ハルウララ杯が出来るまで (MRZ)
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これが全ての始まり

熱い勝負や燃える展開ではなく、ただただウララとライスのコンビで何か書きたいなと思っただけです。


「挑戦状?」

「うん、本当のレースじゃわたしが走れない人達がい~っぱいいるからね、その人達に挑戦状をもっていくの」

 

 穏やかな午後の陽射しの中、ウララはライスへそう笑顔で告げる。

 ハルウララは現在GⅠどころかGⅢさえ一着を取れないウマ娘である。目の前にいるライスシャワーとはそういう意味で言えば格差が広がっていた。

 けれど、二人は仲良しであり、こうしてお昼を一緒に食べる事もある間柄であった。ただ、それも最近ではライスがミホノブルボンやメジロマックイーンなどと過ごす事もあって頻度は減っているが。

 

「で、でも、みんな自分のトレーニングメニューがあるから無理なんじゃ……」

「だいじょ~ぶ! みんな走るの大好きだもん。ウララの挑戦状を受け取ってくれるよ」

 

 重賞戦線に身を置くライスはやんわりとウララの考えが上手くいかない可能性を指摘するも、それを持ち前の明るさと楽観思考でウララは笑い飛ばした。

 

 こうしてハルウララの挑戦は始まった。

 

「そ、それで、まずは誰に挑戦するの?」

「そうだなぁ……」

「ぶ、ブルボンさんやマックイーンさんならライスも一緒に頼んでみるよ?」

 

 止めても無駄だと判断したライスは、せめて少しでも力になろうとウララへそう提案した。

 ブルボンとマックイーンの人柄を知っているライスからすれば、あまり接点のない相手よりはウララの頼みを承諾してくれる可能性が高いと判断したのだ。

 

「わぁ、それホント? じゃあまずはその二人に声をかけよう」

「え? まずは?」

 

 どちらか一人じゃないのか。そういう気持ちがライスの表情にありありと浮かぶ。

 

「うん。どうせなら大勢で走りたいんだ。みんなで走った方が楽しいからね」

「え、えっと……でも……」

 

 ウララがレースで走れない相手は軒並み有力ウマ娘だ。彼女達は有名レースを勝つために日々努力している。

 そんな者達が未だGⅢさえ勝てないハルウララとレースなどしてくれるのだろうか。そうライスは思い、けれど仲良しであるウララへ現実を突きつけるのは苦しいと迷った。

 

「そうだっ! ライスちゃんも勿論参加してくれるよね?」

「う、うん。それは勿論」

 

 最悪でも自分だけはウララの望みを叶えてやりたい。そんな気持ちでライスは頷く。

 一人ぼっちで悲しい顔をウララにさせたくない。それが人付き合いが苦手な自分へ声をかけてくれ、親しくしてくれた最初の相手へのライスの想いだった。

 

「じゃあ行こうライスちゃん! 善は急げって言うしねっ!」

「あっ、待ってウララちゃん。置いてかないで」

 

 先んじて走り出したウララに出遅れるようにライスも走り出す。が、すぐにライスが抜き去る形になり、やや彼女がペースを落としてウララと並走する形となる。

 

「それでそれで、まずはどこへ行けばいいの?」

「えっと、この時間だとブルボンさんもマックイーンさんもトレーニングしてるはずだから……」

「じゃあターフコースだね。いっそげっいっそげ~っ!」

 

 意気揚々と走るウララ。そんな彼女に笑みを見せてライスも走る。

 そうして見慣れた場所へ来た二人は、まず目に入った長い銀髪をなびかせるように走るウマ娘へ近付いた。

 

「マックイーンさ~んっ!」

「……あら、ウララにライスじゃありませんの。どうかしまして?」

「えっと、実は……」

「挑戦状を持ってきたの」

「挑戦状?」

 

 そこでウララはマックイーンへ自分の考えを説明した。本番のレースでは一緒に走れないウマ娘が多くなってしまった事や、だからこそそういう相手と走りたいと考えた事を。

 

「……成程。考えは分かりました」

「やった~。じゃウララと一緒に走ってくれる?」

「勿論、と言いたいところですが……」

 

 そこでマックイーンの表情が曇る。彼女の見つめる先には彼女の担当トレーナーが立っていた。

 彼はライスの担当でもある。だからこそライスも何をマックイーンが思っているか理解した。

 

「メニューにない事は出来るだけ避けたい?」

「ええ。ウララ、私の気持ちは貴方と一緒に走って差し上げたいですわ。でもトレーナーの許可がない事は……」

「そっかぁ。じゃあ、トレーナーさんの許可をもらえたらいいんだね?」

「え、ええ。それは勿論そうですわ」

「よ~し……」

 

 その場から駆け出し、ウララはトレーナーの下へと向かう。その背中を見送り、マックイーンは驚きから苦笑へと表情を変えた。

 

「本当に真っ直ぐな子ですわね」

「うん。ウララちゃんはいつだって真っ直ぐだから」

「見ていて気持ちいいですわ。あんな風に生きられたらと、そう思います」

「え?」

 

 意外だ。そう思ってライスはマックイーンへ顔を向ける。

 ウララは世間的には未勝利と言われる存在だ。それを何故天皇賞(春)を二連覇したマックイーンが羨ましがるのだろうと思ったのだ。

 

「ライスはウララの戦績を御存じ?」

「えっと、メイクデビュー以外はずっと負けてるって事ぐらいは」

「ええ。けれど、私が注目しているのは結果ではなく別の事です」

「別の事?」

 

 増々分からないと首を傾げるライスにマックイーンは小さく微笑んだ。

 

「彼女はレース回数が多いんですの。それこそもう五十回は走っているんじゃなかったかしら?」

「五十回……」

 

 ライスは目を見開くと顔をウララがいる方へ向けた。彼女はトレーナーへ何やら熱弁しているようで、彼がそんなウララに困り顔をしていた。

 

「それだけのレースを行いながら未だに怪我もなければ体調不良もない。その丈夫さはとっくにGⅠ級です」

「……うん」

 

 ウマ娘にとって怪我は常に背中合わせの不安である。誰よりも速くと走っている内に知らず疲労が蓄積されたり、あるいは体は何ともなくても骨へ異常が出たりと、考え出したらキリがない程に不安と恐怖が付きまとうのがウマ娘のレース人生だ。

 

「どうすればそんなに丈夫な体が手に入るのか。そう思っていましたけど、先程の話で理解しました」

「え? どういう事?」

「ウララは、彼女はレースを楽しんでいる。勝ちたいという気持ちよりも、速くなりたいという気持ちよりも、レースを楽しむ気持ちが一番強いんですわ。だから全力ではあるけど無理はしない。それこそが数多くのレースを走り続けていられる秘訣でしょう」

 

 どこか羨望の眼差しをウララへ向けるマックイーン。何故ならそれは彼女には出来ない生き方だからだ。

 勝ちたいという思い。速くなりたいという思い。それがレースを楽しみたいという思いよりも強くなってしまうからだ。

 

「マックイーンさ~んっ! ライスちゃ~んっ! トレーナーさんがレースしてもいいって~っ!」

 

 大声で両手をブンブンと振りながらウララが二人へと駆け寄ってくる。

 その後ろではトレーナーが根負けしたとばかりに項垂れていた。

 その光景を見つめ、マックイーンとライスは笑みを向け合う。勝ちたい思いや速くなりたい思いは強いが、だからといってレースを楽しむ気持ちがない訳ではないからだ。

 

「マックイーンさん、レース、楽しみにしててください」

「ええ。一体どんなウマ娘が参加してくれるのか、ワクワクしながら待っていますわ」

 

 こうしてウララとライスはマックイーンと別れ、次の相手であるブルボンを探す事に。

 そしてそれは呆気なく終わりを迎える。ブルボンもそこからそう離れていない場所にいたからだ。

 

「ブルボンさ~んっ!」

「あなたは……ハルウララ、でしたか。それと……」

「こ、こんにちはブルボンさん」

「こんにちはライス。それで二人して一体何の用ですか?」

「実はね……」

 

 ウララの説明を聞き、ブルボンは表情を変える事無く頷いた。

 

「分かりました。トレーナーへは私から説明しておきましょう」

「ホント?」

「はい。マックイーンさんが参加するのならいい経験になります」

「良かったぁ。これで四人目だね」

「うん、やったねウララちゃん」

 

 思いの外あっさりと話が進み、ウララとライスは笑みを見せ合った。

 思ったよりも順調な展開にライスもこれなら上手くいくかもしれないと思い出した。

 だが、この後が問題だった。何故ならライスが親しくしている相手はこれで終わり。ウララは“みんな友達”が信条なのでこの相手なら大丈夫が中々決まらず、二人は目指す先を失ってしまったのだ。

 

「う~ん、どうしよう?」

「寮長さんとかは?」

「ヒシアマさんかぁ。受けてくれるかな?」

「あの、少しいいでしょうか」

 

 そんな二人へ助け舟を出したのはブルボンだった。

 

「誰に声をかけるか迷っているようなので私からも提案します。トウカイテイオーはどうでしょう。彼女もレースが好きですし、何よりマックイーンさんがいるのなら参加しないと言わない可能性が高いです」

「そっか! テイオーちゃんか!」

「うん、きっとテイオーさんなら参加してくれるよ。ブルボンさん、ありがとうございます」

「ありがとう!」

「いえ、礼には及びません。上手くいくといいですね」

 

 最後に微かな笑みを見せ、ブルボンはトレーニングへと戻っていった。

 

「よ~し、テイオーちゃんを探そう」

「うん」

 

 その笑顔に背中を押されるように二人はテイオーを探して動き出す。

 

 これが、後に“ハルウララ杯”と言われる事となる世間に知られる事のない大レースの始まり。

 みんなで一緒に走りたいと思った一人のウマ娘の想いが、形となり、うねりとなって動き出して、やがてそれはトレセン学園全体を騒がせる事となるのだが……

 

「ウララちゃん、テイオーさんの次は誰?」

「そうだなぁ……あっ、テイオーちゃんに教えてもらおうよ」

 

 今はまだ、それを誰も知らない……。




アニメのウインタードリームトロフィーよりも下手すると凄い事になるかもしれない“ハルウララ杯”ですが、今のところ誰を出すかは明確には決めていません。
出来れば有名ウマ娘を全員といきたいですが、残念ながら私にはそこまで書ける程知識がないので推しが出てこない方は申し訳ありません。


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参加者は増えるよどこまでも

メインはウララとライス(のつもり)です。

それと、これは先んじて書いている作品の息抜きというか、煮詰まった時に書いてるので更新は不定期となります。ご了承ください。


「いいよ」

「ホント?」

「うん、マックイーンが出るしブルボンも出るんでしょ? 参加しない訳ないよ」

 

 呆気なくテイオーの参加まで取り付け、ウララとライスの表情は嬉しそうな笑顔となる。

 ここにきて最初にマックイーンの参加を取り付けた効果が如実に出ていた。ブルボンも参加を決めてくれたのはマックイーンがいたからであり、テイオーを推薦してくれたのもそれが理由だ。

 

「ライスちゃん、ありがとう。ライスちゃんのおかげで上手くいきそうだよ」

「そ、そんな事ないから。ウララちゃんの頑張りだよ」

「ううん、ライスちゃんがいてくれたからだよ。ありがと」

「っ」

 

 両手を優しく握り笑顔で感謝を述べるウララにライスの顔が熱を持つ。

 こうして面と向かって感謝を告げられる事にライスはまだ慣れていない。だからこそ、そうされると顔が熱くなり、どうしていいかが分からなくなってしまう。

 満面の笑顔を見せるウララと照れから俯き気味になるライス。そんな二人の世界を眺め、不満そうな表情を浮かべる者が一人。

 

「ね~、ボクの事忘れてない?」

「ぴゃっ?!」

「そんな事ないよ。テイオーちゃんもありがと」

「どういたしまして~。それで、他には誰を誘うの?」

「それなんだけど、テイオーちゃん、誰か心当たりない? もしくは参加して欲しい人」

「ボクの希望?」

 

 まさかの言葉にテイオーが目を丸くする。

 自分へ参加して欲しい相手を聞かれるとは思っていなかったのだろう。

 だが、テイオーへそんな事を言えば真っ先に挙がるのは一人しかいなかった。

 

「……いるっ! 案内するからついてきて!」

 

 こうして三人は校舎内へと向かう。先頭を歩くテイオーは上機嫌で歌まで歌い出す程で、そんな様子にウララはニコニコ笑い、ライスは嫌な予感を覚えて複雑な表情をしていた。

 

 やがて三人は一枚の立派な扉の前で止まった。そこがどこかをテイオーでなくても知っている程の場所だ。

 

「ここだよ」

「ここって……」

「生徒会室……だよね?」

「失礼しまーすっ」

 

 不安げなライスの声をかき消すようにテイオーが元気よく扉を開ける。

 そこには誰もが知っている一人のウマ娘がいた。

 

「ん? テイオーか。ノックしなさいといつも言ってるだろう。エアグルーヴがいないからいいが、いたらまた怒られているぞ?」

「あっ、ごめんねカイチョー」

「まったく……。おや、今日は一人じゃないんだな」

 

 やっちゃったというような顔のテイオーに苦笑するシンボリルドルフだったが、その後ろにあまり見ない顔がいる事に気付いたらしく、どこか意外そうな表情を見せた。

 

「うん。ウララ、ライスも入って入って」

「はーい。お邪魔しまーす」

「お、お邪魔します……」

「ああ、ハルウララとライスシャワーだな。思い出したよ。それで一体何の用だろうか?」

 

 珍しい組み合わせだと思いつつ、生徒会長としての顔へ戻したシンボリルドルフへウララが近寄るように一歩前に出た。

 

「あのっ、わたし達と一緒にレースしてくれませんか?」

「レース?」

「マックイーンとブルボンも参加してくれるんだって」

「それは凄いが……」

「あ、あの、ウララちゃん、本当のレースじゃ一緒に走れない人達が多くて、そんな人達と一緒に走ってみたいって」

 

 理由を知りたがってるだろう事を察し、ライスがウララの行動理由と目的を告げる。

 その話をルドルフは生徒会長ではなくウマ娘として聞いていた。故に分かったのだ。ウララが抱いている思いはウマ娘ならば誰もが抱くものである事を。

 

「そうか。話は分かった。だが、私は無理だ」

「「「無理?」」」

「参加してやりたい気持ちは山々だが、私は本調子ではないからな」

 

 万全の状態で走る事が出来ない以上真剣勝負の場へ出るべきではない。それが皇帝としての決断だった。

 

「だいじょ~ぶ。みんなと一緒に走りたいって気持ちさえあれば参加OKだから」

 

 だがそんな決断は必要ないとウララは笑顔で告げる。このレースに必要なのは勝ちたいという気持ちよりも普段走れない相手と一緒に走りたい気持ちなのだ。

 それをウララはハッキリと告げた。その真っ直ぐで純粋な想いにルドルフは思わず言葉を失い、そして次第に笑顔となっていく。

 

「ふふっ、そうか。そうだな。大事なのは走りたいという気持ちか」

「うんっ! 会長さんも一緒に走った事ない人多いでしょ? そんな人達と一緒に走ってみたいって思わない?」

「思うさ。ああ、思うとも」

「じゃあカイチョーも?」

「喜んで参加させてもらおう」

「「やったぁ!」」

 

 喜びのハイタッチをするウララとテイオー。そんな二人とは違い、ライスは目を何度も瞬きさせていた。

 

「ほ、本当にいいんですか?」

「いいとも。生徒会長ではなく一人のウマ娘として面白そうな話に参加させてもらおう。っと、そうだ。ハルウララ」

「何?」

 

 そこでルドルフが差し出したのは一枚の書類だった。そこには“コース使用届”と書かれている。

 

「これを書いて提出してくれ。普段の模擬レースとは規模が違うだろうし、何よりギャラリーも大勢集まるだろう。そうそう、ターフかダートか決めておいてくれ。勿論提出はレースの開催日が決まってからでいい」

「わぁ、ありがとう会長さん」

「カイチョー、両方ってのはダメ?」

「その場合は別日に分ける必要があるな。あるいは時間をずらすかだ。まぁ使用コースに関してはおそらくターフになるとは思うが、だからこそ普段走らないダートというのも面白いかもしれないな」

「うん、面白そう! ライスちゃんはどっちがいい?」

「え? やっぱり慣れてるターフ、かな?」

「ボクはどっちでもいいよ。ターフでもダートでも面白いレースになりそうだもん」

「また考えないといけない事が出来たね~。でも楽しそう! 会長さん、ありがとう!」

「どういたしまして。決まったら教えて欲しい。それと相談事があればいつでも来てくれ。生徒会室は生徒のためにいつでもドアを開けてある」

「じゃあじゃあ……」

 

 優しい笑みを見せ、生徒会長としての言葉を投げかけるルドルフ。

 そんな彼女へ、早速とばかりにウララが参加させたいウマ娘はと問いかけるのは当然と言えた。

 

 そしてルドルフが挙げた候補はある意味で当然とも言える存在だった。

 

「「「スペシャルウィーク?」」」

「ああ。あのジャパンカップで日本総大将という重圧を背負い、見事成し遂げた彼女と走ってみたい」

 

 そこでルドルフはチラリとテイオーへ目を向ける。その眼差しの意味が分からず小首を傾げるテイオーへルドルフは優しげな笑みを浮かべるやこう告げる。

 

「何せ私が本当に挙げたかった相手はもう参加を表明しているからな」

「カイチョー……」

 

 こうしてウララ達は生徒会室を後にしてスペシャルウィークを探しに動き出す。

 食堂へ行ってみると言うテイオーと別れ、ウララはライスと二人で校舎の外へと向かった。

 

「スペちゃん、どこにいるんだろう?」

「テイオーさんが食堂に行ってくれたから、残る心当たりは……」

「やっぱりトレーニングコースだよね」

 

 大抵のウマ娘がいる場所であるトレーニングコース。しかもマックイーンやブルボンと会った時にスペシャルウィークの姿を見なかった事もあり、二人はダートコースへと向かった。

 

「いないね~」

「うん」

 

 だが予想に反してそこにスペシャルウィークはいなかった。ただ代わりに……

 

