零距離破壊のオプティミズム (天魔宿儺)
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第一話 鬼瓦 輪

人に四端あり

 

『仁』『義』『礼』『智』

 

四端に『信』を

 

加えて五徳

 

我らこれを守り

 

共生の道を貫く刃なり

 

 

「天下五剣、揃ったな? それでは本日の議題―――新たな外敵の排除について話そうか」

 


 

制服を着た女の子が校舎前の道を歩いている。

これくらい、どこの学校でも目につく光景だろうが、一つどこかおかしな点があるとすれば、彼女らが武器を携帯している事だろうか。

 

基本的には警棒、あるいはそれに近しい鈍器か、バッグにメリケンサックをアクセサリーよろしくぶら下げてる娘までいる。

なんというか、いつ襲われても反撃できますよオーラが凄い。

 

妙な点で言えば、道を行く男子生徒も甚だおかしい。

皆元々は不良だったのだろう、隠しきれない仕草や表情には当時の面影のようなものが見え隠れしているが……しかし、それももはや面影に過ぎない。

 

牙を取られ、威を失った負け犬が如く、彼らの顔には敗北の二文字が浮かんでいた。

何より、男子の制服を着ておきながら女子のような化粧と仕草をしているのが気色悪い。

なんだ、あの悍ましいものは。

こういうのは……無視するに限るな。

 

共学の学校と聞いていたんだが、少しばかり……いや、結構、かなり、比率が女子に偏っているような気がするのはおそらく気のせいではないだろう。

 

というかさっきから何故かわからんが視線が痛い。ひそひそ話も聞こえてくる。

いや、何を話しているのか皆目見当つかないのだけども。

 

きっと謂れのない悪口やら影口に違いない。

こういうお金持ちの通いそうな学校にはよくありそうな話だ。

 

登校初日から嫌な予感がしてならない。

転入する学校間違えたかな。

 

さっさと職員室で教師陣との会話を済ませ、書類の整理を終わらせた後、自分がこれから世話になることになるクラスへと足早に向かう。

扉の前まで来ると……なんだか、周囲が異様に静かなことに気づく。

まぁ、お嬢様学校なんだし皆が礼儀正しく待っているのかとも思ったが、様子が違うようにも思える。

とはいえ、足踏みしていても何も始まらない。

 

「どーも皆さん、はじめm―――」

 

なるべく明るく挨拶しようと努めて扉を開けると、思わず言葉を失った。

何故って、そりゃ失うだろう、クラスにいる女子の全員から警棒を向けられちゃ流石に……ねぇ?

 

「長めの黒髪に高い背格好、貴様が転入生のオニガシマ桃十郎(とうじゅうろう)だな?」

 

声がする方向を振り返ってみると、時代錯誤も甚だしい、般若の仮面をかぶった少女が自王立ちしていた。

腰には日本刀を帯刀している、すこし背の小さめの少女だ。

……いや、これくらいならわりと普通のほうか?

ちなみに俺の名前は『鬼ヶ島』と書いて『どうじがしま』と読む。

微妙に間違えられてるケド……まぁ、いいか。

 

「あー、その通りでスけど、なんスかコレ、不審者でも出ました?」

「あぁ、たった今入ってきたな、その不審者が」

「ほほう、そいつはけしからん」

 

イヤーダレノコトダロウナー

 

「貴様の事だが?」

「えぇ……俺まだなにもしてないっスよ」

「まだ、という事は近い未来何かしでかすのは間違いあるまい?」

 

少女は何やら生真面目にも俺になにか諭しているように見えたが、それはそれ、耳に届く言葉は右耳から左耳へと通り抜けていく。

もはや問答は不要だろうに……武器を向けた時点で交戦意思有りってことでいいんだよな?

