トレーナーの秘蔵本を担当ウマ娘が見つけてしまう話 (ZUNEZUNE)
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エアグルーヴ編

そのトレーナーと彼が担当するウマ娘エアグルーヴの関係は、今となっては良好になっていた。

自他共に「女帝」と称する彼女は常に厳しく、始めの頃はその厳格さ故ある程度の距離があったが、トレーニングやレースなど共に過ごす時間を重ねていくうちに、どんどん縮んでいった。

始めは固執していた生徒会の仕事を任せる程、トレーナーの力量と人格を認めていた。

 

そんな彼女が、トレーナー宅を訪れていた。

生徒会及び女帝として風紀を正す立場である彼女が単身男の家に訪れるなど、学園での彼女を知る者たちからすれば信じられないだろうが、現にエアグルーヴはその家のドアノブに手をかけていた。

 

理由は何だろうか? ――掃除である。

彼女は大の掃除好きで、尚且つストレス発散の方法としていた。乱れたものを正す、それが女帝が女帝たる秘訣なのかもしれない。

対するトレーナーの片付け能力は一般の平均をやや下回っており、簡単に言うと掃除ができない。

つまりその自宅は少々汚れており、彼女の趣向とベストマッチしていた。

 

 

「――トレーナー、いないのか?」

 

 

インターホンを鳴らし、その後で数回ノックするも返答は来ない。恐らく今は不在なのだろう。

しかし彼女は、開かずの扉を解放する手段を持っている。彼から貰った合鍵だ。

お互いを理解し合った結果、トレーナーはエアグルーヴに合鍵を渡していた。それに一体どんな想いを秘められているのかは定かではないが、受け取った時の彼女の尻尾が必要以上に揺れていたのは昔の話。

 

早速鍵穴に入れ、ドアノブを捻り、躊躇なく中へと入る。

家主不在、及び何度も来ているとはいえ他人の家では礼儀正しく。脱いだ靴を綺麗に並べズカズカと奥へと進む。

そうして進んだ先には、彼女が望んでいた通りの光景が広がっている。

 

 

「――全く、ついこの間掃除してやったというのに」

 

 

とは言いつつも、エアグルーヴにとっては絶景だろう。

早速服を少しはだけさせ、掃除に取り掛かる。

放置されたゴミを分別し、袋にまとめる。床に段重ねとなっていた本は少し埃を払った後で本棚に戻していく。要らないものは容赦なく捨て、必要なものはあるべき場所に片付ける。

見る見るうちに部屋は掃除されていき、トレーナーが帰ってくる頃には全て終わっているだろうと思われた。

 

しかし彼女の手は、クローゼットに留まった目と共に動かなくなる。

 

 

(ここは……いつもあの男が掃除していたな)

 

 

そのクローゼットの中は、彼女でも知らない未知の空間。

いつもエアグルーヴが部屋の掃除をしに来た時、されるがままで受け入れていたトレーナーが――

 

 

『あ、そこは俺が掃除する! 全部任せっきりじゃ申し訳ないからな!』

 

 

――と、そこだけは自分で掃除していたのを思い出す。

最初は疑問に思ったが、何回か同じことを言われていくうちに気にせずにはいられなくなっていた。

今思えば、トレーナーが不在のこの家に入るのは何気に初めてかもしれない。合鍵を受け取っているとはいえ流石に彼がいる時に訪れた方が良いと思っていたが、今日はやけに掃除欲が溜まっていたので思わず入っていた。

 

つまり――普段は見られないクローゼットの中を見れる絶好のチャンスだった。

 

 

(まぁ……精々服が数着掛けられているだけだろう)

 

 

彼の事だ、なっていない服の掛け方をして皺にでもなっているかもしれない。と思い勝手に開けるのもなんだかなと思いながらもクローゼットを開ける。

彼女の予想通り、ハンガーに掛けられた服が数着。唯一予想外の物と言えば、クローゼットに入れるには似つかわしくない数冊の雑誌だった。

 

何故こんなものがここに? 女性としては当然の疑問と共に、一番上にあった一冊を手に取ってみる。

 

 

~~『女王様とお呼び! 今日から貴方は私の蹄鉄慣らし』~~

 

 

「――は?」

 

一冊目から言葉を失い、呆気に取られるエアグルーヴ。

そのタイトルと表紙に描かれている如何わしい恰好をした大人のウマ娘とそれに踏まれる男を見つめ、金縛りのように動けなくなる。

 

思わず破り捨てようとしたところで正気を取り戻し、他の雑誌も見てみる。

 

 

~~『立場逆転 担当ウマ娘の鬱憤に気づかず、逆に教育を受けさせられるトレーナー』~~

 

~~『一生私の尻尾を舐めていなさい』~~

 

 

出るわ出るわ、トレーナーの隠された性癖。

しかもそのような世界をあまり知らないエアグルーヴでも分かる程の、アブノーマルワールド。

流石に中身までは確認していなかったが、表紙を見る限り碌でもないというのは粗方予想ができる。

 

一冊一冊確認していくにつれて、彼女の背中が震え始める。

その怒気は、玄関の方から聞こえたドアの音にも気づかない程だった。

 

 

「来てたのかエアグルーヴ! いつもすまな……い、な?」

 

 

家主、トレーナーの帰宅。

ただ自分の家に帰ってきただけなのに、彼女が立っている位置、そしてその手にある雑誌を見て顔が青ざめていく。

部屋に入って数秒で状況を把握できたのは、彼がトレーナーとして観察眼に優れているからだろうか?

 

 

「お……お前、それ……まさか」

 

 

まだ顔を合わせていないというのに、背中からでも十分感じ取れる程の迫力。レース終盤の、勝利を求めて全力疾走するウマ娘のオーラ。

プルプルと震える背が振り返るその時、彼女の怒号が炸裂する。

 

 

「この――たわけがッッッッッ!!!!!」

 

 

人間と比べて数倍の身体能力を持つウマ娘の咆哮にも近い大声は、家全体を震わせご近所様の耳にも届く。

火山の噴火か? トラックの事故か? たった一人の乙女から出た怒声とは思いもよるまい。

トレーナーの存在に気づいたエアグルーヴは雑誌を投げ捨てると同時にすぐに詰め寄り、その雑誌について問いただす。

 

 

「――そういう本を持つなとは言わん、貴様も男だからな! だがアレは、あまりにも……何ていうか、アレすぎるぞ!!」

 

「お、落ち着けエアグルーヴ……!」

 

「よ、よもや貴様がこんな特殊な行為を求めていたとは……『女帝』のトレーナーとして示しがつかん!」

 

 

エアグルーヴは慕っていた者の隠された一面を見てどう接すればいいのか分からず、顔を赤面して兎に角怒鳴る。対するトレーナーは、自分の担当ウマ娘に性癖がバレ、羞恥心に襲われている。

 

――元々エアグルーヴは、男という生き物の生態を良く知らない。

そういった本を持っていてもおかしくはない、と知識では理解できてもいざこうして目にしてみると動揺を隠せない。

加え初めて見た本が、女が男を責めるもの――彼女にとっては未知の世界どころではない。

 

やがて数分騒いだところで、両者冷静になり一旦落ち着く。エアグルーヴもまだ顔を赤くこそしているが、顔に手を当てて深呼吸を繰り返す。

 

 

「――元はと言えば、私が勝手に漁ったのが原因だな。すまないトレーナー、子供のように騒いでしまって」

 

「いや……俺もお前に合鍵を渡した以上、もっと慎重になるべきだった。嫌なもの見せて悪い」

 

 

お互い自分の非を認め、一旦は仲直りとなるトレーナーとエアグルーヴ。

この一件で浅くも深くもない溝ができたのは確かだが、それで二人の関係性が崩れることは無いだろう。

そこでゴホン、とエアグルーヴが咳払いをすると、クローゼットに隠されていた全ての雑誌を手に持つ。

 

 

「――だが、これは処分させてもらう。トレセン学園のトレーナーともあろう者が、ウマ娘に対して劣情を抱くのは、些か見過ごせんからな」

 

「う……ワカリマシタ」

 

 

彼が集めていた雑誌はどれもウマ娘が"対象"。トレセン学園はレースで走るウマ娘の為の施設とはいえ、中高一貫の学び舎でもある。

そこに努めるトレーナーがウマ娘をそのような目で見てるとなれば、本心はどうであれ問題であることに変わりはない。

 

こればっかりは仕方がない。がっくりと肩を落とし、雑誌を持って家から出るエアグルーヴを見送った。

やっちまったという後悔の念を抱きながら部屋へ戻ると、まだ掃除の途中であったことに気づく。

あんなことがあったんだ、有耶無耶になるのも当然だろう。

そこで部屋の隅に置かれたゴミ袋を見て、トレーナーはふと疑問を抱いた。

 

 

(……あれ、捨てるならわざわざ持ち帰る必要無いのでは?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ……こんなこともするのか!?」

 

 

その晩、ウマ娘の寮にて。同室のウマ娘が寝てる中、エアグルーヴは布団の中に隠れてひっそりと何かを読んでいる。

ゴミ箱に直行かと思われた彼の秘蔵本は今、しっかりと彼女の前で本としての役割を果たしていた。

 

ページを進める度にその顔色は赤く染まっていき、その過激な内容に声を出さずにはいられず、その度に同じ部屋で寝ているウマ娘を起こしていないかと冷や冷やしていた。

それでも彼女は読み続ける。あれだけトレーナーに罵詈雑言を浴びせていながら、しっかりとその内容も確認する。

 

 

「……そうか、あいつはこういうのが好きなのか」

 

 

何気に呟いたその一言に、どんな感情が込められているかは分からない。

取り敢えず、そこから招かれる出来事は――彼女が想像している数倍は苛烈で、刺激的だろう。

 




ウマ娘を初めて以来、ずっとウマ娘のことしか考えていません。
次はこのキャラがいいなどご希望がございましたら、コメントの方を是非お願いします。


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スーパークリーク編

今度はスーパークリーク編です。
エアグルーヴ編と比べて、スーパークリークはちょっと書きづらい気がしました。


「はーいトレーナーさん、おねんね上手にできましたね~」

 

 

本日のでちゅね遊び、絶賛遂行中。

トゥインクルシリーズを見事走り抜き、URAファイナルズで優秀な結果を残したウマ娘スーパークリークとそのトレーナー。一時期は不調だった頃もあったが、それも見事乗り越えた。