「おや? そこにいるのはライスシャワーじゃないデスか」

「え? あ、エルコンドルパサーさん」

「こんにちはエルちゃん」

 

 仮面を着けたウマ娘ことエルコンドルパサーと出会ったのだ。

 芝を主戦場とするウマ娘の多くが苦手とするダートでも一定以上の強さを発揮する彼女は、こうしてどこでも走れるようにと練習を重ねていた。

 

「ウララも一緒でしたか。で、二人してここで何をしてますか?」

「実はスペちゃんを探してるの」

「どこにいるか知りませんか?」

「スペちゃん?」

 

 どうしてスペシャルウィークを探しているのかを説明したところで、ウララがエルにもレースへ参加して欲しいと言い出すのは当然と言えた。

 エルもその参加者を教えられ、最初こそ目を見開いたものの、どんどんその表情が興奮を隠せないものへと変わっていった。

 

「どうかな? 参加してくれる?」

「勿論デスっ! 今の参加者だけでもワクワクするレースで、早く走ってみたくてうずうずするデース!」

「良かったねウララちゃん。思わぬところで参加者が見つかって」

「うん! エルちゃん、ありがとう」

「いえいえ、感謝するのはこっちデース。まさか皇帝と一緒に走れるなんて思ってもいなかったデスし」

 

 マックイーン、ブルボン、テイオー、そしてルドルフ。この四人と一緒に走れる機会を提示されて断るウマ娘などいない。そうエルは確信していた。

 そして他に参加して欲しい相手がいるかと問われたエルは迷う事無くある一人のウマ娘の名を挙げた。

 

「「スズカさん?」」

「そうデス。異次元の逃亡者、サイレンススズカ。彼女も一緒に走ってくれたら最高にエキサイティングなレースになりますよ?」

「そうだね! よし、スズカさんにも声をかけよ~」

「う、うん。じゃあエルコンドルパサーさん、失礼します」

「エルでいいデスよライス。参加者が正式に決まったらまた教えてください。アタシはトレーニングに戻りますからっ!」

「分かった~っ! トレーニング頑張って~っ!」

 

 興奮を抑え切れなくなったかのように走り出したエルを見送り、ウララとライスはその場から動き出す。

 サイレンススズカの居場所を出会うウマ娘達に尋ねて回り、辿り着いた先には目当てのスズカともう二人ウマ娘の姿があった。

 

「あれ? ウララとライスじゃん。どうしてここに?」

「テイオーさん?」

「それにスペちゃんだぁ」

「お疲れ様ウララちゃん。ライスさんもお疲れ様です」

 

 そう、別れたテイオーと一緒にスペシャルウィークがいたのだ。

 

「テイオーちゃん、スペちゃんにあの話、してくれた?」

「したした。参加してくれるって」

「はい。テイオーさんもマックイーンさんも、ブルボンさんにルドルフさんまで参加するなら断る理由なんてある方がおかしいです!」

「そうね。だから私にも話を持ってきてくれた、でしょ?」

「はいっ! ウララちゃん、いいよね?」

「もっちろんっ! わたし達もエルちゃんの希望でスズカさんへ声をかけにきたの」

「エルちゃん? うわぁ、エルちゃんまで出るんだ」

「どんどん楽しみなレースになってきたね。じゃ、スズカの答えは?」

「喜んで参加させてもらうわ。こんなレース、絶対本当は実現出来ないもの」

 

 あっという間に参加者が二人増え、遂に出走ウマ娘が十人まであと一人となった。

 そこで今度はどれだけの人数で行うかが問題となった。あまりにも多すぎるのは考え物だが、かと言ってこうなってくると声をかけられていない事を気にするウマ娘も出てくる。

 

 その事をテイオーから指摘されたウララは、三人と別れた後で次の参加者を探す前にライスと共にどうしたものかと頭を抱える事となった。

 

「う~んう~ん……どうしたらいいのかな? ウララはただみんなと一緒に走りたいだけなのに」

「ウララちゃん……」

「ライスちゃん、どうしたらいい? 声かけてもらえない事で悲しくなる人が出るなんて思わなかったよ」

「うん、そうだね。じゃあ、これを一度で終わらせないようにしたら、どう、かな?」

「え?」

 

 ライスの告げた答えにウララの目が丸くなった。

 思ってもいなかったのだ。これだけのレースは一度っきり。だからこそみんな参加してくれるんだと。

 けれどライスはそうじゃなく、このレースをこれから何度もやればいいとウララへ告げた。別に一度じゃなければいけない理由はないのだと。

 

「ウララちゃんと同じように、マックイーンさんやブルボンさん達と本番のレースじゃ一緒に走れないって思ってるウマ娘はいっぱいいる。そういう子達も参加出来るように、ウララちゃんが今みたいな事を何度も企画してあげればいいんじゃないかな?」

「で、でも、それでその人達へ声をかけられるかは……」

 

 現状参加者は有力ウマ娘達ばかりであり、しかもその中から推薦される形で声をかけている。それではいつまでも自分のような立場のウマ娘は声をかけてもらえないと、そうウララは考えたのだ。

 

 そんな彼女へライスは強い眼差しでこう返す。

 

「それを励みに頑張れる子だっているよ。あるいは、自分もウララちゃんみたいに自分で声をかけてみようって思う子だって」

「ライスちゃん……?」

「自分は強いウマ娘の人達と一緒に走れない。だからってそのままじゃ寂しいってウララちゃんは動いた。その動いてみる事がどれだけ凄いかをライスは知ってる。断られたらどうしよう。嫌だって言われたらどうしよう。そうライスなら思っちゃうから」

「ライスちゃん……」

 

 かつてミホノブルボンの三冠を、メジロマックイーンの三連覇を阻止した事のあるライスシャワー。だからこそウララの行動力を心から凄いと思えるのだ。

 

 その結果、ライスシャワーだけではなくメジロマックイーンやミホノブルボン、トウカイテイオーにシンボリルドルフ、エルコンドルパサーとスペシャルウィーク、サイレンススズカまでがハルウララの呼びかけに応じてくれた。

 もうこのメンバーだけでもGⅠレース並の顔ぶれである。ここに更なる参加者が増えれば、間違いなく一年の最後を飾るレースよりも豪華な顔ぶれとなるだろう。

 

「ウララちゃんは優しいから、可能なら学園のみんなで走りたいって思うかもしれない。でも、それはダメなんだ。ウララちゃんみたいに自分で動く勇気や覚悟を持たないと。声をかけてもらえなかったって悲しくなる人には、今度があるって教えてあげるだけでいい。頑張れば今度は声をかけてもらえるかもって」

 

 ライスは春の天皇賞から逃げようとした過去がある。世間はマックイーンの三連覇を期待し、ライスがブルボンの三冠を阻んだ際にそれを喜ばない声が多かったために。

 そんな彼女だからこそ、ウララの行動力を素直に凄いと思えた。不安や恐怖よりも希望や期待を持って前へ進める事を。

 

「ウララちゃん、迷う必要はないよ。ウララちゃんが思ってる事と同じ事を思ってる人へ見せてあげればいいんだ。悲しいって思うなら、寂しいって思うなら、自分で動いてみようって。そうすれば、こんな事だって出来るんだからって」

「……ありがとう、ライスちゃん」

 

 噛み締める様なウララの声にライスは照れながらも小さく頷いて返す。

 この日はここで参加者探しは終わる。ただ翌日ウララの前に一人のウマ娘がやってくるのだが……

 

「おう、アンタがハルウララっちゅーウマ娘か?」

 

 それはまた、別の話……。




何故ハルウララ杯という呼び名が付いたかは今回でライスが言った事が理由です。

それとスペがエルの参加を聞いているので彼女の参加もほぼ確定です。


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“選ぶ”のではなく“誘う”だよ

ハルウララ杯は勝つ事が目的ではないというのが重要です。
それと彼女は別に選別しているつもりはありません。


「おう、アンタがハルウララっちゅーウマ娘か?」

 

 ウララの前に現れたのは、小柄で特徴的な口調のウマ娘だった。

 胸を張ってウララを見上げるような体勢の彼女。その名は……

 

「ウチはタマモクロスや。なんやオモロそうな事考えとるらしいなぁ。で? 何でウチに声かけへんのか教えてもらおか? ん~?」

 

 ギロリと睨み付けるように目付きを鋭くウララを見上げるタマモ。だがそんな視線を受けてもウララは怯える事もなく……

 

「ごめんね。誰に声をかけるかはわたしが決めてる訳じゃないんだ」

「は? いや、だってアンタが主催やろ?」

「しゅさい? えっと、みんなで一緒に走ろうって言い出したのはウララだけど、誰と走るかはウララだけで決めてないの。誘った人達に誰か走りたい人いるか聞いて声かけてるんだ」

「そいつらの走りたい人、か……。ナルホドな」

 

 納得出来たとばかりに息を吐いたタマモだが、そこへ寮から出てきたライスが姿を見せた。

 

「ウララちゃん、お待たせ」

「あっ、ライスちゃん」

「らいす? ああ、ライスシャワーやないか。菊花賞や天皇賞、ええ走りしとったな」

「え? っ!? た、タマモクロスさんっ!?」

 

 予想も出来ない相手に驚きライスの尻尾と耳が逆立つ。そんな反応にやっと期待していたものが観れたとばかりにタマモは満足そうに頷いていた。

 

「うんうん、それや。それがウチは欲しかった」

「え、えっと、何か美浦寮に用事ですか?」

「あのねライスちゃん、タマちゃんも一緒に走りたいんだって」

「えっ?」

「タマちゃん言うな。いや、でもまさか他薦やないと話がこんとはなぁ。どーりでウチやオグリが無視されるはずや」

 

 タマモクロスと仲が良いスーパークリークやイナリワン、そしてオグリキャップは最近前線を離れている。そのために名前が挙がり辛い状況と言えた。

 とはいえ前線を離れていると言っても最前線で重賞へ挑んでいる者と比べて、だ。世間からすれば十分活躍していると言える。

 

 ただ、トレセン学園という場所で考えれば第一線とは言い難いのだ。

 

「タマちゃんもわたし達と一緒に走りたいの?」

「ん? どういう意味や?」

「あのね、わたしがやりたいレースは一緒に走りたいって気持ちさえ強かったらいいんだ」

「一緒に走りたい気持ち……」

 

 まさかの条件にさすがのタマモクロスも面食らったのか目を見開いた。

 そんな彼女へハルウララは笑顔で頷いた。

 

「うん! タマちゃんもわたしと一緒に走ってくれるならうれしいな」

 

 混じり気のない純粋なレースへの想い。誰かと、みんなと走る事が楽しくて仕方ないという、忘れかけていたものを正面からぶつけられてタマモクロスはゆっくりと笑みを浮かべていく。

 

「ははっ、はははっ……ええやないか。ええで、一緒に走ったる。いや走りたいわ。ハルウララ言うたか。アンタ、オモロい奴やで」

「そう?」

「せや。ウチが保証したる」

「えへへ、ほしょうされちゃった。タマちゃんありがとっ」

「やからタマちゃんって……はぁもうええわ。特別に許したる」

 

 毒気を抜かれるウララの笑顔にタマモはそう諦めるように告げて息を吐いた。

 だがもうその表情に、目付きに最初のような鋭さはなかった。

 

 一方そんなやり取りを見つめてライスは感心するように息を吐いていた。

 ウララの性格や思考は知っていたが、それでもまさかタマモクロス相手でも何らぶれる事なく振る舞えた事に驚きと尊敬を抱いたのである。

 

(ウララちゃんらしいな……。でも、タマモクロスさんまで参加するなんて、これってもしかしなくても次の声かけ相手って……)

 

 白い稲妻の異名を持つタマモクロス。そんな彼女が一緒に走りたい相手として挙げる相手など、ほとんどの者が察しがつくものだった。

 

「それでタマちゃんは一緒に走りたい相手っている?」

「おるで。ちょうどええわ。今なら確実に食堂におるし、ついでに朝飯食べるとするか」

「うんっ! あっさごっはんっ! あっさごっはんっ! ライスちゃん食堂に行こーっ!」

「う、うん」

 

 タマモについていく形で歩き出すウララとライス。向かう先は当然食堂である。

 トレセン学園の食堂は朝から忙しい。昼時もそうだが、朝は時間が少ない中で動かなければならぬためにもっと忙しいのだ。

 

 そして、その忙しさを助長するウマ娘がそこにいた。

 凄まじい量の食事を黙々と食べ進める彼女こそ、タマモクロスが一緒に走りたいと指名しようとしている存在である。

 

 食堂に入った三人はそれぞれに注文をし、食事が載せられた盆を手に食堂の中を進んでいく。

 

「おっ、おったおった。お~い、オグリ~」

「……ん? タマか」

 

 既に制服から腹部が出る程に食べているのだろう。まるで妊娠しているかのような状態で振り返ったのはオグリキャップ。葦毛の怪物と呼ばれているウマ娘であった。

 

 彼女の隣へタマモクロスが座り、それに向き合う形でウララとライスがそれぞれ座る。すると見慣れない二人にオグリが小首を傾げた。

 

「この二人は?」

「ハルウララとライスシャワーや。例のレースの主催者達やな」

「そうなのか」

「あ、あのっ」

 

 納得したオグリだったが、そこでライスが意を決して手を挙げた。

 ウララはと言えば一人「いただきまーす」と手を合わせて焼き魚とにんじん定食を食べ始めていて、オグリもそれを見て再び箸を動かし始める。

 

「わぁ、そっちのもおいしそ~。ねぇ、一口ちょうだい?」

「構わないぞ。そっちのも一口もらえるか?」

「うん、いいよ。じゃあどーぞ」

「すまない。なら……ほら」

 

 ライスの事が目に入っていないように会話するウララとオグリ。それにどうしていいのか分からず固まるライスと、そんな彼女を見て可哀想な表情を浮かべるタマモ。

 そんな微妙な時間が若干流れた後、ライスはタマモの方へ視線を向けて戸惑いを見せた。

 

「え、えっと……質問してもいいですか?」

「ええよええよ。オグリの事は気にせんでええわ。あいつの目の前に飯があったらあーなるんが普通やし。で、何でレースの事をっちゅーならな、もう噂が流れ始めとるんや」

「噂?」

「せや。ハルウララっちゅーウマ娘が学園中の有力ウマ娘へ声かけてでっかいレースやろうとしとるって」

「ど、どうして……」

「自分ら、昨日サイレンススズカの居場所聞いて回ったやろ? それで何でか興味持った奴がおったらしいわ。それで自分らの話を聞いたんやと」

 

 そう、昨日スズカの居場所を尋ねて回った時、一人のウマ娘が何故ウララとライスがスズカを探しているのだろうと興味を持ち、こっそりと後をつけた結果レースの事を知ってしまったのだ。

 勿論走る事もレースを見る事も好きなウマ娘がそんな話を放っておくはずもなく、一晩の内にウララ達がやろうとしているレースは学園中の知るところとなっていた。

 

 だからこそ、自分が強いウマ娘と自負しているタマモクロスは苛立ちを隠せなかったのだ。

 何故自分やオグリへ声をかけないのか。葦毛とは走らないとでも言うつもりか、と。

 

 ただそれが誤解であった事はもう先程のウララとの会話で理解しているので怒りはなかった。

 

「で、トウカイテイオーやスペシャルウィークが出るっちゅーのは知っとるが、他に誰が参加する予定や?」

「あの、教えてもいいんですけど……」

 

 周囲から注がれている視線に気付き、ライスは困った顔を見せた。

 ここで参加者を言うと騒ぎになるのではと思ったのである。

 それを察したのだろう。タマモは仕方ないとばかりにため息を吐き……

 

「おうおう、見せもんちゃうぞっ! 興味あるんは分かるけどな、どうせその内分かる事や! 今は自分らの中で予想しあって楽しんどきっ!」

 

 と大きな声で言い放って周囲を威圧したのだ。

 

「……で、他に誰へ声かけとんのや?」

「は、はい。えっと……」

 

 ライスの口から出てくる名前にタマモもさすがに興奮を隠せなかった。特に彼女が表情を変えたのはシンボリルドルフが出ると聞いた瞬間だ。

 

「へぇ、あの皇帝まで走るんか。これは是が非でも参加せなあかんな。っと。そうやった」

 

 そこで本来の目的を思い出したのかタマモは隣で大きな腹をしているオグリへ顔を向ける。

 

「オグリ、聞いとったか?」

「ん? いや、ウララと食事に夢中だった」

「んなっ!? い、いや、アンタらしいわ。しゃーない。もっかい話すからよーく聞き」

「分かった」

 

 タマモの口から簡略的にこれまでの事が話され、オグリはその間お腹をさすりながらではあるが話へ耳を傾け続けた。

 すると彼女の表情もタマモと同じくシンボリルドルフが参加すると聞いたところで変化したのだ。

 

「……シンボリルドルフが出るのか」

「せや。な? アンタも参加するやろ?」

「出来るのならしたい。他にも走ってみたかった相手が大勢いる。ウララ、構わないか?」

「いいよ。今のオグリさん、ご飯食べてる時と同じぐらい嬉しそうだもん」

 

 すっかり親しくなった二人にライスは小さく笑い、タマモは軽く呆れを見せる。

 けれど思っている事は同じだった。これでまたレースが面白くなるという事を考えていたのだから。

 

 こうしてまたレース参加者が増え、遂に十人を超えて十一人となった。通常のレースでは、最大でも十八人が限度である事を考えるとそろそろむやみやたらと声はかけられないのだが……

 

「参加して欲しい相手?」

「うん。オグリさんの希望はある?」

「そうだな……」

「クリークとかイナリとか言うたらんかい」

「? あの二人とは結構走れたからな」

「いや、そうやなくてやな」

 

 呆れるタマモだが、オグリはちゃんとウララの目的と思想を理解した上での発言だった。

 本当なら一緒に走れない相手や走ってみたい相手とレースをする。故にこれまでレースでぶつかった事のある二人の名を挙げるよりも走った事のない相手をと考えていたのだ。

 

 そうしてオグリキャップの口から出た名前は……

 

