生まれ変わったら志村転狐の兄だった。 (うららん一等賞)
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産まれ変わり、兄として

息抜きで書いてます


いつ自分の生が終わったのか…そんなことすら分からぬまま、目覚めた時には赤ん坊になっていた。

 

初めは意識が混濁していて夢かと思ったが、1日2日と時が経つごとに帯びてくるリアリティに、自分は生まれ変わったのだと気付かされた。

 

意識がはっきりと覚醒し、初めて認識したのは優しそうな母親であろう人物の笑顔だった。

肩にかかるくらいの髪を左右に分けて幸せそうに微笑みながら自分を見てくる姿は、客観的に見ても美人だと言わざるおえなかった。

 

「孤次郎〜今オムツ変えるからちょっと待っててね」

 

前世の記憶があるからか泣き叫んで母を呼ぶという行為に抵抗はあったものの、下半身が糞まみれという不快感には耐えられず、プライドを捨てて泣き叫ぶ。

そうすると、すぐに母は家事を辞めて飛んできてオムツを変えてくれる。

子供のオムツ替えなど楽しいはずもないはずだが、それでも嬉しそうに笑う母は本当に優しい人なのだろう。

 

そんなことを思いながら、今置かれている現状を少し考える。

赤ん坊のうちに知れる周りの情報などたかがしれているが、それでも家族のことについてくらいは分かる。

 

まずうちは父、母、祖父母の自分を入れた5人家族、そして犬のもんちゃんがいる。

父は仕事が忙しいのか中々会わない。

会った時もいつも仏頂面で難しい事を考えているようで、子供のことにはあまり興味がないのかもしれない。

父の職業については良く分からないが、今住んでいる家は大きくて綺麗だし、広い庭まであるのでお金はあるのだろう。

 

祖父母は母と同じで優しいが、なんだか父にすごく遠慮しているように感じた。

何か複雑な事情があるのだろうか…少し心配になってしまった。

しかし、赤ん坊の身で心配した所で何か解決出来る訳でもなく、ただ時間が経つのを待つことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しく生を受けてから約2年が経ち、ある程度歩いたり喋ったりが出来る様になってきた。

出来ることが多くなれば自然と周りのことを知る機会も多くなる。

母や父、祖父母になるべく子供らしい口調で話しながら情報収集をした結果、とんでもないことが分かってしまった。

 

どうやらこの世界には個性と言われる超能力的なものがあるらしい……

 

それを聞いてまず思ったのが、この世界が前世で読んでいた僕のヒーローアカデミアの世界に似ているということだ。

熱心なファンではなかったので全ての内容を覚えている訳ではないが、テレビをつければオールマイトの特集をやっていたりと、ヒロアカに酷似した世界であることは否定できなかった。

 

ヒロアカに似た世界だと気付いたことで、自分の周りの環境にも少しだけ思うことが出てきた。

まず自分の名前。

 

志村孤次郎と名付けられた俺…

そして父は志村孤太郎

 

なんだか既視感を感じてしまう。

ヒロアカの知識はジャンプで流し見する程度だったのでどういう立ち位置の人物かは分からないが、既視感を感じるということは何かしら原作に関わっていた人物なのかもしれない。

 

そんなことを考えてしまったからか、最近は良く父を観察するようになってしまった。

父は最近は仕事が一段落したのか家にいることも増えてきて、話もするようになった。

色んなことを父に質問していくと段々と父の人物像が見えてくる。

 

まず第一に、父は自分が思っているより怖い人物ではないということだ。

基本的に仏頂面で分かりにくいが、俺が質問したことには分かるまで丁寧に教えてくれるし、欲しいもの…主に勉強に関するものであれば意外と簡単に買ってくれる。

勉強を教えてくれる父の横顔は意外に優しくて、自分が父に抱いていた感情が偏見なのだと気がついた。

 

しかし、そんな優しい父でもどうしても許せないことがあるらしい。

 

それはヒーローについて話すことだ。

 

元々疑問ではあったのだ。

ヒーローが当たり前に存在する世界で、俺は自分でテレビをつけて調べるまでヒーローの存在を知らなかった。

それは家族が一切ヒーローの話題を出さず、避けてきたからに他ならない。

 

なぜそんなことをしているのか、それは俺が興味で今日テレビで見たヒーローの話をした時に嫌でも気付かされた。

 

『ヒーローの話はするな!』

 

普段は冷静な父が声を荒げて食卓を叩いた。

俺はその急変に声が出ず、ポカンと口を開けて父を眺めることしか出来なかった。

 

そんな様子の俺に父は自分が取り乱したことに気がついたのか、拳を握りしめながら呟いた。

 

『……ヒーローっていうのはな、他人を助ける為に家族を傷つけるんだ…』

 

父はヒーローが嫌いだった。

それは何故なのか分からなかった。

母や祖母にそれとなく聞いてみたが話を濁され分からずじまいで、俺は結局悶々とした気持ちと何故か感じた既視感に蓋をして、父の指示に従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が3歳になった頃、妹が産まれた。

名前は志村華。

初めて出来た妹だった。

 

前世で1人っ子だったからか、妹という存在は言いようもなく可愛く見えた。

幼稚園でまともな会話など出来ない子供達を相手にするという地獄のような時間の反動があるのか、俺は家に帰ると碌に遊びも行かずに華ちゃんの相手をしていた。

 

「お母さん、華ちゃん抱っこしてもいい?」

 

「ふふ、孤次郎は華ちゃん大好きだね。いいよ、でもあんまり乱暴にしちゃダメよ?」

 

「分かってるって」

 

その日もいつもと変わらずに、家に帰ってすぐに華ちゃんを抱っこさせてくれるように母親にねだった。

勝手に抱っこするのは流石に怒られるので、母親に許可をとるようにしている。

 

そうすると母は仕方ないなぁと言わんばかりに苦笑いをして、俺に華ちゃんを渡してくれる。

 

俺が抱っこすると華ちゃんは嬉しそうに笑う。

勿論母が抱っこする方が嬉しそうではあるのだが、この家では母に続いて僕が華ちゃんに気に入られているらしかった。

 

ちなみに父が抱っこをすると泣き出すことが多い。

その度に父は少しだけ肩を落とし、母に華ちゃんを返す。

 

『孤次郎は泣かなかったのにな…』

 

父がそんなことを呟いたのが印象に残っていた。

 

そんなことを思い出して少しだけ笑ってしまうと、母が不思議そうに俺を見てくる。

 

「華ちゃん抱っこするのそんなに楽しい?」

 

「いや、こないだ父さんが華ちゃん抱っこして泣かれちゃったでしょ?それ思い出して」

 

「あぁ、あの時か…でもお父さんのことあんまり笑っちゃだめよ。泣かれちゃったこと結構気にしてたんだから」

 

