ダークエルフと悪役令嬢 (アヤ・ノア)
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プロローグ

アルカディアを舞台にしたファンタジー小説、スタートです。
主人公のアエルスドロが、故郷を脱出するところから始まります。


 これは、とあるダークエルフの剣士とその仲間による、小さくも強く輝く物語――

 

 アルカディアの地下にある、ダークエルフが住む都市にて――

 

「うっ!」

 ダークエルフのツリーンマチャス家の主、ジルヴサーラが腹を押さえて蹲る。

「どうなさいました、ジルヴサーラ様」

「私の……新たな子が、産まれるのだ……ぐぅぅ!」

 陣痛からか、ジルヴサーラの苦しみが強くなる。

 そのせいでジルヴサーラは動けなくなっていた。

 彼女の背後に、彼女の実の娘であるキアランが迫っている事を知らずに。

 

「……産まれたぞ……!」

 こうして、ジルヴサーラは四人目となる子を出産した。

 産まれた子供は、右目が赤、左目が紫の、とても可愛らしい()()()だった。

「な、に……男、だ、と……!」

 ダークエルフの社会では、男性は立場が低い。

 ジルヴサーラは子を司祭にしようと思ったが、それができなかったため悔しそうな顔をした。

「仕方あるまい……こやつの名は……アエルスドロにするぞ……!」

 アエルスドロは、ダークエルフ語で「放棄した命」という意味である。

 つまり、ジルヴサーラはアエルスドロを息子だとは思っていないのだ。

「う……はぁ……」

 すると、出産直後で弱っているジルヴサーラを、長女キアランが背後から短剣で貫いた。

 ジルヴサーラはばたりと倒れ、息絶えた。

 

「フン……確かにこいつは男だ、司祭にはなれない。

 だが、使い物にはなりそうだ、殺さずに利用しておくぞ……!」

 

 こうして、アエルスドロが10歳になった時。

 彼は、鎖で縛られたオークがいる部屋にいた。

「さあ、レイピアを持て」

 ツリーンマチャス家の主となったキアランは、そう言ってアエルスドロにレイピアを持たせた。

「そのオークは、我らに逆らった愚かな存在。故に、お前自身の手で殺すのだ」

「ころ……す?」

 アエルスドロは、殺すという言葉を聞いて少し震えていた。

「どうした、早く殺さぬのか」

「……ぼ、くは……そ、の……」

 アエルスドロのレイピアを握る手が震える。

 それは、目の前にいるオークを殺す事を躊躇っているようだった。

「ええい、腹立たしい!」

 それを見たキアランは怒り、アエルスドロからレイピアを奪った。

「何故殺さぬ! 我らダークエルフは愚かな奴隷を殺す事こそが正しいのだぞ!」

「ただ、しい……?」

「おい! そこの者! この男の属性を確認しろ!」

「はい、キアラン様」

 キアランの指示により、ダークエルフの剣士がアエルスドロの属性を確認する。

 すると、ダークエルフの剣士の顔が見る見るうちに青くなった。

「か、か、彼はダークエルフの中でも忌まわしい『善』の心の持ち主であります」

「何!? おい、この男を殺せ!」

「し、しかし……」

「裏切り者には死を。それがダークエルフの掟だ」

 そう言って、キアランは短剣を構え、アエルスドロの首に突きつけた。

(……まずい……!)

 すると、ダークエルフの剣士がアエルスドロを抱えて逃げ出した。

「おい、待て!」

 キアランはダークエルフの剣士を追ったが、あっという間にその姿は消えてしまった。

 

「アエルスドロお坊ちゃま……」

「な……に……?」

「お坊ちゃまは善の心を持っておられます。あのままでは裏切り者として殺されます。

 わたくしと共に、逃げてください……」

「きみ、は……」

「わたくしはツリーンマチャス家に仕える執事、アルトンです。

 お坊ちゃまの姉上は欲深きダークエルフの中でも一際欲深く、母を殺して主になったのです」

 自分の姉が、そんな人だったなんて。

 それを聞いたアエルスドロは、恐怖でアルトンの袖をギュッとしがみついた。

 普通のダークエルフならば、まずしない事だ。

「ここはお坊ちゃまにとっては地獄でしょう。早く、お逃げください……」

「……」

 アルトンに抱かれながら、アエルスドロは眠りにつこうとした。

 その時だった。

 

「ギギィー!」

 恐らくは姉がけしかけたのだろう、大量のゴブリンが襲い掛かってきた。

「ゴ、ゴブリン……!」

「お坊ちゃまは下がりなさい。私が相手します!」

 アルトンはアエルスドロをそっと下に降ろすと、長剣を構えて戦闘態勢に入った。

「お坊ちゃま、その間にお逃げください」

「……でも……」

「大丈夫です、お坊ちゃまは最後までわたくしがお守りいたしますから。さぁ、逃げなさい!」

「……うん!」

 アルトンに見送られながら、アエルスドロは地下都市を駆けていった。

 その目から、涙を流しながら。

 

「ギギーッ!」

 ゴブリンが短剣を構えてアルトンに突っ込んでいったが、

 アルトンは攻撃をかわし斬撃をゴブリンに叩き込む。

 アルトンは剣を構え直すと、ゴブリンの群れを強く薙ぎ払った。

「お坊ちゃまは私が守ります。ですから、ゴブリン程度に後れは取りません!」

 襲い掛かるゴブリンの攻撃を回避しつつ、ゴブリンに斬りかかるアルトン。

 ゴブリンを剣で貫くと、ゴブリンを利用して飛び上がり、残りのゴブリンを薙ぎ払った。

 周りのゴブリンがいなくなったのを確認すると、アルトンは剣をしまう。

「お坊ちゃま、もう大丈夫です。わたくしも後で行きますから!」

 アルトンがアエルスドロに追い付こうとした、その時。

 

「ようやく見つけたぞ、アルトン……いや、一族の裏切り者!」

「キアランお嬢様……!」

 アエルスドロの姉、キアランが、アルトンを追ってやって来た。

「貴様、アエルスドロはどこにいる」

 キアランからアエルスドロの行方を聞かれたが、アルトンは一切何も話さなかった。

「どこだ」

「……」

「話さぬのか?」

「……」

 何も言わないアルトンにキアランは痺れを切らし、短剣を抜いた後、平常心を取り戻す。

「まぁいい。貴様の考えている事はお見通しだ。まずは貴様を殺してからにしよう」

 キアランが呪文を唱えると、アルトンの周りを大量のトロールが取り囲んだ。

 

「さあ、トロールよ! この者を殺せ!!」




・モンスター図鑑

オーク
豚のような姿をした魔族。
雑食かつ欲望の塊で、どの種族よりもエルフやドワーフを嫌っている。
知能は低く、ダークエルフに奴隷として使役される事が多い。

ゴブリン
緑色の肌に尖った耳、子供くらいの背丈の魔族。
弱い者には強く強い者には弱い、典型的なやられ役。
だが徒党を組んだ時の数の暴力は馬鹿にはできない。

トロール
オークと似たような魔族だが、オークより体格も腕力も大きい。
夜行性で、日光に当たると石になってしまうという。
再生力も高いため、駆け出しの冒険者は相手にしないのが吉。


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第1話 悪役令嬢、現る

ヒロインの登場です。
ファンタジーでは定番ですが、その出会いは衝撃的になっています。


「はぁ、はぁ……ここが、地上か?」

 アエルスドロは追っ手のゴブリンを倒しつつ、命からがら地下都市から脱出した。

「う……眩しい!」

 外はちょうど、真昼間だったらしい。

 太陽の光に弱いダークエルフのアエルスドロは、目が眩んでしまった。

「光が当たらない場所に避難しなければ……しかし……うぅ、眩しい……」

 そんなアエルスドロの耳に、ハイヒールの足音が聞こえてきた。

 目は見えないが耳は聞こえるようで、彼はハイヒールの足音を避けようとするが、

 目が見えないためまともに進めない。

 そして、足音がアエルスドロの耳元まで近づくと、彼の腹部目掛けて、銃弾が飛んできた。

「ぐぅう……! うぁ……ぁ」

 アエルスドロは血を吐き、そして倒れた。

 

「……なんだ、ただのダークエルフでしたのね」

 倒れたアエルスドロに駆け寄ったのは、プラチナブロンドの髪に青い瞳、

 派手なファーコートにドレス……と、いかにも貴族然とした容貌の少女だった。

 少女がそっとアエルスドロの息を確認すると、僅かだが息をしている。

「わたくしの銃撃を受けても死なないとは……ふふ、新しい武官に相応しいですわね」

 そう言って、少女はアエルスドロを担ぎ、小屋の中に担いでベッドに寝かせた。

 

「……ん、ここは……」

「あら、お目覚め?」

 アエルスドロが目覚めると、彼は小屋の中にいた。

 赤黒く変色した血で塗れた服を見て、アエルスドロは撃たれた事を思い出す。

「といっても、まだ名前を名乗っておりませんでしたわね。

 わたくしはマリアンヌ・フロイデンシュタインですわ」

 アエルスドロを撃った少女は、マリアンヌと名乗った。

 先ほど自分を攻撃したにも関わらず、謝りもせず堂々と自己紹介をしている。

 アエルスドロはそれが不思議でたまらなかった。

「お前は……誰だ?」

「……」

 アエルスドロがそう言った瞬間、マリアンヌは再びアエルスドロに銃を向けた。

「フロイデンシュタイン家の者であるこのわたくしに向かって、

 その口の利き方はありませんわよ?」

「……すみませんでした」

「まぁ、それはいいとして……あなたを連れてきた理由としては、

 ナガル地方の新しい武官を得るため、ですわ」

「私が武官ですと?」

 どうやらマリアンヌは人材を探しているらしい。

 居場所がないアエルスドロにとって、これは朗報だった。

 アエルスドロは頷き、マリアンヌの武官になる事を決めた。

「……とは言いましても、その怪我ではまだ動けませんわよね。しばらく、休みを取りなさいな」

「はい」

 

 それから3日後。

「よっこいせ」

「アエルスドロ、もう大丈夫ですの?」

「安心してください、治癒力は高い方ですから」

 傷が癒えたアエルスドロは、ベッドから降りて背伸びする。

「マリアンヌさんは、こんな私でも武官にしてくれるんですか?」

「そうですわ。たとえ人間以外の種族であっても、わたくしの領土では武官・文官にするのです。

 まぁ、ガルバ帝国のやり方に反対するのもありますけどね……」

 マリアンヌによれば、ガルバ帝国は人間以外の種族を奴隷扱いしているという。

 そして、彼女は自分が辺境に追いやられた理由を話した。

 

 マリアンヌの回想――ガルバ帝国。

 フロイデンシュタイン伯爵に呼ばれたマリアンヌは、軽やかな足取りで父のところへ向かった。

『お父様、もうすぐレーヴェ皇子様と結婚しますわよね? 盛大な式にしましょうね!』

『うむ、その話だが……。……皇帝陛下の命により、婚約破棄、結婚式は中止となった』

『な、何ですって!?』

 フロイデンシュタイン家のマリアンヌは、

 ガルバ帝国の第一皇子レーヴェと婚約して権力を握ろうと画策していた。

 財力や政治的なものだけでなく、

 マリアンヌが敵視している貴族令嬢エマを失脚させるために評判を落としたりしていた。

 だが、その策略が皇帝にばれてしまい、こんな事になったわけだ。

『マリアンヌ、お前はこの地に送る事にした』

 そんなマリアンヌに、伯爵は皇帝からの言葉――所謂、辺境への左遷を伝えた。

 本当ならば牢獄行きであったが、何とか穏便な処置に留めたのだという。

 当然、マリアンヌは納得できず、皇帝がいる城へ乗り込んでいった。

 途中でエマと出会い、彼女のおかげ(?)で何とかベルハルト皇帝に謁見したが、

 皇帝の決定を覆せるはずもなく……。

 

「……と、いうわけで、わたくしはナガル地方に左遷させられましたわ」

 マリアンヌの話を、アエルスドロは黙って聞いていた。

「そして、あの女を倒すために、力を蓄えますわ! ……しかし、まだ力は足りませんわ。

 そんなわけで、新しい人材として、あなたをわたくしの武官にいたしますわ!」

「……ありがとうございます」

 こうして、アエルスドロはマリアンヌが領主であるナガル地方の武官となった。

 そして、マリアンヌもまた、エマに復讐するために立ち上がるのだった。

「あ、それと、あなたはダークエルフですので、この日傘を差し上げますわ」

「ありがとうございます」

 

 アエルスドロは、マリアンヌから貰った日傘を差して小屋を出た。

 森林は少なかったが、人々は賑やかにマリアンヌが治める場所で平和に暮らしているようだ。

 あちこちにはガルバ帝国が差別している人間以外の種族もいるため、

 マリアンヌの分け隔てない性格が伺える。

「資源はそんなにないけど、結構賑やかだな」

「まぁ、わたくしは腐っても貴族ですからね」

「それで、私は何をすればいいのですか?」

「今日の分の食糧を獲ってきなさい」

「分かりました」

 そう言って、アエルスドロは食糧を獲りに森へ向かった。

 

「はぁっ!」

 アエルスドロは剣を振り、狼を切り裂いた。

 野菜や果物は、妖精や植物系の魔物に見つからないように慎重に採っていく。

 魚も、ナイフを投げて上手く突き刺して獲った。

「量は多すぎてもいいようだ。だが、腐らないようにするには、どうすればいいのだろうか。

 ……やはり、プリザベーションかな」

 食糧を獲った後、アエルスドロはプリザベーション処置ができる人を探した。

「これらの食糧のプリザベーション処置をお願いいたします」

「……!」

 アエルスドロはエルフにプリザベーション処置を頼もうとしたが、避けられてしまった。

「プリザベーション処置を……!」

「ダークエルフだ、逃げるぞ!」

 他の人にも頼んだが、アエルスドロがダークエルフという理由で皆、彼を避けていった。

 

「マリアンヌさん、プリザベーション処置を頼みます!」

「え? どうしましたの?」

「皆さんが、私を避けているみたいで……!」

 アエルスドロは、マリアンヌに食糧を全て渡した。

「ど、どうしてわたくしに?」

「私はダークエルフなので、皆さんは私を避けているようです。

 だから、私はあなたに頼んだのです」

「なるほど、それならよろしいですわ」

 マリアンヌはプリザベーション処置へ向かった。

 

「……やはり、私はダークエルフだから、誰からも嫌われるのだろうか……。

 私の事を認めてくれるのは、マリアンヌさんだけだ……」

 アエルスドロは、自分がダークエルフである事に悩んでいた。

 ダークエルフは一般に悪の種族と呼ばれ、誰からも嫌われている。

 だが、アエルスドロは善の心を持っていた。

 それがますます、彼を悩ませていた。

「……私は、どうすればいいのだろうか……!」




マリアンヌは、悪役令嬢ものへの反発として、現地人かつ戦闘能力を付与しています。
戦うヒロインは、私が好きなものでもありますしね。

ダークエルフのアエルスドロは、辺境の地でも生きられるのか不明ですが。


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第2話 エルフの青年と妖精の少女

新たな仲間が登場する回です。
攻撃魔法役と回復魔法役となっております。


 ガルバ帝国の辺境、ナガル地方で武官として働く事になった

 ダークエルフの青年、アエルスドロ。

 だが、アエルスドロは初回から苦難に立たされていた。

 ダークエルフである事を理由に、プリザベーション処置を拒否された。

 太陽光に適応する特技を持っていないため、日中に外に出るのは日傘が必要。

 しかし、それでも、アエルスドロが自分で選んだ道なのだ。

 アエルスドロは、決して後悔はしなかった。

 

「……この地上には必ず安住の地がある。私はそれを信じて、地上にやって来た。

 ……だが、私は未だに見つけられない」

「ダークエルフは世界中から忌み嫌われてますから、安住の地が少ないのは当然でしてよ」

 マリアンヌはアエルスドロを最初に受け入れてくれた人間だ。

 悪役令嬢そのものといった人物だが、ダークエルフを受け入れたために心根は優しいと感じた。

「だから、居場所が見つかるまで、あなたはここにいてくださいな」

「……はい」

 アエルスドロはとりあえず、しばらくナガル地方に定住させてもらう事になるのだった。

 

 その頃、ガルバ帝国では……。

「はぁっ……はぁっ……!」

 一人のエルフの青年と妖精の少女が、帝国兵に追われていた。

 青年は木々の間を通り抜け、隠れながら辺りを見渡していく。

 少女は、青年の近くに寄り添っている。

「ガルバ帝国は我らを忌み嫌っているようです。見つかれば、殺してしまうでしょう。

 エリーは、静かにしてください」

 エリーは頷くと青年のバックパックの中に隠れた。

 

 やがて、帝国兵は青年が隠れている茂みの近くにやって来た。

 帝国兵は辺りを見渡し、誰もいない事を確認すると、全員去っていった。

「やっと退散したようだな」

「ふぅ~、一時はどうなる事かと思ったよ」

 バックパックの中からエリーが姿を現す。

「ガルバ帝国って本当に嫌な国だよね。人間以外の種族はみんな家畜だってさぁ」

「昔からそうでしたけど、ベルハルトが皇帝に即位されてからはさらに増してきましたな」

「早く逃げなきゃ、ね!」

 エリーが再びバックパックの中に姿を隠すと、青年は再び走り出していった。

 

 その頃、アエルスドロとマリアンヌは、食糧調達のために再び森の中に入っていた。

 草木が生い茂り、たくさんの妖精や精霊が宙に浮いていて、動物も活気に溢れている。

「マリアンヌさんは戦えるんですか?」

「伊達にガンスリンガーのクラスを所持してませんわよ」

 マリアンヌは腰から二丁の拳銃を取り出してそう言った。

「そういうあなたも、戦えるのではなくて?」

「剣なら得意です」

「よし、行きますわよ!」

 マリアンヌを先頭に、アエルスドロ達は森の中を進んでいく。

 すると突然、茂みから何者かが飛び出してきた。

 それは、長い金髪を揺らす、特徴的な尖った耳を持つエルフの青年だ。

 彼の鞄は膨らんでおり、誰かが入っている事が伺える。

「……!」

 エルフは驚いてすぐに杖を構え、アエルスドロに向ける。

「ま、待ちなさい! わたくし達は敵ではありませんわよ!」

「ダークエルフもいる……あなた達は僕に危害を向けないのですか?」

「ルドルフ、後ろ!」

 エリーにルドルフと呼ばれた青年は、後ろの茂みを振り返った。

 次の瞬間、茂みから帝国兵が姿を現した。

「いたぞ! エルフだ!」

「捕らえてルーカス様のところに送らねば!」

「ふん、このわたくしを誰だと思ってますの?」

 マリアンヌは両手に拳銃を構え、帝国兵に向けた。

「蜂の巣になりなさい!」

 マリアンヌが放った銃弾が、帝国兵を貫いた。

 帝国兵は怯まずマスケット銃を構えて射撃したが、その攻撃をアエルスドロが盾で防ぐ。

 エリーは光を操って帝国兵の目をくらまし、

 ルドルフが風の刃を放つと、帝国兵は退散していった。

 

「ありがとうございます。こんな場所にまで帝国兵が追ってくるとは……。

 しかし、今は話している時間はありません。早く逃げなければいけません」

「では、私達と共にナガル地方に行きましょう」

「それは、どこですか?」

「ここだ。ついてこい」

 アエルスドロは、ルドルフとエリーをナガル地方に案内してあげた。

「決まりですわね。わたくしはマリアンヌ・フロイデンシュタイン。

 こちらは武官のアエルスドロですわ」

「……よろしくお願いします」

「僕はルドルフと申します。こちらにいるのは、フェアリーのエリーです」

「よろしくねー!」

 

 こうして、ナガル地方にルドルフとエリーという、妖精二人が仲間に加わった。

 ちなみに、二人は文官としてマリアンヌに登用されるという……。




ガルバ帝国の人間至上主義ぶりを私なりに表現しました。
普通の人には悪に映るけど彼らなりの正義なんです。


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第3話 ゴブリン退治

ファンタジーの定番、ゴブリン退治回です。
ここは何のひねりもなく書きました。


 ルドルフとエリーを武官に加えたマリアンヌは、ナガル地方の領主として人々を導いていた。

 悪役令嬢らしい悪辣さはあったが、

 分け隔てなくそう接するため不思議と彼女の下を離れるものはいなかった。

 

「さぁ、講義をいたしますわよ!」

「「「はーい! マリアンヌ様!」」」

 マリアンヌは、文官達に護身術の講義をしていた。

 彼女曰く、文官でも己の身を守るくらいの武術は身に着けてほしい、との事。

 アエルスドロ達は、それをそっと見ていた。

「マリアンヌさん、やる気満々だな。ちょっと内容がずれているが……」

「アエルスドロ、マリアンヌはこういう人なんですか?」

「ああ、彼女は悪役令嬢だからな。あ、マリアンヌさんには内緒だぞ」

「分かっております」

 アエルスドロとルドルフは、マリアンヌに聞こえないようにそう会話していた。

 

 こうしてマリアンヌの講義が終わり、畑の野菜を使って昼食を作る事になった。

 しかし、アエルスドロが畑に行くと、農作物が少ない事に気が付いた。

「あれ? 野菜の数が馬鹿に少ないな……」

「本当ですわ。これは、もしかして、ゴブリンが荒らしたからでは?」

 ゴブリンとは、世界中に分布する小柄な鬼人族の事である。

 集団で村人の作物を盗んでは、冒険者に退治される、典型的なやられ役だ。

 しかし繁殖力が極めて高いため、野放しにすれば被害は大きく広がってしまう。

「こんな辺境にもゴブリンがいたとはね」

「早めに退治しないとここの食材がいずれ無くなってしまうだろう」

「ゴブリンの討伐はわたくし達が行いますわ。あなた達はここで待ってなさい」

 住人達は領主自らがゴブリン退治に向かう事を反対していたが、

 マリアンヌが威圧感のある笑みを浮かべた事で全員黙った。

「では、わたくしが留守にしている間、ここを預かってくださいませ」

「はい、マリアンヌ様!」

 こうして、アエルスドロ達は、ゴブリンを退治する事になった。

 

 その夜……一行はナガル地方から近い洞窟に辿り着いた。

 どうやら、ここをゴブリンがアジトにしているようだ。

 洞窟の入り口には、一匹のゴブリンが見張りをしていた。

「どうするんだ?」

「僕に任せてください」

 ルドルフは前に立つと、鬼人語による巧みな話術でゴブリンを誘い出した。

 すると、ゴブリンがゆっくりとルドルフに近付いてきた。

 ルドルフの言葉がゴブリンにとっては甘い声に聞こえたようで、ふらふらとルドルフに近付く。

「これで、安全にとどめを刺せますね。エリー」

「はーい」

 エリーは懐から短剣を取り出すと、無防備なゴブリンの背中を突き刺した。

 

「これで大丈夫だな。さぁ、飛び込もう!」

「ええ!」

 アエルスドロ達が洞窟に入ると、その中は崩れた部分が見受けられた。

 比較的長い道が続いていて、左右と中央の道が開けている。

「う~ん、明かりはどうしよう」

「あたしに任せて!」

 エリーが指を振ると、彼女の指に光が灯った。

「明かりが灯りましたわ」

「あたしは光の妖精だからね。さぁ、いっくよー!」

「待ちなさい! 敵の居場所を探しますわ」

 マリアンヌはエリーを制止すると、右側に聞き耳を立ててみた。

「声が聞こえますわ。奥には敵がいるでしょう」

 マリアンヌの助言を聞いた一行は、右の通路を選んだ。

 通路に進んでみると、ゴブリン達が休んでいた。

「いたぞ、ゴブリンだ!」

 アエルスドロがゴブリンを指差した。

 そして、ゴブリン達はアエルスドロ達に気付いた後、声を上げた。

 ゴブリンは個々の力は弱いが、群れた時の数の暴力は凄まじい。

 だが、今はゴブリンリーダーがいないため、烏合の衆に過ぎなかった。

「行きますわよ! ワイドショット!」

 マリアンヌが両手に拳銃を構えると、ゴブリンの群れに向かって乱射した。

 その攻撃はゴブリンに回避されたが、マリアンヌは口角を上げていた。

 何故なら、彼女が放った銃弾は洞窟の壁に当たって反射したからだ。

 反射した銃弾がゴブリンの急所に命中すると、ゴブリン達は大きなダメージを受けた。

「流石ですね、マリアンヌ」

「あなたもぼーっとせず、攻撃に参加しなさい!」

「は、はい! 風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

 ルドルフは杖から風の衝撃波を放つと、ゴブリンを吹っ飛ばして壁に叩きつけ戦闘不能にした。

 二体のゴブリンがマリアンヌ目掛けてピッケルを振り下ろしたが、

 エリーがマリアンヌに光のバリアを張ったため大したダメージにはならなかった。

「はぁああぁ!」

 アエルスドロが勢いよくゴブリンに剣を振り下ろし、ゴブリンを真っ二つに切り裂く。

 続けてアエルスドロは飛び上がり、弓を持ったゴブリンを剣で貫いた。

 

「ゴブリンはこれだけか?」

 アエルスドロが剣をしまおうとすると、後ろが騒がしくなったような気がした。

「まさか、ゴブリンリーダーが来たのか?」

「早めに片付けますわよ!」

「光よ!」

「ワイドショット!」

 エリーがマリアンヌの銃身に光の力を与え、マリアンヌが光を纏った銃弾を乱射する。

 ルドルフはノームの力を借りて石礫を発生させ、ゴブリンに飛ばして攻撃し倒す。

 ゴブリンはルドルフにピッケルを振り下ろしたが、

 先ほど受けた傷が響いたのかルドルフには当たらなかった。

「行くぞ、ダークスラッシュ!」

 そして、アエルスドロの闇を纏った斬撃がゴブリンを真っ二つにすると同時に、

 後ろから足音が聞こえてきた。

 振り向くと、そこにはゴブリンが立っており、残りのゴブリンの士気が上昇した。

 恐らくは、このゴブリンがゴブリンリーダーなのだろう。

 アエルスドロは気を引き締めて剣を構え直した。

「来ましたわね! ゴブリンリーダーから仕留めますわよ! ポイズンバレット!」

 マリアンヌは銃弾に毒を塗り、ゴブリンリーダーを拳銃で撃ち抜いた。

 ゴブリンリーダーの顔が青ざめていき、体力が徐々に減少していく。

「おほほほほ、毒に苦しみなさい!」

 その様子を見て高笑いするマリアンヌに、三人は「やはり悪役令嬢だな」と思った。

 苦笑しながらもルドルフは風の魔法でゴブリンリーダーを攻撃する。

 それでもゴブリンリーダーは毒を与えたマリアンヌに突っ込んで

 ショートソードで彼女を切り裂く。

「きゃあぁ! 何するんですの!」

「マリアンヌが高笑いするから……」

「そんな事はどうでもいいですわ! 早く仕留めますわよ!」

「メテオアサルト!」

 アエルスドロがゴブリンリーダーに突っ込んで剣で切り裂く。

 弓を持ったゴブリンがマリアンヌに近付いて矢を射る。

 マリアンヌはギリギリでそれを回避し、

 アエルスドロが攻撃したゴブリンリーダーを撃って戦闘不能にした。

「よし! ゴブリンリーダーは仕留めましたわ!」

 ゴブリンリーダーが倒されたため、残りのゴブリンは最早雑魚同然である。

 エリーは光を散らして残りのゴブリンを倒し、

 ルドルフがとどめの一撃を放つとゴブリンの群れは全滅した。

 

「勝った……!」




~モンスター図鑑~

ゴブリンリーダー
ゴブリンの群れを率いるリーダー。
指揮官としては有能だが、自身の能力はそれほど高くない。


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第4話 オッドアイ

冒険後の日常回です。
ダークエルフには休みも必要なのです。


 ゴブリン退治を終えたアエルスドロ達は、ナガル地方に戻ってきた。

 

「お帰りなさいませ、領主様!」

 真っ先にマリアンヌを出迎えてくれたのは、彼女が最も信頼している文官のディストだった。

「わたくしが留守の間、ナガル地方を守ってくれてご苦労様。

 あなたはいつも通り、文官の仕事をしなさい」

「はい!」

 アエルスドロ達がゴブリンを退治したおかげで、ナガル地方には活気が戻ってきた。

 翌日にはもう、農作業を始めていた。

 アエルスドロ達はそれを見て一安心し、身体を休むために小屋に戻った。

 

「それにしても、アエルスドロって、なんで左目が紫色なんですの?」

 小屋の中で、マリアンヌはアエルスドロの瞳を見つめていた。

 彼女は、アエルスドロが赤い右目と紫の左目を持つ事に興味を抱いていた。

「分かりません……。

 ただ一つ言える事は、私が特別なダークエルフである可能性がある、という事です。

 通常は持たない、善の属性であるように……」

 どうやら、この左目についてはアエルスドロでさえも分からないようだ。

「この世界には奇妙な事がたくさんあるんですのね」

 アルカディアには異種族や魔法が存在する。

 しかし、それでも、まだまだ分からない事が存在する。

 例えば、悪の属性を持つはずのダークエルフのアエルスドロが、善の属性を持つ、など。

「謎が多いですわね、あなたは」

「ええ……」

「まぁ、この事を考えるのは後にして、ゆっくり休みましょうか」

「はい」

 アエルスドロはマリアンヌに言われて、身体を休める事にした。

「お休みなさい」

 そう言って、アエルスドロは眠りについた。

 

 アンダーダークにて。

「お坊ちゃま、逃げてください」

「キアラン……!」

 ダークエルフの剣士が、幼いダークエルフを連れて逃げていた。

 剣士は武器を構えてゴブリンを斬りつつ、幼いダークエルフを守っている。

「わたくしは、ツリーンマチャス家を守る事ができればそれでよろしいのです。

 わたくしの命など、二の次です」

「いやだ! しんじゃダメだ!」

「お坊ちゃまはお優しいのですね。しかし、ここアンダーダークではそれが通用しません。

 ですので、お坊ちゃまだけでも生き延びてください」

「キアラン! ぼくはキアランとはなれたくない!」

 幼いダークエルフは、キアランの袖をぎゅっと掴んだ。

 しかし、キアランは彼の頭を撫でた後、彼の腕をそっと自分から離した。

 そして、武器を持つ手にぎゅっと力がこもる。

「生きてください、お坊ちゃま。そして、ダークエルフの希望の光となって……」

キアラーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 キアランは、ゴブリンの群れに一人立ち向かった。

 

「……!」

 そこで、アエルスドロは目が覚めた。

 これは、自分が幼い頃の記憶を辿る夢だ。

「……嫌な夢だな」

 孤独な自分を支えてくれたたった一人の存在、キアラン。

 それを幼い頃に失ってしまった事を夢に見る彼は、軽い不眠症になっていた。

「キアランとマリアンヌさんは私を受け入れてくれた人だ。

 だが、それ以外の人は、私を見て避けている。私は居場所がほしかった……それなのに」

 周りはダークエルフを極端に避けている。

 それは、ダークエルフが悪の種族だと一般に認知されているからだ。

 ほんの僅かしかいない善のダークエルフすらも、ダークエルフだからという理由で迫害され、

 酷い時には大量殺戮の対象にもなる。

 普通の人なら人間不信になりそうだったが、

 アエルスドロはマリアンヌのおかげで辛うじて歪まずに耐えていた。

 だが、この軽い不眠症はなかなか治らないだろう。

 

 アエルスドロが時計を確認してみると、時刻はまだ2時だった。

 本当ならこの時間に起きたかったが、マリアンヌの事を考えると寝るのが妥当だった。

「マリアンヌさん……これからもずっと、私の味方でいてくれ……」

 何も言わないマリアンヌに対し、アエルスドロはそっと優しく寄り添いながら眠るのだった。

 

 次の日。

 料理担当のファルナが、住民達に料理を振る舞っていた。

「みんな! 今日の朝ご飯は、白パンとオニオンスープ、

 それと卵とベーコンを使ったベーコンエッグだよ!」

「いただきます!」

 住民達はファルナが作った料理にありついた。

「シンプルですけど、味わいが深いな。やはり、ファルナの作った料理は美味い」

「はっはっは! そう言われると嬉しいよ。これからもじゃんじゃん、料理を作るからね!」

 アエルスドロに褒められ、豪快に笑うファルナ。

 普段はこのように竹を割ったような性格だが、料理のつくりは繊細で住民からは高評価だ。

 

 朝食を食べ終わり、少し身体を休めた後、マリアンヌは二丁拳銃の手入れをしていた。

 そこに、アエルスドロが入ってくる。

「あら、わたくしに何か御用?」

「今日は、何か用事でもありますか?」

「今は特にありませんわね」

「そうですか、ありがとうございました」

 

 外では、ルドルフが本を読んでいて、それをエリーがじっと見ていた。

「ルドルフー、それってどんな本なの?」

「魔導書です。これを読んで、もっと魔導の知識を深めたいのです」

「今でも十分いいと思うけど?」

「いえ、慢心してはいけません」

 楽天的なエリーとは対照的に、ルドルフは知識欲旺盛な努力家だった。

「ちぇー、釣れないなぁ。遊べばいいのにー……って、あれ?」

 エリーは、向こうから誰かが来るのを感じ、その人物に寄ってきた。

 それは、日傘を差しているアエルスドロだった。

「アエルスドロじゃない、どうしたの?」

「特に依頼がないから、この辺を散歩しようと思ってな」

「あー、じゃあ暇なんだね!」

「?」

 エリーが何故騒いでいるのか、アエルスドロは疑問に思った。

 すると、エリーはアエルスドロを不思議な力で引き寄せた。

「あたしと一緒に遊ぼうよ! 大丈夫、すぐ近くの森までだから!」

「あ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 こうして、アエルスドロはエリーに強制的に近くの森に連れていかれてしまった。

 

「……」

「どうしましたの、ルドルフ?」

 項垂れるルドルフに、銃の手入れを終えたマリアンヌがやって来た。

「エリーとアエルスドロが……勝手に近くの森に行ってしまったのです」

「まぁ! それは大変ですわね。いなくなれば戦力の低下は確実。

 『力ずくでも』探しに行きますわよ!」

「はい!」

 マリアンヌとルドルフは、いなくなった二人を探しに出かけるのだった。




次回は失踪したアエルスドロを探しに行きます。
マリアンヌだって戦うんですよ。


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第5話 森の中で

アエルスドロとエリーがダンジョンを探索します。
彼はなるべく、戦うのを避けるタイプなので、こんな感じにしました。


 アエルスドロとエリーは近くの森を探索していた。

 といっても、エリーが無理やりアエルスドロを連れていっただけなのだが。

「こんな森に行って何になるんだ?」

「だって暇なんだもん。

 ルドルフはいつも本読んでばっかりだし、マリアンヌはあたしに意地悪するし」

「だからといって、私を巻き込む必要はないだろう」

「だって一人じゃ寂しいんだもん」

「はぁ……」

 エリーの我儘さに、アエルスドロは溜息をついた。

「少しだけだぞ? もし魔物に出会ったら、私が退治するから、お前は後ろに下がっていろ」

「はーい」

 二人が森を歩いていくと、番いになった二体のウルフが眠っていた。

「気を付けろ、静かに通り抜けるんだ」

「うん」

 アエルスドロは、そっとウルフの横を通り抜けた。

 エリーも、ウルフを起こさないように、速度を落としてパタパタと飛んでいった。

 ウルフは、二人が通り抜けても寝息を立てたまま動かなかった。

 

「ふぅ、危なかった」

 ウルフから遠く離れたところで、エリーはふぅ、と胸を撫で下ろす。

「で、どこまで進むんだ。言っておくが、奥まで進むわけがないだろう?」

「もっちろーん♪」

「はぁ……」

 エリーの能天気さに、アエルスドロは呆れるしかなかった。

 

「……よし、ここは安全だな」

 アエルスドロはエリーを守りつつ森の奥へ進んでいく。

 茂みをかき回しながら周囲を見渡し、敵や罠が存在しないのを確認してから先に進む。

「この辺でいいか?」

 ある程度奥まで進んだところで、アエルスドロは立ち止まった。

 エリーは飛び出すと、宙に浮いて空気を吸った。

「ん~! やっぱりここは気持ちいいね~!」

 妖精は、綺麗な空気を好み、それを取り入れる事によって生命力や精神力が回復する。

 エリーが森に出たのも、その理由があるからだという。

「……もう気は済んだか?」

「済んだよ? じゃあ、帰ろっか」

「ああ」

 エリーは約束通り、森の奥まで行った後はナガル地方に帰ってくる事にしたため、

 アエルスドロと共にナガル地方に戻ろうとした。

 しかし、二人はそこが、ある生物の縄張りだという事を知らなかった。

 そして背後から何かが迫ってきている事を知らず、

 アエルスドロは歩き、エリーは浮遊するのだった。

 

「ただいま」

「お帰りなさい、二人とも」

 マリアンヌはアエルスドロとエリーを笑顔で出迎えた。

 しかし、ルドルフは反対に険しい表情をしていた。

「……エリー」

「ぎく」

「何故、僕に許可を取らずに、勝手に森に出かけたのですか?」

「だ、だって、外の空気を吸いたいから……」

「言い訳は無用ですよ?」

 そう言うと、ルドルフは杖を構えエリーに向けた。

(やば! お仕置きが来る!)

 エリーが無言でルドルフのお仕置きから逃れようとした、その時だった。

 

「ケケケケ!」

「オレタチノナワバリニ ハイッテキタヤツ ミナゴロシ!」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 突然、バグベアの群れがアエルスドロ達に襲い掛かってきた。

 そう、アエルスドロとエリーが踏み込んだのは、バグベアの縄張りだったのだ。

「知らなかった……あんな場所が、魔族の縄張りだったとは……!」

「とにかく! 退治しますわよ!」

 マリアンヌが二丁拳銃を構えると同時に、戦闘が始まった。

 

「光よ!」

 エリーがマリアンヌの銃身に光を纏わせる。

「コロス!」

「うわっ!」

「くっ!」

 バグベアがアエルスドロとルドルフに襲い掛かり、爪で切り裂く。

 エリーが光の盾を張ってダメージを軽減したものの、その威力は強烈だった。

「大人しく倒れなさい!」

 マリアンヌの光を纏った銃弾がバグベアの群れを貫き、大ダメージを与える。

 闇の生物である蛮族は光の力に弱いのだ。

「コロシテヤル!」

「危ない、ルドルフ!」

 バグベアグラップラーがルドルフ目掛けて拳を振り下ろす。

 アエルスドロは急いでルドルフを庇い、

 盾で攻撃を受け止めたためルドルフもアエルスドロもダメージを食らわなかった。

 しかし、アエルスドロは攻撃の勢いで大きくのけぞる。

「大丈夫? ライトヒール!」

「「ウィンドスラッシュ!」」

 エリーがアエルスドロを回復魔法で癒す。

 その後、ルドルフの風の魔法を受けたアエルスドロの剣が、バグベアの群れを一網打尽にした。

 

「これで残るはバグベアグラップラーだけですわね。覚悟なさい! ガトリングショット!」

 そう言って、マリアンヌはバグベアグラップラーに突っ込んで銃を連射した。

 しかしバグベアグラップラーには当たらなかった。

「……ちょっと、油断しただけですわ」

「油断大敵ー! ライトウェポン!」

 エリーがアエルスドロの武器を強化した後、

 アエルスドロがバグベアグラップラーに突っ込んで剣で切り裂く。

 ルドルフも、後方から風の魔法で攻撃していた。

 バグベアグラップラーの動きが鈍くなったのを確認すると、マリアンヌは必殺技の構えを取る。

「これでとどめですわ! エンプレスバレット!!」

 そして、マリアンヌの二丁の拳銃から放たれた弾丸が、

 バグベアグラップラーの腹を貫くと、ばたりと倒れるのだった。

 

「……勝った……」




~モンスター図鑑~

ウルフ
犬に似た大型の動物。常に群れで行動する。
肉食で、主に鹿や猪、山羊などを食べる。

バグベア
全身が体毛で覆われた魔族で、獣人が変異したと言われている。
鋭い爪を使った格闘戦を得意としている。

バグベアグラップラー
格闘に特化したバグベア。
気を操り、相手を麻痺させたり、防具を突き通したりできる。


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第6話 エマ・クレーシェル

悪役令嬢の敵、ヒロイン登場回です。
といっても、私なりのヒロインですが。


 バグベアの群れを倒したアエルスドロ達は、ナガル地方に無事に戻ってきた。

「……はぁ。まさかバグベアに襲われるとは思ってなかったよ」

「だから言ったでしょう? 僕の許可なしに勝手に外に出てはいけないと」

「ごめんなさい……」

 エリーはしゅんとしてルドルフに謝った。

「でも、あなた達のおかげで助かりましたわ! 魔法と銃があるからこそ勝てたんですのよ」

「私の剣と呪術は……?」

「あら、ごめんあそばせ。忘れておりましたわ」

 くすくすと笑うマリアンヌに、アエルスドロは少し冷たい目を向けた。

「さて、そろそろ昼食の時間かな。ファルナの作る料理は美味しいらしいし……」

「あら、仲のよろしい方達ですのね」

 アエルスドロがファルナの昼食の準備に行こうとすると、

 黒髪を三つ編みにした、いかにもお嬢様然とした少女がアエルスドロ達の前に現れた。

 彼女の肩には子猿が乗っており、少女と子猿を見たマリアンヌが嫌な表情になる。

「また会いましたわね、ガルバ帝国クレーシェル家が令嬢、エマ・クレーシェル!」

「マリアンヌさん? どうしたのですか?」

 何が起こったのか分からなかったアエルスドロはマリアンヌに声をかけた。

「こいつですわ! わたくしのレーヴェ皇子を奪った敵は!」

「まぁ! 『奪った』だなんて、そんな……ただの誤解ですわ」

 エマは、マリアンヌの罵倒を笑顔で返した。

 マリアンヌは思わずエマに拳銃を向けたが、

 ルドルフに「今は戦うべきではありません」と言われ、拳銃をしまった。

「……仕方ありませんわね。無駄な戦いはしない主義ですもの。

 ですが、必ず決着はつけますわよ、エマ!」

「それでは、ごきげんよう」

 そう言って、エマは宝石のように輝く笑顔のまま去っていった。

 

キィーーー! なんて生意気な! わたくしに動じず笑顔を崩さないだなんて!」

(マリアンヌさんが言える口ではありませんよ)

 エマに出会ったばかりのマリアンヌは、かなり苛々した様子だった。

 アエルスドロはそれだけで、彼女がエマを敵視している事が分かった。

「皇子が彼女に惚れるのも無理はありませんよ。短所、今のところ見当たりませんし」

「わたくしも十分美しいはずですわ。それなのに、エマのせいでわたくしは……!

 キィーーーーーーーーッ!!

「マリアンヌ、エマって人が嫌いなのかなぁ?」

 エリーが素直な疑問を漏らす。

 それに対しルドルフは「彼女なりの事情があるんですよ」と答えた。

「さぁ、そろそろファルナの昼食の時間ですよ。遅れてはいけませんからね」

「はーい」

 

「今日の昼食はポークパイとポテトサラダ、それに紅茶とホットケーキだよ!」

 ファルナは、アエルスドロ達を含めた住民に昼食を振る舞った。

「いただきまーす!」

 住民はファルナの食事を美味しそうに食べた。

 しかし、マリアンヌだけはどこか暗そうな様子だった。

「どうしたんだい、領主様? 顔が暗いよ?」

「……さっき、エマに会ってきましたわ」

「エマ? 誰だいそれは?」

「ああ、彼女は……」

 アエルスドロは、ファルナにエマの事を話した。

「なるほどねぇ。美人で性格も良いんじゃ、皇子様が惚れないわけないよ」

「わたくしだって十分美人ですのよ! それなのに、それなのに……」

「まぁまぁ、まだ諦めちゃダメだよ? あくまで婚約ってだけで、結婚したわけじゃない。

 あんたも頑張れば、皇子様と結婚できるさ!」

「……そう、ですわよね?

 まぁ、わたくしは諦めが悪いですもの、

 こーんなへなちょこな小娘にわたくしが負けるわけがありませんわ!

 おーっほっほっほっほ!

 ファルナの豪快な態度に、マリアンヌはいつもの調子を取り戻した。

「さ、料理が冷めないうちに食べな!」

「はい!」

 

 ファルナの料理を食べ終わった後、アエルスドロ達は次に何をするかを考えていた。

「さて、マリアンヌさん、予定はありますか?」

「特に予定はありませんけど……夕食の狩りに出かけましょう?」

「そうですね、食糧の調達は大事です。ルドルフとエリーは待っていてください」

「はーい」

「分かりました」

 

 アエルスドロとマリアンヌは、夕食の調達のため外に出かけていた。

 ルドルフとエリーは、彼らが帰ってくるまで待っていた。

「しかし、何故ガルバ帝国はあそこまで人間以外の種族を嫌うのでしょうか」

「知らないよー。あたしもよく知らないし」

「ですよね……」

―きゃーーーーーっ!!

 その時、向こうから女性の悲鳴が聞こえてきた。

 何事か、とルドルフとエリーが悲鳴のした方に駆けつけると、

 エルフの女性が帝国兵から暴行を受けていた。

「おら! 人間以外は出ていけ! ここは人間の国なんだぞ!」

「いや……やめてください! 私は、文官として働きたいだけなのに……」

 どうやら、この女性はマリアンヌの下で働くためにナガル地方に来たようだ。

 しかし、ここガルバ帝国は人間至上主義の国なので、人間以外の種族は迫害される。

 ルドルフは危機感を感じ、杖を構えた。

「あなたはここから出ていってください。さもなくば、実力行使も厭いません」

「何を! 人間以外が生意気な口を聞くな!」

「風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

 ルドルフが呪文を唱えて杖を振り下ろすと、強烈な突風が起こり、帝国兵を吹き飛ばした。

 帝国兵は物怖じせず剣を構えて振り下ろすが、今度はエリーが光を放って攪乱させる。

 その後、ルドルフが風の刃を飛ばした事で帝国兵はバラバラに切り裂かれた。

「ありがとうございます」

「……ありがとう、ございます」

 エルフの女性はルドルフにお礼を言った。

 しかし、ルドルフは自衛のためとはいえ、人を殺してしまったため、笑顔は見せなかった。

「僕は確かに帝国兵は許せません。しかし、皆殺しにしたところで何も変わらない。

 ……どうすれば、いいのでしょうか」

「ルドルフ、そんな難しい事は考えないでよ。ほら、もうすぐ領主様が帰ってくるよ!」

「あ……本当だ。お帰りなさい、アエルスドロさん、マリアンヌさん!」

 ルドルフは手を振って食糧を調達したアエルスドロとマリアンヌを迎えた。

「ただいま。今回は熊を狩ってきましたわ」

「おお、マリアンヌさんはなかなか腕がいいですな」

「伊達に拳銃を使いこなせてませんわよ」

 マリアンヌは二丁拳銃をくるっと回して、ホルダーにしまった。

 

 ガルバ帝国の辺境にあるナガル地方。

 平和なこの地方に、少しずつだが影が見え始めてきた――




エマはマリアンヌと違って、戦闘能力はありません。
だからこそ、ヒロインになれた、というのが私の考えです。


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第7話 闇の使者

ちょっとした衝撃回。
アンダーダークでのシーンも、少しだけ入れました。


 その頃、アンダーダークでは、

 ここを出ていったアエルスドロの処遇についてダークエルフが話し合っていた。

「さて、アエルスドロはどうする?」

「当然、処刑だ」

「賛成!」

「賛成!」

 その場にいたほぼ全てのダークエルフは、アエルスドロの処刑に賛成した。

 第四分家のツリーンマチャス家に、善の属性を持つダークエルフが生まれたため、

 女神アラネアの寵愛を失う可能性が高いからだ。

「アラネア様はこのような事態を決して許すはずはない!

 このままではツリーンマチャス家は下の分家に滅ぼされるだろう!」

「しかし……」

「しかしもくそもあるか! 裏切り者の末路は『死』のみなのだ!」

 ダークエルフは裏切りを美徳としているが、その裏切りがばれるのは許されない。

 ツリーンマチャス家の存続のためにも、アエルスドロの処刑が必要だという。

「……して、処刑した後はどうします?」

「無論、亡骸をアラネア様の贄とする。アラネア様は喜ばれる事だろう。

 では、今日はここまでだ。解散!」

 

 その頃、ナガル地方では。

「……また農作物が荒らされておりますわ」

 農作物が荒らされた事をマリアンヌが嘆いていた。

 恐らくは夜行性の魔物の仕業だろう。

「退治しますか?」

「いいえ、夜行性のあなたならともかく、こんな時間に人間が出歩くのは良くないと思いますわ」

 意外にも、マリアンヌは住民思いであった。

 マリアンヌは悪役令嬢とはいえ、ある程度の良識は持っている。

 それは悪役令嬢というより「どこか憎めないお嬢様」のようだ。

「そうだ、私に良い考えがあります。石を持ってきてください」

「石?」

「私、かじった程度なら魔法は使えますので……」

「わたくしに命令するなんてなんと無礼な! 自分で取ってきなさい!」

「……はい」

 アエルスドロは、渋々自分で石を取ってくる事にした。

 やはりこういうところは悪役令嬢らしいな、とアエルスドロはこの時思った。

 

「これくらいでいいですね」

 アエルスドロは、いくつかの石を持ってきた後、洞窟にその石を並べ、魔力を付与した。

「何をしましたの?」

「石に呪文をかけたのです。眠っていても、誰かが石を動かした事に気が付きます」

「なるほど……これなら、犯人が分かりますわね」

「安心してください、マリアンヌさん」

 

 そして、夕食を食べ終わった後の夜。

 アエルスドロは何かに気づいたのか起き上がった。

 そして、壁にかかっていた剣と盾を取り、石を置いた場所に向かった。

「……やはり、誰かがここに来たか」

 魔法の効果か、アエルスドロは誰かが石を動かした事を感じ取ったようだ。

 農作物を荒らしたのは石を動かした奴に違いない。

 アエルスドロは意を決して、単独で洞窟に入った。

 

「しかし、暗いな……」

 アエルスドロは、暗い洞窟の中を明かりなしで探索していた。

 辺りは暗く、よく周りを見なければ障害物にぶつかり、魔物に見つかってしまう。

 アエルスドロは精神を集中させ、敵の居場所を察知した。

 だが、敵を見つける事はできなかった。

「……いないな。一体どこにいる……っ!?」

 その時、アエルスドロは足に痛みを感じた。

 誰が来たんだ、とアエルスドロが身構えると、そこにゴブリンアーチャーのゾンビがいた。

 暗闇からアエルスドロに矢を放ったのだ。

「く、アンデッドか……!」

 アエルスドロは急いで剣と盾を構え、ゴブリンアーチャーゾンビを斬りつける。

 しかし足の傷が響いたのか、上手くダメージを与えられない。

ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!

 さらに、ゴブリンアーチャーゾンビの連続攻撃を受け、

 アエルスドロは瀕死の重傷に陥ってしまった。

 

「ああ、すまない……。私一人で退治をするのは、いけなかったのか……」

 アエルスドロは、そのまま意識を手放そうとした。

 

「……ん」

 その頃、マリアンヌは、何故か寝付けずに起き上がった。

「……眠れませんわ。何故でしょう? わたくしでも、分かりませんわ」

 マリアンヌには、その理由が分からなかった。

 しっかり寝る準備はしたにも関わらず、どうしても眠れない……。

「……仕方ありません、外に出てみましょう」

 マリアンヌは仕方なく、小屋を出て外に行くのだった。

 

「落ち着けますわね」

 外に出たマリアンヌは、夜風を全身に浴びる。

 その風は彼女にとって心地よかったらしく、しばらくそれに身を委ね落ち着いていた。

「あら……?」

 マリアンヌは、不意に誰かの気配を察した。

 急いでマリアンヌは腰から二丁拳銃を取り出す。

 そして、洞窟の中に入ると、彼女は倒れているアエルスドロと、

 彼を射抜こうとしているゴブリンアーチャーゾンビを発見した。

「アエルスドロじゃない! どうしましたの?」

「逃げてください……!」

「逃げてって、どうし……!?」

 マリアンヌはゴブリンアーチャーゾンビを改めてしっかりと見た。

 ゴブリンアーチャーゾンビは知性を持たないながらも、

 瀕死のアエルスドロにとどめを刺そうとしていた。

「危ないですわ!」

 マリアンヌは二丁拳銃でゴブリンアーチャーゾンビを怯ませた。

「ほら、行きますわよ!」

「あ、はい……!」

 マリアンヌは大急ぎでアエルスドロを背負った後、彼を小屋に運んでいった。

 

「……大丈夫ですの? アエルスドロ」

「……いえ」

 マリアンヌは、大怪我をしたアエルスドロを手当てしていた。

 幸い、命に別状はなかったものの、しばらくの間戦線離脱する事になった。

 このままでは、農作物を荒らす魔物を退治できなくなってしまう。

「どうすればいいのかしら……。ルドルフとエリーは寝ているし……。

 あぁ、どうしましょう……!」

 マリアンヌは、途方に暮れていた……。

 

「……仕方ありませんわね、ここはわたくし達ではなく……」

 マリアンヌは、渋々武官達を起こしに行くのだった。




~モンスター図鑑~

ゴブリンアーチャー
拾ってきた弓を使うゴブリン。

ゾンビ
下級のアンデッドで、動く死体。
生前の記憶も知能も全くなく、ただ生者に襲い掛かるのみ。


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第8話 時空警察参上!