「「「ゴールドシップ?」」」

「ああ、何度かレースを見た事があるが、本気で走った事はないような気がするんだ。それに髪色が私やタマと同じでマックイーンも出るなら余計一緒に走ってみたい」

「ま、まぁそれが本当かどうかは置いといてもオモロそうなレースになりそうやな」

「うんっ! みんなの髪がキラキラしてるのが目に浮かぶねっ!」

「ゴールドシップさんだけ大きく出遅れたりしないといいけど……」

 

 いつかの宝塚記念で見せた世紀の出遅れ。そういう事をやってしまうのがゴールドシップというウマ娘でもある。

 

 食事を終えてタマモとオグリと別れたウララとライスは、授業が始まるまでの時間でゴールドシップへ声をかけるべく動き出した。

 

「ゴルシさん、どこにいるかな?」

「まずはチーム用の小屋へ行ってみる?」

「そうだね。じゃ、行こう」

「うん」

 

 ゴールドシップを探して歩く二人。朝の風はまだ涼しく、それを浴びながら走ったら気持ちいいだろうと思わせる程爽やかであった。

 

「いい風だね~」

「うん、そうだね」

「レース本番もこんな感じだといいなぁ」

「あっ、そうだ。ウララちゃん、コースどうするかも考えないと」

「ああっ、そっか。ターフかダートか決めないといけなかったね」

「会長さんはどっちでもいいって感じだったけど……」

「うーん、じゃあメンバーが決まったらみんなで相談?」

「それが一番いいかも。でも、何となくどっちでもいいって言う気もする」

「少しいいだろうか?」

「「っ!?」」

 

 突然かけられた声に二人の尻尾と耳が大きく動く。振り返った二人が見たのは、二人のウマ娘だった。

 片方は眼鏡をかけ、もう一人は口に草を咥えている。その二人が誰かをライスは知っていた。

 

「び、ビワハヤヒデさんにナリタブライアンさん……」

「ああ。突然すまない。そっちにいるのがハルウララ、でいいだろうか?」

「うん、わたしがウララだよ」

「そうか。その、実はな、君に相談があって」

「姉さん、回りくどい言い方はしない方がいい。そいつらがやろうとしてるレースに参加させろでいいよ」

「レースに参加?」

「ブライアン、言い方と言うものがあるだろう」

 

 やれやれと言う様に額に手を当て、ビワハヤヒデは息を吐いた。

 

「すまないな。だが私達の本題はそこだ」

「私達をそのレースに出してくれ」

「いいよ。じゃあビワさんとブラさんの参加して欲しい人教えて?」

「び、ビワさん?」

「ブラさんって……」

「う、ウララちゃん、ブライアンさんじゃダメなの?」

 

 二人がウララの呼び方を若干嫌がっているように思い、ライスがせめてとそう問いかけた。

 けれどウララはそれに不思議そうな表情を返した。

 

「それじゃあ可愛くないよ?」

「……別に可愛くなくてもいい」

 

 ややぶっきらぼうに返して顔を背けるブライアン。その妹の姿にハヤヒデは小さく笑う。滅多に見れない愛らしいところを見れたためだ。

 

「クスッ、いいじゃないかブラさんで」

「姉さんっ!」

「私はビワさんでいいぞ。それと、参加希望者はチケットとタイシンだな」

「二人も挙げていいのか? ズルくない?」

「そのどちらかでいい。チケットもタイシンも聞かれれば相手を挙げるはずだ」

 

 BNWと称される三人。その絆は少々他の同期とは異なるもの。故にハヤヒデは察していたのだ。残りの二人も今の質問をされれば挙げられていない方を挙げると。

 

「ったく、なら私はマヤノトップガンだ」

「マヤちゃんかぁ。分かった。聞いておくね」

「頼む」

「そうだ。もし良ければ今決まってるだけでもいいからレースの参加者を教えて欲しい」

「分かりました。まずは……」

 

 ライスの口から告げられる名前にさすがの二人も驚きを隠せなかった。どんな重賞でも揃わないような名前が次々と出てきたためだ。

 

 だからこそ姉妹の顔が楽しみで仕方ないという風に変わっていく。

 シンボリルドルフ、オグリキャップ、タマモクロスといったレジェンドクラスから、トウカイテイオー、メジロマックイーン、ライスシャワー、ミホノブルボンといった実力クラスに、サイレンススズカ、エルコンドルパサー、スペシャルウィークのような新進気鋭の者達まで揃っているのだから。

 

「想像以上だな。これは滾らずにはいられない」

「ああ。今からレースが楽しみだ」

「参加する人が正式に決まったらまた声をかけます」

「分かった。楽しみにしている。では私達はトレーニングへ戻るのでこれで」

「うん、分かった。トレーニング頑張って~」

「ああ。じゃあな」

 

 揃って走り出す二人を見送り、ウララとライスは再びゴールドシップを探して歩き出した。

 だが気まぐれな彼女らしくどこにもその姿は見えなかったために、二人は仕方なく校舎へと向かう事になる。

 

 昼休みに昼食を食べてまた探そうと約束し、ウララとライスはそれぞれの教室へ向かうために別れた。

 

 さてライスと別れたウララだが、教室にいつものように明るく元気に入ったところまでは普段と同じ日常と言えた。違っていたのは……

 

「ウララちゃん、テイオーさんやマックイーンさんとレースするってホントっ!?」

「ねぇねぇ、そのレースっていつやるのっ!?」

「観に行ってもいい?」

「誰が出るのか教えてっ!」

「わわっ、ど、どうしたのみんな」

 

 一歩足を踏み入れた途端クラスメイト達に詰め寄られた事だろう。

 興奮している者から興味津々な者まで、声に出す者も出さない者も様々な者達がウララの話を聞かせて欲しいという気持ちだけは一致させていたのだ。

 

 だがこの詰め寄ったクラスメイト達の中にウララへ自分も出してと言う者は一人としていなかった。

 ライスの言っていた“自分から言える勇気や覚悟”がなかったのだ。

 ウララはその事を思い出す事はなかったが、誰も自分も一緒に走りたいと言い出さなかった事に首を傾げてはいた。

 

(何で誰も一緒に走らせてって言わないんだろう?)

 

 もし自分が逆の立場なら必ず参加させて欲しいと思いを伝えている。それがハルウララというウマ娘だ。

 それでもその疑問は時間が経つにつれて忘れていき、昼食を食べる時にはすっかり頭のどこにも残っていなかった。

 

「ウララちゃん、ゴールドシップさんだけど」

「うん」

「何でもトレーナーさんと一緒にどこかお出かけしてるんだって」

「そうなんだ。どこに行ってるんだろう?」

「それがね、何でも宝探しに行ってるとかで学園にはいないみたい」

「宝探し? うわぁ、楽しそうだね!」

 

 二人でにんじんハンバーグ定食を食べながらゴールドシップについて話す。残念ながら行き先不明となっている相手までは探す事は出来ないため、ならばとハヤヒデとブライアンの選んだ相手へ声をかける事にし、二人は食事の味に笑みを零すのだった。

 

 食事を終えた二人が向かった先はトレーニングコース、ではなくそのまま食堂の一角だった。

 

「マヤちゃん、ちょっといい?」

「ん? ウララちゃん? あっ分かった。マヤを噂のレースへ誘ってくれるんだ」

 

 食堂の一角で笑顔を浮かべながらはちみつ入りのドリンクを飲んでいたマヤノトップガンは、ウララとライスを見て即座にその目的を当ててみせた。

 彼女の持つ直感力の成せる業にウララとライスは揃って目を見開いて驚きを見せる。それを見てマヤは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「ど、どうして分かったの?」

「いぇーい☆ すごい? 分かった理由はね、アタシがマヤだからだよ、あはっ」

「すごいすごーい。じゃあじゃあ、レースに参加してくれる?」

「うん、いいよ。そういえば誰がマヤを誘って欲しいって言ったの?」

「ブライアンさんだよ」

「えっ? そっかぁ。マヤとまた走りたいって口にしてくれたんだ。えへへ、嬉しいかも。あっ、この事ネイチャちゃんにも伝えなくちゃ。ウララちゃん、ライスちゃん、バイバーイ!」

「あっ……行っちゃった」

「速いね~。まるで風みたい」

 

 慌ただしく食堂を出て行ったマヤの背中を呆然と見送るライスとウララ。

 マヤの誘って欲しい相手を聞きそびれてしまったので、仕方なく次はウイニングチケットかナリタタイシンを探す事に。

 

 だが食堂を出ようとしたところで二人へ声をかける者がいた。

 

「ごめんね。すぐ終わるからちょっとだけいい?」

 

 その相手、グラスワンダーは一度だけ深呼吸をして息を整えるとウララとライスへこう尋ねた。

 

「エルやスペちゃんから聞いたんだけど、ウララちゃん達がやろうとしてるレースに私も出してもらう事って出来る?」

「うん、いいよ」

 

 そしてそういう申し出に対してウララの返答は決まっていた。思いの外あっさりだったからか、若干グラスは拍子抜けしたかのように目を何度か瞬きさせたが、そんな彼女へライスは同意するように小さく苦笑する。

 

「グラスワンダーさん、心配しなくてもウララちゃんは参加させてって言われたら誰にでもいいよって言いますから」

「そ、そうなんだ。でも、うん。ウララちゃんらしいね」

「えへへ」

「本当にありがとう。じゃあ私お昼食べないといけないからもう行くねっ!」

 

 二人が言葉を発する前にグラスは食堂の中へと消えていく。さすがに二人も限りある昼休みで食事もまだの相手を呼び止める事はしなかった。

 

「グラスちゃんにも後で聞かないといけないね」

「……そう、だね」

 

 何か歯切れの悪い返事をするライスだが、ウララはそれに小首を傾げるだけでそれがどうしてかを確かめる事はしなかった。

 

 そうして食堂を後にし出会う生徒達に聞き込んだ結果、ウイニングチケットもナリタタイシンも揃ってトレーニングコースへ向かうところを見たという情報が集まり、二人は早速トレーニングコースへ向かった。

 ターフかダートか分からなかったが、おそらくターフと当たりを付けてそちらへ向かうと……

 

「あっ、いた! チケットさ~んっ! タイシンさ~んっ!」

「ん?」

「ハルウララ……それとライスシャワー」

 

 準備運動をしていた二人を見つけ、ウララとライスはそこへ駆け寄った。

 もうその二人が来ただけで何の用件かを察したのか、チケットもタイシンもどこか笑みを浮かべている。

 

「あの、ビワハヤヒデさんが二人と一緒に走りたいって」

「うん、どうかな? わたし達と一緒に走ってくれない?」

「やっぱりその話か。もちろんいいよっ!」

「ああ、こっちとしても拒否する理由がない」

「ありがとう! じゃあ」

 

 いつものように二人にも参加して欲しい相手を聞こうとウララが口を開いた時だった。

 

「ウララちゃん待って」

「え?」

 

 何故かライスがそれを遮ったのだ。不思議そうな表情のウララを無視し、ライスは目の前の二人へ話しかけた。

 

「二人も会長さんやテイオーさんと走れるの楽しみですか?」

「ええっ!? か、会長も出るの?」

「マジかよ……。いや、嬉しいけどさ」

「う、うん。そっかぁ。BNWどころじゃないな、それ。楽しみだよ」

「ああ、本気で楽しみだ」

「良かった……。じゃあ、参加者がちゃんと決まったらまた教えます」

「うん、お願い」

「頼む」

「ウララちゃん、行こう」

「う、うん」

 

 どこか疑問符を浮かべたままライスに手を引かれるようにウララはその場を後にする。

 しばらく歩き、誰もいないのを確認してライスは足を止めた。

 

「ウララちゃん、もう私達から声をかけるの止めよう」

「え? 何で?」

「人数も増えてきたし、マヤちゃんとグラスワンダーさんは指名しないで行っちゃった。じゃあチケットさんやタイシンさんへ聞くのはダメだと思う」

「でもマヤちゃんやグラスちゃんには後で聞けば」

 

 いい。そう続けようとしたウララへライスは首を横に振った。

 

「もうみんなレースの事を知ってる。なのに声をかけてきたのはタマモクロスさんとビワハヤヒデさんにブライアンさん、それとグラスワンダーさんだけ。逆を言えば、もう参加したい人は声をかけてきてるんだよ? なら、後は待つだけでいいと思う」

 

 既に参加者も十人を超え、何と十七人となっていた。レースを行うには十分な人数である。

 ライスはそれを考え、ここからは自発的に動ける者だけ参加させるべきと考えたのだ。

 その考えにウララは迷った。たしかに教室でクラスメイト達に詰め寄られたが、その中の誰も参加させてと言わなかった。もし言っていればウララは迷う事無くその参加を認めただろう。

 だからこそ、ウララはライスの発案の意味を感覚的に理解した。そしてそれが現時点では一番最適だという事も、何となく分かった。

 

 だが……

 

「ねぇライスちゃん……」

「ウララ、ちゃん?」

 

 それでもハルウララは……

 

「あのね、ライスちゃんが言ってる事、ウララも分かるつもりだよ。でも、でもね、やっぱりこのレースはわたしが走りたいって思った事から始まってるんだ。だから、わたしが声をかけるべきじゃないかなって、そう思うんだ」

 

 どこまでも、このレースの根底にある事を忘れなかったのだ。

 

「タマちゃんやビワさんみたいに声をかけてくれるのはうれしいよ。でも、それを待つのは違うと思う。わたしがライスちゃんと走りたいって思ったように、マックイーンさんやブルボンさんへ声をかけたように、大事なのはわたしが動く事だと思うんだ」

「ウララちゃん……」

「だって、そうやって動く事がスゴイってライスちゃんがほめてくれたんだもん」

「っ」

 

 嬉しそうに笑うウララにライスは心を掴まれた感覚に陥った。

 今ウララが自分の意見をやんわりと拒否する理由は、他ならぬ自分の言った言葉だからと分かったからだ。

 

「でも、たしかに人数が増えてきたし、次で声をかけるの最後にするよ。だから、一緒に誰がいいか考えてくれないかな?」

「っ……うん。うんっ!」

 

 強く繋がれた手を見てライスは瞳を潤ませながら力強く頷いた。

 嫌だって言われたらどうしよう。断られたらどうしよう。そう考えてしまうライスへ、ウララは絶対に突き放す事はしないよと行動で示してくれたと考えて。

 

「えへへっ、じゃあまた放課後に相談だね」

 

 その問いかけに返ってくる声はなかった。ただライスは嬉しそうに、けれど大粒の涙をポロポロと流しながら頷くのだった……。

 

 

 

 放課後となり、多くのウマ娘達がそれぞれ動き出す中、ウララとライスは生徒会室に来ていた。

 レースの事を聞いているからか、エアグルーヴの表情が何とも言えないものとなっている。

 けれどそこで声をかけないのは彼女なりの気遣いだった。何せ今ウララ達がルドルフに伝えている内容は……

 

「残り一人で声かけを止めるから後は待っていて欲しい、か」

「うん。だからそれをみんなに伝えて欲しいなって。参加させてって言われるとウララダメって言えないから」

 

 最後の一人を入れれば十八人。だからそれで声かけを止めるべきだという考えはルドルフにも理解出来た。

 

「分かった。なら早速通達しよう」

「ありがとう」

「あ、ありがとうございます」

「いや、それにしてももう最後の一人、か。誰が来ても楽しみな顔ぶれだ。それで、もう最後は決めているのか?」

 

 ピクンっとエアグルーヴの耳が動く。生徒会の業務をこなしながらその気持ちは今一点へ集中していた。

 

「それがまだ決まってないの。会長さんはもう誰かいない?」

「私か?」

「その、ウララちゃんとここへ来る前に話し合ったんですけど、やっぱり私もウララちゃんも特にこの人って相手が浮かばなくって」

「わたしはみんなってなっちゃって、ライスちゃんはもうそういう人がいないって」

「そうか。ふむ、なら……」

 

 ピクピクとエアグルーヴの耳が動き、尻尾が忙しくなく左右に動く。

 

「私ではなくギャラリーとなる生徒達から意見を聞いてみたらどうだ? このレースの最後の一人は誰がいいか。ファン投票ならぬ生徒投票だ。用紙に見たい選手の名前を書いてもらい、この部屋で開封して確かめてから君達で声をかけに行けばいい」

「うわぁ、それはいいかも。みんなが観たい人って事だもんね」

「うん、最後の一人を決めるなら一番いいやり方かも。会長さん、ありがとうございます」

「礼には及ばないよ。ならばそれも先程の通達に合わせて学園中へ連絡しよう」

「「ありがとう(ございます)っ!」」

 

 そこでエアグルーヴの意識は三人の会話から離れて業務へ完全に向けられる事となった。

 それから少しだけ何事かを話して笑顔で生徒会室を後にするウララとライスを見送り、がっかりするようにエアグルーヴの耳と尻尾が垂れ下がる。自分が選ばれる最後の可能性が消えたためだ。

 

 と、そんな彼女の背後にルドルフが静かに近寄った。

 

「エアグルーヴ、聞いていたか? 先程の事を今すぐ学園中へ放送してくれ」

「はい、分かりました。あの、会長?」

「どうした?」

「いえ、今回の模擬レースですが、どう表現しましょう? ハルウララ主催レースと、そう言うのは回りくどい気もしますし、何よりやや堅苦しいかと」

「そうだな……」

 

 若干の間が空いて、ルドルフが思いついた表現は……

 

「ハルウララ杯、というのはどうだ?」

「……まぁ伝わり易いとは思います」

「ならそれで頼む。ああ、そうだ」

「まだ何か?」

 

 放送室へ向かおうとするエアグルーヴへ、シンボリルドルフは楽しげに笑みを浮かべてこう告げた。

 

「彼女達が言うには、このハルウララ杯は一度で止めるつもりはないそうだ。だから今回ダメでも次がある」

「な、何を言っておられるのか分かりません」

「ふふっ、そうか。それならいい。私は次回も声をかけてもらえるようにしなくてはと、そう思ったのだ」

 

 楽しげにそう笑みを浮かべてルドルフは席へと戻る。その背中を見つめ、エアグルーヴは生徒会室を後にした。

 

「……次回、か。そうだな。こんな催し、一度で終わるには惜しい」

 