 

「―――であるため、貴様の事はこの私、天下五剣が一人、鬼瓦輪が矯正してやるっ!」

「それは……喧嘩って意味でいいんスかね」

「ふっ、本性を表したな?まぁ、野蛮な言い方をすればそうなるだろう、だが、喧嘩になると本気で思っているのか?」

 

本性もなにも、敵意丸出しなのはそっちでしょうに。

それに随分な自信家のようだ。

 

「まぁ、そっちがその気なら……だけどその前に、ちょっと場所を移しません?流石に教室を壊すのは忍びない」

「……いいだろう、ついて来い」

 


 

校門から校舎までの間にある広間まで来たところで、一限開始のチャイムが鳴った。

あー、転入初日から遅刻ってことになるのかこれ、授業ついていけるかな…….。

呑気にそんなことを考えていると、相手方の……確か、輪とかいう名前の女子が佩いている刀を抜き放ち構える。

 

「ここならば問題ないだろう、誰も邪魔することはない」

「そっスね」

 

相手方にならってこっちも構える。

だが、彼女は怒ったのか、それとも不思議に思ったのか、俺の構えを見て訝しむように聞いてきた。

 

「なんだその構えは、そんな不恰好な構えで戦えるものか、真面目にやれ。私は貴様を真正面から叩き潰す必要があるのだからな」

「……やっぱ、まともに術理を学んだ人からしたら、この構えは不恰好に見えるっスかーーーだが、その余裕もすぐ消えるぞ」

「ッ―――そっちが素か、いいな、矯正しがいがあるというものだ」

 

彼女のほうも油断するのをやめたのか、自然と刀を握る手に力が込められ、全身の脱力をする。

俺の方も引き絞った拳の強く固め、足を大股に開いて構える。

 

「―――私立愛地共生学園天下五剣が一人、鹿島神傳直心影流(かじましんでんじきしんかげりゅう)鬼瓦(おにがわら) (りん)……参る!」

「あぁ~、転入生、所属流派無し、我流格闘術(がりゅうかくとうじゅつ)鬼ヶ島(どうじがしま) 桃十郎(とうじゅうろう)……参る」

 

刀と拳、どちらが強いか、そんな事は分かりきっている、圧倒的に刀の方が有利だろう。

リーチも長く、峰でも打たれれば骨折は免れない。 

 

「ふっ、我流に、格闘術ときたか、如何にも男児の好きそうな言い回しだな! 一代で流派を確立する難しさも知らんはぐれ者風情が、生意気な

「なんとでも言うがいいさ、仮の名称として付けているだけだ。本質は術理もクソもねぇ」

 

だがそれは―――まともに振ることが出来れば、の話だ。

そしてそれはどのような攻撃、剣術、格闘術においても言えること。

つまり、打たせなけれはいい。

 

我流一式(がりゅういちしき)―――猿飛(さるとび)

 

石畳が大きな音をたててひび割れると同時に、桃十郎は鬼瓦の眼前まで接近していた。

 

「なっ!?」

 

さっきまで目測3〜4mは離れていた位置にいたと言うのに、一瞬で間合いの内側にまで入り込まれてしまい、動揺した鬼瓦だったが、それも一瞬の出来事。

すぐに驚愕から顔を変え、反撃に転じる。

転じようとした。

 

しかし、動けない。

何故か?

刀というものはその性質上、リーチの長さは非常に優れており、間合いに入ったものを決して逃しはしないが、一方での間合いというものは刀根本から切先までの長さ程までしかない。

 

故、腕を伸ばし刀を握るまでの間の距離は完全に間合いの外であり、死角なのだ。

この男は、それを知った上で飛び込んだのだ、間合いの外ではなく、内にある死角へと。

目と鼻の先、ワンインチ距離とも言える程に近付いたその間合いは、完全に打撃有利のものだった。

 

「悪いが、単位は落としたくないんでな、一緒に教室まで戻ってもらうぞ」

 

その時になって鬼瓦は気付いた、彼の(いびつ)な構え、その意味に。

彼の構えは少々独特というか、異質だ。

通常、格闘技であれ剣術であれ、構えというのは少なからずも“多くの選択肢の起点となる”ことに重きを置かれている。

即ち回避、攻撃、防御、牽制などのそれぞれの動きの基準点となるのが、本来の構えという予備動作だ。

 

しかし、鬼ヶ島のそれは違った。

顔の側面に沿わせるように引き絞った、目に見えてわかるほどのテレフォンパンチの姿勢に、もう片方の腕は軽く手前に構えるだけ。

これでは、防御も回避も間に合わない、牽制などもっての外だ。

 

ただ己の攻撃を当てることだけを考え、それに特化した超攻撃形態。

無論、そんなもの当たらなければいいだけの話だが、ここまで接近された状態でどう巻き返せというのか。

 