ミロとユミルが登場します。
アルカディアが舞台なので、この二人も出さなくちゃね。


 翌日。

 マリアンヌが住民達に事を報告した事で、

 何とかゴブリンアーチャーゾンビを含む魔物は武官達により倒されたものの、

 アエルスドロが戦線離脱をしてしまった。

「困りましたね……これではこちら側の戦力に前衛がいませんわ」

「しかも、魔物がまた襲ってこないという保証はありません」

 マリアンヌとルドルフは、頼れる前衛のアエルスドロがいなくなったために困っていた。

 前衛がいなければ、総合的な防御力が減り、長期戦が不利になるからだ。

「二人とも、何話してるの?」

「エリー、今アエルスドロは戦えない状態ですのよ。

 戦力が減れば、魔物との戦いが不利になりましてよ」

「あー、そっかぁ……」

 エリーはすぐに二人の会話をスルーし、ルドルフの鞄の中に入った。

 能天気な性格だが、頭が悪いわけではないのだ。

「……う~ん、考えるのは後回しにして、まずはファルナさんの朝ご飯から食べましょうか」

「はい、アエルスドロさんには後で残ったものをあげますか」

 

「みんな、た~んとお食べ! 今日は季節のフルーツサラダとポークカツレツだよ!」

 ファルナは、今日も住民達に朝食を振る舞った。

「おや? アエルスドロちゃんがいないねぇ」

 食べている途中で、ファルナはアエルスドロがいない事に気づいた。

 ルドルフは、彼が大怪我をしている事をファルナに知らせると、彼女は頷いた。

「マリアンヌちゃんは食べるのが早いね」

「ふふ、早く鍛錬したいためですわ」

 マリアンヌは高慢だが、根は悪人ではない。

 ファルナも彼女を信頼して、彼女についてきているのだ。

「ただ、あまり早すぎると詰まって身体に悪いよ? 早食いはほどほどにしなよ」

「分かりましたわ」

 

 朝食を食べ、マリアンヌ、ルドルフ、エリーは休みながらアエルスドロを交代で看病していた。

「……うぅ……アルトン……みんな……」

 アエルスドロは、うわごとのように仲間の名前を呟いていた。

 勝手に一人で突っ込んでいったため、それを申し訳ないように謝罪していた。

「アエルスドロさんが単独で行動するから、こうなってしまったんですのよ」

 マリアンヌも、彼の救出が遅れた事を申し訳なく思っていた。

「……それで、どうしますの? 三人だけで、これからの敵に立ち向かえますの?」

「できないから困ってるんだよ」

「また武官を雇います? でもそれでは、いずれ資金は尽きてしまいます。どうすれば……」

 三人が困っていた時、向こうから武器の音が聞こえてきた。

 何事かと三人が急いで小屋から出ると、魔物がナガル地方に攻めてきていた。

 それは、たくさんのスライムもどきとスライムだった。

「こ、こんなにスライムがいるなんて!」

「可愛い~♪」

 エリーはスライムもどきの可愛さに見入っていた。

 そんなエリーに、マリアンヌは銃身で叩いて正気に戻した。

「寝言は寝てからおっしゃりなさい! 今はこいつらを追い払うのが先ですわよ!」

「うん、分かった!」

 マリアンヌは二丁拳銃を構え、スライムもどきの群れに乱射する。

「光よ!」

「風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

 エリーはマリアンヌの銃身を祝福し、攻撃力を上げる。

 ルドルフは厄介なスライムを風の衝撃波で吹っ飛ばす。

 スライムはマリアンヌに酸を飛ばした後、もう一体のスライムが酸を飛ばそうとしたが、

 マリアンヌは飛び上がり、スライムの上に飛び乗って一発撃った。

「わ~、くすぐったい!」

 スライムもどきがエリー達に体当たりをしたが、大したダメージにはならなかった。

 その様子に何故かイラついたマリアンヌは拳銃を乱射してスライムもどきの群れを一掃した。

「大地の精霊よ、我が敵を打ち砕け! ストーンブラスト!」

 ルドルフは地の精霊の力を借りて大量の石礫をスライムに放つ。

 魔法に弱いスライムに致命傷を与える事ができ、ルドルフはこれで倒れたかと安心したが、

 スライムの回復力で表情が変わる。

「何というしぶとさ! これではなかなか倒せません!」

「わたくしの銃弾も効きませんし……」

 マリアンヌはスライムに銃弾を撃ち続けたが、なかなか倒れる気配はない。

 それどころか、スライムは物理攻撃を吸収し、ますます体積を上げていく。

 どうすればいいんだ、と思っていたその時。

 

「デ・ゲイト・ド・イグニ!」

 突然、誰かが呪文を唱える声が聞こえると、スライムを炎が焼き払った。

 スライムの一体が焼き尽くされたのを確認すると、

 銀髪の女性が現れ、スライムを爪で切り裂いた。

 女性が現れるのと同時に、金髪の少女も現れた。

「時空警察、ただいま参上! ってね」

「ボクも来ましたよ~」

「あ、あなた達は?」

「話はあと! 来ますよ!」

 少女は杖を構えて魔法の矢を放ち、スライムを牽制する。

 マリアンヌは隙を伺い、スライムが一瞬崩れたところを拳銃で撃ち抜く。

「おしまいよ!」

 そして、女性がスライムを爪で切り裂くと、スライムは四散するのだった。

 

「やー、意外と脆かったわね」

 スライム達を全滅させた女性が笑顔で言う。

「……ねぇ、キミ達は、誰?」

 エリーは、恐る恐る女性と少女に話しかけた。

 こんな外見で相当な戦闘能力なのだ、きっと自分達も襲うに違いない。

 彼女は、それを覚悟した様子だった。

「あたしはミロ、時空警察よ」

「同じく時空警察のユミル・ハーシェルです」

 しかし、女性と少女はエリーに気さくに話しかけてきたため、エリーはすぐに警戒心を解いた。

 二人も人間に見えるため、これ以上警戒する必要はないようだ。

「それで、ミロさんにユミルさん、どうしてこちらにいらっしゃいましたの?」

「ちょっとした気まぐれですよ」

「でも、戦闘要員としては役に立つと思うわよ」

「お金は?」

「あたしもユミルも、取らないわ」

「乗りましたわ!」

 こんな素晴らしい戦力が無料で手に入る、

 というチャンスをマリアンヌが逃さないわけがなかった。

 彼女はすぐに、ミロとユミルと契約する事にした。

「よし、契約成立ね! ……あ、あなた達の名前は何?」

「マリアンヌ・フロイデンシュタインですわ」

「ルドルフです」

「エリーだよ!」

 三人が自己紹介をすると、ミロとユミルは「よろしく」とお辞儀した。

 こうして、マリアンヌは時空警察のミロとユミルを新たな人材として迎え入れるのだった。




~モンスター図鑑~

スライムもどき
スライムのような形をした、ゼリー状の魔導生物。
このモンスターのせいで「スライムは弱い」という認識があるようだが、
熟練の冒険者はスライムの危険性を知っており、それを説く。

スライム
弱い酸を纏った、弾力溢れる身体をした魔導生物。
魔導師が魔導生物を作る時の失敗作と言われている。
物理攻撃、特に打撃攻撃に強いが、魔法攻撃に弱い。


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第9話 似た者同士は惹かれ合う

アエルスドロ×マリアンヌな回? です。


「……アルトン……マリアンヌさん……ルドルフ……エリー……」

 一方、アエルスドロは未だ怪我が完治しておらず、

 相変わらずうわごとのように仲間の名前を呟き続けていた。

「今、アエルスドロさんはこんな状態なんですのよ。戦線に復帰できればいいんですけど……」

「う~ん、とりあえず誰か、ヒーリングを使える人はいませんか?」

「あっ、あたしならいまーす!」

 ユミルの提案に立候補したエリーは、アエルスドロの前に立ち、ヒーリングを唱えた。

「ド・オヴァ・デ・シー!」

 エリーが指を振ると、アエルスドロの身体に光が舞った。

 光を浴びたアエルスドロは、顔色が少し良くなったようだ。

「後は、このまま一週間休めばいいね」

「もっとかけないの?」

「ヒーリングは代謝機能を加速させて、治癒力を高めるだけ。

 あまりやりすぎると身体によくないよ」

 回復魔法も、万能ではないようだ。

 皆はアエルスドロの回復を信じて、彼を待つのであった。

 

「マリアンヌって銃が使えるんですね!」

 ユミルは、マリアンヌの二丁拳銃を輝かしい目で見ていた。

 あまりにも露骨にそれを見るため、マリアンヌは高慢な態度でミロに質問する。

「あら、どうしてあなたはわたくしの銃に魅入っておりますの?」

「だって、こういう武器は、こっちでは見た事がありませんから」

「こっち……?」

「ああ、こちら側の理由です。気にしなくていいですよ」

「そうですわね」

 ユミルがさらりとそう言うと、マリアンヌは素っ気なく返事した。

 しかし、ユミルの目は、相変わらずマリアンヌの武器を見続けていた。

「じゃあ、マリアンヌってそのエマって人に復讐するために力をつけてるのね」

「わたくしを辺境に追いやったんですのよ! いつか、ぎゃふんと言わせてやりたいですわ!」

「自分がそうならないように気をつけなさいよ」

「ふん、そんな事あり得ませんわよ」

 自信たっぷりに言うマリアンヌ。

 その様子ならきっと、エマに復讐できそうね……とミロは思った。

 

「「「ひゃっはーーーー!! 汚物は消毒だぁーーーー!!」」」

「あ、あららら?」

 ミロが外に出ると、ガラの悪そうな青年三人組が叫びながら肥溜めを掃除していた。

「この方達はショユ、トコツ、ミッソのラメン三兄弟ですわ。

 こんな見た目ですけど凄く良い人なんですのよ」

「ふーん」

「「「ひゃっはーーーー!! 種もみなんぞいらねぇんだよーーーー!!」」」

 ラメン三兄弟が、そう叫びながら畑を耕していた。

 ミロは、そんな悪事(ぜんこう)をしている彼らを「楽しそうね」と見守っていた。

 

「……うぅぅ……」

 一方、アエルスドロの方は、まだベッドから降りられないでいた。

 怪我は治ってきているが、まだ完治しておらずしかも病み上がりに動くのは危険だからだ。

「……どうしましたの? アエルスドロさん」

「ああ、マリアンヌさん、か……」

 そんな彼を見舞いに来たのは、彼を最初に見つけた人間のマリアンヌだった。

「……私は、あなたに惹かれているのかもしれません……」

「はぁ? どういう事ですの?」

「……私とあなたは、似ているから……」

 アエルスドロは、元々アンダーダークにいたが、

 異端のダークエルフだったために故郷を捨てた。

 マリアンヌは、高貴な身分であったが、策略がバレて辺境に追放された。

 似た境遇を持っている二人だからこそ、二人は惹かれようとしているかもしれない。

「言われてみれば、そうかもしれませんわね。でも、あなたは復讐を望んでおりまして?」

「いえ、望んではいません」

「どうか、あなたが健全に育ちますように」

 マリアンヌはアエルスドロの顔をじっと見た後、小屋を出ていくのだった。

 

「……マリアンヌさん、ありがとう……」

 アエルスドロは、マリアンヌの優しさを感じ取り、ぐっすりと眠りについた。

 

「……うぅ」

 また、アエルスドロは夢を見ていた。

 アンダーダークから地上に出る前の、幼い頃の。

「どこにいった、アエルスドロ! 逃がさんぞ!」

 生まれつき善の属性を持っていたアエルスドロは、

 悪が蔓延るダークエルフの社会に適応できず逃げ出していた。

 それを、周りのダークエルフが追ってきていた。

 裏切り者を許さないダークエルフは、アエルスドロを見つけたら彼を殺すつもりだ。

「もう……ぼくはここにいたくない……」

 アエルスドロは、縮こまりながら安全な場所に隠れていた。

 彼は他のダークエルフに追いかけられると、いつもこの中でやり過ごしていた。

 そして気配を感じなくなるまで縮こまっていると、男にしては長い銀髪のダークエルフが来た。

 その顔は、アエルスドロが知っているものだった。

「アルトン……?」

 自分を唯一理解してくれる、自分と同じく善のダークエルフ、執事のアルトン。

 孤独なアエルスドロは、依存とも取れるようにアルトンを慕っていた。

「お坊ちゃま、こちらにいましたか。さぁ、お帰りください」

「いやだよ……ぼく、またダークエルフにみつかったら、ころされちゃう……」

「ご安心ください、お坊ちゃまはわたくしが必ず守ります」

 アルトンは、優しくアエルスドロを抱きしめた。

 その温もりに、アエルスドロは身を委ね、そのままアルトンの胸に寄り添った。

 

 その時、風が吹かないはずのアンダーダークで、一陣の風が吹いてきた。

 アエルスドロが顔を上げると、

 右手にレイピアを握った、鋭い赤い瞳の女性ダークエルフが立っていた。

「姉……上……!?」

 いつの間にか、アルトンはキアランにすり替わり、アエルスドロも現在の姿に戻っている。

 アエルスドロは思わず後ずさりし、顔が青ざめる。

「見つけたぞアエルスドロ……さぁ、死ぬがよい!」

い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 アエルスドロは、キアランから必死で逃げ出した。

 だがキアランの足は速く、全力で走らなければ追いつかれるレベルだ。

 アエルスドロは必死で逃げる、とにかく逃げる。

「あそこに入れば……私は逃げられる!」

 やがて、アエルスドロは暗闇の中にある小さな光に飛び込んだ。

 

「はっ!」

 その時、アエルスドロはベッドから飛び起きた。

 辺りを見渡すと、そこは小屋の中だった。

(……また、あの夢を見てしまったか……)

 アエルスドロはアンダーダークを逃げてから、ずっとこの夢ばかり見ていた。

 まるで、逃亡者の自分を罰するかのように。

「アエルスドロ、どうしましたの?」

 そんな彼のところにやって来たのは、マリアンヌだった。

「……あの夢。アンダーダークの夢をまた見ました」

「まぁ! ずっと起きないと思ったら、そのせいでしたのね」

「もう、私はこの夢を見たくないんです……。普通に過ごしたい、それだけなのに……!」

 アエルスドロの目には涙が浮かんでいた。

 マリアンヌは「そうだったのね」と笑ったが、彼の表情を見てすぐに態度を改める。

「まったく、わたくしとした事が……こんな事には、付き合いたくないんですけどね……」

 マリアンヌはぎゅっとアエルスドロを抱きしめた。

 それは、夢の中でアルトンが幼いアエルスドロにしたのと同じだった。

「不安が取れるまで、わたくしに身を委ねなさいな。

 あぁ、もちろん朝食に遅れてはいけませんわよ?」

「……はい、ありがとうございます……」

 

 アエルスドロとマリアンヌの仲は、かなり進行したようだ。




アエルスドロもマリアンヌも、つまはじき者。
だから気が合うようにしました。


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第10話 眠れる森のお姫様~前編

六人パーティーになってからの最初の冒険。
ある童話をモチーフにしましたが……。


「もう大丈夫ですの?」

「はい、すっかり元気になりました」

 ようやく怪我から完治したアエルスドロは、ベッドから下りてマリアンヌのところに向かった。

「よかった。これでまた、わたくし達と一緒に戦えますわね」

 アエルスドロが戦線復帰した事により、このパーティは六人になった。

 これで、安心して魔物と戦う事ができる。

「久しぶりだな……。みんなと一緒に生活して、みんなと一緒に戦えるのは……」

 アエルスドロは、壁に掛けてあった剣を取り、ぎゅっと握りしめる。

 この感覚は久しぶりで、温かく感じる。

「まぁ、たかが大怪我くらいでくたばるわけがないですわよね! おーほほほほほほほ!

「は、はははは……」

 マリアンヌの高笑いに、アエルスドロも釣られて笑うのだった。

 

「アエルスドロちゃん、もう元気になったのかい?」

「はい、おかげさまで」

「全然物を食べてなかっただろ、たーんとお食べ!」

 今日のメニューは、コールスローサラダとヴィシソワーズ、パスタボロネーゼだ。

 ファルナはアエルスドロに対しては完治したとして挽肉をたくさん追加した。

「……ああ、とても美味しい。でも、ちょっと量が多いな……」

「何、あんたは小食なのかい?」

「普段はあまり食べない方ですので……。でも、今の私には十分な量ですよ」

「そうかい、ありがとよ」

 

 そして今日は、アエルスドロがナガル地方に来てから、ちょうど三ヶ月となる日だった。

「ここでの生活もだいぶ慣れてきた事ですし、

 そろそろ家事もできるようにはなってほしいですわ」

「何故私に?」

「……それは、わたくしなりの善意でしてよ」

「……」

 アエルスドロは、マリアンヌの真意を見抜いた。

 本当は自分は家事なんてできないから、自分に家事を押し付けようとしていると。

 そのため、アエルスドロは断ろうとしたが、マリアンヌの根の善良さを信じて頷いた。

「あなたがそう答えると思いましたわ! さぁ、いきますわよ!」

「……はい!」

 

 案の定、マリアンヌは家事は得意ではなかった。

 アエルスドロとマリアンヌは、『ガルバ帝国簡単料理本』を持っていた。

「えー……それでは、94ページを開いてくださいませ。『ジャーマンポテトの作り方』から」

 マリアンヌと共にアエルスドロは料理本を開いた。

 ジャーマンポテトは、ガルバ帝国ではそこそこ有名な料理なので、

 まずはこれから作ろうとしていた。

 二人とも料理はした事がなかったので、理解にはかなりの時間がかかったが……。

 

「……とりあえず、これで軽食くらいはできるようになりましたわね」

 何とか、二人とも本の内容を理解できたようだ。

 これで二人は簡単な料理ができるようになった。

 

 そして、二人が戻ろうとした時、ルドルフとエルフの女性が何かを話しているのを聞いた。

「ねぇ、聞きました? 街外れに、茨で囲まれた場所があるそうですよ」

「まぁ……どんな方が住んでおりますの?」

「分かりません……しかし、僕はこんな物語を聞いた事があります」

「何ですの?」

「あの……すみません」

 二人は、その話が気になったので入ってきた。

「アエルスドロさん、何ですか?」

「それはどんな物語だったんだ? 私に少し聞かせてくれないか」

「あ……はい」

 ルドルフはエルフの女性に礼を言った後、アエルスドロとマリアンヌのところに行った。

 

「それでは、お話いたします。ある国の国王夫妻に待望の女の子が生まれました。

 その誕生祝で国中の魔導師を呼びました。魔導師達は王女にたくさんの祝福を授けました。

 ところが、呼ばれなかった13人目の魔導師が、

 『16歳の誕生日に糸紡ぎの針に指を刺して死ぬ』という呪いをかけました。

 危機感を覚えた12人目の魔導師は、『死ぬ』を『百年眠る』と書き換えました。

 そして王女の16歳の誕生日、

 老婆に化けた魔導師が授けた糸紡ぎの針が刺さり、王女は眠ってしまいました。

 それに合わせて、城も茨に包まれて眠りに落ちてしまいました。

 それから百年後、隣の国の王子が噂を聞きつけ、城を訪れました。

 茨は王子を歓迎するようにひとりでにほどけ、王子は王女のところに向かいました。

 そして、王子の活躍により復活した王女は王子と結婚し、幸せに暮らしましたとさ」

 

「……なかなかいいお話でしたわね。でも、それとこの塔とどう関係ありますの?」

「昨日、僕は夢の中で茨に囲まれた塔でエルフの女性が眠る光景を見たんです。

 あれは神託だったのかもしれません……と。それで、情報を収集していたんです」

「後ね、茨で囲まれた場所に行った冒険者達が行方不明になったんだって!」

 その場所で何が起こっているのかを調べ、できれば原因を排除したいとか。

 アエルスドロはせっかく復帰最初の冒険だからと、行ってみたいという気持ちがあった。

「とりあえず、行ってみるだけ行ってみましょう。

 もちろん、ディストには事前に連絡しますわよ」

 

「え、あたし達も一緒にあの場所に行けっての?」

「一筋縄ではいかないかもしれない。お前達の力も必要なんだ」

「別に、放っておいていいんじゃないの? あなた達だけなら多分あいつを倒せるし」

「ボク達は忙しいですしね~」

 無関心なミロとユミルに対し、

 アエルスドロは「多くの冒険者が帰らない」と真剣な表情で言った。

 流石に不穏になった二人は、万全の体勢を整えなければと思った。

「……仕方ないわね。行ってみるわ」

「ボクの魔法を思う存分振るえると思いますし」

「ミロさん、ユミルさん、ありがとう」

「あなた達の力があれば、きっと事件は解決できますわ」

 アエルスドロとマリアンヌは、渋々ながら協力してくれた時空警察にお礼を言った。

 こうして、アエルスドロ達は、茨に囲まれた場所に行く事にした。

 

「……うわぁ」

 街外れは、確かに絡みついた茨が侵入者を拒んでいた。

 遠くには大きな屋敷と、禍々しい気配が漏れ出した高い塔が見える。

 この茨をどうにかしないと、先に進めそうもない。

「こんなに茨があるわね……どうしましょう」

「私に任せろ。はぁあっ!」

 アエルスドロは剣を振って絡んだ茨を切り裂いた。

 すると、六人の脳裏に、奇妙な光景が浮かんだ。

 

「……」

 暗い闇の中で、糸が光り輝いていた。

 真っ赤な瞳と銀髪の少女が、糸に縛られて苦しんでいた。

「私をこんな目に遭わせるなんて……許せない……人間……!」

 

「人間……」

 しかし、今ここにいる人間は、マリアンヌのみだ。

 特に気にせず一行が進んでいくと、

 鎧を纏った骸骨の戦士が二体、ふらふらとこちら側に歩いてきた。

 恐らく、この茨の地に挑んだ冒険者の成れの果てだろう。

「大人しく眠りなさい!」

 マリアンヌが二丁拳銃でスケルトンウォリアーを撃つ。

 直後に別のスケルトンウォリアーがマリアンヌに斬りかかってきた。

 反応できずにマリアンヌはそこそこのダメージを食らう。

「力を授けるよ!」

「おーけー!」

 エリーがミロの身体能力を強化した後、

 ミロがスケルトンウォリアーに突っ込んで爪で切り裂く。

 本来、斬撃攻撃があまり通らないスケルトンウォリアーだったが、

 元々の高い身体能力がさらに強化されたため易々と切り裂いた。

「風よ!」

「炎よ!」

「「フレイムトルネード!!」」

 そして、ルドルフとユミルが同時に呪文を詠唱すると、

 炎の竜巻が発生しスケルトンウォリアーを飲み込んだ。

 

「……どうやら、この地には魔物がたくさんいるようだな。皆、注意して進むぞ」

「分かりましたわ」

 

「ここは、こうすればいいですわね」

 マリアンヌが絡んだ茨をほどいていくと、再び一行の脳裏に謎の光景が広がった。

 

「お誕生日、おめでとう!!」

 屋敷の大広間には、大きなバースデーケーキと、たくさんのごちそうがあった。

 招待された客はプレゼントをたくさん持っており、ゆりかごの中には赤子が眠っていた。

 七人の大妖精がゆりかごに近付き、赤子に祝福を与えていた。

 そして、白い服を着た七人目の妖精が、糸紡ぎを回しながら赤子の額に口づけた。

「あなたに幸があらん事を」

 

「これは……誰かの誕生日でしょうか?」

 ピタッとルドルフは立ち止まる。

 この赤子は、もしかしたらあの少女なのかもしれない……と。

「ルドルフ? どうしたの?」

「お話通りだとすれば、彼女は……」

 ルドルフが考えながら先に進んでいくと、少しずつ道は広くなった。

 目の前に太い道があるが、横の茨を何とかすれば細い道の先に進めそうだ。

「茨なら、あたしがちぎってやるわ」

「ミ、ミロさん?」

「そーれ、ぐいっと!」

 ミロは、その怪力で茨を引きちぎった。

 その結果、細い道へ行く事ができるようになったので、一行は細い道を通っていった。

 そして、三度奇妙な光景が広がる。

 

「凄いわ! これが魔法の力なのね!」

 幼くも美しい銀髪の少女が、精霊魔法を駆使している。

 風を起こし、地を揺らし、水を出し、光と闇も操った。

 妖精達は皆、少女を褒めたたえていたが、少女は少し不満そうな表情だった。

「ああ、この調子でいけば、蛮勇の精霊とも契約を結べるのね!」

 しかし、少女の言葉に妖精は首を横に振った。

 何故なら、蛮勇の精霊は、男性の方がより強い力を発揮するからだ。

 だが、それに苛立った少女は舌打ちし、その妖精にこう言い放った。

「今はそんなの、男も女も関係ないでしょ? 私は、何でもできるんだから」

 

「……っ! 何という傲慢な……! 同じエルフとして許せません!」

 ルドルフはその少女の傲慢さに怒りを抱いていた。

 確かにエルフは基本的に誇り高く冷静沈着だが、秩序を愛する善良な民である。

 だが、こんなエルフはエルフとして恥だ、と彼にしては珍しく怒っていた。

「あなたが怒りを抱くのはいいですよ。

 でも、実際に彼女に出会わなければ、それはただの八つ当たりです」

「……この光景が、嘘でなければいいのですが」

 

 茨が茂ったこの地で、カラン、カランと、

 小さいながらも糸紡ぎの音は確実に聞こえてきていた。




~モンスター図鑑~

スケルトンウォリアー
剣術を身に着けた戦士がスケルトンになったモンスター。
通常のスケルトンよりも能力が高い。


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第11話 眠れる森のお姫様~後編

ボス戦です。
美しい姫、だけど心の方はというと……。


 一行が細い道を歩いていくと、きらきら光る泉が見えた。

 泉の周りには、妖精達が果物を食べながらお喋りをしていた。

 蝶の羽を持ったフェアリー、花のドレスを着たピクシー、エプロンを着けたブラウニーがいる。

「きゃあ!」

「ながいみみ!」

「フォノンとおなじ! こわい!」

 すると、妖精達はルドルフを見て怯え出した。

「いえ、僕達は味方です。安心してください」

「いじめない……?」

「やさしい……すき」

「うん、あたし達は味方だよ」

 ルドルフとエリーの裏表のない態度に、妖精達は一安心した。

「ところで、フォノンって誰?」

「きれいなかみのけのおんなのこ」

「ともだちだったおんなのこ」

 おどおどしながら妖精達はフォノンについて話し出す。

 何故フォノンがこんな妖精を裏切ったのか、アエルスドロはそれを聞きたかった。

「友達『だった』とは……どういう事だ?」

「フォノンが、みんなにひどいことした」

「それで、後はどうなったんだ?」

「みんなかなしくなって、いばらがやしきをかこったの」

「わからない」

「情報、ありがとうございました」

 どうやら、妖精達はそれ以上の情報を知らなかったようだ。

 アエルスドロ達は妖精にお礼を言った後、泉を去っていくのだった。

 すると、一行の脳裏に光景が浮かび上がった。

 

 少女の足元には、たくさんの妖精が倒れている。

 倒れた妖精は光の粒子となって消えていった。

 慌てた足音が聞こえ、後ろの扉が開き、顔を青くしたエルフの夫婦が入ってきた。

「これは、何事だ!?」

「一体何をしたの!?」

 怒り狂う両親に、少女も怒りながら答えた。

「私は蛮勇の精霊を使いたかった! でも、妖精はそれを断った。だから殺してやったのよ!

 あなた達も、死になさい!!

 少女は銀髪をなびかせ、両親に襲いかかった。

 その肌は、浅黒く染まっていた。

 

「……あぁ、ついにこうなってしまったか……」

 ダークエルフに堕ちた少女を見たアエルスドロが、ついに落胆する。

 もう、彼女を救う事はできないのか……と。

「アエルスドロ。きっと彼女は苦しんでいると思います……。

 だから、せめて倒す事で救ってください」

「あなたがそう言うなら……分かりました」

「ボクがこんな甘い事を言うのも、アレですけどね」

 何を言ってるんだか……とユミルがぼやきながら一行が太い道を進むと、開けた場所に出た。

 広場の中央には、美しいエルフの少女の像があり、その周りには破壊された妖精の像がある。

 台座の文面には「我が娘と妖精の永遠の絆を祈る。ジェレミー、イヴェット」と書かれてある。

 道は、そのまま真っ直ぐ奥へ続いている。

「ジェレミー、イヴェットとは……もしかすると、フォノンの父と母の名前か?」

「そうかもしれませんわね」

「さぞ、たくさんの愛情を受けただろう……」

 アエルスドロの母親は、彼を自分の子とは全く思っていなかった。

 オッドアイの上に男児、しかも善の属性を持っていたために、

 母親にとっては「失敗作」同然の子だった。

 そんな彼は、ますますフォノンを哀れみ、羨んだ。

 マリアンヌは「ふーん」と思いながらも、アエルスドロが少しだけ心配になった。

「……まぁ、そんな事はどうでもいいですけど、ちょっとこの像を調べてもよろしいかしら?」

「いいですよ」

 そう言って、マリアンヌは少女の像を見た。

「……あら?」

 すると、マリアンヌは地下に続く階段を発見した。

「隠し通路を見つけましたわ!」

「本当ですか?」

「ええ……ここから何かいいものが見つかるといいですわね」

 一行はマリアンヌの導きで、地下祭壇に進んだ。

 マリアンヌを先頭に、薄暗い階段を降りていく。

 最後の段を降りた瞬間、頭上からガラガラという音が聞こえた。

「しまった……罠ですわ! みんな、避けてくださいませ!」

 一行はマリアンヌの号令で、罠を避けようとした。

 ユミルは一瞬遅れたが、ミロが引っ張った事により何とか避ける事ができた。

 次の瞬間、アエルスドロ達がいた場所に鉄格子の檻が降りてきた。

「危なかった……。遅れていたら、捕まってましたね……」

 ユミルは安心したのか、ふぅ、と胸に手を当てる。

「あれは多分、侵入者用の罠でしょう。気を付けていきましょうね」

 

 侵入者用の罠を抜けた一行は、薄暗い通路を歩いていった。

 奥へ進んでいくと、小さな祭壇があった。

 祭壇の上には小さな糸車が置いてあり、からからと回って聖なる糸を紡いでいる。

 アエルスドロがそれをじっと見つめていると、彼の目の前に光景が広がった。

 

 銀色の髪と赤い瞳、浅黒い肌を持つ少女が、返り血を浴びながら歩いていく。

 自分の誕生日パーティーが開かれた大広間を抜け、

 広場を通過する際に妖精像を壊し、彼女は高い塔の前へ行った。

 握り締めていた血まみれのコインを扉の口に投げ入れて扉を開き、

 螺旋階段を登って最上階へ辿り着く。

 少女は宝物庫で宝物を漁っていたが、いつの間にか彼女は糸車を手に取っていた。

 カラカラと回る糸車がその糸で少女、フォノンを捉え、彼女の胸を突き刺した。

「私は死にはしない……ただ、百年眠るだけ!」

 こうして、魔女フォノンは深い眠りに落ちた。

 

 糸車が止まると、か細い少女の声が聞こえた。

「どうか……闇に堕ちたあの子を止めて……」

 アエルスドロの手の中には、妖精の羽をあしらった小さなコインがあった。

 彼らにコインを託した糸車は、また静かに回り出すのだった。

「……ありがとう。私は、必ず彼女を救ってみせる。……さぁ、そろそろ戻るぞ」

「はい」

 

 コインを入手して地上に戻ると、地上の様子が一変していた。

「! こ、これは……!」

 張り巡らされた茨は、光の糸に変わっていた。

 恐らくは、あの糸車に認められたからだろう。

 アエルスドロ達が進もうとすると、糸は自然にほどけて道が開いていった。

 フォノンの像がある広場を抜けて奥へ進むと、道は二つに分かれていた。

「こちら側は屋敷に続いて、そちら側は塔に続いているようですね」

「屋敷はもう探索しましたし、そろそろ塔へ行きましょうか」

 そう言って一行は塔へ向かった。

 塔の扉には目と口がついていて、アエルスドロが近づくと落ち着いた声が響き渡った。

「この先に眠るは、我が盟友ジェレミーの宝。許可無き者よ、立ち去るがよい」

「許可は、どうやって手に入れれば……あ!」

 アエルスドロは、先ほどの光景と、自分が手に入れたコインを思い出した。

 このコインを入れれば、塔に入れるかもしれない。

 アエルスドロが扉に口にコインを入れると、

 「ジェレミーの証、確かに」という声と共に扉が開いた。

 塔の内部は螺旋階段となっていて、最上階に部屋は一つだけだった。

 ここが最後の地……フォノンがいる部屋だ。

「これで、後はフォノンを救うだけだな」

「いきますわよ、アエルスドロ! とっととこの茨の異変、解決しましてよ!」

 ダークエルフと悪役令嬢を先頭に、一行は部屋に入るのだった。

 

「ここが、フォノンがいる場所……」

 部屋の壁には宝剣や絵画が飾られており、床には綺麗な装飾のついた箱がたくさんある。

 多くの品物には妖精の祝福が授けられており、きらきらと温かく優しい光を放っている。

 そんな、穏やかで優しい空間の奥に、うごめく影が一つあった。

「……フォノン……」

 それは、糸で全身を拘束され、胸に糸が刺さった銀髪の少女だった。

 糸が少女の闇を吸い取り、赤く染まっている。

「やっと……百年経った……! こんなもので私を縛ろうなんて、許せない……!

 皆殺しにしてやる……!」

 少女は、胸に刺さった糸を力任せに引き抜き、地面に投げ捨てた。

 すると、少女の瞳が赤く染まり、肌が浅黒くなっていく。

 それはまさに、ダークエルフそのものであった。

 魔女フォノンは爛々と輝く瞳で、アエルスドロ達を射抜いた。

 戦いが、始まった。

 

「悪く思わないでくださります? 行きますわよ!」

 マリアンヌは二丁拳銃でフォノンを攻撃する。

 しかし、フォノンが形成した防御壁に阻まれ、大したダメージは与えられない。

「闇の精霊よ、その暗黒の姿を現せ!」

 フォノンは闇の精霊の力を借りて、魔力による刃を形成しマリアンヌを切り裂いた。

「きゃあああーーっ!」

「危ないよ、マリアンヌ!」

 エリーが光の盾を張った事で、何とか戦闘不能になる事は免れた。

 それでもかなりのダメージを受けたようで、エリーはすぐに魔法でマリアンヌを回復する。

「ねえアエルスドロ、ダークエルフってこんなに魔力が強いんですの?」

「ダークエルフは男性よりも女性の方が心身共に強いのです」

「ふーん、人間とは逆ですの……ね!」

 マリアンヌは二丁拳銃を連射し、フォノンに着実にダメージを与えていた。

「風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

「デ・ゲイト・ラ・ロタ・ド・イス!」

「私にそんな攻撃は届かない」

 ルドルフとユミルが魔法でフォノンを攻撃するが、防御壁のせいでダメージが通らない。

「……なかなかダメージが通りません。この防御壁を何とかしなければ……」

「大人しく食われればいいものを……。

 炎の上位精霊イフリートよ、炎の嵐を起こし焼き尽くし給え!」

 フォノンが手を掲げて呪文を詠唱すると、炎の嵐が巻き起こりアエルスドロ達に襲い掛かった。

 巻き込まれれば、骨まで焼き尽くされるだろう。

「まずいぞ、避けろ!」

「ううん、避けたらダメ!」

 ミロは炎の嵐に突っ込んでいった。

「まずいですよ、ミロさん! やめてください!」

「安心しなさい! あたしは強いのよ?」

 ルドルフが止めようとするがミロはそれを聞かず、

 炎の嵐を「掴む」と、なんとフォノンに向かって投げ飛ばした。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 フォノンが逆に炎の嵐に巻き込まれた。

 美しかったドレスは見る見るうちに焼け、身体も炎に飲み込まれていく。

 魔法を投げ飛ばすなんてなんという力なんだ……とルドルフは脱帽した。

 そして、そして、火と共に防御壁が消えたのを確認すると、

 ミロはアエルスドロとマリアンヌに譲った。

「さあ、後はあなた達でとどめを刺すのよ!」

「え……わたくしが?」

「私が?」

「美味しいところはあなた達に任せるわ! さあ、行ってらっしゃい!」

 ミロはそう言って飛び退き、とどめをアエルスドロとマリアンヌに任せた。

 

「な、なんだか複雑ですけど……」

「やるしかありませんわね!」

 アエルスドロとマリアンヌはそれぞれの武器を構えた。

 フォノンは這いつくばりながら、二人にゆっくりと近付いていく。

「貴様……よくも……!」

「悪いが、私達はお前を楽に死なせたい」

「だから、無駄な抵抗はよしなさい!」

「ド・トニト・ド・テネブ!」

 アエルスドロが呪文を唱えると、フォノンの身体が動かなくなる。

「う、動けない……!」

「さあ、とどめといきますわよ! ピアシングショット!!」

 そして、マリアンヌが強力な弾丸を撃ち出すと、

 それはフォノンの胸に吸い込まれるように入っていき、命中するとフォノンは血を吐いた。

「どうして……?」

 フォノンは最期に優しそうな声でそう呟くと倒れ、そのまま二度と起き上がる事はなかった。

 カラカラと、糸車が回る音がする。

 糸がフォノンの身体を包むと、ゆっくりと宙に浮かび、そして天へ昇っていった。

 

―フォノンを止めてくれてありがとう。

―あの子の魂は私達が連れていくわ。

―本当に、ありがとうございました……。

 

「……戦いは終わった。フォノンもこれで、救われるだろう」

「今度は、良い人に生まれ変わってくださいね……」

 アエルスドロとマリアンヌは、フォノンがいた場所を見つめ続けるのだった。

 

 アエルスドロ達が外に出ると、糸はすっかりなくなっていた。

 眠れる森の異変は、解決されたのだった。




~モンスター図鑑~

フェアリー
蝶のような羽を生やした、風の妖精。
悪戯好きで、人前に出て驚かすのが好き。

ピクシー
トンボのような羽を生やした、植物の妖精。
好奇心旺盛で、よく物事に首を突っ込みたがる。

ブラウニー
家に住み着く小さな妖精。
茶色い服を好んで着るために「ブラウニー」と呼ばれている。
家事を手伝う事が多いが、機嫌が悪いと住人に襲い掛かる。


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第12話 初めての夕食作り

日常回です。
冒険ばかりでは疲れると思ったので。


 フォノンが起こした異変を解決したアエルスドロ達は、ナガル地方に戻ってきた。

 時間はもう、夕方を回っていた。

 

「お帰りなさい。無事の帰還、何よりです」

 ディストがマリアンヌをお辞儀して迎えると、マリアンヌは「ご苦労様」と彼に労った。

「あの後、屋敷の茨が消えました。そこで何かありましたか?」

 アエルスドロは、屋敷で起こった出来事、塔に魔導師フォノンがいた事を話した。

「なるほど……あそこには、強大な邪悪がいたのですね」

「でも、僕達が救いました。彼女の魂も召されていると思います」

 ルドルフがそう追加で報告する。

 すると、カラカラと満足そうな糸車の音が聞こえた気がした。

「ルドルフ、なんか聞こえたー?」

「気のせいだと思いますが……」

「でもまぁ、これで住民達は満足しますわね」

 茨がなくなった事で、もう住民がそれに悩まされる事はない。

 その事に対し、領主のマリアンヌは安心した。

 

「もうすぐ夜ですし、そろそろ夕食の支度でもしましょう。

 今日は、わたくしとアエルスドロが作りますわよ」

 マリアンヌは、アエルスドロを連れて台所へ向かった。

 今日覚えた料理の腕を試すためである。

 マリアンヌはレシピの本をめくり、眺めた後、クリームシチューを選んだ。

 クリームシチューの材料は牛乳、ポテト、人参、玉葱、チキンだ。

「ではまずは、野菜とチキンを切りましょう。包丁を用意しますわね」

 そう言って、マリアンヌは包丁を取り出した。

「まずは、野菜を切ってください」

「えぇと……」

 アエルスドロは包丁を握り、用意された人参を切った。

 少しだけ手は震えていたが、剣を握った事があるため、その手つきはスムーズだった。

 人参やポテトを角切りにした後、玉葱も同じように切ろうとした。

 しかし、玉葱を切ろうとした時、アエルスドロの手が止まった。

「どうしましたの、アエルスドロ?」

「玉葱を切ると、涙が出るらしいので、切れないんです」

「とりあえず、あなたの魔法で目を覆ってみては?」

「……やってみます」

 アエルスドロは目を保護する魔法を自分にかけ、包丁を握り直して玉葱を切った。

 すると、玉葱を切っている最中でも目に刺激が加わらず、涙が出ずに玉葱を切る事ができた。

「おお! 涙が出ません! これなら楽に玉葱を切る事ができます!」

「じゃあ、わたくしはチキンを食べやすい大きさに切りますわね」

 マリアンヌも包丁を持って、チキンを切った。

 彼女の方は、料理をした事がないらしく、かなり苦戦していた。

「く……難しいですわ!」

「あの、マリアンヌさん? 包丁はこうやって使うんですよ?」

「五月蠅いですわね、ちゃんとやりますわよ!」

 意地を張りながら包丁を動かすマリアンヌ。

 しかしその動きはぎこちなく、どこか大雑把で、アエルスドロは面白そうな顔をした。

 それが、マリアンヌをますます意地っ張りにした。

(マリアンヌさん……本当に、美味しいクリームシチューができるのでしょうか……)

 

「よし、これで野菜とチキンは終わりましたわね。それじゃあ、次は鍋に油をひきますわよ」

 野菜とチキンを切り終わった後、マリアンヌは油を取り出して鍋にひいた。

「アエルスドロ、それにさっき切った野菜とチキンを入れなさい!」

「はい!」

 アエルスドロは鍋の中にポテト、人参、玉葱、チキンを入れた。

 マリアンヌはさらに、急いでソルトとペッパーを入れる。

「さあ、炒めるぞ! ファイア!」

 アエルスドロが鍋に炎魔法を唱え、材料を炒めた。

「私が初めて作る料理なんだ、みんなが喜んでくれればいい」

「わたくしも忘れないでくださります?」

 むすっとしながらマリアンヌは言った。

 アエルスドロは「分かりましたよ」と言った後、料理に集中する体勢に入った。

 材料にしっかりと火を通すために、まんべんなく炒める。

 そして、玉葱が透明になるまで炒めた後、アエルスドロは火を止めた。

「よし、後は牛乳と水を入れるわけですわね! 混ぜるのはわたくしがやりますわ!」

 マリアンヌは牛乳と水を鍋に入れ、再びアエルスドロが火をつけた後にかき混ぜた。

 かなり大雑把に混ぜていたが、その様子は料理を作りたい彼女なりに一生懸命だった。

 とろみがつくまで、彼女は只管混ぜ続けていた。

「美味しくなりなさいよ、わたくしのクリームシチュー!」

「……」

 その時のマリアンヌの表情は、アエルスドロも引くほど凄まじかったという。

 煮立ってきてとろみがつくと、マリアンヌはアエルスドロに弱火にするように言った。

 こうして、二人は完成するまでクリームシチューを煮込んだ。

 

「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ……」

「美味しくなりなさい、美味しくなりなさい……!」

 

 そして、ぐつぐつという音が聞こえてきたところで、アエルスドロは火を止めた。

「これでクリームシチューの完成だな」

「ちょっと中を見てみましょう」

 マリアンヌが鍋を開けてみると、良い香りが漂ってきた。

 見た目も美味しそうで、具も均等に混ざっている。

 だが、見た目は良くても、味が良くなければ、初めての料理は失敗だ。

「美味しそうにできてますわね」

「後はみんなが喜んでくれるか、だな」

「ふっふふ、わたくしとアエルスドロが作った料理ですから美味しくないわけがないですわ」

 アエルスドロとマリアンヌは、クリームシチューを皿によそった。

 

 その日の夜。

「今日の夕食は」

「わたくし達が作った、クリームシチューですわ!」

「おや、珍しいねぇ。今日はあんた達が夕食を作ったのかい?」

 今日は夕食を作ってもらう側になったファルナは感嘆する。

 マリアンヌは自分とアエルスドロが初めて作った料理を食べてもらえる事にわくわくしていた。

「……よし、いただきます!」

 ファルナがクリームシチューを口に入れると、彼女はにっこりと微笑んだ。

「へぇ、なかなかいいじゃないか。あんた達の料理」

「わたくしも、ここで生きる時にはこの料理も学ばなくてはいけませんのよ」

 ここに左遷される前は、料理もまともにしていなかったマリアンヌ。

 しかし、ここで生活するために、家事全般を修得しようとしている。

 そして今日、アエルスドロと共にクリームシチューを作ったのだ。

「私は巻き込まれた形だが……」

「何かおっしゃりました?」

「い、いえ」

 マリアンヌは余計な一言を言った(?)アエルスドロを睨んだ。

 二人を見ていたディストは、食事に手をつけた。

「ディスト、お味はどうですの?」

「ああ……美味しいですよ」

「よかった、ディストが喜ぶなんて嬉しいですわ。戦闘はできませんけど、有能な副官ですしね」

「ありがとうございます」

 マリアンヌは、何だかんだでディストを認めているようだ。

 

「こうして、みんなが仲良く暮らしているなんて。私がいた場所では、あり得なかったのに……」

 その温かい様子を、アエルスドロは羨ましそうに見ていた。

 自分が元いたアンダーダークでは、毎日のようにダークエルフの女達が権力抗争をし、

 男達はその戦力としてこき使われていた。

 だが、ここでは全ての者が手を取り合って暮らしている。

 長い間アンダーダークで暮らしていた彼にとって、まさに天国と言える場所だった。

「……この平和が、ずっと続けばいい……。それが、私の願いだ……」




ナガル地方は、マリアンヌがいる限りは基本的に安全です。
だから、住民は基本的にのほほ~んとしているのです。


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第13話 地下からの追っ手

アエルスドロを追う者が、やってきます。


 その夜。

 アエルスドロはマリアンヌと一緒のベッドにいた。

 

「あら、今日はわたくしと一緒に寝ますの?」

「はい……一緒に夕食を作ってくれて、ありがとうございます」

「そんな、あなたはただ、わたくしの料理を手伝っただけですわよ?」

 マリアンヌは常に他者を自分より下に見ている。

 それは、ここに入ってきたアエルスドロも例外ではない。

 しかし、アエルスドロがダークエルフであり、

 しかも自分の祖国が人間至上主義国家なので、アエルスドロを見捨てられなかった。

「それでも、私は嬉しいんです。ダークエルフの私を受け入れてくれる、ただそれだけで」

「アエルスドロ、なんでそんなにわたくしを気に入ってますの?」

「地上で、あなたと最初に出会いましたから……」

「こんな人間なのに?」

 自嘲気味にマリアンヌが言うが、アエルスドロは微笑みを崩さない。

「どんな形でも、私を傍に置いてくれる。それが、私が得た最初の幸せですから」

「……ダークエルフは世界中で嫌われているらしいですけど、

 見たところ、あなたは善良ですから、ますます嫌われていますわね」

「……はい」

 世界でも類稀な善のダークエルフは、人間社会からもダークエルフ社会からも忌み嫌われる。

 当然、居場所なんて見つかるはずがなく、大抵は殺されるか飢え死にするかのどちらかだった。

 このように普通に暮らしているというのは、まさに奇跡と言えるものだった。

「本当にあなたは幸運でしたわね。

 わたくしじゃなかったら、恐らくあなたは殺されていた事でしょう」

「ありがとうございます、マリアンヌさん……」

「わたくしに感謝なさい、おーっほっほっほっほっほ!!

 ベッドの上で、マリアンヌは高笑いした。

 この時、アエルスドロは思った。

 自分はマリアンヌと一緒にいて、本当によかった……と。

 

「それでは、明日が幸せになりますように。お休みなさい」

「お休みなさい……」

 アエルスドロとマリアンヌはそう言って、目を閉じた。

 

 数時間後。

マリアンヌ様、いますか!?

「!?」

 アエルスドロとマリアンヌが寝静まった頃、急に誰かが激しくドアをノックしていた。

 マリアンヌは驚いて起き上がり、ドアを開けた。

「ディストじゃない、どうしましたの!?」

「ナガル地方の周辺の森に……不死者が現れました……!」

「なんですって!? ほら、アエルスドロ、起きなさい!」

「……う、う~ん、まだ私は……」

 マリアンヌは大急ぎでアエルスドロを叩き起こし、ドアを開けて外の様子を確認する。

 外は暗くなっていて、不死者が活動できる最高の時間になっていた。

「……皆さんは寝静まっている頃ですわね。ディスト、魔物はわたくし達が退治しますわ。

 あなたは寝て待ってなさい」

「分かりました……。マリアンヌ様、アエルスドロさん、どうか無事でいてください」

「ふふっ、わたくしに歯向かう愚か者に鉛の弾丸を撃ちますわ!」

「不死者……嫌な予感しかしませんが……」

 マリアンヌは二丁拳銃、アエルスドロは剣と盾を装備し、森の中に入っていった。

 

「うわぁ……」

「森がこんなになっているなんて……」

 瘴気の影響で、森の中からは不死者が湧き出るように飛び出していた。

 黒く染まった木の群れの中から、瘴気を纏った不死者達が現れ、アエルスドロ達に牙を剥いた。

「うぐぉっ!」

 ダークストーカーが先制してアエルスドロを斬りつける。

 アエルスドロは一撃を盾でしっかり防いだが瞬時に切り返しを受け、重傷を負う。

「……うぐっ」

 アエルスドロは持っていたポーションを飲んで傷を癒す。

「……ふぅ。反撃だ! ラウンドスラッシュ!」

 ポーションを飲んだ後、アエルスドロはゾンビの群れに突っ込んで剣で斬りつける。

 そのままの勢いでダークストーカーも斬りつけた。

「覚悟なさい、ガトリングショット!」

 マリアンヌは二丁拳銃を乱射し、深手を負ったゾンビの群れを全滅させた。

「おーっほっほっほ! わたくしの前から消え失せなさ~い!」

「もう消えてますが」

 ゾンビの群れを撃破し、高笑いするマリアンヌ。

「さあ、あなたも倒れなさい!」

 マリアンヌはもう一度二丁拳銃を構え、ダークストーカーに銃弾を放った。

 しかし、ダークストーカーは紙一重でマリアンヌの銃弾をかわした。

「な、なんですって!? きゃあぁぁぁ!」

 ダークストーカーは油断したマリアンヌを斬りつけ、服を破り下着が露わになる。

「マリアンヌさん!」

「よくもわたくしの美しい服に傷をつけましたわね。

 あなたは完膚なきまでに叩き潰しますわ! ……さあ、覚悟なさい、不死者!」

 マリアンヌはダークストーカーに突っ込んでいき、至近距離から銃を乱射し蜂の巣にする。

 彼女の表情は、プライドを傷つけられたために鬼気迫っていた。

 アエルスドロはその様子に引きながらも、マリアンヌを見守っていた。

「さあ、これでとどめよ! リベリオン!!」

 そして、マリアンヌの光を纏った銃弾がダークストーカーを貫き、消滅させた。

 

「……アエルスドロ、絶対にこの異変は解決しましょう」

「……はい」

 震えながら、アエルスドロは頷いた。

 マリアンヌを怒らせてはいけない……と、アエルスドロは改めて思うのだった。

 

 不死者を倒したアエルスドロ達の視界には、

 毒々しい黒や紫の異形の森に変化した森が広がっていた。

 間違いなく、敵はこの中にいる……。

 アエルスドロとマリアンヌは注意深く辺りを見渡した後、森の中に入った。

 

「とりあえず、この森がどうなっているのかを調べる必要があるな」

 アエルスドロは精神を集中させ、森がどうなっているのかを調べてみた。

 すると、アエルスドロの頭の中に、情報が入ってきた。

 森は地形を変え、迷いの森と化し、強引に突破するには中心までの道を切り開く必要がある。

 中心に向かって攻撃を放てば、道は開ける、と。

「私に任せろ、ダークスラッシュ!」

 アエルスドロは、森の中心に向かって闇を纏った斬撃を放った。

 すると、木々はなぎ倒され、道を切り開く事に成功した。

「さあ、行きますわよ!」

「はい!」

 道を切り開き、敵がいる中心部へと向かうアエルスドロ達の前に、

 ダークエルフのクレリックに率いられた不死者の軍勢が立ちはだかる。

 その数は相当なものだったが、ここまで来て引き返す事はできない。

 急いでこれを倒し、先に進まねばならない。

 

「裏切り者のダークエルフめ、覚悟しろ!」

「私は……裏切り者などではない!」

 アエルスドロが剣を抜き、戦闘が始まった。

 

「はっ!」

「させない!」

 ダークエルフのクレリックが振るった鞭を盾で受け止めるアエルスドロ。

 直後にゴーストに斬りかかるが、その攻撃はゴーストをすり抜けた。

「何!?」

「どうやら、魔法の加護を受けていない攻撃は通用しないようですわ。

 悔しいけど、わたくしでは倒せませんし……頼みますわよ!」

「分かりました、ファイアスラッシュ!」

 アエルスドロは剣に炎を纏わせ、ゴーストの群れを薙ぎ払い一撃で倒した。

「ガトリングショット!」

 マリアンヌがグールの群れに突っ込み、至近距離から二丁拳銃を乱射する。

 さらにダークエルフのクレリックの腹目掛けて一発放った。

「ちっ! 人間の癖に、なかなかやるじゃないか! 不死者よ、こいつらを殺しておやり!」

 ダークエルフのクレリックが不死者に命令を下し、マリアンヌを攻撃させる。

「そんなものは通用しませんわよ」

 マリアンヌは身軽な動きで不死者全ての攻撃をかわし、

 二丁拳銃を連射して不死者を全滅させた。

「これが人間の力ですわ。思い知りまして?」

「なんだって!? ちっ……ここは、逃げるしかないようd」

「逃がすか!」

 アエルスドロは逃げようとするダークエルフのクレリックを追い、その背中を剣で斬りつけた。

「何をする!」

「お前が私を裏切り者と言うならば、私は裏切り者としてお前を殺そう。

 ……同じ事だ、ヒトの事は言えないだろう? さよならだ、ダークエルフよ」

 そして、アエルスドロの剣はダークエルフのクレリックを真っ二つに切り裂いた。

 

「……」

 剣についた血を拭き取りながら、アエルスドロはダークエルフのクレリックの死体を見る。

 アエルスドロは、地上で同族を初めて殺してしまったからだ。

「……こんな私でも……受け入れてくれるのだろうか……」

「少なくとも、わたくしなら受け入れて差し上げますわ」

 俯くアエルスドロの肩を、マリアンヌはポンポンと叩いた。

「悪役令嬢がダークエルフの味方をしている、っていうのは、いたって普通でしょう?

 些細な事で悩まないでちょうだい! 明るいあなたがみたいですわ!」

「……マリアンヌさん……それは、本当ですね?」

「もう敬語を使わなくてもよろしいですわよ? これからは普通に話してもよろしいですわ。

 さあ、わたくしと握手なさい!」

 その言葉は、マリアンヌがアエルスドロを完全に認めた証であった。

 アエルスドロは彼女が嘘をついていないと信じ、彼女の手をぎゅっと握り締めた。

「本当に……本当にありがとう、マリアンヌ……!

 これからも私と、永遠に離れないでくれ……!」

「もちろんですわ!」

 

 アエルスドロとマリアンヌが森の中心部に到達すると、

 空に巨大な穴が現れ、「門」が開き始めようとしていた。

 朝までに門を閉じなければ、ナガル地方が終わってしまう。

 そのことを認識した二人の前に、

 ダークエルフの神官、ブリジッティーラとシーリーナが現れた。

「来たようだな、裏切り者のダークエルフ」

「人間と手を組むとは……なんと愚かな」

「私はお前達よりも愚かではない」

 そう言って、アエルスドロは二人に剣を向けた。

「言ってくれるな……」

「私達は、アラネア様の加護を受けている。アラネア様の加護を失った貴様は、死あるのみ!」

「神なんて信じませんわ。信じるのは己のみ!」

 マリアンヌは腰から二丁拳銃を取り出し、構える。

「……ふん、信仰心は無いのか……。まぁいい、どのみち貴様らはここで死ぬのみだ」

「悪いけど、わたくし達はあなた達に負けるつもりなど微塵もありませんわ!!」

「さぁ、勝負だ!!」

 

 ブリジッティーラとシーリーナとの戦いが始まる。




~モンスター図鑑~

ダークストーカー
死者の魂が固まって生まれたアンデッド。

ゾンビ
死体が動き出したアンデッド。
肉体が腐敗しており、周囲に耐え難い悪臭を放つ。
自我も痛覚も知性も無く、ただ創造主の命令を忠実に果たす。

ゴースト
この世に強い未練を残して死んだ者が霊になって現れた姿。
実体を持たず、通常の武器では傷つける事ができない。


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第14話 神官との戦い

アエルスドロを追いかけた、ダークエルフの神官との戦い。
同族にして裏切り者との戦いはちょっとつらいですよね。


「ソードブラスト!」

 アエルスドロは剣から衝撃波をブリジッティーラとシーリーナ目掛けて飛ばす。

 しかし、圧倒的な闇に阻まれて届かなかった。

「わたくしの銃弾、受けてみなさい!」

「ふん、鉛の弾丸など……」

「あら、それはあなたの勘違いではなくて?」

 マリアンヌが放った銃弾は、着弾すると爆発を引き起こす弾丸、ファイアーバレットだった。

 銃弾が爆ぜると、ブリジッティーラは浅くない傷を負う。

「がぁぁっ!?」

 ブリジッティーラは口から血を吐き、4m程吹っ飛ばされた。

「このナガル地方、あなた達に渡すつもりなど微塵もなくてよ」

 マリアンヌはくるっと二丁拳銃を回し、ブリジッティーラを挑発する。

 その挑発に乗ったブリジッティーラはマリアンヌに近付いてレイピアで突き刺そうとするが、

 マリアンヌはひらりと攻撃をかわす。

「large feu vent soins mort!」

 シーリーナはアラネアの力を借りて、

 アエルスドロとマリアンヌ目掛けて悪しき信仰の力を帯びた炎の柱を呼び出した。

 その場にはブリジッティーラもいたのだが、利己的なダークエルフはそれを考えなかった。

「まずいぞ、当たれば致命傷は避けられない! ラ・ナチュ・デ・ヴェン・ラ・スカト!」

 アエルスドロは速度を上げる呪文を唱え、二人の速度を上げ、攻撃を回避した。

 結果、何故かブリジッティーラだけが攻撃を受けるという、

 ある意味奇跡のような状況になった。

「おお」

「何をする!」

「ぼさっとしている方が悪い」

 ブリジッティーラとシーリーナが喧嘩をしている中、

 アエルスドロはブリジッティーラ目掛けて威風に溢れた一撃を放つ。

 アエルスドロの剣はブリジッティーラを貫き、大きな傷を負わせる。

「ぐ、ぁぁぁぁっ!?」

 ブリジッティーラは踏みとどまり、レイピアを握り直してアエルスドロを貫こうとした。

 しかし、そこをマリアンヌが庇った事により、アエルスドロはダメージを受けなかった。

「マリアンヌ、服が破れるのは嫌なんだろう?」

「もう、その際そんな事はどうでもいいですわ。こいつらを倒すのを最優先にしましてよ!」

「さて、どうなるかな? instabilite!」

 シーリーナが呪文を唱えると、空間が歪み、不安定になった。

 幸運や不運がさらに起きやすくなるようになり、混沌とした状況になるのは必然だった。

「ふん、そんなものなどわたくしの前では紙切れ同然ですわ! マグナムショット!」

 マリアンヌは二丁拳銃をブリジッティーラに放つが、

 銃が暴発し、アエルスドロに当たりそうになった。

「しまった!」

「ふっ!」

 アエルスドロは盾でマリアンヌの銃弾を弾き返し、ブリジッティーラに当てた。

「お、おのれえええええっ!」

「このチャンスは利用しなければならない。いくぞ、アイシクルスラッシュ!」

 アエルスドロは呪術で剣に氷を纏わせ、シーリーナに振るって衝撃波を飛ばした。

 シーリーナの呪文の効果で衝撃波は広がり、彼女が回避するまもなく衝撃波は彼女を貫いた。

「ちっ……運を味方につけたようだね」

「悪いが、お前達に屈するわけにはいかない。これは私達の居場所を守る戦いなんだ」

「は、私達は侵略者扱いか……。ならば、死ね」

 ブリジッティーラは威風に溢れながら毒を纏ったレイピアを振るった。

「ド・ゲイト・デ・テラ・マ・ギ!」

 アエルスドロは魔法の矢をブリジッティーラの腕目掛けて放ち、命中すると攻撃が中断する。

 その隙にアエルスドロはブリジッティーラに突っ込んで彼女を斬りつけた。

 ブリジッティーラはその一撃を受け、致命傷に陥るが、まだ倒れなかった。

「貴様さえ生贄に捧げれば、アラネア様の寵愛を受ける事ができる!」

 悪の種族たるダークエルフにとって、善の属性のアエルスドロは汚点である。

 そのため、彼女達は何が何でも、アエルスドロをアラネアの生贄にしようとしているのだ。

 しかし、マリアンヌは二人を鼻で笑う。

「ふん、そんな神様がどうかいたしまして?」

「貴様、人間の分際で、アラネア様に無礼を働くな!」

「わたくしは神様なんて信じませんわ。信じるのは己とこの銃のみ! デスサーティーン!」

 マリアンヌはステップでシーリーナとの距離を離し、彼女目掛けて二丁拳銃を乱射した。

 距離はかなり離れていたが、デスサーティーンの効果で射程が伸びたため命中した。

 

「く……」

「いい加減、引導を渡してやりたいですわ……」

 アエルスドロとマリアンヌは、何度も技を繰り出したのか体力も気力もかなり消耗している。

 ここで決めなければ、後がない。

「……死んでもらいますわよ」

 マリアンヌは聖なる弾丸を拳銃に装填し、ブリジッティーラの心臓目掛けて銃弾を撃った。

 銃弾はブリジッティーラの胸を貫くと、彼女を聖なる光で包み込んだ。

 光に弱いダークエルフにとって、その一撃は致命傷となった。

「くそ……何故、貴様らなんかに、私が敗れたのだ……!」

 ブリジッティーラはそう言い残すと力尽き、その場に倒れた。

 

「言ったでしょう。あなた達には死んでもらわなければなりませんのよ? ふふふふふふ……」

 マリアンヌはそう言って、大きく哄笑した。

 しかし、笑っているからといって、機嫌が良いわけではない。

 アエルスドロは静かに怒っているマリアンヌを震えながら見ていた。

「シーリーナ。次はあなたのターンですわ。……分かっておりますわよね?」

 そう言って、マリアンヌはシーリーナに二丁拳銃を向けた。

「では、せいぜい期待に添えるようにしよう! large feu vent soins mort!」

 シーリーナは呪文を詠唱し、アエルスドロとマリアンヌがいる場所に火炎の嵐を呼び出した。

 アエルスドロは運良く攻撃が当たらない位置にいて回避し、

 マリアンヌはかわそうとしたが運悪く当たってしまう。

「マ・ギ・デ・スカト!」

「くぅぅ……」

 マリアンヌは何とか己の強い精神力と、アエルスドロの防御魔法でダメージをほぼ軽減したが、

 ダークエルフの呪術が混ざっていたのか頭がくらくらしてきた。

 シーリーナはマリアンヌに追い打ちの呪術をかけ、彼女にとどめを刺そうとした。

「させるか!」

 しかし、アエルスドロが盾で攻撃を防ぎ、剣を構えてシーリーナに突っ込んでいった。

「私はもう、お前達とは一緒にいられない。だから、私は戦士として、お前を討つ――!

 ド・イグニ・ラ・オシ・ド・オシ!」

グアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 そして、アエルスドロの剣を炎が包み込み、

 彼が剣を振ると同時にシーリーナを炎で飲み込んだ。

 シーリーナは業火に焼かれながら断末魔を上げていく。

 そして、灰すら残さず、その姿を消していった。

 

「私達が……勝った……のか……」

「まったく、人騒がせなダークエルフでしたわね」

 アエルスドロとマリアンヌがそう呟くと、森を覆っていた瘴気は見る見るうちに消えていった。

 そして、森は元の姿を取り戻していった。




アエルスドロとマリアンヌも協力する時はするのです。
次回は新キャラの登場です。


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第15話 謎の暗殺者・驟雨

新キャラ登場。
ただ、簡単には相手にできないようです。
こういう展開もあった方がいいと思ったので。


「ふぅ~。やっと帰ってこれましたわ。あ~、疲れたからお休みなさ~い」

 小屋に戻って来たマリアンヌは、疲れからかベッドに倒れ込み、そのままぐっすりと眠った。

「……マリアンヌさんらしいというか、らしくないというか……な、寝方だなぁ」

 マリアンヌは貴族令嬢とは思えないような寝方をしていた。

 アエルスドロは彼女にそれを言うと間違いなく撃たれると感じたが、

 今は寝ていたため無事だった。

「まぁ、いいや。私もそろそろ寝よう」

 そう言って、アエルスドロはマリアンヌの隣で眠った。

 

「……ああ、やっぱり……柔らかい……。強がっていても……ちゃんと女性なんだな……」

 アエルスドロがマリアンヌのどこを触っていたのかは、ここでは明かさない。

 というよりも、明かした場合は年齢制限がかかってしまうので……。

 

 翌日。

「おはようございます。疲れは取れましたか?」

「あ、おっはよー」

「ああ、おはよう」

 アエルスドロとマリアンヌがいる小屋に、ルドルフとエリーが起こしに入ってきた。

 とっくにアエルスドロは起きているが、マリアンヌがまだ寝ていたためである。

「なんでこの時間でも起きないんだろー。もうとっくに朝食はできてるのにね」

「夜にぶっ通しで私と異変を解決したからだ。マリアンヌは人間だからかなり疲れている。

 だから、もう少し寝かせてほしいな」

「分かりました、ファルナさんにそう言っておきますね」

 

「昨日はお疲れ様、アエルスドロちゃんはよく頑張ったねぇ」

 ファルナは、今日の朝食であるジャーマンポテトを食べながらアエルスドロを褒めていた。

「私一人の力では、この異変は解決できなかった。マリアンヌも褒めてくれないか」

「ああ、今ずーっと寝てるんだろ?