 小さく笑みを浮かべてエアグルーヴは歩く。そしてどこかでこうも思っていた。

 

 このレースはハルウララだからこそ可能なのかもしれない、と……。




最後の一人は果たして誰になるのか。それを想像してお待ちください。


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こうして参加者は決まる

最後の一人は色々悩みましたがこうなりました。
予定では次回で終わりです。


 その日、朝から学園中はある事の話題で持ち切りだった。

 

「ねぇ、誰に投票した?」

「まだ迷ってるんだよね。だってさ、アレ見た?」

「見た見た。アレでしょ? 食堂前の掲示板や昇降口の掲示板に張ってある奴」

「ヤバいよね。アタシさ、アレ見ただけでマジヤバっ! って耳から尻尾までゾワゾワってなっちゃってさ」

「分かるわ~。あの参加者一覧だけでもうアガるって感じ」

 

 ハルウララ杯と銘打たれた大模擬レース。その参加者の一覧が製作され、学園の生徒が必ず目にする場所へ張り出されていたのだ。

 しかもそこには投票用紙が置かれており、そこに載っていない者で見てみたい選手を一名記入し、生徒会室前、食堂前、昇降口付近の計三ヶ所に置かれた投票箱のいずれかへ投票するようにとの張り紙もあった。

 

 そのため、朝から学園中が誰に投票するかでざわざわしていた。

 

 当然主催者であるウララの周囲もその影響で騒がしくなっていると、そう思われていたのだが……

 

「う~んう~ん……」

 

 幸か不幸か今のウララは周囲が声をかける事を躊躇する程悩んでいた。

 彼女の机の上には一枚の用紙が置かれている。それはルドルフが渡してくれた“コース使用届”であった。

 参加者も残り一人となり、ウララはいよいよ本格的なレースの仕様を決める段階へ入っていたのだ。

 

「ターフかダート、どっちにするかはみんなで決めるからいいけど、距離を決めないとダメなんだよね。あとあと、いつするかも決めないといけないなぁ」

 

 心の声が全て言葉になって出ているウララ。そんな彼女を遠巻きに眺めてクラスメイト達はひそひそと話し合っていた。

 

「距離だって」

「やっぱり中距離が無難じゃない?」

「マックイーンさんやライスが出るなら長距離でしょ」

「だからこそみんな不得意な短距離?」

「間をとってマイルは?」

「距離はどれでもいいでしょ。問題は芝かダートか、よ」

 

 あくまでひそひそと話しているので頭を抱えて悩むウララの耳には幸か不幸か届いていないが、これだけでも何故彼女が悩むか分かろうものだ。

 

 ウマ娘には適性距離というものがあり、それが異なるだけで得手不得手が出てしまう。

 ウララとしてはみんなに楽しく走ってもらいたいと考えているため、この距離が一番悩ましい問題であった。

 

 それでもハルウララ杯開催に向け、ウララは懸命に頭を動かしていた。

 ただそちらにばかり気を取られ、授業が疎かになっていたのを注意される事も多くなってしまったが、それもウララらしいと周囲は苦笑するのだった。

 

 そんな事があっての昼休み。ウララは用紙を手にフラフラと食堂へと向かった。

 ライスは既に他者に誘われて昼食へと出ていたので、ウララは久々に一人で昼休みを過ごす事になりそうだと思いながら歩いていた。

 そうやって歩いているとあちこちから誰に投票するかという話が聞こえてくるが、それに構う事なくウララは食堂へ入ろうとして、その手前にある掲示板前の人だかりに気付いて足を止めた。

 

「……すごいなぁ」

 

 そこに張り出されているハルウララ杯参加者一覧は、改めて見ても豪華な顔ぶれだった。

 スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、サイレンススズカ、マヤノトップガン、ライスシャワーといった今売出し中の者達から、ナリタブライアン、ウイニングチケット、ナリタタイシン、ビワハヤヒデ、ミホノブルボン、メジロマックイーン、トウカイテイオーという実力者達に、オグリキャップ、タマモクロス、シンボリルドルフの伝説クラスとなりつつある者達の名前が書かれているのだ。

 

「ウララも頑張らないとね」

 

 勿論そこにはハルウララの名前も書かれていた。実力では遠く及ばないとウララも分かっているが、それでも彼女は本来なら走れない名前の中に自分の名前がある事に笑顔を見せた。

 

 食堂へ入るとウララは本日のオススメと書かれた“にんじんサラダサンド”と“ローストチキンのキャロットソースサンド”をトレイに載せた。

 普段ならば定食のような選択をするが、今日は何となくサンドイッチの気分になったウララは飲み物にミルクを選びフラフラと席を探して動き出す。

 

「混んでるなぁ」

 

 いつもならばどこかしら空いている食堂も、ハルウララ杯の影響で大勢の生徒達が投票用紙を前にああでもないこうでもないと意見を交わしていた。

 

「おっ、ウララやないか」

「え? あ~、タマちゃんだ」

 

 ウララが声のした方へ顔を向けると、タマモが彼女へ向かって手を挙げていた。そのテーブルには他にもスーパークリーク、イナリワン、オグリキャップがいる。

 

「はじめましてウララちゃん。スーパークリークよ。クリークでいいわ」

「はじめましてクリークさん。ハルウララだよ。よろしくね」

「可愛い子だねぃ。あたしはイナリワン。イナリでいいよ」

「うん、分かった。よろしくイナリちゃん」

「んなっ?! く、クリークはさん付けであたしはちゃん付け?」

「ま、当然やろ。ウチもタマちゃんやしな」

「ぐぬぬ、な、納得いくようでいかない……」

「ウララちゃん、よかったら一緒にどぉ?」

「いいの? わーい! ありがとう!」

 

 一つだけ空いていた場所へ近付き、ウララが嬉しそうにトレイを置くとコース使用届が四人の視界に映った。

 

「ん? 何やそれ?」

「えっと……コース使用届って書いてあるわね」

「あー、あれじゃない? ハルウララ杯のためのやつでしょ、それ」

「そうなのか?」

「うん。でも、色々と決めないといけない事が多くて……」

 

 そこでウララは四人へ頭を悩ませている事を吐露した。レースに関して色々と決めねばならないが、特に頭を悩ませているのが距離の設定だと。

 

「ウララは特にそうってワケじゃないけど、みんなは一着になる事を一番強く目指してるでしょ? だから……」

「ナルホドなぁ。得意不得意のある距離は一番頭が痛いっちゅー事か」

「あー、それもそうだねぃ。あの面子は確実にあの中で一着を取りたいって思う連中ばかりだ」

「そうなのか?」

「「「「え?」」」」

 

 オグリの疑問にウララ達が揃って疑問符を浮かべた。

 

「いや、私はただ普段走れない相手と走れるだけで十分だ。たしかにその中で一着を取れたら嬉しいが、何が何でも一着をまでは思わない」

「そ、そうなの?」

「ああ。ハルウララ杯は勝つためにやるものじゃないとウララは言った。普段走れない相手と走る。それが目的だ。そうだろ?」

 

 オグリの問いかけにウララは目を見開いて口も開いた。気付いたのだ。オグリは“普段走れない相手と一緒に走る事が大事”という自分の最初の目的を思い出させてくれた事に。

 

「うんっ!」

「なら距離は悩む必要はない。中距離でいいだろう。長すぎず短すぎずだ」

「せやな。ウチも勝ちたい気持ちはある。でも、大事なんはそこやなくて、普段走れん相手とレース出来る事や」

 

 出場選手であるオグリとタマモは小さく頷き合う。走る以上は一着を目指すが、それよりも大事なのは楽しむ事だと確認し合ったのだ。

 

「いいわね~。私も出たかったな~」

「ホント、何とか投票で選出されないかなぁ」

 

 そんな二人を羨ましそうに見つめるクリークとイナリ。もし生徒会からの通達がなければ真っ先にウララへ参加希望を伝えていたと、その雰囲気は告げていた。

 

「ごめんね。ホントは走りたいみんなでレースしたいんだけど……」

「気にしないでいいのよ~。私もタマちゃんみたいに動けば良かったんだし」

「そうそう。行動するのがちょ~っとばかし遅かったって事だしねぃ」

 

 若干気落ちしたように二人が見えたウララは、まだルドルフにしか言っていない事を教える事にした。

 

「だいじょ~ぶ。このレースは一回で終わりにしないから」

「「「「え?」」」」

「こ~んな楽しいレース、一回だけじゃもったいないもん。ウララ、頑張って次も、その次もこういうレース出来るようにするから。クリークさんもイナリちゃんもガッカリしないで」

「ウララちゃん……。ええ、分かったわ。次は私も最初から参加出来るように声をかけるわね」

「よし、決めた。次回はあたしも最初っから参加するよ。だからウララ、頑張って成功させな。このハルウララ杯」

「うんっ! ウララもクリークさんやイナリちゃんとも走ってみたいからね! ゼッタイ、ぜぇ~ったいに次もやってみせるから待ってて!」

 

 持ち前の明るさが完全復活したウララの言葉にクリークもイナリも笑顔で頷く。

 こうしてお腹も心もいっぱいとなったウララは、元気よく食堂を後にして教室へと戻る。

 

 一方その頃のライスはと言えば……

 

「ではコースは参加者が全員決まったところで話し合うのですか?」

「そうするつもりです。距離はウララちゃんが決めてくれますけど、コースだけはみんなで話し合いたいって」

「ターフかダートか。ほとんどの参加者がターフを得意としますけど、だからこそダートと言うのもアリですものね」

 

 トレーニングコースの片隅でブルボンやマックイーンと昼食を食べながら話し合っていた。

 その話題もやはりハルウララ杯についてだったのは言うまでもない。二人も参加者一覧が張り出された事でその顔ぶれに驚きと喜びを覚え、すぐにライスへ接触を図った程だったのだから。

 

「いいのですか? ダートではマックイーンさんも本来の力が出せないのでは?」

「ふふっ、構いませんわ。このレースの目的は、普段走れないような相手と走る事。勿論勝ちたいとは思いますけど、大事なのはウララのように楽しむ事ですもの」

「マックイーンさん……」

「そうでしょう?」

 

 ライスへ微笑みながら問いかけるマックイーン。それはウララの気持ちや考えに賛同するからこその問いかけだと気付き、ライスは嬉しそうに頷いた。

 

 と、そんな時だった。

 

「ちょ~っといいかな?」

 

 聞こえた声に三人が振り向くと、そこにはナイスネイチャが立っていた。

 

「ネイチャさん……」

「何か御用ですの?」

「あー、うん。マヤノがさ、昨日嬉しそうに話してくれたのよ。えっと、ハルウララ杯、だっけ。それに誘ってもらえたって」

「あ、はい。ネイチャさんに教えるって言って走って行きましたから」

「なのにさ、アタシも出してもらおっかなぁって思ったところで声掛けしないでって放送が入ってきて……」

 

 そこでライスは察した。ネイチャは声をかける勇気を持ったのが少し遅かったのだと。

 

「ネイチャさん、その、今回は無理ですけど……」

「あー、やっぱりそうだよね。いいのいいの。分かってはいた事だし」

「で、でも、次がありますから!」

 

 このままネイチャをがっかりさせてはならない。そう思ったライスはその場で立ち上がって大きな声を出した。その脳裏にはウララの事が浮かんでいたのだ。

 

(きっと、きっとウララちゃんならこう言ってる。私が次があるってすればいいって言った事で会長さんにまたやりたいってハッキリ言えたんだから)

 

 声をかけられない事やレースに出られない事で、誰かが悲しんだり寂しくなったりしないようにしたい。

 そうウララが考えている事を誰よりも知るライスだからこその行動だった。

 

「次?」

「はい。ウララちゃんはこのレースを一度で終わらせたくないって会長さんに言いました。そうしたら会長さんも同意してくれて」

「次回がありますの?」

「はい。ウララちゃんは次回だけじゃなくて出来る限り何度もやりたいって」

「それは……何とも夢のある話ですわ」

 

 言いながらマックイーンはブルボンへ視線を向けた。彼女もマックイーンと同じ感想を抱いていたようで視線に気付くと小さく頷いてみせる。

 

「このハルウララ杯が今後も継続して開催されるのなら、そこに出られる事は喜びであり楽しみにもなります」

「ええ。それに出られないとしても、観るだけでも心躍るレースが展開されると思えば不満はありませんもの」

「で、頑張れば自分もそこに出られるって? いや違うか。指折りの実力ウマ娘相手だろうと、一緒に走りたいってちゃんと卑屈にならず言えればいいのか……」

 

 自分の手をジッと見つめてネイチャは息を吐いた。何故参加したいという声掛けを禁止されたのかを正しく理解したのである。

 

「はい。ウララちゃんは一緒に走りたいって言ってくれたら誰とでも走ります。そして、同じぐらいみんなと走りたいって思うんです。だから、次はネイチャさんからウララちゃんへ声をかけてあげてください。ううん、走りたいって思う人へ自分から声をかけてみてください」

「……参ったなぁ。ハルウララって戦績が振るわないけどレース回数だけは凄いウマ娘って、そう思ってた自分が嫌になるわ。考え方や振る舞いが素直で純粋なのか。うん、参った参った。レースへの情熱と走る事への気持ちだけは誰にも負けないとはね。ホント、参ったなぁ……」

 

 右頬を人差し指で掻きつつ、ネイチャはそう言って小さく笑みを零す。

 忘れていた何かを思い出したかのような、そんな表情で。

 

「うん、分かった。アタシも次は自分から参加させてって言おっかな。今回の事でハルウララってウマ娘に強い興味出てきたしね」

「はい! ウララちゃん、すっごく喜びます!」

「そっか。じゃ、とりあえず今回は観客として楽しませてもらうとするよ。じゃこれで失礼するね~」

 

 ヒラヒラと後ろ手を振ってネイチャはその場から立ち去って行く。

 その背中を見送り、ライスは静かにその場へ座った。

 

「……良かったぁ」

 

 安堵するように胸を押さえ、ライスは心の底からそう呟いた。何もネイチャを納得させられたからではない。ウララの気持ちや考えを伝える事が出来た事にライスは安堵していたのだ。

 

 そんな彼女を見てマックイーンとブルボンは微笑んだ。二人も正しくライスの呟きの意味を察したのである。

 

「ライス、貴方からハルウララへ伝えてください。私達がハルウララ杯を楽しみにしていると」

「ええ、テイオー達だけでなく貴方とも走れるのを心待ちにしていますと」

「はい! 必ず伝えます!」

「それと、貴方には菊花賞での借りを返しますので」

「私も春の天皇賞での借りを返させていただきますわ」

「そうはいきません。今のライスはヒーローだから負けません」

 

 真剣な表情で睨み合う三人だが、それもすぐに微笑みへと変わる。これまでの事は因縁などではなく絆なのだと、そう言い合うように……。

 

 

 

 放課後となり、ウララとライスは昨日と同じく生徒会室を訪れていた。投票の結果を知るためである。

 だがこの日の生徒会室は珍しい状況となっていた。ルドルフが開票の手伝いを呼んでいたために人数が多かったのだ。

 

「さすがに私やエアグルーヴは生徒会の仕事もあるからな。終わり次第手伝うつもりではあるが、それまでは申し訳ないが開票は君達で行ってくれ」

「うん、分かった。頑張ろうねライスちゃん、テイオーちゃん、バクシンちゃん」

「うん」

「オッケー」

「お任せくださいっ!」

 

 ちなみに何故サクラバクシンオーが呼ばれたかと言えば、その性格故に不正行為などしないと確信されたためである。

 それとテイオー以外の参加者は、さすがにトレーニングを休みにしてまで開票作業をさせる訳にはいかないというルドルフの判断があったために不参加となっていた。

 つまりテイオーは自主的にここにいたのだ。これも常日頃から生徒会室へ顔を出しているからこその出来事と言える。

 

 三ヶ所から運ばれた投票箱はどれも沢山の投票用紙が入っているため、一つずつ開票作業を行う事となった。

 

「「「「お~……」」」」

 

 一つだけでもかなりの量の投票がされている事を目の当たりにし、四人の口から感嘆の声が漏れる。だがバクシンオーがすぐに開票作業へと取りかかった。

 

「皆さん、時間がありません。バクシン的に作業を進めましょう!」

「「おーっ!」」

「お、おーっ」

 

 こうして開始された開票作業。書かれている名前はやはりと思う者ばかりであり、全てが活躍しているあるいは活躍した事のあるウマ娘達だった。

 

「結構大変だね~」

「うん。でも何だか楽しい」

「だよねだよね。見てて分かる分かるって思う名前ばかりだし」

「ですが早く終わらせないと消灯時間となってしまうかもしれません! 委員長としてそれは見過ごせませんっ!」

「あっ、バクシンちゃんの名前もあるよ」

「なんとっ! これは私がバクシン的に参加する流れが!?」

「「来てないよ(です)」」

「ガーンッ!」

 

 呆れるように告げるテイオーと冷静に告げるライスの言葉にバクシンオーがガックリと項垂れる。

 そんな賑やかな開票作業をチラリと見やり、エアグルーヴは小さくため息を吐いた。

 

(まったく……相変わらず騒々しい奴だ)

 

 ある意味でバクシンオーとは顔なじみとなりつつあるエアグルーヴ。猪突猛進な気質があるバクシンオーは、真面目なのだが色々と問題を起こす存在として認知していたのだ。

 

 けれどそんなエアグルーヴも、やがて聞こえてくる四人の声に笑みを浮かべる事となった。

 普段は静かな生徒会室がこの日は賑やかで明るい雰囲気に包まれていたからだと、後に彼女は気付く事となる。

 

 そうして二時間は経過した辺りで一つ目の投票箱の開票作業は終了した。

 

「この時点でも結構候補者が絞れるね」

 

 テイオーはそう言って綺麗に振り分けられた投票用紙を見つめた。

 

「そうですね。私への票が数える程なのが納得出来ませんが」

「副会長さんは結構あるけど……」

 

 そのライスの言葉にエアグルーヴの耳がピクンと動くと、それを視界に収めていたのかルドルフが小さく笑みを零す。

 