「受けるつもりなら、全力で防御しな」

 

言われてハッとなり、鬼瓦は刀を引き戻し、全力で防御を固める。

目前には、巨大にすら錯覚するほどの全力の拳が迫ってきていた。

 

そして―――次の瞬間、彼女の身体は文字通り、宙を舞った。

 


 

「……んん……」

「あ、起きたか」

 

目が覚めると、そこは見知った天井。

私立愛地共生学園の保健室だった。

 

「私は……何故ここに……―――ッ痛ぅ!」

「おいおい無理すんな、怪我してるんだから休め」

 

周囲を確認しようと、ぼぅっとした頭で起き上がろうとしたら両腕に鈍痛が響き、すぐそばから男の声がした。

これは……この口調は、明らかに矯正された男子生徒のものでは無い。

この声は……。

 

「オニガシm―――」

鬼ヶ島(どうじがしま)だ、ちゃんと名乗ったよな俺?もう忘れたんだとしたらちょっと傷つくんだけど……」

「……授業はどうしたんだ、出たそうにしていただろう」

「サボった」

「は?」

 

戦闘中に気にする程度には単位を気にしていたというのに、サボっただと?

仮にも、私という天下五剣の一人を退けたのだ、あとは安心して授業にでもなんにでも行けばよかったじゃないか。

 

「両腕と腰を打って、痛々しく横たわる女子を見て、保健室に連れて行くのは悪いことなのか? お前男子をなんだと思ってんだ」

 

なんだか痛い人を見るような目でマトモそうな事を言われた。

初対面の、転入生―――ここに来るほどという事は相当の問題児―――に。

思わずカッとなる鬼瓦だったが、両腕の痛みによりあまり強く出る事が出来ない。

 

「怪我の方は心配すんな、軽い打撲と擦り傷程度だったぞ、ものの数日で治る。良かったな、俺に医療の知識があって」

「あぁ、ありがとう……」

 

怪我のせいか、鬼瓦は少し弱気になっていた。

般若の面の奥がどうなっているのかは分からないが、おそらくしょげているのだろう。

天下五剣―――ともいうくらいだ、この学園にいる帯刀者はいずれもなんらかの剣術、もしくは武術を習った者達なのだろう。

実際、鬼瓦も名乗りの際に『鹿島神傳直心影流(かじましんでんじきしんかげりゅう)』を名乗っていた。

だというのに、来たばかりの転入生に、素手で、しかも一撃で倒されたのだ、自信もなくすだろう。

 

「オニガシマ」

「あん?」

 

気付けば、口を開いていた。

確かめずにはいられなかった。

長い修練を重ねて身に着けた術理、呼吸法、それらの集大成を、ただの素人に崩されたのかと思うと、どうしても確認したくなっていた。

 

「あれは、どこぞの流派の技ではないのか? 勝負に際して言っていただろう、『我流格闘術(がりゅうかくとうじゅつ)』と……」

 

「あぁ~、そのことなら、その通りだ。あれらは俺の経験した格闘技やスポーツなんかから得た経験をもとに、適当にでっち上げた集大成だからな、正統流派のような術理もクソもない、すべて力技でごまかしてるだけの―――そうさな、ガキの我儘みたいなもんだ」

 

「だが、それは貴様のいう正統流派を打ち破ったのだ、正面からな……誇るがいい、オニガシマ」

「あざっす……あ、あと俺の名前はオニガシマじゃなくて鬼ヶ島(どうじがしま)な? いい加減覚えろ?」

 

転入してきた問題児との衝突は何度もあった。

ここは強制(・・)的に矯正(・・)する学園、問題など往々にして起こりえる事だ。

だが男児に正面から打ち負かされたのは―――初めての経験だった。

鈍痛の響く腕を使い、軽い打撲をしたという尾骶骨あたりをさすってみると、そこには丁寧に包帯が巻かれている。

 

―――しかし、そこで鬼瓦は気付いた。

いまこの部屋に保健医の気配はなく、先の会話で鬼ヶ島は『良かったな、俺に医療の知識があって』と言ってきた。

そして、自分の腰には明らかにスカートの下にある包帯。

 

「おい、オニガシマ」

「あん?だから俺の名前はドウジガシマだと……ん? おいおい、無理すんなよまだ痛むだろう」

 