 それだけ頑張ったって証じゃないか、もちろん褒めてあげるよ」

「ありがとうございます」

 そう言って、アエルスドロは野菜のバターソテーを口に入れた。

 

「アエルスドロ、ファルナ! ちゃんとわたくしの分は残してありますわよね!?」

「おや、マリアンヌちゃん。おはよう」

 そこに、ようやく疲れが取れて起きたマリアンヌが食卓にやってくる。

「令嬢だから誰かに起こしてもらうのかと思ったけど、自分でちゃんと起きたみたいだな」

「……何かおっしゃりました?」

「銃を向けるのはやめろ、周りが傷つく」

 マリアンヌが笑みを浮かべながら(目は笑っていない)アエルスドロに銃を向ける。

 アエルスドロは冷や汗を掻きながらマリアンヌを止めた。

「……まぁ、腹が減っては戦ができぬと言いますし、この醜い争いはやめて食事しましょうか」

 マリアンヌは銃をしまった後、ジャーマンポテトを食べた。

「二人ともお疲れ様だね。今日一日はゆっくり休んでいいよ。魔物退治は他の人に任せるから」

「ありがとうございます」

「ファルナ、あなたは本当に有能な人材ですわね!」

「ふふっ、ありがとよ」

 アエルスドロとマリアンヌは、ファルナの言葉に甘えてゆっくり休む事にした。

 ちなみに、ミロとユミルは、食事をしなくても生きていられるので、ここには来ていない。

 

 その頃、ナガル地方の外の森では、

 緑の髪と赤い瞳の、黒い衣を着た暗殺者が二振りの短剣で魔物と戦っていた。

 暗殺者は猫の耳と尾を持っており、半獣人のフェルプールである事が分かる。

「切り裂いてやろう……ワイドアタック!」

 暗殺者は前に鋭く突撃しながら二振りの短剣で魔物の群れを一閃した。

 ホーネットは地に伏せたものの魔物はまだ全滅しておらず、暗殺者は舌打ちする。

「……遅い」

 襲い掛かる魔物を暗殺者は華麗にかわし、再び短剣で一閃し、

 これにより魔物はあっけなく全滅した。

「邪魔する者は、俺の前から消える運命だ」

 そう言って暗殺者は短剣をしまい、ナガル地方へと向かっていった。

 

「さて、それではちょっと外の空気を吸いに向かいますね」

 ルドルフは、外の空気を吸うためにナガル地方を出ていこうとした。

「あ、あたしもついてっていい?」

 そこに、エリー、ミロ、ユミルがやってきて彼に同行しようとした。

 ルドルフは当然承諾し、三人と共に外に向かうのだった。

 

「……おかしい。動物の気配がしませんね」

 ルドルフが辺りを見渡すが、朝とは思えないほど静寂に包まれていた。

 いつもは動き回っている動物がおらず、妖精の姿すら見られない。

 昨日、アエルスドロとマリアンヌの活躍により、森は平和になったはずなのに……。

「すっごい静かね。どうしてかしら」

「……まさか、悪魔がここにいるのでは?」

「悪魔……ですか。しかし、悪魔は滅多に来ないはずで……」

 ルドルフがそう言いかけたその時、彼の頬を短剣が掠り、そこから血が出た。

「っ……! 誰です、そこにいるのは!」

 ルドルフが短剣を投げた方向に叫ぶと、暗殺者が冷徹な目で彼らを射抜いていた。

 暗殺者は素早い動きで短剣を回収すると、もう片方の短剣を握ってこちらに殺意を向ける。

「誰だ、お前達は」

「あ、あたしはエリーだよ! そういうキミも、なんでいきなりルドルフに攻撃したのさぁ!」

 暗殺者がルドルフを攻撃した事にエリーは怒るが、暗殺者は表情を変えずに近付いていく。

「名を名乗っていなかったな。俺は驟雨(しゅうう)、氷雨殿に仕える者だ」

 驟雨は冷たい表情で自己紹介する。

 当然、氷雨が誰なのか知らないユミルはきょとんとする。

「その氷雨という人は、キミの主人なのですか?」

「そうだ。……速雨殿のためにも、お前達にはここで死んでもらう!」

 そう言うと驟雨はいきなり襲い掛かってきた。

 エリーは攻撃をかわそうとするが、あまりの速さに見切れず斬りつけられる。

「やめてよね、ファナティシズム!」

 エリーは勇気の精霊の力を借りてミロの攻撃能力を上げる。

「マ・ギ・デ・ポプル!」

「風の精霊よ、見えざる衝撃を……ウィンドブラスト!」

「当たらないぞ」

 ユミルがルドルフに強化魔法をかけた後、ルドルフは驟雨に向かって風の衝撃波を放つ。

 驟雨は飛び上がって攻撃をかわすが、そこにミロが突っ込んで驟雨を爪で引き裂く。

「面倒だな……だが! 必ず殺す!」

 驟雨は舞うような動きでミロ達を二振りの短剣で切り裂いた。

「「うわぁぁぁぁぁ!」」

「「きゃぁぁぁぁぁぁ!」」

 あまりにも速い驟雨の動きに、なすすべもなくダメージを受け続けるルドルフ達。

 ルドルフ達の身体から出た血が、驟雨の短剣につくと、驟雨はそれを拭う。

「まったくもう、速雨って奴の命令だったら関係ないのまで巻き込んでもいいわけ!?」

「一人でも多く、人間以外を殺せ……それが速雨殿の命令だからな」

「やっぱり、話は通用しないようですね……ならば討ち取るしかありません!」

 そう言ってユミルは杖から火炎弾を放つが、驟雨は攻撃をかわしユミルに馬乗りになる。

「暗剣殺……!」

「が……ぁっ!」

 そして、ユミルの首に短剣が刺さると、ユミルは倒れ、仮初の死を迎えた。

 

「ユミルっ!」

「次は誰かな?」

 そう言って、驟雨はルドルフに襲い掛かった。

 彼の首に短剣が刺さる直前、エリーが光の盾を出して攻撃を防ぐ。

「あたし達は死にたくないの。だからここから出ていって!」

 エリーは光を放って驟雨を攻撃するが、大したダメージにはならなかった。

「俺の邪魔をする者は消す」

「なんて物騒な、だったらあんたもそうなるわよ!」

 そう言ってミロは驟雨に飛びついた。

 驟雨は彼女が掴みかかる寸前で回避したが、それこそがミロの狙いであった。

「今よ! あいつを無力化させて!」

「分かりました。水の精霊よ、見えざる霧となり彼の者に眠りをもたらせ……スリープミスト!」

 ルドルフが呪文を唱えると、水色の霧が驟雨を包み込み、彼の意識を閉ざした。

 

「……さて、こいつをどうしようかしら」

 ミロは、眠っている驟雨の処遇をどうしようかと考えていた。

「いきなり襲ってきたんだから悪い奴ってのは確実よね……。

 でも、せっかく無力化したんだし、何かしようかしらね。あ、そうだ、ユミルー!」

「はーい」

 戦闘が終了し、仮初の死から復活したユミルが、ミロのところに行って驟雨の顔を見る。

「ねえ、こいつをどうしようかしら?」

「そうですねぇ……とりあえず、小屋に運びましょうか」

「その方がよさそうね」

 そう言って、ミロは眠っている驟雨を担ぎ上げると、小屋がある方向に向かっていくのだった。




「人は簡単に主人公の仲間にならない」という事を描写しました。
次回は彼の処遇について、アエルスドロ達が考えます。


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第16話 消えた驟雨

驟雨の処遇について、皆が考えます。
しかし、彼はというと……。


「……」

 ルドルフ達は、小屋の中で眠っている驟雨の様子を見ていた。

 現在、彼はルドルフがかけたスリープクラウドの影響で、寝息を立てながら横になっている。

「まったく、こんなのが来るなんてこの世界もどうにかしているわ。ねーアエルスドロー」

「はい?」

 ミロは驟雨の様子を見せるためにアエルスドロを呼んだ。

「ちょっと、こいつの様子を見てくれる?」

「ああ……」

 アエルスドロは、驟雨の顔をじっと見つめた。

 その顔は、穏やかに寝息を立てている。

 

「……寝ているな」

「でしょ? いきなり襲いかかってきたから、こうしたのよ。殺すのも惜しいしね」

「しかし、この後をどうするかが問題だな」

 もし、驟雨をここで起こせば、彼に逃げられる確率が非常に高い。

 眠らせたままでも、いつかは誰かが危険視して彼を殺してしまう可能性が高い。

 そのため、ミロは驟雨の処遇について、アエルスドロに聞こうと思ったのだ。

「私は新しい人材にするか、そのままにするかを選ぶ。

 前者ならマリアンヌが喜ぶと思うが、驟雨自身が喜ぶかは微妙だ。

 後者なら驟雨を縛ったりはしないが、お前の言う通り、惜しい人材をなくすようなものだ」

「う~ん……。優柔不断なのねぇ」

「優柔不断とは、誰の事でして?」

「あ、マリアンヌ」

 二人の話に入ってきたのは、領主のマリアンヌだった。

「この子、誰ですの?」

「驟雨っていう、氷雨に仕える暗殺者よ。

 そいつの命令であたしらを殺しに来たけど、今、眠っているわけよ」

「暗殺者? いい人材になりそうですわね。早速、うちで雇ってみましょうか」

 マリアンヌがにやりと口角を上げると、驟雨に向けて掌をかざし、そして大きく振り下ろした。

「……っ!」

 いきなり頬に衝撃を受けた驟雨が、不機嫌そうな表情で起き上がる。

 マリアンヌは相変わらず、腹に何か秘めている笑みを浮かべている。

「あら、おはよう」

「俺を起こして、どうするつもりだ……」

「決まっているでしょう? わたくしが雇って差し上げますのよ」

「人間のお前が俺を雇う、だと? 悪いが……」

 そう言うと、驟雨は小屋の中で煙玉を投げつけた。

 アエルスドロ達は咳き込んで驟雨の姿も見る事ができなかった。

 そして、煙が消えると同時に、驟雨の姿も消えた。

 

「キィィィィィィ! 逃げられてしまいましたわ!」

 有能な人材に逃げられてしまったため、マリアンヌは悔しがる。

「どうするんだ、マリアンヌ」

「決まっているでしょう? 探しますのよ!」

「でも今日は休むって……」

「いいえ、休日は返上しますわ! さあ皆さん、とっとと驟雨を探しますわよ!」

 そう言って、マリアンヌは二丁拳銃を持って小屋を出ていった。

 

「……マリアンヌは本当に強欲だね。これが悪役令嬢っていうものなのかな?」

 エリーは小屋を出たマリアンヌを見てそう呟いた。

「とにかく、私達も彼女を追わなければな」

 

「見つけましたよ」

「どうして私達を置いていったんだ……」

「わたくしについていかなかったのが悪い! んですのよ」

 マリアンヌは傲岸不遜な態度を崩さなかった。

 アエルスドロはマリアンヌを「良い面もあるがやはり悪役令嬢だな」と思った。

「……さて、どうすれば驟雨は見つかるのかしら」

 マリアンヌは驟雨を怒らせてしまったため、彼を探し出すのは骨が折れる作業だ。

 もし気付かれれば、逃げてしまう事もあるだろう。

 まずは、ナガル地方で情報を集め、有益なものだけを絞らなければならない。

「とりあえず、話を聞いてみましょうか」

 マリアンヌは住民達に驟雨がどこにいるのかを聞いてみた。

 

「驟雨の居場所、ですか?」

「ええ、彼がどこにいるのかを探しておりまして」

 マリアンヌは、早速聞き込みを開始した。

 まず、彼女は驟雨の特徴について住民に話し、彼がどこにいるのかを聞き出す。

「こっちはいい情報が集まりましたわ」

「ああ、僕もう彼に関する情報を集め終わりましたので」

「もうですの!?」

 ルドルフは意外にも勘が鋭かったため、すぐにたくさんの情報を集める事ができた。

 だが、全てが正しい情報であるわけではない。

 ここから、必要な情報だけを絞り出す必要がある。

「う~、どれが正しいのよ。全然分からないわ。えぇい、こうなったら気合で行くしかないわ!」

 ミロは気合で情報を絞り出そうとした。

 しかし、彼女の頭では上手くいかず、ユミルとアエルスドロが代わりに情報を絞り出した。

「驟雨は氷雨にそう命令されているから、あまり遠くには行かないでしょう」

「つまり、ナガル地方のどこかにいるのは確実だ。

 それに、相手は獣人。人工物が多く存在する場所には近付かないだろう」

「う~ん、だとしたら森か洞窟?」

「後者だろう。暗殺者は暗い場所を好むからな」

「そっか、じゃあ洞窟に行けばいいのね!」

 こうして一行は有力な情報を選別し、驟雨の居場所を絞り込んだ。

 まだ手掛かりというレベルなので、一度行って、そこにいるか探そうとした。

 ここから先は、多少の幸運が必要だ。

 

「……よし、目星はつけましたわ」

 一行はマリアンヌを先頭に、どこに驟雨がいるのかを探していた。

「わたくしの前から逃げた驟雨……必ず捕まえてみせますわ……!」

(そもそも逃がしたのはマリアンヌだろ)

「待ちなさいよ、驟雨……!」

 

 その頃、驟雨は、魔物を倒しながら洞窟の中を歩いていた。

 驟雨の周りには魔物の死骸が転がっており、彼の短剣には血もついている。

「……片付いたな。氷雨殿のところに戻らなければ」

 魔物を倒し、主のところに戻ろうとしたその時。

 彼の背後から、少女の声が聞こえてきた。

―あら、そこにいるのは?

「誰だ」

 驟雨がそう言って声のした方に短剣を突きつけると、

 そこには、黒髪を三つ編みにした少女が立っていた。




まだ驟雨は仲間になりませんので、ご了承ください。
次回は、悪役令嬢ものに欠かせない、あの人物が登場します。


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第17話 驟雨を探して

いなくなった暗殺者を探しに行きます。
帝国軍も動かしたいなと思って書きました。


 驟雨を探し、洞窟の中を歩いているアエルスドロ達。

「この辺にいるのは確かですけど……」

 マリアンヌは辺りを見渡しながら、驟雨の痕跡を探していた。

 だが、優れた暗殺者である驟雨が、そう簡単に跡を残してくれるわけがなかった。

「彼の姿が見えませんわね。でも……」

「逃がさんぞ」

「ちょっと! 勝手にわたくしのセリフを取らないでくださります!?」

 マリアンヌが二丁拳銃を声のした方に向けると、ガルバ帝国の兵士達が立っていた。

 重装備の兵士は大型の槍を構えており、彼の後ろにいる三人の女性兵士は銃を持っている。

「あ、あなたは……ガルバ帝国の!?」

「貴様を、ダークエルフを匿った罪で逮捕する」

「逮捕ですって!? 冗談じゃありませんわ!」

「……!」

 兵士の言葉に、ダークエルフは絶句した。

 ダークエルフを匿っただけで逮捕されるとは、

 どれほどまでにこの国は異種族に対し敵対的なんだと思う。

「ちょっと待ってよ! あたし達はそこに行きたいだけなのよ」

「あの女の味方をしている以上、貴様らにも容赦はせんぞ。皆、構えろ!」

 重装備の兵士の号令で、女性兵士は銃を構えた。

「えー、戦うしかないの!?」

「そのようですね……迎え撃ちますよ!」

 ユミルは兵士達に杖を向け、戦闘態勢を取った。

 

「ツインバレット!」

 マリアンヌは素早い動きで兵士達の無防備な場所を二丁拳銃で攻撃した。

「勇気の精霊よ、彼の者に勇気を与え給え!」

「光の精霊よ、我が召喚に応え敵を討つ雷となれ! ブライトショット!」

 エリーがミロの身体能力を魔法で強化し、

 ルドルフが光の精霊を召喚して矢に変え、重装兵士にぶつける。

うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 ミロが思いっきり拳を重装兵士にぶつけると、

 重装兵士の鎧は跡形もなく砕け散り、壁に吹っ飛ばされて戦闘不能になった。

「す、凄い怪力ですわね……。

 ガルバ帝国産の鎧はとても頑丈で、普通の剣では傷すらつかないものもありますのよ?」

「それを砕けるのがあたしの力ってわけ」

「……どれほどのパワーなのよ、あんた。まぁいいですわ、ガトリングショット!」

 マリアンヌがミロのパワーに呆れながらも、二丁拳銃で怯える兵士を容赦なく攻撃する。

「降伏しろ、とか言わないんですか?」

「同じ国民でもわたくしに敵対した時点でわたくしの敵ですわ」

 にやりと、悪役令嬢らしい笑みを浮かべるマリアンヌ。

「動かないでくださいね、ド・ゲイト・ド・シー!」

 ユミルが杖を振ると兵士を渦が包み込み、その勢いで窒息死させた。

 彼の魔法の威力に恐怖した兵士達が「もうどうにでもなれ」と銃を乱射する。

 だが、エリーが的確に防御魔法を使用したため皆、大したダメージは受けなかった。

「ラピッドシャワー!」

「水と風の精霊よ、雷光となり敵を打ち砕け! ボールサンダー!」

 マリアンヌは高く飛び上がって二丁拳銃を兵士達に乱射し、足止めをする。

 そこにルドルフが呼び出した無数の雷の球が命中して兵士達を麻痺させる。

「燃え盛れ……ファイアスラッシュ!」

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 そして、アエルスドロの炎を纏った剣が一閃し、その場にいた兵士達は全滅した。

 

「まったく、わたくしに歯向かうからこうなるんですのよ?」

 くるっと二丁拳銃を回しながらマリアンヌが言う。

 たとえ同じ国に住む人であっても敵対する者には容赦がない、それが彼女のスタンスなのだ。

「とっとと驟雨を捕まえますわよ」

 

 六人は襲ってくる魔物を倒しながら洞窟の奥へ進んでいき、やがて二人の人物の姿を発見する。

 一人は猫耳と尻尾が生えた少年で、もう一人は黒髪を三つ編みにして肩に子猿を乗せた少女だ。

 マリアンヌは彼女に見覚えがあるらしい、少女を見ると目に炎が宿った。

「エ、エマ・クレーシェルじゃないの……! なんで驟雨と一緒にいますの……!」

「誰と話をしてるのかしら?」

「しっ、見つかりますわ。ここは、わたくしがついていきますわ」

 マリアンヌは、二人に見つからないように、こっそりと二人の後についていった。

 彼女の背中を見ていたミロは、なんでエマをフルネームで呼ぶんだろう、と思っていた。

 

「腕の良い暗殺者ですわね。是非、私と協力してみませんか?」

「断る。俺が仕える相手は氷雨殿ただ一人」

「でも、子猿さんが鳴いてたわよ。あなたを是非、人材にしたいって」

「……ならばその子猿を殺すまでだ」

 そう言って、驟雨は子猿に向けてナイフを投げようとしたが、何故か驟雨の手が止まった。

「何?」

「その子猿さんは攻撃できないみたいですよ」

「くそ……せっかく殺したいのに!」

 子猿を殺せば、エマから逃れる事ができるはずなのに。

 それができないため、驟雨は舌打ちをし、拳を強く握っていた。

 

「エマ、驟雨はあなたのものではなくってよ」

 マリアンヌは冷たい声でエマにそう言うと、子猿を右手の拳銃で撃った。

 彼女が放った銃声に気づいた驟雨とエマがこちらを振り向く。

「なっ……!?」

「わたくしはガルバ帝国貴族令嬢、マリアンヌ・フロイデンシュタイン!

 驟雨という暗殺者は、わたくしのものにしますわ!」

 マリアンヌがエマに名を名乗ると同時に、アエルスドロ達が驟雨のところにやって来た。

「き、貴様……! 先ほど殺し損ねた奴か!」

「そうだ。そして私達は、マリアンヌ領主の命令によりお前を捕らえに来た!」

 アエルスドロは剣の切っ先を驟雨に向けた。

 彼の眼は右の赤も左の紫も鋭く、本気である事が分かる。

「この俺を捕らえに来た、か……。下がっていろ」

「はい、分かりましたわ」

 驟雨は殺気を放ち、エマを巻き込まないように遠ざけた。

 

「言っておきますが、ボクも本気ですからね!」

「そうか……ならば、全力でかかってこい!」

「あなたを必ず、ナガル地方で働かせますわよ!」




勧善懲悪ではない、という事を上手く描写できましたか?
次回は驟雨戦です。


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第18話 二つの戦い

驟雨戦です。
そう簡単には仲間にならないのが、彼なんです。


 驟雨との戦いが始まった。

 

「いくよー!」

 エリーがマリアンヌの銃身に光を纏わせる。

 驟雨は目にも留まらぬスピードでアエルスドロに突っ込むと、毒を塗った短剣を振り下ろした。

「おっと、させませんわよ。ライトショット!」

 マリアンヌは牽制の一発を放って驟雨の攻撃を阻止し、光を纏った銃弾を乱射した。

 銃弾は驟雨の防御が薄くなっている部分を的確に狙い、かなりのダメージを与える。

「ぐうぅぅっ!」

「あなたにはとっとと目覚めてほしいんですけどねぇ」

「いくぞ……トリプルスラッシュ!」

 驟雨は隠し持った毒を塗っている短剣をエリーとルドルフに連射した。

 二人は純魔導師タイプなので、まずは彼らから仕留めるつもりらしい。

「お前達は、私が守る!」

 アエルスドロは盾を構えてルドルフとエリーを庇った。

「ぐ……毒か! だが私には、そんなものは効かない!」

 しかし、ルドルフはダークエルフなので、毒に強い耐性を持っていた。

「大地の精霊よ、その拳を突き上げ給え! アースブラスト!」

 ルドルフは地の精霊の力を借りて驟雨に大量の石礫をぶつけ、のけぞらせた。

「炎よ……」

うぉりゃぁぁぁぁあ!

「がはぁっ!」

 ユミルの魔法の援護を受けたミロが、炎を纏った爪を驟雨目掛けて振り下ろし、服ごと燃やした。

「これで終わりだ! エンチャントスラッシュ!!」

うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 そして、アエルスドロが剣に魔力を付与した後、その勢いで驟雨を切り裂いた。

 

「……く……ぅっ」

 驟雨との戦いは、案外呆気なく終わった。

 彼は瀕死の状態のまま、アエルスドロの呪術で縛られていた。

「さぁ驟雨、わたくしの軍門に下りなさい。

 安心しなさい、降伏した相手を殺すほど、わたくしは鬼ではありませんわよ」

「こ……とわ……る……!」

 驟雨は拘束されていても、必死でマリアンヌの言葉を払っていた。

「貴様に仕えるくらいならば……俺は……!」

 そう言って、驟雨は懐から薬を取り出した。

「! 何をするつもりですの!」

「自ら命を絶つ……!」

 どうやら、驟雨は薬を飲んで自害するつもりのようだ。

「やめなさい!」

「やめろ!」

 アエルスドロとマリアンヌは二人がかりで驟雨を止めにかかった。

 驟雨はなおも抵抗しようとしたが、

 体力が減っているため抵抗する力を持たず、あっさりと組み付かれた。

「く……そ……!」

「さぁ、わたくしと共にナガル地方に行きましょうね~♪」

 マリアンヌが驟雨を背負い、洞窟を出ようとしたその時。

「……下がれ」

「えっ……きゃあ!」

 驟雨は何かに気づいたようで、全員に下がるように言った。

 すると突然、目の前に1体のデーモンと魔物の大群が出現した。

「魔族が来た!?」

「多分、あのデーモンがこの魔物の親玉だと思うけど……」

「ボク達が魔物を倒しますから、アエルスドロとマリアンヌは驟雨を守ってください!」

「ああ」

 ユミルはアエルスドロとマリアンヌに驟雨を任せ、ミロ達と共に魔物の軍団と向かい合った。

 

「薙ぎ払え!」

 ミロが手から光の弾を放ち、インプの群れをまとめて攻撃する。

「ラ・ロタ・ド・イグニ!」

キキィーーーー!

 ユミルが杖から火炎弾を撃って瀕死のインプを倒した。

「勇気の精霊よ、彼の者に勇気を与え給え! ファナティシズム!」

 エリーは精霊魔法を唱えてミロの身体能力を強化する。

 残った魔物がミロを集中攻撃するが、身体能力が強化されており、

 しかもエリーが的確に光の盾を使用したため致命傷にはならなかった。

「崩れなさい!」

 ミロがインプを蹴って浮かせた後、大きく飛び上がってインプを爪で引き裂く。

 そしてユミルの魔法の援護を受けた風の爪が、最後のインプを切り裂き、インプは全滅した。

 

「よし、残っているのは……」

「スライムとボスのデーモンだけ、ですね」

「デーモンは大丈夫だと思うけど、スライムの粘液には気をつけなくちゃね」

 スライムの身体は強い酸性を帯びており、その体液の前では防具による守りが意味を成さず、

 またその弾力性の身体で物理攻撃もほとんど通用しない。

 長期戦になると不利になるので、魔法などの援護で素早く倒す必要があるのだ。

「水の精霊よ、彼の者にその手を伸ばし沈めよ! スワンプ!」

 ルドルフは水の精霊の力を借りてスライムの足元に沼を呼び寄せ、

 スライムを沈めて動きを止める。

「当たれ当たれ!」

 ミロは二体のスライムの弱点を的確に光の弾で撃ち抜いた。

 その後に一体目のスライムを爪で切り裂き、

 二体目のスライムを渾身の力を込めた一撃で真っ二つにして倒し、

 デーモンにも衝撃波でダメージを与えた。

「ひっ……!」

「危ない、ミロさん! ド・ゲイト・デ・テラ・マ・ギ!」

 続けてスライムが腕を伸ばしてミロの腕を掴み、彼女を引きずり込もうとする。

 しかし、ユミルが魔法の矢をスライムの腕に放った事で彼女が飲み込まれる事はなかった。

「危なかったわ。うぅ、手がぬるぬるした……」

 スライムから腕を引っこ抜いて、ぬるぬるした手に不快になるミロ。

 ユミルは「後で何とかしますよ」と言いながらスライムに魔法の矢を放った。

「氷の精霊よ、矢となり貫け! アイスボルト!」

 ルドルフが呪文を詠唱して杖を振り下ろすと、無

 数の氷の矢がスライムを貫き、スライムを氷漬けにする。

「水の精霊よ、傷を癒せ! ヒールウォーター!」

「ありがと!」

 エリーがミロの傷を回復魔法で治すと、ミロは最後のスライムに突っ込んでいく。

「いっくわよー! ノーマーシー!」

 そして、スライムに突っ込むと爪で引き裂き、最後に巨大な雷を落としてスライムを撃破した。

 

「よし、あと一体!」

「グォォォォォォォォ……!」

 残る敵がボスデーモンのみとなったところで、

 ボスデーモンはレッサーデーモンの群れを呼び出した。

「ええっ、まだいるの!?」

「油断は大敵ですよ」

「あー、もう! 何とかしなくちゃいけないってのに!」

 ミロは苛々しながらレッサーデーモンの群れに光の弾を放つ。

「それだけ魔族の軍隊は強力だという事です。

 風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

 ルドルフは風の精霊を呼び出してボスデーモンを攻撃した。

 すると、ボスデーモンが大剣を振り回してミロ達を薙ぎ払った。

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!

 大剣の一撃を受け、四人は大きく吹き飛ばされる。

 四人がよろめいたのを確認したボスデーモンは驟雨を殺すべく、

 アエルスドロとマリアンヌに突っ込んでいった。

「くそ……驟雨は殺させない!」

 アエルスドロがボスデーモンの大剣を盾で受け止めた後、

 衝撃波を飛ばしてボスデーモンの動きを一瞬止める。

「今だ、回復を!」

「おーけー! 生命の上位精霊プリシラよ、その癒しの加護を我等に与え給え!

 エリクシールミスト!」

 エリーは生命の上位精霊プリシラの力を借りて、全員が負っていた傷を一気に全快した。

 これにより窮地を脱出したが、代償としてエリーの魔力が大きく減少し、

 回復魔法を使う力をほぼ失っていた。

 早めに決着をつけ、この洞窟を脱出しなければならない。

 レッサーデーモンは驟雨目掛けて闇魔法を放つが、

 ユミルとルドルフが魔法でバリアを作りそれを防ぐ。

「とにかく、ボスをやっつければいいわけでしょ。早く終わらせて、驟雨を連れていくわよ」

 ミロはボスデーモンの攻撃を回避した後、爪でボスデーモンを引き裂く。

 彼女の攻撃力は先ほどよりもかなり上昇しており、ボスデーモンの体力が一気に減少した。

「ミロさん……」

「……悪いけど死になさいよね。とどめよ」

 そして、ミロは冷たい表情で、ボスデーモンにとどめを刺した。

「後はレッサーデーモンだけ……といっても、ボスがいない今は安心して倒せますよね」

 ボスデーモンを倒した以上、残っているレッサーデーモンはただの雑魚である。

 ルドルフ達はいとも簡単にレッサーデーモンを全滅させた。

 

「これでもう大丈夫だ。今のうちに洞窟を出よう」

「あ……ああ……」

「今はわたくしに任せなさいな♪」

 マリアンヌが驟雨を負ぶった後、ルドルフは速度を上げる魔法で急いで洞窟を出ていった。




~モンスター図鑑~

インプ
下級悪魔。
体格は人間の子供程度で、人を騙す事が得意。

デーモン
中級悪魔。
皆が一般的に想像するような悪魔の姿をしている。
身体能力・魔力共に、人間の比ではない。

レッサーデーモン
下級悪魔。
皆が一般的に想像するような悪魔の姿をしている。
身体能力・魔力共に、人間の比ではない。


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第19話 初めての仕事

ようやく驟雨が仲間になります。
こういうのは、敵よりも味方にした方が役に立つのです。


 洞窟で驟雨を見つけたアエルスドロ達は、ナガル地方に戻ってきた。

 アエルスドロは傷ついた驟雨をベッドに寝かせ、マリアンヌと交代で彼を看病する事にした。

 これで二度も、驟雨はベッドに運ばれたという事になる。

「一応、傷の回復はしておいたけど、

 まだ痛みは残ってそうだからしばらくベッドで休んでもらうよ」

 驟雨が負った傷はエリーが治したようで、彼女の光る手がそれを物語っている。

「しかし本当に、エマ・クレーシェルに驟雨を取られなくてよかったですわ」

 マリアンヌは驟雨の戦闘能力に目を付け、何が何でも武官にしようと思っていた。

 しかし驟雨は「速雨に仕えている」という理由でマリアンヌに下るのを頑なに拒否していた。

 何とか彼を無力化させる事は成功したものの、

 マリアンヌがへまをやらかしたせいで洞窟に逃げられ、

 エマが勧誘する前に驟雨を倒しここに運んだのだ。

「今度こそ、正式にナガル地方で働けるといいですね……」

 ルドルフは、心配そうな顔で眠っている驟雨の顔を覗き込んでいた。

 

「というわけで、これから何をするかを考えていきますわよ」

 マリアンヌは驟雨が目覚めるまで、これからどうするかを皆で相談する事にした。

「まずは土地の開発からいきますわ。住民達をここに迎えるためには、家が必要なんですもの」

「そうね、あたしは賛成だわ! このナガル地方をもっと豊かにしたいもの!」

「……」

 ミロは賛成したが、

 妖精のエリーは開発が自然を壊すという行為になるため不機嫌な表情になった。

「別に、必要以上に開発するわけではありませんわ。

 ある程度住みやすくするためには、切り開く事も必要ですのよ」

「なら、いいんだけど……開発の道中で野生動物に遭遇したら、しっかり身は守ってよ?」

「わたくしは弱くはありませんわよ? それよりもあなた達がもっとしっかりしなさい」

 マリアンヌはホルダーから二丁拳銃を取り出すと、それをくるっと回して自慢した。

 ユミルは「根拠のない自信じゃなかったらいいんですけどね」と心の中で思っていた。

 

「……ん」

 しばらくして、驟雨が目を覚ました。

 その目に光はなく、表情は虚ろで何も映していない。

「目覚めたんだな」

 アエルスドロが、ようやく目を覚ました驟雨に近づく。

「……誰、だ? お前は……」

「何? 覚えていないのか?」

「……」

 驟雨が自分の事を知らない事に、アエルスドロは首を傾げた。

 ルドルフは驟雨の顔に手を当て、彼の記憶を読み取ってみた。

「どうでしたか?」

「……驟雨さんは忘れたわけではありません。彼の記憶は、消えています」

「どういう事なの、ルドルフ?」

 エリーがルドルフに問うと、ルドルフは深刻な表情でこう言った。

「あの傷が原因だったのでしょう、もう彼の中に僕達の存在はないのです」

 ルドルフの言葉に、アエルスドロ達は一瞬だけショックを受けた。

 しかし、対照的にマリアンヌは不敵な笑みを浮かべていた。

「という事は、氷雨という奴に仕えていたという記憶も綺麗さっぱりなくなったって事ですの?」

「ひ……さめ……?」

 マリアンヌの「氷雨」という言葉を聞いても、驟雨は思い出せなかった。

 氷雨に関する記憶も無くなっているため、マリアンヌは彼を雇う事ができると確信した。

「彼の事が分からないのならば、わたくしが雇い主になってもよろしくてよ?」

 そう言って、マリアンヌは驟雨に手を伸ばした。

 驟雨は、彼女の手を握ると、ゆっくりと立ち上がった。

「……まぁ、悪役令嬢的に言うならば『飼い主』の方が最適な言葉ですわね!」

 

 何はともあれ、何とか驟雨をナガル地方の武官にする事ができたマリアンヌ。

「よく見たらあなたの格好、少し汚くてよ。

 わたくしが着替えを持っていきますわ、そこで待っていなさい」

 そう言って、マリアンヌは箪笥の中から新しい服を持ってきた。

「エリー、魔法のカーテンで隠してくださりません? ほら驟雨、これ持って着替えなさい!」

「はーい」

 

 しばらくして、新しい衣装に着替えた驟雨が姿を現した。

 驟雨は黒い生地で作られた服と漆黒の頭巾を身に纏っており、

 忍者そのものと言える格好だった。

 ちなみに、頭巾はフェルプール特有の猫耳を隠さないように、上の部分が広がっている。

「闇に溶け込む感じの色か。俺に相応しい色だな」

「あなたは暗殺者ですからね。この方が、仕事の邪魔にならないでしょう?」

「それで、俺はどうすればいい?」

「この辺境の地を開発しましょう。エリーが困るので、必要以上にはしませんけど。

 さぁ、行きますわよ!」

 マリアンヌが開拓に行こうとすると、どん、どんとドアを叩く音が聞こえてきた。

「な、なんですの!?」

 マリアンヌが大急ぎでドアを開けると、漁師のフォリアが慌てた様子でやって来た。

「ナガル地方の入り江を、サハギンが占拠しました。

 その入り江さえ解放すれば襲撃はなくなるでしょう」

「ええ……と、アエルスドロ、驟雨、ルドルフ、エリー、様子を見てきなさい!

 ほら驟雨、初仕事ですわよ!」

 驟雨は頷くと、アエルスドロ、ルドルフ、エリーと共に、外の様子を見に行く事にした。

 なんでマリアンヌは行かないんだ、とアエルスドロは言うが、

 マリアンヌは「こっちも忙しいんですのよ」と答えた。

 

「うわぁ……」

 四人が様子を見てみると、確かに魚などの量が減っている。

 このままでは、ナガル地方の生活に悪影響が出るだろう。

 ルドルフは、入り江をじっと見た後にこう言った。

「洞窟がありますね……多分、そこがサハギンがいる場所でしょう。

 あちこちに水が流れているようで、滑らないように気を付けましょう」

「うん、分かったよルドルフ。フォリア、あたし達でこの事件を必ず解決してみせるから」

「安心するんだぞ」

「ありがとうございます……」

「では、行くぞ!」

「ああ」

 アエルスドロを先頭に、一行は入り江の洞窟の入口に着いた。

 どうやら、ここには見張りがいないようで、代わりにサハギン達は入り江の方を見張っている。

「はっきり言って……」

「ザル、だな」

 一行が洞窟の中に入ると、冷たいが湿度が高く、周りには水たまりがある。

 少し先に進んでみると、道が左右に分かれていて、水は右から左に流れているようだ。

 右に行ってみると、洞窟は下りになっていた。

 流れる水の量も多く、滑りやすくなっている。

「落ち着け……何か罠があるかもしれない」

 驟雨が周囲を見渡すと、落とし穴があるのを発見した。

「! ここには落とし穴がある。迂回すれば落ちる事はない」

「ありがとう、驟雨。お前が見つけてくれなかったら、滑って落ちるところだったよ」

 アエルスドロは驟雨にお礼を言った後、右側の崖に戻った。

 幅が狭い通路を通ると、広い空間に出た。

 床には亀裂ができており、その下に水で光るような床が見える。

「なんか、落ちたらやばそうね」

「奥に行けば何かあるけど……」

「ここを通らなければ、行く事はできないな」

 アエルスドロ、ルドルフ、エリー、驟雨はここを飛び越える事に挑戦した。

「はっ!」

 アエルスドロは、ダークエルフの身体能力を生かして余裕で亀裂を飛び越えた。

 エリーは、羽があったため空を飛んで亀裂を乗り越えた。

 ルドルフと驟雨は、筋力を上げる魔法とロープを使って無事に亀裂を乗り越えた。

「あれ? 驟雨、忍者の癖に筋力無いんだ~」

「……」

 エリーが驟雨をからかうと、驟雨は彼女の首に短剣を突きつけた。

 ルドルフは「驟雨さん、やめてください」と彼を慌てて制止した。

「仲間同士でいがみ合う姿を、これ以上私は見たくないんだ……」

「ごめんね、驟雨。アエルスドロが可哀想だから、もうやめようね」

「……」

 ダークエルフのアエルスドロは、同族同士が己の覇権をかけて殺し合う様を見ていた。

 そのため、先ほどの光景は、アエルスドロにとっては苦痛でしかないのだ。

 エリーは驟雨に謝った後、奥に行く事を決めるのだった。

 

 一行が通路の奥に進むと、サハギン達が待機していた。

 一回り大きなサハギンと、斧を持ったサハギンの戦士もいる。

 戦士のサハギンは、アエルスドロ達を見つけるとこう言った。

「来たか! 海を穢し、魚を奪う者ども! ここで貴様らを始末して海を平和にするのだ!」

「……その平和を乱しているのは、貴様らだろうが。私達は絶対に、許すわけにはいかない」

 アエルスドロは物怖じせず、サハギンに向かって冷たい表情で剣を突きつけた。

 入り江を荒らしているのはサハギン達だと分かっているからだ。

「邪魔はさせんぞ、ダークエルフとその同胞よ。行くぞ、皆の者!」

 その声と同時に、取り巻きのサハギン達が一斉に襲い掛かって来た。




~モンスター図鑑~

サハギン
半魚人のモンスター。
力の強い長に率いられて暮らしており、知能はおしなべて低い。


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第20話 戦闘! サハギン軍

サハギン戦です。
ゴブリンよりも強いモンスターである事を意識しました。


「トランス・スケイル! はぁああぁぁぁぁっ!」

 アエルスドロは、瘴気で鱗を生成して防御力を強化した。

「……ふっ」

 驟雨は素早くサハギンの背後に回り込むと、2本の短剣でサハギンを斬りつけた。

 サハギンは衝撃を受けてよろめき、

 ルドルフはその隙に鎌鼬を起こしてサハギンをずたずたに切り刻んだ。

「食らえ!」

「効かんな」

 サハギンリーダーは驟雨目掛けて斧を勢いよく振り下ろすが、

 驟雨は目にも留まらぬ動きで回避する。

 エリーは光を出してサハギン達を攪乱し、パーティをサポートした。

「当たれ!」

「これは痛いぞ!」

 サハギンメイジは杖から水の槍をアエルスドロとルドルフに放つ。

「危ないよ! ライトバリア!」

「ぐぅ……」

「うぅっ……」

 エリーは光の盾を作って魔法の威力を削ぐが、衝撃でアエルスドロとルドルフはよろめいた。

 サハギンチーフはアエルスドロとルドルフに突っ込んでいったが、

 アエルスドロが鱗の腕で攻撃を防ぎ、盾で動きを押さえた後、そのまま剣で斬りつけた。

「アエルスドロ! あたしの光を受け取ってよ!」

「ああ! ……ぐっ。トランス・スケイル!」

 エリーの光がアエルスドロの剣を包み込む。

 アエルスドロは鱗の効果が切れたので、再び瘴気で鱗を生成する。

「そんな攻撃は効かんぞ」

「くそ!」

 驟雨の短剣をサハギンリーダーは斧で弾き返す。

 隙を見てサハギンリーダーは驟雨に斧を振り下ろすが、驟雨はそれを回避する。

「水と風の精霊よ、雷光となり敵を打ち砕け! ボールサンダー!」

 続けてルドルフが水と風の精霊の力を借りて雷を放ち、サハギンチーフに大ダメージを与える。

 サハギンメイジは今度は驟雨とエリーに水の弾丸を放ってよろめかせた。

「流石にここまで来たらダメージきついかも……ヒールウォーター!」

 エリーは自分に回復魔法を唱えて傷を治した。

「私の一撃……受けてみよ!」

 アエルスドロは瘴気を身体能力に変換し、攻撃の威力を増幅する。

 そして、サハギンチーフに強力な一撃を放つと、サハギンチーフは一撃の下に伏した。

「よーし、やったね!」

「……分身の術」

 驟雨は敵の狙いを乱し、攻撃の命中率を下げるために忍術で複数の分身を作り出した。

 その後にサハギンチーフに突っ込んで2本の短剣で無防備な場所を攻撃する。

 サハギンチーフは叫び声を上げて悶え苦しむ。

「悪いが、俺は敵対者に容赦はしないぞ」

「おのれ小僧……必ず仕留めてみせる」

「仕留められるものなら、やってみせろ!」

 斧を持ったサハギンリーダーが驟雨に渾身の一撃を繰り出す。

 アエルスドロは驟雨を庇い、鱗で覆われた身体で攻撃をある程度防ぐ。

 サハギンリーダーは舌打ちし、サハギンチーフに指示を出して驟雨に突っ込ませる。

「見えましたよ。大地の精霊よ、その拳を突き上げ給え! アースブラスト!」

「ぐぇえ!」

 しかし、ルドルフは容赦なくサハギンチーフに岩の塊を落とし、

 結果、サハギンチーフは戦闘不能になった。

「チーフ!」

「我らの海を荒らすつもりか! もう、容赦はせぬぞ!」

 サハギンチーフを倒された怒りからか、

 サハギンメイジは水の弾を何度もアエルスドロ達に放つ。

 だが、冷静さを失っていたため、明後日の方向に飛んでいくばかりでなかなか当たらない。

 僅かには当たったものの、全てエリーが光の盾を作り、

 ダメージを軽減したため大した被害にはならなかった。

「くそ……くそ、ニンゲンがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 物事が上手く働かない事にサハギンリーダーは腹を立て、

 斧を振り回してアエルスドロに突っ込んでいった。

 最早、サハギンリーダーは、目の前にいる敵を切り殺す事しか目に入っていない。

 アエルスドロは冷静に、剣に瘴気を纏わせる。

「リーダーは冷静さを失ってはならない。もしそうなれば、リーダーとしては失格だ。

 ……やはりお前はリーダーではない!」

 そして、アエルスドロは紫の左目を光らせると、剣でサハギンリーダーを真っ二つにした。

 サハギンリーダーは真っ二つになっても、まだ意識があるようで口をゆっくりと開く。

「おのれ……我らの海を……」

 サハギンリーダーが最期にそう言うと、瘴気に包まれて跡形もなく消滅した。

 

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 サハギンリーダーが消滅し、サハギンチーフも倒された今、

 サハギンメイジの士気は一気に落ちた。

 最早この二匹は完全に戦意を喪失しており、真っ先に洞窟を出ていった。

「僕達も、そろそろ出ましょうか」

「そうね」

 四人が入り江から出ると、海辺を見張っていたサハギン達がいなくなっていた。

 どうやら、サハギンの群れを倒した事により、撤退したようだ。

 

 こうして、ルドルフ達はナガル地方の生活を守る事に成功した。

「ありがとうございます、冒険者の皆様。これは、報酬となります」

 アエルスドロ、ルドルフ、エリー、驟雨の四人は、

 依頼主であるフォリアから報酬金を受け取った。

「わぁ、500ゼニーだ!」

 エリーは初めて見るお金に興味津々の様子だ。

「彼女は、こういう貴金属に触れた事が今までほとんどありませんからね」

「ちょっと触らせていい?」

「駄目ですよ!」

 エリーが金貨に触れた瞬間、彼女はいきなり手を離した。

「うわぁ! 熱い!」

「ほら、言ったでしょう? 妖精は金属に触れると火傷をするって」

「うー、ごめんごめん」

 エリーはふーふーと自分の両手を冷ます。

「とりあえず、このお金は、マリアンヌさんに渡しておきましょうね」

「そうねー、このナガル地方をもっと発展させるために使いましょう」

 

 こうして、ナガル地方を襲ったサハギンは倒され、ナガル地方に平和が訪れた。

 だが、それを見ている影が1つあった。

 

「ケケケケ……エマは今頃何をしているのだろうなぁ?」




~モンスター図鑑~

サハギンリーダー
サハギンの中でも特に賢い、リーダー。
また、武器を使った技の腕前もかなりのもので、手強い相手である。

サハギンチーフ
群れを率いているサハギンの長。
巨大な体格を持ち、体当たりの破壊力は凄まじい。

サハギンメイジ
サハギンでありながら、知能が高いサハギン。
水属性の魔法を扱うが、肉体労働は苦手。


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第21話 領地開発

マリアンヌ達がナガル地方を開発します。
こういう、領主らしいところを見せなければ、と思っています。


 その頃、マリアンヌ、ミロ、ユミルは、領地の開発を行っていた。

「そぉーれ!」

 ミロは爪を振るって邪魔な木を切り倒す。

 マリアンヌは、雑草を手で引き抜き、それを袋を持っているユミルに渡した。

「ざっと50人くらいは受け入れる事ができるようにすればいいですわね」

「そんなに入るのかしらね。ま、やり過ぎたらいつか報復が来るけどね~」

「報復? どうしてですの?」

「実はね……」

 実はミロはかつて、自然災害で城を失った国王に復讐として「殺された」事がある。

 結果、国から自然は失われ、滅んでしまったのだという。

「だから人間って、あまり信用できないのよね」

「で、そんな人間と付き合ってるのはどこの誰かしらね?

 と、そう言っている間に、雑草を発見、と」

 マリアンヌは目の前に広がる雑草を抜いて、ユミルの袋の中に入れる。

 歩いていくと、分かれ道に着いた。

 マリアンヌ達は右に行く事にしたが、念のために罠があるか調べてみた。

「……何もありませんわね」

「待ってください、マリアンヌ! ここに毒ガスの罠がありますよ!」

「ああ、言われてみれば!」

 こんなところにも魔物の手が及んでいるなんて、

 信じられないと思ったマリアンヌは毒ガスの罠を解除した。

「早く、ここをどうにかしないといけませんわね」

「そうねえ」

 三人が改めて右に進むと、また分かれ道に入った。

 左側の道が、入り口側だ。

 マリアンヌが注意深く探索すると、魔法で隠された道が見つかった。

 ユミルは魔法を解除し、三人はその道に進んだ。

 

「あら? 昼なのに、暗いのね」

 そこは昼であるにも関わらず、まるで夜のように暗かった。

 ランタンを用意しなければ、辺りを見渡す事ができない。

「よし、ボクが明かりをつけますね。ライト!」

 ユミルは簡単な光魔法を唱え、明かりをつけた。

「これなら辺りを見渡せますわね」

 マリアンヌは明かりを頼りにしつつ、雑草を抜いていた。

 そして、木を切り倒そうとした時、ミロは何かを踏んでしまう。

「何、これ……あ!?」

 ミロが慌てて足元を見ると、そこには死体が転がっていた。

「死体ですって!? でもこれ、一体なんですの?」

 マリアンヌがミロの踏みつけた死体を見る。

 彼女には何が何だか分からないようだが、ミロとユミルは死因を知っていた。

「うん、間違いありませんね」

「こいつは血を抜かれて死んでいる。……ここに屯しているのは、ユミルと同じ吸血鬼(ヴァンパイア)よ」

「吸血鬼ですって!?」

 まさか、高位の不死者がいるなんて……そう思ったマリアンヌはわなわなと身体を震わせた。

 もちろん、恐怖からではなく、怒りからである。

 

 三人は死体がある場所を後にし、左側の道を歩いていった。

 この場所には二つの道があり、中央に魔物がいる。

 どうやら、次の道に進むための瓦礫をどける作業をしているらしい。

「ギ?」

「ギギ?」

 魔物はマリアンヌ達に気付くと、作業の手を止め、武器を取って襲いかかってきた。

「来ましたわ! ガトリングショット!」

 マリアンヌは素早い動きで二丁拳銃を乱射し、魔物の身体に大量の穴を開けた。

 オークウォリアーはハンマーを振り回してマリアンヌ達を薙ぎ払う。

 マリアンヌは華麗な動きで攻撃をかわし、その攻撃はミロとユミルに命中した。

ウガァァァァァァァァ!

「「きゃぁぁ!」」

うわぁぁ!

 オークウォリアーがハンマーを地面に叩きつけ、衝撃波で三人を攻撃した。

「生意気ね! まずはあんたから倒すわ! 破壊の爪よ……食らえ!」

 ミロは爪を振りかざし、衝撃波となってオークウォリアーをずたずたに切り裂く。

 その後、ユミルの魔法が命中し、オークウォリアーは唸り声を上げて戦闘不能になった。

ウオォォォォォォォォ!

「うわぁお!」

 オークウォリアーはユミルに突っ込んでハンマーで殴る。

「受けなさい!」

 マリアンヌは後方から二丁拳銃を乱射して魔物を足止めし、

 ミロとユミルが戦いやすいようにサポートする。

 再びオークウォリアーはハンマーでミロとユミルを殴りつけるが、

 最早瀕死の状態だったため動きに切れがなくなった。

「炎よ!」

「食らえーーーーーっ!!」

 そして、ミロとユミルが衝撃波と炎魔法を放つと、魔物は一掃されるのだった。

 

「こんなところにまで魔物がいるなんて……

 やっぱりナガル地方は辺境なのにどこかおかしいですわね」

「そもそも、こんな場所に攻めてくる奴なんて、一体誰なのかしらね?」

「分かりません……でも、今は開発が先ですよ」

 三人は道を引き返した後、奥の右側の道を通った。

 道はやはり暗く、ユミルのライトの魔法がなければまともに歩けないだろう。

 調べてみると、中には武器と防具が置かれていた。

 ほとんどは粗末で、使い物にならないものばかりだが、

 探してみれば使えるものがあるかもしれない。

「この辺に、何か使えるものはあるかしら……あら?」

 マリアンヌがあちこちを調べてみると、マジックアイテムの鎧を見つけた。

 それは、軽量の素材を使った、羽のように軽い鎧、フェザーアーマーだった。

「これ、マリアンヌにピッタリな鎧じゃない?」

「わたくしとしては、ごてごてしたものはあまり着たくないんですけどね……

 でも、せっかく見つけたんだし、着てみましょうか」

 そう言って、マリアンヌはフェザーアーマーを装着した。

 試しに一歩歩いてみると、確かに鎧の重さは感じられなかった。

 マリアンヌは喜んで飛び跳ねる。

「あら、まぁ! なんと軽いでしょう! まるで何も着ていないようですわ!

 本当ならアエルスドロに着せたかったけど、彼、壁役ですからね……くすくす」

(あぁ~、やっぱりマリアンヌらしいわね)

(そうですね)

 

「こんなに魔物がいるのなら仕方ありませんわね。

 今回はここまでにして、一旦、合流しましょう」

 そう言って三人が入り口に戻ろうとすると、

 そこには杖を持った少女と、彼女に付き従う青年が入り口に立ち塞がっていた。

 少女と青年の口からは異常発達した犬歯が見えており、彼らが吸血鬼である事が分かる。

「あ、あなたが吸血鬼なのね!」

「そうよ。もう人間が入ってきたのね……早いわ。

 こんな早くに奥の手なんて使いたくないんだけど、まあいいか」

「奥の手……?」

「ラ・カリ・ド・テネブ!」

 少女が呪文を唱えると、周囲が暗闇に包まれた。

 マリアンヌ達がいる場所から少しでも先に進むと暗闇になり、辺りが見えなくなってしまう。

「辺りが暗闇に……!? こうなったら、もう一度明かりをつけますよ!」

「その必要はないわ! 光よ!」

 ミロは周囲にあるマナそのものに働きかけ、一瞬で暗闇を打ち払った。

「え、嘘、対策済み? ちょ、待っ……」

「問答無用ですわ! ガトリングショット!」

 そう言って、マリアンヌは二丁拳銃を構えて吸血鬼を素早く撃ち抜いた。

「ふ、不意打ちとは卑怯な……」

「卑怯で結構、わたくしは悪役令嬢ですもの。

 それよりも、魔物の方がよっぽど卑怯ではなくて?」

「くそ……ならば……! ラ・ロタ・ド・イグニ!」

 開き直るマリアンヌに対し、ヴァンパイアメイジは逆上して周囲のマナを集束、

 炎の弾と化してユミルに投射した。

 ユミルは何とかかわそうとするが炎の弾は飛び散り、ユミルに全弾命中した。

「がはぁっ!」

「ユミル!」

「これは早めに倒さないとダメみたいですわね……。ミロ、ユミル、全力で行きますわよ」

「そのつもりです! ド・ポプル・デ・イグニ……」

「させるか!」

「させませんわ!」

 ユミルの呪文詠唱をヴァンパイアが阻止しようとするが、

 マリアンヌが拳銃で威嚇射撃したため阻止できた。

「デ・フラゴ!」

 そして、ユミルが呪文を唱え終わると、ヴァンパイアが大爆発した。

 不死系の魔物に、炎属性の魔法は効果が抜群なようだ。

 大爆発が治まると、ヴァンパイアは灰となった。

「ふ……ふふ、残念ね! 我々吸血鬼は、灰からでも復活できるのよ……!

 だから、燃やしても……」

「復活しなければいいんでしょう? ホーリーバレット!」

 マリアンヌは聖なる弾丸を、灰になったヴァンパイア目掛けて撃つと、

 その灰は跡形もなく消滅した。

「そ、そんな……」

「残ったのはあなただけよね。食らいなさい!」

あぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 ミロの光を纏った拳が、ヴァンパイアメイジに命中し、吹き飛ぶ。

 ヴァンパイアメイジは光速の拳に反応できず、大ダメージを受けてしまう。

「ホーリーバレット!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 マリアンヌの聖なる弾丸が、ヴァンパイアメイジを穿つ。

「よくも……よくも! デ・ゲイト・ラ・ロタ……」

「させませんわよ」

 マリアンヌはヴァンパイアメイジの不意を突き、威嚇射撃で詠唱を中断する。

 最早、三人にとってヴァンパイアメイジは脅威ではなかった。

「よし、後はあたしに任せて。炎よ、光よ、彼の者を焼き尽くせ!」

「あ……いやああああああああああああ!!

 そして、ミロが両手を掲げると、炎と光がヴァンパイアメイジを焼き尽くした。

 

「よし! わたくし達の勝利、ですわね!」




~モンスター図鑑~

オークウォリアー
オークの中でも戦士として優れた能力を持った者。
戦闘に慣れているので格段に強い。

ヴァンパイア
紅く輝く瞳と血の気がないような白い肌を持つモンスター。
総じてプライドが高いものが多い。日光が苦手。

ヴァンパイアメイジ
初級の魔法を使いこなすヴァンパイア。
ただし、初級と言っても威力は非常に強烈である。


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第22話 パーティーへご招待

悪役令嬢一行が、パーティーに行きます。
しかし、そこにはある企みがあるようで……。


「あ、お帰りなさい!」

「ただいま」

 アエルスドロのパーティーとマリアンヌのパーティーは、お互いの任務が終わって合流した。

「こっちはどうでしたの?」

「ああ、ちゃんとサハギンの群れは退治できたよ」

「開発しようと思いましたけど、まさか魔物がいたなんて……。

 悪い意味で、この地は有名になりましたわね」

 皆、それぞれの任務の結果を話し合った。

 アエルスドロは喜んでいたが、マリアンヌは溜息をついていた。

「まぁ、こんな辺境の地に来るのは魔物くらいだしなぁ」

「なんですって」

 マリアンヌがアエルスドロに冷たい視線を浴びせると、アエルスドロはすぐに黙った。

 

 ガルバ帝国の辺境にある、ナガル地方。

 悪役令嬢が左遷されたこの地では、今は順調に開発と交易が進んでいる。

 ルドルフ達がもらった報酬によって、この地はかなり賑わっていた。

 

「それでは、このナガル地方の方針は、わたくしが決めさせていただきます。

 とりあえず、ここのナガル地方を人外のための素晴らしい観光地にしますわ!」

「素晴らしい観光地!?」

 マリアンヌは、ナガル地方を世界有数の観光地にしようとしていた。

「こんな辺境の地を観光地にするとは……マリアンヌ、もう少し現実を見てくれ」

 アエルスドロは、現実を見ていないマリアンヌに苦言を呈した。

 しかし、マリアンヌは両足を踏ん張ってアエルスドロに宣言した。

「分かっておりませんわね。

 このナガル地方は、ガルバ帝国で唯一、人間以外の種族を見る事ができるんですのよ?」

「あー……」

 ガルバ帝国では昔から人間以外の種族を毛嫌いしており、

 入っただけで酷い扱いを受け、最悪の場合は死ぬのが当然である。

 故に、マリアンヌはこのナガル地方を、

 人間以外の種族がガルバ帝国に住むための場所にしようとしているのだ。

「では、まずは手始めに、この地で四大元素体験ツアーを開く事にしましたわ。

 そのために、プーカ達に道具を作ってもらうように説得しましたわ」

 プーカは難しい事が嫌いなので魔法に関する能力はないが、

 手先が器用なので細かい作業が得意である。

 説得の結果はというと、その性格のためにあっさりと頷いてくれたとか。

「そんなわけで、小道具を作らせた後、

 炎・水・風・地の魔法アトラクションをルドルフとエリーが作りますわ」

「えっ、僕がやるんですか? まぁ、どうせ暇ですし、手伝わせていただきますよ」

「なんとまぁ、偉そうに……」

(お前が言うな)

「じゃあ、あたしはキラキラマスコットとして案内役をするねー!」

 というわけで、ルドルフとエリーは、四大元素体験ツアーを手伝う事になった。

 

「で、ミロとユミルは、拠点をもう少し大きくしてほしいのですわ」

「拠点が小屋だと、誰も領主がマリアンヌだとは思わないしね」

「何ですって……。それで、このナガル地方に、マリアンヌ城を建ててくださりません?」

 マリアンヌ城とは、予算が足りなくなってしまうのではないか。

 そう思ったミロはマリアンヌに苦言を呈そうとするが、マリアンヌは「大丈夫ですわ」と言う。

 その根拠のない自信に流石のユミルも首を捻る。

「こんな予算で城なんか建てられるんですか?」

「安心しなさい。ユミル、あなたの魔法さえあれば城なんて一瞬で建てる事ができますわ」

「……ま、やってみますよ」

「そしてミロ、あなたはその魔法で作った城を安定させるための力仕事を担当しますわ」

「ふふん、あたしの力、甘く見るんじゃないわよ」

 あまり乗り気でないユミルと、やる気満々なミロ。

 対照的だが、二人ともマリアンヌに協力するという意志は同じだ。

 そんなわけで、ミロとユミル、二人の時空警察は、城を建ててマリアンヌに貢献する事にした。

 

「それで、アエルスドロと驟雨には……こんな役目を与えますわ」

「というと?」

「あなたはわたくしに逆らう者達を始末しなさい」

「「何っ!?」」

 二人は驚いたが、これはマリアンヌなりに考えた事でああった。

 アエルスドロはダークエルフ、驟雨はフェルプールの暗殺者。

 闇の者であるため、マリアンヌは二人に闇の仕事を与えたのだ。

「わたくしの世界征服のためですわ。逆らう者には容赦はしませんのよ」

「完全に悪、だな……」

「わたくし、悪役令嬢ですから」

 驟雨の言葉に、マリアンヌは開き直った。

「ああ、分かった。この役目、引き受けよう」

「ふ、暗殺か……お前は分かっているようだな」

 驟雨が2本の短剣をちらつかせる。

 アエルスドロは自分が「役目」を持った事により、さらなる自信がついた。

「世界征服の第一歩として、まずはこのナガル地方を征服しますわ!