「分かってるって、父さんの前では笑わずに耐えたから」

 

「もう……孤次郎はまだ3歳なのに変に賢くなっちゃって、誰に似たのかなぁ〜」

 

いや、前世の記憶があるからです。そんなことは当然言える訳もなく、さぁ、父さんに似たのかな…と笑って誤魔化した。

出来るだけ子供っぽく振る舞おうとはしているものの、俺は劇団員でもないので少し心がける程度で留めている。

幸い個性が当たり前にあるこの世界では、ちょっと賢いくらいでは特別目立つ訳でもない。

 

「孤次郎が賢いのは案外個性だったりするのかな?頭が良くなる個性もあるみたいだし」

 

「うーん…僕はもっとカッコいい個性がいいな」

 

「あら、そういう所はやっぱり子供だね」

 

「う、うるさいなぁ…!」

 

母に揶揄われるのが何故か無性に恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながら否定する。

前世ではまだ成人はしていなかったので、母と比べればまだ子供ではあるのだが、それでも子供扱いには慣れないものがあった。

 

真っ赤な顔を隠すようにそっぽを向いた俺に悪戯心を刺激されたのか、母は追撃するかのように僕を弄ってくる。

 

「照れちゃって可愛いんだぁ〜そうだよねぇ、孤次郎もカッコいい個性欲しいもんね〜」

 

ニヤニヤと笑いながら近づいてくる母に耐えられず、思わず感情的になって叫ぶ

 

「もうほっといて!俺は華ちゃん抱っこするのに忙しぃいいいい!?」

 

それは感じたことのない感覚だった。

いつも当たり前にあるものがなくなり、突如感じたのは浮遊感。

体が浮かび上がり、どんどん目線が高くなっていく。

 

「え、なにこれ、浮いて」

 

あまりのことに頭がパニックになり、思考が追いつかない。

個性がある世界という認識はあっても実際に自分が浮き上がってまともな思考が出来る訳もなかった。

 

思わず母に手を伸ばそうとしたが、両手に華ちゃんがいることを思い出す。

手を伸ばしたら華ちゃんを落としてしまう。

パニックになった頭でも、それだけはしてはいけないとなんとか認識できた。

 

突然のことというのは母にとっても同じだったようで、母が伸ばす手は浮き上がる俺の体に届かず空を切る。

 

「孤次郎…!」

 

母の悲痛な叫びが聞こえた。

母のそんな声も届かず、無常にも俺の体はどんどんと浮かび上がり、ついには家の天井にまで到達してしまう。

この時ばかりは、無駄に広い家に怒りを感じた。

 

下を向けば心配そうに俺を見つめる母、そしてやけに遠く感じる地面。

大人ならば大したことのない高さでも、3歳の体ではとてつもなく高く感じる。

 

「待ってて孤次郎…!お母さん脚立持ってくるから!それまで怖いかもしれないけどお母さん急いで行くから!」

 

大慌てで外に脚立を取りに行こうとする母。

 

「待ってお母さん!」

 

それを俺は大声で止めた。

 

「ごめん…俺、華ちゃん持ってられないかも…」

 

浮いている俺自身に重みは勿論ない、しかし、俺が抱っこしている華ちゃんはそうではないらしかった。

背中を天井につけた無理な体制で抱っこしているせいか、はたまた3歳の腕の力が少なすぎるのか、それとも両方なのか、俺にはお母さんが帰ってくるまで華ちゃんを持っていられる自信がなかった。

 

「お母さん…俺はいいから華ちゃんいつでも受け止められるようにしておいて…」

 

「でも…」

 

「俺も個性制御してなんとか降りてみるから…お母さんは華ちゃんだけ見てあげて…」

 

俺はそういってなんとか荒ぶる気持ちを落ち着かせようとする。

そして、どうすれば個性を制御できるか考える。

 

(個性が急に発動したのは多分俺が感情的になったから…だとすればゆっくりと心を落ち着かせれば制御出来るかもしれない)

 

浅い考えかもしれないが、それくらいしか思いつかなかった。

 

深呼吸をして、無理矢理呼吸を整える。

そうすると、今まで大音量で聞こえていた心臓の音も収まってきて、いつもの状態へと近づいていく。

 

しかし、心が落ち着けど個性は止まる気配を見せず、ただ腕力が限界に近づいていくのを感じるだけだった。

 

(クソ!落ち着いたからって何にもならないのかよ…というか個性の制御ってどうやってやるんだ…腕とか足動かすみたいな感覚なのか?全く想像できない…!)

 

漫画の中の人物達は当たり前のように使いこなしていたが、実際個性を扱うというのがどういうことなのか全く分からなかった。

もしかしたら個性なんて存在しない世界で生きてきた前世が邪魔をしているのかもしれない。

 

腕がプルプルと震え出し、手を離してしまえと弱い自分が言ってくるように感じた。

 

「華ちゃん…ごめん…」

 

そんな自分が情けなくて、泣きそうになってしまう。

 

「孤次郎!華ちゃんを見て…!」

 

諦めかけたその時、母の声が聞こえた。

 

華ちゃんを見て…どういうことなのだろうか。母の意図も分からずに、俺は涙が溜まった目で華ちゃんを見た。

俺の腕に抱かれた華ちゃんは、いつもとなんら変わりがないように見えた。

 

「華ちゃん泣いてないでしょ?それはね、華ちゃんが孤次郎を信じてるからだよ。孤次郎なら大丈夫だって、華ちゃんは思ってるんだよ。だから孤次郎、諦めないで…!」

 

それを聞いてハッとした。

 

華ちゃんが信じてくれている。

 

それを聞いて、俺はギュッと華ちゃんを握る手を強めた。

 

離してしまったら、もう華ちゃんの兄ではいられなくなるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、自分が何処かに寝かされていることに気がついた。

電球の人工的な光に目をやられ、思わず手で顔を隠した。

 

「孤次郎…起きた?」

 

優しさに包まれた母の声、それを聞き、意識が急激に覚醒した。

 

「お母さん!華ちゃんは!?」

 

俺が飛び起きると、母はびっくりしたらしく、目を丸くして此方を見た。

しかし、それも一瞬で、すぐにいつもの優しい母の顔へと変わった。

 

「大丈夫」

 

そういうと母は俺の頭を撫でる。

 

「孤次郎は離さなかったよ。えらいね、お兄ちゃん」

 

その言葉を聞いて、涙が溢れ出るのを止めることが出来なかった。

 

少しだけ認められたような…華ちゃんのお兄ちゃんになれたきがした。

 

 

 

 

 

 




死柄木出すとこまでいきたかったんですけど思いの外長くなってしまったので投稿しました。
死柄木出るの期待した方には申し訳ないです。


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個性と弟

なんとか続き書けました。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


浮遊、それが俺の個性らしい。

 