「今の時点で多いのはターボちゃんにゴールドシップさん、マルゼンスキーさんだね」

「だね。じゃあ二つ目、開けようか」

「待ってください! その前に今開票した分をちゃんと記録しておきます!」

「あっ、じゃあ私が言っていくので書いてもらっていいですか?」

「お任せを!」

 

 ホワイトボードへいくつかの名前と正の字が書かれていく。そしてそれが終わると二つ目の投票箱が開けられ、再び開票作業が始まる。

 単純作業故に中々根気が必要な作業だが、バクシンオーは持ち前の生真面目さで、テイオーはルドルフが見ているという気持ちで、ライスは無心で、ウララは誰の名前が出てくるんだろうというワクワクで、それぞれ作業を進め続けた。

 

「私も手を貸そう」

「いいのカイチョー?」

「ああ。テイオー、そちらの分を少しこちらへ回してくれ」

「うんっ!」

 

 やがてルドルフが参加し……

 

「まったく、見ていられん。少し渡せ」

「おおっ、手伝ってくれるのですか!」

「仕方なくだ。お前がこの中で一番そそっかしいからな」

 

 エアグルーヴも参加する頃には二つ目の開票作業も終わりが近付き、投票箱も最後の一つを残すだけとなっていた。

 

「よし、ここで一旦食事にしよう。この分だと最後の作業を終えた頃には食堂が閉まってしまう」

 

 二つ目の開票作業が終わり、記入まで済んだ辺りでルドルフが一旦休憩を告げる。

 既に夕方を過ぎており、このままでは開票作業が終わる頃には夕食の時間を過ぎると読んだからだった。

 だが全員で食堂へ移動し食事をすると開票作業が遅れてしまう。そう考えたエアグルーヴはルドルフへある提案をした。

 

「会長、でしたらここは二人程食堂へ向かわせて、おにぎりかサンドイッチ、それと飲み物を取ってきてもらうのはどうでしょう?」

「……そうだな。その間残りの者で作業を続ければ多少時間を縮められるか」

「はいはーいっ! ならウララが行くよ~っ!」

「ならば私も行きましょうっ! バクシン的に夕食を調達してきますっ!」

「そうか。なら頼むぞ、ウララ、バクシンオー」

「「はーい(はい)っ!」」

 

 揃って生徒会室を出て食堂目指して動き出す二人だったが、そこでバクシンオーが全力で走り出してしまうのがらしさであろうか。

 

「バクシンバクシーンっ!」

「バクシンちゃん待って~っ!」

「は~っはっはっは! ウララさんダメですよ! もっとバクシンしてくださいっ!」

「よ~っしっ! ウララがんばるよっ! よ~い、ドンっ!」

「おおっ! その調子ですっ! では一緒にいきますよ? せ~のっ!」

「「バクシンバクシーンっ!!」」

 

 ここで救いだったのは時刻が遅い事もあって校舎内に他の生徒がいなかった事だろう。

 おかげで二人は大きな事故などを起こす事もなく食堂へ到着し、事情を説明しておにぎりやサンドイッチなどを用意してもらう事になった。

 

 それが出来るまでそこで待つ事となり、バクシンオーはここぞとばかりにウララへ質問をぶつけ始める。

 

「何故私へ声をかけてくれなかったのですか?」

「えっと、最初にライスちゃんへ声をかけて、次は……」

 

 怒りではなく心からの疑問を口にするバクシンオーへウララも素直に答え続ける。

 やがてその話題は今行っている開票作業に関するものへと変わった。

 

「バクシンちゃんは誰になると思う?」

「そうですね……少なくても短距離が得意な私は望み薄でしょう」

 

 ガックリと肩を落とすバクシンオーだが、それでもすぐに顔を上げると握り拳を作って意気込んでみせるように口を開く。

 

「ですがっ! それでも最後まで諦めませんっ!」

「お~っ、バクシンちゃんカッコイイ」

「そうでしょうそうでしょう! もっと褒めてくれて構いませんよ!」

「バクシンちゃんすごーい! はやーい! 元気だね~!」

「は~っはっはっは! 当然です! 私は委員長なのですからっ!」

 

 二人がそうやって賑やかに、いや騒がしく過ごしている頃、生徒会室では黙々と作業が行われていた。

 賑やかなムードメーカーでもあるバクシンオーとウララがいなくなった事で自然とそうなったのだが、それを苦と思う者が誰もいなかったのは幸いだったかもしれない。

 何せライスもテイオーも集中力が並外れて高いため、一度作業へ没頭すれば口を開く事もなくなり、ルドルフやエアグルーヴは言うまでもなかった。

 

 結果として、ウララとバクシンオーがいる時よりも開票作業が進むという状況になっていた。

 賑やかな二人がいない事で作業効率が上昇したのである。

 

 と、そんな中ライスの手が一枚の投票用紙を開いた瞬間止まった。

 その事に真っ先に気付いたのはテイオーだった。視界の隅でまったく動かなくなったライスが映り続けていたからである。

 

「ライスどうしたの?」

「……これを見てください」

 

 問いかけたテイオーへライスが見せた用紙には“☆★☆パーマー☆★☆”と可愛らしい字で書かれていた。

 更に用紙の周囲を蛍光ペンで塗って目立つようにしている。まるで投稿ハガキのようなやり方だ。目立つようにすれば参加者になれるかもしれないという投票者の考えが透けてみえるそれに、テイオーは若干呆れつつもどこか好ましいような表情を浮かべた。

 

「これってメジロパーマーって事かな?」

「どれ、見せてみろ」

 

 テイオーの手にしている用紙を覗き込み、エアグルーヴは眉をひそめてため息を吐いた。

 

「……だろうな。それもかなり親しいんだろう。メジロパーマーではなくパーマーとしている辺り、な」

「だよね~。でもさ、こういう風に応援したいって気持ちを出せるっていいなぁ」

「ならばこれもそういう事かもしれんな」

「「「え?」」」

 

 揃って疑問符を浮かべる三人へルドルフが見せた用紙には“☆★☆ヘリオス☆★☆”としっかりとした字で書かれていた。

 

「……仲良しなんだなぁ」

「そういえば……ある時からよく二人で大逃げをするようになっていたな」

「ならきっと互いに相手を出してやりたいと思ったのだろう」

「多分そうです。パーマーさんもヘリオスさんもお互いを、えっと、ずっとも? そんな表現してましたし」

「「「あ~……」」」

 

 何かを思い出したかのようにライス以外が声を出す。その息の合い方にライスが小さく噴き出しクスクスと笑うとテイオーも同じように笑い出した。

 

「そんなに面白かっただろうか?」

「……会長が時折言うダジャレよりは」

「なっ……」

 

 そのルドルフの反応にエアグルーヴもクスクスと笑い出した。ルドルフは一人憮然とした顔をしていたが、やがて観念するかのように小さく笑い出す。

 

 静かな校舎内で微かに響く和やかな笑い声。ライスシャワーがもたらした穏やかで幸せな一時であった。

 

 

 

「これで終わったね~」

「うん、終わった」

 

 ウララとライスはホワイトボードへ目をやり、そこにズラリと書かれた名前を見つめる。

 

「こうして見ると、やっぱりみんな見たいって思う人って被ってくるんだね」

「そうだな。意外な名前もない訳ではないが……」

「大抵は納得出来る人選です。まぁ何故お前が割と善戦したのかは謎だが」

「それはきっと私のバクシンを見たいと思う人が多いからでしょう!」

 

 テイオー達も一仕事終えた満足感と達成感に浸りながらホワイトボードを眺めた。

 複数の名前と数多く並ぶ正の字。だがその正の字が群を抜いている名前が二つ程ある。

 

「やっぱりあのオールカマーかなぁ」

「しかないだろう。あれは私も驚きだった」

「私もやられたので納得です」

 

 一人はツインターボ。逃亡者という異名を付けられたからこそ、異次元の逃亡者サイレンススズカとの逃げ対決を見たいと思う者が多かったのだ。

 

「ならば彼女は大番狂わせを期待されているんだろうな」

「でしょう! 後方から一気に抜き去って一着を取った実績もありますし!」

「ワクワクさせてくれるもんね!」

 

 もう一人はゴールドシップ。オグリキャップが選んだ相手だったが担当トレーナーと共に行方不明となっているために誘えなかった相手である。

 

 そのため最後の一人は悩むまでもなく決まった。ウララは翌朝にツインターボへ誘いの声をかける事にし、こうしてハルウララ杯への参加者は決まった。

 

 レースの距離もウララから中距離にしたいと申し出があり、オグリの言った長すぎず短すぎずとの表現から2000mという事まで決定し、残るはコースの選択と開催日のみとなった。

 だが開催日に関しては、このハルウララ杯を知った学園長が協力を申し出てきたためにいつでもいいとなっている事がルドルフからウララ達へ伝えられた。

 

――宣言っ! ハルウララ杯を開催する日は授業を休みにして学園中の者達が観戦できるようにするっ!

 

 つまり残る問題はコースのみ。それを話し合うため、明日の放課後生徒会室へ参加者全員を集める事に決めてこの日は終わる。

 

「楽しみだねウララちゃん」

「うん! もうすぐだね!」

 

 星空の下を手を繋いで歩くウララとライス。その笑顔は月明かりに照らされて輝いていた……。




遂に第一回ハルウララ杯の出場選手が決まりました。
ある意味夢の第11Rです。しかも“誰が勝つのか”ではなく“ただ見たい”という意味合いの、ですが。

……このウララが有馬を勝てるウララならゴルシ以上の大番狂わせとなりそうですね(苦笑


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走れウマ娘

いよいよ出走です。


「するっ!」

 

 それがターボのその日初めて誰かへ返した第一声だった。

 相手は当然ウララであり、その前に彼女からかけられた言葉は「ターボちゃん、ウララ達と一緒にレースしてくれる?」だった。

 

 こうして最後の一人も無事参加が決まり、その日の放課後、生徒会室に初めてとなる程の大人数が集まる事となった。

 

「さて、では僭越ながら司会進行は私、エアグルーヴが務めさせていただく。で、今日ここに集まってもらったのは他でもない。ハルウララ杯のコースを、ターフかダートかどちらにするかを参加者全員で決めるためだ」

「決まってないのか?」

 

 意外そうな声でウララを見たのはハヤヒデだった。ブライアンも同意見なのか少しだけ目を見開いていた。

 

「うん、それだけはみんなで決めようと思ったんだ。みんなって、普段走ってるのは芝が多いけど、だからダートでやるのも面白いかなぁって」

「……そういう事か」

「確かにな。これだけの面子がダートレースなんてまず出ないしやらないか。そう考えれば面白い」

「展開が予想つかなくなるなぁ。タイシンはどう?」

「どっちでもいい。これだけの相手とレース出来るんだ。ならターフだろうがダートだろうが滅多に出来ない経験になる」

 

 ブライアンの言葉にチケットが同意しタイシンはターフかダートかの決定を放棄した。

 それよりも早くこのメンバーで走りたいというのが本音なのだろう。生徒会室に入ってから今までずっと尻尾が忙しなく揺れていた。

 

「ボクはどっちでもいいって意見のままだよ」

「私も構わない。勝敗を競い合うならターフだが、面白さを求めるならダートかとは思うが」

 

 ルドルフの意見にハヤヒデやマヤノが同意するように無言で頷く。そしてそれは他の者達も同様だった。だからこそそれを察してマヤノが口を開く。

 

「マヤもそう思うな~。だから、いっそ両方やるっていうのは?」

「両方なぁ。ウチは構わんけどその場合休憩挟まなあかんやろ」

「そうだな。それに時間の事もある。その日、レースの間は授業を休みにすると学園長が言ってくれたらしいが、さすがに一日全部とはいかないんじゃないか?」

 

 オグリの問いかけにルドルフが黙って頷く。つまりあまりレースを長引かせるのは他の生徒達の迷惑ともなってしまう。

 

「かといって別日にするのもどうかと思うし……」

「時間をずらして朝と放課後ってなるとトレーニングの邪魔になりますもんね」

 

 スズカの言葉にスペが補足する。本音を言えばここにいる全員の意見は一つだ。

 それは両方やってみたいという事。これだけのメンバーで芝もダートもレースをしてみたい。それが偽らざる本音である。

 

「それでも両方やりましょう」

 

 雰囲気が重くなりそうだった瞬間、小さくとも通る声がその場に響く。当然その発言者へ全員の視線が向いた。

 

「ライスちゃん……」

「このレースはウララちゃんがみんなで一緒に走りたいって気持ちで始めました。だったら、楽しむ事だけ考えませんか? みんなの中でターフがいいとかダートがいいって声がないなら、それって両方がいいって事ですよね? どっちでもいいのはどっちもやりたいって事ですよね? じゃあ両方やりませんか?」

「うんっ! ウララも両方走りたい! みんなで、芝も、ダートも、どっちもレースしたいっ!」

「……決まりましたね」

 

 微笑みながらグラスが周囲を見回す。もうそこには笑顔しかなかった。

 そして抑えきれない興奮があった。これまで彼女達は誰かが決めたレースしか走ってこなかった。

 だが、今回は自分達で決めているのだ。距離こそウララが決めたが、それも長すぎず短すぎずレースをやるための方法と聞けば文句はなかった。

 むしろ嬉しく思ったのだ。勝ち負けよりも大事な事があると、そう思い出させてくれたウララの在り方をそこから感じ取れて。

 

「なら先にターフで走りましょうっ! そっちでテンションを上げて、ダートへ雪崩れ込むデスっ!」

「いいですわね。先に普段のレースのような状況を楽しんでから、普段とは違う状況を楽しむというのも」

「それにダートの方が足への負担はターフよりも少ないです。なら怪我の危険性も減らす事が可能かと」

 

 ブルボンの意見に誰もが頷いた。先に負担の低いダートでレースを行い、若干とはいえ疲弊した状態でターフでレースをするよりも安全だと思ったのだ。

 

「よ~しっ! あとはいつやるかだな! ウララ、いつだ? いつやるんだ?」

 

 ターボが楽しそうに身を乗り出してそう問いかける。瞳をキラキラと輝かせている彼女を見てウララはエアグルーヴへ顔を向けた。

 

「いつなら出来るかな?」

「わ、私に聞かれてもな……」

「君が望むのなら明日にも可能だ。ただ色々と準備もある。せめて三日、いや二日は猶予が欲しいところだ」

 

 まさかの質問にエアグルーヴが戸惑うのを見てルドルフがすかさずフォローに入る。そこはさすが生徒会長と言うべき反応だった。

 早くても二日後と言われ、ウララは持っていたコース使用届を取り出すとエアグルーヴが使っている机へ近付いていく。

 

「ちょっとここ借りてもいい?」

「は? あ、ああ、別に構わないぞ」

「ありがとっ。えっと……」

 

 使用コースの項目と使用希望日を記入しコース使用届は完成した。

 それを見直して、ウララは満面の笑顔で頷くとルドルフの傍へと近付いていき……

 

「お願いします」

「受理しよう。確認するので少し待ってくれ」

 

 沈黙が流れる。何故か全員が固唾を飲んでルドルフを見つめていた。

 

「……うん、不備はない。ハルウララ杯のためのコース使用を許可しよう。開催日は今日から三日後だ。エアグルーヴ、生徒達への通達を頼む。私は学園長へ連絡してこよう」

「分かりました」

「みんなも聞いていたな? 三日後にターフ、ダートの両方でレースを行う。開始時刻は……一限の開始時刻でいいだろう」

「そうですね。私もそれがいいと思います」

 

 生徒会コンビが頷き合ったところで話し合いは終わりとなり、ルドルフを残してウララ達は生徒会室を後にする。

 そして残りの者達もそれぞれに三日後を楽しみにしていると言い合って別れて動き出す。

 

 それを見送り、ウララはライスと二人で歩き出した。行き先は決まっていないが、とりあえず外へ出ようと昇降口へと向かって。

 その途中でエアグルーヴによるハルウララ杯に関するアナウンスが始まり、それを聞きながら二人はふと足を止めた。

 

「あれって……」

「オペちゃんだ。お~いっ! オペちゃ~んっ!」

「ん? ああ、君か」

 

 テイエムオペラオーは昇降口掲示板に張り出されたままのハルウララ杯参加者一覧を眺めていた。

 だがウララの呼びかけに気付くと前髪をさっと掻き上げて顔を彼女のいる方へ向けた。

 

「何してたの?」

「いや何、よくこれだけ温かな舞台を作り上げられたものだと感心していたのさ」

「へ?」

「ど、どういう事?」

「僕が同じような事をしようとすれば確実にそれは一着を競うものになるだろう。それはそれで素晴らしく意味のあるものだ。でも、この舞台と同じような温かみはなかったはずだ」

 

 オペラオーはそう言うとウララを見つめて拍手を送った。

 

「見事だよ。やはり君は自らが眩しく輝く太陽ではなかった。その素朴さと優しさで誰かを、いや周囲にいる者達を笑顔に出来る存在だ。僕には出来ない在り方で生き方だ。本当に素晴らしいよ」

「えへへ、ありがとオペちゃん」

「だからこそ僕がこの中にいないのが納得出来た。僕はあまりにも眩しすぎる。ここに載っている人達が全て敵になってしまうからね」

「っ」

 

 そのオペラオーの言葉は決して嫌味などではなく彼女らしさ溢れるいつもの発言であった。

 けれど、ウララはともかくライスはその物言いに眉を吊り上げて口を開いた。

 

「そんな事ない」

「ん?」

「ライスちゃん?」

 

 ウララはライスが怒気を放っている事に小首を傾げる。対するオペラオーは何故自分の意見を否定されたのかが理解出来ない。

 実際存在感で言えばテイエムオペラオーはかなりのものがある。世紀末覇王と呼ばれる程に彼女は強いのだ。

 

 けれど、今回の事に関しては彼女は残念ながら“強者”とはなれなかった。

 

「ここに書かれてるのはウララちゃんが声をかけたり、ウララちゃんへ声をかけてきたりした人達。レースの事を聞いて参加したいと素直に言えた人達。そんな人達が敵になる? そんな事を言うような人にウララちゃんみたいなレースが出来るはずない。みんなで一緒に走る事が楽しくて、嬉しくてっ、大好きって気持ちのない人にはっ!」

「ライスちゃん……」

 