 みんな、頑張ってください!」

「「「「おーーーーーっ!!」」」」

 

 こうして、アエルスドロ達はマリアンヌの野望のために、

 ナガル地方で平和な日常を過ごしていた。

 マリアンヌは、小屋を建て替えた城で優雅にアエルスドロと紅茶を飲んでいた。

「本当に、ここで飲む紅茶は美味しいな」

「そうでしょう? これも皆さんが環境を整えてくれたおかげですわ」

 ゆっくりと平和な時が過ぎていく。

 しかし、そこに一通の手紙を携えた人物がやって来た。

「はーい」

 マリアンヌはドアを開け、その人物を迎えに来た。

 手紙を持ってきたのは、ガルバ帝国の新聞記者、ロルフだった。

「マリアンヌ様、手紙をどうぞ」

 ロルフはマリアンヌに恭しく手紙を渡した。

 マリアンヌが手紙を開けてみると、そこにはこんな文章が書かれていた。

 

 皆様、ご機嫌麗しゅう。エマ・クレーシェルです。

 今日、私はガルバ帝国第一皇子、レーヴェ・リドレインと婚約を交わしましたわ。

 その記念に、あなた達をパーティにご招待いたします。

 

「エマからですの? わたくしを貶めるために……」

 恋敵としているエマから手紙が届いたため、マリアンヌは不快な表情になった。

 だが、アエルスドロは逆にここを出る事ができるチャンスだと捉えていた。

「まぁ、何にしろ、あの女と直接出会えるのなら、是非、勝負したいですわ。

 そして、必ずわたくしが勝ちますわ!」

 エマと直接対決ができるため、マリアンヌは燃えていた。

「この辺境の地とも、そろそろお別れのようだな」

「別れるわけではありませんわ。ちょっと離れるだけです。フォリアの船で出航ですわ!」

「おー!」

「……いよいよ、ここを出る時が来たようだな」

 

 かくして、アエルスドロ達は帝都へ帰還した。

 盛況を見せるナガル地方は一旦文官や武官に託し、

 一行を乗せた船はガルバ帝国の帝都ユーリエルへ向かうのであった。




次回はアエルスドロ達がガルバ帝国に帰還します。


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第23話 エマとの再会

ヒロインと悪役令嬢が出会います。
ですが、どこかきな臭いところがあるようで……。


 一艘の船が、帝都ユーリエルの港へ入ってきた。

 今日は快晴なので、アエルスドロは日傘を差していた。

「わたくしは今、ユーリエルに帰ってきましたわ!」

 久々に故郷に帰還したマリアンヌは、感慨と共にタラップを降りて港を睥睨する。

 アエルスドロやルドルフも、港に着いて帝都を見つめた。

「ここが、マリアンヌの故郷か」

「なんか、重々しい場所だねー」

 軍事国家というだけあって、質実剛健がそのまま形となったかのような港だった。

「確か、ここは人間以外立ち入り禁止の帝国だっただろう?

 私達は、どうすれば帝都に入れるんだ」

「それならわたくしに任せなさい。帝国貴族として必ず入らせてもらいますわ」

 一行はマリアンヌを先頭に、帝都ユーリエルに行こうとした。

 すると、一行はマリアンヌの父とその隣の小動物を目撃した。

 小動物に囲まれているのは、黒髪の少女だった。

「エマ!?」

 マリアンヌが叫ぶと、小鳥達が飛び立ち、少女の前にいた小動物が少し距離を取る。

 小動物の中から、少女――エマが現れた。

「お久しぶりですわね、エマ・クレーシェル」

 マリアンヌはエマにそう挨拶すると、エマは華やかな笑顔を見せて頷く。

「ナガル地方での活躍は聞いていますよ」

「まったく、あんたのせいでこんな事になりましたのよ」

 マリアンヌはエマに聞こえないように小声で愚痴を吐いた。

 辺境の地に左遷されたのは自業自得だが、アエルスドロは口に出さなかった。

「とにかく、わたくしがここに来た理由は、あなたと決着をつけるためですわ」

 そう言ってマリアンヌはエマを勢いよく指差した。

 いきなりの敵対宣言にエマは困惑し、瞳をキラキラと輝かせて嘆く。

「どうしてそんな事をおっしゃるのです?」

「わたくしの婚約者を奪ったからですわ! 気に入らなくて、当然ですわ!」

 エマはマリアンヌにはっきりと敵対されたため、涙ぐんだ。

 子猿がハンカチを取り出して彼女の涙を拭う。

「……マリアンヌ。エマ様に失礼だぞ」

 マリアンヌの傲慢な態度に、彼女の父フロイデンシュタイン伯爵が苦言を呈す。

「来てましたのね、お父様」

「ああ、お前に久々に会えて嬉しいよ。……だが、帰ってこないでくれ」

 久々に娘と再会したフロイデンシュタイン伯爵。

 だが、フロイデンシュタイン伯爵は娘の帰還を良く思っていなかった。

「お前が今までに行ってきた悪事のツケだ。しかも後ろには、亜人がいるではないか」

「げ」

「人間至上主義の国家に汚い亜人を持ってくるとは、お前も汚くなったものよ。

 いや、元々汚いからそれは問題ない、か」

「ふんっ」

 つまり、マリアンヌは事実上、ガルバ帝国の帝都にはいられなくなったのだ。

 マリアンヌが拗ねていると、ロルフがやって来た。

「ロルフ?」

「ご安心ください。皆さんには、帝都ホテルのスイートルームを用意してあります」

「手回しが良くて助かりますわ。ではエマ、ごきげんよう」

 そう言って、マリアンヌ達はその場を去っていき、帝都ユーリエルのホテルに向かっていった。

 

 こうして、アエルスドロ達はロルフの案内で帝都ホテルに向かった。

 内装は豪奢で、見る者の目を楽しませ、サービスも行き届いているまさに一流のホテルだ。

 アエルスドロ達は、マリアンヌがいるという事で、最上階のスイートルームに泊まっていた。

「ふぅ~。色々ありましたけど、何とか故郷に帰る事ができましたわね」

 マリアンヌはソファーに広がるように座り、

 アエルスドロとルドルフはその隣で静かに腰掛ける。

 エリーはルドルフの頭上を飛び回っており、驟雨は一人で黙々と武器の手入れをしている。

 ミロとユミルは、ソファーで雑魚寝している。

「マリアンヌがいなかったら私達は連行されていただろうな」

「そして、最悪処刑でしょう」

「やだー、処刑いやー!」

 処刑、という言葉を聞いたエリーが震えてルドルフに抱き着く。

「僕がいるから、安心してください」

「ありがと、ルドルフ……」

 七人がそんな他愛のない会話をしていると、向こうから声が聞こえてきた。

「皆様、こちらに来てください」

 声の高さからして、どうやら女性のようだ。

 七人がその声のした方に行くと、

 待っていたのは赤のポニーテールと茶色い瞳を持つ重装備の女性だった。

「まずは、あなたの名前をお聞きしたい」

「私の名はティファニー。ギルド『太陽の矢』のマスターをしている」

 ティファニーは一礼してアエルスドロ達に話をする。

「へぇー、あなたギルドマスターでしたのね。良いコネクションにはなりそうですわ」

 マリアンヌは、腹に何かを溜めていそうな笑みを浮かべた。

 ティファニーはそれを気に留めずに話を続ける。

「……単刀直入に言う。私がこちらに来たのは、君達に依頼があったからだ」

「依頼?」

「エマの人気が素晴らしいのはご存知だろう?」

 ティファニーの言葉に頷くマリアンヌ。

 エマは老若男女だけでなく、動物にも好かれるほどの人気者だからだ。

「その中でも、三人の貴族が彼女に夢中であり、何やら良からぬ事を企んでいるようだ」

 ガルバ帝国では貴族の権力が強くなっている。

 ティファニーはそれも利用しているのだろう、と付け加えた。

「まさか、エマがその三人を唆して?」

「いや、まだ彼女が犯人と決まったわけではない。私は、この四人の調査をお願いしたい」

「?」

 何故ギルドマスター自身が行かないのか。

 疑問に思ったルドルフは、ティファニーに質問をした。

「何故、僕達が調査をするのです?」

「私も、ある程度この件について調査したのだが、ことごとく妨害に遭って失敗した」

「でも、そんなの、あたしには無理だよ!」

「エマもそこにいる女には気を許すだろう。パーティーにはあの貴族も出席する予定だ。

 君達も近付きやすいだろう」

「……」

 ティファニーはルドルフの質問にそう答えた。

 しかし、それでもアエルスドロ達が調査する理由が乏しい。

 アエルスドロは依頼を受ける気にはなれなかった。

 その時、ユミルが思い出すようにこう言った。

「ちょっと待ってください。確か、パーティーではマリアンヌとエマが対決するんですよね?」

「あら、ご存じで」

「その前に、エマが犯人だと分かればマリアンヌが勝ちますよ」

「……」

 ユミルの言葉に気づいたマリアンヌは、満面の笑みを浮かべてこう言った。

「その話、引き受けましたわ!」

「ありがとう。実は私も調査しすぎて皇室に睨まれていたのでな。本当に助かるよ」

「わたくしはエマさえ倒せば何でもよろしいですわ。さぁ、皆さん、行きますわよ!」

「はい(マリアンヌは分かりやすい人だなぁ)」

 

 こうしてアエルスドロ達は、ガルバ帝国の闇を暴くために、

 ティファニーに代わって調査する事にしたのだった。




次回はエマの動向をマリアンヌが調査します。


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第24話 潜入

アエルスドロ達がガルバ帝国を調査します。
マリアンヌがちょっと女スパイっぽく? なりました。


 ティファニーからの依頼を受けた一行は、早速調査に取り掛かった。

 七人は、どうやって四人を調べるのか、相談を始めた。

「では、エマと三人の貴族について調べよう」

「ええ。情報収集といったら、やっぱり酒場ですわよね。

 まずは、ガルバ帝国の酒場に向かいましょう。

 あ、わたくし以外の皆さんは変装でお願いですわよ」

「分かってるよー」

 酒場に出向いた七人は、情報収集を始めた。

 

「いい情報は見つかったか?」

「はい、見つかりました」

 しばらくして、マリアンヌとルドルフが戻ると、

 二人はエマが住んでいる館から、馬車で料亭ノスワルドへ向かっているという情報を得た。

 といっても、毎日ではなく、毎週鋼の日だとか。

 ちなみに、今日は鋼の日の前日である樹の日だ。

「店には、誰が行きますの?」

「忍び込む事なら、得意だ」

「あ、ボクが行きますね」

「僕も行きます」

「ルドルフが行くなら、あたしも行くわ」

 潜入調査に立候補したのは、マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ユミル、驟雨だった。

 この五人は感覚が鋭く、潜入に向いているからだ。

「私は鎧を着ているからパスだな」

「あたしも隠れるの苦手だからパスー」

 アエルスドロとミロの戦士二人は残る事にした。

 全員で行くのではなく、不向きな者は留守番するという、潜入調査らしいやり方である。

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 アエルスドロとミロに見送られ、潜入組は料亭ノスワルドへ向かっていった。

 

 夜。

 料亭ノスワルドは、帝都ユーリエルの閑静な住宅街の一画にあった。

 異国風のシルエットの建物が、灯籠の明かりに照らされている。

 玄関には、侵入者を通さないように兵士が厳重に警備していた。

「明かりが灯っているから、潜入も難しいな」

「それでも、試してみましょう」

「……何をこそこそと話している」

 小声で会話をしているマリアンヌ達を不審に思った警備員は、

 ゆっくりと彼女達に近付いていく。

「お前達は侵入者か? ここから出ていけ!」

「いえ、そのですね……」

「マリアンヌ、今のうちです」

「分かりましたわ」

「……」

 三人が警備員と受付で揉めている間に、マリアンヌと驟雨は料亭に入る事ができた。

 

「ふむ……」

「様子を少し見てみましょう」

 彼らは毎週、ここに来て会合をしているようだ。

 マリアンヌと驟雨は彼らの会話を聞くべく、彼らの背後にこっそり近付いた。

 その部屋には、金髪の男、黒髪の男、銀髪のハーフエルフの男がいた。

 そして、ガルバ帝国について批判的な内容の議論を交わし始める。

「まったく、皇帝はそんなに人間至上主義なのか?」

「どうにかして、人間以外も受け入れてほしい」

「ならば、皇族を失脚させるしかあるまい!」

 

(こいつらも人間至上主義を嫌っているんですのね。ちょっぴり親近感が沸きますわ)

(おい)

 そこに、一人の人間がやって来て三人に話をした。

「彼女は、『私と共に、この国を良くしましょう』と、おっしゃっていました」

 人間の言葉に、男達が次々に反応する。

「もし彼女が望むならば、国を変えてみせましょう」

「どうか、何なりとご命令ください」

「あなたの望み、叶えてみせます」

(彼女?)

(誰の事かしら……?)

 男達は名前を隠していたが、誰の事だかは分かっているようだ。

 マリアンヌと驟雨はよく分からなかったが、落ち着いて考えると、二人は気付いた。

 この三人は、青い宝石を胸につけている。

(誰かに忠誠を誓っているのかしら?)

(ふむ、少し様子を見るのがいいだろう)

 彼らは一通り話し終えた後、解散し帰っていった。

 マリアンヌと驟雨は、アエルスドロ達に報告するため、大急ぎで料亭ノスワルドを出ていった。

 それと同時に、三人の男が足早に去ろうとしていた。

 その様子を、アエルスドロ達は目にしていた。

 

「ただいま」

 皆と合流したマリアンヌと驟雨は、料亭で得た情報を皆に共有するために話した。

「……つまり、エマがその三人と協力して何か良からぬ事を企んでいるんですのね?」

「そうだな。後、男達は皆、青い宝石を身に着けていたそうだ」

「明らかに怪しいな」

「これで、状況は大体分かりましたわ。皆様、三人を追いかけますわよ」

 そう言って、マリアンヌは別々の道に分かれた三人を追いかけようとした。

 相談の結果、アエルスドロと驟雨が金髪の男、マリアンヌ、ミロ、ユミルが黒髪の男、

 ルドルフとエリーがハーフエルフの男を捕まえる分担となった。

 

「どうやらあの金髪の男は、大商人の家に入っていったようだ」

「後で追いかけるか」

 アエルスドロと驟雨は、金髪の男が緑の大きな屋根の家に入っていったのを見た。

「よし、追いますわよ」

 マリアンヌ、ミロ、ユミルは、黒髪の男を尾行していた。

 途中、黒髪の男が近くの酒場に入っていく。

「よし、裏口に行きますわよ!」

 マリアンヌは裏口に回って黒髪の男を捕まえようとするが、黒髪の男は正面出口から出てきた。

「なんと……謀りましたわね!」

(謀ってないから)

 最後に、ルドルフとエリーはハーフエルフの男を尾行した。

 ハーフエルフの男はふと、鋼鉄スライムもどきが目の前を超高速で横切ったため警戒を緩めた。

 エリーはその隙に強烈な光を放ち、ハーフエルフの男を気絶させた。

「ぐおっ!?」

「ルドルフ、早く彼を持っていくよ!」

「は、はいっ」

 ルドルフはそのまま、ハーフエルフの男をホテルまで運び込んだ。




能無しは能無しらしく、小物にしました。
次回は、集めた情報を元に、マリアンヌがエマを問い詰めますが……。


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第25話 情報収集

文字通りの回です。
エマとマリアンヌの対比も、表現してみました。


 ガルバ帝国のホテルの一室に、一人の男が椅子に縛られていた。

 ルドルフは男を椅子に座らせ、両手をロープで縛って意識を取り戻させた。

「私に何をするつもりだ」

「何をしているのか、聞かせてもらうよ」

 じりじりとエリーは男に近付き、じっと見つめた。

 男も、エリーを見つめ返した。

 しばらく、沈黙の時が流れる。

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 10分後、ふと、男がぽつりと吐いた。

「ああ……こんなか弱い妖精に、何か言えないわけがないだろう……」

「? ? ?」

 か弱い妖精、と言われたエリーがキョトンとする。

 確かに肉体的にはそうであるが、精神的にはそうとは言えないからだ。

「情報を全て話すから、命までは取らないでくれ」

「分かりましたわ。全て話したらあなたを解放しましょう」

 ふふふ、とマリアンヌは微笑んだ。

 メイベンは身の安全の保証と引き換えに、知っている事をアエルスドロに全て話した。

 

 ・男の名はメイベンで、大神官の息子。

 ・あの計画を持ちかけたのはエマ。

 ・黒髪の男の名はヒーヴェルで、大商人の息子。

 ・金髪の男の名はケルミットで、大魔導師の息子。

 ・三人とも、親の権力を利用して、国家を揺るがすような事件を企んでいるらしい。

 

「……大体分かった。これを、ティファニーに報告すればいいのだな」

「分かったら、とっとと解放してくれ」

「かしこまりましたわ。では、あなたは帰ってよろしい」

 マリアンヌはメイベンを解放した後、依頼主のティファニーを呼びつけた。

 すると、赤い髪をポニーテールにした女性、アエルスドロ達の依頼主、ティファニーが現れた。

「ああ、こんにちは」

「お茶でもどうぞ。そこの人! お茶を!」

 マリアンヌは近くにいた従業員を呼び、ティファニーにお茶を出すように言った。

 従業員がティファニーにお茶を出した後、ティファニーは口を開いた。

「何か、新しい情報でも入ったか?」

「大神官、大商人、大魔導師の息子がエマと一緒に何かを企んでいるようですわよ」

「やはり、あの三人が動いていたんだな」

 ティファニーはどこか訝し気な表情になった。

 あの三人は権力を嵩に着て威張るだけの能無し貴族である。

 そんな彼らが何故、大きな事件を企んでいるのか、ティファニーはそれが引っかかっていた。

「……やはりおかしい。絶対に何か裏がある」

「なら、そいつらに直接聞くしかありませんわ」

 しかし、もしも三人が本当に能無しならば、彼らは囮の可能性がある。

 また、現在はマリアンヌよりもエマの方が人気だ。

 有力な証拠を掴まなければ、エマを捕まえる事はできない。

「それよりも、あの青い宝石は一体何だ?」

「私の方で調べたいから取ってきてくれ」

「よし、まずはケルミットを見つけるぞ。確か緑の大きな屋根に行ったな。皆、襲撃に行くぞ!」

「ええ!」

 そう言って、マリアンヌ達は緑の大きな屋根の家に向かった。

 

 ガルバ帝国の緑の大きな屋根がある家に、アエルスドロ達は忍び足で侵入していた。

 アエルスドロはこっそりと家に近づいて、ドアから覗き込んだ。

 中にはケルミットがいて、黒髪を三つ編みにした少女、エマに跪いていた。

「エマ様、我々は今、尾行されているようです」

「まぁ、そうですの? 子猿さん、ちょっと様子を見てくれないかしら」

「キキッ!」

 子猿はエマの下から離れ、飛び跳ねながらドアの場所へ駆けていった。

 そして、器用な手先でドアを開けると、アエルスドロ達の姿が見えた。

「しまっ……!」

「この猿、私達が尾行していた事を知っていたのか!?」

「ちっ、ばれては仕方ありませんわね……。

 エマ・クレーシェル! わたくしは、あなたに勝負を挑みますわ!」

 マリアンヌは堂々とドアを開けて、緑の大きな屋根の家の中に入った。

 アエルスドロ達も彼女についていき、子猿はエマの下へと戻った。

「マリアンヌ様、貴女に相談があります」

「何なりと」

「そこにいるダークエルフを、殺してください」

 そう言って、エマはアエルスドロを指差した。

「殺せ、ですって?」

「貴女もガルバ帝国民ならば、人間以外の種族は根絶やしにするべきでしょう?

 それなのに、こんなにたくさん亜人を連れてきて……」

 エマはアエルスドロ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨に対し憎しみの目を向けていた。

 やはり、彼女はただの「良い人」ではなかった。

「ですが、ここで貴女以外を手にかければ、私は究極のガルバ帝国貴族令嬢になれる。

 誰にでも優しい、完全無欠の令嬢に!」

「させませんわ!」

 マリアンヌはそう言って、エマに銃弾を飛ばした。

 もちろん、威嚇射撃であり、殺傷力はない。

「な、何故……?」

「本当の人間至上主義というのは、人間以外の種族を『排除』する事。

 『殺す』ことではありませんわ! あなたは間違っていますわ!」

「間違い?」

「ええ……。それに、わたくしはもう、ガルバ帝国の民ではなく、ナガル地方の民なのですわ!」

 ガルバ帝国における亜人達の安らぎの地たる、ナガル地方。

 それを、エマによって人間だけの地方にされる事を、マリアンヌは蛇蝎の如く嫌っているのだ。

「わたくしは悪役令嬢として、ヒロインであるあなたを倒しますわ!」

 マリアンヌはエマにそう毅然と言い切った。

 その言葉を聞いたエマは、くすっと微笑み、そして冷たい声でこう言った。

「……本当に残念です。あなたには……死んでもらいましょう。メイベンさん、お願いします」

「エ、エマ様のために!」

 メイベンが指を鳴らすと、精鋭兵達がアエルスドロ達を取り囲んだ。

「それでは、ごきげんよう」

「待ちなさい!」

 マリアンヌは急いでエマを追いかけるが、子猿はエマを抱え上げて、テレポートで姿を消した。

 残ったメイベン達が身構える。

「みんな、行きますわよ!」

「ああ……!」

「絶対に負けないんだから!」




どんな貴族であっても容赦しない、それがマリアンヌです。
次回はバカ貴族の一人との戦いです。


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第26話 戦闘! メイベン

バカ貴族との戦いです。
やっぱり能無しなので、こうなりました。


「トランス:スケイル!」

「分身の術」

 アエルスドロは瘴気を操って鱗を生成し、防御力を強化した。

 驟雨は複数の分身を作り出して敵の狙いを乱し、命中率を下げる。

「明澄なる光よ、罪深きものに裁きを! レイ!」

 メイベンは光の柱を降り注がせ、アエルスドロ達を打ち据える。

 攻撃をまともに食らった七人は大ダメージを受け、ふらふらする。

「く……強力な魔法を使用してきたか……」

「お前達にこのような魔法は痛いだろう」

「ああ、確かに痛いな。だが、俺の攻撃はもっと痛いぞ! 陰陽連斬!」

「うわぁー!」

「駄目だー!」

 驟雨は二本の短剣を振るい、精鋭兵と重装兵士を攻撃した。

 短剣は鎧に阻まれて大してダメージが通らなかったが、怯ませる事はできた。

「行きますわよ……ラピッドシャワー!」

 マリアンヌは重圧を解除して二丁拳銃を連射し、精鋭兵と重装兵士にダメージを与える。

「か、かかれーーーーっ!!」

 精鋭兵は一斉に驟雨に襲い掛かるが、分身している驟雨を斬りつけ、驟雨の分身は消える。

 当然、驟雨本人にダメージはない。

「……遅い」

 驟雨は瀕死の精鋭兵の背後に回り込んでその首に短剣を突きつけ精鋭兵は呻き声と共に倒れた。

 その後も、精鋭兵は驟雨に翻弄され、

 続く攻撃もエリーの光の盾とアエルスドロと堅牢な防御の前に阻まれる。

「そんな攻撃、私達には効かない!」

「ド・オヴァ・デ・シー! ラ・ステラ・ド・オヴァ・マ・ギ!」

「ぐぁっ!」

 エリーは皆の傷を回復魔法で治した後、光を放って重装兵士の目を眩ませる。

「やりますね、エリー」

「へっへー、ルドルフも活躍してるからあたしも活躍しなくちゃ」

「氷の精霊よ、我が敵を穿つ刃となれ! アイシクルアロー!」

 ルドルフは氷の矢をメイベンに飛ばした。

 メイベンはバリアを張って氷の矢を防御する。

「そんな攻撃は効かない」

「果たしてそれはどうです? 風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

「うわっ!」

 しかし、ルドルフの氷魔法は実は囮だった。

 ルドルフは風を飛ばして、油断したメイベンを吹き飛ばし、そこにさらなる追撃を入れる。

「旋風トルネードキック!」

「うわーだめだー」

 ミロは風を纏った靴で精鋭兵をまとめて倒す。

「とどめに、ド・ゲイト・ド・テラ!」

 そして、ユミルが精鋭兵に無数の石の弾丸を放ち、精鋭兵達を戦闘不能にした。

「よし、私も続くぞ!」

 アエルスドロは瘴気を腕力や反射能力に変換し、精鋭兵に突っ込んで勢いよく切り裂いた。

 精鋭兵が着ている強固な鎧も、瘴気による強化の前には役に立たず、精鋭兵達は次々に倒れた。

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

 重装兵士はアエルスドロの剣を恐れ、怯えて動けなくなる。

 もう片方の重装兵士Bは破れかぶれでエリーに剣を振るったがアエルスドロが盾で彼女を庇い、

 さらに鱗の鎧に命中したためダメージを受けなかった。

「……悪いが、人間相手に後れを取るつもりはないのでな。トランス:スケイル!」

 そしてアエルスドロは再び瘴気で鱗を形成し、防御力を高める。

「少し魔力を使い過ぎましたか……」

「うっ……あたしはもう、限界……」

「ルドルフ、エリー!」

 マリアンヌは、ルドルフとエリーの魔力が減ってきている事に気づいた。

「くそ、もう一度だ。もう一度。明澄なる光よ、罪深きものに裁きを!」

 メイベンは再び、呪文を詠唱し、光の柱でパーティを壊滅させようとする。

 もしもあれをまともに食らえば、間違いなくアエルスドロ側が敗北するだろう。

「せいっ!」

「ぐぁっ!」

 マリアンヌはそれを阻止するため、メイベンが呪文名を言う直前に銃弾を撃ち込み、

 魔法発動を阻止する事に成功した。

「危なかったですわ。あれを食らっていればわたくし達は負けるところでした」

「なんと卑怯な!」

「なんとでもおっしゃいなさい! それがわたくしですのよ!」

「どんな手を使っても勝つのが俺だ。陰陽交叉!」

「ぐぇっ」

「うわーだめだー」

 驟雨は精鋭兵と重装兵士の背後を取り、二振りの短剣で急所を突いて倒した。

「ガトリングショット!」

 マリアンヌは二丁拳銃を乱射し、驟雨が倒し切れなかった分の精鋭兵を倒した。

 精鋭兵はユミルに向かって剣を振り下ろす。

「危ないよ、ユミ……!」

 エリーは彼を守るために少ない魔力を絞って防御魔法を放とうとするがユミルがそれを止める。

「大丈夫ですよ、ボクが守りますから。マ・ギ・デ・スカト!」

 ユミルは防御魔法を唱え、精鋭兵の剣を防ぐ。

 その防御力はエリーのそれを上回っていた。

「す、すごーい。あたしよりすごーい」

「ルドルフとエリーはもう下がってください。後はボクが魔法を担当します。

 ド・オヴァ・デ・シー!」

 ユミルはアエルスドロに回復魔法を唱える。

「助かるぞ、ユミル」

「いえいえ、これも助け合いですから。ミロさん!」

「はいよ! ファイアキック!」

「いでえぇぇぇぇぇ!」

 ミロは炎を纏った飛び蹴りをメイベンの脇腹に放ち、メイベンを思いっきり吹っ飛ばす。

 メイベンはいきなり来た激痛に腹を押さえて蹲る。

「これでとどめですわ! エキスプロッシブバレット!」

ぐわああああぁぁぁぁぁ!! ……ぐふっ」

 そして、マリアンヌはメイベンに銃弾を放つ。

 銃弾がメイベンに命中すると大爆発が起こり、メイベンは白目を剥いて倒れた。

 残っている重装兵士や精鋭兵達はアエルスドロ達の敵ではなく、あっさりと倒せた。

 

「よし、これで終わりだな」

 そして、敵を全滅させた後、メイベンが倒れる瞬間に、彼がつけていたブローチが転がる。

「ん? これはブローチですの? ちょっと確かめますわ」

 マリアンヌがそのブローチに触れようとした瞬間、嫌な予感がして寸でのところで止めた。

「おい、マリアンヌ。なんで取らなかったんだ」

「なんか、嫌な予感がしたからですわ。

 触れると危険そうですし……ルドルフ、ちょっと見てくれません?」

「分かりました」

 ルドルフは、落ちているブローチを鑑定した。

「ん、これはチャームブローチですね。

 身に着けると、これに対応したアイテムを身に着けた人に魅入られてしまうアイテムです」

「これに対応した特定のアイテム?」

「何かは分かりませんけど、多分、エマが持っていると思います」

「それもそうね。で、これをどうやって運びます?」

「僕が鞄に入れます」

 そう言って、ルドルフはチャームブローチを鞄の中に入れた。

「では、私はティファニーに調査を頼もう」

 そして、アエルスドロはこのブローチを付けた人の調査をティファニーに頼んだ。

 

「それじゃあメイベン、洗いざらい話してくれませんか?」

「……はい、分かりました」

 マリアンヌは捕らえたメイベンの尋問をした。

 悪い計画については詳細は聞かされておらず、

 エマから邪魔者を排除しろと言われただけらしい。

「よし、分かりましたわ。解放なさい」

 マリアンヌは捕らえたメイベンを解放し、次の場所へ向かった。




私は、敵キャラはとことんクズにして、味方キャラは憎めない子にしています。
次回もバカ貴族を探していきます。


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第27話 ケルミットを探して

バカ貴族をまたまた捕まえに行きます。
でも、マリアンヌはそんなに鬼ではありません。


 馬鹿貴族の一人、メイベンを倒した一行は、次に誰をターゲットにしようか考えていた。

「まさか、エマが悪者だったとは……」

「多分、その推理は少しだけ間違っておりましてよ」

「というと?」

「確かにエマはヤな事ばかりしてますけど、それは本当に彼女の望みですの?」

 マリアンヌ曰く、エマが本心で悪事をしているとは限らないらしい。

 少なくとも、彼女に力を貸している者がいるのは確かだとマリアンヌは考えていた。

 それを聞いたアエルスドロは、エマが連れている猿を怪しんでいた。

「後はケルミットのところに行けばいいんだな」

「どうして?」

「一番厄介なのは、こいつだと思いますもの。先に潰しておけば何とかなりますわ」

「それだけですか……」

 マリアンヌの提案に反対意見はなかった。

 一行は、ケルミットの館へと向かう事になった。

 

「おお、やってくれるな、ティファニー」

 ティファニーのおかげで、ケルミットの館の裏口は開いていた。

 彼女の仲間であるルシアによると、ケルミットは地下室に向かったそうだ。

「地下に向かうぞ。訓練場のようだが……」

 

 アエルスドロ達が地下へ降りていくと、鍵がかかった鉄の扉を見つけた。

「罠は俺が解除しよう」

 驟雨は扉に近付き、罠の解除を試みた。

 念のため、鍵以外にも別の罠があるかどうかも調べてみた。

 すると、心強き者に反応して攻撃を行う罠、クレリックバスターを発見した。

「まずいな……。エリー、お前が攻撃を食らってしまうかもしれない。

 もう一つの罠も解除しておくぞ」

 驟雨は、無事にクレリックバスターを解除し、奥に向かう扉が開いた。

「では、先を急ぎますわよ」

 通路をさらに奥へと進んでいくと、部屋を見つけた。

 どうやら、ここは訓練場のようだ。

 床はねばねばしていて、それ以外に変わった特徴はなかった。

「この床のねばねば、何かあるのだろうか……」

「調べましょう」

 驟雨とマリアンヌは部屋に入り、様子を見た。

「……ん?」

 驟雨はこの部屋にあるトラップに気づいた。

 床には罠が仕掛けられていて、スライムがびっしりと埋まっていた。

 もし、彼が気付かなければ、アエルスドロ達はスライムの奇襲を受けていただろう。

「邪魔なスライムは、始末する」

 そう言って、驟雨は二振りの短剣を構え、仲間と共にスライムと戦った。

 しかし、奇襲を受けなかったため、スライムをあっさりと倒す事に成功した。

 

 一行が訓練場を乗り越えると、新しい部屋が見えてきた。

 奥からは、工場のような音が聞こえてくる。

「何か作ってますの?」

 一行が部屋に入ってみると、そこには大きな機械があった。

 不気味な青い肉塊がベルトコンベアで流れてきて、機械が動くと、

 青いブローチが次々と作られていく。

「えええ、まさかこれがあのチャームブローチの原料だったの!?」

「気持ち悪いですね……」

 ミロとユミルがチャームブローチの原料と製造工程を見て絶句する。

 長く生きている二人も、これを見るのは初めてのようだ。

「間違いない、これは邪悪なアイテムだよ。あっ! あそこに誰かがいるよ!」

 ふと、エリーが見ると、部屋の奥でケルミットがうっとりとその光景を眺めていた。

 ケルミットの目は、狂気に満ちていた。

「美しい……」

 マリアンヌは、彼から事情を聴くために、ケルミットを捕えようとした。

 ケルミットは油断していたのか、簡単に捕まえる事ができた。

 マリアンヌは縄でケルミットを縛った後、彼から安全にチャームブローチを外した。

 すると、ケルミットの瞳が元に戻る。

 どうやら、自我を取り戻したようだ。

「……! ここは……」

「あなたはエマの命令で、チャームブローチを作っていましたね?」

 ルドルフの言葉を聞いたケルミットが頷く。

 ケルミットはエマに言われるままに、

 彼女に渡された肉塊をチャームブローチに変える機械を設置していたという。

「もしも、チャームブローチが広がったら、世界中の人がエマに惚れちゃうわね。

 それこそ、男も女も関係なく」

「そんなの、嫌ですわ! とにかく、ケルミットはナガル地方に身を隠しなさい」

「うん。助けてくれてありがとう」

 こうして、ケルミットはマリアンヌにより保護され、無事にナガル地方の住民となった。

「この宝石は、押収する必要がありますわね」

「ああ。ティファニーに頼んでおこう」

 そして、この量産された宝石は、ティファニー達により押収された。

 

「では、私達は急いでヒーヴェルを確保しに行きましょう」

「分かった」

 一行は、ヒーヴェルの家へ向かうのであった。




個人的に悪役令嬢って、ちょっと憎めない子なんですよね。
だから、マリアンヌにはこういう行動をさせました。
次回は最後のバカ貴族を逮捕しに行きます。


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第28話 ヒーヴェルを探して

最後のバカ貴族を捕まえに行きます。
バカだけど一筋縄ではいかないのが彼です。


 その夜、マリアンヌ達が乗る馬車の前に、大きな屋敷が見えてきた。

 そこには大商人の息子ヒーヴェルがいるはずだったが……。

 

「ヒーヴェル! わたくしが来ましたわ!」

 マリアンヌは、大きな屋敷に踏み込んだ。

 しかし、その屋敷の中には誰もいなかった。

「誰もいないですって!?」

 マリアンヌが驚くと、ヒーヴェルが馬に乗って逃げ出すところに出くわした。

 どうやら、一行が踏み込んでくる事を読んでいたようだ。

「追いかけるぞ、マリアンヌ!」

「ええ!」

 アエルスドロ達はヒーヴェルを追いかけていった。

 

「サモン・キャリッジ!」

 ユミルは魔法で馬車を召喚し、運転しながらヒーヴェルの後を追った。

「うんせ、うんせ」

 ミロは坂道で馬車を押して加速させる。

 彼女の腕力によって、馬車はかなり動いた。

 ある程度進むと、ヒーヴェルは馬から飛び降りて住宅街の中に走り去った。

 住宅街は入り組んでいて、場所を確認してどこに逃げたかを把握する必要がある。

「エリー、手伝ってください」

「はーい!」

 ルドルフはエリーと共に、ヒーヴェルが逃げ込んだ場所に走った。

 すると、二人はヒーヴェルを見つける事ができた……ビンゴだ。

「見つけたぞ! 追うんだ!」

「やばい!」

 もうすぐヒーヴェルに追いつくというところで、ヒーヴェルは袋の口から金貨をばら撒いた。

 人々は金に群がり、アエルスドロの進路を妨害している。

「くそっ、こんな手を使うとは! 追うぞ、マリアンヌ!」

「いえ、少しは金貨を拾ってみては?」

「おい!」

 金貨に目が眩んだマリアンヌは、落ちている金貨を次々と拾っていく。

 いくらパーティの主軸と言っても、彼女は悪役令嬢、お金には目がなかった。

「仕方ないわね……あたしが運ぶわ」

「私も手伝うぞ」

 アエルスドロとミロは仕方なく、馬車をその力で引っ張っていった。

 しかし、金貨を貰ったマリアンヌの馬車に、住民がそれを奪おうと突っ込んできた。

 これにより、全員はかなりのダメージを受けた。

「ぐぅぅ……」

「金に目が眩むからよ」

「とりあえず怪我は治しておくよ。ラ・ナチュ・ド・オヴァ・ラ・ホル・ド・テネブ!」

 エリーは即座に広範囲の傷を癒す魔法を唱え、全員が負ったダメージを回復させる。

「後はボクがやりますよ! ラ・テネブ・デ・ハンズ・ド・ニイス!」

 ユミルは精神を操る魔法、マインドコントロールを唱えた。

 彼の魔法を受けた馬が足を止める。

「動け……動け、何故動かぁぁぁぁぁぁん!」

 ヒーヴェルはパニック状態になり、

 その隙にアエルスドロとマリアンヌがヒーヴェルを捕まえた。

 そしてアエルスドロはヒーヴェルが身に着けていたブローチを外し、彼を正気に戻した。

「ようやく見つけたぞ、事情を話してもらおうか」

「……分かった」

 ヒーヴェルは、アエルスドロ達に事情を話した。

 

「……操られていたとはいえ、こんな事をしたのは謝ろう。この計画書を持っていけ」

 そう言って、ヒーヴェルはアエルスドロに計画書を渡した。

 計画書には、このような事が書かれていた。

 

 婚約パーティに出席した者達に、このチャームブローチを渡せ。

 ゲスト達を皆、エマ様に忠誠を誓わせるのだ。

 

「あぁ、もう、もしも計画が実現したら、皆さんがエマを崇拝してしまう……!

 そんな事、絶対にさせませんわ!」

 マリアンヌはこの計画を阻止するために決意し、二丁拳銃を構えた。

「必ずこの計画は阻止してみせよう!」

「ルドルフ! 絶対にあたし達は負けないからね!」

「……はい」

「……やるしかないようだな」

「まったく、なんであたしが協力しなきゃいけないっての?」

「まあまあ……ボク達も一応、仲間ですから、ね」

 アエルスドロ、エリー、ルドルフ、ミロ、ユミル、驟雨も、

 計画を阻止するべくマリアンヌと共に決意した。

 

 あちこちを飛び回っていたせいで、もう、パーティ会場まで時間がない。

 エマの野望を阻止しなければ、この国の人間が、エマに魅入られてしまう。

 悪役令嬢は、ヒロインの野望を阻止できるのか?

 

「……って本来とは役割が違うんだけどねー」




エマは本当に、本当の意味での悪い奴なのでしょうか。
次回は婚約関連と、ボス戦です。


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第29話 戦闘! カルキュドリ

ボス戦です。
果たして、マリアンヌ達はエマを捕まえる事はできるのでしょうか。


 いよいよ、エマとレーヴェの婚約が発表されるパーティが始まる。

 心なしか、町並みもうきうきしている。

 しかし、そんな雰囲気をぶち壊すように、一台の馬車が走っていく。

 その馬車に乗っているのは、ダークエルフ、悪役令嬢、エルフ、光妖精、吸血鬼二人、

 フェルプールと、王道とは程遠いメンバーだった。

 

急げぇー!

 皆が馬車に乗って進んでいくと、前の馬車が急に道を塞ぐようにして止まった。

危なぁぁぁぁぁぁぁい!

 馬車を運転していたミロは、大急ぎで急ブレーキをかけて止めた。

「な、なんなんですの一体?」

「きっと、あれはランディだ」

 アエルスドロがそう言うと、馬車からランディと猿を連れたエマが降りてきた。

 これで探す手間が省けたとマリアンヌは強がり、馬車から降りてこう言った。

「エマ・クレーシェル! やっと見つけましたわよ! もう馬鹿な事はおやめなさい!」

「馬鹿な事? 私は何も馬鹿な事はしていませんわ」

 エマは唇に人差し指を当てて恍けたような表情をしている。

 しかし、マリアンヌは動じず、エマを指差してこう言った。

「こんな騒動を起こして許されるとでも思って?」

「騒動? いいえ、ここでは『嫉妬に狂ったマリアンヌ様の攻撃を正当防衛した』となりますわ」

 マリアンヌの日頃の行いからか、エマの言葉には説得力があった。

 エマが正統派ヒロインなのに対し、マリアンヌは悪役令嬢。

 しかし、マリアンヌはあくまでも強気な態度を崩さなかった。

「ところで、そこにいるお猿さん、話がありますわ」

「ウキ?」

 猿は怪訝そうな表情で首を傾げる。

「そこにいるぼんやりした女と、自分の力で辺境を良くしたわたくし。

 どちらがあなたと組むに相応しいと思いまして?」

 マリアンヌは、エマの陰謀を阻止するために猿に仕掛けた。

 彼女の言葉に対し、猿は笑いながらこう言った。

「面白い事を言うじゃないか」

「カルキュドリ! 私を裏切る気!?」

「五月蠅い! お前のせいで魔族の俺がどれだけ苦労した事か!」

 ついに、猿が本性を表した。

 エマの方に乗っていた猿の正体は、猿に変身していたカルキュドリだったのだ。

「話が違います……。仲間を増やすためでは、なかったのですか?」

「キッキッキ、魔族を信じるのが馬鹿なんだぜ?」

 困惑するエマを嘲笑うカルキュドリ。

 すると、猿に化けた魔族、カルキュドリはエマの肩から離れ、マリアンヌの方に向かう。

 マリアンヌは仁王立ちし、口に手を当ててこう言った。

「おーほほほほほほっ! これが、あなたの本当の実力でしてよ」

「そんな……」

 信じていたカルキュドリに裏切られたエマの顔は真っ青になった。

 エマは震えており、返答する余裕もない。

「まったく、これに懲りたらもう二度と悪事をなさらないでくださります?

 ……さて、と、皆さん! やっておしまい!」

 カルキュドリがマリアンヌに近付いた瞬間、

 マリアンヌは仲間にカルキュドリを攻撃するように命じた。

 アエルスドロ達は頷くと、武器や魔法でカルキュドリを攻撃した。

「いて、いて、いてぇぇぇっ!」

「悪役令嬢を信じるのが馬鹿ですのよ! おーっほっほっほっほっほ!

「……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 カルキュドリが咆哮すると、猿は巨大化していき、

 やがて黄色い身体と2つの頭を持つ、蝙蝠の翼が生えた大柄な悪魔の姿になった。

 その額には、赤い物質が光り輝いていて、エマの青いブローチと対になっていた。

「さぁ、やってしまいますわよ!」

 悪役令嬢一行とカルキュドリとの戦いが始まった。

 

「まずは、こいつらから相手しろ!」

 カルキュドリはレッサーデーモンやインプなど、多数の魔物を召喚した。

「トランス・スケイル!」

「分身の術!」

 アエルスドロは瘴気で己を鱗で覆う。

 驟雨は忍術で分身を作り出して回避率を上げる。

「ナイチンゲール!」

 エリーは生命の精霊を召喚し、全員の体力と魔力を回復して万全の体勢を整えた。

「まずはカルキュドリを討ちなさい!」

「オトナシク キエロ!」

 マリアンヌがカルキュドリを攻撃するように指示を出すと、

 レッサーデーモンやインプは彼を守るように前に立つ。

「まずはこいつからやらなきゃいけないの!?」

 ミロはレッサーデーモンを倒さなければならないと知って歯ぎしりを立てる。

 レッサーデーモンはインプを召喚して身の回りを守らせた後、

 自らは槍を構えてアエルスドロ達に突っ込んでいく。

 槍は驟雨に当たったと思ったら消えてしまった。

 当然、これは驟雨の分身であり本体にダメージは通らない。

「そんな攻撃、当たりませんわよ!」

 マリアンヌも機敏な動きでレッサーデーモンの攻撃をかわす。

 しかし、残りのメンバーには命中し、

 レッサーデーモンはより効果的なダメージを与えられるように工夫した。

「地の精霊よ、その力を解放し盾となれ! ストーンガード!」

 エリーは地の精霊ノームを召喚して最も打たれ弱いルドルフのダメージを軽減した。

「うっ。申し訳ありません」

「いいのよいいのよ、ルドルフが無事ならあたしはそれでいいから」

「油断大敵だぞ?」

「おっと!」

 インプの攻撃を紙一重でかわすエリー。

 次にインプはアエルスドロに火炎弾を放ったが、エリーが防御魔法で攻撃を防ぐ。

「……この攻撃はかわせはせん。陰陽発止!」

グギャァァァッ!

 驟雨は凄まじい速さにより見切れない攻撃を行い、レッサーデーモンの急所を短剣で突く。

「ポイズンバレット! 毒に苦しみなさいな♪」

「グ……ウゥゥゥゥ」

 マリアンヌは笑顔で毒を塗った二丁拳銃をレッサーデーモンにぶっ放す。

 毒を受けたレッサーデーモンは苦しみ出し、マリアンヌは口角を上げた。

 魔族以上に邪悪な、まさに悪役令嬢だ。

「なんて黒いよ……」

「わたくしは悪役令嬢ですもの、そうおっしゃってる暇がありましたら敵を潰しなさい」

「もっと黒いよ!!」

 エリーはマリアンヌの発言にツッコミを入れつつ、回復魔法でミロを回復する。

「はぁ、ったくどんだけ数が多いのよ」

「まずは数を減らしましょう。

 風の上位精霊アイオロスよ、風よ裂けて刃となれ! ウィンドストーム!」

 ルドルフは風の上位精霊アイオロスを召喚し、竜巻を起こしてレッサーデーモンを切り裂いた。

「大人しくなさい! ゴッドパンチ!」

 ミロは両手に光を纏わせ、レッサーデーモンを思いっきり殴る。

 光の力に弱いレッサーデーモンには大ダメージを与える事ができたようで、

 レッサーデーモンの身体の一部が消失する。

「やりますね、ミロさん!」

「どう?」

「ボクも続きますよ、ド・ポプル・デ・イグニ・デ・フラゴ!」

 ユミルが呪文を詠唱して杖を振ると、

 大爆発を起こしてレッサーデーモンとインプをまとめて吹き飛ばした。

 爆発が消えた後には、レッサーデーモンとインプは全滅していた。

 

ぐぅぅぅう!!

 レッサーデーモンとインプが倒れたと知ったカルキュドリは、

 牙をむき出しにして叫び声を上げた。

 敵は数が多く、叫び声に乗ってしまうと厄介だ。

「そうは、させませんわよ!」

「グェッ!」

 マリアンヌは二丁拳銃から弾丸を放ち、カルキュドリの咆哮を妨害した。

 ランディはカルキュドリにライトウェポンをかけて攻撃を強化する。

グオォォォォォォォォォ!

「うっ……」

「苦しいです……」

 レッサーデーモンは援護を受けつつ、魔に侵された叫び声を上げる。

 それを諸に受けたアエルスドロとエリーは毒を受ける。

 ルドルフは攻撃に備えて、魔力を強化する呪文を唱える。

「よし、ここはルドルフの見せ場のために……。エレメンタルチェンジ・アース!」

 エリーはカルキュドリがいる場所にエレメンタルチェンジを放ち、

 カルキュドリとデーモンソルジャーを地属性に変えた。

「まずは、ランディを宝石から解放するぞ。と、その前に……風遁の術!」

 驟雨はランディがいる場所に移動し、相手の弱点を突くため忍術で短剣に風を纏わせる。

「正気に戻れ!」

「……はっ!」

 無事に驟雨はランディのブローチを外す事に成功。

 ランディは正気に戻り、戦闘から離脱した。

「くっ、傀儡が逃げてしまったか……。まぁ、いい。役目は果たしたから良しとしよう」

 ランディは、パーティーにやって来た人に、チャームブローチを送ろうとしていた。

 もし、ランディを止められなかったら、

 招待客がカルキュドリに操られていたと考えると、ルドルフは少し顔が青くなった。

「な、なんて狡猾な!」

「お前が言うな! ……とにかく、貴様らをこの槍で貫いてやろう。

 ド・ゲイト・デ・テラ・ド・テネブ!」

 カルキュドリは槍を回して突き出すと、広範囲に闇の槍を放った。

「当たらないよ!」

「当たらないわよ!」

 エリーとミロは回避に成功したが、

 アエルスドロ、マリアンヌ、ルドルフ、ユミルに命中し、アエルスドロが盾で庇う。

「仲間達に怪我はさせん!」

 防御魔法を得て、アエルスドロは味方が受ける被害を防ぐ。

 続けてレッサーデーモンが鋭利な爪と闇魔法で攻撃するが、

 エリーの強力な防御魔法で軽傷に留めた。

 次にデーモンソルジャーがマリアンヌがいる場所に突っ込んで、

 彼女を槍で串刺しにしようとする。

 しかし、魔族の攻撃はマリアンヌが全てかわし、逆に二丁拳銃を叩き込まれた。

「ふ、わたくしの銃を甘く見ないでくださります?」

 くるくると二丁拳銃を回すマリアンヌ。

「さぁ、ボクの出番が来ましたよ。ラ・ロタ・ド・イグニ・ラ・ナチュ・ド・テネブ!」

 ユミルが杖を掲げて呪文を唱えると、彼の杖を中心として炎の渦が巻き起こる。

 真っ赤な炎は魔族目掛けて降り注ぐと、カルキュドリ以外の全員を焼き尽くした。

 

「これで、どうです!」

「ぐ……。それで終わりか?

 ド・ゲイト・デ・テラ・ド・テネブ!」

 瀕死の重傷を負ったカルキュドリが、闇の槍を放って攻撃する。

 この攻撃がアエルスドロが盾でユミルを守り、彼の代わりに大ダメージを受けた。

「ぐ……回復を頼む」

「あいよ! 生命の精霊よ、この者の傷を癒し給え、ライフヒール!」

 エリーが大ダメージを受けたアエルスドロを生命の精霊魔法で回復する。

 ついでに自分とアエルスドロが受けた毒もレストアヘルスで回復した。

「遠慮しないぜ! さあ、闇に飲まれろ!」

 カルキュドリが闇の槍を投げ、命中すると闇がアエルスドロ達を飲み込む。

「これに耐えなきゃ、死ぬ!

 光の上位精霊アスタロトよ、我等に守りの加護を! シェルター!」

 エリーは光の上位精霊アスタロトを召喚し、光の壁が膨大な闇を打ち消した。

 しかし、ある程度は打ち消せず、闇がアエルスドロ達を貫く。

「……ふぅ、何とか生き残ったぞ」

「馬鹿な……何故生きている!?」

「私はまだ負けられないのだ。せっかく居場所を手に入れたのに、死ぬわけにはいかない!」

 居場所を持たなかったダークエルフのアエルスドロは、

 ようやく手に入れた居場所に執着しているのだ。

 驟雨はカルキュドリの背後に近付いて短剣で突こうとするが、片手が滑り攻撃を外してしまう。

 しかし驟雨はもう片方の手ですぐに持ち直し、竜巻がカルキュドリを飲み込んだ。

ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!

「全力で行かせてもらうわよ!」

「おっと、そうはいかん!」

「それでも当てるわ! ゴッドキック!」

 カルキュドリはミロの強烈な一撃を受け、地に膝をつく。

「効いてます! ルドルフ、頼みますよ」

「任せてください。

 風の上位精霊アイオロスよ、旋風となり逆巻き、悠久なる眠りへと誘え! タービュランス!」

 ルドルフの上空で、巨大な竜巻が渦巻き、カルキュドリを飲み込むと切り刻んだ。

 だが、カルキュドリはまだ立っていた。

「ギギィ……だが、これで終わりだ! ラ・レクス・ラ・ロタ・マ・ギ・ド・テネブ!」

 カルキュドリが呪文を唱えると、アエルスドロ達に暗黒の血液が降り注ぐ。

 あれを回避しなければパーティは壊滅してしまう。

「……ふっ」

「当たりませんわよ!」

 何とか体が軽いマリアンヌと驟雨は回避に成功したが、

 アエルスドロ、エリー、ミロ、ユミルに命中する。

させるかぁぁぁぁぁぁっ!

「光の上位精霊アスタロトよ、我等に守りの加護を! シェルター!」

 アエルスドロはエリー、ミロ、ユミルを庇い、

 エリーは防御魔法を使ってミロとユミルを生き残らせる。

 この結果、ミロとユミルは生き残り、アエルスドロは……。

「後は、頼む……」

 戦闘不能になり、ばたりと倒れた。

 

「「アエルスドロ!」」

「カルキュドリ、よくもわたくしの盾を! 思い知らせてあげますわ!」

ウオォォォォォォォォ!

 カルキュドリはマリアンヌに突っ込んで槍で攻撃する。

「エマへの愛が、お前を潰す!」

「そうはいかないわよ!」

 ミロはマリアンヌを庇い、代わりに彼女がその槍に貫かれた。

 このダメージは防御魔法でも防ぎきれず、ミロは戦闘不能になった。

「ミ、ミロさん!」

「大丈夫よ、後はあんた達がやりなさい……」

「ミロさん……。マリアンヌ、行きますよ!」

「ええ!」

 ユミルは凛々しい表情になり、杖を構え呪文を詠唱する。

 マリアンヌも彼と共に二丁拳銃を構える。

「わたくし達のやる事は!」

「ただ一つ!」

「「あなたを倒す事です(わ)!!」」

「させるか! うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 カルキュドリは咆哮を上げてユミルの呪文詠唱を阻止しようとする。

 マリアンヌはカルキュドリの前に出ると、二丁拳銃で踊るようにカルキュドリを足止めする。

「うぐ、あ、うあぁ!」

「ミロさん……アエルスドロ……」

 アエルスドロとミロの思いがユミルに力を与える。

 ユミルは心を研ぎ澄まし、目の前の敵を倒す最大の力をイメージする。

「ド・ゲイト・デ・ホル・ラ・ロタ・ド・ステラ!」

 そして、ユミルが杖を振り下ろすと、巨大な隕石がカルキュドリ目掛けて落ちる。

 隕石がカルキュドリに命中すると、大爆発がカルキュドリを包み込んだ。

 

「これで、最後です……!」

 ユミルの言葉と同時に、カルキュドリは倒れた。

 ほとんどが満身創痍の中、ユミルは地に足をつけて立っていた。




~モンスター図鑑~

カルキュドリ
黄色い身体と双頭を持つ魔族。
動物に姿を変える事ができ、狡猾で、残虐な性格。

デーモンソルジャー
魔族の中でも高い実力を持つモンスター。
武術、魔術共に、高い実力を持つ。


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第30話 故郷への帰還

魔族との戦いが終わり、ここでターニングポイントとなります。


「さあ! とどめですわよ!」

「……」

 カルキュドリは、最早戦える気力を持たなかった。

 マリアンヌは遠慮なく二丁拳銃をカルキュドリに向け、とどめを刺そうとする。

 しかし……。

「とどめを刺されるくらいならば、僅かな力で、この女を……!」

「!」

 カルキュドリはその指でエマを指差すと、彼女の身体が光り出した。

「何をするつもりですの!」

「この女はいずれ……アラネアに……!」

 カルキュドリがそう言うと、カルキュドリは燃え尽き、灰となって消滅した。

 同時に、魔族に操られていたエマも、光となってどこかに消えていった。

 そして、この場に残されたのは、アエルスドロ達だけだった。

「……アラネア、か……」

 魔族は倒され、陰謀はティファニー達も把握し、エマと皇子の結婚は破談となった。

 本来ならば次にエマは裁きを受ける事になるが、

 彼女が行方不明になっている以上それはできなかった。

 舞踏会は当然中止、帝都の人々も訝しがるが、やがて忘れられてしまうだろう。

「エマ……」

 アエルスドロは、エマがいた方を見つめていた。

 今はもぬけの殻になっており、風が吹くのみ。

「助けたいのは分かりますけど、エマが連れていかれた場所がどこか分からない以上、

 今動いても無駄ですよ」

「……」

「……戦いは終わりましたし、今は無事に勝てた事を喜びましょう」

 そう、マリアンヌの言う通り、不安は残ったが戦いは終わったのだ。

 ひとまず脅威が去ったため、アエルスドロ達はナガル地方に帰る事にした。

 

 港に潮風が吹き、マリアンヌの髪を揺らす。

 ダークエルフと悪役令嬢とその仲間は、もうすぐナガル地方に帰還する。

 次の航海は、帝都に戻ってきた時とは違ったものになるだろう。

「皆様、もちろんわたくしのナガル地方についてきますわよね?」

「当然だ、この命が尽きるまで君についていこう」

「僕は運命ではなく、自分の意志でマリアンヌさんに仕えたいのです」

「あたしも、ルドルフと一緒だよ!」

「最初はここで終わる予定だったんだけど、あなたを見ていたら放っておけなくてね」

「エマを助けるまで、ついていきますよ」

「……俺はもう、誰も裏切らない」

 アエルスドロ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨は、

 マリアンヌについていく事を決めた。

 悪役令嬢ながら皆から信頼を受けている事に気づいたマリアンヌは、感動のあまり涙を流した。

「マリアンヌ、仕事をくれ」

「安月給ですけどいいですわね?」

「君という人は!」

 アエルスドロとマリアンヌのやり取りに、一同は大きく笑い、驟雨も小さく微笑んだ。

 ミロは彼をちらっと見てくすっと笑みを浮かべた。

「では、話が決まったところで、早速出港しよう!」

 帝都を騒がせた悪役令嬢、マリアンヌ・フロイデンシュタインが、この帝都を去っていく。

 そんな話をどこかから聞きつけたのか、

 彼女達の出港時は、多くの人が見送るために姿を見せていた。

「こ、こんなに人がいるの!?」

 港には大勢の人達が見送りに来ていた。

 ボンクラ貴族や、新聞記者のロルフ、そしてマリアンヌの両親。

 両親は、マリアンヌの活躍を見て、勘当を解いたようだ。

「ふふ、お父様、お母様、見てくれましたか? わたくしは、魔族を倒しましたのよ。

 本当なら帝都に帰りたかったけど、こんなに信じられる仲間がいますもの。

 わたくしはナガル地方にもうしばらくいますわ。だから、あなた達は帝都で待っていなさい!」

 マリアンヌは両親に別れの挨拶をした。

 そして、そこから少し離れたところにある馬車の中から、

 ティファニーがマリアンヌ達を見送っている。

 その馬車の中で、ティファニーはこう言った。

「君達は悪ではあるが、本当の悪ではない。

 本当の悪というのは、自分が悪である事を自覚していない奴や、正義や権力を振りかざす奴だ。

 私は、そういう奴は絶対に許さない。君達、悪役令嬢に幸あれ、だ」

 

 やがて、出航の時間となり、船はガルバ帝国の岸を離れていく。

「さあ、皆さん! わたくしの野望に、最後まで付き合いなさい!」

「「「「「おーっ!!」」」」」

「……」

 

 そして、風を受けた帆船は、港から海に向けて滑るように走り出す。

 マリアンヌは甲板に立ち、船の進む先を見つめる。

「いよいよ、ナガル地方に帰りますのね……」

 今やすっかり自身の領土と化したナガル地方。

 その地にいよいよ、戻ってくるのだ。

「さあ、次はどんな冒険が待っているのかしら?」

「もう私達は冒険しまくりで疲れたがな……」

「アエルスドロ、まずは祝祭を上げますわよ!」

「……そうだな。ひとまず、戦いは私達の勝利で終わったからな」

 

 そして、船が港に到着した後、領主マリアンヌは住民に向けてこう言った。

「ただいま、帰還しましたわ!」




エマ編はひとまず終了です。
次回からは再び、ナガル地方編に戻ります。


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第31話 祝賀会

魔族を撃退し、しばしの幸せの回となります。
アエルスドロもマリアンヌも、ここではみんな仲間なのですから。


 魔族との戦いに勝利したアエルスドロ達は、これから開催される祝賀会の準備をしていた。

 

「まずは料理を作ろうかね」

「ボクもお手伝いしましょうか」

「おや、手伝ってくれるのかい、お嬢ちゃん」

「いや、ボク男ですけど……」

 料理はファルナとユミルが担当する事にした。

 ナガル地方で一番料理が上手いファルナと、ミロの食事係を担当するユミル。

 二人が作った料理は素晴らしいものになるだろう。

「腕によりをかけたんだ、絶対に美味しい料理になるよ!」

「ははっ、ファルナはやる気満々ですねぇ」

「当たり前さ! あたしはナガル地方の食を担っているからね。

 ……そういえば、ユミルは料理が得意なのかい?」

「はい! ボク、料理は得意ですよ」

 ユミルは、得意げに料理上手な事を自慢した。

 ファルナはちょっと嫌味な風に聞こえたが、気にせずに彼の話を聞く。

「特に洋菓子を作るのが好きですね。よく、ミロさんにケーキを振る舞ってますよ」

「へぇー、今度食べてみたいよ」

「興味があるなら、いつか振る舞ってあげますよ」

 

 アエルスドロとミロは、テーブルや椅子など、家具運びを担当していた。

「よ~し、これでテーブルは終わったわね」

「まだだぞミロ、次は住民の分の椅子だ」

「う~、数は多いけどやるしかないわね」

 ナガル地方にはたくさんの住民がおり、

 その分の椅子まで担当しなければならないと知ったミロは、はぁ、と溜息をついた。

「それでも、お前の腕力は頼りになるな。あんなにあった椅子が、こっちにもう移動している」

「何よ腕力って、早く食事したいのに」

「食事の前に清潔にするのも、マナーだぞ」

「あぁもう、堅苦しいのは嫌なのよ!」

 矢鱈と真面目なアエルスドロに反発するミロ。

 彼女は「とっとと終わらせたいわ」と思いながら、椅子をテーブルの前に運んでいた。

 

 アエルスドロとミロの家具運びが終わった後、ディストとマリアンヌは飾り付けをした。

「流石はマリアンヌお嬢様、いい飾り付けができてますね」

「曲がりなりにもわたくしは貴族令嬢。飾り付けができなくては令嬢とは言えませんわ」

 マリアンヌは嬉しそうにテーブルなどの飾り付けをしていた。

 これから始まる祝賀会、

 良いものにしなければ領民は喜ばないと感じた領主マリアンヌは張り切っていた。

「そして曲がりなりにも貴女はナガル地方の領主だ。私達の事を考えているのですね」

「あったりまえですわよ! ここはわたくしのナガル地方ですのよ?」

 マリアンヌは笑顔でランチョンマットを敷いたり、食器を用意したりしていた。

 これも全ては領民のため……マリアンヌは一切、手を抜かなかった。

 

 ルドルフ、エリー、驟雨は、パフォーマンスのために武器や魔法の調整を行っていた。

「ふむ、これでいいか。いや、妥協はせんぞ」

 驟雨は、短剣や暗器を磨いていた。

 パフォーマンスには驟雨も参加する事となり、彼は危険な芸を担当するのだという。

「驟雨、あたし達は派手にやるから、キミは自分のやりたい事をやるんだよ!」

「ああ」

 エリーの言葉に軽く頷く驟雨。

「驟雨さんは、このナガル地方に馴染めますか?」

「賑やかだな。俺には合わない場所だ」

 驟雨は、賑やかな場所や明るい場所が苦手だ。

 ルドルフやエリーと共にいる時も、あまり嬉しそうな様子は見せない。

 しかし、アエルスドロやマリアンヌとの交流があって、

 ナガル地方を少しは気に入るようになった。

 戦う事しかできなかった彼にとって、かなりの変化と言えるだろう。

「では、僕達は準備をしますから、待っててくださいね」

 

 そして、祝賀会は開催された。

 ファルナとユミルが作った料理は、薄切りトマトと卵の前菜、コーンポタージュ、

 鮭のムニエル、牛ミニッツステーキ、サラダ、スモークチーズ、

 苺とチョコのプティフール、ミルクティーだった。

「おいしぃ~!」

「本当ですね。ファルナさんはともかく、ユミルさんもこれをお作りに?」

「ミロさんの従者として、これくらいできなければ」

 そう言って、ユミルは自分が作った料理を食べる。

「美味い! 流石はボクの作った料理ですね」

「ダークエルフの口にも合うな」

「おぉ、喜んでくれましたかアエルスドロ!」

「アンダーダークのものよりも美味しいよ、これからもたくさん作ってくれ」

「はい!」

 

 そして、食事が終わった後、ルドルフ、エリー、驟雨のマジックパフォーマンスが始まった。

 三人が観客に、恭しくお辞儀した。

「ようこそ、ナガル地方の皆様」

「これより、マジックパフォーマンスを開催します! ……うー、堅苦しい口調はやだなー」

「……」

「では、まずは僕からやりましょう」

 ルドルフは、どこからともなくボールを4個取り出した。

 輪の形を描きながら、そのボールを投げたり、キャッチしたりしている――ジャグリングだ。

「おおー!」

「ルドルフ、魔導を使わずにこんな演技をするとは流石だ……!」

 サーカスを見た事がなかったアエルスドロとディストは、純粋に感動し、拍手した。

 ルドルフは深々とお辞儀する。

「それじゃあ、いっくよー!」

 エリーが前に出て呪文を唱えると、大きなボールが現れた。

 驟雨はその上に飛び乗り、グラグラ揺れながらもジャグリングを始めた。

「凄い、凄いよ!」

「お見事……!」

 観客の拍手が大きくなる。

 ジャグリングの速度が増していき、そして、ボールが光り出す。

「あ! ボールがナイフに変わった!」

「魔法かな?」

 小さなボールは1つずつナイフに変わっていった。

 これから、さらに難易度の高いジャグリングをするのだ。

 観客は感服した。

「……いくぞ」

 驟雨は4本のナイフを掲げ、光らせた。

「四段撃!」

 剣先が伸びたナイフが、観客に襲いかかる。

「危なっ……」

 そのナイフが観客に当たりそうになる。

 観客のほとんどはとっさに防御したが、自分が怪我一つない事を不思議に思った。

「……無事だったのか?」

 4本のナイフは、観客の周りに散らばっている。

 驟雨が投げたナイフを、ルドルフが全て風の刃で落としたのだ。

「危なかった。僕がいなかったら、貴方達は死んでいたところでしたよ」

「……ふ」

 元とはいえ、驟雨は暗殺者である。

 彼の危険な性格を知る事になる一行だった。

 

 その後。

「楽しかったですか?」

「とても楽しかった。ファルナとユミルの料理も美味かったぞ」

 ルドルフ達のマジックパフォーマンスは好評だったようだ。

 料理も、アエルスドロ達に高評価だった。

「アエルスドロさん」

「なんだ?」

 そんなアエルスドロのところに、マリアンヌがやってくる。

「わたくしは……あなたと共にいて、本当によかったですわ。

 最初はただの武官としか思っておりませんでしたけど、今ではわたくしの大切な仲間ですわ」

「マリアンヌ……」

「これからも、わたくしは領主として、懸命に働きますわ。

 だからアエルスドロ、共に仕事をしましょう」

「……もちろんだ、マリアンヌ!」

 

 この二人の絆は、さらに強まった。




戦ってばかりのアエルスドロ達ですが、平和な日もあるのです。
しかし、次回では……。


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第32話 いざ、トラップハウスへ

最後の仲間がいるダンジョンに入ります。
そして、エマを救うための冒険でもあります。


 祝賀会が終わった、次の日。

 

「さて、私達はこれからエマを取り戻すために何をすべきか考えよう」

 アエルスドロ、マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、

 驟雨が机に座って会議していた。

 会議の内容は、魔族にさらわれたエマをどうやって取り戻すか、である。

「エマは確か、魔族が連れて行ったんだよね」

「そしてカルキュドリは彼女をアラネアに云々言っていたな」

「アラネア?」

 その言葉は、エリーには聞いた事がないようだ。

 アエルスドロは苦い顔をしながら彼女に説明する。

「ダークエルフが信仰している蜘蛛の女神だ。

 裏切りや暗殺を美徳とする、人間から見れば邪神と言える神だ」

 魔族はアラネアを現世に復活させようとしているらしい。

 しかし、神がそのまま降臨しようとすると膨大なエネルギーを消費してしまう。

 そこで、人の肉体を器とし、それに魂を宿せばエネルギーの消費を節約できる。

 その器に、エマが選ばれたのだろうとアエルスドロは推測した。

「じゃ、じゃあ、エマは……!」

「このまま進めば邪神と化し、世界に災いをもたらすだろう」

 エマがウンゴリアントとして目覚めるのも、時間の問題だ。

 その前に、エマを助けなければならない。

「でも、どうやって彼女を助けるんですか?