父と母に連れられて行った病院でそう告げられた。

今はまだ全然制御できていないが、訓練すれば空を自由に飛べるようになるらしい。

 

なんだか色々と便利そうな個性ではあるが、テレビで見たヒーローと比べるとなんだか地味な個性に感じた。

そんな風に思いながら医者の話を聞き流していると、やけに苦しそうな顔をした父の顔が目に入った。

 

そんなにこの個性が嫌だったのだろうか…父はヒーローのことは勿論のこと個性の話もほとんどしたがらないので、何故そんなにも辛そうなのかは分からなかった。

 

医者の話はそんなに長いものでもなく父と母に手を握られて帰路につく、迷子にならないようにと俺の手を握る父はなんだかいつもより力がこもっている気がした。

父の雰囲気は明らかに重く、それに伴って周りにどんよりとした空気が流れる。

 

「孤太郎さん、折角だし何か食べて帰らない?孤次郎もお腹空いたでしょ?」

 

「え、うん」

 

母はそんな重い雰囲気を変えるためか、そんな提案をした。

 

「あぁ…そうだな」

 

それに父も同意するが、空気は以前重いままだった。

それでも無言で歩き続け、ついに車の前までやってきた。

 

車に乗り込もうとするが父は何故か止まったまま、俺の手を握って離さなかった。

 

「孤次郎、自分の個性をどう思った…?」

 

「え?」

 

突然そんなことを聞かれて、思わず聞き返してしまった。

父の質問はあまりに抽象的で、普段の父らしくないものだった。

 

「いや、なんでもない。早く車に乗ってご飯を食べに行こう」

 

父もらしくないことをしている自覚があったのか、すぐに話をなかったことにしてしまった。

母はそんな父に少しだけ冴えない表情を浮かべると、俺の背中を押して車へと乗せた。

 

車に乗った後は、いつも通りの父と母に戻っていた。

先程までの気まずい空気がなかったかのように言葉を交わしていく、そんな様子に大人の嫌な所を少しだけ見たような気分だった。

 

いつものように会話を弾ませる父と母に置いていかれ、俺だけが質問の意味をずっと考えていた。

 

 

 

 

 

家に帰ると、丁度泣いている華ちゃんを祖父母があやしているところだった。

祖父母は大分慌てた様子で、帰ってきた母を見るなり安堵の表情を浮かべていた。

育児経験は父や母よりも祖父母の方があるはずだが、やはり自分の子供でないとかってが違うのだろうか。

 

華ちゃんを受け取る母を横目に見ながらソファに座ると、祖父が役目を終えたとばかりの安堵の表情で、俺の方へと近づいてくる。

 

「孤次郎、病院お疲れ様。おはぎあるけど食べるか?美味しいぞぉ」

 

「うん、ありがとう」

 

なるべく元気良く返事をしておはぎを受け取る。

祖父は俺に何かをくれることが多くて、初めて出来た孫にデレデレの様子だった。

 

そんな様子の祖父から目を離し、貰ったおはぎを食べ進める。

 

「孤次郎の個性はやっぱり空を飛べる個性?」

 

おはぎを頬張っていると祖母からそう問われた。

 

「うん、浮遊って個性だって、訓練すれば空を自由に飛べるらしいよ」

 

「へぇ〜、いい個性じゃない。おばあちゃん羨ましいよ」

 

「うーん、そんなに良くないよ。飛べたってどうせ一般人は外で個性使っちゃいけないし、こっそり使おうにも飛んでたら目立つし」

 

祖母からの何気ない一言に、少しだけ大きい声で返した。

俺から離れて華ちゃんをあやす母の後ろで、コーヒーを飲みつつもどこか落ち着かない様子の父が聞き耳をたてているように感じた。

 

「そう?おばあちゃんだったら嬉しいけどねぇ、家の中だけでも空を飛べたら楽しいでしょ?」

 

「飛ぶのなんか楽しくないよ…」

 

初めて個性が出た時のことを思い出して、心底嫌そうな声が出た。

そんな様子の俺に祖母はくすくすと笑った。

 

「孤次郎は男の子なんだからもっと度胸が必要だぞ〜おじいちゃんが子供の頃に個性が出た時は嬉しくて朝から晩まで使ってたぞ」

 

祖父が話に入ってきて、胸を張りながらそんなことを言った。

 

「なんならベットの上とかで練習するか?おじいちゃんも見ててあげるから」

 

「お義父さん」

 

詰め寄ってくる祖父に、父が咎めるような低い声で言う。

 

「個性の不正使用は立派な犯罪です、勝手に使わせないでください。それに個性なんて社会に出たら使う機会の方が少ないんですよ」

 

「いや…申し訳ない。孤次郎に個性が出たのが嬉しくてつい…」

 

父からの正論に、祖父はあれだけ張っていた胸を萎めて、罰が悪そうに頭の後ろに手を当てる。

 

これは産まれてすぐ分かったことなのだが、祖父母はどうにも父に弱い。

父と祖父母が対立することなどなく、いつも一方的に祖父母は父に言われている。

 

その理由は簡単で、この広い家は父が実業家として稼いだお金で建てたものであるからだ。

そこに祖父母を招待して今の現状がある。

だからこそ祖父母は父に頭が上がらないし、俺もそれを別に情けないだとかは思ったことはない。

俺が祖父母の立場だったらそうなると思うからだ。

 

父に謝る祖父を見ていると、うちの家庭は少しだけ複雑な事情があるのだなと、再認識する。

もしかしたら祖父母が俺に優しいのも、父の顔色を伺っている所があるのかもしれない。

 

そんな悪い考えが浮かぶが、頭を振ってすぐに振り払う。

 

どんなに考えた所で、人の気持ちなど分かるものでもない。

大人というのは、単純な好き嫌いにも色々と複雑なものがあったりするものだ。

祖父母が俺を可愛いがってくれているのも、単純に俺が可愛いだけだからではないだろうが、それでも俺に優しくしてくれていることには変わりはない。

 

前世の記憶が変にあるから、変な所まで考えすぎてしまう。

どうせだったら、こんな記憶なくしてこの家に産まれたかった…そんな風に思う。

そうすれば、俺はこの優しい家で何も考えず過ごせた気がした。

 

 

そこまで考え、未だに皿に残っているおはぎに手を出そうとした時、丁度父の祖父に対する注意が終わったようだった。

父は祖父へ注意して席を立ったその流れで、僕の方へと近づき、隣に座った。

 

「孤次郎…分かっているだろうが個性の練習なんてしなくていいからな。お前は頭がいいんだ、個性の制御なんかに時間を割いても無駄だって分かるだろう?」

 

「うん、そうだね」

 

父はヒーローが嫌いだ。だから個性にもあまりいい想いはないのかもしれない。

 