 怒り。純粋な怒り。それがライスの声には込められていた。

 それを正面から受け止め、テイエムオペラオーは自分が失言をしたと気付いてバツが悪そうに髪を指で弄った。

 

「……すまない。僕の言い方が良くなかったようだ。訂正するよ。僕がこの中にいないのは君の言ったように純粋にレースを楽しむ気持ちが弱かったからだ。ありがとう。僕はもう少しでとりかえしのつかない失態を演じるところだった」

 

 華麗な所作で一礼するオペラオーはまさしく歌劇の中の存在のようだった。

 その見事さにウララは感嘆するように息を吐き、ライスはそこで我に返ってあたふたとし始める。

 

「え、えっと、わ、分かってくれたのならいいから」

「そう言ってくれると助かるよ。さて……」

 

 安堵するように笑みを浮かべ、オペラオーはウララへ顔を向ける。

 

「どうかしたのオペちゃん」

「今回は無理だったが、次回は僕をこのレースへ出してくれないだろうか? 君と、いや君達と純粋に走ってみたいんだ。敵なんて言葉が存在しない、そんなレースを」

「うん! オペちゃんともちゃんと走ってみたかったし、ぜったいやろうねっ!」

「ああ、今回は観客として君達の作るオペラを楽しませてもらうとするよ」

 

 最後に笑みを向け合い、ウララはオペラオーと別れた。

 去り際オペラオーはライスへ改めて感謝と謝罪を行って。

 

「ライスちゃん、オペちゃんは悪い子じゃないんだ」

「うん、分かってる。でもさすがにあの言葉は聞き流せなかったんだ。ごめんね」

「ううん、いいの。オペちゃんもよくない言い方だったって言ってたしね」

「でも最後には一緒に走りたいって言ってくれたね」

「うん。オペちゃんも本当はみんなで走るのが好きなんだよ。でも、最近はそうじゃなくなってきてたのかも」

「え?」

「えっと、オペちゃんこう言ってたから。敵なんて言葉が存在しないレースって」

 

 テイエムオペラオーはそのあまりの強さ故に、最近ではレース中は自分以外全てが敵となってしまい、徹底的にマークをされる事も珍しくない存在となっていた。

 だからこそ彼女は本音を漏らしたのだ。自分も可能ならば争うのではなく競い合うレースがしたいと。それこそがあの言葉に秘められた想いだった。

 

 ウララはそれをしっかりと感じ取って受け止めた。

 ハルウララ杯に“敵”などいない。どれだけ強いウマ娘ばかりだろうと周りはみな走る事を楽しむ仲間達なのだから、と。

 

「……そっか。あの子も苦しんでるんだ」

 

 人知れず心を締め付けられる日々、時間。それを知るライスだからこそオペラオーの抱える孤独を少しは理解出来た。

 ヒールでも苦しいがヒーローらしくあり過ぎても苦しいのだと、初めてライスは知る事が出来たのである。

 

(もしかしたら……あの振る舞いも自分を強くあり続けさせるための方法かも……)

 

 そう考えるとオペラオーも辛いのかもしれない。そう思うライスであった……。

 

 

 

 それからハルウララ杯開催までの時間は学園中がどこか浮ついていた。口を開けばハルウララ杯の話題となり、誰が一着になるかを予想し合う者が続出した。

 だがもっとも学園中を騒がせたのはその開催までの昼休みの食堂である。何せ参加者全員が集まり食事を共にしたのだから。

 

 それは知らず参加者間の親密さを育む事となり、今まで接点のなかった者達が仲を深めるきっかけとなっていく。

 

 例えばタイシンはマヤノとゲームを通じて友人となったり、チケットはマックイーンとスポーツ絡みで仲良くなったりと、本来であれば繋がるはずのない者達がウララを介して縁を紡ぎ出したのだ。

 

 そして遂にその日は来る。

 

 ハルウララ杯当日、雲一つない青空の下で学園中の者がトレーニングコースの周囲へ集まっていた。

 ウララ達参加者は勝負服へ着替えコース内のスタート位置、即ち学園から見て正面辺りに立っている。

 

「注目っ! これよりハルウララ杯の主催者にして発起人であるハルウララにこのレースの目的を説明してもらう! ハルウララ、前へ!」

「はいっ!」

 

 学園長に呼ばれてトタトタと愛らしく小走りで駆け寄るハルウララ。

 そのまま学園長の横へ招かれ、たづなからマイクを手渡された。

 

「落ち着いて話せばいいから。あと電源を入れ忘れないようにね」

「うん、ありがとう」

 

 たづなの声掛けに笑みを返し、ウララは笑顔のままマイクの電源を入れると口元へ近付けた。

 

「えっと、みんなおはよう! わたしがハルウララだよ! このレースはね、誰が速いとか強いとかじゃなくて、ウララが本番のレースで走れない人達が多くなっちゃったから一緒に走りたいなって思った事が始まりなんだ!」

 

 そう小さくないどよめきが生まれる。その声を聞きながらウララは笑顔を崩さない。

 

「あのね、ウララはメイクデビュー以外じゃ一着取れた事ないの。だからそんなウララとみんなが走ってくれるか仲良しのライスちゃんは心配してくれた。でもみんな走るの好きだからだいじょーぶってウララは言ったの。でね、本当にそうだったんだ。マックイーンさんも、ブルボンさんも、テイオーちゃんも、会長さんも、エルちゃんも、スペちゃんも、スズカさんも、タマちゃんも、オグリさんも、ビワさんも、ブラさんも、マヤちゃんも、グラスちゃんも、チケットさんもタイシンさんもターボちゃんも、み~んなウララと走ってくれるって言ってくれたんだっ!」

 

 名前を呼ばれた者達がそれぞれ笑みを浮かべる。中には最初ウララと走る事を意識していなかった者達もいる。けれど、こうして彼女の考えと気持ちを知った今、純粋にみんなと走りたいと願うウララと走りたくないと思う者は一人としていなかった。

 

「今回はもう人数がギリギリだけど、またこんなレースをウララやるからっ! ウララと一緒に走りたいって言ってくれる人なら誰でもいいよってレースだからっ! 速いとか強いとか関係なくて、ただみんなで走りたいって思うだけでいいんだよ! だから、だからっ、今はそっちで見てるみんなともウララは一緒に走りたいっ! ウララと同じ気持ちになってくれる人は走ってみたい人に声をかけてみてっ! このレースは普段走れない人達と走るためのレースにしたいのっ! その人達を誘ってこのレースに参加してくれたらうれしいなっ! そうしたら、あなたの姿を見て他の誰かが同じように声をかけてみる勇気を持てるかもしれないからっ!」

 

 ウララの言葉に学園長とたづな、そしてライス達参加者たちが拍手を始める。それらは次第に他の者達へ伝播し万雷の拍手となってウララへ降り注ぐ。

 

「わぁ……ありがとうみんなっ! えっと、じゃあこれよりハルウララ杯をスタートするよっ!」

 

 直後湧き起こる大歓声。後にこのウララの言葉はハルウララ杯の理念として語り継がれる事となる。

 勝敗ではなくただ走る事の楽しさと喜びを求める事。それこそがハルウララ杯の目的なのだと。

 そして、自分は遅いと、弱いと思っているウマ娘へ勇気と希望を与えるレースでもあるのだと。

 

『さぁ、遂にこの時がきました。トレセン学園トレーニングコース、芝、2000m、第一回ハルウララ杯です』

『本当に夢のような出場選手ですね。これを実現させたのがあのハルウララと考えると感慨深いものがあります』

『先程の発言からもハルウララの想いこそが多くの実力ウマ娘達を動かしたという事でしょう』

 

 コース近くに即席で設けられた放送席にはお馴染みの女性二人が座っていた。

 学園長が今日のために特別招待したのである。

 勿論二人もハルウララ杯の出場メンバーを見せられ是非と言ったのは言うまでもない。

 

『ではここで枠番を確認していきましょう。一枠一番は異次元の逃亡者サイレンススズカが入ります。二番には長距離の覇者メジロマックイーン。二枠三番はダービー覇者ウイニングチケット、四番には二冠ウマ娘トウカイテイオー、三枠五番は日本総大将スペシャルウィークとダービーウマ娘が三人続きます。六番が漆黒のステイヤーライスシャワー。四枠七番に秘めたる闘志グラスワンダー、八番葦毛の怪物オグリキャップも静かな佇まいです。五枠九番怪鳥エルコンドルパサー、十番皇帝シンボリルドルフは余裕を感じさせています。六枠十一番はシャドーロールの怪物ナリタブライアン、十二番は葦毛の秀速ビワハヤヒデと姉妹で同じ枠番です。七枠十三番にはこちらも二冠ウマ娘のミホノブルボンが入りました。十四番は怒涛の追い込みナリタタイシン。十五番に不敵な挑戦者マヤノトップガン。八枠十六番白い稲妻タマモクロス。十七番逃亡者ツインターボはやや興奮気味か。そして十八番にはこのレースの発起人ハルウララです』

 

 そうそうたる枠番だった。あるいはこれ程珍しい枠番もないだろう。

 何せGⅠを一度も勝っていないウマ娘が二人もいるのである。しかも内一人など一着を取った事さえないのだ。

 

 けれど、だからこそハルウララ杯のらしさが出ていた。これは強さを、速さを競うものではなく、ただ一緒に走る事を目的としているのだと。

 

「タキオン先輩は誰が一着だと思います?」

「君はあのハルウララの宣言を聞いていなかったのかい?」

「い、いえ、それでもやっぱり気になるじゃないですか」

「まぁ気持ちは分かるがね」

「俺はやっぱスズカだな」

「別にあんたには聞いてないわよ」

「あん? 俺も別にお前に言ってねーよ」

「何よっ!」

「何だよっ!」

「……どうでもいいが私を挟んで睨み合うのは止めてくれないか」

 

 アグネスタキオンを挟んでいがみ合うダイワスカーレットとウオッカ。その後方ではセイウンスカイとキングヘイローがコースを見つめていた。

 

「キング、出たかったでしょ?」

「……ええ」

「キングって寮の部屋ウララと同じだよね? 声かけなかったの?」

「あの子は普段走れない相手と走りたいって言ってたでしょ」

「…………あ~、そういう事。相変わらず不器用だねぇキングは」

「ふんっ」

「ほ~んと、優しいね」

 

 ウララと同室故に時折一緒に走ってやっていたキングは、しっかりウララの理念を理解していたからこそ声をかけなかったのだと、そう察してスカイは笑うのだった。

 

 やがてスタートの瞬間が近付く。それを感じ取って誰もが息を呑んでコースを見つめる。

 

『第一回ハルウララ杯、いよいよスタートとなります』

『誰が勝つのか、ではなくどういうレースとなるのか。それを楽しみにしたいと思います』

 

 これから始まる大レース。それを彩るのは色取り取りの勝負服だ。

 期待の溢れるスタンドは大歓声を上げ、今日のハルウララ杯をめでたいと喜ぶ。

 

『さぁ、貴方の夢が、私の夢が、ハルウララの夢が今始まります! 第一回ハルウララ杯……スタートしましたっ!』

 

 一斉に走り出す十八人。だが一人出遅れる形となったウマ娘がいた。

 

『おっとナリタタイシンが出遅れたか。あとは綺麗なスタートです』

『彼女ならこれぐらいの出遅れは問題ないでしょう』

『先頭はツインターボ。今日もターボエンジン全開だ。それを追走するのがサイレンススズカとミホノブルボン。これは珍しい展開です』

『普段は先頭を逃げていくスズカとブルボンですが、やはりツインターボの大逃げには合わせない方がいいですからね』

 

 まるで七夕賞を思い出させるような走りのツインターボ。それを追い掛けるサイレンススズカとミホノブルボンだが、その表情はどこか楽しそうに笑っている。

 

(ぜったい、ぜったいに逃げ切るぞっ! それでテイオーに見せてやるんだ! あたしはずっと変わらないんだって!)

(凄いなぁあの子。でも、別に追い駆けるのが嫌いって訳じゃないからそれを教えてあげないとね!)

(あれが噂のツインターボですか。ですが……っ!)

 

 必死の形相で走るツインターボへゆっくりと距離を詰めるようにサイレンススズカとミホノブルボンが迫る。

 本来のレースであればスズカもブルボンもそんな事はしない。だがこれは楽しむためのレースである。だからこそ普段とは異なる走りをしようとしていたのだ。

 

『先頭を行くツインターボをサイレンススズカが静かに狙う。異次元の逃亡者は沈黙のヒットマンでもあったのか。ツインターボへジワジワと迫っていく』

「うぇぇぇぇっ!?」

「私相手に大逃げなんて出来ると思っちゃダメだよ!」

『序盤から凄い展開のハルウララ杯! 逃亡者を逃亡者が追い詰める! まだ第二コーナー前だというのにこれは面白い展開だっ! 先頭だけがレースを楽しみ出しているっ!』

「楽しくないぞぉぉぉぉぉっ!」

 

 実況へ文句を言うように叫ぶターボ。その3バ身後方にスズカが迫っていたのだ。更にそのすぐ後ろにはミホノブルボンもいるのだから堪らない。

 

『さて一度それぞれの位置を確認してみましょう。先頭はツインターボ、そこから3バ身程離れてサイレンススズカと連なる形でミホノブルボンです。これが先頭集団。それから5バ身程離れてライスシャワー、メジロマックイーン、トウカイテイオーと続きます。そのすぐ後ろにシンボリルドルフ、その外にマヤノトップガン。エルコンドルパサーがいまして、その内を通ってグラスワンダー。シャドーロールを揺らしてナリタブライアンがそれを追う。ビワハヤヒデはその内側です。その後方、スペシャルウィークとウイニングチケットのダービーウマ娘が並走するような位置取りでレースを進めています。オグリキャップが外からその二人を追い抜くように上がっていく。タマモクロスもそれに続きます。最後方はナリタタイシン、いやかなり離れてハルウララです。最後方はハルウララ。一人ぽつんとハルウララが最後方』

 

 出遅れたタイシンよりも圧倒的に離れて走るハルウララはたった一人の旅路となっていた。

 それでもその顔は苦しそうでもなければ悲しそうでもなかった。彼女は楽しそうに走っていたのである。

 

(すごいすごいっ! みんな本当に速いんだねっ! でもウララも負けないよ~っ!)

 

 諦める。そんな言葉はウララの中にはない。どんな状況だろうと楽しみ、前向きに、明るく生きる事が出来る。それがハルウララというウマ娘なのだ。

 例え普通ならば心折れる状況だろうと、ウララはそれさえも励みに変えて走る事が出来る。何故なら彼女は走る事が大好きだからだ。

 

『依然先頭はツインターボ! だがサイレンススズカとミホノブルボンがすぐそこまで迫ってきているっ! 残りは半分を切ろうというところで各ウマ娘達がペースを上げる! 七夕賞もオールカマーも大逃げを決めたツインターボにそうはさせじと迫る二人の追跡者! だがそれは本来彼女と同じ逃亡者ですっ! 逃亡者を倒せるのは同じ逃亡者なのかっ!』

『本来では決して有り得ないペースでスズカもブルボンも走っていますからね。これは大逃げ自体は失敗でしょう』

『さぁそうしている間にも後方で動きが起こっている! 最初に飛び出してきたのは』

(行くよっ!)

(行くかっ!)

『帝王と皇帝だっ! 同時に動き出して先頭集団へと迫っていくっ!』

 

 示し合わせるかのようにテイオーとルドルフがペースを上げて先頭集団へ接近を始める。

 そうなれば当然それに気付いた者が選ぶ道は一つだった。

 

(テイオーが動いたのならっ!)

 

 ライバルと認めた相手と競り合うためにマックイーンがテイオーの動きへ合わせ、外のルドルフとテイオーを挟みこむ形となる。

 

『マックイーンも上がっていくぞ! テイオーとルドルフと共に三人並んで前へ向かう!』

 

 さあもうこうなると残る者達もレースを楽しむためにやる事は一つだ。

 

(仕掛け時には早いかもしれませんがっ!)

(楽しむならここからっ!)

(待っててくださいスズカさん!)

『エルコンドルパサー、グラスワンダー、そしてスペシャルウィークも上がっていくぞっ! 同世代が一斉に先頭目指して進む進むっ!』

 

 何と言ってもレースの醍醐味は先頭争い。一着を競って全力を尽くす事こそが本懐だ。

 しかもこの三人はサイレンススズカというウマ娘と縁浅からぬ者達なのだから。

 

(姉貴、こっちは先に行くぞっ!)

(そろそろブラちゃんが動く頃だよね!)

 

 いつかの阪神大賞典ではマヤノトップガンがナリタブライアンを誘うように前へ出たが、今回はブライアンの動きを読み切ってマヤノが応じる形となっていた。

 

『ナリタブライアンが動くのと同時にマヤノトップガンが動き出した! どうなってるんだこのレースっ! 誰かが動けば誰かが呼応する形となっているっ! あ~っと今度はBNWだぁ!』

(普段ならばまだ待つところだが!)

(楽しまなきゃ損だっ!)

(一気に前へ出てやるっ!)

