いし、その裏返しでメンタルを崩す娘もいるじゃない?」

「……そうだな」

 

 

 沖野は頷く。

 トゥデイグッドデイのようにゲート入り前後でのトラブルやレース中に斜行などで妨害してしまった、高い人気だったのに負けた、大きな記録を阻んだなどの場合に、ファンから心無い言葉を浴びせられウマ娘の調子が崩れてしまう例は散見される。

 

 

「トゥデイはそれが無い……と」

「ええ。SNSでの発信はやっていないみたいだし、エゴサもやらないでしょうね」

「なるほどな……ほんとに女子高生か? あいつ」

 

 

 東条からの話を聞く限り、彼女の知る限りで胃を破壊するようなストレスの原因となった出来事は無さそうだった。ファン投票の結果で優先権が決まるグランプリへの出走が重荷だったという線もあるが、投票結果に関わらず出走は決めていたようだし、本人の気質的にレース自体でストレスを感じるとは考えにくい。

 

 

「となると、背負わせちまった……んだろうな」

「それは、どういう事?」

 

 

 沖野の呟きに東条が反応する。彼がダービーの夜の出来事について話すと、彼女は水の注がれたグラスに視線に落としながら「そう……そんなことが」と漏らす。

 

 

「スペの夢を背負っちまったから、そのプレッシャーに耐えられなかった。互いに編入生で、同期に絶対的なライバルがいる挑戦者ってのもあるか? スペに対して何か感じる所があるのかもな」

「……トゥデイとスズカ、スペシャルウィークとグラス。確かに……ね。でも、トゥインクルシリーズを走るのなら、誰かの夢を背負うのは当たり前のこと。スズカを超えるという夢だけを抱えてスズカたちG1ウマ娘に勝つなんて、それこそ夢みたいな話だわ」

「そりゃあな。スペがグラスに負けたのもそこの部分だろうし」

「あら。そこはグラスの実力に決まっているわよ」

「うっせ」

 

 

 空元気だろうが微かに笑みを浮かべる東条。

 

 

「トゥデイはようやく次のステップに踏み出した……っていう事なのかしらね。成長率は宝塚前よりも明確に高くなっているし、夏合宿で大きく伸びそう。勿論、これまで以上に気を付けて見ないとだけど」

「なら秋のG1は要注意だな。リギルからはサイレンススズカ、グラスワンダー、エアグルーヴに加えてトゥデイグッドデイ。あーあ、俺達みたいな零細チームからすると悪夢みたいだぜ」

「……どの口が言うんだか」

 

 

 クラシック三冠の最後の一つ、菊花賞をスペシャルウィークは目指すことになる。打倒サイレンススズカを掲げるエルコンドルパサーは天皇賞秋の予定だ。そして、両者ともにジャパンカップをクラシック最終戦に据えている。確実に東条の教え子達と相見える事になるだろう。

 

 

「トゥデイ以外は大丈夫なのか?」

「……スズカが、ちょっとね」

 

 

 東条は宝塚記念以降、明確に調子を落としているサイレンススズカの事を思い出す。自らの敗北によって親友が世間からバッシングを受け、勝者であるフクキタルが讃えられないという現状に思うところがあるのだろう。走りに迷いが出ているように見えた。

 

 

「スズカの走りにはどうしても夢を見ちまう。誰だってそうだし、俺もそうだ。宝塚から今までの騒ぎは、その裏返しなんだろうな」

「ほんと勝手よね……ヒトって」

「そうだな」

 

 

 沖野も酒に口をつける。

 

 

「スズカのメンタルはどうするんだ?」

「夏合宿で環境を変えてみてどうなるか……って感じね。マチカネフクキタルのトレーナーに声をかけているから、当人達の間で上手く消化できればいいと思うんだけど」

「こればかりはな、チームトレーナーの俺達が深入りしてどうにかなる問題じゃないし……専属として見てればまた別だろうが」

「そうね……」

 

 

 専属トレーナーは時に『恋人以上』『人バ一体』『一心同体』と言われるほどの関係性を構築し、そうなったウマ娘はレースにおいて圧倒的なパフォーマンスを発揮する。

 現役の専属トレーナー持ちウマ娘の中で特に有名なのがマチカネフクキタルであり、休日には商店街をトレーナーと見回ったり、調子に乗ったところでアイアンクローを掛けられて奇声を上げたりする所が目撃されている。

 なお、専属トレーナーとその担当が卒業後に結ばれる確率は高い。新人トレーナーの初の専属契約だった場合は特に。

 

 

「フクキタルのとこに便乗するわけじゃないが、おハナさんが良ければ夏合宿、スピカと合同トレーニングなんてどうだ? こっちはデビュー前の奴らが多い。勉強させてもらうが、そっちの刺激にもなると思うんだが」

「いいけど、折れても知らないわよ?」

「ハッ、そんなヤワな鍛え方してねえよ」

 

 

 沖野と東条は不敵な笑みを浮かべ、酒を飲み交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏が来た。

 

 海だ! 水着だ! 祭りだ! 浴衣だ! といつもとは一味違うウマ娘達の姿を見られるという、私のまな板のような胸がいつもより躍る(非物理的に)時期。

 

 そして夏合宿である。

 

 去年も一昨年も来た筈なのに記憶が無いが……ネタが思い付かなかったから書かなかったなんて事はないだろう。ん……? 今私は何を……。

 

 ま、それは一旦置いておこう。

 

 デカくて内装がホテル並みに整ったバスを降り合宿場所に近い海沿いのこれまたデカいホテルという札束の暴力を目の当たりにし、割り当てられた部屋に荷物を置いた私達チームリギルの面々はジャージに着替え、おハナさんを先頭にトレーニングを行う砂浜へと向かっていた。

 その途中、私はぽつぽつと見慣れぬ人影があることに気付く。

 

 

「っ! でっか……」

「警備の方のようですが……ばんえいウマ娘ですか」

 

 

 身長は二メートルくらいあるだろうか。ほわほわした柔和な顔つきや雰囲気とは対照的に筋肉モリモリマッチョマンとでも言いたくなる体格をもつばんえいウマ娘の警備員がいた。目が合いこちらに向かってひらひらと手を振っているけど半袖の制服から露出してる二の腕すっごい。私のウエストより太そう。というか手もデカい……スイカ片手で握り潰せるだろあれ。私の頭も。

 

 帯広レース場で開催されるばんえい競バのレース映像などはいちウマ娘ファンとして勿論見たことはあるが、ばんえいウマ娘を直接見たのは初めてだ。入院してる時もマスコミ対策とかで警備員が配置されてたらしいけど、彼女達は外だったし退院は夜間にコッソリだったから見ていない。

 ばんえい競バは冬のナイターレースが好きだ。全身から立ち上る蒸気と雄たけびを上げながら障害を乗り越える姿の迫力が凄かった。レース前はおっとりぽわぽわほんわかお姉さんみたいなウマ娘が鬼の形相になるのもギャップがあって非常によろしい。トゥインクルシリーズとはまた異なる魅力があると言える。

 

 

「あの物腰、相当な手練れですね……ふふっ、機会があればお手合わせ頂きたいです」

 

 

 あと、隣を歩くグラスの感想は何目線だろう。刺客? 剣客? ああ、警備員さんもグラスの視線を受けて笑みを深くしているし、いつからここはバトル物世界観になったんだ。ウマ娘はスポ根百合だろう(個人の感想です)。

 

 眼前の物騒な世界から目を逸らそうと私は視線をグラスとは反対方向の斜め後ろに向ける。

 そこにはスズカとエアグルーヴパイセンが並んで歩いている。パイセンがゴルシを始めとする問題児たちの行動について愚痴を漏らしてスズカがそれに相槌を打っているようだ。スズグルいい……もっと仲良くして……供給して……。

 

 あっ、スズカと目が合ったけど逸らされた。

 

 百合厨の視線がつい出てしまったか……気持ち悪がらせてしまい申し訳ない。

 自分の自制心の無さを悔いていると、ついとグラスにジャージの袖を引かれた。

 

 

「グラス?」

「あ、その……足元に注意してくださいね」

「?? ありがと」

「いえ……」

 

 

 どうしたのかと疑問符を浮かべて振り返ると、そう言ってグラスはすぐに手を離して一歩後ろに下がりついてくる。

 

 足元……あ、フナムシがいたわ。危ない危ない、気付かずにふんづける所だった。流石グラス、気配感知のスキルでも持ってるんだろうか……そこにシビれる憧れるゥ!!

 

 そうそう。ホテルの部屋割りだが同室はグラスだった。スズカはパイセン。カイチョーはマルゼン姐さん。フジさんはオペラオー。ヒシアマ姐さんはブライアンさんという組み合わせ。常に寮で同室だからか当たり前にスズカと一緒かと思ったけどこれは夏合宿。普段とは異なる組み合わせでモチベーションの向上を図るとかだろうか。知らんけど。

 

 

「ッ!? %$#&@※∆ーーーーッッッッ!!??」

「エアグルーヴ!?」

 

 

 そしてエアグルーヴパイセンの言葉にならない悲鳴とスズカの驚く声が響いた。そういえば虫が苦手でしたね。

 

 

 

 

 

 開幕早々というか開幕前からパイセンのやる気がフナムシにより急降下という波乱のスタートを迎えた夏合宿だが、それがフラグだったのか更に波乱は続いた。

 

 

「マチカネフクキタルですっ!! これからよろしくお願いしますっ!!」

「どうも、お世話になります」

 

 

 ビシッと敬礼するフクキタル。隣でペコリと頭を下げるぱっとしない優男は彼女の専属トレーナーらしい。ロープとノコギリとドラム缶と生コン用意しないと(トレウマアンチ過激派)。

 いやまあ流石に冗談だ。半分くらいは。フクキタルの目線、動作、距離感……伊達に百合厨として日々ウマ娘達を観察していない。彼女がその優男に一線を越えた感情を抱いていることはひと目でわかった。私の勝手な行動で悲しませてはいけない。ここは涙をのんで見守ろう。

 

 

 だが、フクキタルを泣かせるようなことがあったら覚悟しておけヒトオス。神が赦しても私が赦さん。

 

 

「ッ!?」

「? トレーナーさん?」

「え、あ、いや、何でもないよ」

 

 

 おっとつい殺気が。失敬失敬。

 

 

「っと、じゃあ次は俺たちだな。チームスピカだ。よろしく頼むぜ」

「「「「「「「よろしくお願いします(わ)」」」」」」」

 

 

 そして沖野トレーナーとスペやエル達チームスピカの面々。最近朧気になってきた前世の記憶だと、リギル&スピカ+フクキタルの合同夏合宿なんて無かった筈。また私の影響か。もうこれについては諦めの境地に達したよ……過去は変えられない。ならより良い未来(グラスペ)を成すために最善を尽くすのみ。そう思わないとやってられない(本音)。

 

 宝塚記念の夜。おハナさんと話して初心に還った私の目標としては、秋天でスズカの故障を防ぎつつ私自身もレースで結果を残しスペの憧れのままに海外に行くということ。え? 結果を残せるのか? 気合いでどうにかするんだよ!!

 

 来年エルがフランスは凱旋門賞に挑戦し、スズカは怪我が無ければ得意な左回りのレースが多いアメリカだろう。私は特に拘りは無いけど中東を考えている。賞金高いし。

 

 っと、考え事をしているうちにおハナさんの話が終わりトレーニングを始めることに。

 いくつかのグループに分かれてそれぞれトレーニングをするのだが。

 

 

「あ、あのっ、よろしくお願いします、トゥデイさんっ!!」

 

 

 スペの向けてくるキラキラした瞳が眩しくて胃がかかがが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者より頭のいいキャラは書けないって事を実感するこの頃


夏合宿、秋のファン感謝祭、毎日王冠、天寿、秋天、その後。と今後は大まかにこんな流れの予定です。
あと、UA100万記念短編執筆中です。タヒぬやつじゃないてすがどぼめじろうとか他の97世代と絡ませる予定なので許して亭許して


あとデイカス、お前がフクちゃん含めて皆を泣かせるんやで


ではお愉しみに~


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第28R 曇りのち晴れの夏合宿2

最近執筆がスランプ気味なので駄文です許して……

デイカスの走りの秘密(という名のトンデモ理論)がありますが阿寒湖のように広い心で受け入れてください



 

 

 

 これは、夏合宿前の一幕。

 

 

 

 

「えっ? 夏合宿をスズカさん達とですか!?」

 

 

 マチカネフクキタルは自身の専属トレーナーから告げられた言葉に目を丸くした。

 

 

「ああ。リギルの東条トレーナーからお声がかかったんだ。フクキタルはどう思う?」

 

 

 トレーナーが訊ねると、彼女は思案顔になり「むむむ」と唸る。

 

 

「……この話って、あの宝塚記念が理由ですよね」

「そうだね。あちらから明言はされていないけど、合同トレーニングをするならチーム同士でやるのが普通だし、リギルにはサイレンススズカとトゥデイグッドデイが所属してる。サイレンススズカの様子がおかしいって話を前にしてたよね?」

「はい。ちょっと元気が無くて、トゥデイさんとも私とも距離を取っているみたいで……同じチームのタイキさんに話を聞こうにもフランス遠征に行ってしまいましたし……」

「十中八九、東条トレーナーはそれをどうにかしたいんだろう。あの宝塚を勝ったフクキタル、負けたサイレンススズカ、そして渦中のトゥデイグッドデイの3人で」

「…………」

 

 

 先日の宝塚記念。トゥデイグッドデイの吐血と救急搬送には心臓が止まりそうなほどに驚いたし心配もした。けれど、それに振り回されて脚が鈍るような事は無かったとフクキタルは断言出来る。弔い合戦という訳ではないが、彼女の分もという思いで走った。それはサイレンススズカ達も同様だ。そして、勝ったのはマチカネフクキタルだった。

 3着のキンイロリョテイとは5バ身差をつけるマッチレース。クビ差の大接戦。二人共レースレコードという激走。

 しかし、一番人気のサイレンススズカが負けたのはトゥデイグッドデイの起こしたトラブルが原因であり、それが無ければ勝ったのは……という意見が一部から噴出。SNSなどでは賛否両論大論争となり盛大に炎上。ニュースやワイドショー、新聞に週刊誌なども騒がす事態となる。

 

 レース後、表彰式の待ち時間でSNSをチェックしていた際にはスマートフォンを落としてしまうほどの衝撃を受けていた。

 

 

『なん、ですか、これ。トゥデイさんは悪くない!! 関係ない!! スズカさんも、私も、皆さんも、全力で、限界で走ってッ!! なんで、なんでなんですかぁッ!!??』

 

 

 自分の勝利が貶められる事への怒りより友人への理不尽を気にするマチカネフクキタルの優しさにトレーナーは感じ入るが、次に彼女の口から漏れた言葉は看過できないものだった。

 

 

『……私が、私が勝ったから……だから、そのせいでトゥデイさんが』

『フクキタル』

『だって、トレーナーさnみぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?? あだだだだだだっ!?』

 

 

 トレーナーはマチカネフクキタルの正面に立つと、彼女の側頭部の両側に拳を当ててグリグリと力を込めた。俗に言う梅干しである。

 マチカネフクキタルが陥りかけた『自分が勝ったせいで』という自虐的な思考を半ば強引に断ち切り、涙目になる彼女の両頬を手の平で包み込んで大きく透き通った琥珀色の瞳をじっと覗き込む。

 

 

『フクキタル』

『えっ、ちょっ、こんな時に……えっ? えっ?』

『勝ったのは君だ。勝ったのはマチカネフクキタルだ。勝ったのは俺の愛バだ。その否定は誰にも、君自身だとしても絶対にさせない』

『っ!! トレーナーさん…………うう……はい…………』

 

 

 真っ直ぐに見つめられてそう言われてしまってはマチカネフクキタルは頷くしかない。

 胸があたたかい。頬が焼けるように熱い。

 

 

『………あの………近いですよぅ』

『あっ、ごめん』

 

 

 と、そんなやり取りがあり彼女自身は一応はマイナス方向の思考に嵌まることは避けられたが、それでも友人であるサイレンススズカらの様子に引きずられるように調子は今一つ。

 

 

「どうする? 断ることもできるけど」

「……私は、参加したいです。この胸のモヤモヤを……何より、友達が困っているときに立ち上がらないなんて、シラオキ様にもお姉ちゃんにも顔向け出来ません」

「そうか……分かった。東条トレーナーには参加希望で返答しておく」

 

 

 マチカネフクキタルの真摯な思いにトレーナーは頬を緩める。

 

 

「やっぱり、君は俺の一番の愛バだよ」

「フンギャー!? 髪をワシャワシャするのはやめてください〜〜〜〜」

 

 

 

 

 という経緯でマチカネフクキタルはチームリギルとの合同夏合宿に参加することになった。

 

 

 

 

 

 

 そして、夏合宿が始まると。

 

 

「キツいか? キツいな? ならよし!! ほら登れ登れ登れ!! スピカの意地を見せてやれお前ら!! 歩幅は小さくピッチは早く! モモ上げろ! 腕振れ! 口で呼吸するな! 鼻呼吸を意識しろ!! あと1キロだぞ!!」

 

 

 チームスピカのトレーナーである沖野の声が坂道を駆け上がるウマ娘たちの背中に叩きつけられる。

 

 

「ナンデコンナスパルタナノー!!」

「秋にはこの夏で大きく力をつけた上がりウマ娘が出てくるんだ。そいつ等に勝つにはそれ以上に成長するしかないからな。レースの前から負けてなんかいられねえぞ!!」

 

 

 沖野の発破にペースが落ち始めていたウマ娘達が歯を食いしばる。

 

 

「ほら新進気鋭の後輩たちが追い上げてくるぞ! 気合い入れろ!! 学園最強チーム、グランプリウマ娘の看板はそんなもんか!!」

「くっ…ふぅっ!」

「好き放題、言ってくれる……!!」

「ひぃぃスパルタです〜!!」

 

 

 今は沖野主導で行うトライアスロンを模したトレーニング中だ。参加メンバーはスピカの全員とエアグルーヴ、サイレンススズカ、トゥデイグッドデイ、グラスワンダー、テイエムオペラオー、マチカネフクキタルの6人というドリームトロフィーリーグに在籍していない面子。

 他の面々は東条の元で別メニューをこなし、フクキタルのトレーナーはその補佐をしていた。

 今回のトレーニングはまず砂浜から離島までの遠泳。そして島のウマ娘用コースを自転車、次いで己の脚で走り抜けるというもの。

 島の大きさ自体はそこそこだが、元が火山島なのか高低差のある地形で急勾配な坂道が多い。水泳や自転車の疲労はメイクデビュー前の娘は勿論、シニア級G1ウマ娘の3人ですら苦しめており、皆苦悶の表情で坂を登っている。

 

 

「よしよし、なんとかウチの連中も食らいついてるな。順調順調」

 

 

 そう言ってエアグルーヴ達シニア級、スペシャルウィーク達クラシック級、トウカイテイオー達ジュニア級以下と縦長になってきた隊列を注意深く眺めながら頷く沖野は原付である。荷台には飲み物などの詰め込まれたクーラーボックスが固定されていて、肩に掛けたカバンには転倒などの怪我に備えた救急セットも入っていた。 

 

 

「(しっかし、やっぱスタミナはトゥデイが抜けてやがるな。春天で2着のフクキタルですら苦しそうな顔してるってのに、呼吸も足取りも乱れがない)」

 

 

 沖野は平然とした様子で先頭集団を走るトゥデイグッドデイに畏敬の念すら感じていた。

 編入当初、本能的に触れてしまったトモから得た情報やその後の様子から相当な努力家であることは知っていたが、日夜どれだけ自らを追い込んだのか想像すら出来ず、それを壊れないようフォローし導いた東条の苦労を考えると今度の飲み会では自分が奢って労おうかと思うほど。

 

 

「(フクキタル以上の生粋のステイヤー、だと前は思ってたんだが違うんだよな。春天や阪神大賞典とかの長距離レースを避けてるのは、ライバルのスズカと走る事に固執してる以外にも理由が、それこそ走れないと判断するに至った何かがある)」

 

 

 それは十中八九、彼女のピッチ走法だろう。沖野は様々なデータを思い返す。

 

 

「(トゥデイは先行、差し、追込が出来る……というより作戦はレース展開に左右されている。全体のペースが速ければ後方に、遅ければ前に。本人は殆ど一定のペースで走っていて、ラップタイムは1ハロン12秒±コンマ1程度。ただ、テンの1ハロンは13秒台であのピッチにもって行くのに時間が必要だってのが分かる。そして、スパートではフォームを変えて加速するがそのピッチは若干落ちている。空論だが、2400程度なら常に全力で走れそうだ)」

 

 

 まるで超短距離のレースのように最初から最後までスパートをかけた状態で走り抜けている。走り抜けることが出来る。だが、トップスピードが不足している故に勝てない。前を塞がれたとか仕掛け所を間違えたとかのレース展開ではない。算数のようなラップタイムの積み重ねの話だ。

 

 

「(しかも、その走りで身体にかかる負荷は相当だ。ヒトのマラソンランナーが終盤で足が痙攣して走れなくなる事があるが、3000メートル級のレースでそれに近いことが起きるのは想像に難くない)」

 

 

 もし、京都芝3200をあのピッチ走法で走り切れるのならトゥデイグッドデイは最強のステイヤーとして名を轟かせていただろう。今年の天皇賞春の覇者、メジロブライトを歯牙にもかけず。だが、そうならなかった。

 

 

「(才能と努力と運。そのどれもを持っていないと栄光は掴めない。努力だけで覆せるのには限界がある……か)」

 

 

 トレーナーとして何人ものウマ娘を指導してきて得た教訓は苦いものだった。綺羅びやかな夢を持っていても、どんなに努力しても、才能という壁を前に打ち砕かれる娘たちを何度も見てきた。

 

 

「(だけどな、その壁をぶち破る奴がいたっていいだろうさ。三女神サマよ)」

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ、くっ、うぅっ!」

 

 

 一方、スペシャルウィークは汗で貼り付く髪を指で退けながら前を行くトゥデイグッドデイ達の背中をぐっと眉間に力を込めて見つめる。

 

 

「(秋からはレースで一緒に走る事もあるんだよね。フクキタルさんにエアグルーヴさん。スズカさん、トゥデイさんも)」

 

 

 それは黄金世代と称される友人達や同世代だけのある意味守られた場から、歴戦の猛者達がしのぎを削る戦場へと移るということ。

 

 

「(背中が、遠い。こんなに)」

 

 

 彼女達との距離がそのままレースでの勝敗を表しているように感じる。

 

 

「(トゥデイ、さん)」

 

 

 スペシャルウィークにとってトゥデイグッドデイは憧れの存在だ。

 北海道で暮らしているときにテレビ中継されていた弥生賞で彼女の走りに釘付けになった。

 

 もっと速いウマ娘も強いウマ娘もいる。サイレンススズカやマチカネフクキタルといった同世代のG1ウマ娘と比べれば戦績も走りも一段見劣りする。けれど、彼女達の背を追って走り続けるその姿に、その瞳に、スペシャルウィークは魅せられ、憧れ、そんな走りをしたいと思った。

 

 日本一のウマ娘という二人の母親から託された夢とは別の、スペシャルウィーク自身の夢。グラスワンダーらに敗北し日本一への第一歩を踏み外したダービーの夜、それを思い出せていなかったらこの夏合宿は迷いから無駄な時間を過ごすことになっていただろう。

 

 スペシャルウィークは思う。

 

 

「(トゥデイさんが目指した背中は、もっと遠かった)」

 

 

 サイレンススズカとトゥデイグッドデイ。青葉賞で故障しても不断の努力で復帰し、遂にはG1の舞台を共に走るまでになった。

 同じチームのグラスワンダーから、チームに入ったばかりのトゥデイグッドデイはてんで駄目だったということを聞いている。シンボリルドルフら先輩ウマ娘との併走が成り立たないレベルであり当時のサイレンススズカとの差は明白。それでも彼女に追い付きたいと身体的ハンデも適性も努力で踏み越えたのだと。

 

 

「(トゥデイさんが出来たから、じゃない。トゥデイさんがそうしたなら、私だってそうなりたい。憧れてるんだ。あの人の目に。諦めない、前に進み続ける意志に)」

 

 

 息を吸って、吐く。

 思い描くのはトゥデイグッドデイの走り。

 

 ぐん、とスペシャルウィークの身体が前に出る。

 

 

「スペちゃんっ」

「負けてられないデスっ」

 

 

 それに釣られるようにグラスワンダーとエルコンドルパサーもペースを上げる。

 

 

「(!? スペにめっちゃ睨まれてる!?)」

 

 

 なお、気合で加速した三人はゴール直後に疲労からぶっ倒れた模様。

 

 

 

 

 

 






フクキタルはトレーナーから軽く折檻されてフンギャロしてるのが似合うという認識になってしまったのはようつべのウマ娘反応集のせい

サトちゃんは「ですので」で因果を捻じ曲げる能力者だし、ドーベルはどぼめじろうとかメガドボとかとるぽめぐろとか複数PN持ってるし、マヤは星谷ちゃんに色々と押し付ける(洗脳済)



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第29R 曇りのち晴れの夏合宿3

このデイカスにおけるグラスワンダーはかなりクセが強いので注意してね☆

今回挿絵描きました。


 

 宝塚記念の後、トゥデイグッドデイらに対する一部の世論を知ったグラスワンダーは『怒りのあまり一周回って冷静になる』という感情の動きを初めて体感した。

 

 

「*南部訛りのスラング* ! *南部訛りのスラング* ! *南部訛りのスラング*!」

 

 

 そんなでもなかった。

 

 ウマッターにて尊敬する先輩達を貶める発言をするアカウントに対し文字制限一杯のレスを送り付けようとしたところでそれが自身の本垢であることに気付き、またレスバしても火に油を注ぐだけだとウマートを削除する。

 

 トゥデイグッドデイの命に別条はない事は既に東条ハナからチームのSNSで共有されていた。一週間程度は阪神レース場近くの病院で入院することも。

 自分に出来ることは今はない。そう判断した彼女は普段と変わらぬ振る舞いをするよう心がける。

 なお、その身から溢れる炎のように熱く氷柱のように鋭い殺気は、同室のエルコンドルパサーとそのペットのマンボを震え上がらせた。

 

 

 宝塚記念翌日。まずはサイレンススズカ達が学園に戻ってきた。東条とエアグルーヴは流石に気丈に振る舞っているが、サイレンススズカは明らかに様子がおかしかった。彼女は走ることが好きだと公言しておりそれは厳しいトレーニングなどでも変わらないが、戻ってきてからの彼女からは走ることへの苦しさ、迷いなどが色濃く出ており、ポジティブな感情が感じ取れなくなりパフォーマンスも低下していた。

 

 

「(一番人気を背負い敗北し、その責と非難が病で倒れた思いを寄せる相手に向かう。勝者は讃えられず、レースそのものに泥が塗られる。私だったら……いえ、私にその資格はありません)」

 

 

 自分なら……と回りかけた思考を止める。勝手に思いを重ねて同情するなど驕りが過ぎると自らを戒めた。

 

 グラスワンダーは朝日杯FSから皐月賞、日本ダービーと続けて勝利を収め無敗の三冠へと王手をかけている。だが、あくまで無敗の三冠とは結果についてくるだけの称号であり、それを目的にはしていない。

 ウマ娘の頂点へ。

 その夢を成すためには黄金世代の面々を下し、『異次元の逃亡者』を筆頭にシニア級の猛者達と雌雄を決し、そして海外へと打って出る。

 確実に勝てると自惚れてはいない。しかし、容易く負けるとも思っていない。それだけの努力を積み強くなった自負がグラスワンダーにはある。

 

 

「(そして、トゥデイさんとも)」

 

 

 尊敬する先輩ウマ娘の走りを思い浮かべる。自身やリギルの先輩達と比べると戦績こそ見劣りするが、猛者揃いのシニア級にて名だたるG1ウマ娘達に最も近い位置にいると言われる強者の一人であり、その経験やスキルはクラシック級の自分とは厚みが違う。

 

 

「ふふっ、楽しみですね」

 

 

 夏合宿を終え、秋になれば彼女達とも走れると思うと、グラスワンダーの口元には思わず笑みが浮かぶ。

 

 

 

 そして、トゥデイグッドデイがトレセン学園に戻ってきた。

 

 

「トゥデイちゃん大丈夫!?」

「まったく……ヒヤヒヤさせないでよね」

「わたし達、先輩のこと応援してますからっ!!」

「アワワワワ」

 

 

 宝塚記念の騒動は学園の生徒たちの間にも広まっており、タマモクロス同様に生徒たちからマスコット的な人気を集めている彼女の元には、昼休みやトレーニングの前後の空き時間に心配そうな顔をしたウマ娘達が何人も訪れており、その対応にアタフタしている可愛らしい姿を見ていたグラスワンダーの頬はユルユルだった。 

 

 そして、復帰後のトレーニングで彼女はこれまで以上に高いパフォーマンスを発揮していた。坂路を4本、5本、6本と駆け上る様は鬼気迫っており、それに触発され追随しようとしたグラスワンダーは途中で限界を迎え東条に止められてしまうほど。

 

 トレーニングと実際のレースは違う。けれど、前を行くトゥデイグッドデイの背中が眩しくて、それはグラスワンダーの燃える闘志に薪を焚べていった。

 

 

 だからだろうか。彼女の黄金色の瞳に自分が映っていない事に胸が痛むのは。

 

 

 同世代のライバルとは特別だ。グラスワンダーにとってエルコンドルパサーら黄金世代がそうであるように。

 特に彼女の場合はサイレンススズカとマチカネフクキタルという現役どころか歴代のウマ娘の中での中距離最強決定戦に名前が上がるような二人がいる。自分が眼中になくても仕方がないだろう。

 

 

 そう、仕方がない。

 

 

 

 訳が無い。

 

 

 

 

「……私の走りで、振り向かせてみせます」

 

 

 密かに目標の一つに加え、グラスワンダーは前を見据えた。

 

 

 

 

 

 そうやって意気込んだ結果、トゥデイグッドデイがサイレンススズカに意識を向けた時にモヤモヤしてしまい、夏合宿初日についと袖を引いてしまう。

 

 

「(まるで嫉妬深いヒロインのようではないですか)」

 

 

 それはフィクションだから許されるのであって現実だったら面倒だと思われるムーブである。ジャパニメーションを嗜むグラスワンダーはアニメに擬えて自らを俯瞰し顔を真っ赤にして恥じ入った。

 

 

「(でも、スズカさんには悪いですがトゥデイさんとの同室は嬉しいです)」

 

 

 宝塚記念の一件でぎこちなくなった彼女達に配慮したのか寮とは異なる部屋割りになり、棚ぼた的に同室がトゥデイグッドデイになったことには純粋()に喜んだ。

 

 彼女はトレーニングで体力を限界まで使い切っているのか、入浴と食事を済ませその日の振り返りやレース情報などのチェックを終えると夜更しすることなく消灯時間前にスッと寝てしまう健康優良児。

 

 グラスワンダーは大人びた雰囲気を持つもののまだ女子中学生。寝ぼけ眼を擦りながら憧れの先輩とお喋りしたい気持ちはあったが、寝顔や寝起きの姿や着替えを見られることを役得と思い我慢する。そして寮で同室のサイレンススズカはこれが日常なのだと思うと少し嫉妬した。

 

 夏合宿にはチームスピカとマチカネフクキタルが加わった。ダービーで覇を競い合ったライバルとのトレーニングは非常に刺激になり、とても充実したもの。

 一方で、サイレンススズカとマチカネフクキタル、ひとつ上のG1ウマ娘二人は未だに本調子ではないように見えた。

 

 

「それでもっ、届きませんか……っ!!」

「現役最強を争う二人デス。エル達もまだまだ……デスネ」

「でも、負けてられないっ!! グラスちゃん、エルちゃんっ」

「ええ、その通りです」

「デース!」

 

 

 併走などで感じる実力差。ベストパフォーマンスでなくとも見せ付けられる地力の差に悔しさを噛み締めつつ、グラスワンダー達は日々のトレーニングに励む。

 

 

 そして夏合宿も折返し地点。夕食が始まる前に東条が口を開いた。

 

 

「明日、フランスにいるタイキとテレビ通話を夕食後暫くしてから行う予定だ。リギルは全員参加。それ以外は自由参加とする。以上だ」

 

 

 そう言って席に戻る東条。シンボリルドルフの音頭で食事が始まる。

 

 

「タイキさんって、トゥデイさんと同級生のタイキシャトルさん?」

 

 

 スペシャルウィークがグラスワンダーに訊ねる。

 

 

「ええ。スペちゃんもご存知かと思いますが、マイルチャンピオンシップ、スプリンターズステークス、安田記念、3つのG1を制したタイキシャトルさんです。今はフランス遠征中で、明後日のG1レース、ジャック・ル・マロワ賞に出走予定なんですよ」

「はえー……G1三勝……フランスのG1……」

 

 

 スケールの大きい話に圧倒されているスペシャルウィークの口は半開きだった。

 

 

「この間はパール先輩が日本のウマ娘で初めてヨーロッパのG1で勝ちマシたカラ、タイキ先輩も凄い期待されているデース」

 

 

 先週行われたモーリス・ド・ゲスト賞で勝利したシーキングザパール、そしてジャック・ル・マロワ賞に出走するタイキシャトル共にアメリカ生まれで、グラスワンダーとエルコンドルパサーも出身がアメリカという縁のある4人である。

 

 

「えっ、初めてなんだ。知らなかった」

 

 

 海外レース事情に疎いスペシャルウィークはシーキングザパールの勝利までヨーロッパのG1レースを勝利した日本のウマ娘が居ない事に目を丸くする。

 

 

「海を跨ぐと気候もコースも何もかもが異なりますからね。例えばアメリカのダートコースでは土を、日本は砂を使っていますし、ヨーロッパと日本なら芝の種類が違います。これまで慣れてきた環境から如何に適応できるか否かで結果は大きく変わるでしょう」

 

 

 グラスワンダーの説明にふんふんと頷くスペシャルウィーク。

 

 

「海外、海外かぁ……想像もつかないや」

「まずエル達はそこの青鬼とかを倒さないといけなギャンッ!?」

「だーれーがー青鬼ですか誰が」

「悪かったデスけど尻尾引っ張るのはやめるデース!!」

「あはは……ほどほどにね」

 

 

 二人のやり取りにスペシャルウィークは苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の夜空を見ると、ある歌詞を思い出してふと夏の大三角を探してしまう。

 

 

「デネブ、アルタイル、そしてベガ」

 

 

 サイレンススズカはベランダの欄干に寄りかかりながら東の夜空に一際輝く3つの星を見つけてその名前を呟いた。彼女の薄桃色の唇から漏れた囁きは夜の海風に吹かれて散り、後に残るのは虫と風と波の奏でる音楽だけ。

 

 

「(いい風ね……少し暑いけれど)」

 

 

 同室のエアグルーヴは学園の運営についてシンボリルドルフらと相談することがあると言って出ていったので部屋には誰も居ない。

 

 あの宝塚記念から一ヶ月以上が経った。未だに悪質な記者やパパラッチがリギルの面々が宿泊するホテルやトレーニングを行っているエリアに近付こうとしたり、ドローンを飛ばして撮影を試みたりする事はあるが、東条が手配した鉄壁の警備によりウマ娘達が知覚する前に尽くが排除されており、そうやって齎された確かな平穏とこの夏合宿という非日常は、あの騒動で生まれた混乱を徐々に風化させてくれている。

 

 だからこそ、サイレンススズカは考えてしまう。

 

 

「(私、何をやってるのかしら)」

 

 

 夏合宿へのマチカネフクキタルの参加。寮とは異なる部屋割り。それらが自分の不調をどうにかしようとする東条の策であることは理解している。だが、どうしても踏ん切りがつかずにトゥデイグッドデイらを避けてしまっているのが現状だった。

 

 ふと思い返すのは、あのレースの事。

 

 

「(負けたけれど、悔しいけれど、気持ちのいい、良いレースだった)」

 

 

 負けたことは悔しい。しかし後悔は無い。

 サイレンススズカはあのレースで全力を尽くした。一度は差を詰めてきたマチカネフクキタルを突き放し、差し返されての決着。お互い呼吸も足取りも危うくなる程に全てを出し尽くして走りきって、負けた。

 

 

『おめでとう。でも、次は負けないわ』

『こちらこそ! 次もこのマチカネフクキタルが勝ってみせます!!』

『今度はトゥデイも一緒にね』

『ふっふっふ、トゥデイさんにだって負けませんよ!!』

 

 

 心の底から悔しがり、それを隠すことなく勝者にぶつけ、しっかり受け止められた。

 それはそれとしてトゥデイグッドデイは大丈夫かとレース後は東条らに詰め寄ったが。

 

 

「(それなのに)」

 

 

 そして、表彰式とウイニングライブを終え、宝塚記念を走ったウマ娘達でお見舞いに行こうという話になったとき、深刻な顔つきになったマチカネフクキタル達一部のウマ娘からトゥデイグッドデイに対してネット上等で巻き起こっているバッシングについて聞かされた。

 

 どうして、とサイレンススズカは啞然とするあまり言葉が出なかった。自分が負けたのはマチカネフクキタルの方が強かったから。それだけなのに、何故、敗因がトゥデイグッドデイにあると言われているのか。

 

 病院に向かうために控え室を出たところで記者達に囲まれたマチカネフクキタルは、自身に向けられたカメラとマイク、その向こうにいる人々に勝者として堂々と言い放つ。

 

 

『私が勝てたのは、トレーナーさんや応援してくれるファンの方々の後押しと、私自身が皆さんに、ライバルに勝ちたいと思ったから。そして何より、私のほうが強かったから。それだけです』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 異次元の逃亡者達に勝利したグランプリウマ娘としての貫禄と気迫にその場は静まり返り、彼女達は悠々と包囲網を抜け出すことができた。

 

 サイレンススズカは何も言えなかった。負けたことを責められるのならまだ何かコメント出来た。怒りか、謝罪か、奮起か。しかし、世間は彼女に対して同情的であり被害者として扱い、トゥデイグッドデイを加害者に仕立て上げた。

 

 

「(私が背負った夢が、これまでの走りが、あの子に牙を剥いた)」

 

 

 絶対的な一番人気。レースは勝って当然で、何馬身差つけるのか、レコードは出るのか。そんな夢をサイレンススズカは日本中のファンに魅せていた。未だ夢から醒めない者達は、現実を否定するために矛先をトゥデイグッドデイに向けた。

 

 バッシングに晒されている本人はケロリとした様子で、むしろ勝負の結果にケチを付けてしまったと見舞いに訪れていたウマ娘達に涙ながらに謝罪する始末だった。

 長い付き合いだ。サイレンススズカは彼女がバッシング自体では欠片も傷付いていない事は分かっている。むしろ炎上騒ぎをどこか面白そうに見ているのには苦笑いするしかなかった。けれど、サイレンススズカの胸の暗雲は晴れない。

 

 

「(トゥデイだけじゃない。私と一緒に走った人達やトレーナーさんも傷付けるかもしれない)」

 

 

 サイレンススズカは恐怖していた。

 神戸新聞杯でマチカネフクキタルとトゥデイグッドデイに他のライバル達を見るよう諭された故に、走っていると彼女達が傷付けられ涙を流す光景が過ぎってしまい足が竦んでしまう。

 

 

「私は……」

 

 

 俯いて無意識に言葉が零れそうになったとき、部屋の中のスマートフォンから着信音が鳴った。

 

 

「……電話? 誰かしら」

 

 

 顔を上げ室内に戻り、ベッド脇のサイドチェストに置いてある端末を手に取る。表示された文字列を見て目を大きく見開いた。

 

 

「……タイキ?」

 

 

 

 




次回、タイキシャトルセラピー

書き溜めつつ挿絵出来てから投稿してるので気長に待ってクレメンス



完結後IFルートのアイデア募集してる活動報告
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=283558&uid=205410