「分かってるならいい。……あと、孤次郎は自分の個性が好きじゃないんだよな…?」

 

聞き耳を立てていたからさっきの会話は聞こえていたと思ったが、父はそんなことを聞いてきた。

聞き逃したのか、それとも念をおして確認したいくらい大事なことなのだろうか。

 

「うん、空飛べたって良いことないよ」

 

先ほどと同じように答える。

 

答えを聞いた父は無言で俺の頭へと手を伸ばし、そして撫でた。

俺の頭をすっぽりと覆う父の手は案外大きかった。

そんな大きな手の隙間から少しだけ見えた父の顔は、少しだけ笑っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

華ちゃんがある程度大きくなった時、弟が出来るよと母から告げられた。

妹に続いて弟がまで…妹だけでもこんなにも可愛いのに、弟が出来たら自分はどうなってしまうのだろうと、そんなくだらないことを考えた。

 

母はそれをまだ華ちゃんへは話していないようで、俺から伝えるように頼まれた。

俺があまりにもワクワクとした顔をしたから周りに教えてあげたいように見えたのだろうか…真相は分からないが、俺は急いで外で犬のもんちゃんと遊んでいるであろう華ちゃんを探しに行く。

 

玄関で靴を履きドアを開けると、すぐに祖父と一緒にもんちゃんと遊ぶ華ちゃんが見えた。

 

「華ちゃーん!ちょっとこっちきてー!」

 

いつもの自分よりも数段緩んだ声を出していることを自覚しながら叫ぶ。

本当だったら俺が華ちゃんの方へ走っていけばいいのだが、それは出来なかった。

 

「はーい!」

 

華ちゃんは俺の声に反応すると笑顔でこっちに向かって走ってくる。

幼児特有の地に足つかない走り方に転ばないかと心配になるが、そういう所も可愛いのでなんともいえない気持ちになる。

 

華ちゃんが近づいてくると足元ばかり気にして見えていなかったが、手にリードが握られていることに気がついた。

 

「うわぁ…!?華ちゃん!もんちゃんつれてこないで!一回お家に戻してきて!」

 

我ながら情けない声を出してしまった。

 

今の情けない声で分かる通り、俺は犬が苦手だった。

別に前世で苦手だったわけではない。ただ、赤ん坊の頃から意識がはっきりとあった俺にとって、何もできない俺の周りを嗅ぎ回る犬という存在は恐怖そのものだった。

 

もんちゃんが俺に危害を加えることはないと頭では分かっていても、自分の力が及ばない獣が周りにいるというのはどうにも受け入れられなかった。

 

そんな理由で俺はもんちゃんと遊ぶ華ちゃんに近づけなかったのだが、結局連れてきてしまっては意味がない。

勿論事前に言わなかった俺が悪いのだが…

 

そんな風に反省していると、華ちゃんはリードを祖父へと渡して俺の方へと近寄ってくる。

 

「おにいちゃん!あそんでくれるの?」

 

「え、うんそうだね。お話おわったら遊ぼうか」

 

「うん!わたしおままごとがいいなぁ〜。おにいちゃんはわたしのめしつかい!」

 

「召使いって…はなちゃんは難しい言葉知ってるね」

 

「おとうさんにおしえてもらったの!めしつかいはわたしのいうことなんでもいてくれるんだって!」

 

「何だが解釈が違うような…というかまずは俺のお話聞いてね」

 

花のように笑いながら話す華ちゃんに癒されながら、俺は華ちゃんの手を引いてテラスへと腰掛ける。

 

「おはなしってなぁに?」

 

華ちゃんは何か楽しい話だと思っているのか、落ち着かなそうに足を揺らしながら俺の言葉を待っていた。

 

「華ちゃん…実はね、弟ができるらしいんだ」

 

開口一番、勿体ぶる必要もないのですぐに言った。

それを聞き華ちゃんは驚くと思っていたが、どうにもピンときていないようで頭を傾けて明後日の方向を向いていた。

 

「おとうと…?おとうとってなぁに?」

 

まさかの質問だった。

 

いや…分からなくてもしょうがないのかもしれない。

前世で自分が子供の時の感覚など覚えていないが、弟なんて言葉実際にいなければ使う機会もない。

 

華ちゃんの質問にどう答えようか悩むが、改めて弟という言葉を分かりやすく説明するとなると案外難しかった。

 

「そうだなぁ…なんて言ったらいいんだろう。分かりやすく言えば俺にとっての華ちゃんみたいな存在かな…」

 

「おにいちゃんにとってのわたし…?」

 

「うん、だから華ちゃんも弟が出来たら可愛がってあげなきゃダメだよ?俺がいつも華ちゃんと遊んでるように、華ちゃんも弟と遊んであげないと」

 

「うーん…」

 

俺の言葉に華ちゃんは浮かない顔だった。

 

「どうしたの華ちゃん、何かわからないことあった?」

 

「あのね、おとうとができたらね、おにいちゃんわたしとあそんでくれる?」

 

「え?勿論華ちゃんとだって遊ぶよ」

 

「でもさ、わたしもおとうととあそんでね、おにいちゃんもおとうととあそんだらね、わたしとあそぶじかんなくなっちゃうかも」

 

それを聞いて、素直に嬉しいと思った。

俺と遊ぶことを楽しんでくれている華ちゃんの姿が、俺がお兄ちゃんでいることを認めてくれているように感じた。

 

「大丈夫…弟ができたって、俺が華ちゃんのお兄ちゃんなのは変わらないよ」

 

なるべく優しい声で、穏やかな口調で、とにかく華ちゃんを安心させてあげたかった。

 

俺は華ちゃんのお兄ちゃんなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

俺が個性を診断された総合病院、そのとある一室の前の廊下の椅子で、手持ち無沙汰を感じながら足をぶらぶらとさせる。

弟が出来ると華ちゃんに告げてから数ヶ月が経ち、ついに今日が出産日だった。

 

母は勿論手術室の中におり、その側には付き添いで父がいる。

俺は中へは入れてもらえず、祖父と一緒に廊下で待っていた。ちなみに華ちゃんは家でお留守番になった。

 

華ちゃんは相当弟を見たかったらしく大泣きしてごねたが、なんとか宥めて祖母と一緒に家に残った。

俺も華ちゃんが産まれた時は留守番だったし、年齢的に妥当な処置だろう。

 

祖父と会話をしながら時間を潰す。

 

待ち時間は予想はしていたが長く、本でも持ってくれば良かったと少しだけ後悔した。

祖父との話も永遠に話し続ける話題もなく、病院の廊下といういつもとは違う緊張感もあってか、結局すぐに無言の時間が続く。

 

ぼーっとしていると睡魔が襲ってきて、どうにもつらい。

子供の体ということもあってか急にきた睡魔に俺は耐えられず、いつのまにか意識は夢の中へと行っていた。

 