 

 その世代で一人だけならば三冠も狙えたBNW。今までも何度も同じレースで競り合い、時に涙を、時に喜びを与え合ってきた三人は、心を同じくするように先頭へと向かって加速を始める。

 

 そうやってレースが終盤を迎える中、ウララは完全に取り残されるような位置を走っていた。

 そしてそんな彼女を気遣うように走るウマ娘達もいる。

 

『気付けば後方集団が出来上がっている! オグリキャップ、タマモクロス、ライスシャワーです! そこから大きく離れてハルウララがいる!』

『まるで三人がハルウララを待っているようですね』

 

 解説の言う通りだった。三人は先頭争いではなくウララを励ます事を選んでいたのだ。

 

「ウララちゃん、頑張ってっ!」

「速度を上げろウララ!」

「アンタなら出来るはずや! 根性見せぇ!」

 

 先頭が第四コーナーを回り出した頃、まだウララは第三コーナー手前にいた。

 もう一着どころか入着さえ無理な状況。それでも諦める事なく、全力でウララは走っていた。

 

「ライスちゃんっ! オグリさんっ! タマちゃんっ! ありがとうっ! わたし、わたしっ、がんばるよっ!」

 

 自分の事を待ってくれている三人の姿と声に元気をもらい、ウララはその足を動かして僅かではあるが加速していく。

 

「だから先に行ってくれていいよっ! ウララはだいじょーぶだから! ライスちゃん達もレースを楽しんでっ!」

「ウララちゃん……」

「行くぞライスシャワー」

「でも!」

「ウチらもレースを全力で楽しむ。それがウララの望みや。分かったり」

「……はいっ!」

 

 意識を切り換えてスパートをかけるライス。オグリとタマモもそれに合わせて速度を上げていく。

 既に先頭集団は最後の直線へと出ようとしている。もうここからでは追い付くのは難しいと、誰もが思った。

 

 それでも懸命に三人は走り、最後の直線は凄まじいデットヒートとなる。

 そんな熱戦とは縁遠くウララは一人第三コーナーへ入っていこうとしていた。

 ゴール前の接戦が決着したかどうかも関係なく、ウララは不慣れな芝を踏みしめて走る。

 

 と、そんな時だった。

 

『これはどうした事だ? ゴールしたはずのウマ娘達が何やら話し合ってから再びコースを走り始めたぞ?』

『これは……まさか……』

『その間にハルウララは第三コーナーを回る。たった一人で駆けていく。もうそこには誰もいない。そうしている間に先にゴールしたウマ娘達は第一コーナーへと入っている』

『もしかして……でも……』

『ハルウララはゴールが遠い。まだ最後の直線にさえ出られていません。二週目に入ったウマ娘達は第二コーナーへ向かう』

『……やっぱりそういう事、なのね』

『はい?』

『彼女達はハルウララと一緒に最後の直線を走るつもりです』

『ええっ!?』

 

 実況と同じタイミングで観客達も驚きの声を上げた。何せ今も二周目を走る者達はその疲れた体で第四コーナーへと入ろうとしていたのだ。

 

『このハルウララ杯は勝敗を競うのではなく、普段走れない相手と一緒に走りたいというウララの願いから始まったレースです。だから彼女達はそこからハルウララと一緒に走るつもりなんですよ』

『な、成程……』

 

 第四コーナーをお世辞にも速いとは言えない走りで回り、ピンクの髪の可愛いウマ娘が最後の直線へと出てきた。

 

 もう前に誰もいなくなったそこを、健気に、懸命に、全力で駆けていく。

 

「はぁ……っはぁ……」

(もうみんなゴールしちゃったんだ。誰も見えないもんね)

 

 多少回復した元気は既に底尽きていた。たった一人で走る寂しさがウララのスタミナを奪ったのである。

 そこへ彼女の耳が後ろから近付く足音を捉えた。それも一つや二つではない。多くの足音だ。

 

「? 何だろう?」

 

 不思議に思ったウララが振り返るとそこにはもうゴールしたはずのスズカ達がいたのだ。

 第四コーナーを回って最後の直線を目指すような走りにウララは思わず目を見開いた。

 

「みんなっ!?」

「ウララちゃん走ってっ!」

「最後はみんなで一緒に走るんだよっ!」

「ウララちゃんの願いは! 目的はそれなんでしょ!」

 

 スズカ、テイオー、スペが笑顔で呼びかける。

 

「真剣勝負だけがレースじゃない! それをお前が思い出させてくれたっ!」

「こうやって誰かと走る! それだけで楽しい事をっ!」

「そして一緒に走りたいっちゅー気持ちもっ!」

 

 ルドルフ、オグリ、タマモが楽しそうに叫ぶ。

 

「こんな楽しいレースは久しぶりデースっ!」

「だからウララちゃんにも楽しんで欲しいのっ!」

 

 エル、グラスは微笑みながら叫ぶ。

 

「勝ち負けを着けるのも悪くはないがっ!」

「たまにはただ走るだけってのもいいよねっ!」

「気の合う奴と一緒になっ!」

 

 ハヤヒデ、チケット、タイシンが嬉しそうに叫ぶ。

 

「こうやって何も考えず走れる幸せを忘れていたっ!」

「ユーコピー☆ だからウララちゃんもハッピーになろうよっ!」

 

 ブライアン、マヤノが笑みを浮かべて叫ぶ。

 

「ウララ! 私達を相手に最後まで走って最初にゴールを駆け抜けてごらんなさいっ!」

「貴方も一着を目指していない訳ではないはずですっ!」

 

 マックイーン、ブルボンが凛々しく叫ぶ。

 

「ウララちゃんっ! 勝負だよっ!」

「ライスちゃん……うんっ!」

 

 自分へ近付いてくる多くのウマ娘達を見てウララは満面の笑顔で頷き、元気よく走り出した。

 

『最終コーナーを抜けて最後の直線っ! 各ウマ娘が一斉に駆け抜けます! 誰が先頭でゴールを通過するのかまったく分かりませんっ! おおっと後方から猛烈な勢いで走り込んでくるウマ娘がいるぞっ! スペシャルウィーク! スペシャルウィークだっ! 先頭は変わらずハルウララっ! 更にタマモクロスも上がってくるっ! だがまず先頭へ迫るのはサイレンススズカとミホノブルボンだっ! 大外からはナリタブライアン! 最内からはマヤノトップガンがくるぞっ! ビワハヤヒデ! ウイニングチケット! ナリタタイシンもやってきたっ! そこで間を割って現れるのはテイオーだ! 皇帝ルドルフもいるぞっ! エルコンドルパサーとグラスワンダーも伸びてくるっ! ライスシャワーとメジロマックイーンが競り合いながら先頭へと迫る中、オグリキャップが怒涛の勢いを見せているっ! 大混戦っ! 大混戦ですっ! ですがその先頭を走るのはハルウララでありますっ! ハルウララ先頭っ!』

 

 観客達は一様に拳を握りしめていた。頑張れと、そう叫んでいた。

 誰に対してかは分からない。あるいは誰にでもないのかもしれない。

 ただ、それでも頑張れと声を出さずにはいられなかったのだ。疲れた体で二週目を走る者達へも、それを受けて全力で走る周回遅れの者へも。

 

 まるでそれは夢か幻のようだった。居並ぶ有力ウマ娘達を従えるように、ハルウララが、デビュー以降未勝利のウマ娘が先頭を走っているのだから。

 

『もう分からないっ! 一体誰がハルウララを抜き去るのか! はたまた誰も追いつかせずハルウララが駆け抜けるのかっ! 第一回ハルウララ杯、芝2000m! その決着を告げるのは……ハルウララだ! 今先頭でゴールインっ! 僅かに届かなかったスペシャルウィークやサイレンススズカなど続々とゴールを通過していきます! そして万雷の拍手の雨の中、ハルウララの笑顔が満開と咲き誇りましたっ!』

『ウララおめでとうっ!』

 

 ウイニングランのように両手を力いっぱい上げて観客へ応えるハルウララ。

 

「みんな~っ! やったよ~っ!」

 

 見る者全てを元気づける笑顔がそこにあった。心をあったかくする希望がそこにはあった。

 最弱のはずのウマ娘はある意味で最強なのだと誰もが感じた瞬間だった。

 

「やったねウララちゃん」

「うんっ! ひさしぶりに先頭でゴール出来たよ!」

 

 一着とはウララは表現しなかった。けれどその顔は心からの笑顔が輝いていた。

 

「すぐにでもダートでレースしたいぐらいうれしいなっ!」

「さ、さすがにすぐは無理だよ……」

 

 キラキラとした眼差しでライスへ笑みを向けるウララ。その輝きに苦笑しライスは後ろを振り返った。

 そこにいる十五人は一様に疲れを見せているものの、それぞれ笑顔を浮かべている。

 

「あれ?」

 

 と、そこでライスはふと気付いたのだ。一人足りない事に。

 そんな中、一人ふらふらとウララ達の方へ近付いて倒れ込むウマ娘がいた。

 

「う~……まだ無理だぁ……」

 

 それは一周目で何とか一着となったツインターボだった。

 大逃げを信条とする彼女は多少の休憩ではとてもではないが走る事が出来ず、今までコースの目立たぬところで倒れていたのだ。

 

 それでもウララがゴールしたのを受けて疲れた体で彼女を出迎えようと動いた結果が現状だった。

 

「わわっ! だいじょーぶ!? しっかりしてターボちゃんっ!」

「……み、みずぅ……」

「分かった。お水だね」

 

 元気よく水を取りに動こうとしたウララだったが、その手へ水の入ったペットボトルを何者かが握らせた。

 

「ほれ、水な」

「あっ、ありがと。ターボちゃん、はい」

「みずだぁ……」

 

 砂漠でオアシスを見つけたかのようにペットボトルを掴み、ターボは蓋を開けて水を飲み始める。

 その姿に安堵するウララだったが、ふと自分へ水を渡した相手の声に聞き覚えがあったのか振り返った。

 

「あ~っ!」

「何だか面白そうな事やってんな。てか、何だこれ。模擬レースにしては手が込んでんな。ハルウララ杯?」

「ゴールドシップさんだ~っ!」

「あ? おうともよ。で、これは一体何だ?」

「えっとね……」

 

 突如現れたゴールドシップ。彼女が現れた事でハルウララ杯はもう一波乱巻き起こる事になるのだが、それは……

 

「ゴルシちゃん伝説のはっじまっりだ~っ!」

 

 ……また、別の話。




これにて終わり、のはずだったんですが皆様のおかげで一話だけ続きます。

……キービジュアルにゴルシがいないと気付いた時、自分でも「じゃあゴルシは芝で走り終った後に来るんだな」と合点がいきました。


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夢の続きのその先へ

後日談です。あるいはエピローグですね。
予想外の反響と高評価に驚き、ならばせめて感謝を伝えねばと思いましてこれを書きました。

まずは皆様、読んでいただき本当にありがとうございます。
感想や高評価をくれた方々、本当に嬉しかったです。
お気に入りにしてくれた方々も本当に嬉しかったです。
また思い出した時にでも読んでくださると幸いです。


 その日、学園中が昨日のハルウララ杯の話題で持ち切りだった。

 あれだけのメンバーで行ったのだ。それも当然と言える。ただ、話題となるのはそれだけが理由ではなかった。

 

「ホント、凄かったよね……」

「だな。ウララの奴ともタイマンしたくなったぜ」

「勝負?」

「おう! ……って、あいつはそこにこだわらないんだよな。じゃ、何て言えばいいんだ?」

「ふふっ、普通に、一緒に走って、でいいんじゃない?」

 

 ゴールドシチーの言い方に若干気恥ずかしさを見せるヒシアマゾンではあったが、昨日の事を思い出したのか納得するように頬を掻いた。

 

「だな。にしても、今もまだ思い出すだけで尻尾がざわつくってどういう事だ?」

「それだけ楽しくて興奮したって事よ。あのハルウララ杯で」

 

 学園中の話題を終わってもなお独占するハルウララ杯。どうしてそうなったのかはゴールドシップが現れた後まで遡る……。

 

 

 

「なるほどな。つまりウララと一緒に走りたいって奴が参加出来るレースか」

「うんっ!」

 

 ウララからの説明を受けて事情を全て理解したとばかりに腕を組むゴールドシップ。

 すると彼女はダートコースへ顔を向けた。次のレースはそちらでやる事を聞いていたからだ。

 

「うし、ならアタシも参加資格はあるって事だな」

「え? うん」

「よしウララ、早速やるぞ。で、アタシが勝ったら金船杯へ改名だ」

「うん、いいよ」

「え、マジ?」

「うん! だって大事なのは名前じゃないから!」

「あ~……うん、そっか。そうだな」

 

 期待していたリアクションと違ったのか戸惑うゴールドシップだったが、その後のウララの言葉に納得するように笑みを浮かべた。

 ウララもそんな彼女へニコニコと笑顔を向けていた。無理だと思っていたゴールドシップと一緒に走れるからである。

 

「でもまだライスちゃん達が疲れてるから待ってあげて」

「いや、待つ必要ないだろ」

「え?」

 

 さらっとゴールドシップが放った言葉にウララは首を傾げる。

 何せ参加者は二人以外先程の疲れを残していて、とてもではないがレースを楽しめる状態ではなかったのだ。

 

 それをゴルシが分からぬはずもない。けれど彼女は平然と観客席へ顔を向けてこう言ったのだ。

 

「あっちの中にいるアタシやウララと走りたいって奴らを参加させりゃいい」

「ええっ!?」

「このレースの参加資格はウララと一緒に走りたいかどうかだろ? なら別に飛び入り参加OKだ。むしろ望むところだろ」

 

 何を馬鹿なと、そうウララが思う事はなかった。

 逆にその発想はなかったとばかりに目を大きく見開いて何度も瞬きさせたぐらいだ。

 

「で、今休んでるマックイーン達も走れるようになったら走りゃあいい。勝敗も関係ないんだろ? じゃあ好きなように走って、好きなように騒げばいいじゃねーか」

「……うんっ! そうだねっ! みんな~っ! みんなの中でウララやゴールドシップさんと走りたい人いたら一緒に走ろ~っ!」

「今なら先着一名にゴルシちゃんパーカーがついてこないぞ~」

 

 この呼びかけに真っ先に応じたのはスーパークリーク、イナリワン、ナイスネイチャ、テイエムオペラオー、エアグルーヴ、サクラバクシンオーの六人だ。

 更に少し遅れてダイワスカーレット、ウオッカ、イクノディクタス、マチカネタンホイザ、マチカネフクキタル、メジロパーマー、ダイタクヘリオス、キングヘイロー、セイウンスカイの十人が参加を表明。

 

 一気に総勢十八人となった事を受け、急遽ダートでのハルウララ杯はその十八名で行われる事となったのだ。

 

 そこでウララは意外と健闘してみせるのだが、やはり一着を取る事は出来ずじまい。

 だがそれでも最下位じゃなかった事に驚き、笑顔を見せて周囲を笑顔にさせたのだ。

 入着で喜ぶのでも一着で喜ぶのでもない。最後じゃなかった。それだけでもとびきりの笑顔をみせられるウララに、誰もがいつしか忘れていたものを見ているかのような気持ちとなったのである。

 

 その後は回復した本来の参加者達でのダートレースが行われ、そこでもウララは善戦してみせた。

 

 ちなみにそれが終わった後、ゴルシの発案でターフで1600m、ダートでも1600mのマイルに当たる距離を走る“マイルマイル”という両方のコースを隔てる柵を一部撤去しての変則レースが始まり、そのあまりの過酷さに“ゴルシ走”と名付けられる事となる。

 

 走りたい者全員でやるそれは色んな意味で大混戦となったのだが、そのゴルシ走の勝者はゴルシであった。

 

――ちょっとばかし本気出しちまったぜ☆

 

 そう舌をペロっと出しながら言い放つ様にマックイーンがイライラしたとかオグリが無言で頷いたとか。

 

 だがゴルシはこれだけで終わらせなかった。

 

――最後はパ~っと派手に行こうぜ! 走りたい奴全員でターフレースだ!

 

 ゲートを使わず、たづなが合図を出してのスタートで行われた最後のレースは有名無名関係なく大勢が走るというメチャクチャなもの。

 

 だけどもウララはその日一番の笑顔を見せた。形はどうであれ大勢の仲間達と走れたからである。

 最初こそ呆れていたはずのタキオンでさえ仕方ないと苦笑し、気付けば参加してしまった程のそのレース。

 それが終わった時、そこまでずっと休む事なく笑顔で走り続けたウララの丈夫さを証明し、誰もが“一緒に走る者がいるハルウララ”の凄さを目の当たりにする事となったのだった。

 

 そうしてハルウララ杯は終わりを迎える。

 

 とはいえ当初の予定を大幅に超えて、終わった時には既に昼時を迎えていたが、それでも誰一人不満に思う者はいなかった程の大成功だった。

 

 これを機にハルウララ杯は学園の恒例行事となり、ターフとダートの両方でレースを行う事も決まりとなった。

 それとマイルマイルことゴルシ走は一度限りで廃止となった。理由は言うまでもなく発案者さえ「あれはもういい」と言い切ったためである。

 

 ウララは毎年のハルウララ杯実行委員に任命されたものの、実質はある時期のみ稼働する不定期職のようなものなので、何か大きく変化が起きる事もなく今まで通り日々を楽しく送る事となった。

 

 だがしかし一つだけ小さな変化はあったが。

 

「ウララ君、また勝負といこう。構わないかな?」

「いいよ。でもオペちゃん、ちょっと言い方違うよ?」

「ん? あぁ、すまないね。どうしても言い慣れてる方を使ってしまうな。では、改めて……」

 

 見つめ合うウララとオペラオー。共に笑みを浮かべて頷き合うと同時に口を開く。

 

「「一緒に走ろうっ!」」

 

 ハルウララ杯のような大規模ではない小さなレースをよく挑まれるようになったのである。

 勝ち負けを着けるのではなく、ただ一緒に走る事を、競い合う事を目的とする純粋なレース。それをよく誘うのはやはり重賞戦線に身を置く者達が多かった。

 

「やっぱりオペちゃんは速いねっ!」

「ありがとう。けどそれなら一緒に走って心が弾むのはウララ君が一番さ」

「えへへ、そう?」

「そうとも。君と走ると色々な事が洗い流される気分なんだ。忘れそうになる大切なものを君が教えてくれるからね」

「? ウララ何も教えてないよ?」

「ふふっ、それでいいのさ。君は言葉にせずとも伝えてくれる。大切で、大事な事を。その温かな、そう春の陽射しのような笑顔と共に」

 

 いつだって笑顔で走るウララ。その笑顔に重賞戦線の厳しさや激しさで時にささくれ立ちそうになる心をGⅠウマ娘達は癒されていたのだ。

 誰かと走る事って楽しいね。そのウマ娘の根幹にある気持ち。それを優しく思い出させてくれるのがウララだけの特別であり、誰もが彼女を凄いウマ娘だと認める部分なのだから。

 

 ただ相変わらず本番のレースでは中々結果を出せないままではあったが……

 

「やった~っ! 入着出来たよっ!」

 

 そうやって多くのウマ娘達と一緒に走るようになったからか、ウララの実力は僅かではあるが向上していたらしく入着ぐらいなら可能となりつつあった。

 