お絵描き投稿したり告知したり突発アンケートとったりするTwitter
https://twitter.com/adappast


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第30R 曇りのち晴れの夏合宿4

今回は夏合宿編の山場。
挿絵は無いですスマソ



 

 

 

 タイキシャトル。

 

 チームリギルに所属し、サイレンススズカ、トゥデイグッドデイ、マチカネフクキタルらと同学年、同世代。レースの適性が芝ダートの短距離〜マイルと三人と同じレースでの対決はないが非常に仲のいい友人関係であり、休み時間や休日を共に過ごす事が多い。

 

 そんな彼女はクラシック級でスプリンターズステークス、マイルチャンピオンシップ、シニア級で安田記念を制し、満を持してフランスはジャック・ル・マロワ賞に挑戦する、現役最強クラスのマイラーでもある。

 

 その性格は天真爛漫かつ寂しがりや。トゥデイグッドデイが内心「(滅茶苦茶人懐っこいゴールデンレトリバーみたい)」と評すほど。

 そして現在、フランス遠征中の彼女はチームリギルのトレーナーである東条ハナのツテがあるクラブチームに滞在し、レースに向けて調整を行っていた。

 

 

「ハウディ! スズカ! 見えてマスカー? 聞こえてマスカー?」

「ええ、大丈夫よ。こんば……あ、フランスは確かお昼頃よね」

「イエース! 今はlunch time デース!!」

 

 

 クラブハウスの食堂にタブレットPCを持ち込んでサイレンススズカとビデオ通話をしているタイキシャトル。フランスと日本の時差はサマータイム込みで7時間。日本語での会話が気になるのか、彼女の周りには昼食を済ませたフランスのウマ娘達が集まってきている。

 

 

「この時間にタイキが電話をかけてくるのは珍しいけど……何かあった?」

 

 

 時差やトレーニングの都合から、普段タイキシャトルは就寝前、日本だとちょうどサイレンススズカ達の朝練が一段落した時間に行われることが多い。そのことを疑問に思い彼女は訊ねる。

 

 すると、タイキシャトルは「明日のミーティングのテストデース。イツモこのタブレットを使いまセンカラ」と言ったあとに、「あ、メイワク、デシタ?」と様子を窺うような不安げな表情を見せる。

 

 

「ううん、まだ起きてるつもりだったから全然。タイキの顔が見れて嬉しいわ」

 

 

 その素直な感情表現にサイレンススズカが微笑みながら答えると彼女はパァッと顔を明るくし、次いで何か不思議に思うことがあったのかコテンと首を傾げた。

 

 

「……スズカ、ナニカ悩んでマス?」

「えっ」

「フインキがチョット……ンー?」

 

 

 訝しげな視線のタイキシャトルに雰囲気よ、と内心で訂正しつつ適当に誤魔化そうと口を開いて、思い止まった。

 

 

「(誤魔化して、どうするの? それで何かが変わるの?)」

 

 

 今の状態が良くないことは分かっている。どうにかしたいとも思っている。けれど、その一歩をトゥデイグッドデイ達に対して踏み出すことが出来なかった。

 それが偶然にも、タイキシャトルが一歩踏み込んできてくれた。

 

 

「………………ねぇ、タイキ。時間は大丈夫かしら? 少し長い話になるけれど、聞いてくれる?」

 

 

 訊ねると、彼女はキョトンと呆けた顔になり、フンスと鼻息荒く何度も頷く。

 

 

「っ!! イエス! あ、デモ、トレーナーさんに連絡だけ入れさせてくだサーイ!」

「ええ、待ってるわ」

 

 

 彼女の言うトレーナーとは東条ではなく滞在してるクラブチームのトレーナーの事だろう。スマートフォンを取り出し、英語で会話する姿が画面に映っている。

 

 

 そして、タイキシャトルが電話を終えた所でサイレンススズカは口を開いた。

 

 

「私は―――――――――」

 

 

 整理も何もされていない。あの宝塚記念から今までの胸の内を全て。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ナルホド」

 

 

 どれくらい時間が経ったのか。エアグルーヴが戻ってきていないという事はそんなに経っていないのかもしれない。サイレンススズカの話を一通り聞いたタイキシャトルは一言呟き目を瞑った。

 

 

「スズカのコンディションがバッドだったのは、そういうことだったんデスネ」

 

 

 タイキシャトルがフランス遠征に出発したのはトゥデイグッドデイが退院して学園に戻ってきた少し後。宝塚記念の騒動は知っていたし、サイレンススズカの調子が落ちているのも分かっていたがその理由を察するまでには至らず、部外者の自分が聞き出すのも憚られた為、後ろ髪を引かれつつもフランスへ旅立った。

 

 それから友人達とは海と大陸を挟んで連絡をとりあっていた。テレビ通話では以前と変わらない様子を見せておりタイキシャトルは安堵していたのだが、それは虚勢……というよりも上手く意識を切り替えていたようだ。

 

 今回、タイキシャトルが彼女の違和感に気付けたのは、1日の終わりのこの時間帯、思考が回り揺らいでいるときに話したからだった。

 

 

「宝塚を勝ったのはフクキタルなのに、負けたのは私なのに、皆、トゥデイの想いも背負って全力で走ったのに」

 

 

 サイレンススズカは泣きそうな顔で言う。

 

 

「私はきっと……一緒に走った人達を傷付ける。そんな私が走るのは……いけないことだと思うの」

 

 

 もしこれが、無敗記録等を破ったウマ娘が『ヒール』として非難され、「勝って喜ばれないならもう走りたくない」と言っていたのなら、「走る前から勝った気でいるのかいい度胸だつべこべ言わずに走れ」と一喝されるかも知れないが、彼女の場合は自身が敗北したのに関わらず、その勝者や関係者に矛先が向いてしまった。彼女の走りに夢を見た者達が現実を直視したくないが為に。

 

 故の葛藤。だが。

 

 

「…………スズカは、こんな話を聞いたことありまスカ?」

「話?」

 

 

 唐突なタイキシャトルの言葉に虚をつかれオウム返しになる。

 

 

「マイルチャンピオンシップと安田記念。もしサイレンススズカが走ってたら、タイキシャトルは……ナンテ」

「っ!?」

 

 

 初耳だった。サイレンススズカは内向的な性格でありSNSなどは利用していない。走る時間を捻出するためにテレビもネットもほとんど見ない。アンテナは相当に低い。

 そんな彼女は芝の中距離を主戦場にしているがその脚はマイル戦でも通用するもの。クラシック三冠路線で躓いていればマイルCSへの出走プランもあった。チームも世代も同じタイキシャトルとは夢の対決としてファンの間で語られる事も多い。

 

 尤も、そうやってIFを語るのはレースの楽しみ方の一つだ。それに文句をつける気はタイキシャトルには無い。

 

 しかし、今のサイレンススズカが消えたとして後に残された者達はどうなるのか。

 

 

「スズカが走るのをヤメてもきっと言われマス。「スズカが出ていれば」って。フクキタルも、トゥデイも、皆も、ずっと、ずっとデス」

 

 

 それはIFを楽しむ夢の対決ではない。レースはサイレンススズカを絶対の頂点に据えての2番手争いに成り下がり、勝者が勝者として讃えられることはない。

 

 

「そ、んな……そんな……こと……」

 

 

 予想される未来を指摘され、サイレンススズカはカクンと膝から力が抜けた。ベランダの欄干に背中を預ける。

 ガチャン、とスマートフォンが手から滑り落ちた。

 

 

「走っても、走らなくても、私はみんなを…………そんなの、それなら、私は」

「スズカっ」

「先頭の景色を見たかっただけなのに……トゥデイ達と走りたかっただけなのに……こんなの、こんな、夢なんて」

「スズカ!!!!」

「っ!!」

 

 

 スピーカーが音割れするほどの声に肩を跳ねさせる。

 

 

「た、いき」

「……マッタク、急ぎすぎデース。あ、ソーリーソーリー、ノープロブレム」

「……タイキ?」

「シャウトしたらミンナを驚かせちゃいマシタ」

 

 

 落としたスマートフォンを拾い上げ画面を覗き込むとちょうど、テヘペロ、と舌を出すタイキシャトルが映った。

 

 

「…………ジトー」

「オーウ、コレがビャクガン、デスネ」

 

 

 とある忍の里で最強の一族の……ではない。

 グラスワンダーならば嬉々として訂正しただろうが、少年マンガを嗜まないサイレンススズカは白い目でスルーした。

 

 

「コホン。ワタシが言いたいのは、ワタシ達をナメるな、ということデース」

「そんなことっ」

「ありマス」

 

 

 真剣な表情のタイキシャトルに断言され言葉に詰まってしまう。

 

 

「スズカはミンナのドリームデス。そのドリームに沢山の人がDreamingだから、イマがありマース」

 

 

 私の夢は、というフレーズを好んで口にする実況が居たことをサイレンススズカはふと思い出す。

 

 

「だからワタシが! トゥデイが! フクキタルが! モーニングコールしてやるデースッ!!」

 

 

 フンス、言ってやったぜ、という顔のタイキシャトル。

 

 

「えっと、今の状況は私の走りに皆が夢を見ているせいだから、タイキ達がその目を覚まさせる……って事かしら」

「そう言ってマース!!」

 

 

 ウソでしょ、と出かかった言葉を飲み込む。

 タイキシャトルの眼差しに燃える闘志と気迫に気圧された。

 

 

「だから、ワタシは勝ってキマース。ヨーロッパG1のトロフィーを持って帰りマース。トラストミー!!」

「…………ちょっと胡散臭いわ」

「オジサンクサイ!?」

「……」

 

 

 とんでもない聞き間違いに絶句していると、タイキシャトルは肩を竦めやれやれと言うようにジェスチャーをする。

 

 

「ウェル……それに、スズカは考えすぎデース。もっとフリーダムでいいと思いマース」

「フリーダム……自由、ね」

「前にグラスからこんな言葉を教えてもらいマシタ。 "One may dance without holding umbrella in the rain. It is freedom."  ニホンゴだと……エット……」

「雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうものだ。確か、ゲーテの言葉よね」

「ワッツ? ロジャー・スミスじゃないデスか?」

「え?」

「エ?」

 

 

 誰? と思ったが気にしないことにした。

 

 

「コホン。雨は気持ちイイデス。ダンスはエンジョイデス! つまり、フリーダムはハッピーということデース!!」

「(そう……かしら……そうかも?)」

 

 

 サイレンススス゛カ は こんらん している。

 

 

「だから、スズカはフリーダムに走ってくだサーイ。ミンナで雨の中レッツダンス!! きっと楽しいデース!!」

「大雨の中の無敵って呼ばれるような人とはちょっと……」

「ノーッ!?」

 

 

 

 

 それから少し雑談をしてタイキシャトルとのビデオ通話は終わった。

 部屋に入るがエアグルーヴはまだ戻ってきていないようだった。

 長い時間外にいたので汗が滲んでいる。お風呂行こうかしら、と思っていたところでガチャリと扉が開いた。

 

 

「終わったか」

「!?」

 

 

 そう言って入室してくるのはエアグルーヴ。

 

 

「まったく……用事を終えて戻ってきたら三十分以上扉の前で待たされるとは、たわけが」

 

 

 口ではそう言うが、実際は内容が気になり扉に耳ピトしていた女帝陛下である。

 

 

「……まあいい。少しはましな顔になったようだな」

 

 

 サイレンススズカの顔を見てエアグルーヴは頬を緩める。

 

 

「そう……なのかしら? エアグルーヴからはそう見える?」

「ああ。今にも走りに行きたい、そんな顔をしている」

 

 

 どんな顔だろう、と自身の顔をペタペタと触ってみるが少し汗ばんでいる事くらいしか分からない。その様子が可笑しくてエアグルーヴは「ぷっ、くくっ」と吹き出してしまう。

 

 

「たわけ、触って表情が分かるわけがないだろう。汗をかいている様だし、入浴ついでに鏡でも見てきたらどうだ」

「そうね……そうするわ」

 

 

 頷き、着替えなどを用意してサイレンススズカは部屋を出ていく。その背中を見送ったエアグルーヴがふう、とため息をついたところでピロン、と彼女のスマートフォンに通知が来る。

 

 

『The video call test went fine. I look forward to talking to everyone tomorrow.』(ビデオ通話のテスト成功シマシタ! 明日ミンナと話すの楽しみにシテマース!)

 

 

 タイキシャトルからのそんなメッセージに労いの言葉を返信し、エアグルーヴは窓辺に立って夜空を見上げる。

 

 

「ようやく一安心、といったところだな」

 

 

 タイキシャトルからのサイレンススズカへのビデオ通話はエアグルーヴからの差し金だった。悩んでいる云々を伝えてはいないが、今の不安定な状態ならば他人の感情に敏感な彼女は気付くだろうという信頼があった。

 ただ、エアグルーヴ自身は東条と同様に、トゥデイグッドデイとマチカネフクキタルで上手いこと解決できればと考えていたが、三人が想定よりも奥手だったので奥の手を切ることになった。

 

 

「……世話の焼ける後輩達だ。しかしまあ、骨を折るのは先輩の務め、か。…………おっと、会長にこれから向かうことを伝えなければ」

 

 

 メッセージを打ち込みながらカーテンを閉め、送信し既読がついたのを確認して部屋を出る。

 

 

「本当に……世話の焼ける」

 

 

 その足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

 




タイキの口調、どこまでカタコトにするか塩梅がががが

次は夏合宿5か閑話か秋のファン感謝祭1です。お楽しみに

あと、プロローグの秋天出走メンバー修正します。当初は短編の予定でアニメ一期ママだったんですが、今の関係性とか踏まえた面子になります。展開とか結末は弄らないのでご安心を。デイカスに月曜日は来ないから。




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第31R 曇りのち晴れの夏合宿5


 書いてて時系列的に夏合宿最後が自然だったので……

Q.スズカの厄介ファンの民度はどれくらい?
A.萌え豚百合厨過激派なデイカス本人より少しマシ、マヤノトップガンの配信リスナーくらい。




 

 

 

 夏合宿も終わりに近づいて来たある日の晩。チームリギルを率いるトレーナー、東条ハナは今後の出走予定についての話をする為にエアグルーヴ、サイレンススズカ、トゥデイグッドデイ、グラスワンダーの4人を自室に呼んだ。

 テイエムオペラオーは先日行われたメイクデビューの際に骨折、入院しており合宿から離脱。タイキシャトルはまだフランスに滞在中で不参加となっている。

 

 

「エアグルーヴ」

「はい」

「先日の札幌記念の走りは素晴らしかった。秋シーズンは昨年と同様に秋のシニア三冠を狙っていきたい所だが……お前はどう考える」

 

 

 部屋の照明を落とし、ノートパソコンを接続したプロジェクターで純白のスクリーンに秋冬シーズン開催の重賞レースの日程表を映し出しながら、東条はエアグルーヴに問い掛けた。

 

 

「……」

 

 

 エアグルーヴは一瞬サイレンススズカ、そしてトゥデイグッドデイ、グラスワンダーに視線を向け、フッと表情を僅かに綻ばせてから東条の目を見つめる。

 

 

「予定通りで問題ありません。初戦の秋の盾……誰が相手であろうとも、女帝の走りでねじ伏せてみせましょう」

 

 

 その答えに東条は満足気に「わかった」と短く答えると、サイレンススズカとトゥデイグッドデイ、両者に顔を向ける。

 

 

「スズカ、トゥデイ。お前たちの目標も秋三冠。まずは天皇賞秋だ。その前哨戦として同じ東京レース場で行われる毎日王冠を使うというのも以前伝えた通りだが、何か異存はあるか?」

「私は大丈夫です」

「同じく」

「トゥデイ、お前にとってはデビュー戦以来のマイルだが……この夏でお前の身体はほぼ完成したと言っていいだろう。今の状態なら青葉賞の時のような走りをしても問題無い。異名に違わぬ末脚を見せてみろ」

「はい」

「弥生賞や神戸新聞杯のように油断するなよ、スズカ。コイツはすぐそこまで来ているぞ」

「ええ、肝に銘じます。……ふふっ、レースが楽しみです。あ、外を走ってきてもいいですか?」

「あ、ではない。この後はすぐに就寝時間だぞたわけ」

 

 

 東条はサイレンススズカとエアグルーヴのやり取りに笑みをこぼしながら「勿論、無理は禁物だ」と釘を刺す。

 

 

「ああ、それと……スズカ。お前には年末の香港カップへの参加の打診が来ている。この打診自体は去年もあったものだが……他の海外遠征プラン共々、前訊いた通り断ってしまって構わないな?」「!?」

「はい。すみませんトレーナーさん、やっぱり私はこの日本でトゥデイ達と走っていたくて……ご迷惑おかけします」「?!」

「気にする必要はない。教え子が望んだこと。それを出来るだけ叶えるのが私の仕事だ」

「……ありがとうございます」

 

 

 サイレンススズカがはにかみながら礼を述べ、東条は眼鏡を持ち上げコホンと咳払いをすると、グラスワンダーの方に向き直る。

 

 

「最後は……グラス」

「はい」

「クラシック三冠も残すは菊花賞のみだ。いけるな?」

「全身全霊をもって、勝ちます」

「よし。今のところトライアルは使わずにそのまま菊花賞に直行を考えている。お前の脚は決して頑丈だとは言い難い。京都大賞典で京都レース場の感覚を掴むプランもあるが……リスクは避けるべきだと判断した。菊花賞の後は脚の様子を見ながらジャパンカップ、有記念を予定している。異存は?」

 

 

 東条の問いにグラスワンダーはゴクリと唾を飲み込んでから、緊張の面持ちで口を開く。

 

 

「……一つ、ワガママを言っても宜しいでしょうか」

「ワガママ?……何となく予想はつくが……言ってみろ」

 

 

 教え子の『ワガママ』に心当たりのある東条は少し眉根を寄せてチラリとサイレンススズカとトゥデイグッドデイの二人を見てから続きを促した。

 

 

「……私は、毎日王冠を走りたい。今の私がトゥデイさん、スズカさん、先輩方にどれだけ迫っているのかを確かめたいです」

「「!?」」

 

 グラスワンダーからの突然の宣戦布告に驚くサイレンススズカとトゥデイグッドデイを横目に、東条は眼前で気炎を発する小柄な栗毛のウマ娘を赤縁メガネの奥からじっと見つめる。

 

 

「私なら勝てるなどと驕ってはいません。しかし、負けを前提に走るつもりもありません。今の私の、グラスワンダーの全力を、全てをぶつけたい。脚に負担をかけるでしょう。もしかすると菊花賞に影響が出るかも知れません。けれど、どうか」

 

 

 すべてのウマ娘の頂点へ。そのグラスワンダーの夢のためには眼前の二人を始めとする歴戦の猛者を倒さなければ話にならない。未だトレーニングや模擬レースでしか競ったことのないサイレンススズカら他の世代とぶつかる事ができるシニア混合のレース、その一つである毎日王冠に二人が出ると聞いてから、彼女は居ても立ってもいられなかった。

 

 

「確かめたい、か。無敗の三冠を前にして、随分とまあワガママを言う」

「不躾なことは承知しています」

「同期のライバル達を蔑ろにしているとは思わないのか?」

「そう思われてしまっても仕方の無い事をしていると理解しています。仮にそう思われてしまっていたら……この脚で、私の走りでもって払拭してみせます」

「…………」

 

 

 東条は眼鏡を外すと目の疲れをほぐすように目元を指で押す。

 

 

「はぁ……なんと言うか、時々ものすごく強情なのはソックリだな、お前達は」

 

 

 グラスワンダー、トゥデイグッドデイ、サイレンススズカの三人を見てから東条はため息をついた。

 

 

「わかった。毎日王冠、グラスも一緒に出走登録をしておく」

「っ!! ありがとうございます」

「だが、グラス。一つだけ言っておきたい事がある」

「……何でしょう」

「確かめたいなんて眠たい考えは捨てなさい。勝ちたい、でしょう? 貴女は勝ちたくないのかしら?」

「っ!!」

「全力でぶつかり合いたいなら、勝つためにこそ死力を尽くす事が出来る。貴女の持ち味は、その闘争本能よ」

 

 

 東条の言葉を聴いたグラスワンダーは噛み締めるように胸に手を当てて頷く。

 

 

「私は、勝ちたいです」

 

 

 その宣言にサイレンススズカが微笑む。

 

 

「可愛い後輩には悪いけれど、私が勝たせて貰うわ」

「…………負けません」

 

 

 その場はそれで解散となり、各々自室に戻ることに。

 だが、トゥデイグッドデイは一人、東条に話があると言って部屋に残る。

 

 部屋に戻る道すがら、三人はそのことについて話していた。

 

 

「トゥデイ、どうしたのかしら」

「憶測でモノを語っても仕方がないだろう。それに、私達を先に帰したということは相応の事情があるはずだ」

「…………あっ」

「グラス?」

「そういえば、スズカさんの香港カップの話の時少しだけ動揺しているように見えました。海外遠征の件、トゥデイさんに話しましたか?」

「……よく見てるな」

「? いいえ? 行く気が無いのに態々話さないわ」

「……この天然が」

「トゥデイさんはスズカさんと走ることに拘りがある方ですし、その辺りの情報共有が無かったことを気にされているのかもしれません」

「そんな……照れるわ」

「「えぇ……(困惑)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズカが海外遠征しない???????

 

 待って待って待ってどういう事ですかおハナさん!?!?!?

 

 

「貴女やタイキやマチカネフクキタルがいるのに日本から離れるわけないじゃない。あの寂しがり屋のスズカが」

 

 

 確かにあの子は寂しがり屋だけども。

 

 ……………………????

 

 はえ??? 私も?

 

 

「それはそうでしょう。ルームメイトでクラスメイトでチームメイトでライバルなら当然よ。……トゥデイ貴女、スズカの天然が感染ったんじゃない?」

 

 

 そうかな……そうかも……。

 

 

「正直、スズカを海外になんてフランスのタイキ以上に心配だわ。人見知りだし寂しがりだし走り回るし。あの子の適性なら欧州よりアメリカかしら? 新しい景色を見に走りに行ってそのまま迷ってる姿が想像出来るし、多分スマホは部屋に置き忘れて電話を借りるわね」

 

 

 そういえばそんなこともありましたね。あの時スズカが私の携帯番号覚えてなかったら……多分トレセン学園にかけるか。電話を貸してくれた家の人が見かねて調べてくれて。

 

 

「遠征についての話をしてなかったことについてはごめんなさい。スズカは行く気がほぼ無かったし、貴女は復帰戦に向けての大事な時期だったから……」

 

 

 アッハイ。こちらこそ、ご配慮痛みいります。失礼します。

 

 

「ええ、おやすみなさい」

 

 

 さて、廊下には誰もいないか。

 

 ……しっかし、これ、秋天以降ヤバい?

 

 宝塚記念の後に決めた方針がまた崩れる。

 スズカが日本に残るとなるとグラスぺと出るレースは殆ど被るし……ライバル対決感が薄れちゃーう……グラスペの道がががががががが。

 

 いや待てよ。

 

 スズカが日本に残るならグラスペが海外に行けばいいのでは!?

 

 ライバルであり、共に日の丸を背負いレースを走る仲間。その関係性はきっと2人の仲を深めることになる筈!!

 

 凱旋門賞同着勝利とか!!!! みたい!!!!(語彙力)

 

 あ、でもエルも原作で海外行ってたっけ。ここのエルはどうだろうな。ダービーはグラスに負けたけどNHKマイルカップは獲ってるし、本人が希望するなら沖野Tは海外遠征させるだろうしなぁ。スズカがそうだったし。

 

 ……今はとりあえず、スペの意識を海外に向ける事を優先するべきか。エルとかについては追々考えよう。

 

 どうする?

 

 誠に遺憾ながらスペは私に憧れている。

 

 これまでは、憧れポジを私が確保しつつスズカやエルと共に海外に行き、グラスペが国内のレースでバチバチやり合って仲を深めるという方針だった。

 これからは、憧れポジなのは維持しつつスペに海外挑戦を仄めかしたりして刷り込む……とか? なんだか都会に憧れる田舎娘をだまくらかす悪人みたいだ。悪人だったわ。

 

 そうなると、やっぱり毎日王冠と秋天は頑張って良いところ見せる必要がある訳で。

 

 

 

 勝ちたい、か。さっきおハナさんとグラスが言ってたけど。

 

 

 

 ……頑張らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズデイ欠乏民のスレ

 

76:名無しの植物

チクショウメーっ!! なんでスズデイ本一冊も無いんじゃーっ!!

 

77:名無しの植物

お、遠征お疲れさん

 

78:名無しの植物

地方のイベント行ったんだっけ

 

79:名無しの植物

やっぱ無いかー

 

80:名無しの植物

夏コミ全滅だったからそんな気はしてたけど

 

81:名無しの植物

宝塚記念からこっちアンチの粘着が酷いからなあ。前までよくイラスト上げてた絵師さんも燃やされてからまったく音沙汰無くなったし

 

82:名無しの植物

タブー扱いされてて芝。いや芝じゃないが

 

83:名無しの植物

人格割れてるぞ

 

84:名無しの植物

有償依頼も断られた……分かっちゃいるけど歯痒い

 

85:名無しの植物

アンチ死すべし! アンチ滅ぶべし!

 

86:名無しの植物

情報が……情報が出てこない……スズデイのツーショット……供給……

 

87:名無しの植物

リギルは夏合宿行ったらしいけど、場所や日程の詳細とかトレーニングの様子は一切無いんだよ。例年ならメディアも取材して特番や特集記事を出してただろうけど今年は音沙汰無しときた

 

88:名無しの植物

メディアは宝塚で世論を焚き付けた前科があるからなあ。URAとかから「お話」されたんだろうな

 

89:名無しの植物

リギルの東条トレーナーは女帝の例のアレでブチ切れてURAに直訴してレース場でのフラッシュ撮影を禁止させた女傑だし

 

90:名無しの植物

つよい

 

91:名無しの植物

自称ジャーナリストやumatuberが突撃しても尽く返り討ちだったらしい。ざまあ

 

92:名無しの植物

生放送で草木を掻き分けて近づいて来る音はするのにカメラに一切映らないのは完全にホラー

 

93:名無しの植物

ばんえいウマ娘警備隊は守護神

 

94:名無しの植物

リギルといえばエアグルーヴがこの夏札幌記念、タイキシャトルがフランスのジャック・ウマロウ賞を勝った訳だが

 

95:名無しの植物

待て待て

 

96:名無しの植物

ジャック・ル・マロワ賞な

 

97:名無しの植物

海賊になっちまうー! タイキはカウガールやぞ!

 

98:名無しの植物

違うそこじゃない

 

99:名無しの植物

サイレンススズカ→皐月ダービーJC大阪杯

マチカネフクキタル→菊花宝塚

タイキシャトル→スプリンターズS安田ジャック・ル・マロワ賞

トゥデイグッドデイ→青葉賞中山金杯G1勝利無し

皆遠くに行っちゃったなあ

 

100:名無しの植物

やめやめろ!!

 

101:名無しの植物

お労しや……いやほんとに

 

102:名無しの植物

トゥデイ今どんな気持ちなんやろ

 

103:名無しの植物

俺だったら劣等感やら何やらでこれまで通りの友達付き合いとか出来ん

 

104:名無しの植物

相手が自分を内心バカにしてるんじゃないかと考える自分に自己嫌悪するな

 

105:名無しの植物

人間不信の陰キャワラワラで芝

 

106:名無しの植物

まあでも、サイレンススズカ相手にこれまで真っ向から挑み続けてる生粋のチャレンジャーですし、こう言うとあれですが慣れてるんじゃないでしょうか

 

107:名無しの植物

そうかな……そうかも……

 

108:名無しの植物

《速報》サイレンススズカ、トゥデイグッドデイ、グラスワンダー、次走は毎日王冠

 

109:名無しの植物

!!??

 

110:名無しの植物

はえー……え?

 

111:名無しの植物

リギルから3人とか芝

 

112:名無しの植物

チーミングかな?

 

113:名無しの植物

いやG2でチーミングしても意味ないだろ

 

114:名無しの植物

というか大阪杯も宝塚もリギルから3人出てるし

 

115:名無しの植物

たし蟹

 

116:名無しの植物

グラス次のG1菊花賞やろなんでマイル走るんや

 

117:名無しの植物

分からん。まあ無敗の2冠ウマ娘だからトライアルは必要ないけど

 

118:名無しの植物

いやでも調子見るのに何かしらレース使うでしょ

 

119:名無しの植物

秋天に目標変えたとか?

 

120:名無しの植物

無敗の三冠狙えるのにか? ないだろ

 

121:名無しの植物

いやでもリギルのトレーナーってそこら辺の記録とか重視してないっぽいし、スズカの神戸新聞杯とか

 

122:名無しの植物

スズカが走るからトゥデイが走る。二人が走るからグラスも走る。こうやぞ

 

123:名無しの植物

うーんこの

 

124:名無しの植物

闘争心の塊かな?

 

125:名無しの植物

《続報》 エルコンドルパサー毎日王冠に出走表明

 

126:名無しの植物

( Д ) ゚ ゚

 

127:名無しの植物

ファーwwww

 

128:名無しの植物

G2にG1ウマ娘が3人とか芝枯れてダートだわ

 

129:名無しの植物

ヤバイ(ヤバイ)

 

130:名無しの植物

これ他に誰が出走するんだ? この面子で掲示板入りってG1出走常連クラス……どころかG1ウマ娘クラスじゃないと無理だろうし、それでも結構な博打だぞ

 

131:名無しの植物

…………

 

132:名無しの植物

あーうん

 

133:名無しの植物

ま、まあ、5人いればレースは出来るから

 

134:名無しの植物

(一人足りないですよ)

 

135:名無しの植物

毎日王冠はマイル つまりタイキシャトル

 

136:名無しの植物

!!??

 

137:名無しの植物

見たいけど、見たいけど、ローテ的にキツイやろ

 

138:名無しの植物

フランスから戻ってくるわけだしなー、調整もあるだろうし

 

139:名無しの植物

フクキタル、キミに決めた!!

 

140:名無しの植物

フンギャロ!?

 

 

 

 

 

 





 エアグルーヴは史実だと秋天予定が調整不足や騎手の都合でエリ女を走ったけれどウマ娘なので。
 

 先日はサイレンススズカ号の命日でしたが、それに合わせてこんな作品投稿するとか不謹慎かつ罰当たりな事は出来んですたい
 それと、パンサラッサが大欅を超えてくれて、令和のサイレンススズカにならなくてよかった。


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第32R ハレノヒランナーズ1

職業訓練と就職活動と忙しすぎてヤバいねんな……

★11月3日に前話、夏合宿5を挿入投稿していますので宜しくですー



 

 

 

 年に2回、春と秋に行われるファン感謝祭。春は体育祭、秋は文化祭としての性格を持つそれらは、トレセン学園に在籍するウマ娘達が、一般のファンと触れ合うことになるイベントだ。

 そして、秋のファン感謝祭には聖蹄祭という名前がついている。最初、セイテイという言葉の響きだけを聞いてサ○ザー様を連想してしまった私は悪くないと思う。誰だってそーする。私もそーする。

 私が所属しているチームリギルはチームの出し物として執事喫茶──アニメでトウカイテイオー達がカイチョーに限界化してたやつ──を行うことになり、今はその聖蹄祭の真っ最中……なのだが。

 

 

「わっ、あの子かわいい!!」

「クラシカルメイド服と赤縁メガネと黒鹿毛ツインテール褐色ロリの組み合わせは犯罪的ですね。ハァハァ」

「お巡りさんこいつです」

「こっち向いてーっ!!」

「一枚お願いしますなんでもしまむら!!」

「ん? 今なんでもって」

 

 

 ………………なんか囲まれてる。

 

 いやまあ分かる。分かるよ。執事喫茶の癖に何故か用意されていた、チンチクリンの私にピッタリサイズのクラシカルなメイド服はこの黒髪褐色ロリボディによく似合っている。前世の私だったらブヒブヒ鼻鳴らしながら眺めていただろうさ。

 

 

「やべえよ。クール系褐色ツインテロリメイドとか最高すぎる」

「紅茶、いやコーヒー淹れるの上手そう」

「ご奉仕してもらいたい」

「は? ウチらが奉仕する側でしょうが! 舐めてあのちっちゃなおみ足をキレイにしないと」

「そうかな……そうかも」

「ふむ、なら俺は足置きになるか」

「僕は椅子で」

「推せる〜〜〜」

 

 

 だが圧が……圧が強い!! そしてキャラも濃い!!

 

 こんな所に居られるか! 私は帰らせてもらう!!

 

 いや冗談は置いておいてホントに即刻移動したい。呼び込みも途中だし。強引になら突破出来なくもないけどヒト相手にウマ娘パワー振るう訳にもいかないし。

 

 スピカ? あれは沖野T相手だからノーカンで。

 

 ……それにしてもあれだ。私が突撃しても普通に耐えそうだし逆に私が弾き飛ばされそうな気がするんだよなこのヒトたち。本当にヒトか? ホモサピか? ウマサピとかになってないか?

 

 そんな懸念から脳内のシナプスを大回転させているとふと、電流が走った。種が割れたかもしれない。

 

 これなら、イケる……か?

 

 たぶん大丈夫。おそらく、きっと、メイビー。

 

 ……よし。

 

 私は居住まいを正してから右足を僅かに引き、両手でメイド服のスカートの裾を摘んで少しだけ引き上げ、軽く頭を下げる。

 

 

「旦那様、お嬢様。チームリギルの執事喫茶に是非一度足をお運びくださいませ」

 

 

 オラッ! 渾身のカーテシーをくらえっ!!

 

 

「では、失礼致します」

 

 

 鈍い表情筋を総動員した微笑みで倍プッシュだ!!

 

 

「アッ」

「ウッ」

「エッ」

「ヴフッ」

「ゴハッ」

「あべしっ」

「たわらばっ」

 

 

 ドタドタドタ、と胸を抑えて力尽き倒れ伏す変態達。物理的に吹っ飛んでたヒトがいた気もするが気のせいだ。うん。

 

 

 あーいむうぃなー!!(タイキ)

 

 

「ちょっ!? 何の騒ぎッスかこれ!?」

「トゥデイ……一体何をしているんだ、このたわけ」

「あっ」

 

 

 とまあこんな感じでドタバタの聖蹄祭が始まったのだが。

 

 

 

「トゥデイさ……っ!!?? すみません写真いいですか!!??」

「え、アッ、ハイ」

 

 喧騒から離れた場所で一休み、と思ったところでスペとエルの二人が通りがかり、怒涛の勢いでスペがパシャパシャとシャッターを切る。

 

 

「ありがとうございます!! その服とっても可愛いです! お似合いです!!」

「ど、どうも」

「スペちゃん……先輩を困らせたら駄目デスよ」

「ああっ!? ご、ごめんなさい! つい興奮しちゃって」

「いや、大丈夫。気にしないで」

 

 

 なんか沖野Tに似てきてない? エルって制止する側のキャラだっけ? なんて思っていると、スペが周りをキョロキョロ見回して人目がないか確認する。

 

 

「そ、その、後夜祭のライブ、楽しみにしてますっ」

「エルも楽しみデース! 先輩方のパフォーマンス、勉強させて貰いマースっ」

「ありがとう……頑張る」

 

 

 二人は離れていった。

 残された私は木々の隙間から覗く青空を見上げる。

 

 

「ハレノヒランナーズ、か」

 

 

 フクキタルが提案したユニット名を舌の上で転がす。

 百合の間に挟まるのは信条に反するが、彼女たちが望むのなら萌え豚百合厨の信条なんてクソほどの価値も無い。

 

 

「……あと、何時間だったかな」

 

 

 ライブを行う後夜祭までの時間を計算する。

 

 この時の私の表情は、どんなだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだまだ夏の日差しが残るある日の昼時。サイレンススズカ、マチカネフクキタル、タイキシャトル、トゥデイグッドデイといういつもの4人で昼食を摂っていた。

 焼きサバ定食のダービーウマ娘、カツ丼定食のグランプリウマ娘、ステーキ定食の最強マイラー、麻婆豆腐定食の友人Aという4人のグループはトレセン学園内では有名かつ注目されている。

 

 

「聖蹄祭の後夜祭で私達4人、ライブしませんか!!??」

 

 

 緊張した面持ちのマチカネフクキタルが言うと、その一帯からシン……と音が消えた。

 突拍子の無い言葉に驚いたサイレンススズカ達3人は勿論、トレセン学園においてトップ層の彼女達によるライブというファン垂涎のイベントに、耳をダ○ボにするウマ娘達が大勢いるためだ。

 

 

「後夜祭……屋外ホールでフリーの出し物をする企画が例年あるけれど……それかしら?」

 

 

 最初に再起動したサイレンススズカが記憶を掘り返しながら言うとマチカネフクキタルは「そう! それです!!」と言って、周囲の視線に気付いて恥ずかしそうに背を丸めた。

 

 

「その……皆さんは同じチームで出し物やるじゃないですか。クラスは私とタイキさんが別で、皆日中は忙しいですし……でも、4人一緒に何かやりたくて……だから……ですね……

 

 

 恥じらいつつ人差し指をつんつん突き合わせるマチカネフクキタル。その様子に何人か野次ウマ娘が身悶える。

 

 

「ンンンン〜〜イエス!! やりまショウ!!」

「そうね。私はいいと思う。トゥデイは?」

「同じく、賛成」

 

 

 三者三様の同意にマチカネフクキタルは「感謝、感激ですっ」と瞳を潤ませた。

 

 

 

 

 

 

「でもフクキタル。ライブって、どうするの? 曲とか振り付けとか、練習も」

 

 

 昼食後。食器を片付けながらサイレンススズカが訊ねる。

 

 

「ふっふっふっ。その辺りは私達だけでは大変だろうと思って助っ人をご用意しましたよ!!」

「助っ人?」

「はいっ!!」

 

 

 

 

──ウマ娘移動中──

 

 

 

 

「えっと、フク……急にどうした?」

「じゃんっ、私のトレーナーさんです!!」

「え? え?」

 

 

 マチカネフクキタルの担当トレーナー、通称フクトレは昼食の最中、トレーナー室にドタドタと乗り込んできた教え子と3人のウマ娘達に目を白黒させていた。

 

 

「実はカクカクシカジカでして」

「マルマルウマウマっと……ああ、この間話してた後夜祭でのライブの件か」

「えっ、今のどこに情報が?」

「これが絆のパワーなのでショウ。ケッパレデース」

「嘘でしょ……あと天晴ねタイキ」

 

 

 ツーカー阿吽な担当ペアのやり取りに動揺を顕にする3人。その様子に気付いたフクトレは腰を上げつつマチカネフクキタルの頭に手をポンポンさせながら苦笑する。

 

 

「いやまあ、ここのところフクがそこでずっとウンウン唸ってたからね。ブツブツ独り言もしてたし、聞いていればそれくらいは察するよ」

「えっ!? 独り言出てました!? 言ってくださいよぉ!! は、恥ずかしぃ」

「頑張ってるみたいだったし、つい見入ってて。ごめん」

「っ!! もうっ」

「ずっと……」

「ワーオ……」

「へぇ(ブチ転がしてやろうかテメエ)」

 

 

 甘々なやり取りにサイレンススズカとタイキシャトルが顔を赤らめる一方で、トゥデイグッドデイ(内心で)キレた!!