 彼女に関する情報が少ない以上、迂闊には動けません」

「だから、少しずつ情報を得るしかないんですよ。

 僕が風の精霊を呼んで情報収集するから、待っててください」

 そう言って、ルドルフは風の精霊シルフを召喚し、ナガル地方の情報を収集した。

 

 一匹のシルフが空を飛んでいると、シルフはその途中で誰か二人が会話しているのを聞いた。

「それでね~」

「うんうん」

 次に、エルフが魔法を使っているところや、ドワーフが銃を作っているところを見た。

 こうして、シルフは情報を集めているようだ。

 

「戻ってきましたよ」

「ん?」

 しばらくして、シルフが戻ってきた。

 シルフはルドルフに近付き、テレパシーで彼に情報を話す。

「……ふむふむ……ほう? そこにあると……? 分かりました。帰ってよろしいですよ」

 ルドルフがシルフを精霊界に送還した後、

 羽根ペン、インク、羊皮紙を取り出して情報を羊皮紙に書いた。

「情報は集まったんですか?」

「はい。これがシルフの集めた情報です」

 

 ルドルフが出した羊皮紙には、こう書かれていた。

 ・ナガル地方の南東に、トラップハウスがある。

 ・名前の通り、たくさんの罠が仕掛けられている。

 ・そこには、天狗の女性が捕まっている。

 

「天狗の女性、ですと?」

「この辺では見た事がありませんわね」

 天狗は、倭国にのみ存在するとされる、バードマンやフェザリィ同様に翼を持った種族である。

 そんな天狗がどうしてナガル地方にいるのか、アエルスドロは疑問に思った。

 しかし、マリアンヌは彼と正反対に目を光らせていた。

天狗ですって!?

 もし捕まえたら、空を飛べる文官、もしくは武官として役に立ちますわね!」

「あのねぇ……」

 マリアンヌは役に立つか立たないかで決める現実主義者である。

 理想主義者なミロは、彼女の考えを理解できなかった。

「でも、仲間が増えるのはいい事だよ。このパーティで回復役はあたししかいないからねぇ」

「言われてみれば確かにそうですわね。回復役が増えれば安心しますわ。

 その人材がわたくしの役に立てるかどうか、一度確かめてみる必要がありますけど」

 マリアンヌの目がキラーンと光る。

 彼女の目は、獲物を見ているかのようだ……とルドルフは心の中で思った。

 

 その頃、問題のトラップハウスでは……。

「さて、天狗の娘よ。おまえはここにいてもらう」

 魔物達に、銀のツインテールと茶色い瞳の天狗の女性が追い詰められていた。

 彼女の周りには、嫌な目で彼女を見る人間と、

 同じく彼女を狙うコボルドとゴブリン、そして彼らを率いるオーガがいた。

 オーガの額には赤い宝石が埋まっており、流暢に話しているのもこの力のおかげだろう。

「私をどうするつもりだ?」

「そこでじっとしているんだな。もし動いたら……」

 オーガがそう言うと、コボルドとゴブリンが女性にじりじりと近付いた。

 体臭は酷く、女性は鼻をつまんで必死で耐えた。

 

「……殺すのであれば、いっそのこと、楽に殺すがいい……」

 

「……とりあえず、これでトラップハウスに行く準備はできましたわよね?」

 マリアンヌは、アエルスドロ達の荷物を確認していた。

「ポーションは入っているぞ」

「魔力を回復するマジックウォーターや、気力を回復する栄養ドリンクもあるわ」

「念のため、状態異常を治す薬品も持っていこう」

 薬品はバックパックにたくさん詰まっている。

 冒険者セットはもちろん、予備の武器もいくらか入っている。

「ふむ……ナイフがたくさん入っているな」

「驟雨のためにたくさん買ったのよ」

「無闇に触るなよ、怪我をするからな」

 驟雨はナイフを触らせないように慎重に管理する。

 これも彼なりの仲間に対する気配りなのだろう。

 

「それじゃあディスト、留守は任せますわよ」

「はい、マリアンヌ様。ナガル地方はこの私が守りますね」

 マリアンヌはディストに留守を任せ、仲間と共に南東にあるトラップハウスに行くのだった。

 

「……マリアンヌ様、私は祈ります。エマを無事に連れて帰ってくる事を」




~モンスター図鑑~

コボルド
犬のような姿をした魔族。
魔族の最下層に位置し、戦闘能力も低い。

オーガ
頭に角を生やした、まさしく「鬼」と言える魔族。
見た目通りの怪力を誇るが、知能はあまり高くない。


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第33話 罠に気を付けて

罠に対策できる者といえば、やっぱり盗賊です。
まぁ、盗賊を動かしづらい人も、いると思いますけどね……。


 アエルスドロ達は天狗の女性を助けるため、トラップハウスに侵入しようとした。

 周囲には、無数のセキュリティシステムが回遊している。

「何とか潜入しなければな」

「見つからないように……」

―ビーッ、ビーッ、ビーッ

「しまった!」

 アエルスドロは、そのうちの一つに見つかってしまった。

 そのため、セキュリティシステムを薙ぎ払い、突破口を開かなければならない。

「えぇい、邪魔ですわよ!」

 マリアンヌは二丁拳銃でセキュリティシステムを撃つ。

 セキュリティシステムは地面に次々と落ちていき、突破口を作り出す事に成功した。

「よし、行くぞ!」

 アエルスドロは一気に進もうとした。

 しかし、足元を見ないで突っ込んだのか、転倒してしまう。

 セキュリティシステムはアエルスドロ達に一斉に近付き、再び行く手を塞いだ。

「アエルスドロ!」

「すまない……私とした事が!」

「仕方ありませんわね。ついてらっしゃい!」

 マリアンヌはそう言うと、セキュリティシステムに見つからない場所を察知して掻い潜った。

 ルドルフやエリー達も彼女を信じてついていった。

「一気に進みますわよ!」

 マリアンヌはセキュリティシステムの目が届かないところを見極め、

 一気にそこを抜けていった。

 こうしてアエルスドロ達は、再び多くのセキュリティシステムが巡回している地点へと着いた。

 今度こそ、見つからないように警戒の目を掻い潜って移動しなくては。

「驟雨、危ない場所がどこなのか探しなさい」

「……」

 驟雨は、獣人族特有の勘の鋭さを生かして、どこが危険な場所なのかを探した。

「……ここか」

 驟雨は目を光らせた後、そこを避けるように前に進んだ。

 アエルスドロとマリアンヌは彼を信じて、驟雨についていった。

 そのうちに彼らは、古代の機械が多く置かれた場所へ辿り着いた。

 

「や、やっと着きましたわ……」

 ようやく、トラップハウスの中に辿り着いたアエルスドロ一行。

 この中に天狗の女性が捕まっているのだ。

 そのために、罠を掻い潜りながら、彼女の下に近付かなければならない。

「まずはこっちに行くか」

 一行はまず、右の道を選んだ。

 しかし、トラップハウスに仕掛けられた罠にかからないように、

 マリアンヌと驟雨を先頭にして進んだ。

「ここに罠は仕掛けられているか……。む、どうやらスティンクボムのようだ」

 開けようとした扉には、

 吸い込むと体に変調をきたすガスを発射するスティンクボムが仕掛けられていた。

 驟雨は楔と小型ハンマーを上手く使いこなし、スティンクボムを外した。

「これで扉を安全に開けられるぞ」

「ありがとうございます」

「礼を言われるつもりはない」

「くぅ……!」

 マリアンヌは、ユミルが驟雨に礼を言う姿を見て悔しがった。

 自分も、驟雨のように活躍したいと思ったからだ。

「今度はわたくしが調べますわ!」

 アエルスドロ達は扉を開け、先に進んだ。

 上の扉は鍵がかかっていて、下の道には何もないように見える。

 マリアンヌは上の扉に行った後、扉を開けようとした。

「やはり、鍵がかかっておりますわね。ここを、こうして……はい!」

 マリアンヌは鍵のかかった扉の解除を試みた。

 扉を開ける事に成功した彼女は、奥にある宝箱を開け、1000Z手に入れた。

「ふふふ、こんなに儲かりましたわ! さて、2つ目の扉を調べましょうか」

 宝箱を開けた後、マリアンヌは2つ目の扉を調べてみた。

「あら、爆発する罠がかかってますの。わたくしが解除しますわ!」

 もし、罠が発動すれば、吹っ飛んでしまうだろう。

 マリアンヌは安全に開けるため、そして驟雨に負けないように、そっと爆発する罠を外した。

 そして、魔物に見つからないように、忍び足で先に進んだ。

「かなり、やる気を出しているな、マリアンヌ」

「当たり前ですわよ! わたくしはナガル地方の領主ですもの!」

 マリアンヌは口に手を当てて高笑いした。

 堂々とこんな場所で自慢できるんだな……とアエルスドロは苦笑した。

 しかし、その笑い声を聞いたゴブリンシーフがマリアンヌ達を取り囲んだ。

「ほうら、言わんこっちゃない!」

「ふん、これくらいボコボコにしますわ!」

 そう言って、マリアンヌはゴブリンシーフを攻撃しようとした。

 しかし、床がつるつる滑って思うように動けない。

「く……滑る床ですの!?」

 滑る床に気を取られるマリアンヌ。

「きゃぁ!?」

 さらに、壁の中からウェポンイーター達が一斉に現れた。

 あの魔物は装備品を食らい、使い物にならなくしてしまう。

 もしもアエルスドロやマリアンヌなど、

 武器を専門に使う者が狙われれば一気に戦力が下がってしまう。

「陰陽発止」

 驟雨は、素早く両側のウェポンイーターにナイフを投げつけて動きを止める。

 次に、飛び上がってゴブリンシーフ達に突っ込み、二振りの短剣で切り裂いた。

「飛び上がりながら動けば、問題ない」

「くぅぅ……!」

 ジャンプができないマリアンヌは、驟雨の活躍にさらに悔しがる。

「わたくしだって! 活躍しましてよ!! ガトリングショット!!」

 ムキになったマリアンヌが周囲を二丁拳銃で撃つ。

 ゴブリンシーフ達は蜂の巣になり、倒れた。

「やりましたわ! 次っ! ……おっとっと!」

 マリアンヌは滑る床に気を付けながら、驟雨が動きを止めたウェポンイーターを撃つ。

 アエルスドロも慎重に進みながらウェポンイーターを斬りつけ、戦闘不能にした。

 雑魚同然のウェポンイーターに、歴戦の冒険者では相手にならなかったようだ。

「わたくしは悪役令嬢! こんなところでくたばりませんわよ!」

 マリアンヌはくるっと二丁拳銃を回転させ、ホルダーの中にしまう。

「……悪役令嬢がくたばるっていう言葉、使うのかねぇ?」

「何かおっしゃいました?」

「う、ううん、何も?」

 

 こうして、試練を乗り越えたアエルスドロ達は最後の扉に辿り着いた。

 この扉を開ければ、捕まっている天狗の女性を助ける事ができる。

「ここを、こうして、こうすれば……」

 マリアンヌは、大きな扉をじっと見た。

 この扉にも、罠が仕掛けられていると見破った彼女は、

 持ち前の器用さを生かして罠を外そうとした。

「きゃ!」

 しかし、あと一歩のところで罠が発動してしまう。

 扉の中から水鉄砲が飛んで、ルドルフに当たろうとした。

「危ない!」

 アエルスドロはルドルフの前に立ち、水鉄砲を盾で防いだ。

 

「……どうして、どうして、運命はわたくしに味方してくれないんですの……!」

 なかなか思い通りに行かない事に、マリアンヌは腹を立てていた。

 驟雨が活躍したり、滑る床に気を取られたり……。

 マリアンヌは、自身の運命を恨んでいた。

「……冒険は、お前一人だけじゃできないんだ」

 アエルスドロは、マリアンヌに優しくそう言った。

 マリアンヌ一人だけでは、この冒険は完遂できなかった。

 攻撃魔法が使えるルドルフやユミルがいなければ、物理攻撃に強い敵には無力だったのだ。

「お前だけで冒険するんじゃない。

 ナガル地方だって、お前一人で運営しているわけではない。そうだろ?」

「言われてみれば……わたくし、視野が狭かったですものね……」

「だから、いざという時には仲間に頼る事も必要なんだ。私達も、ルドルフ達もついている!

 だからマリアンヌ、調子を取り戻せ!」

「分かりましたわ……わたくし、貴方達を精一杯信頼しますわ!

 だから、わたくしについていきなさい!」

 アエルスドロに激励されたのか、マリアンヌはいつもの調子を取り戻した。

 ルドルフとエリーは「よかった」と安心した。

 

「さぁ、扉を開けますわよ!」

「……ああ!」

 そして、マリアンヌが大きな扉を押すと、鈍い音と共に扉は開いた。




~モンスター図鑑~

セキュリティシステム
侵入者を探知する魔導生物。

ウェポンイーター
虫の姿をしたモンスター。
武器を食らい、使い物にならなくする。


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第34話 天狗を探して

アエルスドロ達が最後の仲間を探しに行きます。
そのダンジョンは、一筋縄ではいきませんよ。


 大きな扉を開けると、そこには水晶でできたゴーレム、クリスタルゴーレムが二体立っていた。

 天狗が見つかると思ったマリアンヌは当然、落胆した。

「せっかく天狗が見つかると思いましたのに、どうしてクリスタルゴーレムがいますの?」

「魔族がここを守る者として生み出したんだろうな」

「……」

 仕方ありませんわね、とマリアンヌは二丁拳銃を抜いた。

「皆様、陣形を組みなさい!」

 マリアンヌの命令で、アエルスドロ達はすぐさま自身のポジションに移動する。

 エリーはパーティで最も素早い驟雨に光の力を宿し、

 クリスタルゴーレムに攻撃が通るようにした。

 クリスタルゴーレムは手を砲台に変えると、マリアンヌに向けて光線を放った。

「きゃああああ!」

「光の精霊ウィスプよ、堅き守りを我等に! エーテルアーマー!」

 マリアンヌは光速の攻撃を回避しきれず、大ダメージを受けてしまった。

 何とかエリーが防御魔法を使ったおかげで戦闘不能にはならなかったが、

 体力が大幅に減ってしまう。

 さらにクリスタルゴーレムはエリーの魔法に反応したのか、彼女にも光線を放った。

「ひえっ!」

 当然エリーに命中し、ダメージを受ける。

 しかし、エリーは光属性なので、光線を吸収した。

「光の妖精に、光の攻撃は通用しないよ!」

「お前達もその光に飲まれろ。牙連光波刃!」

 驟雨は素早い短剣捌きを連続で繰り出した後、

 光の波動を広範囲に放ってクリスタルゴーレムを攻撃した。

「こちらこそ! ガトリングショット!」

 マリアンヌは二丁拳銃でクリスタルゴーレム達に乱射した。

 だが、クリスタルゴーレムに物理攻撃は通用せず、大したダメージは与えられなかった。

「やはり魔力がないと、ゴーレムにわたくしの攻撃が通りませんわね……」

「そうですね。だから、僕達がいるんじゃないでしょうか?

 水と風の精霊よ、雷光となり敵を打ち砕け! ボールサンダー!」

「生命の精霊よ、この者の傷を癒し給え……ライフヒール!」

 ルドルフは水と風の精霊を召喚し、

 球体状の雷を飛ばしクリスタルゴーレムに大きなダメージを与えた。

 エリーは大ダメージを受けているマリアンヌに近付いて回復魔法を唱える。

「デ・ゲイト・ド・イグニ!」

 ユミルは火柱を呼び寄せてクリスタルゴーレム達を焼き払った。

「あたしの一撃、食らいなさい! ノーマーシー!」

 ミロは爪でクリスタルゴーレムを引き裂いた後、能力で呼び出した雷で追撃を行い、

 クリスタルゴーレムをバラバラにした。

 二人の高位吸血鬼の攻撃は、クリスタルゴーレムを壊滅させるのに十分だった。

「ミアズマバスター」

 アエルスドロは瘴気を腕力や反射能力に変換し、攻撃の威力を増幅した。

「ピアシングミアズマ、からのラッシュスラスト!」

 そして、瘴気を剣に纏わせて強化する。

 瘴気の影響であらゆる防御を無効化しているため、クリスタルゴーレムの装甲を易々と貫いた。

 クリスタルゴーレムは体勢を整え直した後、近くにいるアエルスドロ達をパンチで薙ぎ払う。

「ぐうっ!」

 後方ではルドルフが上位風魔法を詠唱していた。

「これを耐え切るんだ」

「ルドルフを守らなきゃ!」

 クリスタルゴーレムがルドルフに襲い掛かる。

 それを、アエルスドロとミロは必死で食い止めていた。

「私は助けたいんだ。一つの命を、仲間の命を!」

 アエルスドロは、ダークエルフらしからぬ正義感を発揮し、クリスタルゴーレムを斬りつけた。

 ダメージは微々たるものであったが、その気迫は実際のダメージ以上のものだった。

 何度も、何度も、アエルスドロはクリスタルゴーレムを斬りつける。

 クリスタルゴーレムの身体には、罅が入っていた。

「風の上位精霊アイオロスよ、旋風となり逆巻き、悠久なる眠りへと誘え! タービュランス!」

 そして、ルドルフの詠唱が終わると、

 クリスタルゴーレムを竜巻が包み込み、ずたずたに切り刻んだ。

 竜巻が治まると、クリスタルゴーレムはバラバラの水晶となって散らばった。

 

「ったく、肝心の天狗はどこにいるんですの?」

 マリアンヌは、部屋を探索してみたが、どこにも次の扉は見当たらなかった。

「もしかしたら、どこかに隠し通路がありそうだな」

「案外ここにあっt……きゃあ!」

 マリアンヌが壁によりかかると、いきなり壁がくるっと回転した。

「ちょ、マリアンヌ!?」

「もしかしたら、そこが隠し通路かもしれませんね」

「行ってみましょう!」

 アエルスドロ達は、マリアンヌが行った壁の中に入っていった。

 

 壁の中には、ゴブリン、コボルド、額に赤い宝石が埋まったオーガがいた。

 彼らの背後には、手足を拘束された白い翼の女性がいた。

「あれが、捕まっている天狗の女性なんだな」

 アエルスドロが白い翼の女性を見る。

 恐らく、彼女が魔物に捕らえられている天狗なのだろう。

「待ってて、今、助けてあげるから!」

 エリーが女性に近付くと、彼女の道をオーガと取り巻きが塞いだ。

「おっと、ここは通さんぞ。返したかったら俺達を倒すんだな」

「むー。あなた達を倒さなきゃいけないの?」

 エリーは不満そうに頬を膨らませる。

 オーガは当然だ、と勝ち誇るように笑い、取り巻きの魔物も続けて笑った。

「……やはり、お前達を倒す必要がある、か」

 アエルスドロは、オーガに剣を向けた。

 その表情は、魔物を狩る戦士と言うに相応しいものであった。

「んん? お前、ダークエルフか?」

「そうだ。だが、私は邪悪なる種族ではない。私は今から、お前を討つ!」

「ケッケッケ! デキルカナ?」

 天狗を助けるため、アエルスドロはオーガ、コボルド、ゴブリンの軍勢に戦いを挑んだ。

 

「さぁ、行きますわよ、アエルスドロ!」

「早めに彼女を返してくださいね」

「時空警察ミロ、いっきまーす!」

「時空警察ユミル・ハーシェル、いっきまーす!」

「……塵となるがいい」

 マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨も、それぞれの武器を構えた。




~モンスター図鑑~

クリスタルゴーレム
魔力を付与した水晶でできたゴーレム。
かなりの重量だが、飛行能力を有している強敵である。


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第35話 天狗を救え!

最後の仲間がパーティーに加入します。
どんなものでも分け隔てなく接するのが、アエルスドロパーティーのやり方です。


「皆、準備はできたか!」

「はい!」

 アエルスドロが号令すると、パーティメンバーはそれぞれ適切な位置に移動した。

「猛毒よ、こいつらを侵せ!」

 ルビーオーガはどこかにあるスイッチを押した。

 すると、辺り一面が猛毒ガスで覆われた。

「う……まずいですわ、これを吸ったらいけませんわ!」

「はい、分かってます」

 マリアンヌとルドルフが口と鼻を押さえながら言う。

「そんなもの、吹き飛ばすまでよ!」

 ミロは風を操り、アエルスドロ達に猛毒が入る前に猛毒ガスを吹き飛ばした。

 ルビーオーガは「何っ」という声を小さく上げる。

「魔法も使わずに……!」

「悪いけど、あたしのこの力は魔法じゃないわよ」

「くそぉっ!」

 ルビーオーガはミロに舌打ちした。

「穿牙!」

 驟雨はコボルドとゴブリンにナイフを投げつけ、衝撃で意識を朦朧とさせる。

「このわたくしの銃弾、受けてみなさい! ポイズンバレット!」

 マリアンヌは毒を塗った銃弾を乱射し、

 ルビーオーガとコボルド、ゴブリンにダメージと毒を与える。

 コボルドとゴブリンは毒で身悶えし、ルビーオーガの動きが少し鈍くなった。

「おめぇらぶち殺してやる! ドラムクラッシュ!」

 ルビーオーガはハンマーを振り下ろし、力強い一撃を繰り出した。

 驟雨はそれを回避し、アエルスドロとミロは武器と腕で攻撃を防いだ。

 コボルド達は一斉に地の魔法を唱える。

 だが、元々魔法が不得手なコボルドであったため、

 狙われたマリアンヌ、エリー、ユミルには当たらなかった。

「水の精霊よ、湧き上がる水流となりて敵を飲み込め! アクアスプレッド!」

 ルドルフはルビーオーガに狙いを定め、水柱で攻撃する。

 ルビーオーガが水圧で吹っ飛んだ後、ルドルフは風の刃で追撃した。

 エリーは傷ついたアエルスドロを回復した後、勇気の精霊を召喚してユミルを強化した。

「いきますよ、デ・ゲイト・ラ・ロタ・ド・イス!」

 ユミルは魔法で氷のプリズムを発生、砕け散るとルビーオーガに大きなダメージを与えた。

「そりゃ! ていっ!」

「ウオォ!」

 ミロは衝撃波を飛ばし、ルビーオーガに追撃する。

 怯んだ隙にミロはルビーオーガの顔を蹴り飛ばし、ルビーオーガの体力を大きく削った。

「マイトアンドマジック!  アーマーメルト!」

ぐぎゃああああああああ!

 アエルスドロは防御を貫通する魔法を剣にかけてルビーオーガを突き刺した。

 剣は急所に刺さり、ルビーオーガとコボルド、

 ゴブリンは先程マリアンヌが与えた毒が回って悶え苦み、倒れた。

 しかし、ルビーオーガはまだ倒れていなかった。

「この野郎、必ずぶっ潰してやる!」

 ルビーオーガはスイッチを押して腐敗沼を起動させようとした。

「……させん」

 驟雨はスイッチ目掛けて苦無を投げ、腐敗沼の発動を阻止した。

 ここで、アエルスドロはいよいよ、覚悟を決めて行動し、限界を突破する決意をした。

「皆、残る敵はルビーオーガのみだ! 彼を倒し、私達は目的を果たさねばならん!」

 アエルスドロは剣を掲げ、高らかに叫んだ。

 その叫びがこのトラップハウスに響き渡り、

 彼の声に勇気づけられた仲間達の能力は飛躍的に上昇した。

 今がチャンスと、マリアンヌ達はルビーオーガに集中攻撃を決行した。

「黒百合」

 驟雨は二本の短刀でルビーオーガを無数に切り刻み、血の華を咲かせる。

「クリムゾン・ファランクス!」

 マリアンヌは二丁拳銃で真紅の弾幕を一人で張る。

 幻影も混じっており、ルビーオーガに真っ赤な道ができた。

 さらに銃弾が一発、ルビーオーガの額の宝石に命中し、罅を入れた。

「グゥゥ! ウアアァァァァァァァ!! イダイ、イダイ、イダイイダイイダイイダイ!!」

 次の瞬間、ルビーオーガが頭を押さえ、叫び声を上げる。

 しかもその叫び声は片言であり、大きく弱体化している事が分かった。

ウオオオオオオオオオオ!!」

 ルビーオーガは勢いよくハンマーを振り下ろす。

 だが、前が見えていないために上手く当たらず、ルドルフはその隙に上級呪文を詠唱した。

「風の上位精霊アイオロスよ、旋風となり逆巻き、悠久なる眠りへと誘え! タービュランス!」

グアアアアアアアアアアア!!

 そして、大嵐がルビーオーガを飲み込み、遠くへと吹き飛ばした。

 大嵐が治まった後は、魔物の群れは消え去った。

 

「……よし、もう大丈夫だな」

 魔物の気配が消えたのを確認したアエルスドロは、

 天狗の手足を拘束している鎖を剣で切り裂く。

 鎖はボロボロだったため、あっさりと砕け散った。

「お名前は?」

「……私の名は茜。お前達は、私を貰いにきたのか……?」

「そうですわよ?」

 マリアンヌが黒い笑顔で言う。

 アエルスドロは首を横に振り、茜に事情を話す。

「……というわけで君を助けに来た」

「ここから抜け出すのは、難しいだろう?」

「どこかに逃げ道があればいいんですけど……」

「逃げ道、か」

 驟雨は、トラップハウスのどこかにある逃げ道を探した。

 しばらくすると驟雨は天井を向き、真上の穴にナイフを投げつけた。

 すると、見張りと思われる魔物が天井から降りてきた。

「ケケ、ニンゲン! コロス!」

「早めに抜けるぞ」

 驟雨は魔物の急所にナイフを投げ、気絶させた。

 アエルスドロは天井にロープをかけ、魔物が気絶から復活する前に登り切った。

 

「よし、もう大丈夫だな。茜、大丈夫か?」

「いや、私にはこの翼があるから十分だ」

 トラップハウスを脱出したアエルスドロは、茜を背負って運ぼうとした。

 茜は首を横に振り、自らの翼で飛ぼうとするが、マリアンヌは翼がボロボロなのを発見した。

「その怪我で飛ぶのはおやめなさい!」

「な、何故だ」

「あなたの翼がボロボロですからよ!」

「……」

 マリアンヌは真剣な目で茜を見た。

 茜は、それ以上何も言わなかった。




~モンスター図鑑~

ルビーオーガ
額にルビーをつけ、知能が上がったオーガ。
毒を操る事ができる。


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第36話 これからの道

ついに8人のパーティーメンバーが揃います。
この時を待っていたんですよ。


 茜を救出し、ナガル地方に到着した七人は、

 茜を小屋で休ませた後、これからについて話し合った。

 アエルスドロは、茜に現在の事情を全て説明した。

「大切な貴族の娘がさらわれてしまっては、お前達の気も休まらないな」

「べ、別にエマが大切ではありませんわよ」

 マリアンヌは赤面しながら否定する。

 当初は敵対していたが、魔族に騙されていたと知ってようやく和解しようとした。

 だが、エマが魔族に誘拐されたため、そのチャンスを失ってしまい、

 マリアンヌは半ば目的を失いかけていた。

「でも、ガルバ帝国内にはいるんだろう?」

「そうだといいんだがな」

 エマをさらった魔族が、ガルバ帝国内から逃げている可能性もある。

 その不確定な要素を確定させるためにも、まずは情報収集が必要だ。

「ロルフー! 新聞届いてましてー?」

 マリアンヌは、新聞記者ロルフを呼んだ。

 すると、ロルフが新聞を持ちながらパタパタとやってきた。

「マリアンヌ様、もちろん届いておりますよ」

 そう言って、ロルフはマリアンヌに新聞を渡した。

 その見出しには『倭国より夜叉天狗襲来 被害大』と書かれてあった。

「夜叉天狗だと?」

 普通、天狗は住処を荒らされない限り、人里に現れる事はない。

 そのため、誰かが夜叉天狗の住処に入って来たんだとアエルスドロは推測した。

「こんな神聖な場所に入ってくるのは魔族ぐらいですけどね」

「魔族というよりは悪い妖怪だけどね。で、その魔族の特徴は?」

「どうやら特徴を捉える前に逃げられてしまったようです」

「ちぇー」

 肝心の魔族の特徴が分からなかったため、ミロは残念がった。

「でも、遠い倭国に飛べるほどですから、力の強い魔族であるのは確かですよね」

「そいつなら夜叉天狗だけおびき寄せるのも簡単だしね」

 ナガル地方に夜叉天狗が来ない保証はない。

 もし同じような被害が来れば、マリアンヌは一文無しになってしまう。

 それを防ぐには、ナガル地方に夜叉天狗が来る前に追い払わなければならない。

「とりあえず、茜が治ったら考えますわね」

「……ありがとう」

 茜は、自らを気遣ってくれたマリアンヌの顔を見て僅かに微笑んだ。

 

 翌日。

 すっかり翼が良くなった茜は、それを使って羽ばたこうとしたが、天井に頭をぶつけてしまう。

「むぎゅっ」

「こんな狭いところで飛ぶなんて、なんとドジな天狗さん」

「何か言ったか?」

 鋭い目で睨む茜をマリアンヌは涼しい顔でスルーした。

「さ、朝食が待っておりますわよ!」

「私の口に合うのか?」

 倭国生まれ、しかも妖怪の茜は、西方の国の料理を口にした事が一度もない。

 もしも口に合わなければ、彼女の機嫌はかなり悪くなってしまう。

「安心なさい。ファルナにそれを言いましたら、茜のために倭国料理を作ってくれましたわ」

「おお、ありがとう、ファルナ。こんな私にもサービスしてくれるのか」

「こんな私にも、って……。ナガル地方は誰も差別しませんわよ?」

「そうか……」

 茜は、何もできなかったためか、自分を下に見ていた。

 マリアンヌは彼女の様子に少し呆れていた。

 

「おや、あんたは新入りの天狗かい?」

「……ファルナか。私は茜だ」

「茜ちゃんっていうのかい。ほら、ちゃんと朝食を食べないと、元気になれないよ」

 そう言って、ファルナはご飯、肉じゃが、沢庵、鯖の味噌煮を出した。

 これが、今日の皆の朝食らしい。

「いただきます」

 茜は箸で沢庵を挟み、口に入れて噛んだ。

「……美味い!」

 続けて、鯖の味噌煮や肉じゃが、ご飯を次々に食べていく。

 ファルナが作った朝食は、茜の口に合うものだったようで、

 すぐに自分の分の朝食を食べ終わった。

「まあ茜ちゃん、もう食べ終わったのかい?」

「ああ」

 ファルナは茜の早食いぶりに驚いていた。

 他の住民はまだ半分以下のペースであるが、茜の皿には何も残っていなかった。

「茜って早食いなのね」

「……お前は大食いだろ」

 茜がミロの茶碗をちらっと見る。

 そこに盛られたご飯は、通常の4倍程度の量があった。

「う~ん、あたし血を吸わないからこれくらいは食べないといけないし~」

「血を吸わない? もしやお前は……」

「その話はNGよ、でも舐めないでよね」

「分かった」

 ミロは、自身が吸血鬼である事に、あまり執着していないようだ。

 だが、それでもプライドはあるようで、ミロを舐めた者は皆、彼女に肉塊にされてしまう。

 そのため、ミロは茜にそうならないように念を押したのだ。

 

「ごちそうさま」

 全員が朝食を食べ終わり、皿を片付けていた頃。

 マリアンヌは、浮かない表情をしていた。

「……どうしたんだ、マリアンヌ」

「エマは、無事なのかしら」

「まだそれを心配していたのか」

 彼女は、未だにさらわれたエマを心配していた。

 アエルスドロはあの悪役令嬢が他人を心配するなんて信じられないという表情をしていた。

「エマが死んだら競い合う相手がいなくなるだけですわ」

 エマとマリアンヌはライバル同士だ(マリアンヌが一方的にライバル視しているのだが)。

 彼女こそが、今のマリアンヌの支えになっていると言っても過言ではない。

「安心しろ。彼女は必ず取り戻す。そして、必ず魔族の手からナガル地方を守って見せる」

「その言葉に偽りはありませんわね?」

「ああ」

 そう言ったアエルスドロの瞳には、強い光が宿っていた。

 それは、ダークエルフとは思えないほど、希望に満ち溢れていた。

 

「私は必ず、マリアンヌの好敵手(とも)を取り戻す。その日までに、強くなってみせる」




ここがターニングポイントとなります。
次回は、大きな敵との戦闘になります。


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第37話 夜叉天狗を迎え撃て

ボス戦となります。
かなり激しいバトルをイメージしました。


 茜が仲間に入ってから、しばらくした後。

「ルドルフ。ナガル地方(ここ)に、夜叉天狗は来ると思う?」

「……まだ精霊は騒いでいませんね」

 エルフのルドルフは、精霊を感じ取る能力を持っている。

 特に風の精霊との繋がりが強く、風の力で情報を集める事に秀でている。

 物や言葉は騙せても、空気までは騙せない。

 そのため、メンバーの中で最も情報収集が得意なのはルドルフだ。

「んー、じゃあ安心していいって事?」

「気を抜いてはいけませんよ。いきなり襲撃してくる事もありますから」

「確かにアエルスドロの話だと、ここに魔族が来た事もあったからねー」

「だから、魔族が来る時間を予測して、罠を張ってみましょう。

 ……精霊よ、魔族が来るのはいつ頃ですか?」

 ルドルフは精霊語で風の精霊に語り掛けた。

 すると、ルドルフの周囲に風が吹き荒れ、エリーが吹き飛ばされそうになるが何とか踏ん張る。

 しばらくして風が止むと、ルドルフは静かにこう言った。

「夜叉天狗は今夜6時に来るそうです」

「そっか、ここに来るまでは時間がかかるしね」

 エリーは安心して、ルドルフの懐に潜って寝た。

 ルドルフは「まったく、げんきんなんだから」と言いながらエリーを撫でたとか。

 

 その日の夕方、驟雨は天狗を迎え撃つために罠を仕掛けていた。

「凄いわねえ、驟雨」

「伊達に罠の扱いに慣れていない」

 ミロは、驟雨が仕掛けている罠に感心していた。

 真祖の彼女にも得意不得意はあるようで、例えば、このような小細工は後者に入るのだ。

 反対に、驟雨は敵の妨害や無力化、暗殺や隠密行動などに秀でている。

 彼の助けがなければ、搦め手を得意とする者には勝てないだろう。

「言っておくが、住民に連絡はしておけよ? 間違えて罠を踏まないようにするためにな」

「はーい」

 

 そして、あっという間に夜になった。

 男達は武装し、アエルスドロ達も彼ら同様に武器を構える。

「夜叉天狗よ、死を恐れないならばかかってこい!」

「このナガル地方には触れさせない!」

「我々が敵視するのは我々に敵意を持つ亜人のみ!」

「この地の平和は、必ず守る!!」

おーーーーーーーっ!!

 男達は一斉に武器と松明を上げて叫んだ。

 何者をも恐れない、戦士そのもののようであった。

 

「す、凄まじいですね……」

「ああ……」

 そのただならぬ空気に、ユミルと茜は少しだけ引いた。

 アエルスドロ達も武器を構え、夜叉天狗の襲撃に備えていた。

「来ましたわ!」

 マリアンヌの号令により、夜叉天狗率いる魔族の軍勢がナガル地方に襲撃してきた。

 最初に現れたのは、両手曲刀を構えたゴブリンソードマン、

 巨大な盾を持ったゴブリンホプリタイ、

 そして彼らの司令塔であるゴブリンリーダーのゴブリン軍団だ。

「ギィ!」

「ギギギィィ!」

「……かかったな」

 ゴブリン達は驟雨が仕掛けた罠にかかり、傷を負った。

「いくぞ! トランス・スケイル!」

 アエルスドロは瘴気で鱗を生成し、自身の防御力を高めた。

 ゴブリンリーダーは負けるものかとゴブリン達を鼓舞して能力を高めた。

「絶氷刃」

 驟雨は短剣に圧縮した冷気を纏わせ、勢いよくゴブリンの群れに振り下ろした。

 ゴブリンは凍り付いて動きが鈍ったため、武器攻撃は驟雨達に届く事なく、

 ルドルフの風魔法であっさりとゴブリンリーダーは倒された。

「ギ!?」

「リーダー!?」

 ゴブリンリーダーが倒されたため、ゴブリン軍団の統率は一気に崩れた。

 今がチャンスだと思ったエリーは、アエルスドロの武器を魔法で強化する。

「ダークスラッシュ!」

 アエルスドロは瘴気を纏った剣でゴブリンホプリタイを一閃、

 続けて流れるように切り返し残ったゴブリンホプリタイを切り裂いた。

 

「ふ、弱いな」

「ギギィーーーー!!」

 アエルスドロに弱いと言われたゴブリンは、一斉にアエルスドロ達に襲い掛かった。

 だが所詮はゴブリンであり、アエルスドロ達の敵ではなく、

 驟雨の連撃とルドルフの風魔法によって全滅した。

 

「次は誰が来ますの?」

 マリアンヌが身構えていると、今度はトロールウォリアー達が襲い掛かってきた。

 すると、全員が毒の沼に嵌り、毒を浴びると共に身動きが取れなくなった。

「毒の沼! やりますわね驟雨!」

「……魔物よ、苦しむがいい」

 驟雨が冷徹な声で言う。

 それに乗ったのか、トロールウォリアー達は筋肉を強化した。

「筋肉だけの奴なんてわたくしの敵ではございませんわ。ガトリングショット!」

 マリアンヌは二丁拳銃を乱射し、トロールウォリアー達を攻撃する。

「砕け散れ!」

 ミロは魔力を込めた拳をトロールウォリアーにぶちかまし、怯ませる。

「ド・フェル・ド・トニト・ド・ヴェン!」

 ユミルは眩い電撃を発生させ、トロールウォリアーにまとめて大ダメージを与えていく。

「食らえ! ディバインブレイカー!」

グギャアアアアアアア!!

 茜は空高く飛び上がり、

 聖なる力を纏ったメイスを振り下ろしてトロールウォリアーを一撃で倒した。

「ぐっ……これで防げるか!? du gaz benediction!」

「きゃあぁ!」

 トロールウォリアーは斧を思いっきり振り回した。

 斧はミロと茜に命中し、二人は転倒する。

 茜が何とか防御魔法で攻撃を防ぐが、筋力が強化されているためダメージは大きかった。

 だが、トロールウォリアーは毒で弱ってきており、まだこちら側が有利な状況だった。

「grand vie double!」

 茜は回復魔法を唱えて自身の傷を癒す。

 回復役が倒されれば、こちら側が不利になってしまうからだ。

「エリアルレイザー!」

 マリアンヌはトロールウォリアーに近付き、蹴りで浮かせた後に二丁拳銃で攻撃した。

 トロールウォリアーは毒を浴びていて、体力が僅かだったためあっさりと撃破された。

「後はあたしがやるわ! 吹き飛ばす! ブルーストーム!」

ギャアアアアアアアアアア!!

 トロールウォリアーが全員瀕死になったのを確認したミロは前に出た後、

 自身の能力で嵐を呼び起こし、トロールウォリアー達を巻き込んだ。

 嵐が消えた後、トロールウォリアーの群れも同時に消えた。

 

「……これで、魔物は全滅したか?」

 魔物が来ない事を確認した茜は、メイスをしまおうとした。

 すると、突然強風が吹いてきて、アエルスドロは吹き飛ばされそうになるが必死で耐える。

 マリアンヌは、スカートを押さえながら誰が来たのかをその目で捉えた。

 

「……来ましたわね、夜叉天狗……!」

 マリアンヌ達の前に現れたのは、黒い翼を生やした天狗、夜叉天狗だった。




~モンスター図鑑~

ゴブリンソードマン
剣で武装したゴブリン。
普通のゴブリンより強いが、所詮はゴブリン。

ゴブリンホプリタイ
ゴブリンの重装歩兵。
攻防一体の強力な陣形を使いこなす。

トロールウォリアー
斧で敵をなぎ倒すトロウルの戦士。
細かい事は考えず、只管力押しで戦う。


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第38話 戦闘! 夜叉天狗

ボス戦です。
日付は9日になっていますが、投稿したのは10日です。ごめんなさい。


 アエルスドロ達と夜叉天狗の戦いが始まった。

 夜叉天狗の目はつり上がっており、アエルスドロ達に敵意を向けているのは明らかだった。

 

「お前達、こいつらに痛い目を遭わせろ!」

 夜叉天狗が部下の天狗をけしかけ、自らもアエルスドロ達に突っ込んでいった。

「ひゃあぁ!?」

 だが、驟雨の仕掛けた罠が発動し、天狗達の羽に矢が刺さり墜落した。

「いくら速い天狗であろうと、矢が当たればこの通りだ」

「皆、準備はいいか!」

「はい!」

 アエルスドロは号令を行い、ミロ、アエルスドロ、驟雨、茜は前に移動し、

 ルドルフ、エリー、ユミルがその後ろに移動し、

 マリアンヌは攻撃がギリギリ届く位置に立った。

「風切り!」

「護法結界!」

 茜はミロに動きが軽くなる魔法をかけ、夜叉天狗は結界を張り自身の防御力を上げた。

「陰陽交叉!」

 驟雨は凄まじい技で見切らせない攻撃を行い、下級天狗の狗賓達を斬りつける。

 続けてマリアンヌが光を纏った銃弾を放って狗賓達を撃破した。

「やられちまったか! 行け、術天狗!」

「はい! 旋風の刃!」

 術天狗は扇を振るって無数の風の刃を後衛のルドルフ、エリー、ユミルに放つ。

「地の精霊よ、その力を解放し盾となれ! ストーンガード!」

きゃあああああ!

うわあああああ!

 エリーは地の精霊ノームの力を借りてルドルフを守った。

 ミロとユミルは大ダメージを受けるが、高い治癒能力で瞬時に傷を癒した。

「こんな傷が何よ。破壊の爪で切り裂いてやる!」

 ミロは術天狗に勢いよく腕を振るった。

 術天狗はそれを避けようとしたがギリギリ攻撃範囲に入っていて、

 衝撃波が命中し術天狗の体力を大きく削った。

 夜叉天狗は空を飛び、剣を構えて相手を迎え撃つ体勢に入る。

「水の精霊よ、湧き上がる水流となりて敵を飲み込め! アクアスプレッド!」

「鏡花水月!」

 ルドルフは水の精霊の力を借りて水柱を起こし、夜叉天狗を飲み込もうとする。

 しかし、夜叉天狗は霊力の壁を作ってルドルフの攻撃を完全に防いだ。

「そのような攻撃、私に効くか!」

「僕の魔法を打ち消すとは……防御に秀でていそうですね」

「お前達にこの防御を打ち破れはしまい!」

 夜叉天狗が大声で誇り高く叫ぶ。

「どうやら、お前は本気のようだな……。私も本気を出そう! 魔焔剣!」

 アエルスドロは魔力で剣に黒い炎を宿し、それを術天狗に振り下ろした。

 斬撃と炎による二段攻撃が術天狗を包み込み、炎が消えると術天狗は戦闘不能になった。

 

「よくも、私の部下を!」

 部下が全滅したため、夜叉天狗は怒り、アエルスドロに突っ込んで剣を突き刺した。

「がはぁっ!」

 剣が腹に刺さったアエルスドロは口から血を吐き、大きくよろめいた。

「アエルスドロ!」

「う……わ、私は、へい……」

「無理はするな! 治癒の術!」

 茜は傷を負ったアエルスドロに治癒術をかける。

 傷はまだ塞がらなかったが、減った体力は回復したためアエルスドロは立ち上がる。

 夜叉天狗は結界を自身に吸収し、攻撃力に変換した後、再び結界を張り直した。

「このままじゃあいつを倒せなくなりますわ……。

 みんな! ここは気合を入れていきますわよ!」

「「「おーーーーっ!」」」

 マリアンヌは夜叉天狗を必ず倒すという決意のもと、仲間達を激励した。

 そのおかげで、仲間達の能力が大きく上昇した。

「ポイズンバレット!」

「斬り術」

「そんなもの、効くか!」

 マリアンヌは毒を纏った銃弾を撃ち、驟雨は夜叉天狗に近付いて手刀を放つ。

 だが、二人の攻撃で夜叉天狗の結界を破る事はできなかった。

「あんた達じゃダメね。鮮赤の刃!」

 ミロは大きく腕を振り下ろし、それが赤き刃となって夜叉天狗の翼を引き裂いた。

 さらに、勢いよく飛び上がって夜叉天狗の剣を弾き飛ばす。

「しまった、私の剣が!」

「隙ありです。風の上位精霊アイオロスよ、旋風となり逆巻き、悠久なる眠りへと誘え!

 タービュランス!」

 ルドルフはその隙に風の上位魔法を発動、夜叉天狗を空に吹っ飛ばして地面に叩きつける。

「くそ、こうなったらお前だけでも!」

「させるか!」

「がはぁ!」

 夜叉天狗はそう言って、エリーに突っ込んで剣を振り回す。

 アエルスドロは彼女を庇って盾で攻撃を防ぎ、

 己の血液を武器に構築して夜叉天狗の防御の薄い部分を突く。

「これでとどめですよ! デ・ゲイト・ド・イス・ド・テラ!」

 そして、ユミルが呪文を唱えると無数の氷の墓標が打ち立てられ、

 夜叉天狗をその中に閉じ込め、戦闘不能にした。

 

「……勝った……」




~モンスター図鑑~

術天狗
主に術を使いこなす天狗。

夜叉天狗
天狗の中でも高い実力を持った者。
剣術と妖術を巧みに使いこなす。


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第39話 突然の衝撃

何とか魔物を撃退したマリアンヌ一行ですが、ここで、タイトル通りの出来事が起こります。
こういうのも入れたら、面白いと思って書きました。


 マリアンヌ達は無事に夜叉天狗をナガル地方から追い払う事に成功した。

「まったく、一時はどうなる事かと思いましたわ。

 でも、このまま氷の彫像として飾っておきたいですわね」

「ボクの魔力じゃ、そう簡単には解けませんもんねぇ……」

 今、夜叉天狗はユミルの魔法により氷漬けになっている。

 ユミルは意外と魔力が高いため、まだ氷は解けていなかった。

「氷が解けたら、倭国に送り返そうか」

「そうね。では、わたくしは何をしましょうか」

 マリアンヌが行動に移そうとした次の瞬間。

 一発の銃声が、彼女の耳に届いた。

「……! 誰かが撃たれた……!?」

 マリアンヌは銃声がした方に向かった。

 アエルスドロ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨、茜も、彼女の後を追っていった。

 

「……う……ぐっ……」

「ディスト!! あ、ああ、あ……!!」

 なんと、ディストの腹部に銃弾が刺さっていた。

 自分が最も信頼している副官が重傷を負ったため、マリアンヌのショックは非常に大きかった。

 とはいえ、早く治さないと命に関わるため、魔法に長けたルドルフとエリーが彼の前に立った。

「これは重傷みたいだね……。今、治してあげるよ!

 生命の精霊よ、この者の傷を癒し給え! ライフヒール!」

 エリーは生命の精霊の力を借りてディストの傷を治す。

 その後にルドルフが攻撃を受けた部分に包帯を巻いた。

「ディスト、しばらく休んでなさい。また、撃たれないようにしないために」

「はい、分かりましたマリアンヌ様」

 ディストは、再び犯人に狙われないように小屋のベッドに入った。

 

「ディストを狙うなど、許せん!」

 アエルスドロは、ディストを狙撃した犯人に対し怒りの感情を抱いていた。

 普段はあまり感情を表に出さない彼だが、

 マリアンヌがこんな状態であったため同じ気持ちになったようだ。

「相当怒っているようね、アエルスドロ」

「当然だ、マリアンヌの副官が撃たれたのだから彼女の衝撃は相当だからな。

 許せない気持ちなのは当たり前だ」

「ダークエルフなのに優しいんだな……」

 茜は、こんな善良なダークエルフは見た事がないという顔をしていた。

「君がそう言うのも無理はない。

 私のような善のダークエルフは、100万人に一人の割合だからな」

「それくらいしかいないのか……」

 善属性を持ったダークエルフは、生まれたらすぐに殺される運命にある。

 だが、アエルスドロは執事アルトンの犠牲により、何とか地上に辿り着いたのだ。

「……分かった。まずは私から、犯人を捜すように言ってもらおう」

「マリアンヌが落ち着くまで、な」

「ああ」

 まず、茜がマリアンヌに犯人捜しを手伝ってもらうように言った後、

 犯人を捕らえるというものだ。

 一刻も早く犯人を見つけなければ、再びあの悲劇は起きてしまうからだ。

「大丈夫だ、安心してくれ。マリアンヌのためにも、必ず犯人を見つけてみせるからな」

 

 マリアンヌが落ち着いたのを確認した茜は、彼女の方に行って犯人を捜す事を頼んだ。

「そう。わたくしのために、ディストを撃った犯人を捕まえますのね」

「こうしなければ、貴女の気は治まらないようですからね」

「……ありがとうございますわ、茜」

 マリアンヌは茜の言葉を聞き、一安心したようだ。

「そうですわね。ええ。そう! わたくしはナガル地方を治める悪役令嬢。

 こんな事件なんてすぐに解決してみせますわ!」

 マリアンヌは握り拳を作り、自信たっぷりにそう言い放った。

 彼女は、悪役令嬢領主としての誇りを取り戻すのであった。

 

 昼食を食べ終わった後、アエルスドロ達はディストを撃った犯人を捜す事にした。

 まずは、銃声を聞いた人がマリアンヌ以外にいたかどうかを調査した。

「さて、知っている人はどこにいるかな。驟雨、マリアンヌ、分かるか?」

「わたくしに任せなさい!」

「……」

 マリアンヌと驟雨は、先頭に立って聞き込みを始めた。

「銃声が聞こえたのはこっちの方ですから、驟雨、こちらの方に行きますわよ」

「ああ」

 二人は銃声が聞こえた方へと走っていった。

「精霊は、あちらから音を聞いたそうです」

 ルドルフは精霊の声をマリアンヌと驟雨に届け、二人を目的の場所に導いた。

 すると、金の髪と白い肌を持つ剣士、ホリンを見つけた。

「あら、ホリンじゃない。こんな辺境の地に来るなんて物好きですのね」

「剣の修行をするためにこの地にやってきたら、こんな騒ぎになっているとはな」

「それでホリン、何か知っている事はあるか?」

「うむ……」

 アエルスドロがそう言った途端、ホリンの表情が険しくなった。

 これは何かを隠しているに違いない。

 ルドルフとエリーは、ホリンと交渉して情報を聞き出そうと試みた。

「ホリン、僕達は貴方に聞きたい事があるのです」

「何がだ?」

「この地方の領主の副官が撃たれたみたいなの。あたし達はその犯人を捜しているところなんだ」

「なるほど……」

 ホリンは、ルドルフとエリーから情報を話してもらう理由を聞き、頷いた。

 表情は柔らかくなっていて、どうやら、ホリンの気が良くなったようだ。

「だから、お前が必要なんだ。お前の剣さえあれば、犯人を倒せるだろう」

「……」

 茜は、ホリンが強そうだと見て、彼に協力してもらうように交渉した。

 しかし、彼女の顔を見たホリンの表情が険しくなった。

 茜はしまった、とでも言うように口を塞ぐ。

「茜さん……彼に失礼ですよ」

「……すまない」

「……ホリンさん、申し訳ありません。貴方は別に戦わなくても構いませんよ」

「……」

 ルドルフは何とかホリンの機嫌を戻した。

 嫌われたままでは、情報が聞けなくなってしまうからだ。

「ホリンさん、犯人の姿は見ていませんか?」

 ルドルフがホリンに犯人の姿を問いかけると、急にホリンの表情が変わった。

「ねえねえ、その顔、何か知ってるの?」

「うぐ……き、気付いたか。だが、言えば殺される可能性が高い……。

 ……他の誰にも言わないと、約束するか?」

「うん」

 ホリンがこんなに慌てているという事は、非常に重大な情報の可能性が高い。

 ルドルフとエリーは、真剣な表情で彼を見つめた。

 二人の目を見たホリンは一呼吸置いた後、アエルスドロ達にこう言った。

 

「……新聞記事を抱えた、男だ」




なんと、ナガル地方には裏切り者がいたのでした。

次回は、裏切り者との戦いになります。


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第40話 真犯人は

裏切り者を問い詰める、裁判パートです。
外側だけでなく内側にも敵がいる事を、表現したかったのです。


「犯人はロルフですって!?」

 アエルスドロ達は、犯人の姿をマリアンヌに報告した。

 あの新聞記者が副官を撃つなんて、認めたくはないようだ。

「信じがたいですけど……本当に彼が犯人かどうか、証明する必要がありますわね」

 本当にロルフがディストを撃ったのだろうか。

 マリアンヌは、魔女狩りのように冤罪を起こしたくはないようで、慎重に動いている。

「アエルスドロ、今すぐロルフを呼びつけなさい!」

「……分かった」

 

 マリアンヌは、アエルスドロが呼んだロルフを連れて行き、

 彼を証人台に立たせて向かい合った。

「ロルフ。ディストを撃ったのはあなたですの?」

 マリアンヌは凄い剣幕でロルフを見る。

 ロルフは怖くなってマリアンヌから顔を逸らした。

「事実を認めたくないんですのね?」

「……マリアンヌ様。私は、ディストを撃ってはいません」

「ごまかしても無駄ですわよ! わたくしはホリンから話を聞きましたもの。

 新聞記事を抱えた男が銃を撃ったって!」

 マリアンヌは、ホリンの証言をディストに話した。

「う、ぐっ……」

「証拠は覆せなくてよ。

 それに、ここで銃を使えるのは、わたくしと、消去法であなたしかおりませんわよ!」

 マリアンヌはびしっとロルフを指差した。

 彼女はロルフに弁解をさせるつもりなど、微塵もないようだ。

 

「……ふふふ」

 すると突然、ロルフが含み笑いした。

「な、何がおかしいんですの?」

「……そんなに私を犯人と決めつけたいのならば、その姿を見せようではないか!」

「ま、まさか……!」

「そう! 私は……」

 ロルフがいきなり空中に浮かぶと、彼を黒い煙が包み込んだ。

 これから何が始まるのか、マリアンヌは呆然と見つめていた。

 そして、煙が晴れると、そこにいたのは青い肌と金色の瞳、一対の角と、

 大きな竜の尻尾が生えた、ライフルを持つ魔族の姿だった。

「その“まさか”だ!」

「あ……!」

 そう、ロルフの正体は、魔族だったのだ――

 

「マリアンヌ……!」

「ア……アエルスドロ……」

 アエルスドロは呆然としているマリアンヌのところにやってきた。

「どうした、マリアンヌ」

「ア……ア……アエルスドロ……ロルフが……ロルフが……」

 マリアンヌは震えながらアエルスドロに事情を話した。

「何だと!? 新聞記者のロルフは、魔族だったのか!」

「そうですの……。このわたくしが怖気づくなんて、本当に悪役令嬢(わたくし)、形無しですわ……」

「気にするな、それが普通の人間なんだ」

「アエルスドロ……。ありがとうございますわ……」

 マリアンヌはアエルスドロに励まされ、何とか落ち着きを取り戻した。

 そして、マリアンヌは魔族ロルフを倒すため、急いで戦える者達を呼び出した。

 

「皆様! このナガル地方で新聞を渡してくれた新聞記者ロルフの正体は、魔族だったのです!」

 マリアンヌは、魔法を使って自身の声をナガル地方の住民達に届けていた。

 ロルフが魔族だと知った以上、この情報を届けなければ、

 ナガル地方が魔族のものになってしまうからだ。

 人族と魔族は基本的に不倶戴天の敵であり、魔族が人族を害するのは「当然」だ。

 そのため、このナガル地方のためにも、ロルフは倒さなければならないのだ。

 

「なんでボクの魔法に頼るんですかね?」

「まあ、緊急事態だからねぇ」

 その魔法を使っているユミルは、勝手に頼った事に少し不快になっていた。

 ミロも、ユミルの言葉を聞いて頷いた。

 

 そして、魔族ロルフを倒すため、住民達は動いた。

ひゃっはーーーーーーーーー!!