その後に加速していった彼女の甘やかしたいという願望が生んだ遊戯、それが「でちゅね遊び」。

傍から見れば一定層の人間が喜ぶ「プレイ」なのだが、彼女は至って真面目である。誰かの傍に寄り添い、甘やかすことが彼女のコンディションの源であった。

 

今日も今日とてトレーナーの自宅にて、でちゅね遊びは行われている。おおよそ高等部の女性に甘えるなど似合わない成人男性が、彼女の膝に頭を乗せ、その額で母性全開の「いい子いい子」を受け、眠りに付く(というていで)。

膝枕で寝ている彼の顔が赤面しているのは、まだ彼女の想いと欲望を受け止められる程「その役」に徹してられていない証拠だ。

 

一方のクリークは、聖母を彷彿させる優しい笑みを浮かべている。この状況が余程嬉しく、楽しいのが分かる程に。

トレーナーがいつ彼女が近くのテーブルに置いてある音響道具、所謂「ガラガラ」に手を伸ばさないかとヒヤヒヤしている反面、心の奥底では少し待ち望んでいるのは開花の兆しだろうか。

兎にも角にも、今の彼にはまだ自制心と呼ばれるものがある。それは大人が大人であろうとするプライド、彼女のでちゅね遊びにとっては邪魔でしかないものだが、それがこれ以上の「甘やかし」はやばいと警告する。

 

 

「お、俺トイレ行ってくるよ。クリーク……」

 

「あらあら大丈夫ですかトレーナーさん、1人でできますか?」

 

 

その問いにNOと答えたら、彼女がトイレまで付き添うのか将又どこからかオムツを取り出すのか。

取り敢えずでちゅね遊びの休憩だと、トレーナーはトイレに駆け込む。その姿を見て少しだけシュンとなるクリークは、その時間の間に改めて部屋を見渡した。

 

何度も訪れるうちに自分の部屋のように馴染み深くなったトレーナーの自宅。今まではでちゅね遊びの最中での彼にしか目が向かなかったせいか、こう全体を見渡すと少しだけ新鮮な気分を味わえた。

それと同時に感じたのは幸福――精一杯自分の気持ちを受け止めてくれるトレーナーと、3年間寄り添ったからこそ自分はここにいられるのだと、感激すらしていた。

 

そんな彼女がふと目に入ったのは、今自分が座っているソファとは対を為す位置にあるテレビ台。ガラスの引き戸の向こうで、薄っすらと何かが見えた。

 

一体何だろうと、特に深いことは考えずに引き戸を開けそこに隠されたものを確認する。

見つかったのは雑誌だった。そこまで厚くない、手軽に読めるサイズ。その表紙は――

 

 

~~『バブバブ生活24時 最初から最後までバブみたっぷり(長身ウマ娘編)』~~

 

 

「……あら」

 

 

賢さが足りなさそうなタイトルに、淫らな格好をした長身の女性。一目で「そういう本」であるというのは分かるが、実際目で得た視覚情報を脳が整理するまでに時間が掛かり、クリークは硬直した。

すると一冊抜き取ったせいか、他の数冊がテレビ台の中から落ちてしまい、それはもう見事に表紙を上にして散乱した。

 

 

~~『ショタトレーナーと母性溢れるウマ娘のあまあまな3年』~~

 

~~『ウマ娘による絶対的母性 逆らえないぼくちゃん』~~

 

 

「……これって……もしかして」

 

 

もしかしなくても、自分のトレーナーのもの。しかもその内容は、こういう知識に疎いクリークでも分かる程の、変な方向へ一直線に特化した内容のものばかり。

でちゅね遊びを恥じるトレーナーの、奥底に隠された欲望。それを受けて、彼女はどういった反応を示すのか?

 

 

「お待たせクリーク、じゃあその……続きを……って」

 

 

するとタイミングが良いのか悪いのか、トイレに行っていたトレーナーが今戻る。

そして彼女がいる位置、その手にある雑誌。それらを見て全てを理解し――青ざめて動けなくなる。

 

最悪だ――彼女にだけは、見つからないようにと思っていたのに。

 

トレーナーに初めから「そういった願望」があったのか、それとも甘やかしてくるクリークと数年付き添った影響で生まれた性癖なのか、それは分からない。

少なくとも、クリークとのでちゅね遊びでそれが増大していったのは間違いないだろう。結果こういった趣向の本を好んで買うようになり、今現在この事態を招いてしまっている。

 

この時スーパークリークという強豪ウマ娘を育成した経験から、トレーナーは二つの未来を予想していた。

 

一つは自分の性癖とクリークの欲望が驚異的な化学反応を起こし、結果彼女の母性が暴走する未来。それにより今までは「プレイ」との境界線をギリギリ超えていなかったでちゅね遊びは、より一層濃いものとなるだろう。

しかし二つ目の未来と比べれば、まだそちらの方がマシかもしれない。

その二つ目の未来とは……

 

 

「ご、ごめんなさいトレーナーさん。男の人の部屋を、その……勝手に見たりとか、駄目でしたよね」

 

「あ、うん……そのえっと」

 

 

彼女が年相応の、女の子として正しい反応をするということ。

今まで十分甘えさせてくれたせいで忘れがちだが、彼女だってトレセン学園に通う高等部の学生の一人。確かに大人びてはいるが、決して大人であるというわけではない。花も恥じらう乙女なのだ。

そんな彼女が親しい男性の秘蔵本など見つけてしまえば、照れたり戸惑ったりするのは当たり前のことだった。

 

現にクリークは珍しい赤面を見せ、落ち着かない様子で勝手に見てしまったことを謝罪してくる。これはまさしく、知り合いの性事情を知ってしまった反応そのものであった。

やってしまった。ついつい自分は彼女に甘え、結果セクハラまがいなことをしてしまったのだと、トレーナーは自責の念に囚われる。

 

 

「じゃ、じゃあ私はこれで帰りますね。その……また明日……」

 

「あ、ああ……うん」

 

 

そう言って彼女は気まずそうに、部屋を後にする。

彼女が立ち去った後で、トレーナーはどうしてもっとバレない場所に隠さなかったのかと、膝から崩れ落ちて後悔するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、学園でのクリークとトレーナーの接し方は、事情を知る者からすれば見違える程に変わった。

簡単に言えば、彼女が学園内で甘やかしてくることが少なくなったのだ。ゼロになったというわけではないが、親しいタマモクロスやオグリキャップ、同室のナリタタイシンには持ち前の母性を見せている。つまり、トレーナーだけを甘やかさなくなったのだ。

 

 

(やっぱり……あの日のことで)

 

 

恐らく自分は、幻滅されたのだろうとトレーナーは思った。

無理もない、クリークからすれば自分をそう言う目で見てますと言われたに等しいのだから。

今までは彼女のでちゅね遊びに拒絶反応を示していたトレーナーだったが、いざこうして構ってもらえなくなると寂しく思ってしまう。そこでようやく彼女とのでちゅね遊びが自分の中でかけがえのないものだということに気づいた。

 

しかしそんな関係も、自分の浅はかな性癖で壊してしまった。もうでちゅね遊びができないどころか、以前の関係に戻れないことを、酷く悲しんだ。

肩を落としながら廊下を歩いていると、向こうにクリークがいる。

 

――取り敢えず、謝らなければ。幻滅されようとも、せめて彼女を支えるトレーナーとしての責務を最後まで全うしたい。

 

 

「あ、あの! クリーク!」

 

「あ、トレーナーさん」

 

 

一体どんな表情を向けられるのか、ビクビクしながら声を掛けたが、予想に反していつも通りの笑みを見せてくれるクリーク。

幻滅したわけではなかったのか? それとも謝る前に許してくれたのだろうか? そんな希望に縋りながら、前日の件で謝る。

 

 

「この間は……ゴメン、変なもの見せちゃって」

 

「気にしないでください~男の子ですもんね?」

 

 

彼女はそう言ってくれるが、その優しさが逆に痛い。

理解してくれとは言えないが、取り敢えず幻滅しているわけではないのだと、心の底から安心した。

――待てよ、だったら何故彼女は、自分を甘やかさなくなったのだろうか?

 

 

「それにこちらの方こそ、今まですいませんでした」

 

「……今まで?」

 

「はい、そのえっと……」

 

 

彼女が謝る理由が分からず思わず聞き返すと、クリークはその先を言いづらそうにして周囲の目を気にしだし、周りに聞こえないようにトレーナーの耳へ口を近づけた。

 

 

「学園でいい子いい子したり、でちゅね遊びしたりして……その、お仕事の場で"ドキドキ"するのは、辛かったですよね?」

 

 

その言葉を聞いて――トレーナーの頭は真っ白になった。

この場合の"ドキドキ"するというのは、つまりはそういうこと。となると彼女は、トレーナーの性癖を完璧に理解した上でこう言っているのだ。

 

今まで興奮させて、ごめんなさい――と。

 

 

「あ、あの……えっ?」

 

 

対しトレーナーは、その言葉を一概に否定することはできない。

何故なら、彼女とのでちゅね遊びで"ドキドキ"してしまったことは、何度だってあるのだから。トレセン学園に通うトレーナーとして、学園内でそう言った欲望を発散するなど言語道断。できる訳なかった。

 

 

「私も寂しいですけど、これからはトレセン学園ででちゅね遊びは遠慮した方がいいかなって考えたんです。なのでこれからはトレーナーさんのおうちで……

 

思う存分、甘えても大丈夫ですよ?」

 

 

その言い方は、子供を躾して矯正する1人の母親のようで、それでいて家では思う存分甘えていいという、誘惑するような甘い一言がトレーナーの鼓動を加速させる。

 

彼女に全て見透かされている、そんな支配感が……何故か心地よかった。

 

 

「それじゃあトレーナーさん、今日のトレーニングも頑張りましょうね?」

 

 

そう言ってクリークはこの場を後にする。

彼女がいなくなったというのに、トレーナーの"ドキドキ"は、いつまで経っても消えることはなかった。

 

 



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メジロマックイーン編

久しぶりに更新しました。お待たせして申し訳ありません。


メジロ家――それは競走ウマ娘界隈における名門。どの時代においても、レースの世界で"メジロ"がいなかったことは無いと言われる程、その名は語り継がれている。

特に今期はメジロパーマー、メジロドーベル、メジロライアンなど、多くのメジロ家の令嬢がレースを走っていた。

 