 

どれくらいの時間が経ったのだろうか、俺は祖父に体を揺らされることで意識は覚醒した。

 

伸びをすることで、まだぼーっとする頭を起こす。

 

そんな様子の俺に祖父は苦笑いをして、俺の手を握る。

祖父はそのまま俺を部屋の前へと連れて行き、ドアを開ける。

 

そこには笑いながら赤ちゃんを抱く母と、それをいつもは見せない笑顔で見つめる父の姿だった。

 

「孤次郎…?そんなところにいないで、ほら、こっちにきて赤ちゃんに挨拶してあげて」

 

病室に入ったがどうしていいのか分からず佇む俺に、母はそう言った。

俺は頷くことでそれに答えると母がいるベットへと近づく。

子供視点の病院のベットというのは案外高く、赤ちゃんの顔は見ることはできない。

 

それに気付いたのか祖父が俺の体を持ち上げて、赤ちゃんと視線を合わせてくれる。

 

小さい俺から見てもそれ以上に小さい赤ちゃんという存在。

華ちゃんを見てきたので慣れたものだと思っていたが、初めて華ちゃんを見た時と同じくらいの感動があった。

 

「ねぇお母さん、この子名前はなんていうの?」

 

「そういえば孤次郎には話してなかったね、この子の名前はね

 

                        

                             転孤…だよ」

 

 

 

何故だが胸がざわついた。

 

 

 

 




華ちゃんと死柄木って何歳違いなんですかね。調べても分からなかったのでちょっと濁して書いてます


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転孤にとっての兄

今回結構短いです。
転孤視点の話です。


志村転孤にとって、家というのは少しだけ窮屈な所だった。

 

別に大きな不満があったわけではない。

家族はみんな優しいし、転孤のことを気にかけてくれているのは分かっていた。

 

しかし、そんな家で一つだけ、転孤には納得できないことがあった。

 

ヒーローの話をしてはいけない

 

この家で一つだけ、そして絶対のルール。

そのルールは転孤にとって理不尽なものだった。

テレビから流れてくるヒーロー達の活躍、どんなピンチであろうと笑顔を絶やさず人々を助けていく存在を、まだ幼稚園すら出ていない年齢の子供に憧れるなという方が無理であろう。

 

転孤は父の言葉に従わず、友達とヒーローごっこをしたり、父には内緒でヒーローのカードを買ったりした。

父には隠れてやっていたそれらだが、所詮は子供がやっていること。父はどこからか情報を持ってくると、その度に転孤を叱った。

 

初めは正座をさせられ説教をされるだけだった。

しかし、それでも転孤がヒーローを目指すことを辞めないと、今度は謝るまで家に入れてくれなくなった。

 

転孤は泣き叫びながら父に引っ張られ外に出される。

それを止めてくれる人はいなかった。

 

いつも転孤のことを優しく抱きしめてくれる母や、転孤のことを気にかけ慰めてくれる祖父母、泣き虫な自分の手を引っ張ってくれる姉。

 

誰もが父に逆らえなかった。

 

初めて父に外に引っ張り出され体育座りで顔を埋めて泣く中で、その時までは転孤はそう思っていた。

 

そう、その時までは。

 

「転孤…大丈夫?寒くない?」

 

啜り泣く転孤に対して、心配の声が投げかけられた。

転孤が涙を拭い声の方を見ると、そこには毛布を持った兄の姿があった。

いつもは父に似た無表情の兄の不安そうな顔が、転孤は印象的だった。

 

それを見た時の転孤の感情は感謝…ではなく、何故…という疑問だった。

正直言うと、この時まで転孤は兄のことが苦手だった。

小学生なのにも関わらずやけに大人びていて冷静な姿が、父と重なって見えたからだ。

 

それに今まで転孤が父に怒られていた時も、兄は転孤を助けてはくれなかった。

 

「なんで…?」

 

転孤は素直にそう言った。

明らかに自分を心配してくれている人物に対して失礼な言葉だったが、そんなことはまだ転孤には分からなかった。

 

「なんでって…?転孤が心配だから来たんだよ」

 

優しい声でそういう兄に、転孤が初めに感じたのは怒りだった。

 

「今まで助けてくれなかったのに…」

 

心配してくれた兄に対して、思わずそう言ってしまった。

そして、言ってしまった後にすぐ後悔した。

自分が言った言葉がどれほど兄を傷つけるものだったか、それは転孤にも理解できた。

 

「あ…今のはちがっ!そうじゃなくて!」

 

慌てて取消そうとしたが、転孤は碌にフォローすることが出来ずにしどろもどろになる。

 

「そうだよな…なんで今更って思うよな」

 

転孤の言葉を遮るように兄はそう言った。

それはいつもの冷静な兄とは思えないほどに掠れた声で、今にも泣き出してしまいそうなものだった。

転孤はそんな兄を見ていられなくて否定の言葉を出そうとするが、口から出たのは音にならない空気だけだった。

 

「今まではな、転孤はすぐにヒーローになるの諦めると思ってたんだ。俺がそうだったから…転孤もきっとそうなんだろうって、勝手に思ってた。

そうすれば父さんが怒って空気が悪くなることもないだろうって、自分勝手に思ってたんだ」

 

兄は毛布を握る手を力いっぱい握り締めて、懺悔するように言った。

 

「でも今日転孤が泣きながら外に出された時…凄く胸が苦しくて、我慢出来なかった。

 そこで自分が今までしてたことがただ楽な方に流されてただけだって…気づいたんだ」

 

兄はそう言うとゆっくりと転孤の方へと近づき、転孤に毛布をかけた。

そしてゆっくりと転孤の隣へと座り、一緒の体制になる。

 

「ごめんね転孤…弟の夢すら応援してやれなかったお兄ちゃんで…本当にごめん」

 

「……ううん、僕こそ酷いこと言ってごめんなさい」

 

お互いに謝ると、少しだけ沈黙が流れる。

それがどれほどの時間だったか、転孤にとって長いようにも一瞬だったようにも感じられたその時間は、兄の言葉で終わりを告げる。

 

「ねぇ転孤、転孤はどうしてヒーローになりたいの?」

 

兄からのその問いに、転孤は自分のテンションが上がっていくのを感じた。

 

「えと、あのね、ヒーローごっこしてちょう楽しくて、それで友達がね転ちゃんはオールマイトだって言ってくれたの、仲間外れなのに遊んでくれて優しいからって!」

 

ヒーローごっこの時の気持ちを思い出すかのようなテンションで兄に言った。

それを聞いた兄は微笑むと、転孤の頭に腕を置き撫でた。

ゆっくりと動く兄の手は、転孤にはとても大きく感じた。

 

「そっか、転孤は優しいんだね。俺とは大違いだ……」

 