「そんな事はどうでもいい!!」

 

痛みを堪えながら鬼瓦はベッドから起きあがり、そばに立てかけていた日本刀を手に取る。

表情は……顔全体が般若の面に覆われているため見えなかったが、おそらく声の上がり具合から赤面しているのだろう。

 

「正直に答えろ!貴様、この包帯をどうやって巻いた!事と次第によっては貴様を―――」

「輪お姉さま!包帯の取り替えをしに来たのです〜!そこな変態になにもしていられませんか!?」

「誰が変態だコラッ!」

 

何か言おうとした鬼瓦は、保健室の入り口から百舌鳥野(もずのの)ののが現れた時点で、時が止まったかのように静止した。

 

「あー……、言わずもがなって感じなんだが、説明いるか?」

 

なんとなく、鬼瓦が"何を察したのかを察した"鬼ヶ島は、可哀想な人を見る目になってしまうのを必死に堪えながら、鬼瓦を諫める。

しかし、思ったほどなんともなかったのか、鬼瓦は日本刀をベッドのそばに立てかけると、そのままベッドで横になった。

 

なんだ、全然気にしていないのか!

それなら安心だな、たとえオニガワラがムッツリだったとしても俺には関係ないし!それじゃぁ俺はここで失礼するぜ!

声に出さずとも、そう楽観思考することにした鬼ヶ島が去った後。

 

『ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』

『お姉さま!?どうしたのです!?輪お姉さま!!??』

 

保健室から、甲高い絶叫と困惑の叫びが聞こえたのだった。

 



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第二話 眠目さとり

時は少し前、鬼ヶ島と鬼瓦が対面するよりも前、HRが始まる前の五剣会議までさかのぼる。

壁には転入してくる―――彼女らのいう所の外敵―――『鬼ヶ島(どうじがしま) 桃十郎(とうじゅうろう)』に関する情報が張り出されていた。

 

「今回も大体は同じだ、転入する先々の学校で暴力問題を起こし、ここに流れ着いた」

「でも、わざわざ五剣を集める程なんですもの、今回は少し毛色が違うのでしょう?」

 

口をはさんだのは金髪碧眼をもつ、日本人とフランス人のハーフ、亀鶴城メアリだ。

 

「その通りだ、なんでも、今回の被害者は全てが部活動の顧問である男性教師なのだ、それもほとんどがスポーツ経験のある……これが偶然だと思うか?」

「なにが言いたいんですの?」

「つまり、狙って挑みにかかっていたのか、もしくは、教師陣が目に欠ける程の逸材の可能性があると」

 

亀鶴城の疑問に答えたのは、天下五剣一同の中で特に背の低い、白髪ツインテールの和風の服を着た少女。

中等部から五剣に任命された異例の天才、因幡月夜。

 

「その通りだ、少なくとも被害に遭った教師陣の中には、……約一名だ が、下半身不随となった者もいる。間違いなく何らかの武術、もしくは特殊な武器を使う可能性が高いだろう」

「……それは警戒に値しますわね」

「それで、今回は誰が対処するのですか?」

 

因幡から疑問の声が上がる。

現時点で、会話に参加している五剣は彼女を含め三人だけだ。

眠目(たまば)さとりと花酒蕨(はなさかわらび)は我関せずといった様子で耳を傾けるのみであるため、対処をするのなら三人に絞られるが、しかし相手の実力も不明のため、今のところ矯正レベル1だ。

武器を持っていないのなら噂にあるような事は出来ないという判断である。

 

「うむ、彼は私のクラスに転入予定だ、よって私が対処する。手出しは無用だ」

「もし……貴方でも対処しきれなければ、(わたくし)が出向いてもよろしいのですよね?」

「無論、そんなことが起こりえるならな、それではこれにて、五剣会議を終了する」

 

このとき、彼女たちは気付かなかった。

我関せずの姿勢でいたように見えた眠目さとりが、その焦点の定まってない視界の中に、しっかりと鬼ヶ島の顔写真を捉えていた事に。

 


 

「では、次のページを―――」

 

キーンコーンカーンコーン。

チャイムが鳴り、区切りの悪いところで文学の授業が終わる。

教団の上に立っていた女教師は「またやってしまった……」とでもいうような表情をしながら号令を促す。

 