その中でも一番名を馳せているのは、メジロマックイーン。メジロ家の風格と気品をそのまま人の形にしたようなウマ娘で、無論走りでも知名度を確保している。

淑女な物腰でありながら、ターフの上ではその強さを奮っている姿は、多くの人々を夢中にし、今となっては彼女の母と祖母にも負けない"メジロの顔"となっていた。

 

しかしターフ以外の場所での彼女は、意外と抜けているということはあまり知られていない。

傍から見れば常に背筋を伸ばし、所謂お嬢様の風格が溢れ出ている彼女だが甘いものに目が無く、甘味関連で自制が疎かになる面もある。また大の野球好きでもあり、彼女の応援する球団の試合に行けば、普段とは違う興奮した姿が見れる。

 

そんな彼女のトレーナーは、その扱い方を熟知しており、如何に彼女のメジロ家としての誇りを傷つけないようにその本心と欲求を解消させるか。そこが上手かった。共にトゥインクルシリーズを走り終えたからこそ。メジロマックイーンという個人の扱い方に慣れていた。

 

 

「トレーナーさんまだですの! もう始まってしまいますわ!」

 

「分かった分かった、紅茶ぐらいゆっくり淹れさせてくれ」

 

 

――とある休日、マックイーンはトレーナーの家へ訪れていた。

学園ではない為私服姿ではあるが、それでも普段はおしとやかな服装を着ている彼女が、今日だけは球団マークが描かれたTシャツ一枚と、とてもではないがメジロ家の御令嬢とは思えない服を纏っている。

 

そんな彼女が手にしているのはメガホン。鼻息を荒くしてそれをブンブンと降り、テレビ画面に釘付けになりながらソファの上で今にも跳ねそうな程興奮している。勿論普段からこんな感じではない。

一方家主であるトレーナーは、キッチンの方で紅茶を淹れている。その隣には、甘そうなケーキが二人分用意されており、もう少しすれば紅茶と共にマックイーンの元へ運ばれるだろう。

 

この日、トレーナーとマックイーンは前々から彼の家で野球観戦をする約束だった。

普段なら球場まで出向く彼女であったが、今回の試合は遠い地方の球場で行われるもので、いくら彼女でもそう簡単に行けるものではなかった。そこで自分の家で観戦しようと、トレーナーから提案したのである。

 

そして折角ならと、大好きなスイーツでも食べながら観戦しようではないかと更に提案。その為今日のマックイーンはいつもより興奮気味になっていた。

 

 

「……少し音が小さいですわね、トレーナーさん! リモコンはどちらに?」

 

「え? そこらへんに置いていないか?」

 

 

球場で観戦できないのは残念だが、ならば音量を上げて雰囲気だけでも似せようと、マックイーンはリモコンを求める。しかしテレビを付けたのもチャンネルを操作したのも彼で、リモコンがどこに置かれたのか分からない。

 

彼女はテーブルの上を見渡すも、それらしいものは置かれていない。

全くちゃんと目に届くところに置いてほしい、と呆れながら彼女はリモコンを探し始める。取り敢えずテレビの周辺、もしかしたら床に置かれているのかもしれないと屈んでみるも無かった。

 

 

(何ですのあれは……本?)

 

 

しかしその際、マックイーンはテーブルの下だけではなくその視線の先にあるベッドの下にも目が行く。影で良く分からないが、そこに本のような物が積まれているとは明らかだった。

 

――"それ"を隠す場所としては、あまりにも凡庸でありきたりだろう。ベッドの下という物を隠しやすい場所は、その隠しやすさ故に"隠し物があるならベッドの下"という新たな常識を生み出してしまっていた。

では彼女にもその常識があるかどうか――否、断じて否。メジロ家の教育を受け、浮世絵離れした彼女がそんな偏見にも近い一般常識を知っているわけがなかった。

 

 

(全くもう、トレーナーさんったら……本をあのような場所に置いておくなんてだらしがありませんわ)

 

 

ベッドの下に積み重ねられた本を見て、マックイーンが抱いた印象は未だ見つからないテレビのリモコンと殆ど同じだった。そこから普段からあのように物を扱うから、リモコンも見つからなくなるのだと誤解してしまう。

 

なので彼女は、ベッドまで赴き何の疑いも無く本を取り出す。自分が片付けておいてやろうといった、曇り無き善意からだ。

しかし、本の表紙を見た瞬間石のように動かなくなる。

 

 

~~『底辺を味わわせてやる――この私がこんな下郎に』~~

 

 

「……え」

 

 

一番上に置かれていた本の表紙、そこにはドレスを着た高貴な乙女があられもない姿で辱めを受けている様が描かれている。

それに衝撃を受けたマックイーンは、手の力を緩めてその他の本を手放してしまう。

ある一冊は表紙を上にし、またある一冊は落ちた拍子で開いて、彼女の足元に散乱する。

 

 

~~『セレブなお嬢様が下民に分からせられる話』~~

 

~~『御令嬢が味わう泥の味』~~

 

 

「こ、これは……」

 

 

――電流のように衝撃が走った後は、硬直。突如として視覚情報としてなだれ込んだ卑猥物に、マックイーンの脳は情報を処理しきれず固まってしまう。

やがてテレビから聞こえる歓声によって、正気を取り戻す。待ち望んだ試合が始まったようだが、それどころではない。

 

湧き上がる様々な感情は、怒りか羞恥か。色々なものが入り混じり、彼女の情緒は混沌そのもの。やがてそれが抑えきれなくなってきたのか、プルプルと震え始める。

 

 

「お待たせマックイーン、もう試合始まっちゃって……る?」

 

 

満を持して、トレーナーもそこへ参上。

ようやくスイーツと紅茶の用意ができたのか、それらをまとめてお盆の上に置いて持ってくるが、自分の秘蔵本を見て固まっているマックイーンと見て、同じように硬直する。

 

両者言葉が出ず沈黙が続くが、テレビからカキーンというバットの音が鳴り響いているので決して静寂ではなかった。何も言えない二人の間を、野球中継の音が取り持つ。

 

 

「ト、トレーナーさん……これは一体、何ですの?」

 

(あっ、これやばい)

 

 

彼女は依然背中を見せているだけだが、顔を見ずとも赤く染まっているのが分かる。そこからトレーナーはこれから起きる事態を虫の知らせで察知し、せめて被害を大きくしないのと、彼女の機嫌取りに使えそうなスイーツだけは守護しようと、そっとお盆をテーブルの上に避難させて、これから来るであろう衝撃に備える。

 

そして遂に――彼女の情緒と感情が爆発した。

 

 

「何ですのと聞いてますのよトレーナーさん!この如何わしい本は! これを使って、その、普段何をしていますの! それにこの本の女性、何だか私と境遇が似ているというかなんというか……そのつ、つまり私をそういう目で見ているということですの!? そもそも私のトレーナーともあろう者がこのような下品な本を持っているなど許されることではありませんわ! 貴方はこれからも私と共に歩み続ける関係、つまりメジロ家に仕える身として相応しい――」

 

「悪かった! 悪かったから一旦落ち着けマックイーン!」

 

 

それに伴い彼女の口からとめどなく言葉が溢れ出す。トレーナーの服に掴みかかり、ウマ娘の膂力でこれでもかと上半身を揺らしながら問い詰めていく。

彼女に揺さぶられながらも頭を抱えるトレーナー。流石にベッドの下は安直だったかと後悔し、この状況をどう解決するかを必死に考える。

 

 

「ほ、ほら試合盛り上がっているぞ! ユタカが打者だぞ! 序盤からホームラン宣言してるぞ!」

 

「話を逸らさないでくださいまし! ……ってユタカ!! かっとばせですわー!!」

 

 

この場で彼女を落ち着かせられる物……というより"者"は、一人しかいない。天の救いか、丁度その男がテレビの向こう側で高らかにバットを翳している。

推し(?)の堂々たる姿にマックイーンの目は奪われ、更にテーブルに置かれたスイーツが彼女の注意を更に誘導させる。

 

やはりスイーツを先に置いて正解だったな、とトレーナーは冷や汗を拭い、全ての元凶である秘蔵本を隠した後何食わぬ顔で彼女の隣に座る。

後は球場にいる選手たちがその熱さで全て吹き飛ばしてくれるだろう――そう浅はかに考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございましたわ、トレーナーさん」

 

「こちらこそ、おかげで楽しい休日が過ごせた」

 

 

結論から言うと、あの後本についてぶり返すことなく野球観戦は続き、それでいてトレーナーが用意したスイーツに舌鼓を打ったマックイーンは満足気な顔をしている。

――どうやら上手く誤魔化せたようだ。とトレーナーは胸を撫で下ろし自宅の玄関先で彼女を見送っているが、あんなので全てが丸く収まるわけがなかった。

 

 

「……それでトレーナーさん、あの本についてなんですが」

 

「お、おう!」

 

 

無かったことにしたかったのは向こうも同じだが、マックイーン自らが言及し始め、トレーナーはギクシャクと身を強張らせる。

 

 

「私としたことが、つい取り乱してしまいましたわ……申し訳ありません。殿方でしたらあのような本を持っていてもおかしくはないというのに……」

 

「いやこちらこそ……汚いものを見せてごめん」

 

 

幻滅されたと思ったが、どうやら理解してもらえたようだ。トレーナーとマックイーンは気まずそうにして、お互いに顔を逸らしながら謝罪し合う。

しかしマックイーンには、どうしても聞きたいことが残っていた。

 

 

「それで……あの本の内容についてですが」

 

「あ、ああ……」

 

 

場が更に気まずくなり、トレーナーは冷や汗が止まらなくなる。

男がああいった本を持つこと自体は仕方ない、そう理解はしてもらえた。しかし問題なのは、題材とその主要人物がどう見てもマックイーンのキャラクターと似ているということだった。

 

いくら世間に疎いマックイーンでも、これが偶然の一致でないことくらいは分かる。一体どう誤魔化したものかと、トレーナーは頭を悩ませた。

すると彼女は、言葉を詰まらせながらもキリッと気を引き締めた顔でトレーナーにこう告げる。

 

 

「トレーナーさんが私に劣情を抱くというのなら、別に構いません。でも私は誇り高きメジロ家のウマ娘。そう簡単に組み敷かれると思いにならないでくださいね?」

 