兄は転孤を撫でる手を止め、悲しげに言う。

 

「ううん!そんなことないよ!お兄ちゃんだって優しいもん!」

 

自虐的に話す兄に、転孤は思わず否定した。

頭を撫でる兄に手の優しさを知ったからこそ、転孤にとって兄の自虐は受け入れられなかった。

 

そんな転孤の言葉に兄は一瞬惚けたような顔になると、すぐに嬉しそうに笑った。

 

「そっか、ありがとう転孤」

 

兄はそう言うと撫でていた手を離し、目を覚ますかのように両手で顔を叩いた。

 

「よし!決めた!今日から俺の夢は転孤がヒーローになることだ!」

 

「え…?」

 

突拍子もないことを言う兄に、転孤は困惑した。

 

「え…って、嫌だったか?」

 

「……ううん、嫌じゃないけど…お兄ちゃんはヒーロー目指さないの?」

 

「俺?俺はヒーロー向いてないよ。他人を助けにいけるほど優しい人間じゃないんだ」

 

またも自虐的にそんなことを言う兄に、転孤はむすっとしたように頬を膨らませた。

 

「お兄ちゃんは優しいもん……それに、お兄ちゃんも一緒に目指してくれた方が僕嬉しい」

 

「そうだなぁ…」

 

無茶振りをする転孤に、兄は困ったように頬を掻いた。

 

「うーん、やっぱり俺には無理だよ。俺は妹と弟で手一杯だよ」

 

誘いを断る兄に、転孤は少し悲しかった。

そんな気持ちを表すように、あからさまにガッカリしたようなため息が出てしまった。

しかし、そんな様子の転孤に、兄はでもさ、と続けた。

 

「妹と弟を守れるようになったら考えてみるよ」

 

その時、照れ臭さそうに笑う兄の姿は、転孤にとって忘れられない思い出だった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、兄は言った言葉通りに、転孤を手伝ってくれるようになった。

 

転孤が隠し持っていたカードが父にバレた時は、それは自分のものだと名乗り出てくれた。

父は兄がそんなものを持つはずがないと分かっていたようだが、いくら問い詰められても折れない兄に根負けしたのか、結局転孤は怒られなかった。

 

そして兄はその後、転孤の持っているカードを自分の机に入れるよう言った。

兄の机に入れた方がバレにくいからと、そう言っていた。

 

転孤が好きなヒーローごっこも、一緒にしてくれるようになった。

父にバレないように、わざわざ公園まで行ってくれた。

 

そんな兄はまさに今まで自分が欲しかった理想の存在で、家にいると何故か出た痒みも、兄と一緒の時だけは感じなかった。

 

父には逆らえない家族の中で唯一、転孤のために立ち上がってくれる兄。

そんな兄のことを転孤は心の底から大好きになったし、兄だけは自分のことを裏切らない存在だと思った。

 

しかし、そんな兄にも一つだけ嫌いな所が転孤にはあった。

 

それは転孤が父に怒られて外に出された時、兄はあの時のように転孤の横へと座り、泣き止むまで話をしてくれた。

 

「転孤…お父さんもね、転孤のこと嫌いなわけじゃないんだよ。俺はね、ちょっとだけ転孤より長く生きてるから、お父さんのことも転孤より知ってるんだ。

だから分かるんだけど、お父さんだって転孤を怒るのは辛いんだ、それだけは分かってあげてほしい」

 

兄は間違ったことは言っていないのだろう、しかし、まだ幼い転孤にとっては、自分の味方であるはずの兄がそうでなくなってしまったように感じた。

 

兄が父を庇う時、収まっていた痒みがまた出てくるのを転孤は感じていた。

 

しかし、そんなことはあれど兄は基本的に転孤の味方だった。

 

兄はずっと自分の味方でいてくれる。

 

転孤はそう信じていた。

 

 

全てが壊れたあの日までは




なんとか原作いくまでは頑張ります


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ちょっと何回か書き直してて投稿遅れました。
後で加筆するかもしれませんが一旦投稿させて頂きます。


「じゃあお母さん外出てくるから、適当にご飯食べときなさい」

 

それはとても冷たい声だった。

息子に話かけるテンションだとは思えないほどなんの感情も感じられないその声に、俺はまたかとため息を吐きたくなった。

目の前にいるのはやけに濃いメイクと、背中まで届くほどに伸ばされた髪が特徴的な俺の母だった。

母といっても今世の母ではなく、言うならば前世の母。

それは見慣れているようで懐かしさを感じる存在で、それを見た瞬間にこれが夢なんだと気づくことができる。

 

生まれ変わってきてから何度も同じ夢を見ているからか、最早心揺さぶられることはなくなった。

何度も見ているからこそ、この後に流れも分かりきったもので、俺は冷蔵庫の中から冷凍食品の炒飯を取り出すとそれを電子レンジに入れる。

 

夢を見ている時に夢だと気づくと好きな夢を見られる。

 

そんなことを昔聞いた気がしたのだが、何故だかこの夢の流れはいつも同じで、まるでビデオテープを再生しているかのようだった。

 

こうなってしまうと俺にできることは体が自然と起きるのを待つしかなく、そんな時間を俺は主に前世を思い出すことに使うようになった。

前世の記憶は歳を重ねるごとに薄くなっていってしまっている。しかし、この夢の中では前世のことをよく思い出せた。

 

今日もいつものように一つずつ確認していく。

 

まず、俺の前世の家族は母1人しかおらず、父親には会ったことはない。

母はあまり父のことを話したがらなかったが、酔った時に少しだけ聞いた話だと子供が出来たと母が告げた時に別れたらしい。

母が俺を産んだのは大分若い時期だったから、交際相手の男には子供という責任を背負って生きる覚悟が出来ていなかったのだろう。まぁよくある話だ。

 

そんな事情があって、俺は母子家庭で育った。

 

母はあまり俺に興味がなかったようで、碌な思い出はない。

ただ虐待を受けていたとかそういうことはなく、母は世間体があるからか最低限の身の回りの世話はしてくれた。

 

会話をした記憶はあまりなく、俺はほとんどの時間を家で1人で過ごした。

物心がつく前からそんな生活だったからか、小学生になった時には寂しいとも感じなくなっていた。

 

そこまで思い出した所で、夢の中の俺は電子レンジから炒飯を取り出して机の上に置いた。

しかしそのまますぐに食べ始めるということはなく、何故だか宙を見つめている。

それは何処か感傷に浸っているようで、表情は悲しげだった。

 

よりにもよって何故この時の夢なのか、その理由はなんとなく分かる。

この日は初めての授業参観がある日で、それに当然のようにうちの母親は来なかった。

 