一クラスにいる生徒の数は大体20前後といったところだが、今の所男女比率は非常に偏っている。

なんせ男子が鬼ヶ島しかいないのだ。

一丁前にハーレム状態である。

女子全員が武装していなければ、酒池肉林と喜んでいたかもしれない。

 

「オニガシマ!昼休みの時間は暇か?」

 

そういって話しかけてきたのは、先日襲いかかってきた鬼瓦輪。

昨日の敵は今日の友と言うべきか、なんというか。

幸いなことに、天下五剣の一人を倒した実力者という事で、よほどのことが無い限り、一般生徒に警棒を向けられるなんてことは無くなった。

鬼瓦は矯正だーなんて大袈裟に言っていたが、要は共生、共に生きるという事をただおこなっていればいいだけなのだ。

 

例えこの学校の男子へのあたりが厳しかろうと、慣れてしまえば問題はないし、あの後天下五剣の一人、眠目さとりの一派と遭遇し、交渉することで、耳に入った情報を横流しする事を条件に、格安で嗜好品の取引をしてもらったりしている。

 

ありがたい事にはありがたいんだけど、あの人ら全然喋らないから脳内翻訳が大変だった。

大体はジェスチャーで解決するんだけどね

無口な女の子と交流しているって考えれば多少は楽しく……ならないな……。

 

確かに多少窮屈ではあるものの、慣れてしまえば、先日の鬼瓦のように、すぐ喧嘩を吹っ掛けられるようなことは滅多にある事じゃない。

変に相手を刺激しなければ。

 

むしろ、この学園の外に居た時よりも快適ともいえる。

寮の部屋は相部屋の人がいないらしく一人だしな!

 

「鬼瓦ちゃん、だから俺の名前はオニガシマじゃなくて鬼ヶ島(どうじがしま)だって、何度言えばわかるん?わざと?わざとだよね?」

「時間があるなら私が校内を案内してやろう、転入したてでまだ不慣れな事も多いだろう?」

「無視っスか、そっスか……と、校内案内自体はもうしてもらってるから大丈夫だよ、仏教校ってことは嫌って言うほどわかったし」

 

この学校には妙なオブジェが沢山ある。

その中でも特に異彩を放っているのが、講堂のなかにある大仏様だ。

理事長の趣味なのかなんなのか知らないけど、なかなかファンキーな学校のようだ。

 

「案内?誰にしてもらったんだ?」

「遠からん者は音に聞け、近くば寄って眼にも見よ!あ、この俺を案内してくれたのは他でもないクラスメイトのお二人で~っス」

「やっほー」

「鬼瓦さんすみません、先に案内してしまって」

 

寄ってきたのはクラスメイトの倉崎佐々(くらさきさっさ)右井右井(みぎいうい)の二人組だ。

この二人には、鬼瓦が安静にしている間によく世話になった。

なんだかんだで優しい人ってのはどこにでもいるもんなんだなぁ。

 

「君たちだったか、いや良いのだ、既に事が済んでいるのであれば、私も世話を焼かずに済むというもの」

「天下五剣サマが態々男子生徒に突っかかるのは良くないと思いまーす」

「そう言うな、私が貴様の傍にいるのは、他の五剣へのけん制という意味もあるのだ」

「牽制?」

「ああ、『この男子生徒は私が見張っているから問題ない』という牽制だ」

「……え、もしかして、あれから全然喧嘩沙汰にならなくなったのって」

「私のお陰と言えるだろうな」

 

面と向かって言う?

女の子ってもっと奥ゆかしくて、清楚で、可愛げがある方が良いと思うんだけどな。

無い胸を張る鬼瓦ちゃんを横目に、佐々ちゃんと右井ちゃんに視線を向けると、二人はこちらの視線に気付き、その視線の意味が分からず小首をかしげる。

嗚呼、美少女二人が友達になってくれて、お兄さん嬉しいよ。

 

「貴様、なにか失礼なことを考えてないか?」

「……さって!お昼ご飯は何を食べようかね!お二人さん、一緒にどうっスか?」

「おい!無視をするな!」

 

ここにきてまだ数日だが、わいわいがやがやと忙しなくも楽しい日々を送れていた。

そう、だからきっと忘れていたのだ。

ここがどういう場所なのか、何が潜んでいるのか。

 


 