「……はい」

 

 

その一言で、トレーナーは弱々しく項垂れる。決定的なものではないとはいえ、折角築き上げた彼女との絆にヒビができてしまったと、自責の念に囚われる。

そうこうしている間に、リムジン車がトレーナー宅の前に停車する。メジロ家の迎えだろう。

トレーナーに背中を向けたまま車に乗ろうとしたその時、マックイーンが一言付け加える。

 

 

「――待っていますわ。トレーナーさんがメジロ家を……私を組み敷くに相応しい殿方になるのを」

 

「……え?」

 

 

そうしてマックイーンを乗せたリムジン車は走り去っていく。トレーナーは最後に言われた一言に固まり、ただその後を見送ることしかできなかった。

"メジロ家(わたくし)"を組み敷けるような男になれ――それが彼女からのメッセージ。これが何を意味するのか、答えは明白。

紅く染まったトレーナーの頬を、冷たい夜風が撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、如何なさいましたか? お顔が紅くなっておりますが……」

 

「な、何でもありませんわ!」

 

 

メジロ家の一員として、常に気品高くあらねばならない。例え想い人が、自分に劣情を抱いていると分かった時でもだ。

本を最初に見た時はつい取り乱してしまったが、彼との別れ際に余裕のある態度を装えた。後は彼があの本のように、自分を組み敷くその時を待つだけ。

 

――しかしマックイーンもまた、車内で顔を赤らめていた。

 

 



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ダイワスカーレット編

更新お待たせして申し訳ありません。イベント中は無理でしたが8月中にこの話を投稿できてよかったです。


――ダイワスカーレットは、この夏に一皮剥けた。

"常に一着"を志す彼女が迎えた今夏は、気の張り過ぎによる不調で出遅れてしまう。更にそこへ大好きな母へのプレッシャーもあり、より悪い方面へズブズブ沈んでいった。

 

彼女のトレーナーがそれをどうにかしようと思っていると、先輩であるマルゼンスキーが打開策を出した。

それは「バブリーランド」なるプール施設にて思いっきりハメを外すこと。即ち一旦休暇を挟み調子を取り戻すといった考えだ。

 

この時トレーナーはマルゼンスキーの考えにまだ気付けずにいたが、今の彼女に休暇は必要だという点には賛成だった。是非スペシャルウィークと共にスカーレットも連れていってもらおうと彼女の提案に乗る形で進めたが、トレーニングの方が大事だと拒否されてしまった。

 

まぁ彼女にも彼女のペースがあるわけで、彼女があくまでも練習を優先したいというのならトレーナーもその意志を尊重するまで。

――と思っていたのだが、スイープトウショウを追う形でスカーレットもバブリーランドに赴いたらしく、そこで色々と吹っ切れたという。

 

母から送ってもらった水着を着て、思う存分バブリーランドを楽しんだらしく、戻ってきた時には調子を取り戻していた。

不調が解決したのなら良し。今回の一件もスカーレットの成長に繋がり、トレーナーとしては大満足であった。一皮むけたというのは、そういう意味である。

 

 

――しかし、解決できていない問題が一つだけあった。

それは、彼女の水着姿である。

 

 

バブリーランドで撮った写真がメッセージとして届いたのだが、それを見た瞬間トレーナーは目を見張った。

豊満、あまりにも豊満。何がとは言わないが最早暴力の領域に近い。

どれくらい凄まじいものかというと、たわわに実ったウマ娘が中心の水着もの秘蔵本を買ってしまう程だった。

 

 

 

 

 

 

「アンタねぇ、水着くらい新しいの買えばいいでしょ」

 

「いや、前に着てたのまだ履けると思うから。新しいの買ってもそんなに使わんだろうし」

 

 

そしてその数日後にスカーレットと一緒にバブリーランドへ行く話となった。

その前日、トレーナーは彼女を家へと招き入れる。プール施設など久しぶりに行くため、どこかにしまった水着探しを手伝ってもらうためだ。

 

トレーナーと共にゴソゴソとクローゼットの中を漁るスカーレットの顔は呆れ気味だが、どこか楽しそうでもある。

 

――トレーナーと一緒に遊びに行く約束ができただけではなく、こうして家の中にまで上がれたことが嬉しいのだ。明日バブリーランドで彼と共にはしゃぐ姿を想像して、スカーレットは心を躍らせた。

ちなみにトレーナーの方は、あの水着姿を肉眼で見るのか……と別の覚悟をしていた。

 

無自覚のうちに鼻歌を零しながら、スカーレットはトレーナーの水着を探していく。

するとクローゼットの奥にダンボールを見つける。

 

 

(もしかして、コレかしら?)

 

 

スカーレットは何の疑いもなく、中身を確認する。

入っていたのは男物の水着……ではなく、積み重なった雑誌であった。

 

 

『爆乳厳選! 水着ウマ娘特集!(袋綴じ付き)』

 

 

「……は?」

 

 

これが如何わしい本なのは見るからに分かる。胸が育ったウマ娘だけを特集したグラビア雑誌、しかも袋綴じ付き。

これを見たスカーレットの表情が強張る。そしてその下に重ねてある本にも目を通していった。

 

 

~~『たわわなウマ娘と過ごす一夏』~~

 

~~『ドキ! あのウマ娘の豊満な水着姿!』~~

 

~~『プライベートビーチで巨乳ウマ娘と……』~~

 

 

目を通していくにつれて内容は過激なものへとなっていき、最後の方では成年向けのものが集まっていた。

スカーレットの反応としては、勿論怒りだった。プルプルと肩を震わせ、顔を真っ赤に染めている。いつの間にこんなものを買い集めていたのか、と噴火寸前であった。

 

トレーナーに文句と怒号を浴びせようとした直前、スカーレットはあることに気づく。

本と本の間に挟まった折れたレシート、恐らくこれらの本をまとめて購入した時のものだろう。

そこに記載されている購入日と時刻は、自分がメッセージでバブリーランドでの写真を送った時から数時間後。

 

 

(あの写真の誰かを見て、興奮したってこと……⁉︎)

 

 

水着姿のウマ娘が沢山写った写真を送ってからしばらくもしないうちに水着中心の秘蔵本を購入。偶然と片付けるにはあまりにも間の時間が無い。

つまり、トレーナーはあの写真に感化されてこのような本を購入したということ。そして問題は、あの中の誰に影響されたのか。

 

容疑者はマルゼンスキー、スペシャルウィーク、ウイニングチケット、スイープトウショウ、そして自分。まずはこの五人の中から絞り出す。

 

トレーナーは水着ものの本を多く買っていた。だから水着という要素に興奮したのは明白だが、これは全員に当てはまる。

では一体何の要素で絞り出すか、本から導き出されるヒントは――胸のサイズが大きいという点のみ。

 

失礼な話だが、まずスイープトウショウが候補から外される。

残された四人の中で一際胸が大きいのはマルゼンスキー、そして後もう一人。

 

 

(マルゼンさんと……アタシ)

 

 

自分の胸が大きいことは自負している、自惚れではないがもしかしたら自分ではないかとも考えてしまう。

ここで改めて自分が送った写真を見てみる。ちょうどスカーレットはマルゼンの隣にいたので見比べやすかった。

 

果たしてあのトレーナーはマルゼンと自分、どちらに惹かれたのか。

確かに胸のサイズとしては互角と言っていいかもしれない。しかし自分にはない大人びた魅力をスカーレットは感じた。

 

 

(……馬鹿ね、アタシなんかがマルゼンさんに敵うわけないじゃない)

 

 

マルゼンを差し置いて、トレーナーの目が自分の方へ向くとは思えない。そんな悲観的な考えに至ったスカーレットの眼差しは、どこか悲しげであった。

 

 

「おーいスカーレット、固まってるがどうし、た……?」

 

 

すると向こうにいたトレーナーもこちらの方へやってくる。スカーレットが手にしている本を見て、どういう状況かを察して、顔面蒼白となってあわあわとし出す。

 

 

「お、お前それ……見たのか?」

 

「――アンタね、アタシが来るの分かってたんだからもっと見つかりづらい所に隠しておきなさいよ」

 

 

スカーレットは普段と同じように接し、呆れた様子を彼に見せる。その内心を悟られないように、怒鳴りつけるのもやめておいた。

しかし心の中では自分の予想が外れていることを願い、思わずこの本について聞き出してしまう。

 

 

「これ、ひょっとしてアタシが送った写真の影響?」

 

「……あ、ああ。すまない」

 

「ッ……そんなことだろうと思ったわ」

 

 

しかし彼女の予想は当たっていた。このトレーナーは嘘を付くのが苦手で、誤魔化そうともせずに申し訳なさそうな顔で謝ってくる。

――やっぱりマルゼンの影響か、とスカーレットは静かに心を痛める。しかしそれを表に出すことは決してしなかった。

 

 

「安心しなさい、マルゼンさんには黙っててあげる。だからもうこんな本は――」

 

「?、なんでマルゼンスキーの名前が出てくるんだ?」

 

「なんでって、マルゼンさんの水着の影響なんでしょ?」

 

「……いや、マルゼンスキーを見てそれを買ったわけじゃない」

 

「え?」

 

 

マルゼンの水着姿に影響されたわけではない? では一体、彼は誰の水着姿を見て秘蔵本を買ったのだろうか。

スカーレットの中で、沸々と期待が込み上げてくる。

 

 

「……じゃあ、誰なのよ」

 

「それ、は……」

 

 

マルゼンの可能性が消えた今、残された候補は一人しかいない。

スカーレットが問い詰めると、トレーナーは気まずそうに目を逸らす。

とてもではないが言えない様子に、申し訳なさそうにしている表情。もう答えは、出ているようなものだった。

 

 

「もしかしなくても……アタシ?」

 

「……」

 

 

トレーナーはYESもNOとも答えない。ただ沈黙するのみ。

しかしその沈黙は、肯定の他無かった。

 

 

(そっか……マルゼンさんじゃなくて、私を……)

 

 

自分の予想が良い具合に間違っていたスカーレット。

喜びの感情が、彼女の鼓動を加速させていく。それを抑えようとすると、手が自分の胸の中に沈んでいく。トレーナーは、この胸を見ているのだと。

 