 

 

「……なんか身に覚えがある寒気が」

 

 

 殺気に晒されたフクトレがキョロキョロ周囲を気にし始めたのでトゥデイグッドデイはスッと殺気を引っ込める。

 

 

「(フクキタルのこと幸せにしなかったらシベリア送りにして木を数える仕事に就かせてやるからな)」

 

 

 シベリア直送には飛行機を使うとして鉛板で二重底にした楽器ケースに詰め込めば荷物検査を突破できるだろうかと算段を始めているのでまだ殺意はマシマシだが。

 

 

「トレーナーさん?」

「えっ、あ、い、いや、なんでもないよ。それで……ライブか。皆でここに来たってことはやるんだね?」

「「「はい」」」「イエース!」

 

 

 4人の返事に笑顔で頷くフクトレは、席を離れると備え付けの冷蔵庫から缶のにんじんジュースを取り出してウマ娘達に手渡し、トレーナー室の中心に鎮座する長椅子の周りのパイプ椅子に座るよう促す。

 

 

「一応、フクから話を聞いた時点でおハナさんには伝えてあって仮だけど了承は貰ってる。ウイニングライブの練習を暫くはウチとリギルの合同にして、状況を見つつ後夜祭の練習も入れる事になったから練習時間については心配しなくても大丈夫だよ」

「流石トレーナーさんです!」

 

 

 わーパチパチ、とフクキタルが囃し立てるとつられて3人も拍手し始める。

 

 

「歌は、流石にオリジナル曲を用意するには時間が足りないから既存の曲からカラオケ音源の制作を依頼して使うことになると思う。曲はもう決め」

「まだです!」

「なら、それは後で決めて貰うとして……そうだな……」

 

 

 それから、フクトレをブレーンに単独ライブを行うための算段を話し合ってその日は解散となり、後日。

 

 

「では、曲とユニット名を決めましょう!!」

 

 

 フクトレのトレーナー室に集まったマチカネフクキタル達四人のウマ娘は、タブレットPC(フクトレの私物)を前に各々が事前にピックアップしてきた曲をUmatubeで検索して確認していく。

 

 

「スズカさん、この野太い歌声は?」

「走ってるような感じの歌がいいかと思って探してみたの。ほら、私達はウマ娘でしょう?」

「なるほど! いいですね!!」

「(走って転んで血が出てそうな曲だ……)」

「ワタシはコレデース!!」

「自由に向けて走ってそうね」

「なんだか皆さん曲のチョイスが古くないです?」

「コクコク(それな)」

「頷いてるけどトゥデイだって」

「ガールがイッパイのアニメデース」

「……ネ○ま」

「映像が古いです! え? これ私達が生まれた頃の作品ですよね」

「ノーコメント(リアタイで見てたんだよ……これがジェネレーションギャップか……)」

 

 

 そんなやり取りの結果、メイン曲として選ばれたのは『うまぴょい伝説』『GIRLS' LEGEND U』の2曲。盛り上がりを見つつ各々選んだ楽曲も歌うという事に。

 メイン2曲は有志のクリエイターにより制作され動画サイトに投稿、カラオケ音源も頒布されている楽曲で、Umatuberやウマトッカーによって歌ってみたや踊ってみたが頻繁に投稿されている。

 『うまぴょい伝説』は電波なお祭りソングとして、『GIRLS' LEGEND U』はトゥインクルシリーズを駆けるウマ娘の心情を歌った曲として、現役ウマ娘達のカラオケ等でも定番となりつつあり盛り上がる事間違い無い曲だった。

 

 そして、チーム名はマチカネフクキタルが考えた『ハレノヒランナーズ』に決定した。

 

 

「私達4人でハレノヒランナーズです! 後夜祭に向けて頑張りましょう! えいえい」

「「「「おー!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。カフェテリアにて。

 スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、キングヘイロー、セイウンスカイ。巷では黄金世代と呼ばれる面々が集う一角から声が上がった。

 

 

「トゥデイさんたちが後夜祭でライブ!? ほんとうグラスちゃんっ!?」

 

 

 声を上げたのはスペシャルウィーク。日本ダービーの敗戦により一時落ち込んだが、トゥデイグッドデイらとのコミュや夏合宿によりすっかり調子を取り戻し、今は秋のG1戦線に向けて意気軒昂とトレーニングに励んでいる。

 そんな彼女が椅子を蹴立てて食いついたのは、マチカネフクキタル、サイレンススズカ、タイキシャトル、トゥデイグッドデイら4人が結成したユニット『ハレノヒランナーズ』による聖蹄祭の後夜祭でのライブという話題。憧れの先輩と同じチームリギルに所属するグラスワンダーからの確度の高い情報に菫色の瞳をキラキラと輝かせていた。

 

 

「ふふっ、ええ。先日トレーナーさんからお話がありまして。既にライブに向けてダンスなどの練習もしていますよ」

「4人全員重賞獲っててうち3人はG1複数勝利。いや〜すっごい豪華メンバーだよね〜」

「……そのライブ、後夜祭で行うということは観客は私達生徒や学園の関係者のみという事に。なんというか……贅沢ね」

 

 

 セイウンスカイが感心したように言う一方で、キングヘイローはそのライブの価値を想像して若干口元を引きつらせた。

 

 

「た、たしかに。もしかして入場料とか必要かな……三千円くらい?」

「スペちゃん……それだとゼンゼン足りないデース」

「そ、そんなぁ」

「その十倍くらいは必要かもね〜」

「ええっ!?」

「スカイさん、あまり脅かさないで頂戴」

「エ〜ル〜」

「ケッ!?」

 

 

 会話が弾む中、セイウンスカイは「ちょっとお花摘みに〜」と言ってその場を離れる。

 

 

「ふぅ〜、けっこう混んでたなぁ……お?」

 

 

 用を足して友人達の所に戻る最中、例の『ハレノヒランナーズ』の面々とすれ違った。

 

 

「トゥデイはゼンゼン食べまセンネー。それで大丈夫デスか?」

「持ち上げないで。あと問題ない」

「なんだかその持ち上げ方だと猫みたいですね。髪色的に幸運の黒猫さんです」

「!? トゥデイ、にゃーんって言ってみて」

「??? にゃーん?」

「……コレガ、ワタシダケノ」ガクガク

「スズカさん!?」

 

 

 そんな会話が聞こえてきて「(なんだろうあれ)」と宇宙を背負いかけたが、ふと立ち止まって振り返る。

 遠ざかる4つの背中。

 

 異次元の逃亡者、サイレンススズカ。

 豪脚、マチカネフクキタル。

 最強マイラー、タイキシャトル。

 そして、トゥデイグッドデイ。

 

 

「…………」

 

 

 スズカ世代。大逃げのダービーウマ娘という強烈な印象からそう呼ばれることが多いが、実際のところサイレンススズカ一強ではなく、短距離マイル中距離長距離万遍無く強者が揃い競い合っている、群雄割拠の世代。

 その中でトゥデイグッドデイは一時期世代の強者の一角と目されたものの青葉賞後に怪我で休養。その後は復帰戦で勝利して以降勝ち星は無い。

 

 

「どうして、なんですかね〜」

 

 

 同世代のライバル達が栄光を掴む中で一人手が届かない。遠ざかる背中を追いかけるしかない。

 しかし、他人を観察し分析する事にかけてそれなりの自負があるセイウンスカイから見ても、そんな状況に身を置きながら彼女は諦観や自己嫌悪に心を染めることが無いように思う。

 

 黄金世代と呼ばれる自分達だが、グラスワンダーとエルコンドルパサーをツートップにスペシャルウィークがそこに並びかけ、キングヘイローとセイウンスカイ自身は一歩劣っているのが現状だ。

 キングヘイローは一流であるという自負と決意、そして反骨心で己を支えている。勝つためなら何でもする。その泥臭くも高潔な精神は、必ずや一流の証明を果たすだろうと感じさせるもの。

 セイウンスカイは大番狂わせを、驚天動地の勝利を望んでいる。だからこそ、皐月賞、日本ダービーとライバルの遠ざかる背中を虎視眈々と狙い、今に見てろと笑っている。

 

 そんな彼女だからこそかも知れない。直感的にその可能性に思い至ったのは。

 

 

「……一世一代の大勝負に全てを賭けてる?」

 

 

 口に出してから、ゾクリ、と身体が震えた。

 

 そのレースが何なのかは分からない。今年なのか来年なのか。G1なのか。ただ、確実に分かるのは「打倒サイレンススズカ」である事。

 

 その時のレース場は、どのように揺れるのか。

 

 異次元の逃亡者が敗れたことに対しての動揺か。

 幾度の敗北を超えての勝利への歓喜と祝福か。それとも憎悪と怨嗟の声か。

 

 

……これはこれは、目が離せませんね

 

 

 セイウンスカイは呟き、踵を返してライバル達の元へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 




セイちゃんまーだ実装されないんですけどアプデまだですか?


デイカスいるし折角だからブーイングライブにしようかなと思ったけど、トレーナー陣が止めるだろうしヒトカス描写は今までの分で十分なので安全な後夜祭でやることに。
フクトレは「聖蹄祭本番はそれぞれ出し物があるだろうから後夜祭でやれば?」と誘導した模様。
世論は落ち着いてきているものの、スズカさんの熱狂的な厄介ファン達の間では燻っている感じ。そんな連中の前で肩を並べてライブなんてしたら怒号が飛び交いそう。

選曲はTwitterでやったアンケートと作者の趣味。

次もファン感謝祭で、その次が毎日王冠の予定です。


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第33R ハレノヒランナーズ2

職業訓練終わって再就職したので初投稿です

なお感謝祭は今回で終わり


 

 

 

 

 トゥインクルシリーズを駆けるウマ娘は至極当然のことではあるが皆学生であり、青春真っ盛りのうら若き乙女である。

 

 プロの競技者、エンターテイナーとしての側面を除けば、遊びやオシャレが大好きで恋愛に興味津々でテストと体重計は天敵という至って普通の少女たち。

 

 なお、『皇帝』シンボリルドルフと『女帝』エアグルーヴが休日に二人で出かけているところに偶然トウカイテイオーが合流した際のオフショットがSNSに挙がった際には「家族サービスかな?」「人妻にしかみえん」「父性漏れてますよ」「ガキが……パパとママの手を離すなよ」等と盛り上がったが、彼女達は皆女子校生である。JKだ。

 

 ところ変わってトレセン学園最寄り駅から徒歩10分のカラオケボックスにて。

 

 

「ここ、ドリンクバーの他にソフトクリーム食べ放題があるらしいですよ!! 取りに行ってきます!!」

「ウーン、ヤッパリ最初はポテトフライですかネー。エエト……オーダーはケータイで……」

「トゥデイ、これ一緒に歌いましょう?」

「アッハイ」

 

 

 ハレノヒランナーズの面々はカラオケに来ていた。

 遊びに来たのではない。後夜祭ライブの歌唱練習である。(断言)

 

 

「じゃじゃーん! メロンソーダがあったのでソフトクリームと併せてクリームソーダを作ってみましたよ!! どうぞ!!」

「サンキューデース! ワオ! 美味しそうデスネー!」

「~♪ ~~~♪ ……ふう……あら、ありがとうフクキタル」

「……(昇天)」

 

 

 遊びに来たのではない。後夜祭ライブの歌唱練習である。(2度目)

 

 マチカネフクキタルの発案による後夜祭ライブ。そこに参加するハレノヒランナーズの面々はウイニングライブの練習後に時間を貰い、Umatubeにアップされている公式の振り付け動画を見ながら練習するなどして着々と準備を進めていた。今回のメイン曲『うまぴょい伝説』『GIRLS’LEGEND U』の振り付けは、G1などで使用され特設ステージで行われるウイニングライブ用楽曲と違い、小さな舞台や屋内を想定してか人数もポジション変更も少なく、振り付けも各ポジションほぼ共通で習得難易度は比較的低かったため練習は順調だった。

 

 そんなタイミングでマチカネフクキタルのトレーナーからカラオケボックスの割引券が流れて来て、折角なら歌唱練習をしようという話になっての今回。

 

 

「~~~♪ おや? トゥデイさん、顔が赤いですけど大丈夫ですか?」

「ダ、ダイジョウブ……ちょっと息が上がっちゃって(スズカ達の香りがががががが)」

 

 

 まずはライブで歌唱予定の曲から思い思いに好きな曲や流行の曲を歌い、私服姿の各々の肌がうっすらと汗ばんできた頃、密室内でサイレンススズカ達が醸す少女特有の薫りを嗅ぎ取ってしまったトゥデイグッドデイが呼吸を極限まで絞りセルフ高地トレーニング状態で耐えていると、流石に疲労の色が見え始め一旦休憩を挟もうという話になる。

 

 

「トゥデイ、ウォーターを飲んでくだサーイ」

「ど、どうも」

「あ、それワタシのでした」

「ゴフッ」

「うわっ!? トゥデイさんがむせましたよ!?」

 

 

 間接キスに思わず水を吹き出しかけるトゥデイグッドデイ。「もう……落ち着いて飲まないから」とサイレンススズカは呆れたような言葉とは裏腹に微笑ましくてしかたないといった顔でおしぼりを手に水滴のついた顔や服、テーブルなどを拭いていく。

 

 

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 

 少々トラブルが発生したがどうにかひと段落し、モニターから話題の新曲などの宣伝などが垂れ流しになっている中、各々ドリンクバーから持ってきた飲み物を手にタイキシャトルが注文したポテトフライ(チョモランマ盛り)を摘まみながら雑談に興じる4人。

 

 勉強がどうこう、最近靴を買い替えた、街中に新しいスイーツショップが出来ただとか、そんな他愛もない事を話しているとグラスを置いたタイキシャトルがすっくと立ちあがった。

 

 

「タイキさん?」

「タイキ?」

「?」

 

 3人が疑問符を浮かべながら視線を向けると、普段の天真爛漫な雰囲気はどこへいったのか真剣な様子で3人を見詰めるタイキシャトル、世界最強のマイラーがそこに立っていた。

 

 

「3人は、今度の天皇賞秋を走るんデスヨネ」

 

 

 その問いにサイレンススズカとマチカネフクキタルが「……そうね。その前に私とトゥデイは毎日王冠、フクキタルは」「京都大賞典ですっ」と続けて答えると、タイキシャトルは瞑目する。

 

 

「……ジャック・ル・マロワ賞を勝って、ワタシは思いマシタ……もう十分じゃないカト。日本に戻って、最後にチャンピオンとしてマイルCSでチャレンジャーを迎え撃つ。その後はレースを引退シテ、スズカ達を応援すれば……ッテ」

「「「!!!???」」」

 

 

 唐突な引退宣言に驚愕する3人。タイキシャトルはその反応を見て「アッ、引退するワケじゃないデス!」とアワアワし、3人が落ち着いたのを見てコホンと咳ばらいをして話を続ける。

 

 

「日本に戻ってキテ、皆と過ごして強く思いマシタ。ワタシは、まだまだ皆と走りたい」

 

 

 ギュッと握りしめた拳、そして己の脚に目をやる。

 

 

「でも、ワタシはマイラー。皆が走るレースの距離、2000だと脚が残りまセン」

「タイキ……」

 

 

 歯ぎしりが聞こえてきそうな程に強く歯を噛み締めるタイキシャトルに3人は何も言えない。

 黒くてちっこいのが気が狂ったような努力でマイル中距離長距離を走れるようになった事がおかしいだけで、本来距離適性というのはホイホイ変えられない。昨年の菊花賞でサイレンススズカは2着と健闘したが、あれは作戦や戦法が上手くハマった結果であり、仮に今年の天皇賞春に出ていたらメジロブライトやマチカネフクキタルの足元にも及ばなかっただろう。

 逆に、マイルだとマチカネフクキタルが満足に走れない。それらの理由から、この4人がレースで対決したことは未だ無い。

 

 

「だからッ!!」

 

 

 タイキシャトルはバン!! と胸の前で手の平と拳を打ち合わせる。

 

 

「ワタシはキョリエンチョーして来年の天皇賞秋に出マス!! その為の特別トレーニングを今年のマイルCSの後から行うノデ、レースに出ることは難しくなるかもしれまセン。でも、おハナさんもリョーシューしてくれまシタ!!」

「(了承では?)」「(了承よね)」「(了承ですよそれ)」

 

 

 なお、そのお願いをされた時の東条ハナは「またか……」と頭が痛そうにしていたが、同時にとても嬉しそうだったと言う。

 

 

「これはセンセンフコク!! 首を洗って待っていてくだサイ!!」

 

 

 最強マイラーから現中距離最強格への挑戦状に、サイレンススズカとマチカネフクキタルの二人から闘志が吹き出す。

 

 

「楽しみにしているわ、タイキ」

「ふっふっふ、皆まとめて差し切ってみせます」

 

 

 

 

 

 

走りたい……か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋のファン感謝祭、別名『聖蹄祭』は大盛況で幕を閉じた。特にチームリギルの出し物である執事喫茶はシンボリルドルフ、エアグルーヴ、フジキセキといった面々に加え、サイレンススズカまでもが男装をして接客をしたこともあり女性陣が詰め掛け一時入場規制が敷かれるほどの客入りだった。

 

 生徒総出で後片付けを始め、時には業者のトラックなどが行き交う喧騒とともに時間が過ぎていく。

 一通り片付き普段通りの学園の姿を取り戻した時には、太陽はすっかりその姿を西の空に沈め、代わりに月が秋の夜空の中に煌々と照らされ浮かび上がっていた。

 

 

「後夜祭、スズカ先輩たちがライブするんだよね!! 楽しみ〜」

「ハレノヒランナーズだっけ? 公式ユニットとしてデビューしないかな」

「それは推すしかない」

 

 

 後夜祭のメイン会場である屋外ホールには控えめにバルーンなどで装飾が施され、デカデカと『後夜祭』と書かれた横断幕がかかっている。

 ハレノヒランナーズによるライブの話は学園全体に浸透しており、生徒のみならず職員までもが各々の作業を切り上げて屋外ホールへと足を運んでいた。

 屋外ホールで行われる企画はライブだけではない。来場者投票で決まった出し物の最優秀賞、生徒間投票で決まった専属トレーナーと担当ウマ娘のベストパートナー賞、ウマ娘同士のベストカップル賞などの発表、有志によるライブ演奏、のど自慢大会など、様々な催し物で場を暖めていく。

 

 

「ルドルフやめい! アンタのダジャレは洒落や冗談やなく場が凍る!!」

「……そうか」ションボリ

 

 

 そして、その時が来た。

 

 

「さあトリは皆さんお待ちかね、ハレノヒランナーズの皆さんによるライブパフォーマンスです!!!!」

 

 

 そして上がる黄色い大歓声。しかしステージ上には何もない。戸惑いから少し静かになったタイミングでバツンと明かりが消え、観客がざわめき始めるとバッとステージにスポットライトが当てられる。

 

 やはり誰もいない。

 

 まるでゲート入りの時のような緊張に静寂に包まれる一帯。

 

 すると。

 

 レース前のファンファーレに似たイントロがスピーカーから流れ始めた。

 

 この曲は!?

 

 流行に敏感なウマ娘達の胸が期待で跳ねる。

 

 

<wow wow…………>

 

 

 スポットライトの中に手を繋いで歩み出すのは4人のウマ娘。

 

 サイレンススズカ。

 マチカネフクキタル。

 タイキシャトル。

 トゥデイグッドデイ。

 

 ハレノヒランナーズを名乗る彼女達がその身に包んでいるのは『STARTING FUTURE』というライブ用の衣装。後夜祭の余興である筈のライブが、まるでG1レースのウイニングライブのような緊張感を感じさせるものになるのは、舞台上にいる歴戦の猛者達による圧倒的存在感故だろうか。

 

 

<wow wow…………>

 

 

 音楽と共に、歩みを進める彼女たちの靴音と声が会場全体に響く。

 

 

<wow wow wow……………………>

 

 

 伝説が始まる。

 

 

<やっとみんな会えたねーっ!>

 

 

<Don't stop. No, don't stop 'til finish!!>

 

 

 

 

 

 

<たかたった全力上がりタイム>

 

<譲れない夢の途中>

 

 

 

「(楽しい! 皆さんとやるライブがこんなに楽しいなんて!!)」

 

 

 大歓声に包まれ、親友たちに囲まれ、満面の笑顔で舞い踊り熱唱するマチカネフクキタルは幸せが胸いっぱいに溢れ出してどうにかなってしまいそうだった。

 

 

「(でも、でも、来年の秋天はもしかしたら私達みんなでレースに出て、皆でライブして……なんて事もあり得るんですよね)」

 

 

 可能性の話でしかない。一年も経てば黄金世代と称される今のクラシック級の面々は勿論、ジュニア級のウマ娘達も力をつけ天皇賞秋に出走してくるだろう。ハレノヒランナーズ全員が入着するだなんて話は夢物語だ。

 

 だが、可能性はゼロではない。その極僅かな可能性に思いを馳せるだけで、マチカネフクキタルは怖くなってしまうくらい幸せだった。

 

 

「(お姉ちゃん、シラオキ様、見てますか? 私にはこんなに大切な人達がいます。大好きなトレーナーさんがいます。幸せです。幸せすぎます。この幸せをいつまでも続けられるよう、このフクキタルめは頑張ります。だから、見守っていてください)」

 

 

 

<始めよう ここから最高STORY>

 

 

 

 タイキシャトルは不思議に思った。

 何故、フランス遠征の後に自分は引退してもいいなんて考えたのか。

 

 

「(4人でライブするだけでこんなにハッピーなのに、皆で走って、ライブしたらどれだけタノシイんでしょう。イメージするだけでワクワクが溢れて来マス)」

 

 

 鼓動の高まりをそのままにエネルギッシュなパフォーマンスと楽しさ満点の笑顔で観客を魅せるタイキシャトル。

 

 

「(アァ……ワタシは幸せ者デス。海を渡って日本に来て、コンナに大切で大好きなフレンド達と出逢えた)」

 

 

 

<もうドキドキもトキメキも>

 

<抑えられないたまんない>

 

<熱いハラハラが止まらない>

 

 

 

「(フクキタル。神戸新聞杯で私の目を覚ましてくれた。宝塚ではスピードの向こう側を見せてくれた。タイキ。人見知りで口下手な私と仲良くしてくれた。夏合宿で私に『自由』を示してくれた。トゥデイ。私の背中を追いかけてくれた。今はすぐそこまで来てくれた。私が迷った時は、立ち止まって道標になってくれた)」

 

 

 サイレンススズカの胸にあるのは感謝だった。

 

 走ることが好きで、大好きで、止まれない自分はこれまで沢山のものを置き去りにして来た。これまでも、きっとこれからも、独りで走って、駆けて、駆け抜けて、そして終わるのだと、それで良いんだと思った。思っていた。

 

 

「(いつかこの足が止まった時、私の目の前に広がる景色にはきっと皆がいる。ううん、私が目指す景色には、皆がいなきゃ……嫌)」

 

 

 

<春も夏も秋も冬も超え 願い焦がれ走れ>

 

<Ah 勝利へ>

 

 

 

「(そして隣には……トゥデイ、貴女が…………)」

 

 

 

<Don't stop. No, don't stop 'til finish!!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立ち止まるな、いいや、ゴールまで駆け抜けろ。意訳するとそんな感じかしら。ほんと、いい曲よね。生徒達に人気があるのも納得だわ」

 

 

 教え子たちとその友人によるライブを眺めなら東条は頭の中で考えを巡らせる。

 

 

「(毎日王冠、スズカとグラスに問題はない。けれど、トゥデイはどう?)」

 

 

 東条は脳内でデータを展開する。

 

 

「(夏合宿で大きく伸びた。身体も完成したと言っていい。でも、気持ちは? スズカを超えたいという想い、後輩の憧れを背負い、何かを成し遂げようとする決意、その為に全力を尽くす鋼の意思、それで足りる?)」

 

 

 今でもそれなりに勝負できる。いつか異次元の逃亡者に追いつくのではと周囲やサイレンススズカ本人が期待するような成長をしている。

 

 

「(……まだ、足りない。もっと根本的な、本能的な渇望が足りない)」

 

 

 だが、東条はそれでは足りない、届かないと脳内で首を振って断じた。

 

 トゥデイグッドデイは東条や沖野といったウマ娘をよく知るトレーナーからすれば『理性の怪物』だ。本能を理性で抑え込み、奇跡を必然にした怪物。怪我から復帰し、ステイヤー向きの適性を過酷なトレーニングで強引に中距離やマイルに適合させるのにも一役買ったその理性が、今は足枷になっている。

 

 スペシャルウィークの日本ダービーと同様の結果が待ち受けている。

 

 

「(何か、切っ掛けがあれば)」

 

 

 鋼の理性を押しのけて勝利への渇望が現れる。そんな機会があればトゥデイグッドデイは『届く』と東条は考える。

 

 

「(時代を作るウマ娘達と同じ、領域に)」

 

 

 

 

 

 

 




ファン感謝祭はほどほどに次は毎日王冠の予定

真面目な話になっちゃったからうまぴょい伝説とか出てないけどちゃんとこのあとやってます。フクトレは「俺の愛バが!!」って絶叫してフクキタル赤面させてる筈。

ようやく天寿や秋天かと思うと書いててワクワクする

最期まで駆け抜けるんやでデイカス♡


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第34R 毎日王冠1

サブタイトル直球で芝

真面目にレースします。
だって、まだ世間一般的にトゥデイグッドデイってサイレンススズカのライバルじゃないし……人気上げないと


 

 

 

 毎日王冠。

 東京レース場で開催されるG2競走。マイル、中距離から有力ウマ娘達が集う秋のG1戦線の行方を占う前哨戦の一つ。

 コースは芝1800メートル左回り、同じ東京レース場開催の安田記念などのマイルレースと比べると200メートル長く、コーナーが3つになっていることで展開も異なってくる。

 

 

「スタートから直線を挟んでコーナーに入るとき、スピードに乗ってる状態だと遠心力が強くかかるから浅い角度で曲がれる外枠の方が多少有利になるんだが、ここはスタートから最初のコーナーが近いだろ? スピードに乗り切っていない遠心力の小さい状態、最小半径でコーナーを曲がれる内枠の逃げ、先行が有利になりやすいんだ」

 

 

 東京レース場のパドック。チームスピカから出走するエルコンドルパサーの応援に沖野含むスピカのメンバーは勢揃いしていた。

 

 

「エーッ? それじゃあスズカが有利じゃない?」

「ま、そうだな。2枠2番、これでスタートに躓けば一斉に包んで壁になって思うようなレースをさせないって展開にもなるだろうが、スタート上手いからなあ、サイレンススズカは」

 

 

 トウカイテイオーの言葉に頷きながら沖野は答える。

 

 

「なによ、じゃあエル先輩は勝てないっていうの」

「いいや、スカーレット。それでもエルなら先行して徹底的にマークして、相手が最終コーナーで息を入れた瞬間に仕掛ければ差し切れる。宝塚記念でマチカネフクキタルがやったみたいにな」

 

 

「ただ、そこから差し返す勝負根性をスズカは持ってるから厄介だけどな」沖野はそう言って懐から棒付きキャンディを取り出して包装を破いてから口に咥えた。

 

 

「(サイレンススズカ、グラスワンダーの二人とエルの実力はほぼ拮抗している。逃げるスズカを追走する二人、それを含んだ先行勢が直線での伸びを捨てての終始ハイペースな展開になるか? エンジンの掛かりが遅い故に差しになるしかないトゥデイの末脚も出走人数が少ないから要注意だが、ダービーのスペ同様に今は『想い』が足りない、か)」

 

 

 そこまで思考を巡らせて、沖野はふと傍らに居るウマ娘の事を思い出した。

 

 

「スペ、今日は静かじゃないか。どうした」

 

 

 スペシャルウィーク。先日の神戸新聞杯を見事に制し菊花賞への切符を手に入れた沖野の教え子。彼女に声を掛けると、耳と尻尾をピンと跳ねさせる。

 

 

「えっ? あ、すみませんっ、なんですか?」

「……なんか上の空だな。腹でも減ったか?」

「い、いえ、そんな事は」

「セクハラですわよ」

「セクハラトレーナーダー」

「違う、誤解だ。話せば分かる」

 

 

 メジロマックイーンとトウカイテイオーにジト目を向けられ弁解する沖野。なおトモを撫でくり回したりとセクハラしがちなので間違いではない。

 

 

「おうおうおう、スペよお。腹減ってんならこのゴルシちゃん印の特製焼きそばなんてどうよ」

「え、えっと……」

「いつ用意したんだよそれ。しかも売ってるし」

「美味しそうなのが腹立つわね。というか法的に大丈夫なの?」

「んなの当たり前だろうが。アタシ、食品衛生責任者の資格持ってるしちゃんと食品衛生法に則って販売業の届け出もしてるぞ。URAからレース場内での販売許可も取ってあるしな」

「「???」」

 

 

 いつの間にかパック詰めされた焼きそばを抱えてゴールドシップが売り込みをかけてきて、事情を聞いたウオッカとダイワスカーレットが宇宙を背負う。

 

 

「あ、ははは、ちょ、ちょっとお花摘みに……」

 

 

 スペシャルウィークはそんなやり取りに愛想笑いを浮かべながらそそくさとその場を離れる。その後ろ姿を見送った沖野は「はぁ……」とため息をついた。

 

 

「ありゃ何かあったな。ゴールドシップ、何か知ってるか?」

「いんやー、少なくともメシじゃないことは確かだな」

「昨日のトレーニングの時に変わった様子は無かったように思いますが」

「となると夜か? ったく、菊花賞前だってのに……」

「どうする? トレーナー」

「菊花賞本番まで一ヶ月。明日のトレーニングに支障がないようなら暫く様子見……だな。てなわけで頼むぞお前ら」

「あいよ」「承りましたわ」「リョーカイ!」「おうっ」「仕方ないわね」

 

 

 各々の返事に「ありがとな」と礼を述べてから沖野はパドックに視線を戻す。

 

 

「(ひとまずは眼の前のレースに集中するか。超えろよ、エル)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:スペシャルウィーク

 

 

「はぁ……」

 

 

 人混みの間を縫うように歩きながら、私の口からはため息が漏れていました。

 

 思い出すのは昨晩のこと。

 

 

 

 

 

 消灯時間前。教室に忘れ物をした私が慌てて寮を飛び出して栗東寮の寮長をしているフジ先輩に事情を説明してから学園に向かい目的のものを回収、何事もなく寮に戻った後。

 自室に戻る途中の階段でマグカップを手に持った寝間着のジャージ姿のトゥデイさんとすれ違いました。

 

 

「スペ…シャルウィークさん?」

「!! トゥデイさんっ、こんばんはっ」

 

 

 トゥデイさんは明日が秋の初戦、毎日王冠です。寝る前にリラックスするため、厨房でなにか飲み物を用意しようと思ったと、良かったら一緒に飲みながら少しお話しようとお誘いいただきました。

 

 憧れのトゥデイさんと話せる!! 私は当然その誘いに飛び付きます。

 

 

「これは……?」

「顆粒の鶏ガラ出汁、塩コショウ、ラー油、あと乾燥わかめ。ケトルで沸かしたお湯を入れて……お手軽中華スープの完成」

 

 

 生徒用の厨房で備え付けのマグカップに、トゥデイさんが中華スープを作ってくれる。鍋も火も使わない、本当にお手軽なもの。

 

 正直意外でした。なんというか、ココアとかホットミルクを飲んでいる方が似合う気がして。

 

 でも、こういう知らなかった姿を見れてとても嬉しいです。

 

 

「……この辺りでいいか」

 

 

 月明かり差し込む談話スペースの一角に向かい合う形で腰掛け、卓上ライトのオレンジ色の光の中でお互いマグカップに口をつけます。

 

 

「あ、おいしい」

 

 

 何て言うんでしょう。味覚としては勿論美味しくて、消灯時間間際の夜に憧れの先輩手作りのスープを飲んで、そのスープも身体にはよくなさそうな塩気と旨味、背徳感があって……これが罪の味というものかもしれません。

 

 

「そっか、よかった……」

 

 

 それに、私の言葉に安心したようにふにゃりと表情を緩めるトゥデイさんを見ると、胸の奥がポカポカしてきます。

 

 暫くお互い無言でスープを飲んでいると、トゥデイさんがポツリと呟きました。

 

 

「あ、そうだ……神戸新聞杯、おめでとう。いい末脚だった」

「あっ、ありがとうございますっ」

 

 

 まさかトゥデイさんが神戸新聞杯を見てくれて、しかも褒めてくれるなんて!

 

 

「次は……菊花賞、だっけ?」

「はいっ」

 

 

 次走についてはすでに公開しているので頷きます。

 

 

「……グラスは明日、私達と走る」

「トゥデイさん……?」

 

 

 手元のマグカップの水面に目を落としながら呟くトゥデイさん。

 

 

「……見るべきは、私達じゃなくて、君たちライバルの筈。クラシック三冠を賭けて、黄金世代を」

「…………」

 

 

 スズカさんをひたむきに追いかけ続けて来たトゥデイさんだからこその言葉でした。

 私は何も言えません。だって、私達ライバルを見て欲しいという気持ちも、トゥデイさん達と走りたいという気持ち、どちらも理解出来るから。

 

 

「ああ、でも……」

 

 

 そう言って視線を上げて窓の外に向ける。

 

 

「もっと遠くを見て欲しい、かな」

 

 

 哀しげで、でも暖かな眼差し。

 

 

「遠く……?」

「そう。遠く。この先の未来、波濤を超えて……私には、難しいけれど」

 

 

 トゥデイさんはそこで言葉を切ると、スープを一口飲んで「ふう」と息を吐く。

 

 

「……フジ先輩」

「はぁい。何かな、トゥデイ君」

「わひゃあっ!!??」

 

 

 トゥデイさんの咎めるような声と私、その更に後ろに向く視線。同時に、後ろにぬらりと現れる気配。

 驚いて飛び上がって振り返ると、そこに居たのは寝巻き姿のフジキセキさんでした。バチコーンとウインクしているのが憎らしいくらい様になっています。

 

 

「私が……誘った。スペ…シャルウィークさんを」

「っ……そうか、そうか。君が…………」

 

 

 ??? なんだかフジキセキさんから意味深な視線が。

 

 

「まあ、今回は不問にしておくよ。トゥデイ、明日は大事なレースだ。夜更かしは程々にね。あと、後輩に余り悪い事を教えちゃダメだよ?」

「ええ。ありがとう、ございます」

「お、おやすみなさい」

 

 

 ヒラヒラと手を振って立ち去るフジ先輩。

 トゥデイさんも「それじゃ、またね」とマグカップを手に姿を消します。

 私もマグカップを厨房に片付けてから自室に戻りました。

 

 

 

 

「遠く、この先の未来、波濤を超えて……トゥデイさんには難しい……」

 

 

 明けて今日。私の頭の中をトゥデイさんの言葉がぐるぐる回っています。

 寝不足も相まってボーっとしてしまい、チームの皆さんには心配をかけているかもしれません。

 

 

「波濤……多分、困難とか苦難とかの意味だよね。でも、怪我も適性も乗り越えたトゥデイさんが難しいなんて……それに、遠くを見て欲しいって……誰に? スズカさん?」

 

 

 ちゃんと現代文の勉強をしておけば、と後悔していると、いつの間にか周囲の人影が疎らになっていることに気付きました。

 

 

「あッ!? レース!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファンファーレが響き、歓声が上がる。

 

 

<さあここ実況席まで響いておりますこの大歓声。これがG2? いえG1並みでしょう。逃亡者、怪物、怪鳥。昨今のトゥインクルシリーズを代表する優駿が集いました>

<そんな彼女達に挑む他のウマ娘も皆傑物揃いです。一瞬たりとも目が離せません>

<今回の展開はいかがでしょう>

<わかり切っています。サイレンススズカが逃げ他が後を追うでしょう。黄金世代の二人は勝ちに行くからこその今回の出走、どこから仕掛けるのかに注目です>

 

 

 ゲートインは粛々と進められるが。8枠8番のトゥデイグッドデイが立ったまま微動だにしない。ターフビジョンに映る彼女の様子に観客席からざわめきが広がる。

 

 

<おっと? トゥデイグッドデイがゲートに入りませんね>

<係員が声を掛け……あ、顔を上げてスッと収まりました>

<これは気付いていませんでしたね。瞑想…でしょうか。これまでに無い程に集中しているように見えます>

<宝塚もあり少し肝が冷えましたが……さあ大外枠にトールサンダーが収まります>

 

<9人のウマ娘がゲートに入り態勢完了>

 

<東京芝1800毎日王冠G2>

 

 

 

<今、スタートしました!!>

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デイカス「(黄金世代全体でやり合われてもなあ。やっぱり来年くらいにはグラスペで海外行ってバチバチしてもろて。自分が直接見るのは難しいけど)」

次はちゃんとレースする予定

レースは一応コースについて調べたりレース動画見たりしながら書いてるけど素人なのでユルシテ

活動報告で完結後のアイデア募集してたりするんでよろしく~


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第35R 毎日王冠2

今回、真面目にレースしているのでグッピーが死なないようご注意下さい


 

 

トゥデイグッドデイを追うスレ

 

 

46:名無しの植物

宝塚以来のトゥデイが出るレースだな

 

47:名無しの植物

応援行くか

 

48:名無しの植物

私も同行する

 

50:名無しの植物

花○院

 

51:名無しの植物

目印どうする?

 

52:名無しの植物

みんな童貞臭い格好してるキモオタだし一目でわかるやろ

 

54:名無しの植物

酷い言い草で芝

 

56:名無しの植物

どどど童貞ちゃうわ

 

58:名無しの植物

マヌケは見つかったな

 

60:名無しの植物

トゥデイの勝負服カラーの黒の何かしらを右手首に巻くとか?