来ないことを告げられた時は、特に何も思わなかった。

家ではそれが普通だったし、きっと周りの家もそうなのだろうと思っていた。

しかし違った。

蓋を開ければ来ていないのは家だけで、周りの友達が親と楽しく話をしている横を、俺は走って帰ったのを覚えている。

 

周りの友達に揶揄われるのが嫌だったのか、楽しく話しているのを聞きたくなかったのかはもう分からないが、ただ自分の家が普通ではなかったのだと気づいたことは確かだった。

 

そしてこの夢はその日の夕飯だ。

 

いつも通りの一人きりのご飯のはずなのに何故だか悲しくて、なかなか食事に手をつけることが出来なかった。

その時の言いようもない気持ちは今でも忘れられない。

 

こんな時の記憶は必要ない…生まれ変わったばかりの俺はそう思っていた。

前世では考えられないくらいの暖かい家庭…だけれども前世の穿った考えが、それに浸かることを邪魔してしまう。

こんな記憶を持たずにこの家で過ごせたら、そう思わずにはいられなかった。

 

しかし、そんな考えが間違っていたと気づいたのは、父が初めて天孤を叱り家の外へと出した時だ。

それまで俺は、転孤が叱られていても止めに入ることはしなかった。

それは父のヒーロー嫌いには根深いものがあるということを知っていたというのもあるが、転孤がヒーローを諦めるのが一番丸く収まる方法だと勝手に思ってしまったからだ。

 

けれど、転孤が父に家に引っ張り出された時、俺はこの日の自分が脳にフラッシュバックした。

普通だと思っていたものが普通じゃなくて、誰もいない家で1人で飯を食う自分。

あの時の悲しさを知っていたのに、俺は知らずのうちに同じことを転孤にしていたのだ。

 

転孤はただ普通の子供のように夢を追っているだけなのに否定され、家族は結局は父の方についてしまう。

転孤が感じた寂しさは、きっと俺が受けていたものと同じだ。

 

そんな簡単なことに俺は気付けなかった。

それはきっと前世の記憶を腫れ物のように扱って、忘れようとしていたからだ。

あの日の寂しさをなかったことにして、都合よく今世を生きようとしていた醜さが出てしまっていた。

 

だからこそ、俺はもうこの記憶を無かったことにはできない。

この記憶があるからこそ、俺は妹と弟に同じ思いをしてほしくないと心の底から思うことができる。

 

あの日いつものように出て行く母に少しだけ伸ばした手…誰も掴んでくれなかったその手を、俺は掴まなければいけないのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある夏の日…外から蝉の音が盛大に鳴き、降り注ぐ光だけで暑さを感じとれる中、そんな灼熱地獄から避難する様にエアコンの効いたリビングで俺が華ちゃんとお絵かきをしていると、扉が勢いよく開いた。

その勢いのよさから、俺は扉を見ずともそれが誰なのかが分かった。

 

「お兄ちゃん!遊びにいこ!」

 

声の方を見ると扉を開けたのは予想通り転孤で、楽しそうな声で俺を遊びに誘う。

転孤はもうすでに5歳になっており、そろそろ華ちゃんに身長が届きそうだった。

 

「えーっと…」

 

今日は華ちゃんと遊ぶ約束をしていたので本来ならすぐに断らなければいけないのだが、あまりにも転孤が期待した声で誘うので、少しだけ悩んでしまった。

 

「今日はお兄ちゃんは私と約束してるからダメ!」

 

俺が悩んでいることに気分を害したのか、華ちゃんは少し不機嫌そうにそう言った。

最近は転孤に構ってばかりだったからそれもあったのだろう。普段は転孤にとって優しいお姉ちゃんであるはずなのだが、今日ばかりは冷たかった。

 

そしてそれを聞いた転孤は、分かりやすくショックを受けたようで、焦った顔をして俺の方に詰め寄って来た。

 

「えぇ〜、じゃあご飯食べた後だったらいい?」

 

華ちゃんとの約束は午前中だけだと思ったのか、転孤はそう聞いて来た。

 

「午後からは私の宿題見てもらう約束してるから、今日は転孤は諦めて」

 

そんな転孤に対して華ちゃんはまたも冷たくバッサリとそんなことを言った。

 

「えー、そんなのずるいよ。僕だってお兄ちゃんと遊びたいのに……」

 

「ずるくないもん、転孤はいつも遊んでもらってるんだからいいじゃん。たまには譲ってよ」

 

「うぅ……」

 

それを言われてしまうと転孤は返す言葉がないらしく、顔を落として落ち込む。

そんな様子に俺はまずいと思い、転孤に声をかける。

 

「ほら転孤、そんなに落ち込まないで…外にはいけないだけで一緒に遊べない訳じゃないんだからさ、今日は3人でお絵かきしよう。華ちゃんもそれでいいでしょ?」

 

「私はいいけど…」

 

華ちゃんはそう言い了承してくれたが、転孤はなんだか納得いっていないようで、服の端をぎゅっと握りしめている。

大方外でヒーローごっこをしたかったのだろう…なまじ期待していた分、お絵かきでは満足できないのかもしれない。

 

「そうだ、転孤の好きなオールマイトの絵を描こう!どっちが上手く描けるか勝負だ」

 

「え、オールマイト描いていいの!?」

 

オールマイトと聞くなり、転孤のテンションは上がる。

普段は怒られるからか描けないが、今日は家には母しかいない。

普段できないことをするには絶好の環境だった。

転孤は今までぐずっていたのが嘘のように机の前に座ると、紙とクレヨンを手に取る。

 

「え、オールマイトの絵なんか見つかったらまたお父さんに怒られるよ?どうせ描くなら別のにしなよ」

 

転孤が描き始めようとしたところで、華ちゃんが心配そうにそう言う。

華ちゃんは父がどうすれば怒るのかというのが良く分かっている。

精神的な成長は女の子の方が早いというのはその通りらしく、華ちゃんは父に怒られないようにいつも上手く立ち回っている。

 

そんな華ちゃんだからこそ、余計心配になるはずだ。

 

「大丈夫…この間良い隠し場所見つけたからさ。それに、もし見つかったらまた俺のやつだって言うよ」

 

俺は華ちゃんを安心させるように笑顔を見せながらそう言った。

 

「それ大丈夫じゃないじゃん…私は転孤にもお兄ちゃんにもお父さんに怒られて欲しくないの…」

 

華ちゃんはクレヨンをぎゅっと握りしめながら言う。

それは思えば当然の感情なのだろう。

誰だって好き好んで誰かが怒らられている所など見たくはない。それが家族となれば余計にそうだ。

 

転孤が怒らられている時の華ちゃんの目は悲しくて、弟の夢を素直に応援したいのに父に遠慮して出来ない現状に歯痒い思いをしているのだろう。

そんな華ちゃんの不安を、少しでも軽くしてあげたいと思った。

 

「華ちゃん…大丈夫」

 

「え…?」

 

「俺がなんとかお父さん説得してヒーロー目指すの認めてもらえるようにするからさ。そうすれば転孤だって怒られないし、華ちゃんだってちゃんと転孤のこと応援できるでしょ?