もし相手が見知らぬ男だったら不快感を感じていただろう。

少なからずトレーナー相手にもその感情はあるが、今はそれ以上に興奮が競り勝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つかって良かったわね、水着」

 

「あ、ああ……」

 

 

その後気まずい時間が流れながらも水着を探し、見つかった頃には日も暮れていて寮の門限も迫っていた。

スカーレットを見送るトレーナーはどこか落ち着かない。それもそのはず、昼間にあんなことがあったのだから。

 

対するスカーレットは達観しているような、冷静な様子である。てっきり感情に身を任せて怒り散らしてくるかと思っていた分、彼女の心情が読めずトレーナーはビクビクしていた。

兎に角怒っていないのは確かだ、それは長年彼女のトレーナーを勤めているので分かる。しかしその心の奥底で何を考えているまでは分からない。

 

ならば、怒りすら込み上がらない程に呆れて失望したか。

 

 

「その、すまなかったな。気持ち悪かっただろ。

あの本は勿論処分するし、それでも許せなかったら契約だって……」

 

「――ねぇ」

 

 

どんな償いでもする、そんな覚悟の決まったトレーナーの一言を遮る。

 

 

「アンタの水着、やっぱ新しいの買いに行きましょうよ。一緒に」

 

「え? ……な、なんでまた」

 

 

一見関係ない話題、しかもその提案は今日という一日を無駄にするものだ。

トレーナーを責めるわけでもない。彼女の真意が分からず、戸惑いを隠せない。

 

 

「あの水着、ママが買ってくれたやつだけど……アンタの好みとかも、一応知っておきたいから」

 

 

そう言ってそっぽを向いた彼女の顔は、正面から見ずとも赤面しているのが分かる。

秘蔵本の件を踏まえた上で、トレーナーの趣向を聞いてくる。それが何を意味するのか。

 

 

――アタシの水着姿を見て欲情しても構わない。それどころか、アンタの好きな水着を着てあげる。

だから、アタシだけを見ていなさい。

 

 

「スカーレット、それって……」

 

「……いいから! バブリーランドに行くのはまた今度! 明日は一緒に水着を買いに行くの!」

 

 

そう言ってスカーレットは逃げるようにその場を後にする。

ポツンと残されたトレーナーは、果たして何を思うのか。

 

勿論彼にも色や形など、彼自身の趣向が存在する。スカーレットが来ていた情熱を表すような赤色も好きだが、それとは対照的な寒色系も似合うかもしれない。

急遽変わった明日の予定、水着売り場で彼女に着させる水着を選ぶ――その時の様子を想像して、なんとも言えない感情の起伏が底から押し寄せてきた。



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ヒシアケボノ編

一回でいいから国技館に相撲を見に行きたい。馬鹿高いらしいけど。


ヒシアケボノ――中等部の生徒にして身長180cmという巨体を持つウマ娘。

故にそこから繰り出されるパワーは圧倒的。特に彼女の脚質は短距離向きなので、短いレースの間に豪快に振るわれていた。

 

対する彼女の担当トレーナーの背丈は小さい――というわけではなく平均的。それでもヒシアケボノとは頭一つ分違っている。

特にその大きさは彼女が中等部生徒というのもあって、比較対象が小さい身体の者が多いため一際大きく見えた。

 

彼女はそんな大きな身体をコンプレックスに……思ってはいない。それどころかこれこそが自分の武器だと自覚し、存分に魅力として皆に広めていた。

少年が巨大な怪獣に憧れるように、自分より大きい人物に頼りたくなるように、ターフの上を駆けるその巨体を皆が讃えた。

 

そんな彼女の趣味兼特技は料理。イタリア料理の父とパティシエの母を持ち、そんなご両親から教え込まれた腕で極上のものを作ることができる。

そしてもう一つの好きなもの、それは相撲。幼い時から見てきた相撲と、料理のスキルが上手いことマッチし、得意料理がちゃんこ鍋になったわけである。

 

 

「トレーナーさん! 私トレーナーさんとちゃんこ鍋食べながらお相撲見たい!」

 

 

とある日、彼女が突然奇妙な頼みをしてきた。

奇妙と言っても文字通り、トレーナーとちゃんこ鍋をつつきながらテレビで相撲を見たいというもの。

 

彼女が料理をする理由は、食べてくれる人の笑顔をみたい。

彼女が相撲を見る理由は、単純明快で純粋に好きだから。

 

つまりトレーナーに美味しいちゃんこ鍋を食べさせながら共に相撲を見ることで、その二つが一度に叶うという訳だ。

 

奇妙奇天烈なお願いだが、彼女のちゃんこ鍋は絶品なので断る理由もない。

ということなので、自宅に彼女を招き入れることに。流石にちゃんこ鍋抱えて観戦に行くわけにはいかない。それとは別にいつか国技館の相撲も見せてあげたいと思っているトレーナーなのであった。

 

 

「じゃあ早速、ボーノなちゃんこ鍋を作るよー♪」

 

 

トレーナー宅のキッチンで調理を始めるヒシアケボノ。ちなみに今回使う鍋はこの日の為にトレーナーがわざわざ買ってきたものである。

慣れた手付きで調理を進めていき、中継が始まる十分前には熱々のちゃんこ鍋がテーブルの上に置かれていた。

 

そして予定通り、豪勢な昼食を取りながら相撲を見始める二人。

ヒシアケボノは食い入るようにテレビに見て、それでいて自身の作ったちゃんこ鍋を口にしていく。

しかし楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだった。

 

先にちゃんこ鍋が底をついたところで、中継も終盤に差し掛かる。

後はもう相撲だけに集中し、力士たちの熱いぶつかり合いに大盛り上がりとなった。

 

やがてそれも終わり、鍋や食器の後片付けも終えた時だった。

 

 

「トレーナーさん! 今からお相撲しようよ!」

 

「えっ」

 

 

この日のお願いよりも突拍子も無い提案が飛んできた。

どうやら相撲中継を見て感化されたらしく、どうしてもトレーナーと相撲を取りたいという。

 

 

「だ、大丈夫なのかそれ? 俺四肢が爆散したりしない?」

 

「大丈夫大丈夫! ちゃんと手加減するから! だからやろやろ!」

 

 

しかしご存じの通り人とウマ娘では力に大きな差がある。しかも何でもヒシアケボノは牧場で暴れる牛と力比べで渡り合い、軽々と持ち上げたという。そんな相手に相撲を取って果たして無事でいられるのか、という不安もあったが、そこは上手く調節してくれるという。

 

 

「……分かった。今日はボノにとことん付き合うよ。じゃあソファとかテーブルとか隣の部屋に移そうか」

 

「やったー! ありがとうトレーナーさん!」

 

 

やれやれと言った感じでヒシアケボノのお願いを聞くことにしたトレーナー。このまま彼女と相撲なんかすれば自宅の家具が全ての粉砕されてしまうので、その前に家具を移動させることから始める。

 

その体格と料理の腕前から中学生らしからぬ母性を持つヒシアケボノであったが、時折見せるワガママが実に年相応であった。

しかしこの後、トレーナーは予想だにもしなかったところで彼女の幼さを感じることとなる。

 

 

「さっすがボノ、力持ちだな……」

 

「へへーん、これくらい任してよー!」

 

 

人間一人の力では持ち上げることも困難な家具を軽々と運び出していくヒシアケボノ、そのパワーにトレーナーは傍観するしかなかった。

 

 

「じゃあこのソファも運んじゃうね!」

 

「おー……って、ん?」

 

 

そして次に先ほどまで使っていたソファを持ち上げようとした時だった。トレーナーは何かを忘れているような気がして、それに加え不思議な危険信号すら出ていた。

 

はて何だっただろうか? 記憶を読み返して思い出したのは、ソファの前で屈みその下に何かを入れている自分の姿だった。

 

 

「――あ゛っ! ボノそこはいいから――!」

 

「よいしょーー!」

 

 

思い出したトレーナーの制止も虚しく、ヒシアケボノは勢いよくソファを持ち上げる。

その下には咽る程の埃と、数冊の本が鎮座していた。

 

 

「……本?」

 

「あ、あ……」

 

 

持ち上げたソファを一度起き、不思議そうな顔で本を拾い上げる。

 

 

~~『長身女性とぬっぷり』~~

 

 

「……ほへ?」

 

 

表紙からでも分かるような卑猥な本。それを見たヒシアケボノの巨体は、まるで石化したかのように硬直してしまう。

その拍子で重ねてあった数本がバタバタと落ち、運が悪いことに本が開いて中身が見えてしまった一冊もあった。

 

 

~~『身長190cm!超BIGガールとのぶつかり合い!』~~

 

~~『身長差30cmの圧倒的包容力』~~

 

~~『まるで巨人、大柄女性(21)』~~

 

 

それは、トレーナーが買い集めていた秘蔵本であった。

しかもその内容は、ヒシアケボノと似た長身女性ばかりを取り上げたものばかり。

勿論偶然なんかではない。トレーナーが彼女のような大きい女性に興奮する男というのは明白だった。

 

しかしこの際トレーナーの性癖が暴露されたことは問題ではない。一番重要なのは、彼女の反応であった。

 

 

「トト、トレーナーさん。これって……!」

 

「あの、だな。それはその……」

 

 

大らかな彼女のことだ。今回も笑って済ますかと思ったが、そんなことはなかった。

その大きな身体に惹かれて忘れがちだが、彼女はまだ中学生の年齢。それらの知識はついこの間学んでばかりに等しかった。

 

しかしそれは、全く知らないというわけではない。小学校でもある程度の性教育は行われている。つまり、なまじ知識としては知っているのであった。

 

そんな中途半端な彼女が秘蔵本を見てどのような反応を示すのか。

結果として恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、アワアワと初々しく顔を手で覆っている。それに加えジタバタを足踏みをするものだから、地震のように足元が震えた。

 

 

「す、すまんボノ! 変なもの見せて!」

 

 

そんな彼女の可愛らしい反応をいつまでも眺めておくわけにもいかず、トレーナーは慌てて自分の宝物を回収しそれを目の届かない場所に移動させた。

しかし時すでに遅く、慣れ親しんだ家だというのにきまずい空気が流れた。

 

 

「……」

 

「……すまない」

 

 

自分より大きいからといって、彼女がまだ少女と呼べる年齢であることを忘れていたかもしれない。とトレーナーは自己嫌悪に陥る。

いたたまれなくなり、申し訳なさそうに謝罪を口にする。しかし口を開いたヒシアケボノが言ったのは、彼を責めるものではなかった。

 