 

62:名無しの植物

採用

 

63:名無しの植物

お、ようやく引き出しに眠ってる黒包帯の出番か

 

64:名無しの植物

それは黒歴史の間違いでは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<9人のウマ娘がゲートに入り態勢完了>

 

<東京1800毎日王冠G2>

 

 

 

<今、スタートしました!!>

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートが開くと同時に9人のウマ娘達が一斉に飛び出した。

 

 

<おっとトゥデイグッドデイ僅かに出遅れたか。しかしすぐ持ち直しスーッと上がります。後方に下がったのはアサヒノノボリ末脚には自信があります。さあ秋の府中西日を浴びてターフを駆ける9人のウマ娘。先頭はサイレンススズカ。続いてエルコンドルパサー、その外グラスワンダー>

 

 

 

 

「(やはり、スタートでは敵いませんかっ)」

 

 

 グラスワンダーは前を行くサイレンススズカの背中を見る。

 

 

「(スズカさんに勝つには逃げを封じるのが一番の勝機。ですが、それを実践するにはスズカさん以上のスタートの上手さと初速が必要。今のトゥインクルシリーズでそれが出来るウマ娘は……居ません)」

 

 

 サイレンススズカが『異次元の逃亡者』と呼ばれる理由の一つを間近に見て、グラスワンダーは背筋が凍る思いだった。

 

 

「(ですがそれは織り込み済み。離されないようマークを続けて息を入れたところで差す。それまで、我慢ですね。それと……)」

 

 

 耳をピンと立て、顔は動かさずに視線を辺りに向ける。

 

 

「(周りには居ない……トゥデイさんは後ろ? 終盤の伸びを考えると少し離れて中団にいる筈。人数が少なく壁になるものは無いですし最高速で最短距離、内ラチ沿いを突っ込んでくるでしょうか)」

 

 

 青葉賞の時のようなあの末脚が迫ってくることを想像し、グラスワンダーは笑みを深めた。

 

 

 

 

<さあ先頭は依然としてサイレンススズカ。2番手にはエルコンドルパサー、グラスワンダー、トールサンダーもいる。これはサイレンススズカをマークしているか。第3コーナー手前、それほど差は開いていません。600メートルを34秒台で通過しています>

 

 

 

 

「(っ!! 1800のレースですよねこれ!? それなのにこんなハイペース、しかもこれでも最終直線で『逃げて差す』だなんてデタラメです!!)」

 

 

 背中を追うエルコンドルパサーは内心で悲鳴を上げていた。今のペースは自身が勝利したNHKマイルカップのものより遥かに速い。しかも、それよりも200メートル長いレースなのに、だ。

 

 

「(これが、異次元の逃亡者。ジャパンカップの時よりもずっと……っ!!)」

 

 

 脚が竦みそうになる。

 あの時に味わった絶望が、チームスピカでの日々で薄れたトラウマが蘇る。

 

 

「(でも! でもっ!! ワタシだってずっと速くなった!! スピカの皆と! トレーナーさんと!! だから、動けッ!! ワタシの脚ッ!!!!)」

 

 

 

 

「エル……」

 

 

 観客席からレースを観戦している沖野はエルコンドルパサーの内心を察して苦々しい顔でその名を呟いた。

 

 サイレンススズカをマークして離されないようにする。その策は彼女にとって一番間近でトラウマを突き付けられる事になる。沖野、エルコンドルパサー、両者そこは承知の上だったが、机上と現実は異なるということだろう。

 

 

「(サイレンススズカからはおよそ5バ身。逃げているのが普通の逃げウマ娘なら無理に追わず脚を温存させるが、相手が相手だ。脚が残るギリギリまで距離を詰めないと、逃げ差しに届かないなんて事になりかねない)」

 

 

 逃げでありながら終盤で伸び、上がり3ハロンのタイムで上位に来る『逃げ差し』。最終直線で垂れるなんて想定はただの願望でしかない。どのウマ娘もそれが分かっているからこそ、先頭から殿までが詰まった状態でのハイペースな展開になっている。

 

 

「(トゥデイは中団やや後方か。そろそろ進出しないと間に合わなく…………あ?)」

 

 

 そこまで考え視線を先頭から後ろに移したときに飛び込んできた光景は、沖野の口からポロリと棒付きキャンディを落としてしまうほどのものだった。

 

 

<第3コーナーを抜け大欅の手前でトゥデイグッドデイ後退。最後方に下がります!>

 

 

 実況と共にターフビジョンに映し出されたのは、顔の右半分を鮮血で染め苦しげな表情をするトゥデイグッドデイ。

 

 

「トゥデイさんッ!?」

 

 

 スペシャルウィークの悲鳴が響く。

 

 

 

 

 

 

「まさか、ゲートにッ!?」

 

 

 東条は目を見開きながら叫んだ。

 観戦に来ているリギルのチームメンバー達も一様に絶句し言葉が出ない。

 恐らくゲートに衝突した額、そして鼻から出血したトゥデイグッドデイは少し外に膨らみながら最後尾で第4コーナーに入り最終直線へ向かっている。

 東条は2度3度深呼吸をして動揺を押さえ付けると、双眼鏡をのぞき込む。

 

 

「走りは……今の所しっかりしている。でも、骨折の可能性はあるわね。それにあの量だと呼吸にも支障があるかも」

「きょ、競走中止にすべきです!!」

「あの子が足を止めない限り、無いわ。分かっているでしょう、エアグルーヴ」

「ですがッ」

「エアグルーヴ。今は、レース中だ」

「会長……」

 

 

 シンボリルドルフがエアグルーヴを宥めているのを横目に東条は内線電話を手に取り東京レース場に常駐している医療チームに連絡し、いつでも治療に入れる態勢を整えてもらう。

 

 

「無事に戻ってきなさい……トゥデイ」

 

 

 

 

 

「……タイキは?」

「すごい勢いで走っていきましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…くっ…」

 

 

 呼吸が苦しい。

 

 肺が痛い。

 

 脚が重い。

 

 

 スタートダッシュを決めようとして開く寸前のゲートに頭をぶつけた事は覚えている。その時に何処かを切ったのか、鉄錆臭い液体が顔を伝っているのが分かる。鼻も打ったのか鼻血が出ていて呼吸がしにくい。

 

 今、私はどこにいる? 中盤あたりから前目につけようと上がっていた筈だ。

 

 スズカは? グラスは? エルは?

 

 

「何処だ」

 

 

 血が目に入って視界が悪い。

 

 少し前を走る7番のアサヒノノボリさんは確か追込を主戦法にしていた。つまり私は最後尾くらいか?

 

 スズカ達はもっと前にいる?

 

 

「難しいか」いやだ

 

 

 ああ、ここからだとこの後どこで仕掛けても届かなさそうだ。呼吸もフォームも乱れて体力の消耗が激しい。仕掛ける脚が残っているかも微妙だ。

 

 もともと距離が短いマイル戦。秘策を用いてのスタートに失敗し前につけられず後ろに下がった時点で勝ちの目はほぼ無くなった。

 

 グラスペの為を考えるとなるべく良い結果を残しておきたいんだが、これはキツい。

 

 

「ゴホッ…ゴフッ…ハァッ…」

 

 

 ああ、く、そ、ほんと、キツイな。

 

 情けな、い。

 

 ちく、しょ、う、視界、が、かすむ。

 

 

 スズカ

 

 

 

 

 

 

 ガクン、とトゥデイグッドデイの身体が沈んだ瞬間、最悪の事態を想像した観客達の間から悲鳴が上がった。

 

 だが、彼女はどうにか倒れる事なく外にヨレながら第4コーナーを駆けていく。

 

 先頭のサイレンススズカまでおよそ15バ身。これまでのハイペース。加えて怪我と出血による体力の消耗から使える脚が残っていないのは誰の目にも明らかだった。

 

 

「無事にゴールしてくれ」

 

 

 トゥデイグッドデイに目を向けている一般の観客達は皆一様に思った。

 

 勝つのはもう無理だ。せめて。

 

 それが当たり前で、普通のことだった。

 

 けれど。

 

 

「……まだ、トゥデイは諦めてないだろうがッ」

「走ってる、走ってるんだよ」

「レースは続いてる。勝負は決まっちゃいないッ」

 

 

 観客席の一角。右手首に黒のリストバンドや黒包帯やらを巻いた一団から声が上がる。

 

 

「トゥデイッ」

 

 

 応援に来ていたタイキシャトルも最前列に飛び込み叫ぶ。

 

 

<最終コーナーまず最初に立ち上がったのはサイレンススズカ。エルコンドルパサーとグラスワンダーも外から詰め寄ってくる。トールサンダー3バ身後方G1ウマ娘三人が直線を向いてさあ真っ向勝負!!>

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 いま、コーナー?

 

 ちゃんとはしれてる?

 

 はしる?

 

 はしるって、なにを。

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 

 レースだ。

 

 いま、わたしはレースをしてる

 

 レース……なんのために?

 

 

「トゥデイッ!! 勝て! 勝ってくれ!! あんたがっ! サイレンススズカにっ!!」

「頑張れ!!」

「トゥデイちゃん! 勝って!!」

 

 

 だれのこえ? でも、そうだ。

 

 

「かつため」

 

 

 そう、かつために、はしってる。

 

 かつって、だれに?

 

 

「スズカ!!」

「いけーッ!!」

 

 

「ス、ズカ」

 

 

 スズカ。サイレンススズカ

 

 まけた。なんどもまけた。まけた。まけた。まけた。

 

 べつにまけてもいい。くやしくない。このていどでじゅうぶんだ。『グラスペ』のためなら。

 

 わたしは、なんとも。

 

 

「そんなわけが、ない」

 

 

 かげもふめない

 

 らいばるともみられない

 

 せなかがとおい

 

 

「わた、しは」

 

 

 

 

 

 

 かちたい

 

 

 

 

 

 

 

「トゥデイッ!!」

「トゥデイさんッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 かちたい

 

 

 

 

 

 

 

「トゥデイ、グッドデイだ」

 

 

 

 

 

 

 きみに、かちたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァッ!」

 

 

 最終直線、サイレンススズカが息を入れた……と予想したタイミングでエルコンドルパサーとほぼ同時にスパートをかけ勝負を決めに行ったグラスワンダーだったが、5バ身程度の差が中々縮まらない。

 

 

「(そんな、息を入れないっ!? スズカさんの背中が、ここまで遠く感じるだなんて!!)」

 

 

 時間にすれば1秒に満たない距離が果てしなく遠い。

 

 

「(トゥデイさんは『これ』を走るたびに味わって……なんて人……)」

 

 

 敬愛する先輩ウマ娘への畏敬の念を深めながら、グラスワンダーは異次元の逃亡者を差すために更に力を込め、

 

 

「(ッ!?)」

 

 

 背後で膨れ上がった気配に大きく動揺した。

 

 

<大外から誰か一人突っ込んでくる!>

 

 

「(な、にが)」

 

 

 視線を右、外に向ける。

 

 バチリ、と黒い稲妻が駆け抜けた。

 

 

「(トゥ、デイ、さん?)」

 

 

 

 

 

<グッドデイ! グッドデイだ! グッドデイが来た! グッドデイが来た! トゥデイグッドデイが突っ込んでくる!!>

 

 

 

 

 

 黄金色の瞳をギラつく闘志に輝かせ、白い体操服を赤い血で染めながら、周囲の時が止まっているかのようなスピードで捲って上がってくる。

 

 

「(なぁっ!?)」

 

 

 遠い逃亡者の背中を睨みつけ歯噛みしていたエルコンドルパサーは、並ぶことすらなく追い抜いていったトゥデイグッドデイに驚愕し僅かに内にヨレてしまう。

 

 

「(負けて、たまるかぁッ!!)」

 

 

 歯を食いしばり更にスパートをかけようとするが、二人はあっという間に遠ざかる。

 

 

「くっそぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

 

 

<怪物も怪鳥も纏めて撫で斬りサイレンススズカまで3バ身、2バ身!!>

 

 

 

 

 

 

「(ッ!! これは……トゥデイッ!?)」

 

 

 迫る足音に気付いたサイレンススズカは振り向きたい衝動を抑えて更に脚に力を込める。

 待ちわびた、ライバルが自身に迫っている事への喜びなんて甘い感情は無い。

 

 

 負けたくない、譲りたくない。

 

 

 彼女の胸で闘争心が燃え上がり、バチンとギアが切り替わった。

 

 

 

 

「(勝つのは私!! 先頭は、勝利は、トゥデイにだって、誰にだって、譲らない!!)」

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

<届くか!? 届くか!? アタマ! クビ! ハナ! 届いた!? 届いた!! 二人同時にゴール!!!!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<写真! 写真判定!! これはどっちだぁ!?>

 

 

 

 

 

 




デイカスの意識(理性)が吹っ飛んでウマ娘の闘争本能が顔を出したということでよろしく

トラブルから15バ身差を直線一気で覆すとか人気出ない訳が無いよね

ブロードアピールの根岸ステークスは最高やなって


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第36R 毎日王冠3

競馬の神か三女神からの天罰でコロナに罹りましたが軽症なので鋭意執筆してるンゴ

今回はゴール直後とネット上とかの反応

デイカス本人やグラスペら他のウマ娘の反応は毎日王冠4か天寿の中で



★★★12月2日 挿絵追加★★★
狩猟系ナメクジ様より支援絵を頂きました!
昨今話題の『NovelAI』を使用して制作されたとの事です。
本当にありがとうございます!!


 

 

 

 

<届くか!? 届くか!? アタマ! クビ! ハナ! 届いた!? 届いた!! 二人同時にゴール!!!!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴール板を並んで駆け抜けたサイレンススズカとトゥデイグッドデイ。一拍遅れてグラスワンダー、エルコンドルパサーと後続のウマ娘達が駆け込んでくる。

 

 

<先頭二人から5バ身差でグラスワンダーとエルコンドルパサー、エルコンドルパサーが若干体勢有利か? 5着には更に7バ身遅れてアサヒノノボリ>

 

<勝ちタイムは1分44秒5!! レコード! レコードです!! 従来のレコードをコンマ1秒更新!! 勝ったのは異次元の逃亡者か!? 黒い稲妻か!? どちらにしても見事な、見事としか言いようがない、素晴らしいレースでしたッ>

 

<ええ……ええ……はい。天皇賞秋で彼女たちがどのような走りを見せてくれるのか、今から楽しみで仕方ありません>

 

<写真! 写真判定!! これはどっちだぁ!?>

 

<勢いがありましたしトゥデイグッドデイが態勢有利かとは思うのですが……ここからでは分かりませんね>

 

<写真判定の結果が出るまで皆様、暫しお待ちください>

 

 

 猛烈な追込を見せたトゥデイグッドデイが前で脚を緩めて立ち止まり、サイレンススズカが歩み寄ってようやく肩を並べた二人。

 

 

「トゥデイ……ッ!!」

 

 

 サイレンススズカが隣を振り向きながら声をかけた瞬間、その瞳は驚きから大きく見開かれた。

 

 

「……どうして、泣いて。だって、勝敗はまだ」

 

 

 天を仰いだトゥデイグッドデイの黄金色の瞳から涙がつつと流れている。

 

 サイレンススズカの言葉に答えず、目を閉じ、肩を大きく上下させながら、無言で涙を流し続ける。

 

 額や鼻からの出血で白い体操服が赤黒く染まっているが、それに気付き認識しても彼女の雰囲気に飲まれてしまったサイレンススズカには指摘できなかった。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 観客席を飛び出し駆け寄ろうとした東条らリギルの面々やタイキシャトル、スペシャルウィークはその姿に思わず足が止まる。

 劇的な展開に興奮冷めやらぬ観客達も眼の前の光景にしんと静まり返り、レース場全体が託宣を待つ祭祀場のような静寂に包まれた。

 

 

 そして、掲示板から写真の文字が消える。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

<写真判定の結果、勝ったのはサイレンススズカ!! 2着ハナ差でトゥデイグッドデイ!!>

 

 

 響き渡るアナウンスと共に溢れ出る大歓声。

 

 

「…………」

 

 

 トゥデイグッドデイは目を開けると、勝者に向き直り笑みを浮かべようとする。

 

【挿絵表示】

 

 

「あとちょっと、だった」

「…………」

 

 

 血痕に涙の跡が生々しく残るライバルの顔を見たサイレンススズカの胸がキュッと締め付けられる。

 何を言えばいいのか、どう声をかければいいのか、何もわからず彼女は立ち尽くす事しかできない。

 

 

「……っと」

「トゥデイッ!!」

 

 

 ふらり、とトゥデイグッドデイがバランスを崩し前に倒れかけたのを慌てて抱き留める。

 左肩に小さな親友の頭がポスンと収まり、まるで焼けるように熱い彼女の体温と、未だ早鐘のようにバクバクと脈打つ鼓動が伝わってくる。

 

 

「ごめん、すこし、つかれた」

「疲れたって……あっ、血!! 早く医務室にっ」

「だいじょうぶ、もうほとんどとまってる」

「でも」

 

 

 不安と心配がありありと出た声音に苦笑しながら、トゥデイグッドデイは震える腕に力を込めてサイレンススズカの背中に回す。

 

 

「おめでと、スズカ」

 

 

 その一言に彼女の涙腺が決壊した。

 

 

「わ、わた、私が、今の私があるのは、トゥデイのおかげで」

「……うん」

「先頭の景色、その先の、皆がいる景色に辿り着きたいと思えて」

「……うん」

「嬉しい、嬉しいの。トゥデイが私の事を追いかけてきてくれて、独りにしないでくれて」

「……うん」

 

 

 頷くトゥデイグッドデイをギュウと強く抱きしめる。

 

 

「ありがとう、本当に、ありがとう……トゥデイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日王冠観戦スレ

564:名無しのウマ娘ファン

なんていうか、言葉が出ないわ

 

570:名無しのウマ娘ファン

いやほんと、何なんあれ。最終直線で大差捲くって異次元の逃亡者にハナ差とか

 

576:名無しのウマ娘ファン

思い出すだけで鳥肌が

 

578:名無しのウマ娘ファン

上位5名の上がり3ハロン

サイレンススズカ  34.9

トゥデイグッドデイ 32.2

グラスワンダー   35.0

エルコンドルパサー 35.0

アサヒノノボリ   35.2

 

584:名無しのウマ娘ファン

㌧クス

 

586:名無しのウマ娘ファン

なんか一人おかしい子がいますね

 

592:名無しのウマ娘ファン

新潟芝1000直線だったっけ毎日王冠

 

597:名無しのウマ娘ファン

東京芝1800左回りです……

 

 

602:名無しのウマ娘ファン

いや逃げなのに上がり2位にいるのもおかしくない?

 

 

605:名無しのウマ娘ファン

たしかに

 

 

606:名無しのウマ娘ファン

レース展開、スローペースからの直線ヨーイドンだっけ?

 

 

607:名無しのウマ娘ファン

サイレンススズカが意気揚々と逃げてそれを追うハイペースでしたね……

 

 

611:名無しのウマ娘ファン

ちなみに、府中の直線は約525メートルで心臓破りの坂もある

 

 

617:名無しのウマ娘ファン

それにトゥデイグッドデイはゲートに頭ぶつけて出血してたんだろ? 体力も消耗してただろうしどーなってんの

 

 

620:名無しのウマ娘ファン

わからん(思考放棄)

 

 

623:名無しのウマ娘ファン

三女神がなんかやったんやろ(ハナホジー)

 

 

628:名無しのウマ娘ファン

読めなかった このリハクの目を持ってしても

 

 

631:名無しのウマ娘ファン

節穴定期

 

 

637:名無しのウマ娘ファン

現地であの追込見たけどヤバかった。あの怪物や怪鳥が止まって見えるんだぜ。しかも血を流しながらの必死の形相はゾクリとしたし

 

 

643:名無しのウマ娘ファン

裏山

 

 

646:名無しのウマ娘ファン

あと1メートルゴールが遠かったらなあ

 

 

648:名無しのウマ娘ファン

ハナ差2センチとかそれ同着でいいだろって

 

 

649:名無しのウマ娘ファン

ほんそれ

 

 

651:名無しのウマ娘ファン

ススズもいっぱいいっぱいの筈なのに差されそうになった瞬間更に加速するし訳分からんよ

 

 

656:名無しのウマ娘ファン

誰だサイレンススズカVSグラスワンダーVSエルコンドルパサー 新旧G1ウマ娘三つ巴の戦いとか煽ってたの (過去スレ見て) 俺だったわ

 

 

657:名無しのウマ娘ファン

お前かよ!!

 

 

660:名無しのウマ娘ファン

黄金世代のG1ウマ娘二人は歯牙にもかけられず……いや今回ばかりは相手が悪いな、うん

 

 

661:名無しのウマ娘ファン

レコードだしなぁ

 

 

663:名無しのウマ娘ファン

グラスは無敗記録途切れちゃったか。まあ、菊花賞は大丈夫でしょ

 

 

667:名無しのウマ娘ファン

京都大賞典勝ったのはマチカネフクキタルだっけ? セイウンスカイの逃げを差し切って

 

 

668:名無しのウマ娘ファン

せやで

 

 

671:名無しのウマ娘ファン

流石、唯一異次元の逃亡者を捕まえたウマ娘

 

 

674:名無しのウマ娘ファン

近いうちに二人目が現れそうで楽しみ

 

 

675:名無しのウマ娘ファン

秋天かあ……いや、まさかここでトゥデイがライバルに急浮上してくるとは思わなんだ

 

 

679:名無しのウマ娘ファン

いつも同じレース走ってるけど結果は……うん、って感じだったし

 

 

684:名無しのウマ娘ファン

フクキタルやブライトも秋天出るみたいだから見応えのあるレースになるな

 

 

687:名無しのウマ娘ファン

今から楽しみで仕方無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日王冠感想スレ

111:名無しの植物

もうライブ直前なのに未だに感動で体が震えてる

 

 

113:名無しの植物

いやほんと、涙が

 

 

114:名無しの植物

デビューからずっと追いかけ続けたライバルにようやく届いた。しかも、あんなトラブルの中、大差を覆して

 

 

116:名無しの植物

ハナ差2着ってのがなぁ……惜しいよなあ

 

 

117:名無しの植物

同着でもよかったのではURAさん

 

 

118:名無しの植物

それはそう

 

 

119:名無しの植物

まあでも秋天での楽しみが増えたし。1800でハナ差なら2000なら……

 

 

120:名無しの植物

初のG1勝利でライバルにも初勝利とか熱すぎる

 

 

121:名無しの植物

あのスピード、脚は大丈夫だよな? 怪我で引退とかないよな?

 

 

122:名無しの植物

病院に搬送されたわけでもないし、今の所ウイニングライブは参加するってアナウンスされてるから大丈夫だとは思うが

 

 

123:名無しの植物

とんでもない末脚出してでもハナ差2着で負けて故障引退とか三女神は芸術家すぎる

 

 

125:名無しの植物

レースの結果もそうだけど、その後のやり取りよ

 

 

126:名無しの植物

あれか

 

 

128:名無しの植物

写真判定ってアナウンスされた時点で泣いてたよな

 

 

130:名無しの植物

なんで?

 

 

132:名無しの植物

たぶん分かってたんだろうなぁ。あと2センチ届かなかったって

 

 

133:名無しの植物

切ないなあ

 

 

135:名無しの植物

判定結果が出たあとにお互い向き直ってのトゥデイの表情よ

 

 

136:名無しの植物

笑顔を浮かべようとしてるのに出来てなくて、血痕に涙の跡が残って……痛々しいし物悲しいのに凄く……綺麗だった

 

 

138:名無しの植物

あれ以上の芸術作品は存在しえないでしょう

 

 

140:名無しの植物

なんか新しい扉開きそうなんだよね

 

 

141:名無しの植物

ウマ娘でエログロとかはNGだってURAがガイドライン出してるから他所でな

 

 

142:名無しの植物

その後は抱きしめて多分おめでとうとでも言ったんだろうけど、そしたらスズカ号泣するし

 

 

143:名無しの植物

金杯のときはスズカから抱き締めたけど、今回はトゥデイからなんだよな

 

 

145:名無しの植物

エモい

 

 

147:名無しの植物

尊い

 

 

149:名無しの植物

感動した

 

 

151:名無しの植物

自分を追いかけ続けてきたライバルが死力を尽くしてようやく届くと思ったけれど2センチ届かなくて、悔しさやら色々こもった涙を流す姿を間近に見て、それでも暗い気持ちを振り払おうとして笑顔で勝利を祝福してくれる程度で泣かんやろ

 

 

152:名無しの植物

文章にすると芝

 

 

154:名無しの植物

どこが程度やねん

 

 

156:名無しの植物

情緒ぐちゃぐちゃになるわ

 

 

158:名無しの植物

これ現役JKが経験していいシチュ? ちょっと重すぎない?

 

 

159:名無しの植物

ターフにはウマ娘たちの血と涙と汗が染み込んでいるんやなって

 

 

160:名無しの植物

比喩表現でもなんでもないのが芝生える

 

 

161:名無しの植物

たしかに今日は物理的に染み込んでるな

 

 

162:名無しの植物

その部分のターフ張替えのときに貰えないかな?

 

 

164:名無しの植物

ええ……

 

 

166:名無しの植物

そこは普通体操服とかゼッケンじゃない?

 

 

167:名無しの植物

普通ってなんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

190:名無しの植物

次は秋天か

 

 

192:名無しの植物

次こそは、勝ってほしいな

 

 

193:名無しの植物

ライバルはスズカだけじゃない。フクキタルにブライトにリョテイ、他にも有力バが多数出走するだろうな

 

 

194:名無しの植物

厳しいレースになるだろうけど、あの末脚なら!!

 

 

195:名無しの植物

見るしかない

 

 

196:名無しの植物

見届けよう、トゥデイの勝利を

 

 

198:名無しの植物

ああ、絶対見に行くわ。有休取れなかったら会社辞めてやる

 

 

200:名無しの植物

11月1日が待ち遠しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Umatubeの生配信。

 以前ニュース番組にも出演していた鹿毛の元G1ウマ娘は、個人のチャンネルでレース展開の予想やそれに対しての反省会を日頃配信している。今回のテーマは先日の毎日王冠。G1ウマ娘3人の対決という前評判を一蹴したレースについてだった。

 

 

「さて、あらためてレース映像を見返した訳だけど……凄いとしか出ないのよね。解説者失格だけど」

 

【芝】【芝】【芝】【いや気持ちは分かるけども】【あのハイペースについていって出血からの途中失速→再加速で上がり32.2はおかしい】【毎日王冠って短距離だっけ?】【1800のマイルやで】【うーんこの】【ま、まあ府中1800とかで過去に出てないことは無いタイムやし】【それは直線ヨーイドンの展開だからでは?】【それはそう】

 

 

「コメントにもあるけど、道中が超スローペースで脚が溜められてるなら府中でもあの上がりタイムが出てもおかしくないのよ。でも、異次元の逃亡者が作り出したレコードタイムのハイペースに食らいついた上で負傷から失速したのに巻き返したのがもう、ね」

 

 

 配信主はそう言うとコースの俯瞰図の描かれたフリップを取り出しそれぞれ1から9までの数字が書かれた9つの磁石を貼り付ける。

 

 

「3コーナーの終わり、大欅あたりで失速して4コーナーに入る頃にはサイレンススズカとは大差。一つ前のアサヒノノボリとも2バ身差はあった。ちなみに、1バ身で大体0.2秒の差があるからスズカから2秒以上遅れてる事になるわね。普通の逃げウマ娘が一人旅してるならそれくらい差が広がっても最後は垂れるから末脚自慢の子なら直線で差しきれるけど、今回は相手がねぇ」

 

【うわぁ】【改めて解説されると絶望的】【今回はエルコンもグラスもススズをマークしに行ったけど、悠々と逃げさせたらまずいもんな】【今回は上がりグラス達より速かったし】【差し先行より逃げが末脚あるとかおかしいだろ!】【だから異次元の逃亡者なんだよなあ】

 

 

「それで4コーナー回って最終直線入る辺りから再加速。大外から突っ込んで7人をゴボウ抜き。あとここの実況、まだカメラの外にいるトゥデイに「大外から誰か一人突っ込んでくる」って視聴者の注意を引きつけてるのよね。巧いわ」

 

【ほんそれ】【普通先頭のG1ウマ娘三人に注目してるだろうに】【視野の広さとお茶の間を意識した実況、プロやなあ】【凄いなー、憧れちゃうなー】

 

 

「最後はスズカに届いた所でゴール。写真判定からのハナ差2センチでサイレンススズカの勝利。トゥデイは上がり32.2だけれど、残り3ハロンは4コーナーの途中からだから、実際には31秒台のペースだったでしょうね」

 

【うわぁ】【えっぐ】【というか体力消耗しまくった状態でこれなら万全の状態だと?】【最強なんじゃね】【好位差しでぶっちぎり圧勝する未来が見える】【こりゃシニア三冠制覇あるのでは?】【夢が広がりんぐ】

 

 

「……そうね。だから、次の天皇賞秋は絶対見逃せないわ。当日は現地にいるから配信できないけど、出走表発表時でのレース展開予想配信と、レース後の振り返り配信はするから見に来て頂戴」

 

 

 そこから質疑応答や雑談に興じつつ、1時間ほどの配信を終えてパソコンの電源を落とす。

 

 

「……厳しい、でしょうね」

 

 

 椅子に深く腰掛けモニターの暗闇を見詰めながら呟く。

 

 

「秋天まで1ヶ月も無い。それまでにあの末脚のダメージは抜け切らない筈。リギルの東条トレーナーならまず出走させない」

 

 

 逆に出走してきた場合、勝負ができるレベルまで回復したという証明でもある。

 

 

「……でも、あの末脚は使えない。負荷が青葉賞の時とは比べ物にならない、今度こそ壊れるわ」

 

 

 レース中に脚が『壊れた』というケースは稀だが散見される。選手生命を断つレベルのものだ。

 

 

「だけど、だけど、観たいとも思うの。秋の盾を賭けた大舞台でライバルに勝つのを。魅せられたの。貴女の走りに」

 

 

 ギシリ、と椅子を鳴らして立ち上がる。

 

 

「悔いのないレースを、トゥデイグッドデイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、2013年の府中牝馬ステークス(芝左1800)でゴールデンナンバーが上り32.0を出してたり。こちらは1000メートル通過63.8の超スローペースですが。


競走馬トゥデイグッドデイが居る世界線の98年毎日王冠、マル外のG1馬2頭を一世代上の内国産馬が返り討ちにしたし、小柄な黒鹿毛の馬がすわ競争中止かってレベルのトラブルからの大差を捲って異次元の逃亡者を捉えるという大きな見所もある伝説のレースとして後世に語り継がれるんやろうなあ

ナリタタイシンやデュランダルやブロードアピールらと一緒にようつべで名追込レースの特集動画作られそう

なお次走天皇賞秋は逃げを選び『日曜日』を迎える模様


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第37R 毎日王冠4


マチカネフクキタルのヒミツ
 トゥデイグッドデイが引き当てた白紙のおみくじは大切に保管している



 

 

 

 

 

Side:東条ハナ

 

 

 

「正直、驚いています」

 

 

 トゥデイの主治医を務める男性がレントゲン写真やMRI画像をモニターに映しながら言う。

 

 

「あの毎日王冠、僕も中継で見ていました。3コーナーでの失速とそこからの追い上げに、ハナ差の決着、涙の抱擁。親の死に目と子供が生まれた時以外は泣かないと誓っている涙腺が決壊するくらいには感動しました」

「は、はぁ」

 

 

 知らないわよ、とバッサリ斬りたいけど無茶しがちなトゥデイに付き合ってくれた恩人でもあるので耳はしっかり傾ける。ウマ娘が好きなのは分かるんだけど、ちょっと変なのよね。

 

 

「それと同時に、ああ、これは、とも思いました」

 

 

 隣に腰かけるトゥデイは相変わらずの無表情。相槌くらいは打ちなさいよとは思うけれど、相手も自分の世界に入っているのか欠片も気にした様子が無いのは幸いか。

 

 

「筋か、靭帯か、骨か、どこかしらに致命的なダメージが入るレベルの走りだったのですが、検査結果を見る限りどこも正常。脚の筋肉に軽い炎症がありますが筋肉痛も感じない程度。夏を経て身体が出来上がった事は解っていましたが、まさかこれほどとは。ウマ娘の神秘を前に我々の医学というのは何と無知で無力なのかを思い知らされました」

 

 

 その割には「いやーまいったまいった」と笑顔で非常に楽しそうなのがこれまた。

 

 

「臓器の方も異常ありませんでした。心身ともに健康なようで非常によろしい。これならば来月の天皇賞秋は出走して問題無いでしょう。1ファンとして応援していますよ、トゥデイグッドデイさん」

 

 

 そんな言葉に送り出され、私とトゥデイは病院を後にする。

 

 

「トレーナー」

 

 

 帰りの車内。ハンドルを握る私に対して助手席に座るトゥデイが珍しく声をかけてきた。

 

 

「どうした」

「私は……トゥデイグッドデイは、期待されているんですね」

「そうだな。毎日王冠でのあの走りに夢を見たファンは多いだろう」

「…………」

「それに」

「?」

「もっと前から、お前が走り出した頃から応援しているファンもいる。皆、秋天でのお前の走りに夢を乗せている……私だって、な。勿論、スズカとエアグルーヴにもだが」

 

 

 そう言うと、トゥデイは小さく吹き出しながら「背中には気を付けた方がいいですよ」と冗談めかして忠告してくるので思わず真顔になってしまった。

 

 それはトゥデイの方が……いえ、今の所スズカが抜きんでているし。うん。

 

 他愛ないやり取りをしつつ、今日はチーム練習がオフの日なのでトゥデイを寮の前まで送ってから学園に戻る。

 

 スズカ、トゥデイ、エアグルーヴの走る秋天だけではない。年末のウィンタードリームトロフィーや夏のメイクデビューで故障したオペラオーの復帰プラン、タイキのマイルCSと距離延長、グラスの菊花賞などやらなければならないことは多い。

 

 

「そういえば、グラスから自主トレーニングの連絡が来ていたわね。それも反映しておかないと」

 

 

 私はチーム練習の時間以外でのトレーニングを強制することはしない。けれど、ウマ娘が自主的に望む場合はそれを受け入れ、プランを組む。

 場合にもよるけれど、自主トレーニングは自分の中での葛藤や苦悩のはけ口となり、メンタル面の調子を整える役割がある。

 

 

「毎日王冠、グラスにとっては衝撃的だったでしょうし」

 

 

 あの末脚でトゥデイは一躍秋天でのスズカの対抗バに躍り出た。チームリギルに所属しドリームトロフィーリーグに身を置く猛者たちですら身震いするほどのそれを目の当たりにしてグラスが平静を保てなかったのは仕方のない事だわ。

 

 

「菊花賞まで一か月……」

 

 

 今後を考えるなら、菊花賞を落としたとしてもそれが『次』に繋がれば問題は無い。

 

 グラスの目標はクラシック三冠ではなく、全ウマ娘の頂点に立つことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:グラスワンダー

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 

 今日はチームリギルのトレーニングがお休みの日。ただ、友人達はそれぞれの練習があり、かといって一人で出掛けようとも思えなかったわたしはトレーナーさんに連絡を入れた上で自主トレーニングを行っていました。

 

 場所はトレセン学園近所の寂れた神社。非常に長い石段を持つここは、トゥデイさんを始めとする一部のウマ娘がピッチ走法のトレーニングをする場所として知る人ぞ知る穴場です。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 

 三冠を賭けた菊花賞の舞台である京都レース場には高低差4.3メートルの『淀の坂』があります。これまでに経験のない3000メートルという長距離レースでスタミナの消耗を抑える為に淀の坂を効率的に走る事は必要不可欠。そう考えてのピッチ走法のトレーニングでは当然、参考にするのは代名詞的ウマ娘であるトゥデイさん、彼女が日頃している走りを思い浮かべ──

 

 

 ──大外から誰か一人突っ込んでくる!!

 

 

「………ッ」

 

 

 けれど、脳裏によぎるのは毎日王冠のトゥデイさんでした。

 

 バチリ、と迸る黒雷と遠ざかる背中を幻視します。

 

 その幻を追い掛けて最上段まで駆け上がると疲れから足元が覚束無くなり、はしたなく地面に座り込んでしまいました。

 

 冬の気配の混じる風が火照った身体を撫でる。雲は高く、眼下の町並みの緑も徐々に色付く。日本に渡って数度目の秋。

 

 

「次は、菊花賞なのに……」

 

 

 わたしの瞼には、あの時の黒い稲妻が焼き付いてしまっています。心が囚われてしまったと言ってもいいのかもしれません。エルたちライバルへ向けなくてはいけない気持ちがトゥデイさんへと向いてしまっている。

 

 

「なんたる驕り、なんたる慢心、こんな心で、スペちゃん達に挑もうなんて……侮辱にも程があります」

 

 

 自覚している。自省している。自戒している。けれど、どうしても振り切れない。

 

 

「……これなら、わたしは」

 

 

 菊花賞ではなく、トゥデイさん達が走る天皇賞秋に出たほうがいいのではないか。そう思ってしまいます。

 

 膝に顔を埋めて懊悩していると、カツカツと蹄鉄が石段を叩く音が近付いてきました。

 

 

「おや? なんとも奇縁というか……ふむ、これもシラオキ様のお導きでしょうか」

 

 

 現れたのはマチカネフクキタルさんでした。わたしと同じくトレーニング中なのかジャージ姿の彼女は菊花賞、宝塚記念を制したG1ウマ娘にして、唯一スズカさんに先着した怪物。先日はセイちゃんが出走した京都大賞典を制し、秋の盾を狙うことを宣言しています。

 

 そんなフクキタルさんはわたしの目を見詰めながらニッコリ笑います。

 

 

「グラスさん、少しお話ししませんか?」

 

 

 そのお誘いに、わたしはコクリと頷きました。

 

 

 

 

 二人並んで石段の隅に腰掛け、ごちゃごちゃした心をそのままに今の心境を話すと、長々とした話にも関わらず聴いてくれたフクキタルさんは「なるほどなるほど〜」と納得したように頷きます。

 

 

「少し、昔話です」

「はい?」

「去年の神戸新聞杯まで、スズカさんのライバル、いえ、視界に入っていたのはトゥデイさんだけでした」

「……」

「当時の私はそれが許せなかった。だからレースのあと、私はスズカさんに言いました『誰と走っていましたか』と」

「誰と……」

「アハハ、その時は勝ったからそう言いましたけど負けてたらどうだったんでしょう……『視界にも入れないなんて悔しいです』とか捨て台詞を吐いていたかもしれませんねっ」

 

 

 フクキタルさんは冗談めかしながら言います。けれど、わたしはザーッと血の気が引いていくのを感じました。今のわたしが菊花賞を走ったら、勝っても負けてもその時のフクキタルさんと同じ気持ちをスペちゃん達にさせてしまうでしょう。

 顔を青くしていると、フクキタルさんがポツリと呟きました。

 

 

「グラスさんが羨ましいです」

「えっ?」

 

 

 しみじみとした、いえ、これは心の底からの羨望か、じっとりと湿り重たい気持ちが晴れの日の日差しのようなフクキタルさんから漏れ出ています。

 思わず顔を上げると、昏い光を宿した瞳と目が合い思わず「ひゅっ」と息を呑んでしまいました。

 

 

「グラスさん、私達の世代が何と呼ばれているか、ご存知ですか?」

「そ、それは」

 

 

 スズカ世代、そう呼ばれている事は知っていますが言葉が出てきませんでした。フクキタルさんは「すみません、意地悪な質問でしたね」と苦笑して雰囲気を戻します。

 

 

「皐月賞、日本ダービー。私も、誰も、スズカさんのライバルになれなかった。神戸新聞杯、菊花賞で届きましたが遅すぎました。まあ今は私にトゥデイさん、タイキさんだっていますが…………さて」

 

 

 フクキタルさんはこう言いました。「貴女達は、何と呼ばれていますか?」と。

 

 

「黄金、世代」

 

 

 ぽつり、と答えるとフクキタルさんは笑みを深めます。

 

 

「全員がライバルで、お互いに意識しあっている。実力も伯仲しています。だからこそ、グラスさんが無敗の二冠を成しても黄金世代と呼ばれているわけですっ。羨ましいことに」

「で、ですが、それなら、それなのに、そんなライバル達が居るのに、わたしはトゥデイさんを」

 

 

 葛藤を言葉にすると、フクキタルさんはキョトンとした顔をしたあとに「むふふふふ」と笑い出しました。

 

 

「難しく考えなくて大丈夫ですよ。今はカメラのフラッシュが目に焼き付いたようなもの。それに、グラスさんのライバル達は、黄金世代の皆さんは、貴女が無視できる程度のウマ娘ですか?」

 

 

 違う。彼女達は、わたしが全身全霊を賭して挑み打ち破らなければならない強者です。

 

 

 そんな内心を察したのか、フクキタルさんはすっくと立ち上がると「休憩しゅーりょー! さて、トレーニングに戻りましょうか!」と声を張ります。

 

 ……担当トレーナーにアイアンクローされて嬉しそうにしていたり怪しげな占い屋を開いたりスズカさんの天然に振り回されていたり振り回したりと何というか……独特な方という印象でしたが、グランプリウマ娘の貫禄とでも言うのでしょうか。厚みの違いを実感しました。

 

 

「ありがとうございます、フクキタルさん」

 

 

 頭を下げると、彼女は「いえいえいえ、感謝するならライバルの皆さんにしてあげてください」と苦笑します。

 

 

「ふふっ、わかりました。そうさせて頂きます」

 

 

 わたしも苦笑で応じると、フクキタルさんは「ではっ!」と背を向け石段を降りていきました。

 

 

「……鉢合わせるのも気まずいですし、もう少し休んでいきましょうか」

 

 

 びゅうと風が吹く。

 落ち葉が巻き上げられ、行き先を視線で追う。

 

 秋の(そら)は、青く澄み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 病院から寮の自室に戻った私は日記をつけている。ルームメイトのスズカは走りに行っていると連絡が入っていたので居ない。

 

 これは『普通のウマ娘、トゥデイグッドデイの日記』だ。私が転生したウマ娘『トゥデイグッドデイ』を『普通のウマ娘』としてロールプレイしながら記す黒歴史である。まあ、とは言っても私の記憶は病院で目が覚めた時から始まっているし、そこから入学までの内容は深夜テンションによるアレな内容だが。

 

 なんだ「私はトゥデイグッドデイです×沢山」って。しかも表紙の筆記と今の筆記で変えてるとか……私は最初からトゥデイグッドデイだろうに。目覚めてからふと浮かんだ名前を名乗ったら誰からも否定されなかったし、耳飾りにも名前書いてあったし。これ、将来矛盾点突かれて恥ずか死ぬやーつ。いやそれが目的なんだけど。