どけよクソジジイ!!

どけよクソババア!!

 ショユ、トコツ、ミッソのラメン三兄弟は、

 そう言いながら老人や老婆を安全な場所に避難させていた。

「おやまあ、ありがとよ」

「今はバタバタと大変だからねぇ……」

 

「我らはこの地方を、必ず守ってみせる!」

「さあ、来るなら来い!」

 男達は、魔族からナガル地方を守るため、武器を取って前線に出ていた。

 補給係や救護担当の人材も、彼らに付き添っていた。

 その中には、己の実力を魔族に見せつけるために剣を持つホリンの姿もあった。

「この剣がここでどこまで通用するのか、試してみよう」

「おう、あんちゃん、やる気は十分だな」

「剣闘士の力、見せてやる」

 

 そして、アエルスドロ、マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨、茜は、

 魔族ロルフと彼の護衛兵と対峙していた。

 

「ふ……やはり、倒しに来たか」

「ロルフ……。あなた、一体何が目的ですの?」

 マリアンヌは魔族ロルフに二丁拳銃を向けながら強く言った。

 魔族ロルフは、笑いを崩さない。

「お前の失脚だ」

「なんですって!?」

「人間だけのガルバ帝国の癖に、ここには人間以外の種族が多くいる。

 もちろん、私も含めてだ。そんなのが国中に知れ渡ればお前は裏切り者だ。

 そこにいる、汚いダークエルフも含めてな!」

 魔族ロルフはそう言って、アエルスドロを指差した。

 彼はアエルスドロに衝撃を与える目的で言ったのだろう。

 だが、アエルスドロは臆せず、魔族ロルフに剣を向けてこう言った。

「私も裏切り者だと言うのか?

 元からそれは承知の上で、人間至上主義であるこの国に住ませてもらっている。

 その汚名はとっくに着ている。だから、お前の戯れ言など、私には無意味だ!」

 アエルスドロは、故郷アンダーダークでは裏切り者とされていた。

 その仕打ちに既に慣れているアエルスドロは、どこで裏切り者と呼ばれようと動じないのだ。

 魔族ロルフは、アエルスドロが自身の思い通りにならない事に苛立ち、怒号した。

「ダークエルフ風情が、この私を怒らせるとは、大した度胸だな。いいだろう!

 私の怒りを貴様らに思い知らせてやる!!」

 そう言って、魔族ロルフはライフルを構え、射撃姿勢を取った。

 護衛兵もハルバードと盾を構え、魔族ロルフの前に立って彼を守った。

「このナガル地方は、お前だけのものではない!」

「わたくしを騙したあなたこそ、本当の裏切り者ですわ! 覚悟なさい!!」

 アエルスドロとマリアンヌ、そして六人の仲間は、魔族ロルフとの戦いに臨んだ。




アエルスドロの決意を自分なりに表現しました。
次回は魔族との戦闘です。


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第41話 戦闘! 魔族ロルフ

裏切り者との決戦です。
うちの子は裏切り者には容赦しないタイプなのです。


「トランス:スケイル!」

 アエルスドロは瘴気を身に纏い、防御力を高める。

「皆さん、まずはロルフを守る奴らから倒しますわよ!」

 マリアンヌはアエルスドロ、マリアンヌ、ミロ、驟雨、茜に号令をかけ、

 先駆けで護衛兵に向かって走った。

 驟雨は忍術で分身を作り、攻撃が当たらないように撹乱する。

「ヒュプノティックフォッグ!」

 魔族ロルフはライフルから催眠効果のある煙を放った。

 アエルスドロ、驟雨、ミロの攻撃を当たりにくくするのが目的だ。

「そうはさせないわ!」

 ミロは煙が届く直前で風を呼び出し、煙を吹き飛ばした。

「何っ!」

「あたしにできない事はないわ。さあ、かかってきなさい!」

「この!!」

 護衛兵がミロに向かってきたが、驟雨は彼女の前に立ち、

 攻撃が分身に命中して驟雨は回避に成功した。

 さらに驟雨は二本の短剣を振りかざして護衛兵に反撃した。

「ガトリングショット!」

 マリアンヌは魔族ロルフとその護衛兵諸共、二丁拳銃で蜂の巣にした。

 すると、護衛兵の一人が魔族ロルフを庇い、代わりに無数の銃弾を受け切った。

「主を必死に守るとは……敵ながら素晴らしいな」

「そんな余裕も今のうちだ。ダブルショット!」

 魔族ロルフは、ライフルから二発の弾丸を撃った。

 ターゲットは、エリーとユミルだ。

「ひゃあ!」

「うわっ!」

 弾丸はエリーとユミルの防具が覆っていない場所に命中し、ダメージを与えた。

 エリーはすぐさま、ライフヒールを範囲拡大して使い、

 その後にユミルが自身とエリーに当たった弾丸を取った。

「風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

 ルドルフは瀕死の護衛兵に風の衝撃波を飛ばし、戦闘不能にした。

 

「うわー、ルドルフ、容赦ないね」

「敵を減らせばこちらの被害も減りますから」

 

「邪魔よ!」

「ラ・ロタ・ド・イグニ!」

 ミロが護衛兵を蹴り飛ばした後、続けてユミルが杖から火炎弾を飛ばし護衛兵を焼き尽くす。

「ピアシングブレード!」

「活殺重力破!」

 アエルスドロは残りの護衛兵を瘴気を纏った剣で貫く。

 茜がアエルスドロに続いて、渾身の一撃を護衛兵に当てた。

「……一度は届かなかったこの煙。もう一度、貴様らに当ててやる!」

 魔族ロルフはもう一度、ライフルから催眠煙を撃った。

「せっかく止めたってのに、また来たわ! もう、これ食らったら目も当てられない!」

「……。……浄化風」

 驟雨は、その催眠煙を全て吸い込んだ後、忍術で無害な気体に変えて吐き出した。

「くそっ! また当たらなかったか! こうなったら、本気を出してやる!」

「いかにも小物がおっしゃりそうですわね、その言葉。まぁ、いいでしょう。

 わたくし達も、本気を出しますわよ!」

「おーーーっ!!」

 マリアンヌは仲間達を鼓舞し、能力を上げた。

「敵は目の前におりますわ! 手加減なしで、徹底的に倒しますわよ!」

「ああ!」

 

 八人は、魔族ロルフを倒すべく、彼を守る護衛兵を片付けようと動いた。

「電光撃」

「スカルクラッシュ!」

 驟雨は最後の護衛兵の急所を見極め、2つの手裏剣を投げつけた。

 その威力は、マリアンヌの鼓舞により高くなっていた。

「そろそろ、あなたを倒さないといけませんのよ!」

 マリアンヌは最後の護衛兵を倒すべく、二丁拳銃に強力な銃弾を込める。

「マグナムショット!」

 そして、銃弾が最後の護衛兵に当たると、ブレストプレートは砕け散り、膝をついた。

 

「ま、まさか、私の護衛兵を皆、倒すとは……」

「さあ、後はあなただけですわよ!」

「ふん……だが、私のやる事は変わらない! 貴様らを皆殺しにするだけだ!」

 魔族ロルフはライフルに銃弾を込めた後、アエルスドロとマリアンヌに連射した。

 弾丸はアエルスドロの装甲に罅を入れていき、マリアンヌの服に穴が空き、

 彼女の身体に傷を負わせていた。

 何とかエリーとユミルが防御魔法を使ってダメージを減らしたが、

 魔族ロルフはまだ、ダメージを受けていない。

 時間がかかると鼓舞により上がった能力が元に戻るため、早く決着をつけなければ。

「ルドルフ、一気に決めましょう。ボクの魔法とあなたの魔法を掛け合わせます」

「え? 何故?」

 ユミルは、合体攻撃魔法を使い、魔族ロルフを一撃で倒そうとした。

 ルドルフは、協調性がなさそうな彼が協力を申し込んだ事に驚いていた。

「マリアンヌの応援がもたなくなるからです。

 応援が続く間に倒そうというのは、一体誰が決めたんですか?」

「……」

「手段は問いません。合体魔法を!」

「……分かりました」

 最早、じっくり考えている時間はない。

 ルドルフとユミルは、魔族ロルフを倒すべく、魔法の詠唱に入った。

「光の精霊よ、その輝く身によりて闇を穿て」

「ラ・レクス・ラ・ゲイト・ラ・ステラ・ド・ハンズ・ド・テネブ・ド・ポプル・デ・グラブ」

「「レイ・ボウ!!」」

ぐぎゃああああああああああ!!

 ルドルフとユミル、二人の光の魔力が混ざると、

 非常に太い光の矢が魔族ロルフに向かって飛んだ。

 矢の速度はまさに光そのものであり、魔族ロルフは避ける事も防ぐ事もできず、

 そのまま光の矢が魔族ロルフを貫き、大爆発を起こした。

 魔族ロルフは、死体すら残らずにこの世界から跡形もなく消え去ったのであった。

 

「ふ……ようやく成敗、いたし、ました、わ……」

 魔族ロルフを倒したマリアンヌは、ぺたんと座り込んだ。

 彼女の身体は、もうボロボロになっていた。

「お疲れ様、だな。マリアンヌ。後はゆっくり休んでくれ」

「はい……」

 アエルスドロはそう言って、マリアンヌを背負って小屋に運んだ。

 こうして、裏切り者の魔族は、ナガル地方から消えたのである。




こういう厳しい展開も入れなければ、成長しないと思ったので、書きました。
アエルスドロとマリアンヌも「ヒト」ですから。


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第42話 休息のはずが

ロルフを倒し、アエルスドロ達はゆっくり休みます。
しかし……。


 ナガル地方で新聞記者に化けていた魔族ロルフは、アエルスドロ達の手によって倒された。

 最初は魔族ロルフに対し何もしたくなかったマリアンヌであったが、

 アエルスドロの「少しだけでも私達の味方をしてくれた」という言葉により、

 ナガル地方にロルフの墓を立てる事になった。

「遺骸は残っていませんけどね……。こんな小さな墓ですけど、立てた事を誇りに思いなさい」

 そう言って、マリアンヌは墓に手を合わせた。

 せめて、ロルフがそこにいた証拠でも、このナガル地方に残しておきたかったのだ。

 

 墓参りを終えた後、マリアンヌはアエルスドロのところに戻った。

「さて、ディストの容態はどうですの?」

「4日すれば治るだろうなと医師は言っていた」

「ふむ、妥当ですわね」

「何故だ?」

「帝国の医療技術が治してるんですもの、一週間より早いのは当然でしてよ!」

 ガルバ帝国は軍事力だけでなく、医療技術も発達している。

 そのため、たとえ重傷であっても、他国を上回るほどの速度で治癒できるのだ。

「それなら安心だ。さて、私達はどうするか……」

「とりあえず、昼食でも食べましょう」

「そうだな」

 

「お疲れさん。はい、昼食だよ」

 ファルナは昼食としてフィレ肉のソテー、オニオンスープ、海草サラダを出した。

「「いただきます」」

 アエルスドロとマリアンヌは、海草サラダを口にした。

「ふぅ、疲れが取れますわ」

「信頼していた人に裏切られるのはショックだけど、あんたが元気になればあたしはそれでいい。

 あたしはこの料理で、みんなを元気にするのが仕事だからね」

「ファルナ……」

「さ、ちゃんと全部食べな。あんたがこんな気持ちじゃ、ナガル地方も落ち込んじゃうからね」

「はい、分かりましたわ!」

 そう言って、マリアンヌはファルナが作った昼食を食べていった。

 ミロは、肉が苦手なルドルフとエリーの代わりにフィレ肉のソテーを食べた。

「ありがとうございます、僕達の代わりに肉を食べてくださって」

「いいって事よ。……っていうか、あなた達が肉を食べないからこんな体格かもしれないのよ?」

「う……それは自覚します」

「でも、そもそもあたしは妖精だし、そんなに食べるわけないじゃない」

 ミロはルドルフとエリーの痛いところを突いた。

 だが、エリーはフェアリーであるため、さらっとミロの発言を流した。

「それもそうね。じゃ、あたしとユミルで二人ずつ分けるわ」

 ミロは、エリーが食べない分の料理を、自身とユミルで二人ずつで分け合った。

「結構、食べる量は少ないのね」

「当たり前でしょうが! 人間と同じ量を食べる妖精だったら、今頃ガチンガチンに固くなってるわよ」

「ま、そりゃそうね。もぐもぐ」

 ちなみに、通常のフェアリーが食べる量は、人間のおよそ10分の1である。

 それは身体が小さいためであり、それ以上の量を食べると弱ってしまうからだ。

 

「ごちそうさまでした」

 ファルナの昼食を食べ終わった八人の顔には、活気が戻っていた。

「みんな元気になったんだね、よかった。

 最近、マリアンヌちゃんが元気ないから、あたし、心配だったんだよ」

「色々とあったからですわ。あなたには分からなくてよ」

「まぁ、こんなに色々あると、あんたもこうなっちゃうよねぇ」

「……」

 エマとの再会からの誘拐、そしてロルフの裏切り。

 この短時間で起きた出来事は、マリアンヌの精神をすり減らしていた。

「ま、今はゆっくり休みな。すぐに調子を取り戻さなくてもいい」

「ありがとうございますわ……ファルナ……」

 ファルナの励ましの言葉に、マリアンヌは一安心するのだった。

 

 その頃、驟雨と茜の倭国出身組は、文官が建ててくれた小屋の中にいた。

「お前とこうやって二人きりで話すのは初めてだ」

「俺もだ」

 二人は倭国生まれでありながら、種族と職業が異なるため顔を合わせた事が皆無だった。

 ナガル地方に来た時も、あくまでパーティーメンバーとしてであり、個人としてではない。

 そのため、このように驟雨と茜が二人きりで話すのは、今回が初めてなのだ。

「最初にここに来た時の印象はどうだったか」

「あの女はどことなく偉そうな雰囲気だったが、私を差別しなかったから悪い人ではなかった」

 茜が言う「あの女」とは、ナガル地方の領主、マリアンヌ・フロイデンシュタインの事だ。

 彼女は人間でありながら、妖怪の自身を差別する事なく住民として受け入れてくれたため、

 茜は彼女に心を開いている。

「最初は、人間なぞ信用できなかった。私達天狗は、物珍しい存在だからな。

 だが、今は少しだけ、信頼できるようにはなった」

「そうか。……ああ、言い忘れていたが、ここには、善の心を持つダークエルフもいる」

「……何、ダークエルフだと?」

 茜はダークエルフの存在を知らなかった。

 倭国では、ダークエルフはほぼ存在が確認されていないからだ。

「悪しき心を持った黒い肌のエルフ……だが、彼はダークエルフにとっては忌まわしい、

 清らかな心を持って生まれたそうだ。無論、マリアンヌから聞いた話だがな」

 どうやら、驟雨はマリアンヌの話を聞いていたらしい。

 実のところ、アエルスドロはあまり自身の過去を話すような人物ではなかった。

 しかし、唯一心を開いているマリアンヌには、それをある程度は話していた。

 その話を、驟雨が盗み聞きし、茜に話したのだ。

 マリアンヌに見つからなかったのは、現役の暗殺者譲りの隠密の上手さからだ。

 

「このナガル地方、案外住みやすい場所だったな」

「そうだな。倭国も、もちろん故郷だから大事だが、ここも第二の故郷と言える場所だ」

 驟雨と茜は、そう言葉を交わした。

「さて、そろそろマリアンヌも心配する頃だろう。帰ってみるか?」

「そうだな……」

 二人は、マリアンヌのところに戻るために、小屋を出ようとした。

 その時だった。

 

「……!?」

 ドンドンと、ドアを叩く音がした。

 何かあると悟った驟雨は、窓を開けて小屋を出た。

 茜も、翼が引っかからないように開いた窓を通って小屋を出ていった。

 

「不死者か!」

 ドアを叩いていたのは、ゾンビだった。

 驟雨は素早くゾンビの背後に回り込み、短剣でゾンビを刺して倒した。

「私はマリアンヌに報告しに行く」

 そう言って、茜は空を飛んでマリアンヌのところに向かった。

 

「茜、どうしましたの?」

「ナガル地方に不死者が現れた。今はゾンビ一体だけだがいずれナガル地方を襲うかもしれない」

「えっ!?」

 不死者が現れた、というのは一体どういう事だ。

 だが、ナガル地方を不死者に蹂躙されるのは、マリアンヌのプライドが許せなかった。

 マリアンヌは急いで小屋に戻り、武装をして小屋を出た。

「他の人にはどう連絡しますの? 時間がかかっては困りますわよ」

「私が伝えよう。風よ!」

 茜は翼を羽ばたかせて、アエルスドロ達に情報を送った。

 

「何、不死者が現れた!?」

 アエルスドロ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミルは、茜からの連絡を受け、

 武装してマリアンヌのところに来た。

「そうですわ。突然現れましたのよ。こんな辺境に、どうして不死者が……。誰か分かります?」

「私が調べよう」

 そう言って、アエルスドロは前に出て、精神を集中した。

「……下の方から、強烈な瘴気を感じる」

「下?」

「ああ……。言いたくはなかったが……私が生まれた場所、アンダーダークだ」

 アエルスドロは苦い表情で言う。

 彼は一度、このアンダーダークを逃げ出した身であるからだ。

 そこにもう一度行くのは、アエルスドロにとって不快だった。

「行きたくなかったの?」

「当然だ、そこには苦い思い出しかないからな。

 だが、行かなければ、ナガル地方は平和にならない……」

「……ナガル地方のためにも、行かなきゃいけないんでしょう?」

「……」

 アエルスドロは、迷いに迷った後、アンダーダークに行く事を決めた。

「……みんな、一緒にアンダーダークに行こう」

 アエルスドロにとっては、もう二度と行きたくない場所だった。

 しかし、そこから瘴気が溢れている以上、そこに赴かなければならない。

 マリアンヌは、アエルスドロを信じる事にした。

 ルドルフ、エリー、茜は正義感から、

 ミロ、ユミル、驟雨は「だったら」とアエルスドロについていった。

 

「……行くぞ」

 アエルスドロは頷いて、八人をバリアで包み、瘴気が渦巻く場所に向かって飛び込む。

 八人はアエルスドロの故郷、アンダーダークに向かうのだった。




次回はアエルスドロの故郷に向かいます。


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第43話 アンダーダーク突入

アエルスドロ達が地下都市に行きます。
プロローグでもあったけど、ここは結構、しんどい場所でもあります。


 瘴気の元を取り除くため、アンダーダークに突入した八人。

「……」

 驟雨が入り口を凝視すると、彼は奥へ続く穴に影を見る。

 何かが、明らかに中で動いている。

「皆、誰かがいるようだ。気を付けて進め」

「ああ」

 八人は静かにアンダーダークに近づいていく。

 地下都市の内側で、二体のゴブリンが弓を持って見張りについている。

「奇襲をかけるか?」

「やってみましょう」

 驟雨は、まだ気付いていない二体のゴブリンに近寄り、短剣を投げて仕留めた。

 この地下都市は石でできており、興味を惹く物はない。

 踏みしめられた道が、入り口から地下都市の奥へと続いている。

 地下都市の奥の壁は実は削られた石のようで、加工された道は頑丈そうな扉へと続いている。

「ここも、誰かがいそうね。慎重に開けましょう」

 そう言って、ミロはゆっくりと扉を開けた。

「……いたわ。やっぱりゴブリンがたくさんいる」

 部屋の中には、ゴブリンが四体いた。

 まだ、誰にも気が付いていない様子で、アエルスドロ達はこっそりと通り抜けようとする。

 茜は翼が大きいので、どうしても目立ってしまい、隠密行動には向いていなかった。

―ガラッ

「しまった!」

 うっかり、茜が物音を立ててしまう。

 それに気づいたゴブリン達が、茜に襲い掛かってきた。

 だが、所詮はゴブリンであり、硬い装甲の茜に攻撃は通用せず茜はハンマーで全員薙ぎ払った。

「こんな翼では目立ってしまうか」

「ここは狭いからな」

 茜は自身が隠密行動を苦手とする事に嘆いていた。

 アエルスドロは「人には得手不得手がある」と茜を励ました後、先頭になって進んだ。

 

 八人が通路を通路を進み始めると、鎖が金属を滑っていく鈍い音が聞こえてくる。

 その音は、通路を曲がったすぐ先からしている。

「何か、音がしているな」

「一体どんな音なのかしら。見てみましょう」

「ええ」

 驟雨とマリアンヌがそっと近づいてみると、

 そこには独創的な昇降機、つまりエレベーターがあった。

 エレベーターは連なる滑車と軸心を使用する事で、

 このアンダーダークの2階層下に行き来できるようにしている。

「このエレベーターを移動手段として使い、瘴気が湧き出ている場所を探そう」

 エレベーターは階と階の間をゆっくりと移動する。

 これを動かすには、力が強い人が滑車を動かす必要があるようだ。

「うっかり縄を切らないようにしなければいけませんわね」

「私が動かしてみよう」

「しくじるんじゃありませんわよ、アエルスドロ」

 アエルスドロはまず、マリアンヌを乗せた後、滑車を回してエレベーターを動かした。

 滑車はぼろく、縄が切れそうになったが、

 アエルスドロは繊細な操作でマリアンヌを下の階に下ろした。

「マリアンヌ、いるか?」

「いますわよー」

「よし」

 マリアンヌが下に降りたのを確認した後、アエルスドロはルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、

 驟雨、茜を下ろし、最後に自分もエレベーターに乗って下りた。

 紐は相変わらずボロボロだったが、アエルスドロが下りる時も切れる事はなかった。

 

 こうして、八人は発見している限りの最下層に辿り着いた。

 頑丈そうな壁と比較的石の少ない床を誇り、

 かつてこの洞窟にドワーフが暮らしていたのだと実感できる。

「どの辺に、瘴気を出しているものがありますの?」

 マリアンヌは、瘴気の源を探してこの部屋を探索していた。

 驟雨も、彼女と同様に、異変の原因を探していた。

「う……」

 すると、茜が口を押さえて蹲り、苦しみ出した。

「どうした、茜」

「この部屋が……瘴気で満ちている……!」

「何……!?」

 アエルスドロは、この空間を探知してみた。

 すると、目に見えるほどの瘴気が、部屋中に満ちている事が分かった。

「近い、近いぞ」

 瘴気に強いアエルスドロは、他のメンバーが瘴気の影響を受けないように魔法をかけて守った。

 念入りに捜索しているアエルスドロに突然、武装したゴブリンとバグベアが襲いかかってきた。

 

「疾風の術!」

「ラ・ナチュ・ラ・オシ・ド・スカト!」

 茜はユミルに行動を早くする術を唱え、ミロはゆっくりと呼吸を整え次の攻撃への準備を行う。

 ユミルは杖を振り、この場にいる味方全員の能力を上げた。

「さあ、かかってきなさい!」

 マリアンヌは二丁拳銃を回して、マスケット銃を持ったバグベアを挑発した。

「デ・イグニ・ド・オヴァ・ラ・ステラ!」

 ユミルはゴブリンセイバー目掛けて無数の火炎弾を放った。

 ゴブリンセイバーは一度攻撃をかわしたが、

 火炎弾はゴブリンセイバーを追尾し、結果的に全員命中した。

「疾走斬」

 驟雨は素早く駆け抜け、ゴブリンシールダーの群れを一閃した。

「あなた達の銃なんてわたくしには効かなくてよ! デスペラード・ポイズン!」

 マリアンヌは銃に毒を塗った弾丸を込め、バグベアガンマンの群れに二丁拳銃を乱射した。

「大地の上位精霊タイタンよ、汝の力を以て巨大なる岩を切り裂け! アースクェイク!」

 ルドルフは地の精霊を呼び出して地震を起こし、

 地に足を着けているゴブリンソルジャーを一掃した。

 ゴブリンセイバーは大剣を振り下ろしてアエルスドロとミロを斬りつける。

 だが、攻撃は茜とエリーが防御術で防ぎ、大した被害にはならなかった。

「魔物め……私達をどこまで邪魔するんだ」

「ホント、やんなっちゃうわね。破壊の爪よ、あいつを切り裂きなさい!」

 ミロは破壊の爪を呼び出し、ゴブリンセイバーをずたずたに引き裂いた。

 アエルスドロは闇を纏った剣でゴブリンセイバーを斬り、

 エリーはゴブリンセイバーの攻撃をかわしながら光で傷ついた味方を癒した。

 茜はバグベアガンマンの攻撃を回避しながらハンマーを振り下ろし、

 ゴブリンセイバーは地に伏した。

 残ったバグベアガンマンはマスケット銃をマリアンヌに撃ってきたが、

 マリアンヌは華麗なテクニックで攻撃をかわし、

 二丁拳銃を打撃武器のように扱ってバグベアガンマンを気絶させ、戦闘は終わった。

 

 こうして、魔物の群れを撃破した一行は、隠し扉を発見し、大きな扉に辿り着く。

「この辺に敵はいるはずだ。俺が前に出る」

 驟雨は忍術を使って自身の姿を消した。

 もし、敵がこちらに攻撃を仕掛けるのならば、驟雨が不意打ちをかけて仕留めるつもりだ。

 アエルスドロ、マリアンヌ、ルドルフ、ミロ、ユミルは大きな扉を開けて中に入る。

 その後を驟雨が忍び足で、エリーと茜は空を飛びながらついていった。

 

「……!!」

 扉の先は、大広間になっていた。

 そこで、アエルスドロは衝撃のものを目にした。

 

「アル……トン……!?」

 それは――アンデッドと化した、自身の執事、アルトンの姿だった。




~モンスター図鑑~

バグベアガンマン
二丁拳銃を構えたバグベア。
精密さと、高い火力、そして嵐のような連射力を持つ。


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第44話 不死者と化した執事

アエルスドロにとって、つらい戦いが始まります。
ですが、これもまた、アエルスドロの「冒険」なのです。


 大部屋に入った八人が見たのは、アルトンの変わり果てた姿だった。

 

「そんな……アルトン……」

 かつて、身を呈してアエルスドロを守り、アエルスドロを地上に逃がした執事、アルトン。

 今、彼には生気が感じられず、アンデッドにされてしまったようだ。

「……多分、誰かが無理矢理蘇らせたんでしょうね」

 アルトンはアエルスドロの生存と引き換えに命を落とした。

 しかし、敵はアエルスドロの心を砕くために、アルトンをアンデッドとして復活させたらしい。

「まさか、こんな形でアルトンと再会するとは……。

 だが、私は……貴方を助けたい。だから……もう、休んでくれ……!」

 アエルスドロは、アルトンを不死の呪縛から救うために、涙を流しながら剣を抜いた。

 最早、人としての命が無いと知りながらも。

 

ウオアァァァァァァァァ……!

 アルトンは瘴気を操って、アエルスドロ達を弱らせようとしたが、

 驟雨が苦無を投げてそれを防いだ。

 ルドルフはアルトンの身体や魔力の構成を読み取り、仲間との攻撃に生かした。

 ミロは気合を溜めて攻撃力を上げ、ユミルはオール・シャープを唱えて全員の攻撃力を上げる。

「トランス・スケイル!」

「疾風の術!」

 アエルスドロは瘴気で鱗を作り、茜はユミルに術をかけて素早い魔法攻撃ができるようにした。

「雷切」

「ド・ホル・ラ・ロタ・ド・トニト!」

 驟雨は忍術で雷を落とし、ユミルは魔法で眩い電撃を発生させる。

 アルトンは動きが速くなっていたが攻撃はギリギリ命中し、

 彼をダメージと共に麻痺させ動きを鈍らせた。

 動きが鈍くなったアルトンは双剣を驟雨に振りかざすが、

 驟雨は目にも留まらぬ動きで攻撃を二回ともかわした。

「これ以上、アエルスドロを苦しめないでくださります? ピアシングショット!」

 マリアンヌは防御が薄いところを狙い、集中して銃弾を撃ち込む。

 彼女はアエルスドロのために、己のプライドを捨ててでもアルトンを楽にしたかったのだ。

ウアァァァァァ……

 アルトンは呻き声を吐きながらも、どこか苦しそうな様子だった。

 まるで、アルトンの魂が、不死の呪縛と戦っているかのように。

「アルトンは瘴気と戦っている。だから、私にできる事は1つだけだ……!」

 

「蛮勇の精霊よ、勇敢なる者を守りたまえ! バルキリースピア!」

 ルドルフは蛮勇の精霊を召喚して輝く槍をアルトンに投げ、刺さると大爆発を起こす。

 バルキリースピアは男性の精霊使いが使用すると、威力が大幅に高まる特性があるのだ。

「食らいなさい!」

「すまない、アルトン」

 ミロは回し蹴りでアルトンを吹っ飛ばした後、飛び上がってもう一度アルトンを蹴る。

 アエルスドロは二段斬りでアルトンを攻撃した。

「アルトンを楽にするためにも、あたしも頑張らなくっちゃね!

 勇気の精霊よ、彼の者に勇気を与え給え! ファナティシズム!」

 エリーは勇気の精霊を召喚してアエルスドロを勇気づけた。

「ありがとう、助かるぞ」

ウアアァァァァァァァァァ

 アルトンはミロと驟雨に斬りかかってきた。

 ミロと驟雨は攻撃をかわした後、忍術と超能力でアルトンを拘束した。

「アエルスドロのためにも、全力を出しましょう! ラ・ロタ・ド・ステラ・ド・トニト!」

 ユミルが魔力を解放すると、銃弾のような雷弾がアルトンに次々と命中する。

 最後の一発がアルトンに命中すると、大爆発が起こった。

「獄炎」

 驟雨は忍術により無数の火柱を起こしてアルトンを包み込む。

 アンデッド化しているアルトンに、炎の攻撃は効果が抜群だった。

 アルトンは双剣を振り回して攻撃を当てようとするが、

 拘束されている以上、その攻撃は当たらなかった。

「ファニングショット!」

 マリアンヌは連射を行い、アルトンを撃ち抜く。

 何度も攻撃を受けたアルトンは、涙を流そうとしたが、

 もう目は枯れていて、泣こうにも泣けなかった。

 アエルスドロは覚悟を決めた表情で、この部屋の瘴気を全て剣に吸わせた。

 彼の剣は、救済しようとする心とは裏腹の、漆黒に染まっていた。

「さよならだ……そして、ありがとう……。魔空衝裂破!!」

 地獄の嵐を纏いし刃が、アルトンの身体を一閃した。

 金属さえ引き裂くその破壊力は、哀れな不死者を安らかに眠らせた。

 

「ア……アエルスドロ……お坊……ちゃ……ま……。ただいま……戻りました……」

 アエルスドロの剣を受けたアルトンの動きが止まった。

「お帰りなさい……」

 アエルスドロがアルトンに最初にかける言葉は、これ以外になかった。

「お坊ちゃま、見ないうちに強くなりましたね」

「アルトン……」

 ようやく執事と再会したアエルスドロ。

 だが、その時間も、長くは続かない事はアエルスドロにも分かった。

「わたくしはお坊ちゃまを逃がした時、

 キアランお嬢様と彼女が使役する多くの魔物に襲われました。

 それでも、わたくしは戦いを挑みましたが、力及ばず、倒れました。

 そして、無理矢理の蘇生とはいえ、

 このような醜態を見せてしまい、申し訳ありませんでした。

 しかし、あなたのおかげで、わたくしの魂は解放されました」

「ああ……感謝しているよ、アルトン」

「これで、わたくしは安心してあの世に行けます。

 そこの方々も、お坊ちゃまをずっと支えてください。

 本当に、本当にありがとうございました……」

 別れの言葉を告げたアルトンの身体は、光の粒子となって消滅した。

 アエルスドロは、何も無くなった部屋で、一粒の涙を流した。




仲間をその手にかけたアエルスドロ。
ですが、これを乗り越えてこそ、主人公らしくなるのです。


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第45話 休息の裏には

アルトンとの戦いは終わり、アンダーダークから地上に戻ろうとしますが……。
色々と衝撃的な展開にしました。



 アルトンを倒したアエルスドロは、しばらく彼がいた場所に祈りを捧げていた。

「大丈夫だ、アルトン。私には家族がいる。私の周りには、信じられる家族がいる……」

 彼を見たマリアンヌ、ルドルフ、エリー、驟雨、茜も、アエルスドロと共に祈った。

 もうアルトンの魂は天に昇っているだろうが、

 アエルスドロの仲間である事を証明するために、彼と同じように祈っているのだ。

「アルトン……天国でも、私達を、見守っ、て……」

 アエルスドロが祈り終わると、突然、アエルスドロの身体がぐらりと傾いた。

「……アエルスドロ!? どうなさいまして!?」

「頭……が、おか、し、く、な……」

 そして、アエルスドロはばたりとその場に倒れた。

アエルスドロ! アエルスドローーーーーッ!!

 マリアンヌは、動かなくなったアエルスドロに向かってそう叫んだ。

 

「……」

 アエルスドロは、空中に一人浮かんでいた。

 鹿の角を生やし、輝く服を纏った女性の幻影が、目の前に現れる。

 六大神の一柱、豊穣神イーファだ。

イーファ!?

 神への信仰心はそれほど強くないアエルスドロだったが、その存在感に圧倒される。

 不敬にもイーファを呼び捨てにしてしまったが、

 幸い、イーファは幻影なのか気付いていなかった。

 そして、アエルスドロが奥を見ると、イーファが誰かと戦っているのを見た。

 上半身がダークエルフの女性、下半身が蜘蛛で、

 ダークエルフ達が信仰する蜘蛛の女神アラネアだ。

 

 彼女達は互いに魔法をぶつけ合っていた。

 イーファが手を振り下ろすと、大地の魔力が喚起して地震が起こった。

 アラネアはそれを、無数の蜘蛛による壁で防ぐ。

 その後、蜘蛛はイーファを襲うが、イーファは大地を隆起させて反撃した。

 イーファが守るように魔法を使っているのに対し、アラネアはただ、只管に相手を攻めている。

 この二柱の女神の性格が分かる魔法の使い方だ。

 

 そして、イーファとアラネアの魔法がぶつかり合うと、その場を眩い光が包み込んだ――

 

「……こ、こ、は……」

 アエルスドロは、気がつくと岩でできたベッドに寝かされていた。

「ずっと倒れてましたのよ? わたくしが運びましたから感謝しなさい」

「確かに、身体がゴツゴツして痛いな。アンダーダークには柔らかいベッドはないからな。

 ……私はどうやら、疲れすぎたようだ。マリアンヌ、君に感謝する」

 アエルスドロは、アルトンと戦って、疲労が溜まりに溜まって倒れてしまったようだ。

 最愛の執事が不死者になり、彼と戦い、彼を安らかに眠らせたのだ。

 アエルスドロが影響を受けないはずがなかった。

「それに、ここは優しそうな人がたくさんいるしね。

 逃げてきた……いいえ、戻ってきたあなたを匿えるのは、ここしかないし」

 一度アンダーダークを出立したアエルスドロが帰還したとなれば、

 ダークエルフが彼を裏切り者として処分するだろう。

 執念深いダークエルフだ、殺した後は死体を何らかの事に使うに違いない。

「しばらくはここにいた方がいいですよ。見つかれば確実に死にますし、ね」

「……はい」

 アエルスドロはしばらくの間、この隠れ家で休息を取る事にした。

 他のメンバーも、ここで戦いの疲れを取る事にした。

 

「はあ、はあ……出口はどこですの?」

 その頃、エマはアンダーダークの中を探索していた。

 魔族にさらわれて、小部屋に閉じ込められていたが、

 何とか鍵を見つけ、小部屋を脱出して出口を探していた。

「マリアンヌ……もし、いましたら、私の前に……」

 エマは、あれだけ敵視していたマリアンヌに助けを求めていた。

 マリアンヌは左遷先で住民思いの政策をし、

 さらにダークエルフのアエルスドロと固い絆で結ばれ、エマを助けようと奮闘した。

 今度は自分がマリアンヌを助けたい、とエマは自力でアンダーダークを脱出しようと試みた。

 

「……ここなら、見つかりませんわね」

 エマは戦う力がないため、魔物に見つからないように身を隠していた。

 魅力はあれど戦闘力はない、ならば取れる道は逃げる事、それだけだ。

「まったく、私とした事が、逃げる事しかできないなんて……」

 エマが逃げ込んだ先の部屋には、敵や罠の気配はなかった。 

 彼女は辺りを見渡した後、魔物の気配が少ない部屋に行った。

 だが、彼女が進もうとした道は、巨大なスライムによって完全に塞がれていた。

「そ、そんな……! 戦わなきゃいけないんですの……!?

 お願いです、誰か助けてください!」

 エマが蹲って泣きそうになると、彼女の周りにゴブリンが集まってきた。

「あぁ……魔物に助けられるなんて……。でも、この際、文句は言えません。

 ゴブリンさん、私に力を!」

 エマとゴブリンは、巨大スライムに戦いを挑んだ。

 

「きゃあぁぁ!」

 スライムは粘液を飛ばし、エマの身体をべたべたにしようとする。

 しかし、ゴブリンがエマを粘液から守り、代わりにべたべたになった。

 ゴブリンは持っていた短剣でスライムを連続で斬りつけて攻撃する。

 スライムの耐久力は高かったが、ゴブリンが数の暴力でどんどん体力を減らす。

 すると、スライムが自己再生で体力を回復した。

「これは、時間がかかりそうですね……。でも、頑張ってくださいね、ゴブリンさん」

 エマは身を隠しながら、ゴブリンを応援するのだった。

 ゴブリンはやるぞ、とスライムに戦いを挑んだ。

 普通は臆病なゴブリンであったが、エマの魅力によって勇敢になったようだ。

キィーーーキキキキキ!

キキキキキィーーーー!

 弓を持ったゴブリンがスライムの攻撃が届かない位置から矢を連射し、

 短剣を持ったゴブリンがスライムを連続斬りで攻撃する。

 ゴブリンシャーマンが味方の傷を癒しつつ、自らもマジックミサイルで追撃する。

 あまり協力しないゴブリンだが、彼らはエマの期待に応えるべく今回だけは協力するようだ。

キィィィィィィ!

 スライムの粘液を受けて、何匹か戦闘不能になるが、それでもゴブリン達の戦意は衰えない。

 彼らは皆、エマを守り、スライムを倒すために必死なのだ。

「ありがとうございます……皆様、頑張ってください!」

 

 こうして、ゴブリンの活躍によって、スライムの身体は見る見るうちに溶けていった。

 ゴブリンリーダーが味方のゴブリンに号令をかけるとゴブリンが一斉にスライムをリンチする。

 スライムはゴブリンを払おうとするが、ゴブリンは次から次へと襲い掛かる。

 そして、最後に槍を持ったゴブリンがスライムに突っ込んで槍で突き刺すと、

 スライムは完全に解けた。

 

「あ、ありがとうございます……。さて、出口を探しましょうか……」

 マリアンヌは、アンダーダークを脱出するため、出口がどこにあるのかを探していた。

 彼女が真っ直ぐに進んでいくと、光が見えてきた。

 あれに入れば、地上に出られる……エマがそう思い、光の中に飛び込もうとした時。

 

「きゃあああぁ!?」

 なんと、いきなり何者かに吹っ飛ばされた。

 エマは転倒して気を失いかける。

 彼女のぼやけた視界には、炎を纏った悪魔が見えていた。

「ああ……マリアンヌ……許して……」

 エマは、抵抗できないまま気を失い、その悪魔に連れ去られるのだった。




ヒロインがさらわれるのは定番中の定番です。
そして、次回はアエルスドロの関係者と遭遇します。


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第46話 姉との再会

アエルスドロ最後の家族との、再会です。
しかし……。


 その頃、アエルスドロ達は、アンダーダークでの休息を終えて、外に出ようとしていた。

「もうそろそろ体力も回復した頃だし、元凶を叩きに行こうかしら」

「叩くって……」

 さて、ここまでのあらすじをまとめよう。

 ナガル地方に瘴気が溢れ出るのを防ぐため、アエルスドロ達はアンダーダークに向かった。

 そのアンダーダークでアンデッドになった執事のアルトンを眠らせ、

 戦いの疲れを取るために休んだのだ。

 そして、疲れが十分に取れたため、瘴気の元を取り除こうとここを出る事にした。

「……そうだな。一刻も早く異変を解決し、ナガル地方を救わなければな」

「わたくしのナガル地方、悪い奴に侵略されてたまるものですか!」

 

 八人が部屋を出て、右の方に向かうと、上空に、鋭利なナイフが無数に滞空していた。

 もし回避に失敗すれば、これらが物凄い勢いで落下してくるだろう。

「ここは、ボクが出ますね」

 ユミルはそっと前に出て、罠をわざと発動し、皆が罠にかからないようにした。

 彼が少し前に出ると、ギリギリユミルから離れた場所に大量のナイフが落ちてきた。

「危なかったです。できるだけ罠が少ないところを進みましょう」

「そうだな」

 ユミルを先頭にして、アエルスドロ達は罠がないかを慎重に調べながら移動した。

 だが、彼らの目の前に、二体のオークが現れる。

「雑魚が、私の前に立つな! ダブルスラッシュ!」

 アエルスドロはオークを二回連続で斬りつけ倒す。

「パワークラッシュ!」

「ブライトショット!」

 茜は全体重をハンマーに乗せて振り下ろし、オークの頭を叩き潰し、

 エリーが光の弾を放ってとどめを刺した。

「あら? あなた、攻撃魔法を使えるんですね」

「へっへー、サポートだけじゃないんだよ」

 エリーが敵を倒した事をユミルに褒められて喜ぶ。

 彼女は回復や支援を得意とするが、攻撃魔法も弱い威力だが使うができるのだ。

 

「さて、探索再開ですね」

「……おっと。風の精霊よ、大気の動きを静め、沈黙を導け。サイレンス」

 オークを倒して、八人が探索を再開すると、どこからともなく不快な風鳴りが響いてきた。

 ルドルフは音を聞かないように、風の精霊を召喚して周りの音を消した。

 これで、不安になる事なく、探索を続ける事ができるようになった。

「……むぐ」

 すると、驟雨が急に険しい表情になる。

「どうしたの?」

「瘴気を少し吸って、気分が悪くなった」

「あらまぁ……お大事に」

「……そして、向こうに魔物がいる」

 驟雨は、洞窟の壁に吸血蝙蝠がぶら下がっているのを発見した。

 吸血蝙蝠はまだ驟雨に気づいていないため、驟雨は音を立てずに吸血蝙蝠にナイフを投げる。

 ナイフが刺さった吸血蝙蝠は、驟雨に気づく事なく墜落した。

「食らいなさい!」

 そして、ミロが吸血蝙蝠に踵落としでとどめを刺した。

「大した相手じゃなかったわね」

「まぁ、一匹だけでしたし、何よりミロさんが強すぎますから」

 ミロは、仲間達の中でもかなり戦闘能力が高い方に入る。

 彼女さえいれば道中は平気なのだが……彼女一人だけでは、

 他の仲間の出番を奪ってしまうのが玉に瑕だ。

「瘴気が強い方を探そう。そこに元はあるはずだ」

 アエルスドロは、瘴気を感知し、より強いところへと七人を案内した。

「うーん……道は近いが……」

 西の方に行くと、目の前に瘴気で腐った沼地が広がっている。

 このまま進むと、沼地に溜まった瘴気の影響でダメージを受けてしまう。

「遠回りした方がよさそうですね」

「ああ」

「あたしと茜は飛べるから、先に進むわね~」

「任せておけ」

 空を飛べるエリーと茜に先回りしてもらい、他の六人は迂回する事にした。

 

「茜ってさ、天狗なんでしょ? 空を飛べて、力も強くて、傷も癒せるなんて、凄いな~」

「お前も魔法で傷を癒せるだろうが」

「あっ、そうだったねぇ。でも、キミも傷を癒せるでしょ?」

「私が得意なのは、どちらかというと防御の方だ。傷を癒すより味方を守るのが性に合うからな」

 意外に謙虚な態度を取る茜と、からかうような口調のエリー。

 空を飛べるもの同士の、楽しそうな会話である。

 

「ただいま!」

 エリーと茜は、アエルスドロ達と再会した。

「やっぱり瘴気はきつかったよねぇ」

「ああ……耐えられるのは私とミロくらいだったからな、迂回を選んだのはそれが理由だ」

「でも、また罠が見えましたよ」

 八人が進もうとした通路は、棘状の岩などで覆い尽くされていた。

 上手く通らないとすぐに擦り傷だらけになってしまう。

「よし、引っかからないように通りますわよ」

 マリアンヌは、岩に引っかからないように身体を捻って奥に進んだ。

 衣服が切れないように、ギリギリではなく、余裕をもって罠を避けていた。

 そして、奥まで進むと、レバーを見つけた。

「このレバーを倒せば!」

 マリアンヌがレバーを倒すと、道を塞いでいた岩が全て地面に沈んだ。

「ほら、この通りですわ」

「おぉ、マリアンヌやるぅ!」

「もっとわたくしを褒めたたえなさい、おーっほっほっほっほっほ!!」

「は、はは……;」

 マリアンヌはアンダーダークに響く高笑いをした。

 アエルスドロはマリアンヌに苦笑した後、

 仲間達が瘴気の影響を受けないように、弱い瘴気を放って守る。

 すると、驟雨の険しい表情が柔らかくなった。

「楽になった……助かる」

「あたしもだよ、気分が悪かったからね~」

 驟雨が楽になり、他のメンバーの表情も和らいだところで、八人は探索を続けた。

 途中、不快な風鳴りをシルフが吹き飛ばしたり、スケルトンの群れをバラバラにしたりしたが、

 一行はもうすぐ目的地に辿り着こうとしていた。

 しかし、それを阻むかのように、通路が巨大な岩によって塞がれている。

「せっかくここまで来たのに、どこまでもあたしの邪魔をするのね」

 ミロはここに来るまでにたくさんの障害があった事に不満を抱いていた。

「時間稼ぎのためだ」

 目的のためなら決して手段を問わない、それがダークエルフだ。

 アエルスドロはそれを痛いほど良く知っており、彼の険しい表情からもそれが伺える。

「どかさなきゃいけないのね……。アエルスドロ、あたしと二人で押すわよ」

 本当は、ミロは彼女一人で岩を押したかった。

 しかし、このパーティの主役はアエルスドロとマリアンヌである。

 ミロが活躍すれば二人の立場を奪ってしまうため、アエルスドロと一緒に押す事を決めたのだ。

「ありがとう、ミロ……」

「どういたしまして。いっせーの……」

「「せい!」」

 アエルスドロとミロが同時に巨大な岩を押すと、巨大な岩はズズズという音と共に動いた。

 すると、向こうから濃密な瘴気の臭いが漂った。

「う……なんて酷い臭い……!」

「ああ……ここに私達の目指すものがある……!」

 ついに、アエルスドロは目的地を見つけた。

 ナガル地方の瘴気を消し去るためにも、必ず攻略しなければならない場所。

 アエルスドロは剣に手をかけ、マリアンヌも二丁拳銃を取り出す準備に入っていた。

「……行くぞ」

「はい!」

 覚悟を決めた八人は、奥の部屋に入った。

 

 八人が入った部屋は、魔導師ではないマリアンヌにも分かるほど濃密な瘴気で満ちていた。

 長い間いると、心身がおかしくなってしまう。

 アエルスドロが弱い瘴気で守らなければ、あっという間に倒れていたかもしれない。

 

「来たか」

「キアラン……?」

 その部屋には、アエルスドロが見知ったダークエルフの女性が、魔物を従えて立っていた。

 その女性の正体は、アエルスドロの実の姉、ツリーンマチャス家の現当主、

 慈母キアラン・ツリーンマチャスだった。




次回は慈母になったキアランとの戦いです。


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第47話 戦闘! キアラン

アエルスドロの最後の家族との戦いです。
姉を討ち取る時、善のダークエルフは何を思うのか……。


 アンダーダークから濃密な瘴気を出し、ナガル地方にまで影響を及ぼしていたのは、

 アエルスドロの実の姉、慈母キアランだった。

「また会えたな」

「ああ……会いたいと思っていたよ」

 そう言って、アエルスドロはキアランに剣を突きつけた。

「えっ? キアランってキミのお姉さんなの? どうして殺さなきゃいけないの?」

 エリーは今の光景にキョトンとした顔をする。

 キアランとアエルスドロが姉弟であるのも初耳だったが、

 それ以上に実の姉弟で殺し合うのをエリーは疑問に思っていた。

「待て、エリー! そんな事を言ってはならん! あくまでも彼女は、慈母キアランだ」

「慈母?」

「ダークエルフ社会で最も地位が高い者の事だ。

 たとえ血の繋がりがあっても、そう呼ぶのがしきたりだ」

 アエルスドロは、エリーにダークエルフの社会について説明する。

 裏切りや暗殺などの非道は美徳行為となる、

 血が繋がっていても家族として扱ってはならない、男性よりも女性の方が地位が高い、など。

「アエルスドロ……一族の裏切り者である貴様が、何故ここに帰還した」

「今、ある地方が瘴気に汚染されようとしている。私はそれを払うために戻ってきた!」

 アエルスドロは毅然とした表情でキアランに叫ぶ。

 実の姉キアランに剣を向ける……それは、アエルスドロに唯一残った、

 ダークエルフらしい部分だった。

「私は許さない……アルトンをアンデッドに変えた貴様を!

 家族を見捨てて地上に逃げた、私自身を!」

「……」

 マリアンヌは、アエルスドロがここまで感情的になったのを見た事がなかった。

 アエルスドロは、一度は去っていったアンダーダークに帰還し、

 異変の黒幕である姉と再会し、感情を噴出したのだろう。

 キアランはそんなアエルスドロを鼻で笑う。

「ふん、威勢だけはいいな」

「何?」

「貴様らにはこれを見せてやろう」

 キアランはそう言うと、八人に映像を見せた。

 それは、魔法陣の上に寝ているエマと、数十人のエルフと、悪魔の姿だった。

「エマ!」

「アラネア様はこの上に降臨される」

『……』

『器を捕らえる事に成功したぞ。彼女の身体からは純粋な力を感じる。

 我らが神を受け入れるために必要な資質だ』

 魔法陣の上には、エマが横を向いて眠っている。

 彼女の横には悪魔がおり、さらにエルフ達が虚ろな表情で魔法陣に魔力を注ぎ込んでいる。

『……う……』

『眠れ』

 悪魔は、エマが意識を取り戻そうとしたところで睡眠魔法を唱え、再び意識を失わせる。

 意識が残るのも器に相応しくないため、エマには眠っていてもらうのだ。

 キアランは映像を消した後、含み笑いをしてアエルスドロ達に向き直る。

「どうだ……? エマという女の姿は」

「……」

 エマの姿を見たマリアンヌは、このダークエルフに対し苛立っていた。

 まだ怒鳴ってはいなかったが、確実に、彼女はキアランに怒っていた。

「『器』と言ったという事は……まさか、エマさんを器にして、儀式を行うつもりですか?」

「いや、召喚はまだ行わん。魔力が足りないからな」

 キアランは、ルドルフにまだ儀式を行わない理由を話した。

 邪神アラネアを現世に召喚するには、大量の魔力と、魂を入れるための器を必要とする。

 そして、アラネアの器は、強く純粋な心を持つ女性が相応しい。

 器は用意できたが、アラネアが完全に力を発揮するためには大量の魔力がなければならない。

 その魔力を用意するために、エルフ達を操り魔力を邪神に捧げたのだ。

「貴様が善の心を持ち、私を裏切った事で、我がツリーンマチャス家は没落した。

 その落とし前として、私は二人の妹をアラネア様の生贄に捧げた。

 そして、貴様がエマと言った娘を媒体にアラネア様を召喚し、

 ツリーンマチャス家を再興し、他の家系を恐れさせるのだ」

「そんな……そんな事のために瘴気をナガル地方にばら撒いて、エマを拉致しましたの!?」

 キアランはエマを邪神の器に作り上げ、他のダークエルフが恐れる存在になりたかったのだ。

 マリアンヌはナガル地方を瘴気で汚し、エマを攫い、

 さらには邪神召喚の贄にしようとしたキアランに完全に怒り二丁拳銃をキアランに突きつけた。

「あの瘴気は副産物だ。そのナガル地方は、単に巻き添えを食らっただけだ」

「くぅ……許せませんわ! 食らいなさい!」

 マリアンヌはキアランに発砲したが、キアランは身体を逸らして回避する。

 壁には、マリアンヌが放った二発の銃弾が埋まっていた。

「さて、茶番はここまでにしよう。

 貴様らは私が皆殺しにし、その身体をアラネア様に捧げよう。……いいな?」

 キアランは大神官の杖を構え、彼女が従えた魔物も殺意を向けた。

「来ますわよ! 皆、準備はよろしくて!?」

 キアランとアエルスドロ達の戦いが、始まった。

 

ウオオオオオォーーーッ!!

 オーガウォリアーは雄叫びを上げて戦意を高める。

「multiple la vitesse deni arreter」

「トランス:スケイル」

 キアランはオーガウォリアーの行動力を高め、真っ先に攻撃できるようにする。

 アエルスドロは瘴気で鱗を作り、自身の防御力を上げた。

「ラ・ナチュ・マ・ギ・ド・イグニ・ド・ヴェン!」

 ユミルは火炎の嵐を起こす魔法でオーガウォリアー達を包んで焼き尽くす。

「ちぃ、よくも潰してくれたな。これを受けよ!」

 キアランが舌打ちして呪文を詠唱すると、杖が黒く輝く。

 攻撃魔法を使って、一網打尽にしようとしていた。

「……させん」

 驟雨は、キアランが詠唱中にその場にあった小石を拾ってキアランに投げつけ、

 詠唱を中断させ魔法の発動を防ぐ。

 その後、ビッグスパイダーを短剣で刺し牽制する。

「銀の弾丸、受けてみなさい!」

 マリアンヌは二丁拳銃に銀の弾丸を込めてキアランの腹を撃つ。

「うぐぅっ!」

「キアラン様! くそ、これでどうだ! サモン・カトブレ……」

「させませんわよ!」

 ダークエルフサモナーが召喚術を使おうとしたところに、

 マリアンヌが牽制で銃を撃ち詠唱を中断する。

「光の精霊よ、我が召喚に応え敵を討つ雷となれ! ブライトショット!」

 ルドルフはその隙にダークエルフサモナーに杖から光の弾を放ち、光の爆発で攻撃する。

 闇に属するダークエルフなので、弱点の光魔法を使い大ダメージを与えたのだ。

「厄介なこいつから倒す必要がありそうね。食らいなさい! でえいっ!」

「ピアシングスラスト!」

 ミロは踵落としでダークエルフサモナーを攻撃し、続けてパンチをぶちかます。

 ビッグスパイダーはアエルスドロを足で叩き、エリーはアエルスドロの武器を魔法で強化した。

 援護を受けたアエルスドロは、ビッグスパイダーに強力な刺突攻撃を放った。

「この一撃を受けよ! ホーリーハンマー!」

 茜は聖なる気を纏ったハンマーをビッグスパイダーに振り下ろし、大ダメージを与えた。

 

「おのれ……人間以外とはいえ、このような非道は決して許さぬ!」

 茜は、キアランに対し激しい怒りを抱いていた。

 「人間以外」と言っているのは、彼女は人間に少し嫌悪感があるからだ。

 キアランは相変わらず余裕の笑みを浮かべている。

「その余裕、いつまで続くかしら? 破壊の腕!」

 ミロは腕を伸ばし、ダークエルフサモナーをずたずたに切り裂いた。

「ダークエルフサマナーを倒したか……。だが、私のこの魔法を防ぐ事はできるか?

 pouvoir pouvoir jouer pouvoir!」

 キアランは激しい炎の渦を起こし、ルドルフ、エリー、ユミルを巻き込んだ。

 彼女の高い魔力が、より火力を強め、三人の身体を焼いていく。

「プ……プロテクション!」

「守護の術!」

「エーテルアーマー!」

 エリー、茜、ルドルフは魔法でバリアを作り、威力を和らげるが、

 それでも大ダメージは避けられなかった。

「うぅっ……まったく、熱いですね」

「この炎に耐えるとはな。だが、勝つのは私だ」

「そんな事にはさせませんわ! 驟雨、あの蜘蛛を弱らせなさい!」

「ああ。陰陽交叉!」

 驟雨はビッグスパイダーの急所を見極め、2本の短剣をそこに突き刺した。

「デスショット!」

 マリアンヌは壁に向かって銃弾を撃つ。

 キアランは「どこに当てている」と笑ったが、銃弾は跳ね返ってキアランに命中した。

「な、何?」

「跳弾ですわ、この一撃は痛くてよ」

「くそっ……」

「「生命の精霊よ、傷つきし者には癒しを、敵対するものには裁きを。

  リーンカーネーションブレイズ!」」

 そして、ルドルフとユミルは、生命の精霊の力を借りて光り輝く炎をビッグスパイダーに放つ。

 ビッグスパイダーに炎が当たると、眩い光の爆発が起こり、ビッグスパイダーは光の中に消え、

 さらに味方全員の体力と魔力を回復した。

 

「攻撃と回復を兼ね備えた魔法、見ましたか?」

「本当は僕と協力して出したんですけどね……。さて、と。

 勇気の精霊よ、彼の者に勇気を与え給え! ファナティシズム!」

 ユミルがくるくると杖を回転させる。

 ルドルフは苦笑しながらも杖を構え直し、アエルスドロと茜に補助魔法をかけた。

「勇気が湧いてくる……よし! キアラン、覚悟はいいか! ミアズマバッシュ!」

 アエルスドロは瘴気を纏った剣をキアランに振り下ろす。

「ダッシュブレイク!」

ぐああぁぁぁ!