 

「ト、トレーナーさんは……その、おっきな女の子が好きなの?」

 

「……え?」

 

 

もじもじと指を絡めて、気まずそうに俯きながら、ヒシアケボノは問いかける。帰ってきたのは罵詈雑言でもなければ、気まずそうな薄笑いでもなく、ただの質問。

勿論ヒシアケボノは自分が大きいことを自負している。それを踏まえた上でのその質問。

 

つまり、自分のことをそういう目で見ているのか。という意図だった。

 

 

「私の身体……おっきいよ? その、エッチな事……したいの?」

 

「ボ、ボノ……」

 

 

その言葉に嫌悪感など一切無かった。それどころか、幼さに似合わぬ妖艶すら感じてしまい、トレーナーは生唾を呑む。

自分の好きな長身に対する欲求、とはいえ中等部に欲情するという背徳感。決して褒められたものではない感情が入り混じり、トレーナーの言葉を詰まらせる。

 

 

「……って、こんな質問ボーノじゃないよね! やっぱりお相撲するのは止めよっか!」

 

「あ、ああ。そうだな!」

 

 

二人はワハハと笑い合いことで、気まずくなった空気を無理やり盛り上げる。

しかしこの後に相撲などという身体のぶつけ合いができるわけもなく、今日はこれで御開きとなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、トレセン学園の朝にて。

トレーナーが頭を抱えながら自分のトレーナー室までの道のりを歩いていた。

一体何にそんな悩んでいるのか、勿論先日の秘蔵本の件についてだった。

 

 

(やっちまった、ボノはこれまで通りに接してくれるだろうか……)

 

 

あの出来事でヒシアケボノの自分に対する態度が変わっている。それが何よりも怖かった。

いざトレーナー室の前に立つと、中に誰かがいるのが分かる。恐らくヒアシアケボノだろう。扉に手を掛けるも、開けることを躊躇ってしまう。

 

しばらくしてええいままよと、意を決して扉をガラガラと開ける。するとそこには予想通りヒシアケボノがいた。冷蔵庫の前に立ち、長い方の牛乳パックをそのまま豪快に飲んでいる。

 

 

「――プハァ! あ、おはよートレーナーさん!」

 

「お、おう! 朝から豪快だなボノ」

 

 

どうやら向こうもそこまで気にしていないらしい。既に過去のことだと解決しているのか、普段通りの笑顔を見せてくれた。

 

 

「やっぱ朝は牛乳だよー! それに昨日はちゃんと寝たから元気一杯!」

 

「頼もしいな、じゃあ今日のトレーニングはバッチシだな」

 

「うん! それにねトレーナーさん! 今日のお昼休みにビコーちゃんたちとバスケする約束してるんだー!」

 

「バスケかぁ、ボノは強いだろうなぁ」

 

 

今日も彼女は元気よく、その日の予定を口にしていく。

良かった。取り敢えず態度が変わったことは無さそうだとトレーナーは安堵した。

 

 

「これから毎日練習するんだよ!」

 

「毎日? 随分と熱心だな、バスケに興味でもあるのか?」

 

 

どうやらバスケは今日一日だけのきまぐれとかではなく、これから定期的に練習していくらしい。突然のバスケ推しに、トレーナーは疑問に思う。

 

 

「だって身長を伸ばすにはバスケが一番って聞いたんだもん!」

 

「……身長を?」

 

 

確かにヒシアケボノは自分の身体の大きさをコンプレックスに感じてはいない。それどころか自分の強みだとも理解している。

しかし身長を伸ばすことにそこまで積極的だったわけではない。ただバスケがやりたいのではなく、身長を伸ばすためにバスケをやりたいという言葉に、トレーナーは再度首をかしげた。

 

 

「牛乳沢山飲んで、睡眠時間を十分に取って、バスケで身体を動かす! これでどんどん伸びるよトレーナーさん!」

 

「もっと大きくなりたいのか? ボノは」

 

 

どうやら先程やっていた牛乳パックの直飲みも同じ理由らしい。その後にあんまし寝てないアピールならぬ沢山寝たアピールをしていたが、それも慎重伸ばしに繋がっていた。

どうやら自分が思っている以上に彼女は大きくなりたいらしい、とトレーナーはそのことを聞いてみる。

 

 

「うん! だってトレーナーさんはおっきな女の子が好きなんでしょ?」

 

「……え」

 

 

その返答で気づいた。何故彼女が身体を大きくさせたいのか、その理由を。

先日見せてしまった、長身女性もの中心の秘蔵本。

あの時の彼女は幼さ故の恥ずかしさから顔を赤面させていたが、今は違う。明らかにトレーナーが長身好きというのを踏まえた上で、自らの身長を更に伸ばそうとしていた。

 

先日の件に関して、ヒシアケボノは微塵も気にしていなかった。

それどころか、彼が自分を魅力的であると思っていることに気づいて、自分の武器を更に磨こうとしていた。

 

 

「待っててねトレーナーさん! 私もっと大きくなって、巨人みたいになるから!」

 

「お、おう……」

 

 

そう言ってヒシアケボノはトレーナー室を後にする。

表現に使うものが抽象的だったり、すぐに大きくなれると信じているあたりはまだ子供だ。

しかし一人の男の為に自らを変えようとしているその姿は、紛れもなく美しい女性の在り方であった。

 

中等部の生徒が、自分の為により魅力的になろうとしてくれている。

そんな背徳感マシマシの現状に、世間体もあってかトレーナーは素直に喜べずにいた。

しかし彼が彼女の健気な姿を見てまた生唾を呑み込んだのも、事実である。



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ゴールドシップ編

久々の秘蔵本シリーズ。お待たせして申し訳ございません。
ゴールドシップのエミュ難しすぎ。


「よぉートレーナー!! 今日も元気にステイホームしてっかー!!」

 

 

日曜日、とあるトレーナーが休みを謳歌していると前触れもなく自宅の扉が蹴り破られる。外からの強い衝撃受けた扉は見事に吹き飛びその先の壁にまで到達、その弱々しく折れ曲がった姿は見るに堪えない。

 

一方家主であるトレーナーは、扉が破壊されたことに対し驚きこそ見せたがそれは突然だったことと音に対してのみ。破壊音の後に響き渡る聞き覚えのある声で、そのトレーナーは呆れながらも慣れた様子を見せる。

そしてすぐに、綺麗な芦毛のウマ娘が我が物顔でズカズカと入り込んできた。

 

 

「んだよトレーナー! そんなスカイドンみてーに寝っ転がってよー!」

 

「ゴルシ……扉を蹴り破るのは止めてくれって何回も言ってるだろうに」

 

 

そのウマ娘の名は、ゴールドシップ。

破天荒な性格と支離滅裂な発言で周囲の人間を困惑させ、ハチャメチャにする問題児ウマ娘。

それでもレースでは活躍し、彼女のファンも多くいる。数多くの問題行動はその実績によって帳消しにしている……のかもしれない。

 

彼女の被害者は多くいる。メジロマックイーン、トーセンジョーダン、etc。

しかし一番の被害者は彼女の担当トレーナーと言ってもいい。

 

彼女に見つかったが最後、とは学園でよく言われている言葉だが、トレーナーと彼女との出会いはまさにその言葉通りであった。

拉致という名の逆スカウトを受け、彼女のトレーナーとなったわけだが、その後も破天荒な性格に振り回されている。

 

 

「アタシとお前の仲だろうがよ! 細かいこと気にしてると前方後円墳みてーなハゲかたするぞ!」

 

「しないしない、それで何の用?」

 

 

ゴールドシップがこの家に突然やってくることは珍しくない。

クリスマスの日だって壁に穴を開けられて、玉鋼をプレゼントされたことがある。あの時と比べて扉を蹴り破られる方が幾らかマシだが、トレーナーの感覚が日に日に麻痺しているのも事実である。

 

 

「決まってんだろ! 宝探ししにきたんだよ!」

 

「……宝探し?」

 

 

ゴールゴシップが突拍子も無いことを言う。トレーナーがそれに首を傾げる。これがこの二人の日常。

しかし今日の彼女はいつもと少し違う。宝探しにトレーナーの家にやって来た時点で変と言われればそうだが、普段のものと比べてまだ意味が理解できる方だ。

 

 

「マックイーンがよ、自分のトレーナーの家でお宝を見つけたらしいんだ! だったらお前の家にもあるかもしれねーと思ってさ……いや、ある! ゴルシちゃんレーダーが反応している!」

 

「マックイーンが……? っておい!?」

 

 

前言撤回、やはり意味が分からない。

ゴールドシップ曰く、マックイーンのトレーナーの家で宝? が見つかったらしい。何のことかサッパリ分からない。恐らくゴールドシップが彼女から聞いた話を好き勝手に解釈したのだろうが……

 

何は兎も角、トレーナーの返答も聞かずに部屋を荒らしていくゴールドシップ。

ウマ娘の力を活かし、重い家具も軽々と持ち上げその下も確認していた。

 

その様子をトレーナーはやれやれといった様子で見守る。宝とは一体何の事か、ゴールドシップは勿論トレーナーにすら分からない。

やがて何も見つからないことに腹を立てたゴールドシップが声を荒げる。

 

 

「畜生見つからねーぜ! やいトレーナーどこに隠しやがった! ゴルゴル星に古くから伝わるエタニティコアをよー!」

 

「そんなものは無い。てかなんだそれ」

 

 

次第に単語の意味も分からなくなっていく。問いただされても覚えのないトレーナーにはどうすることもできない。

折角の休日、家具の位置をバタバタと荒らされるのは少し嫌だが、何も無いと分かれば彼女もすぐに帰るだろう。とトレーナーは高を括って彼女を見守る。

 

しかしゴールドシップがベッドに手を掛けようとした瞬間、トレーナーの表情は一変した。

 

 

「ッ――!!」

 

「お? どうしたトレーナー?」

 

 

座っていたソファから飛び上がり様に立ち、そのままベッドを庇う様にゴールドシップの前に立ちはだかる。その人間離れした機敏な動きにゴールドシップも不意を突かれ、突然の凶行に首を傾げるばかりである。

 

冷や汗を垂らすトレーナー。その様子からして、見られたくない物があるのは確実。

問題は、どうゴールドシップに悟られずにこの場を収めるかだ。

 