 

 おっと、日記が途中だった。

 

 

 ──毎日王冠の最終直線、ただ勝ちたいとだけ思った。スズカに勝ちたいと。そこからはがむしゃらで殆ど覚えてない。けれどゴールの瞬間、あと少し届かなかった事だけははっきり覚えてる。

 

 

 百合の間に挟まってしまった罰として書いている日記だが、この毎日王冠のものについては少し毛色が違う。

 

 毎日王冠、スズカにペースを握られまいとスタートダッシュを決めようとした私は開きかけたゲートに頭をぶつけ出血した。出血と、呼吸困難による体力の消耗から意識が薄れた時、私の胸の底から湧き出てくるものがあった。

 

 

『勝ちたい』『スズカに勝ちたい』『負けたくない』

 

 

 そんな渇望だ。願いだ。祈りかもしれない。

 

 それに身を任せた結果があの末脚だった。

 

 あれは何だったのか。思いを馳せ記憶を辿るとふと思い当たるものがあった。

 

 

 ──ウマ娘とは、競走馬の魂を受け継いだ存在。

 

 

 アニメの冒頭でそんな感じの事をナレーションしていた気がする(うろ覚え)。

 つまるところ、私は『トゥデイグッドデイ』という競走馬の魂を受け継いでいて、毎日王冠では極限状態でそれが表出した、ということだ。Q.E.D.証明完了。

 

 トゥデイグッドデイなんて競走馬は知らないが、前世の私はスズカのライバルっぽいマチカネフクキタルだって知らなかったくらいだし……うん……。

 

 まあそれは置いておいて、私は『トゥデイグッドデイ』に、彼に申し訳なく思った。

 

 あの走りを思い返すにきっと強い馬だったんだろう。それが私みたいな萌え豚百合厨の魂とフュージョンしてしまったせいで負けたり勝ったり怪我したりと踏んだり蹴ったり。あの涙は悔しさに咽び泣く『トゥデイグッドデイ』が流したのだろうが、口をついた謝罪は私から彼に向けてのもの。

 

 

 ──だからこそ、これは決意表明だ。

 

 

 

 秋の盾は、私が、トゥデイグッドデイが獲る。

 

 

 

 

 そしてスズカの故障を防ぎ、グラスペを成す。

 

 覚悟はいいか? 私はできてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、そういえば写真判定の結果が出た後、意識無くして倒れたところでスズカに抱きとめられたんだよな。ギルティ。

 

 

 




次は他の黄金世代か天寿だと思うンゴ


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第38R 遠くを見て




天寿前にエルスペ回


 

 

Side:スペシャルウィーク

 

 

 

 毎日王冠から少し経ったある日の放課後。さあトレーニングだ、と部室に向かおうとしていると、トレーナーさんから「ジャージに着替えて校門前に集合!」とチームスピカのグループLANEに突如連絡があり、不思議に思いながら足を向けたのがつい先ほど。

 

 

「よし、みんな揃ってるな」

 

 

 校門前にデンと留まっていたワゴン車の運転席の窓からトレーナーさんが顔をのぞかせています。

 私含めてスピカの皆さんは疑問符を浮かべていますがトレーナーさんは意に介さずゴールドシップさんを手招きし、折り畳まれた一枚の紙を彼女に手渡しました。

 

 

「いいか、ゴールはそこだ」

「なんだこりゃ?」

「……宝の地図デース?」

 

 

 ゴールドシップさんが訝しげな表情で開いたA3サイズの紙を横から覗き込みながらエルちゃんが首を傾げます。

 

 

「いえ、旅館とありますわね……随分と山奥のようですが」

「ナンジカンカカルノコレー」

「府中中山京都……日本のレース場、そしてレースに坂はつきものだ。エルが走る秋天なら心臓破りの坂が、スペの走る菊花賞なら淀の坂がそれぞれ待ち構えてる。坂の特訓、それに体力つけて秋のG1、獲ってこい!」

 

 

 言っていることは分かりますけどこれがトレーニング? と首を傾げる状況に皆が困惑している中、トレーナーさんは「18時までに着かなかったら夕飯抜きだからなー」というセリフを残して走り去っていきました。

 

 

「「「「「「ええーーーっ!!??」」」」」」

 

 

 私達は驚きの声を上げますがトレーナーさんが戻ってくる事は無く、冬の気配交じりの風が私たちの間を空しく通り過ぎていきます。

 

 

「……あの方、本当にトレーナーですの?」

「何だよマックちゃんしけたツラしやがって、面白くなってきたじゃねえか」

「エエー…」

「これじゃあトレーニングというより」

「修行だな」

「修行……いいじゃないデスか!! 友情、努力、勝利に修行パートは欠かせまセン!!」

「あははは……」

 

 

 先陣は張り切ったエルちゃんが「フォロミー! アタシについて来て下さいデース!!」と地図を手に走り出し、「旅館の漢字が読めてなかったのに大丈夫ですの!?」とマックイーンさんが危惧して残りの全員で追いかける形に。

 

 

 ゴールまでの道のりには色々な事がありました。何故か海に出たと思ったら名状しがたい生き物と遭遇してそれをゴールドシップさんが謎の言語で送り返したり、山道を走っていると地元でも見たことがないサイズの巨大熊が現れてそれをゴールドシップさんが「熊を一頭伏せてターンエンド!!」と背負い投げで撃退したり、他にも、沢山。

 

 

「!! おせーぞ、おま、え、ら……?」

 

 

 這う這うの体でゴールの旅館にたどり着いた時、私たちの口から言葉が出る事すらありませんでした。

 旅館の前の街灯の下で待ち構えていたトレーナーさんに話しかけるどころか視界にすら入れずに虚ろな目で建物に入っていったらしく、お風呂に入ってから食事を前にしてようやく意識が戻ってきた私たちに、これまでに見たことないような真面目な顔で「すまん、悪かった」と謝罪してきました。

 

 ゴールドシップさんはケロッとしていましたが、まあ、あの人はそういう存在だと納得しています(遠い目)。

 

 そして、その日は日帰りの予定でしたが私達の余りの疲労困憊具合に旅館に一泊することになりました。明日が休日で良かったです……。

 

 部屋割りは四人部屋を私、エルちゃん、ウオッカさん、スカーレットさんで一部屋。ゴールドシップさん、マックイーンさん、テイオーさんで一部屋という組み合わせです。トレーナーさんは今日乗っていた車がレンタカーだったらしく、それを返してからまた明日こっちに来るらしいです。

 

 

「「くか~、すぴ~」」

 

「二人トモ仲良く寝てマスネ」

「ふふっ、そうだね」

 

 

 食事を終えて部屋に戻ったあと、どっちが長く起きていられるかを競っている間に寝落ちしてしまった二人に布団をかけながらエルちゃんと笑い合う。

 勝敗はどうだったっけ? 二人は眠気に抗うためにしりとりを延々としてましたけど、いつの間にか声が聞こえなくなりましたから。

 

 もう夜も随分と更けました。「くぁ…」と漏れかけたあくびを噛み殺して時計に目をやると、寮の消灯時間に迫っています。

 

 

「もうこんな時間デスね……寝まショウか」

「うん」

 

 

 エルちゃんの言葉に頷いて二人並んで布団に潜り込みます。

 

 

「ん……うぅん……」

 

 

 寝ようと暫く目を瞑っていましたが、いつも使っている枕と違うので少し据わりが悪いです。

 

 違和感にモゾモゾしていると、「スペちゃん」と隣から小さな声が届きます。

 

 

「エルちゃん? なに?」

「…………」

「?」

 

 

 返事をしても返ってきたのは無言でした。どうしたんだろう、と寝返りを打って顔を向けると、マスクを外した状態のエルちゃんと目が合いました。

 

 

「マスクが……」

「──トゥデイ先輩の事、スペちゃんはどう思うの?」

 

 

 急な質問に私は「トゥデイさんの事?」とオウム返ししてしまいます。

 

 

「……去年のジャパンカップ。アタシはスズカ先輩の走りを見て折れた。レースの世界で最速を、最強を証明する。その夢のために被っていた『最強無敵のエルコンドルパサー』の仮面は、粉々になった」

「最強を、証明? エルちゃんが?」

 

 

 その独白に私は怪訝な表情になってしまいます。だって、私の知っているエルちゃんは勝ちたいという強い意志で走る『挑戦者(チャレンジャー)』だから。

 

 

「世界を知らなかった。井の中の蛙大海を知らず、だっけ? 昔のアタシは正にそれだったの」

 

 

 苦々しい笑みを浮かべたエルちゃんは「それで」と言葉を繋げます。

 

 

「あの毎日王冠はアタシにとってそのトラウマを克服するためのステップの一つだった。でも、スズカ先輩の影も踏めなかった……ジャパンカップよりも疾くて、誰も追い付けないと思った……一人を除いて」

 

 

 その一人に、私は心当たりがありました。

 

 

「……トゥデイさん」

 

 

 呟くと、エルちゃんはギリッと歯を噛み締めます。

 

 

「並べなかった。あっという間に背中が前に、遠くにあって……すごく、凄く悔しくて……でも」

 

 

 ギュッと胸の前で手を握りしめるエルちゃんは、フッと柔らかな笑みを浮かべます。

 

 

「あとハナ差2センチ……諦めなければ届くんだ、超えられるんだ、って……勇気を、貰った」

 

 

 エルちゃんは笑顔から一転、真剣な表情になります。

 

 

「スペちゃんは、どう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルコンドルパサーがスペシャルウィークの様子がおかしい事に気付いたのは毎日王冠が終わった後。

 トレーニングや勉強などやる事がある時には意識はしっかりそちらに向いているが、ふとした空白の時間に何かを考えこむ事が多くなった。

 その原因は恐らくトゥデイグッドデイだろうとエルコンドルパサーは見当をつけていた。

 偽りの仮面を被ってきた彼女にとって、純真で純朴な友人の視線や言動を察することは難くない。スピカのトレーナーも原因には気付いているだろうが、様子を見ているのか直接的な行動に移してはいない。この温泉旅行? は気分転換と「あわよくば」コミュニケーションによって解決しないかという期待があってのものだろう。

 

 そして、エルコンドルパサーは仕掛けた。

 

 

「──ねえ、エルちゃん。エルちゃんは、グラスちゃんや私たちに『遠くを見てほしい』って思った事、ある?」

「遠く?」

「そう。遠く。この先の未来、波濤を超えて」

 

 

 エルコンドルパサーは察した。この問いが、友人を思い悩ませているのだと。そして、この問いを口にしたのは。

 

 

「それを、トゥデイ先輩が?」

 

 

 確信を持って訊ねてみると彼女はコクリと頷く。

 

 

「あと、その言葉の前にトゥデイさんは、毎日王冠を走るグラスちゃんにこう言ってた。『見るべきは、私達じゃなくて、君たちライバルの筈。クラシック三冠を賭けて、黄金世代を』って」

 

 

 ライバルを見るべき。

 遠くを見てほしい。

 

 グラスワンダーに向けての物だとすると矛盾する2つの言葉。

 

 

「……つまり、スズカ先輩に?」

「うん、私もそう思う。でも、それだとモヤモヤして」

「モヤモヤ?」

「トゥデイさん、その後にこうも言ってた。『私には、難しいけれど』って」

「…………」

「毎日王冠を見て、もっと分からなくなったの。だって、スズカさんはトゥデイさん達ライバルをちゃんと見てる。トゥデイさんは、困難を乗り越えて届いた。それなのに、なんで」

 

 

 スペシャルウィークには彼女の意図が分からなかった。けれど、とても大事な、大事なことを言われたのだと理解(わかって)いた。

 

 

「…………風の噂だけど」

「噂?」

「スズカ先輩、去年の年末に香港から招待があったけど断ったって。ドバイからも。それと、URAからは海外遠征を勧められてるとか」

 

 

 海外、いや世界。未だG1の頂には手が届かないスペシャルウィークにとっては遠い話だったが、それでもエルコンドルパサーの言わんとする事は分かった。

 

 

「スズカさんが海外遠征をしないのって」

「……トゥデイ先輩達を置いて海を渡れる人だと思う?」

 

 

 否である。

 

 

「自分達に執着せず海外で活躍してほしい。自分はそこには一緒にいけない。そんな言葉だったのかも」

「……」

「スペちゃんはさっき、アタシが皆に「遠くを見てほしい」か訊いたよね」

「……うん」

「アタシは、嫌だよ。ライバルだもん。アタシを見てほしい……秋天を走るのに言うのもおかしいかもだけど」

 

 

 苦笑するエルコンドルパサー。

 

 

「それに、たぶんトゥデイ先輩はそれだけじゃないと思う」

「え?」

「だって、そんな想いであの走りは出来ないよ。むしろ、先に行くから決着は凱旋門でつけるぜ!! くらいあるかも」

 

 

 スペシャルウィークはエルコンドルパサーの言葉にパチパチと目を瞬かせると、クスリと笑みを溢した。

 

 

「あははっ、トゥデイさんはそんな言葉遣いじゃないって」

「そ、そこはどうでもいいでしょ!」

 

 

 赤面するエルコンドルパサーを見ていると、スペシャルウィークは胸のモヤモヤが晴れていくのを感じた。

 

 

「全部憶測、予想、妄想だけど、スペちゃんが心配に思うようなことはないって、一番間近にトゥデイ先輩の走りを見たアタシはそう思う」

「うん、そうだね、ありがとう」

 

 

 それから今日のトレーニングについての愚痴やら何やらを話していると、疲れがドッと湧いてきて目蓋がとろんと落ちてくる。

 

 

「(海外、かあ。いつか、私も……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 

 沖野トレーナーは自前の原付で旅館を再訪し、「よーし、疲れも取れてるみたいだし帰りも頑張れよー」とあっけらかんと言い放つ。

 

 

「ふんぬぅーーっ!!」

「あぎゃあぁああああああああっ!!??」

 

 

 これにキレたメジロマックイーンによってパロ・スペシャルなどの折檻を受けたが、誰も庇い立てする者は居なかった。

 

 

 

 

 

 




エル、痛惜の解釈ミス
海外に行ってほしいのはグラスペなんだ
でもスペに海外への思いを植え付けるのには成功したからOK牧場?

マスク無し&敬語無しエルの口調分からん。

次こそは天寿のはず







あと2センチは『届いた』か否か。『次なら』超えるのか否か。

『普通のウマ娘、トゥデイグッドデイ』は秋天で逃げるけど、それはなんでやろなあ


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閑話 background



今回は同級生モブウマ娘から見たデイカス。

サブタイは『背景』。モブだからね。


天寿日曜日その後と書き貯めつつ、挿絵も描きたいので本編完結は12月予定です。お待ちくだされー


あー、PSO2のキャラエディットやコスチュームくらい自由度のあるコンシューマ版ウマ娘出ないかなー



 

 

 

Side:同級生ウマ娘A

 

 

 この子が本当に走れるのだろうか。

 

 転入してきたウマ娘、トゥデイグッドデイを見て私や他の娘達は嘲りや侮りではない純粋な疑問と心配を抱いた。

 身体は小さく線も細く圧倒するような気迫も無い。編入試験を合格出来たと言う事は座学レース共に相応の実力の持ち主だと言う事の証明なのだけれど、そんな前提を頭から吹っ飛ばしてしまうくらいに貧相で貧弱そうなウマ娘だった。

 

 中央は魔境だ。

 

 地元で負け無し。トゥインクルシリーズで勝利をおさめ錦を故郷に飾るのだと胸を張って入学してきた天才が、それ以上の天才に叩きのめされて枕を涙で濡らす場所。

 

 日々のトレーニングや模擬レース、定期的に行われる選抜レースなどで私や多くのウマ娘達は敗北と挫折を何度も味わってきた。

 G1の舞台で勝負服を纏って走りセンターでウイニングライブするなんて夢を持ち続けられているのはほんの一握りの原石だけ。

 

 そんな彼女達に対して、もはや嫉妬や恨みなどの感情はすり減り、競い合うライバルという意識は消え、キラキラ輝くその姿を目に焼き付けて、同格の娘らと勝った負けたを繰り返して賞金と土産話を故郷に持って帰るかー、と考えながら、誰々のファンだ云々と姦しく過ごす日々を送っているのが私達。

 物語のモブ。いや、描写されないモブ以下の何かだろう。

 

 この黒い小さなウマ娘も、きっとそうなるんだろうなと思った。

 

 だって、彼女の同室は『あの』サイレンススズカだ。以前の選抜レースで2着に7バ身差つけての逃げ切り勝ちという結果を示して学園最強と名高いチームリギルを率いる東条ハナトレーナーにスカウトされた才媛。

 言動は天然気味で抜けている所があるが彼女の走りは本物。

 

 

 その選抜レースを共に走り2着だった私の心を折ったのだから。

 

 だからいつか、トゥデイグッドデイも折れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、まずはゲートインから始める。勢い良くスタートをするだけじゃない。自分の場所に入ることを意識するんだ」

 

 

 ジャージ姿の壮年の男性は続けて「ゲートにぶつかるなよ。それに、閉塞感が嫌で潜って抜け出そうだとかしないように」と冗談めかして言い、私達の間からクスクスと笑いがこぼれる。

 

 彼は『教官』という役職の職員だ。

 

 専属トレーナーがついていない又はチームに所属していないウマ娘達は、午前の座学を終えて昼食を済ませ午後になると教官から一律で指導を受けることになる。

 私も教官から指導を受ける身だった。選抜レースの結果だけ見れば2着と悪くなく、普通なら中堅どころのチームあたりからスカウトの話も来ていただろうけど、心が折れてしまったことを察されたのかあのレースを走った面々は誰もスカウトされていない。

 

 

「よしっ、そこまで! 各自クールダウンはしっかり行うように」

 

 

 手元のバインダーに何やら書き込みながら教官が言い、へとへとになった私達はクールダウンのウォーキングやストレッチを行う。

 

 ふと、視線を件の転入生に向けた。

 

 グラウンドの隅で一人ぽつんとストレッチをしている黒鹿毛褐色の小さなウマ娘。トゥデイグッドデイ。

 

 彼女と一緒にトレーニングした感じ、本格化は迎えているけどもその実力はそこそこ。淡々と顔色を変えずにトレーニングをこなす辺りスタミナは光るものがある一方でスピードが足りないし小柄故に競り合いに弱い。とても重賞はおろかオープンクラスにも手が届くとは思えず、やっぱり同じか、と私は同族意識を抱き始めていた。

 

 しかし、そんな彼女の転入から数日。

 

 トゥデイグッドデイがチームリギルに加入したというニュースがトレセン学園を駆け巡った。しかも難関で知られる入部テストではなく東条トレーナーにスカウトされてだと聞く。

 

 

 何で、彼女が。

 

 

 私の中でそんな言葉と共に黒い感情が渦巻く──なんて事はなかった。

 

 むしろ気の毒に思った。

 

 リギルに所属するのは皇帝やスーパーカーなど超一流のウマ娘たち。彼女たちとの隔絶した差を味わい続ける日々なんて、私には耐えられないから。

 

 すでにクラスは入学時と比べて数人減ってしまった。彼女はどうだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥデイグッドデイはとても人見知りする娘だった。あと彼女へのスズカの距離感がやけに近い。もしかして……いや、天然なところあるしバグってるだけかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングの休養日。学園内をぶらついているとグラウンドにてトレーニング中のチームリギルを目撃した。

 

 今は同級生のサイレンススズカと『皇帝』シンボリルドルフ会長が併走している。余裕のある涼し気な表情で走る会長に対してサイレンススズカは必死に食らいついている感じだ。

 でも、併走が成り立っている時点ですごいと思う。相手は7冠ウマ娘、絶対があると言わしめ三度の敗北が語られる生きた伝説。私なら近付いただけでオーラにあてられて倒れるだろう。

 

 次いで現れたトゥデイグッドデイは『女傑』ヒシアマゾン先輩と併走しようとして──あっという間に引き離されていた。相手は今年のエリザベス女王杯の覇者。トレーニングということである程度の加減をしてもなお併走が成り立たない程の実力差ということらしい。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 そして、それを見た私の口からは思わず声が出てしまった。

 同級生のルームメイトがどうにか食らいついているのに自分は足元にも及ばない。基礎能力向上を図ってか別メニューを指示されたようで、それを一人で黙々と行っている。身体よりも先に心にガタが来そうな状況だ。私だったら情けないやら恥ずかしいやらで速やかに脱退届を用意している。

 

 というか、なんでリギルのトレーナーは彼女をチームに入れたのか……下の存在を見せ付けることで意識の引き締めとか?

 

 性格キツそうな見た目だしありえるかも。

 

 おーこわ、クワバラクワバラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に時が経ち、とある休日。

 

 友達と一緒に街へと繰り出し、ショッピングや食事、ゲームセンターに映画と楽しんでいたら日はすっかり落ちてしまい、門限が迫っているのに気付いて慌てて寮へ帰っている途中。

 

 天気予報に無い、ざぁざぁと降り始めた雨に私達は公園の東屋で雨宿りをしていた。

 

 

「うひゃーついてない」

「雨、しばらく止みそうに無いわね」

「寮長には連絡入れといた。濡れないように、風邪には気を付けてね、だとさ」

「さすがフジ先輩、惚れてまうわー」

 

 

 男勝りで口調は荒いが気の利く青鹿毛の友人によって門限の問題が解決したのでベンチに思い思いに腰を下ろす。

 

 

「誰かタオル持ってないかしら? 尻尾が濡れて気持ち悪いの」

 

 

 さるレースの名家の分家の分家の出という芦毛の友人が毛先から水滴の垂れる尻尾を摘みながら訊いてくる。私は鞄を漁り、目的のものを掘り当てると彼女に差し出した。

 

 

「ちっちゃいけど、はい」

「ありがと……?? 何このキャラ……何? マグロ? タコ?」

「ツナタコだよ? 可愛いでしょ」

「……帰ったら火急速やかに洗って返すわね。夢に出そう」

「相変わらずやべえセンスしてるな。デフォルメしてるなら兎も角リアル系って」

「ひどい」

 

 

 そんなに邪険にしないでもいいじゃんか。

 

 他愛もないやり取りをしつつ雨が止むのを待っていると、ざっざっと足音が近付いてきたのを耳が捉え、その方向に視線を向ける。

 

 

「……はぁ、雨なんてついてな……い……」

 

 

 呟きながら東屋に入ってきたのはトレセン学園のジャージに身を包んだウマ娘。雨に濡れた黒鹿毛の髪が褐色の肌に貼り付き、黄金色の瞳は私達を見て大きく見開かれている。

 

 トゥデイグッドデイだった。

 

 

「っ……お、お邪魔しました」

 

 

 そして回れ右をした。

 

 

 ──えっ?

 

 

「ちょちょちょっと、お待ちなさい。貴女も雨宿りに来たんでしょう?」

「でも」

「デモもストもねえって。大人しくしてろ」

 

 

 踵を返そうとした所を友人たちが引き留める。トゥデイは暫く逡巡していたが、観念したのか「すみません、失礼します」と言って空いているベンチに腰かけ、ジャージの袖で濡れた顔をぬぐう。

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 なんとなく気まずくなり会話が途切れてしまった。

 

 私とトゥデイはクラスメイトで日常会話はあるけれど特別仲がいいわけではないし、友人二人は別のクラス。距離感が微妙すぎる。

 

 どうしたものか、と私は視線をトゥデイに向け、そしてふと疑問が浮かんだ。

 

 

「(あれ? 今日リギルってグラウンド使っていた筈じゃ)」

 

 

 チーム練習や自主トレーニングでのグラウンドの使用には事前申請が必要で、接触事故などを防ぐためにどのコースのどの区画を何人で何時まで使うか等きちんと決められている。その割り当ては専用のアプリで確認することが出来、昨晩確認したときには夕方ごろ迄彼女の所属しているリギルの名前があった筈だ。

 

 つまり、チームのトレーニング後も彼女は自主トレに励んでいたと言うことらしい。

 

 

「(……なんで、そんなに)」

 

 

 チクリ、と胸を刺す痛みを感じる。

 

 私も一応チームに入った。と言ってもスカウトを受けたわけではなく、スカウトを受けられなかった私のようなウマ娘がトゥインクルシリーズに出るための駆け込み寺のような、トレーナーはいるが教官のように複数人に画一的なトレーニングを行うスタイルの、そんなチームに、だ。

 一応近々メイクデビューを迎える予定。最初の3年間でオープンクラスに行ければベストだろう。

 

 ちなみに友人達は選抜レースで結果を出し過去にG2ウマ娘を輩出した事のある中堅どころのチームにスカウトされた。流石だ。

 

 チラリと外を見る。

 

 日が暮れ、暗闇の中で白い光を放つ街灯に反射する雨粒の勢いは少し弱まったが、寮との距離を考えると強攻策は難しい。まだ雨宿りする必要がありそうだった。

 

 つまり、このままだと無言の時間が続いてしまうわけで。

 

 何かしら話しかけて会話を発生させようか、と口を開きかけるが芦毛の友人が一足先だった。

 

 

「貴女、確かトゥデイグッドデイさんといったかしら? チームリギルの」

 

 

 問いに対してコクコクと頷くトゥデイ。

 学園最強と名高いチームリギルに編入生がいきなり加入したというのは学内で大きなニュースになったし、別クラスではあるが彼女が容姿と名前を知っているのはおかしな話ではない。

 

 

「東条トレーナーのトレーニングは徹底的な管理の中、最小限の時間で最大限の負荷をかけ最高のリターンを得ると聞いているのだけど、貴女はどうして今走っているの?」

 

 

 立場や過去から名門やら名家やらの看板に思うところのある友人が噛み付いた──いや、これは普通に疑問に思ってる事を訊ねているだけみたいだ。いつもそんなだから「悪役令嬢みたい」だなんて言われるのに。

 

 

「……? どう、して……?」

 

 

 そんな友人の詰問のような言動に彼女は動じず首を傾げている。人見知りする割にこういうところは鈍感というか天然というか。いつか壺買わされそう。フクキタルと一緒に。

 

 

「リギルでのトレーニングだけで充分だろって話。態々トレーナーの目の届かないところで自主トレなんてしなくてもな」

 

 

 スマホを操作しながら補足する友人。容姿言動にそぐわずやっぱり面倒見がいい。一部同級生や下級生にファンがいるというのも納得だ。

 

 その友人の言葉を咀嚼したらしいトゥデイは「ああ」と納得したように頷き、口を開く。

 

 

「全然、足りませんから」

 

 

 雨音の中、その声はやけに大きく聞こえた。

 

 

「足りないって、何が?」

 

 

 訝しむような声と表情の友人。

 

 

「…………情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ、そして何よりも──速さが足りない」 

「「「?????」」」

 

 

 どうした急に。

 

 私達が疑問符を浮かべていることに気付いたのか、「そ、それは置いておいて」と話を逸らす彼女の頬は赤く染まっている。冗談だったんだろうか。不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

 

「夢の為には。夢を成すには。スズカに並び……いえ、追い越すには、何もかもが足りません」

「……サイレンススズカさんに、ね」

 

 

 ちらり、と友人の碧眼が私に向いた。以前の選抜レースの結果、顛末を知っているからだろう。私はそれに気付かないふりをする。

 

 

 

 ……痛いなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、トゥデイの「速さが足りない」の言葉が気になってふとネットで調べてみたら昔のアニメのとあるキャラクターのセリフだということが分かった。トレーニングとレースにしか興味ありませんみたいな感じなのにそういう趣味があるのか……意外だ。

 

 

 

 

 

 

 メイクデビューで負け、未勝利戦も掲示板こそ時々引っ掛かるが勝ちきれない状態が続いている。試しに条件戦への格上挑戦はしたけど結果は……うん。やっぱり中央は魔境だ。

 それと、友人達が順調に勝ち進みオープンに進んだことで何となく気不味くなってこちらから一方的に避けて今ではすっかり疎遠になってしまった。

 

 

「何やってるんだか」

 

 

 寮の自室のベッドに仰向けで寝転がりながらスマホを眺める。既読だけをつけて返事をしていないLANEを閉じて適当にニュースサイトを眺めていると、つい先日開催された弥生賞の記事があったのでふとそれをタップする。

 

 弥生賞を勝ったのはサイレンススズカ。見事な逃げ切り勝ちで一躍今年のクラシック戦線の主役の一人に躍り出た。そんな彼女のクラスメイトでチームメイトでルームメイトのトゥデイグッドデイは5着。

 二人共クラシック級に上がってからのメイクデビューで勝利しそのまま格上挑戦でG2を走るという強気のローテにリギルのトレーナーの自信のほどが窺える。

 

 

「はぁー、天才ってのは凄いなあ」

 

 

 ──夢の為には。夢を成すには。

 

 ──スズカに並び……いえ、追い越すには、

 

 ──何もかもが足りません。

 

 

「…………ほんと、凄いなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥデイは休み時間、スズカ達が一緒に居ないときはスマホで動画を見ていることが多い。

 通りすがりにチラリと横から覗き込んだときに見ていたのが私が負けたレースの動画でとても恥ずかしかったけど、とても真剣に、楽しそうに、愛おしそうに眺めるその横顔に何も言えなかった。

 

 

 

 ──なんか顔あっつい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズカは皐月賞を勝利しクラシック一冠目を獲り、トゥデイは青葉賞を勝利し日本ダービーの優先出走権を得るも怪我により回避となった。

 

 松葉杖とギプス姿のトゥデイの登場にクラスは騒然としたし、私も動揺した。怪我の程度は深刻ではなく復帰可能だと言っているけど、追い越したいライバルの背は、夢は更に遠のいているのは確かなのに、なんで。

 

 その日本ダービーはまたもやスズカが鮮烈な逃げ切り勝利。2着のマチカネフクキタルに影を踏ませない圧勝劇かつ無敗の2冠達成に、私達は『スズカ世代』と一括りにされるようになった。 

 

 仕方ない。あの走りは、ウマ娘の理想そのものだから。

 

 

 

 

 

 夏シーズンを終え、10月。

 

 私は最後の未勝利戦を突破できなかった。

 結果は6着。ウイニングライブの舞台にも上がれない。センターの娘が涙を流しながらパフォーマンスをする一方で、両サイドの二人は憑き物が落ちたような笑顔を浮かべていた。ああ、彼女達はレースから引退するんだろうと何となく察する。

 

 一方、トゥデイは復帰に向けてトレーニングに励んでいるようだ。骨折した箇所に負担をかけないよう、ジムやプールでトレーニングしている所をよく見かける。

 

 

 ……なんとなく、なんとなくだけど、ここで引退したら後悔する気がした。

 

 

 書きかけの脱退届をゴミ箱に入れ、着替え等一式を手にチームの部室に向かうと、トレーナーやチームメイト達が驚いた顔をしていた。

 

 いやまあ脱退届書いてたら練習時間に遅刻したし、未勝利のままクラシック2年目終わりかけのウマ娘が遅刻したらまず間違いなく引退か脱退だからだろうけど。

 

 ……久々に友人たちとちゃんと話した。

 

 頬は痛いし懐が寒くなったけど、心がポカポカしてる気がする。

 

 

 

 

 

 トゥデイは復帰戦の中山金杯を勝った。

 私は友人たちと連れ立って応援に行きウイニングライブも観た。視界がウルッとするくらいには感動したのだけど、最前列でスズカと『栗毛の怪物』グラスワンダーさんがサイリウムを手に黄色い歓声を上げているのを見てスン……となってしまった。

 

 

 私は平地競走から障害競走に転向した。トゥデイ程ではないけれどスタミナには自信があるし、条件戦で掲示板に入る程度のスピードでも障害の飛越や加減速のテクニックを磨けば通用するはず、という考えがあっての事。ちなみにチームは障害レースを教えられるトレーナーのところを薦められ移籍した。

 

 まあ、初めての障害レースは惨敗だったけども。

 

 

 同時期、トゥデイは金鯱賞、大阪杯と走り入着。それでもスズカとの差は大きい。でも、諦めない。

 

 例の宝塚は……もう、何がなんだか分からない。トゥインクルシリーズを取り巻く現状に失望したと言うクラスメイトも居たくらい。とりあえず皆で退院したトゥデイをもみくちゃにしたけど、そんなに気落ちしていないみたいでよかった。

 

 夏はトレセン学園の合宿所で過ごし、秋のファン感謝祭。

 

 トゥデイ達が後夜祭でライブをするという話は、クラスメイト故に彼女達の会話を耳に挟んでいたから知っていた。

 実際のライブは凄かった。世代を代表するウマ娘達による夢の共演。まるでG1レースのウイニングライブ並みの熱量、気迫に私達観客は大盛り上がり。

 

 

 

 立ち止まるな。いいや、ゴールまで駆け抜けろ。

 

 

 

 私のゴールは……とりあえず、トゥデイ達よりは永く、走りたいかな。

 

 

 

 

 




深夜アニメで稀によくある総集編っぽい感じになったンゴ

なお毎日王冠はしっかり観戦し号泣していた模様。
秋天もちゃんと観戦するってさ。
モブウマ娘達にモデルはいないです。



狩猟系ナメクジ様より支援絵を頂きました!
昨今話題の『NovelAI』を使用して制作されたとの事です。
本当にありがとうございます!!


↓掲示板を見上げるデイカス

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↓毎日王冠着順確定後のデイカス
「あとちょっと、だった」

【挿絵表示】



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第39R わたしたちの天寿1


12月中に完結と言ったな。あれは嘘だ
(文章の肉付けに大苦戦してて予定は未定。あと仕事がががが)

音沙汰無しで不安にさせてるかもなので天寿を分割投稿






Today is the first day of the rest of your life.
今日という日は、残りの人生の最初の日である。
Charles Dederich



★★★1月2日 挿絵追加★★★
またまた狩猟系ナメクジ様より支援絵を頂きました!
昨今話題の『NovelAI』を使用して制作されたとの事です。
私服姿の四人となります。
本当にありがとうございます!!



 

 

 

 

 

「──つまり、三女神とは人ならざる超越存在として聖典や神話の中で語られ信仰される神ではなく、エジプトのファラオや古代ローマの皇帝のように、実在した3人のウマ娘を讃え、祀り、崇拝し、それが三女神として神格化されたというのが現在の通説です。ただ、噴水広場の三女神像はヘレニズム時代に彫られた作者不明の彫像のレプリカですが、世界中にこの3人のウマ娘の存在を示唆する遺跡や遺物が残っており、その源流や神話が伝播した経路はハッキリしておらず、ある説ではモンゴル帝国によるシルクロードの掌握により」

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 4時限目の終了を告げるチャイムが鳴り響き、世界史を担当する壮年の男性教師ははっと我に返る。

 

 

「えーでは、今回勉強したモンゴル帝国の隆盛について、特に歴代皇帝の名前と彼らが何をやったのかしっかり覚えておくように。テストに出ますよ。では日直さん、号令を」

「はいっ。起立、気を付け、礼」

「「「「「ありがとうございました」」」」」

 

 

 号令が終わり、教師が出ていくと教室内は一気に騒がしくなった。隣の席の友人と話す者、鞄から弁当を取り出す者、食堂へ向かう者と様々だ。

 

 

「うっ、んっ……ふぅ……ようやくお昼ね。お腹も空いたし、脚がうずうずしてきちゃう」

 

 

 手を体の前で組んで伸びをし艶のある声を漏らしたサイレンススズカは隣の席の少女の方を向いて話しかけた。

 

 

「…………」カリカリ

 

 

 黒鹿毛褐色の小柄なウマ娘はそれに反応せず、黙々とノートに向かってシャープペンシルを走らせている。

 サイレンススズカは無視されたことに対して不満気な顔をする──事もなく、むしろ微笑ましげにその横顔を眺めていた。

 

 彼女、トゥデイグッドデイは学年でも上位の成績を誇る優等生だが、歴史系の科目を特に苦手にしている。先ほどの授業もノートを取るだけで精一杯だったようで、授業中ずっとうんうんと唸り頭を悩ませていた。

 そんな彼女が愛らしくて仕方がないといった様子で見つめていると、一段落したようで手を止めて一息ついてからパタンとノートを閉じる。

 

 そして視線を感じ取ったのか顔を上げてこちらを見てきた。

 

 

「……なに?」

「なんでもないわ。それよりお昼ご飯食べましょう? そろそろフクキタル達も」

「スズカさん! トゥデイさん! お昼行きましょー!」

「ヒアウィーゴー!」

「来たみたいだし、ね」

「ん……分かった」

 

 

 廊下と通じる扉から身体を乗り入れて大声で呼びかけてくるマチカネフクキタルとタイキシャトルを見て、二人は教室を出た。

 

 

 

 カフェテリアにやってきた4人は各々好きな料理を注文し受け取ると、窓際の空いているテーブル席に移動する。

 

 サイレンススズカが注文したのは焼きサンマ定食だ。白飯に主菜の焼きサンマ、副菜にほうれん草のお浸しと冷奴、お新香にアオサの味噌汁というシンプルな構成ながら、今が旬のサンマはしっかりと脂がのっており、程よく焦げ目の付いたそれが醸し出す芳醇な香りが食欲をこれでもかと刺激し彼女の目には物理的に輝いているようにも見えるほど。

 巧みな箸捌きで骨と身を分けつつ、醤油を垂らした大根おろしと共に口に運ぶその表情はどこか艶やかだ。

 

 対してトゥデイグッドデイが頼んだのはハンバーガーセットだった。彼女はバンズの間にレタスやトマトなどの野菜類、分厚いパティの他にチーズまで挟まれたボリュームたっぷりのそれを両手で掴み大口を開けてかぶりつく。

 頬を膨らませながらもっきゅもっきゅと食べるその姿はハムスターなどの小動物を思わせる。どこかで栗毛の怪物が「ウッ」と胸を押さえていたが些末な事である。

 

 マチカネフクキタルはラーメン定食だ。ラーメンは透き通るような醤油スープに沈む中細麺の上にチャーシュー、メンマ、ネギを乗せただけのシンプルなもの。それに加えてチャーハン、焼き餃子、沢庵がお盆に載っている。

 ズズッ、ズズッ、黙々と麺をすすり、時折スープを飲み、チャーハンを食べ、口直しに沢庵を齧り、また麺に戻る。この繰り返しだった。

 

 タイキシャトルはステーキ定食を注文していた。肉厚のステーキがででんと乗ったそれは見るからに重厚でちっぽけなナイフが通るように見えないが、彼女は事も無げにナイフとフォークを使って切り分け、肉汁滴るそれを口に運ぶ度に幸せそうな笑顔を浮かべている。

 

 それぞれが昼食を食べ終わり談笑していると、不意にマチカネフクキタルが口を開いた。

 

 

「今週末、皆さん予定とかってありますか?」

「確か休養日だったから特に無いけど……」

「同じく」

「ミートゥー!」

「実は、その……私の地元で秋祭りをやるんです。 山車を街中で曳き回したり、夜は私の実家で神楽をやったり、あ、それと打ち上げ花火がキレイで結構観光される方も来るような祭りでして……なので、その……皆で行きませんか?」

 

 

 そう言ってマチカネフクキタルは少し恥ずかし気に頬を染める。

 

 

「ええ、いいわよ。ふふっ、そんな緊張しなくてもいいのに」

 

 

 サイレンススズカは微笑みながら二つ返事で快諾した。

 

 

「……ん」

 

 

 トゥデイグッドデイは小さく首肯するのみ。

 

 

「モチのロンデース!!」

 

 

 タイキシャトルは親指を立てサムズアップ。

 

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 こうして、4人はマチカネフクキタルの地元で開催される秋祭りに行くことになった。

 

 

 

 

 そして週末。

 鉄道を乗り継いでマチカネフクキタルの地元に辿り着いた。

 

 

「あれを見てくださいっ。日中はああやって山車を曳いて街中を練り歩いて、夜は私の実家で神様に収穫を感謝する神楽の奉納とかをするんですっ。私はまだちゃんと勉強してないので祭事には関わらないですけど……」