そうなるように頑張るから… だからもうちょっとだけ待っててくれないかな」

 

「………そんなことできるの…?」

 

「できるよ。だってそれがお兄ちゃんの役目だからね」

 

なんの根拠もないことを、あえて自信満々に言った。

正直父に分かってもらえるかなんて分からない、俺は父が何故ヒーローを嫌いかということすら知らないのだから。

 

それでもあたかもそれが簡単なことかのように振る舞う。

イメージはテレビで見たオールマイト。

ヒーローは辛い時にこそ笑うらしい、彼を見ているとそんなことに気付かされる。

俺は皆んなを守るヒーローにはなれないが、家族を守れる存在にはなりたかった。

 

そんな思いを込めて笑うと、華ちゃんも釣られたように笑顔になった。

 

家族限定のハリボテヒーローだが、どうやら今の所上手く出来ているらしい。

華ちゃんの笑顔を見て、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お絵かきがひと段落してお昼ご飯を食べた。

午後からは華ちゃんに宿題を見る約束をしていたので準備を進めようとしていると、後ろから俺の服を引っ張られた。

振り返ると、そこにいたのは華ちゃんだった。

 

華ちゃんの表情は何処か嬉しそうで、ワクワクしているように見えた。

何か良いことでもあったのだろうか、そんな疑問の声をあげる暇さえなく、華ちゃんは話を進める。

 

「お兄ちゃん!良いもの見せてあげる!あと転孤もおいで!」

 

華ちゃんはそう言うと俺、そして呼ばれてやってきた転孤の手を掴む。

そして、手を引かれて何処かへと連れていかれる。

別にそれを止めることも出来たが、嬉しそうに笑いながら手を引く華ちゃんを見ていると、そんな気すらなくなってしまう。

 

そんなに何を見せたいのかと想像が膨らむが、それは華ちゃんの目的地らしいところに着いた所で一旦打ち止めになる。

 

華ちゃんの目的地…それは父の書斎だった。

 

それに少し驚く。

何故なら、父の書斎に入ることはキツく禁止されているからだ。

禁止する理由までは聞いていないが、何か見られたくないものでもあるのか、中を荒らされたくないとかそういう理由であろうことは容易に想像できた。

 

「ほら!お兄ちゃんも転孤も早く入って!」

 

華ちゃんは俺と転孤が唖然としているを尻目に堂々とドアを開ける。

入ったのがバレたら父にそんなに怒られるか華ちゃんは分かっているのだろうが、そんなことを感じさせない笑顔で俺と転孤を中へと呼ぶ。

 

それを聞き、当然書斎に入るのは辞めた方がいいと注意するか迷ったが、華ちゃんがそこまでして見せたいものがなんなのか気になった。

それに、書斎には父が何故ヒーローが嫌いなのか分かる手がかりがあるかもしれない。

 

ヒーローを目指すことを認めてもらうと言ったからには、父が何故ヒーローを嫌いなのかを知らなければいけない…そう思った。

 

転孤も最初は少し迷ったようだったが結局は興味に勝てなかったらしく、2人で父の書斎へと入っていく。

 

そんな俺達の様子を華ちゃんは見ると、満足したように笑い、父の机へと手を伸ばして引き出しを開ける。

 

「え、ちょ、華ちゃん勝手に開けて大丈夫?」

 

「大丈夫!前に来た時もバレなかったし」

 

ガサゴソと背伸びをして手を伸ばし、引き出しを漁っていく。

それは何処か慣れたような手つきに見えて、前にも同じことをしたというのが嫌でも分かった。

 

「あ、あった!」

 

華ちゃんはお目当てのものを見つけたようで、それを見せびらかすようにこちらへと差し出してくる。

 

 

それは綺麗な女性だった。

 

 

黒く長い髪を後ろで一纏めにして、服装は黒のウェットスーツのようなものに上からマントをかけている。露になっている女性とは思えない筋肉質な腕、しかしゴツいという感じでははなく、スポーツマンといった印象だった。

 

そんな女性を見て背筋が凍っていくのを感じた。

血の気が引いて、背中に冷たい汗が流れていくのが感じる。呼吸が荒れ始め、目眩もしてきた。

 

俺はその女性を見た時に気付いた…いや気づいてしまった。

 

ヒロアカにそこまで詳しくない自分でも気づいてしまうほどの特徴のあるその人物は、かつて前世で見たオールマイトの師匠だった。

 

それに気づいてしまったら、俺がたびたび感じていた既視感が繋がっていく。

一度繋がってしまえば何故今まで分からなかったのか不思議になるほどに明確なその事実は、俺にとって最悪の事実だった。

 

思えば、俺はこの事実にわざと気づかないようにしていたのかもしれない。

感じる既視感について深く考えないようにしてやり過ごし、今日まで平凡に生きてきた。

それはきっと、気付いてしまうのを脳が自然と拒絶していたからだ。

この平凡な日々が崩れてしまうものだと思いたくなかったのだ。

 

しかし気づいてしまった。

オールマイトの師匠という物語にとって重要な人物、気付かずにはいられなかった。

 

「お兄ちゃん大丈夫…?」

 

そこまで考えた時に俺の異常に気づいたのか、声がかけられた。

その声でさらに心拍数が上がる。

 

俺がその声のした方を見ると、俺の手を心配そうに俺の手を握る転孤の姿が見えた。

 

(手…?手…!?)

 

「うわっ!?」

 

それはもはや反射だった。

俺の手を握る転孤に腰を抜かし、思わず手を引っ込める。

そんな俺の様子に転孤は唖然といった様子だった。

 

その反応を見て、俺はすぐに何をしてしまったのかを理解した。

 

「あ、いや、ごめん、ちょっと驚いちゃって、そ、そうだ俺ちょっとトイレ行ってくるから!」

 

それが明らかに異常な行動であることは客観的に明らかであっただろう。

しかし、そんなことすら気にならないほど必死に部屋から逃げ出した。

 

急いでトイレの扉を開けて中に籠る。

震えが止まれなかった。うずくまり、両手で体を抑えるが一向に良くならない。

1人になったことで恐怖は収まるどころか増していき、俺にとって受け入れがたい現実がのしかかる。

 

間違いだと思いたかった。

でもそれを否定することはもう出来ない。

 

俺の弟は、死柄木弔だ。

 

 

 




あと1話書いたら原作突入するので頑張ります。
また、コメントしていただいた方本当にありがとうございます。
感想への個別の返答は個人的な事情でしていないのですが、コメント頂けるのが一番嬉しいのでよければお願いします


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