 茜はその翼でキアランに突っ込んでいき、鈍器を思いっきり脳天に振り下ろした。

 攻撃はキアランにギリギリ当たり、キアランは頭を押さえふらふらする。

「お……のれ……。こうしてくれる……。pouvoir pouvoir jouer pouvoir!」

 キアランは攻撃を当てたアエルスドロと茜を睨みつけ、激しい炎の嵐で二人を焼き払った。

 

「うぐ……」

「熱いな……くっ」

「すぐに回復するね! エリアライフヒール!」

 エリーは負傷したアエルスドロと茜を回復魔法で治す。

「皆様! 彼女は我がナガル地方を汚し、我が好敵手にまで手をかけました!

 これは許されざる事です! さあ、手加減をせず、全力で彼女を攻撃しましょう!」

おーーーーーーーっ!!

 マリアンヌの号令により、パーティメンバーの指揮が大きく上がった。

「クリムゾンフラッシュ!」

 ミロは今がチャンスと、キアランに突っ込んで魔力を纏った連撃を食らわせる。

 キアランはそれをまともに食らって地面に叩きつけられてしまった。

「貴様ぁ! pouvoir pouvoir jouer pouvoir!」

 キアランは怒って炎の嵐を起こし、マリアンヌと驟雨を攻撃する。

「飛苦無」

「ピアシングショット!」

 しかし驟雨はそれで怯む事なく、キアランに苦無を投げつける。

 マリアンヌもキアランの防御が薄いところを拳銃で撃ち貫いた。

「蛮勇の精霊よ、勇敢なる者を守り給え! バルキリースピア!」

「ド・ゲイト・デ・テラ・ド・テネブ!」

 ルドルフが呼び出した光の槍と、ユミルが呼び出した闇の槍がキアランに刺さり、

 光と闇の大爆発が起こった。

「これで、とどめだ! 冥火幻舞刃!!」

ぎゃあああああああああああ!!

 そして、アエルスドロは剣に地獄の炎を纏わせ、キアランを斬りつけた。

 地獄の炎はキアランの身体を包み込み、跡形もなく焼き尽くした。

 

「……勝った……」




~モンスター図鑑~

ビッグスパイダー
巨大化したスパイダー。
毒もあり、糸も大きくなっているので、油断禁物だ。


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第48話 アエルスドロの歩む道

キアランを倒した後の、アエルスドロのその後。
ダークエルフにも、心はあるのです。


「ア……エ……ル……ス……ド……ロ……」

 アエルスドロの姉キアランは、地獄の炎の中に消えていった。

「終わっ……た……」

 アエルスドロは、その場にぺたりと座り込んだ。

 炎が消えたすぐ後に、アンダーダークを覆っていた瘴気も、跡形もなく消え去った。

「瘴気が消えましたわ……。やりましたわね、アエルスドロ! ……アエルスドロ?」

 ナガル地方を守った事で、マリアンヌは喜んだ。

 しかし、アエルスドロは何故か、浮かない顔をしていた。

「……キアラン、たとえ貴女が私を裏切り者と言っても、私にとっては家族だった。

 その家族を討ち取った今、私は本当の家族を全て失った」

 アエルスドロの家族の中で唯一生き残った姉、キアラン。

 しかし、ナガル地方に瘴気を撒き散らした張本人だと知ったため、

 彼はキアランを倒さざるを得なくなった。

 そしてキアランは倒れ、こうしてアエルスドロは全ての家族を失ったのだ。

「貴方にとってはキアランは姉ですからね。普通の人では、その死を悲しく思うでしょう」

「私は生憎、その『普通の人』だからな」

 ルドルフが言った「普通」とは、ダークエルフでない種族の普通である。

 アエルスドロはその「普通」を持ってしまったからこそ、

 他のダークエルフとは異なる思考になったのだ。

「……エマ……」

 マリアンヌは、エマの居場所を知って、ぎゅっと握り拳を作った。

 強く握った拳に、汗が少し滲んでいる。

 エマを邪神降臨の器にされた事が、マリアンヌは静かに怒っているのだ。

「マリアンヌ、エマを助けに行くのか?」

「まさか。こんな疲れている状態で行っても倒れるだけですわよ」

 アエルスドロ達は、アンダーダークを歩き回り、様々な敵や罠を潜り抜けていった。

 その間で、体力も魔力も消耗してしまっている。

 これでは、エマを追いかけようとしても逆にこちらが倒れてしまうだけだと、

 マリアンヌは判断したのだ。

「ひとまず地上に戻って、身体を休めましょう」

「ああ……身体も痛いし疲れるし、一度リフレッシュさせよう」

 こうして、八人はアンダーダークを出て、ナガル地方に帰還するのであった。

 

「お帰りなさい」

「お帰り、マリアンヌ」

「ディスト……ファルナ……」

 帰還したマリアンヌは、副官のディストと料理人のファルナに迎えられた。

「皆さん、大丈夫ですの……?」

「ええ、貴女のおかげでナガル地方は無事ですよ」

「これはあたし達からのお礼さ! 受け取りな」

 マリアンヌ達が慈母キアランを倒して、瘴気の元を消し去ったため、

 ナガル地方が瘴気で覆われる事はなくなった。

 ディストとファルナはマリアンヌに感謝し、彼女に多額の報酬を渡した。

「まあ、こんなに!」

 その報酬は一人20000Z、ナガル地方に左遷された時はそんなに受け取れなかった額だ。

「うふふっ、これでナガル地方がどんどん発展していきますわね」

 資金が溜まったため、ナガル地方を発展させたいとマリアンヌは考えた。

 アエルスドロは「今更か……」と思いながらジト目でマリアンヌを見ていた。

「さて、まずはどうしましょう。……城は建てましたし、後、足りないものと言えば……」

「食糧だな」

「そうですわ。特に、肉とか」

 ナガル地方の農地は広く、川もあるが、

 そこから出る食糧が野菜や魚ばかりで栄養が偏っていた。

 肉は狩人が獲るのだが、収入が不安定になる。

 そこで、狩人に頼らずとも肉が取れるようにナガル地方を開発したいのだ。

「じゃあ、牧場を作るんだね! 楽しそー!」

「あら、作るのはそこそこ地味ですわよ?

 わたくしは地味なものは嫌いですので、アエルスドロとミロがやりなさいな」

 マリアンヌは、牧場作りをアエルスドロとミロに任せる事にした。

「えー、なんであたしが?」

「あなた達は武官だからですわよ。力仕事はしたくありませんの。さあ、牧場を作りなさーい!」

「……はいはい。手伝うわよ、アエルスドロ」

「分かった」

 ミロは、渋々アエルスドロと共に、牧場を作るのであった。

 

 数分後、ナガル地方に立派な牧場が出来上がった。

「ふ~、牧場ができたわ」

「もうできましたの? じゃあ、牛を呼びましょう」

 マリアンヌは、金とコネを使ってナガル地方に牛を呼び寄せ、牧場に入れた。

「よし、牧場は完成しましたわ!」

「これで肉や乳製品を使った料理も豊富になるな」

「そのためにも、しっかりと牛を育てましょう。

 牛が元気じゃないと、ボク達も元気じゃなくなりますからね」

 茜は、牧場を作ったおかげで、当分は食糧に困らないだろうと考えた。

 ユミルは、そのためにも、健康な牛を育てなければと考えた。

「じゃ、今日の夕食も、あたしが張り切って作るからね。楽しみに待ってるんだよ」

「はい!」

 

 そして、ファルナが食事を作っている間に、

 アエルスドロとマリアンヌは城でこれからの事を話していた。

「さて、エマの居場所も分かりましたし、彼女を助ける準備が必要ですわね……」

 エマは悪魔にさらわれ、邪神の器になろうとしている。

 邪神が現世に現れれば、ナガル地方だけでなく、アルカディアが闇に包まれてしまう。

 幸い、儀式には時間がかかりそうなので、焦る必要はないようだ。

「エマ、せっかく見つけたんですもの。何としてでも連れ戻しますわ」

「無力な人間を贄にしようとするとは、あの悪魔め、許せん!」

 アエルスドロは、戦闘力を持たないエマを邪神に捧げようとした悪魔に義憤した。

 マリアンヌは、エマの行方を知り、必ず彼女を連れ戻すと誓った。

「……アエルスドロ。この戦いが終わったら、あなたはどうしますの?」

「……旅に出るよ」

「旅に?」

 このままナガル地方に永住しないのか、とマリアンヌは問うが、アエルスドロは首を横に振る。

「ここが住みやすい場所とはいえ、やはり私はダークエルフ。

 もし、私を迫害する者がいれば、私はまた命を狙われる。安息は、事実上ないからな」

 アエルスドロは、生来、疑り深い性格だ。

 裏切り者のロルフがいたように、いつ、裏切られるのか分からないために、

 ナガル地方にも長くはいられないとアエルスドロは考えたのだ。

「私はいずれここを発つ。君はこれを皆に連絡してもいいし、しなくてもいい。

 では、私はこれで」

 そう言って、アエルスドロは城を立ち去った。

 

「アエルスドロ……」

 マリアンヌは、アエルスドロが立ち去った方向を寂しそうな目で見ていた。

 彼の腹部に銃弾を撃ったのが、アエルスドロとの初めての出会いだった。

 その後は、彼をこき使ってきたのだが、いざ別れるとなると、寂しくなってきた。

 最初は引き留めようと思ったが、アエルスドロの気持ちを汲んで彼を見守った。

 

「……あまり考えすぎても何も起こりませんわね。今は、ご飯を食べて、ゆっくり休みましょう」

 うじうじ悩むなんて自分らしくないとマリアンヌは思ったのか、

 彼女は席を立ち、外に出るのだった。




次回はエマを探すために、パーティーが決意します。
ヒロインを救う悪役令嬢……もえませんかね?


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第49話 エマの居場所は

さらわれたヒロインは、今どこに? なお話。
悪役令嬢もこんな風に変わっていく事があるんです。


 今日の夕食は、炊き込みご飯、刺身、漬物といった、倭国料理となった。

「いただきます」

 マリアンヌはファルナが作った漬物に口を入れる。

「どうしたんだい、マリアンヌちゃん? 元気ないねぇ」

「……なんでもありませんわ」

 アエルスドロがナガル地方を旅立っていく事については、マリアンヌは誰にも話さなかった。

 マリアンヌはそれをまだ気にしているらしく、ご飯を食べる時もどこか元気がなさそうだった。

「なんでもない、じゃないよ。

 あんたが元気じゃなかったら、ナガル地方のみんなはどうなるんだい!」

「そ、そうですわよね……。わたくしはここの領主ですものね……」

 ファルナはマリアンヌを心配して大声を上げる。

 マリアンヌは慌てて、表情を元に戻す……が、どこかぎこちないものであった。

「どうした、マリアンヌ? ご飯や刺身が冷めて、美味しくなくなるぞ?」

「茜……。ちゃんとご飯は食べますわよ。余計な心配はかけなくてもよろしいですわ」

「マリアンヌ……」

 茜も、元気がないマリアンヌが心配になるが、マリアンヌは大丈夫だと言った。

 しかし、マリアンヌはどこか無茶をしていた。

「ちゃんと、全部食べるんだよ。明日、元気にならないからね」

「はい……」

 

 そして、ルドルフ、エリー、驟雨、茜が就寝した時の事だった。

「何故私を呼んだ」

「はい、あなたを呼んだのには理由がありますわ」

 アエルスドロは、マリアンヌに彼女の部屋に呼び出されていた。

 二人が椅子に腰かけた後、マリアンヌはゆっくりと口を開く。

「あなたは、本当にここを出ていきますのね」

「ああ、そうだが」

「初めての武官であるあなたと別れるのは寂しいですけど、

 だからといって、引き留めればあなたは困りますわよね」

 マリアンヌは悪役令嬢という事で、アエルスドロを引き留めようとした。

 だが、アエルスドロ達と共に冒険していくうちに、悪役令嬢特有の棘がなくなっていき、

 住民思いの良い領主に変わっていった。

 アエルスドロと話している時も、マリアンヌは柔らかい表情をしていた。

「だから、わたくしはあなたに見せたいものを見せたくて、呼びましたのよ」

「見せたいものとは?」

「こっちに来なさい!」

 そう言って、マリアンヌはアエルスドロの手を引っ張り、どこかに案内していった。

「これですわ!」

「花畑……!?」

 マリアンヌが連れていった場所は、赤い花がたくさん咲いている花畑だった。

 ナガル地方にこんな場所はあったっけ、とアエルスドロは思ったが、

 まぁ、ここは何でも起こるしな、と自分で納得した。

「これは、ジニアの花畑ですわ。別名は、百日草と呼ばれていますの」

「綺麗な花畑だな……」

「ジニアの花言葉は『別れた友を思う』。

 だから、遠くに旅立っていくあなたに、これを見せたかったんですのよ」

 マリアンヌはアエルスドロがナガル地方を旅立っていく事を知った。

 何もしないでただ彼を送りたくはなかったので、

 マリアンヌは彼にプレゼントをしたかったのだ。

 旅立つ彼に相応しい花言葉の花畑を。

「これが、わたくしからの贈り物ですわ。

 寂しかったら、いつでもこれを思い出してくださいまし」

「ありがとう、マリアンヌ。あなたは本当に良い領主だ」

「当然ですわ、おーっほっほっほっほ!」

 アエルスドロは、自分に花畑を見せてくれたマリアンヌに感謝した。

 マリアンヌは上機嫌な表情で、腰に手を当てて高笑いした。

 その時はマリアンヌが悪役令嬢だという事を忘れ、

 「渡る世間に鬼はないんだな」とアエルスドロは思ったのだとか。

 

「それでは、お休みなさいませ」

「お休み」

 そして、アエルスドロとマリアンヌは、互いに別れて眠りについた。

 

 翌日、アエルスドロは、清々しい表情で食事をする場所に来ていた。

「おはよう、みんな」

「あら、おはよう! アエルスドロ、やけにすっきりしてますね」

 ユミルは、アエルスドロが楽しそうな様子なのに気付いて彼に声をかけた。

「ああ……彼女と話したら、溜まっていたものを全て吐き出してな」

「よかったですね」

 昨日の夜、アエルスドロとマリアンヌは溜まっていたもやもやを全て吐いた。

 睡眠時間はその分短くなるが、ストレスが溜まっては寝付けず、

 翌日にも疲れが残ってしまうため、二人がやった事は正しいとユミルは判断した。

「じゃ、朝食を食べましょうか」

「ええ」

 

 八人が揃うと、朝食係のファルナが現れ、それぞれの席に朝食を置いていく。

「マリアンヌちゃんが作ってくれた牧場のおかげで、今日はこんな朝食になったよ」

「わぁ……!」

 今日の朝食は、牛乳、チーズサンド、バターといった乳製品が豊富にあった。

 ナガル地方に牧場が置かれたため、料理のバリエーションが増えたのだ。

「アエルスドロとミロが手伝ってくれたおかげで、このナガル地方が潤いましたわ」

「色んな食べ物が食べられるしね」

「言わないの。さ、朝食を食べますわよ」

「はーい。いただきます!」

 八人は、乳製品をたくさん使った朝食を食べた。

 ミロは、吸血衝動を抑えるために、他の人よりも朝食の量が多かった。

「それにしてもよく食べるな、ミロ」

「あたしはこうしないと生きていけないんだもん」

「だが食べ過ぎだと思うぞ」

「へーきへーき、後で運動するから」

 そう言って、ミロは朝食を食べ続けた。

 

「……」

 驟雨は、彼らの横で黙々と朝食を食べていた。

 乳製品ばかりなので、あまり嬉しそうではなかったが、

 きちんと食べないとファルナに怒られるため、朝食は口に入れていた。

 

「よし、ちゃんと綺麗に食べたみたいだね」

 15分後、ファルナは全員の食器を確認する。

 皿の中身も、コップの中身も、全て綺麗になっていた。

 ファルナは笑みを浮かべて、全員の食器を流しに運んだ。

「ありがとうございますわ、ファルナ。これからわたくしは、ちょっと用事がありますので」

「いいよ、行っておいで」

 マリアンヌはファルナに微笑みながら、アエルスドロ達に声をかける。

「というわけで、みんな、わたくしの城に来なさい」

「ん? なんでだ?」

「ちょっと、話がありますの」

「……?」

 何があるのか分からず、首を傾げるアエルスドロ。

 とりあえず、アエルスドロは皆と一緒に、マリアンヌのところに来るのだった。

 

「……さてと。皆さん、来ましたわね」

 マリアンヌは、アエルスドロ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨、茜を城に呼んで、

 これからの事を話す準備に入った。

「わたくしのライバル、エマ・クレーシェルは、今、邪神にその身を捧げられようとしています」

 現在、エマはどこかに囚われ、邪神を呼び出すための生贄になろうとしている。

 その邪神が復活すれば、エマやナガル地方を含めた世界が滅んでしまう。

 マリアンヌはそれを阻止するために、七人を城に集めたのだ。

「ルドルフ、エマが囚われている場所が、どこにいるのかを探してください」

「……分かりましたよ」

 ルドルフは頷いて、風の精霊を呼び出した。

 風の精霊はルドルフの周りを回ると、超高速で窓をすり抜けて飛んでいった。

「さて、後は情報を待つだけですわね」

 マリアンヌは、風の精霊を待っていた。

 エマが囚われた場所を見つけて、そこに向かうのがマリアンヌの目的だからだ。

 必ず、情報を手に入れなければならない。

 

「お帰りなさい」

 しばらくして、風の精霊が戻ってきた。

 風の精霊は、ルドルフにしか分からないテレパシーで彼に情報を話した。

 ルドルフはうん、うんうんと頷いて、情報を頭の中でまとめていた。

 周りから見れば独り言を言っているように見えるが、

 まぁ、電話のようなものだと言えばいいだろう。

「……エマが捕まっている場所が、分かりました」

「え!? どこですの!?」

「……それは……」

 ルドルフは、風の精霊の情報を元に、ゆっくりと口を開いた。

 

「ここから南東にある、“神の塔”です」




次回は神がいるという塔に向かいます。
アエススドロ達は、邪神の復活を阻止できるでしょうか。


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第50話 神の塔を目指して

さらわれたエマを助けるために、アエルスドロは神の塔に向かいます。
この物語もクライマックスになってきました。


 風の精霊によって、エマが捕まっている場所が分かった。

 それは、ナガル地方から南東にある神の塔だった。

「神の塔ですって?」

「はい。風の精霊が僕に教えてくれました。

 ガルバ帝国の神の塔に、エマという娘は囚われていると」

「……ふむ」

 マリアンヌは顎に手を添える。

 彼女は、神の塔がどういうところなのかを今、頭の中で調べていた。

 それなりに博識なマリアンヌも、時間をかけているため、

 神の塔の知名度は、人間にとっては低いようだ。

「神の塔……神の塔とは……ううん……ええと…………あ、思い出しましたわ!

 ガルバ帝国初代皇帝の娘、エーヴェルが成人の儀を行った時、

 彼女の前に女神イーファが降臨した場所ですわね!」

 マリアンヌはようやく、神の塔がどんな場所なのかを思い出した。

 神の塔は、ガルバ帝国における神聖な地なのだ。

 同時に、こんな神聖な場所をダークエルフに穢されるなんて……

 という怒りがふつふつと沸いてきた。

「……この神の塔で邪神を呼び出すなんて、傲慢にもほどがありますわね。

 あいつら、痛い目に遭いたいんですの?」

「当然だ。聖地を穢すのは神への冒涜だ……!」

 茜もダークエルフが聖地を穢す事に憤怒していた。

 彼女は信仰心が篤いため、このような行動を許す事ができないのだ。

「そして、エマを必ず救わねばならない!」

 アエルスドロは真剣な表情でそう言った。

 マリアンヌのライバル、エマを助けるため……また彼に、戦う理由が1つできた。

 

「……では、神の塔に乗り込みますわよ。準備なさってくださいな」

「ああ……」

 神の塔に行くため、アエルスドロ達は城で準備をした。

 回復アイテムや、予備の武器など、必要なものを全てバックパックに入れた。

 主武装も磨き、一行は万全の態勢を整えていた。

「大丈夫だよ、ルドルフ。あたし達は、必ず勝つ」

「ええ。勝利は、必ず約束します」

 アエルスドロ達は、世界を救う希望の光……というわけではないが、それに相当する光だ。

 それが消えてしまえば世界は闇に覆われてしまう。

 この戦いは、絶対に勝たなければならないのだ。

「皆さん、準備はよろしくて?」

「……怠ってはいない」

「さあ! 神の塔に行きますわよ!」

「「「「「「おーーーーっ!!」」」」」」

「……」

 こうして、一行は神の塔に向かい、邪神復活を阻止しに行くのだった。

 

「では、行ってきますわ。ディスト」

 マリアンヌは副官のディストの手をがっしりと掴んだ。

 これから、大きな試練に立ち向かう事になる……

 彼女はその覚悟を決めて、ディストに挨拶をしたのだ。

 アエルスドロ達は、マリアンヌに付き従うように立っていた。

 あくまでも彼らはマリアンヌの文官・武官という立場だからだ。

「マリアンヌ様、私はずっと待ち続けます。あなたが無事に、ナガル地方に帰ってくるまで」

「ディスト、本当にありがとうございますわ。

 あなたのような副官がいる事を、わたくしは誇りに思いますわ。

 そして、わたくしも、またあなたを信じますわ」

 副官のディストは、マリアンヌにとっての日常の象徴であり、彼女を誰よりも信頼している。

 マリアンヌも、彼の期待に応えられるように、気を引き締めて事に臨んだ。

 

「……では、行ってきますわ!」

「行ってらっしゃい!」

 そして、アエルスドロ達は、神の塔がある南東に向かっていった。

 ディストや他の文官・武官達も、ナガル地方を出ていく八人を見送っていった。

 

「さて、神の塔はここから南東にあるとおっしゃってましたけど……」

「ですが、風の精霊によれば、かなり遠い場所にあるそうです」

 ナガル地方を出た八人は、神の塔を目指して歩いていた。

 神の塔はとても遠い場所にあり、最低でも、1日はかかるとの事だ。

 しかも、邪神が復活しかけているため強化された魔物にも足止めされていた。

 巨大なスライムは何とか迂回したが、迂回した場所にはたくさんのガーゴイルがいた。

「風の精霊シルフ召喚! からの、上位置換・アイオロス!」

 ルドルフは二体の風の精霊シルフを召喚し、

 彼女達を媒体に風の上位精霊アイオロスを召喚した。

「ファストブレード!」

 アエルスドロは素早い斬り込みでガーゴイルを吹き飛ばす。

 そこにアイオロスの竜巻の援護が入ってガーゴイルを追撃したが、倒すには至らなかった。

「しぶといですね……」

ガァァァァァァァッ!

 二体のガーゴイルは爪を振りかざして驟雨とアエルスドロを襲った。

 二人は剣と盾で防御したが、あまりの素早さに攻撃を完全には防ぎ切れなかった。

「速いし硬いな」

「ああ……」

「ひゃん!?」

 ガーゴイルが爪を振ってミロを切り裂く。

 ミロは転倒して体勢を崩してしまう。

「よ、よくもやったわね! 破壊の爪よ!」

 ミロは爪を振って赤い衝撃波を飛ばし、ガーゴイルを切り裂き、さらに衝撃波で吹っ飛ばした。

 そのガーゴイルはミロを転ばせたガーゴイルとは違うものであったが、

 ミロは気にしていなかった。

「しぶといですこと。でも、これは避けられまして? ガトリングショット!」

 マリアンヌは二丁拳銃を構え、二体のガーゴイルに乱射した。

 ガーゴイルの身体は硬かったが、何度も銃弾を食らったため穴が開き、

 二体のガーゴイルはバラバラになった。

「疾走斬」

 驟雨は目にも留まらぬ動きでガーゴイルの前を通り過ぎ、短剣を振る。

 それに気づけなかったガーゴイルは切り裂かれ、ルドルフの呪文の発動を許してしまう。

「ウィンドカッター!」

 ルドルフの風の刃がガーゴイルに命中すると、

 ガーゴイルはさらなる斬撃を受け、ついにバラバラになった。

はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 そして、茜が鈍器を振り下ろして最後に生き残ったガーゴイルに大ダメージを与え、粉砕した。

 

「……まったく、どこまでも私達を先に進ませないつもりか!」

「……」

 神の塔に進む途中で何度も魔物に襲われたアエルスドロは、珍しく憤怒していた。

 ルドルフは何も言えず、項垂れていた。

 しかし、怒ったところで現実が変わるわけがなく、ただ時間が過ぎるだけだった。

 その事態を打開するべく、マリアンヌは優しくアエルスドロを撫でた。

「大丈夫ですわ、アエルスドロ。わたくし達は誓いましたわよ? 必ずエマを助けるって」

「……マリアンヌ……」

「今日が駄目なら明日がありますわ。少し進んだら、野宿しましょう」

「そうだ、な……。ありがとう、マリアンヌ」

 マリアンヌに励まされたアエルスドロは、気を引き締め直し、

 神の塔を目指し前へ前へ進んでいった。

 その道中で再び魔物に襲われ、それらはアエルスドロ達が撃破していった。

 気が付くと、既に夜になっており、

 アエルスドロ達は安全な場所に行ってテントを広げて休んだ。

 

「今日は、色々と、あったな……」

「わたくしが野宿するなんて、と思いましたけど、エマのためならこれくらい平気ですわ」

 マリアンヌは野宿をしたくなかったが、エマが危機に陥っている以上文句を言えなかった。

 食事を取り、汗を流して歯を磨いて、寝間着に着替えた後、寝る準備に入っていた。

「Zzzzz……」

「ぐぅー……」

 ルドルフとエリーの妖精組は、とっくに眠ってしまっていた。

 エリーの寝顔はとても可愛く、無邪気だった。

 彼女の寝顔を見たアエルスドロは少し微笑み、疲労を感じさせる事はなかった。

「では、私達もそろそろ寝よう」

「ええ」

 

 こうして、八人は眠りについた。

 邪神の瘴気が、徐々に強まっている事を知らずに。




次回は、アエルスドロ達が最後の試練に挑みます。
果たして、エマは助かるのでしょうか!?


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第51話 最後の試練

アエルスドロ達はエマを追っていきます。
ですが、魔族側も、一筋縄ではいきませんよ。


 アエルスドロ達がナガル地方を出てから2日目。

 彼らは野宿をしつつも、目的地である神の塔を目指して進んでいた。

 魔物が襲ってくる事もあったが、それらは全て、撃退していった。

 

「……ん?」

 八人が道を歩いていると、ルドルフは何かを発見したように立ち止まった。

 アエルスドロ達はすぐにルドルフに駆け寄る。

「どうしたの、ルドルフ?」

「あれ……見てください」

 ルドルフはそう言って、どこかを指差した。

 そこには、天にも届きそうなほど高い塔があった。

「これは、神の塔!?」

 間違いない、あれが神の塔だ。

 マリアンヌはすぐに、塔が見える場所へと走っていった。

 アエルスドロ達も彼女の後を追って走り出した。

 

「これが……神の塔……!」

 目の前にあったのは、まさしく神の塔だった。

 だが……神々しいはずの神の塔は、黒い雲に覆われて禍々しい姿に変わり果ててしまっていた。

「聖地を平気で冒涜するとは……ダークエルフの根性は悪い意味であるな」

 茜は神の塔に祈りを捧げたかったが、それはしたくはなかったようで、

 代わりに鈍器を握り締める。

 聖なる場所で、神に祈りを捧げる、それが彼女の望みだからだ。

「……どうか、この塔を元に戻してくれ」

「当然だ」

 茜の真剣な言葉に、アエルスドロは静かに頷いた。

 マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨も同じく頷いた。

「……入りますわよ」

「ああ」

 声を掛け合って、八人は神の塔に足を踏み入れた。

 塔の中は禍々しく染まっていて、常人では立っているだけでふらつきそうだった。

 アエルスドロは弱い瘴気でバリアを作って皆の気を保った。

「君達の身体が瘴気に侵されそうだが……?」

「問題ない、微量だからな。……さて」

 八人が最初に入った部屋は、鉄格子によって二つに分けられていた。

 そこに、機械の砲台が鉄格子越しに砲弾を放ってくる。

「ひゃ!」

 マリアンヌは砲弾が当たる寸前で身を逸らして回避する。

「何しますのよ!」

 いきなりの砲撃に腹を立てたマリアンヌは、機械の砲台に拳銃を発砲する。

 しかし、魔法の加護を受けていない銃弾は、いとも簡単に鋼鉄に弾かれた。

「攻撃が効きませんわね」

「疾風の術!」

 茜はルドルフに風の加護を与えて素早さを上げる。

「風の上位精霊アイオロスよ、風よ裂けて刃となれ! ウィンドストーム!」

 ルドルフは風の精霊を召喚し、竜巻を起こしてマジックキャノンを攻撃した。

 マジックキャノンは重かったため少ししか浮かなかったが、

 それでも地面に叩きつけて僅かに罅を入れた。

「ダブルショット!」

 マリアンヌが罅が入った部分に二発撃つと、マジックキャノンは機能停止した。

 

「あら、呆気なかったですわね」

 あっさりマジックキャノンを撃破する事に成功した一行。

 物理攻撃に強いマジックキャノンを、

 弱点を突いたとはいえ即座に機能停止したのを見て、マリアンヌは高笑いした。

「おーっほっほっほっ! わたくしの銃はナガル地方一ですわ!

 さあ、どんどんかかってらっしゃい!」

「ああ……私の剣は、決して折れる事はない」

 アエルスドロは自身の剣と盾を抱き、静かに目を閉じた。

 この自信がある限り、彼らは決して折れる事はないのだ。

「さて、先に進むぞ。ん? 鍵がかかっているな」

 アエルスドロが左の扉を開けようとすると、その扉には鍵がかかっていた。

「俺がやる」

 驟雨は前に出て、楔を使い扉の罠を外した後、もう1つの楔で扉の鍵を開けた。

 ダンジョン探索のエキスパートである彼の本領を発揮する事ができた。

「戦闘が得意な方ばかりでは、この先の罠にかかるかもしれませんからね」

「どんなに強い戦士や魔導師も無力となる罠……。

 それに対処できるのは、斥候技能保持者(おれたち)だけだからな」

 ダンジョンには、侵入者を排除する罠が仕掛けられている事が多々ある。

 戦闘能力が高いものが入っても、

 罠を探知したり解除したりする能力がなければ、死が待ち受けている。

 そのため、スカウト技能など、それらに対処できる能力も必要なのだ。

「体だけでも心だけでもいけない」

「大事なのは、技だ」

 驟雨がいて本当によかった、と思うパーティメンバーなのであった。

 

「よし、開きましたね」

 ユミルが左の扉を開けると、部屋の中央に台座が置かれていた。

 台座の上には、何もないように見えるが……。

「ここも、何かありそうだな。……む?」

 驟雨は台座をよく調べてみると、コンシールトラップを発見した。

 もちろん、驟雨はコンシールをはがす。

 すると、中から宝箱が現れた。

「やったあ! 宝箱だ!」

「待て、これも罠が仕掛けられている可能性が高い、俺がまずは調べる」

 そう言って、驟雨は宝箱を持ち出し、罠を調べた。

 驟雨は、器用な指先で、どんな罠があるのかを探知する。

 1分後、驟雨は罠の種類が分かったようで頷く。

「開けると爆発するエクスプロージョンの罠が宝箱に仕掛けられている。こうして外せばいい」

 驟雨はそう言って、爆発する罠を外した。

「大丈夫でしょうかね……?」

 ユミルはそっと宝箱を開けたが、罠は発動しなかった。

 よかった、と言った後、中身である霊水を4つ手に入れた。

「流石は『忍びの者』ですね」

「それほどでもない」

 驟雨は自分の機能を果たすためだけの存在だ。

 なので、ユミルが褒めても、大して喜びはしないのだ。

「では、行くぞ」

 アエルスドロはそう言って、階段を上り、二階に上がった。

 二階では、部屋の中で様々な妖精達が賭け事をしていた。

「ねえねえ、一緒に私達と遊ぼうよ!」

「楽しいよ!」

「うん! やるー!」

 エリーはその輪に混ざって、一緒に賭け事をする事にした。

「あ、こらこら、エリー。せっかくエマさんを助けるために来たのに、遊ぶのはいけませんよ」

「まあまあ、いいじゃないですか。たまには娯楽も、息抜きにいいでしょう?」

「……仕方ありませんねぇ。一回だけですよ」

「はーい」

 ルドルフに許可を貰ったエリーは、妖精達の賭け事に参加した。

 

「よっし! スリーカード!」

「残念でした~、あたしはフラッシュです」

「うわぁ~」

 エリーが参加した賭け事は、ポーカーの三連続勝負だった。

 結果は、三戦三敗で、エリーは掛け金を全て取られてしまった。

「あ~あ、ダメだったよ」

「まあ、賭け事なんて、こんなものでしょうからね。気を取り直して、三階に行きましょう」

 エリーはがっくりしながらも、ルドルフ達と共に、階段を上って三階に行った。

 三階には炎の精霊と水の精霊がいて、八人に力試しを挑んでくる。

 しかも、部屋全体に守護の加護を受けられない結界が張られていた。

「戦いが長引けば死ぬ……短期決戦でいくわよ」

 やられる前にやる、それがミロの作戦だった。

 アエルスドロ達は武器を抜き、戦闘態勢を取った。

 

「エレメント・ライト!」

 エリーは驟雨の武器に光を付与した。

「闇の精霊よ、彼の者を闇に染めたまえ! レインボーカラー・ダーク!」

 ルドルフは闇の精霊シェイドを召喚し、サラマンダーとウンディーネを闇属性にした。

 驟雨の武器が光を帯びているため、彼らの弱点を突く事ができるようになった。

「陰陽連斬」

 驟雨は光を纏った二刀の短剣でサラマンダーとウンディーネを斬りつけた。

 ルドルフの魔法で二体は闇属性になっているため、それが弱点となり大ダメージを受けた。

 サラマンダーは吹き飛ぶが、ウンディーネは吹き飛ばなかった。

「ウフフ……」

「うぐぅ!」

 ウンディーネは微笑んで茜に水の弾丸を放った。

 水の弾丸が茜に命中すると水柱となり、茜を飲み込んでダメージを与えた。

「デスバレット!」

 マリアンヌは二丁拳銃を撃ってサラマンダーとウンディーネの身体に穴を開ける。

「おっと、こんな攻撃、ボクには……うあぁぁぁ!」

 ユミルはサラマンダーの攻撃を避けようとするが、獄炎に包まれて重傷を負ってしまう。

「うぅ……まるで太陽に焼かれたみたいです……」

 サラマンダーの炎の熱さによろめくユミル。

 ユミルは、まるで火あぶりの刑にされたようだという顔をしていた。

「ブラッディポーション!」

 ミロは自らの魔力を使ってポーションを作り、重傷を負ったユミルの傷を癒す。

「ちょ、なんであたしの魔法を使わないのよ」

「ユミルにはこっちの方がよく回復すると思って」

 ミロの言う通り、彼女のポーションを浴びたユミルの傷が見る見るうちに癒えた。

 ユミルは半吸血鬼なので、通常の回復魔法よりも吸血鬼の力を使った技の方が多く回復する。

「バッシュアンドバッシュ!」

「ガトリングショット!」

 アエルスドロはサラマンダーに連続で剣を振り、

 マリアンヌが二丁拳銃を乱射してサラマンダーを撃破した。

 倒れたサラマンダーの身体から、結晶がぽろぽろと溢れ出る。

 マリアンヌはそれを全て拾って、コネを利用して全てゼニーに変えた。

「金になるものは全て金に換えますわ」

(強欲な……)

「水と風の精霊よ、雷光となり敵を打ち砕け! ボールサンダー!」

 ルドルフは水と風の精霊を召喚し、雷の玉にしてウンディーネに飛ばした。

 雷に弱いウンディーネは大ダメージを受け、怯む。

「とどめよ! 鮮赤の刃!!」

 そして、ミロは腕を赤く光らせ、

 勢いよく振り下ろしてウンディーネを真っ二つにし、戦闘を終えた。

 もちろん、ウンディーネが落とした欠片を、マリアンヌは残さず全て換金した。

 

「結構溜まりましたわね。この調子で行きましょう」

(……結局、あなたは金儲けが好きなのね)

 精霊の身体の一部を換金するマリアンヌを、ミロはあまりよく思っていなかった。

 というより、自然そのものである精霊を、道具のように扱う人間をよく思わなかった。

 

 四階は、本がたくさんある部屋だった。

 それ以外に、五階へ行くための階段も見受けられなかった。

「わあ、本がたくさんありますね!」

 ルドルフは、たくさんの本を見て興奮する。

 流石はエルフの魔導師、知識の宝庫であるこの部屋は彼にとって楽園のようだ。

「一体どんな本があるんでしょうか……」

 そう言ってルドルフが本を取ろうとすると、

 突然、本が宙に浮き、他の本もそれに合わせて本棚から飛び出た。

「うわあああ!? 本が襲い掛かって来た!?」

「この本には魔力が宿っていたみたいだな。こいつらを倒すぞ!」

 アエルスドロは剣と盾を構えて、本の魔物、ブックモンスターの相手をした。

「エアスラッシュ!」

 アエルスドロは飛び上がって二連続でブックモンスターを斬りつけ、打ち落とす。

 続けてその勢いに任せて回し蹴りを行い、ブックモンスターを地に落とし、斬り倒した。

 二体のブックモンスターは攻撃を仕掛けてきたアエルスドロに体当たりしてきた。

 攻撃は命中するが、盾で攻撃を防ぎダメージは最小限に留めた。

「この一撃を受けろ!」

 そして、アエルスドロは回転斬りで襲ってきたブックモンスターを全て薙ぎ払い、

 とどめに瘴気の嵐を起こしてブックモンスターを衰弱死させた。

 アエルスドロが本の魔物を全滅させると、本棚は全て消え、代わりに階段が現れた。

 

「この本棚は、罠でしたか」

「罠にかかりはしたが私が全て倒したから安心しろ」

 そう言って、アエルスドロは剣を鞘に納めた。

「ありがとうございます」

 胸を撫で下ろすルドルフの横で、マリアンヌは鋭い目で階段を睨みつけていた。

「……エマ。あんな奴なんかに利用されるんじゃありませんわよ。利用し返しなさい」

 マリアンヌは、エマを束縛から解放したいと決めていた。

 ――最後に言った言葉は、余計だったが。

「余計、ですって? 撃ちますわよ」

「いや、ナレーションに口出ししても意味はないと思うぞ。……さあ、行くぞ、みんな」

「ええ」

 八人は、ゆっくりと階段を上るのだった。




~モンスター図鑑~

ブックモンスター
本に邪悪な魂が宿ったモンスター。
ミミックの一種で、本棚を調べた者に襲い掛かる。


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第52話 生贄のエマ

神の塔の攻略は、まだまだ続きますよ。


 こうして、八人は神の塔の五階に上がった。

 部屋の中央に募金箱が設置されているが、エリーがスられた分もあり、もちろん無視した。

 途中でサラマンダーやウンディーネなどの精霊や、

 巨大なキノコの姿をした魔物、ファンゴサウルスも襲ってきたが、

 それらは皆、マリアンヌの的確な指示で撃破した。

「まったく……ダークエルフ達はこんな魔物も送り込みますのね」

「しかも、精霊も凶暴にして……」

「同族とはいえ、これはどうしても……」

 善のダークエルフ、アエルスドロは、同族の非道な行為に心を痛めていた。

 だが、ダークエルフにとっては、この非道こそが普通であるため、

 彼の苦悩が分かるのは仲間達だけだった。

 そして、マリアンヌのライバルも、邪神の肉体になろうとしている。

 それを阻止するためにも、塔の最上階を急がなければならない。

「でも、どこに階段があるんだ?」

「この部屋にはなさそうですね」

 六階へ行くための階段は見えなかった。

 しかも、部屋中に大量の埃が舞っていて、気を抜くとくしゃみをしそうだった。

「今、ここでくしゃみをしたら、魔物が寄ってきそう……」

「しないでくださいよ、しないで……」

「ふぇ、ふぇ、ふぇっくしゅい!」

 エリーは、埃を取るためにくしゃみをしてしまう。

 その音を聞いた中位魔族、フォルネウスとディブロウが現れ、八人に襲い掛かってきた。

「ああ、こんな時に!」

「仕方ありませんね。水の精霊よ、彼の者を水に染めたまえ!

 レインボーカラー・ウォーター!」

 ルドルフは水の精霊ウンディーネを召喚し、その場にいた魔族達を水属性にした。

 驟雨は飛び上がって壁に張り付き、魔族達に苦無を投げて牽制した。

「そこですわ! サンダーバレット!」

 マリアンヌは雷の弾丸を撃って、水属性になった魔族の弱点を突き、大ダメージを与えた。

「さあ魔族よ、倒れなさい」

 マリアンヌの挑発に乗ったフォルネウスは、彼女に水のブレスを吐こうとした。

 しかし、水のブレスが当たる直前で、マリアンヌは煙幕で標的をアエルスドロに逸らす。

 結果、水のブレスはアエルスドロに直撃した。

「ぐふっ! 何故私に当てた、マリアンヌ」

「あなたの方が硬いからですわ」

 くすっと笑うマリアンヌ。

 そんな彼女に苦笑いしながら、ミロはフォルネウスを爪で引き裂く。

「デ・ゲイト・ド・イグニ!」

「聖撃!」

 ユミルは炎を発生させ、ディブロウ達を薙ぎ払い、

 二体のディブロウを倒して角と剣を入手した。

 茜は、ユミルが倒し損ねたディブロウをハンマーで仕留めた。

「フルスラスト! ……う」

 アエルスドロは剣をフォルネウスに勢いよく突き刺し、硬い鱗を貫いた。

「生命の精霊よ、この者の傷を癒し給え! ライフヒール!」

 攻撃の直後、アエルスドロがふらついた事に気づいたエリーは生命の精霊を召喚し、

 傷ついたアエルスドロを治した。

「気付いたのか。助かる」

「あたし、怪我には敏感なんだよ」

 エリーはアエルスドロに感謝され、えっへんと胸を張った。

「後はお前達だけだな。陰陽連斬」

 驟雨は二本の短剣をフォルネウス達に振るい、彼らの鱗にさらに傷をつける。

「覚悟なさい! デスペラード!」

「破壊の爪!」

 マリアンヌはフォルネウス達の群れに突っ込んで二丁拳銃を乱射し、鱗に穴を開ける。

 ミロは爪で瀕死のフォルネウスを易々と引き裂き、その身体から魔力の結晶を手に入れた。

「ラ・ロタ・ド・イグニ!」

 ユミルは杖から火炎弾をフォルネウスに放って爆発を起こす。

「とどめだ! 活殺重力破!!」

 そして、茜が渾身の力を込めてハンマーを振り下ろし、フォルネウスにとどめを刺した。

 魔族達が全滅すると、目の前に階段が現れた。

「まったく、この塔はどこまであるんですの?」

「多分、次で最後になると思うが……」

「はぁ……」

 マリアンヌは長く足止めされた事で溜息をつく。

 ルドルフは彼女の表情から、イライラが溜まりすぎている、と察した。

 これが爆発すれば、マリアンヌがどうなるかは言うまでもない……。

 急いでエマのところに向かわなければ、とアエルスドロは階段を上がり、

 ルドルフ達も彼の後を追うように上がった。

 マリアンヌは、最後に階段を上がった。

 

「来たぞ!」

 ついに、八人は神の塔の六階に辿り着いた。

 部屋には空が見える窓があり、どうやらここが最上階のようだ。

「エマ!!」

 マリアンヌは真っ先に、魔法陣の上で眠っている少女――エマ・クレーシェルを発見した。

 彼女の周囲には、操られたエルフが魔法陣に魔力を捧げている。

 今まさに、エマの体に邪神が降りようとしていた。

「今、助けますわよ!!」

 マリアンヌが魔法陣に近づこうとすると、バリアが彼女を弾いた。

「う……」

「マリアンヌ……」

「なんですの……? こんな場所にバリアを張って……。

 わたくしの邪魔をするつもりですの……?」

 マリアンヌの表情がだんだん黒くなっていき、腰からゆっくりと二丁拳銃を抜いた。

 そして、両手を交差させ、今まさに発砲しようとした時、

 ドスンという音と共に土煙が舞い、何かが落ちてきた。

「うわ!」

「きゃ!」

「ひゃ!」

 マリアンヌを除く七人は、潰されないために飛び退いた。

 しばらくして土煙が治まると、そこには、鎧兜に身を固め、

 モーニングスターを持った戦士が立っていた。

 戦士の目は赤く光っていて、人間というよりも機械を連想する外見だ。

「ギ……ギギ……」

「……」

 戦士は、ゆっくりとアエルスドロ達に近付く。

 神の塔の侵入者であるアエルスドロ達を、その武器をもって排除するようだ。

 ルドルフと驟雨がじりじりと後ろに下がる中、

 マリアンヌはその戦士――ガーディアンに殺意を持っていた。

 最早、彼女の堪忍袋の緒は、切れようとしていた。

「……覚悟しなさい。わたくしが屠って差し上げますわ……!」

 そして、マリアンヌの両手の拳銃から、

 鉛の弾丸がガーディアンの鋼鉄の身体に当たると、戦いが始まった。




アエルスドロ達はついにエマを発見、救う行動に出ます。
次回はボスとなるガーディアンとの戦いです。


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第53話 邪神復活

エマを救うために、アエルスドロ達はガーディアンに挑みます。
しかし……?


「トランス:スケイル!」

 アエルスドロは瘴気の鱗を纏って防御力を上げた。

 ガーディアンはモーニングスターに力を溜め、ミロに勢いよくモーニングスターを振り回した。

「きゃああ!?」

「危ないっ!」

「プロテクション!」

 鉄球がミロに命中しようとした瞬間、アエルスドロが身を呈して彼女を庇い、

 盾と瘴気の鱗でガーディアンのモーニングスターを受け止めた。

 エリーも、攻撃に合わせてバリアをアエルスドロの前に張った。

 しかし、アエルスドロの硬い守りと、エリーの防御魔法をもってしても、

 重傷を避ける事はできなかった。

「なんて腕力だ……。私の守りを打ち砕くとは」

「……ならば、仕留めるまでですわ。デスターゲット!」

 マリアンヌは銃を素早くガーディアンに連射する。

 ガーディアンは闇を作り出して銃弾を飲み込み、続けて闇を光に変えてレーザーを放射した。

 あれに当たれば、ひとたまりもないだろう。

「私が君達を守る! パラディオン!」

 アエルスドロは味方への被害を抑えるべく、仁王立ちして全てのレーザーを受け切った。

 レーザーはアエルスドロの身体や盾、瘴気の鱗を次々と貫いていく。

 合計20本のレーザーがアエルスドロを貫くと、

 アエルスドロはしばらく立ち尽くし、やがてその場に倒れた。

 

「アエルスドロ……あたし達を守ってくれたのね」

 ミロが、仲間を庇って倒れたアエルスドロを見て呟く。

 ガーディアンの高火力の攻撃を全て食らったのだ、下手をすれば死んでいる可能性もある。

 だが、今はあれこれ言っている場合ではない。

 邪神が蘇ろうとしているのだから。

「時間はありませんわ」

「盾は私が引き受けよう」

 茜がアエルスドロの代わりに前に立ち、レーザーをハンマーや盾で弾き、攻撃を防ぐ。

 アエルスドロほどではないが、彼女も防御力は信頼できるほど高かった。

「こんな攻撃、当たるものですか!」

 マリアンヌは闇の槍を紙一重で回避してガーディアンに反撃する。

「ふっ」

 ガーディアンは闇を手のように伸ばし、ルドルフ、エリー、ユミルを掴もうとしたが、

 驟雨がガーディアンに苦無を投げつけて闇を消した。

「邪魔しないでよね!」

「デ・ゲイト・ド・イグニ!」

 ミロは破壊の爪でガーディアンを二回切り裂く。

 ユミルは火柱を発生させて追撃をし、ガーディアンにダメージを与えるが、

 まるで応えていないような表情をする。

「生命の精霊よ、傷つき倒れし者に命の灯火を……ライフエリクシル!」

 エリーは生命の精霊力を倒れたアエルスドロに注ぎ込む。

 アエルスドロは意識を取り戻し、ゆっくりと起き上がる。

「……う、ここは……」

「大丈夫か、アエルスドロ」

「……まだ、頭がふらふらする」

「私が癒す」

 茜は頭を押さえているアエルスドロに癒しの術をかけて体力を回復させる。

 ガーディアンは隙を見せたアエルスドロにモーニングスターを振り下ろそうとするが、

 それが届く事はなかった。

「水の上位精霊クラーケンよ、全てを飲み込む激流を作れ! メイルストローム!」

 ルドルフは水の上位精霊を召喚し、

 ガーディアンの周辺に大量の水流を呼び出して飲み込んだからだ。

「ギギギ」

 ガーディアンは渾身の力を込めたモーニングスターを驟雨に振り下ろす。

 鉄球は驟雨の頭に直撃し、そのまま倒れる……かと思いきや、当たったのは驟雨の分身だった。

 驟雨はガーディアンの頭上に現れて2本の短剣で斬りつけた。

「そこよ、エクスプローシヴ・ピアシングショット!」

 マリアンヌはガーディアンの防御が薄い部分を狙い、炸裂弾を装填し、

 二丁拳銃を撃って攻撃する。

 炸裂弾が破裂すると大爆発が起き、ガーディアンに大ダメージを与えた。

「おーっほっほっほ!」

「ギ?」

 マリアンヌの高笑いに気付いたガーディアンは、闇を生み出して槍に変えマリアンヌに投げる。

「させる……ものか!」

 アエルスドロは力を振り絞ってマリアンヌの前に立ち、盾と瘴気の鱗で全て防いだ。

 驟雨は一度、間合いを取り、ガーディアンの頭上に短剣を投げた。

「ギギ……!!」

「おっと、させませんわよ」

「こっちだ」

 ガーディアンは怒り、全身を光らせて審判の光を放とうとした。

 だが、マリアンヌと驟雨が音を鳴らし、

 ガーディアンの注意を逸らした事で一行に光が当たる事はなかった。

「助かった……」

「ふふ、わたくしの力ですわ」

「ありがとうございます。蛮勇の精霊よ、勇敢なる者を守りたまえ! バルキリースピア!」

 ルドルフは蛮勇の精霊を召喚し、輝く光の槍でガーディアンを貫く。

「せい! はあ!」

「ラ・ロタ・マ・ギ・ド・ヴェン!」

「ライフヒール!」

 ミロは破壊の爪を二連続で振ってガーディアンを切り裂き、

 ユミルは無数の小さな気流の刃を放ち追撃する。

 エリーは生命の精霊を召喚してアエルスドロの傷を癒す。

「ダブルスラッシュ!」

「ダッシュブレイク!」

 アエルスドロが二回連続でガーディアンを斬り、

 茜が翼で飛翔しアエルスドロが攻撃した部分をハンマーで打ち据えた。

 

「まったく、しぶといですわね……」

 これだけダメージを与えても、ガーディアンは倒れる様子がない。

 邪神を呼ぶための時間稼ぎだろうが……それにしても桁外れの耐久力だ。

「……こいつに慈悲はいりませんわ。徹底的に叩き潰しますわよ」

「……ああ」

 マリアンヌはガーディアンに突っ込み、至近距離で銃を発砲する。

 驟雨は追撃を図り短剣を構えて投げるが、闇が全ての短剣を阻んだ。

「きゃあ!」

「ぐっ!」

「何をする!」

 ガーディアンはミロにモーニングスターを叩きつけ、

 さらに闇の刃を生み出してアエルスドロ達を切りつけた。

「風の上位精霊アイオロスよ、風よ裂けて刃となれ! ウィンドストーム!」

「せいやー!」

 ルドルフは大きな竜巻を発生させてガーディアンを切り刻む。

 ミロは高く飛び上がり、ガーディアンの顔目掛けてキックを繰り出す。

「マ・ギ・ラ・ステラ・デ・イグニ!」

「聖撃!」

 ユミルは雷の矢を連射してガーディアンを攻撃し、茜が鈍器を振り回して闇を全て振り払った。

「ピアシングミアズマ!」

 アエルスドロは瘴気を纏った連続突きを放つ。

「ギギギ!」

「させるか! 守護の光壁!」

 ガーディアンはモーニングスターで反撃するが、

 茜が魔法で大きな光の盾を作り、完全に攻撃を防ぐ。

 

「……」

 エルフ達はまだ魔法陣に魔力を注いでいた。

 もう魔力は枯渇しかかっており、全員の表情に生気が見られなかった。

「こいつらの命までも犠牲にするのか……!」

 アエルスドロは歯を食いしばり、剣と盾を握る手を強める。

 邪神が復活するほどの魔力を注げば、このエルフ達は全員、干からびて死んでしまう。

 もう二度と、目の前で犠牲を出したくない……アエルスドロはそんな気持ちだった。

「皆さん、耐えてください……」

 ルドルフもまた、同族の命が失われかけている事に心を痛めていた。

 助けたかったが、バリアが張られている以上、近づく事はできないため、

 ただ、祈るしかなかった。

「……ここで決めますわよ」

「……ああ」

「……ええ」

 覚悟を決めたマリアンヌは、20発の炸裂弾を両手の拳銃に装填する。

 アエルスドロと驟雨、茜は武器を構え直し、ミロとユミル、ルドルフとエリーは精神を集中。

 八人はこの手番で、決着をつけると決めた。

「ギギギギギギ!」

 ガーディアンはモーニングスターを振り回してアエルスドロの装甲にヒビを入れる。

「エクスプローシヴ・ピアシングショット!」

 マリアンヌは至近距離から炸裂弾を放ち、爆発の衝撃でガーディアンの身体に穴を開けた。

 驟雨は穴の開いた部分に気付かれないように忍び寄り、致命的な一撃を食らわせる。

「……決めましょう、ユミルさん」

「はい」

 ルドルフとユミルはガーディアンを倒すべく、大魔法を詠唱する。

 ガーディアンはルドルフとユミルの詠唱を阻止しようとするが、

 マリアンヌと驟雨が武器で注意を逸らす。

「ギ、ギギ!」

「させるか!」

「あんたなんか、壊してやるわよ!」

「時間稼ぎなら私にもできる!」

 ガーディアンの進行を必死で食い止めるアエルスドロ、ミロ、茜。

 アエルスドロは剣と盾、ミロは爪で、ガーディアンを足止めすると同時にダメージを与える。

 茜も、空を飛んで鈍器で殴り、二人のサポートをしていた。

「まだ?」

 エリーが急かす中でルドルフとユミルは頷いた。

 二人の周りには強い魔力が漂っていて、彼らは今も呪文を詠唱し続けていた。

 マリアンヌは、炸裂弾を発砲し続けていた。

 

「うう……もう、無理だ……」

「早く……魔法を……」

「時間がない……」

「これで炸裂弾は終わりですわ……」

 次第にアエルスドロ、ミロ、茜に疲労の顔が見え、動きが鈍っていく。

 マリアンヌも、炸裂弾を撃ち尽くしたようだ。

 ルドルフとユミルは危機感を覚えたが、ギリギリで十分に魔力が溜まったのを確認すると、

 二人は杖を同時にガーディアンに向けて、呪文を唱えた。

「「インシネレイト!!」」

 膨れ上がった魔力が光の玉となり、ガーディアンに向かって飛んでいく。

 光の玉がガーディアンに当たると、塔全体を包むほどの火柱と大爆発が発生し、

 ガーディアンだけでなく、アエルスドロ達も飲み込んだ。

 そして、火柱と大爆発が治まると……

 魔力を使い切ってぺたんと膝をついたルドルフとユミルと、

 原型をとどめていないガーディアンの残骸が、アエルスドロ達の前に現れた。

 

「勝った……んだな……」

「ええ……」

「やっと、ガーディアンに勝ちましたね……」

「あ、エルフ達が!」

 ガーディアンを破壊した事により、魔力を注いでいたエルフ達はバタバタと倒れた。

 魔法陣を守っていたバリアも消えていく。

「だ、大丈夫か、みんな」

 アエルスドロは身体を引きずりながら倒れたエルフ達に駆け寄り、脈を確認する。

「……みんな、生きている」

「よかっ……た……」

 幸い、魔力は全て奪われなかったため、全員が一命を取り留めた。

「ライフヒール!」

 エリーは全員に残った魔力で回復魔法をかけた後、

 持っていた転移石を使って彼らをナガル地方に飛ばした。

エマ!!

 そして、マリアンヌはエマを助けたい気持ちが最大限に高くなり、急いでエマに駆け寄った。

「エマ! エマ! 目を覚ましなさい!」

 マリアンヌはエマに声をかけるが、エマはぴくりとも動かなかった。

「わたくしが今、そこから離しますわ! うん、せっ!」

 そこで、マリアンヌは魔法陣に囚われたエマを引き剥がそうとするが、

 エマは魔法陣に吸い付いたかのように外れなかった。

エマ! エマァァァァッ!!

 それでも、マリアンヌはエマを邪神に捧げないためにも、彼女の手を必死で引っ張る。

 マリアンヌの気迫もあり、エマが僅かに魔法陣から離れたその時、

 エマとマリアンヌの間に電撃が走った。

「きゃ!」

 マリアンヌは思わず、エマの手を離してしまった。

 そして、魔法陣が淡く光ると、エマを黒い光の柱が包み、

 エマの身体が宙に浮かぶと、彼女の体内に黒い煙が入り込んだ。

「う……うぁ……ぁ……」

 エマは、体内に黒い煙が入るたびに、痙攣したように震えていく。

 それでも彼女は抵抗できないまま、黒い煙の侵入を許し続ける。

 やがて、黒い煙がエマに入り切ると、エマの震えが治まり、

 黒い光の柱が消えてエマが魔法陣の上に再び横になった。

 

「……」

 数分後、エマが目を開けて起き上がった。

 その両目は赤く染まっていて、表情からも感情が抜け落ち、

 どこか邪悪な雰囲気を漂わせている。

魔力は十分ではなく、人の器を借りた形ではあるが……

 エマの口から、彼女のものとは思えないおぞましい声が聞こえてくる。

 いや、エマの肉体に宿った邪神アラネアが、エマの口を借りて話しているのだ。

こうして、妾はこの地に蘇ったのじゃ

 エマの姿をした蜘蛛の女神はそう言って、魔法陣から降りた。

 今ここに、邪神アラネアが、アエルスドロ達の目の前に現れた。

 

「エ……マ……?」

 邪神の器と化したエマを見たマリアンヌが固まる。

 もう、間に合わなかったのか――と。

 アラネアは、そんな事など気にせずにアエルスドロ達に近づいていく。

始まりの獲物は……そちじゃ

 アラネアは真紅の双眼でアエルスドロを睨みつける。

そちは妾を崇めるダークエルフの一人。

 ダークエルフの悪しき心は、妾の力を、権能を、さらに高める。

 だが、そちは善良な心を持っている。これは一族の恥であり、妾の恥辱でもある

「何……!」

この落とし前は、死を以て償ってもらう。拒む権利など、そちには無い!

 アラネアはエマの身体を通して八本の太い足を生やし、

 アエルスドロのそれとは比べ物にならないほどの瘴気を発した。

 アエルスドロを含む八人は、疲労もあったが、

 それ以上にアラネアのあまりの偉大さに何もできなかった。

 そして、アラネアが八本の足を伸ばし、八人を締め上げようとした時……。

 

危ない!!

 突然、魔法以外ではあり得ないはずの猛吹雪が発生し、

 この場を白く染め、アエルスドロ達の姿を隠した。

「な、何をする……」

「お願いです、今は何も言わないでください。貴方達は傷ついているでしょうから……」

 アエルスドロはその声の主に話しかけるが、声の主は緊急を要するも優しい口調で言った。

 そして、吹雪が治まると、アエルスドロ達の姿は消えていた。

 

あやつめ……妾の邪魔をするとは……!