「立派な山車……あら、上で踊ってるのは人形なのね」

「ジャパニーズドラムとフルートの音がエット……フーリューデスネ。それに、キモノのプリティーガールがイッパイ!!」

「人が……ん……まんまる焼き? ……今川焼きじゃ」

「トゥデイ、それ以上は戦争になるわ」

「え」

「きのこたけのこウォーの過ちを繰り返してはいけまセン」

「アッハイ」

「勉強するならトレーナーさんに神主の……って皆さん聞いてくださいよーっ」

 

 

 大通りを大きな山車や着飾った少女、法被姿の男達などが祭囃子と共に進む光景を横目に人混みの中を歩く4人。

 

 彼女達は全員が今のトゥインクルシリーズを代表する名ウマ娘である。訓練された住人が多いトレセン学園近辺とは異なり、この場で普段の装いそのままだとファン達に囲まれ身動きが取れなくなるのは必至のため変装をしてこの場にいた。

 

 風になびく栗毛が特徴的なサイレンススズカは髪を結い上げて帽子の中に収め、黒縁の伊達眼鏡をかけている。服装は白黒ストライプ柄シャツの上にモスグリーンのカーディガンを羽織り、下はくるぶしまであるデニムのスカートという装いで、落ち着いた雰囲気の中に可愛らしさが垣間見えるコーデとなっている。

 

 トゥデイグッドデイは黒鹿毛のロングヘアを三つ編みにしてキャスケット帽を被っている。服はオーバーサイズのタートルネックニットに裾を折った黒のスキニーパンツという、普段の芋ジャージや勝負服などの男性的な印象から大きく離れたファッションをしている。なお、ニットセーターもスキニーパンツもその中の下着もサイレンススズカが調達した物だ。ジャージとパーカーは許されなかった。

 

 マチカネフクキタルは特徴的な配色の耳カバーや頭部の目立つアクセサリーを外してニット帽を被り、白のブラウスの上にオリーブグリーンのチェック柄のジャケット、ベージュのハカマパンツをあわせている。

 

 タイキシャトルは普段結っている髪を解いてカラフルなキャップを深く被り、サングラスをかけて目元を隠している。服装は明るい色合いのパーカーにダメージジーンズ、足元は赤と白のスニーカーを履いたストリート系のスタイルだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それらの変装により群衆に囲まれるということはないが、サイレンススズカを筆頭に彼女達は容姿抜群、オーラマシマシのウマ娘故に男女問わず視線を集めてしまい、加えて各々の熱狂的なファンなのか変装に気づいてチラチラと視線を向ける者も見受けられる。

 

 

「おい、あの子達……」「アホ、指差すな。どう見てもオフだろ」「そ、そうだな。悪い」

 

 

 しかし、彼らはファンとして鋼の自制心を発揮し、突撃したりスマホのカメラを構えるなどの無遠慮な行動は取らなかった。

 それに気づいたサイレンススズカらはその方向に微笑みかけたり会釈したり小さく手を振ったりウインクしたりとさりげなく感謝を示す。

 

 

「女神か……」「泣きそう」

 

 

 そんなちょっとしたファンサービスをした後、四人は祭囃子をBGMに露店を巡って食べ歩きをしたり、射的やくじ引きなどの出店で遊んだりと各々祭りの空気を満喫した。

 また、G1ウマ娘マチカネフクキタルの地元故にそれに因んだ商品なども販売されており、彼女を模してデフォルメされた鯛焼きならぬフク焼きを買い、サイレンススズカが頭からかぶりつき「頭が!?」「(マミった)」なんて一幕もあったりしつつ、日が暮れ始めたあたりで一息入れようと通り沿いの喫茶店に入る。

 

 

「ふぅ〜、いつの間にかこんな時間ですね〜」

 

 

 抹茶ラテを飲みながら息をつくマチカネフクキタル。

 

 

「フクキタル」

「はい?」

「誘ってくれてありがとう。楽しいからあっという間だったわ。ね、トゥデイ、タイキ」

「ん」コクリ

「イエースッ!」

「あ、お、っと〜、嬉しいこと言ってくれるじゃないですか〜」

「??? どうしたの? 顔が赤いけど」

「い、いや〜、さっきまで歩いてたからか暑くて」

「そう、かしら?」

「フクキタル照れてマース」

「……(尊い)」

 

 

 首を傾げるサイレンススズカはアイスオレ、唐突に生えたスズフクに内心感極まっているトゥデイグッドデイはアイスコーヒー、そんなやり取りを見て笑みを零すタイキシャトルはクリームソーダを注文していた。

 友人らとのやり取りで照れたマチカネフクキタルはそれをタイキシャトルに指摘され「むぐっ」と唸る。

 

 

「そ、そうだ! この後の事なんですが、山車は神社に移動して、舞台で神楽を奉納するんです。それと、祭の終わりの打ち上げ花火は私の実家からよく見えるので、そこに向かう予定です」

 

 

 誤魔化すように話題を変えるマチカネフクキタル。

 

 

「フクキタルの実家……遅い時間になるけど大丈夫なの? それにお邪魔なんじゃ……」

「問題なんてノープロブレム! ナッシング! むしろ、お母さんに皆さんを連れて行く事を話したら「フクの友達!? 是非お会いしたいわ!!」ってソワソワしてました」

「そう? なら、お言葉に甘えようかしら」

「フクキタルのペアレンツホームですカ。楽しみデスッ。ネッ、トゥデイ」

「うん」

「なら、決まりですねっ」

 

 

 会計を済ませ、外に出ると祭囃子は遠ざかり、辺りは薄暗くなっていた。

 そんな中でも人混みは変わらず、先ほどよりも密度が増しているように見える。

 

 

「……人が増えた?」

「この秋祭りは夜の方が有名ですからねー。提灯に照らされて幻想的に輝く山車に火の粉舞い散る中での神楽。それにクライマックスの打ち上げ花火がありますから、皆さんそれが目的なんだと思います」

「へぇ……」

「ナルホド〜」

 

 

 4人は人の流れに乗り、祭囃子を追い掛けるように歩みを進めた。

 

 

 

 





食事や服装の描写頑張ったから誰か描いて♡ AIイラストでもいいのよ?

デイカスっぽいのが出てくる呪文置いておくンゴ

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第40R わたしたちの天寿2


今は2023年1月1日41時なのでちゃんと元日に投稿出来ました(厚顔無恥)



 

 

 神社では煌々と輝く山車に目を奪われ、神楽舞台では巫女による神楽の奉納を4人でジッと眺めていた。

 

 

「……?(んんん?)」

 

 

 篝火に照らし出された神秘的な光景の最中、マチカネフクキタルの様子の変化に気が付いたのはトゥデイグッドデイだった。

 フクスズで手を繋いだりしないかなーと意識を舞台から外した彼女は、普段から天真爛漫で奇声と笑顔が似合う友人が無言でツーっとその双眸から涙を流すのを見て、黄金色の瞳を見開く。

 

 

「(なんで……いや、そういえば……前に姉がどうこうって言ってたな)」

 

 

 マチカネフクキタルに年の離れた立派な姉が『居た』事は、彼女の友人の間では周知の事実だった。思い出話になれば大体登場するその姉の事をどれほど好きなのか。そして歳の差を考えれば、イフの世界があったとしてあの舞台に立っていたのは誰だったのか想像することは容易い。

 

 トゥデイグッドデイは一人納得すると──そのまま特に何もせずに舞台に視線を戻した。

 

 

「(涙は他人が止めるもんじゃないし、ましてや私なんて論外。それに後でスズカやタイキが気付いて寄り添ったりしてくれれば……げへへ)」

 

 

 真っ当な思考から邪な欲望へとシフトする。緩急がおかしい。

 

 

「っ……それ、どうしたの?」

「ナニカ哀しいコトありましたカ?」

 

 

 そして思惑通り、神楽が終わるとマチカネフクキタルの違和感に目敏く気付いた二人が何があったのかを尋ねる。

 

 

「……お姉ちゃんを、思い出したんです。あの人は神楽の練習もしてましたから……それに、皆さんをお姉ちゃんに紹介できていたら──なんて、考えてしまって」

「フクキタル……」

「……大丈夫デスカ?」

「すみません、暗くなっちゃいました。──あっ、ほら、早く移動しないと花火に間に合いませんよっ!?」

 

 

 ゴシゴシと顔を拭い、パッと笑顔を作る彼女の様子は普段と変わりない。しかし、それでもやはりどこか無理をしているように見えた。

 

 

「フクキタル」

「はい? なんですか、トゥデイさん」

「道中……お姉さんの事、聞かせて」

「えっ?」

「無理はしなくていい。でも、開きかけた扉を強引に閉じるのは、ダメ」

「……そ、れは」

「そうね、私も、そう思うわ」

「ソウデス! 是非、聞かせてクダサイ」

 

 

 普段から言葉数の少ない友人の真摯な言葉に三人は驚き、サイレンススズカとタイキシャトルは同調する。

 なお本人は「(明らかに押し殺してるし吐き出させたほうが良さそうだしな。ついでにスズカ達の仲も深まって、百合ゲーならイベントスチル回収できるような場面になりそう)」という思考である。落差が酷い。

 

 

「──わかりました。では、歩きながら、お話しますね」

 

 

 そうして、四人は神社を後にした。

 マチカネフクキタルの実家に向かう道すがら、彼女が口にした姉についての話を簡単に纏めると、彼女に似て元気な性格で、自分とは違って何事も卒なくこなす才女で、優しく面倒見が良い娘だったとのこと。

 

 

「昔も今も、私の憧れなんです」としんみりしつつも何処かスッキリとした様子で締め括り、足を止めるマチカネフクキタル。

 

 

「ここです!」

「「「ここ?」」」

 

 

 立派な構えの門と左右に伸びる白い塀。駅近くの現代的な町並みとは異なり、古き良き日本の景観を残すその家は、まるで時代劇のセットのようだった。

 門の扉はすでに開いていて、マチカネフクキタルは「足元に気を付けてくださいねっ」と注意してから中に入る。

 

 3人もその背中に続いて門をくぐると、広大な庭園が広がっており、その奥に二階建ての日本家屋が見えた。

 

 

「トッテもトラディショナルでジャパニーズなハウスデース」

「ええ、立派なお宅」

「あはは……見た目通り古いから床がギシギシうるさかったりしますけどね」

「……グラス、喜びそう」

「ふふっ、そうね。あの子はこういうの好きだから」

 

 

 日本文化が大好きな栗毛の後輩ウマ娘の事を思い出す。すると、パッと夜空に花が咲いた。

 

 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ。

 

 連続する炸裂音に、聴覚の鋭いウマ娘である4人の耳がビクンと跳ねる。

 

 

「「「!!」」」

「あっ!? 始まっちゃいました!? ちょっと急ぎますよ」

 

 

 走り出すマチカネフクキタルを3人は追い掛ける。

 玄関で靴からスリッパに履き替え、板張りの廊下をパタパタギシギシと走って辿り着いたのは庭に面した縁側だった。丁度正面の空に花火が瞬いているのが観える。

 

 

「ワーオ! よく見えマース!!」

「本当にベストポジションね。他のお客さんには悪いかもだけど」

「ふふん、地元民の特権ですよっ」

「そうねぇ。後はウチも運営に絡んでるから、会場とかをちょっと『お願い』した所もあるけど……あ、これはオフレコでね」

「ナルホド〜……ン?」

「? 貴女は……」

 

 

 唐突に会話に割り込んできたのは一人のウマ娘だった。身長はマチカネフクキタルと大差無い。暗い赤褐色をした栃栗毛の髪は肩より少し下辺りまで伸ばされていて、藍色の着物の上に白の割烹着を着ている。その両手で持つ大きなお盆には、水滴の浮かんだ4つのグラスと串団子がこんもりと盛られた皿が2枚載っていた。

 

 

「あっ、お母さん、ありがとうございますっ」

「はぁい。どういたしまして」

「フクキタルの……」

「お母様?」

「はい、マチカネフクキタルの母です。いつもこの子がお世話になっているみたいで……うう……まさかフクが友達を連れてくる日が来るなんて……前までは宗教勧誘や訪問販売と嬉しそうに話してたのに」

「あぁぁぁぁぁ!!?? 何言ってるんですか!? やめてくださいよぅ!!」

「あらあら。それでは皆さん、ごゆっくり〜」

 

 

 顔を真っ赤にしたマチカネフクキタルはお盆をサッと受け取り床に置くと、母親の背中をグイグイグイグイ押して強制的に退場させた。

 

 

「「「……」」」

「さ、ささ、こちらへどーぞ」

「え、えぇ」「……(いや草)」「ハーイ」

 

 

 全員が縁側に座った所で、夜空に大輪の花が咲く。

 

 

「あら、綺麗ね……」

「ハナビの漢字がファイヤーフラワーって意味なのがナットクの光景デスッ」

「……(何尺玉だろう)」

「お気に召してくれたようで何よりですっ」

 

 

 麦茶の入ったグラスと串団子の乗った皿を配り終え、花火を眺めながらそれらを口に運んでいると。

 

 

「……この秋祭りの日って、お母さん達はみんな忙しいんです」

 

 

 ポツリと漏らすマチカネフクキタル。

 

 

「いつも私とお姉ちゃんでここから花火を見ながらこうやってお茶やお菓子を頂いて……お姉ちゃんが死んじゃってからも、それは変わらなくて」

 

 

 彼女は「でも、不思議ですよね」と続ける。

 

 

「ひとりで見ていた時だってお姉ちゃんの事を考えていたのに、今は……」

 

 

 マチカネフクキタルはその先を言葉にすることなく視線を友人達に向け、ふっと微笑む。

 

 

「皆さんと出逢えて、私は本当に……幸せ者です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

「それで、その……皆さんはどうですか? 今、幸せですか?」

 

 

 唐突にフクキタルが口を開いた。

 

 花火が終わりその余韻に浸っている中での、子供との距離感を掴みそこねた父親のような問いかけ。

 

 

「急にどうしたの? 怪しい勧誘が始まるみたい」

「えっ!? あ、そんなつもりじゃなくてですね!?」

「HAHAHA、カームダウンデス、フクキタル」

 

 

 対してスズカが苦笑しながら言うとフクキタルはわたわたと慌て、タイキは笑顔で背中を撫でる。

 

 尊い。塵になりそう。

 

 目の前で繰り広げられる光景に内心で滂沱の涙を流し手を合わせて拝んでいると、顔を赤くしたフクキタルは咳払いをして切り換える。

 

 

「私、今、すごく幸せです。周りには友達の皆さんやトレーナーさん、ファンの方々がいて、勉強したり練習したり遊んだり、レースで競い合って、ライブで盛り上がって、時々トラブルもあったりしながら、一喜一憂する毎日が楽しくて楽しくて」

 

 

 そう話すフクキタルは本当に楽しそうで、彼女の言う『友達』に私が入っていると思うと、こそばゆくも嬉しい気持ちになった。前世ではどうだったろうか。いや、愚問か。私だぞ。

 

 フクキタルに誘われて訪れた秋祭り。4人で過ごす時間はとても楽しいものであっという間に過ぎてしまった。

 彼女達と一緒に出掛けるなんて萌え豚百合厨としてはギルティだが、誘いを断って暗い顔をさせるくらいなら罪と黒歴史を重ねる方を選ぼう。

 

 

「だから、これは烏滸がましい、大きなお世話かも知れませんけど……大好きな人達に幸せになって貰いたい、幸せでいてほしいんです」

 

 

 そう真剣な表情で言い切ったフクキタル。

 彼女は普段明るい娘だけど、亡くなった姉に複雑な想いを抱き自己評価が低いという、泣きゲーのヒロインみたいな一面がある。

 まあそれもスズカ達との交流やあの馬の骨(トレーナー)との出会いでいい方向に変わってきたようではあるが。

 ……今日は彼女にとって思い出深い地元の催しということで感傷的になっているようだった。

 

 

「幸せ……ね」

 

 

 スズカはそう呟いてこちらを見た。

 

 

──ん?

 

 

「トゥデイはどう? 幸せ?」

 

 

 え? 私? 幸せだけど???

 

 

「そ、即答なのね」

 

 

 当たり前だよなあ。

 

 ウマ娘の世界で、ウマ娘達の事を間近で見ていられる。グラスペはまだなし得てないから置いておくとしても、それだけでも天に昇るような心地だ。

 私自身が観葉植物や壁ではなくウマ娘になってしまった事には多少思うところはあるが、それでもスズカ達のような友人を得て、勉学に励み、レースを走り、青春を謳歌している、萌え豚百合厨にとっては望外の幸せすぎる。

 いつか幸福の供給過多で死にそう。ほら幸運と不幸はバランスをとってるとか聞くし。

 

 

「そう……それは……良かったわ」

 

 

 ??? なんで頭を撫でるんですか?????????

 

 

「私も、貴女達と出会って、こうやって毎日を過ごすのがとても楽しくて……幸せよ。独りで走っていたらこんな事考えもしなかった。たぶん、只管スピードの向こう側だけを目指してたのかしら。今だって先頭の景色は譲りたく無いし、スピードの向こう側を目指しているけれど、幸せってそれだけじゃないから。……叶うことならずっと、一緒に居たいと思う」

 

 

 そう言うスズカの表情は……なんと言うか色気が凄かった。

 私だけに向けられた言葉じゃないと分かっていても不覚にも心臓が「ドキン」と跳ねてしまう。

 うう……色即是空空即是色心頭滅却煩悩退散南無八幡大菩薩天上天下唯我独尊────。

 

 

「ハイハーイ!! ワタシもミンナとのエブリデイがとてもエンジョイでハッピーデス!!」

 

 

 挙手しながら立ち上がるタイキ。

 数歩庭に向かって進むとクルリと振り返る。

 

 

「ダカラ、ミンナ長生きしまショウ!! いつかレースをヤメて、卒業して、オトナになっても、オバサンになっても、オバアサンになっても、ミンナ一緒に過ごシテ、ずっとエンジョイ!! ずっとハッピー!!」

「長生き……。ええ、そうね。それだけ、幸せが増えるものね」

「いいですね! 50歳より100歳! 100歳より200歳! 長生きして時間が倍々なら、幸せも倍々です!!」

 

 

 長生き、か。たぶん前世は魔法使い位だったろうからなぁ。年金貰えるくらいまでは生きたいなぁ。

 

 

「年金って……」

「トゥデイさんも時々天然ですよね」

「『も』?」

「アッイエソノ」

「スズカもトゥデイもテンネンですカー?」

「タイキ?」

 

 

 遺憾である。こんなにも計算高く理性的な私を捕まえてあまつさえ天然だなんて。

 

 

 パタパタギシギシ。足音が近付いてくる。

 

 

「あら? 今日は泊まっていくの?」

 

 

 フクキタルのお母さんだった。現役時代の名前はアテナトウショウというらしい。さっきフクキタルから聞いた。

 

 

「ゑ?」

 

 

 そのフクキタルが変な声を出す。いつもか。

 

 

「花火が終わったらすぐに帰るって言ってたわよね。結構時間が経ったのに出てこないからどうしたのかと」

「うわあぁぁぁ!!?? 門限が!!?? 行きますよ皆さん!!!!」

 

 

 血相を変えて駆け出すフクキタル。スマホを取り出してロックを解除すると……行きでかかった時間を考えると寮の門限に間に合うか微妙な時間帯だ。

 

 

「あっ、ちょっ、フクキタル!? お団子、ご馳走さまでした! 失礼しますっ」

「アリガトゴザイマース!!」

 

 

 ドタバタとその背中を追う二人。置き去りのお盆やコップを集めて困ったように笑っているアテナさんに渡し、私も立ち去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はひぃ、ふひぃ……ワタシにこ、この距離は……お腹も……オウ……」

「タイキさーん!!??」

 

 

 なお、ウマ娘専用レーンを走って駅に向かっていたらマイラーのタイキがスタミナ不足&団子の食べ過ぎでダウンし、フクキタルが彼女を背負うことでどうにか電車に間に合い、門限も滑り込みセーフとなった。

 

 

「今度は外泊許可を取って泊まりましょう。そうしましょう」

「そうね……それがいいわ」

「アグリー」

 

 

 死んだ目で話す三人に不覚にも笑ってしまった。すまんて。

 

 

 





今回の話の元ネタは『それぞれの天寿』ですが、この世界線では『わたしたちの天寿』なのだ。



またまた、狩猟系ナメクジ様より支援絵を頂きました!
昨今話題の『NovelAI』を使用して制作されたとの事です。
今回の四人の私服姿となります。
本当にありがとうございます!!


【挿絵表示】



次こそ日曜日……たぶん、きっと。


ワイは↓に生息してるので良ければどうぞ
pixiv  ⇒ https://www.pixiv.net/users/76686231

Twitter ⇒ https://twitter.com/adappast


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第41R 天皇賞(秋)1

生存報告投稿

あと、プロローグを現状に合わせて改修してます。実況とか出走メンバーとか。
でもデイカスに月曜日は来ないのでご安心を。


 

 

 

 

《本日11月1日東京レース場、メインレースは第11競走、G1、天皇賞(秋)! 芝左回り2000メートル。蹄跡を歴史に刻むのは誰か、13人のウマ娘が覇を競います!!》

 

 

 男性アナウンサーのハリのある声が響き渡る東京レース場。20万超の収容人数を誇る巨大施設はその注目度の高さから多くの観客が詰め掛け満員御礼、通勤ラッシュ時の品川駅や夏冬のビッグサイトも斯くやという混雑具合だった。

 

 

《天候にも恵まれ晴れ渡る秋空の下、芝の状態は良との発表です!》

 

 

 秋の空気は乾燥し、冬の気配が混じる冷たい風も吹いているが、それをモノともしない熱気がこの場には渦巻いている。それは出走するウマ娘然り、彼女らを応援するファンやトレーナー、チームメイト等によるもの。

 

 

《さあ、まずはこのウマ娘に登場していただきましょう!》

 

 

 パドックに設けられた舞台。その赤いカーテンの向こうからツカツカと蹄鉄シューズを鳴らして出てきたのは、白を基調としアクセントカラーの緑が映える勝負服に身を包んだ栗毛のウマ娘。

 

 

《本日1枠1番1番人気。目指すはスピードの果ての、その先へ! サイレンススズカ!!》

《調子は良さそうですね。意気軒昂、闘志に満ち溢れているように見えます。惜敗の宝塚、死闘の毎日王冠を経た彼女の走りから目が離せません》

 

 

「異次元の逃亡者。序盤ハイペースの逃げから終盤で更に加速し後続を突き放す『逃げ差し』を得意とするウマ娘。皐月ダービーの2冠。そしてクラシック級でのジャパンカップ制覇で年度代表ウマ娘、クラシック最優秀ウマ娘に選出。スズカ世代と評されるほどの活躍を見せる。シニア級では大阪杯こそ獲ったけれど宝塚ではマチカネフクキタルに惜敗の2着。毎日王冠ではトゥデイグッドデイに僅差での勝利。そして、この秋天ではその両名が出走しているわ」

「どうしたの急、に……? っ!? ト、トウs」

「シーッ」

「ショウ、むぐっ……」

 

 

 パドックを見下ろす観客席からチームリギルの面々と共に舞台を眺めていた東条ハナ。その背後にスッと現れ唐突に語りだした鹿毛のウマ娘。振り向いてそのサングラスとマスクに覆われた顔を見た彼女はハッと目を見開いて声を震わせるが、口元に当てられた人差し指で出掛かった言葉をどうにか飲み込む。

 シンボリルドルフらリギル所属のウマ娘達もその不審者の正体に気付いたが、二人からのアイコンタクトとウインクで制止されてしまう。

 

 

「……私に何か御用でしょうか。ええと」

「ウマ娘のT、でいいわよ」

「Tさん、ですか。それで用件は」

「もう、せっかちね。大した用ってほどじゃないわよ。中央最強と名高いチームリギルが居たから様子を見に来ただけ」

 

 

 そう話すウマ娘のTの事を東条は微妙な表情で見る。

 

 

「先日の展開予想では随分とトゥデイの事を評価していただいた様で。確か、心の本命、でしたか」

 

 

《続いてはこのウマ娘! 豪脚炸裂! 宝塚の再演なるか、4枠5番マチカネフクキタル!!》

《素晴らしい仕上がりですね。京都大賞典の時よりも更にトモのハリが増した様に見えます。本日はサイレンススズカと僅差での2番人気です》

 

 

 セーラー服をベースに縁起物のアクセサリーを数多く身に着けた特徴的な勝負服を着たマチカネフクキタルは、サイレンススズカに劣らない大歓声に元気に手を振って応えている。

 

 

「……(本命)を打ったのはマチカネフクキタルだったようですが」

「あら、配信見てくれているのね。嬉しいわ。あっ、私の不定期企画の一つにトゥインクルシリーズ関係者との対談があるのだけれど、東条トレーナーもどうかしら?」

「……」

「もう、そんな眉間にシワを寄せていると取れなくなっちゃうわよ」

 

 

 そう言うウマ娘のTは御年ピー(報道規制)歳で東条より歳上だが大学生と言われても信じてしまう若々しい容姿をしている。彼女が子供の頃にテレビなどで見た憧れの姿そのままであり「はぁ」と一つため息を吐いて脱力した。

 

 

「対談については持ち帰って精査し検討させて頂きます」

「それ今後一切音沙汰が無いやつじゃない?」

「さあ? どうでしょうか」

 

 

 東条が笑みを浮かべて言うと、ウマ娘のTはキョトンとした顔をした後に破顔して肩をすくめ、「お邪魔したわね。対談、考えておいて頂戴」と言い残して立ち去った。

 

 

「……何だったのかしら」

 

 

 レース業界に身を置くものとして知っている相手ではあるが連絡先を持っているような関係でもない。そんな彼女からの接触の意図を測れず困惑顔になる東条だった。

 

 

「あの方がかの3強の一角、ですか」

「ルドルフ」

「まさしく天バ行空といった御仁。シービーの事を思い出しました」

「ああ……確かに」

 

 

 自由奔放な3冠ウマ娘を脳裏に思い浮かべる二人。

 

 

「そういえば、先程トレーナーさんが仰っていた心の本命とは何でしょうか?」

 

 

 そう疑問を口にするのは、来週にクラシック3冠最後の頂、菊花賞が控えている2冠ウマ娘、グラスワンダー。

 

 

「……簡単に言えば、本命とは別に、激推ししているウマ娘という事だ」

 

 

 東条は苦虫を噛み潰したような表情で答える。グラスワンダーは「な、るほど?」と納得したようなしていないような微妙な反応で、仕方無く東条はスマホを取り出しUmatubeを起動、履歴からある動画のURLをLANEで共有する。

 

 

「38分辺りからだ。興味があるなら見てみるといい。ただ、気を強く保っておけ」

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、東条らから離れた彼女はパドックを眺めながら独りごちる。

 

 

「あの様子だとトゥデイの調子は万全のようね。記念出走じゃなくて勝ちを狙いにいけるレベルで回復して仕上げてきた……と。チーミングの為の駒にしてる事も考えたけどそれも無さそうかしら」

 

 

 前者はともかく後者についてはまず無いだろうと思いつつも、トレーナーやチームメイトらの雰囲気からトゥデイらの調子を推し量る為の接触の結果に満足げなウマ娘のT。

 

 

「これは、楽しいレースになるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

《さあ、最後はこのウマ娘! 雷蹄一閃、ターフを斬り裂く黒い稲妻! 8枠13番トゥデイグッドデイ!!》

《前走毎日王冠の走りが評価され本日はG1未勝利ながら3番人気です。普段通り、といった様子でしょうか。あの爆発力を発揮できれば初のG1勝利が見えてきますよ》

 

 

 現れた小柄なウマ娘。サイレンススズカやマチカネフクキタルよりは劣るが、客席の一角に陣取る集団から特に大きな歓声が上がる。

 黒の勝負服に身を包んだトゥデイグッドデイは暫し瞑目し佇んだ後、観客をぐるりと見回して一礼。顔を上げ、踵を返して戻っていく。

 

 

「スペ、お前さん、トゥデイを見てどう感じた」

「え? いつも通りクールでカッコいいなぁ〜って」

「違うっての。調子とか、雰囲気の方だよ」

「うーん……あっ、何だか深い? 気がします」

「深い、ねぇ」

「なんですのそれ」

「シュウチュウシテルッテコト?」

「あ、うん。そんな感じ」

 

 

 パドックを眺める観客の中に、沖野やスペシャルウィークといったチームスピカの面々も居た。

 今回のレース、スピカからはエルコンドルパサーが出走している。チームリギルに所属する先輩ウマ娘二人の後塵を拝す結果となった毎日王冠のリベンジに燃える彼女は5枠7番、出走ウマ娘13名中5番人気。天皇賞春の勝者メジロブライトに次ぐ人気であり、その後には昨年の有記念の勝利ウマ娘等が続く。

 

 

「(エルは最高の仕上がりだ。今なら凱旋門を獲れる……そう思っちまうくらいには。でもなあ……)」

 

 

 パドックの中でサイレンススズカらをジッと見つめているエルコンドルパサーの視線の先へと、沖野はチラリと目を向ける。

 

 

「(サイレンススズカ、マチカネフクキタル、トゥデイグッドデイ……間違いなく、世界最強がここにある)」

 

 

 この東京左回り芝2000メートルを世界の誰よりも速く駆け抜けるであろう面々を目の当たりにして、沖野は眉間にシワが寄りかけるのを意図的に抑え込む。

 

 

「(特に、毎日王冠で見せたトゥデイの末脚は最大の脅威だ。あんなのを野放しにしていたら勝利なんて夢のまた夢。各陣営が考えるのはあの末脚を出させないようにする事……マチカネフクキタルも一緒にか? 兎に角二人を大外ぶん回しすらさせないよう徹底的に包囲する。ポジション争いの中ラフプレー覚悟で当たりにいって体力を削るとかもありえる。スズカを好きに逃げさせる事になるが、それも仕方ないと割り切るしかない)」

 

 

 毎日王冠ではサイレンススズカの作り出した57秒7の超ハイペースに追従したことで殆どのウマ娘は脚を使い切り終盤伸びなかった。エルコンドルパサーには好きに走るよう伝えているが彼女は無理に追わず脚を溜める事を選ぶだろう、と沖野は彼女がストップウォッチを手にペースを保つ練習を念入りに繰り返していたのを思い出しながら推測する。

 

 

「(4コーナーで捉えに行かず、ゴールの直前で交わす。理想はクビ差、いやハナ差での勝利。スズカが息を入れようとペースを落としても惑わされず脚を乱さずに溜める。結果だけ見ればトゥデイが毎日王冠でやった走りが近い……途中まで追ってたし出血だ何だと前提条件は違うけどな)」

 

 

 何故あのトラブルの中彼女が上がり32秒台が出せたのか。ウマ娘の神秘としか言いようが無く彼は早々に理解を放棄していた。

 

 

《続いては本バ場入場です》

 

 

 パドックでのお披露目を終えたウマ娘達が地下バ道に入っていくのにつられて、観客達も移動を開始する。

 

 

「アッ!! ボクタチモイドウシナイト!! イクヨトレーナー!!」

「分かった分かった。おい押すなって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下バ道。

 

 カツン…カツン…

 カッカッカッカッカッ

 コツ…コツ…コツ…

 

 

 三者三様の足音が響く。

 

 もう言葉はいらない。

 

 後は、ターフの上で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ここ実況席からもスタンドの盛り上がりが伝わってきます。総勢20万の観客が、そして日本中の数百、数千万の人々が注目する秋の天皇賞。その視線を一身に受けるのは13人のウマ娘。トゥインクルシリーズを代表する優駿達の、本バ場入場です》

 

 

《本日1枠1番1番人気。人々の夢を背負い、並み居る強敵引き連れて、飛び込めるかゴール板。異次元の逃亡劇の幕が上がる。サイレンススズカ!》

 

 

《雪辱のクラシック。そして飛躍のシニア。春の盾は獲った。次は秋だ。名門メジロの誇りを胸に、栄光をその手に。メジロブライト!》

 

 

《神戸菊花宝塚。唯一人、逃亡者を捕えたウマ娘がターフに立ちます。その豪脚が見事福を呼び込むか。マチカネフクキタル!》

 

 

《台頭するは新世代。夢の舞台へ上がる女帝の治世は終わりを告げる。けれどその権勢に陰りはありません。エアグルーヴ!》

 

 

《怪鳥は飛ぶ。頂天を目指して。しかし立ちはだかるは最強の世代。その羽ばたきが巻き起こす烈風は壁を砕くか、エルコンドルパサー!》

 

 

《あの日。ハナ差2センチ、届かなかった。ずっとその背中は前にあった。けれど、今日は違う。今日を良い日に。トゥデイグッドデイ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さあ、13人のウマ娘がゲートに収まります》

 

 

 

 

《果たして、サイレンススズカを捕まえることができるか!?》

 

 

《G1天皇賞(秋)、栄光は2000メートルの彼方、各ウマ娘体勢完了》

 

 

《ゲートが開きました!》

 

 

 

 

 

 

 




『心の本命』

 トゥデイごめんなさい。私は本命をつけなかった。でも、貴女の能力を疑っているわけじゃないの。言い訳がましいのだけどどうか聞いて欲しい。
 このレースはこれまでの貴女の集大成ともいえるわね。何度もぶつかり合ってきたけど届かなかったサイレンススズカ。彼女に唯一勝利したマチカネフクキタル。親友でライバルな二人を相手取ってのG1の舞台。勿論他のウマ娘も猛者揃い。でも毎日王冠で貴女はその能力を示した。もう貴女は頂点に手を掛けている。後はその証明をするだけよ。秋の盾を賭けた大舞台で、それを見たい。
 でも、でも、同時にこうも思うの。
 私、貴女が追い付こうと歯を食いしばって走る姿が好きよ。ずっと見ていたいって。……最低よね。勝つために走っているのに、こんなことを思うなんて。ほんと、最低。
 ……このモヤモヤを振り払ってくれたのが、マチカネフクキタルなの。
 ウマッターを見たわ。貴女達、彼女の地元に行ったんですってね。山車を背景に街中での一枚と、帰りの電車で寝落ちたタイキシャトルと彼女に寄り掛かられたトゥデイグッドデイの一枚。なんて幸せそうなんだろうって。なんて、満たされるんだろうって。
 私、貴女の事をもっと好きになれた。追い付くための必死の形相だけじゃなくて、もっと色々な表情を見たくなった。
 だから、私はマチカネフクキタルを本命に推すわ。
 え? そこはトゥデイじゃないのかって?
好きな子にはイジワルしたくなるタチなのよね、私。
 それに、毎日王冠の後の貴女の表情で……その……フフ……いえ、やめておきましょう。収益化剥奪はもう嫌だしね。
 こんな私だけれど、貴女が栄光を掴むのを、悲願を果たすのを祈っているわ。
 貴女は『心の本命』。◎はつけないけど、どうか♡を送らせて。




グラス「…………」宇宙猫



 なんだこれは……レースの勉強でTBRさんの動画や記事を色々見てたら出来た
 ウマ娘のTさんの深刻なイメ損ですな

 なおTさんのウマソウルは感想欄参考

 レースで2〜3話使う予定です。まだ書き上がってないけど。

 ではまた柴又〜ノシ


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第42R 天皇賞(秋)2


今回はちゃんとレースする。あと、レースのルールとかで捏造設定あるけど許してクレメンス


 

 

 

 

《ゲートが開きました!》

 

 

 ガタン、という音と共にゲートが開き駆け出すウマ娘達。

 出遅れのないほぼ横一線の綺麗なスタートからレースは始まり、後はサイレンススズカが順当にハナに立つかと思われたが──。

 

 

《まず飛び出したのは……トゥデイグッドデイ!?》

 

 

 場内のスピーカーから響く実況の驚愕の声。そしてターフビジョンに映し出された映像を見た観客からどよめきが漏れる。

 

 この場だけではない。テレビ、ラジオ、スマホ、ありとあらゆるメディアの前の人々は、その展開に驚愕した。

 

 

《漆黒の髪をなびかせたトゥデイグッドデイが先頭を駆ける!! 駆ける!! 一気に4バ身、5バ身、6バ身とリードを広げます!》

 

 

 黒鹿毛の長髪に褐色の肌。黒の勝負服に身を包んだ140センチにも満たない矮躯のウマ娘が、まるで一人だけゲートが無かったかのようなスタートによりあっという間に大きなリードを得た。

 

 

「なっ!?」

「はぁっ!?」

「嘘っ!?」

 

 

 思わず驚愕を声に出してしまうのは、驚異的な末脚を持つトゥデイグッドデイらをマークする作戦を立てていたウマ娘達。

 

 

《これまで差し主体だった彼女が逃げを選択しましたね。他の娘は動揺していますよ》

 

 

 先月の毎日王冠ではトラブルからの失速、そして再加速でかの『異次元の逃亡者』サイレンススズカにハナ差2センチに迫るという、彼女が見せた稲妻の如き末脚。

 過去唯一サイレンススズカに勝利したマチカネフクキタル同様に今回の作戦も先行か差しだろうと観客、専門家、ライバル、そのトレーナー、誰もが確信していた中での逃げ。 

 

 

《これは誰も予想していなかった展開だ!! あのサイレンススズカが、異次元の逃亡者サイレンススズカがまさかの2番手!! 先頭はトゥデイグッドデイ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 グラスワンダーは思わず身を乗り出し絶句した。

 ウマ娘の高い視力はトゥデイグッドデイが一人だけ、ゲートなぞ無かったかのようにスルリと抜け出し、最初からトップスピードでハナを取った様子を肉眼で捉えていた。

 

 

「今のスタートは……」

「端的に言い表すならば、ゲートが開くタイミングに合わせてスタートしたんだろう」

 

 

 シンボリルドルフがスタートの瞬間を思い返しながら言うと、それを聞いたグラスワンダーは「当たり前の事では?」と怪訝な顔をした。

 

 

「ん? ああいや、少し意味合いが違うんだ」

 

 

 視線は単騎逃げるトゥデイグッドデイにジッと向けたまま、シンボリルドルフは顎に手を当てる。

 

 

「ゲートが開いてから動き出すのが君の言っている『当たり前』だな。しかし、知っているか? ヒトもウマ娘も反射反応時間はコンマ1秒から2秒程度、つまり何かを認識してから動き出すまでには僅かにラグがある。しかし、トゥデイはゲートが開くよりも先に、タイミングを測った上で動いていたように見えた」

「開くより先に動く……ッ!!」

 

 

 グラスワンダーはなにかに気付いたのかはっと目を見開く。

 

 

「毎日王冠の怪我は」

「恐らく、今回と同様の事を行おうとして失敗したんだろう」

「ふーん……ゲートが開くより先にってルール上大丈夫なのかい?」

 

 

 フジキセキが訊ねると、シンボリルドルフは腕を組んで眉根を寄せる。

 

 

「現状トゥインクルシリーズの競技規則に『扉が開くより先に走り出してはいけない』というルールは無いと記憶している。ゲートという物理的な障害が有る故に問題にならなかったのだろう。しかし、トゥデイが毎日王冠でゲートに衝突、出血したようにこれは危険な行為だ。偶然ではなく故意の可能性が高い以上、今回は兎も角、近い内に協議の末規制される事になると思う」

 

 

 シンボリルドルフはチラリと東条の方へ視線を向けた。白フレームの眼鏡を通してレースを見つめるその瞳に動揺の色は見受けられない。東条の方針として指示したわけでは無い筈だが、トゥデイグッドデイの思惑を察した上で黙認したと見るのが妥当だろう。

 

 

「グレーな作戦だが生粋の逃げウマ娘であるスズカには有効……いや、スズカは競り合うつもりは無い、か」

 

 

 トゥデイグッドデイがスタートダッシュに成功し外から内に緩やかに切れ込みつつ大きく逃げるのに対してサイレンススズカは競り合わなかった。

 シンボリルドルフは感心した。

 雑誌の取材へのコメントなどで時折顔を覗かせる先頭への強い拘りに、主にネット上で『先頭民族』と呼ばれる事もあるのがサイレンススズカというウマ娘であり、それはリギルのチームメイトである自分たちもよく知る所だ。