「おはよ〜、トージューローくん〜」

「え、あ、うん。おはよう、さとりちゃん」

 

親父、目が覚めたら目の前に制服美少女がいたよ。

俺にはいつのまにか朝起こしに来てくれる世話焼き美少女幼馴染ができていたらしい……なんて、現実逃避はこれくらいにして。

 

「……なんでいるの?」

 

ボロボロながらも生活には不自由しない男子寮。

寮というよりもはやボロアパートだが校則的に女子禁制で、女子寮もまた然り。

指紋認証だとか電子キーだとか、そんな最新の設備こそないものの、少なくとも鍵の一つや二つは付いているはずの部屋に、天下五剣の一人にして、先日接触した覆面女子一派の頭目、眠目さとりが目の前にいた。

目の前というのは文字通りの意味で、ベッドに仰向けで寝ているの俺の目の前にあたるため、彼女は俺に馬乗りになっている形だ。

 

「鍵は?」

「壊した〜」

「うそん」

「嘘だよ〜、ほんとーはピッキングしたの」

 

どちらにせよ不法侵入じゃん。

 

薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から漏れる光の筋が部屋の中を照らし、様々な角度に反射した光のお陰で、暗闇に慣れ始めた目でようやく彼女の姿が見えるようになった。

いや顔と長い髪は特徴的すぎて眠気眼(ねむけまなこ)でもわかったんだが……というかこの子目見開きすぎてフクロウみたいに暗闇で目が光ってんだよ、どうなってんだ虹彩。

ともあれ、彼女はキチンと制服を着用したまま跨っているようで、目が覚めたら夜這いされていたとか、そんな素敵な事でもなかった。

 

「あ~、それで、なんで馬乗りしてるんスか?」

「男の人ってぇ~、朝に生理現象があるでしょ~?」

「……え、それを確認するためだけに来たんスか!? 別によくある学園系ハーレムラノベじゃないんだから、この学校にいる男子生徒は俺だけじゃないし、他の所行けばよくない!?」

「他の子には興味ないし~?」

「そっスか……とりあえずどいて?」

 

さとりちゃんは特にわがまま言うことなく、すごすごとベッドから降りてくれた。

よく見ると護衛役なのか、二人ほど覆面女子が部屋の入り口で待機しているのも見える。

共犯かよ、マジで男子生徒に人権ないのかな。

とりあえず制服に着替えるから部屋出て行って欲しいと頼むと、なにかぶつぶつと呟きながら出て行ってくれた……のは覆面の二人組だけで、さとりちゃんはベッドに腰かけたままガン見してくる。

 

「あの、さとりちゃん?そんなに思春期拗らせちゃってるの?流石に着替えまで見られると本格的に人権ってのが―――」

「一緒に登校したいな~」

「え?」

「あ~あ~、トージューロー君と一緒に学校に行きたいな~?」

「あの、だから」

「逃げられると困るな~?」

「いやいやそんなまさかまさか窓から飛び降りてにげるなんてそんな訳」

 

―――ヒュ

 

風切り音がしたと同時に部屋の壁紙(と頭頂部の毛先)が切り裂かれた。

”さとりちゃんに注目すると”刀を振り向いた形で静止している、

 

「あ壁ェ!?」

 

ポスターを張られたり割と部屋の内装は弄ってもいいものの、一応この男子寮(アパート)は賃貸である。

名義はこの学校の長である藤林祥乃(ふじばやし ゆきの)ちゃん。

ただでさえ男子生徒の立場が低いってのに、なんて説明すればいいんだこれ!?

 

「避けたね~?」

「さとりちゃん!?ちょ、これどうすんのさ!ちゃんと後で弁明に協りょ」

 

重心の位置をずらし、開脚しながら床に伏せると同時に、またも横なぎの一閃が過ぎ、そしてまた壁を斬りつけ”二”の字を作る。

そのまま体をバネのように使って飛び起きながら”吹き矢を避け”返す刀でさとりちゃんを覆面女子の方向へと蹴り飛ばす。

 

「やるってのか!やるって言うなら相手になんぞゴルァ!色々融通してくれるってんだから優しいと思ったのにこれだよ!もう!」

「ねぇトージューローくん~?」

「あんだよこのアマァ!」

「お互い、”よく見える眼”だね~?」

 

―――焦点をわざと合わせない。

 