 アラネアは、贄を取り逃がした事に腹を立てた。

 しかも、吹雪を起こした者を、アラネアは知っているような口調であった。

……まあよい。

 時間をかけて力を得、この器に妾の魂が完全に馴染めば、

 器の魂は消え、妾を倒してもこの器だった死骸のみが残る。

 それを銃を持ったあの女が見たら、絶望に満ちた顔になるじゃろうな

 アラネアが、器のエマの記憶を持っている事を、マリアンヌはまだ、知らなかった。




~モンスター図鑑~

ガーディアン
神の塔を守る機械兵。
本来は邪悪な者のみを守っていたが、ダークエルフに操られてしまった。


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第54話 豊穣神イーファ

とうとう邪神アラネアが復活してしまいました。
大ピンチのアエルスドロ達を助けたのは……?


「……ここは……?」

 気が付くと、アエルスドロ達は洞窟の中にいた。

 自分を含め、マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨、茜は布団の中で寝ていた。

「そうだ……邪神アラネアが復活して、それから彼らに私達が吹き飛ばされて……」

「お目覚めのようですね」

「!?」

 突然、女性から声をかけられ、アエルスドロは驚いた。

「誰だ……。ここは、どこだ……? 私達は、死んでいるのか……?」

「いいえ、あなた達は生きています」

「何故だ」

 アエルスドロの言葉に、女性は首を横に振った。

 八人が何故生きているのかを、アエルスドロは女性に質問した。

「アラネアに吹き飛ばされる直前に、私が転移魔法をかけたのです。間に合って良かった……」

「……それで、ここは?」

「ここは、地母神の島。そして私はこの島を治める者です。

 詳しい事は北にある神殿で話しましょう。全員が目覚めたら来てください。

 では、後の介抱は宿の主に任せるとしましょう……」

 女性はここが地母神の島だという事をアエルスドロに伝えると、煙のように姿を消した。

 

「地母神……まさか、彼女は……」

 アエルスドロは、何となく女性の正体に感づいていた。

 猛吹雪を起こし、八人全員を転移させるほどの魔力……明らかに人間ではないと読んでいた。

 すると、布団から声が聞こえてきた。

「……はっ!」

「んん……?」

「ふわわ……」

「う、ん……」

「んあぁ~~~!」

「はふうぅ……」

「あーーー……ここは?」

 マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、驟雨、茜が起き上がったのだ。

 体力と精神力が全快しているのが、表情から読み取れる。

「みんな、無事だったようだな。よかった」

「あ……アエルスドロ? 何がどうなっておりますの?」

「その事だが、さっき……」

 アエルスドロは、マリアンヌにこれまでの事情を話した。

 地母神の島の主に助けられた事、北にある神殿で彼女は待っているという事など……。

 彼の話を最後まで聞いたマリアンヌは首を傾げた。

「それは本当ですの?」

「私も信じられない。

 だが現段階では、私達は右も左も分からない状況にいる……従わざるを得ないのだ」

「そう……」

 また、短時間で様々な出来事があったため、八人は上手く整理ができなくなった。

 そのため、今は女性の言葉に従うしかないのだ。

「……じっとしていても始まらない。動くぞ」

「ええ!」

 そう言って、アエルスドロとマリアンヌは宿を後にした。

 

「あたし達も、そろそろ出るわよ。あいつの正体を知りたいしね」

「はい、ミロさん」

 

 こうして、八人は宿を出て、神殿がある北に向かっていった。

「神殿は、確か北だったな」

 道中には凶悪な魔物はおらず、魔物がいたとしても友好的なものばかりだった。

 ここは、地母神の島という名の通り、危険なものが何一つない島である。

 八人は安心して、神殿がある方角に向かっていった。

「まだ神殿は見えないけど、魔物はいないから楽ちんだね」

「自然も豊かで、まるで、天国みたいですね」

「私達はまだ死んでいないがな……」

 ルドルフ、エリー、茜がそんな掛け合いをするうちに八人の目の前に荘厳な建物が見えてきた。

 あれが、女性が示していた神殿だろう。

「見て、神殿よ!」

「本当だ……眩しい」

 アエルスドロは眩しそうに手をかざす。

 ダークエルフにとって、この神殿は毒と言えるほどの眩しさであった。

「……」

 茜は入り口に立つと膝をつき、祈りを捧げた。

 神官戦士の彼女は、これを見ると反射的に祈るのだ。

「……眩しいな。だが、彼女が指し示した場所だ。入らないはずがないだろう」

「そうですわね……。行きますわよ、皆さん」

 八人の表情に迷いはなかった。

 アエルスドロとマリアンヌを先頭に、八人は神殿に足を踏み入れた。

「う……苦しいです」

 半吸血鬼のユミルは、吐き気を抑えながらであったが。

 

「来ましたね」

 八人を出迎えてくれたのは、アエルスドロが先程宿で見たあの女性だった。

「……私達に何か御用でもありますか?」

「もちろん、あります。そのために貴方達を呼んだのです」

 神秘的な雰囲気を漂わせた女性は微笑んだ後、すぐに真剣な表情に変わる。

「……まずは、私の正体から言いましょう」

「正体?」

「私は……」

 女性がそう言うと、彼女の身体が眩く光り出した。

「眩しい!」

「……!」

「なんだ、これは……」

 全員、女性が発する眩い光に耐え切れず、目を覆ってしまった。

 神殿全体が光に覆われ、窓も扉も、神秘的な光に包まれていた。

 五分後、光がようやく消えると、八人の目の前には、

 多くの装飾が付いた鹿の角を生やし、白い服を纏った豊満な女性が立っていた。

 その特徴は、まさしく豊穣神イーファのそれであった。

「イ、イーファ様……!?」

 アエルスドロは神を目にした事に驚きを隠せなかった。

 正体は薄々ながら感づいていたが、それ以上に神が現れた事に驚愕していたのだ。

「あ……ああ……あ……」

「うわああああああ!」

 その場にいた、茜を除く全員が錯乱した。

 七人は訳の分からない行動を取って、神殿の中でイーファを困らせていた。

「私は正確には神の化身(アバター)なのですが……」

 この結果はイーファにとっては本意ではなかったらしく、

 柔らかい光を発して精神を正常に戻した。

 

「そ、粗相をして、も、申し訳ありません、イーファ様」

「いえ、それはもうよいのです」

「それでイーファ様……アラネアについて、何か知っている事はありますか?」

 正気に戻ったアエルスドロが、イーファにアラネアについて問うと、

 イーファ(の神の化身(アバター))は静かにこう言った。

「確かにアラネアは神の塔にて少女の身体に宿って復活しました。

 しかし、少女の魂は、まだ身体の中に残っています」

「……何か打つ手はないのか?」

「あります。私がアラネア復活を予知して作った、これを見てください」

 そう言って、イーファは緑の水晶玉を取り出した。

「これは?」

「大地の水晶です。私が地上で活動できるギリギリの力を注いで作りました。

 この水晶玉を使えば、少女を傷つけずにアラネアの魂を少女の身体から追い出せます。

 神は不死ですが、封印する事はできます」

「構いませんわ。エマが助かればいいんですもの。

 世界を救うつもり、わたくしには毛頭なくてよ。それ、もらいますわ」

「ありがとうございます」

 マリアンヌは大地の水晶を受け取った。

 あくまで彼女が救うのは、世界ではなくエマなのだ。

 彼女の強い意志を秘めた表情を見て、イーファは安心した。

「……しかし……」

「しかし?」

「時が経てばアラネアと少女の魂は完全に融合し、弱い少女の魂は消えてしまいます。

 そうなれば、アラネアを封印しても、残るのは抜け殻、すなわち死体のみ」

 つまり、時間が経ってしまえば、アラネアを封印してもエマは死んでしまうのだ。

「何ですって!?」

「だが、場所が分からなければ始まらない。アラネアはどこにいる」

 肝心のアラネアがどこにいるのかを、驟雨はイーファに聞いた。

「アラネアは地下神殿に居場所を構えています。

 そこは瘴気と、それで凶暴化した魔物で溢れています。貴方達では耐え切れないでしょう。

 ですが、貴方達が大地の水晶を持てば、瘴気の影響を避ける事はできます。

 世界が闇に覆われるのも、自然ではない死も、私は認めません。

 お願いします。どうか、アラネアをもう一度封印してください。

 その水晶を掲げればここから出る事ができます。私から言える事は、ここまでです……」

 イーファがそう言うと、彼女の全身が光の粒子に変化していき、

 15秒で光の粒子となって消えた。

 

「……イーファ様……」

 アエルスドロは、掌にある大地の水晶をじっと見つめていた。

 イーファから授かったこの水晶は、アラネアに対抗できる唯一のアイテムだ。

 これが、この八人にとって、希望の光となるだろう。

「……時間はありませんわ。

 一度、ナガル地方に戻りますけど、ナガル地方でできる休憩は三時間が限界ですわ」

 マリアンヌが現在の状況から判断した結果、これが最後の休暇である事が分かった。

 つまり、休憩を終えて地下神殿に行けば、倒すか倒されるまで、もう後には引き返せないのだ。

 しかし、アエルスドロ達の表情に、迷いは見られなかった。

「行こう、マリアンヌ。私達は君のために集まったんだ。進まないはずがない」

「そうですよ。僕は最後まで、あなたについていきますから」

「エマを助けたいんでしょ? あたしも頑張るよ!」

「あたし達はただの部外者だけど」

「乗りかかった船です。この試練、必ず乗り越えます」

「……相手が神であろうと、お前にとっての邪魔者は排除する」

「私がお前についたのは、神の導きではない。私自身が考えて出した結論だ」

「皆様……」

 七人は確かに自分の意志で、マリアンヌに付き従っている事を、彼女は実感した。

 そして、マリアンヌは腰に手を当てて、大きく高笑いした。

おーっほっほっほっほっほ! 待ってなさいなアラネア!

 わたくしは、あなたを必ず封印しましてよ!!

 おーっほっほっほっほっほっほ!!

 

「……そろそろナガル地方に戻るぞ、いいな?」

「ええ……」

「では、いくぞ!」

 そう言ってアエルスドロは大地の水晶を掲げ、八人をナガル地方に転移した。

 決戦の時は、着実に近づいていた。




次回はアラネアを倒すために、最後の休息をいたします。
物語もクライマックスです。


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第55話 最後の休暇:前

最終決戦直前の休暇、前編です。
それぞれの道を、彼らなりに描写しました。


 残り三時間のナガル地方の休暇が、始まった。

 

「……皆様、ちゃんと準備はできまして?」

「うん」

 これから、アエルスドロ達は邪神に挑もうとしている。

 邪神はこれまでの敵とは比べ物にならないほどの強敵だ。

 何の準備もせずに行けば、確実に一行は邪神の餌に成り果ててしまう。

 世界のために、自分自身のために、彼らは決意を固めていた。

「できているさ。相手は神、しかも私達ダークエルフが信仰している神だ。

 でも私には、イーファ様から授かったこれがある」

 アエルスドロは堂々とした様子で大地の水晶を掲げた。

 アラネアはダークエルフの主神であるため、

 ダークエルフのアエルスドロが封印すれば同族が咎め、彼は多大な汚名を背負う。

 だが同時に、邪神を封印した英雄として、多大な名声も得る事が出来るのだが……。

「アエルスドロさんは、英雄になりたいですか?」

「私に名声は必要ない。欲しいのは居場所だけだ」

 ルドルフの頼みにアエルスドロは首を横に振る。

 アエルスドロはあくまで、英雄ではなく一人の善のダークエルフなのだ。

「エマは必ず助けますわよ。死ぬなんて真っ平御免ですわ」

 マリアンヌは悪役令嬢なので、ヒロインを失うのを何よりも恐れていた。

「あたしらは外から来たしね」

「そうそう、事件を解決するのはアエルスドロとマリアンヌですよ」

 ミロとユミルは、あくまで部外者なので、

 この件にはあまり関わりたがらなかった(といっても、今はかなり関わっているが)。

「皆さんは邪神が蘇って困っているでしょう。だから、僕なりに事件を解決します」

「最後まで、一緒だからね!」

 ルドルフとエリーは、相変わらずマイペースだった。

「……」

「……」

 驟雨と茜は、静かに武具の手入れをしていた。

 八人は皆、富よりも、名声よりも、世界よりも、自分のために邪神と戦うのだ。

 

「「「1、2、3、4」」」

 アエルスドロ、ミロ、茜の前衛組は、準備運動をしていた。

「道具はこのくらいでいいですわね」

「あまり多く持っていくと重量がかさばって動きにくくなるしな」

 マリアンヌと驟雨の中衛組は、必要な道具を確認していた。

「みんなが準備している間に、ボク達は休みましょうか」

「最後の休暇だしね」

「精神力が不安定だと、魔法も不安定になります。時間は短いですが、しっかり休みましょう」

 ルドルフ、エリー、ユミルの後衛組は、ゆっくりと身体を休めた。

 魔法を中心に使う彼らは、心身が安定している必要があるのだ。

 

「エマ。あなたは邪神として皆さんに迷惑をかけておりますわよね?

 でも、迷惑をかけるのは悪役令嬢たるこのわたくしですわ。

 あなたが皆さんに迷惑をかける権利なぞ、微塵も存在しませんわ!

 だから必ず、あなたを倒し、至高の悪役令嬢になりましてよ!」

 マリアンヌにとっての悪役は、自分自身のみ。

 エマが悪役として行動する事を、マリアンヌは全く良く思っていない。

 マリアンヌはアラネアを倒し、至高の悪役令嬢になるという最後の野望を抱いていた。

「なるほど、それがマリアンヌの願いか」

「失礼な、野望と言いなさい」

「いい響きね、それ。是非、叶えてほしいわ」

 野望という言葉の響きに惹かれるミロ。

 マリアンヌはくすくすと笑い、ミロの頭を撫でる。

「なんか頭を撫でられるのは屈辱だわ」

「それはわたくしもですわ」

「お互い、気が合いますわね」

あーっははははははは!

おーっほほほほほほほ!

 マリアンヌとミロが同時に高笑いした。

 敏感なアエルスドロは二人を嫉妬の目で見ていた。

「拗ねてる?」

「お前とマリアンヌの仲が良かったからな」

 別に拗ねてなどいない、とアエルスドロは付け加える。

「本当に素直じゃないんだから」

「それは君も同じかもしれないぞ」

 アエルスドロとミロは、お互いに冷たい言葉を浴びせた。

 闇の者同士、仲はあまり良くないようだ。

 というより、ミロは外からやって来たため、彼との繋がりは薄いのだが……。

 

「……休憩は三時間までですわよ。お分かり?」

「あ、もちろんよ」

「本当ですの……?」

 休憩時間を過ぎようとしているミロを、マリアンヌは念のため注意した。

 ミロは軽く返事をしているが、その軽い態度のため、

 マリアンヌは本当に分かっているのか、疑わざるを得なかった。

 

「まったく、こんなお気楽で大丈夫なのか?」

 少しだけ、このパーティーの未来を心配する茜。

 彼女は真面目なため、お気楽な他のメンバーをつい気にかけてしまうのだ。

「安心しろ、茜。俺達は強い。だから必ず勝つ」

 同じ倭国出身の驟雨は、険しい表情の茜に声をかける。

「驟雨……」

「それに、お気楽なのは一部のメンバーだけだ。そこまで心配しなくてもいい」

「そうだな、驟雨。肩の重荷を取ってくれてありがとう」

 驟雨なりの優しさがこもった言葉を聞いた茜の表情が少しだけ綻んだ。

 彼は、素直になれずにそっぽを向いた。

 

 決戦の時まで、残り二時間となった。

 果たして、アエルスドロ達は、邪神アラネアを封印する事ができるのか――




次回も最終決戦直前の休暇は続きます。


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第56話 最後の休暇:後

最後の休息回その2。
短いですが、重要な回となっております。


 決戦の時まで、残り一時間。

 

「今日は邪神と戦うみんなのために、こんな昼食を作ったよ!」

「あら、ファルナ。これは?」

「倭国から伝わった料理、かつ丼さ!

 邪神に『勝つ』というゲン担ぎのために、張り切って作ったよ!」

 ファルナは邪神に挑む八人のためかつ丼を作った。

 しかも、その量はかなりたっぷりあり、一人で食べるのは時間がかかりそうだった。

「そ、そんなに作りまして?」

「当たり前じゃないか。相手は神様なんだよ? あんた達は、この世界の希望なんだから」

「おほほ、希望だなんて悪役令嬢に言う言葉ではございませんわよ」

「それでも、あんたが堂々としている姿は、あたし達にとっては希望だよ」

 小さくも強く光り輝いているマリアンヌに、ファルナは「惚れて」しまったようだ。

「さあさ、たんとお食べ!」

「いただきます!」

 ファルナの思いがこもったかつ丼に、八人は箸をつけた。

 

「美味しいわ、このかつ丼」

「ええ……僕も食べやすい肉です」

 ミロは嬉しそうにかつ丼を食べる。

 肉が苦手なルドルフも箸が進んだほど、ファルナのかつ丼は美味しいようだ。

「美味しい~♪」

 エリーは妖精サイズのかつ丼をほおばる。

「……なかなかの味だな」

「肉も、私の口に合う硬さだ」

 驟雨と茜の倭国組は、懐かしそうな表情でかつ丼を食べていた。

「あの、肉食べてもいいんですか? 茜は確か、神官でしたよね?」

「残すのはファルナに悪いからな、この際、戒律は不要だ」

 茜は基本的に戒律を守っているが、他人のために戒律を破る事はある。

 堅苦しく見えるが、本当は他人思いなのだ。

「ちゃんと食べて元気になろう。あの人はそのために、これを作ったと思うからな」

「……そうだな」

 このかつ丼を食べて、英気を養おう。

 八人はそう思いながらかつ丼を食べるのであった。

 

 決戦の時まで、残り二十分。

「住民の皆様……」

「マリアンヌ様」

「「「ひゃっはーーーー!!」」」

 決戦前に、マリアンヌは副官のディスト、住民のラメン三兄弟などを呼んだ。

「わたくしは、これより最後の戦いに向かいますわ。

 あなた達の命を授かるわたくしが、ここを開けるのはもう何回やったのでしょう。

 ……まずあり得ませんけど、この戦いに負けた時が、あなた達の破滅と思いなさい」

 依頼のためとはいえ、マリアンヌは何度もナガル地方を開けてきた。

 しかも、最後に挑むのは蜘蛛の邪神で、これまでとは比較できないほど強大な相手だ。

 勝ちたいのではなく、必ず「勝つ」必要があるほど、野放しにした時の悪影響が極めて大きいのだ。

「マリアンヌ様、本当に勝てるのですか……?」

「ディスト! わたくしはあなたを信じていますわ!

 なのにどうして、わたくしを信じませんの!?」

 不安になるディストを、マリアンヌは叱責した。

 自分は必ず邪神に勝つ事ができる、それを信じないのをマリアンヌは嫌っているのだ。

「しかし! 相手は神ですよ!?」

「神? それがどうかしましたの? わたくしの邪魔をする者はみんな同じですわよ」

「……マリアンヌさん……」

 マリアンヌは神であっても邪魔者は邪魔者と切り捨てた。

 ある意味で裏表のない彼女の言動を見て、ディストは安堵した。

ひゃっはーーーー!!」

忘れるなよーーー!!

ここは守ってやるからなー!!

 ラメン三兄弟も、ひゃっはーと言いながら、ナガル地方の留守を守る事を誓った。

 三人の、嘘偽りのない純粋な行動に、マリアンヌもまた、安堵した。

 

 そして、決戦の時まで、残り十分。

 アエルスドロ、マリアンヌ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミル、

 驟雨、茜はナガル地方の出口へ向かう。

「みんな、ここを出たらもう、邪神アラネアとの戦いが終わらなければ戻る事はできないぞ」

「エマが苦しんでおりますもの、助けますわよね? もちろん、わたくしは覚悟できてますわよ」

 アエルスドロとマリアンヌは仲間に確認を取る。

 六人は迷いのない表情で二人にこう言った。

「当たり前ですよ。僕はあなたの部下ですから」

「あたしも、生きて帰りたいんだ」

「ま、棄権するわけにはいかないからね」

「右に同じです」

「……俺はもう、迷わない」

「ようやく居場所が手に入ったんだ。ここで死ぬわけにはいかない」

 六人の表情を見たアエルスドロとマリアンヌは頷き、空を真っ直ぐに見上げ、こう言った。

 

「私達は必ず、生きて帰ってくる」

「だから、わたくし達を信じなさい!」




次回はいよいよラストダンジョンです。
アエルスドロ達の活躍を、最後まで見守ってください。


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第57話 地下神殿の決戦

アエルスドロ達は邪神がいる神殿に向かいます。
これが、この長編のラストダンジョンです。


 ガルバ帝国国境沿い、地下神殿に通じる洞窟の前まで、アエルスドロ達はやってきた。

 大地に穿たれた穴の中には、禍々しい瘴気が渦巻いている。

 この洞窟の先に、邪神アラネアのいる地下神殿があるのだ。

 

「う……瘴気が……!」

 洞窟の入り口から湧き出る瘴気に、マリアンヌは口を塞ぐ。

 ルドルフとエリーは、瘴気を浴びて気絶してしまった。

「どうしましょう……」

「大丈夫だ、マリアンヌ。私達にはこれがある」

 そう言って、アエルスドロは大地の水晶を鞄から取り出した。

 イーファから授かったこれは、瘴気を抑える効果がある。

 アエルスドロが大地の水晶を掲げると、その周囲を淡い光が取り囲んだ。

 周囲の瘴気が弱まった事により、気絶していたルドルフとエリーが起き上がった。

「た、助かりました」

妖精(あたしたち)は瘴気に弱いからね~。ありがと」

「ああ、こちらこそ、ありがとう。……よし、行くぞ」

「うん……。いくよ……!」

 エリーは妖精にしては珍しい真剣な表情を見せた。

 その、ふざけた様子がない真剣さを見た他の七人も頷き、洞窟の中に入っていった。

 

「豊穣神イーファよ、我らをその御手で守りたまえ」

 アエルスドロは、神官ではないが、神に祈りを捧げた。

「ダークエルフが何故光の神に祈る?」

「邪悪な神に負けない気持ちを奮い立てるためだ」

「なるほど……」

「それはつまり……」

 神の力は権能によりエネルギーとなる。

 邪神は負の感情により力をつけるため、

 その逆となる正の感情を強める事で弱くなる、とルドルフは説明した。

「まったく、私もまだまだだな。精霊使いに説明されるとは」

「いえ、僕も最近知った事ですから」

「なんだと? つまり、互いに知らなかったというわけか」

 お互いに宗教関連には疎いな、と言うルドルフと茜であった。

 

「ここは狭いな……」

「まあ、洞窟だからな」

 洞窟は狭く、注意して動かなければ魔物の奇襲を受けてしまう。

 アエルスドロの指示を受けて、一行は魔物に見つからないように慎重に歩いた。

「魔物の気配はするか?」

「しない」

 物音に敏感な驟雨がそう言っているため、安心して前に進んだ。

 また、茜も空を飛んでいるため、罠を踏む事はない……と思っていたが……。

「しまった!」

 茜がある程度進んだ瞬間、壁から矢が飛んできた。

 幸い、翼に当たらなかったため墜落しなかったが、

 後ろにいたルドルフとエリーに刺さってしまう。

「いったぁ~!」

「何をしましたか」

「ああ、すまない。罠にかかってしまった。と思ったら、また罠を見つけたぞ」

 茜が謝る暇もなく、一行の目の前に、魔物の姿をした巨大な石像が立っている。

 見つからないようにそっと進み、かつ迅速に仕留めなければならない。

 そんな繊細な作業ができるのは、驟雨だけだ。

 驟雨は音を立てないように、石像の背後にそっと近づいていく。

 そして懐から石像を分解する効果を持った薬を塗った短剣を取り出し、

 石像に突き刺すと一瞬で崩れ去った。

「へー、頭の文字を削らなくてもいいんでしたね」

「静かにしろ、ユミル。敵に見つかるぞ」

「あ、ごめんなさい」

 思わず大きな声を出したユミルを驟雨は注意した。

 すると、洞窟の中からそれを聞いたと思われるゴブリンの群れが現れ、

 アエルスドロ達の道を塞いだ。

「言った傍から……」

「あら、ゴブリン? 楽に倒せそうですわね」

「それは外だったからだろう。ここは洞窟だぞ?」

 ゴブリンは一体一体の強さはとても弱いが、

 夜でも物が良く見え、狡賢く、群れによる人海戦術を得意としている。

 狭い洞窟の中でゴブリンに襲われれば、たとえゴブリンであっても殺される可能性がある。

 そのため、驟雨はゴブリンと戦わずにこの場を突破したいのだ。

「驟雨、この状況でどうやってここを突破する」

「……俺が何とかしよう。ここは狭いが、何とか罠にかける事はできる」

「お願いね」

 驟雨は音を立てないように、紐を編み、足を引っかけるための罠を作った。

「後はどうすればいいかしら」

「茜、前に出ろ。お前ならゴブリンを陽動して、罠にかける事ができる。空も飛べるしな」

「狭い場所で飛ぶのは苦手だが……やってみよう」

 茜は天井に頭をぶつけないように、上手く空を飛んでゴブリンをおびき寄せた。

 ゴブリンは茜を捉えようと、弓で彼女の翼を射抜こうとする。

 それを茜は上手く避け、鈍器で衝撃波を飛ばして弓を持ったゴブリンを気絶させる。

「よし、弓兵は倒した。後は歩兵だけだ」

 ゴブリン達は剣を持って茜がいる場所に突っ込んでいく。

 すると、ゴブリン達の動きが止まった。

 ゴブリン達は頭が弱いため、驟雨の作った、紐を編んだだけのスネアに引っかかったのだ。

「よし、今のうちに逃げるぞ」

「ええ!」

「ああ!」

 ゴブリンが罠にかかっているうちに、アエルスドロ達は急いで奥に進んだ。

 

「ふぅ、ひやりとした……」

 何とか、ゴブリンの群れを突破する事ができた。

 危ない危ない、とルドルフは胸を押さえる。

「ねえ、ゴブリンって実は強いのでは?」

「ゴブリンは得意な場所では強いんですよ。それに、僕達が戦うのはゴブリンじゃありませんし」

 ルドルフ達の目的は、邪神アラネアを倒す事だ。

 わざわざこんなところでゴブリンを倒すのは、消耗するだけだ。

 そのため、一行は彼らを相手にしないで、洞窟の奥に進んだのだ。

 幸い、ゴブリンは罠を外すのに時間がかかるため、もう追ってはこないと確信した。

「とりあえず念のため、ゴブリンが追いかけてこないように道を塞いでおくわよ」

「え、それだと戻れなくなって……」

「だーかーらー、あたし達は元から倒すまで戻らないって決めたのよ?

 終わったらちゃんと戻すから。ね?」

「……分かりました」

 ミロが洞窟にあった巨大な岩を動かして、ゴブリン達が追ってこないようにした。

 これでもう、本当の意味でナガル地方に戻る事はできなくなった。

「大丈夫よ、みんな。あたし達は必ず生きて帰る。

 だって、アエルスドロとマリアンヌが約束したもの」

「ミロ……」

「わたくし達の事を、信じておりますのね」

「だって、乗り掛かった船だもの」

 

 そして、アエルスドロ一行は、さらに洞窟の奥へと進み続け、

 敵や罠の気配がない場所に着き、休息を取った。

 皆、持っていたポーションなどを使って体力や精神力を癒していた。

「ふぅ……」

「考えてみればさぁ、特別な力を持ったり血筋が良かったりする人って、あんまりいないよね」

「あ、言われてみれば……」

 アエルスドロとマリアンヌは高貴の出で、ミロは特別な吸血鬼ではある。

 しかし、それ以外の、ルドルフ、エリー、ユミル、驟雨、茜は、

 特別な力も血筋も持っていない、ただの冒険者だ。

 それに気づいたルドルフは、少ししょんぼりした。

「そうですよね……僕は普通のエルフですよね」

「でも、血筋に縛られるのってなんか堅苦しくて嫌。あたしはあたしの思い通りに生きたいよ。

 ルドルフも、本当は自由がいいんでしょ? あたし、知ってるよ」

 エリーは妖精らしく、堅苦しいのが嫌いな性格だ。

 そんなの言う暇があったら前を向こうよ、といった表情をしていた。

 彼女の裏表のない表情を見たルドルフは、そうですねと笑って立ち上がる。

 アエルスドロ達も彼に続いて立ち上がる。

「血筋も能力も、関係ない!」

「英雄でなくても英雄になれるのが人間ですのよ!」

 ……この場にいる人間は、マリアンヌだけだが。

 そうして彼らはどんどん先に進んでいき、洞窟を出て、

 いよいよアラネアがいるという地下神殿に足を踏み入れた。

 

「ここが……邪神アラネアがいる……」

「地下神殿ですのね……」

 邪悪なる瘴気に満ちた地下神殿。

 その大広間に、エマの肉体を器にした邪神アラネアはいた。

 禍々しいオーラに身を包み、歪な八本の腕の形をした影が動いていた。

「あれが……邪神アラネア……」

 外見こそエマであるが、その身に宿るのは邪神そのものだ。

 今は、戦意を失わないために、アラネアとして対峙しなければならない。

「ぬ……?」

 アラネアが八人の気配に気づいた。

 爛々と輝く血のように赤い瞳から底なしの悪意が放たれ、八人の心を射貫く。

「瘴気の海を掻き分け、よくぞ、この地に足を踏み入れた。誉めてやろう」

「エマを返しなさい!」

 マリアンヌは大切なエマを奪った邪神に二丁拳銃を向ける。

 邪神はくすくすと笑った後、赤い瞳を鋭く光らせて八人を見る。

「かつて妾は脆弱なる光の神に後れを取り、この地に封じられた。

 しかし、ダークエルフの手により妾は蘇った。

 そして、妾が光如きに敗北する事など、二度とありはせぬ。

 我が身に宿りし憎悪の闇で、汝らの魂を食らいつくし、復活の贄にしてくれようぞ」

 邪神アラネアはマリアンヌの事など気にも留めず、

 目の前にいる八人の魂を食らおうとしていた。

 アエルスドロとマリアンヌは武器を握る手を強め、アラネアを睨みつける。

 今の二人にあるのは、少女を器にした邪神を倒すという意志だけだ。

 すると、アエルスドロが持っていた大地の水晶が光り輝き、地下神殿を包み込んでいく。

 アラネアは眩しさから両手で顔を覆った。

「こ、この力は神々の……! ぬう、妾の闇の力が払われていく!

 おのれ、こざかしい真似をっ!」

 大地の水晶の力で、アラネアは弱体化したようだ。

 アエルスドロとマリアンヌ以外の六人も、今がチャンスと戦闘態勢を取る。

 

「燃え上がれ、我が憎悪! 奮い立て、我が軍勢! 復讐の時は来たれり!

 人間どもよ、我が憎悪でその魂を焼き尽くし、一片も残さず食らってくれるわ!」

「これが最後の戦いだ……みんな、行くぞ!!」

「ああ!!」

「ええ!!」

 

 蜘蛛の邪神との最終決戦が、始まる。




次回はラスボス・アラネア戦です。
エマを救うために、世界を救うために、アエルスドロ達は決意します。


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第58話 邪神アラネア

ラスボス・アラネアとの最終決戦です。
ヒロインも世界も救うのが、マリアンヌの決意です。


 この世界を滅ぼそうとする蜘蛛の女神アラネアとの最終決戦が、始まった。

 

「あれ、ミロとユミルは戦わないのか?」

「あたし達はあくまで部外者、最後はあなた達に任せるのよ」

「……そう、心強いあなたがいなくなるのは残念ですけど、仕方ありませんわね」

 マリアンヌはミロとユミルが最終決戦から身を引く事を止めなかった。

 変わったな、とアエルスドロは感じた。

「どういう風の吹き回しだ?」

「だって、アエルスドロがここを出ていきますもの。引き留めたら、申し訳ないでしょう?」

「マリアンヌ……!」

 その言葉だけで、マリアンヌが成長した事を感じるアエルスドロ。

「……御託はいいから構えるぞ」

「あ、ああ」

 驟雨の一言でアエルスドロ達は武器を構え直した。

 

「滅びよ!」

「バタフライダンス!」

 マリアンヌはアラネアと彼女の従者の攻撃を回避しつつ、二丁拳銃を発砲する。

 一度は狙いを外したが、その舞うような動きでもう一度撃って当てる事ができた。

「食らえ」

「ぐおあぁ!」

 驟雨は短剣の切っ先に神経を集中し、必殺の突きを繰り出す。

 その俊敏にして強烈な一撃をかわせず、アラネアはダメージを受ける。

 しかし、アラネアはけろりとしていた。

「俺の攻撃が効かない?」

「いいえ、効かないんじゃなくて、痛みを感じないだけよ」

「左様、存じておるな小娘よ。ではダークエルフよ、束縛せよ!」

 アラネアは右手をアエルスドロにかざし、見えない蜘蛛の糸を放った。

「うぁっ!」

 その糸を食らったアエルスドロは全身が痺れ、動けなくなる。

「動けん……!」

「後でその肉をゆっくり食らってやろう」

 アラネアは鋭い牙をアエルスドロに向ける。

 こんな残酷な言葉をエマの身体で言うなんて……とマリアンヌは舌打ちする。

「風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

「ダブルスラッシュ!」

 ルドルフは風の精霊を召喚して衝撃波を起こし、

 マリアンヌを攻撃しようとしたアラネアの従者を吹っ飛ばす。

 アエルスドロはアラネアの腕と足に斬撃を浴びせる。

 人を器にした邪神なので、どちらにも攻撃が命中しアラネアの動きが鈍った。

「ぐうう……器ごと妾を斬りつけるとは……」

「そんな誘いに乗るか」

「そうだ! お前はエマではない、邪神アラネアだ! 守護の術!」

 茜は魔法の結界で戦っている六人を包み込み、物理攻撃を当たりにくくする。

「えい!」

「ふっ」

 エリーはアラネアに衝撃波を飛ばし、驟雨は手裏剣をアラネアに投げる。

「大人しくしなさい!」

 マリアンヌはアラネアの従者に銃弾を撃つが、

 アラネアの従者はかさかさと動き回り攻撃をかわす。

 さらにアラネアの従者は衝撃波を飛ばしてアエルスドロ、驟雨、茜を切り刻んだ。

「ぐっ……」

「のあっ!」

「くそっ!」

「あの女に当たらなかったのが残念だが、三人を切り裂いたからよしとしよう。

 だが、次は逃がさんぞ」

 アラネアはにやりと口角を上げる。

 彼女の表情を見たアエルスドロは剣と盾を握る手を強め、叫ぶ。

「これ以上、マリアンヌを侮辱するな!」

「ほう、侮辱とな?」

「そうだ……そんな言葉を、エマの姿で言うな、エマの口で言うな!!」

 邪神アラネアはエマの肉体で復活した。

 自分が邪神として利用されている事に、エマは苦しみ続けている。

 その苦しみを分からない邪神アラネアに、アエルスドロは憤慨しているのだ。

「まったく、そちは裏切り者の中の裏切り者じゃな! 故に妾の食糧に最も相応しい!」

「危ない! 風の上位精霊アイオロスよ、風よ裂けて刃となれ! ウィンドストーム!」

 ルドルフは精霊を召喚して切り裂く風を作り出し、アラネアとその従者に向けて放つ。

「ふん」

 アラネアは右手をかざして魔法の結界を作り出し、自身と従者を守る。

 風は魔法の結界に阻まれ、僅かしかダメージを与えられなかった。

「そちの風力はその程度かのう? ゆけい! そのか弱き妖精を切り裂け!」

 アラネアが従者に命じると、従者は風の刃を作りエリーに飛ばした。

きゃああああ!

 エリーはそれをまともに食らった。

 彼女の体力では強力な攻撃に耐え切れず、エリーは戦闘不能になった。

 

「一撃で倒れるとは、なんとか弱き生命」

このぉぉぉぉぉぉっ!

 マリアンヌはアラネアの従者に突っ込んで蹴り飛ばそうとするが、攻撃は当たらなかった。

「怒りに身を任せるとは……そちは愚かじゃのう」

「本当に愚かなのはどちらでしょうかね?

 風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

「乱打!」

 ルドルフはアラネアの従者を風の衝撃波で吹っ飛ばし、

 そこに茜の連続攻撃が入って従者は戦闘不能になった。

「……小癪な!」

 従者が倒れた事で、アラネアの魔力が弱まった。

「やってくれるではないか……。じゃが、まだまだそちら如き、敵ではない!」

「う……!」

 アラネアが赤く鋭い瞳でアエルスドロを見つめる。

 すると、アエルスドロが恐怖に襲われ、顔が青ざめて剣と盾を握る手が震えた。

「なんという事だ……これが邪神か……!? うう……勇気が出ない……!」

「諦めてはダメですわ、アエルスドロ! あなたは必ず、邪神を倒せましてよ!」

「ありがとう、マリアンヌ……よし! ミアズマソード!」

 アエルスドロは自らの剣に瘴気を宿し、宙を舞い術者を護る呪剣に変えた。

「やるな」

「これで動けなくなっても大丈夫だ」

「本当か?」

「調子に乗るな!」

 アラネアが再びアエルスドロを見えない蜘蛛の糸で縛った。

「これでそちは妾に手を出せぬ」

「と思ったか?」

「何?」

 動けないアエルスドロが口角を上げると、

 呪剣はアエルスドロの周囲を飛び回り、アラネアを切り刻んだ。

「うああぁぁ!」

「おお、凄いですね!」

 空を飛ぶ剣を見たユミルが称賛する。

 ミアズマソードは武器を振るわずとも、自動で標的を攻撃してくれる魔法だ。

 そのため、このように動けない状態でも相手を攻撃する事ができるのだ。

「しっかりしろ」

 茜は倒れているエリーに生命力を注ぎ込み、意識を取り戻させた。

「助かった~」

「エマを助けるためにも、回復役のあなたが倒れてはいけませんわよ」

「もっちろん!」

「おのれ!」

「当たらんな」

 邪神アラネアが足を伸ばして驟雨を攻撃するが、

 茜の術の効果があって攻撃は阻まれ、その隙に驟雨は二刀短剣で反撃する。

「植物の精霊よ、その腕を伸ばし彼の者の自由を絡め取れ! バインディング!」

 ルドルフは植物の精霊を召喚してアラネアの従者に茨を絡みつかせ、動きを封じる。

 その隙にエリーはヒールウォーターを唱えて自身の体力を回復した。

「……」

「集気法!」

 アエルスドロは動けないながらも精神を集中し、瘴気が宿った剣を動かした。

 茜は周囲にある気を集めて自身の傷を癒した。

「正気に戻りなさい、エマ!」

「陰陽交叉!」

 マリアンヌと驟雨は、エマの身体から邪神の魂を引きはがすべく武器で彼女を攻撃する。

「その言葉で妾が正気に戻るか? 妾は元より正気じゃぞ?」

「効いてませんわ!」

「マリアンヌ、彼女の表情を見ろ」

「え……?」

 マリアンヌは落ち着いて、アラネアの表情を見る。

 彼女は余裕そうながらも、その顔には疲労が見えていた。

 それと同時に、アエルスドロの鞄にしまってある大地の水晶も光り輝いていた。

「忌々しいその水晶め……! 妾が叩き割ってくれる……!」

「あの水晶のおかげで、邪神は確実に弱まっている。もう少しで、彼女を邪神から解放できるぞ」

「そっか……じゃあ、チャンスだね!」

「はい! エマさんを苦しめないためにも、早めにケリを付けましょう!

 風の上位精霊アイオロスよ、風よ裂けて刃となれ! ウィンドストーム!」

 ルドルフは竜巻を起こし、アラネアとその従者を切り刻んだ。

 邪神と従者は、もう少しで倒す事ができそうだ。

 

「ふ、ふ、ふ……」

「何がおかしい」

 もう戦意はなくなりかけているにも関わらず、

 アラネアが笑っている事にアエルスドロは違和感を抱いた。

「傷はついたが、妾が恐れる者はそちの水晶以外に無くなった」

「え、それはつまり?」

「そう! 妾の魂は、この娘の肉体に馴染みつつあるのじゃ!」

「何!?」

「なんですって!?」

 長く戦っていたのか、アラネアの魂がエマの肉体に馴染もうとしていた。

 つまり、戦うのに時間がかかると、イーファが言ったような悲劇が起きてしまうのだ。

 しかし、アエルスドロ達に焦りの表情はなかった。

 逆に考えると、間に合うために全力を出す事ができるのだから。

「一気に行くぞ! 十字重ね!」

 驟雨は切落、左薙ぎ、右薙ぎ、切り上げの順でアラネアを斬りつけた。

 隙を与えない四連撃は、アラネアの反撃を封じる。

 そこに、アエルスドロの呪剣が命中し、さらにダメージを与える。

「ならば時間を稼ぐまでよ!」

 アラネアは闇の玉を3つ召喚した。

「その前にあなたを倒しましてよ!」

 マリアンヌはアラネアの従者の急所を銃弾で撃ち、全ての従者を戦闘不能にした。

「ついに全ての従者が倒れたか。じゃが、この攻撃は避けられんぞ!」

「うわぁ!」

「きゃぁ!」

「ぐっ!」

 アラネアが召喚した闇の玉がルドルフ、エリー、驟雨に当たり、爆発した。

 闇属性に弱いエリーは、他よりも大きなダメージを受けた。

「はぁ、はぁ、あと少しです。風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」

 ルドルフは少ない魔力を振り絞ってアラネアに風の衝撃波を飛ばした。

「僕の魔力ももう少なくなってきました。あなた達が決めてください……」

「分かりましたわ。皆さん、一気に攻めますわよ」

「もちろんだ! ミアズマスラッシュ!」

「うあぁ!」

 呪縛を解除したアエルスドロが地面を蹴り、アラネアを斬りつける。

「魔狩の槌!」

「ガトリングショット!」

 茜が空中から渾身の一撃を放ち、さらにマリアンヌが二丁拳銃を乱射する。

 エマの服はボロボロになったが、八人がそれを気にする事はなかった。

 

「そろそろ、とどめを刺すぞ!」

 アエルスドロは剣にありったけの瘴気を込める。

 すると剣は見る見るうちに巨大化し、刀身が真っ黒い光の剣に変わった。

「ヴェロニク・ラグヴァリル!!」

「馬鹿な、妾が脆弱なものどもに敗北するなど……! お、おのれぇええええええええ!!」

 そして、アエルスドロが勢いよくその剣を振り下ろすと、漆黒の光線がアラネアを貫いた。

 アラネアは断末魔を上げながら、光線に飲み込まれていった。

 

「ウ……ガ……ガ……。ウアァアァァァァァ!

 その時、エマの中から、頭が女性になった巨大な女郎蜘蛛の影が現れた。

 これが、アラネアの魂なのだろう。

「アエルスドロ!」

「分かっているさ」

 アエルスドロは大地の水晶を取り出すと、アラネアの魂に突き出す。

 大地の水晶は淡い光を放ち、アラネアの魂を包んだ。

グアアアアアアアア!!

 アラネアの魂は苦しみ出す。

 それでも、アエルスドロは大地の水晶を突き出し続けた。

 やがて、断末魔が小さくなっていき、アラネアの封印を証明していく。

「妾は今、再び封じられてやろう。だが、次こそはこの世界を闇に閉ざす。

 そう。妾は還ってくるぞ。必ずや……この世界に……!」

「何度でも言え、私は絶対に負けない……!」

「あなたのような奴は、わたくしには目障りですわ」

 その言葉を最後に、アラネアは消え、同時に大地の水晶も粒になって消えた。

 彼らの戦いに、こうして終止符が打たれた。

 

「やっと、終わった……」

 はぁ、はぁ、とアエルスドロは息を切らした。

 お疲れ様、とミロとユミルは労う。

「……う、あ、あれ、ここは……?」

 やがて、器用に立ったまま気を失っていたエマが目を開ける。

 彼女の瞳は、元の色に戻っていた。

「私は……何をしておりましたの……? あ、マリアンヌ……?

 ごめんなさい……こんな事をして……」

 マリアンヌの目を見たエマの目から、涙が零れる。

 それは、今までにやって来た悪事を、謝罪するような涙だった。

 彼女を見たマリアンヌは「いいのよ」と言う。

「わたくしの方がたくさん悪事をしましたわ。でも、あなたは利用されただけ。

 あなたの方が悪くないですわ」

「本当にありがとうございますわ、マリアンヌ。私は本当に、幸せです……」

 エマはそう言って、ゆっくりと目を閉じ、マリアンヌに身を委ねた。

 今ここに、ヒロインと悪役令嬢が再会した。

 

「本当に、よかったですね」

「ええ……ヒロインとライバルが仲良くなるなんて、王道な展開ね……」

 ミロとユミルは、エマとマリアンヌの再会にしんみりしていた。

 と、その時だった。

 神殿全体が大きく揺れ、壁に罅が入り、今にも崩れようとしていた。

「まずい! 神殿が崩れるぞ!」

「とっとと逃げるわよ、みんな!」

「でも、間に合うんでしょうか……?」

 一行は急いで、神殿からの脱出を試みた。

 エマは元々一般人なので、アエルスドロ達より動きが遅かったが、

 それでも何とかギリギリで間に合った。

 そして、神殿が完全に崩壊する直前で、九人は神殿からの脱出に成功した。

 

「わぁ……!」

「日差しが……眩しい……!」

 ナガル地方に戻って来た九人の前には、青く澄み切った空が広がっていた。

 こうして、彼らは邪神という闇を払い、

 ナガル地方だけでなく、この世界全体に光を灯す事ができたのだった。




次回が最終回です。
アエルスドロ達が辿る道を、最後まで見守ってください。


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エピローグ

「ダークエルフと悪役令嬢」の最終回です。
主人公とヒロイン、そして仲間達を、最後まで見守ってください。


 邪神アラネアとの戦いから数週間後。

 ナガル地方を覆っていた不穏な気配も薄れ、ようやく平穏な時が戻ろうかという頃――

 

「何? お父様がガルバ帝国に戻って来い、ですって?」

「一度左遷した人を呼ぶとは、一体どういう風の吹き回しだ?」

 アエルスドロ達は何が何だか分からず、

 フロイデンシュタイン伯爵にガルバ帝国へと呼び出された。

 妙な熱気に包まれた首都を通り抜け、マリアンヌの家に案内されたアエルスドロ達は、

 フロイデンシュタイン伯爵の下へ通される。

 マリアンヌの隣には、彼女のライバル、今は友人であるエマも立っていた。

 あまり表情を感じさせない、透明な表情をしているフロイデンシュタイン伯爵だが、

 アエルスドロ達の姿を見ると、穏やかに、淡く微笑んで見せる。

 左遷したマリアンヌが久しぶりに戻ってきたが、

 フロイデンシュタイン伯爵は嫌な顔をしなかった。

「来たな、我が娘、マリアンヌよ」

「は、はい、お父様」

「ディストという男から聞いたぞ。

 お前達はアラネアという邪神を前に勇敢に戦い、ついには撃破し、

 この世界を覆う闇の一つを打ち払った。

 そして、お前の友人も救う事ができた。

 これほどの偉業を為したお前達に、最大限の敬意と感謝を送る」

「ありがとうございます」

 マリアンヌは、再会した父に、敬礼するように頭を深々と下げた。

「この世界に訪れようとしていた、恐るべき災厄は偉大なる英雄達によって退けられた。

 彼らが我らの絶望を払い、未来に希望をもたらしてくれた。お前達は英雄となった。

 しかし、だからといって、その身を立場や義務で縛ろうとは思っていない。

 お前達はあくまでも冒険者だ。マリアンヌも辺境の領主。

 その心に持つ翼の欲する通りに、これからも自らの道を進み続けてくれ」

「……はい!!」

 マリアンヌは元気よく、父に返事をした。

 他のメンバーも、明るい声でフロイデンシュタイン伯爵に言葉を返した。

 普段は感情を表に出さない驟雨も、今回は少しだけ、感情的になっていた。

 

 こうして、アエルスドロ達はマリアンヌの今の故郷、ナガル地方に戻って来た。

 邪神アラネアを倒したため、ナガル地方の住民が、歓声を上げている。

うおおおーーーーっ!

マリアンヌ様が帰って来たぞーーーーっ!!

「おかえりなさいませ、マリアンヌ様」

「ディスト! 生きてくださっておりましたのね!」

「もちろんですよ。私はずっと、マリアンヌ様を待っておりましたから」

 最初にマリアンヌ達を出迎えてくれたのは、ディストだった。

 彼はマリアンヌの帰りをナガル地方でずっと待っていたのだ。

ひゃっはーーーーー!!

留守は守ったぜーーー!!

お帰りーーーーーーー!!

 続いて、九人を出迎えたのはラメン三兄弟。

「ただいま戻りましたわ。ちゃんと、留守は守りましたわね?」

ひゃっはーーーーー!!

もちろん!!

守ったぜひゃっはーーーーー!!

 ラメン三兄弟はひゃっはーと言いながら、

 自分がやるべき事をきちんとやったような表情をした。

「みんな、ご苦労様ですわ。後は……」

 マリアンヌはきょろきょろと辺りを見渡す。

 すると、彼女はふくよかな女性を発見した。

 料理係の、ファルナだ。

「ファルナさん! ただいまわたくしは、戻ってきましたわ!」

「お帰り、マリアンヌ! やっぱりここがいいだろう?」

「ええ……左遷先とはいえ、ここはわたくしの第二の故郷。やっぱりここが一番落ち着きますわ」

「はっはっはー、やっぱりそうだよねぇ!」

 豪快に笑うファルナを見て、マリアンヌは釣られてくすっと笑った。

「それとファルナ、お料理はちゃんと作ってありますわよね?」

「もちろんさ! 邪神を倒したからその記念に、あたしがたっくさん料理を作ったよ!

 あんた達の好物ばかりだから安心しな!」

「……ああ、ありがとう」

「本当にあなた達は有能ですわね!」

 マリアンヌは、改めて住民達の有能さに感心した。

 

 こうして、ナガル地方で盛大な宴が催された。

 ミロとユミルはファルナが作った料理をたくさん食べ、

 ルドルフとエリーは色んな人と話をしていた。

 驟雨と茜は、二人で黙々と話をしながら料理を食べていた。

「本当に、平和になったんですね」

「うん! みんな楽しそうだよ」

 ナガル地方に平和が戻り、ルドルフとエリーは安心してファルナが作ったポトフを食べる。

 ポトフは宿の定番で、冒険者にとってはおふくろの味だ。

 最後の戦いを終えた時にこれを食べるのは格別だ。

「んー、美味しい! まさにおふくろの味だね!」

「冒険を終えて帰って来た時に食べる料理は格別ですね」

「喜んでくれてありがとよ」

 ルドルフとエリーはファルナに笑顔を見せる。

 心を込めて作った料理を美味しいと言われるのは、ファルナにとって最高だった。

 遠くではラメン三兄弟がひゃっはーと言いながら子供達と遊んでいた。

 こんな楽しい光景を見る事ができるのも、ナガル地方が平和になった証拠だ。

「ラメン三兄弟も入れて、ここの住民はみんな仲が良いんだな。ガルバ帝国の辺境とは思えない」

「でも辺境には、個性豊かな面々が勢揃いですわよ。

 わたくしもアエルスドロもルドルフもエリーも驟雨も茜もね」

「あの、ボクとミロさんは?」

「あなた達は部外者ですから関係ないでしょ?

 でも、まったく関係ない、とは言い切れませんわ」

「よかった……!」

 どうやら、マリアンヌはミロとユミルを一応だが住民だと思ってくれているようだ。

 ユミルはほっとして胸を撫で下ろす。

 ミロも安心して、ゆっくりとご飯を食べていった。

「マイペースだな、ミロは」

「だって、あたしは束縛嫌いだもん」

 

 そして、宴が終わった次の日。

 マリアンヌに同行した冒険者は、それぞれの道を進んでいった。

 

「んじゃ、あたし達は別の世界に行ってくるわ」

「もう行くのか?」

「だって、ボクは時空警察ですから」

 様々な世界を旅する事ができるミロとユミルは、1つの世界にいる事は難しい。

 警察という役職上、束縛からも逃れられない。

 ミロがマイペースな性格なのも、そのためである。

「あなた達と一緒にいられた時間は短かったけど、それでも、とっても楽しかったですわ」

「別の世界でも、元気にやってくれ」

「ありがとう! アエルスドロ、マリアンヌ!」

「また会う日を、楽しみに待っていますよ!」

 アエルスドロとマリアンヌは笑顔で、別世界に行くミロとユミルを見送っていった。

 

「あれ? 驟雨と茜もナガル地方から出ていきますの?」

「ああ……。ナガル地方よりも、故郷の香りを浴びた方が気持ちがいいからな」

「妖怪は倭国で生きる者だからな」

 二人は文官や武官ではなく、倭国人としての誇りをもってナガル地方を去る決意をした。

「ここで過ごしていかないんですの? ここは誰でも受け入れる場所ですのよ?」

「俺達は倭国で生まれ、倭国で消えていく。倭国で生まれた者の誇りだからだ」

「プライドだけは無駄に高いんですのね」

「お前が言うな」

 さらっと茜がマリアンヌにそう言うと、マリアンヌは右手の拳銃を彼女に突きつけた。

 茜はマリアンヌの表情を見て「すまん」と謝った。

「お前、本当に悪役令嬢なのか? こんなにも私に優しくしてくれて」

「そうですわよ? わたくしはたくさんの悪事をしたから『悪』と呼ばれていますわ。

 ただ、この国は人間至上主義ですので、わたくしが亜人に冷たくしないのもありますわ。

 悪ってどんな事を表すのかしら? 人間にとっての悪か、亜人にとっての悪か。

 悪というのは人それぞれですわ。

 他人の箪笥から何かを取っていく勇者の例もあるように、

 やむを得ない悪事や、殺してほしいと願った人を殺すのは、本当に悪い事ですの?

 ま、わたくしはそんな細かい事を気にするより、自分のやりたいようにやるだけですわ。

 こんな名言を気にするより、自分の道を進んでくださいませ」

「……まさか自分で名言と言うとはな」

「だってわたくし、悪役令嬢ですもの」

 マリアンヌの言葉に、驟雨と茜は感銘を受けた。

 

「では、俺達はそろそろここを出よう」

「さよならだ、人間よ。ここで過ごした時間は、短くも長かった……」

「驟雨、茜! また会う日まで、ですわ!」

「ああ、ありがとうマリアンヌ!」

 驟雨と茜は、マリアンヌに見送られ、ナガル地方を名残惜しみながら、倭国へと去っていった。

 

「世の中には、こんな変わった人間もいるんだな」

「ああ……悪を名乗っているけど、本当は悪ではない奴だ……」

 

「じゃあ、僕はナガル地方に留まりますね」

「あたしもー!」

 ルドルフとエリーは、マリアンヌと共にナガル地方で生きる事を決めた。

「そう言ってくださると、嬉しいですわ」

「だって、ここはガルバ帝国における妖精の聖地なんでしょ? だから、ずっとここにいるよ」

 ルドルフとエリーは人間ではない。

 そのため、このナガル地方から一歩出れば、被差別対象となってしまう。

 二人が生きる事ができる場所は、ガルバ帝国ではナガル地方しかないのだ。

「もちろんOKですわ。わたくしの大事な文官、手放すわけにはいきませんもの」

「やったー! ありがとう!」

「ありがとうございます、マリアンヌさん」

おーっほっほっほっほっほ!!

 ルドルフとエリー、二人の妖精に感謝されたマリアンヌは、腰に手を当てて高笑いした。

 今ここに、ルドルフとエリーは正式にナガル地方の住民となった。

 

「マリアンヌ、私はガルバ帝国に戻ります。そして、裁きを受ける時になるでしょう」

 敵の策謀により邪神の器となってしまったエマは、今日、裁きの場に立たされる事になる。

 そのため、エマはナガル地方を去るしかないのだ。

「無罪になるといいですわね」

「私に情けをかけるつもりですの?」

 エマは怪訝な顔をマリアンヌに向ける。

 マリアンヌは「いいのよ」と首を横に振った。

「勘違いなさらない事ね。あなたが有罪判決を受けたら、二度と戦えなくなるでしょう?」

 マリアンヌとエマは、友人にはなったが、ライバル関係を解消したわけではない。

 あくまでも、二人はまだ、競い合う関係なのだ。

「では、マリアンヌ様は何をするおつもり?」

「わたくしはこのナガル地方を征服し、やがては世界を征服しますわ!

 もちろん、自分の力で、ですわよ!」

 マリアンヌは腰に手を当てて、自信満々な表情でびしっと前を指差した。

「さあ、エマ! 今度は自分で運命を勝ち取りなさい!」

「はい、マリアンヌ!」

 そう言って、エマはナガル地方を去り、ガルバ帝国に戻っていった。

 ちなみに後日、エマは無罪判決を勝ち取り、一週間後にはガルバ帝国の貴族に復帰したという。

 

 そして、残る仲間はアエルスドロのみとなった。

 アエルスドロは、この戦いが終わった後、ナガル地方を去ると決めていたのだ。

「行ってしまうんですのね?」

「ああ……約束しただろう。私は約束を守る男だ。

 本当の居場所を探すためにも、私はここを旅立っていく」

「……」

 マリアンヌは、ナガル地方を去ろうとするアエルスドロを見て、涙を零した。

 アエルスドロは「どうした?」とマリアンヌに声をかける。

「わたくし、去り行くあなたにプレゼントを渡そうと思っていましたの……!

 受け取って、くださります……!?」

「な、何?」

「これ、見てください……!」

 そう言ってマリアンヌが見せたのは、ジニアの花束だった。

「ジニアの花言葉は『別れた友を思う』。

 わたくしとあなたは、衝撃的な出会いを果たしましたわよね」

「あ、ああ……」

 アエルスドロは、マリアンヌに腹部を撃たれた事で彼女と出会った。

 それは非常に衝撃的なものであった。

 しかも、アエルスドロを撃った目的が、武官に相応しいかを試すためだった。

 マリアンヌにとってアエルスドロは最初の武官であった。

 だが、戦いが終わって別れる時、マリアンヌの中から寂しさが沸き上がった。

 そのため、マリアンヌは餞別として、アエルスドロに花束を渡したのだ。

「わたくしはあなたを絶対に忘れませんわ。だって、あなたは最初の武官ですもの。

 長く付き合っている人と別れるのは、わたくし、とても悲しいですわ……」

「マリアンヌ……」

「だから、わたくしと別れても、この花束を見て、わたくしを思い出しなさい。

 これは、わたくしからの最後の命令ですわ」

「……」

 マリアンヌの、別れたくないという気持ちを、アエルスドロは表情から読み取った。

 しかし、ナガル地方を去るのはアエルスドロ自身が決めた事で、曲げるわけにはいかなかった。

 アエルスドロはマリアンヌからジニアの花束を受け取った後、真剣な表情でこう言った。

「ありがとう、マリアンヌ。私はこれを、マリアンヌだと思って大事にする。

 だから……泣かないでくれ、マリアンヌ」

 アエルスドロは自身の服の袖をちぎり、ハンカチの代わりにマリアンヌに渡す。

 マリアンヌは「汚いですわ」と言いながらも、それで涙を拭き取った。

「ああ……アエルスドロ、アエルスドロがいて、わたくしは本当に、幸せですわ……!」

「マリアンヌがいてくれて、私も本当に幸せだ」

 アエルスドロとマリアンヌは、太陽が沈むまで、ずっと一緒にいるのだった。

 

 善のダークエルフと悪役令嬢の戦いは、これにてひとまず幕を下ろした。

 だが、冒険者である二人の冒険は、まだ終わっていない。

 心に持つ翼が赴くままに、これからも自分の道を進み続けていく。

 ダークエルフは居場所を探すために。

 マリアンヌは地方をさらに発展させるために。

 

 そう、この瞬間も、この先も――

 

 ダークエルフと悪役令嬢 完




ダークエルフの居場所は、まだここにはありません。
なので、アエルスドロは旅を続けます。
アエルスドロにもっと旅を続けさせたいというのが本音ですがね。
悪役令嬢がこんな感じになったのも、ちょっとしたパンチを入れたかったからです。
権力だけでなく武力でも勝利を! というのが、マリアンヌの信念です。

では、次回作でも、また、お会いしましょう!


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