 しかし、彼女には逃げるトゥデイグッドデイを無理に追う素振りは無い。

 競り合って互いに消耗することを避けるためか、走りにくさからペースを上げられないのか、ここから判断は出来ないが、精神面での成長を実感する。

 

 

「トゥデイちゃん、スタートしてからのストライドがいつもより広いわね。回転数をピークに持っていくのに時間が必要かつ、最高速に劣るピッチ走法を捨てたということかしら」

 

 

 マルゼンスキーはサイレンススズカすら置き去りにする初速を発揮する小さな後輩を冷静に観察、分析する。

 

 

「その分消耗は大きいはずさ。いくらあの子のスタミナが桁外れでも、あのスタート、それに走りは筋肉に無理をさせ過ぎる」

「加えて初めての逃げ……後方からのプレッシャーによる精神的負荷も相当だろうね」

 

 

 ヒシアマゾンとフジキセキはターフビジョンに映るトゥデイグッドデイに目をやる。そろそろレースは中盤に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《さあ2コーナーを回り向こう正面。ハナを進むのは依然としてトゥデイグッドデイまさかの逃げ。その後ろ3バ身サイレンススズカ沈黙を保っているがこれはどうか。5バ身程離れて内エルコンドルパサー外エアグルーヴが続いてキンイロリョテイ、レップウソウハ、中団にメジロブライト、その後ろマチカネフクキタルはやや外か。最後方はアサヒノノボリ》

 

 

「(トゥデイさんが逃げるなんて全くの想定外です)」

 

 

 マチカネフクキタルは思案する。

 毎日王冠で見せたトゥデイグッドデイの末脚は各陣営を警戒させるものだった。そんな彼女と、唯一サイレンススズカに勝利している末脚自慢の有力バである自分はマークされ、思うようなレースはさせて貰えないだろうとトレーナーから言われていた。

 

 

「(トゥデイさんの逃げで意識が逸れたのかマークこそされていませんが、皆さん全体的に前目につけてますね。これは終盤直線に向いた時点で壁になるかもです。最悪、大外を回るか、一か八か内に飛び込むか、でしょうか)」

 

 

 如何に豪脚と呼ばれるマチカネフクキタルであっても進路が塞がれてしまえばどうしようもない。距離と体力のロスを覚悟で外か、塞がれ接触のリスクがある内か。

 

 

「(レースはスロー、いえミドルペースですかね? このペースは普段のトゥデイさんからすれば速いですし、慣れない逃げとスタートダッシュで相当に消耗している筈。毎日王冠程の末脚のキレはないと見ていい。スズカさんも2番手につけたストレスはあるでしょう)」

 

 

 このまま後ろで脚を溜め、終盤に仕掛ける。方針を定めたマチカネフクキタルは前を見据えた。

 

 

「(トゥデイさんが本気で勝ちに来たからこその奇策。なら)」

 

 

「打ち破ってみせましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルコンドルパサーは混乱していた。

 

 

「(スズカ先輩が2番手!? トゥデイ先輩は逃げてるし、何なのこれ!?)」

 

 

 彼女自身は今回のレースを先行策で行くのは決めていたが、先日の毎日王冠のような超ハイペースになった場合は追わずに脚を溜めておくつもりだった。

 また、トゥデイグッドデイやマチカネフクキタルといった末脚自慢はスタートの瞬発力に欠けている故、他の娘達が壁になって封じ込めにかかるだろうという算段もあった。

 

 それらはもう意味をなさない。

 

 

「(甘えるな、エルコンドルパサー)」

 

 

 動揺する思考をリセットし、冷静に状況を俯瞰する。

 

 

「(ペースは遅い。これくらいならスズカさんを早めに交わして…いや、それでペースを上げられたら毎日王冠と同じ結果。外を回る分アタシが不利)」

 

 

 戦略を組み直す。

 友情努力勝利を愛する熱血気質な言動の裏、マスクの下にあるのは怜悧でクレバーな一面だった。

 

 

「(勝負は4コーナー。二人が外に膨らんだ瞬間に最内に切り込んでスパート、ゴール直前で交わす。フクキタル先輩達が仕掛けるタイミングにも注意しないと)」

 

 

「(アタシが、勝つ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東条はストップウォッチを手にラップタイムを刻みながらレースを観ていた。

 

 

《1000メートルの通過タイムは…58秒9!! トゥデイグッドデイ先頭その後ろ2バ身サイレンススズカ、そこから3バ身差でエルコンドルパサー追走!! どうでしょうこの展開!?》

 

《トゥデイグッドデイがペースを作っていますね。毎日王冠ではサイレンススズカが1000メートル57秒7のタイムを記録していますが、抑えているようです》

 

 

 スピーカーから響く声。手元ではストップウォッチが1秒1秒時を刻んでいる。

 

 

「(計画通り……かしら。トゥデイ)」

 

 

 58秒9。サイレンススズカが作り出す超ハイペースと比べれば随分と遅く感じるが、それでも1ハロンのラップタイムが平均12秒以下でないと出せない時計だ。

 今のペース、走法は相応に脚へ負担がかかり、逃げていることで受ける風圧や強引なスタートダッシュの負荷など現状トゥデイグッドデイが被っているマイナス要素は大きい。

 しかし、それは他のウマ娘も同様だ。

 

 

「(ハナを切ってリードを広げてからのペースダウンで中盤1、2バ身のリードを保つ。末脚自慢の娘達をスズカが2番手につけているという状況や過去のレースとの対比から『遅い』と錯覚させて前目につかせて脚をすり潰す。そしてスズカ相手にはリードを保ち続けて抜かせない……マチカネフクキタルは察したのか後ろね。流石、と褒めるべきかしら)」

 

 

 東条が思い出すのは天皇賞(秋)の出走表が発表された日の夜のトレーナー室。チームのトレーニングが終わった後、「伝えておきたい事が」と部屋を訪ねてきたトゥデイグッドデイとの遣り取り。

 

 

「秋天は逃げる? どういうつもりだ、トゥデイ」

「あの脚は使いません。いえ、使えないものと考えて走るしかありません」

「……続けなさい」

 

 

 すわ故障か変調かと眉根を寄せる東条だが、それは杞憂だった。

 トゥデイグッドデイの話では、あの時の末脚は意識して出したものではなくまさに無我夢中、我武者羅に走った結果のもの。そんな曖昧なモノ頼りに走るなんて事はしない。出来ないとの事だった。

 

 

「毎日王冠のゲートとの衝突。あれは、秋天のためにかしら?」

「……流石です、トレーナー」

 

 

 東条の指摘にトゥデイグッドデイは瞠目すると微笑んだ。

 

 サイレンススズカ相手に逃げる。それを試みた陣営は数多くあったが、彼女のスタートの巧さと加速には誰も競り合えなかった。それに、彼女の主戦場の中距離でハナを奪えるペースを序盤に出せば後でバテるのは必定。故に、逃げさせるしかなかったという事情もある。

 それを成すための、トゥデイグッドデイの策。

 

 

「スターターがゲートを開けるタイミングを予想してのスタートダッシュ、ね。現行のルール上問題は無い。けれど……二度、いえ三度目はありえないわよ」

 

 

 一人だけスルリと抜け出すようにスタートして逃げれば否応なしに注目され、毎日王冠でのゲート衝突に思い至る者も出る。危険行為としてすぐ規制されるだろう。

 そこを指摘すると彼女は少しだけ困ったように眉を下げた。

 

 

「分かっています。でも、一度だけで十分です。次はありませんよ」

「そうか」

 

 

 その言葉を『秋天で勝つための奇策であり繰り返す予定はない』と受け取った東条は、「くれぐれも他言無用で」と頭を下げる教え子に「当たり前だ」と返してから部屋を追い出した。

 

 

 

 

 回想を終え、東条はレースに意識を戻す。

 

 

《さあ第3第4コーナー中間大ケヤキに差し掛かった!! 後続も徐々に追い上げてきているぞ!!》

 

 

 向こう正面の直線が終わり第3コーナーに入る。トゥデイグッドデイが作るペースとの差で徐々に差が縮まり縦に詰まりつつあるバ群が見えた。

 

 そして、サイレンススズカが動く。

 

 

《大ケヤキを超えて最終コーナー!! サイレンススズカが並んだ!! サイレンススズカ! トゥデイグッドデイに並び、抜き去った!! 先頭に立ったのはサイレンススズカ!! トゥデイグッドデイはここまでか!?》

 

 

 トゥデイグッドデイは大ケヤキの時点で接近に気付きペースを上げたが持続せず、サイレンススズカは並ぶことなく抜き去っていった。

 

 

「(脚を使い果たした、か)」

 

 

 不利な要素はいくつもあった。彼女の力ならそれらを捻じ伏せて逃げ切ることも可能だろうと踏んでいたが、そう甘い話ではなかったらしい。

 

 

「(やっぱり、あの末脚をモノにするしかないわね)」

 

 

 東条は脳内でトゥデイグッドデイのトレーニングプランを組み立てそうになるのを堪え、レースの結末を瞬きせずに見届けようと、目に力を込めるのだった。

 

 

 

 

 

 





王の逃げリスペクト
プロット組んだ2年前はシングレ読んでなかったから、オグタマの秋天でビックリした

次はスズカとデイカスと〆かな

そろそろデイカス散華するし華を添えると思って感想評価くれると筆が進むような希ガス



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第43R 天皇賞(秋)3

 

10月31日

 

 明日はついに秋天。

 秋の三冠、最初の一戦。共に走る相手はスズカとフクキタルを筆頭に強敵ばかり。

 でも、私が勝つ。

 ずっと、ずっと待ってもらった。

 こんな私のことを。

 だから、勝って証明、いや確信したい。

 私もスズカのライバルなんだと。皆と一緒に居て良いんだと。

 

 ……もしかすると、私はスズカ達に勝てない定め、運命なのかもしれない。

 それでも、私は超えてみせる。この脚で。私の意志で。

 

 どうか明日の日記に、今日は良い日だったと書けますように。

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 

 スズカに勝つ。そして沈黙の日曜日を変える。

 

 前者はグラスペのファクターであるスペの憧れであり続ける為に。

 後者はスズカに降りかかるクソッタレな運命を振り払う為に。

 

 ──グラスの戦績とおハナさんの方針やURAの思惑的に欧州遠征が行われる可能性は高い。そこにスペも加わってグラスペによる凱旋門ワンツーフィニッシュなんて起これば歓喜の絶頂で死ねる。その為の布石。スズカについては趣味だ。私はハッピーエンドが好きです(隙自語)

 

 

 思考が脱線した。

 では、どうしたらいいのか。

 

 スズカは以前共に走った毎日王冠で1000メートル57秒7のペースだった。そして、前世見たアニメでは秋天の時『57秒4』だったと記憶している。

 

 頭おかしい。(真顔)

 

 そんなスピードで走っている所に更に加速するとなればそりゃぶっ壊れる。ウマ娘の脚がその出力に対して脆弱なのは私自身体験したことだ。

 

 つまるところ、スズカのスピードを封じる事が第一。その為にはスズカ以上の抜群のスタートと加速をもってハナを取り、好きに逃げさせないようにするしかない。

 

 けれど、私のピッチ走法は脚の回転数が上がり切るまでそこそこかかる。そのままでは絵に描いた餅だろう。

 

 

 話は変わるが、このウマ娘世界にもヒトによる陸上競技は存在する。前世における一部のマイナースポーツのような日の当たりにくい扱いではあるけれど。

 私は前世が萌え豚百合厨おっさん──いやホモサピだった故に、ウマ娘としてレースを走るにあたってヒトの走りも参考になるのではと調べたことがある。

 そこで行き着いたのが『反応時間とフライング』についての記事だった。なんでも、短距離走においてはスターターのピストルの音からコンマ1秒以内に動き出すとフライングになるとのこと。0.099秒で動き出し失格になってしまったという選手が取り上げられていた。

 

 これだ、と思った。

 

 ウマ娘のレースにはスターティングゲートが用いられる。扉が開いたらスタートであり、潜ったり蹴り開けたりしなければ出ることが不可能な物理的な障壁だ。

 私は特に苦ではないが、ウマ娘の中にはゲートの中の空間が大嫌いで暴れ出す娘もいるらしく、それで衝突して流血沙汰になったりもする。

 そのゲートを操作するのはスターターというおっさん達。各ウマ娘の状況を見て、公平なスタートが行えるようしてるとかなんとか。時々トレセン学園でトレーナーでも記者でもないおっさんがゲート練習を眺めてたりするが、ウマ娘の癖などを勉強しているという。百合を愛する同志かと思ってたけど違うらしい。

 

 そして、スターターは人であるから何かしらの癖が、公平なスタートを行うための基準やテンポがある筈だ。

 

 これは……利用できるな。

 

 そう考えた私は収集したレース映像をスターター毎により分け分析。結構な労力を費やした結果おおよそのタイミングを掴むことに成功した。

 毎日王冠で試したときは僅かにズレて衝突したけども、その分の修正も済ませている。

 

 更に言えば、秋天で私は大外枠──つまりゲート入りは最後。ある程度タイミングをこちらで操作することも出来る。

 

 加速についてはピッチ走法を捨てて最初からストライドを拡げた青葉賞の時のスパートの走りで行く。負荷がキツイだろうが今の私の脚なら保つ筈だ。

 

 

 これは一度きりの奇策。

 

 

 URAは無能じゃない。筋を通す為におハナさんと話した際、この秋天で成功すれば次は無いと言われている。

 それは構わない。私が逃げを打つのは今回限りのつもりだし。

 

 ……毎日王冠の末脚を使いこなせるようになれば今後のレースでも勝機は見えるんだけども、今の所は何とも言えないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響く。

 

 

 さて、ゲート入りだ。

 

 私が入って、ガチャンと閉められた扉ギリギリの所に立つ。

 前扉までおおよそ1歩半程度だろうか。結構結構。それだけあればゲートを出る時にはトップスピードだ。

 

 首を回して、一息ついて、構えて──。

 

 

《G1天皇賞(秋)、栄光は2000メートルの彼方、各ウマ娘体勢完了》

 

 

 スターターがスイッチを握る左手、その根元の左肩が強張った。誰かの動きを見て止めたな? そのパターンなら……ふむ。

 

 

 ──今、一歩。

 

 

 ターフに倒れ込むような前傾姿勢、そして爪先で芝を蹴り付け前へ跳ぶ。

 

 

 ガコンッ。

 

 

《ゲートが開きました!》

 

《まず飛び出したのは……トゥデイグッドデイ!?》

 

 

 ドンピシャ。最高のスタートだ。スズカ達が動き出した時には既に1バ身以上のリードを得ている。

 

 私が何をしたのか気付いたのかスターターのおっさんが驚いた目で見ているが、発走やり直しになる事は無い。ルールに反してる訳でも、ゲート等に異常があったわけでも無いし。少し口の端が持ち上がるのを自覚する。おっさんの表情、「なん……だと……?」と吹き出し付けたいくらい完璧だからね。

 

 

 さあ、勝負はここから約2分。

 

 

 私は大外枠からのスタート。この東京レース場左回り芝2000はスタート位置が第1コーナー奥にあり、レースが始まってすぐコーナーに突入する。脚質や作戦の差によってバ群が縦伸びして内に入るよりも先に、外枠のウマ娘はコーナーの外を回らざるをえず、距離ロスがあり外枠不利だと言われているコースだ。

 

 

 今の私には関係無いけど。

 

 

《漆黒の髪をなびかせたトゥデイグッドデイが先頭を駆ける!! 駆ける!! 一気に4バ身、5バ身、6バ身とリードを広げます!》

 

「なっ!?」

「はぁっ!?」

「嘘っ!?」

 

 

 私やフクキタルの末脚を警戒してマークを企てていた娘達が驚く声が聞こえた。やっぱり、どこも私が逃げるなんて思ってなかったみたいだ。

 

 

《これまで差し主体だった彼女が逃げを選択しましたね。他の娘は動揺していますよ》

 

《これは誰も予想していなかった展開だ!! あのサイレンススズカが、異次元の逃亡者サイレンススズカがまさかの2番手!! 先頭はトゥデイグッドデイ!!》

 

 

 スタートダッシュに成功し大きくリードを作った事で、接触や進路妨害を気にすることなく緩やかな弧を描きながらスピードを落とさずに第2コーナーを曲がる。

 

 さて、スズカはどこにいるだろう。

 

 走りながら耳を澄ます。スズカの足音、そして息遣いは……大体8バ身後ろ。

 

 

 ──そろそろか?

 

 

 前傾していた身体を起こし歩幅を狭めて僅かにペースダウン。同時にペースアップしてきたスズカとのスピード差から間隔が3バ身程に詰まる。

 

 傍から見れば私の走り方の変化は劇的で、実際よりも大きくスピードが落ちているように感じるはずだ。それにスズカという先頭民族が2番手でいることがどんな印象を与えるのか。

 

 

《さあ2コーナーを回り向こう正面。ハナを進むのは依然としてトゥデイグッドデイまさかの逃げ。その後ろ3バ身サイレンススズカ沈黙を保っているがこれはどうか。5バ身程離れて内エルコンドルパサー外エアグルーヴが続いてキンイロリョテイ、レップウソウハ、中団にメジロブライト、その後ろマチカネフクキタルはやや外か。最後方はアサヒノノボリ》

 

 

 今のスズカなら私がハナを切れば無理に競り合わず控えるだろうし、それを見た他のウマ娘はペースを計りかねて前に行き気付かぬうちに脚を使うことになる。

 後は脚を使い果たした垂れウマ達がフクキタルとかの末脚自慢達の壁になってくれれば更に勝算は大きくなるけども。

 

 折り返しの1000メートルまであと少し──。

 

 

 56、57、58。

 

 

 ──59秒ジャスト、いやプラマイコンマ1秒くらい。

 

 

《1000メートルの通過タイムは…58秒9!! トゥデイグッドデイ先頭その後ろ2バ身サイレンススズカ、そこから3バ身差でエルコンドルパサー追走!! どうでしょうこの展開!?》

《トゥデイグッドデイがペースを作っていますね。毎日王冠ではサイレンススズカが1000メートル57秒7のタイムを記録していますが、抑えているようです》

 

 

 スズカは少し詰めて2バ身後ろ。エル達は前に出て来てる。作戦通りだ。

 

 それに沈黙の日曜日よりも1秒以上遅いペース。この調子ならスズカの脚は問題無い筈。

 

 しかし、流石に私の脚がキツくなってきた。普段は他のウマ娘の背中に隠れて風除けにしていたのが無いし、スタートダッシュからかなり酷使している。今のペースで脚をためているスズカの末脚を凌ぐには……気合い入れるしかな────ッ!?

 

 

 

《さあ第3第4コーナー中間大ケヤキに差し掛かった!! 後続も徐々に追い上げてきているぞ!!》

 

 

 

 呼吸、踏み込み、そして気配。背後のそれらがガラリと変わり、肉食獣が獲物に狙いを定めたような獰猛さで私に迫る。

 

 

 

 

 

 ────ここで来るか! スズカ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:サイレンススズカ

 

 

 

 外から飛んできたトゥデイにハナを奪われた時、私の心は、私自身が驚くほどに静かだった。

 予想していたなんて事は無いけれど、私はこれまでフクキタルには三度差し切られ、トゥデイには毎日王冠でハナ差2センチまで迫られている。だから、覚悟はしていた。

 いつか、誰かの背中を見てレースをする事になるだろう、と。

 

 ──もっとも、それが逃げを選んだトゥデイだとは思わなかったけれど。

 

 ここで焦って競り合いになるよりも控えた方がいいと冷めた思考がつい前へ行きたがる脚を抑える。

 

 私は、スタートに自信がある。誰よりも先にゲートを出て、誰よりも速く加速するからこそ今の『異次元の逃亡者』という呼び名と結果がある。

 トゥデイが何をやったのかは分からない。でも何となく、無茶なことをしたんだろうな、と思う。

 

 遠くにある小さな背中。黒の勝負服に風になびく黒鹿毛。彼女はトレーニングで勝負服を着るタイプでは無いから、これは私が初めて見るトゥデイの後ろ姿。

 

 それに、一緒にG1を走るのは大阪杯と今回で二度目。そんなトゥデイの実力はG1勝利に手が届くところまで来ている。これから私達は何度もG1の舞台で競うことがあると思うと胸が高鳴った。

 

 いけない。

 

 気を取り直してレースに集中する。トゥデイは随分と飛ばしていて大差くらいリードされてる。スタミナ任せのゴリ押しで逃げ切るつもり?

 

 そう思い少しペースを上げるとトゥデイとの差が3バ身程に縮まった。

 

 

 ──?

 

 

 近い。

 

 ペースを上げすぎた? ううん、私の脚はもっと前へ前へとうるさい。いつもよりゆったりとしたペースで進んでいる。

 

 つまり、トゥデイが下がってきた。 ……私とタイミングを合わせて。

 

 

「……ッ」

 

 

 思考を読み切られている。その事に気付いた私を襲ったのは、背筋に氷柱を差し込まれたようなぞわりとした感覚だった。

 

 なら、今のこの展開は? 私の走りは? 全部トゥデイの掌の上?

 

 口が乾く。心臓がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。

 

 そして、私はあっさりと1000メートルの標識を通過する。

 

 もうレースは折返し。焦りと不安から前に行きかけ、やめる。このレースを走っているのはトゥデイだけじゃない。後ろにはフクキタル達だっている。今ここで仕掛けても、外を回る分の距離ロスと競り合いでの消耗が大きい。よしんばトゥデイを交わせても、フクキタル達に差し切られてしまうかもしれない。

 

 でも、このままだとトゥデイと後ろの娘達に挟まれることになる。それで集団に包まれて抜け出せずに仕掛けを潰されるのは最悪の展開。

 

 思考がぐるぐると回る。

 

 

 

 勝つためには、どうすればいいの──。

 

 

《さあ第3第4コーナー中間大ケヤキに差し掛かった!! 後続も徐々に追い上げてきているぞ!!》

 

 

 ──違う。

 

 

 違う違う違うッ!!

 

 

 かぁっと、頭に血が上った。

 歯をぎりりと食いしばってかぶりを振る。

 これは……怒りだ。そして、若干の羞恥と後悔。

 

 だって、そうだろう。私は初心を、原風景を見失っていたのだから。

 

 私が走るのは『景色』を見たいから。勝つ為じゃない。負けたくないからじゃない。

 

 

 子供の時に見た、あの緑と青の美しい光景。それよりももっとずっと綺麗で、かけがえのない、胸が高鳴って仕方がない、最高に気持ちのいいそれを求めているのに。

 

 

 今の走りは気持ちいい? ううん。全然気持ちよくない。敗北に恐怖して、トゥデイに慄いて、フクキタル達に怯えて、縮こまっているのが今の私。

 

 これが、こんなものが、私の走り?

 

 

 ──違う。

 

 

 皆の夢を背負って、皆に夢を見せる、そんな走り?

 

 

 ──違う。

 

 

 こんな無様な走りで、トゥデイ達と競うつもり?

 

 

──違う。

 

 

 

 私は、サイレンススズカ。

 

 

 

 

 

 

 先頭の景色は──譲らないッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 ああ、クソッ、一瞬気を抜いて仕掛けに気付くのが遅れたッ!

 

 ピッチを上げながらリードをキープする予定だったのがご破算だ。スズカの方が速い。

 

 フォームを変えるか? 

 

 でも、脚の疲労に芝のコンディション、それにコーナーという場所。リスクが大きすぎる。

 

 

 ……。

 

 

 まあ、上出来だろう。

 

 

 スズカは運命なんてクソッタレなモノを踏み越えて、静寂の向こうへ、栄光へ一直線に駆け抜ける。

 

 だから、今日はここまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───んな訳あるか!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はトゥデイグッドデイ。

 

 今時グラム百円もいかない十把一絡げのTS転生者だが、ウマ娘だ。

 

 背負ってるんだ。

 

 こんなロクデナシだって応援してくれる人達の想いを。

 

 かつて駆け抜けた競走馬の魂を。

 

 ライバルと言ってくれる彼女たちの意志を。

 

 私が踏みつぶした皆の夢を。

 

 勝ちたい。

 

 スズカに勝ちたい。

 

 フクキタルにも、誰にだって負けたくない。

 

 全力程度じゃ勝てない。

 

 もっと早く、速く、疾く!!

 

 限界を超えて先へ!!

 

 

 動け! 私の心臓!! 動けよ脚!! 誰よりも疾くゴールに駆け込むため────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピキッ…

 

 ドクンッ…

 

 

 

 

 

 ──────ッ!

 

 

 ────。

 

 

 ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

《大ケヤキを超えて最終コーナー!! サイレンススズカが並んだ!! サイレンススズカ! トゥデイグッドデイに並び、抜き去った!! 先頭に立ったのはサイレンススズカ!! トゥデイグッドデイはここまでか!?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フッ……と、トゥデイグッドデイから溢れ出ようとしたひりついた気配が掻き消えるのをサイレンススズカは感じた。

 

 

「(トゥデイ……)」

 

 

 自身の仕掛けに気付き彼女はペースを上げ一瞬競ったが、その脚は続かずにあっさりと追い抜く。

 

 脚が尽きたのか、故障か、その判断はつかなかったが、彼女の秋天がここまでだという事が分かってしまった。

 

 

「(でも、トゥデイなら)」

 

 

 毎日王冠の映像は何度も見返した。

 

 ゲートへの衝突。出血し道中失速からの直線一気。ハナ差2センチの決着。この親友は、ライバルは、最愛の人は、諦めなかった。

 

 才能と適性の壁。青葉賞後の故障。宝塚記念の逆風。

 

 何度だって、追い付いてくれた。

 

 

 だから────。

 

 

 

 

 

 

「行け、スズカ」

 

 

 

 

 

 

 

「────ッ! あぁあぁぁああ~~~~~ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(やらかしたなぁ)」

 

 

 サイレンススズカの背中を見送ったトゥデイグッドデイは表情を歪め、自らを嘲るような笑みを浮かべた。

 

 

「(骨、いや靭帯か。オグリパイセンが現役時代なったとかいう繋靱帯炎かも)」

 

 

 サイレンススズカの仕掛けに呼応してのスパート。スタートからハナを走り続けた事による負担もあり、トゥデイグッドデイには故障が発生していた。

 痛みや走りへの影響は今の所感じない程度、偶然違和感を感じ取れた位に軽い。傍から見ても、慣れない無理な走りにバテただけだと思いとても故障したとは見抜けないだろう。

 

 

「(来年にはタイキも秋天を一緒に走るって約束してるんだから、ここで無理して療養期間を延ばすより今回は諦めて次に繋げるべきかね)」

 

 

 トゥデイグッドデイは寂しがり屋な友人のことを思い浮かべながらペースを落とす。

 

 ここで一気に落としすぎると距離を詰めてきている後続が危険に晒されるため、脚への負荷を抑えつつズルズルと下がっていく。

 

 

「先輩ッ」

「トゥデイ……」

 

 

 追い抜きざまにエルコンドルパサーやエアグルーヴといった知己のウマ娘達が驚きと困惑と心配を込めた視線を向けてくる。

 

 

「……トゥデイさんッ!?」

「……ッ(あっ、やべ)」

 

 

 トゥデイグッドデイが垂れた結果、外を避け内をついたマチカネフクキタルの進路を潰してしまった。彼女はすぐに切り替えて躱すがそのロスはこの場において致命的だった。

 

 

《伸びる!! 伸びる!! リードは3バ身、4バ身と開いていく!!》

 

 

 そして、サイレンススズカはトゥデイグッドデイの作戦により図らずも溜めに溜めた脚を一気に解放。突き放しにかかる。

 

 エルコンドルパサーら後続のウマ娘も直線に入り立ち上がるが彼女の末脚は凄まじく差は開くばかり。

 

 

「(──脚が軽い。どこまでも走れそう。これはきっと、トゥデイが、皆が、後押ししてくれたから)」

 

 

《もう誰も追いつけない!! これが異次元の逃亡者!! これがサイレンススズカ!! 栄光の日曜日!!》

 

 

「(今日は、私が先頭。次も、その次だって、譲らない)」

 

 

 割れんばかりの大歓声がスタンドから上る。

 

 そして、ゴール板を駆け抜けた。

 

 

「(でも、だから、何度だって、もっと綺麗な景色を、一緒に)」

 

 

 

 

《G1、天皇賞秋! 今1着で!! サイレンススズカがゴール!! 1着はサイレンススズカ!!》

 

 

 

《2着エルコンドルパサー! 3着マチカネフクキタル!!》

 

 

 僅かな差でエルコンドルパサーに続きマチカネフクキタルが3着に、そしてエアグルーヴ、キンイロリョテイと続々ゴールしていくウマ娘達の最後尾、ポツンと一人、トゥデイグッドデイがゴールに駆け込んだ。

 

 

《トゥデイグッドデイは大きく離されて13着!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こ、このタイムは……レコード! レコードです! 勝ち時計は1分57秒7!! ヤエノムテキの記録1分58秒2を大きく更新しました!!》

《トゥデイグッドデイが作り出した前半58秒9のペースは、彼女にとって脚を溜めるのに十分だったということでしょう》

《これまでの彼女の走りとは異なるまさかの逃げでしたがいかがでしょう》

《もしや、と思わされるレース展開でしたね。彼女の今後に期待です》

 

 

 ターフビジョンにはゴールまでの映像が映し出され、掲示板には着順などが表示される。

 

 

「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」

 

 

 サイレンススズカは肩を上下させ荒い息をつきながら空を眺めていた。

 青い空。雲一つなく、澄み渡っている。ウイニングライブは秋の星々の下で行うことになるだろう。

 

 

 ……パチパチ

 

 

「……ッ」

 

 

 拍手が聞こえ、その方向に顔を向けるとトゥデイグッドデイが手を叩いていた。

 その顔は笑っているようにも、悔いているようにも、泣いているようにも見える。

 

 

「トゥデ……」

 

 

 声をかけようとして、飲み込む。毎日王冠と同様に、二人の間には勝者と敗者という壁がある。そこに横たわる見えざる壁が、サイレンススズカに一歩を踏み出させなかった。

 

 

「おめでとうございますっ、スズカさんッ」

「ううぅ……完敗デース。でもっ、ジャパンカップは譲りまセンよ!!」

 

 

 足踏みしている内にマチカネフクキタルらから声を掛けられ、観客席からも割れんばかりの拍手と歓声が贈られる。

 それらに応じていると、いつの間にかトゥデイグッドデイが姿を消していることに気付いた。

 

 

「(トゥデイ……?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:トゥデイグッドデイ

 

 

 トゥデイグッドデイはクールに去るぜ。

 

 そう内心でカッコつけながら私はターフを後にした。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 地下バ道に入った所で立ち止まり、一息。

 スズカ達に向けられた歓声と、私の息遣いだけが地下バ道に響いている。

 

 

 

 ……正直に言おう。

 

 物凄く悔しいいいいぃぃぃぃいぃぃぃッ!!

 

 

 

 スズカの故障を防ぐという目標があったとはいえ、勝つための奇策を持って臨んだ今回のレース。私、トゥデイグッドデイというウマ娘の全身全霊をもって、サイレンススズカ達を打ち破らんと走った結果がこれだ。

 

 悔しいやら恥ずかしいやら自分への怒りやら感情が色々込み上げてきて、大暴走してしまいそうでさっさと引っ込んできたがその判断は正解だったと思う。あの場にいたら大泣きしてスズカの勝利に水を差す結果になっただろうし。まあ、歩いているうちに少し落ち着いたので今は流石に泣きはしないが。

 

 

 ピキッ…

 

 

 ──っ。

 

 

 ……ああ、そういえば故障したんだった。

 

 左脚か。今のところ特に痛みはないけど、途中で救護室に寄ってテーピングとかしてもらうかな。

 

 …………。

 

 

「……くそッ」

 

 

 ぽろりと悪態が口をつく。

 

 復帰はいつになる?

 

 復帰出来たとして、衰えを取り戻すにはどれだけかかる?

 

 来年の秋天ではタイキも走ると約束した。ハレノヒランナーズの四人で一緒に走ろうと。競おうと。その場に私は立てる? 相応しい私なの?

 

 

「……いや、それよりもグラスペだ」

 

 

 そうだ。くよくよせず、切り換えていこう。私の目標はグラスペを成すこと。それだけなんだから。

 

 かぶりを振って余計な思考を振り払い、私は控室に戻るために一歩を踏み出し─────────。

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

「────────ぁ、が」

 

 

 

 突然、胸のあたりをナイフで抉られたような痛みが走った。

 視界が明滅して手足から力が抜ける。前のめりに倒れそうになるのをどうにか壁に寄りかかって耐えようとしたけども、ずりずりと身体を擦り付けながらその場に崩れ落ちる。

 

 

 

 

 ふざけんな。

 

 

 なんで。

 

 

 グラスペを成すんだ。

 

 

 もっと走りたい。

 

 

 そうじゃないと、何のために。

 

 

 みんなに勝ちたい。

 

 

 あの子達の夢を。

 

 

 約束したのに。

 

 

 私が。

 

 

 私は。

 

 

 

 その間、私の世界はゆっくりと流れていった。

 いくつも言葉が浮かんでは消えていく。

 すうと何かが抜けて、零れ落ちていくような感覚。

 

 もう駄目だと解ってしまった。

 

 

 

 だって、これは、運命────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめ、ん、な、さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……なんでしょうこのサイレンは》

 

《地下道の方が騒がしいようですが》

 

《……は? え? トゥデイグッドデイが……?》

 

 

《倒れた?》

 

 

 

「…………トゥデイ……?」

 

 

 

 

 

 

 

速報

トゥデイグッドデイ 心肺停止状態で発見 救急搬送

 

 

 

 

 

 

速報

トゥデイグッドデイ 心肺停止状態で発見 救急搬送

 

 

 

 

 

 

 

 










R.I.P. todaygoodday

手向けの花代わりに感想評価よろしく

次はまあぼちぼちと。埋めた地雷起爆していく予定

あ、拙作のハッシュタグは#転曇です

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IFルート
Another 受験失敗カサマツルート


唐突に書きたくなった
 デイカス視点無しでネタだけ散りばめた駄文です。

 カサマツ生まれでオグリ同世代のデイカスが、トレセン学園の受験に失敗した場合のルート。
 オグリと幼馴染みとかではない。
 


 終盤デイカスがタヒんでオグリ闇堕ちするから気を付けてくれよな(予防線)


 この前のプライムデーで一期ウマ箱全巻揃えて、ウマ本の小説読んだらグラスやエルの入学の流れや時期が書かれていて背筋が冷えた……このまま突き進みます!!(乙名史) 


Side:北原穣

 

 

 木曽川の河川敷でのトレーニング中。飲み物を買いに行っていた北原が戻ってくると、チームメンバーのオグリキャップとベルノライトの他にもう一人、見知らぬウマ娘がいるのに気付いた。

 

 

「(ん? あれは……)」

 

 

 ベルノライトよりも拳一つ二つ分は小さい後ろ姿。腰程まである黒鹿毛に褐色の肌。着ているジャージはカサマツトレセン学園の白と紫の物とは異なり、濃紺をベースに所々白線が入っている。そのデザインは近くの公立校の物だと地元民の北原は気付いた。

 

 

「(一般校のウマ娘……だよな。黒鹿毛に褐色、あの身長……学園じゃ見た事が無いし)」

 

 

 トレーナーという職業柄、学園の生徒達の顔は頭に自然と入っている。黒鹿毛には何人か見覚えがあるが、あの低身長と褐色肌の特徴的な容姿のウマ娘に心当たりはなかった。

 トレセン学園は主に競走ウマ娘を目指す場であり、それ以外の道を選んだウマ娘が一般校に在籍する例は無いわけではない。だが。

 

 

「(あの使い込まれたシューズ……趣味のランニングなんて生易しいモンじゃないな。となると浪人か……)」

 

 

 トレセン学園の入学には試験がある。実技に筆記に面接。中央も地方もレベルの違いこそあれその辺りは変わらない。当然、試験なので合格できない者もいる。そういったウマ娘の中には一般校に進学してから編入試験を目指す者がおり、進学しなかった場合も含めて『浪人』と呼ばれていた。

 そして、オグリキャップ達と話しているウマ娘は前者だろうと北原は予想する。

 

 

「………っ! ……っ!!」

「………」

「…………」

「(なんか揉めてる……のか? 今度はベルノのデビュー戦にオグリのジュニアクラウンもあるんだからトラブルはやめてくれよ、マジで)」

 

 

 内心ぼやきつつ平常を努めて北原は声をかける。

 

 

「オグリ、ベルノ、おつかれさん。その子は?」

「おっと」

「あっ、トレーナーさん」

 

 

 声をかけながら買ってきたスポーツドリンクを投げ渡す。

 オグリキャップはパッと見いつも通りの無表情だが僅かに眉尻が下がっていて、ベルノライトは明らかにホッとした様子だった。

 黒鹿毛のウマ娘はピクリと耳と尻尾を震わせるとくるりと振り返り、金色の瞳が北原を捉えた。

 

 

「あなたがオグリキャップさん達のトレーナーですか」

「ああ、北原穣だ。お前さんは? 見たところウチの生徒って訳じゃなさそうだが……オグリ達に何か用か?」

「私は……トゥデイグッドデイです。用……というか皆さんにお願いなのですが」

 

 

 黒鹿毛のウマ娘、トゥデイグッドデイの話を要約すると「学園の外で行うトレーニングに自分を参加させて欲しい」との事だった。

 北原の予想通り、彼女はトレセン学園の受験に失敗した浪人だった。オグリキャップの事は先日の『カサマツ音頭ウイニングライブ事件』で知り、自主トレ中に偶然見掛けたため思わず声をかけてしまったらしい。

 

 

「トレーニングに参加ねぇ」

「ダメ……でしょうか」

 

 

 トゥデイグッドデイはしゅん……と肩を落として視線を伏せる。

 

 

「うーん……まあチームメンバーはこいつらだけだし、お前さんを見る事は出来はするが……」

 

 

 北原は男でありトレーナーである。困っているウマ娘の為に手を尽くすのを厭う事など出来ない。

 その一方で、学園に入学してもいないウマ娘を指導するのが余り褒められた行為でないことも自覚している。入学してもスカウトされずにゲートインすら出来ないウマ娘達がいるのだ。当然、与える心証はよろしくない。

 

 だが。

 

 

「私は良いと思う。楽しくなりそう」

「オグリ」

「わた、私も、賛成です。きっと刺激にもなりますし」

「ベルノ」

 

 

 担当ウマ娘が二人とも賛成しているならば拒む理由など無い。多少風当たりが強くなってもそこは年の功で何とでもなる。

 

 

「てなわけでこれからよろしくな、グッドデイ」

「よろしくトゥデイ」

「がんばろうね、トゥデイちゃん」

「……ありがとう、ございます」

 

 

 瞳を潤ませたトゥデイグッドデイは深々と一礼する。

 

 

 そして、かけがえのない仲間が加わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:ベルノライト

 

 

 

 

 トゥデイグッドデイ……トゥデイちゃんがトレーニングに参加するようになって色々ありました。

 

 私のデビュー戦にオグリちゃんのジュニアクラウン。

 中京盃ではオグリちゃんが中央……あの『皇帝』シンボリルドルフさんにスカウトされて……中央のライセンスを持っていないトレーナーさんは『夢』を天秤にかけることになって。

 

 オグリちゃんはゴールドジュニアを勝利して中央行きが決定。私もスタッフ研修生としてついていくことになりました。

 

 驚いたのが、トゥデイちゃんが前に受験していたのが中央トレセン学園だったということです。

 私達みんなカサマツ以外の地方のトレセン学園だと勝手に思っていたので、ゴールドジュニア後のウイニングライブで顔を合わせたシンボリルドルフさんに声をかけられていて初めて勘違いに気付きました。