そういう視界確保の方法は、ある程度武術に存在している。

 

人間の視野は左右で合計200°近くあるとされ、しっかりと物体を認識できる『有効視野』は大体中心から35°前後の70°の範囲、視界の中心で捉える、いわゆる”注目”したときにはっきりと見える『中心視野』はわずかに3°程度と言われている。

つまり『有効視野』から外れた残りの左右65°程の範囲はぼんやり見える程度で、意識しなければ物を認識することが出来ない者なのだ。

人間は、本来眼球が見える範囲の三分の一程度しか認識していない。

 

―――というのが通常の場合(・・・・・・・・・・)

 

”散眼”という、わざと左右の目で焦点を合わせず、広い視野を確保する技術を用いる場合、その人間の視野は理想的な視野角の200°を見ることができ、通常の人間以上の視野をもち、情報量という面ではかなりの優位に立つことが出来る。

 

しかしそれが出来たとして、視野そのものは広いものの、焦点を持たない視界は常に視界内に『動くもの』と『動かないもの』が薄ぼんやりと見える程度のものであり、注目した時のように物体をはっきりと認識するためには、多少なりとも訓練が必要になる。

 

「……はぁ、本音はそれを確認しにきたって事ね」

「そうだよ~、ちょっといいのを貰っちゃったけど~、許してあげる~」

「なんで俺が許される側なの!?ふつうそっちの方が罪に問われるよね!?」

「それと~」

「まだあんの!?」

「喧嘩する時の口調のほうが似合ってるよ~、それじゃあ、またね~」

 

埃を落とすようにパッパと服を払うと、さとりちゃんは覆面女子たちと共に去っていった。

一息。

なんだか面倒な立ち位置の子に興味を持たれてしまった事に、喜ぶべきか、困惑するべきか……足元がぬかるんだ気がして下を見ると、土踏まずから踵にかけて、薄皮一枚の刀傷があり、そこから少し血がにじんでいる。

……さとりちゃんを蹴り飛ばした時、蹴りに刀を合わせられてたのか。本気で斬るつもりなら、この傷はもっと深いものになってただろう。

護身用の模造刀とはいえ、刃先を向けて撫でられたら皮膚くらい簡単に斬られる。

それをせず、防御で圧しただけという事は、これ以上事を荒立てるつもりはないという意思表示、そうとっていいだろう。

とりあえず、もう朝っぱらからの騒動はごめんだ、今度こそ厳重に鍵をかけておこう……って!

 

「やっぱピッキングじゃなくてガチで鍵壊してんじゃねぇかあのクソ女ァ――――!!!!」

 


 

覆面集団で支配された丸ごと一つのクラス。

眠目さとりのカリスマ性と、人の内側に踏み込む害悪的なまでに鋭い観察眼によって支配された教室では、教師さえもまともに教鞭を振るう事は許されず、表向きは自習という名目の元、眠目さとりに対しさまざまな情報共有が日々行われていた。

 

「君たちもそろそろ散っていいよ~」

 

眠目さとりがそう言うだけで、クラスの面々は群体の生き物のように、授業中でも構わず教室の外へと去っていく。

担任教師が先導している事もあり、表向きには教室移動に含まれるものだが、それにさとり自身は含まれない。

一人教室の席で座りながら、焦点の合わない目で空を見る。

 

脇腹に違和感。

 

制服をめくって確認すると、第八~第十肋骨部分に青あざがあり、少し腫れてもいた。

桃十郎の蹴りは刀身で防いだはずだが、それでも尚押し込まれ、膂力によって威力が貫通してダメージを負ってしまったのだろう。すこし骨にヒビも入っているかもしれない。

 

「強いんだね~、トージューロー君~」

 

自分と同じく、広い視野を持つ男子生徒。

興味自体はあるものの、五剣としての責任感や、矯正(いやがらせ)する案も浮かんでこない。

現状、自分たちがこれ以上攻撃の意思を見せなければ、協力関係は続いていくだろう。

あの力を利用するか、こちらの力を利用されるか、それは未来でもわからなければ把握する事なんてできない。ただ―――。

 

「他の子に取られるのは~、ちょっと嫌かな~」

 

自覚できる。

自身に生じたわずかばかりの我欲に従ってみるのも、すこしだけ悪くないと思った。



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