 

「こ、これ以上部屋を荒らさないでくれ。宝なんてないから……」

 

 

トレーナーは精一杯の言葉で彼女を帰らそうとする。

しかしその言葉選びは巧みではなく下手である。そんな言い方だとこの下には何かありますと言っているようなものだった。ましてや普段の奇行に慣れているはずの彼が、突然彼女を止めようとしている時点で怪しい。

 

 

「……はっはーん、さてはそこの下だな!」

 

「や、やめ……!」

 

 

案の定、怪しまれてバレてしまう。

ベッドを持ち上げようとするゴールドシップを止めようとするトレーナーだが、ウマ娘相手に膂力で敵うはずもなく、軽々と投げ飛ばされてしまう。

 

そして力強くベッドを持ち上げ、その下で眠っていたものを確認した。

 

 

「……なんだ? 本?」

 

 

予想とは随分かけ離れたものに、ゴールドシップは再度首を傾げて手に取る。

その光景に、トレーナーは顔を青ざめていく。

 

 

~~『美しい芦毛特集!』~~

 

 

「……あ?」

 

 

自分と同じ芦毛のウマ娘があられもない姿で表紙を飾っている本を目にし、ゴールドシップは硬直した。

何だこれは、という目を浮かべつつも他の本にも目を通していった。

 

 

~~『元重賞ウマ娘(24)、あのレースでなびいていた芦毛が貴方のもの』~~

 

~~『憧れの芦毛っ娘』~~

 

~~『芦毛選48連発!』~~

 

 

御察しの通り、トレーナーの秘蔵本である。

しかもその内容はゴールドシップと共通点のある、芦毛のウマ娘ばかりを集めている。

トレセン学園にも多くの芦毛ウマ娘はいるが、そんな娘の担当がこのような内容の本を持っているともう言い逃れはできない。

 

 

「トレーナー……おめー、これは……」

 

 

ゴールドシップが振り返る。その表情を、トレーナーは伺えなかった。

予想できるこれからの展開は幾つかある。

 

一つ――激怒する。これがごく普通の反応。だからこそゴールドシップがしてくる可能性は低いが、裏をかいてくる可能性も十分ある。

二つ――揶揄う。彼女の性格上一番あり得るのがこれ、トレーナーとしてもその方がありがたい。

そして三つ目は女の子らしく恥ずかしがる……いや、ゴールゴシップに限ってそれは無いか。とトレーナーはその可能性を捨てた。

 

果たして彼女はどちらの行動をしてくるのか。

前者だった場合飛んでくるのはキック、恐らくレースを勝利した後にやってくるものとは比べ物にならない威力だろう。命の保証は無い。

 

彼女の硬直は時間にして数秒、決して長くない。しかし次の動きを見せるまでのその間は、まるで何かしらの結果発表を待っているような落ち着かない時間だった。

結果を、反応を、彼女が口を開いて示す。

 

 

「――おめー芦毛ものばっか揃えすぎだろ! どんだけ好きなんだよ!」

 

 

正解は――後者。満面で憎たらしい笑みを浮かべるゴールドシップ。

それを見たトレーナーはホッと胸を撫で下ろすのであった。

 

 

「まぁこのプリティーゴルシちゃんをいつも見てんだから仕方ねーよな!」

 

「はは……すまないな、変なもの見せて」

 

 

第二の予想通り、ゴールドシップは自画自賛も交えてトレーナーを揶揄う。癪に障る言い方だが、これでいい。トレーナーは心が落ち着いたところで改めて謝った。

相手がゴールドシップだったから良かったものの、もし同じ事件が他のウマ娘とトレーナーで起きていたら大問題になっていただろう。良くて契約破棄、悪くて解雇と言ったところか。

 

 

「じゃ、アタシドーナツに穴空けるバイトあるから。帰るわ」

 

 

そして今までの騒動が嘘のようにゴールドシップはその場を後にした。

まるで嵐が過ぎ去った後のようだが、これも普段のことである。トレーナーはやれやれといった様子で後片付けをしていく。

 

 

(……あいつにしては、すんなりと帰っていったな)

 

 

しかしいつもなら、この後トレーナを連れまわす場合もある。

彼女はバイトがあるから帰ると言ったが、本当にバイトの予定があるのかどうかは分からない。というよりそもそもそんなバイトが実在しているかどうかも分からなかった。

 

一言で言うと、いつもより大人しい方だったというわけだ。

まぁ彼女は普段から気まぐれ気質なので、こういう日もあるのだろう。トレーナーは特に疑問ももたず、引き続き部屋の掃除をしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時同じくして、ゴールドシップ。

長い足を大袈裟に動かし歩幅を広げながら歩いている。その度に芦毛の長髪が華麗に揺れていた。

ゴールドシップはそれを指先で弄りながら、何かを思うように虚空を見つめている。

 

 

(――アイツが持っていたあの本。どれもこれも、アタシと同じ芦毛だった)

 

 

その思考は既に他のものに置き換わったと思われていたが、そうではなかった。

芦毛の秘蔵本のことが、忘れられないのだ。

 

いくらゴールドシップと言えど、ああいった本は見慣れていない。

だから恥ずかしくなって忘れられない、というわけでもなかった。

 

あのような本を所持して見ていることに対して文句があるわけでもない。男性ならば持っていてもおかしくはない、という理解もあった。

 

問題は、トレーナーが芦毛に欲情しているということ。

つまり――自分のこともそういった目で見ている可能性も高い。

 

ゴールドシップは美人だ。身長も高く、キリッとしている。ならば人よりモテるのだろうと聞かれると、そういうわけではない。

彼女に相応しい言葉がいくつかある。「黙っていれば美人」、「残念美人」。

言ってしまうと、普段の言動でプラマイゼロになっていた。

 

彼女が周囲の視線を気にするようなウマ娘ではないのはよくお分かりのはずだ。

だからこそ、自分がそういう目で見られることに慣れていない。その事実を、受け止めきれずにいた。

 

 

(……トレーナーのせいで乗り気になれねぇ)

 

 

奇行も普段と比べてキレが悪い。理由なく騒ぐこともなく、静かに歩いている。

初めて抱く感情に、ゴールドシップは戸惑う。

 

真っ白な芦毛とは逆に、彼女の顔は夕焼けのように紅く染まっていた。



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フジキセキ編

これ書いてたら新衣装のフジキセキが実装されたもんだから書き直そうか迷った。


「やぁ、こんにちはトレーナーさん」

 

「フジ、今日も相変わらずだね」

 

 

昼下がり、トレーナーが学園の廊下を歩いていると人だかりを目にする。黄色い声の中心には、自分の担当バであるフジキセキがいた。

フジキセキはそのボーイッシュな風体とエンターテイメントな性格、それに加え寮長という頼りやすい立場もあって、他のウマ娘にも人気があった。

 

 

「この後のトレーニングなんだけどさ、トレーナー同士のミーティングがあるんだ。だからトレーナー室で待っててくれないか?」

 

「分かった、先に着替えて待ってるよ」

 

 

今日もレースに勝つ為のトレーニングに励むのだが、トレーナーに外せない用事があるため少し遅れてしまうことに。それでも特に支障が発生するものでもないので、この話はここまでとなる。

 

――放課後、トレーナー同士のミーティングが行われる。多数のトレーナーが集まり、情報交換をしていく。一時間弱ほどでそれは終わり、早速フジキセキのトレーナーは自分のトレーナー室へ向かおうとする。すると交友のあった同僚から声を掛けられた。

 

 

「おっす、お疲れー」

 

「ああお疲れ、どうした?」

 

「ほれ、この間やるって言ってたやつ」

 

 

そう言って同僚が渡してきたのは、何かが入った紙袋。受け取るとちょっと重いのが分かった。

一体中身は何だと、トレーナーがその中を覗くと、この青春溢れる学園に相応しくないものが大量に詰められていた。

それを見て同僚の言う「この間のやつ」が何を指しているのかを思い出し、顔をしかめた。

 

 

「おまっ、何も今渡さなくてもいいだろうに……!」

 

「いやぁ憶えているうちに渡さないと忘れそうでさ、それに俺忙しいし」

 

 

他に聞かれないよう小声で会話する男たち。周囲を気にするその様子から、その中身がろくでもないものであるのは明白だった。

 

 

「全く……まぁ有難く受け取っておくよ」

 

「そうしろ、今夜は張り切り過ぎるなよ!」

 

 

そう軽口を叩いた後、同僚はその場を後にする。その背中をトレーナーは呆れ気味で見送った。

今も自分の担当バがトレーナー室で待っているので、急いで向かった方がいいだろう。しかし男の手にはどうしても隠し切れない紙袋がある。こんなものを持ったまま戻るのは勿論ダメなことだが、他に置き場所が無かった。

 

 

(しょうがない、適当に誤魔化すか……)

 

 

多少の不安を残しながら、トレーナー室へと向かう。

その扉を開ける際、やはりこれを持ったまま入ることを躊躇うも、意を決して中へと入る。そこには既に着替えを終えていたフジキセキが男のことを待っていた。

 

 

「お待たせ! 少し長引いた!」

 

「ううん。そこまで待ってないさ……その紙袋は?」

 

「……これか? ミーティングの時に渡された資料だよ」

 

「ふーん……」

 

 

嘘は言っていない。渡されたのはミーティングの後で、中の物も資料と呼べるものだ。上手い嘘は真実を織り交ぜると誰かが言っていた。

上手く誤魔化せたのか、彼女もそこまで気にしていない様子だった。男はホッと胸を撫で下ろし、紙袋を机の上に置く。

 

言及されないか不安だったが、一度誤魔化せれば後は大丈夫だろうと高を括り、その後の思考は全て彼女のトレーニングへと移行した。

 

 

「じゃあ今日も頑張ろうか!」

 

「そうだね、よろしく頼むよ。トレーナーさん」

 

 

こうしてフジキセキのトレーニングは、特に支障も無く行われた。

彼女が軽快に走り出した頃には、紙袋のことなど頭の中からすっかり抜けていた。それ程までにトレーニングに集中できたということだろう。

しかしその集中も途切れてしまうことが起きてしまう。

 

 

「っ……ちょっと揺れてる……?」

 

「フジ、地震だ!」

 

 