 だが例え一着でなくても、最下位だろうとも、ウララの笑顔に差はないのだ。

 けれど、もし彼女が一着を取れたらその時の笑顔はどれほど輝くのだろうかと、そう誰もが思う程にウララの在り方は眩しいものであった。

 

 そしてまた季節は巡り……

 

「挑戦状?」

「うんっ! 新しい子達も入ってきたし、わたしが走ってない人もまだまだたくさんいるからね!」

 

 穏やかな午後の陽射しの中、無事進級出来たウララとライスがいつかのようなやり取りをしていた。

 

「でも、新入生たちはハルウララ杯の事をまだ知らないよ?」

「だいじょ~ぶ。知らないなら教えてあげればいいんだし、知ったらゼッタイ参加したいって言ってくれるよ」

 

 心配するライスへウララはそう笑顔で返してみせる。そして元気よく立ち上がった。

 

「よ~しっ! まずはオペちゃんに声かけよう!」

「ええっ!? お、オペラオーさんに?」

 

 そんな強いウマ娘相手では新入生達が怯むのではないか。そう不安に思うライスへウララは笑顔で頷く。

 

「うん! オペちゃんがね、この前は飛び入りだったけど今度はちゃんとした参加者になりたいって言ってたから」

「そ、そうなんだ……」

(その割には随分楽しんでたような……)

 

 ダートレースにゴルシ走、そして最後に大人数で走ったターフレースと、そのどれもオペラオーは楽しそうにしていたのだ。

 

(ううん、違うね……)

 

 だがそこでライスは思い出す。楽しんでいたのはオペラオーだけではなかったと。

 あの日、誰もが笑顔だった。ゴルシによって参加者と観客の垣根は壊され、走りたいなら走ればいいとなった第一回ハルウララ杯。

 まるで子供の頃に戻ったかのような笑顔で誰もが走って、悔しがって、けれど楽しそうに嬉しそうにしていた時間を。

 

「……うん、じゃあ行こうかウララちゃん。第二回ハルウララ杯のために」

「うんっ!」

 

 そこでウララとライスは笑顔で互いを見やって……小さく頷き合う。

 

「「みんなに声をかけようっ!」」

 

 選ぶのではなく誘う。ハルウララ杯はそういうレースだ。

 走る事が大好きならば誰でもいい。誰かと一緒に走る事が大好きならば尚の事良し。

 どうせ最後にはみんなで楽しんで笑い合えるのだから、そのためにもまずはワクワク出来る雰囲気作りを。

 

 そう、一緒に走ってみたいと誰もが思うウマ娘達の参加者を集めるのだ。

 

「オペラオーさんの次はどうする?」

「う~ん……オペちゃんに聞こうっ!」

 

 後に誰もがハルウララ杯をこう評する事となる。

 

 “ハルウララ杯はウマ娘のためのお祭り”だと……。




これで完全終了です。自分としてはハルウララ杯は春か秋のどちらかと想定しています。
春ならばそれこそ名前に相応しいですし、秋なら忘れかけてきた初心を思い出させてくれると思いまして。

……あるいはその内年二回となるかもしれませんね。春で新入生達へ実際見せて、秋で自分達も参加したいと出来るように。


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ハルウララ杯は永遠に

後日談と言うか、アフターのようなものです。
あれからも高評価や感想を頂き感謝に絶えません。そこで蛇足かと思いましたがこういうのを書いてみました。楽しんでいただければ幸いです。
ちなみにウララ達ゲーム登場のウマ娘は出てきませんし、後半はオリウマ娘が主体です。それでもよければどうぞ。


「嘘だろ……」

 

 それは誰の呟きだったか。いや、おそらく声に出していないだけでその場にいる全てのトレーナーの言葉だろうと誰もが思った。

 場所は学園内のトレーニングコース近くにある観客席。と言っても即席なので、厳密には観覧席と呼ぶべきかもしれないそこに学園中のトレーナー達が集まっている。理由は一つ。今日開催されるハルウララ杯と名付けられた大模擬レースを観戦するためだ。

 既にそこにいた大勢のウマ娘達は全員、そう誰一人としてその場には残っていない。彼女達は誰もが楽しそうにターフを走っていた。ゴールドシップの呼びかけに応じる形で生徒全員がレースへと参加したためだ。

 

 ただし先程の呟きはその混沌とした様子に対してのものではない。

 

「お、おい、彼女、これでどれだけ連続で走ってる?」

「最初のターフレースから数えて五回、だな。それもさっきの待ち時間以外大した休みなしだ。まぁターフコースとダートコースを繋げる時の間はあったが……」

「でもあれだってそこまで長くはなかったわ。大体その前の三回は十分と休んでなかったのに……」

「レース回数だけは凄い多いって噂で聞いてたがここまでとはな」

「ああ、タフネスなんてもんじゃないぞ。あのイクノディクタスだって小休憩はとってるのに、どうして常に全力のあの子は今も笑顔で走っていられるんだよ……」

 

 数いるトレーナー達の視線を一心に集めているのは一人のウマ娘。それは、このハルウララ杯の発起人であるハルウララ本人だった。口を開いているのはまだ駆け出しを抜けたぐらいの者達だ。新米トレーナー達はあまりの事に言葉を失い、ベテラントレーナー達は黙り込んで目の前の光景の持つ意味を考えている。ハルウララという、お世辞にも強いウマ娘ではない存在の持つ凄さを感じ取ったために。

 

 始まりのターフコース2000m。それから十分と立たずにダートコース2000m。更にそのまま続けて再度ダートコース2000m。そこで多少の間を置いてのターフとダートをぞれぞれ1600mずつ走り、最後にはそのままターフコースで再び2000mだ。これだけのレースを常に全力で走って笑顔を絶やさない事が持つ意味をその場の誰もが噛み締めていた。

 

―――でも、みんな楽しそうに走ってるなぁ……。

 

 そんな中でボソッと呟かれた新米トレーナーの言葉に残りのトレーナー達が一斉に頷いた。それは彼らも見た事のなかった担当ウマ娘達の心からの笑顔を見たから。ただ走る事が、誰かと競り合う事が楽しいと、そう叫ぶかのような満面の笑顔達がトレーナー達の表情までも笑顔へ変えていく。

 

 さて、同じ頃トレーナー達とは違う場所で嬉しそうにレースを見つめる者達がいた。

 

「大成功、ですね」

「うむっ!」

 

 手にした扇子を開き、理事長は満足そうに頷いた。隣に立つ秘書のたづなも満面の笑みを浮かべている。

 ハルウララ杯。それは本来であれば学園側が率先して行うべき内容だった。けれど学園はあくまでも育成機関。目的は一人でも多くウマ娘を成長させて世に出す事だ。そう考えた時、有力ウマ娘達をレクリエーションのために集めてレースさせるなどは難しいと言わざるを得なかった。

 

 それを学生側の自主的行動としてウララがやった。故に理事長は我が意を得たりとばかりに協力し、今回の大規模開催へとこぎつけたのだ。

 

「ふふっ、普段は勝つ事や速くなる事しか考えてないような子達も笑顔で走ってます。いいですね、こういうレースも」

「同意っ! みな童心へ帰っているようだ! 目的は勝負ではなく競走と、そういう光景だなっ!」

「勝ち負けをつけるんじゃなくて競い合って走る、かぁ。レースの元々の意味をウララちゃんはみんなへ思い出させてくれたんですね」

「肯定。……我々にも、な」

 

 チラリと視線をトレーナー達がいる方へ向け理事長はそう告げると、視線を前へ戻すや何かを見つけて眩しいものを見つめるような表情でレースを見守る。その中で一際輝く笑顔を見せるウマ娘。その笑顔を目に焼き付けるかのように……。

 

 こうしてウマ娘達だけでなく学園スタッフ達にまで大きな影響を残してハルウララ杯は終わった。

 

 ちなみに参加者誰もがへとへとになって疲れた顔をする中、ただ一人ウララだけが満足そうに笑顔を浮かべ続けていたのはいうまでもない。

 

 そして月日は流れ、ハルウララ杯というものが恒例行事となって久しくなったある日の事、一人のウマ娘が頭を抱えていた。

 

「う~ん……どうしよ?」

 

 彼女の腕には使い古された腕章があり、そこには“ハルウララ杯実行委員”と掠れてはいるが見事な筆文字で書かれていた。見る者が見ればそれが誰の字か分かっただろうそれも、今となっては分かる者の方が少なくなってしまっている。それだけの時が流れた証拠が文字の掠れであった。

 

「大体参加者を集めろって言うけどさ、誰に声をかけろって言うのさ」

 

 誰にともなく呟く。それは文句のような、愚痴のような声。何せ彼女は今年度高等部へ入学してきたばかりの新入生。勿論学園の有力ウマ娘へ気軽に声をかけられるような存在ではなく繋がりさえもない。そんな中で学園一のイベントである“ハルウララ杯”を成功させなければならないという重責を背負わされてしまったのだ。これで不貞腐れるなというのが無理な話である。

 

 少なくても本人には。

 

「オルフェ先輩やディープ先輩なんてとてもじゃないけど声かけられないし、かと言ってアイちゃんもデアちゃんやコンちゃんと一緒で重賞戦線に売り出し中の大忙し。フォーリア辺りならぎりぎり……いや無理か」

 

 パッと思いつく有力ウマ娘の名を挙げてみるものの、見事に彼女の中では成功するビジョンが浮かばないのかその顔色は暗くなるばかり。それに伴って彼女の頭も沈むように項垂れていく。

 

「どうしたどうした。そんなところで寝ると風邪引くよ?」

 

 と、そこへ現れる一人のウマ娘。その声に聞き覚えがあったのかゆっくりと項垂れていた頭が少しだけ上を向いた。

 

「……なんだ、グリアか」

 

 そこにいた相手を見て露骨にがっかりする辺り、単なる知り合いではないのだろう事が窺える。ともあれ一人で考えるよりも誰かの意見が聞ける方がいいかと、そう思って彼女は口を開くのだった……。

 

 

 

「成程なぁ。ハルウララ杯のメンバー決めね」

「そ」

 

 こちらの悩みを理解してグリアがやや苦笑する。まぁそうだよね。誰もが参加したくなるようなメンバーを集めるって、言う程簡単じゃない。何せそう思わせるウマ娘は全員厳しい戦いに身を置く状況だ。少しでもトレーニングをこなしてレースに向けて仕上げている中でお遊びのレースへ参加する暇なんてない。

 

「大体さ、ハルウララ先輩ってどうやってあの初回のメンバーを集めたの? 実績なんて皆無って言っていいウマ娘じゃない」

 

 前から思っていた事を告げるとグリアが何故か一瞬遠い目をした。何か思い出す事でもあるのかな?

 そのまま少しだけ黙ってるとやがてグリアが小さく息を吐いて……

 

「あのさ、よく聞いてほしいんだけど、ウララ先輩は凄いウマ娘なんだ」

「は?」

 

 何言ってんの? それがこちらの正直な感想だった。だってハルウララ先輩に関して残ってる功績はハルウララ杯の開催だけだ。まぁその理念は立派だと思うけど速くもなければ重賞を取った事もない。そのどこが凄いのか理解出来ない。でもどうやらそれはこちらだけで、グリアには明確な理由があるようだ。

 

「まず、ハルウララ杯の開催。これはいい?」

「うん」

「次、主戦場としてた高知レース場へ沢山のお客さんを呼んで当時傾いていた経営を立て直した」

「は?」

「それから、これはあくまで噂なんだけど、実行委員就任後は大勢のウマ娘のメンタルケアをしてたんだって」

「はぁ?!」

 

 何というか、思ってもいなかった事で凄さを告げられた。これって速いとか強いとかの凄さというよりは個人での実績の凄さじゃないかな。

 

「最後のはともかく二つ目は事実だよ。嘘だと思うなら調べてごらん。ウララ先輩が走るようになってから少しずつレース場の来客数が右肩上がりになってるから」

 

 自信満々に言い切るグリアを見て確信する。これ、本当に本当なんだって。それにしてもまさかレース場の経営を立て直すとか……どうやったんだろ? 特別速い訳でも強い訳でもないウマ娘一人で出来る事じゃないんだけどな。

 

 と、そう思ってるこちらへグリアは申し訳なさそうな顔を向ける。

 

「どうしたのさ?」

「うん、実は少し前の自分もウララ先輩に対してそっちと同じような認識でね」

 

 そこからグリアは教えてくれた。ハルウララ杯の事を知った当日の食堂でハルウララ先輩の事を話題にした。それも、こちらと同じでどうしてあんな実績もないウマ娘が~みたいな言い方で。そしたらそれを聞いてた栗東寮(ウチ)出身の調理師であるランベリさんが静かにさっきの話をしてくれたらしい。

 

「ランベリさん言ってたよ。ウマ娘は速い事や勝つ事がどうしても重要視される。けど、ウララ先輩はそういう事抜きに、誰かと走る楽しさと嬉しさって喜びを忘れずいられた純粋さを持ち続けた人だって。だからこそハルウララ杯は誰もが楽しめるし参加したくなるんだよってね」

「誰かと走る楽しさと嬉しさ……」

 

 言われて思い出す。それは入学して半年経つか経たないかで新入生全員が見せられた映像、第二回ハルウララ杯の映像を。枠番の発表だけで誰もが興奮し、レース展開に息をのみ、レース後の様子で言葉を失ったあの時を。

 

 ハルウララ先輩を除き、誰もが重賞を取った実績持ち。そんな凄いウマ娘達がレース結果を気にする事なく誰もが笑顔で映っていた。一着だったとかそうじゃなかったとか関係なく、ただ口々に楽しかったとかまだ走り足りないとか言い合って笑いあってた光景を。

 

 それはターフレースだけじゃなくダートでも続き、最後なんて生徒全員でレースしてた。いや、あれはレースじゃない。かけっこだ。子供の頃にやるような、勝ち負けなんて考えずに誰かと走る。そんな事をやってた。

 

 なら、もうやるべき事は決まった。どうしようって悩んでないで動く。誰もが参加したくなる相手を考えるんじゃない。自分が一緒に走ってみたい相手へ声をかけよう。

 

「ありがとグリア。おかげでもう迷わないで済む」

「そ。ならよかった」

 

 悩む必要なんてなかった。迷う必要なんてなかった。答えはもう教えてもらってたんだ。

 

「うん、今年のハルウララ杯も楽しいものにしてみせるから」

 

 そう、楽しいものにする。それを忘れちゃいけないんだ。誰もが参加したくなるウマ娘を呼ぶ事よりも大事なのはそこだ。まずは自分が楽しむ事。それを忘れちゃいけない。

 

「で、まずは誰に声をかける?」

「そうだなぁ……」

 

 言われて考える。色々浮かぶけどまずこのウマ娘って言われると決めきれない。だって誰とも走ってみたいから。

 

「もし候補が決めきれないならファンタとかどう? それなら私が声かけ手伝えるし」

「ファンタか。いいね。じゃ手伝いよろしく」

 

 阪神での借りを返す事も出来るし、何よりグリアを入れた三人なら話題性には十分だ。

 わたしとグリアとファンタ。新入生としては割と話題に上る方だしね。よし、そうと決まれば早速動こう。

 

「で、ファンタはどこにいるかな?」

「う~ん、とりあえずトレーニングコース行ってみる?」

 

 こうしてわたしとグリアは走り出す。ターフとダートとあるけど勿論目指すはターフ。するとあっさりと目当ての相手が見つかった。で、向こうもこちらに気付いたようで足を止めて首を傾げる。

 

「あれぇ? グリアにクロだぁ。どうしたのぉ? 二人もトレーニングぅ?」

 

 相変わらずのおっとり口調だけど、これがレースまでそうじゃない事はよく知ってる。粘り強い末脚を持つこの子にわたしは一度競り負けてるから。

 

「違うって。ファンタにお願いがあってさ」

「お願いぃ?」

 

 そこでチラリとグリアがこちらを見る。分かってるよ。頼むのはこちらの仕事だしね。

 

「うん、えっと、ハルウララ杯に参加してほしいんだ」

「ハルウララ杯ぃ? あぁ、そっかぁ。クロが実行委員なんだぁ」

「そうなんだよ。それで、どうかな? わたしと一緒に走ってくれる?」

 

 両手を胸の前で合わせて納得するファンタに若干気持ちが癒される。名前の通り不思議な雰囲気を持ってる子だな、やっぱり。

 

「わたしはいいけどぉ……」

 

 そこでファンタが視線をこちらの後方へ動かす。振り返ればそこにはファンタの担当だろうトレーナーさんの姿。うん、理解した。

 

「ちょっと待ってて。説得してくるから」

「ありがとぉ」

 

 グリアを残してわたしは動き出す。わたしとグリアが参加するってなればきっとファンタのトレーナーさんは無視出来ないはず。何せファンタはグリアとライバル関係って周囲から言われてるからね。

 

 ……わたしだって負けてないんだけどな。悔しいけどまだ実績では二人に並べない。って、ダメダメ。こんな気持ちじゃいけない。まずは楽しむ事。まだわたし達三人で走ったレースはないんだ。ならそれを楽しまなきゃ、ね。

 

――ですよね、ウララ先輩?

 

 今はもう学園にいない人へそう問いかける。と、ふわりと風が通り抜けた。秋だって言うのにどこか春の陽気を運ぶような優しい風が。きっと上手くいくよって、そう聞こえたような気がして、わたしは思わず笑みが零れた。

 

 そうだ。今回のハルウララ杯にはOGの人達にも声をかけよう。それで見てもらうんだ。今の学園と、そこで走るわたし達の姿を。貴方達が作り上げたものをわたし達が受け継いでいますって、そう伝えるために。

 

 時は止まらず、繋がり続ける。新しい物語を創り続けて……なんて、ね。




後半登場のオリウマ娘の名前の元ネタ紹介。
グリア=グランアレグリア、ファンタ=ダノンファンタジー、クロ=クロノジェネシス、ランベリ=ミヤビランベリでした。
ちなみにこの時のハルウララ杯は過去最高の盛り上がりを見せる事となります。理由は勿論卒業生達が最後の最後に参加したためです。勿論ゴルシとウララ主導で(笑


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