 

 トゥデイちゃんは私よりも小さい身体と細い手足をしています。

 競走ウマ娘にとって『小柄』というのはデメリットが大きい要素です。ストライドの幅が小さく同じ一歩でも進める距離は短くなり、軽い身体はバ群での競り合いに弾かれ抜け出せないどころか怪我のリスクすらあります。

 そんな彼女は中央トレセン学園の実技試験の一環の模擬レース中に転倒。ひどい怪我を負い救急搬送され試験は中止、失格になってしまったそうです。

 

 その模擬レースを観ていたシンボリルドルフさんはトゥデイちゃんの事を心配していたみたいで、彼女の顔を見てポカンと呆け、二本の脚で立っている姿に安堵からか目を潤ませていたのがとても記憶に残っています。

 

 

「走っているんだな……君は中央を、トゥインクルシリーズを目指しているのか?」

 

 

 その問いにトゥデイちゃんは首を横に振りました。

 

 怪我の影響で彼女の脚は爆弾を抱えています。レースを走れば脚が壊れ、周りを巻き込んでの大事故を引き起こしかねない。だからレースを走るつもりはない。

 その答えにシンボリルドルフさんは悲しげな表情でした。ションボリルドルフ……すみません。

 

 けれど。

 

 

「中央のトレーナーを目指す……? なるほど、確かにウマ娘がトレーナーになれないというルールは存在しない。過去、地方のトレセン学園ならばそのような事例もある。だが」

 

 

 プレッシャー。皇帝の武威。まるで万の大群を前にしているような息苦しさに悲鳴が上がりそうになります。

 

 

「中央は、こことは世界が違うぞ」

 

 

 彼女と私達の間にあるのは地方と中央に横たわる大きな大きな壁。地方のエースが中央に乗り込み、一勝も挙げられずに頬を濡らして戻ってくる。そんな世界。

 オグリちゃんと私はそこに行く。顔がひきつっているトレーナーさんも、中央のライセンス取得を目論んでいる筈。

 

 トゥデイちゃんは真っ直ぐ視線を交わし、彼女の黄金色の瞳をじっと見つめたシンボリルドルフさんは、ふっと笑みを浮かべるとマルゼンスキーさんを伴って立ち去りました。

 

 

 

 そして、トレーナーさんとトゥデイちゃんは、中央のライセンス目指して猛勉強らしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オグリキャップ

 

 

 

 

 

 

 悪夢を見ているんだと思った。

 

 

「キタハラ、その冗談は笑えないぞ」

 

 

 ペガサスステークスを控えたある日の事。ライセンス取得のためにトゥデイと猛勉強中の筈のキタハラからの電話。

 

 

<冗談じゃない。オグリ、落ち着け>

「落ち着いてる。だからそれがつまらない冗談だって分か」

 

 

<トゥデイが死んだ。交通事故だ。早朝のランニングで横断歩道を渡っているところに信号無視のトラックが突っ込んだ>

「やめ」

<トラックはそのまま逃走。発見が遅れて搬送先の病院で死亡が確認された>

「やめて…」

<あいつは天涯孤独だったらしい。俺が気付いた時には火葬まで終わってた……少しだが遺品があ>

「やめてくれッッッ!!」

 

 

 

 

 ベルノと一緒にカサマツに戻った。

 

 遺品は遺髪と一組の蹄鉄だけだった。トゥデイは一軒家に独り暮らしだったが、訪ねると親戚を名乗る誰かに門前払いされてしまった。

 蹄鉄は私とベルノで一つずつ持つことにした。

 遺髪は……どうしようか。

 

 今は3人で事故現場を訪れ献花したところだ。

 道路端の赤黒い何かはトゥデイの……。

 

 

「そーいや、あのチビ最近見ないね」

「あー、あのウマ娘? なんか転校したとか聞いたけど」

 

 

 横断歩道の向こうを数人の一般校の女子生徒が通りかかる。部活帰りなのかジャージ姿で、それはトゥデイが着ていたものと同じものだった。

 

 

「私は特別なんですーってすました顔しちゃってさ」

「たかが地方のトレセン学園にも入れないようなカスなのにね」

「ほんと、何様だよって感じ」

 

 

 生徒達はケタケタと嗤う。

 

 

「あいつの名前なんだっけ」

「話したこと無いし分かんないって」

「あー…なんだっけ、グッドバイ?」

「なんか近い気がする」

 

 

「あ、そうそう。トゥデイグッドデイだよ」

 

 

 

 

 

 クラクションが鳴る。キタハラとベルノが腕を掴んで引き留めてくれている。

 

 …………。

 

 もし赤信号でなかったら、私は………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遺髪はベルノに頼んでエクステにして貰った。

 

 トゥデイはレースを走っていない。本気の私と互角以上の走りをしていた彼女は記録に残っていないし、記憶にも残っていない人が大半だ。

 なら私が、私たちが覚えていよう。

 皆に知らしめよう。

 

 トゥデイグッドデイというウマ娘が生きていた証を。

 

 この中央のターフに刻み込み、人々の記憶に焼き付ける。

 

 

 

「だから……勝つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その走りは蹂躙だった。

 幾人もの勇者を捩じ伏せた。

 勇気と希望を打ち砕き、絶望を振り撒く暴虐の王。

 彼女を人々はこう称した。

 

 芦毛の魔王 オグリキャップ

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ■夢は、続いている。

 

 

 




22/04/16 挿絵追加しました




 なおデイカスが事故に遭わない場合は、アプリ一章のシリウス『俺ら』の先輩で元同僚。オグリとチーフトレーナーの引退と同時にチームを抜けている。
 育成には出ないしサポカも無いが、グラスやスペ、デジたんのストーリーにチラチラ居る不審者。

 
 また気が向いたら別の子で書くかも。次は本編だけど……月末投稿者予定が8月になるかも……他の作品読むか自分で小説書いてお待ち下せえ
 

 


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Another タキオン同級生プランBルート『disintegrated』

 2021年が終わったというのに作中では運命の天皇賞秋まで半年以上あるのでデイカスをまたサクっとやっちゃいますね

 英語の意味は『崩壊』。『in midair』を付けると『空中分解』になります。
 つまりマヤノ……ではなくタキオンルート。本編では出せなかったので……。

 今回は交通事故オチじゃないです。

 ちなみに、この世界線でのデイカスの方針は「グラスペのシニア級で絶対的な壁として立ちはだかって二人の仲を深める踏み台になろう」です。リギルもスピカもシリウスも無いアプリ育成世界線なのでウマ娘がトレーナーといちゃついており百合厨はヤケクソになってます。

 挿絵は無し。


Side:アグネスタキオン

 

 

 

 

「トゥデイ、グッドデイです。今日からよろしくお願いします」

 

 

 そう言ってぺこりと頭を下げてから席に着く、黒鹿毛の小さな転入生。

 

 身長は目測で140センチに届かない。手足は細く肉付きも悪い。見た目通り風が吹けば飛ぶような軽さだろう。当然バ群での競り合いにはまず耐えられないだろうし、だからといって逃げる為にハナを奪う加速力、後方や大外からの追い込みを可能とするスピード、そのどちらも身に付ける事は難しいだろう。

 

 勿論、この時期にトレセン学園へ転入できたというならばそれなりの能力、オープン戦を勝てる程度の見込みはあるのだろうが、私の目的である『ウマ娘の限界』に至る可能性は限りなく小さい。

 

 結論。プランBの対象としては不適格。

 

 これがトゥデイグッドデイを一目見て下した結論だ。

 

 観察対象にも被験対象にも成り得ない存在に私の興味は欠片も湧かない。だから、同級生の彼女がどんな過去を持ち、乗り超え、そして走るのか、私は全く知らなかった。

 

 だが、その認識は覆されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫く経ったある日の事。

 

 元は理科準備室だった私とカフェの共用部屋に来客があった。

 時々うっかり外に出る『研究成果』や、選抜レースを蹴り続けている私自身への悪評もあって他のウマ娘が寄り付かないのでこれは非常に珍しい事だよ。

 しかし、通りすがりのウマ娘を拉致して実験しているだなんて誤解甚だしい。確保した後は気分の落ち着く紅茶でもてなしながら懇切丁寧に説明して同意を得た上で被検体になって貰っているというのに。

 

 脅迫? 詐欺? 催眠? そんな事するわけないじゃあないか。酷いなあ。

 

 おっと、来客についてだった。

 

 彼女はトゥデイグッドデイ。少し前に私のクラスへ転入してきたウマ娘だね。これまで特に会話など交流があった記憶は無いが、名前や顔くらいは覚えているとも。

 黒鹿毛に褐色の肌。カフェと少し色合いの異なる黄金色の瞳は無感情……いや、これは緊張、そして意識的に抑え込んでいるのか。視線が部屋の中のカフェと私のスペースを行き来している所を見るに好奇心は強そうだ。髪は手入れがされていないのか艶が無く跳ねている箇所があるので私生活は無頓着なのかものぐさなのか。香水の類いはつけていない。ふむ、生活スタイルは私に少し近いかもしれないね。

 

 相手を観察してしまうのは研究者の性と言っていい。改めて見てみると本当に走るのに向いていない身体をしている。私も大概難儀な身体をしている自覚はあるが、彼女も相当なものだ。それで中央に入ることが出来た努力と幸運は大したものだろう。

 

 

「貴女はアグネスタキオンさん……ですよね」

「ああ、そうだとも。トゥデイグッドデイ君」

 

 

 そう答えると彼女は僅かに目を見開く。

 

 

「あ、名前……」

「なんだい、君は私がクラスメイト一人の名前も覚えられない無能だとでも思っていたのかい?」

「い、いえっ、そんなことは決してっ」

 

 

 少し語気を強めて言うと面白いくらいに慌てふためいている。人付き合いは苦手、と。いわゆるコミュ障だろうか? しかしサンプルが私だけというのは結論を出すには足りない……いや、クラスでも他のウマ娘に話しかけられて挙動不審になっていたな。確定だろう。

 

 

「冗談だよ。少し待っているといい、紅茶を用意しよう」

「おか、あ、いえ、ありがと、ございます」

 

 

 来客を不躾に扱うような偏狭なウマ娘ではないからね、私は。この様子だととてもではないが会話になら無さそうだし、鎮静効果のあるハーブティーを淹れようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、強くなりたいんです」

 

 

 ハーブティーで一息入れて落ち着きを取り戻したトゥデイ君の相談は実にシンプルだった。

 強くなりたい。速くなりたい。勝ちたい。成程、彼女の身体の事を考えればそれは至極当然の願いだろう。

 

 

「ふぅン? ……それは私ではなく教官か、それこそトレーナーに言うべき台詞ではないかな? 選抜レースはまだ先だが、自分から売り込みに行くという手も」

「皆さんには無理だ、諦めろ、そう言われました」

「……そうか」

 

 

 転入生という時点で一定の能力は保証されている筈なんだがね。トレーナーからしたらスカウトした後は故障に気をつけて基礎的なトレーニングを積むだけでそこそこの実績を残してくれるウマ娘だ。多少は甘い言葉を使ってでも獲得しようとするはずだが。

 

 

「強くなりたい、とは言っているがね、具体的には?」

「最強」

 

 

 …………。

 

 

「私は最強になりたい。誰もが私を仰ぎ見て、乗り超えるべき壁として足掻く。そんなウマ娘になりたい」

 

 

 …………成程。それはそれは、トレーナー達の反応はもっともだね。

 

 小柄ながら強いウマ娘というのは居ないわけではない。

 最たる例は『白い稲妻』ことタマモ君だろうか。天皇賞春秋連覇、G1三連勝を成し遂げたあの時の彼女は間違いなく『最強』だった。だが、タマモ君は小柄ではあったがその肉体は強靭だ。目の前の彼女とは前提条件が違う。

 

 

「具体的に、と言ったはずだったのだが、随分とまああやふやで抽象的で夢見がちな目標だねえ」

「すみません。でも、他に言いようが無くて」

「夢は寝ている時に見るものだとは知らないかな? ンン?」

「……」

 

 

 けれど、興味深い。

 いい目だ。随分と狂った色をしている。

 最強の向こうに求めている何かがある。そんな欲深い闇が見える。

 

 

「分かった。協力しよう」

「ほ、ほんとですかっ!?」

「ただし、君も私に協力してもらおうか」

 

 

 私は棚から取り出した試作品を一本取り出す。

 

 

「私の噂を聞いて来たのなら、私が何の研究をしているかくらいは知っているかな?」

「は、はい。速くなるための研究、ですよね」

「50点」

「え」

「間違ってはいないが重要な部分が欠けている。減点対象だよ」

「重要な部分?」

 

 

 不思議そうな顔をするトゥデイ君。

 

 

「限界だよ」

「限界?」

 

 

 紫色に発光する三角フラスコを私と彼女の間にあるテーブルの上に置く。

 

 

「ウマ娘というのは摩訶不思議な存在だ。見た目こそヒトに近いが尾と耳を持ち、彼らを遥かに凌ぐ身体能力をその身に宿している。では、そんな我々の限界とはどこにあるのか。どこまで行けるのか。私はそれが知りたい。だからこその研究さ」

「…………」

「君には私の被験体になって貰うよ。ウマ娘の限界に辿り着いた暁には、君の求める『最強』の頂にも至っているだろう。だから手始めにこの薬を……あっ」

 

 

 ごきゅ、ごきゅ、ぷはっ、ことり。

 

 

「けぷっ……まっず……」

 

 

 そう言って顔をしかめるトゥデイ君。口の端から紫の液体を一筋溢し、その瞳が紫色に発光する。

 

 

「?? 光ってる? え? 何?」

「……これは、これは驚いたなぁ。いやはや、ククッ、ハハッ、ハハハッ!! 何だい君は? バカなのかい? 効果も副作用も聞かずに飲むだなんて、いやぁ、クッ、ハハハハハッ」

「笑いすぎですよ」

「そりゃあ笑うさ。笑わずにいられるかい? アハハハハハッ!!」

 

 

 笑いというのは一度ツボに嵌まると何でも面白く感じてしまうようになるというのは新しい知見を得た。

 

 その後、トゥデイ君が私の元を訪れたという情報と、私の笑い声に気付いたカフェが突入してきて一悶着あったが彼女は私の被験体、いや協力者になった。

 

 カフェはプランBに最適ではあるが警戒されてしまい実験に対して非協力的なのがネックだったが、トゥデイ君で実験が行えるのならそこでのフィードバックをカフェに対して反映させることも可能だろう。

 

 

 いやあ、楽しみだよ。

 

 また一歩、可能性の果てが近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? ミキサー? 纏めて一気に?」

「なんだい? 食事なんて栄養素を補給するための行為だよ。そこに調理などという手間暇をかけた所で時間を浪費するばかりか、加熱などの過程で栄養素を傷付け損なうことになる。ならばこれが最善だろう?」

「……作ります」

「え?」

「作ります!! 朝晩のお弁当!! 旨いメシは活力!!」

「えぇ……キャラ違くないかい」

 

 

 私生活に口出し手出しされるとは思わなかったが身体のコンディションは良好だ。中々優秀な協力者だよ、トゥデイ君は。

 

 しかし、まさかトゥデイ君が一度足を故障してから復帰していたとはね。しかもそれでも走る事への恐怖が無いというのは驚きだ。加えて、リハビリとしてこなしたトレーニングは精神と肉体の限界を突き詰めたもので、それを一人でこなしていた精神力は天晴れとしか言いようがない。私の課すどんな実験も淡々とこなす被験体というそれはもう都合がよすぎるような存在だ。

 

 先天的に関節が脆いトゥデイ君は負荷の大きくなるストライド走法が出来ない。

 これは大きな欠点で、小柄な体格による一歩の小ささを『前へ跳ぶ』事によって補うという方法が取れない。

 そこで私たちが目を付けたのはピッチ走法。脚の回転数を極限まで高めることでその欠点を補うことが出来る。ただ、これは消費するスタミナが尋常ではないというデメリットがある。スタミナお化けのトゥデイ君ではないと厳しいだろう。

 だが、これはあくまで大前提。レースの終盤以降の追い込みについてはスピードが圧倒的に不足している。これでは私の目指す『果て』にも、彼女の目指す『最強』にも届かない。

 

 もっとも、これについてはいずれ解決する問題だ。

 

 トゥデイ君で行った実験の成果でプランAも進展を見せている。肉体の補強が一定のレベルに達すれば、彼女自身の脚を破壊したという末脚が見れる日もそう遠くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイクデビュー。

 

 

<外からトゥデイグッドデイ! トゥデイグッドデイ追い込んできた!! 先頭は3人!! しかし抜けたのはトゥデイグッドデイ!!>

<先頭、先頭はトゥデイグッドデイ!! トゥデイグッドデイゴールイン!!>

 

 

 

 

 

ホープフルステークス。

 

 

<ラリルレロボットが二番手に上がるか!? ミズーリと接戦!!>

<強い強い!! トゥデイグッドデイ先頭!! ラリルレロボット二番手!! トゥデイグッドデイ快勝ゴールイン!!>

 

 

 

 

 

弥生賞

 

 

<トゥデイグッドデイが独走に入った!! そしてマンハッタンカフェ二番手! 三番手争いはどうか>

<先頭抜けたトゥデイグッドデイ堂々と3連勝! 4バ身から5バ身近くのリードでゴールイン!!>

 

 

 私とトゥデイは名義貸しを行っているトレーナーのチームに加入しトゥインクルシリーズに足を踏み入れた。カフェはトレーナーにスカウトされたらしい。

 我々の研究成果は理想的な形で現れた。私はメイクデビューを済ませてからは実験とトレーニングに専念していたが、その間にレースに出走していたトゥデイは圧巻の三連勝。特に弥生賞では担当トレーナーの指導を受けてメキメキと実力を伸ばしているカフェすら寄せ付けない走りを見せた。

 

 次は皐月賞。最も速いウマ娘が勝利すると言われるレース。

 

 だが、まだだ。まだ果てにも、頂にも辿り着いていない。

 

 

「だから、トゥデイ。どうか私に見せておくれ。君が果てに踏み込み、頂点に手をかける瞬間を」

「分かった。タキオン。貴女に、その先を」

 

 

 

 

 

 

皐月賞。

 

 

 

 

<トゥデイグッドデイ抜けている! トゥデイグッドデイ抜けて2,3バ身とリードを広げる!!>

<ラリルレロボットとマンハッタンカフェが懸命に追う!! マンハッタンカフェ二番手に上がった>

<トゥデイだ! トゥデイだ! トゥデイグッドデイ圧勝ゴールイン!!>

 

 

 トゥデイの見せた末脚は私の計算を超えていた。

 2着のカフェに5バ身とは、現段階での限界を超えたとでもいうのだろうか。何とも研究者冥利につきるじゃないか。

 

 だが、だがっ!!!!!!

 

 

「素晴らしい!! 素晴らしいよトゥデイ!! ああ、ああっ、そこが果てか? 限界か? 頂点か? 否!! まだだ! まだだよなあトゥデイ!! 私と君なら、果てのもっと先にだって行けるさ!! そう、そうだとも!!」

 

 

 私は興奮に身を任せて観客席の柵を飛び越えコースに足を踏み入れた。

 黒色の勝負服に身を包んだトゥデイは立ち止まり空を見上げている。そこに見えているのは頂点だろうか。レースを終えたウマ娘達を躱しながら彼女に駆け寄る。

 

 

「トゥデイッ、どうだった? 限界を超えるというのは。抽象的でも構わないから是非感想を聞かせてほしい。 ……ん? どうしたトゥデイ。何をボーっとして」

 

 

 肩に触れる。

 

 

ぐらり。

 

 

ばたり。

 

 

「は?」

 

 

 何だ? 今の音は? トゥデイが倒れた音だ。

 緑のターフに横たわっているウマ娘は、誰だ? トゥデイ、トゥデイグッドデイだ。

 騒然とする会場。観客席からは悲鳴と怒号が聞こえる。何故? トゥデイが倒れたからだ。

 

 

「おい、おい、何の冗談だ。全く笑えないぞ。ははっ、ははっ、そうか、疲れているんだな。なら丁度いい、このタキオン謹製の疲労回復剤を」

 

 

 肩に提げていた鞄から薬を取り出そうとして、息を切らせたカフェが駆け寄ってきて肩を揺さぶってくる。

 

 

「誰か救急車を!! それとAEDを!! タキオンさん!!」

「か、カフェ」

「私が心臓マッサージをします。タキオンさんは……手を握ってあげてください」

「い、いや、しかしトゥデイが」

「握って。トゥデイさんが、寂しくならないように」

 

 

 どういう意味だ、と訊き返す間もなくカフェに強引にトゥデイの手を握らされる。

 

 こんなに小さかっただろうか。

 

 こんなに冷たかっただろうか。

 

 震えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皐月賞前日、トゥデイグッドデイの日記

 

4月14日

 

 

 明日は皐月賞。

 最も速いウマ娘が勝つと言われるクラシック三冠始まりのレース。

 正直、ここまで来れるとは思わなかった。

 最強なんて御大層な夢を掲げていたけれど、そこに届くようなウマ娘じゃない事は分かっていた。だけど、諦めきれなかった。どうしても頂に至りたかった。だから、タキオンに出会えた私は幸せ者だ。

 彼女の研究で私は速くなった。デビュー戦からG1を含めた三連勝なんて、未だに夢みたいな結果だと思う。

 

 だから、示すよ。

 

 限界を超えたその先を。

 

 スピードの向こう側を。

 

 ウマ娘の可能性を。

 

 

 

 だから、見ていてタキオン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、たった四度の戦いで伝説となった。

 彗星のごとく現れ、瞬く間に駆け抜けていった。

 人々に夢を与え、ライバル達の目を眩ませる。

 

 頂の星。

 

 彼女の名は、

 

 トゥデイグッドデイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タキオンさん、本気ですか」

「ああ、本気も本気さ」

 

 

 

 

「トゥデイは果てに行ってしまった。ならば、私が迎えに行ってあげようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 如何だったでしょすまんかった。

 スピードの向こう側、限界の、可能性の果てのその先へ行く資格は百合厨萌え豚TS転生者のデイカスにはありません。この結末も仕方ないね。

 多分死因はカフェの心臓マッサージと人工呼吸でのウマ娘ショックだと思う。



 タキオンの最後のセリフを希望ととるか狂気ととるかで貴方の性癖が分かる。


 最後に新年あけましておめでとうございます。今年も拙作をよろしくお願いします。


P.S.
ツイッターとピクシブ始めました。今は何もありませんが今後活動していくつもりです。
pixiv  ⇒ https://www.pixiv.net/users/76686231

Twitter ⇒ https://twitter.com/adappast

↓挿絵として用意したけど使いどころが無さそうなフクキタルお年玉として置いておきます。


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Another 覇王世代ルート『ROAD TO THE GRASSPE』前編

お、お久しぶりです(小声)

生きてますよー?
ただ曇らせを出力するための闇が足りなくて……そしたらROAD TO THE TOPで少し持ち直したので、デイカス投稿開始二周年記念として覇王世代IFルート投稿します。

Wikiやサポカやイベントシナリオ読んでキャラクター勉強したけど解釈違いだったら許してクレメンス


今回のデイカス
 トプロ幼馴染で同学年(クラス別)。暗い過去は無い黒鹿毛の転生オリ主ウマ娘。当人はスズカ世代か黄金世代デビューを目指していたけど本格化の遅れで覇王世代デビューに。今のところ『グラスペ有馬記念最強の二人を間近で見る』事が目標。クラシックで成績を残すために本編よりも無理をしている。


 

Side:沖田トレーナー

 

 

 今頃、トップロードは授業を受けている頃だろうか。

 先日行われた弥生賞のレース映像を見返しながら、俺は彼女の次走に考えている皐月賞へ向けての現状の問題点と、その解決法を模索していた。

 

 

「本番で奴さんがどう動くか……マトモな末脚勝負になればこっちが不利……コーナーも小回りで苦手」

 

 

 今朝の自主練でトップロードが行っていたコーナリング練習の継続は必要だろう。皐月賞が行われる中山レース場の直線は短く、3コーナー過ぎの時点で残り600メートル。長く足を使えるだけでは足りない。曲がりながら加速出来る器用さと仕掛けどころを違わない瞬発力と判断力。それらが揃っていなければ勝利はない。

 

 

「それに……他にも気を付けないといけねえ奴は……」

 

 

 カチ、カチ、とマウスをクリックし弥生賞の映像が映るウィンドウに被せてとあるレース映像を表示し、再生する。

 

 

《さあレースはいよいよクライマックス! 共同通信杯を制するのは果たしてどのウマ娘か!?》

 

《残り600! トゥデイグッドデイが2バ身リードし先頭でレースを進め後続は徐々に……ッ! ここで2番手シーサイドブルー仕掛けた!》

 

《しかし差は縮まらない! トゥデイグッドデイ逃げる! 逃げる!》

 

《残り200! トゥデイグッドデイここで加速!シーサイドブルー懸命に追い縋るが厳しいか!?》

 

《トゥデイグッドデイ先頭でゴール!! デビューからこれで3戦3勝! 何という鮮やかな逃亡劇でしょうか。見事、クラシック戦線の主役に名乗りを上げました!!》

 

《逃げて差す……かの異次元の逃亡者を彷彿とさせる走りでしたね。これは皐月賞が楽しみです》

 

 

 ゴール板を先頭で駆け抜けたのは、黒鹿毛に褐色の肌と周囲と比べてひと際小柄な体躯が目立つウマ娘だった。

 レース内容は圧倒的の一言。一番いいスタートを切ってすんなりハナに収まると、後続を離し過ぎない程度のペースで経済コースを通ってレースを進め、終盤には後続が仕掛けてきたタイミング……よりも僅かに先んじて自身もスパートをかけ突き放す。逃げウマの癖して上がり3ハロンで最速を記録するという空想じみた走り。

 動画内で解説が口にしていた『異次元の逃亡者』サイレンススズカを彷彿とさせるという話も頷ける。「最初から最後まで先頭で走れば勝つ」というシンプルかつ脳筋な真理に身を置いた者の走りだ、これは。

 

「グッドデイ……まさか、ここまで上ってくるなんてな」

 

 彼女、グッドデイはかつてトップロードと同じちびっこウマ娘育成クラブに通っていた。

 トップロードが不器用ながら真面目で直向きに努力を積み重ねるタイプだったのに対し、彼女は大人びていて何事も器用に卒なく淡々と、そして延々と繰り返す事の出来るタイプだった。

 素質という点では恵まれた体格に起因する大きなストライドや頑丈さ、性格面での勝負強さのあるトップロードに軍配があがるだろうが、グッドデイの精神的な安定感、そして吸収力と適応力は大きな武器だ。

 叶うならば二人まとめて面倒を見たかったが、俺自身のキャパシティを超える無理は出来ないと、トップロードだけに指導を行うことにした。もっとも、クラブではトップロードとグッドデイの実力は伯仲していたから併せの相手としてよく選び、そのついでにアドバイスしたりしていたが、それも彼女が家庭の事情で引っ越すまでの事。

 その後の交流は俺とトップロード共に皆無であり、ちびっ子ウマ娘レースなどで彼女の名前を聞いたことも無い。

 

 

「もう走るのはやめたもんだと勝手に思っていたが、まさかトレセン学園に編入してくるとは」

 

 

 思い出すのは1〜2年ほど前のとある日の事。ホームルームを終えたトップロードを待ってトレーナー室で寛いでいると「ととととれぇぇなあぁぁさぁぁぁん!!!!」と叫びながら小柄なウマ娘の両脇に背中側から手を突っ込んで抱え猫を持つみたいにぶら下げた教え子が部屋に飛び込んできて、驚きからひっくり返りそうになりながらもどうにか堪え、その抱えているウマ娘がかつての記憶そのままのグッドデイだった事を認識してさらに仰け反った。腰を少しやっちまったよ。

 手入れが足りていないのか艶の無い黒鹿毛の髪と尻尾。カフェオレを思わせる肌。トレセン学園の制服を着ていなければ初等部と見間違う小柄な体躯。フレーメン反応を起こした猫のように黄金色の瞳と小さな口をぽかんと開けて呆けている所を見るに、興奮したトップロードにホームルームが終わるなり爆速で拉致された事は明白だろう。

 話を聞くに、一般校から転入試験をパスして入学してきたらしい。引っ越してクラブをやめた後はレースから遠ざかっていたらしいが、『とある夢』が出来、それを叶えることを夢見て猛特訓の末、トレセン学園の門を叩いたとか。

 その『夢』ってのは「……秘密です」と口を噤まれてしまったが、かつてよりも生き生きとしていて俺は安心した。

 そこから、トップロードが「トゥデイちゃんも私と一緒にトレーナーさんと」と言い出し、それに対してグッドデイが「入るチームは考えてあるから。それに、沖田さんにその気はない」「そうなんですか!?」という一幕があったりしたが、今ではクラスは違うものの同学年の昔馴染みということで関係性は良好らしい。

 

 

「それで入ったチームが手当たり次第にウマ娘を集めてる『出走券』なんて言われてるとこなのは意外……いや、グッドデイの自己管理の上手さを考えりゃそこらのトレーナーがつくよりはいいんだろうが……実際に共同通信杯、重賞も勝ってる訳だしな」

 

 しかも、その前走ではトップロードの出た福寿草特別でも逃げ切っている。トップロードは足を溜めての後ろからのレースになったが、仕掛けるタイミングを見誤り届かなかった形での敗北だ。

 原石を眺めるだけで放っておくというのはトレーナーという人種としては歯がゆい部分がある。だが、俺の身は1つだけだしもういい歳だ。それに複数人のウマ娘の面倒を見る器用さや甲斐性、精神なんて持ち合わせていない。

 

 

「……ふぅ、いかんな。年を取ると、どうにも後ろばかり見ちまう」

 

 

 気を取り直してレース映像を見ながら分析を始める。

 

 トップロードと目指す頂点への道。それに立ちはだかるのはグッドデイだけじゃないからな。

 

 

 

 

 

 

Side:アドマイヤベガ

 

 

 

 彼女との出会いは、世界が寝静まったとある新月の夜だった。

 寮の屋上で都会の疎らな星空の下、『あの子』との語らいを終えた私は足音を忍ばせて廊下を歩いていた。門限はすでに過ぎ、消灯時間が迫る時間帯。物音ひとつせず、常夜灯の弱弱しい光だけが頼りなのは夜を恐れる生物としての本能的な恐怖を掻き立てられるように感じた。

 

 

「……ッ」

 

 

 自然と足が速まる。ありもしない『何か』が気になってチラチラと後ろを確認しながら廊下を早足で進み、階段に差し掛かる。

 夜の自主練の疲労に加えてこの夜更かし。そして今の状況での緊張と注意力が散漫になっていたんだろう。私は、曲がり角から出てくる小さな人影にまったく気づかなかった。

 

 どんっ。

 

 

「きゃっ」

「あっ」

 

 私は不意の急な衝撃に思わず身体を強張らせて声を上げ、ぶつかった相手は小さな声を漏らしてすとんと尻餅をつく。

 

 

「ご、ごめんなさい……大丈夫?」

 

 

 すぐに駆け寄り謝罪を口にしながら相手に手を差し出す。すると暗闇の中、夜空に浮かぶ月を思わせる涼し気な瞳がこちらを捉え、「ええ、問題ありません」と手を借りる事なくすっくと立ち上がった。

 

 

「本当にごめんなさい……怪我は? 擦りむいたり、打撲とか無いかしら?」

 

 

 言いながら相手の様子を確認する。小柄な子で、黒地に白いラインの入ったジャージを着ているのは寝間着代わりかしら。長い黒鹿毛と褐色の肌はどこかエキゾチックで、そのさめざめとした瞳と相まって独特の雰囲気を纏っている。

 

 

「大丈夫です。こちらこそ、不注意ですみません」

「あっ、まっ……ッ」

 

 

 そう言ってぺこりと頭を下げ、こちらが二の句を告げる前に「失礼します」と踵を返してしまう。追いかけようと一歩踏み出すも、思いがけず大きく響いた自身の足音に身体が跳ね、遠ざかっていく背中を見送るしか出来なかった。

 

 

「…………」

 

 

 伸ばしかけた手を引っ込めて、掌を見つめ、ふと気付いた。

 

 

「……床が湿ってる?」

 

 

 暗がりで分かりにくいけど、板張りの廊下に濡れ雑巾で拭いたような跡があった。丁度、さっきの子が尻餅をついたあたりに。

 

 

「何か、こぼしたのかしら」

 

 

 下の厨房で温かい飲み物を用意して……なんてしていたのかもしれない。けど、見た限り何かを持っていたような様子はなかった筈。少し不思議に思いながら私は自室に戻る。

 そっと扉を締め、忍び足で自分のベッドに近づき音を立てないよう気を付けながら静かに潜り込んだ。

 すると、向かいのベッドがモゾリと音を立て、ふと顔を向けると、くりくりとした鳶色の瞳と目があった。

 

「おかえりなさい、アヤベさんっ」

「ッ……ごめんなさいカレンさん。起こしてしまったかしら」

 

 

 カレンチャン。彼女はウマスタというSNSで300万人のフォロワーを持つインフルエンサーで、『カワイイ』を更に広めるためトレセン学園に転入してきたという少し変わった子。

 

 

「ううん、なんだか目が冴えちゃって、眠れなかっただけなので大丈夫です」

「そう……なら、もうこんな時間なんだから早く寝なさい」

「はーい」

 

 

 言葉の真偽は兎も角、そんなやり取りをしてから眠ろうと目を瞑る。

 

 

「…………」

 

 

 けれど、瞼の裏に映るのは、先程、私の不注意でぶつかり弾き飛ばしてしまった黒鹿毛のウマ娘。見たところ歩様に違和感はなかったし本人も大丈夫とは言っていたけど、だからと言って「はいそうですか」と気持ちを切り替えられるほど器用じゃない。

 それに、廊下が湿っていたことも気にかかる。飲み物などをこぼしたので無ければ彼女が濡れていたということになる。あの時間に、寮という場所で。それはおかしなことじゃないかしら。

 

 

「…………」

「どうか、したんですか?」

 

 

 寝付けない気配を察したのか、カレンさんがそう訊ねてくる。

 何でもない、と返して眠ることはできたし、彼女はきっとそれ以上踏み込んでこない。

 

 いつもならそうしていたけれど、あの子に何かあるのかもしれないなら。

 

 

「……実は、さっき」

 

 

 

 事の経緯や相手の特徴を話すと、カレンさんは「多分、その人ってトゥデイさんです」と口にした。

 

 

「そのトゥデイさんは有名な人なの?」

「えっ、トップロード急行事件、知らないんですか?」

「……なにそれ」

 

 

 唐突に降ってわいた『トップロード急行事件』というワードに私は星で満ちた宇宙を背負ったような感覚を覚えた。というかトップロードって私のクラスの学級委員長の事よね。あの真面目で素直で明るい人と、サスペンスドラマのタイトルみたいな言葉のミスマッチが酷いのだけれど。

 

 話を聞くに、トゥデイ……トゥデイグッドデイさんはカレンさんと同じ外部からの転入生で、私とはクラスは違うけど同じ学年らしい。そして、転入初日の帰りのホームルーム後、廊下を歩いている所を唐突に、トップロードさんに猫を抱えるようにして何処へと爆速で拉致されたのだとか。

 

 それが『トップロード急行事件』。しかも今日の日中の出来事。

 

 いつもホームルームが終わったらすぐトレーニングに向かっていたから騒ぎに気付かなかったわ。

 

 

「だから多分、アヤベさんが心配しているようなことじゃないと思いますよ?」

「……そうね」

「ふふっ、やっぱりアヤベさんって、優しいですね」

「……うるさい。さっさと寝るわよ」

「はぁい、おやすみなさーい」

 

 

 ……なんだか、疲れた。

 どっと眠気が襲ってきて、思考があやふやになっていく。

 

 

 

 ああ、でも、なんで濡れていたのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、改めてトゥデイさんの元へ謝りに行った。どうやら行き先が同じだったらしいトップロードさんも一緒に、だけど。

 彼女は「気にしていない」「何も問題ない」と言ってくれていたけど、これは私の我儘だから……押し付けがましかったかしら。

 それと、どうして床が濡れていたのか、心当たりはあるのかを訊いてみたら「風呂上がりだったから、でしょうか」という答えが平然と返ってきて私は耳を疑った。

 レースは一部でナイターもあるし、交通機関の影響やトレーニングで帰るのが遅くなることもあるから寮の設備は基本的にいつでも使えるようになっている。だから、消灯時間間近の皆が寝ている時間帯に入浴していたというのはおかしな話じゃない。でも、風呂上がりにそのまま? 尻餅をついたときに髪や尻尾が触れた床が湿るほどの状態で?

 

 

「失礼するわ」

「え、ちょっ!?」

「アヤベさん!?」

 

 

 トゥデイさんとトップロードさんが驚いている。けれど構いはしない。私はトゥデイさんの背後に立ち彼女の後ろ髪を手で掬い上げた。

 

 

「艶が無い……指も通りにくいし寝ぐせが残ってる。それに枝毛切れ毛も……」

「……うわっ……なんというか、すごく、すごく酷いです」

 

 

 トップロードさんも一緒にトゥデイさんの髪の毛の状態をチェックして、すぐさまその顔つきが変わった。

 

 

「トゥデイさん、あなた、昨日の寝る前、濡れた髪と尻尾をどうしていたの?」

「えっと……」

「答えて、トゥデイちゃん」

「…………タオル巻いて寝ました、はい」

 

 

 

 

 ぷっつん、と何かが切れた音がした。

 

 

 

 

 

 そこからの記憶はあやふやだった。確か、そのままトゥデイさんを寮の浴場に連れて行って、途中で騒ぎを聞きつけ合流したカレンさんも加えて私、トップロードさん、カレンさんの三人で渋るトゥデイさんをひん剥いて全身くまなく洗い、乾かし方や手入れの方法などを叩きこんだ……気がする。

 

 

「……」ピクッピクッ

 

 

 そして、私達の寮室に敷いてあるマットに倒れ真っ白になって時折痙攣しているのがトゥデイさんで、そんな彼女を膝枕して、艶を取り戻した黒鹿毛に手櫛を入れているのがトップロードさん。その様子を自撮りしながら写真に収めているのがカレンさんという状況だった。

 

 

 なにこれ。

 

 

「うん、カワイイ♪ あ、これウマスタに投稿しても大丈夫ですか? トップロードさん」

「え? うーん、トゥデイちゃんが起きてから訊いてみますね。私は大丈夫ですけど」

「はいっ、分かりましたっ。あ、アヤベさんも一枚一緒にどうですか?」

「遠慮しておくわ」

「ええー、ざんねーん」

 

 

 ふと時計に目をやる。もうとっくに日は沈んでいる時間だった。

 

 

「カレンさん、トレーニングの方はいいのかしら?」

「お兄ちゃんには連絡済みなので大丈夫ですっ」

「そう……」

「心配してくれてありがとうございます♪」

「そういうのじゃないから」

「またまた~」

 

 

 ……。

 

 

「私、トレーニングがあるから行くわね」

「えっ、もう外暗いですよ!?」

「いつもと変わらないわ。それに、ちゃんと走る場所は考えているもの」

「……そう、ですか。凄いんですね、アヤベさんは」

 

 

 トップロードさんの手が止まる。その表情は俯いていて窺い知ることは出来ないけれど。

 

 

「私は、やっぱり……」

「トップロードさん」

「は、はい」

 

 

 思わず声をかけてしまった。……カレンさん、何ニヤニヤしてるのかしら。

 

 

「これは、私の道よ。あなたの道じゃ無いわ」

「アヤベさんの……私の……道」

「……それじゃ」

「あっ、アヤベさんっ」

 

 

 足早に部屋を出て昇降口に向かう。

 

 

 

 

 

 

 ……何をしているのかしら、私は。

 

 

 

 

 

 





次の話は二話の見てから書き始めるンゴ

トップロード急行事件、イラスト誰か描いて?


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