トレーニングの最中、フジキセキは足元に僅かな揺れを感じて身体を止めた。するとトレーナーが血相を変えて彼女の元まで駆け寄る。

彼の様子と言葉で今何が起きているのかをフジキセキは察した。カタカタと近くのものが揺れて、どれくらいの規模かが察せた。

 

そこまで大した揺れではなかったが、トレーナーはフジキセキを守ろうと肩を抱き寄せる。フジキセキの顔がポッと赤く染まった。

 

 

「……収まったか?」

 

「そうみたいだね……トレーナーさん、もう大丈夫だよ」

 

 

恥ずかしそうに距離を取るフジキセキ。トレーナーはその様子に気づくことなく、周囲の様子を見渡す。辺りでは同じように地震に気づいたウマ娘たちがザワザワと騒いでいた。

 

 

「今日はここまでにしようか。君も寮が心配だろ?」

 

「そうだね、じゃあそうさせてもらおうかな」

 

 

寮長として自分の寮が心配だろうと考えたトレーナーは、普段より早めにトレーニングを終わらせることにした。彼女もそれに乗り共にトレーナー室へ戻ろうとする。

 

 

「トレーナーさ~ん! 先ほどの地震、大丈夫ですか~!?」

 

「あっ、たづなさん」

 

 

すると理事長の秘書である駿川たづなが慌てた様子で走ってくる。

 

 

「ただいま各トレーナーさんに安否確認をしてまして……」

 

「成る程。フジ、先に戻ってて」

 

「わかったよ、トレーナーさん」

 

 

そういうことで、先にフジキセキだけがトレーナー室へ戻ることに。

フジキセキも自分の寮のポニーちゃんと寮の物が不安で、次第に早歩きとなる。多分大丈夫だろうとは思っていても、どうしても心配だった。

 

 

「あらら、これはちょっと……」

 

 

急いで寮に戻る為にも、さっさと着替えてしまおうとトレーナー室の扉を開けると、その先には予想と少し違った光景が広がっていた。

そこまで酷い状態でもなかったが、棚や作の上に置かれていたものが床に落ちている。先ほどの地震のせいだということは言うまでもない。コップや花瓶など、落ちたら大惨事になるものが無事なのが幸いだろうか。

 

寮も心配だったが、これを放置するのもいかがなものか。そう思ったフジキセキは、散乱した物を拾い始める。

その際、机の傍に一際大きなものが落ちていることに気づいた。

 

 

(あれは、確かトレーナーさんが持ってきた……)

 

 

そう、同僚から渡された紙袋だ。

置き場所が悪かったせいか、机の上に立つ形で置かれていた紙袋は自身のせいで倒れるように落下。そしてその中身も飛び出してしまっていた。

当然フジキセキはそれも拾おうとする。そうなるとその表紙が目に入るのは必然だった。

 

 

『ボーイッシュ特集! 男勝りな女の子!』

 

「……ん?」

 

 

一瞬我が目を疑い、目を擦るフジキセキ。しかし何度見てもその表紙が変わることはなかった。

続いて他の本にも目を通していく。しかし数を重ねていくたびに、その内容は捻ったものになっていった。

 

 

『男装学ラン! 変装した女の子が男子校に入学して……』

 

『コスプレタキシード10選!』

 

『凛として美しい軍服女性!』

 

 

「……んん?」

 

 

それが如何わしい本だと理解するのに、そう長い時間は掛からない。彼だって男だ、このような本を持っていてもおかしくない。そんな理解だってある。

しかし問題はその内容だった。明らかに男装やボーイッシュなど女らしさからはかけ離れたものばかりが集められている。フジキセキはそれに対し覚えがあった。

 

 

(トレーナーさんはこういうのが好きなんだ……だったら、私の勝負服も……?)

 

 

そう、自分の勝負服である。

フジキセキの勝負服はパンツスーツ。大胆に胸元を開けて女性らしさもアピールしているが、ボーイッシュの方が第一印象だろう。

自分の勝負服とトレーナーの性癖の一致、果たして偶然だろうか?

 

 

「あれ、まだいたんだ。先に帰ってても良かったのに……って」

 

 

すると渦中の人であるトレーナーが入ってくる。そしてフジキセキが何をしているかを見て、それを悟ってすぐに硬直してしまう。

フジキセキはゆっくりと振り返る。トレーナーと目が合い、気まずい空間が展開される。

 

 

「……見た?」

 

「……見ちゃった」

 

 

その態度から、彼女が怒っているのか軽蔑しているのかは分からない。ただ悪戯な笑みを浮かべているので、許しているようにも見える。

トレーナーは後悔していた。やはりトレーナー室に持ち込むべきではなかったと。ここまで信頼を寄せて二人三脚で頑張ってくれた彼女を裏切ったような気さえした。

 

 

「……こんな"資料"を貰って、一体どんなミーティングをしたんだい?」

 

「いやそれは、プライベートなもので……」

 

 

これ見よがしに秘蔵本を持ってトレーナーに詰め寄るフジキセキ。彼女が一歩進む度に、トレーナーの冷や汗は加速していった。

 

 

「……なんてね、男の人だもんね。別に気にはしてないさ」

 

「す、すまん……変なもの見せて」

 

 

するとフジキセキは、何事もないように笑みを見せる。それを見て少しは救われた気分になったが、それでも罪悪感は消えない。

再び気まずい空気が流れる。そうこうしているうちにフジキセキは更衣室で着替えを済ませて、帰る準備を終わらせていた。

 

 

「じゃあトレーナーさん、また明日」

 

「あ、ああ……」

 

 

そう言ってトレーナー室から出るフジキセキに、普段の様子と変わらないところは見られない。しかしトレーナーはこれ以上言葉が見つからず、ただそれを見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、あれから特に変わったことはなかった。フジキセキも普段通りで、トレーナーを軽蔑するわけでもない。いつものようにトレーニングをし、彼と接していった。

最初は罪悪感に魘されていたトレーナーも次第に元気を取り戻し、寧ろこれ以上あの時の話を蒸し返さないよう気にしないことにした。

 

 

「トレーナーさん、ちょっといいかな?」

 

「どうしたフジ?」

 

 

お昼休み、トレーナーが仕事をしているとフジキセキがやってきた。こうして気軽にやってくるところを見ると、あの時の事はもう無かったことのように扱われているのかもしれない。

 

 

「実は今、とある手品を練習していてね。トレーナーさんに見てもらいたいんだ」

 

「そういうことか。それなら是非」

 

 

フジキセキはサプライズやショーが好きなウマ娘。だからこうして手品を披露したりする。誰かを驚かせることは彼女の趣味と言ってもいいだろう。

フジキセキは華麗な足取りでポーズを決め、トレーナーの期待を煽る。彼女の一挙一動は、あらゆる者を魅了するだろう。

 

 

「じゃあ行くよ……えい!」

 

「うわっ!?」

 

 

一体何が起きるのかと思っていると、破裂音と共に足元から煙が噴き出し、彼女の全身を包み込む。手ぶらだったので何が起きるのか全く予想できなかったトレーナーだが、予想以上の規模に腰を抜かしそうになる。

 

 

「ふふっ、どうかな? この早着替え!」

 

「おっー! 凄い、な……?」

 

 

煙が晴れると、制服姿から別の衣装へと姿を変えているフジキセキの姿がいた。

煙が漂った時間は僅か数秒。予め制服の下にその衣装を着こんでいたわけではない。正真正銘の早着替えだろう。

しかしトレーナーが目を見張ったのはその芸自体ではない。その衣装だった。

 

 

「やっぱり男性用だから、胸元がちょっと苦しいね」

 

 

肩から足首まで、黒でぴっしり染まった統一感のある姿。宛ら組織的と言ったところか。

それもそのはず、その衣装は所謂学ラン。男子学生が着る衣装なのだから。

ウマ娘にそれを着る機会は無い。なのでフジキセキの学ラン姿など当然初めて見る。だというのに、トレーナーはそれに見覚えがあった。

 

 

「あ、あのフジ? それってもしかして……」

 

「さてと、お次は……これ!」

 

 

トレーナーの言葉を遮り、再びフジが煙に包まれる。

次に着替えたのはタキシード姿。彼女の勝負服とそう変わらないかもしれないが、先ほどの学ランと同じようにこれも男性用の衣装だった。

学ラン、タキシード。これらの並びには法則があった。それは言わずもがな……

 

 

「そして最後に……はっ!」

 

 

三度目の煙。ここまでくれば、彼女が次に何を着るのか予想できる。

皇帝シンボリルドルフの勝負服を彷彿とさせる、煌びやかで荘厳な軍服。これも女性用ではなく男性のものとなっている。

 

もうお分かりだろうが、今までの三変化はどれも先日トレーナーが譲り受けた秘蔵本のものと一致していた。フジキセキも分かってやっているはずだ。

 

 

「どうだったかな? トレーナーさん」

 

 

フジキセキは、してやったりと悪戯な笑みを浮かべてトレーナーの顔を伺う。

当然ながらトレーナーは言葉が出ない。彼女が何を考えているのか、それを理解しきれず軽くパニック状態に陥っていた。

 

 

「どう……って言われても、それはこの間の……」

 

「――この手品はね、魔法の力を使っているんだ」

 

 

フジキセキが、トレーナーに詰め寄る。

一歩、また一歩と。衣装から滲み出る威圧感にトレーナーは動けなくなっていた。

 

 

「――でも魔法の力も減っちゃって、今の手品はあと一回しかできない」

 

 

椅子に座っていたトレーナーは彼女に見下ろされる形となって、お互いの視線を交換した。

軍服を身に纏ったフジキセキの普段とは違う魅力に、引き込まれるように取り込まれてしまう。

彼女のその綺麗な水色の目は、もう目と鼻の先。覗き込むように、トレーナーを見つめている。

 

 

「君の同級生のような、学ラン姿の私。

君の執事として仕える、タキシード姿の私。

それとも、上官として君に指示を与える、軍服姿の私のままか。

 

――最後の一回は、どれにしたい?」

 

 

フジキセキが求める三つの選択肢。すぐには答えが出せず、トレーナーは生唾を呑み込んだ。

果たして自分はどれを選んだ方が良いのだろうか? まず、選んでいいものだろうか。押し殺せない期待感やトレーナーとしての責任感が、複雑に入り混じる。

――その様子を嘲笑うかのように、フジキセキはただ笑みを浮かべていた。



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